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全体を通して、タブンネの心理の動きがよくんかりました。最初に、なんかバカバカしいと思ってた主人公のタブンネが、いろんな事件を通して変化していくのは悲しいかな、時が経つというのは残酷なものです。
タブンネ貴様が捨て身タックルしてくるではないか!タブンネはさりげなく硬いから生半可な攻撃じゃダメで、強い攻撃しないと倒せないんですよね。それでタブンネボムなんて技もあったりします。タブンネの丈夫さが仇となって主人公タブンネの心を荒ませた書き出しから、次のシキジカの話が一番、この話の中で変化したんじゃないですかね。
仲間を助けるシキジカを見て、それもいいかなと思い始めて他のタブンネにも認められて、幸せなエンドを迎える、と思いきやさらなる事件。
攻める相手が違うだろ!っていう経験はこの年まで生きれば何度かありますが、本当それ。お前のせいでこうなった、と弱いものに八つ当たりしてるだけで、何の解決にもならないのに。自分が助けてと呼んでも誰も答えてくれないのは、この社会の皮肉ですか?あんなに助けても自分が困るとそんなに助けてくれないものです。でも優しい人はいますが。
優しいタブンネやポケモンがまわりにいなかったのが、主人公タブンネの生き方を決定したように思いました。
まわりの環境によるし、性格は環境が作り上げるのは、真理な気がします。
(本当はツイッターのリプでかこうとしたら字数が410字でオーバーしたからこっちにしました)
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ゲームソフトをきっかけにドラマが展開するのがいいですね。
こういう等身大の少年少女の話って好きです。
人参のグラッセと茹でたじゃがいも、ハンバーグが並んだ皿に、上からソースをかけた。美味しそうな香りとともに夕食が始まる。
「美味しいね」
味もそうだが、恋人と二人で作ったのだ。楽しいし美味しくないわけがない。調理の肯定全てが共同作業で、たくさん話したのにまだ話し足りない。会っていない期間のことはたくさん話したい。
この家の主、ダイゴがチャンピオンをやめてから今まで、順調とは無縁だった。けれどいつもダイゴの味方でいてくれたハルカと恋人として付き合うようになるのはそう遅くはなかった。
今もダイゴが何処か泊りがけで行く時もついて行く時もあればとどまる時もある。そしてさみしいと一日一回以上は必ず連絡する。
この話だけでも外から見たら愛しあってる恋人にしか見えない。けれど二人をつなぐのはそんな表面的なことだけでない。
ダイゴの最大の味方で、ハルカの憧れで敬意に溢れる先輩。何より信頼している人だ。地道に小さな信頼を重ねてきた。お互いに離す理由がない。
ちょっと人参が硬めだったね、こっちはちょうどいいね、ムラがあるのはなんでだろう。そんなたわいもない会話でも二人はとても幸せそうにしていた。
夕食が終われば食器を洗って、テーブルを片付けて。ふかふかのベッドに座ってテレビを見ながら交代で風呂へ。湯上りのダイゴの髪はストレートでその時はすごく綺麗だなと思っていた。でも少し目を離すとすぐにいつも見てる髪型になる理由は長く一緒にいても分からない。
夜も更け、ベッドライトの明かりを頼りに布団に入る。ダイゴの匂いがするとハルカはいつも嬉しそうだ。
「あ、そういえばハルカちゃん」
「なんですか?」
「あのね、来週にデボンの調査でシンオウの洞窟に行くんだ」
「気をつけていってきてくださいね」
「うん。何でも地質が特殊で鍾乳洞があるかもしれないって。地底湖の調査もあってね」
「私はダイゴさんが無事に帰ってくればそれでいいですよ」
ベッドライトを消した。真っ暗な部屋で、波の音だけが聞こえる。静かな空間に、もう少しだけ近づきたくて、存在を確かめたくて抱きしめた。
「離れないでね。ハルカちゃん」
手を握る。ハルカはダイゴの大きな手を握り返した。
ダイゴがいない間、家が荒れても困ると、ハルカは掃除に来る。とはいっても荷物なんてほとんどなく、すぐに終わる。
掃除を終えて玄関に鍵をかけた。今頃、家主は山のどのあたりまでいけたのだろうか。下山すると言われてる日までが待ち遠しい。洞窟になれば通信も出来ない。遠く、ダイゴがいるであろう土地の天気を眺めて、いい陽気であることに何と無く安心する。この晴天が続いてるんだと。
電話が鳴る。珍しく、現チャンピオンのミクリからだ。用事があるときはいつもダイゴから経由するので、久しく話していない。電波が通じなくてかけてきたのだろう。ハルカは電話に出た。
「ハルカちゃん? 久しぶり」
「お久しぶりです」
「落ち着いてきいてほしい。ダイゴが山で事故にあって地元の病院に搬送された。意識がなくて、できる限りの知り合いに連絡してるんだ」
そこまでしか聞こえなかった。ハルカはすでにボールを投げていた。ボーマンダが呼んだか?という感じで出てきた。何も言わずハルカはシンオウの方へ向けた。
長い距離を飛んで、ボーマンダはバテバテだ。言われたところに向かう。けが人はたくさんいるらしく、廊下は混んでいた。ダイゴの居場所を聞いて、エレベーターに乗った。
何もないように。何もありませんように。いつものようにまた……
「しばらくは無茶できないな。これを期に休養したらどう?」
「あぁ、ミクリの言うとおり……うん……ちょっと無理かな……身体中が痛いよ。」
救助された時は全く意識がなかった。病院で治療を受け、しばらくした後にダイゴは全身の痛みで気づいた。そこで入ってきたのは心配そうに覗く親友の顔。
今では少しくらいなら笑えるが、ミクリに日時や名前を尋ねられた時はなんでそんなことをと思った。それほどひどかったのだと、ミクリから聞かせられる。
「僕が一番ひどいけがってのは……ある意味心配ないね」
「まずは自分の心配をするべきだ。ダイゴのお父さんには連絡したからそのうち来ると思う」
「なんでオヤジよりミクリの方に先に連絡いくんだろう」
「持ち物の緊急連絡先にわたしの名前と番号がかいてあったそうだ」
「そういえば、ミクリの番号かいてた気がする」
「わたしはダイゴの保護者ではないはずだが……」
入り口の方に気配がした。小さな声で失礼しますとハルカが入ってきた。
「やぁ、ハルカちゃん」
「ミクリさ……ダイゴさん!!」
ダイゴをみて不安が吹き飛んだようだった。ところどころ怪我をしていて痛々しい様子だが、意識がないと聞かされていたから、安心に変わった。
「ミクリ……」
「ダイゴさん心配したんですよぉ! 生きててよかった……」
泣きそうなハルカをダイゴはじっと見ていた。ミクリは席を外すかと腰を浮かした。
「ミクリ……この子、誰?」
空気が固まる。ミクリもハルカも言葉が出てこない。
「ダイゴ、ふざけるのも大概にしてくれ。不謹慎だ」
「なんで怒ってるの?」
ダイゴは不思議そうにミクリを見た。
「……本当にわからないのか? ダイゴの恋人のハルカちゃん」
「恋人……? 僕に恋人なんていないよ?」
日付も分かる。フルネームも言える。住所だって電話番号だって年齢だって言える。野菜の名前は10個以上言える。引き算だって速い。
「なにいってるのさ。僕はわかるよ」
ベッドに臥せったままダイゴはミクリに抗議した。その目は完全にミクリしか認識していない。ミクリの後ろにいるハルカを全くの他人のように扱っていた。
ミクリはそのまま次の質問に入る。行きつけの飲み屋、ダイゴの仕事、ミクリの仕事のこと。ダイゴはこたえた。
「僕は今、デボンの研究室で地質調査の仕事していて、ミクリはチャンピオンやってるよね?」
「そうか、そこまで覚えてるならもうわかるな? ダイゴ、おまえはどうやってチャンピオンやめた?」
「えっ、誰かに負けて、それから色々知らないことたくさんあるって……」
「その誰かがハルカちゃん。おまえとハルカちゃんはポケモンリーグで戦ったよ」
驚いた顔をしてハルカをみた。戦ったことは覚えてるのに、そういえばその相手の名前も顔も思い出せない。
「……では、ダイゴのポケモンの名前は?」
ポケモンのことはさらさらと言えた。今回の事故でポケモンたちがいなければもっと惨事になったことや、ポケモンたちも無事に回復してボールに戻っていること。
「家にアーケオスをおいてきたけど、無事なのかなぁ」
「そのアーケオスの世話もハルカちゃんがやってくれてたんだ」
ダイゴの話はハルカのことだけ、全く存在してなかったかのようにいなかった。
「ハルカちゃん……だっけ? ごめん君のことは何も分からない。アーケオスの世話をありがとう……それと君はいつか……」
いたたまれなくてハルカは部屋を出た。そこにいるのは紛れもなくダイゴなのに、可愛がってくれたダイゴではなかった。
それにハルカを見て怯えたような目をしていた。後でミクリからあの子の目が怖い、あの子に負ける気がすると言ったと聞かされた。
「ダイゴさんが私に負けたのはもうずっと前のことじゃないですか」
自動販売機でサイコソーダのボタンを押した。コロコロと出てきたサイコソーダは、初めて二人でデートという名目で出かけた時に、ミナモのベンチで座りながら飲んだ。
栓を開けたら、機械の中で揺られたのか炭酸が溢れ出てきた。ハルカの手を濡らし、床にぼたぼたと炭酸まじりのソーダが落ちた。あの時も、ハルカのだけサイコソーダが溢れてて、それを笑いながらダイゴがハンカチを渡してくれた。
掃除の人が大丈夫かと声をかけてくれた。すみません、とハルカはその場から離れ、ベンチに座った。
そんなこともダイゴは覚えていてくれない。ハルカの存在も、思い出も全て消してしまった。認めたくなかったけれど、これが現実だった。認めることなんてできない。涙も声も止めることなく、サイコソーダを口に入れた。
ハルカが出ていってから、ミクリも少しして職員から追い出されてしまった。どこに行ったかわからないし、この崩落事故でマスコミが病院に押しかけてないとは限らない。
ダイゴと一緒だった人たちは軽傷だった。あの規模の崩落でよくも生きていたものだ。初めてのところではなかったのと、通報が速かったのが原因だろうか。
ロビーのテレビで事故のニュースをやっている。いまはどこもこのニュースばかりだろう。ダイゴの親とすれ違いにならないように、帰るのはもう少し後にしようとミクリは雑誌を手に取った。シンオウの旅行雑誌に今回の山と地底湖があるということも写真に載っていた。なるほどこれだけの美しい水を湛えた地底湖は観光も人気がありそうだ。奥まで見れないが、手前だけでも見る価値はある。
「ミクリ君」
声をかけられてミクリは雑誌を置いた。ダイゴの父親だ。ダイゴ自身は無事だと伝えると、ほっとしたような顔になった。
「ただ……本人は元気ですけど……」
「というと?」
「いえ、ダイゴの病室はこちらです」
これは二人の問題だ。ミクリは口を閉じた。処置が終わっていたらしく、病室にはダイゴしかいなかった。そして父親を見るなり、ダイゴの顔つきが変わる。
「オヤジ!?」
「元気そうじゃないか」
「僕は元気だよ。それよりみんなの保証とか」
「それは手配する」
こんな時でも自分の心配より一緒にいた人の心配をしていた。今度のことはデボン社指導だったこともあり、見舞金は出すことを聞かされてダイゴは安心したようだった。
家族も来たことだ、もう居座る必要はないだろう。ミクリは席を立つ。父親に礼を言われ、また後日に礼をするとダイゴも床から声をかける。
「ところで、いつもならすぐ飛んできそうな彼女はどうした」
ミクリが出て行くと同時に話しかけられ、ダイゴは咄嗟に反応できなかった。
「えっ」
「散々ごねたあの彼女だよ。どうした。心配かけたくなくて連絡してないのか」
「ミクリと同じことを言ってる……」
恋人がいる。けれどそれが誰だか分からない。名前も顔も、どんな人だったさえ思い出せない。なのにまわりの人は皆知っている。その感覚が気持ち悪い。
シンオウからホウエンへ戻ったのはあれから少し経った後だった。まだ軽く痛みがあるが、事故当日よりはマシだ。
「あの子が……そうなのか……?」
自分のポケナビの記録を見て、確かにハルカと待ち合わせたり、遊んだりしているような連絡をとっている。これは恋人と言った関係でもおかしくない。なのにその始まりはいつだったか、誰に聞いても思い当たる節はない。
しばらく静養する。ダイゴはトクサネの自宅に戻った。見慣れないものが置いてある。これがもしかして彼女のもので、遊びにくるからとっておいたのかもしれない。
それぞれをじっと見るが、なにも浮かぶことはない。他にも探してみようと部屋を探ると、自分だったら来客が来て困らないようにとっておくだろうなという品があちこちにある。
「僕に、本当に恋人がいたのか……」
現実に証拠を突きつけられて、納得するしかなかった。記憶は全くないのに。
ハルカから遊びに行きたいと連絡があったのは数日も空かなかった。用事もないし、ダイゴは迎えることにした。
扉を開けてハルカを迎えた時、その幼さに驚いた。もしこの子が恋人だとして、こんな年下の子が?と自分が信じられない。
「……ハルカちゃんは……何才なのかな?」
「17ですけど……本当に、わかりませんか?」
同じダイゴのはずなのに、全く知らない人に話しかけてる気分だ。ダイゴはハルカから目をそらしてごめんね、と言うだけだった。
「ミクリもオヤジも同じことを言ってた。すると僕が君を忘れてしまったことになるね」
「……あの、これ少し前のメールとかです」
二人でやりとりしていたものを見せる。ダイゴはハルカから端末を受け取ると、不思議そうに見ていた。自分のポケナビと文面が同じだったからだ。
「そう、なんだ……」
「ダイゴさんは……あさりの味噌汁好きでしたよね……」
「あっ、うん……そうだよ」
沈黙が通り過ぎた。好きなものも変わらないのに。
物を投げつけてなぜ覚えていないんだと叫びたかった。でもダイゴがハルカを見る目がいつも悲しそうで、ダイゴも辛いのだとわかった。頭でわかってても感情はついてこない。裏切られたようだった。
「ダイゴさん、今度遊びに行きたいです」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「一番最初に行った遊園地」
「ごめん。そこはどこ?いつ頃行ったのかな?」
なにも自分が一番傷つく方法を取ることはないのに。過去のことは覚えてないのだから。それを確かめなくたって、事実なのに。
少しでも思い出してくれないかなと期待したのはハルカの勝手だ。その話をしたらそれをきっかけに話せると思ったのもハルカの勝手だ。
ダイゴだって困っている。苦しんでいる。でも苦しくて困っているのはハルカも同じだ。
「……ダイゴさん、お化け屋敷はなにも怖くないって言って何も動じませんでしたよね。それなのにジェットコースターですごい震えてましたよね。ポップコーンだって野生のキャモメに取られたし、ボールホルダーが切れちゃって代わりの買ってくれたじゃないですか!」
最後は言葉にならず、涙と絶叫でほとんど聞き取れなかった。ハルカの背中を優しくさすり、ダイゴはごめんね言った。
「ダイゴさんのバカ!」
ダイゴの手を振り払った。過ごした日のことは、ダイゴの中にない。いっそ全て忘れていたならまだよかったのに。どうして自分だけがこんな目に合うのか。いままでこんなことをされる仕打ちをした覚えはない。
ダイゴは困っていた。もし逆の立場であったら絶望しかしない。けれどハルカのことは、本当に何も覚えていない。遊園地に遊びに行ったことなんてないはずだし、こんな年下の子と遊びにいくことが信じられなかった。
大丈夫かい?
そんなメッセージがハルカに届いた。ミクリからだった。ダイゴと会ってから元気でなくて食事もあまり進まなかった。それをセンリから聞いたようだった。返信するのも億劫だったが、一言大丈夫ですと返した。するとすぐにルネに来ないかという誘いが来た。ルネシティでの祭りがあるのだそうだ。人のいるところは気が進まない。どうしようか考えていると、ダイゴは来ないよとメッセージが入った。
気を使われている。ミクリは昔から気を使ってくれた。ダイゴと付き合うことを言った時、本当に親しい人にしか言わなかったのに皆嫌そうな顔をした。何を考えているんだとか、財産狙いとか、心ない言葉もたくさん言われた。でもミクリはダイゴに一番近かったのに、よかったじゃないかと言っただけだった。そしてダイゴが人に興味持つのはすごく珍しいからね、大切にしてもらいなよと。今ならその意味も分かる。それとどれだけミクリに心配されていたのか。
行きますと打って、ハルカは体を起こした。ルネシティに行こう。ルネシティにいるミクリに会いに。
今日はチャンピオンは休業、とばかりに帰ってきたミクリはすでに人に囲まれていた。老若男女問わずモテる。ダイゴとはまた違うモテ方ではあるけど、ミクリの恋人は大変そうだ。
ハルカを親友の恋人なんだとみんなに紹介し、ルネの美味しいもの食べさせてあげてと人の輪の中に入れてくれた。ルネの人たちは本物だとか本当に付き合ってるんだとか、テレビの向こうの人と話すように接してきた。おかげでルネの美味しい魚や貝をたくさん食べることができた。
ダイゴにルネでお祭りがあるよと誘われ、ミクリにも挨拶程度に遊びまわったことがあった。その時と同じ味がした。
少しだけ元気になれたが、ダイゴに会う勇気はなかった。ダイゴは今、何をしているのかさっぱりわからない。ハルカがいなくても成り立つ生活なのだから。
ポケナビが鳴る。ダイゴからだった。着信が続く。とっていいものかと震える手で通話を押した。
「ハルカちゃん?」
「えと、はい」
「あー、よかった! 今度の休みでミナモデパートに買い物行くんだけど、ハルカちゃん一緒に来てくれないかな?」
いきなりどうしたのだろう。ハルカはしばらく考えて行くと答えた。
当日になって約束のところに行くと、ダイゴはすでに待っていた。待ちきれないといった様子で、ハルカをみて大きく手を振った。
「じゃあ行こう」
ダイゴはそっとハルカの手を握った。それはとてもぎこちなく、ダイゴなりに申し訳ないと思っているみたいだった。でもそんな無理をしてほしいわけではない。
「ダイゴさん、無理しなくていいんですよ」
ダイゴにはいろんなものを見せた。もらったもの、あげたもの。どれもハルカに結びつくことはない。その努力は実らぬまま、時間だけが過ぎた。
もう無理なのかもしれない。ダイゴは変わらないけれど、ダイゴではないのだから。その笑顔も、いままでのダイゴと同じではないのだ。
事故のことは関わった人以外、ほとんど忘れ去られていた。
「何か知らないか?」
ミクリは唐突にダイゴから聞かれた。話があると呼び出され、着席した瞬間に。
「あの子の何か、僕にとってハルカちゃんは本当に恋人だったのか。他の人はみんな知ってるのに、僕だけがわからない、気持ち悪い」
ダイゴは焦っているようだった。視線が落ち着かず、ミクリに助けを求めていた。そこまでずっと一緒にいたわけじゃないから、ミクリも返答に困る。
「早くしないと、ハルカちゃんに見放される。怖い。ハルカちゃんが僕を見放す時が怖いんだ」
「……ダイゴ、自分で相談に答えているぞ。結局、ハルカちゃんのこと全て忘れてしまったとしても、お前はハルカちゃんのことが好きなのは変わりないじゃないか」
ダイゴは意外そうな顔をした。こんな焦りが答えだと言うのか。
どうして焦っているのか、その答えを知りたかった。全く記憶にない相手に見捨てられる不安はどこから来るのかわからない。なぜ来るのか。記憶がないなら、存在しないと同じなのに。存在しない相手に見捨てられても気にならないはずだ。
必死でポケナビの記録を見て、アルバムを見て、通信記録を眺めて。分かったことを書き留めて、事実をながめては記憶と一致しないことにため息ついて。なぜ彼女のためにそこまで焦っているのか。
この記憶が戻らないのならば、彼女を自分に縛り付けておく方が不幸になるだけなのではないのか。
その二つが矛盾している。どうしたいのだ。でも誰も答えてくれない。それもそのはず、ダイゴは自分で方向を決めていた。
付き合い始めは反対された。年齢が理由だったり、立場が理由だったり、それぞれの思いだったり。元チャンピオンの二人は目立ちすぎた。いつの間にか世間に知られ、二人の悪評はさらに加速した。
それでもダイゴはハルカを選んだ。ハルカはダイゴの味方で有り続けた。付き合い始めに恋愛感情があったかどうか分からない。でも関係を続けてきて、大切な人になったのだ。その人が突然、忘れてしまうなど受け入れられることではない。
ダイゴが思い出せなくても、ダイゴは生きていける。これ以上、一緒にいて傷つく必要はない。ダイゴとの思い出は思い出なのだ。
ミナモシティに誘われた。その連絡が来た時、ハルカはダイゴに言うことを決めていた。
遅く待ち合わせして、ダイゴはデパートへ行こうと言った。そこからミナモシティの夜景が綺麗に見える。ダイゴは覚えてないかもしれないが、初めて2人で来た時にハルカがその夜景に感動してはしゃいでいた。ここが終わりの場所になる。
歩いてる間、ダイゴは黙っていた。その沈黙を埋めようともせず、ハルカも黙っていた。
夜景の見えるレストランの席につき、簡単に注文する。いざダイゴに切り出そうにも言いづらい。
「ハルカちゃん、すごく聞いてほしい」
先に言われてしまった。ハルカは言葉を飲み込み、ダイゴを見た。
「この半年、僕なりに努力してきたけれど、やはり君のことはわからない。どこで出会ったのかも、どうやって過ごしてきたのか思い出せない。だから以前のようには付き合えないけど、ハルカちゃんは怪我した僕を支えてくれた人で……これは僕のわがままだ。僕の恋人になってほしい」
「ダイゴさん……本当、何一つ変わってないんですね。覚えてないって本当なんですか? 以前、付き合い始めた時と同じこと言ってますよ」
言いたかったことは全て吹き飛んでしまった。同じ人から同じ言葉で口説かれ、それが今のダイゴが切り出す確率から考えて嬉しくないわけがない。
「あの時だって、ダイゴさんは……」
僕たち、恋人にならない?
なんでって、その方が楽しいし、それにハルカちゃんを他の人に取られたくないなぁって。
もちろん、ハルカちゃんがよければだけど。
ハルカちゃんと一緒にいて、とても心強い味方だって感じたんだよ。
うん、そう。ハルカちゃんがいてくれたら僕が嬉しい。友達より、恋人でいてほしいんだ。
「そうか。僕はその時もハルカちゃんを泣かしてたのかな。進歩がないね」
「ダイゴさんが、そんなこと言ってくれると思ってなくて、もうだめかもって、もう別れようって思ってて……」
え?なんで?
ダイゴさんってそんな態度一ミリもしなかったのに。
でも突然どうしたんですか?
私もダイゴさんが一緒にいてくれると心強いです。でもなんていうか、私でいいんですか?
「以前のように付き合えないと思う。僕が知ってるハルカちゃんは怪我で動けなくて、僕が覚えてなくても一生懸命ささえてくれたハルカちゃんしかいない。このまま一生思い出さないかもしれない。それでも僕はハルカちゃんといるとすごく心強いんだ」
好き、かなぁ?
恋人になってって言っといて失礼だけと好きとは違うな。
頑張ってるハルカちゃんと一緒にいれたらなぁって。
あっ、これが好きっていうのかな?
ごめんね、よくわからないや
「私もダイゴさんと離れたくないです。何でもできて優しくて、前に恋人にってって言われて嬉しくないなんて思えない。昔のことなんて覚えてなくてもいい!私と一緒にいてください!私の恋人でいてください!」
私はダイゴさんのこと好きです。でもダイゴさんは好きじゃないんですか?
でもそれが好きってことじゃないんですか?そうじゃなかったら、私はダイゴさんのことなんて思えばいいんでしょう?
尊敬、ですかね?
「うん。もう一回、付き合ってください。僕はハルカちゃんが大切です」
記憶に拘っていたのはどちらもそうだった。過去が作り上げた関係を忘れてしまったことで、そうさせてしまった。
泣きながらもう一度ダイゴの告白を受けてから半年。あの事故から一年経つ。
それでもダイゴはハルカと初めて会ったのは病室であるし、チャンピオンルームで戦ったことを思い出せない。2人の記憶は食い違っているけれど、半年に築いた関係の方が大切だ。
今も夕食を一緒に作って一緒のテーブルについて一緒に片付ける。全く何も変わらない。ハルカが可愛らしく甘えてきて、ダイゴが頭を撫でて。気が済むまでダイゴに抱きつき、彼の持つ匂いを感じた。
そのままでもよかったが、ニュースの時間だ。ダイゴはテレビをつけた。音声に反応してハルカもそっちを見た。
「あっ、ここ……」
事故があってから一年。テレビでも特集を組んでいた。映像は事故当時のものもあったが、今の映像は元通りだった。地底湖の形が変わってしまったことくらいで、今でも透き通った水が深い湖底まで見せていた。
「この地底湖には、神様が住んでいて、炭鉱が主流だったシンオウの人たちが崩落事故に会わないようにって願ってたんだって」
「そんなところで崩落事故ってのも皮肉ですね」
「まぁ、山だからね。どこも絶対安全なんかじゃない。でも人の入れない奥にはまだ鍾乳洞とかまだ知らないことばかりで本当に神様がいてもおかしくないよ」
こういうときのダイゴは生き生きとしている。本当に変わらない。何も変わらないんだとハルカはダイゴの目を見た。
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フォロワーさんから、記憶喪失ダイゴさん(カプは自由)いいよねって話から生まれました。
ハルカちゃんなら、ダイゴさんが覚えてなくても、ダイゴさんを振り向かせた努力する子だから頑張れると思います。
ボツネタの宝庫だよ!
・竜を呼んだ師匠
旅芸人の師匠と付き人の話。
明治より昔らへんを意識
現在のフスベシティらへんを通った時、興味持った新しい領主にやれと言われて、削ったばかりの横笛で師匠が演じる
が、弟子はその笛はやたら高く、竜の声(雲を呼ぶ風の音)に似ていてあまり好きではなかった
フスベシティでは笛を吹いてはならぬと言われていたが、新しい領主はそんなの迷信とばかり。
しかし師匠が奏で始めるとだんだと雲行きが怪しくなり、大量の雨が振り、雷が鳴る
師匠の身の回りの世話と、台無しになってしまった笛のために、フスベの山へいい木を探しにいく弟子。
猟犬(デルビル、ヘルガー)を連れた地元住民に、ここは昔、シロガネ山に住む竜(カイリュー)が仲間を失って探しに来たはいいが、結局みつからずに終わってしまったこと、それ以降、笛の音を聞くと仲間だと思って大雨を連れてやってくることを聞く
元々表を歩けない身、黙々と笛を作り、二人は旅立つ。
・主任の炭坑
シンオウは石炭や金銀などが取れるため、たくさんの炭坑があった。
ポケモンを使い、どんどん掘り進めシンオウ地方から取れる資源は人々の生活を豊かにした。
炭坑で働くものは取れれば取れるほど自分にまわってくる利潤が多くなるため、どんどん掘り進んだ。
事故も多かった。しかし会社は遺族にたくさんの金をおけるほどだった。
そんな時、作業員が何人か戻らないことがあった。確かに一緒に作業し、直前まで話していたはずなのに
探したが崩落などはなく、また明日探そうと解散。
次の日も探すが永遠に戻ることはなかった。
そのかわり、炭坑でイワークの変種が見つかる。金属の体にシャベルのような顎を持っていた。
作業員が見てるまえで壁を堀り、金属を見つけるような動作をした。そいつは作業員を見つけると勢いよくやってきた。驚いた作業員は逃走するが、途中で何人かいなくなる。
そして作業員が何人かいなくなった。ついに主任者が現場に入るが戻ってこなかった。それに比例してイワークの変種の目撃談が多くなる。
噂では山に取り憑かれた炭坑夫の成れの果てだとされ、炭坑は閉じられた。
今では調査のため、開かれているが、決してハガネールだけには攻撃していけないと言われている。
それがもしかしたらあの時の作業員かもしれないのだから
(モンハン、ウラガンキンネタより)
・妖狐はいかにしてシンオウから姿を消したのか
今ではシンオウでロコンは見られない。
元はたくさんいたのだが、人に退治された。
シンオウの開拓や炭坑で働く人はケガも多く、この男も全身に火傷を負って看護されていた。
だいぶ治ってきたころ、家に人が来た。妻が対応すると会社のものだという。しかし男も女も子供まで混じっていた。
おかしいなと思いつつも、仕事のことを相談したいから少し部屋を閉じてくれと頼まれてその通りにした。
何時間たっても出て来ないので様子を伺うと、男は既に息絶えていて、そのまわりをキュウコンとロコンが争うように男の肉片を食べていた。
火傷の治りかけの皮膚はロコンキュウコンのたぐいの好物である。炎でやいた相手を生きたまま放置し、治ってきたころに食べることもする。
妻が叫ぶと、一目散に逃げていった。
同じようなことが相次ぎ、狐をこの世から抹殺すべきだと残された開拓民は炎に強い猟犬ヘルガーと共に山に入り、一匹残らず仕留めた。
最後のキュウコンが絶滅したのはその事件から7年後だったとされている
今でもシンオウでロコンは見かけない。むしろ見ない方がいいのかもしれない
(北海道の炭坑記録から)
どれも、文章にするとだるくなっていく
道祖神の詩(うた)です。
道祖神とはミクリの言う通りに正しい道に導いてくれる神様と言われていますが、旅の神様でもあるんですね。
また、境界線を示す神様でもあり、神様の住む世界と人間の住む世界をわけていると言います。鳥居と性質は似ています。
大人のトレーナーにしか思えないこと、それが本当に今の人生でよかったのか、今までの事はよかったのか、今は正しいのかという反省です。
彼らにも突っ走ってポケモンに夢中だった時があったはず。でもその結果は本当によかったのか。正しかったのか。
本当に正しいならなぜ今の位置にしたのか。
ポケモンで最も神秘的な街だと思ってるルネシティ。音楽もホウエン地方の他の街と比べてジャズワルツになっています。グラードンカイオーガが目覚める祠もありますし、ルネの住民が全ての生命はおくりび山で終わり、目覚めの祠から出て行くというセリフ、そして飛ぶか潜るかしないと行けない地形などから、ルネシティは独自の自然信仰がありそうだなと思い、このような形にしました
そしてなぜミクダイなのか。
手にしたミクダイにとても感動し、こういう形で彼らが生活している基盤をかけないかとかきだしていたら自然とまとまりました。
最後に。
詳しい方はすぐ解ると思いますが、道祖神は男女の性交も司ってるんですよね。だけどダイゴはそうじゃない。だからどうしてこの道(ミクリが好きだという現状)に行かせたのかと恨みを抱き、どうにもならない心を必死で隠そうとします。
(ミクリの対戦相手がカチヌキ一家の長男。彼もまたここまで後悔も振り返りもせず突っ走って来たんだろうなあ)
ハルダイw
そうね、ダイゴさん好きすぎるハルカちゃん(主人公)ならやりかねない!
これだからダイハルが夢小説だと怖いのよ!!!!
ほもうめえ!!!
だいはるが夢小説なら、こんどぼくが大誤算を監禁してあんなことやこんなことするダイハル、もといハルダイください!!!
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前書き:ほも注意!!!
ほも注意!!!
ほも注意!!!
大事なことなので三回以上いったと思います。
自宅の郵便受けに混じっていた白い封筒とメタモンの切手。色と反対に禍々しいオーラに包まれているのは一瞬にして差出人が解ったからだ。ダイゴは速くなる脈と冷や汗を感じつつ、震える手で封を開ける。
「ほもください」
そんな彼女の声とメッセージが一瞬にして脳内に再生された。
こんな郵便が来た。
写真つきでダイゴはSNSに投稿した。いま流行のソーシャルネットワークサービスは、簡単に知り合いと連絡が取れるので、ダイゴももちろん利用している。友達やリーグ関係者、親しいトレーナーやデボンと特に親しくしている人に限り、プライベートなアカウントを使っている。
ぷちめたもん:きゃー!ほもー!
すぐに返信が来るのは、これが差出人だからだ。ハンドルネームの通りにメタモンの切手を貼って、あんなものを送って来るのはこいつしかいない。ぷちめたもんというハンドルネームを使い、天真爛漫な言葉を投げかける。
出たなほもくれめたもん!
なお、ここから下は画像サービスの規約に違反するので写せない。
そうしてダイゴは改めて送りつけられたものを見た。相当仲良くなければこれは嫌がらせの域でしかない。
なぜなら全裸で抱き合う筋肉質の男と男の合体している絵ハガキだった。
ぷちめたもんことハルカと出会った頃、ダイゴはチャンピオンで彼女はまだ子供だった。少女というより子供だった。そして仲良くなっていき、チャンピオン戦でハルカがダイゴを敗ってから色々変わった。
用事があってダイゴがホウエンを離れていたし、ハルカもカントーやジョウトに遊びにいきがてら旅をしていたので長い間ネットを通じてのやりとりしかしてなかったが、それでも1年に一回くらいは会っていた。その時はまだ気付かなかった。
ホウエンに戻り、デボンのイベントで人手が足りないとSNSに投稿したところ、ハルカが戻ってきてるし手伝うといってくれた。ダイゴの私的な判断なので謝礼が出せないといっても、ハルカは快く了承してくれた。しかし親しい仲もあり、その日の夕食をおごった時にダイゴは気付いたのだ。
「ハルカちゃん!!」
かなり茶目っ気の増した彼女の姿を見つけた。遊びに行こうと誘ったわけでもなく、ただ単に浅瀬の洞窟にふらっと寄っただけなのに、会うとは思わなかった。
「ダイゴさん!久しぶりですぅ!」
再会を祝うかのように笑顔だ。しかしダイゴはまず言わなければならないことがある。彼女の頭に軽くげんこつを落とした。
「久しぶり、じゃないよ! 何送ってるの! 僕がどれだけ処分に困ったか……」
「いったぁ……え、捨てちゃったんですか? ダイゴさんなら喜ぶかと思ったのに」
「……一体どこでどう間違ってこんな風に育っちゃったのか……ねえ、ハルカちゃん。本当はリエって名前なんじゃないの?」
「あたしはあたしですよー! 昔からハルカです! 男の人と男の人がイチャイチャしてるだけで萌え! はぁ、ポケモンのオスとオスでもいいからイチャイチャしてないかなー」
男と男をイチャイチャさせて喜ぶ通称腐女子。誰の影響なのか全く解らないが、気付いたらハルカはほもくださいが口癖になっていた。SNSではずっと彼女の発言はほもくださいで埋まってるか、タマゴが孵化したとかの報告だ。前者8割、後者1割、その他1割。
いくら発言が問題あるとしても、昔からの仲である。生暖かく見守っているが、時折ダイゴにその刃が降り掛かる。男と男が合体している絵はがきが送りつけられるのもその一環だ。
「で、ダイゴさんはいつほもになるんですか?」
「なりません」
ハルカの言葉を借りれば、ダイゴほどのイケメンがほもじゃないわけがない、とのこと。そんなことあるわけないと話しても無駄であった。どうしてそんなスイッチが入ってしまったのか。男性の半数以上が潜在的な同性愛を持っているというが、女性の半数以上がそれを好むのだろうか。考えても考えてもハルカの変化にはついていけそうにない。
ハルカにかまってる暇はない。今日はここに貝殻を取りに来たのだ。同じくハルカもここにタマザラシを探しに来たようで、ダイゴのことにかまってるわけではない。
「タマザラシー、タマちゃんは川住まいのさすらいタマザラシー」
そんな呑気な歌が聞こえてると思えば、ダイゴの背後にタマザラシを抱えたハルカがいる。もう捕獲したらしく、ダイゴの仕事をじっと観察している。
「ダイゴさんみてくださいこの子! 女の子ですよ! きっとほも好きですよ!」
「世の中が全部ハルカちゃんと一緒だと思わないでね」
「そんなことないです! みんなほもくれますもん」
白い貝殻を拾う。その後ろを生まれたてのアチャモみたいにハルカがくっついてくる。
「あー、男はみんなほもになればいいのに」
後ろから念仏のように唱えられて、思わずほもと自分で口にしそうだ。ハルカが勝手に思い込むこと自体は勝手にしていればいいが、まわりに言いふらされては困る。
「わかったからハルカちゃん黙ってて」
「じゃあほものこと考えるー」
と、ポケナビからSNSにつないで何か投稿している。内容は解ってるし読みたくもない。しかしそうしていればハルカは黙ってるので、ダイゴは貝殻を拾うことに集中できる。
頼まれていたものを全て拾う。ハルカは飽きたらしく、岩に座ってSNSに集中している。
「帰るからね」
「あー、待ってー! ダイゴさんお腹空いたー!」
「何があったかな」
この辺りは昔から変わってない。本当にハルカだけが変わってしまったかのように思えた。ダイゴに完全に甘えて来るところや、食べ物の好みは多少苦いものが好きになってきたくらいで変わったことがない。
ハルカのポケナビが鳴る。誰からを見ると舌打ちしてそれを消す。
「いいの?」
「だって勝負する必要ないですもん」
今はSNSで勝負を申し込むような人がいるのか。確かに一番手っ取り早いけれど、いちいち相手していたら面倒なものだ。
ダイゴの家で昼食の片付けをしていると、玄関のチャイムが鳴る。貝殻を頼んでいた張本人がやってきたのだ。
「ミクリいらっしゃい」
ダイゴの友達だ。いろいろあってダイゴの代わりにチャンピオンを引き受けてくれたとてもいい人。元はルネシティジムリーダーで、水タイプが専門だという。とても美形で、ファンはダイゴよりも多い。
「ハルカちゃんも来てるんだ。おいでよ!」
「おや、元気なんだね。お邪魔しようかな」
ミクリが中に入ると、すでに食後のデザートに入ってるハルカに会う。
「あー、ミクリさん!」
「久しぶり。元気そうでよかった」
「やだなー。あたしはいつでも元気です」
プリンを平らげると流しに片付ける。ダイゴが紅茶をいれて、レモンの輪切りが添えられる。
「ところでー」
レモンティーに砂糖を入れてハルカが話を切り出した。
「ダイゴさんはいつほもになると思います?」
ミクリの手が止まる。その場の空気が滞った。
「ハルカちゃんそういうの好きなの?」
「むしろミクリさんはダイゴさんの恋人なんですか!? どっちが攻めで受けなんですか!?」
「……つまりこういうことかな」
ミクリはダイゴのさらに近くに座った。思わずダイゴが身を引いたが、そんなことおかまいなしにミクリは彼の腰に手をまわす。
「キャーーー!! ほもー!!」
「やめてよミクリ!」
「つまりミクリさんが攻めでダイゴさんが受けですか!? それともミクリさんの誘い受けですか!?」
ハルカの目がキラキラ輝いている。ダイゴの目が嫌がっている。ミクリの目は楽しそう。
「こういうのとか?」
空いてる方の手でダイゴの細い顎を掴むと、そのまま唇に触れる。その瞬間、ハルカのとても黄色い声が上がり、ダイゴは全力でミクリを拒否する。しかし女の人の扱いになれたミクリに反抗できるほどダイゴはそんな経験があるわけでもない。
ミクリから唇を放してもらえた時、ダイゴはぐったりとしていた。
バトルフロンティアついたー これからタワーなう
ハルカは久しぶりにまともな書き込みをする。歩きながら高くそびえる塔を見上げる。あの中の何階まで今日は行けるのか。今から楽しみで仕方ない。
めたもんがフロンティアいるなら私も行こうかな
それを見てハルカは舌打ちする。しつこいのだ。何度も何度も。相手をするだけ無駄だ。
前は気合いのハチマキだったから今日は光の粉ほしい
光の粉とか運強いさすがめたもん
お前にぶつける為だ、と心の中で返信をする。本名も知らない誰かにここまで粘着されているとさすがに気持ち悪い。
この類の人間は、ハルカがこのSNSを利用し、知り合ったトレーナーとやりとりを初めてから数ヶ月後に現れ始めた。
ふらふらと所在不明のダイゴともすぐ連絡とれるし、彼氏つまりユウキが遠くまでポケモンの調査に行ってても連絡が取れる。カントーで知り合った友達とも気軽にメッセージを送れる。トレーナーにとってはかなり便利なツールだった。
しかしハルカはチャンピオンにまでなって、有名人となってしまっている身だ。突撃してくるファンは後を絶たず、未成年のハルカに対して非常に性的な発言が続く。気持ち悪いとユウキに何度も相談していた。
中々応えてくれないハルカに対して業を煮やした粘着質ファンからは、罵倒が飛ぶ。誰にでも股を開く尻軽、と。実際は今のところユウキ以外との経験が全くないのだが、そうでもしないと向こうのプライドが保てないのだろう。ハルカをそう貶めることで、そんな女と関われない自分は正解なのだと。ハルカにとってはかなり迷惑であるが。
そんなことを繰り返され、ユウキの前だけではかなり泣いてわめいた。散々泣いた後、ハルカ何もしてねえじゃんと慰めてくれる。いつもはぶっきらぼうな言い方が、この時だけは優しく響いた。
ユウキに抱きつきながらハルカは自分に来たレスを思う。女なんてみんなクソだという男からのメッセージを。
「どうしてこの男は女をクソとかいっておきながら私にやらせろって言うの? そんなに好きなら男は男とやってればいいじゃない」
ハルカは自覚していなかったが、これこそ目覚めの第一歩である。ハルカのことを微塵も愛してない悪意の塊である男へ無自覚の復讐を始めた。
「彼氏いますか?」
男に対してそう言い始めたのである。中にはそういうのに理解をあるフリして近づいて来る人間もいた。
さらにほもくださいと言い始めた。すると大抵が蜘蛛の子を散らしたようにいなくなっていったのだ。
そうして気持ち悪い男は消えていく。やっと快適になったと思った頃、ダイゴがホウエンに戻って来ると言っていたのだ。
「ダイゴさんが帰って来るなら遊べ! カイナの海鮮市でなんかおごれよ放蕩チャンピオン」
「了解。今度の土曜日の夜でいいなら」
「ユウキもダイゴさんに会いたいっていってたんで行くー」
そんなたわいもない約束だった。その後はすぐにハルカが見たポケモンの話に移っていた。しかし悪意というのはどこにでもいるものである。
ダイゴはとてもイケメンの部類に入る。ハルカも見た目はかっこいいと思ってる。変人だけど、悪い人ではないし、仲良くしてくれるお兄さんである。ハルカが初心者の頃はかなり助けてくれたし、今でも様々なアドバイスをくれたりするのだ。
そんなダイゴを本気で恋人にしたいと考える女はたくさんいる。ダイゴ自身があまり覚えてなくても、向こうはしつこく覚えているものだった。
そしてそんなダイゴとSNS上で仲良くしているのを見て、ゲスの勘ぐりをする人間はたくさんいる。こいつが本命の彼女なのではないかと。ハルカからしたら何言ってるんだとしか思えないが、向こうは本気だ。
そんな女が今ハルカにまとわりついているやつの正体だ。光の粉どころかカイリキーで粉砕したいくらいである。向こうはこっちの顔知っているが、ハルカは知らない。しかしハルカにはチャンピオンとなった時のポケモンたちがいるのだ。出て来たら向こうの負けである。
「あたしの彼氏はユウキだし、そもそもダイゴさんと年はなれ過ぎてんだろうが」
そんな愚痴をいっても思い込んだ相手には伝わらない。未成年ハルカの相手は成人だ。こんな大人にはなりたくないと思うばかりである。
あたしもフロンティアいるよー!
バトルタワーの挑戦から戻ると、思わぬ返信にハルカは嬉しくなって返事をする。
まじー!?あとでごはんいこ!
まさか来てるとは思わなかった。ハルカは約束を取り付け、バトルタワーから出て来る。
「リーフ!」
「ハルっち! 久しぶり」
カントーで会ったトレーナーである。リーフという名前のマサラタウンから来た女の子だ。
「最近さー」
レストランにつくなりハルカは話し始める。
「ん、まだいるのダイゴさんのファン」
「まだいるよ。なんか新しいの湧いてる。どこをどう見たらあたしとダイゴさんが恋人なのか説明ほしいわ」
「インターネットだからね、誤解も生みやすいし」
「それにしても誤解しすぎじゃない? そもそもどこでダイゴさんのプライベートなアカウント知ったんだか」
「ダイゴさんが教えたとか? でもそしたらダイゴさんの親しい人たちしかいないよねえ」
「そうなの。だから困ってるんだよね。あたしはただのほもが好きなめたもんだっていうのに」
「メタモンなのはいいけどほもはやめなよ」
「ほもがいいー。ほも。もう男はみんなほもになれ!」
まわりの視線が痛い。そうやってみんな去っていけばいいんだというハルカの心の声が聞こえた気がした。
あの女、親しげに私のダイゴ様と話しやがって。しかもダイゴ様に勝ってチャンピオンになったとか、子供のくせに生意気よ。
嫌がらせしてやる。子供のくせに私のダイゴ様に近づくなんてあり得ない。
すれ違い様に私の落としたハンカチを拾ってくれたダイゴ様。それはもう運命だった。ダイゴ様と結婚するしかないの。それなのにあんな子供が親しいなら、あの子供が手を引くようにすればいいんじゃない。
あー、もうまたダイゴ様と親しくしてる。しかもなんなの!友達とも楽しそうに!
続ければいつかダイゴ様から手を引くでしょ。絶対ダイゴ様は私のものよ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ほもください
そのフレーズで特定の人物が浮かび上がった貴方へ向けるダイゴさんとハルカちゃん。
ダイハルが夢小説で何が悪い私の作風だと言い張った方がいましたので、主人公=自分なら、どんなキャラだって許されるよねという意味も込めて。
これが許せないならその言葉取り消せよ☆って思っています☆
ハルカがネットで気持ち悪いやつらにからまれて疲弊していました。けれどハルカは悟られないよう、ユウキ(彼氏)の前以外ではそのことを言いません。でもミクリは何となくそれを察知しています。
なので実際に会った時に元気だったのと、ほもくらいで喜ぶなら喜ばせてあげようとダイゴを被害者にして応えました。
ダイゴの嫌がりを見てれば解る通りダイゴは気付いてません。ほとんどダイゴが原因なのにね!!
ミクリみたいな男がいるかよ!っていいますが実際います。優しい男はいます。
ハルカみたいな子もいます。っていうかその人がモデルです。
ご無沙汰しています。
しとしと雨の降る七夕を迎えました。
それでも街中では浴衣を着た人たちに出会ったりちいさな七夕飾りを見つけたりと、すっかり七夕ムードですね。
「黄金色を追い求める最高のトーストマイスターになる ちるり」
「リーフィアといっぱいあそべますように ミノリ」
「今年もご主人さまのいちばんでありたい チリーン」
「さらに出番をよこせ ムウマ丼推進委員会」
「めざせコンスタントに短編投下 小樽ミオ
「池月くんがエリス嬢のもとに帰れる日が早く来ますように」
今年は夏コミにスペースを出される方もいらっしゃるので、素晴らしい祭典になるようにお祈りします。
個人的には、有明夏の陣2012で私自身が討ち死にしないようにと願うばかりです(笑)
短冊の願いごと、届くといいな!
※追記:読み返したら語弊ありげな箇所があったので直しておきました、すみませんm(_ _)m
梅雨の宿命だわな……
止まれ、不景気な事言っててもしゃあないので……!
『今年こそ日の目を…… 書きかけ山脈関係者一同』
『武運長久・凶運回避 ボックス対戦組』
『求むルカリオ 目指せ獣人パ結成! アジル(コジョンド)・シュテル(コジョフー)・グリレ(ゾロア)・ギブリ(ゾロアーク)・ケム(リオル)』
『神は言っている……仲間を救えと イ―ノック(コイキング move担当)』
『原こ(赤黒いものが飛び散っていて読めない……) **ウィ』
うーん、不景気だわ(
皆さんはもっと明るく楽しい七夕祭りをお過ごしくださるよう……!(笑)
では。ゲームも創作の方も、もっともっとギアを上げて行きたいですね〜。
『これからもこの場所により多くの作品が集まって、創作者の方々の良き憩いの場であり続けますように』。
サイコソーダ大好きダイケンキ、シェノンがてくてくと道を歩いていると、目の前に笹が立っていました。
その笹には短冊がたったの一枚だけ、ひらりひらりと揺れていました。水色の短冊には、太く黒々とした、おそらく筆ペンで書いたのであろうでっかい『合格祈願』の四文字。
「何かすっげぇ切なくなる光景だな」
ありのままを口にした後、そのシェノンは何も言わずに代表として持ってきた短冊をかけていきます。去年よりも数枚、増えている気がします。シェノンはまず彼の仲間たちの短冊をかけ終えると、見覚えの無い字形で書かれた残りの三枚を見つめました。
一枚目は、ひらがなとカタカナだけで書かれた、まるで小学生が書いたような文字。
『これからも おじさんと たくさん ほんが よめますように! ルキ』
二枚目は、綺麗な、大人が書いたような文字。名前はありません。
『平和な日々が続き、彼を置いていったりするようなことが起こらない事を祈る』
三枚目は、少し丸みがかった、女の子っぽい字。黄色い短冊です。
『今年も向日葵が沢山咲きますように。 再会できますように 夏希』
その三枚も掛け終えると、シェノンは「サイコソーダの季節だなぁ」などと呟きながら去っていきました。
夜空に、星々を湛えた天の川が輝いておりましたとさ。
【短冊 どうか増やしてほしいのよ】 【なんか今年もやっちゃったのよ】
こんばんは、6時のニュースです。
さて、今日は七夕。各地で笹が飾られる中、ある事件が起こりました。では現場から中継です。
「本日午後3時頃、このトクサネシティで大量のキュウコンを連れて辺りを干上がらせた疑いで男が逮捕されました。男は非理亜住(ひりあ じゅう)容疑者で、調べに対し容疑を認めているとのことです。非理亜容疑者は特性が『ひでり』のキュウコンを使って夜を明るくしようとしましたが、駆け付けた警察に『明るくても七夕じゃなくても、カップルはいちゃいちゃするんだぞ!』と説得され、その場に崩れ落ちました。非理亜容疑者は動機を『夜を明るくすれば七夕をできなくなると思った』と語っています。以上、現場からでした」
ありがとうございました。1年前にも似たような事件がありましたが、どこにでもこうした人はいるものですね。では、次のニュースはこちら。
1年前はサーナイトのブラックホール設定を使い、今年はキュウコン。来年はどうなることやら。
自分の過去記事がいきなり上がってるとビビりますね。こんばんは。
掲載の方OKです!
殴りにいけるアイドルのネタ、TBN48のひみつって題で夏コミ新刊の好評の未刊部に載せたいのですが、いいでしょうか?
TBN48のひみつ レイニー
キャッチコピーは殴りに行けるアイドル。
戦場と化す握手会に直撃取材を敢行、タブンネ。
という感じにしたいのですが。
「いらっしゃい、よく来たね」
「こんにちは、おじさん」
都心から少し離れた高級住宅街、少年は親戚のおじさんの家に遊びに来ていた。
少年にとって、おじさんは父親の兄にあたる。住んでいる家も近所のため、少年はよくおじさんの家に訪れていた。
その理由はただ一つ。おじさんが集めている物に興味があるからである。
おじさんは、いわゆるコレクターの一人だった。何を集めているかというと、ポケモンに関連する道具である。
例えば、ポケモンを捕まえるモンスターボールの初期型。他にも、ポケモンを進化させる石や、特別な進化を手助けする特殊な道具等、種類は様々である。特に、今の時代出回っていない物を収集するのが趣味だった。
少年は、どこにでもいるポケモン好きである。だからこそ、普通に生活していたらお目にかかれない道具が沢山見られるおじさんの家は魅力的だった。
彼の腕の中には、コラッタが抱きかかえられている。
「お父さんから聞いたよ。珍しい物を手に入れたんだって?」
「おお、そうなんだよ。お前は私の話を熱心に聞いてくれるからな、どうしても見せておきたかったんだ」
少年が案内されたのは、立派な家の奥にある倉庫。そこは特に丈夫に作られており、万が一泥棒が入らないようにするためにセキュリティも高い。指紋認識はもちろん、目や声帯を認証しなければ中には入れない。今のところ、その中に入れるのはおじさんと少年、それに少年の父親だけだった。
次に軽い霧のようなものをふりかけられる。それは、中に入る人につく細菌を除去するものだった。おじさんの方は平然としているが、少年は顔をしかめて目を瞑っている。少年のポケモンのコラッタも、小さなくしゃみをした。
漸く入り口を通ると、涼しい空気が肌を撫でる。収集している貴重品が極力傷まないように、中の湿度と温度も保たれているのだった。
この場所は、二人にとって天国と言っても過言ではない。ここに来ると何時間も外に出ないのは当たり前のことだった。
おじさんは、迷わず倉庫の奥へと歩いていく。少年は大人の歩調に必死に着いていく。
二人が足を止めた場所は、わざマシンを並べている棚だった。
わざマシンと言えば、ポケモンに技を覚えさせる道具のことである。本来ポケモンはバトルをしたり鍛えたりと、経験を積まなければ新しいわざを覚えることはない。しかしこの道具を使えば、あっという間にわざを習得することができる。それがポケモンにとって役立つかはともかく、昔から活用されてきた道具の一つだった。
少年は、ここにはよくお世話になっていた。なぜなら、わざマシンはとても高価だからである。
モンスターボールはとても安い。この世界では必需品なので子どものお小遣いでも充分購入可能なのだが、わざマシンに関してはそう簡単にはいかない。物によっては値段や生産される数等の障害によって、大の大人でも入手困難な物もある。
おじさんは、古い物もそうだが最近の道具も集めている。そのため、少年はここに来ればポケモンを強化することができた。周囲の友人からも差をつけられる。まだまだ世間が狭い彼にとって、これ程嬉しいことはない。
「そういえば、おじさんこの前はありがとう。また僕、ポケモンバトルで友達に勝てたよ」
「おお、そうかそうか。ギガインパクトはとても強力な技だからな」
おじさんは皺を寄せて嬉しそうに笑い、少年の頭を撫でる。
「ここに、見せてくれる物があるの?」
「そうだ。これだな」
おじさんは、わざわざ手袋をはめて棚に手を伸ばす。その様子から少年は、いかに貴重な物なのかを察することができた。
紙でできた長方形の箱。その中の円盤は倉庫の照明を反射し、少年の目を軽く刺激する。箱も随分と黄ばんでおり、外には手書きで描かれたような文字で『わざマシン』と書かれていた。
「これがわざマシンなの? 大きな箱だね」
少年の頭をすっぽり覆うことができる大きさである。
「そうだよ。これは発明家がわざマシンというものを開発した時、つまり、本当に一番最初の頃作られたわざマシンの一つだ」
「そうなんだ、どうりで古いと思った」
「今でもわざマシンはそれなりに高価だろう? 当時はもっと高かったんだよ」
「もっと高かったって、どれくらい?」
「そうだなあ、今お店で発売されているわざマシンを、五個はいっぺんに買えるだろうね」
「そんなに高かったんだね。でもそんなに高かったら、誰も買わないんじゃない?」
「そうでもないよ。買う人が本当に必要ならば、高い金を出しても手に入れたいと思うものさ。お前だって、欲しいゲームがあったらお小遣いを使うのを我慢するし、誕生日やクリスマスにお父さんやお母さんにおねだりするだろう。大人だって同じさ」
「大人もおねだりするの?」
「ああ、そういうことじゃなくてね。要するに、大人も子どもも、欲しい物に向かって努力するってこと」
少年は首を傾げたが、何となく分かるかもと呟いた。
「おじさん、これを買うのに幾ら使ったの?」
彼は、少年の耳で購入した値段を教える。
「もしおじさんが結婚していたら、お嫁さんに怒られちゃうね」
「本当だな」
手が届かない訳ではないが、一人の労働者が何ヶ月も働いてやっと受け取れる程のお金を使ったことに少年は驚きつつも、いつものことだなと思っていた。それだけこのおじさんが裕福なのは知っているからだ。
「ねえおじさん、これって何のわざマシンなの?」
少年が尋ねる。わざマシンが何故価値あるものなのか、それはわざマシンがわざのデータを収録してあるからだ。使う人が必要なわざが記録されていなければ、そのわざマシンを所持していても意味がない。
時代によって変化はするものの、どんなわざが収録されているかは、番号によって区別されている。おじさんが大事に持つ大きな箱には、その番号が書かれていなかった。
「これか。高い値段で買っておいてなんだが、実はこのわざマシンはポケモンに使うものとしてはそんなに価値がないんだ。当時としては、どうしてこんなわざマシンがあったのかよく分からないと言うコレクターもいるからね。このわざマシンは何十年も前の物だがちゃんと役目を果たすことができる。だからこそ、価値が跳ね上がっているんだ」
「だからおじさん。中身はどんな技が入っているの?」
焦らすおじさんに、少年は答えを促す。
「これはね、当時カントー地方で発売されたわざマシンじゅう・・・」
ここまで言った瞬間、倉庫に大きな音が響く。音はおじさんのズボンから聞こえてくる。わざマシンを元の場所に戻し、少年から少し離れた場所で携帯電話の着信に出た。
「もしもし。はい、ええ―――――分かりました。直ぐに確認します」
そう言い残すと、おじさんは電話を止め少年の頭を撫でながら言う。
「悪い。ちょっと仕事の資料を確認してくる。直ぐに戻ってくるから、倉庫で好きな物を見ていてくれ。手に取る時は、ビニール手袋をして触ってくれな」
いそいそと倉庫を出て行くおじさん。どうやら本当に急いでいるらしい。こういうことは今までにも何度か経験しているので、少年はタイミングが悪かった程度しか感じていなかった。
広い倉庫の中、少年とコラッタが取り残される。話す相手がいなければ、この場所はとても静かな所だった。ここだけ時間が止まっていると言っても誰も疑わないだろう。
自由に見ていてくれても良い。そう言われても、少年の心は先程のわざマシンに釘付けだった。
このわざマシンには、どんな技が記録されているのだろう。
おじさんはそんなに価値がないものと言っていた。けれど、あんなに大事に扱っていたのだから、物としての価値は高いことは少年にも理解できる。ポケモンのわざとして価値がないと言っていたが、それはバトルをする上での意味だろうか。それとも、日常生活をする上? いずれにしても興味がある。
少年はコラッタを下ろし言われた通り使い捨てのビニール手袋をはめる。慎重に、壊さないようにそのわざマシンを手にとった。
近くで見ると、いかに古い物なのかを再認識する。少し力を入れてしまえば箱が歪んでしまいそうだし、古い本のような匂いがした。
箱を開けると、ディスクと共にボタンがあった。ゆっくりと赤いボタンを押す。
ピピッ と大きな音が鳴り箱を落としそうになるが、きちんと箱に力を入れた。
『わざマシン起動――――――が収録されています。ポケモンにわざを覚えさせる場合、ディスクを取り外しポケモンに当ててください』
百貨店でアナウンスされるような、女性の聴き取りやすい声が備え付けのスピーカーから流れてくる。おじさんの言っていた通り、まだちゃんと使えるらしい。しかし、何の技がインプットされているか分からない。
でもどうせ、ポケモンが覚えるわざなんて直ぐ忘れさせることができる。おじさんが言っていた通り本当に使えない技なら、直ぐに別のわざを覚えさせれば良い。少年は好奇心に負けてディスクを取り外し、コラッタの額に当てた。
『確認しています――――コラッタ、ねずみポケモン。わざを覚えられます。わざのインプットを開始します』
コラッタはわざマシンを使われることに慣れているからか、少年がわざマシンを当ててきてもじっとしている。少年の手の中にある箱は、カリカリと擦れるような音を立てながらコラッタに情報を送っていく。
自分は、同級生は誰も手にすることができない貴重なわざマシンを使っているのだ。そう思うだけで優越感に浸ることができる。これでまた仲間に差をつけることができるかもしれない。考えるだけで、少年の胸は高鳴った。
やがて倉庫に響いていた音が鳴り止んだ。終わったらしい。コラッタからディスクを外し、静かになったわざマシンを丁寧に棚へ戻したと同時におじさんが戻ってきた。
「いやあ、ごめんね。ちょっと仕事でトラブルが起きたみたいで」
穏やかな笑顔を少年に向ける。少年は思わず目を逸らす。おじさんの方は、少年のそのほんの少しの変化を見逃さなかった。
おじさんは先程自分で戻したわざマシンを見つめ、その後少年に視線を当てる。
「使ったのかい?」
クリスマスプレゼントもお年玉も、そして誕生日プレゼントも欲しい物をくれる。いつも優しいおじさん。そんな彼が怒っている。そのことに気づいた少年は、俯いたまま動けなくなった。
「本当のことを言いなさい」
更なる圧力。ついに観念して、顔を下げたまま謝る。
「ごめんなさい。勝手に使っちゃったんだ、あのわざマシン」
おじさんがため息をつく。
「良かったね、君が本当の息子なら怒鳴り散らしているよ」
おじさんは屈み、少年と目線を合わせた。
「なんでおじさんが怒っているか分かるかい? 人の断りなしにその人の物を使ったからだ。そういうのは卑怯っていうんだよ」
「ごめんなさい」
「今度そういうことしたら、二度とここには来ちゃいけないよ」
少年は涙目になるが、男が簡単に泣くなと更に喝を入れる。彼は素直に頷いた。
おじさんは頭をかく。
「参ったなあ。まあ壊されるよりはマシだったか・・・」
少年は、彼が言っている意味が分からなかった。
「実はね、昔のわざマシンというのは使い捨てだったんだ。一度ポケモンにわざを教えたら、そのわざマシンは二度と使えないんだよ」
もうこのわざマシンは使えない。その事実を知った瞬間少年は自分がとんでもない過ちを犯したことに気がついた。
「それは本当に初期型だからね、メーカーも復刻していないしリサイクルもできないんだ」
「ごめん、なさい」
「済んでしまったことは仕方ない。次に同じことをしなければ良いんだ」
コラッタは事態が飲み込めず少年の足に寄り添っている。
「ほら、コラッタもいつまでもくよくよするなってさ」
「うん、おじさん本当にごめんなさい」
「反省しているなら良い。同じことはしないことだ」
はい と返事を返して、少年はコラッタを抱き上げて頭を撫でる。コラッタは嬉しそうに喉を鳴らしている。
「でも本当にそのわざマシンを使ってしまったのか。きっと、直ぐにわざを忘れさせたくなるよ」
「とっても貴重なわざマシンを使ったもの。忘れさせないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだがなあ、いつまでその志が持つことやら」
「どうして? そんなにそのわざマシンは使えないの?」
「ああ、そのわざマシンの番号は12。当時は、みずでっぽうというわざが記録されていたんだ」
――――――――――
何故わざマシンにみずでっぽうがあったのか。初代ポケモンを知っているなら同じ疑問を持った人がいると思います。
因みに私は、みずでっぽうはいつもコラッタに覚えさせていました。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】
はじめてフワンテで飛ぶことを知ったのは、まだソノオにいた11歳の頃。
「なぁ…ホントに大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。向こうから手つかまれても逆に俺らが振り回せるって、兄貴の図鑑に書いてあった」
「それに俺らも生きてるし、な」
たまに川沿いの発電所にやってくるフワンテの手を捕まえて、5秒キープする。そんな、田舎町のガキの精一杯
の度胸だめしがきっかけだった。たしかあの時は仲のいい奴らに誘われて、すこしドキドキしながら川まで歩い
ていったんだっけ。
かすれた看板の近くで、紫色のポケモンがふよふよと漂っている。
「…ほら。今後ろ向いてるからチャンスだぞ」
「えっ、でも・・・・」
「ニツキが成功すれば5レンチャンで、タツキたちの記録抜けるんだよ〜。だから、ほら行っちゃえって」
「う。・・・・うん。じゃあ…行くよ」
友達の一人に背中を押されて、僕はゆっくりフワンテへの一歩を踏み出した。
僕の家は何故か妙なところで厳しい家で、その時一緒に行った友達含め、周りの奴らはみんなはじめてのポケモ
ンを貰っていたんだけれど、その頃の僕はまだポケモンを貰えていなかった。だから友達よりもずっと、フワン
テとの距離感がやけに大きくて、度胸だめし以前のところで緊張したのを今でも覚えている。
まだまだ幼かった僕の手が、フワンテの小さな手と視界の上でようやく重なったとき、突然フワンテがくるりと
こちらを向いた。
「ぷを?」
フワンテと目があった瞬間の衝撃は、今でも軽くトラウマだったりする。
「うっ、うわぁぁぁあ!?」「ぷををを?!」
悲鳴を上げながら慌てて後ずさる僕に、フワンテも軽く飛び退く。というか明らかに逃げようと浮き上がる。
「ヤバい!逃げられるよコレ!」「馬鹿!はやく手掴め!!」
ビビりながらそれでもフワンテに手を伸ばしたのは、僕なりのプライドってやつだったのかもしれない。
必死に伸ばした僕の手はふたまわりは小さいフワンテの手をがっしりと捕まえて、なんとかフワンテの逃亡は阻
止出来た。
「ぷををを〜!!」
ぐるぐると回りながらフワンテは必死に逃げようとする。でも5秒キープのためには、この手を離すわけにはい
かなかった。
「1!」友達のカウントが始まる。
「2!」体を膨らませて、フワンテがさらに逃げようとする。
「3!」「ぐうぅぅぅ…」僕は必死に足を踏ん張る。内心、魂を持っていかれるんじゃと思いながら。
「4!」ずりずりと足が地面を滑りはじめる。なんだよ振り回せるなんて嘘じゃないか!そんな図鑑と友達への
文句を考えられたのもそこまでだった。
「5!」
僕の足が、地面から離れた。
「・・・・え?」
上を見上げると、眩しい位の青空。
下を見下ろすと、一面に広がる花畑。
「うそ・・・・だろ?」
信じられないことに、僕はフワンテに掴まって、空を飛んでいた。
今さらになって考えてみると、飛び降りて怪我しないくらいの高さだったんだからそんな風景見えるはずはない
んだけど、とにかく11歳の僕には、見慣れたソノオのあれとは違う、もっと別な感じで綺麗な花畑が見えた。
風もないのに、何故かフワンテは滑るように進んでいって、花畑は僕の足元を過ぎていく。鳥ポケモンで飛んだ
とき―初めて飛んだのは父親のムクホークだったっけ―とは違う、あくまでも穏やかな、なめらかなフライト。
「すっげぇ・・・・」
どれくらい、僕はフワンテに掴まっていたんだろう。
「ニツキ!いいから手離せ!」「まだそんな高くないから今なら降りれるぞ!」
その声に反射的に手を離した僕は、無様に花畑…ではなく草の生えた地面に転げ落ちた。
少し遠くから、友達が走ってくる。
「おい大丈夫か!?」
「な・・・・なんとか」
くらくらする頭で見上げた空には、天高く舞い上がるフワンテ。
「すっげーよニツキ!お前空飛んでたんだぞ!」
「うん…ほんと・・・・すごかった」
友達からの心配と称賛に、僕は上の空で答えていた。
『3秒間のフライト』。
この僕の記録はしばらく抜かされることはなくて、タツキがフワンテを追いかけるあまり発電所の機械にぶつか
って壊してしまい、大人にこの遊びがバレて度胸だめし自体が無くなることで、めでたく殿堂入りとなった。
あの後僕はもう一度一人で発電所に行ったけど、フワンテはいなかった。
****
あれから12年。
「よーし、いくぞフワライド!」「ぷをを〜〜!」
僕はわざわざフワライドで空を飛ぶ、風変わりなトレーナーとなっていた。
あの時のように手に捕まる訳じゃなくてフワライドに乗っかる形でのフライトだけど、それでもあのふよふよと
浮かぶ感じ、楽しさは変わらない。今はソノオからノモセに引っ越して、すっかりあの頃を思い返すこともなく
なったけど、このフワライドと子どものフワンテだけが子どものころの僕を忘れさせないでくれていた。
トレーナーとしての仕事も上々で、今話題のフリーターになることもなく安定した暮らしを送れている。もちろ
んパートナーたちも増えて、うるさいながらも楽しい暮らしだ。
ただひとつ問題なのは――
『何?またアンタ彼女にフられたの?』
電話の向こうで、コハルが呆れたような口調で言った。
「うん……」『もうこれで何回目よ?』
「3回目…」『嘘。4回目よ。もー、アンタが失恋した月は電話代が上がるから迷惑なのよ』
「でもさ…こういう愚痴聞いてくれるのも言えるのもお前だけなんだよ」
コハルはバイト中に知り合った数少ない…というか唯一の女友達で、こんな僕と長々と電話で話してくれる良い
友達だった。
『…まぁいいけど。で何?また原因はアレ?』
「そう…アレ。」僕はフローゼルとじゃれあうフワライドに目をやった。
『アンタさぁ…そうやって妙に見栄張るからダメなのよ』
「だってデートに空から颯爽と登場するのは男のロマンだろ?」
『それでデートに2時間遅れるんだったらロマンもムードも皆無よ』
それに僕は枕をバンと叩いて応じた。
「しょうがないじゃないか!フワライドで飛ぶんだから!それくらい大目に…」
『でもフラれたのは事実でしょ?女からすればデートに遅れる男はサイテーなのよ。分かる?』
「う゛っ」
何回も言われてきたフラれ文句を突きつけられ、僕は布団に撃墜される。
「……でも」『でもじゃない』
そう、僕のフワライド――というかフワライドのそらをとぶは遅すぎるのだ。それも洒落にならないレベルで。
飛んだのに遅刻は当たり前。下手すれば風に流されあらぬ方角へ飛んでいき、家に帰るのもままならななくなる
。
もう何回『コトブキで待ち合わせね!』と言われて絶望に落ちたことか。
もし僕がトバリかナギサみたいな都会あたりに住んでいたら、遠出の心配をする回数もぐっと減ってたと思うん
だけど、残念ながら僕の住まいはノモセ。おまけにここシンオウ沿岸部はわりに風が強い場所で、フワライド乗
りにはかなりつらい場所なのだと、ノモセに住まいを見つけてから知った。
デートはおろか、普段の外出もままならない。
この大問題に、僕は決着をつけられていなかった。
『いいかげん諦めたら?アンタ、ペリッパー持ってるでしょ?』
「……ねぇコハル。僕の体質分かって言ってるの?」
『分かってるわ』
コハルはしれっと言った。
『でもそこはもう割りきっちゃうしかないんじゃない?』
「…確かにデートに遅れる男はサイテーかもしれない。それは認める。でも、デートにベロンベロンに酔ってく
る男も僕からしたらサイテーだ」
たしか父親のムクホークに乗せられた時も、酔っちゃって大変だったっけ・・・・僕はぼんやり昔のことを思い
返す。
『・・・・まぁね。それもそうね』
そういえば、とコハルは言葉を次ぐ。
『アタシの知り合いの医者、そういう体質に詳しいらしいんだけど・・どうする?』
何回も言われてきた事実を突きつけられ、僕は沈黙する。
助けを求めるように見た部屋の床には、ふわふわと飛び回るフワライドの影が踊る。その影に一瞬あの青空と紫
色の輝点が写った。それと花畑も。
「・・・ゴメン、コハル。」
僕はあの夢のような、夢だったかもしれない、あのフライトが忘れられないんだ。
「やっぱ…僕はフワライドで飛びたいんだ」
『・・・・アンタさぁ』
「分かってるよ」僕は苦笑いしながら答えた。そうやって意地張るからダメなんだって。
『・・・・分かった。とにかく愚痴だけは聞いてあげるから、あとは自分でなんとかしなさいよ。いいわね?』
あと電話代はレストラン払いでね、と言い残し、コハルはブツッと電話を切った。
「・・・・どうしよう…」
布団に寝転がった僕を、ぷを?と上からフワライドが覗きこんできた。心なしか心配そうな目をしていて、僕は
申し訳なさで一杯になる。
「ん?コハルがななつぼし奢れってさ。電話代の代わりに」
あくまでも明るくそう言うと、あのレストランの高さを知っているフワライドは、ぷるぷると頭・・・・という
か顔・・・・というか体を振った。
「だよなぁ・・・・ちょっとアンフェアだよね」
ぷぅ、と同意するかのように少し膨らんだフワライドは、開けてた窓から入ってきた夜風に煽られ、部屋の向こ
うまで飛んでいった。
「・・・・ホント、どうしよう」
昔読んだ本にも、こんなシーンがあった気がする。たしか、泥棒になるか否かを延々と悩んで、試しに入った家
で結論が出る話。
「・・・・あ、そうだ」
あることを思い付いた僕は、布団から勢いよく起き上がった。その風に煽られたのか、またフワライドが少し飛
んでいく。
****
「ん〜・・・・ないなぁ・・・・・・・・」
かれこれ2時間、僕はパソコンとにらみあっていた。
要するに決断にはきっかけが必要。そんな訳で僕の背中を押してくれる情報を得るため、僕は検索結果を上から
順にクリックしていた。
Goluugに入れたキーワードは、『フワライド』『飛行』『悩み』。
でも引っ掛かってくるのはそういうフワライド乗りのコミュニティやサイトばかりで、そういうコアなファンは
僕の悩みを「それがロマン」と割りきってしまっていたのだった。でも残念ながら僕はフワライドのロマンより
、男としてのロマンや人間としての効率の方をまだ求めたい。
何十回、薄紫色のサイトを見ただろう。白とグレーを基調にしたそのサイトは、唐突に現れた。
「・・・・なんだここ」
『小鳩印のお悩み相談室』。
見たことのないポケモンの隣に、そのサイトの名前が控え目に記されていた。
見知らぬ鳥ポケモンはこういう。
『ようこそ。このサイトはフリー形式のお悩み相談サイトです。僭越ながらこのピジョンが、アナタの悩みの平
和的解決のため、メッセージを運ばせていただいております。もし、なにかお悩みのある方は、この下の「マメ
パトの木」に。お悩み解決のお手伝いをしてくださる方は、「ムックルの木」をクリックしてください。
私の飛行が、アナタの悩みを少しでも軽く出来ますよう・・・・』
どうやらこのサイトは、何回もでてきた「お悩み」と最後の一行の「飛行」に引っ掛かったらしかった。
「お悩み相談室・・・・か」
最近はこういう体裁を装って個人情報を盗むサイトがあるらしいけど、緊張しながらクリックして現れたフォー
ムには、ニックネームと悩みを書く欄しかなくて、どうも犯罪の匂いはしなかった。
「……やってみる?」
僕は画面の明かりに照らされるフワライドの寝顔を見る。ただのイビキかもしれないけど、ぷふぅとフワライド
は答えてくれた。
「・・・・よし」
僕はキーボードに指を当てた。
ニックネームは少し迷ったけど、『小春』にした。
****
そらをとぶが遅すぎます
フワライドのそらをとぶは遅すぎてまともな移動手段になりません。
デートで颯爽と空から登場、のようなことをしたかったのですが、フワライドに乗っていったところ約束時間を
かなり過ぎてしまいました。彼女に振られました。気分が沈んだのでそらをとぶで帰ったのですが、夕暮れ時に
ぷかぷか浮いているのが心にしみました。
リーグ戦でも空から颯爽と登場がしたかったのですが、あまりにもゆっくりすぎるそらをとぶで遅刻しました。
不戦敗で夕日が心にしみました。
フワライドに乗り続けたいです。でも遅すぎます。フワライドをそらをとぶ要員にしている方は、どんな対策を
とっているのでしょうか?
お答え、よろしくお願いします。
補足
鳥ポケモンに乗ってそらをとぶと酔います。
****
「・・・・お?」
意外なことに、返事はすぐ帰ってきていた。
『もしあなたが鳥ポケモンをお持ちなら、「おいかぜ」と「そらをとぶ」を覚えさせることをお勧めします。
おいかぜをしてもらいながら併走(併飛行?)してもらえば、かなり早くなるかと思います。
あなたを乗せて飛べなかったポケモンも、きっと満足してくれるはずです。
・・・・ただし飛ばしすぎにはご注意を。』
「そうか・・・・おいかぜ、かぁ」たしか効果は『味方のすばやさをしばらく上げる』、だったなと僕はおぼろ
気な記憶を思い出した。
というかリーグに再挑戦しようとしている身なのにこんな技の記憶がテキトーでいいのだろうかと一人思う。
そういえばフワンテ時代に「覚えますか?」と聞かれて、どうせダブルバトルはしないからとキャンセルした覚
えがある。
そこでもうひとつ、僕は思い出したことがあった。
この間引っ越してきたオタク風の男。たしか技マニアとか言っていた気がする。なんか技を思い出させるとか、
させないとか言っていて・・・・
「……よし」
僕は一つこの作戦にかけてみることにした。
Goluugのワード欄を白紙に戻す。新しく入れたのは、さっきみたフワライド乗りのコミュニティサイトの
名前だった。
****
「よし・・・・行きますか」
僕はバックパックのバックルを締め、天高くボールを放り投げた。
「フワライド!フワンテ!飛ぶよ!」「ぷををを!!」「ぷぉっ!」
僕はフワライドの頭に飛び乗り、空へ舞い上がった。
冬だというのに暖かいシンオウの空。けどテンガン下ろしの風は冬のままで、僕らに吹き付けてくる。案の定フ
ワライドの進路がやや東に逸れた。
僕はあの小鳩の言葉を慎重に思い出す。
「フワンテ!右舷に回れ!」「ぷお!」
フワライドより小さい体のフワンテは機動力が高い。テンガン下ろしに煽られながらも、なんとか僕らの右斜め
前、指示通りの位置についてくれた。
「よし!そこで『おいかぜ』!」
内心上手くいくかと思いつつ、僕はフワンテにやや鋭めに命令する。
すると―
「ぷおわ!」
ごうとフワンテから信じられないくらいの強風が吹き出してきた。
「うおっ?!」僕は一瞬風に浮いた体を掴み戻し、なんとかフワライドに掴まり直す。おいかぜってこんなすご
い技だったっけ?そう思ったのもつかの間、視界がぐんと上に煽られた。
「お?」
下を見ると、僕は空を飛んでいた。
今までにないくらい、高く。今までにないくらい、速く。
遠い街並みの中にも一瞬、花畑が見えた気がした。
「お・・・・おおおぉ!!」
おいかぜに乗って、フワライドはテンガン山にぐんぐん迫っていく。風に流されるのではなく、あくまでも乗っ
て。フワライド乗りのサイトで知ったんだけど、フワライドの持つあの黄色い四枚のひらひらは風の流れを捕ら
えるためのもの、つまり翼に近いものらしい。僕にとっては風と恋への敗北旗でしかなかった翼は、今飛ぶため
に意思をもってはためいていた。
「ほんとに・・・・ほんとに空飛んでるぞフワライド!」
僕はフワライドの紫の体を思わず叩いた。
「ぷを〜!」
少し不機嫌そうな、でも楽しそうな声をあげてフワライドはさらに速度を上げる。昔感じたムクホーク羽ばたき
とは違う、水面を滑るようなフライト。
「ぷぉ〜♪」
僕らの脇を、フワンテが楽しそうに回りながら追い越していく。
あの日の僕が掴まっている気がして、僕はしばらくフワンテの手を目で追いかけていた。
****
「よし・・・・見えてきた」「ぷぉっ!」「ぷををー!」
遠くのテレビ塔を見つめながら、僕は嬉しさを噛み殺していた。ここまで2時間。今までの最高記録、いやもう
別次元の速さだ。
途中一回PP補給でヒメリの実を使ったけど、これくらいなら二人にも負担を掛けないだろう。
フワライドと一緒に、飛び続けることが出来る。
それだけでもう、涙が出そうだった。いやもう出てたのかもしれない。けどこれからのことを考えると、泣き顔
をつくる訳にかいかなかった。
「・・・・じゃあ後少しだし、おいかぜ使い切っちゃうか!」
「ぷぉぉっ!」
勢いよく吹き出す風に乗って、僕らは塔の立つ街を目指す。
幸せの名前がつけられた、僕にとっては不幸の街。でも今日からは幸せを受け入れられるかもしれない。
街の広場が見えてくる。その時、僕の頭に一抹の不安がよぎった。
(――止まるの、どうしよう)
「危ない!」
その声に反射的に振り向いた僕は、無様に花畑・・・・ではなくタイルの地面に転がり落ちた。僕が落ちたおか
げでフワライドは地面に激突しなくてすんだけど、僕は盛大に顔を擦りむくことになった。
少し遠くから誰かが駆け寄ってくる。
「ちょっと何・・・・・・アンタ何してんのよ!」
顔を上げると、コハルが呆れたような顔で僕を見下ろしていた。
腕時計を見ると、10時を少し過ぎた位置を指している。
「・・・・ゴメン、遅れちゃった」地べたに転がりながら、僕は曖昧に笑う。
「遅れすぎよ、バカ」
フワライドがコトブキのビル風に揺れる。少しお洒落をした君は、やれやれと笑ってくれた。
"following others without much thought" THE END!
【あとがきと謝辞】
初めましての方は初めまして。
また読んでくださった方はありがとうございます。aotokiと申す者です。
ねぇこの話って長編?短編?どっちなの!!この中途な長さをどうにかしてぇぇ(ry
・・・・まず、この話の原案となる素敵な悩みを下さった小春さん、そしてお悩み相談企画を立ち上げて下さっ
たマサポケ管理人のNo.017さんに感謝の意を述べたいと思います。
お二人がいなかったらこの物語は出来ませんでした。本当にありがとうございます。
果たして私の愚答が小春さんの悩みを解決出来たかは分かりませんが・・・・
※アテンション!
・BW2に登場する『ストレンジャーハウス』のネタバレを多少含みます
・捏造バリバリ入ってます
・毎度のことながらアブノーマルな表現があります
・苦手な方はバックプリーズ
――――――――――――――――――――
火山に近い田舎町。植物は特定の種類しか育たず、赤い岩石や土、独特の暑さが訪れる人間を拒む。雨が降る日より火山灰が降る日の方が多い、とはこの土地に昔から住む人間の談である。そこは活火山に面した場所であり、訪れる人間を選ぶ場所であった。
だがそういう土地なわけで、学者やバックパッカーはひっきりなしに訪れる。彼らが落としていくお金でその交通も何もかも不便なその町は成り立っていた。
「暑いし、熱い」
不機嫌そうな声で郊外を歩く一つの美しい人影。夜になると白い仮面で片面が隠れるその顔は、今は深く帽子を被ることで顔を隠している。腰まである長い髪は、頭の高いところで一つにまとめている。こうでもしないと辿り着く前に倒れてしまいそうだったからだ。
彼女――レディ・ファントムは地図を取り出した。フキヨセシティからの小さな旅客機にのって四十分と少し。同乗していた客はこぞって火山に向かったが、彼女はこんな暑い日にそんな熱い場所に行くほど酔狂な人間ではなかった。
行く理由があったのは、とある廃屋だった。
『たぶん霊の一種だろう』
体の両サイドを大量の書物に囲まれながら、マダムは煙管をふかした。執事兼パシリであるゾロアークが、淹れた紅茶にブランデーを数滴垂らし、レディの前のミニテーブルに置く。一口飲む。本場イギリスのアフタヌーンティーでも通用する美味しさだが、イライラはおさまらない。
今日はゆっくりホテルの一室で過ごそうと思ったのに、突然現れた男(ゾロアークが化けた姿)に無理やりここ……黄昏堂に連れて来られたのだ。
モルテが側にいないことも入れておいたのだろう。ポケモン、しかもマダムの我侭を全て聞くことの出来る者の力は凄まじかった。
あれよあれよと椅子に座らされ、苦い顔で無言の抗議をしたが全く効かない。ふと横を見れば、ゾロアークが疲れた顔をしていた。相当こき使われているのだろう。なんだか哀れに思える。
『ここ最近、ある廃屋となった屋敷で怪奇現象が起きているという噂がある。入った者の話では、昼間だというのに家具がひとりでに動いたり、別の部屋から入ってまた出た時では家具の位置が違ったりしていると』
『で?』
『そんな事が起きているということは、何らかの力は働いているんだろう。まだ幽霊の類の目撃情報はないが』
ほら、と渡された地図に示された場所は見たことの無い町の近くだった。ドが付く田舎すぎて、認識していなかったのだろう。説明文を読めば、活火山のふもとにあり、その熱で作る伝統的な焼き物が有名だという。
そしてその屋敷は、悲しい事件があったとされ、誰も寄せ付けないと言われている。異邦の家―― 通称、『ストレンジャーハウス』。
紅茶をもう一口啜る。地図を机の上に投げ出す。
『行ってやるよ』
『よろしい。原因解明とその源を持って来てくれ』
『幽霊捕まえんの』
『ゾロアーク、お前も行ってこい』
そんなやりとりがあったのが数時間前。今レディは土壁で造られた、ここらの土地独特の家の前に立っている。他の家は皆町にあるというのに、ここだけ離れた場所に建てられていた。
ふとゾロアークを見ると、不思議な顔をしていた。苦い顔、とでも言うべきだろうか。こんな顔を見るのは初めてだ。
「どうしたの」
『いや…… どうも気分が優れなくてな』
「ああ、確かにこの家からは変なオーラが漂ってくる。何かいることは間違いないだろ」
さび付いたドアノブを捻る。耳を塞ぎたくなるような音が響く。数センチあけて中を確認。よく見えない。
そのままドアを半分ほど開け、持参した懐中電灯のスイッチを入れた。灯に照らされ、埃が漂っているのが見えた。
どうやらしばらく誰も入っていないらしい。床に降り積もった埃には、足跡は無かった。
「よくこんな所取り壊さずに放っておいたな」
『取り壊せないらしい。何度か試みた会社もあったようだが、そうする度におかしな事故が起きる』
「ありがち」
今レディ達が立っている場所が、リビング兼玄関。家具はソファ、テーブル、ランプ、観賞用の植物。どれもこれもひっくり返ったり倒れていたりして乱雑なイメージを与えてくる。
向かって両サイドが二階へと繋がる階段になっていた。ソファが倒れていたが、これくらいなら飛び越えていける。
地下へと続く階段は、図書室へと繋がっているらしい。本好きなレディが目を輝かせた。
「ここっていつから建っているんだろうね」
『はっきりしないが、二十年は経っているだろう。建物の痛み方から大体の時間が推測できる』
「ふーん。……とりあえず二階に行こうか」
ソファを飛び越え、階段を上ろうとした時何かの視線を感じた。振り向くと、どうやって飾ったのか一枚の人物ががこちらを見ている。いや、『見ているように』見えるだけだ。ゾロアークも気付いたらしい。技を繰り出そうとする彼を、レディはとめた。流石にこんな辺鄙な場所に近づく物好きはそうそういないだろうが、万が一気付いて近づく一般人が出てきては困る。
絵の中にいたのは男だった。自画像だろうか。年齢は二十代前半。そう描いたのか本当にそうなのかは分からないが、女とも取れるくらい美形だ。
ふと、気付いたことがあってレディはゾロアークに話を持ちかけた。
「ここに住んでいた人間って?」
『さあ……。マダムは知っているかもしれないが、俺は知らん。ただ、空き家になってからの時間の方が長いことは確かだ』
絵からの視線は消えない。どうやら本当にここには何かいるらしい。それも相当に高い力を持った物。自分だけでなく『あの』マダムに仕えるゾロアークも見えていないのだから、そこらの未練がましく街をさ迷っている普通の霊とは違う。
モルテの顔が浮かんだ。彼は今日も、このクソ暑い中で魂の回収を行なっているのだろうか。そういえばこの時期は海難事故や熱中症で特定の年代の魂が多くなるって言ってたな。特に彼らは自分が死んだことを気付いてない場合が多いから、説得にも苦労すると――
『レディ』
ゾロアークの声で我に返った。三つある入り口のうちの一つ。真ん中。そこで彼が手招きしている。
『ここから気配を感じる』
「確かにね。……でも」
『ああ。さっきの絵画とはまた違う気配だ』
「やだな。まさか別々の霊が同じ家に住み着いてんの」
ありえない話ではない。だがそうなると厄介なことになる。同じ屋根の下にいても、同じ考えを持つ霊などいないのだから。そこらは生前と同じである。
そっとドアノブに手をかける。特に拒絶うんぬんは感じない。そのまま開ける。
「!」
流石に驚いた。ドアを開いてまず目に入ったのは、キャンバスに描かれた少年の絵だったからだ。台に立てかけられ、その台の前には椅子がある。床には木製のパレットと絵筆。ただし埃が降り積もっていて、絵の具も乾いていた。
美術室のような匂いがする。長い間開けられていなかったのだろう。様々な匂いが混じった空気が、一人と一匹の鼻をついた。
ハンカチで口と鼻を押さえ、ドアを全開にして中に入る。キャンバスの中の少年は美しかった。美少年、という言葉が正に相応しい。イッシュ地方では珍しい、黒い髪と瞳の持ち主。少し寂しげな、悲しげな瞳がレディを見つめている。
『……美しいな』
「やっぱ君でもそう思うか。マダムが見たら絶対欲しがるだろうね」
いささかもったいない気もするけど、という言葉をレディは飲み込んだ。マダムが美しい物や人に並々ならぬ関心があるのは、以前の『DOLL HOUSE』の件で分かっている。というか、分かってしまった。あまり知りたくなかったが、知ってしまったものは仕方がない。
ぐるりと部屋内を見渡す。描きかけのキャンバスが積まれていた。今まで使っていたであろう油絵の具のセットもある。その中の一つのキャンバスを手に取り――声が詰まった。
『どうした』
「……なるほどね、そういうこと」
こほんと咳払いをする。彼女の常識人の一面が現れた瞬間だった。裏返しにして、ゾロアークに渡す。少々訝しげな視線を送っていた彼の顔色が変わった。
その少年の絵であることに変わりはない。だがそこに描かれた少年の下書は、裸だった。別室だろう。ベッドの上でシーツにくるまり、妖艶な笑みを向けている。そこまで細かく描けるこの作者にも驚いたが、少年がそんな顔を出来ることが驚きだった。
何故――
「天性の物か、調教されたか。いずれにせよ、この絵の作者は相当その少年に御執心だったみたいだな」
『……』
「どうする?マダムにお土産に持って帰る?」
『冗談だろ』
レディが笑った。それに合わせて、もう一つの笑い声が聞こえてきた。部屋の窓際。その少年が笑っていた。同じ黒髪に黒い瞳。身長はレディの胸にかかるくらい。一五〇といったところか。
白いシャツにジーパンをはいている。視線に気付いたのか、こちらを見た。
「こんにちは」
『こんちは』
少年が歩み寄ってきた。美しい。絵では表現しきれないほどのオーラを纏っている。どんな人間でも跪きそうな、カリスマ性。プチ・ヒトラーとでも呼ぼうか。
少年が横にあった絵を見た。ああ、という顔をしてため息をつく。
『この絵、欲しい?』
「くれるならもらいたいかな。私の趣味じゃないけど、知り合いにこういうの好きな奴がいるんだ」
『ふーん。ねえ、アンタ視える人なんだね』
「だからこうして話してるんだろ」
『それもそうだね』
飄々としている。ゾロアークは二人の会話を見つめることしかできなかった。比較的常識を持ち合わせている彼は、彼女のように『視える者』として話をすることが出来ない。おかしな話だが、この少年が持ち合わせているオーラに圧倒されていた。
「名前は?私はレディ・ファントム。そう呼ばれてる」
『綺麗な名前だね。俺は特定の名前はないよ』
「どうして?」
『分からない?その絵を見たなら分かると思ったんだけど』
ゾロアークの持っている絵。それを聞いて彼は確信した。おそらく、この少年は――
『娼婦、のような立場だったのか』
『そーだよ。地下街で色んな人間を相手にしてた』
「両方?」
『うん。物心ついた頃にはそこにいた。昼も夜も分からない空間でさ。唯一時間が分かることがあったら、お客が途切れる時だよ。今思えばあれが朝から昼間だったんだろうね。皆地上で仕事してくるんだから』
昼と夜で別の顔を持つ。街だけでなく、人も同じらしい。聞けば、彼はある一人の男に見初められてここに来たらしい。その男は画家で、また本人も大変な美貌の持ち主だったという。
そこでレディはあの肖像画を思い出した。この家は、あの男の家だったようだ。
「で、何で君は幽霊になったの」
『ストレートだね……まあいいや。あの人は一、二年は俺に手を出さなかった。毎日のように絵のモデルにはなってたけど、それもそういう耽美的な絵じゃない。色々な場所に連れて行ってもらったよ。向日葵が咲き誇る高原とか、巨大な橋に造られた街とかさ。そこでいつもキャンバスを持って絵を描いてた』
「その絵は?」
『そこに積み重なってるキャンバスの、一番下の方』
ゾロアークが引っ張り出した。向日葵の黄色と茎の緑、空と雲のコントラストが美しい。その向日葵の中で、彼は微笑んでいた。
絵によって服装も違った。春夏秋冬、季節に分けて変えている。相当稼ぎはあったようだ。
『二年半くらい経った頃かな。あの人が親友をこの家に連れてきたんだ。同い年らしいんだけど、全然そんな雰囲気がなかった。むしろ二十くらい年上なんじゃないの、っていう感じ』
「老け顔だったの?」
『うん。でもとってもいい人だった。頭撫でられてドキドキしたのはその人が初めてだったよ』
色白の頬に少しだけ赤みが差した。年相当の可愛らしさに頬が緩みそうになるのを押える。一方、ゾロアークは嫌な空気を感じていた。何と言ったらいいのだろう。嫌悪感、憎悪、歪んだ何か。そんな負の感情を持った空気が、何処からか流れ込んでくる。
レディも気付いていた。だが彼を不安にさせないため、話を聞きながらも神経はその空気の方へ集中させている。
『それで、時々その人に外に連れて行ってもらうことが多くなった。その人が笑ってくれる度に嬉しくなった。――今思えば分かる。俺、その人が好きだったんだ』
「……」
『気持ち悪い?』
「ううん。誰かを好きになるのは素敵なことだと思う。だけど」
『分かった?その通りだよ。その時期からあの人の様子がおかしくなった。今までとは違う絵を描くようになった。当然、モデルとなる俺にも――』
思い出したのか、肩を少し震わせる。裸でシーツを纏い、妖艶に微笑む絵。だがその心の中は何を思っていたのだろう。想像できない。
『痛かった。熱くて、辛かった。でもあの人の顔がとんでもなく辛そうで、泣きたいのはこっちなのに拒めなかった。そのうち外に出してもらえなくなって、ただひたすらあの人の望むままになった』
「……」
『この絵』
悲しげな光を湛える瞳。その瞳は、今レディが話している少年がしている目と同じだった。
『この絵は、俺が死ぬ直前まで描かれていた。あの日、俺はものすごい久しぶりに服を着せられてそこに立っていた。あの人の目はいつになく真剣で、何も喋らずに絵筆を動かしてた。
俺はどんな顔していいか分からなくて、ずっとこの絵の表情をしてた。
そして何時間か経った後――」
彼は立ち上がった。そのまま自分の方へ近づいてくる。ビクリと肩を震わせる自分を彼はそっと抱きしめた。予想していなかったことに硬直し、自分はそのままになっていた。
首にパレットナイフが押し付けられていたことに気付いたのは、その数分後だった。悲鳴を上げる前に彼が耳元で呟いた。
『――愛してるよ、ボウヤ』
「……歪んだ愛情の、成れの果て」
『その後は覚えてない。ただ、俺が死んだ後にあの人も死んだ。それは確かだ。ただ何処にいるのかは分からない』
「……」
『レディ』
ゾロアークの声が緊張感を纏っていることに気付く。と同時に、空気が重くなった。ずしりと体にかかる重圧。少年も気付いたようだ。
火影を取り出す。そのまま部屋の入り口に向ける。彼は自分の後ろに庇う。
入り口から吹き込む風。その感覚に、レディは覚えがあった。
「……『あやしいかぜ』」
突風が吹いた。不意をつかれ、そのまま後ろにひっくり返る。一回転。体勢を立て直して前を見据えれば、何か黒い影がこちらを見ているのが分かった。さっき肖像画から感じた物と同じだ。ということはやはり――
「しつこい男は嫌われるよ」
ゾロアークが『つじぎり』を繰り出した。相手はポケモンではない。だが攻撃しなければまずいことを本能が察知していた。効いているのかいないのか、相手は怯まない。
念の塊。そう感じた。死んで尚、この少年への執着を捨てきれない、哀れな男の――
「こいつの本体って何処」
『肖像画じゃないのか』
「……」
分かってるならやれよ、とは言えなかった。この塊が邪魔なのだ。レディはカゲボウズを連れてこなかったことを後悔した。彼らにとってはさぞ甘美な食事になっただろう。彼らの餌は、負の念。恨み、憎悪、悪意。挙げればキリがない。人の思いというのは、奥が深い。深すぎて自分でも分からなくなることがある。
おそらくこの男も――
レディが駆け出した。塊が一瞬怯んだ隙をついて斬りかかる。真っ二つに割れ、また元通りになる。本体を倒さなくてはならないようだ。
そのまま二階の踊り場へ。肖像画の顔が醜く歪んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。
「ゾロアーク、その子頼んだよ!」
『ああ!』
肖像画との距離は約五メートルというところ。躊躇いはない。手すりに飛び乗り、右足を軸にして左足を前に出す。そのまま斬りかかって――
ガシャン、という音と共に一階の床に落ちた。痛む腰を抑えて一緒に落ちてきた肖像画を見つめる。裏返しになっているのを見てそっと表へ返す。そして寒気がした。
思わずその目に一の文字を入れる。
「……」
『レディ!』
塊が消えたのだろう。ゾロアークと少年が降りてきた。もう澱んだ空気は消え去っている。少年の顔も幽霊にしては血の気があった。目を切られた肖像画を見て、なんとも言えない顔をしている。
この絵どうしよう、という言葉に答えたのはゾロアークだった。
『こんな出来事を引き起こすほどの絵だ。まだ怨念が残っているかもしれない。これこそ持って帰ってマダムに預けた方がいいだろう』
「受け取るかな」
『修正は不可能だろうな。これだけザックリやられていては……美貌も台無しだ』
「言うねえ」
その時の感情で動いてしまう。それが本人も自覚している、レディの悪い癖だった。直さなくてはならないと分かっている。現にカクライと遭遇するとそのせいで余計なトラブルを招いてしまうことも多い。今回もそれが発動してしまい、思わず火影を手に取ってしまった。
あの時、最後の視線が自分を貫いた。哀しみに良く似た、憎悪。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものである。彼に触るな、彼と話すな。そんな言葉が聞こえたような気がして、レディは口を押えた。
ふと彼を見れば、思案気な顔つきになっている。どうした、と聞く前に向こうから話を切り出した。
『あのさ……』
マダムは上機嫌だった。ゾロアークの声も聞こえないくらいに。そしてレディの蔑みの視線も全く気付かないくらいに。黄昏堂の女主人の威厳も形無しである。
その少年が提案したこととは、二階にある自分をモデルに描かれた絵を全て渡す代わりに、あの最後の絵を修正してくれないか、ということだった。何故とゾロアークに彼は頬をかきながら言った。
その絵を、見てもらいたい人がいる―― と。
そんなわけで恨みの肖像画を回収ついでにそのキャンバスを黄昏堂に持ち帰って来たのである。ちなみに少年本人は『行かなくちゃいけない場所がある』と言ってそのまま屋敷を出て行った。聞けば肖像画が自分がいる部屋の目の前に壁にあったせいで、その怨念が邪魔して外に出られなかったのだという。
絵を見たマダムはなるほど、と頷いた。
「相当長い間念を込めて描いていたらしいな。ほら、この赤黒い部分。自分の血を使ってる」
「ゲッ」
「それで、この絵は私が貰っていいんだな?」
『おそらくは』
「新しく飾る部屋を用意しないとな。名前は……」
浮かれたマダムなんて滅多に見られるものではないが、別に目に焼き付けておこうとは思わない。ため息をついて再び最後の絵を見つめる。悲しげな顔。おそらく二つの意味で悲しんでいたのだろう。一つは、主人の痛みを知った悲しみ。もう一つは―― いや、やめておこう。他人のことに干渉するのは愚か者のすることだ。
自分が出来ることをするだけ。それだけだ。
そしてこれは、後日談。
ある街の小さな美術館に、一枚の絵が寄贈された。添付されていた手紙には『よろしければ飾ってください』と書かれていたという。
一応専門家を呼んで鑑定してみると、それは若くして亡くなった有名な画家の物であることが分かり、すぐさまスペースを取って飾られることとなった。
だが一つだけ分からないことがある。
それは、一度描かれてから十年以上経った後にもう一度修正されていたのだ。てっきり他人が直したのかと思ったが、タッチや色使いは全て本人の物であり、首を傾げざるをえない。それでも本物には違いないということで、その絵は今日も美術館で人の目に触れている。
その絵のタイトルは――
『幸せな少年』
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神風です。久々のレディです。モルテじゃなくてゾロアークと組ませるのは初めてですね。
やっぱこのシリーズが一番書いてて楽しい。
私の趣味が分かります。
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