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せんだって Twitter にあげたミニスカート×ベトベター的なマンガをまとめました。
初出は2015年9月8日 https://twitter.com/ohinot/status/641206926064287746 以下です。
悪夢よりも悪夢かもしれない、羽沢親子入れ替わり事件勃発から二日目である。
悠斗は森田によるポケモンバトルレクチャーに知恵熱を出し、泰生は富田に連行されたカラオケボックスで行われたボーカル特訓(と言っても、身体的に染み付いた歌唱力は残っていたため問題はもっぱら泰生の妙な羞恥を突き崩すことだったが)の屈辱に夜、うなされた。もっとも本人達より安らかでいられないのは森田や富田の方であり――森田は胃薬をラムネ菓子のようなペースで摂取し、富田はイライラ対策のためにモーモーミルクを大量購入した。腹を下す体質では無いのだけが幸いである。
しかしどれだけ嘆いたところで、この現状がどうにかなるわけではない。元に戻るまではお互いのフリをしっかりこなすことが最優先だ。そんな決意を悠斗、泰生、森田、富田の四人はそれぞれの胸に宿して困難へと立ち向かう。
……その困難は、悠斗と泰生それぞれの知識があまりに偏っていたため、彼らが予想していたものよりずっと大きかったのだが。
「いいですか。くれぐれも、くれぐれも、くれぐれも! 芦田さんに怪しまれるようなこと言わないでくださいよ」
さて、そんな泰生と富田は本日も学生生活の真っ只中である。
今日の講義は学部の専門科目が二つ、テキストの漢字が読めなかったり一般常識の部類であろう語句を知らなかったりと、泰生のトレーナー一本ぶりに、昨日に引き続きうんざりを繰り返すことになったが、散々言い含めた甲斐もあり、余計な発言をすることだけは回避出来た。『若き旅トレーナーを狙う性犯罪問題をどう解決するか』という授業の最中に「普通にポケモンや自分を鍛えればいいのではないのか?」などと真っ直ぐな瞳で言いだした時には頭が痛んだが、昨日のように講堂全体に聞こえる声で言わなかっただけよしとする。
「三回も言うな。ドードリオやレアコイルじゃあるまいし、一回言えばそれでいいだろう」
「一回言ってわかってくれないから何度も言うんですよ。何ならポケモンミュージカル部にペラップ借りてきて、常に聞いていただきたいくらいです」
しかし今日の富田が声に棘を作るほど懸念しているのは、どちらかというと授業ではなく、この後にあるサークル活動の方だった。個人練であれば何とかごまかせそうではあるけれど、本日の羽沢悠斗の予定は学内ライブのセッション練なのだ。セッションの相手、一学年上である三年生のキーボード、芦田は当然この事態を知らない。
羽沢悠斗という人物に向けられた信用を崩壊させることなく、また要らぬ誤解を招くこともなく、芦田との練習を終わらせなくてはならないのだ。どうすれば一番安全かと思考を巡らす富田の隣から、泰生がつつつ、と離れていった。
「タツベイ……」
「え、え……何すか…………?」
廊下ですれ違った見知らぬ男子学生の肩に乗っていたタツベイに引き寄せられ、そわそわと近づいていく泰生に気づいた富田は「だから! だから三回言ったんですよ!」と青筋を浮かべて泰生の首根っこを捕まえた。いきなり近寄ってきた赤の他人、しかも呟かれた独り言以外は無言の仏頂面という怪しさに、何事かとヒいている学生に秒速で頭を下げる。「すみませんホント、何でもないんです」そんな富田の鬼気迫る様子に彼はさらに不審感を募らせたが、関わり合いになりたくないためタツベイを抱え、そそくさと去っていった。
はぁ、と重い溜息を吐いた富田が、辿り着いた部室の扉を前にしてもう一度言う。「本当頼みますからね。悠斗らしく、悠斗らしく、悠斗らしく、悠斗らしく、ですよ」
「……メタグロスか」
泰生の漏らした不平は無視して、富田はドアを開ける。
「お疲れ様です」「おっす羽沢、富田」「おつかれー」「ハザユー風邪大丈夫なの?」「あ、ただ疲れてたらしいです」「何でトミズキが答えるんだよ」「お前、そのニックネームわかりにくいって」口々に交わされる言葉が、各々の楽器が鳴らす音と共に響く部室を歩く。有原と二ノ宮は今は不在みたいだな、などと思いながら、富田と泰生は一台のキーボードの前まで進んだ。
「芦田さん、こんにちは」
「あ、お疲れ! 羽沢君、具合はもう平気なの?」
何やら携帯で連絡を取っていたらしい芦田は顔を上げ、人の良さそうな笑みを浮かべる。彼の質問に富田が泰生の脇腹を素早く突き、泰生は慌てて「ん」と頷いた。
その態度に富田はまたしても頭を抱えたくなったが、「まだ本調子じゃなさそうだね〜無理はしないでね」と、芦田は都合良く解釈したらしい。それに内心で胸を撫で下ろしながら、「守屋もお疲れ」と芦田の隣に座っていた同級生へ声をかける。「『も』は余計ですよ」冗談っぽく拗ねたような顔をして、守屋は軽く片手を上げた。彼の足元のマグマラシが富田達をちらりと見たが、すぐに、一緒に遊んでいたらしいポワルンの方へ視線を戻してしまう。マグマラシとポワルンは、それぞれ守屋と芦田のポケモンだ。芦田のポワルンは、何故か常に雨天時のフォルムをしていることでちょっと有名である。
「今日は悠斗と合わせでしたよね」 晴天の室内にも関わらず雫型のポワルンに興味津々の泰生は無視してそう尋ねた富田に、「そうだよー」壁にかかった時計を見ながら芦田は答える。「本当は横木くん達が使うはずだったんだけど、一昨日代わってくれたからね」対角線上でベースをいじっているそのサークル員、横木に感謝の合図をしながら、芦田がキーボードの前から立ち上がった。
「悠斗の具合が心配なので、俺もついていっていいですか」
そこでそう言った富田に、芦田はほんの一瞬不思議な顔をしたものの、「もちろん」と笑って頷いた。ちょうど時間だしそろそろ行こっか、そんな言葉と共に床の鞄を持ち上げた芦田に泰生と富田も続こうとする。
「樂先輩」
が、守屋が芦田の名前を呼んだため、彼は一度足を止める。「なに」言うことは大体予測がついているらしい芦田が、じっとりとした目を守屋に向けた。
「残念ながら、僕は樂さんにお供いたしませんので……」
「いいよ別にしなくて! 巡君には期待もしてないし! わざわざ言わなくていいよそんなこと!」
「むしろこの辺が片付いて、せいせいし……いえ、スッキリした気持ちになってます」
「言い直さなくていいから! アメダスのこと見ててね、じゃあね!」
守屋の軽口に呆れ混じりの声で返し、溜息をついた芦田は背を向けて歩き出す。「いってらっしゃいませ」と悪戯っぽく笑った守屋が手をヒラヒラと振り、芦田が座っていたキーボードを早速弾き始めた。
「まったく、巡君はいつもああだ」などと呻きながら部室を出た芦田の後ろを歩きつつ、まったくはこっちの台詞だ、などと富田は考えていた。有原と二ノ宮達といい、よくぞ毎回飽きないものである。自分のことを完全に棚に上げる富田の隣で、泰生はアメダス――芦田のポワルンを少し触らせてもらえばよかった、などとのんきな悔恨に駆られていた。
「うーん、なんか……」
部室から移動して、第一練習室。学内ライブでやる予定の曲を一通りやってみたところで、芦田がなんとも言い難い顔をした。「……やっぱり、羽沢君まだ調子悪い?」言葉を選ぶような声で問いかけられた泰生が「どういうこと……、ですか」と、ギリギリのところで口調を悠斗のものに直しながら問い返す。
芦田は「なんというか」「別にいつも通りと言えばそうなんだけど」と、グランドピアノと睨み合いながらしばらく首をひねっていたが、ややあってから顔を上げて泰生を見た。
「なんというか、ね。楽しそうな曲なのに、楽しそうじゃない、っていうか」
「…………そんなこと、」
とてもじゃないが楽しくなどない泰生は「そんなこと言われても困る」と言いたかったのだが、芦田の目には途中まで発されたその言葉が、不服を訴えるものに聞こえたらしい。慌てたように「いや、俺の気のせいかもなんだけどさ」と頭を掻いて、彼は「でも」と困ったような笑みを作る。
「羽沢君って、こういう歌を本当に楽しそうに歌ってたから。だからこれにしようって決めたわけだし……なんか違うような、そんな気がして……」
譜面台に置いた楽譜を見遣り、怪訝そうに言った芦田に何か弁明しようと富田が「あの」と口を開きかける。しかしそこで芦田の携帯が着信音を響かせ、「ごめん。ちょっと待って」彼は電話を取った。
「はい。はい、そうです。さっきの……ああ、そうですか……いえ、わかりました。はい。了解です」
電話の向こうの相手と短いやり取りをしていた芦田だが、数分の後に「失礼します」と通話を切る。どうしたんですか、と富田が尋ねると、彼は重く息を吐いて「学内ライブなんだけど」と力の無い声で答えた。
「日にちが一週間前倒しになっちゃって……昨日事務の人にそう言われて、どうにかしてくれないか頼んでみたんだけど……」
「そんな、じゃあ……」
「点検の日付を変えるのは無理だから、って。みんなに言わないとなぁ……」
苦い顔をして気落ちする芦田に、富田も歯噛みする。ただでさえ、元に戻るまでの諸々をごまかすのに必死なのに、ここに加えて本番までこられては大変まずい。一体どうしたものか、という思いを、芦田と富田はそれぞれ違う理由で抱く。
だが、泰生の反応はそれとは違った。「なぁ」携帯でサークルの者達に連絡を送っていた芦田が泰生に視線を向ける。
「なに、羽沢君?」
「どうして、そこでもっと抗議しないんですか?」
泰生からすれば純粋な疑問をぶつけたに過ぎないが、いきなりそんなことを言われた芦田は面食らったように瞬きを繰り返した。
「それは……まあ、したにはしたんだけどダメだって言われたし……学校の都合ならどうしようもないから……」
「何故です? 先に予定を入れておいたのはこちらなんだろう、なら、向こうは譲るべきなんじゃないんですか」
「僕だって同じこと思うよ。それはそうだ、羽沢君の言う通りだ……でも、しょうがない、じゃん」
「学校にそう言われちゃ、仕方ないよ」芦田がぽつりと言って、白と黒の鍵盤に視線を落とす。諦めたような顔が盤上に映し出された。
「しょうがない、って……」
しかし、泰生は違った。
その一言を聞いて、眉を寄せた彼は、両の拳を握り締める。
「そこでもっと言わないから、こういうことが起きるんじゃないのか? どうせ言うことを聞くから、と馬鹿にされて……だから後から平気で変えてくるんだ!」
「羽沢、君…………?」
「なんでそんな無理を言われるのかよく考えてみろ、そうやって、受け流すから見くびられるんだ。大学だか事務だか知らんが、そことの不平等を作っているのはこっち側なんじゃないか!」
「…………それ、は」
「これでまた、一つつけ上がらせる理由になったんだ……わかってるのか、これは俺だけじゃなくて、他の奴らにも関係あるんじゃないのか? こうして平気で諦めたことは、他の学生にも――」
「おい、羽沢――――」
「樂先輩」
見かねて口を挟んだ富田が何か言うよりも前に、そこで、泰生と芦田の間に割り込む声があった。
「赤井先輩が呼んでます、学祭の件で急用だって……」
携帯じゃ気づかないだろうから呼びに来ました、そう付け加えた守屋は、半分ほど開けたドアの向こうから三人を見ている。その足元と頭上それぞれで、マグマラシとポワルンが、何やらただ事では無さそうな雰囲気にじっと動かずにいた。
「あ、うん。わかった。すぐ行く」
一瞬、目をパチパチさせていた芦田が慌ててピアノの前から立ち上がる。「ごめん、羽沢君、富田君」そう言いながら簡単に荷物をまとめた芦田の様子は、少なくとも一見した限りでは普通のもので、富田は反射的に頭を下げる。彼に背中を叩かれた泰生も会釈したが、すでにその前を通りすぎていた芦田が気づいたかどうかはわからない。
「本当にごめん。戻れたら戻るけど、ここ六時までだから、駄目だったら次の人によろしく」
忙しない口調で告げて、芦田はドアの向こうに消えていく。「ありがとね」そう彼に言われた守屋が、芦田に軽口を叩くよりも前に、練習室の中を少しだけ見遣った。
何か言いたげな、探るような視線。が、彼が実際に発言することはなく、二人と二匹は慌ただしく廊下を走り去ってしまった。
残された泰生と富田は、閉まったドアの方を見てしばらく無言だった。が、やがて「俺は」と、泰生が口を開く。
「間違ったことを、言ったのか」
「悠斗、は――――――――」
毅然とした口調でそう問うた泰生に、しかし、富田の細い眼の中で瞳孔が開いた。
その瞳を血走らせた彼が、一歩踏み出して泰生の胸ぐらに掴みかかる。咄嗟のことで反応出来なかった泰生は怯んだように身を竦ませた。
表情というものを消し去って、富田の、握った片手が勢いよく振り下ろされる。
「………………悠斗は」
が、その拳が泰生を打つことはなかった。
思わず目を瞑っていた泰生が、おそるおそる目を開けると、肩で息をする富田が自分を黙って見下ろしていた。
時計の秒針が回る音だけが、彼らの間にうるさく響く。
「……すみませんでした」
その言葉と共に、富田は泰生を掴んでいた手を離す。急に解放された泰生は足をよろめかせたが、俯いてしまった富田がそれを見ていたかは不明だ。声を僅かに震わせていた富田の顔は、長い前髪に隠れてよくわからない。
それきり、富田は何も言わなかった。泰生も無言を貫いた。
結局六時を過ぎても芦田は戻らず、後で彼、および芦田を呼びつけたサークル代表の赤井から謝罪のメールが届いたが、それに対して富田が言及したのは「芦田さんが置いてった楽譜は僕が渡しておきますから」ということだけだった。
◆
そんなことがあった翌日――悠斗は、森田と共にタマムシ郊外の街中を歩いていた。
「悠斗くん、そんな落ち込まないでください。まだ三日目ですから、次に勝てるよう頑張りましょう」
「………………」
彼らは先ほどまでいたバトルコートから、近くの駐車場まで移動しているところである。地面を見下ろし、俯く悠斗に森田が励ましの声をかけた。しかし、悠斗は依然として肩を落としたままである。
数十分前、バトルコートで悠斗が負けた相手は別のトレーナープロダクションに所属している、しかし064事務所と懇意にしている壮年の男トレーナーだ。リーグも近いし練習試合を、ということで前々から約束されていた予定である。
そのバトルに、悠斗はまたしても負けてしまったのだ。今回は必要最低限の知識は入れていたし、少しは慣れたから惨敗とまではいかなかったが、それでも男トレーナーに怪訝な顔をさせるくらいにはまともな勝負にならなかったと言える。ある程度は予想のついていたこととはいえ、悠斗は度重なる敗北に少なからず傷心していた。
「相手方にはスランプで通していますから。それにですね、いくら泰さんのポケモンとはいえ、バトル始めたばかりの悠斗くんがそう簡単に勝てたら、エリートトレーナーも商売上がったりですよ」
「それはそうですが……」
「泰さんと互角の相手なんです、あの人は。負けるのもしょうがないです」
片手をひらひらさせた森田は「とりあえず、今日は帰るとしましょう」と歩を進める。「そうですね」悠斗も浮かない顔のままだが頷き、その後に続こうとした。
「おい、そこのお前!」
が、背中にかかった声に二人は反射で足を止める。
「お前、羽沢泰生だよな!?」
振り返った悠斗達の後ろにいたのは、半ズボン姿の若い男だった。年の頃は悠斗の元の身体とそう変わらないだろう、サンダースのような色に染めた髪やその服装から考えるに、悠斗や富田に多少のチャラさを足した感じである。
「俺は、たんぱんこぞうのヒロキ!」膝小僧を見せつける彼の始めた突然の自己紹介に、悠斗と森田は頭の上に疑問符を浮かべる。「森田さん、たんぱんこぞうって、中学二年生くらいが限度じゃないんですか」「ミニスカートとかたんぱんこぞうとかっていうのは、名乗るための明確な規定が無いからね……『小僧』が何歳までっていう線引きも無いし」「あ、ああ……?」小声で交わされる珍妙な会話は聞こえていないらしい、やけに真っ直ぐな目をした男は、人差し指を悠斗へ向けてこう言った。
「羽沢泰生! 俺と勝負しろ!」
「はぁぁ!? 駄目、だめだめだめ!!」
唐突なその申し出に反応したのは、悠斗ではなく森田だった。慌てたように冷や汗を浮かべた彼は、「そんなこと、出来るわけないでしょう!」ときつい調子で男を叱る。
「そう簡単にバトルを受け付けるわけにはいきません! 羽沢は今事務所に戻る途中なんです、お引き取り願います!」
「目が合ったらバトル、トレーナーの基本だろ!? エリートトレーナーだからって、それは同じじゃないのかよ!」
滅茶苦茶な理論を並べて森田に詰め寄る男に、悠斗は何も言えず立ち竦むしか無かった。ポケモンにもバトルにもとんと関わったことのない悠斗には縁遠い話であったが、しかし偶然、同じような状況を街で見かけたことがある。有名トレーナーを見つけ、無理を通してバトルを申し込む身勝手なトレーナー。最悪のマナー違反として度々問題となっているが、結局のところ、今までこれが解決したためしは無い。
そして、こういうものを煽る存在がいるのも原因の一つだ。「エリートのくせに、にげるっていうのかよ!」「いいから帰ってください!」騒ぐ二人の声に引き寄せられて、近くを歩いていた者達が次々と視線を向けてくる。
「え? なんか揉め事?」
「なぁ、あれって羽沢泰生じゃね!?」
「は!? マジで!? なになに、なんかテレビの撮影!?」
「バトル!? バトルするんだ!!」
「おい大変だ! 羽沢泰生の生バトルだぞ!!」
「やっべー! 次チャンプ候補じゃん、ツイッターで拡散……あとLINEも送ってやらないと……!」
人が人を呼び寄せ、その様子に興奮したポケモンがポケモンを呼び寄せ、気がつくと悠斗達はギャラリーに取り囲まれていた。人とポケモン専用の道路には、ちょうど、バトルが出来るくらいのスペースを残して群衆達が集まっている。「ここまできて、やらないってことはないよなぁ!」パシン、と膝を両手で叩き、男は挑発するような笑みを浮かべた。
「森田さん、これ、やるしかないよ」
「でも、悠斗くん……あっちにしか非はありませんし、ここは理由をつけて……」
「ううん。あいつなら、こういうのが許せないからこそ戦うんだろうし、それに」
「俺、勝つから」
小さく告げられたその言葉に森田が唇を噛む。一歩前に踏み出した悠斗の姿に群衆と男が上げた歓声が、中途半端な狂気を伴って、曇天の空に響いていった。
「やってこい! クレア!」
男が放り投げたボールから現れたのは、肩口と腰から炎を赤く燃え滾らせたブーバーンだった。アスファルトを震わせながら着地したブーバーンは、口から軽く火を噴いて悠斗の方を睨みつける。
「いけ、キリサメ!」
対して悠斗が繰り出したのは長い耳を揺らすマリルリで、雨の名を冠した彼は跳ねるようにボールから飛び出した。ギャラリーの中から「かわいー」と声が上がる。割とお調子者な傾向のある彼はその方へ視線を向けながら丸い尻尾を振ったが、すぐにブーバーンへと向き直り、丸い腹を見せつけるように胸を張った。
タイプはこっちの方が有利のはず。マリルリが覚えている技を急いで頭の中に思い出しながら、悠斗はそんなことを考える。今にも雨が降りそうな天気と、どんよりした湿気も手伝って、炎を使う技は通りが悪そうだ。ここはみずタイプの技で一気に決めてしまおう――そう決めて、指示をするため口を開く。
が、その一瞬が男に隙を与えた。悠斗が考え出した時には既に息を吸っていた男は、灰色の空を見上げながら、こう叫んだのだ。
「にほんばれ!」
彼の声にブーバーンが目を光らせた途端、その空に異変が起きた。重苦しい、分厚い雲の隙間に小さな亀裂が走ったと思うと、それはみるみるうちに広がりだし、瞬く間に文字通りの雲散霧消となってしまった。その向こうから現れたのは青く晴れ渡った天空と、強い輝きを放つ太陽である。
「なに――――」
こうなるかもしれないという予測どころか、てんきを変える技があることすらよく知らなかった悠斗は明らかな動揺を顔に浮かべる。「アクアジェット!」とりあえず言葉は発されていたものの、その狼狽がマリルリにも伝わってしまったらしい。完全に出遅れた彼が水流を放った時にはもう、ブーバーンは次の技に入っていた。
「クレア、ソーラービームだ!」
陽の光の力による目映い一撃が、マリルリに向かって一直線に放たれる。確かな強さを以たアクアジェットはしかし、弱体化していたこともあって、黄金色の光線によって呆気無く跳ね返されてしまった。
キリサメ、と悠斗が叫ぶ。成す術もなく宙を舞ったマリルリは、無様な音を立ててアスファルトへ墜落した。甲高い声がマリルリの喉から響く。
「もう一回アクアジェットだ!」焦ったように悠斗が言うが、マリルリが体勢を整え直すよりも前に男とブーバーンの攻撃が飛んでくる。「させるな! ソーラービーム!」繰り返される一方的なその技を何度も喰らい、マリルリはその度に多大なダメージを負っていく。にほんばれが終わらないうちに勝負をつけてしまおうという魂胆なのであろう、連続する攻撃は暴力的な勢いすら持ってマリルリを襲う。何発目かになるそれを腹部に受け止めた彼は、数秒ふらつく足を震わせていたものの、とうとうその身を横転させてしまった。
「キリサメ!」
地面に倒れ伏したマリルリに悠斗が叫ぶ。力無く横たわった彼は耳の先まで生気を失い、これ以上のバトルが出来るようにはとても見えない。
しかし、悠斗は叫び続けた。
「頑張ってくれ、キリサメ!!」
それはバトルに疎い、ポケモンの限界というものをよく知らない悠斗だからこそ言えた、突拍子も無い言葉なのかもしれない。普通だったらもう諦めて、ボールに戻してしまうところだろうに、それでも声をかけ続けるなどは決して賢いとは言えないであろう。無駄な行動だと一蹴されてしまうようなものだ。
だけど、少なくともマリルリにとっては、そうではなかったらしい。ぴくり、と、片耳の先端が小さく動く。勝利を確信し、マリルリを見下していたブーバーンの目が、何かを察知して僅かに揺らいだ。
その時である。
「クレア!?」
「…………キリサメ!」
突如、勢いよくぶっ飛んだブーバーンに、男が悲鳴に似た声を上げる。やや遅れて、悠斗が呆然とした顔で叫んだ。
ぐち、と奥歯でオボンを噛み砕きながら、マリルリは肩で息をする。ブーバーンの隙をついてHPを回復した彼は、ばかぢからをかました疲労をその身に抱えながらも、不敵な笑みを口元に浮かべた。
「キリサメ! よくやった……!」
悠斗の声を背に受けて、マリルリが二本の足でしっかり立ち上がる。彼を支援するようなタイミングで、技の効果が消えたのか、空が再び灰色に覆われていく。ブーバーンに有利な状況が一変し、急速に満ちる湿り気にマリルリは、可愛らしくも頼もしい鳴き声を空へと響かせた。
つぶらな瞳を尖らせたマリルリに、男は「まだいける! 10万ボルトだ!!」と狼狽えながらもブーバーンに指示を飛ばす。ブーバーンが慌ててそれに応えようと身体に力を溜めるが、マリルリはとっくに動き出していた。アクアジェット。湿気のせいで行使が遅れた10万ボルトなど放たれるよりも先に、重く激しい水流を纏った彼は、ブーバーン目掛けて突っ込んでいった。
「クレア!!」
地響きと共にブーバーンがひっくり返る。その脇に着地して、マリルリは自らの、力に満ちた肢体を見せつけるかのように、得意げな表情でポーズを決めた。
声も出せず、成り行きを眺めるだけだった悠斗が息を漏らす。「…………勝っ、た」呟きと言うべき声量で発されたそれは、やがて喜びの声へと変わっていく。
「勝った…………!!」
信じられない、という笑顔になった彼をマリルリが振り返り、キザな動きで片手を上げた。その様子に笑い返して、悠斗は全身に込み上げる高揚感に包まれた。
しかし――
「……………………」
「ねえ、今のってさぁ……」
「…………羽沢、だよな?」
「あの、アレ……」
喜ぶ悠斗とは対照的に、集まったギャラリーの反応は薄いものだった。相手トレーナーも、倒れたルンパッパをボールに戻しつつ渋い顔をする。
「さあ、行きましょうか」やけに落ち着いた声で森田が言い、悠斗の背を押すようにして促した。小声で広がるざわめき、怪訝そうに見つめる視線。おおよそ勝敗がついた際のものとは呼べないその状況が理解出来ず、悠斗は困惑しながらその場を離れた。
「どういうことですか」
駐車場に停めた車に戻り、シートに座ったところで悠斗は耐えきれずそう尋ねる。彼らの後をちょこちょことついてきたマリルリをボールへとしまってから運転席についた森田は、シートベルトを締めつつ「それは」と口ごもった。
数秒、車内に沈黙が流れる。
「泰さんの、戦い方というものがありまして」
呼吸を何度か繰り返した森田が観念するように口を開く。彼がかけたエンジンの音が響き、悠斗の身体が軽く揺れた。
「シンプル、かつ的確な指示。言葉自体は少なくても全力で通じ合う。ポケモンの様子をいち早く察知して、勝敗よりもポケモンが傷つかないことを最善と考え、結果的にそれが強さを呼ぶ――それが、羽沢泰生のバトルなんです」
「……………………」
「要するに、さっきのようなバトルとは真逆、ということです」
悠斗の指の先が小さく震える。
「ポケモンに任せきり、判断を仰ぐ……なんて、羽沢泰生、らしからぬバトルでした」普通を装った、しかし絞り出すかのような森田の声が鼓膜を掠めた。
「今までのは事務所内にしか見られてないのでスランプという形でごまかせましたが……プライベートなものとはいえ、衆人環視でのあれは少し痛いところでした。泰さんは気にしないと思いますが、やはり、エリートトレーナーともなるとイメージというものもありますから」
「俺は、…………」
「いえ、でも勝てたのは良かったんですよ! ここで負けてたらそれこそ大惨事ですし、悠斗くん的にも、ほら、快挙じゃないですか!」
無理に明るいと笑顔を声を作って森田が言った。「過ぎたことは過ぎたことですし、まあ今後は、ああいうのを控えてくれれば大丈夫ですから」ハンドルに手をかけて、周りをチェックする彼は笑う。「それに今回のは相手が強引でしたしね」
「でも、あれはあれで悠斗くんらしいと思いましたよ! ああいうバトルもいいものです」
そう言いながら車を動かし始めた森田の様子は、すっかりいつも通りに戻っていたが、乗車してから一度もルームミラーに映る悠斗を見ていない。そのことを悟った悠斗は、「そうですかね」と曖昧に返して窓の外を見る。
動き出した景色の中、路地でジグザグマとバルキーとでバトルをしている子供達を見つけ、悠斗はそっと目を閉じた。
◆
それから、家に帰った悠斗は母・真琴の剣呑な態度から逃げるように戻った自室で一人、ベッドに腰掛けて天井を見上げていた。
今日の夕方には、富田が連絡をつけてくれたという『専門家』のところへ行くことになっている。森田は一時事務所に戻り、雑務をやってから羽沢家に来るということだった。車で悠斗を送り届けた彼は、道中も、そして悠斗が降車する際にも何かを言うことは無かった。
ただ、申し訳無さそうな顔が頭に浮かぶ。泣きそうなその顔に滲み出る感情が、自分ではなく父に向けられているのは確かだった。森田はそんなことを一言足りとも口にはしないが、それでも、わかる。
自分が父に、羽沢泰生の名に泥を塗ったことは痛いほどに理解した。自分の無知が、意地が、愚かさが、父という存在を貶めることによって、父を慕う人達を傷つけることになる。忌み嫌い、目を背けていた父が自分のあずかり知らぬところでどれほど愛されていたのか。その側面を垣間見たような気がして、恐ろしいまでの後悔が襲ってきた。
(だけど――)
どうすればいいというんだ。壁に貼った、敬愛するバンドのポスターに問いかける。
どうしろというんだろう。三日三晩で作ったハリボテの人格を演じるだなんて不可能だ。しかも相手が、ずっと見ないようにしてきた父親である。どれだけ頑張っても埋められないことへの無力感と、憎むべき父のためにしなくてはならないことへの怒りが心の中でぶつかり合い、押し潰されそうだった。
「おい、悠斗」
そして間の悪いことに、父――自分の姿だが――がノックもせずに部屋へ入ってくる。そういえば今日は三限で終わるから帰ってきたのか、と思いながら「今話せる気分じゃないから」と、悠斗は泰生の顔も見ずにすげない言葉を返した。
しかし泰生はそれをまるで無視し、遠慮無い足取りで悠斗に近づく。迷惑だという気持ちを表すために悠斗は泰生を睨みつけたが、彼は動じる素振りも見せなかった。
「何の用だ」
「何の用だ、じゃない。おい、これはどういうことだ」
言いながら泰生がポケットから取り出したのは、別々にいる時には持ち歩かせることにした悠斗の携帯だった。だからそれがどうしたんだよ、そんなことを思いながらようやく立ち上がった悠斗に、泰生は唸るような声で言う。
「お前の知り合いから送られてきたんだ。『ツイッターで話題になってるけど、お前の父親大丈夫?』と、な。誰だか知らんが、お節介な奴もいるもんだ」
吐き捨てるように告げた泰生の差し出す画面を見て、悠斗は言葉を失った。
泰生の言う通り、ネット上で拡散されているらしいその動画は、先程悠斗が街中でやったバトルを撮影したものだった。あの中に正規のカメラマンがいるはずがないから、人混みからした隠し撮りであるのは間違いないが、駄目なら駄目でしっかり注意しなかったのが悪いとも言えるため口は出しにくい。何より、取り沙汰されたくないならば、森田が言うようにあんな場所でバトルをするべきではなかったのである。
有名トレーナーのプライベートバトルということで、動画はインターネットユーザー達の注目を集めていた。ただ、その注目の内容が問題だった。勝ったとはいえ、森田の言葉を借りるなら『羽沢泰生らしくない』戦い方は、大きな波紋を生んでしまったらしい。
『羽沢も落ち目だな』
『堅実だけが取り柄だったのに。今年は決勝までいけないだろ』
『つまらないバトルだけはするなよ』
まとめサイトに並ぶ辛辣なコメントに、悠斗は発する言葉も無く目を伏せた。
「こんなものはどうでもいい……しかし、お前は俺の代わりをするはずだっただろう。これではポケモンがあまりにも惨めではないか! トレーナーの無茶な言い分に……こんな戦い方、やっていいわけがない!」
「それは…………」
「どうしてお前はそんなこともわからないんだ! ポケモンの気にもなれ、こんな、自分本位な指示でまともに動けるわけがないだろう!? 考えればわかることだ、ポケモントレーナーとして発言するなら、もっと、ポケモンの心に寄り添おうと何故思わない!!」
「っ……そんなの、お前だってそうだろ!!」
怒鳴った泰生に、一瞬目を大きく開いた悠斗が叫ぶ。その大声に泰生が怯んだように言葉を止めた。
「ポケモンの気持ちを考えろ、ってお前はいつもそうだよ。ポケモンの心、ポケモンと通じ合う。言葉なんかじゃない。じゃあ……じゃあ、人間の気持ち考えたことあるのかよ!!」
「なんだと、っ……」
「いつといつも態度悪くてさ。自分本位はどっちだよ、ロクに気もきかないし愛想悪いし、母さんや森田さん困らせて! 人の気なんか、全然考えないんだもんな! ああそうだ、お前はいつだって勝手なんだ!」
一度頭に上った血はそう簡単に冷ないらしく、悠斗の口は止まらない。この、入れ替わったことによるストレスが積み重なっていたのもあって、溜まりに溜まった苛立ちがまとめて溢れ出ていくようだった。
「お前だって大変だろうから、言わないようにしようと思ってたけど」荒くなった息を吐き、悠斗は泰生の胸倉を掴みあげる。「お前、芦田さんに何言ったんだ」
「守屋からLINEきたんだよ――お前、あの人にどんなことしたんだ! 俺の顔で、俺の口で、なんてこと言ってくれたんだ!?」
「何も言ってない。ただ、当たり前のことを――」
「それが駄目だっつってんだよ!! いいか、お前はわからねぇかもしれないけどな、人はな、言われて嫌なこととか、言われてムカつくこととかあるんだよ。だから、言葉を選ばなきゃいけないんだよ、常識だろこんなの!」
「そんなの知ったことか……大体言葉を選ぶ……それは言い訳だ、どうせ本心を隠して影で笑って、嘘をついてるのと同じだ! だから人間なんて信用ならないんだ……人間なんて…………」
泰生も語気を荒げて悠斗に掴みかかる。が、悠斗は全く怖気つくことなく「『嫌い』だろ」と冷めきった声色を出した。
「いつもそうだもんな。お前。人間嫌い、人間は駄目だって。いつもいつも、そうだ」
せせら笑うように、据わった眼の悠斗は言う。
「そんなに人間が嫌いなら、どうぞ、ポケモンにでもなればいいんだ」
「っ!!」
泰生の瞳孔が開かれる。悠斗が口角を吊り上げる。
呼吸を止めた泰生の片手が固く握られ、後方へと振りかぶられた。それを察した悠斗も冷めた眼のまま同じように拳を固め、勢いよく後ろにひいたが――
「ちょっと。悠斗も、羽沢さんも、一回そこまでにして」
突如聞こえたその声と、ドアが開く音に、今にも双方殴りかかりそうだった悠斗と泰生は同時に黙り込む。向かい合って互いを睨む二人の口論を遮ったのは、無表情の中に苛立ちを滲ませた富田だった。
前髪の奥から羽沢親子を見ている彼の後ろには、気後れ気味に顔を覗かせた森田もいる。どうやら二人とも、取り次いでくれた真琴に促されてこの部屋に来たらしい。
勢いづいたところを中断されて、次の行動を図りかねる泰生に鋭い視線を向け、富田は言う。
「絶対こうなると思いましたけど。だから言ったんですけどね、余計なことを言わないでください、と」
「それはこいつが――」
刺々しい言葉に、泰生は反射で返す。が、富田の目を見て、途中で言葉を切ってしまった。
「悠斗くんも、あまり怒ったら駄目だよ」森田の、静かに、しかしはっきりした口調で告げられた言葉に悠斗も黙り込む。気まずい沈黙がしばし続き、やがて謝りこそしないものの、親子はお互いの胸ぐらを掴んでいた腕をそっと離した。
「じゃあ、行きますか」
そうして部屋に響いた富田の声は相変わらず淡々としていたが、先程のような不穏さは消えており、三者の緊張もふっと解ける。親子がそれぞれ顔を見合い、それぞれ軽い溜息をついてまた視線を外したのを見て、森田がほっとしたような表情を浮かべた。
その様子に、富田も僅かに目を細くする。「ちなみに、言っておきますけど」話題を変えた彼に、悠斗達三人は一斉に首を傾げた。「何を」言い含めるような語調に森田が問う。
「今から行くのは、無論『そういう問題』を扱う『そういうところ』ですから――」
一瞬の間を置いて、富田は平坦な声で言った。
「くれぐれも、驚かないようにしてくださいね」
◆
富田が案内した『専門家』は、タマムシ大学から徒歩二十分ほどの街中に事務所を構えているということだった。
街中といっても華やかなショッピング街や清潔感のあるオフィス街ではなく、タマムシゲームコーナーのあたり、要するに治安があまりよろしくない地区である。アスファルトの地面は吐き捨てられたガムや煙草の吸殻が所々に見られ、灰色のビル群もどこか冷たく無機質な印象を受ける。そのくせ聞こえる音はやたらとやかましく、誰かの怒鳴り声やヤミカラスの嬌声、スロットやゲームの電子音にバイクの騒音と、鳴り止まない音に泰生や森田は不快感を顔に示した。
そんな街並みの中を縫って進み、少しばかり裏路地に入る。ドブに寝ていたベトベターが薄目を開けて、並んで歩いてきた四人を迷惑そうに見た。ヤミ金事務所や怪しげなきのみ屋、開いているのか閉まっているのか判断出来ない歯医者などを横目にもうしばらく汚れた道を行く。
「ここだ、このラーメン屋の三階」
いくつかのテナントが複合するビルの一つを指し、先頭を歩いていた富田が足を止めた。何人か客の入っているらしい、ラーメン屋のガラス戸を横目に鉄筋で出来た非常階段を昇る。脂の匂いが路地裏に捨てられた生ゴミ、及びそれに群がるドガースの悪臭と混じり合うそこを進んでいく、二階のサラ金業者、そしてその上に目的地はあった。
「あ、あやしい」森田の率直な呟きが薄暗い路地に響いた。それも無理はないだろう。三階に入っているテナントは、『代理処 真夜中屋』といういかにも不審な業者名が書かれたぺらっぺらな紙一枚を無骨な金属ドアに貼っているだけで、他に何かを知れそうな情報は無い。泰生と悠斗もなんとも言えない顔をして、汚れの目立つ、雨晒しの通路に立ち竦む。
「ちょっと富田くん、本当にここで大丈夫なの?」
「失礼ですね。ここは表向きには代理処……便利屋稼業なんですけど、今悠斗達に起こってるみたいな、あまり科学的じゃない感じの問題も請け負ってくれるんです。そういうところ、なかなか無いんですよ」
「そうは言ってもさぁ、もう少し何というか……得体が知れそうなところというか……」
「得体なら知れてますよ。僕の再従兄弟の友達がやってるんで」
「瑞樹……それは他人と呼ぶんじゃないかな……」
「ミツキさーん、富田です、電話した件ですー」
悠斗のツッコミを完全に無視して、富田は平然と扉を開ける。ギィィ、と思い音を響かせて開いたその向こうは、ただでさえ日陰になっていて薄暗い路地裏よりも、輪をかけて暗澹と不気味だった。
森田が口角を引きつらせる。泰生の眉間のシワが深くなる。「なぁ瑞樹……」まだ陽が落ちていない外には無いはずの冷気が室内から漂ってきて、いよいよ不気味さに耐えられなくなったらしい悠斗が遠慮がちに呟いた。
「あー! 瑞樹くん、久しぶり!!」
が、その時ちょうど中から出てきたのは、そんな禍々しさからはかけ離れているほどにあっけからんとした雰囲気の男だった。
見た目からすれば、目元を覆うぼさぼさの黒髪によれたTシャツとジャージ、十代後半にも三十代前半にも見える歳の知れない感じとなかなかに怪しいが、そんな印象をまとめて吹き飛ばすほどにその男の声は朗らかで明るい。スリッパの底を鳴らしながらヘラヘラと笑うその様子はどう考えてもカタギの者では無かったが、しかし恐いイメージを与えるような者でも無かった。
「お久しぶりです」「半年ぶりくらいじゃん、学校近くなんだからもっと来てくれてもいいのに」「色々忙しくて」二言三言、言葉を交わした富田は悠斗達を振り返って口を開く。
「こちら、真夜中屋代表のミツキさん。ミツキさん、この人たちです。電話で話したの」
「どうも、ミツキと申します。こんな、かいじゅうマニアのなり損ないみたいなナリしてますけど一応ちゃんとしたサイキッカーなんですよ」
おどけた調子でそんなことを言ったミツキに、泰生が「ほう」と感心したように息を漏らした。サイキッカーという肩書きに反応したのだろう、『mystery』というロゴとナゾノクサのイラストというふざけたTシャツ姿に向けていた、不快なものを見る目が少し緩められる。「サイキッカー……」森田は森田で、超能力持ちトレーナーの代名詞でもあるその存在を目の当たりにして言葉に詰まっていた。
ただ一人、サイキッカーという立場の何たるかをほぼ理解していない悠斗だけが「はじめまして」と挨拶している。それに軽く一礼で返し、ミツキは数秒の間を置いて、「なるほどね」と前髪の奥にある垂れ目を光らせた。
「入れ替わったっていうのは、君と、あなたですか。なるほどなるほど、これは……大変だったでしょう」
「あれ。俺、誰と誰が、とまでは言ってないと思いますけど。わかるんですか?」
「流石にこのくらいなら、見ればね。あとは僕のカンもあるけど」
悠斗と泰生を交互に見遣り、同情するような顔をしたミツキは「まあ、立ち話もなんですから」と四人を扉の奥へと招く。
言われるままに室内へと足を踏み入れた悠斗達は、それぞれ思わず目を見張った。勝手知ったる富田だけが、破れかけた紅い布張りのソファーに早速腰掛けてリラックスしている。
「散らかっていて申し訳無いのですが」
決まり悪そうに笑いながらミツキは頭を掻いた。その足元には必要不必要のわからない無数の書類、コピー用紙、紙屑が散乱し、事務所らしき部屋の至る所には本だの雑誌だの新聞だのが積み上げられている。そこかしこに転がっているピッピにんぎょうや様々なお香、ヤドンやエネコの尻尾、お札の使い道は不明だが、ただ単にそこにあるようにしか思えない。唯一足の踏み場がある来客スペース、富田が座っているソファーには何故か、ひみつきちグッズとしてあまり人気の無い『やぶれるドア』が打ち捨てられている。
確かに酷い散らかりようだが、悠斗達の意識を集めているのはそこではない。室内のあちこち、そこかしこにいるゴーストポケモン、ゴーストポケモン、ゴーストポケモン。もりのようかんやポケモンタワーなどを2LDKに凝縮するとこうなる、といった様相だった。
「これは、一体……」
窓に所狭しとぶら下がるカゲボウズ、ガラクタに混じって床に転がるデスカーン。観葉植物用の鉢植えにはオーロットが眠っているし、壁を抜けたり入ってきたりして遊んでいるのはヨマワルやムウマ、ゴースの群れだ。ぼんやりと天井付近を漂うフワンテの両腕に、バケッチャがじゃれついてはしゃいでいる。
洗い物の溜まったシンクを我が物顔で占拠している、オスメス対のプルリルを見て、森田が呆けたように息を吐いた。
「このポケモン達は……全員お前のポケモンなのか?」
「いえ、違いますよ。みんな野生だと思うんですけど、ここが居心地いいらしくて。溜まり場みたいになってるんですよね」
切れかけた蛍光灯の上でとろとろと溶けているヒトモシを見上げ、どこかソワソワした様子(シャンデラの昔を思い出したらしい)で尋ねた泰生にミツキは答える。「僕のポケモン、というかウチの従業員はこいつだけです」
その言葉と共に台所の方から現れたのは、お茶の入ったコップを乗せたトレーを運んできたゲンガーだった。テーブルに四つ、それを並べるゲンガーにまたもや驚いている悠斗達を尻目に「僕の助手のムラクモです」とミツキが呑気に紹介を始める。
『本日はお越しいただきありがとうございます』
「え!? 喋った!? ゲンガーが!!」
紫色の短い腕でトレーを抱えるゲンガーの方から声がして、森田が仰天のあまり叫び声を上げる。富田の横に腰掛けた悠斗は仰け反り、泰生も両目を丸くした。
「違う違う、喋ってるわけではないですよ」面白そうに笑い、ミツキはゲンガーの隣にしゃがみ込む。トレーを持っていない方の手に収まっているのは、ヒメリのシルエットが描かれたタブレット端末だった。
「ムラクモは、これを使って会話してるんです。念動力で操作して」
『そういうわけです、驚かしてすみません』
「な、なるほど……いや、それにしてもびっくりですけどね……」
「だから言ったじゃないですか。『そういうところ』なんだって、ここは」
驚いたままの森田へと、何でもない風に富田が言う。泰生はもはや驚愕を忘れ、どちらかというとゲンガーを触りたくて仕方ないらしく(しかしそう頼むのは恥ずかしいらしく)チラチラと視線を送っていた。『本当、汚くて申し訳ございません。ミツキにはよく言って、はい、よく言って聞かせますから』小慣れた感じに操作されるタブレットが電子音声を再生する。
『よく言って』を強調させながら紅の瞳の睨みを効かせるゲンガーに、「も〜、悪かったってば! 次からちゃんとするから呪わないでよ」などとミツキが情けない声を出す。そんな、当たり前のように交わされるやり取りを眺め、悠斗がポツリと呟いた。
「ポケモンにも、色々いるんだな……」
親友が漏らしたその一言に、「ムラクモさんのアレは特別だと思うけど」と富田が言う。森田は散らかり尽くした台所から出されたお茶の消費期限を気にするのに忙しく、泰生はゴーストポケモン達に内心でときめくのにいっぱいいっぱいで気づいていないようだったが、ただミツキは聞いていたらしく、長い前髪を揺らして悠斗の方を振り向いた。
「そうだね」
嘘のように澄んだ瞳が悠斗をみつめる。
「ポケモンも、人間も。色々いるもんだよ」
それだけ言って、ミツキは「じゃあ本題に入りましょうかー」と話を変えてしまう。「ムラクモ、なんか紙取って紙、メモ取れるやつ」などと甘ったれるその声色は頼り無く、先ほど悠斗に向けられた、浮世離れした神秘を感じるものとは全くもって違っていた。『その辺のゴミでも使え』悪態を再生しながらも、ゲンガーは机に積まれた本の中からノートを探し出してミツキへ放る。そんな献身的な姿を見ていた森田は、どこか親近感を覚えずにはいられなかった。
ノートでばしばしと叩かれているミツキの方をじっと見たまま、悠斗は黙って動かない。そんな彼に声をかけようとして、しかし、富田はそうしなかった。
何か言う代わりに口をつけたお茶は不思議な香りを漂わせ、喉に流れると奇妙に落ち着くようだった。消費期限のほどは、大丈夫だったようである。
「…………それで、羽沢さんたちにかけられた、っていう呪いなんだけど」
悠斗達、依頼者の向かいに座ったミツキが言う。
「恐らくは、ギルガルドの力を利用したものだ」
「ギルガルド?」
ポケモンには疎すぎるほどに疎い悠斗が素直に問いかける。その発言に泰生はこめかみの血管を浮かばせ、森田は両手で頭を抱えたが、肝心の悠斗は気づいていないようだった。
しかしミツキは嫌な顔をすることなく、「ちょっと待ってね」と近くに散乱した本や資料を漁り出す。が、お目当ての物を彼が発掘するよりも先に『これ使え』と、何かを入力していたムラクモがタブレットを手渡した。「あー、ありがと、ありがと」ヘラリと笑い、ミツキはその画面を悠斗達へと見せる。
「ギルガルド、おうけんポケモン。ヒトツキからニダンギルに進化して、そのまたさらに進化したポケモンですね。はがねタイプとゴーストタイプの複合、バトルにおいてはかなり優秀な部類ですから、泰生さんは結構お目にかかっていらっしゃるのではないでしょうか」
「うむ。そうだな、何度も苦戦したもんだ」
過去のバトルを思い出しているのか、泰生が苦い顔をして頷いた。綺麗に磨かれた画面に映し出されているのは厳つい金色をしたポケモンで、貴族っぽい気品は感じるものの、それと同時にゴーストポケモン特有の不気味さも持ち合わせている。話に参加出来る知識が無いため無言で画面を覗いていた悠斗は、なんでこのポケモンは二種類の姿が表示されているのだろうか、という疑問と、どっちにしてもなんか気持ち悪いな、という失礼極まりない感想を抱いた。この場にギルガルドがいたら迷うことなくブレードフォルムとなるに違いない。
「なんでわかったの」富田がもっともなことを聞く。問われたミツキは「僕の千里眼と、あと、さっきムラクモにお二人の影にちょろっと入って調べてもらった」とさらりと答えて「それに、呪いの内容だよ」と、タブレットをタップして図鑑説明を表示させた。
「ギルガルドは、人やポケモンの心を操る力があるんだ。昔は王様の剣として、そう……直接的な戦いで力になることは勿論あっただろうけれど、国を治めるために、忠誠心を生み出すってこともしてたんだって」
「そんな恐ろしいことが出来るんですか!? そんな……それじゃあ、まるで独裁政治じゃないですか!」
「ごもっともです。まあ、実際のところ国一つ……というか、村一つの心を操るのもほぼ無理な話で、ギルガルドの主たる王によっぽどの力が無ければ大勢の心を操るなんてことは不可能ですよ。それに、それほど力を持った王様なら、ギルガルドの霊力など無くても統治出来ますしね」
ミツキの説明に、森田は「なるほど」と安心したようだった。が、ミツキは「でも、ですね」深刻そうな表情を前髪の影の下に浮かべる。
「それが、もし少人数だったら話は別です。……たとえば、二人、とか」
「………………」
「心を操るというのは、何も考え方を変えるというだけには留まりません。根底を折って廃人にしてしまうことも可能ですし、精神だけを異世界へと飛ばしてしまうなんてことも範疇です。それに、羽沢さん方のようなことも」
「……じゃあ、悠斗たちの心を入れ替えた犯人は、ギルガルドを使ってたってこと」
「そういうことになるね。呪いの対処が二人くらいなら、そんなに実力者じゃなくてもいいだろうから……しっかし不思議なんだよなぁ」
両腕を組み、ミツキは視線を上へ向ける。何がだ、と尋ねた泰生に『妙なんだよ』と答えたのはムラクモだ。
『ミツキの千里眼や俺の影潜り……人やポケモンを通して、そのバックボーンを調べると、大概呪いをかけた相手が多かれ少なかれ見えるはずなんだ。その人に思いを向けているヤツってことだな、感情の内容がわかれば普通、その主もわかる』
「でも、羽沢さん方は、その『思い』しか見えないんです。ギルガルドによる力だということしかわからない……呪いをかけた相手の顔が、全く感じ取れないんだ」
『多分、直接呪いをかけたわけじゃないんだ。そもそもお二人とも、呪術だの魔術だのが効くタマじゃないっぽいからな。覗くくらいなら出来るが、霊感が無さすぎて効果が消えるらしい』
「ノーマルタイプとか、かくとうタイプにゴーストの技が通じないみたいなものですね!」
ミツキによる例え話に、森田が「あー、あー」と納得したような声を出した。「やっぱり」と富田も一緒になって頷く横で、羽沢父子はなんとも言えない敗北感に面白くない顔をする。
それに気づいた森田が慌てて咳払いをし、その場を取り繕うように「で、でも」とわざとらしく発問する。
「直接っていうのは、ポケモンバトルの技みたいに、呪いをかけたい相手とかける方がダイレクトに繋がってるってことですよね。じゃあ、そうじゃないっていうなら、どういうことですか。間に誰かがいるってことですか?」
「誰か、というより感情の類です。祈ったり願ったり呪ったり……そういう、何か霊的だったり神的だったりする気持ちを媒介にすると、直接は無理な場合でも呪術が通じることがあるんですよ」
『もっとも、明るい感情はうすら暗い呪いにはほぼ使えないし、もっぱら負の感情になるが……一番手っ取り早いのが、五寸釘打たれたみがわりにんぎょうを使うアレだな。そこにこもった感情から本人にアクセスする呪い』
「どうです羽沢さん。ここ最近、何か呪いをしたことは」
「あるわけないだろう」
「んなバカなことするもんか」
「ですよね」
怒気を孕んだ二つの即答に、ミツキは「すみません」と謝りつつ肩を竦めた。会話を聞いていた森田と富田はそれぞれの心中で、まあそうだろうな、と同じ感想を抱く。泰生も悠斗も、呪いどころか可愛いおまじないでさえもまともに信じていないようなタチなのだ。宗教的なことを軽んじる人達では無いけれど、かといって自分からそういう行為をするなどあり得ないだろう。
行き詰まった問答に、一同はしばし黙り込む。最初に動いたのは「でも、一応手がかりは掴めたわけですから」と伸びをしたミツキだった。
「霊力自体は嗅ぎつけたんです。地道な作業にはなりますが、ここを中心に、カントー中、ひいては世界中の……まあ出来ればそうしたくないですが……ギルガルドを探し当てて、この力と同じものを探してやればいいんです」
『何、俺たちは探偵稼業もやってますからそういうのは得意なんですよ。ホエルオーに乗ったつもりでいてください』
「色々ありがとうございます。申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします……!」
「お、お願いします!」
「…………よろしく頼む」
「なるべく早く、ね。よろしく、ミツキさん」
四者による各々の頼み方に一つずつ頷いたミツキは、「任せてください」と微笑んだ。
何かあったら連絡してください、という言葉と共に彼が扉を開けると、陽はとっくに暮れていた。一階のラーメン屋の灯りだけが路地裏を照らす。手すりにぶら下がっていたズバットが、扉の隙間から急に差し込んだ光に驚いて飛んでいってしまった。
「ここのこととか、ムラクモのこととか、御内密に頼みます」「言いたくても言えませんよ……」「そりゃあそうか」気の抜けた会話を交わしつつ、悠斗達は非常階段へ続く外に出る。薄ぼんやりとした月が見上げられるそこで、いざ帰路につこうと彼らが背を向けたところで、真夜中屋のサイキッカーとその相棒は、揃ってイタズラっぽく笑ったのだった。
『そんな場合でも無いかもしれないが――』
「この際、思いっきりぶつかってみるのもいいと思いますよ」
無言で視線を逸らし合う親子にミツキが言う。「生き物だもの、ってね」なんとも微妙なアレンジが加えられたそれに、『パクんな』という電子音声が夜の空に響いた。
9月下旬より、ウバメの森自然公園(日和田町)をはじめ、延寿市、日和田町域などにおいて、ポケモン「パラス」ならびに極めて危険性の高い毒キノコ「トウチュウカソウ」が大量発生しており、今後、小金市周辺でも発生する可能性があります。
トウチュウカソウは主にパラスの背中に寄生している大変危険なキノコです。山林、草むら等で見かけた場合次の3点を必ず守ってください。
(1)絶対に食べないでください
胞子が極めて強い生命力を持っており、加熱するなどの一般の調理方法では死滅しません。トウチュウカソウの危険性はこの胞子の生命力にあり、少量でも体内に入ると3日以内に体内臓器全てが胞子に侵食され、多機能不全等を起こして死に至る可能性があります。(体にキノコが生えて死ぬ、というのは迷信です。そこまで症状が進む前に死に至ります)
薬効があるからと言って持ち帰ろうとする人が時折見られますが、大変危険ですので絶対にやめてください。
(2)絶対に触らないでください
秋から冬にかけてのトウチュウカソウは少しの刺激でも胞子を空中に散布します。空気中の胞子を吸入しただけでも中毒症状を引き起こすため、不用意に刺激することは控えてください。
また、胞子そのものに触れた場合も皮膚が炎症を起こすなどの症状が出る場合がありますので、危険です。
(3)近寄らないでください
上記の通り、胞子の漂っている空気を吸入しただけでも危険なキノコですので、有資格者(バッジテスト3級以上のポケモントレーナー)以外は自分で対処したり捕獲したりしようとせず、市の保健衛生課に連絡してください。
厚生労働省ホームページより
特徴…高さ数センチから十数センチの厚いかさを持ったキノコで、赤い地色にオレンジの斑点模様をしています。
発生時期…主に夏から秋にかけて発生し、冬にかけて胞子の空中散布による中毒の危険性が強まります。
発生場所…主にポケモン「パラス」「パラセクト」の背中ですが、稀にアカボングリの木の根本などに生えていることもあります。また野生環境下において「パラス」が「パラセクト」まで成長することは非常に稀ですが、万一「パラセクト」に遭遇した場合は、有資格者(バッジテスト6級以上のポケモントレーナー)以外は直ちにその場を離れ、最寄りの市町村の保健衛生課に連絡してください。
症状…トウチュウカソウの胞子に侵された患者の症状は3つのフェーズに分けられます。
前駆期(食後30分〜2日)、発熱、嘔吐、下痢、吐き気、軽い混乱症状などを起こし、光や熱を極度に恐れる特徴的な症状が現れます。また、症状が進むに連れて外部からの声かけに反応しなくなります。
この時期に胞子を完全に除去することができれば助かる可能性は大きくなりますが、症状が進み、急性期に入ると助かる可能性は非常に低くなります。
急性期(食後3日〜4日)3日位内に胞子の侵食が体内の臓器全てに及び、多臓器不全、脳萎縮、精神錯乱を起こします。
特徴的な症状として、恐光、恐熱発作(光や熱を恐れ、それらに曝されると錯乱症状を起こす)、しきりにジュースやスポーツドリンクを飲みたがる、人の呼びかけに反応しなくなる、などが挙げられます。
胞子の侵食が体外にまで及んだ場合は、皮膚の剥落、体毛の脱毛などが起こります。
昏睡期(食後5日〜)
呼吸器系統が胞子によって機能しなくなり、呼吸障害によって昏睡、死亡します。
急性期に入ると助かる可能性は非常に低くなります。また、回復しても脳に後遺症が残り、運動機能、言語機能に障害が残ることがあります。皮膚の剥落、脱毛の跡などが残ることもあります。
胞子が皮膚についた場合はその箇所が炎症を起こす場合があります。また、目に入ると失明を起こす可能性があります。
またいずれの場合においても胞子が体から除去されていない状態で患者が食事、または点滴などの形で栄養補給を行った場合、胞子の侵食が劇的に進行し、症状が大きく悪化します。
手に胞子がつき、炎症を起こした患者がスポーツドリンクを飲んだことにより、炎症が急激に広がって指が壊死した例があります。
トウチュウカソウを人間が誤って食べた場合は、すぐに吐きだしてください。真水を飲み、喉に指を入れて吐くことを数回繰り返してください。胞子を吸入した場合も同様の措置を取ってください。
誤って触れた場合はすぐに石鹸で洗い流してください。石鹸がない場合は応急処置として大量の真水(水ポケモンの「みずでっぽう」などでも良い)で洗い流し、後に石鹸で洗ってください。胞子が目に入った場合はすぐに目薬あるいは真水で洗い流してください。
いずれの場合においても、後で必ず医師の診察を受けてください。医師の診察を受けるまでは真水以外のものを摂取することは絶対に避けてください。
トウチュウカソウを手持ちのポケモンが誤って食べたり、胞子に触れたり吸入してしまった場合は、すぐに最寄りのポケモンセンターへ連れて行ってください。草タイプのポケモン、特性「そうしょく」のポケモンにおいても同様にポケモンセンターへ連れて行ってください。上記の中毒症状はポケモンの使う「わざ」とは性質が違うので、タイプや特性で無効化できるものではありません。山林や草むらを歩くときには「そらをとぶ」「テレポート」が使えるポケモンを複数連れ歩くことを強く推奨します。
お問い合わせ先
小金市 健康部 保健衛生課
電話 XXX-XXX-XXXX ファックスXXX-XXX-XXXX
映画ではサトシたちに化けても尻尾はそのままでしたね。
つまりここでも同じ現象が起きている筈。
なので尻尾が生えた鍋はかわいい説を提唱します。
バトルサブウェイには、バケモノが住んでいる。
それは人喰いのバケモノだと言う。
「こちらはスーパーシングルトレインです。ご乗車になりますか?」
緑の制服に身を包んだ駅員に頷き、先ほど購入した切符を手渡す。パチンと切られたそれを返してきた彼は、それでは行ってらっしゃいませ、と丁寧に頭を下げた。黙って前を通り過ぎてホームに向かう。
間も無く滑り込んできたのは緑のラインを車体に走らせた地下鉄で、普通の交通機関として使われているものよりもいくらか冷たい印象を放っていた。それは乗っている人が少ないからなのか、或いは生活に寄り添うものではなくある種の非日常を演出する空間であるからなのか、はたまた単純に使用回数が少ないからか。その疑問は俺が考えたところでわからないだろう、思考を打ち切って、独特の音を立てて開いたドアの中へと足を踏み出す。
「にゃんにゃんしょうぶだにゃん!」
乗り込んだ、いっとう端の車両で俺を待っていたのは一人のウェイトレス。惜しみない量のフリルで飾り付けられた服からは、どちらかと言うとメイドカフェの店員といったイメージを受ける。甘ったるい声とふざけた台詞とは裏腹に、嫌々やってますという気持ちを隠す気も無さそうな表情が個性的だった。
しかし、そんなことはどうでもいい。相手の見た目や性格や肩書きなんて、バトルには何の関係も無いのだから。
大事なのは、ただ、勝つことのみ。
媚びるようなポーズを決めてボールを宙に投げたウェイトレスと同時に、俺も自分のモンスターボールをセットする。何度も何度も見ているあの光が車両に満ちて、バトルの開始を暗に告げた。
いつ誰が言い出したのかわからないその噂は、バトルサブウェイを利用する者たちの間でまことしやかに囁かれていた。
バトルサブウェイにはバケモノがいて、地下鉄に乗っている人を常に狙っているのだと。
どんな者でも貪り食うというそのバケモノに目をつけられたら最後、抗うことなどとても出来ずに喰われてしまう。
そんな噂だった。
「ふにゃーん! まけちゃったにゃん!」
にゃんにゃん言葉は崩さぬままに、ウェイトレスが俺を呪い殺しでもしそうな瞳をしてポケモンをボールに戻した。先ほども少し思ったのだけど、彼女はこんな調子で大丈夫なのだろうか。ウェイトレスを名乗っているということは恐らく地下鉄を出てもそうなのだろうけれど、この正直さは果たして業務に支障が出ないのか不安である。
が、そんなことを考える必要は俺には無い。バトルに勝った俺は、次のバトルに勝つことだけを考えれば良いのだ。鬼の形相のウェイトレスの前を黙って過ぎ、車両の端に設置された、ポケモン回復機能搭載のパソコンを起動する。
『ただいま 1連勝! 対戦を続けますか?』
迷わず『はい』を選択、回復の済んだボールを手に取る。殺気立った視線を背中に感じるが、そんなことは俺には微塵も関係無い。俺が今気にするべきことはただ一つ。
バトルに勝つ、それだけだ。
バケモノの正体には諸説あった。
地下鉄そのものがバケモノで、乗り込んだ時には既に喰われているという話もあるし、マルノームやカビゴンが奇怪な力を得て変質したものだと語られることもあった。ポケモンではない、未知の生き物なのではないかと疑う者もいる。
中でも一番現実味を帯びていない、その癖最も信憑性があるとされているのは、いくつものバトルを勝ち抜いた末に戦えるサブウェイマスター兄弟がバケモノなのだという説だ。彼らは自分たちと戦いたいと望む者をバトルサブウェイに誘い出し、逃げ道の無い地下鉄でそのトレーナーを喰うらしい。
彼らにとってみればこんな噂、風評被害も甚だしいとしか言いようが無いだろう。
「瞳の輝き肌の張り あの頃はもう戻ってこない」
次の車両にいたのは、上品な雰囲気の婦人だった。倒れたポケモンを前に呆然と呟いている彼女の前を素通りしてパソコンに向かう。制した勝負の相手にはもう微塵の興味も無い、婦人の譫言はパソコンのスピーカーから流れ出る電子音に掻き消された。
『ただいま 2連勝! 対戦をつづけますか?』
機械的な手つきで『はい』を選ぶ。休んでいる暇など無い、すぐに次の勝負に移らなければ。
勝つことだけを考えて。
その噂を本気で信じて怖がる人もいれば、鼻で笑う人もいた。もし自分が狙われたらどうしよう、と涙声で語る人もいれば、そんなものがいるはず無いだろ阿呆らしい、と馬鹿にする人もいた。バケモノがいるのかと駅員に詰め寄る人もいれば、面白半分で噂を流布する人もいた。
だがそのどんな人たちも、バトルサブウェイを利用することだけはやめなかった。皆、バケモノの有無など知らないとでも言うように地下鉄に乗り続けた。揺れる車両の中で戦うその享楽を求めて、誰もが切符を片手にホームに立つ。
バケモノがいると言われる地下鉄は、毎日大勢を乗せて地面の中を走るのだ。
『ただいま 16連勝! 対戦をつづけますか?』
もう戦えない相手トレーナーの言葉を聞く時間すら惜しい。流れ作業のように『はい』を選択して、俺はさらに隣の車両に移る。
乗車してから大分時間が経っていた。しかし腕時計も携帯も持っていない俺は、体感以外で経過時間を知る術を持たない。具体的かつ詳細な時間についてもまた然り、だ。
それでいい。
時間などわからず、気にしなくて済む方がバトルに集中出来るのだから。
大切なのは、勝つということだけ。
それ以外は、考えなくていい。
俺もその一人だった。
噂など少しも気に留めず、地下鉄でのバトルに熱中した。元々ポケモンバトルが好きだったと言うのもあるが、バトルサブウェイでのそれは格別だったのだ。
狭い車内で繰り広げられる戦い。無機質な灰色の壁や床を滑り、ぶつかり合う技と技。外で戦うよりもずっと血に飢えた目をしていて、ギラギラと光る勝利欲求が全身から漏れ出ている狂気のトレーナーたち。闇雲にレベルを上げたのではない、綿密な計算と細かな調整の元に育てられた、嘘のように強いポケモン。
そして何よりも俺を夢中にさせたのは、連続して行えるバトルだった。
ポケモントレーナーというものは至る所にいて、バトルが禁止されている場所でなければどこだって戦うことは出来る。しかしポケモンの体力にも限界があるため、ある程度戦ったらポケモンセンターで回復しなければいけない。相手トレーナーが強ければ強い分だけ、連戦出来る回数は減っていく。
しかしここは違う。地下鉄を降りてセンターに行かずとも、一戦ごとに回復が可能なのだ。車両の隅にあるパソコンにはセンターにある機械と同じ回復システムが搭載されていて、ボールをセットするだけでポケモンは元気になる。
時間をほとんど置くことなく、連続して出来るバトル。それは通常感じるストレスというものを一切与えず、その代わりに快感が手に入った。
『ただいま 72連勝! 対戦をつづけますか?』
その電子音声を聞き終えるよりも早く『はい』を選ぶ。回復のためパソコンにセットしたボールを奪い取るように掴み、俺はドアを引いて隣の車両へと飛び込んだ。
「わたくし天才幼稚園児! すでに大学を目指しております」
虚ろな目のトレーナーが言う。舌っ足らずの声は俺の鼓膜を素通りした。敵であるところの少年はごくごく小さな影としてしか目に映らず、最低限の情報だけが脳に届く。
それで構わない。
俺が感じるのはトレーナーがどんなヤツかなんかじゃなくて、相手がどんなポケモンを出してくるか。そして、そのポケモンに対してどう立ち回るか。
それだけだ。
勝つには、それしか必要無い。
繰り返されるバトル。
それはまるで、麻薬のようだった。
血走った瞳のトレーナーたちとのバトルは刺激的で、そしてとてつもなく魅力的だったのだ。
一戦でも多く、バトルがしたいと思った。
その欲求はやがて、一戦でも多く勝ちたいというものに変わっていった。
少しでも多く。
少しでも高く。
バトルに勝って、高いところに行きたいのだ。
『ただいま294連勝! 対戦をつづけますか?』
答えなど決まっていた。パソコンが処理を読み込む時間すらもどかしい。ピッ、という短い音を聞くか聞かないかのところで、俺はボールをひっつかむ。
さあ、次のバトルだ。相手トレーナーの口上などには耳も貸さず、ボールを投げてポケモンを繰り出した。
勝つ。
このバトルにも、勝つ。
何が何でも、勝つんだ。
それしか考えられなかった。
それだけ考えれば良かった。
一つでも多くの白星を刻めるように。
僅かでも高みに届くように。
もっと、もっと、もっと。
バトルに勝ちたい。
それだけだった。
それ以外は、何も無かった。
『ただいま ?? 連勝! 対戦をつづけますか?』
パソコンの音声はもう聞かない。『はい』を選びながら回復システムを起動、終了を示す電子音と共にボールをぶんどって次の車両へ。
窓の外に見えるのは、暗い地下道を照らすライトが発している白い光だけ。等間隔で並べられたそれがやはり等速で動く電車から見ると、決まったペースで流れていくのがわかる。
この世界には、何も無い。
あるのはそのライトと、あとはバトルだけ。
バトルだ。バトルが出来るんだ。
早く、次のバトルを。
早く、次の勝利を。
早く。
ここではバトルのこと以外、考えなくていいのだ。
バトルに勝つことだけを考えればいい。
目が眩む。
手が震える。
喉が枯れる。
足が浮く。
胃液が逆流する。
背中に汗が伝う。
心臓が跳ねる。
身体中の感覚が、自分から離れていく。
頭の中に濃い霧がどんどんかかっていって、自分が何なのかすら曖昧になる。
それでも、これだけはわかる。
バトルに勝つ。
バトルに、勝つ。
「ねえーノボリー」
「どうかいたましましたか、クダリ」
「警察の人、来た。行方不明の男の人、最後に見つかったのスーパーシングル。捜索したいから、一緒に来てだって」
戦って、勝ちを刻む。
それだけ考える。
相手のポケモンを倒すことだけ、俺のすべきことはただそれだけ。
「またでございますか……いくら探されたところで、見つかるはずも無いと思いますけどね」
「ノボリ、そんなこと言っちゃダメ。もしかしたら、ホントの行方不明かもしれない。まだわかんない」
「何をおっしゃいますか、クダリ。貴方だってもうわかってらっしゃるんでしょう? 大体、車窓から飛び降りでもしない限り地下鉄で行方不明になんかなりませんよ」
目に映るのはバトルのみ。
今の自分はどんな顔をして、どんな声を出していて、どんな風に立っているのか。
そんなこと、知らなくても問題ない。
勝てばそれでいい。
勝つだけでいい。
「全く、何故そうも愚かなことをしてしまうでしょうか。自分でもわかっているはずですのに、人間のサガというものなのでしょうかね……」
「『酒は飲んでも飲まれるな』と、おんなじ?」
「近いような遠いような……まあ、やめ時を見計らうことの出来ない者は地獄を見る、という意味ではそうなのかもしれません」
どのくらい連戦したんだろう、と疑問が頭に一瞬だけ浮かんだけれどもすぐに掻き消える。
そんな思いは必要無い、今必要なのは勝利だけ。
勝利して、次のバトルに進むことだけだ。
一戦でも多く、バトルを。
「それにしても……これでまた、例の噂が広がってしまいます。ま、嘘というワケでは無いので敢えて否定をすることも出来ませんけどね」
「バケモノがいる、って噂でしょ? ボクもお客さんに聞かれたよ、また一人喰われたんですか、って! とっても怖そうだった。顔なんて真っ青」
「そうでございまし。怖いと思える内が華ですよ……クダリもみすみす喰われないように、気をつけてくださいね」
「もー、ノボリ! それ、もう耳にマーイーカ! ボクもノボリも大丈夫、駅員のみんなも、心配ない!」
「それを言うなら耳にオクタンですよ、クダリ。……そうですね、大概の方は心配する必要などございません」
そうだ。必要なのは、それだけだ。
勝つこと、だけ。
勝つんだ。
バトルに。
一度でも多く。
それ以外は、いらない。
「しかし、噂の一部を訂正させていただきたいものです」
「うん?」
一戦でも多くのバトルをして。
一度でも多くの勝ちを刻んで。
それだけだ。
俺はそれだけ、考えればいい。
他のことはもう、考えられない。
「今のままのストーリーでは、クダリに尋ねたお客様のように怖がる方もいらっしゃるでしょう」
頭の中は真っ白だった。
全ての情報が、消えていた。
それでも、目の前の敵を倒すために必要なことだけは鮮明に浮かんで、俺の口はポケモンへの指示を勝手に飛ばす。
これは俺が無意識のうちに自分でそうしているのか、それとも誰かに操られているのか。
わからない。
考える必要も無い。
ただ、勝てばいい。
「わかった。あの部分だね?」
勝てばいい。
それだけだ。
「ええ。バトルサブウェイのバケモノは、」
戦って、戦って、戦って。
「"どんな者でも貪り食う"ものでは無く、」
勝って、勝って、勝って。
「"自分の腹に、自ら飛び込んできた者"を喰ってしまうもので、」
戦って、勝って、それだけを。
それだけを繰り返す、この地下鉄で。
「しかもその正体は"人喰いのバケモノ"などにあらず、」
戦って、
「バトルのやめ時を見失った、愚かな自分自身……それに過ぎないのですから」
勝って、
「そうなった方々に待ち受ける結末は、バケモノに喰われるなどと生易しいものではありません」
少しでも多くのバトルをするのだ。
「ずっと、ずっと……それこそ、仮にこのバトルサブウェイが取り壊されて無くなるような、そんな未来が来ても永久に」
それ以外は必要無い。
数えることなどとうにやめた、何度目かもわからない勝利を収めた俺はボールをパソコンにセットする。
車窓の向こうに見えるランプは絶えず流れていって、随分時間が経っているのではないかとうっすら思った。
いや、やめよう。
そんな思考は、必要無いのだから。
一戦でも多くの戦いを。
少しでも多くの勝利を。
次の、バトルを。
「戦うことと勝利だけを求めて、地下鉄を彷徨い、無数のバトルを繰り返すことになるのですよ」
どこまでも続くかのような闇の中を、ガタゴトと音を立てた地下鉄は走り続ける。
俺の終点は、まだ、見えない。
ザンギ牧場は牧場主の男性と女性のおおらかな気質がそこいら中に漂っている気がする。
ようはそのくらいのんびりしていると言うことだ。
敷地内ではメリープがしっぽとモコモコの毛を揺らして円を描きながら追いかけっこをしている。
ヨーテリーたちは牧場主の夫婦の近くで、番犬としての使命はどこへやらと、すやすやお昼寝中だ。
牧場の敷地に住み着いている野生のポケモンすらも牧歌的な雰囲気に呑まれているようだ。
ミネズミが草むらの陰でぐてっと転がっていて、踏みつけそうになる。
あそこの草むらに、二つの対になった丸い影が見えるけれど、あれもミネズミだろうか。
ガサガサと草をかきわけながらそっちへ歩いて行ってみる。
「って、メイかよッ! なんでこんなとこでッ!」
「えーっと・・・・・・、宝探し?」
何故か疑問系で説明をするメイの手には、四角い緑の、大きなコンセントの先端みたいな形のダウジングマシンが握られていた。
「・・・・・・ここ人んちの敷地内じゃないのか?」
「だって、さっきおじいさんが見えなくてもいろんなものが落ちてるって言ってたから
・・・・・・牧場のおじさんと奥さんは別に落ちてたら拾って持って帰ってもいいって言ってたもん」
そう説明する割に、メイはダウジングマシンを肩にかけている鞄にしまいこんでしまった。
そんくらいですねるなよッ! とツッコミを入れれば、違うよお、とやっぱりどこかすねた声が返事をする。
「ヒュウちゃんが来る前にずっと歩いて探してたけど、もうなんにも落ちてないみたいだから。
このくらいにしとこうかなーって。もう足痛いし。だから休んで座ってたの」
「あっそ」
メイにならってドッカリと腰を落ち着けると、隣の幼なじみはえへへと笑う。
何がおかしいんだと言えば、ここっていつも気持ちがいいよね、とやっぱりニコニコしている。
「特に何か用があるわけじゃないんだけど・・・・・・牧場のおじさんや奥さんも優しいし、
なんとなくヒマがあるとここに来ちゃうんだよね」
「ああ、たしかにここはいいとこだよなッ!」
夏の暑苦しい日差しを木が遮って、キラキラと木漏れ日を落としているこの土地は、街にいるよりも涼しい。
木と木の間から見える空の雲は右から左に風に流されている。
流石に実行には移さないが、キャンプなんかも出来るかもしれない。
「わたしも大人になったら、こういうところで楽しく過ごしたいなあ」
「あてはあるのかよ」
「ヒュウちゃん一緒にやろーよ」
「オレかよッ?」
「ヒュウちゃんしか頼める人いないもん」
「あー・・・・・・まあそうだなあ」
ハリーセンみたいな髪をかきながら、ちょっと想像してみる。
メイと一緒に、のどかな土地で、ミルタンクやメリープに囲まれながらいつまでもいつまでも楽しく暮らす。
牧場の朝は早い。
メイは昔から早起きが苦手なのんびり屋だけれども、
牧場を運営するとなったら、頑張って早起きするだろう。
そして朝、朝食のパンやハムエッグなんかを用意しながら言うのだ。
「おはよう、あなた」と。
「・・・・・・考えとくっ!」
「えへへ、いい返事期待してもいいかな」
「さあなッ!」
何だかキュレムのこごえるせかいで頭を冷やしてもらいたいくらい恥ずかしくなったので、
ヒュウは自分の恥ずかしい想像を無理矢理取っ払った。
今はこうやって、親切な牧場主さんの土地で、幼なじみと一緒に、のんびり一休みさせてもらうだけでいい。
どこか遠くで、メリープのよく響くなきごえがしていた。
☆
空の大きなソルロックが目を覚ます前に、牧場主はさっさと起きなくてはならない。
だからまだ薄暗い空には、おはようを言う太陽さんもいないのだ。
さっさと服を着て寝室を出ると、おいしそうな匂いが鼻先をくすぐった。
「おはよう、ヒュウちゃん」
「・・・・・・おはよ」
既に着替えて髪まで整えたメイが、朝食をテーブルに並べながらニッコリと朝のあいさつをした。
それからすぐにムッとした顔になって、ヒュウのおぐしを指で直す。
やってみれば大変なこともいっぱいな牧場の仕事に、メイは根こそあげなかったものの、その指はだいぶ荒れている。
「別にいいじゃんッ! どうせ仕事がばたばたして髪どころじゃなくなるんだし、
大体オレの髪型じゃ、大して代わりやしないだろッ!」
「ダーメ! ヒュウちゃんの男前が、台無しになるもんっ!」
彼女なりに満足出来る範囲にヘアスタイルが決まったのか、メイはようやく手を離した。
それからヒュウがちょっとさびしくなるくらいパッと離れて、スッとイスを引いて手招きをする。
「さ、ご飯にしよっ!」
☆
「ヒュウちゃんおいしい?」
「ああ」
「そのタマゴね、ラッキーのたまごなんだよ。すっごくおいしいよね」
「うん」
「牛乳は、ミルタンクのモーモーミルクだし」
「ああ」
「ねえヒュウちゃん」
「ん?」
「幸せだね」
ニコニコしながら組んでいるメイの指には、籍を入れたのに指輪の一つもない。
長い髪を切ることまではしなかったけれど、
貴金属の類は誤ってポケモンたちが口に入れたりしたら大変だからと、普段の生活で身につけることはなかった。
彼女のポケモン好きは相変わらずである。
「・・・・・・そうだな。いーかげん、あなたって呼んでくれたら、オレも文句ねーよ」
「えー、だってヒュウちゃんはいくつになってもヒュウちゃんだもん」
「だってさ、それだとオレがむかし思い描いた想像図が」
「想像図がなーに?」
「な、なんでもないっ」
ヒュウはあわててクロワッサンにかぶりつき、野菜のスープを飲んで、今日もうまいなッ! と叫んで完全にごまかした。
単純な彼女はそれだけで幸せそうに微笑んで、ありがとーと返事をする。
さっきの想像図うんぬんは忘れてくれたらしい。ホッとした。
絶対に言えない。あの時つき合ってもいなかったのに、幼なじみの彼女が食卓で微笑んで、
おはようあなたと言ってくれるのを想像していたなんて!
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6.
「兼澄本町(かなずみほんちょう)、兼澄本町」
電車のアナウンスが約束の駅名を告げた。カナズミシティの中心地でデボンコーポレーション本社も近い場所だ。フタキが指定してきたのはカナズミ市の中心地にある百貨店、DOGO前の広場だった。ぶわっと水が吹き上がる。噴水に住むコンクリートのホエルオーは半身だけを見せ、威勢よく潮吹きをした。広場にはデートを楽しむカップル、友達同士で歩いていく女の子達、そしてポケモンを連れたトレーナー達の姿がある。
弟の姿はすぐに見つかった。噴水近くに座っている人物が手を挙げたからだ。隣には白いドレスのポケモンが座っている。
「待ったか?」
ベンチに近づいて俺が尋ねると、さっき来たところだとフタキは答えた。隣の介助ポケモン、サーナイトが見上げるようにじっと俺を覗き込んでいたが、俺は無視した。バッグにはモンスターボールがあったが、ここにクロはいない。
「ねえ、お昼はもう食べた?」
フタキが尋ねてきた。なんだか今日はやけに喋るな。そんな事を思いつつ、
「いや、まだ」と答えた。
「じゃあ先に飯にしよう。コンサートまでは結構時間あるから」
フタキが言った。そして、サーナイトが先に立ち上がり、手を伸ばした。
「行きたい店があるんだ。そこでもいい?」
サーナイトの白い手をとりながらフタキが言って、「ああ」と俺は答えた。弟がベンチから腰を上げた。
弟の歩みは常人のそれと比べればだいぶゆっくりとしたものだった。足音が違う、とクロは言ったが、やはりぎこちなさがある。だがサーナイトは嫌な顔ひとつせず、弟を導いていた。手を繋ぐ一人と一匹、まるで恋人にも似たその姿に時折道行く人の視線が刺さる。けれどフタキはまったく気にしていなかった。俺はフタキの歩調に合わせ、その後をついていった。俺は改札口で、クロをボールから出した事を思い出していた。
――別行動にしよう。
クロがそう言ったのは前日の夜の事だった。やはりボールの中は退屈だ、と。何より弟の連れ合いの視線が痛い事が最大の理由らしい。
『にゃあ』
クロはボールから出されると俺を一瞥し、普通の声で鳴いた。そして雑踏の中へと消えていった。
道すがら、サーナイトは何かを気にするようにちらちらとあたりを見ていた。どうしたの、とフタキは尋ね、何でもないんです、という素振りを見せる。おそらくどこからかクロが見ているのだと思った。
弟に案内されたのはカイナシティ名物、カイナバーガーの店だった。バンスに大きなハンバーグ、豊富な具材を挟んだ特大のバーガーだ。地下にある店に入るには狭い階段を降りなければならない。なるほど、弟の選びそうな店だと俺は思った。こんな店、車椅子では絶対に入れない。
「荷物見てて。注文してくる」
フタキはそう言って、俺に希望のメニューを尋ね、サーナイトとカウンターのほうへ歩いていった。しばらくして、スタンド付きの数字入りプレートを三枚持って戻ってくると向かい合う形で席につく。
「チケット渡しておくね」
そう言って鈍い銀色の券を俺に差し出した。
ハミングバードライブ――歌鳥音楽祭Vol.3。そう印字されていた。
「……ああ、コンサートってハミィだったのか」
俺は言った。
ハミングバード、通称ハミィ。スマイル動画でも中堅どころの歌い手だ。「歌ってみた」。スマイル動画で自分の歌った曲を発表するジャンルがある。歌う曲は流行のアニメのテーマソングだったり、ボカロのオリジナル曲だったりする。ミミの曲の中には「歌ってみろ」というタグをつけられた曲が存在する。あまりにも高速だったり、使う音程が広すぎたり、間が無かったりといった曲だ。人間のカツゼツと音域、息継ぎのタイミングを無視したミミの為の曲、それらを見事に歌い上げる事で名を高めてきたのがハミィだった。
「知ってるの!?」
フタキがやや身を乗り出して聞いてくる。
「ああ、まあ。そこそこ有名だし」
有名なのははらはらイーブイコレクションだ。もともとはミミのオリジナル曲で、イーブイとその進化系たちが毎度何らかの騒動や事件を起こすといった内容なのだが、曲が進む度に早く難しくなていく。イーブイ、シャワーズ、サンダース、ブースターと図鑑ナンバーが進む度に難易度が上がるのだが、グレイシアあたりまで来るともう何を言っているのか分からない。たいがいの歌い手はブラッキーあたりでギブアップする。
チケット裏を見た。ゲストもなかなか豪華だった。歌ってみた、弾いてみた、それにライブ活動をするボカロPの名前があった。実力派揃いだ。
「知ってるならよかった。兄貴の趣味に合わなかったらどうしようかと」
フタキは胸をなでおろすように言った。
まさかこいつがスマイルを見てるとは。そんな事を思ったが、よく考えてみればフタキは俺以上にインドアだったと思い出した。なんせ半年前までは歩けなかったのだから。スマイル動画という存在がどれだけカズキの時間を占めたか。それはきっと俺以上だ。
「スマイルは結構見るの?」
「まあ、そこそこな」
俺は言った。まあ一応ボカロPだし。ぜんぜん有名じゃないけど。
「好きなジャンルとか、ある?」
「ボカロとか? 週刊ボカロランキングはチェックしてる」
俺は答える。ただし、曲が入った事はない。エンディングで紹介される31位以下にかろうじてサムネなら載った事があるが。
「へえ、意外」
と、フタキは言った。悪かったな。どうせピラミッドの下のほうだ。
そんな事を言っているうちにハンバーガーが運ばれてきた。焼けたハンバーグのいい匂い。噂に聞くカイナバーガーは思った以上に具沢山だった。メインのハンバーグに加え、各種木の実を薄くスライスしたものがたくさん挟まっている。俺達はフォークとナイフを手に取る。具沢山すぎてとてもじゃないがかぶりつけない。
「これこれ、一度食べてみたかったんだ」
そうフタキは行った。
弟と、いや正確には弟とその相棒との食事。それは思ったよりずっと緊張の無い、穏やかなものだった。何より驚いたのはフタキがよく喋るという事だ。食事会の時と比べてもその表情は豊かだった。
その様子を見つめながら、ふと俺は我に返った。
ああ、フタキは何も知らないのだ。俺がラルトスを交換に出してしまった事、それでブラッキーを手に入れたこと、そのブラッキーはただのブラッキーでは無い事。今もどこかでこの様子を伺っている事……。
時折、サーナイトの赤い目がじっと俺を見た。
だが残念、クロならここにはいない。君がフタキを守る事もたぶん出来ない。
「ねえ兄貴」
「ん?」
「ボカロ好きならこの後「ライコウのあな」行かない?」
「ライコウのあな?」
これまた意外な名前が出てきて驚いた。ライコウのあな、様々なジャンルのオタク向け書籍やグッズを扱う同人ショップだ。本店はカントーだが、ここカナズミにも支店がある。
「ちょっと探したいCDがあって」
そんな訳で今度はショッピングになった。ショッピングビルの八階にその店はあった。俺達は同人音楽コーナーに足を運び、思い思いのCDを物色した。久しぶりのライコウのあなはいろいろ目移りするCDがある。黄色のジャケットが印象的なスパークPや、著名なラノベのテーマ曲を作るので有名なミカルゲP、俺が好きで聞いているP達の新譜が結構出ている。鴨鍋というタイトルのごろ寝Pの新譜ジャケットでは土鍋の風呂でカモネギが入浴を楽しんでいた。ファーストアルバムはコイキングの生き作りだったが相変わらずのジャケットだ。
VOCALOID飛跳音ミミ。彼女はデスクトップミュージックの作者達が歌つきの曲を作る、というハードルを劇的に下げ、また聴き手に聴いてもらうというハードルも劇的に下げたと言われている。それはフタキを外に出させたサーナイトにも似ているかもしれない。
「決まった?」
と、お目当てが見つかったらしい弟がサーナイトとやってきた。しばし迷った挙句にミカルゲPのものを選ぶ。あるわけが無いのは知りつつも、ヨロイドリ氏のものがあったら迷わず買うのに、と俺は思った。CDを購入した後、人気シューティングゲームのトゥーホゥーや某ポケモンアイドル育成ゲームのコーナーなどを覗き、店を出た。ハミィのコンサートまでにはまだ時間がある。俺達は会場近くのコーヒーショップで休憩をとった。今度は俺が注文に行って、テーブルにドリンクを三つ置いた。
「ありがとう」
とフタキは言って、サーナイトにモモンジュースを渡す。
「ミドリは甘いのが好きなんだ」
と、続けた。自分の彼女でも紹介するみたいにフタキの表情は明るかった。
ミドリが来てくれて本当によかった。フタキはそんな発言を繰り返した。カップに並々と注がれた俺達の飲み物は少しずつ減っていった。
「ねえ兄さん」
突然、フタキが改まって言ったのは、そろそろ出ようかと言う頃合になってきた頃だった。
「何だよ。急に」
俺が身構えるように返事をすると、
「その、ラルトスの件、悪かったと思ってる」
と、フタキは言った。本当は俺からお願いしなくちゃいけなかったのに、と。
「ああ、そのこと」
俺は言った。確かにありゃ迷惑だった、と。
「ごめん」と、弟は言い、「別にいいさ」と、俺は答えた。
「ラルトスは元気……?」
「いや、今はいないんだ」
「え?」
「欲しいって人がいて、譲った」
「そ……そう」
「だから気にしなくていい」
「……うん」
そう言って俺達はしばらく黙った。俺は思う。こうしている今だって俺はフタキの事が嫌いだし、しおらしい態度にイラついてもいる。だがもし、今こうしているみたいにいつも話せていたのであればこの弟に向ける態度も少しは違っていたのではないだろうか、と。
母のいない空間での弟はしゃべりもするし、それなりに主張もあった。食事会の時に比べればずいぶんとましだ。けれど長年溜め込んだものがすぐに氷解する訳ではない。今は付き合っているだけだ。弟にあわせ、付き合っているだけだ。これは気まぐれ。本番前の前座にすぎない。
「しばらく父さんと母さんには内緒な」
俺は言った。
「うん」
弟は頷いた。
またサーナイトと目があった。まっすぐに見つめる両の赤い瞳。同じように今もクロはどこかで見ているのだと思った。
交換に出されたラルトス、グローバルリンクから来た黒い獣。俺が命じれば何でも盗んできてくれる。そう、何でも。
三つのカップ、飲み物もう空だ。少し氷が溶け、水が溜まり始めている。コンサートの時間が迫っていた。そろそろ出るか、そう言い掛けた時、
「あ、あの……兄貴、俺さ……」
にわかに弟が語り出した。
*
恋が叶わぬジャンヌはブラッキーに男性の心を盗ませた。
けれど、ジャンヌは心配になった。せっかく手に入れたこの心もそのうち誰かにかすめ盗られてしまうのではないか、と。彼女は男性が他の女性と会う事を許さず、話かける事も見る事も禁じるようになった。それでも男性の心はジャンヌのものだったが、彼女はもはやそれさえも信じる事は出来なくなっていた。男性が誰も見ぬよう視力を盗んだ。誰の声をも聞かぬよう音を盗んだ。どこかに行かぬよう立ち上がる力を盗んだ。男性は彼女無しでは何も出来なくなった。彼は今や廃人同然だった。
*
コンサートもといライブ会場は中規模のハコでドリンク制だった。ジンジャエールを受け取って、テーブル席に着き、その時を待った。最初に登場したのはやはりハミィその人。顔は見た事がなかったのだが、声で分かった。歌い手にはしばしばどうせイケメンなどというタグが付くが、例に漏れずハミィはイケメンの部類だった。
まず最初に披露されたのは代表曲のはらはらイーブイコレクションだ。たっぷりと情感を込めてイーブイの一番を歌ったハミィの歌は次第にスピードアップしていく。
「サンダス、突っ込む、ミサイル針」
ハミィは軽い調子で歌う。このあたりはまだ俺でも舌が回りそうだったが、次第に曲は人の領域を超えていく。ついにエーフィを終え、ブラッキーに続く間奏に入った頃は間奏中に拍手が入るようになった。曲は瞬く間にブラッキーを終え、終盤のリーフィア、グレイシア、ニンフィアに移って行く。
「ニンファサザンドヨセカバッキゼッ!」
もう歌詞を知らないと何を言っているのか分からない。ちなみにニンフィアはサザンドラに妖精の風をお見舞いして効果ばつぐんで気絶。おおよそそんな意味の歌詞である。大きな拍手が起こった。ここまで歌いきれる歌い手はそうそういない。隣の席、フタキも興奮した様子で手を叩いてる。
ハミィが一旦引く。ゲストのスマイルピアニストが現れて、ボカロ曲のアレンジ演奏を披露し始める。さっきと打って変わってスローテンポの曲だ。場がしんと静まった。
だが、曲が変わっても同じ事を俺は反芻し続けていた。
――兄貴、俺さ……
思い出すのは先のコーヒーショップでフタキが語ったその内容だった。
「俺、大学はホウエンの外に行きたいんだ」
突然の告白だった。驚いた。フタキはてっきり母の言う通りカナズミシティ内の大学に行くと思っていたのだが。
「ホウエン外は無理でも、カイナとかミナモとか。一人暮らしが出来たらと思ってる。一旦家からは離れようと思ってるんだ」
母には、と俺は尋ねる。
「まだ言ってない」
弟は答えた。今はまだ時期ではない、と。けれど、こうも言った。
介助ポケモンの事を知って、どうしても欲しくなった。だからその為に今までで一番主張したかもしれない、と。ミドリが居れば自分はどこにだって歩いていける、と。
「もちろんもっと訓練は必要だけどね」
フタキは付け加える。
「知ってた? シンクロって訓練すればサーナイトがボールに入ってても出来るんだって。今は手繋ぎが必要だけど、今にそうなってみせる」
母さんにはしばらく内緒でね。弟はそう言った。俺もラルトスの事は黙っておくからさ、と。
曲が転調する。激しくなる打鍵に人々は目をみはり、耳を傾ける。これは最近、ランキング上位に入った曲だ。ここが一番の見せ場になる。再び横を見る。フタキもまた真剣に聴いていた。
プログラムが進んでいく。ゲストのボカロPがギターを手に自らの曲を歌い、また演奏者が出て、ハミィが混ざって時にセッションになって。そして、気がつけばもうプログラム後半に差し掛かっていた。再びプログラムに目を通す。ラストの三曲は曲名が伏せられている。シークレットらしかった。開場前にフタキに聞いた話によれば、ハミィのコンサートはいつもそうらしい。
暗闇に光る目に気が付いたのは、会場の興奮が冷めやらぬ中、サーナイトの挙動が落ち着かなくなってきたからだ。
まさか。そう思って背後を振り向いたときに見えたのは、一対の赤い眼と金の輪だった。
「! ……クロ」
おいおいどうやって入ってきたんだ? 微かに呟くとそっと席を立つ。途中でブラッキーを捕まえた俺はその首ねっこを掴んで、外の休憩場に出た。喫煙場も兼ねたその場所では男性が一人、タバコをふかしていたがそのうちに出ていった。俺達はベンチの端と端に座っている一人と一匹になった。
『で、いつぶんどるつもりだ』
クロが言う。俺は夜風にあたりながら上を見た。都会の空は寂しい。星はまったく見えない。
「最初は分かれたらけしかけようと思ってた」
俺は答えた。
『思ってた……?』
予想通り月光ポケモンは怪訝な表情を浮かべた。
「あの野郎、俺が思ってたよりずっと考えてやがった」
再び星の無い空を見て、俺は自嘲気味の笑みを浮かべる。
『どういう事だ?』
「お前は「特別」を盗れって言ったな。でもそれは今のフタキにとって好都合って事さ」
あいつカナズミを出たいんだと、と俺は続けた。それが意味するのは母との決別だ。あいつは決めていた。おそらくはサーナイトを手にした時から、既に。今更盗んだとて弟を利する結果にしかならないのだ。
「やるのが三年遅かったな。もうあれは自立してる」
フタキはいずれ母の元を去るだろう。一人で……いや一人と一匹で歩き始める。
――母さんは俺の事を不憫だと思ってるみたいだ。
店を出る前にフタキはそう言った。
――けど俺はそうは思っていよ。少なくとも今はね。俺は何だって出来るし、どこへだって行ける。その為にミドリに来て貰ったんだ。
「惨めだな。完全に負けだよ。俺の負けだ」
フタキは、もう。
自立できていないのは俺だった。俺のほうだったのだ。
惨めなもんだ。歯牙にもかけていなかったPに突如ヒット曲を出されたようなもんだ。
『カズキ。何も俺が盗れるのはそれだけじゃない』
「じゃあなんだ。フタキのサーナイトでも盗れってか? 冗談はよしてくれ」
心が冷めていた。欲しいのはそれじゃない。俺には殺生与奪権がある。けれどこのブラッキーに命じていくらフタキから盗んだって、いくら弟を不幸にしたって、俺が満たされる事は無いだろう。虚しさが消えることは無いだろう。
「俺はこれ以上惨めになるつもりはない」
今だって十分に惨めだ。すべて俺の独り相撲だったのだ。
フタキを品定めするつもりだった。その上でブラッキーに盗ませようと。だが、俺の欲しいもの、望みは何かのその議論は散々遠回りをして振り出しに戻ってきた。
『じゃあカズキ、お前が欲しいものは何だ? お前が本当に欲しいものは』
クロは納得いかないという風に言った。立ち上がり、言葉と共に詰め寄ってきた。闇夜に赤い眼はますます光を増している。いつもより毛が立っている気がした。
『お前にはあるはずなんだ! 盗みたいものが!』
クロが珍しく、声を荒げた。
「知らねぇよ」
俺は答える。
俺は母の特別を盗みとる事でフタキの反応が見たかったのだ。けれど、その結果はすでに見えてしまっている。今さらそれを自分のものにしたところで。
――母さんは俺の事を不憫だと思ってるみたいだ。
母の特別、それをフタキは憐れみだと言ったのだ。そうだった。最初から分かっていたはずなのだ。
俺は最初から歩けるのだ。憐れみなんていらなかった。
『それなら……』
小声でブラッキーは言った。
『……母親の関心でないならなんだ。お前は何が望みなんだ』
四足で立つ黒い獣の脚は心なしか震えているように見えた。
『そうでなければ、俺は』
「クロ……」
ピンと立っていた長い尾と耳、それが力なく下がっていく。
『俺の存在意義は……』
「おいおい、落ち込むなよ!」
俺は慌てた。俺のすぐ横でへたりと座り込んだブラッキーはまるで捨てられたイーブイのようで、いじける子供のようで。今にも消え入りそうで。
「らしくない事言うなよ。お前はいつもみたくエラそうに構えてりゃいいんだよ。フードに文句つけて、気まぐれに窓から出たり入ったりしてさ」
クロ、お前はブラッキーだ。都市伝説上の存在、主人の欲望を叶える獣――けれどその前にポケモンで、ブラッキーで。
ああ、そうだ。昔こんな事があった気がする。
どんなに頑張っても相手にされなかった俺は、意地を張って現状を維持し続けて、それで。
中学に上がっても好成績を維持し続けた。けれどカナズミ有数の進学校に入って、それでしばらくして……。
俺はある日急に起き上がれなくなった。
プツンと糸が切れてしまった。立ち上がる気力が無い。何もする気が起きない。
俺は学校に行けなくなった。
「…………戻るぞ」
そう言ってクロを抱き上げた。
温かかった。大丈夫、こいつはたしかに存在している。
*
ジャンヌは心を盗ませた。けれどそれを信じる事が出来なくなった。
それで男が誰の声をも聞かぬよう音を盗んだ。どこかに行かぬよう立ち上がる力を盗んだ。男性は彼女無しでは何も出来なくなった。彼は廃人同然だった。
これでいいわ。もう彼はどこにも行かない。ジャンヌは満足だった。
けれどある日、ジャンヌはふと正気にもどったのだ。それは街で楽しそうに歩く男女を見た時で。
彼女は気が付いた。自分が欲しいものはこういう時間だった。あれほど好きだった彼はもうどこにもいないのだと。
「彼から盗ったもの、全部を盗って」
彼女は盗み取ったすべてを男に返すと、ブラッキーを手放し、ミアレを去った。
*
ライブ会場に戻ると、ステージ上で歌っていたのはハミィだった。相変わらずのイケメンボイスだった。バックではギターを弾くボカロPに、鍵盤を叩く弾いてみた奏者が音を奏でている。アップテンポの曲は今が最高潮の盛り上がりだ。マイクが悲鳴を下げた。人間泣かせの長い長い音の伸ばし。だが難なくハミィはこなしてみせる。拍手が沸き起こった。
「みんな、今日はありがとう!」
汗をびっしょりと掻きながらハミィは言った。
「とうとうシークレットのラスト三曲です。一曲目はゲストのフェアリーPのリクエストにお応えします。ではフェアリーP、どうぞ!」
バックでギターを構えていた小柄の男がニヤニヤしながらマイクを取った。
「みんな知ってる? こいつさ、今でこそ歌い手やって人気出てきたけど、昔はこそこそボカロPやってたんだぜ? 全然伸びなかったんだけどな」
え? そうなの? 俺はあっけにとられた。ハミィは歌い専門だと思っていた。同じように会場がどよめいた。一部の人間は知っていた、という風に落ち着きを払っていたが。
「俺は好きな曲あるから消すなって言ったのにさ、こいつ全部消しやがって」
「それは言うなって!」
少々顔を赤らめてハミィは言った。オホン、とフェアリーPが咳払いし、続ける。今ならもっとうまく歌えるだろ? と。
「それでは、昔のこいつの曲から一曲、リクエストします」
フェアリーPがその曲名を口にした。
「え?」
俺は小さく、声に出した。ハミィがマイクを構え、横の奏者は鍵盤を叩くべく指を構える。キーボードが穏やかな音を奏で始める。それは追憶を誘う旋律だった。
知っている。
俺はこの出だしを知っている。
高い空――。高速の歌唱で知られるハミィはゆっくりと最初のフレーズを口にした。
高い空 君は見上げる
澄んだ空 晴れ渡る空 広がるのは青い空
けれど君は知っている そこには決して届かない
君は見上げる 切り取られた空
だってここは籠の中 茨の籠の中なんだ
身動きがとれないよ 棘が僕を傷付ける
ここからは出られないんだ
昔、立ち上がれなくなったことがあった。起き上がれなくなって部屋から出られなくなって。
引き篭もった俺は無為に動画ばかりを見て過ごしていた。
高い空 君は見上げる
泣いた空 雫降る空 広がるのは鈍色雲
それは君の心のよう そこには決して届かない
君は見上げる 切り取られた空
茨の網が裁った空 籠の鳥は今日も鳴く
身動きがとれないよ 棘が僕を傷付ける
本当の空は見れないんだ
ここは嫌いと君は鳴く
僕もあそこに行きたいって
けれど君は気付かない
両に生えるはがねのつばさ
高い空 今日も見上げる
澄んだ空 晴れ渡る空 広がるのは青い空
今日も君は憧れる 決して叶わぬ夢だけど
君は見上げる 切り取られた空
両のつばさ閉じたまま 茨の籠で今日も鳴く
いつか広げたその時に 鋼の刃籠を裁つ
本当はもう知っているんだ
いつか広げる時がくる
君に生えるはがねのつばさ
立ち上がれなくなったあの時、ミミは歌った。
あなたはどこにだって行けるんだよ、と。
俺は気が付いた。
いつだって俺は自由だったのだ。自由にしていい。どこに行ったっていい。
俺は家を出ると決めた。
俺は決めた。新しい場所で、新しい生活を始めよう。
それでいつかはこんな曲を作りたい。
「クロ、」
袖で顔をぬぐいながら、腕に抱いたブラッキーに言った。
「分かったよ。俺が欲しかったもの」
ようやく分かった。
俺が何を盗みたかったのか。
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うおおおおおキターーーーー!!!!!
あんな後ろ向きのクイタランからこんなお話ができあがるとは...!!有難く頂戴致します。ありがとうございます!
クイタランは元からあんな目してるせいで、ひねくれてるというかこういう屋台の親父さんとかによく合うキャラですね。いいですねえ、俺もこんな桜散る屋台で一杯やってみたいものです。あ、お酒はすぐ赤くなるんでダージリンでネ
自分の絵からこのように物語を連想し形にしてくれるなんて今まで無かったのでとても嬉しいです。
ワンチャンあったらこりゃもうメッチャ画力上げて音色さんの文章に似合うのを描かんとあかんな...
今後も影ながら応援させていただきます
前書き:エロいです。カップリングです。http://masapoke.sakura.ne.jp/lesson2/wforum.cgi?no=2335&reno= ..... de=msgviewの続編です。
「あ、そう。まぁジムリーダーなんて名前だけだし」
初対面で、まだトレーナーになりかけ、しかもジムリーダーとして父親のことを尊敬していたのに、それを一言で一蹴したヤツがいた。
その名はダイゴ。
「まだまだ甘いね。本当に言ったこと解ってる?」
メタグロスの目の前には倒れたライボルトがいる。顔色を変えず、ライボルトをボールに戻した。
「解ってます」
ダークトーンのむくれた声はハルカ。瀕死になったライボルトに元気のかけらを与えている。目の前にいる人間を視界に入れないようにして。
彼女の目の前に立っているのが、ハルカのポケモンの師匠ともいうダイゴ。 トクサネシティにあるダイゴの自宅の地下にある、ポケモンの修行のための場所で。
「いや解ってないね。ラグラージの使い方からなってないね。一体いつになったら覚えるのかな?」
爽やか笑顔のイケメン! そうトレーナーたちでは持て囃されているけど、ハルカにとっては嫌味のトサカ頭にしか思えない。 弱点を即座に見抜き、痛いところを毒針で刺すような言い方をする。
「いつか覚えると思いますが」
「全く。なんで素直じゃないかな。素直になりなよ」
ダイゴはハルカのトーンにつられることなく、静かに言った。子供なハルカに対して、大人のダイゴは笑顔だった。ただし目は笑ってない。
素直に、というのも、これだけ反抗、反発、逆らっておきながらダイゴに教えてもらっている状況を見ての通り、ハルカはダイゴの方が好きだ。 きっかけは本人が覚えていないくらいに、気付いたらダイゴが好きだった。
けれど、ダイゴはムカつく。会った時に人をけちょんけちょんにけなし、認めようとしない。その矛盾にハルカは結局、反抗という態度しか取れなくなっていた。
「じゃあ今日はここまでで良いから。早く帰った方が良いよ。何か雨っぽいし」
「わかってますー」
むくれたままポケモンをしまった。帰る支度を始める。ハルカの本音としてはもっとダイゴと一緒にいたい。けれどあんな態度を常日頃とっているのだ。きっと嫌われてる。その事実がハルカの手を自然と早くする。その彼女とは対象的に、ダイゴは窓から外を眺めている。うなる風に激しい雨。窓ガラスが叩き付けられ、今にも割れそうだ。
「じゃあ今日はありがとうございましたー」
ぶっきらぼうな挨拶をして、玄関の戸を開ける。その瞬間、暴風と暴雨が室内に舞い込んだ。ハルカが慌てて閉めると、風がうなりをあげてぶつかってきていた。
「すごい風!」
「天気予報つけて」
ハルカがテレビをつける。よせば良いのに、ミナモシティの海岸で台風さながらの実況中継をしている。しかもどのチャンネルも。画面の端には各地の情報が流れている。
「トクサネは?」
雨戸を全てしめながらダイゴがたずねた。ハルカはテレビの前のソファに座ってトクサネの情報を待つ。
「暴風警報と波浪警報と洪水ですね」
「え、そんなに酷いの?」
ハルカの後ろからダイゴが聞いて来た。遠くにいたものだと思っていたから、思わず振り向いた。
「なお、ポケモントレーナーには、勝負やなみのり、そらをとぶなどの技を控えるよう、注意がされています!」
まず飛ばされそうなリポーターをしまった方がいい。近くを看板が暴風にのって飛んで行く。
「ねえ」
ダイゴはまっすぐハルカの目を見る。
「帰れるの?」
帰れるわけがない。ハルカの家はここから空を飛んで半時間のミシロタウン。空を飛べないならば、海に囲まれたトクサネシティから出られるわけがない。それを説明すると、ダイゴはハルカにとって意外な返事をする。
「それは無理だね。今はポケモンセンターもトレーナーでたくさんだろうから、しばらく家にいなよ」
ハルカは心の中でガッツポーズをした。喜ばないわけがない。まだダイゴと一緒にいられる。それだけなのだが、ハルカにとって非常に嬉しかった。
先ほどまであれだけ言ってたのに、お茶を入れてくれたり、お菓子を出してくれるダイゴ。これにはハルカもあの時の不機嫌はどこへやら、ダイゴを相手にニコニコ。
「それでですね、ユウキはキノココの方がかわいいって、進化させないんです〜」
「あの子もまるっこいポケモン好きだねぇ」
「そうなんですよ!それで」
自分でも解らないくらい、話したいことが次々に出て来る。いつもこう、話せたら良いのに。話すのを一度やめて、ため息をつく。
「君もそうやっていつもニコニコしてればかわいいのにね」
風で外の何かが倒れる音がする。ダイゴは見に行く為にレインコートを羽織った。
「素直になりなよ」
まさか同じことを二回も言われるとは思わず、返事をしようとした時には遅かった。ダイゴはすでに外。
テレビは変わらず警報を鳴らしている。予報によれば、今日の夜遅くには晴れるという。居られるのも夜中までか、とため息をついた。同時にダイゴが入って来るなり、ハルカに言った 。
「思ったより酷い。こんな暴風じゃ帰れないでしょ。家でよければ泊まっていくかい?」
返事を待たず、ダイゴはびしょぬれのレインコートを脱いだ。短時間であったのに、髪はかなり濡れていた。そんなダイゴをずっとみながら、ハルカは嬉しさが隠しきれなかったらどうしようと、そればかり考えていた。
一方、天気は夜になっても回復どころか悪化の勢いだ。窓の外を見ればライボルトの集会のように雷が鳴っている。雨は大粒、風は暴風。風がぶつかる度に家が揺れる。
ダイゴは天気など気にせず、残りの仕事と言って、パソコンに向かっている。その横顔をじっと見ていたらいきなり振り向かれる。
「何?」
まさか見とれていたとも言えない。上手い返しも解らず、ハルカは黙っていた。
「ああ、雷鳴ってるから停電するかもしれないし、早めにお風呂はいっておいで。着替えも、そうだね……客用のパジャマがあったかな」
イスから立ち上がり、ダイゴはクローゼットの中からほとんど使われてない寝間着をハルカに渡す。
「たまに友達が来た時に使うんだけど、こういうのしかなくて。嫌?」
ハルカはそれを広げる。明らかにかなり身長が高い男性のもの。これを着ればかなり引きずることは目に見えている。
「え、あの……ちょっと大きいですし……」
ダイゴは困ったような顔をした。サイズが合わなすぎるのを渡したのもいけないが。しばらくダイゴは黙った後、ハルカから寝間着を受け取る。
「じゃあ、僕のお古になっちゃうけどそれでもいい?」
その言葉はハルカの心に波打った。ダイゴの着ていたものを着れる。首を縦に振り、ハルカはダイゴから少し大きい前開きの半袖と短パンを受け取る。
「それ、旅行先で買ったんだけど、サイズ間違えたんだよ。ほとんど着てないから」
そして上の棚から大きめのバスタオルを取り出した。ハルカをそれを受け取る。肌触りがいつも使っているものと全く違う。バスタオルに残ったいい匂い。それにぼーっとしていたのを不思議そうにダイゴが見ている。その事に気付き、ハルカはさっと方向転換してバスルームに向かう。
「全く……」
ダイゴはため息をついた。黙って返されたパジャマを折り畳む。
ハルカがシャワーから上がっても変わらず、ダイゴは書類の作製中。足音に気付いたのか、ちらっとハルカの方を見たが、すぐにパソコンの画面に目を戻した。
「ああ、先に寝てなよ。寝室でよければ使って」
「ダイゴさんはぁ?」
「これが終わったら今日は終わるから。子どもはもう寝た」
ダイゴに言われるままにドアを開ける。いつも師匠が使っている部屋。整頓され、ベッドにはシワ一つない。緊張と嬉しさが混じり、ベッドにもぐりこんでいた。眠れる訳がない。
あの師の、好きな人のいつも使っている空間。そこにいるのだから、たまらなくなる。少しベッドに残ったダイゴの匂いがハルカの心を締め上げる。掛け布団を抱きしめ寝返りをうつ。と思ったらすぐさま反対を向いて。
「ダイゴさんに素直になれたらなー。きっと嫌われてんなぁ」
ため息が出る。もっと素直に可愛げのある弟子になれないものか。そうしたらもっとかわいがってもらえないだろうか。
あーだこーだ画策していると、その思考を止めるように雷が光と同時に鳴った。爆音にも等しく、側にあったタオルケットを掴む。
ドアが開いた音に、ダイゴは目をやった。懐中電灯の漏れた光に映るのはタオルケットを抱えているハルカ。ダイゴは書類を片付けていた手を止める。
「あ、あの、パソコン大丈夫ですかっ?」
ハルカの声にダイゴはイスから立ち上がる。そしてディスプレイに触れた。
「間一髪、電源抜き。さっきのは大きかったね。落ちたかな」
「そうですか。まだ仕事、あるんですか?」
いつもと何か違う教え子の態度。ダイゴはふと昔を思い出して笑ってしまう。おかしくて仕方ないのだ。
「どうして?」
ハルカと目を合わそうとするが、たどたどしく視線が合わない。こういう態度に出る時は決まっているのだ。何か言いたくて言えないことを抱えてる時。
「雷が怖い?」
タオルケットを力強く握ってる。子供ならこんな大きな雷が怖くても仕方ないだろう。ダイゴはなるべく優しく聞いた。
『素直になりたい
素直になっちゃえ
っていうか言ってしまえ私!』
「あ、あのっ、邪魔しないから、一緒にいても良いですかっ!?」
ハルカからしたら、告白に近かった。勇気を出して振り絞った言葉。初めて素直に自分の気持ちを口に出した言葉。それなのにダイゴは腹筋がよじれそうなくらいに笑っている。 なぜ笑われたのか解らないまま、ハルカは立ち尽くした。
「そんなこと聞くまでも無いよ。おいで。まぁ座りなよ」
手招きに誘われ、ソファーに座る。もちろん、ダイゴにピッタリくっついて。ハルカは熱くなっているのを隠すのに必死。タオルケットを顔までかぶり、その隙間からじっとダイゴの方を見る。
「ねえ」
ダイゴはハルカのかぶってるタオルケットを取る。いきなりのことに、ハルカは思わず叫んだ。
「返してー!」
ダイゴは遠くにタオルケットを投げる。もうハルカの顔を隠せるものはない。そして気付けば、ハルカはダイゴの膝に片手をついていた。思いっきり顔をそむける。
何をしてしまった。何がどうしてそんな近づいてしまった。ハルカの頭の中に後悔がぐるぐると回る。それはダイゴが優しく肩を抱いてくれたのも気付かないくらいに。
「そんなに雷が怖いの?」
ハルカはダイゴの顔を見た。本当に心配してる顔だ。けれどすぐに目をそらした。するとダイゴはハルカを自分の方にさらに引き寄せる。
「大丈夫だよ。落ちないから」
雷なんて聞こえてない。ダイゴの声しかハルカには届いてない。肩におかれたダイゴの手が暖かく、ハルカは思わずダイゴの着てるものを掴む。
「そう、じゃないです」
こんなに近いのにダイゴに言うべき言葉が出て来ない。あの時もそうだった。言いたいのに言えない。ダイゴの胸に顔をうずめ、思いっきり抱きしめたいのにそれができない。せめてダイゴのパジャマの袖をぎゅっと握ることが、ハルカなりの好意の示し方だった。それすらも拒否されているのではないか。そう思うと、ダイゴの顔など見えない。
暖かい手がハルカの顔に触れる。導かれるように顔をあげた。ダイゴと目があう。
「何遠慮してるの?さっきから隠そうっても無駄だよ。こっち見て」
ハルカはもう何も言えない。緊張しているのもあるし、「余裕」の表情でこちらをみているダイゴには勝てない。口が乾き、心拍数が上がる。電気が消えて小さな灯り一つだというのに、目の前のダイゴはいつも以上にはっきりと見える。
「前に言ったよね。出す順番を間違えることが命取りになるって。君はポケモンもそうだけど、恋の勝負も知らなすぎる。僕の勝ちだ」
優しくダイゴがハルカの頬をなでる。けれどハルカには全く意味が解ってなかった。今、なぜダイゴがこんなことをしているのか、恋は惚れた方の負けということ、そしてその勝負を仕掛けてられていたこと。
「何を言ってるんですか!そもそもまだ解らないじゃないですかっ!」
「君は降参を認めてることを言ってるのに解らないの?勝負はいつも、二手先を見るんだよ」
もう、そんなことはどうでも良かった。ダイゴに抱き締められ、ダイゴにされるまま唇を塞がれる。柔らかく、そして熱い味が体に広がった。頭から足の先まで痺れる。すぐ側にダイゴの息を感じ、ハルカの体温をあげていく。何をされているのか、どうなっているのかなんてハルカには解らない。けれどダイゴが自分に対して何をしているのか、どうなっているのかは理解できた。それを感じ、ダイゴの膝の上にいながらも涙が出る。
「…僕何か泣かせるようなことした?」
唇を離し、困ったような顔でダイゴはハルカを見つめる。
「いえっ…してないですけど、私、ダイゴさんに、嫌われてると…」
頭を撫で、強く抱き締める。涙をぬぐうハルカを慰めるように囁く。
「それが恋の勝負だよ。君より多く生きてる分、君に勝ち目は無いんだよ」
雨音が少し弱まる。そんなことに構うことなく、ダイゴは再びハルカの唇を塞ぐ。しびれ薬のように、ハルカの体を麻痺させた。それに気付いたのか、ダイゴは一度ハルカを解放する。そして目があった。
「ダイゴさん、好きです。ずっと好きでした」
「知ってるよ。ずっと待ってた。だからこうして君が欲しい」
待たされた時間を埋めるかのごとく、何度も口づけを繰り返す。ダイゴは優しく、そして自分のものにしていくかのようにハルカを抱きしめ、唇に触れる。それだけでなく、舌をからませた。ハルカは抵抗の仕方も解らず、ダイゴにされるがまま。その身をダイゴに預け、目を閉じた。
そのうち、ハルカはダイゴの手が、パジャマに触れていることに気付く。そして前開きのボタンを一つ一つ、上から外し始める。
「なぁに?元は僕のだからいいじゃない。それに、君くらいの年齢なら僕が望んでること、解るよね」
「わ、かりますけど、でも……」
「怖い?」
ハルカは頷く。ダイゴはハルカの頭を撫でた。
「本当に嫌なら、君が決めれば良い。時期が早いのは良くないし。それに君の年齢だと、下手したら僕が捕まるからね」
出会った時から「通り魔に会ったら、このボスゴドラで攻撃するから大丈夫だよ」とか犯罪すれすれのことをさらっと言う人だった。今もハルカの返事を待たずにやわらかい乳房を包み込むようにして触っている。
まだ発達段階であるけれど、それなりの大きさがある。 試しにダイゴは乳房の先、乳頭に触れた。その瞬間にハルカの表情が変わる。
「痛いっ」
「ごめんごめん。まだ若過ぎるからねぇ。もう少し大きくなれば、また違う感じがするよ」
そう言いつつも、ダイゴはハルカの胸を離さない。初めての感触にハルカは目を閉じて耐えるしかなかった。
「この先も僕に見せてよ」
ハルカの下着とズボンを素早く下ろす。そしていつもは触れられない場所に手を伸ばした。
「大丈夫?痛くない?」
「はい」
「若くてもちゃんと反応はするんだね。」
たまごの白身のようにヌルッとしていた。指で撫で、場所を確認する。 ハルカの体の下の方に違和感が生じた。そしてそれは体内の中心へ向かっている。思わず息を飲んだ。そして痛みが来て悲鳴に近い声を上げる。
「そう。困ったなぁ。これが痛いならなぁ」
痛がるハルカをよそに、指は動く。奥に行ったり来たり、入り口を広げるようにしたり。ハルカは目を瞑り、ダイゴにしがみつく。そうして痛みに耐えていた。好きな人にされてるからと言い聞かせる。
「いれたら気持ち良さそうだね」
ダイゴは独り言のようにつぶやいた。
「入れるよハルカちゃん」
ハルカが答える前に、何か硬いものが体の下に押して来ていた。最初は触れていただけ。次第にそれが奥に来ようとしてる。 そしてそれが入って来た瞬間、電撃が走ったかと思われるほどの痛みがハルカの体を支配する。
「いたぁっ!」
ハルカはダイゴの膝の上というのも忘れて暴れる。一番の痛みから逃げるように。
「大丈夫?」
黙って首を横に振る。入ろうとしたダイゴの男性器はただ呆然とそこにある。
「痛かった?」
「はい」
「そうか」
入っていたのはほんの少し。最初から予感はしていた。あまりに小さいこと、そして未発達な部分があること。そんな状態で決行できるわけがない。
「ごめんね。いろんなことがまだ早過ぎたみたい。君に痛みを与えたいんじゃなくて、気持ち良くなって欲しかったから」
ハルカのおでこにキスをする。それに応えるようにハルカはダイゴに抱きついた。
「ハルカちゃんがもっと大きくなったら、この続きをしよう。時間はたっぷりあるから、焦らなくていい」
ダイゴは耳元で囁き、今まで高ぶった感情を落ち着かせようとした。けれど少しでも味わってしまった感触は中々消えない。ずっと待っていたのだからなおさら。唇、指先、性器の先に残った感覚は、収まってくれそうになかった。
「ダイゴさん」
「どうしたんだい?」
「できなくてごめんなさい。だからせめて一緒に寝てください。ダイゴさんと一緒に寝たいです」
「……君は素直になったと思ったら残酷なことを言うんだね」
言われた意味も解らない。ダイゴに抱きかかえられて一緒に寝室に入り、ベッドに降ろされる。そしてハルカの隣にダイゴが入ってくる。
「ダイゴさん」
痛くてできなくてもまだハルカだって足りない。ダイゴに抱きつき、唇に触れた。
「ハルカちゃん、もう寝なさい。君はまだ身体的には子供なんだから。大きくなれないよ」
ダイゴに撫でられて、ハルカはもう一度口づけをした。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
ダイゴに抱きつき、ハルカは眠気に身を任せた。
けたたましいキャモメの声に目が覚めた。ハルカが起きると、ベッドにいて、着衣もちゃんとしている。
「あれ……?昨日のは……」
空は突き抜けるように晴れ上がっている。あんなにダイゴが優しかったのも夢だったからか、と一人納得してベッドから出た。
「おそよう。人のうちで良く寝れるよね」
いつもの鬼師匠だ。朝ごはんに呼ばれる。ガッカリして食卓に着く。
「そういえば…」
「なんですか?」
「やっと素直になってくれたんだし、今日は修業抜きでどこかデートでも行こうか?」
「……ダイゴさんっ!!!」
あまりに嬉しくて、ハルカはダイゴに飛び付いた。いきなりのことだった為、ダイゴも受け止められず後ろに飛ばされ、手はテーブルに触れて一部食器がジャンプする。
「あの、あのっ!!!行きたいです!!!大好きです!!!」
「ふふっ、もう全部知ってるよ。でも今まで通り、教える時は容赦しないからね」
「はい!ついてきます!」
夢じゃなかった。目の前に抱き締めているのは紛れもなく、一番好きな師匠、ダイゴ。年の差はあれども、誰よりも大切な人。確認するように、もう一度抱き締めた。
ーーーーーーーーーーーーー
好きすぎてトチ狂ったわけではない。
ポケモンのエロパロスレのために書いたもの。それを修正して仕上げた。
好きな人に嫌われる前に、その態度を改めて好きだと伝えて来ないと、後悔するのは貴方ですよ。ツンデレなど二次元の産物でしかありません。
【好きにしてください】
桜が散る時期になった。
風に吹かれて飛んでいく淡い花びらをぼんやりと眺める。
踏みつぶされたアスファルトにばらばらと張り付いた花弁を見ると、どうも美しいという感情よりも汚らしいと思ってしまう。
朝日に透ける姿や夜の月明かりを帯びる花明り、何より風の気まぐれで飛ばされること事態は綺麗に見える。しかし、散り終ったそのあとは人にポケモンに踏みにじられる。
これを風流と見るべきか、自然の摂理だと割り切るべきか。
まぁ、どっちでも良いんだけど。
ぶらりと遅い花見に出かけた。
一人だともの寂しいのだが、春も麗といった陽気な時間帯にゴーストタイプなこいつを起こすのは少し酷かとも思い、ボールだけ連れて足の向く方へ歩く。
流石にシーズンを少し過ぎたからか、シートを広げて場所取りするような輩もいなければ、酒臭い宴会独特の空気もどこにもない。
ただ残りの花を振るい落とし夏に向かって芽を出しかけている桜ばかり。春の飾り付けはもういらないのか、すこし揺れただけでも桜の雨が起こるだろう。
ありきたり。
桜の名所でもなんでも無いが、少しばかり固まっている公園をぐるりと一周した。
不意にざっと雨が降る。時雨か何かだろうと思うが、天気予報を確認しなかったことを別段悔やむ必要はなかった。
数十分の雨をしのごうと入りこんだ木の下は思いのほか広くて、脇道に誘うかのように枝を突き出していた。
何故かそこだけ淡く濡れておらず、先へどうぞと促すようであったので別段逆らわずに進んでいった。
そしてほんのわずかな傾斜を踏みしめた先にあったのは、少し古ぼけた屋台だった。
花見がピークの時に立ち食い客のためにアメリカンドッグやらポテトやらでるのはまぁ、分かる。
祭り騒ぎだから。
しかしこんな人が訪れるかどうかわからないような場所にぽつんと寂れた店に誰か来るのか。穴場限定とかそういうのか。
時雨はわずかに降り続いている。気にはならないほどに頬を濡らす。すこし肌寒いかなと思った。
近づいてみるとかすれた看板にはどうにか『紅茶』と書かれているのだけ読みとれた。また妙なもん売ってんだなと眺める。
簡単なコンロの様なうえに茶色い鉄瓶が乗っかっている。その横で乳白色のポットがぽつんとほったらかされていた。
店主がいないってことは打ち捨てられているのか、その割には埃も何もかぶっていない商売道具。
ひょいとその先を見ると、でかい枝垂れ桜が目に入った。
残花ばかりを目にしてきたせいか、そいつはわずかな雨に降られていていても少しだって散ろうともせずただゆらゆらと桜色をしていた。
その下にはただ佇んでいるだけの蟻喰いがいた。
花守のよう、とまではいかないがただずっとその枝垂れ桜を見上げていた。
不意にそいつと視線があった。クイタランは振り返りもせずじろりとただこちらを見た。どこかふてぶてしそうな表情にも見える。
そしてぐるりとこちらに向き直った。首からは木のプレートをぶら下げている。のしのしとこちらに歩いてやってくれば、そこに書いてある文字が読めた。
『本日のお勧め ダージリン 桜フレーバー』
こんこん、と白いポットをつついて、不満足なのかそいつはかぱりとふたを開ける。
爪の先に張り付いた桜を一枚ふわりと投げ込み、ぶっちょうずらのままふたを閉めた。
そのまましばらく蒸らすのだろうか、また枝垂れ桜を見上げに離れる。
確かにこいつは結構見事だ。雨は静かに止んでいたので、ふとボールからあいつを出してみた。
丸くなっていたゴビットはしばらく外の寒さに震え、気がついたようにぐぐっと手と足をのばし俺を見る。
「見ろよ」
垂れ下がる花に興味があるのか、思いのほか小走りでアリクイの横へと走る。
クイタランは特に眺めるだけなのか、恐る恐るといった様子で手を伸ばすゴーレムに一瞥くれたのみでなにもしない。
そうしてどれほどたっだだろうか、特に長い時間というわけではないだろうに。
気がつけば見上げるのは俺とゴビットばかりで、クイタランはいつの間にやら屋台に戻って作業に没頭していた。
きろりと視線がこちらに刺さった。
爪で屋台を叩く。早くこちらに来いと急かすように。
横柄な態度にいらつく前に、その仕草があまりにも浮かべている空気と似合っていてそちらに足を向ける。
そこには白いポットから丁寧に注がれた、淡い琥珀色した紅茶が注がれていた。
紙コップに。
これは一杯いくらなんだろうかと飲みながらようやく頭が思考する。
胸に広がる温もりは確かで、ほのかに香るこれは桜なんだろうか。
風に乗って散るばかりのあれにも香りらしいものがあったのか。
飲みほしてから息をつく。小銭入れがあったかどうかポケットを探った。
相変わらずゴビットはずっと枝垂れ桜を見上げている。
ちらりとアリクイをみると、俺が並べた小銭を勘定しているらしかった。
数枚の10円玉が押し返される。余分だったらしい。
「ごちそうさま」
一声かけてゴビットをボールに収める。
不思議な穴場を見つけたものだと思った。
後日、その場所にもう一度足を向けてみたのだが、探し方が悪いのか横道は上手く見つからなかった。
いわゆる春限定であろうあの紅茶を、もう一度堪能したいものだ。
――――――――――――――――――――――――――――
余談 御題『桜』ということで。
あるお方からいただいた絵からヒートアップ。捧げます。
【好きにしていいのよ」
※会話文のみ
あなたにとって、ポケモンとはなんですか?
〜カントーの場合〜
「愛すべき存在! どんなポケモンにだって、いい所はある! はず!」
「はずって! じゃあシオンタウンで戦線離脱したぐれんはどうなんだよ。 アイツのいい所は?」
「うっ……! え、えと……め、目が覚める色!」
「それなんか違うだろ!」
〜ジョウトの場合〜
「うーん、仲間……かな? 一緒に冒険して、一緒に強くなる仲間!」
「さすがヒバナさん! すばらしい答えですね!」
「そうかなー? じゃあトモカは?」
「友達……ですかね、一緒にいると楽しいですし」
「あはは♪ 友達友達〜♪」
「ヒバナさん!?」
〜ホウエンの場合〜
「……ポケモンはポケモンでしょ」
「……」
「……」
「……え、終わりか?」
「……はづき、まだキャラも決まってないのに出ていいの?」
「そういうことは言っちゃダメだろ」
〜シンオウの場合〜
「家族かな。 一緒にいると、リラックスできるんだよねー ね、らいむ!」
「うん! らいむもシュカと一緒にいると楽しい!」
「らいむー! あたしのロメのみ食べたでしょー!」
「あ、うみなだ〜♪ に〜げろ〜♪」
「あ、コラ、待ちなさーい!」
「あっはは。 今日も平和だね……」
〜イッシュの場合〜
「未知の生き物かしら。 知れば知るほど、もっと知りたいと思えるのよね……」
「イケメンと一緒にいると、イケメンのイケてる度120%アップする存在!」
「……」
「特にカイリューとかと息ピッタリでバトルしてたらもう……キャーキャーキャーキャー!」
「……今日もモモカは通常運転ね……」
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風呂の中で思いついて深夜テンションで書き上げた。
新キャラをちょっとだけ説明。
はづき ジュカイン♂
エンジュの手持ち。 性格未定。
トモカ
ジョウトのトレーナー。 新SS(データ削除後のSS)主人公。 ヒバナを尊敬している。
てか、キャラ多いな……でも、全地方の主人公+手持ちポケだし仕方ないか。
[書いていいのよ]
初めまして、ことらと申します。
この話とても好きです。初めて見た時、星新一のショートショートのような文体に、淡々と進むストーリーだなと思いました。
そんな一見だけでも良かったのですが、読み直すと淡々と進むからこそ見えてくる人物の裏やしぐさが、書いてないのに想像できます。これは凄いなと思いました。
では失礼します
キャッチコピーの募集終わりました 協力ありがとうございました
まだまだ拙いながらもたくさんの助けを借りながら頑張っていかせていただきます。
度々失礼します。タグをつけ忘れましたので報告します。
【批評していいのよ】
作品の感想を頂く機会があまりありませんので、宜しければお願いします。
それでは、失礼しました。
「桜の木の下には、死体が埋まってるんですってね」
俺のすぐ近くにいる男女の、女の方が言った。
男は笑って、いつのネタだよ、と言った。
「でも、本当に埋まってたらどうする?」
「うーん、俺のダグトリオが掘り返しちまったりしてな」
俺の目と鼻の先で、ダグトリオが地盤を掘り返している。
何か気になることでもあるのか、俺の前を何度も何度も行き来している。
ダグトリオ、か。
そういえば彼女も、ダグトリオじゃないけどモグラのポケモンを持っていたっけ。
それを知ったのは、彼女と別れた直前のことだったけど。
「何をしているの?」
傍らにハハコモリを従えた彼女にそう尋ねられたのは、雪もちらつきはじめた晩秋のことだった。
桜を見ているんだ、と俺は答えた。
川沿いの遊歩道にずらりと並ぶのはソメイヨシノ。そのシーズンになれば、等間隔にぼんぼりが並べられ、酒盛りをする人たちであふれかえる。
しかし俺と彼女の前にあるのは、枯れかけた赤褐色の葉をいくつか枝に残した、侘しい1本の木。
「春にお花見に誘っても来なかったのに、何でわざわざこんな時期に?」
紅葉した桜も乙なものだぞ、と俺は言った。
彼女は、紅葉どころかもう枯れ葉になっているじゃない、と言った。
ただ単に、俺は人ごみに行くのが嫌いなだけだった。
花見って言ったって、ほとんどの人は花なんか見ずに、酒を飲んで馬鹿騒ぎしている。
それなら俺は、花がなくても、静かに風流を感じられる冬の桜の方が好きだった。
「寒いから、どこかのお店に入りましょうよ」
彼女が言った。
今日は新しい端切れを買ってきたの。彼女は手にしていた紙袋を振った。
「桜の木の下には、死体が埋まっているんですってね」
彼女は俺に向かって言った。使い尽くされたネタだな、と俺は言った。
桜の花は、血の色と言うには濃すぎるじゃないか。もみじの木の下に埋まっているって言われた方が、よっぽど納得する。
俺がそういうと、彼女は笑った。
しかしその反応は予想していたのか、彼女はさらに続けた。
「仮に桜の木の下に死体が埋まっているとして、それは一体いつ頃埋められたんだと思う?」
そう尋ねる彼女に、俺は自分の見解を告げた。
俺は秋だと思う。
桜は紅葉する。その色はやや褐色に近い赤色で、もみじよりもよっぽど血の色に似ていると思う。
なるほど、と彼女は頷いた。
「でも、私は違うと思うな」
じゃあ、君はいつだと思う?
俺がそう尋ねると、彼女は紙袋の中から、ほんのりとベージュがかった、淡いピンクの布を取り出した。
彼女は裁縫が趣味で、よくお気に入りの草木染めの店で端切れを買っては、小物や飾りを作っている。
まだ幼い頃、パートナーのひとりであるハハコモリがクルミルだった頃、その母親であったハハコモリが草木を編んでクルミルに服を拵えているのを見て以来、彼女は裁縫の虜なのだという。
彼女が手にしている柔らかい色合いの布地は、まさしく春に河原を彩る花びらと同じものに違いなかった。
「この桜染の布は、桜の木の枝から煮出されるの」
てっきり花びらを集めて煮出すのかと思っていたから、俺は少し驚いた。
彼女は続けた。
「桜ならいつでもいいってわけじゃないの。普段の桜を使っても、灰色に近い色になってしまう。こういうピンク色に染めるには、花が咲く直前の桜を使わなくちゃいけないのよ」
花が咲く直前。
その時期の、花そのものではなく、木の枝や樹皮が白い布を淡いピンクに染める。
「桜はね、花を咲かせる直前、木全体がピンク色に染まっているの。下に死体が埋まっていても、木全体を染めるんじゃ、薄くなってしまってもしょうがないでしょう?」
そう言って、彼女は手の上の端切れを撫でた。
彼女は桜の花が好きだった。
人であふれかえるその木の下へ、彼女は毎年必ず行った。
俺は誘われても行かなかった。人ごみが嫌いだったのもあるし、彼女の相手をするのに疲れ始めていたのもあった。
彼女は全ての植物に対する愛を、3日で散ってしまうその花へ残らず向けた。
それはきっと、人間に対しても同じだったのだろう。
彼女の愛は一途だった。そして、彼女の愛は重かった。
別れを告げたことはきっと、間違っていなかったはずだ。
そうでなければ、俺はその先永遠に、彼女の重さに耐えながら生きなければならなかっただろう。
木の全体に回って、薄くなった赤い色。
彼女が愛おしそうに撫でていたその色は、一体何が染めていたのだろう。
「ねえ、さっきからあなたのダグトリオ、同じところをずっと掘ってない?」
「うん? 何かあったのかな?」
ああ、そのままこっちに来てくれよ。
俺もそろそろ、誰かに見つけてもらいたいんだ。
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現実逃避に出かけたら桜が満開だった。
夜だし明かりもなかったからほとんど見えなかったけど。
とりあえず定番のネタで即興で書いてみた。
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