マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.3737] 実践者の声 投稿者:Ryo   投稿日:2015/05/07(Thu) 18:45:50     42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ヨシノシティ A・Hさん(男性・32歳)
    妻と2人の子供、それから私のオオタチと一緒に半年前からきのみ食を実践しています。妻は結婚する前の頃のように肌のハリを取り戻したことが嬉しい、と常々喜んでおりますし、子供たちは頭がスッキリするようになった、と言ってテストの点数も良くなりました。オオタチは元々きのみが好きだったのできのみ食のポケモンフードにもすぐ馴染んでくれました。抱っこすると体が無駄なく引き締まり、毛並みが良くなったのがとても良くわかります。半信半疑で始めたのですが、本当にやってみてよかったです!

    タマムシシティ きのさん(女性・20歳)
    タマムシ大学で勉強し、バイトに勤しむ忙しい日々の中で、瑞々しく育つきのみの木は私の癒やしです。
    クラボの実を好んで育てているのですが、花も可愛いし、実の辛味も料理のいいアクセントになりますし、まさに一石二鳥です。
    私のガーディもきのみ食のポケモンフードに切り替えてからとても穏やかな性格になり、散歩中に他のポケモンに無闇に吠え掛かることがなくなり大変助かっています。

    トキワシティ N・Mさん(男性・65歳)
    去年の健康診断で、血中コレステロール値が高くなっていると言われたことをきっかけに、きのみ食を始めました。始めてからはなんだか体が軽くなったような気がして、趣味のウォーキングでも気軽に森を越えてニビシティまで行けるようになりました。まだその後の診断は受けていないのですが、自分自身の実感としては「やって正解」でした!


      [No.3736] はじめませんか、きのみ食 投稿者:Ryo   投稿日:2015/05/07(Thu) 18:44:53     53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    はじめまして!ここは管理人・アサガオによる「きのみ食」のホームページです。
    きのみ食の魅力や始め方、ポケモンと一緒に楽しめるきのみ食もお教え致します。

    1.きのみ食って何?
    きのみ食とは、その名の通り、きのみを中心とした食生活のことです。
    私達の体を形作る一日三食の食べ物から、自然とポケモン、私達の体に負担をかけるポケモン由来の食べ物や輸入食品を廃し、自分で育てたきのみを中心とした食生活に変えることで、私達の健康、ポケモンの住む自然の両方を良くすることができるのです。
    私達の住むこの世界には、たくさんの食べ物が溢れています。その中には、わざわざ遠い国から取り寄せたものや、牧場で必要以上に栄養を摂らされたケンタロスやミルタンク由来の食べ物など、自然本来のあり方から離れてしまった食べ物もあります。そういった不自然な食べ物を食べ続けていると、心身のバランスが崩れ、思わぬ病気を引き起こしてしまうのです。
    また、お肉を取るためのポケモンを育てるために自然は膨大なコストを支払うことになります。一頭のケンタロスをお肉にするまで育てるためには、なんと牧草が3500kgも必要になるのです。
    そこで、私達人間やポケモンと共にずっとこの世界と調和してきた食べ物―きのみにスポットライトが当たることになりました。
    きのみは水と少しの肥料だけですぐに収穫することができるので、自然への負担がかかりません。また、様々な種類のものがあるので、きのみに含まれる栄養だけでも人間が生きていくのに必要な栄養のほとんどを摂ることができます。きのみには様々な味のものがあり、例えば同じ「甘い」でもモモンとマゴでは全然違いますので、色々と育てて違った味を楽しむこともできます。ポケモン由来の栄養を一切摂らず、きのみ、野菜、穀物類のみで生活している人々の住む村は世界有数の長寿村だった、という例もいくつもあります。
    自然にも優しく、いつまでも健康で若々しい体を保ち続けることができる理想の食生活、それがきのみ食なのです。

    2.きのみ食の成り立ちと理念
    現在のきのみ食を確立したのは、シンオウ地方のトバリシティ出身の食文化研究家、ウメヤ・コウジ氏(1925~1987)です。彼はシンオウ地方に伝わる神話の研究に携わり、人とポケモンの繋がりについて深く思索した結果、次のような考えを持つに至ります。
    「人々の心身が乱れ、これまでの時代になかった病気が蔓延り、ストレスに弱くなってしまったのは、人がポケモンを傷つけ、ポケモンを由来としたものを食べているからである。我々はシンオウ神話の若者に倣い、もう一度その手に持った剣を捨て、それをジョウロや肥料に持ち替え、人とポケモンが真に手を取り合って暮らしていた時代に立ち返るべきではないのだろうか」
    ウメヤ氏はこの考えをもとに「きのみ食」の元となる「自然栄養食」の研究を始め、イッシュやカロスにまで渡りこの思想を広めました。そして、より自然に調和した食べ物を求める中でウメヤ氏がたどり着いたものが、きのみ食なのです。
    ウメヤ氏が思想のよりしろとしているシンオウ神話とは、人間が糧としていたポケモンを剣で無闇に傷つけてしまったために、ポケモンが人間の前から姿を消してしまい、人間がそのことを深く嘆いて剣を捨てるというものです。
    この神話が元となって生まれたきのみ食は、「人はポケモンや自然を無闇に傷つけてはならない」「自然の理念に反した食べ物を食べず、生き物が本来食べていたものを感謝して食べよう」という優しい理念の上に成り立っています。

    3.どうやって始めればいいの?
    理念、などという言葉を使ってしまったため、なんだか難しそう…と思ってしまった方もいらっしゃるでしょう。でも、本質はとてもシンプルなのです。
    ポケモン由来のお肉や油といったものを控え、一日三食のメニューをきのみや野菜を中心としたメニューに変えれば良いのです。タンパク質はお豆、炭水化物は玄米ご飯や、天然酵母のパンで摂取しましょう。こうしたメニューを続けていると、だんだんと体が自然本来のリズムを取り戻していきます。まず、不自然なものを食べていた時の内臓のトラブルがなくなり、その影響で体型がすっきりとし、頭が良くはたらくようになります。お肌も綺麗になるので女性にも嬉しいことでしょう。
    これまでファストフードやお肉に親しんできた人ならば、慣れない食事に戸惑うこともあるかもしれませんが、例えば朝食をナナの実のスムージーと天然酵母のパンにする、というところからでも徐々に始めていただければ、少しずつ体が変わっていくのが実感できるはずです。そうすれば自然と体のほうできのみ食を選んで取り入れるようになり、無理なく健康的な食生活に移行することができます。
    また、きのみを育てるためのプランターもたくさん用意しましょう。木が育ち、色々な花をつける姿は、それだけでも充分私達の心を癒してくれます。

    4.きのみ食の基本メニュー一例
    朝食:ナナの実のスムージーとパン(天然酵母)
    もしくはネコブの実で出汁をとった海藻スープとお米(玄米が望ましい)
    昼食:オレン、ナナシ、オボン、マゴ、ラム、リンドの実などからお好みでチョイスしたきのみのサラダ(味をバランスよく入れましょう)とハバンの実のジャムをつけたトースト(添加物を使っていない食パンを使用しましょう)
    夕食:モモンとパイル、野菜類を入れたカレー、マトマの実のスープ
    またはオボンの実のパスタ

    ここにあげたものはあくまで一例に過ぎません。「きのみ食」で検索すると、きのみ食を実践されている方々の創作メニューがたくさん出てきます。
    私が特におすすめするのは、マトマやヨプといった辛い成分の入ったきのみを使ったメニューです。きのみ食はどうしても冷たいものが多くなりがちですが、辛いきのみを使ったメニューは体を温めてくれるので、きのみ食の体を冷やすデメリットを打ち消してくれます。

    5.ポケモンといっしょに始めるきのみ食
    自然にも健康にも優しいきのみ食、ぜひあなたのポケモンとも一緒に始めてみたいですよね。
    これまでに見つかったポケモンは実に700種類を超えていますが、実は食べ物自体を全く必要としない一部の種類以外は、全ての種類のポケモンが問題なくきのみを食べることができる、というデータがあります。つまり理論上、全てのポケモンはきのみ食の実践が可能なのです。ポケモンは文明社会にすっかり馴染んでしまった人間と違い、今でも自然に寄り添った生き方をしていますから、自然との調和を目指すきのみ食と相性が良いのは当然かもしれません。
    現在では、自然界での主食が肉食のポケモンでも問題なくきのみ食に移行できるよう、完全にポケモン由来の成分を廃し、きのみ由来の成分のみで調理されたポケモンフードも色々と販売されています。
    従来のポケモンフードからこうしたポケモンフードに移行すると、まずきのみの成分によって消化器官のお掃除が行われて、ポケモンの体臭や老廃物の臭いがなくなります。そして新陳代謝が活性化するので毛ヅヤ、肌ツヤがとても良くなってきます。ポケモンをコンテストに出されるトレーナーの方はご存知でしょうが、コンテストに出るようなポケモンはきのみ由来のおやつを食べることによって毛並みやお肌のコンディションを整えています。きのみ食のポケモンフードはそうしたおやつの効果を毎食ごとに得ることができるのです。
    更に、こうしたポケモンフードはきのみの皮を剥いたりすることなく、一つ一つをまるごと使って調理されているので、きのみの栄養分を全ていただくことができ、非常に効率的にきのみ食を実践することができるのです。人間と同じように、始めは普段のポケモンフードに混ぜて少しずつ体を慣れさせていけば、よりスムーズにきのみ食への移行が可能です。

    6.きのみ食を楽しもう
    これまで長く語ってしまいましたが、私が何より強調したいのは
    「きのみ食は楽しい」
    この一点につきます。
    管理人自身は、自然とポケモンを大切にした食生活を始めたいな、という思いできのみ食を始めたのですが、今では難しいことを考えるよりも、毎日のお献立を考えたり、きのみの木に水をあげて成長を見るのがとっても楽しいんです。
    今日はすっぱいものが食べたいからナナシの実を使ってみようかな、とか、苦いきのみをどういう風に調理しようかな、などと考えたり、きのみ食を実践している仲間と料理の交換会をしたり、とても充実したきのみ食ライフを送っています。
    それに、私のポケモンであるプクリンの「ふう」ちゃんも、今ではすっかりきのみ食のポケモンフードを気に入ってしまい、近所の人から一層毛並みを褒められるようになってしまいました。「何か特別なケアをしているの?」と聞かれることも多くなったので、その度にきのみ食のポケモンフードをおすすめしています。
    ここまで読んでくださった皆さん、ぜひ朝の一食からでも、きのみ食を始めてみてください。心と体が自然のリズムを取り戻していくことが楽しみで仕方なくなること間違いなしです!


      [No.3735] Subject notes もどき 投稿者:ピッチ   投稿日:2015/04/29(Wed) 20:28:24     91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:書いてみた

    Subject ID:
    123221

    Subject Name:
    心の鏡

    Registration Date:
    2010-11-29

    Precaution Level:
    Level 2

    Handling Instructions:
    確保個体は管理局保有の対有異常性形態獣用の専用モンスターボールに収容し、本案件の担当となるタマムシシティ西部のバイオリサーチセンターに移送した上で、静止状態にて管理してください。
    当該個体からのヒアリングのための実体化を行う場合は、半径200m以内に担当者以外の局員および携帯獣を立ち入らせず、必ず単独でヒアリングを行うようにしてください。
    個体#123221は他のオブジェクトの調査のため有用と思われる性質を持ちますが、異常性事案の防止のため個体#123221を使用して調査を行うことは原則として禁止されています。個体#123221を使用した実験を行う場合、形式F-116980に則った完全な計画書を提出した上で、3名以上の高レベル責任者から承認を得る必要があります。

    個体#123221の関与の疑いのある事象が確認された場合、対レベル3バイオハザードスーツを着用した局員を急行させ、同時に当該地域の警察機関等と連携し、個体の確認されたエリア一帯への立ち入り禁止措置を取ってください。
    個体#123221自体には強い攻撃性を持つ個体は確認されておらず、標準的な携帯獣の捕獲手順に従ってモンスターボールに収容することは容易です。また、個体群は総じて高い知能と社交性を持つため、彼らが意志の疎通が可能な形態を取った場合は会話による説得も可能であり、既に複数の個体が説得により管理局へ収容されています。

    Subject details:
    案件#123221は、特異な性質を持つメタモンの個体群に掛かる一連の案件です。特異な性質を持たない通常のメタモンは、この案件の取扱い範囲外です。

    特異個体#123221が初めて確認されたのは2010年の9月半ばです。
    セキチクシティに位置する警察機関および管理局緊急チャンネルへ「異常な生物がいる」という通報が殺到するという事案が発生しました。すべての通報において一貫して多種多数の人間及び携帯獣の身体の一部より成り立つ異常な生命体のことが伝えられており、何らかの異常事案の発生が憂慮されたため、最寄り拠点であるセキチクシティ第十拠点より複数の局員が出動し、関係各局と連携の上事態の収拾に当たりました。
    局員が通報を元に探索を行っていたところ、セキチクシティ東部に向かっていた局員が通報と一致する異常な生命体を発見しました。携帯獣の身体的部分を有することから携帯獣と同等の性質を持つと推測した局員が特異個体#123221を捕獲することに成功し、その後個体#123221はタマムシシティ西部のバイオリサーチセンターへ移送され、その性質についての詳細なテストが行われました。

    テストの結果、個体#123221はおよそ半径200mほどの範囲内における有知性生物の精神が思い描いた姿を取ることが判明しました。この範囲内に複数の有知性生物が存在する場合、個体#123221は有知性生物の総数に応じた複数の特徴を持つ形態に変身します。この範囲内に他の有知性生物が存在しない場合、個体#123221はいかなる場合であっても変身を行いません。
    また、範囲内に有知性生物が存在する場合であっても、個体#123221が自己の意志に従って変身を行うことはなく、その姿形は常に周囲の有知性生物の想像の通りになります。
    これまでに十数体の個体#123221が確保されていますが、各個体からのヒアリングの結果、彼らは一貫して自己のこの形質について、また他者の望みを叶えることそのものについて肯定的であるということが判明しています。しかし彼らの特異性の起源については話が一定せず、彼らは必ずヒアリングに当たった局員が最も強く信じる仮説に沿って自らの由来を語ります。
    こうした精神に干渉する性質はエスパータイプの携帯獣に多く見られますが、いかなる携帯獣識別用デバイスを用いても個体#123221は通常のメタモンとして判定されます。

    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。

    ―――
    586さん「Subject notes.」シリーズの「書いてみた」となります。本家でメタモンらしき話が出てきたのに刺激されまして。


      [No.3270] かごの外へ 投稿者:   《URL》   投稿日:2014/05/18(Sun) 19:01:54     136clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:星のカービィ】 【ワドルディ】 【あぶないグルメ屋敷!?の巻】 【トグ・ロ・ガラーガ】 【ウルトラソード】 【ギガントエッジ】 【3-3】 【グランドローパー】 【ワープスター】 【ドラゴストーム

    かよ子の足取りといったらもう、マグカルゴの歩みのようにのろまで、サイホーンの足踏みみたいに重たいものでした。

     「はぁーあ。また、面倒くさい係にされちゃった」

    教科書とノートがたっぷり、おまけに筆箱まで入った赤いランドセルはずっしり肩に沈んで、ただでさえ重い気持ちがもっともっと重くなってしまいそう。ときどき肩ひもを直しては、大きなため息をひとつ。かよ子の様子といったら、見ているこちらがどんよりしてきそうでした。

    道ばたに転がっていた小石を軽く蹴とばして、かよ子は体を引きずるようにして歩いてゆきます。かよ子の歩いている河原は夕焼けがとっても綺麗で、道行く人も思わず足を止めて見入ってしまうほどでしたけれど、今のかよ子の目にはちっとも入ってきません。

     「一学期は図書係で、遅くまで残らなきゃいけなかったし」

    ここでちょっとだけ、かよ子についてお話ししておきましょう。

    かよ子はわかば市に住んでいる、三年生の女の子。背はちょっと低め、体はやせ気味、髪型はいつでも二つのおさげ。丸っこい顔はいかにも子供っぽくて、たまにしか会わない親戚のおじさんやおばさんからはいつも一年生や二年生に間違えられてばかり。性格もレディバみたいに怖がりでひかえめ、自分から手を上げるなんてもってのほか。簡単にまとめちゃうと、おとなしくて目立たなくてちんちくりん、そんな女の子です。

    これだけだと少し物足りないので、もう少しだけ、かよ子について教えましょう。いちばん好きな食べ物はイチゴの乗ったショートケーキ、いちばん嫌いな食べ物はピーマン。四つ上のお兄ちゃんがいますが、今は家を出てひとり旅をしています。ちょっとやんちゃで時々泣かされちゃったけど、よくいっしょに遊んでくれて、ときどきおやつを分けてくれた優しいお兄ちゃんでもありました。かよ子もお兄ちゃんのことが大好きだったから、家を出て行ってしまった時はとても悲しくて、一日中声をからして泣いていたくらいです。

     「生き物係なんてぜったい大変だし、疲れちゃうよ」

    さてさて、そんなかよ子が呟いたのは、「生き物係」という言葉でした。今日の学級会で係決めをして、たくさんある係の中からかよ子は「生き物係」に選ばれました――もっとも、これはかよ子が自分から「やりたい」と言い出したわけではもちろんありません。係決めの時に誰も手を上げないので、先生がみんなに「生き物係になってほしい人がいる人」と聞きました。すると、誰ともなく「かよちゃんがいい」なんて言い始めて、そのままあれよあれよという間にかよ子に決まってしまったのでした。かよ子は生き物係なんてちっともやりたくありませんでしたが、先生とみんながそろって言うので言い返せませんでした。

    生き物係というのは、その名前の通り生き物の係です。学校で飼育している生き物をみんなでお世話して、元気に過ごせるようにしてあげるのが仕事になります。かよ子の学校ではお世話をしてあげる生き物として、ポケモンを何匹か飼っています。これはかよ子の通っている学校だけのことではなくて、周りにある別の小学校でもみんな同じなんです。もっともっと昔は、ポケモンではなくて普通のウサギやカエルを飼っていたのですが、それはみんないつの間にかミミロルやニョロモに変わって行きました。

    何はともあれ、明日からは毎朝鳥小屋へ行かなければなりません。早起きするのはちょっと苦手で、いつもお母さんに「早く起きなさい」と怒られてから起きるのに、大丈夫なのでしょうか。かよ子はとても心配です。

     「早く帰って、塾にいかなきゃ」

    かよ子は学習塾に通っています。家から自転車で三十分くらいかかるちょっと遠い場所にあって、帰るころには道がすっかり暗くなってしまいます。おまけに、行くたびにたくさん宿題が出ます。とってもたくさんです。学校の宿題といっしょになかよくかよ子にのしかかって、全部終わるころにはへとへとになってしまいます。かよ子は塾なんて全然行きたくないのですが、お母さんが何べんも「行きなさい」と言うので、仕方なく通っています。

    学校に行けば生き物係で、家に帰れば塾と宿題。かよ子の気が休まるのは、夜におふとんに入って寝るときくらいでした。

     「明日大雨が降って、学校も塾もお休みになればいいのになあ」

    雨でも降っちゃえばいいのに。そう思って空を見上げてみるけれど、あいにく空は雲ひとつないすっきりぶり。きっと明日もお日様がさんさんと地面を照らす、日本晴れのようなお天気になることでしょう。この分だと、雨なんてちっとも降りそうにありません。かよ子の周りだけ、どんより曇った雰囲気でいっぱいです。

    うかない顔で足をずりずり引きずって、体までカビゴンみたいに重くなってしまったような気持ちになりながら、かよ子はそのまま家に帰りました。

     



     

    お日様はすっかり沈んで、代わりにお月様が空にのぼるような時間になってからのこと。

     「ただいまぁー」

    ずいぶんと間のびした声を上げながら、かよ子は社宅の重たいドアを開けました。どうやら塾から帰ってきたようです。肩からさげたカバンはランドセルに負けずおとらず重そうです。くたくたになったかよ子が靴を玄関に脱ぎちらかして、ずっしり中身の詰まったカバンをゆらしながら子ども部屋へ入っていきます。子ども部屋には学習机がふたつありますが、使われているのはひとつだけで、それがかよ子の机になります。もうひとつの方はお兄ちゃんのもので、今はお兄ちゃんが留守にしているのでがらんとしています。

    はぁーあ、とため息をついて、カバンを自分の学習机の上へ置きました。そのまま椅子に座り込むと、ぼーっと天井をながめ始めます。学校から家まで帰ってくるとすぐに自転車をこいで塾まで走って、そこで二時間たっぷり勉強してきたばかりなので、かよ子はもうへとへとです。でもこの後、学校の宿題もしなきゃいけません。うんざり、といった顔つきで、かよ子がほほを風船のようにふくらませました。

     「もう、かよ子ったら。のんびりしてないで、早くごはん食べちゃいなさい」
     「……はぁーい」

    子ども部屋でぼんやりしているとお母さんがやってきて、かよ子に晩ごはんを食べるようにせかしました。かよ子のお母さんといったら、こんな風にいつも「早くしなさい」と言ってばかりで、とにかく急いでばかりいます。かよ子は(今から食べようと思ってたのに)と再びふくれっ面をして、しぶしぶ部屋を出てお茶の間へ行くことにしました。

    お腹が空いていたかよ子は晩ごはんのマーボー豆腐と春雨スープをあっという間に平らげてしまうと、今度はお母さんに言われる前に自分からお風呂に入ることにしました。もし、ごはんを食べてからのんびりテレビなんて見ていたら、早速「早くお風呂にはいりなさい」「早く宿題をやっちゃいなさい」「早く寝なさい」の三点セットが来るに決まっていたからです。

     「お母さんったら。あんなにせかさなくたって、かよ子だってちゃんとできるもん」

    ひとりでほかほかの湯ぶねにつかりながら、かよ子は本日三回目のふくれっ面をして見せました。けれどそれも、体が温まっていくうちにだんだんほぐれて行って、いつしかゆるゆるの顔になっていきます。

    こうやってあったかいお湯の中にいると、だんだん気持ちよくなってきて、このまますぐにふかふかのおふとんで寝てしまいたいなあと、かよ子はいつも思います。でも、そんな風にうまくはいきません。お風呂から上がったら、髪の毛を乾かして、パジャマに着替えて、学校の宿題をして、明日の時間割を見て、ランドセルに必要なものを入れて、目覚まし時計をセットして……まだまだやることはたくさんあります。かよ子はまたげんなりしてしまって、お湯の中に顔を半分くらい沈めてぶくぶくと泡を立てました。

    お風呂から上がると、お母さんにドライヤーで髪を乾かしてもらって、着古したパジャマに着替えて、学校の宿題をがんばって片付けて、時間割を見て教科書とノートをつめて、すみっこに筆箱を押しこんで、最後に目覚まし時計をいつもよりちょっとだけ早くセットして。はーっ、と大きく息をはき出したかよ子は、これまた大きな大きなあくびをひとつすると、そのままもぞもぞとおふとんにもぐりこみました。買ったばかりの文庫本はいいところで止まっていました――パーティの最中に悪者がやってきて、主賓である婦人を誘拐してしまうという、お話がいちばん盛り上がるところです――し、ゲームは今のステージをあと少しでクリアできそうでした――金ぴかのイワークみたいなボスがなかなか倒せなかったけれど、今日お友達から「矢で相手の頭をねらうといいよ」と教えてもらいました――けど、かよ子は疲れてしまってどちらにも手がのびません。ぼんやりしたまま、おふとんの上でごろごろします。

    明日は生き物係があるので、早起きして学校へ行かなきゃいけません。かよ子のクラスがお世話をするのは、グラウンドのいちばん奥にある「鳥小屋」にいるポケモンたちです。「鳥小屋」という名前なので、いるのはもちろんとりポケモンばかりです。かよ子もそこまでは知っていました。でも、じゃあ実際にどんなポケモンがいるのかと言われると、困ったことに一匹も浮かんで来ませんでした。なにせ、一度も見に行ったことがなかったのですから。

     (とりポケモンって、どんなのがいたかなあ)

    眠い目をこすって、かよ子は少し考えてみます。すぐに思い浮かぶのは、よく道ばたをちょこまか跳ねているおとなしいポッポ、ご近所のお姉さんが飼っているきれいな声のヤヤコマ、テレビでよく見る気性の荒いオニスズメ、海辺をのんびり飛んでいるキャモメ、暗くなるとどこからともなく集まってきて怖いヤミカラス。あとは通りすがりのトレーナーが連れていた、ちょっとふしぎな感じのするネイティ。こんなところでしょうか。鳥小屋にいるのはこの中のどれかかも知れませんし、ぜんぜん違うかもしれません。

    ここでまた皆さんに少しだけ、かよ子のことについてお話しします。今度はかよ子とポケモンについてです。

    かよ子の住んでいるわかば市やその近くの町では、普通は五年生になるまでポケモンを持てません。「ポケモンジム」というところへ通っていたりすれば、特別にポケモンを持つことができますが、わかば市にポケモンジムはありません。ですので、三年生のかよ子はまだポケモンを持つことができないのです。

    少し話がそれますが、かよ子のお兄ちゃんについて。まだわかば市に住んでいた頃、お兄ちゃんはどうしてもポケモンがほしかったので、家からちょっと離れた場所でポケモンの研究をしているえらい博士にお願いをしました。博士はお兄ちゃんのお願いを聞いて、ポケモンのタマゴをプレゼントしてくれました。そのタマゴからかえったのが、お兄ちゃんのいちばんの相棒のガーディです。きっと今も、お兄ちゃんといっしょに旅をしていることでしょう。

    さてさて、かよ子はまだポケモンを持つには早いので、もちろん自分のポケモンはいません。ですが、学校ではときどき「生活」や「道徳」の時間を使って、ポケモンとなかよくなるための授業をします。教室で先生のお話を聞くこともありますが、外に出てポケモンたちとふれあうこともあります。これは、五年生になってそのまま学校へ通うかポケモントレーナーになるかを選ぶときに、前もってポケモンに慣れておくための準備でもあります。ポケモンに触ったこともないのに、いきなりトレーナーになるのはちょっと難しいですからね。

    時々そんな催し物をしているので、かよ子も何回かポケモンに触れたり、いっしょに遊んだりしたことがあります。いちばん前にポケモンに触ったのは、幼稚園に通っていた頃にあった「移動動物園」です。幼稚園まで何匹かポケモンをつれてきてもらって、見たり触ったりできるのです。これはかよ子にとっても楽しい思い出でした。ドードーやゴマゾウがやってきて、ずいぶんとにぎやかなものでした。首を曲げたドードーの頭をそっとなでてあげると、目を細くしてうれしそうにしてくれたのを覚えています。

    小学校に上がってからは、一年生の時に先生につれられて行ったポケモンセンター見学がありました。ポケモンセンターで働いている人からここがどんな施設かを説明してもらって、傷ついたポケモンをあっという間に回復させるところを見せてもらったりしました。案内してくれた人のアシスタントとしてラッキーがとなりにいて、お別れの時に握手をしてもらいました。ラッキーの手は毛布みたいにやわらかくて、とっても気持ちよかったなあ……と、かよ子はときどき思い出すのでした。

    最近だと、一学期の途中にもう一度ポケモンセンターへ行ったことでしょうか。今度はいろんなポケモンとふれあおうというもので、建物の外にある広場でポケモンたちと遊ぶことになりました。時間になるとみんな一斉に好きなポケモンのところへ走っていきましたが、ひかえめなかよ子はちょっと出遅れてしまいました。あれこれ迷ってから、かよ子はようやくピンクでまるまるとしたかわいらしいポケモンのプリンと遊ぼうと思いましたが、あいにくプリンは大人気で、ボールみたいにみんなの間を楽しそうに跳ね回っていました。

    あきらめて別のポケモンを探してみると、一匹でぽつんと立っている小さなポケモンを見つけました。かよ子はその姿に見覚えがあって、すぐにそれがでんきリスポケモンのパチリスだということを思い出しました。パチリスは大きな木の実をかじっていて、ほほをいっぱいにふくらませています。かよ子はパチリスの仕草をかわいいと思って、いっしょに遊ぼうと近くまでかけよります。

     「パチリスちゃん、かよ子と遊んで!」

    ところが、パチリスの方は急に自分の方へ走ってきたかよ子にびっくりして、大きなシッポからバチバチッ! と放電してしまいました。今度はかよ子がおどろいて、その場に急ブレーキです。恐る恐るパチリスの方を見てみると、なんと近くの地面が真っ黒にこげています。パチリスが放電して、その電気が地面を焼いたのです。もしあんな電気に当たったなら、ひとたまりもありません。かよ子は小さなパチリスがとんでもないパワーを持っているのを見て、すっかり怖気づいてしまいました。

    こんなことがあったので、かよ子はポケモンに触るのが少し怖くなっていました。そんな時に生き物係に当たってしまったのですから、もう災難と言うほかありません。生き物係はポケモンをお世話してあげることを通して、子どもとポケモンがなかよくなることが目的なのですが……。

     (男子は大介くんだけど、ちゃんと朝起きれるかなあ)

    生き物係はかよ子だけではありません。男子からもひとり、生き物係が選ばれました。それがすぐ近くの席に座っている大介くんです。大介くんは気のいい大柄な男の子で、かよ子もやさしくしてもらっています。なので、いっしょに係をやるのは決して嫌ではないのですが、朝がとっても弱くてよく遅刻してしまうという短所があります。さて皆さん、生き物係はいつお仕事をするか、覚えていますでしょうか。そう、朝一番です。朝に弱い大介くんが明日ちゃんと来てくれるかどうか、かよ子はとっても不安でした。

    明日はちゃんと来てほしいなあ。かよ子は心細さを感じながら、そろそろ寝ることにしました。その前に、いっしょに寝るぬいぐるみを選ぶことにしましょう。学習机のとなりにある棚には、カービィとワドルディのぬいぐるみがなかよく並んでいます。カービィもワドルディもかよ子の大のお気に入りで、眠るときはいつもどちらかを抱いて寝ています。少し前まではメタナイトもいっしょにいましたが、いとこの公太郎くんがほしいと言ったので、かよ子はお姉ちゃん気取りであげてしまいました。

     (今日はカーくんとワドちゃん、どっちにしよう)

    棚にいるのはカービィとワドルディくらいで、ポケモンのぬいぐるみは見当たりません。お友達の中にはたくさんのポケモンぬいぐるみを持っている子もいましたが、かよ子は今までひとつも買ってもらったことがありません。かよ子はぬいぐるみを買ってもらうときに、お母さんから「ポケモン以外のぬいぐるみにしなさい」と言われたのを覚えています。と言っても、かよ子はポケモンぬいぐるみがどうしても欲しかったわけでもなかったので、ぜんぜん気にしていませんでした。代わりにカービィやワドルディがほしいと言うと、お母さんは喜んで買ってくれたものです。どちらも丸っこくてかわいらしくて、かよ子はとっても満足でした。

    そう言えば、少し前のお誕生日のプレゼントにニンテンドー3DSを買ってもらった時も、お母さんは「いっしょにソフトもひとつ買ってあげるけど、ポケモンXとYは絶対にだめ」と何べんも繰り返していました。これもかよ子は特にほしくなかったので、あっさり「いいよ」と言って、もっとほしかった別のソフトを買ってもらいました。どうも、かよ子のお母さんはポケモンが好きじゃないようです。時々かよ子も理由を考えてみますが、いまいちピンと来ませんでした。

    今にも閉じちゃいそうな寝ぼけまなこで考え事をしつつ、カービィとワドルディのどちらといっしょに寝ようかなと、かよ子がぬいぐるみを選びます。たくさん迷ってから、今日はワドルディを抱っこすることに決めたようです。ワドちゃん、いっしょに寝ようね、と言いながらワドルディを棚から下ろすと、枕元からおふとんへ入れてあげます。電気を豆球にすると、かよ子もおふとんに入りました。

    ひとり残ったカービィはやさしい笑顔をうかべて、すやすや眠るかよ子とワドルディを見守っていました。

     



     

    夜が明けて、ふたたびお日様が空に顔をのぞかせます。ジリリリリリ…と目覚まし時計がうるさく鳴って、かよ子がもぞもぞと起き出してきます。眠い目をこすりながら部屋を出て、キッチンにいるお母さんにおはようのあいさつをします。かよ子がひとりで早起きをしてきたので、お母さんは目をまん丸くして、珍しいこともあるものね、なんて言っていました。

     「いってきまぁーす」

    ベーコンエッグとトーストと、それからオレンジジュース。最後にいちごジャムを入れたヨーグルトを食べてしまうと、もうすっかりお腹いっぱいです。赤いランドセルをしょって、かよ子はひとりで家を出ていきます。例によって間のびした声で、いってきますを言うのも忘れずに。

    お口を大きく開けてあくびをすると、かよ子は学校につながる道を歩いて行きます。こんな風にして朝早くお出かけすると、道の近くでいろんなポケモンを見ることができます。子どものコラッタが二匹でなかよくじゃれあっていたり、木の上にホーホーが止まっていたり。たまに見かけるとちょっとうれしいのが、オタチがシッポを使って立っているところですが、あいにく今日のオタチはまだおねむの時間のようで、一匹も見当たりません。

    オタチがシッポを使って立ち上がるのは、ほんの少しでも遠くの方を見て、こわい敵が近付いてきていないか確かめるためなんだよと、日和田市からわかば市までサッカーの試合をしに来たというお姉ちゃんが話してくれたのを、かよ子はしっかり覚えています。お姉ちゃんがかわいいオタチを連れていて、かよ子がうれしそうに見ていたときに教えてもらったことです。へえ、オタチってそんなことしてるんだ。そう思って、かよ子はちょっとビックリしてしまいました。

    好きなようにくつろいでいるいろんなポケモンたちを、遠くからぼんやり見つめていたかよ子ですけれども、ポッポが三羽並んでちょこまか跳ねているのを見て、あっ、と何かを思い出したようです。

     「昨日はヘンな夢見ちゃった。かよ子がポケモンで、知らない誰かにお世話されてる夢だったっけ」

    かよ子の見た夢は、なぜだかかよ子が鳥小屋にいて、しかもお世話をする方じゃなくてされる方で、全然知らない人からごはんをもらって食べるという、とってもヘンなものでした。もちろん、夢ですから何もかもぼんやりしていますし、本当に鳥小屋でとりポケモンになってたのかは誰にも分からないのですが、かよ子がそう思うなら、きっとそうなのでしょう。夢は自分だけのものですからね。

    どうしてこんな夢を見たのかは、かよ子にもなんとなく分かります。今日から生き物係になって、鳥小屋でとりポケモンのお世話をしてあげなきゃいけないからです。寝ているときもそれが気になって気になって、夢にまで出てきてしまったのでしょう。せっかくなら、お世話をする方になってくれれば今日の練習になったのに。かよ子が残念そうに口をへの字にします。

    さて、生き物係のお仕事をするために早く家を出たかよ子ですけれども、歩いている道がいつもよりずっと静かなことに気がつきました。人通りが全然なくて、しん、と静まり返っています。かよ子はわいわい騒がしいよりも静かな方が好きでしたけど、ひとりぼっちでこんなに静かだとさすがにちょっと心細いです。いつもはそんなに行きたくない学校に、今日に限っては早く行きたくなりました。

    昨日帰りに歩いた河原沿いの道を、今度は逆向きに、学校へ向かって歩いていきます。途中で普通の道にもどって、そこで分かれ道を左へ行くと、学校はもうすぐそこです。分かれ道を曲がらずに、河原からずーっとまっすぐ進むと、おとなりの吉野市につながっています。吉野市は小さな海ぞいの町で、かよ子は数えるほどしか行ったことがありません。お母さんに、吉野市は遠いからひとりで遊びに行っちゃいけませんと、いつもきびしく言われているからです。

     「あの駄菓子屋さん、また行きたいなあ」

    でも、かよ子は一度だけお兄ちゃんといっしょにこっそり遠出して、吉野市まで遊びに行ったことがあります。吉野市には、年季の入った古い駄菓子屋さんがあります。他では見つからないような、めずらしくておいしい駄菓子がたくさんあって、かよ子はお小遣いを使いすぎないようにするのが大変でした。お店にいたおばあさんも優しい人で、あまりおばあちゃんの家に遊びにいけないかよ子から見ると、本物のおばあちゃんみたいでした。お兄ちゃんもとても楽しそうでした。

    駄菓子屋さんはとっても楽しかったので、かよ子はまた行ってみたいなあ、と思っています。だから、学校へ行くときも吉野市につながる方の道をちらちら見るのですが、お母さんに怒られるのでやっぱり行けません。いっそのこと、生き物係なんてさぼって、駄菓子屋さんに遊びに行っちゃおうかな、なんて思ったりしますけど、かよ子にそんな度胸があるはずもなく。

     「生き物係、やだなあ」

    ため息といっしょにそうぼやくのがやっとやっと、なのでした。

     



     

    ランドセルを揺らしながら学校まで歩いて、校門をくぐります。時間が早いので、まだ先生は外に立っていません。普段ならあいさつをするところなのですけど、今は誰もいませんので、静かに中へ入ってゆきました。めざす鳥小屋は、ここからもうちょっと歩かなければいけません。かよ子はこわごわ、おそるおそる、鳥小屋を探して歩きます。

    歩いているうちに、ちゅんちゅんとポッポの鳴く声が聞こえてきました。かよ子がきょろきょろ近くを見回すと、小さな小屋があるではありませんか。あれこそ鳥小屋に間違いありません。すぐにとびらの前までやってきますが、それきりかよ子は動かなくなってしまいます。中に入らないといけないのですが、ポケモンにさわることに慣れていないせいで、どうにも気おくれしてしまいます。どうしようかな、どうしようかなと、鳥小屋の前でうろうろしていたかよ子でしたけれども。

     「あっ、かよ子。もう来てたんだ、早いなあ」
     「大介くん。おはよう」

    ちょうどいい具合に、相方の大介くんが現れました。ここまで走ってきたみたいで、汗をびっしょりかいています。いつもみたいに遅刻しそうだったけれども、どうにか間に合ったというところでしょうか。かよ子は大介くんが来てくれたおかげで、すっかり元気を取り戻しました。

     「じゃあ、中に入って様子を見てみようか」

    かよ子が「とびらを開けて」とお願いする前に、大介くんはあっさり開けてしまいました。迷っていたかよ子には、もう大助りです。大介くんはねぼすけさんでしたが、起きていれば結構頼りになる男の子なのです。

    ふたりでいっしょに鳥小屋の中に入って、まっさきに目に飛びこんできたのが、地面をぱたぱたハネている小さなポッポたちでした。かよ子が数をかぞえてみると、ポッポは三羽いるみたいです。入ってきたかよ子と大介を見て、目をまん丸くしているのが分かります。しばらくじーっと見つめて、ふたりが「お世話をしてくれる人」だと分かると、ごはんちょうだい、お水ちょうだい、なんて言っていそうな鳴き声を、代わる代わる上げました。

     「ごはんほしいみたい。どこにあったっけ?」
     「ここの裏にあるってさ。一学期にやってたあっくんから聞いたんだ」

    ポッポはとてもおとなしくて、こっちの言うこともちゃんと聞いてくれそうです。最初はどうなることかと思いましたけど、これならしっかりお世話ができそうです。ほっと一安心、そう思って、裏にあるというポッポのごはんを取りにいこうとしたかよ子でしたが、その時ちょうど、小屋の奥に別のポケモンがいるのを見つけました。

     「あのポケモン、なんだろう?」

    かよ子が見つけたのは、ちょっと大きなヒヨコみたいなポケモンでした。木の箱に細かくちぎった古新聞をしきつめた手作りのベッドに大の字で寝っ転がっていて、なんだかとっても堂々としています。朝はポッポたちよりも遅いみたいで、目を糸みたいにしてグースカ眠っています。かよ子が静かに近づいてみると、なかなか愛嬌のある姿かたちをしていました。

     「俺知ってるよ。こいつ、アチャモだよ」
     「へえ、アチャモっていうんだ。どんなポケモン?」

    ヒヨコみたいなポケモンは「アチャモ」という名前のようです。となりで見ていた大介くんが教えてくれました。興味をもったかよ子が尋ねてみると、大介くんは得意げにかよ子に話してくれました。

     「ここから離れた場所にある、ええっと、ホウエンってところにたくさん住んでるんだ」
     「あっ、知ってるよ。ここからだと、飛行機とかに乗らないといけないよね」
     「そうそう。で、人なつっこくて元気がいいから、初めてポケモンをもらう人はアチャモにすることが多いんだって」
     「こっちで言う、ヒノアラシみたいだね」
     「うん。今はまだこんな風にちまっこいけど、いっぱいバトルして進化すると、すっげーかっこよくなるんだぜ!」
     「今はヒヨコだから、ニワトリになるのかな?」
     「そんな感じだったな。これみんな、ホウエンに住んでるいとこの姉ちゃんから教えてもらったんだ」
     「ふぅーん、そうだったんだ。教えてくれてありがとう。この子、かわいいね」

    大介くんからアチャモについてくわしく教えてもらって、かよ子はすっかり感心してうなづきました。確かにかわいらしい見た目をしていて、人なつっこそうな感じもします。進化したらかっこよくなるみたいですけど、かよ子はかっこいいものよりかわいいものの方が好きだったので、このままの方がいいなあ、と思いました。

    ふたりが話をしていると、一匹でのんびり眠っていたアチャモが、もぞもぞと動き始めました。体をのっそり起こして、眠たそうに目を細めながらふるふると首をふっています。やがて、アチャモはかよ子とはたと目が合いました。あっ、とかよ子が気付いて目を大きく開けると、アチャモもかよ子をじぃーっと見つめはじめ……

     (ぴょんっ)

    ……と、思いきや、アチャモが急にベッドから飛び上がって、小さな足でちょこまか走り始めたのです。えっ、と面食らったかよ子が思わず後ろを振り向くと、入ってきたときに開けたとびらがそのままになっているではありませんか。アチャモは開けっぱなしのとびらから、外へ逃げ出そうとしていました。

     「こらっ、待てっ!」

    大介くんがとっさに気を利かせて、走っていたアチャモをむんずと捕まえます。アチャモは大介くんに捕まえられたのが嫌だったのか、じたばた暴れてとにかく手が付けられません。その暴れん坊ぶりといったら、やんちゃだったかよ子の従兄弟の公太郎くんがおとなしく見えてしまうほどでした。目をまん丸くしてびっくりしたかよ子は、アチャモをおとなしくさせようとがんばる大介くんの横で、おそるおそる開けっぱなしのとびらを閉めることしかできませんでした。

    けれど、アチャモにはそれが効いたみたいでした。とびらが閉まったのを見るとすっかりあきらめてしまって、大介くんの腕の中で暴れるのをやめました。大介くんが地面へ置いてあげると、ふてくされながらしぶしぶ元の手作りベッドまで戻って、また大の字になってグーグー眠り始めてしまいました。誰がどう見たって、完全なふて寝でした。

     「びっくりしたあ。急に逃げようとするなんて。すごい暴れん坊ね」
     「きっと外に出たがってるんだ。でも、勝手に出しちゃいけないからなあ」

    かわいいヒヨコだと思ったら、その正体はとんでもないやんちゃ坊主だったのでした。

     (生き物係、ちゃんとできるかなあ)

    両腕をいっぱいに広げて寝ているアチャモはまるで怖いものなしとでも言いそうな顔つきをしていて、かよ子は今から早速先が思いやられるのでした。

     

    ひと騒動ありましたが、かよ子は生き物係のお仕事をすることにしました。裏手から持ってきたふたつの袋には、それぞれポッポにあげるごはんとアチャモにあげるごはんが入っています。アチャモはあんな調子ですからちょっとしり込みしてしまって、とりあえずポッポに朝ごはんをあげることにしました。かよ子が手のひらで少しポケモンフーズをすくって、ポッポに差し出します。

     「ほら、ポッポちゃん。ごはん、ごはん」

    ごはん、と聞いたポッポはすぐさま気がついて、ちゅんちゅん鳴きながらかよ子の側までハネていきます。手のひらに顔を近づけて、そのままごはんを食べようとしますが……

     「どうしたの? 食べないの?」
     「かよ子、見てみろよ。あいつがこっちをにらんでるんだ」

    振り向いてみると、さっきまでふて寝をしていたはずのアチャモがいつの間にか目を覚ましていて、ごはんを食べようとしているポッポをじとーっとにらみつけています。自分よりも先にポッポがごはんを食べようとしているのが気に入らないのでしょう。アチャモににらまれたポッポはすっかりすくみ上がってしまって、ごはんを食べたいのに食べられません。ポッポがかわいそうになったかよ子は、こわごわながらアチャモとポッポの間に入って、アチャモの目がポッポに届かないようにしてあげました。ポッポはようやく安心して、かよ子の手からポケモンフーズを食べはじめました。

    さて、なんとかポッポには朝ごはんをあげることができましたが、問題はあのやんちゃ坊主です。かよ子がポッポにごはんをあげながら、困ったように後ろを振り向き振り向きしていると、大介くんがどんと胸を叩いて「アチャモは俺にまかせとけ」と力強く言いました。ここは、男の子の大介くんにお願いしましょう。

    大介くんはアチャモの食べるごはんをかよ子と同じようにに手ですくって、アチャモの前に持っていきます。が、アチャモはぷいとそっぽを向いてしまって、ぜんぜん食べようとしません。大介くんは何べんもアチャモに食べさせようとしますが、右へ左へ首を振られるばかりです。

    しょうがないなあ、と言いながら、大介くんはアチャモのベッドの近くにあったごはん皿を持って、そこに手からごはんを移しました。手をぱたぱた払って、ごはん皿をアチャモの前へ置きました。ところが……

     「ちゃも!」
     「あっ、こら! こいつ、何すんだ!」

    威勢よく声をあげて、アチャモはごはん皿を豪快に蹴とばしてしまいました。ごはん皿はもちろんひっくり返って、ごはんが周りに飛びちります。もうこうなってしまうと、大介くんといえどどうしようもありません。お手上げ、といった感じで困った顔をしていると、アチャモはふんぞり返るとふん、と大きく鼻を鳴らして、またまた自分のベッドでふて寝をはじめてしまうのでした。

     「どうしよう、大介くん」
     「これじゃ、どうしようもないよ。アチャモは火も吹くから、怒ったらもっと手が付けられないんだ」
     「えっ!? アチャモって、火を吹くの?」
     「そうだよ。これが結構あなどれないんだ」

    大介くんがかよ子に説明します。アチャモは体の中に「ほのおぶくろ」を持っていること、そこで火を起こして口から吐き出すことができること、アチャモの炎は見かけによらずとっても強いこと……などなど。聞けば聞くほど、アチャモは見かけによらずものすごい力を持っていることが分かってしまいました。

     「火が使えるなんて……ぜったい危ないよ」

    わんぱくなだけじゃなくて、危なっかしい火まで吐いちゃうなんて聞いて、かよ子はますます怖気づくしかありませんでした。

    アチャモがちゃんと眠っているのを見てから、ひっくり返されたごはん皿を元に戻してごはんを入れなおし、お水を新しいものに変えてから、かよ子と大介くんは顔を見合わせます。ふたりして「これでいいよね」「こうするしかないよね」と言い合って、うんうんとうなづき合って、それからそそくさと鳥小屋を出て行ったのでした。

     



     

    廊下にある手洗い場できちんと手を洗って、かよ子は自分の教室へ入りました。いつもよりも早く学校へ来たかよ子でしたけど、鳥小屋でずいぶん手こずってしまって時間がかかったので、もう登校してきているクラスメートが何人もいます。その中には、かよ子のお友達のひとりである由香里ちゃんの姿もありました。由香里ちゃんの周りには何人か別のお友達が集まっていて、みんなで何やらおしゃべりをしています。

     「ゆかちゃん、それってミクちゃんだよね?」
     「そうそう! こないだね、お姉ちゃんからもらったんだよ」

    かよ子がちょっと気になって由香里ちゃんの方を見てみると、由香里ちゃんのランドセルに女の子の小さな人形が吊り下げられているのが見えました。どうやら、みんなそれに興味を持っているみたいです。

     「せんぼんざくらー、よるにまぎれー」
     「きみのこーえもー、とどかないよー」
     「ここはうーたげー、はがねのおりー」
     「そのだんとうだいで、みおろしてー」

    わいわい騒いでいたお友達たちでしたが、由香里ちゃんが急に歌を歌いはじめると、みんなもそれに合わせていっしょに歌いました。

    『さんぜんせーかいー、とこよのやみー』
    『なげくうーたもー、きこえないよー』
    『せいらんのそらー、はるかかなたー』
    『そのこうせんじゅうで、うちぬいてー!』

    サビの部分をみんなで歌い終わると、由香里ちゃんはニコニコ笑いながら、さっきの続きを話し始めました。

     「お姉ちゃんがね、部屋でノートパソコン使って動画見てたんだけど、そしたらさっきの曲が聞こえてきて、それがすごいかっこよかったの!」
     「『千本桜』!」
     「初音ミクの歌!」
     「それそれ! それでね、気に入って鼻歌歌ってたら、お姉ちゃんが気付いて、いっしょに見ようって言われたの!」

    ランドセルの中から教科書とノートを出しながら、こっそり聞き耳を立てておしゃべりを聞いていたかよ子でしたが、由香里ちゃんのお友達のひとりが初音ミクと言ったのを耳にして、それならかよ子も知ってる、と心の中で手をポンと叩きました。

    前に別のお友達の家へ遊びに行ったときのことです。「おもしろい動画を見つけたよ」と言われて、お友達が使っていたパソコンでその動画を見せてもらいました。プリンと初音ミクがいっしょに歌を歌っている手作りのアニメに合わせて、ふたつの声がうまく重なり合っていたすてきな動画でした。あんまりすてきだったので、かよ子はそのことを今でもはっきりと覚えています。

    ですので、かよ子は初音ミクと聞くと、自然といっしょにプリンを思い出します。そして、プリンを思い浮かべると続けて出てくるのが、いつもかよ子の棚に座っているカービィです。プリンとカービィ、ピンクでまるくてかわいらしくて、そして歌を歌うのが大好きなのがいっしょです。でも、プリンの歌はとってもきれいで、思わず眠ってしまいそうになるくらいですが、カービィの歌はまったく逆のとんでもない音痴で、その威力といったら、デデデ大王のお城をこわしてしまうほどです。ちなみに、かよ子はプリンもカービィも好きですが、どっちかひとつと言われたら、カービィの方が好きだったりします。

     (プリンにカービィ、どっちもスマブラで戦ってたけ)

    お兄ちゃんはWiiとスマブラXを持っていて、かよ子もいっしょに遊んでいました。かよ子が使うのはもちろんカービィでしたが、お兄ちゃんはルカリオをよく使っていたのを覚えています。お兄ちゃんは上手でとっても強かったので、かよ子ではぜんぜん勝てませんでした。なので、よくふたりでチームを組んで、コンピュータがあやつる敵をやっつけたものです。これならケンカになりませんし、たまにかよ子がうまく決めると、お兄ちゃんは「うまいぞかよ子」と褒めてくれたものです。

    そんな風にして、かよ子はお兄ちゃんとスマブラXで遊んでいましたけど、実はひとつ、ずーっと気になっていることがあります。

     (ゲームに出てくるカービィと、ポケモンのピカチュウとか、プリンとか、ルカリオとかがいっしょに戦ってるのって、なんかふしぎ)

    カービィはゲームの中のキャラクターで、ゲームの中にある世界で活躍します。でも、テレビや本でしか見たことのないルカリオはともかく、ピカチュウやプリンはかよ子も実物を見たことがあります。カービィとそんなポケモンたちがいっしょになって戦っているのが、かよ子にはずいぶん変わったものに見えていました。言ってみれば、アニメとかマンガとかの世界で、実物の人が動いているような感じがしたものでした。

     「ゆかちゃんのお姉ちゃんって、今も家にいるの?」
     「うん。五年生になったらトレーナーになって、モコちゃんといっしょに旅に出ようって思ってたんだけど、お母さんとお父さんに『このまま家にいて勉強してほしい』ってお願いされて、それでやめにしたんだって」
     「そうなんだあ。さくらのお姉ちゃん、五年生になったら、すぐに家から出て行っちゃったよ」
     「あたしもあたしもー。パパとママが『旅に出てほしい』って言ってたの見たー」
     「お姉ちゃんね、中学受験するかわりに、さっきのノートパソコン買ってもらったんだよ」
     「あっ、それ、わたしのいとこのお兄ちゃんもしなさいって言われてた! 中学受験!」
     「こっちもこっちも!」

    かよ子の家にもリビングにパソコンがありましたが、ちょっと型が古くてのんびり屋なので、かよ子はあまり触ったことがありません。お母さんがたまに立ち上げて、エクセルとかワードをいじっているのを見るくらいです。そういえば、中学受験がどうとかって、お母さんも言っていたような……そんなことを考えながら、またいつものようにぼーっとしていると、あっという間にチャイムが鳴る時間になって、担任の先生が教室に入ってきました。

    先生があいさつをしてから、朝の会を始めます。

     「ここにいるみんなは、火遊びをしたりしていませんよね?」

    みんなが「してないよ」「してない、してない」と口々に言っているのを見た先生は「よろしい」とうなづいてから、どうしてこんなことを訊いたのかを話しました。

     「最近、ここから少し離れた別の小学校で、子どもが自分の家で火遊びをしたんです」
     「さいわい、すぐに大人の人が見つけて、部屋を少し焼いただけで済みました。ケガもなかったそうです」
     「けれど、もし見つかるのがちょっとでも遅れていたら、家を全部焼いてしまう、大きな火事になっていたかも知れません」

    先生は「子供が火遊びをしたおかげで、家が火事になりかけた」という大事なお話をしていますが、かよ子ったら、すっかりうわの空で、ちゃんとお話を聞いていません。先生から見えていないのをいいことに、ノートのすみっこでラクガキをしています。描いているのは、ポンポンの付いた帽子をかぶって、大きな剣を持ったカービィの絵です。目つきをちょっとキリッとさせると、いつもはぽよぽよとかわいらしいカービィが、なんだかずいぶん勇ましく見えます。

    お兄ちゃんとはスマブラXでもよく遊びましたが、Wiiのカービィも同じくらい遊んでいました。かよ子とお兄ちゃんが1P2Pで協力して、いろんな仕掛けのあるステージをクリアしていくのです。こういうのだと、決まって年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんが1Pを取って、弟や妹はいつも2Pにされちゃうものなのですが、ちょっと変わったことに、かよ子とお兄ちゃんの場合は逆で、かよ子が1Pで、お兄ちゃんが2Pになることがほとんどでした。というのも、お兄ちゃんはカービィよりもメタナイトが使いたかったのですが、メタナイトは2Pでないと使えなかったからです。1Pは大好きなカービィの指定席だったので、かよ子にとってもうれしいことでした。

    かよ子もこれはなかなか上手で、ほとんどのステージはちゃんとクリアできましたし、手ごわいボスにだって負けませんでしたけど、最後の最後に戦うボスだけは、どうしても倒せませんでした。というのも――これでおしまいだと思って倒した敵がよみがえって、悪い夢に出てきそうなくらいおそろしい姿に変身してしまったのですが、かよ子はこれがもう怖くて怖くて、それ以上ゲームを続けられなくなってしまうくらい怖がってしまいました。しょうがないのでこの時だけカービィを代わってもらって、お兄ちゃんが最後のボスをきちんとやっつけるまで目をしっかり閉じて、おまけに両手で耳をふさいでいたくらいです。

    お兄ちゃんはへっちゃらで、あの怖い怖いボスもやっつけてたなあ……なんて、かよ子が考え事をしている間も、先生のお話はしっかり続いています。

     「みんなはしないと思いますけど、火遊びは絶対にしてはいけませんよ。とても危ないですし、命に関わります」
     「それと、家でほのおポケモンを飼っている人は、大人の人といっしょにきちんとしつけて、むやみに火を使わせないようにしてくださいね」

    先生からお願いをされて、聞いていたクラスのみんながばらばらに「はい」「はい」「はーい」と返事をします。

     「はぁーい」

    かよ子もみんなに合わせるように、いつもの間延びした声で答えるのでした。

     



     

    学校の授業がおしまいになると、今日もまた塾があります。昨日は算数で、今日は国語の日です。自転車のカゴに入った塾用のカバンをカタカタゆらして、かよ子はいつも通り塾まで走ります。二時間みっちり勉強でやっぱり大変な塾ですけど、不思議なことに、かよ子は昨日に比べてうれしそうな顔をしています。何かいいことがあるのでしょうか。

    自転車を止めて教室へ入ると、いつも座っている席をすばやく取りました。ふう、と一息ついてから、机の上に置いたカバンからちょっと厚めの文庫本を取り出します。表紙には「放課後の時間割」という題名があって、若い男の人の背中と、イスにすわって男の人に話をする変わったネズミの絵が描かれています。これは塾の国語で使う課題図書で、ちょうどかよ子くらいの子どもに向けて書かれた児童文学です。塾でもらった本だからきっと難しくて退屈に違いないと思って、かよ子は最初読む気がしませんでしたけど、宿題をするためにしぶしぶ読んでみるとこれがなかなかおもしろくって、あっという間に全部読んでしまいました。すっかり気に入って、もう三回も読み直しているくらいです。

    塾の授業が始まるまでの暇つぶしに、かよ子が文庫本を開いて読み始めました。途中から10ページほど読んで、これから次のお話が始まる、というところで、おとなりに誰かが座るのが見えて、かよ子は顔を上げました。

     「あっ、一博くん」
     「かよ子ちゃん、こんばんは」

    一博くんはカバンを置いてイスを引くと、そっと静かに腰かけました。一博くんを迎えたかよ子はすっかりご機嫌で、ニコニコ笑っておとなりに釘づけです。かよ子だけじゃなくて、一博くんもうれしいみたいで、同じようにほほえんでいます。ふたりとも、なんだかとっても楽しそう。

    かよ子と一博くんがふたりしてちょっぴりずつイスを引いて、おたがいにもっと近寄り合います。かよ子が笑うと、一博くんもにっこり。やっぱり、いつもよりずっと楽しそうです。

     「かよ子ちゃん、宿題やってきた?」
     「もちろん、ちゃんとやってきたよ。国語は算数よりもかんたんだし」
     「すごいよかよ子ちゃん。僕は国語の方が苦手かなあ」

    さっきから、かよ子はずっとニコニコしっぱなし。一博くんとおしゃべりするのが、よっぽど楽しいみたいです。

     「一博くんは、今日も電車に乗って来たの?」
     「そうだよ。ほら、これが定期券」
     「わあ、ホント。吉野市役所前駅から、わかば市駅って書いてある」

    使い古されて少し文字の消えかかった定期券を見せてもらって、かよ子がおどろいたように声をあげました。

    一博くんは吉野市に家があって、そこから電車に乗ってこの塾まで通っています。吉野市にもいくつか塾はありますけども、残念なことに、一博くんに合う塾は見つからなかったとか。もう少し探してみると、かよ子が通っている塾の評判がよかったので、家からはちょっと遠いですが、ここに通うようにしたそうです。

     「今日はシャーペンと消しゴムある? また、いつでも貸したげるからね」
     「ありがとう、かよ子ちゃん。大丈夫、今日はちゃんと持ってきたよ」

    かよ子と一博くんがなかよしになったのは、ちょうど半年くらい前のことでした。その日急いで塾に来た一博くんは、筆記用具を持ってくるのを忘れてしまいました。どうしよう、どうしよう、と困っていた一博くんを見たかよ子が、持っていたシャープペンシルと消しゴムを貸してあげたのです。ひかえめで内気なかよ子ですけど、こんな風に困っている子は放っておけなくって、意外と優しいところもあるのです。かよ子から書くものを貸してもらって、一博くんはとっても助かりました。「ありがとう」とお礼を言って、それからふたりはすぐになかよくなりました。

     「今日は電車に乗ってるときに、ハネッコやポポッコがたくさん集まって、みんなで空をとんでるのを見たんだ。ハネッコもポポッコも、かわいいね」
     「うん、お花みたいでかわいいよね。かよ子も見たかったなあ」

    塾にいるとは思えないくらい、かよこは本当に楽しそうにしています。一博くんはもちろん男子ですけど、乱暴だったり、がさつだったり、やんちゃだったり、うるさかったりするところがこれっぽっちもなくて、いつでもやさしいおだやかな雰囲気につつまれています。周りにいる他の男子よりもうんと大人っぽくて、かよ子はいっしょにいるととても楽しい気持ちになったのです。ですから、かよ子は一博くんのことが大好きでした。一博くんの方もかよ子とおしゃべりをするのを楽しみにしてくれていて、同じようにかよ子のことがとっても好きみたいです。

    ただ、ひとつ残念なことがありました。一週間のうち、かよ子は火曜日・水曜日・金曜日に塾へ通っています。いっぽう一博くんの方はと言うと、これが月曜日・水曜日・木曜日なんです。ふたりの通う日がずれていて、いっしょになるのはこの水曜日だけなのでした。ご覧のとおり週に一度だけなので、かよ子はそれだけがとても残念でした。ふたりとも、もっといっしょにおしゃべりしたり遊んだりしたいと思っているのですが、なかなかうまくいきません。

     (もっとたくさん、一博くんといっしょにいたいなあ)

    一博くんの目を見ながら、かよ子はそんな風に考えるのでした。

     



     

    さてさて。生き物係になったかよ子は、あれから毎日朝早くに家を出て、鳥小屋でポッポとアチャモのお世話をしてあげているのですが……。

     「ちょっと待って、待ってったら!」
     「ちゃもちゃもー!」

    おとなしいポッポはともかく、アチャモはちっとも言うことを聞いてくれません。鳥小屋の中をちょこまかちょこまかすばしっこく走り回って、のろまなかよ子では触ることもできません。アチャモを追いかけて同じ場所を何べんもぐるぐる回っているうちに、かよ子はすっかりへとへとになってしまいました。

    アチャモはとってもやんちゃですから、ただ走り回るだけじゃありません。休んでいるポッポを後ろからくちばしで突っついたり、水を飲もうとしているところをひょいっと横取りしたりと、ちょっかいも出し放題です。ポッポはケンカをしたがらない性格ですから、アチャモにいたずらされても仕返しするどころか、ますますちぢこまってしまいます。

     「もう! いたずらするんじゃないのー!」
     「ちゃもー!」

    あんまりいたずらが過ぎるので、かよ子はとうとう怒ってしまって、アチャモを捕まえようとますます気合いを入れて走り回ります。ですが、やっぱりアチャモはすばしっこくて、うまくいきそうにありません。

     「ちゃもっ」
     「こらー! ひとの頭に乗らないでー!」

    かよ子が屈み込んだときをねらって、頭の上にぴょんっと乗っかって休んでみたり。

     「よーし、ここまできたら、もう逃げられないんだからね。つかまえたー!」
     「ちゃもちゃもー」
     「あーっ! もう、こらー!」

    がんばってやっとすみっこまで追いつめたと思ったら、すまし顔でまたくぐりをしていったり。アチャモが逃げていくのを、かよ子が足の間からくやしそうに見つめています。

    いっしょに生き物係をしている大介くんも、かよ子と同じようなぐあいでした。暴れん坊のアチャモにやりたい放題いたずらされて、もうくたくたになっています。

     「これじゃ、どうしようもないよ」
     「ちっこいくせに、好き放題しやがって」

    お皿に盛られたごはんをひとりでのんびり食べているアチャモから、ポッポたちをちょっとでも安全なところへ避難させるのが、ふたりにできる精いっぱいのことなのでした。

    それからしばらくして、アチャモが派手に食べちらかしたごはんをホウキとちり取りで片付けながら、はぁーっ、と、かよ子はそれはそれは大きなため息をつきます。お行儀の悪いアチャモはと言うと、たくさん遊んでたくさん食べたので、ちょっと眠くなったみたいです。いつも通り、ベッドで大の字になって、気持ちよさそうに寝ています。やんちゃ坊主が静かにしている間に、大急ぎで鳥小屋のお掃除をして、ポッポのお世話をしてあげます。

     「まったく、なんでこんなに暴れん坊なんだろうな」
     「ホント、毎日たいへんだよ」
     「俺、もう生き物係やだよ」
     「かよ子だって、もうたくさん」

    こんなドタバタが毎日のように続くので、かよ子も大介くんもすっかり参ってしまいました。

     



     

    そんなある日のことです。かよ子はお母さんとふたりでテーブルについて、いっしょにごはんを食べています。献立はかよ子の好きなカレーです。プラスチックの入れ物から福神漬けをよそって、お皿のすみっこに盛り付けるのも忘れません。

    今日は塾がないので、家でゆっくりしていられます。大好きなカレーをたくさん食べて、早めにお風呂に入って、部屋でちょっとのんびりしようかな。

     「ねえかよ子、最近ずいぶん早起きしてるけど、何かあったの?」

    ……なんて、かよ子が考えていると、急にお母さんから質問が飛んできました。かよ子は口の中でもぐもぐしていたカレーを慌てて飲み込むと、お母さんからの質問に答えました。

     「だって、生き物係しなきゃいけないから」
     「あら、生き物係になったの? いつから? 二学期になってから?」

    あーあ、お母さんの質問攻めが始まっちゃった。そう思いながら、かよ子がスプーンをお皿の上にカランと置きました。

     「じゃあ今は、どんな生き物のお世話をしてるの?」
     「ポッポとアチャモ」
     「えっ、ポッポとアチャモ? かよ子はポケモンの面倒を見てるってこと?」
     「うん」
     「どうしてそういうことを早く言わないの。ちゃんと言わなきゃダメでしょ」

    だって、塾とか宿題とかで忙しかったし、お母さんだって聞いてくれなかったし――かよ子は思わずそんなことを言ってしまいそうになって、慌ててお口にチャックをしました。こんなことを言おうものなら、きっとまたお母さんからお小言を言われるに違いありません。そうなると一段とうんざりしちゃうので、かよ子は絶対に言わないことにしました。

    かよ子がそのままだまっているのを見たお母さんは、構わずに言いたいことをどんどん言っていきます。

     「ねえかよ子、聞いてちょうだい。大事な話だから」
     「ポケモンはね、とっても危ないの。力だって強いし、凶暴なポケモンも多いのよ」

    でも、ポッポはおとなしいよ、と、心の中でちょっと言い返してみます。

     「軽い気持ちでポケモンに関わって、大ケガをした人だっているわ。お母さんの知ってる人にもいたもの」
     「それにアチャモなんて、火を吹くじゃない。火傷なんかしたら、大変だわ」

    勢いよくまくしたてるお母さんに、かよ子はちょっとげんなりしながらも、一応ちゃんと聞いているふりはしておきます。

     「大体、学校でポケモンに触れさせるのがおかしいわ。学校は勉強をするところのはずよ」
     「PTAでも『ポケモンに関わる行事は減らしてください』ってお願いしてるのに、どうして聞いてくれないのかしら」

    そう言えば、お母さんはPTAの役員をしていたのを、かよ子はふと思い出しました。PTAがどんなものか、かよ子にはさっぱり分かりませんでしたけど、お母さんの話を聞くと、学校の先生に保護者から何かお願いをしたりする会のようでした。お母さんが先生に何かヘンなことを言ったりしていないかと、かよ子はちょっと不安になりました。

     「とにかく、かよ子はポケモンに関わっちゃいけません」
     「生き物係だって、すぐにやめる方がいいわ。岡本先生に言って、係を変えてもらおうかしら」

    いいよ、いいよと、かよ子は首を左右に振ります。わざわざお母さんが学校へ出て行って、先生に「係を変えてください」なんて言うところを思い浮かべたら、まるでかよ子がわがままを言って係を変えてもらったみたいです。ややこしくなるので、もうお母さんには静かにしておいてほしいと、かよ子は心から思いました。

    せっかくのんびりできると思ったのに、また面倒くさいことになっちゃった。お皿のカレーライスをスプーンでつっつきながら、かよ子は口をへの字に曲げるのでした。

     



     

    かよ子が生き物係になって、三週間くらいが経ちました。今日もどうにかポッポとアチャモのお世話を済ませて、かよ子が鳥小屋から出てきました。アチャモはいつも通り大暴れのやんちゃし放題で、かよ子は朝からすっかりくたくたです。しかも、今日の一時間目は体育の授業。体を動かすのが苦手なかよ子は、ますますぐったりしてしまいます。

    げんなりした顔をしてふらふら歩いているかよ子の後ろから、誰かが近づいて来ています。だいぶ側によっても気がつかないかよ子に、その子は元気な声をあげて呼び掛けました。

     「おはよ! かよちゃん!」
     「ひろ美ちゃん、おはよう。今日も元気でうらやましいよ」
     「違うよ、かよちゃんが元気なさすぎなんだよ」
     「えー」

    後ろからあいさつをしてきた子は、「ひろ美」ちゃんといいます。かよ子の言う通り、元気が取り柄の明るいちゃきちゃきした子です。かよ子と性格は正反対ですけど、家が近く同士だったので幼稚園の頃からよくいっしょに遊んでいて、かよ子のいちばんのお友達です。

     「かよちゃん、ずいぶん朝早いね。何かあったっけ?」
     「生き物係だよー。やりたくなかったのに、なんか知らない間になっちゃってた」
     「あっ、そうだったそうだった。かよちゃん生き物係だったね」
     「ひろ美ちゃんは体育係だったっけ。運動場に白線ひいたりするの」
     「そうそう。あたし体育好きだし」

    ひろ美ちゃんは運動が得意です。町内会のキックベースクラブに入っていて、土曜日になると朝から元気に公園を走り回っています。「かよちゃんもやろうよ」とちょくちょく誘っていますが、かよ子は家で本を読んだりゲームをしたりしている方が楽しかったので、いつも遠慮してばかりでした。

     「けどいいなー、生き物係。あたしもやりたかった」
     「ええー。そんなの、いっぺんやったら絶対思わなくなるよ」
     「ポケモン触ったりとか、ごはんあげたりできるんでしょ? 楽しそうじゃん」
     「楽しくないよ、ぜんぜん。ホントに毎日大変だもん。ひろ美ちゃんと代わってもらいたいくらい」
     「でも、あたしポケモン触れないし」
     「あ……そっか。ひろ美ちゃんは、ポケモンアレルギーだったっけ」

    かよ子の口から「ポケモンアレルギー」なる、ちょっと聞きなれない言葉が出てきました。

    ひろ美ちゃんは文字通りの健康優良児で、身体を動かすことは大得意です。ですが、生まれつき「ポケモンアレルギー」という少し変わったアレルギーを持っています。これは、ポケモンを触ったりなでたりすると、アレルギー反応が出てしまうというものです。

    他の食べ物や動物は平気なのですが、ポケモンだけはどうしてもダメでした。ひろ美ちゃんの場合、ポケモンは文字通りぜんぶのポケモンで、種類や大きさは関係ありません。どんなポケモンであっても、必ずアレルギー反応が出てしまうのです。さいわい、少しくらいなら触っても涙が出たり軽いじんましんが出たりするくらいで済みますが、ポケモンを抱いたりなでたりすることはとてもできません。ですので、ひろ美ちゃんはポケモンとあまりふれあえないのです。

     「翔太はアレルギーないから、家でイーブイなでたりしてるんだ。いっつもいいなーって思いながら見てるよ」
     「ひろ美ちゃんの家、イーブイ飼ってるの?」
     「ううん。うちで飼ってるというより、翔太が連れてる感じ。トレーナーズスクールで模擬戦やったりしてるし」

    翔太くんというのは、ひろ美ちゃんの二つ下の弟です。ひろ美ちゃんと違って翔太くんにはポケモンアレルギーが無くて、どんなポケモンも触ったりなでたりすることができます。学校とは別に、ポケモントレーナーになるための勉強をする「トレーナーズスクール」というところにも通っていて、相棒のイーブイといっしょに他の子と模擬戦をしたりしているそうです。

     「将来はプロのトレーナーになって、ポケモンリーグで優勝する、なんて言ってるわ」
     「じゃあ、五年生になったら旅に出るのかな?」
     「たぶんそうだと思う。お母さんったら翔太にかかりっきりで、すごい期待してるみたいだから」

    ごはんの献立はいっつも翔太の食べたいものだし、休みの日なんてあたしをほっとらかして、翔太だけ車で送り迎えしたりしてるんだから。ひろ美ちゃんはちょっと不満そうに口を尖らせて、お母さんが翔太くんにべったりなことをかよ子に教えてくれました。

    翔太くんが目指している「プロのポケモントレーナーになって、ポケモンリーグで優勝する」というのは、今の時代の子どもたちがいちばんにあげる夢です。並みいるライバルをみんななぎ倒して、かがやける王位につく。とても格好良くて、憧れる夢だと思います。かよ子は、お兄ちゃんもそんなことを言っていたのを覚えています。

    翔太くんとお兄ちゃん、どちらも同じ夢を持っています。でも、王位につけるのはひとりだけです。たったひとりだけなのです。じゃあ、どっちが夢をかなえるのでしょう? 夢をかなえられなかった方は、どうするのでしょう?

    かよ子がぼんやり考え事をしている横で、お母さんはそんな感じだけど、お父さんがよく遊び相手になってくれて、キックベースの試合だっていつも応援しにきてくれるから。少し表情をやわらかくして、そう付け加えました。考え事をやめたかよ子は、ひろ美ちゃんの話をうんうんと頷いて素直に聞いていました。

    もうすぐ教室というところで、ひろ美ちゃんがかよ子に言いました。

     「ねえ、かよちゃん。せっかくだから、もっとポケモンとなかよくなってみなよ」
     「あたしはポケモン触れないけど、かよちゃんは触れるでしょ」
     「別にトレーナーになんかならなくてもいいけど、ポケモンとなかよくできるのはいいことだし」
     「できるのにやらないのは、もったいないよ」

    生き物係のかよ子に、もっとポケモンとなかよくなってみたらいいよと、ひろ美ちゃんなりにアドバイスをします。かよ子はいつもみたいに口をへの字に曲げて、アチャモはやんちゃ坊主の暴れん坊で、仲良くなるなんてできっこないよ、と言いそうになりましたけども……

     (あっ、そういえば)

    ここでひとつ、鳥小屋でちょっと気になることがあったのを思い出しました。

     (昨日はアチャモ、なんか外ばっかり見てたっけ)

    それは昨日のことでした。アチャモはいつもと同じように自分の好きなようにしていましたけど、ポッポにいたずらしたり、かよ子を乗り物にしたりするようなことはしなくて、代わりにずーっと鳥小屋の外を見つめていました。広い広い青空を飛ぶスバメや、道端をひなたぼっこしながらのんびり歩いているのらニャースを目で追いかけてばかりで、かよ子や大介くんがどんなに呼び掛けてもぜんぜん答えなかったのです。

    その時は、おとなしくしてて助かるなあ、としか思っていませんでしたけど、ひろ美ちゃんに言われてちょっと振り返って見ると、かよ子はなんだか急に気になってきました。

     (アチャモ、何してたんだろ)

    外をじいっと見つめるアチャモの姿を思いだして、かよ子は少しふしぎな気持ちになるのでした。

     



     

    一週間がぐるりと回って、大変けれど楽しい、水曜日がやってきました。

    いつもより少し早く塾に来て、かよ子がいつも座っている席のおとなりを先に取っていた一博くん。塾に入ってくるなり一博くんの姿を見つけて、ぱあっとつぼみのひらいたチェリムのようなお顔のかよ子。ふたりともとても楽しそうで、見ているこちらまでうきうきしてきちゃいそうなくらいです。

     「かよ子ちゃんは学校で生き物係をやってるんだ。すごいね」
     「そんな、たいしたことじゃないよ。まだまだうまくできないし」
     「でも、ちゃんと毎日早起きして学校に行ってるんだよね。見習いたいな」

    かよ子は一博くんに、学校で生き物係をしていることを話しました。一博くんの通っている学校でもほとんど同じようなことをしていて、朝早く起きてポケモンのお世話をしにいくところまで同じみたいでした。一博くんのクラスでは「うさぎ小屋」にいるポケモンの面倒を見ていて、そこにはかわいらしいミミロルがいるそうです。

     「みんなミミちゃんのこと大好きでさ、生き物係はすごい人気だったよ」
     「そうなんだ。ミミロルだったら、かわいくていいよね」

    一博くんの学校にいるミミロルのミミちゃんはとってもキュートで、みんなのアイドルです。それに比べてかよ子の学校のアチャモといったら、見てくれは結構かわいらしいですけれど、中身はもう大問題児。みんなが生き物係をやりたがらないのも納得のやんちゃくれです。

    生き物係の話から飛んで、一博くんが家で飼っているポケモンの話になりました。

     「母さんが子どもの時にポケモントレーナーをしてて、今も家でポケモン飼ってるんだ」
     「へえー。どんなポケモンなの?」
     「ええっと、スボミーとチュリネだよ。ほら、この写真に写ってる」

    僕の足元にちょこんといるのがチュリネで、母さんの腕の中でちんまり収まってるのがスボミーだよと、携帯電話で撮った写真を見せてくれながら、一博くんが詳しく教えてくれました。どちらもあざやかな緑色をしていて、やっぱりかわいらしいポケモンです。スボミーもチュリネも、心なしか顔つきがやさしくやわらかく見えます。一博くんやお母さんによく懐いているみたいですね。

     「元々くさポケモンを育てるのが得意だったから、いるのはくさポケモンばっかりなんだ」
     「ふたりとも、なんだかすごく幸せそう。一博くんとお母さん、いっぱいやさしくしてあげてるんだね」
     「うん、どっちもよく懐いてくれてるよ。僕もときどきお世話してるんだ」

    チュリネの頭に付いてる葉っぱはよく抜けて、抜けた葉っぱを料理に使ったりするんだ。苦いけど、食べると元気が出てくるよ、なんて具合で家で飼っているポケモンたちの様子を楽しげに話す一博くんに、かよ子はほほが緩みっぱなしのニコニコ笑顔でずっとうなづいていました。

     「母さんと父さんが共働きだから、僕はよくひとりで留守番をしてるけど、ふたりがいるから寂しくないよ」
     「一博くん、ちゃんとひとりでお留守番できるんだ、すごぉい」

    一博くんは吉野市にある大きな団地で暮らしていて、お父さんとお母さんは共働きでよく家を開けてしまうそうです。なので、ひとりでお留守番をすることが多いとか。かよ子もときどき家でひとりになることがありますけど、そんなに長い時間お留守番をしていたことはなくて、せいぜいお母さんのお仕事が遅くなって帰ってくるまで待っているくらいのものでした。そういうときはお母さんがいないのをいいことに、こっそりゲームをして遊ぶのがひそかな楽しみだったりします。

    しばらくお母さんがお世話をしているくさポケモンについてお話していた一博くんですが、ここで少し調子を改めました。

     「僕はくさポケモンも好きだよ。みんなかわいらしいし、育つのを見るのはすごく楽しい」
     「だけど僕、いつかほのおポケモンともなかよくなってみたいな」
     「きっと抱きしめると暖かくて、優しい気持ちになれるよ」

    ほのおポケモンという言葉を聞いて、かよ子は興味深そうに一博くんの話を聞いています。

     「炎って、もちろん『強い』って感じもするけど、でも、『あったかい』って感じもすると思うんだ」
     「寒いときは火に当たればあったかくなれるし、暗いときも火があれば明るくできて怖くなくなるよね」

    かよ子は一博くんの言葉を、ふしぎな気持ちで聞いていました。

    確かに炎は強い力を持っていて、気をつけないといけません。ですが、炎はただ強いだけじゃありません。人をあったかくしてくれて、暗いところを照らしてくれる存在でもあります。人にとってかけがえのない存在でもあるのです。

    クラスの男子がよく言っている「ほのおポケモンは強そうでかっこいいから好き」なんて感じの、いかにも分かりやすい、男の子っぽい考え方とは一味違う一博くんの言葉を、かよ子はかみしめるようにして聞きました。

     (やっぱり、一博くんってすてき)

    一博くんの別の一面を見て、かよ子は今までよりももっと一博くんのことが好きになったのでした。

     



     

    そんなこんなで迎えた、お休みの日のことです。今日は秋雨前線に見舞われて、外はあいにくの雨模様となってしまいましたが、かよ子は普段から家にいることの方が多いので、大して気にしていませんでした。

     「宿題おーわりっ。何しよっかなあ」

    朝のうちにさくさくと学校と塾の宿題を片付けてしまうと、かよ子はニンテンドー3DSを持って子ども部屋を出て行きました。することがない時は、お茶の間へ行ってテレビを見たりして過ごすのがお決まりのパターンでした。おもしろいテレビが無いときのために、ゲームをいっしょに持っていくのも忘れません。

    ソファのはしっこに座ると、かよ子はテレビを点けてチャンネルを送りはじめました。この時間はどのチャンネルも朝のワイドショーを流していて、チャンネルを変えても変えても同じように見えます。おじさんおばさんが小難しい顔をして、ああでもないこうでもないとおしゃべりをしている様子を見ていても、かよ子にとってはあんまりおもしろくありません。テレビはつまんないや、そう思いながらも、かよ子はぼーっと画面を見つづけています。

     「……際限なく増え続ける夢眠病患者は、過熱し続ける競争社会にさらされる、子どもたちの無言の反抗とも言えるのではないでしょうか」
     「では、次のテーマです。『オーバーライド・キュア』の提唱者が、先日発表された『スピリット・トランスファ』のプロジェクトリーダーである榎本博士を『非人間的』と強く批難しました。アプローチの異なるふたつのポケモンを用いた人体の治療法をめぐって、各界で波紋が広がって……」

    お昼からは何しよう、ゲームに出てくるアイテムのキーホルダーを集めてみようかな、なんてふわふわ考えながらチャンネルをぽちぽち変えていると、今までとはちょっと雰囲気の違う番組が始まりました。

     「ポケモンリーグ オータムカップ」

    テレビ画面のすみっこに出ているロゴはちっちゃくて見づらいですが、確かにそう書いてありました。オータムは「秋」って意味だよと、お兄ちゃんから教えてもらったのを思い出します。春夏秋冬の四回ポケモンリーグの大会があって、みんなそれに出場するんだ、そんなお話も聞いた気がします。これからきっと、オータムカップで行われたポケモンバトルの様子をテレビで流すのでしょう。

    かよ子はポケモンバトルが大好きだったお兄ちゃんと違って、バトルにはあんまり興味がありませんでした。お兄ちゃんが好きでテレビでよく見ていて、たまに公園でやっていた野試合なんかにも連れていかれましたけど、やっぱりおもしろさがよくわからなかったのです。別に嫌いではなかったですが、かじりついて見るほどでもない、といった具合でした。そういえば、通学路の途中にある中学校でも、ポケモンバトルをする部活動がありました。でもかよ子といったら、朝から練習してて大変そうだなあとか、夕方までトレーニングして疲れるだろうなあとか、お休みの日も試合で休めないなあとか、そんなことばかり考えていました。

     「かよ子、宿題は終わったの?」
     「もう終わったよー。学校も塾もー」

    お皿洗いを済ませたお母さんがキッチンから出てきて、開口一番「宿題は済ませたの」と聞きますが、かよ子は得意気に「もう終わったよ」と答えます。お母さんは「あら」ときょとんとした顔つきで、かよ子のいるお茶の間までやってきました。お母さんはそのままかよ子の近くまで歩いてきたのですが、ふっとテレビに目を向けたのが見えました。

    テレビではポケモントレーナーがふたり入場してきて、今にもバトルが始まろうとしています。かよ子が何の気なしにテレビを見ているのを目にしたお母さんが、さっとすばやく画面の前に立ちました。

     「もう宿題を済ませたなんて、えらいわ、かよ子。じゃあ、お母さんといっしょにWiiで遊びましょう」
     「いいの? やるやるー!」

    お母さんからWiiで遊ぼうと言われるのは珍しかったので、かよ子は喜んで賛成しました。どのゲームがいい? と聞かれて、かよ子は迷わずカービィを選びます。ちょうどディスクが入っていたままだったので、かよ子はリモコンを持ってストラップを手首にかけると、そのままゲームをスタートさせました。

     「かよ子が1Pでいい?」
     「ええ、いいわよ。お母さんはデデデ大王にするから」

    かよ子はもちろんお決まりのカービィですが、お母さんはちょっと意外なことに、デデデ大王を選びました。デデデ大王は攻撃力の高いハンマーが武器ですが、体がカービィより大きくて小回りがききにくいので、慣れないとちょっと操作が難しい中級者向けのキャラクターです。お母さんはちゃんと操作できるのでしょうか……

    ……と、思いきや。

     「わ、またお母さんに決められちゃった」
     「この敵は剣を振り下ろすまでに時間がかかるから、そこを狙うといいわ」

    大技を相手のスキにしっかり叩き込んだり。

     「ここは右を選べば、星や食べ物がたくさんもらえるのよ」
     「ホントだ。すっかり忘れちゃってた」

    コースの特徴を熟知していたり。

     「あっ、火の玉を連射してくる技!」
     「その技はガードしちゃいけないわ。空を飛んでかわすのが正解なの」

    ボスの強力な攻撃を華麗にかわしたりと、これがなかなかお上手。大ぶりなハンマーをかるがると操って、どんどん敵を倒していきます。自分よりも先へ進んでいることもしばしばあって、かよ子も感心することしきりなくらいです。

     「お母さん上手上手ー」
     「子どもの頃は、よくファミコンで遊んでたのよ。カービィも得意だったわね」
     「へぇー、カービィって、お母さんが小さい頃からあったんだ」
     「ええ。お母さんも好きだったから、かよ子といっしょに遊べてうれしいわ」

    その頃はデデデ大王は敵で、最後の方のボスで出てきたのよ……と、お母さんがかよ子に豆知識を披露して見せました。

    かよ子の操るカービィが、大きな剣を何度もふるってボスを豪快になぎ倒したところで、ふたりともちょっと休憩することにしました。今日は心なしかお母さんの機嫌が良さそうに見えるので、かよ子は前から気になっていたことをこっそり聞いてみました。

     「あのね、お母さん。この前3DSのカービィ買ってもらったときに、ポケモンXYはダメって言ってたけど、どうして?」
     「あ、かよ子は別にほしくないけど、カービィが大丈夫で、ポケモンがダメなのはどうしてって思って」

    聞きたかったのは、お母さんが前に言っていた「ポケモンXYはダメ」というのはどうしてか、ということでした。お母さんのご機嫌を損ねたくないので、「別にほしくない」と付け加えるのも忘れないあたりが、かよ子が意外にしっかりしている証拠です。

    かよ子がこんな風にちゃんと気を配ったので、訊ねられたお母さんは別に怒ったり不機嫌になったりすることもなく、かよ子の目を見つめながら、きちんとした態度で質問に答えました。

     「かよ子は、ゲームのポケモンがどんな風な内容か、知ってる?」
     「ポケモンを捕まえて、戦わせて、最後はチャンピオンになるっていう、そんなゲームよ」

    お友達がみんな遊んでいるので、かよ子だってそれくらいのことは知っていました。

     「あれはね、かよ子。よくないゲームなの。特に、かよ子みたいな子どもには」
     「現実にできることとそっくりだから、あんな風に簡単にトップになれるって、みんなそう思っちゃうの」
     「だけど、現実はそんなにうまく行かない。ゲームみたいには、うまく行かないの」
     「みんなを勘違いさせて、ダメな方向へ行かせちゃう」
     「勘違いして家を出て行って、外の世界で大変な目にあった人は、うんとたくさんいるわ」
     「お母さんが子どもの頃からずっと変わらない。本やテレビや映画だったのが、ただゲームに変わっただけなの」
     「お母さんは家のことをたくさんしなくちゃいけなかった。だから旅には出られなかったけど、きっとそれでよかったのよ」
     「だからね、かよ子。ポケモンのゲームはダメなの。かよ子は遊んじゃいけないの」

    お母さんがとっても真剣な様子で「ポケモンのゲームを遊んじゃいけない」と言うので、かよ子は流されるままうんうんとうなづきますけど、ここでちょっと心配になってきたことがあるので、恐る恐る聞き返してみました。

     「あのね、お母さん、お母さん。カービィは? カービィは大丈夫?」

    このままだと勢いあまって大好きなカービィまでばっさり禁止されちゃう気がして、かよ子は不安になって訊ねずにはいられませんでした。ゲームは全部ダメで、もっとたくさん勉強しなさいとか、毎日塾に行きなさいとか、そんな風になったらたまりません。3DSの方はせっかく最後のステージまでたどり着いて、後はデデデ大王をさらった黒幕のクモみたいな敵をやっつけるだけってところまで来ていたので、ちゃんとクリアしたかったのです。

    ところが、お母さんの答えは、かよ子にはちょっと意外なものでした。

     「大丈夫。カービィは、やりすぎなきゃいいわよ。かよ子はちゃんと勉強もしてくれるから、それは禁止したりしないわ」
     「ホントに?」
     「ええ。こんな風に、見ててちゃんと『ゲームだ』ってわかるから。だから、心配しなくてもいいのよ」

    お母さんはデデデ大王を動かして、すごく高いところからジャンプして飛び降りたり、ふわふわとホバリングをしたり、ハンマーをぶんぶん振り回したり、勢いをつけてハンマーを投げたりして、遊んでいる様子をかよ子に見せました。確かにお母さんの言うとおり、これはいかにも「ゲームだ」って感じがします。

     「お母さんはね、かよ子には家にいてほしいと思ってるの」
     「家にいて、学校に通って、きちんとした普通の子になってほしいの」
     「学校や塾でしっかり勉強をして、ちゃんとした仕事をする大人になるのが一番いいことなのよ」
     「かよ子には、お兄ちゃんみたいになってほしくないの」

    お兄ちゃんみたいにはなってほしくない。お母さんからそんな風に言われて、かよ子はとても複雑な気持ちになりました。

    かよ子には、お兄ちゃんみたいにポケモントレーナーになって、いろんなところを旅してみたいなんて気持ちはありません。お母さんが言うように、家にいて、学校に通って、勉強している方が合っている気がしています。でも、かよ子はお兄ちゃんのことが大好きです。やんちゃで男の子っぽいお兄ちゃんでしたけど、かよ子はお兄ちゃんにやさしくしてもらった思い出がいっぱいあります。お兄ちゃんはいつもかよ子を大事にしてくれていたのです。

    ですから、お母さんから「お兄ちゃんみたいにはならないでほしい」なんて言われると、お兄ちゃんがお母さんに嫌われているような気がして、そしてなんだかかよ子まで悪く言われているような気がして、とても悲しい気持ちになりました。

     「かよ子は家にいて、いい子にしててちょうだい」
     「いい? かよ子。お母さんとの約束よ」

    お母さんから「いい子にしてて」と言われて、かよ子は難しい顔をしながら、なんとなくうなづくことしかできなかったのでした。

     



     

    ちょっとした事件が起きたのは、いつものようにごはんを食べてから、家を出ようとしたまさにその時でした。

     「かよ子ー、大介くんのお母さんから電話よー」
     「えっ? 電話?」

    かよ子が玄関口から慌てて取って返して、お母さんから受話器を受け取ります。電話の向こうでは、大介くんのお母さんが申し訳なさそうな口調で、かよ子にこんなことを言ってきました。

     「実は、大介が具合を悪くしちゃって……今日は学校へ行けなさそうなの」
     「うそ!? 大介くんが!?」
     「毎日がんばって早起きしてたんだけど、無理してた分、急に疲れが出ちゃったみたいで……」

    まさしく晴天のへきれきというところでしょうか。無理がたたったのか、大介くんが体調を崩してしまって、学校へ行けそうにないというのです。連絡網だとずいぶん離れているかよ子に電話をしてきたのは、同じ生き物係だったからに違いありません。かよ子は頭をでっかいハンマーでぶん殴られたようなショックを受けました。

     (大介くんがお休みってことは……もしかして今日、かよ子がひとりでお世話するの!?)

    そう、そこが問題だったのです。

    生き物係のお仕事といえば、ポッポとアチャモの面倒を見ること。大介くんが来られないということは、かよ子がひとりで全部見てあげなきゃいけないということなのです。

     「……どうしよう。ひとりぼっちなんて」

    というわけで、かよ子はひとりで鳥小屋の前までやってきたのでした。

     「はあーあ、かよ子も休みたかったなあ」

    電話を受けたときはそんな風に思いましたけど、もうお母さんにしっかり朝ごはんを食べて、ランドセルもしょって、黄色帽子まできちんとかぶって学校へ行く気まんまんなところを見せてしまった手前、今から体の具合が悪いから休む、なんて言っても信じてもらえるわけがありません。あきらめて学校まで歩いて来ましたが、その足取りったらもう、重たいなんてものじゃありませんでした。

    いつまでもこうして鳥小屋の前で立っていてもしょうがないので、かよ子は思い切って中へ入りました。いつものように三羽のポッポがかよ子をお出迎えしてくれて、そしてあのやんちゃなヒヨコは……

     (あっ。今日もまた外見てる)

    かよ子には目もくれずに、外に見える人やポケモンの姿を、じーっと見つめつづけていました。

    ポッポにごはんやお水をあげて、代わる代わる遊んであげている間も、アチャモはずっと外ばかり見つめています。今日は騒いだり走り回ったりすることもありません。ただ、外を見ているだけなのです。

    静かにしてくれてほっと一安心、かよ子はそう思いつつも、普段とは別の理由でアチャモのことが気がかりでした。

     (アチャモったら、なんか……さみしそう)

    広い外の世界を見ているアチャモの背中は、毎朝見ているやんちゃな姿とはかけ離れたもので、どことなく寂しさが漂っていました。まるで、目の前に自分のほしいものがあるのに、それに向かって手をのばすことさえできずにいるよう。かよ子はいつの間にか、アチャモを今までとちょっと違う風に見ていることに気がつきました。

    普段のやんちゃな様子を思い返してみても、今だと少し印象がちがっている気がしました。アチャモはちょこまか走っていたずらし放題ですが、それだけ大暴れしているにもかかわらず、なぜだかちっとも楽しそうに見えないのです。かよ子や大介くんをからかったり、ポッポにちょっかいを出して我がもの顔で振る舞っていても、笑っていたのを見たことがありません。

     「やっぱり、外に出てみたいのかな」

    アチャモといえば、忘れもしない、初対面のときの出来事があります。開きっぱなしだったとびらから、ダッシュして外に逃げ出そうとしたことがありました。単なるいたずらだと思っていましたけど、こうやって外ばかり見ている今のアチャモとあわせると、外に出てみたいんじゃないかな、とかよ子は思うのです。

    外かあ。改めて鳥小屋の中を見回してみると、ちょっと狭苦しくて、息苦しい感じがします。閉じ込められているという感じがぴったり来るのです。アチャモはちょこまか走り回りますが、ぴょんぴょん飛んで障害物を乗りこえ乗りこえといった様子で、自由に思い切り駆け回れるわけではありません。外に出たがる気持ちも、分かる気がします。

    結局今日はずっと静かにしたまま、アチャモはその場から動きませんでした。

     

    そんなことがあったので、かよ子は授業中もずっとアチャモのことばかり考えています。元からぼーっと考え事をすることが多いですけど、今日は一段と深く物思いにふけっているようです。

     (あんなにやんちゃするのは、ずっと狭いところにいるからかな。いつからいるんだろ?)

    アチャモがいつからあの鳥小屋にいるのかは知りませんが、少なくとも一学期の頃からいることは間違いありません。それからずっとあの中にいて、外の世界に出られなかったら、気持ちがささくれ立ってしまうのも分かる気がします。いわゆる、ストレスがたまっているのかも知れません。

    ホントは広い場所を好きなように走り回って、涼しい風を体いっぱいにあびたりしたいんじゃないかな。かよ子の想像でしたけど、そんなに大きく外れているような気もしませんでした。でも、勝手に外に出したりしたら、先生に叱られちゃいます。かよ子にはできそうにありません。

     (お外に出たい、かあ)

    かよ子が見るかぎり、アチャモはお外に出たがっていると思います。でも、外は車も走っていますし、野生のポケモンだってうろついています。鳥小屋の中にいる方が、安全なのは間違いないです。それでもアチャモは外に出てみたくて、スキを突いて逃げ出そうとしたり、外をジッと見つめたりしているのです。外に出れば広い場所があって、自分の思うように生きられて、狭い場所で閉じこもっていなくて済むことを分かっているからなのでしょう。

    ふと、かよ子はあることに気がつきました。鳥小屋のあの息がつまるせまくるしい感覚は、なんとなく、本当になんとなくですけど、自分の家にいるときにも感じるような気がしました。単純に家が広くないということもありますし、他にも何か理由があるんじゃないかと、かよ子は思います。

     (お外……かあ)

    もし自分がアチャモだったら、「お外」はどこになるんだろう……と、かよ子がどんどん考えることを広げていると。

     「では次、かよ子ちゃん。三番の答えを言ってください」
     「あっ……は、はい。315、です」
     「はい、正解。よくできました」

    いきなり担任の岡本先生に当てられて、かよ子が慌てながらもちゃんと答えます。最初に問題を解いておいて、それから考え事をはじめたので助かりました。かよ子はふう、と息をついて、ハンカチで冷や汗を拭います。と、ちょうどその時です。

     (そうだ。先生にアチャモのこと訊いてみればいいんだ)

    かよ子よりもずっと学校のことに詳しい先生なら何か知ってるかもと、かよ子はひらめきました。そうと決まれば善は急げ、さっそく行動開始です。

    お昼休み。かよ子は給食をいつもより早く全部食べ終わると、机でプリントを採点していた岡本先生に声を掛けて、あのアチャモについて訊いてみました。

     「あのね、先生。アチャモって、いつから学校にいるんですか?」
     「アチャモ? ああ、かよ子ちゃんと大介くんがお世話をしてくれてる、あのアチャモのことだね」

    先生は、ちょっと待っててね、とかよ子に言付けると、職員室まで走っていきました。五分くらいしてから戻ってきて、改めてかよ子に話しはじめます。

     「聞いてきたよ。あのアチャモは、二年くらい前から学校にいるみたいだね」
     「えーっ! そんなに前から?」
     「うん。元々この辺りで迷子になってたのを井上先生が見つけて、学校で飼うことにしたそうなんだ」

    岡本先生が聞いたところによると、アチャモはかよ子がピカピカの一年生だった頃に井上先生に見つけられて、それからずっと鳥小屋で暮らしているみたいでした。二年前と聞いて、かよ子はすっかりおどろいてしまいました。大人の二年はあっという間ですけど、かよ子くらいの子どもの二年というのは、それはそれはとっても長くて長くて、気が遠くなっちゃいそうなくらいなのです。

     「たまには、お外に出してあげたりするんですか?」
     「どうだったかな。学校から逃げ出しちゃうといけないから、あんまり外には出してないと思うよ」

    もし、岡本先生が言っていることが正しいなら、あのアチャモは二年間ほとんどずっと、鳥小屋の中で暮らしていたいたことになります。外に出たいと思いながら、ずっとずっと、ずーっと中にいたかも知れないのです。

     (そんなに長い間、小屋の中にいるんだ)

    一生懸命ふつうを装って、岡本先生に心配されないようにしていましたけど、本当はもう気が気じゃなくて、胸がきゅうっと詰まってしまっていました。

    かよ子の頭の中が、見る見るうちにアチャモのことでいっぱいになってしまいました。

     



     

     (アチャモ、今頃どうしてるかな。また外ばっかり見てるのかな)

    それからというもの、ちょっとでも時間があればアチャモのことを考えるようになってしまって、普段からちょっとぼーっとしているのが、ますますぼんやりさんになってしまったかよ子ですが……。

    ここで、またまた大変なことが起きてしまいました。

    今日は水曜日。国語の塾がある日です。いつもと同じようにすみっこの席にすわって、おとなりに一博くんが来るのを今か今かと待ちわびます。すると、これまたいつもと同じように、カバンを提げた一博くんが教室に入ってきました。かよ子がこっちこっちと合図を送ると、一博くんはすぐさまかよ子の近くまでやってきます。

     「こんばんは、一博くん」
     「かよ子ちゃん……」

    けれど、ちょっと様子が変です。いつもよりずっと元気がなくて、今にもしおれてしまいそうな顔をしています。かよ子は一博くんのことが心配になって、大丈夫かどうか訊ねてみました。

     「どうしたの? なんだか、元気がないみたいだけど……」
     「あのね、かよ子ちゃん。僕……」

    次に一博くんの口から飛び出したのは、かよ子がこれっぽっちも想像していなかった言葉でした。

     「来月に、延寿市に引っ越すことになったんだ」
     「……えっ?」
     「父さんの仕事の都合で、急に転勤することになって、それで……」

    一博くんは来月にも、わかば市から遠く離れた延寿市へ引っ越すのだと、かよ子に言いました。

    いきさつはこうでした。一博くんのお父さんは大きな銀行で働いていて、こんな風に突然転勤が決まることがしばしばあります。延寿市にある支店へ移ることが決まって、すぐにでも引っ越さないといけなくなりました。会社の都合で単身赴任もできなくて、一家総出でのお引越しになるそうです。

    引っ越すと聞いたかよ子は、目の前が真っ暗になりそうでした。

     「うそ……一博くん、引っ越しちゃうの……?」
     「僕もね、昨日の夜に聞いて、びっくりしたんだ」
     「それじゃあ、塾にも来れなくなっちゃう……?」
     「うん……。今週でおしまいになって、来月の中頃には引っ越すんだって」

    あまりのできごとに、かよ子は今にも泣き出しそうな顔になりました。やさしくて、おだやかで、でもちゃんときりっとしていて、側にいるだけで楽しい気持ちになれた一博くん。大好きな一博くんがいたから、かよ子はつらい塾にもがんばって通っていました。それが、急に引っ越して遠くへ行ってしまう、お別れになってしまうと聞いて、言葉が出なくなるくらいのショックを受けたのです。

    半べそになっているかよ子を見て、一博くんもとてもつらそうな顔をしています。一博くんだって、かよ子といっしょにいる時はいつもとても楽しい気持ちになったのです。内気だけどやさしいかよ子をすてきだと思っていて、一博くんもかよ子のことが大好きでした。そんなかよ子と別れ別れになるのは、胸がはりさけそうになるようなことだったのです。

    ふたりで寂しさを分かちあうように、かよ子と一博くんが机の下でそっと手をつなぎました。おたがいに涙をためた目で見合って、何も言わずに、ただじいっと見つめあいます。

    ぼう然としたまま国語の授業を形だけ受けて、ふらふら運転の自転車で何度も転びそうになりながら、かよ子はどうにか家まで帰りました。靴を脱ぎちらかしながら玄関を抜けて中へ上がりましたが、お母さんからの「おかえりなさい」は聞こえて来ません。代わりに、誰かと電話をしているような声が聞こえてきます。

     「ええ、はい……そうなんですか。本当に、あの子が……」

    なんだか大変そう、かよ子は一瞬だけそう思いましたけど、中身はちっとも耳に入ってきませんでした。それよりも一博くんのことでもう頭がいっぱいで、他には何も考えられませんでした。この時ばかりは、あのアチャモのこともカヤの外です。大好きな一博くんが引っ越してしまうという悲しいできごとを、かよ子はまだちゃんと受け止められていなかったのです。

    子ども部屋に入ってドアを閉めると、学習机の椅子にすわってそのままうなだれてしまいます。目を伏せたまま、少しの間ぼんやりしていましたけど、やがてまぶたの裏から涙がいっぱいあふれてきて、止められなくなってしまいました。

     「一博くん、引っ越しちゃうんだ……」

    かよ子はかすれた声でそう呟いて、とうとう泣き出してしまいました。

    長い長い電話が終わったお母さんから、早くお風呂に入りなさいと言われるまで、何べんも何べんもしゃくり上げて、ずっとずっと、泣いていました。

     



     

    木曜日は塾のない日で、家に帰ってからゆっくりできます。ですから、普段なら楽しみな曜日なのですが、今のかよ子にとっては少しも楽しみじゃありませんでした。

     「それでさー、この前の日曜日に小金市の自然公園行ってきたんだけど、そこで日和田市のジムリーダーが来ててねー」
     「うん……」
     「あたしに話しかけてくれて、アレルギーでポケモンに触れないんですって言ったら、いろいろ相談に乗ってくれたんだー」
     「そうなんだ……」
     「なんかこう、どこにでもいそうなお姉ちゃんだったけど、やさしくていい人だったなー」

    となりをいっしょに歩いているひろ美ちゃんの話もどこか上の空で、聞いているのか聞いていないのかもはっきりしません。ひろ美ちゃんは楽しそうに話していて、かよ子がすっかり落ちこんでいることにはぜんぜん気づいていません。

    歩いているうちに一戸建ての家がならぶ住宅街に入って、ここでひろ美ちゃんとはお別れになります。ひとりになったかよ子は肩を落として、とぼとぼと家へ向かいます。チラシがいっぱい入った郵便受けがお出迎えして、日に当たって色あせた紙の貼られた掲示板を横目に見て、コンクリートの階段を二階三階と登ると、ようやく家までたどり着きました。

     「ただいまぁー」

    ため息まじりに鍵を開けてドアを引くと、かよ子はしずんだ声でただいまの挨拶をしました。

     「ああ、お帰りなさい、かよ子。ちょうどよかったわ」
     「お母さん……どうかしたの?」

    きょとんとした表情で、かよ子が今にも出かけようとしているお母さんを目にしました。いつもならこの時間はお仕事に出ていて、帰ってくるのはいつも七時を回ってからになるのに、今日に限ってはもう家に帰ってきていて、そうかと思ったらこれからどこかへ出ようとしているのです。

     「これからね、急に浅葱市まで行かなくちゃいけなくなったの」
     「えっ? 浅葱市? そんな遠くまで?」
     「そう。仕事で忙しいのに、手間ばっかり掛かっちゃうわ」

    鏡の前で慌ただしくお化粧をしているお母さんは、どことなく不機嫌そうで、かよ子の目から見てもイライラしている感じがしました。こういう時のお母さんには、あまり下手なことは言わない方がいいのですが、どうしてこれから浅葱市なんかへ行かなきゃいけないのか、それだけはとても気になりました。

    遠慮しいしい、言葉を選び選び、恐る恐るのおっかなびっくりで、かよ子はお母さんに訊ねてみました。

     「あのね……お母さん。どうして、今から浅葱市に行かなきゃいけないの?」
     「どうしてって? お兄ちゃんのせいよ」
     「お兄ちゃん?」

    お母さんはぶぜんとした表情をしながら、かよ子に浅葱市へ行く理由を簡単に説明しました。

     「お兄ちゃんがね、旅をしてる途中で浅葱市の近くまで来たんだけど、そこで……少し大変なことになったの」
     「旅をしている間にいろいろあって、相手の子の親とも一度話をしなきゃいけなくて……」
     「……はあ。まったく、こんなところまであの人そっくり。本当にどうしようもないわ」

    説明は悪い意味で簡単で、何が起きたのか詳しく分かるものではありませんでした。けれどお母さんの様子と、ぽつぽつ出てきた言葉をつなぎあわせてみると、ポケモントレーナーとして旅をしていたお兄ちゃんの身に何かよくない事が起きたみたいでした。お兄ちゃんに何かあったんだ、かよ子は急に強い胸騒ぎをおぼえて、落ち着いていられませんでした。

     「お母さん、かよ子も……」
     「きっとどうにかなると思うから、かよ子は心配しないで。お留守番をしててちょうだい」

    かよ子もいっしょに行く、そう言おうとしたのを知っていたのかは分かりませんが、お母さんはかよ子の言葉を途中でさえぎる形で「お留守番をしてて」と言いつけました。お母さんがとても強い調子で言うので、かよ子はそれ以上言えなくなって、だまったままうつむいてしまいます。

    テーブルの上にのせられてラップをかけられた大きなお皿を指さして、お母さんがこれが今日のかよ子の晩ごはんよ、と言いました。続いてキッチンへ行って冷蔵庫を開けると、明日の朝ごはんの冷凍焼きおにぎりだから、レンジでチンして食べて、とかよ子に教えます。多分明日の晩ごはんまでには帰って来られないから、塾が終わったらコンビニでお弁当を買って食べなさい、最後にそう伝えて、かよ子にお小遣いとして千円札を一枚渡しました。もやもやした気持ちのまま、かよ子は受け取った千円札を折りたたんで手の中にしまいこみます。

     「きっと明後日のお昼くらいまでは家に帰って来られないと思うけど、お母さんが帰ってくるまでいい子にしてて」
     「勝手に遠くへ遊びに行ったり、夜更かしをしたりしちゃダメよ。お金はごはんを買うためのものだから、無駄遣いもダメ」
     「ちゃんとお留守番をして、しっかり宿題もするのよ。明日も学校だから、遅刻しないようにしなさい。いいわね?」

    あれこれかよ子に言付けて、お母さんはかよ子に家でお留守番をしているように繰り返し言いつけます。かよ子はお兄ちゃんの事が心配で心配で仕方ありませんでしたが、お母さんがこんな様子では、とても教えてくれそうにありません。不安な気持ちで胸をいっぱいにしながら、かよ子は張り子のトラみたいにかくんかくんとうなづくばかりでした。

    いい子にしてるのよ。最後までそう言って、ハンドバッグを持ったお母さんが家から出発しました。ランドセルを部屋に置きに行ってから、かよ子はお茶の間に置いてある晩ごはんのお皿の前に座りました。

     「……なんか、おいしくない」

    献立はかよ子の大好きなミートソースのスパゲッティで、まだまだ作りたてでおいしいままのはずなのに、なんだか粘土で作ったニセモノをかんでいるみたいな感じがして、これっぽっちもおいしくありませんでした。がんばって半分くらい食べましたけど、それでお腹がいっぱいになってしまって、もうこれ以上はどうやっても食べられません。しょうがないのでラップをかけなおして、冷蔵庫のスキマへ押し込みました。

    それからはなんにもする気が起きなくって、とりあえずお風呂に入って、いつもよりだいぶ長引きながらなんとか学校と塾の宿題を終わらせて、それからひたすらぼーっとしていました。頭に浮かんでくるのは心配事ばかりで、楽しいことはひとつも出てきてくれません。普段聞こえるお母さんの声がないだけなのに、なぜだか居づらさがどんどんつのっていきます。

    しん、と静まり返った部屋の中で、かよ子は自分が今独りきりになっているのをはっきりと感じました。ここにはお母さんもいませんし、お兄ちゃんもいません。ひろ美ちゃん家のイーブイや、一博くん家のスボミーやチュリネのように面倒を見てあげているポケモンもいないので、正真正銘独りぼっちなのです。

     (どうしよう、なんだかこわい)

    まるで自分ひとりだけがこの世界に取り残されてしまったように思えて、かよ子はとても怖くなりました。座っているソファが急にふっと消えて、その次は部屋の壁が消えて、最後は底なしの暗い穴へ真っ逆さまに落ちていくんじゃないか……という気がしました。いやいやそんなことありっこない、絶対ありっこない。頭ではそう分かっているつもりでも、でも……という気持ちをどうしてもぬぐえません。

    不安でいっぱいになってどうしようもなくなったかよ子は、いつもよりもずっと早く部屋へ戻って、いそいそと明日の準備をはじめました。時間割を見て、教科書とノートをランドセルへ詰めこみます。もちろん筆箱も忘れません。いつもみたいに明日の準備をして、いつもみたいにおふとんに入れば、きっといつもみたいに明日が来てくれるんだ、かよ子はそう強く思いました。明日になれば何かが解決するわけじゃありませんでしたけど、でも今は、ただ明日になってくれれば、ただそれで十分でした。明日がちゃんと来るのかどうかさえ、今のかよ子には分かりませんでした。それくらい、不安でいっぱいだったのです。

    赤いランドセルを机の上に置いて明日の準備をすませたかよ子の目に、棚で明るく笑っているカービィの姿が映りました。今のかよ子は、これからどうなるのか、どうすればいいのかがもうちっとも分からなくなっていて、誰か側にいてほしくて仕方ありません。そんな時に、普段と何も変わらない笑顔のカービィを見たかよ子は、いろんな気持ちがわーっとふくれ上がってきて、迷わず棚からカービィを下ろして胸の中に抱きしめました。

     「おねがい、カービィ。かよ子のとなりにいて。かよ子といっしょにおやすみして」

    カービィに側にいてほしい、大好きなカービィに助けてほしい。その一心で、かよ子はカービィといっしょにおふとんに入って、すぐに部屋の電気を消しました。目をぎゅうっと閉じて、一秒でも早く夢の世界へ行ってしまいたい。そう思っていますけど、心の中にいろんな不安があふれてきて、なかなか気持ちが落ち着いてくれません。

    お兄ちゃんのことが心配でした。心配で心配で、もしかしたらもう会えないんじゃないかって、そんないやな考えなんかが出てきちゃうほどでした。きっとまたお兄ちゃんに会える、いっしょにゲームをして遊んだり、お菓子を食べたりできるって信じています。けど、不安な気持ちは収まってくれません。

    一博くんのことだって不安です。来月には延寿市へ引っ越して、このまま会えなくなってしまうかも知れません。来週はもう塾に来ないって言ってましたから、会いたくても会えないのです。もうおしゃべりもできないし、手をつなぐこともできないかもと思うと、胸がちくちく、ずきずきとひどく痛みました。

    そして、かよ子の頭には、もうひとつ浮かんでいることがありました。

     (アチャモも、こんな風に不安になったりしたのかな)

    いつも朝にお世話をしている、あのアチャモのことです。

    今のかよ子は、お兄ちゃんのことも一博くんのこともどうにもなりません。どうにもならないのは、鳥小屋の中に閉じこめられて外に出られない、アチャモも同じでした。どんなに出たくても出られなくて、どうしようもなくって、ただずっと外ばかり見つめているのです。

    自分じゃどうにもならないことに囲まれてみて、かよ子はようやく、あのアチャモの気持ちが分かった気がしました。

    いろんな心配事をいっぱいに抱えて、それでも寝ようとがんばっているうちに、だんだん頭がぼんやりしてきました。かよ子は胸に抱いているカービィが自分のすぐ側にいてくれている気がしてきて、どうにかおやすみすることができました。

     



     

    ぼんやりしていた視界が、少しずつはっきりしてゆきます。ふわふわの綿に包まれているような気持ちになりながら、かよ子は目の前に世界が描かれてゆくのを感じました。

     「ここ……どこだろ?」

    いつもよりぎこちないですが、体を動かせるようになった気がします。ちょっと足元がおぼつかない感じで、よろよろとよろめきながら、かよ子は立ち上がります。立ち上がって、体を目いっぱいのばして、あたりを落ち着いて見回してみました。少なくとも、今まで見たことのない風景なのは間違いありません。

    ぐるりと自分のまわりを見わたしてみて、ひとつ大事なことに気がつきました。

     (前も後ろも、右も左も、みーんな、カベばっかり……)

    かよ子がいたのは、まわり全部を真っ白いカベに囲まれた、小さくて狭い部屋の中でした。背中を見てもカベ、右向け右してもカベ、どこを見てもカベばっかり。出口はどこにも見つからなくて、ただちっちゃな窓が付いているだけです。かよ子はこの部屋の中に、ひとりで閉じこめられていたのでした。

    部屋の中にはただかよ子がいるだけで、他にはなんにも見つかりませんし、誰もいません。あっという間に退屈になって、かよ子はいちばん近くの窓から外を覗き込んでみました。

     「わあ、きれい……!」

    窓から見た外の世界の風景は、緑の草原と青い大空がどこまでも広がっている、とても気持ちよさそうなものでした。終わりなんてどこにもなくて、あちこち好きなように走り回ってもへっちゃらなくらい広そうです。体を動かすのが苦手で、外で遊ぶことの少ないかよ子さえ、今にもわーっと声をあげて走り出したくなる、そんなすてきな世界が広がっていました。

    ひるがえって、かよ子のいる部屋の中はどうでしょうか。どこもかしこも真っ白なカベで囲まれていて、走り回ることなんてどうやってもできそうにありません。チリひとつ落ちていなくて清潔なのは分かりますが、どっちを見てもとにかくただ白いばかりで、だんだん息苦しくなってきそうです。外の世界とは、ぜんぜん違います。

     (お外に出たいけど、出られないのかな)

    何べんも何べんも部屋の中を見回してみますけど、ドアみたいなものはやっぱり見つからなくて、出られそうにありません。普通の方法では、ここから出ることはできないみたいでした。ドンドンとカベを叩いて、ここから出してと大きな声を上げたりしてみますが、うんともすんとも言いません。どうやっても出られそうにないことにかよ子はとてもがっかりして、部屋の真ん中でへなへなとしゃがみこみます。

    そうして座っていると、不意に、このままずっとここから出られなかったらどうしよう、という考えがわいてきて、かよ子は急に悲しくなりました。ずーっとずーっといつまでも、行くことができない外の風景をただこうやって見ているだけで、好きなように走り回ったりできなかったらどうしよう、どうすればいいんだろう。どうにもできないことへの悲しい気持ちがいっぱいあふれてきて、それはやがてたくさんの涙になって、両方の目からこぼれてきましたきました。

    お外に出たい――かよ子は一心に願いながら、ふっと天をあおぎました。

     (あれ……? 何か、こっちに飛んでくる……)

    するとかよ子はそこで、不思議なものを見つけました。今まで気づかなかったのですが、実は部屋に天井は付いていなくて、青空が広がっているのを見ることができたのです。そして、その空のはるか遠くで何かがきらりと光って、こちらに向かって飛んできていました。なぞの光はぐんぐんスピードを上げながらかよ子に近づいてきて、豆つぶみたいに小さかったのが、今や目をこらさなくてもはっきり見えるくらいになっています。

    ひゅうううん、と、どこかで耳にしたことのある音が聞こえてきます。あっ、これは。かよ子が音の正体に気づいて顔を上げると、光はもうかよ子のすぐ近くまで迫ってきていて、形がはっきりと分かるほどになっていました。

     (あの星……ワープスターだ!)

    マンガやアニメに出てきそうな、角のまるまったかわいらしいお星様。きらきらとかがやく星の軌跡を残しながら空を飛ぶそれは、かよ子もよく知っている乗り物でした。お星様――ワープスターは一直線にかよ子の元へ向かってくると、かよ子のすぐとなりに着陸しました。

    ワープスターに乗っていたのは、もちろん……。

     「カービィ……!」

    まるまるしたピンク色の体に、やさしいつぶらな瞳。目の前にいるのはまぎれもなく、あのカービィでした。

    元気よく手を挙げて、カービィがかよ子にあいさつしました。かよ子はすっかりビックリしてしまって、目をまん丸くしています。明るい笑顔を見せるカービィは、かよ子をまっすぐ見つめています。目の前にカービィがいる、そのことにかよ子はおどろきながらも、カービィが自分を助けにきてくれたんだとすぐに納得しました。

    そしてかよ子は、あることに気がつきます。

     「ねえ、カービィ。それって、ファイアの帽子?」

    カービィは帽子をかぶっていました。メラメラ燃える熱い炎をまとった王冠を思わせるその形は、まさしくファイアの帽子です。ファイアは口から火を吹いて攻撃する能力で、炎をまとって敵に体当たりしたり、冷たい氷を溶かしたりすることだってできます。

    ですが、ひとつ気になることがありました。

     (なんだか、いつもよりも炎が大きい気がする……)

    かぶっている帽子の炎は、とても勢いよく燃え盛っています。ごうごうと音を立てて、底知れない強い力を感じさせる、大きな大きな炎です。かよ子は思わず目を奪われて、何べんもぱちぱちとまばたきをしました。

    その時でした。カービィがきりっとした表情を見せて、両腕を天にかかげたのです。

     「えっ……?」

    ぶわっ、と炎がひときわ大きく広がって、カービィをぐるりと取り囲みます。炎はやがてひと繋がりになって、体の長い龍のような形に変わりました。ぐるぐると渦を巻きながら、さらに力をためています。かよ子は炎を自在にあやつるりりしいカービィの姿に、目を大きく開いて釘づけになっていました。

    カービィがぐっと視線を上げます。龍の形をした大きな炎がぐおんと動いて、ぽっかり開いた天井からばあっと外へ飛び出していきました。そのまま空を飛んで、かよ子とカービィの後ろ側へ移ります。あっ、と、かよ子はふと思い出しました。このワザには、巨大な炎の龍を呼び出すこのワザには、見覚えがあったのです。

    やがて、弓を引きしぼるように小さく身を引いてから、カービィが掛け声と共に、両腕を大きく前へ突き出しました。

    そして――。

     (グオオオォン!!)

    耳をつんざくようなごう音と共に、炎の龍がかよ子を閉じこめていた部屋に思いっきり体当たりしたのです。

     「わあっ!?」

    ものすごい衝撃に、かよ子は思わず声を上げました。ぶわんぶわんと猛烈な風がまき起こって、かよ子は吹き飛ばされそうになりました。おどろいているかよ子と、勇ましい顔をしているカービィの間を、炎の龍が駆け抜けてゆきます。

     (あっ、カベが――)

    その時、かよ子は確かに目にしました。

    大きな炎が勢いよくぶつかっていって、かよ子を閉じこめていた白いカベをこっぱみじんに粉砕していくのを、確かに目にしたのです。

     「すごい……カベ、こわしちゃった……!」

    四方を取り囲んでいたカベを、炎の龍がきれいに全部吹き飛ばしてしまいました。文字通り、あとかたもありません。今のかよ子の周りには、窓から見えたあの美しい草原と空の風景が、どこまでもどこまでも広がっています。走り出そうと思えば、いつでも走り出すことができるでしょう。かよ子はさわやかな風を体いっぱいにあびながら、瞳をきらきらと輝かせました。 閉じこめられていた自分を助けてくれたカービィに目を向けると、カービィはいつも見せてくれている明るい笑顔を浮かべて返してくれました。

    と、その時です。カービィがかぶっていた大きなファイアの帽子を外して、かよ子に向かってパスしたのです。不意のことにきょとんとしながら、かよ子がカービィから放り投げられた帽子を受けとります。するとどうしたことでしょう、帽子がぱあっと白く光りかがやき、その形を変えていくではありませんか。かよ子がおどろきながら様子を見守っていると、やがて光が形をなして、あるべき姿へ戻ってゆきました。

    そこにあったのは、かよ子の胸の中にあったのは……。

     「アチャモ……! あなた、学校にいるアチャモだよね……!?」

    生き物係でいつもお世話をしてあげている、あのアチャモの姿でした。

     「そっか、分かった! カービィは、アチャモの能力をコピーしてたんだ!」

    カービィは吸い込んだものを飲み込んで、自分の能力として使う「コピー能力」というワザを持っています。さっきカービィが大きな炎の龍を呼び出してカベを壊すことができたのは、アチャモの持っている炎の能力をコピーしたからなんだと、かよ子は合点がいきました。

     「すごい……あんなに大きな炎を起こして、カベをこわしちゃうなんて……」

    帽子から元の姿に戻ったアチャモはかよ子の腕の中にちょこんと収まっていて、抱いているかよ子の目をじっと見つめています。かよ子はアチャモの黒い瞳の奥へ、すうーっと吸い込まれていきそうな気がしました。

    しばらくそうやって、アチャモはかよ子に抱かれていましたけれど、不意にぴょんとかよ子の腕の中から飛び降りると、広い広い草原をたかたかと駆けてゆきました。あっ、とかよ子が目をまん丸くしていると、アチャモはどんどん遠くへ走っていきます。放っておくと、今にも見失ってしまいそうです。

    かよ子がカービィを見ると、カービィは腕をまっすぐのばして前を指しました。

    先に進んでみなよ――カービィは言葉でこそ何も言いませんでしたけど、でも、かよ子には確かにそう言っているように思えました。思い切って、まだ見ぬ新しい世界へ走り出していってほしい。カービィは自分にそう伝えたいんだと、かよ子は感じていました。

    カービィからのメッセージを受け取ったかよ子が、大きく頷きます。

     「……わかった。ありがとう、カービィ」
     「かよ子、行ってくるね!」

    笑顔で手を振るカービィに見送られながら、かよ子はアチャモを追いかけて、部屋だった場所からだっと走り出しました。自らの足で大地を蹴って、青空の下で無限に広がる緑の草原を、力強く、とても力強く、まるで風のように駆けてゆきます。

    どこまでも、どこまでも、どこまでも――。

     



     

     「ふぁ……あぁ」

    あたたかい朝の日差しが部屋に差しこんできて、かよ子はあくびをしながらゆっくり体を起こしました。普段ならしばらく寝ぼけ眼でぼーっとするところなのですが、今日に限ってはお目々がぱっちり開いて、意識もハッキリしているようです。不思議そうな表情をして、ついさっきまで見ていた夢を思い出します。

    かよ子は見た夢の中身をしっかり覚えていて、細かいところまできっちり思い出すことができました。自分が狭くて白い部屋に閉じこめられていたこと、部屋の外にはとてもきれいな世界が広がっていたこと、炎の龍が部屋を壊して自由にしてくれたこと、炎の龍の能力の正体はあのアチャモだったこと、アチャモを追いかけて外の世界へ走っていったこと。その全部を、かよ子はまるで本当のことのように思い出せたのです。

     (ふしぎな夢だったなあ。でも、気持ちよかった)

    アチャモといっしょに外の世界を自由に走り回る心地よさも、かよ子はもちろん覚えていました。こんな風にとってもいい夢を見られたので、今日はいつもよりずっとすてきなお目覚めになりました。ふと後ろにある目覚まし時計を見てみると、なんと、いつもより二十分も早く起きています。目覚まし時計が鳴りだす前に起きられるなんて、滅多にありません。かよ子は思わず得意な気持ちになりました。

    それにしても、昨日眠るときにあんなに不安だったのがウソのようです。すがすがしい気持ちで満たされて、怖いものなんて何もないって気さえしてきます。すてきな夢を見られたこと、そして朝の明るい日差しをたっぷり浴びられたことで、かよ子は元気いっぱいになれたみたいです。

     「よーし、学校いーこうっと!」

    かよ子は布団をめくって起き上がると、ひとりでてきぱきと朝の支度をはじめました。

     

    ランドセルをしょって、いつもより軽い足取りで通学路をてくてく歩きながら、かよ子は昨日見た夢を再び思い返していました。とてもすてきな夢でしたけれど、ひとつだけ、どうしても気になることがあったのです。

     (アチャモが出てきたのは、どうしてかな)

    かよ子の夢の中には、学校でお世話をしてあげている、あのアチャモが出てきました。白いカベをこっぱみじんに壊した炎の龍の正体で、そしてかよ子を外の世界へ導くように走って行ったアチャモ。夢の中にどうしてアチャモが出てきたのか、かよ子はあれこれ理由を考えています。

    寝る前にアチャモのこと思い浮かべたからかも、かよ子が夢に出てきたアチャモのことを考えながら歩いていると、河原の途中にある分かれ道までやってきました。

     (ここで曲がると、かよ子の学校。まっすぐ行くと、吉野市へ)

    普段は通りすぎてしまう分かれ道の前で、かよ子はふと足を止めます。

    このまままっすぐ続いている道の向こうには、お兄ちゃんと行ったあの駄菓子屋さんも、一博くんが住んでいる団地もあります。けれど、お母さんからは行ってはいけないと言われていて、かよ子は今までちゃんとその言いつけを守ってきました。

    お母さんの言葉と、お兄ちゃんや一博くんの姿を互いちがいに思い出しながら、かよ子は遠くに見える吉野市を、まん丸い瞳の中に映しだしていました。

     

    給食のコーンポタージュスープを飲み終わったかよ子は、今度は今朝のアチャモの様子に思いをはせていました。

     「アチャモ、今日も外ばっかり見てたなあ」

    鳥小屋のアチャモには、大暴れのやんちゃし放題な日とずっと外を見つめている静かな日があって、今日は静かな日の方でした。本当に何もしなくて、ポッポにちょっかいを出したりすることも、中を走り回るようなこともありませんでした。

    相方の大介くんは「おとなしくて助かるよ」って言っていましたけど、かよ子は心の中で「それは違うよ」と思いました。少しの間ですけど、ひとりでアチャモを見ていたかよ子には分かるのです。あれは間違いなく、外に出たいんだ、と。

    そして――もうひとつ、大事なことがありました。

     (アチャモみたいに、かよ子もお外に出てみたい)

    外に出たがる、外にあこがれるアチャモの姿を目にしたかよ子は、それが今の自分にそっくりだということに気がつきました。安全だけれども狭い場所に閉じこめられて、自分の行きたい場所へ行くことができずにいる。「外」ばかり見て、届かないものだとあきらめている。かよ子は、自分も同じだってことに気がついたのです。

    自分だけで外に出るのは、今のかよ子にとっては初めてのことです。もしお母さんにばれたりなんかしたら、きっとカンカンになって叱られるでしょう。けれど、かよ子はちっとも気にしていませんでした。自分のしたいことを自分で決めて、自分の力でやりぬいてみたいと、とても強く思っているからです。

     (このまま家でじっとしてるだけじゃなくて、お外に出て、いろんなことをしてみたい)

    かよ子は決めました。外に出て自分の行ってみたい場所に行ってみよう。やりたいことをやってみよう、と。これだけでも、かよ子にとっては十分大きな決断でした。とっても大きな、大きなことなのです。

    ですが――かよ子の決心は、これにとどまりませんでした。

     



     

    放課後になりました。運動場でドッジボールをして遊んでいる下級生の子や、教室に残って勉強している上級生の人を見ながら、かよ子は廊下をまっすぐ歩いて、下足室までやってきました。いつもどおりに履きなれた運動靴に履き替えて、足取りも軽くさっそうと運動場へ出ます。目指すは校門……かと思いきや、そうではなく。

    かよ子がやってきたのは、普段なら朝の生き物係の時間以外に来ることなんてまずない、あの鳥小屋の前でした。そっと中をのぞきこむと、三羽のポッポが固まってぐっすり眠っているのが見えます。かよ子はポケットから小さなカギを取り出して、ガチャリと回してとびらを開きました。

     「ねえ、アチャモ。起きてる?」

    中に入ったかよ子が声をかけたのと、外を見ていたアチャモがおどろいたように振り向いたのは、ぴったり同じタイミングでした。(こんな時間に誰?)といった具合に、アチャモの顔には?マークがいっぱいに浮かんでいます。そして、そこにいるのが生き物係で自分をお世話しているかよ子だと気づくと、身を固くして警戒しはじめました。普段やんちゃし放題なので、かよ子が仕返しにやってきたのかもと思っているようです。

    ですが、それは違いました。アチャモにある知らせを持ってきたくて、かよ子は放課後になってから鳥小屋までやってきたのです。かよ子はアチャモの目をぶれずにしっかり見つめながら、大きく息を吸い込みました。気持ちを落ち着けてから、かよ子がアチャモに語りかけます。

     「あのね、アチャモ」
     「今日はね、だいじなお話をしにきたの」

    かよ子はまばたきもせずに、ずっとアチャモのことを見つづけています。いつもとちょっと雰囲気の違うかよ子に、アチャモは少しとまどっているようでした。

     「今までずっと、アチャモの気持ち、ぜんぜん考えてなかった」
     「ただやんちゃでわがままで、好き放題してるだけだって思ってた」

    アチャモの目つきが目に見えて変わりました。かよ子への敵意が消えて、きょとんとした表情を見せています。かよ子はもう一度気持ちをまっすぐにして、アチャモにこう言いました。

     「アチャモは――お外に出たいんだよね」
     「だから、いっつも外ばっかり見てる」
     「出たくても出られないから、怒って暴れたり、いたずらしたり、わがまま言ったりしてる」
     「ホントはお外に出て、いっぱい走り回ったり、寝っ転がったり、飛んだり跳ねたりしたいんだよね」

    かよ子の言葉を、アチャモは惚けた顔で聞いていました。本当のこととはぜんぜん思えないみたいで、まるで夢を見ているような顔でした。

     「かよ子もね、アチャモと同じで、お外に出てみたいの」
     「家からはなれた場所にある、ちょっと遠くの街まで行ってみたい」
     「今まで、かよ子に『お外』があるなんて、ぜんぜん、ぜんぜん思ってなかった」
     「でも、アチャモのおかげで、かよ子分かったの。かよ子にも『お外』があるんだって」
     「だからね、アチャモ。かよ子に『お外』があるって教えてくれたアチャモに、お礼がしたいの」

    そう言われたアチャモが、次に目にしたのは。

     「アチャモ、いっしょに行こう?」
     「いっしょに、お外へ行ってみようよ」

    両腕をいっぱいにのばして、いっしょにお外へ行こう、そう言っている、かよ子の姿でした。

    やさしくほほえんで、自分が飛びこんでくるのを待っているかよ子を見たアチャモは、つぶらな瞳をかがやかせて――

     

     「……ちゃも! ちゃもちゃも!」
     「わ、っと……ありがとう、アチャモ! よく来てくれたね!」

     

    今までいっぺんだって見せたことのない、弾けるような笑顔を見せて、かよ子の胸の中へまっすぐ飛んでいきました。目を細くしてよろこぶアチャモは、本当の本当にうれしそうで、見ている方までしあわせな気持ちになってくるほどです。かよ子は飛びこんできたアチャモをしっかり抱きしめて、胸の中へ入れてあげました。

    するとかよ子が、あることに気づきます。

     「わ……アチャモって、あったかい」
     「ホッカイロみたいにぽかぽかしてて、気持ちいいね」

    胸の中にいるアチャモは、とってもあったかかったのです。じんわり伝わってくるやわらかなあたたかさに、かよ子は思わずほほをゆるめました。でも、どうしてこんなにぽかぽかしてるんだろ……と、かよ子がちょっとふしぎに思った、すぐ後のことでした。

     (そうだ、大介くんが言ってた)
     (アチャモには「ほのおぶくろ」があって、そこで火を起こしてるんだ、って)

    大介くんから聞いた、アチャモの体のひみつ。体の中に「ほのおぶくろ」を持っていて、そこで起こした火を口から吐いて敵を攻撃する、というものでした。お話を聞いたときは、火を吐けるなんて危ない、としか思っていませんでしたけど、今はちょっと違います。

     「そっか。火って、危ないだけじゃなくて、あったかいんだ」
     「アチャモって、こんなにあったかかったんだね」

    かよ子に抱きしめてもらったアチャモは、とってもうれしそうに目を細めて、かよ子に何べんもほおずりしました。それが気持ちよくって、かよ子はますますアチャモのことを好きになりました。

     「ありがとう、アチャモ。かよ子のところに来てくれて、ホントにありがとう」
     「いっしょに、お外へ行こうね」

    アチャモをしっかり抱きしめながら、かよ子は鳥小屋をあとにしました。

     

    かよ子はアチャモを抱いたまま学校を出て、そのまましばらく歩いていましたけれども、急に「あっ」と何かに気づいたみたいな顔をして、道の途中で立ち止まりました。

     「そうだ、アチャモ」
     「ちゃも?」
     「せっかくお外に出られたのに、いつまでもかよ子がつかまえてちゃダメだよね」

    そう言うと、かよ子はアチャモをそっと道路へ下ろしてあげました。アチャモは自分の足で道路に立って、ぱあっと目をかがやかせました。周りをちょこちょこ歩き回って、とってもうれしそうです。夕暮れ時のすずしい風を全身であびて、アチャモはすっかりご機嫌のようでした。

    かよ子が自分の足でで歩かせてくれたことに、アチャモはますますよろこんでいました。人懐っこい笑顔を見せて、かよ子の足に顔をすりすりしはじめました。かよ子はくすぐったくって、きゃっきゃと朗らかな笑い声をあげました。

    再び歩き始めたかよ子にアチャモはしっかりくっついて、並んでいっしょに歩いていきます。辺りに人の姿はなくて、いるのはかよ子とアチャモだけです。でも、かよ子はちっとも寂しくありません。日はだいぶ沈んでいて、周りも薄暗くなっています。だけども、かよ子はこれっぽっちも怖くありません。

    なぜなら、かよ子のとなりには、小さいけれど熱い心を持った、たのもしいアチャモがいてくれているからです。

    だいだい色に染まる空を背にして、かよ子とアチャモはのびのびと歩いていきます。夕焼けに照らされた道には、かよ子とアチャモの長い影が、大きく大きく伸びていました。

     「かよ子の行きたい吉野市って街にはね、おいしい駄菓子屋さんがあるんだよ」
     「夜遅くまでやっててね、やさしいおばあちゃんがお出迎えしてくれるの」
     「あとね、ニャースも飼ってるんだ。いつでものんびり寝てて、撫でたげるとごろごろ言ってかわいいの」
     「お菓子もめずらしくておいしいのばっかりで、どんなにいても飽きないくらい」
     「ポケモンが食べられるお菓子もいっぱいあったから、アチャモにも好きなの食べさせてあげるね」
     「お兄ちゃんが家に帰ってきたら、またいっしょに駄菓子屋さんでお菓子を食べるんだ」

    吉野市にある駄菓子屋さんのことをかよ子が楽しそうに話すのを、アチャモはニコニコしながらしっかり聞いていました。

     「それとね、かよ子といっしょの塾に通ってる、一博くんって男の子がいるの」
     「やさしくてね、おしゃべりしてるとすっごく楽しいよ」
     「あっ、思い出した。一博くんね、ほのおポケモンとなかよくなりたいって言ってたから、アチャモのこともきっと気に入ってくれるよ。一博くんポケモン大好きだから、アチャモにもやさしくしてくれるはずだよ」
     「そうだ、いいこと思いついた! もし一博くんがよかったら、いっしょに駄菓子屋さんに行こうっと!」
     「お金はちゃあんと持ってるよ。いっぱい買って、みんなで食べようね」
     「もうすぐ遠くの延寿市へお引越ししちゃうって言ってたけど……でも、新しい家の住所とか、電話番号とか聞いて、また遊びに行くんだ。かよ子、ひとりでだって遊びにいくもん」

    大好きな一博くんの話をして笑うかよ子に、アチャモもほほがゆるみっぱなしです。かよ子の話を聞いて、アチャモも一博くんに会ってみたくなったようでした。

     「ねえ、アチャモ。お外、気持ちいい?」

    かよ子がアチャモに訊ねます。

     「ちゃも!」

    アチャモはちっとも迷わずに、元気よく声をあげて答えました。

     「うん、うん。かよ子もね、とっても気持ちいいよ」
     「気持ちがはずんで、今にもスキップとかしちゃいそうなくらい」

    さわやかな笑顔を見せたかよ子に、アチャモも短い羽をはばたかせて答えました。

    そして……。

     「ここが分かれ道。まっすぐ行けば、吉野市へ行けるよ」

    かよ子とアチャモはふたりそろって、分かれ道の前までたどり着きます。いつもはまっすぐ家に帰る道を選ぶ、あの分かれ道です。

    アチャモに目くばせしてから、かよ子はまっすぐ前を向いて、一度目を閉じます。小さくうなづいてから目を開くと、にっこり笑って、胸を大きく張って、かよ子は――。

     

     「よーし! アチャモ、吉野市に向かって、しゅっぱつしんこーう!」
     「ちゃもちゃもー!」

     

    かよ子は、普段の帰り道とは反対の、吉野市につながるもうひとつの道を選んで、ゆっくりと、でも一歩ずつ着実に、前に向かって歩きはじめました。

    前へ、前へ。一歩ずつ、一歩ずつ。


      [No.2812] 恋人のいない君へ【100文字】 投稿者:ねここ   《URL》   投稿日:2012/12/25(Tue) 22:30:59     105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:クリスマス】 【書いてもいいのよ】 【描いてもいいのよ】 【メタモン

    朝起きたら相棒のメタモンがボールから逃げ出していた。クリスマスの日に何てことだと慌て始めたところで、インターホンが鳴った。パニクりながらも出ると、そこにいたのは女子にへんしんしたメタモンだった。おい。













    こんばんは、メリークリスマスです。ねここです。
    要約すると「メタモンが恋人代わりになってくれようとした」ということです。わかりにくくてすみません……。
    100文字というのはなかなか難しいですね。
    ちなみにわたしはクリスマスプレゼントに某白熊喫茶のシールブックをもらいました。


      [No.2372] 【描いてみました】 突き落とされ感が半端ない。 投稿者:巳佑   投稿日:2012/04/09(Mon) 17:43:20     124clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    【描いてみました】 突き落とされ感が半端ない。 (画像サイズ: 1500×1899 471kB)

     
     この作品を読んだのが去年の夏頃で、終盤でのテネちゃんに突き落とされた感がやばくて、これはいつか描こうと思っていたのですが……いざ描いてみたら五枚も描いていました。これはあれかテネちゃんの魔力というやつ(以下略)
     おそばせながらでアレですが、この作品へのラブコールということで送らせてもらいました。

     不幸論に関しての感想は殆どイラストの横で色々と言っていますが、最後にもう一つだけ。
     語り部の最後の問いかけですが、ポケモンと一緒にいることにとってがテネちゃんにとっての幸せだと考えると、最後の語り部の質問の答えって一体どうなるんでしょうかね?
     確かに人を殺した人間が、その先幸せに生きられるとは思えないですけど……彼女にとっての幸せのより所を考えると……うーん、難しい(汗) 

     改めて、【描いてもいいのよ】おいしくいただきました!

     ありがとうございました!


    >  【書いても・描いてもいいのよ(いや、かかないだろw)】

    【ここにいますよ、描いちゃった奴が(笑)】


      [No.2371] よみがえるきずな 投稿者:メルボウヤ   《URL》   投稿日:2012/04/08(Sun) 23:06:39     141clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     日に日に暖かさを増す麗らかな四月の、とある日曜日。
     タチバナ家では朝早くから『イースター』のための飾り付けや、ご馳走の準備が着々と進んでいます。

     イースターとは、簡単に言えば“春の到来を祝うお祭り”です。
     クリスマスやハロウィンに比べると知名度は低く、これをお祝いしている家庭を見たことのあるひとは、そんなにはいないのではないでしょうか。事実、ここカナワタウンでイースターをお祝いしているのは、この家一軒きりでした。

     そんなタチバナ家には、ナズナと言う名前の、九歳の女の子が住んでいます。
     ポケモンブリーダーのお父さんと、元ポケモントレーナーのお母さん。そして二人の仲間ポケモンたちと一緒に、毎日仲良く暮らしています。

     ……元気に幸せに、暮らしているはずでした。






    「よおし。そんじゃ、そろそろ始めるぞ!」
    「ぐぐぅん!」

     ナズナのお父さん、コウジが、明るく大きな声を上げました。彼の足下では、イッシュ地方では珍しい豆狸ポケモン、ジグザグマが、ぴょこんぴょこんと跳ねています。

     色とりどりのチューリップが咲き誇るタチバナ家のお庭にて、今年も『エッグハント』が開催されようとしています。

     エッグハントは、お庭の色々な所に隠されたイースター・エッグ――色付けや飾り付けを施した茹で卵のことで、とても大切な意味を持つイースターのシンボルです――を、子供たちが競って探し出すゲームです。
     ご馳走を食べるお昼までの時間にこのゲームをするのが、タチバナ家で祝われるイースターの、毎年の恒例行事なのでした。


    「……うん」

     コウジとジグザグマ(皆はジグちゃんと呼んでいます。ジグちゃんは幼い女の子です)に遅れて、ナズナも同意します。しかしその声は消え入りそうなほどか細く、元気がありません。
     そのことに気づかない振りをして、コウジはふたりの前に小さなバスケットを置きました。ナズナの方はピンク色、ジグちゃんの方は水色で縁取りがされた白地のハンカチが、中に敷かれています。

    「制限時間は二十分。より多くの卵を見つけた方が勝利! 豪華賞品をゲット出来るぞ!」

     例年と殆ど同じ言い回しですが、これを聞くと、今年も始まるのだなと気が引き締まります。
     まだ幼くて知らないこと、解らないことだらけのジグちゃんですが、豪華賞品という言葉が素敵なものを意味することは理解しているのか、箒の先端に似た尻尾を、やる気充分といった風に振り回します。
     対するナズナはと言うと、足下のバスケットを持ち上げようともせず、視線を明後日の方向に投げています。
     そんな上の空な娘を、コウジはやはり気にかけていない様子。

    「よーい、スタートッ!!」

     賞品の内容を一頻り述べ終わると高らかに声を上げ、手をパァンと一つ、打ち鳴らしました。

     さぁ、卵狩り競争の開幕です!

    「ぐぐーーっ!!」

     電光石火のごとく飛び出したジグちゃん。そのまま庭を囲む生垣に激突しそうな勢いですが、すぐに直角に左へ折れて、直後、今度は右へと素早く折れ曲がります。

    「そら、おまえも行って来い!」

     競争相手に抜け駆けされたというのに、ぼんやりと突っ立ったままのナズナに、ようやくコウジが声をかけました。バスケットを両手持ちにさせて、その両肩を掴んで後ろへと、彼女を振り向かせます。

    「……うん」

     またもや元気のげの字も無い返事でしたが、父親は満足げに笑うだけ。
     気が進まないとはいえ、いつまでもここでこうしていても仕方がないので、ナズナもジグちゃんの後を追って春の陽光の下、卵狩りへと出掛けることにします。

    「ぐーん♪」

     そうしてナズナが玄関を離れるため一歩踏み出した時、ジグちゃんがジグザグと方向転換をしながら戻って来ました。
     口には卵が一つ。早速イースター・エッグを探し当てたようでした。
     ジグちゃんは、落とさないように大切に卵を咥えて来ると、玄関先に置いてある自分のバスケットに入れました。薄紫色のお花が描かれた卵。ムンナ柄の卵です。

    「ジグちゃんもう見つけたのっ」

     開始から一分も経たない内に卵を発見する偉業を成し遂げたのは、これまでの、数々のエッグハンターの中でもジグちゃんが初めてです。

    「さすがジグザグマ、早いな!」

     ジグザグマというポケモンは、独特のジグザグ歩行で、物陰に隠れている宝物を見つけるのが得意なのだと、コウジは説明しました。昨夏に生まれたばかりのジグちゃんでも、それは生まれ以ての能力、ジグザグマの本能です。
     ジグちゃんは歴代の競争相手の中で一番幼く、実は一番手強いポケモンなのです。

     こうなってくると、本気を絞りに絞らなければ、ナズナが今年の豪華賞品を手にするのは難しそうです。
     今年こそは……いえ、今年だけは絶対に勝たなければならないのです。強く望んでいた物が、春一番で手に入る大チャンスなのですから。

     そうだ、とナズナは心の中でひっそりと自分を奮い立たせます。
     待ち焦がれていた春と、イースター。
     こんな無気力な状態では、去年の自分に、何やってるのと怒られてしまうでしょう。

     それにきっとあの子だって、ナズナに頑張って欲しいと、思っているはず。


    「…………」

     ふとそうした考えが浮かんで、折角勇み始めていたナズナの気持ちが悄々と、元に戻ってしまいました。前進していた両足も、ぴたりと止まってしまいました。
     彼女はまた、あのことを思い出してしまったのです。


     再び心が沈むナズナの傍らを、春風とジグちゃんが通り過ぎます。

    「…………」

     何気なく玄関を振り返ると、コウジが家の中へ入って行くところでした。他に用事があるのでしょう。彼に何か言いたげな顔をしたナズナでしたが、呼び止めはしません。ガチャンと扉が閉まるのを見届けるだけでした。

     ついと視線をずらして、ナズナはベランダから見えるリビングと、その奥にあるキッチンに目を凝らします。そうするとナズナのお母さんと、彼女のお手伝いをしている二匹のポケモンの姿を見ることが出来ました。
     お母さんがトレーナー修行の旅をしていた頃からの仲間ポケモン、ハピナスとドーブル。イースター・エッグとして彩色した茹で卵は、二匹が『タマゴうみ』と『スケッチ』で用意してくれたものです。
     彼女たちはナズナとジグちゃんが卵狩りをしている間に、お祝いのご馳走を作ってくれています。そう考えればなんとなく、いい香りが漂って来る気がします。皆、にこにこ頬笑んでコンロに向かっていました。

     ナズナは続いて玄関近くの水道と、隣にあるベンチを見ます。

     お父さんのマラカッチが、ゼニガメじょうろにお水を注いでいました。自らも二つのお花を頭に咲かせている彼は、花壇の世話がお気に入りです。飛沫を立てて水を満たしていくじょうろを手に、頻りに楽しそうに体を揺らしシャカシャカ、シャンシャンと軽やかな音色を奏でています。
     水道の隣のベンチにはお母さんのミミロップが座り、優雅に毛繕いをしていました。他の皆と同じく目元と口元を和らげて、優しい風に長い耳をそよがせています。ちなみにこのミミロップは“彼女”ではありません。喧嘩上等な男の子です。

     一通り皆の様子を眺めて。
     ナズナは密かに溜息を漏らし、呟きました。


    「……みんな、楽しそう」


     温かな陽射しと、柔らかなそよ風。
     咲き誇る花々に、皆の明るい笑顔。

     ナズナは歓喜が、色々な場所から溢れ出るような、この華やかな季節が大好きです。
     小さな幸せを沢山運んで来てくれる、春。その訪れを祝うイースターも大好きです。

     だけど。


    「まだ悲しいのは私だけ、かな」


     歓喜の溢れる春なのに。
     笑顔の満ちる春なのに。


    「私、だけ……」


     ナズナだけが、深い悲しみの底に沈んでいました。
     一人だけ、心から、春の到来を歓べずにいました。






     ナズナの父親タチバナコウジは、優れたポケモンブリーダーです。
     今も現役ですが、若い頃――ナズナのお母さんと結婚する以前は、様々な地方で幾多の大会に出場しては高得点を叩き出し、上位入賞を逃すことの方が稀だと言われたエリートブリーダーでした。
     彼の手にかかればどんなポケモンでも、内面から放たれる生命の輝きで、その身を華々しく煌めかすことが出来ました。
     中でも、彼の一番のパートナーだった花飾りポケモン・ドレディアは、かつて、他の追随を許さないとブリーダー界で騒がれたほど、それはそれは美しい花のティアラを挿頭していました。

     紅色の花飾りと萌黄色のドレス。御伽話に登場するお姫様のようなドレディアが、その姿に相応しく心優しいドレディアが、ナズナは今よりもっと幼い頃から大好きで、とても慕っていました。
     一緒にお母さんのお手伝いをしたり、遠い街までふたりきりでお出かけしたり、言葉が解らないながらも沢山たくさん、楽しくおしゃべりしたり。
     ナズナにとってドレディアは、優しい優しいお姉さんでした。
     ドレディアもナズナを、可愛い可愛い妹だと想っていました。


     ナズナは、今年のエッグハントの賞品には『自分のポケモン』が欲しい、とリクエストしていました。
     ドレディアに限らず、他のポケモンたちとも家族同然に打ち解けている彼女ですが、やはり彼らは両親のポケモン。自分と特別仲良くなってくれる自分のポケモンが欲しいと、近頃はそればかり考えていました。

     彼女が自分のポケモンを欲しがる理由は、もう一つあります。

     少しでも世話を怠れば萎んだり枯れたりと、すぐに傷んでしまう、気難しいドレディアの花飾り。それをいとも容易く常に鮮やかに、瑞々しく保っていた父親の腕前。
     ナズナはお父さんと同じポケモンブリーダーになり、ゆくゆくは彼のドレディアに負けないくらい魅力的なポケモンを育てたいと思い、自分のポケモンを欲しているという訳なのです。
     ですから、この勝負には負けられません。このチャンスを逃す手なんてないのです。

     けれど……けれど。

     どうしても今のナズナには、去年のような元気が沸いて来ないのです。



     


     白いお皿の上には緑色のポロックが四つ、黄緑色のポフィンが二つ乗っていました。どちらも苦くて美味しい、ポケモン用のお菓子です。
     木製のローテーブルにそれを置いたコウジは次に、お花のお香を焚きました。春の温もりを思わせるふくよかな香りが、ふわりと周囲に広がります。

     お皿とお香の他に、薄汚れたモンスターボールと、金色のトロフィーが幾つか並ぶ机上を、陽射しが照らしています。
     コウジはそこへ更に一輪挿しを据えました。
     煌びやかに輝くトロフィー群より眩く目を引くそれは、見事に花開いた、紅色のチューリップ。

     モンスターボールへ、そしてチューリップへ向けて彼が何か言おうと口を開いた途端。
     庭から一層賑やかな声が聞こえて来たので、コウジはつられて、窓の外へ視線を移しました。






     あれからナズナはお庭をぶらぶらとしながら、ジグちゃんには発見出来なさそうな場所にあった卵を四つ、左腕にかけたバスケットへしまいました。

     ペリッパーポストの中から、ハート柄の卵。
     自転車の籠の中から、青空を描いた卵。
     窓辺のプランターの中から、トゲピー柄の卵。
     生垣の間から……何をイメージしたのかよく解らない、芸術的なタッチの卵。 

     他にはどこにあるだろうかと辺りを見渡したナズナはお庭の隅で、なんだか不思議な動きをしているジグちゃんを見つけて、歩み寄りました。


    「ぐぐぅーん!」

     ズルッどしゃっ。

    「みみ、みみみ」

    「ぐぐっ! ぐぐうぅーっ!!」

     ズルズルどしゃっ。
     ズルズルズルズルどしゃっっ。

    「みみみみみっ!!」

    「ジグちゃん…それは取るのむずかしいと思うよ?」

     ナズナが歩いて行った先には、つやつやした葉っぱをどっさりと茂らせた一本の木がありました。タチバナ家の一階の屋根より、ちょっとだけ背の高い木です。
     その根本で蹲るジクちゃん。幹をよじ上ろうと何度かチャレンジしたのですが、途中で勢いが続かなくなってずり落ちてしまい、身体中を満遍なく土で汚していました。
     何故そんなことをしているのかと言うと、一番地面に近い枝――とは言っても、ナズナが背伸びして目一杯腕を伸ばしてもぎりぎり届かない距離――の付け根に、ピンク色の卵を見つけたからなのです。ジグちゃんはこれを取るために奮闘しているのでした。
     愛らしい見た目に反して好戦的な性格のジグちゃんは、これしきでは諦めません。暫し休んで力を取り戻すと、再び幹を駆け上り……ズルどしゃっと音を立てて、またまた地面にお尻を打ちつけました。

    「みみみみみっ!!」

     一所懸命頑張っているジグちゃんを、ナズナも心の中で応援します。しかし、その後ろで水を差すかのように笑っているポケモンが一匹。
     ナズナはジグちゃんの代わりにそちらへ冷たい眼差しを寄越しましたが、それくらいなんのそので“ジグちゃん頑張れムード”をぶち壊しているポケモン……ミミロップは、笑い声を僅かすらも緩めません。彼がちょっぴり意地悪なのはタチバナ家の誰もが知る事実ですので、ナズナは、あとは呆れたように息を吐くだけでした。

     敵とは言えあまりに健気なジグちゃんを前に、ナズナは手を貸そうかと考えつきます。が、彼女が動き出すより早く、その場に新しく現われた者がありました。

    「ラッチ!」
    「ぐぐ?」

     シャカシャンシャンと体を鳴らしながら、マラカッチがジグちゃんの傍にやって来ました。
     彼が何やらちょいちょいと腕を振って指示をしますと、ジグちゃんが木から遠ざかって行きます。

    「カチッチ!」

     幹に対峙したマラカッチの合図で、ジグちゃんがジグザグ走行でそちらへ走り出します。マラカッチの背中から頭を踏み台にして、目的の枝へ一気に駆け上り……そしてついに、ピンク色の卵を口に咥えました。

    「みみっ…」

     いいのかソレ? とでも言いたげに二匹を見つめるミミロップに、ナズナは「あなたがあんな所にかくすからしょうがないでしょ」と、ジグちゃんのいる枝を指しながら言いました。
     そう、あそこに卵を隠したのは他でもないミミロップなのです。
     毎年最低でも三個は、ナズナたち子供が見つけられない、取れないような場所に卵を隠してしまうのが彼の癖。結局誰にも取れず後片づけが面倒なので、再三コウジが注意して来たのですが、ちっとも懲りていないのでした。


    「ぐぐぐっ!!」

     するすると幹を伝って地面に降りたジグちゃんは、すぐさま玄関先のバスケットに新しい卵を置きに行きました。
     目つきの悪いピンク色。タマタマの顔を描いた卵です。
     無理難題に果敢に挑んだジグちゃんは、しかし休む間も無く、次なる標的を求めて再度お庭へ駆け出します。物を探す競争というのが、彼女には楽しくて堪らないのでしょう。

     役目を終えたマラカッチは、ミミロップの耳を棘の手で掴んで家の中へと回収します。二つの意味で痛い痛い、と言う風にミミロップが大声で抗議していましたが、扉が閉まったことで音量は小さくなり、やがて聞こえなくなりました。

     タチバナ家のお庭に流れる音は、ジグちゃんの足音と、ゆるやかな春風に揺れる草花の音だけになりました。


    「…………」

     ナズナは先程のことを思い出します。

     一心に卵狩りに精を出すジグちゃん。
     彼女の真摯な姿に、ナズナは申し訳が無いような気持ちになりました。
     ジグちゃんはあんなに頑張って、自分との競争を純粋に楽しんでいる。それに比べて自分は他の事に気を取られて、真剣に勝負をしようとしていない。
     ナズナは自分が、冗談みたいに無気力な自分が、情けなくなって来たのでした。


     元気を出さなきゃいけないのは解っています。
     いつまでも悲しんでいたって、何も変わらないことだって解っています。

     でも、頭で解っていても、心がそれを受け付けないのです。


     どうして、あの子はここにいないのでしょう?






    「…………えっ」

     さわさわと草木を揺らして吹き抜ける風。その中に、自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、ナズナはぱっと振り返りました。
     一本木とは正反対の場所。生垣の前に赤茶色の煉瓦で、半月を画くように造られた花壇がありました。赤、白、黄色、ピンクに紫と、色とりどりに咲き匂うチューリップで溢れています。

     とても綺麗です。
     とてもとても綺麗なのです。
     それはもう、悲しくなってしまうほどに。


    「…………」


     この花壇は昨秋、妻から注文を受けてコウジが造りました。
     チューリップの球根はナズナとドレディアがふたりきりで、快速列車に乗って三十分ほどの、ホドモエシティのマーケットで買って来ました。
     来春、そしてイースターの日曜日に満開になってくれるように願いながら、ふたりで植えたのでした。

     そして今日。
     チューリップたちは狙い澄ましたかのように一斉に花開き、花壇を輝かせています。
     まるで彼女が、ここにいるよと伝えているかのように。


     ナズナは吸い寄せられるようにチューリップの方へと足を運びます。
     本当は見たくない。思い出してしまうから見たくないけれど、それ以上に美しく可愛らしいので、一度視界に入れてしまうと、見入らずにはいられませんでした。
     ゆっくりゆっくり、近づきます。

     と、その時。

    「わっ」

     ナズナは驚いて、思わず足を止めました。花壇の中央、緑色の茎と茎との隙間に――何やら大きくて丸い物が置いてあるのを、見つけたのです。
     見間違いかと思い、手の甲で両目を擦ってみましたが、やはりそれは消えたりせず、そこにありました。
     おっかなびっくり、歩み寄るのを再開します。
     あっと言う間に到着した花壇。果たしてそこにあったのは……赤いリボンでラッピングされた、大きな大きな卵でした。
     ナズナは驚愕に目を瞬かせつつ、それに手を伸ばします。恐怖心よりも好奇心が勝りました。

     卵はナズナの頭と同じくらいの大きさで、全体的に薄い緑色、下部が僅かに白くなっていました。堅い殻の内側から、じんわりとした温もりと微かな鼓動が伝わって来ます。

     初めて見た、初めて触れたけれど、ナズナにはこれが一体なんの卵なのか、瞬時に理解出来たようでした。
     そして、これがどうしてここにあるのか、どうすべきかを両親に相談するため、家へ取って返そうと思いました。

     が。


    「タイムアーーップ!!」

     大きな卵を抱えて玄関を振り返ってみれば、いつの間にかコウジが家から出て来ていて、しかも出し抜けに大音声を張り上げたので、ナズナは卵を取り落としそうになりました。

    「そこまで!! ふたりとも戻って来ぉい!」
    「ぐぐーーっん!」

     家の影になっているお庭の隅っこから、ジグちゃんが帰還。ナズナも、とりあえず大きな卵を持ったまま父親の元へ向かいます。
     ジグちゃんはぱたぱた尻尾を振ってご満悦です。コウジはジグちゃんを宥めるように背中をわしゃわしゃ撫でながら、双方のバスケットに入っている卵を数えます。

    「ナズナは四つ。で、ジグは九つか。ということは……今年のエッグハント、勝者はジグだっ! おめでとう、ジグ!!」

     コウジが喜色満面で拍手して、娘もそれに従います。
     分かり切っていた結果なので、ナズナは悔しがったりしません。今はそれよりも、この大きな卵が気になって仕方がありませんでした。

    「ぐぐぐーっ!」

     ジグちゃんは自分が勝ったと理解すると、待ち切れないとばかりに父娘の足下をぐるぐる周ります。

    「賞品は家ん中だ!」

     玄関の扉が開かれると、ジグちゃんはコウジに足を拭ってもらうことも忘れて、家の中へ飛び込んで行きました。





    「お父さん。これ、野生のポケモンが落としたのかな?」

     ジグちゃんへの豪華賞品を渡して一息ついた父に、ナズナは大きな卵を差し出しました。コウジは娘のとぼけた台詞に、少し笑ってしまいます。

    「落とし物じゃない。それはドレディアから預かった、ドレディアとマラカッチと俺からの、おまえへのプレゼントだ」
    「え?」

     意味が解らず、頭上に疑問符を幾つも浮かべるナズナ。
     しょうがないなと呟き、コウジは娘を、一階の南側の部屋へ招きました。あの日から、ナズナが一度も入りたがらなかった空間です。でも今は父の発言の意味を知りたい気持ちの方が強く、中に入るのに今までのような躊躇いはありませんでした。





     お花のお香と陽光が満ちた部屋。
     彼女が、最期の時を迎えた場所。

     コウジの最初のポケモン、ナズナの掛け替えの無いお姉さんは、今年の始め、タチバナ家から居なくなりました。

     寿命だと、町のポケモンドクターは言いました。
     怪我や病気が原因なら治療は出来るけれど、寿命ならば、周りに出来るのは「ありがとう」と笑って見送ることだけなんだと、コウジは言いました。

     人もポケモンも、いつかは「さよなら」を言わなければならない時が来ることは、ナズナも知っていました。解っていました。

     けれどこんなにも早くその時が来るなんて、思っていなかったのです。





     部屋の窓際にあるローテーブルの前へ、父と娘は座りました。

    「おまえ、自分のポケモンが欲しかったんだろ? 本当はおまえとジグと、どっちかにしか賞品はやれないルールだけどな。今年は特別だ」
    「……?」

     まだピンと来ていない様子の娘に、父はこう問います。

    「ナズナ。イースター・エッグに込められた意味、覚えてるか?」

     イースターをお祝いすることに決めた年に、ナズナはコウジにそれを教わりました。
     けれども当時のナズナはたったの四歳。聞いたことは薄らと覚えていますが、内容までは覚えていません。
     素直にそのことを伝えると、父はもう一度教えてやると言って、ゆっくりと語り始めました。

     昔々ある国に、神の御子と崇められていた救世主がいました。
     彼は磔にされて亡くなった三日後に、奇跡の復活を果たしました。
     彼の信者たちは救世主の復活を祝うため、あるお祭りを始めました。
     それがイースター、すなわち『復活祭』なのです。
     イースター・エッグは、救世主が死という殻を破って蘇ったこと。そして、冬が終わり草木に再び生命が蘇る春の喜びを表わしているのだと、コウジは言います。


    「だけど神の御子と違って、人もポケモンも、一度死んでしまったら絶対に蘇らない」

     その言葉にナズナは悲しげな顔を伏せました。
     理解していても人から改めて言われると、やはりつらいものなのです。

    「でもな。命は蘇らなくても、残された者が生きてる限り、いつだっていくらだって、蘇るものがあるんだ」

     続いた台詞に今度は不思議な顔をして、ナズナは父を仰ぎます。

    「思い出とか、絆とかな」

     娘を安心させるように、コウジはにっと笑顔を作ってみせました。そして、ナズナの腕の中にある卵に視線をやります。

    「今度はおまえがそいつの姉ちゃんになってやれ。ドレディアの時と同じ強さで、そいつと仲良くなるんだ」

     そうすればドレディアとの絆も繋がり続けるだろうから。
     そのようにコウジは続けました。

    「…………」

     ナズナはドレディアの遺した卵を見つめます。
     大きくて温かな卵です。


     そこでふと、ナズナは閃きました。


     ナズナはここ数日、ずっと憂鬱でした。
     それはドレディアを亡くした悲しみから立ち直れずにいたからだけではなく、自分以外の皆がとても楽しそうに笑っていたから。
     数日前までは自分と同じように悲しみ、寂しさを露わにしていた皆が、今日はもうすっかり笑顔になっていることが、ナズナの悲哀を助長させていたのです。

     ドレディアを悼む心を無くし、彼女の命が失われたことに対する嘆きから解放される代わりに、愛し慕った彼女自身のことすらも忘れてしまうのではないかと……そんな風に考えていたのです。

     しかし、きっと、そうではなかった。

     皆が嬉しそうなのは悲しみを忘れたからではなく、ナズナが、卵から生まれるポケモンと出会って笑顔になる瞬間を、楽しみにしてくれているからではないかと、ナズナは思い至りました。


    「ドレディアを亡くす前にも、俺は何回もポケモンを亡くしてきた。事故、病気、寿命…死因は色々だ。その都度もうポケモンなんて育てない、と思った。別れはつらいもんな」

     コウジがしみじみと、部屋中に飾ってあるトロフィーや表彰状を見て言います。

    「でもやっぱりまた育てちゃうんだよ。別れのつらさより、一緒に過ごしてる時の楽しさの方が何百倍も強い所為で、さ」

     亡くなった者を想う限り、思い出はいつでも蘇る。
     亡くなった者と同じ強さで新しく生まれた者を想えば、絆は何度でも蘇る。

     コウジはそうして、沢山のポケモンを育て続けました。
     その意思を絶やさないためにと、イースターを祝うようになったのでした。


    「おまえもそういう風に考えてみろ。そうすりゃきっと、ドレディアも喜ぶぞ」

     最後にそう言い残し、コウジは頬笑みを掲げたまま部屋を出て行きました。



     一人残されたナズナは、じいっと卵を見つめます。


     この中に宿る命が、あの子との絆を蘇らせてくれる。

     心の中で唱えてみると、不思議と元気が沸き起こって来るように感じられました。


    「今度は私が……」

     静かな、決意の声。



     ――コトッ。

     応えるように卵が、微かに揺れました。






    「ナズナーそろそろご飯よー」

     暫くしてリビングから、お母さんの声が聞こえて来ました。
     弾かれたように壁掛け時計を見ると、もうお昼に近い時刻を指しています。

    「はあーい」

     返事したナズナの表情と声色は、もう悲しみも寂しさも帯びていませんでした。
     優しく強く、卵を抱え直して起き上がり、部屋を出ます。



    「ぐぐ〜ぅ」

     廊下に出るとジグちゃんが、エッグハントの賞品なのでしょう、赤いポロックやポフィンが沢山入った袋を咥えて待っていました。
     すっきりとした面持ちのナズナを見て、尻尾をぶんぶん振って喜びます。

    「行こう、ジグちゃん!」

     豆狸に微笑みかけ歩き始めるナズナ。その隣を、ジグちゃんは弾んだ足取りでついて行きます。



     リビングには既に皆が集まっていて、ご馳走を取り囲み、今日一番の満面の笑みでナズナたちを迎えてくれました。
     ナズナも負けじと、破顔一笑。
     もうすっかり、元気なナズナに復活です。





     今日はイースターの日曜日。
     そしてカナワタウンに、ポケモンブリーダーの卵が生まれた日です。








     春の陽射しが皓々と降り注ぐ、チューリップの花壇で。
     私はその日、歓喜に満ち溢れたタチバナ一家の団欒を、いつまでもいつまでも、眺めていました。





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    初投稿です。メルボウヤと申します、以後お見知り置きを!

    マサポケへは一昨年の夏頃(BW発売前ですね)から度々訪問、閲覧させて頂いておりました。普段は専ら絵を描いているのですが、皆さんのお話を読んで、自分ももう少し文章が上達したらいいなぁと思い、まずはポケストに投稿するべくヤドンの歩みでぽつぽつ書いておりました(^v^)ゞ

    今回投下させて頂いた話は、コンテスト第二回のお題【タマゴ】をお借りして書きました。案自体は作品募集時に既に出来ていたにも関わらず、なんやかやで完成はその約一年後という; 今月に入ってもまだ絶賛グダグダ状態だったのですが…今年のイースターである本日(西方教会と東方教会で日にちが違う年もあるようですが)に、なんとか間に合わせることが出来ました。今年を逃したらもう書けない気が致しましたので…!
    ポケスコ第二回の締め切り延長前の投票開始予定日(だったかと…うろ覚えです;)が去年のイースターだったというのは、ここだけの秘密です(?

    一万字以内に収める予定でしたが微妙にオーバーしました。もう少し削れる所がありそうなものの、私のレベルでは今日中に間に合いそうにないので、とりあえずこのまま投稿させて頂きました。
    文字数以前におかしな点も大分あると思いますし、追々修正したいです^^;

    文章を書くのって物凄く難しい。でも絵や漫画では表現出来ないこともあって、上手い具合に組み立てられるととても楽しいです*´▽`*
    第一回・第三回のお題でも考えた話があるので、そちらもBW2発売前には投稿したいなと思っております。またお会い出来ましたら、その時もどうぞよろしくお願い致します^^

    ここまで読んで下さり、ありがとうございました!

    -------------------------------------------------------------------

    2012.4.8  投稿
         4.30 修正

    よく考えずに削ったら益々おかしくなっていたので、投下直前に削った部分も元に戻しました。もう文字数なんて気にしない。(どうなの


      [No.2370] Re: 【宣伝&募集】コンテストを開くので 投稿者:西条流月   投稿日:2012/04/08(Sun) 22:06:08     95clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     すいません、肝心の企画ページのURLを入れてませんでした、というわけでいろいろやったんですが直接飛ぶのは難しいみたいなんで
    下記の記事にあるURLから飛んでください

    http://rutarutamaro.blog.fc2.com/blog-entry-2.html


    お手数をおかけしてすいません


      [No.2367] レベル50 投稿者:くろまめ   投稿日:2012/04/08(Sun) 21:38:24     92clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「すみません。バトルタワーにエントリーしたいんですが……」
     
    「ああ、新規の方ですね。本日はまことにご利用いただきありがとうございます。ご不明な点がございましたら、お気軽にお尋ねください」

    「はい……実は僕のポケモン、50レベルを過ぎてしまっているんですが……」

     どうにも落ち着かないのか、まだ若いトレーナーは腰につけてあるモンスターボールを左手でいじっていた。

    「大丈夫ですよ。バトルタワーではポケモンのレベルを調整できるように整備されていますので」

     トレーナーの緊張を和らげるためなのか、営業スマイルなのかは分からないが、社員が作る笑顔を見て、彼は安心したように息をついた。

    「そうなんですか。レベルを調整できるだなんて、驚きです」

    「正確にはレベルを調整するわけではなく、能力値を調整するんですよ」

     彼のふとした疑問にも、社員は笑顔を崩すことなく答える。

    「それはどのように?」

    「例えば、タウリンやインドメタシンなど、ポケモンの能力値を上げる薬品がありますよね? そのベクトルを逆に応用し変化させ、体内のたんぱく質を分解し筋肉量や技のキレ具合を下げるんです」

    「それはすごいですね。どうしてそのような薬品が、一般店で販売されていないんでしょう?」

     初めから変わらぬ笑顔で、社員はにこやかに答えた。



    「ポケモンのホルモンや新陳代謝を乱す有害な薬品が多量に含まれているので、一般販売はされておりません」


     トレーナーはバトルタワーを後にした。


      [No.2366] Re: 神の祈り 【前編】 投稿者:くろまめ   投稿日:2012/04/08(Sun) 21:36:11     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    こちらこそ初めまして、くろまめです。

    ギャグはほとんど勢いで書いてるんですけどね(笑)
    案外考えない方が良いアイディアが浮かんだりしますよ。

    最近の悩みは、会話文と地の文の比率が悪いことです。
    いっそのこと地の文だけにしたいくらいです(笑)

    ご感想ありがとうございました。


      [No.2365] 【宣伝&募集】コンテストを開くので 投稿者:西条流月   投稿日:2012/04/08(Sun) 21:34:49     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]






    タイトルのまんまですが、自分主導でコンテストをやることになったのでその宣伝です


    とりあえず、このサイトに概要は置いてあるのですが主催者が編集をミスって見れなくなることがよくあるので、ここにも書いておきます


    お題「あい」(自由に変換可能)を使って、ポケモン二次創作小説コンテストをやります

    締め切りは6月いっぱい  下限文字数は100文字で上限文字数はなし

    それでお題として、キャッチコピーも使おうと思います

    キャッチコピーというのは本の帯なんかに

    「期待の新鋭、現る」とか
    「まさか、こんな遅くにやってくるやつがいるとはな」とか
    「あの勝負だけが心残りなのよ」
    と言ったような中身が気になるような販促用のフレーズです

    お題のキャッチコピーが似合うような小説を創作してください

    「あい」を主題とするなら、このキャッチコピーは副題といったところでしょうか


    それでこのキャッチコピーなんですが、複数あるうちの一つを採用してくださいというべきところなんでしょうが主催者の頭ではかっこいいフレーズが思い浮かばないので、公募しようかと思います


    数は七つ前後  二桁はいかないように数の調整をいたします

    【分からないことがあったら遠慮せずに聞いてください】


      [No.2364] ハナビラの舞 投稿者:穂風奏   投稿日:2012/04/08(Sun) 14:10:53     102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    『講評
            タカヤ様
     技の完成度・ポケモンの手入れは、よくできています。ですが、技のオリジナリティーが欠けているために、今回の予選通過はなりませんでした。
     次回からはその点に気をつけてみてください。
                   ポケモンコンテスト運営委員会トキワ支部部長 ミヤ』

    「――だってさ、キレイハナ」
     トキワシティコンテスト会場前公園、そのベンチに腰掛けて今回の講評を読み上げてみる。
     横では共にステージに上がったキレイハナが、しょんぼり落ち込んでいた。
     だいぶ練習し自信をつけて参加したのに、予選すら突破できなかったとなれば当然かもしれない。俺も顔には出してないが内心けっこう凹んでいる。
    「ただ、技を磨くだけじゃダメなんだな」
     美しく魅せるためには、オリジナリティーが必要だとは考えたことがなかった。確かに言われてみれば、グランドチャンピオンを決める大会に出場するようなポケモンたちは、他のひととは一味違う――それでいて綺麗な技を多く使っていた気がする。
     けれど、自分のこととなるといい案が思いつかない。他の人がしないような技、か。
    「でもなー、どうすりゃいいんだろ」
     ごろん、と寝転がって空を見上げる。キレイハナに当たらないように腕を組んで枕にする。
     視界に入るのは、真青な空――と満開の桜の木。花びらが風に煽られてひらひらと空を舞っていた。
    「ん……?」
     一瞬何かが頭をよぎった。
    「花びら……桜……舞う…………。これはいけるか?」
     たった今思いついたことを、隣でいまだに落ち込んでいるキレイハナに提案してみる。
    「なあ、桜の花びらを使って「はなびらのまい」ってできるか?」
     俺の提案にキレイハナはしばらく黙って考え、そして――首をかしげた。
    「まあ、やってみなきゃわかんないか。とりあえず、ほら元気出せよ」
     キレイハナの背中をぽんと叩いて、ベンチから下りるように促す。
     しぶしぶといった感じでキレイハナは地面に下り立ち、「どうすればいいの?」と視線を向けてきた。
    「んー……」
     そういえばキレイハナの「はなびらのまい」は、自身から出すものと周りにあるものを操って技とする――と聞いたことがある。
     ならばとキレイハナを桜の花びらが多く落ちている木の下へ連れて行き、とりあえず試してみる。
    「よし、キレイハナ。はなびらのまい!」
     俺の指示に応えてキレイハナが踊りだす。
     小さい手足を器用に使って舞う。段々と桜の花びらが宙に浮かび始め、キレイハナを中心として回りだす。
    「おお……!」
     いつもの赤い花びらも悪くはないけれど、これは格別だ。
     キレイハナの緑、黄、赤の三色に花の桜色が映え、よりいっそう美しく見える。
     先ほどのコンテストで使ったものと同じ技なのに、全く別もののようだ。
    「春限定ってのもなかなかいいよな」
     桜吹雪の中で舞うキレイハナを見ながらそんなことを思った。

    「よくやったぞ。これなら本番でも使えそうだよな」
     技が終わると、すぐに駆け寄ってキレイハナを抱きかかえた。
     キレイハナもさっきまでとは打って変わって上機嫌だ。
     この調子なら次の大会はいいところまで行けるはず!
    「さてと、あとは桜をどうやって会場まで持ってくかだな。そのまま持ってくってのも芸がないし」
     残るはこの問題だ。俺が桜の花びらを大量に抱えてステージに上がるのは、なんだかつまらない。上手く持ち込む方法はないだろうか。
     と考えていると、キレイハナが広場の方を指した。
     そこでは母親と姉妹が芝生に座り込んで何かをしていた。

    「ねーねー、次は私の!」
    「はいはいユキは何を作ってほしいの?」
    「ミキと同じ髪飾り!」
    「それじゃ、今度自分でも作れるようによく見ててね」
    「はーい!」

     どうやら、落ちている桜を使ってアクセサリーを色々作っているようだった。
    「お前もあれが欲しいのか?」
     うーんと少し考えて、キレイハナはあの家族の方を指してから、次に自分の頭を指した。そして、さっき見せた「はなびらのまい」の動きをして見せる。
     えっと……要するに、
    「花びらを衣装の一部にして、技の時にそれをバラして使う――ってことか?」
     当たりというようにキレイハナが一言鳴くと、足元にあった花びらの山から一すくい持ってきた。
    「そうと決まったらさっそくろう――って言いたいところだが。髪飾りの作り方、俺わかんないんだよな。向こうで一緒に聞いてこようぜ」
     キレイハナを誘って俺は親子の方へ走り出した。

     その後、桜のはなびらのまいを使うキレイハナとタカヤは徐々に注目を浴びて行き、何度か優勝することもできた。
     ただ、キレイハナが技のたびに分解する髪飾りは、毎回タカヤが直しているとか。



    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    こちらでは初めて投稿しました、穂風です
    ポケモンのお話を書くのはポケコン以来なので――半年ぶりでした
    ポケモンだからできるようなほのぼのしたものを、のんびり書いていこうと思います
    【描いてもいいのよ】
    【好きにしていいのよ】


      [No.2363] Re: 神の祈り 【前編】 投稿者:akuro   投稿日:2012/04/08(Sun) 12:01:33     68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     初めまして、akuroと言う者です。 


     くろまめさんギャグ上手いですねー! 私もギャグ物を書いてるんですが、到底及ばない……尊敬する域に達してます!

     後編も楽しみにしてますね!


      [No.2362] 路傍の石【1】 投稿者:   《URL》   投稿日:2012/04/08(Sun) 01:48:54     243clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    この小説は、きとらさんより寄せられた「586さんの描く『ダイゴさん』像を見てみたい」というリクエストを受けての、586なりのレスポンスです。

    拙い点ばかりですが、少しでもお気に召していただければ幸いです。

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    第一印象は、彼はなぜこんなものを集めているのか、という至極単純な疑問だった。

     「これは……石、ですよね?」
     「そう。石だよ。どこにでも落ちていそうな、"路傍の石"さ」

    ありきたりな石ころですよね、と私が二の句を継ごうとしたところに、先手を打って言われてしまった。過去に何度も同じことをされているとはいえ、この鋭さにはいつもヒヤリとする。

    硝子戸を引いて、石を一つ取り出す。ケースから出てみれば印象が変わるかと一瞬期待したが、胸元まで寄せられた石は紛れも無く、これといった特徴の無いただの石だった。

     「その、何か変わったところがあるとか……ですか?」
     「この石がかい? いや、変わったところなんて一つも無いよ」
     「一つも、ですか」
     「ああ。硬さも形も色も重さも、どれを取っても特徴の無い、普通の石だね」

    本人曰く「特徴の無い、普通の石」を、手袋を嵌めた手でもって繁々と眺め回す。その表情がまた童心に返った子供のように楽しげなものだから、首を傾げる回数ばかりが増えてしまう。私を軽くからかっているのか、と思ったが、彼の面持ちを見る限り、私のことは意識の埒外にあるようだった。

    ひとしきり石を眺めて、満足感ある表情のまま一端目を離す。すっ、と流れる水のように、彼の視線が私に向けられた。

     「そうだね。君が今何を考えているか、当ててあげようか?」
     「……」
     「どうして僕がこんな石を持っているんだい、そんなところじゃないかな?」
     「……そうですね。概ね、それで合ってます」

    こくり、こくり。二度に渡って深く頷く。右手に石を載せたまま、彼は話を続ける。

     「僕がこの石を拾った理由、僕がこの石を残した理由、僕がこの石を飾った理由。それは……」
     「それは……?」

    一歩前に出て、彼の言葉に耳を傾けた。

     「この石が、十枚の絵を生み出したからだよ」

    十枚の絵を生み出したから、彼はこの石を今も大切に保管している。投げ掛けられた言葉の順序を整理すると、以上のような形になる。確実に言えるのは、何のことだか訳が分からないということだけだ。

    私が困惑するのを見事に見透かして、彼はようやく本題に入った。

     「いつだったか、少し遠出をしたときに、絵を描いている女の子がいたんだ」
     「スケッチブックを抱えて、ですか?」
     「うーん、そうとも言えるし、そうとも言い切れないね」
     「それって、どういうことなんです?」
     「持っていたのが、スケッチブック……が映し出された、タブレットだったんだ」
     「ああ、今流行の……」
     「そうだね。タブレットにペンをカツカツ走らせて、外で絵を描いてた。あれは、今風でいいと思ったよ」

    彼が出会ったのは、スケッチブック・アプリをインストールしたタブレットを持って外で絵を描いていたという少女、だと言う。紙のスケッチブックを持ち歩く時代はもう終わったのかなどと、要らないことに思考を巡らす。

     「絵を描いていたのは分かりましたが、どうして石が関係するんです?」
     「気になるだろう? 僕も気になったんだ」
     「そ、それは、どういう意味で……?」
     「タブレットに描かれていたのが、今ここにある石だったからね」

    再び、私の前に石が差し出される。彼のエピソードを踏まえて、もう一度石を眺める。何かのきっかけがつかめれば、何か目に留まるものがあれば、そんな期待を込めて送る視線。

    そして二十秒ほど石を眼に映し出して、込めた期待は見事に空振りに終わったことを気付かされた。眼前の石はやはり何も変わらない、ただの石でしかなかった。

     「この石を、タブレットに描いていたんですか」
     「そう。一心不乱にね。すごく楽しそうだったよ」
     「楽しそうに、ですか……」
     「それはそれは、ね。繰り返しペンを走らせて、タブレットの中のキャンバスを作り変えていったんだ」

    彼が遭遇した少女は、この何の変哲も無い石を題材に、楽しそうに絵を描いていたという。俄かには信じられないというか、流れの読めない話だ。一体何が、タブレットの少女をそこまで惹きつけたのか。

     「気になったから、僕は思い切って声を掛けてみたんだ。『どうして石を描いているんだい』ってね」
     「声を掛けたんですか」

    他人にいきなり声を掛けるというのが、いかにも彼らしいと思った。以前にもトレーナーに声を掛けて、その後も何度か合っている内に親しい仲になったとか、そういう話を聞いている。

     「そう。一度気になったら、調べずにはいられない性質だしね」
     「そのことは、私もよく知ってます」
     「ラボを空ける一番の理由は、間違いなくそれだからね」

    石ころを掌の上でコロコロと転がしながら、彼は穏やかに答える。少女に声を掛けたときの情景を思い返しながら、その様を適切に形容できる言葉を探している。過去の出来事を話すときの彼の姿勢は、いつも同じだ。

     「彼女はあなたに、どう答えたんですか?」

    話すべき内容を取りまとめたのか、彼がおもむろに口を開いた。

     「『どうしてって、石を描きたいから』」
     「それが、答えだったんですか?」
     「ああ、はっきり言われたよ。それ以外に理由なんか無い、って顔でね」

    石をタブレットに描いていた少女が、何故石を題材に採ったのか。答えは、石を描きたいから。石を描きたいから、タブレットの上で繰り返しスタイラスペンを走らせている。

    これ以上無い、最大の理由。描きたいから描くという、もっとも容易く理解できる理由だった。

     「楽しそうだったよ。ペンをしきりに走らせて、どんどん石を描いていってさ」
     「そんなに熱中していたんですか」
     「僕も驚くくらいね。一向に止まらないんだよ。ディスプレイの中に、じわじわ石が浮かび上がっていくようだったね」

    彼はそんな少女に興味を持って、もっといろいろな事を知りたくなったんだ、と言った。

    最初の疑問である「何故石を描くのか」は分かった。けれどそれだけでは満足せず、「何故石を描きたくなったのか」、それも聞き出したくなったらしい。

     「石を描きたい理由、それを知りたくなって、僕は続けて質問したんだ」
     「どうして石を描きたくなったのか……そういう質問ですね」
     「うん。そうしたら、彼女は詳しいことを教えてくれたんだ」

    タブレットを操作する真似をして見せながら、彼は少女が教えてくれたという内容を復唱し始めた。

     「彼女はインターネットのイラストコミュニティに、よく絵を投稿しているらしいんだ」
     「ああ、あの……」
     「たぶん、君の考えているところだろうね。そこは絵を投稿できるだけじゃなくて、絵にコメントを付けたりもできるんだ。すごい時代になったね」
     「コミュニケーションの手段として絵がある、ということですね」
     「その通り。彼女はそこで、好きなように絵を描いていた……けれど」

    ふう、と小さく息を吐いて、彼が声のトーンをわずかばかり落とす。

     「世の中には狭量な人がいる。それは、君もよく感じているだろう?」
     「……そうですね。残念ですが、頷かざるを得ません」
     「ああ。彼女もそこで、面倒な人に絡まれたんだ。コメント欄で、一体何を言われたと思う?」

    彼は手にした石を掲げながら、ぽつりと一言呟いた。

     「『あなたのような"路傍の石"が、知った風に絵を描かないでください』」

    ぽつりと、一言呟いた。

     「コメントを寄せたのは、彼女もよく知らない人だった」
     「見ず知らずの人、ですか」
     「そう。調べてみたら、少し前に同じコンテストに絵を投稿していた人だって分かったらしい」

    そのコンテストで、少女は審査員特別賞を貰い、コメントした人は選外に終わったという。その構図が明らかになった時点で、彼女はコメントした人の意図が分かったようだった。

     「有り体に言えば、彼女に嫉妬したらしいんだ」
     「やはり、そうだったんですね」
     「ああ。自分の絵が評価されなくて、彼女の絵が特別な評価をもらったことに、嫉妬したみたいなんだ」

    評価されなかったのは、自らの努力不足に尽きる──すぐにそう帰結できる人間は、それほど多くはない。大抵はそれを認められなくて、外的要因を探してしまう。

    コメント者にとっての外的要因は、少女だった。つまりは、そういうことだ。

     「それで、あんなコメントを寄せた」
     「……」
     「あれっきり一度も顔を見せないから、邪推や推測が山ほど混じってるけどねって、彼女は付け加えたけどね」

    そう話す彼の表情は、なぜかまた、楽しげなものに戻っていた。

     「けど、ここからが面白くてね。彼女はそのコメントを見て、ふっとイマジネーションが浮かんだらしいんだ」
     「イマジネーション?」
     「そう。"路傍の石"という部分に、何か来るものを感じたって言ってたね」
     「よりにもよって、その部分に刺激を受けたんですか」
     「そうだね。いてもたってもいられなくなって、タブレットを持って外へ出た──そうして、僕に出会った」

    掌の石を握り締めて、彼が再び話し始める。

     「僕に出会うまでに、彼女は九枚も絵を描き上げたって言うんだ」
     「まさか、全部石をモチーフにしてですか?」
     「その通り。落ちている石を見つけて、何枚も何枚も、絵を描きつづけたんだって。石にばかり目が行って、"周りが見えなくなる"くらい、熱中してね」
     「……」
     「僕の前で十枚目を描き終えたあと、彼女は、自分が感じたことを僕に教えてくれたんだ」






     「同じ形の石は存在しない」
     「同じ色の石は存在しない」
     「同じ大きさの石は存在しない」
     「同じ重さの石は存在しない」
     「すべての石は違っていて、"ありきたり"な石なんて存在しない」
     「"路傍の石"は、すべてがあふれる個性の塊だ……ってね」






     「絵を描いているうちに、彼女は同じ石が一つとして存在しないことに気づいた」
     「同じ石は、存在しない……」
     「似ているように見えて、手に取ってみるとまったく違う。それが面白くて、どんどん絵にしていった」
     「そうして導き出されたのが、さっきの言葉なんですね」
     「ああ。晴れ晴れとした表情だったよ。新しいものを見た、って感じのね」

    口元に笑みを浮かべて、彼が私に目を向ける。

     「そういえば」
     「どうしました?」
     「君は、僕が石を集める理由を知ってたっけ?」

    不意に話を振られて、思わず答えに窮する。石を集めているということは知っていても、「なぜ」石を集めているのかということは、どうも聞いた記憶が無い。

    詰まったまま時間が流れるに任せていると、割と早々に彼が助け船を出した。

     「僕が石を集める理由は、石が好きだから。けれど、それだけじゃない」
     「それだけではない、と……」
     「そう。もう一つ、理由があるんだ」

    一呼吸置いて、彼が私に"理由"を教えてくれた。

     「石に関わる人、それが好きだからさ」
     「人との関係、ですか」
     「そう。石があって、人がいて、石を軸にして人が関わりあう。それが好きなんだ」

    石を掲げて、彼が言う。

     「人と石は、よく似ている」
     「まったく同じ石が存在しないように、まったく同じ人も存在しない」
     「在る場所で、丸くもなるし鋭利にもなる」
     「他者とのぶつかり合いで、いかようにも形を変えていく」
     「本当に、よく似ていると思うんだ」

    人と石の類似性。生まれ持った個性、環境に左右される姿、他者との接触で変貌していく形。なるほど、言われてみれば似ている気がしてきた。

    彼が何を言いたいのか。その輪郭が、朧げではあるが見えてくる。

     「僕は、珍しい石も好きだ。すごく好きだよ」
     「珍しい石"も"?」
     「そう。珍しい石"も"だよ。だから──」
     「珍しくない石も、また?」
     「その通り。外を歩けば道端に転がっているような"路傍の石"、それも大好きなんだ」

    さっきも言ったけれど、と前置きした上で。

     「この石は、道端に落ちていた石だ」
     「タブレットの少女が絵のモチーフに採った、ですよね?」
     「その通り。彼女が絵に描いた、"路傍の石"だ」

    掌に載せられた小さな石。

     「道端に落ちていたところで、誰も気づくことのないような、ありふれた石」
     「けれどその石は、一人の女の子に、人としての生き方にさえつながるような、大きな示唆を与えた」

    何度見たところで、石がただの石であることに変わりはない。何の変哲もない、ただの路傍の石。

    石がただの石に過ぎなかったからこそ、大きな影響をもたらすことができたのかも知れない。

     「人は皆、路傍の石だ」
     「気付かれなければ意識されることもなく、そして誰かに影響をもたらすこともない」
     「僕も君も、あの少女も同じ。すべては、路傍の石に過ぎない」

    すべての人は、道端に転がる石に過ぎない。

     「それは、実に素晴らしいことだと思うんだ」
     「二つと無い存在が邂逅して、融和して、衝突し合う。そうして、また新しい存在になる」
     「石も人も、ぶつかりあって変わっていく。それが、すごく面白いんだ」

    気にも留めなかったはずの存在が、進む道を変えるほどの存在になり得る。彼は、そこに面白さを見出していた。

     「この石を手元に置いておこうと思ったのは、それを思い返すためさ」
     「人は皆路傍の石、そして、路傍の石は代わりのいない存在。この石は、それを思い出させてくれる」
     「ありふれたものほど、かけがえの無い存在だということをね」

    ようやく、彼が何を言いたいのかがはっきりした。そして、あの石ころを手元に置いていた理由も。

     「その石には、思い出というか、印象的な光景が詰まっているんですね」
     「ああ。あの少女が見出した新しい世界、それがここに詰まっているんだ」
     「分かりました。単なる路傍の石に過ぎないそれを、あなたが大切に持っている理由を」

    タブレットの少女と彼は、ありふれた路傍の石から、実に多くのものを感じ取ったようだった。

    ひとしきり話して満足したのか、彼は石を戸棚に片付けると、椅子からすっと立ち上がった。

     「さて、僕はちょっと出かけてくるよ。明日までには帰るつもりだからね」
     「明日まで出掛けるつもりですか?」
     「何、いつものことじゃないか。面白い石を見つけたら、また土産話を聞かせてあげるよ」

    そう言い残して、彼は颯爽と部屋から立ち去って行った。

    彼はいつもそうだ。石が好きだというのに、去るときは風のように去って行ってしまう。

     「やれやれ……」

    ため息混じりに、時間を確認しようとポケナビに目を向ける。

    すると……

     「……すれ違い?」

    ポケナビの機能の一つである「すれちがい通信」。ポケモンのキャラクター商品に関わるすべての権利を持つ大手ゲーム会社が発売した携帯ゲーム機に搭載され、その後後を追うようにポケナビにも実装された。所有者同士ですれ違うだけで、簡単な自己紹介を送り合うことができる通信機能だ。

    通信に成功すると、右上部に取り付けられた小さなランプが緑色に光る。この部屋に来るまでは消灯していたから、新しいメッセージが届いたようだ。

     「これは……」

    して、そのメッセージの送り主と内容は──






     「けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね」






    送り主の名前は……今更、言うまでもない。

    すべては路傍の石。悟ったように口にしながらも、心の奥底では、燃え上がる炎のような闘志を滾らせている。

     「星の数ほどある石の中でも、一番でなきゃ気が済まない、か」

    石集めに熱中する子供のようで、その実石から人世訓を見出す大人で、しかし底の底は無垢で幼い子供。

    それがたぶん、"ツワブキダイゴ"という人物の姿なのだろう。

     「……本当に、風変わりな人だ」

    苦笑いとともに、そんな言葉が思わず漏れた。






    ----------------------------------------------------------------------------------------

    ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

    ※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。

    Thanks for reading.

    Written by 586


      [No.2361] 神の祈り 【前編】 投稿者:くろまめ   投稿日:2012/04/07(Sat) 20:55:01     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     タンバシティのとある海辺で、セツカは空を仰いでいた。傍らには一匹のアブソル。

    「この天気なら、無事うずまき島に行けそうだね〜」
    「まさか晴れるとは……やっぱり、やめといた方がいいんじゃないか?」
    「何言ってんの。ご飯は熱いうちに頂かないと!」
    「命がけの旅が、お前にとっては飯と同じなのか?」
    「まさに、朝飯前ってことだね」

     一人はしゃぐ主人を尻目に、シルクは項垂れた。確かにこの天気ならば、うずまき島を取り巻く渦も小さくなっているだろう。絶好の機会と言えなくもない。一年のほとんどが曇天に見舞われるうずまき島の周りには、その名の通り、タンバの漁船をも飲み込んでしまう大きく激しい渦が点々と混在し、うまい具合に島の入り口を閉じてしまっているのだ。
     
     本来ならば島に入ることすら出来ないはずだったのだが、運が良いのか悪いのか、その一行を晴天が向かえていた。暖かな光を止めどなく届ける太陽が、シルクには冷ややかに映る。シルクの三日月を描く漆黒の鎌が、黒く光っている。
     ──今回の目的はうずまき島に行き、海の神にあることを伝えることだった。


     不満をおしみなく口にするシルクと地図を広げるセツカを乗せて、一匹のラプラスが海を泳いでいた。
    「へぇ。ポジティブって泳げたんだな」
     まるで初めて知ったかのように、わざとらしく感心した様子を見せるシルク。
    「泳ぐため以外に、このヒレを何に使うんだい?」
    「フカヒレとか?」
    「それはサメだろ」
    「馬鹿か。フカマルだろ」 
    「そうだった」
    「メタ発言はほどほどにな」
    「その発言がメタなんだよ」
     
     
    「てか、ポジティブって名前、由来は何なんだよ?」
     不意にセツカに問いかけたシルク。うん? と、地図から顔をあげてセツカは聞き直す。
    「だから、ポジティブの名前の由来だって」
    「え〜分かんないの? 少しは自分で考えないと、脳細胞増えないよ?」
    「やる気の起きない理由だな」
    「ふふふ。降参かね? それでは正解はっぴょー」
     仰々しく両手を広げたかと思うと、強くパァンと合掌するように打ちならした。
    「まず、ラプラスをラとプラスの二つに分解します」
    「ふむ?」
    「ここで着目するべきは『プラス』です。お二人方もお気づきになりましたか? そう! なんと私はこの『プラス』をプラス思考というキーワードへと発展させ、なおかつ! それを応用し、ポジティブへと変換させたのです! イッツミラクル!」
     あきれ果てて首を振る気も起きず、シルクもポジティブも、ため息をついた。
    「下らねえ……。『ラ』も仲間に入れてやれよ」 
     ん〜、と頭を傾げるセツカ。
    「ポジティ・ラブ?」
    「なんでポジティが好きってことを主張すんだよ。意味分かんねえよ」
    「名前は五文字までだったっけ」
    「そんなことは言ってない」
    「空が青い!」
    「論点をずらすな」

     突っ込むのにも疲れたと、ポジティブの甲羅の棘のようなものにシルクは寄りかかる。あたしの頭はボケてないと、セツカ。
     
    「そういえば」
    「なんだ? また下らない話か?」
    「上がる話だよ。空の話」
    「へえ。そういえばセツカは風景を見るのが好きなんだっけ?」
    「うん。どこで知ったかは忘れたけどね。こういう空の色のことを、天藍っていうんだって」

     青く透き通った、けれどどこか黒ずんだ色もしているような空を、シルクとポジティブが見上げる。
     

    「確かに、それっぽい感じはするな」
    「漢字的にもね」
    「それは誤字なのか!? どうなんだ!?」

     
     シルクの声が、海に響きわたった。


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