|
タグ: | 【#タイトルをもらってどんな話にするか考える】 【通信ケーブル持ってる奴=神】 【そんな時代もありました】 |
接続先のない通信ケーブルに、時々どうしようもない罪悪感を覚えることがある。
単3電池を4本搭載した分厚いグレーの本体に、緑色のラベルが貼られたカセットが刺さっている。
灰色がかった黄緑色の画面の中央に映るのは、16×14ドットの2頭身の少年。
160×144ドット、およそ4×4.5cmの、4色で構成されたモノクロの液晶の中が、幼いころから僕にとって一番心が安らぐ場所だった。
まだほんの子供のころに買ってもらったこのソフトと、いとこの兄ちゃんにもらったこの大きくて古い本体は、今もまだ僕の中では現役だ。
次作の内蔵電池が3年足らずで切れてレポートが書けなくなってしまっても、その次の世界が時を刻むことができなくなってしまっても、初プレイからかれこれ19年経ったこのソフトは恐ろしいことに未だ健在である。
20年以上使われている液晶画面は、劣化して両端に白線が入ってしまっている。幸い今のところまだプレイにさほど支障はない。液晶は昔のテレビとかで主流だったブラウン管とかと違って、自分が光り輝いているわけじゃない。詳しい構造を省いてざっくり言うと、シャッターのように光を透過させたりさせなかったりすることで濃淡を表現しているわけだ。この本体の液晶画面は反射板が金色だから、光を完全透過している「白」の部分が何とも言えない黄緑色だ。視認性が悪いけど、この色も何となく愛着があって嫌いじゃない。ずっしりとくる大きさと重さも案外気に行っていて、最新機種の軽さがいかにも玩具っぽくて時々少しだけ不安になる。それと、音楽はいわゆるピコピコなのだけれど、この本体は性能の割にかなり音質が良い気がして、僕はいつもイヤホンをしてゲーム内の曲を楽しんでいる。
まあ、常々使っているわけではない。僕だって新作のゲームはやりたいし、3Dグラフィック・立体サウンド・直感操作は大したものだと思う。ただ、時々無性に、機能性に関しては比べるべくもないこの本体とカートリッジに戻ってきたくなってしまうのだ。
僕は昔からどうも内向的で、人とコミュニケーションを取るのが絶望的に苦手だった。
おかげさまで幼稚園から大学卒業するまでほとんど友人らしい人物はおらず、会社でも何となく浮いているというか、避けられているというか、触れてはいけない存在のように思われている節がある。そのこと自体はまあこの20数年の人生ずっとそうだったから今更どうこういうわけではない。
ただ何となく、僕にとってこの世界は生き辛いな、と思うのである。
だけど、ほとんど空気みたいだったこの20数年間の中で、ほんの一瞬だけ、僕が輝いていた時期があった。
それこそ今プレイしているこのゲームが発売された時であり、僕が通信ケーブル(及び変換コネクタ)を持っていたからだった。
このソフトは、通信ケーブルを介して他人と交換・対戦することが醍醐味だった。CMも通信関係のことばかり言っていた気がする。あんまり覚えてないけど。
ただ、それまでのソフトでそこまで積極的に通信ケーブルを用いたものがなかったこともあって、持っている人はかなり少なかった。
そんな中、僕はいとこの兄ちゃんから本体と共に通信ケーブルを受け継いでおり、クラスの中で唯一の通信可能な人間だった。そんなわけで、通信進化や図鑑埋めの協力が僕に一斉に舞い込んできたのだった。交換してもらった子たちは何となく消せなくて、セーブデータを変えてもずっと持ち歩いていた。
まあ、そんなのもほんの数週間後、クラスのリーダー格が通信ケーブルを入手した(しかも初代は使えない奴を)ため、あっという間に鎮静化して僕は元の空気に戻ったのだけれど。
結局のところ、世の中は僕が必要なわけじゃなくて、他に適任がいなかったから仕方なく僕を選んだのだ。
あれ以来僕にお呼びがかかることはなく、僕はひとりでゲームを進めて、ひとりで通信をして、ひとりで図鑑を埋めて、ひとりで満足して、それで終わるようになった。
まあ、不満があるわけじゃない。本来RPGはひとりでやるもんだし、システム上何かしら問題があるわけでもない。自分のペースで好きなようにプレイ出来るし、そこのところは気楽でいい。
ただ、同じ人間が操っているキャラクター同士が通信するのを見るたび、他の人たちがわいわい対戦や交換をしているのを見るたび、僕は何となく胸の奥がもやもやとして、何となく罪悪感を感じるのだった。
ふつ、と突然画面がホワイトアウトし、イヤホンから流れていた音楽が途絶えた。
電源ランプはしっかり灯っている。そもそも電池はほんの数時間前に入れ替えたばかりだ。一旦電源を切り、カートリッジを取り出して端子に息を吹きかける。本来やってはいけないが既に習慣である。念のため麺棒で拭って本体に刺しなおし、もう一度電源を入れるが、画面は依然灰と金を足した色のまま変わることはなかった。
ああ、とうとう壊れたか。まあ20年も使ってたらそりゃ壊れるよな。僕はため息をついて電源を切り、本体を机の上に置いた。
画面の中央に、小さな2頭身の人影が現れた。
僕は驚いて本体を手に取った。それは紛れもなく、今刺さっているカセットの主人公だ。しかし本体の電源はついていないし、僕は全く操作していない。
そいつは僕が何のボタンも押していないのに、手前側に向かって足踏みをしていた。背景が白く本人の場所は動かないので一瞬困惑したが、画面下方向に向かって歩いているようだ。
しばらくの間そいつは辺りをうろうろと動き回り、こちらを見て「!」の吹き出しを頭の上に浮かべた。
「こんにちは」
耳元から突然、ノイズ混じりの少年の声が聞こえてきた。僕は驚いて本体を取り落した。ごつっ、という鈍い音が響き慌てて拾い上げたが、机の天板に小さなへこみが出来ただけで画面の中には相変わらず少年が映っていた。
何だこいつ、という僕の心の声に答えることもなく、そいつはきょろきょろとあたりを見回し(たように見えたが、このソフトに首だけが左右に動くモーションは存在しないので全身が左右を向いていた)、またこっちを向いた。
「むかしから ずっと きに なっていたんだけど ‥‥ どうして きみの せかいは モノクロなの?」
何言ってんだこいつ、と僕は思った。
モノクロなのは、「黒・白・灰色2種」で構成された、その液晶の中にいるお前たちの方だろう、と。
「だって ぼくの ぼうしと うわぎは あか だし ズボンは あお フシギバナは みどり だし ピカチュウは きいろ」
少年の両隣に、顔のついた花と、ピッピに似た生物のアイコンが現れる。そいつと変わらない、彩度0の4色。
だけど僕にはそれが確かに、緑色と黄色に見えた。
少しだけ間を置いて、ノイズ混じりの声がまた聞こえてきた。
「ねえ どうして きみの せかいは 『モノクロ』 なの?」
ふっと、画面の中の少年達の姿が消えた。気がつくと、本体からカートリッジを引き抜いていた。
カートリッジに貼られた、緑色のラベルが目に入る。僕はそれを裏返して、机の上に置いた。
僕は何度か深呼吸して、馬鹿馬鹿しい、と自嘲した。夢に決まってる。そうでなけりゃ幻覚と幻聴だ。疲れてるのかな。全く。
押し入れの引き出しの中をひっくり返し、紫色の半透明のボディをした、先程より幾分コンパクトなカラー液晶のハードを探しだした。これもまた古い機体だが、問題無く動くだろう。
僕は一瞬ためらいつつ、カートリッジを本体に挿入した。画面内に少年が現れることもなく、電源を入れるとゲームは起動した。
しかしスタート画面からひとつ進んだところに、「つづきから はじめる」の選択肢は存在していなかった。
何度かキーを動かすと、画面の中には意味不明の文字列が溢れかえり、それきり全く動かなくなった。
雲が3割ほどの晴天。風は生温かく、木の上では小鳥がさえずり飛んでいく。公園の砂場にもブランコにも人影はなく、ただただ穏やかな春の日差しが降り注いでいる。
そんな中で、僕はベンチに座ってただぼうっとしていた。顔のパーツは完全に無表情から動かず、時折肺の底から深いため息が漏れてくる。
空は澄み、若葉は鮮やかで、そんな麗らかな陽気だというのに、僕の目にはモノクロのような風景しか映らなかった。
今日に限ったことじゃない。いつもだ。今まで生きてきて、ずっと。
生きる意味とか目標とか、考えるのも面倒くさい。僕みたいなのはどうせいてもいなくても何の影響もないわけだし。
この世はとかく生き辛い。少なくとも、僕にとっては。
何度目かわからないため息をついた時、公園近くの道路に人影が現れた。
「――あれ? お前確か、小学校の時の……」
世間は休日だというのにスーツを着たその男は、僕の方へ近寄ってきて、やっぱそうだ久しぶりー元気してたか? と謎のハイテンションを見せてきた。
人の顔も声も名前も覚えるのが苦手な上、あったのもずいぶん昔のことらしいので、目の前の男が何なのかわからなかったが、彼が小学校何年生の時一緒だった、とか発表会で何々の役をやった、とかいろいろ個人情報を出してきたのでようやく思い当たる人物を脳内から検索できた。それにしてもよく20年以上前のクラスメイトの顔と名前なんか覚えてるなあ。それも僕なんかの。
元気してる? とか最近どうよ? とか本当に聞きたいのかいまいち不明な質問に適当に相槌を打っていると、彼はふと思い出したように言ってきた。
「そう言えば、ポケモン流行った時、最初お前だけ通信ケーブル持ってたんだよな。俺、お前に協力してもらってユンゲラー進化させてさぁ……」
ああ、そうだった。
この人もあの数週間の間に、僕の前に現れたひとりだった。
僕の灰色の大きな機体と、彼の赤いコンパクトな機体をケーブルで繋いで。
黄緑色の画面の中に、僕以外のもうひとりが現れて。
ケーブルをボールが行き来するのを見て、すごく嬉しそうにしてて。
「ごめん、あの時もらったキュウコン、昨日カートリッジがバグって消えちゃったんだ」
「えっ、お前今までずっと持ってたの!? すげーな」
あの少年の世界に色があって、僕がいるのがモノクロなのは、僕があの一瞬の輝きを、緑色のカートリッジの中に閉じ込めたからだ。
少なくともあの時僕は、ほんの短い時間だったけど、たくさんの人と繋がって、交換して、力を貸して。
それがすごく、楽しかったんだ。
ひとりが嫌いなわけじゃない。群れるのは疲れる。面倒な人間関係に巻き込まれるくらいなら、存在感のない空気のような人生も悪いわけじゃない。
そういうことじゃない。孤独だとか寂しいとか、そういう次元の問題じゃあない。
モノクロの世界だって悪いわけじゃない。生きづらくても、嫌いなわけじゃない。
僕はただ、接続先のない通信ケーブルに、時々どうしようもない罪悪感を覚える。たったそれだけのことだ。
【ポケモン新作(X・Y)のネタバレおよび殿堂入り前提でないと分からないかもです。
未プレイの方はご注意してください。】
あるところに愚かな一人の男がいた。
男は失った物を嘆きそれを探すため永遠とも思える時の中を放浪していた。
その日も、男は永遠に咲く花を求めて深い森の中をさ迷っていた。
深い深い森は何度も何度も同じ景色を男の目に写し、男はその度足が重くなり進む意志が挫けそうになるのを感じた。
足を止めてしまえば、もう動けなくなりそうで。
彼は、何かに追いたてられるように足を動かし続けた。
そんな彼の目に濃い緑ではない色が写る。
吸い寄せられるように足を向ければ森の一部が切り開かれ小さな建物が建っていた。
周りに溢れている木材ではなく遠くで使われる石材を使い建てられたそれは礼拝堂のようだった。
既に参拝する者が居なくなって長い時が過ぎたのだろう、壁や天井は崩れ木々や蔦に侵食され森の一部へと還りつつある。
柔らかく、腐りかけた木片を踏みつけて男は吸い込まれるように、建物へ入った。
祭壇は何を祭っていたのかも分からないほど荒れ果てていた。
顔が崩れ落ちた何かの偶像が此方を見下ろしている。
男はその光景に皮肉げに口許を歪ませた。
部屋の中央には崩れた岩の塊や折れた剣、朽ちた鎧、それに罅割れた石像。
それら雑多な物が、小山のように積み重なりうっすらと埃を被っていた。
人為的な物を感じるも、男はさして興味を持たず祭壇の前の小さな段差に腰を下ろした。
男は疲れていた。
自身の胸に宿っていた愛や恨みや哀しみや絶望が。
それすら、小さな小さな種火となって消えかけているのを感じていた。
屑の山を見据えながら、物言わぬ生きた人形としてそこに混じるのも一興かと。
男はゆっくりと、瞳を閉じながら思いを巡らせる。
「捨てた物を見つけに来たか。
それとも、捨て場を求めて来たか。」
暗闇の中響くその声は不思議な響きを持っていた。
音自体は声変わり前の少年の物であるにも関わらず、老衰し今にも死にそうな賢者の声にも似ている。
男は閉じていた目蓋を開く。
いつの間にか日は落ち、辺りは薄ぼんやりとした闇の衣を纏っていた。
天井の穴から月明かりが差し込み、それが声の主をてらしていた。
屑塚の上に、ぼろぼろの服を着た少年が一人座り男を見据えていたのだ。
屑の山の上。
まるでそこが玉座であるかのように、少年は年に似合わぬ威厳を持って男を見下ろす。
「捨てた物を拾いに来たか。
それとも、捨て場を求めて来たか。」
「…………すて、てはいない。だが、うしなった、ものをさがして、い、た。」
男の声はひび割れていた。
久方に出す声は、何処までも頼りなくその事が男から苦笑を引き出す。
「賢王よ、愚かな男よ。
ここには、お主が捨て去った他者がある栄光がある過去がある。
王よ、お主はそれを求めるか。」
少年は言いながら屑の山を指差す。
そこには、手入れを怠った事など無いようなキラキラとした王冠と宝杖が転がっていた。
「…………それに、かのじょ、がいないなら、そこになんの意味も、ない。」
男はそれを見て、首を横にふる。
「愚かな男よ。
此処にはお主が捨て去ったお主の命がある。お主の死がある。
男よ、お主はそれを求めるか。」
少年は言いながら、別の隅を指差す。
そこは、月明かりも届かぬ暗がりで闇そのものが踞り此方を見ているような。そんな錯覚すら呼び起こす。
「それは、かんび、な話、だな。」
男は、目蓋の重みに抗うのが億劫になる。
だけれども、瞳を閉じれば脳裏に浮かぶのは彼女の泣き顔。
最後に、見た、表情。
後悔が、四肢への熱へと転じる。
「いら、ない。私、は。
捨てた、ことを。後悔したことは、ない。」
「それでも、重い過去は因果となってその身を縛ろう。」
「構わない。それが、罰だと言うのなら甘んじて受けよう。そうでなければ、彼女を探し求めることが出来ないのだから。」
「男よ、永久を生きるものよ。ならば私はお主に一つの祝福を。因果の果てが幸福であるように。」
少年は屑の山の一部を指差す。
男が視線をそちらに向ければ、一体の石人形が屑山から這い出る所だった。
体の一部が欠けてはいるものの、四肢はきちんとついており危なげな足取りで屑山を滑り降りると石人形は男の足元に腰を下ろす。
それは、昔、彼の王国で良く見かけていた姿だった。
懐かしさに目を細めた男が視線を石人形から屑の山へとかえす。
同時に口を開き……喉は空気を震わすことなく無音の言霊だけが宙に浮く。
少年の姿はすでになかった。
同様に屑山も。
月明かりの中、埃が舞う。
男は何も言わず立ち上がる。
石人形も少しよろけながらも立ち上がった。
そうして、男はその場を去った。
これは、それだけの話。
二人の王が相対しただけの話。
【屑塚の王】
捨てられた老婆や九十九神の親玉みたいな妖怪らしいです。ポケモンだとジュペッタとかシャンデラとか………。
主人公な補足小説は未だ途中です。
【石人形】
ゴビットです。
【ボツネタ理由】
屑塚の王が、分かりにくいのでボツ行き
ニンゲンになりたかった。
その手に筆を持ち、ノミを持ち、何かを作り出せるニンゲンに。
一浪で入ったカイナ大の入学式、その入場待ち列は騒がしかった。多岐にわたる学部・学科、それだけの人数を一気に収容できる施設は大学構内に無かったから、それは博物館近くのコンサートホールで行われた。入学式も、卒業式も、この大学は伝統的にそうらしい。
何、つまらないイベントだ。学長の長い挨拶に始まって、学部長の挨拶、教授陣の紹介が始まる。これがえらく長いのだ。こんなものは学校側の為にあるものだ。あるいは二階席で式を見守る保護者達の為のものだ。つまりは社会的対面を満足させる為のものに過ぎない。
吹奏楽部の演奏が入ったところで一度、休憩が入る。その時点でオリベは抜け出した。入学式を抜け出した。ここには自分を監督する両親は不在である。要するに自身がここにいる必要は無いと彼は悟った訳だ。それならば少なくとも在学中は暮らす事になるであろうこの街を見ておいたほうがよほど有益であろう。彼はそう考えて、入学式を抜け出したのだった。
カイナシティにはつい数日前に越してきたばかりだ。新居は間取りしか見ていなかったが、ひどいボロアパートだった。送られてきた荷物も大した量は無く、開けるのに時間はかからなかった。ホウエンの入り口、カナズミまでは寝台列車に乗り、それからは本数の少ないローカル線の乗り継ぎを繰り返した。ずいぶんと遠くに来てしまった。だが、彼自身の望んだ事だった。
そういえば市場にはまだ行った事がなかったな。そう思って彼は目標をそこに定める事にした。バスを使えば近いらしいが、何せ金が勿体無い。ホールの近くに立っていた看板地図と睨めっこをして、カタヒラ川の河川敷を通って向かう事にした。カタヒラ川は大きな川であった。海に流れ込む直前である川の向こう岸は遠い。向こう岸に開花の時期が終わって葉ばかりになった桜が見えた。カイナシティはホウエンでは大きいほうの都市だったが、こうして少し外に出ればやはり田舎である。橋をかける以外の目的では人の手が入っていないように見えた。広い土手には石が転がっているか、背の高い草、あるいは低木が無秩序に生えている。時折盛り上がり丘になっている場所がいくつもあった。そんな風景がずっと続いているのだ。海に近いここの空ではキャモメがたくさん飛んでいた。きっと草原にも様々なポケモン達が潜んでいるに違いない。
見れば数メートル向こうで、高い草ががさがさと揺れている。なかなか揺れが大きく、大物のようだった。オリベは少し身構えた。揺れる草がだんだんと上に近づいてきたからだった。
が、草を掻き分けて歩道に現れたのは予想に反して人間であった。出てきたのは色の白い男だった。スーツを来ていたが、草の葉があちこちについていて台無しになっていた。その後に続いて何やら小さめの黒いポケモンが現れた。黒棒に大きな目玉が一つ、それは宙に浮いていた。
「…………、……」
オリベがあっけにとられていると、そのトレーナーと目が合った。
「やあ、こんにちは」
トレーナーが言った。
それがツキミヤソウスケとの出会いだった。
淡い色の髪でくせ毛、歳は同じくらいか。後に話を聞くと、同じく入学式をサボっていたらしい。
奇縁という言葉がある。不思議な縁という意味であるが、ツキミヤとの関係はまさに奇縁であろう。今でもオリベはそう思っている。
*
私の目はヒトより遠くを見つめる事が出来たし、ヒトが見る事の出来ないものを見る事も出来た。たとえば先の事だ。
近いうちに雨が降るよ。
そう伝えるとヒトは私に感謝を捧げた。
私はヒトに無い能力(ちから)をたくさん持っていて、ヒトビトはそんな私を神様と呼んだ。この土地では私達の一族は特に大切にされていた。ヒトが持たぬ能力(ちから)。それをヒトは畏れ、敬った。
けれどヒトのほうがずっと多くの事が出来るではないか、と私は思う。
私はある時、一人の青年に出会い、一層強くそう考えるようになった。
*
ツキミヤは志ある学生であった。何せ動機がしっかりしているのだ。考古学をやりたい、と彼は語った。それで人文科学科に入ってきたらしい。何でもホウエン地方というのは、遺跡の宝庫であるらしく、もっと高いランクの大学に行けるにも関わらず、わざわざここを選んだらしかった。
実家から離れたい、行ける大学、そういう理由でホウエン地方を選んだ自分とはえらい違いだとオリベは思った。
「カタヒラ川の流域って古墳群なんだよ。ちょっと探検しててね」
と、ツキミヤは語った。なるほど、入学式をサボっていたのはそういう事か。
いわゆる「意識が高い」連中をオリベは毛嫌いしていたが、ツキミヤとはどういう訳か馬が合った。何というか彼は屈託が無かった。キャンパス内ですれ違えば挨拶をしたし、学食や講義で一緒になれば、隣に座って話しかけてきた。
だがその一方で、オリベはだんだん講義に出なくなった。始まったばかりの講義にはたくさんの学生がいるが、そのうちのいくらかが抜けて、だんだんとメンバーが固定されてくる。学期が始まって一ヶ月も経つとそういう現象があちこちで起きる。オリベはどちらかと言えば抜ける側の学生であった。なぜなら学ぶ目的など無かったからだ。彼は下宿から大学へは行かず、行ってもすぐに抜け出して、海の近くの神社やカイナ市場で時間を潰す事が多くなっていた。
大学から坂を下って海側に下りていくと神社があった。石段を登り青い鳥居を潜ると境内に入る。入ってすぐの所、松の木の下に海風がほどよく吹きつけるベンチがあった。オリベはそこに横になって、空を見上げる。無数のキャモメが輪を描きながら飛んでいた。目を閉じるとみゃあみゃあという声と波の音が響いた。彼はこれらの音が好きだった。こうして目を閉じて耳を澄ましている間は雑音が入らない。何者でもなく、捕らわれない自分でいられた。
「やあ、こんな所にいたんだ」
声がしてオリベは目を開ける。見ると、ツキミヤとそのポケモンの大きな目玉が上にあった。
「……何しに来たんだ」
「最近見かけないからさ、どうしてるかと思って」
「講義は?」
「先生が風邪ひいてさ、休講」
「何でここが分かった?」
「こいつだよ。こいつ」
ツキミヤは親指を立てると自身の後ろに浮かぶ黒いポケモンをくいっと指差した。ポケモンは丸い皿みたいな大きな目玉を軸に、申し訳程度に付いた枝のような胴をぐるぐると回している。アンノーンであった。様々な形があって遺跡などにいるポケモンだ。
「こいつね、探し物が得意なんだよ。目覚めるパワーって奴? 名前はクレフ」
「形がQなのに?」
「鍵って意味さ。形が鍵に似てるだろう?」
「まあ……」
クレフと名付けられたアンノーンを見る。するとクレフはふわりと寄ってきて、一つしか無い大きな目玉でじろじろとオリベを見ると、ぐるぐると周りを回った。
「奇怪な奴だ」オリベが言うと、
「君の事を気に入ってるんだよ。だから見つけられたのさ」と、ツキミヤは答えた。
ツキミヤは神社の自販機でジュースを買うと、缶をオリベに投げてよこした。モモンジュース、なかなか暴力的な甘さだが、オリベの好物であった。学食で飲んでいたからツキミヤも知っていたのだろう。
「いいのか、これ」
「昼寝の邪魔をしてしまったようだからね」
「じゃ、遠慮なく」
かちりとスチールの蓋を開けて中に沈めるとぐびぐびとオリベは飲み始めた。隣でツキミヤも缶の蓋を開ける。彼の開けたのはサイコソーダであった。
「なあオリベ、明日は出てこいよ」
缶の中身が半分程度になったところでツキミヤは言った。
「何かあるのか?」
オリベが尋ねると
「考古学概論の野外実習があるんだ。場所はカタヒラ川古墳群」
ツキミヤは目を輝かせて言った。
「へ、へえ」
「面白そうだろ?」
「どうかな」
「オリベも来るよな?」
「……分かったよ」
大して興味など無かったのだが押し切られた。こんな事をわざわざ言う為にここまで来たのだろうか。変わった奴だと思った。気付けばクレフと名付けられたアンノーンがふらふらと境内を漂って行ったり来たりを繰り返していた。あのポケモンなりに楽しんでいるという事なのだろうか?
「オリベ、見ろよ。あれ」
そんなQのポケモンの動きを追っていると、ツキミヤが言った。振り返ると、青年は海に浮かぶ小島を指差していた。石垣で出来た人口小島で、その上は草木で覆われている。
「あれがどうした?」
オリベが尋ねると、
「台場だよ」
とツキミヤは答えた。
「ダイバって何だ」
「昔ここのあたりに外国の蒸気船が来た事があってね、その時に砲台を置いたのさ。もう砲台自体は無くなっちゃって、草ぼうぼうだけど。あれでも史跡なんだぜ」
「へえ?」
勉強熱心な男だと改めてオリベは思った。地中に埋まってるものしか興味が無いのかと思っていたのに。その後にも、ツキミヤはここの神社の言われなんかを語って聞かせた。何故そんな事を知ってるのかと尋ねたら、この間、ニシムラ教授の民俗学概論でやったと言われた。
「お前授業出てないからな、少しは出て来いよ。なんなら今までのノート見せてやってもいいぜ?」
そう言ってツキミヤは笑った。
「じゃあ次の講義あるから戻るわ」
そう告げるとツキミヤとアンノーンは石段を降りていった。忙しい奴だなぁ。そんな事を考えながら青年の背中を見送った。
そうして彼は、後になって知った。その日、講師は風邪などひいておらず、講義も通常通り行っていたらしい事を。
翌日にツキミヤの姿は大勢の学生と共にカタヒラ川にあった。オリベの姿には先にクレフが気が付いて、その動きから待ち人の到来を知ったツキミヤは軽く手を挙げて挨拶した。長袖長ズボンに軍手姿の発掘スタイルである。
実習が始まった。何、つまらない授業だった。大雑把な部分をシャベルで掘って、細かい部分や遺構を移植ごてで掘り進めて行く。溜まった土は「ミ」という塵取りを大きくしたような道具に集め、溜まったら土捨て場に捨てに行く。早い話が土木作業だ。何か埋まっていればまだ面白いのだが、そういう物が出てきた場合、素人の手出しは許されない。即座に教授か専門スタッフが飛んできて、学生はお役御免だ。つまりは力仕事の要員に過ぎない。ふと脇を見るとツキミヤが汗を流しながら、移植ごてで溝を掘っていたが何が楽しいのかさっぱりだった。
アホらしい。昼休憩を挟んで弁当を食べ終わった頃にオリベは現場を抜け出した。
カタヒラ川の土手は広かった。現場を離れて歩いていてもあちらこちらに小さな丘のようなものがある。もしやこれがみんな古墳なのか、とオリベは思った。手付かずの古墳もたくさんあるに違いない。
「ツキミヤの奴、ここの古墳を全部掘り返すつもりなのかな」
オリベはそう呟くとふかふかした草の生えた緩やかな傾斜の丘を選んで寝転んだ。天気はいい。海に近いこの場所にも、キャモメが飛んでいる。十字架のような形が逆光の黒になって空を舞っていた。さわさわと鳴る草の音を聞きながら、いつしかオリベは眠りに落ちていった。
――ユウイチロウ、ユウイチロウ。ちょっと来なさい。
そんな声が聞こえた。
振り返るとそこには母がいて、上からオリベを見下ろしていた。その手には何かの紙がある。
――またこんな点を取って。あなたこんなんじゃ進学危ないわよ。
母が言って、幼いオリベは顔をしかめた。ああ、この記憶は確か中学受験だったか、あるいは高校受験だったか、と。
「そんなの、上を目指すからだろ。俺、行ける所でいいから」
――そんな向上心の無い事でどうするの。お祖父様だってそこに行って勉強したのよ。
「じいちゃんと俺は違うだろ」
――ユウジロウだってそこに行かせるつもりなのよ。
始まった、と彼は思った。母はまた弟を引き合いに出した。
「勝手にすればいいだろ」彼は返す。
――だって、格好つかないじゃないの。あなたはお兄ちゃんなのに。
オリベは静かに母を睨み付けた。それは違う。格好が付かないと思ってるのは貴女ではないのか、と。
母にとっての成功モデルはオリベの祖父だった。彼は大学教授であった。そこはカントーでも随一の大学で。だから母は自分達兄弟に同じ道を歩かせようとしているのだ。同じ道、同じ学校に行き、同じ教育を受け、同じようなポジションに就かせる。それが母の教育の目的だった。それに対してオリベは反発を覚えたのだ。おそらくはポケモン関係の仕事をしている父の事も影響していたのだろう。彼はそのように理解している。一度ポケモントレーナーになりたいと言った事があったのだが、母の激しい反対に遭ったからだ。
一方で素直だったのは弟のユウジロウであった。彼は驚く程素直に、母の教育方針に従った。利発な弟だった。頭が良かった。それ故に母が弟のユウジロウに傾倒するのはごく自然な流れであった。
そのように母との確執が深まる中、ある夜に兄であるユウイチロウは聞いてしまった。ちょうど祖父が遊びに来ていて、母と二人で酒を飲んでいた。既に父や弟は眠っていた。その席で母が言ったのだ。思い通りにならぬ兄をこう評したのだ。
「あの子は半分なのよ」
母は兄の事をそう言った。
話を聞くに半分しか出来ないという事らしかった。人の言う事を聞かないし、半分しか出来ないのだと。テストの点も望む半分しか取って来ない。あの子は弟の半分しか出来ないのだと。
「せめてあの子が、ユウジロウの半分でも素直だったら」
半分。その言葉が抉り込む様に突き刺さった。
母との溝が決定的になった。母にとって理想の人間とは弟である。兄はその半分である。それはオリベにとって半分しか人間でないと言われたのと同義であった。
半分。自分は半分。人として、半分。
一浪をした時に、母はもはや自分を見放したのだろうと彼は思った。その視線は一年遅れで受験生となった弟にのみ向けられていた。浪人時代、人生の中でそこそこ必死に勉強をしたのは決して母の為などではない。ましてや見返したかったからでもなかった。ただ、遠くに行きたかった。考えられる限り遠くへ。ホウエン地方の大学を受けた事などあてつけでしか無かった。そこに目的は無い。大志は無い。やりたい事などオリベには無かった。
汗を掻いてオリベは目を覚ました。
ああ、また雑音だ。あの夢だ。ここは場所が悪いとオリベは思った。やはり海がいい、波音は雑音の入る隙を与えない。横たわっていた身体を起こす。場所を変えようと思った。神社に行こう。海に近いあの神社に。古墳らしき草ぼうぼうの丘の向こうに急な土手の上り坂を見、彼は歩き出した。
だが、急な坂を登りきり、まさに河川の敷地の外側に出ようかと言う時になって、彼の動きは止まった。その視線の下に先ほど通り過ぎた古墳があった。そこに草陰で覆われた入り口のようなものが見えたからであった。
それはまったくの好奇心であった。オリベは坂を降り、草を掻き分けて進んでいく。近づいてみて、その入り口が顕になった。周囲に粗末な石が転がって、地面にヒビを入れたみたいに三角形の口が開いている。膝を折ればなんとか入れそうな穴であった。暗い。懐中電灯も持っていないから、中は見えない。だが、好奇心がオリベを動かした。腰を屈めながら数メートル程進む。そこで急に天井が高くなったのが分かった。
オリベはその空間で立ち上がった。手さぐりをしながら内部を把握する。あまり広くはない。畳にすると四枚程度であろうか。中心に何か、表面がざらざらとした、長方形の物が置かれている。
これは何だろう? だが、暗闇では情報が分からない。明かりを取ってこないと。あるいはツキミヤを呼んできたなら……。そう思ってオリベが再び立ち上がった時、ばり、と何かが砕け散った音がした。靴から伝わってくる感触。どうやら何かを踏んだらしかった。
*
里の景色をよく見渡せる丘の上、そこに私は立っている。その下に瓦屋根の集落が見えて、私は焦点を絞る。
それは大きな屋敷の外れだった。軒先で、若い男が書き物をしていた。白い紙に黒い筆の線が走って、何らかの意味を作っていく。私達の多くは言葉を操れたけれど、文字にまでは興味が無かったから、誰も文字を読めなかった。だから内容までは分からなかった。
青年は毎日、毎日、ずっと書き物をしていた。そうでなければ書物を読んでいた。
丘の上から焦点を絞る。そうするといつも彼はそこにいた。
私は彼に興味を持った。同時に彼の記す言葉に興味を持った。
*
「オリベ! オリベ!」
聞き覚えのある声がしてオリベは目を覚ました。目線の先にはツキミヤとQのポケモン。手に伝わる感触はふかふかとした河川敷の草原のそれであった。どうやらまた眠ってしまったらしいと彼は思った。
「よう」
と、オリベは挨拶をした。
「よう、じゃない。またサボって。もうみんな引き上げたぜ」
ツキミヤが呆れ気味に言った。同時にふと、アンノーンと目が合った。するとどういう訳か、身を翻して、主人の背中のほうに回り込み、覗き込むようにしたのだった。
「……? 今、何時だ?」
こいつこんなによそよそしかっただろうかと思いながら、尋ねた。
「四時過ぎだよ」
「ん、もうそんな時間か」
ちょっとした昼寝のつもりだったのに、ずいぶんと長い間眠ってしまっていたらしい。一度は起きて、神社に向かったつもりでいたが、それもまた夢であったという事か。
「…………」
唐突にオリベは起き上がると、古墳の丘を走り登り、周囲の草を掻き分けた。だが、そこには何も無かった。ただ草が生え、石が転がっているだけであった。
「どうしたんだよ?」
ツキミヤとアンノーンが後から追いかけて来てオリベに問うた。
「いや、何でもない」
オリベは言った。あまりにつまらない発掘実習に乗じて見た夢だったのだ。やはり入り口などある訳が無い。渡る風が河川敷の草原をざわざわと揺らしていた。
単行本へ続く
少年は手を見る。
固まりきらない血がまだ光を反射して輝いている。地面にはいくつかの血痕があった。
その目の前では、ごめんなさい、ごめんなさいと、緑色の獣を腕に抱いた少女が必死に頭を下げている。
「本当よ。普段はすごくおとなしい子なの」
彼女はそのように弁明する。たぶんそれは嘘ではないし、彼女は何も悪くないのだろう。
だが、少女に抱かれたラクライは毛を逆立て、牙をむき、眉間に皺を寄せる。フーッフーッと息を荒くしていた。
「……気にしないで」
少年は言った。
ちらりと緑の獣を見る。獣は再びウウッと唸って毛を逆立てた。やはり見なければよかったと思い、急ぎ目を逸らす。嫌われたものだ。
獣の瞳に映ったのは恐怖だった。忌むべき者を見た恐怖だ。手を出してはいけなかった。望むと望まないに限らず嫌われる者はいる。世の中にははみ出し者や除け者というものが必ず存在し、忌まれる者がいる。
自分はどうやらそっち側の存在であるらしいと、この日、少年は理解したのだ。
海の見える学校の、広い敷地の狭い部屋の中で何人かの男達が会合を開いていた。
右上に小さな写真を貼った書類、そして写真の人物が書いた論文、考査の結果。それらを照会しながら彼らは品定めを行ってゆく。
「タニグチ君はいいね。卒業論文もしっかりしているし、うちの研究室で貰いたいのだがね」
「サカシタはどうだね」
「彼は考査の結果がねえ」
「だが体力があるだろ?」
「それは評価に含まれない」
「だが、フィールドワークでは重要だろ。よく働くんじゃないのかね、彼は」
「卒論はどうだった?」
「及第点といったところですかな」
「まぁいい。うちで面倒見よう」
そんな風に彼らは学生達をふるいにかけていった。何人かを通らせ、何人かを落とした。
しかし、ここまでの過程は彼らの予定の範囲内であり、予想の範疇であった。たった一人、最後の一人だけが彼らの本当の議題だった。
「さて、最後だが」
「彼か」
「ああ」
教授達は選考書類に目を通す。
「考査の結果は?」
「……トップですな」
「卒業論文は?」
「発表会、聞いていたでしょう?」
「考古学専攻はみんな聞いていましたな」
「私は誰一人、質問しないので焦りましたよ」
「あの後、学生が一人質問しましたな。いい質問だったが、いかんせん彼の切り返しのほうが上だった」
彼らはそこまで言ってしばらく黙った。誰も先に進めようとしなかった。
「欲しいのはおらんのかね」
一人が沈黙を破ったが、誰一人手を挙げない。
「能力的には並みの院生以上と思いますがね」
「取るか取らないかは別の問題だよ」
「分野的には、フジサキ研だと思うが」
「学士までと約束しました。皆さんもご存知のはずです」
その中でも比較的若い男が言う。
「しかし彼を落とすとなると、他の学生も落ちますよ」
「だから困っている」
「ようするに合理的な説明が出来るか否かという事だ」
「学士は所詮アマチュアだ。だが修士はタマゴとはいえ研究者。この違いは重い」
結論は出なかった。グダグダと議論が続く。
否、とっく結論は出ているのだ。議題の人物の受け入れ先など、最初から存在しない。後は誰が面倒な役回りを引き受けるか。結果を通知し、合理的説明をするのか。それだけなのだ。だが誰も関わりたくない。触りたくない。それだけなのだ。
「休憩にしますかな」
一人の教授がそう言った時、キイと狭い部屋のドアが開いた。
「お困りのようですな」
入ってきたのは一人の男だった。コースでは見ない顔だった。だがまったくの知らない顔、部外者という訳でも無かった。
「オリベ君、」
一人が男の名前を口にした。
「民俗学コースの教授が何の用事かね」
また違う一人が言った。少し不快そうだった。
彼らの視線の先にいる乱入者はラフな格好だ。ネクタイは緩いし、履物は漁師の履くギョサンだった。大学教授などそんなものかもしれないが、年配には印象がよくない。だが乱入者は気にする様子もなく、
「例え話をしましょうか」と、言ったのだった。
「考古学コースには誰もが認める優秀な学生がいる。どの研究室も欲しがっているが、その学生がコースの変更届けを出したなら、皆諦めるしかありません」
「…………」
しばらく皆が黙った。いや、食いついた。だが、腹の底で疑念が沸き起こる。
「オリベ君、何を企んでいるのかね」
「何も。私は優秀な学生が欲しいだけです。こっちでも院試がありましたがろくなのがいなくてねぇ。ただ……」
「ただ?」
「配慮いただけるのであれば、来月のあの件、譲歩いただきたい」
目配せしてオリベは言った。
「来月の……」
「そう、来月です」
オリベがにやりと笑う。その言葉の真意に部屋のメンバーも気付いた様子だった。
「つまり取引をしようというのかね。しかし彼が届けなど出すと思うかね」
「出させてみせます。万が一の場合、今日の事はお忘れくださって結構」
あくまでひょうひょうとした態度でオリベは続ける。
「そうですね。とりあえずは院試の選考を今からでも民俗学・考古学コースの合同だったという事にしましょうか。他のコースも巻き込めるなら尚いい。それで責任者を私にするんです。院試に関する質問は全て私を通す事にしましょう」
なるほど、と教授陣が目配せし合う。例の件はともかく、面倒事をオリベに転化できるのは彼らにとって都合がいい事は確かだった。
「……分かった」
彼らの代表格が返事をした。
「決まりですね」
オリベが言った。ずり落ちた眼鏡の位置は直さず、レンズを通さずに、下から覗き込むように教授陣を見据えた。そうして彼は二、三彼らに質問やら手続き的な頼み事をすると、部屋を出ていった。
冬であったが、この日は比較的暖かかった。日光が差し込む廊下をポケットに手を突っ込んで、すたすたとオリベは歩いていく。時折、学生とすれ違ったが知らない顔だ。互いにこれといった挨拶は交わさなかった。
とりあえず文書作成からかからなければなるまい、彼はそう考えていた。だが、
『一体何をしようっての』
途端に声が聞こえて足を止めた。
「ん?」
オリベはとぼけた声を発する。
『とぼけるな。あんな事言って。私は反対だと伝えたはずだよ』
声が響く。
「あのなぁ、俺はいつもお前の言う事ばっか聞く訳じゃないぞ」
面倒くさそうにオリベは言った。いかにもうるさいといった風に。
『どうして? いつもはあんなに素直なのに』
「これはこれ。それはそれ。前にも言ったけどな、お前の意見を聞くも聞かないも選択権は俺にあるの。たまたま聞く割合が多いだけだろ。あくまで選ぶのは俺だからな」
『私が言って、外れた事があった?』
「お前が勘がいいのは知ってるよ。だが、これはだめだ」
『だいたいあんなの無理だ。無理に決まってる。夏休み前に相当怒らせたくせに。あの時は本当に危なかった』
「怒らせるのはいつもの事だ」
『一緒にいた女の子を覚えてる? あれ以来学校で見かけない』
「だから? 大方、別れたんだろ? 男女にはよくある事だ」
『危険なんだよ。ユウイチロウ』
「お前はいつもそれだ」
『ユウイチロウは鈍いから分からないのかもしれないが、』
「うるさいな。あんまり喋るなよ。ただでさえ独り言が多いって言われてるんだ。文句なら部屋に帰ってからでいいだろ?」
そこまで言うと声が止んだ。やれやれとオリベはまた歩き出した。ポケットに手を突っ込んで、ぺたぺたとギョサンを鳴らしながら、民俗学教授は歩いていった。
日差しの差し込む長い廊下、そこにはオリベを除いて人は歩いていなかった。
単行本へ続く
「ブースターだ!」
「いや、シャワーズ!」
家が敷き詰められた住宅街のある一戸建て。まだ幼く元気のある兄妹が、言い争いをしていた。
喧嘩の理由は単純だった。二人の家に住むイーブイを、どの種類に進化させるかということである。
二人はまだ年齢が若すぎるため、自分のポケモンを持っていない。両親に何度もお願いして、漸く家に来たのが一匹のイーブイだった。
イーブイという種族は、様々な種類に進化することができる。住んでいる環境によって様々な個体へ姿を変えることができるため、他のポケモンよりも進化の数が圧倒的に多い。例えば、とても寒い地域に住んでいれば凍えて死なないためにグレイシアに進化する傾向があるし、森に囲まれて育ったイーブイはリーフィアに変化することもあると言われている。
それ故に、人間が故意的に進化を操作することも多い。理由は、様々だが、大方は人間の都合である。そのため、人間が管理しているイーブイは、環境以外の要因で何に進化するか決まってしまうことが殆どだった。
話は戻るが、兄弟は、イーブイを何に進化させるかで揉めているのだ。
「ブースターは可愛いじゃないか。赤い体にふわふわした体毛、ずっとぎゅーってしていたくなるんだよ」こう
言うのは、兄の方。
「シャワーズにすれば、ひんやりして気持ち良いし、一緒にプールで遊べるもん。だからシャワーズが良いの!」
そう述べるのは、妹の方。
この二人は、いつも意見が食い違っていた。例えば、兄の方は冬が好きだし、妹は夏の方が好みだった。他にも兄は走るのが好きだし、妹は泳ぐのが好きだったりと、常にこの兄妹はぶつかりあっているのである。
そのため、今回のことも珍しいことではなかった。
「シャワーズに進化させたら冬はどうするのさ。冷たくて触っていられないぜ?」
「ブースターなら冬に抱きしめられるもん。お兄ちゃんだって、真夏にブースターをずっとぎゅってしてるの?」
「ああ、俺だったら真夏でも真冬でもブースターを抱きしめるもんね」
「そんなことしたら暑さでお兄ちゃんが倒れちゃうよ。だから、シャワーズにしようよ」
「そんなこと言ったら、冬に無理にシャワーズを抱きしめたら、お前が風邪引いちゃうじゃないか。だから、ブースターにしようぜ」
「嫌だ! シャワーズ!」
「俺だって嫌だ! ブースターが良い!」
お互いに眉間にしわを寄せ、睨みあう兄妹。彼らはまだ、譲り合うということができなかった。両親がいると大人しくなるのだが、生憎、この子達の両親は、まだ仕事で帰って来ない。
イーブイは、そんな兄妹を毎日見ているのに目もくれずソファーの上で昼寝をしていた。
散々続いた言い争いが終わったと思うと、兄弟はイーブイの目の前に立ち見下ろしている。
何事かと顔を上げると、先に兄が言う。
「ブイルは(イーブイの名前である)、ブースターに進化したいよな?」
妹。
「ブイルはシャワーズに進化したいよね。私のこと大好きだもんね」
「ブイルはお前のことなんか好きじゃないって。ブイルが好きなのは俺だよな」
「そうやって、人のことをいじめるような最低な人間をブイルが好きになるわけないじゃない。ねーブイル」
「あーあ、やだやだ。強引に姿を変えられるのは嫌だってさ。他人のことを思っているように見せかけて、実は自分の都合を突き通そうとしている人って、タチが悪いんだよな」
「お兄ちゃん。そろそろ怒るよ」
「やるか」
「手加減しないよ」
彼らは拳を握り、今にも喧嘩を始めそうになる。怪我をしたら流石に洒落にならないので、ブイルと呼ばれたイーブイは起き上がり、自分の気持ちを堂々と伝えた。
「僕は、昔からサンダースになりたいと思っているんだ」
胸を張り、しっかりと自己主張をするブイル。
すると、二人の表情は一変する。
「何言ってるんだ。サンダースになったら静電気が大変だろう。それに、ふわふわした体毛が少なくなっちゃうじゃないか」これは兄。
「そうよ。サンダースだと一緒にプールで泳げないよ? だから考え直そうよ」これは妹。
「だから勝手に決めるなって。ブースターが良いに決まってるだろ」
「違うの! シャワーズが良いの!」
「ブースター!」
「シャワーズ!」
ついには殴りあいの喧嘩を始めてしまう二人。さすがにここまでくると放っておけないので、ブイルはなんとか止めさせる。
「これ以上喧嘩するなら、何に進化するかお母さんに決めて貰おうかなあ」
さり気なく呟くブイル。
お母さん、兄妹にとって大切な家族であり、恐れる対象である。
兄妹は理解していた。お母さんが主導権を握れば、全ての物事は強引に決定してしまうのである。そのため、ブイルが何に進化するかを母親に頼むということは、自分達の意見が通らなくなることがほぼ確実だった。
「ごめんブイル、俺達が悪かった」
「お願いブイル、それだけは止めて」
母に決定権が移ることだけは、何としても阻止しなければならない。兄妹の態度は一変した。
「もう喧嘩しない?」
「しないしない。絶対にしない」
「うん。お兄ちゃんと私は仲良しだもん。喧嘩なんてしないよねー」
「ああ、しないとも」
ぎこちない笑顔で肩を組む兄妹。それならば、とブイルは言う。
「僕が何に進化するのか、仲良く決めてね」
兄妹は黙って頷いた。とりあえず、今日の兄妹戦争は回避できた訳だ。
しかし、明日には同じことを繰り返すのだろう。そう思うと、このままイーブイの姿で一生を終えた方が良いのではないかと思うブイルだった。
――――――――――
地味にお久しぶりです。
夏コミ82に来てくれた方がもしいたら、ありがとうございました。またちょくちょくイベントには参加していると思います。
9月のチャレンジャーは他のイベントで売り子を頼まれた為、参加を断念しました。鳩さんの新刊はまた今度になりそうです。
現在、冬コミに向けてワープロ打っています。こういうネタは直ぐ思いつくのですが、遅筆なのが悩みです。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】
タグ: | 【ポケライフ】 【冥土喫茶】 【何もかも投げ出して喫茶店経営したい】 【|ω・)】 |
少年の帰郷とか野の火でようやくブラインドネスレベル。
最初から書かずに、小説本文を書きながらあの形にもってく感じ。
もっとメモ書きっぽくて台詞なんかが多いけど、消化した項目から消すので、記録が残らない。
参考:
長編のプロットってどうやってまとめていますか? - No.017 [ザ・インタビューズ]
http://theinterviews.jp/pijyon/1515900
うわああああ、ホントにガッチリプロット組んでるよコイツ!
エアームドの鋼並にガッチリだよ!
おまちかねのコットンガード。
-------------------------------------------------------------------------
<タイトル>
「コットンガード」
<テーマ>
・苦手な「起承転結」を徹底してみる
・とにかくテンポを意識して
・ママに当たるエアームドとの対比を入れる
<起>
・ママに毛づくろいをしてもらうチルチルちゃん
・チルチルちゃんとママの羽の違い
→実の親子ではないことをここで明示する
<承>
・ママのようになりたいと願うチルチルちゃん
・が、チルチルちゃんはふわふわ羽でママは鋼の翼
→少ししょんぼりする
<転>
・公園を一人で散歩するチルチルちゃん
・そこへ突然上からクヌギダマさんが!
・慌ててふわふわ羽でガードするチルチルちゃん
→ノーダメージで吹き飛んでいくクヌギダマさん
<結>
・飛び跳ねるようにママの下へ帰るチルチルちゃん
・新必殺技「コットンガード」を披露する
・防御力が大幅にアップしたチルチルちゃんをうれしそうに抱きしめるママ
→二人は立派な物理受けになってくれることでしょう
-------------------------------------------------------------------------
これでもなお完成稿で変更が入り、物理受け云々は(多分作風に合わないとの理由で)筆者コメントに移動されている。
> 結:やはりあるがままが一番「しあわせ」なのだということに気付き、今日も元気に相手ポケモンを容赦なく爆撃するのであった
ワロタwww
個人的にはこっちのが好みだったかもwww
続いてblindness。これは結構練った後のメモ。
-------------------------------------------------------------------------
<タイトル>
・「向こう見ず」
・「ただ私のために」
<テーマ>
・「足跡」
<コンセプト>
・「盲目のドーブル」
・「足跡は家紋」
・「×の付いた足跡」
<主人公>
・絵描き志望の少女
<プロット>
・スランプに陥った少女
・某イラストSNSでランクが伸び悩んでいる
・固定ファンはいるが、何か物足りない、本質を見てもらえていない気がする
・何もかも中途半端な自分が嫌になる、才能のなさが恨めしい
・コンビニから帰ってきた直後、家の塀に落書きしているドーブルを発見
・背中の足跡に「×」
・絵はセンスこそ感じられるが、ところどころ間違っている
・背中の文様も「アートの一種」だと考える
・ドーブルについての話
・大人になると背中に足跡を付けられる
・足跡は「家紋」のようなもので、見ただけで「家柄」がわかる。「家柄」のよいドーブルは絵が上手い
・学者の見解では、ドーブルは「家柄」によって厳格に階層化されている
・後姿を眺めながら
・本当に楽しそうに絵を描いている
・呆れるほど楽しそうなのが、少女にとって余計に苛立ちを募らさせる
・少女のことは一切気にかけていない
・ドーブルに呼びかけると、見当違いな方向を向く
・確認する素振りを見せた後、また絵を描き始める
・このとき、様子がおかしいことに気付く
・よく見ると、ドーブルの目には光が宿っていなかった
・ドーブルについての話(2)
・ドーブルは絵を描くことを生業にしている。よって、絵の描けないドーブルは差別を受ける
・目の光を失うようなことがあれば、即座に爪弾きにされる
・このドーブルの家柄は、かなりの上流のようである。成人したばかりだということにも気付く
・少女とドーブル
・よい家に生まれ、それだけの力を身につけ、成人して活躍するばかりだったという状況から一転、失明して一族を追われたという経緯に気付きショックを受ける
・それでもなお、純粋に絵を描くことを楽しんでいるドーブルに、さらにショックを受ける
・自分が無駄なこと、くだらないこと、つまらないことに囚われすぎていた事を思い知らされ、呆然とその光景を見つめる
・ドーブルとの別れ
・ドーブルは描きあげた絵を撫でて慈しんでから、静かにその場を後にした
・少女は無意識のうちに携帯電話を取り出し、絵を写真に収める
・そのまましばらく、写真を眺め続ける
・光を失いながらも楽しそうに絵を描くドーブルの絵
・その絵はランク入りこそしなかったが、本質を見極めた一人のファンからコメントがもらえた
・吹っ切れた少女が気持ちを入れ替え、絵を描く意欲を取り戻す
・傍らには、ドーブルが描いた絵の写真を写す携帯電話が――
-------------------------------------------------------------------------
後半に完成稿でカットされたシーンが残っている。確かテンポの都合で削ったはず。
それ以外は軽微な違い(タイトル含む)はあれど、ほぼ完成稿に準じた形の様子。
初期案を引っ張り出したのでまずこれを。
-------------------------------------------------------------------------
タイトル
「しあわせのカタチ」
話の骨格
「幸福とは個人の解釈で異なるもの」
興味を引くポイント
「タマゴばくだん」で勇敢に戦う武闘派のラッキー
主人公
ラッキーと一緒に周囲のトレーナーをなぎ倒す勝気な少女「さち」
ポイント
ラッキーは「たまごポケモン」で、一緒にいるトレーナーに「しあわせ」をもたらす
個々人の「しあわせ」とは何か
少女とラッキーの対比・共通化
起承転結
起:飛びぬけた腕力と「タマゴばくだん」で無敵を誇るラッキーを引き連れる少女。ラッキーと一緒に戦っていると「しあわせ」だと感じる
承:妹分の少女もラッキーを連れているのだが、そのラッキーは正反対の技である「タマゴうみ」を使う。妹分のラッキーは「しあわせ」そうだった
転:悩んだ少女がラッキーにとっての「しあわせ」を考え、「タマゴばくだん」を忘れさせようとする。そして、自分も変わろうと考える。だが……
結:やはりあるがままが一番「しあわせ」なのだということに気付き、今日も元気に相手ポケモンを容赦なく爆撃するのであった
-------------------------------------------------------------------------
人間のトレーナーがいたりタイトルが違ったりしていますが、大筋の方向は見えていた模様。
ちなみに、よく見ると人間の名前が完成稿で登場する主人公のラッキーにリサイクルされている。
これはゴーヤロック氏のツイッターの衝撃発言からはじまった。
586 586
ゴーヤロック無駄知識:実はコットンガードやミツハニーにもプロットが存在する
weakstorm でりでり/照風めめ
@586 な、なんだってー!
586 586
@weakstorm どんな一発ネタ/小ネタ/勢いだけに見える作品も、うちの場合前段階のまとめをしないと滅茶苦茶になってしまうのです\(^o^)/
pijyon No.017
@586 わけがわからないよ
586 586
@pijyon 知ってるかい? プロットがないとあれくらいの一発ネタすら書けない人がいるんだぜ……?
おーいみんな!
ゴーヤロックさんがプロット晒してくれるってよー!
![]()
|
【今宵は満月なのです】
空を見上げれば、そこにはまん丸なお月様。
思わずウットリしそうな綺麗な姿に、わたしの足どりは怪しくなる。
「あ、ミミロップ! ボーッとしながら歩くと危ないって!」
丸刈りで背の高い殿方――ご主人の声にハッと気がついたわたしは足をピタっと止める。
ふぅ〜危ない、危ない。
わたしがご主人に「ありがとう!」の意味を込めて一鳴き上げると、ご主人はやれやれといった感じな苦笑いを向けてくれた。
わたしはミミロップ
お月様とお団子とご主人が大好きな、茶色いうさぎポケモンです。
【やっぱり月より花より団子?】
今、私とご主人は十五夜の月見をする為に団子の準備をしていまして。
ご主人がお団子を作って、それを縁側まで持っていってます。
お供え物などをするときによく使われる木製の台に、お団子がピラミッド状に積み上がっています。
先程みたいによそ見をすると、手元を狂わせて、お団子を取りこぼしてしまうから注意なのです。
それにしても、なんて美味しそうなお団子なのでしょうか……。
流石、ご主人様は器用です……ゴクリと喉を鳴らしてしまって――。
「あ、コラ! ミミロップ! 勝手につまみ食いするなって!」
【良い子の皆へ。食べ物で遊んではいけません。その1】
縁側に団子を乗せた木製の台と、飲み物が入ったグラスが二本。
それといくつかの小皿がありまして、それぞれしょうゆ、つぶあん、きなこが入っています。
「好きなものにつけて食べればいいから」
訝しげな瞳を向けたわたしにご主人はそう教えてくれます。なるほど。
あぁ……美味しそうな団子なのですが、こう綺麗なまん丸を見ていますと、なんだかウズウズしてきます。
何故かは分からないのですが……綺麗なまん丸な団子が雪玉に見えてきて――。
あ、思い出しました! 雪合戦です!
【良い子の皆へ。食べ物で遊んではいけません。その2】
「こら! 食べ物を投げるなぁ!」
わたしが放った最初の投球は見事にご主人の頬に当たりました。
ご主人がキッとした鋭い目付きでこちらを見ながら口を開いたのと、わたしが手を滑らしたのはほぼ同じでした。
「まったくぅ!? んむ? ☆%#*%%&!!??」
わたしの投げたお団子がご主人の口の中にスッポリ入っちゃいました、てへっ☆
【ぴよぴよ】
「%&#☆!!」
あれ、ご主人が胸元をたたいてなんだか苦しそうな顔をしていますね。
もしかして……喉に詰まっちゃったとかですか!?
あわわ! ど、どうすれば……!?
パニック寸前のわたしがとっさに取った行動は――。
ご主人の胸元にピヨピヨパンチ一発!!
重い音が鳴った後、ご主人はうなだれ「あ、ありがとう」と呟いています。
た、助かって、本当に良かったです……それと食べ物で遊んでしまって、ごめんなさい。
【ようやく月見】
ご主人がとりあえず飲み物を飲んで一回落ち着いた後、ようやく月見が始まりました。
まん丸なお月様を覗きながら、つぶあんをつけたお団子をもぎゅもぎゅ。
お月様が完全に顔を出しているのも好きですが、途切れ途切れに流れて来る雲に薄らかかる姿も神秘的でとても好きです。
顔を月に向けながら、手は団子の方に動かして――同じく団子に手を伸ばしたご主人の手に触れました。
【月のお伽話】
ドキリとわたしの胸が打ったのとご主人の手が離れるのはほぼ同じでした。
ご主人は恐らく真っ赤になっているわたしの顔は見えておらず、お団子をもぎゅもぎゅしながら月を眺めています。
「あ、そういえば月といったらこんな話があるなぁ」
ご主人は月に顔を向けながら、わたしに語ってくれます。
「昔ね、俺たちがいる星と月がケンカして、縁が切れそうになったときにミミロルやミミロップといったウサギポケモン達が美味しい団子を作って、二人(?)を仲直りさせたんだって」
わたし達の先祖様たちが……今、こんな素敵な夜をくれているんだなぁ……と感謝しながら団子にわたしは手を伸ばしました。
【お伽話からの】
「それで、団子は月とこの星を結んでくれたことから、団子……まぁ、餅だけに縁をくっつけるっていう縁起のいい食べ物になったんだよな」
縁をくっつけてくれる、その言葉にわたしのお団子を持った手が一瞬止まります。
今、食べているお団子もこうやってご主人との縁をくっつけてくれるものなんだと考えたら、胸の鼓動が早くなってきまして。
わたしはご主人を呼ぶ為に一声鳴きました。
「ん? なに? ミミロップ――」
【月も顔を真っ赤にさせて】
ご主人がわたしに振り返るのと同時にわたしはお団子を口に入れまして。
一気にご主人との距離を縮めまして。
ご主人の唇とわたしの唇が重なりまして。
わたしはご主人のお口の中にお団子を置きました。
縁がもっともっと強く結ばれることを願いながら。
【きっと今夜はお楽しみで(以下略)】
ご主人は驚いた拍子にお団子を飲み込み、そして縁側の床に倒れ、わたしがご主人の上を覆う形に。
「ミミロップ、まさか……」
顔は真っ赤になってますし、もうばれてますよね。
わたしのこの気持ち……ご主人と番になりたいほど大好きな気持ち。
「でも、お前」
「きゅう?」
「確かオスだったはずじゃあ……」
愛に性別なんて関係ありませんわ! とわたしは一声鳴きました。
今宵はあの満月に見せ付けるほど……うふふ。
【書いてみました】
今夜20時頃、月見しながらみたらし団子でも食うかなと思い、近場のコンビニに行く途中で思いついた物語です。多分……掲載しても(主に後半)大丈夫のはず(汗)
今宵の月が沈まぬ内に書かねばと思い、筆を急がせた所存でございます。
最後のオチに驚いた方がいたら、嬉しい限りです。(ドキドキ)
ちなみに月に関しての昔話は私の想像です。
お月見団子のことを考えていたら、思いつきました。(ドキドキ)
ありがとうございました。
【月見団子と月見酒をもぎゅもぎゅして(以下略)】
【何をしてもいいですよ♪】
感想どうもありがとうございます!
> それだけでも笑えるのに、「タブンネローテーション」。
> 歌詞が爆笑ものです。
> タブンネが多い!カオスです。
そりゃタブンネが歌いますから、歌詞もタブンネだらけになるわけです。タブンネ。
> そして、公演後のタブンネ達の中に、約1匹、ドMが紛れていましたね。
> 精神的にどうなっているのでしょうか。そのタブンネ。
48匹も居たらそういう性癖のタブンネが一匹くらいいてもおかしくないと思うんだ!タブンネ。
> 随分笑わせて頂きました。
完全に出落ちのネタ作品なので、楽しんでくだされば作者としては大成功です。
本当にありがとうございました!
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | |