|
――全ての命は別の命と出会い、何かを失う
1
少々の霧に覆い被されつつも、山は幾多の深緑の木々を身に纏って、毅然と広汎にそびえ立っている。
山の至る所に、ポケモンたちがとても平和に暮らしている。かつては違った。この辺りは、密猟が行われていた。毎日恐ろしくて熟睡さえままならず、仲間が次第に減っていく悲惨な状況に、ポケモン達は心身共に疲れ果てていた。彼らが人間を心底憎んだのは言うまでもない。
最近密猟の規制が厳重化され、ようやく彼らの元に平穏が訪れた。平和、という状態がどんなものかさえ忘れかけていたポケモン達は、この上ない絶望の反動によってとても幸せだと感じるようになった。最も、人間達への恨みの感情が消え失せたわけではないが。
種族間で協力して見張り役を割り当てていた経験と、人間に対する共通の思いから、ポケモン達は仲がよく連帯感に優れていた。それぞれの縄張りを荒らすものなどいないし、また、誤って別の縄張りに足を入れてしまった者を、強く責め立てることもなかった。
そんな森の、おおよそ真ん中に位置する場所。そこは、非常に騒がしい所だった。そこに、ほとんど毎日のように、向かうポケモンがいた。
彼女の名は、『アラン』という。チルット、という鳥系のポケモンだ。綿雲のようなふわふわの翼が特徴的で、体は空のように素朴な水色一色で塗られている。目はくりんとしており、可愛らしいのでペットとしても人気が高い。
アランはいつも、ここで歌を歌っていた。歌うときは、がやがやした場所は回避するのが普通だ。アランは違った。むしろ静寂が流れる所では決して、声をメロディに乗せることはしなかった。それは、彼女なりの理由があってのことであった。
倒れた巨木に、ちょこんと乗る。チルットは綺麗好きな種族だが、野生のポケモンは木に生えた苔は汚いと感じないので、アランは緑のカサカサを避けることはしない。ふわふわの翼を大きく広げ、嘴を開いて息を吸い込む。そして、歌い始めた。
アランの歌声は、とてもよく響く。しかし森のポケモン達は、ソプラノのその声に特に反応することなく、今までと変わりない振る舞いをする。いつものことであり、気にしていない。それについてアランは特に、何も思っていない。
自然音と生活音、彼女の歌声。それらの音が、極めて混沌としていた。
アランは、この混沌が好きだった。自分の歌と森の音が混ざり合う。それが何よりも気持ち良かった。決して、自分が発した以外の音を、うるさくて邪魔なものとは思わなかった。
アランは歌い終える。拍手などみじんも起こらないが、満足そうな表情で帰っていった。
このチルットは、誰に聞かせるためでなく、ただ自分の楽しみのために、心の解放を味わうために、歌を歌っている。
2
突如、あの子は現れた。
彼女の名前は、『サラ』と言った。アランと同じ、チルットだった。アランよりも体の色が薄く、嘴は若干丸っこかった。しかし、そんな外見の違いは、アランにとってはどうでもよかった。
サラのことを知っている者、知らない者、だいたい半々であった。知っているポケモンは少し心配な表情をしつつ、サラの元まで駆け寄った。サラの笑顔を見て、話を聞いた後、彼らは安心したようだった。
一通り知り合いと会話し、初対面だが声をかけてくれたヒトとも話した後、サラはその場にいた何匹かのポケモンの前で歌を披露した。
歌うことが同じく好きであり、なおかつ同じ種族であるので、アランは驚くと共にとても親近感が湧いた。もちろんアランは、サラの歌を近くで聞こうとした。
ところが。
歌い始めてすぐに、これはあまり自分の好きなものではないとアランは確信した。どこか彼女の歌には、不純物が混ざっている、そんな気がした。何よりも、彼女自身がのびのびしてないように思えた。
にも拘らず、切りの良い所で歌を切った後、みんながこぞって拍手をしていたことにアランは驚愕した。もっと聞きたかったなあ、などとみんな口々に喋った。
サラは一匹一匹に丁寧にお礼をして、その後、もう私はここにはいられないなどと悲しげな表情で言った。不意に強風が吹いて、その風に乗るようにして飛び去っていった。
半衝動的にアランはサラを急いで追いかけた。なぜあんなにあの子の歌が自分に受け付けなかったのか、それが気になっていた。そもそも彼女が何者なのか、どこからやってきたのか、それすら知らない。彼女のことが少し分かれば、その理由がつかめるかもしれない。ちょっと自分は自己中心的すぎるのではとも思ったが、どうしても知りたかった。
サラが森を出る寸でのところで、アランは追いつくことができた。サラは、焦った表情で振り返った。自分を食べようと誰かが狙ってきたのではないかと思ったのかもしれない。迫ってきた者の正体が同種族だと分かり、ほっとした表情になった。驚かせてごめんと、即座にサラは謝罪する。
「初めまして。私はアランって言います。あなたに聞きたいことがあるのだけど、どこからやってきたの? 後、なんでもう帰っちゃうの?」
聞いても失礼のないことから聞いていく。サラは極めて丁寧な口調で答えた。
「私は、人間に捕まっているのです。主人がいない間は自由に出入りができます。けれども、そろそろ帰らないと。今日は久し振りに、みんなと話せて楽しかったですよ」
野生ではないと知って、アランははっとなった。
人間は、モンスターボールというものを使って、ポケモンを捕まえる。捕まえたポケモンは、戦わせたり、ペットにしたり、仕事を一緒にやらせたりする。一般的にはあまりいい扱いはされないので、野生のポケモンのほとんどは捕まりたくないと考えている。この人間がひどく気に入ったなど言って、自分から捕まりにいく者も中にはいる。野生のポケモン達は、大概その者を行かせまいと食い止めようとするが、大概それでも捕まりに行ってしまう。そして、その後である。野生のポケモン達は、人間の下についた奴の悪口を、口々に言い始めるのだ。例え仲が良かった者でも、手のひらを返すように叩く。あいつはろくでもない奴だと。
特にこの森のポケモン達は、人間に対する恨みが強いわけだから、その傾向が非常に強く、アランは傍から見て恐ろしいと感じていた。アランはこれといって、人間に自ら捕まるポケモンを、嫌いだとも好きだとも思っていなかった。興味がなかったのだ。
「では、私もう行きます」
なんと返していいものか分からず、アランは黙りこんでしまった。気まずい沈黙が流れ、サラは丁寧におじぎをして帰ってしまった
アランは高度を上げた。付近の町が見渡せる所まで飛んだ。サラの飛薄い水色の体を、じっと見つめていた。
アランが戻ると、サラの悪口が耳に入った。やっぱりかと空で聞きながらアランはため息を付く。サラと仲良く話していたヒト達は、手のひらを返して彼女を蔑む。決して本人の前で、その本音を漏らすことはしない。陰湿であり、気分が良くないことだが、仕方がないことだとアランは思っていた。
どころか、サラが悪く言われているのを知って、笑みが溢れるのを必死に堪えていた。アランはひっそりと喜んでいた。サラに申し訳ないと、罪悪感を抱きつつも。
3
翌日のことだった。アランは、サラの家の前まで来ていた。アランは昨日、場所を特定しておいたのだ。
他人の家を除くという行為は、些か道理に反するかもしれないし、それに、人間の町になんか飛び出しては、捕まる危険もあるけれども、そんなこともお構いなしにできるほど、アランは例の理由に対する関心の気持ちが増幅してしまった。
サラの家というよりか、サラの主人の家という方が適切だろうか。そんなことを考えつつ、そっと窓から覗いてみる。小刻みに揺れている綿雲をすぐに見つけた。少々見えにくいが、サラは一人の人間と対峙していることが判明した。
彼女は、その人間に歌を聞かせていた。人間は歌を聞きながらうんうんと頷いていた。
やはりアランの耳には、その歌は綺麗に届かなかった。そして、なぜ彼女の歌には、不純物が混ざっているように聞こえるのか、その理由は朧気ながら判明してきた感じだった。
歌い終える。すると、人間があれやこれやとサラに指示を出し始めた。そしてサラはその指示に、時々難しそうな表情を見せつつも頻りに頷き、最後には真面目な表情になった。再び歌い始める。先程言われた箇所を、修正しながら。
再び歌い終える。サラは不意に、こっちを見てきた。少しだけ驚愕したような顔をした後、主人の方に笑いかけた後、ドアを開けてもらって部屋を出た。
アランは玄関で待っていた。だがサラは二階の窓から飛んで出てきた。サラは、少しだけ戸惑いを見せるがすぐに、
「とりあえず、人間に見つかったら面倒なので、森の方へ行きましょう」
彼女の邪魔をしてしまい、アランは申し訳なく思った。とりあえず彼女の指示に従い、森へ移動することにした。
「えっと、その、何のようでしょうか」
森へ移動し、彼女が口を開ける。歌い終えた後で少々声が枯れていた。
「いや、なんか、その、あなたのことが気になって見に来ちゃって。邪魔してしまってごめん」
「下手に森から飛び出さない方がいいですよ。どうして私のことなんかが気になっているのですか」
「なんというか、人間の下で生活するのってどういう感じなのかなって」
彼女は遠回しに質問した。すると彼女は途端に笑顔になった。やや早口になって、話始めたのだ。
「とってもいいですよ。人間の下で生活するのは。楽しいです。私が歌を上手く歌い終わると、主人は手を叩いて褒めてくれます。ちゃんと歌っていなかったときは、誠意を込めてしかってくれます。彼と一緒にコンクールで優勝することを目指しているのですよ。優勝すれば、主人はきっと喜んでくれます。だから私はもっと練習しちゃいますよ!」
話終わって彼女はしまったという顔をして
「すいません、つい熱くなってしまいました。人間を心底憎んでいるヒトもいるのに、こんなことを嬉々と話すのは不謹慎でした」
「あ、大丈夫だよ。私は平気だから。それよりも、そうやって人間を喜ばすために歌うのって、楽しいの?」
気を取り直して私は一番聞きたいことを質問した。すると彼女はさも当然のように、
「楽しいに決まっているじゃないですか」
そう言い放った
人間の下にいること、別にそれはいいと思う。自分の楽しみのために歌を歌わないのはどうかとアランは思った。アランはここで、腑に落ちた表情になった。だから自分は彼女の歌を、あまりよく感じなかったのだと。ぴったりと合点がいった。
「でも、私は自分の楽しみのために歌った方がいいと思う」
自分の考え強くぶつけてみた。そしたら、彼女は少し考えて、
「でも、それって自己満足じゃないですか。せっかくなんですから、誰かを楽しまさせた方がいいと私は思うのです」
そこで会話が止まってしまった。胸の中に確かに違和感は存在しているのに、なんと言葉にして言い返せばいいのか分からなかった。
サラと別れ、帰りながらアランは一匹で考える。
アランは決めた。また明日も、彼女の姿を見に行くことを。やっぱりどうしても、彼女は腑に落ちなかったのだ。
4
ここ最近何やら変なチルットに目をつけられていることに、サラは内心うんざりとしていた。正直面倒ではあるけれども、相手を必要以上に刺激させないように、サラはちゃんと敬語で接していた。心の中でどんなに相手に対して苛立っても、常に敬語に接し、反抗の意思を見せないようにするのが、世の中を上手に渡るコツだ、などとサラは考えていた。アランと名乗っていたチルットは、そこまで怒るようなタイプではないと思うけれども念のため。
アランはいったい、何を考えているのだろう。自分が人間の下にいるのが、よほど癪に障ったのだろうか。でもそれよりも、歌を自分のためではなく、他人のために歌うって話、そっちの方が、真剣な眼差しを向けてきていた。
野生のポケモンと価値観が違うのは当たり前。だから、そこまで別に気にする必要はないと自分に言い聞かせる。
今日もサラは歌を歌う。今度のコンクールでは絶対に一位を取るつもりだ。主人を喜ばせるためには一位を取る他はない。
主人は現在、買い物に行っていて家にいない一匹で練習することになる。少し寂しいけれども、仕方がないとサラは思った。一人で練習するのは今日が初めてではない。けれども、あの子と話してしまってから、主人が隣にいるという状況を改めてありがたいと感じ、意識してしまったから寂しいと感じてしまった。
今日中に完成させる予定てしたが、まだ半分もおわってません。嘘かもしれません。
自分の小説にしては、かなり平和主義な小説です。嘘かもしれません。
最初一人称で書いてたけど、三人称に変えました。嘘かもしれません。
たぶん後一週間くらいで書き終わります。嘘かもしれません。
※ポケモンと人の恋愛みたいな内容です 苦手な方はバックプリーズ
人がポケモンを選んで捕獲したり、友達になって側にいて欲しいと願うのと同じように、ポケモンが人を選んで側にいて欲しいと考えることだって絶対あると思うんだ。
だっていくら捕獲してボールで縛ったって、その気になれば自分から壊して逃げることだって、ポケモンはできるはずだよ。
何せポケモンは人に出来ないことが、沢山できるんだから。炎を吐いたり、毒を操ったりなんて人はできないでしょ?
もちろん、時間を操ったり空間を歪ませたり、果てにはこの世の裏側に自由に行けるなんてできない。
人には過ぎた能力だ。
ポケモン側が人を選んで、一緒にいたいと思う。でも、もし人がそれを嫌がったら、そのポケモンはどうするんだろう。
反対のパターンは結構聞くよね。珍しいポケモンが欲しくてずっとアプローチしてるのに、肝心のポケモンに拒絶されて泣いてるトレーナー。
私の友達に、初心者ポケモンを選ぶ時にヒノアラシを選んだのに、一緒にいたワニノコがすごい懐いちゃって、どうすることもできなくて、特例中の特例で二匹ともパートナーにした子がいるよ。
ちなみに今、その子はバクフーンとオーダイルをエースにしてる。バクフーンは頼れる相棒なんだけど、オーダイルは大変なんだって。
もう図体がでかいのに、寝る時にベッドに潜り込んできたりするらしい。おかげで今までベッドを三回買い換えたって。
うん、そうだね。
これが前述した『ポケモン側が人を選んで、一緒にいたいと思うパターン』だね。
まあ、彼女は仕方ないな、って感じで嫌がってるわけじゃない。でも、本当に拒絶するトレーナーもいるかもしれない。
小さいポケモンならまだしも、かなり図体がでかかったらどうなるか......。
怖いね。色んな意味で。
これの延長線の話で、ポケモンと人の恋愛がある。シンオウ神話にもあるけど、昔は割と普通のことだったらしいね。
でも、私考えるんだ。もしこの恋愛が、一方通行のベクトルだったら、って。
人がポケモンを一方的に愛し、その反対でポケモンが人を一方的に愛する。
人同士なら、所謂ストーカーの域に入ることもあるかもしれないね。でも、警察が動けるならまだ良いのかもしれない。
いや、ストーカーは最低だと思うけど!
ポケモンが、人を一方的に愛したらどうなるんだろうね。
人は普通のトレーナー。もしかしたら恋人がいるかもしれない。人間のね。
人はポケモンはポケモンとしか思ってない。頼れる仲間や友達として見ているかもしれないけど、所詮それまで。
ポケモンはそれが耐えられない。自分を一人......一体の異性として見て欲しい。
どんな行動に出るか。
さっき言ったように、ボールで縛られていても彼らはそれを壊せる。人よりずっと優れた体や能力も持ち合わせている。
そこから、どんな答えが出るか。
.
.....前にね、ある人に出会ったことがあるの。女の人。とっても綺麗で、賢くて、優しかった。
ひょんなことから出会ったんだけど、友達になってお互いの家を行き来したりしたんだよね。
でもね、後でお爺ちゃんが教えてくれた。
その人、たまにその場所に来るんだって。それも二十年や三十年周期で。.
.....おかしいでしょ? すごい若く見えるんだよ。皺なんて一つもない美女。
どういうこと、って聞いたら、お爺ちゃんが悲しそうな顔で言った。
『あの人はなぁ、時の神に愛されてしまったんだ』
シンオウ神話に登場する時の神、ディアルガ。巷では伝説のポケモンと呼ばれる。
その人は若い時......もう七十年近く前に、ディアルガに出会った。美しいだけじゃなく、優しくて賢いその人に、彼はすっかり心を奪われてしまった。
人には寿命がある。自分が瞬きする瞬間しか彼女と一緒にいられないことを嫌がったディアルガは、彼女の時間を停めてしまった。
彼女の実年齢は、もう九十近いらしい。
いくら生きても、死ぬことを許されない。たとえ発狂したとしても。
全ては神様の気持ち次第。
あり得ない話じゃないんだ。全然例が無いだけで。
ジョウト地方、タンバシティでは昔、大時化になった海を鎮めてもらうために若い娘を海神の花嫁として捧げた話もある。
これは生贄に近いかもしれないけど、とにかく人とポケモンの関係っていうのは、ただの友達や仲間だけじゃない、かなり複雑なところまで来てるってこと。
というか、昔は普通だったんだけどね。いつからタブーみたいに言われるようになったのかは、私にも分からない。
ーーーーーーーーーーーーーー
一粒万倍日だということを思い出して一時間くらいで書いた。
無理矢理感半端ない。
面白く、読み応えがありました。
ノイズだらけであらゆるものが不定形な世界の中で、管理者と預け入れられるモノたちとの間で交わされる意思疎通が、出会いと別れの存在する一期一会の機会として繰り広げられる様が奇妙ながらも人間くさくて面白かったです。
水雲さんは、もともと計算機工学にお詳しい方なのでしょうか?
ハード、ソフト問わず専門用語が随所で活かされていて、最後まで世界観が一貫しているなと感じました。
こんな預け入れシステムがあれば自分もあれこれ預けてみたいですね。
きっと預ける前より少しブラッシュアップされたモノとして引き出すことができそうです。
イッシュ地方ヒウンシティ
まだ街は起きず、朝霧が港を優しく包み込む。
ポケモンセンターの電子看板以外は全て、物言わぬただの黒壁の板になってるだけ。
そんな優しい白の世界に、そっと包まれた、2つの影が溶け込んでいた
「朝の散歩には、まだ少し早かったかな。」
右手から肩にかけて痣が残るドレディア。名はジャスミン
紫の影は女性で、ドレディアの主人の『リーリエ』。
仲間や友人、それから双子の弟からは『リア』の愛称で親しまれている。
「ねぇ、ジャスミン。少し……遠出しようか。」
ジャスミンは、車椅子に乗る自分の主の姿を見る。
ロイヤルパープルのウルフヘアー。
チェリーピンクのつり気味の猫目。
左の頬から首、そして肩にかけて残る大きな火傷痕。
「れでぃ……。」
「心配しないで。今日は調子がいいんだ。このまま橋を越えてヤグルマの森にでも行くかい⁇それとも4番道路の方にでも行こうか?」
けど、まだ4番道路の方は冷えるだろうから、森の方かな。のんびりと、そして楽しそうに話す女性の顔を、ただ眺めながら、ドレディアは思案する。
彼女はなぜ、こんなにも強いのだろうか、と。
*
*
肉と血が焼ける臭い
大木が燃え、草が燃え、充満する煙と燃え盛る業火が生き物たちを追い詰めていく
雨が降る気配は無い。
いっそのこと清々しいほどに晴れ渡る、とてつもなく憎たらしい星月夜だ。
「っ、……ハイドロポンプは尽きた……水の波動も少ないし、雨乞いをしても、全てを消すほどにはならない………。」
火の粉の中をくぐり抜けながら走る紫の小さな影。
その背中には一匹のドレディア。
右腕には濡れたハンカチが当てられているが、よくみれば赤く爛れているのが布の下から見え隠れしている
「さて……この子を背負いながら走るのもそろそろ限界か………っ、!」
目の前に燃え盛る大木が落ちてきて、思わず足を止める。
散った大きめの火の粉が顔にかかったようだが、ドレディアを背中に抱えた紫の髪の『彼女』はおかまいなく、まだ燃えていない部分に足をかけて飛び越えた。
「っ、……あとで冷やすか。それよりも森を抜けなきゃね。こうなら最終手段だ。」
紫の彼女……リーリエはひとまず飛び越えた大木から少し離れて、一度ドレディアを背中から降ろすと、バックルから下げたモンスターボールのうちのひとつを宙に投げた。
そこから現れた、緑の体の三つ首の巨体のサザンドラが、するりとリーリエの前に降りてきた。
「私は他に逃げ遅れていないポケモンや人がいないか、探せる範囲で探してくる。レディはこの子を背中に乗せて、近くのポケモンセンターまで運んでやってくれ。……そんな顔をするな、レディ。これが私の仕事なんだから。」
頼んだよ、と告げてから、レディと呼ばれた色違いのサザンドラの背に、右腕に痛々しく、そして生々しい火傷を負い、気絶した状態のドレディアを乗せた。ドレディアが落ちないように、近くに運良く、燃えることなく残っていた長めの蔦を使って括り付けると、リーリエは送り出す。
大丈夫、心配しないでと笑いかけた。サザンドラは、主人である彼女のその一言を信じて、背中に乗せたドレディアが落ちぬようにゆっくりと高度をあげて、東に進む。
その先は、シッポウシティ。ここから1番近い場所はそこだろうと判断したらしいサザンドラを見送って、リーリエは視線を未だ燃え盛るヤグルマの森に移す。
「………さて。たとえこの命尽き果てようとも、師匠からの教えと、自らの誓いは守らなきゃね。」
決意に身を固めたその表情(かお)に、いっぺんの曇りも見当たらなかった。
*
*
3月10日(火)
一粒万倍企画掲載
砂糖水さんがリラさんのお話しを待ってくださったので
サプライズですわん
あと私事ですが誕生日迎えました。
これからまた1年がんばっていきます。
NOAH
.
タグ: | 【擬人化注意】 【タマザラシたんもふもふ。】 【3043】 |
買い物から帰ってきて庭の球体達の様子を見ると、ブロック塀の向こうから青い髪の男の子が球体を見ていた。
「こんにちはー」
庭に降りて声をかけると男の子はビクリと肩を震わせこちらに目を向けた。
「あ……こんにちは。勝手にすいません」
「いえいえ。取っていかないなら見学自由ですよ」
「え?」
「あはは、冗談冗談。可愛いでしょ。うちのタマザラシ」
「はい……凄く可愛いです」
視線の先ではきゅっきゅと泳ぐタマザラシたん。そろそろ水も温くなるだろうし、引き上げようかな。
「あー、こんなとこにいた!」
違う声が聞こえたのでそちらを見ると、おだんごとツインテールを組み合わせたような髪型の女の子がいた。年は私よりすこし下だろうか。
「ほら行くよー、他の奴らも探さないと」
「……ああ。じゃ、俺はこれで」
男の子は軽く頭を下げると、女の子の後を追いかけていった。後ろから見ると、着ているパーカーのフードには兎耳がついていた。可愛いけどタマザラシたんには叶わないな。私は鼻で笑った後、首をかしげた。
「……ここら辺じゃ見ない子達だなー」
旅行者だろうか? この時期は多いんだよなー。友人の家がやってる民宿もエネコの手も借りたいって言ってたし。実際借りてるらしい。
「ほーら、そろそろ出て。ふやけちゃうよー」
「きゅー!」
「だーめ。温くなってきたでしょ」
「うきゅう……」
最後までぐずる玉二郎を最初に抱き上げふと振り替えると、あの女の子が見えた。けど。
「あれ?」
男の子がいなくなっていて、代わりにマリルリが早足で隣を歩いている。
「……?」
「きゅっきゅきゅー!」
「ああ、ゴメンゴメン」
暴れだした玉二郎を縁側に乗せる。玉一郎は水の中でぼんやりしている玉三郎に体を押し付けて起こそうとしていた。可愛いなこのやろう。
「ま、いっか!」
難しいことは嫌いだ。タマザラシたんがいればそれでいい。
「ただいまー! おねーちゃーん!?」
「おーお帰りー! 庭だよー!」
夏の終わり。私のちょっとだけ不思議な昼下がり。
「いらっしゃい、よく来たね」
「こんにちは、おじさん」
都心から少し離れた高級住宅街、少年は親戚のおじさんの家に遊びに来ていた。
少年にとって、おじさんは父親の兄にあたる。住んでいる家も近所のため、少年はよくおじさんの家に訪れていた。
その理由はただ一つ。おじさんが集めている物に興味があるからである。
おじさんは、いわゆるコレクターの一人だった。何を集めているかというと、ポケモンに関連する道具である。
例えば、ポケモンを捕まえるモンスターボールの初期型。他にも、ポケモンを進化させる石や、特別な進化を手助けする特殊な道具等、種類は様々である。特に、今の時代出回っていない物を収集するのが趣味だった。
少年は、どこにでもいるポケモン好きである。だからこそ、普通に生活していたらお目にかかれない道具が沢山見られるおじさんの家は魅力的だった。
彼の腕の中には、コラッタが抱きかかえられている。
「お父さんから聞いたよ。珍しい物を手に入れたんだって?」
「おお、そうなんだよ。お前は私の話を熱心に聞いてくれるからな、どうしても見せておきたかったんだ」
少年が案内されたのは、立派な家の奥にある倉庫。そこは特に丈夫に作られており、万が一泥棒が入らないようにするためにセキュリティも高い。指紋認識はもちろん、目や声帯を認証しなければ中には入れない。今のところ、その中に入れるのはおじさんと少年、それに少年の父親だけだった。
次に軽い霧のようなものをふりかけられる。それは、中に入る人につく細菌を除去するものだった。おじさんの方は平然としているが、少年は顔をしかめて目を瞑っている。少年のポケモンのコラッタも、小さなくしゃみをした。
漸く入り口を通ると、涼しい空気が肌を撫でる。収集している貴重品が極力傷まないように、中の湿度と温度も保たれているのだった。
この場所は、二人にとって天国と言っても過言ではない。ここに来ると何時間も外に出ないのは当たり前のことだった。
おじさんは、迷わず倉庫の奥へと歩いていく。少年は大人の歩調に必死に着いていく。
二人が足を止めた場所は、わざマシンを並べている棚だった。
わざマシンと言えば、ポケモンに技を覚えさせる道具のことである。本来ポケモンはバトルをしたり鍛えたりと、経験を積まなければ新しいわざを覚えることはない。しかしこの道具を使えば、あっという間にわざを習得することができる。それがポケモンにとって役立つかはともかく、昔から活用されてきた道具の一つだった。
少年は、ここにはよくお世話になっていた。なぜなら、わざマシンはとても高価だからである。
モンスターボールはとても安い。この世界では必需品なので子どものお小遣いでも充分購入可能なのだが、わざマシンに関してはそう簡単にはいかない。物によっては値段や生産される数等の障害によって、大の大人でも入手困難な物もある。
おじさんは、古い物もそうだが最近の道具も集めている。そのため、少年はここに来ればポケモンを強化することができた。周囲の友人からも差をつけられる。まだまだ世間が狭い彼にとって、これ程嬉しいことはない。
「そういえば、おじさんこの前はありがとう。また僕、ポケモンバトルで友達に勝てたよ」
「おお、そうかそうか。ギガインパクトはとても強力な技だからな」
おじさんは皺を寄せて嬉しそうに笑い、少年の頭を撫でる。
「ここに、見せてくれる物があるの?」
「そうだ。これだな」
おじさんは、わざわざ手袋をはめて棚に手を伸ばす。その様子から少年は、いかに貴重な物なのかを察することができた。
紙でできた長方形の箱。その中の円盤は倉庫の照明を反射し、少年の目を軽く刺激する。箱も随分と黄ばんでおり、外には手書きで描かれたような文字で『わざマシン』と書かれていた。
「これがわざマシンなの? 大きな箱だね」
少年の頭をすっぽり覆うことができる大きさである。
「そうだよ。これは発明家がわざマシンというものを開発した時、つまり、本当に一番最初の頃作られたわざマシンの一つだ」
「そうなんだ、どうりで古いと思った」
「今でもわざマシンはそれなりに高価だろう? 当時はもっと高かったんだよ」
「もっと高かったって、どれくらい?」
「そうだなあ、今お店で発売されているわざマシンを、五個はいっぺんに買えるだろうね」
「そんなに高かったんだね。でもそんなに高かったら、誰も買わないんじゃない?」
「そうでもないよ。買う人が本当に必要ならば、高い金を出しても手に入れたいと思うものさ。お前だって、欲しいゲームがあったらお小遣いを使うのを我慢するし、誕生日やクリスマスにお父さんやお母さんにおねだりするだろう。大人だって同じさ」
「大人もおねだりするの?」
「ああ、そういうことじゃなくてね。要するに、大人も子どもも、欲しい物に向かって努力するってこと」
少年は首を傾げたが、何となく分かるかもと呟いた。
「おじさん、これを買うのに幾ら使ったの?」
彼は、少年の耳で購入した値段を教える。
「もしおじさんが結婚していたら、お嫁さんに怒られちゃうね」
「本当だな」
手が届かない訳ではないが、一人の労働者が何ヶ月も働いてやっと受け取れる程のお金を使ったことに少年は驚きつつも、いつものことだなと思っていた。それだけこのおじさんが裕福なのは知っているからだ。
「ねえおじさん、これって何のわざマシンなの?」
少年が尋ねる。わざマシンが何故価値あるものなのか、それはわざマシンがわざのデータを収録してあるからだ。使う人が必要なわざが記録されていなければ、そのわざマシンを所持していても意味がない。
時代によって変化はするものの、どんなわざが収録されているかは、番号によって区別されている。おじさんが大事に持つ大きな箱には、その番号が書かれていなかった。
「これか。高い値段で買っておいてなんだが、実はこのわざマシンはポケモンに使うものとしてはそんなに価値がないんだ。当時としては、どうしてこんなわざマシンがあったのかよく分からないと言うコレクターもいるからね。このわざマシンは何十年も前の物だがちゃんと役目を果たすことができる。だからこそ、価値が跳ね上がっているんだ」
「だからおじさん。中身はどんな技が入っているの?」
焦らすおじさんに、少年は答えを促す。
「これはね、当時カントー地方で発売されたわざマシンじゅう・・・」
ここまで言った瞬間、倉庫に大きな音が響く。音はおじさんのズボンから聞こえてくる。わざマシンを元の場所に戻し、少年から少し離れた場所で携帯電話の着信に出た。
「もしもし。はい、ええ―――――分かりました。直ぐに確認します」
そう言い残すと、おじさんは電話を止め少年の頭を撫でながら言う。
「悪い。ちょっと仕事の資料を確認してくる。直ぐに戻ってくるから、倉庫で好きな物を見ていてくれ。手に取る時は、ビニール手袋をして触ってくれな」
いそいそと倉庫を出て行くおじさん。どうやら本当に急いでいるらしい。こういうことは今までにも何度か経験しているので、少年はタイミングが悪かった程度しか感じていなかった。
広い倉庫の中、少年とコラッタが取り残される。話す相手がいなければ、この場所はとても静かな所だった。ここだけ時間が止まっていると言っても誰も疑わないだろう。
自由に見ていてくれても良い。そう言われても、少年の心は先程のわざマシンに釘付けだった。
このわざマシンには、どんな技が記録されているのだろう。
おじさんはそんなに価値がないものと言っていた。けれど、あんなに大事に扱っていたのだから、物としての価値は高いことは少年にも理解できる。ポケモンのわざとして価値がないと言っていたが、それはバトルをする上での意味だろうか。それとも、日常生活をする上? いずれにしても興味がある。
少年はコラッタを下ろし言われた通り使い捨てのビニール手袋をはめる。慎重に、壊さないようにそのわざマシンを手にとった。
近くで見ると、いかに古い物なのかを再認識する。少し力を入れてしまえば箱が歪んでしまいそうだし、古い本のような匂いがした。
箱を開けると、ディスクと共にボタンがあった。ゆっくりと赤いボタンを押す。
ピピッ と大きな音が鳴り箱を落としそうになるが、きちんと箱に力を入れた。
『わざマシン起動――――――が収録されています。ポケモンにわざを覚えさせる場合、ディスクを取り外しポケモンに当ててください』
百貨店でアナウンスされるような、女性の聴き取りやすい声が備え付けのスピーカーから流れてくる。おじさんの言っていた通り、まだちゃんと使えるらしい。しかし、何の技がインプットされているか分からない。
でもどうせ、ポケモンが覚えるわざなんて直ぐ忘れさせることができる。おじさんが言っていた通り本当に使えない技なら、直ぐに別のわざを覚えさせれば良い。少年は好奇心に負けてディスクを取り外し、コラッタの額に当てた。
『確認しています――――コラッタ、ねずみポケモン。わざを覚えられます。わざのインプットを開始します』
コラッタはわざマシンを使われることに慣れているからか、少年がわざマシンを当ててきてもじっとしている。少年の手の中にある箱は、カリカリと擦れるような音を立てながらコラッタに情報を送っていく。
自分は、同級生は誰も手にすることができない貴重なわざマシンを使っているのだ。そう思うだけで優越感に浸ることができる。これでまた仲間に差をつけることができるかもしれない。考えるだけで、少年の胸は高鳴った。
やがて倉庫に響いていた音が鳴り止んだ。終わったらしい。コラッタからディスクを外し、静かになったわざマシンを丁寧に棚へ戻したと同時におじさんが戻ってきた。
「いやあ、ごめんね。ちょっと仕事でトラブルが起きたみたいで」
穏やかな笑顔を少年に向ける。少年は思わず目を逸らす。おじさんの方は、少年のそのほんの少しの変化を見逃さなかった。
おじさんは先程自分で戻したわざマシンを見つめ、その後少年に視線を当てる。
「使ったのかい?」
クリスマスプレゼントもお年玉も、そして誕生日プレゼントも欲しい物をくれる。いつも優しいおじさん。そんな彼が怒っている。そのことに気づいた少年は、俯いたまま動けなくなった。
「本当のことを言いなさい」
更なる圧力。ついに観念して、顔を下げたまま謝る。
「ごめんなさい。勝手に使っちゃったんだ、あのわざマシン」
おじさんがため息をつく。
「良かったね、君が本当の息子なら怒鳴り散らしているよ」
おじさんは屈み、少年と目線を合わせた。
「なんでおじさんが怒っているか分かるかい? 人の断りなしにその人の物を使ったからだ。そういうのは卑怯っていうんだよ」
「ごめんなさい」
「今度そういうことしたら、二度とここには来ちゃいけないよ」
少年は涙目になるが、男が簡単に泣くなと更に喝を入れる。彼は素直に頷いた。
おじさんは頭をかく。
「参ったなあ。まあ壊されるよりはマシだったか・・・」
少年は、彼が言っている意味が分からなかった。
「実はね、昔のわざマシンというのは使い捨てだったんだ。一度ポケモンにわざを教えたら、そのわざマシンは二度と使えないんだよ」
もうこのわざマシンは使えない。その事実を知った瞬間少年は自分がとんでもない過ちを犯したことに気がついた。
「それは本当に初期型だからね、メーカーも復刻していないしリサイクルもできないんだ」
「ごめん、なさい」
「済んでしまったことは仕方ない。次に同じことをしなければ良いんだ」
コラッタは事態が飲み込めず少年の足に寄り添っている。
「ほら、コラッタもいつまでもくよくよするなってさ」
「うん、おじさん本当にごめんなさい」
「反省しているなら良い。同じことはしないことだ」
はい と返事を返して、少年はコラッタを抱き上げて頭を撫でる。コラッタは嬉しそうに喉を鳴らしている。
「でも本当にそのわざマシンを使ってしまったのか。きっと、直ぐにわざを忘れさせたくなるよ」
「とっても貴重なわざマシンを使ったもの。忘れさせないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだがなあ、いつまでその志が持つことやら」
「どうして? そんなにそのわざマシンは使えないの?」
「ああ、そのわざマシンの番号は12。当時は、みずでっぽうというわざが記録されていたんだ」
――――――――――
何故わざマシンにみずでっぽうがあったのか。初代ポケモンを知っているなら同じ疑問を持った人がいると思います。
因みに私は、みずでっぽうはいつもコラッタに覚えさせていました。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】
はじめてフワンテで飛ぶことを知ったのは、まだソノオにいた11歳の頃。
「なぁ…ホントに大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。向こうから手つかまれても逆に俺らが振り回せるって、兄貴の図鑑に書いてあった」
「それに俺らも生きてるし、な」
たまに川沿いの発電所にやってくるフワンテの手を捕まえて、5秒キープする。そんな、田舎町のガキの精一杯
の度胸だめしがきっかけだった。たしかあの時は仲のいい奴らに誘われて、すこしドキドキしながら川まで歩い
ていったんだっけ。
かすれた看板の近くで、紫色のポケモンがふよふよと漂っている。
「…ほら。今後ろ向いてるからチャンスだぞ」
「えっ、でも・・・・」
「ニツキが成功すれば5レンチャンで、タツキたちの記録抜けるんだよ〜。だから、ほら行っちゃえって」
「う。・・・・うん。じゃあ…行くよ」
友達の一人に背中を押されて、僕はゆっくりフワンテへの一歩を踏み出した。
僕の家は何故か妙なところで厳しい家で、その時一緒に行った友達含め、周りの奴らはみんなはじめてのポケモ
ンを貰っていたんだけれど、その頃の僕はまだポケモンを貰えていなかった。だから友達よりもずっと、フワン
テとの距離感がやけに大きくて、度胸だめし以前のところで緊張したのを今でも覚えている。
まだまだ幼かった僕の手が、フワンテの小さな手と視界の上でようやく重なったとき、突然フワンテがくるりと
こちらを向いた。
「ぷを?」
フワンテと目があった瞬間の衝撃は、今でも軽くトラウマだったりする。
「うっ、うわぁぁぁあ!?」「ぷををを?!」
悲鳴を上げながら慌てて後ずさる僕に、フワンテも軽く飛び退く。というか明らかに逃げようと浮き上がる。
「ヤバい!逃げられるよコレ!」「馬鹿!はやく手掴め!!」
ビビりながらそれでもフワンテに手を伸ばしたのは、僕なりのプライドってやつだったのかもしれない。
必死に伸ばした僕の手はふたまわりは小さいフワンテの手をがっしりと捕まえて、なんとかフワンテの逃亡は阻
止出来た。
「ぷををを〜!!」
ぐるぐると回りながらフワンテは必死に逃げようとする。でも5秒キープのためには、この手を離すわけにはい
かなかった。
「1!」友達のカウントが始まる。
「2!」体を膨らませて、フワンテがさらに逃げようとする。
「3!」「ぐうぅぅぅ…」僕は必死に足を踏ん張る。内心、魂を持っていかれるんじゃと思いながら。
「4!」ずりずりと足が地面を滑りはじめる。なんだよ振り回せるなんて嘘じゃないか!そんな図鑑と友達への
文句を考えられたのもそこまでだった。
「5!」
僕の足が、地面から離れた。
「・・・・え?」
上を見上げると、眩しい位の青空。
下を見下ろすと、一面に広がる花畑。
「うそ・・・・だろ?」
信じられないことに、僕はフワンテに掴まって、空を飛んでいた。
今さらになって考えてみると、飛び降りて怪我しないくらいの高さだったんだからそんな風景見えるはずはない
んだけど、とにかく11歳の僕には、見慣れたソノオのあれとは違う、もっと別な感じで綺麗な花畑が見えた。
風もないのに、何故かフワンテは滑るように進んでいって、花畑は僕の足元を過ぎていく。鳥ポケモンで飛んだ
とき―初めて飛んだのは父親のムクホークだったっけ―とは違う、あくまでも穏やかな、なめらかなフライト。
「すっげぇ・・・・」
どれくらい、僕はフワンテに掴まっていたんだろう。
「ニツキ!いいから手離せ!」「まだそんな高くないから今なら降りれるぞ!」
その声に反射的に手を離した僕は、無様に花畑…ではなく草の生えた地面に転げ落ちた。
少し遠くから、友達が走ってくる。
「おい大丈夫か!?」
「な・・・・なんとか」
くらくらする頭で見上げた空には、天高く舞い上がるフワンテ。
「すっげーよニツキ!お前空飛んでたんだぞ!」
「うん…ほんと・・・・すごかった」
友達からの心配と称賛に、僕は上の空で答えていた。
『3秒間のフライト』。
この僕の記録はしばらく抜かされることはなくて、タツキがフワンテを追いかけるあまり発電所の機械にぶつか
って壊してしまい、大人にこの遊びがバレて度胸だめし自体が無くなることで、めでたく殿堂入りとなった。
あの後僕はもう一度一人で発電所に行ったけど、フワンテはいなかった。
****
あれから12年。
「よーし、いくぞフワライド!」「ぷをを〜〜!」
僕はわざわざフワライドで空を飛ぶ、風変わりなトレーナーとなっていた。
あの時のように手に捕まる訳じゃなくてフワライドに乗っかる形でのフライトだけど、それでもあのふよふよと
浮かぶ感じ、楽しさは変わらない。今はソノオからノモセに引っ越して、すっかりあの頃を思い返すこともなく
なったけど、このフワライドと子どものフワンテだけが子どものころの僕を忘れさせないでくれていた。
トレーナーとしての仕事も上々で、今話題のフリーターになることもなく安定した暮らしを送れている。もちろ
んパートナーたちも増えて、うるさいながらも楽しい暮らしだ。
ただひとつ問題なのは――
『何?またアンタ彼女にフられたの?』
電話の向こうで、コハルが呆れたような口調で言った。
「うん……」『もうこれで何回目よ?』
「3回目…」『嘘。4回目よ。もー、アンタが失恋した月は電話代が上がるから迷惑なのよ』
「でもさ…こういう愚痴聞いてくれるのも言えるのもお前だけなんだよ」
コハルはバイト中に知り合った数少ない…というか唯一の女友達で、こんな僕と長々と電話で話してくれる良い
友達だった。
『…まぁいいけど。で何?また原因はアレ?』
「そう…アレ。」僕はフローゼルとじゃれあうフワライドに目をやった。
『アンタさぁ…そうやって妙に見栄張るからダメなのよ』
「だってデートに空から颯爽と登場するのは男のロマンだろ?」
『それでデートに2時間遅れるんだったらロマンもムードも皆無よ』
それに僕は枕をバンと叩いて応じた。
「しょうがないじゃないか!フワライドで飛ぶんだから!それくらい大目に…」
『でもフラれたのは事実でしょ?女からすればデートに遅れる男はサイテーなのよ。分かる?』
「う゛っ」
何回も言われてきたフラれ文句を突きつけられ、僕は布団に撃墜される。
「……でも」『でもじゃない』
そう、僕のフワライド――というかフワライドのそらをとぶは遅すぎるのだ。それも洒落にならないレベルで。
飛んだのに遅刻は当たり前。下手すれば風に流されあらぬ方角へ飛んでいき、家に帰るのもままならななくなる
。
もう何回『コトブキで待ち合わせね!』と言われて絶望に落ちたことか。
もし僕がトバリかナギサみたいな都会あたりに住んでいたら、遠出の心配をする回数もぐっと減ってたと思うん
だけど、残念ながら僕の住まいはノモセ。おまけにここシンオウ沿岸部はわりに風が強い場所で、フワライド乗
りにはかなりつらい場所なのだと、ノモセに住まいを見つけてから知った。
デートはおろか、普段の外出もままならない。
この大問題に、僕は決着をつけられていなかった。
『いいかげん諦めたら?アンタ、ペリッパー持ってるでしょ?』
「……ねぇコハル。僕の体質分かって言ってるの?」
『分かってるわ』
コハルはしれっと言った。
『でもそこはもう割りきっちゃうしかないんじゃない?』
「…確かにデートに遅れる男はサイテーかもしれない。それは認める。でも、デートにベロンベロンに酔ってく
る男も僕からしたらサイテーだ」
たしか父親のムクホークに乗せられた時も、酔っちゃって大変だったっけ・・・・僕はぼんやり昔のことを思い
返す。
『・・・・まぁね。それもそうね』
そういえば、とコハルは言葉を次ぐ。
『アタシの知り合いの医者、そういう体質に詳しいらしいんだけど・・どうする?』
何回も言われてきた事実を突きつけられ、僕は沈黙する。
助けを求めるように見た部屋の床には、ふわふわと飛び回るフワライドの影が踊る。その影に一瞬あの青空と紫
色の輝点が写った。それと花畑も。
「・・・ゴメン、コハル。」
僕はあの夢のような、夢だったかもしれない、あのフライトが忘れられないんだ。
「やっぱ…僕はフワライドで飛びたいんだ」
『・・・・アンタさぁ』
「分かってるよ」僕は苦笑いしながら答えた。そうやって意地張るからダメなんだって。
『・・・・分かった。とにかく愚痴だけは聞いてあげるから、あとは自分でなんとかしなさいよ。いいわね?』
あと電話代はレストラン払いでね、と言い残し、コハルはブツッと電話を切った。
「・・・・どうしよう…」
布団に寝転がった僕を、ぷを?と上からフワライドが覗きこんできた。心なしか心配そうな目をしていて、僕は
申し訳なさで一杯になる。
「ん?コハルがななつぼし奢れってさ。電話代の代わりに」
あくまでも明るくそう言うと、あのレストランの高さを知っているフワライドは、ぷるぷると頭・・・・という
か顔・・・・というか体を振った。
「だよなぁ・・・・ちょっとアンフェアだよね」
ぷぅ、と同意するかのように少し膨らんだフワライドは、開けてた窓から入ってきた夜風に煽られ、部屋の向こ
うまで飛んでいった。
「・・・・ホント、どうしよう」
昔読んだ本にも、こんなシーンがあった気がする。たしか、泥棒になるか否かを延々と悩んで、試しに入った家
で結論が出る話。
「・・・・あ、そうだ」
あることを思い付いた僕は、布団から勢いよく起き上がった。その風に煽られたのか、またフワライドが少し飛
んでいく。
****
「ん〜・・・・ないなぁ・・・・・・・・」
かれこれ2時間、僕はパソコンとにらみあっていた。
要するに決断にはきっかけが必要。そんな訳で僕の背中を押してくれる情報を得るため、僕は検索結果を上から
順にクリックしていた。
Goluugに入れたキーワードは、『フワライド』『飛行』『悩み』。
でも引っ掛かってくるのはそういうフワライド乗りのコミュニティやサイトばかりで、そういうコアなファンは
僕の悩みを「それがロマン」と割りきってしまっていたのだった。でも残念ながら僕はフワライドのロマンより
、男としてのロマンや人間としての効率の方をまだ求めたい。
何十回、薄紫色のサイトを見ただろう。白とグレーを基調にしたそのサイトは、唐突に現れた。
「・・・・なんだここ」
『小鳩印のお悩み相談室』。
見たことのないポケモンの隣に、そのサイトの名前が控え目に記されていた。
見知らぬ鳥ポケモンはこういう。
『ようこそ。このサイトはフリー形式のお悩み相談サイトです。僭越ながらこのピジョンが、アナタの悩みの平
和的解決のため、メッセージを運ばせていただいております。もし、なにかお悩みのある方は、この下の「マメ
パトの木」に。お悩み解決のお手伝いをしてくださる方は、「ムックルの木」をクリックしてください。
私の飛行が、アナタの悩みを少しでも軽く出来ますよう・・・・』
どうやらこのサイトは、何回もでてきた「お悩み」と最後の一行の「飛行」に引っ掛かったらしかった。
「お悩み相談室・・・・か」
最近はこういう体裁を装って個人情報を盗むサイトがあるらしいけど、緊張しながらクリックして現れたフォー
ムには、ニックネームと悩みを書く欄しかなくて、どうも犯罪の匂いはしなかった。
「……やってみる?」
僕は画面の明かりに照らされるフワライドの寝顔を見る。ただのイビキかもしれないけど、ぷふぅとフワライド
は答えてくれた。
「・・・・よし」
僕はキーボードに指を当てた。
ニックネームは少し迷ったけど、『小春』にした。
****
そらをとぶが遅すぎます
フワライドのそらをとぶは遅すぎてまともな移動手段になりません。
デートで颯爽と空から登場、のようなことをしたかったのですが、フワライドに乗っていったところ約束時間を
かなり過ぎてしまいました。彼女に振られました。気分が沈んだのでそらをとぶで帰ったのですが、夕暮れ時に
ぷかぷか浮いているのが心にしみました。
リーグ戦でも空から颯爽と登場がしたかったのですが、あまりにもゆっくりすぎるそらをとぶで遅刻しました。
不戦敗で夕日が心にしみました。
フワライドに乗り続けたいです。でも遅すぎます。フワライドをそらをとぶ要員にしている方は、どんな対策を
とっているのでしょうか?
お答え、よろしくお願いします。
補足
鳥ポケモンに乗ってそらをとぶと酔います。
****
「・・・・お?」
意外なことに、返事はすぐ帰ってきていた。
『もしあなたが鳥ポケモンをお持ちなら、「おいかぜ」と「そらをとぶ」を覚えさせることをお勧めします。
おいかぜをしてもらいながら併走(併飛行?)してもらえば、かなり早くなるかと思います。
あなたを乗せて飛べなかったポケモンも、きっと満足してくれるはずです。
・・・・ただし飛ばしすぎにはご注意を。』
「そうか・・・・おいかぜ、かぁ」たしか効果は『味方のすばやさをしばらく上げる』、だったなと僕はおぼろ
気な記憶を思い出した。
というかリーグに再挑戦しようとしている身なのにこんな技の記憶がテキトーでいいのだろうかと一人思う。
そういえばフワンテ時代に「覚えますか?」と聞かれて、どうせダブルバトルはしないからとキャンセルした覚
えがある。
そこでもうひとつ、僕は思い出したことがあった。
この間引っ越してきたオタク風の男。たしか技マニアとか言っていた気がする。なんか技を思い出させるとか、
させないとか言っていて・・・・
「……よし」
僕は一つこの作戦にかけてみることにした。
Goluugのワード欄を白紙に戻す。新しく入れたのは、さっきみたフワライド乗りのコミュニティサイトの
名前だった。
****
「よし・・・・行きますか」
僕はバックパックのバックルを締め、天高くボールを放り投げた。
「フワライド!フワンテ!飛ぶよ!」「ぷををを!!」「ぷぉっ!」
僕はフワライドの頭に飛び乗り、空へ舞い上がった。
冬だというのに暖かいシンオウの空。けどテンガン下ろしの風は冬のままで、僕らに吹き付けてくる。案の定フ
ワライドの進路がやや東に逸れた。
僕はあの小鳩の言葉を慎重に思い出す。
「フワンテ!右舷に回れ!」「ぷお!」
フワライドより小さい体のフワンテは機動力が高い。テンガン下ろしに煽られながらも、なんとか僕らの右斜め
前、指示通りの位置についてくれた。
「よし!そこで『おいかぜ』!」
内心上手くいくかと思いつつ、僕はフワンテにやや鋭めに命令する。
すると―
「ぷおわ!」
ごうとフワンテから信じられないくらいの強風が吹き出してきた。
「うおっ?!」僕は一瞬風に浮いた体を掴み戻し、なんとかフワライドに掴まり直す。おいかぜってこんなすご
い技だったっけ?そう思ったのもつかの間、視界がぐんと上に煽られた。
「お?」
下を見ると、僕は空を飛んでいた。
今までにないくらい、高く。今までにないくらい、速く。
遠い街並みの中にも一瞬、花畑が見えた気がした。
「お・・・・おおおぉ!!」
おいかぜに乗って、フワライドはテンガン山にぐんぐん迫っていく。風に流されるのではなく、あくまでも乗っ
て。フワライド乗りのサイトで知ったんだけど、フワライドの持つあの黄色い四枚のひらひらは風の流れを捕ら
えるためのもの、つまり翼に近いものらしい。僕にとっては風と恋への敗北旗でしかなかった翼は、今飛ぶため
に意思をもってはためいていた。
「ほんとに・・・・ほんとに空飛んでるぞフワライド!」
僕はフワライドの紫の体を思わず叩いた。
「ぷを〜!」
少し不機嫌そうな、でも楽しそうな声をあげてフワライドはさらに速度を上げる。昔感じたムクホーク羽ばたき
とは違う、水面を滑るようなフライト。
「ぷぉ〜♪」
僕らの脇を、フワンテが楽しそうに回りながら追い越していく。
あの日の僕が掴まっている気がして、僕はしばらくフワンテの手を目で追いかけていた。
****
「よし・・・・見えてきた」「ぷぉっ!」「ぷををー!」
遠くのテレビ塔を見つめながら、僕は嬉しさを噛み殺していた。ここまで2時間。今までの最高記録、いやもう
別次元の速さだ。
途中一回PP補給でヒメリの実を使ったけど、これくらいなら二人にも負担を掛けないだろう。
フワライドと一緒に、飛び続けることが出来る。
それだけでもう、涙が出そうだった。いやもう出てたのかもしれない。けどこれからのことを考えると、泣き顔
をつくる訳にかいかなかった。
「・・・・じゃあ後少しだし、おいかぜ使い切っちゃうか!」
「ぷぉぉっ!」
勢いよく吹き出す風に乗って、僕らは塔の立つ街を目指す。
幸せの名前がつけられた、僕にとっては不幸の街。でも今日からは幸せを受け入れられるかもしれない。
街の広場が見えてくる。その時、僕の頭に一抹の不安がよぎった。
(――止まるの、どうしよう)
「危ない!」
その声に反射的に振り向いた僕は、無様に花畑・・・・ではなくタイルの地面に転がり落ちた。僕が落ちたおか
げでフワライドは地面に激突しなくてすんだけど、僕は盛大に顔を擦りむくことになった。
少し遠くから誰かが駆け寄ってくる。
「ちょっと何・・・・・・アンタ何してんのよ!」
顔を上げると、コハルが呆れたような顔で僕を見下ろしていた。
腕時計を見ると、10時を少し過ぎた位置を指している。
「・・・・ゴメン、遅れちゃった」地べたに転がりながら、僕は曖昧に笑う。
「遅れすぎよ、バカ」
フワライドがコトブキのビル風に揺れる。少しお洒落をした君は、やれやれと笑ってくれた。
"following others without much thought" THE END!
【あとがきと謝辞】
初めましての方は初めまして。
また読んでくださった方はありがとうございます。aotokiと申す者です。
ねぇこの話って長編?短編?どっちなの!!この中途な長さをどうにかしてぇぇ(ry
・・・・まず、この話の原案となる素敵な悩みを下さった小春さん、そしてお悩み相談企画を立ち上げて下さっ
たマサポケ管理人のNo.017さんに感謝の意を述べたいと思います。
お二人がいなかったらこの物語は出来ませんでした。本当にありがとうございます。
果たして私の愚答が小春さんの悩みを解決出来たかは分かりませんが・・・・
※アテンション!
・BW2に登場する『ストレンジャーハウス』のネタバレを多少含みます
・捏造バリバリ入ってます
・毎度のことながらアブノーマルな表現があります
・苦手な方はバックプリーズ
――――――――――――――――――――
火山に近い田舎町。植物は特定の種類しか育たず、赤い岩石や土、独特の暑さが訪れる人間を拒む。雨が降る日より火山灰が降る日の方が多い、とはこの土地に昔から住む人間の談である。そこは活火山に面した場所であり、訪れる人間を選ぶ場所であった。
だがそういう土地なわけで、学者やバックパッカーはひっきりなしに訪れる。彼らが落としていくお金でその交通も何もかも不便なその町は成り立っていた。
「暑いし、熱い」
不機嫌そうな声で郊外を歩く一つの美しい人影。夜になると白い仮面で片面が隠れるその顔は、今は深く帽子を被ることで顔を隠している。腰まである長い髪は、頭の高いところで一つにまとめている。こうでもしないと辿り着く前に倒れてしまいそうだったからだ。
彼女――レディ・ファントムは地図を取り出した。フキヨセシティからの小さな旅客機にのって四十分と少し。同乗していた客はこぞって火山に向かったが、彼女はこんな暑い日にそんな熱い場所に行くほど酔狂な人間ではなかった。
行く理由があったのは、とある廃屋だった。
『たぶん霊の一種だろう』
体の両サイドを大量の書物に囲まれながら、マダムは煙管をふかした。執事兼パシリであるゾロアークが、淹れた紅茶にブランデーを数滴垂らし、レディの前のミニテーブルに置く。一口飲む。本場イギリスのアフタヌーンティーでも通用する美味しさだが、イライラはおさまらない。
今日はゆっくりホテルの一室で過ごそうと思ったのに、突然現れた男(ゾロアークが化けた姿)に無理やりここ……黄昏堂に連れて来られたのだ。
モルテが側にいないことも入れておいたのだろう。ポケモン、しかもマダムの我侭を全て聞くことの出来る者の力は凄まじかった。
あれよあれよと椅子に座らされ、苦い顔で無言の抗議をしたが全く効かない。ふと横を見れば、ゾロアークが疲れた顔をしていた。相当こき使われているのだろう。なんだか哀れに思える。
『ここ最近、ある廃屋となった屋敷で怪奇現象が起きているという噂がある。入った者の話では、昼間だというのに家具がひとりでに動いたり、別の部屋から入ってまた出た時では家具の位置が違ったりしていると』
『で?』
『そんな事が起きているということは、何らかの力は働いているんだろう。まだ幽霊の類の目撃情報はないが』
ほら、と渡された地図に示された場所は見たことの無い町の近くだった。ドが付く田舎すぎて、認識していなかったのだろう。説明文を読めば、活火山のふもとにあり、その熱で作る伝統的な焼き物が有名だという。
そしてその屋敷は、悲しい事件があったとされ、誰も寄せ付けないと言われている。異邦の家―― 通称、『ストレンジャーハウス』。
紅茶をもう一口啜る。地図を机の上に投げ出す。
『行ってやるよ』
『よろしい。原因解明とその源を持って来てくれ』
『幽霊捕まえんの』
『ゾロアーク、お前も行ってこい』
そんなやりとりがあったのが数時間前。今レディは土壁で造られた、ここらの土地独特の家の前に立っている。他の家は皆町にあるというのに、ここだけ離れた場所に建てられていた。
ふとゾロアークを見ると、不思議な顔をしていた。苦い顔、とでも言うべきだろうか。こんな顔を見るのは初めてだ。
「どうしたの」
『いや…… どうも気分が優れなくてな』
「ああ、確かにこの家からは変なオーラが漂ってくる。何かいることは間違いないだろ」
さび付いたドアノブを捻る。耳を塞ぎたくなるような音が響く。数センチあけて中を確認。よく見えない。
そのままドアを半分ほど開け、持参した懐中電灯のスイッチを入れた。灯に照らされ、埃が漂っているのが見えた。
どうやらしばらく誰も入っていないらしい。床に降り積もった埃には、足跡は無かった。
「よくこんな所取り壊さずに放っておいたな」
『取り壊せないらしい。何度か試みた会社もあったようだが、そうする度におかしな事故が起きる』
「ありがち」
今レディ達が立っている場所が、リビング兼玄関。家具はソファ、テーブル、ランプ、観賞用の植物。どれもこれもひっくり返ったり倒れていたりして乱雑なイメージを与えてくる。
向かって両サイドが二階へと繋がる階段になっていた。ソファが倒れていたが、これくらいなら飛び越えていける。
地下へと続く階段は、図書室へと繋がっているらしい。本好きなレディが目を輝かせた。
「ここっていつから建っているんだろうね」
『はっきりしないが、二十年は経っているだろう。建物の痛み方から大体の時間が推測できる』
「ふーん。……とりあえず二階に行こうか」
ソファを飛び越え、階段を上ろうとした時何かの視線を感じた。振り向くと、どうやって飾ったのか一枚の人物ががこちらを見ている。いや、『見ているように』見えるだけだ。ゾロアークも気付いたらしい。技を繰り出そうとする彼を、レディはとめた。流石にこんな辺鄙な場所に近づく物好きはそうそういないだろうが、万が一気付いて近づく一般人が出てきては困る。
絵の中にいたのは男だった。自画像だろうか。年齢は二十代前半。そう描いたのか本当にそうなのかは分からないが、女とも取れるくらい美形だ。
ふと、気付いたことがあってレディはゾロアークに話を持ちかけた。
「ここに住んでいた人間って?」
『さあ……。マダムは知っているかもしれないが、俺は知らん。ただ、空き家になってからの時間の方が長いことは確かだ』
絵からの視線は消えない。どうやら本当にここには何かいるらしい。それも相当に高い力を持った物。自分だけでなく『あの』マダムに仕えるゾロアークも見えていないのだから、そこらの未練がましく街をさ迷っている普通の霊とは違う。
モルテの顔が浮かんだ。彼は今日も、このクソ暑い中で魂の回収を行なっているのだろうか。そういえばこの時期は海難事故や熱中症で特定の年代の魂が多くなるって言ってたな。特に彼らは自分が死んだことを気付いてない場合が多いから、説得にも苦労すると――
『レディ』
ゾロアークの声で我に返った。三つある入り口のうちの一つ。真ん中。そこで彼が手招きしている。
『ここから気配を感じる』
「確かにね。……でも」
『ああ。さっきの絵画とはまた違う気配だ』
「やだな。まさか別々の霊が同じ家に住み着いてんの」
ありえない話ではない。だがそうなると厄介なことになる。同じ屋根の下にいても、同じ考えを持つ霊などいないのだから。そこらは生前と同じである。
そっとドアノブに手をかける。特に拒絶うんぬんは感じない。そのまま開ける。
「!」
流石に驚いた。ドアを開いてまず目に入ったのは、キャンバスに描かれた少年の絵だったからだ。台に立てかけられ、その台の前には椅子がある。床には木製のパレットと絵筆。ただし埃が降り積もっていて、絵の具も乾いていた。
美術室のような匂いがする。長い間開けられていなかったのだろう。様々な匂いが混じった空気が、一人と一匹の鼻をついた。
ハンカチで口と鼻を押さえ、ドアを全開にして中に入る。キャンバスの中の少年は美しかった。美少年、という言葉が正に相応しい。イッシュ地方では珍しい、黒い髪と瞳の持ち主。少し寂しげな、悲しげな瞳がレディを見つめている。
『……美しいな』
「やっぱ君でもそう思うか。マダムが見たら絶対欲しがるだろうね」
いささかもったいない気もするけど、という言葉をレディは飲み込んだ。マダムが美しい物や人に並々ならぬ関心があるのは、以前の『DOLL HOUSE』の件で分かっている。というか、分かってしまった。あまり知りたくなかったが、知ってしまったものは仕方がない。
ぐるりと部屋内を見渡す。描きかけのキャンバスが積まれていた。今まで使っていたであろう油絵の具のセットもある。その中の一つのキャンバスを手に取り――声が詰まった。
『どうした』
「……なるほどね、そういうこと」
こほんと咳払いをする。彼女の常識人の一面が現れた瞬間だった。裏返しにして、ゾロアークに渡す。少々訝しげな視線を送っていた彼の顔色が変わった。
その少年の絵であることに変わりはない。だがそこに描かれた少年の下書は、裸だった。別室だろう。ベッドの上でシーツにくるまり、妖艶な笑みを向けている。そこまで細かく描けるこの作者にも驚いたが、少年がそんな顔を出来ることが驚きだった。
何故――
「天性の物か、調教されたか。いずれにせよ、この絵の作者は相当その少年に御執心だったみたいだな」
『……』
「どうする?マダムにお土産に持って帰る?」
『冗談だろ』
レディが笑った。それに合わせて、もう一つの笑い声が聞こえてきた。部屋の窓際。その少年が笑っていた。同じ黒髪に黒い瞳。身長はレディの胸にかかるくらい。一五〇といったところか。
白いシャツにジーパンをはいている。視線に気付いたのか、こちらを見た。
「こんにちは」
『こんちは』
少年が歩み寄ってきた。美しい。絵では表現しきれないほどのオーラを纏っている。どんな人間でも跪きそうな、カリスマ性。プチ・ヒトラーとでも呼ぼうか。
少年が横にあった絵を見た。ああ、という顔をしてため息をつく。
『この絵、欲しい?』
「くれるならもらいたいかな。私の趣味じゃないけど、知り合いにこういうの好きな奴がいるんだ」
『ふーん。ねえ、アンタ視える人なんだね』
「だからこうして話してるんだろ」
『それもそうだね』
飄々としている。ゾロアークは二人の会話を見つめることしかできなかった。比較的常識を持ち合わせている彼は、彼女のように『視える者』として話をすることが出来ない。おかしな話だが、この少年が持ち合わせているオーラに圧倒されていた。
「名前は?私はレディ・ファントム。そう呼ばれてる」
『綺麗な名前だね。俺は特定の名前はないよ』
「どうして?」
『分からない?その絵を見たなら分かると思ったんだけど』
ゾロアークの持っている絵。それを聞いて彼は確信した。おそらく、この少年は――
『娼婦、のような立場だったのか』
『そーだよ。地下街で色んな人間を相手にしてた』
「両方?」
『うん。物心ついた頃にはそこにいた。昼も夜も分からない空間でさ。唯一時間が分かることがあったら、お客が途切れる時だよ。今思えばあれが朝から昼間だったんだろうね。皆地上で仕事してくるんだから』
昼と夜で別の顔を持つ。街だけでなく、人も同じらしい。聞けば、彼はある一人の男に見初められてここに来たらしい。その男は画家で、また本人も大変な美貌の持ち主だったという。
そこでレディはあの肖像画を思い出した。この家は、あの男の家だったようだ。
「で、何で君は幽霊になったの」
『ストレートだね……まあいいや。あの人は一、二年は俺に手を出さなかった。毎日のように絵のモデルにはなってたけど、それもそういう耽美的な絵じゃない。色々な場所に連れて行ってもらったよ。向日葵が咲き誇る高原とか、巨大な橋に造られた街とかさ。そこでいつもキャンバスを持って絵を描いてた』
「その絵は?」
『そこに積み重なってるキャンバスの、一番下の方』
ゾロアークが引っ張り出した。向日葵の黄色と茎の緑、空と雲のコントラストが美しい。その向日葵の中で、彼は微笑んでいた。
絵によって服装も違った。春夏秋冬、季節に分けて変えている。相当稼ぎはあったようだ。
『二年半くらい経った頃かな。あの人が親友をこの家に連れてきたんだ。同い年らしいんだけど、全然そんな雰囲気がなかった。むしろ二十くらい年上なんじゃないの、っていう感じ』
「老け顔だったの?」
『うん。でもとってもいい人だった。頭撫でられてドキドキしたのはその人が初めてだったよ』
色白の頬に少しだけ赤みが差した。年相当の可愛らしさに頬が緩みそうになるのを押える。一方、ゾロアークは嫌な空気を感じていた。何と言ったらいいのだろう。嫌悪感、憎悪、歪んだ何か。そんな負の感情を持った空気が、何処からか流れ込んでくる。
レディも気付いていた。だが彼を不安にさせないため、話を聞きながらも神経はその空気の方へ集中させている。
『それで、時々その人に外に連れて行ってもらうことが多くなった。その人が笑ってくれる度に嬉しくなった。――今思えば分かる。俺、その人が好きだったんだ』
「……」
『気持ち悪い?』
「ううん。誰かを好きになるのは素敵なことだと思う。だけど」
『分かった?その通りだよ。その時期からあの人の様子がおかしくなった。今までとは違う絵を描くようになった。当然、モデルとなる俺にも――』
思い出したのか、肩を少し震わせる。裸でシーツを纏い、妖艶に微笑む絵。だがその心の中は何を思っていたのだろう。想像できない。
『痛かった。熱くて、辛かった。でもあの人の顔がとんでもなく辛そうで、泣きたいのはこっちなのに拒めなかった。そのうち外に出してもらえなくなって、ただひたすらあの人の望むままになった』
「……」
『この絵』
悲しげな光を湛える瞳。その瞳は、今レディが話している少年がしている目と同じだった。
『この絵は、俺が死ぬ直前まで描かれていた。あの日、俺はものすごい久しぶりに服を着せられてそこに立っていた。あの人の目はいつになく真剣で、何も喋らずに絵筆を動かしてた。
俺はどんな顔していいか分からなくて、ずっとこの絵の表情をしてた。
そして何時間か経った後――」
彼は立ち上がった。そのまま自分の方へ近づいてくる。ビクリと肩を震わせる自分を彼はそっと抱きしめた。予想していなかったことに硬直し、自分はそのままになっていた。
首にパレットナイフが押し付けられていたことに気付いたのは、その数分後だった。悲鳴を上げる前に彼が耳元で呟いた。
『――愛してるよ、ボウヤ』
「……歪んだ愛情の、成れの果て」
『その後は覚えてない。ただ、俺が死んだ後にあの人も死んだ。それは確かだ。ただ何処にいるのかは分からない』
「……」
『レディ』
ゾロアークの声が緊張感を纏っていることに気付く。と同時に、空気が重くなった。ずしりと体にかかる重圧。少年も気付いたようだ。
火影を取り出す。そのまま部屋の入り口に向ける。彼は自分の後ろに庇う。
入り口から吹き込む風。その感覚に、レディは覚えがあった。
「……『あやしいかぜ』」
突風が吹いた。不意をつかれ、そのまま後ろにひっくり返る。一回転。体勢を立て直して前を見据えれば、何か黒い影がこちらを見ているのが分かった。さっき肖像画から感じた物と同じだ。ということはやはり――
「しつこい男は嫌われるよ」
ゾロアークが『つじぎり』を繰り出した。相手はポケモンではない。だが攻撃しなければまずいことを本能が察知していた。効いているのかいないのか、相手は怯まない。
念の塊。そう感じた。死んで尚、この少年への執着を捨てきれない、哀れな男の――
「こいつの本体って何処」
『肖像画じゃないのか』
「……」
分かってるならやれよ、とは言えなかった。この塊が邪魔なのだ。レディはカゲボウズを連れてこなかったことを後悔した。彼らにとってはさぞ甘美な食事になっただろう。彼らの餌は、負の念。恨み、憎悪、悪意。挙げればキリがない。人の思いというのは、奥が深い。深すぎて自分でも分からなくなることがある。
おそらくこの男も――
レディが駆け出した。塊が一瞬怯んだ隙をついて斬りかかる。真っ二つに割れ、また元通りになる。本体を倒さなくてはならないようだ。
そのまま二階の踊り場へ。肖像画の顔が醜く歪んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。
「ゾロアーク、その子頼んだよ!」
『ああ!』
肖像画との距離は約五メートルというところ。躊躇いはない。手すりに飛び乗り、右足を軸にして左足を前に出す。そのまま斬りかかって――
ガシャン、という音と共に一階の床に落ちた。痛む腰を抑えて一緒に落ちてきた肖像画を見つめる。裏返しになっているのを見てそっと表へ返す。そして寒気がした。
思わずその目に一の文字を入れる。
「……」
『レディ!』
塊が消えたのだろう。ゾロアークと少年が降りてきた。もう澱んだ空気は消え去っている。少年の顔も幽霊にしては血の気があった。目を切られた肖像画を見て、なんとも言えない顔をしている。
この絵どうしよう、という言葉に答えたのはゾロアークだった。
『こんな出来事を引き起こすほどの絵だ。まだ怨念が残っているかもしれない。これこそ持って帰ってマダムに預けた方がいいだろう』
「受け取るかな」
『修正は不可能だろうな。これだけザックリやられていては……美貌も台無しだ』
「言うねえ」
その時の感情で動いてしまう。それが本人も自覚している、レディの悪い癖だった。直さなくてはならないと分かっている。現にカクライと遭遇するとそのせいで余計なトラブルを招いてしまうことも多い。今回もそれが発動してしまい、思わず火影を手に取ってしまった。
あの時、最後の視線が自分を貫いた。哀しみに良く似た、憎悪。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものである。彼に触るな、彼と話すな。そんな言葉が聞こえたような気がして、レディは口を押えた。
ふと彼を見れば、思案気な顔つきになっている。どうした、と聞く前に向こうから話を切り出した。
『あのさ……』
マダムは上機嫌だった。ゾロアークの声も聞こえないくらいに。そしてレディの蔑みの視線も全く気付かないくらいに。黄昏堂の女主人の威厳も形無しである。
その少年が提案したこととは、二階にある自分をモデルに描かれた絵を全て渡す代わりに、あの最後の絵を修正してくれないか、ということだった。何故とゾロアークに彼は頬をかきながら言った。
その絵を、見てもらいたい人がいる―― と。
そんなわけで恨みの肖像画を回収ついでにそのキャンバスを黄昏堂に持ち帰って来たのである。ちなみに少年本人は『行かなくちゃいけない場所がある』と言ってそのまま屋敷を出て行った。聞けば肖像画が自分がいる部屋の目の前に壁にあったせいで、その怨念が邪魔して外に出られなかったのだという。
絵を見たマダムはなるほど、と頷いた。
「相当長い間念を込めて描いていたらしいな。ほら、この赤黒い部分。自分の血を使ってる」
「ゲッ」
「それで、この絵は私が貰っていいんだな?」
『おそらくは』
「新しく飾る部屋を用意しないとな。名前は……」
浮かれたマダムなんて滅多に見られるものではないが、別に目に焼き付けておこうとは思わない。ため息をついて再び最後の絵を見つめる。悲しげな顔。おそらく二つの意味で悲しんでいたのだろう。一つは、主人の痛みを知った悲しみ。もう一つは―― いや、やめておこう。他人のことに干渉するのは愚か者のすることだ。
自分が出来ることをするだけ。それだけだ。
そしてこれは、後日談。
ある街の小さな美術館に、一枚の絵が寄贈された。添付されていた手紙には『よろしければ飾ってください』と書かれていたという。
一応専門家を呼んで鑑定してみると、それは若くして亡くなった有名な画家の物であることが分かり、すぐさまスペースを取って飾られることとなった。
だが一つだけ分からないことがある。
それは、一度描かれてから十年以上経った後にもう一度修正されていたのだ。てっきり他人が直したのかと思ったが、タッチや色使いは全て本人の物であり、首を傾げざるをえない。それでも本物には違いないということで、その絵は今日も美術館で人の目に触れている。
その絵のタイトルは――
『幸せな少年』
―――――――――――――――――――
神風です。久々のレディです。モルテじゃなくてゾロアークと組ませるのは初めてですね。
やっぱこのシリーズが一番書いてて楽しい。
私の趣味が分かります。
第一部、町
「町だ」と彼は言った。
乾燥した荒野を風が吹き抜ける度に砂埃が舞う。地表には背の低い雑草が這って稀少な緑を添えたが、それさえもが僅かな潤いを奪って旅路を困難にするようで憎々しく映った。そしてその道なき道を踏破した先に、果たして、町があった。
それは幾らか風の穏やかな午前。まだ日は南天に達していなかったが、しかし目に映る全方位が陽炎に揺れていた。件の太陽は後方からじりじりと背中を焼いた。ぽたりと汗が落ちれば、瞬く間に地に吸い込まれ、何の足しにもならないと雑草さえもが無関心であるようだった。そんな孤独な命の現場に、不釣合いな黒い影が見えたのだ。そこから最も暑い時刻を迎えるころまでに、僕らは巨大な城門の前に立っていた。
「町ね。」彼女はオウムがえしのように呟いた。
僕は言葉もなく、ただ圧倒する巨大な城壁と、そして開かれたままの城門を見上げた。
どうすると訊ねることもせず、彼は歩みを進めた。僕と彼女も、一呼吸と遅れず彼に続いた。何よりもこの日差しを避けられる場所に潜り込みたいという本能が、論理的な判断過程を超越して足を動かした。
門をくぐって振り返れば、城壁は一メートルを超える厚さを持ち、高さは周辺の小屋から比して十メートルはあるだろうと推し量れた。あまりにも強固に過ぎる。いったい何から町を守ろうとしているのだろうか。少なくとも僕らが旅してきたこの数日、あの惨めな雑草以外の命を目にしなかったというのに。
門から先は何の手も加えられていない土が剥き出しの道で、二列の轍がくっきりと跡を残していた。画家志望という彼はイーゼルや画材をキャリーカートに縛って引きずっており、それが轍や自然の凹凸に引っかかる度に立ち止まった。僕と彼女はやはり同じように立ち止まって彼を待ち、また歩いた。
通りの左側の建物に寄り、なるべく日陰を選ぶ。先ほどまで背後から照らしていた太陽は、正午を過ぎて左前方へと傾いていた。僕らがくぶったのは東門で、そしてこちら側は貧しい階層の地域なのだろう。僅かな日陰を提供する平屋は土を塗り固めた粗末なものだった。中には窓もなく、戸の代わりに編んだ藁をかけただけの小屋もある。そしてどの家からも、何の気配も感じられなかった。
「誰もいないわね」と彼女は言った。
「町が荒らされた様子はないから戦争や暴動じゃないな」と僕は続けた。「変な病気が流行ってなきゃいいけど。」
彼は露骨に嫌そうな視線を僕にぶつけ、荷物から適当な布を引っぱり出すと口に当てた。彼女は溜め息を付き、開き直ったように胸を張って歩いた。
五分もすると風景に変化が起こった。家は石造りのものが建ち、道もまた粗雑ながら石を敷いて整えられ、幾らか歩きやすくなった。間もなく二階層以上の立派な屋敷とその向こうに広場が見えてきた。
僕らは通りの角で立ち止まり、用心深く広場を観察した。これまで歩いてきた道とは比べものにならないほど滑らかな石畳が敷かれ、取り巻く建物はどれも綺麗な白壁で、中には商店のように広い間口を持ったものもある。そうした建物には看板が下がり、例えば果物屋なのだろう真っ赤に塗られたリンゴの形をしたものや、開いた書籍のような形のものがあった。そして広場の中央には噴水が見て取れた。建物よりもいっそう鮮やかに白い女神の像が肩に抱えた壺から水が流れ落ち、日差しを眩しく弾いていた。
「水だ!」
言うが早いか、僕らは噴水へと駆け出した。先刻までの警戒を、再び本能が凌駕していった。彼は両手で掬っては飲み、また先ほどまで口に当てていた布を濡らしてベレー帽の下の汗を拭いた。彼女は気丈に貼った胸の勢いそのままに、頭から噴水に飛び込んだ。僕もまた掬うのが面倒で、石造りの縁から身を乗り出して水面に口付けた。
あまりにも勢いよく飲んだために幾らか気持ち悪くなったりはしたが、それは毒や病の類ではなさそうだった。少し冷静になってその不安が蘇ってきたが、変わらず男勝りに振舞う彼女に倣って僕らも開き直った。
再び周辺を見渡すと、広場の反対側、西の通りの入り口で何かが動く気配がした。目を凝らせば、薄い青の庇を持った商店の前にあるベンチの陰で、鳩が何かをついばんでいる。それは僕らを除く、動く生命との久しぶりの邂逅だった。
なるべく驚かさないようにと静かに歩いたつもりだったが、幾らも近づかないうちに鳩は飛び立ってしまった。羽音を立てて広場の上を旋回すると、鳩は北の方角へと去っていった。それを追うように視線を送ると、町の北部は丘陵になっていて、そこには緑の木々が豊かに茂り、ときどきその隙間から巨大な屋敷の屋根が頭を出していた。
視線をおろしてベンチに目をやると、地面にはポップコーンが落ちていた。彼は一粒つまむと、まだ新しいね、と言った。
「僕は人間以外にポップコーンを炒る生物を知らないよ。」
この町は廃墟にしては荒れていない。そしてまだ新しい生活の痕跡。
「どうして彼らは姿を消したんだろう。」
彼は言って、つまんだポップコーンを放り捨てた。
「別にかくれんぼをしている訳じゃないんだ。探さなくても、そのうち向こうから出てくるさ」と僕は答えた。
彼女はどうでもよさそうに欠伸をしながら体を伸ばし、ベンチに上って今度は丸くなった。
「私、ちょっと休むわ。」
彼はベンチの背に荷物を凭せかけ、自身もベンチに腰かけた。僕は彼に目配せをして、ひとりで広場を見て歩いた。
__
はじめまして。(嘘)
ぜんぜん続きを書かないまま放置していたので、何かきっかけになればと投稿します。
「第二部、図書館」のクライマックスのアイデアを思い付いたので、まあ、暇になったら書くんじゃないかな。
> まさか、自分の誕生日にこのような作品と出会えるとは……!(ドキドキ)
> タグを見た瞬間、目が丸くなりましたです、嬉しいです、ありがとうございます。
よく言えばもう一歩大人に。
悪く言えばいっこ人生の終わりに向けt
( ま、まぁ、その、お誕生日おめでとうございます
> 出会えたあの日が
>
> 君と僕との
>
> もう一つの誕生日
> このフレーズ大好きです。
> その人やポケモンにとって特別な日。
> 色々な出会いがあるんだろうなぁと想像が膨らんでいきます(ドキドキ)
人それぞれ、いろいろな出会いがあると思います
それは生まれて死ぬまでずっとです、たぶん……
> 自分の場合は、小1の頃におじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれたゲームボーイポケットと同梱されていたソフト……それがポケモンとの出会いでした。
私も、DS買う前にDSソフトのポケダン青かったりしてわくわくしてました、7年前(
出会い……は良く覚えていませんが、ずっと昔にアニメをテレビで見たときでしょうかね
> その出会いをくれたおじいちゃんとおばあちゃんにもありがとう。
みんなにいっぱいありがとうって言ってくださいね
それだけ、あなたもほかの人からありがとうって思われているはずです
> それでは失礼しました。
> 本当にありがとうございました!
またどこかでお話ししましょう
こちらこそ、よんでいただき、ありがとうございました
> 【めでたく23歳になりました。ピカチュウの番号まで後(以下略)】
また来年も時期が来たらですね……何かするかもしれません
まさか、自分の誕生日にこのような作品と出会えるとは……!(ドキドキ)
タグを見た瞬間、目が丸くなりましたです、嬉しいです、ありがとうございます。
> 出会えたあの日が
>
> 君と僕との
>
> もう一つの誕生日
このフレーズ大好きです。
その人やポケモンにとって特別な日。
色々な出会いがあるんだろうなぁと想像が膨らんでいきます(ドキドキ)
自分の場合は、小1の頃におじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれたゲームボーイポケットと同梱されていたソフト……それがポケモンとの出会いでした。
その出会いをくれたおじいちゃんとおばあちゃんにもありがとう。
それでは失礼しました。
本当にありがとうございました!
> [みーさんがお誕生日と聞いて]
【めでたく23歳になりました。ピカチュウの番号まで後(以下略)】
反応遅くてすいません(汗)
コメントありがとうございます!
ラストの展開に鳥肌が立ったとか……とても嬉しいでございます。(ドキドキ)
> そうか!ピカチュウがあんなに強いのは先に出来たからなのか!!
>
> ・・・・と妙な納得をしました(笑)
いかに美和さんでも黄色いアイドルを超えることができないというタイトルに、こちらも思わず笑ってしまいました。>の数がそれを物語っている(笑)
> ドーブルの「スケッチ」は確かに謎いですね。レベルが上がると描写能力が上がるから?と考えてみたのですが・・・。どうなんだろう。
本当はレベルに応じての技しかスケッチできないとかというのも面白そうですよね。描写能力が低いからこの技までとか、描写能力が高ければ高い分、会得できる技の範囲が増えるといった感じで。
それでは失礼しました。
【ドーブルはイケメンですね!】
目を覚まして
一番最初に受ける言葉
おはよう
ご飯を食べて
歯を磨いて
出かける前の
いってきます
何事もない一日
いつも通りの朝
いつも通りの毎日の中に
一年に一度の
特別な日
きみの
ぼくの
この世界に生まれた
大切な日
君とこうして出会えたのも
ぼくが
きみが
何年も前の
この日に
あの日に
生まれたから
きみの誕生日はわからないけれども
こうして一緒にここにいる
出会えたあの日が
きみとぼくとの
もう一つの誕生日
―――
タマゴから孵したポケモンはしっかりお誕生日解りますが
野生ポケモンはどうなのでしょう?
若々しい全盛期なのか、生まれたてなのか、はたまたよぼよぼのお年寄りなのか
全くわからない……わからないからこそ、出会った日
出会った日もまた、誕生日
かもしれませんね
どこぞの誰かさんがお誕生日と聞いてかきかきしてみましたです。
心から、おめでとうございます
[みーさんがお誕生日と聞いて]
はじめまして。ねここです。
コメントありがとうございました!
こんなんでいいのかなあ、と思っていたのでとても嬉しいです。(初投稿だったので)
メタモンはかわいいんだぞ!ということが少しでも伝わったのなら、本望です。
あの反応に鈍そうな感じが何とも癒やしですね。
ずっと手持ちに入れておきたいです。
メタモン好きがもっと増えてくれたらいいなー。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | |