|
タグ: | 【ラプラス】 【ポケモン世界の事件】 【フォルクローレ的何か】 |
水族館で少年が不法侵入で逮捕された。彼の狙いはラプラス。水族館ではラプラスの歌が名物で歌声を目当てにたくさんの人がつめかけていた。
一方、少年はこう証言する。
「ラプラスはずっと助けを求めていた。助けて、助けて、ここから出して、と歌っていた。僕だけにはわかったんだ」
尚、話の枝葉が広がってこのような噂がある。
少年は釈放された後にトレーナーになった。研鑽して8つのバッジを集めた彼はその足で水族館へと向かい、建物、水槽を破壊し、ラプラスを奪取した。そして今も少年はラプラスと旅をしている……。
そんな話を少年はすると、海に向かって口笛を吹いた。現れたのはラプラスで、少年は飛び乗った。私は何かを聞こうとしたけれどうまく言葉にならなかった。そうして彼らは水平線へと消えていった。
轟々と音が響き、煙の柱が空へと伸びる。
自室の窓から見る景色に真っ直ぐな白線が引かれ、また一つ飛び立ったか、と眺め続けた。
ホウエン地方はトクサネシティ。ここはロケットの基地がある島だ。島というからには海に囲まれており、当然ながら船乗りが多い。加えて宇宙開発の技術者もまた多く、宇宙を身近に感じる土地だった。
そんな土地柄、多くの住民は海や宇宙に興味を抱き、特に子供たちは強く影響を受けていた。オレの身内や知り合いもほとんどが船かロケットに乗り込み、島を離れるようなヤツはオレを含むごく少数だった。
ガキの頃、オレは実家を離れてポケモントレーナーになり、旅をしていた。
あの頃は、肌に張り付く潮風が嫌いで、狭いところでじっとしているのも苦手だった。つまり船の上もロケットの中も勘弁だった。だから島を離れることに抵抗は無く、十歳になるやトレーナーになって旅をしたいと言い出した。今ならとんだ恩知らずだと思うが、親の反対は無かった。
快く遠い都会へ送り出されてからは、トレーナースクールでポケモンとの付き合い方や旅の心得を学んだ。オレが望んだ授業だ。スクールを気に入るのに、そう時間はかからなかった。
だがバトルの授業だけは熱心になれなかった。「旅のトレーナーにバトルはつきものだから」と言われて勉強を続けたが、旅の妨害を退けるためならそんなに強くなくても良いんじゃないか、と常々考えていた。
実際に旅をするようになってからは、旅の資金を稼ぐため、と付け加えるようになった。行く先々でバトルをふっかけ、その賞金で旅の支度をする。まるで不良のカツアゲだが、あくまで旅を続けるためだった。
時には食料を買う金が無くなり、自然の木の実で腹を満たしたこともあった。美味い木の実ならともかく、ド辛い木の実で胃腸を壊しもした。今だったら、無理に食えない物を食う必要もなかったろうに、と思うが、あの頃はそうまでして旅を続けていた。
それはきっと、あいつと一緒にいたからだろう。
旅するオレの隣には、いつもテッカニンがいた。初めて捕まえたそいつはツチニンの頃から落ち着きが無く、オレ以上にせっかちなヤツだった。
進化する前は足並み揃えて歩いていたものだが、羽が生えるや前を飛ぶようになった。先導しているようで互いの距離は離れていくし、ランニングシューズで走ってもまったく追いつけない。そして力尽きて休むオレの周囲を飛び回りながら「どうした、走れ」と言わんばかりにジージー喚き散らす。うるさいからボールに戻そうとしてもするりと逃げられ、結局追いかけて走っていた。
後で図鑑で調べたが、テッカニンは育てるのが難しいポケモンだったんだ。我ながらよく付き合っていられたもんだと思う。
だが苦労ばかりじゃなかった。走り続ける日々はオレの足を速くし、あいつと肩を並べていられる時間も増えていった。まだ見ぬ道の先へ行くのも早くなり、冒険の毎日は忙しくとも新しさに満ちていた。今思えば若さに頼って無茶をしたものだが、それだけ好奇心旺盛で懲りない性分だったんだ。
それももう、今は昔というヤツだが。
旅立ちから十余年経った去年、オレは旅を終え、トクサネに戻っていた。歳をとるにつれて潮風への不快感は薄れ、年齢相応の落ち着きも身についた。だが帰郷の理由はそうじゃない。
ただオレが、テッカニンと肩を並べて走らなくなったからだ。
十年余りでホウエンの街は一通り巡り、大きな翼を持つ仲間の背に乗れば、どの街へも飛んで行けるようになった。それ以来、オレは野山を駆け回らず、バトルの大会がある街へ飛んでは賞金で生計を立てていた。
そんな生活を続けて、思った。もう冒険をしてないんじゃないか、これならどこにいても変わらないんじゃないか、と。だったら久しぶりに、親に顔でも見せようかとトクサネに戻り、懐かしさに「ここに残ろう」という気になった。
それを仲間たちに告げた次の朝、テッカニンはあの世へ飛び去っていた。
驚きだった。いくら虫の命が短いといっても、何の兆候もなく倒れるか。それともひとつの場所に落ち着いていられないあいつにとって、オレの実家に留まるのは死ぬほどイヤだったのか。
あの朝の事は、思い出す度に背筋が寒くなる。情熱が消えかけていたところを、あいつにトドメを刺されたようなものだった。気分が悪くなるだけだと自分に言い聞かせるが、つい何かの弾みで思い出してしまう。もはや悪い癖のようだった。
しかし今日だけはどうあっても思い出さざるを得ない。今日でちょうど、一年目にあたるのだから。
コツリと音がして、時計の分針がひとつ進んだ。そろそろ定期船が来る時間か、と物思いを切り上げる。外出向けに身なりを整えたら、ベッドの上にあるポケモンのタマゴをスイカのように網で包み、片手にぶら下げる。大きなカバンを肩に掛け、部屋の片隅に声を投げた。
ヌケニン、墓参りに行くぞ、と。
気分を変えるつもりで大きく息を吸うと、何となく煙くさい気がした。窓の外に目を向ければ、ロケットの煙はすでに潮風に流され消え去っていた。
夕方までには帰ると母に伝え、定期船に乗り込む。行き先はおくりび山という全体が墓地となった山で、あいつの墓もまたそこにあった。
まず甲板に出るため、ヌケニンを抱き寄せる。こうしないと風に飛ばされるからだ。そうして船縁のベンチに腰掛け、墓掃除の道具を収めたカバンを下ろす。膝の上にヌケニンを座らせ、タマゴと一緒に抱えた。
テッカニン亡き今、オレが連れ歩くのはこのヌケニンとタマゴぐらいだった。動きもせず、音も立てず。冒険の旅を忙しく過ごしてきたオレの相棒としては、こいつらほど不似合いなヤツらもいないだろう。しかしどちらも、こうするだけの思い入れがあった。
ヌケニンは、ツチニンが進化した際テッカニンと同時に生まれ、以来一緒に連れ歩いていた。あいつが先を行き、こいつがブレーキ役を務めることで良いバランスを保っていたのだ。
だが今は自室でインテリアになっている。呼べば今日のようについてくるが、多分、放っておけば埃をかぶっていることだろう。そうするつもりはないが。
一方タマゴは、テッカニンが生前に残したものだった。
旅に慣れてきた頃、「お前もそろそろ嫁さん欲しいだろ」とテッカニンを嫁探しに送り出したことがあった。もし嫁を連れてきたなら手持ちを誰か預けないと、と考えていたのだが、二日後あいつはタマゴを抱えてとんぼ返りした。相手は野生のポケモンだったんだろう。子孫を残したらそれまでの関係とは流石だった。
すぐに孵す必要も無いか、とボックス送りはタマゴが選ばれた。それから長らく放置していたが、去年あいつがいなくなったのを機に引き取り、こうしてヌケニンと連れ歩くようにしていた。
だというのに、タマゴはまるで孵る気配をみせない。中身が死んだかと考えたこともあるが、殻越しに伝わる温もりは確実に生きていることを感じさせる。しかし、それ以上が無い。
いっそ叩いてヒビでも入れてやろうかと思ったことは一度や二度ではない。実行しないのはその度に大事なタマゴだと思い返して抑え込み、同時にヌケニンからのプレッシャーに背筋を寒くしていたからだった。
感情を見せないこいつが珍しく威圧してくる。そこまで大事かと思ったが、テッカニンの子供ならある意味こいつの子供とも言える。無理も無いか。
問題はその子供がいつまでも己の殻に閉じこもっていることだが。
「いつになったら出てきてくれるんだろうな……」
そう口に出せば、ヌケニンがまたプレッシャーを放ち始めた。特に背中の穴からそれを感じるのは、気のせいだと思いたい。その中を覗き込むと魂を吸われるというが、今目を向けたらきっとその通りになるだろう。
「……悪いことはしないよ」
誤魔化すように、同時に穴が見えないように抱き寄せる。タマゴと違って温もりがないが、それがゴーストタイプなのかと思い、しばし潮風を感じるべく目を閉じた。
少しだが、風の匂いが変わっていた。そういえば、所によって匂いが違うと感じるようになったのは何歳の頃だったか。トクサネのそれを嫌っていた頃はわからなかったが、街ごとに空気が違うように、島ごとに風も違っていた。そして今は、だんだん涼しくなって、潮の匂いが薄くなってきている。……あぁ、この感触は。
目を開ければ、周囲に薄く霧がかかっていた。もうすぐだな。その予想に応えるように、アナウンスが「まもなく、おくりび山に到着します」と告げた。
墓は、去年に作った時から変わりなかった。多少泥や苔が生えているが、霧の多いおくりび山で一年近く、ロクに掃除もしていなければ苔も生えよう。
去る者は日々に疎しというが、大事な相棒の墓を少々蔑ろにしてしまったか。しかしテッカニンほどの風来坊の魂がこんな墓に、はたして大人しく収まっているだろうか? そんなはずない。今頃あいつの魂は世界を飛び回っているだろう。では空っぽの墓を大事にする理由はあるか。いや、墓はその者が生きた証拠。余り粗末に扱うのも……。
若干の後ろめたさから言い訳じみた考えばかりが浮かぶ。どうにも取り留めがないが、考えつつも身体は動いていた。墓石の汚れをブラシやヘラで削ぎ落とし、水をかけて洗い流す。雑巾で表面を磨いては線香を立てて仕上げとした。
墓前に膝をつき、タマゴを脇に置いて合掌した。ヌケニンが見守る中、閉じた瞼の裏にあいつとの冒険の日々を映し出す。
十年余りの日々を逐一思い出せるわけではないが、大きな衝撃は今尚心に刻まれている。その多くは、旅立ちから間もない頃の記憶ばかりだった。
砂漠の乾いた風と砂嵐。火山灰にまみれて感じた焦げ臭さ。磯臭さのない水辺と森の匂い。雨に打たれて走った記憶。さらに街ごとに違う空気は、いつも次に進む楽しさを味わわせてくれた。
しかしこう、改めて思い出すとやけに早まわしに感じるのは、それだけあいつに急かされていたからだろうか。急ぐあまりヌケニンを置き去りにしたこともあった。合流の後、静かに怒りをたぎらせるヌケニンから「うらみ」の込もった激しい折檻をうけて猛省し、しばらくはあいつも大人しかった。あくまで「しばらくは」だったが。
準備もさせないあいつにはしばしば困らされた。一時は食料の補充もしないうちに街を出ることになり、空腹で行き倒れた事もあった。幸運にも野生のトロピウスから首の果物を分けてもらって一命を取り留めたが。
……思い出せばなんとなく、食いたくなってくる。唾液が増えた自分に呆れつつ、そういえば、と目を開けた。あの果物は仲間たちとも分けあったが、はて、ヌケニンはどうやって食べていただろうか。食べていたのは確かだが、どうやったのかはこの顔を見ても思い出せない。
そうやって眉間にシワを寄せていると、ヌケニンが顔を寄せてきた。なにか訝しむときのこいつの仕草だ。無表情に詰め寄るのは不気味だからやめてほしいと思っているが、しかし自分の顔を見ながら何事か考え込まれては、不審にも思おうというものか。
いやなに変なことじゃないさ、と言ってその顔を手で制する。かつてトロピウスに助けられたことを話し、あの首の果物はお前も食べたよな、と確認した。それにはこいつも頷き、美味かったよな、と聞けばまた頷いた。どうやって食べたかは、返答を期待できないので流石に聞けない。少々考え、こう質問する。
「また食べに行かないか?」
タマゴがコツリと音を立てた。
オレとヌケニンの視線がタマゴに集まった。今、聞こえたよな? そう聞けばこいつも頷き、何かがタマゴに当たったわけじゃないよな、と聞けばやはり頷いた。とすれば、中身が殻を叩いた音だと考えられる。
一年間、音沙汰の無かったタマゴがついに動いたか。ここまでが長かった分先も長いだろうが、その一歩だけで大きな進展に感じられた。
ならば、と少々頭をひねる。こいつが孵化したら何をしようか。とりあえずの目的としては、トロピウスの果物を食べに行きたい。それまでにこいつが孵っていたなら、それを味わわせてやろう。
だが遅かったら? 果物目当てに引き返す……というのは好きじゃない。同じ道を何度も行き来するぐらいなら、多少出発を遅くしよう。こいつだけお預けじゃ不公平だし。……いっそ置いて行くか?
迷い、「どうする、ヌケニン?」とタマゴを手に取った。
「こいつも、連れて行く――」
頷いた。当然だろう。置き去りの辛さはオレもヌケニンもよくわかっているんだから。
「――よな。それならこのまま行くか、あるいは孵化を待つか……早く出てきてくれたらな」
こんなこと気にしなくても良いのに、とため息ひとつ。その直後、タマゴが震えた。
ヌケニンと顔を見合わせる。次いで、タマゴとお互いの顔とを目線が往復した。今度は手の中で震えたのだから間違えようがない。急展開だがこう頻繁に動くのは、そういうことなのか? そうならやりたい事がある。
「いっそ、こいつを連れて思い出巡りってな。今度は歩いてみるか」
ニヤと笑う。一際強くタマゴが震えた。
出がけの宣言通り、家に戻ったのは夕方だった。
ただいまと家に上がれば、おかえりと返される。その声の先の、食卓を囲む親兄弟の姿に「ギリギリか」と気を焦らせた。
母の「もうじき夕飯だから」の言葉に急ぎ自室にカバンを下ろし、ヌケニンを連れて茶の間に戻る。空いてる座布団にタマゴを乗せ、「いやぁ遅くなった」と食卓に着けば兄弟から「墓参りは楽しかったか」と聞かれた。
「楽しいもんかい。相棒が死んでから一年しか経ってないんだ。思い出してもまだまだツラいわぁ」
「あぁ、すまん。無神経な質問したな。……しかし、一年経ったのか。お前は、なんか変わったか?」
変わったか、と聞かれたが、はて何が変わっただろうか。
「……なんだろう。正直、旅をやめてから特に何か変わったって自覚、無いな。やってることもほとんど変わってないし」
あの頃の生活はだいぶ大人しく、街まで飛んで大会に出る、の繰り返しだった。実家に戻ってからはせいぜい、賞金の何割かを家計に当てる、と追加された程度だ。
しかし料理を運んできた母は、「ホントに自覚は無いんだね」と言った。
「私には、あんたが帰ってきた日とその次の日で、大きく変わったように見えるよ」
「……そんな、変わった?」
「変わったな」
父が母に同調する。
「ウチを飛び出したやんちゃ坊主が、しけた面で帰ってきた。と思ったら、次の日にはそれ以下の面になった。お前の連れてきたあのテッカニン。そいつが死んだのがよっぽどショックだったんだな」
「なんていうかさ、あんたがその……ヌケニンって子みたいになってるように見えるのよ」
言われて、オレはヌケニンを見た。オレがお前みたいだとさ。しかし、思い当たる節はある。ヌケニンは抜け殻で、それが何かの理由で動いているって存在なんだから。
「ヌケニンみたい、か……そう言われたら、変わったってのもあながち間違ってない気がするよ。旅を終えて、テッカニンが死んで、オレもすっかり中身が抜けちまったのかも」
「中身な。格好いいこと言ったつもりか」
「ん……」
父の辛辣な言い様。確かにちょっと、口に出して言うには恥ずかしい言葉だったかな。しかし続く言葉は厳しいだけのものではない。
「せいぜい抜けたのはやる気だろう。ヤルキモノにでも分けてもらったらどうだ? そう……ちょうど、トウカシティのポケモンジムにいるだろう。その辺りでしばらく暴れてみるのもいいんじゃないか」
ヤルキモノときたか。確かにあの激しさは見ていて気分がいい。ついでにトウカシティへの道のりを考えると、リハビリにはいいんじゃないかというぐらいの長さに思えた。
「トウカシティ……あぁ、悪くないかも。トウカジムでバトルは久しぶりだし、行ってみるかね」
と言ったら、ここでもタマゴが震えた。
コツリという音に親兄弟が驚く。そりゃそうだろう。引き取ってから今日まで、一度も動いたことが無かったんだ。「一年経ってようやく、か」と兄弟が呆れて言うが、それを尻目にオレは、こみ上げる笑いを抑えることができずにいた。訝しがる視線が集まるが、かまわずに笑う。
そーいうことかよ、と。
もはや疑いようもない。タマゴは、オレが遠出するかと言う度に震えていた。こいつは殻の中でオレたちの話を聞き、旅立ちを期待している。まさか生まれる前からそれを期待されるとは思ってなかったが、あいつの忘れ形見だ。理解はできる。
だったら、応えてやろうじゃないの。
飯を食い終わるなり、オレは自室に戻って部屋の隅から旅行用のリュックを引っ張り出した。大きすぎて今の生活には余る、と一年間埃をかぶり続けたそれをバシバシと叩き、想像以上に舞い上がった埃に派手にむせる。
気を取り直し、家の中に散らばった旅の道具をかき集めた。そして一年前の、旅を終えたあの日と逆の手順でリュックの中に押し込んでいく。
人間の記憶ってのは不思議なもんだ。思い出しながらの作業にも関わらず、荷造りに戸惑いやもたつきは全く無い。一度荷物をすべて出したのが嘘のように、愛用のリュックがあの頃と同じ形で復元された。
これでひと段落だ。一息つこうとして、むせた。また埃が舞い上がっている。ヌケニンの上にはうすく埃が積もっていて、これはいかんと窓を開けた。
途端、部屋に強風が吹き込んできた。いきなりの事にオレは面食らい、ヌケニンが風に舞う。それはまもなく止み、ヌケニンを案ずるも幸いリュックの近くに留まっていた。無事を安心して一息つき、疑問を感じた。部屋を見回せば、舞い上がっていた埃がほとんど消え去っていた。
ただ風が吹いただけにしては、ずいぶん調子のいい。ただの幸運か、そう考えながらリュックに近づけば、何か透明な紙切れが引っかかっているのが見えた。つまみ上げると、それはちぎれた虫の羽のようだった。黒いスジがあり、端の方に赤い三角模様がついている。
はて、こんな羽、どこかで見たような……。
「……テッカニン?」
ピシリ、と音がした。
次の日は朝も早い内。大きなリュックを背負ってきたオレに、母は眉根を寄せた。
「なに? そんな大荷物背負って……あんた、まさか」
「ちょっと思い出巡りの小旅行に行ってくる。いつ帰ってくるか分からないけど」
軽く返せば「また家出?」と母の声が背中に届く。「電話ぐらいするさ」と言いながら玄関にしゃがみ込み、下足入れから古いランニングシューズを取り出した。一年の間にたまった埃を払い、足を入れて靴紐を縛る。
顔を上げれば、眼前にヌケニンの顔があった。ニヤと笑って、その頭を撫でてやる。
「今度は、オレたちのペースで行くんだ。置き去りになんかしないさ」
急かすヤツもいないしな。のんびり行けると思えばこいつも少しは楽だろう。
「あんたって子は…………で、その子が?」
「あぁ、ようやく生まれたんだな」
そう言ってオレは背中のリュックを指した。そこにしがみつくツチニンが「いってきます」とばかりに、見送りに来た母に前足を振って見せる。昨晩タマゴから飛び出したそいつは、親譲りか、かつてのテッカニンのように落ち着きが無かった。
「今度はあいつみたいな、人を置き去りにするようなヤツにはならないと信じてるからな」
そうならないでくれよ、という願いをこめて言い、腰を上げた。
「もう準備できたの?」
「ん……荷物、服装、靴、すべてよし。あと仲間もよし、だな。後は出るだけだ」
「はぁー、朝食ぐらい食べていけばいいのに」
「いいさ、船の中で弁当買うから。旅先での買い食いも、旅行の醍醐味ってヤツでしょ」
実際のところ、この旅行も食道楽によるものだから。そう返せば母も、観念したようにため息をひとつ。送り出す言葉を口にした。
「あーそぉ……まぁ、あんたももういい歳なんだし、心配は要らないわよね」
「父さん母さんはもう結構な歳だから、むしろ心配だけどな」
「あんたねぇ」
睨まれた。悪い冗談だったか? でも息子のオレが二十歳過ぎてるんだ。そっちも歳くってるだろうに……。
「失礼しました。ともかく、オレだって飛び出したらそれっきりってわけじゃないから。連絡してくれたらすぐに帰ってくるよ」
「帰ってくる、か……そうね。あんたの事、ロケットみたいな子だと思ってたけど、たまには顔ぐらい見せなさいよ」
「おやまぁ、ロケットときたか。その心は?」
「出るときばっかり騒々しくって、あとはさっぱり帰ってこない。せいぜい、たまに電話で話すぐらい……ってところかしら」
そう言われたら、似てるかも。しかし、オレは宇宙に飛び出すわけじゃない。
「なるほどね。でもオレはロケットと違って、その気になれば帰ってこれるところにいる」
「そうなのよね。でも、今の調子だと帰ってきてもすぐ出て行きそうな気がするわ」
「それもまた然り、ってな」
言って、親子で笑い合った。
実際、母の予感もあながち間違いじゃない。オレはホウエン巡りがひと段落ついたら一旦実家に戻り、それから別の地方へ旅に出ようと思っていた。それは今日より連れ歩くツチニンが、この地方だけで満足するとは到底思えなかったから。
しかしこうして談笑している間に、どうもツチニンが焦れてしまったらしい。リュックからヌケニンの頭上に飛び移り、「早く行こうよ」とばかりに身体を前後に揺すり始めた。その姿は起き上がりこぼしのようで、なかなか微笑ましい。
だが暇を持て余したツチニンはそれだけでは飽き足らず、ヌケニンの背中の穴を覗き込もうとしだした。気になる気持ちはわからんでもないが、こればっかりは大人しいヌケニンも黙っていない。
そうはさせまいとロデオのごとく暴れだし、しがみつくだけで精一杯となったツチニンが悲鳴を上げる。これはこれで微笑ましいが、黙って見ているわけにはいかないだろう。ツチニンが目を回し始めたあたりで「はい、そこまで」と引き剥がした。
「すまんね、母さん。こいつったら、じっとしてられないのよ」
「ありゃー、昔のあんたみたいだ。じゃあ、これ以上引き留めるのも悪いわね。あんまりのんびりしてたら味噌汁も煮立っちゃうし」
「おー、そいつは一大事だ。父さん、味噌汁にはうるさいもんな」
「そーよ。父さんたちには私から言っておくから……行っておいで」
そう、母は軽い言葉で息子を送り出す。いたって明るく、微笑ましく、心配も名残惜しさも感じさせないそれは、最初の旅立ちのときと同じよう。だからオレも、快く家を出られる。
これから共に歩くツチニンと、これまでそばにいてくれたヌケニンをつれて、
「じゃぁ、また行ってくる」
ここにはいない、あいつに追いつくために。
* * * * *
ホワイトデーにこんばんは、MAXです。
今回はポケスコベストに向けて改稿した作品の投稿となります。
改稿に向けて批評を読み直しては動悸に苦しみ、迫る締め切りに必死の思いでキーを叩いたのも、いまや1年以上前のこと。
No.017様始めベスト関係者の皆様、お忙しい中何度もお付き合いいただき本当にありがとうございました。
あと、「ウェブ掲載解禁」の一文を見逃していたことを謝罪します。
レイコ様がバレンタインに投稿しましたこともあり、便乗のつもりでホワイトデーに公開した次第です。
以上、MAXでした。またの機会にお会いしましょう。
ホテル取れました。
何とか行きたいと思います。
じゃ、フランス留学経験のある俺が勉強を見てあげるという名目で。
たぶん、行けると思う。
参加したいです。
鳩さんとは少ししかお話できていないので
|
まだちょっと予定が未定なところありますが、きっと行きます。 ノ
こっそりリストに名前加えておいてください。
おそらく当日春コミ参加してから行くと思います。
そんなわけで人間男子一名も名簿にプラスでよろしくお願いいたします。
寒い。
吐き出した息は白く凍りついて天に昇っていった。手袋もマフラーも、本来の意味をなしてない。
学校の暖房ですらどこか恨めしい。少しだって温まらない体に、友人どもはゾンビなんじゃないかとからかっている。
いつもの事だ。その程度の悪ふざけができる仲なのだから。それでも、手を触って懐炉を押しつける奴もいるくらいなので、洒落にならない冷たさなのだろう。
手を擦り合わせても少しだって温かくならない。悴んできた体そのものが、感覚そのものを奪っていく。
(あったかいものが欲しい・・・)
自販機でもいい。コンビニでもいい。何か、あったかいもの。するりと喉を通って、腹からぬくめてくれるもの。
背中の鞄はずしりと重いが、背中に触れるのは鉛のような冷たさばかり。
ただひたすら、極寒の道を歩いていく。
ぽつんと、温かい色が見えた。
道の端にポツンとたたずむ暖色色の煉瓦。開いているのかいないのか、いまいちわからない暗い店内。
あるよね、ああいう店。気にはなるけど、寄るほどの勇気がない。
ただどうしてかその日に限って、やたらと暖かそうに見えた。
ふらりと近づいて、店の名前を見上げると、古びれている筆記体の英語は何が書いてあるのかさっぱりわからない。
その横に申し訳程度に『紅茶専門店』と書いてあるのは分かった。
入口のドアの横にはお勧めメニューらしきものが小さな黒板に書いてあったけれど、流れる様な達筆はかすれて消えかかっていた。
鈴の音を響かせて、寒さから逃れる様に中に避難した。
がらんどう、そんな印象が飛び込んで来た。外から見るよりも、仲はもっと暗かった。
土塊のキャンパスに鼠色で影を付けたような戸棚に、腐葉土が更に腐ったようなカウンターはしんみりとした世界をひろげていた。紅茶の入った瓶が素人にはただ乱雑に並べてあるように見える。
吊るされている明りは時々、思い出したように点滅した。何も無いが、たくさんある。そんな空間だった。
カウンターの中には、誰もいない、わけではなかった。置き物だと思っていた塊りがむくりと動いた。のそりと、けだるそうに動いたそれはゆっくりにもかかわらず随分はやくこちらに来た。
適当に目に着いた椅子に座る。丁度正面にやってきたのは、首に小さな木札を下げたクイタランだった。木札は丁寧な縁取りをされたコルクボードのようにも見える。
『本日のお勧めはシナモンティーです』
そんな文句が書いてあった。
こん、とカウンターをアリクイが爪で叩いた。妙な我にかえって、ふと目を落とすと、目の前には小さなリボンでとめられた薄っぺらいメニューカードがあった。
それを手に取り開くと18世紀の香りがした。古臭くて埃っぽくて、そして紅茶がぶわりと名を連ねる。
知っているような、やはり知らないような名前の羅列にくらくらする。また寒さがぶり返してきたのか、それとも端からこの店には暖房なんか存在しないのか。
「あの、それで、お願いします」
結局、クイタランの木札を指差した。
最初からそうしておけばよかったんだ、とばかりに何処か不機嫌そうな態度でうなづいたアリクイは、くるりと背を向けた。
尻尾からふわふわと湯気が上がっている。
慣れているのか、主人のかわりか、瓶と瓶の触れ合う音がほんのわずかだけ空気を滑る。
後は魔法のようだった。
変色したラベルの貼られた瓶がシナモンが入っているのだろう。そこから温めてあったのだろう年季の入った乳白色のポッドへ落ちていく様子はどこか別世界の絵の具に見えた。
器用な動作でコンロの上に置かれた鉄瓶は静かに湯気とともに音を吐き出して沸騰を告げる。
爪の先でするりとそれを引っ掛けると、温まっている白へ丁寧に注ぎこむ。じっくりとむらしていくその手順は、まるで千年も前から決まっているかのように厳粛で鮮やかだった。
赤と青の模様が施されたカップは何処かで見たような気分にさせて、記憶の引き出しを漁る暇を与えずにこつんと数分間の魔法は終り、透き通った色の紅茶が目の前に差し出された。
かちりと爪が引いていき、少し下がってのしりと壁に身を預けると、鋭い目つきをさらに細くして、何も言わないアリクイ。
カップに触れるとりりと熱かった。反射で引っ込みそうになるのを抑えて、弦の様な取ってに手を回す。
おそるおそる口をつけると、温かい固まりが溢れてきた。全てを飲み干すのを覚悟するにはわずかに躊躇う量だけれども、構わず持ち上げようとする手を堪えるに必死だった。
結局半分ほどをまず口にして、ふぅぅと大きく息をついた。全力疾走した後の胸の苦しさを程よく薄め、ふわりと湯気のようにじわじわと温まっていく感覚を信じた。
寒くない。
一度に飲み干さなくてよかった、ゆっくりと残りに口を付けた。アリクイは何時の間にか最初に見た置物のように動かなくなっていた。
全てを飲み干して、カップを置く。防寒着を付けなおす。今度はきちんと仕事してくれそうだ。
鞄を背負って立ちあがる。ごとんと椅子がそこそこの音を立てると、アリクイが起きた。
俺が入り口近くに行くと同時に、ちんと壊れたベルがなった。タイプライターみたいなレジに、金額が表示されている。
あわててポケットから小銭入れを引きづり出し、なんとかひっくり返した小銭で足りることに安堵した。爪から挟まれたレシートを受け取って、外に出た。
クイタランの湯気が一つ、お供の様についてきた。
極寒なんて幻だった。内側からわいてくる熱に酔いしれる。
今日限り、今日だけの、かもしれないけれども。
今はそれがとても、しあわせに見えて、家に帰ろうと足を進めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
余談 数学のテスト中に『紅茶を出すアリクイ』という怪電波を受信。そこから解けなくなった。
別に分かんなかったわけじゃ、いやわかんなかったですが。
シナモンティーはスパイスティーだそうです。ストレートじゃあんまり飲まないらしい。体を温める作用らしいです。後は頭痛を和らげたりとか。飲んだことないけど。
【リハビリなのよ】
【好きにしてくれてもいいのよ】
理想を実現しよう。
一人の人間がそう言った。
酷い現実に見て見ぬふりをすることこそが悪なのだと。虐げられる者を救うことの何が悪いと熱弁を奮う人間がいた。
開放を。自由を。
その理想に自分も惹かれた。傍らの相棒を虐げたことなんてなかったけれど、自分は虐げられる側だったから。傍らの相棒に救われたことがあったから、救われるのことの大切さを知っていたから。自分にできるなら、力になりたかった。
その理想が押し付けであることも、それをすることで今度は別の誰かを虐げていると分かっていた。それでも、虐げている誰かは悪だと思っていた。
理想の前では犠牲はつきもの。悪の犠牲で済むならば、安いものだとそう思っていた。
そう思って久しかったが、一人のトレーナーが自分の前に現れた時、間違いだったのだなと気付いた。
傷つきながら不敵に笑い、挑んでくるトレーナー。その期待に応えながら、戦うポケモン。その姿は虐げられる側でも虐げられた側でもなかった。
冷水をぶっかけるようなその真実を目にしてしまえば、すべての人間からポケモンを奪えば、理想を達成できるという思いはあっさりと消えてしまった。
だから、理想を求めた物語はここで終わる。
次は正しく理想を実現するためにどうすればいいか考えよう。
だから、これから始まるのは終わった後の物語。
理想を抱いて、真実に敗れた後から始まる物語。
――ポケットモンスターブラックホワイト2――
最近はRPGの前になにか入れるのがシャレおつだそうなのでってことで嘘予告第三弾
【なにしてもいいのよ】
> ぷち模様に渦巻き一つ乗せたそれはパッチールの耳カチューシャ。
言い値で買おう
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | |