マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.3518] 救世主の条件 投稿者:WK   投稿日:2014/11/25(Tue) 20:35:02     48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    あてんしょん!

     ※オメガルビー、アルファサファイアの終盤、殿堂入り後エピソードのネタバレ含みます。
     ※ダイハルです 多分
     ※苦手な方はバックプリーズ


















     彼女に出会った時から、強い光を放つあの目が印象に残っていた。色合いは深く、月の石が放つあの鈍い灰色によく似ている。初めて会った薄暗い洞窟の中でさえ、輝きを失うことのない光。
     その後も度々各地で会い、その度に少しずつ色を変えていく。宝石に例えるならオパールだろうか。光の性質毎に色を変えるアレキサンドライトでもいい。旅をして経験値が貯まるごとに、彼女の目の光も少しずつ変わっていく。
     あの異常気象の一件では、とんでもない物を背負わせてしまった。彼女は言っていた。大人はずるいと。自分達が引き起こしたのに、自分達ではどうすることもできない。じゃあ、私が行くしかないじゃないと。
     あの目ではっきり見つめられ、それを言われると後ろめたさもあってその場にいた大人達は全員黙り込んでしまった。僕もその一人だった。
     なんて、と彼女は笑って言った。
    「別に責めるつもりはないんだよ」
     その声が若干震えていることに気付いたのは、どれくらいいただろうか。瞳にぼんやりした光の溜まりは見受けられない。こんな状況でも、気丈に笑って軽口を叩いて見せる。
     十代前半の子供ができる表情ではなかった。パン! と頬を叩いて祠の入り口を見据える。
    「私がやらなきゃ、誰がやるの。こんな所で愚痴ってる暇なんてないんだよ」

     祠の扉が閉じてから、僕達はルネシティの人達の避難に当たっていた。人々を安全に導きながらも、視線は自然と祠の方へと行ってしまう。
     ふと見ると、彼女のお隣兼ライバルの少年も焦り顔で向こうを見つめていた。それをしながらも避難経路への言葉と手の動き、そしてポケモン達への指示は抜かりない。器用なことだ。
     最近の子供は、皆器用なのだろうか。
     雨風が酷い。彼女はもう、カイオーガと共にあの場所へ向かっただろうか。アクア団が開発したスーツを着用したとはいえ、彼女の体力と精神力が耐えられるだろうか。
     嫌な考えばかりが頭に浮かび、僕は頭を振った。言ったじゃないか。僕達は僕達にできることをする。そして彼女を信じると。
     君の言う通りだ、と僕は心中で呟いた。大人はずるい。そして勝手だ。君達子供を導かなくてはいけない立場なのに、逆にとてつもなく重い荷物を背負わせてしまう。それはホウエンの――いや、世界中の人々とポケモン達の祈りと願い。どうか世界を救ってくれ、この異常気象を止めてくれ。
     その中で君の存在を知り、君の無事を願っている人間はどれくらいいるだろうか。君のご両親は何処まで知っているだろう。
    「―――」
     僕が呟いた名前は、雷の音に掻き消された。

     一緒にいたメタグロスが、不意に空を見上げた。どうした、と言う前に人々の間から声が上がる。
     祠より少し離れた――海上の方角から天に向かって上って行く一つの巨大な光の柱。そして何事も無かったかのように晴れ渡る空。
     さっきまで暴風雨の中心だったのが嘘のようだ。しかし僕を含全ての人間の服は水で重たくなっている。髪から雫がしたたり落ちて、地面に落ちた。
     秋特有の静かで優しい太陽が、ルネシティに降り注いでいる。雲一つない、穏やかな天気だ。
     助かった、と人々の中から声がした。俺達は助かったんだ、あの子のおかげだ、と。
     そこでハッとした。体は水と冷えでひどくぎこちなかったが、それでも必死に走って祠へ向かう。
     こんな状況でも祠はヒビ一つ入らず、ただそこに鎮座している。超古代ポケモンを世に出さないために造られたようだ、と誰かが言っていたことを思い出した。
     彼女が入ってから、既に一時間以上が経過していた。
     あの子は――。
     
     ギギ、という音がした。祠の入り口が少しずつ開かれる。
     待ちきれなくなって外から開けると、鈍い赤が視界に入った。一瞬血かと思って青ざめたが、違った。
     ぐっしょり濡れた、彼女のバンダナだった。
     バンダナだけじゃない。靴、上着、髪。そしてパンツとレギンスからはとめどなく雫がしたたり落ちている。腕に抱えているのは持って行ったアクア団のスーツ。左手には、中身が入ったハイパーボール。
    「ハルカ!」
     少年が戸を開いた。途端にふらふらと外へ出て来る彼女。ボールが手から離れて、コロコロ転がった。それを拾い上げたマグマ団のボスの顔に、驚愕の色が浮かぶ。
    「カイオーガを……」
    「死ぬかと思った」
     外見とは裏腹に、その声はいつもの調子だった。さっき聞いた震えはない。
    「すごいね。伝説のポケモンって。うちのラグラージが一発でやられるんだもん、流石にびびったよ」
     それでも、その”伝説のポケモン”はこうしてボール内に大人しく収まっている。
    「人が制御できる物なんかじゃないんだ。どうしてそれを、最初に気付かなかったんだろうね」
    「……」
    「ま、どうにか世界滅亡までは行かなかったみたいだし、よかっ――」
     彼女の体が倒れこんだ。まるで、マリオネットの糸が切れたかのように。
     抱き留めた彼女の体は、とても冷え切っていた。当然だ。これだけ濡れているんだから。
     それでも安心できたのは、心臓の鼓動がきちんと伝わって来たからだ。


    「……どうして、私なんだろう」
     もはやこうして会って会話するのは、日常茶飯事となってしまったようだ。
     巨大隕石の一件から一週間後、彼女から会って話がしたいと言われた。一目があると落ち着いて話せないと言われた僕は、デボンの一室に彼女を連れて来た。
     お茶請けのコーヒーとクッキー片手に、彼女が切り出したのはそんな言葉だった。
    「カイオーガをゲットしたまでは良かった。普通、伝説のポケモンの背中に乗ることも、ゲンシカイキと呼ばれてる姿を間近で目撃することも、
     ……ましてや、捕獲するなんて多分普通はありえないことだから」
    「いい経験になった……そう考えたのかな」
    「まあ。色々あったけど、一生に一度くらいはこういう目に遭ってもいいかなって、考えられるようになったの」
     強い子だ。元からそうなのか、それとも僕達大人がそうさせてしまったのか。
    「でもさ、流石に二回目となると……」
     空の柱から戻った後、彼女は僕に話してくれた。ヒガナのこと、流星の民に纏わる昔話、自分が持っていた隕石の欠片がレックウザに力を与え、最終的に隕石を破壊する手助けになったこと。
    「あの隕石は、もうずっと前から私が持ってた。故意に手に入れたわけじゃない。偶然手に入れたの。
     それがまさか、あんなことになるなんて……」
    「……ハルカちゃんは、それをどう思うのかな」
    「偶然も度を超すと、必然になると思う。私の場合、それなのかもしれない」
     コーヒーの表面に、雫が落ちた。ハルカちゃん、と呟いた。
     
     ――彼女は、泣いていた。

    「怖かった」
    「……」
    「カイオーガの背中に乗った時も、レックウザの背中に乗った時も――。手持ちで深海へ潜ったり、空を飛ぶのとは全く訳が違う。同じポケモンなのに、場合が違い過ぎる。
     ゲンシカイキに世界滅亡、宇宙に隕石の破壊」
     どうして、と彼女が呟いた。

    「どうして私なの!? 強いトレーナーなら、他の地方にだって沢山いる! それが、何でその場にいたとか、それを持ってるだけで勝手に選ばれて……。
     私、普通にトレーナーやってたかった! 普通に旅をして、人と出会って、ジム戦して……。
     普通に、生きていたかったよ……」

     僕は彼女の隣に座った。少し躊躇ったが、そっと彼女の手を握った。
     彼女はその手を振り払うこともせず、ただ静かに泣き続けていた。


     この世界に、神様と呼べるべき人――いや、ポケモンかもしれないが――。
     そんな奴がいたら、一つだけ聞いてみたい。
     
     世界に危機が迫った時、貴方は何を持ってして救世主を選ぶのか。
     ポケモンを愛する心の持ち主か。強い精神力を備えた者か。大きな夢を持つ人間か。
     あるいは、それを全て兼ね備えた者か。

     だが、選ばれた人間がどんな気持ちで救世主となるのか……。
     貴方は、考えたことがあるのだろうか。

    ―――――――――――――――――
     一昨日のオフ会で書くと宣言したから書いてみた。
     初心に戻って書いてみた結果がこれだよ!

     書き終えたのは昨日だったのにネットの調子が悪くて今日アップになりました。すみません。
     
     実を言うと初めてポケモンではまったCPはダイハルだったりします。もう八年近く前のことです。
     ノマカプ読んでたのはごくわずかな期間でしたが……。
     


      [No.3517] 最後のインドぞう 投稿者:   《URL》   投稿日:2014/11/24(Mon) 22:37:52     115clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    最後のインドぞう (画像サイズ: 500×600 44kB)

     ゾウという動物を知っていますか?
     彼女はこの地球で最後のゾウでした。
     幼いころから動物園の檻(おり)の中、一人ぼっちで暮らしていました。野生のゾウはずっと昔に絶滅していたのです。
     彼女は、決して人になつかなかったそうです。
     名前はボレロといいました。

    「なあ、ボレロ」と飼育員のおじさんがいいました、「わたしはもうきみに芸をおぼえさせようとがんばるのはあきらめた。これからはしずかに暮らせばいいさ。きみはなにもしなくても毎日こうしてエサがもらえるんだ。それというのに、どうしてそう怒ることがある。いいかげん暴れるのをやめないか。檻がこわれてしまうよ」
     ボレロはある日とつぜん、檻に体当たりをしはじめました。以前にも彼女は飼育員のおじさんをからかったり、いたずらすることがありました。ですがこんな乱暴をするのははじめてです。ゾウの檻は頑丈な鉄の格子でできていましたが、何トンもある大きな身体がおもいきりぶつかるものですから、そのうちにだんだんとひしゃげてしまいました。大きな鳴き声をあげてボレロが体当たりすると、檻はとうとう壊れてしまいました。
    「アア大変だ、ボレロが逃げ出した! ゾウが逃げ出したぞ! みんな捕まえてくれ!」
     動物園は大騒ぎになりました。普段から猛獣が逃げ出したときの訓練はしていましたが、ゾウのような大きな動物を捕まえるのは大変なのです
     エサで大人しくさせる作戦は失敗でした。ボレロはエサに見向きもしません。それどころか長い鼻でジャガイモをつまんだかと思うと、飼育員のおじさんに投げつけるくらいです。
     つぎにロープでひっぱってみようということになりましたが、これもうまくいきません。ボレロの身体にがんばってロープをまきつけてみても、ゾウは力が強いので何人もの職員を簡単に引きずりまわしてしまうのです。
     それならここは麻酔銃を使おうということになりました。動物のお医者さんがやってきて、ボレロに狙いをさだめます。ところがそれを見つけたボレロはすごい速さで近づいてきて、長い鼻で麻酔銃をとりあげるとポキッとへし折ってしまいました。お医者さんは怖くて泣き出してしまいました。
     やはり猟師さんにお願いするしかないだろう……という意見もありました。ですがこれは園長さんが反対しました。ボレロは世界でただ一頭だけ生き残っている最後のゾウなのです。そんなに簡単に撃ち殺してしまったのでは取り返しがつきません。
     飼育員のひとりがつぶやきました、「わたしはこどものころ『かわいそうなぞう』という絵本を読んだことがあるよ。ゾウというのは頭がよくて、やさしい動物だと書いてあったのに。それがどうしてこんなに凶暴なものだろうか……」
     もうなすすべもありません。だれもボレロを止めることはできません。
     そうしてボレロは歩きはじめたのです。

     はじめてみた動物園の外の世界を、ボレロの小さな瞳はどのようにうつしたことでしょう。高いビルが立ち並び、たくさんの自動車が走っています。彼女の故郷のジャングルとはきっと似ても似つきません。
    「あれ」ボレロをみて街の子どもがさけびました、「街なかにあんな大きなポケモンが歩いているよ」
     この世界にはポケットモンスター――略してポケモン――という、動物図鑑にはのっていないふしぎな生き物がいたるところに住んでいます。それを人は捕まえてペットにしたり、仕事の相棒にしたりして、一緒になかよく暮らしています。小さな子供からお年寄りまで、みんなポケモンが大好きです。
     動物園から逃げ出したボレロを、警察の機動隊がとりかこんでいます。盾と警棒をにぎりしめて、街の人に怪我をさせてはいけないとにらみつけています。
     それでもボレロは歩きつづけます。のっしのっしと、力強く歩きつづけます。機動隊の装甲車をふみつぶして、街のなかを歩きつづけます。
    「ようし」元気のいい青年がまえに出ていいました、「暴れポケモンならここはひとつ、おれがなんとかしてみせようか。おれのポケモンはうんと強いんだからね」
     お巡りさんがあわてて注意します、「あれはゾウという動物で、ポケモンではないのですよ。危ないからさがっていてください」
     人はみんなポケモンが大好きです。身近にそういうめずらしい生き物を飼っているので、もうだれも動物園へゾウを見に行くことはなくなりました。だからもうだれも、この地球にゾウがいたことを知らないのです。
     それでもボレロは歩きつづけました。

     議事堂(ぎじどう)というところでは、国のえらい人たちがたくさん集まって真剣に話しあっていました。もちろんゾウのボレロについてです。
    「やあ、インドゾウなんてポケモンはきいたことがない。ポケモン図鑑のどこをさがしてもみつからないのだから、あんなポケモンはいるわけがない。いてもらっては困るじゃないか」
    「そうだそうだ、この世界にはポケモンという生き物がちゃんといるんだ。ゾウなんていう古い動物は殺してしまってもいいのではないかね。動物園というのはこのところ、お客さんがあまり入っていないようだし、いっそのこと廃止にしてしまったらどうだろう」
    「そんなこというのは誰だ。ゾウだってきちんと生きているんだぞ。殺してしまうなんてあんまりじゃないか。殺すくらいなら、ポケモントレーナーに頼んでシツケてもらうのはどうだろう。そうしてついでにゾウもポケモンだということにしてしまったらいいんじゃないかな」
    「それにしたってねえ、あんな風に街中を歩きまわって、ビルやら自動車やらこわされたらたまったものじゃない。はやくなんとかしなきゃならんぞ」
    「きみはゾウよりビルや自動車のほうが大事だっていうのかい。ゾウという動物はもうあの一頭しかいないんだ。きちんと檻に閉じこめて飼い殺しておかないと、外国や学者がうるさいったらない」
    「なあに、絶滅といったっておそいかはやいかの違いじゃないか。あのゾウ一頭では子どもをつくることだってできないんだ。そんなことよりわたしの子どもがケガをしたら誰が責任をとるのだろうね」
    「子どもといえば、うちの子どもはポケモンが大好きなのよ。それなのに、昔の生き物を子どもに見せるのはよくないわ」
    「それをいうならぼくもゾウさんというのはあまり好きじゃないねえ。ゾウさんよりキリンさんが脱走しないかしら」
    「キリンなんてとうに絶滅してしまったわ。わたしは昔見たペンギンさんをもういちど見てみたいの。かわいいから」
    「一番つよいのはライオンさんだ」の「めずらしいのはパンダさんだ」のとめちゃくちゃです。なにも決まりません。
     そこへボレロが壁をぶちこわして歩いてきました。
    「イヤここは解散(かいさん)だ!」
     ボレロは議事堂をぺしゃんこにふみつぶして、のっしのっしと歩きつづけました。

    「それにしても、あのゾウはどうして歩きまわっているのでしょうねえ、博士」
     ボレロの上空をテレビ中継のヘリコプターが飛んでいます。ゾウの脱走というめずらしい事件を、みんながテレビでみたがったのです。
    「ゾウいうのは」と生き物博士が解説しています、「えらい耳のええ動物なんじゃ。わしらに聞こえん低周波いう音で、数キロあるいは数十キロ向こうの仲間としゃべることができるいわれとるわ。わしらには想像もつかん理由があって、ああして歩いとるのかもしれんのう」
    「へえ、耳がいいんですねえ。テレビの前のみなさんの多くは、このゾウという動物をみるのが初めてかと思います」
    「ひとことゾウいうてもアフリカゾウとアジアゾウとおってな、かつてはアフリカやアジアに広く生息しとった動物なんじゃ。人間やポケモンよりもずうっと古くからこの地球に暮らしとったようじゃな。ところが森林伐採や環境破壊のせいで、しだいに住むところを奪われてしもたんじゃ。こうして絶滅してしもた動物はほかにもたくさんおる」
    「現代では新種のポケモンが次々と発見されている一方で、古い動物はどんどんと絶滅しているそうですね」
    「そのとおりじゃ。それにくわえて、オスのゾウの生やしとるごっついキバが象牙いうて珍しがられたさかいに、乱獲されたこともあったんじゃ。みたところ、あのゾウはもともとキバの小さいインドゾウいう種類じゃな。うん、そういえば、あのゾウは動物園を逃げ出してから西のほうへずうっと歩きつづけとるようじゃの。もしかしたらあいつは、故郷のインドを目指して歩いとるのかもしれんのう、ほっほ。せやったらほんま目覚しい本能じゃわ。ゾウみたような旧生物もまた、地球いう星が数十億年かけて生みだした生き物なんよ。ひとつひとつが大切にせなあかん命なんじゃ」
     えらい博士がそういうので、ゾウの好きなようにさせてみようということになりました。ですが野放しにしておくことはできません。いままでのことで、どうやらボレロを捕まえるのは大変らしいと分かりましたが、目をはなしていて誰かがケガをしたら大変です。そこで誰かが見張りをすることになりました。
     そこでぼくが、ボレロと一緒に歩くことになったのです。背中に小銃を背負って、ゾウをいつでも撃ち殺せるようにです……

    「やあ、ボレロ」とぼくは話しかけました、「この背中に担いでいる鉄砲がこわいかい。だけどねえ、きみがもし人間に危害を加えようというのなら、ぼくはきみを止めなきゃならないんだ。それはもちろん心苦しいけれど……アアいっそはやく野たれ死んでくれたら楽なのになあ。そうしたら誰のせいでもないんだから」
     ぼくとボレロは距離をとって歩きつづけます。彼女はぼくを警戒しているのか、あまり近づかせてはくれません。彼女の小さな瞳がじっとぼくをみつめます。ゾウはなにもいいません。なにを考えているのか、てんで分かりません。ひたすら西に向かって歩きつづけるばかりです。
     ボレロは何日も飲まず食わずで歩きつづけています。のっしのっしと山をこえ、街をこえ、道路を森を歩きつづけます。
     以前はあれほどテレビを騒がせていて、道行きめずらしがって見物する人たちがいたものですが、このころになるみんな飽きてしまったのかそんな人もあまりないようです。
    「きみはもう世間に忘れられてしまったようだよ。そりゃそうさ、ゾウなんていなくても、ほかにポケモンがたくさんいるんだから。きみのように聞き分けのないやつじゃなくて、ぼくたちに忠実で賢くて、甘えてきたりもするかわいいやつらがね。そうだ、ぼくも一匹飼っているよ。今は家にいるんだ。まったく、こんな仕事ははやく終えて、会いに行きたいなア」
     とはいえ考えてみればボレロもかわいそうなやつです。一人ぼっちで動物園で暮らしていてそれはさびしかったことでしょう。ポケモンと人間は仲良く暮らしているというのに、彼女は一人で檻に閉じ込められていたのです。故郷へ行こうとしているという話だって、まんざらデタラメでもないのかも知れません。もしかしたら自分と同じゾウの仲間に会いたいのではないでしょうか。もっともそれは叶うはずがないのですけれど。
    「なんでもインドゾウというのはもともと人によくなれて、芸をおぼえるので有名だそうじゃないか。もしきみがそうしていたら、動物園で人気者にだってなれただろうにねエ」
     ボレロはなにも答えません。のっしのっしと、ただ歩きつづけるばかりです。
    「やれやれ悟っちまってお嬢さん。経文よこせと天竺へか。さしずめぼくはお供のおサルというところかい」
     ボレロとぼくは歩きつづけました。

     人里はなれると、おそろしい野生のポケモンがおそってくることがあります。ボレロを食べてしまおうと、するどいキバを向けてきます。ゾウは大きな身体をしていますが、凶暴なポケモンが本気でおそいかかってきたらひとたまりもありません。そのたびにぼくは鉄砲を空めがけて撃って、大きな音でおどして追っぱらいます。でも彼女の前に立ちはだかるのは、そういったものばかりではありませんでした。
     あるとき、ゾウを知らない人が話しかけてきました、「こらこら。ポケモンだって交通ルールを守らなきゃいけないじゃないか。そうして大きな身体で道をふさいでしまって、トレーナーはいったい何をしてるんだ」
     困りました。ポケモンならともかくとして、ゾウに交通ルールをいったってしかたありません。
    「こいつはポケモンじゃないので人のいうことをきかないんです。どうか大目にみてくれませんか」このときはしかたなくぼくが叱られました……
     あるときは、「ゾウを街にいれるな」と主張する人がありました。「かえれ、かえれ」の大合唱です。でもまさかそれでボレロが止まるわけはありません。
     街の人々は力をあわせてバリケードを作りましたが、ボレロが大きな足でかんたんにふみつぶしていくのでたいそう怒りました。
     ぼくは、「かわいそうなゾウなので」といってなだめました。
    「かわいそうなのね。きっと仲間がいないので寂しくて気が狂ってしまったんだわ」という人もありました。
     あるところでは、暴走族が道路を占拠していました。
    「ここを通るならおこづかいをくれなくては、へへへ」
     ぼくは怖くっておじけずいてしまいました……遠くから見守るばかりです。
    「あッ、おれの単車!」ボレロは暴走族のバイクをふみつぶしていきました。
     あるところでは、人間の着るような洋服をポケモンに着せて喜んでいる人がありました。「ふふふ、なんてかわいい」
     ボレロはそうした衣装をふみつぶして台無しにしてしまいました。
     とんでもなく怒っていたので、ぼくは動物園に電話して弁償してもらいました。
     あるところでは、「原始グラードンがふんでもこわれない筆箱を買ってもらったんだ、すごいだろ」と自慢する子どもの宝物をふみつぶしてしまいました。ぼくは泣きじゃくる子どもを一所懸命あやします。
    「もう人のものをふんづけてはいけないよ」
     というとさすがにボレロも反省したのか、もうしわけなさそうに小さく、「ぱおん」と鳴きました。
     あるところでは、男がいたいけな女の子を鎖につないで監禁しておりました。
     ぼくはおどろきました。どんなに通報しようかと思いました。
     ところが、「こんなことをしていては」と男は泣いています、「きっとバチがあたってしまうにちがいない。逮捕されてしまう、アアどうしよう」
    「ネエあたしをもっとムチできびしく調教してくれなくては困るわ。そうしたらまるでポケモンと飼い主みたく、あたしたちは親密になれるはずなのよ」と女の子は男にまるでタコみたくへばりついています。
     そこへボレロが歩いてきて、鎖(くさり)をちぎってしまったのです。
     怒った女の子にボレロは鼻のあたりをひっかかれました。ぼくはほっぺたをひっかかれました。
     ボレロとぼくは歩きつづけました。

     あるとき競技場にやってきました。ところがそこでボレロは止められてしまいました。
    「これはポケモンリーグの頂点を決める大事な祭典なのだぞ。そんな変な生き物を連れ込まれては困る」
     そこではポケモンバトル――ようするにポケモンを戦わせるスポーツがおこなわれていたのです。そのための競技場にやってきてしまったのです。
    「ねえ、みなさん」ぼくはいっしょうけんめい交渉しました、「ここはひとつ、このゾウの好きにさせてやってはくれないでしょうか。こいつはどうも、ただ西のほうへ行きたいだけらしいんです。それだけで満足らしいのです。どうかここを通らせてはもらえないものでしょうか」
    「やや、古生物なんかに好き勝手させるな」「天下のポケモンリーグだぞ」「インドゾウなんかに出場資格はないんだ」
     ポケモン好きのポケモントレーナーさんはボレロを許しません。それどころか、ポケモンに命令してボレロを襲わせようとしました。サア大変です。ポケモンのなかにはするどいキバでかみついたり、大きなツメでひっかくやつがあるのです。
     ところがぼくの心配をよそに、ボレロは大きな身体でポケモンたちをみんなはねのけてしまいました。
    「ハハハ」ぼくはついつい笑ってしまいました、「バトルだポケモンだとえばっているくせに、てんでたいしたことないじゃないか。本気になったボレロのほうがよっぽど強いみたいだぞ」
     それをきいてトレーナーさんたちは怒りくるいました。
    「大事なポケモンになんてことをするんだ!」「いいかげんにしろ!」「ゾウを止めろ!」「みんな迷惑しているのに!」「ここで殺してしまえ!」「地獄に落ちろ!」「ゾウなんていらない!」「ゾウを殺せ!」ひどい言いようです。あんまりです。
     それどころではありません、鉄砲をもって追いかけてくるものまでいるではないですか。
     ボレロもこれにはあわてたようです。ながい鼻でぼくの身体をひょいとつまみあげると、自分の背中に乗せました。かと思えば、一目散に逃げだしたのです。ゾウというのはにぶそうな顔をしているくせに、これでなかなか足の速い動物です。
     トレーナーさんたちも息を切らして追いかけてきましたが、ボレロにはぜんぜんかないませんでした。

     とてもこわい思いをしたのに、一方でなんだかスカっとした気分です。
     ゆかいになって、ぼくは歌いました。調子っぱずれに歌いだしました。
    「でもあたし神さまのいいなりにならないわ♪
     あたし世界のいいなりになんてならないの♪
     ファイト♪ ファイト♪」――The Fight Song/Marilyn Manson
     ボレロも歌いました。ぱおんぱおんと歌いだしました。
     ゾウと人間のてんでチグハグな二重唱です。
     ボレロとぼくは歩きつづけました。
     しかしこのときぼくはまだ、ボレロの異変に気づいてはいなかったのです。

     多くのポケモンは人間の主人に忠実です。ボレロにとってみれば、それは人間だって同じようなものでしょう。人間だって誰かと一緒でないと生きられないんですもの。ぼくは思いました。彼女のように、ただみずからの意思でこの過酷な旅路を歩きつづけることのできる動物が、はたしてほかにいるでしょうか。
     ボレロはただ一人ぼっちです。ポケモンは人間ととても仲がいいのに、彼女はこの地球で最後に残ったただ一頭のゾウなのです。それなのに彼女はこれまで何日も何日も、飲まず食わずで歩きつづけています。
     ゾウは長生きだそうです。それでも寿命があります。ゾウはじょうぶです。それでもケガをすれば死んでしまうことだってあります。ゾウは足が速いです。それでも何日も歩きつづけたらいつかは疲れます。ゾウは頭がいいそうです。だから自分がいずれどうなるかきっと分からないはずがありません。
     このごろのボレロの歩く速さは、はじめのころにくらべたらうんとゆっくりになっていました。足をつまづかせて転ぶことも多くなりました。路肩に座りこんで休むことも多くなりました。ずいぶんやせたように思います。おなかがすいているでしょう。のどだってからからでしょう。それは疲れていることでしょう。
     それでもボレロは歩きつづけました。
     ぼくはそんな彼女をみるのがだんだんとつらくなってきました。だからいってきかせました。
    「もうやめてくれボレロ、これ以上歩きつづけたらきっと死んでしまう。たとえきみが故郷にたどりつけたとしても、そこにはもう君の仲間はいないんだ。ぼくはきみが死んでしまうのが悲しいよ」
     ぼくはボレロを殺すためにこうしていっしょに歩いてきました。はじめはいっそ鉄砲で一発みけんを撃ちぬいてやろうかと思ったことさえありました。それでも、こうしてこれまでいっしょに歩いてきたんですよ。いろんなことがありました。邪魔されたり、文句をいわれたり、馬鹿にされたり、ときにはあわれまれたり……そんなことをぼくも彼女といっしょにみていました。それなのに、いいえ、だからかしら、ぼくはいつのまにか、ボレロのことが好きになっていました。
    「ボレロ、かえろう……もう動物園にかえろうよ……」
     だけど彼女は歩きつづけました。ぼくにはボレロを止めることはできません。なんのために歩いているのか、なぜこんなにまでしてがんばりつづけるのか、ほんとうのところは分かりません。道ゆく人はだれもゾウを見向きもしません。だれも彼女を助けてくれるものはありません。それでも彼女は、自分で決めて歩きつづけました。
    「どうしてだれも」ぼくは思わずさけびました。「このかわいそうなゾウを守ってやらないんだ。どうして人間は自分のことしか考えないんだ。ポケモンばかりにかかずらって、そんなにポケモンがかわいいか! ボレロを殺すな! ゾウを殺すな!」
     そしてついに、ボレロは倒れたのです。

     ゾウという動物を知っていますか?
     身体が大きくて、鼻の長い動物です。
     アフリカのサバンナや、アジアのジャングルに暮らしていました。
     人によくなついていろいろな芸をおぼえるので、むかしは動物園やサーカスの人気者でした。
     とても頭のいい、心のやさしい動物でした。
     この世界にポケモンがあらわれるようになったのと同じころ、旧生物はこの地球上からいなくなりました。
     ゾウという動物もまた、滅んでしまったのです。
     もうどこにも、ゾウをおぼえているものはありません。

     しかし、ボレロは倒れませんでした。
     それというのも、どこからともなく一頭のドンファンが現れて、彼女の身体を支えているのです。
     ドンファン――というのは、ゾウとよく似た、でもゾウではないポケモンです。
     息も絶えだえでいまにも倒れようとしていたボレロが、ポケモンの助けを借りてもう一度立ち上がったのです。
    「こいつ勝手にこっちのほうへ歩きだしたんだ」トレーナーらしき人がやってきていいました。きっとこのドンファンの飼い主なのでしょう、「だけどこいつがぼくのいうことをきかないなんてはじめてだし、好きにさせてみようかと思うんだ」
     あぜんとしました。信じられない思いです。
     ぼくは鉄砲をかついでいます。それはぼくが猟師だからです。ずっとまえ動物園にたのまれて、ボレロのお婿(むこ)さんを探しにアジアの森へ行ったことがあります。ですが王子さまは見つかりませんでした。野生のゾウはやっぱりずうっと昔に滅んでしまっていたのです。そして、ゾウのいなくなった森に暮らしていたのが、ゾウに似ているけれどもゾウではないポケモン――ドンファンだったのです。
     大昔、オーストラリアにはフクロオオカミという動物がいたそうです。カンガルーやコアラの仲間――おなかに子どもを抱くためのポケットがあるので有袋類といいます――で、オオカミによく似た、でもオオカミではない動物です。昔といっても、数万年も昔のことだそうです。彼らはそのころオーストラリアへ移り住んできたディンゴという動物――オオカミの一種――と生態的地位(ニッチ)を争って、敗れました。どちらも野生の動物を狩って暮らす肉食動物です。彼らはべつにケンカをしたわけではないでしょう。でも、ひとつのパンを二人で仲良く分けたとして、どちらもおなかいっぱいにはなりません。そういうときに野生では早い者勝ちです。このときパンを食べることのできなかったフクロオオカミは、オーストラリアからいなくなってしまいました。環境破壊や捕獲圧がなくても、動物というのは生態的地位(ニッチ)を奪われることで絶滅してしまうものなのです。
     ゾウが絶滅してしまった理由はいろいろにいわれています。ほんとうのところは分かりません。たしかに環境破壊はありました――それはひどいものでした。ゾウのような身体の大きな動物は捕獲圧に弱いという話もあります――子どもをたくさんつくれないのです。
     それなら、なぜゾウのような古い動物が地球上から姿を消していく一方で、次々と新しい種類のポケモンが発見されているのでしょうか。なぜゾウのいなくなった森に、ゾウとよく似たドンファンが暮らしているのでしょうか。もしかしてゾウとドンファンは、生態的地位(ニッチ)を奪いあう競争相手……いいえ、それどころか、ドンファンはゾウを、ポケモンは旧生物を滅ぼした……それなのに……
    「たいへんなことになるかもしれない……」ぼくはつぶやきました。なぜだかそんな風に思えたのです。
     ドンファンとボレロはお互いをしっかりと支えあいながら、ゆっくりと歩きだしました。

     はるかな水平線が見えます。よせてはかえす波に足がぬれます。カモメ――ではなくて、カモメによく似たポケモンが飛んでいます。
    「きもちいいねえ、ボレロ」
     ボレロはとうとう、海までやってきてしまいました。それはこの国のさいはてです。
    「海をみるのはじめてだろう。これは川とちがって、わたることはできないんだ……きみはよくがんばったけれど、ここまでみたいだ」
     ボレロとぼくらは立ちすくむしかありません。
     そこへ、「やあ、大きいなア」と船長さんが話しかけてきました。「でもみろよ、おれの船。大きくていい船だろう。……のっていけよ」
     ボレロは甲板をふみ抜いてしまいましたが、船長さんは笑って許してくれるのでした。

     あるところに戦争をしている国がありました。何十年も、ひどい戦争をつづけていました。
     北の国と南の国の兵隊さんたちが、相手を鉄砲をかまえてにらみあっています。みんなおなかがすいて、疲れきっているようでした。ほんとうは兵隊さんだって、はやく家に帰って家族に会いたいのです。それでも命令ですから、こうして鉄砲をかまえていなくてはいけないのです。
     そこへボレロがやってきて、二つの軍隊の間をのっしのっしと歩きます。
    「あれはなんだ」「あんなポケモンはみたことがない」「だいじな国境線をふんづけているぞ」「機関銃がこわくないのか」「まったくふざけている」「そそのかすならかんべんならんぞ」兵隊さんが口々にいいます。おどしで何発か撃ってくるものまでありました。
     ですがボレロはなにもいいません。ただ前を向いて、のっしのっしと力強く歩きつづけます。
     そのうちに、キャタピラの音をひびかせて追ってくるものがありました。なんと戦車です。
    「なぜだか分からないけれど」戦車から顔を出して兵隊さんがいいました、「なんだかそいつをみていたら、こうしてみたくなったんだ。戦車っていうのは壊れながら走るものだから、どこまでついていけるか分からないけれど。いけるところまでさ」
     キャタキャタピラピラ、ボレロとぼくたちは歩きつづけました。

     森の奥深くに未開人の村がありました。大昔からの生活を今でも続けているのだそうです。古くから伝わる伝統的な家がならんでいます。その家のなかでは村長さんが村人を集めて話をしていました。
    「明日には撮影隊がやってくるそうだからね。みんな朝から伝統衣装に着がえておくんだ。まちがっても街で買ってきたオシャレな洋服を着てはいけないよ。それから、携帯電話は電源を切って隠しておくんだ。わたしたちは持っていないことになっているんだからね。アア腕時計もだめだ。それでお金がかせげるんだから、みんなひとつよろしくたのむよ」
     間のわるいことに、そこへ取材クルーが一日早くやってきてしまったのです。ディレクターさんがつぶやきました。「アレレ、ここはいつのまに文明開化しちゃったのかしら」取材の予定がだいなしです。ディレクターさんが出直そうかしらと思ったそのときです。
     木々をなぎたおしながらボレロが歩いてきました。伝統的な家をばらばらにふみつぶしました。
    「おい撮影部!」ディレクターさんがさけびました。「カメラをまわせ! いつかのゾウがこんなところまできている」
     こうしてボレロはひさしぶりにテレビに映りました。
     村人たちもゾウを携帯電話の写メで撮りました。
    「撮影予定は変更だ。テープのある限りあのゾウを撮るぞ」ディレクターさんがいいました。
     ボレロとぼくらは歩きつづけました。

     あるとき、旅人が近づいてきてこんなことをいいました。「テレビをみてやってきたんだ。このあたりを歩いているらしいって。でもいいか、おれはうんと怒ってるんだからな。このゾウに愛車をつぶされたんだから、弁償してもらうまではかえれねえ」よくみれば、いつかの暴走族のお兄さんではありませんか……「とりあえず水と食いものを持ってきたから、食べさせてやってくれ」
     暴走族のお兄さんは、ポケモンに食べ物をどっさり背負わせていました。お兄さんは、それをぜんぶボレロにくれるというのです。
     ボレロとぼくたちは歩きつづけました。

     あるところでは、人間をポケモンのように売り買いしていました。
     その国では荒れはてた土地が広がっているので、野生のポケモンがいませんでした。そのため人間をポケモンの代わりにしているのです。
     人間は動物図鑑にはのっていません。とても利口で手先の器用な、ふしぎな生き物です。化石人類をみんなほろぼしてこの地球に繁栄した生き物です。人はそれをペットにしたり、仕事の相棒にしたり、戦わせたりしています。
     ボレロはそんな人たちのつながれている鎖をみんなちぎっていきました。
     だけどだれも困りません。お金持ちの人がくやしい思いをするくらいでした。なぜなら、そんなことをしなくても人間は助けあって暮らしていくことができるからです。
     ボレロとぼくたちは歩きつづけました。

     あるところに、とても古い遺跡がありました。
     二千年もむかしにつくられた、ポケモンをかたどった石像だそうです。ところがあるとき、それをテロリストがいやがらせで壊してしまいました。それはテレビのニュースになりました。大きなポケモン像がくずれていくのをぼくもテレビでみたことがあります。どうしてこんなことをする人があるだろうと思いました。世界中が怒りました。なぜならポケモン像は人類の大切な宝物だったからです。ですがこのとき、ポケモン像の足元で飢え死にしそうになっているたくさんの人たちのことを、だれも知りませんでした。二千年のポケモン像はその人たちを助けてあげることができなかったのです。
     ボレロがやってきたとき、そこではいろんな国の人たちが、石ころをいっしょうけんめい拾い集めて、なんとかしてポケモン像をなおそうとがんばっているところでした。
     けれど、その足元でおなかがすいて死にそうな人たちのことを、だれも見向きはしません。
     ボレロはここまで長い距離をひたすら歩いてきました。飲まず食わずで何日も歩いてきました。だから、きっと食べ物などいらなかったのかも知れません。それとも、彼女は頭がいいので、みんながおなかをすかせていることが分かったのかもしれません。彼女は暴走族のお兄さんからもらったたくさんの食べ物を、おなかのすいた人たちにみんな分けてしまいました。たくさんの人が助かりました。みんなそれはそれは喜びました。
     その様子がテレビのニュースになりました。このとき世界中の人たちははじめて、おなかのすいた人たちのいたことを知りました。ポケモン像をなおそうとがんばっていた人たちはたいへん恥をかきました。
     そしてボレロは、やっとなおりかけたポケモン像をこっぱみじんにふみつぶしていきました。彼女にとってみれば、それは宝物でもなんでもなかったのです。
     ボレロとぼくたちは歩きつづけました。

     気づけば、どの街へいってもボレロを応援する人でいっぱいでした。ポケモンさえ彼女を応援しました。もうゾウは一人ぼちではありません。たくさんの人が、ポケモンが、ボレロをささえて一緒に歩きます。
     彼女の気高さを、いまでは世界中の人が知っています。「故郷に帰ろうとしているらしい」「死んだ仲間に会いたがってるらしい」「なんて健気な生き物だ」「失われた太古の美しさよ」「インド人もびっくりだ」くちぐちにそんなことをいいだしました。
     たくさんの人がゾウに水や食べ物を差し出してくれました。みんな、ボレロに死んでほしくないのです。だけど彼女はもうなにも口にすることはありません。食べ物をみんなほかの人へやってしまって、自分はやせ衰えていくばかりです。目はおちくぼんで、皮膚がしわしわに伸びてしまって、身体はうすっぺらになりました。どうして歩けるのか分かりません。もういつ死んでもしまうか分かりません。それなのに彼女の歩みはさらに力強くなっていきます。すべてをなぎ倒しながら、ふみつぶしながら、なおもほこり高く、雄大なゾウの姿です。
     それをみて、みんなふしぎと涙が止まりませんでした。「がんばれ、がんばれ」と声をかけました。たくさんの人が勇気づけられました。「死んじゃだめ、ゾウさん死なないで」そう願わずにはいられませんでした。
     ぼくは思いました、ほんとうはみんなゾウを忘れていただけなのです。ほんとうはなつかしくてたまらなかったのです。だから、動物園の飼育員さんも、獣医さんも、お巡りさんも、それからポケモントレーナーだって、兵隊さんだって、最後のゾウを殺すことなんてできませんでした。だってゾウと人間は、この星でこれまで何百万年、何十億年も一緒に暮らしてきた仲間なんですから。
     ポケモンだっておなじです。旧生物に擬態(ぎたい)をして、生態系の地位をうばいこそしたって、旧生物がいなければポケモンは生まれなかったのです。ゾウはポケモンに命のバトンをわたしてくれたのです。彼らはそのことをよく知っているに違いないのです。
     でも彼女はきっとそんなこと考えちゃいません、きっと知ったこっちゃありません。ちいさな瞳ははるか向こうをみつめつづけています。ひたすたのっしのっしと歩きつづけるのです。だれも彼女を止めることなんてできません。すべてをふみつぶして、力強く歩きつづけます
     ぼくはそんなボレロが好きです。ほんとうに大好きです。死んでほしくありません。それでも、やせ細った彼女をささえながら、それでもぼくはさけびました! 力のかぎり、さけびました!
    「ボレロ、すすめ!」

     ゾウという動物を知っていますか?
     彼女はこの地球で最後のゾウでした。
     名前はボレロといいました。


      [No.3516] Re: 命の選別 投稿者:   《URL》   投稿日:2014/11/24(Mon) 22:34:57     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ゲームソフトをきっかけにドラマが展開するのがいいですね。
    こういう等身大の少年少女の話って好きです。


      [No.3515] 記憶の中の君 投稿者:きとら   投稿日:2014/11/23(Sun) 23:38:57     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ダイハル】 【スマホは打ちにくい

     人参のグラッセと茹でたじゃがいも、ハンバーグが並んだ皿に、上からソースをかけた。美味しそうな香りとともに夕食が始まる。
    「美味しいね」
     味もそうだが、恋人と二人で作ったのだ。楽しいし美味しくないわけがない。調理の肯定全てが共同作業で、たくさん話したのにまだ話し足りない。会っていない期間のことはたくさん話したい。
     この家の主、ダイゴがチャンピオンをやめてから今まで、順調とは無縁だった。けれどいつもダイゴの味方でいてくれたハルカと恋人として付き合うようになるのはそう遅くはなかった。
     今もダイゴが何処か泊りがけで行く時もついて行く時もあればとどまる時もある。そしてさみしいと一日一回以上は必ず連絡する。
     この話だけでも外から見たら愛しあってる恋人にしか見えない。けれど二人をつなぐのはそんな表面的なことだけでない。
     ダイゴの最大の味方で、ハルカの憧れで敬意に溢れる先輩。何より信頼している人だ。地道に小さな信頼を重ねてきた。お互いに離す理由がない。
     ちょっと人参が硬めだったね、こっちはちょうどいいね、ムラがあるのはなんでだろう。そんなたわいもない会話でも二人はとても幸せそうにしていた。
     夕食が終われば食器を洗って、テーブルを片付けて。ふかふかのベッドに座ってテレビを見ながら交代で風呂へ。湯上りのダイゴの髪はストレートでその時はすごく綺麗だなと思っていた。でも少し目を離すとすぐにいつも見てる髪型になる理由は長く一緒にいても分からない。
     夜も更け、ベッドライトの明かりを頼りに布団に入る。ダイゴの匂いがするとハルカはいつも嬉しそうだ。
    「あ、そういえばハルカちゃん」
    「なんですか?」
    「あのね、来週にデボンの調査でシンオウの洞窟に行くんだ」
    「気をつけていってきてくださいね」
    「うん。何でも地質が特殊で鍾乳洞があるかもしれないって。地底湖の調査もあってね」
    「私はダイゴさんが無事に帰ってくればそれでいいですよ」
     ベッドライトを消した。真っ暗な部屋で、波の音だけが聞こえる。静かな空間に、もう少しだけ近づきたくて、存在を確かめたくて抱きしめた。
    「離れないでね。ハルカちゃん」
     手を握る。ハルカはダイゴの大きな手を握り返した。


     ダイゴがいない間、家が荒れても困ると、ハルカは掃除に来る。とはいっても荷物なんてほとんどなく、すぐに終わる。
     掃除を終えて玄関に鍵をかけた。今頃、家主は山のどのあたりまでいけたのだろうか。下山すると言われてる日までが待ち遠しい。洞窟になれば通信も出来ない。遠く、ダイゴがいるであろう土地の天気を眺めて、いい陽気であることに何と無く安心する。この晴天が続いてるんだと。


     電話が鳴る。珍しく、現チャンピオンのミクリからだ。用事があるときはいつもダイゴから経由するので、久しく話していない。電波が通じなくてかけてきたのだろう。ハルカは電話に出た。
    「ハルカちゃん? 久しぶり」
    「お久しぶりです」
    「落ち着いてきいてほしい。ダイゴが山で事故にあって地元の病院に搬送された。意識がなくて、できる限りの知り合いに連絡してるんだ」
     そこまでしか聞こえなかった。ハルカはすでにボールを投げていた。ボーマンダが呼んだか?という感じで出てきた。何も言わずハルカはシンオウの方へ向けた。

     長い距離を飛んで、ボーマンダはバテバテだ。言われたところに向かう。けが人はたくさんいるらしく、廊下は混んでいた。ダイゴの居場所を聞いて、エレベーターに乗った。
     何もないように。何もありませんように。いつものようにまた……

    「しばらくは無茶できないな。これを期に休養したらどう?」
    「あぁ、ミクリの言うとおり……うん……ちょっと無理かな……身体中が痛いよ。」
     救助された時は全く意識がなかった。病院で治療を受け、しばらくした後にダイゴは全身の痛みで気づいた。そこで入ってきたのは心配そうに覗く親友の顔。
     今では少しくらいなら笑えるが、ミクリに日時や名前を尋ねられた時はなんでそんなことをと思った。それほどひどかったのだと、ミクリから聞かせられる。
    「僕が一番ひどいけがってのは……ある意味心配ないね」
    「まずは自分の心配をするべきだ。ダイゴのお父さんには連絡したからそのうち来ると思う」
    「なんでオヤジよりミクリの方に先に連絡いくんだろう」
    「持ち物の緊急連絡先にわたしの名前と番号がかいてあったそうだ」
    「そういえば、ミクリの番号かいてた気がする」
    「わたしはダイゴの保護者ではないはずだが……」
     入り口の方に気配がした。小さな声で失礼しますとハルカが入ってきた。
    「やぁ、ハルカちゃん」
    「ミクリさ……ダイゴさん!!」
     ダイゴをみて不安が吹き飛んだようだった。ところどころ怪我をしていて痛々しい様子だが、意識がないと聞かされていたから、安心に変わった。
    「ミクリ……」
    「ダイゴさん心配したんですよぉ! 生きててよかった……」
     泣きそうなハルカをダイゴはじっと見ていた。ミクリは席を外すかと腰を浮かした。
    「ミクリ……この子、誰?」
     空気が固まる。ミクリもハルカも言葉が出てこない。
    「ダイゴ、ふざけるのも大概にしてくれ。不謹慎だ」
    「なんで怒ってるの?」
     ダイゴは不思議そうにミクリを見た。
    「……本当にわからないのか? ダイゴの恋人のハルカちゃん」
    「恋人……? 僕に恋人なんていないよ?」


     日付も分かる。フルネームも言える。住所だって電話番号だって年齢だって言える。野菜の名前は10個以上言える。引き算だって速い。
    「なにいってるのさ。僕はわかるよ」
     ベッドに臥せったままダイゴはミクリに抗議した。その目は完全にミクリしか認識していない。ミクリの後ろにいるハルカを全くの他人のように扱っていた。
     ミクリはそのまま次の質問に入る。行きつけの飲み屋、ダイゴの仕事、ミクリの仕事のこと。ダイゴはこたえた。
    「僕は今、デボンの研究室で地質調査の仕事していて、ミクリはチャンピオンやってるよね?」
    「そうか、そこまで覚えてるならもうわかるな? ダイゴ、おまえはどうやってチャンピオンやめた?」
    「えっ、誰かに負けて、それから色々知らないことたくさんあるって……」
    「その誰かがハルカちゃん。おまえとハルカちゃんはポケモンリーグで戦ったよ」
     驚いた顔をしてハルカをみた。戦ったことは覚えてるのに、そういえばその相手の名前も顔も思い出せない。
    「……では、ダイゴのポケモンの名前は?」
     ポケモンのことはさらさらと言えた。今回の事故でポケモンたちがいなければもっと惨事になったことや、ポケモンたちも無事に回復してボールに戻っていること。
    「家にアーケオスをおいてきたけど、無事なのかなぁ」
    「そのアーケオスの世話もハルカちゃんがやってくれてたんだ」
     ダイゴの話はハルカのことだけ、全く存在してなかったかのようにいなかった。
    「ハルカちゃん……だっけ? ごめん君のことは何も分からない。アーケオスの世話をありがとう……それと君はいつか……」
     いたたまれなくてハルカは部屋を出た。そこにいるのは紛れもなくダイゴなのに、可愛がってくれたダイゴではなかった。
     それにハルカを見て怯えたような目をしていた。後でミクリからあの子の目が怖い、あの子に負ける気がすると言ったと聞かされた。
    「ダイゴさんが私に負けたのはもうずっと前のことじゃないですか」
     自動販売機でサイコソーダのボタンを押した。コロコロと出てきたサイコソーダは、初めて二人でデートという名目で出かけた時に、ミナモのベンチで座りながら飲んだ。
     栓を開けたら、機械の中で揺られたのか炭酸が溢れ出てきた。ハルカの手を濡らし、床にぼたぼたと炭酸まじりのソーダが落ちた。あの時も、ハルカのだけサイコソーダが溢れてて、それを笑いながらダイゴがハンカチを渡してくれた。
     掃除の人が大丈夫かと声をかけてくれた。すみません、とハルカはその場から離れ、ベンチに座った。
     そんなこともダイゴは覚えていてくれない。ハルカの存在も、思い出も全て消してしまった。認めたくなかったけれど、これが現実だった。認めることなんてできない。涙も声も止めることなく、サイコソーダを口に入れた。

     ハルカが出ていってから、ミクリも少しして職員から追い出されてしまった。どこに行ったかわからないし、この崩落事故でマスコミが病院に押しかけてないとは限らない。
     ダイゴと一緒だった人たちは軽傷だった。あの規模の崩落でよくも生きていたものだ。初めてのところではなかったのと、通報が速かったのが原因だろうか。
     ロビーのテレビで事故のニュースをやっている。いまはどこもこのニュースばかりだろう。ダイゴの親とすれ違いにならないように、帰るのはもう少し後にしようとミクリは雑誌を手に取った。シンオウの旅行雑誌に今回の山と地底湖があるということも写真に載っていた。なるほどこれだけの美しい水を湛えた地底湖は観光も人気がありそうだ。奥まで見れないが、手前だけでも見る価値はある。
    「ミクリ君」
     声をかけられてミクリは雑誌を置いた。ダイゴの父親だ。ダイゴ自身は無事だと伝えると、ほっとしたような顔になった。
    「ただ……本人は元気ですけど……」
    「というと?」
    「いえ、ダイゴの病室はこちらです」
     これは二人の問題だ。ミクリは口を閉じた。処置が終わっていたらしく、病室にはダイゴしかいなかった。そして父親を見るなり、ダイゴの顔つきが変わる。
    「オヤジ!?」
    「元気そうじゃないか」
    「僕は元気だよ。それよりみんなの保証とか」
    「それは手配する」
     こんな時でも自分の心配より一緒にいた人の心配をしていた。今度のことはデボン社指導だったこともあり、見舞金は出すことを聞かされてダイゴは安心したようだった。
     家族も来たことだ、もう居座る必要はないだろう。ミクリは席を立つ。父親に礼を言われ、また後日に礼をするとダイゴも床から声をかける。
    「ところで、いつもならすぐ飛んできそうな彼女はどうした」
     ミクリが出て行くと同時に話しかけられ、ダイゴは咄嗟に反応できなかった。
    「えっ」
    「散々ごねたあの彼女だよ。どうした。心配かけたくなくて連絡してないのか」
    「ミクリと同じことを言ってる……」
     恋人がいる。けれどそれが誰だか分からない。名前も顔も、どんな人だったさえ思い出せない。なのにまわりの人は皆知っている。その感覚が気持ち悪い。

     シンオウからホウエンへ戻ったのはあれから少し経った後だった。まだ軽く痛みがあるが、事故当日よりはマシだ。
    「あの子が……そうなのか……?」
     自分のポケナビの記録を見て、確かにハルカと待ち合わせたり、遊んだりしているような連絡をとっている。これは恋人と言った関係でもおかしくない。なのにその始まりはいつだったか、誰に聞いても思い当たる節はない。
     しばらく静養する。ダイゴはトクサネの自宅に戻った。見慣れないものが置いてある。これがもしかして彼女のもので、遊びにくるからとっておいたのかもしれない。
     それぞれをじっと見るが、なにも浮かぶことはない。他にも探してみようと部屋を探ると、自分だったら来客が来て困らないようにとっておくだろうなという品があちこちにある。
    「僕に、本当に恋人がいたのか……」
     現実に証拠を突きつけられて、納得するしかなかった。記憶は全くないのに。


     ハルカから遊びに行きたいと連絡があったのは数日も空かなかった。用事もないし、ダイゴは迎えることにした。
     扉を開けてハルカを迎えた時、その幼さに驚いた。もしこの子が恋人だとして、こんな年下の子が?と自分が信じられない。
    「……ハルカちゃんは……何才なのかな?」
    「17ですけど……本当に、わかりませんか?」
     同じダイゴのはずなのに、全く知らない人に話しかけてる気分だ。ダイゴはハルカから目をそらしてごめんね、と言うだけだった。
    「ミクリもオヤジも同じことを言ってた。すると僕が君を忘れてしまったことになるね」
    「……あの、これ少し前のメールとかです」
     二人でやりとりしていたものを見せる。ダイゴはハルカから端末を受け取ると、不思議そうに見ていた。自分のポケナビと文面が同じだったからだ。
    「そう、なんだ……」
    「ダイゴさんは……あさりの味噌汁好きでしたよね……」
    「あっ、うん……そうだよ」
     沈黙が通り過ぎた。好きなものも変わらないのに。
     物を投げつけてなぜ覚えていないんだと叫びたかった。でもダイゴがハルカを見る目がいつも悲しそうで、ダイゴも辛いのだとわかった。頭でわかってても感情はついてこない。裏切られたようだった。
    「ダイゴさん、今度遊びに行きたいです」
    「いいよ。どこに行きたいの?」
    「一番最初に行った遊園地」
    「ごめん。そこはどこ?いつ頃行ったのかな?」
     なにも自分が一番傷つく方法を取ることはないのに。過去のことは覚えてないのだから。それを確かめなくたって、事実なのに。
     少しでも思い出してくれないかなと期待したのはハルカの勝手だ。その話をしたらそれをきっかけに話せると思ったのもハルカの勝手だ。
     ダイゴだって困っている。苦しんでいる。でも苦しくて困っているのはハルカも同じだ。
    「……ダイゴさん、お化け屋敷はなにも怖くないって言って何も動じませんでしたよね。それなのにジェットコースターですごい震えてましたよね。ポップコーンだって野生のキャモメに取られたし、ボールホルダーが切れちゃって代わりの買ってくれたじゃないですか!」
     最後は言葉にならず、涙と絶叫でほとんど聞き取れなかった。ハルカの背中を優しくさすり、ダイゴはごめんね言った。
    「ダイゴさんのバカ!」
     ダイゴの手を振り払った。過ごした日のことは、ダイゴの中にない。いっそ全て忘れていたならまだよかったのに。どうして自分だけがこんな目に合うのか。いままでこんなことをされる仕打ちをした覚えはない。
     ダイゴは困っていた。もし逆の立場であったら絶望しかしない。けれどハルカのことは、本当に何も覚えていない。遊園地に遊びに行ったことなんてないはずだし、こんな年下の子と遊びにいくことが信じられなかった。


     大丈夫かい?
     そんなメッセージがハルカに届いた。ミクリからだった。ダイゴと会ってから元気でなくて食事もあまり進まなかった。それをセンリから聞いたようだった。返信するのも億劫だったが、一言大丈夫ですと返した。するとすぐにルネに来ないかという誘いが来た。ルネシティでの祭りがあるのだそうだ。人のいるところは気が進まない。どうしようか考えていると、ダイゴは来ないよとメッセージが入った。
     気を使われている。ミクリは昔から気を使ってくれた。ダイゴと付き合うことを言った時、本当に親しい人にしか言わなかったのに皆嫌そうな顔をした。何を考えているんだとか、財産狙いとか、心ない言葉もたくさん言われた。でもミクリはダイゴに一番近かったのに、よかったじゃないかと言っただけだった。そしてダイゴが人に興味持つのはすごく珍しいからね、大切にしてもらいなよと。今ならその意味も分かる。それとどれだけミクリに心配されていたのか。
     行きますと打って、ハルカは体を起こした。ルネシティに行こう。ルネシティにいるミクリに会いに。

     今日はチャンピオンは休業、とばかりに帰ってきたミクリはすでに人に囲まれていた。老若男女問わずモテる。ダイゴとはまた違うモテ方ではあるけど、ミクリの恋人は大変そうだ。
     ハルカを親友の恋人なんだとみんなに紹介し、ルネの美味しいもの食べさせてあげてと人の輪の中に入れてくれた。ルネの人たちは本物だとか本当に付き合ってるんだとか、テレビの向こうの人と話すように接してきた。おかげでルネの美味しい魚や貝をたくさん食べることができた。
     ダイゴにルネでお祭りがあるよと誘われ、ミクリにも挨拶程度に遊びまわったことがあった。その時と同じ味がした。


     少しだけ元気になれたが、ダイゴに会う勇気はなかった。ダイゴは今、何をしているのかさっぱりわからない。ハルカがいなくても成り立つ生活なのだから。
     ポケナビが鳴る。ダイゴからだった。着信が続く。とっていいものかと震える手で通話を押した。
    「ハルカちゃん?」
    「えと、はい」
    「あー、よかった! 今度の休みでミナモデパートに買い物行くんだけど、ハルカちゃん一緒に来てくれないかな?」
     いきなりどうしたのだろう。ハルカはしばらく考えて行くと答えた。

     当日になって約束のところに行くと、ダイゴはすでに待っていた。待ちきれないといった様子で、ハルカをみて大きく手を振った。
    「じゃあ行こう」
     ダイゴはそっとハルカの手を握った。それはとてもぎこちなく、ダイゴなりに申し訳ないと思っているみたいだった。でもそんな無理をしてほしいわけではない。
    「ダイゴさん、無理しなくていいんですよ」
     ダイゴにはいろんなものを見せた。もらったもの、あげたもの。どれもハルカに結びつくことはない。その努力は実らぬまま、時間だけが過ぎた。
     もう無理なのかもしれない。ダイゴは変わらないけれど、ダイゴではないのだから。その笑顔も、いままでのダイゴと同じではないのだ。


     事故のことは関わった人以外、ほとんど忘れ去られていた。
    「何か知らないか?」
     ミクリは唐突にダイゴから聞かれた。話があると呼び出され、着席した瞬間に。
    「あの子の何か、僕にとってハルカちゃんは本当に恋人だったのか。他の人はみんな知ってるのに、僕だけがわからない、気持ち悪い」
     ダイゴは焦っているようだった。視線が落ち着かず、ミクリに助けを求めていた。そこまでずっと一緒にいたわけじゃないから、ミクリも返答に困る。
    「早くしないと、ハルカちゃんに見放される。怖い。ハルカちゃんが僕を見放す時が怖いんだ」
    「……ダイゴ、自分で相談に答えているぞ。結局、ハルカちゃんのこと全て忘れてしまったとしても、お前はハルカちゃんのことが好きなのは変わりないじゃないか」
     ダイゴは意外そうな顔をした。こんな焦りが答えだと言うのか。
     どうして焦っているのか、その答えを知りたかった。全く記憶にない相手に見捨てられる不安はどこから来るのかわからない。なぜ来るのか。記憶がないなら、存在しないと同じなのに。存在しない相手に見捨てられても気にならないはずだ。
     必死でポケナビの記録を見て、アルバムを見て、通信記録を眺めて。分かったことを書き留めて、事実をながめては記憶と一致しないことにため息ついて。なぜ彼女のためにそこまで焦っているのか。
     この記憶が戻らないのならば、彼女を自分に縛り付けておく方が不幸になるだけなのではないのか。
     その二つが矛盾している。どうしたいのだ。でも誰も答えてくれない。それもそのはず、ダイゴは自分で方向を決めていた。


     付き合い始めは反対された。年齢が理由だったり、立場が理由だったり、それぞれの思いだったり。元チャンピオンの二人は目立ちすぎた。いつの間にか世間に知られ、二人の悪評はさらに加速した。
     それでもダイゴはハルカを選んだ。ハルカはダイゴの味方で有り続けた。付き合い始めに恋愛感情があったかどうか分からない。でも関係を続けてきて、大切な人になったのだ。その人が突然、忘れてしまうなど受け入れられることではない。
     ダイゴが思い出せなくても、ダイゴは生きていける。これ以上、一緒にいて傷つく必要はない。ダイゴとの思い出は思い出なのだ。


     ミナモシティに誘われた。その連絡が来た時、ハルカはダイゴに言うことを決めていた。
     遅く待ち合わせして、ダイゴはデパートへ行こうと言った。そこからミナモシティの夜景が綺麗に見える。ダイゴは覚えてないかもしれないが、初めて2人で来た時にハルカがその夜景に感動してはしゃいでいた。ここが終わりの場所になる。
     歩いてる間、ダイゴは黙っていた。その沈黙を埋めようともせず、ハルカも黙っていた。
     夜景の見えるレストランの席につき、簡単に注文する。いざダイゴに切り出そうにも言いづらい。
    「ハルカちゃん、すごく聞いてほしい」
     先に言われてしまった。ハルカは言葉を飲み込み、ダイゴを見た。
    「この半年、僕なりに努力してきたけれど、やはり君のことはわからない。どこで出会ったのかも、どうやって過ごしてきたのか思い出せない。だから以前のようには付き合えないけど、ハルカちゃんは怪我した僕を支えてくれた人で……これは僕のわがままだ。僕の恋人になってほしい」
    「ダイゴさん……本当、何一つ変わってないんですね。覚えてないって本当なんですか? 以前、付き合い始めた時と同じこと言ってますよ」
     言いたかったことは全て吹き飛んでしまった。同じ人から同じ言葉で口説かれ、それが今のダイゴが切り出す確率から考えて嬉しくないわけがない。
    「あの時だって、ダイゴさんは……」
     僕たち、恋人にならない?
     なんでって、その方が楽しいし、それにハルカちゃんを他の人に取られたくないなぁって。
     もちろん、ハルカちゃんがよければだけど。
     ハルカちゃんと一緒にいて、とても心強い味方だって感じたんだよ。
     うん、そう。ハルカちゃんがいてくれたら僕が嬉しい。友達より、恋人でいてほしいんだ。
    「そうか。僕はその時もハルカちゃんを泣かしてたのかな。進歩がないね」
    「ダイゴさんが、そんなこと言ってくれると思ってなくて、もうだめかもって、もう別れようって思ってて……」
     え?なんで?
     ダイゴさんってそんな態度一ミリもしなかったのに。
     でも突然どうしたんですか?
     私もダイゴさんが一緒にいてくれると心強いです。でもなんていうか、私でいいんですか?
    「以前のように付き合えないと思う。僕が知ってるハルカちゃんは怪我で動けなくて、僕が覚えてなくても一生懸命ささえてくれたハルカちゃんしかいない。このまま一生思い出さないかもしれない。それでも僕はハルカちゃんといるとすごく心強いんだ」
     好き、かなぁ?
     恋人になってって言っといて失礼だけと好きとは違うな。
     頑張ってるハルカちゃんと一緒にいれたらなぁって。
     あっ、これが好きっていうのかな?
     ごめんね、よくわからないや
    「私もダイゴさんと離れたくないです。何でもできて優しくて、前に恋人にってって言われて嬉しくないなんて思えない。昔のことなんて覚えてなくてもいい!私と一緒にいてください!私の恋人でいてください!」
     私はダイゴさんのこと好きです。でもダイゴさんは好きじゃないんですか?
     でもそれが好きってことじゃないんですか?そうじゃなかったら、私はダイゴさんのことなんて思えばいいんでしょう?
     尊敬、ですかね?
    「うん。もう一回、付き合ってください。僕はハルカちゃんが大切です」


     記憶に拘っていたのはどちらもそうだった。過去が作り上げた関係を忘れてしまったことで、そうさせてしまった。
     泣きながらもう一度ダイゴの告白を受けてから半年。あの事故から一年経つ。
     それでもダイゴはハルカと初めて会ったのは病室であるし、チャンピオンルームで戦ったことを思い出せない。2人の記憶は食い違っているけれど、半年に築いた関係の方が大切だ。
     今も夕食を一緒に作って一緒のテーブルについて一緒に片付ける。全く何も変わらない。ハルカが可愛らしく甘えてきて、ダイゴが頭を撫でて。気が済むまでダイゴに抱きつき、彼の持つ匂いを感じた。
     そのままでもよかったが、ニュースの時間だ。ダイゴはテレビをつけた。音声に反応してハルカもそっちを見た。
    「あっ、ここ……」
     事故があってから一年。テレビでも特集を組んでいた。映像は事故当時のものもあったが、今の映像は元通りだった。地底湖の形が変わってしまったことくらいで、今でも透き通った水が深い湖底まで見せていた。
    「この地底湖には、神様が住んでいて、炭鉱が主流だったシンオウの人たちが崩落事故に会わないようにって願ってたんだって」
    「そんなところで崩落事故ってのも皮肉ですね」
    「まぁ、山だからね。どこも絶対安全なんかじゃない。でも人の入れない奥にはまだ鍾乳洞とかまだ知らないことばかりで本当に神様がいてもおかしくないよ」
     こういうときのダイゴは生き生きとしている。本当に変わらない。何も変わらないんだとハルカはダイゴの目を見た。


    ーーーー
    フォロワーさんから、記憶喪失ダイゴさん(カプは自由)いいよねって話から生まれました。
    ハルカちゃんなら、ダイゴさんが覚えてなくても、ダイゴさんを振り向かせた努力する子だから頑張れると思います。


      [No.2832] カガリビバナの咲く頃に 投稿者:NOAH   投稿日:2013/01/09(Wed) 14:05:56     125clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:花言葉】 【触発されてばっかの作者】 【レパルダス】 【ザングース】 【プラズマ団のしたっぱ♂】 【B2W2♀主人公


    【カガリビバナ】 花言葉:内気、はにかみ、嫉妬


    俺は、目の前の少女が憎らしかった。

    ポケモンと人は共に歩むべきだ?愛し、愛されるべきだ?そんなのはただのキレイゴトに過ぎない。
    2年前の、あの女だってそうだ。英雄に選ばれたからって調子乗りやがって。

    俺はあの女も嫌いだった。あの、ポケモンに、はにかんだ時の笑みも
    内気な表情で俯いて、あの人と、あのお方と話すあの女の目が嫌いだった。
    今、俺の目の前に立つこの少女も、あの女と同じ目で見つめる。

    「……やめろ、やめろよ、そんな目で、俺を見てんじゃねーよ、そんな憐みなんざいらねぇんだよッ!!」

    「……貴方は。」

    「やめろっつってんだろッ!!レパルダス!やっちまえッ!!!」

    「……ブラッド、ブレイククロー。」


    目の前の少女が『ブラッド』と呼んだザングースが、音もなく飛び出したレパルダスを一閃した。
    一撃で床に倒れ込んだレパルダスをボールに戻さず、近づいて蹴り飛ばした。


    「ポケモンは、ただの、道具だ。そう、道具……道具なんだ。」

    「道具……本当にそう思ってる?」

    「当たり前だろうがッ!!」

    「なら、貴方はなんで゛泣いて゛るの?」

    「は……?」

    泣いてる?俺が?なぜ、なぜ泣いている?
    わけがわからない。俺は泣いていない、そんなこと、そんなことはない。

    『ニャア……ニャオ……。』

    「…………?」

    蹴り飛ばしたはずのレパルダスが近くにいた。口に見知らぬ花を咥えてそれを置く。
    しばし、俺を見つめたかと思えば、急に顔を舐め始めた。

    その温かい舌に絆されたのか、確かに今、俺は泣いていた。
    なぜ、泣いているのか、なぜ、優しくしているのか、全くもってわからない。

    「……なんなんだよ、本当に。」

    「嫉妬、していただけじゃないんですか?自分に。」

    憎らしい目の少女が言う。……嫉妬?俺が、俺自身に?
    ……そう、なのかもしれない。何もかもが憎くて、それをこいつらや他人のせいにしていたのかもしれない。

    少女の目は、相変わらず嫌いだ。でも、今は少しだけ、好きになれた気がした。


    *NOAHから*
    No.017さんのつぶやきに触発されて書いた前作が

    思ったより皆さんのツボを刺激したらしく、clap数見てリアルに叫びましたw

    しかし、今作もスランプ全開でございますな……;;

    一応、B2W2の♀主人公ちゃんと、プラズマ団のしたっぱ♂です。

    今回はツイッターの花言葉botに触発されましたw

    触発されてばっかやん私w

    .


      [No.2182] 相棒 投稿者:スウ   投稿日:2012/01/09(Mon) 04:21:02     135clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※タイトルですが、テレビドラマシリーズとは何の関係もありません。
     またそれらのものを何ら想起させるものでもありません。
     他に良いものを思いつけなかっただけです。
     ただの短編二つです。



     ■ノー進化?

     ゴールドがコガネシティの歩道を歩いていると、ジムリーダーのアカネちゃんとぱったり出くわした。
    「おおー、ゴールドやないか。久しぶりやなー」
    「あれ、アカネちゃん。奇遇ですね」
    「ほんまや。うち、今日は暇なんやけど、ゴールドも暇そうやね」
    「まあね」
    「うち今からコガネデパートに行くとこやねん。今日のくじびきの一等、『からげんき』の技マシンやったやろ? 今日こそ絶対当てたるねん」
    「そっか。今日は金曜だから」
    「ゴールドは今からどっか行くとこなん?」
    「別に行くあてとかはないんですけどね」
     ゴールドは言いながら後ろを振り返る。そこには一匹のヒメグマがいる。
    「ちょっと、こいつのレベルアップのためにあちこち草むらを回ってるところなんです」
    「あー! 『ちょーだい』やないか! こっちも久しぶりやなー」
     アカネは嬉しそうに手を差し出した。ヒメグマは甘えてくる。この前見た時より顔付きが若干たくましくなっているように見うけられた。
     ゴールドは自分のヒメグマに『ちょーだい』というニックネームをつけている。というのも、初めてほしがるの技を使ってみた時「ちょーだいちょーだい、それちょーだい」とせがんでいるように見えたからだ。
    「ちょーだいを本格的に育てることにしたんやな。殊勝なことや」
    「でも野生ポケモンとのバトルじゃ、経験値がたまりにくいですね」
    「そやな。トレーナーとのバトルに比べたら、やっぱり得られる経験は少ないなぁ」
    「まあ、コツコツやっていきますよ。まだトレーナーのポケモンとまともに戦えるような状態でもないので」
    「うん、ええ心掛けや。もうちょっと強うなってきたら、うちもどんどん協力したるで」
    「ありがとうございます」
    「ほなレベルアップ頑張りやー」
     ゴールドは帽子を傾けて、アカネちゃんに軽く頭を下げた。
    「頑張ります。……さて、と。進化まではまだまだかかるぞ」
     そう、ぽつりと呟いて、アカネの前を通り過ぎようとしたゴールドだったが、いきなり後ろから首根っこを掴まれた。
    「ちょっと待てや」
     アカネちゃんの雰囲気が突如としてアウトローなものに変わっていた。
    「アカネちゃん……? どうしたんですか? めっさ怖い顔して……」
    「今、何て言うた?」
    「はぁ?」
    「ちょーだい、進化させるつもりなんやな?」
    「えぇ? ああ、そりゃまあ」
    「何で進化なんかさせるんや?」
    「何でって、強くするためには必要なことだし、こっちにも事情ってもんがあります」
    「事情って、何や?」
    「いや、そんな事」
     アカネちゃんには関係ない、と言おうとして、ゴールドはやめた。アカネちゃんの重圧がそれを許さなかった。
    「どういうことか、話、聞こか」
     アカネちゃんは親分気質がそなわったように、たくましい声で言った。

       ***

    「何でちょーだい進化させなあかんのや?」
     アカネちゃんはもう一度ゴールドに詰め寄った。
    「そりゃあ、強くするためには能力値伸ばさないといけませんからね」
    「それだけのためにか?」
    「もう一つ、あります」
    「それは何や」
    「ポケモン図鑑のページ、うめたいんですよ」
     アカネちゃんは険しく眉をひそめた。
    「ポケモン図鑑のページか。そらけっこうなことや」
    「でしょう? というわけで、この話はおしまい――」
    「やめとき!」
     アカネが突然叫んだので、ゴールドは飛び上がった。
    「そんな、やめとき、って……」
    「なあゴールド、後ろのちょーだい見てみ? こんな可愛いちょーだいには、進化なんて似つかわしくない、やろ……?」
    「いやそうでもないと思いますけどね」
     ゴールドはあっさり答える。
    「こいつ性格がゆうかんなんで、むしろ進化させた方が本来の姿に似合ってるんじゃないですかね」
     ゴールドの声に同調するように、ちょーだいがぶんぶんと腕を振り回し、自らの腕力をアピールする。
    「あかんあかん! そんな事言うて早まったことしたら!」
    「でもそれじゃ図鑑の方は――」
    「それやったら改めて野生のリングマ捕まえ! あんたチャンピオンロードにもシロガネ山にも入れるんやろ?」
    「……そりゃそうですけどね」
    「何か問題でもあるんか?」
    「パソコンのボックスがね、もういっぱいになってきてるんですよ。新しい進化ポケモン捕まえるよりも、なるべく小さいのを進化させてかないとすぐ満杯になってしまいます」
     アカネは少しだけ言葉に詰まった。
    「そら……その気持ちはうちかてわかる。うちのボックスももうすぐいっぱいや。新しいポケモン捕まえられんようになる。でもな――」
     アカネはすうっと息を吸って、一息に吐き出した。
    「一度ごっついリングマさんになったら、もう二度と元に戻されへんねんで!」
    「わかってますって。しかたないです」
    「しかたないですませたらあかん!」
    「無茶言わないでくださいよ」
    「なあゴールド、思い直し。あんた何でそのヒメグマに『ちょーだい』ってニックネームつけたんや?」
     アカネに指摘されて、ゴールドはハッとなった。
     ちょーだいちょーだい、それちょーだい。
     昔、ゴールドはそんなふうに口ずさみながら、ヒメグマのちょーだいとともにジョウトのあちこちを駆け巡ったのだ。
     彼のヒメグマはどんどん彼に懐いていった。他の屈強なポケモンと協力して、ほしがるの技が成功した時には嬉しくて喜びの声をあげたものだ。
     進化とは、進化という行為は、そういった全ての思い出を無かったものにする行為ではないか。進化してしまったら、ちょーだいが、ちょーだいでなくなるのではないか。人によって捉え方はまちまちだ。だから、進化をさせた方が良い、させない方が良い、という選択肢に決定的な解などないのかもしれない。けれど今のゴールドには、アカネちゃんの言わんとしていることの方が、より正しいような気がした。
    「……わかりました。アカネちゃん」
     ゴールドは顔を上げて、ちょーだいの方を見た。ちょーだいもつぶらな瞳でゴールドを見返す。
    「このちょーだいは進化させないで、新しいリングマを捕まえることにします」
    「ええ答えや」
     アカネちゃんは満面の笑みでうなずいた。
     ゴールドもうなずき返した。
    「しかたないですね。じゃあ進化させるのはパソコンに預けてあるブルーの方にします」
    「それもあかん!」


                       おしまい



     ■グレン島にて

     夜明け近くのグレン島は、薄い冷気のヴェールに包まれていた。
     昨夜の放射冷却によって奪われた熱は、今では遥か上空、静まり返った世界のどこかをさまよっている。雲一つない暗影の真下では生まれたばかりの潮風がそよいで、寂しげな地表にまで、その音を伝えてくる。
    「シロナ、もうすぐみたいよ」
     がさごそとテントから這い出してきた影が一つ。
    「ふえぇ? もう……?」
     這い出してきた影はもう一つあった。
     二人は肌寒い薄闇をかいくぐり、海岸線の前に立った。海岸線より向こうには何も見えない。けれども、その裂け目から、朝は昇りつつある。
     旅の途上にあったシロナとナナミはグレン島に立ち寄ることにした。
     過去に火山の噴火で、そのほぼ全てが灰と化してしまったグレン島。シロナとナナミは言葉もなく、ただただそんなグレン島の哀切な声に耳を傾けた。
     日の出の訪れは、思い描いていたよりもずっと早いものだった。いつの間にか、二人の頬は温かく照らされていた。
    「この島は、まだ完全には死んでおりませんよ」
     二人の隣に立つ者があった。
    「あなたは……」
     ナナミの方が先に気付いた。シロナもゆっくりとそちらを向く。
    「どうも、ナナミさん。お久しぶりです。おじい様は元気でいらっしゃいますか」
    「ナナミ、この方は?」
     シロナが聞く。
    「グレンジムのジムリーダー、カツラさんよ。何度か話したことがあるでしょう?」
     ナナミはカツラの方に向き直る。
    「カツラさん、こちらこそお久しぶりです。おじい様はまだまだ元気です」
    「それは何よりです。私もドクターオーキドも、もうそんなに長く生きられる年ではないですからな」
    「そんな事はありません。おじい様も、そしてあなたも元気そうではありませんか」
    「ありがとう。ワシもまたこの島と同じ、死の間際にあるように見えて、その実まだまだ持ちこたえているのかもしれませんね」
    「この場所へはよく来るんですか?」
     シロナが尋ねた。
    「ええ、毎週火曜日と木曜日はいつもここへ足を向けます」
    「私、故郷がシンオウですからカントーの事情はあまりよく知りませんが……当時は大変だったとうかがっています」
    「大変でした」
     カツラは首肯した。
    「この有様を見てみればわかります。全員避難できたのが不思議なくらいでした。これも全て救助を手伝ってくれたポケモン達のおかげでしょう」
    「シロナ、カツラさんは今、グレンジムを復興するために、双子島の洞窟を借りて活動を続けているのよ」
    「洞窟を?」
    「そう、洞窟の内部をジムにしているの」
     シロナは驚く。そんな事は世界で初の試みかもしれない。
    「当時のワシはあまりのショックで倒れそうでした」
    「死者が出なかったとはいえ、グレンの町は無くなってしまいましたからね……」
     ナナミは目を伏せた。
    「その通りです。その頃でさえ、ワシはけっこうな年でした」
     カツラは昔の自分を、慎重にすくい取るように口にする。
    「だんだんよくないことばかりを考えるようになりました。日に日に追いつめられていく自分を遠くから見つめているような、そんな不思議な感覚でした。ワシはこう考えました。どうせ、もう長くはないのだ、と。それならいっそのこと、早々と、この命を終わらせた方がいいのではないか」
     シロナがこくん、と息を飲んだ。
    「でもね、最後の無茶をやらかす前に、もう一度このグレン島を目に焼き付けておこうと思った」
    「カツラさん……」
    「グレン島からの眺めはご覧になられたでしょう? ここから見る夜明けは、何ものにも代えがたい美しさがあった。そして力強かった。ワシは今までの事など忘れて、ただただ朝の日差しに見入っていました。自分は何と狭小で愚かだったのだろうと思い知らされもしました。もう一度、一からやり直すことを決めました。それが、今の活動につながっています」
    「普通、なかなかできる事ではないと思います」
     シロナが感心して言った。
    「そんな事はありません。グレン島にいた他の連中も同じ気持ちだったようです。以前、グレンジムにいた者達も一人ずつ帰ってきてくれています。少しずつ、少しずつですが、再生に向かっているのです。あの頃と同じように、何もかもが――」
     カツラは空を見上げた。風が微小な砂埃を舞い上げていた。その中心で彼はたった一人だったけれども、シロナとナナミは不安を覚えることはなかった。なぜなら、そっと吹き抜けるその一瞬の中で、彼は穏やかに微笑んでいたから。そのサングラスの向こうに光るのは、かすかな希求をひそませた、ひとしずくの朝露なのかもしれなかった。
    「もう、完全に日が昇っちゃったわね」
     ナナミが言った。
    「本当にね」
     シロナが朗らかに調子を合わせた。
     木曜日の朝日は、ますます高度を上げていく。これから再び生まれてくるものたちを、優しく迎え入れるかのように。
    「ところでお二人さん」
     カツラが呼びかける。
    「ワシはね、毎週木曜、この島を訪れるトレーナー達と記念写真を撮ることにしているのだよ」
     シロナとナナミは顔を見合わせた。
    「どうだね? 旅の記念に一枚、ワシと撮っていかんかね?」
     シロナとナナミはにっこりとうなずき合って、その微笑みをカツラに向けた。
    「「いえ、それはお断りいたします」」
    「うおおおーーい!」


                       おしまい



     補足説明すると、
     1、ちょーだいはゲーム中、実際にヒメグマに与えたニックネームです。
     こっちはリングマに進化させましたが(やっぱりボックスの空きとかが、ね)。

     2、カツラの最後の叫びについては(確かこんなだった)
     ゲーム中、実際に聞くことができるので
     試してみると面白いですよ(電話番号交換の後、木曜日のグレン島→写真撮影)。



    【何でもありですよ】


      [No.2181] 日常 〜彼女達の場合〜 投稿者:akuro   投稿日:2012/01/08(Sun) 03:30:18     100clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     「ああもうハクリューマジ美しすぅぅぅ!!」

     カントー地方、マサラタウンの北に広がる草むらで、桃色の帽子を被った少女が突然叫んだ。 周囲に人は見当たらなかったが、近くにいた彼女の手持ちポケモン達は大いに驚いた。

     「ぐおお……だからいちいち叫ぶなよモモコ! 耳が痛いわ!」

     最初に言葉を発したのは耳を押さえて抗議したライチュウ。 これは彼らにとって日常茶飯事とはいえ、さすがに突然叫ばれたら驚かない方がおかしい。

     「だってりゅーがめちゃめちゃ美しいんだもん! らいちもそう思わない!? この美しく青いボディーに輝く綺麗な水晶……」

     モモコと呼ばれた少女は瞳をキラキラと輝かせながら、らいちと言うライチュウにハクリューの良さを熱弁し初めた。

     「また始まった……別になんとも思わねえよ。 こんなナルシスト野郎のどこがいいんだか……」

     その言葉を聞き、モモコの傍らにいたハクリューが、ライチュウの前に進みでた。

     「我はナルシストなどではない、単純に美しいだけだ」
     「それをナルシストって言うんだよ!」
     「なにを言う。 もしやこの美しき我のことが羨ましいのか?」
     「はあ!? おまえ、バカなのか? その思考なんとかしろよ!」
     「我のどこがバカだというのだ。 理解できん!」
     「俺も理解できねーよ!」

     ギャーギャー騒いでいる2匹を、モモコはニコニコと見つめている。 その腕の中にはいつのまにかふわふわなワタッコが居た。

     「モモコ〜止めないの〜?」
     「大丈夫大丈夫! あの2匹はケンカするほど仲がいいってやつだから」
     「そなの? じゃ〜あおば寝る〜」

     モモコの腕の中で、ワタッコのあおばはいつものようにスヤスヤと寝息を立て始めた。

     「おやすみあおば♪ ……うふふ、あおばも可愛いなあ♪」

     眠っているあおばを抱きしめながら、モモコはらいちとりゅーの喧嘩に目を戻した。








     既にバトルに突入している2匹のポケモンを、少し離れた木陰から見守っているポケモンがいた。

     「もう、♂ってどうしてあんなに子供なのかしら……」

     呆れたようにため息をつくシャワーズに、隣に居たロコンが無表情で呟く。

     「……そーいう生き物なんでしょ。 それより相談ってなに」

     彼女……ロコンのあかねは、隣のシャワーズのみずりに「相談がある」と言われ、ここに連れてこられたのだ。

     「そ、そうだった……あのね」
     「前置きはいいから」

     「……実は最近、らいちやりゅーと話すと、緊張してつい思ってることと反対のこと言っちゃうの」
     「で?」
     「……いや、これはなんでなのかなって」
     「ただのツンデレ。 以上」

     そう言うとあかねは木に登り、昼寝する体制に入った。

     「え……あかね、それだけ?」
     「うん」

     みずりは呆然としている。

     「……ツンデレってなに?」
     「自分で調べて」

     「調べるって、どう……」
     「モモコに聞けば? あたしは寝る。 邪魔したら燃やす」

     あかねはキッパリと言い、それっきりみずりが話しかけても返事しなくなった。

     残されたみずりは1人呟く。

     「……いつものこととはいえ、やっぱあかね怖いなあ」



     ーーこれが、彼女達の日常である。


     [なにしてもいいのよ]


      [No.2180] あけまして、ドラゴン! 投稿者:海星   投稿日:2012/01/07(Sat) 12:48:21     102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     眩しい朝日を浴びて、目が覚めた。
     
     冬の空気は冷たくて嫌いだ。
     
     起き上がる時に改めてそう思う。
     
     「ママ、パパ、おはよう! あけましておめでとう!」
     
     年賀状を並べていたママが振り向いてにっこりした。

     「あらおはよう、チルティーヌちゃん。あけましておめでとう」

     「あれ、パパは?」

     「お爺ちゃんに貰ったお餅を庭で焼いてるわよ」

     ママが説明したらすぐに、パパがお皿に膨れ上がったお餅を乗せて飛んできた。
     
     「おう、おはようチルティーヌ。あけましておめでとう」

     「うん、あけましておめでとうパパ」

     パパは大きな手の平で私を撫でた。

     いつも、パパは砂っぽいにおいがする。

     「今年は辰年だね! パパもママも主役だ!」

     そう言うと、二匹とも嬉しそうにした。

     その時、コンコンとドアが叩かれて、下の方からタツキチの声がする。

     「おーい、チルティーヌ!」

     急いで窓から飛び出てタツキチの前まで飛んでいくと、やっぱり羨ましそうにした。

     「あけましておめでとう、タツキチ」

     「おうよ、チルティーヌ。ところで、お前、年越しの瞬間起きてたか?」

     「ううん、九時までに寝ないとママに叱られちゃうから……」

     すると、タツキチが勝ち誇ったように笑った。

     「俺、父ちゃん一緒に起きてたんだ。それで、年越しの瞬間地球にいなかったんだぜ!」

     「ええっなにそれ! 宇宙旅行にでも行ってたの!? 確かにタツキチのパパは一七時間で地球を一周できるんだよね……」

     「十六時間だ! 父ちゃんは凄げぇんだかんな! っじゃなくて、ジャンプしたんだ」

     誇らしげに胸を反らして見せるタツキチを思い切り冷たい目で見る。

     「なぁんだ……それだけ?」

     タツキチは焦ったように地団駄を踏み、私を指さした。

     「まあこの話はいい! 今年は辰年じゃねぇか、俺の時代が来た!」

     「それを言うなら私もだよ、タツキチ!」

     「ふん、お前ドラゴンじゃないじゃねえか」

     「進化したらママみたいなふわふわのチルタリスになるんだもん! タツキチこそ、ドラゴンなら空くらい飛べなきゃ。タツキチのパパみたいにね」

     にやにやして言ってやると、タツキチは真っ赤になった。

     「う、うるさい! それに、俺は進化しても父ちゃんじゃなくて、母ちゃんみたいなボーマンダになるんだ!」

     「ふうん、そう」

     「なんだよその反応! 母ちゃんだって格好良いんだぜ、超イケてる。お前こそ、お前んとこの父ちゃんみたいには進化しないだろ、それと同じだ!」

     はっとして、私は家を見上げた。

     大きな二又の木の上に我が家はある。

     「そっか……」

     「だろ? お前の父ちゃんも中々格好良い(まあ俺の父ちゃん程じゃないけど)が、チルティーヌがああなったらちょっと気持ち悪いって言うか……」

     「聞き捨てならないかも! うちのパパはめちゃめちゃ凄いんだから! ママと恋に落ちたは良いけど住むところが全然違くて、パパは我慢して砂嵐を諦めたんだから! それに、ママとパパのデュエットは最高で、(まあパパは歌うっていうか羽ばたいてるんだけど)すぐに眠くなっちゃうんだから!」

     呆れたようにタツキチが溜息をついた。

     「眠くなっちゃ駄目じゃねえか……」

     そのとき、家の窓からママが顔を出して私を呼んだ。

     「チルティーヌ、朝ご飯よ! タツキチ君も食べてく? うちは実家がシンオウにあるから、タツキチ君ところのお雑煮とはちょっと違うかも……」

     歌うような軽やかな口調で楽しそうに言うと、ママはタツキチを見つめた。

     だけどタツキチはああっと大きな声を出して驚くと、慌てて走り出す。

     「俺んちも朝飯の時間だ! 今日は正月だし、豪勢なんだ! じゃな!」

     そうしてタツキチは去って行った。
     
     ふんわり飛んで窓から家に入ると、お餅の香ばしい匂いが私を包む。

     「わあ、美味しそう!」

     パパが新聞を畳んで隅に置く。

     ママもお茶を淹れて運んでくると、それぞれの席に置いて、微笑んだ。

     「じゃ、食べようか」

     三匹が席に着き、パパがいただきますを言う。

     うーん、お正月って感じ。

     


     今年の抱負:辰年のうちにチルタリスになりたい!




    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

     改めまして、あけましておめでとうございます。

     なんかふにゃふにゃしてしまいました;

     調べてみたら、流石ドラゴン、数が少ないんですね!

     結局色々出してしまいましたがww

     個人的にはフライゴンが好きです^^

     アニポケのAG時代……憧れのシュウさんが手持ちにしていたからでしょうか……ポッ

     あと、ジラーチの映画にも出ていました! サトシさんを背中に乗せたり……ポッ

     失礼致しましたーっ^^;

     【書いてもいいのよ】
     【描いてもいいのよ】
     【ていうか何をしてもいいのよ】
     【お雑煮もぎゅもぎゅ】


      [No.2179] ゆうびんドラゴン 投稿者:巳佑   投稿日:2012/01/06(Fri) 23:31:06     196clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    『お元気にしてますか。アナタがいきなり働き始めたいと言ってからもう早くも一年が経とうとしています。お仕事はしっかりこなしていますか? 職場の方には迷惑をかけていませんか? お仕事の方が落ち着いてからでいいので久しぶりに会える日を楽しみにしてます。兄より』

     手の平に乗っている一枚の手紙を読み終えると、白と赤色を身に染めた一匹のポケモン――ラティアスはワラが敷き詰められているベッドから身を起こします。近くにある木製の小窓を開けると、太陽の光がさんさんと部屋の中に入り込んできます。そこで一つ伸びをすると眠気たっぷりな顔からとびっきりの笑顔に変わりました。
    「よっしー! 今日も頑張るですよー!」

     ここはポケモンだけが住んでいる、一つの村。
     そして、その村の近くにある、海がよく見える岬には一つの建物が建っていました。入り口には『カイリューの郵便屋さん』と書かれてある立て札があります。
    「おっはようございますー! カイリュー局長♪」
    「あぁ、おはよう、ラティアスさん。今日も一日よろしくね」
    「はーい、じゃんじゃんバリバリ働きまーす! あ、今日のポケ新聞ってありますー?」
    「あぁ、あるよ。はい、これ。僕はもう読んだから」
    「ありがとうございますー! お、救助隊チーム『テラーズ』が大活躍。きゃー! プテラ様かっこいいですー! 流し目なんて最高すぎますー!」
     建物の中に歓喜が響き渡ります。その様子を見たカイリューと呼ばれた山吹色の龍はやれやれといった顔で仕事の準備を始めました。
     ここはカイリューの郵便屋さん。お手紙などを色々な所に運ぶのが主な仕事です。この郵便屋さんがある村は旅をしているポケモンが多く出入りすることもあり、故郷やお得意先に手紙を送ることも珍しくありませんでした。
    「……おはよ」
    「あぁ、おはよう、フライゴンさん」
     カイリューの郵便屋さんの出入り口から一匹の黄緑色に染まった赤いレンズをはめた龍――フライゴンが眠たそうな目をしながら入ってきました。すると、ラティアスはポケ新聞のプテラが載っているページをフライゴンの顔につけます。
    「あ、ライゴちゃーん! 見てくださいですー! このプテラ様すごいかっこよすぎますー! 素敵過ぎますー!」
    「……うるさい……耳元で騒ぐな……それより青三角……アンタこの前、色違いゾロアーク様とか言ってなかった?」
    「今、時代はプテラ様なのですよー! きゃー! プテラ様素敵なのですー!」
    「……局長、カゴティー一杯作るけど、どうする?」
    「え、あ、じゃあ、僕にも一杯お願いしようかな」
    「プテラ様最っ高ですー!」
     プテラに惚れているラティアス、無口っぽいフライゴン、そして局長のカイリュー。
     少ないながらも、この三匹が『カイリューの郵便屋さん』を切り盛りしてました。



    『最近、ちょっとずつ暖かくなってきましたよね。そちらも春が近づいている頃でしょうか? あまりの春うららに、兄のブームは日向ぼっこになってます。あまりにも気持ちよすぎて寝てしまうことも……いけないけない、寝てばっかりいては。最近、救助隊の仲間にもボーっとしすぎていると怒られたので気をつけなければ。ラティアスも勤務中には寝ないように気をつけてくださいね。兄より』

    「ふわぁ……なんか最近お日様が気持ちいいですー。は、居眠り運転しないようにしなければですー」 
     カイリューの郵便屋さんがある村から少し離れた空の上、ラティアスが眠たそうに目をゴシゴシとかいています。ちなみに首からは手紙をたくさん入れた黒色のカバンをかけており、頭にはツバ付きの黒い帽子をかぶっています。
     さて、口では寝ないように寝ないようにと唱え続け、ひたすら眠気と戦っていたラティアスでしたが、その努力むなしく、徐々に地面へと体は向かってしまいます。
     そのときでした。
    「はっ、誰かそこに倒れてますー!?」 
     ラティアスの目に飛び込んできたのは、一匹のワラをかぶった小さなポケモンでした。倒れたまま動く気配もないので心配になったラティアスは眠気を吹っ飛ばして、そのポケモンに近づきます。もう少しばかりお仕事が残っていたのですが、このまま放っておくわけにもいけません。 
    「あのー。ここで寝てると風邪引きますよー?」
     ラティアスが揺さぶってみるものの、その小さなポケモンは起きることはありませんでした。ラティアスは辺りを見回していますが、ポケモン一匹もいません。近くに置いてあるのは一本の棒と、その先端にくくりつけられている風呂敷一枚だけでした。どうやら旅をしているポケモンのようです。
     しかし、それが分かったところで問題が解決されたわけではありません。さて、どうしようかとラティアスが悩み続けること数分。妙案を思いついたのでしょうか、ラティアスの顔がパッと明るくなって――。

    「……それで、ここに連れてきたと」
     カイリューの郵便屋さんにある休憩室、そこではフライゴンが困ったような顔を浮べていました。件の小さなポケモンはワラのベッドの上に横たわっています。
    「ちゃんとお仕事を終わらせてから来ましたですー! うぅ、ライゴちゃーん、そんな顔しないでくださいですよー!」
    「もういい……青三角、とりあえずこの子だけど……ただ単に……お腹が減って倒れたって感じ」
    「へ、そうなんですか!? はぁ、良かったですー! 大事かと思いましたですよー!」
    「……とりあえず……何か、食べさせるか……しょうがないな、もう…………その間に受付とかは青三角がやって」
    「了解ですー!」
     その後、ラティアスが受付の仕事をやっていると、やがてフライゴンから呼びかけがありました。あの小さなポケモンが目を覚ましたとのことで、事情を話したらラティアスとお話をしたいというのです。ラティアスはそれを聞くと、すぐに休憩室に向かいました。すると、そこには元気そうな小さなポケモンが待っていました。
    「あ、ラ、ラティアスさんですねっ!? じ、自分、ユキワラシって言いまするっ。こ、この度は腹がへっているところをお、お助けいただき、あ、ありがとうございまっす」 
    「いえいえー。ご無事のようでなによりですー! 大事に至らなくて良かったですよー」
     ラティアスがニコニコと笑顔を浮べながら話しているのに対し、小さなポケモン――ユキワラシは両手をもじもじとさせていました。ラティアスが可愛いかったというのもありましたが、他にも恥ずかしいところを見られたという気持ちもあったのでしょう。ユキワラシの背中からは冷や汗がたらたらと垂れていました。
    「あ、良かったら、お茶のお代わりなんていかがでしょうかー?」
    「え、そ、そんな、だ、大丈夫でする。じ、自分のことはき、気にしないでいいですからっ」
    「まぁまぁ、そう言わずに、そう言わずにですよー」
    「い、いや。本当にだ、大丈夫、でするー!」
     顔を真っ赤にさせながら、ユキワラシが休憩室から飛び出ていきました。あまりの速さに驚いたラティアスがユキワラシを見失ったのは言うまでもない話です。ぽかーんと口を開けながらラティアスはただただユキワラシが去った方を見やるばかりでした。



    『春の香りがますます鼻につくようになりました。もうそろそろあの花も咲く頃ではないでしょうか? ラティアスが住んでいる村にもありますかね? ちなみに兄さんは救助隊仲間と一緒に花見をする予定です。ラティアスの方も職場仲間と花見をするのでしょうか。くれぐれもラム酒とかを飲みすぎないようにして下さいね。兄より』 

     カイリューの郵便屋さんがある村での夜のこと。
     その村の広場には『大樽(おおだる)』と呼ばれる一軒のお店がありまして、大ワニポケモンのオーダイルとワルビアル夫妻が経営している居酒屋です。夜には旅の途中であるポケモンやら、村で一日働き終えたポケモンやらがやってきては一杯くみ交わしていたりしてました。もちろん、この二匹も漏れなく常連客です。
    「ぷっはぁー! お仕事の後のラム酒はおいしいですよねー! ライゴちゃん!」
    「……青三角、飲み過ぎないように」
    「そういう、ライゴちゃんこそ飲みすぎないようにですよー!」
    「……言われなくても分かってる」
     居酒屋『大樽』にある一席ではラティアスとフライゴンがいました。木製のコップを片手に意気揚々と飲んでいます。二匹はこのように、仕事が終わった後、女子会みたいな感じで飲むことがあったのです。
    「いやぁ、やっぱり今はマメパト様ですよねー! あの知的な感じ♪ もうたまらないですー!」
    「……朝刊と夕刊で、もうこんなに変わってる……朝はプテラ推しだったのに」
    「え、もちろんプテラ様も捨てがたいですけどー。でも、あの知的な雰囲気、それと魅力的な鳩胸っ! やっぱり素敵なのですー!」
    「……青三角、超ミーハーすぎ」
    「ミーハーじゃないですよー! 好きなものが多いだけなんですー! そういうライゴちゃんは今、何推しなんですかー?」
    「…………わたしは別に」
    「あー! 今、目線を逃がしましたですよねー!? 私には見逃せませんですよー!?」
    「……うるさい、少し黙――あっ」
    「ん、どうしたんですかー?」
     フライゴンが指差す方へラティアスが顔を向けてみると、そこにはあの小さなワラを被ったポケモンのユキワラシがいました。ラティアスは早速、席を立って、手を振りますと、ユキワラシがそれに気がつきます。
    「折角ですし、ご一緒にどうですかー!?」
     一瞬戸惑ったユキワラシでしたが、ここは断ったらいけないかなと思ったのかラティアスとフライゴンの席に向かい、フライゴンが用意してくれた小さなポケモン用の木製イスに座りました。 
    「姐さーん! このお方にラム酒一杯お願いしますですー!」
    「はいよー!」
     カウンターから気の強そうな女性の声が響いた後、ユキワラシが困ったような顔を浮かべます。もしかしたら、これはおごりなのではないかと。案の定、ラティアスが「私がおごりますですー」と言ってきたのでユキワラシは更に困ったような顔になります。
    「え、え、わ、悪いでするっ。そ、そんな」
    「いいんですよー。昼のとき、お茶をご馳走できなかったので、その分だと思ってくださいですー」
    「…………いいから、お言葉に甘えたら?」
    「そうですそうです。じゃないと怒りますですよー?」
    「……怒らないくせに」
    「あ、ライゴちゃん。それは言っちゃ駄目なんですー! 私だって怒るときは怒るんですよー?」
    「……いや…………今まで青三角が怒ったところ見たことないし」
    「で、でも、お兄ちゃんには怒ったことありますですー!」
    「……青三角の昔話なんて知らん」
    「あ、ヒドイですー!」
     最初は戸惑いばかりであったユキワラシでしたが、ラティアスとフライゴンのやり取りを見ていると、そんな悩みもばかばかしくなってきたのか、しまいには小さくでしたが、笑い声をあげていました。そんなユキワラシにラティアスが「あ、ユイワラシさんまで!」と悲鳴を上げたのは言うまでもありません。
     やがて、ユキワラシにラム酒が運ばれますと、三匹はお酒に喉を動かしながら話を続けます。
    「そういえば、ユキワラシさんって、旅をなされてここまで来たんですかー?」
    「あ、は、はい。そうでするっ。前に旅立った村からここまで距離が意外とありましてっ。なにぶん、自分、足とかが小さいものですからっ。そ、そりゃもう、た、大変でしたでするっ
    「なるほどですー。それで途中でお腹が減って」
    「ほ、ほっんとうに、お恥ずかしい話でするっ」
     恥ずかしさをかき消すかのようにユキワラシはラム酒を飲み干すと、カウンターに向かって次の注文を投げかけます。それはモモンの実とオレンの実からつくられた甘酸っぱくてさわやかな味のモモオレサワーで、飲みやすい種類のお酒でした。注文を投げかけ終えた後、ユキワラシは「あ、こ、ここからは、自分で払いまするんでっ」と一言付け足しておきました。
    「……それで、どこに向かう予定?」
     フライゴンがそう尋ねますと、ユキワラシが逆に問いかけました。
    「あ、あの、この近くに桜ってありまするか?」
    「桜の木ですかー?」
    「は、はいでする。実はじ、自分は――」 
     ここでユキワラシが自らの生い立ちを話し始めました。
     ユキワラシはこの村よりもずっと北の方に住んでいるポケモンで、立派なポケモンになる為に旅に出たそうです。とりあえず南に下っていくと、ある日、桜の木の存在のことをユキワラシは耳にしました。いつも雪で覆われている自分の故郷にはないその花にユキワラシはせめて花びらだけでも、故郷の者たちに見せたいという気持ちが芽生え、そして今に至るというわけです。
     ユキワラシの話が終わったときには、その話に感動したらしいラティアスの両目から涙がポロポロこぼれていました。
    「……なるほどですー。実にいい話ですねー」
    「…………青三角、本当に飲みすぎ」 
     涙をふきながら、ラティアスは答えました。
    「それで、桜でしたら、確かにこの村の近くにありますよー。この村の近くに桜がよく咲く場所がありまして、そこでは毎年、花見とかしているポケモンがいるんですよー。私たちも近い内にやろうという話なんですが……あ、良かったら、ユキワラシさんもご一緒にどうですかー?」
    「え、い、いいんでするかっ?」
    「……まぁ、仕事終わった後だから……夜桜になるけど」
    「いいじゃないですかー! 夜の桜も風流ですよー!」
     ラティアスとフライゴンの話を聞いている内に、桜のことで色々と楽しみが増えたのでしょう。ユキワラシの顔がぱぁっと明るくなっていきます。桜というものを初めて見られる上に、これで故郷にも報告ができるとユキワラシの胸が踊りだしていきます。ラティアス達の誘いにはもう答えは出ていました。
    「あ、あの、よ、よろしく、お願いしてもよろしいでするかっ?」
    「もちろんですよー! 人数はいっぱいの方が盛り上がりますですー」
    「…………あまり飲みすぎないようにね」
     こうして、花見を約束した三匹はその記念にもう一杯、乾杯することにしたのでありました。



    『桜咲く季節、元気に過ごしてますか? こちらは花見モード全開で賑わっています。この時期、救助隊は花見のパトロールで大忙しです。酔っ払いが多いこと多いこと。ケンカを止めることだって珍しくありません。世間の平和を守るためとはいえ、酔っ払いの相手は疲れるというのが正直な感想です。あ、ここだけの話にしてくださいね? ラティアスも節度を持って花見を楽しんでくださいね。 兄より』

     ここはカイリューの郵便屋さんがある村からちょっと外れの方にある一つの広場。
     そこには木々が所々に立っており、そして、その木々にはたくさんの桃色が身につけられていました。その桃色は桜と呼ばれる花で、月に照らされているその姿はなんだか艶がありまして、惚れ惚れしそうなものでした。更には風に乗って羽ばたく桜の花びらの姿も優雅で素敵なものでした。
     この春の香りが漂う広場はまるで別世界のようで、そこにはその香りに招かれるかのように、色々なポケモンたちが集まっていました。もちろん、花見を約束していたユキワラシとラティアスとフライゴン、それと今回はカイリュー局長もそこにはいました。カイリュー局長は荷物運びを引き受けたのか、花見用のお酒に、団子といった食べ物に、他にも色々と風呂敷に詰めて背中にしょっています。
    「すいませんですー、カイリュー局長。荷物運びをさせてもらいましてー」
    「いや、これぐらい、大丈夫だよ。今日は折角の花見だし、明るくやっていこう、ね?」
     一方、広場の入り口で初めて見た桜の花びらたちにユキワラシはただただ目を奪われていました。
    「…………ユキワラシ、感動するのは分かるけど……ボーッとしていると置いてかれる」
    「……」
     なおもボーッとしているユキワラシにフライゴンがツメの先でちょんちょんとつついてあげますと、ようやく夢から覚めたような顔をユキワラシは見せ、一言謝りました。それから一向は広場の中に入り、ちょうど座れるスペースを見つけますと、カイリューは風呂敷を広げ始め、残りの三匹も花見の準備を手伝いました。
     やがて、各自、木製のコップに一般的なラム酒や、辛さがウリのマトマ酒などを入れますと、カイリュー局長が一つ咳払いをしました。
    「えーと。皆さん、今宵は楽しんでいきましょう。ユキワラシさんも遠慮しないで、たっぷり楽しんでいってくださいね……これからのカイリューの郵便屋の発展とユキワラシさんの旅が順調でありますようにと桜に願いながら……乾杯!」
     カイリュー局長に続いて、三匹も乾杯と声を上げます。
     最初は皆、ゴクゴクと酒を喉に落としながら、用意してあった団子をもぎゅもぎゅと食べていきます。普段のときと比べて、桜の木の下で食べるのはまた違ったおいしさがあると、各々の舌が幸せで埋まっていきます。それから食べることや飲むことに一段落しますと、夜桜をのんびりと眺め始めます。月夜に照らされている桜の木々。お酒でほてった顔に春の風と桜の香りがくすぐってくるのもまた気持ちいい。ユキワラシもお酒を片手に夜桜をのんびりと眺めていました。そのユキワラシにカイリュー局長が話しかけます。
    「ユキワラシさん。そういえば、桜の花びらを故郷の方々に見せたい、と言ってましたよね?」
    「あ、は、はいでするっ。ここで桜の花びらを何枚か拾って、一回、故郷に持って帰りたいでするがっ」
     しかし、ここからユキワラシの故郷まではまた距離があり、ユキワラシの足では時間がかかってしまうことでしょう。それにその間に折角採った桜の花びらも色あせてしまうかもしれません。そう考えたラティアスはそうだと閃きました。
    「こういうときこそ、私たちがいるじゃないですかー! ユキワラシさん、ここで故郷に向けて手紙を書くのはいかがでしょうかー?」
    「て、手紙でするかっ?」
    「あら、もしかして初めてですかー?」
    「え、えぇ」
     戸惑い気味のユキワラシに今度はラティアスに代わってカイリュー局長が話します。
    「僕たちは手紙を送るお仕事をしてますので、ユキワラシさんがどこに住んでいるのかを教えていただければ、そこに必ず手紙と、桜の花びらをお届けしますよ」
    「……桜の花びらは押し花にすればいいと思う…………そうすれば、色あせる心配もないかも」
     手紙という言葉を聞いたことはありましたが、書いたことのないユキワラシはどうすればいいのか、ちょっと分からなくなって、両手をもじもじさせ始めます。そんな心に不安をよぎらせたユキワラシにラティアスは優しく、その小さな手を優しく握りました。
    「大丈夫ですよー。ユキワラシさんが今まで旅をして来たことで知ったこととか、学んだこととかを書けばいいと思いますよー。ユキワラシさんの故郷の方々はユキワラシさんの旅を気にしていると思いますしー。それにユキワラシさん自身もまだ旅を続けるんですよねー?」
     こくりとうなずくユキワラシにラティアスはニコっと笑みを浮かべました。
    「なら、手紙を送るのが一番ですー♪」 
    「は、はいでするっ、じ、自分、書いてみまするっ」
     夜桜舞う中、ユキワラシの意志がそこに確かにありました。

     その後、カイリューの郵便屋さん一同と別れ、自分が世話になっている宿の部屋にたどり着いたユキワラシはラティアスからもらった手紙用の紙と、ドーブル印のペンを出すと、言葉をつづり始めます。
     これまで旅してきたこと――南に下って、今まで住んでいたところとは気候が違うことに驚いたことや、道中に出逢ったポケモンたちのことや、そして今の自分のことなどを――最初はなかなか書き出せなかったものですが一旦、ペンを手紙に乗せますと、あら不思議、次から次へと言葉が浮かんでいきます。
     それはユキワラシがここまでちゃんと旅をしてきた証拠でもありました。
     これまでのことに想いを馳せながら、ユキワラシは書き続けていき、そして最後にはこう書いておきました。
    『また、自分の旅を手紙にして送りまするっ』



    『春真っ盛りな日々、調子はいかがでしょうか? かすかに冬の名残があったりしますが、そちらはどうでしょうか? 最近、救助隊の仲間が風邪をこじらせてしまいました。ラティアスも暖かくなってきたけど、体調管理は油断せずしっかりね。兄より』

    「え、と。あ、後はこれとこれを入れて……っ」 
     カイリューの郵便屋さんの受付にて、ユキワラシが故郷に手紙を送る為の最終段階に入っていました。長方形の白い封筒の表に宛名、裏には差し出しポケモンであるユキワラシの名前を書きます。それから一枚の白い手紙と、桜の花びらの押し花を飾った一枚の紙を入れ、しっかり封を閉じました。最後には封筒の表に切手を貼りまして完成です。ユキワラシはドキドキしながらその手紙を差し出しますと、受付役のフライゴンはしっかりとそれを受け取り、カイリュー印のスタンプをポンっと押しました。
    「…………確かに受け取った。後は任せて」
    「あ、ありがとう、ございまするっ」
     配達準備完了したユキワラシの手紙をラティアスがフライゴンから受け取りますと、それを首からかけてある黒いカバンに大事そうに入れました。どうやら届けるのはラティアスが引き受けたそうです。ちゃんと届けるとやる気満々な様子を見せるラティアスに対し、隣にいたカイリュー局長は少し心配そうな顔をしていました。
    「大丈夫? やっぱり僕が行こうか? 今回はかなりの北国だよ?」
    「全然平気ですよー! 雪なんてへっちゃらですからー! 任してくださいですー! カイリュー局長は郵便連盟の方に行かないとですー」
     今回、ラティアスが手紙を届ける先は地図でもかなりの北の方にあり、中々、寒さも厳しそうなところが地図からでも想像できました。しかし、ちょうど今日、カイリュー局長は郵便連盟というこの世界の郵便屋の代表者達が集まって、それぞれの郵便屋の状況などを報告したりする会議みたいなものに出張しなければなりませんでした。フライゴンも元々は受付役専門ですから持ち場から離れるわけにはいかず、結局、ラティアスが行くことになったのです。
    「す、すいませんでするっ。た、大変なことを」
    「大丈夫ですよー。体の丈夫さが私の自慢ですからー! それに早くこの手紙を届けてあげた方がいいですー!」
     そろそろ出発しようとするラティアスに、カイリュー局長が一言待ったを入れますと、一旦、休憩室に消えました。程なく、また現れるとカイリュー局長はラティアスの首元に黒いマフラーを巻いてあげました。
    「それでも、これをつけていった方がいいよ。これだけでも全然違ってくるからね」 
    「ありがとうございますですー! それじゃ……行ってきますですー!」 
     暖かい感触を感じながら、ラティアスが笑顔で返しますと、勢いよくカイリューの郵便屋さんを後にし、そして、空高く、ユキワラシの故郷目指して羽ばたきました。

     ユキワラシの手紙を持ってラティアスは北へ北へと飛行していきます。
     体にぶつかってくる風は徐々に冷たさを帯びてきていました。
     空の色も青から灰色に衣替えしていっており、ラティアスから吐く息が白く浮かびあがり始めていました。
     更に北へ北へと進んで行きますと、雪がちらほら降ってきました。
     ここまで寒いものだったとは……と、流石のラティアスも戸惑い始めましたが、しかし、ここで戻るわけにはいきません。
     また寒さが重なってきて、手も凍えてくると、ラティアスは思わずカイリュー局長から借りたマフラーをぎゅっと握りました。
     不思議と暖かい感触がラティアスの手に広がります。
    「……カイリュー局長のマフラーってやっぱり大きいんですねー。ぐるぐるいっぱい巻いてありますですー」
     その優しい温もりに心も温かくなったラティアスが更に進んでいきますと、雪は更に強くなり、吹雪となっていました。
     最初の方は大丈夫だったラティアスでしたが、強風に、冷たさと寒さで体力が確実に奪われていきます。おまけに雪によって視界も悪くなっていました。
     このままでは死んでしまってもおかしくありません。
     しかし、ぼろぼろになりながらもラティアスは気合で突き進みます。
     なんとしてでもこの手紙を送りたい。
     今はその気持ちだけで飛べているような感じでした。



    『追伸:そういえば、カイリュー局長はお元気にしてますか? この季節になると、時々、あの日のことを思い浮かべます……。兄からよろしく伝えておいてくれるようお願いしますね。』

     そこは水路がたくさん通う、水の街とも呼ばれていたところ。
    「ふぅ……今日の分はこれで終わりっと。まさかここまで来るとは思わなかったなぁ」
     その街の一角にある広場には一匹の山吹色に染まった龍ポケモン――カイリューが額(ひたい)をぬぐいながら、一息ついていました。その太い首からは大きなカバンがぶら下がっていて、頭にはツバ付きの黒い帽子を被っています。どうやらお仕事が一段落したようで、休憩しているようです。そんな、休憩中のカイリューに一匹のポケモンが物珍しそうに近づいてきました。紅白を身に染めた体に、お腹には青い三角形の模様が一つあります。可愛い子だなぁ、迷子だったりしてとかカイリューが思っていますと、その子が口を開きました。
    「こ、こんにちはですー、おじさん」
    「ん? あぁ、こんにちは」
    「このあたりだと、みかけないポケモンですねー。ま、まさかおたずねものさんだったりしますかー!?」
    「い、いや。決してそんなに怪しいものじゃないよ?」
     いきなり話しかけてきたそのポケモンはしばらくジィーっと、カイリューを覗いていましたが、やがて彼女の中で疑いが晴れたのでしょうか、ぱぁっと笑顔になるとカイリューの隣に座りました。
    「わたし、ラティアスっていいますー。おじさんはなんてポケモンなんですかー?」
    「カイリューっていうんだ。よろしくね、ラティアスさん」
    「はいですー、よろしくですー」
    「ラティアスさんはこの街に住んでいる子なのかい?」
    「そうですよー。うまれもそだちも、このまちなのですー!」
     腰辺りに両手を当てながら、えっへん顔で答えるラティアスにカイリューは「そうなんだー」と答えていますと、今度はラティアスがカイリューさんの体に登ってきて、バックに手を当てました。
    「カイリューさん。これはなんですかー?」
    「ん? これかい? これはね、大事なお仕事の道具だよ」
    「おしごと?」
     首を傾げているラティアスにカイリューが答えてあげました。
    「うん、郵便屋さんっていう手紙を送る仕事をしているんだ」
     手紙という言葉を初めて聞いたのか、ラティアスの首はまた傾げています。
    「手紙っていうのはね、誰かに言葉を届けるものなんだ。例えば遠くにいる相手に元気な姿を見せたりすることができたりとか、伝えたいことを届けられるものなんだ」
    「へぇー! そうなんですかー!」
     手紙に興味を抱いたラティアスの目がキラキラと輝いています。すると、ラティアスはこんな質問をしました。
    「ねぇ、カイリューさん。わたしもてがみをおくれますかー?」
    「もちろん。送りたい方の名前と、その方が住んでいるところさえ教えてもらえば」
    「えっとですねー。わたしのおかあさんとおとうさんにてがみをおくりたいんですー……えっと、住んでいる場所は『とおいところ』ですー!」
    『とおいところ』という単語に、今度はカイリューが首を傾げます。もう少しだけ具体的な場所を教えてもらわないと、流石に届けることができません。カイリューが『とおいところ』はどんなところと尋ねてみましたが、ラティアスは『とおいところ』は『とおいところ』という一点ばかりです。さて困ったとカイリューが頭を抱えるときのことでした。目の前に新しい一匹のポケモンがやってきました。灰色と青色に染まった体、そしてお腹には赤い三角形の模様が一つありました。
    「こんなところにいたのか、ラティアス」
    「あ、ラティオスおにいちゃんですー!」
     ラティオスおにいちゃんと呼ばれた、そのポケモンにラティアスが近づきます。その背中は楽しげでありました。一方、ラティオスがカイリューの方を見やると、カイリューは帽子を軽く取って挨拶します。
    「あのですね、あのカイリューさん、ゆうびんやさんなんですよー!」
    「あ、お、お仕事、お疲れ様です」
     怪しいポケモンかと思っていたラティオスは、自分の勘違いに恥ずかしくなりながらも、声をあげました。その姿にカイリューは「いえいえ」と微笑んでいました。この街にはあまり来たことがないから怪しまれてもおかしくないかな、とカイリューさんは思っていたので、さほど気にしてはいませんでした。
    「それですねー! いま、カイリューさんに、おかあさんとおとうさんにてがみをおくってもらおうとたのんでいるんですー! おにいちゃんももちろんかきますよねー? いっしょにおくりましょうですー!」
     ラティアスが意気揚々とそう話したときでした。ラティオスの顔色が少しだけ暗くなったような気が、カイリューからは見えました。ラティアスがなおも明るく手紙を送ろうと言っていると、それに比例していくかのようにラティオスの顔色も暗さが増していきます。すると苦虫をつぶしたかのような顔を浮べながらラティオスが言いました。
    「っだから、お母さんとお父さんは『とおくのところ』に行ったって言ってるだろっ? そんなところに手紙なんか届くことなんかできないよっ」
     今にも泣きそうな顔をしているラティオスに、ラティアスはどうしたのと戸惑いの顔を浮べ始めました。一方、ラティアスとラティオスのやり取りを見ていたカイリューは気付きました。

    『とおいところ』がどんなところかを。

     何も言えない状態のラティオスに、ラティアスが困っているとカイリューが二匹のそばに歩み寄りました。
    「任して下さい。僕が必ず『とおいところ』に手紙を送ります」
     その言葉にラティアスの顔は明るく、ラティオスの顔は驚きでいっぱいになりました。
    「……で、でもカイリューさん」
    「大丈夫。どんなところにでも届けに行く。それが僕の一族が引き継いできた郵便屋のモットーだから」
     カイリューはラティオスに向かって安心させるかのようにそう言いますと、今度はラティアスの方に顔を向けて言いました。
    「いいかい? 明日、またここで会おう。そのとき、お母さんとお父さんに書いた手紙を忘れずに持ってきてね?」
    「はーい♪」
     その日の夜、ラティアスはカイリューからもらった紙に言葉をつづりました。
     まだ文字を覚えて間もないですから、文字の形は崩れているものが多かったですが、伝えたい気持ちは、そこにたくさん詰まっていました。
     お母さんとお父さんが『とおいところ』に行ってしまってからの日々。
     兄との日々であったり。
     友達との日々であったり。
     そして郵便屋さんに会ったときのことであったり。
     色々なことを書いていきました。
     そして最後に『はやくかえってきてね』と付け加えて、筆を置きました。

     翌日、約束した場所で手紙を受け取ったカイリューは「ちゃんと届けますから、安心してくださいね」と頼りになる声を二匹に残してから飛び立ちました。
     それから、一週間が経った頃でしょうか、再びラティアスとラティオスの前にカイリューが現れました。
    「お久しぶり。手紙はちゃんと届けたよ。それでね、これ、君達のお母さんとお父さんから手紙だよ」
     カイリューは首からかかっているカバンから二枚の白い封筒を取り出すと、ラティアスとラティオスに渡しました。ラティアスが手紙を受け取って、るんるんと小躍りしている一方、ラティオスは信じられないものを見ているかのような顔を浮かべます。これは本物なのだろうか、そう封を切って中を読んでみたラティオスの瞳からポロポロと涙がこぼれていきます。
    「この、文字、言葉……確かに、お母さんと、お父さんのだ……」
    「えぇ、もちろん。本物だよ」
    「あ、お兄ちゃん、もう読んでいるのですかー!? 私も読むですー!」
     そう言いながらラティアスは封筒をバリっと開けて、手紙を読んでいきます。最初は明るい顔だったラティアスでしたが、突然、目を丸くさせ、それからわなわなと体を小刻みに震えさせていきます。ラティアスの様子がおかしいことに気がついたカイリューがどうしたのだろうかと心配そうな顔を向けますと、ラティアスが叫びました。

    「ウソつきなのですーーー!!!」

     手紙を地面にたたきつけると、ラティアスはどこかへと去っていってしまいました。
     あまりのできごとに、ラティオスもカイリューも止めることができませんでした。
     それからカイリューが地面に落とされた手紙を拾い、悪いと思いながらも「失礼」と断ってから読んでいくと、どうしてラティアスがそう叫んで去っていったのか分かりました。続けてラティオスもその手紙を読むと、ラティアスの身に何が起きたのかを理解しました。
     
     一方、頭がぐちゃぐちゃになって訳が分からなくなっていたラティアスは適当に街の路地裏に入り込み、そこでようやく止まると、声を上げて泣きました。ただただ声を上げて鳴きました。
     どうして、なんで、どうして、なんで。
     そんな言葉が繰り返し繰り返し、ラティアスの頭の中をぐるんぐるんと回し続けていきます。あまりにも頭だけに限らず、心もぐるんぐるんと回され続けたラティアスは思わず吐いてしまいます。
     息が苦しい。
     心が苦しい。
     こんなになるぐらいだったら、いっそ手紙なんて――。
    「……はぁ、はぁ。ここにいたか、ラティアス。探したぞ」
    「ラティアスさん……」
     その声に振り返ると、そこにはラティオスとカイリューがいました。
     二匹ともここまで走って駆けつけてくれたのでしょう、肩で息をしています。
    「ラティアス、今まで、言わなくて、ごめん。『とおくのところ』なんてごまかして悪かったよ。本当のことを言ったら、きっと傷つくと思って……だから言わなかった、ごめん」
    「おにぃ……ちゃ、ん……」
     今でも信じられないという顔のラティアスにカイリューが静かに歩み寄ります。その手に持っていたのは真実が書かれてある手紙が入っている封筒でした。
    「ほん、とう、に、おかあさん、と、おとうさん、はいなくなって、しまったんです、かー? もう、あえないん、ですかー?」 
     途切れ途切れの言葉にカイリューがコクンとうなずきますと、ラティアスの瞳からまたぶわっと涙があふれていきます。
    「きっと、伝えたかったんだよ。隠してたら駄目だって思ったから、これを書いたんだよ、きっと。」
     カイリューはラティアスの目の前でかがむと、手紙を差し出します。
     しかし、ラティアスには受け取る気がしませんでした。こんな気持ちにさせたものなんていらないと思っていたのです。全く受け取る気配を見せないラテォアスでしたが、カイリューはそのまま差し出し続けます。
    「必ず届ける、そう約束したからね、ラティアスさんのお母さんとお父さんに。だから受け取って欲しいんだ。ラティアスさんのお母さんとお父さんが届けたかったのは、ただラティアスさんを悲しくさせたいわけではないし、泣かせたいわけでもないよ。」
     そう言いながらカイリューは封筒を再び開け、手紙を広げると、ラティアスに示しました。
     すると、ラティアスの目が丸くなります。
     そこにはもう一枚、手紙があったのです。
     実は先程、ラティアスが読んでいたのは一枚目の手紙だったのです。
     ラティアスが恐る恐るとその二枚目の手紙を受け取ると、読んでいきます。 
     それは、真実の先に書かれてあるもの。
     
     これからのラティアスに対しての送る言葉でした。

     読み進めていく度にラティアスの瞳から涙が次々とこぼれていきます。
     もう会うことはできない、だけど、伝えることができたもの。
     その奇跡をしっかりと握りながら、ラティアスは再び泣きました。 
     けれど、今度は悲しみばかりの涙ではありません。
     言葉を送ってくれたラティアスのお母さんとお父さん、そして、届けてくれたカイリューに対しての『ありがとう』の涙でした。

     翌日、例の広場で、ラティアスが一枚の手紙をカイリューに差し出しました。
    「きのうはありがとうございましたですー。あの、これをもういちどだけおとうさんとおかあさんにとどけてくれませんですかー?」 
     カイリューがその手紙を受け取りますと、ラティアスは飛びっきりの笑顔で付け加えました。
    「この『えがお』といっしょに!」
     
     伝えるという力を持った手紙、それを届けてくれる郵便屋、そして――。
     
     ラティアスが今、郵便屋を勤めるに至る、第一歩がそこにありました。 



    『追伸、その二:そういえば、救助仲間で田舎からいっぱい木の実をもらったようで、こっちもたくさんおすそわけさせてもらいました。流石に一匹だけじゃ食いきれないので、近い内にラティアスにも送りますね。職場の方にも分けてあげてください。 兄より』

     どこからか、声がする。
     自分を呼んでいる声がする。
     そう感じたラティアスさんがゆっくりと目を覚ましますと、そこにはカイリュー局長がいました。
     吹雪の中、ラティアスさんを力強く抱きかかえ、懸命にカイリュー局長は羽ばたいています。
    「良かった! ようやく目を覚ましてくれた!」
    「え……カイリュー局長が、どうして、ここに、ですー?」
    「やっぱり心配だったから追ってきたんだよ! もう、こんな吹雪の中で無茶しちゃって! 今まで意識が飛んでたんだからね!?」
    「へ……そ、そう、だったんですかー?」
    「まったく! 意識がないまま飛んでいたのが奇跡的だよ、本当に!」
     そこまで言うと、カイリュー局長はギュッとラティアスを絶対離さないように更に強く抱きしめると、全身に力を込めました。直に伝わってくるカイリュー局長の体温がラティアスの冷え切った体を暖めていきます。
    「一気に、この吹雪を抜けるからね! いっくよー!!!」
     思いっきり一つ羽ばたいたかと思うと、カイリュー局長の体が一気に前進します。
     吹雪にも負けない力強い羽ばたきが空を切っていきます。
     こんなところに長時間いるわけにはいかない、一気に勝負をたたみかけるというカイリュー局長の懸命な羽ばたきのおかげで、なんとか吹雪を抜けることに成功しました。
     はぁはぁと息を切らせながら、カイリュー局長はラティアスを抱いたままユキワラシの故郷を目指していきます。
    「え、あの、カイリュー局長、私ならもう大丈夫ですよー!?」
    「駄目、さっきまで意識が飛んでいたんだから。このままユキワラシさんの故郷までそのままでいて」
     一向に解いてくれないカイリュー局長に、ラティアスの胸が高鳴っていきます。
    「べ、別の意味で意識が飛びそうですー……」

     吹雪を抜けてもう少しばかりカイリュー局長が飛んでいますと、やがて村らしきところが見えてきます。
     その村の入り口付近でカイリュー局長は降り立ち、ラティアスを降ろしますと、彼女の顔は若干赤めいていました。
    「大丈夫? 風邪でも引いちゃったかい?」
    「い、いえ大丈夫ですー」
     それから二匹がユキワラシの実家を探す為に聞き込みなどをしていますと、程なく、見つかりました。
     屋根がワラで敷き詰められている、木製の小さな家に、ユキワラシの両親は住んでいました。カイリュー局長とラティアスはあいさつした後、事情を説明し、それからユキワラシからの手紙を渡しました。ユキワラシの両親はその手紙を読んで、息子の無事に喜んだり、その手紙から少しずつ大人になっているユキワラシが伝わってきたのか、涙ぐむところもありました。そして桜の花びらの押し花には感動していました。
     手紙を読み終えた後、ユキワラシの両親に感謝されたカイリュー局長とラティアスはこの村での温泉宿を紹介してもらい、著しく体力を消耗(しょうもう)させた二匹はそこで休んでいくことにしました。

    「はぁー。気持ちいいですー。これぞ天国気分ってやつですー」
    「うん、とっても暖まるね。このまま疲れもとんでいきそうだ」
     その温泉宿にある、混浴の温泉でカイリュー局長とラティアスはくつろいでいました。露天式となっている、その温泉からは夜空の星や月がよく覗けます。
    「もう、夜になっていたんですねー。あっという間ですー」
    「うん、本当にあっという間だったね。ところでラティアスさん」
    「なんですかー?」
    「体の方は本当に大丈夫?」
    「はいですー。心配おかけさせてすいませんですー」
    「もう……吹雪の中をどうして突っ込んでいくの……僕、すごいヒヤヒヤしたんだよ?」
    「すいませんですー。どうしても届けたくてですー」
     なんとしてもユキワラシの両親に送りたかったというのもありましたし、必ず届けるとユキワラシと約束したというのもありましたが……しかし、カイリュー局長から「死んだら元も子もないでしょう」と言われたラティアスは口を閉じてしまいます。
     確かに危ないことをしたと反省するラティアスの首に、カイリュー局長の手がポンっと乗ります。
    「でもまぁ、よく頑張ったね。ラティアスさんももう充分、『カイリューの郵便屋』が板についてきたよ、本当」
    「カイリュー局長……」
     手紙を届けることの大切さや素敵なこと。
     それをラティアスに全て教えてくれたのは、他ならぬカイリュー局長でした。
     あの日から手紙も、カイリュー局長も――。
    「でも、まだまだなところもあるからね? これからもちゃんと郵便屋としてしっかり」
    「カイリュー局長」
    「ん?」
     湯煙でカイリュー局長には見えないかもしれないけど、ラティアスはカイリュー局長に向かって、頬を赤らめながら笑顔で言いました。

    「カイリュー局長、素敵なのですー!」  

     あの日、カイリュー局長がくれた手紙は今もラティアスの心を熱くさせています。




    【おまけ】

    「……それで、青三角と局長で温泉に泊まってきたと」
    「はいですー! 温泉最高ですー! もうお肌がスベスベになりましたですー! 時代はやっぱり温泉ですねー!」
    「…………」
    「あれ、ライゴちゃん?」
    「もしかして、怒ってるとか?」
    「あわわ! あ、あのライゴちゃん、温泉まんじゅうとかお土産はちゃんと――」
    「ええと、今度はフライゴンさんも一緒に――」
    「青三角、局長」
    「はいですー」
    「はい」 
    「…………覚えといて」

     この後、ラティアスとカイリュー局長はしばらく、居酒屋『大樽』でフライゴンにおごったとか、おごらなかったとか。


    【書いてみました】

     昨日のチャットにて、とある成り行きで、きとらさんからお題がドラゴンタイプだし、ミーハーラティアスで何かというリクエストを受けまして、今回、書かせていただきました。一応、ミーハーなラティアスを書いたつもりですが、いかがだったでしょうか。それと世界観はポケダンみたいな感じで書いていきましたが、ちょっと人間くさすぎましたかね……? その辺がちょっと心配したりしますが(汗)
     
     さて、今日で冬休みも終了……その前に書き切ることができて良かったです。書き始めからまさかここまで長くなるとは予想にもしなか(以下略)
     楽しんでいただけたら幸いです。

     改めて、リクエストを下さった、きとらさん、ありがとうございました。 

    ちなみに『ライゴちゃん』や『青三角』はお互いが勝手につけたニックネームです。なので地の文では通常通り『ラティアス』や『フライゴン』で書かせてもらいました。それとそれぞれの区切りとしてラティオスさんの手紙を書かせていただきましたです。

     ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

     それでは失礼しました。

    【何をしてもいいですよ】 


      [No.2178] あれ……? 投稿者:スウ   投稿日:2012/01/06(Fri) 00:08:16     86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ぼーっとしてる間に年が明けていました。
    出現率低いですが、今年もよろしくお願いします。
    以下今年の抱負。

    01.去年後半は「何もできなかった+何もしなかった」ので、今年はたくさん書きます。
    02.シロナとナナミちゃんの新作を書く。
    03.ムテヒヌー氏も再び登場させる。
    04.ストーリーコンテストにも挑戦する。
    05.新しい発見のために読みにも力を入れる。
    06.ムウマージを育てる。
    07.ハリテヤマをもう一度育てる。
    08.ファクトリーヘッドのネジキくんに勝つ(49戦目)。
    09.ダッシュハードル76.2秒を更新する。
    10.スマッシュゴール16点を更新する。


      [No.2177] この自販機欲しい 投稿者:門森 輝   投稿日:2012/01/04(Wed) 18:40:05     86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     コメントありがとうございます! 

    > 読んでてこの曲が頭の中でループして止まらなくなったのだよ
     晴れのち曇りのち雨のち雪のち晴れのち曇りのち雨n(ry

    > ゴルダックの関西弁の違和感が全くなくてどうしよう
     違和感ありませんでしたか! 自信ないので少し安心しました。

    > お正月から笑わせてもらいました。
     ありがとうございます! 

     最後にもう一度、コメントありがとうございました! 

    【無限ループって怖くね?】


      [No.2176] とりあえず 投稿者:海星   投稿日:2012/01/04(Wed) 18:38:21     99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    あけましておめでとうございます!

    ☆受験ガンバルゾー
    ☆あと二ヶ月で解放→ネタ解消に向かう
    ☆文章力を底上げしたい
    ☆とりあえず書きたい

    お題でもあるドラゴンにも手を付けたいですし!


      [No.2175] 気が付いたら年が明けてた 投稿者:久方小風夜   投稿日:2012/01/04(Wed) 17:54:25     99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ・頭の中で過発酵気味になっているネタの出力(9割自サイト用)
    ・あちこちに散らばっている小ネタのまとめ
    ・死なない

    何だかんだ今年が一番忙しい気がしますが、とりあえずの目標と言うことで


      [No.2174] 新しい年、と言うことで 投稿者:あゆみ   投稿日:2012/01/04(Wed) 11:40:23     95clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。(震災で被災された東北の方々のことを考えると言っていいのかどうか・・・)
    それでは私も今年の目標とやらを書いてみたいと思います。

    まずは、去年のログ消失で本棚までもが影響を被ってしまい、他のサイトに掲載しているものが展開を先取りしてしまっている格好のマサト達の冒険ですが、ジョウト第1部をまとめ上げて、第2部、最低でもアサギシティまで進められればと思っています。
    本当は去年のポケセン東北オープンにあわせて第1部をまとめられればと思っていたのですが、私自身、とりわけ11月と12月は大変忙しく、執筆する暇がなかったもので・・・(おい
    また、これと並行して書いているスペシャルエピソードも2、3作、またエクストラエピソード(オリポケを出している方です)はしっかりと完結できればと思っています。なるべく時間を見つけて書いていこうと思いますので、どうぞ温かい目で見守ってあげてくださいませ。

    次は、やはりマサト達の冒険だけにこだわらず、参加している皆様方に負けないほどの完全オリジナル作品でも書ければと思っています。
    不定期ながら短編でも書ければと思っているのですが、なにぶん皆様方のレベルが高く、私などとうていかなわないほどの実力の持ち主ですので、なかなか書けずにいます。ですがいつかはストーリーコンテストにも出せる作品を書ければと思っています。

    それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。


      [No.2173] なにこれかわいい 投稿者:紀成   投稿日:2012/01/04(Wed) 09:59:35     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    読んでてこの曲が頭の中でループして止まらなくなったのだよ http://www.youtube.com/watch?v=6TQl6wcrs5I

    ゴルダックの関西弁の違和感が全くなくてどうしよう
    お正月から笑わせてもらいました。


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