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ザンギ牧場は牧場主の男性と女性のおおらかな気質がそこいら中に漂っている気がする。
ようはそのくらいのんびりしていると言うことだ。
敷地内ではメリープがしっぽとモコモコの毛を揺らして円を描きながら追いかけっこをしている。
ヨーテリーたちは牧場主の夫婦の近くで、番犬としての使命はどこへやらと、すやすやお昼寝中だ。
牧場の敷地に住み着いている野生のポケモンすらも牧歌的な雰囲気に呑まれているようだ。
ミネズミが草むらの陰でぐてっと転がっていて、踏みつけそうになる。
あそこの草むらに、二つの対になった丸い影が見えるけれど、あれもミネズミだろうか。
ガサガサと草をかきわけながらそっちへ歩いて行ってみる。
「って、メイかよッ! なんでこんなとこでッ!」
「えーっと・・・・・・、宝探し?」
何故か疑問系で説明をするメイの手には、四角い緑の、大きなコンセントの先端みたいな形のダウジングマシンが握られていた。
「・・・・・・ここ人んちの敷地内じゃないのか?」
「だって、さっきおじいさんが見えなくてもいろんなものが落ちてるって言ってたから
・・・・・・牧場のおじさんと奥さんは別に落ちてたら拾って持って帰ってもいいって言ってたもん」
そう説明する割に、メイはダウジングマシンを肩にかけている鞄にしまいこんでしまった。
そんくらいですねるなよッ! とツッコミを入れれば、違うよお、とやっぱりどこかすねた声が返事をする。
「ヒュウちゃんが来る前にずっと歩いて探してたけど、もうなんにも落ちてないみたいだから。
このくらいにしとこうかなーって。もう足痛いし。だから休んで座ってたの」
「あっそ」
メイにならってドッカリと腰を落ち着けると、隣の幼なじみはえへへと笑う。
何がおかしいんだと言えば、ここっていつも気持ちがいいよね、とやっぱりニコニコしている。
「特に何か用があるわけじゃないんだけど・・・・・・牧場のおじさんや奥さんも優しいし、
なんとなくヒマがあるとここに来ちゃうんだよね」
「ああ、たしかにここはいいとこだよなッ!」
夏の暑苦しい日差しを木が遮って、キラキラと木漏れ日を落としているこの土地は、街にいるよりも涼しい。
木と木の間から見える空の雲は右から左に風に流されている。
流石に実行には移さないが、キャンプなんかも出来るかもしれない。
「わたしも大人になったら、こういうところで楽しく過ごしたいなあ」
「あてはあるのかよ」
「ヒュウちゃん一緒にやろーよ」
「オレかよッ?」
「ヒュウちゃんしか頼める人いないもん」
「あー・・・・・・まあそうだなあ」
ハリーセンみたいな髪をかきながら、ちょっと想像してみる。
メイと一緒に、のどかな土地で、ミルタンクやメリープに囲まれながらいつまでもいつまでも楽しく暮らす。
牧場の朝は早い。
メイは昔から早起きが苦手なのんびり屋だけれども、
牧場を運営するとなったら、頑張って早起きするだろう。
そして朝、朝食のパンやハムエッグなんかを用意しながら言うのだ。
「おはよう、あなた」と。
「・・・・・・考えとくっ!」
「えへへ、いい返事期待してもいいかな」
「さあなッ!」
何だかキュレムのこごえるせかいで頭を冷やしてもらいたいくらい恥ずかしくなったので、
ヒュウは自分の恥ずかしい想像を無理矢理取っ払った。
今はこうやって、親切な牧場主さんの土地で、幼なじみと一緒に、のんびり一休みさせてもらうだけでいい。
どこか遠くで、メリープのよく響くなきごえがしていた。
☆
空の大きなソルロックが目を覚ます前に、牧場主はさっさと起きなくてはならない。
だからまだ薄暗い空には、おはようを言う太陽さんもいないのだ。
さっさと服を着て寝室を出ると、おいしそうな匂いが鼻先をくすぐった。
「おはよう、ヒュウちゃん」
「・・・・・・おはよ」
既に着替えて髪まで整えたメイが、朝食をテーブルに並べながらニッコリと朝のあいさつをした。
それからすぐにムッとした顔になって、ヒュウのおぐしを指で直す。
やってみれば大変なこともいっぱいな牧場の仕事に、メイは根こそあげなかったものの、その指はだいぶ荒れている。
「別にいいじゃんッ! どうせ仕事がばたばたして髪どころじゃなくなるんだし、
大体オレの髪型じゃ、大して代わりやしないだろッ!」
「ダーメ! ヒュウちゃんの男前が、台無しになるもんっ!」
彼女なりに満足出来る範囲にヘアスタイルが決まったのか、メイはようやく手を離した。
それからヒュウがちょっとさびしくなるくらいパッと離れて、スッとイスを引いて手招きをする。
「さ、ご飯にしよっ!」
☆
「ヒュウちゃんおいしい?」
「ああ」
「そのタマゴね、ラッキーのたまごなんだよ。すっごくおいしいよね」
「うん」
「牛乳は、ミルタンクのモーモーミルクだし」
「ああ」
「ねえヒュウちゃん」
「ん?」
「幸せだね」
ニコニコしながら組んでいるメイの指には、籍を入れたのに指輪の一つもない。
長い髪を切ることまではしなかったけれど、
貴金属の類は誤ってポケモンたちが口に入れたりしたら大変だからと、普段の生活で身につけることはなかった。
彼女のポケモン好きは相変わらずである。
「・・・・・・そうだな。いーかげん、あなたって呼んでくれたら、オレも文句ねーよ」
「えー、だってヒュウちゃんはいくつになってもヒュウちゃんだもん」
「だってさ、それだとオレがむかし思い描いた想像図が」
「想像図がなーに?」
「な、なんでもないっ」
ヒュウはあわててクロワッサンにかぶりつき、野菜のスープを飲んで、今日もうまいなッ! と叫んで完全にごまかした。
単純な彼女はそれだけで幸せそうに微笑んで、ありがとーと返事をする。
さっきの想像図うんぬんは忘れてくれたらしい。ホッとした。
絶対に言えない。あの時つき合ってもいなかったのに、幼なじみの彼女が食卓で微笑んで、
おはようあなたと言ってくれるのを想像していたなんて!
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・ソーナノ
ソーナンスの進化前。
手に入れる方法は、ソーナンスに『のんきのおこう』を持たせてタマゴを作ること。
・ルリリ
マリルの進化前。
手に入れる方法はマリルに『うしおのおこう』を持たせてタマゴを作ること。
・ゴンベ
カビゴンの進化前。
手に入れる方法はカビゴンに『まんぷくおこう』を持たせてタマゴを作ること。
これらの種の共通点は近年になって発見されたということだ。
進化系であるソーナンス、マリル、カビゴン。
これらの種がもっと以前から知られているにもかかわらず、である。
――とある携帯獣の図鑑より
「まずはこれをご覧ください」
暗く静まり返った部屋の中で男がそう言うと、青年のとなりにあった光る大きな画面が切り替わった。それはどこかの地図を映しているようだ。それらは地区別に色分けされているようだった。
「これは各地域の森林の豊かさを示しています。最大を100として80以上は赤で、79から60はオレンジ、それ以下は黄色となっています」
地図上の色の分布を見ると赤はほとんどなく、オレンジが4分の1ほど、残りは黄色であった。
「次にこれをご覧ください」
聴衆が画面に注目すると、地図上に円柱の棒が現れる。円柱の長さはいろいろあったが青と緑の二つがあるようだった。
「青はカビゴン、緑はゴンベです。円柱の長さは生息頭数を示しています。このグラフが示すとおりカビゴンは赤の地域にしか生息していません。オレンジの地域にはゴンベが生息していますが、カビゴンは確認できませんでした。黄色の地域ではカビゴン、ゴンベとも生息は確認できませんでした。つまりこれらのポケモンは森の豊かさの指標となっているのです。では、次にこのグラフをご覧ください」
画面が切り替わった。
映し出されたのは黒い折れ線グラフであった。その折れ線グラフの値は年を追うごとに減少しており、回復の様子は見られない。急激に減っている箇所があり、近年では緩やかな減少が見られる。
「これは先ほど映し出した地域の森の面積を年で追ったグラフです。ちょうどこの20年あたりで急激に減っていることがお分かりになるかと思います」
青年がそう言うと、また別の赤い折れ線グラフが現れた。赤い折れ線グラフは森が急激に減りはじめたあたりで増加しはじめ、黒が勢いよく、低下している20年間の真ん中あたりで徐々に減り始めると、黒グラフの下降の勢いが低下したあたりで消えた。
「赤の折れ線グラフはこの地域のカビゴンによる農作物等の被害届け件数です。これは森林の減少によってカビゴンが人里に下りてきた結果であります」
男はここで一呼吸置くとまた続ける。
「被害届け件数は、この20年間の大規模な森林の減少に反比例して伸びていきます。そして、10年目でピークを迎え、その後は徐々に下がり続け、ついになくなった。それはなぜか…… その一つとして我々人間によるカビゴンの捕獲、もう一つにカビゴンの頭数そのものの減少が挙げられます」
男はここまで言うと、被害届け件数がピークとなった10年目を指差した。
そして、こう言った。
「そしてこの年は、ゴンベがはじめて発見された年であります」
聴衆内にどよめきが起きた。
画面に男が指差した点から、新しく緑色の折れ線グラフが現れるとそれは緩やかに上昇し、ある地点で安定し、緩やかに下降しはじめた。
「緑の線はゴンベの生息頭数です。さらに……」
今度は青い折れ線グラフが現れた。
それは緑が上昇しているのとは反対に下降した。ある地点で安定し、そして緩やかに下降しはじめた。
「青の線はカビゴンの生息頭数です。減少しているのがお分かりかと思います。とくに見ていただきたいのはこの部分です。生息数がゴンベの増加に従って、減少しています。まるでゴンベと入れ替わるように……」
聴衆がいよいよ騒ぎ始めた。
ついに一人が立ち上がってこう叫んだ。
「つまりあれかね! 君はこう言いたいのかね! 森林の減少の結果として、カビゴン内から新しくゴンベが生まれたと!」
「そうです。ゴンベ、という形態は追い込まれたカビゴンという種の苦肉の策なんじゃないでしょうか。体を小さくすればその分、エサは少なくてすむ。従来、カビゴンからはカビゴンしか生まれなかった。ですがこの急激な環境の変化、それがゴンベという新種を生んだのです」
男がこう答えたとき、会場内はついに収集がつかなくなった。
「まさか! ありえない!」
「いや、何しろ相手はポケモンのやることだからな」
「データの取り方はどうなっているんだ?」
「森の豊かさとはどういう基準か具体的にお教え願いたい!」
「そもそもカビゴンの生態というのはだね……」
「はぁ……、やっぱり発表するんじゃなかったかなぁ」
青年は、昼食のサインドイッチを握り締めながらため息をついた。
「あの後、質問の嵐でろくにしゃべれなかった……。ああでもないこうでもないって徹底的に突っ込まれるし、昼食買いに行っても、じろじろ見られるし……。俺、この先ポケモン学会でうまくやっていけるのかなぁ」
「そう落ち込まないで。突っ込まれるのは学会の常よ」
青年のとなりにいた若い女が声をかけた。青年がしゃべる横で画面を操作していたのは彼女であった。
「突っ込まれるのは何回やられても慣れないよ。本当に心臓に悪い……」
「そんなこといいから早く食べなさいよ。昼休み終わっちゃうわよ」
「ああ、そうだよ。あのまま俺の持ち時間はおしまいさ。せめて結論だけはちゃんと言わせて欲しかったなぁ」
青年はがぶり、とサンドイッチを口にほおばった。
ぼうっと会場の窓から空を見るとキャモメたちがミャアミャアと鳴きながら、窓から見える風景を横切っていくところだった。ポケモン学会は定期的にいろんな場所で開かれるが今回の会場は海が近いのだ。
鳥ポケモンはいい。空が飛べるから。飛べるならこの会場からすぐにでも飛んで帰りたい。
そんなくだらないことを考えながら、サンドイッチを飲みこんでふと横を見るといつのまにか青年の横に、もう一人の男が座っているのに気がついた。
青年が気が付いたことを察し、男は軽く会釈をした。傍らには一匹の大きな鳥ポケモン、ピジョットが立っている。その視線がどうにも手元のサンドウィッチに注がれている気がして、思わず青年はそれを後ろに隠してしまった。
「ははは。心配しなくてもダイズは大人しいから、人のサンドウィッチやメロンパンをとったりはしないよ。安心しなさい」
そう言って男はピジョットを撫でた。ピジョットがもう一度ちらりと青年のほうを見る。正直ちょっと信用できないよなぁと、青年は思った。結局サンドウィッチは一気に口にほおばって、飲み込むことにする。
「ああ、それはそうと、お隣お邪魔しますよ」
そんな青年の挙動と不信を気にする様子もなく男は言った。
「む、あが……はい……どうぞ」
口をむぐむぐさせながら青年は答えた。ごくりと食べたものを飲み込むとピジョットが諦めたように視線を外した。今度は男が長く伸びた冠羽の後ろを掻いてやる。するとピジョットはうれしそうに目を細めた。
青年の隣でピジョットに触れるその男は初老とでもいうのか、それなりに年を召している様子だった。顔に刻まれたしわや黒髪にまじった白髪、そして鳥ポケモンを撫でる手。それらがこの男の生きてきた時間を物語っていた。
初老の男はこの時を待っていたようだった。青年に顔を向け、彼はいよいよ話し始めた。
「貴方、あれでしょう。さっき発表していた方でしょう。ゴンベについて」
「え、あ、ええ……そうですが……」
今度は何を突っ込まれるのだろう。
青年は反射的に脳内で理論武装をはじめていた。
「まぁ、そう緊張なさらず……とは言っても無理かな。私もね、若いころはずいぶんと心臓に悪い思いをしたもんだよ」
どうやらこの初老の男も学会で発表する人間のようだった。この年なら相当な修羅場をくぐってきているのだろうと青年は推測した。
しかしあれだな。自分のことがせいいっぱいで誰が何を発表するなんてろくに調べてないぞ。誰だろう……この人……。と、青年は焦った。ああ、まずったなぁなどと内心に呟くものの、そんなものは後の祭りだ。
男は助けを求めるように反対側にいた女に目くばせしてみたが、女は「そんなことまで、知らないわよ?」というようにジェスチャーするだけだった。
「それでね、話の続きだけど……私はなかなかおもしろいと思うよ。貴方の説」
「え! あ、そ、そうですか! ……恐縮です」
自分の考えていたこととまったく違う言葉がきたもので青年は戸惑った。が、自身の説が評価されたのは単純に嬉しかった。
「会場内をあれだけ騒がせるとは、お若いのにたいしたものだ」
「い、いえ……それほどでもないです。突っ込まれてもほとんど答えられなかったし…… 第一どれくらいの方が支持してくださるか……」
「なぁに、新しい説っていうのはそんなものだよ。今は定説になっているものだって、発表当時は認められなかったものが多いからね」
「……僕のがそうだとは限りませんよ」
「今はまだ認められないかもしれない。なにせまだまだ証拠不足だからね。だが、君の説が正しいのなら後に続く研究がそれを証明してくれるさ」
「いえ、その、あの説は別に否定されてしまったって構わないのです。でもポケモン学会はいろんな分野の方がいらっしゃるから。だから何かのきっかけになればそれでいいと思っています。僕が言いたいのは……彼らの住む世界そのものが失われているということです。近年のデータではカビゴンはもちろん、ゴンベの数まで減ってきている。以前まではゴンベという形をとることでなんとかしてきた。でも、それももう限界でしょう……」
「なるほどね」
初老の男はそう言うと窓の外の風景を一望した。窓の外では相変わらずキャモメたちがミャアミャアと鳴いている。
この人になら聞いてもらえるかもしれない。男はさらに自分の考えを話してみることにした。
「ゴンベが発見された年の少し前に、ルリリやソーナノ、いわゆる『進化前』と言われるポケモン達が発見されています。これについてはまだ調査中ですが、もしかしたら関係あるのかもしれません」
「ああ、そうかもしれないね」
「僕は野生のゴンベを見て育った世代でして。だから野生の、大きなカビゴンが見てみたい、そう思っているんです。でも、そのためには僕が生まれる前の豊かな森が必要で。だから僕はそれを証明したいんです」
青年は言った。それは彼の願望であり、夢だった。
そんなものポケモンリーグでいくらでも見れるじゃないか。
まわりの大人達はみんなそう言った。けれど少年が見たいのは野生のカビゴンだった。豊かな森でゆったりと昼寝をするカビゴン。それが少年が夢に見た景色だった。
「うむ、私もね、大きなポケモンは大好きだよ」
初老の男がうんうんと頷くと自分のバッグをごそごそとかき回しはじめた。
そして一枚の紙を取り出した。
「私の専門は海のポケモンでね、君の説を後押しできるかどうかはわからないがこんなデータがある」
初老の男は、その紙を男に渡すと、それが示す内容について説明しはじめた。
「いいかい、これは僕が依頼されてある地域のあるポケモンの生息数を解析したものなんだ。この緑の折れ線グラフがホエルコ、青の折れ線グラフがホエルオーだ。このグラフはここ何十年かの生息数を追っているものなんだが……」
そう言って初老の男はある部分を指差した。
「ほら、この年からホエルコが増えて、ホエルオーが減り続けているでしょう。誰かさんのデータと似ていると思いませんか」
「…………」
「私の考察ではね、エサの不足でホエルオーに進化できないんじゃないかと思っているんです。ホエルコのままならホエルオーよりは食べないからね。この海域のエサの減った原因は森林の破壊ではないかと私は睨んでいる」
ここまで初老の男がいうと今度は女が口を開いた。
「あの、それが森林の破壊と関係あるのですか? ホエルコやホエルオーは海のポケモンでしょう?」
初老の男が答える。
「おおありですよ。地域によって差異があるのですが、この海域のホエルオーのエサは主に海のプランクトンなのです。それを育てているのは海中にある養分だ。その養分はどこから来ると思いますか?」
初老の男の質問に、こんどは男が答えた。
「森です。木から落ちた葉など養分となって、河に流れて海へ届くんです」
「そのとおり。だが一種だけじゃまだ弱いからね。他の海のポケモンでもデータを集めてみようと思ってるところだよ」
初老の男はその答えを待っていたかのように言葉を返した。
そして腕時計を見るとバッグを持って立ち上がった。
「さて、そろそろ昼休みも終わりだな。次は私が発表する番でね。お先に失礼させていただきますよ」
初老の男は会場に向かって歩き出した。その後ろを鞄をくわえたピジョットが冠羽をたなびかせ、トコトコとついていった。その様子を二人の男女はぼうっと見ていたが、にわかに男の方が立ち上がって初老の男の後を追った。
男は先ほど立ち去った男に追いつくと同時に話しかける。
「あ、あの、僕はモリノといいます。貴方のお名前は?」
初老の男はゆっくりとふりむいて、にっこりと笑った。
「継海……ツグミトシハルです」
どちらかだったか一方が手を差しのべると、二人は握手を交わした。
直後、会場側から初老の男を呼ぶ声がした。
「ツグミ博士、何やってるんですか! もうすぐ始まっちゃいますよ!」
どうやら声の主は博士の助手のようだ。
「私はね、かの海でも昔のように大きなホエルオーを見たい、そう思っています。その海を見て育つ子ども達にもそれを見せてあげたいってね。彼らは森からやってきます……また、お会いしましょう」
博士はそう言うと聴衆が待つ会場へと消えていった。
男が見送る後ろから、女がやってきて学会のプログラムを開く。二人はその内容について言葉を交わすと、博士が消えていった方向に向かって歩き始めた。
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