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<過去・1>
一メートルぽっちの体高のポケモンが、五十メートルはある灰色の壁に見えた。
一瞬は飴細工のようにぐにょんと伸びて、けれど求める形に縮まないような、そんな予感が延々としていた。
自分を包んだ腕は、母のものだった。
伸び切った一瞬が、プツンと切れて。
そして、腕の中のヤヤコマが、飛び立った。
<ミアレシティ、カフェ・ソレイユにて>
暗緑色のタブレットの大きな盤面に、ボタリ、ボタリと滴が落ちた。
細い足の白いテーブルの端っこに、コーヒーがそっと入り込んだ。
ミアレっこの足音は、近づいては遠ざかる。
サイコは――この前アサメタウンを旅立って、今はミアレシティのカフェ・ソレイユのテラス席に座っているこの少女は、レポートを目の前にして、そのレポートに文字は一つも書かれないまま、泣いていた。パートナーのフォッコが不安げに彼女を見上げる。それにも構わずに。
白いテーブルの端っこに、二杯目のコーヒーが入り込んだ。
「相席、よろしいかしら?」
その声に、やっとサイコは顔を上げる。そこにいたのは、今さっき別れたばかりの、カルネその人であった。カロス地方で知らない者はいない大女優を目の前に、その人に二度も話しかけられた奇跡に、……サイコは自分の顔がぐしゃぐしゃであることに気づいて、伏せてしまった。
「無理に顔を上げなくていいわよ」
びくついたサイコの肩にかけられる言葉は、まさしくサイコの心象を見透かしたもの。そんな見透かせる程度の心根が卑しくて、またその程度の心根で、カロス地方の誇る大女優に気を遣わせてしまったことが情けなくて、サイコはまた泣きそうになった。ただ堪えたのだ。泣くのもみっともなかったから。
カルネの大きな目が、強い力でもってサイコを見ていた。それは顔を上げなくとも、何故か分かった。広い帽子の鍔に半ば目隠しされているのに。人の目の持つ力は、フィジカルに規定される五感を時折飛び越える。そしてサイコの目にそんな力はなかった。そのことは、サイコ自身でよく分かっていた。
「あなたのことが、気になっちゃって」
カルネは視線をサイコに注いでいた。それはサイコの心胆を暴いてやろうとかそういうものでなく、カルネがサイコのことに注意を払っているというそれ以上の意味がなくて、なんで人にこんな感覚を味あわせるんだろうこの人は、とサイコは羨望をもってその視線を浴びていた。
二つのコーヒーカップの内の片方が、中身にさざ波を立てる。真っ白の角砂糖は黒いコーヒーの中に消えた。
「さっき、カルムくんに追い越されてね。彼、機嫌が悪いみたいだったから、何かあったのかと思って」
カルネの視線は変わらずサイコに注がれていた。目の力が、サイコの心をつつき回した。これにはサイコも、自分の固く閉じた心の殻が緩むのを感じて、くすぐったくなった。それでも数年がかりで“殻にこもる”を積み上げてきた防御は、簡単に陥落しない。でも、だ。サイコの意志に反して、それとも意思に従って、サイコの幼い唇は、緩んだ殻の隙間から、ポツリポツリと言葉を零し始めたのだ。
「カルムくんと、喧嘩、したんです。喧嘩っていうか、わたしが、悪くて。
あの後、カルムくんと、このカフェで、ちょっと喋ったんです。その、大体、主に、カルムくんが。その、……研究所で、わたしのバトルを見て、……だから、その。カルムくんが、わたしのバトルを見て、それでわたしが強そうだから、競争しようって。どっちが強くなるの早いか、競争しようって言ったんです。でもわたし全然強くなくて。だから、その、競争も苦手だし、やめとくってわたし言ったんです。それで、カルムくん、怒っちゃって」
降り始めには弱くとも、数滴の後に強まる夕立のように、サイコの言葉はだんだん流暢に、話すにつれてつっかえもなくなっていった。それから堰もなくなった感じで、サイコは立て続けに話した。
「レポートを書きなさいって言われて。あ、プラターヌ博士の研究所で、わたし、プラターヌ博士からポケモンを貰ったから、だから、プラターヌ博士に旅の経過が分かるように、レポートを書きなさいって言われたんです。でも、さっきのことも書かなくちゃいけないって思ったら」
そこで言葉は消えた。サイコはきょとんとした。逆さまにしたコップから水が落ちてなくなるように、言葉は出てこなくなった。サイコは空っぽになったコップを確かめるように、白いテーブルの上を、二度、三度見た。空になっていたのはカルネのコーヒーカップだけだった。
「そう」
とカルネは微笑んでから、ちょっと見せて、と言ってサイコの前の暗緑色のタブレットに手を伸ばした。へえ、これがレポートになるんだ、と驚いてから、私の頃は手書きだったのよとおどけてみせて、裏表のないその語りに、サイコはどうしてこの人はこんな気持ちに人をさせるんだろうと、そんなことを主に考えていた。
「はい」
暗緑色のタブレットをサイコに返してから、カルネは言った。
「レポートって、気負わなくていいのよ。自分の好きなこと、書きたいことから書き進めれば。
今は思い出したくないこと、嫌なことでも、後から、『意味があったな』って思って、書き加える時が来るかもしれない。それでいいのよ。台本だって、時系列のばかりじゃないんだから」
最後のは、自分の為に付け足してくれた言葉だと、サイコは察した。カルネの言葉だけではあやふやに感じていたサイコに、カルネは自分の職業と紐付けて、納得できるだけの言葉にしてくれたのだ。その厚意を手落としたくなくて、サイコは「ありがとう」と呟く。
本当は、「ありがとうございます」って、丁寧に言いたかったのだ。でも、サイコの口から出てきたのは、かすれかすれの「ありがとう」たったそれだけで、でもカルネは分かってくれるだろうという甘えがあった。
「いいのよ。こちらこそ、素敵な時間をありがとう」
その言葉に耳を疑ってサイコが顔を上げた時には、もうその人はいなくなっていて。チェックと一緒に伏せて置かれたコーヒー代と、千円のチップが、もう夕暮れ時のミアレシティの風に揺れていた。
サイコの頭の中で天秤が、さっきのは夢……現実……夢……というように手を振り振り落ち着かない様子をしていたけれど、やがてその秤は現実の方に傾いて、サイコははっとしてレポート用紙代わりのタブレットを見た。そして足元のフォッコを見て。
「書きたい時なら、君と会えた時だよねえ」
のんびりした口調でそう言って、付属のチョークに似たペンをタブレットの上に走らせ始めた。
サイコが無意識に落としたコーヒー受けを、フォッコががりがりと齧っている。
『わたしがフォッコと出会った時の話を書きます。
わたしはフォッコと出会う前に、サナちゃんと、ティエルノくんと、トロバくんと、それからカルムくんに出会いました。
カントー地方から引っ越してきて急だな、と思ったけれど、でも、となり町のメイスイタウンに行って、そこで、ポケモンを貰いました。服は、お母さんが選んだ、黒と赤のワンピースを着ていきました。あまり似合わないなと思いましたけれども、自分で選ぶのもセンスがないので。
その時、ティエルノくんとトロバくんはもうポケモンを貰っていたので、わたしと、サナちゃんと、カルムくんの三人が、三匹のポケモンを貰うことになったのですが、その時に、ちょっと困ったことがありました。サナちゃんとカルムくんとわたしで、ポケモンを選ぶ順番のことだったのですが、サナちゃんとカルムくんは、わたしはカロス地方に来たばっかりなので、わたしが一番にポケモンを選ぶといい、と言って順番を譲ってくれました。でもわたしは、この地方に来たばっかりで、思い入れのあるポケモンとかもいないし、だから後でいいよ、と言ったのです。それでしばらく、誰が最初にポケモンを選ぶか、譲り合い? みたいになったのですが、結局わたしが選ばないので、カルムくんがハリマロンを選んで、サナちゃんがケロマツを選んで、わたしはフォッコを選びました。
だから、自分で選んだわけではないのですが、でも、わたしはフォッコでよかった、と思っています。
フォッコのボールを受け取って、カルムくんはすぐ、バトルしよう、と言いました。わたしはそれを断って、みんなから離れて、フォッコをボールから出しました。さっき、ポケモンを受け取った場所の近くでは、カルムくんのハリマロンと、サナちゃんのケロマツが、バトルをしているようでした。
わたしはフォッコに、「ちょっと動かないでね」と頼みました。フォッコはわたしの言うことを聞いてくれて、石畳の上で、ぴったりと伏せました。わたしはしゃがんで、しゃがみ歩きでフォッコに一歩近づき、息を吸い込んで、それからまたしゃがみ歩きで一歩近づきました。フォッコに近づくと、温度が上がったような気がしました。フォッコは不思議そうな顔をしていたみたいでしたが、わたしが動かないでねと言ったのをよく聞いてくれて、石像みたいに動かないでいました。そうやって十分に近づいた後、フォッコはじっと動かず待ってくれていまして、わたしはフォッコの耳の後ろを、嫌がらなさそうなところだと判断して、触りました。それで、自分の金縛りが解けたみたいに、気が軽くなりました。
「よろしくね、フォッコ」そう言って、フォッコを抱き上げました。
いつの間にかトロバくんが隣にいました。「フォッコと仲良くなれたんですね」とトロバくんが言いました。わたしは、みんなから離れていたのに、それでもトロバくんが話しかけてくれて、嬉しくなりました。トロバくんはフォッコは炎タイプだとか、小枝が好きでおやつにするといいとか、色々教えてくれました。それから、そういうことはポケモン図鑑で調べてみるといい、ということも教えてくれました。それから、フォッコに名前はつけないんですか? と聞かれました。ポケモンの名前のことまでは考えてなかったし、急に言われてもいい名前が思いつかないし、それでわたしが困った顔をしたのだと思います。トロバくんと、それからティエルノくんと、バトルを終えたサナちゃんもやってきて、みんなでフォッコの名前を考えてくれました。それで、太陽みたい、という意味の、サニーになりました。
それから、サナちゃんが、わたしの呼び名を決めよう、と言いました。サナちゃんは、サイぴょんなんてどうかな、と提案しましたが、わたしがさっちゃんがいい、と言ったので、さっちゃんになりました。今レポートを書いていて思ったのですが、さっちゃんという呼び名は、サナちゃんと似て聞こえるのではないでしょうか。それでも、さっちゃんで決定、と言ってくれたみんなには、感謝の気持ちでいっぱいです。』
サイコのペンは動き続ける。ハクダンの森を越え、一番目のジムで勝利を収め、ミアレシティに辿り着く。そこで迷いながら、プラターヌ博士の研究所まで行ったこと。そこでちょっと困ったことがあって、カフェ・ソレイユでもまた困って、そこでカルネさんに出会って、勇気づけられたこと。カルネさんが、レポートは書きたいことから書けばいいよ、と言われたから、レポートを書き出せたこと。全部束ねて連ねる間に、コーヒーがそっと、温かいものに差し替えられた。
こんばんは。マコです。この話、色々な意味で怖いですね。
それと同時に、Cの話でだいぶ笑いましたが。
ご飯を腐らせたら確かにまずい、というか悲劇ですよね。
昔、某番組で8ヶ月放置していた炊飯ジャー(もちろん、中身込みで)が出されていましたが、それと同じくらいの衝撃でしょうか。
今回の話ではっきり言えること、それは、
「男3人(学生)集まると、必ずバカなこと引き起こすよな」
ということです。
緑の体が橙になる。
青々と茂った角が、赤く燃える。
驚く人間と、平然と餌を食べる彼ら。
自然界の道理。
気がつけば風は少しだけ優しくなり、空も高くなる。
太陽は駆け足になり、月が煌々と闇夜を照らす。
――――――――――――
今日で立秋とか言ってたので。
人はあまり感じないけど、ポケモンは風とか光の加減とかに敏感で、そういうのを感じ取ってシキジカ、メブキジカは姿を変えるんじゃないかなー……と。
しかし便利だな百字シリーズ。これ九十字くらいだけど。
ネタはあるのに長文が思いつかない時に丁度いい。
先生! 怖がればいいのか笑えばいいのかわかりません!
> 部屋の灯りを消し、代わりにランプラーをちゃぶ台の上に浮かべる。その青紫の弱い灯りは独身向けの狭い部屋でさえ隅々まで照らすには至らず、しかし「こわい話」をするにはふさわしい雰囲気を作り出した。
怖い話をしながら生気を吸い取られる気がしてならない!
ん? もしかしたら寄ってきたよくないものを消してくれるのだろうか?
いや、今回の話の内容だと霊も寄って来ずに逃げるかwww
とりあえずA、Cの話とBの話の間の温度差が半端ないですね。
いやどれも怖いんですが。怖いんですがw
なぜか笑いが止まらないwww
とりあえず、腐海の森と化していたであろうCの炊飯器に幸あれ。
少し間をおいてマサポケに来てみたら【納涼】の文字が見えてアイスティー吹いた。
これは素晴らしい納涼小説。
最初遺跡をズイの遺跡だと思ってて、お姉さんのことをしばらくアルファベット型のあいつらだと思い込んでいた残念な奴はこちらです(
>――ポケモン、好き? ポケモンになってみたいって、思う?
ここで「ん?」となって
>「いいの、あのぬいぐるみはリカちゃんにあげる。だって私はもう、大切なものを取り換えて貰ったんだもの。今あるものだけで十分幸せよ」
ここでぞわっときて
> 私は今、すごく幸せよ。あなたは、どう?
>
> 小さく呟いて、少女は薄い笑みを浮かべるのでした。
ここでぞぞぞぞーっ。
ひぃー、こわい! とても素晴らしい! 素晴らしく涼しい!
「トリック」は「とり憑く」とかけてるのかと思ったら技の方でしたか!
魂入れ替えとはなるほどです。怖いです。大好物です(
> まだまだ長い夏の夜、もっとたくさんの「ぞわっと話」が読めますようにと願いを込めて。
堪能させていただきましたフヒヒ。
本当にありがとうございますー!
タグ: | 【2012夏・納涼短編集】 【デスマス】 【ミイラ取りがミイラに】 |
あなた、好きなポケモンっている?
私はそうね、やっぱりパートナーでもあるし、プリンかな? まあるくてふんわりして、抱きしめるとふかふかなの。
もしたくさんのプリンに囲まれたりしたら、ふわふわ柔らかできっとすごく気持ちいい! 想像するだけで幸せ!
彼が好きなのはゴーストポケモン。その中でも、特にデスマスが好きだった。
最初はちょっと不気味だな、って思ってたけど、見てみると案外かわいい顔してて、ゴーストタイプも思ったほど怖くないんだな、と思った。
「当時の人たちは、死後の復活の準備としてミイラを作っていたんだ」
彼はよくそんな話をした。彼は古代文明とかそんな感じのものが好きだった。
私たちが出会ったのも、たまたま行った博物館でやっていた、古代文明展みたいな会場だった。
「えー、でも、生き返ったとしても、あんなかっさかさの身体じゃ嫌じゃないかな?」
「あはは。こっちの世界で、ってわけじゃないんだよ。ここで言う「復活」っていうのは、「死後の世界の楽園に復活する」っていう意味なんだ」
「死後の世界に復活???」
「その文明に出てくるとある神様は、先代の太陽神から地上の統治を任されたんだけど、その弟が権力を手に入れるために、兄であり新しい王であるその神様を殺してばらばらにしてしまうんだ」
「ふんふん」
「神様の妻はその死体を集めて復活の儀式を行った。神様は生き返ったけれども、集めたパーツが足りなくて、また死んでしまう。そしてその神様は、死後の世界を統治するようになった」
「ほうほう」
「この宗教の基本となる考え方は、死と再生だ。例えば、この宗教は基本的には太陽信仰なんだけど。太陽は日の出とともに産まれて人々の住む地上の世界を船に乗って旅し、日の入りと共に死んで死後の世界である地下を船に乗って旅し、翌朝また産まれる、というサイクルをたどっていると考えていたんだ。死と再生を永遠に繰り返すわけだね」
「はー」
「人間は死んだら審判にかけられる。生前に正しい行いをした人は神様と融合して、死後の世界にある永遠の楽園で、第二の人生を歩めるんだ」
それはいいんだけど、と私は彼の周りをふよふよと飛び回るデスマスを目で追った。
「それとミイラとどういう関係があるの?」
「死後の楽園に行ったあとも、魂はこちらの世界へ定期的に戻ってこなければならない。そのために、肉体が残っていなければならないんだ。肉体が失われると、魂はあの世から戻ってこられなくなる」
「お盆に迎え火たくようなもの?」
「……う、うーん、どうなんだろ……似たようなものなのかな……? うん、まあ、そういう感覚でいいんじゃないかな? 多分」
どうかな? と彼は傍らのデスマスに尋ねた。さあ? と言うようにデスマスは首をひねった。
彼の家には、何十匹ものデスマスがいた。
みんな金色の仮面を持っているんだけど、よくよく見てみると、その子たちはそれぞれ顔が違った。
「個性があって面白いだろ」
彼は言った。
大人。子供。男。女。黄金の仮面には、色々な顔が映って見えた。
「最近は没個性な顔の子が多いけど、やっぱりこういう子たちの方が僕は好きだな」
磨き布で仮面を拭いてあげながら、彼はそう言って笑った。
彼の家は大きなお屋敷だった。
地下室は危ないから入ってはいけないよと言われていたけど、そもそも広すぎて地下室の階段がどこにあるのかもわからなかった。
その日。
彼の家に行ったけど、彼はいなくて、デスマスもいなかった。
屋敷をうろついていると、床のタイルが不自然にずれているところがあった。
外してみると、地下へと続く階段が現れた。
私は鼻をつまんだ。何とも言えない異臭。
地下はひんやりとしていて、空気がとても乾燥していた。
顔がパリパリになりそう、と思いながら奥に進むと、少し広い部屋に出た。
床に散らばった白い粉と乾燥した草。
壁に飛び散る赤茶色の染み。
麻布にくるまれた「何か」の山。
何、これ。
胃の辺りからすっぱいものがこみ上げてきて、私は慌てて口を押さえた。
「――その昔、ミイラは薬として使われていたんだ」
背中の方から声がした。
私はびっくりしてとびのいた。
数え切れない金色の仮面と、手にナイフを持った男の人が立っていた。
「埋葬されているミイラの周りには、死後の世界で生活するための副葬品が山ほどあってね。それを狙って、ほとんど全ての墓に墓荒らしが入ったんだ」
「ミイラ本体もほとんどが持ち去られ、粉々にされて、薬としてかなりの数が消費されてしまった」
「それじゃあ、死者の魂はどうなるんだろう」
「この世に戻ってくるためには、身体が残っていなければならない。でも、その身体は失われてしまった」
「戻ってきた魂が、行き場を失ってしまったんだ」
「デスマスというポケモンが発見されたのは、その頃のことなんだ」
「知ってる? デスマスが持ってる仮面はね、生前の自分の顔なんだ」
「だけどデスマスもポケモンだからね。デスマス同士の間で卵が出来て、そこから増えることの方が今は圧倒的に多いんだよ」
「そういう子たちは、何とも言えない無個性な顔をしてるんだ。「生前」がないから当然だね」
「でも、やっぱりさ。個性がある顔の方が楽しいだろ?」
「だけどなかなかいないんだよ。ミイラなんてもう作ってないから、当然かもね」
「だから、考えたんだ」
「いないなら、自分で作ってしまえばいいや、って」
「何、怖いことなんか何もないよ。むしろラッキーだと思えばいい」
「だって君は、これから永遠の楽園に行くんだから」
「こっちに戻ってきたらもう身体はないと思うけど、心配しなくてもいいよ」
「ボールに入れちゃえば、衣食住、何の問題もなくなるんだから」
「大丈夫。僕がずっと、大事に育ててあげるからね」
白い刃がきらりと光る。
私は慌てて逃げる。私が立っていた場所に、ナイフが振り下ろされる。
パニックになりながら、私は腰からボールを取った。
「プリンちゃんっ!」
ぽん、とボールが割れて、ピンク色の風船が飛び出す。プリンは大きく息を吸い込んだ。
私は両耳をしっかりと塞いだ。
「『ハイパーボイス』っ!!」
耳を塞いでいても鼓膜が破れそうになる、高周波の爆音。
彼も思わず耳を塞いだ。彼の周りを漂うデスマスも一瞬たじろく。
ゴーストタイプにダメージがないことは百も承知。だけど、ほんの一瞬だけでもひるめばいい。
私はすぐに踵を返して、全速力で地上へ走った。
そして二度と、彼の屋敷には近づかなかった。
彼と出会って、何回目かの夏が過ぎた。
通りがかった博物館では、古代文明の特別展をやっているようだった。
でも私は、もう一生入ることはできないと思う。
この町では、今年に入ってもう5人、行方不明者が出たらしい。
(2012.8.6)
小学校の図書館にあった、たかしよいちの考古学漫画が読みたい今日この頃
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