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肖像権……と言うと何だかややこしいが、簡単に言えば『顔を晒すこと』への問題点だ。
たとえば、トレーナーがポケモンと一緒に写真を撮り、それをポケッターに載せるとする。それは全世界に向けて配信されている物と同じで、当然億単位の人がそれを目撃することになる。
近年、トレーナーが顔写真を載せたことで、全く見知らぬ人から話しかけられて驚いた、または恐怖を感じたという話が出てきている。また、『これから○○に行くよ』などという呟きと共に写真をツイートすると、当然見た人間は『この人、○○に行っているんだな』と認識することになる。
以前、とある有志の実験で『ポケッターのアイコンに顔写真を載せている人を探してみた』という物があった。彼らはそのアイコンと、当の本人の呟きを元に、その本人を見つけるということをしていた。
結果は上々。五人ほどやったのだが、一人を除く四人を見つけることができた。
このように、いざ探そうと思えば、簡単に見つけてしまえるのだ。
さて、もう一つ。
トレーナーの肖像以外にも、問題になっている物がある。
それは、ポケモンだ。
自分のポケモンの写真を載せたことで、それが全世界に知れ渡ってしまい、密漁団に奪われてしまった……という恐ろしい話がある。
『うちのウィンディ!エースポケモンで、すごく強いよ!』という呟きと写真を載せた次の日、異常なポケモンコレクターがいきなりやって来て、ポケモンを譲って欲しいと言われたという。もちろん断ったが、同じような人間が続々と現れ、しまいにはボールごと奪われそうになったらしい。
このようなことから、ポケッターにおける肖像権はトレーナーだけでなく、ポケモンにも適用されるのではないか、という意見もある。
様々な情報が飛び交い、自分も発信者になれる便利なSNSだが、その使い方を今一度考えてみる必要がありそうだ。
ユウキ君へ
お久しぶりです。元気にしてましたか?
私もお父さんも元気に毎日過ごしています。
ユウキ君が旅に出てから、ホウエン地方も少し変わっています。
結構ニュースになっていたから、ユウキ君も知ってるかな?
ポケモンリーグのチャンピオンが、ダイゴさんからミクリさんに変わりました。それに伴って、ルネシティのジムリーダーには、ミクリさんの師匠のアダンさんが就任されたそうです。ルネシティに行った時に、少しお話ししたけれど、ミクリさんに負けず劣らず水ポケモンへの大きな愛情を持ってる方でしたよ。
後もう一つ、バトルフロンティアという施設が建設中です。バトルをする人のための、特別な施設だそうです。選ばれた強いトレーナーだけが招待される仕組みになっていると聞きました。バトルがとっても強いユウキ君にぴったりの場所かもしれませんね。
ユウキ君はきっと、見知らぬ土地で毎日頑張ったるんだなと思って、私も元気付けられてます。
こちらはそろそろ梅雨が明けそうです。また、夏が始まりますね。
今度、ユウキ君に会えるのを楽しみにしています。
ハルカより
ポケモンセンターに立ち寄った時に、この手紙をユウキは受け取った。可愛らしい薄い水色の封筒は、これから始まる夏を感じさせる。中の便箋も青を基調とした、海の絵が書かれていた。
すっかり季節は夏に向かっているのだと、この手紙から分かった。彼が今いる場所は、手紙の送り主のいるホウエンから更に北に行ったところ。夏の訪れは疎か、ようやく春に差し掛かったところだ。
「手紙送ってくれるのはいいけど、ハルカのことほとんど書いてないよね」
もう一度手紙を読み直し、彼はため息をつく。ホウエンのことを教えてくれるのは嬉しいが、彼女自身のことも知りたい。
「返信にいっぱい質問書いちゃおうかな」
そうつぶやき、彼は丁寧にハルカきらの手紙を折りたたむ。そして、少し悩むと、ユウキは、彼が愛用しているリュックから、筆箱とレターセットを取り出した。レターセットは彼が旅に出る時、母が持たせてくれた物だ。だが、今までこのレターセットを使って手紙を書いたことはなかった。いつもは、宿泊したポケモンセンターに置いてある、その土地特有の絵葉書を送っていたのだ。しかし、絵葉書では書きたいことが今回は書き切れそうになかった。そのため、今回はレターセットを使おうと思った。
いくつものペンが入っている筆箱から、シンプルなボールペンを取り出す。紙にペン先をつける前に、一度くるりとペンを回した。彼が文章を書き始める時の癖だ。
Dear my friend
彼のいるイッシュの言葉を使って書こうと、ペンを持ち直す。Dearまでペンを進めた時、ふと彼女の姿が思い浮かんだ。
赤いバンダナをつけて、いつも自分の前に立っていた。でもいつしか、自分は彼女と並んで、そして追い抜かしていって。
「ディア、マイフレンド」
自分が書こうとした言葉を、思わず呟いた。
「あれ……」
止まってしまった自分の手は、彼の心を映しているようで。
ーーそれじゃあ、何も書けない
通学途中に思いついたネタ。
アルファオメガ楽しみなのです。
…………。……。はっ。あっ、はい、乗られるんですか? あ、ありがとうございます! 毎度、ミアレタクシーです! どちらまで乗っていかれます?
カフェ・カンコドール? ちょっと遠くですね。料金がお高くなりますけれども、構いませんか? はい、よろしいならそれで。
そんじゃ、行きますよー!
……ところでお客さん、えーと、その。もしかしてこの前カロスチャンピオンシップに出場されていた方じゃありませんか? あ、そうですか、やっぱり! あの大会、テレビ中継されていたでしょう。それで、もしかしたらと思って。優勝おめでとうございます! いやあ運がいいなあ、チャンピオン様を乗せる機会があるなんて。……え、その呼び方はやめてくれって? 失礼しました。でもこういう時はタクシー運転手やっててよかったなあって思うモンですよ。同僚なんかあのポケウッド女優のカルネさんを乗せたって散々自慢して舞い上がってたことがあります。よっぽど嬉しかったんでしょうね。今ならその気持ちがよく分かります。大丈夫ですよ、私はそんなことしませんから。胸の内にしまっておきます。
それにしてもお客さんのポケモンバトル、すごかったですよねえ。私はトレーナーとしては全然なんですが観戦は好きなもので、自分で言うのも何ですがなかなかコアな方の観客だと思うんですよね。何せ観戦歴15年、その間の歴代のチャンピオンだけじゃなく敗退した挑戦者の名前と手持ち、覚えてる技とかそれぞれの逸話まで全部言えるくらいです。女房には一緒に見てるといらない蘊蓄まで語るって逃げられちまいますが。……まあそれはいいや。それでも、あれだけハイレベルな戦いは初めて見ましたよ。
ところで、テレビで見てからずっと気になっていたんですが……お客さんのジュペッタ、何か、フォルムチェンジ? ……してましたよね。バトルが終わったときに映ってたのだと、また元のジュペッタに戻っちゃっていたみたいですけど。あれは一体なんだったんだろうって、観戦好き仲間と話したり、調べたりもしてみたんですけど結局何なのか分からなくて。なんだかそこだけスッキリしないんですよねえ。
もしよければ、あれが何だったのかこっそり教えていただけませんか?
大丈夫です、他には誰にも言いませんから。私一人の胸に留めておきますって。
……いいんですか!? やった!
ほうほう、あれはメガシンカっていうんですか。メガニウムやメガヤンマもしたりしないモンですかねえ。え、今は見つかってない? やだなあお客さん、冗談ですよ冗談。
シャラシティに塔があるっていうのは知ってたんですが、まさかそんなすごいものを受け継ぐところだったとは。世間一般に知られるどころかプラターヌ博士みたいな人でもまだ研究途中ってことは、相当厳重に守られてきた、まさに進化の秘法ってやつなんでしょうね。
……通じない? 通じないかー、私が子供の頃のゲームですもんねえ、あれは。いや、気にしないでください。特に関係ない話ですから。
それにしても、よかったんですか? そんなすごいもののことを、私にホイホイ話しちゃって。
……あのチャンピオンシップ決勝戦のせいで隠しきれなくなったんで、ちょうど今日プラターヌ博士の名義で存在が公表されたばっかりだ、って? あー。今日の朝は寝坊してしまってニュースや新聞を見る余裕がなかったんですよねえ。なーんだ。
でもお客さんからお話を聞けるのは幸運ですよ。まだ一個だけ私には分からないことがあって、それをお客さんに訊けるんですから。
……隠しきれなくなったってことは、本当はまだ隠しておかなきゃいけないものだったんですよね。お客さんほどのトレーナーが、命令違反をさせるとは思えないんですが。一体全体、どうしてあの大舞台でそんなことを?
……えっ。え、本当ですか? いや疑うわけじゃないんですが、ちょっと信じられなくって。あなたがた自身でも何でだか分からないなんて。まあその、メガシンカっていうのはまだまだ謎が多いって話ですもんねえ。そんなことが起きても不思議じゃないのかもしれませんね。
あー、でも進化の一つだって言うなら、なんとなく説明はつくかもしれません。聞いたことないですか? トレーナーの命が危ない時とかに進化までまだまだ遠いはずの力量(レベル)の低いポケモンとか、石を使わなきゃ進化しないはずのポケモンが進化し始めたっていう話。あれに近いんじゃないでしょうかね。ポケモンの進化は力量の他にポケモン本人の気持ちによっても左右されるんじゃないか、って説が、この手の話の説明としてはよくあるんですが。普通の進化と同じように、メガシンカしても強くなるんでしょう? お客さんのジュペッタ、何としてでも勝ちたかったとか。それか、何としてでもお客さんを勝たせたかったのかもしれませんよ。
それに、ほら。ジュペッタって、口を開けると呪いのエネルギーが逃げちゃうからいつもチャックが閉じっぱなしなんだって話があるでしょう。私の記憶が正しければメガシンカしたジュペッタも、手とかに開いたチャックは開いてましたけど、口のチャックは閉じっぱなしでしたよね。それって何も言えないじゃないですか。いや喋っても鳴き声なんで意味が分かる訳ではないですけど、鳴き声でも機嫌がいいとか悪いとか、それくらいは分かりますよね。それすら口が開けられないんじゃ伝えられない。
だから姿と行動で示そうとしたんじゃないですかね、どうしても自分は勝ちたいんだ、勝たせたいんだってさ。さっき説明していただいたとき、メガシンカにはポケモンとトレーナーの絆も関わるって話をしてましたよね。その絆を体現したのが、決勝戦の時のあの姿なんじゃないですか。
いやーすいません、なんかクサいこと言っちゃいましたね。気にしなくていいですよ、忘れてください。
……はい、カフェ・カンコドール前到着です。ご利用ありがとうございました、料金は1710円になります。はい丁度。毎度ありがとうございます、またご利用ください。
これからもご活躍期待してますよ、お元気で!
――――
あ、……あの、すみません! あなたって、カロスチャンピオンシップで優勝してた……あの……?
そ、そんな顔しなくても……別にサインが欲しいとか、そういうことじゃないですから。ここ、せっかく静かな店なのに、そうやって騒ぎたくはありませんよ。たぶんあなたも、このお店の雰囲気を味わいに来たっていうか……落ち着きに来た、んですよね。もうあの優勝の時から周りが大騒ぎでしょう。少しは休まないと参ってしまいそうなの、ニュースやワイドショーとかだけ見てても分かりますよ。練習する場所に報道陣が張り込んでリアルタイムニュースなんてのでも飽きたらず、なんか色々なところに取材が行ってるみたいですし。アサメのご実家とか、プラターヌ博士の研究所とか。あとはポケモンと心通わす才能は幼児期からとか親のトレーナー経験に鍵がとか言って、サイホーンレーサー時代の親御さんの同僚のインタビューなんかも報道されてましたよ。あそこまで行くと、もう私には何がしたいのかよく分かりませんが……
え、……はい、すみません。そこまで分かってるなら放っておいてくれ、っていうのもごもっともです。だけど私、どうしても気になることがあって……
あの、決勝戦で姿の変わったジュペッタのこと……どうか、私に教えてくれませんか。ああ、今日の朝にニュースでやってたのは、もう知ってるんです。だけどあれじゃ、私の知りたいことには全然足りないんです。メガリングとメガストーンにより誘発されるある種のフォルムチェンジで、特徴はポケモンの形質の本来の進化とは違って可逆的な変化。それくらいしか、あの姿については報道されていませんでした。後はあなたのニュースと、普段の事件報道ばっかり。あなたのニュースの中にもうちょっと情報とか、手がかりとか、何かないかって思ってたんですけど、入るのは私にはどうでもいい話ばっかりで。それで煮詰まっちゃって、落ち着こうと思ってここに来たら、あなたに……だからあなたに会えたのは、私にとって願ってもないチャンスなんです。
お願いします、あれじゃ足りないんです! 私は、私の昔の手持ちのことが、どうしても……!
……え、あ、いいんですか? もちろん、こちらのお話はしますから。ありがとうございます……!
……あなたでも、やっぱり分からないことが多いんですね。すみません、無理にお伺いして。でも、とても参考になりました! ただ、腑に落ちないところがいくつかあって……
あ、はい。お話しするって言ったこととも関係ありますから、そちらと一緒に。ちょっと長い話になりますけど、いいですか? はい、それじゃあ。
私、あの姿になったジュペッタを、昔一度だけ見たことがあるんです。ええ、手持ちのジュペッタが、あの姿になったんです。
私、ホウエン地方のミナモシティっていう街の出身で。近くに送り火山っていう霊山があって、そこは丁度カロスでいうセキタイタウンみたいなその地方の伝説のポケモンの言い伝えが残っているようなところなんです。父はそういう言い伝えやオカルトじみたことが大好きな……オカルトマニアとか遺跡マニアって部類の人で。しょっちゅう家を空けてはいろんな地方の遺跡を巡って、よくわからないものを持って帰ってくる。そんな人でした。
送り火山は亡くなったポケモンの墓地やゴーストポケモンの一大生息地としても有名で、そういう訳で私の手持ちには送り火山で捕まえたジュペッタがいたんです。でも、トレーナーとしては私は全然ダメで。ゴーストポケモンはいたずら好きとか、壁抜けしてどこへでも行っちゃうとかで初心者向けじゃないって後から聞いた話なんですけど、本当にその通りで。今思うと私、あの子にナメられっぱなしだったんでしょうね。もういろんなところにいたずらして迷惑をかけては私が謝りに行くことの繰り返しでした。どうしてそんなことするのって叱っても、食べ物なんかでしつけてみようと思っても、全然効果がなくて。
そんなときに、父が遺跡の旅から帰ってきたんです。行き先はカロスで、そのときのお土産は綺麗な石のついた古いネックレスと、その石によく似たもう一つの石でした。古いとは言ってもいつも父が持って帰ってくるガラクタと比べればずっと綺麗でしたし、何より石が本物の宝石みたいにきらきらしていて。珍しくいいお土産をくれたなあって思ってました。
もう一方の石はジュペッタが随分気に入って、もう肌身離さず持ってるんです。何がいいのかはよくわからなかったんですが持ってると満足するのか、それを持たせてから、あれだけ困ったいたずらが少しずつですが収まってきたんです。もう石と父様々でした。それでしばらくは保っていたんですが。
それで何とかし続けたある時に、ジュペッタがそれまでで一番のとんでもないことをしてしまって。街の美術館にある絵を破いてしまったんです。謝ったってもちろんダメで、私一人じゃどうにもならないような弁償額を言い渡されてしまいまして。どうしようって随分考えました。ふみんの特性がつきそうでしたね、それこそジュペッタみたいに。
最終的にどういう結論を出したかっていうと、ネックレスと石を売ってしまおうって考えたんです。仮にも遺跡から出てきた宝石と宝飾品ですから、持っているものの中では一番価値があるだろうと。あの石なしでジュペッタをどうやって大人しくさせるかは全然考えつかなかったんですが、そんなこと言っていられませんでした。何しろ生活がかかっていましたから。バトル以外はボールから出さないとか、思い切って逃がしてしまうとか。最悪そういうことになるだろうって思いも、少しはありました。かなり手を焼いてはいましたが、やっぱり手持ちポケモンを手放すのは寂しいので……石を取り上げるのがお灸を据えることになってほしいって、ずっと思っていましたね。
それで、売るにもまずジュペッタから石を返してもらわないといけませんから。何とかしてジュペッタを捕まえて取り上げようとしたんですが、まあそんなことができたら普段からいたずらされるまでもなく取り押さえてますよね。はい。無理でした。それどころかそのまま町の中に逃げ出して帰ってこなくなりまして。ただ被害報告は相変わらず聞こえてきましたから、町から出てないんだっていうのは分かりました。ただ、どうしても帰ってきてもらわないとーー少なくとも石は返してもらわないとどうにもなりません。
それでどうしたかって、家計はもちろん火の車だったんですが、一人じゃどうしようもないから必要経費ってことでお金を出して、捕獲専門のトレーナーの方にお願いしたんです。野生ポケモンの捕獲だけじゃなくて暴れポケモンや迷惑ポケモンの捕獲もやってるってその時初めて知りました。……ついでに、私の住んでいた地区から何度か仕事の打診が来てたって話も。はい、もちろん私のジュペッタです。それでいろいろ情報を集めていたところだったみたいで、すぐ動いてもらえました。数日で捕まるだろう、とのことでした。その通り何日かしてから、ジュペッタは自分から私のところに帰ってきたんです。
……私がそれまで見たこともないくらい、ボロボロになって。
もうあちこちから綿は飛び出してますし、両腕の先なんて引きちぎれかけて、こう、ぶらんって。その上全身が霜ついて動くのも辛そうで……
その時やっと、とんでもないことしてしまったって分かって。すぐにでも抱きしめて謝ろうとしましたよ。でも、無理でした。
後にも先にもあれ一回だけにしたいですね、ポケモンの技をまともに受けたなんて。飛びかかられて床に倒れたところにこう、お腹をシャドークローで。そこからとにかく痛かったことしか覚えてない……って周りには言ってますけど、実はもう一つだけ覚えてることがあるんです。あまりに現実離れしていたので、これまでは気絶してる間に見た夢なんだろうかって思っていたんですけど……先日のあなたの試合でメガシンカしたジュペッタを見て確信しました。あれは夢じゃなかったんだって。
ええ。私は、あの子がメガジュペッタになったのを見たんです。私に馬乗りになった後に、あの子の全身の破れ目から黒い靄みたいなものが出てきて。その中から出てきたときには、もうそうなっていた。そのままあの手のところの口を向けて……シャドークローって、名前の通り爪を出す技ですよね。でも、あの時は出方が丁度、チャックの周りにぐるっと牙みたいな風になっていて。だから私、このまま喰い殺されちゃうんだって思いました。
……覚えてるのは本当に、ここまでです。気付いたら病院のベッドの上でした。どうして助かったのか、今でも分からない。
はい。たぶんネックレスはメガリングの役割をするもので、あの石はメガストーンだったんでしょうね。そこは分かるんです。でも……
メガシンカにはポケモンとトレーナーの間の絆が不可欠だって、言っていましたよね。メガリングとメガストーンが揃っていても、私にはどうしても絆があったとは思えないんです。あの子がメガシンカした時の目は、本気で私を殺してやるって……そんな目でした。そんな状態で、メガシンカってできるものなんでしょうか……?
……あっ。
い、いえ。なんて言うんでしょう、自己解決っていうか、その。すみません、考えていただいてるのに。むしろ聞いていただいたことで、自分の中で何か整理がついたのかもしれません。
ジュペッタって、そもそもゴーストポケモンですよね。それも、ゴーストの中でも恨みとか呪いとかに殊更縁がある。
それって、ある意味での絆になるんでしょうか。
例えば誰かが不幸になればいいのにってずっと思い続けて、その人のことで頭がいっぱいになったとしたら。それってプラスかマイナスかの違いはあっても、その人のことを強く強く想っている……つまり、とても強く繋がっていることになりませんか? あの時のメガシンカは、そんな感じで……あの子が私をどうしても殺したいって、こんな目に遭わせたヤツに復讐してやるって、そんな気持ちになったから起きてしまったのかもしれません。
それに、ジュペッタって。あの姿になっても口を開けられないんですよね。開くチャックは手ばっかりで、メガシンカしたって口は開かない。恨み言の一つも言えないでしょう。言われてもわからないと思いますけど、他のポケモンとかだったら鳴き声でいくらか気持ちも分かるでしょう? それもないんですよね。
だからあの姿は、絶対に私に仕返ししてやるって、もうお前のところなんかたくさんだって、そういう恨みの積もり積もったのが身体に現れたのかもしれないって、今、そう思いました。
……ああ、ジュペッタですか? あれっきり、行方が分からないんですよ。街からも出て行ってしまったみたいで。もちろん石を持ったままでしたから、石を売る、っていうのもできなくって。
仕方ないから、代わりに家を売ったんです。トレーナーとして旅をするなら、ポケモンセンターにだって格安で泊まれる。行く先々のアルバイトでお金だって稼げる。困るのは、もう父を迎えてあげられないくらいですね。そのネックレスとメガストーンをもらって以来、一度も父には会っていません。一度くらい旅先で会うかと思ったんですけどね。まあこれからも旅は続ける予定ですから、そのうち会うと思って期待しますよ。
父もそうですが、ジュペッタにも会いたいんです。あんな目に遭わされても? って聞かれますけど、だからこそ謝らないといけない。私は、そう思っています。
長々とお話を聞いて頂いてありがとうございました。おかげで長年の疑問が晴れました。
それじゃあ。……少しは落ち着いた日々の過ごせること、お祈りしてますね。
……お客さん、ちょっと独り言多くないかい? 疲れてるんだと思うよ、あんたあの、テレビの。チャンピオンさんだろ? どこか洞窟の奥にでもこもることも、考えた方がいいんじゃないかな……カントーとかホウエンとか、チャンピオンになった人ってそうやって隠れ住むみたいなことする人はけっこういるって聞くからね。
独り言じゃない? さっき出て行った人と? ……いや、お客さん。大丈夫? 誰も出入りはしてないよ。ほら、ドアベル。あんたが入ってきてからずっと鳴ってないだろ? 誰かがドアを開ければ、あれが鳴るからね。ドアを動かさずにっていうと……幽霊でも見たんじゃないのかい? 自分の店にそういうのが出るとは、あんまり考えたくないけどね。
……あれ。そこの席、何か置いてあるね。ほら、あんたの前。それは……ネックレスかい?
誰かの忘れものかねえ。お客さん、知らない?
……そう。じゃ、これ、店で預かっておくよ。それにしてもきれいな石だねえ、プランタンの石屋に持っていったら、なかなかいい値がつきそうだ。
え、思い出したって。なんだい、結局持っていくの? はいよ、ちゃんと届けてやりなよ。その話してた子の忘れものだってんならさ。
桜が散る時期になった。
風に吹かれて飛んでいく淡い花びらをぼんやりと眺める。
踏みつぶされたアスファルトにばらばらと張り付いた花弁を見ると、どうも美しいという感情よりも汚らしいと思ってしまう。
朝日に透ける姿や夜の月明かりを帯びる花明り、何より風の気まぐれで飛ばされること事態は綺麗に見える。しかし、散り終ったそのあとは人にポケモンに踏みにじられる。
これを風流と見るべきか、自然の摂理だと割り切るべきか。
まぁ、どっちでも良いんだけど。
ぶらりと遅い花見に出かけた。
一人だともの寂しいのだが、春も麗といった陽気な時間帯にゴーストタイプなこいつを起こすのは少し酷かとも思い、ボールだけ連れて足の向く方へ歩く。
流石にシーズンを少し過ぎたからか、シートを広げて場所取りするような輩もいなければ、酒臭い宴会独特の空気もどこにもない。
ただ残りの花を振るい落とし夏に向かって芽を出しかけている桜ばかり。春の飾り付けはもういらないのか、すこし揺れただけでも桜の雨が起こるだろう。
ありきたり。
桜の名所でもなんでも無いが、少しばかり固まっている公園をぐるりと一周した。
不意にざっと雨が降る。時雨か何かだろうと思うが、天気予報を確認しなかったことを別段悔やむ必要はなかった。
数十分の雨をしのごうと入りこんだ木の下は思いのほか広くて、脇道に誘うかのように枝を突き出していた。
何故かそこだけ淡く濡れておらず、先へどうぞと促すようであったので別段逆らわずに進んでいった。
そしてほんのわずかな傾斜を踏みしめた先にあったのは、少し古ぼけた屋台だった。
花見がピークの時に立ち食い客のためにアメリカンドッグやらポテトやらでるのはまぁ、分かる。
祭り騒ぎだから。
しかしこんな人が訪れるかどうかわからないような場所にぽつんと寂れた店に誰か来るのか。穴場限定とかそういうのか。
時雨はわずかに降り続いている。気にはならないほどに頬を濡らす。すこし肌寒いかなと思った。
近づいてみるとかすれた看板にはどうにか『紅茶』と書かれているのだけ読みとれた。また妙なもん売ってんだなと眺める。
簡単なコンロの様なうえに茶色い鉄瓶が乗っかっている。その横で乳白色のポットがぽつんとほったらかされていた。
店主がいないってことは打ち捨てられているのか、その割には埃も何もかぶっていない商売道具。
ひょいとその先を見ると、でかい枝垂れ桜が目に入った。
残花ばかりを目にしてきたせいか、そいつはわずかな雨に降られていていても少しだって散ろうともせずただゆらゆらと桜色をしていた。
その下にはただ佇んでいるだけの蟻喰いがいた。
花守のよう、とまではいかないがただずっとその枝垂れ桜を見上げていた。
不意にそいつと視線があった。クイタランは振り返りもせずじろりとただこちらを見た。どこかふてぶてしそうな表情にも見える。
そしてぐるりとこちらに向き直った。首からは木のプレートをぶら下げている。のしのしとこちらに歩いてやってくれば、そこに書いてある文字が読めた。
『本日のお勧め ダージリン 桜フレーバー』
こんこん、と白いポットをつついて、不満足なのかそいつはかぱりとふたを開ける。
爪の先に張り付いた桜を一枚ふわりと投げ込み、ぶっちょうずらのままふたを閉めた。
そのまましばらく蒸らすのだろうか、また枝垂れ桜を見上げに離れる。
確かにこいつは結構見事だ。雨は静かに止んでいたので、ふとボールからあいつを出してみた。
丸くなっていたゴビットはしばらく外の寒さに震え、気がついたようにぐぐっと手と足をのばし俺を見る。
「見ろよ」
垂れ下がる花に興味があるのか、思いのほか小走りでアリクイの横へと走る。
クイタランは特に眺めるだけなのか、恐る恐るといった様子で手を伸ばすゴーレムに一瞥くれたのみでなにもしない。
そうしてどれほどたっだだろうか、特に長い時間というわけではないだろうに。
気がつけば見上げるのは俺とゴビットばかりで、クイタランはいつの間にやら屋台に戻って作業に没頭していた。
きろりと視線がこちらに刺さった。
爪で屋台を叩く。早くこちらに来いと急かすように。
横柄な態度にいらつく前に、その仕草があまりにも浮かべている空気と似合っていてそちらに足を向ける。
そこには白いポットから丁寧に注がれた、淡い琥珀色した紅茶が注がれていた。
紙コップに。
これは一杯いくらなんだろうかと飲みながらようやく頭が思考する。
胸に広がる温もりは確かで、ほのかに香るこれは桜なんだろうか。
風に乗って散るばかりのあれにも香りらしいものがあったのか。
飲みほしてから息をつく。小銭入れがあったかどうかポケットを探った。
相変わらずゴビットはずっと枝垂れ桜を見上げている。
ちらりとアリクイをみると、俺が並べた小銭を勘定しているらしかった。
数枚の10円玉が押し返される。余分だったらしい。
「ごちそうさま」
一声かけてゴビットをボールに収める。
不思議な穴場を見つけたものだと思った。
後日、その場所にもう一度足を向けてみたのだが、探し方が悪いのか横道は上手く見つからなかった。
いわゆる春限定であろうあの紅茶を、もう一度堪能したいものだ。
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余談 御題『桜』ということで。
あるお方からいただいた絵からヒートアップ。捧げます。
【好きにしていいのよ」
※会話文のみ
あなたにとって、ポケモンとはなんですか?
〜カントーの場合〜
「愛すべき存在! どんなポケモンにだって、いい所はある! はず!」
「はずって! じゃあシオンタウンで戦線離脱したぐれんはどうなんだよ。 アイツのいい所は?」
「うっ……! え、えと……め、目が覚める色!」
「それなんか違うだろ!」
〜ジョウトの場合〜
「うーん、仲間……かな? 一緒に冒険して、一緒に強くなる仲間!」
「さすがヒバナさん! すばらしい答えですね!」
「そうかなー? じゃあトモカは?」
「友達……ですかね、一緒にいると楽しいですし」
「あはは♪ 友達友達〜♪」
「ヒバナさん!?」
〜ホウエンの場合〜
「……ポケモンはポケモンでしょ」
「……」
「……」
「……え、終わりか?」
「……はづき、まだキャラも決まってないのに出ていいの?」
「そういうことは言っちゃダメだろ」
〜シンオウの場合〜
「家族かな。 一緒にいると、リラックスできるんだよねー ね、らいむ!」
「うん! らいむもシュカと一緒にいると楽しい!」
「らいむー! あたしのロメのみ食べたでしょー!」
「あ、うみなだ〜♪ に〜げろ〜♪」
「あ、コラ、待ちなさーい!」
「あっはは。 今日も平和だね……」
〜イッシュの場合〜
「未知の生き物かしら。 知れば知るほど、もっと知りたいと思えるのよね……」
「イケメンと一緒にいると、イケメンのイケてる度120%アップする存在!」
「……」
「特にカイリューとかと息ピッタリでバトルしてたらもう……キャーキャーキャーキャー!」
「……今日もモモカは通常運転ね……」
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風呂の中で思いついて深夜テンションで書き上げた。
新キャラをちょっとだけ説明。
はづき ジュカイン♂
エンジュの手持ち。 性格未定。
トモカ
ジョウトのトレーナー。 新SS(データ削除後のSS)主人公。 ヒバナを尊敬している。
てか、キャラ多いな……でも、全地方の主人公+手持ちポケだし仕方ないか。
[書いていいのよ]
初めまして、ことらと申します。
この話とても好きです。初めて見た時、星新一のショートショートのような文体に、淡々と進むストーリーだなと思いました。
そんな一見だけでも良かったのですが、読み直すと淡々と進むからこそ見えてくる人物の裏やしぐさが、書いてないのに想像できます。これは凄いなと思いました。
では失礼します
キャッチコピーの募集終わりました 協力ありがとうございました
まだまだ拙いながらもたくさんの助けを借りながら頑張っていかせていただきます。
度々失礼します。タグをつけ忘れましたので報告します。
【批評していいのよ】
作品の感想を頂く機会があまりありませんので、宜しければお願いします。
それでは、失礼しました。
「桜の木の下には、死体が埋まってるんですってね」
俺のすぐ近くにいる男女の、女の方が言った。
男は笑って、いつのネタだよ、と言った。
「でも、本当に埋まってたらどうする?」
「うーん、俺のダグトリオが掘り返しちまったりしてな」
俺の目と鼻の先で、ダグトリオが地盤を掘り返している。
何か気になることでもあるのか、俺の前を何度も何度も行き来している。
ダグトリオ、か。
そういえば彼女も、ダグトリオじゃないけどモグラのポケモンを持っていたっけ。
それを知ったのは、彼女と別れた直前のことだったけど。
「何をしているの?」
傍らにハハコモリを従えた彼女にそう尋ねられたのは、雪もちらつきはじめた晩秋のことだった。
桜を見ているんだ、と俺は答えた。
川沿いの遊歩道にずらりと並ぶのはソメイヨシノ。そのシーズンになれば、等間隔にぼんぼりが並べられ、酒盛りをする人たちであふれかえる。
しかし俺と彼女の前にあるのは、枯れかけた赤褐色の葉をいくつか枝に残した、侘しい1本の木。
「春にお花見に誘っても来なかったのに、何でわざわざこんな時期に?」
紅葉した桜も乙なものだぞ、と俺は言った。
彼女は、紅葉どころかもう枯れ葉になっているじゃない、と言った。
ただ単に、俺は人ごみに行くのが嫌いなだけだった。
花見って言ったって、ほとんどの人は花なんか見ずに、酒を飲んで馬鹿騒ぎしている。
それなら俺は、花がなくても、静かに風流を感じられる冬の桜の方が好きだった。
「寒いから、どこかのお店に入りましょうよ」
彼女が言った。
今日は新しい端切れを買ってきたの。彼女は手にしていた紙袋を振った。
「桜の木の下には、死体が埋まっているんですってね」
彼女は俺に向かって言った。使い尽くされたネタだな、と俺は言った。
桜の花は、血の色と言うには濃すぎるじゃないか。もみじの木の下に埋まっているって言われた方が、よっぽど納得する。
俺がそういうと、彼女は笑った。
しかしその反応は予想していたのか、彼女はさらに続けた。
「仮に桜の木の下に死体が埋まっているとして、それは一体いつ頃埋められたんだと思う?」
そう尋ねる彼女に、俺は自分の見解を告げた。
俺は秋だと思う。
桜は紅葉する。その色はやや褐色に近い赤色で、もみじよりもよっぽど血の色に似ていると思う。
なるほど、と彼女は頷いた。
「でも、私は違うと思うな」
じゃあ、君はいつだと思う?
俺がそう尋ねると、彼女は紙袋の中から、ほんのりとベージュがかった、淡いピンクの布を取り出した。
彼女は裁縫が趣味で、よくお気に入りの草木染めの店で端切れを買っては、小物や飾りを作っている。
まだ幼い頃、パートナーのひとりであるハハコモリがクルミルだった頃、その母親であったハハコモリが草木を編んでクルミルに服を拵えているのを見て以来、彼女は裁縫の虜なのだという。
彼女が手にしている柔らかい色合いの布地は、まさしく春に河原を彩る花びらと同じものに違いなかった。
「この桜染の布は、桜の木の枝から煮出されるの」
てっきり花びらを集めて煮出すのかと思っていたから、俺は少し驚いた。
彼女は続けた。
「桜ならいつでもいいってわけじゃないの。普段の桜を使っても、灰色に近い色になってしまう。こういうピンク色に染めるには、花が咲く直前の桜を使わなくちゃいけないのよ」
花が咲く直前。
その時期の、花そのものではなく、木の枝や樹皮が白い布を淡いピンクに染める。
「桜はね、花を咲かせる直前、木全体がピンク色に染まっているの。下に死体が埋まっていても、木全体を染めるんじゃ、薄くなってしまってもしょうがないでしょう?」
そう言って、彼女は手の上の端切れを撫でた。
彼女は桜の花が好きだった。
人であふれかえるその木の下へ、彼女は毎年必ず行った。
俺は誘われても行かなかった。人ごみが嫌いだったのもあるし、彼女の相手をするのに疲れ始めていたのもあった。
彼女は全ての植物に対する愛を、3日で散ってしまうその花へ残らず向けた。
それはきっと、人間に対しても同じだったのだろう。
彼女の愛は一途だった。そして、彼女の愛は重かった。
別れを告げたことはきっと、間違っていなかったはずだ。
そうでなければ、俺はその先永遠に、彼女の重さに耐えながら生きなければならなかっただろう。
木の全体に回って、薄くなった赤い色。
彼女が愛おしそうに撫でていたその色は、一体何が染めていたのだろう。
「ねえ、さっきからあなたのダグトリオ、同じところをずっと掘ってない?」
「うん? 何かあったのかな?」
ああ、そのままこっちに来てくれよ。
俺もそろそろ、誰かに見つけてもらいたいんだ。
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現実逃避に出かけたら桜が満開だった。
夜だし明かりもなかったからほとんど見えなかったけど。
とりあえず定番のネタで即興で書いてみた。
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