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※大丈夫、新しい手持ちが入ってあまりご主人が構ってくれなくなったポケモンが、おしゃれしようと頑張るだけのお話だよ!
ご主人のアイカさんは、最近私達の事を構ってくれない。
旅の途中でいただいたヌメラの女の子が卵から孵化してからというもの、最近は毎日ヌメラへのポケパルレに夢中なのだ。抱き着いてぬめったり、なでなでしてぬめったり。生まれたばかりの新しい子に構いたくなる気持ちは分かるけれど、もう少し私の事も大事にして欲しいの。
そんなこんなで、最近はバトルの時と食事の時くらいしかまともに声をかけてもらっていない。他の子達も似たような状況なので、あまり不満ばかり愚痴るのも大人げないし。だからと言って、このまま引き下がるのも嫌である。私への視線を取り戻させて見せるんだから!
「そんなわけで、私はご主人を振り向かせるために綺麗になりたい! 皆だって、最近構ってもらえなくって寂しいでしょ? ここらで、ご主人に構ってもらえるようにモーションかけましょう! ご主人の視線を取り戻すの!」
食事の最中、仲間にそう持ち掛けてみる。ヌメラ(♀)は現在おねむの最中で、主人はそれに構っている。ヌメラは、とても弱い上に好奇心が旺盛なポケモンだから目が離せないらしいけれど、でも……それなら私達に世話を任せたっていいと思うの。だから、私達にも構って欲しい。
「そうだね。私は誰かから女性を奪うのは好きだけれど、女性を奪われるのは好きじゃない……ヌメラもご主人も、私のものになるべきだ。私が美しすぎるから」
少し(かなり)ナルシストなウィッチ(男ならウィザードじゃ……?)お兄さん。彼はご主人と最も長い付き合いの男の子だ。少し(かなり)ウザったいところを除けば、メロメロのうまい美青年で、決して印象は悪くない。
「一部の意見には同意ね。私もご主人を奪われるのは好きじゃないわ」
「ふふ、もちろん君も一緒に盗んであげるから安心してよ。そうだね……主人に振り向いてもらいたいなら美しくならないと。月桂樹やヒイラギのような優雅な木の枝を盾の鞘に刺そうじゃないか。あ、カエデなんかもいいんじゃないか……そういえば私も最近ストックの木の枝が尽きてきたな。食事が終わったら少し選んでおくか」
「いや、盾は私の大事な場所を守るものなんだけれど……あ、でも枝を切るなら私に任せてね。庭師も真っ青な剣裁きで切ってあげるから」
マフォクシーのウィッチお兄さんは、私をテールナーにでもするつもりだというのか。さすがにそれは御免こうむるわ。
「やっぱりあれぞい! 女なんてキスで攻めてやれば落ちるぞい! おいどんなら7か所同時にキスできるもんな!」
「あんたに聞いた私が馬鹿だったわ!」
ガメノデスのシチフクジンさんは四肢および肩についた4本目の腕にまで脳がついているが、リーダーである頭の脳は少々筋肉ばかり詰まっていて発想がヤバイ。というかその7倍キッスは恐怖でしかないと思うわ。
「ご主人は雌だからなぁ……やっぱり、翼を広げて体の大きさをアピールするのが一番だろ?」
ウォーグルのアレク。あんたもウォーグルの基準でものを語らないで……。
「私に翼なんてないってば。飾り布くらいしかないでしょ! 広げたって魅力的じゃないわよ……」
ため息をつきつつ、私はアレクに反論する。
「美しくなるなら、磨かなきゃだよねー。僕も原石は見れたものじゃないけれど、きちんと磨いてもらったら、とってもキレーでメレシーウレシーだったよー」
メレシーのアメジストは、間延びした声でそう告げる。なるほど、磨くのか……。
「そうだねぇ。私も、ご主人が振るう包丁の冷たい輝きは大好きだよ。パパが旅に合わせて美しいものを選んで送ってくれたらしいけれど、あの濡れたような美しい刃がねぇ……私はその輝きも嫌いじゃない。いつか盗んじゃおうかな……うふふ。潤んだ女性の瞳というのは素敵だしね……」
ウィッチお兄さんは、妖しく微笑みながら、ご主人がさっきまで使っていたウェットティッシュで手入れされた包丁を見る。こいつ、マジシャンの特性のせいか、やけに手癖が悪いんだよなぁ。
「うーむ……そうか、あの輝きか。血液の滴る私の剣も格好いいと思うけれどなぁ……でも、研いで綺麗になるのも必要か……」
私は特殊型として育てられているから、ニダンギル時代と違ってあまり、剣の手入れは必要ない。そうか、だからご主人があんまり構ってくれなくなっちゃったんだなぁ。特殊技が弱かったころは、ガンガン切り裂いていたから、すぐ切れ味も落ちちゃったものね。そしてそのたびに研いでもらっていたけれど、今は私が大きすぎて研ぐのも難しいというわけだ。
「そうだ、俺の羽飾りを頭につけてみろよー。ご主人は雌だし、きっと惚れるぜ」
「却下」
アレクは、同種の雌(いない)とでも仲良くやっててください。
「でもさー。サヤカちゃん、ご主人より身長大きいよねー。そんな体をどんな石で自分を磨くのー?」
「そ、それは……」
アメジストの言葉に、私はドキッとする。そうとも、私の身長は180センチメートルほど。同族の中でもかなり大きい部類に入る。ご主人の持ち物を思い浮かべる。確か進化の石がいくつかあったけれど、あれは使えないし。かといって、硬い石や変わらずの石など他の石も小さすぎる。そうなると、手近にあって大きな石と言えば……?
「ねぇ、アメジスト。私と一緒に美しさを磨かない?」
「え、そんなのよりおいどん達と研がないか?」
私の研ぎのパートナーにふさわしそうなのはアメジストしかいない。シチフクジンさんは……岩タイプだけれどちょっと遠慮しておこう。
「んー……最近垢がたまってきたから、それを削ってくれるなら、メレシーウレシーだよー」
「なんだ、どうやら話もまとまったみたいだね。ふふ、美しくなった君の刃で、私が使う木の枝を綺麗に細工してくれることを願うよ」
「は、はい。ウィッチさん。喜んで!」
「それとも、木の枝の代わりに君を抱いて寝るのもいいかな?」
これでも、宮殿の庭師の真似をして遊んでいたくらいだから、私は枝を切るとかそういうのが好きなんだ。
「あ、抱かれるのは謹んで遠慮いたします……」
けれど抱かれるのはそこまで好きではない、一応。こう、包容力のある人ならいいけれど……。
「それじゃ、そういう訳でアメジストちゃん。夜、主人が寝静まったら……私と一緒にお互いを磨き合いましょう。朝起きたらご主人を驚かせてやるんだから!」
「いいよー。でも、僕は砥石にされるなんて初めてだから優しくしてねー」
「それはもう当然。生まれたての赤子をなぜるように、慎重にやらせてもらいますとも」
「ふふ、綺麗になれるといいね……とはいえ、私も最近ご主人に甘えていないなぁ。耳でも舐めれば喜んでくれるかな?」
ウィッチさんは妖艶に微笑み、ご主人の方を見る。
「おいどんもご主人に7倍キッスしてあげて構ってもらおうかな? きっと一発でメロメロぞい」
「いや、それはご主人が嫌がるんじゃないかと……」
「大丈夫大丈夫。それより、刃を研ぐなら水が必要ぞい。おいどんも協力しようか? それに、刃を研ぐなら目の粗い石と細かい石があったほうがいいぞい? ロックカットするよりもきれいになりそうだし、おいどんもたまにはおしゃれしたいぞい」
「あ……そうね」
忘れてた……水の事。それに、目の細かさの事も……そうよね、やっぱり荒い砥石を使ったほうが最初はよさそうね。あんまり気が進まないけれど、シチフクジンさんを参加させてあげましょうか。
「それじゃあ、私は、さっそく今日の夜からご主人にポケパルレをさせるよ。僕が美しいから、ご主人には拒否権なんてないしね」
あるでしょ、ウィッチ。
「じゃあ、主人を寝かしつけておいてくれるかしら? 私はその隙に体を綺麗にしちゃうわ」
「了解、サヤカ」
とにもかくにも夜は更ける。ウィッチも早速ご主人とポケパルレをしまくった挙句、そのまま寝落ちして添い寝の真っ最中。いつか食べてしまうんじゃないかというような表情でご主人を抱いている彼の目が妖しくも艶やかだ。ご主人が今はぐっすり眠っているから、『君達は早く済ませてきなよ』とばかりに、彼はご主人の首筋に鼻を押し付けながら手を動かしていた。
ともかく、私とアメジストとシチフクジンとで、ボールの中から勝手に飛び出し、揃ってテントの外へ出る。
「ふー……深夜って言っても、まだまだたくさんのポケモンが起きているぞい。気配がそこかしこにあるぞい」
「そりゃあ、夜行性のポケモンだって多いし……私だって、元は夜行性よ?」
「僕は暗い所に住んでたから。夜のほうが落ち着くなー」
すっかり夜も深まってみると、かわされるのはこんな会話。そういえば私も、夜にこうやって外に出たのは久しぶりの事だ。野生時代は夜行性だったのよねー。
「ともかく、一緒にキレーになろーよー。サヤカ姉さんの体を味わいたいよー」
「いいわよ。でも、まずは荒く研いでからね。そういう訳だから……シチフクジンさん、お願いできます?」
「おうよ、当然。もうぶっかけちゃっていいのか?」
「僕の準備は万端だよー」
「了解ぞい! ならば、水を出してと……」
シチフクジンが、体中から水を発して自身の体表を濡らす。
濡れた岩を凝視しながら、私は鞘であり盾でもある体の一部をそっとはだけさせる。錆びているがため、シャッという小気味の良い音は発生せず、ジャリッという錆びた音。あぁ、こんなことならもっとこう、錆びが止まりそうなものでも塗りたい気分……となるとヌメ……いや、あれは油ではないか。
ともかく、私の大切な部分を曝け出してみると、手入れ不足が響いたのか、案の定錆びだらけ。いくら、特殊技主体でほとんど刃を使わないからって、こんなにだらしない体を見せつけるのはやっぱり恥ずかしい……
ギルガルドに進化してから、全く研いでいなかったんだ、切れ味も悪くなるはずである。私も、今現在は、物理技と言えば聖なる剣くらいしか使っていないし、それを使う相手はほとんど鋼や岩、氷など堅そうなやつばっかりで、斬るというよりは叩き斬る感じで使うからあんまり切れ味は必要ないのだ。全身から水を出したシチフクジンの体表には豊かな水が滴り、僅かな月明かりに照らされて鈍く光を照り返している。人間にとっては一般的には暗いと言える明るさだから、ご主人にはこのかすかな光は見えないだろう。
その濡れている姿を見て、シチフクジンが相手だというのに私は湧き上がるギルガルドの本能を抑えきれなくなった。本来なら雨の日とかに、適当な岩で自身の体を研いでいたのだ。そうすることで年々擦り減っていく岩は、私達ヒトツキ族の繁栄の証。誇らしい気分にすらなってくるものであった。
「さ、横になってシチフクジン」
「うむ、どうぞ。研ぎ過ぎて痛くしないで欲しいぞい」
ごろんと横たわった彼の上半身をよく見てみると、以外にも老廃物がたまって劣化したような色の岩がたまっている。へぇ、岩タイプの子もこんな風になるんだぁ。
彼の濡れた体に私はそっと体を重ね合わせて、私の下半身もじっとりと濡らす。血に染まって薄汚れた私の肌が冷たい彼の肌に触れて、そういえばこんな風に誰かと優しく触れ合うのも久々だと思う。ご主人は触れてくれたとしても、盾やグリップ、飾り布だけなんだもの。切っ先を触れてくれないのは物足りないわ。ニダンギルの頃までの経験を思い出しながら、15度ほどの角度をつけてそっと彼の体とこすり合わせる。心地よい金属音が耳に響いて、甘美な欲求が呼び起された。
こんなに大きくなってしまった体でも、小さかったあのころのように体を研げるのかと少しだけ心配もしたけれど、大丈夫そうどころか、十分すぎるくらいだ。濡れた体同士が擦りあわされるたびに、シチフクジンの体からこそげ取られた垢が、研糞となって滴る水を濁らせる。この水の濁りが、美しい刃を作り出すための決め手となるのだ。
研糞を十分出したら、まずは先端のギザギザの刃。相手に治りにくい傷を与えるため構造を持った切っ先からゆっくりと研ぎだす。表面の垢が剥がれ、まだ固くきめ細かい部分に刃を這わせる。先端ゆえ、体ごと向かってゆくように突きだす攻撃にはなかなか使える。かたき討ちの時なんかは、これで思いっきり相手を突き刺すものだ……けれどまぁ、当然今の私は使わないけれど。
引いて押して引いて押して。マグロのように横たわったシチフクジンの体を太刀で圧迫しながらそうしていれば、少しずつ鈍くなった切っ先が削れていることが実感できる。最初は感じなかった感触も、研がれ、体内の神経と近くなっていくことによって、痺れるように私の中を駆け抜けていく振動。体の奥の方、神経が通い、そして丈夫な芯の存在する骨髄まで響くような感触。よし、ここら辺はもうそろそろ大丈夫。徐々に根元の方へとゆっくりと近づいてゆこう。
そうして、ひたすら続く往復運動。人間に飼われようとも、獣として生まれたさだめである本能に突き動かされるまま、妖しい水音とともに私は少しずつ美しくなってゆくのを感じる。そう、ご主人にゲットされたり、庭師の真似をしたりと、野生を失いかけてきた私だけれど、こういった野生の欲求はどれほど澄ました顔をしていても消えるものではない。いや、人間の手持ちになってすました顔をするよりも、研ぎすました白刃、切っ先、刀身の方がよっぽど気持ちよくって自然体だ。
砥石が乾燥しないようにと、シチフクジンは適宜水を追加して、全身をしとどに濡らしている。うーん……シチフクジンの事はあんまり好きじゃなかったけれど、彼がいてくれてよかった。少々ごつごつがあった彼の体も、私の体にとがれ削られ、徐々になめらかな岩の形をしてきている。いま、それを知るのは研いでその感触を感じている私しかいないけれど、濁った研ぎ汁を洗い流せばきっと、垢の部分が削られ、磨かれた美しい岩が覘くはずだろう。
さて、あんまり胸の前方の部分ばっかりやっていてもバランスが悪いので、その無駄な垢が削れた彼の体を一度見てみよう。
「次は貴方の背中で研ぎたいわ」
研糞がついたままの刃を見せながら、シチフクジンに告げる。
「おう、随分ゴリゴリやっていたけれど、まだ半分も終わっていないんだな……どれどれ」
と、シチフクジンは胸の濁った水を洗い流した。
「おぉ、随分と滑らかになったぞい」
シチフクジンの言葉通り、彼の胸は予想以上に滑らかに慣らされている。研ぎまくったものねぇ。
「でしょう? どんな岩でも磨けばいい感じになるのね」
「うらやましー。僕も早くやって欲しいなー」
「だとよ、サヤカ。それじゃあ、早いとこ終わらせるぞい。次は背中を頼むぞい」
「えぇ、ご主人が戦闘中に見るのは背中だものね。きっちり美しく磨いてあげなくっちゃ」
背中を頼むと言ってうつぶせに横たわったシチフクジンに同じように刃を添える。こびりついていた研糞とともに、研磨を再開する。右側の根元まで研ぎ終えれば、今度は左側の先端から根元を目指す。すっきりした爽快感が左右対称ではないせいで、余計に不快感が募っていた左半身。
先ほど、右半身を研いできたときは、まるでまとわりついていた虫を振り払えたかのような気分だったけれど。その感触を、いよいよ左半身にも与えられるという事だ。その感触を想像するだけで、うっとりとしてヨダレが出てしまいそうだ。
癖になるこする摩擦音。荒々しい彼の体表に揉まれ、研がれ、洗練されてゆく。質量で見れば、1パーセントにも満たないような小さなダイエットなのに、研ぐことで得られる爽快感は、ボディパージで鞘や盾を投げ捨てた時よりも体が。そして心が軽くなる気分だ。
そうして、次は彼の下半身。ヒトツキ時代から、異性の下半身に触れる事なんて、仲間で一緒に狩りをした時くらいだったけれど、こんな形で下半身に触れることになるとは思いもよらなかった。ご主人だって、抱いたりしているときに触れるのは上半身のみだから、何だか新鮮な気分だ。
そんな初体験をシチフクジンで達成するのはいささか不本意だけれど、まぁいいわね。そうして左右の研ぎをどちらも終えたら、次は体の背面。研ぐことで付いた『返り』を削る作業だ。研ぐことで裏側に出っ張ってしまった返りを取り去れば、私の切れ味も、そして美しさも完璧なものになる。
裏返り、仰向けのまま美しくきらめく星を見て軽く刀身を研いでゆく。あぁ、思えばシチフクジンと一緒に同じ星を見て居ることになる。このシチュエーション、もっとこう……立派な鍵をもったクレッフィとか、同じく立派な剣を持ったギルガルドや、美しい結晶の生えたギガイアスと味わいたいシチュエーションであるのが残念だ。でも、異性と一緒に、こうして星を見る……ニダンギル時代に仲間たちと一緒に星を眺めた時も、言い知れない満足感があったけれど、シチフクジンが相手なのに不覚にもそれに近い感動を感じてしまうのが情けない。
涼しい夜風に刀身を冷たく冷やされながら返りを研い行く。最近の手入れ不足のせいで、長丁場になってしまって、さすがに疲れてきたのだけれど、こすりあげるたびに私の体の奥底から『もっと研げ』という欲求があふれ出し、私の体は止まることがない。ようやくすべて研ぎ終えた頃には、心地よい疲労感に包まれて、気持ちの良いため息が自然と漏れ出した。
でも、まだ終わっていない。私がさらに美しくなるのはこれから。そう、これからなんだ。
「お待たせ、アメジスト」
「むー、遅いぞー」
「ごめんね。でも、シチフクジンと同じく、貴方の体も一緒に綺麗にしてあげる」
両肩の飾り布で彼の顔をなぜる。撫でられるのが嬉しいらしく、アメジストはこちら側に顔を寄せて甘えてきた。堅い体同士がふれあって、小気味の良い音がした。数秒ほど抱擁してそっと体を離すと、自分の体を研ぎに使われるのが初めてなので、若干緊張しているような面持ちだ。怯えたように濡れた瞳がちょっとかわいいかもしれない。
「大丈夫よ、安心して。さっきシチフクジンにやったように、痛くはしないから」
「う、うん……お願い」
ごろんと、アメジストが横たわる。
「それじゃ、水をかけるぞい」
そこに、振りかけられるシチフクジンの水。
「ねぇ、シチフクジン。私の研ぎ汁も落としてくれないかしら? きっちり流し切るつもりでお願いするわ」
「あいよ、ちょっと威力強めで行くぞい」
あぁ、私の体が洗い流されてゆく。刀身の腹の方まできっちり錆を落とした私の刃は、美しい黄金色を呈している。けれど、私はさらに美しくなって見せる。彼が悪いわけではないけれど、シチフクジンの岩は粗い。そのため、グッと目を近づけないとよくわからないほどではあるが、切っ先には細かな傷やあらが残り、剣の切っ先は、切れ味も輝きも研ぐ前よりはましといった程度か。
そう、野生の頃皆の憧れだったレベルの高いニダンギルのお兄さんは、沢山の雌の鞘にその刀身を納めるべく、宮殿内部にある大理石の非常に細やかな目を利用して研いでいたものだ。そうやってきめ細かな石で研がれたあの方の刀身の美しい事。濡れてもいないのに、光の加減で濡れているように光を照り返すその様は、雌として鞘がうずいたものだった。
その時の美しさ……メレシーの宝石よりも輝いて見えた記憶がある。さて、粗い研糞を落としたら、次はいよいよきめ細かな彼の体で私の刀身を研ぐのだ。やはり最初はアメジストの表面に垢のように古く風化した岩がこびりついているが、往復しているうちに、それらは禿げて、中にある堅くてきめ細かな岩肌が覘く。
守りを固めた姿の私に匹敵する丈夫さを誇る岩のボディは、息がふれるほど近づいてみれば、かすかにキラキラと輝いている。濁った研ぎ汁すらかすかに煌めいて美しくなりそうなその体を、今から擦りあわせようとするのだと思うとなんだか少し緊張する。ごくりと生唾を飲みこんで、私は再びそっと彼と体を重ね合わせる。
シャリンシャリンと立てる音は、今までで一番なめらかで耳の奥まで透き通るような金属音だ。そして、きめ細やかな分だけ非常に緩やかな振動が私の体の中に伝わってくる。そう、それは例えるならばじっとり濡れたウィッチの舌が私の刀身を這うような、そんな感覚。往復運動の回を追うごとに吸い付くように、そして吸い込まれるように一体感が味わえる。きっと、私の体にあった小さな傷が、この目の細かな砥石に撫ぜられて消えて行っているのだろう。
とろけそうなほどに優美な感触は一度味わうと癖になる。時間が許す限り、この甘く爽やかな感触を味わっていたい。虚ろな目をして、私は初めての体験にひたすら身をやつしていた。
やがてその心地よさにも終止符を打つ時が来た。右も左も裏も表も、すべての部分を研ぎ終えたのだ。
全身からあふれるような満足のため息をついてから、潤んだ目でシチフクジンの方を見る。
「ねぇ、私の体を洗い流してくれないかしら?」
美しくなった私は、こうして水をかぶることで産声を上げるのだ。
「おう、おいどんに任せるぞい」
シチフクジンは研糞を洗い流すために水鉄砲を放つ。そうすると、研ぐ前とは見違える自分の姿があった。ご主人からちょろまかした手鏡には、自身の体も鏡と見まがうばかりに磨かれた姿が、手鏡との合わせ鏡として映っている。
「おー、綺麗になったなー。仲間が綺麗になってメレシーウレシーぞー」
「美しい……あぁ、研がれたお前ががこんなに美しいとは思わなかったぞい」
私の仲間達も、こんなに褒めてくれる。良し、この姿でご主人にアタックかけて、久しぶりに振り向かせて見せるんだから。とにもかくにも、私は布巾で体をふき取ってみる。あまりに切れ味が良かったのか、軽く刃に触れただけなのに少しだけ切れてしまったのが主人に申し訳ない。
そうして体をふき取ってもなお、鏡面のように研磨された私の体は、美しく濡れたような刀身を保ったまま。濡れた女性の瞳は美しいと言っていたウィッチにも惚れてもらえそうなくらいに美しいと自負できる。
テントの中に戻ってみれば、ウィッチもさすがに主人と添い寝をしたまま眠っていたが、気配を感じて目を覚ましてしまったようだ。
「おや、君は……人違いかな、サヤカちゃんによく似ているが、とても美しい」
ブレードフォルムにして露出度を上げ、体のラインを強調する私に、ウィッチさんは立ち上がって褒める。
「ふふん、もちろん私はサヤカよ。それは『私が見違えるほど綺麗になった』という褒め言葉として受け取っておくわ、ウィッチさん」
「おや、君だったのか。はぁ、なんて美しい刀身だ……本当に、見違えたよ。思わず、ご主人から奪ってしまいたいほどに、綺麗じゃないか」
そう言って、ウィッチさんは私の肩にそっと指を添え、私の目の下、胸にじっとりと濡れた舌を這わせる。
「うん、触り心地も滑らかだ。ふふ、やっぱり……君の事もご主人から奪ってしまおうか……皆私に奪われてしまえば、みんな幸せだろ?」
「ダメよウィッチ……寝言は寝て言わなきゃ」
「おやおや、口の悪いお嬢さんだ。太刀なのにタチが悪い」
そう言って、モフモフの体で私を抱きしめる。褒めてくれるのは嬉しいけれど、ご主人に抱きしめられた方が嬉しいのよ。
「わーおー、ウィッチが大胆だなー」
と、その光景を見てアメジストは無邪気な感想を漏らしていた。茶化されると恥ずかしいわ。
「でも明日は、私はご主人のものだし、私さっきまで貴方がいた位置にいるんだから、覚悟してよね!」
緩く啖呵を切ると、ウィッチは妖しく微笑んだ。
「うん、どうぞご自由に。雌を奪って僕のものにするのは楽しいけれど、ご主人は1人しかいないから分け合わなきゃね。明日は君の自由にするといいよ」
と言って、ウィッチは抱いていた私を開放して、ご主人との添い寝に戻る。よし、明日は私がその添い寝のポジションを狙ってやる! 明日、主人にポケパルレをねだるのがが楽しみで寝られないかと思ったけれど、披露していた私は予想以上にぐっすりと夢の世界へと旅立っていった。夢の中でも、ご主人とポケパルレ出来たらいいなぁ。
「あかね、かえんほうしゃ!」
オレの横を、あかねが放った真っ赤な炎が通り過ぎて行く。 その炎はバトルをしていた野生のオニドリルに見事にヒットし、焼き鳥が出来上がった。 ……って、オイ。
「あかね、もうちょい手加減できねーのか?」
オレは一仕事終えたあかねに問いかけた。
「バトルに手を抜くなんて、有り得ない」
……同情するぜ、焼き鳥、もといオニドリル。
「そうだよらいち! バトルはいつでも真剣にやらなくちゃ!」
あかねの後ろにいたモモコがうんうんと頷きながら言った。 まあ、その気持ちは分かるが……。
オレたちは今、まだまだ弱いワタッコのあおばにバトルを見せて、経験値を稼がせている所だ。 当のあおばは空中に浮かび、炎が当たらないギリギリの所でバトルを見物している。 ……器用だな、アイツ。
そんなことをしていると、焼き鳥の匂いにつられたのか、草むらからゴマゾウが出てきた。 ああ、ご愁傷様です……。
「あ、ゴマゾウ発見! あかね!」
「了解」
モモコがあかねに指示を出し、あかねは炎を吐き出す為に息を吸い込んだ。
ゴマゾウは臨戦体制をとっていたが、怖いのかその瞳は潤んでいる。
「……」
「モモコ? 準備オッケーなんだけど」
あかねのそんな声が聞こえてモモコの方を見ると……固まってんのか? あれ。
「……」
「オーイ、モモコー? どうしたんだー?」
「……か、」
「か?」
「か、可愛いいいーー!!」
いきなり叫んだかと思ったら、モモコはゴマゾウに飛びついてぎゅうーっと抱きしめた。 その速さといったら、カイリューもびっくりだ。
「……モモコ? どうしたのよ」
「可愛すぎるー! この子とは戦えないー!」
「……」
……オイモモコ、お前さっき「バトルは真剣に」とか言ってなかったか?
「あ、あそこにヤドン発見! あかね、最大パワーのかえんほうしゃー!」
「了解」
……ヤドンはいいのかよ!
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ほぼ実話。 ゴマゾウ可愛いよね
[なにしてもいいのよ]
みんな、ホントに大変そうねえ。でもあたしだってかなり苦労したのよ、あの“ボス”には。
史上最年少チャンピオンだか何だか知らないけど、あたしからすればただの小生意気なガキんちょだったわ。やたらデカい態度とか、年上にも敬語を使わないとことか、勝手気ままに振る舞うとことか。あたし相手ならまだしも、誰に対してもそんな調子。注意したって聞きやしない、こっちも敬語使ってやるのなんて三日で終了よ。
どんなに実力があっても、有名なポケモン博士の孫だって言っても、これは無いんじゃないのって思ったわ。……まあ、後で人から聞いた話じゃ、本人もその事でいろいろ葛藤があったみたいだけどね。悩んだ挙句にあんな態度取ってたんなら……ホント、まだ子供よね。
まあとにかく、あたし達は相当やりあったわ。口喧嘩なんて日常茶飯事、一度なんて殴り合い寸前までいった事もあったし。それに関してはあたしもガキっぽかったって事は認める。年上として手を上げちゃいけないわよね、流石に。あたしのポケモンが止めてくれなかったら、今頃ここで悠長に話してられなかったでしょうね。
え? ううん、それが原因で担当辞めたんじゃないの。相手の都合でね。
ライバルの男の子に負けちゃったのよ。かつてないくらいの本気で挑んで、その結果の負け。あの時は流石に落ち込んでたわ、いつもの減らず口も叩けないくらい。ちょっとだけ、ちょっぴりだけ心配したわ。
でもまあ、結局立ち直って今じゃトキワでジムリーダーやってるんだけどね。噂じゃ、しょっちゅうジムを抜け出して色んなところをほっつき歩いてるんだって。カントーで一番捕まりにくいリーダーとして有名らしいわ。全く、どこぞの伝説ポケモンじゃあるまいし何やってんだか。
この間たまたまジム戦の中継見たんだけど、相変わらずの生意気っぷりだった。ま、あの頃よりはちょっと大人になってるみたいだけど。なんにせよ、元気でやってるみたいでほっとしたわ……ちょっぴりだけね!
そうそう「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」って看板立ってるの、知らなかったわ。あたしが担当退いてからできたんじゃない?
みなさん、苦労されてるんですね……。僕はまだまだ、修業が足りないな。
いえ、うちのボスに関しては、実はそれほど語る事は無いんです。誤解しないでくださいね、どうでもいいんじゃなくて愚痴る内容が無いって意味ですからね!
情が厚くて朗らかで、豪快な方らしいんですよ、うちのボス。この間協会がトレーナーさん相手にアンケート取ったら、バトルの強さと人柄の良さでは部門ぶっちぎり優勝。老若男女関係なくですからね、本当にイッシュ中で支持されてる方なんだなあって、感心しちゃいました。
噂では結構なお年らしいんですが、年齢を感じさせないくらい若々しいんだとか。この間お会いしたトレーナーさんが、『かなりの高所から飛び降りるのを見たけど、その後も全然普通に会話を続けてたんだ。きっと足腰の強い人なんだね』って言ってましたから。ちなみにその方、プラズマ団相手にボスと共闘なさってるんです。羨ましいなあ。
……どうして「らしい」とか「噂では」なんて言い方をするのかって? 実はですね……。
お会いしたことないんです、ボスに。
えっ、そんなに驚かなくても。だってあの方、随分昔にリーグ協会から出て行ったきり、未だに戻らず放浪なさってるんですから。待ちきれなくなった前任者も、とうとう会わずに辞めてしまいましたしね。たまーに協会に連絡があるから、お元気らしいことは分かるんですけど……挑戦者の為にもそろそろ戻ってきていただきたいですねえ。といってもこればっかりは……。お弟子さんや四天王の皆さんも、あの方だから仕方ないって苦笑いしてました。何か理由があるらしいんですが、僕は聞かされていませんので。
まあ、いつか戻っていらっしゃると信じて待つのみです。付くべき人のいない付き人というのも肩身が狭いですが、これも精神修行だと思って頑張ります!
恐ろしく前向きだ、って? はあ、そうでしょうか。
そうそう「リーグ付近でこの人を捜しています、ご連絡ください」って看板が立っているの、知ってましたか? その顔にピンときたなら、ぜひ協会まで電話してくださいね!
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> ☆★☆★☆★
> 他力本願スレから受信した電波が妙な電波だったらしいです。
他力本願スレから怪電波を飛ばした張本人です。書いてくださってありがとうございます!
もう、読んでてにやにやが止まりませんでした。想像以上の奇人変人っぷりでした(注意;褒め言葉です)。これは付き人のみなさん大変だわww
ただ、ぶつくさ言ってる割に誰も辞めたいとは言ってないのが、自分のボスへの愛着(愛情?)なんだろうなあと思うとほっこりしました。みなさん実にいい人。
「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」の看板を立てたのがリーグ側なら、物凄くシュールな話ですね。全員身内の仕業(?)じゃないか、と思わず突っ込んでしまいましたw
奇行と愛情に魅せられて、つい調子に乗って前カントーチャンピオンとイッシュチャンピオンを捏造してしまいました。最初期の赤版、一周しかやっていない白版からのうろ覚えにつき、妙なところがあったらごめんなさい。
改めまして、書いてくださり誠にありがとうございました!
【書いてみたに書いてみたのよ】
【何をしてもいいのよ】
> ああ! そのネタ使いたかったのにwww
> 先超されたかwwww
まさかのネタ被りwww ごめんなさい、でも似たようなこと考える方がいてちょっと嬉しいですwww
先越し云々はお気になさらず、ぜひとも書いてください。お願いいたします orz(土下座)
> やっぱこの一節は魅力ありますよねー。
ありますねー。むしろこのインパクトが強すぎて、桜と聞けばこれしか思い浮かびませんでした。
正当な美も妖艶な美も兼ね備える桜、好きです。
読了いただき、ありがとうございました!
※マサポケは良い子も楽しめる小説サイトです。これはそれを壊す可能性があります。
苦手な方はバックプリーズ
「マダム!」
黄昏時の静けさをぶち壊すような音が響いた。バン、とドアを勢いよく開けて一人の女が入ってくる。白い仮面に、長く美しい髪。神が特別に造ったような美形。
巷を騒がせている、怪人ファントム……レディ。彼女の後ろからカゲボウズが五匹続く。いつもより引き連れている数も種類も少ない。デスカーン達は外で待たせている。
黄昏堂の中は入り口から向かって両サイドに商品のサンプルが並べられている。表に出してはならないもの、愚か者が使うと命に関わる物、使い方を誤れば死ぬよりひどい目に遭う物、様々だ。下手に手を出せば、サンプルに化けてズラリと並んだゾロア達のエサとなるだろう。
天井からはどこぞの映画に出てきそうな豪華なシャンデリアがぶら下がり、その下には小さな大理石のテーブル。その後ろに美しく彩色、細工を施されたビロウドのソファがある。黄昏堂の女主人――通称マダム・トワイライトはここでお客を出迎えるのだが……。
「……いないな」
マダムはいなかった。主を失った椅子が寂しい雰囲気を植えつける。レディは肩をすくめると、店内を見渡した。右の方でカゲボウズ達がゾロアと化かし合いをしている。
舌を出すカゲボウズと、彼らの進化系であるジュペッタに化けるゾロア。外野から見れば写真を一枚撮りたくなる光景だが、生憎今はそんな気分にはなれなかった。
・マダム不在の黄昏堂
・執事(兼雑用係)であるゾロアークも不在
この二つを頭の中に入れ、どういう状況なのかを腕を組んで部屋を歩き回りながら考える。推理小説やドラマでよく見る探偵の推理シーンだ。分かっていることを一つ一つ並べていく。
『黄昏堂がきちんと表に出る条件が揃っていること』一般人は巨大な悩みを抱えていない限り見つけることはできないが、常連客は鍵を持たされており、それを持っていれば何処にいても店を見つけることができるのだ。ただし季節によって開いている時間は異なる。冬は早い時間帯に開き、早く閉まってしまう。反対に夏は遅い時間帯に開き、しばらく閉まることはない。
「ゾロア、お前達の横暴極まりないご主人様とその尻に敷かれている執事は何処にいるんだ?マダムが黄昏堂の外に出ていれば、私は店に入るどころか見つけることすらできない。この中にはいるんだろ」
そこでふと、レディは今までのことを思い出した。ここにある商品は全てゾロアが化けたサンプル。本物は盗まれない……素人が扱うことのないように奥の部屋に厳重に保管されているという。彼女が出すパズルを解き、彼女のお眼鏡に適った者に対してだけ、本物を自らの手で持って来る。
(……奥の部屋)
何度も彼女に会っているレディでさえ、奥の部屋への入り口は知らない。いつも黄昏堂に入れば、その椅子で煙管をふかしている彼女が出迎えるからだ。そもそも自ら何かを欲したこともない。いつも欲求してくるのは向こうからだ。それを持って来て見合った商品と交換する――それがレディとマダムの黄昏堂での取引の仕組みだった。
まあそのもらった(押し付けられた)商品で幾度か危機を回避しているのも事実であり。
レディは椅子の後ろの壁の前に立った。何かあるとしたらここだと考えたのだ。右手でノックしようとして――
ふわふわした物体が足に擦り寄ってきたのを感じた。ゾロアだ。何、と聞く前に彼がボムッという音と共に何かに化けた。鏡だ。何の装飾もない、この店に合わない鏡。
「何で鏡に……」
言いかけた彼女の目が、中心に注がれた。金色の文字が浮かび上がっている。
『セント・アイヴスに向かう途中、家族に出会った
一人の旦那の後ろに 妻が五人 その妻一人ひとりの後ろに 子供が十人
子供達の持つ紐に 犬が三匹 犬達の背中に 蚤五匹
さてさて、セント・アイヴスに行くのは何人?』
読み終えた途端、再びボムッという音と共に鏡がゾロアに戻った。呆気に取られるレディを見てケケケケと笑う。馬鹿にされているような気がしたが、もう何も突っ込まない。疲れるからだ。
「この壁に答えを書けばいいのか」
目の前にそびえ立つ、巨大な壁。どれだけの厚みがあるのか。この先に何があるのか。
――そんなことはどうでも良かった。
「さて」
レディが腰に差していた業物・火影を手に取った。鞘から刀を取り出し、壁に向ける。
「刃こぼれしないかね」
一呼吸置いて――
数秒後、壁には縦に一本の裂け目がつけられていた。刀を戻し、呟く。
「遊びにもならない。引っ掛け問題程度のレベルだよ。答えは一人。だって行く途中に会ったんだから。
……次はもっとレベルの高いのを用意しておいてよ、マダム」
壁が消えた。幻術だったらしい。
「さっきゾロアが私を止めなかったら、私はどうなっていたんだろうね」
カゲボウズ達が集まってきた。術が解けた壁に現れたのは、小さなドア。飴色の、木で造られたアンティークを思わせる物だ。
「この先にマダムがいるの?」
ゾロアは何も言わない。黙って器用に首を足で掻いている。まるでチョロネコのようだ、とレディは思わず頬が緩むのを感じた。
「仕方無い。わざわざ呼びつけておいて客を待たせている店主を呼びに行くか」
カゲボウズがケタケタと笑った。
ドアの先は、暗い道が続いていた。何処が道で、何処が壁なのか。その境目すら分からない。だが出口と思われる光が、遥か先に小さくあった。
得体の知れない闇が、髪に身体に纏わり付くあのおしゃべりなカゲボウズ達が何も言わずに後ろにくっついている。
(マダムはこんな場所を通って商品を持って来てるのか……)
今更だが、レディはマダムのことを詳しく知っているわけではない。しばらく前にモルテに紹介されたのだ。彼自身死神とあって、時々危険な目に遭うらしい。それを回避するためにマダムの作る薬が必要不可欠なんだそうだ。
モルテがレディの話をした時、マダムはパズル合戦ができる相手を探していたらしい。それくらいなら、とレディはモルテに連れられて黄昏堂に来ることになった。
そして分かったことは、彼女がズル賢く、マダムという人間の長所と短所を全て持っているということ、そして悪趣味だということだ。
光が大きくなってきた。あと十メートル。九、八、七、六、五、四、三、二、一……
柔らかい感触が足から伝わった。光が頬を照らす。店に入った時と同じ、黄昏時の光だった。手を伸ばし、壁に触れる。
「ここは……」
薄いベージュをメインカラーにした壁だった。一定の間隔で小花模様が刺繍されている。左壁には窓があった。光はそこから入ってきているらしい。本で見たような、中世ヨーロッパの貴族の館のようだった。
あそこのドアがこんな場所に繋がっているのも驚いたが、マダムのこんな場所を造ることが出来る力にも驚く。だが力と言っても様々だ。金か、それとも……
「カゲボウズ?」
五匹のうちの一匹が、とろりと甘い表情になった。そのままフラフラと廊下を移動していく。続いてレディも気付いた。何か甘ったるい匂いがする。遠い昔嗅いだことのある香のような……
吐き気を覚え、口を押える。それぞれ五味を好むカゲボウズの中で反応したのはその一匹だけだった。甘味を好む者。以前虫歯になったことがある。
何かに導かれているような彼を追い、一人と四匹は走り出した。途中で角を何度も曲がる。長い廊下と数え切れないほどの部屋のドアが続く。『PLANET』『STREET』『DANCEHALL』『FOREST』などの名前が、金のプレートに黒の文字でプリントされてそれぞれのドアに張り付いていた。気になったが、開けて調べている暇はなかった。カゲボウズが速いのと、思った以上に構造が複雑で一度見失えば二度とカゲボウズを見つけることも、この空間を出ることも適わない気がした。
不意に、カゲボウズが止まった。慌てて足を止める。残りの四匹が背中にぶつかった。
そこは今まで見てきた部屋のドアとは違うようだった。薄いサーモンピンクに、バラやユリの絵が彫られている。プレートにプリントされた名前は、『DOLL HOUSE』
カゲボウズが涎を垂らさんばかりにドアを見つめている。少々奇妙な感じを覚えながらもレディはドアノブに手をかけようとした。
だが。
バチンッ!
後ろへ下がった。右手がズキズキと痛む。見ればドアに焦げ跡がついている。文字だ。どうやらマダム以外が触れると自動的に仕掛けが出るようになっていたらしい。
「またパズルの類か」
文字は文章になっていた。『入りたかったら、次の問に答えること』と少々馬鹿にしたような言葉で始まっていた。
『子供の前に男が一人、女の後ろに男が二人、男の後ろに男が一人と女が一人、子供の後ろに女が一人。
さて、ここには最低何人の人がいることになるだろう』
なるほど、とレディは痛む手を押さえ、ドアを見つめた。いつだったかこういう問題をパズルの本でやったことがある。少々頭を使う必要がある問題だ。何せ『最小』で答えなくてはならないからだ。頭を整理し、何度か問題文を読んで考える。こういうのは図にすればいくらか分かりやすいだろう。
「子供の前に男が一人。子供の後ろに女が一人。子供の性別も考えれば、すぐに解ける」
わずか五分でレディは答えを出していた。つまり、男二人は同じ方向を向いているが、そのうちの一人は子供。そして子供と背中合わせで女が立っている。そうすれば、『子供』の前に男、女の後ろに『男』と『子供』の『男』、男の後ろに『子供』の『男』、そして子供の後ろに『女』がいることになる。つまり、答えは三人。
また火影を使ってドアに彫ってやろうかと思ったが、さっきと同じ電流が刃に流れたら今度こそ質が悪くなるのではないかと思い、ドアの前で答えを言った。
少しして、カチッという音がした。そっとドアノブに手をかける。もう電流が来ることはなかった。少し開けて、その空気に思わず顔をしかめる。鼻が曲がりそうなくらい、甘い。どうやらこの部屋全体に撒かれているらしい。
「窓が無い」
入って第一声がそれだった。広い部屋だ。壁紙は薄いピンク、床は大理石。ミスマッチな気がしたがマダムの趣味なら世間一般の感性とは違うのかもしれない。個人的には絨毯の方が合う気がしたが……それは置いておこう。
「甘い匂いの正体はこれか」
部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上に、紫色の香水瓶が置いてあった。飲もうとするカゲボウズを止め、部屋を見渡す。ソファ、今いる白いテーブルは白木で造られているようだった。香水瓶の他にチョコレートの箱。個別包装と箱の美しさから高級品だということが分かる。
レディは左を見た。天蓋付きのベッド。幼い頃テレビや絵本で見たことがあったが、実物を目の当たりにしたのは初めてだった。白いシーツが皺になっている。
ドアのパズルの元になっていた男女は、壁の絵になっていた。油彩がどっしりとした重みを感じさせる。
カゲボウズのギャッという声で、レディは振り向いた。五匹が何か騒いでいる。天蓋ベッドの上。
「どうした。何かいるの」
彼らは主人であるレディの言葉も聞こえないくらい、パニック状態になっていた。バトルでいえば『こんらん』か。
何を見つけたのか気になって、ベッドに近づいてみる。そして思わず目を丸くした。シーツの影になっていたのと、まさかという思いが二重になっていて見逃していた。
子供だ。何も着ていない少年が、シーツにくるまって眠っている。
「……」
言葉が出てこない。自分がどんな表情をしているのかすら分からない。そこで気付いた。気付きたくなかったことを気付いてしまった。この部屋に付けられた名前。『DOLL HOUSE』……
中世ヨーロッパの貴族の間で流行していたという話を聞いたことがある。今でも法律の影でそういうことが行われていることがあるのも知っている。だが娼婦よりよほどタチが悪い。
「マダム」
その三文字にどんな思いが込められていたのか。言った本人も分からない。とにかくその時一番に考えていたことは、知ってしまった以上、無かったことには出来ないという諦めに近い思いだった。
ベシッ
カゲボウズの後頭部が顔に当たった。地味に痛い。鼻を押えて彼らを見ると、一つに纏まってこちらを見ていた。いつもは何かを嘲るような、一物ありそうな目の色をしているのにその時は違った,驚きと怯えの色が見て取れる。
理由はすぐに分かった。柔らかい何かが背中に当たったからだ。振り向いて、濁ったような茶色と目が合った。
座高……というか視線の高さはこちらの方が上。女かと思うくらいの美形だった。肌は白く、一度も太陽の下へ出たことがないのではないかと思うくらい。髪の毛はこげ茶で、主人の趣味なのか長くされていた。生まれつきの質なのか、柔らかい雰囲気がある。
何とも言えない、微妙な空気になりレディは必死で脳みそを回転させた。とにかく間違って入ってしまったこと、そういう趣味ではないことをどうやって騒ぎを起こさずに相手に分かってもらえるかを考えていた。
とりあえず顔を逸らそうとした彼女の頬を、柔らかい何かが包んだ。甘い香り……この部屋に充満している香水じゃない。自然に近い匂い。だが人間の匂いではなかった。時々泊まるホテルのバスルームにある、石鹸に近い。
顔をこちらに向かされ、再び目が合う。茶色のビー玉がこちらを見る。力が抜けて何も出来ない。相手が子供だからなのと、もっと別の何か……催眠術にでもかかってしまったかのように、身体が脳の命令を聞かなくなっていた。
まさかこんな場所に来てまで、こんな状況に遭遇するとは考えてもいなかった。そのまま首に両腕を回された。それだけ。それ以上、何もしてこない。
五分の二を占める♀のカゲボウズがボーーッとこちらを見ているので思わず額にデコピンをした。
耳に規則正しい感覚で寝息の音が聞こえてくる。起こすわけにもいかず、引き剥がすわけにもいかず、この全体重をかけられた身体をどうすればいいのかを考えて気分が重くなった。
「随分とお楽しみだったようだな」
探し人が見つかった……というか、見つけられたのは三十分後だった。いつものようにフードを被り、長針を黒いドレスに包んでいる。フードからはレディの髪と同じ色の髪が零れている。
「全部見てたのかい」
「よくここまで迷わずに来れたものだ…… そのカゲボウズのおかげか」
マダムがドレスの裾からカラフルな棒付きキャンディーを出した。大きな口を開けてかぶりつくカゲボウズ。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「その前に、彼を返してくれ」
「返すもなにも、こいつがひっついて来ただけだ」
何も着ていない体に触れるのは抵抗があったが、カゲボウズに頼むわけにもいかない。腕を外し、ベッドに寝かせてシーツをかけてやる。よく見れば彼のくび元には黒い痣があった。
「引き剥がさなかったあたり、お前もそこまで冷たい性格ではないようだな」
「黙れ。質問に答えて。まず、ここは何処?」
マダムがため息をついた。煙草の苦い匂いが、部屋の甘い香りを消していく。
「おそらくお前は黄昏堂の壁から入ったのだろう。入り口は様々だが、この部屋に一番近いのはそこだ。鍵となるパズルは入ろうとする度に変わる。この部屋の鍵も、だ。
そしてここは黄昏の館。私の家のような物だ」
常に黄昏時を保っているらしい。時間間隔が狂いそうだ。
「もう一つ。彼のことだろう?彼は裏の人身売買オークションで目玉商品になっていたところを、私が買い取った。幼い頃に親に売られたせいか、年上に甘えたがる傾向がある」
「だから初対面の私にあんなことを……」
「いや。ここに来た頃は全く心を開かなかった。来てもう半年以上になるが、話が出来るようになったのは一ヶ月ほど前だ。ゾロア達には懐いているんだが……」
マダムが苦笑した。寒気が背中を走る。
「私に懐かないで、お前に懐くとは。妬けるな」
「ふざけんな。――アンタがズル賢くてでもそれを表に出さなくて悪趣味なのはしばらく前から知ってて、客の立場である以上きちんと把握しているつもりだったんだけどね……まさかここまでとは」
「もっぺん言ってみろこの小娘」
黄昏堂へ戻る際、廊下の窓の景色を見た。川縁に家や施設が並んでいる。水上都市だろうか。
それを見つめるマダムの目が不思議な光を湛えていることに、レディは気付かなかった。
図書館は取り返しました!
けど看板が上書きされちゃったのでこれからちょっと直してきます!!!!
いつものように、サイコソーダの栓を開ける、春の日の午後。
彼が瓶に口をつけようとしたまさにその刹那、それは起こった。
パキ ン。
一瞬の音と同時に、シェノンはアシガタナを顔の前で構えていた。
足元に、サイコソーダの瓶が転がる。彼がそれを見、小さく舌を打ったのが聞こえた。
並みの者が見ていたら、ただこうにしか見えなかっただろう。
しかし彼の赤い目は、目の前を一瞬にして通り過ぎた気配を見逃さなかったのだ。
足元の瓶は、割れていた――否、“切り裂かれていた”。すっぱりと斜めに、真っ二つに切られていた。
「うおりゃああぁぁぁっ!!」
レッセが放出した気合いで、無数の灰色い群れに多少の穴が開く。
が、液体であるかのように蠢き、鳴き声を上げ続けるそれらを退けるにはあまりにも小さな攻撃だった。
「囲まれちゃったわね」
隣のもう一匹のコジョンド――ティラが変身した姿である――が、灰色の群れから目を離さず言う。
「下手すると死ぬよ? 私達」
「皆も、もう死んでたりして。この数じゃね…」
お互いに背中を合わせた彼女らは、言葉と反して楽しむかのような不敵な笑みを浮かべた。
「片っ端から蹴散らすわよ」
二人を中心にして、激しい閃光と爆風が巨大な轟音を伴って発生した。
「……逃げて……」
抱きかかえているサワンの発した、小さな力の無い声をナイトは聞き取った。
草タイプであるにもかかわらず、勇ましく戦った彼女の身体には所々に痛々しい傷が付いている。翼で打たれたり、嘴でつつかれたりした傷だ。ぐったりしていて、とても一人で立てる状態ではない。
「馬鹿だな、お前を置いてくわけないだろ」
ナイトの発した声さえも、灰色の羽音に掻き消されてしまいそうだ。
その羽音の中で、虫の騎士は静寂を求めた。左腕にサワンを抱えた今、右腕にだけ精神を集中させ、そして深く息を吸い込む。
今はとりあえず、安全な場所へ避難する事だけを考えなければならない。そもそも安全な場所というのが存在するのかさえも分からないが。灰色の軍団――“マメパト”にこの空間が支配されてから一体どれ位の時間が経っただろう。
片腕のランスで迫ってくる灰色の生物を振り払いながら、できた道を突進していく。
アポロン、と太陽神の名前を持つ幼いメラルバは、恐怖に怯え震えていた。
彼の母親ナスカが周囲に熱を発生させている為、焼き鳥になるのを恐れてマメパトは近寄れなかったが、辺りを飛び交う灰色の渦は見ているだけで十分恐ろしい物だった。さらに、彼の父親のペンドラー、ファルの居場所も分からない。いつも遊んでくれるアギルダー、カゲマル兄ちゃんの安否も分からなかった。
「おかあ…さん」
「大丈夫よ、心配しないで。みんなきっと無事で居るはずよ」
彼女も本音を言えば、夫のファルと仲間がとても心配だった。ナスカのように、炎で敵を遠ざけられるならまだいい。飛行タイプに対して弱点を持つ彼らは、大丈夫なのだろうか。サワンはあの腕のいい騎士と一緒に居れば、おそらくは大丈夫だろうが……。
どこまでも灰色をした空間は、彼女がずっと居たあの遺跡の古い広間を思い起こさせた。
せっかく本を読みに来たのに、これは一体どういうことなのだろう?
中に入ると、マメパトが図書館を占拠しているではないか。辺り一面灰色で何がなにやら分からない。料理をしているような匂いも漂ってくる。しきりに『マメポケ万歳!!』などと叫んでいるのが聞こえるが……。
「おじさぁん…これ……」
隣のコリンクが、不安げな表情で聞いてくる。大分物分りの良くなってきた彼に、今日も物語を読んでやろうと思ったのだが。
すぐそこに、初めて見るポケモンがいるのに気が付いた。青色の魚のような尾がある。首と顔に白い髭が生えていて、手には薄黄色く長い刀のような物を持っていた。灰色の渦を見つめていた彼は私達に気が付くと急に振り向き、赤い目でこちらを見た。
「おまえ、ちょっと手伝ってくれないか?」
開口一番、そんなことを口にする。
「何をだ」
「この図書館の開放。俺はダイケンキのシェノンっていうんだが、図書館に仲間が閉じ込められちまってな……。おまけにさっき俺が飲もうとしてたサイコソーダの瓶を切り裂いて、“マメパト参上!”とか書かれた紙落としていきやがって」
なんというか、明らかに後者の方にこもった恨みが強かった気がするのは置いておく。
目的が同じなら、一緒に行動して損はないだろう。多分。
「よし、マメパト鳴かしに行くぞ」
「シェノンさぁん、鳴いてるのは元からだと思うー」
「四月馬鹿だぜ、エイプリルフール」
「…………」
彼らの冒険は、今、始まった!!
物語の枠を超えた出会い、ダークライ&ルキにシェノンが繰り広げるマメパトだらけの図書館ファンタジー、連載予定☆
――――
お久しぶりです銀波オルカです
一応こんくらいの駄作が書ける程度には生きてます
もうなんかシリアスにしようとしたのかギャグっぽくしようとしたのか自分でも分からなくなってしまった
あと私はドラゴンクエストを人生一度もプレイしたことはございません
【好きにしてね】
【半日クオリティ】
うちのボスって、ほんとどうにかならないかと思うよ。
素行に問題があるとか言われて、トレーナー法違反の疑いがあるとか言われてるのに、まだあちこち出歩いて、やめてくださいって言ってるのに。ちょっと出かけてくるよ、すぐ戻るねの一言で一ヶ月ふらふらしやがって……。おかげさまで、ボスのスケジュール帳は予定が組めませんよ。
格好も奇抜だと思います。ハデでしょ、あれ。「ボクの付き人なら、このマントをつけなさい」だったんですよ、初対面の一言が。これからよろしくお願いしますってときに、これを着ろですよ。しかも僕の服のサイズ調べてあってぴったりなんです。担当者がころころ変わる理由が一瞬で理解できましたね。え、マントつけないのかって? 僕は堅実にスーツお仕事しますよ。
そうそう「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」って看板立ってるの、知ってましたか?
いまのボスは、とっても良い方よ。問題があったのは、前のボス。
石と語り合うのが趣味ってひとでね、日がな一日洞窟にこもって石見つめることが多かったんですよ。あなたのボスと同じように、やっぱりよく出歩いてたわ。洞窟にこもっててポケナビも通じないから、連絡とるのが大変だったのよね。大事な予定が入ってるときは、流星の滝あたりから石拾って渡しておくべしって、前担当者からの申し送りがなかったら、私三日で自信喪失したと思う。
ボスは世間じゃナルシストって言われてるけど、それはないわね。あのひとはただ単に、自分が好きなだけ。自分に陶酔してないわ。石には陶酔してるけどもね。いつだったか、チャレンジャーの女の子が持っていた闇の石ストラップに目をつけて、追いかけ回していたことがあったわ。
そうそう「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」って看板が立っているの、知ってましたか?
皆さん、大変ですねぇ。いえね、うちのボスは品行方正、文武両道、才色兼備。文句なんてつけるところ……多少はありますが目をつむれば問題ない方なんですよ。
僕には分からない文字みつめてうっとりなさることありますけど、そんなときのボスの横顔はホントにお美しいんです。僕が整理した書類をあっという間に乱雑にしてしまうこともありますけど、そんなときのボスのあわてようは愛らしいんです。訳の分からない世界に立ち入たりしたらしいんですが、そんなときボスは楽しそうにあったことを話してくれるんです。
ジョウトに行くときだって、前日に書き置きしておいてくれましたし、イッシュへ旅行のときだって三日前には教えてくれました。もっと早く教えろって? なに言ってるんですか、ボスは僕の管理能力を鍛え上げようとしてくれているんですよ。あなたごときに僕のボスのなにが分かるって言うんですか。ボスのために黒コートを買いに行きますよ、ボスのためにヒウンアイスだって買いに行きますよ。
そうそう「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」って看板が立ってて危ない感じがするので、ボスが帰宅するときは物陰に隠れてちゃんと自宅まで送っていくんですよ、知ってましたか?
☆★☆★☆★
他力本願スレから受信した電波が妙な電波だったらしいです。
【書いてみた】
【書いて良いのよ】
【なんでもしてちょーだい】
他力本願すぎることらです!ありがとうございます!エイプリルFOOOOOOOOOOOOOL!!!!!
身代わりの走れメロスと
ものまねの一発芸しか解らなかったYO!
まじめな講座はことらが書けないFOOOOOOOOOOOO!!!
他力本願すぎて誰かが書いてくれれば読めるのに的な酷い有様ふぉおおおおおおおおおおおお
ーーーーーーーーーーー
ありがとうございました。
「黒蜜、お使い頼まれないか?」
だるそうに仰向けになっているゾロアに、長いしっぽの金柑というライチュウが聞いた。
ここは和菓子屋。今日は定休日である。いつも休みの日はどこかへと消えて、商売しているという噂がある金柑だ。
「えー、俺だる……」
「いってくれれば技マシン45メロメロをやるぞ」
「いくいくいく!」
ころっと態度を変えた。金柑は黒蜜に分厚い書類を渡す。
「なんだこれ」
キャバクラ 借金 借金 借金 池月 督促状 キャバクラ もふもふ 池月 キャバクラ 借金 金融
「取り立てて来い。いいか、お前は小さいから、なめられないように怖い顔のおっさんに化けていくんだぞ」
落とさないように背中に書類をくくりつけたら、黒蜜はさっそく言われた住所に出かけていった。
道中出会った最も顔の怖そうなおじさんにイリュージョンしたら、準備は完璧。黒蜜は家の前に立つ。
「じゃあお母さんいってきます!」
飛び出して来たロコンに引かれ、黒蜜のイリュージョンはとけた。そして背中の書類の重さによりひっくり返る。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫」
「お客さん?お母さんは家だよ」
そういってロコンはそのまま出かけていってしまった。残された黒蜜はなんとかひっくり返った亀からいつものゾロアの体勢に戻る。
「はあ……ロコンのくせに」
もう一度イリュージョンしようとしても遅い。すでに目的のポケモンはそこにいる。
「あら、かわいいゾロアねえ。どうしたの?」
キュウコンに話しかけられては化ける暇もなかった。金柑のお使いで来たと言うと、なぜかお邪魔することになってしまったのである。
「え、ええーっと」
「ぼたもち食べるかしら? おだんごもあるわよ」
緑茶とぼたもちを出され、さらに食べ慣れてる団子も出され。借金取りに来たとは言いにくい。
「あの、その、俺はその、借金を返して欲しくて」
「借金?あら、うちの夫が迷惑をおかけしています」
「借用書の住所がここで」
「でも夫はいないのよ。ごめんなさいね」
「あの、それで奥さんに返して欲しいって」
「こんなに大きなお金を借りるなんて、夫を後でしからなきゃダメね」
「いや、その」
「でもいつ帰ってくるか解らないのよ」
黒蜜の言葉を自然とのらりくらりかわすキュウコン。これには何て言ったらいいかわからずタジタジ。
「また夫が帰ってきたらその人に連絡するわね」
そうして、黒蜜は借用書と共に帰ることになっていた。
「な、何をいってるのか」
黒蜜は帰って金柑に全ての事を話す。
「……つまりお前は奥さんのイリュージョンにやられたんだな。うんお前が。イリュージョンのお前がイリュージョンにやられたんだよ」
「ど、どういうことだってば!」
「修行が足りん! そんなんじゃ技マシン45はダメだな」
「え、やだ、俺ほしい、いったんだからくれくれくれよー!」
「だめだ。おとといきやがれ!」
金柑の長いしっぽが黒蜜を吹っ飛ばした。
その頃。
「ふふ、イリュージョン使いの中でもやつは最弱……ちょろいわあ!」
幻想黒狐と書かれた包みとみたらし団子を横に、青いゾロアークがにこにこしていたとかなんとか。
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もふぱらだし、借金取りもゆるゆるだよきっと。
【書いてみた】
【好きにしてください】
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