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「さぁ、括目せよ! この者が悪魔である証明を、今ここで皆に知らしめようではないか!」
魔女審問官、マシューの声が高らかに響く。石畳の広場の真ん中では、この街一番の美人と名高い女性、レオナがやり玉に挙げられている。彼女は、美しかった金髪の髪の毛を剃られて、ほんのりと赤みを帯びた白く美しい肌の整った顔立ちは、麻袋に包まれて隠されている。
手首は後ろ手に縛られ、最低限の肌を隠す薄い布のみを着せられた彼女の姿はいかにも寒そうに震えている。真冬だというのに、あんな恰好をさせるのは、それだけでも拷問のようなものだ。
「見よ、皆の者! この者には、見ての通りアザがある。このアザ、私には見える! 悪魔との契約の際に、口づけをされた個所であるという事が!」
レオナの腰の付近の左側にちょこんとある小指の爪ほどのアザ。レオナは服をめくられるという辱めを受け、その屈辱で麻袋の中の顔は涙で歪んでいる。
「皆も知っていよう! 悪魔は、血も涙もない。ゆえに、悪魔に口付けを成された場所は、怪我もしなければ出血もしないのだ。この聖なる針が、それを証明してくれようぞ!」
マシューが針を掲げる。この針は、魔女と疑われた者がほんとうに魔女であるかどうか、証拠を示すために使われる針だ。魔女と疑われた者の、アザやできものなどに刺して使うことで、血が流れ出るならば魔女ではない。そして流れないのであれば、そこは悪魔に口付けされた場所であり、それが悪魔と契約した証という事に仕立て上げられてしまう。
そして、その針は今まで一度たりとも、誰かを息づつけたことなどない。それは、マシューの目が優れているのか、はたまた――今回もまた、魔女と疑われたレオナが針を突き刺されて、しかし血は出なかった。
「見よ、この針を! この者の肌を!! 血が一滴も付いておらぬではないか!! 分かるか、皆の者よ。この者は、この朝袋の下に大層な美貌を隠し持っている。しかしそれは、生まれ持ったものではなく、悪魔に処女を受け渡すことで、手に入れた物であったのだ。我らは、確かめたのだ……この者が処女でないことを。
この魔女は、悪魔に処女を渡して美貌を手に入れ、そして数々の男をたぶらかしているのだ」
姉さんは、そんなことしない。民衆に交じって成り行きを見守っているレオナの妹、ハンナはそう叫んでやりたかった。
「神が見守るこの街で、悪魔と密約を交わし、館員にいそしんだその罪。正義の名において許すわけにはいかぬ! よって、我ら魔女審問官は、ここに魔女レオナの処刑を宣言する!」
ついに、もっとも聞きたくない言葉を聞かされた。こうなってしまえば、異議を唱えるだけでも魔女と疑われかねない。今すぐマシューにつかみかかって殺してやりたいが、それを阻止せんと、マシューが所持するルカリオが、うんざりしながらも目を光らせている。
だからもう、ハンナは、レオナを諦めるしかない。寒さ以上に恐怖で震えるレオナの体は強引に引っ張られて、断頭台のくぼみにはめられる。
ハンナは、その後にどんな言葉を聞いたのか覚えていない。聞いていられなかった。気づけば、近所の人達に付き添われて部屋のベッドで眠っていた。レオナは首を絶たれた後に、その死体をその場で焼かれることなく、マシューが引き取ったそうだ。
夜、広場の近くの地面にて一夜のうちに桃色の芽を成したマンドラゴラが歌を歌っている。魔女として死んだ魂を慰める鎮魂歌のようにも、魂を呪って汚す歌にも聞こえる、ゆったりとした禍々しくも落ち着いた歌であった。ハンナの家には、おびただしい数の首つり人形がぶら下がっていた。お化けカボチャ達も、マンドラゴラの歌に引き寄せられるようにふわふわと浮いていた。
肝心のハンナは、石造りの家の中で一人、憎しみに心を揺さぶられながら部屋に閉じこもっていた。親や弟と5人で暮らしていた時に、ハンナや弟に優しくしてくれた姉、レオナが殺されたのだその余韻も冷めやらぬ今、まともな思考は何一つ浮かんでこなかった。
彼女の姉、レオナは誰かに密告されて、魔女審問官に魔女であることを疑われたのだ。レオナは、家族がひいき目に見ても美人である。髪の色は絹のような光沢を伴った美しい金髪。眼の色は、かつて見た偉い騎士様の剣の柄についていたサファイアのような深いブルー。そんな、絵にかいたような金髪碧眼に、ほんのりと赤みを帯びた白い肌。整った顔立ちはすれ違えばだれもが振り向かずにはいられない。
その美しさが、魔女であるから。悪魔との契約によって手に入れた美貌なのではないかと疑われたのだ。
レオナは、殺されるような悪い事なんて何一つしていない。むしろ裁縫が得意で、ハンナのためによくぬいぐるみを作ってくれた優しい姉だった。子供の頃にちょっとしたいたずらや、つまみ食いくらいならばしたことがあるが、そんなもの誰だってしたことがあるだろうから、魔女である事の証拠にはならない。それでも、誰かが密告さえすれば、魔女に仕立て上げる事なんていくらべも出来る。今の世の中、そんなものである。
きっと、レオナはその美しさに同じ女性から嫉妬されたのだろうとか、告白して振られた男性が腹いせに告発したのだろうとか、多くの人が無責任な噂をしていた。この街に住む人たちは、そういう例をいくつか知っている……美人だから、男性に人気があるから。だから嫉妬されて、目の敵にされて、逆恨みされて――その挙句が、魔女扱いになることを。
人口三万を数えるこの街には、性質の悪い魔女審問官がいた。マシュー=ヴァルタンという名の彼は、弁護士であったが、あまり有能ではなく、かつては生活に困って飼っているルカリオも紫のネズミを捕って飢えをしのいでいるほどであった。しかし、ある日彼が『魔女に殺されかけた』と言って、いくつもの魔女を火あぶりの処刑台にあげたことから生活は一変する。その功績を信じた市民たちはマシューを祭り上げ、名を上げた彼は様々な街に繰り出しては現地の魔女を次々と処刑していったのである。
彼は、目についた者を魔女であることをでっちあげるためなら何でもやった。普通に生活していればどうしても出来てしまうイボやデキモノを、使い魔と呼ばれる生物へ母乳を与えるための乳首。魔女の証と言い張り、そこに針を刺して血が出ないかどうかを調べるのだ。その針を刺した場所に血が出なければ、彼はをその者を魔女と決めた。無論、血などでないように細工されている。
また、小さな部屋に魔女と思しき人物を閉じ込め、使い魔――この場合は、ハエや蚊といった小さな虫が彼女らに寄り添う事があれば、それを悪魔の証拠とした。ご丁寧に、虫が入り込める隙間を必ずどこかに開けておき、また見張りには使い魔を殺すようにと命じていたが、そんな命令など何の意味も持たない。わざと見落とす事なんていくらでも出来る。
他にも、スイミングと呼ばれる判別法では、右手親指を左足親指に、左手親指を右足親指に交差させるように縛りつけたまま、大きなシーツや毛布にくるんで池や川などの水面に乗せ、沈まなければ魔女という、理不尽な判別方法なども使っていた。彼はそれらの判別法を各地で行い、そして自分の住む街でもそれを行い、今回はレオナと、そのほかにも数名が犠牲となった。
人々は、最初それらが『仕立て上げられたこと』であることに気付けなかった。最初は、本当に魔女の実が殺されたのだと信じていた。しかし、疑う者がいた。トリックを見破ったり、魔女ではないものに同じことをしても『魔女という結果を出せることに気付いてしまった。どんなに善人でも、魔女扱いをされて殺されることに気付いてしまった。『何でもやった』という評価も、そういったことに気づいてからの評価である。
そして、今回のレオナもそうだが、彼が処刑した魔女の死体の処理は、すぐに死体を焼き払うこともあれば、死体を持ち帰ることもある。その理由を、この街の者はみんな知っている。マシューら、この街の魔女審問官は、見た目の良い女性や男児を『この魔女達は悪魔とのつながりが非常に強いため、離れた場所で火葬する』と言って、死体を連れてかれてしまうのだ。それを何に使っているのかはわからないが、『悪魔の邪気に民衆が触れないように離れた場所で焼く』なんて名目は嘘なのだと、皆うすうす感づいている。
死体を、弄んでいるのだと、もっぱらの噂だ。
当然、家族であるハンナにとって、死体を弄ばれることも許せないが、そもそも殺されたこと自体が許せないことだ。奴らさえいなければ、私の姉も……街の他の人達も、殺されることはなかったと、そんな恨み言がいくらでも漏れてくる。
マシュー達のせいで、街の人達は誰もお互いを信じられない。誰かに密告されるのが怖くって、人と関わり合うこともまともに出来ない。疑心暗鬼になる。そして、人に恨みを買わないように気を付けていても、レオナのように殺される。
大好きな姉をそんな理不尽な殺され方をされて、ハンナは今ほとばしるように憎しみがあふれ出していた。今、外に出てしまうと、誰かの笑顔を見ただけでもそいつを殴ってしまいそうで怖いほどに。そんなことをすれば、今度は自分が魔女扱いされることが分かっているので、どうにもできずに部屋に閉じこもっているしかなかった。
「まだ、不調なんだな……」
「すみません……ずっと、立ち直れなくって」
ハンナは一ヶ月たっても、仕事である布織りの作業には集中できず、空虚な日々が続いている。憎しみを吸ってゆくカゲボウズはようやく減ってきてくれたが、まだまだ毎日数匹は軒下にぶら下がっている。布を引き取りに来る見習いも、何日たってもカゲボウズがいなくならないのを見て、さすがに『早く納品しろ』と、強く言う事は出来ず、最近は彼女の体を心配してくれるようになっていた。
ハンナの方はと言えば、自分の感情を支配していた憎しみが日々薄らいで行くことに、不安と安堵を両方感じている。このままでは、自分が自分でなくなってしまうような気もするし、かといって恨みが高じて審問官に喧嘩を売っても、おそらくハンナにとっていいことは何一つないだろう。どれだけ恨んでも、憎んでもやり場のない怒りならば、いっそのことないほうがいい。奪ってもらったほうが、まだいいと考えている。たとえそれが、自分が自分でなくなってしまうことを意味していても。
「私も、まだ立ち直れなくって……」
「あぁ、まぁ……ゆっくり、気を養ってゆけばいいさ。新しい子にも仕事頼んだから、ハンナさんは最低限生活できるくらいには親方の店に納品してくれれば……」
「はい、申し訳ないです」
見習いが帰ってから仕事を再開するが、仕事はいまだに不調のまま。横糸を通したらペダルを踏み、また反対側から横糸を通す。それを繰り返すだけの単純な作業なのに、気づけばボーっとして姉の事を考えてしまう。そうして、頭をかきむしるようにしては、綺麗な髪を乱していく。レオナには劣るが、それでも綺麗だった彼女の顔は、まるで死人のようになっていた。
「ねぇ、ハンナ……大変だよ!!」
そんな時、近所のおばさんが大層慌てた様子で戸を叩く。
「レ、レオナが……レオナが、あんたの姉が、商店街の方からこっちに歩いてきているんだよ! 生きて……蘇って……う、嬉しい事だけれど、何が起こったのか……怖くって……」
「姉が……ちょっと、どういう事なんです?」
おばさんの言葉は、言葉としての意味は分かる。しかし、あまりに現実味のない事なので、ハンナには全く意味が分からない。
「言った通りだよ! 死ぬ前と同じ姿で……こっちに……どうするんだい? 何か悪魔でもとり憑いてたら……アンタ取って食われるかもしれないし、逃げたほうが……」
その、全く意味の分からないことを、おばさんは続けた。言葉の通りならば、確かにそれはとんでもない事である。逃げなければ危ない目に遭うような気もするがしかし、姉にまた会えるとなると、会わなければ絶対に後悔する。
「いや……行ってきます」
たとえ、おばさんの言うように、取って食われたとしても。生きる希望を半ば失いかけた彼女はそれでいいとも思っていた。
「……行くのかい。何があってもあたしは知らないからね!」
「行くさ……行って確かめる」
不安がないわけではない。ただ、不安に突き動かされて逃げることを選ぶには、彼女の心は疲弊しすぎていた。
「皆さん、何を言っていらっしゃるのですか? 確かに私は死にましたし、殺されました。ですが、こうして地に足付いて生きているのです。それでよいではありませんか」
詳しい場所は聞かなくともよく分かった。騒ぎが起きている場所。そこを目指せばおのずと見えてくる。案の定人だかりが出来ている場所に、姉はいた。美しかった髪が坊主頭にされている以外は、魔女と疑われる前と変わらない姿で、笑顔を振りまきながら皆に話しかけている。
ただ、纏っている布はまるでドレスのような……いや、かなり着崩れていて、お世辞にも優雅とは言えないたたずまいだが、ドレスであった。きちんと着付けをすれば、おそらくはいかな令嬢も適わない美しさを誇るだろうその服は、貴族のお嬢様がパーティーへ行く時などに着ていそうな、豪華そうなドレスである。美しい。美しいのだが、周囲の人々は姉の事を恐怖の目で見ていた。喜んでいる者の方が少ないくらいだ。
「姉さん……」
嬉しいはずなのに、ハンナも何か怖かった。ハンナには何が怖いのかもわからないけれど、何かが怖かった。ここにきて、ハンナはあのおばさんの言うことが分かる気がした。どうして蘇ったのかが分からなければ、もしかしたら悪魔によって蘇えらせられたという可能性も否定できないからだ。悪魔と言っても、人を生き返すような悪魔が本当に存在するとすれば、奴ら魔女審問官が口にするようなうわべだけの悪魔ではなく、それこそ本物の悪魔が生き返したという事になるだろう。
それは、とんでもない災厄を呼び覚ますかもしれない、例えば、吸血鬼の大発生のような。
それでも、ハンナは良い結果を期待して姉へ話しかけて、返答を待った。
「ハンナ! よかった、生きていたのね。私が死んでいる間に、何かあったんじゃないかと心配したわ」
まるで、生き返ったことが当然であるかのように、レオナは再会を喜んでいる。
「姉さん……体は、その……大丈夫なの?」
「えぇ、体が腐っているんじゃないかって心配? 大丈夫よ、この通り、匂いもないわ」
と言って、レオナはハンナに抱き付いた。一ヶ月も前に死んだのなら腐臭の一つでもしそうなものだが、しかしレオナの香りはむしろ香り高い花畑のような匂いと、香辛料の匂い。
貴族が連れまわすようなフレフワンの香りを遠くから嗅いだ匂いに、ベイリーフのような匂い。貴族でもこんな個性的な匂いは漂わせず、思わずむせかえりそうになるが、確かに悪臭らしい悪臭はない。
「わかるでしょ? 貴方の知っているレオナよ。私は……ね、ハンナ?」
「う、うん……」
抱きしめながらささやかれる。レオナは、明るい女性だった。なので、こんな抱擁もあり得ない話ではないし、むしろ違和感を感じないほどだ。しかし、逆に違和感がないことに違和感を感じる。レオナは、落ち着きすぎているのだ。やはり死んだ後にこんなことになったと考えると、少しばかり気味が悪く、今更になってハンナは素直に喜べない。
「姉さん……どうやって、生き返ったの」
「皆がそれを聞くわ。悪魔だなんて罵ったりする人もいる……ふふ、けれどね。それは違うわ、ハンナ。救世主は、蘇るものでしょう? かの救世主も、一度十字架にかけられたまま死して、そして復活したというじゃない……ちょっと時間はかかったけれど、私も似たようなものでしょう?」
そう言って、レオナは太陽のように無邪気な笑顔で微笑む。
「『主』が仰られたの……『汝はまだ死ぬべきではない』って。『汝らが悪魔ではないことを皆に証明するのだ』って。皆さんもうすうす感づいている通り、私達は……悪魔ではないのに、悪魔と仕立て上げられてしまったのです。その潔白を証明すべく、こうして私が使わされたのです。
魔女審問官、マシュー=ヴァルタンの家から抜け出して、ここに来るまでに朝になってしまいましたけれど……本当は、妹と十分に再会を喜んでから、こうした話をしたかったのですがね……」
「ちょっと待った、家から抜け出すというのは……? マシューの家に安置されていたのか?」
群衆の一人が尋ねる。
「皆さんも知っておられるでしょう? マシューは、殺した人間の中でも容姿の良い者を選んで……家に持ち帰っているのです」
周囲がざわついた。それに対し、静まれとでも言いたげに、レオナは片手をあげる。数秒ほどして、周囲が押し黙った。
「そうして連れ帰った死体に穴をあけ、内臓などを抜き取ったあと、山ほどの香辛料と綿と、フレフワンの体毛を詰め込み、私達をガラスのケースに閉じ込めるのです。いまはこうしてドレスを着ていますが、これは彼の愛人用のドレスを奪ってきただけ……家では、裸で眠らされていたのです」
「姉さん……」
「屈辱でした。ですが、私は悪魔なのだから、仕方ないと、死にながら言い聞かせるしかなかったのです。でも、私は『主』に言われました。『汝は、死ぬべきではない』と。そのために、こうして皆様に会い、身の潔白を証明しに来たのです」
レオナが空気を炊き込むように腕を広げて、言い放つ。
「さぁ、皆さま……わたくしに協力していただきませんか? 私、また魔女裁判を受けたいのです。身の潔白を証明したいのです」
力強く、レオナが宣言をする。
マシューは魔女裁判を行うだけでも各地の村から多額の報酬をもらい、魔女を見つければ更なる追加報酬をもらえる。そのおかげで、数年の間に裕福な暮らしをるようになり、次第に態度も大きくなってきた。贅沢な馬車での旅を行い、その地区で一番の宿に、安い値段で止まらせるようにと要求したりなど、あまりに貪欲になりすぎて身分の高低に関わらずあらゆる層からの反感を買われていた。そして、各地であまりに多くの者を魔女に仕立て上げたために、彼を名指しで批判する者が現れ、街ぐるみで立ち入りを拒否され、それからというもの奴らこそ諸悪の根源ではないかと、批判され始め、彼の仕事を断る領主も増えてきた。
一般人もついに、『どんなに高潔な者でも魔女に仕立て上げられてしまう事』を、段々と気づいてきた。そうして、街でもマシューを批判する動きが隠す様子もないくらいに出てきている。レオナが殺されたのは、そして蘇ったのは、そんな時期であった。マシュー自身も、民衆の態度から自分の今おかれて利る状況が向かい風であるのは気付いている。だからこそ、今のうちに好き勝手やってしまおうと、躍起になっているようでもあった。
だが、民衆の態度に敏感なのは、むしろ感情を正確に感じることの出来る生き物である。マシューのおかげで怨みの感情が食べ放題であった首つり人形たちは。そしてその親玉のぬいぐるみたちは、そろそろ潮時だと、気づいていたのだろう。
レオナは民衆たちを集めて、マシューに二度目の裁判を要求する。釘を打ち付けた角材や、農作業用の長い柄がついたカマを手に押しかけた民衆の手により家から引きずり出されたマシューは明らかに狼狽した様子であった。怒り狂った民衆たちに取り囲まれて、逃げ出したい状況でも逃げることは一切叶わない。レオナの死体が消えて、館の中で大騒ぎしていたら、こうした事態へと発展してしまったことに、本人もさぞや驚いたことであろう。
とにもかくにも、裁判が始められることになった。すぐにでも火あぶりが出来るようにと、近くに用水路が流れる街の広場には磔台も用意され、昼頃には数え切れないほどの民衆が集まった。みんなも暇ではないのに、良くも悪くも一大イベントであるこの出来事の顛末を、皆見届けようとしている。
「さぁ、私をその針で突いてください」
レオナは肌を隠すための最低限の薄布という、あの日と同じ寒くてかなわない服装で、気丈な様子でマシューに宣言した。
「で、では……この者が悪魔である証明を、皆に知らしめようではないか!」
マシューは虚勢を張って力強く宣言する。明らかな異常事態に、声が少しだけ震えていた。
服をめくったその場所にある、レオナの腰の近く、左側にある小指の爪ほどの大きさのアザ。レオナはそこを魔女の証として針で突かせた。マシューは意を決してその針を深々と突き刺す。針の根元、柄が肌に触れるまで突き刺した時、レオナの顔が苦痛で歪む。針を引き抜くと、レオナの腰には確かに傷口があり、真っ赤な鮮血がしたたり落ちる。今まで、誰一人として血が滴ることなどなかったその針が、きちんとレオナの体に穴をあけたことに、他でもないマシューが驚き、針を見直している。
「どうしました? 悪魔なら血が流れないかもしれませんが、普通の人間ならば血は流れるのでしょう? 何を、不思議がることがあるのですか?」
レオナは、自信たっぷりにマシューへと語りかける。周囲の民衆が騒がしくなっている。『その針の細工が動かなかったんじゃねーか?』『そうだ!! 何を不思議がってやがるんだ!!』『普段イカサマでもしてやがったのか!?』と、罵声が飛ぶ。
「まぁまぁ皆様。そんなにお怒りなさらずに」
踊るようなしぐさでくるりと振り向き、手をひらひらとさせながらレオナが微笑む。
「マシューさんが納得いくように、他の方法も試してみようではありませんか」
そして、マシューの方へ振り返り、レオナは微笑む。
「ね、マシュー様?」
明るい、太陽のような笑顔だった。誰もが笑っていられない状況の中で、彼女ただ一人が笑顔であった。周囲にはカゲボウズが集まってきているが、しかしレオナはカゲボウズ達を手で制す。まだ待っていなさいとばかりに。
「さぁ、次は何にします? 時間がかかるので、部屋に閉じ込めるアレはやめにして……スイミングでも致しませんか?」
次にレオナは、手足を縛りつけて沈めてもらうことで魔女の判定をする、スイミングを提案した。場所は広場の近くにある用水路。
そこには用水路から上がるための階段があり、落ちた時に上がる場所であったり、小舟で荷物を運ぶ際の船着場である。近くの石橋からもよく見える場所であるそこに移動し、レオナは自ら進んで体を縛られた。そうして、レオナを包んだ毛布が静かに着水する。
マシューは、自身の高潔さを知らしめるべく、雌のルカリオを自身の手持ちに置いている。正義の象徴であるルカリオ(特に、正義を象徴する神が女性であるためか雌だとその意味合いが強い)は、弁護士や裁判官という公正な立場に属する者に好かれたポケモンであるが、彼の場合はむしろ不正の手段として使っているポケモンである。
このスイミングという検査方法は、普通にやっても人間を浮かせることは十分可能で、よほど筋肉質だったり骨と皮ばかりの人間でもなければ普通は浮かぶようになっている。そして、もしも沈むような人間であっても、ルカリオのサイコキネシスにより彼は強引に浮かべていた。サイコキネシスを使えば体から青い光が漏れたりすることもあるが、スイミングで沈む人間を浮かせる程度であるならば微弱な出力でも十分だったために、これまで誰にも咎められず、そして咎める勇気がある者はいなかった。
しかし、一瞬レオナがルカリオの方を軽く睨む。たったそれだけで、ルカリオは動く事が出来なくなった。いや、彼女に逆らえなくなったと言ったほうが正しいか。それでも、ルカリオが主であるマシューへの忠誠心が高ければ、動いたかもしれないが。しかし、彼女は主の生活が変わってからの放蕩振りや悪徳ぶりを見て、もはや愛想をつかしていた。そういう理由もあって、ルカリオのサポートも受けられずにレオナは水に浮かばなかった。
見事にゆっくりと沈んでゆき、浮かび上がってこなかった。しかし、それは通常は死を意味する。沈められた人間達は、とても息が続かないような長い時間を水中で放置されるため、通常は溺死する。だが、レオナに常識など通用しない。引き上げられた彼女は、濡れてずっしりと重くなった毛布を外されると、指の戒めを解かれる前に目を開けて、周囲を見渡していた。それだけで審問官の助手を務めるマシューの従者に驚かれ、おっかなびっくり縛っていた縄を外されると、彼女は坊主頭から滴る水をぬぐって、皆に微笑む。
「皆さん、生き残りましたよ。神のご加護のおかげです」
その笑顔が、誰よりもまぶしく輝いている。
「な、なぜ……なぜ、生きているんだ、お前は」
ありえない事態に、マシューは問いただす。
「はて、面妖な? 魔女でなければ、生き残れるのではないのですか? でなければ、何のための裁判なのでしょうか?」
笑顔のままに、レオナがマシューに近寄る。本来ならば魔女が何か狼藉を働かないように、マシューの従者である魔女審問官の助手やルカリオたちが止めるべき場面なのだが、恐ろしくて止められない。体が動かない
「そ、それは……」
「これで、私が魔女でないことを、認めていただけますね? それとも、他の検証を始めますか? どんな検診でも、私は身の潔白を証明して見ますよ」
レオナが、濡れて水の滴る腕をマシューの顔の横に伸ばす。触れそうで触れない位置で、彼女は上目づかいでマシューを見つめた。他の方法というのは、部屋に閉じ込めて使い魔の虫が来るか否かで検診する方法や、聖なる蝋燭の炎で皮膚を焼いて、火傷が残れば魔女。残らなければ潔白というものだったり、手段はいろいろある。
「あ、あぁ……認める。お前は、魔女ではない……」
だが、レオナのしぐさに恐怖を覚え、これ以上続けてはいけないと悟ったのだろう。肩を強張らせながらマシューはレオナの主張を認める。これ以上の検証は、墓穴を掘るだけだと考えたらしい。
「聞きましたかぁ、皆さん?」
レオナの声色が変わる。一度ゆっくりと目を閉じ、見開いた彼女の目は血のように真っ赤であった。
「こんな私が、魔女ではないのですって」
低く、しゃがれた声であった。マシューから、集まった民衆から、悲鳴が上がる。ハンナは悲鳴すら上げられなかった。彼女の首は生まれたての赤ん坊のように座っておらず、体の動きに合わせてぐりぐりと傾いている
「大丈夫ですよ。皆さんに危害を与えるつもりはありません。私は、人を傷つけるために蘇ったのではないのです……ただ、私は。貴方に認めてほしかったのですよ……私が魔女ではないことを」
民衆の方に体を向けながら、レオナは海老反ることでマシューを見る。そのまま、後ろ向きに歩き出し、あと一歩でマシューに届くところで体の向きを変えた。
「でもすみません……裁判をもう一度受けたいがために、神様によって蘇らせてもらったと言いましたが、あれは嘘なんです。本当は軒下に釣り下がる首つり人形の悪魔達の長。呪われたぬいぐるみの悪魔に蘇らせてもらったのです」
そのレオナの行動に、マシューは腰を抜かして尻もちをつき、怯えている。
「どうしました? 私は危害を加えるつもりはありませんよ、マシューさん。魔女ではないという嘘はつきましたが、この、『貴方に危害を加えない』という言葉には、神に誓って偽りはありませんから……クフフ……アハハ……ハハハハハハハ」
レオナの体が痙攣するように笑い、狂気じみた笑い声が川原に響く。多くの者がその場を逃げたが、危害を加えないという言葉を信じたのか、ただ動けないだけだったのか、それとも好奇心のせいか、逃げない者もいた。
「ですから、そんなに怖がらないでください……魔女を、魔女ではないと認めてしまったとしても、それは貴方のせいじゃないのです。だって、魔女は狡猾です……何もしないでもこうして、傷をつける事なんて簡単です」
言い終えると、レオナの右目の上から頭のてっぺんまでにかけて傷が走る。前触れもなく、まるで聖痕(スティグマ)が現れるかのように。その血が垂れると、まるで右目が血の涙を流しているように見えた。
「ですので……」
言いながらレオナは酔っ払いがフラフラと倒れるような足取りで、最前列で見ていた妹のハンナに抱き付いた。ハンナの服が水に濡れ、水に混ざった血で汚れるが、ハンナは恐怖で動けず拭うことすらできない。そしてレオナは、抱き着いた腕を離し、膝から力を抜いてハンナの前で膝立ちとなり、妹の右手を取った。その手には、魔女の証を突き刺すための針が握られている。どうやってか、いつの間にか奪い取ったのだ。
「魔女ならのように、刺そうとしても針が引っ込む仕掛けであっても、傷を負う事なんて簡単なのですよ」
レオナがハンナにゆっくりと針を刺す。当然、針は簡単に引っ込むので、ハンナには痛みすらない。それどころか――
「痛っ!」
ハンナは、反対の手に痛みを訴え、左手を見る。血が、滲んでいた。触れられてすらいない場所に血が浮かんでいた。
「ほら、こういう風に、魔女ならば針を刺されていない場所にだって傷口を出す事が出来るのですよ。ごめんね、ハンナ。痛かった?」
「だ、大丈夫……」
その傷は小さく、舐めておけば治るようなものである。姉のようで姉ではない何かに尋ねられて、ハンナは正直に答えてしまったが、その時のレオナには相手に危害を加えようという意思は、本当に感じられなかった。あるいは、妹や民衆に対してはそうかもしれないが、マシューに対しては違うのかもしれない。
「見ていてください。ほら、この人も」
周りに残っている者達に、レオナは針を刺す。こんどはきちんと刺した場所に傷が現れたが浅いものであった。
「この人も、この人も……ほら、みんな魔女ではないのです!」
同じことを、数人にやって、レオナは再び後ろにることでマシューを見る。
「どおですかぁ?」
そのまま、出来の悪い操り人形のようなふらついた足取りで、マシューに迫る。マシューは金縛りにあって動けないでいた。ルカリオは、レオナから発せられる悪意に恐れをなし、神速でその場を離れて、遠巻きに尻尾を丸めて成り行きを見守っている。周囲には、湧き上がる憎しみの匂いに惹かれて集まったカゲボウズが、かつてない大軍となって、まるでバッタの大発生のように空を覆っている。
「でも、普通に刺すだけなら……貴方の方が、魔女という結果が出ちゃいますよ?」
レオナがマシューに針を刺す。もちろん傷は現れない。そんなやり取りの最中で、この光景を見守れる石橋には、サイズの合わない大人の男性の服を着た子供や、女性でありがら男性の服を着ている者達が現れる。それらは三角に折ったハンカチでマスクをして顔を隠している。橋の手すりに、彼らは体をもたれかけさせ、この光景を見守っていた。
「あ、あぁ……だ、黙れ! 魔女め!! お前が細工をしただけだろう!」
「……いいえ、違いますよ。貴方は、今まで魔女ではない者を殺していたのです。そして、魔女である私のようなものは、狡猾に生き延びていたのです。否……貴方は魔女ではない者を魔女に仕立て上げ、殺して財産を奪い、おまけに街から報酬をもらった……そうでしょう? そのために、殺したのでしょう? 罪もない人達を……。
そして、美しい死体は、体内に山ほどの香辛料とフレフワンの体毛を詰め、まるで蝋人形かぬいぐるみのように保存した。まるで、魔女の所業ね。ほら、私の匂い……嗅いでみて」
言いながら、レオナは民衆に近づき、強烈な匂いのする手を差し出す。濡れていても匂いは落ちず、むせ返る匂いだったため、匂いを嗅いだ女性は咳き込んだ。ハンナはすでに彼女の匂いを嗅いでいたので知っていたが、もう一度嗅いで、改めてマシューへの憎しみを募らせる。
「私は、裸にされ、腸を抉られ、眼球をくりぬかれ、悔しかった……恥ずかしかった……死んでいたから痛みは感じなかったけれど、心は痛かった。全部あなたのせい」
レオナは、俯いたままマシューの方を向き、指を指して言う。
「私は死にながら貴方を恨んだ。そうしたら、綺麗な石を持ったぬいぐるみの悪魔の一人が、もう一つ、小さな石を渡してくれたの」
レオナはうつむいたまま口に手を当てる。そして、顔を上げて手をどければ、彼女の舌にはこれ見よがしに小さな石が乗っており、見せるのに満足したところで、それを再び飲み込み、俯いた。
「私の死体が、こうして動けるのも!! 私の死体を、動かしてくれる者に出会えたのも、全部ぬいぐるみの悪魔のおかげ!!」
つかつかと、聞こえよがしな足音を立ててレオナがマシューの方へと近寄る。
「悪魔のおかげで、私は……貴方がやってきたことが、魔女ではなく、一般人を殺すだけの愚かな行為であることを証明できた。当然だわ……だって、魔女は……貴方に捕まるほど愚かじゃないもの!! こんな風に、死体ですら動かす事が出来る悪魔から力をもらった魔女が、自分に自分で傷をつける事すら出来ないなんてありえないわ!! 血の幻覚も見せられないなんてありえないわ」
レオナが、マシューの首を片手で掴み、持ち上げる。マシューは小さく悲鳴を上げ、持ち上げられながらレオナの腕を蹴りあげるが、彼女はびくともしない。片手で持ち上げる程度ならば女性でもそう難しくないが、男性の蹴りを受けてもびくともしないのは、人間ではありえない怪力である。
「ところで、貴方は……魔女かしら?」
ぽい、と用水路に放り捨てられたマシューは、空中で木の葉のように減速し、着水した後も沈むことなく水に浮いていた。アメタマか木の葉のように、体のほとんどの部分がプカプカと浮いている。
「こ、これは……その、あの……」
浮いている。そして、針でも傷がつかない。どこからどう見てもレオナの方が悪魔なのに、裁判の方法から考えればマシューの方が完全に悪魔である。
「おや、浮きましたが……貴方は魔女ですか? それとも、あの体制で縛られないと、正しく調べられませんか?」
ほとんど水から浮き上がって、背中のわずかな部分以外は沈む気配もないマシューにレオナが尋ねる。
「そ、それは……」
たとえ、縛られても同じ結果が出る。出せることをマシューは知っている。だから、必死で水を掻いて縁までたどり着いたマシューは、レオナの質問に答える事も、目を合わせることも出来ない。
「答えられるわけ、無いですよね」
レオナがほくそ笑む。
「アハハハハハハ……アハハハハ」
レオナはマシューを指さして、狂ったように笑いだす。
「あ、悪魔め!! ルカリオ、奴を攻撃するんだ!」
マシューの従者が、命令するもルカリオは首を振って拒否した。ルカリオが怖かったのは、レオナはもちろんこと、周囲の人間であった。ルカリオという種族は、個体差はあれど他人の感情を感知する力がある。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理論で、自分にまで憎しみの感情を向けられていることが、ルカリオにはわかる。そして、従者の言う通りに攻撃すればそれが悪化することも、ルカリオにはわかっていた。
「言ったでしょう? 私は貴方達に危害を加えるつもりはないと。悪魔は、案外優しいのですから……ですから……ね」
レオナは橋の上を指さした。いつの間にか集まっていたマスクをした集団は、その指の動きに合わせてマスクを取る。美少年と、美女であった。
「だから、あそこにいる悪魔達も……貴方に危害を加えようなんて気は……全くありませんよ。なぜなら……私の部下ですもの」
レオナが、橋の上に居る者達が、自分の首を絞めるように自身の首に手を回す。そこに、縫い目が現れた。
「あの縫い目は、貴方のギロチンによって生まれた傷」
橋の上に居る者達が上半身の服をたやすく引き裂く。腹には。ぱっくりと割れた穴をふさぐ縫い目があった。
「あの縫い目は、貴方が腸を引きずり出す時に、ついた傷」
陶酔するように言って、レオナは目を閉じる。開くと、目がなかった。血の涙があふれ出していた。
「貴方は、一度私達の目をくりぬいた……そして私達を物言わぬぬいぐるみにした」
レオナは、首の縫い目に強引に指を突っ込む。もはや生前の美しさなどどこにもないレオナの首から上は、縫い目がぶちぶちと音を立ててはち切れることで、仮装のための覆面のごとく剥がれる。橋の上の者達もそれに倣った。
「だから、私達は、ぬいぐるみの悪魔に体を渡せたの」
覆面となった顔がしゃべる。覆面を取り去った体の中には、(当時人間がジッパーを開発していなかったため)口が縫われているぬいぐるみの悪魔。ジュペッタがいたが、そいつは喋っていない。そのジュペッタには、本来ならあり得ない場所に縫い目があり、右目の上から角のように伸びた後ろ髪をらせん状に走る縫い目がある。
ジュペッタの変種は、レオナの覆面を放り捨てるが、放り捨てた覆面はなおも口を動かし、しゃべり続ける。橋の上の者達も、覆面を取り外していた。すべての体にジュペッタの顔があった。
「私達は、貴方を恨んだ。他に殺された者も、その肉親も貴方を恨んだ……その恨みで腹を満たした首つり人形の悪魔と、ぬいぐるみの悪魔は、そのお礼にと私達の頼みを聞いてくれた……私達が悪魔でないことを、証明したいとね。どうせお前は……マシューはもう失脚するから、その前に盛大に憎しみを盛り上げてやろうってね」
放り捨てられたレオナの覆面が地面でぺしゃんこになりながらも、口を動かしながら言う。その光景を見て気を遠くして、倒れたり腰を抜かした者が数名。それほどショッキングな光景であった。
「それを果たしてもらったから……ぬいぐるみの悪魔の出番は終わり。貴方達には危害を与えないで……今後の成り行きを見守るでしょう」
そこまで喋って覆面は喋らなくなる。ジュペッタの変種は、レオナの死体(もしくはぬいぐるみというべきか)を脱ぎ捨てて、その全貌を露わにする。ジュペッタの変種は、手首の縫い目と、腹に走る縫い目から赤紫色の四肢をのぞかせるという、醜悪な外見をしていた。その変種のジュペッタはハンナに近づき、その手を引っ張ってレオナの覆面を耳に当てる。
「ごめんね、ハンナ……こんな、最悪な再会で。でも、どうしても……悔しかった。悪魔の力を借りてでも……復讐したかった。貴方に会いたかった……ごめんね、こんな再会で……」
覆面からそんな声が聞こえて、ハンナは泣き崩れた。小さくなった彼女の背中に、変種のジュペッタは優しく手を置く。傍目には、慰めているとしか思えない光景に、ジュペッタを追い払おうとする者はいなかった。
しばらくして、ハンナは顔を上げて叫ぶ。
「悪魔め!! 姉さんを返せ!! 優しかった姉さんを返せ!」
ハンナの声に、民衆たちも便乗して叫び出す。『悪魔め』、『悪魔め』、『悪魔め!』 マシューよりもよっぽど悪魔らしい見た目のジュペッタや、その変種すらそっちのけで叫んだ。その騒ぎに乗じてジュペッタ達は、変種も含めてそそくさと走り去っていった。
終わってみれば、ジュペッタ達は、マシューが水に濡れたことと、針に刺されてチクっとしたこと以外は、本当に人間へさしたる危害を加えることなく、その場を後にしている。しかし、ジュペッタが人間に危害を加えることはなくとも、人間が人間に危害を加えることを、ジュペッタは止めも勧めもしていない。
周りで見ていた者達は、彼らの死体の内側にこびりついていた香辛料やフレフワンの毛を見て、レオナの言葉が真実であることを知ってしまっている。そして、今までのインチキ裁判が証明されてしまったことも併せて怒り狂っている。民衆が、目を血走らせてマシューの元に殺到する様は、まるでジュペッタのようであった。
その後、マシューが裁判にかけられたという記録はない。だが、楽に死んではいないだろう。悪魔は案外優しいが、人間は残酷なのだから。
・解説
このお話のモデルになったのは、マシュー=ホプキンスという弁護士です。魔女狩りにおける彼の悪評はトップクラスとされており、作中と同じく多額の報酬をせしめたり、贅沢な馬車で各地を回ったりなどやりたい放題でした。ただし、死体を保管してコレクションとかはしてません、はい。彼は『その地区の魔女を根絶やしにしてやる』と言って、300人以上もの人間を魔女として処刑しました。
そんな彼ですので、ある時『ホプキンスは、魔法を使ってサタンから魔女の名前が書かれた備忘録をだまし取ったのだ』と告発され、自身も魔女であることを疑われました。そして、彼もまた自身が得意であったスイミングという方法で審問され、結果は彼が悪魔であることを示すことになったそうです。
その後の裁判の記録は無いのですが、手持ちの本によれば『怒り狂った民衆に、裁判を待つまでもなく殺されてしまったのではないか?』と、書かれており、ウィキペディアではその後に本を描いたり、結核で死亡したとも書かれています。
物語としては前者の方が面白いので、前者の解釈を匂わせました。
ところで、魔女裁判ですが、拷問やでっちあげばかりではなく、慈悲深い裁判もあったようです。オランダのアウデウォーターという地域では、大きな天秤に魔女と疑われた人を乗せて『箒で空を飛ぶには重すぎるから』と、魔女であるという疑いを晴らしてあげたそうです。今の時代なら、どちらの方が高潔かは決まっておりますね。
また、ジュペッタ達が餌の供給源であるはずのマシューを失脚させる理由なのですが、企画の最中は書いておりませんでしたが、失脚するであろうことをうすうす感づいており、その前にお盛大に盛り上げてやろうと思ったからという理由です。こんなことも書かないで伝わるわけないですよね……はい。
なんとまあ、かなしいかなしい、あいのうたなんでしょう。
ただ、あなたに気づいて欲しかった。
そして押し殺した、たったワンフレーズのあいのうた。
淡々と語られているのに、その想いの深さに心打たれました。
哀しい愛しい、あいのうた。
しかと拝聴させていただきました。
鏡嫌いがプロットといってもちょこちょこ手直しちゃあるので完全にプロットとはいえないかもしれないので。
実は投稿した奴以外含めると5パターンあった。
もりのなかで くらす ポケモンが いた
もりのなかで ポケモンは かわをぬぎ ひとにもどっては ねむり
また ポケモンの かわをまとい むらに やってくるのだった
そんな時代から長い年月経過
ひとの中で暮らすポケモン
ポケモンは、ひとのかわをかぶり ぬぎかたを忘れたまま、ひととして暮らす
こいつ視点が基本。人間としてまぁそこそこ。
ポケモンの中で暮らすひと
ポケモンのかわをかぶり ぬぎかたを忘れたまま ポケモンとして暮らしていた
俺様フィーバーな奴がいい。ポケモンライフエンジョイ。
ポケモンがゴーストライターで人間の名前で持ち込み→そこそこ売れてりゃいいけど
二匹が出会う適当な場所。草原とか。
人間駄目だし。ポケモン唸る。ポケモンが書いた話の一節を場面ごとに挟む。鞄とおんなじ感じ。
ポケモン作家の信念語る。あらすじ話したらその話書いたってお前、初めてのわくわく感がなくなるだろーが。
人間過去。ジュカイン。実験のあれ。
ポケモン過去。天才。実験のあれ。
一人称無理。面倒なのでゲームっぽくやたらと改行する、一文字開けの奴に変更。
やりたいことを箇条書き。
・街に眼鏡買いに行かせる。
・ゲームの宣伝
・文房具
・お話の話
・過去の奴とか
・最高の傑作だよね
・ぶっ壊す
・鏡殴らせる、割る、嫌い、鏡嫌い
・一人と一匹どこかに行く
・ナイフ
没パターン1
『鏡はいつだって虚実を映しだす。 しかしそれは紛れもなく現実で、しばしば真実を突き付けるものである』
俺の目の前に俺がいた。何のことはない、ただの鏡だろうと思った。
俺はうつ伏せに倒れていた。だから真下にある俺の像は仰向けに映っていた。
俺は手をついて立ち上がろうとした。しかしそこで奇妙なことに気がついた。
ぐにゃりとした感触が手を伝わる。俺の虚像はどうも鏡の向こう側にあるものではないらしかった。
そして俺はとんでもないことに気がついた。
目の前の俺は、死んでいた。
確かにそれは俺だった。頬の傷も、右腕の欠けた得物も、紛れもなく鏡に映った俺だった。
しかしそれは、俺が鏡に映った俺を見たときに見える俺だった。その俺が、現実で、冷たくなっていた。
何がどうなっている。そう考えて、俺は俺の記憶が混乱していることに気がついた。
ここはどこだ?俺はどうしてこんなところにいる?そして、目の前の俺は何故死んでいる?
溢れ出る疑問に対して、俺は嫌に冷静だった。落ち着け、まずは一つ一つ思い出してみるべきだ。
ここがどこなのか、俺は知っているのか。俺は俺に問いかける。
答えは出てこない。目の前にあるのは俺の死体―――だけではなかった。
俺は俺の上に立っていた。しかし、死んでいる俺も、誰かの、いや何かの上に折り重なっているのは確かだった。
それは無数の死体だった。知っているポケモン、見たことがない奴、元が何だったかも分からないもの。そして、青白い肌の……人間。
ニンゲン、という言葉に引っ掛かりを覚える。
そうだ、俺は人間に捕まったんだ。
そいつらは森にやってくるなり、手当たりしだいにポケモンを捕まえ始めた。
普通の人間が使う赤と白の丸い奴ではなく、なんだかよく分からん機械を使って、網やら籠やらにポケモン達を押しこんでいく。
俺は自慢の両腕の獲物で数回、それらをぶち壊そうと試してみたが、全く歯が立たなかった。
躍起になって逃げようとしているうちに、白い煙みたいなものが流れ込んで来て……意識を、失った。
鮮明に思い出せたのはそこまでで、俺はそれからあとどうなったのかがよく思い出せない。
絶対入れるセリフ
「“人間がポケモンの皮を被ること”を目的とした研究で、“人の皮を被ったポケモン”ができてしまうとはな!こいつは傑作だ!」
そうだ、人がポケモンの皮を被ることができるなら何故その逆が起こり得ないと言いきれる?
没パターン2
『いつかあの空を飛べる日が来ることを信じていた。
そのための翼がひらく日がいつか来ることを知っていた。
透明な翅、紅い複眼、憧れと期待は幾度の夏の夜と共に過ぎ去っていった。
そして、待ちに待った日がやってきた。太陽が昇る前のほんのわずかな時間に、僕は地面から這い出した。
背中がむずむずする。そう、窮屈な皮を脱ぎ棄てるんじゃない、ついに翅をひろげるんだ。
そうして僕は、日の出と共に、進化した。』
「……」
二百字詰め原稿用紙の一枚目を読んで、俺はとりあえず書いた本人を眺めた。
「どーよどーよ、今回は出だしから格好良いだろ」
そいつは自慢げな顔をして俺を見上げてくる。
「いや、割とフツーだけど?」
「んなことぁないだろ!? なんかこー、ぐいぐいっと引き込まれるものがあるだろ!?」
ねーよ、と切り捨てる。
それに、感想は最後まで読んでもらってから聞くのが主義じゃなかったのか?俺の言葉に、作者様は押し黙った。
『私が持っている記憶は以上だった。
―――気がつけば私は温かな木漏れ日を体いっぱいに浴びていた。……浴びて、いるはずだ。
それなのにこの寒さはなんだ。今は初夏ではなかったのだろうか。
体内時計は狂っていない。では一体何が起こったのだろうか。
……そうだ、進化したのだ、私は。きっと進化したてで、感覚が少し鈍くなっているのかもしれない。
だとすれば時間ともに回復するかもしれない。私は少し安心した。初めての進化は、どうも慣れないことが多いようだ。
没パターン3
もりのなかで くらす ポケモンが いた
もりのなかで ポケモンは かわをぬぎ ひとにもどっては ねむり
また ポケモンの かわをまとい むらに やってくるのだった
「シンオウの むかしばなし」より
「結局さぁ、こいつの本当はどっちだったんだろうな」
図書館で(無断)拝借してきた本を眺めながらそいつはメガネをずりあげた。
「本当?」
それは、姿という意味なのか。皮をかぶりポケモンになり、皮を脱いで人に戻る、はたしてどちらが本当の姿か。
いやさ――、これって逆もアリかも知れないわけじゃん?ポケモンが人になって人がポケモンになって。
ポケモンが人になると言う記述はどこにもないぞ、と突っ込む前にこいつの口が開いた。
「ん?となれば、本当は人なんだけどポケモンの皮かぶってポケモンのふりした奴が話していた相手が実は人の皮をかぶったポケモンだったとかってアリなわけだよな?」
「……あり、だろうな。お前の理屈でいくと」
このネタもう誰か書いちまったかな――とそいつは天を仰ぐ。書く前に、ここに実物がいるだろうと言うべきか。
皮をかぶった人は、鏡をのぞきこんだ時、そこに映るのは、人か、皮か。
はたしてどちらが本当か。
俺もお前も、どっちが本当か。
元人間、のそいつは超絶人気モノの皮をかぶっている。ネコではなくネズミだが。
どっかの初代チャンピオンの相棒として全国的に有名になってから電気ネズミフィーバーは訪れ、今でも不動の人気を誇っている。
もっとも、こいつは注目されることを嫌う。他人に撫でられるのも抱き締められるのも、何より多数の視線を浴びることを嫌う。
そんなこいつの野望が『ポケモン初のベストセラー作家』なのだから、矛盾しか生じない。
「作者じゃなくて本が注目されるのなら良いんだ!」とは本人の主張だが、本が注目されれば自動的に作者も注目されると思うんだが。
まぁ、こいつの書いた話は全て、俺の名前を使って持ち込んでるんだけどな。
元ポケモン、の俺。人間歴約四年。だいぶ慣れた。体も習慣も言葉も。
この姿に馴染んだか、と言われたら、馴染まない。どうやっても馴染まない。鏡を覗き込むたびに目の前の虚像をたたき割りたくなる衝動にかられる。
これは俺じゃない。俺の本当、じゃない。何回現実を否定してきたか分からない。その度に鏡は砕け皮は傷ついた。
鏡は本当を映さない。映すのは、皮だ。
まぁ、結果的に投げ込んだ奴が一番書きたかった事を書けたから、良いんだけどね
【続きかない】
レントゲンとかで使うx線の語源は「なんだか解らないから物体をxとする」っていう意味らしい。
謎の物体、っていう意味でもxって使いますからね。
xから始まる単語って少ないです。
私は生まれる前から旅をしている身なのですが。ええ、はい。
たまごの時に、彼(私の主人)の元に渡り、生まれた時も、生まれた後も、彼のリュックの中で生活していました。
主人の方は私にあまり興味がないようでしたが、私はそれを当たり前だと思いました。
主人は私を戦わせたりしないのですが、それは彼の愛故だと思いました。
主人は私にご飯を与えないのですが、それで私が困ることはありませんでした。
主人は私を撫でたりしないのですが、私はそれで満足していました・・・・・・。
ああ、いけない。長々と身の上話を省みるなどと。後ろ向きな考えは、後ろ向きな方向にしか進む事はできません。一般論ではないので、あまり参考にはなりませんが、私はそう思うようにしています。
まあ、そんなわけで、主人の愛情を一身に受けた私が、ピチューからピカチュウに進化するのに、そう時間はかかりませんでした。
進化してからも、私は主人のリュックの中で生活します。
モンスターボールの中は、きっと好きになれません。
先ほども言ったように主人は私にご飯を与えません。なので、それらは自分で調達しに出かけます。幸い、主人の旅路はゼニガメのようにゆっくりなので、おいていかれるような心配はありません。
その日も、私は果物を取りに、偶然通りかかった森で、主人のリュックからもそもそと這い出て、食べれる果物のなる木を探しました。私はあまり好き嫌いはない性質で、自分としてはえり好みすることがないので、(自分のことなので少し言い回しは変ですが)とても助かっています。1番最初に見つけた、赤くて丸い甘酸っぱい果物の実を4つ程抱えて主人の元へ急ぎます。
途中、小さな声がいくつも聞こえました。
何処か悲劇的に響くその声は、1人のものではありません。
私は何事かと思って声の方へ行って見ました。
緑色の藪を抜けると、ぐずぐずの土の色が目に入りました。崖だったらしい土の断面がギザギザに割れて、そこにあったのだと思しき量の土が、そのまま崩れて、流れて、下の層まで粗雑過ぎるスロープのようになっていました。
その土の山の周りに、何匹もの山のポケモンが集まっていました。
土の下に埋もれてしまった子や、親や、友人や、恋人を、助けようとする姿が見えました。むしろ、それ以外の姿勢を見せるポケモンはいませんでした。強いて言うなら、私以外は。
私は何もすることがないので、その場に立ち尽くしたまま、彼らの姿を見ながら、彼らの発する言葉に耳を傾けました。
『おとうさん』『おかあさん』『おにいちゃん』『おねえちゃん』『××××』『●●●●』・・・・・・・。
どれも、知らない言葉でした。
どれも、私の傍にはないものでした。
しかし、彼らの言葉を聞いていると悲しくなって、彼らの作業を手伝ってあげなくては、という出所のよくわからない使命感が湧いてきます。
ここで主人が藪の中からあらわれなければ、私は主人のことなど忘れて、土を掘る作業に加わってしまうところでした。
主人は、私の存在には気が付かず、土を掘る彼らの姿を見て、
「ラブソングだ」
重く沈んだ声でそう言いました。
家族や友人、恋人の名前を叫ぶ、悲痛な声・・・・・・。
これが、ラブソング?
私は首をかしげながらも、4つの果物を抱えて、主人のリュックにそっと忍び込みました。
ラブソング。
直訳すると、あいのうた。
愛、恋、思慕・・・・・・。誰かに向けられた、俗に言う愛情という感情を曲にのせて歌ったもの。
しかし、あそこで歌われているあれは、お世辞にも曲や歌と呼ばれるような心地のものではないような気がするけれど、主人があれを「ラブソングだ」といったのだから、きっとそうなのでしょう。
家族の無事を祈る音。
友人の行方を憂う音。
恋人の死を嘆く音。
自らの未来を絶望する音。
それでも愛する人との再会を渇望してやまない音。
暗い音が混ざり合って、私のいる、このリュックの中まで響いてきました。
主人が反対方向に動いていくのが振動で分かりましたが、そのうたはまだ止みませんでした。
私はその音が聞きたくなくて、聞くのがつらくて、聞いているのが恐ろしくて、耳を塞ぎました。
私は生まれる前から旅をしている身なのですが。ええ、はい。
たまごの時に、彼(私の主人)の元に渡り、生まれた時も、生まれた後も、彼のリュックの中で生活していました。
主人の方は私にあまり興味がないようでしたが、私はそれを当たり前だと思いました。
主人は私を戦わせたりしないのですが、それは彼の愛故だと思いました。
主人は私にご飯を与えないのですが、それで私が困ることはありませんでした。
主人は私を撫でたりしないのですが、私はそれで満足していました・・・・・・。
何度も言いますが、私は旅に出ている年数と、自身の生きた年数が全くと言って同じなもので、もちろん、町に行くことだってあるわけで。
その日も、私と主人は、いつものように町に入りました。大きな工場が近くにある排気ガス臭いくすんだレンガでできた町です。
主人は町に入ると、どこかの旅館で必ず3日は休みます。その間、私は外に出て、いつ声がかかってもいいように、バトルのトレーニング(こればかりはかかせません)や、町の探索をします。
この町にはあまり草タイプのポケモンはいないようで、ニャースや、コラッタ、ベトベターなど、悪環境への順応性の高い種のポケモンが多く生息しているようでした。工場やゴミ捨て場の多い掃溜めのような路地の中で、彼らは生活しています。
「随分、綺麗なナリだな」
双子らしいコラッタの片割れが話しかけてきました。
「トレーナーがいるのか?」
もう片方のコラッタも聞いてきます。どうやら、この2人は物怖じしない性格のようです。私は、表情を変えずに「そうだ」と答えました。
「なんでこんな所に1人でいるんだ?」
「捨てられたのか?」
私は首を振って「いいえ、主人が休んでおられるので、散歩をしているのです」と丁寧に答えました。双子は「そうか、そりゃ良かったな」とそっけなく言い、「よく考えたら、お前みたいに人気のあるポケモンが、捨てられるなんて事、ありえないよな」と笑いました。
その言葉が、いやに鋭く私の胸を捕らえたのを覚えています。
そんな私の様子には気づかずに、コラッタは世間話でもするかのように話し続けます。
「この前、1人のトレーナーがポケモンを捨てて行ったんだよ。そこの・・・・・・ゴミ捨て場に?」
「ゴミ捨て場?」
この言葉を聞いたとき、私は「なんて酷いことをするんだろう」と、思わず、顔も知らないそのトレーナーに憤慨してしまいました。
「いや、元々、ごみ捨て場周辺に住んでいるポケモンらしくてさ、まあ、多分外国のポケモンだから、詳しい事はよくわかんないんだけどよ。トレーナーに捨てられたんだって教えてやってるのに、迎えに来るのを待つのをやめないんだよな。・・・・・・たまにいるんだよ、ああいうのが」
呆れたように言う彼に、私は「はあ」と、曖昧に頷いて見せた。
「まあ、あんたにはわかんないかもしれないんだけどな」
コラッタはそんな皮肉をいいながら笑った。
「人間っていうのは、とても薄情な生き物なんだよ」
私は肯定も否定も、する事はできませんでした。
そのポケモンはヤブクロンというポケモンだそうで、とても嫌なにおいを放つのだそうです。まあ、それくらいなら、ここには似たような性質のベトベターや、ベトベトンが生息していますから、きっと疎まれるような事はないでしょう。
ただ、彼(彼女?)は、そのゴミ捨て場を離れる事はないのだそうです。
未だ来ない。そして恐らく、どんなに待っても来るはずのないそのトレーナーを待ち続けているのだそうです。
特にすることのなかった私は、双子に場所を聞いて、そのヤブクロンというポケモンに会いに行きました。
そのポケモンは、青いポリバケツの上に座っていました。
少し、沈んだような表情で、少し赤らんだ空を見ています。
「・・・・・・・・・」
私は黙ってポリバケツの横に座りました。
ヤブクロンは私の存在に気が付きます。
しかし、何を言うわけではなく、だんまりを決め込んで何も居ない道を眺めています。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・あの」
ヤブクロンのほうが根負けしたようで、怪訝そうな顔つきで話しかけてきた。
「なんでしょう?」
私は視線を合わせずに聞き返す。
「なんで・・・僕の隣にいるの?」
「暇つぶしですので、お気になさらず」
無論、本当のことでした。
「貴方は、まだ主人の事を信じておいでですか?」
「あたりまえでしょ、僕のご主人はとても優しい人なんだ」
「・・・・・・そうですか」
「それはそれで構わないのですが」と、私は肩をすくめた。
「君は誰かのポケモン? それとも野生?」
ヤブクロンが聞き、私は素直に前者だと答えました。それから、主人は今休憩中で少し散歩に出ているのだということも伝えました。単に聞かれるのが面倒だっただけで、他意はありません。
「そう、いいね。主人が近くに居るっていうのは」
「・・・・・・・・・そうでもありませんよ」
私はくすりと笑った。
「貴方は主人を信じているといいましたね。本来ならそんなことは馬鹿らしいと、人間を信じるなんてどうかしていると、あざけるべきなのでしょうが、私はそれでもいいと思うのですよ」
「・・・・・・・・・」
「私は信じたいものを信じ続けるのも1つの生きる方法だと思っていますし、私自身、主人が×××××××××××××に気づいてくれると信じています」
「え?」
「まあ、つまりはそういうことなのですよ」
私は立ち上がって、ぽんぽんとお尻を叩いた。
そろそろ主人の元に帰らなければ。
「貴方がそんな不確かなものを信じているのならば、それはきっと私と同じということで、私はそれだけで励みになるのです。ですから、これからも頑張って信じていてあげてくださいね」
そう言って私は彼(彼女かもしれない)に背を向けた。
「それって、つらくない?」
ヤブクロンの声がした。
私は振り返らない。
「そんなの、寂しいよ。僕は、そんなに寂しくないよ。僕は、君ほど寂しくないよ? でも・・・・・・でももう、前の主人のことを信じるなんてできないよ」
小さな嗚咽が聞こえてきました。
「そうですか」
私はそっけなく返事を返します。
「それなら、それでもいいんじゃないですか?」
けれどそれも少し寂しいような気がしました。
「×××」
それは彼(彼女)の前のトレーナーの名前のようでした。
「×××」
彼女(彼かもしれない)は、絶えずその名前を呼んでいました。
彼女の愛するトレーナー。
どうして彼女を捨てたかなんてわからないのですけど、人間の考えることなんてそもそも良く知ろうとしたことなんてありません。
しかし、裏切られてもなお、彼女(彼?)はそのトレーナーの声を、顔を、姿を、優しさを渇望する彼女のその声は、まぎれもなくトレーナーへの愛情から来るものなのではないでしょうか。
それなら、彼(彼女?)のこの声は。
人間を信じようと懸命だったこの声は。
紛れもないラブソングなのでしょうか?
ゴミ捨て場で彼女が歌う、掃溜めからのラブソングなのでしょうか?
私は背を向け、ゴミ捨て場から去りました。
とてもとても、寂しい気分になりました。
私は生まれる前から旅をしている身なのですが。ええ、はい。
たまごの時に、彼(私の主人)の元に渡り、生まれた時も、生まれた後も、彼のリュックの中で生活していました。
主人の方は私にあまり興味がないようでしたが、私はそれを当たり前だと思いました。
主人は私を戦わせたりしないのですが、それは彼の愛故だと思いました。
主人は私にご飯を与えないのですが、それで私が困ることはありませんでした。
主人は私を撫でたりしないのですが、私はそれで満足していました・・・・・・。
「もし、そこのお方」
ある時、とある山道で食料集めをしていた私は、少し低めの声に呼び止められました。
振り返ると、オレンジっぽい黄色の体に、茶色の縞模様がある黄色い頬のポケモン、ライチュウが立っておりました。
「なんでしょうか?」
「私の・・・・・・たまごは知りませんか?」
「はあ?」
私は思わずいぶかしげな表情をし、そのライチュウは恥ずかしそうに俯きました。
「私、この先の山に住んでいるものなのですが・・・・・・」
ライチュウはそう前置きをし、話し始めました。
彼女は、山に住んでいる普通のライチュウで、同じ種の恋人がいたのだといいます。しばらく一緒に暮らすうちに、いつのまにか2人の間には、大きなたまごが生まれたそうです。そして、彼女はかいがいしくたまごの世話を焼き、生まれるのを楽しみにしていたといいます。
しかし、ある時、彼女は山道で走り回っていたサイホーンとぶつかり、大事なたまごを落としてしまいます。たまごは芝生の上に落ちたので割れる事はなかったのですが、坂道をコロコロと転がって、小さな丘の上から落ちてしまったそうです。
本当ならそこで割れてしまったと諦めるべきなのですが、彼女は見たのだそうです。
丘の下、口の開いたリュックの中に、そのたまごがすいこまれていくのを。
「貴方、あのトレーナーのリュックから出てきましたよね? あのリュック、私のたまごが入ったものとそっくりなのです」
彼女はそう言って
「何か知りませんか?」
そう訊ねました。
彼女がここまで言うなら気づいていたはずです。そして、同時に私も気づいてしまいました。
ああ、もう、ここには居れぬ。
「ご婦人、そのような事、私に聞かれても困ります」
「しかし・・・・・・」
「ご婦人」
私はライチュウの言葉を遮りました。
「そこから先は何も口にしてはなりません。初対面の貴方にこんな事を言うのはとても忍びないのですが、もしそこから先を口に出すようなことがあれば、私はその言葉を聞き終わる前に、ここから立ち去らねばなりません」
「・・・・・・・・・」
ライチュウは黙り込んだ。
「人の手に渡ったのなら、その子も死ぬ事はないでしょう。きっと懸命に生きているに違いありません。・・・・・・何の関係のない私がそんなことを言っても、説得力はないでしょうが、私はそう思います。それでは、私はこれで失礼します」
「あ・・・・・・」
ライチュウは何かをいいかけましたが、私はそれを待たずに駆け出しました。
もうここには居れぬ。
もう何も聞けぬ。
もう、何も言えぬ。
『おかあさん』
私は口から毀れそうになったラブソングを、喉の奥で押し殺した。
私は生まれる前から旅をしている身なのですが。ええ、はい。
たまごの時に、彼(私の主人)の元に渡り、生まれた時も、生まれた後も、彼のリュックの中で生活していました。
主人の方は私にあまり興味がないようでしたが、私はそれを当たり前だと思いました。
主人は私を戦わせたりしないのですが、それは彼の愛故だと思いました。
主人は私にご飯を与えないのですが、それで私が困ることはありませんでした。
主人は私を撫でたりしないのですが、私はそれで満足していました・・・・・・。
昨日、主人が死にました。
滑って転んで病院に運ばれて、そのままでした。本当に一瞬の出来事でした。
土気色の顔には、幾つもの皺が刻まれており、とてつもなく年配の方だという事が見てわかります。
これで、私と主人の旅は終わり。
こう思うと旅の間なんてものは短いものですね。
本当に・・・・・・短い。
私は自分が泣いているのに気が付きました。
悲しい、ああ悲しい。
主人が死んでしまったことを、こうも悲しく思えるとは、私は自分の心が意外で驚きました。
私は生まれる前から旅をしている身なのですが。ええ、はい。
たまごの時に、彼(私の主人)の元に渡り、生まれた時も、生まれた後も、彼のリュックの中で生活していました。
主人の方は私にあまり興味がないようでしたが、私はそれを当たり前だと思うようにしていました。
主人は私を戦わせたりしないのですが、それは彼が私に気づいていないからだと知っていました。
主人は私にご飯を与えないのですが、それは当たり前で、自分でなんとかしないといけないと思っていました。
主人は私を撫でたりしないのですが、私はそれで満足しているのだと、思うようにしていました。
私の目から涙が溢れます。
ここは誰もいない病室。ないたって恥ずかしくなんてありません。誰も、わたしのことになんて気づきません。ここで深く眠った私の主人になるはずだった彼も、その機会を永遠に失ってしまいました。
生まれる前に丘から落ちて、主人のリュックに吸い込まれた私はそのまま主人のリュックの中から孵りましたが、主人はそれに気が付きませんでした。私はずっと主人の背中で世界を見ながら、生きるすべを身につけましたが、主人はそれに気づきませんでした。私は主人の背中で進化しましたが、主人はそれに気が付きませんでした。
今考えると、それもしょうがなかったのかもしれません。すべての生物は、齢をとると、運動神経も反射神経も衰えるようで、主人の年齢を考えると気づけなくても仕方なかったのかもしれません。
でも、それでも私は気づいて欲しかったのです。
こんな事今更言っても仕方ないのはわかっています。しかし、私はどうして彼の前に堂々と姿を現す事ができなかったのかと、後悔しています。
気づいて欲しかったのに。
気づいて欲しかったのに。
私は声を上げて泣き続けました。
気づいてください。
どうか私に気づいてください。
これはラブソングです。
貴方に気づかれなくとも貴方と共に旅をした、寂しがりで愚かで無様な、私からのあいのうたです。
ですから、どうか聞き苦しいなどといわないで下さい。
#################
こんにちは、夏夜です。
短編なので、これで完結です。
息抜きにちょっと書いてみましたが、なんか内容が暗いですね。
短編にもタグとかってあるんですかね?
左目がカタカタと音を立てる
僕を拾ってくれた あの日
色違いで仲間外れにされて
身も心も傷ついた僕を
二人は優しい手の平で乗せてくれた
初めてもらった温かさが心地よかった
左目がカタカタと音を立てる
二人は幼なじみの少年少女
少年はわんぱくで行動力はあるけど ときどき周りが見えないのが玉にキズ
少女は恥ずかしがり屋だけど 自分の意志をしっかり持っている
僕はどちらかのものというわけじゃない
僕は少年少女の友達だ
左目がカタカタと音を立てる
少年少女も大きくなって
旅に出る日がやってきた
少年少女の肩に乗って
僕も旅に出る
少年の無鉄砲な行動でスピアーの大群に追いかけられた日
少女の緊張でポケモンバトルに負けてしまった日
少年の根性で言うことを聞かなかったポケモンの心が開いた日
少女の勇気が小さなポケモンを悪者の手から守った日
失敗も成功も一緒に噛みあう日々
こうして少年少女は大人になっていくところを
僕は近くで見ることができて
誇りに思う
左目がカタカタと音を立てる
少年少女が少し大きくなって
僕も進化して大きくなった
肩に乗ることができないのは寂しいけど
代わりに力を手に入れたんだ
二人を支える力を手に入れたんだ
旅をしている間に少年少女はマルチバトルで活躍して
性格はズレているのに息はピッタリだ
二人はいい関係だねと言われたとき
少女は顔を赤くさせて
少年は少女の様子に首を傾げて
僕はとりあえず少年の頭をつついといた
ときどきケンカすることもあった
お気に入りのモーモーミルクを勝手に飲まれたとか
バトルであーだこーだともめたりとか
少年は最初納得できなくて
少女は泣いてばっかりで
だけど最後は謝って
また笑顔になれた
左目がカタカタと音を立てる
それからもマルチバトルで活躍し続けて
世界でも有名な二人組になった少年少女は
いつのまにか大人になっていた
だけど心は少年少女のままで
色々なところを旅しては
今までと同じようにポケモンと出逢った
ミルタンクの乳しぼりを体験したり
ゾロアの悪戯イリュージョンで化かされたり
我流な技を出してくるコジョンドに出逢ったり
オーロラとともにレックウザを発見したり
色々なところを旅しては
今までと同じように人と出逢った
自信のないトレーナーにポケモンを教えたり
森で同じ迷子になった人と夜を語り明かしたり
一度バトルした人に再会してまたバトルで熱くなったり
まだまだ現役だという老人の旅人に出逢ったり
一つ一つの出逢いには違う物語があって
これの他にも色々あって
語りつくせないほどの
想い出が溢れてくる
旅でもマルチバトルでも二人三脚で走り続けた少年少女は
左手の薬指に指輪をはめて
手を繋いで一つのゴールを果たした
左目がカタカタと音を立てる
ひとまず旅を終えることにした少年少女は
赤い屋根の家で一緒に暮らし始めて
やがて子供を授かって
その子も旅を始めて
やがてその子に妻ができる頃になると
少年少女は老人になっていた
もう一度だけ旅をしてみようかと
笑顔輝く少年に
あの日に再会しに行くのも楽しみだと
頬を赤らめる少女がいた
もちろんお前も一緒に行くぞと
僕の右羽に少年の手が繋がって
僕の左羽に少女の手が繋がって
再び世界へと羽ばたいた
左目がカタカタと音を立てる
懐かしい想い出に胸が温かくなる
一コマ一コマに映る命
この左目に刻んできた少年少女の一生は
僕の誇りだ
やがて左目から音がなくなった
スクリーンの前に少年少女
しわだらけの手を繋いで微笑みながら眠っていた
生まれ変わっても
また二人と一緒に旅がしたい
我がままかな?
叶わないのかな?
でも大好きだから
そう願ってもいいでしょう?
二人に想いを馳せながら
左目を閉じて
右目を静かに開けて
願いを埋め込んだ
【書いてみました】
ネイティオの左目は過去を見ることができて、右目は未来を見ることができる。ネイティオのその特性と、エスパーによる念写を使って、映画を見せるかのように、相手にあんな風に過去を見せることができたらいいなぁと思いながら、今回の物語を書いてみました。
ちなみに『x.e.f』の『x』は『xatu』でネイティオの英語名です。
また、『e』は『eyes』で目という意味で。
そして、『f』は『films』で映画という意味です。(一応、両方とも複数形表記にしときました)
最初は『f』で『future』= 未来、『x』= 何かの英単語 = 過去、という意味もありますよー、にしてみたかったのですが、『x』から始まるもので過去という意味の英単語が自分では見つからず……もし見つけたよという方がいらっしゃいましたら、ぜひ(以下略)
追伸:大人になったり、老人になったりなのに『少年少女』という表記をしていたのは、二人の心と、姿が変わっても、その人はその人なんだということを表したかったからです。分かりづらかったら、すいません。一応、説明しときました。(汗)
ありがとうございました。
【何をしてもいいですよ♪】
質問者さん、筋力に自信はありますでしょうか?
だったら、お姫様抱っこがおすすめです!
うちのルカリオはオスなので最初照れていましたが、今は慣れて向こうから抱っこをせがんできます☆(腰が痛いのでそんなに抱っこできないんですが…(笑
あと、ルカリオ用のプロテクターみたいなのもありました。商品名は失念しましたが、大胸筋矯正サポーターみたいな感じでした。ルカリオは人気のポケモンなので、ブリーダー用品店を探せばあると思いますよ〜
【このくらいしか思い付かなかったのよ】
【ルカリオは54kgなのよ】
知恵袋に寄せられた相談:
先日、私のリオルがルカリオに進化しました。その時、嬉しくて嬉しくて強く抱きしめてしまったんです。
その際にルカリオの胸の棘が私に刺さりました。傷は数針縫う程度で済みましたが、責任を感じているのか、それ以来ルカリオがあまり近寄って来なくなってしまいました。
この怪我は私の責任ですし、私自身気にしていません。寧ろルカリオを抱きしめて死ねるなら本望です。
しかし、気にしていない事を伝えても、怖がって近寄って来ません。ルカリオにこんな思いをさせてしまった事をとても反省しています。
どうすればルカリオと今までの様に普通に過ごせるでしょうか?
そして、今後もつい抱きしめてしまうかも知れないので、棘に刺さらない抱き方がありましたら教えて下さい。私では後ろから抱きしめる方法しか思い浮かびません。
皆様宜しくお願い致します。
【答えが出なかったから丸投げするのよ】
【ルカリオを抱きしめたいのよ】
※『羊たちの沈黙』『ハンニバル』的要素があります。
それに侵されし者、目は窪み、四六時中透明な液を垂れ流し、異形の物と化す
ほとんどの者は助かることなく、そのまま暗い部屋に閉じ込められ一生を終える
やたらに何かを口にしたがり、部屋の扉を歯で噛み千切り脱走したという話も残っている
その名前は――
むかしむかし。
イッシュ地方がまだ、そこまで国際的に発展していなかった頃。年で言えば二百年くらい前のこととなります。大きな戦争や地震が訪れ、世の中が混乱していた……そんな時代。
ある街に、別地方からの貴族が移り住みました。当時では考えられないくらい豪華な家に次々と調度品や美しい服が運び込まれ、まるでどこぞの王族が引っ越してきたかのように一時街はお祭り騒ぎとなりました。
引っ越してきてから数日後、その貴族が街中に知らせを貼り付けました。内容は、前に住んでいた場所で使っていた召使達は全て向こうで解雇してしまった。なので、この地方で働いてくれる召使を募集する、というものでした。
その下に書かれていた額に、その街の人々は喜んで飛びつきました。当時はまだ観光事業もなく、人々は近くの海でとれる海獣を少しずつ売って暮らしていたのです。とはいえ、雷馬などに乗れば一週間もかからずに一周できてしまうくらい狭い地方でしたからそれらはどこに行っても出回っており、売れてもたいしたお金にはならなかったのです。今と違って、大きな港も、コンクリートで包まれた巨大な街もなかったのでいささか小さい地方と見られていた、と当時の文には書かれてあります。
さて、屋敷に嬉々として集まった者達にその家の頭首は言いました。
『面接も何もいらない。ここに来た者達は明日から来てくれて構わない。給料は月に金貨二枚』
相当な給料です。彼らが常日頃から使っていたのは銅貨でしたから、その倍以上にもなります。
沸き立つ彼らに、頭首はもう一つ付け加えました。
『最後に一つ。この屋敷には地下室があるが、そこには決して行かないように。もし行く者がいたら、連帯責任としてお前達を全員解雇する』
地下室。決して行ってはならない場所。それに引っかかりを感じる者もいましたが、もし行ったら解雇されてしまうという言葉を耳にして何も言わなくなりました。
――一人を除いては。
その少年は両親がいませんでした。幼い頃自分を一人残して漁に出たきり、帰ってこないのです。周りの人の話では嵐に遭って船が飲み込まれてしまったのだろうということを聞きました。なので、様々な仕事をしながら一人で頑張って暮らしていました。
時には、他人の手を借りることがありました。ですがどうしても育ち盛りの体には十分な食事を摂ることができません。
そこへ現れたのが、その貴族の知らせだったのです。少年は喜んで大人達に混ざって屋敷へ行きました。そして頭首の話を聞きました。
彼はとても優しくいい子でしたが、一つだけ欠点がありました。子供だから仕方ないと思うかもしれませんが、余計なことに首を突っ込みたがる癖があったことです。すぐに頭首の言葉に興味を示しました。
ですが周りの人達の反応を見て、やめておこうかとも思いました。自分が解雇されるのは別に構わない。だって自分一人が進んでやったことだから。でも、そのせいで周りの人達が解雇されてしまったら……
そう思うと、興味は自然と薄れていくのでした。周りの大人達と一緒に窓を拭いたり、埃を掃いたり、食器を磨いたりして仕事をこなしていきました。
一ヶ月経ち、最初の給料が渡されました。小さな布袋に、金貨二枚。合わせてみると綺麗な音がしました。本物の金貨です。周りの大人達も同じようなことをしているのを見て、面白おかしく思いました。
そこでふと、なんだか人の数が少ないように感じました。一ヶ月前までは大広間に集まって息が苦しくなるほどだったのに、今はきちんと深く息が吸い込めるのです。変だなと思いましたが、回りの人達は皆金貨に夢中で全く異変に気付いていないようでしたので、少年も気のせいかと思い、金貨を服のポケットにしまいました。
それから一週間経ち、三週間経ち、また一ヶ月が経ちました。少年は今度こそ確信しました。どうみても、大広間が前より広いように思えるのです。それに今まで一緒に仕事していた人の姿が見当たりません。どうやら他の人は全く気にしていないようですが……
頭首は変わらず金貨を見つめる大人達を細い目で見ています。その目がなんだか刃物のように見えて、少年はゾクリと寒気がしました。そして、姿を消した大人達が一体何をしたのかが分かったような気がしました。
深夜。屋敷の暗い廊下を小さな影が走っていきます。あの少年です。大広間の端にある扉をそっと開け、中に入ります。当時懐中電灯なんて便利な物はありませんから、小さな松明を持っていました。
足元には元々積もっていた埃を踏んだのであろう夥しい数の足跡がついていました。壁には何もついていません。汚れていない、まっさらな白です。
少年はゴクリと唾を飲むと、下へ続く階段をひたすら降りていきました。暗い、どこまでも続くような空間に飲み込まれてしまいそうな気分になり、ギュっと肩を抱きます。
カツン、カツンと金属の響く音が耳にこびり付いていました。
どのくらい経ったのでしょう。段差がなくなりました。どうやら階段はこれで終わりのようです。
少年は冷や汗を拭うと、まだ続く廊下をひたすら歩いていきました。姿を消した大人達もここまでは同じように来たようです。足跡が残っています。
もう少し歩いて…… 何かを踏みました。足の裏で包めるくらいの細長い、何か。まさか、と思い少年は松明をそれに向けて……口を押えました。
それは、人骨だったのです。肉も皮もついていない、ただただ骨のまま。よく見ればその後の廊下にも落ちていました。小さな物は指でしょうか。頭蓋骨は目の部分が二つとも空洞になっていて、肉はおろか髪の毛すらもついていませんでした。
その時、少年の前から何かをしゃぶるような音が聞こえてきました。それは固く閉ざされた鉄の扉の奥から響いてきます。しかしそのドアも何度か壊されたような形跡があり、しかも妙な痕がありました。
そう、それはまるで、食いちぎられたような――
ぴたり、としゃぶるような音が止みました。そのままザッザッとこちらに向かってくるような音がします。
少年は震える足を叩くと、一目散に元来た道を走り出しました。走って、走って、階段を駆け上って……
やっと大広間にある扉を開けた時には、夜が明けていました。少年はそのまま気を失ってしまいました。
目が覚めた時、少年は大人達に囲まれていました。皆が皆、不思議そうな顔をしています。少年は何か言おうと思いましたが、恐怖のあまりうまく喋ることができません。大人達が顔を見合わせていると、頭首がやってきました。てっきり解雇されると思いましたが、彼は少年に優しく言いました。
『君は、悪夢を見ていたんだ。もう大丈夫だよ』
それから数年が経ちました。少年はすっかり青年に近い歳になり、外見も当時の面影は全くなくなっていました。その時彼は別の街で働いていました。別地方からの物資の受け入れが始まり、街を観光向けにしようと工事をするのに、人手が足りなかったのです。
前よりずっといい給料で雇われていた彼は、もうあの屋敷のことを忘れかけていました。
その屋敷は、あの件があってから数ヶ月後に突然、火事で全焼したのです。噂ではその貴族に踏み潰された別の貴族が復讐として放火したのではないか……と言われていますが、本当のことは定かではありません。
ですが、焼け跡から二人の遺体が発見されたことは間違いありませんでした。一つは頭首の部屋から。そしてもう一つは……
地下室から。
それと同時に大量の骨も見つかり、やはりあのことは夢ではなかったのだと青年は今になって思います。地下室から見つかった遺体は顎が発達し、どんなに固い物でもその気になれば齧ることができるくらいの力があったのではないか、と推測されたということです。
そしてそれから何十年も経った後に、他地方の奇病の中に、それと全く同じ症状がある物が見つかりました。
『悪食病』
その書物には、こう書かれています。
『原因不明の奇病。ポケモンが感染し、そのポケモンが人間を咬むことで感染するという説が一番有効だが、詳細は不明。数百年前、遠く離れた水と緑豊かな地方を襲った戦争に人間兵器として使われたという話もある。目は窪み、口から四六時中涎を垂れ流し、目に映った物は全て喰らい尽くすという。
中には、目が赤く染まったという話もあるが定かではない』
今では知る人もほとんどいませんが、もしかしたらこの世界のどこかで今でもそれは生き続けているのかもしれません。
『イッシュ地方昔話総集編 3』 より
――――――――――
明日から修学旅行ということで一つ書いて行こうと思った。
【何をしてもいいのよ】
時は20XX年。荒れた大地にて、1匹のドラゴンポケモンがいた。その名は、ホウエン地方の、「タツベイ」。
「オイラ・・・いつになったら空飛べるんだろなぁ・・・・。」
そうつぶやいたタツベイの首には、ひし形のアクセサリー。都会で拾った拾い物。
「おい」
タツベイの目の前に、ゲンガーとマルマインが現れた。
「なんでぃ!お前ら!」
「首についてるアクセサリー、もらいにきた。」
「これはオイラの宝物でぃ!」
タツベイがアクセサリーを強く掴んだ。
「意地でも渡さない気なら…力ずくさ。来い。テメェら」
そうゲンガーが言うと、悪ポケモン勢ぞろい。そのままタツベイに向かった。
「これはオイラに勇気をくれた石なんでぃ!!渡さねぇぇ!!」
拳を握ってタツベイが叫ぶと、石が光り始めた。その光はタツベイを包み、タツベイは違う姿に。そう。タツベイはコモルーに進化したのだ。
「とっしん!」
「ぐほっ!!」 「ぐっ!」 「どわあっ!」 「くっそー!」
次々に倒して行き、ついに残るはゲンガーのみ。
「シャドーブレイク!!」
凄まじい闇がコモルーにヒット。
「負・・・けな・・い・・ぞ・・」
「まだ立ち上がるか。」
「うおおおお!」
コモルーの体を光が包んだ。
「な・・・!嘘だろ…。」
ついにボーマンダまで進化。
「破壊光線!!!」
「ぐ・・・ぬああああああああ!!!」
「勝った!」
ボーマンダは静かにほほ笑んだ。
「あれ?翼生えてる… え!!??進化!?やった!空を飛べる!!!」
そういうと、ボーマンダは未来へ飛び立った。
どうにも面倒くさい。
お前がもう一人の英雄だとか戦わなければポケモンを開放するぞとか言われた時に思ったのはそれだけだった。
こちとらこの間野生のポケモンに全滅させられそうになったんだぞ。そんな人間に世界の命運を任せる神経が理解できない。四天王とかチャンピオンとか強いトレーナーは掃いて捨てるほどいるだろう。
きっとこの石に宿ってるもう一方のポケモンだってそう思っているに違いない。そこいらの草むらでタブンネ狩ってるような人間が実は英雄だとかいうことだってあるに違いない。
いちいち英雄なんて旗を担がなくても、伝説のポケモンなんていなくても、あいつらのやってることが正しくないと思うなら、止めちゃえばいい。数に任せて強引に抑え込めばいい。
言いたいことはたくさんあった。
それでも言わなかった。
結局は戦いに行くんだ。うだうだ言ってもしょうがない。
ただ、一つだけ明確にしておきたいことはある。
単に自分の仲間と別れさせられるなんて選択肢を選べるはずがない。それだけは嫌だから、面倒くさくてもできることがあるならやろうと思っただけだ。
世界を背負うなんてことに憧れたわけでも、いろいろな人に頼りにされたわけでもない。
ただそれだけのことだ。
そう言おうと思ったけれど、恥ずかしくて言えはしなかった。
―――――――――――
いろいろ思ってるからこそ、言えない感じのうちの主人公
【書いてみたのよ】
【好きにしていいのよ】
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