マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[もどる] [新規投稿] [新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
  • 以下は新規投稿順のリスト(投稿記事)表示です。
  • 48時間以内の記事は new! で表示されます。
  • 投稿者のメールアドレスがアドレス収集ロボットやウイルスに拾われないよう工夫して表示しています。
  • ソース内に投稿者のリモートホストアドレスが表示されます。

  •   [No.3118] 投稿者:リナ   投稿日:2013/11/18(Mon) 23:09:23     95clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     それは確か、ちょうど九月の始まる頃だった。
     あっという間に過ぎ去った夏休みの後に、嘘かと思ってたけど、やっぱりちゃんと二学期が始まって、久しぶりに教室でユズちゃん以外の友達とも会って、早速二年生最初の実力テストの範囲表が配られて、呆気にとられていたあの九月の始まる頃だ。 うちの中学校では年に五回定期試験があって、生徒たちはいつも苦々しい顔をしてそれを歓迎していた。その隙間に挟み込まれる「じつりょくてすと」とはいったい何者なのだろう? 今回はどういう顔をしてこれを迎えたらいいのか、みんな迷っているようだった。
     担任の三橋先生が言うには、二年生はどうやら「中だるみの時期」とかなんとか揶揄されているようで、試験の平均点は下がるし、生徒たちのやる気も下がるし、点数を見た親の気分はもっと下がる。そしておまけに、家庭によってはお小遣いも下がる。最初はこれが中二病ってやつなんだと思って「たいへんな時期だね―」なんておしゃべりしていたら、ユズちゃんにデコピンされてしまった。
     ユズちゃんのデコピンはすごく痛くて、ヒットした直後は涙が出たし、五時間目の社会の時間中ずっとおでこが赤くなっていた。女子バスケットボール部のユズちゃんは握力がとても強かったのだ。もう知ったかぶりしておしゃべりしないように気をつけよう。そんな風に思った九月の終わり頃のことだった。
     座敷童(ざしきわらし)がこの町に住み着いたという噂が、どこからともなく流れ始めたのだ。
    「近頃は座敷童なんてもうほとんど人前に出て来なくなったから、噂が本当ならちょっとしたニュースね」
     ユズちゃんはそんな風に言っていたけど、私は座敷童なんて見たことがなかったし、昔はごく普通に現れるものだったのかとか、どんな背格好をしているのかとか、実際のところ何ひとつ知らない。そんな私の困惑をよそに、噂にはどんどん情報が追加されていった。
     私たちと同じくらいの年齢の女の子で、短く切り揃えた黒髪をしている、らしい。その子は夜になると天原(あまはら)駅に現れる、らしい。そして駅前広場に佇む「もろの木さま」と、なにやら話をしていた、らしい。
     十月の一週目が終わる頃には、目撃証言をもとに、美術部の佐渡原くんが座敷童の絵を描いた。
    「噂自体にはあんまり興味ないけど、みんな盛り上がってるからさ。でも描いてみると、なかなか風情のある光景だよね。もろの木さまと座敷童」
     佐渡原くんがキャンバスに描いた、タイトル「静かな秋の、御神木のある風景」は、素人目から見ても完成度が高く、素敵な絵だった。青空と紅葉のコントラスト、座敷童(赤い着物を着た、おかっぱ頭の女の子だ)のせつなげな表情、繊細なタッチ。見事な作品だ。佐渡原くんは、天原町の生んだミケランジェロだ(と、美術部の顧問の堂阪先生は言っていた)。
     天原町は、小さな小さな田舎町だ。だから、八百屋のカズくんの誕生日から、町内会長のタケじいちゃんの好物まで、みんなが知っていた。そういう町なのだ。噂なんて、あっという間に広まっていく。お寺の鐘の音が町中に響き渡るみたいに、隅から隅まで知れ渡ってしまう。何にもない町だから、新しい話題には、みんなすぐに夢中になるのだ。

    「その座敷童さんは、もろの木さまに何か用事があったのかな?」
     学校の昼休み、いつものように机を向い合せにして、私はユズちゃんとお弁当を食べていた。
     十月ももう半ばを過ぎて、町はすっかり秋色に模様替えしてしまった。濃い緑色をした葉っぱの匂いも消えたし、ニイニイゼミで始まってツクツクボウシで終わった蝉たちの声ももうしない。夏服の期間が終わり、久しぶりに引っ張り出したブレザーを見ると、なんだが物悲しい気分になった。アイスを食べながら「あついあつい」と文句ばかり言っていたけど、私、夏は結構好きだった。
    「茉里(まつり)は何をしてたんだと思う? その座敷童」
     ユズちゃんが、お弁当の卵焼きをもぐもぐさせながら箸を私に向けた。お行儀が悪い。
    「なんだろう? なにかお願い事かな?」
    「座敷童ってさ、災いをもたらしたりとかはしないけど、結構悪戯好きなんだって」
     ユズちゃんは、にやりとして言った。彼女の言うことはいつもテキトーだけど、そのかわり、いかにも本当のことのように話すのが上手だった。
     本人は「茉里がぼーっとしてるだけだよ」って言う。けど前に朝の職員室で、もっともらしい「宿題を忘れた理由」を語り、国語の山内先生を言いくるめていたのを見かけたことがある。そういう才能があるから、ユズちゃんはきっと、将来は人前で話すような仕事に着くんだろうなあと、漠然と思ったことがあった。
    「悪戯なの? それ、困るなあ。うちのキャベツとか大根があんまり虫に喰い荒らされないで済んでるのはもろの木さまのおかげだって、お父さん言ってたし」
     駅前広場に立っているもろの木さまは、天原町の守り神だ。この町にあるどの木よりも長生きしていて、おばあちゃんやおじいちゃんたちからは、敬意を込めて「御神木」と呼ばれていた。
    「うちの銭湯だって、なんとか閑古鳥が鳴かない程度にやっていけてるのはもろの木さまのおかげなんだって。もしそんな座敷童がこの町に住みついてたら、うちのばあちゃん黙っちゃいないわね。竹ぼうき持って飛んでいくと思う」
     町の人たちにとっては、もろの木さまは特別な木だった。私たちが生まれて、ずっと住み続けて、育ってきたこの町を、もろの木さまは守ってくれている。どんなふうに守ってくれているのかは知らないけど、でも、小さいときからずっとそう教えられてきた。
     だから、私もユズちゃんも、町の人たちはみんなもろの木さまに感謝してる。見た目はちょっと大きいだけの、古ぼけたスギの木だ。でも、それがもろの木さまなのだ。もしもろの木さまが、厳かで、立派な佇まいで、嘘みたいに背が高くて、この町をしかめっ面で見下ろすような木だったら、私はちょっと嫌だ。
    「もし、もろの木さまに悪戯しようとしてるなら、相手が座敷童だって関係ないわ。今日部活終わったら駅に寄りましょう? 噂が本当かどうかも、確かめなきゃね」
     ユズちゃんが真面目な顔をしてそう言った。私はぎくりとした。こういうときのユズちゃんはとっても分かりやすい。今までも、ユズちゃんと一緒にツチノコとか河童とか木霊とか、いろんな生き物を探しに行った。噂好きな天原町だけど、どういうわけかこの町には「胡散臭い噂」が立ちやすくて、ユズちゃんはそれをいつも見に行きたがる。もちろん、ツチノコも河童も木霊もいやしなかった。
     今回もたぶん、ユズちゃんは座敷童を見てみたいだけだ。
    「えー、でももしホントにいたらちょっと怖いな。お化けなんでしょ? 座敷童って」
    「お化けでもなんでも、会ってみなきゃどんなやつなのか分からないじゃない。それに、座敷童サンのためにも、行って止めさせた方が良いわ。うちのばあちゃんがシバきに行く前にね」
     放課後、ユズちゃんとは校門で十七時に待ち合わせをして(私はちょっと溜息をついて)、いつものように音楽室へ向かった。
     ごく普通の田舎の農家に生まれて、一人っ子だからか少々甘く育てられて、勉強は悪くもなければ良くもなく、身長が低めで(「ちび」って言われるのには慣れたけど、「ガキ」って言われるのはちょっと傷つく)、運動神経は絶望的。そんな私が唯一「特技」と呼べるものがあるとしたら、今、吹奏楽部で担当しているフルートだった。
     小学校の頃からリコーダーを使う音楽の授業が好きだった。通信簿では、音楽は六年間ずっと「よくできた」だった。いつも「がんばろう」と励まされていた体育とは対照的だ。下校のときや家にいるときだって、私はいつもリコーダーを吹き鳴らしていた。
     そして小学五年生の時の誕生日。お父さんとお母さんからのプレゼントを開けると、箱に入っていたのは銀色の横笛だった。とっても嬉しかった。私は、遊び盛りの子犬みたいに、家中を転がりまわって飛び跳ねて喜んだ。
     最初は全然音が出なくて、一日中その強情な横笛と格闘した。リコーダーとは勝手が違う。ほんの少し吹きこむ息の角度が違うだけで、それは全く反応してくれない。すかすかと空気が通り抜けていくだけだ。
     やっと鳴らすことができたフルートの音は、リコーダーよりも透き通っていた。それは、時々うちの畑を吹き抜ける風の声にも似ていた。
     それから私は「横笛吹き」になった。この町にはあまりいない「横笛吹き」になれたのは、私のちょっとした自慢だ。

     吹奏楽部では、週末の演奏会に向けて全体練習を繰り返していた。ただ、曲の後半の転調するところが全然合わなくて、顧問の富岡先生がその小節ばかりを何度も調整していたから、前半のソロだけの私はすごく暇だった。シンバルの田口くんにはもうちょっと落ち着いて叩いてもらって、ホルンの堤さんが音量を抑えてくれるだけで、上手くまとまるのに。
     なんて、ちょっとした不満を頭の中に巡らせていたら、だんだん眠くなってきた。なにせ、暖房を効かせた音楽室はぽかぽかで、寝るのには申し分のない環境なのだ。シンバルの音もホルンの響きも、少しずつ遠退いていった。壁にかかっていたモーツァルトやベートーヴェンも、私から目を逸らした。そしてとうとう舟を漕ぎ始めた私を、隣に座っていたのんちゃんが小突いた。
    「富岡にバレたら殺されるよ、茉里」
     はっとして、私は目を擦り、椅子に座り直した。
    「――うん、ごめん。ありがと」
    「私だって暇なんだから。一人だけ譜面台に隠れて寝るなんてずるいからね」
     そういえばのんちゃんのクラリネットも、転調のところは全く出番がなかった。
    「分かってるー。でも、眠くもなるよ」
    「分かってない。横笛吹きは、もっとしゃきっとしなきゃ。少なくとも、縦笛吹きよりはね」
    「――そうなの?」
    「そうなの。ほら、頭から通すって」
     富岡先生が指揮棒を振り上げ、私は一時間ぶりにフルートを構えた。
     吹奏楽部の練習が終わったあと、私はユズちゃんより先に校門に着いた。辺りはもうとっぷりと夕闇に包まれていた。グラウンドではサッカー部が最後のシュート練習を切り上げ、ダウンのストレッチをしていた。野球部はもう練習を終え、残りの数人がげらげらと大きな声で笑いながら、駐輪場の奥にある更衣室へと向かっていた。
     体育館の方から掛け声が聞こえる。校門側からはちょうど校舎の裏にあり、体育館の錆付いた屋根だけが辛うじて見えた。掛け声は女子たちのものだったけど、バスケ部かどうかは分からなかった。
     学校の裏側にあるなだらかな丘は、夏はあんなに原色の緑だったのに、今はもうすっかりくすんだ茶色だった。そこから吹き下ろしてくる風は枯れ葉と土の匂いがして、おまけにすごく冷たかった。私はお母さんに編んでもらった紺色のマフラーをきつめに縛り直した。
     少しして、ユズちゃんとバスケ部の二年生たちが、おしゃべりしながら現れた。私に気付いたユズちゃんは、遠くから手を振ってくれた。少しはにかんで、私も小さく手を振り返す。
     バスケ部の女子たちは、互いに押し合ったり、体を触り合ったりして、何度も大笑いしていた。その中には、ユズちゃんも含めて、小学校も一緒だった子が何人かいる。
     中学に入ってから、一気にみんなが大人になったように見えた。特に、バスケ部はみんな「早い」子たちだった。制服の着崩し方も、可愛い髪型も、化粧を覚えるのも、それに、男の子の話も。彼女たちは前に進む速さが全然違うんだという気がした。私なんかよりもどんどん前に進んでいって、そのうち全然知らない街に出て行って、後姿さえも見えなくなってしまうような気がした。
     ユズちゃんもやっぱり、そのうちこんな小さな町から、さっさと出て行ってしまうのだろうか。
     ときどき、本当にときどき、そんなことを考える。将来、この町での生活にはあっさり背を向けて、立ち去ってしまうのかな。私のところからは全然見えないところまで、遠く離れていってしまうのかな。
     そんな日が来ても、私たちって、友達でいられるのかな。
    「ごめんごめん、結構待ってた?」
     それは、誰にも分からない。たぶん、もろの木さまだって分からない。それはきっと、私たち次第なんだと思う。
    「もう、すっごく寒かったんだよー。早く行こう、ユズちゃん」

     学校から天原駅まではそう遠くはなく、校門からすぐの橋を渡って、河川敷に沿って歩いて、商店街のあるところで曲がると五分ほどで着く場所にある。でも、家のある方向とは真逆にあるせいで、普段はあまり行くことはなかった。もろの木さまに会うのも、夏のコンクールで吹奏楽部のみんなと電車に乗った時以来だった。
     久しぶりに歩いた河川敷は、校門よりもさらに風が強くて、その冷たさで頬がひりひりした。ユズちゃんの赤いマフラーが、大きくはためいている。闇の中で流れる川はどぽどぽと音を立て、少し不気味だった。
    「会えるかな? 座敷童さん」
     商店街に入って風が弱まり、私はやっとしかめっ面を元に戻した。
    「目撃情報は、大体このくらいの時間帯よ。ちょっと寒いけど、条件は整ってるわ」
     商店街は早くも眠りに就いているようで、もうほとんどのお店がシャッターを下ろしていた。薄暗い通りは人影も少ない。精肉店のおじさんと、呉服屋さんの若い店長さん。あとは駅から流れて家路を急ぐ人たちと数人、すれ違っただけだった。
    「――会ったら、なんて言うの?」
    「そうね、いきなり問い詰めるのも失礼だし」ユズちゃんは、にやりとして言った。「『よかったら、友達になって下さい』って、シタテに出てみようか」
     座敷童と友達かあ。もしなれたら、それはちょっと面白そうだけど。でも、どうなんだろう。
    「思ったんだけど、座敷童って、誰が最初に言い出したんだろう。ホントに座敷童なのかな」
    「あたしは最初、野球部の古川から聞いたけど。まあ、ホントかどうかを確かめに行くんだから、その問いは無用よ」
     古川くん――同じクラスの野球部で、ショートを守っていて、休み時間も授業中も、とにかく人を笑わせることに命をかけている、あの古川くんかあ。なんだか噂の信憑性に翳りが見えた。
     商店街を抜け、私たちはとうとう駅前の広場に到着した。もともと小さな駅で、止まる電車の本数も少ない。それでも、町の中では人の集まる方だ。ただもう辺りは真っ暗で、人影はほとんどなかった。そして、真ん中にぽつんと佇むもろの木さまに目をやっても、そばには誰もいない。もろの木さまは一人で夜の空を見上げていた。
    「いないみたい」
     広場をぐるりと見渡してみても、座敷童らしい人影は見当たらなかった。駅から出てくるところの老夫婦と、ちょうど店仕舞いをしていたお弁当屋のおばさん。そして私たち二人だけだ。やっぱり、そう簡単に噂の大元と遭遇することはできない。会うことができなかったのはちょっぴり残念だけど、正直、ほっとした。
    「しょうがない、張り込むわよ」
    「――え、本気?」
     耳を疑って、私は聞き返したけど、振り向いたユズちゃんの目は紛れもなく本気だった。
     冷静になってみると、ツチノコのときも、河童のときも、木霊のときも、ユズちゃんは諦めが悪かった。そういえばユズちゃんはバスケ部で、ディフェンスとリバウンドの粘り強さに相当な定評があるらしい。悪さをする輩は竹ぼうきを持ってどこまでも追いかけるおばあちゃんと言い、このしつこさは「血」なのかもしれない。
     私たちは、駅の改札口のそばにあるベンチに座り、もろの木さまを監視することにした。ぶるぶる震えながら、まるで雪山で遭難した登山者みたいに身を寄せ合って、座敷童が姿を現すのを待った。
     佐渡原くんの描いたあの絵と同じ場所だとは、とても思えない景色だった。秋晴れの青空も、鮮やかに染まった紅葉もない。もちろん、あの不気味なほど表情豊かな着物姿の女の子もいない。どんよりとして、どこまでも暗い空。申し訳程度に等間隔で光る水銀灯。人気のない広場。一応石畳で舗装されているものの、それもずいぶん昔のもののようで、隙間からところどころ雑草が覗いているのだった。
     もろの木さまは、時々吹きつける冷たい風に葉を揺らすだけで、じっと動かない。寒空の下、静かに、本当に静かに、佇んでいた。お年寄りには「御神木」と呼ばれるほどの由緒正しい木のはずなのに、見れば見るほど、やっぱりどこかみすぼらしい。幹はところどころ禿げているし、くねって伸びた枝も、全体的にちょっと傾いている。緑色の葉は、そのうち山の木々たちのように茶色に染まり、冬になれば落葉し、もろの木さまは素っ裸だ。真冬のもろの木さまは本当に寒そうで、見ているととても不憫になる。
     第一「御神木」って、神社の境内のとか、もっと相応しい場所に立っているもののような気がするけど。どうして、お世辞にも「神聖な場所」とも言えない殺風景な駅前の広場なんかに、ひとりぼっちで立っているんだろう。
     張り込みを始めてから、三十分が経ち、一時間が経ち、まもなく時計は十九時を指そうとしていた。冷たい空気が頬を刺し、マフラーは意味をなさなくなり、足先の感覚がなくなってきた。
     さすがのユズちゃんも「今日はもう……限界ね」と呟き、女子中学生二人の刑事ごっこはあえなく終了した。座敷童らしき人影は、とうとう現れなかった。気配さえも、なかった。
    「なによもう! 噂なんてもう信じないんだから!」
     広場を猛ダッシュで駆け抜けながら、ユズちゃんは後悔をぶちまけていた。
    「ユズちゃん、それ毎回言ってるよ」
    「だってー! 古川がかなり詳しくしゃべってたから、今度こそと思ってー!」
    「古川くんの話だよー。三分の一も真に受けちゃダメだよ」
     走ると顔にぶつかる風が冷たくて涙が出た。駅前広場を横切り、真っ暗闇の商店街に入る。
     まさにそのときだった。
     背中に、熱を持った何かを感じたのだ。
    「えっ?」
     びっくりして、振り返った時には、それはもう消えていた。背後には、さっきまでと全く変わらない、駅前広場と、もろの木さま。
    「何、どうしたの? 座敷童?」
     急に立ち止まった私に気付いて、ユズちゃんが言った。
    「――いや、なんか」
     それは、光だ。確かに、光だった。突然太陽が背後から照り付けたかのような、温かい、光の玉だ。
     紛れもなくそれは、もろの木さまの辺りから向けられていた。方向的に、そうに違いなかった。それは、ぱっと輝いて、一瞬で消えてしまった。今はもう真っ暗闇に戻っている。
     けど、私の身体にはその温かさが残っていた。それは、ほんのり緑色の、命の脈動のような、生き生きとした光だった。驚いたことに、さっきまであんなに寒くて凍えていたにも関わらず、背中にじんわりと汗をかいていた。百メートル走でゴールした直後みたいに、息が苦しかった。
    「茉里? どうしたってのよ?」
    「ユズちゃん、今の――今の、感じなかった?」
    「今のって、何のことよ?」
    「今のは、今のだよ!」
     たとえ一瞬だとしても、あんなに煌々とした輝きだったのに、ユズちゃんは気付いていないようだった。そんなはずはない。私はたった今起きた出来事を、ユズちゃんに説明した。出来るだけ詳しく、分かりやすく説明しようとした。
     なのに、なぜか話そうとすればするほど、説明が曖昧になって、やがて本当にそんなことが起きたのか、自分でも疑わしくなってきた。記憶には、きちんと残っている。残っているのに、それは事実のはずなのに、ところが振り返ると、冷え切った暗闇と孤独な御神木があるだけなのだ。
     心臓が、どくどくと鳴っている。
    「私、もしかしたら座敷童よりすごいもの見ちゃったのかも」
    「えー! ズルい茉里だけっ! 一体何見たの!?」
     考えた挙句、私のおつむでは、なんとも幼稚な言葉しか思いつくことができなかった。
    「――妖精さん?」


      [No.3117] 天原フォークテイル 投稿者:リナ   投稿日:2013/11/18(Mon) 23:06:02     152clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:民俗】 【文化】 【日常系】 【青春系】 【鳥居になれなかった系

    どうもお世話になりますリナです。
    昨今の民俗ブームに乗っかって、三次用につらつら書いていた文章に、二万字を越えても、

    「一向に、ポケモンが出てこない」

    ので、早々に応募を止めました\(^o^)/
    これはその残骸です。消費期限切れです。食べられません。

    せっかく書いたんだし、ということで、まだ途中ですがこっちに載せます。予想以上に長くなりそうなら、ロングへ引っ越します。


    横笛を吹くのが得意な、ごくごく普通な中学生、津々楽茉里(つづらまつり)のお話。


      [No.568] 花の色は うつりにけりな いたづらに 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2010/08/31(Tue) 22:34:52     84clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    読了ありがとうございまする!

    ナナクサ「コウスケ、この屋台で使ってる米はねハスミノコマチって言って、食べると和歌がうまくなるって言われてるんだ!」
    ツキミヤ「……」

     ちょっと野の火のアキタコマチの描写、ハスミノコマチに変えてくるわ。
     内輪ネタすぎるかしら?w


    > 去り行く者なのか、置き去られて行く者なのか。
    > 我が身の落魄を嘆く小野小町を思わせる歌人と、時に忘れられ一人残された水の住人。
    > 歌というよすがで出会った二者を、共に時に忘れられようとしている者として結びつけた意外性が新鮮。

     スランプに陥った歌人が人でない水の住人に歌を作ってもらう
     というあらすじを決めて書いていくうちに自然とこういう流れになりました。
     忘れ去られていく二人、その二人が生きた証を遺そうとする話でもあります。
     そのうちカゲボウズシリーズあたりに「これは蓮見小町の有名な和歌で……」とか出せたらいいな。

    > 最後にサダイエが見た大鯰は、彼女を迎えに来た水の歌人だったのか、
    > それとも水の住人へと姿を転じた蓮見だったのか。

     サダイエが見た大鯰は私の中で設定はありますけど、
     サトチさんの感想見たら黙っといたほうがいい気がしてきた。
     秘すれば花といいますしね。
     ご指摘の通り、蓮見さんは小野小町を意識しとります。
     サダイエさんはもちろん百人一首の選者のあの方ですw

     短歌はいろいろ検索してて、蓮の別名が水芙蓉だと知ったとき、
     フヨウ!? フヨウだと! これは自作するしかねぇ! と思いました(笑)。
     だが苦労の後が見えるようじゃあまだまだだねぇい。精進せねば。
    「古典ぽい作風にするなら 「うるわし君」がもうちょっと比喩されてもいい、
     想い人への表現が直接的過ぎる気がしないでもないので、蓮の花よりも美しいと思えるなにかに! 」
     と、時折和歌を作ってるお友達が批評をしてくださったので
     サイトに載せるタイミングか、昔語二集を出すときに少し変えるかもしれません。


    > 最初、「水芙蓉の歌の後、どうしても歌が詠めなくなった蓮見が水の歌人に魂を売って・・・」とかの
    > 怖い系の話になるのかと思ったのはナイショ(^^;)

     さすがサトチさん、私がやりかねないことをよくご存じですね。フフフ
     実はこの話と対になる赤の都の男の話の構想がありまして。(やるやらないは別として)
     こっちはちょいと怖い系の話にしたいな、と思っておりまする。

    でわでわ


      [No.567] Re: 質問,質問! 投稿者:CoCo   投稿日:2010/08/31(Tue) 22:10:39     115clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
     当店は9月一杯まで冷やしシャンプーを取り扱っております。
     現在、ポケモントレーナーの方はトレーナーカードを御提示いただければ全コース10%offとなりますので、宜しければ御来店ください。

     ポケモントリミングセンター広報部より


      [No.564] Re: 豊縁昔語―詠み人知らず 投稿者:サトチ   投稿日:2010/08/31(Tue) 21:25:26     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    去り行く者なのか、置き去られて行く者なのか。
    我が身の落魄を嘆く小野小町を思わせる歌人と、時に忘れられ一人残された水の住人。
    歌というよすがで出会った二者を、共に時に忘れられようとしている者として結びつけた意外性が新鮮。

    最後にサダイエが見た大鯰は、彼女を迎えに来た水の歌人だったのか、
    それとも水の住人へと姿を転じた蓮見だったのか。しっとりした余韻を残す佳品。


    短歌は苦心の跡が見えますね〜。古典から探すと言っても、そうそうはまる作品はないでしょうし。
    最初、「水芙蓉の歌の後、どうしても歌が詠めなくなった蓮見が水の歌人に魂を売って・・・」とかの
    怖い系の話になるのかと思ったのはナイショ(^^;)


      [No.562] ニューラに関してなのですが 投稿者:スフィア   投稿日:2010/08/31(Tue) 16:07:53     104clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    知恵袋に寄せられた相談:
    我が家のニューラが、悪戯ばかりして困っています。
    悪戯その一:家の柱や壁で爪とぎをしてしまう
    悪戯其の二:カーテンなどの布をビリビリに破いてしまう
    悪戯その三:ご飯を置いておくと盗み食いをする

    困っている悪戯は、主にこの三つです。
    大切な家族なので、捨てたり誰かに譲ったりなんてできません。
    しかっても言う事を聞かないし、
    誰か助けて下さい!!!!
    【回答歓迎】


      [No.560] ●豊縁昔語―詠み人知らず 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2010/08/31(Tue) 00:04:45     152clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    ●豊縁昔語―詠み人知らず (画像サイズ: 600×400 61kB)

     ■豊縁昔語――詠み人知らず


     昔むかし、秋津国の南、豊縁と呼ばれる土地には異なる色の大きな都が二つございました。
     二つの都に住む人々はお互いに大変仲が悪うございました。
     彼らはそれぞれ自分達の色、信仰こそが正統だと考えておりました。
     今回はその二つの都のうちの一つ、青の都に住む一人の女の話をすることに致しましょう。

     その女は今の時代では貴族などと呼ばれる身分でありました。
     齢は四十と五十の間くらいでありましょうか。
     蓮見小町などと呼ばれた昔の彼女は美人だと有名でした。
     若い頃などは都の様々なものが、彼女を一目見ようと足繁く通ったものです。
     しかしやはり歳や老いに勝つことは出来ませんでした。
     今や長い髪には多くの白が混じり、肌の張りはなくなり、顔にはすっかりしわが増えてきたその女にはもはや言い寄るものは誰もおりませんでした。
     夫はおりますけれど、若い娘の宮に通うのに夢中です。
     彼女には見向きもしませんでした。

     そんな彼女の唯一の楽しみは時折開かれる歌会でございました。
     夜に集まった高貴な身分の人々は西と東にわかれ、東西一人ずつがそれぞれの五七五七七の歌を詠んでその出来栄えを競い合うのです。
     見目の美しさは歳を追うごとに色あせます。
     けれど和歌ならばどんなに歳をとっても、美しさで負けることはありません。
     歌ならば彼女はほとんど負けたことがありませんでした。
     季節の歌、恋の歌……歌会に出されるあらゆる題を彼女は詠ってまいりました。

    「ふうむ、ハスミどのの勝ちじゃ」

     このように審判が言うと彼女の胸はすっといたします。
     自分に見向きもしない男達、若くて美しい女達もこの時ばかりは悔しそうな顔をします。
     そんな者達を和歌で負かして彼女は気晴らしをしていたのでした。
     全員が歌を詠み、甲乙がつきますと、歌会の主催である位の高い男が今日出た歌の総評を述べました。
     そうして、次に催される歌の題お発表いたしました。

    「次は水面(みなも)という題でやろうと思う。十日後の今日と同じ時間に屋敷に集まるよう」

     こうして貴族達は次の題目のことを頭に浮かべながら帰路についたのでございます。

     ハスミはさっそく次の題で和歌を考え始めました。
     和歌の得意な彼女は一日、二日で題の歌を作ってしまいます。
     書き物をしながら、散策をしながら、題目のことに思いを馳せます。
     すると少しずつ何かが溜まりはじめるのです。
     彼女はその何かを水と呼んでおりました。それが溜まると和歌ができるのだといいます。
     よい和歌と云うのは、まるで庭にある添水(そうず)の竹の筒が流れ落ちる水を蓄え、ある重さに達したときのようにカラーンと澄んだ音と共に水を落とすように、彼女の中に落ちてくるのであります。
     彼女はいつものように水が溜まるのを待っておりました。
     ですが今回は何かが変でした。
     まるで何日も雨の降らない日照りの日でも続いたかのように彼女の中に水が溜まらないのです。
     どこかに穴があいているのか、それとも渇いてしまうのか、理由はよくわからないのですが、一向に和歌が降ってくる気配がございません。
     いつもなら一日二日で出来てしまうものが三日、四日経っても出来てこないのです。
     彼女は心配になって参りました。

    「ハスミどの、歌会に出す歌は出来ましたかな」

     近所に住む貴族が尋ねます。

    「ええ、もちろんですわ」

     つい強がってそのように答えましたが、彼女の中で焦燥は募るばかりです。
     困ったことに五日経っても、六日経っても歌が出来ないままでありました。

    「ああ困ったわ。歌が出来ない」

     と、彼女は嘆きました。
     貴族の中にはあまり歌が得意でない者もおりまして、秀でたものに依頼などしているものもおりましたが、ずっと自作を通してきてそのようなものを必要としなかった彼女にはそんなあてもございません。
     しかしそうこうしているうちにも日は過ぎて参ります。
     そうして、八日が過ぎようとしたころです。

    「ハスミどの、あなた様の相手が決まりましてございます」

     と、使いのものが来て言いました。
    「誰ですの」と、ハスミが尋ねますと、「レンゲどのです」と、使いのものが答えました。
     彼女は絶句いたしました。
     その名前は夫が足繁く通っている宮に住む若い女の名前だったからです。
     負けたくない!
     絶対に負けたくない!
     と、彼女は強く念じました。
     けれどまだ歌ができません。

    「わかっているわ。もう昔のように若さでも、美しさでも勝てやしない。歌を作るのよ、私にはもう歌しかないのだから……」

     と彼女は自分に言い聞かせました。
     けれどそうこうしている間に九日目になりました。
     ハスミはぶつぶつと呟きながら、お付のもの一人つけずに屋敷を出てゆきました。

    「お願いします。どうか私に歌を授けてください。あの女に負けない歌を」

     困った時の神頼みと申します。
     彼女は都外れに静かに佇む、古ぼけた小さな社に供物を捧げると願をかけました。
     都の中央には海王神宮と呼ばれる都人達が多く参拝する立派な神社がありまして、神様の力で言うなら、そちらがよかったのかもしれません。
     けれどこんな願いをかけるところを人に見られたくありませんでした。
     ですからハスミは人知れずひっそりと佇むその社に赴き、願をかけたのでした。
     石碑に刻まれた名は擦れて読むことができません。
     それでも、人も来ず寂れていようとも、社そのものが壊されていないところを見るとおそらくは中央の神宮に祀られた海王様の眷属なのでしょう。
     気がつけば空は大分暗くなっておりました。
     道を見失う前に帰らなければ、と彼女は思いました。
     しかし、日が沈むより早く暗い雨雲が空を覆い、ぽつぽつと雨が降り出します。
     あたりはすっかりと暗くなってしまいました。
     それでもなんとか道を確認しながら彼女は都への帰路を急ぎました。

    「水面、水面……水面の歌……」

     その間にも彼女はずっと歌の題を唱えておりました。
     そうして、都の門近くにある蓮の花の咲く大きな池の橋を彼女が渡っている時のことでした。
     どこからか低い声が聞こえたのでございます。

    『ハスミどの、ハスミどの』

     ハスミは驚いて振り返ります。けれど彼女の後ろには誰も見えません。
     橋の向こうは暗く、ただ橋の上に雨の落ちる音が聞こえるだけです。
     するとふたたびどこからか低い声が聞こえてまいりました。

    『水芙蓉 咲き乱れるは さうざうし うるはし君を 隠す蚊帳なり』

     ぽつぽつと雨音が響く中、低い声が呟いたのは歌でした。
     五と七と五七七の歌でありました。



     そうして十日目の夜に彼女は詠みました。
     結局それ以上の歌を作ることができなかった彼女は、あの雨の夜に聴こえた五七五七七の歌を詠んだのでございます。
     審判は即座にハスミに勝ちを言い渡しました。
     正面に見えるのは若い女の悔しそうな顔。
     ハスミはほっと胸を撫で下ろしました。

     前々から歌がうまいと言われていたハスミでしたが、これを機とし、彼女はますます歌人としての評判を高めたと伝えられています。
     水芙蓉の歌に端を発し、彼女は歌の世界は大きく広がった。
     瑞々しい女性の感性に、季節の彩(いろどり)と、あらゆる場所からの視点、懐かしさが合わさってより豊かなものになった、と。
     後の世で札遊びの歌を選んだとある歌人はそのように論じています。
     
     ハスミはより多くの歌会へ招かれて、より多くの歌を詠みました。
     幾度と無く彼女の勝ちが告げられました。
     歌会で彼女と当たったらどんな歌人も絶対に勝てない。
     都の貴族はそのように噂し、歌会で彼女と当たることを恐れたといいます。
     彼女は十年、二十年と歌を詠み続けました。




     さて、このようにして歌人としての地位を欲しいままにしてきたハスミでありましたが、やはり老いには勝てませんでした。
     ますます寄る年波はや彼女の身体を衰えさせていきました。
     すべての髪の毛がすっかり白くなってしまい、腰を悪くしたハスミは、やがて歌会にも顔を出さなくなりました。
     そのうちに彼女の夫が亡くなりました。
     彼女は都外れの粗末な庵に隠居いたしまして、時に和歌を作って欲しいという依頼を受けながら、ひっそりと余生を過ごしたのであります。
     そんなハスミのもとに時折尋ねてくる男がありました。

    「サダイエ様がお見えになりました」

     と、下女が言いますと「お通しして」とハスミが答えます。
     すると襖が開けられて、烏帽子姿の男が入ってまいりました。

    「これはサダイエどの、またいらしてくれたのですね。いつもこのような出迎えでごめんなさいね」

     下半身を布団に埋めて、半身だけ起き上がったハスミが申し訳なさそうに言います。

    「いいえ」

     と、男は答えました。
     齢はハスミの二、三十ほど下でありましょうか。
     王宮仕えの歌人として、また歌の選者としても名を知られる男でした。
     最近は御所に住む大王(おおきみ)の命で、古今の歌をまとめたばかりなのです。

    「噂はお聞きしましたわ。なんでも私の歌をまとめてくださるとか」
    「おやおや、お耳が早いですなぁ」

     新進気鋭の歌人は笑います。
     
    「ハスミどのは私の憧れです。どんな題を与えられても一級品、歌会では負けなし、もしすべての勝負事が歌で片付くのならば、今頃はあなた様が豊縁を一つにしておりましょう。私はハスミどのような歌人になりたくて研鑽を重ねて参りました」
    「まあ、お上手ですこと」

     と、ハスミも微笑み返します。

    「ご謙遜を。それに私は嬉しいのです。あなたの歌をまとめられることが」

     若き歌人は本当に嬉しそうに語りました。

    「ご存知なら話が早い。今日はそのことで相談に参りました。和歌集にはそれに相応しい表題がなければなりませんからね。どのようなものがいいかと思いまして」
    「そうねぇ……」

     ハスミは庵の外を眺めてしばし思案を致しました。
     彼女の部屋からは大きな池が見えます。
     蓮の花が点々と浮かんでおりました。
     この庵自体が池に片足を突っ込むような形で立っておりまして、彼女の部屋は池の上にあったのです。

    「こんなのはどうかしら。……"詠み人知らず"というのは」

     しばらくの思案の後に彼女はそう答えました。

    「よ、詠み人知らずでございますか?」

     若き歌人は目を丸くして聞き返しました。
     詠み人知らずというのは、作者不詳という意味です。
     記録が残っておらず、和歌の作者がわからない歌には、詠み人知らずと記されるのです。
     ですから自分の和歌集に詠み人知らずという表題をつけたいというのでは、男が不思議がるのも無理はありません。

    「サダイエどの、あなたは以前に私の歌を評してこう言ったことがありましたね。私の歌には瑞々しさがあった。その後に季節の彩、あらゆる場所からの視点、懐かしさが合わさって、より豊かなものになった、と」
    「ええ」
    「そうして、こうもおっしゃいました。私の歌の世界が広がったのは、水芙蓉の歌以降である、と。さすがはサダイエどのです。大王もが認める歌人だけのことはございます」

     仕方が無いわねぇとでも言うように彼女は微笑みました。
     そしてこのように続けました。

    「その通りですわ。だって水芙蓉の歌以降、私の名で詠われた歌の半分は別の方が作ったのですもの」
    「……なんですって」
    「別に驚くようなことではございませんでしょう。作者が別にいたなんていうことはこの世界にはよくあることです。あなたも薄々感づいていたのではなくて?」

     ぐっと男は唸りました。
     この年老いた女歌人にもう何もかも見透かされたような気がいたしました。
     彼も本当は知りたかったのかもしれません。

    「……たしかに、考えなかったことがなかったわけではありません。……しかし、それなら誰だと言うのです。私は知りません。あなた様の代わりに歌を作れるような歌人にとんと心当たりがございません」
    「ご存知ないのは無理もございません。その歌人は人ではありませんもの」

     ハスミは隠すでもなくさらりと言いました。
     彼女もうこの世に留まっていられる時間がそう長くないと知っていました。
     ですから遺言の代わりになどと考えたのかもしれません。

    「私も姿を見たことはありませんの」

     と、彼女は言いました。
     そうして打ち明け話がはじまったのでございます。


     二十年程前、あなた様もご存知の通り、歌会で水面という歌の題が出されました。
     そのときに私、歌を作ることができませんでしたの。
     はじめてでしたわ。まるで枯れてしまった泉のように、まったく水が溜まらないのです。
     けれど、相手は夫が通う宮の憎い女。
     私は絶対に負けたくなくて、都の外れにある小さな社の神様に願をかけました。
     歌が欲しい、あの女に負けない歌を授けてほしい、と。
     その帰り道のことです。北門の池をまたぐ橋にさしかかった時に誰かが歌を詠んだのです。
     それが水芙蓉の歌でした。
     その歌で私は勝つことができたのです。

     けれども私にも歌人としての誇りがございます。
     自分以外の作った歌を使うのはこれきりにしようと思って、社へは近づかないようにしておりました。
     その後の何回かは自分で歌を作りましたわ。
     もう水が溜まらないなんていうこともありませんでした。私は自力で作り続けることが出来たのです。

     でも、十の歌会を経て、十の題をこなしたときに、私はふと思ったのです。
     あのすばらしい歌を詠んだ歌人ならこの題をどう表すのだろうかと。
     私は声の聞こえた橋に行きました。
     そうして、さきほど歌会で披露したばかりの五七五七七の歌をもって姿見えぬ歌人に呼びかけたのです。
     返歌はすぐに返って参りました。
     すばらしい出来栄えでした。

    「近くにいらっしゃるのでしょう。どうか姿を見せてください」

     私はそのように呼びかけましたが、姿は見えません。
     かわりにまた声が聞こえて参りました。

    『貴女にお見せできるような容姿ではないのです』

     よくよく聞けばそれは私の足元から聞こえてくるようでした。
     私ははっとして橋の下を見ましたわ。
     けれど気がつきました。橋の下にあるのは池の濁った水ばかりだということに。
     するとまた声が聞こえました。

    『私は人にあらず。水底に棲まう者なのです』

     驚きました。
     歌人は水に棲む者だったのです。

    『ハスミどの。貴女が小さかった頃から私は貴女を知っています。二十を数えた頃の貴女はそれは美しかった』

     そう水に棲む歌人は言いました。そして語り出しました。
     私はこの土地が草原と湿地ばかりだった頃からここに住んでいる、と。

     あの頃の虫や魚や鳥、獣たちはは皆、人の言葉を操ることが出来た。
     私達は十日に一度は歌会を開き、その出来栄えを競いあった。
     だがこの地に都が建造されはじめた頃からか、だんだん何かがおかしくなっていった。
     次第に獣達は言葉を失っていった。
     はじめに話さなくなったのは虫達だった。
     それは鳥、魚へと広がっていった。
     親の世代で言の葉を操れた者達も、子は話すことが出来なかった。
     私達の子ども達も同じだった。彼らが言葉を発すことはついぞなかった。
     かろうじて言葉を繋いだ獣達も都が出来る頃にはどこか別の場所へ去っていった……。
     それはちょうど二の国が争って、各地で人による神狩りがはじまった時期と一致していた。知ったのはずいぶんと後になってからだったが。
     それでもその頃はまだよかった。
     私の社は青の下、同属のよしみで破壊を免れたし、水の中の友人達も健在だったからだ。
     私達は言葉を発し、歌を作ることが出来た。
     だが時は少しずつ奪っていった。
     言葉交わせる友人達も一人、また一人と声届かぬ場所へ旅立っていった。
     私は最後の一人。
     この土地の水に棲む者の中で人と同じ言葉を発し、歌を詠める最後の一人なのだ。

    「けれど水の歌人は人を恨んではおりませんでしたわ。これはこの世の大きな流れなのだと、彼は云ったのです。多くの神々君臨する旧い時代が終わって、新しい時代がくるだけのことなのだと。自分はその変化の時に居合わせた。ただあるがままを受け入れよう、と」

     けれど私にはわかりましたわ。
     水に棲む歌人の哀しみが。
     まだ若くて美しかった頃、多くの男たちが私のところにやってきました。
     けれど年月はすべてを奪ってゆきました。
     私は次第に省みられることがなくなって、夫にも見捨てられ一人になっていった。
     私は見たのです。
     水の歌人の境遇の中に自分の姿を見たのです。
     私達は共に去りゆく者、忘れられてゆく者なのです。

    「それからというもの、私は会の前の晩になると水の歌人と言葉を交わすようになりました。歌会の題でお互いに歌を詠い、よりよいと決めたほうを次の晩の歌会に出したのです」

     水の歌人はたくさんの歌を知っていました。
     自分が若い頃に作った歌、水に棲んでいた友人達の歌、空や野の向こうに去っていった鳥や獣がかつて詠んだという季節とりどりの歌を教えてくれたこともありました。

    「だから私の詠んだ歌は誰にも負けませんでした。私の立つ橋の下には水の歌人を含めた何人もの詠み手がいたのですもの。たかだか三十や四十を生きた人間一人には負ける道理がないのです」

     そこまで云うとハスミは身体を横たえました。
     上を見上げると若き歌人が沸いてくる言葉を整理しかねています。

    「ふふふ、ついしゃべりすぎてしまいましたね。今の話を信じるも信じないのもあなたの自由です。和歌集の表題のこと、無理に頭に入れろとは申しませんわ。けれど差支えが無いのなら、その烏帽子の中にでも入れて置いてくださいませ」

     そうして、彼女は布団をかぶり目を閉じたのでありました。



     サダイエのもとに訃報が届いたのはその数日後でした。
     世話をしていたものによれば、ハスミの死に顔はもう言い残すことがないというように穏やかなものだったといいます。

     しかし、奇怪なのはその後でした。
     ハスミの亡骸は人の墓に入ることはありませんでした。
     葬列に加わるはずだったその亡骸は、都を少しばかり揺らした小さな地震によって、庵と部屋ごと崩れて池の中へと投げ出されたのだというのです。
     やがて庵の廃材は浮かんできましたが、ハスミの亡骸が浮かんでくることはありませんでした。



    「ハスミどの、あなたは水の歌人のもとへ行かれたのだろうか……?」

     サダイエは出来上がった和歌集のうちの一冊に石をくくりつけ、かつて庵のあった池の底へと沈めました。
     歌集はほの暗い水の底へ沈んで、すぐに見えなくなりました。
     そのとき、

    「おや?」

     と、サダイエは呟きました。
     すうっと、何か大きな影が水の中を横切ったのが見えたのです。
     影には長い長い二本の髭が生えているように見えました。団扇のような形をした尾びれが揺れ、そして水底に消えました。

     ……今のは、今横切った魚は大鯰(おおなまず)であろうか。

     そのように彼の目には映りましたが、はっきりとはしませんでした。
     歌集を沈めた時の波紋が、まだわずかに揺らめいておりました。



     それは昔むかしのことです。
     まだ獣達が人と言葉交わすことが出来た頃のお話でございます。





    ----------------------------------------------------------------
    お題:詠み人知らず(自由題)



     水芙蓉 咲き乱れるは さうざうし うるはし君を 隠す蚊帳なり


    意味:水芙蓉、すなわち蓮の花がたくさん咲くというのは寂しいものだ。咲きすぎた蓮の花は、水面に映る美しい貴女の顔を覆い隠す蚊帳となってしまうのだから。

    有名な短歌から拝借してくるつもりが、合うものが見つからず自作しました。
    本来は魚の視点から見た歌だけれど、水面を見る男女のどちらかが相手を想い作った歌という解釈もできるようにした(つもり)。



    ■豊縁昔語シリーズ
    HP版:http://pijyon.schoolbus.jp/novel/index.html#houen
    pixiv版:http://www.pixiv.net/series.php?id=636

    【書いてもいいのよ】
    【描いてもいいのよ】
    【批評していいのよ】


      [No.556] Re: 質問,質問! 投稿者:兎翔   投稿日:2010/08/30(Mon) 08:49:12     130clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    > 毎日暑くてポケモン達がへばっています。
    > 最近では食欲も無くて・・
    > 完全に夏バテですよね。どうすればいいでしょうか。
    > エアコンはあんまり使いたくないんですが。
    >
    > よろしくお願いします。

    回答
    お手持ちのポケモンは何タイプでしょうか?
    タイプによっても色々な方法があると思います。
    水タイプならばお風呂に水を張ってプールにしてあげると喜びますよ。
    炎タイプは近づくと溶けてしまうので無効ですが、かき氷などの冷たいものを少し与えてあげるのも良いと思います。
    ただし与えすぎはおなかを壊す原因になってしまうのでほどほどに。
    岩タイプ、地面タイプのポケモンはひんやりとした洞窟の中に連れて行ってあげるといいかもしれません。
    間違っても水をかけて冷やそうとしないこと。


    なんだかありきたりな感じになってしまいました。
    炎タイプのポケモンもばてたりするのでしょうか?

    【追記】
    回答2

    そうだ、シンオウに行こう。


      [No.555] 質問,質問! 投稿者:紀成   投稿日:2010/08/29(Sun) 11:11:23     116clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    毎日暑くてポケモン達がへばっています。
    最近では食欲も無くて・・
    完全に夏バテですよね。どうすればいいでしょうか。
    エアコンはあんまり使いたくないんですが。

    よろしくお願いします。


      [No.547] Re: 夏休みの宿題 投稿者:海星   投稿日:2010/08/27(Fri) 23:11:18     107clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    > 息子のポケモン科の夏休みの宿題で、ポケモンに関する自由研究の宿題が出ているんですけどどんな題材がいいでしょうか?
    > 家にはすでにポケモンがいるので、できれば新しいポケモンは増やしたくないです。
    > なにかやりやすそうな研究があったら教えていただけませんか?
    > どうぞよろしくお願いします。

     回答

    そのポケモンをモンスターボールに戻す瞬間の映像を研究してみてはいかがでしょう。
    カメラだと苦労しますが、ムービーを撮ればそれなりに簡単に撮ることができます。
    面白いですよ、ポケモンが光になって小さくなるんです。

    【書いてみたのよ】
    【夏休みの宿題は登校前日にやるのよ】


      [No.543] Re: うちのマリルが…… 投稿者:ピッチ   《URL》   投稿日:2010/08/27(Fri) 20:46:40     107clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    > 知恵袋に寄せられた相談:
    > 家で飼っているマリルが、水鉄砲でお風呂に水を張ってしまいます。
    > 何度お湯を沸かしても、目を離した隙にマリルが水風呂にしてしまいます。何度叱ってもやめません。
    > 水風呂になるたびに、水を抜いてお湯を沸かしています。光熱費も水道代もばかにならなくなってきました。
    > マリルの水鉄砲は雑巾みたいな匂いがするので、それをそのまま沸かすのも嫌です。
    > 止めさせるいい方法はないでしょうか?

    回答その3:
    一度お風呂場を開放して、マリルをめいっぱい遊ばせてあげてはどうでしょう?
    満足するまで遊べば、マリルもしばらくはイタズラの手を休めてくれるかもしれません。
    その間にあなたはお近くの銭湯にでも行って、マリルとの格闘で流した汗を洗い流してくるのもいいと思います。


      [No.541] 夏休みの宿題 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2010/08/27(Fri) 19:18:27     107clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    知恵袋に寄せられた質問:
    息子のポケモン科の夏休みの宿題で、ポケモンに関する自由研究の宿題が出ているんですけどどんな題材がいいでしょうか?
    家にはすでにポケモンがいるので、できれば新しいポケモンは増やしたくないです。
    なにかやりやすそうな研究があったら教えていただけませんか?
    どうぞよろしくお願いします。


    | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 |


    - 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
    処理 記事No 削除キー

    - Web Forum Antispam Version -