草に埋もれかけた畦道を行けば、嘗ての醸造所、赤い塗装の剥がれかけた三角屋根、煉瓦で造られた玄関、白い壁、人の去ったそれには蜘蛛の糸を貼り付けた様に蔦が絡み付いています。腐りかけた木の扉を開けば、ぽたぽたと水滴が零れ落ちてきます。屋根に空いた穴からは幾筋もの光が差し込み、薄暗い室内を照らします。食卓、椅子、暖炉、本、それら全ては二度と現れることのないであろう使用者をただ静かに待っています。
目を瞑れば人々の笑い声が聞こえてきそうなほど、此処は過去の声に溢れています。一つ一つの物体に長い長い物語が刻み込まれている様で、嗚呼、なんて美しいんでしょう。
人の消えた世界はありとあらゆるものを植物が飲み込んでゆく世界。鉄格子も鉄錠も全てを飲み込み、緑に染める。風に吹かれ、雨にうたれ、柱だけに成りながら、朽ちて果ててゆきながら、唯々人を待ち続けるそれは、どんな芸術よりも美しくーー
手を加えるものに、私は容赦しない。