(この小説には残念なキャラ表現が含まれます)
満席のポケモンジムにPRIDEのテーマがひびきわたる。http://www.youtube.com/results?search_query=pride+theme 「ほんとうに助かるよ」とハートが興奮したようすでいった。「あの女の子がポケモンバトルのファンだって聞いて、おれもポケモンバトルを知ってたら話しかけるきっかけができるのにって思ってさ。けどおれってそういうの、うといだろう。相談できるおまえがいてよかったよ。それにチケットまで融通してもらってなんだか悪いなあ」 「なあに、そんなこと」とソウルは笑顔で答えた。「ぼくだって、ポケモンバトルを語れる友達が欲しかったところなんだ。観戦につきあってくれてうれしいくらいなんだぜ。なにせ、ぼくはミカンさんの大ファンなんだから」 ハートとソウルがしゃべっていると、歓声が大きくなる。 四つんばいになったポケモンに乗って、大男が花道をやってきたのだ。キャップを前後さかさにかぶり、引き連れたポケモンたちにムチをふりまわしている。尊大な態度で観客をも威圧している。 「あれは今回の挑戦者だ。あいつはゴールドっていって、しょうこりもなくミカンさんに何度も挑戦してるんだぜ」 「それにしてもポケモンをあんなにたくさんつれてるじゃないか。ひい、ふう、みい、よお……うーむ、十人以上はいるようだぞ。ポケモンバトルというのはポケモンを六人までしか使えないって話じゃなかったのかな」 「どうやらきみはきちんと予習してきたようだね。そうさ。ゴールドは勝つために卑怯な手をなんでも使うんだ」 「そんなことでポケモンバトルが成り立つのかい? ルールはどうなってしまうんだい? おいってば、聞いてるのか」 ゴールドが観客を挑発するパフォーマンスをしたので、ソウルは他の観客と一緒にブーイングを飛ばすのに忙しいらしい。 ソウルのひいきするミカンの入場。筋肉質で巨体のポケモンがやってきて、小柄だが引き締まった肉体を持つポケモンが二人つづく。巨体のポケモンが咆哮をあげると、最期に白いワンピースをまとった可憐な少女が登場する。照明をあびて衣装がキラキラと輝いている。 「みろ、ミカンさんだ。かわいいだろう。彼女がこれからゴールドの挑戦をうけて、ジムバッジをかけたポケモンバトルをするんだ」 「それにしても彼女はあんまりにも細身で弱々しいんじゃないか。しぐさなんか上品で、とても大人しそうな印象をうけるぞ。おまえが入れ込むのは分からなくもないけれど、あんな子が本当にポケモンバトルをできるのかな」 「どうやらきみはなんにも分かってないようだね。彼女は鋼タイプのエキスパートで、いたいけなのに強いのが人気なんた」 「タイプっていうのは弱点があるんじゃなかったかい? いろいろなタイプにバラけさせたほうが有利なんじゃないかい? おいってば、聞いてるのか。ったく、またおまえは一人でもりあがるんだ」 ミカンが観客にスカートの裾をつまんで丁寧な会釈してみせたので、ソウルは他の観客と一緒に声援を送るのに忙しい。 「挑戦者ア! 極悪非道はおれの名だ! 雪辱のリベンジなるか!? ゴオオオオ――ルデエエーン・Bイ・ブリイイッジイイ――ッ!」歓声をはさんで、「ジムリーダー! しっとりあでやか深窓の令嬢、しかし従えるは鋼の肉体! ミイーカアアア――ン・ハァナァサァクゥオォカアア――ッ!」とリングアナウンス。ふたたび歓声。 「おや、ゴールドがレフェリーになにか取り上げられているようだ。あれはムチやらナイフやら、凶器のたぐいだね」 「ポケモンチェックだ。反則がないか調べてるんだ」 「ミカンさんはなにも問題ないようだね。むしろレフェリーの方が照れているじゃないか」 「体を調べられても堂々としているミカンさんはかっこいいね。それにしてもぼくはレフェリーがうらやましいぞ」 「おっと、ゴールドがポケモンの人数を注意されてるようだね。やっぱりあれはいけないんじゃないか。しかしゴールドはなにか抗議してるようだぞ」 おもむろに組み体操をし始めるゴールドのポケモンたち。ピラミッドの頂点に立って叫ぶゴールド。 「どうやらダグトリオとかレアコイルみたいな、三位一体だといいはっているようだね。ほら、スマッシュブラザーズでそんなことがあったのを知ってるかい」 「どうもおれにはムリがある気がするけども……あ、つっこみだ! ミカンがゴールドにつっこみを入れたぞ! それもハリ扇でだ! どうして用意していたんだろう。もしかして彼らってあんがい仲がいいんじゃないのかなあ」 「なあに、勝負はもう始まってるっていうことさ」 ゴールドのポケモンが何人か連れ去られて、ミカンのハリ扇がレフェリーに取り上げられて、ついにゴングが鳴る。 「ミカンの最初のポケモンはあのでっかいやつみたいだね。それにしても背が大きいなあ。並んで立ったらミカンがまるで子どもみたいにみえるじゃないか。その上すごい筋肉だぞ」 「そうさ。あれはハガネールってやつだ。鍛えぬいた筋肉のよろいは、どんな攻撃でもビクともしない。鉄ヘビポケモンってあだ名されてるんだ」 「ほんとうだ。ゴールドのポケモンがパンチやキックをするけど、あのポケモンはものともしていないようだぞ」 「筋肉が鎧なら、背の高さがハガネールの武器さ。みろよ、長い手足からくりだされるキックを食らって、ゴールドのポケモンがもんどりうっているぞ」 「ほんとうだ。とても迫力があるぞ。あんな痛いことをするなんて信じられないよ。でもこんな戦いを見られるなんて、興奮してしまうね」 「それがポケモンバトルの醍醐味というものさ」 「あ、ゴールドのポケモンが何かとりだしたぞ。なんだあれは……ぼくの見間違いだろうか。いいや……なんてことだ、剣山だ! 針のいっぱい生えた剣山だ! まだ凶器を隠しもっていたなんて! これは明らかに反則だぞ!」 「いや! 十五年前のルール改正で、ポケモンのもちものは一つまでなら反則じゃないんだ!」 「そんな! 剣山なんかでなぐられたら、いくら筋肉を硬く鍛えていたってたまらないはずだぞ! 大怪我をしてしまう! あッ、アアッ!」 ゴールドのポケモンがハガネールの厚い胸板に剣山をおしつける。 「よくみてみろ。ハガネールは涼しい顔をしているぞ!」 「そんなばかな。どういうことだ。剣山を力強くおしつけられたのに、ミカンのポケモンは血の一滴も垂らしてないじゃないか! にわかには信じがたいよ!」 「それほどハガネールの肉体は硬くできているのさ! まるでほんとうの鋼みたいだろう」 「ポケモンの体が鍛え上げるとあんなに強くなるものだなんて、はじめて知ったよ! ミカンのポケモンが反撃したぞ。ゴールドのポケモンはもう立てないようだね。控えのポケモンと交替させるようだ」 「こんど出てきたあいつはバクフーンっていうんだ。ゴールドの、対ミカン専用の切り札だ。うーん……いやあ、なに、もう出してきたのかと思ってね。ゴールドはそれほど勝負をあせってるんだろう」 「ゴールドのポケモンが手に持ってる棒切れのようなものはなんだろう。どうもカラフルな色をしているようだけど。あ、ゴールドがマッチに火をつけてる。まさかあれはロウソクなのか? 溶けたロウソクをポタポタって垂らす気なのか? なんてサディスティックなんだろう」 「いやちがう、みてみろ。バクフーンの持った棒切れから、いきおいよく火の粉が散ってるぞ。あれは花火だ! 花火でやけどさせるつもりなんだ……これはハガネールだってたまらないぞ。なぜって鋼タイプというのを炎攻撃が弱点なんだからね。どんなに筋肉を鍛えてもやけどだけはふせげないんだ」 「ハガネールよけろ! 熱くてやけどしてしまう! よけるんだ!」 「いや、ハガネールはよけない!」 「どうしてだい? 分からないよ! 熱かったらよければいいじゃないか!」 「熱くても痛くても、ポケモンバトルは技を受けきるんだ! 変わりばんこに相手の技を受けて、最後に立っていたほうが勝利する! それがポケモンバトルだ!」 「そんな! なんて男らしいんだ! けれどミカンのポケモンは花火をむけられてとっても苦しそうだぞ。やっぱり熱いの苦手なんだ。あ、逃げだした! ミカンのあしもとでひざまついてる。泣いてるんだろうか、あんなに強いポケモンなのに……それにしても大のポケモンが女の子に泣きついてる様子はなんだかほほえましいものがあるね」 「ミカンさんがハガネールをいいこいいこってしてるね。ミカンさんはなんて優しいんだろうか……ハガネールを気づかって、ポケモン交替の指示をしてるぞ」 「ミカンさんがこんど交替したポケモンはなんていうんだい? 何か、手に持っているようだけど」 「あれはコイル、サイバーパンクなポケモンだ。手に持ってるのはスタンガンなんだ。電気をながすための武器だよ」 「え、ミカンのポケモンも凶器をつかっちゃうのかい? どっちも極悪じゃないか。ほら、あんなにバチバチと火花が散ってるよ。ゴールドのポケモンは花火が終わっちゃってとまどってるよ。ゴールドが早く新しい花火をわたしてあげればいいのに、彼はなにをしてるんだろう。あ、ゴールドがバケツを持ってやってきた。消えた花火を入れるよう指示してるみたいだ」 「花火をするのに、水を用意しておくのを忘れていたんだね」 「火の始末はしっかりしないといけないものね。でもそんなことしてるうちに、ミカンのポケモンがスタンガンをおしつけたぞ。バチンバチンて、ここからでも放電のする音が聞こえてくるようだよ。それにゴールドのポケモンが激しく痙攣してるじゃないか。ちょっと激しすぎるくらいに、わざとらしいっていってもいいくらいに」 「コイルはサイバーパンクだから、とても過激なんだ」 「あんなことして、ゴールドのポケモンは大丈夫なんだろうか。死んじゃったりしないのだろうか。ほんとうに電気が流れていなければ安心なのになあ」 「なあに、スタンガンの威力は十万ボルト。ポケモンがギリギリ死なないくらいに調節されてるのさ。それでもね、鍛えてないポケモンがやられると死んでしまうこともあるそうだよ」 「なんて過激なんだろう。よい子は絶対まねしちゃダメだね。ゴールドもジダンダ踏んで怒ってるようだ。レフェリーに抗議してるぞ。でもレフェリーはしぶい顔をしてとりあわないみたいだ」 「なにせ、スタンガンだって、もちものの一つにはちがいないからね。ルールに違反してるわけじゃないんだ」 「あ、ミカンもなにかレフェリーにいってるみたいだ。レフェリーがこんどはさわやかな笑顔を返したぞ。バケツを指さしてゴールドに注意しているようだ」 「花火禁止がでたんだね。もしかしら消防法に違反してしまうのかもしれないね」 「レフェリーをしている彼には公平とはややいいづらい部分がある気もするんだけどなあ。ゴールドがこんどはなにやら控えのポケモンと集まって相談しているようだぞ。一体なにをはじめるんだろう」 「なにか挽回する方法を考えているようだね」 「あ、ゴールドがミカンに飛びついてはがいじめにしたぞ。ミカンの口を手でふさいでしまった。ミカンはとても苦しそうだ」 「ポケモンはトレーナーの指示がないと戦えないんだ。ゴールドはミカンがポケモンに指示できないようにしているんだね」 「そうか、そういう設定だったねえ。ミカンのポケモンは指示をもらえなくて困っているよ。そんなもの、勝手に戦えばいいのになあ。あれれ、トレーナーに直接攻撃するなんて反則じゃないのかい?」 「もちろんそうさ。でもよくみてみろよ。ゴールドのポケモンが全員自分かってにかけまわってるじゃないか。控えのポケモンはおとなしくしていなきゃいけないのに。レフェリーは彼らを注意するのに手一杯で、ゴールドの反則に気がついてないようだ」 「なるほど、さっきなにやら相談していたようなのはこのためだったのか。それにしても、女の子のミカンにはゴールドに抵抗する力はないようだね。なんだかかわいそうだよ」 「ああ、ミカンさんがピンチだ! レフェリー遊んでるなー! ゴールド引っ込めー!」 「ブーイングが飛び交ってるね。これだけして気づかないレフェリーって一体なんなんだろう。ところでゴールドはなんだかテンションが上がりすぎてやしないかい」 「彼は極悪トレーナーだから、ブーイングをもらうと嬉しくなっちゃうんだ。それが彼の生きがいのようなものだからね」 「ゴールドがミカンのワンピースを引っぱってるよ。まさかストリップショーでもおっぱじめる気じゃないだろうか。生きがいも考えものだね。ほらほら、ミカンの服が破けてしまった。たいへんだ……」 「きみ、そんな目をおおったってしょうがないじゃないか。みてみろ、ミカンさんは下にレオタードを着ているよ」 「いやあ、指のすきまからちゃっかり見ているんだけどもね、いくらなんでもおかしいじゃないか。やぶれたワンピースからものすごい筋肉のかたまりが出てきたぞ。腹筋なんかクッキリ割れていて、二の腕なんか大きな力こぶそのものだ。深窓の令嬢はいったいどこに行っちゃったんだい」 「いっただろうきみ。ミカンさんは鋼タイプのエキスパートさ。もちろん自分の筋肉も鋼のように鍛えているんだ! おれはあの筋肉にあこがれてしまうね。男ならだれだってああいうふうになってみたいものだろう。彼女は肩幅がせまいから、服を着てるとやせてみえるんだけど」 「ああ、ミカンがゴールドのゴールドをけりあげた! あれはたまらないぞ。それからうずくまったゴールドをなげとばしてる。ゴールドだってずいぶん大柄な男なのに、ミカンはなんて腕力なんだ」 「もちろん、強いポケモンを鍛え上げるトレーナーは、自分でもポケモンと戦えるくらい強いものさ」 ゴールドをなげとばしたミカンが力強くガッツポーズを決める。すると観客がそろって次のようにコールする。 『シャキーン!』 「え、なんだいそのかけ声は」 「ミカンさんが脱いだときのコールさ。ミカンさんはここからが強いぞ」 「いやいや、ミカンが強くってどうするんだい。これはポケモンバトルなのに……あ、ゴールドがポケモン全員を引きつれてミカンをとりかこんだぞ。まさか、残ったポケモン全員でミカンに一斉攻撃する気じゃないか」 「もちろんそんなのは反則さ。ポケモンバトルは一対一というのが基本だからね。ほら、レフェリーが止めに入っているよ」 「だけどゴールドはもうそんなの気にしてないみたいだよ。いくらミカンが強いっていっても、あんなに大勢でかかってこられたらたまらないだろう。ミカンのポケモンは……コイルっていったっけ、二人ともいつのまにか倒されてしまっているようだし。そんなにまでして勝ちたいのかゴールドは。なんて悪いやつなんだ。なんだか腹が立ってきたぞ」 「いいや、ミカンさんにはもう一人ポケモンが残っているよ。心強いポケモンがね」 大勢でとりかこまれたミカンのもとに、ハガネールが飛びこんでくる。ハガネールをがっちりと抱きとめたミカン。ハガネールの強靭な巨体をつかんだままぐるぐると力強くふりまわす。まるで巨大な恐竜がしっぽをふりまわしているような姿。 「ゴールドとそのポケモンたちが次々となぎ倒されてる! あんなに大きなポケモンをふりまわすなんてミカンはなんてすごい力だ!」 「ハガネールの硬い筋肉と質量は遠心力で増幅されて、ミカンさんの怪力でたたきつけられたら、立っていられるポケモンはいやしない! ハガネールとミカンさんの得意技、『アイアンテール』だ!」 ゴングが鳴る。勝者ミカン。みだれ髪をふりみだしてガッツポーズするマッシブ少女に、ふたたび『シャキーン』のコール。マッシブ少女が司会のマイクをひったくってなにやらわめきはじめるが、興奮しすぎてもはや何をいってるのかだれにも分からない。 「いやあ、ポケモンバトルをはじめてみたけど、すごい試合だったなあ」とハートがつぶやく。 「どうだい」と話しかけるソウル。「一目惚れしたっていう女の子には、これで話しかけられそうかい」 「うん、それがね。ぼくは彼女の趣味についていけなさそうだなって思ったよ」 「そんなこというなよ。釣り橋効果って知ってるかい? ポケモンバトルの観戦をみていてきみもドキドキしただろう。そのドキドキを恋だと勘違いしてしまうこともあるそうだよ。騙されたと思って、いちどその子と観戦に来てごらん」 「なるほどね。おまえがミカンを気に入ってるのにもそういういわくが関係してそうだね。けど、ぼくはもういいんだ。なに、別にポケモンバトルが嫌いになったというわけじゃないから安心してよ」 「そうかい? きみがいいなら、いいんだけどさ……」 「でもソウルとならまた観に来てもいいかな」とハートは心の中でつぶやいた。
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