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■鯔の皮の賛美歌(仮)
タマザラシって怖いわ。
昔、姉がそう言ったのをナツミは強烈に覚えている。
どうして? と、尋ねると彼女は続けた。
「だって生首みたいじゃない」
びゅうびゅうと海の風が吹きつけて、潮の香りが鼻についた。温暖なホウエン地方とは言っても十二月ともなれば風は冷たい。都会には無い風景を表現するよりも肌に刺す寒さが先に来る。
思えばトレーナーとして旅立った事の無かった彼女は一人でこんなに遠くまで来る事は初めてだった。
「まったく交通の便が悪いったら」
と、バスを待ちながらナツミは悪態をついた。しかし、ポケモントレーナーという人種ときたら、この行程を徒歩あるいはポケモンに乗ってこなすというから、それに比べればマシなのかもしれない。同じ人間とははなはだ信じられないが。
カントーから飛行機で「そらをとぶ」こと、約二時間。さらに空港のあるカナズミシティから地下鉄で「あなをほる」こと、三十分。駅弁をほおばりながら電車を乗り継いで三時間。さらにはキンセツシティからフェリーで「なみのり」をする事一時間である。そうして彼女はやっとの事、このシマバラの地に足を踏み入れた。
彼女はもう一度、あたりの風景を見渡した。彼女の両目の視野いっぱいに青く輝く海とそこに浮かぶ緑の島々が浮んでいる。海と島の街、シマバラ。着陸前に飛行機から見たカナズミシティの賑わいとはまったく異なる風景がそこにあった。
やがて本数も乗車人数も少ないバスが到着し、彼女は乗車した。目的地に向かいバスは走り出して、窓に風景が流れるように通り過ぎた。建物はまばらで、林や森、畑が続く。ただ特徴的なのは時折屋根に十字を戴いた小さな建物が見えた事である。一度だけ、同じ十字が地面に何十本か刺さっているところを彼女は見た。
キリシタンの街、シマバラ。この街にはカロス地方をはじめとした西欧から伝わった宗教を信じる人々がたくさん住んでいる。バスの窓が切り取る風景の中に時折、十字が見えるのにはそういった理由がある。
そして何より今回のナツミのお目当てもその十字を戴いた施設の一つであった。
ナツミはバスの振動に揺られながら、一月ほど前の事を回想した。
続くかもしれない