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  [No.3669] 雪解け水 投稿者:久方小風夜   《URL》   投稿日:2015/04/02(Thu) 19:03:04   112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:#タイトルをもらってどんな話にするか考える】 【名残雪

 『雪が解けると何になるでしょう』という問題があった。
 雪が解けると春になるんだよ、と彼は言った。
 無邪気な笑顔で放たれる言葉に、無性に腹が立ったことを覚えている。


 何でこんな時に突然、そんなこと思い出すんだろう、と、私はショーウィンドウに映る眉間にしわの寄った自分の顔を見てため息をついた。
 暦の上ではとっくに春だというのに、今日は寒い。コートとマフラーがないと風邪をひいてしまいそうだ。昨日まであんなに青かった空も、今日は灰色の雲に覆われている。もう梅の花も散って、これから春まっ盛りって季節なのに。

 水になる、と言って、普通だね、とつまらなそうな顔をされるのに腹が立った。
 春になる、と言った子が、豊かな発想だね、とほめられていたのにはもっと腹が立った。
 どうせ『雪が解けると春になると答えるような変わった発想を持つ子を育てましょう』みたいな講習を受けたのだろう。今のご時世、春になるなんて答え、ありふれすぎていて豊かも何もあったもんじゃないのに。
 そりゃあ私は普通でしょうよ。雪が解けて水になって何が悪いの。当たり前の質問をされたから当たり前のことを返しただけじゃない。


 それにしても、妙に冷える。
 そう思いながら辺りを見回すと、ビルとビルのすき間に白い影が見えた。
 白い山型の帽子を被った、丸い植物。確か、ユキカブリとかいうポケモンだった。そいつが狭い路地のすき間に座り込んで、小さな鳴き声を上げていた。

 鳴き声と言うか、泣き声というか。しょぼくれた顔をして、か細くて甲高い声でぴいぴいと鳴いている。
 そのユキカブリは記憶の中のものよりひと回り小さく、まだ子供のようだった。おなかの縞は茶色だから、オスなのだろう。
 野生だとしても、誰かの手持ちだとしても、おやとはぐれたのか。どっちにしろ、このままここに置いておくわけにもいかないだろう。

 私が近寄ってしゃがみ込むと、ユキカブリはびくりと小さく飛び上がったが、しばらくすると私の方を興味津々に見つめてきた。
 さて、どうしたものか。遠い昔に受けたポケモン取扱講習の内容を必死に思い出す。ああそうだ、確かユキカブリって、連れ歩きに注意が必要なポケモンのひとつじゃなかったっけ。確か特性が「ゆきふらし」で、周りに影響を与えるとか何とか。連れ歩くには特性「ノーてんき」のポケモンと一緒か、手持ちの他のポケモンと「スキルスワップ」しておかなきゃいけないんじゃなかったっけ。
 ってか、もしかして今日異常に寒いのってこの子のせい? ……なわけないか。子供1匹でこんな広い範囲に影響が出ることはないでしょうしね。単なる寒の戻りよね、今日は。近づいたらちょっと寒くなった気はするけど。
 とにかく、私はトレーナーじゃないし、ボールも持っていない。どっかお店で買ってこようかとも思ったけど、そういえばこの子が野生って確証はないんだったっけ。ううむ、どうしたものかしら。
 しょうがない。とりあえず近くのポケモンセンターに連れて行ってみるか。


「野生ですね。群れからはぐれたのかもしれません」

 ポケモンセンターのお姉さんは、私の説明を聞き、ほんの数秒何かの機械を操作した後、そう言ってきた。
 お姉さんが言うには、ユキカブリがこの時期、こんな街の中にいるのはおかしいのだという。ユキカブリは暑さにとても弱く、春になると万年雪の残る高山の山頂付近へ移動するのだという。冬になって雪が積もると山を下りてくるのだけれども、それにしてもこんな街中まで来るのは珍しいらしい。ユキカブリは好奇心旺盛で人懐こく、見かけた人について行ってしまうこともしばしばあるようで、このユキカブリもそんな感じで街まで来てしまったか、もしくは群れからはぐれてさまよっているうちにここにたどり着いたかでしょう、ということだった。
 いずれにしても、早く群れに戻してあげなければならないらしい。お姉さんが、協力してくれるトレーナーを募集してみます、と言ってきた。近くのセンターと協力して掲示を出しておけば、よっぽどのことがない限り数時間もすれば見つかるでしょう、と。
 あとはこちらに任せていただいて大丈夫ですよ、と言われたのだけれども、ユキカブリが私のパンツの裾をつかんで離さないものだから、一緒に待つことにした。すっかり懐かれましたね、とお姉さんに笑われた。


 ロビーに案内され、ユキカブリと一緒にソファに座った。
 セルフサービスのインスタントコーヒーを啜りながら大画面のテレビを眺めていると、ユキカブリが袖を引っ張ってきた。顔を向けると、胴体に着いた丸い塊をちぎり、私に差し出してきた。受け取ると、冷凍庫から出したばかりのように冷たく、ほんのり霜が降りていた。
 どうしろと、と思っていると、ユキカブリはその塊を私の口元に押し付けてきた。食べろということか。正直、さっき体から取ったのを見てたからあんまり食べたくない。でもユキカブリが執拗に勧めてくるものだから、内心嫌々ながら口に入れた。
 しゃきっとした歯ごたえがあり、口の中で溶けてゼリーっぽい食感になる。ほんのり甘くて、パイナップルのような、どこか遠くに香料とか人工甘味料とかそんな風味を感じる。駄菓子屋で打ってた10円のアイスを思い出した。まあ、嫌いじゃない。


 そうやってしばらくぼんやりしていると、お姉さんがやってきて、トレーナーさんがいらっしゃいましたよ、と言ってきた。
 立ち上がってお姉さんの後ろの人影を見る。顔を合わせた瞬間、私と人影は同時に「あ」と声を上げた。

 突然あの時のことを思い出したのは、これを予感していたのだろうか。
 そこにいたのは、中学まで同級生だった男。あの時、「雪が解けたら春になる」と言った、あの彼だった。


「いやーびっくりしたよ。まさかこんなところで再開するなんてなー」

 中学卒業して以来だからもう7年、いや8年だっけ? と彼はリザードンの背で笑う。私はユキカブリを膝に抱えて、彼のチルタリスの上に座っている。2匹はゆったりとした速度で、並んで飛んでいる。
 そうね、とわたしは答えた。先程昔のことを思い出してイライラしていたことがひっかかり、何となく気まずくてすぐに口を閉ざした。彼は黙った私を見て何か勘違いしたのか、鞄の中から上着を取り出して、こっちに投げてよこした。これからもっと寒くなるから着ておきなよ、と笑顔で言った。トレーナー向けの防寒具は、無駄に軽くて無駄に暖かかった。
 彼はしばらく、笑顔で取りとめもない話をしてきた。今トレーナーでどんなことをしているだとか、ユキカブリが街にいるなんて珍しいしラッキーだなとか何とか。私はそれに対してそうね、とかふうん、とか気もない返事ばかり返していた。

 しばらく飛んでいると、雪の残る山が見えてきた。気温はどんどん下がって、上着を着込んでも寒い。小さいくしゃみをすると、膝の上のユキカブリが心配そうに私に抱きついてきた。ごめんお願いやめてますます寒い。
 彼は双眼鏡を取り出し、白い雪原を眺めはじめた。ちゃんと群れに返さないと、このユキカブリがまた街に戻ってきてしまうかもしれないから、ということだった。
 白い視界の中で白い群れを探している彼が、そう言えば、と口を開いた。

「昔さ、小学校入ったばっかりの頃だっけ。『雪が解けたら何になるでしょう』って問題があったよな。俺が『春になる』って言ったら、先生に妙に絶賛されて」

 よりによって、どうしてそれを思い出すのだろう。私は小さくため息をついたけれども、双眼鏡で雪山を見続けている彼はその様子に気づくはずもなかった。
 そう。彼は先生にとても気に入られて、褒められて、発想が豊かだ、想像力のある子だ、と大絶賛された。みんなこういう、子供らしい柔軟な発想を持ちなさい、と。
 それとは逆に、水になると主張した私は、発想が貧困で、頭が硬くて、子供らしくない、頑固で、残念な、かわいそうな子、というレッテルを貼られた。あの一件以来、私はいつもそう言う目で見られているような気がして、自分がとても悪いことをしているような、大罪人のような気分をいつも抱えるようになった。

 でもさあ、と彼は続けた。

「よくわかんなかったよな。発想が豊かだとかすげー言われたけどさあ、今思うとあの先生の判断基準のがよっぽど貧困だったよな。マニュアル通りというか」

 何よそれ、と私はつぶやいた。さすがに彼も聞こえたらしく、双眼鏡から目を話してこちらを向いた。

「褒められてたあなたは、私があれからどんな気持ちだったかなんてわからなかったでしょうね。未だに思い出してはイライラして、もやもやして、そんな自分が嫌になって、全部飲みこんで気持ち悪くなって、自己嫌悪。見えない呪いをかけられたみたい。あなたは残念な人間、あなたはつまらない人間、って。貼られたレッテルはもう剥がせない。それなのに、今更……もう、遅すぎる……」

 両目からぼろぼろと涙がこぼれた。彼はしばらく視線を宙に泳がせて、申し訳なさそうに言ってきた。

「ごめん。俺、察するのとかすげー苦手で……ちょっと自分勝手言いすぎた」

 私は首を横に振った。彼は真っ当なことしか言っていない。私が勝手に苛ついて、勝手に傷ついているだけだ。
 でもさ、と彼が口を開いた。

「つまらない人、っていうのは違うと思うな。……昔から真面目でさ、人一倍頭もよかったし、けんかも悪口もしなかったし。いっつも人の気持ちを考えて、周りの空気読んで、何か問題が起こりそうになったらすぐに整理して筋道立てていい方向に行くようにしてくれたじゃん。俺、そういうの無理だもん。空気読めないし、思いつきでしか行動しないしさ」
「それ、は……」

 けんかや陰口をしなかったのは、自分にそんな資格はないと思っていたからだ。周りを窺っていたのは、相手を不快にさせたくなかったからだ。ただただ、自分が怖がっていただけだ。
 俺が言うのもアレだけど、と彼は困ったように笑った。

「もっと、自信持っていいと思うよ」

 彼がハンカチに包んだ使い捨てカイロをこっちに投げてきた。手のひらに広がるじんわりとした暖かさが、何か硬いものを解かしてくれるような気がした。


 真っ白な雪原の中に、彼がユキカブリの群れを見つけた。
 リザードンとチルタリスが山に降り立つ。私が雪上へ足を降ろすより先に、ユキカブリが飛び出して群れへ走っていった。群れの中の1匹に飛び付き、周りもそれを嬉しそうに出迎えている。出迎えたのが家族か友達かはわからないが、これが元いた群れに間違いなさそうだ。
 よかったよかった、と胸をなでおろしていると、ユキカブリたちが自分たちの体に着いた丸い塊をちぎり、私たちに山盛り差し出してきた。
 私がまたか、と思っていると、ユキカブリは春になると木の実が出来るんだよ、植物だから、と彼が言ってきた。へえ、と私は頷いて、彼にやや多めに丸い木の実を渡した。彼はひとつを口に入れてしばらくもぐもぐとした後、うーんと首をひねって言った。

「ドラゴンフルーツってこんな味だった気がする」
「私は駄菓子屋で売ってる10円アイスだと思った」
「あーなるほど、あの爆弾型の奴だろ? うんうん、わかるわかる。あと給食で出た冷凍ゴスのみもこんなだっかも」
「何か人工物っぽい感じがしない? 雑と言うか」
「あっわかった! ちょっと凍り始めたくらいの雪にみぞれの氷蜜かけた味だわこれ。雪の味とにおいする」
「ごめんそれやったことないから私わからないわ」

 あ、そうか、と彼が何か思いついたような声を出した。

「俺、やっぱ間違ってたわ。『雪が解けたら春になる』んじゃなくって、『春になったら雪が解ける、こともある』だわ」
「は?」
「だってさ、今って、ユキカブリにも実がついてるし、春じゃん。でも雪あるじゃん。そういうこと」

 ……ああ、なるほど。
 私は彼と顔を見合わせて、っていうか何かもう、その話どうでもよくなって来たわ、と笑った。


 街に戻ってきた頃には、とっぷりと日が暮れていた。
 家まで送るよ、という彼の申し出を断り、私は夜の街を歩いた。

 明かりの落ちたショーウィンドウに、私の顔が映り込む。
 前に見た時より、ほんの少しだけましな顔をしているような気がした。

 迷子のユキカブリがいたところには、ほんの少しだけ氷の解けた水の跡が残っていた。


 雪が降ってきた。
 真っ暗な空から落ちてきた氷の塊は、黒いアスファルトをほんの数分で白く染め上げた。
 薄く積もった湿った雪の上を歩く。スニーカーの底に雪が貼りつき、ねちゃりねちゃりと捨てられたガムを踏みつけたような粘着質な音がした。

 街全体が白く染まり、冬の名残はすぐに止んだ。

 次の朝には、また何事もなかったかのように春先の世界に戻っていた。


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