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今日も1日、じとじととしたお天気でしょう、とアナウンサーが言った。
ここ数日、ずっと雨が続いている。外に出たくないけれども、あいにく冷蔵庫の中は空だ。そろそろ買い物に行かなければ、天候が回復するより前に僕が干上がってしまう。
気が向かないけれども、近くのスーパーまで行くこととしよう。
僕が立ち上がると、出かける気配を察知したのか、ポワルンが寄ってきた。連日雨なので、雫型になっている。
ビニール傘を手に、僕は外に出た。
数日部屋に引きこもることを考え、少し多めに食料を買い込んだ。
半透明のビニール袋を片手に人通りの少ない細い道を歩いていると、ポワルンが何かに気が付き、僕の背後に隠れてしまった。
どうしたんだろう、と思って前を見てみると、見通しの悪い交差点のカーブミラーの下に、小さな女の子が立っていた。
青いレインコートを着た、小学生くらいの子だ。その姿に気がついて、僕はあ、と小さく声を上げた。
僕の声に気がついたのか、女の子がこっちを向いた。
「ねえ、私のポケモン、知らない?」
無視無視、関わらない。そう思って通り過ぎようとしたら、女の子は僕の影に隠れていたポワルンを見つけて声を上げた。
「この子かわいい! 雨みたい!」
そう言って、女の子はポワルンに抱きつこうとした。ポワルンは怯えて飛びまわっている。
やれやれしょうがないな、と僕はため息交じりに女の子に話しかけた。
「あのさ、この子、人見知りなんだ。あんまり構わないでやってもらえるかな」
女の子ははっとした顔をして、ごめんなさい、と謝ってきた。僕が胸に抱くと、ポワルンはほっとした様子を見せた。
それじゃあ、とその場を去ろうとすると、お兄ちゃん、と女の子が泣きそうな声で言ってきた。
「触らないから、また会いにきてくれない?」
空を見上げた。雨はまだまだ止みそうにない。
僕はまたため息をついて、いいよ、言った。女の子は嬉しそうに声を上げた。
女の子の姿が、雨煙に消えた。
僕は腕の中のポワルンを撫でで、怖い思いさせてごめんね、と言った。
ちらと姿を見た時から、こちらの世界の子じゃないとわかっていた。
無視して関わらないのが1番なんだけど、ポワルンが捕まったんじゃあしょうがない。
さて、と。これからどうするかね。
インターネットの検索サイトの予報は、今日も雨だった。
「路地の交差点、ですか? あの狭くて見通し悪いところですよね?」
次の日、研究室の後輩に、例の子に会った交差点で事故か何かあったことを知らないか聞いてみた。後輩はしばらく考えた後、そういえば、と白いノートパソコンを開いた。
「結構前に、あの辺で事故があった気がしますねえ。新聞で見たような……えーっと……確か次の日にあのレポートの〆切だったから……あった、これだ」
後輩はニュースサイトのバックナンバーを開き、目的の記事を表示した。よくまあそんなことで日付を覚えていたてるもんだ。
雨の日の見通しの悪い交差点で、8歳の女の子がはねられて死亡。女の子は行方がわからなくなっていた自分のポケモンを探していた……そんな内容だ。
事故現場が大学のすぐ近くだから印象に残ってたんですよねー、と後輩は言った。
「あ、先輩、何か面白い話のネタですか? 教えてくださいよ」
「やだよ。面白くもないし」
雨の日。ポケモン。僕は腰のボールに入れたポワルンを見た。
携帯ラジオの天気予報は、今日も1日ぐずついたお天気でしょう、だった。
空模様はぐずついた、どころではなく、正直外に出るのも嫌になるくらいの土砂降りだった。
例の交差点に行くと、青いレインコートを着た女の子がガードミラーの下に立っていた。
お兄ちゃん、来てくれたんだ! と嬉しそうにはしゃいでいるその子に、僕はしゃがんで目線を合わせてから尋ねた。
「君がここにいるのは、雨の日だけかな?」
女の子は僕の言葉の意味に気がついて、悲しそうな顔になった。そう、雨の日だけ、と小さな声でいい、うつむいた。
「いなくなっちゃったの、いーちゃん。わたしがちょっと目を離したすきに、いなくなっちゃったの。私ずっと探してて、でも見つからなくって……」
女の子の声はどんどん涙交じりになっていく。
ねえ、と女の子は僕の袖をつかむように手を動かして、言った。
「いーちゃんに会いたい。お願いお兄ちゃん、いーちゃんを探して」
そう言い残して、女の子はまた消えてしまった。
何かわかった? とボールの中のポワルンに聞くと、ポワルンは女の子がいた辺りを見てうなずいた。
ポワルンは雫型を示していた。
僕は途中にある小さな花屋で切り花を数本買い、例の交差点へ向かった。
交差点では今日も、女の子が待っていた。ポワルンがさっと、僕の後ろに隠れた。
「お兄ちゃん! いーちゃん、見つかった?」
一応ね、と僕は答えた。女の子は飛び上がって喜んだ。
どこ? どこ? ときょろきょろする女の子にちょっと待って、と声をかけて、僕は後ろに引っ込んだポワルンを呼んだ。ポワルンはまだちょっと怯えた様子で、怖々と前へ出てきた。
「しずくくん、『にほんばれ』」
僕がポワルンに命じると、雫型のポワルンの姿が、赤い太陽に変わる。
ポワルンは自分の周りの雨を止ませ、女の子のすぐ近くの、畳半畳ぶんくらいのスペースだけ雨を止ませ、日差しを強くした。
雨が止み、水が消えた場所に、水色のポケモンが現れた。
首周りを覆うひれと、魚のような尻尾。
1匹のシャワーズが、女の子のすぐ隣に座り込んでいた。
その首元に色褪せた赤いリボンが巻きついていることに気がついた女の子が、震える声で、いーちゃん? と声をかけた。シャワーズは、きゅう、と弱々しく声を上げた。
いーちゃん! と叫んで、女の子はシャワーズを抱きしめた。
元イーブイだったシャワーズは、ずっと女の子のそばにいた。おそらくあの日、事故に会ったその時から、今までずっと。
でも、見えなかった。雨に溶けてしまったからだ。
雨の日しかいられない女の子には、どうしても見えなかったんだ。
「いーちゃん、ごめんね……ずっと、そばにいてくれたのに……気付かなくって、ごめんね……」
シャワーズはきゅう、きゅうと、弱々しいながらも嬉しそうな声を上げた。
女の子は僕の方を向いて、お兄ちゃんありがとう、と言うと、とても穏やかな表情で、泡のように消えてしまった。
もう、ここに現れることはないだろう。僕は局地的な晴天の中にいるシャワーズに声をかけた。
「君は、どうする? 僕と一緒に来る?」
僕がそう尋ねると、シャワーズは首を横に振った。
痩せて弱ったシャワーズは、よろよろと立ち上がると、ポワルンが作り出した晴れから飛び出し、雨の中に消えてしまった。
僕はカーブミラーの足元に、持ってきた花を置いた。
しばらく手を合わせてから、イヤホンを耳に入れた。空模様はこれから回復する見込みです、という女性キャスターの声が聞こえた。
携帯ラジオからはバードランド、だったかな。あまり僕の気分にはそぐわない、軽快なジャズが流れていた。