※捏造や俺設定がターボブレイズ ※筆者はBW2をプレイしておりません。2と辻褄の合わない箇所があっても、目を瞑って頂ければ幸いです。
夢の跡地への往路で、私は一人のポケモントレーナーとすれ違った。 まだ糊が落ち切っていなさそうな服を着た、ポニータテールが可愛い女の子のトレーナー。その足下を、彼女が履いているブーツを追うようにして、橙色のポケモンが歩いて行く。 あれは確か……そうそう、火豚ポケモンのポカブね。 女の子の衣服とポカブの毛艶がぴかぴかなのを見る限り、つい最近旅立ったばかりなんだろう。どちらも「旅が面白くてしょうがない!」と言わんばかりの、見ているこちらまで楽しくなってくるような、きらきら輝いた表情だった。 それにしてもこのタイミングで、炎タイプのポケモンを連れたトレーナーと会うなんて。なんだかこの出会いが偶然の産物だとは思えなくて、私は無性にドキドキしてきた。 あの二人に頼んだように、この子にも彼の望みを、託してもいいだろうか? この子は彼の願いを、叶えてくれるかな。 ――まぁ、話してみないことには通る提案も通らないわよね。 そう自問自答した私は、街へ向かおうとしている女の子に駆け寄ると、こう声をかけた。
『ねえねえ あなた この ヤナップが ほしい?
*
イッシュ地方東の陸地に点在する市町村の一つ、サンヨウシティ。 私はこの街でポケモンジムと同等の注目を集める場所、カフェレスト『三ツ星』に勤めている。勤めていると一口に言っても、私は実質、下働きなんだけどね。 三ツ星専属料理人を両親に持つ私は幼少からこの店に慣れ親しみ、営業に支障を来さない程度の――主に掃除を手伝っては、試作品をご馳走になったり、時にはお小遣いを頂いたりして過ごしていた。 その流れで現在も、幼少期に比べたら高度な、それでいて正式な従業員からすれば雑用に分類される、微々たる仕事をいくつか任されている。
多分これから先も私は、この街この店で、こういう仕事をして生きて行くんだろうなーって、至極当然のように……だけど、どこか釈然としない気持ちで、平凡な日々を送っていた。
「それじゃあメイちゃん、薔薇の棘とかに気をつけて行って来てね」 と、緑の髪の男の人がにっこり笑顔で言えば。 「チョロネコにちょろまかされんなよ、オレら責任持たないかんな」 と、赤い髪の男の人が悪戯っぽい笑みで続け。 「寄り道せずに、ミーティングの時間までには戻って来るんですよ」 と、青い髪の男の人が口元に微笑を浮かべた。
私に課せられた本日一番の仕事は、街外れの林へ食材を調達しに行くこと。その指示を出したのが、店を発とうと裏口を出た私に声をかけてきた、このカラフルヘアーの三人組。オーナーの息子さんであるデントさん、ポッドさん、コーンさんだ。 店に馴染みがあるのと同様に、私は彼らとも小さい頃からの顔馴染み。私より二歳年上の彼らは、街の女の子たちからは『イケメントリオ』だなんて持て囃されているけど、私からして見れば精々『近所の気の好いお兄さんたち』だ。と、いうようなことを以前友達に話したら、「贅沢」とか「損してる」とか言われた。損してたんだ、私……。 って、そんなことはどうでもいいのよ。
「分かってますよ。じゃ、行って来まーす」 忠告は勿論、わざわざ見送りに来てくれたことにも礼を言うと、ポッドさんとコーンさんが同時に頷き、遅れてデントさんが鷹揚に二度頷いた。 顔立ちや体形なんかはそっくりな三つ子なのに、こういうちょっとした場面で息が合わないのを不思議に思いつつ(合ってないのはデントさんだけだけどね)、ヨーテリー二匹分くらいの籠が付いた荷車を押して、私は街の東、郊外へ向けて歩き出した。
聳え立つ塀に一点だけ空いた隙間から場内へ入ると、鉄筋が剥き出しになったコンクリート壁と対面する。赤茶色く錆びた空のドラム缶があちこちに転がっていて、わずかにひび割れた階段の先には、屋根の大半が崩落した二階部分が取り残されている。それら人工物を全て飲み込む勢いで植物が葉を広げており、何匹かのミネズミが、その陰からこちらの様子を窺っていた。
緑に囲まれたこの工場跡――通称『夢の跡地』は、廃止されて十数年が経っていて、掃除する人も居ない敷地内は草がぼうぼう、伸び放題。今ではポケモンたちの遊び場兼、駆け出しトレーナーの修行の場となっている。 瓦礫混じりの草むらの中、何度も往復する内に自然と開通した砂利道を辿り、私は跡地の奥へ立ち入った。轍のでこぼこに揺られる度、荷車がカタンコトンと音を立てる。
五分ほど林間を進行すると、乱立した木々が徐々に疎らになり、前方が明るくなってくる。その先の開けた空間に出れば、甘い香りや爽やかな香り、何種類ものいい香りがふうわりと漂ってきた。 この香りの正体は、様々な種類のハーブ。ここは知る人ぞ知る、知るポケモンぞ知る秘密の場所。三ツ星の先代オーナー――デントさんたちのお祖父さんが見つけた、天然の香草園なのだ。
「さてと」 荷車を適当な場所に停め、エプロンの胸ポケットから発注書を摘み出す。 ヨモギにタイムにローズマリー、オレガノにカモミール、チャイブを十把ずつ。書かれた通りのハーブを花鋏で摘み取り、膝に抱えたバスケットに並べていく。これらは今日の日替わりランチに使用するものだ。 それから食べ頃の果物も幾つか採って来てほしいと頼まれていたので、香草園より少し奥にある、こちらも天然の果樹園へ足を運ぶ。なんでも、新作デザートの試作品に使うんだとか。 「むにゃあ」 「むにぃ」 実を生らした低木を眺め歩いていると、不意に四匹のムンナが姿を見せた。始めは遠巻きに警戒しているようだったけど、私がよくここに来る人間だと判ると、ふわふわと飛んで来て傍らの木の実をもぎ取り、集まってむにゃむにゃ食べ始めた。 急な動作や声で驚かせないようになるべくゆっくり、何事も無かったかのように私は作業を続ける。 ここは野生のポケモンたちと私たち人間が共有する空間だから、お互いに居心地のいい雰囲気を作らなきゃいけない。人の勝手な都合で、ポケモンを振り回しちゃいけないものね。 ムンナたちの挙動を横目で観察しつつ、熟した果実をバスケットにしまっていく。程良く重くなってきたそれを抱え直した時、左手首の腕時計が目に入った。 「今日も来るかな?」 そう呟いた次の瞬間、ムンナたちが現われたのとは違う方向から草が揺れる音がして、直後に紫色のポケモンが三匹、跳び出して来た。 「みゃおーう」 「みゃうん」 「みぃ」 サンヨウ周辺で一番強い……というか、厄介だと言われる猫のポケモン、チョロネコ。その親子だ。 可愛らしい仕草で油断させておき、人間や他のポケモンから物をちょろまかす習性が、人々がチョロネコを厄介だと評する理由。私もこの林にお使いに来るようになってすぐの頃は、彼らの手に見事に引っかかってしょんぼりがっくり、店に戻ったら『ポッドさんの いかりのボルテージが あがっていく!』なんてことが何度かあったのよね。 「おはようチョロネコ。これ、いる?」 バスケットをチョロネコ親子へ差し出す。いつものように代表で近寄って来た父ネコは、後ろ足で立ち上がって籠の中の木の実を三つ取り、母ネコと子ネコに一つずつ手渡した。 受け取った木の実にまず子供がぱくつき、次に母がゆったりと食べ始める。美味しそうに頬張る二匹を嬉しげに眺め、父ネコは私に「ありがとう」と言う風に目配せしてから、ようやく自分も木の実を口に含んだ。彼らに譲っても構わない分をその場に並べ、作業を再開する。 打ち解けたとは言っても結局は野生のポケモンだし、必要以上の馴れ合いはしないことにしている。チョロネコ一家もこういう付き合い方に満足してるようだし。節度を守らなきゃ。
「これでヨシっ、と!」 それから採取を何分か続けた後、注文通りの材料が揃ったかどうかの最終確認を済ませた。朝食を終え、草むらで毛繕いし合っているチョロネコ一家に小さく手を振り、結構な重量になったバスケットを抱え上げる。 「みゃ! みゃおんっ!」 すると、急にチョロネコの声が投げかけられた。焦ったような驚いたような、鋭い鳴き方。 何かしら? 何か私の行為に不満でもあったかな。とっさにそんな思考を巡らせながら振り返る。 その瞬間、視界に映り込んだ生き物。それは私が想像していた紫色の猫たち――ではなくて。 「なっ」 三つの鮮やかな影が、目にも止まらぬ速さで次々と私に飛びかかって来た! 「えっ? ちょっ……きゃああああ!!」 飛びかかって来た何者かの重みに耐え切れず、バランスを崩し、真後ろへと倒れていく私……。
悲鳴に驚いたらしい、マメパトの群れが周囲の木立から一斉に飛び立ったのが、後頭部を草地に打ちつける寸前に見えた光景だった。
*
「そうですか。帰ろうとした直前に突然彼らに襲われて地面に頭を強打し、のたうち回っている間に果物を食べ尽くされてしまった。と」 コーンさんが呆れ果てた表情、冷ややかな眼差しで、淡々と私の報告をオウム返しする。 「はい……」 「んで、まとわりついてくる三匹を払いながら採取し直した。けど予想以上に時間がかかって、こんなに遅くなっちまった。って訳か?」 口調は沈着だけど、ポッドさんのボルテージが上昇しているのは、火を見るより明らか。 「…はい…」 「それは大変だったねぇ、メイちゃん」 冷静と情熱の狭間で縮こまる私へ、唯一優しく話しかけてくれるデントさんにほっとしたのも束の間。 「でも、どうしてその子たちが、ここにいるのかな?」 攻撃力ゼロ、純粋に疑問だけを含んだ言葉をかけられた私の胸からは、ただただ罪悪感が溢れた。 「す…すみませーんっ!!」 へこへこと、頭を下げて上げてを繰り返す私。その背後では三匹のポケモンが、ガツガツモリモリという擬音がぴったりな食べっぷりを披露している……。
「いぃっ……たぁーーーっ!!」 時は遡って夢の跡地。 「いたたた……なに?! 何が起きたの?」 強かに地面に打ちつけた後頭部を両手で押さえながら上半身を起こし、訳が解らないまま周囲を見回す。心配してくれているらしいチョロネコ一家とムンナたちが、私の傍に集まっていた。 彼らは私の無事を確認すると一斉にある方向へ視線を移した。従って私も、痛む頭を撫でながらそちらを見る。 恐るべき光景がそこにあった。 「わああああーーーっ!!!」 私と共にひっくり返ったバスケットに色とりどりの三匹のポケモンがたかっており、中に入れてあった果物を貪り食っていたのだ! 「ちょっちょっと、それ私の! って言うかお店の! だめだってば、ヤメ…! あ、あぁぁぁ……」 絶叫している間にもみるみる果物たちは痩せ細っていき、私の声が消え入るのと 比例して、全て芯と種だけを残した情けない姿に成り果ててしまった。 げふっ! 三匹が仲良く揃って気持ち良さげにげっぷをする。 「…………」 一瞬の悲劇に呆然とする私。と、チョロネコ一家とムンナたち。 小さな体に似合わず大食らいなこのポケモンたちを、私はよくよく知っていた。私のよくよく知っている人たちがパートナーにしているポケモンたちが、まさしくこの三匹と同じ種族だったから。 そう、彼らの名前は――
「ヤナップ、バオップ、ヒヤップ」 「なぷっ?」 「おぷー?」 「やぷぅ?」 呼んだ? とでも言うように、私の方へ振り向く緑、赤、青の小猿ポケモン。少しは悪いことをした、と感じて反省してくれないかしら……そんな無邪気な瞳で見つめてくるだけでなく……。 とは思うものの、それはちょっと無理な話かもしれない。 この子たち、同じ『小猿』だけど、デントさんたちの三匹より体が小さい。生まれてからそんなに経っていないのかも。それじゃあ責任が何たるかを解るはずも無い。彼らに責任を求めるのは潔く諦めた。 そんなことよりも、これ。これよ。この食欲は一体 「どういうことなの…」 まだ微かに痛む後頭部をさすりつつ、小猿たちの前の、綺麗にすっからかんになった――ついさっきまでポケモンフーズがギガイアス盛りだった――皿を三枚、重ねて手に取った。 「うわすげえ。あれ全部食べたのかよ!?」 「よっぽどお腹が空いてたんだね」 私の愕然とした声を聞きつけ、テーブルにやって来たポッドさんとデントさんが順番に言い。 「これでようやく帰せますよ」 コーンさんがわざとらしく首を横に振り、やれやれと息を吐いた。
第一なんでここに三匹がいるのか、そしてあれだけ食べた上でどうしてギガ盛りフーズを平らげるに至ったのかと言うと。
例の悲劇の後、大急ぎで果物を採り直すことにした私は、味を占めたみたいでまとわりついてくる三匹を押しのけて押しのけて、採取後もくっついて来るから押しのけて押しのけて、跡地を出ても離れないから追い払って追い払って、それでもやっぱりついて来るから追い払って追い払って…………切りが無かった。 これ以上タイムロスする訳にはいかないから、以降は追い払うのをやめてしまった。もうどうにでもなれと、ついて来るのを黙過した。 仕方ないよね? あのまま懲りずに何度も追い払っていたら、益々帰りが遅くなってしまったんだし。だから『ひとまず帰還』を優先した。その結果が次の通りです。
まるで私が帰還するのを予知したかのごとく裏口で待ち伏せていたカラフルヘアートリオに、と言うかポッドさんとコーンさんに、ひとしきり四十分の遅刻を責められた後(モーニング用の材料調達じゃなくて本当に良かった)、話題は小猿たちへと移行した。 恐ろしいことにこの三匹。私が一抱えしていたバスケットいっぱいの果物を消化したというのに、まだ足りなかったらしく、怒れるポッドさんと冷ややかなコーンさんを前に項垂れる私の足下で、グウグウグウとお腹を鳴らし続けていたのだ。 「なぷぷ…」 「おぷー…」 「やぷぅ…」 事情はともかく切なげに声を絞って空腹を訴える三匹を見兼ね、それまでひたすら傍観者だったデントさんが、自分たちの相棒用のポケモンフーズを分けてあげる、と言い出した。 「野に帰すにしたって、お腹を落ち着かせてもらってからでないと、被害に合う人やポケモンが出るかもしれないからね」 それはまぁ確かに、と当初は餌付けにいい顔をしなかったポッドさんとコーンさんも了承。こうしてギガイアス盛りポケモンフーズが三匹の前に出され、瞬く間に食べ尽くされた、という訳だ。
遅刻の理由を報告し終えた私は、予期せぬ事態であったということで大目に見てもらった。はずなんだけど。 「しかし、野生のポケモンを引き連れて戻るとは……。本当にしょうがない子ですね、あなたは」 「いっそゲットしちまえば良かったのによ。……あ。おまえ、ポケモンも取扱免許も持ってなかったっけ?」 青鬼と赤鬼が……あ、いや。コーンさんとポッドさんがなおも口撃してくるの。 それはもういいですって。すみませんって。 「それよりも皆さん、お仕事しなくていいんですか?」 「他のスタッフに任せてあります。我々には我々の、すべきことがあるので」 「おー。心置きなく、ご指導ご鞭撻されやがれ!」 二人して勝ち誇った顔してきた。 まだ口撃されるの!? なんでこの人たちはこうも私に厳しいのか! もう嫌この二人。助けてデントさん! 普段は大抵傍観してるけど、いざとなったら一番頼りになる三つ子の良心に助けを求め、その人がいるであろう方向を見たら……今まであまり見たことのない必死の形相で、足をばたつかせている小猿たちをまとめて腕の中に取り押さえていた。 「デントさん何してるんですか」 「え、あぁ。この子たちさ、急に動き回り始めちゃって」 訊ねてみるといつもの穏やかな顔に戻る。 しかしその刹那! 拘束された三匹が、デントさんの腹部を同時にキック! 個々の力は弱くても『×3』は流石に痛いのか、呻き声を上げて頽れるデントさんの緩んだ両腕から、バチュルを散らすようにお騒がせトリオ、逃走。 うーん、ひどい。恩を仇で返すとはこのことを言うのね。 ――なんて感心している場合ではないと知るのは、その直後のことだった。
ホールへ続く通路の方に突撃するヤナップ。 「あッ、オイコラそっちには行くな! 行くなってーッ!」 窓際の深紅のカーテンをよじ登るバオップ。 「ヒィッ! それオーダーメイドの一級品なんですよ!?」 ワゴンに乗せてあった食器で遊ぶヒヤップ。 「だ、ダメダメ…それで遊んじゃダメだよ。危ないから…」 辺りは一時騒然となった。 「…えぇぇ〜…」 人間にしてもポケモンにしても、お腹が膨れたら今度は眠くなって、おとなしくなるものだと思う。なのにこの子たちと来たら、逆に動きが激しくなってきちゃった。並々ならぬ食欲といい、満腹になったら活発になる点といい、この三匹の体のメカニズムは一体どうなっているんだろう。 それとお三方。そんなに大声張り上げたら「何事か」ってお客さんを驚かせちゃうだろうに、そんなことには構っていられない、と言うか、そもそも気づいていなさそうね……。 「ぐあーッ、ちょこまかと! 全然捕まえられねえ! バオップ、オレの代わりにヤナップを止めてくれっ!!」 「おぷっ!」 「そんなに上まで行かれたらコーンにはもうどうしようもない! ヒヤップ、バオップを連れ戻してください!」 「やぷー!」 「いつつつ…脇腹にいい蹴り貰っちゃったよ…。ヤナップ、ヒヤップから食器を返してもらってくれるかな…?」 「なぷぅ!」 自分たちでは太刀打ち出来ないと判断した三つ子は、それぞれパートナーのポケモンを繰り出し、小猿たちの暴走を阻止したみたい。
一方その頃私は何をしてるかと言うと、メインの厨房とは離れた所にある小さなキッチンで、料理してます。
「おまえなんで手伝わないんだよッ!?」 ポッドさんが、小ヤナップの腕をがっちり掴んだ大バオップと一緒にやって来て、予想通りのコメントをした。 「いえあの、スープを作ってまして」 「はあああ?」 さっき個人的に使おうと思って採って来たハーブと、昨日の残り物の野菜とを使って、と。 遅れて大ヒヤップと小バオップ、大ヤナップと小ヒヤップを連れて現われた、若干疲労した顔つきのコーンさんとデントさんにも、同じような台詞を返しておいた。 怪訝そうに見つめてくる三つ子を(でもデントさんだけはなんとなく合点がいった様子だった)、適当にあしらいながら調理すること数分。 「これ! 飲んでみて」 出来上がった物をプラスチック製の平らな容器に注ぎ、少し冷ましてから小猿たちに勧めた。しばし不思議そうに眺めていた三匹は、匂いにつられたのか、やがて容器に顔を突っ込みこくこく飲み始めた。 「メイ。これはなんなんです」 「何のスープなんだ?」 徐々に三匹の飲みっぷりが勢いづいてきたのが気になったのか、コーンさんとポッドさんが相次いで私に問い質す。 「リラックスするスープ、だよね」 私が言おうとしたことを、デントさんが代わりに答えてくれた。 そう。私が作ったのは、高ぶっている三匹の気持ちを落ち着かせられるような――静かな森をイメージしたスープなの。 「思いつきで、なんですけどね」 その一言が余計だったのか、二人は訝しげな顔の眉間にギュギュッと皺を寄せる。なんか、そのー……ごめんなさい。 思わず謝罪を口にしそうになったところで「論より証拠だよ」と、デントさんが小猿たちを示した。ついさっきまでの溌剌ぶりが嘘みたいに、まったりとした顔でその場に座り込み寛いでいる! してやったり! …なんちゃって。 「上手く出来たみたいです!」 私は笑顔で三つ子の方へ視線を戻す。 デントさんは私と同じくらいの満面の笑みで。ポッドさんとコーンさんは驚きと感心の顔で、それぞれ私を見返した。
思いつきで作ったリラックススープが功を奏し、すっかりおとなしくなった三匹の小猿に、私たちは改めて向き直る。 「それじゃ、夢の跡地に帰して来ましょうか」 お腹も心も落ち着いた今なら、もう外に放しても大丈夫でしょう。テーブルの上に行儀よく座っている三匹を抱え上げようと、私は両手を伸ばす。 「待って、メイちゃん」 そこへ。デントさんから待ったがかかった。 「なんですか?」 「うん。あのね、サンヨウ周辺にはヤナップ、バオップ、ヒヤップは棲息していないはずなんだ。生態系が崩れる危険性があるから、跡地に帰すのはよした方がいいと思う」 「えっ、そうなんですか」 言われてみれば確かに、この辺りでお騒がせトリオ以外の野生の小猿を見かけたことは一度も無い。ちなみにデントさんたちが連れている三匹は、三人のお父さんが、隣町シッポウシティの先で仲間にしたのを譲り受けたのだと、以前耳にしたことがあった。 「でもそうすっと、こいつらどこから来たんだ!? って話になるぜ。こいつらの棲息地でここから一番近い場所って言うと、ヤグルマの森だよな。やっぱ迷子か?」 続いてポッドさん。そうそう、シッポウシティの先にあるのがヤグルマの森ね。「ちょっとそこまで」感覚で森を出て、道を外れて迷い込んじゃった、っていう可能性は高そう。 「いえ、それにしては不安な様子が窺えませんよ。独り立ちするにはまだ幼いようですし。……もしかすると、元は人に飼われていたポケモンかもしれません」 けれど、後に続いたコーンさんの推測によって迷子説の信憑性は下がり、新説が浮上した。コーンさんの意見を参考にすれば、三匹が私について来たのも人間に慣れているから、という理由で納得がいく。でも捨てられたという感じには見えないのよね、なんとなく。 「ポケモンの言葉が解ればいいんですけどねー…」 現実味に欠ける発言を試みる。どうせすぐに「何言ってんだおまえ」とか「解る訳無いでしょう」とか突っ込まれるだろうけど、私は切実にそう思って―― 「ああっ!」 と……出し抜けにデントさんが声を上げた。シュバッと席を立って、そそくさと部屋を出て行く。急にどうしたんだろ? そして一分経つか経たないかの内に『ポケモンのきもち』と銘打たれた、大きくて薄い本を持って戻って来る。お客さんの忘れ物で、一月経っても落とし主が現われなかったのを、デントさんが処分せず保留にしておいたのだとか。コーンさんが「そっ、それは」と口の端を引き攣らせた。 事情が解らず首を捻るポッドさんと私の前で、デントさんはぱらぱらと本を捲り、「この辺かな。あったあった」などと言って目的の頁を見つけると、それを片手に小猿たちへ話しかけ始めた。
「きみたちはどこから来たの?」 「なぷっなぷっ」 「ふむふむ。人々の大きな歓声……くるくる廻る乗り物……夜もぴかぴかきらきら……あっ分かった。ライモンシティだね!」 「おぷぷー」 「うんうん。近くの森から……驚きな橋を……白い森と黒い街があって……」 「やぷぷぷぅ!」 「山間の深い森を彷徨って……お腹が空き過ぎてふらふらで倒れそうだったところに、美味しそうな果物をたくさん持った人間が。なるほど!」
?
「えっとデントさん? 何を言って……?」 「ん? この子たちの話を訳したんだよ」 「言ってることがよく解んねーぞ」 「……読むとポケモンの言葉が解るようになる本なんです。それ」 頭上にはてなマークをいっぱい浮かべている私たちに、コーンさんが解り易く教えてくれた。 へぇ、そうなんだ。ポケモンの言っていることが解るようになる本………… 「え゛え゛え゛え゛え゛っ?!!」 吃驚して大声が出た私に、すかさず静かに! とコーンさんの一喝が入る。さっきは自分たちの方が騒いでたのに。 「そんなに簡単にポケモンの言葉が解るようになるなんて、魔法みたい!」 私は興味津々で本を覗いた。するとそこには
トモダチの瞳の奥に広がる無限の光に明かされぬ遥かなる時の創世の数式に想いを馳せながらピュアでイノセントな心の空をさぁキミも共に飛べ未来へ羽撃け!
……というような内容が延々と綴られていた。 意味不明。理解不能。思考回路はショート寸前。 「得手、不得手がありますよ…」 ぼそりとコーンさんが言う。コーンさんはデントさんとは違って不得手だったようだ。私も後者だと自信を持って言える。どうしてこんな抽象的にも程がある文章で理解に及ぶんですかデントさんは。 「本読んだくらいでポケモン語が解るんなら、初めっから苦労しないぜ!」 胡散臭そうな顔をしたポッドさんが、デントさんの手から乱暴に本を引ったくり、巻末を開いた。するとそこには
【発行】チーム・プラズマ 【監修】N 【編集】七賢人
……などなど、奇妙奇天烈摩訶不思議な文字の羅列が踊り狂っていた。 どちらからともなく顔を見合わせるポッドさんと私。 「なぁ、これ……どう思う?」 「すごく……電波です……。」 コーンさんがハァ、と溜息を漏らした。
ま・まぁ、奇っ怪な本はそっちに置いておくとして。
小猿たちから異論(?)が無いのでデントさんの翻訳を信じることにした。要約すると、彼らはサンヨウより遥か西北西にあるライモンシティ近郊の森から、三匹きりで旅をして来たのだという。恐らくさっきの大暴走は、これでまた元気に旅が出来る! って嬉しくなっちゃったからなんだ。 それにしても旅をしてるだなんて、小さいのに見上げた行動力ね。ポッドさんデントさんも「凄いな」「勇敢だね」だなんて褒めそやしている。でもコーンさんだけはちょっと冷めていて、 「腹が減っては旅は出来ませんよ。そんなに空腹だったのなら、この辺りで少し休んで行かれてはどうですか?」 だって。 三匹はウンウンウンと頷いた。ここが飲食店だって解ってるのかしら? 「じゃあメイちゃん、お世話してあげてね」 残る二人も同意し、なら私も賛成と、つられてデントさんの台詞に頷きそうになった。 「え、私がですか?! ヤナップたちのことなら、三人が詳しいじゃないですか!」 「おまえが連れて来たんだから、おまえがするのはトーゼンだろ。それにオレらはおまえと違って忙しいんだッ!」 「彼らは“あなたに”懐いているんです。極めて順当な結論だと思いますが」 畳みかける赤鬼と青鬼…いやいや…ポッドさんとコーンさんに、そんなはずは、と言いかけた途端。まるで仕組んだようにお騒がせトリオが私の足下にすり寄り、タネボーまなこ(ヒヤップはちょっと違うか)で見上げてきた。
「なぷっ」 「おぷ〜」 「やぷぅ」
可愛い。 素直に可愛い。 可愛いけど……なんかモヤッとする!!!
「………………」 しかし、私に懐いているという事実は覆りそうもなく、お店やデントさんたちにご迷惑をおかけした負い目から、反抗もし難くて。 「………………はーい」 渋々、了承する。 「うん! 決まりだね」 デントさんのこういう時の笑顔って、ポッドさんの激怒よりもコーンさんの冷眼よりも、余程威力があるわ…。 「後はよろしくね。メイちゃん」
こうして、私の仕事は雑用から、小猿の世話へとシフトされてしまったのだった。
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