<笑うイトマル>
キョウコさん(仮名)の話。
サブウェイで三十連勝ほどした頃だろうか、車窓のガラスに一匹のイトマルが腹を見せて張り付いている事に気が付いた。
「イトマルって背中に人の顔みたいのがついているでしょ。そのイトマルには腹にも模様があってね、・へ・みたいな模様だった。あんまり機嫌はよくない感じ。まあ私は構わずバトルを続けた。出てくるポケモンもトレーナーもどんどん強くなるし、それどころじゃないって感じ」
それでも気になって時々バトルの合間に窓を見るとまだイトマルは・へ・の腹を見せて張り付いていたという。
「あれは四九戦目だったからよく覚えてる。もう少しで五○戦目だーって意気込んでいたら、ポケモンが技を外して、すんでのところで負けてしまって。まー負けは負けだからしょうがないかって、列車を降りようと思って……」
キョウコさんはまた、何気なく車窓を見た。
「笑ってたの。イトマルの腹が。さっき・へ・じゃなくてあきらかに口を三日月みたいな形にして。いかにもニターッって笑みを浮かべて笑っていたのよ」
<追いすがるギャロップ>
車窓とトンネルの間の狭い空間の間を何者かが移動していた、という話もサブウェイでは珍しくない。
「僕の場合はギャロップです。そう、ひのうまポケモンのギャロップ」
そう語るのはヒウンに住む会社員のジムさん(仮名)。
バトルに熱中していたのだがどうも自分の右方向が明るいような気がする。
窓のほうを振り向いたらものすごいスピードで走る車両に併走する形で、炎のたてがみの火の粉を散らしながらギャロップが走っていたという。
「いやびっくりしました」
だが、うっかりトレーナーが外に出してしまったとか、狭い空間なのになんて事を考える余裕はなかったという。
「というのもね、車窓にぴったりと併走しながらね、ギャロップがものすごい形相で私をにらんでいるんです。顔の左半分でね、目を異様なほどにと見開いて歯を見せてね。トンネルの中の風のせいなのかな。唇が煽られてぶるぶると震えていてね。裏側がばたばたとめくれて見えるんですよ。涎がね、飛び散ってね、窓にもついてね」
ギャロップに恨まれるような覚えはさっぱりないというジムさん。
だがそれはとにかく恐ろしい形相であったという。
そんなギャロップもジムさんがバトルに負けると減速し、瞬く間に見えなくなってしまった。
「負けた以上にほっとしましたね」
そうして今改めて考えると不可解な点がある、と彼は言う。
「これ、降りてから気が付いたんですけど、その位置にギャロップが見えるのっておかしいんですよね」
ほら、見てください。
と、ジムさんはホームの下を指さした。
「線路から、我々の立っているホームまで、少なく見積もって人一人分の高さはあるでしょう。さらに我々の足元から車窓のガラス部に達するまで一メートルくらいはあるでしょう。だいたい二.五メートルとして。でも、窓からギャロップの顔が見えていた」
ギャロップの頭のある位置は大きい個体でも地面から二メートルくらいでしょう。
地面を走って併走しても、絶対に顔なんか見えないんですよ。
でも、窓から顔が見えた。
なら奴は空中を走っていたという事なんですかねえ……。