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  [No.3727] 蝋燭と将軍 投稿者:GPS   投稿日:2015/04/22(Wed) 20:12:14   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

時は戦国。全国津々浦々、名だたる武将達は領土と力を求めて刀と携帯獣を操り、日夜戦いに明け暮れていた。四ツ脚の獣は地を駆け抜けて、翼を持つ者は大空を舞い、人型をした者は時に主人と同じく武器を揮って戦場に躍り出た。人も獣も、皆戦いに生きる時代であった。
彼もまた、戦場を生き場所とする人間だった。生まれこそほんの僅かな土地を持つ、城都の片隅に位置する小国の大名、しかし天から才を与えられた男だった。武芸、学問、統治、何を為しても彼の手にかかれば揃って功を奏するのだ。彼の刃は怪龍の鱗も切り裂いた。彼の命を受けた鎧鳥は極めて素早く猛虎を仕掛けた。炎馬の背に乗る彼が率いる軍勢は、疾駆の如き時を先導するも同然だった。

そしてそのような将軍が、他国からの恨みを買うのも当然のことであった。関東は玉蟲の都に向かって領地を広めたその男の元に、新たな領地に住まう職人からだという贈物が届いたのは、男が二十を過ぎて間もない頃だった。
その時勢では呪術の方法として、盆栗と呼ばれる木実を用いたものが秘密裏に行われるようになっていた。盆栗は不可思議な性質を持っており、術師の力によって殻の中に携帯獣を閉じ込めることが可能だった。おまけに一旦閉じ込めてしまえば、外側からはどの獣が入っているのかわからない。そう、それが例え、呪詛と憑拠の力を持った者だとしてもだ。
影に取り憑き命を奪う悪霊、怨恨ごと心を喰らい尽くす影鬼、苦痛を呼び起こす呪禁を操る夢魔。呪術を生業とする者達は彼等を盆栗に閉じ込めて、命を受けた通りの相手に呪いの獣を送りつけるのだった。

その将軍が見舞われたのは可能な限り微小な盆栗を、これまた極限まで殻を薄く削り、呪う相手の手元に落ちた瞬間開いてしまうように仕掛けるという手口だった。勿論勝星の数だけ怨嗟を請負う時代、彼の手中にも呪術を専門とする者がいて、盆栗始め将軍を呪詛から護るべく、贈物に込められた念が如何なるものか等も逐一調べ上げていた。
が、其の時は違ったのだ。呪詛を感知することに長けた術師も、術師と共に鍛錬を積み霊を嗅ぎ分ける術を憶えた炎狼も、其の盆栗にだけは気付けなかった。其の盆栗に閉じ込められた霊気は、今迄彼等が出会ったどの霊とも異なるものだったのだ。

それも当然の事であろう。酒樽に仕込まれた黒の盆栗から現れた霊は、将軍の治める国は元より城都、関東、豊縁にすら姿を現すことの無い携帯獣であったのだから。
其れは蝋燭によく似ており、稚児のような顔は熱く蕩けて寒気を誘った。最早蝋燭は将軍に取り憑いたらしく、一つの瞳で真直ぐに男を見詰める其の携帯獣に、此のような者は見たことも聞いたことも無い家臣達は慌てふためいた。

「此の霊は、恐らく西洋から来たのでしょう」

そう判断したのは、治世に助力していた学士だった。学士は携帯獣の学にも明るく、海の果てに棲息する者についても多少の知識があったという。恐らくは西の大陸からの刺客であろう、学士は紅の炎を灯す蝋燭を見やって言った。

「此奴等は、他者の生命を喰ろうて自分の焔とすることで存在を保つ種族だと聞いたことがあります。其れが送られてきたということは、考えるに早死の呪いをかけられたのだろうが……はて、しかし絵巻に見た姿は蒼の焔であったな。何故此奴は緋色を……」

怯む様子など欠片も見せずに将軍と対峙する紅の蝋燭に、学士は思わず首を捻った。しかしその言葉を遮るようにして「焔の色など知ったことか」と家臣達がまた騒ぎ出す。如何なる種族だろうと呪詛は呪詛、自分達の仕える存在にとって好いものだとは決して思えなかったのだ。
一刻も早く祓え、種は違えど同じ霊なのだから可能だろう。蝋燭なのだから水をかけてしまえば辛抱堪るまい。家臣も術師も一緒になって、此の呪具を消し去る方法を早くも探り出していた。

「まあ、待て」

だが、其の話を遮る者がいた。
蝋燭に睨まれた将軍は、地獄よりも深い其の瞳をやはり真直ぐに見詰め返して、落ち着き払った声で話し始めた。

「此の霊、人の生命を喰らうと言ったな。ならばつまり、今こうして燃えてる此の焔も儂の生に依るものということか。なるほど、此奴はなかなかに愉快だ」

口角を吊り上げ、将軍は僅かに細めた両眼で蝋燭に告げる。

「西洋から来たという霊よ。御前は確かに儂を呪い、孰れは殺す為に遣わされた。だが……其の力は直ぐには働くまい。蝋燭よ、儂と共に戦うつもりはないか」

「お待ちください! 何を仰るのです、其奴は危険な存在で御座います! 御近くに居て許されるはずが……」

「そう言ってやるな。折角の客人、それも海を越えた先などという遠路を渡り、我が国まで遥々来てくれたのだ。無下に扱うべきには在らず」

人では無いにしても、だ。慌てて諌めようとした家臣を手で制し、将軍は少し戯けた様に言う。自棄になっているわけでも無さそうな将軍の様子に、家臣達もそれ以上は口出し出来ずに黙り込んだ。

「さて、蝋燭。本来、御前の焔は蒼であるという。なのに何故、御前は緋色の焔を燃やしているのか」

緩めた顔を元の様に引き締め、将軍は蝋燭へと向き直った。問われた蝋燭が応える事など勿論あるはずも無く、唯々将軍の目を見詰め続けるのみ。畏れを知らない童のようにも思える其の顔に、将軍は息を吐いて言葉を紡ぐ。

「其の色が、儂の生の色だということか。だとすれば、此れほど縁起の良いこともそうそうあるまい。我が軍勢の色は赤、其れを率いる儂の生が当に赤だと云うなら、そう教えてくれた御前のことを、最早呪具とは呼べぬだろう」

将軍の言葉を黙って聞いている蝋燭の瞳には、肯定も否定も見て取れない。真意の一片すら掴ませない其の眼はしかし、確かに将軍を見返していた。

「儂の生を燃やすがよい。そして其の焔で、儂の生を照らすのだ」

儂と御前は、一蓮托生となるのだ。紅の炎が、将軍の吐く息に吹かれて揺れ動く。其れが本当に彼の生命を奪って燃えているのかは、此処にいる誰にもわからない。八大地獄に有ると云う焦熱地獄、其処は此の様な炎が絶えず罪人を焼き尽くしているのだろうか。そんなことを、家臣の一人は考えていた。
だが、対する将軍は地獄の業火などに臆する器の持主では無かった様である。一層激しく揺れた炎よりも強く輝いている風にさえ感じさせる両の眼で、蝋燭と自分を取り囲む者達を見渡した。

「なに、戦を率いる者が生命を削られることを恐れても意味が無い。寿命を尽かせることなど出来るとは甚だ思っておらぬのだ。此奴の呪いが無かろうと、儂の死は何時でも起こり得る」

それに呪具を操るなどとあれば、我が軍にも箔が付くに違い無い。未だ何か言いたげな家臣達に、将軍は不敵に笑ってみせる。反論を許さない其の声音に異を唱える者は誰もおらず、揃って黙りを続けるしかなかった。彼等を見回し、満足気な微笑を浮かべた将軍は霊へと其の視線を戻す。
生命を喰らう、紅の炎。薄暗い広間に揺らめく其れは、対峙する将軍の瞳に輝きを宿している。小さな体躯を僅か足りとも退ける事無く相対する其の霊に、将軍は微塵の迷いも無い声でこう告げた。

「さぁ、緋の焔の蝋燭よ。儂の生を燃やしてくれ」


そして、今。残された記録から判断するのならば、その将軍は宣告通りに呪具の蝋燭を手懐けて、より一層戦に邁進していたという。彼の生を喰らうと云われた蝋燭はやがて豪奢な洋燈と成り、まるで本当に彼を生き写したかのような強靭さを誇り、敵を残らず焼き尽くしていた。他に操る者のいない、絢爛豪華な洋燈霊は人も獣も全ての影を、一瞬にして灰に帰したという。将軍の刃と洋燈の焔、何処に行こうと敵うものなどいないように思われた。
だがその名声もやがては終わりを迎えることになる。三十を半ばに差し掛かったところで男は大きな戦に負け、斬首の刑に処せられた。皮肉にも自らの言葉の通り、寿命も何も無い死に様であったが、それが呪いの所為かどうか、それが定かで無いことは言うまでもないだろう。喰らう生命が潰えたからか、処刑が為されてすぐに洋燈も動かぬ器と成り果ててしまった。
将軍の治めた領地は全て敵国の物になり、やがて全国統一の日が訪れて、洋燈使いの将軍の国は何処にも無くなった。今や単なるジョウト地方と呼ばれる此の地で、当時の国の名を呼ぶ者も一人として存在しない。


しかし、それでも彼の姿絵を見れば何時でも思い出すことが出来る。
天賦の才と不屈の精神、そして呪詛までもを我が力に転じさせてしまう程の豪胆の持ち主であった一人の将軍の隣には、あの時より常に漂う存在があった。地を駆け、人を斬り、獣を討ち、自身の生を風の如く進んだ彼には、文字通りその生を共にした者が寄り添っていた。

澄んだ硝子に燃え盛る紅蓮の燭、全てを燃やし尽くさんとする地獄の灯火。
一蓮托生、その言葉の意味が洋燈に理解出来るとも思えないが、詛呪の霊獣は確かに将軍の生を燃やし、将軍の生に炎を宿したのであった。


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