雨はさらさらと音を立てて降り始めていた。
ボンネットの上から聞こえる雨音は、いつもより小さい。
ただ付いて来ただけ。だからか、車を運転しながら色々悩む羽目になる。
レジャーシート程度のものならある。雨避けでも渡そうか。いや、そもそも湖で暮らしていたなら雨何て避けるものじゃないのか?
それに、もうそろそろ家に着く頃だった。
そんな事やってる暇があればさっさと車をかっ飛ばして家に戻る方が良さげだろう。
家に着く。二階建て、庭有り。そして俺一人とウインディ、妻が残していったポケモン一匹。
ローンはまだ残っている。
車から出て、その郊外に建てた家を眺める。いつもの事だ。
この家は未だに物理的には心地いい空間ではあったが、俺にとってはもう精神的に心地いい空間ではない。
魚釣りはこの頃再開した趣味だったが、それの原因が別れた妻にある事は内心分かっていた。
ウインディのボールを引っ掴み、荷物を肩に背負い、ドアから出る。
常人ならボンネットの上に乗っていても安心していられないような普通な運転だったが、カイリューは未だにそこに居た。
カイリューはゆっくりとした動作でボンネットから降りる。
僅かに、凹んでいた。舌打ちをしたくなるのを堪えた。
とは言え、追い返す事は出来ないし、付いて来る事を拒む事も出来ない。ボールに入れる事も出来ない。
だが、誰かに連絡を取って何とかして貰おうとも不思議と思わなかった。
何故だかは、分からない。その表情からは何も読み取れなかったし、ここに居候するとなったらポケモンの食費が増える事やら手間が増える事やら良い事は決してないのに。ボンネットも凹まされたのに。
ただ、悪い事はしないだろうとは思えた。暴れたりはしない。そして、こいつにとって俺に付いて来た事は何らかのプラスがある事だ。
それだけは何となく分かっていた。
「……来いよ」
雨の中、ぼうっと突っ立っている訳にもいかない。それに、ただ付いて来ただけにせよ、俺は雨の中にこいつを突っ立たせておける程割り切れる人間でも無かった。
ボールが少し、震えた。
ウインディは反対のようだった。
玄関を潜り抜けるようにしてカイリューは家の中に入った。
ウインディを出して「バスタオル持ってきてくれ」と言う。渋々ながらウインディは従った。
反対しようとも、俺が受け入れてしまった事を分かっているのだろう。
こいつが卵だった頃からの、そして俺が学生だった頃からの付き合いだ。互いの事は良く知っている。
ウインディがバスタオルを持って来て、俺は濡れたカイリューの体を拭いた。精神的に居心地の良い場所ではないが、物理的にも居心地の悪い場所になっても困る。
カイリューは大して邪魔をせず、俺が体を拭うのにじっとしていた。
聞き分けは良さそうだった。こうやって付いて来た位だ、我が強いのはあるだろうが。
カップ麺に湯を入れ、ポケモンフーズを出す。
バスラオを食って満腹だったウインディも、何故か欲しそうにしていたのでまあ、いつもより少なくだが皿に入れた。カイリューにも皿を出してポケモンフーズを入れた。
ウインディが食べているのを見て、ぽり、ぽりと少しずつ食べ始める。遠慮しているような素振りを見せながらも残しはしなさそうだった。
テレビを付けて、適当にチャンネルを回す。カイリューは驚きはしたが、特にそれと言って何もする事は無くただぽりぽりと食べながら眺めていた。
テレビでは見慣れた芸人がクイズに答えていたり、視聴率が並そうなドラマをやっていたり。
ニュースでは肉に関する新たな規制に対しての議論をしていた。
明日の天気を知りたかったが、気が重くなり、チャンネルを回した。
軽くシャワーを浴びて、明日の仕事の為に少し早く寝る事にする。今日はいつも以上に疲れた。
明日から会社なのにこいつをどうしようかという不安はある。何とかなりそうな感覚はあるのだが。
居候はもう一匹居る事だし。
寝室へ行く。ツインベッドの片方は、今はウインディが占拠している。毛だらけになっているが、いつから放置しっぱなしだったか。コロコロで拭ってもキリが無いし。
そして窓が開いているその寝室には、ムシャーナ、妻が置いて行ったポケモンがふわふわと漂っている。
時々ここから居なくなるこいつは、きっと俺の夢を盗み見て妻にでも届けているのだろうと思う。
今でもある、妻との唯一の繋がりだった。
ムシャーナは、俺の後ろから二匹目、カイリューが来た事に対しても特に何も反応せずにふわふわと浮き続けているだけだった。
予備の布団を適当に広げて、カイリューの為の寝床にする。
ウインディはその布団の上で丸まるカイリューを心配そうに眺めながらも、俺の隣で目を閉じた。
電気を消し、俺も目を閉じる事にした。
夢うつつになる中、カイリューの目的が何であれ、ただ居候する程度なら歓迎している自分に気付いた。
そういう関係なら、何も考えずにコミュニケート出来る、一緒に居られる、と思っている自分が居た。