俺の嫁さんは何にでもふたをする。煮物を作るときも、味噌汁を作るときも。作ったものをいったん置いておくときも、サランラップじゃなくて蓋をする。嫁さんいわくラップがもったいないからだそうだ。母親に料理を習ったときも、まずは何でも蓋をしなさい、と教わったんだとか。そうすれば汁だって蒸発しにくくなるし、うっかり異物が混じりにくくなるし、早い時間で火が通るし、一石三鳥なんだと。なるほど、それは納得だ。嫁さんから初めてその話を聞いたとき、俺は嫁さんの作った味噌汁とか肉じゃがを食いながらうなずいた。つけ物も食べてね、と嫁さんがいっぱいタッパーにはいったキュウリを俺の方に押しすすめてきた。
ふたをするのが大事ってのはわかる。だけどなあ。
「いくらキミがふたをするのが習慣付いてるっていっても、俺のヤブクロンをポリバケツに入れてふたをするのはヒドいんじゃないか」 「違うわよ、バカねえ」 「実際ヤブクロンはポリバケツの中じゃないか。コイツはたまごから育てたから、別に不潔じゃないんだって」
ヤブクロンとダストダスは性質上衛生問題が心配されるが、卵から生まれたものや、しばらく人と一緒に生活して環境に適応したものは問題がないとされている。そのことはキチンと嫁さんにも説明したんだが。
「じゃなきゃなんだ? まさか俺とヤブクロンの仲に嫉妬してこっそり捨ててくる計画を・・・・・・」 「違うってばもう、バカねえ」
バカねえ、って二度も言われた。嫁さんは家事を頑張っているせいでちょっと荒れた指で、俺のヤブクロンを指さして言う。
「この子が、ポリバケツに入ってふたをされたがるのよ。新しいやつだからゴミなんて入ってないんだけど・・・・・・本能ってやつなのかしら」 「クロン?」
そんな性質があるなんて知らなかった。そうなのか、と聞くとヤブクロンは生ゴミを固めたような腕(悪く言ってるのではなく、本当にそんな色をしている)を使って、ポリバケツのふたを閉じてしまった。本当に気に入っているらしい。
「キミと結婚する前は、いい子にしててゴミ箱に入ったりしなかったんだけどなあ」 「たぶん、これがポリバケツだからじゃないかしら」 「普通のゴミ箱となにが違うんだろう」 「だって、ゴミだらけのうらぶれた路地裏に置いてあるゴミ箱っていったら、ポリバケツって感じがしない? なにかこだわりがあるのよきっと」
嫁さんはヘンな理論を立てて、一人頷いている。何にでもふたをする以外にもいろいろヘンな感覚があるんだなあと思った。ポケモンも女の人も、仲良くなったつもりでもまだまだわからないことだらけだ。
バケツの中でゴトゴトやっているヤブクロンに、嫁さんはヤブちゃんはいい子だから、ポリバケツくらいあげちゃおうかしら、なんて言っている。ヤブちゃんというのは嫁さんのつけたヤブクロンのニックネームだ。それを聞くたび、俺は腕の悪い医者のようだと思う。
「あいつまだ入ってるな」 「そのうちお腹が空いて出てくるでしょ」
ご飯はその時にあげればいいわ、と言って、嫁さんは今日もつけ物(今日は大根)の入ったタッパーをオレの方に押しやる。オレがつけ物をポーリポリ食うと、嫁さんは笑った。
「あそこから引きずり出すには、何かアイテムが必要なのかも」 「好物のポロックとか?」 「いいえ、ペンシルロケットよ」 「なんだいそれ」 「えんぴつくらいの大きさのロケット弾よ。あ、悪い組織じゃなくてね。拳銃の弾丸の弾、ね」
えんぴつくらいの大きさだったら、悪の組織の人もかわいいかしら、なんて嫁さんは一人でウケて、また補足説明をする。
「そういうゲームが昔あったのよ。いじめられ気味の男の子がずーっとヤブちゃんと同じようなポリバケツの中に入ってて、主人公が怪物の巣くうダンジョンからペンシルロケットを持ってきて、それと引き替えにいじめられっ子の男の子は外の世界に再び帰還するの」 「へえ」
嫁さんがゲームを嗜んでいたとは知らなんだ。最近やってないわね、というので、当然かもしれないが。ポケモンより嫁さん図鑑がほしいところだ。などと言ったら、目の前の嫁さんにも他の奴らにも新婚で浮かれてボケた? などと言われそうなので黙っておく。今日も嫁さんの作るみそ汁とじゃがいものコロッケはウマい。
ポリバケツに入ってるヤブクロンを書く(描く)のが目的でした。こいつもろゴミ袋(悪口ではないです)なのにかわいい。小動物っぽさがある。
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