一気に目が覚めた。激しい爆発音。震えるガラス。窓の向こうには、ちりちりと燃え始める牧場の草地と、その炎で見えるどでかいクレーター。
「何だ!?」
寝巻のまま階段を駆け下り、エレザードを呼ぶ。短槍を持ち、外に出た。
月明かりだけの夜。町では火が焚かれ始めていた。
何が居る、誰が居る? リザードン? そんな訳ないだろう。あいつが訳も無くこんな事をするとは思えない。
その時、眩い光が新たに視界に入った。
次第に縮んで行くその光は、更に輝きを増していく。その光の正体は、サザンドラだった。
「サザンドラ……?」
出て来た父と祖父も、唖然としていた。
何故? どうしてこんな時間に? 何をしに?
その全てが分からない。光が、飛んで来た。唖然としている俺達家族の、その隣に。
爆発して、耳がイカれそうになる。体が思わず吹き飛びそうだった。着弾した場所は、耳がイカれない、体が吹き飛ばない、けれど、絶妙に恐怖を感じる、そんな場所だった。
「おかしい……」
父が呟いた。俺も、祖父も、そう思った。
サザンドラは、狙ってこの場所に破壊光線を撃った。外した訳じゃない。
その時、空から人がやって来た。ピジョットに乗った鳥獣使いだ。
「リザードンじゃないな?」
「驚いてます……。でも、リザードン同様に、恨みを買わないようにしている節があります。
そうじゃなきゃ、俺達はもう、死んでいる」
隣のクレーターを見て、俺はそう言った。
「何か目的があるな」
「そう思います」
「リザードンもこの近くに来ていると想定して良いだろう」
「……まさか」
小屋、豚舎を狙っている? 頑丈に作ってあるとは言え、獣の強力な技に耐えられるようにまで耐えられるようには出来てない。壊されるとしたら、時間の問題だ。
……いや、だったら。どうして、あのサザンドラが豚舎を破壊しないんだ? あの破壊光線を一発当てれば、豚舎なんて弾け飛ぶ。
くそ、分からない。
鳥獣使いが口を挟んだ。
「問題は、俺は、獣をこいつしか持っていないって事だ。対象は一体、そう聞いていたから、俺が寄越されたし、この状況は俺も想定していない。
どうする? これは俺が決めるより、雇い主であるあんたらが決める事だろう」
父と祖父と、話し合った。父も祖父も、戦える獣を持っていない。祖父はもう、自分の相棒とも死に別れ、新たに組む事をしていない。父の相棒は、死にゆく間際だ。新たな相棒はまだ、作っていない。
そして俺のエレザードは、そう強くない。俺自身も。
それでも、俺達家族は、決めなければいけなかった。
「……サザンドラの対処を、お願いします」
サザンドラのしている事は、陽動、そして、豚舎へ行かせない事だろう。何をするにせよ、サザンドラを抑えなければ、俺は何も出来ない。
「分かった」
そう言って、ピジョットに乗って、鳥獣使いは空へ飛んで行った。宙で光に包まれ、その次の瞬間、ピジョットの姿が変化していた。
「あれがメガシンカ……」
一際大きくなり、体色の変化、トサカが変貌。羽ばたきによる強烈な風が、ここまで届いて来る。
サザンドラが再度、破壊光線を放った。それは、メガピジョットのすぐ脇をすり抜けて行った。脅しは、もう意味を為していなかった。
……驚いている暇はない。
俺も、行かなければ。
リザードンは一体、何をしようとしているんだ?
とにかく、それを知らなければ何も始まらない。
松明も持たずに、ひっそりと豚舎に近付いて行く。リザードンの尻尾の炎は見えない。
ただ、音は聞こえて来た。ドン、ドン、壁を強く叩く音だ。
牛舎狙いである事は間違いない。ただ、どうしてサザンドラの破壊光線で壊そうとしないのか、それが分からない。
……。
サザンドラとピジョットの方を見た。
三つの口から放たれる火炎放射を高速移動で躱し、そしてその翼から象られる暴風が、サザンドラを包み込んだ。
鳥獣使いが言っていた事を思い出す。
「メガシンカするとこいつは、一切の攻撃を躱せなくなり、そしてこちらの攻撃が全て当たるようになる。
とにかく、敵に一直線になっちまう訳だ。
それを、俺がサポートする。上に乗って、俺が敵の動きを読んで、こいつの体に直接指示する。そうすれば、こいつは敵の攻撃を躱し、そしてこちら側からは一方的に攻撃を当てられるようになる」
それが、単純に実行されていた。命懸けでなければ出来ない事を、淡々と。
聞いた時から違う生物だ、と何となく思った。あんな、専門家とは俺は全く違う。
顔を前に戻す。相変わらず、リザードンの尻尾の炎は見えない。そして、叩いている音は相変わらず聞こえる。
かなり強い音だ。中のポカブ達の悲鳴も聞こえる。
サザンドラは、リザードンの仲間だろう。だとしたら、リザードン以外にも仲間が居る? だとしても、おかしい。豚舎を破壊する事そのものは、一番の目的じゃない?
だったら、何だ。
訳が分からない。
豚舎にこっそり、こっそり近付いて行く。月明かりだけの中、段々と叩いている誰かの輪郭が見えて来た。
「……チャオブー?」
何故、ここに。
リザードンが、生かしていた? それ以外に余り考えられない。野生のポカブはここ辺りに居ないし、脱走した形跡も無い。
だとしても、チャオブーに助けさせる事に何の意味があるんだ。何もかも、分からない。
豚舎まで辿り着いた。壁に張り付き、槍を握り直す。ポカブ達の悲鳴が、耳を支配している。角の向こうで、チャオブーが、ポカブ達を助けようと壁を壊そうとしている。
手に、短槍に汗が滲んでいた。狩りをした事は、一応ある。一応だ。この手で、屠殺でなく、単純に獣を殺した事は、一応ある。その程度だ。
面と向かって戦闘なんてほぼした事ない。槍術も、一応身に付けている程度だ。
でも、こっちにはエレザードも居る。電撃が使える。それなら、問題はない。問題はない。
暴れたポカブとそんなに変わらない。四つ足じゃないから、動きも鈍いはずだ。大丈夫、大丈夫だ。チャオブーを止めるのには、何の問題も無い。
ぎゅっ、と短槍を握り直した時、後ろから唐突に押された。
「えっ?」
後ろには、いつの間にかリザードンが居た。片手にエレザードの首を握っていた。エレザードは気を失っていた。
ポカブ達の悲鳴のせいで、全く気付けなかった。
俺は、チャオブーの目の前に出された。
チャオブーは、俺を恨みの籠った目で見て来た。壁を叩く音は、失せた。
俺の腰位までしかないその高さで。格闘の気が入り、筋肉質になったその体で、俺に激しい憎悪を向けて来た。
リザードンの羽ばたきの音が聞こえて、屋根に座ったのが見えた。エレザードも掴んだまま。
チャオブーがリザードンを見る。何かしら会話らしきものをしたらしいが、どうやら、リザードンは手出しはしないようだった。
戦わせる事が目的だった? どうして、何故。
ただ、そんな事を考えている余裕はなかった。心臓が高鳴っている。
虚勢を張るように、俺は言った。
「殺してみろよ。助けたかったらな」
そんな事を言おうとも、緊張は収まらない。心臓は静まらない。でも、腹を括った。殺さなければいけない。俺の為に。俺達家族の為に。
そして俺は、悪役だ。紛れも無く、チャオブーから見たら、悪役だ。
利益の為に相棒にもなれる獣を、育てて殺して食べている。そんな事をしている以上、それで飯を食っている以上、こうなる可能性だってちゃんと分かっていたはずだ。
短槍を一回しし、腰を落として、構えた。
チャオブーが息を吸いこんだ。俺は、走った。