雲一つない空の真ん中で太陽がぎらぎらとその存在を主張している。光を浴び続けたら体が溶けてしまいそうな暑さに、ボクは木陰を求めて視線を彷徨わせる。視界に映るのは木陰、木陰、木陰……。見事なまでに木陰しかない。
ああ、そういえばこの場所は森で、ボクは今木陰にいるのだった。木陰にいても体が溶けそうなほどに暑いなんて、最悪だ。これはもう日向や日陰の問題ではなくなっている。冷たい水の中にダイブしたい。
……木陰にいるのだったら、どうして空の様子がわかるんだと誰かに聞かれそうだな。主に後輩あたりに。ボクもわざわざ木陰から出て空を確認するほど無謀じゃない。木陰に入る前に見た景色を覚えていただけだ。……いや、それだと今度は何で木陰にいたことを忘れたのかと聞かれそうだな。この話題については忘れることにしよう、うん。
頭の中の話題を追い出すように体を動かしていると、両手にペットボトルを持った後輩……ゾロアークが森の向こうから猛ダッシュでこちらに向かってきているのが見えた。今も暑いのに、見ているだけで暑そうなことをしているんじゃない。ボクを水たまりにしたいのか。
心の中でそうツッコんでいると、後輩が摩擦熱で足の裏が大変なのではと心配になるほどの距離から足ブレーキをかけてきた。幸い後輩の足の裏も地面も無事なようでほっと息を吐く。
「後輩、一体どうしたんだ? そんなものを持って」
「いやいや先輩、これを見たのならわかるでしょ!? 飲料水っすよ、飲料水! しかもこの暑さには嬉しい冷たいバージョンっす!」
冷たい、と聞いてボクの目がキリリと吊り上がる。……ボクからすれば吊り上がっていても、後輩からしたらいつもと変わらないんだろうな、きっと。
「何!? それはよくやった、後輩。それで、種類は? そもそもどうやってそれを手に入れたんだ?」
後輩は幻影を使えるとはいえ、飲料水が買えるようなお金は持っていないはず。ない首を傾げていると、後輩はふっふっふ、とわざとらしい笑みを浮かべる。
「そんなもの、簡単っす! ちょいと人間に化けて自動販売機の下に落ちているお金を集めたんすよ!」
「簡単と言っている割には地味に大変なことをしたんだな!?」
仮に人間に化けたからといって、簡単にアルバイトなどができるわけではない。そう考えると自然といえば自然な方法だが、この暑い中よく目的が達成されるまでの間行動できたな……。木陰で溶けそうになっていたボクとは大違いだ。
根性のある後輩に感謝しながら、ペットボトルの片方を受け取る。メタモンのまま受け取るよりも後輩に変身してから受け取った方がよさそうに思えるが、それだと変身に頼りっぱなしになってしまう。この手でも物を掴んだり蓋を開けたりといったことは可能なのだから、できるだけ自分の力でどうにかするべきだろう。
そういえば、後輩は何を買ってきたのだろうか。ふと気になって見てみると、夏に美味しいトゥーペソーダだった。ついでに後輩のやつも見てみる。後輩のは詳細を見なくてもわかりやすいコーラだった。
確かコーラとかの炭酸系って、振ったら中身が噴出したような……。少し前の後輩の動きを思い出してみる。……うん、両手を交互に思いっきり振っていたな。このまま開けたら手がベトベトになるのはエスパーじゃなくてもわかる。
今なら冷たいのにと思いながらも地面に置くと、上から後輩の小さな悲鳴が耳に飛び込んできた。視線を上げると手をコーラまみれにした後輩の姿が。……どうやら後輩はあの事実を知らなかったようだ。ああ、知っていたらあんなに振らないか。
地面に落ちていくコーラを見てもったいないと思ったのだろうか。後輩は勢いよくコーラを飲み始めた。しかしそれはほんの数秒間だけで、一口目が喉を通ったか通らないかといった段階で後輩はバッとペットボトルから口を放す。その顔は冷たいものを飲んで天国! ……という風にはとても見えなかった。
「な、何すかこれ!? こんなしびしび、オレには耐えられないっす!!」
どうやら後輩は炭酸が苦手なようだ。だったらどうして買って来たんだと言いたいが、恐らく炭酸系とはどういうものか知らなかったのだろう。……知らなかったんだよな? 炭酸とは何かを忘れていたわけじゃないんだよな??
少し疑いの目を向けていると、後輩がもうこれ以上は飲めないと悟ったのか恐らく半分近くかそれ以下になったコーラを押し付けてくる。手をベタベタにはしたくなかったが、押し付けられては避けようがない。仕方なく受け取ると、まだ冷たいコーラを一気に飲んで体を冷やす。
「先輩、オレ達そろそろ名前をつけ合いませんか?」
コーラを飲んだ後に来るアレを通り抜けた後、後輩がそんなことを言い出した。片手にはいつの間にかソーダのペットボトルを持っていたが、すぐに自分から離れた地面に置いていた。ソーダにもチャレンジしたものの、コーラと似たような思いをしたことは聞かなくてもわかる。
……それにしても、名前か。人間に捕まった時のことを考えると、確かに名前を付けた方がいいだろう。今まではなくても特に不都合はなかったものの、これからもそうとは限らない。後輩の提案はいいと思ったものの、肝心の名前の候補が浮かんでこない。
何がいいかと空になったペットボトルを地面に置いていると、偶然にも仲良く並んだペットボトルに視線が行く。ボクと後輩の色をチラと思い出し、これはいけると心の中でガッツポーズを決める。
「だったら僕は青いからソーダで、お前は赤と黒だからコーラだな!」
ニッコリ微笑んでそういうと、後輩は顔を青くして首をぶんぶんと横に振る。……ついさっきコーラの味をしたから嫌なのか。色のこともあるし、こんなにもボク達に似合う名前は他にないと思うんだけどな?
こうなったらボクだけでもソーダと名乗ろうかと思っていると、後輩が大きな声で否定を飛ばし始める。
「先輩、それはまずいっす! もう少しマシな名前にした方がいいっすよ! そもそもそれ青くないじゃないっすか! どうして青いからソーダなんすか!?」
「アイスのソーダ味は青かったから……とか?」
「先輩! アイスを、あんな美味しいものをいつ食べたんすか!? アイスを食べる機会があったのならオレにも教えて欲しかったっす!!」
「いや、あの頃後輩いなかったし……」
そんなやりとりを数分間していると、ぜえぜえと息を切らした後輩が「だったら……」と早口で語り始める。言葉の意味を脳が完全に理解する前に次の言葉が入ってくるので完全に理解したとは言えないが、ボクが提案した名前を元に後輩がもっといい名前を考えてきてくれるようだ。
ボクはあのままでもいいと思っているものの、できるのなら後輩も納得できる名前にしたい。頼んだという意味で視線を送ると、後輩は「任せて下さい!」と笑ってどこかに走り去ってしまった。残されたのはボクと二本のペットボトル。手は既にベタベタになっているから、残りを飲むのに躊躇わなくてもいいだろう。
少し温くなったソーダを飲み終えると、後輩はあの二つの名前をどう変えてくるかを楽しみに移動を始める。……いい加減、このベタベタはどうにかしたい。水タイプのポケモンに変身して解決してもいいけど、何も見ない状態ではちゃんと姿だけでなく技も再現できるか不安だ。
一歩木陰から出ると、変わることのない太陽の光が容赦なくボクを襲った。
*****
それからすぐ……つまり翌日の午後、後輩が名前を思いついたからと突撃してきた。一回一回居場所を教えているわけでもないのに、どうしてわかるのだろう。不思議だけど、今はそれを質問している場合じゃない。
質問を一つ飲み込むと、「せっかくなら雰囲気のある場所で!」と場所変えを提案する後輩の後をついていった。
その結果、ボクは名前を手に入れる前に別の名前を持ち、これまでとは違う生活を送ることになるのだけど……それはまた、別の話。
「ソーダと炭酸嫌いなコーラ」 終わり