マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1736] Chapter.9 “数里歩んで中半を知る? ハロー、真っ新な命!” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/10/14(Sat) 00:05:49     13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市、旅の宿屋・居室内。

     音を立てて孵らんとしている保管器のタマゴ、ゆっくりな速度ながら話を切り出すジョッシュの順に、あたしは目線を変えながら彼の置かれている状況を受容しようとしていた。
     事の経緯は、今から数十日前。あたしが旅立つよりも更に昔に遡る。

    「此処から離れた、北北東の方角―― 漁村に近い場所にある、レンガ建ての孤児院。ボクは当初、あの施設で暮らしてた」

     ジョッシュの言葉から、あたしはタウンマップを広げて彼の飛び出していた故郷の示す方位に指を当てようと試みる。
     現在地から数十里と云える6倍程の長さから、あたしの出身地よりも遠く離れた地である事を知る事となる。

    「荒々しいのと無縁な、子ども達のはしゃぎ声で溢れる素敵な所でね。四季の移ろいと共に自然も木々も、彩りを添えてく…… 今でも変わらず、思い入れのある第二の故郷なんだ」

     第二の故郷…… 第一に生まれ育った家がある、と推察が出来る。
     孤児院に彼が居を移す前に、何かが遭ったのだろう。あたしは唾を飲み込み、気になった事を挙げてみる。

    「第、一の故郷は…… どうなってるの?」
    「……廃屋になってそのまま。孤児院に預けられるよりも最初に、物心着いた時に覚えてたのは…… 両親の背中だけなの」

     視線を横に逸らし、窓越しに雲の掛かった空を眺めながら、ジョッシュはあたしの質問に素直に答えた。
     その声色は震える様に、でも唯一残っている思い出を振り返らすように。

    「強奪犯達の手からボクを守る為に、孤児院に願いを託して置いてったのは…… 正直、複雑な気持ち。だけど、それ以前に」

     前日、あたしに寂しそうな顔と共に少々拗ねていた訳と背景が明確になったのを飲み込みつつ、彼からの言葉を受け止める。

    「玄関で怖い顔して突っ掛かってた、進化後のポケモン達を前にしても…… 決して怯まなかった。そんな、強くて尊敬できる両親を…… どうして、思い出せないんだろ……」

     霞に、深い霧に覆われたような感じ。
     自分でももどかしい感覚だよ、とジョッシュは眉を顰めながら言い切るに留めた。



     ボクは、両親に会いたい。


     身も心も、成長する上で、頼れる切っ掛けを作りたい。


     役に立てなくて、ただ待ち惚けのままになるなんて…… そんなのはゴメンだから。

     

     伺い知れるに、ジョッシュは幼くして、望まざる形で親から離されて生活していた経緯持ち。
     その後旅に出るまでは、愛情を両親の代わりに孤児院の先生、友情と道徳の心を同じく預けられていた子供たちにより双方共に培われていた。
     失われた記憶、大切な者がキーとなる。あたしは胸元に手を当てながら、相槌を返すのみだった。

    「数日経ってから、院長――お師匠様から呼ばれて。ボクに、手紙とロケットを渡しながら話して下さったんだ。ボクの父さんと母さん、共に…… 生きている事を」
    「御存命だったのね、ジョッシュくんの御父様達」

     ふとあたしは目を丸くして聞き返す。記憶が薄れている中で、彼の両親が生きている事実が上げられた事。
     当事者からしたら、瞬時に受け止められるものでは無い事も……。

     お師匠様が云うにはね、とジョッシュは続ける。荷物バッグのポケットから、丸みを帯びた蓋付きの銀製ロケットを取り出しながら。



    「“ジョッシュが望むのならば、親たちの許に向かっても良い。此処に留まって今の暮らしを維持し続けるも、選択肢の一つ”……」



     当時の出来事が、まざまざと思い起こされる感覚を共有。彼に天秤代わりに差し出される、重要な選択。
     お師匠様と慕う院長先生からの言葉―― 真顔ながら、ジョッシュが受け止めようとしていたのも、頷ける事だろう。



    「“すぐには受け止められない事は理解している。だけど、アナタは捨てられてなんかいない。その事だけは、心の片隅に留めておいてくれ……” お師匠様、思い詰めた顔してそう言ってたっけ……」



     最初こそ、半信半疑であった。
     でも、渡されて今は手に持つその銀製のロケットには、不思議と馴染みがある。

     ジョッシュの両親達が肌身離さず所持していた、と云う言葉もあれば、最早疑う余地も見当たらない。
     元より、生みの親が定期的に会えないのには理由があるとして受け止めていたジョッシュだが…… 院長先生とのやり取りから、故郷の憧憬と親子の温もりを求めている節を再確認。
     
     熟考した末に、ジョッシュは…… 自分の整えられる範囲で簡素に身支度を整え、危険から身を守られる形で預けられていた故郷を離れる事を決意したのだった。
     母と父を訪ねて、数千里―― 例え当てが無くとも、目指す先には希望があると信じると決めている。その先を、見据える上で。

    「前者を選んだ事は、今も後悔なんかしてないよ。旅立つ前は、見えていたあの孤児院の風景こそ自分の世界だって思ってた位だし……。井の中のニョロトノとはこの事を差すのかもね」
    「ジョッシュくん……」

     彼からのターニングポイントは、此処で区切りを迎えた模様。
     音を立てて孵らんとしている保管器のタマゴ、深く息を吸い込んで話を切り出すジョッシュの順に目線を変えながら、あたしは彼の置かれている状況を受容しようと努めていた。

    「今置かれてる周囲の情報に、真実を見出したいからね。後悔なんかしない―― ボクの、決めた路だから」

     窓からあたしに向き直り、手をこすりながら最後の一言で締め括った。
     照れくさそうに、でも燻ぶり無く話せた事に安堵するような様子で以て。

     あたしは、小さくジョッシュに目配せをするに留める。背負うものを持つって、御互いに苦労するね、と付け加えて。

     彼の抱えている想い、あたし自身の持つ想い。
     最早比べる必要は早々無い。求める目的は…… 共通している大事な者の為だから。
     自分自身で――決めた、路。

    「ロビーに行っているね。チナ、聞いてくれてありがと…… えぇ!?」

     銀製のロケットを手に、居室の扉を開けようとする前に、ジョッシュが保管器の方に目を丸くしていた。
     その近くであたしが保管器の蓋をゆっくり外していたのもあり、光が放つ程までに状態が進行しているに関わらず気付か無かった己の迂闊を悔いながら。
     
     赤と青の三角が模様付いた、白地のタマゴは、殻が剥け―― やがて放たれた光が消えたその先にちょこんと座っていたのは。



    「……ふぁ、あぁ……。あぅ、…ぁ。……マ、マ! パ…パ……!」



     目を半分開け、フワリとした頭のツンツンを花開く様にしながら、孵った赤子のポケモン――否、はりたまポケモンのトゲピーだ。
     あたしとジョッシュに、最初にじぃっと見つめては親呼びの呼称で以て、最初の対面と相成った。

    「あたしは、チナ。はじめまして―― 何だか、不思議な体験ね」
    「う、生まれ、たんだ……! よかった、無事に… 命、孵って…… うぅ……!」

     二通り、反応が分かれた。
     あたしは和やかにいつもの名乗りと率直な感想を述べる。その遠くから、ジョッシュが駆け寄るなり感激のあまり泣き出してしまっていた。

    「……? ねぇ。どう、して、……なぃ、…て……?」
    「アナタに会いたくてたまらなかったから。でしょ、ジョッシュくん?」
    「御明察だよぉ……!」

     現に、あたしもまだ年下の身でママと呼ばれるのは、頬が赤くなるのを感じてしまう。
     当のトゲピーの子は、クエスチョンを浮かべながら首を傾げていたのだが。

    「……大事なポケモンが関わっている旅なら、尚更だね。必ず、成し遂げるんだ」

     どうにか泣き止もうと試みるコジョフーを脇目に、あたしは思いを、誓いを新たにして行く。
     ロビーに向かうのは、その後となったのは言うまでも無い。


      [No.1735] Chapter.8 “情報のピンセット! 子は親よりもよく見ている?” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/09/18(Mon) 21:05:39     7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市、カフェバーのテーブル席付近。

     賑わいは変わらず和みある食卓を愉しむポケモン達がいる中。
     テーブルの上に、先程注文していたココアパフェと白玉ゼリー、ミルクセーキを囲みながら、あたしはメモ帳を頁を一部切り取って推理推敲に当てはめようとしていた。

     一方のジョッシュは、ホットケーキと砂糖入りホワイトコーヒーを前に、あたしのやろうとしている事を終始見つめている様子。

    「よし、食べたいものはこれで揃えたし。さてっと、パズルのピース填めと行きますかー……」
    「えっと、まずはチナの持ってる桃色の傷んだ布切れと、ボクの聞いてきた“朱色のスカーフ”についての関連性だっけ。スイーツが溶け出しちゃう前に、どう動いてくのか――」
    「まぁ、見ててなさい?」

     甘味のメニューを食べ進めながら興味津々に聞いてくるジョッシュに、焦らずとも、とばかりに答えられる解を並べて準備を進めるあたし。
     これからの行動指針も兼ねた現段階のおさらいをしていくからと、注意を向ける彼を押し留めて。



     ∴



     さぁ、此処からである。

     まずは、旅を始めるに当たって拾っていた布切れの情報から。
     その前提として説明するのは。

    「Xと、Yのシンボルが伺える、伝説のポケモン2匹。ゼルネアスとイベルタルが深く関わってるのは知っての通り」

     本で見た事がある、とある地方に伝わる厄災の記録“大破壊”の主要ポケモンの二匹にして。
     生命と、死―― それぞれ対極する概念の司るポケモンの名を、白と黒の丸石に見立てて伝えていく。
     ジョッシュは、理解していると云った具合に頷きを一回。



     桃色の布生地に描かれていると思わしき、現在は判明するに至っているゼルネアス。

     一方のジョッシュが手に入れてくれていた、朱色の布生地に同様に描かれたイベルタルについて。



    「あたしの持ってるこの布切れ…… 元は背中しか見れていない犯人達の落としたものよ」
    「チルトさんが連れ去られた時に、何かの弾みで布が切れて落ちたもの、と仮定するのなら…… きっと犯人側も想定してない事だっただろうね」
    「桃色の布生地にドーブルのインクか何かで汚されてて醜くなってるのには…… その集団が、特定のポケモンに対して強い嫌悪の情を持っていて辱める目的で行っていた、と推測は出来るわ」
    「ゼルネアスを、“生命”を忌憚視するポケモン達がいるなんて、罰当たりも良い所だけどなぁ」

     数十日前に記憶を遡ってみても、人数や目安となる特徴が出てこないのがもどかしい所ではあるが、冷静を保ちながら順に説明をしていく。
     芸術作品を不当に、悪意以て毀損に至らしめる、世のポケモンの一部にはその様な行動を取る者がいる悲しい事態もある。しかし裏を返せば、相手を傷付ける前提とした行動を取るには相応の理由が考えられるのではないか…… 無論、あたしは肯定する気持ちなどゼロである。
     ジョッシュも保管器のタマゴに視線を向け、あたしの考察に続けて悩み顔でコメントを述べる。

    「切れ端となってるそれ、元は大きな布。旗や紋章を載せる為の生地でもあったのかな」
    「えぇ。その切れ端をくっつける大掛かりな証拠を集めるのには、多大な時間を要するだろうけど……。でも幸い、この“生命”のポケモンと合致する外見情報を拾う事が出来ている」

     大っぴらに認めたくは無いが、リグレーからの答えが現段階で情報が開けている一因。
     いつの間にか苦々しい表情になっていたのに気付いてか、ジョッシュが慌てた様に顔が大変な事になってると親指で知らせた。
     善と悪、印象の傍らどうしても主観かつ感情が持ち上がる癖、少しずつでも進歩しなくてはいけないのは確かである。

     あたしとジョッシュが情報を掻い摘んで整頓して行くと同時に、注文していた甘味メニューの質量も少しずつ小さくなっていく。
     同時並行するにも些か、御行儀が悪いのは周知済みである。ただ、頭を使うにも疲弊する分があり、一長一短に近しいものも否定はしない。

    「次は、“朱色のスカーフ”についての関連性を。ジョッシュくん、説明を御願いしても良い?」
    「わかった、チナ。えっと、順を追ってくとね」

     治療しているあたしの足を気遣ってか、ジョッシュが自分から先程の都市の群衆相手に聞き込みを健闘してくれていた、繋がる結果の一部始終。 

    「中央都市から離れた場所で、稲妻を迸らせながら最速で駆け去る“黒い馬車”を見掛けたって…… 住民の一匹からの情報。その中で、関わる見張りのポケモンの腕に、小さく絵で描かれたポケモンの紋章を施したスカーフが巻かれてたの」

     最初に話した後者のイベルタルに関わる絵のスカーフ…… そしてカフェバーに入る前に伺っていた、鉄格子の嵌められた窓と聞いていた手前、捕らえたポケモンを閉じ込める劣悪な作りの馬車が想像に難しくない。
     点と点を繋ぎ合わせ、少しの緩みも無くするように、ジョッシュが言葉を紡ぎ続ける。

    「絵の内容こそ、鳥の様な見た目―― チナの挙げてくれてたアンノーン文字、“Y”の特徴から。イベルタルじゃないかって思うんだ。その前の可能性はまだ不透明で、ボクは未だに“シンボラー”じゃないのかなって考えたりもしたけど……」
    「そう、現にまだ確定はしてないもの。いずれ情報を探る上で確実にして見せるんだから」

     最後の所であたしが聞き込みを入れる前に考えていたポケモンを述べてくれる当たり、ジョッシュの天然で正直な所が伺える。
     クスリと笑みをこぼしながら、あたしは切り取った頁を回収してから彼に黒い馬車についての見解を指し示す。

    「黒い馬車、あたしが思うに馬車を引いてるそのポケモン、ゼブライカではないかと睨んでる。あのポケモン達がよっぽど急ぐのには、訳があるんじゃないかと思うんだけど…… ん?」

     じぃーっ。

     情報を敷き詰めようとした所で、後ろから突き刺さる何かの視線。それも、テーブル席の隣かつ自分の後ろをピンポイントで。
     何だろう、でも邪気は感じない。もしかして、家族連れで来ている子どもなのだろうか。

     ふと、向こうのテーブル席から覗いていた小さな、でも真摯に見つめている可愛げな眼。 
     その紫色の体毛をしたよだれ掛けに似た白い紋章と半白色のプラズマを持つあかごポケモン――エレズンは、あたしに向き直るとペコリとお辞儀をした。つられて、あたしも同じく返していく。
     どこから聞いていたのかはさておき、小さな背丈ながら身を乗り出して聞き入ろうとしている姿勢には、冒険心溢れるポケモンを思い浮かべる事だろう。

    「……こんにちは。おねえ、おにい、じょうきょうせいとん?」
    「そんな所ね。あたし達が共有してるカードを、確かめ合ってたのよ」
    「ずっと視線を感じると思ったら、キミのだったのかぁ」

     エレズンの話す声は、思ったよりも舌足らずでは無くおませな感じが聞き受けた。
     そんな中でも、ジョッシュはさり気無く自分の分の甘味を完食していた様子。妙な所でマイペースなのも理解が出来る。

    「ぼく、しってるよ。おっかぁ、このあいだね。コジョフーおにいのはなしてた、しゅいろのスカーフのこと。おばさんとはなしてたの、きいてたもの」

     その中で語るエレズンの一節に、ジョッシュは朱色のスカーフについてに目を見開くだろう。
     数分前に聞き込みしていた群衆の情報群、しかし不確かな要素の含むそれに匹敵する―― 子どもからの吸収している大人達の話。一聞価値が低そうな話でも、わずかに正確な真実をつまみ上げられる可能性が見えてきた瞬間である。

    「えっと、良ければ聞かせてくれないかしら。エレズンくんのお母さん、そのトモダチとスカーフについて何を話してたの?」
    「んんっとねぇ……。“このせかいはくさっている”、ってくどきもんく… かんゆう、というのかな。ぶっそうなことばが、ここのところとびかってるんだって」
    「外を通して、この世界は腐っているって切り出しに勧誘を……」
    「“この世界は腐っている”? それ、チナが尋問していた時にリグレーの彼が言ってたのと同じだ……」

     周囲に他に誰か聞き耳を立てていないか確認の上で、あたしはエレズンに口元を隠すようにしながら小声で話を始める。ジョッシュもまた、身を乗り出すようにして聞き取ろうとして行く。
     天井とあたし達、他の皆の目を気にする様にキョロキョロ視線を変えながら…… 見たまま聞いたままを伝えてくれたエレズン。

    「みんな、くろいばしゃのポケモンに…… なんか、おびえてるみたい。つれさられたら、かえれない。はもんみたいに、つたわってくかんじ」
    「…っ……」

     荒地の奥の、開けた岩場で言っていた、リグレーの言葉が脳内で響くのを感じてなのか…… 苦し気にあたしはこめかみに手を当てる。
     ジョッシュがその場に早歩きながらあたしに近寄り、そっと肩を摩って労わってくれる当たりありがたい事だ。

    「あのね。ぼく、まだちっちゃいからよくわからない。でもね、ぼくやみんなをいかしてるいのちは…… それぞれ、おっかぁのおかげでなりたってる。それだけは、わすれないでいたいんだ」
    「……エレズンくん」

     右手を小さく振りながら、エレズンもあたしに言葉を添えた。
     今はまだ道理も理不尽も分からない、無垢な彼なりの思いではあるが―― 自身を、あたし達も含めて生きている命は母親の愛情あって繋がっている分もある。そして、父親もまた然り。
     コクリと頷き、あたしは笑顔を向ける事だろう。宿屋ではぎこちなかった笑顔だが、今ではこのやり取りを通して、思い起こすに至っている。

    「こ、この事は周囲にはナイショだよ。良いね?」
    「うん、わかったー。どくとでんきのなにかけて、だまってるー」

     ジョッシュはエレズンと同じように周囲を気にしつつ、今話したのは他言無用とばかりに彼に口元に指を立てながら締め括る。
     この御時世、見ず知らずの旅ポケモンが赤の他人の家族に話を、と云うのも世間体が訝しく感じられるのだろう。エレズンの母親であろうストリンダーがあたし達に不審な眼で応対するのも時間の問題だ。
     エレズンがその事を察してか、母親ストリンダーに対して“なんでもないよー”と如何に関係ない振りして話を終えるだろう。この子、かなりの強者である。

    「チナ、そろそろ行こう。ごちそうさまでした!」
    「わかった、ジョッシュくん。ありがとう、この御礼は後程にね」
    「おっけーべいべー」

     保管器を肩に掛けたジョッシュが、あたしに促していくと、店員のいるカウンターの方に頼んだ甘味の代金を支払いにスタスタと歩いて行った。
     やたらと張り切っているのは、あたしに気を遣っているのみならず頼れる自分でありたいと思っているからなのだろう―― そう思わずとも、あたしはキミを既に信じられる友と考えているのに。
     そっと、エレズンに御礼を言うとあたしも同じ様に、ジョッシュの後を追い掛ける。不思議と、足の痛みも前日より感じなかった。

     最後に、何なんだそのカッコ良い人差し指使いを添えた言葉の送り出し。まるで“Check it Out!”と言うような……。



     ∴



     此処に来て、傷んだ桃色の布の切れ端とジョッシュくんの持って来てくれたポケモン達の聞き込みからなる“朱色の布”。
     カフェバーでの情報の整頓、後者の正確なそれを掻い摘もうとする中で…… 突拍子も無いシュールな出会いではあったが、エレズンの子による思いも掛けない追加の情報助け舟には、あたしもジョッシュも大いに助けられた。
     
     黒い馬車、いずれにせよ放って置けぬ重大なものとなった瞬間もある。
     チルトが虜囚の身として関わっているかどうかは、情報の探りと冒険を進める事から明らかになるのだろう。見過ごす訳には行かない、そんな闘志に火が付いたのは確かだ。

     あたしとジョッシュは、来る万全に備えて準備を整えようと、宿屋に戻る事を決めてそのまま歩を進めたのだった。



     ∴



     やがて、包帯を完全に取れるに当たってあたしの脚が元通りに使える様になったのは、それから1日後の事である。
     保管器の中のタマゴもまた、少しずつ揺れを多くながら音を立てていた。あたしは、ジョッシュにそれとなく呼び掛けた。

    「ジョッシュくん、見て! そのタマゴ、もうそろそろ孵りそうじゃない?」
    「えっ!? そうか…… 後少しなんだ。じゃあ、旅立つ前にボクの話を。少し、聞いててもらえないかな?」
    「もちろん。いずれ知っておかなきゃと思ってたから」

     今までにない、切なげな表情と共に、ジョッシュがあたしを呼び止める形で向かい合う。
     ジョッシュ自身のルーツ。しかし彼の憂いの目から…… あたしと同じく、順風満帆では無さそうなのが想像出来そうなものなのだが。

    「ボク、このタマゴと出会う前、拳法使いとして旅立つ前はね―― 孤児院で育ってたんだ。と云うのも、母さんと父さんの… 記憶、抜け落ちてしまってて……」

     お師匠様の事は覚えてるんだけどね、とどこか困った顔をしながら、ジョッシュは身の上を切り出していく。
     あたしは自身の胸元に手を当て、彼からの紡ぐ話に耳を傾けていた。


      [No.1734] Chapter.7 “孤高か、絆か! 信義に通ずる支え” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/09/02(Sat) 23:46:28     10clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市、旅の宿屋・居室内。

     身動ぎと共に、瞼を摩りながら背中を起こすあたしは、窓辺から差すあさのひざしに目を細めていた。 
     唸り声一つ上げてから、ベッドから優しく身を降ろす。
     
    「いつもなら、一匹で何とかしてたのが懐かしいね……」

     目覚め後の顔、手と喉を清潔にしてから、昨日のタブンネ先生から云われていた治療の勧めを実行しようと、あたしは水場まで小さな歩幅で移動して行った。
     ポケモンたる種族の自然治癒力―― 重症でない限りは回復が追い付く。冒険の役立ちノートにも、書かれていた通りである。



     チルトは…… 今頃どこで、何をしているのだろう。

     親から、あたしから不本意に引き離されて、心細い思いをしたまま空虚な時間を過ごしていないだろうか。
     あの子はのほほんとしていても、芯はとても弱い―― 不安に耐えかねて泣き出していそうである。

     どうか…… 無事でいて。



     焦ってばかりいた昨日を反省に、あたしは両手を合わせて大きく深呼吸をした。

    「あ…… ジョッシュくん、おはよう―― 早起きなのね」
    「おはよう、チナ。此処のベッドは良いね、フカフカで気持ち良いもの」

     目的地に到着する直前、コジョフーとすれ違うのを視認。
     彼の常備していた保管器は、あたし達の寝ていた居室のテーブル上に置かれる形となっている。
     彼も、あたしに気付くなりさり気無く笑顔で挨拶、治そうとしている足の方にも注目をする上で部屋へと向かって行った。
     昨日から縁合って旅を共にしてくれる事となっている、ジョッシュ=パウアー。この上なく、安心感を覚えるのは間違いない。

    「何たって頑丈さと“かいふくりょく”が取り柄ですから! 精神統一や瞑想も、鍛錬の一つに組み込んでるからね」

     ジョッシュは保管器を肩に掛けながら、自身の腕を摩ってニコリと笑う。
     彼の言葉からして、好き好んで自分から仕掛ける事は少ないけれど、一旦戦うと決めたら覚悟は固める律儀な一面が伺えるだろう。
     コジョフー一族の一部に持つとされる特性でも、連戦に強い証になるに違いない。 

    「……タマゴも元気そうで、何よりよ。おかげで前よりも頭が良く回りそうだわ」

     一通り、顔と体とを洗い終えるに至ったあたしは、ジョッシュが肩に掛け直した保管されているタマゴに向けて言葉を添えた。
     これでも微笑んでいる、つもりである。端から見たら普通の表情そのものだが。

    「市場へ行ってみましょう。ラウドさんの食料品売り場、百聞は一見に如かずと云うじゃない」

     昨日に病院にタブンネ先生の手配及び、同伴をして下さった恩人…… タテトプスのラウド。
     そんな彼から、商品を取引するに当たりあたし達が優位になるように取り計らいの文言を掛けてくれている手前、どの様に交易スペースとして展開されるのか、あたし自身の視点の注意が外へと向いてしまう。
     此処でジョッシュからのキャッチストップ。丁寧に肩に手を置かれながら。

    「チナ、そんなに急がなくても商品は逃げないよ。タイムセールをやる訳では無いんだし。オレンのみを食べて、調子整えてから出発するのでしょ?」
    「これでもセカセカは自制してるのよ。でも、アナタから云われる位だから…… 分かりやすいかぁ」

     ジョッシュが半ば呆れる様にあたしを制して、一旦部屋の方で軽めの朝食及び傷の軽減を進める様に促した。
     全く以てその通りである。商売関連の好奇心を前にすると、疼く感覚に先走って碌な事にならないのが今回のやり取りで露呈するに至る。
     あたしは恥ずかしさを押し隠しながら、リュックサックの中のきのみ―― オレンのみを口に含み、噛み砕いて喉に流し込む。

    「……ごちそうさま、さぁ行きましょ!」
    「了解チナ。いつもの通り、側に付いてるから」

     これで朝の準備はバッチシ。あたしとジョッシュは、それぞれ荷物バッグを掛けながら宿室の戸を開けていく。
     念の為に施錠をして行くのは忘れずに。



     ∴



     集いの中央都市、市場広場。

     あたし達は、既に販売スペースを展開して各々商売を始めていたポケモン達の横を通りながら、タテトプスのラウドの管轄下に当たる場所まで向かおうとしていた。
     気持ち、歩く速度が少し早まっていたが、先程の“オレンのみ”のおかげなのか痛みは昨日より感じない。
     彼が云うには“食糧品、スイーツ一式”を扱っているとの事であるが…… 一体どのような宣伝で以て、客の注目の的としていくのだろうか。

     近付くにつれ、記憶していた声の主のポケモンが見えてきた。
     “さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 食料品スペースは此方だぜ!”、と、景気の良い声を掛けているのも確認。
     漁師に属するポケモンにも負けぬ声量に、商魂たくましい気概を感じる。
     
    「よぉ、いらっしゃい! チナのねえちゃん、ジョッシュのにいちゃん、此方だ!」

     丸く頑丈な盾の顔を持つ店主が、あたし達に気付いて右前脚を横に上げながら呼び掛ける。
     幅は狭くとも上質な生地のレジャーシートに乗りながら、更にカウンターの上にはカゴにリンゴ、バナナ、ドーナツ等が器用に置かれてあるのを視認。
     丁寧に取り扱おうという姿勢でも、他のポケモンも同じ様に伺える点に見直すのも抜かりは無い。

    「何て綺麗に並べられてるんだろう……! どれも、美味しそうに見える!」
    「昨日言ってたように、おれは御客ファーストを第一にしていきたいからな。商品は品質が大事って云うだろ?」
    「リンゴにドーナツ、押さえるべき食へのこだわりを把握してるのね。艶やかな見た目も然り、味も申し分無さそうな……」

     到着してからのあたし達の反応は、以下の通り。
     まず、ジョッシュはラウドに会釈をするなり、陳列された商品・食料品やスイーツの類に目を輝かせていた。
     あたしの場合は、それらの品々に感銘深いとばかりに吟味して、タテトプスの彼に労いの言葉を掛ける。
     共に、“先行きが楽しみな、交易スペース”の印象として、この目にしっかり焼き付ける事で確定する形となった。

     ドーナツの入っているカゴの方は、需要が行き渡るのか在庫が少なくなっている。他の品々よりも、売れ行きが頷けるだろう。
     ラウドがふと、あたしの右足に視線を移す。包帯の巻かれている箇所をじぃっと見ながら……。

    「時に、チナのねえちゃん。足の方はどうだい?」
    「おかげさまで。順調に回復してってるよ」

     ジョッシュが口元を抑えて食べたい欲を我慢しながら、品物を選んでいる傍ら。
     ラウドからの問い掛けにあたしは素直にそう答えた。支援や環境にも作用しているのか、回復への速度が速まっている気がしなくもない。
     クスリとタテトプスの彼は微笑む。そっか、と安堵したように言葉を次に紡ぐ。

    「一匹孤高に旅路を行くってのも、余程の精神力でない限りは折れちまうもんだから」

     前回の件から、買っていた道具の存在、同行していた仲間によって助けられた恩と独り旅におけるデメリットをひしと感じ取っている分――

    「何つーかね…… うん。チルトと笑顔で会う為にも、時々で良い。立ち止まる上でねえちゃん自身を褒めてやんな」
    「えぇ、承知しているわ」

     今すぐは難しくても、どこかで自分に“よくやった”と言えるように。ラウドは、あたしに余裕を持たせようとしてくれているのだろう。
     その心持ちには、胸に来るものがある。

     あたしは、ラウドからの声に胸元を手で押さえながらコクっと頷いた。

    「おおきなリンゴと、ミニドーナツを二つずつ。ポケはこれで…… あ、そうか2割引き!」
    「前の恩は今後の縁に、てな」

     購入していく物は決まり、あたしはいつもの様にポケをラウドの前に置こうとするが、昨日の文言を意識していなかったのか定額分を置いているポカをやらかした。
     気にしてない、普通ならそれで取引は成立してるもんだとばかりに、行商タテトプスはすまして短く答える。
     御代を受け取ってくれた事から、2割引きでの取引は“真”。おかげで所持ポケの消費が少しながら抑えられ、経費が浮く形となった。
     バックパッカーとしてやり繰りするに当たって、地味に嬉しい事だ。

    「ポケが貯まったら、また此処に来ても良い?」
    「おぅともさ!」

     あたしとラウド、双方の話が一段落した後―― ジョッシュ側の買い物も同じ様に終了。
     リュックサックに購入した食糧を詰め込むと、ラウドに再度礼を述べては市場から離れ都市内を周る事を決めた。 
     背に響く店主タテトプスの景気の良い掛け声を、以降忘れはしないだろう。

    「毎度さん、これからも御贔屓に!」



     ∴



     暫くあたしとジョッシュは、タウンマップを参照しながら街路を歩いていた。今回はどの施設に出向いてみたものか。
     カフェバーで、心と環境とを落ち着けながら回復に専念して行くか。もしくは、アクセサリー屋…… 気分転換に、着飾りの装飾品を見ていくか。ポケを使う使わないは後で考えるとして。
     元々後者は、旅をしているに当たり気には掛かっていたが、目的を重視に於いて選択肢から除外しかけていた経緯がある。まだ果たせていないのに、寄り道で遊んでる訳には行かないと…… そう、追い込ませていたのも否めない。

    「自分自身を褒めてやりな、か……」

     あたしにとってのオシャレは、基本、必要最低限で十分である。
     ただし、被っているバンダナは別―― ミカン色を基調とした、アホ毛の箇所を除く頭部を守る布製の頭巾、それでいて三角の文様が隅部分に編み込まれているものながら、掛け替えの無い宝物かつトレードマークとして寝る時以外は片時も外すまいとしている。
     今回は単に、ポケが少なく買える物も少ないだろうと推測…… 最も、アクセサリーはポケもそれなりに高額で取引される事から、身分の低い者にとっては“高嶺の花”に近いものなのだろう。
     いや、救出出来た時のチルトへの慰め、家族への御土産を候補として見ていくだけなら、悪くは無いかもしれない。

    「次は、どうしてくの? あー、そう云えば。昨日に落としちゃった道具、欠陥品になったりとかはしてない?」

     ジョッシュがあたしと目線を合わせる様に、立ち止まってリュックサックの道具について気に掛けてきた。
     口元に先程、食べたとされるドーナツのカケラが見受ける当たり…… 食べ歩きをしてたのだろう、多少の気の緩みも可愛く感じる。

    「今の所は売りに出す道具も無いから…… うーむ、その事なら心配要らないわ。現場の目的の品と同様に、あたしの落としちゃってた道具も皆無事だった」

     比較的、身動きの妨げになりやすい重たいものは極力詰め込まない様にしてるのもあるけど、と付け加えて。
     あたしは特段問題になってないと素直に伝えた。

    「何より、この布切れの持ち主に繋がるヒントを得られた事。これが一番に進歩ってトコかしら」

     リグレーから話してくれるに至った、“生命”を司る神に等しいポケモンを何らかの理由で忌避している者、と思われる持ち物。
     少なくとも、ボロボロに傷んだ布切れを通していずれチルトの行方に通ずる証拠に発展、するかも分からない、可能性を秘めた大事なもの。
     右掌を開きながら、あたしはまだまだこれからよ、と自分を奮い立たせようと――  

     おや、あたしからの答えに違和感を感じるのか、ジョッシュの表情が少し笑みが曇る。
     加えて、見つめる視線もどこか寂しげに…… いや、不満げと云うべきか?

    「ちょ、ちょっとジョッシュくん。どうしたのよそんなにむくれて?」
    「むくれてない! 違うよ、これでもチナが心配なんだから」
    「まだ本調子じゃないものね。ありがと、その心持ちだけでも嬉しいよ」
    「んー… どういたしまして」

     口を尖らしながら、でも配慮は欠かすまいとするジョッシュ。
     継続治療を試みながらの移動と相成るあたしは、足の方を気にしているのかと鑑み返答をするものの……
     そう云う事じゃ無いんだけどな、とでも言う様な呻き声と共に、コジョフーの彼は返礼を返す。

     あたしの知らない所で、彼にとって気に障る事があるのだろうか。
     気持ちを汲み取れないもどかしさを、あたしはこめかみに手を当ててごまかしていた。



     ∴



    「ん? 何かしら。ポケモンの群衆?」

     ふと、都市内の掲示板付近に差し掛かった際、集まって何かを話している住民の一つの集団に目を向ける。
     昨日のウェルカモ保安官の話が脳裏に蘇る―― 強奪案件もあった事ながら、何があったとしても不自然は無さそうだ。

    「チナは此処で待ってて。ボクが、話を聞いてみるよ」
    「それじゃあ、御願いしようかしら。分かる範囲までで良いからね」
    「はーい」

     あたしは立ち止まり、遠方からじっと見ているだけだったが…… ジョッシュが小さく両手を叩くと、こう提言の上でその場を離れた。
     タウンマップを折り畳みながら、あたしは経過を待つ事にしてみる。必要な待機分なら、何て事は無い。そう心の中で言い聞かせて。

     数十秒経った後、聞き込みに向かっていたジョッシュがUターンする形で戻ってきた。
     あたしは左手を上げながら出迎えてあげる。

    「おかえりなさい。それでジョッシュくん、あの群衆何を話題に騒いでたの?」
    「チナ! んっと…… 中央都市から離れた所で、稲妻を迸らせながら最速で駆け去る馬車を見掛けたって、住民の一匹から聞けたんだ」
    「稲妻を迸らせながら、最速で……?」

     掻い摘んできた話を整頓しようと聞き出そうとして、ジョッシュからの持ってきた情報に一瞬目を細めた。
     でんきタイプのポケモン、それも馬型の関わってる馬車。特徴からして恐らくゼブライカだろう。
     もう少し、彼からの話に耳を寄せてみよう。

    「窓が鉄格子、嵌められてる感じで…… 耳の良いオンバットさん曰くね、その中からすすり泣く声も聞こえてたって言ってた。でも、助けるまでには行かなくて、見張りのポケモンの数と凄みに圧されてただ遠くから状況を見るだけしか出来なかったって……」
    「そう……。中の様子は推察しか出来なくても、劣悪な環境と思えてならないわ」

     此処に来て、犯罪情勢の上で懸念すべき種類を一つ着目する事になる。前日に保安官に聞き込もうとしていた、“誘拐”……“ポケモンさらい”。
     加速中に際してあのスピードで、風の様に去っていく光景は。一部の目撃者からしたら心の深い傷になりかねないものとなるに違いない。
     見張りの人数について確認はしてみたが、其処までは確認は取れなかったとの肩落とし。
     ……まぁ、そんなものだろう。気にしない気にしない。

     足を揃え、群衆に視線を向けていたあたしは、ジョッシュの方に戻すとリュックサックからメモ帳を取り出してしきりに書き込んでいく。

    「後は、この情報役立つかな。見張りの一匹のポケモンの腕に、小さく絵で描かれたポケモンの紋章を施したスカーフが巻かれてたんだって。昨日、チナが判明させてたゼルネアスのとは違ってた」
    「そのスカーフ、桃色のだったの?」
    「ううん、桃色じゃなくて“朱色”って言ってたよ。それに鳥の様な見た目の絵だったって聞いたんだ」

     ジョッシュからの取ってきた、もう一つの情報に。
     あたしは桃色の布切れを追加で取り出すと彼の話す事柄を検証してみようと試みる。
     群衆の一匹が見ていた、ゼブライカ達が引っ張り走る“黒い馬車”―― その見張りの一匹の腕に巻いていたスカーフの色が、この持っているそれとは違うもの……?

    「朱色…… 鳥の様な見た目の、絵の描かれた紋章……。ちなみに、そのモデルのポケモン、アンノーン文字で言えばどんな感じだった?」
    「アンノーン文字? 云われてみれば…… そうだ、“Y”だ! でも、何でアンノーン文字に例えて?」
    「ゼルネアスは“X”の由来を持つ、伝説の不思議なポケモン。故郷でも、イラストだけど本で見た事があるから」

     拳法使いのコジョフーは、学と書物にも通じていた。
     生き神と称される、七色の光を解き放つXに所縁のあるゼルネアス―― 対し、彼の挙げてくれていたYに所縁のある、死神と称されるポケモンは。 

    「ゼルネアスと対を為す、もう一匹のポケモン。“イベルタル”よ」
    「い、イベルタル? “死”を司ると云われる、あの伝説の魔鳥って事!?」
    「此処から更に、聞き込みをしなくてはだけどね。今はまだ、推測の域を出ない。確定するには不十分よ」

     顎に手を添えながら、あたしは現時点で挙げられる種族を言ってみると、ジョッシュは突拍子も無い繋がりのポケモンだとばかりに驚きを隠さず反応を返した。
     思わぬ所で情報は得られたが、細かいかつ確証に得るには些か材料が不足している。
     群衆に混ざる形で、中には悪意共に誤情報を忍ばされる懸念。つまりデマ、フェイクの可能性も否定は出来ない。
     慎重に細かく摘み取って行かないとならないのは、これからの課題点だろう。

     黒い馬車…… 一体、何物で、何の為に都市近辺を騒がせているのか。
     行方不明になっていると思わしきポケモンも加えて、昂る調査の好奇心があたしに駆け巡る。
     もしかしたら、その中にチルトも―― あくまでも可能性であるが。

    「ジョッシュくん、この事は一旦持ち帰りましょ。新たに謎が増えたけど、でも同様に導ける材料も整えられるはずよ」
    「え? う、うん……」

     万全になってから、動けなかった分の遅れを取り戻すまで。コクっとするあたしの気持ちは、別のベクトルに突き動かされる様に闘志を燃やしていた。
     対するジョッシュの方は、あたしの返事に面食らってなのかいつもの要領を得ない返答をしていたが。

    「あたしには、羽ペンとメモ帳があれば…… ある程度推理や仮説を基に進められるの。ケガが完治するまでの間、有効に使わせて頂こうかしらね」

     こう云うのをシンキングタイムと云うのかしら、と付け加えて、あたしはカフェバーへと歩を進めていく。
     今回は自分の状態を把握している手前、冒険には出られないけれど。情報を精査する時間なら限りなく残っている。
     保安官や救助隊たちに出来て、あたしに出来ない事は無いと信じる手前…… やるべき事に務めよう、今決めた事だ。

    「転んでもただじゃ起きないなぁ、チナ。でも…… 安心したよ」

     暫く立ち尽くしていたジョッシュだったが、先程の寂しそうな顔から安堵するようなため息を吐くなりあたしの隣に並ぶと、拳を弱く握ってあたしの手にコツンとぶつけた。

    「手の届く範囲の助けていくポケモン―― 頼れる時はいつでも、頼ってよねっ」

     そう云うと、彼もカフェバーの方に歩を進め始めた。
     後半の、子どもらしくあどけない調子で言い添えていた当たり…… あたしに対する、仲間として頼って欲しい、距離感を覚えていた節を考えるに推測。
     ……気を使わせて、ごめんなさいねジョッシュくん。



     ふと、保管器の中のタマゴが、コト、コト…… 小さく、でも確かな揺れで以て音を立てていたが、あたしもジョッシュも気付きはしなかった。


      [No.1733] Chapter.6 “旅は道連れ世は情け! 行商の心持ち!” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/08/10(Thu) 11:25:47     13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市、手前の街道。

     あたしは、ジョッシュに背中にしがみ付きながら疲弊した身をそのままに、本拠としている街へと戻ろうとしていた。
     傷付いた足は先程、簡素でも応急処置を施してくれたから辛うじて痛みは感じない。
     強奪を働いた無法者達の背後で唆していたポケモン、リグレーには逃げられてしまったが、幸い盗品の食料が良い状態のまま回収出来ただけ、徒労に終わるだけの惨めな結末にはならなかった。
     この事だけは、誇りに思っても良いのかもしれない。

    「世話を掛けて、申し訳無いわね。あたしとリュックサック同時に、おんぶしながら運んでくれるなんて……」
    「ううん、気にしないで。ケガしてる子をそのままには出来ないからね。例え杖があったとしても、あの場所から都市に戻ってくるまでに距離が長いでしょ」

     ジョッシュが背後のあたしに振り向きながら、“此処はボクの出番、少しばかり甘えててよ”とばかりに和やかに励ましてくれる。
     一匹黙々と旅路を歩いていた以前は、ある意味気楽だが孤立無援に等しい欠点もある。自身に責任が強く圧し掛かるプレッシャーの懸念もあって、周囲が見えていなかったのは否めない。
     こく、と頷くに留めて、あたしは都市に着くまでの間に目を瞑ろうとしていた。

    「もうすぐ到着するよ。えっと、チナの宿屋に、まずは――」
    「あ、アンタ達! えらく帰りが遅かったな」

     聞き覚えのある、前方から聞こえる声。
     現場に向かう数時間前に、確かカフェで話していた…… 寸での所であたしが見開くと、中央都市の入り口付近でタテトプスが四つ足かつ直立不動で待っていたのを視認した。
     視線がぶつかった際、タテトプスの彼が困った様な、それでいて複雑そうな表情を向けて来ている。

    「……って、どうしたんだよそのケガ! 特にチラーミィのねえちゃん!」
    「タテトプスさん。んん……何て言ったら良いのかな。その、先走って気を揉ませて」
    「前に守るので精一杯だった、って確かに話したけど…… だからって、躊躇なく強奪者の現場に向かうか普通!?」

     ジョッシュがまず、あたしから先走ってタテトプス側の事情を鑑みなかった件をおずおずと詫び入れようとする中。
     丸く頑丈な顔のシールドポケモンは、おんぶしている状態のあたしに最初に驚きを、後半に呆れも含めた怒気を見せつける。
     向こうにとっては正規に依頼の手続き、俗に云う契約を取り交わしてからの腹積もりもあったのだろう―― 推測ではある為、真意は後に明らかになると踏んであたしは俯くまま。
     遠い昔に、イタズラをしてチルトと共に父親、母親に叱られていた事をふっと思い出す。

    「とにかく病院に向かってくれ、報告なら後で聞く。タブンネ先生が手配してくれてっからよ」
    「ごめんなさい、あたし達の為に」

     タウンマップにそう云えば、赤い十字のマークが点に付けられていた箇所があった。
     タテトプス曰く、今回の件はねえちゃん達だけじゃない、おれが真っ先に他者に義憤と共に現場に走らせる切っ掛けを作った経緯に恥じる上で、自分なりに出来る事を手配したとの事。
     要領を得ないような素振りなのも、気まずさが主だったと見るべきだろうか。
     
     タテトプスが歩き出すのを始めに、あたしはジョッシュに背負い直されながら目的地まで連れられて行った。
     今でも、背丈が小さい身としては、抱えられての移動は何だか気恥ずかしい。



     ∴



     場所は変わって、中央都市内の病院。

    「うっ……!」
    「派手にやりましたねぇ、これ…… でも早めの処置が効いているおかげかしら、傷口の化膿も其処まで見受けませんわ」

     ケガをしたポケモン達を診療していく、比較的色合いが穏やかな塗装された壁の診療室では、帰り着くまでにジョッシュが簡素に巻いてくれていた包帯を解きながら、タブンネ先生があたしの足の患部を丁寧に診察(スコープ)、傷口の洗浄と消毒、湿布と軟膏を用いて処方してくれていた。
     消毒液独特のツンと来る臭みが、多少ながらげんなりさせる感覚に見舞われるものの元はあたしの失態である。甘んじて医師の処置を受け入れていく。

    「オレンのみを併用しての自然治癒、暫くは続けて下さいな。治るまでは無暗に、足首を酷使するような方法は禁物ですよ」
    「はい……。でも、あまり悠長にも出来ないんです。早く治して、少しでも友の為に行動を映したいのに」
    「焦らないで―― 何はともあれ、まずは自分の身を労わってあげて」

     こうしている間にも、チルトを巡る周囲が変わってしまう。
     焦りを押し隠そうと上擦った様子で受け答えするあたしに、先生からあたし自身を大事にするように念を押された。
     念入りに患部を包帯で巻き直されながら。

    「……ありがとう、ございます」

     先生が目を瞑り笑顔でお辞儀をして行った事から、診察・治療が終わった事が分かる。
     御大事にねぇ〜、と気が抜けるような見送りの言葉を背に、あたしは診察室の戸を開けその場を後にした。
     目的を達成させる為には、思い切って立ち止まる事も考えなければならないのが、正直の所心苦しい。



     ∴



     病院の受付前のスペース、簡素ながらクッション材を備えた木のソファーには、幾数匹ポケモン達が呼ばれているのを待っている間。
     あたしが視線をその一角に向けると、診療の終わりを待ってくれていたタテトプス、ジョッシュの姿が。二匹とも、自分が診察を受けている間に身の上話でもしてたのだろう。
     連なる様に、御辞儀を最初にあたし、ジョッシュ、タテトプスの順にしていく―― ローテーションか、と思ったのはさておき。

    「まず…… 悪かったな。おれの無念を晴らさせる様に、アンタ達が働き掛けてくれた事。ケガをたくさんしてまで、強奪を働いたアイツらに報いるなんて微塵も思って無かったよ」

     タテトプスの彼が最初に、ソファーに腰掛けるあたしに労いの言葉と恩赦の首垂れを同時に行った。
     いきなりの低姿勢な振る舞いに、気にしてないと声を紡ごうとする前に、ジョッシュが彼に盗品の再確認を口頭で続ける。

    「ラウドさん。リンゴに、セカイイチ、ビッグドーナツ…… でしたよね。全部、状態は良質を崩さずに取り返せましたよ」
    「どうも、ありがとうな。ジョッシュのにいちゃん、チナのねぇちゃん―― 何から何まで」

     ジョッシュと、行商ポケモンのタテトプス――ラウド。ついでにあたしの名前も踏まえてやり取りしてた経緯から、かなり話が進んでいる模様。
     ねえちゃん呼びには当初、あたしはそこまで年上では無いのは気に掛かるが…… 良くも悪くも、これがラウドの呼び方の癖だろうか。

    「申し訳無いんだが。おれには、アンタ達の割に合った支払う返礼を用意できる自信が無ぇ…… 救助隊か、探険隊か。そのどちらかで、ある程度依頼完遂への返礼は定められる」

     現に、チナのねえちゃんには、羽根付きのタマゴ型のバッジなんて無かったろ。
     ラウドはあたしの丁寧に処置された患部の足、そして胸元と背のリュックに目を向けると後半の言葉を紡いでいく。 

    「でも今回は、第三かつ身分無証明の旅ポケモンが解決に導いてくれた。普通なら返り討ちされて、物言わぬベトベターと同じになるって聞くものな―― 覆した前例はホンの少数だ」
    「まぁ、今のボクも、身分の位は低いに等しいと云っても否定はしないです。この御時世、証明無しってだけで、白眼視されやすいのは知ってます」

     やり取りの中で、一瞬背筋が寒くなるフレーズが飛んできた気がするが、此処は敢えて受け止めておこう。
     保管器のタマゴの様子を見ながら、ジョッシュが横でラウドに答えを返している。そう云えば、ジョッシュ自身ギルドに所属しているとの話は伺っていない。
     拳法使いの彼も、あたしと同じように訳ありで旅ポケモンに身をやつしていると見るべきだろうか。

    「ううん、あたしは別に御礼を重視してあの場を収めに云った訳じゃないの。ふんだくるつもりは無いから安心してちょうだい――でも、その前に」

     病院内、と云う事もあって小声で話し合うあたし達三匹。
     困った時には助け合うのがモットーですから、とあたしはラウドに言ってのける。そして、話の内容から気に掛かっていた矛盾点を揺さぶってみた。

    「一つ要領を得ないと思ったから、此方からも聞くけれど。助けるべき者に手を伸ばすのに、何故“身分証明が必要となる前提”がいるのかしら?」

     我ながら、意地が悪いものだ。
     掌を見つめながら前提について無言で思案するジョッシュの傍ら、ラウドは“それはどういう意味だい?”と言いたげな眼であたしに振り向いた。

    「確かに救助隊と探険隊も、助ける上では立派なライセンスになる。技量と専門知識を必要とする職こそが、この都市だけで無く周囲に働き掛けて円滑に進めてくれるのは理解してるよ」

     保安官、今懸命に処置を施してくれた医師や看護師、カフェバーの店員、そして市場の売り子たち。
     背中のリュックサックから、自身の名前と故郷の住所が記されたカードの入った、貧相な革の小物入れを取り出しながら、あたしは深呼吸を挟みながら語り続けていく。
     見てくれは悪いものの、あたしの家族公認で作ってくれた唯一の身分証…… バックパッカーと云っても、あくまでも自称。確約した立場とは言い難い為実質無職と同等だ。

     元々、ポケモン捜しを軸として自由な旅を心に決めていたあたしにとって、どこかのギルドに所属する事は安定の生活を得る代わりに一定の束縛を受けるものとして、端から選択肢から除外していた。
     保証が少なくとも、あたしは…… あたしのやり方で友を、周囲で起こっている犯罪情勢の詳細を暴く寸法でいる。

    「ただ、例外に漏れてしまう者が助けに入れないって事自体、あたしはノーだと思うの。傍から見てワガママに思える様でも、助けたいと思ったから迷わず助ける―― 今に立つ自分の気持ちに、偽りなんてしたくは無かったから」
    「それは、そうなんだが……。うぅむ……」

     革のカード入れを持つ右掌を、グッと握り締める。
     ジョッシュはあたしに横顔向けながら、そっと手を開いて気持ちを落ち着かせようと動くだろう。
     一方のラウドは、自分の話す持論に、賛否が渦巻くのか素直に返答に迷っている様子だ。

    「自己選択に伴う責任は、既に受け止めてる。それにあたしは、義憤や正義感の為だけにあの現場に赴いた訳じゃない―― 為すべき目的の為に、情報が欲しかったの」
    「ラウドさんにも、既に共有しましたけど。チナには、チルトってパチリスの親友がいるんです」
    「あ…… リグレーの事を話した事から、ねえちゃん慌しかったもんなぁ」

     依頼の報酬はあるに越した事は無いのは、どの所属のポケモン達も一緒なのだろう。
     あたしは、一般の報酬よりも、チルトの現所在及び犯人達の置き残した布切れ―― 前回の戦いから明らかになった、後者の“ゼルネアスを侮蔑する意図を含む乱雑にぶちまけた色汚れた代物”の情報の進展に、可能性を見出したかった事を伝えた。
     最も、本音を言えば前者のチルト関連こそ優先して掴みたかった情報ではあるのだが。
     
     ジョッシュはあたしの肩に手を伸ばし、無言ながらそっとさすってくれた。

    「普通なら保安官、救助隊たちに任せればそれで良い事案でもね。共鳴する理由があったから、あたしは……。心配や迷惑を掛けさせたのは確かだから、これからは極力控える事にするよ」
    「……………」

     最後にあたしは、無茶な行動を慎む旨と共に深々と頭を下げた。これ以上の持論はただの理想論の押し付けになってしまう、そう危惧しての事である。
     暫しの沈黙―― その間にも、診察あるいは会計待ちとなっていたポケモン達が呼ばれる毎にスペースから離れたり、一通り求められる工程を終えた者達がスペース、病院の出入り口に足を運んだりと、変化は続けていた。 

    「アンタの言っている事は正しいさ。物怖じせずに、用意周到に準備をする上で殴り込みに行く度量も認めてる。……だからこそ、不安になっちまうのさ」

     やがて、ラウドは腰掛けていたソファから身を起こして四足態勢に戻すと、彼なりの返答を紡いでいく。
     同時に鋭い目線で以て、あたしを見据えて問い掛けた。

    「強く抱いてる気持ちが、目に見えない敵の圧倒的な強さに膝折れて、答えを変えざるを得ない事にだって在り得るこの治安の悪さだ。チナのねえちゃん、アンタはその現実を見据えて歩んでいく覚悟はあるかい?」
    「えぇ。その覚悟ならとっくに、と思ってたけど……」

     行商タテトプスからの粛々とした問いに、あたしは右掌を握り締めながら今の痛感した状況を鑑み、素直に気持ちを吐露して返答とした。
     まだまだ甘かった、この事案はあたし一匹だけで抱えきれるものではない……と。
     ジョッシュはと云うと、保管器を肩に掛け直しながらあたし達の方に視線を向け、一部始終を見守るに留めている。
     タマゴの方は―― おや、時々動いている様に見受けた、気がする。

    「事を急いたって、事態が解決に導ける訳じゃない。まずは、今の状態を治してから、それからね」
    「今、ここに在るのが現実だもんな。救助隊探険隊…… 例えそうでなかった者に対して渋るなんて、おれらしくも無ぇや」

     あたしとラウド、双方の気持ちが氷解した瞬間である。
     彼もまた、助けてもらった恩義はあってもカテゴリーに枠当てはめようとしていた自身を省み…… あたしとジョッシュに向き直った。
     その顔には前まで曇らせていた、初めて見受ける明るい表情が。ドヤ顔と云っても、差し支えない眩い変わり様。

    「気が変わったよ、アンタらの為に一肌脱ぐぜ。おれの返礼は、“市場のスペースを借り、食糧や甘味を販売するに当たって2割引きでポケの取引とする”」

     ……一瞬、言葉を失った。
     食糧と云えば、どのようなポケモンでも探索に於いては重要視される代物である。それを、ラウド曰く通常の価格より安く買える様にしていただける、とは。

    「――この言葉を筆頭に、アンタ達にチカラにならせておくれ」
    「えええぇっ!? い、良いんですか!?」
    「あんな目に遭ったと云うのに、ラウドさん…… アナタと云うポケモンは」
    「その分ポケは貰うけどな。適切な額で以て取引させていただくさ」

     最初に驚きを見せたのは、ジョッシュ以外当てはまらず。どうにか口を抑えて病院内に響かせる事態にならなかっただけ、セーフとしておこう。
     恩義に報いる彼なりの配慮も兼ねた返答に、あたしは申し訳無さを伝えようとする。対しラウドは、“2割引きと云えど、ポケがあればそれ相応の取引はするぜ”とばかりにすました顔を見せてくれる。
     シビアも大事だが、人情味が何より生きてくのに一番となる……

    「……ありがとう。あたしも、皆も。まだまだ捨てたものじゃないって事ね」

     一匹旅も、集団での旅も、目的と理念が一致すれば何て事は無くなるもの。
     安心感、この一言に尽きる概念に満たされるのを感じてなのか、あたしは改めて二匹にありのままの笑顔で御礼を伝える事が出来た。

    「ジョッシュくん、そう云えば前に言い掛けてた…… “物資を調達するのに手頃な場所”。良ければ教えて下さるかしら? 傷が治るまでに、おさらいをしたいもの」
    「もちろんだよ、チナ。この都市から少し離れた… 南西の方向にある林に、主に素材やガラクタが落ちてってるって聞いてた事があるの。多少歯応えのあるポケモンもいる位だけど、対策しておけば問題は無さそうかな?」
    「ふむふむ、南西の林ね。助かるわ、メモに書き記しておかなきゃ」
    「今すぐ行く! って言わなかっただけ…… 安心だよ。そう、まずは体を休めないとねっ」
    「言われた通りにするよ。あたしの泊まってる宿屋が、タウンマップの此処だから……」

     そろそろ会計に呼ばれてもおかしくは無い。
     小声で話を続ける中、行商タテトプスの彼があたしの進める手筈の行動を先回り。四足ながら受付まで、診療費を払いに向かって行った。
     時間は長く掛かる事無く、スムーズに済ませられてUターンで戻ってきた。律義なのは、此方としても大いに助かるものだ。

    「お待たせ。まぁアンタ達が旅立つまでに時間は幾らでもある、おれは市場でいつでも待ってるからよ。チナのねえちゃん達、食料品一式を見てってくれな!」
    「是非とも、そうさせていただくよ。これからよろしくね、ラウドさん」

     病院での用事は済まされるに当たり、あたし達はこの場を後にした。



     ∴



     その後は、日を迎えてからまた合流しようと云う事となり、あたしは到着早々受付を済ませていた宿屋、ジョッシュも新たに同じ宿屋に受付をして泊まる事と相成った。
     ラウドはと云うと、自分にはテントがあるから心配は要らない、野宿には慣れているとの事で、一先ず解散となっている。
     慌しかった中央都市から、チルトの情報、布切れを巡る戦い込みの調査を主とした一日は…… フカフカな寝床で、一旦思考を静寂に預けて終わりを迎える事としよう。

     どこかで、助けを求めて泣いている子の声を、あの時みたく聞き漏らしはするものか。
     駆け付けられる俊敏な足を取り戻すまで、今は…… 回復に努めるまでだから。

     日増しに強くなるそれぞれの思慕を抑えながら、あたしは電灯を消し、その身を横たえ寝息を立て始めた。



     そして、朝を迎える。


      [No.1732] Chapter.5 “荒地の戦い! VS. 罪へと巻き込む者” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/07/27(Thu) 22:04:09     12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市から、それなりに離れた東に位置する、荒地のペンペン草通り。
     現状、あたし達が何に巻き込まれていたかと云うと。

     目的地へと向かう途中で、血走るような眼の光をあたし達に一瞥するポチエナ達……と、その他の野次を飛ばすポケモン少数。
     説得なんて無駄だと云わんばかりに襲い掛かってきたのを切っ掛けに、“野良バトル”なる戦闘に突入するに至り、持てる対処法を頼りに標的を迎え撃つ事となった。
     一触即発とは、このタイミングで使われるのだろうか。

    「はあぁぁぁぁ―― ほっ、よっ! はいっ! あちょおっ!!」

     目を閉じ、両手を合わせ、波導を呼吸と共に合わせていたジョッシュによる繰り出されるわざの数々。
     “はっけい”を軸につなげる形で、掌底、水平蹴り、そして後方体落とし。
     生半可に挑みを掛けようとしていた相手は、衝撃と共に勢い良く後ろへ吹き飛ばされていく。

     一方のあたしは、リュックサックのポケットから取り出していた枝と釘の様な道具を用い、向かってくるポケモン達の数匹を相手取っていた。
     ある程度間隔が空いてる場合は本来の作戦を行使できるのだが、至近距離に飛び込まれた場合はわざで対処、と云った所である。
     “はたく”に於けるしっぽを使って攻撃、少しでも間合い開いた所で、すかさず道具を撃ち込む――我ながら、チラーミィ族はもちろんポケモンそれぞれの固有に持つわざには、いつも助けられている。

    「……ふぅ。鍛錬、重ねていても油断ならないなぁ」
    「えぇ、気付く時には遠慮なく距離詰めてくるものね―― 先を急ぎたいのに」

     ジョッシュは額の汗を拭いながら、一通り打ちのめした多数の敵に視線を移す。
     この地点の野良バトルを仕掛けてくるポケモンは、腕試しに持って来いの左程強くない部類ではある。その代わり、数も然り敵意の強さも然り。
     間合いを抜け目なく詰めてくる者もいる事も踏まえ、慎重に事を推し進める戦法が重要となってくる。

     傷だらけとなり、地に横たわって目を回している面々を後目に、あたしは手を叩きながら戦闘の終了した状況にため息を付く。

    「“きのえだ”に“てつのトゲ”、媒体あって飛ばせるのがかなり役立つね。路を塞ぐ方が悪いのよ」
    「チナ、もしかして相手の状況次第では手加減一切無しのスタンス?」
    「……気絶させるまでに留めるから、安心なさいな」

     至って普通に敵への対処法を話しているだけなのに、ジョッシュからは戦慄の表情を向けられた。解せない。

     こめかみに手を当てていた彼は、やがて両手を前に伸ばして表情を戻すと、戦う折に進んでいた地点周囲に目を向ける。
     戦いながら進んでいったのが結果的に功を奏したのだろうか、目的地からそれまで遠くない距離だった。
     突入するまでの数秒間、あたし達は深呼吸を繰り返す。

    「見えてきた、来るまでに消費してった道具が少なくて幸いだわ。ジョッシュくん、準備は良い?」
    「ボクなら、全然構わないよ。チナのタイミングに任せる!」

     やり取りを交わす手前、あたしは自身の手を開いたり閉じたりを繰り返す。
     そして、荒地の奥へと更に踏み込んで行った―― この先に、どのような暗闇が待ち受けているかも覚悟を固めて。



     ∴



     枝が軋む様に風の吹き付ける、岩場の開けた場所。
     
     奥の周囲の岩壁にカンテラが無造作に打ち付けられ、辛うじて夜に困らない様にされたであろうごまかし程度に近い、ポケモン達の住処。

    「グルルルル……」

     現在、あたしとジョッシュは、敵対する強奪の現行犯であるグラエナ達と向かい合っていた。
     挨拶代わりに突入をしていた及び、彼、彼女らの威嚇の唸り声からして、“歓迎されていない”事は明白だ。
     暫くの間、睨み合いが続く。

    「誰かと思ったら、救助隊でも無く探険隊でも無い―― ただの一ポケモンじゃねぇか!」
    「ワタシ達の住処に無断で立ち入るなんて、良い度胸よね!」

     グラエナとポチエナ、それぞれ筆頭格の一匹が、あたしの姿に前脚を向けながら唖然とした様子で吼える。
     と云うのも、彼らの言葉通り、二者が必ず身に付けているとされる装飾品を着けていないのをピンポイントに指摘。

     “きゅうじょたいバッジ”、“たんけんたいバッジ”――困っているポケモン達を助ける者達、各地に出没しているダンジョンの探索を軸にお宝と謎を解き明かす者達が、それぞれ結成した時に最初に手にするであろう大事な救命道具である。
     身分証明の代わりにもなり、現時点でお尋ね者となり得る“悪”に転がり落ちた者達にとっては畏れの対象となる、唯一無二であるトレードマーク。

     今に始まった事ではないが、あたしにとっての命綱はリュックサック内の道具以外は皆無に近しい。
     もちろん、此処で怯むあたし達ではない、と言っておこう。

    「そうね、アナタ達からしたら取るに足らない存在でしょう」

     勝手に立ち入った事は落ち度がある。強く物申せない事由にも繋がる。
     あたしの隣のジョッシュが、横顔を見せる中で。

     怖い顔を向けていても何処かであどけない幼げな印象を与える、進化前のポケモンに、あたしは観察を止めて証拠を突き付ける。 

    「ポチエナの牙からほのかに香ってくる、甘味のそれ―― ドーナツでしょ」

     一瞬、ポチエナのあたしに向けていた目線が揺れ動くのを視認。
     目標の物資が例え見つけられずとも、甘く美味しい食べ物の証拠を隠していく事は難しい。
     しかし、タテトプスからの情報を一つのコトダマにしてぶつけてみたのが、上手い事効が奏した様子。

    「……それが何だってのかい? ダンジョンで手に入れた食糧の一つかもしれねぇだろ」

     すかさずグラエナが横槍を入れようとする。
     大事な話の時に挟み込もうとされるのは、あまり気持ちが良くない個人的な心証もあるが…… 会えて此処は黙認だ。
     あたしは次に、当事者が処罰感情を持っている点を踏まえて獰猛な強奪者に畳み掛ける。

    「既に山場は捉えてある、目撃者から話を聞いてる手前ね。アナタ達の住処を、改めさせてもらっても良いかしら」
    「はい、お願いしますって云う訳が無いだろ! 舐めてんのか!」

     彼らの唸り声が、更に低くなるに当たり敵意が増していく。
     此処から出て行け、さもないと…… の脅し文句、今に飛び掛からんする彼ら特有のわざの構えを見せるに当たって。

    「例え一寸のキャタピーでさえも五分の魂、意地はあるの。タテトプスさんの声、あの時の嘆き――無かった事にはさせないよ」
    「……お店で聞いてた情報の通り。だったら、ボクも踵を返せないね」

     故に、あたしは退く気は無い。
     リュックサックから、タネと飛び道具を取り出して左手でキャッチ。すかさず臨戦態勢を整える。
     本来の、もう一つの目的を果たしたい焦りを押し殺しながら、摺り足で的確な間合いを作っていく。

     刹那、あたしの目の前を、牙を剥いた輩達が襲い掛かってくる。此処までは、想定通り。
     後転してバックステップ――あ、彼らのうち一匹の牙があたしの足を掠った。

    「……った!」
    「チナ!」
    「大丈夫よ、ジョッシュくん。抵抗しない訳が無いのは分かってたから」

     土埃が舞い、着地に失敗しても道具は手放さず。ジョッシュからの呼び声に問題無いと返答の上で、バランスを保つようにして立ち上がる。
     この位の傷、都市に着くまでに幾らか経験してきている。目的も果たさずして、弱音は吐く訳にはいかない。

    「でっち上げも程々にしな。俺達が商品を盗んだって言いがかり、看過出来ねぇぞ!」
    「実力行使、覚悟するのはアナタ達よ!」

     盗まれたものを巡って、追及する者、逃れようとする者らの戦いの鐘が鳴る。



     ∴



     あたし達二匹に対して、向こうは六匹――その内グラエナが二匹、ポチエナが四匹。
     元々大群でいたはずの相手がいない当たり、先程の目的地手前の戦闘で既に倒された数匹は、追ってくる者達の掃討目的で遣わされたと見るべきだろうか。
     もちろん、状況証拠でしかない為あくまでも推測であるが。
     
     ジョッシュはあたしに横目で合図を送ると、一瞬目を瞑って精神統一。その後見開くなり、寄ってくる標的に徒手空拳で迎え撃たんとする。

     乾いた音と共に、相手側のポケモンが弾き飛ばされる。もちろん負けじとジョッシュに喰らい付く。
     戦いの火蓋が切る前に、グラエナ達からの“いかく”で本来のチカラが発揮しにくくなっているが、左程問題にはならない。
     一手攻防、手数で以て消耗戦が繰り広げられる中――

     当のあたしも戦闘に参加、牙を剥き再び襲い掛かる態勢のグラエナを相手取る。
     “きのえだ”を折れない様にしながらバネで跳躍して意表を突き、相手の隙を突く形ですかさず投げ入れる。刺さった相手の悲鳴が響き渡るのが嫌でも耳にしてしまう。

    「つ、強い……! 何てフットワーク……!」
    「師匠譲りだもの。連撃なら、何て事無いの、さ!」

     タマゴの入った保管器を守るのを併用しながら、ジョッシュが拳法、足技を綺麗に繋げて、標的である相手を伸していく。
     拳法使いと謳っていた手前、名乗りに恥じない腕前。かくとうタイプのわざは、あくタイプには効果バツグンなのもあり、情勢を此方側に優位に引き寄せられる。
     質より数、と誰かは云っていたが…… あたしからしたら、数より質である。
     壁に吹き飛ばされた反動で激突し、地表に墜落するグラエナの姿が見えた。
     
    「あと、二匹って所? チナ、無理はしないで!」

     地に伏せ、グルグルの目にさせられ倒れた相手から、あたしに視線を向けるジョッシュ。

    「任せなさいな、向こうの狙い通りならあたしの動きから……っ……!」

     左手と右手にそれぞれ持ち替えた道具を手に、すかさず頷いてから相手との間合い読み合戦。道具を飛ばすに当たって角度の試算も事欠かない。
     “跳弾”を試みるにしても、思わぬバウンドが味方を巻き添えにする危険がある。かと云って、ポケモンの種族特有の回避法を無視する事は容易くない。
     
     何より、足に疼く痛みが走ったのはいただけない、が… そうも言ってられない。

     至近距離に於ける戦法、あたしの“はたく”から文字通り伸びる寸前のグラエナの顎にクリーンヒットさせ、“ばくれつのタネ”を服用する上で勢いよく彼に爆風を吹き付ける。
     星とグルグルをごちゃ混ぜにしながら、ノックバックされた彼が毛を黒く焼かせて地表に崩れ落ちるのを見届ける。

    「がぁ、ああぁぁ…… アンタら、一体……何者……」
    「ぁ、あぁ、あわわわわわ……!?」

     残ったポチエナの一匹が、恐れの目をあたしとジョッシュに合わせると踵を返して逃げようとする。“にげあし”――元より劣勢に苦手とする彼、彼女たちの特性の一つ。
     ジョッシュが機先を逃すまいと“でんこうせっか”で、強奪者の残りに追い討ちを掛けて終わらせていった。悲痛な声を上げながら、地表に倒れるのが目に映る。



     ∴



     強奪者の一味、表舞台に立っている者達は全員気絶させられた様だ。
     額越しに手で汗を拭い、どうにかなったとばかりに息を着こうとして―― 輪っか状の光線がジョッシュ目掛けて飛んでくるのが見えた。

    「ジョッシュくん、危ない!」
    「……ッ!!」

     “サイケこうせん”、初歩のわざの一つながら受けるとそれなりに危ない攻撃。
     わざを放つ後の硬直から解けていなかったのか、あたしの叫び声にもすぐに動けず、何とか防御態勢を作って被害を小さくするに至ったジョッシュ。
     苦し気な顔、先程の乱舞がウソみたいに逆の立場の如く吹き飛ばされる状況からして、相手側も“効果バツグン”の攻撃を打って出たのだろう。

     岩壁のどこか、上にいるであろう新手の敵。
     あたしは冷や汗が流れるのも気に留めず、サイケ調の光線の弾道がどこから、どう飛ぶのかを。
     地表を走りながら観察を続ける。掠った痕の痛みが、走る毎に段々と激しさを増していく。

    「正確には三匹――“もう一匹”いたのよ。影で、グラエナ達に指示してたんでしょう――リグレー!」

     あたしの声が岩肌を伝って響いていく。平常通りのつもりだったが、戦いの空気に押されて余裕が徐々に失われていくのが聞いていて丸わかりになってしまう。 
     ジョッシュが保管器を庇う様にして横に転がって回避する中で、“サイケこうせん”の軌道は容赦なく彼を追い掛ける。

     “てつのトゲ”を手に、ビームの起点を目で追っていると、打ち掛けられたカンテラの上部の方で不自然に揺れ動いている誰かを一瞬見受けた。
     当の本ポケモンは透明を装ってわざを放っている様に見受けるが、相手を出し抜こうと躍起になっていて此方から既に見つけているのに気付けていない。

     見つけた! あたしはすかさず持ち寄っている道具を突き出しつつ、もう一匹の敵対者・かつ首謀格であろうブレインポケモン――リグレーと睨み合う。
     彼の向ける右手の先が、ジョッシュからあたしに移動されていくのが見えた。
     
    「大した見返りも無いと分かってる癖に、何で、そうまでして…… オレ達の邪魔をぉ?」
    「真っ当に商売してるポケモンを出し抜いてまで、好き放題して生きたいとは思わないの。盗んだら盗んだ分、必ず代償が来る―― 従わせてたのなら、同じようにね」

     あたしに敵意を明確に示しながら、どこかトーンの低い諦めた様な声調で問うリグレー。
     見返りとは、返礼の品々の事なのだろうと推察。しかし今はその意味を明確にする時ではない。
     
     戦っている中で角度の試算を既に終えていたあたしは、持っていた“てつのトゲ”を宙に放り投げ、きりもみジャンプで以てしっぽで打ち込む要領で岩肌の壁に反射させる。
     先程の市街戦で披露していた、曲射。もとい……“跳弾”の術である。

    「ジョッシュくん、悪いけど上手い事避けて!」
    「ええぇっ!? ちょ、チナ幾ら何でもこれ、無茶しすぎだよぉ!」
    「これでも、あたしのとっておき。少なくともあのリグレーには弾道は掴めない。安心して!」

     目を点にさせて驚きを隠せないジョッシュの一言、ごもっとも。
     リグレーがあたしの云うように飛ばした“てつのトゲ”を目で追っている中、あたしは小さく摺り足をしながら注意深く気を配りながら解説を続ける。

    「計算し尽くした軌跡にズレが無ければ、ジョッシュくんに危害は加わらないし―― 突破口が作れる!」

     最後にそのキーワードで締めた瞬間。
     壁と床とを縦横無尽に飛び回っていた“てつのトゲ”は、加速力を付け、尖った先端を平たくしながら最後に反射を迎えた後、無造作に打ち掛けられたカンテラの接続部に突き刺さる。
     その結果、釘に簡易的に掛けていたカンテラの接続部が粉砕―― 当てられた保護ケースの鎖が千切れ、引力により落下し砕け散る。ガラスが勢いよく飛び散ったのが目に見えて分かった。
     
    「グラエナ達は“ただのついで”よ、後から保安官達に逮捕されて事情聴取を受けるのが今後の為でしょう。それよりも―― 勝負は着いた、今更悪あがきをさせたりは」

     リュックサックから布切れを取り出すに当たり、カンテラごと落ちて来た首謀者に近寄るあたし。
     不意に体が浮遊する感覚に襲われ、あたしはとっさにしっぽと手に持つ布切れ、道具を押さえながら最低限身を守ろうと試みる。

    「……あぁっ!?」
    「チナーーッ!!」

     ジョッシュの声が今や、下から響く形となる。あたしに何が起こったかと云うと、すべてはリグレー自身のわざによるもの。
     “テレキネシス”による間接つかみ――技巧派な手出しから、得意な戦法と立ち回りを封じ込められてしまった。
     チャックを閉め損ねたポケットから、道具がぱらぱらと零れ落ちていくのも兼ねて、あたし自身封じていたはずの焦りが再着火していく。

    「ただの、チラーミィにしては惜し過ぎる強さだ。残念だよ、その鋭い着眼点がちょいとズレてくれれば…… あのグラエナ達の計画、上手く行ってたのになぁ」
    「うっ、くっ…… あぁ、あ……!」

     “テレキネシス”から宙に浮遊固定され、あたしは逆さ吊りの様な体制でリグレーと向かい合うしか出来ず。
     掠ったグラエナによる牙の傷、彼らとの戦闘で出来た傷。それらが時間と共に腫れ出す形になり、痛みが尾を引いて疼き出し、苦痛を生ませる。
     あたしはその現象に堪えかね、甲高い声を上げてしまう。

    「正義感に駆られて此処に来たってのは、十分褒めてあげるよ。此処でオレに、この後記憶を消されて放り出される事も知らないで、ね。哀れだよぉ本当に」
    「チナを、チナに手を出すな! 宙吊りして寸止めなんて、悪趣味にも程が……!」
    「今までキミ達が好き勝手してくれた分、今度はオレが同じようにする番、さ。てんで、間違って無いよねぇ?」

     痛みに、固定された体を揺すりながらあたしがもがく間、タマゴの保管器をかばいながらもジョッシュが懸命に抗う姿勢を見せる中、リグレーが耳障りなねっとりするような声を掛けてくる。
     何とかこの危急を脱したい、そう思っていても動作が封じられている手前、何も出来ないのが却ってもどかしい。

    「さぁさ、コジョフー。キミを倒した後でこのチラーミィを持ち帰らせてもらうよ」
    「…………!」
    「どの様に遊んでいくか……あぁ、楽しみだなー」

     最も、かくとうとエスパーとでは、赤子の手を捻るようなものに近いけど。言い繋げるリグレーの例えのコトワザ、間違ってはいないが一々癇に障る。
     持ち帰られた側に待ち受けるものは―― 考えただけでも悍ましい。

    「その前に良いかしら、リグレーくん。一つ、聞きたい事がある」

     辛うじて、手元から離さなかった道具に目をやりながら、あたしはその内の一つをリグレーの前に突き出してみる。
     チルトが連れ去られた後に遺されていた、あたしの旅立ちの切っ掛けとなるに等しい大事なもの――くさタイプに縁のありそうなポケモンの、辛うじて絵の見える布切れを。 
     相手側がどう出てくるかにもよるが、今出来る、あたしの切り出す行動としたらこれ一択だ。

    「こ、この布切れについて―― アナタは、御存じかしら?」

     知らないのならばあたしの見込み違い、知っているとしたらリグレー側が激しい反撃を仕掛ける可能性。
     心臓が早鐘を、顔からの汗が地表に垂れ落ちるのをそのままに、あたしは彼からの反応を伺うのみ。
     リグレーは暫く布切れに自身の手を寄せながら考え込んでいたが、やがて、彼らしい口振りで答えを返してくれた。

    「おぉう、何かボロッカスな布切れ。芸術のへったくれも無いなぁ。ドーブルか誰かのインクで乱雑に塗られて価値を著しく下げられてる――こんなのをキミは大事に抱え持って?」
    「ッ、答えなさいッ!」
    「はいはい、言うよ。これはー、大事な顔部分が見えないけれど。でも、ツノみたいなのに青い特徴のものがある。宝石かねぇ……ふむ。赤、黄色、橙色、緑? 見れる所が辛うじて、だねぇ」

     ……そう、長ったらしい前置きを無視すれば。
     逆さ吊りにおける頭に血が逆流する感覚から、切羽詰まる苦しさと共にあたしは再度叫んでしまうものの、どうにか気持ちを落ち着かせながらリグレーと向かい続ける。

     リグレーが云うには、インクで染められた部分は彼自身でも解明は出来ずとも、枝に近いツノの箇所、色合いから読み取れる部分から現時点での解明できる点をおさらい。
     虹色みたいなのが、そのツノみたいな箇所にそれぞれ色付けられている、と云う事なのだろう。

    「少なくとも、オレから云えるとしたらフェアリータイプの誰かって事だ。しかもそんじょそこらの普通の種族……なんかじゃねぇ」
    「そう、なの……」

     リグレーは、あたしからの答え、その後に力無く項垂れたのを見て“オレに聞けて満足したかい?”という風に覗き込むに留めている。
     傷の痛み、宙吊りにされるに於いて消耗するスタミナの両面から、あたし自身の元気が失い掛けてるのが分かってしまった。

    「捕まったとしても、その布切れに描かれてるポケモンの手掛かりが見出せただけ…… 望みが、断たれる前の慰めね」

     息を荒げながら、あたしはそっと目を瞑る。
     何も分からないよりは、ずっと良い。
     チルトを連れ去った証拠の何たるかが、少しでも解明出来る方が…… 何よりも、大事である。

    「チナ……まだ、ボクは戦える。諦めて良い時じゃないよ、弱気にならないで」

     地上からの声、ジョッシュからの強張った様な声。
     恐れはあるけれど、必死に抑え込みながら勇気付けようとするあたしへの声。

     視界が一先ず黒に染まる中で、あたしは動かせる手で以てこの事態を切り拓ける残った道具を懸命に考えていた。
     戦闘封じの状態にはなっているが、戦闘不能にはなっていない。

     悪いけれど、あたし自身は弱気にも、諦めてすらいないのよ。

    「“この世界は腐っている”――秘密裏に、暗号として何処かのポケモンがそう云っていたっけなぁ。布切れのポケモンを否定する多数がいたって、おかしかねぇ。ふふ…… 気力挫くには十分だろ?」

     あたしの前で、リグレーが引き続き声を掛け続けている。不思議な、しかし下劣に近しい言葉を残すものだなぁ。
     彼からの言葉には思う所はあるものの、引き続き道具を探し当て―― 見つけてしまった。

     秘密裏、暗号、気力……挫く。もしかしたら、何気ない言葉でも現在持っている道具が役に立つかもしれない。

    「……ビンゴ。前まで引っ掛かってた謎の一つが、今の一言で解明、されたわ」

     少し間を置いてから、あたしは小声で呟いて。ニヤリと笑う。
     右手に移し替えたタネをそのままに、左手はそっと人差し指と親指を使って地上に立っているぶじゅつポケモンに指を振って合図。

     後は、あたしの意図に…… 分かりにくいアドリブの暗号に、彼自身が気付いてくれれば。
     全てはビクティニ神に任せるとしよう。

    「よしっ、そんじゃあキミを楽々倒しちまおうかー。覚悟しろよー?」

     あたしの前にいたであろうリグレーが、浮遊状態からジョッシュの前へと移動して行く感覚を空気の振動で分かった気がした。
     此処からだ。あたしは目を見開き、ジョッシュに合間を空けて渾身の叫びを入れる。

    「……今よジョッシュくん、蹴って!!」
    「あれ? ……ぇ? そう云う事?」

     右手から、すっと離した黒ずんだ禍々しい見た目のタネの行方を。
     ジョッシュの気付くであろう方向にあたしは目を向ける。
     ……後半当たりでようやく気付きましたって素振り、心臓に悪いから出来るならやめていただきたい。 

    「チナに手出し、させるかぁ!!」

     振りかぶって、ジョッシュがそのタネをリグレー目掛け――蹴り飛ばした。
     弾道は勢いよく真っ直ぐに、敵対すべき首謀格の者に飛んでいった。相手側にとっては突然の事だから、回避なんて至難の業。
     タネは、リグレーの口の中に。

    「んぐっ!? ん、んうぅぅ――」

     飲み込んでしまったとみるや、リグレーは首元を抑えて慌てる様を見せる。同時に、何かが弾け砕け散る音も、彼周囲から聞こえ出す。
     少なくとも、彼に何かが起こった。そう思わせるには十分であろう。

    「この一撃で終わらせる! いけぇっ、“はどうだん”!!」

     ジョッシュがリグレーに向かい、胸の前で両手を掲げる。
     蒼く渦巻く波紋、波導が徐々に大きくなっていくのを見届けてから。
     最後には頃合いのタイミングで、ジョッシュ自身両の掌で蒼のエネルギーボールを解き放った。
     “はどうだん”は先程のタネの弾道と同じ様に、突き抜ける様にリグレーに命中。最後には爆風が彼と岩壁の一部を覆い隠していく。

     と、宙吊り状態になっていたあたしが地表目掛けて落ちて―― いけない、このままでは激突してしまう。大怪我は避けられない!
     間一髪、ジョッシュが抱き留めてくれて難を逃れたのが救いである。



     ∴



    「な、何故…… このオレに、そもそもかくとうタイプのわざには強いはず……」
    「油断、したわね。最後の最後で」

     共に息を切らしながらも、あたし達は灰色の風がかき消えた先のリグレーに注意深く目を向けていた。
     彼自身には傷は少数、しかしかなりの痛がり模様を見せている。エスパータイプのポケモンには、かくとうタイプのわざが効きにくい……普通ならばダメージは少なく決定打にはならないはず。
     答えは、あたし達が共通で抱えている防御膜にある。

    「“じゃあくなタネ”による効果。例え効果はいま一つであろうタイプの攻撃でも…… っ、痛みが……激しく効いたでしょ?」

     昔のジョッシュと同じように、あたしも、足を主とした痛みから顔を引きつらせながら言っていた当たり、あまり決まりがよろしくなかった。
     しかし、あの黒ずんだ夢にも出て来そうなそのタネの効果が、結果としてあたし達を救う事となったのは間違いない。
     少し前まで余裕と邪な笑みを浮かべていたリグレーの鼻っぱしが折らす事が出来ただけでも、しめしめと思う事にしよう。

    「っ…… ぐっ!! 何て、厄日なんだ……。はどうだん、如きにこの、オレが……いた、た……」
    「……じゃあくなタネって、そんなにも恐ろしい効果だったとは」

     息絶え絶えながら、身を起こしよろよろと岩肌から荒地の奥へと浮遊して向かって行くリグレー。
     此処からおおよそエスパータイプ特有の“瞬間移動”で、逃げ果せようと云うのだろうか。

    「ゼルネアス、“生命”を司る……伝説のポケモンに対して、何らかの否定的な気持ちの抱えてる者の集まりの誰かが、所有してた布切れ。宝石のような、特徴の色合いを持つツノ――」

     アナタの一言から、疑惑が確信に繋がったよ。それだけは礼を言わせてもらう。
     抱き抱えられながらのあたしの締め括りに、リグレーは忌まわしいとばかりに自分とコジョフーの二匹に目線を向け…… 最後には逸らす事だろう。

    「あたしの事を報告するなら、しても構わないよ。その代わり覚悟する事ね」

     本当ならチルトについても行方を直接聞きたかった所だが、疼き出す痛みがこれ以上の尋問にセーブを働き掛ける事に、素直に断念する事とした。
     御互い、体力はもう尽き掛けである。これ以上の長期戦は命の危険を伴う。
     
    「どんな経緯であれ、グラエナ達を犯罪に巻き込んだのは赦されないよ。この報いは、リグレー自身忘れない事だね」
    「例えアナタ達が追い詰められたとしても、チルトを救い出すまでは――追及の手は止めやしない!」
    「……キミ、チナと云ったねぇ。それに、ジョッシュってコジョフーも。その顔、この怨みも含めて、覚えておくよ」

     ジョッシュが最初に、あたしが二番目に物申していくと。
     リグレーは最後にあたし達に怨嗟の眼差しを向けてそう返答すると、自ら手を翳して姿を消していった。
     “チルト…… オレもその話は興味はあるけど、一先ずは御預けだ。次にまた会おう” 最後に、意味深なのか分からない一言を残して。



     ∴



     後に残された現場には、器用にレジャーシート代わりに置かれていた食糧…… リンゴとセカイイチ、ビッグドーナツ。
     それぞれが状態悪くなる事無く、全てが無事に並べられていた。

     戦いには勝っても、虚しい何かが残った感覚をそのままに。ジョッシュは、あたしは。
     手元の布切れに暫く見つめていた後、リグレーの超能力の影響からあたしのリュックサックから落としてしまった道具の回収の為に、一先ずは後片付けに入る事にしたのだった。
     
     そう云えば、気が重い懸念が更に一つ。タテトプスの彼に、後で何て報告したものか。


      [No.1731] Chapter.4 “先行きに通ずる“木”のポケモン? 共闘を紡ぐ者たち!” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/07/15(Sat) 13:04:27     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市、役所の施設付近。

     二つ折りの羊皮紙――タウンマップを手に、あたしが勢い良く建物から出てくると同時に。
     目的の為に先導してくれていたジョッシュもまた、保管器と自身の肩掛けバッグを落とさぬ様にしながらあたしの隣に並ぶ事だろう。

    「ジョッシュくん、ありがとう。おかげで上質なタウンマップが手に入ったよ」
    「どういたしましてチナさ――ううん、チナ。地図を手に取るなりまじまじと見てってたもんなぁ……。余さず、というの?」

     じぃっと覗き込み、あたしの顔を見つめているキョトン顔のコジョフー。
     まだ多少のぎこち無さはあるものの、幾らか話しているうちに打ち解けて来たのか、噛む事による決まらなさが目立たなくなってきた気がする…… が。
     問題は、其処では無い。

    「……別に、お店に興味が無いとかそう云うのじゃなくって」

     我ながら恥ずかしい。小声で彼にしか聞こえないようにしながら。
     居た堪れなく感じたあたしは、タウンマップを手にそっぽを向きながら理由を述べる。

     今ではバックパッカーとして旅ポケモンの一匹になっているが、あたしとて…… 犯罪事情以外に世俗に無関心という訳ではない。
     市場、アクセサリー屋、食物店、ペリッパー連絡所支部、そしてカフェバー。
     旅の癒しに息抜きとなる施設があっても、罰は当たらないのだろう。

     何にせよ、切磋琢磨して書いて下さる地図の作成主には感謝しかない。これで迷わずに都市の中を行き来出来そうだ。

    「マッピングに余念無く覚え込んでく旅ポケモンの気持ち、ボクにも分かる気がするな」
    「巷で騒がれてる、“不思議のダンジョン”があるじゃない。現に立ってる場所や地理を把握して行くだけでも―― 生存率を高めてくには十分よ」

     保安官がいる前では起こらなかった、その筈である小さな市街戦。
     ジョッシュが腕組みをしながら相槌を打つ手前、あたしは旅立ちの基礎と応用を思い起こしながら、生き抜く上での必需品について語っていく。

     この都市周囲にも各所に、不思議のダンジョンこと謎に満ちた迷宮空間がある事も忘れずである。地点毎に脅威の危険度も異なる中、冒険者ポケモンが日々潜り込む現状。
     一つ入り込む折に構造がランダムに変化する、それでいて襲い来るポケモンの懸念も伺える反面、道具やポケなど戦利品の手に入れられる利点。

     余程の事情でない限りは必ずしも突破しなければいけない、訳ではない。メモに取る上で避けて通るも選択肢の一つ。
     ただ、いつの世も、何処の地域であってもケガを伴う野良バトルは絶えなくなっている。
     ある程度は、処世術に高度なものも合わせて練っていく必要も――

     ふと、誰かの腹の虫が勢い良く鳴った。
     少なくともあたしではない、寧ろ…… 隣の子。

    「こほん。とりあえず、立ち話も何だから…… きのみ料理でも、食べましょっか」
    「……お、御世話になります」

     今度はジョッシュがしおらしく、顔を赤らめ掌を擦り合わせる。
     図星を突いてたのもあり、あたしも冷や汗を拭ってから取り繕うと。書かれている方位と点を頼りに、タウンマップを伴って歩き出す。
     気付くのが早かっただけまだ大丈夫。行き倒れになってしまう事態は、この都市ならば心配は要らないだろう。



     ∴



     場所は変わって、中央都市内のカフェバー。 
     テーブル席に案内されたあたしとジョッシュは、適当なきのみ料理とドーナツ、ミルクココアに手を伸ばして空腹を満たしていた。
     程良く都市のポケモンの数組も集まって食事・歓談を和やかに進めている当たり、そこそこ賑わっているのだろう。

    「考えてみれば、走ってばっかりで食糧一つも手を付けて無かったや……。御恥ずかしい限りです……」
    「そんなに畏まらなくて良いのよ。ちょうどあたしも、食べ時だなって思ってた所だし」

     視線を下に落とし、気恥ずかしそうにしながらモソモソと食べ進めるジョッシュを前に、あたしは素直に気にしてないと伝えた。
     ちょうど良く喉に癒し、空腹感に伴う言葉にならない心の揺すぶりを解消に導けた今、これからどう行動に移していくか。
     一つ落ち着いた後に、あたしはリュックサックのポケットから傷んだ桃色の布切れを取り出して、暫く目を凝らしていた。
     あたしの、パチリスのトモダチ――チルトを連れ去ったポケモンの何者かに通じる。現段階では唯一の証拠。

    「その布切れ、どうかしたの? また真剣にじぃっと見て」

     ジョッシュがあたしの手に持つ布切れに目線を移動させ、そう尋ねてくる。
     ポケットに戻さずに、ジョッシュの目元に視線をやりながらあたしは間を置き、彼にも共有を決意。

    「……チルトの手掛かりに通じるかもしれない、犯人達の落とした証拠品。あたし自身旅立つ切っ掛けにも繋がったものよ」

     話していくうちに、少しずつ暗い感情が燻るのを感じるのを、何でも無い様に装いながら。

    「それに。保安官さんには悪いけど、仮に今のタイミングで出してったとしても…… 聞き出せる情報は大して見込めないわ」
    「そう思う、根拠は?」
    「ウェルカモさんの話してる時の“眼”。一貫してあたし達を見ながら受け答えしてくれてた。もしそれが嘘だとするなら、目線所々で逸らしたりするだろうから」
    「ふぅむ、よく見てってるんだね…… こう云う時の使い処って事かぁ」

     親切に対応して下さったウェルカモの者には申し訳ない気持ちもある。ただ、これはあたしの眼から見て導くに至る、可能性の一つ。
     確証が無いまま、治安を守ってくれている保安官達を不安に突き落とす訳にはいかない。
     チルトの事は、着実に証拠を固めてから一気に動いていくべき。今はまだ、その時ではない。

     こんなあたしの様子を知らないままながら、ジョッシュは小さく頷いてくれる。時折、補足を聞き出す強かな面を見せるのもあるけど。

    「色で変に塗り潰されてて、肝心な特徴が分からないなぁ。でも、これって…… 木、なのかな。くさタイプのポケモン? 何か実りに縁がありそうな」
    「木。樹木? んー…… 主立った生地が染まっちゃってるから、判別が困難よ。それに……」

     あたしとジョッシュ、双方が見合わせる傷んだ桃色の布切れ。
     元は大きなサイズの旗か布製品だったのだろう、乱雑に裂かれたその様にどこかもの哀しく映ってしまうのも仕方ないのだろうか。
     彼の云うように、描かれているであろうポケモンの種族の特徴から、順当に考えればくさタイプが良い線なのだろう。
     だが… あたしには。

    「樹木、これ程重厚そうな柄のあるポケモン…… くさタイプのポケモンで早々いるものかしら?」

     煌びやかで高貴な感じ、そんじょそこらの普通のポケモンでは無いかもしれない。
     染められてしまっている場違いな色もあり、現段階では断定が出来ないのが悔やまれる所である。
     フェアリータイプ、あるいはいわタイプかも分からない。
     一体、この布切れを落とした者は、何の怨みがあって悪意の残る印を付与したのか……



    「お、おい! 急ぎでこの依頼を…… はぁ、はぁ……」



     不意に、カフェバーの扉が無造作に開けられたと思うと、左前脚にポーチを着けたポケモンの一匹――タテトプスが飛び込んできた。
     よく見ると、盾の様な顔も、胴体から脚に至るまで傷だらけである。難しく言えば満身創痍そのものだ。

    「あ、ちょ……チナさん!?」

     ジョッシュが呼び止めるのをよそに、すぐさま席を立ったあたしは、タテトプスの隣に駆け寄る。
     
     疼く傷に苦痛の表情を浮かべ、息を切らしている当のシールドポケモンが、あたしとカフェバーの店主の方に視線を向けている中。
     テーブル席からジョッシュが首をひねらせ遠くから様子を伺っていた。

    「何かあったのですか? そんなに息を切らして、店に滑り込んでくるなんて」
    「探険隊かい? 救助隊の一匹かい? いや、どっちだって良い―― おれの売ってく筈だった品々を、あの穀潰しのヤツらに根こそぎ奪われちまったんだ!」

     ひどいケガの有様に、普通なら目を逸らされてもおかしくないこの状況でも、あたしは聞き込みを始める。
     それだけ、目の前で尋常じゃない状態の者に会った時に自然と飛び出してしまう癖を、過去の経緯から生むに至ってしまったのだろう。
     タテトプスの彼は、最初に身分保障の利く冒険者か、素朴な疑問から聞いて行こうとするも、すぐに却下。ありのままの現状を、あたし達に伝えてくれた。

    「リンゴ、セカイイチにビッグドーナツ。後者二つは仕入れるだけでもかなり大わらわだってのに…… 商売あがったりだぞ、もう!」

     聞く限りは、行商ポケモンの一匹なのだろう。それも食糧と甘味専門。
     一通り言い終え、タテトプスが床に突っ伏したままやり場のない怒りにため息混じりの諦めをぶつけるのを、カウンターから出てきたであろう店主が助け起こそうとする。

    「……その穀潰しの者達、ポケモンの種族がどんなのだったか思い出せる?」
    「えぇ、どんなのって云われても―― あっ」

     一つ間を空けてから、タテトプスに見舞われた事件の概要を、あたしは可能な限り聞き取ろうと試みる。
     最低でも犯行に携わった者の何たるかが分かれば、主にタイプ相性から対策を立てていく手掛かりを見つけられるからだ。

    「集団で品物をひんだくってたな。かなり獰猛で… 統率も取られてたのか、奪ってった後は風みたいに去って行ったんだ。灰色の毛並みをした――」
    「十中八九、ポチエナかグラエナと見て良さそうね。他は?」
    「他? そう云えば、浮遊してるヤツ。確か手を四方にやりながら、あのゴロツキどもに何か手筈を合図してってた! 毛並みと云うか、体の色は薄緑のヤツだったっけな……」

     メモを素早く取りつつ、あたしは暫く熟考に耽る。
     タテトプスは、最初こそ聞いてきたあたしの身分を気にしていたが… 特段拘る事無く、情報を報せてくれている。
     探険隊、救助隊。どちらにも属していないあたしではあるが、それでも協力して下さるのは大変ありがたい。

    「ヤツらは此処から、東の荒地の方に引き揚げてったんだ。食い意地の張った、道理を弁えぬ連中めぇ……」
    「ありがとう、その情報が聞けるだけでも十分に対策が取れるわ」
    「おれは台車を守るのに夢中で、身を守る事しか出来なかった……。ちくしょう、情けねぇったらありゃしねぇ!」

     おおよそ、聞き取れるのはこれで全ての模様。
     ハイエナポケモンの他は、浮遊しているポケモンも目撃。体色の特徴からして鳥ポケモンのおおよそな仮説は否定される。
     あくタイプに、エスパータイプも関わっている……?

    (リグレー、も関わっているのか。持ってく道具にも、注意を払う必要がありそうね)

     戦い方次第では、道具を投げていても弾かれ、跳ね返される懸念も無くは無い。
     タイプごと、ポケモンの種族によっても防ぎ方が異なる点を知っている手前、あたしはこれまでの戦法を見直すに考えをシフトして行った。

    「今回はとことん飲んでやる! マスター、御水を一杯おくれ!」
    「……ごちそうさま。御代、置いておくね」

     半ば自棄っぱちになりながら、カウンター席に着いて飲み水を注文するタテトプスに礼を述べたあたし。
     リュックサックから財布を取り出し、自分たちの分の注文した額のポケを支払っていく。

    「お、御大事に、ね―― ま、待ってよ、チナ! ねぇ!」

     食べ終えて空になった食器とグラスを置いたままのテーブルから離れ、あたしの後を慌てて追いかけるジョッシュ。
     その傍ら、タテトプスの彼には小声ながら、見舞いの言葉を短く伝えるに留めて。

    「あ! チラーミィのねぇちゃん! まさかアイツらを倒しに……?」

     タテトプスがカウンター席から振り向いて呼び止めようとするが、既にあたし達は店の外。
     冷や汗を隠さずして、彼は開けられたままの扉の向こうをぼんやりと見つめていた。



     ∴



    「話が良く見えないんだけど……。チナさん、さっきの…… カウンター前で倒れ掛かってたタテトプスさん、襲われてた被害者なの?」
    「そう、真っ当な商売を邪魔されて途方に暮れてる当事者って訳。此処まで事情を聴いた手前、今更素知らぬふりなんて選択肢は考えてない」

     カフェバーから出てそう遠くない距離、石路の上で立ち止まりながら。
     あたしとジョッシュはこれまでの聞いていた情報を整頓する中、今後の行動にも視野を向けていく。

    「ジョッシュくん、まずは。今の道具の整頓並びに必要な品の補充をしなければね」
    「幾ら何でも無茶だよ、チナさん。さっきの傷からして何十匹のポケモンから…… ふ、袋叩きに近い攻撃を受けても、命辛々逃げ出せたって所なのに」
    「――リグレーよ。記憶を操作するであろうチカラを持った者なら、もしかしたら。手掛かり握ってそうだと思うから」
    「リグレーって、あのサイコパワーを用いるブレインポケモンの?」

     多数に無勢、数を気にして行動指針の直結に懐疑的に考える彼。
     あたしは、普段のポチエナ・グラエナ達の生態、群れを為して行動して行く特徴に反して協力者がいる旨に疑問を呈し――
     その犯罪に関わり、扇動させるに至っている者こそ、傷んだ桃色の布切れの真意に多少なりとも知っているのではないか、と目星を付けていく。
     先走りしやすいのは、既にあたし自身承知済みである。

    「今すぐでも強盗してった奴等の所に飛び込みたい所だけど。市場で、タネの在庫を確認してかなくちゃ―― 備えあれば憂い無し、って云うもの」
    「前者ならボクが止める所だよ? 一匹では質より量、押し戻されちゃう…… でも、チナさんにはそうまでして、チルトさんを」

     タマゴの入った保管器のケースを両手で抱えたまま、真顔であたしに目線を向けるジョッシュ。
     直情的になりがちなあたしに、立ち止まる様に促していくのも彼なりの配慮なのだろう。 
     此処まで来たのなら、情報を掴み取りたい焦りは一旦鎮静させ、あくまでも冷静に着手して行くべきだ。
     覚悟なら、とっくに決めている。迷いなど、当に捨てている。

    「ボクもヒトの事言えないけど…… 危なっかしくて放っておけないよ、チナ」

     やがて、彼自身頭に手を当てるも一瞬、あたしの隣に立ちながらもジョッシュは小さく息を吐く。
     止められないのならば、ボクも力添えをしていくだけ―― そう、彼の瞳には光が物語る。

    「此処からは、ボクも共に戦うから。今決めたの。助けられた恩を返せないで、拳法使いを名乗れないからね!」
    「……ありがとう、すまないわね」

     この言葉には、あたしにとっては一筋の“あさのひざし”の様に、温かな光に思えた。
     一匹、孤軍奮闘して行くよりも。二匹以上で背中合わせしながら戦い、難関を切り抜けていくのが少なからず良い。
     御礼と謝りがごちゃ混ぜになるのをそのままに、あたしも、自身の手をジョッシュの手に伸ばして力強く握りしめた。

     こうして、新たに旅の仲間として、あたしの目的に乗っかってくれる事となったジョッシュ。
     現場に直行する前に、作戦の要となるタネ、ふしぎだまなどの道具新調・売却を主としたポケ工面の為、都市内の市場へと向かう事にしたのだった。



     ∴



    「これで良しっと」
    「いやぁ、持ってるポケと商品とを見比べながら、買い物に精を出してくアナタには脱帽するよ」
    「道具一つとっても、大事なバトルの… これからを決める“カギ”になるかもしれない。一見丈夫そうなモノでも、欠けがあってはならないの」

     この時間帯でも賑わいを広げる市場から、あたしは新規の見慣れぬタネを手に、ジョッシュは荷物バッグと保管器のケースを大事そうに抱えながら離脱。
     物品の移送は少しだけとはいえ、目的の品が手に入った。準備万端である。

    「それに、何か怖そうな見た目のタネまで一つ、買ってってたけど―― な、何なんだろう。夢に出て来そう」
    「いざって時の十八番――“じゃあくなタネ”。まぁ、その出番が来ないのが何より良いだろうけど」
    「うぅむ、そうなるとボクらも助かるんだけどねぇー……」
     
     黒ずんだ禍々しい見た目のタネ。これでもきのみでは無いのだから、ポケモン達の鑑定眼には常々お世話になる。
     ポケットにじゃあくなタネを仕舞い込むと、あたしとジョッシュは東の方に――タテトプスの巻き上げられた品物を強奪し、逃走するに至る無法者達の行く先にキッと眼光を向ける。

    「ちょっとした御掃除序でに、盗まれた品を取り返してくよ」

     もう一つの本来の目的も、並行して大きく果たしていくまで。あたしはこれからの戦いを前に、唾を飲み込むのだった。


      [No.1730] Chapter.3 “差し伸べる手に偽りは無し” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/07/07(Fri) 00:04:00     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     保安官駐屯所の側にある掲示板近く。

     あたしと、縁あって共に待つ事を決めていたコジョフーのジョッシュの二匹は。
     号令と指示を出し合いながら現場へと向かう、保安官の任を務めているポケモン達の背中を静かに視線で追っていた。
     
    「これで、事態が収拾に向かうと良いけどね」
    「そう、ですね……」

     隣で回答に当たるジョッシュの顔は、前に見た時と同じく再び緊張した面持ちだ。
     話もそこそこに、あたしも彼も一旦押し黙る。
     とはいえ、沈黙こそ数秒で充分……だからこそ、聞いておかなければ。 

    「ジョッシュくん、アナタが追われていたのってもしかして――」
    「今思えば、やり方を考えれば良かったんだろう、けど…… ボクがこのタマゴを、み、密売から防ぐ為に。持ち逃げした事から起因してる」

     聞き込もうとする途中。ジョッシュは両手の保管器のようなケースに視線を向け、問いに答え出した。
     既に稼働されているのか、その装置にはスイッチのランプが入っている及び中にタマゴが入っているのがあたしにも確認出来た。
     今はまだ、動いている気配は無い。生まれてくるまではまだまだ時間は掛かりそう、と云うべきか。

    「見ず知らずの誰かに、生まれる前の命が買われて横流しされる―― そういう現実を一番に許したくなかったんだ」

     前半の言葉に、心臓の鼓動が早くなる感覚を覚えたが、あたしは何とか押し留めた。
     自分自身も含め、ポケモン達には出来る当たりのタイミングまで隠しておきたい事があるのだろう。
     このコジョフーの者も恐らく、目の前、近くで聞き出してた悪事に放っておけぬ気持ちに駆られたのかもしれない。   

    「生まれてくポケモンに、辛い目に遭わせたくなかった。そう云う事? 不確かな方法だとしても、何よりも守りたかったのは」
    「まぁね……。“この子”に大事が無かっただけでも、ボクにとっては安心だな。この御礼は必ず返します、チナさん」

     見てみる限り、保管器の中のタマゴの模様は… 三角と四角、赤と青色のもの。そして全体には白を基調としているのが特徴。
     推察は出来るとしても、あたしはその誕生するであろう種族については敢えて公言しない事と決めた。
     何せ、生まれて来てから初めて、祝福と共に種族の拝謁に繋がるのだろうから。

     暫くして、ジョッシュは伏せていた顔を元に戻すと、あたしに再度御礼を述べた。

    「ボク、物資を調達するのに手頃な場所、知ってるの。良ければ、アナタに教えて――」
    「あ、保安官さん!」

     ジョッシュはあたしの背中に掛けているリュックサックに視線を向け、道具群の回収・調達に適している場所の情報提供を伝えて行こうとして――
     ふと、駐屯所に戻ってくる一匹のポケモンの足音に気付いたあたしが彼から視線を外した為、紡ぐ言葉を一時打ち止める。

     白を基調とした、水色のうねる髪を特徴のすらりとした華奢(きゃしゃ)な体格のレッスンポケモン、ウェルカモだ。
     この集いの中央都市には、数々の見慣れない種族のポケモンも見受ける事か。

    「先程は貴方からの通報、並びに犯罪抑止の御協力に感謝します。おかげで容疑者4名、一斉検挙と相成りました」
    「良かったぁ……! あの、ありがとうございます……!」
    「いえいえ、礼には及びませんよ。集いの中央都市の治安を守っていくのが、私達の役目ですから」

     保安官の一匹であるウェルカモの答えに、丁寧にお辞儀をするあたしとジョッシュ。

     離脱する前に、あたし自身がタネやふしぎだま――ゴーリキーに攻撃打ち止め目的の為に投げ付けたばくれつのタネ、ドードリオに向けて壁に正確に角度反射も兼ねて打ち込んだ“曲射”込みのふらふらのタネ。
     彼らへの動き封じとして使用したしばりだま、仕舞いにはゴルダックに自身のしっぽで狙い打ちしたすいみんのタネ。

     元よりジョッシュ一匹を、あたしに対して喧嘩を売ってきた彼らにはそれなりの制約を与えていった手筈。彼、彼女達保安官の逮捕手順には少しでも手こずりが解消されただろうか。

    「最近は此処数日……スリや窃盗、薬物に際する情報提供を多く頂いておりましてねぇ。何がこう、路を踏み外すに至るのか……我々も考える時でしょうなぁ」

     ウェルカモは最後に顎を右羽でさすりながら、憂うような呻き声と共に締め括る。
     比較的丁寧に明るく対応をして下さるウェルカモの瞳を、あたしはそっと上目遣いになる形で見上げていく。

    「一つ、伺っても良いかしら。その情報提供の中に、“誘拐”のカテゴリは含まれてますか?」
    「誘拐? あぁ、ポケモンさらいの事ですね」

     ジョッシュがあたしとウェルカモ、それぞれに顔を向き直す所で。
     あたしは、チルトに関連する情報の収集に可能性を掛けるべく保安官のポケモンに聞き込みを入れてみる。
     ウェルカモは対等に、目をあたしの視線に合わせるようにしながら……暫く考えた後にこう回答に繋げてくれた。

    「少数ではありますがね――内部事情までは話せませんけれど、身代金要求などの線で受理してるものなら、幾らかは」
    「……。ちなみに、パチリスの子については?」
    「パチリスの子、関連の被害届……。うぅむ、今の所出ておりませんなぁ。新たに届の提出なら、奥で改めて手続きを――」
    「いえ、結構です。気になった事を知りたかっただけ」

     パチリス関連の行方不明案件、被害届が、この都市には出ていない――その答えを聞くに当たり、可能性は簡単に上向きになるものじゃないと思い知ったのか、あたしは額に手を当てる。
     ウェルカモから、一時保安官駐屯所の建物内に場所を移し、書類云々に署名・手続きをして下さる案を勧めてくれたが、丁重に御断りをした。

    「では、この場は私達に御任せを。引き続き、良い旅路を歩まれますよう……」

     身を震わせ拘束された容疑者たちが、次第に引っ立てられる。
     あたしとジョッシュ、二名の安全を確保する為に、ウェルカモは広場の方に羽を差しながら送り出した。
     終始、種族の違いに差別向ける事無く対応をして下さった保安官には後ろ髪を引かれる思いではあったが…… 小さく頷くと、足早に保安官駐屯所から立ち去る事とした。
     保安官のポケモンには、後々お世話になるかもしれない。協力的であった者も含めて、この御恩は忘れない。



     ∴



    「ふぅ……」
    「重ね重ね、ありがとうございます。ボクが、あのポケモン達の密売品を持ち出した事を…… 筋道逸らさない程度に話しを変えてくれて」
    「ううん、気にしないで。そのタマゴだって、アナタの一手と一歩があったおかげで今があるんじゃない」

     寂しそうな笑顔を向けながらも御礼を言うジョッシュに、“誇りに思ったってバチは当たらないわ”、と最後にあたしは締め括る。
     保安官に伝える通達の内容次第では、ジョッシュ本人も犯罪者として断罪させてしまう懸念も考えられた。
     潔白を証明する分も踏まえ、あたしが慎重に言葉のつながりと単語・キーワードを選択の上で治安の守り主達に伝えた点では、偽証にはならないと心の奥に反復して刻み込む。

    「えっと、チナさん。良いの? その、パチリスさんの事……」
    「この都市にはまだ、あたしの友人が連れ去られている事は認知されていない。その情報が分かっただけでも、これからのプランを変えてく必要がある」

     おずおずと、彼があたしに問いかける。
     右手をぎゅっと握り締めながら、昔の事、ウェルカモからの話された事を、思い返すように呟き今後の事を考えていた事もあり、少し仏頂面気味に向き直ったのは一瞬。
     すぐさまジョッシュが不安にならない様に、あたしは表情を戻していく。

    「あの子の御両親から、強く御願いされてるから。“どうか彼女……チルトを見つけて下さい。助けて、下さい”って。諦める気なんて微塵も無いわ」
    「チルト、さん……その子がチナさんの探してる……」

     あたしの友人、チルトを名前から打ち出す事により、ジョッシュもすぐさま理解しようと努めてくれる。
     例え気休めに近くても、ありがたかった。普通のポケモンなら他人事だろうとして、厄介事に関わる事無く離れてしまうから。

    「ジョッシュくん、もし良ければ何だけど。この都市にタウンマップが配備されてる場所の案内、御願いしても良いかな?」
    「タウンマップーー分かりました、街全体の状況を把握するには打って付け…ですもんね! 付いてきて」
    「助かるわ、地図が有ると無いとでは状況の把握に違いが生じるもの」

     肩掛けバッグとタマゴの入った保管器のケース、それぞれを所持したままジョッシュが口元を緩ませて頷く。
     そして、あたしに目配せすると、出来る限りはぐれないように距離を取りつつ、先導する様に案内に始めようと慣れた足取りで街路を歩いて行った。
     性格や応対の仕方もあるかもしれないが…… あたしには、ジョッシュの事は信頼できる、そう認識を改めるに至る。 

    「あ… ついでにあたしの呼び方、“チナ”で良いよジョッシュくん! こう、カラっとしてる位が丁度良いもの」

     さり気無く、あたし自身の他の方への呼称には触れなかったのは…… それ以上に親密になるのが、今の段階ではまだ怖いから、というのもあるかもしれない。
     我ながらバックパッカーとして、警戒心と信頼感の違いにはもう少し触れて行かなければならないだろう。
     例外を一つ作れるに至った、あたしの救い出した一匹のポケモンを追い掛けながら。チルトへの手掛かりをまた地道に探す為に、タウンマップを手に入れに行動を起こしていく。

     途方の無い、長い路になるとしても。あたしはあたし自身を、諦めない。


      [No.1729] Chapter.2 “バトルを制すはわざのみにあらず! アイテムテクニシャン!” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/07/04(Tue) 21:53:15     15clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     集いの中央都市、その街路は広く明るく開かれているのが特徴である。
     入り組まれた小さな裏道も同じ様に。

     あたしは息を吸い込むと、まずは追い掛けている側のポケモン達を離れた距離ながら目視しようと試みた。
     上手い事気配を殺しながら尾行が出来るのは、比較的印象に残りにくい灰色の毛並みと云った色合いのおかげとも云える。
     
    「……ラッタにドードリオ、ゴルダック、ゴーリキーか。背中向けていても、強者って感じがする」

     一体、あたしの持つノーマルタイプから見てすこぶる相性の悪い者がいる。
     ポケモンの体は割かし頑丈とは云っても、わざによるダメージは思うより受けてみるが一番に響く―― タイプ相性、くさはほのおに弱く、ほのおはみずに弱く、みずはくさに弱い。
     基礎はもちろん、その他の相性ゆかりでも思わぬ所で足を掬われるポイントがある点は、冒険の心得を通してよくよく覚え込んでいる。

    「それじゃあ、いつもの“作戦”で行きますか」

     建物の影、壁伝いに身を潜めながら。
     あたしは目標に向けての照準を合わせようと、タイミングに合わせて横に飛び出していく。
     右手から放たれたばくれつのタネが、空の陽射しに反射してキラリと光った。 



     ∴



    「こ、此方に来るなってば!」
    「悪いがよ、そうは問屋が卸さねぇんだな」

     一方、追われている側のコジョフーは、じりじりと距離を詰めてくるガラの悪い進化後のポケモン達を前に、保管器のようなケースをひしと抱え持ちながら次の一手を見出そうとしていた。
     落ち着きなく視線を周囲に右往左往、彼の頬から冷や汗が滴り落ちるのも見える。

    「そいつは俺らにとって大事な商売道具なんだよ。一攫千金になると云っても良い、とびきり貴重なねぇ」

     ――だから、返してもらおうか。
     もう一方、追い掛けている側の一匹であるラッタの者が、低く傍から聞いたら耳障りに近い声色でそう云うと。
     ドードリオとゴルダック、ゴーリキーもまた威嚇の目付き、怖い顔、骨鳴らしをさせながら詰め寄って行く。

    「ポケモンの大事なタマゴを何だと思ってるんだ……。これから生まれ行こうとしてる命が、お前達の夢に振り回されるなんて」

     キッと睨みを返すように、コジョフーが進化後のポケモン達に切り返しの一言を紡いでいった。
     まだあどけない感じの少年に近い高いトーンの声であるが、芯が強く一度決めた事は梃子でも動かぬ気持ちを聞き受ける事だろう。

    「見て見ぬフリしたら、この先一生後悔する! お前達には例え傷付けられても、渡さないっ!!」
    「んだとぉ!? いい子ぶりやがってテメェ!」

     毅然と拒絶の意思を伝えたコジョフーに、業を煮やしてゴーリキーが拳を握りながら勢いよく距離を更に詰める。
     そして先手とばかりに“からてチョップ”を繰り出そうとする。

    「その端正な顔を歪ませてや……うごぉわっ!?」

     炸裂音と共に爆風が巻き起こる。
     その刹那に、転ばせられる様にゴーリキーの者が吹き飛ばされた。

     ばくれつのタネ――食べた反動に於いて火力抜群の爆風を吹き付ける、優れた攻撃用の道具。
     今回は威嚇目的の為に投げ付けたとはいえ、威力が弱まるとしても相手の攻撃を打ち止めるには十分であった。
     これは、まだ作戦のその一に過ぎない。あたしは次に、左手の持ったタネを素早く右手に移し替え次の標的に、自慢のしっぽを使いながら建物の壁へと勢いよく打ち込んだ。



     ∴



     突然の出来事に驚いたのは、コジョフー並びに、追い掛ける側の進化後のポケモン達も同じくである。
     ドードリオが血走った眼を周囲に向ける中で、変異の正体を追おうとして―― 自らの身がガクンと落ちたかと思うと、赤く光った眼をそのままにゴーリキーに向かい“みだれづき”を仕掛ける。
     訳も分からず、周囲にいる誰かに攻め立てる。これは普通の状態と云うにはほど遠い。
     
    「お、おい! 俺だよ、突然目ぇグルグルさせて構え作ってんじゃ――ぐえぇ!!」

     泡を食う様に慌てた様子を見せるゴーリキーは、途中から可能な限りの防御態勢を作るしか出来ずに身悶えるばかりである。
     ゴルダックの者は目を見開き、共闘している仲間の失態に呆れと焦りを滲ませる。

    「何なんだよ、これ! くそっ、これでは計画倒れになっちまうじゃねぇか!」
    「……こ、“こんらん”してる。よく、分かんないけど」

     混迷を極める中、コジョフーは焦った表情ながら考察を披露する……と、同時に。
     路が開けたと判断するに当たり、彼らから距離を遠ざかろうとバックステップで素早く退き出した。

    「あ、コラ逃げんな! ――ていうか、いつまでもピヨピヨしてんじゃねぇドードリオ!!」

     目的としていた筈の相手から更に離れられ、怒号を放つと共に地団駄を踏むゴルダック。
     腹立ち紛れに今尚攻撃をぶつけるドードリオに、正気を戻させようと蹴りを入れた。
     咳き込むと共に、かそくポケモンの口元から殻とツバとが吐き出される。

    「いててて、ご、ごめんて……」
    「相変わらず容赦無いな、ゴルダックの旦那」
     
     目の色が元に戻り、自身を睨み付けるゴルダックにようやく自分の仕出かした事に気付いておずおずと謝るドードリオ。
     ラッタがその様子に、遅れながら起き出していくゴーリキーを見つめながら呆れた様な顔をあひるポケモンに移していく。
     ただでさえピリピリする雰囲気が、更に険しくなったのを肌で感じる。

    「これ、タネの投げられた後の滓! 黒く焦げたものと、その他の殻が証拠だ。俺達以外にも誰かいる――」

     作戦その二は効いてきている。そろそろ此方から出向いてやる番だ。

    「――随分とその子一匹の為に、御執心なのね」
    「誰だ!?」

     我ながらキザっぽい感じはしなくもないのだが、これまでに見聞きしていた事から整理するに当たり。
     既にあたしの中で救助の対象は決まっているのも然りである。
     お決まりの台詞には、お決まりの応酬で返すのが一つの流儀。時や状況によっては、アドリブを利かして変えたりもするけどもね。

    「あたし? あたしはね、通りすがりのバックパッカー。見ての通りただのチラーミィよ」

     左手にふしぎだまとタネを持ちながら進化後のポケモン達の後ろへと姿を現していく。
     話の中でいつ飛び掛かられても良い様に、摺り足ついでに回避態勢を整えるようにしながら。

    「一通りの話は聞かせてもらったわ。大のオトナ大勢が、一匹に寄ってたかって物品を返すよう強要するなんて、高が知れてるのよ」
    「さっきの爆発、それに仲間の同士討ち……アンタの仕業だったのか」

     ラッタやドードリオ、ゴルダック、ゴーリキーの敵対視。最初はコジョフーの彼だけに向いていたのが、必然的にあたしの方にも集まっていくのが分かった。
     傷を多く彩るに至ったゴーリキーの拳、ゴルダックによる“みずのはどう”の構えを見受けた為、次の行動の為にしっかりと気を高めていく。

    「おいたの過ぎるお嬢ちゃんには、仕置きが必要だな! ああん!?」

     威力こそ強いけれど、要は当ててこそ戦いは成り立つもの。当たらなければどうと云う事は無い。
     波状攻撃、二匹によるわざが飛んでくる中で、あたしは持ち前の身こなしを使ってくるりと前転、綺麗に捌きを披露してみせる。
     放たれた攻撃はいずれも、壁に当たって轟音と共にひびが入ったのが確認できた。

    「悪いけど、そう簡単にやらせないわよ!」

     あたしは、負けじと二体のポケモンに向かって凄んでみせると。
     道具群のうち事前に左手に出していたタネを再度、軽業の様に右手に移し替えて。
     残ったふしぎだまを空に向かって掲げ、その効力を解放するスペルを唱える。そう、このふしぎだまこそ――

    「“その身を戒め、封じよ。時と共に抗う術すら失わせん!” しばりだま!」

     光が放たれ、砕けると共に。
     金色の波導があたしを中心に広がった刹那、ゴルダック、ゴーリキーの体に不可視の鎖が巻き付き締め上げていくのを見届ける。
     さらにコジョフーにもう一度飛び掛かろうとしていたラッタやドードリオにも効力が及んだのか、同じく束縛に囚われその身を硬直させていった。
     尚、既に遠ざかっていたぶじゅつポケモンには敵意を見せず救助対象として思考を向けていた為、彼まで巻き添えになるリスクは自動的に避けられた形となる。

    「――……!」

     当の縛られていった本人は、言葉すら紡ぐのも一苦労である。
     わざを当てようと構えを解き放った者からしたら、彫像になったように固められたも同じなのだから。

    「ついでよ、これも受け取りなさい!」

     しっぽを揺らし、準備運動を整えてから右手のタネを上に向かい放り投げると――
     あたしは勢いよく跳躍すると、ローリングの要領できりもみ回転をしたまましっぽで思い切り打ち込んだ。
     照準は狙い逸らさず、“しばりだま”の効果によって動けないゴルダック一匹に絞って。
     
    「……っ、うおあぁっ!?」

     飛んでいったタネは、ゴルダックの口の中に。
     為す術もなく、飲み込んでしまった彼が硬直が解けた時にはもう遅し――目が蕩ける様に、瞳の光を失わせてはその身をうつ伏せに横たえていく。
     ゴーリキーは青褪めた眼を、あたしに向けたまま固まったままでいる。

    「しばりだまはともかく、すいみんのタネの場合は仕入れがそう簡単じゃないのにね……。あーあ、勿体無い事したわ」

     でも、良い機会だわ。そのままオネンネしてなさい。

     クスリ、とあたしはにやけて笑う。 
     誰かがちょっかいを出さない限りは、彼らは一度たりとも行動を起こせない。
     必然的に戦いはあたし達の優位に立つ事となった。



     ∴



     その後は動けないままの進化後のポケモン達の脇をすり抜け、保管器のようなケースを持ったまま一部始終を見ていたコジョフーの前まで、あたしは駆け出して行った。
     幸い彼には負ってしまった傷は無く、物品も無事そのものである。

    「大丈夫? コジョフーくん」
    「あ…… チラーミィさん。えっと…あ、ありがとう……ボクに、力添えを、してくれて」

     助ける事の出来たぶじゅつポケモンの表情は、最初こそ強張っていたが。
     被ったバンダナの緩みを直しながらあたしが試みる問い掛けに、彼はようやく安堵のため息を付く。おずおずとお礼の御辞儀をしていった。
     一体何故追われていたのか、その経緯は後程聞いてみるとして…… 助けられた一つの結果に、あたしは口元を緩ませるだろう。

    「とりあえず、この場はあたしに任せて。今見聞きした事を、保安官に伝えなくちゃいけないからね」
    「そ、それなんだけど…… ボク、このタマゴを、彼らから取り返されたくなかったんだ。密売、その話を聞いてたから。……放って、おけなかった」
    「一匹で阻止してくには、危険とリスクが多すぎるわよ。助けられて一安心だけどね。一先ずは、黙ってあたしのやり方を見ていてなさい」

     何より、彼らを束縛から解除させてこの都市を阿鼻叫喚の広がる現場にさせるのは――あたしの心情が許さない。
     小さくも頷くコジョフーの彼に、あたしもまた相槌を打つ。
     少しばかり容量が空いて軽くなったリュックサックを背負い直しながら、この場を比較的厳しく取り締まる保安官の者達に――
     荒くれに近い4匹のポケモン達の処遇を委ねる事に決めたのだった。

    「えっと、その。アナタの……名前は?」
    「ん?」
    「ずっと種族名で呼び合うのは、何だから。ボク、コジョフーの…… んっと……」

     喧噪の場から一時的に離れ、保安官を呼び出すに当たろうと思考する中。
     タレ目のようにおずおずした視線を向けながら、コジョフーの彼があたしに聞いてきた。
     話す途中で時折円滑に話せず噛んでしまう様子には、少し首を傾げたのは否定はしないが…… 
     それでも、聞き取る分には問題は見受けない。

    「じょ、ジョッシュ=パウアーと申しますっ! 旅の、拳法使いです」 
    「ジョッシュ、くんね。良い名前じゃないの。アナタが名乗ったのなら、あたしも応える義理があるわね」

     すぅ、と息を吸いながら。そして吐き切った折にあたしは名乗りを返していく。

    「チナ=コースフェルト。友人を救出する目的の為に、旅をしている…… バックパッカーの一匹よ」

     目を小さく見開いて、その名乗りを真剣に聞いているぶじゅつポケモンーージョッシュの姿を、あたしは細々と焼き付けていた。


      [No.1728] Chapter.1 “託せし願い! 友を想う冒険者!” 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/07/04(Tue) 21:48:36     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     平穏や小さな日常は、いとも簡単に砕けてしまうもの。
     たとえ偽りであったとしてもしがみつく、その者が如何に多い事だろう。

     誰もが絶望に喘ぐ事無く、幸せに暮らせる世界。
     そんな理想は端から存在しなかった。

     繰り返し起こる自然災害、留まる節目を知らないお尋ね者ポケモン達による犯罪の横行。
     現実とはこれらが厭でも突き付けられるもの、今に始まった事ではない。



     志あるポケモン達は、これらの現状に良しとしなかった。
     そういうあたしも、少数の一匹に当てはまるのだろう。

     不安に満ちあふれ先行きも不透明な、しかしながら草木や花が青々と成長する、その世界の一角を。

     草の生い茂る平らな路を突き進むように、バンダナを被り、灰色の毛並みとしっぽを特徴とした、大きなリュックサックを背負ったポケモン――
     チラーミィであるあたしは、目的の街へと歩を進めていく。



     あたしは、今を活きる。
     探険隊にもお尋ね者にも染まらない、ただのしがないバックパッカー。
     一匹の旅ポケモンとして。



     ∴



    「やっと辿り着けた。此処が、集いの中央都市……」

     石の敷き詰められた路上で立ち尽くし、あたしは目元に手をやり到着した都市の風景を暫し見つめていた。
     此処ならば、探し求めている者の手掛かりを掴みやすいかもしれない。

     立ち並ぶ建物、住み慣れた住民達の気配。比較的綺麗に舗装された街路に反響するであろう、マーケットの店員の掛け声も。
     屋根の上には旅の留まり木代わりに休憩をしているひこうポケモン、マメパトやキャモメ達の姿。
     同様に、他の旅ポケモンと思わしき者の姿も何匹か見受けた。

    「当の目的を果たす前に、まずは宿の確保かな」

     タウンマップの取得はそれからでも大丈夫。
     故郷を離れ、旅路を重ねて野宿も経験している手前、物資の確認並びに身なりの整容にもいい加減目を向けないと。 
     仮にもチラーミィ一族たるもの、毛並みが自然物に於ける不格好なアクセサリー塗れと云うのも、些か体裁が保たないだろう。
     あたしは宿屋を示す看板の掛かった建物に視線を定め、意気揚々と歩いていった。



     ∴



    「おや、こんにちは旅のチラーミィさん? 此処に御泊りかい?」
    「こんにちは――えぇ、よろしく。暫く何日か御厄介になるつもりよ」

     到着した宿屋は清潔をウリとしており、来訪者を温かく迎えてくれる空間として一つも申し分ない。
     宿の店主からの一声にさらりと挨拶を交わしながら、あたしはリュックサックのポケットの一つから手製の財布を取り出すと。
     銅貨、銀貨。そして紙幣。木のカウンター上にそれぞれ置いて、宿泊料の勘定を以て取引を果たした。

     あたし達ポケモンが使用しているお金、俗に云う通貨――“ポケ”と呼ばれる、生活に於いて必須なもの。
     よくダンジョンなどに落とし物として無造作に置かれているのもある当たり、軽い小遣い稼ぎとしておまけの収穫をしていくのもさもありなん、だろうか。 

    「“チナ=コースフェルト”です、と……」

     宿の記帳に、何を思うでもなく羽ペンで自身の名前を書き記す。
     そう、これがあたしの名前であり本名。

     どのような立場、目的であろうとも。常に自分に正直であれ。

     巷の犯罪に手慣れた許しがたき者の中には、偽名を上手く転がす手段で以て、その場しのぎとばかりに事なきを得る。
     旅の途中で聞いていた事だが、ウソにウソを重ねるようであたし自身は好き好まない。

     誇りを見失わないと心の中で反復しながら、書き終えた記帳を受付に知らせるなり宿室のカギを受け取ると……
     あたしはリュックサックを背負い直し、指定された宿の一室に向けて再び歩き出した。



     ∴



    「きのみと飲料は当分保ちそう。ふしぎだまも、節約してたからかさばる事は無い、ね」

     軽くシャワーを浴びて、身なりを整え終えてから数分後。
     宿の一室にて、あたしはリュックサックからそれぞれ出していた物資の確認を行いながら、深く安堵のため息を付くだろう。

     旅の始まりはいつだって、順風満帆に行かないのは頷ける。
     周囲に注意を配る上で、時として望まぬ逃亡や戦いを強いられる事もあったものの。
     今でも命がこうして繋いでいるだけ、あたしもまだまだ運は尽きていない。

    「……あの子の両親たっての御願いだもの、泣き寝入りなんて真っ平ごめんよ」

     ポケットから出すに至っている、傷んだ桃色の布切れを右手で一つまみ。
     そして視線を布切れから天井に移しては、ふっと今日に至る思いを馳せていた。



     ∴



     現在着いている中央都市から、かなり離れている“湖畔の見える丘の村”が、あたしと彼女――チルトの生まれ育った故郷の地。
     今から数十日前に起こった故郷における事件の、被害者の一匹の救出。
     旅の主軸がこうならば、後から付いてくる目的は。
     旅がてら行き交うポケモン達から度々聞く事となった犯罪情勢からなる、独自な“各地巡りの真実探し”とも繋がるだろう。



     発端は、刹那に“いあいぎり”を掛けられるが如くに近かった。



     あたしのトモダチであるパチリスの子、チルト=ノイナー。
     どこか風変わりな物言いをするおっとりとした、純粋で思いやり深いポケモンの一匹。

     家族ぐるみの仲良しな付き合いもあり、あたしとチルトは末永い親友の誓いを交わす上で、平穏なる生活を続けていこうとしていた。
     ――村に物見遊山ついでにやってきていた複数のポケモン達によって、彼女が連れ去られる形で行方不明になるまでは。

     当時、花畑牧場にてチルトにせがまれひなたぼっこと駆り出されていたあたしは、何時ものように将来を語らっていた。
     冒険と云う字が一言も掠らない中でも、成長して大人になった時にどのように活躍をして行こうか。

    『わたしは、どんな時でも他のポケモンを思いやれる様な、強くて優しい手を持てる……そんなパチリスになりたいの』

     夢見がちで、現実味の無いチルトのほわほわした受け答えに時折苦笑いしながらも、静かに変わらぬ友の絆と幸せとを包み込むようにしてたっけ。 

     今となっては、悔やんでも悔やみきれない。
     追い掛けた所で、あたしが石の出っ張りに躓き倒れてしまい――ただ、伸ばした手は虚空を掴むしか出来なかった。
     目を離したりしていなければ、あの時。トモダチの悲鳴と涙とを、防げたかもしれないのに。



     ∴



     加害者たちは直接、あたし自身の眼で見た訳ではない。

     その代わり、証拠足り得る品の一カケラを落としていったのを、みすみす放っておくものか。
     先程の桃色の布切れに目をやり、きっと睨み付ける。

     生地にはおおよそ、描かれている大樹のポケモンの絵。
     前の所持者が何を思っていたかは定かではないが、色合いの異なるバツ印が乱雑に、塗りたくる様にして上書きされているのを確認できた。
     第三者のポケモンからしたら、端から見てもどう云った意味を持つのかなんて見当も付かないだろう。
     しかし途方もなく小さな旅立ちのキーとなったそれを、あたしは強く握り締め。

    「待ってて、チルト。遠回りにはなるだろうけど、必ずアナタを助け出すから」

     友を拉致したあのポケモンたちの正体を突き止め、可能であれば然るべき報いを受けさせる。
     どんな形になろうとも、一度決めた目的を果たしてみせるのだ。
     この言葉と共に、バンダナの結び目をもう一度締めていった。



     ∴



    「さて、買い出しだね。幾種類のタネは補充していくべきかしら……ん?」

     外で何やら喧噪の声が聞こえる。それも、複数の怒鳴り声と足音も合わせて。
     あたしは深く息を吸い込む上で一室の窓に近寄り、そっと外の様子を覗いて見てみると。

     都市の街路を、落ち着きなく首を左右に振りながらも慌てて駆けていく、荷物バッグを肩に掛けた一匹のコジョフーの姿が。
     両手には保管器の様なケースを持っていた様だが……と、怒声を上げながら追い掛けるであろう複数のポケモン達も見受けた。
     遠くから見ていても、眼光鋭いに等しい人相の悪いポケモン。いずれも、進化後である事が分かる。

    「何だろう、追われてる?」

     すれ違ったであろう住民に、短いながらも謝りを入れて駆け去るぶじゅつポケモン。
     対して、同様の住民にぶつかったのにも謝りもせず悪態を付きながら、追跡を再開する大人数の進化後たち。

     きな臭さが、風と共にあたしの第六感に火を駆り立てる。
     肝心の保安官達は、まだ気付いていないと見て良いのだろうか?

    「……被害が出たとなったら、都市の皆が不安がっちゃうわ。大ごとになる前に止めないと!」

     双方がどのような経緯で今に至っているかは想像しか出来ない。
     しかし、一匹に対して“ふくろだたき”をして行くようなやり方はタイプ別における得意な戦い方があると云えど、少数の者からしたら見ていて気持ちの良いものでは無いだろう。
     だったら、自分が助けるべきポケモンは――



     ∴



     あたしは決意を固めるなり、窓を一旦閉めて行動に移していく。
     既にリュックサックから出して仕分け確認を終えていた道具の内、ふしぎだまとタネ数個。
     ばくれつのタネやふらふらのタネと云った、遠近兼用に扱える代物を取り出すと、軽業の様に左手でキャッチ。

     その工程を終えるなり素早くチャックを閉め、必須品の荷物入れを背負い直すと、そのまま空いてる右手でドアを開けて喧噪の現場へと向かって行った。
     念の為、宿屋を飛び出す際に一室のドアのカギは厳重に掛けておく慎重さも忘れない。

    「状況をよく注意して見なきゃ、特に相手との距離は。それに例え、どのようなタイプであっても観察は大事……」

     二足走行ながら、あたしは冒険の心得を繰り返し呟いていた。
     例え、相手のポケモンより戦う力が劣っていたとしても、自分には“道具の知識”が他の者より手慣れている。
     事態を切り抜けるには、単にわざのみに絞る必要は無いだろう。
     生き抜く為には必要な、戦術の一つなのだ。

     攻撃への対象、支援する上での対象。差し向けるべき鉾先を間違えるべからず。
     あたしは左手にある道具群のうち、ばくれつのタネを右手に移し替える―― 勢いよく、現場入りを果たしていく。

     どんな理由であろうとも、多人数で寄ってたかって的を絞った一匹をいたぶっていくやり方。
     そんなの、とても認められるものじゃない。

    「見て見ぬふりなんてしない! 手に届く範囲の困ってるポケモン、助けてみせる……!」


      [No.1727] Hope Packer 投稿者:ミュウト   投稿日:2023/07/04(Tue) 21:45:23     20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ポケモン不思議のダンジョン風】 【書いても良いのよ】 【チラーミィ】 【バックパッカー】 【冒険活劇】 【ホワイティ杯に感謝!

    はじめましての方は、はじめまして。お久しぶりの方は、お久しぶりですね。
    不定期更新の形ではありますが、此度暫くぶりにポケモンの小説にポツポツと手掛けるに至りましたミュウトと申します。

    この小説は、元々は“第二回ホワイティ杯ポケモン小説コンテスト - ここから始まる『第一話』 -”に、匿名の投稿者・アディーンミールとして投稿しておりましたものを、自由感想をいただきました中で数々の称賛と指摘点を元に、修正を施して読みやすい(?)様に試みてみた次第です。
    そして、少しずつ書き進めている間に昔に思い描いていた物語への情熱が再熱したのもあり、急遽此処の掲示板にお世話になる事となりました。

    ポケダンを基としたファンタジーな世界観、今でも好きをベースに… 問う作品に至ったも然りです!
    此度は、よろしくお願い致します。


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