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「き、君達は……誰だ?」
ハンサムは声の方向を見ると、何気なく問うた。そこにいたのは、ずぶ濡れになった何かを握り締めた2人の男女であった。
「ゴロウ、ユミ!」
「はあ、はあ……間に合ったぜ。大丈夫かダルマ」
ダルマは思わず目の覚めるような声で叫んだ。やってきたのはゴロウとユミだったのだ。
「君達、一体どうしたんだ? 用事なら後にしてくれないか」
「違う違う、俺達は証拠を持ってきたんだよ!」
「し、証拠だって? もしかして、その手に持ってる?」
ボルトはゴロウの右手を指差した。そこには1着の服があった。洗濯でもしてきたのか、しずくが滴り落ちている。
「そうです。この作業服、血が付いてるんです」
「な、なんだと? 血痕の付着した作業服……早速見せてくれ」
ハンサムの求めに応じ、ゴロウは衣服を広げた。この作業服は防犯カメラと同じく名札もアップリケもない。代わりに、大量の血液が胸部に飛散している。
「血痕だ。犯行の際に着ていたと考えて間違いないだろう。しかし、どこで発見したのだね」
「それがよ、俺達外に出て海を眺めてたんだ。で、ふと下を見ると何か引っ掛かってたんだよ。せっかくと思って釣り竿で引き揚げてみればこの有様だ」
「な、なんという偶然だ……」
ハンサムは半ば呆然とした表情で作業服を見渡した。一方、ダルマの眼には輝きが戻った。
「さあどうです、サトウキビさん。作業服が見つかった以上、反論のしようは……」
「……あるな」
「え」
「ようやく揃ったわけだ……ボルトが犯人だという決定的な証拠が」
「な、何を言ってるんですか。先程の証言にある矛盾と作業服で、あなたがやったという証拠が集まってしまったんですよ?」
ダルマはいまいちサトウキビの意図を把握できてないようである。それに答えるかのように、サトウキビが口を開く。
「そもそも、なぜボルトが疑われたか。作業服を着た人物が映っていたからだ。ではなぜ作業服ならボルトにつながるのか。……作業服なんざ、乗客の中で持ってるのはせいぜいあんたくらいだからだ」
「な……しかし、別の作業服を用意すればなんとでも説明できます!」
「ほう、そいつは面白い。なら、ボルトの部屋を調べてみたらどうだ? 作業服があったなら、すなわち俺の犯行。だが、なかった時は……わかるな?」
サトウキビは語気を強めり。それに臆することなく、ダルマは胸を張ってこう述べた。
「……ハンサムさん、ボルトさんの部屋を調べてみてください!」
10分後。調査に向かったハンサムが帰ってきた。手ぶらの彼は皆の注目を一身に浴びる。まずダルマが口を開いた。
「ど、どうでした? 作業服、見つかりましたよね?」
「……残念ながら、部屋に作業服、つなぎ及びそれらに準ずるものはなかった」
「……どうやら、決着がついたようだな」
サトウキビはため息をつくと、ハンサムに目で合図した。ハンサムはゆっくり頷くと、再び手錠を手に取った。
「血痕のついた作業服がある以上、もはや言い逃れできまい」
「お、おいおい、おじさんはやってないってば。ダルマ君、なんとかならないのか!」
「そ、そんなこと言われましても。部屋にないなら、船内全てを探しても出てくるはずがないですよ!」
ダルマは頭を抱えた。それを横目に、サトウキビはこう呟く。
「……残念だ、2人とも才能はあったんだがな」
「く、くそ……!」
ダルマは全力でサトウキビを睨み付ける。すると、突然ダルマの顔から驚きの色がにじみ出てきた。
「そういえば……サトウキビさん、やけに厚着だな。空調設備は万全なのに、汗だくだ。いつもより大きなサイズの服を着てるから、裾を引きずっている。いつもなら目立つはずの胸元のサラシも、首まで着物に覆われて見えないな。……あ、あぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「ど、どうしたのですかダルマ様!」
急に奇声を発したダルマを気にしてか、ユミがダルマに近寄った。
「……隠し場所」
「隠し場所、ですか?」
「作業服の隠し場所がわかったんだよ。……サトウキビさん、自分の無実を証明するためとはいえ、やはりあなたを告発するのは本意ではありません」
ダルマはうつむいて拳に力を入れた。
「ふん、御託はいらねえ。さっさと指摘してみな……聞いてやるぜ」
「……わかりました。作業服の隠し場所はここです!」
ダルマは、その人差し指をある方向に向けた。指先が示しているのはサトウキビである。
「サトウキビさん、あなたはその着物の中に作業を重ね着しているはずです。仮にボディーチェックを受けても、何を着ているかまではそうそう調べられません。あなたがその服を選んだのは、市長の小袖の色合いを考慮したからだけではない。着込んだ作業服を隠すためでもあったんだ!」
「……なるほど。では、事件の流れを説明してもらおうか。もうわかってんだろ?」
「ええ。……市長の部屋に作業服姿で入ったあなたは、背後からナイフで市長を刺します。その後自殺に見せかけるため、今度は胸を刺します。そして、被害者のかばんを物色します。今思えば、販売会の資料にシワがあったのは、機関室で仕事をしていたために汗が流れ落ちたからでしょう。物色を済ませたら、その中のものを捨てるなり盗むなりした。窓が開いていたのはそのためと考えられます。……部屋を出たあなたはボルトさんの部屋に侵入し、彼の作業服に着替え、血痕のついた作業服を海に捨て、緑の着物を着用した。これが、この事件の全てです。さあ……どうですか、サトウキビさん!」
ダルマはサトウキビに詰め寄った。全ての視線が彼に集中する中、彼は肩を震わせ笑いだした。
「……ふっふっふっ、やってくれるぜ。計画は大幅に狂ったが、それ以上に楽しめた」
「計画? 何かまた変なことでも画策してるのかい?」
「その通り。そろそろだな……全てが帳消しになるのは」
ボルトの問いに答えたサトウキビは、腕時計をチェックした。時刻は間もなく8時となる。彼は不敵な笑みを浮かべると、静かに右腕を振り上げた。
その時である。船内に爆音と衝撃が駆け巡った。不意を突かれたダルマ達はその場に転んだ。
「な、なんだ今のは?」
「どこかで爆発があったみたいだね」
「爆発? ま、まさか!」
地に這うダルマは、1人立つサトウキビを見上げた。
「そうだ、船内の各所に時限爆弾をセットさせてもらった。これからこの船は海の藻屑となり、俺を捕まえるための証拠は露と消えるのさ。では、さらばだ」
サトウキビはこう言い残すと、一目散に甲板へと駆けていった。
「ま、待て!」
これをハンサムがおいかけ、残りが後に続いた。
甲板に出ると、避難しようという乗客でごったがえしていた。船の底付近では黒煙と火の手が巻き上がっていている。救命ボートがゆっくり下ろされているが、かえって恐怖を助長している。
「いたぞ、あそこだ!」
ダルマ達は船首にサトウキビを追い詰めた。しかし、サトウキビは歩を止める様子がまるでない。驚くべきことに、彼はフェンスを飛び越え、そのまま海中にダイブした。しばし海面から彼の姿が消える。
「な、なんて無茶を。サトウキビさん!」
ダルマはサトウキビに呼び掛けた。だが、サトウキビは浮かび上がると、ダルマの言葉を無視してこう口にした。
「いいか貴様等、俺はあの時のことを決して許さない! 何があろうと、裁きを下してみせる。そのことを忘れるな」
サトウキビはそのまま、コガネシティの方向に泳いでいった。ダルマ達はそれをただただ見送ることしかできなかった。
「あの時のこと? サトウキビさん、あなたは何者なんだ……」
「おいおい、今はそんなこと考えてる場合じゃないよ」
「ダルマ様、一刻も早く脱出しましょう!」
「……ああ!」
・次回予告
命からがら逃げてきたダルマ達。ところが、1日過ぎたコガネシティはとんでもないことになっていた。さらに、あの団体も動きだす。次回、第33話「コガネシティを脱出せよ」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.13
我ながら、トンデモ推理連発だった気がします。皆さんは納得できたでしょうか。あと、いよいよ誰の台詞かわかりにくくなってきました。こんな調子で大丈夫か?
あつあ通信vol.13、編者あつあつおでん
「それじゃ、早送りしながら確認するぞ」
しばらくして、市長の部屋の前にビデオデッキ付きテレビが用意された。サトウキビはビデオを入れると、リモコンで操作を始めた。
「えーと、録画開始時間は午後4時か。この頃船に乗ったのでしょうか」
「多分な。空っぽの部屋の防犯なんて、尺の無駄遣いだからな」
サトウキビは早送りボタンを押した。特有のスリップ音を伴い、ビデオは勢い良く進む。
「そろそろ5時だね。まだ誰も入った様子はないなあ」
「乗客の往来なら何度かありますけどね」
ダルマ達はビデオに映る隅から隅まで目を凝らす。しばらくすると、あるものがカメラに捉えられた。
「あ、市長が部屋の前に。ちょっとゆっくりにしてください」
「了解」
ダルマの指示を受け、サトウキビは再生ボタンを押す。そこに映っていたのは、紛れもなく生前のカネナルキであった。
「なになに、時間は5時20分か。多分、僕達と会った後だろうね」
「なに、君達は被害者と接触していたのか?」
ハンサムが疑惑の目でダルマとボルトを見つめる。ダルマは苦笑いしながら答えた。
「接触といっても、世間話ですよ。そもそも、俺みたいな旅人が市長に敵意を持つ理由がありませんからね」
「むう、そうだな。では続きを見ようか」
ハンサムは再び映像に集中した。
「にしても、この映像かなり荒くないですか? 人の顔がいまいちはっきりしませんよ。服装くらいならなんとか判別できますが」
「……いつもあれほど言っておいたんだがな、『必要な経費だけ払うのは倹約だが、必要以上に節約するのは単なるケチだ』と」
「お、誰か来たみたいだよ」
ボルトが画面の右側を指差した。そこには、見慣れない格好の人物がいた。
「これは……作業服? どうしてパーティー会場にこんな服を着た人がいるんだ」
ハンサムが首を捻る間にも、作業服の人物はカメラの真正面に近づき、下の方に消えていった。
「消えた……」
「消えたんじゃねえ。カメラの設置場所を考えればはっきりする。この人物は部屋に入った」
「けど、顔はいまいちわからないね」
「全く、死んでまで他人に迷惑かけるとは、良い度胸してるぜ」
サトウキビがため息を吐いていると、作業服の人物はまたしても画面に出没した。
「何か、その作業服に特徴はないのかね?」
「そうですね……入る時もそうでしたが、何もついてないですよ。」
「ふむ、手がかりはなしか。では最後まで見とこう」
ハンサムはテレビの早送りボタンに触れた。ビデオの時間はみるみるうちに過ぎていく。
「ん……少し待て」
ビデオの時間が6時29分になると、サトウキビは再生ボタンをプッシュした。そこには、見慣れた人物がいた。
「これは、あんた達3人か。このカメラでも何とか判別できる」
「うむ、私が彼らを発見した時だ。この時彼らには動かないよう……なんだと?」
ハンサムは思わず目を丸くした。なぜなら、ハンサムが現場を去って1分もしないうちに、ダルマとボルトも画面下に隠れてしまったからだ。
「き、君達これはどういうつもりだ!」
「ああ、申し訳ないけど少しだけ調べさせてもらったよ。でも、僕達は現場のものに指1本触れてない。このことは一緒に入ったダルマ君が証明してくれる」
「ほ、本当なのか?」
ハンサムは呆れた表情でダルマに尋ねた。ダルマは冷静に答える。
「もちろんです。うっかり触ったりして疑われたら、たまったものじゃないですから」
「確かに、なら問題な……」
「異議あり」
その刹那、ハンサムの言葉を遮る声が飛んできた。皆が声の方向を注視する。
「さ……サトウキビさん?」
「ありゃりゃ、どうしちゃったのサトウキビさん。お腹痛いならトイレはあっちだよ」
「……さっきの作業服を見た時、まさかとは思った。しかし、これを見せられた以上庇うわけにはいかねえ。ボルトにダルマ、貴様らが犯人だ」
「……な、な、なんだってー! 俺とボルトさんが殺人犯?」
この瞬間、場の空気が完全に凍り付いた。ハンサムが即座に口を開く。
「証拠は? 決定的な証拠がない限り、逮捕はできません」
「ふん、証拠ならある。まあ、まずは俺の推理を聞きな。反論はその後いくらでも受け付けてやる」
「それなら、早いとこ聞かせてもらおうか」
ボルトはサトウキビに催促した。いつもの笑顔もどこへやら、刺すような視線をサトウキビに向けている。
「よし、では……。まず、5時半頃に1度目の来客。そいつは無地の作業服を着ている。作業服を着た乗客なんざ、ボルトしかいねえ。……それからあんた達が発見するまでは誰も入ってない。主犯はボルト、ダルマは証拠の隠滅を手伝ったのだろう。防犯カメラの映像が、それを証明している。……どうだ、何か反論は?」
「ぐぐ……反論したいけど矛盾がない」
ダルマは歯ぎしりをする。一方ボルトは余裕綽々と顔に書いてある。
「無地の作業服ねえ。確かに、映像の人物が着ている作業服はなんの変哲もないものだ。しかし、だからこそ矛盾が起こる」
「ほう、何がおかしいと言うんだ?」
「……僕の作業服には、名札がついているのさ! 名札がなければ、それはもはや僕の作業服ではないんだよ」
「あ、そういえば妙なアップリケを縫い付けてましたよね」
「しかし、そんなことはどうにでも説明できるのでは? 例えば、名札をはがしたと言われればどうにもならない」
ここでハンサムが1つ指摘をした。ボルトは待ってましたと言わんばかりにまくしたてる。
「それこそあり得ない話だ。作業服を持ってるのは僕だけなのに、わざわざ名札をはがす意味がない。そもそも僕は防犯カメラのことを知らなかったし、仮に知ってたら作業服なんか着ませんよ」
「ふーむ、そりゃそうだな」
ハンサムは何度もうなずいた。勢いに任せてダルマも続く。
「そ、そもそもサトウキビさん。もし俺達が犯人なら、あなたは当然無実でなければならない。その証明はできるのですか?」
「……アリバイか。逃げ口上にしては上出来だな。まあ良い、気になるなら教えてやる」
サトウキビはゆっくり口を開いた。ダルマは固唾を呑んで耳を傾ける。
「船に乗り込んだ後、ボルトと交代して機関室の手入れをしていた。しばらくして、パーティーの時間が近づいたから服を着替え、会場へと足を運んだ。飯を食べようとしたら刑事がやってきてここに連れられたというわけだ。どうだ、2人も証人がいれば疑いようがあるまい」
サトウキビは勝ち誇った表情でダルマに迫る。ダルマはダメ元でボルトとハンサムに確認した。
「ボルトさんハンサムさん、今のは本当ですか?」
「ああ、僕と入れ替わったのは間違いない」
「……君にとっては良くないことに、事実だ」
「うう、やっぱり。証言も短いし、どこかで揺さぶらないと」
ダルマは眉毛をへの字に曲げながらも、追及を開始した。
「あのー、服を着替えたのはやっぱり汚れちゃったからですか」
「中々鋭いな。機関室は蒸し暑いから汗だくでな、前もって用意していた何着かの中から着替えたのさ」
「はあ。緑を選んだのは市長を目立たせるためだそうですが、具体的にはどういう?」
「……赤い小袖」
「え?」
「市長は赤い小袖を着て出るから、補色の緑を使えば互いに際立つだろうという魂胆だ」
「そうですね、どこにも矛盾は……って、あれ?」
ダルマは一瞬はっとした。そしてサトウキビに人差し指を突き付けた。
「サトウキビさん、あなたは確かによく状況を把握している。けど、少し詳しすぎるようですね」
「……何が言いたい」
「被害者は生前こう言ってました、『今日の衣装を披露するのは初めてだ』と。つまり、まだ衣装は誰も見たことがない。しかしあなたは赤い小袖と、種類まで正確に証言している。被害者の衣装を事前に知る方法はただ1つ、部屋に入りさえすれば良い。つまり! あの時部屋に入ったのはあなただったのです!」
ダルマは全てを言い切ると、深呼吸をしてサトウキビの反撃を待った。しかし、サトウキビの口から放たれた一言は意外なものだった。
「……それで?」
「え」
「それがどうしたんだ。まさか、部屋に入っただけで犯人呼ばわりか?」
「そ、そんな! だったら俺達だって……」
「ああ、それは駄目だ。あんた達は2回も入った疑いがあるからな。まあ……血痕の付着した作業服でもあれば、話は変わっていたかもな」
サトウキビは明後日の方向を眺めた。ダルマは壁を叩いて嘆いた。
「くそっ、このままじゃ……」
「さあ、反撃はここまでだ。刑事、連れていってくれ」
「う、うむ。ダルマとボルト、船を降りたら……」
ハンサムは手錠を2つ取り出した。鈍く光るそれを見て、ボルトは観念し、ダルマは天を仰いだ。
その時である。天から声が聞こえてきたのであった。
「ちょっと待ったー!」
「これを見てください!」
・次回予告
最後の最後で聞こえてきた天の声。これがダルマとボルトの運命を大きく変える。果たして真実は如何に。次回、第32話「逆転クルーズ後編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.12
今回サトウキビが言った「必要な経費だけ払うのは倹約だが、必要以上に節約するのは単なるケチだ」は、私も常に意識しています。どうせ長く使うなら良いもの買っておきたいと思っております。しかしDS本体は資金難のため中古を買いました。現実と折り合いをつけるのは難しいですね。
あつあ通信vol.12、編者あつあつおでん
「さあ、行くぞ!」
ただでさえ負けられない戦いだと言うのに、余計そうなってしまった。怒り、というよりも逆恨みに我を忘れた拓哉の目を覚まさせるには戦うしかない。
風見杯準決勝、互いの最初のポケモンは一匹ずつ。俺のポケモンはアチャモ60/60に対し、拓哉のポケモンはフワンテ50/50。超タイプのポケモンを使うのか。今まで見てきたデッキとは違うデッキのようだけど……。
「先攻は俺からだ。俺のターン。まずはアチャモに炎エネルギーをつける。そしてアチャモでバトルだ。火の礫! このワザはコイントスをしてウラの場合、ワザが失敗する」
エネルギー一つで威力20ダメージを叩き出せるワザだが、ワザの可否はコイントスに委ねられてしまう。大事な一手目なので、しっかり決めておきたいところだが。
「よし、オモテだ。ダメージを受けてもらう!」
アチャモは大きく息を吸うと、自身の顔の大きさ程ある火球を打ち出しフワンテにぶつける。ダメージを受けたフワンテ30/50はその煽りで遠くまで吹き飛ばされるが、ゆるりゆるりと場に戻る。
「けっ、早速やってくれるじゃねえか。今度は俺様の番だ。まずはフワンテに超エネルギーをつけ、フワンテでワザを使う。絡みつく」
フワンテはアチャモに近づくと、体についている紐のようなものをアチャモに巻きつける。
「このワザの効果はコイントスをしてオモテの場合、相手のポケモンをマヒにさせる効果だァ!」
マヒになるとワザを使うことや、逃げることなどありとあらゆる行動を封じられてしまう。序盤の急ぐ時に鬱陶しいことを。
「ちっ。ウラかよ。運の良い奴め。これで俺様の番は終わりだ」
アチャモは体をぶんぶんと繰り返し横に振ると、フワンテは振りほどかれて拓哉のバトル場に舞い戻る。よし、良い感じだ。このまま畳み掛けてやる。
「俺の番だ。お、いいカードを引いたぜ。俺はバトル場のアチャモをワカシャモ(80/80)に進化させ、ワカシャモに炎エネルギーをつけてからこいつを発動する。オーキド博士の訪問だ」
オーキド博士の訪問は山札からカードを三枚引き、その後手札から一枚山札の下にカードを戻す効果。ハンドアドバンテージとしては一枚しか稼げないが、不要なカードを一度手札から放すことを可能とする。
「続いてヒコザル(50/50)とノコッチ(60/60)をベンチに繰り出し、ワカシャモで攻撃する。火を吹く!」
この火を吹くもコイントスが絡むワザだが、アチャモが使った火の礫とは違い、ウラでもダメージを与えることが出来る。
このワザの基本威力は20だが、オモテならそれに20加算する事が出来る。……が、結果はウラ。
もしもここでオモテを出していれば40ダメージを与えることになり、フワンテ30/50のHPを消し飛ばすことが出来た。あと一歩届かないか。
「だがしかし、しっかりダメージは受けてもらうぜ!」
「ぐうっ!」
ワカシャモの口から橙色に燃える炎が吐かれ、フワンテ10/50を包み込む。次の番、あと一つでも有効打を与えれば有利な状況のままフワンテを気絶させれる。
「やってくれるじゃねえか。今度は俺様のターンだァ! ふん、フワンテに超エネルギーをつけ、フワンテを進化させる。さあ来いよ、フワライド!」
フワンテの姿が光に包まれながら、まるで風船が膨らむようにどんどんと大きくなり、新たなフォルム、フワライド50/90へと進化を遂げる。
もしもさっきフワンテを火を吹くで倒せていたら、拓哉のベンチには他にポケモンが存在しないためその時点で試合続行が不可となり、俺の勝ちとなった。
しかし進化してきたということは何かあるはず、過ぎたことを悩んでも仕方は無いのだが、それでもやはり惜しいことをしたと胸に突っかかりが残る。
「俺様はフワライドのワザ、乗せてくるを発動する。このワザの効果で、俺は自分の山札のたねポケモン二匹をベンチに出し、さらにそのポケモンそれぞれに山札から基本エネルギーを一枚ずつつける!」
「な、何だと!?」
ベンチに突如現れたヨマワル40/40と、ムウマージGL80/80。これで拓哉の場があっという間に潤ってしまった。
マズい。後攻なのに俺の場のポケモンよりもエネルギーの数が多い。まだ攻撃してこないのが幸いと言うべきか。
攻撃してこない。そうだ。あれだけ俺にいちゃもんをつけておいて一切攻撃する素振りを見せない。どういうつもりなんだ?
「来ないならこっちが攻めるぞ。俺のターンッ! よし。ワカシャモを進化させる。現れろ、バシャーモ!」
ワカシャモの体躯がより屈強かつ大きくなり、見慣れた頼れるバシャーモ130/130へと進化する。このデッキの二本柱のうちの一角だ。そしてもう一角を続けて呼び出す。
「手札の不思議なアメを発動。その効果でベンチのたねポケモンを、一、或いは二進化ポケモンへ進化させる。ベンチのヒコザルをゴウカザルに進化だ」
足元から突如現れたアメを一舐めしたヒコザルの体が光り輝き、あっという間に姿を変えて進化前のひ弱さを見せぬ大柄なゴウカザル110/110へと進化する。
「まだだ。サポーターカード、ハンサムの捜査を発動。その効果で相手の手札を確認する」
このカードの効果で相手の手札を確認した後、俺か拓哉の手札を全て山札に戻しシャッフル。その後手札が五枚までカードを引くことが出来る。
モニターに映された拓哉の手札は超エネルギー、ワープゾーン、ゴージャスボール、ポケモン入れ替えが二枚の計五枚。
「俺はハンサムの捜査の効果で自分の手札を戻し、五枚までカードを引く。今の俺の手札は0。よってカードを五枚引くだけだ」
一応最初から自分の手札の補給をするつもりだった。いかに拓哉の手札が良かろうと、俺の手札が無ければどうしようもない。
それにこのドローによって炎エネルギーを手札に加え、バシャーモにつければ威力100の炎の渦が使え、フワライドを気絶させることが出来る。
いかに拓哉の場の方がエネルギーに富んでいるとは言え控えにいるのはまだ貧弱なたねポケモンばかり。さっさと倒すに限る。
「くっ……!」
だが手札はそうはならなかった。狙ったか、と問いたいように炎エネルギーが来ない。これではフワライドが倒せないじゃないか。
いや、まだ可能性は0じゃない。百パーセント、にならないのが悔しいがまだ道は残されている。
「バシャーモのポケパワーを発動する。バーニングブレス! その効果で相手のポケモンを火傷状態にする」
「やってくれるじゃねえか!」
濃い赤の絵の具で塗りたくったような赤い炎がバシャーモの口から放出され、フワライドを苦しめる。火傷のポケモンはポケモンチェックの度にコイントスをして、ウラなら20ダメージを与える状態異常。これで足りない分を補うしかない。
「バシャーモで攻撃。鷲掴みだ!」
軽いフットワークであっという間にフワライドまで間合いを詰めると、鋭い突きがフワライド10/90を刺したと同時にフワライドを放さぬようしっかりと押さえつける。
「鷲掴みの威力は40だが、次のお前の番にこのワザを受けたフワライドは逃げることが出来ない」
「やってくれるねェ。さあ! 俺の番の前にポケモンチェックだ。……オモテ。火傷によるダメージは無し。残念だったな」
「だが逃げるを封じた以上、フワライドの状態異常を回復する術は僅か。次のポケモンチェックで気絶するかもしれないぞ」
「ここさえ凌げば特に問題はねぇよ! 俺様のターン。さァ、ゴージャスボールを発動だ。その効果で山札のサマヨールを手札に加え、ヨマワルをサマヨール(80/80)に進化させる。続いて手札からエネルギー付け替えを二枚発動! その効果でフワライドに付いている超エネルギー二枚をサマヨールに付け替える」
二枚移動したことでフワライドについている全てのエネルギーがサマヨールに移動した。フワライドを棄てるつもりなのだろうか。
「さらにサポーターカード、シロナの導きを発動だ。自分の山札の上から七枚を確認してそのうち好きなカード一枚を手札に加える。そして超エネルギーをサマヨールにつける。ここでフワライドのワザを発動。お届け。その効果でトラッシュに存在するカード一枚を手札に戻す。俺が選択するのはゴージャスボール!」
「手札に戻すだと?」
ゴージャスボールはトラッシュにゴージャスボールがあると使えない。だから普通は一度しか使えないのだが、使ったそれを手札に戻してしまえばもう一度使えると言う訳か。
なんてコンボだ……。しかもお届けはエネルギーなしでも使えるワザ。それも考えてエネルギー付け替えでエネルギーを全て移し替えたのか。
さらに続くポケモンチェックでもオモテで火傷のダメージをかわす。火傷で自然と倒れてくれればよかったものの、トドメを自ら刺さなくてはいけないから攻撃が一度手間になる。
「っ……。俺のターン! よし、ヒコザル(50/50)とアチャモ(60/60)をベンチに出し、バトル場のバシャーモに炎エネルギーをつける。フワライドにトドメの一撃だ。鷲掴み!」
バシャーモの一突きがフワライドを捉え、HPを最後まで削り取る。不本意な形だが、倒したことには変わりない。
「へっ。俺はムウマージGLをバトル場に出す」
「サイドを一枚引いてターンエンドだ」
いくら思い通りの展開では無いとはいえ、まだ俺は一切のダメージを受けてない。問題無い、まだまだ良い調子のはずだ。
しかし突っかかりはある。もしかしてこの後一発大きいのが来る予兆なのか? だとしてもそれに耐えきれるようなアドバンテージを稼がないと。
今の俺のバシャーモなら威力100の炎の渦が使える。これで並大抵のポケモンには対処出来るはずだ。来い、来てみろ拓哉。お前の力を見せつけてみろ!
「俺様のタァーンッ! ゴージャスボールだ。その効果でヨノワールを手札に加え、ベンチのサマヨールをヨノワールに進化させる」
サマヨールを黒い靄が包み込み、形をヨノワール120/120へ進化する。至って静かだが、それでいて重みのある存在感を放つそれに思わずたじろいでしまった。
ただ一点に俺を睨みつけるヨノワールは、ひたすらプレッシャーをかけてくる。目線をヨノワールから逸らそうとしても、ヨノワールの視線を感じてしまい引き戻される。ただ見つめるだけの無言の圧力に圧殺されてしまいそうになり、胸が苦しくなる。
「まだ俺様の番は始まったばかりだぜ。ムウマージGLに超エネルギーをつけ、トレーナーカード発動だ。ワープゾォーン!」
突然バシャーモとムウマージGLの足元に青い渦が現れ、二匹を飲みこんでしまった。かと思えばベンチにも青い渦が湧き、そこから飲み込まれたかと思ったバシャーモとムウマージGLが再び現れる。何のつもりだ。
「このカードの効果で互いにバトルポケモンをベンチポケモンと入れ替えなくてはならない。俺はムウマージGLの代わりにヨノワールをバトル場に出す」
エネルギーがついているバシャーモが次の番に猛攻をかけることを察して遠ざけたか。だったら。
「俺はゴウカザルをバトル場に出す」
ゴウカザルの逃げるエネルギーは0。次の番、ノーリスクでゴウカザルとバシャーモを入れ替えて攻撃すれば……。
「これでジャストだ! ヨノワールのポケパワーをここで発動する」
「何っ?」
「ヨノワールのポケパワーは相手のベンチポケモンが四匹以上の時、自分の番に一度だけ使う事が出来る。相手のベンチポケモン一匹を選び、そのポケモンとそのポケモンについているカード全てを山札に戻す」
「な、なんだと!?」
今の俺のベンチにはノコッチ、アチャモ、ヒコザル、バシャーモの四匹。うっかり前の番にアチャモとヒコザルを出したのが軽率だったか。
「俺が戻すのは当然、バシャーモだ! 闇の手のひら!」
ヨノワールが右手で拳を作り、それをやや後ろに引いてから閉じた手を開いて前に突き出す。突き出された手から発せられた濃い紫の靄がバシャーモめがけて直進し、バシャーモを包み込む。靄はやがて薄くなると、バシャーモと共に消え去っていく。
このエフェクト、対戦前に拓哉が男の子を幽閉したのとほとんど同じエフェクトじゃないか。
「ククク……。どうしたどうしたどうしたァ! ビビッてんじゃねえぞ。戦いはまだまだこれからだァ! ポケモンの道具、達人の帯をヨノワールにつける。このワザをつけたポケモンのHPは20上昇し、与えるワザのダメージを20増加させる。その代わりこの道具をつけたポケモンが気絶した場合、相手はサイドを一枚多く引くことが出来る」
達人の帯でHPが140/140に上昇したヨノワールは、両手で拳を作り力を蓄えている。威力を上げるのも厄介だが、俺のサイドは残り二枚。こいつさえ倒してしまえば。勝つことが出来る。ここは堪え時だ!
「ヨノワールで呪怨攻撃。このワザは相手のバトルポケモンにダメージカウンターを五個乗せる。更に相手が引いたサイドの枚数分のダメージカウンターを追加して乗せる。お前が引いたサイドは一枚、よって六個をそのゴウカザルに乗せる!」
ヨノワールは拳を解いたと同時に腹を突き出すと、腹部の口が開き、そこから赤い火の玉が六つ現れる。ふわふわとヨノワールの周りを漂っていたそれは、ヨノワールが右手でゴウカザルを指すと同時に飛んでいき、ゴウカザルの体へ入りこむ。
体を丸めてのたうつゴウカザル50/110のHPが半分程まで減ってしまったが、おかしい。達人の帯はワザの威力を上げる効果があるはず。だというのにその様子が見受けられない。
「そうそう。念のために言っておくが、呪怨はダメージを与えるワザではなくダメージカウンターを乗せるワザだ。だから達人の帯で威力を上げる効果の恩恵は受けられねえ。だがな、お前の今の場はエネルギーが0。そんな些細なことはどうだっていいんだよ!」
確かに言われる通り、俺はバシャーモにばかりエネルギーを乗せていた。そのバシャーモが場から戻されてしまった以上どうすることも出来ない。
「それでも諦めねえ! エネルギーが無くなったからといって、勝機が無くなった訳じゃない。まだまだこれからだ!」
「ムカつく野郎だ。いいぜ、来いよ! 全力のお前をブッ潰してこそ俺様の喜びも、より大きなモノになる。クカカカカカッ、ハハハハハっ!」
耳を突くような拓哉の笑い声が、ステージを覆う。どうにかしてあいつを止めてやらないと。さっきも言ったけど、チャンスは無くなったけじゃない。
拓哉の怒りは逆恨みだが、その元となったのは俺だ。だからこそ俺が拓哉をなんとしてでも倒さなくちゃならない。
「思い通りにさせてたまるかよ! 必ず勝って見せる!」
肝心なのは、次の俺の番。この一瞬の覚悟で全てが決まる。
「俺のターンッ!」
翔「今回のキーカードはヨノワールだ。
やみのてのひらで相手のベンチを削りつつ、
じゅおんでダメージを与えていけ!」
ヨノワールLv.42 HP120 超 (DP1)
ポケパワー やみのてのひら
相手のベンチポケモンが4匹以上いるなら、自分の番に1回使える。相手のベンチポケモン1匹と、そのポケモンについているすべてのカードを、相手プレイヤーの山札にもどし、切る。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
超超無 じゅおん
相手にダメージカウンターを5個のせる。さらに、相手プレイヤーがすでにとったサイドの数ぶんのダメージカウンターを、相手にのせる。
弱点 悪+30 抵抗力 無−20 にげる 3
ナゲキがやってきた。
平穏というのはこうして簡単に容赦無く終わるものだと彼は知っていた。
彼らの目的は木の実ではない。そんなものには初めから興味がなかったのだ。そう思うと彼は 何だか悔しかった。少しは興味を示せよ、という理不尽な怒りが沸き上がる程だ。
ナゲキは道着をのような布を纏った赤いポケモンだ。彼等は五匹で一組みの群れを作る。その目的は主に武者修行で、強くなるために積極的に草群から飛び出してくる。
そんなナゲキの群れが果樹園に姿を現した。木の実を取る様子がないので放っておくと、大事な木を敵に見立てて技の練習を始めたのだ。腰に縛っていた帯を巻きつけ、投げ技の練習に精を出している。彼が丹精込めて育ててきた木だ。そう簡単に折れたり倒れたりしないだろうが、黙って指をくわえて見ていられる程彼はクールではない。大事に育てた木なのだ。商売道具でもあるのだ。彼は慌ててポケモンで追い払うため、思いっきり笛を吹いた。
収穫や農作業、見回りを中断してポケモン達がやってくる。それに気づいたナゲキ達はやっと修行を中断し、彼等に向き合った。
「おーい、いるかー?」
ドア付きベルが響き渡る。木製のカウンターの向こうには誰も立っていない。彼は灰色のパナマ帽のつばを指で弾き、勝手に椅子に座る。そして備え付けの呼び鈴を鳴らすとしばらくしてからワインレッドのワンピースの女が現れた。
「あら、いらっしゃい。よく来てくれたわね」
レンタルポケモン屋『パートラーク』の女店主、クレタは嬉しそうに客を迎えた。
まるで百年来の友人の様に話すその応対が客にウケているのだろう。彼はたまに馴れ馴れしいと思わないことも無いではなかったが、彼女の開放的な性格には好感を持っていた。
「どうしたの? なんか疲れてる? ダメよー。仕事の疲れを私生活に持ち込むような生活してちゃ」
「それがな、ちょっと悪いんだが、借りたポケモンを返そうと思って」
彼女は狐につままれたような顔をする。胸にずんと重いものでも埋め込まれたような感覚に、彼は溜息をついた。相手が彼女でなかったら中々言えなかったかもしれない。
事情を話すと、彼の心配とは裏腹に彼女は笑い話でも聞かされたかのようにケラケラ笑った。
「そりゃあダメよ。格闘ポケモンにノーマルポケモンが簡単に勝てるわけないじゃない。それにあなたに貸したのはバトル用に育てた子達じゃないし。無茶よ無茶」
「面目ない。俺のポケモンも全滅して、どうにもならなかったんだ」
「え? 確か飛行ポケモンいなかったかしら? それでもダメだったの?」
「まぁ、今育ててるのはバルチャイだから相性としては万全ではないし、レベルもはっきり言って低いからな」
「そっか。それはちょっと困ったわね」
「もう少しレベルの高いポケモンをレンタルすると、やっぱり結構かかるのか……?」
カウンターに置いてあるレンタルポケモンのカタログを手に取り中を見始める。彼の言葉に彼女は肩をすくめた。
「あのね、誰にでも言う事聞くポケモンを育てるのって本当に難しいんだからね! ノーマルポケモンが一番クセがなくていいんだから。それにアンタんところはバトルすればいいってわけじゃないでしょ? 見回りとか果樹園の手伝いとか、そういう汎用性の高い子はやっぱりちょっと値が張るわよ」
「顔馴染みとしての割引価格は……」
「5匹のナゲキに確実に苦戦しないポケモン、強さと数――と、戦闘専門にしてもこんなところかしら」
黙って電卓を弾き、彼女が見せたその数字は覚悟していた額を遙かに上回るもので、彼はがっくりと肩を落とすしかなかった。
「うーん、もうこの際ナゲキ達を撃退できればそれでいいんだが……なんとかならないか? このままじゃ俺の大事な木がボッキリ折れちまう……」
「ま、返却はどのみちキャンセルね。また一から作業を教え込んでる暇も無いでしょ」
頭を抱える彼の姿を見て溜息をつくと、彼女は少ししてからニッコリ笑う。
「いいアイディアがあるわよ」
そう言うと、クレタは手近にあった紙に何か書き始める。それを見て彼はああ、と感嘆の声を漏らす。
「ポケセンに回復に行くでしょ? その時にこれ、渡して。あなたは頼みごととか苦手だから、これを渡すぐらいできるでしょ?」
「ああ、これなら子どもでもできるだろうな」
皮肉の込められた返事を聞き、彼女は前髪を弄りながら笑顔を見せた。
「すまないな。借りにしとくよ」
「レンタル屋だけどサービスでいいわよ。今後ともパートラークを末永くご贔屓くださいな」
受け取り、掌で礼をすると、彼はポケモンセンターへ向かおうと席を立ち、ドアに手をかける。
「ボトル」
ドア付きベルが小さく鳴った時、名を呼ばれ、彼は首だけで振り向く。
「ん?」
「なんとかなるわよ、きっと」
「ああ、今までそうやってきたからな」
「そうね。一人になっても何とかやってきたもんね」
その日のポケモンセンターは随分空いていた。自動ドアが開いた時から涼しい空気に浸ることができ、このまま帰りたくないなとも彼は思ってしまったが、そうもいかない。
「あら、ボトルさんいらっしゃい。木の実の配達、もうだったかしら?」
受付のジョーイはやってきたのが顔馴染みだとわかると嬉しそうに声をかけた。
「この間のオレンの実、とっても美味しかったですよ。センター利用者の方々にも評判で、何だか私まで誇らしくなっちゃいました」
「いや、今日は出荷に来た訳じゃないんだ。これ」
「ああ、ポケモンの回復ですね。少々お待ちください。今日は随分多いですねー」
ボールをカートで運び、回復マシンに入れると、お馴染みの完了を告げるメロディーが流れる。パソコンに映るステータスを確認するとすぐにボールを取り出し、ボトルの前に全てのボールが置かれる。
「お待ちどおさま。回復終わりましたよ」
「ありがとう」
「ボトルさん」
モンスターボールを渡すジョーイの表情はやや硬い。
「ご存知だと思いますけど、ここのマシンは何でも治せるわけじゃありませんからね」
「ああ、わかってるよ」
「この子達、かなり疲労が溜まってます。怪我は治ったけど、本当はしばらく休ませた方がいいんですからね」
「まぁ、目処が立ったらたっぷり休んでもらうつもりなんだけどな」
彼の返事にさらに何か言おうとしたところ、何かを突き出されて止められる。
「これ、貼ってもらってもいいか?」
それは果樹園のポケモン討伐依頼だった。ナゲキ達の討伐と果樹園の見回りをしてくれるトレーナーを募る手書きの広告になっていた。一目で誰が書いたものかがわかったらしく、クスリと笑い、ジョーイはそれを受け取った。
「これならボトルさんも農作業に専念できますね」
「でも、旅のトレーナーはポケモンの育成やバトルに忙しいだろうし、わざわざ農作業を進んでやるかな? そんな奇特な奴がいるもんかねぇ?」
「うーん、そうですね」
唇に手を添えて考え込むと、ジョーイは尋ねる。
「確かボトルさんの家、部屋は沢山余ってるって言ってましたよね?」
「ウチっていうか、果樹園ね。ああ、一応」
「そこを貸し出せばいいんですよ。宿泊場所と、ご飯も出してあげたほうがいいかしら?」
「住み込みを募集するってことか?」
「そこまでキッチリしたものじゃなくていいと思います。ちょっとした用心棒みたいなものかしら。トレーナーさんってお金がある人はいいけど、大抵贅沢できないからセンターに泊まる人も結構いるんですよ。宿泊施設じゃないからできることも限られてるし、飽きてる人もいると思うし。手伝いするだけで一日二日泊まれるならやりたいって人もいるんじゃないかしら」
「部屋も綺麗にしてるし、できないこともないか……」
「それにトレーナーさんなんだから、美味しい木の実をあげたら絶対喜ぶと思いますよ。バトルにも役に立つますから、あって困るものじゃありませんし」
それを聞いて、やっとボトルは安堵の表情になる。それを見てジョーイも笑顔になる。
「たしか募集広告のフォーマットは残っていたはずだから、簡単に手を加えてこちらで貼っておきますよ。お手伝いがいないと苦労するだろうから、私からもなるべく声をかけてみますね」
「なんか、何から何まで悪いな」
「いつまでも一人で切り盛りしようと思ったら倒れちゃいますよ。とにかく私に任せてください」
「じゃあ、頼むよ。今度の配達の時は、多めに木の実を持ってくるか」
「はい、楽しみにしてますね」
広告を見て集まったのは4人。ポケモンセンターに行った翌日にさっそく来たのは嬉しい誤算で、ボトルは満足していた。
一人目は上下色違いのピンクの迷彩で揃えた肩程まであるセミロングヘアの少女。名はエイミー。一体それはどこで何からどうやって身を隠すための格好なんだろうか、と彼は首をかしげる。もう一人はエイミーの友人らしき女の子、サクヤ。半袖にホットパンツの友人とは対照的に、膝丈スカートに長袖と少し運動には向かない格好で、ピンク迷彩の後ろについてくる感じのおとなしい子だ。しかしトレーナーというのは外見や性格で実力を測れるものではない。幼い子どもがジムリーダーやチャンピオンの座につくこともある。
「うーん、ここは切っとくか」
ボトルが作業をしていると彼の仕事が気になるのか、サクヤはチラチラこちらを見てくる。しかし人見知りをするのか声をかける勇気はないようだった。エイミーはというと機動力を持つポケモンを多く持っているらしく、かなり広い範囲の見回りを引き受けていた。本人も積極的に駆け回っており、木に登ろうとするミネズミに「コラーッ!」と大声で追い払う姿も見せている。
「木の実が入ったケース、運び終わったぞ」
三人目は長身の若者で、端正な顔に鋭い目付きは少し人を近寄らせない雰囲気を持っていた。カールがかった赤毛にやや褐色の肌、メンドーサという聞き慣れない名は他の地方からやってきたのかもしれない、とボトルは思った。口数も少ない仏頂面はあんまり人受けしないタイプだが、自ら仕事を引き受けに来たのだ、こういうタイプは自分で仕事を見つけて淡々とこなしていくものが多いので、仕事もバトルも期待できそうだ、と彼は思った。
そして最後に細身の男。妙に柔らかな物腰に丁寧な口調、そして適度に刻まれた顔の皺が年齢をあやふやにしている。笑顔を絶やさないが、それはどこかニヤニヤというのが似つかわしい笑みで、少々不気味にも感じる底が知れない男だった。
「いやぁ、たまには野良仕事も悪くないものですね。今晩のお酒が大変楽しみです」
オフキィという奇妙な響きの名の男は、進んで農作業を専門に手伝うと言い出した。討伐依頼を出すような野性のポケモンが出るところでは、自分のポケモンが戦闘では役に立たないだろう、ということだった。腕まくりしたワイシャツに紺のスラックスと随分動きづらそうな格好だったが、作業着を貸そうという申し出も頑として断った。「これが私の宣徳服ですから」とは本人の弁だが、首元のボタンぐらい外せばいいのに、とボトルは思う。手持ちのツンベアーも体力は十分にあるようで、力仕事をこなしても疲れる様子は無い。ますますこの男がわからないと、彼は思ったが一生懸命働いてくれるので文句は無い。世の中には変わった人間はいくらでもいるし、謙虚なだけかもしれないと自分を納得させ、彼は自分の作業に集中する。
ポケモンセンターから帰ってみると、ナゲキ達は姿を消していた。しかし、木には彼らが十分に修行したあとがしっかり刻み込まれていた。野生のポケモンは住処を簡単に変えないことの方が多い。戻ってくる可能性は高い。
そういった状況も説明しつつ、彼は四人のトレーナーに果樹園の地図を見せながら巡回範囲や雑務の説明をした。説明を聞き終わるとトレーナー達はすぐに手持ちを確認し合い、自分達の持ち場を決めた。それは驚く程スムーズで、彼等が旅慣れしていること、行く先でこういった依頼も何度かこなしていることがわかった。ボトルは心の中でクレタとジョーイに深く感謝した。
「あの、聞いてもいいですか……?」
気づくと後ろにいたサクヤがか細い声でボトルに言った。
「ああ、何?」
「えっと、その小さい木の実、不良品か何かなんですか? 見た目に悪いところはわからないですけど」
「ああ、これ?」
ボトルの手には先ほど取ったばかりのオレンの実が握られていた。確かに見た目におかしいところは無い。
「成長途中で木に生った実の数を減らすんだよ。実の数が多いより、ある程度少ないほうが十分に栄養がいって、大きくて美味い木の実になるんだ」
「へぇ、そうなんですか。全然知らなかった……」
「そのままじゃ酸っぱいんだけど、これはこれで熟したものより脂肪を分解する成分が多く含まれてるから、加工すればポケモンのダイエットなんかに使えるんだ」
感心の声を聞き、作業に戻ろうとすると、再びサクヤが言う。
「他にも聞いていいですか?」
良い木の実の見分け方、普段ポケモンにやらせている果樹園の仕事、周りにどんな野生のポケモンが生息しているのか……。次から次へと質問がされるので、作業をしながらボトルは答える。何度目かの質問に答え終わり、また次の質問をしようとサクヤが口を開いた時、遠くから怒鳴り声が聞こえた。
「サクヤ! いい加減にしなさいよ! あんたも働かないと、給料の半分はアタシが代わりに貰うからねー!」
「ご、ごめんなさい! すいません、また後でお話聞かせてください!」
走り去る彼女の背中を見て、彼はやっと解放されたと首を振った。しかし仕事が終わってからまた質問攻めが始まるのは目に見えている。ボトルは帽子を目深に被ると、そっと息を吐いた。
「頼まれていたことは終わった」
メンドーサが相変わらずの仏頂面で報告に来た。それはボトルが予想していた時間より遙かに早く、思わずまじまじと顔を見てしまう程だった。
「そういえばこの果樹園の――」
メンドーサが何か言おうとした時、高く美しい鳴き声で舞い降りるものがあった。
「ウォーグル!」
主人の呼び声に答えると、再び上昇したウォーグルは羽を散らしながらすぐに方向転換し、滑空してあっという間に飛び去る。
「奴さんが来たようだ」
「ナゲキか?!」
「ああ」
二人が全速力で駆けつけると、五匹のナゲキが例の木の場所にいた。二人が来たのを確認すると、ナゲキ達は叫び声を上げた。修行はしておらず、二人が来るのを待っていたかのように、前に出てくる。
「ウォーグル、お前は指示していたルートの巡回に行ってくれ」
上空で見張っていたウォーグルはナゲキ達を一瞥し、黙って飛び去った。それを見届けるとメンドーサは腰のボールを放つ。出てきたのはナゲキに似た青いポケモン、ダゲキだ。
「いけるな」
その呼びかけに、ダゲキは大声を上げ答える。ナゲキ達からは一匹が前に出て構えをとった。二匹はなにやら話し出す。どんな言葉を交わしているのかわからないが、穏やかな会話ではないのは明らかだった。そして、ダゲキが地を踏みしめて構えた時、戦いの火蓋は切って落とされた。先に動いたのはナゲキで、怒号を上げ飛びかかる。しかしダゲキは冷静に「ローキック」でスネを蹴り、痛みによろめいたところに「にどげり」が放たれる。一瞬の足技コンビネーションで、一匹目のナゲキは為す術もなく倒された。
仲間が倒されても他のナゲキ集団で襲ってくるようなことは無く、一匹ずつダゲキと戦った。ナゲキ達なりのフェアプレー精神というか、ルールが存在するようだった。
そのまま三匹目まで難無く倒し、ダゲキは四匹目もそれなりに体力に余裕を持たせて倒すことに成功した。残りは一匹。大将と戦う前に、メンドーサはダゲキを後ろに下げ、傷薬を使い体力を回復させる。治療が終わると、前に出たダゲキに対し、ナゲキは待ちかねたとでも言う様に肩を回す。その振る舞いには残り一匹に追い込まれたという同様は微塵も感じさせない。ダゲキの方が力量を測れずに戸惑っているようにすら見えた。
「よし、いけ!」
ダゲキを信じているのか、勝負に余計な横槍を入れないよう気を遣っているのか、そういう主義なのか、メンドーサはバトルの指示を出すようなことはせず、静かに見守っていた。口数の少ない主人の声援を受け、ダゲキが先制攻撃を繰り出す。しかし繰り出した「にどげり」は仲間の戦いで分析されていたのか、ナゲキに着実に腕でガードされ、足を掴んで放り投げられた。「あてみなげ」が見事に決まってしまった。
「ナゲキ出たって?!」
ウォーグルが知らせたのか、エイミーが駆けつける。 サクヤやオフキィも一緒だった。戦いの行方を見守る。
「こいつ、強いな」
メンドーサが呟いた。
確かに先程まで苦戦するような相手はいなかったが最後のナゲキは違う。ダゲキの攻撃を的確に捌き、避け、衝撃を見事に逃がして致命傷にならないようにしている。ナゲキがダゲキの袖や腕を掴もうとすると、大きく円を描く様に腕を振り、懸命に捕まらないように逃げる。ナゲキも何か感じ取ったのか、慎重に攻撃を繰り出すようになり、お互い距離を縮めたり広げたりと間の取り合いとなった。
「勝負は五分五分といった感じでしょうか」
「しかし、メンドーサ様のダゲキも相当鍛えているように見えますなぁ。そんな相手にナゲキは十分余裕を持って渡り合っています。野生であそこまでの実力を持っているものがいるとは、いやはや世間は広いものですねぇ」
「ダゲキの方が攻めづらそうね。無理もないのだけれど」
基本的に打撃技と投げ技では、投げ技の方が有利と言われている。投げ技主体の相手に対しては、捕まってはいけないので、手数が少なくならざるを得ない。ヒットアンドアウェイが基本となり、戦術が限られてしまう。そうなれば、自然と防御もやりやすくなってしまうのだ。
「ダゲキ、一度下がれ!」
指示に従い、距離を取る。二匹は荒い息を整えようと必死だった。しかし、メンドーサは休憩させるために間を空けさせたわけではなかった。
「やれ」
冷たい響きの一言を聞き、反射的にダゲキは前に躍り出る。ナゲキは待ちかねていたように、腰を深く落とした。今までに無い動きだった。掴むために襲い掛かってきた指はしっかり握られ顎を目掛けて突き出される。強かに打たれ脳が揺れる相手に流れるような肘や膝の連撃が打ち込まれた。ダゲキの奥の手「インファイト」が見事に決まった。ふらりと傾く宿敵の姿を見たナゲキが、無茶なスピードで動かした体の力を抜く。
「ダゲキ、撃て!」
前に倒れ込む体を捻り、地面に落ちる前に下から最後の攻撃を繰り出した。紫に怪しく光る指先が、ナゲキの右胸に吸い込まれる。技の副作用で解かれたガードにダゲキの「どくづき」がヒットした。ダゲキは地面に横たわり、ナゲキが膝を着き震えている。毒が回ったようだった。
ナゲキが顔を上げるのと、黄色いボールが当たるのはどちらが早かっただろうか。ハイパーボールはナゲキを吸い込み、何度か揺れると静寂が訪れる。戦いはナゲキの捕獲によって幕を閉じた。
「よくやった」
メンドーサの簡潔な褒め言葉を聞きなんとか立ち上がると、満足そうにダゲキが頷いた。そしてボールを拾って主人に差し出す。
「ナゲキ、出てこい」
ボールから出てきたナゲキはこれからの主とダゲキを確認する。毒消しと傷薬で治療を受けた後、仲間達を見た。彼等の顔は力無く俯いたり、苦渋に顔を歪めていたりした。
捕まったナゲキは残りのメンバーの元に歩み寄ると別れを告げていた。そのやりとりはなんとかリーダーを引き止めようとあの手この手でメンバーが交渉しているようだった。いくら言っても頑として聞かず、挙句に未練がましいメンバーを「ヤマアラシ」で投げ飛ばすと、振り向かずに主の元へ行った。
ガックリと地面に崩れ落ちる四匹は大将を見送ると、力無く足を引きずり、身も心も満身創痍のまま帰っていった。果樹園に手を出したのだから自業自得なのだが、トボトボ消えていく彼らを見ると何だか気の毒に思える程だった。
「おい、俺がお前を必ず強くしてやる」
メンドーサの力強い宣言に、ナゲキは深く一礼し、ボールに収まった。
「じゃあいこっか」
「世話になったな」
「お仕事ですから。それにこっちこそお世話になったわ」
朝、別れの挨拶をする二人の横で、サクヤは一人何か考え事をしているようだった。
メンドーサとオフキィは急ぎの用でもあるのか、日が昇り始めた頃に果樹園を発っていた。二人とも、報酬の賃金や木の実に満足しているようで、近くに寄った際はまた来る、というようなことを言って去った。
「ほら、サクヤ。行くわよ」
「あ、うん」
「じゃあ二人とも。旅、頑張って」
手を振ると、エイミーもそれに答えて歩きだしたが、サクヤは後に続かず立ち止まったままだ。ボトルが疑問に思い、エイミーもそれに気づいて振り返ったとき、サクヤは大きく口を開いた
「あのっ!」
自分でも大声に驚いたようだったが、ぎゅっと両手を握り、再び大きな声を出した。
「聞いてもいいですか?!」
「ああ、うん」
「ここで働く人、募集してませんかっ?!」
突然の申し出に、ボトルは呆然となるしかない。エイミーは鋭い眼つきで一喝する。
「アンタ何言ってるのよ!」
「私、ここに残って働きたい」
「旅、続けるんでしょ! 一人前のブリーダーになるための旅をしてるって言ってたじゃない?!」
「だから! ブリーディングには広い自由になる場所って必要で、あと木の実も重要で、それで――」
「あー、もうわかったわよ。アンタってば、いつもそうなんだから」
不機嫌そうな声とは裏腹に、エイミーは友人の決断を応援するような、優しい表情で彼女の髪を撫でた。
「で、どうなの?」
睨み付けるエイミーと、不安そうなサクヤの視線を受け、ボトルは帽子のつばで視線を隠しながら言う。
「ああ、こっちとしては人手不足だし、長期で働いてくれるのは寧ろ大歓迎だけど。いいのか?」
「はい! しばらくお世話になります!」
彼女が差し出した手をボトルは握る。その手は彼に比べて随分小さいが、予想していた以上に強く握り返された。
「じゃあここでお別れね。次に会うときはもっと成長してなさいよ」
「うん。エイミーも頑張って。ちゃんと目覚ましで起きてね」
「ばか。アンタと会うまでアタシも一人で旅をしてたんだからね」
「またね」
「うん、また。ボトルさんも、この子を頼んだわよ!」
「ああ。気をつけてな」
見送られるはずの者と一緒に、ボトルは少女の旅立ちを見送った。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「じゃあ、少しずつやっていこうか」
「はい」
ボトルは今日やるべきことを考えた。本日の作業計画を随分修正しなければいけない。仕事をのやり方を一から教えなければならないし、時間をかけて少しずつ分担していかなければならない。仕事だけでなく食事や生活なども今までどおりには行かない。やることも考えることも山積みだ。
「色々やらなきゃならないか。しばらくは今以上に忙しくなりそうだ……」
呟きが聞こえたようで、サクヤは苦笑いをするしかなかった。
こうして、ナゲキ達の襲撃をきっかけに、彼の日常は新しいものへと変わった。
日常は変化したら元に戻るのは難しい。それが日常になってしまうのだ、と彼は思った。
どうもクロトカゲです。初めての長編小説の投稿です。
オレンやモモンなど、お馴染みの木の実を育てる果樹園を舞台に、それにまつわる「育てる者」の物語を書いていきたいと思います。
楽しんでいただければ幸いです。
「おーい、1人だけだが関係者を連れてきたよ」
「あ、やっと来ました」
現場の調査をして10分ほど後、ハンサムが何人か引きつれて戻ってきた。
「……第一発見者が2人いるとは聞いていたが、まさかお前さん達だったとはな」
「あ、サトウキビさん。……その服、どうしたんですか?」
ハンサムの背後から、サトウキビが声をかけた。彼の服装は最後に会った時と違っていた。着流しが小袖、それも鮮やかな浅緑の小袖になっているのだ。また、妙に厚着なせいか汗が滝のように流れている。
「これか。パーティー用に新調しておいたものだ」
サトウキビは何気なしに答えた。同じ説明でも、市長とその補佐では随分様子が異なる。
「……うおっほん、そろそろよろしいですかな」
ハンサムは咳払いをした。集まった人々の視線が彼に集中する。
「皆さん、先程説明しましたように、カネナルキ市長が死亡しました。これから現場の検証と検死を行いますので、その間に聞き取り調査をします。よろしいですね?」
ハンサムの言葉に、全員が首を縦に振った。すると彼の後ろの部下らしき集団が市長の部屋へ乗り込んでいった。
「さて、まずは第一発見者のお二方に話を聞きましょうか。名前を教えてもらいたい」
「……なるほど、たまたま居合わせて部屋に入ったらこの状態だったというわけか」
「そうですね、そこにハンサムさんが来たんですよ」
「うむ、事情はわかった。それでは私も捜査に向かうから、3人はここで待っててください」
こう言い残すと、ハンサムは部屋の中に入り込んだ。後にはダルマとボルト、サトウキビが残された。
「……さて、時間が空いたな。少し話でもしとこうぜ」
サトウキビが話しだした。それにつられてダルマとボルトも口を開く。
「サトウキビさん、どうしてあなただけが呼ばれたのですか?」
「……仕方ないだろ、俺の仕事は市長の補佐だからな」
「ま、市長に近い人物だから当然と言えば当然か」
ボルトはサトウキビの言葉に相槌を入れた。
「それにしても、緑の着物とはまた思いきりましたね」
「そうか? 市長を目立たせるのが今回の狙いだったから、成り行き上こうなっただけなんだが」
「み、緑で目立つんですか?」
「ああ。いずれわかるようになる」
サトウキビは不敵な笑みを浮かべた。それに対してダルマは釈然としない様子である。
「ところで、サトウキビさんは市長に詳しいんだよね? 僕もそこまでよく知らないし、色々教えてくれないかな」
「別に構わない。とはいえ、俺もそこまでは知らないが」
サトウキビはボルトの頼みを聞き入れた。
「カネナルキは、元々新聞記者だった。10年くらい前にある事件に関する記事で世間の注目を浴び、その勢いに任せて市長選に当選する。しかし、お茶の間からの興味が失われた途端その立場は不安定なものになった。俺はもう8年くらい補佐をやってるが、その頃から既に議会に糾弾されてばかりだったな」
「はあ。他に何かありませんか?」
「そうだな……やつは左利きだ。それと、詮索好きだ。まあ、その性格が敵対勢力のあら探しなんかに役立っていたわけだが」
「……運が良い人なんですね」
ダルマは呆れたような口調でこぼした。
「おーい皆さん、検死が済みましたよ」
そこにハンサムが軽快な足取りで戻ってきた。その手にはメモ用紙を携えている。
「検死ですか。どうだったのですか?」
「まあまあ、慌てない慌てない。えー、『死因は胸から右手のナイフで心臓を刺されたためで、即死。傷口は背中にまで達するが、凶器と傷口の形は一致しない。心臓付近の傷口の幅は小さく、また皮膚近くの幅は大きい。なお、凶器の先端は背中に達していない。なぜなら、ナイフの刃渡りは10センチと、そこまで大きくないからだ』ということらしい。どうしても、死亡推定時刻まで正確には調べられないけど、大体これで合ってるはずです」
「なるほどなるほど……」
ダルマはハンサムの言葉を一字一句メモに取っている。ペンの音が重苦しい現場に響く。
「……ハンサムさん、あなたはこの事件をどう考えてるのかな?」
不意に、ボルトがハンサムに尋ねた。ハンサムは目の色を変えて答える。
「そうだな……まあ良いか。皆さん、既にこの事件は解決しました。今からその説明をしましょう」
ハンサムは右手人差し指と中指を右こめかみに当てると、こう切り出した。
「まず、凶器は胸に刺さったナイフで間違いない。ナイフは、被害者の右手に握られている。そこから導かれる結論は1つ。……自殺だ。被害者は自ら命を絶ったのだ! ……どうです、どこにも矛盾はありませんよ」
「た、確かに。じゃあ市長は自殺?」
ダルマは首を捻った。これにボルトが突っ込む。
「おいおい、矛盾なら1つあるじゃないか、さっきの話とさ」
「さっきの話? ……あ、確かに。ちょっとハンサムさん」
「なんだい?」
「今の推理……どこか矛盾しています!」
「どこか? 私の推理のどこに矛盾があるんだい?」
「先程あなたはこう説明しました、『死因は、胸から右手に握られているナイフで心臓を一刺し』と。しかし、サトウキビさんによれば市長は左利き。右手で凶器を握っているのは不自然なのです」
「な、何っ、左利きだと? ……ふっ、しかし。自殺である根拠は他にもある。これで証明してみせよう」
「だ、大丈夫かな……」
ダルマの頬を冷や汗が伝う。そんなことはお構い無しにハンサムは続ける。
「何も、自殺の根拠はそれだけではない。くまなく探してみたのですが……部屋には争った形跡がない。また、刺した回数が1回であることから、やはり被害者が自殺だったと断定できたのだ。これなら問題あるまい」
「……あのー、『刺した回数が1回』というのは?」
「うむ、検死の報告書によると『傷口は背中にまで達する』という。この他に外傷は見つかっていないゆえ、刺した回数が1回だと判断したのだ」
「……なるほどね、新しい矛盾が見つかったよ。あなた、本当に警察なのかな? 僕達が調査したほうが良さそうだよ」
ボルトは勝ち誇った顔でハンサムを挑発した。ハンサムもハンサムで、これに簡単に乗ってきた。
「む、そこまで言うなら示してもらいましょうか、どこが矛盾するのか」
「……さ、出番だよダルマ君」
「やっぱり俺ですか……。まあ、指摘する場所ははっきりしてますけど」
ダルマはさっきのメモを取り出しこう発言した。
「検死によれば、『凶器と傷口の形は一致しなかった』そうですね。ならば、凶器で刺されたのが1回と断定できるはずがない」
「ぐおっ、なんだと……」
「そもそも、『傷口は胸から背中にまで達する』にもかかわらず『凶器の先端は背中に達していない』。これをどう説明するつもりですか?」
「ぬぬぬ……ほわあぁぁぁぁぁ!」
「これは俺の仮説に過ぎませんけど、被害者は少なくとも2回刺されたんだと思います。刃渡り10センチでは、柄の部分ぎりぎりまで刺しても背中にまで貫通するはずがない。しかし、背中からも刺されていたとしたら? すなわち、被害者が自殺ではなく殺害されたのだとしたら? 状況は一気に変わってくるはずです」
「うんうん、中々厳しい指摘だねー。けど、あの人まだ何か言いたそうだよ?」
ボルトは人差し指で前方を指した。そこには、まだ納得していない様子のハンサムがいた。
「し、しかしだね。2回刺された証拠なんて……」
「……この人、まだ気付かないのか。ハンサムさん、よく考えてください。傷口はどのような形でしたか?」
「傷口? 確か、『心臓付近の幅は狭く、背中と胸の皮膚に近づくにつれ幅が広くなる』とあったな」
「そう、これこそが2回刺された証拠です。ナイフに限らず、刃物は先端ほど幅が狭く、柄に近づくほど太くなります。背中と胸でそれぞれ刺し、傷口がつながれば、『心臓付近だけ幅が狭い傷口』ができるのです。つまり! 被害者は1度背中から刺された後もう1度、偽装工作のために胸から刺されたのです。……いかがですか、ハンサムさん」
「……は、反論は……な、ない」
ハンサムは頭をかいた。ダルマは一息ついて伸びをした。
「いやー、さすがだねダルマ君。君は見事示したわけだ、『被害者は自殺ではなく殺害された』と」
「はあ、それほどでも……」
「……で、犯人の目星はついてんのか?」
「う! それは……」
久々に発したサトウキビの言葉がダルマにクリーンヒットした。それに乗じてハンサムも元気を取り戻す。
「そ、そうだ。殺害されたのなら犯人がいるはずだ。早く調査を……」
「その必要はないぜ、刑事さんよ」
「サトウキビさん?」
「……よく見てみな、部屋の扉の上を」
サトウキビは視線を扉の上に遣った。その先にあったのは、親指ほどの大きさの機械である。先端にはレンズがついてあり、ダルマ達を睨み付けている。すると、急にハンサムが叫んだ。
「ぼ、防犯カメラ!」
「そうだ。他の部屋の前には置いてないのを考慮すると、こりゃ私設防犯カメラだな」
「私設……市長、何か心配事でもあったのかなあ」
ボルトが首をかしげた。その時、サトウキビはある提案をした。
「なあ、せっかくだから見てみようぜ。犯人がいるなら、ここに映ってるかもしれねえだろ?」
「た、確かに。どうですかハンサムさん?」
「う、うむ。そうだな、全ての証拠に目を通すのは重要なことだ。早速見てみよう」
「では、俺がビデオデッキを借りてこよう。あんた達はおとなしく待ってな」
サトウキビはそう言い切ると、颯爽と上の階に移動するのであった。
・次回予告
防犯カメラに映っていた姿は、予想だにしない人物であった。決定的な証拠が飛び出した今、その人物の無実を知っているダルマはただただ矛盾を指摘する。その先に見えた真相とは。次回、第31話「逆転クルーズ中編2」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.11
最近1話当たりの容量が10000バイトすれすれになる傾向があります。携帯のメールで下書きしてるので中々厳しいです。
さて、この話は某法廷バトルのゲームソフトに多大な影響を受けております。皆さんはダルマより早く真実にたどり着けたでしょうか? 最後の傷口の形は屁理屈みたいなものですが、あとは分かりやすかったと思います。この調子で最後までいきますのでご期待ください。
ちなみに、ハンサムの口調はダルマと話す時とそれ以外とで変えてみました。気付いたかな?
あつあ通信vol.11、編者あつあつおでん
※微グロ注意。
「ここがパーティー会場ですか」
現在午後6時。ダルマ達はバトルの後、カネナルキ市長の資金パーティーの会場にやってきた。そこはボルトの販売会会場の隣にある部屋で、多くの招待客が食事をしながら話に花を咲かせている。また、奥にあるステージでは余興として音楽が演奏されている。
「このパーティー、表向きは市長の資金集めのために行われているから、販売会の会場と別にセッティングしているんだよ」
ボルトは辺りを見回しながら話す。その傍ら、ゴロウは料理、ユミは演奏に心奪われているようだ。
「なあ、俺達も食べても良いんだよな?」
「んー、ここに来ている人なら誰でも大丈夫だと思うよ」
「で、では私、向こうで鑑賞してきますね」
「ああ、どうぞごゆっくり」
ボルトに促され、2人はそれぞれの目的地へと向かった。
「さて、ダルマくんはどうするかな?」
「そうですね、ちょっとポケモンを回復させてきます」
「そっか、まだ回復させてなかったね。場所わかる? ここから2つ下の階にポケモンセンターがあるからさ、行ってみるといいよ」
「ご丁寧にどうも。ではちょっと失礼します」
「うーん、随分迷っちゃったな。この船広すぎるぞ」
しばらくして、ダルマは船内の廊下をうろついていた。ポケモンの回復は既に済ませ、パーティー会場に戻る途中である。彼は、この船の広さと部屋数とに辟易していた。
「早く戻って晩飯にありつくとしよう……あれ?」
ダルマは眼前に1人の男を確認した。ダルマは男に近づき話しかけた。
「ボルトさん、どうしたんですか?」
「ん? まあ、市長との打ち合わせに来たんだけどね……部屋の鍵が開かないんだよ」
「鍵が開かない? 何かあったんですかね」
「僕もそう思って、合鍵を借りてきたというわけ。あ、ちょっと待ってね、今開けるから」
ボルトは、手に持つ鍵をドアノブに差し、右に回した。小気味良い音と共に、ドアが開く。
「市長、入ります……よ……?」
ボルトは部屋に入った途端、顔がみるみる青ざめていった。不審に思ったのか、ダルマが部屋を覗き込む。
「ボルトさん、何をそんなに……う、うわっ!」
ダルマは腰を抜かし、無意識のうちに後ずさりをした。
「し、市長が死んでるー!」
ダルマは可能な限り大きな声で叫んだ。部屋に入って右側には仰向けになって倒れているカネナルキがいたのである。胸部には何かが差し込んであり、とても生きているとは思えない状況だ。部屋自体は畳が敷かれた和風のもので、左側の文机の近くに血だまりがある。文机の上には1枚の紙とかばんが置いてあるが、それ以外のものはない。
「おい、一体どうしたんだ?」
「あ、あなたは?」
ダルマが動けないでいると、上の階から男が下りてきた。コートを着た痩身の中年といった風貌である。
「私は国際警察の者だ。名前は……いや、コードネームはハンサム。それで、先程の悲鳴はどういうことだ?」
「そ、それが……人が死んでるんです」
「な、なんだと。つまり私の出番というわけか。君達、そこを動いてはダメだぞ。すぐに医者と被害者の関係者を連れてくる。被害者の名前は?」
「か、カネナルキ市長です」
「了解。それでは行ってくる。いいか、絶対に動くんじゃないぞ」
コートの男、ハンサムはそそくさと階段を駆け上がっていった。ダルマはそれを見送ると、重い腰を上げた。
「ふう、少し落ち着いたな。あのーボルトさん、あのおじさんが来るまでどうします?」
「……そうだなー、こっそり現場を捜査してみる?」
「捜査ですか。大丈夫ですかね?」
「まあ、普通はダメだろうね。でも、万が一僕らが疑われた時のために情報収集しておくのは大事なことだと思うよ」
「なるほど。では……観察する程度に調べましょうか」
「わかった。じゃあ入ろうか」
2人はそれぞれの履き物を脱ぐと、そっと部屋に忍び込んだ。
「さて、まずは死体からチェックしますか」
ボルトはカネナルキに歩み寄り、腰をかがめて眺めだした。ダルマもそれに続く。
「……死因は、右手で握ったナイフで一刺しってところかな。あまり刃渡りは大きくないみたいだし、背中まで貫通しているわけではなさそうだ」
「変わっている点と言えば、さっき会った時と服装が違うのと、右手人差し指に血がついているくらいですかね」
「……この服、真っ赤な小袖か。市長が今日披露するはずだった真っ赤な着物、多分これのことだね」
「まさか、こんな形で見るはめになるとは思いませんでしたよ」
ダルマはこう漏らすと、部屋にただ1つある窓を調べた。窓の外はもう日が暮れ、徐々に空と海が同化してきている。
「この窓、開いてますね」
「本当だ。けどおかしいな、全室空調が効いてるはずだよ」
「鼻をかんだちり紙でも捨てたんですかね。この部屋、ゴミ箱ないですし」
ダルマは部屋全体に目を遣った。あるのは死体、文机、紙、かばんのみだ。
「さすがにそれはないと思うよ。そういうのはかばんにでも入れて……あ、あれ?」
「どうしました?」
「……このかばん、中が空っぽだ。まさか、この紙切れ1枚のために使っていたのかな?」
ボルトは穴が開くほどかばんに見入った。しかし、ないものはない。かばんには何も入っていない。その脇を通り、ダルマは机に置かれた紙に目を通す。
「なになに、某製品販売会要綱、か。ボルトさん、某製品ってレプリカボールのことですか?」
「そうだよ。どこから情報が漏洩するかわかったもんじゃないし、ギリギリまで秘密にしていたんだ」
「なるほど。ん、この紙少しふやけていますよ」
「ふやけてる? あーなるほど、何かに濡れて乾いた時になるパリパリした感じのやつね。変だな、この部屋にある液体なんて、僕らの目の前にある血だまりしかないはずだけど」
ボルトは畳にべったり付着している血だまりを見下ろした。ダルマは思わず鼻を押さえた。
「血の臭いってのは中々慣れないものですね」
「ま、慣れてる人は逆に怖いけどね」
「確かに。……この血だまり、一部かすれてますよ」
「ありゃ、そうだね。何かあったのかな?」
「うーん、現時点ではなんとも言えないです。ただ、死体からは手を伸ばしても届かないですね」
「んー、言われてみればその通りだ。……さて、あらかた調べちゃったね。後は外で待っとくとしよう」
「はい。それじゃ、見つからないうちに」
ダルマとボルトは廊下に誰もいないことを確認すると、何事もなかったかのように部屋から出るのであった。
・次回予告
船内で起こった事件は、着実に進展する。新たな証拠、数々の推理、そして矛盾。これらの先にある真実とは。次回、第30話「逆転クルーズ中編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.10
このコーナーが始まってもう10回ですか。月日が進むのはかくも早いものと再確認させられます。
さて、しばらくバトルはお休みで推理の時間となります。寝る間も惜しんで考えましたので、楽しんでいただければ幸いです。
あつあ通信vol.10、編者あつあつおでん
扉が開く。足音が響く中、ハンガーから1着の衣服が下ろされる。
「随分不用心なことだ、鍵をかけないとはな。しかし、これが落とし穴になるとは誰も思うまい。さて、最も安全な場所に隠すとするか」
「いくでぇ、これがうちの切り札や!」
ジムリーダーアカネはピッピを戻すと、次のボールを放り投げた。ボールは弧を描き、彼女の「切り札」を繰り出した。
「ん、あれは確か……ミルタンクか」
ダルマは「切り札」を図鑑で調べた。名前はミルタンク、ノーマルタイプ。このポケモンから取れるモーモーミルクは全国的にも有名で、ジョウト地方の西部には牧場がある。耐久、素早さ共に高く、回復技もあるため粘り強い戦いを得意とする。
「何はともあれ、あと1匹倒せば俺の勝ちだ。頼むぜスピアー」
ダルマはスピアーに声をかけた。スピアーは進化したばかりのためか、荒らぶっている。
「あんた、ミルタンクをピッピと同じだと思たら痛い目見るで」
「望むところですよ」
「ふーん、やったらええねんけど。ミルタンク、まずは電磁波や!」
ここにバトルの第二幕が下ろされた。先手を取ったミルタンクはスピアー目がけて電撃を放つ。
「なんの、ダブルニードル!」
スピアーは電磁波を避けることなく果敢に攻めた。新品同様の腕から2本の針を発射し、ミルタンクの腹にヒットさせた。ミルタンクは針を振り払ったが、直後に顔色が悪くなった。
「よし、毒が効いたな」
「ほんま、毒が好きやな。ま、それもここまでや。頭突き!」
ミルタンクは、電磁波を浴びてスピードの落ちたスピアーに近づいた。そし
て、自らの頭をスピアーに打ちつけ始めた。
「チャンスだスピアー、こちらも反撃だ!」
ダルマはスピアーに指示を送る。だが、スピアーは何かに取りつかれたかのように動かない。1回2回は耐えていたが、ミルタンクの執拗な攻撃の前に、スピアーは為す術なく地に伏せた。
「す、スピアー!」
「どや、これがミルタンクの力やで!」
スピアーをボールに戻すダルマとは対照的に、アカネはまさに左団扇である。ダルマは歯ぎしりをすると、次のボールを手に取った。
「こうなったら……頼むぞアリゲイツ」
ダルマは2つ目のボールを投げ入れた。出てきたのは、毎度おなじみのアリゲイツである。牙を剥き、ミルタンクを威嚇するが、ミルタンクは平気な顔をしている。
「ふーん、そいつがあんたの切り札か。随分弱そうやな」
「そ、そんなことはないですよ。こいつは、幾多もの戦いをくぐり抜けた相棒です」
「なるほどな……。ほなウチも本気でいかせてもらうってするで」
アカネは浴衣の袖をまくった。艶やかな腕が露わになる。周囲の男達の鼻の下が伸びたのは言うまでもない。
「うーん、これはちょっとまずいな。形勢は極めて彼に不利だ」
外野では、ボルトもニコニコしながら戦況を分析する。彼の鼻の下もまた、よく伸びている。ただ違うと言えば、鼻血が垂れていることだ。その横ではユミが右手を拭いており、ゴロウは彼女と距離を取ろうとしている。
「おっちゃん、ダルマはどれくらい不利なんだ?」
「お兄さんだ。そうだね、勝負が決まったと言えるくらいかな。さっきのスピ
アーの惨状を見ただろ? あれがアカネちゃんの強さの秘訣、『まひるみ』なんだ」
「まひるみとは、どのようなものなのですか?」
「……まひるみは、相手を麻痺させてからひるみ効果のある技で攻め立てるという戦術さ。麻痺せず、しかもひるまないで動かないといけないから、行動回数が著しく減る。ダメージを受けずに何回も攻撃できる、とも言えるね」
「でもよ、普通に攻撃していれば勝てるんじゃねえのか?」
「ああ、みんなそう言って彼女に負けるんだよ。君も彼女に挑むなら、まずはしっかり見ることだ」
ボルトが声を出して笑い上げた。ゴロウは再びバトルに目を遣った。
「まずは水鉄砲で様子見だ!」
先に動いたのはアリゲイツだ。手始めに水の弾丸を2、3発ミルタンクに撃ち込んだ。ミルタンクはこれを腕で受け止め、アリゲイツに接近した。
「逃がさへん、電磁波や!」
ミルタンクはスピアーの時と同じく弱々しい電気を、アリゲイツに浴びせた。アリゲイツは一瞬うずくまるものの、なんとか立ち上がる。
「隙あり、頭突き攻撃や!」
「負けるなアリゲイツ、水鉄砲を乱射してやれ!」
こうして激しい殴り合いが始まった。とは言うものの、実際はミルタンクの独壇場に近い。ミルタンクは何度も頭部を叩きつけるのに対し、アリゲイツはひるみと痺れで思うように攻撃ができていない。しかし、幸いにもスピアーの置き土産である毒がまわってきたようで、ミルタンクはアリゲイツから離れた。一時的に解放されたアリゲイツには脂汗がにじんでいる。
「く、くそ。毒が効いてくるの遅くないか?」
「んー、もしかしたらそれ、食べ残しのせいちゃう?」
「た、食べ残し? なんですかそれは」
「……これはびっくり、食べ残しを知らんトレーナーがおるとはな」
アカネは目を丸くしてダルマを眺めた。
「あのー、できれば教えてくれませんか?」
「うん、ええよ。食べ残しってんは、持たせたらちびっとずつ体力を回復できる道具や。これである程度毒のダメージを減らしとったちゅうわけや」
「な、なるほど。しかし、毒がまわってきていることに変わりはない。もうちょっとでこっちの勝ちだ」
「そらどないんちゃう? ミルタンク、休憩がてら一杯飲むんや」
アカネは勝ち誇った顔をした。ミルタンクは、どこからともなく白い液体が入ったビンを取り出し、それを気持ちよさそうに飲み干した。すると、ミルタンクの顔から疲れの色が抜けていくではないか。
「な、なんだありゃ? ミルタンク、体力回復しちまったぞ」
これに驚きを隠せないのは外野のゴロウである。ボルトは頭をかきながら説明した。
「そうなんだよ、あれがミルタンクのアイデンティティーとも言える技、ミルクのみだ。効果は至ってシンプルで、体力を回復する。多少毒がまわったところで、回復が追いついちまう」
「しかし、回復する時は攻撃のチャンスなのでは?」
「普通ならね。けど、今アリゲイツは麻痺しちゃってるだろ? これにより回復の隙ができる。アカネちゃんのミルタンクにはこういうカラクリがあるのさ」
「じゃ、じゃあダルマは……」
ゴロウは食い入るように戦況を見守る。しかし、見れば見るほどダルマが不利なのがはっきりしてくる。
「どない? うちのミルタンクは。強いやろ」
「ぐぐぐ……」
ダルマはぐうの音も出ない。周囲は決着がつくのを今や遅しと待っている。
「さて、ぼちぼち決めようか。頭突き!」
一息入れて体力を回復したミルタンクは、今一度アリゲイツに向かって歩を進める。
「く……こうなりゃやけだ。アリゲイツ、まもるだ!」
ミルタンクの前進に対し、アリゲイツは腕を交差して構えた。
「時間稼ぎなんて無駄や。そのまんまいてまえ!」
ミルタンクは強引に攻撃を加えた。アリゲイツは、歯を食い縛り必死に守る。
「あと少し……あと少しでなんとか……!」
ダルマは全ての神経を研ぎ澄ました。彼は勝機を見出だそうと、血眼になってバトルの行方を注視する。
その時である。ミルタンクの顔に、疲れが見え隠れしてきた。ここが勝負所と、ダルマは人差し指をミルタンクに突き付ける。
「もらった、ばかぢからだっ!」
「な、なんやって!」
ダルマの叫びに、アカネの表情が凍り付く。アリゲイツはミルタンクの攻撃をなんとかこらえ、鳩尾にあたる部分を全力で殴り付けた。この衝撃で、ミルタンクは一直線に吹き飛ばされ、アカネの足元で転がった。
「み、ミルタンク、しっかり!」
アカネの懸命の声かけも及ばず、ミルタンクの意識は遠退き、そして倒れこんだ。
「……はあー、勝ったー。もう駄目かと思った……」
勝利を確信したダルマは、思わずその場に座り込んだ。外野からは多くの悲鳴と少しの驚喜がこだまする。
「ダルマ!」
「ダルマ様!」
その騒ぎを縫うように避け、ゴロウとユミが駆け寄ってきた。その後ろからボルトがのんびり歩いてくる。
「ダルマ、中々やるじゃねーか。けど、あんな隠し玉あったんなら、なんですぐ使わなかったんだ?」
「ああ、ばかぢからは使うと能力が落ちるんだ。下手に使ったらかえって危ないと思ったからとっといたんだよ」
「それにしても、今のバトルは素敵でしたよ」
「はは、そりゃありがとう。けど、今回の勝利はアリゲイツのおかげだな」
ダルマは苦笑いしながらアリゲイツをボールに戻した。
「うーん、うらやましいねえ、こんな可愛い女の子にそんなこと言ってもらえるなんてさ」
「あ、ボルトさん。時間は大丈夫なんですか?」
「もちろん。今が6時だから、もう少しだね。さて、そろそろ例のものを受け取ったほうがいいんじゃないかな」
ボルトは軽く目配せした。ダルマはすぐ、何かを手に持つアカネに気付いた。
「あんたごっついな、こないな強いトレーナーは久しぶりや」
「あ、ありがとうございます」
「ちゅうわけで、これをプレゼント。レギュラーバッジ、大事にしてな」
アカネはダルマに、ジムバッジを手渡した。ダルマはそれをまじまじと見つめ、こう呟くのであった。
「……これで3個目。あと5個でポケモンリーグ、これからも頑張るぞ!」
・次回予告
ポケモンを回復させに空いている部屋を探していたダルマ。その時彼は、あるものを見てしまう。彼が発見したものとは一体? 次回、第29話「逆転クルーズ前編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.9
最近、中谷彰宏氏の「『!』は使わない」という言葉を意識して台詞を考えてます。いかに記号を使わずに表現するか。例えば、次回予告の最後の部分「ダルマの明日はどっちだっ」は、以前は「ダルマの明日はどっちだ!?」といった感じでした。気付いた方はいらっしゃるでしょうか?
ちなみに、同レベルで努力値無振りアリゲイツのばかぢからでは、防御特化ミルタンクの体力を、最大でも45%程度しか削れません。話通りにバトルをする時は、必ず毒を入れましょう。
あつあ通信vol.9、編者あつあつおでん
緊張してきた。何もないのに何かしないと不安になるから、意味無く辺りをキョロキョロ見渡したり、手を握って開いたりを繰り返す。
こんなにジーッとしていられなくなるとは思わなかった。落ち着きがないとは割と普段から言われて来たけど、まさかここまでとは。
ついにやってきた準決勝、同級生の藤原拓哉を倒し、風見と恭介のどちらか決勝に上がって来た方を倒す。そうすれば優勝だ。賞金だ。
だが、気になるのは藤原拓哉。拓哉がなぜ準決勝に残っているのか。前々から学校で幾度となく対戦していたが、悪いがそこまでの実力を感じなかった。
しかし現にここまで来たということは、何かあるということなのだろうか。もちろん、やるからには油断はしない。全力でやるつもりだ。
『準決勝第一試合を始めます。選手は試合会場七番にお集まりください』
気合いは十分。コンディションも問題なし。さあ、一暴れしてくるか!
「拓哉、よくここまで来たな! 俺とお前で楽しい勝負にしようぜ!」
右拳を前に突き出し、拓哉にそう言い放つ。気弱だけれど優しいあいつは、恐らく「うん」と笑顔で返してくるだろう。と、思っていたが様子がおかしい。
似つかわしくない不気味な低い笑みを放つだけで、何も返してこない。おかしい。おかしいと言えば、あいつのトレードマークとも言える腰ほどまである長いストレートの銀色の髪が荒々しく方々に跳ねているのも、普段髪を気にする拓哉らしくなくて何か変な感じがする。
その時だった。
「何が楽しい勝負だ。ふざけるな!」
激しい剣幕で、空を割くような怒号に思わず体が震えてしまった。向かい側の拓哉の表情は険しく、いつもにこやかなあいつとは同一人物とは思えないほど暗い。
あまりに突然な出来ごとに思わずたじろぐ俺は、怯んでしまってやや声が上ずる。
「ど、どうしたんだよ」
「俺様はお前を許さねぇ」
「は? 何をだよ」
訳が分からない。どうしてそんなことを言われるのか、急いで検証しても浮かばない。
悪戯なんてしてないし、嫌がらせもしてない。拓哉に対して嫌がるようなことは一切してないはずだ。
だったら何故。思案を続ける俺に痺れを切らしたかのように、さらに怒号が飛んでくる。
「あぁ!? どこまでもふざけた野郎だ!」
「いや、その……」
頭が回らない事に加え、驚きや戸惑いが足を引っ張って上手い返しが出来ない。くそ、ワケが分かんねえ!
「お前は俺様を。いいや、俺様の分身を傷つけた。それが許せねえ」
「はぁ!? 分身って何だ? ちょ、ちょっとどういうことか分かるように言ってくれ! さっきからさっぱり分からん」
「けっ……。察しの悪いヤツだな」
察し? バカ、無茶言え。分身ってどういうことなんだ。
もしかしてあいつは拓哉のそっくりさんか何かなのか? ダメだ、もう頭がこんがらがってゆっくり考えられない。だというのにあいつの鋭い目線のせいでまるで尋問されているかのような気になる。
「拓哉の親戚か何かか……? あいつは一人っ子だったはずだし」
「違ェよ! 俺は俺だ。藤原拓哉だ」
「じゃあなんだ。同姓同名の──」
「それでもねェ! 俺が正真正銘お前らの知る藤原拓哉……いや、お前が実際に俺と会うのは初めてだな」
「もうさっぱり分かんねえよ! 何なんだ一体!」
「俺はアイツの……。藤原拓哉の負の感情そのものだ。傷つき、ボロボロになったあいつを守るために生まれた人格だ!」
「じ、人格だって!?」
な、何を言ってるんだこいつ。人格ってアレか……。水曜の夜にやってそうなバラエティー番組でたまに放送してたりする二重人格だとかそんな感じだなんて言うのか。
まあ、確かに本当にそうであるならこの普段と違う様子も納得出来るっちゃあ出来るが……。
「だからってちょっと待て! 俺何かしたか!?」
「あァ? 自覚ないとは本当におめでたい野郎だ。全てはこいつが元凶だ!」
拓哉は裏面のポケモンカードを俺に見せつける。さっきから勿体ぶるような事ばっかするせいで、全然事が進まない。
だが今回はあいつが何を指しているか、流石に分かるぞ。
「ポケモンカードか」
「ああ。その通りだ」
「それは分かったけどどうして!」
「……。お前らが高校入学したばかりの時に俺に話しかけてくれた時は正直言って嬉しかった。中学時代に虐めを受けていた身としては、お前らが差し伸べてくれた手、かけてくれた言葉、何より共に居られると事がとてつもない喜びだった」
「それはどうも……」
「そしてある日、奥村翔。お前は俺様にカードを教えた。カードもくれた。とは言っても所詮はもらったカード。そんなカードを集めた紙束デッキでは、対戦で勝つには無謀にも近い」
確かに俺が拓哉にあげたカードは、俺にとっては不要だなと思ったカードだった。流石に必要なカードまでは渡せなかった。だが、そこは仕方がないことだろう。
こちとら裕福な家庭ではない。そこまで恵んでやれるほど、俺は余裕が無い。
「お前らといるのは楽しいし、遊ぶのは楽しい。しかし負け続けるにつれ一つの欲望が産まれた。……勝利への渇望だ」
「……」
「だがうちは両親が離婚し、母親との二人暮らし。金が無い我が家の家計でポケモンカードを続けるのはいかんせん厳しいものがあった。僅かな貯蓄を切り崩し、カードを買っていた矢先の出来事だ。母親にカードが見つかり、酷い目に遭った」
拓哉が服をめくり上げると、右のわき腹に青く変色した痣が姿を現す。俺と拓哉は十メートル程離れているのにくっきりと見えるそれに、思わず息を飲んだ。
「む、惨い……。まさかそれって!」
「そうだ。母親にやられたんだ。母親にはポケモンカードなんて買う事は極めて愚行に見えたらしい。お前が教えたポケモンカードのせいで、綱渡り状態だった親子関係も限界に来た。崩壊だ。体も心も傷ついた俺、いや、俺の分身は助けを求めた!」
「だからお前がいるってことか……」
「分かってるじゃねェか! だったら俺が仕返しに何をしてやったか分かるよな?」
そんなこと……知るもんか。言葉にしようとしたが、喉に突っかかって出て来ない。この間の持ち方から少なくともよろしいものではない。もしかして、と最悪の予想をしている時。
突然、拓哉の唇の両端がつり上がる。とてつもない悪寒にゾッとしたが、その予感ははずれではなかった。
「俺様は怒り余って『こうした』んだよ!」
拓哉が右手を横に薙ぎ、場外でぼんやりしていた小学生くらいの男の子を指差すと、その男の子の足元から紫色の靄(もや)が現れて彼を包み込んでしまう。
「な、何だ、何が起きてるんだ!?」
嘘だ。まだ対戦は始まって無いし、そうだとしてもあそこはステージの外。ポケモンのエフェクトではないはず。だというのになんなんだ? 拓哉の手にはスプレーとかそういった小道具の類は一切ない。
しかしそれだけじゃなかった。靄が晴れるとそこに男の子の姿が無い。辺りを探せど、探せど、探しても。いたはずの彼の姿がいない。
消えたというのか? そんな事がっ……!
「あの子はどうした!」
待ってましたと言わんばかりに拓哉の顔が喜色に変わった。ククク、と喉を数度鳴らし、少しずつそれが大きくなってやがてハハハハハッ! と大きく狂気じみた笑い声を木霊させる。
「『別の次元に幽閉した』んだよ。これが俺様の能力(ちから)だァ!」
「ち、能力!? 何なんだそれは! 答えろ!」
「知ったこっちゃねェ! カードに触れてたら気付いたら力が湧いて来たんだ。今なら俺様の望むように出来る……。そんな気がする!」
「まさか……。それをお前の親にしたのか!?」
「だったらどうした。お前がカードを勧めたせいで身に付けた力でな! お前が俺にカードを勧めさえしなければこういうことにはならなかった」
「くっ、そんなの結果論だ!」
「なんとでも言え! お前はクラスで一人ぼっちだった俺様をお前らの仲間にしたわけじゃあない。お前の遊び相手を増やすという自己満足のために俺に近づいたんだ」
「違うっ……! 俺は──」
なんて逆恨みなんだ。ダメだ、拓哉の暴走が収まらない。しかも得体の知れない謎の能力まである。となると下手な手出しが出来ない。
「だったら勝負だ! 俺が勝てばさっきの男の子や、他の人達を解放しろ!」
「いいぜ……。だが、だがだ! その代わりお前が負けたらどうなるか分かるよなァ!? あァ?」
負ければ逆に俺が拓哉にさっきの男の子と同じ目に合う……か。
どっちにしろ言葉で説得は無理だ。こいつで。ポケモンカードでぶつかって、あいつの心に直接当たる!
「さあ、行くぞ!」
翔「今日のキーカードはゴージャスボール!
好きなポケモンをサーチ出来るぞ!
ただしデメリットルールは忘れるなよ」
ゴージャスボール トレーナー (破空)
自分の山札の「ポケモン(ポケモンLV.Xはのぞく)」を1枚、相手プレイヤーに見せてから、手札に加える。その後、山札を切る。
自分のトラッシュに、すでに別の「ゴージャスボール」があるなら、このカードは使えない。
───
8/8でPCSが三周年! と言うわけでちょっとした三周年記念イベント。
1・藤原拓哉botが登場!
https://twitter.com/#!/ftakuya_bot
2・PCSリメイク三倍速!
今週は通常の水曜日更新だけでなく、8/7、8/10、8/14と新規書き下ろしされた翔VS拓哉が三話公開!
これからも何卒よろしくお願いします。
ノックをする音が聞こえる。扉が開く。中にいる人物が声を上げる。
「……なんじゃ、お前か。今わしは着替え中、手が離せん。そんな作業服の格好でわしの部屋に入るとは、お前も偉くなったもんじゃい。しかし、打ち合わせはまだじゃろうがはっ」
「……ふん、貴様には2つの罰を受けてもらうぜ。1つはこれ、2つ目は海の藻屑だ。悪く思うなよ、当然の報いなんだからな」
「お、やってるやってる」
時刻は5時半を回り、雲の合間で太陽は帰り支度を始めたようだ。ダルマ達はデッキにたどり着いた。そこでは、既にバトルが行われていた。恰幅の良い紳士にスーツを着た子供など、顔ぶれは様々だ。しかし、皆そこまで真剣というわけではない。
「さすがにパーティの参加者だけあって、みんな金持ちそうだ」
「ですが、バトルにはあまり興味なさそうですわね」
「弱いからやりたくないんじゃねえか?」
「ハハハ、それはあるかもな」
ダルマ達は周囲にわかるくらい大きな声で笑った。それを、人々は遠巻きに眺める。
「ところで、ジムリーダーってどんな人なの?」
「あ、そういえば聞いてませんでしたね」
「そうだなー、何か目立つ物でも持ってりゃわかりやすいのになー。例えばバッジとか」
ゴロウがそうぼやいた時だった。浴衣を着た赤髪の女性がダルマ達の方に振り向くと、そのまま1人で近寄ってきた。浴衣は白い生地を使っており、裾は赤紫。右肩から左脇にかけて緋色の紅葉が舞う。帯も燃えるような朱色で、背中には団扇を挿している。
「ちょっと、皆はん見あらへん顔やけど、どないしたん?」
「それが、ここにコガネジムのリーダーがいるって聞いたんですけど」
「ジムリーダー? そらうちのこってんちゃう?」
「えっ、あなたがジムリーダーですって?」
「そうやねん。ジムリーダーのアカネはうちのこって」
浴衣の女性アカネは、目を丸くするダルマ達を見回しながら団扇を手に取った。
「……思ったより早く見つかりましたね」
「確かに。あの……」
「あ、硬い話はなしでぇな。バトルやろ?」
「は、はい。ジム戦お願いします」
ダルマはバトルの申し込みをした。アカネは大きなのびをすると、こう答えた。
「ええよ、始めようか。うち、弱いトレーナーばっかりで退屈やったんや」
「あ、ありがとうございます」
「おいダルマ、バトルは俺が先だからな!」
「なんでだよ。俺が頼んだから俺が先だ」
「く、くそー。早く声かけときゃ良かったぜ」
「ほんなら、使用ポケモンは2匹でええ?」
「2匹ですか。わかりました」
ダルマ達はデッキの中心にあるステージに移動していた。辺りには大勢の見物人が集まっていた。中には金を賭ける者までいる。オッズを見る限り、ダルマはかなり不利だ。
「ほな、始めさせてもらうか。ピッピ!」
「……コクーン、出番だ!」
アカネとダルマ。コガネジム戦の幕が切って落とされた。ダルマの先発はコクーン、アカネの1番手はようせいポケモンのピッピである。
「あれがピッピか。早速図鑑の出番だな」
ダルマはポケットから買ったばかりの図鑑を取り出し、ピッピを調べた。ピッピは人里離れた山奥に住んでおり、発見するのは難しい。様々な技を覚え、物理、特殊、耐久と、あらゆる可能性を持つポケモンである。
「よし、これでいいか。ではコクーン、まずは毒針だ」
先手はコクーンからだ。身体中から針を出すと、ピッピ目がけて飛ばした。ピッピは踊るように避けていたが、針の1本が右足に刺さった。針に塗ってある毒が、ピッピの体内に入り込む。
「よし、幸先良いな。これでじわじわ……あれ?」
ダルマは向かいに立つアカネの表情を確認すると、冷や汗を流し始めた。彼女は不敵な笑みを浮かべていたのである。
「へぇ、ほんでリードしたつもりなん?」
「な、なんだと?」
ダルマはピッピを凝視した。よくよく観察すると、ピッピは毒をくらったにもかかわらず、これといって苦しむ素振りすら見せない。
「お、おい。なんでピッピはあんなに元気なんだ?」
外野にいるゴロウとユミはいまいち状況が掴めていない。彼が頭を抱えると、袴に肩衣を着こんだ男が近づいてきた。
「お、もうバトルが始まってるねー。こりゃ中々楽しめそうだ」
「あ、ボルトのおっちゃん!」
「お兄さんだ。それより、アカネちゃんの1匹目はピッピか。少々厄介だな」
「ボルト様、何かご存知なのですか?」
「ああ。……あのピッピの特性は『マジックガード』と呼ばれる珍しいものなんだ。効果は『攻撃以外のダメージを受けない』というわけ」
「じゃあ、毒のダメージを食らってないのも?」
「ご名答。もちろん、毒以外にもやどりぎのタネに反動のある技の反動なんかも受けない。中々小手先の技術だけでは勝てないよ」
ボルトは解説を終えると、試合を見物しだした。彼が話す間にも、勝負の行方は刻一刻と変化する。
「今度はうちの番や、からげんき!」
ピッピはコクーンに近寄ると、そこら辺に当たり散らした。その様子は、どうも無理をしていると感じられる。
「お、この技が意外な場面で役立ったなあ」
「意外な? 最初から意図的に教えていたと?」
「そない。元々は毒々玉を使ってからげんきをお見舞いするつもりやったんや。ねんけど、あんたのおかげで手間が省けたちゅうわけや」
「なるほど。からげんきは状態異常なら威力が上がる。俺はみすみす相手を強化してしまったわけか」
アカネがVサインをする傍ら、ダルマは腕組みして思考をめぐらせている。これだけ見比べれば、どちらが勝つかは一目瞭然だ。
「ぐぐ、仕方ない。コクーン、てっぺきだ」
コクーンは動きを止めると、身体から光沢を放った。ただかたくなるのとは違う様子だ。
「そのままむしくい攻撃!」
コクーンはそのままピッピに接近して、右耳に食らい付いた。
「や、うちのポケモンになんちゅうこっちゃしてくれるんや!」
「ただ攻撃しただけですよ。それがたまたま耳だった。それ以上でもそれ以下でもありません」
「く、言わせておけば。ピッピ、あないなやつ振り払うんや!」
ピッピは頭をあちこちに揺らした。先程のからげんきに匹敵する力だが、コクーンは離れない。それどころか、耳に歯が食い込んでいった。ピッピは痛みに耐えられず、「ギエピー」と悲痛な叫びをあげる。
「よし今だ、毒針!」
コクーンは容赦なかった。ピッピに張りついたまま毒針を雨のように降らせた。1本2本ならどうということはない攻撃だが、数が増えれば決定力になり得る。毒針を撃ち終えると、コクーンはピッピから離れた。しかし、ピッピは動くことも倒れることもない。まさに立ち往生と表現するのがふさわしい状態だ。
「どうです、まだ続けますか」
「うう……戻るんやピッピ」
アカネは力なくピッピをボールに戻した。観客はジムリーダーが先にやられたことにざわめいている。
「うん、彼の戦い方は中々えげつないものだったね、アイタタタ」
外野では、ボルトがかき氷を食べながら頭を抱えている。その隣ではゴロウとユミが戦局を見守る。
「ダルマ様、どうしてあのような戦いをしたのでしょうか」
「ああ、そりゃ簡単な話だ。己の実力不足に気付いたんだろう」
「でもよ、ピッピとコクーンは互角に見えたぜ」
「おいおい、本当にそう思ったのかい? 状態異常の時に使うからげんきの威力は毒針の9倍以上。むしくいと比べても2倍以上ある。もし正面からぶつかれば、よほどレベル差がない限りアカネちゃんのピッピが勝つ算段さ」
ボルトはゴロウに説明した。ゴロウには返す言葉がなかった。
「そこで、悪あがきをしようと思ったんだろうねえ。アカネちゃんを挑発し、冷静な判断を取らせないようにする。それからコクーンの防御を高め、ダメージ覚悟でピッピの弱い部分を徹底的に攻撃する。例えるなら、不利な相手に苦し紛れのハサミギロチンを使う、ってとこれか。ルールには反してないけど、あまり良くは思われないよ。なんたって悪あがきだからねえ」
ボルトはかき氷を全て胃の中に収めると、近くのゴミ箱に容器を投げた。容器は見事にゴールした。
「まあ、アカネちゃんの切り札はトラウマ級の強さだし、これくらいが丁度良いとは思うよ、おじさんは」
ボルトはそうまとめると、再び観戦に集中するのであった。
「さて、あと1匹だ。このまま……あれ、もしかして」
一方、ステージでは動きがあった。ダルマが肩をほぐしていると、コクーンが光りだしたのである。光は瞬く間にコクーンを包み、その輪郭が刻一刻と変化する。
「コクーン、遂に進化か!」
ダルマが叫ぶと同時に光は途切れ、新しいポケモンが姿を現した。赤い目に触覚を備えた頭に、削ったばかりの鉛筆のように鋭い手を持つ胴。黒と黄の横縞に尻の針が特徴的な腹、後ろが透けて見える4枚の羽。虫ポケモンの見本と言うべき風貌である。
「このポケモンは、たしか……」
ダルマは図鑑を見開いてチェックした。コクーンの進化形、スピアー。高速で飛び回り毒針を刺して離れるという一撃離脱が得意。がむしゃらや追い風を覚え、先発に向いているという。
「スピアーか。これからもよろしく頼むよ。まあ、まずはこのバトルで活躍してもらわないとね。一気に勝ってやる!」
・次回予告
緒戦を制し、勢いに乗るダルマ。しかし、そこに立ちふさがるのは「トラウマ」とも呼ばれるポケモンであった。ダルマはこのまま逃げ切れるのか? 次回第28話「コガネジム後編、ピンクの悪魔」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.8
今回から図鑑を活用してみます。せっかく買ったんですから、使わなければもったいない。説明がやりやすくなるので私にもメリットがあるんですよね。
さて、後編で出てくるピンクの悪魔とは何者か。ダルマは勝てるのか。次回にご期待ください。
なお、アカネの台詞はもんじろう様を参考にさせてもらいました。
あつあ通信vol.8、編者あつあつおでん
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