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「それが兄さんのイッシュで捕まえたっていうポケモン?」
「ああ、チラーミィっていうポケモンだよ。アララギ博士も持ってただろ?」
Nが去った後、5分足らずでポケモンセンターから戻ってきたトウヤに、肩に乗っているチラーミィについてきかれて、リュウヤは振り向きながら答える。
興味深そうにチラーミィを眺めながら、トウヤはリュウヤの横に並び、ポケットに手をつっこむ。
「で、これからどうするんだ?」
「ん」
トウヤは黙って母からもらったタウンマップを広げる。
「ジム戦に挑戦するにしても、そうでないにしろ、進む道は1つだな」
「うん、2番道路を抜けて、サンヨウシティに行こう」
「了解っと、買い物とかはいいのか?」
「もう済ませた」
先ほど出てきた赤い屋根の建物を横目で見ながら、トウヤは静かに答える。
(ああ、この地方はショップとポケモンセンターが同じ建物にあるんだっけ?)
そう思い返しながら、慣れない地方に、少しばかりの不便さを感じる。
ゆったりとしたアコーディオンの音色(どこかで誰かが轢いているのだろうか)を聞きながら、2人は2番道路に向けて歩き出した。
このカラクサタウンはそんなに広い町ではない。すぐに2番道路と繋がる改札に到着した。
「此処の地方はこういう改札が至る所にあって、電光掲示板には、近くの町や道路の情報が事細かにのってるんだ」
「……なんで、イッシュ出身の僕より詳しいの?」
「……そりゃ、カノコまで歩いてきたからだよ」
はっはっはっ、と笑いながらリュウヤは電光掲示板に目をやる。
“いたずらポケモンが出ます!! 荷物を盗られないよう注意……2番道路”
そんなテロップが流れていた。
「物取りポケモンだって、世も末だねぇ」
「いたずらポケモンって言いなよ、その言い方すごく人聞きが悪いよ」
同じようなモンだろ? と肩をすくめるリュウヤに、呆れたようにトウヤはため息をつく。
悪いポケモンなど、この世にはいない。
誰かがそういった本を書いたとチェレンは言った。
嘘か本当かは定かではないが、そうだとすれば、この盗難ポケモンもいたずらか、あるいはそれ相応の理由があってそういうことをしているのだと、トウヤは思っていた。
「まぁ、2番道路自体はそんなに長くないみたいだし……日が落ちる前に抜けよう」
「……うん」
頷きながらトウヤは改札から2番道路に向けて足を踏み出した。
その時だ。
トウヤの頭上を何かがかすめ、トウヤのかぶっていた帽子が何者かに掠め取られる。
「!?」
驚いて、トウヤは先ほどまで帽子のあったところを、ペタペタと触る。
「あそこ!!」
リュウヤがトウヤの帽子を盗った何者かを見つけ、指さした。
トウヤの斜め左、数メートルほど離れたところに、それは帽子のつばをくわえたまま、すました顔ですわっていた。
三角の耳と、紫色の体毛を持つ、長い尻尾をゆらゆらと揺らしたポケモン……。
「……チョロネコ?」
図鑑を開いて確かめながら、トウヤはつぶやく。
「きっとあいつだな、“物取りポケモン”」
「……“いたずらポケモン”」
リュウヤの茶化すようなセリフを、わざわざ訂正してから、トウヤはチョロネコに向き直る。
「帽子、返してくれないかな。それ、大事なものなんだ」
なるべく優しい口調になるように心がけながら、トウヤはチョロネコに言う。
しかし、チョロネコはふい、とそっぽを向きながら、馬鹿にしたように目を細めた。
「……む」
馬鹿にされてるのがわかったのか、トウヤがわずかに顔をしかめる。
チョロネコは鼻で笑ってから、身軽な動きで草むらの奥へと消えていった。
「あっ!! 待って!!」
慌ててトウヤはチョロネコを追いかけ、リュウヤはそのトウヤを追う。
けれど、ポケモンと人間では俊敏性や瞬発力など、身体能力がそもそも違う。おまけに、あのチョロネコはこの2番道路のポケモンで、地の利も向こうのものだ。捕まえるどころか、追いつくことすらできない。3分としないうちに、2人はチョロネコを見失い、くさむらのなかを彷徨い歩く。
「おい」
いきなり声をかけられた。
赤い帽子、赤い服を着た、白い半ズボンの少年だ。
「俺は短パン小僧のケンタ、あのチョロネコ、お前たちのポケモンだろ」
「は?」
唐突に怒ったようにしゃべりはじめる少年、ケンタに、2人は戸惑いを隠せずに、同時に同じモーションで首を傾げる。
「俺はあいつに大事な相棒のモンスターボールを盗まれたんだ!! 返せよ!!」
「ちょ……待って……っ!!」
掴みかかってくるケンタに、戸惑いながらもトウヤは抵抗する。
しかし、履いてる靴が悪いのか、足首をひねって後ろに転びそうになる。
「ちょっと待った」
しりもちをつきそうになるトウヤを引っぱり、抱きとめながら、リュウヤはケンタを蹴っ飛ばす。
「何すんだ!!」
顔を上げて噛みつかんばかりの勢いで食ってかかろうとするケンタの顔面を、リュウヤは再度踏みつけて黙らせる。
「大丈夫か?」
「……う、うん。でも、いきなり蹴るのは良くないと思うよ」
リュウヤから離れて、自分の足でしっかり立ちながら、トウヤは鼻を押さえているケンタに白いハンカチをを差し出しながら、
「……僕らはチョロネコのトレーナーじゃないよ、大丈夫?」
「っ嘘付け!! あのチョロネコ、あいつと同じ帽子持ってたぞ!!」
「……その帽子はトウヤのだ、さっき盗られたんだよ」
「へ……?」
リュウヤの言葉にケンタは口を開けて呆ける。
トウヤは「わかってくれたんだろうか?」とため息をつく。
リュウヤの肩に乗ったチラーミィが、くわぁっと大きな欠伸を漏らした。
「なんだー!! そうだったのか、そりゃ悪かったな!!」
「こちらこそ、蹴っ飛ばして悪かったな」
誤解が解けた両者は、まず謝るところから始まった。
「さっき、言ってたけど、モンスターボール盗まれたって本当?」
「……ああ、ヨーテリーの入ったモンスターボールを盗られた。他にも財布とか、トレーナーカードとか、バッジケースとか盗まれた奴もいるぞ」
「……ここに、帽子盗まれた奴がいるから加えとけ」
「うるさいよ」
リュウヤを小突いてから、トウヤはケンタに聞く。
「君は此処であのチョロネコを探してるの?」
「ああ、俺の大事な相棒の入ったモンスターボールだからな、何がなんでも取り返すさ」
「……他の人は?」
「皆あのチョロネコを捕まえようと息巻いてるよ、少し奥に行けば結構な人数がいるぞ」
「ふーん……」
興味なさそうにリュウヤが頷く。
肩の上のチラーミィは退屈なのか、うたた寝を始めていた。
「どうする? トウヤ」
「え?」
「盗まれたのは帽子だから、そんな値打ち物じゃないし、大切なものでもないだろ。ほっといて先に進む事だってできるが……」
「探すよ」
きっぱりと、トウヤは言った。
「……そうか」
あえて理由は聞かず、リュウヤは「トウヤの意思に従う」と、頷いた。
トウヤは野生のポケモンがたくさん出てくるくさむらを歩くので、ツタージャをモンスターボールから出し、先頭に据える。
「ツタージャ、チョロネコのいる所ってわからない?」
トウヤは訊くが、ツタージャはしばらく考えてから、首を横に振る。
ピクシーやコンパン、ガーディ、マリルと違って、よく見える目や、よく利く鼻、耳を持っていないツタージャに、ポケモンを探し出すことはできないだろう。
2人はケンタも連れて、とりあえずポケモンのいそうな所を探しあるいた。
けれど、出てくるのはヨーテリーやミネズミ、チョロネコは全く出てこない。
「なかなか出てこないな」
「うん」
「……あのさぁ」
2人の会話に、ケンタが割って入った。
「お前ら双子なの?」
「遅いな!!?」
遅すぎるケンタの質問に、リュウヤがつっこむ。
トウヤがリュウヤと自分を指さしながら、
「こっちが兄のリュウヤで、僕が弟のトウヤ」
「で、お揃いの服着て歩いてんのか、見分けつかねぇな」
「まぁ、親も間違えるくらいだからなぁ……っと、そういやぁ、1人いたな」
「……何が?」
「俺たちの見分けがつくやつ」
「へぇ」
ケンタが感心したような声をだす。
トウヤが小声で「誰?」とリュウヤに訊く。
「チェレンだよチェレン」
「え?」
「あいつ曰く、俺とトウヤは全く違うらしい」
「……へー」
リュウヤの言葉に、トウヤは心此処にあらずといった風に頷く。余所見をしていたためか、道端にできたくぼみにつまづいて、トウヤは派手にころんだ。
「トウヤ!?」
「おいおい、大丈夫か? んなランニングシューズ履いてねぇからだよ。動きにくいだろ」
「……持ってないし」
ケンタに向かってボソリとつぶやいてから、ぽんぽんと服を叩いて立ち上がるが、右足を着いた時に「うっ」と顔をしかめる。
「捻ったのか? 見せてみろ」
「……大丈夫だし」
「大丈夫じゃねぇだろが、ほら」
鞄から簡易救急箱を取り出し、トウヤをその場に座らせる。
簡単な手当てを柄にもなく繊細な手付きでテキパキとこなしていくリュウヤを見て、トウヤはどうしようもない経験の差を再度確認してしまう。
「手馴れたもんだな」
「年季が違う」
感心したような口調でつぶやくケンタに、リュウヤは短く返す。リュウヤのその言葉にケンタは「なんだよそれ」と笑いながら返すが、トウヤはリュウヤの戦歴を考えると、とても笑う気にはなれなかった。
「よっ……と」
リュウヤの力を借りてトウヤがやっと立ち上がった時、トウヤのライブキャスターが鳴った。
「あれ?」
「誰からだ?」
ピッとトウヤがライブキャスターの受信ボタンを押す。
「トウヤ!!」
ライブキャスターの向こうから、聞きなれた女の人の声がした。
「母さん?」
「そう、ママです。そっちはどう? そろそろポケモンと仲良くなって、旅の楽しさをかみ締めている頃かしら?」
「いえ、今まさに旅の厳しさを体感しているところなのですが」
「ちょっと用があって連絡したんだけど、2番道路の入り口まで戻ってきてくれるかしら」
「無視ですか、お母様」
「じゃあ、切るわねー」
一方的にしゃべられるだけしゃべられて切られたライブキャスターを呆気に取られながら見て、リュウヤは「戻るか」と肩を落としながら言い、トウヤの肩を支える。
「お前らの母ちゃんおもしろいな」
「……はは」
ケンタの声に、トウヤとリュウヤは乾いた笑い声を漏らした。
「そうだ、一回カラクサタウンにもどるからな」
「え?」
段差を乗り越えながらリュウヤは隣にいるトウヤに言う。
「足の手当てしなきゃいけないからな」
「……でも」
「帽子くらいいいだろぉが、モンスターボールとか財布じゃないんだから」
「よくない!!」
立ち止まってきっぱりとトウヤは言った。
「だって、だってあれ、せっかく兄さんとお揃いなのに……」
「……」
リュウヤは黙ってトウヤをみつめる。
そして、ボソリと言う。
「お前……意外と恥ずかしい奴なんだな」
「……うるさいよ」
ぐにっと左足でリュウヤの足の甲を踏みつける。
顔をしかめながら、リュウヤは「わかった、わかった」と笑った。
「俺たちはいかなる時も、平等で同一、だもんな」
ぽつりとつぶやいて、2番道路の入り口の前にいる母さんに手を振る。
「はいこれ!! 掃除してたら出てきたの、片付けってしてみるものね〜」
母が差し出したのは新品のランニングシューズだった。
それもご丁寧に、リュウヤと同じメーカー、同じ型、同じ色のお揃いのシューズ。
決して示し合わせて買ったわけではなかったのだが、なんという偶然の一致なのだろうか。
そんな事も含め、いいたいことは山ほどあったのだが、開口一番、トウヤが口にしたのは、お礼やつっこみなどではなく、
「もっと早くに届けて欲しかったです」
という不満だった。
「あと、リュウヤにライブキャスター」
「あ、おう」
戸惑いながらもリュウヤは赤い色のライブキャスターを受け取り、つけ方がわからないのか、ひっくり返したり、ふったりしている。
「つけてやろうか?」
「あ、ありがと」
ケンタがリュウヤの右手にライブキャスターを装着する。
その様子を見ながら、母さんはにこやかに頷き、来た道を引き返そうとする。
「あら」
その行く手に現れたのだ。
件の、“いたずらポケモン”が。
「母さん、それ、そいつ“物盗りポケモン”!!」
「……“いたずらポケモン”」
不機嫌そうな顔をしながらも、トウヤはちゃんとリュウヤの言葉を訂正する。
そして、先頭に据えていたツタージャが、チョロネコの前に立ちはだかり、彼(彼女?)を睨みつける。
「僕の帽子、返してくれないかな?」
「俺のモンスターボールもだ!!」
トウヤの後ろでケンタが吼える。
かなり本気で怒っている2人を前に、チョロネコはたじろぐ。
そもそもこのチョロネコは生来的にいたずら好きの性格で、本人としてはちょっとしたいたずらのつもりで、人のものを盗んだりしているだけなのだ。本気で怒られるという事がすでに心外だろう。それもきっと、ポケモンと人間の価値観の差、という奴なのだろうが。
チョロネコは、戸惑いながらも後ずさりをはじめ、持ち前のすばやさで逃げ出そうとする。しかし、
「ツタージャ、つるのムチ!!」
2番道路を歩きまわった事によって培われたツタージャのすばやさの方が上だったようだ。チョロネコはツタージャのつるに捕まり、身動きが取れなくなる。
トウヤはチョロネコの傍に近寄る。
チョロネコは怒られると思ったのか、三角の耳を垂れさせて、怯えたように目を伏せる。
「……」
これにはさすがに罪悪感を覚えたのか、トウヤは呆れたようにため息をつき、
「……怒らないから、帽子と、あと、ほかの人から盗った物を返してくれないかな?」
そう言って、そっとチョロネコの頬に触れた。
チョロネコは驚いた様子でトウヤを見上げ、ツタージャがつるのムチをほどいても、逃げようとはしなかった。
「……」
その様子を、リュウヤは少し離れたところから見ていた。
悪い事をしたポケモンを瞬時に許せるトレーナーがこの世に何人いるだろうか。
そんな事を、リュウヤは考えていた。
人間の言う“悪い事”。
それはあくまで人間としての観点なのだ。ポケモン自身は、それを悪い事とは思ってはいない。ただひたすらに無邪気に生きているだけなのだ。
そのことに気づけている人間が、この世界に一体何人いるだろうか。
「……あそこでポケモンを傷つけないのが、トウヤだよなぁ」
盗んだものを隠してある場所に案内しようとするチョロネコについていくトウヤを見ながら、ぽつりとリュウヤはつぶやく。
そのリュウヤの背中を軽く叩いて、母さんが小さく笑った。
「遅い・・・・・・ね。」
「ああ・・・・・・うん。」
チェレンの言葉に、トウヤは“もう慣れた”とでも言うかのように頷いた。
アララギ博士の研究所前、例のごとくベルは来ない。
「俺、見てこようか? 」
「・・・・・・なんで兄さんがいるのさ? 」
「暇だからだぞ。」
「・・・・・・人の旅立ちを娯楽にしないでよ。」
にかっと笑うリュウヤにトウヤは冷たい眼差しを向ける。その視線から逃れるように「いってきまーす。」と、リュウヤはベルの家へ向かった。
初めて来た所といえど、そんなに大きな町とはいえないし、なによりベルの家はトウヤの家より先に訪ねた場所だ。しっかりと覚えている。
「・・・・・・おじゃましまーす。」
おそるおそるベルの家の扉を開けると、中から「だめだめだめーっ!! 」という男の声が聞こえてきた。
「どうして!? あたしだってポケモンもらったんだもん!! 1人で旅だって出来るもん!! 」
ベルの声もする。
どうやら、旅に出るかでないかで、父親と揉めているらしい。
「大丈夫だもんっ!! 」
居間からベルが飛び出してくる。勢いあまってリュウヤにぶつかる。
「トウ・・・・・・ヤ? 」
「いや、リュウヤ。」
「 !?? 」
リュウヤが名乗ると同時に、ベルは赤くなって飛び上がる。「さささっ、先に行ってるねっ。 」と言って、先に走っていってしまった。
「・・・・・・、・・・・・・。」
ベルの父親が、居間で自分の奥さんに何か言っている。
「うちの娘が旅になんて出れるはずがない!! あんなに世間知らずで。あんなに可愛いのに!! 」
(可愛いって・・・・・・。)
「・・・・・・この父あってのあの娘、だな。」
ぽつりとつぶやいて、リュウヤはベルの家を気づかれないようにこっそりと出た。
アララギ研究所前に戻ると、3人はもう図鑑とタウンマップを手に入れたようで、一番道路の向こう側にいた。
ベルも、先ほどのことを気にしているような素振りは全く見せず、明るく振舞っている。
「話はもう終わったのか? 」
「うん、これからカラクサシティに向かうトコ。」
「ふーん。」
トウヤの言葉に、リュウヤは興味なさそうに頷く。その背中を、ベルがつんつんと突いた。「なぁに? 」と振り返るリュウヤに、ベルはそっと耳打ちする。
「さっきのは内緒だよ。」
「・・・・・・ん、わかった。」
ベルの気持ちも汲んで、リュウヤは素直に頷く。ベルは恥ずかしそうに頬を赤らめ、帽子を被りなおした。
「ところで、なんで兄さんが着いてくるのさ。」
「暇だからだぞ? 」
「どんだけ暇なの? まさかずっと着いてくる気? 」
「さーてね。」
トウヤの追求に、リュウヤはごまかすように笑う。そしてチェレンやベルの進んで行った先を見る。
「・・・・・・。」
2人以外に誰もいないせいか、とても重苦しい沈黙が流れる。
(長いあいだ一緒にいなかっただけで、こうも気まずくなってしまうのか・・・・・・。)
自分たちの絆の儚さを身近に感じ、小さく、自嘲気味にリュウヤは笑う。
「・・・・・・兄さん。」
やはり、沈黙を破ったのはトウヤだった。
「兄さんはもう、イッシュ地方まわった? 」
「・・・・・・いや、カノコタウンにたどり着くために彷徨ったけど、ジム戦とかはしてないな。」
「・・・・・・そっか。」
淡々とした口調で、トウヤは頷く。
「・・・・・・僕は、ジム戦に挑戦するよ。」
「え? 」
「イッシュ地方をまわったら、次はシンオウに行く。ホウエン、ジョウト、カントーも順番にまわるよ。」
「・・・・・・先のことまで考えすぎだろ。」
リュウヤは笑った。
「今のことを考えろよ。」
「・・・・・・うん。」
恥ずかしそうにトウヤは頷いた。
(強く、強くなりたい。)
リュウヤを許す事はできない。
(早く追いつきたい。)
でも、共に同じ道を歩める今が、とてつもなく嬉しくて。
(早く、肩をならべて歩きたい。)
後ろから聞こえる彼の声が、かぎりなく愛しくて。
「おっ、見ろ、ヨーテリーだぞ。」
「・・・・・・本当だ。」
「あっちにはミネズミもいるなぁ。」
リュウヤは草むらできょろきょろしながら、はしゃいでいる。
「兄さん、ポケモン連れてるの? 」
「・・・・・・あー、いや、カントーからずっと一緒にいる奴とイッシュで道に迷った時、偶然見つけたポケモンの2体だけだな。他はボックス。」
「ボックス? 」
「・・・・・・ん? ああ、捕まえたポケモンを預けたりできる所だよ。ポケモンセンターのパソコンからつなげるんだけど・・・・・・まぁ、その辺はアララギ博士が教えてくれるだろ。」
「ふーん・・・・・・。」
「まぁ、カラクサタウンに行く前に、こういう草むらでポケモンを育てていったらどうだ? 俺、トウヤのバトルしてるところ、見てみたいし。」
「さっきは見損ねたからなー。」とリュウヤは言い、トウヤは草むらでツタージャをくりだす。相手はヨーテリーだ。
ヨーテリーを相手にバトルを始める、トウヤとツタージャを少し離れた水辺の芝生の上に腰を下ろしてリュウヤは眺める。自分もあんな感じに、コラッタやキャタピー、ポッポを相手にヒトカゲと戦ったなぁ、と、5年ほど昔の事を頭に思い描く。それと同時に、トウヤを迎えに行かなかった、行けなかったということに、少しばかりの後悔を覚える。
平等で対等で同一。
それが彼ら双子の暗黙の掟だった。
しかし、姿かたちは同じでも、心まで同じであれるはずがない。ましてや、住んでいる場所や環境が違ったのだ、経験もそれぞれ異なるものになるのは明らかだった。現に2人は一人称やしゃべり方、性格は全く違うし、好みも大幅に違う箇所があるだろう。
リュウヤは知っていた。
自分たちは決して同一の存在にはなれないという事に。
しかし、だからこそ、お互いの存在が愛しくてしょうがなく、共に歩めるこの時間が嬉しいのだと。
「・・・・・・。」
木の陰からじっとこちらを見つめる人間の気配を感じて、リュウヤはそちらの方に目をやる。敵の姿を探すと、意外とたやすく見つかった。おそらくたいした相手じゃないのだろう。
ぱちりと、目が合う。
リュウヤは動かない。相手をじっとみすえ、指先はモンスターボールに届く所に持っていく。
相手が唾を飲み込むような動作をして、ざっざっざっ、と、木々の奥へと消えていく。
リュウヤは肩の力を抜いて、トウヤの方を見ると、トウヤは、本日10体目のヨーテリーを倒した所だった。ツタージャもだいぶレベルがあがったようで、新しくつるのムチを覚えたらしい。
「・・・・・・ポケモンを育てるのって、こんなに大変なんだね。」
「おう、俺は1番最初のジムのエキスパートが岩タイプでな、最初のポケモン1体しか連れてなかったから、玉砕したなー。」
「え? フシギダネを連れてたんじゃないの? 」
「え、ああ、いや、その・・・・・・。」
言葉に詰まり、照れくさそうに顔をそむけるリュウヤを助けるかのように、トウヤのライブキャスターが鳴った。
『ハァーイ、トウヤ、アララギよ。今、何処にいるのかしら? 』
「・・・・・・1番道路です。」
『OK、今からカラクサタウンのポケモンセンターに来てくれるかしら、そこで、トレーナーとしてかかせないものを教えるから。』
「・・・・・・はい、わかりました。」
ピッとライブキャスターを切る。
そしてツタージャを頭を撫でてからボールに戻し、そのまま何も言わずにカラクサタウンに向け歩き出した。その後ろを、ニコニコと笑いながら、リュウヤが着いていく。
しばらく歩くと、目の前に、寂れた感じの古い、小さな町が見え始めた。
「あれだな、カノコタウンに行くとき通った。」
「・・・・・・うん。」
カラクサタウンは文字通り木の葉の枯れたような雰囲気の街で、これが俗に言う過疎化地域という奴なのだろう。でも、トウヤもリュウヤも、こういう雰囲気の街は嫌いじゃなかった。
トウヤはいったんリュウヤと別れ、アララギの待つポケモンセンターへ向かおうとする。トウヤは名残惜しそうにリュウヤの姿に目をやり、
「すぐ、戻ってくるから。」
と言う。
「おう、待ってるよ。」
そのリュウヤの返事に安心したのか、トウヤは全国共通の赤い屋根の建物に走っていった。その自分そっくりの背中を見送ってから、リュウヤはてもちぶたさにあたりを見渡した。すると、広場になにやら人だかりが出来ていて、そこにチェレンの姿もあった。
「おーい、チェレーン。」
「何? 」
「・・・・・・って名前だったよな? 」
冷静すぎる目を向けられ、リュウヤはたじろぐ。
「名乗りもしない人間に、名前を呼ばれるのは、あまりいい気がしないよ。」
「お、おお、悪い。俺はリュウヤ、知っての通り、トウヤの双子の兄、よろしくな。」
「・・・・・・チェレンだよ。知ってると思うけど。」
「それにしても、お前、よくトウヤと間違えなかったなー。親でも間違える事が多かったのに。」
「何いってるんだい? 君とトウヤは全然違うよ。外見はともかく、中身は欠片も似ていない。」
「・・・・・・まぁ、たしかに。否定はしねぇけどさ。ところで、何が始まるんだ? 」
「さぁ? 何かの演説? みたいだけど。」
広場の中央に、水色のフードを被った、コスプレ染みた格好の男女に守られるように囲まれた、長い髪の毛の初老の男性がこれまたコスプレ染みた格好で立っている。
(もう春なのに・・・・・・暑くねぇのかな? )
「もしかして、あのおっさん冷え性? 」
「知らないよ、てか、なんの話? 」
チェレンの突っ込みは聞こえないふりをして、リュウヤは突如現れたコスプレ集団を食い入るように見つめる。チェレンはそんなリュウヤを見て、
「ガキだね。」
とつぶやく。
普段から、おとなしく、物静かで冷静なトウヤを見てきたチェレンは、トウヤと同じ顔をした、トウヤの“兄”が、こんなどうでもいいことに目を輝かせている事が信じられなかった。そして、先ほどの脈絡のない会話。トウヤもたまに意味のわからない事を口走る事があったが、リュウヤのそれは、トウヤのそれをはるかに上回っていると、チェレンは感じていた。
チェレンのつぶやきは聞こえていないようで、リュウヤは相変わらず興味心身な様子で、コスプレ集団を見ている。
「皆さん。」
初老の男性が1歩、前へ出た。
「私の名前はゲーチス、プラズマ団のゲーチスです。」
ゲーチスと名乗る男は、そう前置きしてから、次の言葉を紡いだ。
「今日皆さんにお話しするのは、ポケモン開放についてです。」
一瞬、あたりがどよめいた。
この言葉を聴いて、リュウヤは「こいつらはヤバい。」という認識を持つ。
先ほどまでは、ただの珍妙なコスプレ集団だったのだが、さっきの言葉と、ゲーチスの目を見て、リュウヤは彼にカントーのロケット団やホウエンのマグマ団、アクア団、シンオウのギンガ団などと同じような嫌な感じを感じ取ったのだ。これらの地方で起こった事件は、地元の友人が主な戦力となり、共に事件を収束させようと躍起になった。そんな、危ない事に自ら進んで首を突っ込んでしまうような性分だったためか、一目見て、プラズマ団のゲーチスなるこの男が善人ではないことがわかった。
(・・・・・・まずいな。)
急にリュウヤは真剣な顔になる。
自分はすでに、ある厄介事に巻き込まれているし、それによって起こりうる被害が、トウヤに向かないようにトウヤを守る、義務と責任がある。性分とはいえ、さすがに手が回らない。
(イッシュの人には悪いけど、俺が一番大事に思ってるのは、トウヤだから・・・・・・。)
それにあんな思いをするのは、もうごめんだった。
そう言い聞かせ、リュウヤは演説を始めるゲーチスに再び目を向ける。
「・・・・・・我々人間はポケモンと共に暮らしてきました。お互いを求め合い必要としあうパートナー・・・・・・そう思っていられる方が多いでしょうが、本当にそうなのでしょうか? 我々人間がそう思いこんでいるだけ・・・・・・。そんな風に考えた事はありませんか? 」
「・・・・・・。」
リュウヤは冷めた目でゲーチスを眺めながら、おとなしく演説を聴いていた。
「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している。仕事のパートナーとしてもこき使っている。そんな事はないと誰がはっきりと言いきれるのでしょうか? ・・・・・・いいですか皆さん、ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物なのです、我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモン達に対して私たちがすべきことは何でしょうか? そうです! ポケモンを開放することです! ・・・・・・そうしてこそ、人間とポケモンははじめて対等になれるのです。皆さん、ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきか良く考えてください。というところで私ゲーチスの話を終わらせていただきます。」
ゲーチスは1歩下がり、
「御清聴感謝いたします。」
そう締めくくり、来た時と同じように、部下たちに守られるようにしながら去っていった。
演説が終わると同時に、群集は散り散りになっていく。どの人も先ほどの演説の内容を少なからず気にしているようで、浮かない表情をしている人も少なくない。
「君のポケモン・・・・・・、いまはなしてよね。」
散り散りになっていく人の中、1人だけその場に残った青年が、人の波の間をすり抜けるようにして、リュウヤに近づいてきた。
その青年は、リュウヤの目の前に来ると、静かな、アルト調の声で唄うように言った。
「君のポケモン、今、しゃべったよね」
「え?」
リュウヤが唐突な問いかけに思わず声を出す。
白と黒の帽子の下から、緑色のくせ毛が長く伸びているが、体格的には男だろう。顔は目深に被られた帽子のせいかもしれないが、どこか、影のある表情をしている。
「随分と早口なんだな」
チェレンが割って入ってきた。
青年への警戒心をむき出しに、疑い深い表情で続ける。
「それにポケモンがしゃべった・・・・・・だって、おかしなことをいうね」
科学的思考の強いチェレンは「信じられない」といった顔で、青年を見る。リュウヤも青年の言葉を根っから疑っているわけではないが、あまり信じる気にはなれなかった。他の地方にも、「ポケモンと言葉が交わせる」という人間は少なからずいた。しかし、そのほとんどが、営利目的のインチキ商売で、本当にポケモンと言葉が交わせる人間なんて、いないに等しいものだった。だが、そんななかで、リュウヤは一度だけ、ポケモンとテレパシーで言葉を解するトレーナーと会ったことがあった。彼は、力のことを隠し、ポケモンと一緒にひっそりと暮らしていた。
(そういう力がある人は、普通力のことを隠したがるものじゃないのだろうか?)
これは昔会った人たちを見て培われた、リュウヤの独断と偏見による考えだが、リュウヤ自身、これを間違っているとは思わなかった。
だから、どうしてもこの青年の言う事に、信憑性が感じられなかったのである。
青年は、チェレンの言葉を受け、自信たっぷりに言った。
「ああ話しているよ」
それから、哀れむようにチェレンとリュウヤを交互に見て、
「そうか、君たちにも聞こえないのか、かわいそうに」
と、つぶやくように言う。
(かわいそうなのはお前の頭だろう)
そう言いたげなチェレンのことは、眼中にないのかあまり気にせずに、「ああ、自己紹介がまだだったね」と切り出し、
「僕の名前はN」
と、本名かどうかも怪しい名前を堂々と名乗った。
「僕はチェレン、こっちは……」
Nのことは快く思ってないが、名乗られたら名乗り返す主義のチェレンが、自分とリュウヤの自己紹介をしようとする。その言葉を遮るように、リュウヤが口を開いた。
「トウヤ」
「え?」
予想とは全く違う名前にチェレンがリュウヤのほうを見る。リュウヤはチェレンにいたずらっ子のように微笑んで見せ、もう一度言う。
「俺の名前はトウヤ」
そして、いつもの調子で話を続ける。
「……アララギ博士に頼まれて、ポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ」
「最も、僕の最終的な目標はチャンピオンだけどね」
最後にチェレンが付け足した。
「ポケモン図鑑ね」
Nが呆れたような口調で言う。
「そのために幾多のポケモンをモンスターボールの中に閉じ込めるんだ……僕もトレーナーだが、いつも疑問で仕方がない、ポケモンはそれでシアワセなのかって」
その口調は本当にポケモン達を哀れんでいるようで、同時にポケモンへの愛情が滲み出ているようにも感じた。
「あんたは、さっきの演説の支持者か何かか?」
リュウヤが訊く。
しかし、さっきのゲーチスのような『やばい感じ』は、このNという青年からは、全くかんじられなかった。不思議な雰囲気を持っているが、おそらく奴らとは何の関係もない、ただの一般人なのだろう。
リュウヤはそう考えて、あえて深く訊いた。
「……そうだね、そうかもしれない、でも僕は今とても迷ってる。この迷いを振り切るために……トウヤだったか、キミのポケモンの声、もっと聞かせてもらおう」
そう答えて、Nはチョロネコを繰り出す。
「……バトルか」
そうつぶやいて、リュウヤは腰のモンスターボールに手を伸ばす。
一瞬、リザードンを出してしまおうかと思ったのだが、イッシュ地方にいない、カントー地方のポケモンを、“新人トレーナーであるはずのトウヤ”が出すのはあまりに不自然で目立ちすぎる。
リュウヤは咄嗟に、カノコタウンに来る前に捕まえたポケモンを使う事にした。
それは、灰色の美しい毛並み、丸く、大きな耳、ふさふさ、もふもふの尻尾……。
「……チラーミィ?」
Nが首を傾げる。
「僕が聞いたのは、別のポケモンの声だったんだけど……」
(そう、もっと大きくたくましい、獰猛で強いポケモン……)
「……どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
Nは特に気にしないようにして、バトルに集中する。
先攻を取ったのは、Nのチョロネコだった。
「チョロネコ、たいあたり!!」
「かわせ、チラーミィ」
すばやい動きで突っ込んでくるチョロネコを、その頭上に飛ぶようにして、チラーミィがかわす。
「そこから、スイープビンタ!!」
リュウヤの指示とほぼ同時に、チラーミィは自分の長い尻尾を、下にいるチョロネコに叩きつける。
1、2、3、……。
「よし、5回当たったな」
バトルに気を置きながらも、リュウヤは相手であるNを注意深く観察する。
ポケモンの声が聞こえるという(自称)彼は、やはりバトルをしているなかでも、どこか浮世離れした雰囲気を放っており、口元には絶やさず笑みを浮かべている。
(バトル経験は、あまりなさそうだな……)
“才能はあるかもしれないが”とリュウヤはつけたし、「それでも、俺の敵じゃあない」と小声でつぶやく。そして、再びチラーミィにスイープビンタの指示を出す。
(トウヤといい勝負って所か……うかうかしてたら抜かされちまうな)
倒れるチョロネコをみながら、リュウヤはそんな事を考えていた。
「……!!」
Nはリュウヤのチラーミィを見て、驚いた表情をし、ボソリと何かをつぶやいた。
チョロネコにお礼を言いながら、彼女(もしくは彼)を、ボールに戻し、リュウヤに向き直る。
「モンスターボールに閉じ込められている限り……、ポケモンは完全な存在にはなれない。ボクはポケモンというトモダチのため、世界を変えねばならない」
「……」
リュウヤは黙ってNを見据える。
一瞬だけ、ゲーチスに感じたあの『やばい感じ』が、この青年からも発せられたような気がした。
しかし、それも気のせいかとも思えるほど短な間だけで、Nはやはり変わらず、どこか影のある微笑を称えながら、軽い足取りで街の奥に去っていった。
「……へんなやつ」
チェレンがぼそりとつぶやく。
「……そうだな」
ボソリと、リュウヤも返した。
戦いを終えたチラーミィが、リュウヤの肩に乗ってくる。ふわふわとした毛が、リュウヤの頬をくすぐる。
「……まぁ、気にすることはないよ、ポケモンとトレーナーは支えあって生きている!!」
「……」
「……なんだい? その怪訝そうな顔、まさか君までポケモンを解放すべきだ、なんて言いだすのかい?」
「まさか……いや、どうだろうな」
強い口調でチェレンに聞かれ、リュウヤは肩をすくめる。
「Nの話やおっさんの演説の内容は、端的にはごもっともだと思うよ。現にポケモンを道具や商品としか考えない人間なんて、この世には腐るほどいる。ポケモンにしてみればたまったもんじゃないだろうね。……だけど、チェレンの言うような『支え合って生きている』トレーナーとポケモンだって、この世界にはたくさんいる。俺は、そういう奴らと競い合い、励ましあって生きてきた。それに、モンスターボールに入ってようとなかろうと、ポケモンと人は通じ合えるし、ポケモンはポケモンだ。俺の持論だけど」
「……何が言いたいの?」
「両方正解だと思うから、どちらが間違いだ、どちらが正しい、なんてわからないって事。もしかしたらこれは正解なんてない疑問なのかもね」
「……じゃあ、君はどうするのさ」
いらだったようなチェレンの口調に、リュウヤは「おっかないねぇ」と再び肩をすくめて、
「どうもしないさ、俺は変わらずこの子たちと生きていく。それでこの子たちが苦しんでいるのか、嬉しいのかはわからないけど。……強いて言うなら、これは俺のエゴなのかもしれない」
擦りよってくるチラーミィの頭を、左手で撫でながら、リュウヤは自嘲気味の笑みを浮かべる。
「俺が、この子たちのそばにいたいんだ」
「……」
チェレンはそう言うリュウヤを黙ったまま見つめる。
(もしかしたら……この人はトウヤや僕なんかよりずっと大人で……)
(色んなものを見てきたのかもしれない)
それこそ、汚いものも、美しいものも……。
そう思いながら、チェレンは沈黙を破るかのように、口を開いた。
「僕はジムリーダーに挑戦して、チャンピオンを目指す。……いつか、あんたとも戦ってみたい」
「……たのしみにしてるよ」
きびすを返して去っていくチェレンに、リュウヤは右手で手を振った。
「……」
チェレンは後ろで手を振っているリュウヤの気配を感じながら思う。
(リュウヤはカントー出身だと聞いた。ここからカントーは、身1つで旅をするにはかなりの距離がある……。きっと相当な実力を持っているのだろう)
チェレンは、先天的な直感で感じ取っていた。今の自分ではリュウヤには勝てないという事を。
そして物事には順序というものがあると思っていた。
(リュウヤと勝負するために、まずジムリーダーと戦って己を磨き、トウヤにリベンジするんだ)
チェレンは知っていた。努力なくしては勝利を得ることは出来ないという事を。
チェレンは知らなかった。その努力で得た力の先で、自分が何をしたいのかという事を。
僕と兄さんはいつでも一緒。
悲しい時も、楽しい時も、苦しい時も、2人でいれば寂しい事なんてなかった。
姿かたち、声も一緒で、道行く人々がものめずらしそうな目で見たり、友達や親戚が僕たちを見間違えるのを見て、遊んでいたんだ。そんな、僕らの夢は、2人でタッグバトルのスペシャリストになるという事。
どちらか一方しかなれないチャンピオンになんか、興味はなかった。
僕は、兄さんが大好きで、10歳になったら、自分のポケモンをもらって、一緒に旅に出て、一緒に強くなって、2人でタッグバトルのスペシャリストになるんだって、ずっと思っていた。
それが、本当にただの夢で終わってしまったのだと気づいたのは、12歳の時。
5歳の時、僕は父さんと離婚した母さんに連れられて、ここ、カノコタウンに来た。兄さんは父さんと一緒にカントー地方に残ったが、それでも僕は10歳になれば、兄さんが迎えに来てくれて、一緒に旅をするんだってチェレンにもベルにも話さなかったが、僕は信じて疑わなかった。そんな期待を裏切るかのように、 あの知らせは人づてに僕の元に届いた。
兄さんがカントーリーグ制覇をしたというのだ。
チャンピオンの誘いを蹴って、ジョウトからホウエン、シンオウと、旅を続けている兄さん。本来なら嬉しく思うはずの報せに、僕はどうしようもなく、裏切られたような感じがした。
兄さんはもう、旅をしているのだ。
1人で。
僕は兄さんが好きで、迎えに来るのをずっと待っていたのに。
兄さんはまるで、『僕なんかいらない。』とでも言うかのように、旅に出てしまった。
それから僕は早く旅に出たくてしょうがなくなった。早く旅に出て、つよくなって、兄さんに追いつくために。 兄さんと同じ実力を得て初めて、僕ら双子は平等になれる。そうしたら、僕が兄さんを迎えに行く。
そう思っていた。
そう思っていたのに、兄さんは今更、僕の前に姿を現した。
まだ僕は兄さんに追いついていないのに。
まだ僕は旅にすら出ていないのに。
予想外の出来事に僕は驚いてしまい、どう反応していいのかわからなくなった。
「さ、トウヤ、君から選ぶんだよ。」
「あ・・・・・・うん。」
チェレンに促され、トウヤは箱の中身をみつめる。
3つのモンスターボールが無機質にトウヤをみつめている。
(兄さんはなんのポケモンを選んだのかな。僕は炎タイプが好きだったけど、兄さんは草タイプが好きだったなぁ・・・・・・。)
そう思ったとき、僕は無意識のうちに、ツタージャのモンスターボールを手にしていた。
「母さん・・・・・・これはない。これはないよ・・・・・・。」
1階でシャワーを浴びおえたリュウヤは、自身の母の用意した服を着て、苦笑いを零した。うすい蒼とグレーのジャケット、グレー交じりの黒いズボン、白と赤の帽子・・・・・・。
どう考えても、先ほどのトウヤの格好と全く同じものだった。
「だって急にくるんだもの、トウヤの服しかなかったのよ。」
「いや、おかしくない? 同じ服を何着も持ってるの? どこのアニメの主人公だよ。」
「本当、こうして見ると瓜2つねー。見分けがつかないわ。」
「双子だからね・・・・・・って、俺の話聞いてる? 」
そう言ってリュウヤはため息をつき、窓の外に目をやる。木の影にあやしい人影が見えるのに気がついて、リュウヤはぎょっとした。なぜなら、リュウヤはその人影の正体をしっていたからである。
(なんで、こんな・・・・・・早くに。)
リュウヤはじっと窓の外の人影を見る。硝子に移った自分の姿の中に、奴らがもそもそと蠢いているのが見える。
「 ! 」
その時、リュウヤは気がついてしまった。
自分は奴らに顔が知られている・・・・・・。
そしてその自分は、トウヤと同じ顔をしているのだ。
リュウヤは、今さら気がついた自分を馬鹿だと思った。いや、元々馬鹿の自覚はあったが、ここまでだったとは予想外だった。
今、リュウヤが逃げ出したとしても、奴らはトウヤとリュウヤの関係に気がつくだろう。気がつかなくとも、奴らはトウヤをリュウヤだと勘違いして襲うかもしれない。これから旅に出るトウヤにとって、それはいくらなんでも酷だというものだ。
(それだけは・・・・・・阻止しなくては。)
「・・・・・・リュウヤ? 」
「 ! 」
母さんが不安そうに声をかけてくる。リュウヤは無理矢理笑顔を作って、
「なんでもないよ・・・・・・。」
と答えた。
「そういえば、リュウヤ、最初のポケモンは何にしたの? やっぱり、フシギダネ・・・・・・かしら? 」
「いや、ヒトカゲだよ。もっとも、今は進化してリザードンだけどな。」
「あら! どうして? 」
母親に追及され、リュウヤは照れくさそうに、
「あいつ・・・・・・、炎タイプ、好きだから。」
と言う。その答えは、お母さんの予想通りの言葉だったらしく、お母さんは「そう。」と嬉しそうに微笑んだ。
ズダンッ ガコンッ バコッ バコッ
上から大きな物音と共に、ポケモンの鳴き声が聞こえてくる。
「あらあら、元気ねー。」
「室内でバトルって・・・・・・おいおい、バイオレンスな友達だな。」
「ちょっと様子、見てきてくれないかしら? 」
「・・・・・・へーい。」
この服装で上に上がるのは気が引けるが、やはりお母さんのいう事に逆らう事はできないし、少し、トウヤのバトルしてるところを見てみたかった。
階段をのぼり、トウヤの部屋に入る。
そこはそれは酷い有様だった。高そうな薄型テレビは傾き、某ゲーム会社の大人気ゲーム機は倒れて転がり、ゴミ箱はむしろゴミを散らかす箱と化し、シーツや絨毯、天井や壁紙は、ポケモンの足跡でぐしゃぐしゃ・・・・・・。
「わーお・・・・・・。」
苦笑いをこぼしながら、トウヤたちの方を見る。
どうやら、トウヤとチェレンが戦って、トウヤが勝ったようだ。
「あ、兄さん、来たの? 」
「ん、ああ、母さんが様子見て来いって。」
「ごっごごごごごごめんなさいっ!! 」
ベルがものすごい勢いで、頭を下げた。
「私がちょっとだけなら大丈夫って・・・・・・。それに、お兄さんとは知らず、思いっきり引っぱって来たりして・・・・・・ごめんなさい!! 」
「や・・・・・・ここ、俺んちじゃないし。それにさっきの事なら、少し驚いたけど(ベルの力の強さに)大丈夫だから・・・・・・ね? 可愛い女の子なら大歓迎だよ。」
「ふぇ!? 」
思わぬ言葉にベルは顔を赤くする。あうあうと挙動不審になった後、「お母さんに謝ってくるー。」と、階段を降りていった。その後を「僕も行くよ。」と言ってチェレンが追う。
「僕と同じ顔で、ベルに妙な事吹き込まないでくれる? 」
「え、何? 彼女だった? 」
「・・・・・・違うよ。」
トウヤはふいっと、そっぽを向き、階段を降りていってしまう。リュウヤはつまらなそうに頷き、その後を追った。
「騒がしくしてすみません。」
「あのぅ・・・・・・お片づけ。」
1階では、ベルとチェレンがお母さんに謝っているところだった。お母さんは寛容にも、「いいわよ、私がやっておくから。」と言い、トウヤとリュウヤの方に目を向ける。
「トウヤ、どんなポケモン選んだの? 」
「・・・・・・ツタージャ。」
「あら! どうして? 」
「・・・・・・。」
トウヤはちらりとリュウヤのほうを見やり、恥ずかしそうに目を伏せた。
「どうでもいいでしょ、そんな事。」
その反応を見て、お母さんはやっぱり嬉しそうに笑うのだ。
離れて育っても、この子達はこの子達なのだと。
「それじゃ、アララギ博士の研究所で。」
「うん、わかった。」
チェレン達と別れ、身支度を始めるトウヤを、じぃっとリュウヤは眺めていた。
お互いになんて切り出したらいいのかわからないせいか、重たい沈黙が続く。
「兄さん。」
「・・・・・・何? 」
最初に口を開いたのはトウヤだった。
「旅は、楽しい? 」
「・・・・・・うん。」
「1人で、寂しくなかった? 」
「・・・・・・。」
リュウヤは答えない。
ジ――――ッとリュウヤが鞄の口を閉めた。それを背負って、部屋から出て行く。その背中を追いかけながら、リュウヤはトウヤに聞こえないように、小さくつぶやいた。
「さみしかったよ。」
『とてもとてもさみしかったよ。』
そしてそんな寂しさを紛らわせてくれた、自身のポケモン達に感謝した。
腰のモンスターボールがそれに答えるように、カタカタと揺れた。
イッシュ地方、カノコタウン。
桃色の、花の花弁が舞い散る、春の午前9時。カノコタウンのほぼ中央に位置する自分の家で、トウヤは、幼なじみのチェレンと共に、トウヤは1つの箱を、神妙な顔つきで眺めていた。
その箱は長いリボンで丁寧に包装されたもので、今朝アララギ博士によって直接届けられたものだ。
「この中に、僕たちのパートナーとなるポケモンがいるんだよね。」
「・・・・・・うん。」
「こんな大事な日だっていうのに、ベルは・・・・・・また? 」
「あはは・・・・・・。」
トウヤはあきれたように笑う。彼女の遅刻癖は今に始まったことではない。トウヤは5歳の時に、カノコタウンに引っ越してきたのだが、その時にはもう、ベルはウルトラマイペースな世間知らずの箱入り娘だった。遠足に行く時は、彼女のおかげで、出発時間は延びに延びたし、帰る時もまた同じだった。おそらく今回もそうなのだろう。
トウヤとチェレンは、毎度の事ながらベルの遅刻癖に呆れてから、プレゼントボックスに再び目をやり、期待に胸を膨らますのだ。
「ここが、カノコタウン・・・・・・。」
カノコタウンの入り口、1番道路の前で、リュウヤはつぶやいた。
茶色い髪の毛の、童顔な少年だが、精悍な顔つきをしている。黒く、薄汚れたシャツと、あちこちがズタズタに切れたジーンズを着ている。
(一目、一目だけでいい。母さんとトウヤの姿がみれれば・・・・・・。)
そう思いながら、かすかに青い匂いを放つ柔らかい草を踏みしめる。
そして、自分の足元の草の感触や、どこか田舎なカノコタウンの風景を見て、リュウヤはふふっと笑いを漏らす。
「マサラタウンを思い出すなぁ・・・・・・。」
ポツリとなつかしそうにつぶやいて、そして自身の言葉で、今、自分がおかれている立場を思い出す。
(早く行って、早く帰ろう。トウヤや母さんに迷惑がかかる。)
そう思い、リュウヤは歩き出す。
リュウヤは、カントー地方から来たトレーナーだ。
カントーリーグを制した後、ジョウト、ホウエン、シンオウと、ジム戦を制してきた彼が、どうしてジムもチャンピオンロードもないこんな街に来たのか、それにはちゃんと彼なりの理由がある。
彼は焦っていた。彼の立ち位置が、かなり危うい所にあるということもある。しかし、それ以上に、彼はとても寂しくなったのだ。
ある出来事をきっかけに、自分ではどうしようもないくらいに、寂しくなってしまったのだ。
しかし、リュウヤは気づいてはいなかった。
彼は長居すると迷惑がかかる、と思っていたのだが、実際はそうじゃなかった。
彼がこの街に訪れたのが、いや、イッシュ地方に足を踏み入れたのが、そもそもの間違いだったのだ。
「きゃあっ!!? 」
トウヤの家はどこかと、さまよい歩いていると、ある家の前で中から飛び出してきた女の子とぶつかった。
金髪で、緑色の帽子を被っている。けっこう可愛い。
女の子は、長いスカートをゆらゆらと揺らしながら、リュウヤから体を離す。
「ごっごめんなさいっ・・・・・・ってアレ? トウヤ? 」
「え? 」
突然、自分の名前ではない名前で呼ばれ、リュウヤは驚く。
「ごっめーん!! わざわざ迎えに来てくれたんだー!! ありがとっ。」
「え? あ、ちょ・・・・・・。」
「ささ、早くトウヤの家に行って、ポケモンもらいに行こ。」
「うわっ!? 」
およそ少女とは思えない程の力で引っぱられ、リュウヤは危うくこけそうになる。しかし、少女はそんなことおかまいなしに、リュウヤを引っぱり、速度を落とさぬまま、トウヤの家に突入する。
「ごめーん、遅れちゃったぁっ。」
「遅いよベル、君がマイペースなのは10年も前から知っているけど、今日は僕らの記念すべき日となるのだから・・・・・・。」
「だからごめんって、もう! トウヤは優しいのに、チェレンってば嫌味!! 」
「・・・・・・僕が、どうかしたの? 」
ひょこっとトウヤがチェレンの背中から顔をだす。
「何言ってるの、わざわざ私の家まで迎えに来てくれたくせに・・・・・・って、アレ? 」
「ん? 」
そこで3人はやっとこの場の異常さに気がついた。
ベルはトウヤが迎えに来てくれたという。しかし、トウヤとチェレンはずっとここに居た。けれど、ベルは自分の家からここまで、トウヤを引っぱってきたのだ。3人しかいないはずのこの部屋に、4人目の人間がいるのだ。
それも3人が良く知る顔をした人物。
「・・・・・・よぅ。」
もう1人のトウヤがそこにいた。
「「うっぎゃぁぁぁぁっ!! 」」
ベルとチェレンが悲鳴を上げる。
「ド、ドッペルゲンガー!? たいへんっ、トウヤが死んじゃう!! 」
「い、いや、そんな非科学的なもの、存在するわけがない。きっと、ゴーストタイプのポケモンが、いたずらしてるに違いない。」
「カノコタウンにそんなのいるの!? 」
「いない・・・・・・けど。」
2人が騒ぐ中、トウヤは至極冷静な様子で、言葉を紡いだ。
「・・・・・・兄さん。」
「「兄さん!? 」」
2人が驚きの声をあげる。リュウヤはきまずそうに「・・・・・・おう。」と頬を掻く。その時、パタパタと足音が聞こえ、トウヤの、いや、トウヤとリュウヤのお母さんが、部屋に入ってきた。
「いま、すごい声聞こえたけど、だいじょう・・・・・・。」
「母さん。」
「・・・・・・リュウ・・・・・・ヤ? 」
お母さんは驚いた表情をして、リュウヤの肩に触れる。そして、
「久しぶりねー、元気してた? 」
「軽いね、軽すぎるよ母さん。10年ぶりに息子に会ったっていうのに・・・・・・。」
「だってあんまりにもトウヤとそっくりなんだもの、久しぶりって気もしないわー。」
「俺もだよ、相変わらず過ぎて、なつかしい気分の感動とか、どっかいっちゃったよ。」
そして、トウヤの方を向き、
「久しぶり。」
と言う。
「ヒサシブリ。」
無愛想に、トウヤも返す。
お母さんはトウヤを1階に連れて行こうと背中を押しながら、トウヤ達に言う。
「ちょっとリュウヤを着替えさせてくるから、ポケモン選んじゃなさいよ!! 」
ご機嫌な様子でそう言い、リュウヤと一緒に消えて行った。その背中を見ながら、トウヤはどうしたらいいのかわからない、得体の知れない感情がお腹の辺りをぐるぐるしているのを感じる。
兄が嫌い・・・・・・というわけではない。
ただ、うらめしい。
ただ、許せない。
しかし、リュウヤが現れた時、驚きながらも喜んでいる自分を、トウヤは感じ取ってしまっていた。自分の感情の正体を知っているからこそ、トウヤはどうしたらいいのかわからなくなった。
「トウヤ、君に双子の兄がいるなんて知らなかったな。」
「・・・・・・うん。話してないもの。」
チェレンにそう答えて、トウヤは箱に巻かれたリボンを丁寧に解いていく。
「あっ、トウヤの家に届いたんだから、トウヤが1番に選んでね!! 」
「そうだね、異論はないよ。」
そう言う2人に「ありがとう。」と返事をしながらも、トウヤ1階にいる兄の事を考えていた。
カントーリーグ制覇を遂げた兄。
ジョウト、ホウエン、シンオウと、数々の地方を旅して廻った、トレーナーとしては誇るべき兄。
(どうして、今更・・・・・・。)
こんな所にきたんだろう、とトウヤは思う。
(どうして・・・・・・このタイミングで・・・・・・。)
するりとリボンは解けたが、トウヤの頭の中の疑問が解けることはなかった。
〜とある王様のお話〜
彼は生まれてからずっと1人でした。
彼は1人である事に疑問を持つ事はありませんでした。
彼のトモダチは善悪のない存在である、ポケモン達だけ。
彼の大切な者はトモダチだけ。
時が経ち、成長して、彼はだんだん気づき始める。
自分と同じ人間が、ポケモン達を苦しめているという事に。
彼の耳にはトモダチの悲痛な叫びや、苦しみや、憎しみが、怨念のように響いてくる。
彼は耳を塞ぐという事をしなかった。
トモダチの悲しみを聞き
トモダチの憎しみを聞き
トモダチの失意を聞き
彼はいつしかポケモンと人間は共にいるべきではないと考えるようになりました。
ポケモンにとって人間は邪魔で、彼らがシアワセになるためには人間と離れさせなければならないと。
自分は何ができるのだろう。
小さな王様は考えました。
トモダチを助けるために。
トモダチをシアワセにするために。
自分は何ができるのだろう。
孤独な王様は考えました。
(僕は一体何をすればいいんだろう?)
〜とある兄の話〜
彼は昔は2人でした。
彼と弟はいつでも一緒。
なんでも一緒。
彼らは同一で平等。
けれど2人は離れ離れになってしまいました。
弟と離れて彼は途方に暮れます。
自分はこれからどうすればいいんだろう?
自分はこれから何をすればいいんだろう?
離れた弟と同じ事などできるはずもなく。
母と喧嘩別れした父に、弟の事など聞けるわけもなく。
彼はイッシュと繋がる空を眺めて、1日を過ごしていました。
そんなある日。
彼は彼女に出会います。
オレンジ色の体に、長い尻尾。
そして尻尾の先には赤く燃え続ける炎。
その町の博士は言いました。
「ヒトカゲは最後まで進化するとリザードンになるんじゃ」
リザードン
その名前を聞いたとき、彼は思いました。
ポケモントレーナーになったら
ポケモントレーナーになったら、空を飛んで、海を渡って、弟のいる所まで、1人でいけるのではないか?
「・・・・・・一緒に、来てくれるか?」
彼が彼女にそう言うと、彼女は嬉しそうに彼の胸に飛び込みました。
(さあ、これからどうしよう)
〜とある弟の話〜
彼は昔は2人でした。
彼と兄はいつでも一緒。
なんでも一緒。
彼らは同一で平等。
けれど2人は離れ離れになってしまいました。
兄と離れて彼は途方に暮れます。
自分はこれからどうすればいいんだろう?
自分はこれから何をすればいいんだろう?
離れた兄と同じ事などできるはずもなく。
父と喧嘩別れした母に、兄の事など聞けるわけもなく。
彼はカントーと繋がる空を眺めて、1日を過ごしていました。
新しい友達も出来ました。
おっちょこちょいで少しドジな女の子と
クールで知的な男の子
けれど、何が起こるわけでもなく、街から出るわけでもなく、彼は新しく出来た友達と一緒に平凡な毎日
を過ごしていました。
兄に会いたい。
兄に会いたい。
10歳になれば、兄は迎えに来てくれるだろうか?
そう思って待ち続けて5年間、10歳になっても、兄が現れる事はなかった。
兄に会いたい。
兄に会いたい。
1人は寂しい。
(兄さん・・・・・・今日も来ないんだね)
もしもbw主人公が♂♂の双子だったら……。
ふとそんな事を考えてから始まった、夏夜の妄想と妄想と、原作(ゲーム)の流れから生まれた、王道すぎるゲーム沿い長編小説。
双子好きホイホイですww
ピクシブにも上げてありますが、ここでもさらしてみます。
同時連載も多めに見てあげてください。(ちなみにこちらは亀更新)
付属タグは
【批評していいのよ】
【描いていいのよ】
【書いていいのよ】
です。
全部ついてます、すみません。
※この作品は原作を尊重しています。
「それじゃ、お前達はのんびりしてな。俺は仕事に行ってくるぜ」
ここはコガネシティの港、先ほど話題に上がった船が停泊している。サトウキビはこう言い残すと、静かに歩きだした。行き先はもちろん、目の前の船であ
る。2本の煙突からは白煙を吹き出し、波間に漂うことなく構える鉄の塊に、人が続々と入り込んでいく。その様子は、さながら豪華客船と言っても差し支えないだろう。
「それじゃ、俺達も行くか。えーと、まずは……」
サトウキビを見送り、ダルマ達も乗船口に近づいた。そこには受付がおり、不審者がいないか目を光らせている。
「すみません、乗船の受付をお願いしたいのですが」
「ん?君達、とても今日のパーティーに参加するような人には見えないが、何か証明書とかあるかな」
「証明書はありませんが、サトウキビさんが……」
ここまでダルマが言いかけると、突然受付の背筋が伸びた。
「もしや、君達が先生の客人なのかい?」
「え、ええ。そういうことになります」
「先生の紹介なら大歓迎だ、乗ってくれ。」
「あ、ありがとうございます。けど大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。俺も先生の弟子の1人でね、今日は客人を連れてくると言われていたんだ」
「え、がらん堂の人なのですか?」
「そうさ。今日は大半の弟子がパーティーに駆り出されているんだよ」
「そうですか。それでは、お言葉に甘えて行ってきます」
ダルマは頭を下げると、船内へ架かる階段を上っていった。ゴロウとユミもそれに続くのであった。
「いってらっしゃい、どうぞお元気で!」
船はホラ貝のように汽笛を鳴らすと、港を出港した。一時の船旅の始まりである。ダルマはゴロウとユミに尋ねた。
「さて、まずは何をする?」
「そうですね、ちょっとお買い物をしませんか?」
「へ、お買い物?」
ユミの答えに、ダルマは頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「これだけ大きな船でしたら、お店があると思うんです。これからも旅は続きますし、必要なものは買い足しておいた方が良いと思いますよ」
「そうだな……ゴロウはどうだ?」
「俺は別に構わないぜ!まだ飯の時間には早いからな」
「そうか。じゃあまずは店を……お、あんな所に売店が」
ダルマが目をやった先に、都合良く売店があった。彼らはそこへ向かうと、物色を始めた。
「そうだなあ、ポケモン図鑑とか置いてないかな?」
「ダルマ様はまだ図鑑を持っていませんでしたよね?」
「そうそう。ポケモンのことに詳しいわけでもないし、あると助かるかなってね」
「お、これは何だ?」
ゴロウはふと品物を手に取り、ダルマとユミに見せた。胸ポケットに入るくらいの手帳に見えるが、一方に液晶画面がついている。また、もう一方にはスピーカーとマイク、数個のボタンがついている。外装は昔の紐とじの本のようだが、材質は樹脂である。売れているのか、棚に置いてあるのは3つだけだ。
「これはポケギアか?それともポケモン図鑑?」
「どちらとも取れますが……どうなんでしょう?」
「それはポケモン図鑑付きポケギアだよ」
突然、背後から声が聞こえてきた。ダルマ達が振り向くと、そこには1人の男がいた。色あせた紺のつなぎを着ており、あちこちがすすけているが、左胸には「ボルト」と書かれたアップリケが縫い付けてある。坊主頭が目立つ。また、腰にトイレットペーパーの芯程度の太さがあるスパナを提げている。
「あのー、どちら様ですか?」
ダルマは男に話しかけた。男は静かに答えた。
「僕かい?僕はボルト、しがない技術屋だよ」
「技術屋さんでしたか。随分詳しいですね」
「ああ。何せ、それは僕が開発したからね」
男、ボルトの言葉に、思わずダルマは声を上げた。その様子を見て、ボルトは頬を緩ませる。
「コガネシティでしか販売されてないからね、知らないのは無理もない。けど、これからどんどん人気が上がってくるよ。既に雑誌とかでも紹介されつつあるしね」
ボルトは雑誌置き場から1冊引き抜くと、手慣れた手つきで真ん中のページを開いた。そこには「これは流行る!今話題の複合型ポケモンギア」という大見出しがうってある。
「なるほど……確かに流行っているみたいですね」
「そうだ!俺達もこれ買っていこうぜ」
「おいおい、一体どうしたんだゴロウ」
ゴロウらしくない発言に、ダルマは目を丸くした。
「これから人気になるなら、俺達も流行に乗っとこうぜ。トレーナーも人間、お洒落くらいしねえとな」
ゴロウは胸を張って答えた。ボルトは笑いながら雑誌を元の場所に戻す。
「ハハッ、そりゃ良いな。他の奴らにもどんどん宣伝してくれよ」
「おう、任しとけ!」
「……ところでボルト様、今日はどういう御用事なのですか?」
「用事?ああ、今日は市長の献金パーティーの日だから、つなぎ姿のおじさんは目立つよね。僕は今日のパーティーに出席するんだよ」
「えっ、その姿でですか?」
「いや、もちろんパーティーには背広で出席さ。僕は船が出発するまでの準備も任されていたんだよ。出発してからはサトウキビさんと交代したけどね」
「へぇー、サトウキビのおっさんは船の手入れもできるのか!一体何者なんだ?」
ゴロウは感嘆のため息をもらしながらつぶやいた。ボルトもこれに同調する。
「まったくだよ。あの人は普通では考えられないくらい仕事の幅が広い。今回のパーティーを企画したのも彼らしい」
「まあ、市長の下で仕事してますからね」
「そうだね。しかし彼はしたたかで、さりげなくコガネの宣伝もしている」
「と、言うと?」
「僕はコガネで町工場を経営しているんだけど、この度新しい商品を開発したんだ。これを市長に売り込んだわけだけど、相手にもされやしない。しかしサトウキビさんがそれを見るなり、『献金パーティーを兼ねた販売会を開きましょう』と進言したんだ。おかげで今回の企画が実現したというわけさ」
「な、なるほど。……ところで、その新商品って何ですか?」
ダルマは何気なく、ボルトに尋ねた。ボルトは輝く海のような目をしながら答えた。
「お、食い付いたね。本当はまだ見せてはいけないんだけど……ついてきなよ、見せてあげるから」
「よろしいのですか?大事なものなのでしたら販売会まで待ちますわ」
「気にしないで良いよ。あれがばれてまずいのは、金持ちくらいだし。彼らに考える時間を与えないためにも、なるべく見せないようにしてるんだ」
「なるほど。それでは俺達も他言しないようにしますね」
「助かるよ。じゃあ、そろそろ行こうか。あ、図鑑はちゃんと買っといてね」
「はーい。さすがにしっかりしてるや」
ダルマ達はコガネ限定ポケギアを買うと、船内の奥へ進むボルトについていくのであった。
・次回予告
ボルトに連れられ、ダルマ達は彼の「傑作」を見せてもらう。それは、世界中を驚愕させうるとんでもないものだった。次回第26話「レプリカボール」。ダルマの明日はどっちだ。
・あつあ通信vol.6
最近話が増えて地の文が減っていると感じているのですが、皆さんはどう感じますか?分かりにくいならもう少し説明を増やしますし、今ので大丈夫ならそのままいきます。皆さんの意見を聞かせてもらえれば幸いです。
あつあ通信vol.6、編者あつあつおでん
ちりん、ちりりん。
夏の風物詩が、透き通った風の中に清らかな声で歌った。
薄青い空にかすかにたなびく白い雲、生い茂る深緑の手のひら。太陽の歌を紡ぐセミたちの声、縁側でひなたぼっこをする猫。
ごくありふれた、太陽の照りつける夏の日の風景が広がっている。
ちりん、ちりりん。
風が吹くたびに、風鈴たちは自らの歌を思い思いに歌いだした。
緑の木々を背景にした真っ白な網戸だけ一枚を残して開け放たれた窓。
その窓辺で夏風に歌うその風鈴たちを見つめながら、少年は背もたれのついた椅子に座って本を読んでいた。
少年は自分の頭の後ろからひょいと本を覗き込んだチリーンに気づくと、そのチリーンの頬をそっと撫でてやった。
ちりん、ちりりん。
チリーンは、どんな風鈴にも負けないような透き通った玻璃色の声で歌いながら、大好きな主人に甘えてすり寄った。
◇ ◇ ◇ ― 『ふうりんのうたうとき』 ― ◇ ◇ ◇
夏風の中、たくさんの風鈴が窓辺で歌っています。
私はチリーン。夏だけでなく、春にも秋にも、そして冬ですらも、年中風鈴を聞くことが大好きなご主人さまのもとで、いつも大切にされて暮らしています。
「チリーン。おはよう」
ご主人さまは、太陽よりも早起きの日でも眠そうに目をこすって起きてくる日でも、必ず笑顔で挨拶してくれます。私とご主人さまの一日は、いつもこうして始まります。
ご飯を食べるときも、本を読むときも、ゆっくり眠るときも、ご主人さまはどんな時でもいつも一緒にいてくれます。
それから、毎日私を膝の上に乗せて、ほっぺたを撫でてくれるご主人さま。
そんなとても優しいご主人さまに大切にされている私は、ふたり一緒にいられること、それだけでしあわせを感じていました。
私はご主人さまのくれるたくさんのしあわせに包まれて、ひとつの不自由もなくご主人さまのそばで暮らしていました。
――そんなある日のことでした。
「この風鈴、良いよね」
ご主人さまは新しく買ってきたらしい風鈴を、窓枠に引っ掛けつつ呟きました。
私はその言葉に胸の高鳴りを覚えました。
ご主人さまの視線は、完全にその風鈴に集中しています。いつもは私だけを見ていた視線が、今は違う。
その風鈴が、いつもは私だけを見てくれているご主人さまの視線を奪っている。
そう考えるたびに、鼓動はどんどん高鳴ります。自分自身のことなのに、よく分からないおかしな感覚でした。
――そのとき私は、これが人間の言う“嫉妬”なのだと知りました。
「この色遣いとか、音とか。買ってよかったと思うんだ」
ご主人さまはその風鈴の歌声に耳を済ませながら、独り言のようにまた呟きました。
私はその言葉に、もう一度窓際に掛けられたばかりの風鈴を見つめます。
その風鈴は、悔しいけれども確かに、ご主人さまがその姿に惹かれて選んだだけのことはありました。
施された彩色はたった数本の線。それでもその彩色は、控えめながらも確かに煌いて自らを主張していました。
声は玻璃のように透き通った声で、この部屋に誰よりも清らかな声を響かせています。
――強く、自分を狂わせてしまいそうなくらいの、“嫉妬”を感じました。
ご主人さまは、風鈴を窓枠にかけてからずっと、その風鈴を見ています。
「私ではダメですか」という疑問と嫉妬が、ご主人さまと風鈴を交互に見つめる度にこみ上げてきます。
ご主人さま、――私を、私だけを見つめてください――
ご主人さまが綺麗な色遣いを欲するなら、美しい声を欲するなら、私はそれに応えますから、どうか――
私はようやく風鈴からご主人さまが離れたところで、窓枠からそっと風鈴をはずし、部屋の鏡台へと向かいました。
私はその風鈴に描かれた色遣いを真似て、たどたどしい筆遣いで、一箇所の狂いも無いように出来るだけ繊細に、自分の顔にその風鈴と同じようなお化粧を施しました。
ご主人さまは、その風鈴の姿や声がたまらなく気に入った、そう思ったのです。
お化粧だけではなく、その風鈴のような高く清らかな声で歌うことも、試してみました。
でも、ご主人さまは私の方よりも、買ったばかりのその風鈴の方に目が行っているようなのです。
幾ら繊細なおめかしをしても、幾ら目一杯に出来る限りの清らかな声で歌っても、ダメでした。
何が私に足りなくて、どうして新しい風鈴の方ばかり見ているのか、気が気ではありません。
私の面倒は、いつも通りに見てくれます。楽しいお話もしてくれます。
でも話し終わってしまうと、気がついたら、ご主人さまの目は窓辺で歌う風鈴に向いているのです。
急にご主人さまが、私のことをあまり構ってくれなくなってしまったように感じました。
そして、今まで私のことを大切にしてくれていたご主人さまが、誰か違う人と遠い世界に離れていってしまったように思いました。
じゃあ、私は……? 独りぼっち、なの……?
私は、努力不足なのだと悟りました。
もっと綺麗なおめかしをして、もっと綺麗な声で歌って……
それに、私はあんな風鈴と違って、「風」が無くたって、歌える!
そう、あなたなんかよりも私の方がご主人さまに相応しい風鈴です!
でも、ご主人さまは私の意に反して、静かに衝撃的な言葉を発したのです。
「――なんか最近、お前らしくないよ。なんて言うか、無理してると思う」
私が死に物狂いでご主人さまに相応しい風鈴になろうとしていたある時、ご主人さまは悲しげな苦笑いをして、私の瞳を見つめながら仰いました。
ご主人さまの瞳に映りこむ私、その小さな私の瞳に映りこむご主人さま、その繰り返しの合わせ鏡。
今までとは比べ物にならないくらいに、鼓動の高鳴りが嫌というほどに感じられました。瞳の鏡に映る私は遠くて、それはだんだんぼやけながら激しく揺れ動いて見えました。
どうして? 私はご主人さまに、今まで通りにしてほしいだけなのに。
笑わせてあげたくて頑張ったのに。苦笑いなんて見たくなかったのに。
ご主人さまが大好きで大好きで、仕方がないだけなのに。
そう思ったら、嫉妬どころではないたくさんの感情がこみ上げてきて、……
いつの間にか、自分の瞳から熱い雫が零れていくのを感じました。
――私は耐え切れずに、部屋を飛び出しました。
私は飛び込んだ部屋のベットで、嗚咽を漏らしました。
悲しいというのか、悔しいというのか、何と言えばよいのか分からない感情に駆り立てられて、私の瞳はただぽろぽろと涙をこぼし続けました。
何故ですか? 私は、こんなにも頑張っているのです。ご主人さまに相応しい風鈴でいられるように、と。ただ、ご主人さまと今までどおりに一緒にいたい一心で。
なのに、何もせずともご主人さまに見つめられている風鈴が、憎らしくて、妬ましくて。
何故ですか、ご主人さま。
ご主人さまの傍にいたいだけなのに、どうして?
頭を駆け巡る、ご主人さまの、笑顔、えがお、エガオ――
「……リ……ン……
……リーン……チリーン?」
誰かが私の名前を呼びながら、小さな私の体を揺り動かしました。
でも、私の名前を呼んだのも体を揺らしたのも、いつも私が体に浴びている、あの窓辺を吹き抜ける風ではありません。――ご主人さまでした。
ご主人さまの私を揺り起こす手と声とで、私は静かに目を覚ましたのでした。いつしか泣き疲れて、眠ってしまっていたようです。
ちりん。ご主人さまの手に、私は弱弱しい調べを奏でました。
ああ、いつもと変わらない、あたたかくてやさしい手のひら。私はどうして独り眠ってしまっていたのかも忘れ、ただご主人さまの手に撫でられていました。
けれどよく思いだしていくと、私は悔しくて、悲しくて涙を流したのでした。――ご主人さまが、私の方を向いてくれないから。
そんな嫉妬のあまり、思わずご主人さまにブスッとした態度をとってしまいました。間違っていることなのに。ご主人さまはハハハと苦笑いをしています。そんなどこか悲しげな笑顔に、とっさにいつもの私に帰るや否や申し訳ない気持ちで胸が締め付けられて、言葉もなく頭を垂れました。
どうやらご主人さまは私が突然涙を零しながら部屋を飛び出したのを見て、しばらく私をそっと眠らせておいてくれたようでした。
見れば時計の針は傾いていて、もう昼下がりの時間を過ぎていました。夏の暑さも私のほとぼりも、少し落ち付いたようです。
「いったい、どうしたんだい? この頃お前が普段とは変で、いつも心配してるんだ。さっきも泣いて部屋を飛び出したし……」
ご主人さまは、その手のひらで私のほっぺたを撫でながら言いました。
そこにいたのは、私のことを心配してくれるいつものご主人さま。普段と何も変わらないご主人さまが、戻ってきてくれたのです。
苦しくて、苦しくて。ご主人さまのいない世界なんて、考えられません。私は胸の締め付けを緩めるように、今まで無意識のうちに感じていた嫉妬心を素直に打ち明けました。
快く思わない顔をされることも覚悟していました。けれどご主人さまは、黙って私を胸元に抱いてくれました。
――ああ、久しぶりのあたたかさ。いつもそばにあったはずなのに。私はそのぬくもりを、ずっと感じていました。
「なんだかお前らしくないと思ってたんだよ。でも、嫉妬してたなんて気付かなかったんだよ。ごめん、本当に」
ご主人さまは私を両手に抱きかかえると目の前へと浮かばせて、頭を下げました。
ご主人さまは何も悪くないのに。そんな罪悪感と、自分のことを気付いてもらえた喜びがない交ぜになって、いつの間にかまた雫が零れてゆきました。
左のほっぺたにやわらかな手のひらを感じました。
ご主人さまは私のほっぺたをやさしく撫でると、「大事なことだから、聞いてほしい」と囁きました。
いつになく真剣な顔をしているご主人さまに、溢れ出る涙をぬぐって、私も真剣な面持ちでご主人さまの瞳を見据えます。
「あの風鈴に負けたくなくて、……誰よりもボクのことを思って、あの風鈴のような色を真似して塗ったり、無理して声を真似たりしたんだろう?」
何から何まで全て図星。やはり私のご主人さまは、私のことを全て見抜いていました。それくらい、ご主人さまはやっぱり私のことを分かってくれていたのです。私は恥ずかしさと悔しさ、情けなさと申し訳なさ、沢山の感情に打たれて、必死に口をかたく結んで、震える身体でコクリと頷きました。笑ってもいない、怒ってもいない、ただ私だけを見据えるご主人さまの視線に、私の弱弱しい体は今にもちぎれてしまいそうでした。
「確かに、ボクはあの風鈴の色遣いも音色も好きで、だからあの風鈴を眺めてたし、耳を澄ませてた。
でもいつだって、そばにいてくれるお前のことを忘れたことなんて無かったよ。
可愛い笑顔を見せてくれるお前の代わりなんて、ありはしないから。
誰もお前の代わりにはなれっこない。だからボクは、無理せずに飾らないお前が、一番『お前らしい』と思うんだ」
ご主人さまが片時も私を忘れていなかったということが分かって、全身の力が抜けていくような思いでした。けれど直後、もうひとつのことに体が強張りました。
「お前らしい」。私らしいって、何?
無理をしないで、飾らないで、自分の持っているものをありのままにさらけ出す。それが、「私らしい」?
私は今までのことをゆっくりと思い浮かべます。私があの風鈴のように振舞ったのは、自分が自分らしさに気付いていなかったから、そういうことなのですか?
その時になってやっと分かったのです。
ご主人さまは「急に人が変わって、違う世界に行ってしまった」ようになどなっていなかった、と。
そしてそんな風になって、大切な人の前から離れて行ってしまっていたのは、ほかでもない、私自身でした。
ご主人さまは、私がご主人さまの知らないところで焦燥に身を焦がしていた間にも、いつも私のことを大切な存在として見つめてくれていたのです。私にとっても、ご主人さまは大切な唯一の存在でした。だからこそ、私は気付かないうちに「私」を棄ててまで、ご主人さまから離れないようにもがいていたのでした。
けれどそうやって近くにいようと無理してもがけばもがくほど、私の想いとは裏腹に、ご主人さまから離れてしまっていた。そのことにようやく気付いたその時、私はその事実にずたずたに打ちひしがれて、自分でも情けないくらいに止めどない涙をボロボロと零しました。悔しさや悲しさというより、そんな負の連鎖の中でもがいていた私があまりに情けなくて、情けなくて仕方がなくて。
けれどご主人さまは、そんな私でさえもやさしく包み込んでくれたのです。
ご主人さまは私の瞳から零れ落ちたたくさんの涙をぬぐうと、またその手のひらで私を撫でてくれました。
もう、どうやって感謝の気持ちを述べたらいいのか分からなくて、私はどうすることもできません。
とにかく、この涙をぬぐってくれる手があるのだからもう泣いてはいけない、と思い、私はもう一度涙をぬぐってご主人さまに向かってにっこりと笑ってみました。
ご主人さまも、とびきりの笑顔で、私を見つめてくれています。――他に、何を望めというのでしょう。十分すぎるくらいです。
「なあ、風鈴って、風がないと歌うことはできないだろう?
風という助けがあってはじめて音を響かせられて、風鈴という自分の良さを知ってもらえる。
ボクたち人間だって、それと同じことさ。誰かの助けがあってこそ、初めて自分の個性を生かせるんだ」
ご主人さまはぬぐった私の瞳を見つめて、そう囁きました。
私が私の歌を歌えるのは、ご主人さまの言う「風」のおかげ。
なら、私の風はだれ? ――それは紛れも無く、私の、大切なご主人さま。ご主人さまのおかげで、私は私の歌を歌える。
「私は普通の風鈴とは違う、私はチリーン。だから私は風なんて無くたって、私の歌を歌える」――今までずっとそう思っていたことは、とんだ思い違いでした。
「だから、これからもボクの傍でずっと、ずっと、歌っていてくれないか?
――飾らないお前が、ボクは一番好きだ」
ちりん、ちりりん。
窓辺に、別の風鈴が歌声を紡ぎました。私が、口にしきれないたくさんの想いを胸の中に感じているうちに。
ご主人さまに伝えたいことは数え切れないくらいたくさんありましたが、それは全て私の心にとどめておくことにして、私はとびきりの笑顔を咲かせながら、ご主人さまのあたたかな腕の中に飛び込むだけにしました。
たくさんの想いは、言葉にしてご主人さまに伝えるにはどうしても恥ずかしかったのです。なにより、口にしなくても、きっと通じ合っているでしょうから。
ちりん、ちりりん。
私は窓辺に歌う風鈴に負けないように、けれど今度は確かに自分だけの歌を、たくさんの愛と誇らしさをこめて歌いました。
――ご主人さま。これからも、「ご主人さま」という風に包まれて、歌い続けても構いませんか?
◇ ◇ ◇
いつだったかの夏、風鈴の音を聞きながら書いた小説です。
今よりもずっと拙い文体で書いていたころの小説だったので、こうして新たな場所で投稿させていただくにあたり、とっても懐かしい気分に浸っています。
チリーンってとっても可愛らしいですよね!
あの可愛らしさだからこそ、こんな風に表に出せない嫉妬心を感じてるのかな、と思ったり。
これくらいの嫉妬だったら、とってもかわいいものだなぁ、って感じます。
「チリーンっていいなぁ」を少しでも感じていただければ幸いです!
――2011年4月27日 別所にて追記のあとがきより
◇ ◇ ◇
忘れたころに再投稿。自分で目を通していて懐かしくなりました……(笑)
小樽ミオとして書いた最初の短編ということもあってか、思い入れのある作品のひとつです。
暑くなるのかならないのかよく分からない今年の夏ではありますが、
私もちりんと歌う風鈴の声を聞きながらのんびり過ごしたいと思います〜
返信遅れました。申し訳ありません。
アドバイスありがとうございました!!小説の執筆は初めてなもので・・・
以後気をつけます!!これからもこんなくだらん間違いが多々あると思いますが、長い目で見てやってください。これからも、よろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
対戦開始のブザーが鳴り、準々決勝第三試合の火蓋が切って落とされる。
今回の俺、風見雄大の対戦相手は田嶋玲子。俺よりも年齢が二つ程高いようだ。余談だが、この準々決勝には中学生以下は一人も残っていない。カードゲームにおいては子どもと大人では、財力とプレイングが物を言うところがある。年齢の低いものから抜けていくとなるのは、大会をする前から予想出来ていた事だった。
「私のターンから始めます」
先攻は相手からだ。相手のバトル場にはラプラス80/80。俺のバトル場にはフカマル60/60。互いにベンチにはまだポケモンがいない。
「私はシェイミ(70/70)をベンチに出し、ラプラスに水エネルギーをつけてラプラスのワザを使います。運び込む! その効果で山札から『ポケモンのどうぐ』、『サポーター』、『基本エネルギー』を手札に加えるわ。草エネルギーとミズキの検索、しあわせタマゴを手札に加えてターンエンド!」
まずは堅実に土台を固めてきたか。ラプラスとシェイミ。水と草タイプと考えるのが妥当なところだろうか。
「今度は俺の番だ」
新たにカードを引くが、手札の大抵が進化系のカードばかりで動くに動けない。だったら。
「フカマルにコールエネルギーをつける。そしてこの瞬間に特殊エネルギー、コールエネルギーの効果が発動! 自分の山札からたねポケモンを二匹までベンチに出す。その効果でタツベイを二匹を山札からベンチに出させてもらう」
ベンチエリアに隣同士でタツベイ50/50が並ぶ。このデッキは高火力だが、速攻出来る代物ではない。コールエネルギーはそれをなんとか助けようとする俺なりの工夫だ。
「コールエネルギーの効果を発動した場合、強制的に自分の番は終わる」
「それなら私のターン、ポッチャマ(60/60)をベンチに出し、手札のサポーターカードを発動。ミズキの検索」
前の番にラプラスで加えたカードか……。ミズキの検索は自分の手札を一枚戻す代わりに山札から好きなポケモンを手札に加えれるカード。果たして何を引いてくるか。
「手札を一枚戻して、私はエンペルトを手札に加えるわ。そして不思議なアメ発動! ポッチャマをエンペルトに進化させるわ」
光の柱がポッチャマを包むとポッチャマはシルエット状態のまま姿を変えていく。ぐんぐん背が伸び体が鋭くなって、エンペルト130/130のフォルムを形成すると、光の柱はスッと消えていった。
さて、エースクラスカードが早速のお出ましか。どう仕掛けてくる。
「エンペルトに水エネルギーをつけて、この番もラプラスのワザ運び込むを使うわ! 再び草エネルギーとしあわせタマゴ、ミズキの検索を手札に加えて私の番はおしまいよ」
また同じカードをサーチ。幸いにもまだ時間をかけてくれるらしい。ならばそのうちにこちらも一気に攻め立てれるよう準備をしよう。
「俺のターンだ。俺は、ベンチのタツベイを二匹ともコモルー(80/80)に進化させる。そしてフカマルに炎エネルギーをつけてこちらも不思議なアメだ!」
ポッチャマと同じエフェクトがフカマルにも起きる。先ほどの小さなフカマルから大きなガブリアス130/130に変わる瞬間は圧巻である。
「そして手札のサポーター、デンジの哲学を発動。手札が六枚になるまで山札からカードを引く。今の俺の手札は一枚。よって五枚引かせてもらおう」
引いたカードはボーマンダ、ガバイト、炎エネルギー二枚、水エネルギー一枚。あまり良い言いにくいが、文句を言ったところで何か変わるモノでもない。
「ガブリアスで攻撃。ガードクロー! このワザは相手に40ダメージを与えるとともに、次のターンにこのガブリアスが受けるダメージを20軽減する」
ガブリアスの翼がラプラスの首めがけて襲いかかり、攻撃の動作を終えたガブリアスは両腕で顔を隠し防御態勢に移る。これでラプラスの残りHPは40/80。次のターン、もう一度ガードクローで攻撃すれば気絶させれるだろう。
「私のターン。もう一度ミズキの検索を発動よ。手札を一枚戻し、ポケモンを一枚手札に加える。続いてトレーナーカードのゴージャスボールも発動するわ」
ゴージャスボールはノーリスクで山札から好きなポケモンを一枚手札に加える優秀なカード。ミズキの検索も同じサーチカードなのでこのターンで手札に任意のポケモンが二匹加わることになる。
「エンペルトに水エネルギーをつけ、ベンチにチコリータ(50/50)を出すわ。ラプラスの水エネルギーをトラッシュして逃がし、エンペルトを新たにバトル場に」
予想はしていたが、やはり守りに入られた。ベンチを攻撃する術が無いのでラプラスに追撃することが出来ない。
「そして更にエンペルトをレベルアップさせるわ! カモン、エンペルトLV.X!」
ポケモンのレベルアップは通常はバトル場でしか行えない。だがその代わりより強力なステータスを得られる。今現れたエンペルトLV.X140/140も、恐らく。
「ここでエンペルトLV.Xのポケパワーを発動。至上命令!」
ポケパワー宣言とともにエンペルトが右の翼を俺に向け、青いレーザー光線のようなものを二本俺の手札に突き刺す。
「むっ」
「至上命令は自分の番に一回使えるポケパワー。相手の手札をオモテを見ずに二枚選んでそのカードを相手の番の終わりまで手札として扱わずバトル場の横に置いてもらうわ」
手札封じか。ボーマンダと炎エネルギーが持って行かれた。次の番に即座にベンチのコモルーを進化させようと思っていたが、予想していないところから歯車が狂わされてしまった。
「まだよ。エンペルトLV.Xで攻撃。氷の刃!」
エンペルトLV.Xは地面スレスレを凄まじい速度で滑ると、バトル場のガブリアス……ではなくベンチのコモルーに鋭い右の翼を振り下ろす。
「ベンチポケモンに攻撃か!」
一撃をモロに受けたコモルー40/80は横に転ばされる。もう一度氷の刃を受ければ気絶してしまう。
ここに来て至上命令で持って行かれたボーマンダがジワジワと効いてくる。次の番にボーマンダに進化していればコモルーの最大HPも上昇し、また氷の刃を受けても耐えれるようになるのだが……。
「俺のターン」
引いたカードはゴージャスボール。よし、俺のデッキにはボーマンダは二枚ある。ゴージャスボールの効果で山札からボーマンダを手札に加えれば。
「グッズカード、ゴージャスボールを発動だ。その効果で山札から……」
残り十枚になった山札を探すが、そこにはボーマンダの姿が見当たらない。一体どこに行ったんだ。
至上命令で封じられたボーマンダが一枚。残りの一枚は手札に無いし、トラッシュにも無い。デッキにも無ければ……。
くっ、サイドカードか。そんなところにあるのならば手出しが出来ない。
「俺はフカマルを手札に加える。そしてガブリアスに水エネルギーをつけて攻撃だ。スピードインパクト!」
ガブリアスが衝撃波を発しつつエンペルトLV.Xに頭から突撃していく。轟音を生みながら、エンペルトLV.Xの巨体を軽々と弾き飛ばした。
「このスピードインパクトの威力は120だが、相手のエネルギーの数かける20分の威力が軽減される。エンペルトLV.Xには水エネルギーが二枚ついているので80ダメージだ」
エンペルトLV.Xの残りHPは60/140だ。たとえ次の番にコモルーが倒されようと、ガブリアスで返り討ちにすることが出来る。そして俺の番が終わったことで至上命令で封じられていたボーマンダと炎エネルギーが再び手札に戻ってくる。
「私の番よ。草エネルギーをシェイミにつけるわ」
無理をしてエンペルトLV.Xにエネルギーをつけず、次のポケモンを育てるか。流石準々決勝と言うべきか、もう甘いプレイングを見せてくれる相手はそうそういないということだろう。
「まずはチコリータをベイリーフ(80/80)に進化。そして手札からトレーナーカード、レベルMAX!」
「レベルMAXだと!?」
「コイントスをしてオモテなら自分の山札からLV.Xのポケモンを一枚選べ、自分のポケモンに重ねることが出来る効果よ。さあコイントス」
相手のベンチはシェイミとラプラスとベイリーフ。その中でLV.Xのカードが存在するのはカードはシェイミのみ。シェイミのレベルアップを狙っているのだろう。
しかも厄介な事に、通常レベルアップはバトル場でしか行えないのだが、このカードはベンチでのレベルアップを可能にさせる。
「よし、オモテね。シェイミをレベルアップさせるわ」
ベンチにいるシェイミが眩い光を放ち、シェイミLV.X100/100へと進化する。一見小さくてひ弱そうだが、このカードはとんでもない能力を持っている。
レベルアップをさせるにしても、別のカードであって欲しかった。LV.Xの中でもとりわけ厄介なそのポケボディーが、番狂わせとなってしまう。
「さあ、シェイミLV.Xのポケボディー発動よ!」
翔「今日のキーカードはエンペルトLV.X!
至上命令で相手を押えつつ、
ハイドロインパクトで大ダメージだ!」
エンペルトLV.X HP140 水 (DP1)
ポケパワー しじょうめいれい
自分の番に1回使える。相手の手札を、オモテを見ないで2枚まで選ぶ。選んだカードは、ウラのまま相手のバトル場の横におき、手札としてあつかわれない。次の相手の番の終わりに、それらのカードを相手の手札にもどす。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
水水水 ハイドロインパクト
相手のポケモン1匹に80ダメージ。次の自分の番、自分はワザを使えない。
─このカードは、バトル場のエンペルトに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 水+30 抵抗力 ─ にげる 2
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奥村雫の使用デッキ
「エネジックアクア」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-656.html
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