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本日は晴天なり。マイクテストにも出そうなほど晴れた。
昨日の夜から鬱々とした気分のザフィールをよそに、ガーネットはとても楽しそうに海へ誘う。何しろ腕を掴む力は尋常ではなく、肩の関節が外れそうだと悲鳴をあげたこともあった。
そういう関係だというのに、カイナシティの市場へ行けば彼氏彼女と呼ばれ、ポケモンセンターではお二人様と呼ばれ。その度にガーネットは作った笑顔で、ザフィールは気力のない表情で否定する。
そんな嫌なら離れればいいのに、太陽が輝くカイナの砂浜を嬉しそうに歩く。あまり乗り気ではないザフィールを開いたパラソルの下においていき、ガーネットは波打ち際へ。そして振り返ると「逃げるなよ」と低い声で言う。声にならない声でザフィールは叫ぶ。強い風に流されて消えていったけれど。
靴下を脱ぎ、素足で波へと入る。外に出たヌマクローのシリウスがとてもうれしそうに波間を泳ぐ。その隣には、ジグザグマのしょうきちがついていくかのように。シルクはポニータらしく砂浜を走り回って訓練中。キノココであるリゲルは海水が苦手なのか、ザフィールの元でじっとしている。しかも不穏な動きをしたらすぐしびれ粉と伝言を預かっていた。そして、水が苦手なのか、ガーネットの頭の上に乗っているマイナン。そのはしゃいでいる姿は、普通のポケモントレーナーにしか見えなかった。
「あんまり遠くに行くなよー!」
ヌマクローに声をかける。聞こえてるのかガーネットの方を振り返り、その後すぐにジグザグマとじゃれている。ポケモンたちに向けるのはとても嬉しそうで信頼しきった顔。ザフィールはそれをみて、ため息をついてから砂浜に横になる。パラソルが日差しを遮って、しかも風は暖かい。昼寝するにはちょうどいい気温だった。
「暑いね、サイコソーダ飲もうか?」
ガーネットが頭の上にずっと乗っているマイナンに声をかける。遠浅の海だからか、ヌマクローとジグザグマはかなり遠くまで行ってしまっていた。怒ったように2匹を呼び戻し、灼けた砂へ足を入れる。そして眠りかけているキノココを迎えにパラソルの下まで行く。完全に寝ているザフィールを無視し、サイコソーダを求めて近くの海の家へ。
「すいませーん!サイコソーダ6個ください」
「あいよ、お嬢ちゃんポケモントレーナーだね!いっちょここで熱いバトルでもやってみないか?全員に勝ったら代金はタダでいいぜ」
「いいですよ、シルク!」
熱いバトルの解釈がどうやら違ったようだった。室内でポケモンたちを蹴散らし、炎で焦がす。海の家の気温がぐんぐん上がっていた。確かに熱いバトルではあった。
3人のトレーナーたちを見事に熱く完封した後、さらにサイコソーダを6本もらってしまった。こんなにあっても、と思いつく。まだのんきに寝ているザフィールの頬に当てる。氷で冷やされたものがいきなり頬にあたり、情けない声をだして起き上がる。
「ハルちゃんまだアイス食べてないよ」
「何寝ぼけてんのよ」
揺さぶられようやく目も覚めたようだった。サイコソーダを差し出すと、軽く礼をいって受け取る。栓をあける前、手が止まる。
「なあ、お前あけてよ」
「なんでよ、それくらいできるでしょ」
「お前のことだから、思いっきり振った後とか、思いっきり転がした後とか・・・すいません、そんな殺気たてないでくださいすいません」
力を込めてビンを押す。中のビー玉が下に落ちて、弾ける泡がたくさん見えた。透明な容器から見るそれは涼しげで、夏に似合う。
「これさあ、昔はお祭りの時しか買ってもらえなくてさあ」
口の中であまくて弾けるサイコソーダ。懐かしい味に、ザフィールはゆったりと味わうように飲んでいる。
「え、買ってもらえるもんなの?お祭りは見てるだけだと思ってた」
「買ってもらえたよ、少なくともうちではだけど」
「ふーん、ザフィールんところって、お金持ち?」
「いや普通だろう、それくらい。ってかどんだけそっちが厳しいというかお嬢様っていうか・・・」
「私はお嬢様みたいな上品な家庭に育ったわけじゃないよ。一日3食おやつ付きなんてこともなかった。近くに、ウバメの森っていう大きな森があって、そこの森ってすごい木の実がたくさんあってね、結構お腹いっぱいになるからねえ。でも木の実取るのも一筋縄じゃなくて、それこそ虫ポケモンとか草ポケモンに追い掛けられて逃げたりもしたし」
「随分また山育ちなことで・・・」
空になったビン。器用にふたをあけ、中のビー玉を取り出した。蒼く輝くビー玉がザフィールの手に落ちる。
「そうでもないよ、ウバメの森って初めて入る人は怖いっていうけど、中には神様がいて、助けてくれるんだから」
「はあ、神様ですか。そんなの信じてなさそうな顔・・・いやすいません言いすぎました」
「神様、いるんだよ。緑色の蜂みたいな妖精みたいな。困ってたみたいだから助けたら、いつかちゃんとこのお礼はするっていって消えたし」
ザフィールの顔には、ウソ臭いと書いてあった。それを消すかのようにガーネットが食って掛かる。
「聞いたこともないな、森の神様なんて」
ビンを自分の後ろにおいた。すでに空になったビンが砂に転がった。それと同時にザフィールの背中に何かもぞもぞしたものが当たる。何かと思って振り向けば、自分に背を向けているジグザグマ。くわえているのはさっきおいたビン。思わず目で追いかける。じぐざぐ走行をしていたジグザグマが止まる。
「よしよし、いい子だなジグザグマ」
ビニール袋を手にした老人。ジグザグマはその袋の中へビンを入れる。そして再びじぐざぐ走行で砂浜を走り出した。
聞けばその老人はカイナシティの住民で、この遠浅の海で育ったという。近頃はゴミが砂浜に流れ着き、海が汚れるのを憂いていた。それを汲んだのか、ジグザグマがゴミをひろって来るようになったことをきっかけに、こうして散歩がてらにゴミを集めているそうだ。
「ゴミはポイ捨てしたらいけないよ。砂浜が汚れたら海が汚れ、結局困るのは自分たちだからね」
穏やかな口調でザフィールの目を見ていた。捨てたと思われたのだろう。目をさっとそらした。そこでは、ジグザグマが2匹になってゴミを拾っていた。しょうきちがジグザグマを真似して拾っているのだ。それをガーネットの元へとせっせと運んでいる。彼女はゴミをまとめて老人に渡す。何を勘違いしたのか、シルクまで砂浜を走りながらゴミをひろって戻ってくる。
「あのポニータは君のかい?」
「いえ、知り合いのです。やたらと主人に忠実で」
「それはタマゴから一緒だったのかな?いずれにせよ、人なつっこいポニータだ」
目の前に水色のものが現れる。ガーネットのシリウスだった。ゴミ拾って来たのかと思えば、手には立派な魚が握られていた。まだ生きてる。自慢しているのか、ザフィールの目の前に魚を突き出す。
「それはお前の主人に持っていけ!」
しぶしぶガーネットのところに持って行く。暴れるそれを見て、彼女も扱いに困っているようだ。さきほど拾ったふちがかけたプラスチックのバケツに海水をいれて、そこに魚をいれると、ほっとしたように泳いでいる。
「まったく、遊んでるのか」
「ポケモンたちにとって、主人と遊べることが楽しいこと。それにこれが仕事だったら誰もやらんよ」
シリウスが再び海へと入る。遊びながらなのか、再び魚を持って上がってくる。そしてバケツに入れた。
「ねーザフィールー!」
珍しくザフィールにも笑顔で手を振っている。思わず振り返した。バケツを持ってやってくる。
「これさあ、サイコソーダのお礼に海の家に届けようって思うんだけど、どう思う?」
「お前のポケモンが持ってきたんだから、好きにすれば?俺は別に・・・って高級魚じゃん、これ!」
刺身の値段は少し違う魚たち。その価値もガーネットは解らなかったようで、驚いていた。しかもまだバケツの中をゆったりと泳いでいる。二人が話している間にも、シリウスはバケツに魚をそっと入れた。
「これおいしいんだぜ、刺身、蒲焼き、ああ、あと肝吸いとかでもいけるんだ」
「へえ、じゃあやっぱり届けよう」
バケツを持って、海の家へ走る。力持ちとは便利で、重いものを持ってもまるで持ってないかのように軽やかに走れる。そして海の家に入っていった。波音にまぎれて不機嫌な足音が聞こえる。遠くに見えるその姿は、幻なのか見なれた姿だった。そう、マグマ団の。呼ばれてないから今回はスルーでいいと、ポケモンたちを見ていた。けれど、こちらに気づいたのか、老人とジグザグマに因縁をつけてくる。
「海をきれいにするなんて」
「われわれマグマ団の敵!」
最悪だ。ザフィールの知らない顔。きっと新顔だ。それに向こうもこちらのことが解っていない。どう対応していいか解らず、助けをもとめる老人をただ眺めているだけ。予想通り、こちらにも絡んで来た。後で絶対こいつらしめてやる。一般人と見分けもつかない新人が、調子乗っているなんて許せない。
「さっきのトレーナーさん!」
海の家の女の子が迎えてくれる。サイコソーダのお礼と、バケツに入った魚を渡す。
「私のポケモンが取ったんです。さっきのお礼です、どうぞ」
差し出されたバケツを受け取る。その中ですでに4匹となっていた魚。やはり反応はザフィールと同じで、高級魚だと言っていた。食べた事もないので味の程度は解らない。
「ありがとうね、こんな優しい・・・」
「おらああ、さっさと明け渡せじじい!」
轟音。入り口からだった。振り向けば、マグマ団の特徴である赤いフードと黒い服を来た集団が、いかついオーラを出していた。飛び掛かろうと腰を落とした時に気づく。今はポケモンを持っておらず、しかも一人で4人も相手は出来ない。固まるガーネットを突き飛ばし、マグマ団たちは海の家の主人に詰め寄る。
「いつまでもこんなチンケな海の家やってんだよ!」
「海に行くものを応援するのもマグマ団の敵」
「さっさとせよ、後何ヶ月すれば気がすむわけ?」
「我々の手でつぶしてしまってもいいんだぞ」
女の子が泣いている。ガーネットはその子を抱き寄せ、慰めるのが精一杯。外のザフィールが気を利かせて来てくれれば、なんとかなるのに。そんなのは突然の英雄を期待するよりも確率が低い。そもそも相手が自分の都合通りに行くことなんて、逃げないだけでも御の字だっていうのに。それらの考えを自嘲する。まだマグマ団じゃないという疑いも晴れて無いのに、何を期待しているのだろうと。
「大丈夫だからね」
そう言いつつも、プロレスラーのような男4人を相手に出来ない。解決の方法は一人ずつ引きはがし、なおかつ建物の外に出すこと。せめてさっきバトルしたトレーナーたちが戻って来てくれたら。いざというときに何もできず、ガーネットは奥歯をかみしめる。
「いけ、キーチ」
ジュプトルがパラソルの上から飛び掛かる。顔も知らないマグマ団たちが驚いて暴れた。しかしすでに姿はなく、マグマ団のポケモンもリーフブレードで切り裂いた。
「さてと、一人でいいとかナメたこと抜かしてくれんじゃん、チンピラ」
ボールに戻す。いつもアクア団の下っ端を追い詰める時のように。というより下っ端ほど追い詰められると何でも吐き出すからたちが悪い。
「ひいいい、た、助けてくれー!!お、俺たち正式なマグマ団じゃないんだ!」
「正式でもなんでも、マグマ団なんだろ、かわりはない」
「ち、違うんだ、功績をあげないと俺たち、ボスに・・・」
「じゃあ、お前クビだな。大体から、マグマ団はこんなチンピラ行為しねえと思ったら案の定かよ、かっこわりい」
後で長文の報告書を作成して、それからマツブサに訴えて。そのためにも警察に突き出してやる。プラスルを呼び出すと、電磁波を命じた。人ですら麻痺させることが出来る。
「つ、強いな君」
「それほどでも。こういうチンピラは社会悪の中でも一番階級が低いから楽なんですよ、威勢だけだし」
「それはそうと、仲間を追わないと・・・あいつら海の家に入っていったみたいだし」
それは必要ないのかな、とザフィールは思った。なぜなら、海の家に入っていったと同時にシルクが猛ダッシュをかけたから。そこまで忠実なポケモンならば、威勢だけのエセマグマ団など相手にもならないはずだ。
男の背中に張り付いた。驚いてへんな悲鳴を上げて男が振り落とそうと暴れた。あまりに振り回されすぎて、5週まわった時に、それは落ちた。茶色の毛並み、ギザギザの耳。しょうきちが飛び掛かっていたのだ。今は目をまわして畳に倒れている。
「しょうきち!?」
「なんだお前のポケモンかぁ!?なめたまねすんじゃねえぞおら!」
蹴り飛ばす。しょうきちの体がガーネットに向かってきた。なんとか受け止める。まだ目がまわっていて戦える状態じゃない。体が浮いた。特に歴戦の強者のような体格の男が、ガーネットの体を押さえつける。その拍子にしょうきちの体が落ちた。
「離しなさいよ!」
「てめえみたいなトレーナーが一番ケガするってのを教えてやるよ!」
焦げ臭い。白い煙が立ち上る。何事かと男が振り返ると、ポニータが後ろで火の粉を自分に向かって吹いていた。そして焦げ臭いのは、服に炎が燃え移ったため。慌てる男から解放され、ガーネットはひざをつく。しょうきちが大丈夫かというように寄ってきた。
「シルク、さんきゅー。さて、しょうきち、あいつらにミサイル針だ」
しょうきちが全身を震わせる。堅い毛をかまえ、そして発射させる。それは針となって男たちの足にうたれる。痛みにのたうちまわり、吠えまくる。じゅわっという音が聞こえた。何かと思えば、服についた火が水鉄砲によって消される音。シリウスが手にためた水をかけたようだ。
「このヌマクローはお前のでも、敵もわかってないみた・・・」
ただ消しただけではなかった。シリウスだって解っている。水鉄砲で服を濡らしたのは、傷を見えやすくするためだった。そこに口の中に含んだ泥を思いっきり吹き付ける。マッドショットを見事命中させ、火傷の上に攻撃をくらい、男はさらにのたうち回る。
「よし、シリウス、そのまま放り出して!しょうきち、ずつき!」
痛くてバラバラになってしまった男たちと距離ができた。じぐざぐな動きでは間に合わない。しょうきちは跳んだ。白い流線型の体、縦の模様。マッスグマとなって直線を跳ぶ。鋭くなった爪が男の足に食い込み、ズボンを切り裂く。そして膝にずつき。バランスを崩して男は転ぶ。それにそれに連携を入れるようにシルクが炎の渦で閉じ込める。
残った二人がしょうきちを止めようとポチエナを呼び出すが、それすらも突き飛ばし、頭からぶつかる。胸の中央に弾丸のように入り、そのまま男は倒れる。押さえつけようとする男の手を、マイナンの電光石火がはたいた。そしてリゲルは倒れた男たちに念入りなしびれ粉をかけ、完全に動けなくしていた。
「いけ、しょうきち、そのままずつき!」
アッパーのように男の顎にしょうきちの頭が入る。目から星が飛び出し、最後の男も倒れる。起き上がるものはなく、完全勝利をおさめた。内装がド派手に荒れた海の家と引き換えに。
「ご協力ありがとうございます」
その後すぐに通報し、警察がやってくる。海の家にいるやつと、外にいるやつ、合計5人を連れて行く。連行されるそいつらを見送って、ガーネットはため息をつく。嫌なヤツをぶち倒した爽快感と、警察が来る直前、少し目を離した瞬間に煙のように消えたザフィールと。一緒にいたジグザグマの主人ですら気づかなかったようだ。
海の家で、女の子とじゃれあっているしょうきちを呼んだ。もう探しに出かけなければならない。陽も落ちかけ、金色の光が砂浜を照らしている。暗くなってしまえばみつけにくくなり、二度と会うこともなくなるかもしれない。
「お姉さん」
しょうきちの後に、何かを言いたそうにやってくる女の子。しゃがみこみ、目線をあわせた。
「どうしたの?」
「しょうきち、私にちょうだい!」
動揺して声も出ない。しょうきちは何を言われてるか解らないようで、ガーネットの足元をうろうろしている。そして女の子を見送っているように、喉をならした。
「突然でごめんなさい。悪いやつを倒したしょうきちと一緒にいたいの!私、何も出来なくて、お父さんを助けることもできなかったのに。しょうきちは怖がらなくて立ち向かっていったから」
「ごめんね、ポケモンはあげられないの。ポケモントレーナーにとって、ポケモンは大切な協力者だから」
しょうきちが突然雄叫びをあげる。驚いてそちらを見ると、ガーネットの体に登る。そして首のまわりをマフラーのように包み込むと、するっと抜けて砂浜へ着地する。そして女の子のまわりをぐるぐるまわっている。といってもマッスグマである身だから、かくかくと直角に曲がっているだけ。
「しょうきち、そうか。そうなんだ」
ガーネットはベルトからしょうきちの住処のモンスターボールを取る。そして女の子にそれを渡した。
「しょうきちって、私の友達がつけてくれた名前。大切にしてね。ちょっとやんちゃで、目を離すと穴ほってたりするけど」
「いいの?」
「しょうきちが心配してる。ポケモンがいないなら、用心棒をかってでるって」
もちろんそれはガーネットの解釈ではある。けれど、女の子のまわりをじゃれていたり、ガーネットを時折みつめて頷いているような動作を取る。そして砂の上をうろうろと。
「ありがとう!大切にするから!」
海の家へと引き取られていく。しょうきちもついていった。そして一度、ガーネットを振り返ると、力強く頷く。ふたたび名前を呼ばれ、しょうきちは夕方の砂浜を新しい主人と歩いていく。夕日に照らされて、その毛並みが金色に輝いていた。
家に入るのを確認して、ガーネットも反対の方向へと歩いて行く。でも一歩、二歩、歩いていくごとに涙があふれていく。それは砂浜に落ちて、そこだけ濡らす。
「ポケモンにまで、嫌われたのかな・・・?」
親しい人はいない。ホウエンに来て、誰も。昔の知り合いで、唯一頼りになるはずのダイゴは冷たく変わってしまった。ミツルは頼ってしまったら負担をかける。ミズキはたしかに同郷かもしれないけれど、信頼するには資料が足りない。そして当たり前だけど常に逃げようとするザフィール。しょうきちまで去った。
「みんないなくなるんだ」
どんなに優しい一面があっても。それは一時的なものでしかなかった。誰もがいなくなる。その場にしゃがみ込み、誰もいないけれど声を殺して泣いた。夕方の遠浅の海で、穏やかな波だけがその場に響く。だんだんと冷えてくる風にも構わず、ただ泣いていた。
「潮風にいつまでも当たってると風邪ひくぞ」
自分の肩にかかる暖かいもの。いつも見ていたそれ。赤と黒の上着。声の方を見上げた。ザフィールがTシャツ姿でそこにいる。手にはビニール袋と、うっすら見える「天日煮干し」の文字。そしてそのままザフィールが横に座る。
「俺がいなくて寂しくて泣いてるの?」
「泣いてるわけないでしょ!潮風が目にあたって痛いだけよ」
「・・・はいはい」
もう夕日も消えかけている。明かりのない砂浜はほとんど薄暗く、遠くにカイナシティの明かりが目立つ。灯台に光が灯り始めた。目の前は遠くの船の明かりしか見えない、暗い海。
「前から聞きたかったんだけど、お前、犯人探し当てて、それでどうするの?」
「え?」
「だから犯人あてたところでさ、どうしようっていうの?一度は自殺って言われたんだろ、そしたら公的機関が動くことは相当な証拠がないと動かない。それに、もし俺が犯人だとして、俺まだ未成年だしそんなに重い罪にはならないし。ああ、それと自白だけだったら推定無罪で終わりだろ」
「・・・解らない。けれどそいつにはたくさん聞きたいことがある。なんでそんなことしたのか、どうしてあの子じゃなきゃいけなかったのか。罪にならなくても、私は本当のことが知りたい」
「それだけだったらなおさら止めておけよ。お前が見たっていうマグマ団は悪いけど勝てる相手じゃないし、そこまで顔を見てるお前を放っておくわけないと思わない?それに、俺だったらなんとしてもお前を始末するけどね、先に」
「始末?」
「消すってこと。こんなに近いんだから、飲み物なり食べ物なりに一服、それで広いホウエンの海にばっしゃーんで永遠のさよなら。証拠なんて残らないし。それだけ危ないことをしようとしていること、本当に解ってる?」
黙った。正直言うとそこまでは考えていなかった。何も言わなくなった彼女を見て、少し気味の悪い話をしすぎたかなとザフィールは次の話題を探す。
「すごいな、お前」
つぶやくように話しかけた。まだ春先の海。夜の気温まで高くない。
「何が?」
「今日来たやつらがさ、海の家に入った瞬間、砂浜で遊んでたシルクが吹き飛ばす勢いでかけていったんだぜ。涼んでたキノココだって飛んでいったし。好かれてんだな、お前」
「そんなことないよ。しょうきちは、私のことを置いていった」
一部始終を話した。最後まで言おうとするけれど、そこから言葉が出て来ない。けれどそこから汲み取ったようにザフィールは頷いた。
「そうか。お前の足にしょうきちは体すりつけてこなかったか?」
「それはジグザグマの時からだけど?」
「はは、やっぱり。ジグザグマの習性でさ、好きな人間には体こすりつけてくるんだぜ。ジグザグマ同士とかだと良く見られるよ。嫌いで離れたわけじゃないだろ、どっちかっていうと、しょうきちがロリコンってことだ」
「はあ?」
「小さい子のがかわいくて心配ってことだろ。進化までするくらい育ててくれた恩を忘れることは、ほとんどのポケモンで無かったっていう実験データもあるって父さんが言ってたし、気にすることじゃねえよ。それより、ほら」
ザフィールは鞄から少しぬるくなったサイコソーダを取り出す。ガーネットはそれを受け取った。
「辛い時はサイダーでも飲んでリフレッシュ」
「誰が辛いなんて言ったよ」
「辛くなくても飲んでりゃいいんだよ。ほら、昼間のお礼なんだからつべこべ言うなよ」
ガーネットは栓を開けようとした。しかし何か嫌な予感と変な感じがする。その手を止めて、ザフィールにそれを返す。
「ザフィール開けてくれない?」
「なんでだよ、自分で・・・」
「ふーん、じゃあ取り替えてくれない?」
「・・・お前どうしてそんなに勘がいいの?少し脅かしてやろうと思ったのに」
「甘いのよ、そういう小細工するところとか!」
少し元気づけようとして、振ったのに。そういいながらザフィールは振った後の炭酸のビンを開ける。ビー玉が下に落ちると共に、豪快な泡が、ビンから溢れてきていた。
急ぎで仕上げたので、ぐちゃぐちゃでし。
蹴るあの人が来たものでして…………すいませぬ。
後書き兼補足は2話後編にて、まとめて書きますゆえ、お許しください。
プクリンのギルドに入門(仮だけど)して二日目――――――
海岸で……不思議なことが起きた。
確か……いつもの通り、ボーっとしてたんだけど……よく思い出せない。
気がついたら海岸で寝てたわけだけど……うん。
あれは本当に夢だったのだろうか……あの……金色の……なんだったっけ……
なんだかよくわからないけど……そこだけ記憶が曖昧だ。
何か大事なことを言われた気がするけど……
『心を通わせることのできる友が、近いうちに必ずできる』って言っていたことしかおもいだせない……どうなってるんだろう?
「そうねぇ……私が、一緒にやってあげようか?」
目が覚めた時に目の前いいたのは、薄緑の体と頭に大きな葉っぱを持ったポケモン、チコリータ。
私のことを『こんなの』って呼んだり、そこからどいてとか言っておいて、話しかけてくる、よくわからない性格の持ち主。気は強そうだけど。
最初はこれもまた夢かと思ったけど、つるのムチで半分叩かれながらゆすり起こされたんだから現実なのだろう。
「聞こえてる? 一緒にやってあげようか? って聞いてるの。」
うん。気のせいじゃないみたい。
こんなに早く一緒にやってくれるポケモンが見つかるとは思わなかったなぁ……
……でも、出会って10分も経ってなにのに、話を聞いただけで、『一緒にやってあげようか?』って言うかな……普通。
なんか怪しい……けど、本当の好意で言ってくれているとしたら……
うーん……どうなんだろうか……
「ん? なんなのよ。その疑りの目は。別にいいのよ? そっちがいやなら。私は別に一緒にやってあげなくたっていいんだから。」
とっさに首を横に振り、『別にそんなこと思ってないない』といった感じの表情を作って、チコリータに向き直る。
ここまで来ておいてやっぱり一緒にやってあげないとか言われたら、私泣くよ。きっと。怪しいとは思っていても。
……でも、一応聞いておきたいことがある。
どうして、話を聞いただけで一緒にやることにしたの?
――――――ということを。
「ん〜? 何か言いたげね? 何? なんでいきなり一緒にやってくれることになったのかって? …………そ、それは……」
一瞬、物凄く複雑な顔をした後、しばらくの沈黙が続く。
そのあと、くるりと後ろをむき、何やらもじもじとしている。
何がそんなに言いにくいのだろう。
「そ、それは……な、なんとなくよ! なんとなく! なんとなーく、かわいそうだったからやってあげようと思っただけよ!」
物凄く動揺しているようだ……何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。
はっきり言って、どこにそんなに恥ずかしがる要素があるのかがわからない。
よく見ると、さらに小さな声でぼそぼそと何かを喋っているようだ……が、上手く聞き取れない。
「別に……私も……興味が……とか……友達が……とか……そういうのじゃ……ぶつぶつ」
声が小さくてよく聞こえない……
もう一度大きな声で言ってくれる? って頼んだら何故かつるのムチでたたかれた……痛い。
結局、どうして一緒にやってくれることになったのか、ということの詳しい理由は聞けずじまい……
「と、とにかく、今日は荷物をまとめに家に一旦帰ってくるから、明日。明日の朝、交差点で待ってて! いいわね! 絶対に遅れないこと!」
つるのムチで私の背中をばしばし叩きながら走っていく。
結構痛いんだよ……つるのムチ。
そう言えば、細かい集合時間を聞いていない……遅れるなとか言っておきながら詳細時間を教えないって……
細かい集合時間を聞こうとチコリータの走って行ったほうに振り向くが、その姿は既になかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……うん。これが昨日の出来事だよね。
昨日の出来事を頭の中で整理して、目をこすりながらベッドから起き上がる。
まだ外は薄暗い。もう少し寝てようかな、とも思いつつ、身支度を始める。
朝、一番最初に毛づくろいするのだが、毎日時間がかかる。
特に、尻尾。寝癖が酷い。それに、よだれでべとべとになってるときもある。
夜寝るとき、尻尾を体の前に持って行って、抱き枕のようにして寝るのだが、気づかないうちにしゃぶっていることがあるらしい。
口の中毛だらけだったからすぐに気がついたんだけど。尻尾がべとべと&ぼさぼさになっててひどかった。
何度も寝るときは尻尾を抱き枕にするのはやめようと思ったけど……癖になっちゃって、知らない間にそういう体勢で寝てる。
しょうがないと思って最近はあきらめてるけど。
尻尾の毛づくろい、完了。結構な時間がかかる。毎朝。
鞄の中身をチェックして……ともだちリボンしか入ってないのはわかってるけど。
一度はずしちゃったら自分でつけれないのが難点、だろうか。こんなことじゃあほとんどのリボン系統使えない気がする……
リボン、かぁ……そういうのあまりつけたことないなぁ……ともだちリボンだって頭につけれなかったし……きっとそういうのは私には似合わないと思うけど。
相変わらずすっからかんな弟子の部屋を横目で確認し、広間へ出て、梯子を上る。少しづつだが、のぼるのにも慣れてきた。
プクリンのギルドの入口である鉄格子をくぐると、そこには既にチコリータの姿があった。
まだ薄暗いのに……自分でもかなり早起きしたつもりだったんだけど。
「遅い! 何分待ったと思ってるのよ! 朝日が昇るずっと前から待ってたのよ? それなのにあんたはねぇ……」
朝日が昇るずっと前って……どれだけ待ってたんだろう……
ん……? チコリータの背中に、何か大きな物が。
背負っている、といったほうが適切だろうか。自分の体と同じくらいのを背負って普通に立っている……
「さぁ、早く案内して。これで私も探検隊になれ……こほん……一緒にやってあげるんだから。」
本当に早く案内しないとまたつるのムチでたたいてきそうな状況だったので、おとなしく案内した。
何かとすぐつるのムチでたたいてくるんだから……どうにかしてほしい。
まだ朝早いので、下ろしてもらって鉄格子を閉めておく。どうやって開けたり閉めたりしているのかは謎だけど……
梯子を降り、一番下の階へ。
ここがプクリンの部屋……と、説明しようと後ろを振り向く。
後ろにはチコリータがついてきているはずだったのだが、そこに見えるのは梯子だけ。
一瞬チコリータが梯子になってしまったのかと思った。
……上を見上げると、鞄が梯子と壁にひかっかって動けなくなっているチコリータの体が見えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「まったく……どうなってるのよ……この建物は……」
梯子に引っかかってたのを助けた後、ずっとこの調子だ。
プクリンのギルドのヘンテコな構造に疲れた様子で、ぐったりとしている。
やっぱりこの建物の構造ははじめてくるポケモンにとっては疲れるものらしい。
また随分と感情の起伏が激しいポケモンと知り合っちゃったもんだなぁ……
まぁ、それは置いておいて、ペラップに報告を済ませた後にプクリンの元へ行き、正式入門することになった。
ここに来るまでに三日……短いようで長かったようで……でも、家にいた時とは比べ物にならないくらいいろいろと出来事があって……
なんというか……とても充実した三日間だった気がする。
どんなポケモンであっても変わらない接し方をするプクリンに多少驚きつつ(いい意味で)、チームの登録を済ませた。
済ませた後に、プクリンから予想外の言葉が……
「おめでとう! これで君たちは正式入門したことになったよ! じゃあ、早速君たちのチーム名を教えて!」
「チーム名? そんなもの、考えてないわよ? イーブイ、あんた何かいいチーム名ない?」
チコリータに同じく。チーム名なんて考えてなかった……なんかいいのあるって聞かれても、私も考えてないから困ったことになった。
うーん……うーん……よし! 決めた!
これでどうだ!?
「………うん。さ、最後に聞いても……いい……かな? 本当に、その名前でいいの?」
「イーブイ……あんたそれ、本気で言ってるの?」
もちろん。私はいつでも本気だよ! ……嘘だけど。
何故かプクリンとチコリータが引いてる。なんでこんな反応なの?
とーってもいいネーミングだと思うんだけどな……
ほら、とってもいいと思わない?
『ぶいさんず』!
「………わかった。じゃあ、『ぶいさんず』で、登録するよ♪ とうろく♪ とうろく♪ たぁー!!!」
「ちょ……え、ちょっと待ってよ……本当にこれで登録されちゃったの……?」
「うん♪ こんなチームの名前、初めて聞いたけどね。」
「……………………………イーブイに任せた私が悪かった……はぁ。」
え? え? なんでそんなにがっかりしてるの?
なんでプクリンはそんな顔してるの? わけがわからないよ!
すっごくいいじゃない! 『ぶいさんず』! なんでこの名前のよさがわからないのかなぁ……
とにかく、これで私たちはこれで完全に弟子入りできた。
チコリータは始終不満そうな顔してたけど、どうしてなのかよくわからない。
ペラップによると、明日から依頼を受けることができるらしいけど……
初めてだからしばらくの間はペラップが依頼を選んでくれるらしいから、掲示板の前には行かなくてもいいって。
そう言えば……掲示板を見ようとすると、ペラップが毎回どこからともなく飛んできてなんやかんやで理由をつけて追い払おうとしてくるんだけど……
きっと、難しい依頼はまだ早いってことだよね。
ふぅ……ちょっと疲れちゃったから、足らに備えてお昼寝しようっと……
チコリータはもう隣で寝てるし……そりゃあ日が昇る前から起きてれば眠たくなるよ。
まぁ、そんなこんなで、私たちの探検が、始まった。
後篇に続く
ユウキ一人を部屋に残したカノンはトイレとは反対方向に廊下を進むと両親の寝室に入り、母のベッドに座って先ほどこっそり部屋から持ち出したポケナビを取り出す。
慣れた手つきで操作をすると、ユウキの姉にコールする。十秒しないうちに応答があった。
『あ、もしもし? 急にどうかしたの?』
ポケナビの向こうでユウキの姉が咳き込む音が聞こえてきて、それが気になりカノンは本題に入る前に様子を伺うことにした。
「あの、何してるんですか?」
『うちの倉庫整理。コホッ! 何年も放置されてたから埃が大変!』
「どうして倉庫?」
と、カノンが尋ねるとポケナビ越しにドカスカと重い物がいくつか落ちる音が重ねて響き、カノンはつい開いている左手で左耳を塞ぐ。
『あー、あったあった。えっとね、あたしが昔旅に出てたときのお古で使えそうなのをあげようと思ってね。うーん。この鞄も洗えばまだ使えるかな』
ユウキの姉も十一歳のときにホウエン地方を旅していたということはぼんやりと覚えている。実に十年も昔の話なのに、そんな昔のモノがまた新たに使い直せるのだろうか。と考えて、カノンは一人静かに笑った。
『それで何の用だったっけ?』
「あの、お姉さんはユウキがああなって本当はどう思ってます?」
そう切り出すと、先ほどまで絶えず耳に入ってきた騒がしい物音がピタりと止んだ。静かになった電話口から、やがていつもより穏やかな姉の声音が聞こえてくる。
『そりゃあすごくビックリしたわ……。最初に聞いたときはまったく意味が分からなかったから、悪戯と思ったもん』
「うんうん。わたしも最初はいきなり目の前にわたし自身が現れてすごくびっくりしました」
昨日の朝をリフレインする。騒がしさで目が覚めれば、すぐそこに自分がいた。ユウキの姉の手前だからびっくりしたと穏やかに表現したものの、あのときは体からみるみる血の気が引いて鳥肌も立ち、いうなればゾッとした。頭の中が真っ白になるほど怖かった。
「でも、すごく笑ってましたよね」
カノンになったユウキを初めて見た彼女はあろうことか爆笑し、他人の家のクッションを遠慮なくバシバシと叩いていたのだ。それもあって身内の、しかも弟の不幸だというのに心配してる様子が見えなかったのが逆に気になっていた。
『だってユウキはさ、メンタルが強くないし、というよりは弱いから。……だから心配すると本人も暗くなるし、せめて笑ってあげて明るく接してやりたいじゃない』
なるほど。と小さく呟く。この騒動が始まってから、確かに一度もそういう暗い素振りを見せていない。
『逆にカノンちゃんはどうなのよ』
「わ、わたしですか?」
予想しなかった質問が突然飛んできたことに驚き、つい声が上ずる。
「わたしは……。今でも十分怖いです。どう接していいか全然分からなくって」
どうしても不安が募って今のユウキを直視出来ない。だから一度傍から離れ、こうしてユウキの姉にすがっている。
『そりゃあ馴染みの顔が自分になったら――』
「それだけじゃなくてユウキはわたしと違って走ったり出来るじゃないですか。それがすごく羨ましくて、怖いんです。自分がまるで欠陥品みたいで、わたしって何なのかが分からなくなって……」
徐々に心臓の鼓動が早くなり、息も少し荒れてくる。目がじんわり潤み、いつの間にか鼻水が出始める。熱くなった顔に冷たい涙が一筋流れる。
深呼吸して息を整えなければ。このままでは発作が来る。咳が止まらなくなって、呼吸困難になる。
『だ、大丈夫?』
自分の気持ちを伝えるにしてもほんの少しだけのつもりだったのに、今のがトリガーとなったのか。隠し通したかった負の感情のダムが決壊した。
「わたし……、ユウキに旅をしてって、持ち掛けたのは」
ひどい声になっている。嗚咽が止まらなくて言葉が切れ切れになり、ちゃんと相手に聞こえてるかが分からない。かろうじて電話先から聞こえる『うん』の一言に、ただただ言葉を続ける。
「今のユウキが、傍にいるのが、怖くて、嫌だったから……! 旅にさえ出たら、もうしばらく会えなくなって、それで落ち着くかと、思ったからで、いろいろ言い訳、並べてユウキを旅に出るって、言わせて、でもそんな自分も嫌でっ!」
胸の中に抱えていた感情が全て吐き出され、依然として涙鼻水は止まらないが、やがて呼吸や鼓動は落ち着いてきた。
ユウキをいじって遊んでいたのは、少しでも自分の気を紛らわせたかったから。楽しいという気持ちを無理に植え付けて、少しでもそういう感情を見せたくなかったからだ。
ユウキだって自分がいきなりあんなことになったから怖いはずなのに、そんなユウキに対してひどいことをしちゃう自分も嫌で嫌でたまらなかった。様々な感情がない交ぜになって、もうどうしていいかが分からない。
『誰だって怖いだろうし、辛いよ。でもね、本当に大事なのはそれを克服、超克することじゃない?』
カノンはゆっくりと立ち上がり、ユウキの姉の言葉に耳を傾けながらハンカチで流れきった涙の跡を拭き取る。
『ユウキはカノンちゃんが提案した旅に出る、っていうことで今までの怠慢な状況を乗り越えようとしてるの。だから、カノンちゃんもユウキに負けないように、ね?』
「そう、ですね」
傍にあった鏡にはまだ顔を赤くした自分が映っていたが、どこか清々しい気持ちが胸に広がった。
ありがとうございますと礼をしてから通話を切る。この状況を超克するために自分が出来ること。その答えを考えながら、ユウキが待つ自室に足を運ぶ。
「さっぱり頭に入らないや」
分厚い本をベッドの隅に投げ、重力に任せてベッドに倒れこむ。
と同時にノックも無くドアが開くので、何もしていないのにまるで悪事のバレた子供のように驚き、体を起こす。
「びっくりした。カノンかよ。せめてノックしてから来れば」
「ここわたしの家だしわたしの部屋。なんでノックする必要があるのよ。あと言葉遣い、お姉さんに言われてるでしょ」
カノンは頬を僅かに膨らませると、勉強机の椅子を引っ張り出して、そこに座る。
「だって恥ずかしいじゃん」
「わたしがおれとか言ってるみたいでこっちも恥ずかしいよ」
それもそうか。妙に納得してしまい、二の句が告げずにいると先にカノンが切り出す。
「……ねぇ。本当に旅に出るの?」
「何を今さら。当たり前だろ……、いや、当たり前よ……」
カノンがおれの語気が弱まるサマを見てクスリと笑うので、逃げるように熱を帯びた顔を背ける。
「た、旅に出るって言っても今日明日は出ない、よ。少なくともハイパーコンテストを一度は観戦してからのつもり」
「そう……。別にポケモンバトルのチャンピオンを目指すとかでもいいのに、本当にコンテストでいいの?」
再度おれの意思を確認するような質問にわずかにげんなりし、不平を言うつもりでカノンを見れば、至って真剣な表情がそこにあって気圧されてしまった。
「やると言ったからにはやる。男に二言はないから」
「今は女だけどね?」
「一言余計!」
「それで、コンテストをやる気になったのはどうして?」
カノンが矢継ぎ早に質問からまるで尋問されているようで、あまり気分が良いものではない。何が目的なんだ。
「それは……」
頭の中で必死に言葉を探す。右手人差し指で掛け布団をとんとんと叩いて落ち着かせようとする。
「カノンが夢を諦めていたから。そもそも特に夢もやりたいこともなかったおれ、じゃなくてわたしが出来ることってこれくらいだし……」
「どうしてわたしのため? 自分の好きにして良いのよ?」
「それは、カノンにもう何も諦めてほしくないから。お、わたしがコンテストを全制覇することで勇気をあげたいから……」
ふいに部屋の空気が止まる。ようやく冷めた頭になって、言ってしまったなと自責の念が募る。口にするとなんと無力か。
「本気なのね?」
「う、うん」
力強くレスポンスすれば、学習机の引き出しからカノンは一枚のカードを抜き出しておれの前にやってくると、そのカードを目の前に提示する。
「じゃあ……、これを持って行って欲しいの」
「へ、でもこれって!」
「今の言葉だけでもユウキの覚悟と、勇気が伝わってきたの。だからわたしからの餞別。ユウキに、『わたし』をあげるわ」
無理やり手の内に握らされたそれは、カノンの身分証明書もといトレーナーカードだった。
追い掛けなければいけないのに、歩みは遅い。足が止めているかのように、動いてくれない。
それでも行く人行く人にたずね、キンセツシティを南へと抜ける。目の前に広がるのは海沿いの道と、サイクリングロード。自転車で風を切る人たちを立ち止まり見つめて、それから再び前に歩き出す。道に生えるのはポケモンが生息していそうな草むら。海風になびき、心地よさそうに踊っている。
その道をさらに南へ。その先にカイナシティという大きな港町があるという。そこは人の集まる大きなところだ。ならば彼もいるかもしれない。
カイナシティへの道を歩く。時々、野生のポケモンが飛び出してきたりしていた。それをミズゴロウのシリウスが追い払う。ここに来てやけに電気タイプのポケモンが多く見られるようになってきた。水タイプのミズゴロウは苦手なはず。けれど力強く水を放したり、塩水と土が混じった泥を投げつけて攻撃する。そのおかげでだいぶミズゴロウの体力も上がってきたようだった。
次に出て来たのは緑色の四肢動物、ラクライだった。同じようにミズゴロウが泥を投げつけた。それにひるみ、ラクライは体の電気を溜め込む。今までの電気タイプの戦い方からして、きっと次はそれを放出して攻撃してくるはず。先手必勝、ガーネットがミズゴロウの名前を呼んだのと同時に水をおもいっきりラクライに飛ばす。後方の草むらに吹き飛び、そのまま戻って来ない。
「やったね、シリウス!」
頭のヒレをなでる。こうしてもらうことが一番喜ぶ。ミズゴロウが嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。そして全身を水を切るように震わせると、その体を光らせる。思わず飛び退いた。何がこうなってどうなった。ポケモンって光るのか。初めて見る光景に、ガーネットは混乱状態である。光は大きくなり、その姿を変えて再びガーネットの前に姿を現す。
「え、なに、これが進化?」
幼いミズゴロウの影は無い。進化したヌマクローがそこにさらに嬉しそうに立っていた。進化すると聞いたことはあるけれど、その瞬間を見たことがなかった。驚いて声も出ない状態から、その喜びのあまりヌマクローに抱きつく。少し湿っている皮膚は変わらない。ご褒美と称して作ってきたポロックを一つ。空色ポロック、苦くて甘い味。期待する目でそれを受け取り、口にもって行く。ぐっぐっと喉の奥から声を出しながらそれを食べる。食べ終わり、とても満足そうな声で鳴いた。
「じゃあ次に行こう。あ、そうだ、そろそろ新しいポケモン捕獲してみようか?」
ヌマクローとなったシリウスは素直に頷く。次に出て来たポケモンを捕獲する。そのことに期待し、草むらをかき分ける。飛び出してくる、2匹のポケモン。赤と青のウサギ。色でしか判別がつかないほど2匹は酷似していた。ガーネットの姿を見かけると、赤い方はとっさに逃げ出す。青い方はヌマクローを見てものすごい電気をためて威嚇している。
「いけ、みずてっぽう!」
空のモンスターボールを用意して。ヌマクローの攻撃のタイミングと共にそれを投げる。
動かなくなったモンスターボールを拾い上げる。新たな仲間。おそらく電気タイプのポケモンだ。様々な期待に満ちた目でそれを見た。名前や育て方、どう仲良くなったらいいのかなど、考えることはキリがない。
まわりを見回し、先ほど逃げてしまった赤い方を探す。けれど既に遠くへと行ってしまったようで、目立つ黄色と赤をみつけることは出来なかった。ため息をつくと、本来の目的、カイナシティへと足を運ぶ。
草むらが途切れたところで、古い建物が目に入る。入り口には「近日新装開店!」としか書いてない。不思議に思いつつも、そこから離れていく。幽霊が出そうなほど古いから、あまりいい印象は持たない。お化け屋敷か何かなのだろう、縁は無いようだ。
さらにそこから南へ行くと、潮騒の賑わいが強くなる。高い波が近いのだ。行き交う人々の声も聞こえてくる。道案内など見なくても、カイナシティに着いたことを実感する。初めて見る港町。思わずガーネットは走る。山育ちの為に海がとても珍しい。潮風が強くガーネットを迎えた。人が多く、ごちゃごちゃしている感じは都会なのだということを思わせる。同時に本当にみつかるのか不安が襲う。
「考えててもしゃーない」
体を伸ばす。そして潮風をおもいっきり吸い込んだ。地道に聞いていけばすぐにみつかるはず。新雪のような髪をした男の子など世に二人といないはずだ。
「なんだ、まだやってないじゃないっすか」
任務後、マグマ団の制服から着替えたザフィールは、カイナシティでゆったりとしている先輩に出会った。そこで話をしていたらカイナシティの少し外れたところにあるカラクリ屋敷に誘われる。興味津々でついてきたのはいいけれど、近日新装開店!という張り紙があるだけ。カギもかかっているし、そもそも屋根が茅葺きで今にも崩れそう。入るには勇気がいる。
「あれ、少し情報が違ったか。まあいいか」
「いいじゃないっすよもう・・・俺はポケモンの調査するんで、じゃ」
「おう、気をつけろよ」
カラクリ屋敷前で別れる。野生のポケモンを調査するために110番道路の草むらへ。この辺りはキンセツシティに近いし、何よりもホウエン全土の電気を賄っている発電所、ニューキンセツがあるために電気タイプのポケモンが多い。どんな電気タイプがいるのかと心ときめかせながら草むらに入る。
その瞬間、視界が黄色に染まった。思わず後ろに手をついて倒れる。そして冷静になって顔に張り付いたものに手をかけた。ズームアウトしていくにつれ、はっきりしてくるそれ。
「なんだ、プラスル?」
仲のいいコンビにの例えにプラスルとマイナンという言葉がある。それくらい、プラスルとマイナンはいつも2匹で一緒にいる。別の種族なのに、いつも仲がよい。それは野生でも変わらず。相方のマイナンがどこかにいるのかと思い、見渡すもそれらしき影は見当たらない。ザフィールの手に掴まれたプラスルは電気で攻撃することもせず、ただ高い声で鳴く。
「っても俺はお前の言葉を理解は出来ないんだがなあ」
空のモンスターボールをみせる。逃げるのかと思いきや、それを見るとさらに激しく鳴く。ポケモンにも色々変わったのもいる。そのままプラスルの入ったボールを持ち上げた。
「よーし、じゃあ110番道路の調査も始めるか」
研究所を構えてから中々遠くに出かけることが出来なくなった父親のため、ザフィールは草むらに飛び込んだ。後ろをついていくのはキモリ。キーチと呼ばれる度に野生のポケモンをなぎ倒していった。
夕方になり、疲れた足でカイナシティへと帰る。空腹もあって、暖かい食べ物を想像しながら。まだ夕日は出ているとはいえ、薄暗くなる今の時間に草むらに入るのは危険だ。
ザフィールは達成感に溢れた顔で、カイナシティを横切る。まずは夕飯を食べてからにしようか、それとも母親に頼まれていたカイナの近海産の煮干しを見に行くか。ポケモンセンターでポケモンの回復をさせながら何にしようか考える。
回復から戻ってきたポケモンたちを確認する。ジュプトルに進化できたキーチ。元気が有り余ってるスバッチ。やたらと攻撃力が強いエーちゃん、海の戦闘は右に出るものがいないイトカワ、そしてどんなに調査しても相方のマイナンがみつからないプラスル。きっと違うトレーナーに捕獲されたか、補食されたかどちらかだろう。野生のポケモンなんてそんなもの。手持ちのボールを全て用意すると、ポケモンセンターを飛び出した。
「お、灯台がもう光ってる」
カイナシティの岬にある灯台が発光を始めていた。海に向けて、遠くを行く船の為に。まだ日があるというのに、早いものだ。これがカイナシティの名物の一つ。観光気分で灯台へと近づく。
慣れたとはいえ、潮風はやはり嫌い。近くまで行こうとして、ザフィールは足を止めた。
「あの、すいません。僕をこうやって掴むのは」
海が嫌いだから止まったわけじゃない。足が動かないのだ。手を掴まれて。どんなに力を入れても動けない。もうそれはあの人しかいない。
「ガーネットちゃんしかいないと思うんですが、ご本人でしょうか」
ザフィールがその名前を呼んだ人以外、存在すると想像するのは頭が痛い。後ろも振り向かず、ザフィールは高なる心臓を感じた。後ろにあるのは殺意と面倒をかけさせたための殺意と苦労をかけさせた殺意のオーラが混じっている。
「どこいってたのかなあ、ザフィール君」
ザフィールの体が宙に舞った。
堅いコンクリートの地面に叩き付ける。受け身をとった割にはザフィールは痛そうで、声が出ていない。そしてガーネットは彼が立てないように、体の上に乗る。今日の恨みを晴らそうと左腕を振り上げる。その瞬間、カナシダトンネルでの出来事が頭をよぎる。血だらけだったこと、本当に死ぬんじゃないかと思ったこと。
そう思ってしまったら拳の勢いはつかず、頬にふれただけだった。やわらかい頬をその手でつねる。
「人のことをうざいだのジャマだの良くも言ってくれたわね」
「いたたたたたたいたいですいたい!」
手を離す。頬が赤くはれている。そして反対の頬もつねる。
「やっぱりあんたなんでしょ。白状しなさいよ」
「いたたたたたたったいってば!」
必死に懇願する。ガーネットの目は簡単なことでは許してくれそうにない。今度こそ鎖でつながれてしまいそうだ。
「だってだってアクア団みたいな連中がいて、何してくるか解らないのに、これ以上一緒にいられるか!」
「私より弱いくせに何いってんのよ」
「じゃあ、試すか?俺は2回も負けるほど弱くねえよ。俺に負けたらもう追い掛けてくるんじゃねえぞ」
ザフィールを解放する。今度はトンチで逃げようともしていない。真剣勝負を挑んで来ている。ガーネットはモンスターボールを構える。
「行け、シリウス」
「イトカワ、得意の海だ!」
ボールから出たヌマクローは、敵の姿を探す。いないのだ、イトカワと呼ばれたポケモンが。
「体当たり!」
海の波間から飛び出した丸い生物。一瞬にしてシリウスが引き込まれるように海へと消えて行く。夕闇の暗い海は、2匹の姿など見えない。何が起きたか解らず、ガーネットが叫んだ。思わず海に飛び込もうと波の荒いヘリに立つ。
「やめろ、夜の海は!」
後ろからザフィールが押さえつける。がっしりとつかまれた。振り払おうとしても、しっかりとつかんで離さない。
「だって、シリウスが」
「夜の海は誰も見えない、水ポケモンくらいしか動けないんだ、それなのにお前が行ったところで」
ホエルコが海中から飛び出す。技の為に飛び出たのかと思われた。そのまま陸に飛び上がる。固いコンクリートに叩き付けられたホエルコは完全に伸びていた。その後に波の間からシリウスが顔を出す。人間たちは何が起きたか解らない。
ガーネットをおいて、ザフィールがイトカワに近寄ると、たくさんの泥や砂でキズついたと思われる跡を見た。最後は水流で吹き上げられたようだった。重たいホエルコの体を持ち上げることが出来るのは、激流という特性のおかげのようだ。傍目で喜んでいるガーネットを見た。知ってか知らずか、いずれにしても彼女も彼女のポケモンも油断ならないやつに見える。
「マッドショットか、指示なくてもここまでやるとは、あなどれないなヌマクロー」
イトカワ、とホエルコの名前を呼んで戻す。ガーネットもほめてからヌマクローを戻した。
ザフィールは本気で取りかかる。海中がダメなら陸上のポケモン。そしてボールを投げる。ピンク色の猫、エネコのエーちゃん。普通のエネコより少し大きく、戦闘向きではないといわれた種族だけど、このエーちゃんは違った。
「しょうきち!」
ガーネットの呼び出したのはジグザグマのしょうきち。今まで素早い動きで敵を倒して来た。今度も出ると同時に頭突きを指示する。まっすぐではなくじぐざぐと曲がりながら大きなエネコに突進する。
「猫の手!」
ザフィールの命令した技は仲間の覚えている技を呼び出すもの。エネコの体から不快なものが発される。それを正面から受けたしょうきちの動きが鈍くなる。電磁波だった。ポケモンを麻痺させてしまうもの。それでもしょうきちは耐え、エネコに頭からぶつかる。その攻撃力にエネコは後ろにのけぞる。攻撃してきたジグザグマはエネコをじっと見て動かない。
「よし、エーちゃんのメロメロボディ発動だ!」
「メロメロボディ!?」
「攻撃してきた異性のポケモンをメロメロ状態にしちまうエネコの特性だ!お前のジグザグマは麻痺にメロメロ、もう動けないぜ!」
エネコはしっぽをムチのようにして何度もジグザグマの顔をはたく。
「しょうきち!」
ガーネットの呼びかけにも反応しない。エネコに何度もはたかれ、痛い思いをしてもメロメロ状態は続く。動かないしょうきちを倒すのはエネコでなくても簡単だった。エーちゃんはいとも簡単にしょうきちを瀕死に追い込む。
「それなら・・・戻ってしょうきち」
ジグザグマをボールに戻す。まだ甘い夢を見てるのか、ボールに戻る直前まで足がばたばたと最後まで動いていた。
「いけ、リゲル!」
ボールから出たのはキノココ。エネコは見た瞬間に楽勝とばかりにしっぽではたく。
「あ、エーちゃんだめだって!」
気づいた時には遅い。攻撃を受けて発動する特性をキノココも持っていた。キノココであるリゲルは、胞子という特性がある。触れた相手を状態異常にしてしまう技。触れたしっぽについた胞子が、エーちゃんの体を蝕む。毒がまわり、具合悪そうに体を丸める。さらに宿り木のタネを絡ませ、体力を吸い取っていく。
「やばい、戻れエーちゃん。頼むぞスバッチ」
ボールに戻ったエネコの代わりに、出てくるのは小さな鳥スバメ。
もう暗いというのに、くちばしを開けて高い声でさえずる。エネコの代わりにキノココのメガドレインを食らうと、ザフィールの指示に合わせて嘴でつついた。苦手な攻撃に思わずキノココがしびれごなをまき散らす。それを吸い込み、スバメが麻痺したというのに、ザフィールが戻す気配がない。
「これを待ってた、つばさでうつ!」
小さな鳥の翼が、キノココに当たる。それなりに体重があるはずなのに、一撃で吹き飛ばされる。キノココをキャッチすると、目をまわしているのでボールに戻した。思わぬ攻撃に、何があったのか飲み込めてなかった。
「根性あるんだよなあ、スバッチは!」
「こん、じょう?」
「状態異常になると強くなるんだよ!いろんな知識がないとやっていけないぜ!」
挑発するような言い方に、ガーネットのボールを掴む力が強くなる。
「ならばもっと根性みせてみなさい!行け、シルク!」
暗い闇を照らす炎。コンクリートに堅い蹄の音が響く。進化していない状態では強い方に入るポニータ。麻痺しているスバッチを焦がすなど余裕のことだった。火の粉が舞い、スバッチの羽を燃やす。
「スバッチ!やばいから戻れ」
完全に燃え尽きる前に、ボールに戻した。ザフィールは少し考えているようだった。毒状態のエーちゃん、相性が悪すぎるキーチ、そして新米のプラスル。せめて、とエネコを最初に出す。
「エーちゃん頼む!」
「エネコに炎の渦!」
炎がエネコを囲む。ザフィールが戻そうとするも、炎に阻まれて届かない。毒と炎、両方に体力を奪われながらもエネコは歌って眠らそうとした。けれど完全な調子が出ないエネコの歌声が届くはずもなく、炎の渦が消えるころにはエネコはコンクリートに伏せていた。
「相性完全に悪いが、キーチ頼む!リーフブレード」
「押し切るのよシルク!」
素早いキーチを炎の渦が捕らえた。苦手な炎に囲まれ、キーチがそれでも渦を突破し、シルクを斬りつける。炎のたてがみが草の剣を焦がした。体へのダメージはほとんどない。
「くそ、居合い切り!」
シルクは再び火の粉を巻こうとしている。再び巻き込まれたら次はない。キーチは上に跳んだ。前ばかり見ていたシルクは見失う。
「シルク上!」
ガーネットの声も遅かった。キーチは腕の刃をつかい、上から攻撃を行なう。居合い切り。葉の刃を剣に見立て、細い木ならば切ってしまえるもの。体を切られ、ポニータが悲鳴をあげる。ダメージはそれほどないものの、冷静に炎の渦を命中させることが出来ない。ジュプトルは森の中では無敵を誇るポケモンだ。キーチは陸でもそうだった。素早さでポニータの動きを封じる。火の粉も当たらず、キーチは斬りつけてくる。
「いまだ、リーフブレード!」
ポニータの後ろを取る。そのまま近づいたら危ないが、キーチは上からの攻撃が出来る。跳んだ。炎のたてがみを避け、確実にダメージが入る場所に葉の剣が食い込んだ。
「シルク、今だ!」
その瞬間、炎のたてがみが燃え盛る。ジュプトルにその炎は燃え移り、悲鳴をあげた。そしてそのまま暴れ馬のようにジュプトルを振り落とす。ザフィールの足元に倒れたジュプトルは、ところどころ焦げていた。もう戦えない。新緑の力をもってしても炎タイプには相性が悪すぎる。ボールに戻した。
「これが最後だ、プラスル!」
「シルクももう戦えない。こちらも最後よ、マイナン!」
その場に出た2匹は固まった。敵だと言われて出た相手。それは野生の時にみつけた相方。どうしたらいいか解らず、プラスルもマイナンもにらみ合うだけ。
「あ、そのポケモン!」
「もしかして、相方のマイナン!?」
お互いに頷いたようだった。人間の言葉を理解したわけではない。覚悟を決めたような頷き。プラスルにもマイナンにもその目に闘志が灯っている。そして次の瞬間、主人の指示により戦いが再開される。
「プラスル電磁波!」
「マイナン、鳴き声!」
プラスルの方が速い。ザフィールの指示で特殊な電波を飛ばし、マイナンを捕らえる。麻痺したマイナンは、動きの鈍った体を引きずるように動かした。ガーネットの命令を遂行するために。
喉の奥から鳴き声を振り絞る。プラスルの攻撃力が少し弱まったように感じた。
「プラスルスパーク・・・」
「マイナン電光石火!!」
プラスルに突っ込んだ。必ず先に攻撃できる技、電光石火だ。不意をつかれたプラスルはマイナンに向き直ると電気をためて、勢いをつけて突進する。プラスルの体から青白い火花が散っていた。
「よし、スパーク決まったな!相手は麻痺してる、そのまま決めろ!」
しびれて動けないマイナンに、容赦なく降り注ぐ攻撃。電気タイプは、電気技をあまり受けないけれど、何度も受けては体力が減って行く。
「マイナン、電光石火!」
「させるか、プラスル、こちらも電光石火だ!」
麻痺していない分、プラスルの方が速い。マイナンのやわらかい腹部に向かっておもいっきり攻撃する。麻痺したマイナンではそれを避けきれない。マイナンは倒れ、痛がって起き上がろうとしない。ガーネットはボールに戻した。
「勝った、勝ったぞプラスル!よくやった!」
ザフィールと共に嬉しそうにしている。すでに夕日は沈み、夜の闇が広がっていた。ところどころの街灯が灯り始める。昼のようにはっきりとは見えない。白い光が、等間隔で灯る。街灯が背にあるガーネットは特に見えづらい。
「わかったな、これでついてくるんじゃねえぞ」
勝ち誇ったように言う。そして彼女の横を通り過ぎてカイナシティの中心部へと帰る。これでもう何もかも解放される。自由に見つかることにおびえず、堂々と歩けるし、マグマ団のことだってバレずに済む。足取りは軽い。
「なん、で?そんなに、ジャマなの?」
「なにいってんだよ、あたりまえ」
振り向いたザフィールは言葉が出て来ない。体も声もそのまま固まったように動かない。
泣かした。泣かしてしまったのだ。気の強いガーネットのこと、こんなことくらいで泣くとは到底思えなかったのに。調子に乗りすぎたのか、ジャマだと主張しすぎたのか。いずれにしても、ザフィールが混乱しているのは目に見える。このまま去ろうとするけれど、足がどうしてもその方向に向かない。
「い、いや、その・・・泣くことないじゃねえか」
「ザフィールに、うざいって言われて、私は悲しいんだよ?」
ガーネットの言葉は彼をさらに混乱させるには充分だった。人通りがないのが救い。知り合いとはいえ、大泣きしている相手を放置して去れるほど冷酷になりきれない。
「うーん、だから・・・ごめん、俺が悪かった。ついてきていいからもう泣きやんでくれよ」
肩をそっと叩く。自分でも驚くほどの言葉を発していた。自然に出てきたのだ。泣かれてしまうとものすごい罪悪感が出てくる。ガーネットが心の中で勝ち誇ったように笑ったのにも気づかずに。
「言ったわね」
途端に低くなる声。何が起きたのか解らず、ザフィールは固まる。
「ついてきていいって言ったわね。ザフィール君」
「な、まさか嘘泣き!?ありえねえだろおい、待て、今のは・・・」
「言ったからには守ってもらうわよ!」
がっしりと腕を掴まれた。抜こうとしようものなら肩の関節の方が抜けそうだ。逃げるにも逃げれず、ザフィールは海に向かって叫んだ。その叫びは、荒波にかき消され、他の人に届くことはなかった。
翌日の朝。目を覚ましたおれはゆっくりと上半身を起こして自分の体を確認する。長い髪、白い体、男にはない二つの丘。
ああ、賭けに負けたんだな……。
昨夜交わした賭けの約束、もしおれが元に戻ったらおれはカイナに残り続ける。そして元に戻らなかったらおれは旅に出る。しかしこうして現におれの姿は昨日と変わらずカノンのままだった。
腹を括るしかないだろう。大勝負に負けてしまったんだから。そう考えると反発する気は萎れてしまい、どこか納得出来てしまった。確かにカノンは心配だ。だけど旅に出てみたいという気持ちもあった。この賭けの結果は百パーセント本意ではないけれど、カノンからの立派なGOサインだった。
旅……かぁ。旅をしておれは何をしたいんだろう。
中途半端な体勢を動かしてベッドに腰掛け、すやすやと笑顔でまだ眠るカノンを見つめながら、今後のことをぼんやりと考える。
折角カノンがああまで言ってくれたんだから、カノンに胸を張れるような旅にするしかない。
『わたしは旅に出れないから……』
昨晩カノンはぽつりとそう漏らした。カノンはこんなおれよりもずっと旅に出たがっていたのだろう。
なぜならカノンには夢があった。コンテスト全制覇。体が弱くて旅に出れないカノンは、短冊にそんなことを書いても、おれにそう言っても、心の底では諦めていてただの絵空事にしていた。
だったら……。
「わたしの、勝ちだね」
カノンは目を覚ましてまずベッドに腰掛けたままのおれを一瞥すると、そう言ってから小さく欠伸する。
「はは……だね。おれ、旅に出るよ」
「あら。昨日あんなこと言ってたのに以外とあっさりなのね」
「約束だからな。それに、決めたんだ」
「決めたって何を?」
「おれがカノンの代わりにコンテスト全制覇をやってみせる」
何をしようか考えた結果導きだした答えだった。おれは真顔できっぱりとそう言ったというのに、どうしてかカノンはいきなり俯いて顔を隠すと肩を揺らし、声が漏れる。
「ぷっ、あはっ、あははっ。ユウキがコンテスト全制覇なんて無理無理!」
腹を抱えて笑い出したカノンに対し、さすがにやや怒った顔をしても仕方ない。
「し、失礼な! まだやってもないのに無理はないだろう」
つい脊髄反射的にベッドから立ち上がってそう言った。
一通り笑いきったカノンは目尻を拭って、一息入れる。
「だってユウキは今までコンテストに興味が無かったじゃない。コンテストが大好きで、それでいて本気で取り組んでも制覇出来ない人だらけなのに、そんなのじゃ結果も見えてるよ」
「まだやってさえいないぞ!」
「最初から無理だって分かることもいっぱいあるんだから」
切なく笑うカノンを見て、おれはつい言葉を失ってしまった。
ずっと近くにいたから分かる。カノンは確かに体が弱いから、旅に出れなかったり運動出来なかったりと「無理」なことがたくさんある。
だけどカノンは何でもかんでも体が弱いからという言い訳をして無理だと言って遠退けて、いろんなことから逃げている節があった。
きっとカノンが言っていた『変わるきっかけ』はおれに対するものだけじゃないはずだ。カノンがおれにこうして変わるチャンスを与えてくれたんだから、おれもカノンを変えてやらねばならない。
いい加減カノンも変わらなくちゃならないんだ。そのカノンの消極的な殻を、おれがコンテストを全制覇することで突き破ってやる。これが、おれが考えついた結論だった。
「ふん。見てろよ、今にもおれは世にも轟くコンテストの有名人になってやる。お前がそこまで無理っていうなら絶対におれがなってみせてやる。不可能だって、可能に変えれることを証明してみせてやる」
諦めてしまったら、たった一%でもあるかもしれない可能性が無くなってしまう。
いくらおれがコンテストに興味がないとか下手くそかも知れないと関係ない。それを見せてやる。
「おれは本気だ。必ずやってみせる」
カノンは困った顔を見せるが、それ以上は何も言わなかった。
おれを本気にさせたのは、カノン、お前だ。
「そう、ようやくってとこねぇ」
朝からカノン家にやってきた姉貴に旅に出る旨を伝えたら、うすら笑いでそう返してきた。
「でもあんた本当に大丈夫なの? その体で」
「体? もちろん、昨日も言ったけど走れるし」
「そっちじゃなくて、女の子なのよ今のユウキは」
う、そうだった。旅に出るからと言って男に戻るわけでもないのだ。
「たぶん……」
頬を軽く掻きながら力なくそう答えたら、姉貴はふふんと笑ってやけに嫌な笑みを作る。
「じゃあまずは形からでも女の子に慣れないとねぇ」
「え?」
「うん、やっぱり可愛いねぇ」
身ぐるみを剥がされたおれは姉貴やカノンのなすがまま、人形のようにカノンの服を着せられていった。
今のように絶賛する姉貴に対し、調子に乗ってそうかなと気取ると、カノンにユウキは何もしてないじゃんとツッコミを入れられた。
白を基調としていて、黒の刺繍が入った膝上丈のワンピースに緑の薄手のカーディガンを羽織らされたおれは、改めて姉貴が用意した全身鏡の中の自分と対面した。
やはり誰がなんと言おうがカノンが鏡の中にいた。昨日はあくまでも、自分の服を着たカノン程度であったのに、もうどこからどうみても正真正銘のカノンだ。
なのだが、服の感触が馴染めない。太もも同士がすぐにこすれて妙にくすぐったい。足の半分以上が露出していてこのスカートの解放部分もあって、足下が非常に頼りない。
おれ自身はパンツルックがいい、とせめてもの反抗をしたのだが、そもそもカノンはあまりそういう服を好んでいないためこういうものばかりで、なおかつ姉貴の「いずれ着ることになるんだろうだから今でもいいんじゃない?」という一言に妙に納得してしまったからであるが……。
「うん、外はまあ問題ないわねぇー……。後はぁ、そうね、中身」
腕組みをした姉貴はおれを一通り眺めると、また何かを言い出した。
「中身?」
「そう。中身よ中身」
姉貴の言いたいことが分からなくて首を傾げる。
「言葉遣いとかに決まってるじゃない」
「あーなるほど! って、えー……」
「さて、と。ちょっとお昼から用事入ってるから、カノンちゃん後はお願いね」
はーいと軽い返事を姉貴は背中で受けて、部屋から出ていく。何の用事なのだろう。今日は火曜日で、姉貴の仕事は水曜日から土曜日のはず……。
と、右手を顎に添えて考えていると、それとは関係ないものの大事なことを思い出した。
「あ、中身で思い出した。カノン、コンテストについていろいろ教えてくれない?」
コンテストをやると言ったものの、今まで興味が無かったために大雑把にしか知らないのだ。
かっこよさ、かわいさ、美しさ、賢さ、たくましさをそれぞれ競い、下から順にノーマル、スーパー、ハイパー、マスターランクがあることは知ってる。我が町カイナではハイパーランクコンテストが開催されているし、ルックスだけを見る一次審査と、実際にワザを繰り出す二次審査があるのは知っている。ただそこまでしか知らない。
「もう。そんなので大丈夫なの?」
「肝心なのはこれからこれから」
はあ、とわざとらしくため息をついたカノンは本棚から背表紙にポケモンコンテスト大全と書かれた青い分厚い本を取り出して、おれに寄越すので片手で受け取ろうとする。が、
「重っ!」
受け取った瞬間に腕ががくんと下がる。すかさず膝を曲げて空いていた左手でフォローを入れて、がっちり本を持つ。これくらいならいつもは片手で持てたはずなのに。
「大丈夫? だいたいのことはこれに書いてるはずよ」
よいしょとベッドに座り込み、本を開けるもどこから読めばいいのやら。
「うーん、口頭でおれに説明を」
「わ、た、し」
一瞬カノンの強い語気にびくんと背筋が立つが、何を意味しているか分からない。
「言葉遣い言葉遣い」
「あ、なるほど。口頭でお……じゃなくてわたしに説明してくれた方が良いなぁ。だなんて」
む、むず痒い……。変な感じがしてなかなか言いづらいし、言ってからも妙な感触がまだ残る。
「だーめ。自分で頑張りなさい」
悪戯っぽく笑うと、カノンはおれから遠ざかって部屋のドアの取っ手に手をかける。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
そうしてドアの向こうに消えて、おれは分厚い本と共に一人残されるのだった。
緑茶レモンをご飯につけてみれば?
学園ストーリー好きなの?
その日の午前、やっとコンテスト会場は再開した。待ちわびたトレーナーたちが今か今かと並んでいる。
そして今日は退院する日。昼ご飯を食べた後に出ると言っていたから、それまでコンテストの観戦と、木の実をまぜて作るポロックというお菓子を作るため。コンテストに出る人は必ず作る、コンディションの調整などを行なうものだ。人が食べてもそこそこ行けるし、何より持ち運びが便利ということで、それを作りに来た。それに、作ってる時にいろんな人から情報をもらったり出来る。
特に好きなのは空色ポロック。渋くて甘くて、柿を食べてるような感じがする。入れる木の実によっては渋い方が強かったり、甘い方が強かったり。木の実がなくなったから違うのを入れていたら酸っぱくて渋い紺色のポロックも出来た。味見をすると、あんまり食べたくない味がする。その反応を見てまわりのトレーナーが笑ったりして。そんなやりとりをしていて、すっかりトレーナーとして定着していた。
「じゃ、ありがとうございまーす」
ザフィールが荷物をまとめてスタッフに挨拶をする。後から話を聞いたら恐ろしい状態だったことを話されて驚いた。そんな状態だったのをがんばって看病してくれたスタッフに感謝の気持ちを込めて。若いスタッフが口々にポケモントレーナーらしい格好だねとほめていた。そして最後に主治医に頭を下げる。
「あれ、今日は彼女一緒じゃなくていいの?」
「へ?あいつですか?あれは彼女じゃなくて、友達です」
「へー、君が意識なかった3日間、毎日来ていて、それでいて身の回りの片付けとか全部やっていって、友達ねえ・・・」
驚いた。ものが整理されていたのもそのせいだったのか。
それにしても話してくれればいいのに、なぜガーネットは黙っていたのだろう。あまりの恥ずかしさに語尾がぼやけながらそこを去る。
建物を出るまでガーネットのことが頭に巡っていたが、今日は久しぶりのマグマ団の仕事がある。おそらくもう会うことはないはずだ。時間もずらして伝えてある。もし会ってしまったら、その時は突き放してでもおいていこう。
予定より少し早めに迎えに行くと、荷物もすっかり整理されて出てきていたザフィールがいた。今にも去るところだったようで、駆け寄るとあからさまに不機嫌な顔をしていた。昨日までは確かに嫌そうな顔はしていたけれど、ここまで顔に出ていなかった。
「なんで来るんだよ」
彼の言葉の端も刺々しい。まだ何も言ってないのに姿を見かけた時からその言葉。思わずおめでとうと言いそびれる。解りやすく大げさにザフィールがため息をついた。
「だってこの前みたいに・・・」
とても冷たいザフィールの視線がガーネットを見る。それによって言葉が遮られてしまった。
「まとわりついてくるのがうぜーしジャマだっていってんだよ。んなこともわかんねえのかよ。どけ」
右手だけで乱暴に突き飛ばす。その反動で後ろに倒れた。まさかザフィールがそんなことしてくるとは思わず、避けきれなかった。すぐに起き上がればよかったけれど、何が起きたかもいまいち理解しきれずにいた。
起き上がった時にはすでに遠くの彼方。暴言はかれた怒りと突き飛ばされた怒りと、少しだけの悲しさを爆発させ、その後を追った。
そして今にいたり、ガーネットが怒りのオーラを振りまいて111番道路を歩いている。それは野生のポケモンはもちろん、トレーナーすら避けて通るくらいの。
シダケタウンからどこか行くには111番道路を通らなければならない。出ていった時間からいって、すでにどこか遠くへと紛れ込んでいるかもしれない。全く宛もないが、まっすぐな111番道路をひたすら歩いていた。
もうすぐ大きな街、キンセツシティが見えるというところまで来て、思わず足を止める。知ってる人がいる。それもかなり昔の。他人のそら似か、本人か。おそるおそるガーネットは声をかける。
「あ、あの!!」
声をかける。その人物は振り向いた。その目、その顔。知っている。ジョウトにいた時、旅をしていると出会ったその人。忘れていた感情が、今までの辛いことなんてなかったかのようにこみ上げる。
こんなところで会えるとは思っておらず、懐かしさと連絡をくれないもどかしさ、最近のこと、どれから話していいのか。だから次の言葉が出てこなかった。次に口を開いたのはその人だった。
「ああ、久しぶりガーネットちゃん」
自分の表情が凍り付いたように感じた。前に会った時はこんなつっけんどんな言い方をする人じゃなかった。そして何より見る目が冷たい。久しぶりに会ったというのに。その笑顔が作ったような、感情のこもっていないもの。
「ダイゴさん・・・」
「覚えててくれたんだ、ありがとうね」
灰色の髪をした身長の高い男。スーツを来て、あの時より堅い印象がある。それは服装だけの問題ではない。話していても自然な表情がないのだ。彼には。
それでも良かった。もう会えないと覚悟していたのだから。あの時から今までのことを懐かしむように話しかける。
「あの、あれからいろいろあって、話したいことが」
近寄って来た。そしてダイゴは両手を伸ばしてくる。それはガーネットに触れる手前で止まった。
「なんで君の話を聞かなければいけないんだい?」
言葉も冷たく、心を凍り付かせるには十分だった。次の言葉をつまらせ、ガーネットは口を閉じる。その笑みも言葉も、全く変わってしまったように思えた。
「僕は忙しいんだ。もうカイナシティに行かなければならない。君の相手をしてる時間はないんだよ」
足早に去る。暖かみに溢れ、優しくしてくれたダイゴとは全く違う。別人にも思えた。数少ないホウエンの知り合いだったのに、なんだか縁を根底から切断されたような、そもそもなかったことにされたような。悲しいと一言で片付けられるほど単純な気持ちではない。何が起きたのかどうしてしまったのか、ガーネットの心は混乱していた。
「よかったな、退院できて」
カイナシティの海の博物館前。現地集合、現地解散のマグマ団の集合がかかる。アクア団より早くここにあるパーツを交渉、あるいは奪うというもの。リーダーのマツブサが来るというから、ここで集合している。ところが忙しいのか集合の時間になってもまだ来ない。
カイナシティは海が近い。嫌でも潮の香りが鼻につく。前はあんなに好きだった海。今は嫌いだ。昔を思い出すから。なるべく思い出さないように別のことを思い浮かべる。
そうすると自然と今日のことを考えてしまう。マグマ団の集合がかかったとはいえ、逃げるように来てしまったこと。次に会うのが怖いからもう二度と会いたくない。それにシダケタウンからカイナシティまでは距離がある。それが解るはずもない。それに返すものも返した。もうないはず。
「あっ、ハンカチ……」
血に染めてしまったハンカチをすっかり忘れてた。ラッキーに聞いてもスタッフに聞いてもなかったと言っていたからすっかり忘れていた。
なかったんじゃない、汚した上になくしてしまったのである。しかしこれに関しては諦めていただく方向にしたい。二度と会いたくないのだから。
「中々元気そうじゃないか」
頭をつかまれる。ふりむけばマグマ団のリーダー、マツブサが立っていた。その貫禄は変わらず。思わずザフィールはマツブサに飛びついた。飼い主に会えた犬のよう。しっぽこそないけれど、見えないそれが大きく振れている。
「あんまりじゃれつくな、それ着てる時は全力で目の前のことに集中するんだ。それと、退院祝いと、最近がんばってることを兼ねて、このポケモンを育ててくれ」
ポケモンを育てることを任命されること。それはものすごくマグマ団の中では重要な地位にいるということを示していた。モンスターボールを握りつぶす勢いで受け取る。普通の人間に変形させるような力は無いけれど。そして目の前でそのスイッチを開けて中身を見た。
「どうだ?かわいがってやれよ」
「これって、なに、ホエルコ・・・?」
近くの海の波間から顔を出し、ザフィールのことを見つめてる。丸い形のクジラ。水タイプのポケモンはアクア団が使ってくるイメージも相まってあまりいい気はしない。けれどあのマツブサ直々の命令だ。期待に応える以外の選択肢はない。戻れと命じる。
「そいつは、イト川というところに迷い込んだのを保護したんだ。迷うことないようちゃんと育ててやれよ」
「はーい。イトカワよろしくな」
イトカワとつけられたホエルコはボールの中で主人には聞こえない返事をした。
マツブサの合図により、海の博物館へと入る。中は広く、海の不思議な現象を展示していた。全体的に青い光に包まれた空間は、不思議な感覚を呼んだ。心の中が穏やかになるような、懐かしいような。
昔は窓から見えるきれいな海が大好きで、静かに待っていろといわれた時もそこで見ていた。白い波、潮風、透き通る青、時々通りかかるホエルコ、キャモメたち。
昔を思い出しながら展示をなんとなく見ている。ふと強く引きつけるものがある。それは青い宝石だった。名前はサファイア。英名:Sapphire、独名:Saphir。その昔、カイオーガというポケモンが海の底に消える際、自分の力を封じ込めた石だと言われていると。その色は様々で、特に青くて中から光を放っているようなものはカイオーガの化身とも考えられ、高価な取引がされているという。おくりび山にある藍色の珠は特にその力が強いとされていて、ここにあるのはそのレプリカだという。
「変な模様」
レプリカにも模様が浮かぶようになっているが、その模様が見たこともないもの。いいデザインとは思えず、こんなものが神聖だとか全く思えなかった。ザフィールが率直な感想を口にして、バカにしたように笑う。
「早く来い!」
突然手を引っ張られ、2階へと連れて行かれる。随分とそれに見とれていたようだった。
無理矢理引きずられて連れてこられたところは、マグマ団がずらっとある人物を取り囲んでいるところ。ジャンプして誰をどうしてるのか見ようとした。すると遠く見える、メガネの人物。
「クスノキ教授!?」
ザフィールは知ってる。小さい頃、一人で海を見ていたときに、寂しいだろうと構ってくれた人。父親はかまわないでいいと言っていたけど、クスノキ教授と、もうひとりササガヤ教授は暇を見つけては相手をしてくれた。どちらも父親とは全く違う分野の研究員だったのに、実の子供みたいにかわいがってくれた。特にササガヤ教授の方は同じくらいの女の子がいて、よく遊んでいたし、仲良くて。あの事件から会う回数は減ったし最近は会ってないけど、顔は忘れない。
「君は!?大きくなったな」
目が合う。クスノキはマグマ団に囲まれながらも知ってる顔をみつけて安心したのだろう。ザフィールに近寄る。そしてその服装を見て、ひどく落ち込む。仲間だとやっと解ったのだろう。諭すようにザフィールに話しかけた。
「もう、あのことは忘れなさい・・・オダマキも忘れさせようと必死だったじゃないか」
「俺は忘れない。あいつらが今でも憎い。これが一番ベストだって、マツブサさんは教えてくれた。だから俺はこうしているんだ。ジャマしないでください」
クスノキは何も言わなかった。ザフィールの真剣な目つきに、友人の子を止めることは出来ないと感じていたようだ。
二人の間にマツブサが割って入る。威嚇するように、そしてザフィールを守るように。最初の目的のものを果たすよう、再度クスノキを問いつめる。静かに、そして厳しく言った。明け渡せ、と。しかしクスノキもそこで頷くわけがない。
しびれを切らした団員から、早くしろという声が上がり始める。それでもクスノキは言わない。マツブサも穏便に済ませたかったようだが、ついにクスノキの胸ぐらを掴む。それでも一向に従おうとはしなかった。
ふとクスノキの横を緑色の何かが通る。キモリの姿だった。白衣のポケットから何かをかすめていった。そんな気がした。そしてキモリは持ち主の元へと、奪ったものと共に帰って行く。銀色に輝くカギと共に。クスノキは顔色を変えた。団員たちからは良くやったとほめられる。それこそ、マグマ団の目的、潜水艇のカギだった。
「何の為に!?非合法な手段も使うと聞いたが」
「アクア団の野望を阻止するため。それだけだ。そのためには全てがマグマ団のためにある」
マツブサは解散の命令を出す。一瞬にして姿を消す術。それと共にマグマ団員たちはいなくなった。ただそこに残されたクスノキは茫然となる。
今しがた起きたことが信じられない。そしてあの事件のことを引きずっているということも。クスノキも思い出さないわけではない。けれど太刀打ちできるものではない。武装集団になど。それに刃を向ける、あのときの子供。マツブサの甘言に乗り、マグマ団などに所属しているとは、信じられなかった。
静かになった博物館の2階で、クスノキは2度目の来客を迎えた。肩を叩かれるまで気付かなかった。デボン社に頼んでいたものだった。何度か部品を届けてくれたダイゴという男。最近は来ていないと思っていたが、マツブサよりも冷たいオーラを漂わせていた。
ダイゴからパーツを受け取る。潜水艇に乗せようと思っていた水圧に耐えるもの。それもなくなってしまった。落ち込み、ため息をつくクスノキに、ダイゴは冷たく言い放つ。「もう一つ作ればいいのでしょう?」と。反論しようとすれば、ダイゴはすでに背を向けていた。そして何もなかったかのように遠ざかる。
遅くなってすいませぬ!
一部完結、お疲れ様です!
> マコです。
ふにょんです。
> ポケリア第1部は一応、ここでおしまいということにします。
お疲れ様です。 結構な長さになりましたね……
> 第2部「ポケリア+(プラス)!」をこれから、作成しようかな、と思っています。
もう投稿なされてましたね。さすが、お仕事が早い。
> 今度は、全編シリアスチックになりそうです。今回出てきた7人が、新たな悪に立ち向かう、そんなストーリーにしようかな、と思っています。
少しはギャグ的雰囲気も(ry いえ、何でもござりませぬ。
> 楽しみに待っていて下さい!
言われなくとも楽しみに待っておりまずよー
続きのほうも、北石照代……じゃなくて、期待してます!
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