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ランニングシューズがなくたって運動神経がなくたって本気を出せばある程度は走れる。
朝飯も身支度もぶち抜いて家を飛び出すと、後ろからお母さんの「ジャケット裏返しよー!」の声が追いかけてくるがうっせぇそんなの分かってんだよ! 直してる場合じゃねーんだよ! ちゃんと着てほしいなら定時に起こしやがれ!
角を曲がってトウコん家の玄関にすがりつくと、二階からものすごい騒音が聞こえた。爆発的に鼓膜へ飛び込んできた音声をどうにかしてほどいてみると、ベルの叫び声と豚の鳴き声と何かが割れる音、ドタドタ壁を蹴るような音、そんなもんが何テイクも重なり合って断続的に聞こえる。家が揺れている。
不意にトウコの声が凛々しく叫んだ。「たいあたりッ!」
またどんがらがっしゃんと破壊音。
まさか。
あいつら……。
驚くべきは、一階でトウコのママさんが普通にお茶を飲みながらテレビを見ていたことだ。
「おじゃまします」
「こんにちは、みんな二階よ」
「あの、揺れてますよ」
「そうねえ、テレビが見づらいわ」
揺るぎない人だ。
二階へ上がると、部屋の入り口でチェレンがこめかみを押さえつけていた。
「何やってんだお前」
「ふがいない自分を悔やんでる」
「そうか」
悩める眼鏡は置いておいて部屋を見渡す。
すばらしい惨状だった。家具が何もかも暴れ倒している。傾いた本棚からはだいたいの本が、引き出しが吹っ飛んだタンスからは衣服類が床に散乱していたため思わず下着の影を追ってしまった。なかった。
埃の舞うなか、きゃあきゃあしながらベルは爬虫類に指示とも悲鳴ともつかないものを飛ばしていた。わけもわからず壁だの棚だの窓枠だのを駆け回る草蛇を、トウコのきびきびした声にしたがって子豚が追いかける。追いかけながらカーペットをぐちゃぐちゃに引きずった。
「たいあたりーっ」
豚のほうが蛇のすばしっこいのを読んで壁の一角へ突進した。ちょうど走りこんできた爬虫類を壁との間にむぎゅうと潰し込んだのを見てベルがものすごく叫んだ。蛇が目を回して床に倒れ伏し、それでやっと騒動は終わった。
「ツタージャ……!」
駆け寄ったベルが悲惨な顔でへなびた草蛇を持ち上げた。が、そいつはやられた割にはぴんぴんしている。ギュルルと思いっきり腕の中でバク転して尾っぽで飼い主の帽子を叩き落としてみせた。
「あだっ」
倒れたベルをにゃははと笑いながらトウコが起こす。八重歯たまんね。
「すごい……すごい、すごい、すごぉい!」
帽子を拾い上げついでに蛇を落としてもたつきながら連呼する。ベルの声は無駄にでけーので寝起きの頭にはちと響く。
「ポケモンったらこんなにちっちゃいのに! すごいね!」
「すごいねえー」
ああトウコも笑ってら。眩しいなァ。
部屋は目も当てられない有様だけどな。さすがに室内でポケモンバトルはないわ。
「それより二人とも、周りを見t」
「でもポケモンもだけど、トウコもすごい! ポカブと息ぴったりだったよ!」
「えへ、ありがとー」
「二人とも、話を聞k」
「ほんと模擬戦で自分のヨーテリーに手噛まれたどっかの眼鏡とは格が違うね!」
注意しかけたどっかの眼鏡は、ベルによって的確に地雷を踏み抜かれて崩れ落ちた。
「違う、あれは直前にモモンの天然水をこぼしていたせいで……」
「へええ、チェレンったらトイレ入ったあと手とか洗わないタイプぅ?」
「違う!」
ああ、トウコが豚抱いてけったけた笑ってら。屈託ないなァ。部屋ぐっちゃぐちゃにされても笑顔でいられる揺るぎないところがお母さん似だなァ。
「トウコ、おはよう」
とりあえず爽やかな朝に笑顔は欠かせない。挨拶するたび友達増えるね。
「おはよートウヤ。どうしたの?」
「うん、華麗に寝坊」
「おめでとー」
何がめでたいのかわからないけど可愛いからいいや。
「もうみんな選んじゃったよ。ベルがツタージャで、チェレンが青いタヌキ。あたしポカブね」
「へー」
まあ眼鏡でいじめられ屋という点では青タヌキを所持する条件を十分にクリアしてるよなあいつ。
「ところでトウコ、俺のは?」
何気なく投げた言葉だったが、そいつは意外と勢いよくトウコの額に刺さり、彼女を硬直させた。
同時に空気も凍りついた。
「えっ」
「えっ」
俺のポケモンは? と続ける前に同じトーンで返さないでほしい。何もいえなくなる。
うすら寒いものを背筋に感じ、部屋中に散らかった衣類やら本やらを慎重に踏み越え(それでも踏んだシャーペンがきゅうしょにあたって悶絶した)、なんとか机のそばに転がっていた巨大なプレゼントボックスの前に辿り着き、それを引っくり返してみた。
紙が一枚ぺらりと出てきた。
「緑のへびがツタージャ、赤いぶたがポカブ、青いラッコがミジュマルです。仲良く選んでね! アララギ」
そうか。あれはタヌキじゃなくてラッコだったか。
ところで俺のポケモンは?
「自業自得だよ。遅刻するほうが悪い」
「トウヤ正拳」
「ガッ」
右拳に眼鏡が食い込む感覚。チェレンはたおれた。
とりあえず分かったのは、アララギのクソババアには仲良く選ばせるつもりの欠片もなかっただろうということだけだ。
「どうしようトウコぉ、チェレンがしんじゃったよぉ」
「教会で蘇生させてもらえばいいんじゃないかな?」
7月7日、七夕。マイコの21回目の誕生日、当日。
爆発に巻き込まれて死にかけたため、彼女は少し遅くまで寝ていることになった。
そのおかげか、目覚めは良かった。
しかし、一方の願い事ポケモンの方は、どうも欠伸が多い。マイコもそれを見て、何度も生欠伸をしていた。
「ジラーチ、眠い?大丈夫?」
『ふわあ、何だか眠いね。大丈夫だよ、心配しないで、マイコ』
そう、今日はマイコのバースデイであると同時に、ジラーチが1000年の眠りに入ってしまうその日でもあるのだ。だからジラーチに欠伸が多いわけだ。
「うわあ、快晴だ!よかった、願いが叶った!!」
『今日は夜中に流れ星もいっぱい見られるってテレビで言っていたよ』
「天の川と一緒に!?今日の夜空はきれいだろうね」
マイコは3日目の夜、確かにジラーチに、「誕生日に晴れるように」とお願いしていた。そして、今日、雲ひとつない快晴の空模様だった。
彼女の願いは叶ったのだ。
さらに、彼女にとって嬉しいことが、もう一つあった。
みんなが、マイコのサプライズバースデーパーティーをしてくれたのだ!
場所は願いが丘。昨日のバトルの舞台ではあったが、「千年流星会が壊した場所をきれいに直したい」という願いを受けて、元の美しい場所に戻っていた。
「「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア・マイコ、ハッピバースデートゥーユー!!」」」
誕生会ではお決まりの歌の後、21本並んだ蝋燭を消すマイコ。
「「「誕生日おめでとう!!」」」
「ありがとう、すっごい嬉しい!」
『おめでとう、マイコ!』
「ジラーチもありがとう!」
みんなから祝福されて、マイコはすっかり照れていた。
「それではマイコ、メッセージをどうぞ!」
親しい男の友達に促され、マイコは少し、語り出した。
「正直、この1週間は、色々あったよ。ジラーチが家に来て、買い物とか、大学とか、一緒に行って、すごく充実してた。まあ、誕生日を迎える前に、悪党に殺されかけたけど、……みんな私のこと、心配してくれてた。ありがとう……。」
マイコは話を続ける。
「ジラーチも色々ありがとう。……私なんかみたいな普通の女のところに来てくれたこと、すごく感謝してる。でも、もう、今日、別れなくちゃいけないのは、寂しいよ……」
周りはしんと静まり、しばらくして、拍手が沸き起こった。
そして、そのうちの1人がこう切り出した。
「みんなで写真を撮って、そこからみんなで騒ごうや!マイコも一緒に!」
「みんな揃った!?」
「「「大丈夫!!!」」」
「それじゃあ、ハイ、チーズ!」
カシャッ
カメラのシャッター音が響く。ジラーチも含めた写真は、後で焼き増しを経て、配られるらしい。
そして、みんなビールやらワインやらを飲み、ワイワイガヤガヤ大騒ぎをした。マイコも、カシスオレンジをちびちび飲みつつ、一緒にはしゃいだ。
しばらくすると、星が夜空を一閃した。この時点で気付いたのは少しだけだったが、
「うわ、いっぱい流れ星が!天の川もある!!」
誰かの声にみんなが夜空を見上げた。
そこには、千年彗星の影響なのか、たくさんの流星群が起こっていて、ベガとアルタイルを隔てる天の川に降り注いでいる、神秘的な光景が広がっていた。
「キレイ……」
マイコ達がそれに見入っていると、傍らにいた願い事ポケモンが光り出した。
「ジラーチ!?どうしたの!?」
『ごめんね、マイコ……僕、もう、眠らなきゃいけないんだ……』
タイムリミットは近かった。体がどんどん繭に近くなっていく。
「別れるのは知っていたよ。でも、離れてしまうのは、いやだよ……」
『マイコ、1週間とっても、楽しかったよ』
もうほぼ時間のようだ。
「ジラーチ……1000年後、私の子孫と逢えるかな?」
『分かんないけれど、……僕もそうだといいな。だって、マイコの、子供達は、きっと、優しい人に、なれるはず……だから……』
光とともに、ジラーチが消えていこうとする中で、マイコは叫んだ。
「ありがとう!とっても、とーっても、楽しかったよ!だから、……さようなら、ジラーチ……」
マイコの目からは涙がボロボロ溢れていた……。
マイコにとって、21歳の誕生日前の1週間は、人生の中でかけがえのない出来事のうちの1つに、確実になっていた。
優しく、毅然として、勇敢で、でもどこか頼りがいのない部分もあるけれど、みんなに愛される女、マイコ。
彼女には、きっと、これからも、光り輝く未来が待っているはずだから。
おしまい。
マコです。
ちょっと最後、グダグダな感じになってしまって、申し訳ないです……。
でも、とにかく完結です。
次は、本編でお会いしましょう!
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
部屋の窓から、少女は世界の広がりを眺めていた。そこは標高の高い山の上にあり、ものが皆、静かだった。少女は静かなものは嫌いではなかった。逆に騒がしいものを理解することが出来なかった。そういわけだったのでその少女は、テッカニンよりもヌケニンといることの方が好きだった。
ヌケニンは静かだ。ヌケニンに恋をしていた。今日も彼と一緒に遠くの地平を眺める。
彼はどこを見ているのだろう。何を見ているのだろう。
いつもそうするように、ヌケニンの顔を少しだけ覗き込んでから、彼女はその視線をまた窓の外へと戻す。彼の見ている世界が、どんな世界なのか知る事ができたらな――これまで幾度、そう思ったかしれない。朝も、昼も、夕も、夜も。寝ても覚めても、喉が苦しい時も。
すると彼女の周りで、物体がくにゃりと歪んだのだ。
あれ、周囲の速度がとても遅く感じられる。
太陽がいつもより明るくて、窓の外に見える花々が光に変わっていく。少女の体が少し軽くなった。
あれ、何だかいつもより軽いよ。
全ての現象が光り輝いて見える。珍しいことに、ヌケニンが少女の名前を呼んでいた。彼女はにこりと頷いて、ベッドから下りた。
それから窓を開けて、少女は外の世界へ飛び出した。
今は初夏の頃だったろうか。向こうに咲いているのは、クローバーだろうか。
自然の色彩が真っ白な炎みたいになって、静かに囁くように揺れている。その一つ一つに目を丸くしながら、少女は野原を踏みしめる。
きっとこれが彼の見ている世界なんだ、と少女は思う。
ヌケニンと二人で歩いてゆく。もう重力には縛られていない。
ららら、ららら、歌いながら、少女は谷を下っていく。
これからは、どこへだって行ける。
ららら、プリンみたいに喉が弾んでる。ららら、ららら……。
――その日の午後、病室の窓辺で息を引き取っている少女に気付いて、母親はひどく驚いた。深く眠る彼女の手には四つ葉のクローバーが握りしめられていた。娘が一番苦しい時に、なぜ側にいてやれなかったのだろう。母は声を押し殺して、泣くことしかできなかった。
けれども少女の寝顔はどことなく安らかだった。その寝顔を見ながら、母は娘の頭を優しく撫でる。娘がいつも大切にしていた、モンスターボールの中身がどこにもなかった。
まったく、どこへ旅立ったのやら。
母は少しだけ心配になる。
あの子は昔っから、綺麗なものを見つけると、先々行っちゃうんだから。
最強のポケモンはいないだろう、というのが、今のポケモン研究学会での総意である。
しかしムテヒヌー氏だけは「え? 最強はカイオーガなんじゃないの?」と語る。
最弱説ではあれほど豊かな理論展開を見せた彼だというのに、最強説の方ではなぜだか全く説得力がない。
コイキング愛好協会の会員の一人であり、ミツハニー♂復興委員会の委員の一人でもある、ポケモン博物学者のムテヒヌー・オスカー氏は、過去に二つの論文を発表している。
その論文の一つ目が『コイキング最弱説』であり、これは一時期、ポケモントレーナー達の間で一大センセーショナルを巻き起こしたことがある。今でこそ、この学説は時代遅れのものとなってしまっているが、その当時はとても新鋭的な学説だったのだ。それに、彼の『コイキング最弱説』には、今でも頷けるところが多くある。
当時のムテヒヌー氏はこう語っている。
「……つまり、私が調査した結果、同レベルでのコイキングのバトルにおける勝率は一%にも満たないのです。敗北率は九九・九五%。これは異例の数字と言えます。ではこの敗北率を裏付けるため、まずはコイキングの身体能力から見てみましょう。すばやさに関しては一応目立って良好だと言えますが、それ以外の数値は恐ろしく低いですね。特に、こうげき能力の面が低すぎるので、相手にあまりダメージを与えることが出来ないのです。相手にダメージを与える前に、ころっとやられてしまうというわけです(ここでムテヒヌー氏は黒板に書かれたコイキングの種族値のグラフをバンバンと叩く。このポケモンがいかに弱いかを強調したいのだろうか?)。
しかし身体能力のみに関して言うならば、他にも弱いポケモンは沢山います。キャタピーやビードルを見てみましょう。彼ら虫ポケモンも確かに弱い。しかしやはりコイキングは、この虫ポケモン達にさえよくやられてしまうのです。その理由はコイキングの覚える技にあります。では次にコイキングが覚える技を見てみましょう(と、ここでムテヒヌー氏は、黒板に『たいあたり』、そして『はねる』と順番に書く。特に『はねる』は赤のチョークまで使って、濃い字体で書く。『はねる』の弱さを強調したいのだろうか?)。
まず、コイキングというポケモンは、技マシンで技を覚えさせることが出来ないという点に注意してください。レベルアップでの成長でしか技を覚えてくれないポケモンなのです。それも『たいあたり』だけ。で、コイキングの技の中には、もう一つ、この種族が最初から所有している技があります。これがちまたで『トレーナー泣かせ』とまで言われている『はねる』の技なのです(ムテヒヌー氏は黒板の『はねる』の文字をバンバンと執拗に叩く)」
ここで少し補足の説明を入れる。ムテヒヌー氏がこの事を発表したのは、ポケモンという種が調査され始めた『初代学会』での頃だった。だからこの時はまだ、コイキングが『じたばた』の技を覚える事までは調べられていなかったのだ。この事は後に、コイキング最弱説の反論の一つとして、ジョウト地方のポケモン研究学会から『じたばたが語る・コイキング最弱説への疑問』という論文が提出されている。
では、話をムテヒヌー氏の最弱説の方に戻そう。
「……この『はねる』という技に、どういった機能的な意味があるのかと、私はその研究に、三年の歳月を費やしました。そしてわかった結論なのですが、この『はねる』という技は、ポケモンが扱う技の中でも『ただ無力である』というだけのことだったのです。コイキングのバトルでの敗北率の異常な高さは、この『はねる』の無力さにあったというわけです。キャタピーなど虫ポケモンが使う『いとをはく』は、まだ相手のすばやさを下げるという意味で、戦闘では十分に機能すると言えます。しかしこの『はねる』にはそれさえも一切ない!(バンッと、黒板の『はねる』の文字をムテヒヌー氏が乱暴に叩く。聴衆の一部が驚いて席から飛び上がる)
とにかく無力! 無力なのです!(黒板の『はねる』の文字を、これでもかと叩きながら、ムテヒヌー氏は狂人のように目をぎょろつかせる。聴衆は互いに顔を見合わせ、騒然となる。この衝撃の事実は、すぐに次の日の新聞のトップを飾ることとなった)」
……と、このように展開されたムテヒヌー・オスカー氏のコイキング最弱説だが、時代が進むとともに、この説はだんだん廃れていくことになる。先に述べた『じたばた』の技を覚える件や、コイキング最弱説の反論派としては、他にもこんな見解が出てきたからである。
「コイキングは進化してギャラドスになれるという道がある。そうなれば、一気に強さを増すではないか。ポケモンを語る上で進化は無視できない重要な要素だと思われるが、どうか?」
このポケモンの進化云々の見解に関しては、さすがのムテヒヌー氏も「そうである」と認めざるを得なかった。彼は、彼の自説である『コイキング最弱説』を「うむ、時代は変わったな。私の説はもはや過去の産物である」と自らの手で破り捨てたのであった。そして反論した側の陣営の研究成果を、彼は微笑しながら素直に褒め称えたのだった。ムテヒヌー氏の学説はもはや覆されたも同然だったが、それでも『コイキング最弱説』を生み出した彼の功績は、今でもまだ多くの者達に支持され、称賛されている。
ところが十数年後、ムテヒヌー・オスカー氏がまたもや驚くべき学説を発表した。その学説こそ、彼の発表した二つ目の論文、今なお賛成派と反対派とに別れて、多くの議論が続けられている『ミツハニー♂最弱説』であった。この学説はムテヒヌー・オスカー氏の最大のポケモン研究だ、とまで言われている。シンオウ地方の長期滞在旅行から帰ってきた彼は、それから、三日も経たないうちに、この挑戦的で奇抜な論文を世に公表したのだった。
彼はミツハニー♂がどうして最弱なのかという理由について、まずはコイキングの時と同じように身体能力の低さをあげてから、最後の結論としてこう結んだ。
「ミツハニー♂は進化しないのだっ!(バンッと、彼はこの時もまた黒板を乱暴に叩いた)」
この衝撃の事実は、またもや次の日の新聞のトップを飾ることとなった。
ところが後日、真意のほどはともかく、こんな話があったという。どこかの名も知らぬ子供が、ムテヒヌー氏の自宅をわざわざ訪ねてきて、彼にこのような事を言ったそうだ。
「おじいちゃん、ミツハニー♂は一番弱くなんかないよ」
ムテヒヌー氏は非常な興味を示して、この子供に聞き返した。
「ふむ、どうしてかな? その理由をおじいちゃんに教えてくれるかい?」
「うん。えっとね、カイオーガっているでしょう? すごく強くて最強って言われてるけど、そのポケモンでもヌケニンには負けちゃうことがあるんだよ。でもミツハニー♂はそのヌケニンに勝てるもん。ヌケニンよりも速いし、『かぜおこし』の技だって使えるもん」(補足説明:『かぜおこし』はヌケニンには効果抜群な飛行タイプの技である。したがって、ヌケニンの特性である『ふしぎなまもり』のバリアを貫いてしまえるのだ)
名も知らぬ子供がこのように述べた時、ムテヒヌー氏は明らかに衝撃を受けたような表情を浮かべたそうだ。彼はなぜか突然、涙を流し始めたという。そして目の前の子供にこう言ったとか。
「うんうん、そうだね。確かにヌケニンに勝てるね! ありがとう、ありがとう坊や……!」
ムテヒヌー氏はひどく感動し始めて、その子供に何度も何度も感謝の言葉を述べたという。
「うむ、そうだ! ミツハニー♂は決して最弱のポケモンなどではないのだ! ミツハニーの名はちゃんと上のところに上げてやるべきなのだ! ああ、そうだ! 確かにそうだとも!」
彼は新しい喜びに満ちた顔で、声高くそう言った。しかし、それ以後も、彼が『ミツハニー♂最弱説』を取り下げることはなかった。あの時、ムテヒヌー氏が、どうしてあのように感極まったのかは、今でも謎、彼にまつわる最大の謎とされている。
伝えるところによると、ムテヒヌー・オスカー氏に会いに行ったあの賢い子供は「あのおじいちゃん、甘い蜜と同じ匂いがしたよ」と、ある時母親に言ったそうだ。子供の母は「まあ、それじゃあ蜂蜜がとても好きな方なのね」と、笑ったとか。
それからこの親子はその日の午後、蜂蜜を塗ったパンをおやつに食べて、その夜、一匹のミツハニー♂の夢を見たとのことだ。
ある時、国立ポケモン大学ワンダーフォーゲル部の間で、「我々の国の中で一番険しい山はどれだろう?」という話が持ち上がった。
ある者はこう言った。
「そりゃあ、もちろんジョウトのシロガネ山だろうね。何せ、あの標高を見てみろ。てっぺんに辿り着くまでに、息が切れて、体力がばてちまわあ」
「いいや、違うね。ホウエンのエントツ山だね」
シロガネ山の意見に対して、ある者がこうやり返した。
「いつ噴火してもおかしくない、エントツ山の恐ろしい火口を見てみな。頂上へはロープウェイを使わないと行けないほど道が入り組んでるんだぜ」
エントツ山の意見に対して、ある者がこう返す。
「いやいや違うだろ。シンオウにあるテンガン山だろう。吹雪の吹き荒れる、あのテンガン山の厳しい自然環境はどうだ。雪崩だって少なくないし、遭難者だって続出するんだぞ」
その意見が出たところで、国立ポケモン大学ワンダーフォーゲル部の皆は、一番険しい山はテンガン山なのではないか、という気がしてきた。しかしシロガネ山派、エントツ山派の主張も決して負けてはおらず、皆が納得するような意見はなかなか出てこなかった。
そんな時、ある一人の者がふと気付いた。この話題の中で、まだ自分の意見を一度も発言していない男が一人だけいたのだ。その男に、彼は尋ねてみた。
「なあ、あんたはどう思う? 俺達の国の中で、どの山が一番険しいと思う?」
尋ねられたその男は、ワンダーフォーゲル部の中でも、とても物静かな男だった。彼はもう六年もの間ポケモントレーナーをやっており、今年になってようやくジムバッジを八つ集めることが出来たという。
「……そうだな。私はこう思う」
皆が、その物静かな男の言葉に耳を傾けた。
「私はカントーのセキエイ高原が一番険しいと思う。標高はシロガネ山ほど高くないし、エントツ山みたいな火口もないし、テンガン山ほど厳しい自然環境もないが……チャンピオンロードを通り抜け、ワタルまで打ち破るのは、人によっては一生かかっても登りきることのできない大きな山だろう」
その意見に、ワンダーフォーゲル部の皆が諸手を上げて賛同した。
というわけで、一番険しい山はカントーのセキエイ高原ということになった。
空からスバメが落ちてくる。あのスバメは一体どこからやって来たのだろう。
船の甲板から海を眺めていた旅人は驚いた。
頭上には夏の雲が広がり、その雲が柱のようにどこまでも天の上方へと伸びている。
そういえばこの海の付近には『空の柱』という場所があると聞いたことがある。
それは、まさに空想上のお話の中にある場所で、確かその神話によると、海と大地が激しい戦いを繰り広げた時、雲の中から竜が飛び出してきたというのだ。
落ちてきたスバメを受け止めた時、そのスバメがとても傷付いていたので旅人はまた驚いた。
スバメの胸にはお守りがかかっていた。このお守りを、どこかで見たことがある。
……ああ、確かこのお守りは、今年のポケモンリーグチャンピオンが、自分のポケモン達に持たせていたものとよく似ている。
テレビで見た光景を今でもかすかに覚えている。本当に、瓜二つと言ってもいいくらい、そっくりである。
旅人はもう一度、雲の方を仰ぎ見た。
一瞬、あの雲の中で、稲妻が走ったような光景が目に浮かんだ。
あの雲の中で、砂嵐や吹雪が轟音をたてているような、そんな錯覚が、ふと脳裏をよぎった。
遙かな天上から落ちてきたこのスバメが、神話の時代からの唯一の生還者のように旅人には思えた。
早くちゃんと、元の持ち主のところに返してあげないとな。
腕の中のスバメを見やりながら旅人は考える。
それから彼は、赤ん坊にミルクを飲ませるように、傷付いたスバメにミックスオレを与えてやるのだった。
215番道路を行きつ戻りつする時、誰の瞼の上にも雨の滴がつきささる。
雨音が耳を打ち、全ての生き物はその冷たさを肌で感じ取る。
ところがヌケニンには視覚も聴覚も感覚もなかったので、それらの感触を、生の実感として身に受けることが出来なかった。
しかし、魂の波長は感じ取ることが出来たので、雨の恵みを受ける者達が、どのような幸せを享受しているのか、ということはよく知っていた。
雨乞いをするポケモン達が、どれだけ素敵な音楽を生み出せるのかを、ヌケニンは誰よりもよく知り抜いているのだ。
以前ポケストの方に掲載したものを、ロングの方に再投稿です。
どれも短いお話なので、すぐに読むことができると思います。
面白そうなものからお取りください。
ただ、最弱説と最強説は二つで一つのセットになっております(最強説の方は大したものではありませんが)。
アスカとチヒロを始めとするポケモンレンジャーの一団は、セイゾウの指示のもと、バンギラスデパート駅の入り口からネットレール線内に降りていった。
「チヒロ、あたし達のまだ知らないポケモンが襲いかかるのは間違いないわ。注意しましょう!」
「うん!」
ホームからテレビコトブキ前方向を見ると、さっきのポケモンが多数群れをなして行動している姿がいやでも目に入った。あの奥に地下鉄、そして避難し損ねた乗客が残っているのだろう。
「あの妙な物体はポケモンと見て間違いない。キャプチャ・スタイラーを使えばキャプチャも可能だろう。だがエレキボールやちょうおんぱと言った技で私たちを混乱に陥れると見ていいだろう。気をつけるんだ!」
と、キャプチャ・スタイラーの光に引き寄せられたのか、そのポケモンが1匹、2匹と群れをなしてアスカ達のもとに近づいてきた。
「あのポケモンね!チヒロ、行くわよ!」
「うん!」
同時にほかのレンジャーもキャプチャの体制に入る。
「キャプチャ・オン!」
アスカ達は一斉にキャプチャ・ディスクを飛ばしてキャプチャの体制に入った。だがそのポケモンはエレキボールを放ってキャプチャを妨害にかかる。
本来であれば適当なポケモンをキャプチャしてポケアシストを放てばいいのだろうが、地下鉄構内にそう言ったポケモンはいない。ディスクを操って攻撃をかわしつつ心を通わせなければならないだろう。
未知のポケモンを相手に、レンジャー達も果たして無事にキャプチャできるのか、不安の色を隠せなかった。だがしばらくポケモンを囲んでいくと、いつもポケモン達をキャプチャしているときと同じく白い光の輪が描かれ始めた。やがて光の輪はそのポケモンに取り込まれていき、無事にキャプチャできた。
「キャプチャ完了ね。・・・だけどこのポケモン、やっぱりこれまで見てきたどのポケモンとも違うわ。」
アスカの言う通りだった。異様なまでに黒く光る外郭。そして大きな目に小さな目。さらに羽根までもが妙な生え方だった。これまでに存在が知られているポケモンの総数は600種類以上と言われているが、それらのどのポケモンとも構造的に違うものだった。いや、むしろポケモンと呼べるものなのだろうか。キャプチャ・スタイラーが作動したと言うことを考えると、やはりポケモンと言うことになるのだろうが・・・。
「そうね。明らかにあたし達が見たポケモンとは違うわ。落ち着いたらしっかり調べてもらわないとね!」
「うん。次はいよいよ地下鉄の車両に行くわ。みんな、気をつけましょう!」
アスカがほかのレンジャーに呼びかける。ばらばらに行動していてはさっきの警察隊と同じ運命をたどりかねない。ここはリーダーシップをとれる人間が必要だろう。
そしてアスカ達は乗客が取り残されていると見られる列車に近づいていく。果たして、このポケモン達に襲われた乗客は、無事なのだろうか。
<このお話の履歴>
2011年6月4日、ポケ書内ポケボード・ラティアス部屋にて掲載。
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