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> 一番上のところにあるイラスト……
> 逆転裁判のアノ人に見えてしまった……
その発想はなかったw
一番上のところにあるイラスト……
逆転裁判のアノ人に見えてしまった……
『異議ナシ!』
はい。異議なんてありません。
こんなふにょんは負け組です。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございました……」
これで四勝。負けはない。あと一勝すれば決勝進出サクサクだ。
次の試合のコールはまだないのでとりあえずデッキ調整をしよう。
今日はデッキを二つと、予備のカードを少しばかし持ってきた。主にトレーナーカードをいじるためだ。
デッキを組む時はこれで完璧と思っていても、いざ使ってみると使えそうなカードが邪魔になったりと言うことがカードゲームにはよくある。その点ドロー支援のカードは万能だ。という持論。
「おっす翔、そっちはどうだ?」
恭介が声をかけてきた。
「四勝の負けなし。リーチかかった感じ」
「俺はまだ三勝無敗だわ。一歩遅いなー」
『エントリー番号38と97は試合会場14番に集合してください』
「おっと、それじゃあ後でな」
「おう! 負けんなよ?」
「決勝会場で会おうぜ」
恭介は自分の試合のために急ぎ足で去って行った。
この大会にはうちの借金返済がかかっている。本来はもっとプレッシャーがあっていいはずなんだが、なんだかやってることがポケモンカードなのでそういうものがまるで感じられない。
これはこれでいいのかもしれないが複雑な心境だ。
『エントリー番号36と15は試合会場3番に集合してください』
俺にもお呼びがかかったようだ。さっさと行ってサクッと勝とう。
この大会と公式大会の異なる点を挙げれば、いろんな都道府県の人が参加できることと、当日参加可能と、なにより子供と大人が混ざって戦うところだ。
普通、実力差があるため子供と大人は部門別で分かれているのだが、この風見杯は子供も大人も同じ土俵に立つ。
勝って優勝というよりも大会に出るということがメインのヤツと当たると悪いが楽に勝たせてもらえる。
実際俺の目の前の相手は小学生。楽に決勝に進めそうだ。
「よろしくお願いします」
互いに挨拶を交わし、順番を決めてデッキをシャッフル。カードを引いてたねポケモンをセット。互いにセットしたポケモンを同時にオープンして試合が始まる。
俺の最初のバトルポケモンはノコッチ60/60、ベンチポケモンはヒトカゲ60/60。
一方相手の小学生はバトルポケモンはギザみみピチューM30/30、ベンチポケモンはミミロルM50/50。
「M(ムービー)デッキねぇ……」
ファンデッキだなこりゃ。瞬殺とまでは行かないがこれは楽だな。
「僕のターン。えっと、ギザみみピチューMに雷エネルギーをつけてともだちパーティー発動! 山札から好きだけMとついたポケモンをベンチに出せる!」
ギザみみピチューがおいでおいでしてる。
「ピカチュウM(60/60)とニャースM(50/50)、ポッチャマM(60/60)とパルキアM(90/90)をベンチに出します」
一気にベンチが埋まる。この辺はプレイングが甘い。この後にいいポケモンが手札に考えたときのケアがまるでない。とはいえギザみみピチューのHPが低いためすぐに場が一つ減るという点はあるのだが。
「ドロー! ヒトカゲに炎エネルギーをつけてノコッチのへびどりを発動。カードを一枚引いて終わりだ」
「僕の番だね。カードを引いて、スタジアムカード、ミチーナ神殿を発動!」
3D投影機によって対戦相手の男の子の背後に映画で観たあのミチーナ神殿が現れる。思ったよりも大きい神殿で、それは見るものを圧巻させるほどだ。
「さらにトレーナーカードの命の宝玉を発動! デッキからエネルギーカードを五つまで選択して手札に加える。僕は水エネルギーを三枚、雷エネルギーを二枚手札に加えます。その後五回コイントスをして表の回数だけMと名のついたカードにエネルギーをつけることができる」
「なっ」
なんていう速攻プレイ。しかし相手の山札はすでに十一枚。下手にサーチしすぎるとあっという間に山札が無くなるぞ……。
ところで、この間風見と戦ったときよりこの3Dなんたらマシンは進化している。どの点が進化しているかというと、コイントス機能がついたことだ。
デッキを置くところの傍にあるボタン一つを押すと自動的にコイントスを行ってくれる。イカサマコイントスを使ったコイントスをされることもなく非常に公平なシステムだ。
ウラ、オモテ、オモテ、ウラ、オモテ。つまり相手の男の子は三枚までエネルギーをつけれる。
「パルキアMに水エネルギーを二枚、雷エネルギーを一枚つけます。そしてパルキアMに水エネルギーをつけます。ギザみみピチューMの雷エネルギーをトラッシュして逃がし、パルキアMを新たにバトルポケモンにします」
これは弱ったな。水タイプのカードを出されるのは困る。炎デッキの俺には鬼門となる。
「パルキアMの攻撃! 一刀両断。コイントスをして表ならベンチポケモンにもダメージを与える」
ウラ。かろうじてヒトカゲは無事だった。パルキアMがノコッチに向かって右手を振り下ろす。重低音と共に、モニターのノコッチ10/60にはダメージカウンターが五つ乗った。
ムービーデッキを侮ってました。いやはやヤバいぞ、これは思ったよりも強い。どう対応していこう。
翔「今日のキーカードは命の宝玉!
Mと名のついたポケモンにエネルギーをたくさんつけれるぜ!
命の宝玉 トレーナーカード (オリジナル)
自分の山札から基本エネルギーを5枚まで選択し、開いてプレイヤーに見せてから手札に加える。その後、山札を切る。さらに、5回コイントスをし、表の数だけ自分の「名前にM[ムービー]がつくポケモン」に基本エネルギーをつける。
「よし、準備は万端だ」
「いざ戦地へ! だな。早くしないと時間に遅れるかもしれないから早く行こうぜ!」
「いやいや、予定よりもだいぶ早く動いてるから大丈夫だって。恭介は短気すぎるぞ」
「そういえば翔、お前のねーちゃんは?」
「俺達とは別行動で来るってさ」
「じゃあ百合が駅で待ってるから急ごうぜ」
年明けての一月十日、冬真っ盛りでとても寒い。俺と姉さんが住んでいるボロアパートは冷たい風がよく通る。ストーブを点けないと部屋の中も外も対して差異はない。そりゃそうか。
ボロい反面に駅からは近い。徒歩三分は結構魅力的である。
地下鉄の駅に行くと、チケット売り場で長谷部 百合(はせべ ゆり)さんが待っていた。
長谷部さんはゆったりとした感じの子で、短気な恭介とは逆だ。彼女もポケモンカードをやるらしい。
白い暖かそうなコートに身を包まれていた彼女を見て羨ましいと思った。一言添えると、恭介がうらやましいわけではなくコートがうらやましい。お古のダウンじゃ限界だ。
「おはよう」
いくら身は寒くとも、長谷部さんの笑顔を見ると心は暖かくなる気がする。良い子だ。
「おはよう」
こちらも一言挨拶を返す。
「さて、行くか。忘れ物してない?」
「おう、バッチリだぜ」
「えーと、してないわ」
切符も買ったし問題ない。いつでも行ける用意は出来ている。
休日の朝。平日ほどではないが、社内にはそれなりに人はいる。車内暖房のせいもあるが、人口密度のせいでより暑く感じられる。
当然の如く席になんて座れない。吊り手は満員で、仕方ないから今日のデッキについていろいろ考え事をしていた。隣にいる長谷部さんの少しウェーブがかった亜麻色の長い髪からくる甘いシャンプーの匂いが考え事の妨げとなり、結局ほとんど考えれなかった。
「いつ見てもでかいな」
「こんなところを会場にするなんてさすがは風見だなぁ。ちょっとドキドキしてきたぜ」
「恭介、初戦で負けるなよ」
「翔こそ負けるなよ? なんせお前は……」
恭介は言葉に詰まる。彼なりに気を使ってくれているのだろうか。
「まあ、とにかく頑張れよ!」
大会の会場は、野球の試合でも使われるような大きなドーム。
そのドームにはこの間TECKで使った、3Dマシンが十六台置かれていた。よくもまぁ搬入できたもんだ。
「恭ちゃん、エントリーあっちだって」
当日参加制のこの大会は、ドーム内でエントリーしないと出場できない。まあ普通だが。
エントリー申請をする場所では結構な行列が出来ていた。
「翔くんおはよう」
「おっ、拓哉。調子はどう?」
「頑張れるだけ頑張るよ」
「期待してるぜ!」
拓哉はいつも通りそうだった。向こう側では黒川唯、そして姉さんもいた。
他に辺りを回すと知り合いが何人かいる。こういうところでは誰かがいるということがとても大事だ。
エントリー申請をする場所ではエントリーカードと記念プロモカードが渡される。
エントリーカードには自分の名前、対戦相手の名前、勝ち負けを記入する場所が七箇所あった。七回勝てば優勝なのだろうか。
一方プロモカードはペラップのカード。公式大会ではないのに中々粋なことをしてくれる。株ポケも絡んでるのかな。
大会開催時間になった。檀上で知らないおっさんによる開催宣言の後、TECKのうんたらという演説を聞かされる。TECKの社長が風見のお父さんと聞いたのだが、このおっさんは風見と名乗っていなかったので風見の父親ではないようだ。
スピーチ自体に面白みは一切なかった。だが、おっさんがある程度話きると、ルール説明を始め出す。こっちはちゃんと聞いておかないと。
「諸君が首にしているエントリーカードには勝敗を記入できる箇所が七箇所ある。当然と思うが七回戦える。だが、多少変則的にさせてもらった。よく聞いてほしい。
諸君は『七回まで戦える』。詳しく言うと、五勝すれば決勝トーナメントに進むことができるのだ。つまり負けていいのは二回まで。
そして五勝した人全員が決勝には上がれない。早いもの順、先着十六名までが決勝トーナメントに出場可能だ。
五勝したらエントリーカードをこの壇まで持ってくる。それで決勝進出となる。
戦う相手はスタッフが放送した番号のエントリーカードを持っているもの同士となる。以上」
要するに五勝すれば勝ち。対戦相手はエントリーカードの番号によって決まるとのことだ。
エントリーカードはただの紙だが3Dマシンがバトルを自動処理するらしい。最近の科学の力ってすげー。
それはともかく、さっさと五勝して決勝へ行かなければ。
檀上の傍には風見もいる。その風見もこちらに気づき、ふっ、と笑うと控え室へ去っていった。
風見も大会に出るとかなんとか言ってたのでそのうち会えるでしょう。もし戦える機会があれば……、それはそのときまでの楽しみにしていよう。
翔「今日のキーカードはペラップ!
アンコールの使い方がキーになるぜ!」
ペラップLv.29 HP60 無色 (PROMO)
無 アンコール
相手のワザを1つ選ぶ。次の相手の番、その相手は、そのワザしか使えない。
無無無 みだれづき 20×
コインを3回投げ、オモテ×20ダメージ。
弱点 雷+10 抵抗力 闘−20 にげる 1
夕陽は当たっているが、室内灯が点いていないためやけに暗い。
小さなマンションの五階、そこに一つ小さな声が聞こえる。
「ただいま……」
近づいて聞かないと聞き取れないようなか細い声。しかしその声を聞く相手などそもそもいない。
声の主の藤原拓哉、その母は仕事に出ていた。父は彼の幼い頃に母と離婚し、いわゆる母子家庭。貧困な生活の中、母はいつもパートで家におらず、彼は常に独りぼっちだった。
小、中学校時代共にいじめられたがようやく高校で彼は自分の居場所を見つけた。居場所というのは翔達のグループ。きっかけはずっと独りぼっちだった彼に翔が話しかけたことが始まりだった。
だが、この居場所を失えば今度こそ独り……。
それは彼を押さえつけるある種の呪縛でもある。彼はなけなしの自分の手持ちのお金を全てカードに変え、かろうじてついてきているような状態。翔達のグループはよくカードで遊んでいるためこのような呪縛が本人に植えつけられてしまった。
翔自身は彼がカードを持っていなくとももちろん仲良くするつもりなのだが、拓哉はそれを知っていない。
カードがなくなれば翔達にお払い箱にされ、すべてが破滅、終わりだと思っている。
拓哉の母が稼げど稼げど消えゆく金は、主に拓哉の養育費である。それゆえ嫌がらせも激しい。
仕事で何かある度に、そのストレスは全て拓哉にぶつけられていた。怒鳴り、蹴り、殴り。それら全てが拓哉の感情を不完全にしていった。
本日拓哉は学校の帰り、昼食をケチったお金でカードを買い、それを家で開けることをささやかな楽しみにしてパックを手に持っていた。
母の仕事の帰りは遅いはず。その普段が、安心感が非情を呼ぶ。
部屋へ行こうと廊下を歩むと、リビングの方から本来はいないはずの母がいた。
「おかえり……」
母は拓哉が帰ってきたことに感じる苛立ちをまるで隠さない挨拶を放つ。
「……アンタ、何よそれ」
拓哉が持っていたパックを目ざとく見つけ、取り上げる。
「ぽけもんかーどげーむ……?」
パックを読み上げるとそれを後ろに放り投げ、母は拓哉の服を掴む。
「いい御身分でして!」
拓哉はそのまま後ろに押され、床に倒れこむ。母の怒りは止まらなく、頭を抱えてうずくまっている拓哉に追い打ちをかけるよう蹴りを何度も入れていく。
「アンタ育てるのにどれだけ苦労してるか分かってるの!? アンタにどれだけ金とられてるか分かってるの!?」
声を荒げ、何度も何度も拓哉に蹴りを入れていく。そして蹴られていく度に拓哉の憎悪は拡大していく。
「このゴミっ……!」
と叫び、再び拓哉に蹴りかかろうとした途端。ふと空気の流れが変わった。
「おい……。どっちがゴミか教えてやろうか?」
頭を抱えてうずくまっていた拓哉が、蹴りかかろうとしていた母の脚を掴む。拓哉の真っすぐストレートの髪が、怒りの感情を現わすかのように方々にはねている。
力を入れて脚を掴んでいるためか母は痛がり、狂乱ゆえに声にならない悲鳴を叫び続ける。
「おらぁ!」
そのまま逆に母を押し倒し、母を無視して拓哉は投げ捨てられたパックを拾いに行く。
「アンタ、どうなるか分かってるでしょうね! 私に手を……」
「貴様の運を試してやるよ」
拓哉は母の言葉を流し、拓哉はパックを開封する。
母は拓哉を殴りつけようと近づこうとしたが体が思うように動かない。
拓哉からの剣幕、威圧感が自然に動きを妨げていた。逆光で拓哉の顔はよく見えないが、声は笑っている。
通常、ポケモンカードゲームに入っているカードは十一枚入っているが、拓哉はその十一枚をシャッフルしランダムに一枚抜き取る。
「ほぉ、サマヨールか。当たりだな」
拓哉がサマヨールのカードを母親に向けると、カードが黒い靄に包まれていく。
「さぁ、恐怖に慄け!」
黒い靄は母の手前で止まり、何かを形成していく。モゾモゾと音を立て、カードと同じ絵の───サマヨールが現れる。
拓哉がやれ、と言うと、サマヨールのその両手が母を掴む。するとサマヨール諸共跡形もなく綺麗に消えていく。
母が最後に見た拓哉の顔は極上の悦びに浸っていた顔だった。
翔「今回のキーカードはサマヨールだ!
なんと相手の手札もトラッシュできちゃうカードだ」
サマヨールLv.41 HP80 超 (破空)
超 やみのひとつめ 20
のぞむなら、自分の手札を1枚トラッシュしてよい。その場合、相手プレイヤーも手札を1枚トラッシュ。
超無無 おそいかかる 40+
コインを一回投げオモテなら、20ダメージを追加。
弱点 悪+20 抵抗力 無色−20 にげる 1
「……」
部屋に入るとかばんを投げ捨て、床の上に大の字で寝転がる。
あの借用書はリビングの机に置いてきた。今は何も考えたくない。
これからどうするか。この後どうなるか。カイジみたいにエスポワールにのって限定ジャンケンでもしなくちゃならないのか。
どうやらまだどうでもいいことを考える余裕はあるようだ。
あまりにも非現実的すぎるような気がして脳がどこぞにでも行ってしまったかのようである。でもこれはたぶん行ったきり戻ってこないかもしれない。
ちらと部屋の時計を見ると、もう七時を指していた。かれこれ一時間半以上はぼんやりと打開策がない迷路に迷っていることになる。
そろそろ姉が帰ってきそうだ。両親がいなくなってから、家計を支えてくれた姉が。このご時世に一流の機会、電子企業EMDCに勤めているが不況故、給与も若干の右肩下がりである。
風見が言っていた風見杯。自社製品の宣伝のために賞金つきのポケモンカードの大会を開催すると言っていた。望みがあるとすればそれしかないか……。
ふと玄関の鍵が開く音がする。
「ただいま〜」
明るく元気な声が聞こえてきた。姉の奥村雫だ。
「どうしたの、暗い顔して」
亜麻色の長い髪を巻いている姉さんは巻き毛の部分を指に絡めてクルクルするのが姉さんのクセである。現に今もしている。
俺はそんな明るい姉にどうとも言うことができず、黙って借用書の紙を渡す。間もなく姉さんの表情が一変した。
どんな絶望的な気分でも、誰にも等しく朝はやってくる。今日は朝の明るさがやけに恨めしい。
学校を休んでバイトして、少しでも借金のアテにしたかったのだが姉さんは決してそれを許してくれなかった。こっそりバイトしてお金を稼いでも、姉さんは受け取ってくれそうにもない。
せめて学校では明るく振舞おうとしてもうまく笑顔が作れない。
だからと言って借金のことを話し、同情されるのも嫌だ。我ながら自分の気持ちに整理が行ってない。
「おう。翔」
「よっ」
愛想良く振舞っているつもりでも、精彩に欠ける。恭介もそんな俺を不審がる。
「オーラが死んでるぞ。なんかあったのか?」
「まあいろいろな」
「そうか……。まぁ頑張れよ」
恭介は戸惑った顔を作ったが、そのまま何も聞かずに席についてくれた。こういう気遣いこそがありがたいということを痛感せざるを得ない。
当たり前のように授業には集中出来ず、周りも怪しがっていたがぎこちなく笑うのが今できる精一杯だった。
昼休み、なんとなく風に当たりたくなって、普段は利用しない屋上に上がることにした。
屋上は昼休みのみの開放スペースで、俺以外にもたくさんの生徒がそれなりに広い屋上でお弁当の包みを広げていた。
いつもは教室や食堂でみんなでワイワイ食べているのだが、今日はそんな気になれずに一人ベンチに座り、ぼんやりと虚空を見つめていた。
「おい」
誰かに声をかけられる。振り返ると、風見が立っていた。
「お前らしくないな」
「そんなこと言うほど俺のことを知っているわけでもないだろう」
「それもそうかもしれないな」
風見が妬ましい。親がTECKの社長ってことは間違いなく裕福な家庭に生まれ、そりゃあ苦労とかはしただろうが破滅的危機には遭遇していないと思う。俺のようなスレスレ、ギリギリな生活を送っていない。……だろう。
「で、何の用だ」
「昨日言っていた風見杯についての資料だ」
透明なA4クリアファイルが手渡される。中には言われた通りの資料が数枚入っている。
「お前は俺を倒した程のヤツだ。これくらいの大会で負けてもらっては困る。見ればわかるが、風見杯の賞金は破格の五百万だ。TECKもTECKで全力でかかってる」
基本的に大会の概要に関する資料だった。基本概要、開催日、開催場所、募集要項、レギュレーション、ジャッジ、大会ルールなど。
ハーフデッキの大会か。だがどんなヤツであっても必勝などはない。大会経験の少ない俺としては怖いんだ。
「このようなところでお前のようなやつが終わってもらっては困る。必ず勝て!」
そんな心を見透かした風見の喝が俺に飛び込む。俺を見る眼差しは真剣そのものだった。こいつは本気でそう言ってくれている。
そこまで言うと風見は踵を返し、屋上を去ってゆく。口では言えなかったが心の中で風見の叱咤激励と、俺に希望をつなげてくれたことを感謝する。
ふとポケットにしまってあったデッキを見ると、一番上にあったバクフーンのカードまでもが俺に叱咤激励をしてくれるような気がした。
翔「今回のキーカードはバクフーン!
気化熱は水タイプに有効なワザだ。
俺のお気に入りのカードだぜ!」
バクフーンLv.46 HP110 炎 (DP2)
ポケパワー たきつける
自分の番に1回使える。自分のトラッシュの炎エネルギーを1枚、自分のベンチポケモンにつける。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
炎炎無 きかねつ 60
相手の水エネルギーを1個トラッシュ。
弱点 水+30 抵抗力 − にげる 2
冬の空気は凍てつき寒く、息を吐けば白くなる。手袋やセーターの着用が目立ち、そして迫りくる来年へと世間はせわしくなっていた。
うちの高校は期末考査が終わり、言わずとも残念だった人や普段の勉学の成果が出た人など大きく分かれた。
恭介はかなり底の方の成績だったが、俺が指導することによってなんとか平均点に近づいてきた。
文理分けもそろそろ始まり、俺も恭介も共に理系に進むことに決めた。ただ、変わったことはそれだけではなかった。
この間の対戦の後、風見が再び学校に来始めた。そして少しずつではあるが俺たちと打ち解けて来るようになったのだった。
性格も喋っていると意外とフランクなことも分かった。周囲は今までずっと独りだった風見が俺らのグループに入ってきたという大ニュースに驚きを隠せないでいた。
試験も終わり、再びカードゲームで遊び始めた俺ら。あと一週間とちょっとで冬休みだが、それが近づくごとに様子がおかしくなる奴がいた。
彼の名前は藤原拓哉。ほとんどのやつは拓哉とか藤原とか普通に名前を呼ぶだけである、やや地味な男友達。ただ、男の割には銀色の綺麗な髪を腰ほどまで伸ばしていたり、その柔和な笑顔から女の子に間違われることも多い。
性格は非常に引っこみ思案で、揉め事などが苦手で一歩後ろを歩いてくるような感じである。カードをあまり持ってなく、四色混合デッキとかなり暴挙に出ていたりする。俺もカードを譲ってあげたことが何度かある。余談だがムウマが好きなそうだ。
で、その拓哉の調子が変なのだ。どう変かと言うと、やけに何かを気にするようそわそわしている。俺達がいくら訪ねても「何もないよ」と誤魔化しているのだが。
よそ様のことであるのであまり深追いしないようにしているのだがどうしても気になる。
だが、他人の心配をしていられる暇はなかった。
珍しく風見と二人っきりで喋りながら帰っていた時のことだった。本来風見と俺は全然違う方向なのだが、用があるとのことで共に歩いている始末である。うちのボロアパートのそばまで来たとき、大きな体格でいかつい顔をした男が一人。そしてその後ろにやや細めのひょろい男が一人いた。
こちらを見るや否や近づいて来る。え、そんな変なことしたっけ。俺の目の前まで来ると大柄ないかつい男の方が声をかけてきた。
「君、奥村昌樹さんの息子さん?」
奥村昌樹とは俺の父の名前である。俺の両親は三年前、飛行機の墜落事故で命を落とした。現在は社会人である姉に養ってもらい、なんとか二人で暮らしているのである。死んだ父に用があるのだろうか。
「はい、そうですけど」
「昌樹さんは今いるかな?」
見た目のいかつさとは違って割とジェントルマン。もしかして昔の知り合いとかか?
「いえ、三年前に飛行機事故で……」
俺が表情を曇らせると、相手もそうか、と一つ呟く。
「そうかそうか、すまないな」
男は遠くを見るような眼で俺を見る。
「あまり子供に対して言うのは気が進まないが」
そう言うと、男は持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。そこには「借用書」と大きく書かれている。
「君の伯父さんが、一年前に借金をしたままなんだ。ところが夜逃げされてねぇ。悪いけど、保証人のお父さんの御子息である君に払ってもらいたいんだ」
冬なのに冷たい汗が背中を流れた。思わず頬をつねるが、手渡された借用書には変わらず五百万とかかれていた。
「俺は未成年の、こっち系でないヤツにこんなことをするのは嫌いだが、こちとら仕事なんでね。悪いけど頼むよ」
男が俺の肩をやさしく叩く。細い男は大柄な男の後を追うように去って行った。
取り残された俺は渡された借用書を持ったまましばらく動けない。どうしてこうなるんだ。膝ががくがく震え始めた。
「翔」
後ろにいた風見の手が俺の左肩に置かれる。
「聞け、翔。運が良いのか悪いのか、タイミングだけは非常にいい。TECK主催のポケモンカードゲーム大会の風見杯。これが一月に行われるのだが、この大会で優勝すればちょうど五百万の賞金が出ることになっている」
黙ったままの俺に風見は話を続ける。
「この大会はこの間俺とお前で使った3D投影機のプロモーションも兼ねていて、それなりに提供も多い。人数を集めるためにさっきも言ったが優勝者には賞金を出している。翔、お前は風見杯に出ろ」
「……」
もう何が何やらわからず頭がパニックを起こしている。もはや今持っている紙が何を示しているのか、風見が何を言っているのかもう分からない。
「……とりあえず詳しいことが決まり次第教えるからな」
風見は一切動かない俺を見つめていたが、やがて踵を返して立ち去って行った。
翔「今回のキーカードはムウマ!
相手がねむりならばこいつは一気にキラーカードになるぜ!」
ムウマLv.19 HP60 超 (破空)
─ こもりうた
相手をねむりにする。
超 あくむのうたげ
相手がねむりなら、相手に50ダメージを与え、自分のダメージカウンターを5個とる。相手がねむりでないなら、このワザは失敗。
弱点 悪+10 抵抗力 無−20 にげる 1
突如翔に借金を突きつけられるも、風見によって賞金つきの風見杯の存在を知り、それに挑むことになる。
風見杯の真意とは、そして翔の前に立ちふさがる敵とは……。
驚くべきか、前回のときとゲーム進行はほとんど同じであった。
ノコッチが倒れ、ガバイトも倒れ、俺のベンチはフカマル50/50とパッチール70/70とオドシシ70/70。風見のバトル場はダメージを受けたマグマラシ40/80とベンチのモウカザル70/70。
そしてガバイトが倒された俺はベンチからポケモンを一体選ぶことになる。
前回はパッチールを出していたな……。そしてわざとデッキの下に置いたガブリアス130/130を回収していた。
だが俺はそんな勿体ぶった行動はしない。手札にガブリアスをキープしておく。
「俺はフカマル(50/50)をバトル場に繰り出すぜ」
「っ……!」
風見の表情にようやくアクションが起きる。驚いたような、笑ったような。だが風見のような人間だと俺を小馬鹿にしたようにも見える。
「俺のターン。ドロー! フカマルを進化! 現れろ、ガバイト(80/80)! そしてガバイトに炎エネルギーをつけてバトルだ。不思議なてかり!」
このワザはコイントスをしてオモテなら、相手のポケモン一匹にダメージカウンターを四つ乗せ、ウラならガバイトのダメージカウンターを四つ取り除く効果のワザだ。効果のためにコインを放つ。何回転もしながら宙を舞い、カタンと音を鳴らしておちていく。
「オモテだ。マグマラシに40ダメージ!」
「ぐう!」
HPが0となったマグマラシはその場にバタリと力なく倒れる。
「サイトカードを一枚ひくぜ」
「俺はモウカザル(70/70)をベンチからバトル場へ出す」
……。ヤツは次のターン、必ず進化させてくる。フレアドライブが来たらガバイトは一発でやられてしまう。
しかし風見はフレアドライブを使えない。なぜならモウカザルにエネルギーがまだついていないからだ。フレアドライブは炎エネルギーを二つ要求するワザ。そのため、エネルギー一つで打てる流星パンチしかできない。
それでもコイントスを三回連続で成功されたら勝ち目はなくなってしまう。ここからは運次第だ。
「俺のターン、ドロー。ふん、モウカザルをゴウカザル(100/100)に進化! さらに炎エネルギーを手札からつけて攻撃する。流星パンチ!」
流星パンチは裏が出るまでコイントスをして、そのオモテだった回数×30ダメージを与える高火力の技だ。
モニター越しに風見の手元を見る。オモテ、オモテ、ウラ。
「ふん、二回だけか。まあいい。行け、ゴウカザル!」
風見は露骨に不満そうな顔を見せた。それに構わずゴウカザルはガバイトにスピードをつけたパンチを二発繰り出す。後方まで飛ばされたガバイト20/80だったが、それでも立ち上がる。HPが少ないとはいえ、残ったものは残ったんだ。
「20だけ残ったか……。ターンエンドだ。しかしHP20なぞ直に吹き飛ぶ数値だ!」
手札にはガブリアスのカード、そしてガバイトには水エネルギーがついている。
「今のターンで俺を倒しきれなかったのを後悔するんだな! 俺のターン、ドロー! ガバイトを進化させる。こい、ガブリアス(70/130)! さらにガブリアスに水エネルギーをつける!」
「何っ!?」
風見は余程驚いたのか声が若干上ずっている。しかしもう驚くのはこれで終わりだぜ。
「これで決まりだ! 行けっ、ガブリアス、竜のキバ!」
ガブリアスがゴウカザルめがけて走りだす。
「ガブリアスのポケボディー、レインボースケールは、このポケモンにエネルギーと同じタイプの弱点を持つバトルポケモンにワザによるダメージを与えるときに技の威力を+40するポケボディーだ。よってガブリアスがゴウカザルに与えるダメージは70+40=110ダメージ!」
ゴウカザル0/100はガブリアスの攻撃を受けると宙を舞い、その場に崩れ落ちる。俺が最後のサイドカードをひくことによって、3D映像のポケモン達は消えていった。
「馬鹿な……!」
「翔すげえ! よくやったな!」
信じられない風景を見たかのように唖然としている風見とは対照的に、恭介は目を輝かせ嬉々としていた。
「そんなコピーデッキで勝てると思ったか」
うなだれる風見のそばに行き、俺が言い放つ。
「とりあえず、これはお前のデッキだ。返すぜ。このデッキをどうするかはお前次第だぜ。……どうして負けたか、よく考えてみな」
黙ったままの風見の傍らにデッキをそっと置き、俺達は静かに去っていく。
「それにしてもやっぱすげーバトルだったな。俺もあれぐらいのバトルができるようになりたいぜ」
TECK本社ビルを出て、バスに乗って帰路へ。バスの中では恭介が興奮が冷めないまま大声で話していた。
「よし、それなら俺と練習でもする?」
「OK! 今度こそ負けないぜ!」
自分自身とデッキ信じる気持ちと諦めない気持ちが大事なことを、風見はあの勝負を通じて分かってくれたのだろうか……。
今はそれを考えても仕方がない。とにかくポケモンカードを楽しむだけだ!
翔「今回のキーカードはガブリアス!
強靭なHP、そしてにげるエネルギーは0だ。
エネルギーさえ合えば、一回の攻撃で110のダメージになるぞ!」
ガブリアスLv.66 HP130 無 (DP2)
ポケボディー レインボースケール
このポケモンが、このポケモンのエネルギーと同じタイプの弱点を持つバトルポケモンに、ワザによるダメージを与えるとき、そのダメージは、すべて「+40」される。このボディーは、このポケモンに特殊エネルギーがついているならはたらかない。
無無無 りゅうのキバ 70
弱点 無+30 抵抗力 ─ にげる 0
期末テストまで二週間となり、そわそわしてきた生徒たち。
掃除も終わり、放課後となった教室には自主的に残る生徒が複数いた。もちろん、俺も恭介も残っている。
俺はさっさと帰りたいのだが恭介が残りたいというので仕方なく俺も勉強している。
そう、勉強しているはずなのだが、教室に先生はいないため軽い雰囲気が生まれて自由に会話している生徒が大半だった。
だが扉に音があると皆は背筋を急に伸ばし、いかにも「勉強してます」を装うとする。
また扉に音が。皆して机の上に適当に置いてあった問題集に向かう。
扉が開く。だが、いつもの担任教師ではなかった。俺らと同じ制服姿の風見雄大だった。
「奥村翔、お前に用事がある」
「良いところに来たな。実は俺もお前に用事があったんだ」
机の上にまとめてた物をさっと鞄に詰め込む。人によってはぶち込むとも言う。
椅子から立つ間際、隣の席の恭介に囁く。
「風見がリベンジを挑みにきたそうだ。もちろん来るよな?」
「……。仕方ないな。言ってやろうじゃねえか」
「なんでそんな上からなんだよ。それにどうせあんまりはかどってないんだろ。応援しか役目はないけど頼むぜ」
「うるせぇ。さっさと行くぞ」
嫌味を言ったせいか鞄で小突かれた。膝はやめろ。
再び来ましたTECK本社前。しかし何度見ても首が痛くなりそうな高さのビルだ。作るのにどれだけの時間とお金がかかったのだろうか。
風見の後を追い、前回と同じ手順で同じフロアに着く。三人とも終始無言なのが気まずいを通り越して苦痛だった。
「ここに来たことはどういうことか分かっているだろうな」
「もちろんだ。勝負を挑まれて断ることなんてしないぜ。相手が誰だろうと」
「俺は……。お前に勝つために日を費やしてきた。そのリベンジだ」
ここで一つの憶測が生まれる。まさか、ずっと学校休んでたのはこのせいなのか?
「それもいいんだが、忘れモンだ」
鞄からデッキケースを取り出す。そこに入れていたのはこの前の戦いで、風見が置き去ったガブリアスのデッキ。俺の用事はこれを返すことだ。しかし、風見に渡そうとするやいなや。
「その雑魚デッキにもう用はない。くれてやる」
まるでただのゴミを捨てるような言い方だった。それが許せない。
「お前……。それでもポケモンカードが好きなのか? 自分が折角作ったデッキをそんな捨てるようなこと……」
「負けたデッキに用はないと言ってる!」
「それは聞き捨てならないな。負けたデッキに用はない? 勝つだけが全てじゃないんだぜ」
「いいや勝利だけが全てだ!」
「……。言っても仕方ない、か。それに勘違いしているかもしれないがこのデッキは強いよ。俺が証明する」
そこまで言うのなら。風見はそう一息置く。
「ならばその雑魚デッキで俺に勝ってみろ。もしも勝てたら俺がそのデッキを取り戻してやろう」
えー、なんかおかしくない? あまりにも上からすぎない? 少し妙なことになった。が、まあそれでも十分だ。俺は風見にカードのことをもっと想って欲しい。負けたからカードを破棄なんて許せない。
互いに対戦場に向かいあい、デッキをシャッフル。そして手札を引いてポケモンをセット、さらにサイドカードを順にセットしていく。
「さあ、勝負だ!」
俺と風見のリベンジマッチが始まる。裏側だったカードが表側となり、3Dとして目の前に現れる。
と、同時に心配そうな声でそばにいた恭介が俺に向けて声をかける。
「……。おい、翔もしかして」
「ああ。そのもしかしてかもしれない」
俺のバトル場はオドシシ70/70、ベンチはフカマル50/50。
そして風見のバトル場はノコッチ60/60、ベンチはヒノアラシ60/60だった。
「俺のコピーデッキ……?」
翔「今日のキーカードはフカマル!
進化すれば超強力カードのガブリアスになるぜ!」
フカマルLv.9 HP50 無色 (DP2)
無 つきとばす 10
相手を相手のベンチポケモンと入れ替える。入れ替えるベンチポケモンは相手プレイヤーが選ぶ。
弱点 無+10 抵抗力 なし にげる 1
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