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今日の天気は晴れ。所謂秋晴れで、非常に清々しいし心地が良い。
と言ってももうすぐ秋も終わり、長く寒い冬に入る。マフラーどこにしまってあったか思い出さなくちゃあならないな。
学校に登校して教室に入ると、相変わらず固まったグループで他愛のない話を繰り広げていた。
男だろうが女だろうが、やはり気が合うやつ以外とはつるむ気がないようだ。この一体感のないクラスがうちのクラスらしいといえばそれまで。
「恭介おはよう」
背後から声がかかる。俺の大事な親友の奥村翔だ。
うちの高校は進学校なのだが、それをトップくらいで合格して授業料等免除の待遇を受けている。うらやましい限りだが、きっと見えないところで努力をしているのだろう。水鳥みたいな感じだ。ほら、見た目のんびりしてそうだけど水面下で足をめちゃくちゃバタバタしてるっていうやつ。
「デッキ作れた?」
それにこいつは頭がいいと共にゲームの才能もある。3Dアクション以外では翔にゲームで勝てたことさえない。
デッキの方はもちろん昨日は小遣いを全て使い果たしてカードを買い、デッキを組んでみた。かばんの中のデッキケースに入れてある。
「おう。おかげでなかなか寝れなかったぜ」
「早速やろうぜ!」
めっちゃくちゃ良い笑顔じゃん。
ふと背後から肩をたたかれる。
「おい長岡、聞いたか? 転校生が来るって」
俺と親しいクラスメイトが話しかけてきた。どこでその情報をつかんだのだろう。胸が熱くなるな。
「男!? 女!?」
「そこまでは知らないなぁ」
「というよりなんでこんな時期」
「引っ越しか何かじゃないの?」
翔はあまり興味なさげに呟く。
「さぁ、転校生が来るしか聞いてないからなぁ」
とりあえず謎の転校生ということで話がまとまった。まとまってないな。
チャイムが鳴り、皆席に着く。風見は案の定休みだ。無断で休んでいるらしいが、連絡くらい入れやがれ。担任教師が入ると同時にもう一人の影が教室に入る。
「おおおお!」
と同時にクラスの男子からざわめきが起こる。入って来た生徒はもちろんのこと転校生だが、背が高くスタイルもよく、長い黒髪をポニーテールにしている。もう美人と褒めたたえるしかなかった。目つきがきついのが気になるが。
「恭介、顔がにやけすぎ」
「仕方ない仕方ない」
「百合ちゃんがかわいそうだろ」
「大丈夫だ」
百合ちゃんというのは俺の彼女の長谷部百合(はせべ ゆり)。隣のクラスにいる娘だ。きっといつか説明するときがあるだろう。
「えー、この度転校することになった、黒川唯さんだ」
「黒川唯(くろかわ ゆい)です」
黒川唯さんはクラスを見回してから礼をする。
「そのあいてる席に座ってくれ」
おおっ、結構近いぞ! フラグが立ったかな?
「ん……?」
翔が小さく声を出す。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
「なんだよー紛らわしい」
休み時間、唯ちゃんのそばにはひとがたくさん集まってきた。満員御礼ですが、俺達の席も相当圧迫されている。俺は近くから唯ちゃんを見れるからいいものの翔はウンザリした表情を浮かべていた。
これが昼休みにもなるともっと人が集まって厄介。押し合い押し合い。俺も苦しい。ウゲッ、今蹴ったやつ誰だ。
でも予鈴と同時に帰って行く。昼休み後に俺らの教室である英語の授業の先生が怖いだけに違いない。
他の奴らがいなくなった後、翔が唯ちゃんに話しかける。
「お前、ポケカやってるだろ?」
常に目つきが鋭く、いつも誰かを恨んでるのか睨んでいるのかしてるように思えた唯ちゃんに驚きの表情が走る。
「どうして唯ちゃんがポケカやってるって分かったんだ?」
このセリフは俺。だが、このセリフを言ったと同時に唯ちゃんにすごい勢いで睨まれた。ちゃん付けそんなに嫌だったか。
「勝手にちゃん付けするな」
「はぁ」
怒られてしまったけど悪い気はしないぞ! 構ってくれてるだけでうれしいのだ。
「はっ、なんだその返事。で、ポケカやってるのが分かった理由は、黒川のブレザーにポケカの袋のゴミがついてる。破空だな?」
よく見ると本当に少しだけついてた。よく分かるな。唯も少し動じていた。
「で、私がポケカやってるのがどうした」
「こいつとポケカで勝負してくれないか?」
翔がトンと俺の肩を叩く。そして唯と目が合う。いつもの睨んだような目つきではなくて人を観察する目つきだった。
「そうね。……いいわ」
「じゃあ放課後、駅のそばのミスドで勝負だ」
学校から駅までは歩いて五分となかなかである。そして大きめの駅の地下にあるミスド。邪魔するような人はなかなかいなく、カードやるには絶好の場所だ。
ふと思えば唯は先ほどまでの堅苦しい表情が消えている。そして翔も満面の笑みになっている。
似た者同士……?
翔は普段は割ときついところもあるが、遊びになると精神年齢が十歳ぐらい若くなったかのようにはしゃぎまくる。唯も先ほどまで他人を睨むような感じだったのが目が笑っている。
「さて、見さしてもらうぜ」
翔がハニーチュロスを口に入れながら言う。俺達は互いにデッキをシャッフルする。
ハーフデッキルールなのでサイドカードは三枚だ。サイドを出して手札を……。うーん、たねポケモンが一匹だけか。しかもビリリダマ50/50。HPは高くない。
仕方ない。ビリリダマを裏伏せにしてバトル場に出す。どうやら唯もたねポケモンは一枚しかないようだ。バトル場にポケモン一匹をセットするだけだった。
「よし、じゃんけんほい」
俺がグーで唯がチョキ。
「もちろん俺が先攻だ」
初めてのポケモンカードゲーム。翔とちょっと練習はしたが本格的な勝負はこれが初めて。どうやら唯のポケモンはバトル場のヤミラミ60/60だけのようだ。
「俺のターン!」
「その前にヤミラミのポケボディー発動」
「へ?」
「ポケボディー、いさみあし! 対戦スタート時にオモテにしたバトルポケモンがこのポケモンならジャンケンで負けていても私が先攻になる。よって私のターン、ドロー!」
「ええええ!?」
「よって私のターンから。ドロー。アブソル(70/70)をベンチに出してトレーナーカード発動。ポケモン入れ替え。これでアブソルとヤミラミが入れ替わりアブソルがバトルポケモンよ。そして悪の特殊エネルギーをアブソルにセット」
なんだそれ聞きなれないエネルギーだ。
「悪の特殊エネルギー?」
「悪の特殊エネルギーが悪タイプのポケモンについているとワザのダメージがプラス10されるのよ」
ビリリダマのHPはわずか50だがアブソルのワザの威力はたったの10。+10されても20なので3ターンはもつ。問題ない。
「それだけじゃ勝てないぜ」
「アブソルの攻撃、襲撃! このワザのダメージはこのアブソルを場に出したターンだけ40になる。そして悪の特殊エネルギーの効果によって50!」
「は!?」
思わず声がひっくり返る。客の視線が俺に向く。顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。
「ビリリダマはきぜつ。あなたのベンチにポケモンはいないから私の勝ちね」
唯はそう告げるとカードを直してさっさとミスドから去って行った。
ハニーチュロスを食べ続けている翔とふと目が合いしばらく見つめあってしまった。
翔「今日のキーカードはアブソル。
奇襲をかけて攻撃だ! エネルギーひとつで40の高火力!
二ターン目以降はベンチに戻してやれよ!」
アブソルLv.31 HP70 悪 (DP3)
無 わざわいのかぜ
相手の手札から、オモテを見ないでカードを1枚選び、トラッシュ。トラッシュしたカードが「トレーナーのカード」なら、さらに1枚トラッシュ。
悪 しゅうげき
このワザのダメージは、この「アブソル」を手札から場に出した番だけ、「40」になる。(対戦のスタートのときに出していた場合は、そのまま。)
弱点 闘+20 抵抗力 超−20 にげる 1
昨日の戦いを思い返す。そして調べた。
家の中にある全てのカードを探して作り上げた。これで、もう……負けない。
「もうちょっとで終わるぞ。今度はポケモンチェックと特殊状態だ」
「ポケモンチェック?」
「ポケモンチェックの話をするには先に特殊状態から説明するべきだ。まず、特殊状態には主に五種類ある。『どく』、『やけど』、『ねむり』、『マヒ』、『こんらん』の五種類だ」
「ゲームだと『こおり』とかいろいろあるのにないの?」
「残念ながらないんだ。よいしょ」
ダメージカウンターを入れてるケースからいろいろマーカーを取り出す。
「まず、『どく』からだ」
そういって俺は「どくマーカー」を取り出す。かわいらしい(?)髑髏さんのマークだ。いや、俺は髑髏だとかはそんなに好きじゃないけど。
「どくになったポケモンは、目印としてどくマーカーをカードの上に乗せるんだ。どくになったポケモンは、ポケモンチェックのたびに10ダメージを受けるんだ。どくのポケモンは、攻撃できるし逃げることもできるんだ。どくは他の特殊状態と重なるが、どくにどくは重ならないぜ」
「どうやったらどくが治るんだ?」
「いい質問だ。ベンチに戻るか、進化やレベルアップをするか、トレーナーカード等を使うかだ」
「じゃあどくになればすぐ逃げればいいんだな」
「まぁそれが最善の一手になる場合もあるな」
恭介はどくマーカーをつまみあげて観察する。なにもねーぞ。
「今度は『やけど』だ」
今度はばんそうこうが二つバッテン印を作った、やけどマーカーを机の上に置く。
「やけどはやけどマーカーをカードの上に乗せる。ポケモンチェックの度にコイントスして、裏なら20ダメージを受けてしまうんだ。あとはどくと全く一緒」
「ダメージが違うだけか。攻撃も逃げたりも出来て、ベンチに戻ったりレベルアップや進化したら回復するんだな?」
「だな。親友として、お前も物理がそれぐらい理解度よければなと思うぜ」
「まったくもって余計な話だぜ」
恭介の表情が普通に曇る。クソ野郎と言わんばかりだ。
「今度は『ねむり』。厄介な特殊能力だ」
適当にカードを選び……。こんなもんかな。カモネギだ。カモネギを机の上に置く。
「ねむりのポケモンは───」
「ねむりマーカーか?」
「それがないんだぁ。ねむりの目印には、カードを横にするんだ」
ほらクイッとな。カモネギを横にする。
「一応、左右どちらでもいいんだが左向けに横にするのが一般的。ねむり状態だと、攻撃も逃げることもできない。だが、『どく』と『やけど』以外の特殊状態とは被らないのが救いだ」
「進化とレベルアップとかで治るんだな?」
「ああ。もちろん、ポケモンいれかえ等でベンチに戻っても回復する。そしてこっからだ。ポケモンチェックの度にコイントスをする。表ならねむりは回復するが、裏ならねむり状態のままだ。これ、大事」
「裏が出続けると何もできないってわけか」
「そう。次は『まひ』。一番うざったい特殊能力」
カモネギを正位置に戻す。当然正位置だ。
「まひになったら、やっぱり横にする」
カモネギも忙しいだろう。再びクイッ。ただし、横にする方向はさっきと逆。
「これも横にする方向はどっちでもいいんだ。右が一般的だが。マヒは、ワザを使うこともできず、にげれない。『どく』、『やけど』とだけ被るのは『ねむり』と一緒」
「ふむ。戻るのはねむりと大体一緒?」
「察しがいいぜ。コイントスで回復する以外は一緒。マヒは、自分の番を一回すごしたあとのポケモンチェックで自動的に回復するんだ。絶対足止めを食らう、厄介な特殊状態。次」
カモネギをまたまた正位置に。
「最後は『こんらん』。あんまし見ないな」
カモネギを逆位置にする。これが最後だ、お疲れ様。
「今度は目印としてさかさまにする。こんらんのポケモンが攻撃するときは、コイントス。表なら攻撃は通るが、裏なら失敗。そして自分に30ダメージ。あと、逃げれて『どく』と『やけど』と重なる」
「30っておっきいな。戻るのはレベルアップと進化とベンチに戻るときだけ?」
「そう。じゃあさっきから言ってたポケモンチェックの話するぜ。自分の番と相手の番が終わった時に必ずあるんだ。以上」
「じゃあ、自分の番の次はポケモンチェック、そして相手の番でそれが終わればポケモンチェックで自分の番で……ってことか」
「そうそう。そのときに各状態異常の処理するんだ。質問あるか?」
「特にないな」
「それじゃあ最後だ。対戦のスタートと自分の番について」
「待ってました」
わざとらしく恭介は拍手する。
「まず、対戦相手と握手。礼儀は大事。そんでデッキをシャッフルしてセット。そのまま最初に七枚ドロー。これが最初の手札ね」
「多いな」
「割とすぐなくなっちゃうもんだよ」
「そんなもんなのか」
「ああ。で、手札からたねポケモンを一枚選んでウラにしてバトル場にセット。バトル場にいるポケモンはバトルポケモンって呼ぶんだ」
「もし手札にたねポケモンなかったら?」
「手札を相手に見せて、手札を全てデッキに戻してシャッフル。そして再び七枚ドロー。以降ループ。このとき、相手は後でもう一枚ドローできるから、できるだけ最初の手札でたねポケモンを揃えたい」
「なるほどね」
「手札にまだたねポケモンが残ってたら、五枚まで選んでベンチにセットができる。強制じゃないよ。これ大事」
「ふむ」
「そしてサイドカードをセット。三十枚デッキなら三枚、六十枚デッキなら六枚だ。ちなみにさっき言った、『相手は後でもう一枚ドロー』はこのタイミングな。これ逃すとドローできなくなる。そしてじゃんけん」
「勝ったら先攻後攻を決めれるんだな」
「いや、勝ったら強制的に先攻」
「珍しいな」
「ああ。そしてゲームスタート」
「やっとか」
長かったなあ、と恭介が。まあそこは同調する。
「自分の番にできること。まず、一番最初はドロー。一枚だけだ。二枚ドローしたら反則」
「それぐらいはわかる」
「自分の番に山札がなくてカード引けなかったらそこで『負け』。もちろん、ドローは強制な」
「普通だな」
「自分の番にできることを説明するぞ。たねポケモンのカードをベンチに出す。ベンチはスペースが五つしかないからな。空きがなければ出せないぞ。続いてエネルギーカードをポケモンに一枚つける」
「一枚だけ?」
「そう。何枚もつければ強すぎる。エネルギーをつけるのはバトルポケモンでも、ベンチポケモンでもどっちでもいいぞ」
「ふむふむ」
「次はポケモンを進化させる。進化させる時は、手札の進化ポケモンのカードを場にいるポケモンに重ねるんだ。場に出したばかりのポケモン、この番に進化させたばかりのポケモンは、同じ番のなかですぐに進化できないから注意な。それをクリアしてれば何回でも進化可能だ。進化したら進化前のポケパワー、ポケボディーは無効。きのみやどうぐも無意味になる。進化してもダメージカウンターとエネルギーはそのままな」
「ああ」
「進化して回復するのは状態異常だけじゃない。それまでに受けていたほかの効果もまとめておさらばだ。いいことづくし」
「みたいだな」
「そんで、トレーナーのカードを使う。使い終わったトレーナーカードはちゃんとトラッシュする。カードの発動タイミングが違うトレーナーカードがごく稀にあるから気をつけてな。スタジアムとサポーターは自分の番にそれぞれ一回しか使えないぞ。あと、先攻の最初の番はトレーナーカードは全て使えないからな」
「先攻ってちょっと不利だな」
「でもその分先に攻撃できるからな。バトルポケモンをベンチににがす。バトルポケモンがベンチに『にげる』ときは、カードの『にげる』にある無色エネルギーの数だけそのバトルポケモンからエネルギーをはがして、トラッシュ。足りなかったら逃げれない。あと、『にげる』にエネルギーが書かれてなかったらそのままエネルギーをトラッシュせず逃げれる」
「ほう」
「バトルポケモンをベンチに戻すと同時にベンチポケモンをバトル場に出す。ベンチに逃げても、エネルギーやダメージはそのまんまな。ベンチポケモンがいないと逃げれないから気をつけろ。あと、『にげる』は自分の番に一回だけだぞ。恭介のことだから調子乗ってホイホイ逃がす……ってことは無理」
「俺ってそんな風に思われてんの?」
「いや、適当に言った。次はポケモンをレベルアップ。進化と基本的に一緒だが、レベルアップ前のポケモンの技やポケパワーが使えて、ポケボディーまで働く。対戦スタート直後の、互いの最初の番にはレベルアップ出来ないし、進化と同じく進化した番にレベルアップは出来ないからな。そして一番大事なことだがバトル場にいるポケモンしかレベルアップ出来ない」
「やっぱレベルアップすると強くなるからか」
「そう。そしてポケモンのポケパワーを使う。説明文に従ってくれ。たねポケモンのカードをベンチに出すからポケモンのポケパワーを使うまでは、どの順番でやっても構わないぜ」
俺の熱弁は案外声が大きいかったのか、周りの生徒からチラチラ見られる。まあいいや。
「自分の番にできることは、バトルポケモンのワザを使う。ワザを使うとターンエンド。説明文に従ってワザを使えよ。エネルギー不足でワザが使えなかったら、自分の番が終わりだって宣言すること。で、ポケモンがきぜつさせられたらすぐにベンチポケモンを一匹選んでバトル場に出す。さっきも言ったが替えのベンチポケモンがいなかったらサイドカードに関わりなくゲームセット。これでルール説明は終わりだ。他にも細かいのがいろいろあるけど俺が今日言ったことで十分遊べるぞ」
「ありがとうな」
「これやるよ」
かばんの中から一冊の冊子を渡す。表紙には「ポケモンカードゲームDP 遊び方説明書」と書かれている。
「スターターデッキ買ったら必ずついてくるヤツな。俺が言ったこととか、それ以外のこととか書いてるから読むべき」
恭介はペラペラと冊子をめくる。
「うん、これ翔の説明よりかなり分かりやすい。よし。ありがとな〜」
恭介は満足し、かばんを持って帰って行った。
俺の説明よりかなり分かりやすい……。じゃあ俺が今日こんなに頑張ったのは何だったんだ。無駄に時間消費したのはなんだったんだ。中の人が必至になったのはなんだったんだ。
口を開けたままその場から動けなくなってしまった。
翔「今日のキーカードはカモネギだ!
れんぞくぎりは上手くいけば、低エネルギーで50ダメージを狙えるぞ!」
カモネギLv.29 HP70 無色 (DPtエントリーパック・ディアルガデッキ)
無色 とりにいく
自分の山札の「トレーナーのカード」を一枚、相手プレイヤーに見せてから、手札に加える。その後、山札を切る。
無色 れんぞくぎり 10+
コインを三回投げる。オモテが一回なら、10ダメージを追加。オモテが二回なら、20ダメージを追加。すべてオモテなら、40ダメージを追加。
弱点 雷+20 抵抗力 闘−20 にげる エネルギー1
何かが壊れる音がした。なぜだ? 写真立てが割れたからだ。なぜ割れた? 写真立てが投げられたからだ。誰が投げた? 俺だ。なぜ投げた? アイツと共に肩を組んで笑い合っている写真を見つけたからだ。
改めてこの一人の部屋に静寂が訪れる。ここには俺しかいない。俺しか住んでいない。
目に映ったカードの束をぶん投げようとしたが思い留まった。
「……」
もう、俺はアイツにも奥村翔にも……。
「ポケモンカードゲームは、自分の番にポケモンのワザを使って相手のポケモンにダメージを与えて『きぜつ』させて行くんだ」
「なんだかゲームっぽいな」
放課後、陽も傾き始める。自習している生徒の邪魔にならないようにちょっと小さめの声で恭介にルール説明の続きをしていく。
「ハーフデッキなら三匹、スタンダードデッキなら六匹先にポケモンを『きぜつ』させたら勝ちとなるんだ」
「ハーフデッキ? スタンダードデッキ?」
「ああ、後で説明する。それより、ポケカは基本的に他のTCG(トレーディングカードゲーム)と違って相手のターンに罠カードとかできないんだ。相手の番、自分は何もできないってことだ」
「状況が悪ければ負けを覚悟しなきゃならないのか」
俺は臨時用のデッキを机の上に置く。そこからカードをいくつか選んで手札にし、コータスを恭介に向けて置く。
「ワザの使い方を言うぜ。ワザを使うのにはエネルギーが必要なんだ。一ターンに一度、エネルギーを自分のポケモンにつけれる。一枚だけだぞ」
「それじゃあワザを使うのにエネルギーがたくさん必要なやつはすぐにワザが使えないんだな」
恭介の飲み込みの速さに感嘆する。
「よし、それじゃあこのコータスがワザを使うにはどうする」
俺が恭介に、炎エネルギー三枚と闘エネルギー二枚、きずぐすりの六枚のカードを渡す。
「えーとな。ほのおでこがすをするにはこの炎エネルギー一枚でいいのか?」
「そうそう」
「かえんだまは……。炎エネルギー一枚と無色エネルギー二枚か。だけど無色エネルギーなんてないぞ」
「無色エネルギーはどのエネルギーでもいいってことなんだ。だから、炎エネルギーはともかくそれ以外はとりあえずエネルギーが二つあればいいんだ」
「ははーん。なるほど」
「エネルギーは超過してても技が発動できるんだ。炎二枚、闘一枚とかだったら両方の技が出せるんだぜ」
「便利だな」
コータスの向かい側にリオルのカードを置く。
「じゃあ今度は攻撃するんだ」
「えっと、じゃあかえんだま」
かえんだまと書かれているテキストの隣の数値を指差す。
「ここに書かれている数値分だけ相手にダメージを与えれるんだ」
「なるほどね」
「これでリオルは50ダメージ。リオルのもともとのHPは50。これでリオルのHPはなくなり、『きぜつ』した状態になるんだ」
カード入れと共に入れていたダメージカウンターをリオルに乗せる。
「これはダメージがどれだけ食らったか覚えやすくするためのカウンターね。で、きぜつしたポケモンは『トラッシュ』におくられる。いわゆる墓地みたいな感じね」
「なるほど」
俺はリオルをトラッシュのエリアに置く。
「『きぜつ』したポケモンはそのポケモンについているカードを全て『トラッシュ』するんだ。エネルギーとかも丸ごとね」
「再利用はできないのか」
「そんな都合よく行ったらゲームバランスめちゃくちゃだ。そしてベンチのポケモンをすぐにバトル場に出すんだ」
「なるほど」
「そしてポケモンを倒すたびに『サイドカード』を一枚手札に加えるんだ』
「『サイドカード』?」
「そう。ハーフデッキだと三枚、スタンダードデッキだと六枚あって、それを全てひいたら勝ちになる」
「だからさっきポケモンを三匹か六匹きぜつさせたら勝ちって言ったのか」
「そう。そして、他にも勝利方法があるんだ。ポケモンをきぜつした時点でベンチ含む自分の場にポケモンがいなくなったらサイドの枚数関係なく負けになるんだ」
「なるほど」
「あと他のカードゲームと同じくドローする時に、デッキにカードがなければ負けってのもあるぜ」
「ふむふむ」
あ、そうだ。と思い出したように再び机の上にカードを展開する。
「そういや最近は新しく、『ロストゾーン』というのができたんだ」
「それはどんなのだい?」
「一部のポケモンの効果によって、ロストゾーンにカードを送る効果があるんだ。その『ロストゾーン』は『トラッシュ』と違って『ロストゾーン』のカードはそのゲーム中には再度使用することができなくなるんだ」
「なるほどね。厄介そうだ」
「それじゃあトレーナーカードの細かい説明を言うぞ」
机の上に「ポケモンいれかえ」、「エネルギーリンク」、「ワザマシンTS−1」、「ママのきづかい」、「帯電鉱脈」を広げる。
「トレーナーカードには三種類あるんだ。『トレーナー』、『サポーター』、『スタジアム』だ。更に『トレーナー』の中にも三種類あって『トレーナー』、『ポケモンのどうぐ』、『ワザマシン』があるんだ」
「ほう」
「『トレーナー』は自分のターンに何枚でも使えるんだ。その中で『トレーナー』はポケモンを回復させたりバトルポケモンとベンチポケモンを入れ替える効果があったりするんだ。逆転が狙えたりするぜ」
たとえば。とポケモンいれかえを指差す。
「なるほどね。これもらっていい?」
「……。いいよ、余ってるし」
「サンキュー! 他のも教えてくれよ」
「『ポケモンのどうぐ』は場に出ているポケモンにつけるトレーナーカードなんだ。一度つけたら効果が働くまではそのままにしておくぜ。『ポケモンのどうぐ』は一匹のポケモンに同時に二枚以上はつけれないんだ。ゲームでもポケモンは道具を一つまでしか持てなかっただろ?」
「だな。このエネルギーリンクもらうぞ」
「はいはい好きにしてくれ。『ワザマシン』は『ポケモンのどうぐ』と同じく場のポケモンにつけるカードだ。このカードに書いてるワザは、このカードをつけているポケモンのワザとして使うことができるんだ。ニュアンスてきには『ポケモンのどうぐ』に近いかな。つけたポケモンが場からいなくなるまでつけたままだ」
「なるほどね。ワザの効果はあんまりよくないみたいだな」
「仕方ないさ」
恭介はワザマシンTS−1を俺の方に突き返す。なんだ、今度はいらないのか。
「続いて『サポーター』。『トレーナー』の次くらいに大事だ」
「ふむ」
「自分の番に一枚だけしか使えないトレーナーカードだ。基本的にドロー支援系のカードが多い。カードゲームにとって手札は命と同じぐらい大事だからな。一枚だけ使ったってわかるように、使ったら自分のバトル場の横に置いて自分の番の終わりにトラッシュするんだ」
「大事って言う割にはこの『ママのきづかい』は微妙だな」
「『サポーター』の中では弱い部類だからな。強いのだと二枚ドローしてから相手の手札を一枚デッキの下に戻すってのがある」
「へー。とりあえずもらおう」
「最後は『スタジアム』だ。これも自分の番に一枚しか使えないんだ。使ったらバトル場の横に置いておくんだ。どちらかのプレイヤーが別の名前のスタジアムを出したら、今場にあるスタジアムをトラッシュしなくちゃならない。場に出ているスタジアムと同じ名前のスタジアムを、手札から場に出すことはできないぞ」
「バトル場の横にある限り効果を永続的に発動するんだな?」
「そうそう。飲み込みがいいな」
「帯電鉱脈もらうぞ」
「いいぜ。後はターンについてと特殊状態で説明が終わる。これで恭介もポケモンカードができるぜ!」
翔「今日のキーカードはコータスだ!
危なくなってもかえんだまで、次のポケモンへチャンスをつなげ!」
コータスLv.28 HP80 炎 (DPtエントリーパック・ディアルガデッキ)
炎 ほのおでこがす 10
コインを一回投げオモテなら、相手をやけどにする。
炎無無 かえんだま 40
自分のエネルギーを一個、自分のベンチポケモンにつけ替える。(自分のベンチポケモンがいないなら、この効果はなくなる)
弱点 水+20 抵抗力 なし にげる 2
注・ここで説明されるルールは旧ルールのポケモンカードDPです。現在のルールとは異なるので、公式サイト等で確認してください。なお、PCC編までは以下のルールで行います。
「雄大。これで最後だ。マッスグマでガブリアスに攻撃、駆け抜ける! ガブリアスは無色タイプが弱点。これで僕の勝ちだ!」
過去の忌々しい記憶。
「これがカードを信頼する力だ!」
かつて俺が負けた記憶。
アイツのセリフを最後に悪夢は覚める。そうだ、昨日俺は奥村翔に負けたんだ。もうあのデッキに用など何もない。
案の定というかなんというか、風見は昨日の激戦以来姿を見せない。もちろん学校にも来ていない。いやはやメンタル弱すぎだろう……。折角デッキを持ってきてやったのに。
高慢なやつに限ってこういうのはもはや定番なのかもしれないな。
風見が俺の言った「俺の熱き想いをこめた魂のデッキさ! 負けることなんてありえない!」という言葉に過剰に反応していたのが気になる。かつて何かあったのだろうか。
しかし他人の詮索なんて趣味が良いとは言えないし、うーむ。どうすればいいか。まあ今は別にいいかな。
「おっす翔!」
恭介がポケモンカードの束を持って俺の机にやってくる。
「俺もポケモンカードやろうと思って、デッキ作ってみたんだ。三十枚だよな?」
「おう。見せてくれよ」
「ハナからそのつもりだぜ」
ポケモンカードは三十枚を超えたり少なかったりしてはいけない。とはいえ、本来は六十枚で戦うルール。三十枚でも戦えるよ、というルールがあり、前日風見とやったのはその三十枚の方のルール。
さて、恭介がもってきたデッキを見させてもらおうか。
「……。なんだこれ」
「どうかしたか?」
レアコイル、グラエナ、ウィンディ、ユレイドル、カイリキー……。全然統一性がない。更にエネルギーがたった一枚しかない。これぞまさしくカードの束。デッキに非ず。
「ルール……。知ってる?」
「全然」
「そりゃこうなるわな……。ルールを説明するぞ」
「おっ、頼んだぜ」
「とりあえず放課後な」
昼休みの刻が終わりを告げるまでわずか一分。そんな時間でポケカのルールを説明するなんて無謀にもほどがある。
そこから数時間。昼休み後の眠たい授業を乗り越え、巡って来た放課後。掃除をぱっぱと終わらせて恭介を呼ぶ。
「じゃあルールを説明するぞ」
「おう」
「まずカードの説明をするぞ」
俺は自分のデッキなどから、ナエトル、ハヤシガメ、きずぐすり、炎エネルギーを机の上に広げる。
「左から順に、『たねポケモン』、『進化ポケモン』、『トレーナーカード』、『エネルギー』だ」
「なるほどね」
その四枚からナエトルを恭介の手前に広げる。
「まずたねポケモンの説明からな」
「たねポケモンとね」
カード左上のナエトルと書かれた部分に指をさす。
「これがポケモンの名前」
「それはわかる」
そしてカード右上のHPを指差す。
「これが体力だ。この体力以上のダメージを受けると『きぜつ』しちゃうんだ。ゲームでいう『ひんし』みたいなの」
「なるほどね」
HPの隣のマークに指を移す。
「これがポケモンのタイプ。ナエトルは草タイプだ」
「常識だ」
続いてナエトルの絵の下の技の欄を指す。
「ここには使うのに必要なエネルギー、ワザの名前、与えるダメージが書いてるんだ」
「エネルギーとかよくわからないんだけど」
「後で順を追って説明する。とりあえずカードの見方から」
「はーい」
カード左下の弱点に指を指した。
「これがナエトルの弱点だ。このタイプのポケモンから受けるダメージは、数字ぶん多くなっちゃうんだ。なにもかかれてないときは弱点がないんだぜ」
「なるほどね。炎タイプの攻撃を受けると+10の超過ダメージがあるってことか」
「そうそう」
中央下の抵抗力に指をスライドさせる。
「これが抵抗力。弱点の反対だ」
「このタイプのポケモンから受けるダメージはこの抵抗力に書かれてるぶんだけ少なくなるんだな?」
「つまり、水タイプのダメージは−20だ」
「弱点に比べて比率大きいな」
「いいことじゃないか。次行くぞ」
最後に右下のにげるを指す。
「これがこのポケモンがバトル場からベンチににげるために必要なエネルギーだ。エネルギーを2つトラッシュしたらベンチに戻れる。
「ベンチ?」
「後で言うから待ちな」
そして俺はナエトルのカードを最初の位置に戻し、ハヤシガメのカードを新たに出す。
「これが進化ポケモン。進化ポケモンはすでに場に出ているポケモンを進化させるカードだ」
ハヤシガメという名前の下にあるテキストを見るように促す。
「ここに書いてる、ナエトルのカードの上にこのカードを置くと進化するんだ」
「なるほどね」
「たね、一進化、二進化という順番で進化できるんだ。まだハヤシガメの上にドダイトスのカードが置ける」
「そうやって強くしていくんだな」
「おう。あとはさっきと一緒。続いてタイプ」
「タイプね」
ナエトル、ハヤシガメ、きずぐすりを片づけて机の上に水、草、雷、闘、超、悪、鋼、無色エネルギーを置く。
「カードはゲームと違ってタイプが九種類しかないんだ」
「九!? それだとカードになってないやつとかいるのか?」
「落ち着け落ち着け。無色タイプはノーマル、飛行、ドラゴン。炎は炎、水は水と氷、雷は電気、草は草と虫、闘は格闘と地面と岩、超はエスパーとゴーストと毒、悪は悪、鋼は鋼」
「あ、混ざってるのか」
「そう。まあこれが嫌だって人もいるんだけどな。で、次はトレーナーカード」
エネルギーカードを退けてきずぐすりを机の上に出す。
「トレーナーカードはポケモンの手助けをするカードなんだ。右上がカードの名前。そして中央に説明文」
「なるほどね」
きずぐすりを戻してナナカマドはかせを出す。
「これもトレーナーカードの種類だけど、その中で『サポーターカード』っていうやつだ」
「サポーターかぁ」
「サポーターは効果が強いけど、一ターンに一度しか使えないのが難点なんだ」
「ふむふむ」
「ドローやサーチ系の能力が多めのカードだぜ」
ナナカマドはかせを戻しておまもりこばん、マルチワザマシン01、夜明けのスタジアムを出す。
「トレーナーカードは他に、左から順番に『ポケモンのどうぐ』、『ワザマシン』、『スタジアム』とあるんだ」
「いろいろあるな」
「とりあえずそれぞれの説明は後回し。こういうもんがあると思っててくれ。最後にエネルギー」
三枚を戻して炎エネルギーを再び見せる。
「エネルギーは、ポケモンがワザを使ったりベンチに逃げるために必要なカードだ。場に出ているポケモンにつけて使うのさ。基本エネルギーは八種類。無色エネルギーを抜いた各種類だ」
「さっきの無色エネルギーは?」
「具体的に言うと、あれはマルチエネルギー。特殊エネルギーの一つだ。それぞれ効果が違うからちゃんと読むんだぞ」
「なるほどね」
「じゃあ今度は対戦の仕方について教えるぞ!」
翔「今日のキーカードはナエトルだ。
進化するとドダイトスになるぞ!
数少ないパワフルな草タイプなんだ」
ナエトルLv.10 HP60 草 (DP1)
─ たいあたり 10
草 はっぱカッター 20
弱点 炎+10 抵抗力 水−20 にげる 2
オーキド博士の訪問でわざわざデッキの下に置いたカードを、パッチールの出し抜くで回収するコンボ。そして先ほどの風見の態度から見てもデッキの下に置かれていたカードは風見の最強カード……!
今の俺のバトル場には炎エネルギーが一つついたマグマラシ80/80。ベンチには炎エネルギーをつけたモウカザル70/70。残りのサイドは二枚。
一方の風見も同じくサイド二枚。バトル場にはパッチール70/70。ベンチに水エネルギー一枚ついたガバイト80/80、オドシシ70/70。
「俺のターン。行くぜ! 俺はマグマラシをバクフーン(110/110)に進化させ、炎エネルギーをつける」
「だがそれでは貴様のバクフーンは攻撃できまい! エネルギーが足りてないぞ!」
「見せてやるよ。バクフーンのポケパワー発動、たきつける。このポケパワーは一ターンに一度だけベンチポケモンにトラッシュの炎エネルギーをつける。さらにエネルギーつけかえ。自分のポケモンのエネルギーを入れ替えるトレーナーカードだ! トラッシュの炎エネルギーをモウカザルにつけ、そのエネルギーをバクフーンに移し替える」
だがパッチールのHPはバクフーンの技の威力では届かない……。
「一気にエネルギーを揃えたか」
「まだだ、トレーナーカード、プラスパワー! この効果によりこのターンだけバクフーンの技の威力が10上がる!」
「何っ!」
プラスパワーがフィールドに現れ、バクフーンに付加される。何かされる前にさっさと倒す!
「バクフーン行け! 気化熱!!」
バクフーンの口から巨大な炎の塊が浮かび上がる。そしてそのままパッチールを炎が包み込んだ。炎が消滅すると、パッチール0/70は床に伏せて倒れた。
「パッチールが気絶したためサイドカードを一枚引く。ターンエンド」
「俺はガバイトを新たにバトル場に出す。行くぞ、俺のターン。これで終わりだ!」
「ターンエンドか?」
「違う、貴様の負けだということだ。ガバイトに水エネルギーをつけ、進化させる! 来い、ガブリアス!」
俺の冗談をあっさりかわし、風見は大袈裟にガブリアス130/130のカードをガバイトに重ねる。そして機械が反応し、ガバイトはガブリアスへ進化を遂げる。
「お前には消えてもらう。ガブリアスの攻撃、竜の牙!」
ガブリアスがバクフーンに向かって突進してくる!
「更にガブリアスのポケパワー発動! レインボースケール!」
「レインボー……スケール?」
「このポケパワーの効果は、このポケモンが、このポケモンのエネルギーと同じタイプの弱点を持つバトルポケモンに、ワザによるダメージを与えるとき、そのダメージは、すべてプラス40される」
「何っ!?」
バクフーンのHPは110。竜の牙の威力は70。さらにレインボースケールの効果によって……。
「バクフーンがたった一撃で!」
そのままガブリアスの攻撃がバクフーンにヒット。激しい爆風とともにバクフーン0/110が気絶させられる。
「サイドカードを一枚ひく。残りサイドカードは互いに一枚ずつだがもう勝敗は決まったも同然」
「俺はモウカザルをバトル場に出す……」
「まだやるか。好きにするがいい。ターンエンド」
「デッキにカードが。俺の想いの込めたカードがある限り、どんなことがあろうとも決して諦めない! ドロー!」
「どこかで聞いたことのあるようなセリフだな」
風見が吐いて捨てるように言う。しかし、このドローが全てを変えるチャンスでもある!
「手札からトレーナーカード、ポケブロアー+を発動! このカードはコイントスの表裏によって効果の有無がある。コイントス!」
頼むぜ、俺のデッキ。頼むぜ、俺のカード。
静寂な空間に落ちたコインはオモテを指していた。
「オモテ! ガブリアスに10のダメージ!」
「ふん。悪あがきもいいとこだ」
「更にモウカザルに炎エネルギーをつけて進化! 来い、ゴウカザル!」
モウカザルに光が走り、雄たけびとともにゴウカザル100/100が俺のバトル場に現れた。
「ゴウカザルの攻撃、流星パンチ。この攻撃はウラが出るまでコイントスをする。そしてオモテになった数かける30ダメージを与える! 四回オモテが出れば俺の勝ちだ! 一回目、オモテ!」
「そう運良くオモテが四回も出るわけがない」
「二回目オモテ!」
あと二回。あと二回だけだ! 頼むぞデッキ! そしてゴウカザル!
「三回目、オモテだ!」
「バカな……。こっ、こんなことがありうるというのか!?」
「四回目は」
誰もが固唾を飲んだ瞬間、答えは出た。
「オモテだああああ!」
「ばっ、バカな!?」
「五回目はウラ。しかしこれで勝負は決まった! 行け、ゴウカザル。流星パンチ!」
ゴウカザルの怒涛のパンチラッシュがガブリアスを襲う! 攻撃が止むと同時にガブリアスはその場に倒れ、フィールドから消える。
「そしてサイドカードを一枚手札に。これで俺のサイドカードはなくなった。俺の勝ちだ!」
俺が最後のサイドカードを一枚をひくと立体システムによって映し出されたすべてのポケモンは消えていく。そして俺は恭介に向ってVサインを作る。恭介もサムズアップで返してくれた。
しかし一方の風見は。
「またこんなカードに情を入れたやつに負けた……だと」
その場に膝を立ててくずれおち、なにやら喋っているようだ。『また』という言葉に気をひかれるものがあるが。
そしてリングから降りて恭介のもとに行く。
「ふぅ。勝てた」
「なんかわからなかったけどすごかったぜ!」
「なんかわからなかったのね」
恭介のキラキラした眼に俺は顔を引きつらせないと答えきれなかった。
そんな瞬間、ドンッと何かをたたくような音が聞こえた。風見がリングを叩いた音であるようだ。俺達が何か声をかける前に走り去って行った。デッキを置いたまま……。
風見側のリングへ向かい、放置されたデッキを眺める。
ガブリアス、ガバイト、オドシシ……。俺が苦しめられた風見のデッキ。
あたりを見回してみるが、だれも来る気配もない。風見も戻ってきそうにない。
「とりあえずこれは預かって明日学校で渡すか。恭介、帰ろうぜ」
「おう。帰ろう」
何故かフロアを出た後も、ビルを出た後も風見の関係者には出会わなかった。大きなビルを尻目に見、歩いて俺達はそれぞれの帰路に着いていった。
翔「今日のキーカードはゴウカザル!
HPは少ないが、その分攻撃力は高い。
一気に勝負を決めてやれ!」
ゴウカザルLv.40 HP100 炎 (DP1)
無 りゅうせいパンチ 30×
ウラが出るまでコインを投げ続け、オモテ×30ダメージ。
炎炎 フレアドライブ 90
自分の炎エネルギーをすべてトラッシュ。
弱点 水+30 抵抗力 ─ にげる エネルギー 0
「ヒノアラシに炎エネルギーをつける。そしてノコッチの攻撃、へびどり! へびどりの効果によって俺は一枚ドローする!」
「ふっ、そうやってせいぜい無駄なあがきでもすればいい」
株式会社TECKにて、開発中のなんたらシステムを使って同級生の風見雄大との対戦。今の俺のバトル場にはノコッチ60/60、ベンチには炎エネルギーがついたヒノアラシ60/60。一方風見のバトル場にはオドシシ70/70、ベンチにフカマル50/50。
俺の手札は炎エネルギーが二枚、ヒコザル、バクフーン、モウカザル、モンスターボールと非常に微妙な手札である。が、次のターンにモンスターボールを成功してマグマラシを手に入れれば少しは優位に立てるはずである。
「俺のターン。ドロー。手札の雷エネルギーをフカマルにつける。さらに、フカマルをガバイトへ進化させる」
風見がガバイトのカードをフカマルに重ねると、立体映像のフカマルの体が光に包まれてガバイト80/80へと進化を遂げた。
「すげぇ……。まるでアニメみたいだな」
「さらにパッチールをベンチに出す」
フカマルの隣にパッチール70/70が現れる。アニメ、ゲームと同じように足元がフラフラしていて落ち着きがない。
「そしてオドシシのワザだ、導く。この効果は自分の山札のサポーターを一枚、手札に加える。俺が手札に加えるのはオーキド博士の訪問! 俺はターンエンドする」
「俺のターン、ドロー!」
勢いよく引いたカードだが、それは炎エネルギーだった。今の手札には不要な、いや、いらなくはないか。
「手札からモンスターボールを発動する! コイントス!」
指でコインを弾く。表が出ればマグマラシを手札に加え、いきなりチャンスになるのだが……。
「裏……」
「残念だったな。お前の運もその程度だということだ」
「まだだ、炎エネルギーをヒノアラシにつける。そして新たにヒコザル(50/50)をベンチに出す。ノコッチのワザ、へびどりを発動。一枚ドローしてターンエンドする」
思わず舌打ちをしてしまう。向こうはオドシシ、こちらはノコッチとどちらも攻撃ではなくカードサーチ及びドロー支援のポケモン。まだしばらく試合が動く気配はないのだろうか。
「俺のターン、ドロー。手札からオーキド博士の訪問を発動する。このカードの効果によりデッキからカードを三枚ドローし、手札一枚をデッキの一番下に置く」
オーキド博士の訪問は強力なドローカード。さらに不要なカードをデッキの一番下に戻すことができるカード。
「さらにガバイトに炎エネルギーをつける。そして手札からトレーナーカード発動、ポケモン入れ替え!」
「なにっ!」
「もちろんオドシシと入れ替えるのはガバイト! ガバイトの攻撃、不思議なてかり。この技はコインを投げ、その裏表によって効果が変わる。オモテのときは相手のポケモン一匹にダメージカウンターを四個乗せる。ウラなら自分のポケモン一匹からダメージカウンターを四個とる」
風見は手元にあるコインをトスする。
「さあ刻め、俺の最強という道を!」
バトル場そばのモニターを見つめる。
「オモテ! そこのノコッチに40ダメージだ!」
風見が宣言するといなやガバイトは強烈な光を放つ。あまりのまぶしさに目を防ぐも、光はすぐに止んだ。そして視界が元に戻ると、先ほどの元気な体だったノコッチ20/60に傷が見える。
「3Dシステム恐るべし……」
「俺のターンは終了だ」
「ドロー!」
ここで引いたカードはマグマラシであった。
「……」
考えるんだ、この状況を。下手に犠牲を出したくはない。最小限の被害に食い止めるには……。
「ノコッチに炎エネルギーをつける。そしてそのまま、逃がす! そしてヒノアラシの出番だ」
ノコッチとヒノアラシは位置を入れ替える。
「ザコがいくら来ようとガバイトの敵ではない」
「まだだ、さらにヒノアラシをマグマラシに進化させる!」
ガバイトのHPは80。それに対してマグマラシ80/80の技、火花は40ダメージ。うまく行けば二ターンで倒せれる。
「マグマラシでガバイトに攻撃、火花! この技はコイントスをして、裏ならマグマラシの炎エネルギーを一枚トラッシュする!」
お気に入りのヒノアラシコインを指ではじいた。少し音をたてて落ちたコインは表を向く。
「よしっ、そのままガバイトに40ダメージだ!」
マグマラシの攻撃とともにバトル場に火花が舞い散る。パシンバチッ! という軽い音や痛い音を耳に挟んでいると、ガバイトはその火花に襲われていた。火花ラッシュはすぐに収まったが、ガバイト40/80の体は傷が付いている。
「ターンエンド」
「ふん。俺のターン、ドロー! ベンチにフカマル(50/50)を出す。そしてベンチのフカマルに水エネルギーをつける」
これで風見のベンチポケモンはオドシシ、フカマル、パッチールの三匹となった。
「さらに、攻撃だ、不思議なてかり!」
風見は再びコイントスで表を引き当てる。
「俺が攻撃対象に選ぶのは、ノコッチ!」
「何!? ベンチポケモンに攻撃だと?」
「フハハハハ、散れ!」
再びフィールドに光が襲いかかる。ノコッチ0/60は体力がなくなり、バタリとその場に倒れこむ。そして光に包まれフィールドから消えた。
「サイドカードを一枚引いてターンエンド」
形勢は一見悪いように見える。が、マグマラシの次の攻撃でガバイトも倒れ、形勢は振り出しに戻る。落ち着いていくんだ。
「ドロー! 俺はヒコザルをモウカザル(70/70)に進化させる! モウカザルに炎エネルギーをつけてマグマラシで攻撃宣言だ! 火花!」
コインを指ではじく。が、そう運は続かずバトル場に落ちたコインは裏であった。
「炎エネルギーをトラッシュするがガバイトに40ダメージだ!」
ガバイトは倒れ伏し、フィールドからいなくなった。
「次のポケモンを選べ!」
「言われなくても分かっている。パッチールだ」
「サイドカードを一枚とってターンエンド」
「俺のターン。……奥村翔」
「なんだ?」
名前を呼ばれてびっくりする。急に手札をフィールドに置き、こっちを見てきた。何をしでかす気か。
「正直お前程度に本気を出すまいと思っていたが、そうもいかないようだ」
「当たり前だ。俺とこのデッキは熱い絆で繋がっている」
俺がそう言った途端、風見の目つきがきつくなった。何かまずいことを言っただろうか?
「行くぞ! パッチールに炎エネルギーをつける。さらにフカマルをガバイト(80/80)に進化させ、パッチールの攻撃だ。出し抜く! この効果は、デッキの一番上と一番下のカードを手札に加える」
「さっきオーキド博士の訪問でデッキの下に置いたカードが!」
「そうだ。このカードはこのデッキで最強のカードだ! ターンエンド」
おそらくやつは次のターンにそのカードで仕掛けてくるだろう。次のドローで何か道は開けないものか……。
翔「今日のキーカードはマグマラシ!
リスクはあるが40ダメージも与えれるぞ!
ここから先にバクフーンに進化するぜ」
マグマラシLv.25 HP80 炎(DP2)
炎無 ひばな 40
コインを一回投げ、裏なら自分の炎エネルギーを一個トラッシュ。
弱点 水+20 抵抗力 なし にげる エネルギー1
平見高校。いたって普通の東京某所にあるやや有名な私立の進学高校だ。この高校ではTCG、トレーディングカードゲームが流行している。もちろん、教師のいない休み時間に目を盗んだり、放課後に遊んだりと中々アンダーグラウンドな流行なのではあるが。もちろん、うちのクラス、一年一組でも大差なくそれは行われていた。
そしてこの高校の一生徒の俺こと奥村翔(おくむら しょう)も、同じくTCGを楽しんでいた。
「翔、遊ぼうぜ!」
チャイムが鳴り、先生が教室から出ていった瞬間に、窓際にいた俺の方へ廊下側から一人の男子生徒が駆けてくる。
「遊ぶってまた適当に言いやがって。これから調査、だろ」
俺が呆れたように言い返すとその男子生徒、長岡恭介(ながおか きょうすけ)は小さくため息をついて明るい色のツンツン髪をポリポリ掻く。
「調査つっても遊ぶようなもんじゃん。なんだっけ、何調査するんだっけ」
露骨に頭をガクッと落とし、深いため息をつく。成る程確かに何を調査するか分かってないなら遊ぶようなもんだしな。
「昨日食堂で聞いただろ? 一年生の中にポケモンカードの過去の全国準優勝者がいる、って」
「俺ポケモンカード興味無いし……。まあ翔がやるなら着いていくけどさ」
「はぁ。もうなんでも良いや。とりあえず休み時間終わる前にいろいろ調査しよう」
席を立ち、一度大きく伸びをする。恭介はああ言ったが、俺は主にポケモンカードを遊ぶタイプ。たまたま全国準優勝者が同じ学内、しかも同じ一年生ならば是非とも対戦してみたいもの。所謂チャレンジってやつだ。
「けどなぁ。何か変じゃないか?」
「何がだよ」
俺が机の横にかけてあった高校の鞄からカードケースを取り出していると、恭介が陽気なこいつにしては珍しく眉を潜めている。
「噂がしたのは良いけどさ、もう二学期だぜ? 遅くない?」
「いやぁ、知らんよ。たまたまでしょ」
そんなことは今さらどうだっていいのだ。チャレンジ出来るかも知れない。そんなどきどきわくわくが俺の体の中をぐるんぐるん駆け巡っているのだ。そういうややこしい事は後から考えればいい。
「ってかそいつに会ったら翔はそいつと対戦するんだっけ」
「そうそう。そのために昨日夜更かしして新しいデッキを作って来たんだ。俺の熱き想いをこめた魂のデッキさ! 負けるつもりはないぜ!」
そう言うと、恭介はらしいなあと言って声をあげて軽く笑った。そのとき恭介の笑い声を打ち消すかのように、俺の隣の席のイスが音を立てる。
俺に向き合うようにして立ち上がったクラスメイトの風見雄大(かざみ ゆうだい)は、俺を彫刻か何かでも眺めるように、怖い顔でじろじろと俺全体を見渡す。いきなり何事だ。
これも噂で聞いた話だが、風見雄大の親は電子、機械産業界では日本屈指の企業である株式会社TECKを経営しているらしい。そこの御子息が突然なんの御用やら。
いや、よくよく風見の目線を追えばどうやら俺のデッキケースを見ているらしい。
「何か用なのか?」
確かに風見よりは背が少し低いが、それだけでなく高校生らしからぬ威圧感がすごい。初めて言葉をかわしたが、風見が誰か他の人と会話している姿を見かけないのも分かる気がする。下手をすれば何かされるんじゃないか、という程の。
風見はデッキケースから目を離し、すっと俺の目を見据える。凍てつくような視線が怖い。
「さっき熱き想いを。とかかんとか言ってたな」
「あ、あぁ」
飛んできた言葉が意外と平凡だったことに、自然と強張っていた肩の力がふっと抜ける。
「それが……どうかしたか?」
「カードに気持ちとはなかなか面白いことを言うな」
いったいぜんたい風見は何が言いたいのか分からなくて、逆に緊張する。
「だからそれが何だって言うんだ」
風見は俺の事を数秒見つめると、ふっ、と声を漏らして背を向ける。
「放課後、準優勝者と対戦をさせてやる。もちろんただの対戦じゃつまらないから、面白いものを用意してやる」
「面白い……もの?」
すぐに答えない風見に、嫌な気配を払拭出来ない。そんなどんよりした気分のまま、チャイムが鳴って先生が入って来た。
「ったく何なんだよなぁ、あいつ」
「うん……」
ホームルームも終わって、放課後の教室を出た俺は恭介と共に校門に向かう。風見にそこで待てと指示を受けたからだ。校内じゃなくてどこか違う場所で対戦になるのだろう。
「にしてもすぐに準優勝者の手掛かり見つかって良かったじゃん」
「ああ」
恭介は何が楽しいのか俺の背中をバシバシ叩く。
「あんまり嬉しそうじゃないな」
「き、気のせいだって」
妙に鋭いヤツめ。確かにすぐに手掛かり見つかって嬉しいことは嬉しいのだが、気掛かりもある。
『カードに気持ちとはなかなか面白いことを言うな』
風見は明らかに馬鹿にしたようにそう言った。その台詞に対して腹はもちろん立つが、そのときの風見の表情が脳裏に焼き付いて離れない。触れられたくないものに触れてしまったような、あの悲しい表情。それがずっとネックになっている。
やがて俺たちが校門の傍に着くと、先に待っていたと思わしき風見がいた。
「ここからは多少距離があるから、タクシーを使う。そこのタクシーに乗ってくれ」
俺は頷き、校門前で待ち構えるタクシーに乗り込む。
「俺も俺も!」
恭介も意気揚揚と入ろうとした瞬間、風見の鋭い目つきに射られる。
「なんだよ! 翔の応援に行くんだぜ?」
「……まあいいだろう。ギャラリーがいた方が多少は盛り上がるだろうしな」
恭介が喜んで後部座席にいる俺の隣に飛び乗り、風見が助手席に座るとタクシーが進み出す。
会話がないままただ車だけ進む。沈黙に耐えかねて準優勝者は誰なのか、と尋ねて見たが風見は適当に誤魔化すだけで、明確な答えは返って来なかった。やがて窓から覗ける風景は、大きなビルが立ち並ぶ一帯へと入る。
「まさかとは思うけど……」
ぽつりと呟いたと同時、大きなビルの前でタクシーが止まる。
「これって、TECKの本社か」
人事のようにボソッと俺が呟く。タクシーから降りて目の前のビルを見上げる。てっぺんを見ようとしたら首がイカれてしまいそうなほどの高いビルだ。いや、実際にやってみるとそうでもなかったか。
「こっちだ。悪いがこれをかけてもらう」
ビルに入り、風見から首にかけるタイプの許可証をもらう。話によるとこれがないとフロントより奥には自由に入れないらしい。こういう大きな企業ビルに入るのは初めてなのでちょっと緊張とわくわく感を感じる。隣の恭介も俺と大差ないようで、目を輝かせている。
風見に言われた通り着いて行き、ビルに入りエレベーターに乗り込む。そして二十四階で止まった。
「この奥だ」
エレベーターを出てすぐ目の前の扉を開ける。このフロアに人の気配はなく、どうやら俺達三人しかいないらしい。俺は鞄に入れてあったカードケースに手を伸ばす。
このフロアは学校の教室よりもやや広いくらいか。だがそこにはそのフロアを埋め尽くすほどの巨大な機械がある。どうやらこの機械には乗り入れ口というべきか、なんと呼べばいいのかイマイチ表現方法が見つからないのだが、二箇所窪みになっているところがある。
しかしいい加減痺れを切らした。いつになったら詳しいことを説明してくれるんだ。
「なあ。いい加減準優勝者についてちゃんと教えてくれよ。後ここは何なんだ? どうして俺を、あと恭介も呼んだんだ」
「準優勝者なら目の前にいるだろう」
目の前にいるだと? まさか。
「恭介が!」
「俺じゃねーよ!」
「ありがとう、もう帰っていいよ」
帰らないし! と喚く恭介をよそに、風見をきっと見つめる。灯台もと暗しとはまさにこのことか。まさか隣の席にいたとは。
「続きの説明は動きながらする。そこの窪みに入れ」
風見がその窪みの一つに入ったので、俺も急いで真似るようにそうする。いざ入ってみると、そこにはプレイマットのようなテーブルが置かれてある。しかしプレイマットの下半分しかないのだが……。
「望み通り今からポケモンカードで対戦をする。これはそれをエキサイティングにする機械だ。そのテストプレイに協力してもらう。これでお前の望みと俺の狙いが一致したわけだが。分かったか奥村翔。……もう一人のお前、お前はその辺で見てろ」
「くっ、名前ぐらい覚えやがれ!」
恭介の怒鳴り声に一切耳を傾けない風見は、ポケモンカードのデッキをちらつかせる。
「ルールは無論通常のものだ。ハーフデッキを使用する。サイドカードは三枚だ」
俺はデッキをシャッフルし、半分プレイマットにセットする。このプレイマットのそばに、風見のフィールドが映されているモニターがあった。慣れない感覚が斬新で、しかも望んでいた準優勝者との対戦が叶い俄然燃えてくる。
「先攻はお前に譲ってやろう」
風見が俺を指差した。よほど自信があるようだが、まあそれもそうか。
「後悔しても知らないぜ。互いにデッキから7枚カードを引き、そしてたねポケモンをバトル場、ベンチにセットする!」
風見はバトル場とベンチに一体ずつセットする。この一番最初の引きが、ポケモンカードゲームでは非常に重要だ。
この最初の引きで、俺の手札のたねポケモンにノコッチ60/60とヒノアラシ60/60が既に揃っている。ラッキー。心の中で小さく笑い、俺も風見と同じく一体ずつそれぞれセットする。
お互いがセットしたのを確認して、プレイヤーはセットしていたカードを表向けにする。俺がバトル場に出していたのはもちろんノコッチだ。
「さあ、行くぜ──」
張り切って行こうとした俺の目の前で、実際にノコッチとオドシシ70/70が対峙していた。
「ポケモンが……どういうことだ!?」
「言っただろう、エキサイティングと。これはうちが開発中の光学ポケモンバトルシステム。ポケモンが実際にいるように見えるだろう? ちゃんとベンチポケモンも映っているぞ」
風見のベンチにはフカマル50/50。そして俺のベンチにはヒノアラシが。映像とは思えないほど非常に鮮明に映っていた。
すごい。かつてないほどの強力な相手に、かつて見たことがない心踊るような舞台。最高だ。
「よし、改めて始めるぜ。まずは俺の番からだ!」
これがこの先に続く未来への、最初の一歩となる。
翔「今日のキーカードはノコッチだ!
このノコッチはHPが60と少なめだけど、エネルギーなしで技を使える。
一番最初に手札に来るととても助かるパートナーだぜ!」
ノコッチLv.21 HP60 無 (DP2)
─ へびどり
自分の山札からカードを一枚引く。
─ かんでひっこむ 10
自分を自分のベンチポケモンと入れ替える。
弱点 闘+10 抵抗力 ― にげる 1
奥村 翔の同級生の風見 雄大が突如として翔に勝負をしかけるところから、全てが始める。
ホットで情熱的な奥村翔と、クールで知的な風見雄大。その他個性的なキャラクター達が繰り広げる、今までにない燃える新感覚な本格的青春カードゲーム小説! ポケモンカードを知らない方でも読めるようにしてあります。 |
※死ネタというか、人間消失ネタなので、ご覧になる方は注意してご覧ください。
4人を追いつけなくしたところで、モリシマとカザマは落ち合った。
「モリシマ君、オオバヤシとトキはどう?」
「無事に縛ってきた。だいぶ2人とも喚いていたがな。離せー、離せー、って。カザマ、お前の方はどうだ」
「マイコちゃんも、ハマイエも眠らせてきた。眠ったら反抗しないでしょう?」
「そういうアイデアもあったが、いかんせん俺は眠りに持っていく手持ちがなかったんだ」
2人だけでアジト方向に行った。そこに、大きな罠があると知らずに。
「フッフッフッフ。誰か来たようだ」
一方、同刻、アジト内部。1人の上級団員がモニターを見ている。
その画像には……モリシマとカザマが映っていた。
他の4人は、カメラの画像範囲外なのか、映っていなかった。
「本当は……毎度してやられる、あの女含めたメンバーを始末したいところだが……あの男2人でいいや。この際、どうせ1回しか使えないこの力……トライ・バリア・キャノンを炸裂させてやってもいいかな」
ここで団員が言った「毎度してやられる、あの女含めたメンバー」というのはマイコ達である。
そして、そのターゲットとなってしまったモリシマとカザマが射程範囲内に入ったところで、アジト内モニタールームにおいてスイッチが押された。
すると、2人が来た道に生えていた木が倒され、逃げ道が塞がれた。もう出られない。
「「!?」」
さらに、おかしな重低音が聞こえ始めたのだ。
ヴヴヴヴヴ……
「何か、変な音が聞こえないか?」
「確かにね。ヴヴヴ、って感じの」
と、ここで、範囲内に設置されたメガホンから声がした。ちなみに、このメガホンの音声は、トライ・バリア・キャノンの射程範囲内でしか聞こえないようになっている。つまり、範囲外にいるマイコ達には聞こえないのだ。
『ようこそ、哀れな子羊2匹!』
「おい、どういうことだ!!」
2人の腰についたボールから、ミノムッチ、ミノマダム、ガーメイル、ブイゼル、パラス、キノココ、タマゲタケという、彼らのフルメンバーが出された。
『君達は選ばれたんだ、僕の実験の材料として』
「わけが分からないし、気味が悪いね」
カザマはそう言うが、もう既に後戻りの効かないところまで来てしまっていた。
『実は、実験というのは、《ヒトは新世界で生きられるか》ってやつなんだ。だから君達は、この世界で生きるのはもう終わり』
それは嘘であり、本当のところは、《範囲内に入った人間、つまり反抗分子を処分する》という、残虐極まりないことだった。その恐ろしい声に恐怖感を覚えたモリシマとカザマは、手持ち達に指示を飛ばした。ポケモン達から、風や砂、草や水が飛ぶも、どれも一様にかき消されてしまった。
「何で攻撃が効かないっ」
「これはおかしい、何か変なことが……」
『もう逃がさない、って意味。ポケモンの攻撃は通らないって頑丈さが売りだから。……あ、もう、トライ・バリア・キャノンの発射カウントダウンが始まったみたいだね。』
2人が射程範囲内に来てからカウントダウンはとっくに始まっていたのだ。もう、発射まであとわずかである。
『5、』
「やめろ!!」
『4、』
「いやだ!!」
『3、』
「怖い、死ぬのはいやだ!!」
『2、1、』
「「やめてくれえっ!!!」」
『0!!!』
ピカッッッ!!!
「「ギャアアアアッ!!!」」
3つの発射口から出た光線がモリシマとカザマを包む。それに悲鳴をあげる2人。
『このトライ・バリア・キャノンの発射は1回しかできないけど、発射するとあら不思議!人間もポケモンも、この世界やポケモン世界とは違う異界に、未来永劫幽閉できるんだ!アーッハッハッハ!!!』
狂気に満ちた笑い声をあげて、モニターとメガホンの電源は切られた。
トライ・バリア・キャノンで侵入者を消滅させるというミッションは終わったのだ。
「くそ、何で離れへんねん……よっぽど頑丈にしよったな……」
「モリシマさん、どこ行ってもうたんでしょうねえ……」
草結びが未だにほどけないオオバヤシとトキ。とここで、彼らの腰についたボールから、モウカザルとランプラーが自分から出てきた。
2匹は微弱な炎で、自らの主人を縛る草を焼き切ったのだ。
「ありがとうな、ランプラー!」
「助かったで、モウカザル!」
2人はようやく駆け出した。しかし、その時、既に、トライ・バリア・キャノンは発動を終えてしまっていた後だったのだ……。
罠の発動場所に着いた2人。確かにモリシマとカザマの姿は見える。が……。
「何やこれ、あの2人歪んで見えんねんけど……」
「俺らの目がおかしいわけちゃいますね……」
「というか、この先に行かれへん。別に触ってもなんともないねんな……」
もう既に、モリシマとカザマは電波のような状態になっていた。体が物質ではなく、細かな粒子のようになっていたというわけだ。さらに、オオバヤシとトキの前に大きな壁が1つ。頑丈そうだ。
「これを割ればええってことやんな!デンチュラ、シザークロス!!」
ボールから出た電気蜘蛛は爪を交差させつつ近づき、壁を切り裂いた。しかし、壁はなんともなかった。
「物理攻撃がアカンかったら、特殊攻撃なら……!ランプラー、オーバーヒート!!」
ランプポケモンからはフルパワーの強い熱の塊が吐き出された。しかし、これも壁には効果がなかった。
もっとも、2人に不意打ちを仕掛けようとした下っ端どもには絶大な効果があったようで、バタバタと音を立てて倒れた。ただ、2人とも見向きもしなかった。それより救出すべき人がいるからだ。
しかし、その人達からは意外な返事が出された。
「もう、いいんだ……。やってくれるだけで十分……」
返事をしたのはカザマだった。
「カザマさん!大丈夫やったんですね!」
オオバヤシが言うも、カザマの返事は後ろ向きなものだった。
「もう、僕らはダメみたいだ……、死んでしまうんだ」
「諦めんといて下さいよ!!死ぬとか……そんなこと……!」
トキは思わず叫んでいた。しかし、諦めていたのはカザマだけじゃなかったのだ。
「もう俺らは出れねえ。ただただ終わりを待つしかない」
モリシマも言った。自分の運命を悟ったようだ。
「さっきは……あんなことしてすまなかった……。オオバヤシ、トキ……」
「もう、謝ったって……遅いです……。許す許さないは……抜きでも……」
「いなくなるってことが、……、ただ、嫌なだけ、です……」
もう2人とも言葉が続かなかった。
「ハマイエとマイコちゃんによろしく言っといてよ。多分まだ知らないだろうし、このこと」
いよいよモリシマもカザマも体が大きく歪んできた。どうやら時間切れらしい。
「モリシマさん!カザマさん!!」
「ごめん……、僕はもう、リタイアしなきゃいけないようだ……」
「最後に、突き放すことなんか……するんじゃなかったな……。でもお前らが助かるなら……それで……」
「消えるんじゃない!!そんなこと、言わんといてください……!」
そして強い光が出された。2人が目を思わず閉じ、次に開いたときには……、
カシャーン……
眼鏡と、デジカメが残されているだけだった……!
「う、うああ、あああ……、何か、体の震えが、止まらへん……!」
言いようのない恐怖感に苛まれて、トキは体中が震えだした。一方のオオバヤシは止まったままだった。
「オオバヤシさん、どうしたんです?動いて下さい、あれは、何なんですか……!?」
オオバヤシは無言のまま、トライ・バリア・キャノンの発射口の1つを壊した。
「オオバヤシさん!?」
「トキ、……俺やって、悔しいねん……!あそこで止められへんかったから……!」
お互い、もう、何も言えなかった。そこに、ようやく、マイコとハマイエが来た。
「ばーやん、トキ君!どうしたの、大丈夫!?」
「オオバヤシさんもトキもどないしてん?」
オオバヤシとトキは、残っていた眼鏡とデジカメを2人に見せた。
「え、まさか……!?」
「うわああああん!!!」
2人とも事情を全て悟った。消えた2人はおそらく、生存してはいないだろう。
4人は引き揚げた。幸いにも、追ってくるロケット団はいなかった。
帰ってから、みんなでひとしきり泣いた。
心の整理はつかないが、前を向いていかなければいけない。
死者を弔う、という意味でも、ロケット団を倒す、と深く心に決めるのだった。
おしまい
マコです。
このお話は全編暗い話になってしまいました。
実力者でもどうにもならなかったあの罠。
せめて、モリシマさんとカザマさんが救われることを祈って……!
【書いてもいいのよ】
【暗すぎてごめんなさいなのよ】
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