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> 7時21分
> 気温1℃
> 人、ポケモンはほとんどいない。
> 「さあ………今日も行くか………」
> そう言って俺はこの都市から離れた。
>
>
> 「……………………」
> 何だか今日はテンションが低い。
>
>
>
> 8時43分
> しばらく歩いていると大きな森があった。
> 当然、そこに行かないと運命の塔には行けないので行った。
> 「物騒な森だな………」
> そうつぶやきながら歩いていると
>
> 「た………助け……て…………」
> その小さな声を確かに聞き取った。
> 急いでその声の出ている所へ向かうと
>
> そこには
> [ブースター]
> [ヒノアラシ]
> そして、リーダーっぽい
> [ブーバーン]
> この三匹が
> [チコリータ]
> [リーフィア]
> を……リンチって言い方は変
> かな………
とにかくやばい状況だった。
「おい!やめろ!」
「なんだ?邪魔する奴は……こうだ!」
ブーバーンの火炎放射が当たりかけた。突進しようと試みたが、後ろからヒノアラシの突進を直で受ける。木の根本に飛ばされる。
「ドスン!」
かなり負傷した。
しかし、ここで負けるかと立ち直る。
「ほう。根性だけ一流だな」
ーーーーブチンーーーー
何かにブチぎれた。
「くらえぇぇ!!」
もう雌のカケラも無く、ただただ攻撃をした。
「ちくしょう……強すぎる……!」
「逃げろー!」
そう言い残してその場を立ち去った。
「大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫です!」
なんか、嬉しい気持ちだな………
8時2分
「うーーん……あーよく寝………寒!!」
気温-6℃
「さて………今日も歩くか………」
運命の塔までの道のりは相当長い。
そして、俺は名前も知らない都市へ足を運んだ。
……かなりの人とポケモンの量だ……
田舎から来たので結構びっくりした。
店の中から音楽が漏れだしていて、少しうるさいくらいだ。
コッコッコッコッコッコッ…………
ドン!
自分にちょっとの痛みと共に鈍い音が聞こえた。
「いってーな!なにしてくれんだ!」
「ひっ!」
そこには[ワニノコ]がいた。
「すいません!許してください!お願いします!」
よく見るともう今にも泣きそうな目をしていた。
(面倒だな……)
と、俺が思った直後!
「ひっく……うっ、うっ………」
もう一つのしずくをたらしていた。
「どんだけビビりなんだよ……」
それもそのハズ。まだ人間で言うと8才くらいのワニノコだった。
独り言が聞こえたせいか、
「うわぁぁーーん!!」
突然大声で泣き始めた。
「あ〜あ……やっちゃったよ………」
そこら辺を通り過ぎる人、ポケモンは心配そうにワニノコを見ながら歩いている。
「このー!うわぁぁーーん!」
そう叫んで俺の首元をポカポカと殴ってくる。
……正直言って、痛くない。
俺はあきれ半分で
「ゴ、ゴメンよ……」
と言ったがまだポカポカと殴ってくる。
あーあ。面倒くせー。
5分後ぐらいだろうか。やっと手を止めてくれた。
「うぐっ、うぐっ………」
そう言って俺の首元にある柔らかい毛で涙を拭いた。
(汚い事すんなよ………)
俺は人間で言えば12才ぐらいだ。
そろそろ身だしなみにも気をつける年頃なのだ。
「悪かった………」
俺がそういうと何も言わないで向こうに行った。
「ハァ……嫌な事しか起きないな……」
22時29分
ゴミ箱のそばで寝ることにした。
4時53分
何故だか知らないが全身が濡れているような………
そう思った瞬間
自分は湖の真ん中に投げられていた。
「…っく!…………!!」
俺は泳ぐのは得意では無い。
多分邪魔だから近くの湖に投げたのだろう。
「………ー!ーーー!!」
必死にもがき続ける。
しかし限界もある。
「……………………」
もうもがく体力も無くなった。
「………うー……ん?」
「大丈夫?」
よく見てみると、育成施設で一緒だった[ポッチャマ]だった。
この[ポッチャマ]は一緒っていうか、2度3度通りすがっただけだが……
「あ、ああ。」
まだ元気ではない俺にちょっと高めのトーンで
「湖に落ちてたんだよ!?てっきり死んじゃったのかと思ったよ……」
まあ水タイプだから簡単に泳げるのか と思いながらベッドから出た。
「っ!?」
何だか岩をぶつけられたような怪我があちこちにあった。
「うっ………!」
「駄目だよ!まだ動いたら!今日はここでゆっくりしてきなよ。」
雄のくせにトーンが高い声で話かけてくる。
「わ、悪ぃ……」
何故だか遠慮が出来なかった。
前、育成施設で噂ではポッチャマは地味な存在だったという。
……少し憎かった……
「あ……やばいな………」
傷口から血が出ていたため白いシーツが一部、赤くなっていた。
「お、おい。」
力いっぱい声を出した。
しかしポッチャマには聞こえなかった。
しかし、俺もやばい。
血液が不足していて、貧血状態におちいっている………
「はい!傷薬!えーっと………」
ポッチャマは傷薬を持ってきてくれた。
「こうかな?」
ちょっと乱暴なやり方だったため
「………っく!××$¢$\∞〜!」
言葉にならない悲鳴を上げてしまった。
「ご、ごめん!」
「い、…いや……いいよ。別に…………。」
最後の方の発音がいけなかったせいか、
「………………」
「………………」
傷ついたような顔をした。
傷薬を俺の足にかけようとしたその時
「…………ゎっ…………」
まあ驚くのも無理はない。出血のせいでシーツが赤くなっていた。
「ご、ごめん………」
ちょっと嫌そうな顔をしていたが、傷薬を足にかけた。
20時14分
俺の怪我はだいぶ回復した………
「迷惑をかけたな。」
「困った時はお互い様だよ。」
そう言い交わし、家を出た。
この日も寒い。予定よりも怪我が早く治ったので約半日で家を出てしまった事を少し後悔した。
「まだベッドにいたかったな……」
そうつぶやき、今日はある町のある家の屋根で寝ることにした………
0時6分
俺は名前も分からない町を歩いていた。
本当はこの日[育成施設]という
まあ人間の世界で言えば学校みたいな所だ。
しかしもうこの時間帯ならば明日という事になるだろう。
ざっと感じて今の気温は-2℃といったところだろうか。
あ、自己紹介が遅れたな。
俺の名前はイーブイ。特に名前などは無い。
よく「俺」って言うから雄と間違えられるのだが………
一応雌だ。
別に理由なんて物は無かった。いつの間にか俺と言っていた。
俺は何故育成施設をさぼっているのか?
理由はただ一つ
人生にうんざりしていたからだ。
育成施設にいっても良いことなんて無かった……
むしろ、悪い事しか起こってないと言っていいだろう。
育成施設というのは自分の技を磨いたり、
相手と戦ったりして自分を強くしていく所だ。
その育成施設の中で俺が一番強かった。
だが……
ある日を境に友達が俺の相手をしてくれなくなり、しまいにはみんなが相手にしてくれなくなった………
更には集団で戦ってきた時もあった……
いくら自分が施設の中で一番強くても集団となると話が違う。
当然やられた。
イジメもあった………
例を挙げるとなると数えきれないし、何から話せばいいのか分からない。
でも、かなりイジメられた………
正直言って、イジメの領域を越えていた。
それで今 ここにいるという事だ。
ちなみに、俺の背中に背負っている物は剣。
道に捨てられていた剣だ。
俺はこの剣をどうにかして利用出来ない物か……
それでいま、背負っているという事だ。
……まあ使った事はほとんどない。
親もいない。この世界なら50%のポケモンは親がいない。
食べ物は、そこらへんに生えている野菜ぐらいだ。
で……………
今俺は何処に行こうとしている?
というと
[運命の塔]という場所を目指している。
運命の塔というのは、その塔のてっぺんに人生をやり直す事が出来る魔法の部屋があると聞いたからだ。
もし俺がやり直したなら
とにかく目立たないように、ひっそりと過ごしたい
それでは、自己紹介を終わりとしよう。
でも、その人生にうんざりしているのは俺だけじゃない。
育成施設にいたやつも、俺と同様にそこらへんでさぼっている。
別にさぼり仲間という感覚なんてない。
カッカッカッカッ……………
俺の爪が地面に当たっている。
俺の足音がより一層に孤独感を高める。
1時42分
そろそろ眠気が差してきた。
「寒いな……」
地面に転がるしか眠る方法はなかった……
俺は橋の隅っこで寝ることにした………
タイトルが決定しました。
☆☆☆☆ 「スタンドアップキャンパス!」☆☆☆☆
キャンパスにするか、カレッジにするかちょっと悩んでみたり。
でもキャンパスのほうが響きが可愛くて楽しそうなのでこちらに。
今後とも、よろしくお願いします。
7
会場はぐんぐん熱を帯び、両チームの応援席から飛ばされる声援で、アナウンスがうまく聞き取れないくらいだった。
チーム戦の第三回戦はダブルバトル。ミオ大のペアはユウスケ先輩とシン先輩の四年生コンビで、それぞれキリンリキとカポエラーを出した。相手はゴーリキーとライボルト。試合開始の合図が響いた。
「ライボルトがちょっと厄介かもな。スピードもあるし、大技も打てる」とケイタ。
予想通り、相手のライボルトはのっけから雷を落とし始めた。無差別にフィールド上を電撃が襲う。
「なるほど。ライボルトが避雷針になって、そばにいるゴーリキーには当たらないのか」僕は感嘆した。
ゴーリキーは攻撃にはいることなく、ライボルトのそばで身をかがめていたのだ。
「雷で相手を一掃出来たら儲けもんってことか。逆にこれを乗り切れば、ゴーリキーと疲れたライボルトだけだ」
そう、守り切れればいい。それが最善だと、少なくとも僕とケイタは思った。
しかしユウスケ先輩のキリンリキは切り返したのだ。雷鳴の轟く中、光の壁を自分ではなく、ライボルトの上に作りだしたのだ。ライボルトに落ちる予定だった雷は、光の壁のせいで向きがそれ、周りに散らばり始めた。
ライボルトの避雷針のおかげで落雷から身を避けていたゴーリキーに、イレギュラーの電撃が直撃した。
ゴーリキーはなにも活躍しないまま、その場に倒れ込んだ。
「味方に当たっちゃった……」カオリば茫然として呟いた。
「あの中でよくあんなこと思いつくな……」ケイタが少し呆れたように言った。
守るという選択肢はあのコンビには最初からなかったのだ。戸惑うライボルトに、シン先輩のカポエラーは、憤怒を纏ったベイゴマのように高速回転したまま突進した。あっけなく吹き飛ばされたライボルトは、壁際で伸びてしまった。
ミオ大学の応援席が歓声で爆発した。ユウスケ先輩とシン先輩はハイタッチして抱き合っていた。
「すごい迫力! あたしポケモンバトルがこんなに興奮するものだと思わなかった!」
カオリが席の上で跳ねた。膝の上のパンも一緒になって飛び跳ねた。
「先輩たちも十分すごいけど、ジムリーダーや四天王、それこそ今日来てるチャンピオンのシロナさんなんてもっとすごい試合をする。前に四天王のオーバさんとゴヨウさんの試合を見たけど、自然災害を見てるみたいだった」とケイタ。
「今日見られるかな、シロナさんのエキシビジョン」と僕。
これでミオが一歩リードする形となった。残り二回のシングル戦のどちらかが勝った時点で、こちらの勝利だ。
「次は、いよいよマキノ女帝の出番か」
僕はドキドキしながら、フィールドを見守っていた。
しかし、このあと起こる出来事によって、残りの二試合は「幻」となってしまうのだった。
今でもこの時の空気の重苦しさは忘れられない。
僕等が座っていた応援席の脇の階段を、後輩のマサノブが下りていった。トイレにでも行っていたのだろう。その時はそう思った。
カバンを抱えていたけど。
反応したのは、僕のヒート――ガーディである。
(そのようなポケモンの代表例としては、ガーディが挙げられ、警察犬としても最も多く――)
ヒートはいきなり大音量で吠えはじめた。
前の席に座っていた同学年の友達が弾かれたようにこちらを振り向いた。ヒートは吠え続けながらマサノブの方へ駆けていく。
(薬物の発見を、吠えるなどして人間に知らせるようにすることも可能とされ――)
「おいヒート! 待てっ!」
僕は手を伸ばしたが、ヒートはそれをスルリとかわした。
「うわっ! お、おい! なんだよ?!」
マサノブは突然の咆哮に驚き、階段の上で足をもたつかせた。ヒートは絶えずマサノブに向かって――マサノブの抱えるカバンに向かって――吠え続ける。
今や会場中の視線がマサノブとヒートに注がれていた。なんであいつあんなに吠えられてるんだ? あのガーディ、誰のだよ? 早くボールに戻せ――
マサノブは段差に足を取られ、横の座席に尻もちをついた。身体をかばおうと手をつき、そのせいでカバンがマサノブから離れる。
そこからはスローモーションだった。階段を転がり落ちるカバン。それを追う人々の視線。マサノブの表情。
そして階段の下でフェンスにぶつかったカバンからは、白い粉末がこぼれていた――
静かなどよめきと、ヒートの声。
そして僕はカオリの方を振り返ってしまった。
その時の彼女の顔は、あまり覚えていない。
頭が思い出すのを怖がっているのかもしれない。
はじめまして!5595と言う者です。小説の投稿はここで初めてです。 物語がありがちな話になるのですが、頑張ります! あと、場合によっては ほんのわずかに過激なシーンが書かれていることがありますので、(暴力など) 「それでもいいよ」という方だけ見ていって下さい。 宜しくお願いします!
学校といえば授業、部活、友人などなど楽しみにしていることは色々あると思う。
そして、その中に例外なく入っている、一年生の宿泊会といったような学校行事という名のイベント。
タマムシ高校の五月にはこんな学校行事があった。
グラウンドで色々な競技を展開させる体育祭。
[体育祭:開会式前]
五月の下旬も過ぎていき、少しずつ夏の雰囲気が伝わって来る中、
タマムシ高校の体育祭は雲一つない快晴に恵まれた。
グラウンドには学校指定である白いハーフシャツに紺色のハーフパンツの体操着に身を包んだ生徒たちが少しずつ集まっていた。
ちなみに白いハーフシャツの胸辺りにはタマムシ高校の校章模様があしらわれていて、
その近くにはそれぞれの名前が刺繍(ししゅう)されている。
1年F組の黒板に
天侯を操るとされているポケモン――ハクリューが描かれたイラストが貼ってあった。
背景には太陽をモチーフとしたかのような模様が描かれてある。
「やっぱ、オレとドーブルのおかげ?」
「ブルッブル!」
赤色のふちメガネが太陽の光を反射させながら日生川健太と
彼のパートナーであるドーブルは胸を反らしてポーズを決めていた。
「……私は……ポワルンのお守りに……お願いをしました……」
おそるおそる、
握ってあった,『ポワルンの晴れのときのフォルムのキーホルダー』を示しながら、
朱色のツインテールを持つ光沢しずくは恥ずかしそうに言った。
「……まぁ、どっかの馬鹿がポケモンにあまごいをさせなかっただけでも奇跡と言うべきかしらね?」
頭をかきながら開いたおでこに当たった太陽の光が熱そうである朝嶋鈴子。
「……まさか、お前……」
三人からちょっと離れたところから日暮山治斗が一人の少女に懐疑的な目を向けた。
「ウチが、念を込めて『にほんばれ』をしといたからな!」
その正体はロコン――けれど今は10代後半の人間の女子になっている天姫灯夢は
にかっと健康な白い歯を見せながら得意げに笑っていた。
[体育祭:開会式]
「宣誓! 私たちはスポーツマン・シップに乗っ取り、
正々堂々と戦うことを誓います!!」
グラウンドでマイクに乗せて響いているのは一人の代表者の熱い言葉。
鉄製の台に乗っていた代表者は背筋が一直線に綺麗に伸びていた女子で、
頭に巻いてある赤いハチマキが黒髪にその者の意思が強く映っているかのように風になびいていた。
そして空に上げられた右腕はヤル気に満ちているかのように太陽の光を受けていた。
タマムシ高校の体育祭は
各組、一年生二クラス、二年生二クラス、三年生二クラス編成の
フャイアー組、フリーザー組、サンダー組の三組(要するに赤組、青組、黄組)に分かれて様々な競技に挑み、
更に二年生による看板の絵の評価と
そして三年生による応援団をプラスして、
その合計点で雌雄を決するというシンプルなルールで展開されていく。
まぁ、個々の競技に関してはシンプルではないところもあるのだが……それは後に。
一応、補足する形で説明しておくと、グラウンドに設けられたコースは一周200メートルで、
それを取り囲むようにそれぞれの組の席、そして来賓席などがある。
そして、それぞれの組の席――選手席の後ろに例の二年生達が絵を描いた大きい看板があった。
フャイアー組はバシャーモが激しく溶岩を飛び散りさせながら飛翔している絵。
フリーザー組は吹雪を華麗にその身にまとったユキメノコが踊っている姿と、傍らにラプラスが歌っている絵。
サンダー組は何匹のピカチュウが電光石火をかましていて
「おれたちは止まらないぜ!!」というメッセージが込められている絵。
無論、その看板の絵達に健太とドーブルの目から、らんらんとしたものが放たれていたのは言うまでもない。
ちなみにこんな愚痴を残した者がいた。
「……なんで、ロコンが描かれてないやねんっ」
その張本人の手から赤いハチマキの悲鳴が聞こえた。
[体育祭:二人三脚 〜ポケモンの愛を受け止めて〜]
50メートル走や100メートル走をサンダー組が制した後に行われる二人三脚。
「…………改めて、思うんだけどさぁ、このサブタイトルはなに?」
鈴子の呟きは恐らくタマムシ高校の全一年生の心情を示していた。
しかし、二年生や三年生の先輩たちはそろいもそろって必ず言う言葉。
「やれば分かる」
……先輩たちから向けられた微笑みが何を意味指すのかを一年生たちはすぐに知ることになる。
この競技はどうやら一年生限定の競技らしく、
二、三年生の先輩達は懐かしむように、けれど遠い目で見守っている感じだった。
ルールとしてはスタートしたら近くにある用意された二人三脚用の帯を取り、
コースを一周してゴールインするというシンプルなものである……はずだった。
「……なんで、毎回、毎回、おんどれとペアを組まなきゃいかんのや!?」
「……俺に文句を言うな! くじ引きの確率に文句を言え!」
まず、ルールとしてペアは必ず男女で組むこと。
これは気になるあの子と一緒に……という夢がありそうなルールだが……。
「おんどれ……ウチの足を引っ張ったら、しょうちせえへんからな!!」
「お前こそ、リズムをちゃんと合わせろよなっ」
「……ウチのリズム感を甘く見とるやろ、おんどれ」
「正直に言わせてもらうと、心配としか言えないんだが」
「おんどれはどこまでウチのことを馬鹿にすれば気が済むんや!?」
「いつも言いたかったけど、お前も同じことをしてるんだからな!?」
…………このように、組んだ相手によっては残念な結果が待っていたりすることもある。
まぁ、ケンカをすればするほど仲が良い……と言い換えることができる…………かどうかは不明だが。
「それでは、位置に着いて……よーい、スタート!!」
ピストル音が空に向かって放たれ、最初の組がスタートした。
スタートから10メートル進んだところにテーブルがあり、
そこに待っているかのように鎮座している各組の帯を手に取る。
治斗と灯夢はファイアー組なので赤色の帯を手に取る。
「おんどれは変なとこ触るかもしれへんから、ウチが巻くわ!」
「ひどい言いようだな! それっ!」
先程の口ゲンカで上昇した熱をそのままに、灯夢が二人の足を巻き始める。
灯夢の左足と治斗の右足が手早く結ばれて、走りだそうと――。
「な、なんかこれ、すごく走りにくくないか?」
「何やってるんや、おんどれ! やる気あんのか!?」
「そんなこと言われたって……!?」
「あっ! どあほ!!」
盛大に転ぶ音がグラウンドに響き渡る。
前のめりに綺麗に倒れていった。
しかし、それは治斗と灯夢だけではなかった。
他の組の方も見てみると短い悲鳴を上げながら転んでいた。
『こちら、今回の競技に使われている帯は
なんと、キャタピーやビードルたちといった
虫ポケモンたちの協力のもと作られていまーす!!』
拡声器から響いてくる電子音に乗ったカミングアウト。
そう、この競技に使われている帯は
ポケモンの『いとをはく』という技が100パーセント織りこまれている特別製の帯だった。
ポケモンの『いとをはく』という技とは相手の素早さを下げる有効な技――。
「……やっぱり、人間にも効くんだな……」
治斗がおでこをさすりながら呟いた。痛みの衝撃からか、うっすら涙を浮かべている。
足首をひねったわけではないが、
少しばかり重く締め付けられているような違和感が体の中では広がっていた。
「……おんどれ! なに弱気なこと言うとるんや!? 『いとをはく』ごときなんやねん!?」
片手で顔に着いた砂を払いながら灯夢は喝を飛ばした。
…………虫ポケモンが聞いていたら憤慨しそうな言葉だったが。
とりあえず、灯夢とゆっくり立ち上がりながら治斗は答えた。
「そんなことを言われても、困るんだが」
「『いとをはく』を受けた感覚なんて、その内に慣れるもんやで?」
「お前と一緒にするなよっ!」
慣れるなんて……それは灯夢がロコンというポケモンで、
きっとまた昔という名の経験で克服しているかもしれないから、そんなこと言えるかもしれない。
どうすればいいか分からないといった治斗の顔を見て
灯夢はやれやれといった顔で溜め息を吐いてから真剣な顔つきになる。
「ったく、しゃあないな! ええか? おんどれは左足だけを動かせばええ。
おんどれの右足の分をウチの左足で動かす。おんどれはそのとき、右足を踏ん張っておけばええから、な!?」
灯夢の案が不意打ち気味だった為、驚いた治斗だったが
その案からポケモンである灯夢が今の状況を打開することができる唯一の存在だと分かったからである。
「ちょい、おんどれ! ウチの話、ちゃんと聞いとるんか!?」
「あぁ、ワリィ。それで……掛け声とか決めとこうか?」
「ん? あぁ、確かにそうやな。
オー、でおんどれは右足を踏ん張れや。エス、でお互いのもう片方の足を動かしていくで」
「なぁ……それって綱引きじゃあ……」
「細かいことを気にする時間はないやろ! 行くで!!」
灯夢の空手チョップが治斗の胸に入った。
スタートして殆どの組が何度も転んでいる。
「あいつら、また転んでるよ。これで何回目やら」
「おれたちも、あんなときがあったなぁ………………」
「そうそう、転びまくってマジ泣きしたやつもいたよねー」
特別製の帯に踊らされている一年生たちを見守りながら先輩たちが呟いていた。
「この競技ってある意味、一年生に対するタマムシ高校式の愛の洗礼だと俺は思うんだけど」
この一言にその場にいた先輩たちが真顔で頷いたのは言うまでもない。
「それにしても……あのファイアー組の二人、中々いい感じじゃない?」
とある女子の先輩は指を指しながら関心そうに呟いていた。
オー、エス。
オー、エス。
治斗と灯夢の『オー、エス』デュエットは最初はテンポが悪かったのだが、
徐々に治斗も完全とは言えないものの違和感に慣れてきたようであった。
決して速いというわけではないが、遅いというわけでもなく、
第一グループのトップを駆けていたのは治斗と灯夢で、
そして、そのまま一位のままゴールインを果たしたのであった。
他の組もちょっとずつだが慣れてきたようでコースの半分を超えていた。
一位のスラッグが立てられているところに治斗と灯夢は並んで座った。
「……なぁ、お前って『いとをはく』を受けても本当に大丈夫なのか?」
次のグループの雄姿を眺めながら治斗は呟いた。
灯夢は顔の向きは競技をやっている者たちの方に向けたまま、
だが言葉はしっかりと治斗へと向けられていた。
「んまぁ、動きにくくなるちゅうのは本当やけど、あれに比べればな、まだマシなほうやで」
「……あれって?」
「昔な、とある森の中を通り抜けようとして入ったときのことや。
いきなり、ウチの前にキャタピーやらビードルやらケムッソやらがな、
ウチに大量に『いとをはく』を浴びせてきたんや」
思いだすだけでも忌々しいといったように灯夢の顔が苦虫をかんだような顔になる。
「……なんか恨みとか売ったとか……?」
「あんなぁ……なんで、なんでもかんでもウチが何かしでかした風にゆうんや? おんどれは。
ちゃうで? 向こうが勝手にウチに因縁をつけてきたんやで?」
治斗を一回にらみつけてから灯夢が続ける。
「炎ポケモンが森の中に入ってきたら火事になるやろ! って勝手に言われたんや!
……ったく、迷惑な話やでほんまに」
炎ポケモンが間違えて火の粉などでちょっとしたボヤ騒ぎを起こしてしまうことは、そんなに珍しいことではなかった。
一見、偏見のようなキャタピーたちの主張だが、
炎が苦手な虫ポケモンや草ポケモンにとっては死活問題であるから、
一概(いちがい)に彼らを責めることは流石の灯夢にもできなかったのであった。
まぁ……だからといって、こちらから言い分を出す前に
いきなり『いとをはく』の洗礼を受けたというのは灯夢にとって、本当に迷惑な話だったと思うが。
「それで、『いとをはく』をやられて、その後はどうしたんだよ」
このときの治斗の頭の中では毛玉に包まれて顔だけ出しているロコンの姿を思い浮かんでいた。
……なんか可愛いのやら、滑稽(こっけい)やら分からなくなって思わず顔がにやけている。
「痛っ!」
しかし、灯夢の空手チョップが見事に頭にヒットし、治斗の想像が電波の如く途切れた。
「おんどれ……絶対、今、ウチのこと馬鹿にしたやろ……!?」
にらみを更に強く治斗にぶつけて、とりあえず黙らすと灯夢は口をとがらしながらも話を続けた。
「あれから大変だったんやで? あやつらはウチのことを糸まみれにさせた後、人気のいないところに置き去りにしてっ
……口も『ひのこ』が出んように糸を巻かれてしもうたからな、思いっきり、もがくしかなかったんや」
「出られたのか?」
「なんとかやな。のたうち回っている内に糸が少しずつほぐれてきたみたいでな。そいで助かったんや。
…………ただ、脱出するまで二日はかかったから、ほんまに死ぬかと思ったで」
いつの間にか灯夢の視線は競技の方に向けられていた。
そして、その茶色の瞳は遠く昔を見つめているような印象であった。
いつもは経験、経験と自慢話のように語る灯夢を見て、
傲慢(ごうまん)なロコンだという感じは治斗の中にあった。
まぁ……その印象が覆ることはこれから先もずっと叶わそうだが、
それでも灯夢がその経験に裏付けされた、『頼りになるところもある』ということを治斗は思った。
この二人三脚で灯夢が成してくれた結果がなによりの証拠である。
「後は……謙虚、さえあればなぁ…………」
隣から可愛いくしゃみが聞こえてきた。
[体育祭:大玉転がし 〜マルマインの機嫌を損ねるな!〜]
グラウンドに120人が一列に並んでいる。
「なぁ、これって本物のマルマインを使ったりするのかな?」
健太が面白そうなものを見つけたような眼差しをしているが、
本物のマルマインは約66キロあり、人の手の上に転がっていくには難があると思われる。
しかし、スタート時点に置かれている大きなボールは
半分下が赤色、半分上が白色のまさにマルマインの姿であった。
…………ただし、本物のマルマインではない。
この競技は一番前の選手が10メートル先にある大きなカゴの上にある
マルマイン色に染まった大玉を……そっと……下ろし、転がして、
列の一番前に戻ってきたら、大玉を……そっと上げて、
手の上で前から後ろへと転がしていき、
一番後ろに到達したら大玉を……そっと……下ろし、転がして、
20メートル先の赤いコーンをぐるりと一周回り、
再び上げた大玉を後ろから前へと手の上で転がしていき、
最後に一番前に大玉が来たら……そっと……下ろし、転がして、
10メートル先の大きなカゴの上に大玉を……そっと……乗せればゴール。
二回トライし、
最終的に各組の良いタイムを競いあうという競技である。
「……なんか『そっと』っちゅう言葉が強調されてるような気がするやけど」
灯夢のさりげない言葉は、すぐに恐怖という言葉に変換される。
最初にくじ引きで一番を引き当てたサンダー組が競技を開始して
大玉が列からこぼれ落ちた、
刹那(せつな)――。
爆発音がグラウンド、いや、タマムシ高校じゅうに響き渡った。
『そのマルマインさんは繊細な心を持っていますからね〜、
下手に荒い扱いをすると……どーーん!!! ……ですからね〜!!
あっ、ちなみに爆発するとそのチャレンジは失敗ですから気をつけて下さいね!』
拡声器からはまるで他人事のように響き渡るカミングアウト。
グラウンドのサンダー組から当然のようにブーイングが入ってくる。
二、三年生も知らなかったということは、どうやら今年初めての競技らしい。
『ちゃんとパンフレットのルールにも書いてありますよね?
そっと……って。ちゃんとルールは確認しないとダメですよ〜!?』
確かに何かをにおわせていると考えてもおかしくないほどに『そっと』という言葉が強調されていたのは確かである。
言い返す骨を見事に砕かれたサンダー組は仕方なく二回目のチャレンジに移った。
無論、全員に緊張感が疾走したのは言うまでもない。
そして、一回目よりも少しばかり遅くなったというのも言うまでない。
「とりあえず、あの玉を落とさないようにすればいいのよね?」
「……な、なんか……怖い……ですね」
サンダー組の二回目のチャレンジも終わって続いてはファイアー組の番。
ちなみに配列としては三年生を前にして二年生を後ろ、そしてその真ん中に一年生という形になっている。
鈴子としずくが緊張しながら息を飲んでいる傍ら、灯夢は高笑いをしていた。
「だ〜いじょうぶやって! 爆発しても死ぬんわけやないんやからな!」
……灯夢は経験豊かな、齢(よわい)900を超えているロコンだ。
もしかしたら、マルマインの『じばく』や『だいばくはつ』を経験しているかもしれない。
そう治斗が思ったのとスタートの合図であるピストル音が響いたのは同時であった。
「……なぁ、治斗」
「なんだよ?」
隣の健太からの呼びかけだが、治斗の視線は間もなくやってくる恐怖の大玉に向かれている。
だから、治斗の目には映らなかった。
健太が何やらうずうずしているかのように体をちょっと震わしているのを。
「なんか、両手を挙げているところにボールがやって来たらアレをやりたくなるよな?」
「アレって?」
大玉の方に集中している治斗の頭に思考という時間は与えられるわけなく、
そのまま大玉が治斗たちのところに到着した――。
「トス!!」
アレとは恐らくバレーボール。
そして空中で綺麗に弧を描いた大玉は、
列の一番後ろをギリギリオーバーして、そのまま地面に――。
爆発音と数名の悲鳴が空に羽ばたいていった。
「うん、我ながら、いいトスだったんじゃねぇ?」
自分の役割をしっかりと果たしたかのような顔を見せている健太に
すぐさま牙を向けた者が一人いた。
「おんどれは、アホかぁぁぁあ!!??」
ファイアー組全員のツッコミという気持ちが灯夢の拳に乗り、
「ごふぅ!?」
深い殴打音が鳴り響いた。
「……とりあえず、邪魔者は消えたといったところかしら?」
「え……そ、そんな、朝嶋さん……そ、その、言葉は…………」
冷たいものを見るかのような鈴子の視線と
心配そうにオロオロしている、しずくの視線が交わる先には
地面に倒れて、けいれんしているかのいように体を震わせている健太の姿があった。
[昼休み]
引き続き快晴模様が広がる青空の下での食事は心地良いものである。
「うめぇ! うめぇうめぇ!!」
…………先程、灯夢の拳によって負傷を負ったはずの健太が箸を動かす速度を上げていた。
「……なんで、お前は……」
「それにしても宿泊会のときに治斗はすごいパンチを灯夢からもらってたよな? 本当に平気だったのか? あのとき」
「それはこっちのセリフだっつうの!」
例の恐怖の大玉転がしから一時間後、健太は戻ってきたのだが……
灯夢のパンチで受けたダメージもどこ吹く風といった感じに、けろっとしていた。
おまけに食欲も衰えていないのだから驚きである。
……健太は馬鹿なのか? それとも、なんかすごいヤツなのか?
治斗の悩みが一つ増えたかもしれない今日この頃である。
「それにしても……これ、本当にいただいちゃっていいの? 日暮山君?」
鈴子も箸を動かす速度を上げながら尋ねていた。
今、この状況を説明すると、
青空の下、中庭にて、広げたブルーシートの上に
治斗、灯夢、鈴子、しずく、健太の五人が座り、
漆黒に漆塗り(うるしぬり)された五重箱を囲む形になっている。
「いいよ、いいよ。楓山さんも皆で食べて下さいって言ってたし」
灯夢が気にしないでいいといった感じに手を振り、笑いながら答えていた。
実は大家代理――治斗と灯夢が一室借りているアパート『楓荘』の楓山幸が体育祭のことを聞き、
なんと応援する形で立派な五重箱の弁当をこしらえてくれたのだ。
きんぴらの煮付けや、
ほうれん草のソテー、
唐揚げや、
デザートには角切りされたモモンの実や
その他諸々、
なにせ五重箱であるから種類が豊富にありすぎて、
それぞれの品目を語っている内に料理が冷め過ぎてしまう。
「いいよな〜、こんなにウマい料理を作れる女の人がいてさ……その内、その楓山さんと治斗が恋に落ちてからの……」
「んなわけ、あるか!!」
健太の勝手な妄想を止める為に治斗はわざと声を荒げた
「……なんか、どこかで聞いたことのあるような……ないような……」
健太の勝手な妄想に何か引っかかるらしい鈴子であるが、
……何に引っかかったのは、ご想像にお任せする。
「なぁ、治斗。今度お前の部屋に行ってもいいよな?」
健太の不意打ちにも似た訪問希望に治斗は思わず口の中に入っているお茶を吹き出しそうになり、
慌てて飲み込んだ後は、むせて、ゴホゴホとせき込んでしまう。
灯夢のほうも若干、目を強張らせた。
……実は治斗と灯夢が同じ屋根の下の同じ部屋で生活していることは二人だけの内緒にしていた。
「う〜ん、確かに気になるわよね」
「……わたしも……ぜひ……行ってみたい……です」
興味深そうに治斗を眺める鈴子と珍しく積極的なしずく……はさておき。
内緒の理由はただ一つ。
「なぁなぁ! いいだろ!? いいだろ!?」
コイツ――健太みたいなヤツにばれたら、なにかと面倒なことがあるかもしれないからである。
……まぁ、一緒に住んでいることになにかと言われても恥ずかしいし、
なにより、灯夢の正体がばれてしまう可能性が比較的に高そうであった……というのもあったりなかったり。
ちなみに、登下校も最初だけはなんとなく一緒にしていた治斗と灯夢だったが、
疑惑をかけられるかもしれないと思いついた、それ以降からは別々に登下校をしている二人である。
「俺の部屋は散らかっているからダメだって!!」
恐らく部屋に来ないで欲しいときによく使われていそうな言葉から始まり、
延々と昼休みが終わるまで、言い訳を語り続ける羽目になった治斗であった。
一方、灯夢はというと、あとはコイツに任せておけば大丈夫かと開き直り、
のんびりとデザートのみたらし団子を食べ始めるのであった。
そして治斗のほうは今日一番に、どの競技よりも体力を使う時間帯となったのであった。
[体育祭:借り物競走 〜おたくのポケモンちゃん、いらっしゃい♪〜]
……今度こそは裏も何もない(ハズ)の競技、その競技名、そのままである。
ざっとしたルールはスタートした選手がグラウンドの真ん中に放置されているいくつかの封筒を
一つだけ取り、封筒の中にある手紙に書かれている『お題』に沿って誰かからソレを借り、
その『お題』の理にかなっているかどうか審査してもらう場所へと向かう。
OKが下れば、後はゴールインするだけである。
「サブタイトルからして…………どなたかのポケモンを……借りてくるという……ことですよね……?」
しずくの呟きに反応した一人の先輩が――。
「…………今年はケガ人が出なきゃいいけどな…………」
警戒するかのように独り言をこぼしていた。
「位置について……よーいドンッ!!」
ピストル音が昼下がりの空に放たれたと同時に第一グループの六人が走り出した。
ファイアー組では、しずくが封筒を拾い、中の手紙を読んでみる。
そして、すぐに来賓席のほうに走って行った。
「……あ、あの……強いポケモンを……持っている方っていっらしゃいますか…………?」
しずくの声の音量は比較的に小さいのだが、『お題』が書かれた紙を前に出しながらだったので、
どうやら伝わったらしい。
「じゃあ、おれの自慢のマタドガスを連れていきなよ!」
一人の30代と思われし男性が率先してしずくに近寄ろうとする。
しずくの視線はその男性のほうに向かれていて分かってなかったが、他の五人もまだ何も借りていないところから、
このまま行けば、しずくが一位を取れるかもしれない――。
「いやいや! オレのペルシアンのほうが強いって!!」
別の男が手を突然挙げながら。
「ちょっと!! わたしのカゲボウズちゃんのほうが強いに決まっているでしょ!?」
今度は大人のおねえさんが立候補。
「僕のニドクインが――」
「あたしのアーボックだって――」
「自分のスピアーの針には誰にも――」
次々と自分のポケモンを推してくる状況にしずくは戸惑ってしまう。
一体、誰のポケモンを借りていけばいいのかという問題もそうなのだが、
それ以上に異様な雰囲気が辺りを包みこんでいっているような気がしてならなかった。
残念ながら、「どうぞどうぞ」というオチにはなりそうになかった。
「てめぇ、そこまで言うならポケモンバトルで決めようじゃないか!!」
「言ったわね? 痛い目にさせてあげるんだから!!」
「なに話を勝手に進めているんだよ、おまえら! 上等じゃねぇか!!」
……絶対にならない。
皆、自分のポケモンが大好きなのである。
そして自分のポケモンが一番! なのである。
…………だからこその本気がここで生まれて、
それで去年はヒートアップしすぎてケガ人が出たというわけである。
「あ……あの……う……」
一人、置いてかれている感が漂っている、今にも泣きそうなしずくであった。
…………結局しずくはあの状況をどうにかすることはできずに、そのまま最下位に。
そして続く第二グループでは治斗が走ることになっていた。
「……大丈夫かな、あそこ、まだバトルしているんだけど」
依然とポケモンバトルを繰り広げている人たちを眺めながら、
そして、どうしようもない不安を胸に抱えながらもピストル音を捕えたその体は走り出した。
封筒を拾い、『お題』を確認してみる。
「……………………絶対、これ、意図的に、ああいう状況を作ろうとしてるだろ……!?」
思わず疑いを込めた溜め息をつく治斗だったが、このまま立ち止まっていても仕方がないので、
諦めて、
でも意を決するかのように、
来賓席へと走って行った。
「すいませーん! どなたか、すごく可愛いポケモンをお持ちでしょうかー!?」
治斗の声が人々の中へと消えていった後――。
「なら、わたくしのプリンちゃんを……」
快く立候補してくれたのはいかにもセレブそうな高価な服を着ている女性が――。
「ちょっと待ってよう! アタシのカゲボウズちゃんのほうがかわいいよう!!」
横槍のごとく一人目。
「あら、わたしのエネコのほうが毛並みも美しくて可愛いですわ」
納得がいかないような感じで二人目。
「な〜に言ってんのよ! 私のオタマロちゃんをよく見てってば! ちょーう渋かわいいべっ!?」
我慢ならないといった感じで三人目。
「フン! しぶ可愛いなら、アタイのイシツブテのほうが100倍いいね!!」
対抗心を『だいもんじ』のごとく燃やして四人目。
他にも次から次へと、自分も負けじと立候補してくる人たちに治斗もたじろぎそうになる。
置いてかれる感覚……光沢さんの気持ちが分かるなぁ……といった感じで半ば諦めを込めた溜め息をもらした――。
「えっ?」
刹那(せつな)――。
治斗は自分の太もも辺りから何かぶつかった感覚を受けた後、
思いっきり転んでいた……いや、正確には6〜7メートルぐらい吹っ飛ばされていた。
はたから見ればド派手に転ばされたはずなのだが……
先程の自分のポケモンを立候補してくれた人たちは熱い口論を交わしているようで、
治斗のことなんか忘れてしまっているようだった。
それはなんだか治斗にとっては残念なお知らせであったが、
治斗の上に乗っているもの――ロコンにとっては都合が良かったかもしれない。
「!! おまっ、まさか……灯夢、なのか……?」
赤茶色の頭の巻き毛から踊っている白銀色のかんざしがまさしく証拠だった。
ロコン――灯夢は肯定を示すかのように笑顔で一言鳴くと、
治斗を押し倒したまま、その可愛らしい顔を治斗の耳元に寄せた。
「……おんどれ、ウチを連れていくんや……ええな?」
流し目で治斗を覗く(のぞく)その瞳は鋭利な刃物のように光っていた。
逆らえば、この場でゼロ距離『かえんほうしゃ』か、首元に『かみつく』だろう。
背中に冷や汗を若干、流しながら、とりあえず、治斗は黙ってうなずくと灯夢はすぐに治斗の体の上から下りた。
それに続くように治斗も立ち上がり、辺りを確認してみると……。
先程の自分のポケモンを立候補してくれた人たちは依然と熱い『うちの子はねぇ……』を繰り広げていた。
そして、他の選手がまだ何も借りられていないところから、このまま行けば自分が一位になると判断し、
すぐさま、灯夢と走り出した。
……もしかして、灯夢はこの時を待っていた、かも……?
そんな疑問を胸に抱きながら。
[体育祭終了後……楓荘の一室にて]
なんとか無事に……かどうかが分からないところが所々にあったのだが、
とりあえず体育祭は熱気に包まれている中、閉幕した。
優勝組はサンダー組で、徒競争系の競技で大勝したことや看板の絵で高得点を取ったことが大きかった。
二位はフリーザー組で、応援団では一番の高得点だったが、いま一歩届かず。
「あん! もう、悔しいったらありゃしないで!!」
「……だからって、そんなにみたらし団子をヤケ食いするなよ」
そして治斗と灯夢の所属していたファイアー組は残念ながら最下位であった。
看板の絵の得点がイマイチ伸び悩んだのと、全学年でやる競技に負けてしまったのが主な敗因である。
とにかく勝負に負けて悔しい灯夢は帰り道で購入した大量のみたらし団子を
皿の上にこれでもかというぐらいに山積みした。
……仮にみたらし山と呼ばれる、その山は五合近くまで削り取られていた。
「これから一応打ち上げもあるんだからさ、あんまり食いすぎんなよ?」
「おんどれはちょい黙っとれや! ウチは、モグ。 みたらし団子をなぁ、モグ……んっ!?」
灯夢(元のロコンの姿)の手が突然止まったと思いきや、徐々に灯夢の顔が青ざめているような……。
治斗は慌てて灯夢に緑茶を差し出した。
乱暴に治斗の手から緑茶を奪った灯夢は急いで大きな音を立てながら流し込んで、大きく一息つく。
「……し、死ぬかと思ったで……」
「だから言わんこっちゃない」
とりあえず、危機的状況がくれた効果だからか
頭が冷えて落ち着きを取り戻した様子の灯夢を見ながら治斗は思いついたかのような顔になった。
「なぁ……借り物競走のときのことを覚えているか?」
先程の嵐のように俊敏にみたらし団子を取る小さな手はそこにはなく、
ゆっくりとみたらし団子を再び食べ始める灯夢は当然と言いたげに首を縦に振った。
「可愛いポケモンを探していたときさぁ…………」
助けてくれたんだろ? という治斗の言葉の前に灯夢が割って入ってきた。
「ウチが一番、可愛いに決まっとるやろ?」
……改めてお礼を言おうとした治斗の顔が若干ながらも曇り始めた。
そんな治斗の様子も知らずに灯夢が続けた。
「というより、ポケモンの中ではロコンが一番可愛いに決まってるんやん!
まぁ、ウチはそのロコンの中でも一番可愛いっていう自信があるんやけどな!」
後ろ足で立ち上がり、
一つの片手に串に刺さっているみたらし団子。
もう一つの片手を腰に当てて、
当然だと語った、
ロコンが治斗の目の前にいる。
治斗は思う。
……謙虚、さえあればなぁ……
向かい側から可愛いくしゃみが鳴った。
5
「お気楽な大学生」でいるのは、もうやめよう。
あの日、ケイタの話を聞いて僕は本気でそう思った。ケイタのいう「バカなみんな」に含まれるなど願い下げだった。だから僕はこうして土曜日にも関わらず、定期戦前日にも関わらず、大学のパソコン室で一人「ドラッグ」について色々調べているのだ。
なんかすごく単純な人間だなと自分でも思う。けど、あの日は確かに心を動かされた。
覚醒剤って、色々呼び方があるんだな。「シャブ」とかは聞いたことがある。「アンパン」って、ホントかよ。
そして僕はこの日、知ってしまったんだ。
それは、百科事典サイトの「覚醒剤」の項目のうち「ポケモンによる発見方法」という一項を見たときだ。
「一般に、嗅覚の発達したポケモンは覚醒剤やその他の薬物をその嗅覚により敏感に察知し、訓練すれば、薬物の発見を、吠えるなどして人間に知らせるようにすることも可能とされている。そのようなポケモンの代表例としては、ガーディが挙げられ、警察犬としても最も多く使用されている種である」
しばらく動くことができなかった。
まさか。
携帯電話を取り出し、履歴で番号を呼び出して電話をかける。
三回のコールで相手が出た。
<もしもし、シュウ?>
「――カオリか?」
<うん――どうかしたの?>
僕の声の調子が伝わったのか、少し心配そうにカオリは尋ねた。
「や、その……」
カオリの声を聞くと、途端に問い詰める気が失せてしまった。待て待て。考えてみれば早とちりっていう可能性もある。
彼女がそんなはず――
<ねえ、どうしたの? 大丈夫?>
「あ、ああ。声。カオリの声、聞きたくなって」
カオリは電話の向こうでクスクスと笑った。
<シュウそんなこと言う人だっけ? 変なのーっ! やっぱり『変わってる』ね>
「そ、そんな笑うことないだろ? 悪いかよ? 用事もないのに掛けちゃ」
<ううん、嬉しい。すっごく>
ちょっとでもカオリを疑った自分を責めた。やっぱり、そんなはずない。
<あ、そういえばね! 明日バイトの休みとれたの! だから定期戦、見に行ってもいい?>
定期戦は明日、コトブキのスタジアムを貸し切って行われるのだが、観覧は自由である。
「ホント? あーでもおれ弱いからさ。負けるとこ見られるの若干恥ずかしいんだよな」
<でも――見に行きたいんだもん>
最近、彼女なりに味をしめたのか、少しわがままな口調でモノを言うようになった。言わずもがな、こういうのには僕は弱い。
「負けてうなだれるおれのこと見てガッカリしないならいいよ」
<どうかなー? あー、うそうそ! ガッカリなんてしないから! じゃあ見に行くね!>
僕は最後に時間を伝え、一緒に帰る約束をしてから、電話を切った。
そして、もう一度パソコンの画面を見つめた。
考えすぎだ。そうに違いない。
あの時はたまたまヒートが不機嫌で、カオリが香水でもカバンに入れていたんだ。きっとそうだ。
そう、有り得ないんだ。"彼女が薬に手を出している"だなんて。
あの子は「バカ」なんかじゃないんだから。
6
僕にとって「波乱の幕開け」だった。
定期戦個人トーナメント「二年生の部」第一回戦。僕はなんと勝ってしまったのだ。
相手はコトブキ大二年のチャラチャラした男で、鼻にピアスまでしていた。彼の手持ちはグライガー。
ミオジムで飛行タイプ相手に試合をしたこともあって、相手がスピードで上回っていても焦らずに対処できた。ヒートは相手が疲れたところを見て、ここぞというタイミングで火炎放射をヒットさせたのだ。
相性や運に助けられたわけでもない、公式戦初めての勝利。応援席をふと見やると、カオリがマリルを抱いて、手を振ってくれた。
逆に第二回戦は、相手のカメールにものの数秒で負けてしまった。これはしょうがないよね? うん。
二年生の個人トーナメントを制したのはやはりケイタだった。しかも決勝戦でさえかなり余裕を持っての勝利だった。とんでもないやつが親友だったんだな。
「そう言えば、シロナさん来てないですね?」
ふと思い出し、僕はマキノ先輩に訊いた。
「理由は知らないけど、遅れて到着するみたいよ。忙しい人だからしょうがないんじゃない?」
ちょうど目玉であるチーム戦が始まろうというとき、シロナはやっと会場に姿を現した。
僕の目には――あんまり大きな声で言うと女子たちに殴られそうだが――仕事で遅れたというより、たった今起きたような身なりだった。ほら、寝癖。
それでも、確かにオーラがあった。
シロナが座った席の近くにいた女の子たちの中には、興奮しすぎて泣きそうになっている子までいた。日本人に金髪って似合わないと思っていたが、取り消す。この人だけは似合っていると思った。寝癖ついてるけど。
「ただいまより、定期戦第二部、コトブキ大学対ミオ大学のチーム戦を開始いたします」
アナウンスを聞きながら、僕はカオリのいる応援席に向かった。回復の終わったヒートと一緒に階段を上がる。
「お疲れ様。カッコ良かったよ、すっごく」
「サンキュ。二回戦目は運が無かったな」
僕はカオリの隣りに座った。ヒートの様子を見ていたが、大人しく僕の隣りの席におさまったので少しほっとした。前の方の席にシロナの金髪が目立っていた。
「なお、チーム戦の開始に先立ちまして、ただいまお越しいただきました、シンオウ地方チャンピオン、シロナ様より、選手の皆さまへメッセージを頂きたいと思います」
会場に拍手が沸き起こった。
シロナは関係者からマイクを渡されると、開口一番「寝坊しました! すみません!」と頭を下げた。
多少なりとも緊迫していた会場は、一瞬にして笑いこけた。
「昨日遅くまで麻雀してまして、負けまくって飲みまくって、もう散々! ああ、ええと、選手の皆さんへのメッセージですよね……。とにかく、ポケモンバトルは簡単です。「かん」とか「りーち」とかわけ分からないルールは全くありませんから。勝敗を分けるのは、最終的には気持ちです。あなたの本気がポケモンに伝われば、ポケモンも本気であなたのために戦います。皆さんの本気、ここで見させてもらいますね。あとはそうですね、逆に張りきりすぎて、ポケモンたちにあまり怪我させないように、ほどほどに」
会場は再び拍手に包まれた。さすがチャンプ、良いことを言う。それよりこの人、カンもリーチも分からないのか――
なにはともあれ、チーム戦の開始だ。シングルバトルが四戦と、ダブルバトルが一戦。マキノ女帝を始め、先輩たちの中でも特に実力のある人たちが出場するので、かなり見モノである。
対戦カードも、勝敗を分けるひとつのポイントである。
相手の主力メンバーが前半にくるか、後半に来るかを見極めて、こちらは前半に主力を当てて、一気に攻め込むのか、後半に主力を回し、長期戦に備えるのか。裁量ひとつで結果を左右しかねない。
選手層の厚いミオ大は、後半に四年生を回した。三年生の先輩二人が、一、二回戦に出てきて、マキノ先輩や他の四年生組はベンチに座っている。
「奥のフィールドの背の高い人が、三年で一番強いコウタロウ先輩で、手前のボブカットで背のちっちゃい女の先輩がマイ先輩。特にマイ先輩の試合は面白いからよく見ておくと良いよ」
僕はバトルには疎いカオリに時々解説することにした。
試合スタートの合図が鳴り響き、会場は喝采と叫び声に包まれた。
コウタロウ先輩はいつもお馴染のキュウコン、対するコトブキ大の女の子はキングラーだ。
「あ、あれまずくない? キュウコンじゃタイプが――」カオリが少し身を乗り出した。
「いいや、気を付けるのはキングラ―の方だ」そう言ったのは、後ろの席にたった今座ったケイタだった。「や。お二人さん」
そう、コウタロウ先輩のキュウコンはこういう場合、決して真っ向から勝負しようとしない。悪い言い方をすると「姑息な手段」で相手を弱らせていくのがあの人のキュウコンだ。
一方で手前の試合では、マイ先輩のトゲチックと相手のトロピウスが対峙していた。
先に動いたのはトロピウスだ。背中の大きな葉の面積をさらに大きく広げている。葉脈が、いつしか眩い光を放ち始めた。
「いきなりの大技だ。受け切れるかな」と僕。
トロピウスが大きく振りかぶると、その口から巨大な光の束が発射された。
ソーラービームがトゲチック目がけ飛んでいく。
「光の壁だ」ケイタが呟いた。
ソーラービームがまともにヒットし、大ダメージは避けられないと思ったが、巻き上がった埃が晴れると、トゲチックの前にはひび割れた透明な壁が現れていた。
ミオ大の応援席側から歓声が上がる。
「すごい……」とカオリはため息を漏らした。マリルをきゅっと抱きしめる。
「ほら、よそ見してたらもうキュウコンが勝ちそうだ」ケイタが奥のフィールドを指差した。
コウタロウ先輩のキュウコンが相手のキングラ―を完全に制していた。キングラ―はまるで酔っ払いのように、左右だけでなく前後にもフラフラしているし、ところどころ火傷のあともあった。
「素早さで勝るキュウコンが、相手の技を見きりつつ、怪しい光のあと、鬼火。そんなとこだ」
「えげつね……」ほどなくして自分のハサミさえ支えられなくなったキングラ―を見て、僕はもらした。
コウタロウ先輩の勝利が決まり、再びミオ大の応援席がドッと沸いた。
「あ、ほら! マイ先輩のトゲチック見て」僕は指をさした。
トゲチックが両手の人差し指を左右に振っている。まるで何かを占っているかのように。
「あれ、何してるの?」と、カオリが不思議そうに尋ねた。
「見てれば分かるよ。さて、何が出るかな」
マイ先輩の戦い方――それはとことん「運勝負」なのだ。
トゲチックの人差し指が止まって、まっすぐ上を向いた。来る――
トゲチックの身体が内側から赤くなり始めた。まるでストーブの奥に灯る炎のように。熱を帯び始めているのだ。
次の瞬間、トゲチックから同心円状に爆風が巻き起こった。応援席までむせかえるような熱風が吹いた。
「ごほっ、ごほっ――運が無かった。よりによって自爆とは……」
僕はむせながら言った。隣りでヒートが顔をぶるぶると振っている。
「え? じゃああの子死んじゃうの?」自爆と聞いて、カオリはびっくりしているようだった。
「大丈夫だよ。自爆って言っても、要は自分の熱エネルギーを放出するだけなんだ。それに『指を振る』は自分の保持するエネルギー以上のことは出来ないようになってる。例えばマルマインなんかが自爆したら、こんなもんじゃないよ」
マイ先輩は、煤がついてぐったりしているトゲチックに駆け寄り、なにか語りかけた後、ボールに戻した。
彼女は立ちあがると、袖で涙をぬぐった。
「マイ先輩は、いつもは凄い強運の持ち主なんだ」ケイタは暗い声を出した。「一時期、七割くらいの確率で相手の弱点の技が出てた。そんな戦法をとるのは普通は無理、かなりの『異端児』だよ――でも、偶然とはいえ、責任感じちゃうだろうな。先輩」
今度はコトブキ大側の応援席が湧き立った。これで一対一。勝負はまだまだ分からない。
4
定期戦が近づいていた。
我らがポケモンバトル・サークル「ヘル・スロープ」は週に一度の集会で、サークル部屋に集まっていた。
総勢二十四人。これだけいるとさすがに狭い。
突然なんだ? と思われましょう。説明はマキノ代表にしてもらいます。
「定期戦まであと一週間を切ったわ。今までコトブキ大には五年連続で勝ってるとは言っても、チーム戦では毎年三対二。辛くも勝利を収めてる状態よ。出場する選手は気を引き締めてちょうだい。ポケモンのコンディションも整えておくこと。それに学年ごとの個人戦は全学年制覇したのは三年前。今年も狙いに行くわよ」
大体分かったでしょうか?
毎年十一月の末にミオ大とコトブキ大で定期戦が行われる。これはいわゆる「早慶戦」のようなもので、ライバル同士の対決なのだ。
大会の目玉はなんといってもチーム戦。毎年大体四年生か三年生から六人(ダブルバトル一回を含んだ、全五回戦なのです)選出されて、ちょうど卓球の団体戦の要領で順番に戦っていく。このチーム戦で、わが「ヘル・スロープ」は五連勝しているので、なんとしても六連勝目も収めたい、というところなのだ。
その他に、個人戦がある。学年ごとのトーナメント形式になっていて、両チームエントリー数は無制限。僕も出場する予定だが、同学年でケイタがいるおかげで優勝など無理ということは最初からわかっている。なに諦めてんだって? いやいやしょうがないでしょ。
「それと、みんなに大ニュース」マキノ女帝はかなり興奮気味に言った。「今回なんと、会場にシンオウ地方のチャンピオン、シロナさんが来るそうよ!」
部屋中が一気に沸いた。
それもそのはず、シンオウ地方チャンピオンということは、このシンオウ地方で最強ということなのである。おまけにシロナさんは、時々女性誌の表紙を飾る「モデル」として活躍していることでも有名なのだ。女子がキャーキャー言うのは、そういうことだ。
「みんな! シロナさんの前で良いとこ見せちゃうわよ!」
「オーッ!!」と、全員が声を合わせた。
「驚いたな。チャンピオンがお出ましとは」
次の講義があるので足早にメンバーが部屋を出ていく中、ケイタが呟いた。
「エキシビジョンとかやんのか?」僕はリュックを肩に掛けながら言った。
「さあ。でもちょっと期待しちゃうな」それからケイタは部屋を出ていこうとして、僕の方を振り向いた。「お前今日はもう授業ないだろ? ジム行かないか?」
ジムとは当然、ミオジムのことだ。
「いいね」
ということで僕たちは、大学から「下山」し、運河沿いに並ぶ店やホテルに混じって、ひときわ大きく目立っているミオシティジムを訪れた。
ここのジムリーダーはトウガン。鋼ポケモン使いで有名だ。
ジムは普通、ジムリーダーに挑戦するばかりではなく、そこに集うトレーナー同士での試合を通してトレーニングする場でもある。僕たちの目的は当然後者だ。
もっとも、今週末に迫った定期戦の前に、ポケモンたちにそう無理をさせることはできない。最後の調整と言ったところだ。
受付を済ませ中に入ると、ちょうどテニスコートくらいの大きさのバトル・フィールドが四つ、僕たちを出迎えた。そのうちの奥のひとつだけが今、試合の真っ最中だ。
「平日は人が少ないな。奥で戦ってるやつに声かけてみるか」ケイタはそう言って、スタスタと奥へ歩いて行った。
奥で戦っていた二人のうち、一人はジム・トレーナーらしき男性で、使っているのはエアームド。対するもう片方は女性で、ピジョンを巧みに操っていた。
「おお、空中戦!」
僕は感嘆の息を漏らした。
お互いのポケモンは目にも止まらぬ速さで空中を旋回しながらヒット・アンド・アウェイを繰り返している。しかし、鋼タイプというのが効いているようで、エアームドの方が優勢のようだった。
予想通り、最後はエアームドがとっても堅そうなその翼でピジョンを打った。ピジョンは痛そうな鳴き声を出し、弱々しく地上に降りた。
「勝負あったみたいだね」エアームドの男性が言った。
「あちゃー、ちょっと無理させすぎちゃったかな? 大丈夫、アズ?」女性の方はピジョンの方に駆け寄り、その翼を撫でた。
「お疲れ様でーす」僕たちは二人に声をかけた。
ご紹介しましょう。男性の方はタカユキさん。やはりこのジムの在住トレーナーだった。良く見るとかなりガタイがいい。女性の方は僕たちと同じミオ大学の四年生で、名前はユリエさんだ。社会人かと思うほど、大人なオーラを持っていた。
トレーニングしたいことを告げると二人とも快く付き合ってくれた。
二人のポケモンを回復させた後、四人で総当たり戦を行うことにした。
本当ならここでの全試合を分かりやすく解説したいところなんだけど、試合後の僕にはそんな気分にはなれない。
だって、全敗しちゃったんだから。本番前にこれは落ち込むよ。
ケイタのレントラーにはもちろん敵わなかった。他の二人の鳥ポケモンにもスピードで完璧に翻弄され、タイプ的にいけると思っていたエアームドに対しても、火の粉をかすらせることもできずに終わってしまった。ケイタは逆に全勝していた。
「へえ、じゃあ二人ともミオ大学の学生さんだったんだね」そう言ったのはタカユキさんだ。
全試合が終了したあと、ポケモンの回復を待つ間、休憩室で雑談していた。一人社会人のタカユキさんは飲み物をおごってくれた。
「ケイタくんだっけ? どおりで強いわけだ。ミオ大のレベルが高いことは聞いているよ」
そう言われているケイタの横で、僕は小さくなっていた。
「定期戦が近いので、エルクもかなり張り切って挑んだんだと思います」ケイタはそう答えた。
「『ヘル・スロープ』って言ったら、学内でもかなり有名だよね。二人とも、定期戦頑張って」ユリエさんの笑顔は癒される。
訊けば、タカユキさんとユリエさんは恋人同士なのだそうだ。
その後は四人で――ほとんど僕以外の三人が話していたが――試合の総評をしていた。タカユキさんから「焦り過ぎてるから、もう少し落ち着いて」とか、ユリエさんから「指示がちょっと多いかも。もっとガーディに試合を任せる感じでもいいと思うな」というアドバイスももらったが、実践でしっかり活かせるかどうかは……分かってます、僕次第ということは。
「ちょっと、お訊きしたいことがあるんですが」
ケイタは突然タカユキさんに切り出した。
「ん、何だい?」
「――麻薬、ドラッグの売買が、最近ミオでも広まっていると聞きます。タカユキさんは聞いたことありませんか?」
こいつまたその話か。どうしてケイタはこの話題にこだわるんだろう? 本当かどうかも分からない「噂」なのに。
ところが、タカユキさんの反応は全然想像と違ったんだ。
「ミオ大の学生の耳にも届いているんだね。トウガンさんも、事の真相を突き止めようと、シンオウ警察と一緒に捜査に当たっているんだが――恐らく事実だ」
「何か、証拠みたいなものを掴んだんですか?」ケイタがさらに問いかけた。
「このミオにも、昔から手を焼いている暴力団がいるんだ。規模は小さいんだが、最近例のロケット団の傘下に入ったらしい。それが証拠とまでは言えないが、恐らくこのミオに今までの比じゃない量のドラッグが流れ込んでいる」
「ホントですか?!」
僕は思わず叫んでしまった。
この平和ボケの象徴のようなミオシティに、暴力団がいたこともびっくりだったが、その暴力団とあのロケット団が繋がった? ドラッグが流れ込んでいる? 信じられなかった。
「似たような話、聞いたことある」ユリエさんが初めて緊張した声を出した。「同じゼミの後輩の話なんだけどね、友達とミオの居酒屋で飲んでたら中年の男に声をかけられて、薬とかそういうものに興味ないかって言われたらしいの。その子は断ったんだけど、その男の話だと、大学生ならみんなやってるとか、自分も学生にいくつか売ったとか、そういうことを言ってたんだって」
「――でたらめだと信じたいな」ケイタが呟いた。
「恐らく、その男は暴力団の関係者だろう。トラブルにならなくて良かった」タカユキさんは続けた。「みんなも、ドラッグを使おうなんて思うことは絶対ないとは思うが、気を付けてくれよ。高校生や、君らのような大学生が一番狙われやすい」
僕とケイタはミオシティジムを後にした。
なんだかトレーニングで全敗したことよりも、後の話の方が何倍も落ち込んだ。
シンオウ地方でも随一の観光都市として、ミオは街を飾り、運河を中心に華やかな社交ダンスを優雅に踊っている。しかしその一方で、そのドレスの中身は黒々と変色し、触れたら粘つきそうなほどの混沌が絶えず渦巻いているのだ。
「なんか、嫌になるな。ピンとこないのに事実そういうことが起こってるのって」僕は呟いた。
「弟がいるんだ」
ケイタは歩きながら静かに話し始めた。いきなりなんだ?
「クソ真面目な奴でな、ちょっと壁にぶつかるとすぐにストレスをため込んじまう。なのにおれたち家族がそれに気付いてやれなかったせいで、あいつは覚醒剤に手を出した」
僕はびっくりして目を丸くした。そんな話、聞いたことなかった。ケイタがこの話題にこだわるのは、そういうことだったのか。
「病院で治療受けて、今は退院して、なんとか大学受験に挑もうとしている。ただ、薬から完全に逃げ切れたわけじゃないんだ。いつまた手を出すか分からない。見守ってなきゃいけないんだ」
ケイタは、少し後ろを歩いていた僕の方を振り向いた。
「少しはピンときたか?」
僕は冷や汗で、背中がびっしょりだった。
「――ケイタ、お前どうするつもりなんだ?」
太陽が傾いて、すごく眩しかった。ケイタは少し下を向いて笑った。
「考え中。でも今出来ることは、ミオ大学の連中を守ることだ。みんなバカだから、簡単に薬に手を出して、やめる時も簡単だと思ってやがる。そういうやつらは――守ってやらないといけないんだ」
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