マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1554] #117202 「未知のノイズ復号器」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/07/10(Sun) 20:16:30     26clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #117202

    Subject Name:
    未知のノイズ復号器

    Registration Date:
    2007-02-21

    Precaution Level:
    Level 2


    Handling Instructions:
    機器#117202はジョウト地方キキョウシティ第七支局の中異常性物品保管庫に収容し、70cm×120cm×90cmの鉛製金庫に保管してください。機器#117202は常に活性化した状態であり、非活性化する方法は確認されていません。このため、事前承認を受けた実験目的以外での持ち出しは一切禁止されています。

    機器#117202を使用して得られた音声記録(音声記録#117202)は記録日時順に整理して保管します。音声記録からテキストへの書き出しは、当局が保有する音声認識装置を使用して自動的に行われます。音声記録の解析に際しては、耐ミーム侵襲機構を備えた専用端末を使用しなければなりません。解析結果はサマリーとしてまとめ、インデックス化して保管してください。


    Subject Details:
    案件#117202は、ある特定の波長を受信することにより未知の音声記録を再生する携帯ラジオ型機器(機器#117202)と機器#117202により生成された音声記録(音声記録#117202)、及びそれらに掛かる一連の案件です。

    機器#117202が発見されたのは2007年初頭のことです。ジョウト地方キキョウシティ第七支局に、キキョウシティ南方にある古代遺跡群「アルフの遺跡」の管理担当者から「八日間の無断欠勤をした職員の家から、不審な声が聞こえてくる」との通報が寄せられました。警察当局とともに局員が当該職員の自宅へ踏み込んだところ、死後三日程度が経過したと推定される職員の遺体と、雑音の混じった音声を再生し続けているラップトップPC、そして機器#117202が発見されました。職員は手首を大型のカッターナイフで切り裂いており、自殺したものと推定されています。司法解剖の結果は失血死で、特段の異常は見られませんでした。

    機器#117202は外見上黒い携帯ラジオに見える機器ですが、過去に製造された携帯ラジオと一致するモデルは存在しません。イヤホンジャックに加え、底部にUSB1.1のポートを一つ備え付けています。USBポートは少なくとも128GBまでの外部記憶媒体を認識します。外部記憶媒体以外のUSBデバイスは認識されません。表面は一般的な携帯ラジオ機器と一致する外観をしていますが、既知のあらゆるラジオ放送を受信することができません。機器には接合部が確認できず、またネジ止めがされた部位も存在しないため、非破壊での分解検査は未だ実施できていません。製造元を示す刻印やラベルは存在しませんでした。

    職員の自宅からは機器#117202を使用して記録されたと推定される65の.mp3形式の音声記録#117202と、職員が独自に調査した機器#117202の使用方法に関するメモが発見されました。メモからは、機器#117202は古代遺跡群「アルフの遺跡」でのみ放送の受信が可能であること、機器#117202は外部記録媒体への記録を自動的に行うことが確認されました。これは当局がのちに実施した機器#117202に対する試験の結果とも一致するものです。

    機器#117202は古代遺跡群「アルフの遺跡」の圏内(詳細な認識範囲については、資料A-117202-3を参照してください)に持ち込むことにより、数秒から数時間のランダムな時間に渡って音声記録#117202を作成し、セットされた外部記録媒体へ書き込みます。一度音声記録#117202を作成した後は、一度アルフの遺跡の圏外へ出なければなりません。圏外へ出た後再度圏内へ入ることで、新たな音声記録#117202が作成されます。音声記録#117202は.wavのフォーマットで作成され、取扱方法については一般的な.wavフォーマットのファイルと変わりません。

    アルフの遺跡では、一般的なラジオ機器が不明な理由により一切使用できません。これはアルフの遺跡全域で検知される未知の妨害電波(案件#53802「遺跡の妨害電波」として案件登録済)によるものであることが分かっています。機器#117202はこの妨害電波を受信し、本来の放送に復号しているのではないかという仮説が提唱されています。しかしながらその放送は著しく一貫性に欠け、その大部分が何らかの異常性を内包しています。このことから、機器#117202は案件#53802で管理されている妨害電波をトリガーとして、内部で新たな音声を生成している可能性も否定できません。

    押収された音声記録#117202、及び当局が新たに作成した音声記録#117202の抜粋は下記の通りです:


    [音声記録#117202-1]
    記録日時より、機器#117202が活性化されてもっとも初期に記録されたと考えられる音声記録。記録時間5分46秒。十代前半と思しき少女の「誰か聞こえる人はいますか」から始まり、何者かに監禁されていること、発言者から見て外の世界で大規模な災害や紛争が発生していることが切迫した声で語られている。自身の身の上を述べている最中(この時点で発言者の名前が「ひとみ」であると判明)、何者かが巡回しにきたとの発言を残して記録が終了する。自殺した職員は、この音声記録を聞いたことが発端となって音声記録の収集を開始したものと推定されている。

    [音声記録#117202-8]
    ガラスの割れる大きな音が記録されている。記録時間7秒。

    [音声記録#117202-11]
    2008年11月17日時点のカントー証券取引所における26銘柄の株価。記録時間3分13秒。実際の株価との符合性について、将来的に調査が行われる予定。(2008-11-17追記)音声記録#117202-11でアナウンスされた株価は、1銘柄を除いて完全に一致していたことが判明。唯一不一致だった銘柄は、銘柄コード7974で管理される大手ゲーム会社のもの。不一致となった理由は不明。

    [音声記録#117202-14]
    2002年よりサービスを提供しているMMORPG「ファイナルファンタジーXI」におけるゲーム中イベントの再現音声。記録時間7分21秒。アペンドディスクの一つ「アトルガンの秘宝」を導入することでプレイヤーが攻略可能になるイベント「キモいから名前で呼ぶな」(※原文ママ)が該当。ゲーム中のテキストに概ね一致する形で音声が収録されているが、登場人物の一人「Iruki-Waraki」の性別が女性であることを前提としてシーンが展開されている。「Iruki-Waraki」は本来男性であり、また「Iruki-Waraki」の種族は男性と女性で名前の命名規則が厳格に異なっている設定がゲーム世界の中で一貫して存在するため、矛盾が生じている。

    [音声記録#117202-17]
    1962年のアメリカ映画「戦艦バウンティ」の吹替版音声。記録時間179分32秒。当該映画作品がこれまでに吹替版として公開された記録は存在しない。現在確認されている中で最長の音声記録。本来.wavフォーマットは4GBのファイルサイズ制限があり、記録時間から考慮して記録不可能と推定されているが、この音声ファイルはファイルフォーマット変換を除く一切の編集が行われておらず、一度の録音で作成されたと考えられている。ソースとなる.wavフォーマットのファイルが削除されているため、この件についての検証は現在保留中となっている。

    [音声記録#117202-22]
    何かを泡立てる音。記録時間38秒。ヒアリングした局員の証言から、子供がストローを通じて飲み物に空気を吹き込んでいる時の音ではないかとの仮説が提示されている。

    [音声記録#117202-26]
    未知のシステムインテグレータ会社で開催されたと推測される定例会の様子を記録した音声。記録時間32分49秒。最初の15分55秒で報告が行われたのち、残りの時間で前者で取り組んでいるとされるプロジェクトについての討議に入っている。討議の最中、頻繁に「スピリチュアル開発モデル」という単語が登場する。「スピリチュアル開発モデル」なる開発手法がこれまで提唱された記録は存在しない。

    [音声記録#117202-28]
    午後28時67分98秒を告げる時報。記録時間12秒。

    [音声記録#117202-31]
    ガラスの割れる大きな音が記録されている。記録時間6秒。音声記録#117202-8とは音が異なっている。

    [音声記録#117202-37]
    音声記録#117202-1の発言者である「ひとみ」による2度目の音声記録。記録時間4分12秒。音声記録#117202-1の記録時点より状況が悪化しており、食料の配給も滞りがちになっていること、既に消滅した国家が複数存在することなどが切迫した口調で語られている。「ひとみ」のいる世界にも携帯獣がいることが示されたが、何らかの理由によりあらゆる携帯獣が人類に敵対し、人類と戦争状態にあるとしている。「ひとみ」はかつてポケモントレーナーとして活動していた、というところで不意に音声が途切れている。

    [音声記録#117202-42]
    1962年のスティーブ・ローレンスのシングル曲「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」の音声記録。記録時間2分22秒。収録後10秒間の空白があり、波形を見ると何らかの微弱な音声が記録されていると思しき形跡が見られる。

    [音声記録#117202-45]
    テレビ放送の砂嵐を記録したと思われるノイズの音声記録。記録時間16分38秒。別の音声が重複している可能性が指摘されているが、詳細の特定には至っていない。

    [音声記録#117202-52]
    176回に渡って繰り返される「あなたの助けが必要です」という呼び掛けの音声記録。記録時間24分51秒。呼び掛けはすべて異なる声色・調子で行われており、一部人間には発音が困難な極端な高音域・低音域のものが含まれている。どのような助けが必要なのかは語られていない。

    [音声記録#117202-58]
    1971年のダニー・オズモンドのシングル曲「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」の音声記録。音声記録#117202-42と同一の楽曲だが異なるバージョンのもの。記録時間2分52秒。音声記録#117202-42同様に収録後10秒間の空白があるが、こちらの音声記録の波形データは完全な無音となっている。

    [音声記録#117202-65]
    音声記録#117202-37に続く「ひとみ」による音声記録。ただ一言「家に帰りたかった、死にたくなかった」とだけ記録されている。記録時間12秒。自殺した職員が最後に作成した音声記録。

    [音声記録#117202-66]
    ラジオ番組「ポケモンチャンネル」の一部と推定される音声記録。記録時間24分16秒。本来はラジオパーソナリティの「クルミ」がゲストを迎えてインタビューをする形式のトーク番組であるが、当該記録では未知のラジオパーソナリティの「ノエル」がクルミをゲストとして扱う形で番組が進行している。この点を除いては、番組は本来のフォーマットに忠実に沿う形で進行する。機器#117202が当局の収容下に置かれてから初めて作成された音声記録。

    [音声記録#117202-74]
    合成音声で「TO BE SORRY」とたどたどしく読み上げられた音声記録。記録時間9秒。


    機器#117202を保有していた職員の自殺は、音声記録#117202-1、同-37、同-65で発言者として登場した少女「ひとみ」を救うことができなかったためと見られています。一般的な抑鬱状態に起因するものと判断されたため、職員の自殺そのものは異常性のない事案とし、本案件の管理対象外となりました。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1553] #105833 「廃棄された施設」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/07/05(Tue) 21:09:43     33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #105833

    Subject Name:
    廃棄された施設

    Registration Date:
    2003-07-16

    Precaution Level:
    Level 1


    Handling Instructions:
    施設#105833の周囲、半径500mは「人体並びに携帯獣に対し有毒性のガスが充満している」とのカバーストーリーが流布され、周囲に当局と無関係な市民が侵入しないための施策が取られています。施設#105833周辺は物理的に進入が困難であり、警備は最小限に止められています。かつて施設#105833内部からは種々の通信を妨害する電波がごく狭い範囲に対し発信されていましたが、現在はすべて停止しています。施設#105833内は既に全域の探査が完了しており、案件担当者は作成済の地図を適切なセキュリティクリアランス保持者に提供することが許可されています。

    施設#105833は既に全セクションが稼働を停止しており、異常なオブジェクトが生産されることはありません。施設#105833にて収集されたすべての情報はアーカイブされ、対応するセキュリティクリアランスを保持する局員であれば内容を閲覧することが許可されています。施設#105833より回収された非異常のオブジェクトは、ホウエン地方フエンタウン第二支局に隣接する低異常性物品保管庫のブロックB-6の耐火性金庫に集積されています。オブジェクトを研究目的で使用したい場合、案件担当者並びに拠点監督者から事前の許可を得てください。

    本稿執筆時点における当案件の対応方針は、かつて施設#105833を制御していたと思われるサーバーコンピュータ群(機器#105833に指定)の捜索に焦点が当てられています。機器#105833は施設#105833内の全機能を制御していたと考えられ、その性能について強い異常性の疑義が呈されています。機器#105833が破壊された有力または完全な証跡が発見されるか、機器#105833を当局が確保するかのいずれかの条件が満たされるまで、本案件は警戒レベル「1」のまま保持されます。


    Subject Details:
    案件#105833は、稼働を停止した工場と見られる施設(施設#105833)と施設#105833に設置されていたと推定されるサーバーコンピュータ群(機器#105833)、及びそれらに係る一連の案件です。

    施設#105833は2003年5月初頭に当局のフィールドワークチームによって発見され、初期調査により種々の異常性が見られたことから速やかに当局の管理下に置かれました。本来の土地所有者とは連絡を取ることができませんでした。少なくとも五年以内に人間や携帯獣が立ち入った形跡がないことから、施設#105833は放棄されて相当な時間が経過しているものとの推測が立てられています。

    施設#105833はホウエン地方フエンタウン北部の山間部に建造された、由来及び目的が不明の工業施設です。施設#105833は山林の奥地に存在し、周囲約700m×700mはすべての木々が伐採されています。地上3階建て、地下6階建ての構造をしており、内部探査により完全な地図が作成されています。一部区域では設備の不良により人体及び携帯獣にとって有毒な物質が漏洩しているため、探査に際してはレベル3対バイオハザードスーツの着用が義務付けられます。

    地上部分は事務作業並びに軽作業を行うためのフロアとなっており、休憩室や仮眠室と見られる部屋も確認されています。地上1階部分には「サーバールーム」と表札の付けられた部屋が存在しますが、該当する部屋はすべての機器や用具が撤去されており、サーバーコンピュータの存在は確認できませんでした。事務作業を行うフロアには複数台のコンピュータ端末が残されていましたが、それらはいずれも物理的に損壊されており、またすべての筐体からハードディスクドライブが抜き取られていました。

    地下部分は合計26のセクションに分かれています。セクションごとに形状の異なる鋼製の部品を製造していた形跡が見られます。全26セクション中15のセクションからほぼ完全な部品が回収されていますが、部品を組み合わせた最終的な完成形がどのようなものかは明らかになっていません。回収された部品の量から、最終製品は量産を前提として設計されていたことが伺えます。これまでのところ、施設#105833から回収された部品が使用された製品が市場に流通した記録はありません。

    地下6階に存在する大広間は、発見時に入り口となるドアがロックされていた唯一のフロアです。位置及び周辺の証跡から、高セキュリティエリアと推定されるセクションになっています。内部には合計52台の培養カプセルが存在し、その全台が破壊されていました。カプセル内部には白骨化した携帯獣の遺体(遺体#105833-1から-52と指定)が残されていました。遺体#105833の種族特定はすべて完了しています。詳細はリストL-105833-4を参照してください。遺体#105833の中に同一の種族は存在せず、また同系統の種族も存在しませんでした。分類や本来の生息地にも規則性は確認されていません。カプセルは中央に存在する大型の装置にケーブルで接続されていますが、装置は人為的に破壊されています。破壊するにあたり、小規模な指向性爆薬が使用されたものと推定されています。携帯獣を収容していたカプセルがどのような機能を果たしていたのかは分かっていません。

    内部の配線を辿ると、最終的にすべてのケーブルが地上1階のサーバールームへ接続されていることが分かります。このことから、サーバールームに配置されたコンピュータが施設#105833全域を制御していたものと考えられています。サーバールームには物理的破壊の痕跡が見られないため、何者かがサーバールームに存在した機器を持ち去ったことが示唆されています。施設#105833に関する情報が含まれる可能性が高いことから、当局ではサーバーコンピュータ群を機器#105833と指定し、現在も捜索を続けています。


    [2016-02-15 Update]
    イッシュ地方ライモンシティ中央図書館の書庫に所蔵されていた書籍に、施設#105833より回収された部品群とすべて合致する特徴を持つ携帯獣のイラストが収録されていることが確認されました。書籍には携帯獣の正式な名称は不明であるとしつつも、人間の手で製造された古代の携帯獣であるとの説明が記載されています。書籍の著者とコンタクトを取る試みが続けられています。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1552] #87749 「凍れる望遠鏡」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/06/26(Sun) 19:39:27     29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #87749

    Subject Name:
    凍れる望遠鏡

    Registration Date:
    1997-10-22

    Precaution Level:
    Level 4


    Handling Instructions:
    オブジェクト#87749-1から-12は所定の拠点へ分散して保管し、いずれも110cm×71cm×175cmの高セキュリティ金庫へ個別に保管しなければなりません。複数のオブジェクト#87749を同一の拠点に保有することは固く禁じられています。オブジェクト#87749についてこれ以上の実験を行うことは、生態系へ少なからぬ悪影響を及ぼす可能性があるため、裁定委員会による承認がない限り許可されません。

    新たなオブジェクト#87749が発見された場合に備え、担当者には強制的にオブジェクト#87749を接収するための公的な権限が与えられています。所有者がオブジェクト#87749の接収指示に従わない場合、担当者の判断により拘束することが認められています。拘束した所有者については、標準手続に基づき別途ヒアリングを実施してください。


    Subject Details:
    案件#87749は、特定の条件を満たすことである種の携帯獣を無制限に生成できると考えられている由来不明の望遠鏡(オブジェクト#87749)と、それにかかる一連の案件です。

    オブジェクト#87749が初めて発見されたのは、1997年6月上旬のことです。カントー地方セキチクシティ東部に位置するゲートの2階に設置されていた望遠鏡のうちの一台について、セキチクシティ在住の市民から当局へ問い合わせが行われました。局員が現場へ出向き、オブジェクトの性質について初期調査が行われました。問い合わせ内容とオブジェクトの性質の一致が見られたため、局員は望遠鏡を回収しました。

    オブジェクト#87749は、外見上ニコン社製の観光望遠鏡「20×120」と一致する大型の望遠鏡です。道路間に設けられたゲートなどに数多く設置され、ほとんどの場合百円硬貨を一枚投入することで一定時間利用することが可能になっています。オブジェクト#87749を視認すること、通常の手順に沿ってオブジェクト#87749を望遠鏡として利用することによる対象者への影響は見られません。これは対象者が人間の場合も、携帯獣の場合も同様です。

    オブジェクト#87749が異常性を示すのは、利用者によってオブジェクト#87749を通して「西の空」が観察された場合です。条件を満たした場合、利用者はオブジェクト#87749を通して、携帯獣の一種である「フリーザー」が空を飛んでいく場面を目撃します。望遠鏡を覗き込んだ季節や時間帯によらず、オブジェクト#87749を通して西の空が観察された場合、必ずフリーザーが出現します。

    このフリーザーはすべて別個体であり、オブジェクト#87749が条件を満たす度に新たな個体が出現します。個体間につながりは見られず、また相互に連携する様子なども見られません。フリーザーがいかなる場所から出現しているのかは不明です。ヘリコプターを用いた出現地点の観察実験では、いずれもヘリコプターが出現を確認できない地点からフリーザーが現れる結果をもたらしました。野生のフリーザーが何らかの理由によって呼び寄せられているのか、オブジェクト#87749が新たに生成しているのかは、未だ結論が出ていません。

    出現したフリーザーは非異常性の存在であり、当局により捕獲されたすべての個体は何ら不審な点を示しませんでした。情報化した後に行われた完全スキャンは、フリーザーが一般的な個体と比較して異常でないレベルの差異しか検出できません。このことから、オブジェクト#87749に関連して出現するフリーザーそのものについては、案件管理の対象外とする判断がなされました。

    フリーザーは出現と同時に周囲の気温を低下させる性質を持ち、活発な活動は近隣の寒冷化を招くとの研究結果があります。オブジェクト#87749の使用を繰り返してフリーザーが大量に出現され続けた場合、最終的に寒冷化が地球全土に及ぶ可能性が示唆されています。生態系へ重大な影響をもたらす虞があることから、当局ではオブジェクト#87749の危険度を「Level 4」と設定し、オブジェクト#87749の同型機の回収を進めています。当局の活動により、その後11台のオブジェクト#87749が回収されました。これらはナンバリングされ、個別の拠点にて保管されます。

    オブジェクト#87749によって出現し、捕獲されることなく野生化したフリーザーについては、その出自を特定する方法が見つからないことから、取扱いについて保留されています。将来的な対応方針についても未定のままです。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1551] #119474 「ふうせんの歌声」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/06/16(Thu) 22:00:26     47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #119474

    Subject Name:
    ふうせんの歌声

    Registration Date:
    2007-11-11

    Precaution Level:
    Level 5


    Handling Instructions:
    これまでのところ、事象#119474を止める手段は見つかっていません。事象#119474は事前の観測が困難であり、発生した場合極めて高い確率で大規模な航空機事故を誘発します。事象#119474が観測された場合、対象となった航空機が取ると考えられる進路を可能な限り精緻に予測し、被害の規模を最小のものとするための措置を取らなければなりません。この措置に当たっては、当局の保有するあらゆる人的/物的資材の投入が許可されます。案件担当者は自身の判断により、超法規的措置を取る権限も与えられています。

    事象#119474が発生する可能性がある地域(エリア#119474)は、現時点では限定的です。エリア#119474に於けるすべての航空機は当局の監視下に置かれ、事象#119474の発生に際して迅速な対応を取るための態勢が敷かれています。外部からの航空機によるエリア#119474への進入は、いかなる理由があろうとも例外なく禁止されています。


    Subject Details:
    案件#119474は、大規模な航空機事故を引き起こす未知の事象(事象#119474)と、事象#119474が観測される領域(エリア#119474)、及びそれらに係る一連の案件です。

    当局が事象#119474の存在を観測したのは、2007年7月に発生したイッシュ地方北部での航空機事故に於いてです。スカイエア253便墜落事故として知られるこの事故では、事故現場から回収されたボイスレコーダーに何らかの異常性があるとの疑義が調査担当者より掛けられ、事故調査委員会から当局への照会が行われました。当初は異常物品を担当するチームがボイスレコーダーの調査を行っていましたが、調査の過程でボイスレコーダーの機器そのものではなく、記録された音声に異常性があるとの結論がくだされました。

    スカイエア253便墜落事故では、パイロットと航空管制官が最後に通信を交わしてから約40分後に機体が墜落しています。その間、航空管制官は複数回に渡ってスカイエア253便のパイロットを呼び出していますが、パイロットからの応答はありませんでした。ブラックボックスから回収されたフライトレコーダーからは、スカイエア253便のすべての機能が墜落の瞬間まで正常に動作し、墜落の直前にはパイロットに繰り返しアラートを発していたことが分かっています。これらの証跡から、スカイエア253便墜落事故は機器トラブルや管制エラーではなく、パイロットに何らかの異常が生じたことが原因であるとの仮説が立てられました。

    当局がボイスレコーダーに記録された音声を情報学的に分析した結果、人間の可聴域の範囲外で特異な波長が検出されました。音声の標本パターンとの照合により、波長は携帯獣の「プリン」が発する特殊な鳴き声と一致することが判明しました。この鳴き声は、一般的な人間や携帯獣にはプリンがあたかも歌唱しているかのように聴き取れることから、一般的には鳴き声ではなく「歌声」として認識されています。

    プリンの歌声には、人間や携帯獣に対し強い催眠作用をもたらす効果があることが知られています。プリンが持つ技術に依存しますが、能力の高いプリンの歌声が齎す催眠の効果深度は非常に深く、些細なことでは覚醒を促すことはできません。スカイエア253便のボイスレコーダーからプリンの歌声と一致する波長が検出されたことは、スカイエア253便のフライト中に何らかの理由でプリンの歌声が流れたことを意味します。乗員乗客全員が深い睡眠状態に陥り、結果として機体の墜落を招いたと見られています。

    スカイエア253便が飛行していた航路は航空機事故が多発していることで知られており、そのほとんどが原因不明のまま、航空機パイロットのヒューマンエラーによる事故として処理されていました。当局は過去に発生した事故記録の提出を各航空会社へ要請し、そのうちの幾つから肯定的な回答及び事故記録の提出がなされました。スカイエア253便の事故と同様の調査を行ったところ、調査を行ったケースではいずれもボイスレコーダーから同様の波長が検出されました。これをもって、当局は波長の発生を事象#119474と定義し、イッシュ地方北部に於ける原因不明の航空機事故の大半が事象#119474によって発生していると結論付けました。案件立ち上げが決定され、担当者が割り当てられました。

    当局の調査と並行して進められていた事故調査委員会による現場検証により、スカイエア253便の墜落現場付近から複数のゴム風船の残骸が回収されました。乗客の手荷物にゴム風船は含まれていなかった可能性が高いこと、事故現場から半径200m以内で散発的に発見されたこと、大部分が焼失せず原型を止めていたことから、ゴム風船はスカイエア253便に積載されていたものではないとの判断が示されました。ゴム風船そのものは、異常性のない一般的な製品と同等のものです。

    スカイエア253便墜落事故の現場から回収されたゴム風船がいかなる意味を持っているのか、現時点では当局による統一的な見解は出されていません。しかしながら、過去に近隣で発生した航空機事故について、一部の現地住民から「事故が起こる一時間ほど前、人気のない場所から大量の風船が空に向かって飛んでいく光景を見た」との証言を複数得ています。この事象が事象#119474の前兆現象であるとの仮説が立てられています。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1550] #111846 「スペシャリスト・メーカー」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/06/05(Sun) 18:55:35     36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #111846

    Subject Name:
    スペシャリスト・メーカー

    Registration Date:
    2006-06-07

    Precaution Level:
    Level 3


    Handling Instructions:
    機器#111846は起動に必要な装置を取り外された状態で、シンオウ地方トバリシティ第七支局の中異常性物品保管庫のブロックB-4に保管されています。当該ブロックには人間の局員のみが立ち入り可能であり、携帯獣の局員は一切の例外なく進入が禁止されています。機器#111846と共に回収された文書#111846に関しては異常性が確認されなかったため、携帯獣の局員を含む案件担当者及びセキュリティクリアランスを得た局員について参照することが許可されています。携帯獣#111846については-1から-74までのナンバリングが設定され、すべてについてモンスターボールからの解放禁止措置が為されています。

    機器#111846の製造元と思われる「扶桑電機工業」についての調査が進められています。かつてアムリタ・ファウンデーションに所属していた構成員より、同団体が「扶桑電機工業」と名乗る要注意団体と接触を持っていたことが明らかになっています。アムリタ・ファウンデーションは機器#111846を使用して別の異常なオブジェクトを生成している疑いが持たれており、扶桑電機工業と共に一部の案件について関連があるとの見方が示されています。


    Subject Details:
    案件#111846は、携帯獣の身体機能・精神機能を広範に作り替える機能を備えた由来不明の機器(機器#111846)、機器#111846の影響を受けたと推定される74体の携帯獣(携帯獣#111846)、並びに機器#111846のマニュアルと思しき文書(文書#111846)、及びそれらに掛かる一連の案件です。

    2006年3月16日、シンオウ地方トバリシティ近隣にて不審なプレハブ小屋の存在が確認され、翌3月17日に警察当局と共に強制捜査が行われました。プレハブ小屋からは携帯獣の格納された多数のモンスターボール/スーパーボール/ハイパーボールと共に、電源が取り外され稼働停止した状態の機器#111846が発見されました。ボール群及び機器#111846はその場で押収され、プレハブ小屋と共に当局の管理下に入りました。

    機器#111846は、ポケモンセンターに配備されている携帯獣回復装置(「リカバリーマシン」として知られています)と類似した構成の大型機器です。稼働には外部電源を必要とし、通常のリカバリーマシンより容量の大きなACアダプターが取り付けられています。ACアダプターは構造上一般的なものと大きな差異は見られませんが、製造元の刻印が人為的に潰された形跡があります。機器#111846の正面には「FUSOU」と赤いセリフ体でデザインされたコーポレートロゴと思われるシールが貼付されています。

    同時に回収された文書#111846には、機器#111846は「スペシャリスト」を製造するための機器であることが記されています。携帯獣が格納されたモンスターボールをセットし、文書#111846に記載された数字17桁のコードを入力することにより、携帯獣を「スペシャリスト」に変換することが可能であることが示されています。モンスターボールは同時に6つまでセットすることが可能です。また、モンスターボールと互換性のある携帯獣格納デバイスはすべて処理可能であると推定されています。

    文書#111846には、目的に沿った「スペシャリスト」を製造するためのコードが計317種掲載されています。文書#111846の末尾には「追加サポート」として、文書#111846に掲載されていないさらなる「スペシャリスト」を製造するためのコード集を別料金で提供する旨の記載が見られます。連絡先として複数の営業所の電話番号が記載されていましたが、当局の調べによりこれらの番号が現在は使われていないことを確認しています。

    文書#111846に従って機器#111846を操作すると、携帯獣#111846が生成されます。機器#111846及び文書#111846の回収時に合わせて回収されたモンスターボールに格納された携帯獣は、その後の調査によりすべて携帯獣#111846であることが判明しました。これらの携帯獣は概ね野生の個体と推測されますが、一部については過去に盗難届または失踪届が出されたトレーナー所有の携帯獣である可能性が示唆されています。

    携帯獣#111846について情報学的検査を行った結果、ある程度の規則に基づく異常性が確認されました。すべての携帯獣は思考を行う器官、人間で言うところの脳に相当する器官が極度に萎縮しています。これは携帯獣が自発的な行動を起こすことを防止するために執られた人為的な措置と考えられています。携帯獣#111846-1から-74は例外なく、最低限の生命維持のための行動と、後述する特異な行動を除き、一般的に期待される種々の行動を取れないか、または取ることができません。

    携帯獣#111846-1から-74は、各々の個体ごとに何らかの「技能」を身に着けています。例として、携帯獣#111846-16は外見上携帯獣の「プリン」ですが、一般的なプリン個体が習得し得ない高度な研削加工技術を習得しており、必要な器具/機器を与えることで数世代前の工業機械並の精度と速度で平面研削を行うことが可能です。以下は携帯獣#111846の個体と、それぞれが習得している技能の抜粋です:


    [携帯獣#111846-7]
    種族:チラーミィ
    技能:被覆アーク溶接の技能。産業機械の溶接に特に能力を発揮。技能の発揮にはバッテリー式の溶接機を必要とする。

    [携帯獣#111846-22]
    種族:マダツボミ
    技能:オブジェクト指向言語によるプログラミングの技能。C++のテンプレートメタプログラミングに特化し、同言語及びテンプレートメタプログラミングが許容される開発環境では極めて高い生産性を発揮。他の言語については本来の技能を発揮できず、習熟した人間にやや劣る程度の生産性に留まる。

    [携帯獣#111846-24]
    種族:サンド
    技能:魚介類の調理技能。特に魚類を捌くことに特化している。手元に精巧に研がれた包丁が無い限り動こうとしない。条件を満たした場合、工業機械による処理と同等の生産性を発揮する。

    [携帯獣#111846-28]
    種族:マリル
    技能:携帯獣#111846-28と同一の技能を保持。異なる種族の携帯獣であっても、入力されたコードが同じであれば同一の技能が割り当てられると推測。

    [携帯獣#111846-45]
    種族:エイパム
    技能:塗装に関する技術を習得。一般的なプレハブ小屋程度の大きさの建造物であれば、凡そ20分で塗装を完了する技術を持つことを確認。エイパムは通常手先より尻尾の方が繊細な動きが可能であることが知られているが、当該個体は尻尾は一切使用しない。

    [携帯獣#111846-63]
    種族:パチリス
    技能:小型電子機器の修理に関する技術を習得。確認された修理可能な機器のリストはリストL-111846-63-1を参照。修理された結果、機器が本来備えていない機能が追加されるケースが確認されている。


    機器#111846による変換を受けた携帯獣は、その多くが種族的な特徴を喪失する傾向にあります。携帯獣#111846-63は外見上パチリス個体ですが、本来のパチリスが備えている発電・蓄電に関する能力が完全に失われています。これは機器#111846が「スペシャリスト」を生成するに当たり、不要と判断した能力を除去しているものと見られています。

    確認された携帯獣#111846はいずれも四肢またはそれに類する器官を備えています。この事は携帯獣#111846に変換可能な携帯獣の種族が限定されている可能性を示していますが、これを裏付ける証跡は得られていません。


    [2006-09-11 Update]
    かつてアムリタ・ファウンデーションに所属し、当局に保護を求めて出頭した元構成員から本件についての証言が得られました。同団体は機器#111846を使用し、食用に特化した性質を持つ携帯獣#111846を生産していたとのことです。機器#111846にてオリジナルとなる個体を生成したのち、別の機器を使用して当該携帯獣#111846を大量に複写したと証言しています。証言の内容から、この携帯獣は案件#107063で取り扱われているカモネギであると見られています。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1549] #121861 「美味しいみず」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/05/29(Sun) 19:18:28     46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #121861

    Subject Name:
    美味しいみず

    Registration Date:
    2008-08-13

    Precaution Level:
    Level 2


    Handling Instructions:
    飲料水#121861は一般的な自動販売機に装填され、異常性の無い商品と混在する形で販売されているケースがほとんどです。市民に対し、飲料水#121861は毒性があるため危険であり、発見した場合は速やかに最寄りの管理局まで届け出るよう、各種メディアを通じて繰り返し呼び掛けています。窓口を通じて回収した、あるいは通報によって自動販売機から接収した飲料水#121861については、必要なサンプルを取得した後手順M-121861に基づいて破棄することになっています。

    飲料水#121861の製造元を突き止める試みが続けられています。過去には要注意団体の一つである「アムリタ・ファウンデーション」が製造元であるとの疑義が持たれていましたが、別案件の調査の過程で同団体は本件に関与していないとの見解が示されました。かつてアムリタ・ファウンデーションの傘下にあり、現在は独立した団体となっている「ネクタール飲料株式会社」の関与が疑われています。


    Subject Details:
    案件#121861は、「美味しいみず」とラベリングがなされた製造元不明のペットボトル飲料水(飲料水#121861)と、それに掛かる一連の案件です。

    2008年6月下旬、市民から「不審な飲料が販売されている」との通報がジョウト地方コガネシティ第六支局に寄せられたことにより、当局は飲料水#121861の存在を認知しました。通報のあった自動販売機は当局により接収され、貯蔵されていた飲料水#121861が回収されました。自動販売機については、本来販売されているべき商品が飲料水#121861に差し替えられていたことを除けば何ら異常性が確認されなかったため、ディスプレイ用のサンプルを正常な商品のものへ差し替えた後、所有者に返却されました。

    ほぼ同時期、ホウエン地方第四支局の局員が提出した日報に「近頃『飲む人によって味が変わる飲料水』が販売されている、という噂が流れている」との記載が確認されました。局員にヒアリングを実施したところ、一部のソーシャルネットワーキングサービスにおいて「美味しいみず」とラベリングされた飲料水に関する話題があり、飲む度に味が変わるという情報が複数寄せられていたとのことでした。当該飲料水はジョウト地方コガネシティ第六支局が接収した飲料水と外見的特徴が一致しており、同一の案件であるとの判断がなされました。案件管理はジョウト地方コガネシティ第六支局に一本化され、本格的な調査に着手しました。

    局員により実際に飲料水#121861を口にした市民からのヒアリングを実施され、飲料水#121861に関する概要が整理されました。

    飲料水#121861は、ほとんどの場合自動販売機に貯蔵された状態で販売され、正常な飲料水を購入する場合と同様の手順で購入することができます。価格は同じ自動販売機に貯蔵されている異常性の無いペットボトル飲料と同額か、または10円低いかのいずれかに設定されています。他の商品より高額に設定されていたケースは確認されていません。飲料水#121861は自動販売機が扱う商品のベンダーを問わずに混入されますが、飲料水以外の自動販売機(食品・煙草・アイスクリームなど)に混入されたケースは未確認です。

    外見上、飲料水#121861は一般的なミネラルウォーターとほとんど差異が見られません。透明な液体であり、炭酸ガスの封入は行われていません。ラベルには毛筆体で「美味しいみず」と書かれています。大手ベンダーが販売している「おいしいみず」(ひらがな表記)との類似性を意図した名称と推定されますが、パッケージのデザインは大きく異なっています。当局による検査では、一般的に市販されているミネラルウォーターと成分上の差異は確認できませんでした。

    飲料水#121861を摂取した場合、その時口にした人物が「美味である」と感じるものを思わせるフレーバーが口の中に広がるとの証言が得られています。過去に確認された事例では、ミカン・メロン・バナナといった飲料水のフレーバーとして一般的に使用されるもののほか、イチジク・ザクロ・ライチ・キイチゴのような一般的とは言い難いもの、醤油ベースのラーメン・カレーライス・スパゲティペペロンチーノなど、飲料水のフレーバーとして用いられることのない食品の味がしたとの証言が得られています。これまでに確認されたフレーバーのリストは、リストL-121861-1を参照してください。飲料水#121861を口にした市民は、例外なく「美味である」と感じたと証言しています。

    同じ容器に入れられた飲料水#121861を異なる人物が口にした場合、それぞれ個別のフレーバーが感じられるとの証言が複数得られています。これは飲料水#121861をペットボトルから別の容器へ移し替えた場合も同様です。この事から、飲料水#121861自体が何らかの作用によりフレーバーを変化させているのではないかとの仮説が提唱されました。

    特異なフレーバーを持つことを除き、飲料水#121861そのものに顕著な危険性は確認されていません。ただし、飲料水#121861の味を気に入り、一度口にして以降飲料水#121861のみを飲み続けていた市民が複数名確認されています。これは飲料水#121861が何らかの依存性を有しているのか、或いは単に口にする市民の嗜好に働きかけた結果なのかは定かではありません。当局では依存性のある飲料であると分類しており、全局員に対して一切の摂取を禁止する措置を執りました。また各種媒体を通じ、飲料水#121861を口にしないよう働きかける情報活動を展開しています。

    異常な性質を持つ食品を大量に拡散するという手法から、当初から要注意団体の一つであるアムリタ・ファウンデーションの関与が疑われていました。しかしながら、2008年8月初頭に警察機関と合同で実行されたシンオウ地方クロガネシティにおけるアムリタ・ファウンデーション保有施設への強制捜査により、同団体が飲料水#121861の製造・販売に関与しておらず、むしろ市場から排除することを望んでいることを示す無数の証跡が押収されました。押収した資料の中には、飲料水#121861について「ネクタール飲料株式会社」が製造元であるとの記載が成されているものも存在していますが、これが事実かは未だ見解が分かれています。しかしながら、本案件の調査を進める上で重要な情報であると認識されています。

    ヒアリングを通じ、複数の市民から「飲料水#121861にはうっすらと紫色が掛かっているいる」との証言が得られています。当局の調査では、飲料水#121861は無色透明であり、何らかの着色が施されているとの結果は示されていません。飲料水#121861が一部の人間に対して軽度の視覚的な情報災害をもたらしている可能性が示唆されていますが、現時点ではこれを裏付ける証跡は得られていません。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1548] 8.5 (手紙) 投稿者:イケズキ   投稿日:2016/05/24(Tue) 19:21:16     32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     未来のオレへ

    知ってると思うけどオレは文章書くの得意じゃないし好きでもない。そのオレがなんでこんな手紙書くのかって言うと、オマエ、というか未来のオレがちょっとだけ心配だから。母さんはこの手紙は大人になったら届くって言ってたけど、これが届いたときオマエが何してるのか知らない。母さんはこの手紙に未来の自分がどうしてるかいろいろ質問したらとか言ってたけど、そんなことしたって教えてもらえるわけじゃないし、そもそもそんなことどうでもいい。そんなこと書くくらいなら昔のオレから未来のオマエにいろいろ教えてあげたほうがずっといいと思ってる。
    今のオレのゆめはポケモンのチャンピオンになること。カントーの全部のバッヂ手に入れてセキエイのチャンピオンリーグに挑戦する。それであのワタルを倒してオレが最強になるんだ。もしかしたら未来のオマエにこの手紙が届くころにはもうチャンピオンになってるかもな。チャンピオンになって、超有名人になって、女の子からモテまくって、うまいもの毎日たくさん食べて過ごしてるかもな。もしそうじゃなかったら早くそうなるんだ。だいじょうぶオマエはオレなんだから。バトルは誰にも負けない。ちょっとぐらいミスとかで負けるかもしれないけどそれでもオレはさいきょうになるんだからオマエだってさいきょうのはずだ。
     なにがかきたかったか良く分からなくなってきたけど、とりあえず早くチャンピオンになれ。なまけんなよ。ちょっとくらいのことでへこたれんなよ。だいじょうぶ、オマエはさいきょうだから。

     ヘタクソな字と文章で読みづらいことこの上なかったが、私はゆっくりすべて読み切った。全く記憶にない文章だった。でも、かといって新鮮味のようなものはなかった。思い出したくない記憶が徐々に、引き出されていくのを感じていた。
     ――昔の私へ。君の夢は叶ったよ。チャンピオンになったら一瞬だけモテた時期もあったけど、本当に一瞬だったよ。美味しいものもあまり食べなかったな。追うべき夢を無くしたらそんなことする気なくなっちゃったんだ……。
     心の中でそっとつぶやいていた。
    「おじさん泣いてるの?」
     言われて気が付いた。抑えきれなかった気持ちがあふれ出してきていた。
    「僕の秘密を読んだんだから、それだけで終わらせないでよね。ちゃんと続きも読んでよ」
    ――えっ?
     私は知らなかった。手紙の内容はすべて読んだものと思っていた。しかしそうではなかった。
     その手紙、つまり、私の夢には続きがあったのだ。


      [No.1547] 第三話 コーヒーブレイクと甘い罠 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/05/19(Thu) 21:28:34     40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第三話 コーヒーブレイクと甘い罠 (画像サイズ: 480×600 335kB)

    どうやったら信頼しあえるかわからない、だがお前とも相棒になりたいと思っている。

    背の低い、群青の髪の男はリオルに対してそう告げた。
    リオルは男の願いを聞き入れる。跪いた男の頭をその腕に抱いた。
    そんな彼らの行動を俺とドラピオンは、おそらく気まずそうに見ていたのだろう。
    どうしたらいいのだろうかと、またはどうしたものか、と。
    確かに彼に対して、ポケモンの事を信頼してないだろうと言ったのは、紛れもなく俺だ。
    だからとってお涙頂戴のような場面を見せつけられても、対応に困る。現にドラピオンも困っている。
    さらに何故か俺は、彼に対して同情出来ないでいた。

    “闇隠し”でラルトス奪われ、心を閉ざしていたのは、わからなくもない。うちの末っ子のリッカも他の兄姉を失って心を閉ざしていた。そういう奴が少なくないのは、わかる。
    だが、お前“とも”、とはなんだ。そこはラルトスの事は脇へ置いておいて、リオルと向き合うべきだろう。

    お前は浮気男か。

    フタバが巻き込まれた人間関係のいざこざで、こういう場面を見たことがある気がしたのは、気のせいだろうということにしておく。

    「……行くぞ、ドラピオン」

    いくら腹立たしく思ったとはいえ、空気が空気。戦意は喪失させたようだし、足止めの『どくびし』まいた。いつまでも彼らに付き合う義理は無い。
    カビゴンの捕獲は中断して、とっとと彼女との合流を優先させることにしよう。
    そうしてその場を後にしようとした。すると、高らかな声が上方から響く。

    「少年よ、良く言った!」

    群青髪の男を少年と言った、木の上にいた声の主もまた、少年だった。
    その小柄の影は次の瞬間、飛び降りる。そして空中で下方にモンスターボールを投げ、フシギバナを繰り出し『どくびし』を踏みつぶさせる。
    彼は若草色の髪を深緑のヘアバンドで留め、同じような緑色のスポーツジャケットを着ていた。

    「オイラは<エレメンツ>五属性が一人、ソテツだ。助太刀するぜ、ビドー君とやら!」

    それは、ある意味無慈悲な宣告というやつだったのだろう。
    俺は後悔した。こんな奴など無視してもう少し早くこの場から離れていればよかったのだろう、と俺は後悔した。

    ドラピオンにソテツとフシギバナへのけん制をさせつつ、通信端末に手をかけ、覚えたての番号を素早く入力する。
    4度目の着信音の後、彼女は電話に出た。

    「俺だ」
    『はいはいー、どちら様ー?』
    「……ハジメだ」
    『なーんだ、ハジメかー。詐欺かと思ったよー、どうしたのー?』
    「作戦は失敗ということを伝えたくてな。所定位置にいるのだろう?」
    『う、うんー』
    「こちらはヘマして<エレメンツ>に見つかった。いいか、助けには来るな」
    『え、ええーっ! でもキミを助けないと、アタシの報酬がー』
    「その辺は諦めろ。捕まったら手持ちの木の実も取り上げられるぞ」
    『それはイヤだーっ』
    「あと、空に見張りがいるだろうからなるべく地上から逃げろ。以上だ」
    『えー、待っ――――』

    通話が終わるのを見計らってか、ソテツがフシギバナに反撃させつつ皮肉を言って来た。

    「おしゃべりは終わったかい? ずいぶんと余裕だねハジメ君!」

    立て続けにムチのように振り下ろされるツルの連打をしのぐドラピオン。
    ドラピオンの両手がソテツのフシギバナのツルを抑える。

    「捕らえた――!」

    ドラピオンにはまだ尾がある。たたみかけるのなら、ここだ。

    「ドラピオン! 今だ」

    ドラピオンの尻尾が、フシギバナの顔面にめがけて放たれる。
    フシギバナはツルをそのままに、いや、ドラピオンの突き出していた腕の力を利用して、後ろへ一歩、ジャンプして尾をかわした。

    「くそっ」

    とにかく、彼女の逃げる時間を稼がなければ。このまま抑え続けられれば、それなりには時間が取れるはずだ。そんなことを考えていた矢先。
    例えるならダーツの矢が突き刺さったような音。それが背後の木から鳴った。
    音に身体が振り返らされる。そこにあった木には、一枚の葉が鋭く突き刺さっていた。しかもその位置は、どう考えても首元である。
    状況を理解して痛切に思った。
    ……甘かった。舐めていたわけではないが、<エレメンツ>を甘く見ていた。

    「ハジメ君。悪いけどオイラは、ポケモンバトルをしにきたわけじゃあないんだよね」

    目元を細め、笑顔を作るソテツ。
    そして甘かったのは俺の見込みだけではなかった。その場の“空気”も甘い味をしていた。
    思考が、鈍り、視界がぐらりと揺れた。
    戦意が喪失していくこの感覚は……おそらく『あまいかおり』
    ドラピオンが必死に闘志を保とうとがなり声を上げる。しかし腕に力が入らないようで、だんだんと力が抜けていってしまう。
    張っていた緊張を強引に解され、身体が香りに引きずりこまれる。

    「すまない、戻れ……ドラピオン」

    俺はやむを得ずドラピオンを、ボールに戻した。
    この様子ではドラピオンに戦闘を続行させるのは得策ではない。
    『どくびし』で追っ手を遮ろうともフシギバナの前では意味をなさない。
    他の手段を、他の方法を考えねば。
    しかし、さっき彼女に言った通り空中へ逃げようとしても他の<エレメンツ>メンバーが待ち構えていることは明白だろう。
    どうすれば――どうすればいい?
    立ち尽くす俺にじわりと間合いを詰めてくるソテツとフシギバナ。

    「大人しく捕まってくれる気になったかな、ハジメ君?」

    ソテツの柔らかな口調の声が頭に響く。
    捕まる? ここで?
    そうか、俺は、捕まろうとしているのか……?
    捕まる、捕まる……捕まる、だと?
    朦朧とした意識の中である光景がよぎった。
    広い部屋の片隅で、いつも怯えながら、それでも俺の帰りをじっと待ってくれている、俺に残された唯一の家族、リッカ。
    怖がりな癖に夜遅くまで俺を待っていてくれる末っ子に、お帰りと言わせ安心させるために……俺はここで捕まるわけにはいかない。
    いかないんだ。

    「おーい、ハジメくん? 降参してくれないかな?」
    「降参? 生憎……お断りだっ!!」

    断固拒否の構えを貫き、ボールを手に取ると、ソテツは一瞬目蓋を見開き、それからアーモンドのような目を爛々と輝かせ、にかっと笑った。

    「そっか! 往生際の悪い子は、嫌いじゃないぜ! で、どうするんだい?」
    「どうするって? こうだ! 行け、ドンカラス『きりばらい』!」

    俺が繰り出したのは漆黒の翼を持つ夜の首領とも言われるポケモン、ドンカラス。
    その大きな翼で僅かながら甘い空気を吹き飛ばしてくれ、フシギバナの回避も下げてくれた。
    コイツの本領を発揮するに相応しい時間帯とは言えないが、やるしかない。
    フシギバナが風に目を眩ませた一瞬のうちに俺は離脱するため駆け出す。
    背後からドンカラスが続いた。そしてフシギバナの伸ばしたツルも、追いかけてくる。
    サイドをツルに追い越され、陣取られ、挟まれて一本道になった。正面にはまっすぐに伸びた木が。このままでは衝突、もしくは挟み撃ちで終わりだ。

    「構うな、上昇しろドンカラス!」

    ドンカラスに指示を飛ばして木への衝突をギリギリのタイミングで弧を描かせ上へと飛ばせる。
    俺は咄嗟に木を壁にし、三角飛びで空中へ飛び出し、上昇するドンカラスの足を掴み『そらをとぶ』で舞い上がった。

    「やーるー!」

    地上からソテツのそんな歓声が聞こえてきた気がした。
    構わず木々を抜け一気に空へ飛び出す。

    周囲を見渡すとそこには、一匹のトロピウスとその背に乗る花色の髪の女性がこちらを睨んでいた。
    風の流れが、変わる。

    「トロピウス……! 『たつまき』です……!」

    空を飛んでいる相手に対し特効をもつ竜巻をトロピウスは仕掛けようとする。
    静かに腹をくくり、息を大きく吸って、俺はドンカラスに命令した。

    「やれ、ドンカラス――――『ふいうち』」

    俺をぶら下げた状態で、ドンカラスは発生しつつある『たつまき』の壁に突っ込む。
    まだ練り切れていない風は衝突とともに霧散し、攻撃をしようとしたトロピウスに重い一撃を食らわせた。
    トロピウスはトレーナーを乗せたまま落下。『タネマシンガン』らしき攻撃を放たれたが、かするだけで済んだ。
    このまま突っ切れば、逃げ切れる。
    また俺は無事に帰ることが出来る。
    そう希望を抱きかけた瞬間だった。
    翼に食い込んでいた種の芽が成長してツルとなり、ドンカラスの翼を締め上げたのは。

    「『やどりぎのタネ』か……くそっ!」

    バランスを失った俺達は森へと落ちていった。木の葉の群れを突っ切り、地面に激突する、はずだった。
    いつの間にか張られていたツルのネットによって、俺とドンカラスは受け止められる。
    気を失う前に最後に見たのは、木陰でトレーナー、ソテツに向けて手を振っているモジャンボの姿だった。


    *********************


    「やーお待たせー」

    少しして、林の奥からソテツがハジメという名前の丸グラサン金髪リーゼント男とドンカラスをモジャンボに担がせて帰ってきた。
    その隣には見慣れぬ花色の髪の女性とトロピウスもいた。彼女達もエレメンツメンバーなのだろうか。

    「ありがとうございます、トロピウス」

    トロピウスをボールに戻した彼女は、しかめっ面をしていた。対してソテツの表情は晴れやかである。

    「もう、ソテツさん遊ばないでくださいよ……大変だったんですから……」
    「ごめんって、ガーちゃん」
    「ガーちゃんじゃありませんっ。ガーベラですっ」

    俺達の護衛にソテツが残してくれたフシギバナは嬉しそうに主人達を出迎えた。
    俺は呆然とその光景を見ているしか出来なかった。

    (……ほぼ『あまいかおり』だけで相手を蹂躙しやがった)

    その事実に俺は、ソテツに対して頼もしさと同時に恐怖を覚えた。

    (<エレメンツ>、つえーよ。そして容赦ねーよ)

    その、敵を蹂躙したフシギバナの『あまいかおり』に癒されていたとはいえ、ハジメのドラピオンにやられた傷口の痛みのせいか、うずくまってしまって動けない。
    腕の中のリオルを早く治療しないといけないのに。俺は上手く立ち上がることすら出来なかった。

    「大丈夫ビドー君? 手、貸すよ。フシギバナに乗っかりなよ」
    「あ、ああ……えっと、ありがとうございます、ソテツさん」
    「敬語、使わなくていいよ。警戒しなくて大丈夫、オイラ達は――――<エレメンツ>なんだから」

    一瞬だけ、ソテツの顔から笑みが消えた気がした。だが、次見たときはまたヘラヘラしていたので、気のせいだったのかもしれない。
    それでも俺の記憶には、その顔が印象深く刻まれていた。


    *********************


    途中で乗り捨てた(捨ててはない)サイドカー付バイクもガーベラさんに押してもらい、ヨアケ達と合流する。
    フシギバナのツルで出来た担架に乗せられた俺とリオルを見て、彼女達は驚いた。カイリキーは突進してきそうな勢いだった。何とか制止したが。
    カビゴンはというと、すっかり具合がよくなったのか、心配してくれていたのか起きていた。

    「大丈夫!? ビー君! リオル!」
    「大声を出さないでくれヨアケ……俺はそこまでひどくはないが。リオルが……」

    猛毒はソテツ達に応急手当をしてもらって消えたが、体力の消耗が激しいのかリオルはぐったりしていた。
    リオルの事が気がかりな俺に対して、ガーベラは口をとがらせて小言を言う。

    「何言ってるんですか、貴方だって軽傷でも怪我人です。大人しくしててください……もう」
    「すみません……」
    「まあまあガーちゃん、そう固い事言わずに」
    「だからっ、ガーちゃんじゃ……むー」

    拗ねるガーベラを他所に、ソテツはヨアケに駆け寄る。

    「さて、久しぶりだねアサヒちゃん。パラセクトのセツちゃんも」

    ヨアケとパラセクトは小さくて手と爪をソテツに振った。

    「久しぶりっ、ソテツ師匠」
    「もうキミの師匠ってわけでもないけどね」
    「それでも、師匠は師匠だよ。ビー君助けてくれて、ありがとう師匠」
    「ははは、可愛い元弟子のアサヒちゃんのお願いならお安い御用さ、なーんてね。どういたしまして」

    そうそう、とソテツは右手を軽く握り、親指をこめかみに当てて、ヨアケに尋ねる。

    「調子はどうだい」
    「進展は無い感じかな」
    「そっか。ま、ゆっくりでいいよ」

    恐らくソテツが聞いたのは、ヨアケの幼馴染探しについてのことだろう。
    ずっと旅を続けているのに進展が無い、というのはきつそうだなと思った。
    そう言えばヨアケはその幼馴染みのヤミナベとやらを捜して一体どのくらい旅を続けているのだろうか。今度聞いてみるか。と俺は安易な気持ちでそう考えていた。
    ソテツがヨアケの顔を覗き込んで、にへらと意地悪そうに笑った。

    「アサヒちゃん、笑顔、忘れちゃった?」

    ヨアケもまたへらっと笑う。

    「忘れてないよー師匠ー」
    「嘘だね! 嘘じゃなくともまだまだ足りん!」
    「う……ふふふ、ふふははは」
    「もっともっと! わーはっはっは! 腰に手を当てて!」
    「あはははははー!」

    突然始まった笑顔講義? に面を食らっているとガーベラがクスクス笑いながら説明してくれた。

    「な、なんなんだあれ」
    「うふふ、ソテツさん直伝、笑顔体操です」
    「体操?」
    「はい、ソテツさんの下に就いた<エレメンツ>メンバーはみんなやってますよ……! ソテツさんのモットーは“笑えなくなったらどうしようもない”なので、いつでもどんなきつい時でも笑顔を忘れないように訓練するのがこの笑顔体操です」
    「は、はあ……」
    「ビドー君もやるかい? わはは」
    「師匠、ビー君は怪我人だってば! えへへ」
    「そうですよソテツさん、無茶させてはダメですふふふ」
    「つ、ついていけん……」

    カイリキーとパラセクトもつられて笑っていた。カビゴンなんかはもはや笑い声が咆哮になっている。
    リオルも俺も、ついていけないと言った割には自然と笑みを作ってしまっていた。
    なんだか少しだけ、元気が湧き出た気がする。自分がどんな風に笑うのかを再確認するのは、反復するのは自分を見失わないことに繋がるのかもしれない。
    まあ、易々と人前で笑いたくなんかないがな、恥ずかしいし。

    「そういえば元師弟関係ってことはヨアケはもともとは<エレメンツ>だったのか」
    「うーんとねビー君。半分正解、かな」

    言いよどむヨアケの言葉をソテツが引き継いだ。

    「アサヒちゃんも“闇隠し”の時、このヒンメルに居たんだよ。途方に暮れていたところをオイラ達が保護したってわけ」

    ヨアケも大切な何かを“闇隠し”で失ったとは聞いたが、あの現場に居合わせていたとは。それは、きつかっただろうな。同情する。
    さらにガーベラがヨアケについて補足を加えてくれた。

    「アサヒさんは正規のメンバーとしての活動こそはしていませんでしたが、皆さんのサポートをしてくださったんですよ。特に料理面は大助かりでした」
    「無事だったメンバーの中に料理上手い人、いなかったんだ。だから大助かり」

    もじもじと照れるヨアケの肩にソテツとガーベラは手を置く。

    「いやあ、私にできることってそれぐらいだったし、保護してもらった恩を何かで返したかっただけだし……照れるな」
    「いやもう保護とか関係抜きに一緒に日々を生き抜いてきた仲間だよ、アサヒちゃんは」
    「そうです……同じ釜の飯を食べた家族のようなものです」
    「師匠……ガーちゃん……」
    「だから、ガーちゃんじゃないです……もう」

    三人の仲の良さ見せつけられて、ちょっとだけ羨ましいなと思った。俺は心を閉ざすばかりで一人で生き抜くことばかりを考えていたから、余計に眩しく見えた。
    それから、釜の飯という言葉につられ、腹の音がなってしまう。

    「あははビー君のお腹鳴ってる」

    ヨアケに思いっきり笑われた。腹減ってるのはお前もだろーが。そう言おうとする前に彼女の腹の音も盛大に鳴った。ほれみろ。
    カビゴンも空腹を訴えていたがソテツが一蹴した。

    「カビゴン、その様子じゃもう歩けるよね? この子が道案内するから、住処へお帰り?」

    ソテツがガーベラをカビゴンに紹介し、カビゴンは彼女に案内されて住処へと帰っていった。
    そして俺達は俺達で、遅めの昼食を食べてから、山間の村【トバリタウン】を目指した。


    *********************


    【トバリタウン】までの道中、ビー君からソテツ師匠達の活躍を聞いた。ビー君的にはフシギバナの『あまいかおり』の使い方がびっくりしたみたいで、感嘆している。
    そんなビー君の反応にソテツ師匠は謙遜して「香りの扱いに関しては、もっと上がいるよ。オイラ達のは、その人達に比べたらまだまだ」と言った。
    ビー君のバイクを押しつつ、ソテツ師匠が思い浮かべたであろう人物の姿を私も思い浮かべ、暫し感傷に浸る。

    「あの人達のは、レベルが違うよ。うん」
    「ヨアケも知っているのか、その人の事」
    「知っているよ。ポケモンバトルでその人達の香り戦法と戦ったこともあるよ」
    「アサヒちゃん経由でオイラはそのトレーナーさんの戦法を知ってねー、少しだけお借りして使わせてもらっているのさ」
    「へえ……ああいう捕縛しなければならない時に相手トレーナーを無力化するのには、やっぱ重宝していたりするのか?」
    「まあねー」

    ソテツ師匠はどこか虚しそうに受け応える。そんな彼に私は思っていたことを言ってしまった。

    「ソテツ師匠、最近ちゃんとポケモンバトルしている?」

    師匠は眉根一つ動かさない。もしかしたらこの質問を聞き慣れていたのかもしれない。

    「はは、そんな心配そうにしないでよアサヒちゃん。ちゃんと身内とバトルしているって」
    「それは、真剣勝負?」
    「……参ったね。でもオイラが、いやオイラ達五属性がマジでやったら、色々と壊しちゃうんだよ。フィールドとか、ドームとか、それ以外とか。壊したら直すのも大変だしさ……あ、」

    頬をかいていた師匠が、思いついたように、また何かに気付いたかのようにその動きを止める。
    それは、毬を見つけたニャースみたいだった。

    「もしかしてアサヒちゃん、オイラの対戦相手になってくれるのかい?」
    「うん、私でよければ」

    師匠が「やったっ」とこぼしたその時、うめき声が聞こえた。
    うめき声の出所はモジャンボに担がれた丸いサングラスをかけた彼だった。どうやら意識を取り戻したみたいである。
    彼の存在を思い出した師匠は肩を竦めながら言う。

    「あーでも、また次の機会だね。今は仕事中だから」

    残念そうなソテツ師匠。今は無理だとしても、何とかならないかと私は考えて、ある一つの提案をした。

    「そうだったね、じゃあ約束ってことで一つ。どうかな?」

    その提案に、師匠は快く応じてくれる。

    「うん、約束だ。思いっきりバトルしよう」

    約束の指切りこそはしなかったけれども、次に師匠と戦うときに備えて、もっと強くならないと、と私は心の隅に留めることを決めた。


    *********************


    【トバリタウン】についた後、私達は一旦解散となった。
    解散といっても。ビー君達は宿屋で休ませてもらって、ソテツ師匠は目立たない場所で、ハジメ君……今回の事件の主犯である彼を見張っている。
    私はと言うと特に手伝えることもないので、喫茶店に寄っていた。
    ビー君達の看病をしたい気持ちもあったけれども、今は彼らだけでそっとしておいた方がいいと思う。
    テレビで流れるニュースに、カビゴンの事件は出ていない。まだ事件があって間もないのもあるけれど、そもそもこの国のテレビに流れるのは他国のチャンネルばかりだ。
    この国ニュースはテレビよりも各地にある電光掲示板で更新されることの方が速い場合が多い。単純にテレビ局とテレビ局の人員が少ないという問題もある。
    〈スバルポケモン研究センター〉襲撃事件も捜査に進展がないので話題には取り上げられなくなっていった。
    私としては他のニュースよりもその事件について取り扱って欲しかったけど、仕方がない。
    でも、このタイミングでユウヅキが行動したのには何か理由がある気がする。そして何よりやっと見つけた彼の情報を無駄にしたくないという気持ちもあった。
    だって、今までは生死すら判っていなかったのだから。

    モーモーミルクを温めてもらったものに口をつける。とてもほっとする味で、思わず目元がにじんだ。
    ダメだ、さっき師匠に言われたばっかりなのに。もっと楽しいこと考えよう。
    そうだ、ビー君とリオルは和解できたんだっけ。
    これからが大変だろうけれども、ビー君にはポケモン達と仲良くやっていってほしいな。
    がんばれ。ビー君。

    モーモーミルクを飲みほした辺りで、声をかけられた。それは聞き覚えのある、懐かしい声だった。

    「おや、アサヒさん?」

    その全身をグレー中心でコーディネートした茶髪の男性は、私がこの地方に来る以前にお世話になった探偵の方だった。
    予想外の再会に、思わず声を上げてしまう。

    「! ミケさん! ミケさんじゃないですか! お久しぶりですアサヒです!」
    「お久しぶりです。相変わらずよい笑顔ですね。アサヒさんは」
    「そう、ですか? よかった、ちゃんと笑えているんだ……よかったあ」
    「どうかしましたか?」
    「いえ、何でもないです」
    「そうですか……さて、ここで会ったのも何かの縁。相席してもよろしいですか?」

    その申し出を断る理由なんて、なかった。


    *********************


    カイリキーに宿屋まで運んでもらい、しばしの間休養をとらしてもらうことになった俺達。
    それぞれのベッドで寝ていた俺とリオルは割とヒマを持て余していた。カイリキーにはいったんボールに戻ってもらっている。
    傷の手当をしてもらったのであとはじっとよくなるのを待てと言われて休んでいるものの、やることがない。またはできないというのはもどかしかった。
    いや、一つだけやることはあったか。

    「じっとしていないといけないって割と暇だな。な、リオル」

    リオルは天井を見つめて、間延びした返事をした。
    今の俺にできて、やらなければならないこと。それはリオルとコミュニケーションすることである。
    うまく話せるとか話せないとかは、関係ない。とにかく話してみよう。まずは体当たりからだ。

    「今まで、悪かったな。そしていつもありがとう。つっても、いきなりは変われないかもしれないけれど、お前に信頼してもらえるように、頑張るよ」

    リオルはしばらく黙っていた。黙って、でも視線だけ俺のほうへ向けて、それから鼻を一つ鳴らした。
    当たり前っちゃあ当たり前だけど、前途多難そうである。
    こればかりはしょうがない。誠意を表し続けるしかない。今までサボって逃げてきた分のツケだ。

    ちょこちょこリオルに語りかけながら、俺の中で一つの思いが生まれていった。
    ヨアケに何か恩返ししたい。そう思うようになっていた。
    まあ、ちゃんとリオルと仲良くなる、ということをするのが最優先だけどな。それでも彼女の捜索に何かしらの形で協力してやれないかと考える自分がいた。

    「それにしても、懐くって、どういうことなんだろうな」

    そうぼやいていたら、突然誰かに声をかけられた。

    「あー、そこのキミ。ポケモンと親睦を深めたいのならー、ポロックやポフレがおすすめだよー」

    その声の主は部屋の入り口に真っ白な雪色の着物を着た女性のようなポケモン、ユキメノコを引き連れて立っていた。気配を感じなかったから一瞬幽霊かと思った。
    彼女は丸い黒目が特徴的な顔で肩甲冑ぐらいの長さの黒髪を首の辺りで一つにまとめていた。まとめているといってもあちこちにアホ毛が飛び出しているが。
    森をプリントしてある長袖のTシャツにジーンズという格好が何となくフィールドワークを専門としているように見えた。
    ヒッチハッカーなのだろうか、赤いリュックをしょっていた。

    「ポロック? ポフレ? てか誰だアンタ」

    俺の問いかけに対し、きょろきょろと周りを見渡して、それから自分を指さし小首をかしげる彼女。いや、アンタだよアンタ。
    ヨアケとは違ったマイペースの持ち主だと直感した。ペース狂うな……。

    「んーと、あ、アタシか。名前はアキラだよ。キミはー?」
    「ビドーだ。こっちはリオル」
    「あー、ビドーにリオル、ね。よろしくー」
    「よ、よろしくアキラさん」

    同年代だと思うのだが、何故か俺は彼女のことをさん付けで呼ばないといけない気がした。
    その後アキラさんによるポロック、ポフレの講座が始まった。


    *********************


    ミケさんはコーヒーを注文してから、話を切り出した。

    「アサヒさん。ニュース、見ましたよ。ユウヅキさんのこと。正直驚きました」
    「あはは、ほんともう、指名手配されるとか、何やってんだかって感じですよね……はあ」
    「ため息は、幸せをも吐き出してしまいますよ」

    “幸せ”と言われて、私は今の私の置かれている状況を思い返す。
    彼が居なくなって、師匠たちに出会って、<エレメンツ>のみんなと仲良くなって、この国で日々を過ごした。
    3ヶ月前の<スバル>の事件でユウヅキがそこに居たと知って、彼を捜索する旅に出た。
    彼が居れば幸せになれるか、と問われたら、今の私ではきっぱりと答えられないと思う。断言するには時間が経ちすぎていた。
    でも彼のいない日々はやはり何かが満たされない。
    充分幸せな生活をしていたはずなのに、私は幸せを感じていない。
    それは、やはりユウヅキが私にとって大きな存在であることなのだろう。
    だから私はミケさんにこう答えた。

    「現状が幸せっていうにはちょっと違いますね」
    「それなら尚更、ですよ。少なからず残っているものまで吐き出してしまうのは、どうかと」

    ミケさんの言うこともあっている。でも、私はまだ、今のままでいいとは思えなかった。思いたくなかった。

    「たぶん私は息を吐くことを無理に抑えたくないんです。そう……残っている僅かなものだけで満足したくないんです」
    「アサヒさん……」
    「そうです、私は胸いっぱい幸せになりたいんです。そのために、今は少しだけ手放して、そしてまた大きく吸いにいくんです」
    「必ずしも満たされるという保障は……」
    「無いですよ。でも保障のある人生も、きっと、ないんですよ」

    そう言った私の口元は、小さく緩んでいた。
    自嘲、もあるけどどちらかと言えば諦めに近いのだろう。
    勿論、ユウヅキの事を諦めるのではない。こういう世界に対しての、である。
    お互い沈黙の状況になってしまったのを、ミケさんは自分から破ってくれた。

    「情報整理をしましょう」
    「いいですよ。でも、その前に一ついいですかミケさん」
    「はい、なんでしょうかアサヒさん」
    「ミケさんはどうしてこの地方に? 探偵業の調査依頼ですか?」
    「依頼、もですが、個人的にこの事件を調べてみようと思いまして」
    「なぜ、今?」
    「それはアサヒさんの方がよく分かっているのでは」
    「? 何がです?」
    「いえ何でも」

    私の方が分かっている、という言葉に引っかかりを覚えたが、ミケさんは話を流してしまう。

    「さて、アサヒさんはユウヅキさんとこの地方にやってきて、“闇隠し事件”で離れ離れになり、ようやくこの間の事件のニュースで存在を確認した、ということであっていますか」
    「はい。もう会えてなくて何年になるやら……」
    「まあ、でもまだ良かったじゃないですか、安否はわかったのですから」
    「そうですね……生きててよかった。本当に、本当に」
    「感傷に浸っているところ申し訳ないのですが、調査のために……アサヒさん、貴女が“闇隠し事件”に巻き込まれたときのことを教えていただけませんか?」

    ミケさんのその申し出を、私は受けられなかった。何故かと言うと、受けられない理由があったからとしか言いようがない。

    「それは……出来ません」
    「出来ない、といいますと」

    ミケさんを直視できなくて、目を伏せてしまう。
    しぶりながらも、迷いながらも、それでも彼を信用して、私はそのわけを言った。

    「その、実は当時の事をよく覚えていないんです。ショックが大きすぎて」

    そう、私は覚えていないのだ。“闇隠し事件”のことを。
    気が付いたらこの国で途方に暮れていて、師匠たちに保護された私。
    師匠たちの話では数日間意識が混濁していたようで回復するのに時間がかかったらしい。
    でも、確かに私は彼と旅をしていたのだ。そして、この国に来た。そこまでは思い出せるのに……私は彼とどうやってはぐれたかを思い出せないでいる。
    私が覚えているのは……彼と、とても大切な約束をしたという記憶だけ。

    「そうでしたか、失礼しました。話せるようになったらでいいのでその時にでも」
    「はい」

    ミケさんの頼んだコーヒーが運ばれてくる。シロップとミルクを入れ、マドラーで混ぜながら、ミケさんは何かを整理するように考え込んでいた。
    コーヒーが綺麗なブラウンになって、マドラーを皿に取り置くミケさん。どうやらミケさんの中で私に対する言葉が纏まったようだ。
    「ああそうそう。もう一つ」なんて思い出した風な言い回しを装って、探偵はしれっと確信をついてくる。
    もっとも、彼に再会した時点で私は、それをどこかで期待していたのかもしれないけれども。
    ミケさんはソテツ師匠とはまた違った、ペルシアンみたいな微笑みをたたえて質問を投げかけた。

    「アサヒさん。ユウヅキさんの手持ちに、オーベムはいましたか」


    *********************


    彼は私に軽く頭を垂れて謝罪をした。

    「失礼ながら、私は貴女に嘘をつきました」

    その言葉に、私はたいして動じていない自分に驚いていた。
    目を細めて、ちょっぴり責めるような視線を送る。

    「……嘘ついてたんですか、ミケさん」
    「はい」

    でもミケさんは私以上に動じずに笑みを絶やさない。悪い大人だなあ。
    だけど、ミケさんも全く罪悪感をもっていない訳ではないみたいで、どうして私に嘘をついたのかをほんの一部だけ話してくれた。

    「アサヒさんに二つ聞きたいことがありまして、貴女の足跡を辿らせていただきました。すみません」
    「それは依頼で、ですか?」
    「そこは企業秘密で」
    「そっか。なら、しかたないですね」
    「質問内容は、あなたは“闇隠し”に巻き込まれた当時のことを、覚えているのか。そして、ユウヅキさんは、オーベムを手持ちに入れていたのか。前者の方は判断しかねていたのですが、貴女の答えで悪い予測が当たりそうです」
    「で、先ほどの質問に私は答えた方がいいのでしょうか? 探偵ミケさん」

    慣れない皮肉を使ってみたけれど、十分に効果はあったようで、ミケさんを苦笑させる。

    「そんな意地悪な笑みも浮かべるようになったのですね、アサヒさんは……結構です。ユウヅキさんが過去に参加したポケモンバトル大会のデータを探しましたので」
    「そう、でしたか」

    まあ、ミケさんならそのくらいサラッとやってしまうよね。むしろされない方が可笑しいくらいだ。うん。
    一人で納得していたら、私の様子を窺うミケさんと目が合った。
    逸らさないで黙っていると、しびれを切らしたミケさんが、小さくため息をつく。幸せが逃げますよ、とは流石に言えなかった。

    「気づいていたのですね」
    「一応は」

    ミケさんはとうとう笑うのを止めた。それから「だったらどうして」と呟く。
    彼は静かに怒っていた。
    私を想って、怒ってくれていた。

    「だったら、どうして相談してくれなかったんです? ――貴女の記憶が彼のポケモンによって消されているかもしれないのに」

    オーベムとは、エスパータイプのポケモンである。
    その特徴に記憶を操作できるという能力を持っている。
    ユウヅキの手持ちポケモンの一匹、でもある。

    ミケさんはその推測に辿り着いた時、どう思ったのだろう? と考えた。
    たぶん、心配、してくれたのだろう。
    悪いことをしたな、と思った。反省しなければいけないと思った。でも言えなかった。

    「秘密、だったからです」

    秘密。それは彼らとの約束。外部の人には言わないように、と私と彼らで取り決めたもの。
    私はそれを守らなければならない。

    「……アサヒさん、貴女はいったいどういう状況に陥っているのですか」
    「乙女の秘密、じゃダメですか?」

    苦し紛れにそう言うと、何かを察したのか彼は引いてくださった。
    それから、心配そうな面持ちで助言を一つ残した。

    「……わかりました、今はそういうことにしておきましょう。ただ、ユウヅキさんを捜すのなら気を付けてくださいアサヒさん。ここから先、貴女にとって向かい風が吹くことになるでしょう」
    「忠告、ありがとうございます」

    心配させ過ぎないように、小さく笑ってお礼を言う。余計に心配させてしまったと不安になったけど、当の本人は身体をさすっていた。

    「それより、少々寒くありませんか?」

    私の数倍あったかそうな格好しているのに、と思ったけど、確かにちょっと異常な涼しさを感じた。
    窓の外を見ると、霧がかっていた。そして、白い氷の粒が数粒くっついていた。

    「山の天気は変わりやすいといいますけど、霧はともかくこの時期に雪……?」

    雪がちらほらと降っていたかと思えば、強い風と共に、窓に何か打ち付けられる。それは人だった。グレー色の服というかコートを着た……って、ん? 見覚えあるな?
    その少年は立ち上がって、建物の中に入るでもなく霧の中を進んでいく。
    突然の出来事に混乱している私に、ミケさんは彼を追いかけるよう促した。

    「勘定は私が持ちますので、行ってください」
    「すみません!! 今度お返しします!」

    喫茶店から飛び出して、ビー君らしき人影を捜す。視界が悪い。
    やっとのことでその背中を見つけ、呼び止めようとした。けど、彼の言葉に遮られた。
    ビー君は誰かに向かって叫ぶように呼びかけていた。

    「――――だから、俺は知らないって、アキラさん!!」
    「え、アキラくん!?」

    その名前に、思わず反応して声を上げてしまう。その声でビー君とその奥にいるアキラさん? がこっちを向いた。

    「ヨアケ!?」
    「んー? あたしはアキラだけど女だよー。というかキミ誰ー?」

    霧の中のシルエットに目を凝らすとそこにはリオルを抱いた女性の姿とユキメノコが。
    思わず恥ずかしくなって、わざとらしく舌を出して勘違いだった事を伝えた。

    「あ、なーんだ、人違いかっ」

    ……流石に年甲斐もなくわざとらしくやり過ぎちゃった。


    *********************


    どうして俺がアキラさんと対峙することになったかと言うと、少しだけ時間は遡って説明させていただく――――

    「――なるほど、つまりポロックやポフィンってのはきのみを使ったポケモンのお菓子ってことか」
    「そうそうー。きのみの組み合わせやコツによって全然味とか変わるし、奥が深いんだよー」
    「へえ」

    外国には色んなお菓子があるんだな。とこの時の俺はのんきに考えていた。
    正直に言うと、俺はアキラさんに親しみを覚えていた。
    弱っていたせいや、ヨアケとソテツ達のあの朗らかな関係を見て、人間関係を遠ざけていたリバウンド、というか。要するに、恥ずかしいが寂しさを覚えていたのである。
    本当に恥ずかしい話だが。

    「あ、そうだ。良かったらあげるよーポロックメーカー。ケース含めて一式」
    「いいのか?」
    「ちょうど買い換えたばっかりだしさー。二台あってもかさばるし、有効活用してくれるのなら越したことはないし、ほい」
    「……ありがとな」

    今思えば、この時点で気づけという話だ。そんなうまい話ばっかりじゃないってことに。

    ユキメノコがアキラさんの袖を引っ張る。アキラさんは「あー忘れてた」と何かを思い出したようだった。
    それから両手を合わせて俺に頼み込んでくる。

    「ねっ、ねっ、お願い! 人捜しているんだけどー、心当たり無い?」

    昨日今日といい、よく捜索依頼受けるな。
    ポロックメーカーの件もあるので協力できる部分はしてやりたいと思ったので、話を聞く。

    「どんな奴なんだ?」
    「金髪でー、黒いシャツのー、軍艦ヘッドー」
    「軍艦?」
    「こうー、リーゼントっていうか、前髪が突き出てる感じって言えばわかるかなー」
    「……あーもしかしてグラサンかけてなかったか?」
    「うんうん」

    朗らかに受け答えるアキラさんと対照的に、雲行きが怪しくなっていく。
    俺の頭が静かに警告を発していた。だが、その警告に対して半信半疑な自分もいて、結局のところ「大丈夫だろ」とスルーしてしまった。
    そして、アキラさんの正体を暴く。

    「なんか聞いたことある声だと思ったら、アンタ、フライゴンに乗ってた人だろ」
    「うーん、やっぱりわかっちゃう?」

    平然とした態度の彼女に、底知れぬ何かを感じた。計算の内なのか、それとも素でやってるのか。どちらにしろ読めない。
    印象としては後者の方な気がしたので、彼女に忠告をしておく。

    「まあ……あいつを探してるんなら諦めた方がいいと思うぞ。アンタも捕まるのが関の山だ」
    「あー、気遣ってくれてありがとー」
    「別に、そういうわけじゃ……ただ、アキラさんが立ち向かおうとしている相手は強くて、アキラさんじゃ敵わないだろうから、止めとけって言いたいだけだ」
    「ところがーどっこい、そういう訳にはいかないんだよビドー」
    「何でだ?」
    「えーと、アタシはまだ彼、ハジメから報酬のきのみをまだ受け取ってないから」
    「……その為に捕まる危険を冒してやってきたのか、アキラさんは」

    呆れた、という俺に対し、アキラさんは「なんで?」と呟く。
    そして彼女は、その黒々とした瞳を丸くした。

    「誰にだって、諦めきれない、譲れないものってない?」

    すべてを見透かしそうなその眼に、俺は一瞬ひるんだ。
    そんな俺をよそに、彼女はうっとりとした表情で、笑った。

    「えへへー、アタシの場合は、それがきのみ集めってことなんだー」

    その言葉に気づいた、というより感じてしまった。
    もう彼女は、俺を見ていないんじゃないかって。
    いや、アキラさんは最初から俺らではなく、ハジメを……ハジメの持っているきのみのことを見据えていたのだろう。
    きっと今も大好きなきのみのことを想ってそれに夢中なのだろう。
    そのきのみにたどり着くために、俺らを利用しようとしているのだろう。
    ――そうじゃなけりゃ、いいのに。
    その躊躇いが、俺の甘さが、隙を生む。
    ユキメノコが宙を舞う、そしてリオルの枕元に立ち、リオルをかっさらう。それからユキメノコはアキラさんの元へと飛んでいき、リオルを俺に見せつけた。

    「リオル!」

    傷の痛み堪えながらもベッドから飛び起きる。それからモンスターボールを構えようとした。だが、リオルを盾に取られている以上は、迂闊なことは出来ない。
    動けないでいる俺の肩に、アキラさんは軽く手を乗せた。

    「無理やりでごめんねー、キミにはハジメの元に案内してもらうよ」

    断る、という選択肢は選べない。一時的に彼女たちに従うことにする。
    宿の主人に悟られぬよう外に出ると、霧が出ていた。


    *********************


    隙を見て奪還を試みるも、『こなゆき』で近くの建物まで吹き飛ばされ、窓の格子に打ち付けられる。だがそのおかげで運よくヨアケと合流できた。
    ……いや、運がいいと言い切れないか。
    数の上では勝っても、リオルを人質に取られているのには変わりないのだから。
    ヨアケは、事態を飲み込めていないのか、相変わらずのマイペースで、アキラさんに自らの素性を明かすのであった。

    「えっと、名乗るほどのものでもない……って言うのは失礼だよね。私はヨアケ・アサヒ。アサヒでいいよ。よろしくアキラさん」
    「んー、アタシもアキラでいいよ。アサヒ」
    「あーごめん、友達にアキラ君って人がいて、呼び捨てだと頭の中でこんがらがっちゃうんだ」
    「そっかー、なら仕方がないなー」

    な、なんか普通だ。普通に会話してやがる。
    ヨアケがアキラさんを警戒していない事に危機感をもった俺は、彼女に注意を喚起した。

    「ヨアケ、そいつはハジメの仲間だ! 気をつけろ!」

    俺の言葉にヨアケは合点いった様子で、手をぽん、と叩く。それから右手の人差し指を顔の横で立てた。

    「なるほど。ビー君のリオルはハジメ君と交換するためってところかな」
    「いやー? 案内してくれたら返すつもりーって、ああ、そういう手もありなのか」

    ヨアケの予測に、それは思いつかなかった、と小さく頷くアキラさん。状況が悪化した。
    なんてことしてくれたんだ。と、リオルと俺は恨めし気にヨアケを睨む。ヨアケは「ごめん」と手を合わせていた。
    アキラさんが、再び俺らに要求する。

    「アサヒにビドー、アタシをハジメの元へ案内してくれないかなー」

    その要求に対して素直に、はい案内しますとは、言えなかった。
    いや、本当は言いたかった。リオルが心配で仕方がなかった。
    だが、言ってしまってはダメなんじゃないかという、妙な胸騒ぎが俺の口を固く閉ざす。
    さっき、リオルのために、と思って行動して逆に傷つけてしまったことが脳裏から離れなかった。そして不安になる。
    俺が案内することを、リオルは望んでいないんじゃないかって。

    「ビー君」

    ぐるぐると回っていた思考に、すとんとその呼び声が入ってくる。
    彼女の顔を見る。その声はどこか柔らかくて、そんな彼女に正直ビビっている自分がいた。
    凛とした声で、ヨアケは言った。

    「ビー君。アキラさんを、ソテツ師匠のところに連れて行こう」

    だが、そうしたらアイツを、ハジメを逃がすことになる。それはマズイんじゃないのだろうか。と言葉にしようとしたが、我ながら言い訳がましいと思った。
    何を最優先にすべきか。
    ハジメを逃がさないこと?
    リオルの気持ちを考えること?
    それらも大事だ。
    一番いいのはリオルを奪還すること。だが、この霧じゃ彼女達との距離さえきちんと把握できない。それに、仮にもリオルは人質に取られている。
    だから、今優先させるべきことは、やはり……リオルの安全。

    「今のキミは、リオルの安全を一番に考えてもいいんだよ」

    その、ヨアケの諭す声が、ある種の安心感を俺に与えた。
    それから彼女はアキラさん達を見据え、声のトーンを低くして呟く。

    「もし返してもらえなかった時は、私が絶対に助け出すから」

    もしかして、怒ってくれているのか?
    どちらにしろ、潰れた面子の事を気にしてもしゃあないけれども、ヨアケに任せっきりにするつもりも毛頭なかった。

    「リオルを助けるのは、俺の役目だ……リオル、悪い、今は辛抱してくれ!」

    俺にはポケモンの言葉は分からない。だが霧の向こうから聞こえて来た返事はこういってるように聞こえた。
    ――――――――――――“このくらいなんでもない”と。


    *********************


    ユキメノコが『こなゆき』の風を使って霧をのけようとしたが、上手くいかないようだ。
    その行動を見て一つ気になったことがある。
    さっきからユキメノコがすることを、アキラさんは指示していないのだ。まるで事前に見えないやり取りを済ませているように、ユキメノコが勝手に動く。

    「アキラさん。あんた、ユキメノコに指示ださないのか」
    「んーおユキたちに任せたほうが、うまくいく場合も多いからねー」

    そんな戦闘スタイルありなのか、と俺は肩を落としかけたが、ヨアケは「そういう人もいるよね」と流していた。

    「そういやヨアケ、お前は知ってるのか? ソテツとハジメの居場所」
    「知らないよ。だから捜しているんじゃない」
    「そうか……」
    「大丈夫だよ、ハジメ君意識は戻ってたっぽいから、事情聴取しているのなら師匠の声は通りやすいっ」
    「それは、アイツが口を割ればの話じゃないのか?」
    「そうかもしれないけど……ん、じゃあ大声で呼びかけて捜索してみる?」
    「むしろ、最初からそうするべきだったんじゃ……」
    「そうだね」

    息を吸い込もうとするヨアケを制止する。

    「待て……ソテツだ」

    本人には失礼だがその背の低いシルエットで遠くからソテツだと認識出来た。ソテツの他に女性らしき人物が立っている。戻ってきたガーベラだろうか?
    彼らの前に正座させられている人影もある。その後ろにはもじゃもじゃとしたポケモン、おそらくモジャンボがその人影の腕を縛っているようだった。
    縛られているのは、その前髪から、ハジメだと分かった。
    近づこうとしたその時、怒気のこもった声が、辺りを震わせる。
    それは、ハジメの発したものだった。

    「――――俺はただ、ポケモンを捕まえようとしているだけだ。それを貴方達は何故邪魔をする……!」

    霧がだんだん晴れていく。その合間から彼らの顔が見えた。
    眉間にしわを寄せ歯を食いしばり見上げる彼に対するソテツの視線は、とても冷ややかなものだった。先程までとは、別人のように見えなくもない。
    けれども、背格好は紛れもなくソテツだった。

    「ここが、ポケモン保護区だからだよ」

    ため息をついて、定型句を述べるソテツにハジメは納得のいかない様子で喰らいつく。
    なかなか入り込みづらい現場になっていたのか、俺もアキラさんもヨアケも黙って様子を窺っていた。

    「そうやって他国の顔を窺ってばかりで、自国のことはどうでもいいのか、<エレメンツ>は! ……今この瞬間にも盗賊や悪党が襲い掛かっているかもしれないんだぞ。貴方達の目の届かないところで、強いポケモンを使って!」
    「一応他国があって、その援助があって現状なりたっているのも忘れないでね? それと、全ての町村で起きている出来事を全部解決出来ないのは情けないとは思うよ……強いポケモンを使ってくる相手に強いポケモンで対抗すれば被害は少なくなるかもしれない。ハジメ君の言い分ももっともだ。だが」
    「……あなたは、本当にその捕まえた子を大切にするの……?」

    ソテツの言葉をガーベラが引き継いだ。ソテツは頭を掻いて、更に彼女の言葉を受け継ぐ。

    「オイラ達が言いたいのはそーゆーこと。強すぎる力を持って、それをコントロールできなくなった時のことをオイラ達は恐れている。それは、人間にとってもポケモンにとっても好ましいことではないだろう?」
    「コントロール、出来れば問題ないんだろう? そんなことを恐れていたら、人はナイフで料理を作ることすらままならない」
    「まあね。ポケモンは道具じゃないけど、一時の感情でそれは凶器に変わるのも、忘れないでよね」

    だんだんと、勢いを殺されつつあるハジメ。彼がそれでも食い下がろうと口を開こうとした瞬間、ソテツは見計らったように、わざとらしい大声で言葉を被せる。

    「でさあ! こっからが聞きたいことなんだけれども!」

    満面の笑みを浮かべたソテツは、ハジメの目をガン見しながら尋ね、そして問うた。

    「ハジメ君、キミ<ダスク>のメンバーだよね?」

    <ダスク>という単語を聞いた瞬間、彼が唾をのむのが分かった。


    *********************


    「最近ポケモンを密猟しようとしている輩が多くてね。聞くところによると半数以上が<ダスク>って組織に所属しているそうじゃないか。だから、キミもそうなんじゃないかなって思ったわけ。で、実際のところどうなんだいハジメ君?」

    やれやれといった様子のソテツだが、彼の目は笑っていなかった。ハジメは視線を逸らそうとした。だが、逃れられないでいるようだった。
    その沈黙がある意味答え、無言の肯定だったのかもしれない。
    空気が、霧と共に風に流されていく。沈黙を破ったのは、ハジメでもソテツでも無く――――アキラさん、だった。

    「あのー」
    「どなたです? 今取り込み中……なのですが」

    アキラさんの声にとっさに反応するガーベラ。つられてハジメもソテツも俺達にようやく気づいたようであった。
    皆の視線を一身に浴びて、しどろもどろながらも、アキラさんは言葉を紡いだ。

    「えーっと、アタシはハジメに協力してたものです。うん。ハジメは、自分の妹の為にポケモンを捕まえたいだけだって、だから、そんな<ダスク>とかとは違うんじゃーないかと…………ね? ハジメ?」

    不安げながらもハジメを庇おうとするアキラさん。少なくとも彼女は、彼を信じていたのだろう。僅かにリオルを抱く力を強めているのが証拠だった。
    だが、ハジメは目を伏せ、彼女の気遣いを払いのけるように、アキラさんの言葉を否定した。

    「違わないさ」
    「……ハジメ?」
    「俺は、<ダスク>だ。そこの女は俺が騙して協力させただけだ」
    「うーん、嘘、だよね? だって、報酬にめずらしいきのみ、くれるって……」
    「その言葉は偽りだ。残念だったな」

    呆気にとられ、棒立ちするアキラさん。その隣のユキメノコはわなわなと肩を震わせていた。
    ソテツがハジメに次の質問を重ねる。ハジメはそれに即答した。

    「キミら<ダスク>はポケモンを集めて何を企んでいる?」
    「企んでなど、いない。俺達はただ救いたいだけだ」
    「誰を?」

    その問いに彼は一息つき、グラサン越しでも、意志のこもった鋭い眼光で応えた。

    「この国の民全部を、だ」

    彼は言った。
    歯を食いしばり、忌々し気に――――それはこの国の誰もが一回は想った、純粋すぎるほど、純粋な願いを。

    「怯えながら待ち続ける仲間も、連れていかれた仲間も、全部。全部取り返したい。ただ、それだけだ」

    “闇隠し事件”の被害者である彼、ハジメの願いは、同じくラルトスを“闇隠し”によって奪われた俺には痛々しいほど分かった。
    ――――だけど、だからこそ俺はハジメが間違っているとも思った。

    「ハジメ。お前のその思想は立派だと思う……だがな、その目的のために無関係の人間巻き込んで、ましてや騙していいって通りはねえだろ」

    ほぼ全員の顔がこちらへ向く。俺はハジメの理想を、容赦なく切り捨てた。

    「何が全員救うだ。信じてついてきてくれた仲間一人すら救えないで、何が全員だ……矛盾しているぞお前」

    ハジメはしばらく黙った後「そうだろうか」とぼやいた。
    「そうだ」、と返すと彼は俺を蔑んだ。

    「ビドーといったか。有利な立場の時は随分と威勢がいいようだ……そして、何を勘違いしているんだ、お前は」
    「勘違い?」

    あえて問い返したが、奴の口ぶりから、その先の言葉は安易に予想できた。予想できたからこそ、言わせたくなかった。
    ――――まるで、道具を見るかのような目つきで、奴はアキラさんに対して吐き捨てた。

    「その女は、たかだかきのみごときによく働いてくれる駒だった。仲間だと? 俺はソレにはなんの感傷もない」
    「くっそ、てめぇ!」

    反射的に俺は殴りかかろうとした。すると、凍てつく風が吹き荒れた。

    「待っておユキっ!」

    アキラさんの制止を聞かずに『ふぶき』をハジメに向けて放つユキメノコ。
    その余波は、俺達全員に襲い掛かる。
    勿論、ハジメを縛っていたモジャンボになんかは効果は抜群だった。
    ハジメを拘束していたツルが緩む。その隙をついて、ハジメはアキラさんへ突進した。
    駆けながらドンカラスを繰り出すハジメ。
    ユキメノコが立ち塞がり、再び『ふぶき』を放とうとするも、『ふいうち』の一撃によって背後を取られてしまう。
    彼女からリオルを強奪するとハジメは、ドンカラスの『そらをとぶ』で逃げようとする。
    ソテツがモジャンボに指示を出そうとする、だがモジャンボは凍ってしまって動けない。
    ドンカラスと共に飛び立つハジメの足に、俺は無我夢中でしがみついた。
    空中へと飛び出して、山村が小さくなり始めたころ、ハジメは俺を振り落としにかかった。
    それに対して俺は、さっきから溜まっていたことを、精一杯堪えていた不満を叫んだ。

    「どいつもこいつも、俺のリオルに何しやがる!!」
    「くっ、離れろ……!」
    「リオルを取り戻すまで、絶対、放すもんか……!」

    リオルもハジメの腕に噛みついたりと抵抗している。
    奴もこのままの状態では逃げ切れないと判断したのだろう。

    「ならば、お望み通り、返してやろう」

    皮肉にも俺が望んだ通り、ハジメはリオルを空中に放した。

    「リオル!」

    すぐさまハジメの足から離れ、反射的にリオルをキャッチし抱き寄せる。
    そして、そのまま俺とリオルは落下していった。
    手持ちの飛行タイプのポケモンを出さねば、と行動しようとしたが、焦ってしまいボールを取りこぼしてしまう。
    万事休すかと思ったその時――――金色の波が、ボールを包み込んだ。
    その波へと片手を伸ばす。すると、その波間に腕を掴まれた。
    走り抜けていた視界が安定し、周囲の山脈の姿がはっきりとなる。
    澄んだ青空のと同じぐらい青い瞳が、金糸のような髪の間から、呆れたような視線で俺を見た。

    「もう、リオルは私が助けに行くって言ったのに……無茶ばっかりして!」

    デリバードに乗ったヨアケに助けられて、安堵が湧き上がる。感謝の念を言おうと思ったが、聞き捨てならない一言があったので、俺は彼女に訂正を求めた。

    「俺が助けるって言ったろ」




    *********************


    それから、【トバリタウン】の入り口にて、ソテツとガーベラを見送った。

    「それじゃ、オイラ達は一旦戻るよ。ははは、任務失敗だ」
    「まあ、カビゴンが捕まえられずにすんだから、まだマシなんじゃないかな?」
    「そこのところは感謝しているよ。アサヒちゃん、ビドー君」
    「……アキラさんの処遇はどうなるんだ?」
    「彼女は利用されただけ、ということで今回は見逃します……でも、次はないですからね……まったく」
    「あー、すみません、でした……」

    アキラさんが処罰を受けなくてよかった。と安心していると、ソテツに耳打ちされた。

    「ビドー君、キミは一人じゃないから、大丈夫だよ」

    その言葉の意味は、今の俺には正直よくわからなかった。ただ、励まされたのだろう、と思うことにした。
    これにて今回の件は落着、とまではいかないが、ひと段落はついた。流石に俺もリオルも体力が戻り切っていないので、今日は先ほどの宿屋で休ませてもらうことにした。
    ヨアケだけ先にソテツ達と行ってもいいんじゃないか、と提案したが、

    「私はビー君のバイクのサイドカーにもう少し乗りたいからいいや」

    やんわりと、さりげなく図々しく断られる。いやまあ、さっさと行かれるよりは、まだ……って何考えてんだが。
    アキラさんも傷ついたユキメノコを手当するために、同じ宿に泊まることになる。それぞれ別の部屋で、各々休養を取った。
    夕食は三人で取った。アキラさんにきのみについて教授してもらって、それなりに盛り上がった。


    *********************


    その晩、昼間ずっと横になってたせいか寝付けなかったので、リオルと一緒に体力を取り戻しがてら散歩でも行くか、と部屋を出る。
    宿を出ようとしたところで、アキラさんに一緒にいっていい? と声をかけられる。別に断る理由もないので、一緒にぶらりと散歩をした。
    【トバリタウン】をぐるっと半周して帰り道にさしかかった辺りで、ふと、アキラさんが立ち止まる。
    それから彼女は神妙な面持ちで、俺に謝った。

    「ごめんねビドー。リオルも。ひどい事しちゃって」
    「別に、気にしちゃいねーって……アンタも騙されてたんだし」

    確かにムカついたりショックを受けたりしたが、結果的にアキラさんはリオルを傷つけることはなかったのだ。
    それに、アキラさんだって、今回の件では被害者でもあるのだから。彼女を責めるのはなんか違うと思った。
    悪いのはハジメだ。そう締めくくろうとしたら、アキラさんは静かに首を横に振った。

    「いいやー、それは違うと思う」
    「何でそう思うんだ? アイツはアキラさんを駒としか見てなかったんだぞ」
    「うーん、所詮憶測だけどさー、ハジメはアタシが捕まらないように、あんなこと言ったんだと思うんだー」
    「捕まらないように、って?」
    「見てこれ」

    アキラさんが手のひらを見せる。そこには、見慣れないきのみが一つ乗っかっていた。

    「アタシの知らない、めずらしいきのみだよ」
    「それ、どうしたんだ? まさか……?」
    「……そー、ハジメにリオルを取られた時、手に握らされたんだ」

    その言葉を聞いて、悔しいが納得してしまった。
    要するにあれだ、ハジメはアキラさんとの約束を守っていたのだ。
    密猟の共犯者としてアキラさんを巻き込んだからこそ、彼女を突き放して、罪を自分一人で引き受けたってことか。

    「あーでも、違う可能性もあるけど、アタシはきのみもらえて満足している。だから、アタシの事で、彼を怒らないでくれないかな?」

    俺の怒りはとんだ筋違い、ということだったのかもしれない。

    「それでも俺は、アイツが気に食わないな」

    静かに呟いた言葉は、暗闇に溶けていった。


    *********************


    宿屋前に帰ってくると、ヨアケがライブキャスターのテレビ電話で誰かと話していた。
    盗み聞きするつもりはなかったが、切迫しているようだったので、声をかけるのがはばかられた。

    「――――どうしたのアキラ君、なんか珍しく取り乱しているけど」
    『アサヒ、落ち着いて聞いてほしい。ユウヅキが……』
    「ユウヅキが、どうしたの」

    アキラという名前の男は、僅かに躊躇した後、ヨアケに残酷な現実を突きつけた。











    『ユウヅキが“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられた』





    ――――――ヨアケの捜し人が、“闇隠し事件”の容疑者?




                            つづく


      [No.1546] #67159 「イシツブテ合戦」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/05/19(Thu) 19:38:19     38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #67159

    Subject Name:
    イシツブテ合戦

    Registration Date:
    1991-04-14

    Precaution Level:
    Level 1 (1991-04-14時点) → Level 0 (1995-12-03時点) → Level 1 (1996-04-07時点) → Level 0 (1997-03-21時点) → Level 2 (1998-09-05時点)


    Handling Instructions:
    これまでに刊行された資料において「イシツブテ合戦」と呼ばれるゲーム(ゲーム#67159)に関する言及が見られた場合、当該資料を全面的に監査対象としてください。監査の手順は資料M-67159を参照してください。これまでの監査結果はリポジトリに格納されたレポートR-67159群にまとめられています。案件担当者は、レポートR-67159群へのフルアクセス権が付与されます。

    [1995-12-03 Update]
    案件担当者及び拠点監督者の判断に基づき、当該案件の警戒レベルとしてLevel 0(無力化済/案件管理対象外)が設定されました。所定の保留期間を経て、当該案件は凍結される予定です。

    [1996-04-07 Update]
    前担当者の退職に伴い新たな案件担当者が割り当てられ、新担当者の再検査により案件が未だ継続しているとの判断がなされました。警戒レベル引き上げの申し出がなされ、裁定委員会はこれを承認しました。警戒レベルはLevel 1に再設定されます。

    [1997-03-21 Update]
    前担当者の死亡に伴い新たな案件担当者が割り当てられ、新担当者の再検査により当該案件の警戒レベルとしてLevel 0(無力化済/案件管理対象外)を設定することが提起されました。拠点監督者はこれを承認しています。所定の保留期間を経て、当該案件は凍結される予定です。

    [1998-09-05 Update]
    監査委員会による全案件の検査過程で、短期間に警戒レベル変更が複数回行われている不審な案件として当案件がピックアップされました。案件担当者の変更が行われ、少なくとも五年間は警戒レベルの変更が禁止されます。警戒レベルとして、従前よりも高いLevel 2が再設定されました。取り扱い手順の変更はありませんが、監査で得られた情報からゲーム#67159あるいはゲーム#67159に関わる情報は、当局に対して何らかの情報災害をもたらす存在であるとの懸念が示されています。


    Subject Details:
    案件#67159は、少なくともカントー地方のほぼ全域で言及される「イシツブテ合戦」なる未知のゲーム(ゲーム#67159)とゲーム#67159に関わるすべての情報、及びそれらに掛かる一連の案件です。

    1990年10月下旬、ホウエン地方フエンタウン第三支局からカントー地方ニビシティ第五支局へ赴任してきた局員が、「自分の地元にもイシツブテはいたが、イシツブテ合戦なる遊びは聞いたことがない」と現地局員に発言したことにより、局内で異常性の疑義ありとの提起がなされました。初期調査により、カントー地方在住の局員の多くが「イシツブテ合戦」というゲームの存在やルールについて知識があったにも関わらず、実際に「イシツブテ合戦」を行ったり、あるいは行っている場面を目撃した局員は存在しないことが判明しました。また、当年発行されたカントー地方版の携帯獣図鑑を初めとして多数の資料に「イシツブテ合戦」についての記述が見つかりましたが、実際にゲームを行っている様子を撮影した写真は一切発見されませんでした。案件立ち上げが承認され、担当者の割り当てが行われました。「イシツブテ合戦」というゲームには、「ゲーム#67159」という管理用の名称が付与されました。

    ゲーム#67159は、これまでのところカントー地方のほぼ全域で言及されている「イシツブテ合戦」なる未知のゲームです。調査により得られた情報からは、非異常のゲームである「雪合戦」に類似したルールを持つものと推測されています。プレイヤーは概ね2から4のチームに分かれ、互いに携帯獣の「イシツブテ」を投げ合うことにより、相手チームを全滅させることを目的とします。投擲されたイシツブテが直撃したプレイヤーは戦線を離脱し、残っているプレイヤーの応援に回るのが一般的なルールですが、一部の地域では相手チームへ移動してゲームを続行するというローカルルールも確認されています。この場合、すべてのプレイヤーが一方のチームへ移動するまでゲームが継続されます。これらは「雪合戦」とルール的に変わるところが無く、投擲するものが異なる以外は同一のゲームと考えることも可能です。

    イシツブテは個体差こそありますが、平均して20kg程度の重量を持ちます。確認されている最小の個体でもおよそ10kgの重さがあり、少なくとも人間が資料で言及されているような「互いに投げ合う」ゲームに用いることは物理的に困難です。また、イシツブテは全身が岩石のような硬質の皮膚に被われており、人間に直撃した場合は同等の重量を持つ岩石が衝突した時とほぼ同等のエネルギーが加わります。これは人体にとって致命的なダメージをもたらすものであり、非常に危険です。これらから、互いにイシツブテを投擲し合うようなゲームは現実的に不可能であり、ゲーム#67159はルールそのものが破綻していると考えられます。

    ゲーム#67159の特異な点は、上述した通りゲームとして成立し得ないルールを持つにもかかわらず、カントー地方のほぼ全域で「伝統的な遊び」「一般的な遊び」と認知されている点にあります。ゲーム#67159の市民の認知度は高く、およそ30,000人に対する目的を伏せたヒアリングでは、9割を超える約28,500人がゲーム#67159について知識があるとの結果が出ています。これに加えて、「ゲーム#67159のルールについて不審な点は無いか」という質問を併せて行いましたが、ほとんどの市民はルールの矛盾点について回答することができませんでした。

    一方で、「イシツブテ合戦」というワードを伏せた上で「平均して20kgの岩石を投げ合う遊びは可能か」という趣旨の質問を行うと、回答したほぼすべての市民が「不可能である」と回答しています。ゲームのルール自体は同一にもかかわらず、「イシツブテ合戦」というキーワードの有無により認知の仕方が異なっている可能性が示唆されました。このことから、「イシツブテ合戦」には何がしかの情報災害をもたらすファクターが含まれているとの仮説が提唱されました。

    ゲーム#67159の正確な起源は不明です。確認された最古の資料は1930年代に執筆された児童向けの遊びを特集した書籍ですが、その書籍には「昔ながらの遊び」としてゲーム#67159が紹介されています。ゲーム#67159に関する言及がカントー地方に限定されている理由も明らかになっていません。同じくイシツブテの生息するジョウト地方・ホウエン地方では、ゲーム#67159に関する言及は確認されていません。今後の案件対応は、ゲーム#67159の起源を特定することと、ゲーム#67159に関する情報が市民にどのような影響を及ぼしているのかを究明することに焦点が当てられます。


    [1998-09-05 Update]
    案件管理局監査部門による追記:
    本案件は過去に二度、ゲーム#67159の情報災害の影響を受けていたと推定される局員により「無力化済」への警戒レベル変更が行われています。いずれも案件棚卸時に管理部門が検知したことで案件終了を免れていますが、一つ間違えば継続対応すべき案件が終了されていた虞があります。このことを鑑み、監査部門判断により警戒レベルを一段階引き上げ、今後少なくとも五年間は終了対象外案件として取り扱います。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1545] 8 投稿者:イケズキ   投稿日:2016/05/08(Sun) 20:57:57     43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     まだまだ起きるには早い真夜中のことだ。私は耳元で呼びかけられる声で目が覚めた。
    「おじさん。ねぇ、おじさんってば」
     声の主は小さいころの「私」であった。母親に聞こえてしまわないよう声を抑えながら私を揺り起こそうとしていた。
    「うーん、どうしたの? こんな時間に」
     私はまだ眠くてしょうがなかった。少し−−いや、こんな時間に起こされてかなりうっとうしかった。
    「おじさんに聞きたいことがあるんだよ」
    「旅の話なら明日話すよ」
    「そうじゃなくって! 今、聞きたいことがあるんだよ」
     暗闇に目が慣れてきて「私」の必死な表情が見えた。
     私はほとほと面倒くさい気持ちでいっぱいだったが、言う通りにした。眠くてしょうがないのは彼もいっしょのはずだ。それをガマンしてまで一体何の用なのだろう。
     私は普段物置として使われていた部屋へ案内された。この部屋はかつて父が使っていたものだと聞いたことがある。
    「それで聞きたいことって?」
     おそらく父が使っていたものであろう机の前まで連れてこられた。母に気付かれたくないからと部屋の電気はつけず机の上に置かれたスタンドライトだけ付けて、それを挟んで私たちは向かい合うようにイスに座っていた。「私」の見たことのない神妙な顔がぼんやり浮かび上がっていた。
    「おじさんってもしかして……僕のお父さん?」
     「私」の顔は至って真剣だった。
    「は……?」
     思いもしなかった質問に私は面食らってしまった。
    「違うの……?」
    「ち、違うよ。そんなわけないでしょ。おじさんはただの−−」
     「ただの旅人だよ」と言いかけて口ごもってしまった。それは嘘ではないが、本当のことでもない。私は「私」の真剣な顔を見ているうち、彼に本当のことを話したい気分になっていた。

    「ただの、なんなのさ」
     「私」が聞いてくる。相変わらずの表情だ。昔の私がこんな顔をすることもあるなんて知らなかった。
    「君はどうしておじさんが君のお父さんだなんて思ったんだい?」
    「それは……お母さんの様子がなんか変だったから……」
     そこまで言ってから「私」は頭を振ると続けた。
    「ううん、そうじゃない。おじさんを公園で初めて見た時からなんか分からないけどそんな気がしたんだ。どうしてって言われると僕もよくわからないんだけど……」
     私はやっと理解した。初め私が“死んだ”時と一緒だ。やはり過去の「私」は私が誰だか分かっているんだ。はっきりと“未来の自分”とまでは思っていないかもしれないが、それでも何か繋がりを感じているんだ。
     そうとわかってもやはり私は彼に全て伝える気にはなれなかった。未来の自分が自殺したなんてことも、その理由も伝えるべきじゃないと思った。そこで私は本当のことの、一部だけを彼に伝えようと思った。そしてまた私は無性にある事を過去の自分に聞いてみたくなっていた。
    「おじさんはただの旅人だよ」
     「私」があからさまにがっかりしたような顔をする。
    「でも、ほかの人たちとは違う。夢が無いんだ」
    「どういうこと?」ちょっと興味ありげに聞いてくる。
    「おじさんは少し前に夢を叶えてしまったんだ。夢が叶った時はとっても嬉しかった。毎日が幸せでそれがずっと続くような気がしていた。でもね、しばらくして大切なものを失ってしまったことに気付いたんだ」
    「大切なものって?」
    「夢だよ。辛い時も悲しい時もあったけど、夢を追っていられた時がどれだけ幸せだったか気付いたんだ。もっともっと追い続けていたかったって、そう思ってしまった」
     「私」は再び神妙な顔で私の話を聞いていた。
    「それから私はこうして夢の無い、つまらない毎日をふらふら生きている。君には大事な夢があるだろう? それがおじさんには無いんだ。もう、死んでるのも同じようなものさ……」
     私はすでに「私」の顔をまっすぐ見ることができなくなっていた。最後のところだけは嘘をついた。私は本当に“死んでいる”のだ。
    「こんな私を君はどう思う?」
     沈黙。一秒がまるで一年にも感じられるこの感覚、これも初めの時と一緒だ。
     ピカピカと輝く新品物の夢を持つ「私」が果たして今の私をどう思うのか。情けないとなじられるだろうか、それとも熱く励ましてくれるのだろうか。きっと私はどちらの言葉も冷静には聞いていられないだろう。
     うつむいたまま膝の上に置かれた両手にぐっと力がこめられる。握った手の中も、首筋も、背中も変な汗でびっしょりになっていた。喉がカラカラに乾く、どうしてこんなこと聞いてしまったのか−−
    「おじさんって、すごいんだね」
     −−へ……?
    「今、なんて……?」
     思いもしない返事に私は何も考えられなくなっていた。
    「おじさんは、叶えたら“死んだのも同じ”って思えるくらい大事な夢をやっと叶えたんだね。それってとってもすごいことだよ」
     すごい、なんて言われると思ってもいなかった。「私」は一体なにを考えているのだろう。未来の私にはさっぱりわからなかった。
    「でもね、おじさんはきっと気づいていないんだ。つまらないって思ってるこれからの時間にも価値があるってこと」
     目の前にいるのがとても十歳たらずの男の子と思えない。まるで別人と話しているような気分だった。
     −−与えられた時間の価値も省みず……
     あのディアルガが言っていた言葉だ。時間の価値とはなんなんだ。夢の無い人生を生き続けることに一体何の意味があるんだ。
    「……明日だけが未来じゃない」唐突に「私」がつぶやいた。
    「昔母さんが言っていた。お父さんはそう言って出て行ったらしいんだ。よく意味は分からないんだけど、何となく大事なことな気がして覚えているんだ。今のおじさんなら分かるのかなって思って」
     大事にしていたはずなのにすっかり忘れていた言葉だ。「明日だけが未来じゃない」ゆっくり頭の中で言葉を反芻させる。頭の中でだんだんと言葉が溶けていく。溶けていった先に意味が現れてくる気がして、私は考えるのをやめた。
    「分からないよ……」
    「そっか。ま、それでもいいや。ゆっくり考えてみてよ。そのうちわかるかもよ」
     生意気な口調で言う。
    「おじさんはそうやってゆっくりしていればいいんだよ。まぁ、僕はおじさんみたいにならないけどね」自信たっぷりに言う。
     私はそんな過去の自分が哀れに感じてならなかった。幼さゆえのこの自信。目の前の私が未来の自分だなんて想像もつかないだろう。
    「……そうは言っても分からないものなんだよ」
    「絶対にならないよ! 僕にはおじさんみたいにゆっくりしてられないんだから!」意固地に彼は言った。
    「どうしてそんなこと言い切れるんだ! 未来のことなんて誰にも分らないのに!」
     私も彼の頑なな主張に少し意地になっていた。
     すると「私」はちょっとの間何か逡巡した様子で口ごもったかと思うと、ぽつぽつと“ある事”を話し始めた。
    「おじさん、未来に送る手紙って知ってる?」
     それはかつて私が大人になった自分にあてて書いたものだ。そのことは覚えているが、中身は全く思い出せなかった。
     そもそも私はこの家に来てからというもの考え過ぎそうになるのを努めて避けてきた。知ってしまうと思ったのだ、私が生き続けるべきであった理由を……。
     目の前の「私」は打って変わって落ち着いた様子でこちらを見ている。対して私はとても嫌な予感がしていた。
     その手紙こそが”生き続けるべきであった理由”その物だという、確信に近い、そんな予感が。


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