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「なんだ勝ったのかよ、期待外れだぜ」
キキョウジムを出たダルマを迎えたのは、ゴロウの皮肉と旅装束のユミであった。
「そいつは悪かったな、期待を裏切って」
ダルマは誇らしげに答えた。右手には手に入れたばかりのウイングバッジが握られている。
「ダルマ様、さすがですわ!」
「いやぁ、それほどでも」
ユミの賛辞に、ダルマは思わず頭を掻いた。もっとも、視線はユミの姿に釘付けだった。昨日のパーカー姿では目立たなかったが、山あり谷ありの非常にスレンダーな体つきで、ダルマが釘付けになるのも無理もない。膝上20センチはあろう、もはやハーフといえないデニムのハーフパンツに、黒を基調としたチェックのレギンス、手首まである藍色のボディシャツ、そしてその上には赤色のTシャツといった出で立ちである。また、履いている旅行用のブーツは新品そのものだ。
「ところで、これからどうしますか?」
ふと、ユミが尋ねた。キキョウシティは様々な道に分かれているのだが、ジム巡りをする際は32番道路を通るのが慣例となっている。
「そうだなぁ、ここからなら南のヒワダタウンが近いかな」
ダルマはズボンのポケットからポケギアを取り出し、地図を眺めた。ポケギアとは、多機能かつシンプルな携帯式の電話であり、今年の期待商品である。
「おいダルマ、ヒワダに行くなら途中にあるアルフの遺跡に行こうぜ!」
「アルフの遺跡?なんだそれ」
ダルマは首を傾げながらゴロウに聞いた。
「アルフの遺跡ってのは、この辺りにある何千年も昔の遺跡のことだ。せっかく旅をするんだ、色々見て回らないともったいないだろ?」
「確かに、それもそうだな。ユミはどう思う?」
「はい、私もとても興味があります。まだ時間も早いですし、良いと思いますよ」
「そうか。それじゃ、行くか!」
こうして、ダルマ一行はキキョウシティの南、アルフの遺跡へと向かうのであった。
アルフの遺跡は、全国でも屈指の謎を抱える場所だ。ラジオで謎の音が発生する、壁に描かれた模様、石板のパズルなど、様々である。一体誰が何のためにこれらを作ったのか、いまだにそのほとんどが解決されてない。
そんな遺跡の東口に、ダルマ達はやってきた。彼らの目の前には、まばらな人の姿や石室が見える。白衣を着た研究者らしき人や、普通の旅人の足音以外は聞こえてこない。ちょうど雪の降る真夜中といったところだ。
「ここがアルフの遺跡か」
「何だか神秘的な雰囲気がしますね」
「これはもうロマンの匂いがするな!」
ダルマ、ユミ、ゴロウは思い思いの第一声を発した。これらもすぐに吸い込まれていく。
「早速回ってみましょう!」
「そうだな、まずはあの中からだ」
ダルマは目の前にある最も広い石室の中へ足を踏み入れた。ユミとゴロウも後に続いた。
「こ、これは!」
3人は中に入った途端、息を呑んだ。まず目に飛び込むのは、壁に隙間なく描かれた模様である。驚くべきことに、この模様は現代の文字とよく似ている。だが、彼らが最も驚いたのはこの程度のことではない。なんと、模様と同じ姿の生き物がいるではないか。
「あの生き物、もしかしてポケモンか?」
「多分な。あんな不可思議な姿なのは違和感あるが」
「そいつらはアンノーンだよ」
突然背後から声が響き、3人は振り返った。そこには、白衣と坊主頭がよく映える男がいた。
「あなたは誰ですか?」
「俺か?俺はパウル、研究者だ。よければ遺跡について説明するが、どうだい?」
「ええ、是非ともお願いします」
ユミが簡単に応対すると、パウル研究員は説明を始めた。
「よし、まずはアンノーンについてだ。アンノーンってのはシンボルポケモンと言われていて、姿が28種類もあるかなり珍しいポケモンだ。主に全国各地の古代の遺跡に生息している」
「え、ここだけじゃねえのか?」
ゴロウがこう聞くと、パウルはすかさずこう答えた。
「そこなんだ、問題は。なぜ別の場所にもいるのか?地方を行き来していた証拠があるのはカントーとジョウトくらい。しかし実際は全く環境の違うシンオウ地方やナナシマでも発見されている。」
「昔は同じ場所だったんじゃないですか?」
今度はダルマが尋ねた。これも即答である。
「確かに陸地は何回か大移動している。しかし、この辺りに人やポケモンが住み着いたのは早くても数万年ほども前だ。その頃はもう大体現在の型になっているんだよ」
ここまで話すと、パウルは頭をかいた。そしてまたしゃべった。
「このままじゃ他に先を越されちまうよ、ハハハ……」
「先を越されるってどういうことですか?」
「いやね、全国にはアンノーン研究会ってのがあって、それぞれが分かれて研究しているわけ。みんな野心があるから、他は少しずつだけど進んでいるらしいんだ。ところがここだけ中々進まないから、いずれ大発見を先に見つけらてしまうだろうさ」
パウルはそう言うと、左上を見た。そこでは「!」によく似たアンノーンが天井に張り付いて昼寝をしている。
「なあ、何か良いアイデアはないかい?若いトレーナーさん達よお」
「うーん、俺にはわからん!後は任せた、ダルマ!」
「おいゴロウ、少しは考えるそぶりを見せろ。……ユミは何か思いついた?」
「え、私ですか?」
「何かないかい、お嬢ちゃん。ほんの少しでも良いからさ」
パウルとダルマ達はユミを見つめた。ユミは首を少し左に傾け答えた。
「そうですね……もしかしたら、モンスターボールで運んだのでは?」
「も、モンスターボール?」
「はい、モンスターボールです」
ややのけぞったパウルを見て、ユミは続けた。
「ポケモンはモンスターボールに入ることができます。では、いつから入ることができるようになったのでしょうか?少なくとも、千年以上前のはずです。もし昔からモンスターボールがあったなら、跡を残さずに移動できるのでは?」
「……なるほど、古代のモンスターボールか」
パウルはしばらくあご髭を触りながら何か考えていたが、やがて口を開いた。
「いやはや、これは中々興味深い意見だ。是非とも参考にさせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます!」
ユミは目を輝かせながら、深々と頭を下げた。
「すごいなユミ、こんなに短い間にここまで考えるなんて。探検家でも目指しているのか?」
「はい、実はそうなんです。世界中の宝物に最初に会えるなんて、とても素敵ですから」
ダルマの言葉に、ユミは水を得た魚のごとくいきいきと答えた。
「よーし、では貴重な意見の礼に色々案内しよう。しっかり見ていってくれよ!」
話が終わると、パウルが3人を引き連れ歩きだした。その白衣をたなびかせて。
「今日は色々ありがとうございました」
2時間ほど経った後、ダルマ達はアルフの遺跡研究所の前までたどり着いた。日は既に高く、正午が近いことを告げている。そんな中、ダルマがパウルに礼をした。
「いいってことよ、こちらも助かった。……そうだ!」
パウルはおもむろに腰に装着しているボールを手に取った。
「この中にはポケモンのタマゴがある。お嬢ちゃんにあげよう」
「え、私ですか?」
「そうだ。研究者ってのは中々律儀なんだよ。さあ、受け取ってくれ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
パウルはユミにボールを投げ、ユミは上手くキャッチした。ユミの新しい仲間は、ときどき動くようだ。
「それでは、俺達はこれで失礼します」
「また来るぜ!」
「タマゴ、大事にしますね」
「達者でな!」
皆それぞれに別れの挨拶をし、3人はアルフの遺跡を後にした。1日はまだ始まったばかりである。
「出番だ、ビードル!」
ダルマの2匹目であるビードルは、柱沿いに出てきた。その上空では、ピジョンが輪を描くように飛びながら獲物を狙っている。
「ビードルだと?あえて苦手なタイプで挑むつもりか」
「いや、単にポケモンが2匹しかいないだけだ」
なにやら感心しているハヤトに、ダルマは即座に突っ込んだ。その間ビードルは少しずつ柱を登っていく。ビードルには強力な吸盤が備わっており、どんな所でも登れるのだ。
「おっと危ない、翼で打ち落とせ!」
ビードルの前進に気付いたピジョンは、翼を広げて急降下した。
「こっちは糸を吐く攻撃!」
対するビードルは口からたっぷりの糸を撃った。だが、ピジョンは軽く身体を傾け避けた。
「今だ、一気に駆け上がれ!」
ビードルは急いで柱を登り、足場にたどり着いた。
「よし、いいぞビードル!……とは言うものの」
ダルマは辺りを見回してみた。ピジョンは相変わらず悠々と飛び回り、ビードルを狙っている。
「これからどうしようかな?」
「……おい、まさか何も考えずに動いたのか?」
ダルマの言葉に拍子抜けしたハヤトは、これ以上言葉が出なかった。
「うーん、ピジョンは速くて技が当たらないからな。……そうだ!」
一方、さっきまで頭を抱えていたダルマは、突然手を叩いた。そしてビードルにこう指示を出した。
「ビードル、他の足場に糸を垂らせ!」
ビードルは別の足場に向けて糸を吐くと、上手い具合に引っ掛かった。そして、口から垂れている糸を自分の足場の角に巻いた。
「よし、これを繰り返せ!」
ビードルは糸を垂らすという単純作業を延々と繰り返した。
「嫌な予感がするな。ピジョン、翼で打て!」
もちろんピジョンもただ傍観するだけではなく、ビードルを止めようと試みた。しかし、ビードルの毒針に妨害され、中々近づくことができない。
「よし、ビードルそろそろ良いぞ」
そうこうするうちに、ビードルは糸吐きをストップした。糸は1つの面を作るほど密に展開され、ビードル程度の重量なら伝うこともできそうだ。
「こんなに撒き散らすとは。これで何も無かったら、ただじゃおかないぞ」
「その心配は無いさ。ビードル、一端下りろ!」
苛立つハヤトをよそに、ビードルはなぜか柱を下り始めた。特に何かを仕掛けようといった様子ではない。
「バカにしやがって。ピジョン、電光石火だ!」
上空で様子を伺っていたピジョンは、今度こそと急降下した。しかし、それが裏目に出た。ハヤトが特に指示を出さなかったため、ピジョンは糸の網をもろにかぶるはめになった。
「し、しまった!」
「ようやく隙ができたな。ビードル、毒針を決めろ!」
ビードルは、糸がもつれてうまく動けないピジョンに近づいた。その距離は徐々に縮まり、ついにビードルの毒針がピジョンに刺さった。ピジョンはみるみるうちに顔が青くなっていった。
「いいぞビードル、その調子だ!」
「まだまだこれから!翼で打て!」
一発を食らったが、ピジョンはしぶとかった。その足でビードルに接近して、翼を無理矢理叩きつけた。虫タイプのビードルには効果抜群である。
「よし、これで俺の勝ちだ!」
ハヤトが今にもガッツポーズを取りそうになった、その時であった。瞬く間のうちにピジョンの身体中に糸が巻き付いた。体重と同じくらいありそうな量の糸である。
「な、何が起こったんだ!ビードルはやられたはず……」
「へへ、これこそが俺の狙いだったのさ」
「何だと?どういうことだ!」
何やら落ち着きがなくなってきたハヤトに、ダルマは話しだした。
「ワニノコが倒されたあの時……フェザーダンスを使ったのはまずかったな」
「フェザーダンス……ま、まさか!」
みるみるうちにハヤトの顔が凍り付いていった。一方ダルマは、勝ち誇ったかのように不敵な笑みを浮かべている。
「本来、フェザーダンスは攻撃力を下げる技。だけど素早さを下げるのにも役立ちそうに見える。なら糸でも同じことができるんじゃないのか?というわけさ」
「な、なんてことだ…」
「これで終わりだ!ビードル、毒針!」
ダルマの言葉で、ビードルは自慢の毒針をピジョンに一刺しした。針はピジョンの胸の下を突き刺した。これが決定打になったのか、ピジョンは抵抗することなく床に倒れこんだ。
「……勝ったぞ!ジム戦勝利だ!」
決着がつくとすぐに、ダルマはビードルの方へ駆け寄った。そこにハヤトもゆっくりと近づいた。
「まさかあの状況であんな戦いをするとは、君はとんでもないやつだな」
ハヤトは苦笑いしながらピジョンをボールに戻すと、懐から何やら取り出した。その形は、さながら鳥ポケモンの広げた翼といったところである。
「これがポケモンリーグ公認のウイングバッジだ。持っていってくれ」
「ありがとうございます」
「……君にはまだまだ成長の余地がある。頑張れよ」
「はい!」
二人はバッジの受け渡しの際、がっちり握手を交わした。それはダルマが一回り大きくなった瞬間であった。
「な、何だと……もう一度言ってくれ」
「だから、俺は昨日ジムに挑戦して勝った。このバッジが目に入らぬか!」
「やめろ〜〜!」
坊主が早朝の修行を終えるころ、キキョウシティのポケモンセンターのロビーでダルマとゴロウは騒いでいた。泊まっている客はほとんどが朝食の最中であるにもかかわらずだ。
「なぜ……なぜゴロウが勝てたんだ?俺に負けたくせによ」
ダルマはコイキングのごとき目である一点を見ていた。その先には、ゴロウの手中にある翼の形のバッジにあった。
「決まってるじゃねえか、俺が強くなったからだ」
バッジの持ち主であるゴロウは、自信に満ちた顔で答えた。相棒のコラッタも声を出して笑いながら前歯を磨く。
「くそっ、こうしちゃいられねえ。俺は先にジムに行く。ゴロウも後から来いよ!」
ダルマはリュックを背負うと、ポケモンセンターを飛び出したのであった。
「広いなあ、このジムは。あんな場所でバトルするのか」
しばらくして、ダルマはキキョウジムの中にいた。見上げると首を痛めそうなほどに高い足場と、乗ってくれと言わんばかりのリフトが目立つ。
「これは、リフトに乗れということかな?」
ダルマは恐る恐るリフトの真ん中に来た。するとどこかのアトラクションのように急上昇し、止まった。所要時間は1秒以下にもかかわらず、どう見ても10メートルは上昇している。
「あー、びっくりした。けどこれでスタジアムに到着か」
震える足で何とか立ち上がったダルマは、辺りを見回してみた。フィールド自体はなんの変哲もないが、足場のある柱が何本か建っている。そして、ハカマを着た少年が1人。
「よう挑戦者、足の震えは収まったかい?」
「! あんたは誰だ?」
「俺はハヤト、キキョウジムのリーダーだ」
ハカマの少年、ハヤトはダルマの方へ近づいてきた。ダルマは思わず身構える。
「君の名前は?」
「俺?俺はダルマ、挑戦者だ」
「そうか。ではダルマとやら、早速始めよう。手持ちは何匹だ?」
「2匹」
「よし!ならこちらも2匹で勝負だ。覚悟は良いか?」
ハヤトはこう言うと、答えも聞かずにダルマから猛スピードで離れた。そして柱の根元付近で足を止め、ボールを放った。
「行け、ポッポ!」
ボールからはポッポが飛び出した。畑の土の色をした翼に、淡黄色の毛並みがなんとも美しい。
「どうやら後戻りは無理だな……なら、いくぜワニノコ!」
ダルマは帽子を少し上に向けると、ワニノコを繰り出した。戦いの始まりである。
「まずは砂かけだ!」
先手はハヤトのポッポだ。ポッポはそこら辺にある砂を巻き上げ、ワニノコにかけた。ワニノコは腕でそれらを防ぐ。だが、いくらか目に入ってしまった。
「隙あり、電光石火だ!」
ワニノコの動きが止まるやいなや、ポッポは急加速しながらワニノコに突撃した。ワニノコは避けられるはずもなく、ダルマの目の前まで飛ばされた。
「ワニノコ!」
「まだまだ、これからだ!」
ワニノコがまだ起き上がらないうちに、再びポッポが攻撃を仕掛けてきた。
「ワニノコ、真正面から来るぞ!水鉄砲だ!」
「何!?」
ワニノコは素早く起き上がると、水鉄砲を1発放った。ダルマの指示もあり、ワニノコに近づいていたポッポの右翼を貫いた。ポッポはよろめきながら着地した。
「よし、今のうちに砂を落とすんだ」
ワニノコは口から水を出すと、顔を手早く洗った。これでワニノコにかかった砂はあらかた落ちた。
「くっ、中々やるな、ダルマとやら」
「いやぁ、それほどでも……」
ダルマはハヤトの言葉に、無意識に頭を掻いた。ワニノコも頭を掻いた。
「だが、そう簡単には負けないさ。ポッポ、風起こしだっ!」
ポッポは再び飛び上がると、ワニノコに向けて大きく羽ばたきだした。
「ぐおっ、落ちるー!」
突然の大風に、ダルマはあたふたしながら近くの手すりにしがみついた。一方ワニノコは、その足でなんとか踏張っていた。
「これでトドメだ、体当たり!」
ポッポは一旦風起こしを止めると、またまたワニノコに近づいてきた。ずっと踏張っていたワニノコは、急に風が止み、前のめりになっている。
「ワニノコ、ひっかくで迎撃だ!」
ワニノコは態勢を立て直し、ポッポを迎え撃つ。ポッポはよりスピードを上げてワニノコと激突する。
「今だ!1発浴びせろ!」
両者の距離がわずか2メートルほどになった時、ワニノコは振り上げた腕をポッポ目がけて振り下ろした。対するポッポは体の右側に体重をかけてぶつかった。両者は2秒ほど拮抗していたが、最後にはポッポが山なりに吹き飛ばされた。
「やったぜ!」
1匹目を倒し、ダルマは拳を振り上げガッツポーズを取った。
「ぐう、ポッポがやられるとは。ならばピジョン、出番だ!」
ハヤトはポッポをボールに戻すと、すぐさま次のボールを投げつけた。着地地点は柱の上にある足場だ。出てきたポケモンは、ポッポの進化形であり、ポッポより一回り大きいピジョンである。
「さあ、柱の上にいるピジョンに攻撃を当てられるかな?」
「なんのこれくらい。ワニノコ、登るぞ!」
このままでは技が当たらないと判断したダルマは、ワニノコに柱を登るよい指示した。柱はせいぜい若木の幹くらいの太さなので、ワニノコでも登るのは容易い。ワニノコはどんどん柱を登っていく。
「甘いな、泥かけだ!」
ここでピジョンが動いた。そこら辺から泥をかき集め、ワニノコの頭に落としだした。砂より重い泥がどんどん降り掛かり、ワニノコはずり落ちていった。
「畜生、これじゃ登れないぞ」
「まだまだ、フェザーダンス!」
ピジョンの攻撃は止まらない。ワニノコが泥に手間取る隙にワニノコの頭上に飛び降り、綿毛のような羽毛をばらまいた。これによりワニノコは急に動きが鈍った。
「くそっ、なんだこれは!」
「見てのとおり、羽毛だ。敵の動きを鈍らせ、攻撃を大幅に下げる力がある」
思わぬ足かせを受け、先ほどの余裕はどこへやら、ダルマは拳を握りしめた。
「そろそろトドメだ、翼で打つ攻撃!」
ここでピジョンは飛行速度を大きく上げた。空気を唸らせるほどの勢いでワニノコに近づき、自慢の翼を広げた。
「そう簡単にやられるか。ワニノコ、水鉄砲!」
近づいてくるピジョンに一矢報おうと、ワニノコは水鉄砲を撃ち放った。しかし、勢いのあるピジョンの前では大したダメージにならず、霞と消えた。そして、ピジョンの翼はワニノコの腹に叩きつけられた。
「ワニノコ!」
ワニノコは一直線に飛ばされ、フィールド上の柱に激突した。
「……どうやら、これでイーブンみたいだね」
ダルマはハヤトの言葉に返事もせず、力なくワニノコをボールに戻した。
「さあ、次は何を使うんだい?」
「……次はこいつだっ!」
ダルマは2つ目のボールを掴むと、柱の根元に向けて投げつけた。ボールは見事狙いの場所に届き、ポケモンを出した。
「出番だ、ビードル!」
「着きましたよー、ポケモン塾でーす!」
連れ回されること5分、怪しげな男はとある建物の前で歩を止めた。その建物は、いかにも古風な木造である。普通の家の3倍ほどの広さで、中々客入りは良さそうだ。
「さあ、中に入ってくださーい」
男は建物の引き戸を開けると、ダルマを中に入れた。中は外観以上に古風だ。まずチョークの匂いが黒板からやってくる。次に鉄パイプと木でできた机と椅子。そして鉛筆で筆記をする音である。電子黒板ことブラックボードにデスクチェアやテーブル、タッチパネル式の携帯教材の時代と比べると、明らかに時代遅れと言わざるをえない。
「では、そこの席に座ってくださーい」
「……はい」
ダルマは何とか声を絞りだし、男の指差した席に向かった。席の隣には誰かがいる。教室を見渡す限り、唯一の生徒だ。
「すいません、ちょっと隣失礼しますよ……あ!」
「はいどうぞ……あ!」
ダルマは思わず声を上げた。生徒も声を上げた。なぜなら、互いに顔を見たことがあったからだ。
「君、確かさっき俺とぶつかった人だよね」
「ええ、そうです。すぐに去ってしまってすみません」
「いや、別に良いよ。ところで名前は?俺はダルマ、旅のトレーナーだ」
「私はユミと言います」
ダルマと生徒ユミは、互いに頭を下げた。
「そろそろ良いですかー?」
ここで怪しげな男が話に割り込んできた。ダルマは怪訝な顔で男に尋ねた。
「ところで、あんたは誰だ?どう見ても怪しいぞ」
「私ですか?そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はジョバンニ、ポケモン塾の塾長でーす」
「……誰?」
「ダ、ダルマ様、ご存知ないのですか?ジョバンニ先生を」
ダルマの反応に不意を突かれたユミは、ダルマに説明しだした。
「ジョバンニ先生はかつてポケモンリーグの常連で、一時は四天王にまで推薦されたんですよ」
「良いのですよユミさん、もう20年も前のことです」
ジョバンニはニコニコしながら話を進めた。彼の顔は、ただのおじさんの顔から、様々な困難を乗り越えた男のものになっていた。
「さて、今日は素晴らしいことに生徒が2人もいますねー。というわけで、ユミさんの卒業試験は2人でやってもらいまーす。場所はマダツボミの塔でーす」
ジョバンニの言葉に、誰も異論はなかった。もともとダルマはマダツボミの塔が目的地であり、今日は暇である。そしてユミは塾の生徒なのだから。
「では行きましょう。遅れないでくださいねー」
そう言うと、ジョバンニは高速で回転しながら教室を出ていった。
「……行くか」
「そうですね」
マダツボミの塔は全国でも数少ない木造の寺だ。塔の中心にある太い柱がマダツボミのように動くことからこの名前がついたらしい。そんな由緒ある塔の中に、3人はやってきた。ダルマもユミもバトルの準備はできている。
「今回の目的は、3階にある秘伝マシンを取ることでーす。それでは、頑張ってくださーい」
ジョバンニの合図で修業は始まった。とはいえ、1階は階段しか無いのだが。
「よし、一気に行くか」
ダルマはそそくさと階段へと向かって行った。そのすぐ後ろで、ユミがダルマの後を追った。
「ワニノコ、ひっかく攻撃!」
「ビードル、糸をはくから毒針だ!」
道中は先頭のダルマがバトルをしていく。野生ポケモンはそこまで強くないのか、ダルマでも楽々倒していける。
30分もしないうちに、3階へとたどり着いた。3階にいるのは、野生ポケモンと1人の坊主だけである。その坊主が近寄りながら2人に話し掛けてきた。
「トレーナーよ、よくぞここまでたどり着いた!わしはこの塔の坊主じゃ。わしに勝てたら秘伝マシンをやろう」
「これが最後か。ユミが相手してくれ、俺は秘伝マシンいらないから」
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
ダルマの言葉に促され、ユミが一歩前に出る。いつでもバトルできる状態だ。
「おぬしが挑戦者だな!」
「はい、よろしくお願いします!」
「うむ!ではゆくぞ、マダツボミ!」
「頼むわ、チコリータ!」
ユミのボールからは「はっぱポケモン」のチコリータ、坊主のボールからは予想通りマダツボミが出てきた。お互い草タイプである。
「チコリータ、草笛よ!」
バトルはすぐに動いた。チコリータは何やら懐かしい音色を奏でた。すると、マダツボミがいつも以上にふらふらしてきた。
「負けるなマダツボミ!ツルのムチ!」
マダツボミは眠気をこらえてチコリータに攻撃をしかけた。だが、攻撃が届く前に床に伏してしまった。
「一気に行きますよ、はっぱカッター!」
ここでチコリータは、尖った若々しいはっぱを1枚ずつ飛ばし始めた。マダツボミは眠っているので抵抗しようがない。
「オラオラ、さっさと倒れな!」
「な、何だ今の口調は!?」
何ということか、急にユミの口調が変わった。あまりの急変ぶりに、ダルマは目を白黒させながら叫んだ。だが、周りの反応も気にせずユミはバトルを続ける。
「そろそろ捨て身タックルを決めてやりな!」
迫力満点の指示を受け、チコリータは力任せにマダツボミにぶつかった。はっぱカッターの連打でだいぶんダメージを負っていたので、トドメをさすには十分な威力である。マダツボミは気絶した。
「マダツボミ!」
あまりの猛攻に、坊主はこう叫ぶことしかできなかった。
「ぬぬぬ、ホーホーよ、出番じゃ!」
坊主はマダツボミをボールに戻し、ふくろうポケモンのホーホーを繰り出した。
「スキあり!毒の粉!」
なんと、チコリータはホーホーが出てきた瞬間毒の粉で狙い撃ちをしかけてきた。ホーホーは避けられるはずもなく、毒を浴びた。
「そこからはっぱカッターで決めな!」
チコリータの攻撃はとどまるところを知らない。再びはっぱカッターを繰り出した。攻撃は隙間なく飛んでくるので、避けることができない。毒のダメージも相まって、ホーホーは急激に体力を削られていった。そして……
「な、なんじゃと……」
結局、坊主はチコリータに攻撃することができずに完敗した。
「す、凄い勢いだな」
後ろで見ていたダルマは終始圧倒されっぱなしだった。もちろん、その理由はバトルの内容だけではない。
「ユミ、強いな。俺なんかよりよっぽど上だ」
「ありがとうございます。今日は少し本気を出してみたんです」
「あ、あれで少し……だと?」
ダルマは話の展開についていけず、最後には笑っていた。
「……挑戦者よ、おぬしの勝ちじゃ。これを持っていきなさい」
ダルマが笑っているうちに、坊主はユミに1枚の薄い円盤のようなものを手渡した。秘伝マシン「フラッシュ」である。
「ありがとうございます。ではそろそろ失礼しますね」
ユミは一礼すると、ダルマと供に塔を降りていくのであった。
「ほほー、上手くいったみたいですね」
「はい、先生のおかげです」
夕焼けで辺り一面燃える中、塔の前でユミとジョバンニ、ダルマは修業の報告をしていた。
「これなら、もう旅に出ても問題ないでしょう。よく頑張りましたねー」
「ありがとうございます!」
「これからはダルマ君と旅を楽しんでくださいねー」
このジョバンニの何気ない一言に、ダルマは食い付いた。
「……あの、『ダルマ君と』ってどういう意味ですか?」
「決まってるじゃないですかー。ユミ君はもう十分な実力があるから旅に出すのですよー」
「それはわかる。だが何故俺と一緒にするんですか?」
「それはですねー、強いといっても1人は危ないですから誰かと一緒に旅するほうが良いのでーす」
「はあ。まあいいか、特に問題なさそうだし。ユミはそれで大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。よろしくお願いしますね、ダルマ様」
ダルマは不器用ながらも、新しい仲間を歓迎した。彼の鼻の下は若干伸び、終始ニコニコ顔である。
「じゃあ、明日の9時にジムの前で集合な」
「はい。ダルマ様、遅れないでくださいね」
2人は明日落ち合うことを決めると、互いに戻るべき場所に戻るのであった。
「ダルマ、着いたぞ!キキョウシティだ!」
ゴロウの呼び掛けに、ダルマが上を向いた。昼間にもかかわらずくまができている。もっとも、炎天下の中ノンストップで進んだせいだが。
「やっと着いたか……ポケモンセンター行こう」
ダルマは少し右に視線を向けた。その先には、旅のお供であるポケモンセンターが見える。街の入り口に配置されている親切設計だ。
「あ゛あ、うまい!」
ダルマはポケモンセンターに入り込むと、すぐにポケモンを預け水飲み場へと走った。それからこの調子である。
「おいおい、やっぱオヤジみたいな口調じゃねえかよ」
ゴロウは遠くからダルマを見て、こうこぼした。おやつの時間のせいか客は少ないが、ほとんどはダルマに反応していた。
「おいダルマ、これからどうするんだ?」
近づいてきたゴロウの言葉を聞き、ダルマは一息入れた。
「うーん、夜まで結構時間あるしな。確かこの街にはジムと何かの塔があるんだよな?」
「マダツボミの塔だな。ダルマは少し修業してくれば?俺は先にジム行ってくる」
「何を言ってるんだお前は、俺に決まってるだろ」
ここでしばらく沈黙が続いた。わずか10秒程度だが、とても長い。
「じゃあ、じゃんけんで決めるか」
ふと、ゴロウが口にした。ダルマもその気なのか、相手の手を読むポーズを取っている。
「よしいくぞ、じゃんけんぽん!」
「じゃあ俺はジムに行ってくる。ダルマは修業頑張れよー」
こう言い残すゴロウを、ダルマはポケモンセンターで見送った。その後、ダルマも大きな荷物は預けて北へと向かった。
「ええと、マダツボミの塔はこの道をまっすぐに行けば良いのかな?」
ダルマは手持ちのタウンマップを開きながら進む。その姿は、旅慣れない旅行客そのものである。
「お、あの高い建物か。よし行くか」
目的地の確認すると、マップを収めて走りだした。その矢先、彼の額と誰かの額が激突した。
「きゃあっ!」
「うおっ!?」
条件が良かったのか、お互いしりもちだけで済んだ。ダルマは腰をさすりながら立ち上がり、ぶつかった相手に声をかけた。
「すいません、大丈……夫?」
ダルマは絶句した。もちろんみずからの行いを悔いたわけではない。普段良い加減の彼が真顔で相手を見ている。怪我をしているわけではない、非常に綺麗なのだ。
相手は女の子だ。まず目につくのは少しクセのある首までのセミショートの髪。色は濃いめの紅茶色といったところか。そこから、アクアグリーンの瞳にオレンジのパーカー、白いミニスカートに、か細い手足を際立たせるブラックのスパッツと続く。
その女の子は、すぐさま立ち上がると、素早く頭を下げた。
「す、すみません!急いでいたので……ごめんなさい!」
女の子はダルマに謝ると、走って東の方向に向かっていった。その姿を、ダルマはしばし呆然と眺めていた。
「何だったんだ?何だかむなしさだけが残るな……」
ダルマはどこか釈然としない顔だったが、再びマダツボミの塔目指して歩きだした。その時である。
「はーいそこの君ー、ちょっと良いですかー?」
「な、何ですか?」
ダルマの目の前に1人の男が現れた。腰周りがやけに太っており、背広を着ている。
「あなたトレーナーですね?ジムリーダーには勝てましたかー?」
「え、いやまだですけど」
「それはいけませんねー!勝てるように私の塾で勉強するでーす」
「待った!俺はまだ決めてな……ぐお、やめろー!」
ダルマは怪しげな男に腕を掴まれ、マダツボミの塔とは別の方角へと連れて行かれた。男は高速で回転しながら移動するので、ダルマは旗のように振り回されていた。
「おーいダルマ、待ってくれ〜」
ここは30番道路。ヨシノシティから北に伸びるこの道では、トレーナー達が互いに切磋琢磨し、野生のポケモンがあちこちで見られる。もう昼なのか、太陽も高く登っている。
そんな場所で、ダルマはただひたすらに草むらを掻き分けていた。目は少し血走り、手には切り傷がある。彼はゴロウの呼び掛けにもほとんど反応が無い。
「こんなことになるなら、あんなこと言わなければ良かったよ」
ゴロウは愚痴をこぼすと、ダルマの方へ走っていった。
時は数時間前、朝のポケモンセンターである。カラシに完敗して一夜、ダルマは腕を組んでなにやら考え事をしていた。
「なあ、俺はなぜあんなにてひどくやられたんだ?」
「え!うーん、そうだなあ」
ゴロウの目が泳いでいるのも気付かずにダルマは思索にふけっている。彼はベンチに座っているのだが、足を開き、両肘を膝に乗せ、手を絡ませ、前のめりにな状態だ。
「それにしても、あのパワーは凄かったな。ポケモンも見た目によらないんだな」
ゴロウがこう讃えると、ダルマは拳に力を入れた。
「で、結局俺には何が足りないんだ?」
「足りないものねえ……うーん、ポケモンの数じゃないか?1匹じゃ相手が強い時に不利だしなあ」
ゴロウは明後日の方向を見ながら呟いた。その姿はいかにもおどおどしい。
「なるほど、確かにそうだ!もっと数がいれば必ず勝てるな」
ダルマはゴロウの言葉を注意深く聞くと、こう言いだした。
「そうと決まれば、早速ポケモンを捕まえに行くぞ!」
「お、おい、準備がまだ……行っちまったよ」
ダルマは既に準備していた自分の荷物を背負ってポケモンセンターを出ていった。ゴロウはそんなダルマにため息をすると、自分の準備を始めたのであった。
「しかしまあ、今日は怪しいほど野生ポケモンがいないな」
炎天下の中、ゴロウはあきれたようにつぶやいた。彼が言う通り、水の中はともかく、地上にはポケモン1匹いない。ただ、鳴き声だけは振動が伝わってくるくらい聞こえてくる。
「はあはあ……どこにもいないな。今日は厄日か?何も出てこないぞ」
息を切らしながら草むらを進んでいたダルマであったが、近くにあった若木にもたれかかった。彼の額の汗が露のように頬を伝わり、その頬にそよ風が当たっている。木漏れ日は決して弱々しいものではなく、木陰を突き刺す。また一部に変わった形の影ができている。
「ふう……ゴロウが来るまで待つか」
ダルマは小さく見えるゴロウを見ながらリュックから水を取り出して飲もうとした。その時、どこかから声が響いた。
「ダルマー!上、上!」
叫んでいるのはゴロウだ。息を切らせ足元がふらつきながらも、ダルマの頭上を指差した。
「何だ?上を指差してるぞ。一体何が……あ」
ゴロウの指差す方向に目をやったダルマは、途中で言葉が止まった。彼の目線の先には、巨大な数珠が連なったようなポケモンがいた。ポケモンは木の枝にしがみつきながらダルマを見ている。まるで木に擬態しているようだ。
「このポケモンは、確かビードルだったかな?何にしても、ようやくポケモンを見つけたぞ!」
ダルマは腰からモンスターボールを取ると、枝にしがみつくポケモン、ビードルに向けて放り投げた。
「行け、ワニノコ!」
モンスターボールから出てきたワニノコは、枝につかまってビードルをにらみつけた。ビードルも負けずに頭のトゲをワニノコに向ける。
「ワニノコ、枝を揺らすんだ!」
ダルマの指示のもと、ワニノコは体重を使って枝を揺らした。枝はムチのようにしなり、木の葉がひらひらと舞い落ちる。だが、ビードルはこの程度ではまるで落ちなかった。
「くそぅ、これじゃ駄目か。なら水鉄砲だ!」
ワニノコは揺らすのをやめ、枝の動きが止まったところで水鉄砲を撃った。至近距離だったので、弾丸はビードルに直撃した。ビードルは目を白黒させながら、地面に落下した。
「よし今だ!モンスターボール!」
ダルマは勢いよく空のモンスターボールを投げつけた。ビードルは紅白の弧を避けることもできず、ボールの中に吸い込まれた。1、2、3、とボールが揺れる。ダルマが固唾を飲んで見守る中、ボールの揺れは止まった。
「よし、ビードルゲットだ!」
初のポケモンゲットに、ダルマは喜び勇んだ。顔に滴る汗が輝いている。
「お!ゲットできたみたいだな」
「ああ、これで奴にも勝てるぞ」
ここで遅れてきたゴロウが合流した。祝福の言葉をかけたが、ダルマの反応に言葉が詰まった。
「じ、じゃあそろそろ行こうぜ。次の街にはポケモンジムもあるしな」
「そうだな。よし、行こう!」
ダルマはワニノコをボールに戻すと、鼻歌混じりに歩きだすのであった。
「それじゃ、俺が審判やるけど……あんた誰だっけ?」
審判を買って出たゴロウは、まず少年に名前を尋ねた。
「俺はカラシだ。よろしく頼むぜ、審判さんよ」
少年カラシは、一言こう告げると、ダルマを鼻で笑った。
「ふ、ふん。そ、そんなんじゃ俺はび、びくともしないぞ」
ダルマは何とかこう漏らしたが、体が規則的に震えている。手に持っているモンスターボールが今にも滑り落ちそうだ。
このような張り詰めた空気の中、審判ゴロウの声が響いた。
「えー、今からダルマとカラシのバトルを始めます!両者1匹のルールで大丈夫ですね?」
ゴロウの問いかけに、2人とも黙って頷いた。モンスターボールを片手に、準備万端といった様子だ。
「では、バトル始めぇ!」
ゴロウの怒号で勝負の幕が上がった。
「いけ、ワニノコ!」
「出番だ、カラカラ!」
2個の紅白のボールが宙を舞い、それぞれからポケモンが出てきた。ダルマのワニノコと、カラシのカラカラである。
「カラカラ、ホネこんぼうだ!」
先手を取ったのはカラカラだ。その手にあるホネを振り上げ、ワニノコ目がけて突っ込んできた。
「引き付けて避けろ!」
これに対しワニノコは、ただひたすら避けるばかりである。だが、しばらくするとカラカラの背中に隙ができた。
「今だ、ひっかく攻撃!」
ワニノコはカラカラの背中に、自慢の爪を食い込ませた。カラカラには見事なひっかき傷ができた。
「よし、良いぞワニノコ!」
ダルマは思わずガッツポーズを取った。ワニノコもおおはしゃぎだ。
「ふっ、そう来なくてはな。カラカラ、ホネこんぼうだ!」
騒ぐダルマを尻目に、カラシは不敵な笑みを浮かべた。それからカラカラにさっきと同じ指示を出した。カラカラが走ってワニノコとの距離を詰める。
「何度来ても同じだ!ワニノコ、もう一度ひっかく攻撃!」
ワニノコはカラカラの攻撃を右に避けて、腕を高らかと振り上げた。その瞬間、ワニノコの左頬にホネが飛んできた。その衝撃で、ワニノコはフィールドの端まで打ち上げられた。
「ああ、ワニノコ!」
ダルマの悲鳴にも似た呼び掛けで、何とか起き上がったワニノコだが、顔の左半分は大きく腫れあがり、息も絶え絶えだ。
「おっと、カラカラの一撃を耐えられるやつなんて久しぶりだな。ま、次は無理そうだが」
「な、何が起こったんだ……?」
あまりに急な展開に、ゴロウは思わず口を開いた。
「おやおや、審判さんには見えなかったのか?仕方ねえ、説明してやるよ」
カラシ小さくため息を吐いて、喋りだした。
「ワニノコが攻撃を避けるのは計画通りだ」
「な、なんだって!」
「ワニノコが右に避ける!カラカラが走り去る!そのすれ違いざまに一発お見舞いしただけのことだ」
「で、でもよ、いくらなんでも強すぎないか?」
「確かに……普通ならな。だが、俺のカラカラは違う。審判さんもよく見てみな」
問い続けるゴロウに、カラシはカラカラに指差した。よく見ると、右手のホネは普通のものより明らかに太い。
「なんだこれ、やけに太いな。これがどうかしたのか?」
「それこそがカラカラの力の源、太いホネだ。こいつがあれば、カラカラの力は普通の倍になる。これなら説明つくだろ?さて、そろそろ終わりにするぜ」
カラシがワニノコをジロリと見ると、それに呼応してカラカラがうなりあげる。
「く……くそっ!ワニノコ、水鉄砲だ!」
ダルマは顔を紅潮させながら叫んだ。ワニノコの口から、激流の如き水の弾丸が放たれた。
「無駄無駄!打ち払え!」
カラカラは水鉄砲にホネを一振りした。すると、あれほど勢いのあった弾丸をアストラブルーの霞にしてしまった。
「食らいな、ホネこんぼう!」
カラカラはいよいよと言わんばかりにワニノコ目がけて駆ける。もはや一刻の猶予も無い。
「こうなったら、ワニノコ逃げろ!」
「な!ダルマ、正気かよ……」
あろうことか、ダルマはワニノコに逃走の指示を出した。動揺の色を隠せないワニノコだったが、主人の命令は絶対である。やむなくフィールド中を逃げ回り始めた。
「……話にならねえ。必殺の技をお見舞いしてやれ」
カラカラは命令を聞くと、ホネの持ち方をわずかに変えた。そして、ワニノコに投げつけた。
「何だと!ワニノコ避けろ!」
ダルマの叫びも虚しく、ホネはワニノコの背に直撃した。その勢いで、ワニノコは白目を剥いて倒れた。飛んできたホネはというと、長い楕円を描いてカラカラの手に収まった。
「そこまで!このバトル、カラシとカラカラの勝ち!」
勝負あった。結果はカラシとカラカラの圧勝だ。
「こ、ここまで歯が立たないなんて……」
ダルマはしばし呆然とし、膝をついた。そこに地下を出る準備を終えたカラシが近づき、こう言い捨てるのであった。
「やっぱり腰抜けだったな」
【緩急】本棚に関するご意見募集
http://masapoke.sakura.ne.jp/lesson2/wforum.cgi?no=425&reno=n ..... de=msgview
人の多いポケスト板のほうでご意見を募集しております。
何かあればどうぞ。
「あー、この一杯は身に染み渡るな」
ここはジョウト地方ヨシノシティ。一緒に旅をすることになったダルマとゴロウは、トレーナーの憩いの場であるポケモンセンターにいた。もちろんポケモン回復のためだ。ダルマは豊かな水をたたえるヨシノの海を眺めながら水を飲んでいる。その姿はまるで雑巾のようだ。
そんなダルマを拍子抜けしながら見ていたゴロウは、こう指摘した。
「いや、これくらいでくたびれるか?シロガネ山を越えてきたならまだしもさ。あと言葉が少しオヤジっぽいぞ」
「そこまで言うか」
少し小さくなったダルマが小さくつぶやくと、ゴロウは続けた。
「それより、まだ明るいしちょっとぶらぶらしようぜ」
「……先立つものはあるのか?俺は貸さないぞ」
「……さあて、ちょっと地下でトレーニングするか」
ゴロウは肩をすぼめると、地下のエレベータへと消えた。
「やれやれ、世話が焼けるな」
ダルマは一気に水を飲み干すと、モンスターボールを受け取りゴロウの後を追った。
「おいゴロウ、ちょっと待……て?」
妙に磨かれているエスカレータを下った先の光景に、ダルマは思わず息を呑んだ。なぜなら、そこは異常に広かったからである。
「何だこれは、広すぎだろ」
「おーいダルマ、早く来いよ!」
ダルマの視界の右端から、ゴロウが叫んだ。右端といっても、その距離は随分離れている。なぜなら、地下がホエルオー6匹は入るほど広いからだ。
「ここ、広いな」
「そりゃあ、なんたって街中でのバトルは禁止されたからな。こういう場所が必要なんだよ」
ダルマがゆっくり歩きながらボールを手に取った。それに応じてゴロウも準備する。2人の間に熱気が集まってきた。
「準備は良いかゴロウ?」
「いつでも良いぜ!」
2人がボールを手から放り投げようとした、まさにその時、隣のフィールドから何かが壊れる音が聞こえた。骨にヒビが入ったような音である。
「な、なんだ?今の音は」
「隣のフィールドからだけど……あ!」
ダルマとゴロウの視線の先では、バトルが行われていた。もっとも、既に終わっているようだ。フィールドに隕石のクレーターに似たくぼみがある。その近くには、クレーターを作ったと思われるポケモンが1匹いる。頭と手にはよく磨かれた骨を装備している。
「おい、あのポケモンが音の発生源か?」
「多分な。ありゃ相当パワーがあるぞ」
ゴロウとダルマはしばらくそのポケモンを見ていた。というのも、地下は広いので、声がよく聞こえたからだ。骨のポケモンは、その手に持つ太い骨で伸びをしたり、柔軟をしている。
その時、ポケモンの方向から張りのある声が飛んできた。
「おい、俺に何か用か?」
「ダルマ!こいつ、喋るぞ!」
「……トレーナーが喋ったんだろ」
ダルマのごく普通の指摘に、ゴロウからなにやら声が漏れたが、さっきの声にかき消された。
「で、俺に何か用か?」
「いや、そのポケモンの破壊力が凄くて見てたんだよ」
ダルマが声の主――枯れかけた森のような色のズボンに、黒と白の縦じまが入った半袖シャツの少年である――に説明をした。少年はしばらく聞いていると、急にこう切り出した。
「ところで、お前もトレーナーなんだろ?俺と一勝負しようぜ」
「え、悪いけど遠慮しておくよ。俺じゃかないそうもないからさ」
少年の誘いをやんわり断ったダルマに、次の瞬間予想外の言葉がやってきた。
「ふん、断るか。腰抜けめ」
「なん……だと……?」
「そうさ。そんな言い訳が通用すると思う時点で甘ったれだ。まあ、別に構わねえけどな」
少年は直立不動のダルマにこう吐いた。周囲からは音が消え、ダルマは体を小刻みに震わせている。そんなダルマを尻目に、少年は出口へ歩をすすめた。
「じゃあな、腰抜け」
「……待てよ」
「何だ?さっさと言え」
「そこまで言うなら勝負してやるぜ!俺達の強さを見せてやるよ!」
ダルマは腕を回しながら少年を睨み付けた。もちろん、少年には効いてないが。
「ふん、そう来なくてはな。久々に骨のありそうな奴だし、楽しませてもらうぜ」
「うーん、思ったより長いな」
ワカバタウンの西に伸びる29番道路。ダルマはそこをワニノコと一緒に歩いていた。この辺りは道路と言ってもほとんど整備されておらず、耳を澄ませば野生ポケモンの鳴き声がいくらでも聞ける。南には海があるのだが、乱立する木々に遮られ、とても見えたものではない。
「この道、こんなに長かったか?地図で見る限り1時間で着くはずなのに」
ダルマは首をかしげながら歩く。それに合わせてワニノコも首を傾けた。既に日は高く、暑さがじわじわと2人を苦しめる。
その時である。突然茂みから1人の少年が飛び出してきた。ツヤのある黒い防止とオレンジ色の半袖が特徴的だ。
「おいそこのトレーナー、俺とバトルだ!」
「バトル?良いけど、始めたばかりだから弱いぞ?」
「いや、その方がかえって都合が良い」
少年は、うっすら汗をかいているダルマを前に目を輝かせた。そしてモンスターボールを手に取った。
「行け、コラッタ!」
少年のモンスターボールからは、紫の身体に先が丸まったしっぽを持つポケモン、コラッタが現れた。コラッタは早くも威嚇をしている。
「よし、初バトルだ。ワニノコ!」
ダルマもモンスターボールを投げ、中からワニノコが出てきた。周りの木々は揺れ、風は草むらを撫でる。
「いくぜ!コラッタ、体当たりだ!」
少年の指示を受け、コラッタはワニノコに向かって突っ込んできた。
「うお、ワニノコ避けるんだ!」
ワニノコはギリギリのところで避けたが、かるく触れたのでバランスが崩れた。
「今だ、電光石火!」
コラッタは素早くワニノコの方を向き直すと、先程の倍以上のスピードで飛んできた。まるで彗星のようだ。この速さには対応できず、ワニノコは蹴散らされてしまった。
「ワニノコ!」
ダルマの叫びに反応して何とか立ち上がったワニノコは、しっぽを振り、牙を剥いた。
「よし、いけるな。今度はこっちの番だ、睨み付けろ!」
ワニノコは目を大きく開き、コラッタに視線を投げ掛けた。その威圧感でコラッタがほんの少し後退りした。
「今だ、ひっかく攻撃!」
この隙を逃さず、ワニノコはコラッタに迫った。コラッタは再び後退りするも、逃げ切れない。そしてワニノコは釣り針のように鋭い爪でコラッタを引き裂いた。コラッタは土煙をあげながら吹き飛ばされた。
「よし、良いぞワニノコ!」
強力な一撃に、ダルマは手応えを感じた。ワニノコもはしゃいでいる。
「……まだまだ!コラッタ、起死回生だ!」
なんと、勝負あったと思われたコラッタが、急にワニノコの目の前に飛び出した。そしてそのまま体重をかけてワニノコへ飛び掛かった。ワニノコは攻撃の勢いで若木に激突した。ぐったりとしているが、まだ動けそうだ。
「くそ、まだ動けたか」
ダルマは少し息を荒げながら呟いた。しかし、息つく暇は無い。
「中々しぶといな。こうなりゃトドメの必殺前歯だ!」
少年は体を前のめりにしながら叫んだ。コラッタは突風のようにワニノコに迫ってきた。
「……今だ、水鉄砲!」
コラッタがワニノコに手が届く距離まで近づいた時、ワニノコはその大きなあごから水の弾丸を放った。その激流のような一発を受けたコラッタは、ワニノコにトドメを刺すことができなかった。
「何ぃ!?」
少年は口をあんぐりと開けながらコラッタをモンスターボールに戻した。対して向こうではダルマが腰を下ろしてワニノコを撫でている。
「ワニノコ、ありがとうな。さっきの一発は凄かったぞ」
ワニノコは頭や首を撫でられて力が抜けたのか、地面に座り込んだ。ダルマはその姿を見るとゆっくり立ち上がり、少年の所に近づいた。
「ありがとう、良いバトルだったよ。えーと…」
「ゴロウだ。お前は?」
「俺はダルマ。今日旅立ったばかりだよ」
ダルマが帽子を取ると、ゴロウ少年は突然こう切り出した。
「何だ、俺と同じじゃないか。なら一緒に行こうぜ、旅は道連れっていうしな!」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「気にしない気にしない、それじゃ行くぞ!」
ゴロウの言葉に抵抗をやめたダルマは、元気に進む彼の後を歩くのであった。
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