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こんばんは、お粗末様です。
ミカン…誰がどう見てもこの時点ではヒロインなのですが、思ったより出番が少ないので、要所要所でねじ込みながら物語の華になってもらおうと思います。その辺も楽しんでいただければ幸いです。
ちなみに、まだ鋼タイプが数えるほどしかいなかった時代、例えばポケスタ金銀ではマンタインやドククラゲ、ランターンといった近場の水ポケモンの採用も多かったですね。タイプ相性的にはいい組み合わせだと思います。
こんにちは、ごちそうさまでした!
> ああ、これは俺っちの経験則でね。食は文化を、そしてその人の考え方を反映する。食べるもの、食べ方、一人で食べるのが好きか、大勢の方が良いのか。話を聞いていれば、自然と見えてくるんだよ。
早くも名言が出ましたね。おでんさんが食の描写にこだわっていらっしゃるのはこういうことかと納得しました。私も人の食べる様子や品目に注目してみよう。
> みるみるうちに器が空になっていった……。
勢いよく美味しそうに食べる様子が目に浮かぶようです。「がつがつ」や「美味しそうに」と書かずとも読者に想像させるのは、やっぱりいい文章の証拠なんでしょうね。三点リーダにまた味がありますね……濫用すると味が薄まりがちなのですが、ここはまさにここに三点リーダがあって気持ちいい……という印象です。
ミカンが頑として答えなかったデンリュウを使いだした理由、それから前ほど勝負を楽しめなくなった理由は何か……打ちこめていた理由が何も考えていなかったことにあるなら、今はどんな勝負を楽しめなくなるような思いを抱えているのか……気になるところです。次の更新も応援しています!
こんばんは、拝読いたしました!
> 現代では根絶されたとの見方が強まっています
ああーそうなのかーもう根絶されてるのかーと思って読み進めると、これが最後に不気味さを余韻として残しているんだなあと感じました。
発症区域が旧ウツフシタウンに限られるという以外、原因も分かっていない、なぜウツフシタウンに限った一種の風土病の様相を呈しているのかも分からない。根絶されたらしいとは言うけれども、原因が分からないなら将来的に蘇るかもしれない…………と思うと、「不幸な結果になったけどすべて解決しました!」よりも不気味な印象が胸に残りました。
> Handling Instructions
局員への「取扱方」指示の体裁を取っていますが、これを冒頭に提示することで読者にまず物語のフレームを与える役割があるな、と感じます。読者はフレームに沿って次節の Detail を読み込んでいく。フレームが提示された上で読みこんでいくので、“イメージがパッと湧かずするする読めない……”ということもない。公的書類の体裁としての様式美と、読者が読むうえでの実用面、ふたつを兼ね備えているのがこの案件シリーズの骨格なんだなあと、今日改めて感じました。一読して面白いのに、勉強のつもりで解体していくとまた面白い、そういうわけで、ごはさんがタダで身に着けた技術ではないとは分かっていながら「羨ましい」と率直に思ってしまいます(笑
これからもたくさんの流出、楽しみにしています!(
Subject ID:
#90954
Subject Name:
チェリンボ症候群
Registration Date:
1998-10-28
Precaution Level:
Level 0
Handling Instructions:
症例#90954は、最後に確認された時点から20年以上が経過しており、現代では根絶されたとの見方が強まっています。これまでに得られた知見から、症例#90954は精神的な病理の一種であり、いかなる形で発症するのかという疑問は残されているものの、病状そのものに特段の異常性は見られないとの見解が示されています。このことから、本案件については警戒レベルを「0」(無力化済)とします。
Subject Details:
案件#90954は、ある一定の特異な症状を齎す未知の症例(症例#90954)と、それに係る一連の案件です。
症例#90954の存在が確認されたのは、かつてジョウト地方南部に存在したウツフシタウンにおいてです。ウツフシタウンは1976年5月、ジョウト地方ヒワダタウンに吸収される形で市町村合併が行われ、行政区としては現存していません。合併が行われる10年ほど前には全住民が退去し、5年前には郵便番号が抹消されています。ほとんどの建築物は退去時のまま放置されて老朽化が進み、地区全体が廃墟化した状態でした。
1997年10月頃、土地計画の策定のため、ヒワダタウンの行政担当者が旧ウツフシタウン近隣を訪れ、その際廃墟化していた診療所へ踏み込みました。診療所内には当時の医療記録が大量に残されており、担当者は許可を得てそれらを回収しました。回収された資料を確認したところ、未知の症例と思しき症状の記録が多数発見され、当局へ通報がなされました。当局と行政が協議し、各種の資料については当局が収容・管理することで合意しました。
症例#90954は、旧ウツフシタウンでのみ確認されている未知の症候群です。診療所跡で得られた医療記録から、症状はいずれも精神的なもので、身体的・肉体的なものではないと推測されています。発症者は十一歳から六十九歳までで広範に渡っていますが、その多くは十代前半の若年層になっています。症例#90954の具体的な症状は下記の通りです:
(1)初期症状として、右肩の痛みを訴えるケースが大半を占めます。この時検査では異常は見つからず、肩の痛みが身体的なものではないことが分かります。また、確認されたすべてのケースで右肩に痛みを覚えており、左肩が痛むと訴えたケースは見つかっていません。
(2)症状が進行すると肩の痛みは徐々に和らぎますが、それに代わって患者は「右肩の近くに顔がぶら下がっている」と訴えます。顔の詳細はまだ見ることができない状態ですが、すべての患者は右肩の違和感を「顔がぶら下がっている」という形で表現する点に注目する必要があります。
(3)この段階から症状が進行すると、患者は右肩にあるという顔の表情がはっきりと視認できるようになると証言します。この時確認できる顔は、「安らかな表情をしている」と言われることが多く、同時に「自分に似た顔をしている」と証言する患者が大半を占めています。
(4)(3)の状態から症状が進行すると、患者は「顔が自分のことを見ている」と訴え、ほとんどの場合強い抑鬱状態に陥ります。患者は「顔は自分の死んだ双子の兄弟/姉妹の霊だ」といった内容の証言をすることが大多数を占めます。これは症例#90954の特異な症状の一つです。
症状が(4)の段階まで進んだ場合、一般的な抑鬱の症状に対応する投薬治療が必要となります。治療せず放置した場合、鬱状態が継続することによる自傷行為や、最悪の場合自殺に至るケースが確認されています。ただし、適切な治療を行えば回復させることはさほど難しくなく、患者は正常に社会復帰することが可能です。
症例#90954が旧ウツフシタウン近隣でのみ見られる理由については、有力な仮説が立てられていません。他の地域で同種の症例が見られないことは、旧ウツフシタウン近隣に症例#90954を引き起こす何らかの要因が存在する可能性を示唆しています。
一連の症状の特徴は、患者が「自分に似た顔が見える」と訴えることにあります。このことからか、旧ウツフシタウンの診療所では一連の症状に「チェリンボ症候群」という名称を付けて管理していました。当局においても、本案件の特徴は携帯獣の「チェリンボ」と何らかの因果関係を持っている可能性があるとの見解が主流です。しかしながら、症例#90954とチェリンボを結びつける直接的なファクターは存在せず、また旧ウツフシタウンにてチェリンボの生息は確認されなかったため、一部の局員からは「チェリンボ症候群」と名付けた診療所の見方に疑問を投げかける声も上がっています。症例#90954とチェリンボとの因果関係については、その有無も含めて現在も調査中です。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
「……と言うわけなんだ。良いか?」
翌日。ケイ、レアードの両名は、アサギジムを訪れていた。むき出しの岩盤に圧迫される雰囲気の中にいるのは、ジムリーダーのミカンただ一人である。今日の彼女も、昨日同様ワンピース一枚。体型が気になるわけではない、むしろラインが出る服の方が良さそうではある。だがそれは今重要なことではない。
さて、ケイからの頼みに、彼女は多少照れながら、こう答えた。
「ええ、それは構わないわ。でも、なんだかちょっと恥ずかしいかも」
「……うーん、素晴らしい」
レアード、あごを左手で押さえ、何度もうなずく。昨日は風呂の中だったが、今日はちゃんと服を着ている。白のワイシャツに赤のネクタイ、紺のチノパンと黒のジャケットのセット。黙っていれば男前な彼に、しかし自重と言う言葉はないようだ。
「これほど奥ゆかしく美しい女性、故郷はおろか旅先でも見たことがない。取材が終わったら出発しようと考えていたが、予定を変えよう。しばらくこの町にいさせてもらうよ」
「……で、インタビューはどうする?」
ケイ、口元を曲げてご機嫌斜めだ。レアードとミカンが接近することに嫉妬しているのだろうか。分かりやすい男……。勝負に負け続けるのも無理はない。当然、レアードもすぐに勘付く。
「……ふーん、なるほどね。まあいいや、早速初めても大丈夫かな?」
「? はい、どうぞお掛けになってください」
三人の中で最も鈍感なのはミカンのようだ。彼女は椅子を用意し、腰掛けて話を始めた。ケイとレアードはこれに耳を傾けるとする。
「……初めに、私は元々岩タイプの使い手だったと言うことを知っておいていただきたいです。今でこそ、鋼タイプのジムとして知られていますけど」
「だよねえ、俺っちもそう聞いてるよ。でも、元々の方針から鋼タイプと、あとたまに灯台にいるデンリュウも使うようになったんだよね? なぜなんだい?」
「それは……秘密です。お答えできません」
「おやおや、そりゃ困るなあ。やっぱ読者はその辺を知りたいわけだよ。もちろん、俺っちもね」
レアード、粘る。ただの空振りでは終わるまいと必死である。生活がかかっているから当然か。一方のミカン、鈍感さとは裏腹にキレのある変化球を投げる。
「……レアードさん。しつこい男性は、このジョウトでは好まれませんよ? 私も含めて」
「おっと、こりゃ言い返せないな。強いのはバトルだけじゃないってか」
レアード、思わず頭をかく。しかしメモをする手は止まらない。ミカンの言葉で出鼻をくじかれた彼は、次に別の切り口から尋ねた。
「それじゃあ、バトル以外の話を聞いちゃおうかな。まず、このジムは君しかいないけど、挑戦者がいない間は何をしているんだい? 相手がいなけりゃ練習もできないんじゃ?」
「そうかしら。一人になってからは、ケイがよく挑戦に来てくれてたし、話しが広まるにつれて色々なトレーナーが来るようになったから」
「確かに、俺とミカンがバトルしてたのって、ジムリーダーになりたての頃が多かったと思う」
ケイ、ミカンの発言を補強する。レアードとミカンの会話が続いていたので忘れられがちだが、彼も隣で二人のインタビューに立ち会っているのだ。
「そうね、そんな時期もあったわね……。あまり振り返ることはしないのですが、あの頃が最も楽しく過ごせていたような気がします」
「ほう、それは具体的にどういう?」
ここでミカン、一呼吸置いて答える。心なしか、彼女の目線が逸れたようにも見えた。
「……やっぱり、何も考えずに勝負に打ち込めていたからではないでしょうか。当時はまだ幼く、自分にとって興味のあることには夢中になれていました。今ではほとんど大人と言って差し支えない年齢です、考えることも増えてしまうんですよ」
「……戻れるなら、その頃に戻りたいかい?」
レアード、もう一歩踏み込む。普通の人間は、およそ重い事情を垣間見た時、それ以上深追いするのは控えるものである。しかしレアードもジャーナリストだ。そこがたとえ地雷原だとしても、危険を顧みず突っ込む。ミカンも表情を変えずに返すが、ほんの少しだけ、眉間にしわを寄せる。
「戻りたい、ですか。私、できもしないことを願わないようにしているので。ポケモンの中には時を越えたり、、操ることができる種もいるそうですが、会える人はごくわずか。そういうことは期待していませんよ」
ミカンの言葉遣いに、いらだちや諦めにも似た気持ちが混じってきた。突っ込むのは結構だが、限界をわきまえねばならない。レアードは追求をここまでに留め、別の話題を振ることにした。
「ありがとう。悪いね、言いづらいことを色々と聞いてしまって。それじゃあここからはプライベートな質問に入っていこう。まずは……好きな食べ物はあるかい?」
「い、いきなり食べ物になるの?」
ケイ、拍子抜けする。無理もない。雑誌やテレビのインタビューと言うものは、数多くの質問を行い、そのうちの一部が紙面に載り、電波で飛んでいく。故にすぐに終わるものと錯覚する……。しかし実際はそうではない。レアード、ケイに意図を説明する。
「ああ、これは俺っちの経験則でね。食は文化を、そしてその人の考え方を反映する。食べるもの、食べ方、一人で食べるのが好きか、大勢の方が良いのか。話を聞いていれば、自然と見えてくるんだよ。で、相手に合わせて質問のしかたを変えたりといった調整をしていくのさ。もちろん、読者も親しみ深い話題を提供したいと言う理由もある。ま、こちらの都合と読者の興味が合わさった結果かな」
一通り、レアードが説明したところで、ミカンが何度かうなずきながら回答しだした。この長い説明も、相手に考える時間を与えるために有効なのだ。
「好きな食べ物……挙げていけばきりがないですが、これ、と言えるものは特に無いように思います。」
「でも、ミカンは量が凄いんだよなあ」
「ちょ、ちょっとケイ!」
ケイの言葉に、ミカンの顔が耳まで真っ赤になった。レアード、待ってましたと言わんばかりの顔である。彼はわざとらしくリアクションを取った。
「えええ? そんなにたべるのかぁい? こんなに華奢で、モデルやグラビアもできそうなのに、ギャップが出てるねえ。ケイ、具体的にはどのくらい食べるんだい?」
「そうだなあ、この間一緒にご飯食べに行った時は特にすごかったな……。まず手始めにボンゴレを大皿一杯平らげるところから始めて、ドリアを二人前、ほうれん草とベーコンのソテーを山盛り、ピザ丸々一枚、ケーキ半ホール……。あ、あれ? ミカンどうしてそんなに怖い顔をぎゃあああああああああ……!」
「ケイのばかあ!」
ケイ、全てを言い切らないうちにレアード諸共ジムからつまみ出された。人は見かけによらないとはよく言ったものだが、恥じらいは年相応にあったようだ。
*
「いやあ、凄い力だったね。大の男を、それも二人もジムの外まで投げ飛ばすとは」
しばらくして、二人はジム近くの食堂に腰かけていた。窓からは出港する高速船の姿も見ることができる。だが、店内の客の目を引くのは、レアードのそこかしこについたすり傷であった。一方、ケイは慣れているのか大して気にしていない。
「俺は結構受けてるから大丈夫だけど、今日は一段と力が強かった……。あと、あいつ今日は縞パンだったな」
「投げられた時見るのがそことは、本当によくやられてるんだな。ともかく、乙女の秘密に触れるのは、それだけ危険と言うわけだ。この話は載せないでおこう」
そのような話をしていたら、やって来る、注文の品が。握りずしと天ぷらそば、各二人前。
「ま、とにかくインタビューはできた。少し量が少ないが、何とかなるだろう。ケイにはその礼として、飯をごちそうだ。俺っちもしっかり味見させてもらうよ」
「そりゃどうも。ここ、ちょっと高いから家族と一緒じゃないと来れないんだよね。その分どの料理もおいしいから、レアードも気に入ると思うよ」
「へえ、なら良いけど。こう見えても俺っち、世界中で寿司もそばも食べてきたから厳しいぜ?」
レアード、お祈りをしてから箸を手に取った。まずはそばを、慣れた具合にすする。
「……ぅぉ……」
レアード、言葉を出そうとして、しかし食べることに没頭してしまった。つゆを飲み、天ぷらの食感を味わい、ここで七味を投入する。なじむまでの間に寿司もほおばり始めた。アジの脂の乗った風味は、あっさりとしたそばの出汁とよく合う。サケもまた然り。と、ここで再びそばをすする。七味の微妙な酸味と辛みが、先程とは異なるそばの味を引き立てる。心地良い音を立てながら、一気に胃袋に吸い寄せる。みるみるうちに器が空になっていった……。息つく暇もなく、残りの寿司も口の中へ。タコ、ゲソ、ネギトロ……。しょう油は少々つける程度に抑え、素材の味を十分に楽しんだ。最後に、名残惜しそうに緑茶をぐびぐびと。ここでようやく口を開いた。
「……こりゃあ良い、良い!」
「そ、そんなに良かった?」
「ああ。全くもって、どうして俺っちはこんなに幸せな男なんだろう。神に感謝しないといけないよほんと」
レアード、ごちそうさまの代わりに指を絡めてお祈り。その目は、まるで極上の、そう、一目惚れである。
「ケイ、君は本当に恵まれているよ。リアルな女の子だけでなく、このような魔性の女をも知っているのだから」
「はぁ……?」
「いいか、これは俺っちの持論なんだけどさ……時に食は人を狂わせる! 魔性! 金を出せばいつでも振り向いてくれ、飽きたら別の品に切り替えられる。そんな中でも、ずっと一緒にいたいと思わせる品も中にはいる。そう、まさに理想の女性のように。そんなだから、食と言う沼にはまるなと言う方が無理がある。そもそも俺っちの故郷、オーレでは……」
レアード、いつになく熱弁をふるう。ケイ、それを適当に聞き流しながら、自分のご飯を食べ続けるのであった。
その日の夕ご飯はカレーライスだった。
小さな食卓に母、小さいころの「私」、そして今の私。父親の顔は物心つく前からよく覚えていない。
「ごめんなさいね、あまり大したものないんだけど……」
申し訳なさそうにカレ−の盛られた皿を私に差し出す。
「いえいえとんでもない。急に押しかけてご飯まで頂いて、本当にありがとうございます」
「いいんですよ。あ、おかわり言ってくださいね。まだまだありますから」
母は当然のように優しい言葉をかけてくれる。その様子をまるで天変地異を目の当たりにしているかのように子供の「私」は見ていた。
「どうしたの? おなかすかないの?」
母が「私」に聞いている。
「ううん……」
思い出したように「私」はカレーを食べだす。
気持ちはよくわかる。決して旅人を受け入れなかった母の急変に、私だって同じ気持ちだ。ただそれを態度に出さないでいられるのは子供か大人かの違いだけで。
カレーライスは当たり前の味で、とっても美味しかった。さんざん食べた記憶の味そのままだった。
カレーを食べ終わると「私」はすぐに寝にいこうと布団へ向かおうとしたが、それを母はすぐに捕まえ風呂へ連れていった。風呂場のほうから何やら楽しげな二人の声が聞こえてくる。
誰もいない食卓で、私は針の筵に串刺しにされているような苦しさに襲われていた。何も見たくない、何も聞きたくない、匂いも、空気の温かさも何もかもが辛かった。私は用意されたこの温かさの中で育てられ、苦難の連続でありながらも充実した旅を経て、悲願を達成し、死んだのだ。その先を楽しめる見込みがないという、ただのその理由だけで。最高に素晴らしいネタが最低で最悪なオチへと続くことを知っている。そのことが辛くてしょうがなかった。
子供の「私」はお風呂からあがるとそのまま気を失うように寝てしまった。
「お先にすいません。あの子あんまり遅くなるとお風呂はいらないで寝ちゃうもので。どうぞ入って下さい」母が風呂をすすめてくれた。
−−それではお言葉に甘えさせていただいて
と、言いかけ気づいた。今私は着替えの服もなにも持っていない。しかし体も洗わず寝具を借りることになっては申し訳ない。どうしようか。
そう私が逡巡していると、
「あれ、もしかして着替えもってません? そういえば荷物は?」怪訝な顔で聞いてくる
「実は、そうなんです。ポケモンセンターに置きっぱなしにしていて……」咄嗟にうそをついた
「え、ずっと宿がなかったのでは?」
−−やってしまった。母には宿がないということで泊めてもらっているのだった。
ますます母が険しい顔になる。私はもう本当のことを言うしかないと思った。
「やっぱりそんなことだったんですね。あの子ったらほんと遠慮がないんだから」
母は怒ったような呆れたような口調で言う。
「申し訳ない。私がしっかり断っておけばよかったのですが。お邪魔でしたら失礼させていただきます」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそウチの子が強引なこと言いましてすいませんでした。時間も時間ですし、よければこのまま泊って行ってください」
「良いのですか?」
「もちろんです。服はうちのを使ってください。もう使っていない男物が残っていたはずなので」
「何から何まで、どうもありがとうございます」
それから私は風呂に入った。お湯は新しいものに入れ替えてくれていたらしく、綺麗になみなみと溜まっていた。湯船につかっているとまたどうしようもない気持ちで一杯になりそうだったので、私はこの世界のことを考えていた。
まず、母にはどうして私が見えるのだろう。なんとなく昔の自分自身にだけしか私のことは見られないものと思っていたが、そうではないのかもしれない。血縁の問題だろうか。関わっていた時間の問題だろうか。わからない。
そしてもっと気になるのは、どうして母が私を家に泊めることを了承したのか。
−−私が息子だと気づいているのでは。
ずっと頭の片隅で考えていた。言葉遣いこそ堅苦しいが、これだけ親切にしてもらえるのも、「見知らぬトレーナーを泊めない」という絶対ルールが覆ったのも、私が未来の息子だと気づいたからじゃないのか。
しかしそんなことあり得るだろうか。多少奇抜なセンスの持ち主ではあったが、母は一応常識人であった。見た目恰好は血のつながりを感じるかもしれないが、まさか未来の子供と思うだなんて、そんな突拍子もない発想をするだろうか。
「わからん」
顔をお湯で流して私は考えるのをやめた。
考えても分かることなんて何もない。それどころか余計居心地の悪さが増す。明日私はまたディアルガに会い、それで全て終わる。終わらなかったとしても、”終わらせてやる”
母から貸してもらった男物のパジャマは不思議とぴったり私のサイズに合った。地味なグレーのパジャマで新しいものではないが、あまり使われた様子はない。誰のものかは何となく察しがついた。
「お風呂ありがとうございました」
母は居間のちゃぶ台の横で床に座ってテレビを見ていた。明日はポケモンリーグ決勝戦が行われるらしい。
「いえいえ、お茶でもいかがです? お酒はないのよ、ごめんなさいね」
「とんでもないです。お茶を頂いても?」
母は答える代わりに立ち上がり、お茶の入ったガラスコップを二つ持って戻ってきた。
「まぁどうぞ、座ってくださいな」
促されるまま私も床に腰かけた。
しばらくお互い黙ったままテレビを見ていた。テレビは今回のリーグ戦のハイライトを流している。
「あの子も来年はあそこを目指して旅に出るんですよ」
突然母が口を開いた。
「そうらしいですね。彼から聞きました」
「父親はあの子が小さいうちに旅に出てしまってね。今じゃどこにいるんだか、さっぱり連絡もよこさない」
そういう母の口調は投げやりなようであって少し寂しげでもあった。私はなんと返したら良いか分からず黙っていた。
「どうしてみんな旅にでるんでしょうね。ポケモンバトルが強いってことが、そんなに大事なことなんですかね」
−−家族を置いてまでも……
そんな声が聞こえた気がした。
「夢、だからでしょうか。叶えたいんですよ、どうしても」
思わぬ母の気持ちを感じて、適当な言葉を返す余裕がなくなっていた。
「夢を叶えたからって、それがなんだっていうんです? 夢が叶って、で、その先には一体なにがあるんですか?」
真剣な顔でまっすぐ私を見て聞いてくる。私はその質問に思わず顔を伏せた。
「それは……」
答えられない。答えられるはずがない。まさしく私はそれを見つけ出せず死んだのだから。
「あっ、ごめんなさい。変なこと言って。忘れてください」
母は我に返ったという様子でテレビに視線を戻した。
私はバツの悪い思いで一口コップのお茶を飲み、また答えのでない問題を考えていた。
夢の叶った先にあるものなんてきっと誰にも分らないのだ。母も、今の私も、そして未来の「私」も……。だから母の悲しみも、私の自殺もどうやったって避けられないのだ。いやむしろそうでなければならないのだ。もし仮に「その先」に当たるものがあったとして、もうそれは手に入らないものなのだから。
「そのパジャマね。もともと旦那のものだったのよ」
再び母が話し始めた。
「結婚してすぐに買ったんです。でも何回も着ないうちにあの人はまた旅に出て行ってしまった」
「ご主人とは旅の途中でご結婚を?」
「いいえ、あの人とはこの町で出会いました。その時には配達員として働いてもいましたし、すでに夢は叶えたといっていました」
「では何のために再び旅に?」
「さあ、分かりません。ある日いきなりどこかへ旅立ってしまいました。……あなたなら分かります? 一度すでに夢を叶えたと言った人が、また旅に出る理由」
「……わかりません」
父はどうして家族を置いて再び旅に出たのだろう。夢を叶えたあと、一体なんのために……?
それからしばらく二人黙ったままテレビの画面を見続け、ようやっと母が寝ると言い、奥の部屋から寝具を持ってきた。
「ほかに部屋がないもので、すいませんがここで寝てくださいな」
テレビの前の机を片付けそういった。
「いえいえ、どうもありがとうございます」
電気を消し、布団に入る。あたりは真っ暗で物音一つしない。母の悲しみ、旅立った父、そして間もなく旅に出るはずの「私」、いろんなことが頭の中を巡っていた。しかし結局最後には考えても仕方ないことだと全て頭から振り払った。どうせ全部捨てた過去のこと。今更どうしようもないことなのだと。
私は眠気とともにうっすらパジャマから漂う樟脳の匂いが鼻をくすぐるのを感じていた。
Subject ID:
#109108
Subject Name:
ヒワダ第三小学校のホームページ
Registration Date:
2004-07-29
Precaution Level:
Level 3
Handling Instructions:
ウェブサイト#109108を市民が偶発的に閲覧する事例を防止するため、国内の大手インターネットサービスプロバイダには当局の定めるコンテンツフィルタが導入されています。コンテンツフィルタによってウェブサイト#109108がブロックされた回数は月次で集計され、統計的に異常な頻度でブロックが行われていないかを案件担当者が検査します。
ウェブサイト#109108は不定期に未知の手法でコンテンツフィルタを無効化するため、フィルタのアップグレードが必要になります。フィルタの無効化が検知された場合、案件担当者は所定の技術スタッフへ様式F-109108に沿って報告とサンプルの提出を行ってください。通常一週間以内に、インターネットサービスプロバイダに提供するフィルタの開発が行われます。
ウェブサイト#109108が指し示す学校施設(施設#109108)の捜索が続けられています。施設#109108はこれまで得られた多くの証跡から実在しないものと推定されていますが、いくつかの資料は施設#109108がかつて存在した可能性を示唆しています。施設#109108についての情報が得られた場合、速やかに案件担当者へ連絡してください。
案件担当者は、少なくとも直近4年以内に失踪した親族のいない局員から選ばれなければなりません。案件の担当中に親族の失踪が認められた場合、案件担当者を速やかに変更する必要があります。
Subject Details:
案件#109108は、インターネット上で観測される「ヒワダ第三小学校」なる未知の学校施設(施設#109108)のウェブサイト(ウェブサイト#109108)と、それにかかる一連の案件です。
ウェブサイト#109108が始めて観測されたのは、2004年の6月下旬です。ウェブサイト#109108を閲覧した市民から「数年前行方不明になった従兄弟に似た人物が写真に映っている」との申出があり、応対に当たった局員が詳細なヒアリングを行いました。ヒアリングの結果異常性が認められたため上席に報告し、案件として取り扱うことが決定されました。
ウェブサイト#109108は、その内容から施設#109108の公式ウェブサイトと見なされているサイトです。ドメイン名として「hiwada-daisan.ed.jp」が割り当てられていますが、同名の教育機関向け(.ed.jp)ドメインが貸し出された記録は見つかっていません。体裁は一般的に見られる小学校のウェブサイトのものと類似しており、ソースコードからはウェブサイトの開発にアイ・ビー・エムの「ホームページ・ビルダー」のバージョン6.5を使用していることが確認できます。サイトの作りは全体として質が低く、一部のクライアントではレイアウトが著しく乱れます。ウェブサイト#109108を閲覧することによる人体や機器への直接の影響は一切なく、閲覧後の機器や閲覧者に対し特異な事象が発生するケースは確認されていません。
ウェブサイト#109108の特異性は、ウェブサイト内に貼り付けられた写真の被写体として、ウェブサイトの更新から六年以内に行方不明になった市民と同定可能な人物が頻繁に映り込んでいることです。被写体は確認されたすべてのケースで七歳から十二歳程度の児童の姿をしており、他の行方不明者や他の未知の児童と共に学校行事に参加している様子が観測されています。失踪者の本来の年齢に関わらず、被写体となった失踪者は例外なく児童の姿をとっています。
ウェブサイト#109108は不定期に更新され、その都度「学年だより」として学校行事の様子を撮影した写真がアップロードされます。過去にアップロードされた写真はすべて残され、いつでも閲覧が可能です。これまでに確認された学校行事は、運動会・遠足・合唱など一般的に小学校の学校行事として異常性のないものが大半を占めていますが、2001年7月の更新では「精霊流し」、2002年2月の更新では「針供養」といったように、一般的に見て学校行事とは見なされないものが複数確認されています。
少なくとも本稿執筆時点において、ウェブサイト#109108に掲載されている写真及び文章中に、携帯獣及び携帯獣と強い関連のある事項についてはまったく出現が認められません。過去に数回飼育小屋の様子が撮影された写真が掲載されましたが、飼育されているのはいずれもウサギやニワトリといった非携帯獣の生物のみです。現在の学習指導要領では、児童が飼育する生物として携帯獣のみが指定されています。
施設#109108については、入手可能な記録の多くから、実在する学校施設ではないと考えられています。「ヒワダ第三小学校」なる小学校が実在する記録はなく、また過去に設立された記録も存在しません。ただしいくつかの証跡は、「ヒワダ第三小学校」が伝聞や噂話の形で認知されていたことを示しています。その場合「幽霊が集まる小学校」「普通では行くことのできない学校」という文脈で登場し、通常の学校機関としての機能を備えた組織ではないことが読み取れます。
被写体として登場する行方不明者については、特にポケモントレーナーとして活動中に失踪した人物が多く含まれていることが確認されています。その多くは小学校を卒業しておらず、トレーナー資格を取得すると同時に地元を出ていることが分かっています。施設#109108が小学校と思しき施設であることを踏まえ、何らかの関連性があるとの見方が示されています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
――一年後。ここはホウエンリーグ。整えた金髪に黒いタキシードのような礼装に身を包んだ青年と、白い帽子
を被り蒼色の瞳をした少年がが、一つのステージを挟んで対峙している。スポットライトが二人に当たり、実況
者の声が響いた。
「……これから始まりますのはチャンピオンのシリア・キルラVS挑戦者サファイア・クオールのダブルバトル
!挑戦者の少年がチャンピオンとなるか!?幽雅なチャンピオンがその座を守り抜くのか!?今、戦いの火ぶた
が切って落とされます!!」
「ではサファイア君、楽しいバトルを始めましょうか」
「ああ、お互い全力で行こう、シリア」
黒いタキシードの青年――シリアが繰り出すのはジュペッタとサマヨール。蒼い瞳の少年――サファイアは
ジュペッタとヨノワールだ。ホウエンリーグの頂上決戦が今始まった。
「二人はお互いゴーストポケモン使いです。互いに効果抜群のバトルをどう戦うのか!」
そんな実況者の声に答えるように、シリアは余裕の笑みを浮かべる。二人ジュペッタがけたけたと笑った。
「ジュペッタ、シャドークローです!」
「ジュペッタ、シャドークロー!」
両者同じ技を使うが、若干サファイアの方が技の速度が速かった。シリアのジュペッタの体が引き裂かれた
かに見える。
「おおっと決まったー!!見事な一撃、チャンピオンのジュペッタ早くもダウンかぁー!?」
しかし。チャンピオンの笑みは崩れない。むしろぱちぱちと拍手をして相手を賞賛した。引き裂かれたはず
のジュペッタの体が影に滲む。そして本物のジュペッタが無傷で現れた。
「……下がれ、ジュペッタ!」
「ジュペッタ、シャドークロー!そしてサマヨール、重力!」
サファイアが指示を出す。動き出そうとしたところを、サマヨールの重力が足を重くした。そしてその隙を
――シリアのジュペッタがシャドークローで一気に刈り取った。巨大な闇の爪が、悪夢のように一気にジュペッ
タを切り裂く。
ほとんどの観客には、シリアのジュペッタが倒されたと思ったら次の瞬間にはサファイアのジュペッタが切
り裂かれたようにしか見えなかっただろう。
「これはどういうことだぁー!?チャンピオンのジュペッタ、一撃のもとに挑戦者のジュペッタを返り討ちだ
――!!」
実況と観客のどよめきを聞き、チャンピオンは語りはじめる。謎を解き明かす名探偵のように。
「いやあ見事ですねえ、素晴らしい攻撃でした。僕のジュペッタをも超える速度でのシャドークロー……まと
もに受けていれば僕のジュペッタといえどひとたまりもないでしょう。――ですが、僕は一度目、シャドークロ
ーを命じてはいません。予めバトルの前に言っておいたんですよ。僕が何を言おうとまず影分身をするようにね
」
そう、最初の言葉はフェイク。チャンピオンはバトルが始まる前からあらゆる状況を予測していた。その演
出に、観客はどっと沸き立った。
「後は簡単です。攻撃が決まったと思いこんだ君たちの急所はがら空き……僕のジュペッタにかかればそこを
狙い撃つことは容易というわけです。さあ、バトルを続けましょうか」
「さすがシリアだ。だけど俺のジュペッタはまだ倒れちゃいない!」
「ええ、ですがまだまだ始まったばかり。そうでしょう?」
「その通り、本当の勝負は――これからだ!」
そのバトルを、客席に見ている二人の少年と一人の日傘を差した少女がいる。彼らはこう言った。
「ふふ、二人ともとっても楽しそうだね。僕まで楽しくなっちゃうよ」
「今まで観客を魅了させ続けてきた兄上と、それに憧れたサファイア君のバトルだもの。きっと、今世紀最大
のバトルになるさ」
「いいや、百年なんかじゃ測れないね。きっと千年ものさ」
「そうかもね――君はそうは思わないかい?」
楽しげに話すジャックとルビーの隣で、翡翠の目をした少年がむすっとしている。エメラルドだ。
「けっ、俺様があの場に立ってりゃもっといいバトルができるぜ」
「やれやれ、なら挑戦すればよかっただろうに。君の実力ならホウエンリーグ出場は簡単なことだろう?」
「うるせえな、まだレックウザのコントロールが完璧じゃねえんだよ。俺自身が満足してない状態で、チャン
ピオンなんかなっても意味がねえ」
そうかい、とジャックは嬉しそうに返事をした。エメラルドはちゃくちゃくと伝説の力をコントロールしつ
つある。
「それと、君は家族とはうまくいったのかい?」
「サファイア君のおかげでね――見違えたよ。といっても、腫物に触るような態度ではあるんだけど。まあ気
長にやるさ。後二年したらサファイア君も一緒に暮らしていいって言われたしね」
「おめでとう。結婚式には是非呼んでよね。楽しそうだから」
「……覚えてたら、そうするよ」
二人の仲も相変わらずだった。今は結婚前の男女が一緒に暮らすのはさすがに、と止められたためそれぞれ
の家で暮らしているが、そう遠くない未来二人は一緒になるだろう。
「いけっメガヤミラミ、混沌螺旋!」
「ブルンゲル、自己再生!」
そう話している間にも、バトルは続く。技の応酬、サファイアのオリジナル技に観客のボルテージは最高潮
さえ振り切っていた。
そのバトルの続きは見ている人たちの心の中に。ただ一つ言えるのはそのバトルは優雅で幽玄で、見ている
もの全員を笑顔にする面白いものだったということだろう――
「僕のことを死なせない……か。君はどうしてそうしたいんだい?君にとって、僕はただの赤の他人じゃないか
。ましてや自分が楽しんで最期を迎えたいっていう我儘のためだけにホウエンそのものを危機に陥れているんだ
よ?」
ジャックは仙人のような笑顔で、サファイアに問う。答えなど決まっていた。
「仮に赤の他人だとしても、自分から死ぬなんてバカなことをしてるやつを放っておけるもんか。シリアの頼
みでもある。それに……お前とは、赤の他人なんかじゃないだろ」
「へえ、そうだっけ?」
「そうさ、カイナシティでのポケモンバトル。とっても楽しかったし、ジャックだって楽しんでただろ。また
何度でも、ポケモンバトルをしよう。だから簡単に死ぬなんて……」
「簡単に?冗談言わないでよ。僕の苦労と人生を君は何も知らないじゃないか」
ジャックが語りだす。自分の人生を。そしてここまでの苦労を。
「僕はね、3000年前は普通の子供だった。だけどある日。グラードンとカイオーガ……ゲンシカイキ同士の争
いに巻き込まれてね。二体の攻撃を受けて……僕は一度死んだと思った。だけど、現実はもっとひどかった……
僕は死ぬのではなく、ゲンシカイキの力そのものをその身に宿してしまった。それからは年も取らず、何も食べ
なくても餓死もせず、海底に沈んでも、マグマにさらされても、どうしても死ねない。……僕の友達はみんな死
んでしまうのにね。その苦痛は君にはわからないだろう?」
僕はもう、生きるのに疲れたんだよ。こんな態度をとらないとやってけないくらいにね。と悲しそうに笑顔
で呟く。彼の笑顔もまた、シリアとは違った自身に張り付けた笑みだった。
「だから僕は、僕を生き永らえさせているゲンシカイキの力そのものを滅ぼすことにしたんだ。その為にティ
ヴィル博士を利用してね。……君がキンセツシティで止めたあの機械。あれはメガシンカの力を集めるためのも
のだったんだ。ゲンシカイキとメガシンカは互いに引き合う。膨大なメガシンカの力を集めることで、こうして
めでたくゲンシカイキの二体で目覚めたってわけさ。……そういうことだから、僕を楽にしてよ。ゲンシカイキ
の二体をかっこよく、英雄のように倒してさ」
確かにそれは、サファイアには想像できないほどの苦痛と悲しさがあっただろう。永遠の命がもてはやされ
るのは、おとぎ話の中だけだ。
「……でも、死んじゃダメだ。俺やシリアは、お前に生きていてほしい」
「へえ?君たちが生きている時間なんてせいぜい百年程度だろう?そのために僕に永遠の地獄を生き続けろっ
て言うんだ。それっておかしくないかな」
「永遠の地獄……か。じゃあジャックにとってはあの時のポケモンバトルも楽しくなかったのか?」
「そんなことはないよ。今の僕にとってはポケモンバトルだけが生きがいだからね。シリアや君のバトルを見
ていると、楽しい気分になれた。それは事実だよ。でも……」
君やシリアはただの人間だ。僕と同じ時間は生きられない。その言葉を聞いて、サファイアは決意した。
「だったら!俺が、誰もが楽しいポケモンバトルを出来るようにこの世界を変えていく!人を笑顔にするチャ
ンピオンになって!」
それはあまりにも難しい夢だ。ジャックがさすがにぽかんとする。
「あはは、そんなこと出来るわけない。馬鹿げてるよ」
「そんなことない。現にシリアには出来たじゃないか!シリアが見ている人を楽しませるチャンピオンでいて
くれたから、こうして今の俺がいる。今度は俺がチャンピオンになって。誰かを笑顔にしてみせる!そして俺に
憧れてくれた誰かがまたチャンピオンにでも何でもなって、志を受け継いでくれればいいんだ!」
くすくすと、ジャックは笑う。
「……君は本当にまっすぐだね。混じりけも何もない。綺麗な宝石みたいだ」
その時、再びゲンシカイキの二体が咆哮をあげる。それを指揮者のように腕を振って静めるジャック。
「でもね、そんなことは出来はしない。人の世は幽玄で有限なんだ。脆く儚く、何事もいつかは終わりが訪れ
る。……始めようか」
「……お前を止めて見せる。出てきてくれ、俺の仲間たち!」
サファイアが手持ちをすべて出す。そうしなければ、あの二匹は止められない。フワライドにサファイアは
乗る。
「いくよカイオーガ。根源の波導」
カイオーガが海水を無数に宙に浮かび上がらせ、一本数トンに及ぶ水の柱を何本も放った。ギラティナのシ
ャドーダイブとは違った、どこまでも純粋な破壊力に特化した連撃。
「朧重力、シャドーボール、身代わり、メタルバースト!」
ヨノワールが球体の重力場を発生させ水の柱を可能な限り弾き飛ばし、フワライドとシャンデラがシャドー
ボールで少しでも威力を相殺する。オーロットが周りの木々を集めて水の威
力を分散する。そして残った水の波導を、ヤミラミが宝石の大楯で受け止める。受けたダメージを跳ね返す光
はモーゼの奇跡のように海を割り、カイオーガに直撃した。
「あっはは!ゲンシカイキの攻撃を防いで、しかも跳ね返しちゃった!次行くよ、グラードン、断崖の剣!」
グラードンが大きく地面を揺らす。地面から、何かがせりあがってくるのを感じる。危険を察知してサファ
イアは叫んだ。
「飛べるポケモンは飛べ!フワライド、風起こしだ!」
シャンデラ、フワライド、ジュペッタ、ヨノワールが大きく上昇し、更に爆風を巻き起こして飛べないポケ
モン達を浮かび上がらせる。直後に地面から噴き出たのは――大地で出来た無数の剣。トクサネシティの大地そ
のものが、リアス式海岸のように尖る。
「くっ……戻れヤミラミ、オーロット!」
一度は避けた物の、このまま地面に落ちればやはり凄まじいダメージを受けてしまう。飛べないポケモンを
ボールに戻すサファイア。
「さあ、ヤミラミとオーロットなしで防げるかな?カイオーガ、根源の波導!」
「今だ!ヨノワール、定められた破滅の星エクス・グラビティ!」
水柱が再びいくつも持ちあがる。それが放たれる直前に、ヨノワールは朧重力をカイオーガの真上に発声さ
せた。するとどうなるか――水が重力に全て引き寄せられ、他ならぬカイオーガの身体に直撃する。カイオーガ
が悲鳴をあげ、海に沈んだ。
「これは……?」
「こいつはルビーの技だ。ヨノワールの技、『未来予知』によって最適なタイミングを割り出して、最大の重
力で一気に畳みかける」
「すごい……さすがおくりび山の巫女になる子だね。そんな技を作り出したなんて……いや、君のおかげなの
かな?」
「ルビー自身が頑張って作り出したんだ。誰のおかげでもないさ」
「ふふ、そうかもね。……これなら少なくとも君たちの子供には、期待してもいいのかな?」
意味深なことを言うジャック。気恥ずかしいことを言われた気がしたが、今はジャックに生きる希望を与え
られるのならそれでもいいと思った。
「な〜んちゃって。実はね、どのみち君がゲンシカイキの二体を倒さなくてもいいように手は打ってあるんだ
」
「!」
「ホウエンには、カイオーガとグラードンのほかにもう一匹象徴たるポケモンがいる。そいつを呼び出すには
莫大なメガシンカの力が必要になるんだけど……幸い、それは揃ってるからね。そろそろ来るころかな?」
ジャックが空を見上げる。その時だった。天の雲を割り、一匹の緑の竜が現れる。そして咆哮した。
「ザアアアアアアアア!!」
「うおおおお!言うことを聞きやがれえええええええ!!」
……それと同時に、竜の傍から一人の少年の声も聞こえた。その声にサファイアは聞き覚えがあった。赤色
の髪に翡翠色の目をした少年が、レックウザの隣をメガプテラにのって飛翔している。どうやらレックウザと戦
っているようだった。空を舞う彼に、サファイアは呼びかける。
「エメラルド!なんでここに!」
「はあ!?ってお前こそなんでいんだよ!言っとくけどこいつはもう俺のだからな!」
「俺のって……まさか、捕まえたのか?」
「ああそうだよ、文句あっか!だけどこいつ、マスターボールに入れたってのになかなか言うこと聞きゃしね
え!」
相も変わらず無茶苦茶な少年だが、それが今は何より頼もしかった。信頼を込めて、サファイアは言う。
「……わかった、しばらく抑えててくれ!その間にケリをつける!」
「わけわかんねーが、とりあえずもう俺のだから任せとけ!」
その会話はジャックにも聞こえたらしく。彼は哄笑した。
「ははははは!!君たちって本当に面白いね!ゲンシカイキのみならず、メガシンカの頂点まで手中に収めよ
うとしちゃうなんてさ!!」
「それじゃあ、俺たちと一緒に生きてくれるか?」
「さっきもいったけど、それは出来ないよ。死ぬ前にとっても面白いものが見れた。それだけで生きていた甲
斐があったって今思えてるんだ。このまま……」
「駄目だ!俺はもっともっとお前を楽しませてやる――今度はシリアの番だ!」
「?彼はもういないけど……」
「皆で『怨み』だ!」
サファイアのポケモン達が、一斉にグラードンの断崖の剣の技のエネルギーを削っていく。そういうことか
、とジャックは納得した。
「君はシリアの本気も受け継いだんだね……だけどグラードンの技は一つだけじゃない!噴煙!」
グラードンが、地中のマグマを大地を割り噴出させる。それを影分身を使い、飛翔し、重力で捻じ曲げて、
噴煙を空を彩る花火のように変えて攻撃を躱していく。その景色を見るジャックはまるで儚くも、決して消える
こともない美しい人間の本質を見た気がした。
「もう一度みんなで怨みだ!」
「まだまだ、大地の力!」
噴煙の技のエネルギーが切れ、今度は大地そのもののエネルギーを噴出させる。だがどんなに威力が高くて
も先ほどと同じように、花火の如く攻撃を分散させて、躱して、さらに――
「メガジュペッタ、出来るな!」
「――――!!」
サファイアの相棒が元気よく笑う。その手に呪いを、怨みを。呪詛の纏わりついた螺子のような物体をその
手に握る。
「いけっ!全ての悲しみと孤独を断ち切れ!メガジュペッタ――影誇星彗えいこせいすい!」
そしてそれを宙から、流れ星のように地面に放ち――大地を、グラードンの体を穿ち、全ての技のエネルギ
ーを刈り取る。丁度エメラルドもレックウザをボールに収めたようだ。
「本当に、ゲンシカイキの二体を止めちゃった……レックウザも、今や彼の手の中。か」
ジャックは自分の予想すら超えた少年たちの活躍に喜び、地震の計画を潰されたことに怒り、また死ねなか
った己を哀しみ、そして何より、このバトルを楽しんでいた。
「あはは、また死ねなかったや。これでめでたしめでたし――と言いたいところだけど。最後に一つ我儘を言
ってもいいかな?」
「ここまで来たんだ。なんだって付き合うさ」
「ありがとう。――出ておいで、レジアイス、レジロック、レジスチル」
三つのボールから、点字を象ったポケモン達が現れる。その中の一体はカイナシティで見たポケモンだ。
「こいつらとバトルすればいいのか?」
「半分正解。集めたたくさんのメガシンカのエネルギー……せっかくだから、使わせてもらうよ」
ジャックが胸の前で手を合わせる。それが合図となったかのように、神秘的な水色、茶色、銀色の光が渦を
巻き。三体の姿が渦に引かれて溶けあう。
「永遠の氷山よ、歴史重ねし岩石よ、鍛え尽くした金属よ!点の力で一つとなりて、新たな姿と力を見せよ!
」
ジャックの背後から現れるのは、トクサネシティの海底に足をつけてなおその上半身を見せる巨大すぎるヒ
トガタのポケモン。ジャックはそのポケモンをこう呼んだ。
「顕現せよ、森羅万象を表す無敵のヒトガタ――レジギガス!!」
その姿に、さすがに驚くサファイアとエメラルド。
「さあ、この際だ。二人いっぺんにかかっておいで――最高のバトルを、楽しもう!」
「ああ!」
「なんだかしらねえが、やってやらあ!」
サファイアが再び全てのポケモンを繰り出し、エメラルドも御三家とメタグロスを呼び出す。
「行くぞみんな!本当の勝負は――これからだ!!」
そう。楽しいバトルは終わることはない。人とポケモンが生き続ける限り、ポケモンバトルを楽しみたいと
いう心がある限り、いつもいつでも上手くいくなんて保証はないけれど、それでもみんなポケモンバトルを楽し
み、笑顔になれるのだ。
伝説のポケモンと戦い、また自らも人々に語り継がれ、語り継ぐ存在となった彼らは、のちにそう語るのだ
った。
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