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フエンタウンジムリーダーに完敗し、目の前が真っ暗になったサファイアが目を覚ますとそこはフエンのポケモ
ンセンターだった。
「ここは・・・ルビーが運んでくれたのか?」
すぐそばに座っていたルビーにそう聞くと、ルビーは目が覚めたんだね、と言ったあど首を降った。
「まさか。君はボクがここまで運んでくるには重いよ。ポケモンも力尽きてしまったしね」
「じゃあ・・・」
「彼だよ」
ルビーが向こうを手のひらで示す。サファイアが目線を向けると、そこには自分達を完膚なきまでに負かし
たジムリーダーが壁際にもたれて腕を組んでいた。憮然とした態度で言う。
「バトルに負けて気を失うとはな」
「・・・」
「ネブラは貴様を随分と評価していた。だから少しは楽しませるやつかと期待したが・・・拍子抜けだ」
いつもなら食ってかかったかもしれない。だが今はそんな元気も気力もなかった。
「通常のジム戦に勝つ程度の実力は見受けられた。ジムバッジはそこの女に渡してある。ーーさっさと次の町
へいけ」
それを言うためにサファイアが目を覚ますのを待っていたのだろう。用件を言い終えると、出口へと歩いて
いくジムリーダー。
「・・・待ってくれ」
「なんだ」
呼び止めると、彼は止まってくれた。
「あんた、ただのジムリーダーじゃないよな。イグニス・ヴァンダー。ホウエンリーグ四天王。シリアに最も
近い男・・・そうだろ?」
「それがどうした。ただのジムリーダー相手なら負けなかったとでも言いたいか?」
「違う」
サファイアは思い出していた。旅に出る前に見たテレビの映像。シリアと戦っていたのは、正に目の前の彼
だった。
「あんたの本気、凄かった。手も足も出なかった。だから聞きたいんだ。あんたはシリアと戦ったとき・・・
本気でやってたか?」
「・・・」
今度はジムリーダー・イグニスが黙る番だった。静寂が通りすぎたあと、彼は語る。
「そこに勘づいたか。だがお前には、真実は受け止めきれんだろう」
「聞いてみなきゃ、なにもわからない。俺はシリアのこと・・・そして隣にいる彼女のこと、もっと知りたい
んだ」
「サファイア君・・・」
ルビーが僅かに顔を赤くし、目をそらす。それはまだ打ち明けていないことがあるゆえか。
「敗者に語るつもりはない、俺は行く。・・・また来るのなら、何度でも本気でやってやる」
今度こそ、イグニスは出ていった。残されるサファイアとルビー。
「ルビー、ごめん」
「急にどうしたんだい?」
「俺・・・きっと油断してた。あの博士を倒して、ジムリーダーに認められて・・・いい気になってた」
だからイグニスの正体に気づくのにも時間がかかった。バトルでも一方的にやられた。それが悔しくて、一
緒に戦ってくれた彼女にも、ポケモンにも申し訳なかった。
そんなサファイアを、ルビーは後ろから覆い被さるように抱きしめる。サファイアからは見えないが、いと
おしそうな表情をして。
「ボクには特別そうは見えなかったよ。だけど、自分でそう思えるなら、きっと君はもっと強くなれるさ」
「ありがとう、ルビー」
自分を励ましてくれる彼女に礼を言い。サファイアは決意する。
「俺、イグニスに勝ちたい。そしてシリアの・・・真実をあいつに聞きたい。
だから強くなりたい。そのために、付き合ってくれるか?」
新たな目標を掲げる。後ろにいるルビーは、クスリと笑った。肩を竦めて、さも面倒くさそうに言ってみせ
る
「やれやれ、仕方ないなあ。ボクも兄上が何を隠してるのかは気になるしね」
「・・・本当にありがとう」
サファイアは立ち上がる。そうと決まれば、こんなところでじっとしていられない。さっそくバトルしよう
ぜ、と言い二人はでこぼこ山道に戻るのだった。
「準備はいいか?」
「いつでもいいよ」
「ルビーと普通に勝負するのはそういえば初めてだな・・・いくぞ、ジュペッタ!」
「あのときは迷惑をかけたね。でも今度も手加減しないよ?いくよ、サマヨール」
まずは先の戦いを踏まえた上で自分達のバトルを見つめ直す意味でバトルすることにした。
サファイアはさっそくジュペッタをメガシンカさせ、指示をだす。
「現れ出でよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!よし、まずはあのファイアローの速度
に負けないイメージでシャドークローだ!」
「サマヨール、全力を込めて守る」
サファイアはスピードを、ルビーは防御力を求めて技を命じる。ジュペッタは出来るだけの速度で漆黒の爪
を振るうが、あの速度には到底追い付けず、サマヨールの守るに弾かれた。
「いきなりはうまくいかないか・・・」
「メガシンカしたジュペッタの特性は変化技の速度をあげるものであって普通の攻撃技には影響しないしね。
その辺も考えてみたらいいんじゃないかな」
「わかった、だったら・・・ジュペッタ、怨み!」
「ーーーー」
ジュペッタが攻撃を防がれた事への怨みをサマヨールに籠める。相手の技を出せる回数を減らすだけの技で
普段はあまり使われないが、変化技であることもあり即座に出せる。
「そこから影打ち!」
元から先制を取れる変化技にさらに先制技である影打ちを重ねることで更なる速度で影を飛ばす――その目
論見は、どうやら成功したようだった。ルビーが反応する前に影がサマヨールにあたり、ダメージを与える。
「よしっ!」
「やるね。これならあのファイアローの速さにも太刀打ちできるんじゃないのかい?」
「うん、だけどこれだけじゃまだ足りない。やっぱりもっと基本からやり直さないと……いくぞジュペッタ、
虚栄巨影!」
ジュペッタの体が、爪がナイトヘッドによって巨大化し、シャドークローが敵を引き裂く漆黒の刃と化す。
サファイアとジュペッタの最大の攻撃に対しルビーはやはり守る、と呟いた。サマヨールの緑の防御壁が、漆黒
の刃を防ぎきる。
「さすがに硬いな」
「まあ、それが取り柄だからね。でも彼の攻撃は防げなかった……さあ、もっと攻めてきていいよ」
「わかった。なら二体同時にいくぞ。出てこいオーロット、ウッドハンマー!ジュペッタ、虚栄巨影!」
「サマヨール、守る!」
二体での攻撃を、サマヨールが再び防ぐ――その時、緑の防御壁にわずかに黒色が混じったのをルビーは見
逃さなかった。
「サマヨール、もう一度やってみて」
「〜〜」
もう一度守るを使うと、今度もやはりわずかな黒色が混じった……これが何を意味するのか、まだ正確には
わからなかったが。
(あの敗北は、確かにボク達の経験値になっている)
それだけは確信できた。サファイアも恐らくそれには気づいているだろう。
二人はそれからしばらくお互いの技を確認しつつ、サファイアは相手を翻弄する速さを。ルビーはどんな攻
撃にも耐えきる守りを高めるべく修行を続けた。相手の熱量に耐えるために、温泉のサウナで熱さに耐えながら
バトルのイメージトレーニングなんかもしたりして、たまにのぼせることもあったが。修行は順調に進んでいっ
た。
「よし……今日も一日頑張ろう、みんな!」
「ふふ、すっかり熱くなっちゃってるね」
そんな二人を、イグニスは影から見つめて――かつての自分とネブラを思い出し、ふっと微笑むのだった。
修行を始めてから約一か月後――二人は、再びフエンジムを訪れた。そこにはイグニスと……キンセツシテ
ィジムリーダー、ネブラがいた。二人は何かを話していたようだったが、サファイアたちの姿を認めるとこちら
を見る。
「……来たか」
「ふはははは!随分こっぴどくやられたと聞いたが……よもや二の舞を演じることはあるまいな!」
片方は寡黙に、片方は大仰に二人を迎える。サファイアとルビーはイグニスを見据えて言った。
「……ああ、今度は負けない。俺たちは本気のあんたに勝ちに来た」
「いいだろう。ルールはこの前と同じでいいな」
「ふ……せっかくこの俺様がいるというのにそれではつまらんな」
イグニスとサファイアが二人で会話を進めてしまうので、ネブラは――それでは面白くないと言わんばかり
に待ったをかける。
「この前は二対一――イグニスが不利な条件でバトルをしたと聞いた。今日は俺様がイグニスに加わり、互角
の条件で相手をしよう。勿論、俺様も一切加減はせん」
「……!」
サファイアとルビーは息を飲む。イグニスだけでも一か月前は圧倒的な力を見せつけられたというのに、そ
こに本気のジムリーダーが加わるというのだ。
慄くサファイアに、ネブラはこう挑発する。
「ふ……俺様を恐れるか?それとも貴様たちの修行は自分たちが有利な条件でないと戦えん程度の物か」
「……そんなことない。いいさ、やってやる!」
ためらいがないといえば嘘になる。それでも、自分たちの修行の成果を、仲間たちを信じてサファイアは勝
負を挑む。
「やれやれ。それでいいのかい、フエンタウンジムリーダー?」
「俺たちがまた圧勝する結果しか見えんが……ネブラの思い付きはいつものことだ。貴様らがいいならそれで
構わん」
「なら決まりだね」
ルビー、そしてイグニスが承諾する。バトルを始める前に、サファイアは一つ提案した。
「俺たちが勝ったら……その時はあんたたちが知ってるシリアのことを教えてくれるか?」
「いいだろう。いくぞネブラ」
「はははは!貴様とのタッグバトル・・・・・・そして相手は我が町を救った英雄どもか。胸が躍るな!」
ネブラとイグニスは、それぞれ普通のモンスターボールではなく紫色のボールを取り出した。サファイアた
ちは知らないが、マスターボールと呼ばれる道具。出てくるのは――
「烈火纏いし怪鳥よ。その羽搏きは大陸に伝わり、その炎は月まで届く不死の煙となる。現れろ、ファイヤー!
」
「雷光満つる怪鳥よ。その羽搏きは大陸に伝わり、その雷は大地をも焼き尽くす閃光となる。現れろ、サンダ
ー!」
カントー地方における伝説とも呼べるポケモン。ファイヤーとサンダー。その二体の威容はまさに不死鳥と
雷の具現だった。
「ふはははは!さあこの二体を相手にどう挑む小童ども!貴様らの力、見せてみよ!」
「……」
サンダーが鳴き声は雷鳴のごとく轟き、ファイアーは無言で火の粉を散らす。前にも増して凄まじい相手を
前に、もうサファイア達は怯まない。
「……楽しいな」
「ほう?」
サファイアの呟きに、ネブラが興味を示す。
「俺たちの修行の成果を見せるのが、あんたたちみたいな凄いトレーナーと戦えるのが……楽しくてワクワク
してしょうがないよ!いくぞ、メガヤミラミ!その大楯で、俺の大事な人を守れ!」
「それじゃあボクも……いくよ、サマヨール」
サファイアとルビーがポケモンを繰り出す。さあ――楽しいバトルの始まりだ。
キンセツシティを出た二人は、ロープウェイに乗り、デコボコ山道に到着する。お婆さんにフエン名物だという
煎餅を売ってもらったので、早速一枚食べてみた。
「辛っ!?」
「これは・・・確かに状態異常も吹っ飛びそうだね」
二人して水を飲むが、なかなか辛さは収まらない。口の中をヒリヒリさせながら、山道を降りていく。名前
の通り段差が激しく、なかなか歩きづらい。
「ルビー・・・降りれるか?」
「君が手を引いてくれるのなら、なんとかなると思うよ」
「わかった」
一際大きな段差のところでサファイアは先に飛び降りる。そして上のルビーに手を伸ばした。二人の手が触
れ合う。
「よいしょっと」
ルビーがストンと上から降りる。サファイアは手を離そうとしたが、ルビーは離さない。
「・・・ルビー?」
「いいじゃないか。このままでも」
ね。と言って微笑みかけてくるルビーの表情は、なんだか脆く儚く見えて。手を離すことが憚られた。ロー
プウェイのときも感じたが、キンセツシティを出てからそういう顔をするようになった気がする。
「あ・・・見てサファイア君」
「どうしたんだ?」
ルビーが向こうを指差す。サファイアがそちらに目を向けると、頭に真珠のような綺麗な珠を乗せたポケモ
ンーーバネブーの群れがいた。段差のある山道を器用にピョンピョンと跳ね移動しているのだが・・・その群れ
の一番後ろの一匹が、段差を登ろうと跳び跳ねて、思いきり壁にぶつかった。他のバネブー達がブーブーと騒ぐ
。明らかに文句を言っているようだった。
「上手く登れないみたいだな」
「そうだね・・・」
登り損ねたバネブーは何度か登ろうと挑戦するが、何度やっても上手くいかず。ついには群れに置き去りに
されてしまった。
「ぶう!ぶう・・・」
それでも残されたバネブーは何度も何度も挑戦する。そして同じ数だけ失敗した。
「ねえ・・・サファイア君」
「どうしたんだ?」
「あの子、助けてもいいかい?」
「えっ?」
ルビーはバネブーを見て、かつての自分を思い出す。何度やっても親達の期待に応えられない弱い自分と・
・・目の前のバネブーは同じに見えた。
「助けたいなら、いいんじゃないか」
「そうするよ」
ルビーは何度も同じ事を繰り返すバネブーの後ろからそっと近付く。そしてサマヨールを繰り出し、小さく
「朧重力」と呟いた。サマヨールが、バネブーの真上に吸い寄せる重力場を作り出す。
すると跳び跳ねるバネブーの体が宙に吸い寄せられーー結果として普段より高く飛び上がり、段差を登る事
に成功した。ルビーとサマヨールの存在には、気づいていない。ルビーもそれ以上バネブーにはなにもしなかっ
た。
「あれだけで良かったのか?」
「・・・わからない。もしかしたら余計なお世話だったかもしれないね。あの成功は所詮まやかしさ。だけど
・・・何かのきっかけにはなるかもしれないだろう?」
「・・・そうだな、偉いよルビー」
あのバネブーが今後また同じように置いていかれるかもしれないとは思った。だが、今はそれよりもルビー
が自分から他のポケモンを助けようとしたことを喜ぼう、そう思ったサファイアだった。
「ここがフエンタウンか・・・カイナ、キンセツとは違ってのどかな感じだな」
「温泉の町のせいか、お年寄りが多く集まる町らしいよ。とりあえず、山を降りて汗をかいたし温泉にゆっく
り浸からないかい?」
「いいな。・・・あ、混浴とかじゃないだろうな」
「お、先取りしてくるようになったね。いいじゃないか、毎回反応が同じでも飽きるしね」
「俺をおもちゃにするなよ・・・」
呆れるサファイアに、ルビーはクスリと微笑む。温泉は色々あるがまずはポケモンセンター裏の温泉に浸か
りにいこう、というルビーの提案により、二人はポケモンセンターに向かった。
「あいつは・・・エメラルド?」
「ん?お前らもここに来たのか。いや、ようやくついたって感じだな」
するとそこには、緑の浴衣姿で空のモーモーミルクの瓶を手にしたエメラルドがいた。
「お前らがちんたらしてる間に、俺様はもうジムバッジをゲットさせてもらったぜ。それから・・・こいつも
手に入れた」
エメラルドはそばに置いてある自分のバッグから、炎を象ったジムバッジと、謎の化石を取り出す。
「見ろよこれ。そんじょそこらのレプリカとは違う、モノホンの化石だぜ?今からカナズミに行って復元して
もらいにいくところなんだ」
「復元って・・・そんなことできるのか?」
「へっ、うちの企業を舐めんなよ。そんな程度の技術、10年前には完成してるっつの」
それから化石ポケモンは希少価値が高いとか、うちの技術は世界一だとかそんな話をしばらくされた。恐ら
くエメラルドは珍しいポケモンを手に入れたことを自慢したかったのだろう。
話を終えるとエメラルドはサファイアに一つのゴーグルを放ってよこした。
「これは?」
「うちの会社謹製、ゴーゴーゴーグルだ。イカす名前だろ?どんな砂漠の砂嵐もへっちゃらな優れものだが俺
様にはもう無用の長物だから、荷物整理のついでにお前にくれてやる」
「ああ・・・ありがとう」
「じゃあな!お前らは精々のんびりジムバッジを集めてろよ。俺様はその間に・・・最強のメンバーでチャン
ピォンになってるからよ!」
そう言って、エメラルドはポケモンセンターから出ていってしまった。
「相変わらずそそっかしい子だね」
「なんというか・・・嵐のように去っていったな」
そんな感想を残しつつ、今度こそ温泉に入る。月並みな感想だが、温かくて広い空間というのは気持ちが良
かった。
「・・・温泉から上がったらジム戦、だな」
呟くサファイア。その声には今までのような緊張感は薄らいでいた。今までのジム戦は順調だったし、あの
ティヴィルも倒した。正直のところ、負ける気がしなかったのだ。
だがサファイアは忘れていた。次のジム戦の相手がどんな存在なのかをーー
「ふう・・・気持ち良かったね」
「そうだな・・・風呂長かったな」
「折角の温泉だからね。ゆっくりしないともったいないじゃないか」
サファイアより大分後に出てきたルビーが言う。二人ぶんのモーモーミルクを買ってルビーに片方を渡した
後、サファイアがこう切り出した。
「なあ、飲み終わったら早速ジム戦に行っていいか?」
「エメラルド君に触発されたかい?ボクは構わないよ」
「ありがとう。じゃあ決まりだな」
そうして二人はフエンジムへと向かう。中は浅い温泉のようなフィールドになっていた。
「いくら温泉の町だからって、炎タイプでこれは不利じゃないか・・・?」
「あるいは、それくらいで丁度いいという自信の表れかもしれないね。・・・ああ、彼がジムリーダーかな?
」
ジムの奥には、黒シャツの上から真っ黒な革ジャケットを来て、紅い髪を逆巻く炎のようにした長身の男が
、マグマッグを控えて立っていた。向こうにもこちらは見えているはずだが、話しかけてはこない。
「あんたがここのジムリーダーか?」
なので、サファイアから話しかける。ジムリーダーと思わしき男は如何にも、と返事をした。・・・派手な
外見の割りに無口なのかな、と思いつつキンセツシティのジムリーダー、ネブラにもらった書状を取り出す。
「俺、あんたと本気のバトルがしたくて来たんだ。あんたの友達だっていうキンセツのジムリーダーから、こ
れを預かってる」
「ほう・・・これは」
確かにネブラの字だな、と呟いた彼の声は。ネブラがこの男の事を話すときと同じく懐かしさが少しだけ感
じられた。
「いいだろう。俺が本気で相手をしてやる。さあ・・・二人まとめて来い」
「ああ!・・・って、二人?」
「如何にも。書状にはそう書いてあるが」
「そうなのか?」
サファイアが書状を見せてもらうと、確かにそこにはルビーとサファイア、二人を同時に相手をするように
書かれていた。ーーそれなら少しは勝負になるだろう、とも。
「ルールは3対6の変則バトル。お前達は三匹ずつポケモンを使っていい」
「本気で言ってるのか?それってつまり」
「お前達が一匹ずつに対し、俺は一匹だけを出す」
「2対1の上に、ポケモンの数も半分で戦うっていうのか・・・」
「どうする。やるのかやらないのか」
ジムリーダーの男は、どちらでも良さそうだった。自分が不利な条件でも構わないという・・・余裕、いや
覚悟だろうか。
「ルビー、頼んでもいいか?」
「いいよ、どうやら僕たちはあのジムリーダーに一杯喰わされたみたいだね。もしくは・・・」
「?」
「いや、戦ってみればはっきりするかな。さあ準備をしよう」
ルビーは自分のモンスターボールからキュウコンを呼び出す。コォン、とキュウコンが鳴いてルビーに頬擦
りした。
「ルビーは早速キュウコンか・・・なら、俺もジュペッタでいこう。俺達の力を見せてやる」
「うん、攻めるのは任せるよ」
「任されたぜ」
一見すれば仲睦まじく話している二人に、ジムリーダーである男は目を細める。それがどんな感情を抱いた
からなのかは、サファイア達にはわからない。
「・・・準備はできたか」
「ああ、待たせたな」
「いつでもいいよ」
「では・・・いくぞ、ファイアロー」
ジムリーダーは紅い体つきの鷹のようなポケモンを繰り出した。ホウエンでは珍しいが、とある地方ではあ
りふれたポケモンではある。
「ジュペッタ、影分身だ!」
「キュウコン、影分身」
二人がいつも通りの指示を出す。分身で相手を撹乱し、自分達に有利な場を作り出す戦術だがーー目の前の
男は、たった一言でそれを打ち破る。
「燕返し」
刹那。一瞬のうちに動いたファイアローがジュペッタとキュウコンの分身が増える前に、2体の体を翼で切
る。キュウコンの美しい毛並みが傷つき、ジュペッタのぬいぐるみの体が僅かに裂けた。
「な!?」
「速い・・・」
今までも、分身した自分達を見切ったり分身を消し去る相手はいた。だがこの男は、そもそも分身すらさせ
ずに攻撃を当ててきた。
「だったらメガシンカだ!いくぞジュペッタ!」
「ーーーー」
サファイアのメガストーンと、ジュペッタの体が光輝く。ジュペッタを包む光が消えた時ーーその姿は、チ
ャックが開いてそのなかから紫色の鋭い手足が出たメガジュペッタに進化していた。
(相手は炎タイプだから、鬼火は効かない。ここは、もう一度影分身でペースを掴む!)
「ジュペッタ、影分身!」
「燕返し」
ジュペッタが先ほどよりもずっと速く分身していく。だが、相手が更にその上をいった。分身を始めても、
本体が移動するのには若干のラグがある。その間に懐に入り、再び翼で切りつけた。
「特性『いたずら心』のジュペッタより速い!?」
「燕返しは先制をとる技じゃない。ということは・・・」
ルビーは速さの理由を察したようだった。それを聞いて、ジムリーダーは短く言う。
「特性『疾風の翼』の効果により、飛行タイプの技は全て先制技になる。・・・止めをさせ、ファイアロー」
「させるか、影法師!」
「・・・ふん」
例え攻撃が命中しても、分身が出来ている事実は変わらない。それを利用し、サファイアは自らの必殺技を
仕掛ける。分身達が巨大化し、ファイアローに精神的なダメージを与えようとする。
「つまらん芸だな、児戯にも等しい。焼き尽くせファイアロー」
ファイアローが全身の体毛から火の粉をだし、分身達を焼き払っていく。ごくあっさりと必殺技の一つを破
られたが、サファイアとしてはこれで構わない。とにかく燕返しの連打さえ止めればーー
「キュウコン、炎の渦」
「コォン!」
彼女がサポートしてくれると信じているから。炎の渦がファイアローを閉じ込め、ジュペッタの姿を今度こ
そ見失わせる。
「これで止めだ。ジュペッタ、虚栄巨影!」
巨大化した闇の爪で、炎の渦ごとファイアローを確かに捉えて切り裂く。ファイアローが床に叩きつけられ
るがーー
「倒れない・・・」
「流石に鍛えてあるってことだね。火炎放射!」
ルビーのキュウコンがすかさず追撃の炎を放つ。9本の火柱がファイアローに飛んで行くが、それは相手にと
っては遅すぎた。
「羽休め」
ファイアローが床に座って体を休める。・・・火炎が届くほんの数秒の間に体力を大幅に回復させ、対して
痛くもなさそうに受け止めた。
「これで決める」
短い一言に、はっきり必殺の意思がこもったのがサファイアにもルビーにもわかった。だが、相手の圧倒的
な『速さ』の前に対抗手段が浮かばない。
「ブレイブバード!」
放たれた技は、正に神速の突貫だった。地面すれすれを水しぶきを起こしながら翔び、まずキュウコンを吹
っ飛ばし、ついでのようにジュペッタの全身を翼で切り裂いたーーサファイアの目に映ったのは上がる水しぶき
と、吹き飛ばされて壁に叩きつけられるキュウコンの姿だった。
「キュウコン・・・ゆっくり休んで」
「・・・ジュペッタ。ごめん」
戦闘不能になった二匹をボールに戻す。次に誰を出そうか考えて、結論が出せなかった。
(どうすれば、あいつを倒せる・・・?というより、倒せるのか?)
それはジャックと戦ったときにも似た相手への恐怖。あのときは得体の知れないポケモンへの、今は圧倒的
な実力差への怖れだった。これがジムリーダーの、本当の本気。ルビーも次のポケモンを迷っているようだった
。彼女をして、このジムリーダーは脅威なのだろう。
(いや、俺はもう迷わない。シリアのようなチャンピォンになるんだ!)
「フフフ・・・流石です、ジムリーダー」
「・・・?」
「これは・・・あれでいくんだね」
突然様子の変わったサファイアに、怪訝な目を向けるジムリーダー。ルビーは察したのか、溜め息をつきつ
つも顔は笑っていた。
「私達のエースを2対1で下すとは驚きですが、私達にはまだ頼もしき仲間がいます。いでよ、勝利を運ぶ優し
き気球・・・フワライド!」
「ぷわわー!」
「それじゃあ僕も。出てきてサマヨール」
それぞれポケモンを繰り出す。サファイアに口調に思い当たったのか、ジムリーダーは苦虫を噛み潰したよ
うな顔をした。
「・・・偽りの王者を騙るか」
「私にとっては、彼が本物の王者です」
「・・・よかろう、ならば貴様をあの王者と思い叩き潰すまで!」
理由は分からないが、ジムリーダーはシリアを敵視しているようだった。そしてその敵視は、ネブラも持っ
ていて。エメラルドも何か知っているようだった。そろそろ真相を確かめるべきなのかもしれない。心のなかで
そう思った。
「燕返し!」
「受け止めてシャドーボール!」
ファイアローの燕返しはどうあがいても避けられない。ならば受け止めて反撃するだけ。そのためにサファ
イアは体力の高いフワライドを出した。漆黒の弾丸が、零距離でファイアロ
ーに向かい直撃する。
「羽休め」
「させないよ、重力」
すぐさま体力を回復しようとするのをルビーは読んでいたのだろう。ファイアローの周囲に高圧力を発生さ
せ、体を休ませない。
「よし、今度こそ止めです、妖しい風!」
「ブレイブバード!」
フワライドが不気味な風を発生させるが、ファイアローが突進してくる。風の勢いなどものともせずフワラ
イドに直撃した。
「フワライド、大丈夫か?」
「ぷわわ・・・」
フワライドは持ち前の体力を生かしてなんとか浮かび上がる。ファイアローは、さすがに反動が大きかった
のかよろめいていた。まだ戦えないことはなさそうだが、ジムリーダーがボールに戻す。そして次のポケモンを
繰り出した。
「……怨念を燃やす灯火よ」
ジムリーダーが最初は小さく呟くように唱える。そして大きく叫んだ。
「倒れし仲間の無念継ぎ、勝利への道を照らし出せ!!現れろ、シャンデラ!!」
出てきたのは、まるでシャンデリアに顔がついたようなポケモンで。他の地方のポケモンながらサファイア
も知っている――ゴーストタイプのポケモンだった。
「シャンデラ!こいつの特徴は……」
「伝説のポケモンやメガシンカにも勝ると言われる圧倒的な火力……速さの次はこれか。なかなか厳しいね」
「御託はいい、シャドーボール!」
「守る!」
サマヨールに向かって飛んだ漆黒の弾丸――いや、大砲と呼ぶべき一撃は防御壁を削り、ついにはサマヨー
ルを吹き飛ばした。闇のエネルギーこそ当たらなかったものの、『守る』を使ってなお防ぎきれない攻撃はルビ
ーの記憶する限り初めてである。以前エメラルドが怒りに任せてメガシンカの波乗りを使ったのを防いだ時でさ
えしのいだというのに。
「次は防げそうもないね……サファイア君、妖しい風を頼むよ」
「わかっ……わかりました、フワライド!」
「ぷわわー!」
「サマヨール、朧重力!」
フワライドが不気味な黒い風を放ち、サマヨールがシャンデラのすぐそばに全てを吸い寄せる重力場を作る
。するとどうなるか。答えは――
「全ての風が吸い寄せられ、そこに吹き荒れる嵐と化す!黒き旋風ブラック・サイクロン!!」
ルビーが自分ののようにオリジナルの技を唱えたのを見て、最初は驚くサファイア。だけど、それはとても
嬉しいことだった。彼女が自分のやり方を認めてくれたような気がしたから。
ルビーとサファイアの生み出した黒い嵐はシャンデラを巻き込み、その体力を削っていく。このまま削り切
れれば勝てる……そう思った時だった。
「狙いは悪くない。だが……」
そこから先の言葉は、小さくて聞き取れなかった。そしてジムリーダーは、反旗の一撃を放つ。
「オーバーヒート!」
言葉とともに放たれた炎は、業火や猛火という言葉では説明しきれない、全てを埋め尽くす爆発に近い何か
だった。それは黒い嵐も、フワライドもサマヨールを飲み込み全てを焼き払う。サファイアとルビーが巻き込ま
れないのが不思議なほどの規模の一撃。炎が消えたときには……サマヨールとフワライドが壁際で、力なく項垂
れていた。明らかに戦闘が続行できる状態ではない。
「っ……戻れ、フワライド」
「休んで、サマヨール」
二人がボールに戻す。ジムリーダーもまた、シャンデラをボールに戻していた。ダメージよりも、オーバー
ヒートのデメリットである火力の減少を回避するためだろう。
「……凄い火力でした。だけど勝負は……これからです!出でよ、全てを見通す慧眼、ヤミラミ!」
「いくよ、クチート」
「……まだやりとおすか。これ以上は無駄だと切り上げたいところだが……あいつの頼みだからな」
ジムリーダーがモンスターボールを宙に投げる。そこから現れたのは――ホウエンでは珍しけれど、その名
を知らないものはいないであろう赤き竜。
「メガシンカ、Yチェンジ!現れろォ!!メガリザードン!!」
紅蓮の球体に包まれ、中から現れたのは―-サファイアたちが知るよりもさらに荒く猛々しい、リザードンの
姿だった。そしてその瞬間、ジム内ではわからなかったがフエンタウンに差す日差しが強くなった。
「一撃で決めさせてもらう」
「させません、ヤミラミ、パワージェム!」
「クチート、噛み砕く」
ヤミラミが鉱石から光を放ち、クチートがその開いた角で噛み砕こうとする。だがリザードンもジムリーダ
ーもそんなものはお構いなしだった。
「メガリザードン!全ての敵を、撃ち抜け!……ブラストバーン!!」
メガシンカしたリザードンの口で、超弩級の火球が膨らんでいく。数千度にまで達した炎が放たれ――サフ
ァイアとルビーの目が眩んだ。ジム全体に激震が走り、爆裂音が響く――目を開け、結果を確認するまでもなく
勝負がついたと確信させられた。結局自分たちは、この男のポケモンを一匹も倒せなかった。最後に至っては、
たった一撃であっさりと片づけられた。
「やはりあの王者には、そして貴様にも……灼熱の如き闘志も、飛躍を求める魂も感じられない」
敗北し、目の前が真っ暗になるサファイアの耳に、さっきは聞こえなかったジムリーダーの呟きがはっきり
と聞こえた――
サファイアの元にジュペッタが戻った後の経過を簡潔に示しておこう。ポケモンを失ったティヴィルと気絶した
ネビリムはキンセツジムトレーナー達の手によって捕縛され、ルファの連絡により国際警察に引き渡されること
になった。なぜ彼がそんなパイプを持っているのかというと――
「はあ!?お前が元国際警察だとぉ!?」
「それでティヴィル団にスパイ…というか内情を視察するために入り込んでたのか」
「ま、そういうこった。最初のテレビの放送だけじゃどんな奴らかわからなかったもんでな」
サファイアがルビー、ルファ、エメラルドの元に戻ると三人はやや疲弊しながらも無事でいた。そしてルフ
ァに事情を聞くと、そういう事実が発覚したわけである。
「それにしてもご苦労だったねサファイア君。聞いた限りじゃ一人であの博士を倒したんだろう?君も強くな
ったね」
「ありがとう。……だけどジムリーダーはどうしたんだろう。あの人も来るっていってたんだけど」
その時、サファイアのポケベルに通信が届いた。誰からか見てみると、丁度ジムリーダーのネブラからだっ
た。すぐに出るサファイア。
「無事か、貴様ら?」
「それはこっちの台詞だ。一旦どうしたんだよ?」
そう聞くとネブラはわずかに言いにくそうに語る。サファイアにティヴィルの場所を伝えた後、得体の知れ
ぬ子どもが自分の邪魔をし、助力が叶わなかったと。
「得体の知れない子供……か」
「……もしかしたら、あの子かもしれないね」
思い当たるのは、カイナシティであったジャックという少年だ。特徴を聞いてみても、ほぼ一致した。
「……ともかく、本来この町を守るべき俺様に代わり危機を救ってくれたことには礼を言おう。そしてあらぬ
疑いをかけたことも謝罪する。……すまなかった」
その言葉からは、確かな誠意と、この町を守らなければいけないことへの大人の責任の重みがあった。まだ
少年のサファイアには、受け止めきれないほどの。
「いいよ、もう済んだことだし。何か酷いことされたわけでもないからな」
「謙虚だねえ。もう少し恩着せがましくしといた方が生きやすいぜ?」
「元警察とは思えねえ言い草だなオイ」
「これでもお前らより大人なんでな」
元々の因縁からか、ルファに食って掛かるエメラルド。だがルファは軽く流した。
「ひとまず、全員ジムまで戻るがいい。そこで今回の恩赦と、女狐……いや、小娘。それに緑眼の少年にはジ
ムバッジを渡そう」
「僕は君とバトルをしていないけど、いいのかい?」
「貴様の今回の働きは、それに見合う――いや、それ以上の物だ。ではジムで待つ」
そう言って彼は通信を切った。4人でジムに向かうと、奥でネブラが待っておりルビー、エメラルドにはジ
ムバッジを、そしてサファイア、ルファ、エメラルドには高額のお金が手渡された。ルファ、エメラルドはま、
こんなもんだよなと平気で言っているが、サファイアとしては素直に受け取れない。
「……ホントにいいのか?こんな……50万円も」
「フッ、貴様は町ひとつを救った英雄だ。これだけでは安すぎる。後日にはなるが、貴様らにはキンセツのフ
リーパスを用意しよう」
「フリーパス?」
「キンセツシティの施設の全てが無料になるってやつか!そりゃ俺たち金持ちでもそうそう手に入るもんじゃ
ないぜ!」
エメラルドが興奮気味に説明する。要するに金で買えない特別なものらしい。……そんなものを貰っていい
のか、やはり不安になる。
「いいじゃないか。仮にもキンセツを支配する人間がそう言うんだ。ありがたく貰っておこう」
「でも……」
「サファイア君。自分の行いを安く見るんじゃないよ。あの博士の機械を止めていなければ、キンセツシティ
は壊滅していたんだ。これだけ大きな町がなくなれば、果てはホウエン全体の危機と言って差し支えない。その
事実を受け止めることだね」
「嬢ちゃんの言う通りだぜ、少年」
一つの町の壊滅。それがいかに恐ろしいかは、サファイアの想像をさらに上回るのだろう。二人に説得され
、サファイアも納得……とまではいかないが、了承する。
「わかった。じゃあ……ありがとう」
「それでいい。後は……確か貴様はジムリーダーと本気で戦うことを望んでいたな?」
「あ、ああ」
質問の意図がわからず、首を傾げるサファイア。ネブラは懐から一枚の書状を取り出し、サファイアに渡す
。
「これは……?」
「フエンタウンのジムリーダーに会ったら、これを渡すがいい。そうすれば奴は本気で貴様と戦うだろう。―
―奴と俺様は唯一無二の友人だ。頼めば聞き届けられよう」
そう言うネブラの表情は、どこか懐かしげだった。
「では悪いが俺様は町へ出させてもらう。避難させた民間人への説明があるのでな。彼らを安心させてやらね
ばなるまい」
ネブラは満足げに微笑み、外へ出ていく。そしてジムの中には4人が残された。
「んじゃ、俺はもう行くわ。……ま。元警察として礼を言っとくぜ」
「バウ!」
グラエナが吠え、一人と一匹が去っていく。エメラルドが、今度あったときはブッ飛ばすからな!といった
が、軽く右手をひらひらと振って答えただけだった。
「ったく、スカしやがって……んじゃ俺様も行くとすっか。あばよ!」
そう言って、ジム内であるにもかかわらず自転車に乗って走り去るエメラルド。残ったのは、ルビーとサフ
ァイアだけだった。
「じゃあ僕たちも行こうか。とりあえず今日はもうポケモンセンターで休もう」
「ああ、ポケモン達も回復させないといけないし……」
二人はジムを出て、ポケモンセンターへと移動する。そうしながら、ルビーはあることを思っていた。
(この町を救った英雄、か)
(無価値、役立たず、能無しだと言われ続けたボクにも……それだけの価値が、あるのかな?)
果たして自分がサファイアに偉そうなことを言えた口か、と過去を思い出し。それに囚われる自分を嗤った
。そしてその夜――彼女は想起することになる。
――この程度の術も扱えんのか!?
――本気でやりなさい!!
――シリアはあんなに出来が良かったのに、お前はどうしてそんなに愚図なんだい!?
――霊に体を乗っ取られるとは……この出来損ないが!!
夜。ルビーは久しぶりに、己の過去に苛まれていた。自分の父が、母が、祖母が祖父が。自分の不出来を、
遅さを、情けなさを。徹底的に糾弾し、罵る。
シリアがおくりび山の宮司となることを放棄した後、ルビーはおくりび山の巫女になるべく厳しく育てられ
た。それまではシリアが優秀だったため、甘やかされる――というかほとんど放置されていたこともあり、彼女
にとってそれは生きながらにして地獄でしかなかった。
――いい!?あなたはおくりび山の巫女として、ここに住まう御霊を鎮める義務があるの!それがわかっている
の!?いないからあなたはダメなのよ!
そんな事は、とうにわかっていた。だがルビーには、兄ほどの才能はない。いいや、人並みですらない。地
獄のような毎日を生き抜くために彼女は、少女として歪んだ。厳しく育てられ始めた後に出会ったサファイアと
いう一筋の希望がなければ、彼女は自殺していたかもしれない。
そして夢の中で父たちに罵られた後に出てくるのは、旅に出る前の兄。当時はまだルビーと同じ黒髪の彼は
、幼いルビーの髪を掴み思い切り引っ張る。
――くそがっ!!なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだ!!なんでてめえはぬくぬくと菓子食ってんだよ
!おかしいだろうが!!ああ!?
おくりび山の宮司になるべく最初から厳しく(出来が良かったため、ルビーのような目にはあっていない)
育てられていた彼は、他の家族に見えないところでストレスをいつもルビーにぶつけていた。幼いルビーはまだ
家のことがわからず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。そしてそんな彼女を助けるものは、誰もいない。
――俺はこんなところで一生を終えるつもりはねえ……ここの管理は、テメエがやってろ。
彼が旅に出る直前。ルビーに放った彼の表情を決してルビーは忘れないだろう。その表情はルビーへの憎悪
と――何よりも、他の誰を犠牲にしてでも何かを成し遂げようとする野心に満ちていた。
残ったのは、役目を押し付けられた自分。役目をまともにこなせない自分。誰からも認められない自分……
そんな自分を奮い立たせるために、ルビーはこんな性格になった。他人を、自分を嘲り。全てに対して無関心で
無感動に生きる。そうするしか、出来なかったのだ。
「……また、この夢か」
ルビーは夢から覚める。この夢を見るのは、随分久しぶり――そう、旅に出て、サファイアにあってからは
初めてだろう。昼間に思い出してしまったせいだな、なんて冷静に思おうとする。それでも、濡れる瞳を乾かす
ことは出来なかった。ホウエンの夜は温かいのに、体が震えて止まらない。
「情け、ないなあ……」
そう思いながらも、ルビーの足はふらふらと別室にいた彼の元へ向かう。唯一自分に温かい言葉をかけてく
れた、サファイアの元へ。彼は眠っていたようだが、ドアの開く音で目を覚ましたようだ。
「ん……ルビー……?」
「……」
ルビーは何も言わず、寝ぼけているサファイアに無言で雪崩かかる。まるで幼い子供が悲しくてぬいぐるみ
を抱きしめるような仕草だ。
「うわっ……!?」
突然抱きしめられるような恰好になって驚きを隠せない。だがすぐに、ルビーの肩が震えていることには気
づいた。
「ルビー……泣いてるのか?」
「……なんでもない」
ルビーは震える声で、絞り出すように言った。そして続ける。
「ただ……このまま眠らせてもらってもいいかい……?」
寝ぼけているサファイアには、何が何やらわからない。いや、ちゃんと起きていてもルビーが泣いて自分に
縋っている状態は理解できないだろう。
「…いいよ。おやすみ、ルビー」
ただ、彼女がそうしたいならそうさせてやればいい。そう思い、彼女の背中をさすろうとするが、その前に
再び目をつぶって寝てしまった。ルビーがそれを見て苦笑する。流れる涙が、少し止まった。
「ふふっ……よっぽど疲れてるんだね。大分無茶したみたいだしそれもそうか……おやすみ、サファイア君」
もう一度サファイアを抱きしめ、彼の温もりと匂いに少し安心しながらルビーも再び眠りにつく。朝になる
まで、彼女が夢に苛まれることはなかった。
――翌朝。目を覚ましたサファイアは自身の状況に困惑した。人間、あまりに驚くと声すら出ないものである。
(……なんでルビーが俺に抱き付いて寝てるんだ!?)
ついでに言うなら自分も彼女の背中に手を回して抱きしめているとも言えない状況である。ルビーは自分に
抱き付いて離れず、すやすやと眠っている。それも何故か顔を赤くしていた。泣いていたせいなのだが、寝ぼけ
ていたサファイアはそのあたりのことは夢の中の出来事と同じく忘れてしまっている。
(と、とりあえずそっと離れて……駄目だ!?寝てるのに離れてくれない!?)
ルビーを起こさないようにそっと体を動かしているせいもあるが、彼女は自分にツタ植物のように絡みつい
て離れない。ポケモンの技のまきつくってこんな感じなのかーとか寝起きの頭で思うがそれどころではない。早
くなんとかしないと彼女が起きてしまう――。
「……ん」
(起きた!?)
ぼんやりと目を開けたルビーは、慌てふためくサファイアの顔を見て、緩み切った顔で微笑んだ。寝顔も可
愛かったがこんな表情もするんだな――と思うがだからそれどころではない。
ルビーも自分の状況が理解できず慌てるかするかと思ったが、彼女は平然と腕を離して、体を起こしていっ
た。
「おはよう、サファイア君」
「あ、ああ。おはよう」
「昨夜は楽しかったね?」
「なっ……!?」
にやりと笑ってルビーが言うので、健全少年のサファイアとしてはやはり困惑せざるを得ない。とりあえず
、なんとか、言葉を絞り出す。
「……冗談だろ?」
「冗談だよ」
とりあえず良からぬことにはなっていなかったようで安心する。だがしかし、ルビーがなぜ自分に抱き付い
て眠っていたのかについての疑問は解決していない。
「で、なんでルビーがここに?」
「ん……そうだなあ」
正直に話す気はない。話せばきっと、彼は自分を必要以上に心配してしまうだろうから。今はまだその時で
はないだろう。
(ありがとう、サファイア君)
そう思いながら、彼女はサファイアの知るいつも通りに――嗤って、こう言った。
「乙女の秘密、とでもしておいてくれよ」
「またそれか!いやでもこういうことは――!」
「へえ、どういうことなんだい?」
「くっ……!」
そんなやり取りをしながら、二人は新しい朝を迎え、新しい街に旅立つのだった――。
Subject ID:
#92647
Subject Name:
表示名称書き換え
Registration Date:
1999-05-12
Precaution Level:
Level 2
Handling Instructions:
現在携帯獣預かりサービスを提供している民営及び公営の計14事業者から、預けられている携帯獣の表示名称が意図せず変更されていないか、また変更されていた場合のパターンが事象#92647と合致するものでないかについて、週次で報告が行われることになっています。案件担当者は報告内容を確認し、事象#92647が発生していないかの判断を行ってください。機密情報保持の観点から、事業者に対して本案件の情報は提供されないことになっています。
事象#92647が発生していると判断した場合、記録日時及び記録者と共に、当該携帯獣の種族及び表示名称を記録してください。表示名称の記録には専用のソフトウェアを使用し、記録誤りを未然に防止します。担当者は表示名称が意味する内容について解析を行うと共に、何らかの知見が得られた場合は直ちに上長へ報告することが推奨されています。
Subject Details:
案件#92647は、携帯獣預かりサービスに保管されている携帯獣の表示名称が不明なタイミングで変化する事象(事象#92647)と、それに掛かる一連の案件です。
1999年4月中旬頃、携帯獣預かりサービス事業者のシステム部門担当者から「監査ログに残っていない操作を確認した」との通報が為されました。通報内容を確認し事案発生の虞有りと判断したオペレーターはその場で証拠保全を指示し、担当者は指示通り発見時の状態で全データを保全しました。その後各種資料のコピー及び携帯獣について当局への引き渡しが行われ、初期調査が実施されました。初期調査によって当該事案が案件として管理すべき性質を持っていると判断され、案件立ち上げが承認されました。
事象#92647は、長期間に渡って預けられている携帯獣について、システム上の表示名称が何らかのルールに沿って意図せず変更される事象です。事象#92647が発生する条件となる預け入れの期間について正確な期間を特定するには至っていませんが、これまで発生した事案については、最短でも六ヶ月以上継続して預けられていた携帯獣が対象となっています。表示名称が変更される携帯獣の種族的な偏りは観測されていません。同一条件を満たす携帯獣が複数存在する場合、すべて変更されるケース/一部のみ変更されるケース/まったく変更されないケースのいずれもが確認されています。名称変更の正確なルールは不明ですが、これまでに使用された文字は例外なく半角英数及び記号、かつ5文字となっています。
変更されるのはあくまで人間が識別のために使用する表示名称のみであり、携帯獣そのものについては一切の変更が加えられないことが分かっています。監査ログに記録がなされないまま表示名称が変更される理由は不明です。これまで収集されたシステム操作ログ及びネットワークログからは、対象の携帯獣について何らかの操作が行われた、あるいはその可能性を示唆する情報、及びログが改竄された痕跡は一切検出されていません。
本稿執筆時点において、事象#92647は計52回確認されています。発生が確認された携帯獣預かりサービス事業者は計12で、こちらに関しても統計的な偏りは観測されていません。以下はこれまでに発生した事象#92647による表示名称改竄記録の抜粋となります。抜粋はすべて「元の表示名称(改竄後の表示名称)」と表記しています:
[事象#92647-1]
・キャタピー(I@III)
・ズバット(II@I@)
・ニョロモ(I@I@@)
・オニスズメ(@IIII)
[事象#92647-9]
・ぽっぽ2ばん(UKKUU)
・ぽっぽ4ばん(KUUUU)
・ぽっぽ5ばん(UKKUK)
・ぽっぽ6ばん(UKKUK)
・ぽっぽ9ばん(UUKKU)
[事象#92647-12]
・みーちゃん(7%777)
・けーちゃん(%7%7%)
・ふーちゃん(%77%7)
・しーちゃん(%77%%)
[事象#92647-15]
・0112(+22++)
・0205(+2222)
・0224(+22+2)
・0312(++2+2)
・0422(+22++)
・0429(22++2)
[事象#92647-22]
・コイキング(*Y***)
・コイキング(Y*Y*Y)
・ヒンバス(*YYY*)
・コイキング(**YYY)
・ヒンバス(**Y*Y)
・コイキング(Y**Y*)
事象#92647が発生した携帯獣の所有者については、親族や近親者から捜索願が出されているケースと出されていないケースが混在していますが、これまでのところ全員が消息不明であることが分かっています。消息不明となった時期と事象#92647が発生する時期の厳密な相関関係は不明ですが、事象#92647が所有者の失踪に関連しているか、あるいは所有者の失踪が事象#92647の発生と何らかの関係があるとの仮説が提唱されています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
「地下鉄の入り口は・・・確か、ここだったな」
キンセツジムのトレーナーに案内してもらったときのことを思いだしながら、サファイアは地下鉄へと急ぐ。だ
が、入り口にはやはり邪魔者がーー顔面にガスマスクを付けたミッツ達がいた。地下鉄へ降りる階段を、律儀に
3人で塞いでいる。
「そこの少年!この先には何もないから戻るべきだ!」
「そうだ!ティヴィル様は別の場所にいるから帰るべき!」
「その通り!・・・えーと、とにかくここは通るべきではない!」
口々にここから去るように言ってくるが、これでこの先にティヴィルがいるとはっきりしたようなものだ。
サファイアはボールを取りだし、前に投げる。それに応じて、向こうもポケモンを繰り出してきた。
「出てこいオーロット、ジュペッタ!」
「ユキワラシ、粉雪を放つべき!」
「ラクライ、電撃波を放つべき!」
「ドンメル、火炎車を放つべき!」
「オーロット、身代わり!」
三体が同時に攻撃してくる。サファイアが命じるとオーロットは自身の体力を削ることで、影で出来た実体
のある大樹を生み出す。そこにジュペッタと一緒に身を隠した。三体の攻撃が大樹に当たるが、崩れ落ちること
はなかった。
「よし、ここは一気に決める!オーロット、ゴーストダイブ、ジュペッタは影打ちだ!」
ジュペッタが素早く自分の影を伸ばし、オーロットが影の中に隠れる。
「むむっ、どこへ消えた!出てくるべき!」
「すぐにわかるさ!」
ジュペッタの影がさらに延び、三匹のうち真ん中にいたラクライに当たる。そして同時にーーオーロットが
伸びた影から現れその巨体による攻撃を存分に振るった。三体とも巻き込まれ、地面を転がる。
「た、たった一撃で三体を・・・」
「ここまで強くなっているとは・・・」
「ま、またしてもオシオキを受けるはめに・・・」
驚愕しているミッツたちに構っている暇はない。サファイアは彼らの横をすり抜けて地下鉄へと向かう。
中にはいると、普段は多くの人の往来があるであろうホームは無人でがらんとしていた。電車を利用したこ
とのないサファイアだが、駅員すらいない改札は不気味に感じる。改札口は機能しているため、入場切符を買っ
て中にはいった。するとーー
「ハーハッハッハ!よぉーやく来ましたね、ジャリボォーイ」
「ティヴィル・・・!」
この騒動を起こした張本人たる博士の声が駅の中のスピーカーから聞こえてきた。サファイアの声にも怒り
が籠る。
「ジムリーダーの協力を取り付け、ここまで来たことはほぉーめてやりましょう。ですがここまでです」
「!」
どういう意味かと回りを見れば、ホームから一台の電車が動き始めているではないか。ここで逃がせば追う
手段はなくなってしまう。全速力で追いかけるサファイア。
だが、動き始めとはいえ相手は電車だ。サファイアの足ではぎりぎり追い付けず、伸ばした手から電車が離
れていくがーー
「ジュペッタ、影打ち!」
「ーーーー」
ジュペッタの影が再び伸びる。それは電車の影と繋がった。サファイアがジュペッタの体をガッチリと掴む
。
「影よ、戻れ!」
伸ばした影が戻る。ただしジュペッタの方ではなく電車の方に。結果としてジュペッタとそれにしがみつい
ているサファイアの体が引っ張られ、電車へとへばりつくことが出来た。影打ちのちょっとした応用だ。
「ふう・・・今度はシャドークローだ!」
漆黒の爪が電車のドアを切り裂く。電車の速度に振り落とされる前に、サファイア達は電車の中に転がり込
んだ。
「よし・・・いくぞ!」
フワライドを操る装置はここにあるのだろう。もうすぐこの騒動を止めてみせる。
(だからルビー、もう少し持ちこたえてくれよ・・・!)
「ミミロップ、飛び膝蹴り!」
「グラエナ、毒々の牙!」
「サマヨール、重力」
一方その頃、ルビーは未だにキンセツシティの入り口を守り続けていた。今も襲い来る二匹の攻撃を、強烈
な重力場を発生させて接近を許さない。ネビリムのミミロップには火傷を負わせてもいる。
「・・・さすがはチャンピオンの妹様ってところか。隙がねえな」
「感心してる場合ですか!ああもう、忌々しい子ですね・・・」
ルビーの敷いた布陣は強力だ。前をメガシンカしたクチートが守り、後方をパンプジンとサマヨールが固め
。最後尾でキュウコンが炎の渦で入り口を防いでいる。その徹底した守りが、ルファとネビリムを寄せ付けない
。
「こうなったら・・・ルファ、貴方もメガシンカです!私も本気でやりますよ、出てきなさいサーナイト!」
「へいへい・・・出てこいオニゴーリ」
ルファの剣の柄と、ネビリムの髪飾りが光輝いた。同時にオニゴーリとサーナイトの体が光に包まれる。
「絶氷の凍牙よ、全てを震撼させろ!」
「更なるシンカを遂げなさい!その美しさは花嫁が嫉妬し、その可愛さは私と並ぶ!」
「メガオニゴーリ、凍える風だ!」
「メガサーナイト、ハイパーボイス!」
メガシンカした二匹の攻撃は、最早吹雪と破壊の音波と言って差し支えなかった。まともにぶつかり合えば
歯が立たないだろうことがはっきりわかる。だがーールビーは単純に力負けしたからといって太刀打ち出来なく
なるそこらのトレーナーとは違う。
「サマヨール、『朧』重力」
サマヨールが手のひらを合わせて離すと、そこには漆黒の球体が発生した。それはゆっくり前に飛んでいく
と、凍える風とハイパーボイスを綺麗に吸い込んでしまう。上から押し潰すのではなく、ブラックホールのよう
に全てを吸い込むもうひとつの重力の使い方だ。それを使い分ける意味でルビーは朧、と呼び分けている。
(別にサファイア君に影響された訳じゃない・・・と、思うんだけどね)
ちょっぴり中二病な彼を思いだし、嘆息。その間にもクチートが動いている。技を吸い込まれて驚いている
サーナイトに噛み砕くを決めるために。
「しまった、サーナイト!ミミロップ、フォローしてください!」
接近戦には弱いサーナイトの代わりに、控えていたミミロップが間一髪で蹴り飛ばして防ぐ。ルファもそれ
に乗じてクチートに攻撃を仕掛けてきた。
「オニゴーリ、噛み砕け!」
「パンプジン、ハロウィン。クチート、噛み砕く」
動じずルビーはパンプジンに命じると、ハロウィンの効果でオニゴーリの体はまるで氷で出来たジャック・
オー・ランタンのようになり、ゴーストタイプが付加された。悪タイプの噛み砕くの一撃が効果抜群となり、オ
ニゴーリの体の表面に罅が入る。
「っと・・・やってくれんな」
「・・・」
ルビーはルファを睨む。どうにもこの男、まだまったく本気を出していないような気がしてならないのだ。
そうでなければ自分はもっと苦戦を強いられたはずだ。メガシンカを使ってこそいるが、そんなものはただの『
力』でしかないと彼の目は語っている。
ルファもそんなルビーの目に気づいたのだろう。彼はネビリムには見えないようにーーそっと、唇に人差し
指を当て、口角をつり上げる。
(・・・獅子身中の虫、ということかな?)
ともかく、彼が本気で来ないのは幸いだった。目線をネビリムに切り替える。
「サーナイト、ハイパーボイスです!」
「ーーーー!」
サーナイトが再び強烈な音波を放ち、クチートの体が吹き飛ばされる。だが鋼・フェアリーのクチートには
フェアリータイプの技はあまり通用しない。平然と起き上がり、体勢を立て直す。
「く・・・まだ倒せませんか。ですがもう貴女のキュウコンは限界でしょう!その時がこの町の最後です!」
「・・・」
そう、二人の攻撃は今の分ならいなせるだろう。だが、問題はキュウコンの方だった。今も少しずつ、彼女
の吐く炎は弱くなっている。守るだけでは限界があるが、ルビーは攻めるのは得意ではない。
(・・・それでも、やるしかないんだ。
サファイア君、少し力を貸してくれるかい?)
自分の想い人に乞い願う。勿論彼に聞こえるはずもないし、直接彼が何かしてくれるわけでもない。
借りるのは、彼の技を組み合わせるセンス。今まで見てきた彼だけの才能を、出来るだけ真似た一撃を放つ
!
「パンプジン、花びらの舞い!サマヨール、シャドーボール!そしてキュウコン、クチート、火炎放射!」
パンプジンの花びらが舞い、漆黒の球体がそれを黒く、火炎が赤く染め上げてまるで無数の黒薔薇の花弁と
化け、ルファとネビリムに襲いかかる。
「墨染の薔薇ブラックローズ・フレア」
無数の黒薔薇に対し、それをサイコキネシスで弾き飛ばそうとするネビリムをルファが片手で制す。
「やらせませんよ!サーナイト、防いで・・・」
「いいや、ここは俺に任せろ」
「・・・出来るんですか?」
「オニゴーリの氷を舐めんなよ?」
「・・・わかりました」
そう言って、ネビリムはサーナイトを下がらせる。ルファはネビリムの知る限り一番いい笑顔で頷いた。オ
ニゴーリに指示をだす。
「オニゴーリ、わかってんな?」
「ゴッー!!」
放たれた氷は。
ルビーの総力を込めた攻撃より遥かに弱く。
激しい炎の花弁が、二人を包み込んだーー。
「・・・生きてるかい?」
「おかげさまでなんとか、な」
仰向けに倒れたルファに、ルビーはそう話しかける。ルファはゆっくりと体を起こし、伸びているネビリム
の方にも命に別状は無さそうなのを確認するとルビーの方を見た。
「いやー空気読んで技ぶちこんでくれて助かったぜ。・・・これでこんなやつらの真似事ともおさらばだな」
「・・・その辺の事情は後で彼が聞くよ。それより今は」
キュウコンはさっきの炎でもう技を放つ力が尽きた。今にもフワライド達が町に浸入しようとしている、そ
れを止めなければいけない。
「ああそうだな。さくっと片付けますか・・・」
ルファがそう言った時だった。町のなかから一台の自転車が階段をかけ上がって飛び出してくる。ルビーが
不快そうに眉を潜め、ルファが苦い顔をした。
「てんめえええルファ!こんなところにいやがったのか!あの時の借り、きっちり返してやるぜ!」
・・・エメラルドの登場により、どうやら事態はまだややこしくなりそうだった。ルファが寝返ったことを
伝えようにもルビーもまだ詳しい話を聞いていないし、そもそも聞く耳を持つとも思えない。
(・・・サファイア君、早く戻ってきてくれないかな)
ある意味自分にはどうしようもない事態に溜め息をつきつつ、ルビーはそう思うのだった。
「ティヴィル!フワライド達を止めるんだ!」
そしてサファイアは、やっと車両の最先端にいたティヴィルの元にたどり着いた。彼の後ろの車掌室には、
装置であろう巨大な機械がある。サファイアからは良く見えないが、いくつもの画面にグラフや警告表示のよう
なものが映っていた。ティヴィルは不必要にスケートのダブルアクセルのような回転を決めながら、サファイア
に言う。
「とうとうここまでやって来ましたねジャリボォーイ。君のような諦めの悪いガキは嫌いですよぉー?あの時
のように、軽く捻ってあげましょーう」
「うるさい!俺はあの時よりずっと強くなった。もうお前なんかに負けたりしない!」
「その態度、いつまで持ぉーちますかねぇ?では・・・さっそぉーく始めましょうか?」
「お前だけは許さない・・・ここで終わりにしてやる!」
ティヴィルとサファイアが睨み合う。そしてお互いにポケモンを繰り出した。電車の中で二人はキンセツシ
ティの命運をかけてぶつかり合うーー
「出てきなさい、レアコォーイル!」
「いけっ、オーロット!」
「探したぜ……この前のオカマが街を破壊しようとしてやがるからてめえもいるんじゃねえかと踏んでみたがや
っぱりだな!」
どや顔でルファを指さすエメラルドは既にモンスターボールを地面に叩きつけ、自慢の御三家を繰り出して
いる。上に放り投げなかったのは以前そうした際にボールをキャッチされた
からだろう。そういう対策は怠らないのもまた彼らしい。
「ってことは、ポセイの奴がここに来ないのは……」
「俺がブッ飛ばした、文句あるか!」
「……やれやれ、あいつも運のないこった」
呑気に肩を竦めるルファ。ルビーにはこの状況は解決しがたいため、既に意識はフワライドたちに向かって
いて、町に入ろうとする彼らに応戦している。
「悪いけど、俺はもうティヴィル団から抜けるんだ。そこの嬢ちゃんのおかげでな。ここは勘弁してくれねえ
か?」
ルファは正直に言うことにしたらしい。だがそれを聞いてはいそうですか、というエメラルドではない。
「ふざけんな!悪の手先のそんな言葉、誰が信じるかよ!やれバシャーモ、火炎放射だ!」
「シャッ!」
バシャーモの放つ火炎放射は、ルビーのキュウコンが放つそれに比べれば本数は一本だけだが、正に業火の
柱。威力は確実にこちらの方が上だろう。それに対するルファは――軽く身
をひねって躱した。背後に近づいていたフワライドがまともに浴びて倒れる。
「やれやれしょうがねえな……ならちっとの間、静かにしててもらうぜ?」
ルファが刀を抜く。エメラルドは上等だ、と吠えた。そして二人はぶつかり合――わない。
「ジュカイン、リーフブレード!ラグラージ、波乗り!」
「っと!効かねえなあ!」
エメラルドの猛攻を、ルファは身をかわし、避けきれない広範囲の攻撃はポケモンに一点突破させて凌ぐ。
そしてその間にも、やたら威力の高いエメラルドの攻撃は町に侵入しようと
するフワライドをバタバタと倒していく。
(まさか、彼は……)
それを見ていたルビーは勘づく。これは恐らく偶然ではないと。ルファは意図的にエメラルドの攻撃を誘導
し、その威力を利用してフワライドたちを倒しているのだ。それは単純にポ
ケモンバトルが強い、というだけで出来ることではない。ポケモンなしでは全く戦えないルビーとは違う、彼
自身が強いからこそ出来ることだった。
(まあいいや、その辺も彼が聞いてくれるだろう)
結局そこはサファイア任せにしつつ、ルビーは自分が巻き込まれないように守りつつ、フワライドを倒して
いく。二人のようで三人による撃退が始まった。
「レアコォーイル、電撃波!」
「オーロット、身代わり!そしてウッドホーンだ!」
「フフーフ。当たりませんねえそぉーんなもの!」
走る電車内でのバトル。それは間違いなくサファイアにとって不利だった。何故なら車両というのはそう広
くなく、いつもの影分身により敵の攻撃を躱すことを中心としたバトルが難
しいからだ。おまけに時折揺れるのがサファイアやポケモンの足取りを乱す。故にサファイアはオーロットで様
子見をしつつ、対策を練る。今も電撃波を影の大樹で守りつつ攻撃を仕掛
けるが、揺れでバランスが崩れて上手く攻撃できない。
「それではそぉーろそろ見せてあげましょう。真・トライアタック!」
レアコイルの磁石が体から離れ、三角形の頂点を作り出す。発生した強力な磁力でレアコイルの体の周りが
熱くなり――そこから、バーナーのように炎が噴き出た。影の大樹に直撃し
、焼け落ちる。
「もう一度身代わりだ!」
「無駄ですよ、こちらももぉーう一度です!」
再びオーロットが影で大樹を模した身代わりを作り出すが、レアコイルの炎によって焼き尽くされてしまう
。一見すれば防げているようだが、身代わりには体力を使うのだ。このまま
防戦一方では、オーロットの体力が尽きる。
「なら今度はゴーストダイブ!」
自身の影の中に身を隠すオーロット。普通のポケモンバトルなら手が出せないところだが、目の前の博士は
そんなもの物ともしない。
「自分の身を護るポケモンを隠すとはおぉーろかですねぇ。レアコイル、やってしまいなさい!」
レアコイルの攻撃の照準がこちらを向く。やはりこの博士はポケモンで人を傷つけることをなんとも思って
いない。ーー故に、読めていた。
「今だ、出てこいオーロット!」
「オーッ!」
レアコイルの影からオーロットが出てきて突撃する。するとレアコイルの体が真っ赤に燃え上がり、仰向け
に倒れた。
「ノォー!?私のレアコイルが!」
「この前シリアが言ってただろ、お前のトライアタックは強力な反面で、ポケモンに負担をかけてるってな!
」
レアコイルの発生させた磁場は強い炎を発生させるほどだ。故にその磁場が崩れてしまえば己自身を焼くと
シリアは言っていた。それをサファイアなりに実行したまでだ。
「フン・・・まあこぉーの前よりはマシになったようですねえ。こぉーうでなくては面白くありません。出て
きなさい、ロォートム!」
「戻れオーロット、そして・・・いくぞフワンテ!」
ティヴィルが影を纏った電球のような姿をしたポケモンを繰り出す。たしかこの前は、芝刈機の姿に変身し
てリーフストームを使っていた。
「フフーフ、随分と小さくて頼り無さそうなポケモンですねえ。ロォートムの攻撃、受けてみなさい!放電!
」
「それはどうかな。フワンテ、シャドーボール!」
車両を埋め尽くさんとするような放電に、フワンテが漆黒の球体で迎え撃つ。が、力負けしてフワンテの体
が電撃を受けた。サファイアの体も少し痺れる。
「それ見たことですか。そんなポケモンでは私には勝てませんよぉー?」
「・・・いいや」
「?」
サファイアが呟くように言う。電撃を受けたフワンテの体が輝き始めた。その小さな体が、巨大化していく
。
「本当の勝負は、これからだ!お前の仲間達を傷つけられた怨み晴らせ、フワライド!」
「ぷわわぁー!」
「ほぉーう、進化させてきましたか・・・ですがその程度でなんとかなると思わないことですね」
特別進化には驚かないティヴィル。むしろ面白そうに笑みを浮かべた。
「フワライド、シャドーボール!」
「では見せてあげましょう、我がロォートムの真の力を!ウォッシュロトム、チェンジ!そしてハイドロポン
プ!」
先程より大きく威力を増したシャドーボールに対し、ティヴィルはロトムの体を洗濯機のように変型させる
。そしてそのホースの部分から、大量の水を放ってきた。シャドーボールが相殺される。
「折角の進化もそぉーの程度ですか?」
「まだまだ!フワライド、妖しい風!」
漆黒の弾丸は相殺出来ても、吹きすさぶ風は打ち消せまい。そう考えて攻撃する。
「ならばウインドロトム、チェンジ!そぉーしてエアスラッシュ!!」
今度はロトムが扇風機の姿を取り、幾多の風の刃を放ち。またしても攻撃が掻き乱され、ロトムには届かな
い。
「くそっ、なんでもありかあの変型は・・・」
「そぉーのとおり。そしてそろそろ見せてあげましょう、我がロトム最大級の攻撃を」
「!!」
「ヒートロトム、チェンジ!そぉーして・・・オーバーヒートォー!」
「ぷわわぁー!」
サファイアが何か指示をだす前に、フワライドがサファイアを庇うために動いた。進化したその巨体はサフ
ァイアの体を覆い隠すのに十分で、ヒーターに変型したロトムの猛火を防ぐ盾となる。
「フワライド!!」
「ぷわ・・・」
だがそれは相手の最大級の攻撃をまともに受けるのと同じ。フワライドの体が焼け焦げ、すさまじい熱を持
ち。
「ぷーわーわー!」
その体がみるみるうちに。車両の天井につくまでに大きく膨らんでいく。
「こぉーれはまさか・・・熱暴走!?」
わずかだが焦ったティヴィルの声に、これはチャンスだと直感するサファイア。
「踏ん張れフワライド、もう一度シャドーボール!」
フワライドのシャドーボールは自分の体と比例するが如く大きく膨らんでいく。ティヴィルがロトムを変型
させて攻撃を仕掛けるが、漆黒の球体は縮まるようすはない。
「ぷー、わー、わー!」
「ノオオオオオオ!!」
放たれた一撃は確かにロトムに直撃し、戦闘不能にした。サファイアの知る限りのティヴィルの手持ちはこ
の二体だけだ。降参するように呼び掛ける。
「・・・もう勝負はついただろ!大人しく装着を止めるんだ!」
「降参・・・?ク、ククク・・・ハーハッハッハ!!」
哄笑するティヴィル。どうやらまだ諦める気はないらしい。次はどんなポケモンが来るのか警戒するとーー
なんと、車掌室の装置から雷が飛び出した。フワライドに命中し、フワライドが倒れる。
「なっ・・・!!」
「あまり使いたくはありませんでしたが見せてあげましょう。こぉーれが私の最高傑作にして最終兵器!ポリ
ゴンZ !」
装置についている幾つものモニターが光を放ち、一つの立体映像を作り出す。それは赤と青で構成された、
なんとも説明の難しいフォルムをした紛れもない一匹のポケモンだった。
「・・・出てこいヤミラミ!その輝く鉱石で、俺の大事な人を守れ!」
ヤミラミをメガシンカさせて、宝石の大盾を構えさせる。それをティヴィルは笑った。
「このポリゴンZの前に防御などぉー無力!冷凍ビーム!」
「ヤミラミ、メタルバースト!」
ポリゴンZが立体映像から冷凍ビームを吐くのを、大盾で受け止め、盾を凍りつかせながらも跳ね返す。だが
ーー
「フッ・・・」
「なっ・・・!?攻撃が効かない・・・?」
跳ね返した攻撃は、あっさりと立体映像をすり抜け、車両内で散乱した。車掌室の装置が壊れないように電
車ごと改造したのか、傷ひとつつかない。
「そう!これこそポケモン預かり装置とヴァーチャルポケモンことポリゴンZの能力を組み合わせた無敵の戦略
!どんな攻撃でも、私のポリゴンZを傷つけることは出来ません。何故ならポリゴンZは装置の中にいるのですか
らね!」
また無駄にポーズを決めつつ自分の発明をペラペラ話すティヴィルだが、これは確かに本格的に不味い。向
こうからは一方的に攻撃できて、こっちの攻撃は一切通らないのだから。
「さあいきますよ!ポリゴンZ、破壊光線!」「また俺を狙って・・・!ヤミラミ、守る!」
サファイアとヤミラミの体が緑色の防御壁に包まれ、破壊光線を弾き飛ばす。向こうは反動で動けなくなる
が、こちらからも手の出しようがない。
(いったいどうすれば・・・待てよ、預かりシステム?)
ティヴィルは確かに預かり装置と組み合わせている、と言っていた。それなら、勝機はあるかもしれない。
だがこれは危険な賭けだ。託すなら相棒のジュペッタだが、果たしていいのかーーそんな思いを込めてジュペッ
タを見つめる。
「ーーーー」
「よし・・・頼むぞジュペッタ」
相棒から帰ってくるのはいつもの返事。任せてください。そう聞こえた。
「何をこぉーそこそ話しているんですか?」
無視してサファイアは走り出す。ポリゴンZが破壊光線の反動で動けない今がチャンスだ。
「フフーフ、さては直接『雷同』を壊す気でぇーすね?ですがこぉーの『雷同』はあなた程度に壊せるもので
は・・・」
得意気に語るティヴィルだが、サファイアの狙いはそこではない。『雷同』というらしい装置まで走り抜け
ーージュペッタの入ったモンスターボールを、預かりシステムの利用法と同じように入れた。ティヴィルがぎょ
っとする。
「な・・・まさか」
「そのまさかさ。ポリゴンZの本体がこの中にいるっていうんなら、こっちのポケモンも中に送り込んでやれば
いい!」
「フン・・・相変わらず勘のぉーいいガキですが・・・あなたは意味がわかっていますか?電子空間の中で戦
い、負けたポケモンの末路は戦闘不能ではなくデータとして消滅です。自分のポケモンを喪う恐ろしさ、味わっ
ても知りませんよぉー?」
サファイアにも、確信はなかったがそうではないかという予測はあった。ジュペッタを喪うなど、考えただ
けでも恐ろしい。が。サファイアは憶さず、ティヴィルを睨み付ける。
「俺の相棒は、お前なんかに負けたりしない!」
斯くして二人の決戦の舞台は、現実世界ではなく電子空間に持ち越されたーー。
突如として小さく、広大な電子空間に送り込まれたジュペッタは、意外と冷静に己の動きを把握していた。
まずは自分がこの空間でどれだけやれるのか、それがわからなくてはどうしようもない。真っ先に敵の居どころ
に向かわないあたり、サファイアと違って冷静だ。
(それに、恐らくは・・・)
ジュペッタにはこの装置が如何なるメカニズムによって動いているのかはわからない。だが町中のフワライ
ドを操るほどとなればそれをコントロールする存在が必要になるだろう。
(さっきのポリゴンZの攻撃は、破壊光線を撃ったにしても停止時間が大きかった。そして今も、侵入者である
私になにもしてこない。ーーつまり、彼?こそがこの装置を統制している存在とみて間違いないだろう)
そう予測をつけ、緑色を中心として構成された電子空間を進んでいくジュペッタ。すると程なくしてポリゴ
ンZの姿が見えてきた。
「・・・ターゲット、ホソク。デリート、カイシ」
「くっ!」
ポリゴンZはこちらの姿を見るや否や、直ぐ様体の一部を砲台に変えて冷凍ビームを放ってきた。だがそれは
ーー電子空間での動きになれていないジュペッタでも避けられないことはないものだった。あちらとて、本来電
子空間での戦闘などプログラムされていないのだろう。
(ならば一気に決めさせてもらう!)
ジュペッタは今の自分に出来る全速力でポリゴンZに肉薄する。やはりポリゴンZの動きは遅い。一気にその
鋭い爪で引き裂き、勝負を決めたーーかに思われたが。
(手応えがない!?これは・・・)
まわりを見回すと切り裂いたはずの体が再構築され、元のポリゴンZの姿を取り戻していた。・・・単純な物
理攻撃は通じないということか、とジュペッタは考える。
「デリート・・・デリート・・・デリート・・・」
うわごとのように繰り返しながら、ポリゴンZは砲台を増やして攻撃を仕掛けてくる。片方の攻撃があたり、
ジュペッタの片腕がちぎれとんだ。自分の体が消滅していく感覚に寒気が走るが、ここで止まるわけにも負ける
わけにもいかない。
(この一撃で決める)
ポリゴンZは電子空間での戦闘に適応してきている。長引けば長引くほど、戦闘は不利になるーーいや、待っ
ているのは敗北のみだろう。
(相討ちにもやってやるつもりはない。私はまだマスターのもとでやるべきことがある)
ミシロタウンでシリアのDVD を見ながら、あんなチャンピォンになりたいといつも言っていたサファイアの
夢を叶えるとジュペッタはカケボウズだったころから誓っているのだ。こんなところで、終わるわけにはいかな
い。
(この爪に火を灯してでも私は・・・勝つ!!)
鬼火の炎を自分の爪に。焼けるような感覚にも構わず、再度ジュペッタは肉薄した。これくらいが自分の足
を止める弱気を払うにはちょうどいい。
(散魂炎爪・怪)
そして、炎を纏った闇の爪が、今度こそポリゴンZを引き裂いてーー回りの電子空間が、ぶつんと音を立てて
暗くなった。装置が止まったのだろう。
(さあ戻ろう、マスターの元へ)
ジュペッタは電子空間から脱出する。自分を心配・・・いや、信じてくれているサファイアのところへーー
「ここが・・・キンセツシティ」
「町そのものが一つの屋内と化した場所・・・日傘の必要がないくらいにおもっていたけど、これはすごいね
」
老婆と別れを告げ、オーロットとパンプジンとの息を合わせながら草むらを抜けたサファイア達はキンセツシ
ティを見上げて感嘆の声をあげていた。
そこは正しくルビーの言う通りの場所で、入り口のサファイア達から見ればそびえ立つ黄色と銀の城のようです
らあった。カイナシティも華やかな町だったが、あちらは草花が豊かだったのに対し、こちらは鉄と鋼の光沢に
よる美しさを感じる。
「この中にはどんな店があるんだろうな、なんかわくわくするよ、俺」
「浮かれちゃって、子供みたいだね。・・・ま、わからなくもないけど」
そういうルビーも、内心は期待に胸を踊らせているのかもしれない。キンセツシティには町の前に受付があ
り、そこで名前を言うと登録証が発行され、街中ではそれがパスポートのようなものになる。不審者を防ぐため
のシステムらしい。
「サファイア・クオールです」
「ルビー・タマモだよ」
そう名乗ると、受付嬢が目を見開いた。すぐに冷静を装って少々お待ちくださいといい、どこかに電話をす
る。ほどなくして登録証は発行された。だが。
「貴様ら、そこで止まれ。これ以上近づけば命の保証はせんぞ」
いざ町に入った二人を待ち受けたものは、紫色と金の派手な制服を来た男達、そしてサファイア達に物騒な
事を言い放った紫の革ジャンを来て、髪を雷の具象化のように尖らせた派手な男による包囲だった。いきなり取
り囲まれ、困惑するサファイア。
「な・・・なんなんだ、あんたらは!」
「俺様の名を問うか。ならば聞くがいい。俺様はキンセツシティジムリーダー、ネブラ・ヴォルトだ」
「あんたがこの町のジムリーダー?何のためにこんなことを」
ネブラと名乗った男の口調は少しだけエメラルドに似ていたが、向こうは自分の自信が満ち溢れているが故
のものに対し、目の前の彼は自分の与えられた役目に相応しいものにすべく意図的にやっているようにもルビー
には感じられた。彼はサファイアの質問にこう答える。
「はっ!知れたことよ、世界の王者にありながらティヴィル団なる悪の組織に荷担し、この町に仇なすシリア
・・・其奴と血を分けた女が入り込む前に捕らえにきたのだ」
「なっ・・・!!」
「・・・」
あまりに突然の嫌疑を向けられ、言葉を失うサファイアとルビー。ルビーは増して直接疑いをかけられ、シ
リアと同一視されているのだ。ルビーの目が冷たくなる。
「なんの根拠があってそんなこと言うんだ!シリアが何かしたのかよ!」
「ふ・・・愚問だな。カナズミシティでのやつの戦い、あれはとんだ茶番だ。それを見抜けぬ俺様の邪眼では
ない」
「それは・・・」
ルビーも感じていた違和感をこの男も気づいていたらしい。
「そしてこれが動かぬ証拠だ。見るがいい」
ネブラは懐から一通のメールを取り出す。そこにはこう書かれていた。サファイアが読み上げる。
「我々はティヴィル団。近日中にこの町はメガストーンを集めるための礎となる。そのための布石は既に打っ
た・・・?」
「またいかにもな新聞の切り貼りだね・・・彼ららしい手口だけど、これは」
「どうだ。このメールが届いてすぐ、俺様のもとに貴様がやって来た。王者と血を分けしものを引き連れてな
。それをなんと弁解する」
「とにかく誤解だ!俺達はあいつらに協力なんかしてない!」
「聞くに耐えん悲鳴だな」
「くそっ・・・こうなったら」
聞く耳持たない様子のジムリーダーに、腰のモンスターボールに手をかけるサファイア。それを止めたのは他
ならぬルビーだった。
「やめたほうがいいね」
「なんでだよ!」
「今ここで反抗しても、良いことはない。むしろ本当にティヴィル団が来るなら、そちらへの警戒が薄くなっ
てしまうよ」
「・・・わかったよ」
不承不承頷くサファイア。ネブラはしたり顔で部下達に命じる。
「賢明な判断だーー連れていけ」
サファイア達は一旦キンセツシティのジムに連れていかれた。そこでジムのトレーナーが着る制服に着替え
させられる。金と紫の意匠の制服は派手であまり好んで身につけたい格好ではなかったが、仕方がない。
「貴様らには24時間監視をつけさせてもらう。また、夕方5時にはジムに戻り、朝9時までの外出は禁止だ。分
かったか」
「わかったよ・・・」
「牢屋に入れられないだけましとするさ。服まで着替えさせられるとは思わなかったけど」
不満はあるものの、抵抗しないほうがいい以上仕方がない。
「ではせいぜい、この町を楽しむがいい。健全にな」
キンセツジムから一旦出ていかされ、町を観光することになったものの、男女二人ずつの監視がついてはまとも
に楽しめたものではない・・・そう思っていたのだが。
「坊っちゃん、旅して短い間にもうバッジを集めたのかい。最近の若者は大したもんだねえ」「嬢ちゃん、こ
の町のクレープは美味しいよ?奢ったげるから食べていきなさい」
見張りの人に気さくに話しかけられ、主にサファイアが戸惑いながらも町を案内される。ルビーは最初こそ驚
いたものの、今ではすっかりおごってもらったクレープを幸せそうにちまちまかじっている。
「いい加減、肩の力を抜いたらどうだい?辛気くさいとせっかくの案内役さんも困ってしまうよ」
「だけどさ・・・」
小馬鹿にしたように言うルビーにやはり戸惑いを隠せない様子のサファイア。
「あの・・・俺のほうから言うのもなんですけど、いいんですか。見張りがこんな風で」
サファイアがそう聞くと、見張りの一人の恰幅のいいおじさんが笑って答えた。
「坊っちゃんたちが変なことさえしなきゃあ、存分にこの町を楽しんでくれて勿論オーケー牧場さぁ。そうだ
、この町にはゲームセンターがあるんだが、そこで遊んでくかい?」
「でも、ジムリーダーの人はすごい疑ってたみたいだったけど・・・」
ああ、それはなあ。と。おじさんの顔が少し曇る。内緒にしといてくれよ。と言って彼は話はじめた。
「実は・・・ネブラ様も本当はこんなことなんてしたくねえのよ。町に来てくれた、しかもジム戦にきたトレ
ーナーにこんな真似・・・でも、あんな手紙が届いた以上、警戒はしなくちゃならねえ。なにせあのお方はこの
町の警備と電力・・・実質、全てを任されてるような人でさあ。
なかなか表には出さねえが、苦労してんのよ。坊っちゃん達には悪いが、少しの間我慢してくれると助かるわ・
・・できるだけ、退屈させねえようにはするからよ」
「・・・」
そう言われては文句を言うのが子供らしく思えてしまう。押し黙るサファイア。隣で聞いていたルビーはル
ビーで感じるところがあったようで。
「ただの厨二病患者かと思ったけど、あの人は自分の責任を果たそうとする大人なんだね・・・どこかの誰か
さんに爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」
「・・・シリアのことなのか?」
「まあね。あの人は家を継ぐのが嫌で飛び出して行ってしまった人だから」
さらりと言うルビー。やっぱりまだ兄妹の溝は深いようだ。
「そういうことなら、大人しくしておくのも吝かではないね。幸いにして不自由は少なそうだし・・・サファ
イア君もここはジムリーダーに従ってくれると助かるよ」
「そうだな・・・ルビーの疑いを晴らすためには仕方ないのかな」
それで納得するしかないのだろうか。そんなことを思いながら、サファイアは見張りの人の案内でレストラ
ンやゲームセンターを回る。初めて見る食べ物は美味しかったし、ゲームは楽しかったが、やはり気持ちのどこ
かでの引っ掛かりは消せぬまま、ジムに戻る時間になった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
キンセツシティのジムではトレーナーは警備員の役割も果たすらしく、その為共同で生活している。よって
食事もみんなでとり、サファイア達もそこに交じる形になった。
食後に出された珈琲を、サファイアは砂糖のみ、ルビーはミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいると、ジ
ムリーダーのネブラが話しかけてくる。
「報告書は見せてもらった。今日は大人しくしていたようだな。だがだからといって明日以降監視が緩むとは
思わぬことだ。監視員だけでなく、町中のカメラが貴様らを見ているぞ」
威圧的な口調で言う態度は、一見サファイア達を気遣っているようにはとても思えない。だが監視員の話で
はこのようなことをするのは本意ではない・・・らしかった。
「なあ、提案があるんだけど・・・」
「なんだ、外出なら断じて認めんぞ。闇に乗じて何をされるかわかったものではないからな」
「違う」
サファイアは振り向いて、ネブラをまっすぐ見据えた。
「俺は、あんたにジム戦を申し込む。駄目な理由はないだろ」
「・・・ほう。だが何故今俺様に挑む?疑われるようなことはすまいとそこの女狐と決めたのではなかったの
か?」
サファイアは、一瞬ためらった後意を決して答えた。
「やっぱり何も俺達は悪いことしてないのに疑われるのは嫌だ。それに、あんたは言ったよな。カナズミシテ
ィでの戦いを茶番だと見抜いたって」
「確かに言ったな」
「だったら、俺と戦えば俺があいつらと協力してないかも分かるんじゃないのか?バトルでシリアとルビーを
疑うなら、バトルで疑いを晴らしてやる!」
「・・・サファイア君。それは」
正直、理屈としてはかなり荒っぽいというか屁理屈の域だ。だがネブラは、にやりと笑った。
「面白いことを言うな、貴様は。ジム戦をしたからといって貴様らの容疑が晴れるとは到底思えんが・・・挑
まれたジム戦は受けるのがジムリーダーの定めよ」
「じゃあ」
「よかろう、その申し出受けてやる。但し、疑いを晴らしたいのならば女狐も戦場に出ることだ」
ネブラがルビーに視線を移す。ルビーは溜め息をついた。
「仕方ないね、サファイア君のわがままに付き合うさ」
「ごめん、ルビー」
「いいんだよ、それが君の優しさだろう?」
わかってるよ、と言いたげにサファイアに微笑みかける。その笑みを見て安心するサファイア。
「では、ジム戦は明日の朝7時に行う。ルールは3対3、シングルバトルだ。努々寝坊などせぬことだな」
「今からは駄目なのか?」
「俺様は貴様ら旅人ほど暇ではないのでな。では失礼する」
「なんだよ、もう・・・」
棘のある言い方にむっとするも、言い返すことはせず踵を返して去るネブラを見おくるサファイア。
「彼はどうやら、素直じゃない人みたいだね」
「・・・ルビーが言うのか?」
「なんだい?ボクはこれでも君の事を素直に愛しているつもりだよ」
「・・・それ、ずるいだろ」
彼女はムロ以降、いつも通り呆れたり馬鹿にしたりする傍ら、ときどきふっと好意を見せてくるようになっ
た。そのたびに、サファイアの心臓が跳ね上がる。なんというか、ギャップがあるのだ。
「冗談だよ、冗談。好きではあるけど、愛しているは言い過ぎさ。まだボクもそこまで大人じゃない」
「あの・・・ルビー?」
「なんだい?」
だが今顔を真っ赤にしているのは、それが理由ではない。そしてその理由を恐らく彼女は忘れている。
「今、俺達監視されてるの、忘れてないか・・・?」
「・・・あ」
今度はルビーが顔を赤くした。最近は二人で旅をしていたのと、あまりに監視が気さくなので忘れていたの
だろう。一部始終を見ていた監視員は、にやにやと二人を見ている。
「ひゅーひゅー、熱いわねえお二人さん」
「坊っちゃん、男ならここで抱き締めてキスでもしてやれ!」
「ちょっ・・・できるわけないだろ、そんなこと!」
サファイアが怒鳴ると、ぶーぶーとブーイングがあがった。カイナシティの時のように逃げ出したくなった
が、監視されている立場ではそれすらできない。
「どうしてくれるんだよ、ルビー・・・」
「・・・ごめん」
このあと二人はどこで知り合ったのだとか、想い出の場所はとか、どこまでしたのかとか色々根掘り葉掘り聞か
れ。二人は恥ずかしい思いをしながら夜を過ごしたのだった。そして翌日ーー
「ほお、定刻通り来たようだな。旅人にしては上出来だと誉めてやる・・・ところで貴様ら、まさか寝不足では
ないだろうな」
「ふあ・・・だ、大丈夫さ。問題ない」
「まさか寝床でも質問攻めにされるとは思わなかったよ・・・」
男女別れて寝床に入ってからも、そこはそこで男同士、女同士でしか言えないようなことを聞かれたため弱冠
眠そうにまぶたを擦るサファイア達。
「まあいい、手加減はせんぞ。ーーさあ、どちらからくる」
「まずは俺からだ。いいよな、ルビー」
「後のほうがやり易いし、ボクはそれで構わないよ」
「よし、てば・・・バトル開始の宣言をしろ!」
「バトル開始ィー!!」
話は纏まった。ジムトレーナーの一人が審判となり、宣言すると共に二人はポケモンを出す。
「来るがいい、コイル!」
「頼むぞ、オーロット!」
「ほう、カロス地方のポケモンを使うか・・・コイル、ソニックブームだ!」
先手をとったコイルが音の衝撃波でオーロットを襲う。
「ナイトヘッドと同じ、固定のダメージを与える技か・・・でも大したダメージじゃない。オーロット、ゴー
ストダイブだ!」
オーロットがその巨体を自らの影に沈める。そしてコイルの下へ近づいた。敵を見失い、回りを見回すコイ
ル。
「コイル、敵の出どころを見極めよ!」
「出てこい、オーロット!」
オーロットがコイルの真下から突撃し、巨木の一撃を受けてコイルが金属音を鳴らしながら倒れる。まずは
1体だ。
「一撃で沈めるか。ならば出でよ、レアコイル!」
「レアコイル・・・」
あのティヴィルが使っていたポケモンだ。サファイアの目が自然ときつくなる。
「十万ボルトを喰らうがいい!」
「オーロット、ウッドハンマー!」
レアコイルが3つの磁石を束ね、強力な電撃を放つのをオーロットは腕を降り下ろして相殺しようとする。だが
、オーロットの体に凄まじい電流が走り、オーロットは倒れた。
「オーロット!」
「ふっ、対処を見誤ったな旅人よ。俺様のコイルは只倒れたのではない。その間際にも『金属音』で貴様の老
木の特防を大幅に下げていたのだ」
「とはいえ、草タイプのオーロットを電気技一発で倒すなんて・・・ゆっくり休んでくれ」
倒れたポケモンをボールに戻し、次に誰を出すのか考える。
「よし、出てこいヤミラミ!」
「またしてもゴーストタイプだと?」
「そうさ、俺の手持ちは全てゴーストタイプだ!」
「堕ちた王者を真似るか。ますます怪しいな。それとも真実を知らぬが故か?」
「・・・俺はシリアを信じてる」
サファイアの答えに、ネブラは口元を歪めた。何か感じるものがあったらしい。
「そうか、ならば御託は無用ーー十万ボルトだ」
「ヤミラミ、シャドーボール!」
再び相殺を試みるが、やはり威力が高く少し電撃を受けるヤミラミ。
「だったらここはメガシンカだ!その輝く大盾で、守り通せメガヤミラミ!」
「果たしてそれで希望の光を見いだせるか?十万ボルトだ」
「受け止めろ、メガヤミラミ!」
今度は電撃をまともに受ける。大盾が防ぐとはいえ、身体中を感電させる一撃のダメージは少なくないが。
「メガヤミラミ、その宝石輝かし、受けた傷み弾き返せ!メタルバースト!」
「む・・・!」
ヤミラミの大盾たる宝石が光輝き、受けた電撃を更に大きくして跳ね返す!予想外の一撃をその身に受け、レア
コイルは戦闘不能になった。
「面白い・・・敢えて攻撃を受けることで更なる攻撃を繰り出したか。どうやら俺様も少し本気を見せる必要
がありそうだな!本来ならこいつはジム戦では使わぬと決めているのだが・・・貴様らを見定めるためだ、光栄
に思うがいい!」
「ジムリーダーの本気・・・!」
サファイアが息を飲む。ジムリーダーがジム戦では本当の意味で本気を出していないことはシリアから聞い
ている。その片鱗が今から見えるというのだ。
「出てこい、我が暗雲雷電四天王が一柱!」
ある意味凄まじいネーミングセンスとともにジム内に轟音と雷が迸った。そして雷の中心に現れたのは、雷
が獣の形を取ったようなポケモンーーライボルトだ。
「ライボルト・・・」
「仰々しい名乗りの割りには、普通のポケモンが出てきたね」
・・・はっきり言って、それがサファイア達の感想だった。ライボルトの進化前のラクライはその辺の草む
らでも普通に見る。ライボルトもまたそこまで珍しいポケモンではなかった。
「ふ・・・その態度がいつまで続くか見ものだな!ライボルト、スパーク!」
「メガヤミラミ、守るだ!」
ライボルトが電気を纏って突進してくるのを、ヤミラミが宝石の盾で防ぎきる。
「よし、防いだ!」
「ならばこれでどうだ、電磁波だ!」
「それは通さない!メガヤミラミの特性の効果発動だ!」
メガヤミラミの特性は『マジックミラー』、相手の変化技を反射することができる。その力で、ライボルトの電
磁波を跳ね返すがーーその電磁波が、ライボルトに吸収された。ライボルトのまとう雷が強くなる。
「なに!?」
「俺様がメガヤミラミの特性を考慮せず電磁波を撃ったと思ったか?こちらのライボルトの特性は『避雷針』
だ。その効果は相手の電気技のダメージ、効果を無効にし、さらにライボルト自身の特攻をアップさせる!」
「その為にわざと電磁波を・・・」
自身の特性だけでなく、相手の特性すら利用して能力をあげる戦術に舌を巻く。
「この一撃を震えるがいい!雷だ!」
「メガヤミラミ、耐えてメタルバーストだ!」
ライボルトの体が電光に包まれ、一気に溜めた雷を放つ。それは神速の如くメガヤミラミに直撃しーー大盾すら
焼き焦がして、メガヤミラミを倒したかに見えた。
「さあ、最後のポケモンを出すがいい」
「いいや、その必要はないさ」
「なに?」
再び、ヤミラミの大盾が輝く。部屋全体を眩しい光が包んだ。そして再び轟音がなり、宝石がダメージを跳ね
返す。
「・・・むう。良いだろう。認めよう、貴様のとポケモンの意思」
ライボルトが倒れる。ジムリーダーの納得した表情が見えたーー
「これがキンセツジムバッジだ。受けとるがいい」
稲妻の形をしたジムバッジを渡される。普通の状況なら大喜びするところだが、今重要なのはそこではなか
った。
「次は、ルビーの番だな」
「如何にも。貴様の魂はしかと見極めたが、肝要なのはそこの女狐だ」
元よりあちらの疑いはルビーに向けられたものだ。彼女が勝負でネブラを納得させない限り、問題は根本的
には解決しないだろう。
「・・・わかった、やるよ」
「いいだろう、では来るがいいーー」
その時だった。ジムの放送する機械から、聞き覚えのあるけたたましい笑い声が聞こえた。そして、後で分
かったことだが声はキンセツシティのあらゆるテレビ、ラジオ、放送機器をジャックしていた。
「ハーハッハッハ!!聞きなさい、キンセツシティの民達よ!そしてーージムリーダー!」
「この声は・・・ティヴィル!」
「こいつが岩使いの言っていた悪の総統か・・・」
ネブラもカナズミのジムリーダーから話は聞いているようだ。取り乱すこともなく、放送を聞く。
「私たちティヴィル団はあなた方にひとぉーつ要求をさせていただきます」
彼らの求めるものといえば、メガストーンに違いない。この町のメガストーンを全て渡せ、とくるのかとサ
ファイアは予想したが。
「ずばりーー我々がメガストーンを手に入れるために、キンセツシティには犠牲になっていただきます。さあ
、やりなさい!」
「えっ・・・!?」
「・・・」
驚きを隠せないサファイア。キンセツシティを犠牲にするとはどういう意味なのか。その答えは、凄まじい
爆発音によって明かされた。その爆発音は、サファイア達の聞いたことがある音だった。モンスターボールの中
のフワンテが、思わず飛び出てくる。
「これは・・・フワライドの」
「そうだね、あの時と同じだ」
「よもや、これは・・・」
ネブラが初めて表情を歪めた。なにか心当たりがあるらしい。
「今キンセツシティに大量発生しているフワライド達・・・その全てを爆破し、キンセツシティを破壊させて
頂きます。ーー我々がメガストーンを渡さないとどぉーうなるかを知っていただくためにね。そぉーれでは皆さ
んごぉーきげんよう」
トウカの森で見たフワライドの大爆発は凄まじい威力だった。あの時見たフワライド達が全てキンセツシテ
ィに集まり、爆発したとしたら記録的な被害を負うことになるだろう。
「く・・・!最近のフワライドの大量発生はそういうことだったか・・・!」
苦々しげにネブラが呟いたとき、慌ててジムのトレーナーが入ってくる。
「大変です、ネブラ様!昨日まで上空に集まっていたフワライド達が、無理やりシティの中に侵入してきまし
た。住民達も放送を聞いてパニックに・・・!」
「そんな・・・!」
今までとは違う、町全体を覆う恐怖に混乱しそうになるサファイア。
「狼狽えるな!こんな時こそ我等が動くとき。お前達は半々に別れ、片方は町の人々を地下ーーシーキンセツ
へと避難させよ!そして残りでフワライド達を食い止めるのだ!」
だがネブラは冷静さを失ってはいなかった。ジムのトレーナーを一喝し、指示を出す。トレーナーは頷いて
他のメンバーにもその指示を伝えにいった。
「あんたは、どうするんだ?」
「あれだけのフワライドを操るのだ。それには相応の電子機器、並びに電力が必要となるはず。この町の電力
を不正かつ大量に使用している場所を探しだす。さあ、お前達にも避難してもらうぞ」
彼にしてみればそれが当然の判断だろう。不審人物かもしれない民間人を隔離しておけるのだから。
だが、サファイアはそれに頷くことはできなかった。
「いいや、俺にもーー俺たちにも手伝わせてくれ!」
「なんだと?貴様らに何が出来る。子供の遊びではないのだぞ。それに、女狐を自由にさせろというのか?」
確かに、まだルビーへの疑いは晴れていない、だが。
「町の人を避難させるのは俺たちには出来ない。だけどフワライドを食い止めることなら出来る。そこにはジ
ムのトレーナーだって向かってるんだろ。だったらルビーを監視することだって出来るはずだ。人手は多い方が
いいんじゃないか!?」
「・・・」
サファイアの必死の訴えに、彼に目をあわせ睨むネブラ。そして折れたように頷いた。
「良かろう、その提案飲んでやる。即刻町の入口へと向かえ」
「ありがとう!いいよな、ルビー?」
「面倒だけどしょうがない、君のワガママに振り回されてあげるよ」
彼女の表情は、面倒といいつつも微笑んでいた。そのことに感謝しつつ、サファイアはルビーの手を取って
フワライド達の集まる町の入口に走り出す。この町を守るために。
「コイル、電撃波!」
「ラクライ、スパーク!」
「いくぞ、シャドークローだ!」
「キュウコン、火炎放射」
ジムのトレーナー達の攻撃に、漆黒の一撃と九つの紅蓮が、フワライドの一体に直撃する。あの時二人がか
りでやっと倒せたフワライドを、町に侵入される前に即座に倒していく。自分達はあの時よりもずっと強くなっ
た。だがーー
「いったい何体いるんだ・・・キリがない」
「森で見ただけでも相当な数だったからね。ジムリーダーが装置の場所を特定してくれない限り、ずっとかな
・・・サマヨール、守る」
フワライド達のシャドーボールがサファイア達、そしてジムのトレーナーを狙うのをルビーのサマヨールが
防ぐ。他人を守ることも出来るようになったルビーもまた、人として変わりつつあるのだろう。
「これで一気に決めてやる!ルビー、援護してくれ!」
「わかった、キュウコン!」
「コン!」
キュウコンが天井に火炎放射を放つ。天井を焼き、一つの大きな灯りと化したそれはより影を濃く写す。
「ジュペッタ、ナイトヘッドからのシャドークローだ!」
「ーーーー」
ジュペッタの体が、爪が巨大化し。さらにキュウコンの炎を爪に灯して揺らめく火影となる。それを勢いよくフ
ワライド達に振りかざした。気球のような体が燃え、倒れていく。
「よし!散魂焔爪、決まったぜ!」
「まったく、君はそういうのが好きだね」
技同士を複合させた独自の技に名前をつけるのはサファイアにとっての趣味のようなものだ。それに呆れつ
つも笑うルビー。一先ずでも言葉を交わす余裕ができたのは幸いだろう。ジムのトレーナー達も一息つく。
だが、次にやってきたのはフワライド達だけではなかった。両端の方のトレーナーの悲鳴が聞こえてくる。
「ったく、いつまでたっても来ねえから向かえに来るはめになったじゃねえか」
「バウワウ!」
「もう!人々を避難させるのはいいですが、フワライド達にまで人員を割くだなんて・・・面倒なことをして
くれますね!」
「あいつら!」
「四天王のネビリム・・・それに、ルファと言ったかな」
右側からはルファとグラエナが、左側からはネビリムとミミロップが現れ、ジムのトレーナー達のポケモン
を倒していく。しかも更に、新たなフワライド達もキンセツシティの中に入り込もうとやってきた。再び迎え撃
つサファイアとルビーだがーー
「くそっ、止めきれない!」
「流石に人が足りないね・・・」
トレーナーのポケモンが倒された分、迎え撃つだけの戦力が減り、フワライド達を倒しきれなくなる。フワ
ライドの一部が町の中に入り、爆発する音が聞こえた。
「どうする・・・!こんなときシリアなら・・・」
「・・・」
しかも悪いことに、ジムのトレーナーよりもネビリムやルファの方がずっと強い。このままでは迎え撃つこ
とが出来るのは二人だけーーいや、いなくなってしまうかもしれない。それくらい、向こうの二人は強いのは知
っている。焦るサファイアに、考えるルビー。まさに窮地に立たされた時だった。
「ぷわ、ぷわ、ぷわわー!」
「ぷわ・・・?」
フワンテが鳴く。もとは今のフワライド達と一緒にいたフワンテが。仲間の声にはっと我に返ったように、
フワライド達が一斉にフワンテの方を向いた。
「ぷわぷわ、ぷわ!ぷわ、ぷわわー!」
何を言っているのかは、サファイアにはわからない。だがフワンテが必死に仲間達に訴えているのはわかっ
た。だからサファイアも一緒に、戦うのではなく言葉をかけた。
「お前達は悪いやつらに操られているんだ!だから正気に戻って、町を破壊するのはやめてくれ!そんなこと
をしても、お前達が傷つくだけなんだ!」
「ぷわわー!ぷわー!」
その訴えは、確かに届いたのだろう。フワライド達はゆっくりと後ろを向き、町の外へと出ていこうとする
。だが。
「ーーそうは問屋が下ろしませんよ!こんなときこそパ・・・博士にもらったスイッチオン!です!」
ネビリムがポケットから取り出したスイッチを押す。すると再びフワライド達が、何かに操られるように、
町の中へと入ろうとした。
「ぷわ・・・ぷわー!ぷわー!」
「だめだ、聞こえてない!やるしかないのか・・・!」
「ぷわ・・・」
フワンテが悲しそうに鳴く。また仲間達が倒されるのが痛ましいのだろう。サファイアだってこんなことは
したくなかった。
「ふふん、我等ティヴィル団の科学力の前にはそんな説得など意味なしですよ!とはいえ、また邪魔されても
厄介ですから・・・ミミロップ、あのフワンテを狙いなさい!ルファ君もですよ!」
「へいへい、んじゃ・・・悪く思うなよ」
「ガウウ・・・」
ミミロップとグラエナが、フワンテに飛びかかる。それをサファイアのオーロットとヤミラミが体を張って
防いだ。更にサファイアが指示をだす。
「オーロット、ウッドホーン。ヤミラミ、メタルバースト!」
オーロットが大枝を降り下ろし、ヤミラミがミミロップの蹴りの衝撃を光に変えてダメージを跳ね返す。だ
が相手の二匹も素早く、グラエナは獣の身のこなしで、ミミロップは美女の舞いのように攻撃をかわした。
「速い・・・!」
「その程度の攻撃がこの私に当たると思いましたか?有象無象は倒しました。後はあなた方だけですよ」
「!!」
見れば、ジムのトレーナー達は全てポケモンを倒されて愕然としていた。今の攻防の間にも、ルファのフラ
イゴンやネビリムのサーナイトが攻撃を仕掛けていたのだ。この間にも、フワライド達は侵入していく。
残ったサファイア達を倒そうと、近づいてくるルファとネビリム。その時、ルビーがサファイアに小さく耳
打ちした。
「・・・出来るのか、ルビー」
「やってみせるさ。君こそ準備はいいかい?」
「大丈夫だ!」
「こそこそと、なんの相談ですか?」
その言葉に。ルビーは答えなかった。サファイアが急に走り出す。そして。
「キュウコン、全力で炎の渦!!」
「なっ・・・!」
「うおっ、あぶねえ・・・」
キュウコンの逆巻く業火がルファ、ネビリムを、そしてルビーだけを包みーーサファイアだけをその外に逃
がした。そして同時にキンセツシティの入口を炎の壁で覆うことでフワライド達の侵入も封じる
「小癪な真似を・・・あの子を逃がしましたか」
「・・・」
ルビーは答えない。いつもサファイアといるときとはまったく違う、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「ですが、こんな壁私のサーナイトにかかれば!サイコキネシスで炎を吹き飛ばしなさい!」
「キュウコン!」
サーナイトが強い念力で炎を散らそうとする。だが次の瞬間にはキュウコンが炎を張り直した。炎に閉じ込
められ、むっとするネビリム。
「ああもう暑苦しいですね・・・だいたい、あなた一人で私たち二人を止められると思ってるんですか?」
「・・・」
「ちょっと、無視しないでください!」
「でておいで、ハンプジン、クチート」
なおも相手にせず、自分の手持ち全てを出すルビー。
「・・・どうやら、やるしかねえみてえだな。
怪我しても泣くんじゃねえぞ」
ルファの目が据わる。ネビリムも頬を膨らませてミミロップに命じた。あのいけすかない女をこてんぱんに
しなさいと。
(やれやれ、らしくないことを引き受けちゃったかな)
ルビーも二人の強さは把握している。恐らくは本気でやっても、勝てない相手だと言うこともわかっている
。それでも自分とサファイア、二人とも彼らに拘束されるよりいいと時間稼ぎをすることにしたのだ。
(・・・いつのまにか彼がそばにいてくれることが当たり前になってた。だけど)
サファイアと一緒に旅を始めてから、バトルは手を抜いていても彼がなんとかしてくれた。きっと自分はそ
れに甘えていた部分もあるんだと思う。
(今だけは、全力でやらないとね・・・!)
キッと相手二人を睨む。自分の負けが半ばわかっていても、少女は自分を大切にしてくれる人のために本気
で挑むーー
一方サファイアは、ルファとネビリムの二人から離れ、ジムリーダーに連絡を取っていた。理由はもちろん
、フワライドを食い止める応援を呼ぶ為だ。今はルビーがなんとかしてくれているが、あんな大規模な炎の渦は
いつまでももつものではないだろう。
「・・・わかった、避難もほぼ完了した。直ぐに避難に割り当てたメンバーをそちらに向かわせよう」
「フワライドを操る装置の場所はまだわからないのか?」
「検討はついた。だが、お前では厳しいだろう。俺様に任せーー」
「頼む、教えてくれ。ルビーに頼まれたんだ。自分が時間を稼ぐ間にフワライド達を止めてくれって」
「・・・あの女狐がか」
「ルビーはそんな子じゃない」
電話の向こうの声が少し止まった。考えているのだろう。数秒後、帰ってきた返事は。
「いいだろう、時間が惜しい。装置の場所ーーそれは、キンセツシティを走る地下鉄の環状線、そこを走る電
車の中だ。いけるか?」
「・・・やってみる!」
「俺様も直ぐに向かう。いいか、無茶はするなよ」
返事はなかった。もう地下鉄へと駆け出したのだろう。ジムリーダーもそちらに向かおうとした。その時だ
った。
「キンセツのおじさん・・・ちょっと待ってくれない?」
「!?」
振り向く。そこにはいつの間にかオッドアイの幼い少年がいた。いくら集中していたとはいえ、自分の背後
をあっさりととるとはただ者ではない。確信的にそう思った。
「貴様・・・ティヴィル団の者か?」
少年はその台詞に、まるで仙人のようににかっと笑って答える。
「そうだよ、おじさん、あの子に装置の場所を教えてくれてありがとう。だけどこれ以上の手助けは無用なん
だ。この事件が終わるまでーー僕とバトルしようよ」
「フン・・・ここから出たくば倒してゆけということか」
「そういうこと、出てきてアブソル!」
「いでよ、ライボルト!ーー雷帯びし秘石の力で更なる進化を遂げよ!」
ライボルトの体が光輝く。メガシンカしたその姿は、まるで体毛が雷そのものとなっていた。それに目を輝
かせる少年。
「わあ、出た出たメガシンカ!それじゃあ準備も出来たところで・・・勝負といこっか!アブソル、鎌鼬!」
「ライボルト、スパーク!」
それぞれの場所で、お互いの力をぶつけ合う。そしてサファイアは、装置の場所へと向かうのだったーー
アサギシティ。ジョウト地方西部の町、異邦へと繋がる港町、出会いと別れが交錯する運命の町。この町がまさに、物語の舞台となる場所である。
町の北西にあるポケモンジムに、主役はいた。情けない声で叫んでいる彼がそうだ。
「くっそう、また負けた! もう何回負けたか分かんねえよ」
この男、名はケイと言う。赤のワイシャツに黒のベスト、黒のデニムといった出で立ちであり、対峙する同年代程度の女とは対照的な色使いである。
「ふふ。その調子じゃ、旅立ちはまだ先になりそうね」
彼女はミカン、アサギジムのジムリーダーである。ケイとは幼馴染、近所と揃っていながら、雰囲気は正反対。服装も薄緑のワンピースに白のカーディガンと、上述の通り対照的だ。
「そんなことねえさ、日毎に着実に差は縮まってきてる。これなら近いうちに勝って見せるさ」
「さて、それはどうかしらね。私も若いとはいえ、ジムリーダーの一人。そう易々と負けたりしないわ。それより、この後いつもの場所に行くのでしょう? 連絡しておいてあげるね」
「ああ、ありがとな。それじゃ行ってくるわ」
ケイ、モンスターボールを持ち足早にジムを去る。その姿を見送るミカン、少し悲しげな表情を浮かべる。
「ごめんなさい、ケイ。あなたをこの町から出すわけにはいかないの……」
彼女の目線は、自然とジムの脇にある机を向いていた。その上にある新聞、一面の見出しにはこう書かれていた。
「……行方不明のトレーナー急増……」
一方ケイはと言うと、傷ついたポケモンの回復へ急ぐ。だが、懐に余裕のない若者に、ポケモンセンターを使うという選択肢はない。彼が向かう場所、それはジムから歩いて約十分、町の中心部にある建物だ。「バース」と書かれた看板の店に入ったケイは、開口一番ボールを出した。
「おっちゃん、二時間でお願い! ポケモンに風呂、あとご飯も食べてくよ」
「了解。連絡は来てるから時間料金と飯代で頼むぜ。……ところで、ミカンと何かあったのか? 受話器越しにすすり泣きが聞こえたような気がするんだが」
「え、あいつが? ジムを出る時には何も変わったようには見えなかったぜ」
「そうか、なら良い。とりあえず支払いが先だ」
「分かった。えーと、三百円に飯代だから、これで」
ケイ、財布から千円札を取り出し「おっちゃん」に渡す。そして一目散に浴場へ走っていった。
言うまでもなく、浴場は男女に分けられる。近くに銭湯がない者は知らぬかもしれないが、こうした公衆浴場は思いの外客が多い。平日でも時間帯によっては大入りとなる。しかし、今は学校が終わる少し前で、当然仕事上がりの人々もいない。黒い石材で造られた湯船には、しかし先客が一人いた。
「あれ、おっさん見ない顔だね。旅の人?」
湯船に入ったケイは、見知らぬ男に声をかけた。もみあげがあごを通じて繋がっており、しかし幅・長さ共に短く揃えている。やや日焼けしたその顔から、口から返事が飛んできた。
「誰がおっさんだ誰が。俺っちにはレアードって立派な名前があるんだぜ? そう言う坊主は、この町の人間ってところか」
「う、なんか変な奴。それと俺はケイ、いずれポケモンリーグに挑む男だ」
ケイの口上に、レアードと名乗る男、吹き出す。不敵な笑みを浮かべ、ケイにこう返す。
「ほーん、お前さんがねえ。どう見てもペーペーにしか見えないルーキーだが……。そこまで自信があるからには、当然この町のジムリーダーには勝ってるんだよな?」
「う、それは……」
ケイ、返す言葉もない。言えるわけがない、もう百にも届く数、負けを重ねていることなど。
「現在、あのフスベジムは勿論、下手したらポケモンリーグ本部ともやり合えると専らの噂。ジムリーダー・ミカンの名は俺の故郷であるオーレ、滞在先のカロスにも聞こえてきた。明らかに強くなったのは数年前……何があったか気になって取材しに来たのが、俺と言うわけ」
「はあ、そりゃご苦労様。じゃあレアードってカメラマンか何かなの?」
「おいおい、そこはジャーナリストだろ? 新聞や雑誌の記事は俺みたいな奴らが足で稼いでんだ。もうちょっと知ってほしいもんだねえ。ま、俺の場合は少し違うが……」
今度はレアードが言葉に詰まる。ケイはこれに突っ込む。
「違うって、じゃあ何してんの?」
「ん? ああ、俺の場合はブログで自分の集めた記事を出してるのさ。そのネタ探しも兼ねて、世界中を飛び回る。ブログの閲覧数に応じて金が入るから、こっちも真剣そのものよ」
「……要するに、小銭を稼ぐ無職なんでしょ」
「まあな……。俺も好きでこのポジションに収まったわけじゃないんだがな。ま、青いケイ君にはまだ分からんだろう。それよりも、頼みたいことがあるんだが」
レアード、ややばつの悪そうな顔でケイを見る。頼みは意外なものであった。
「俺っちをミカンちゃんへ紹介してくれないか? 生憎電話を持ってないものでね、まだ予約を入れてないんだ」
「……しょうがないなあ。後で飯でもおごってよ」
「お、頼まれてくれるか! 話が早いぜ、相棒」
「なんで俺が相棒になるんだよお」
こうして。ケイとレアード、二人の縁が始まったのであった。このいまいちパッとしない男達が、後に大仕事をやってのけることを、今はまだ誰も知る由がない。
初めての方は初めまして、そうでない方はお久しぶりです。おでんです。
この度、ネタが降ってきたので新規連載を立ち上げることとなりました。毎日日記に殴り書きにしてるので更新ペースが遅くなりますが、たまにチェックしていただければ幸いです。
連載からはしばらく遠ざかっていましたが(ミカンの作品1作有)、その間に考えたことを多少なりとも反映できていると思います。
執筆に協力してくれる方:小樽ミオ様
カイナシティを出たサファイア達は、キンセツシティを目指し一本道を歩く。さすがにこの辺りともなると草む
らの回りにも人工物が増えてきて近代的な風景になっているのが感じられた。特に目を引くのはなんといっても
、右手の上にあるサイクリングロードだ。自分の背よりもはるか高くにある道路というのは、サファイアもルビ
ーも初めて見る。
「なんていうか・・・俺達、初めて見るものばっかりだな」
「まあ、お互いに狭い世界のなかにいたということだろうね。いいじゃないか、新鮮で」
「あの上にはどんなトレーナーがいるんだろうな、自転車に乗りながらバトルとかするのかな?」
「やれやれ、相変わらずのバトル脳だね。そんなの危なくてできるわけないじゃないか」
「・・・ま、それもそうか」
この時二人はエメラルドがまさにその自転車に乗りながらバトルしていることなど想像もしなかった。
しばらく歩き、二人はT字路にさしかかる。キンセツシティに向かうためには野生のポケモンが多く出没する
長い草むらを通り抜けねばならない。サファイアは意気込み、ルビーが彼の後ろに隠れながら先に進むいつもの
進行をとろうとしたときだった。
「そこの若いお二人さん、その草むらを進むのかい?」
「?」
サファイア達が振り向くと、そこには杖を付いた白髪の老人が一人いた。さっきまでは居なかったはずの人を不
思議に思いつつも、こういうときに話をするのは大抵サファイアの役目だ。
「そうだけど・・・この先に何か危ないことでもあるんですか?」
「危ないこともなにも、この先には野生のポケモン が多くでるでの、お主らが通れるようなトレーナーか確か
めようと思ってな」
そういうことか、とサファイアは思った。なら心配はいらない。それを示すために、バッグのジムバッジを
取り出して見せる。
「俺達バッジを二つ持ってるんだ。だから大丈夫だよ」
「ほっほっほ・・・大した自信じゃの」
その時、老人の目が輝いた気がした。後ろのルビーがはっとして叫ぶ。
「サファイア君、危ない!」
「えっ・・・わっ!」
回りを見ると、一本の老木がその大枝を降り下ろさんとしていた。慌ててルビーの手を引き避けるサファイ
ア。
「なんだこいつ・・・野生のポケモンか!?」
「ほほ・・・儂のオーロットの攻撃をかわすとはやるの」
「あんたのポケモンだったのか!危ないじゃないか!」
「この程度の攻撃をよけれんではこの先の草むらにはいってもケガをするだけじゃよ。ーーさあ次はバトルじ
ゃ!出でよ、儂のポケモン達!」
老人は腰のボールを取りだし、上に放り投げた。中から出てきたのはーーカボチャのようなスカートをはい
た人にも見えるポケモン、パンプジンだ。
「イタタタ・・・さあ、この先を行きたければ儂に勝つことじゃな!二人まとめてかかってきなさい!」
老人は動かした腰をトントンと叩きながらも、鋭く言った。
「・・・俺だけじゃダメだってことか?」
「無論!」
「どうするルビー、いけるか?」
「面倒だけど、仕方ないね。この手のお爺さんは頑固だから。でておいでキュウコン」
「コーン!」
キュウコンが元気よく鳴いて現れる。サファイアもジュペッタを出した。
「よし、二人ともポケモンを出したな。ならばゆくぞ!ウッドハンマーにシャドーボールじゃ!」
「影分身だ!」
「影分身」
二匹の攻撃を、二人はいつものパターンでかわす。一気に増える影を見て、老人は杖でコツ、コツと地面を
叩いた。
「いきなり逃げの姿勢とは二人とも根性がたらんの。ならばオーロット、あれじゃ!」
「オォー!」
オーロットが吠えると、なんと回りに生い茂る木々達が、若木も老木も動き始めた。そしてそれらが、影に
向かって突進していく。
「見るがいい、これがオーロットの能力じゃ!お主らの分身は消させてもらうぞ」
「くっ・・・だったら攻撃だ!ジュペッタ、シャドークロー!」
「キュウコン、パンプジンに鬼火!」
ジュペッタが木々の影を継いでいき、一気に伸ばした影の爪でオーロットを襲う。さらにキュウコンがその
尾から九個の揺らめく鬼火をはなつ。
「オーロット、身代わりじゃ!」
だがオーロットは今度は自分の回りに木々を引き寄せ、二体の壁にする。爪も鬼火も木々に阻まれ、ダメー
ジを与えられない。
「木は防御にも使えるってことか・・・」
「その通り、木を隠すなら森のなかじゃ、さあ今度はどうする若いの」
あの木々を越えられなければダメージを与えることはかなわない。ならばーー
「ナイトヘッドだ!」
「ほう、そう来るかの」
ジュペッタの体が巨大化し、相手を恐怖させることで精神的なダメージを与える。これならば木の遮蔽は関
係ない。オーロットがその巨体におののく。
「だがまだじゃよ。パンプジン、日本晴れじゃ。そしてオーロット、木の実を食べてリフレッシュじゃ!」
オーロットがオボンの実を食べて回復する。だがルビーとサファイアにしてみればそれどころではない。
「日本晴れ・・・!ルビー、どこかに隠れろ!」
「なんじゃ、日焼けなんぞ気にしとるのか?軟弱じゃのう」
ルビーは頷いて日陰に隠れる。彼女は強い日差しには弱いのだ。バトルする二人との距離は離れるが、仕方
がない。
「・・・こうなったら、さっさと終わらせる!ジュペッタ、影法師!」
ジュペッタがふたたび影分身をし、さらに増えた分身が一斉に巨大化して更なる恐怖を演出する。これでオ
ーロットに一気にダメージを与えようとするがーーオーロットは一心不乱に木の実を食べ続けている。木々につ
いた木の実を収穫しているのだ。
「ほほ・・・残念じゃったの、儂のオーロットの特性は『収穫』じゃ。この特性は特に日差しが強いとき、食
べた木の実をさらに食べ続けることができる!」
「なんだって!」
「これが儂らの攻撃防御回復完璧な戦術じゃ、どうじゃ?参ったかの?」
「そんなわけないさ、でも・・・どうして俺達の邪魔をするんだ?はっきりいって、この先の野生のポケモン
があんたほど強いとは思えない。なんでそこまでするんだ?」
「・・・」
「おい!」
老人は答えなかった。サファイアが怒りそうになるのを、ルビーが制止する。
「無駄だよサファイア君。このご老人の目的は本当はそこじゃないから」
「・・・ルビーにはこのバトルの理由がわかってるのか?」
「確信は持てないけどね。でも・・・付き合ってあげてくれないかな」
ルビーがこういうバトルに積極的になるのはかなり珍しい。ーーなら、彼女の意思を尊重しようと思った。
「わかった。そういうことなら全力でいくぜ!」
「助かるよ、ボクもそろそろ本気を出そうかなーーキュウコン、火炎放射!」
「ジュペッタ、虚栄巨影!」
キュウコンの尾に業火が灯っていく。ずっと彼女はエネルギーを溜めていたのだ。それが今、九本の柱とな
ってオーロットに放たれる。さらにジュペッタの巨大化した影の爪の部分が、鋭さを増してオーロットを襲うー
ー二人の全力攻撃にたいし、老人は唇を歪めた。
「ようやく歯ごたえのある攻撃をしてきよったな。オーロット、ゴーストダイブ!パンプジンはハロウィンじ
ゃ!」
その攻撃に対しオーロットは、なんと木々の影にとけるようにその姿を消してしまった。炎と爪が木々を焼
き、切り裂くがオーロットは出てこない。
「いったいどこに・・・」
「そこじゃよ、出てこいオーロット!」
オーロットは、キュウコンの影から現れて思いきり体当たりした。キュウコンが吹き飛ばされる。
「キュウコン!大丈夫、それにその姿は・・・」
ルビーが驚く。それは相棒が大きなダメージを受けたというだけではない。キュウコンが口から吸血鬼のよ
うな鋭い歯が生えて、どこからつけられたか黒いマントを着けていたからだ。
「これはいったい・・・」
「パンプジンの技、『ハロウィン』の効果じゃよ。こいつはこの技を受けた相手に、ゴーストタイプを与える
」
「タイプを・・・与える?」
言っていることがピンとこず、おうむ返しになるサファイア。
「そうじゃ、これでお嬢ちゃんのキュウコンは炎・ゴーストタイプになった。つまり、ゴーストタイプの技が
効果抜群となる!」
「そんな技があったなんて・・・」
指をたてて説明する老人に、素直に驚くサファイア。この老人、技や特性の使いこなしかたが半端ではなか
った。ーー今まで直接戦った相手のなかではトップクラスだろう。そんな相手とこんな道中で戦うことになると
は思わなかった。
(だけど俺は笑顔を忘れない。どんな相手でも、どんなときでも相手を笑顔にするバトルをするんだ)
「さあ、そろそろ勝負を決めさせてもらうぞ、オーロット、もう一度ゴーストダイブじゃ!」
オーロットがふたたび影の中に隠れる。まだまだ木々はあるせいで、隠れ場所は無限大だ。
「サファイア君、どうする・・・」
「・・・」
考える。本当に影に隠れる相手を見つける方法はないのか。敵の影を、はっきり写し出すことができればー
ー
「ジュペッタ、虚栄巨影だ!」
「ーーーー!」
ジュペッタがふたたび巨大化し、その鋭き爪に大きな闇を灯す。そしてサファイアはルビーを見た。
「ルビー、キュウコンに空へ火炎放射を打たせてくれ!」
「わかった、キュウコン!」
迷いなく、サファイアのいう通りに空に火炎放射を打たせる。勿論それは空を切り、どこにも当たらないー
ー訳ではなかった。それは巨大化したジュペッタにあたり、その影を紅く燃やした
「・・・なんの真似かの?」
首をかしげる老人、サファイアは自分の読み通りになったことに強い笑みを浮かべた。
「深紅の焔が、見えない影を照らし出す!あんたの居場所、これで見切った!ジュペッタ、これが俺達の新し
い技ーー散魂焔爪!!」
天に伸びた焔は地面の影をも照らし、くっきりと見せていた。それによってジュペッタはオーロットの居場
所を見切り、焔を宿した真っ赤な爪で引き裂く!
「なんと・・・儂のオーロットが一撃で戦闘不能に・・・この土壇場でこんな技を思い付くとはの」
サファイアを称える老人に、サファイアは首を振った。
「ヒントをくれたのはあんたさ」
「どういうことかな?」
「あんたはハロウィンでキュウコンを炎・ゴーストタイプにしたっていったよな・・・だったら技も工夫すれ
ば、二つのタイプを持たせることができるかもって思ったんだ」
「ほほ・・・確かにそういう技もあるよ。じゃがそれを自力で編み出すとは・・・大したもんじゃ」
「あんたにはまだパンプジンが残ってる、もういいのか?」
「パンプジンはオーロットをサポートするためのポケモンじゃ・・・もう、思い残すことはないよ。」
「えっ?」
「ありかとうの、二人とも。こんな老いぼれの我儘に付き合ってくれて・・・」
すると老人は、空中に浮かび上がったかと思うと突然その姿を消してしまった。慌てて回りを見回すサファ
イア。
「なんだ?ポケモンの技か?」
「違うよサファイア君、これはーー」
ルビーが何かを説明しようとした時だった。一人の老婆が家から出てきて、二人を家に招くーー
「そっか・・・そういうことだったのか」
サファイアとルビーは老婆から事情を聞いた。あの老人は、元はカロス地方のトレーナーで、生涯現役を謳
った有名なトレーナーであったこと。だがバトルの途中で心臓が止まり、亡くなってしまったこと・・・そして
、こちらに引っ越してきてからというもの、生前バトルの途中で死んでしまった無念を晴らそうと草むらを行こ
うとするトレーナーにバトルを仕掛けていたことを。
「今まで色んなバトルをしとったが、じいさんは満足できんかったんじゃろうな。なかなか成仏せんかった・
・・きっとあんた達とのバトルが楽しかったんじゃろうな。ありがとう、本当にありがとうよ・・・」
涙ながらに言う老婆。彼女の気持ちが収まるのを待ってから、サファイアは聞いた。
「・・・あの、失礼かもしれませんけど、このポケモン達はどうするんですか?」
回復させたオーロットとパンプジンを見る。死んだ老人に付き合ってバトルをするということは、きっと彼
らはバトルが好きなのだろうと思った。だが一緒に戦うトレーナーが今はいない。
「そうじゃのう・・・これからは儂が世話をするかのう。じゃがそれもいつまでできるか・・・」
老婆は不安そうにポケモン達を見た。老い先短い自覚があるのだろう。
「だったらそのポケモン・・・俺達に預けて貰えませんか?ポケモン達がいいなら、ですけど」
「サファイア君・・・」
ルビーがその心中を察して呟く。
「そのポケモン達、すっごく強かった、バトルを楽しんでた。それがもうバトルできなくなるなんて・・・も
ったいないよ」
「そうじゃのう・・・いいかい?パンプジン、オーロット・・・」
「オー・・・」
「パン!」
オーロットはサファイアに、パンプジンはルビーに近づいて笑ったーーように見えた。ついてきてくれると
いうことだろう。
「それじゃあ、これからよろしくなオーロット」
「いいんだね、パンプジン?」
するとパンプジンは、二人に小さなカボチャを放った。それを二人が受け止めるとーーボワンと音をたてて
煙を放つ。
「そうそう、パンプジンは『ハロウィン』で服を作るのが好きでねえ・・・それはきっと、パンプジンの気持
ちじゃよ。遠慮なく受け取りなさい」
サファイアの手には漆黒のダークスーツが、ルビーの手には白黒の魔女の衣装が握られていた。サイズも見
たところぴったりだ。老婆が笑って言う。
「ささ、さっそく着てみてごらん、ついでだから今日は泊まっておいき、一人になると思うと寂しくなるから
ねえ・・・」
そう言われては断れるはずもないし、ありがたい申し出でもあった。二人は言葉に甘え、オーロットやパン
プジンと老人の思出話を聞きながら一夜を過ごすのだったーー
すっかりジャックに呑まれてしまった観客たちの声に押されるようにして、サファイアはコンテストのステージ
に上がる。一度は出てみたいと思ってはいたが、まさかこんな形になるとは到底予想していなかった。
(一体なんでこんなことに……この子はなんで俺を指名したんだ?)
困惑しながらジャックを見つめるサファイア。それがわかっているのだろう。ジャックはにっこりとほほ笑
んでこう言った。
「どうしたのお兄さん?こんなに大勢のお客さんが見てくれてるんだから、笑顔でいなくちゃつまんないよ?
」
「そうだけど……なんで君は俺を?」
「だってお兄さん、こういう場に憧れてるんでしょ?」
「だから、なんでそんなこと知ってるんだよ」
「ふふーん。お兄さんが勝ったら教えてあげてもいいよ」
はぐらかすジャック。不承不承、サファイアは頷いた。それを見て満足そうに頷き、ジャックは宣言する。
「ルールは普通のコンテストと違って3対3のシングルバトル。でもあくまでここはコンテストだからね。バト
ルの後、ここにいる審査員さんにどっちのバトルがよかったか多数決で決めてもらう。それでいいかな?」
「……ああ、いいよ」
審査員は5人。バトルが終わった後、彼らの判決が勝敗を決めるというわけだ。通常のバトルとは違い、あく
までも観客を魅了できるかどうかがコンテストの肝となる。
「そ……それでは急遽ジャック少年の意思で決定しましたコンテストでは異色のシングルバトル、始めましょ
う!さあ二人とも、どうぞ!」
実況者は少し慌てているようだが、何かおかしい。観客はすっかりジャックに引き込まれていて、突然始ま
ったこのバトルをみんなが肯定している。
(これはまるで、兄上とネビリムの時みたいだ……これは偶然なのかな?)
ルビーは観客席から彼を観察する。ともあれ今はサファイアを応援することしか出来ないが。
(よくわからないけど、やるしかない。こうなったら今見てる人相手に俺のポケモンバトルを魅せてやる!)
「いけっ、ヤミラミ!」
「いくよ、ポワルン!」
お互いが一匹目のポケモンを繰り出す。ジャックが出すのはさっきのバトルで見せた雲のようなポケモンだ
。
「ヤミラミかあ……じゃあなんでもいいかな。ポワルン、日本晴れ!」
「先手必勝、猫騙しだ!」
ヤミラミが一気にポワルンに近づき、目の前で両手を合わせ大きな音を打ち鳴らす。ポワルンはそれに驚い
て技が出せなかった。
(天候を変えられると厄介だ、ここは一気に行く!)
「ヤミラミ、はたき落とす!さらにみだれひっかき!」
その隙にポワルンを地面に叩きつけ、バウンドしたところを連続でひっかく。雲のような体が傷ついていく
が――
「さすがだね、お兄さん。でもこれじゃ終わらないよ?」
「何?」
サファイアの頬に、ぽつぽつと雫があたる。上を見上げれば空が曇り、雨が降り始めていた。ポワルンは傷
つきながらも雨乞いを使っていたのだ。雲のような体が、水滴のような青く丸い姿に変化していく。
「ヤミラミ、一旦下がれ!」
「ポワルン、ハイドロポンプだ!」
ジャックの命令で、ポワルンの眼前に大量の水が集まり、怒涛となって一気にまっすぐ放たれる。それはヤ
ミラミに直撃し、まっすぐ吹っ飛ばして壁に叩きつけた。凄まじい水の一撃に、観客が盛り上がる。
「これで一歩リードかな?」
「……いいや、まだ互角さ。そうだろ、ヤミラミ」
起き上がったヤミラミの笑い声がフィールドに響く。ヤミラミはハイドロポンプを受ける直前にメガシンカ
し、水を大楯で受け止めていた。結果吹き飛ばされはしたものの、大ダメージには至らなかったというわけだ。
「へえ……さっそく使ってきたね。ポワルン、ウェザーボール!」
「ヤミラミ、守るだ!」
ポワルンの放つ球体が頭上から強い雨のように水の塊になってヤミラミを打ち付けるのを、緑色のバリアー
が防ぐ。
「さすがの防御力だね。でも守ってばかりじゃ勝てないよ?」
「言われるまでもないさ、ヤミラミ、シャドークロー!」
「それ、届くの?」
ヤミラミの爪が影を宿す。とはいえかの距離はかなり遠い。振るわれた爪は、虚しく空を切るかと思われた
が。
「届かせてみせるさ。この天候、利用させてもらう!」
ぽつぽつと振る雨は、見えないが一つ一つが小さな影を作り出している。それを継いでいき、闇の爪は大き
く伸びて――
「しまった、ポワルン!」
「もう遅いぜ!」
無警戒なポワルンの体を切り裂いた。油断していたため急所を狙うことも容易だった。
「決まったー!サファイア君のヤミラミ、メガシンカを決めてポワルンの猛攻を凌ぎ、不意をつくシャドーク
ローで一気に刈り取った!」
実況者の声と観客の歓声に包まれ、笑顔を浮かべるサファイア。ジャックは参ったな、と頬を掻いている。
「油断はするもんじゃないぜ。さあ、どっからでもかかってこい!」
「……その言葉、お兄さんにそっくりそのまま返すよ?」
「えっ?」
「ポワルン、ぼうふう!」
「!!」
ポワルンが倒れた状態から力を発揮し、フィールド全体に爆風を起こす。ヤミラミが咄嗟に大楯を構えるが
、風は自在に吹き荒れ後ろからヤミラミを襲った。ヤミラミの体が吹き飛ばされ、天に舞う。
「これでおしまい、ウェザーボール!」
もう一度水の塊が放たれ、ヤミラミに直撃する。空中のヤミラミにまさに暴風雨と化してぶつかり、地面に
叩きつけた。ヤミラミがぐるぐると目を回して倒れる。戦闘不能だ。
「……確かに油断した。戻れヤミラミ」
「ポワルン、お疲れ」
「戻すのか?」
「大分消耗してるしね。頑張ってくれたからもういいよ」
そう言ってポワルンをボールに戻すジャックには、余裕がある。それに先ほどの自分が不利な状態になって
からの逆転劇。
(まるで、シリアみたいだ)
使うポケモンは違えど、サファイアには彼のバトルにシリアの面影が見えた。そんな感慨に囚われるサファ
イアに、ジャックはニコニコと話しかける。
「どうしたのお兄さん?次のポケモンを出してよ」
ジャックはすでにカクレオンを出している。観客席からも早く出せ、待たせるなという声が飛んでいた。
「……ああ。いくぞ、フワンテ」
「じゃあさっそく。カクレオン、影打ち!」
「しっぺ返しだ!」
カクレオンが舌を出して、そこから影による先制技を放つのを敢えて受ける。そしてそっくり返すように、
フワンテも影を放射する。カクレオンの体がのけぞり、舌を巻いた。
「しっぺ返しは相手よりも遅く行動した時、威力が二倍になる!」
「先制技を読んでの判断ってことか……やるね」
「その通りさ。フワンテ、風起こし!」
「カクレオン!」
ジャックがカクレオンに目くばせする。すると、カクレオンの姿が空間に溶けるように隠れた。舞う風は空
を切り、その姿を見失う。
「カクレオンの能力か……フワンテ、気合溜めだ!」
「さあ皆さん、僕のカクレオンはどこにいったでしょう?」
フワンテに気合を溜めさせながら、サファイアは周囲に目を配らせる。観客もカクレオンの姿を探している
。たっぷりと間をおいて、ジャックはフワンテを指さす。
「それでは、正解発表!正解は――そこだぁ!カクレオン、だまし討ち!」
「フワンテ、後ろに締め付ける!」
フワンテの真後ろにカクレオンの姿が現れる。だが、サファイアはカクレオンの出現位置を読んでいた。恐
らく現れるとすれば相手の死角だろうと。そこに締め付けるを命じ、フワンテの紐がカクレオンの体を締め付け
――――なかった。それは空を切る。本体は、フワンテの目の前にいた。その舌が、フワンテを逆に締め付けに
かかる。
「悪くない読みだね、だけど外れだよ。僕はあの時カクレオンに姿を隠すと同時に影分身を使うように命じて
いたのさ」
「……まさか」
「そう!君のフワンテの真後ろに現れたのは分身!本体はゆっくりと目の前まで移動していたってわけ」
「……なるほどな」
「しかもそれだけじゃないよ。僕のカクレオンは特性『変色』を持ってる。この特性は自分の受けた攻撃技を
同じタイプになることが出来る!しっぺ返しは悪タイプの技だから今のカクレオンは悪タイプ。よって悪タイプ
の技のだまし討ちは威力が上がるってわけさ。早くなんとかしないと危ないよ?」
「いいや、それには及ばないさ」
「?」
カクレオンはフワンテの体を締め付けている――ように見えて、実際には何もない空間をぐるりと巻いてい
ただけだった。そのことに気が付いたジャックが、目を見開く。それを見て、サファイアは口の端を釣り上げて
笑った。
「影分身を使っていたのはカクレオンだけじゃない、あんたがゆっくり時間を取ってる間に俺のフワンテも影
分身を使っていたのさ!そして本体は――そこにいる!フワンテ、妖しい風だ!」
カクレオンが狙っていたフワンテは、途中から作り出した分身にすり替わっていた。本物のフワンテは見え
ないほどに小さくなってその場から離れていたというわけである。そうして作り出した隙を逃さず、サファイア
は一気に決めにいった。不可思議な紫色の風が舞い、カクレオンの体を打つ。だがカクレオンはたいして痛くも
なさそうにフワンテを探している。
「まだまだ、悪タイプになったカクレオンにはゴーストタイプの技は通じないよ!」
「だけど、変色の特性でカクレオンはゴーストタイプになった。そして怪しい風は、フワンテの能力を上げる
ことが出来る!フワンテ、シャドーボールだ!」
フワンテの眼前に巨大な闇のエネルギーが固まり、球体となってカクレオンの体に打ち込まれる。威力、ス
ピードと共に跳ね上がったそれは避けさせる暇もなくカクレオンに当たり――コンテスト会場の壁際までふっ飛
ばした。
「綺麗に決まりました!巧妙な騙し合いを制し、サファイア選手のフワンテがカクレオンを下したーー!!」
カクレオンの体が倒れ、舌がだらしなく口からはみ出る。それをジャックはボールに戻し――今までのあど
けない笑みとは違う、獰猛ともいえる表情を一瞬みせた。サファイアだけが気付き、ぞっとする。とても子供の
物とは思えない。
「……あんた、本当に何者なんだ?」
「僕はただの『ジャック』だよ?そんなことよりせっかく盛り上がってきたんだ。もっと楽しもうよ。その為
にちょっと――本気出しちゃおっかな!!」
ジャックがボールを持った右手と開いた手のひらを胸の前で合わせる。そんな仕草で押されたボールのスイ
ッチから飛び出たのは――大きく丸みを帯びたボディをした、見るからに鋼タイプのポケモンだった。顔の部分
に当たるであろう場所には、赤い点がいくつも並んでいる。
「さあ出ておいで、人々に恐れられし鋼のヒトガタ――レジスチル!!」
そのポケモンは、ジャックを除くその場にいる誰もが見たことないポケモンだった。それを見た観客たちの
反応は、興奮とは違うどよめき。レジスチルを見ていると得体のしれないものへの恐怖と、何か本能的な不安が
こみあげてくるのだ。
(なんだ、こいつ……こんなのと戦って勝てるのか?)
その感情は、目の前に相対するサファイアにもはっきりと沸き起こっていた。フワンテも、わずかに震えて
いる。今笑っているのは、ジャックだけだ。
「いくよお兄さん。レジスチル、原始の力!」
「……フワンテ、妖しい風!」
レジスチルの周りに浮かんだ岩が、小さくなったフワンテを的確に狙ってくる。それをフワンテは風で吹き
飛ばそうとした。だがいくつかが、フワンテの体に当たる。能力をアップさせたフワンテ以上に、レジスチルの
能力が高いのだ。
「この瞬間、元始の力の効力が発動!君の妖しい風と同じく、レジスチルの能力をアップさせるよ!」
「まだ強くなるのか……なら一気に決めてやる。フワンテ、シャドーボールだ!」
レジスチルへの恐怖から、サファイアは勝負を焦った。巨大なシャドーボールがまっすぐ飛んで行き、闇の
エネルギーがレジスチルの体を一瞬黒く染めるが――
「ふふん、そんなもんじゃ僕のレジスチルは倒せないよ!これでとどめだ、ラスターカノン!!」
「しまった……!」
レジスチルは、平然とそこに立っていた。その顔のような点には一切の変化が読み取れない。レジスチルの
眼前から、鈍色のエネルギーが溜まっていく。シャドーボールとは違い、周りに不吉な輝きをまき散らしながら
放たれたそれはフワンテに避ける暇を与えなかった。
「……戻れ、フワンテ」
「これでお互い一匹ずつだね、お兄さん」
屈託のない笑顔で、ジャックは笑っている。それをできるだけ見ないようにしながら、サファイアは最後の
ポケモンを繰り出した。
「……頼む、ジュペッタ」
「−−−−」
ジュペッタが声を上げて現れる。本来おどろおどろしいはずのそれは、レジスチルの圧倒的な威容の前には
まるで子供の悪戯のようにちっぽけに聞こえた。いつもなら落ち着けと諭してくれるジュペッタですら、目の前
の敵に怯えている。
そんなサファイアとジュペッタを見かねたのか、ジャックはポケットから包み紙を取り出してサファイアに
放った。二人の距離は遠く、届かないかと思われたがそれは不思議な力に乗せられたかのようにサファイアに届
く。
「もう、しょうがないなあ。お客さんを楽しませるお兄さんがそんなことでどうするの?飴ちゃんあげるから
元気出してよ」
「これは……」
ジャックがよこしたそれは、飴玉などではなかった。それは特殊な石。メガストーンに対応するもの。
「君はシリアのようなエンターテイナーを目指してるんでしょ?だったら、どんな敵が相手でも笑顔でいなき
ゃ。笑顔で、強くて、優雅で、幽玄で。そんなトレーナーに君はなるんじゃなかったの?」
「……」
なぜジャックがそれを知っているのかはわからない。ただ一つ言えるのは、彼の言う通りだということ。
「さあ僕を、お客さん達を楽しませてよ。お兄さんなら、それが出来るよね?」
ジャックは再びにっこりとほほ笑みかけた。さっきまでは恐怖を与えてきたそれに――サファイアは、笑っ
て応える。全ての客席に聞こえるような大声で。
「レディース、エーンド、ジェントルメーン!!」
突然の大声に、観客たちの視線が一斉にサファイアに集まる。それを受け止めるように両手を広げ、サファ
イアはこう宣言する。
「これより皆さまには、私の相棒、ジュペッタによる楽しいバトルをご覧いただきます!この一幕を、どうか
お見逃しのないように!
ではまずは私の守りの大楯ヤミラミに引き続き――メガシンカ、いってみましょう!さあ皆さんもご一緒に!」
渡されたキーストーンに反応してジュペッタの体が光り輝く。体のチャックが開いていき、その中から鋼を
も切り裂く紫色の爪が現れる。
「現れ出でよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!」
「−−−−−−!!」
ケタケタケタケタ。恐ろしくも愛嬌のある叫びがステージに響き渡る。シリアと同じ口上でメガシンカをさ
せる。二度目のメガシンカがサファイアの体力を消耗させたが、サファイアは笑みを崩さなかった。それはレジ
スチルへの恐怖を打ち消し、再び観客たちに歓声を巻き起こした。
「さあ行くぞ、ジャック!俺たちの力、見せてやるぜ!」
「いいよ……すごくいい。それでこそ、僕の見込んだトレーナーだよ。
さあ……どこからでもかかっておいで!」
メガシンカを遂げたジュペッタと、レジスチルがぶつかり合う――
「レジスチル、原始の力!」
「影分身で躱せ、ジュペッタ!」
出現した岩の影を縫うように移動して、ジュペッタが避ける。メガシンカを果たしたジュペッタの特性は―
―
「いたずらごころ。変化技を使うときの早さが上がる特性だね。これは当てるのは難しそうだ」
「そこまで知ってて……だけど加減はしません。ジュペッタ、鬼火だ!」
特性の力で弾丸のように飛ぶ鬼火がレジスチルに命中する。これでレジスチルは火傷を負った。
(レジスチルの攻撃力、防御力ははっきり言って脅威だ。ここは影分身でしのぎながら火傷のダメージで体力
を削る!)
戦略を建て、直線状に撃たれるチャージビームを躱す。原始の力やチャージビームは攻撃しながら自らの能
力を上げる技だが、当たらなければその効力を発揮しない。
「さあ、僕とお客さんに魅せてよ、君のバトルを!レジスチル、ラスターカノン!」
「もう一度影分身!」
鈍色のエネルギー弾が放たれる前に、ジュペッタの体は無数に分身している。狙いをつけられず、レジスチ
ルの技は再び空を切る。
「ここからだ!ジュペッタ、影法師!!」
「−−−−」
影分身によって増えたジュペッタの体が巨大化し、無数の幻影と化してレジスチルを取り囲む。並のポケモ
ンを恐怖を齎すサファイアたちの必殺技だが。
「面白い攻撃だね、でもそんなんじゃレジスチルは怖がらないよ!」
レジスチルの文字通りの鉄面皮には、いかなる変化も見受けられない。通常であれば、まったく無意味な結
果となるが、ここはコンテストだ。影分身とナイトヘッドの合わせ技に観客がわずかにいいぞ、頑張れと声をあ
げる。
「さっそく魅せてくれるね、面白いよ」
「まだです、さらにジュペッタ、虚栄巨影!!」
まだサファイアたちの必殺技は終わっていない。ナイトヘッドにより巨大化した影を利用した、とてつもな
く大きなシャドークローがレジスチルの体に襲い掛かる。それはレジスチルの鋼の体に当たり、引き裂いたかに
思えた。
「どうだ!これが俺たちの全力だぜ!」
「すごい攻撃……必殺技に必殺技を重ねるなんてね」
ジュペッタの体が元に戻り、レジスチルの姿が見えるようになる。観客、そしてサファイアもレジスチルの
倒れた姿を予想したが――そこにいたのは、まるで無傷のレジスチルの姿だった。
「そんな……あの攻撃が効いてない!?」
「君があのナイトヘッド……影法師だったかな。それを使ってる間に僕はレジスチルに鉄壁を使わせたんだよ
。その効果でレジスチルの防御力はさらにアップ!君の攻撃を防いだってわけさ」
「また能力をアップさせる技か……ならこれだ!ジュペッタ、嫌な音!」
「∺−∺−∺!!」
ジュペッタのチャックの中からケラケラケタケタと、恐ろしくも愛らしい音がコンテスト会場に響く。耳を
塞ぐ人もいれば、音楽の様に聞き惚れる人もいた。人を選ぶためコンテストではあまり使いたくない部類の技だ
。
「防御力を下げようっていう魂胆かな、だけどそれも僕のレジスチルには通用しないんだよね。なぜならレジ
スチルの特性は『クリアボディ』!相手の能力を下げる技の効果を無効にするよ」
「そんな……それじゃあ、そっちは能力を上げたい放題で、こっちの能力を下げる技は受け付けないってこと
か!」
「そういうこと、さあレジスチル。今度は『のろい』だ!」
レジスチルの体の周りに黒い点字が浮かんでいる。サファイアや観客には意味が分からないが、それは呪詛
。その呪詛はレジスチルの速度を下げる代わりに、攻撃力と防御力をあげる。
「……だけど、そんなにゆっくりしてる余裕はないんじゃないですか?早く私のジュペッタを倒さなければ、
火傷でダウンしてしまいますよ」
「お、冷静さを取り繕ったね。関心関心。だけど心配ご無用!レジスチル、眠る!」
「なっ……!」
レジスチルが指示された通りに眠る。それによってレジスチルの体力が回復し――さらに、火傷の状態異常
をも消し去った。瞳すらない鋼の姿が眠って微動だにしない様は、不吉な像を見ているような不気味さを感じさ
せる。
(ダメだ、隙がない……能力変化、回復技、そして高い自力……一体どこに弱点があるんだ)
眠っている間は当然相手はは動けない。今がチャンスなのだが、どうすべきかをサファイアは見失っていた
。状態異常も必殺技も通用しない。そんな相手にどう戦えばいいのか、答えが見いだせない。
考えている間に時間が経ち、レジスチルが目覚めてその両手を上げた。
「ふふん、さすがにお手上げかな?僕も君の影分身相手には参ってるけど、どんなに分身に紛れても攻撃し続
ければいつかは攻撃が当たるよね。レジスチルには眠るがある限り、無限に攻撃が出来るんだから」
「……」
今のサファイアとジュペッタに、レジスチルが眠っている間に倒しきるだけの技はない。影分身で向こうの
攻撃を躱すことは出来るが、能力の上がった向こうの攻撃は一発当たっただけでも致命傷だ。
(だけど、何かがおかしい。何か違和感がある、それはなんなんだ?)
「さあ、これ以上お客さんを魅せることは出来るかな?レジスチル、メタルクロー!」
「ジュペッタ、影分身!」
レジスチルの腕が伸び、ジュペッタを引き裂こうとするのを分身で躱す。観客たちは今はハラハラしながら
見ているようだが、いつまでもこの光景が続けば飽きられるだろう。そして自分たちも負ける。
感じた違和感。この状況の打破するにはどうすればいいか。考えて、考えて考えて――
(……そうか!)
答えを出す。だがそれは上手くいく保証はない、一種の賭け。
「……なあジャック。あんたさっき、無限に攻撃が出来る。そう言ったよな」
「うん、言ったよ?」
にやり、とサファイアが笑う。それに合わせてジュペッタも笑った。主が策を思いついたのを感じ取ったか
ら。
「悪いがその言葉――斬らせてもらう!!ジュペッタ、恨みだ!」
「!」
「−−−−!」
ジュペッタがレジスチルの攻撃に対して呪を込める。その効果は――
「恨みは相手の使える技の回数を下げる……そう、あんたの攻撃するチャンスは無限のようで無限じゃない。い
くら強力なポケモンだろうと、いくら能力を上げようと――使える技の回数という限界があったのさ!後はそっ
ちの攻撃を全てジュペッタが躱しきれば俺たちの勝ちだ!」
わあっ、と観客たちが立ち上がり盛り上がる。繰り広げられる光景自体は一見変わらない。攻撃するレジス
チルを、ジュペッタが避けるだけ。だが決定的に違うのは、それには終わりがあるということ。ジュペッタが攻
撃を躱しきるか、レジスチルが攻撃を当ててジュペッタを倒すか。勝負はそこに絞られた。
「面白い……面白いよサファイア!いくら終わりがあるとはいえ僕の攻撃を全て躱しきるつもりだなんて!出
来るもんならやってみてよ!」
「やってみせるさ、そうだろジュペッタ」
「−−−−」
勿論です、と相棒が答えたのがはっきりわかった。そのあとは、ジュペッタが影を利用し、レジスチルに悪
戯のように時折攻撃をする余裕を交えてはステージを幽雅に舞い踊りながら、バトルを進める。結果は――
「……うん、決まったね」
「……ああ」
レジスチルはジュペッタの攻撃を受けても眠るを繰り返し無傷。対するジュペッタは笑い声をあげるものの
躱し続けて疲弊しきっている。お互いの体力の差は決定的だ。
「もう僕のレジスチルには『わるあがき』しかできない……君の勝ちだよ」
ジャックがレジスチルをボールに戻す。勝者は――サファイアとジュペッタだ。
「決まりましたー!!長い、長い激闘の果てに勝利を掴んだのは、恨みで相手の技を全て削り切って勝負を続
行不能に追い込んだサファイア選手のジュペッタだー!!」
観客がサファイアとジャックを讃え、拍手をする。その二人も、お互いの健闘を讃えて握手をした。後は審
査員の結果を待つだけだが。
「……ありがとう。楽しいバトルだったよ、サファイア。この勝負君の勝ちだ。」
「ああ、俺もだ。すごくワクワクした。……いいのか?」
「満足させてもらったしね。それじゃあ約束もあるし一足先に外で待ってるよ!」
そう言ってジャックは観客に一礼した後、ステージから降りる。サファイアもそれに倣ってステージから退
出した。そしてサファイアはジャックのいるであろうところに向かう。ルビーも一緒だ。彼にはいろいろと聞き
たいことがある。
「やあ、二人とも来たね。待ってたよ」
ジャックは言った通り待っていた。ルビーが開口一番こう言う。
「へえ、ちゃんと待ってたんだね。書置きの一つでも残していなくなってるかもと思ってたけど」
「やれやれ、君には可愛げがないなあ。サファイア君を見習ってよ」
その口ぶりはまるでサファイアのこともルビーのことも昔から知っているかのよう。
「……どうして、俺たちの事そんなに知ってるんだ?」
「へへ、なんでだと思う?」
屈託なく笑うジャックの表情は見た目通りの子供のそれだ。何でと言われても、わかるはずがない。
「詳しいことは言えないけどね。僕は君たちのことをずっと待ってたんだ。――僕を永遠の牢獄から解放して
くれる人を」
「……?」
ジャックとしてはそれで回答のつもりなのだろう。だがサファイアとルビーには余計訳が分からない。
「いずれわかるよ、いずれね。一つはっきり言えるのは、僕は君たちの成長にすっごーく期待してるってこと
。そして今日君は僕の期待に一つ応えてくれた。今のところはそれだけでもういうことはないよ。頑張ってね」
その言葉は一方的で、疑問を挟む余地を与えていない。
「さあ、この話はこれで終わり。他に何か聞きたいことはある?」
まだ聞きたいことはあった。ルビーとサファイアは、同時に口を開く。
「君と兄上には、何か繋がりがあるのかい?」
「どうしてあんたのバトルは、そんなにシリアに似てるんだ?」
二つの質問を聞き、ジャックは苦笑した。
「あはは、君たち本当に仲がいいんだね。――そうだね、出血大サービスで教えてあげちゃおっかな〜どうし
よっかな。うん」
「……はぐらかす気かい?」
ルビーの目が鋭くなったので、まあまあと手のひらを前に出しながら、ジャックは言う。
「じゃあ教えてあげるよ。シリアとはいわゆる師匠と弟子ってやつだね」
「へえ、そうなのか……やっぱりジャックもシリアに憧れたのか?」
「えへへ、そんなところかな―」
「……」
ジャックの答えは、意外にまともだった。ルビーは少し眉を顰めたが、サファイアにしてみればなんという
こともない。ジャックが弟子ということだろうと解釈する。
「……最後に一つ、君はどうしてあんな――誰も見たことがないようなポケモンを持っているんだい?」
「それは、教えてあーげない」
今度こそはぐらかすジャック。ルビーはため息をついた。
「やれやれ、質問したつもりが逆に疑問が増えただけみたいだよ。これ以上聞いても意味はなさそうだ」
「ふふ、期待に沿えなくてごめんね?でも僕にもいろいろあるからさ」
「いいよ、お互いシリアに学んだ者同士ってことがわかっただけ嬉しいさ」
弾んだ声でサファイアが言う。自分以外にもシリアに憧れた人がいて、その人と楽しいバトルが出来たのな
ら、サファイアには言うことがなかった。
「それじゃ僕はもう行くね。二人はデートの続きを楽しんでよ」
「なっ……!」
「……!」
「あ、そうだー!二人とも、キンセツシティのジムリーダーには気をつけてねー!!」
「え?あ、ああ。わかった!じゃあなー!!」
あっけらかんとそ他人にう言われ、顔を赤くする二人。それを見て満足そうに頷いた後、ジャックは走りな
がら去っていく。後にはサファイアとルビーの二人が残された。
「さて……どうする?」
「……ここでぼうっとしてても仕方ないよ。まだまだカイナシティについたばかりだし、いろんなところを見
て回ろう」
「……そうだな、そうするか」
そうして、二人はカイナシティをめぐる。慌ただしい旅に、しばしの休息をとるのだった――。
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