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「ふん……じゃあシリアの奴は普通に勝ったんだな。ま、そうでないと倒しがいもねーけど」
サファイアからさっきまでの状況を聞いたサファイアは憮然とした表情でそう言った。自分もシリアとネビ
リムの戦いを見るつもりだったのがはっきりとわかる。
「で、お前らはこれからどうすんだ?聞いた話じゃ今からムロを目指すらしいが船のあてなんてねえだろ。ま
さか自力で泳いでいくなんて言わないよな?」
「……なんでルビーと同じこと言うんだよ」
「知るかよ。そのことだが、お前らがどうしてもっていうんなら船の手配をしてやらんこともないぜ。どうせ
俺様も一度はムロにいかなきゃいけねえし、一応お前らのポケモンを貰った借りもあることだしな?」
「えっ、いいのか?」
正直。意外としか言えない申し出だった。勿論サファイアたちは被害を受けた側なのだから何らかの詫びは
あってもいいのだが、彼自身の口からその言葉が出るとは思わなかったからだ。
「なあルビー、お前はどう思う?」
「どう思うも何も、渡りに船とはまさにこのことじゃないか。よろしく頼むよ。……君、名前なんて言ったっ
け?」
「エメラルドだ、まあじゃあ決まりだな。さっそくパパに電話するからしばらく待ってろよ」
そう言うとエメラルドは少し離れた場所で電話をかけ始めた。彼の猫なで声での会話も気になったが、それ
よりもサファイアとしてはエメラルドのあっけらかんとした態度に少し戸惑う。
「まあ何か裏というか、考えはあるだろうねえ。彼なりに。でもボク達に危害を加えるつもりではないだろう
さ」
「そうなのか?まあ今はムロタウンへの道が出来たってことでいっか」
ルビーが特に警戒していないようだし、サファイアも身構えるのはやめにする。エメラルドには良い感情を
持っているとは言えないのは事実だが、こうして船を手配してくれるあたりいいところもあるやつじゃないか、
そう思うことにした。
「よし、今からトウカの森を抜けたところの海沿いに来るよう言ったから、俺たちも急ぐぞ!」
「ああわかった。……っておい自転車に追いつけるわけないだろ!?」
「さすがに勘弁してほしいね」
「ちっ、わーったよしゃあねえなあ。お前らに合わせて歩いてやるよ」
カナズミシティを離れ、トウカの森を戻る一向。戻りは段差を軽く飛び降りれば早く戻れるのでそう時間は
かからない。……その道すがら、エメラルドは自分の完璧な機転に惚れ惚れしていた。
(サファイアもルビーもメガストーンを持ってる。ってことはこいつらもあの博士連中に狙われるってことだ
。つまり、一緒にいればあいつらがやってくる可能性はさらに上がるうえに
、もしやばくなってもこいつら囮にして逃げりゃあいい。さすが俺様。完璧な作戦だぜ……)
「どうしたんだい、変な顔して?」
「な、なんでもねえよ!」
内心で悪だくみをしていると、にやりとしたルビーに聞かれる。まるで君の考えなどお見通しだと言わんばか
りのような気がして少し寒気がした。
(いや、そんなわけねえ。つうかばれてたとしてもそこまで問題じゃねえ!)
全く根拠のない自信をもって自分に言い聞かせていると、すぐにトウカの森は抜けることが出来た。すぐ近
くの海辺には、手配した通りの自家用フェリーが来ている。
「よし、ご苦労!じゃあムロと、後ついでにカイナシティまでよろしくな!」
フェリーの運転手に気軽にそう言う。運転手にはもう何度も自分の我儘を聞いてもらっているので向こうも
慣れた調子ではいよと返してきて、その後。
「ところで坊ちゃん、後ろのお二人はお友達ですかい?」
「ん?ちげーよ。あいつらが船がなくて困ってたから助けてやったってだけさ」
「そうですかい。ついに坊ちゃんにもお友達が出来たと思ったんですがねえ」
「はっ、うるせーっつの。さっさと船出せよな」
その様子を後ろで見ていたサファイアはこっそりルビーに耳打ちする。
(……なあ、あいつって友達いないのかな?)
(いるように見えるのかい?ついでに友達ならボクもいないよ)
(自慢げに言うなよ。っていうか、俺がいるじゃないか)
(……ああそうだね)
何故か少し嫌そうに言う(少なくともサファイアにはそう見えた)ルビーに首を傾げる。やっぱりまだ友達
とは思われてないのだろうか?
「んじゃ行くぞ!デルタエメラルド号、発進だ!!」
エメラルドの言葉と共に船が動き出す。快適な速度で船は進み、しばらく一行は船での移動を楽しんだ。
「……なんてよく言うけど、暇だなあ」
「たまにはゆっくりとした時間もいいんじゃないかな、歩くのは疲れるしね」
海の上の景色など、30分もすればすっかり飽きる。船室で二人で暇を持て余すことになったサファイアは、気
になっていることをこの際ルビーに聞くことにした。シリアのことだ。
「……なあ、なんでルビーは、シリアのことあんなに疑ったんだ?やっぱり仲が良くないのか?
ルビーはああいったけど、シリアはきっとバトルを盛り上げるためにあえてスキルスワップを使わなかったんだ
。観衆のことだって、シリアなら自分のバトルをショーに見せるのは簡単さ。なんたって、チャンピオンだぜ?
ルビーとシリアに昔何があったのかは話さなくてもいい。でも今のシリアはチャンピオンとして凄いトレーナー
になったんだし……もっと、信じてもいいんじゃないか?」
これまでのルビーのシリアへの態度を見れば、何か昔あったことくらいはサファイアでも容易に想像がつく。で
もやっぱりサファイアとしては、二人に仲良くしてほしかった。自分に兄弟はいないけど、普通の兄妹ってそう
いう物だと思うし、ルビーもシリアもいい人だと思うからだ。
「……凄いトレーナー、か。確かにそうだね。ボクの兄上は、凄いトレーナーになった。実力も、態度も、ま
さにホウエン地方を代表するトレーナーさ。
だけどね、昔の兄上は……」
何か決定的な事実を語ろうとするルビー。思わずその口元に目線がいく。それに気づいて、ルビーはわざとら
しく首を振った。
「そんなに見つめないでくれるかな?なんだか照れてしまうよ」
「……はあ。良く言うよ、全然そんな事思ってないくせに」
「本当さ。時々忘れてるようだけど、ボクは君と同じ15歳の少女に過ぎないんだよ?」
「とにかく、シリアの事あんまり考えすぎるなよ。なんかシリアに問い詰めてたときのルビー……凄く辛そう
だったからさ。俺、ルビーのそういう顔してるのはあんまり見たくないっていうか……その」
なんといったらいいかわからなくなり、口ごもるサファイア。その時、上の方から自分たちを呼ぶ声がした。
「おーい!飯出来たぜー!!」
少し鼻をひくつかせると、カレーのいい匂いがした。サファイアはごまかすように慌てて上へと出ていく。
「なんでもない。飯食いに行こうぜ!」
残されたルビーは、ゆっくりと階段を上がりながらこう呟いた。
「……やれやれ、ごまかしたのはボクの方だったんだけどねえ」
船の上で食べるカレーはなかなか美味しそうに見えた。サファイアの後に遅れてルビーが到着すれば、3人で
手を合わせた後カレーを食べ始める。なんとなくさっきの会話からあまり食が進まないサファイアたちをよそに
、がつがつとカレーを食べるエメラルド。エメラルドがおかわりをよそおうとしたその時、船に何かがぶつかる
大きな音がした。衝撃で大きく船が揺れる。
「なんだ!?あいつらの襲撃か!?」
「あいつらって!?」
「決まってんだろ、あの博士どもさ!」
目を輝かせて看板へ飛び出すエメラルド。それに着いていくサファイア。ルビーはそのまま船内から動かな
い。ただ、気分がよくなさそうに口元を抑えた。
「坊ちゃん大変です、ヘイガニの群れが突然船を襲いだして……私一人では対処できません!」
運転手が困り顔でそう伝えてくる。エメラルドはむしろそれを歓迎するがごとく聞いて。
「わかった。じゃあここは俺様に任せとけ!サファイア、お前もついて来たきゃついてきてもいいぜ!」
「言われるまでもないさ!」
エメラルドは歓喜する。これだ。自分が旅に出て求めていたのはこういうのだったのだ。快適な船や自転車
でただ街を移動してジム戦で勝つだけの安全な旅なんてつまらない。もっと刺激的で、ワクワクできる日々を求
めていたのだと実感する。
その胸の高ぶりを思う存分声に出して、エメラルドはヘイガニたちを迎え撃つ。
「さあエメラルド・シュルテン様主役の、悪の組織をぶっ倒す英雄劇の幕開けだぜ!」
たくさんのヘイガニたちが船や看板にクラブハンマーを打ち込んでいるところに割って入るサファイアとエメラ
ルド。エメラルドは自分の持つモンスターボールを3つとも取り出し、高く天に放り投げて叫んだ。
「現れろ、俺様に仕える御三家達!」
モンスターボールが開き、そこから光となってエメラルドの手持ちであるジュプトル、ワカシャモ、ヌマク
ローがポーズを取りながら現れる。勿論エメラルドも自分で考えた決めポーズを取っていた。
(決まった……!)
半ば自分の世界に入っているエメラルド。サファイアは早速カゲボウズやフワンテに祟り目や怪しい風を撃
たせてヘイガニと戦っている。だがヘイガニたちのレベルもそれなりに高いのか、簡単には倒せない。
「こいつら、野生のポケモンじゃない!?」
「へっ、やっぱり俺様の予想通りってわけか!」
ヘイガニたちもサファイアを敵と認識したのか、クラブハンマーで攻撃してくる。
「くそっ、影分身に小さくなる!」
それぞれの回避技でクラブハンマーを躱すがそれでは問題は解決しない。残るヘイガニたちは変わらず船へ
の破壊行動を続けている。
「前座ご苦労、それじゃあ俺様のターンだぜ!まずはジュプトル、タネマシンガン!」
ジュプトルの口から広範囲に無数の弾丸が打ち出され、ヘイガニたちの体を打ち付けていく。弱点を突かれ
、ヘイガニたちの動きが止まった。
「続いてワカシャモ、にど蹴り!」
その隙をついてワカシャモが一気に間合いをつめ、一度目の蹴りでヘイガニ一匹を宙にあげ、二度目の蹴り
で遠くへ吹っ飛ばす。
「そしてヌマクロー、マッドショットだ!」
最後にヌマクローが残りのヘイガニに泥を浴びせて動きを鈍くする。
「ヘーイ!」
ヘイガニもエメラルドを脅威とみなしてクラブハンマーを仕掛けてくる。
「リーフブレード、二度蹴り、グロウパンチ!」
それに対して、エメラルドはさらなる攻撃を仕掛けた。サファイアのように変化技で幻惑してから攻撃する
のではなく、攻撃するときは攻撃、防御の時も攻撃。とにかく攻めるフルアタッカーの性質がここでは活きる。
さらに。
「おっせえ!」
エメラルド自身もヘイガニたちの間合いに入って、鋭い蹴りを浴びせる。ポケモン相手なのでダメージにはあま
りなっていないが、素人のそれではなかった。ヘイガニがひるみ、その隙にマッドショットがヘイガニを吹き飛
ばす。
「無茶するなぁ……」
「へっ、この胴着は伊達じゃねえんだよ!お前もぼさっとしてんな!」
「わかってるよ!祟り目!」
エメラルドの畳みかけるような攻撃を中心として、ヘイガニたちを撃退していく。10分ほどの戦闘を経て、
ヘイガニたちは全員戦闘不能になった。
「さぁてと、雑魚戦はもう終わりか?それともまだいんのか?」
エメラルドが周りを見渡した時、船の進行方向から巨大な海坊主が出るかのように海面が盛り上がる。そし
て現れたのは――巨大なドククラゲだった。下手をすれば、一匹で船を沈めてしまいかねない大きさだ。
「よ〜し、こうでなくっちゃな!」
「マジかよ……」
ドククラゲがその触手で船に絡みつこうとする。エメラルドの行動はやはり攻撃だ。
「させっかよ、火炎放射、マッドショット!」
「カゲボウズ、鬼火だ!」
炎と泥が触手をはじき、さらにドククラゲの体に鬼火を浴びせる。ルビーから教わった、巨大な奴を相手に
するときのサファイアの作戦だ。
「一気に沈めてやるよ、ソーラービーム!」
力をためていたジュプトルが、天から太陽の光線を迸らせる。それがドククラゲに直撃したかに思えたが―
―
「効いてねえ!?」
「『バリアー』で防がれたんだ!」
よく見ると、ドククラゲの体の表面を薄い膜が覆っている。それでエメラルドの攻撃を防いだのだ。さらな
る触手が船に襲い掛かり、船が大きく揺れる。
「くそっ、急いでなんとかしないとまずいぜ!」
「わかってら!こんな時のための必殺技を見せてやるぜ、お前も合わせろ!」
「どうやって!?」
「俺様がドバーンとやるからそれに合わせてお前の最大火力をぶつけろ、ないよりましだ!」
「わかった、祟り目!」
相手を状態異常にしてからの祟り目のコンボを浴びせる。それでも大したダメージにはなっていないようだ
。こうなった以上、残された手はエメラルドの必殺技とやらにかけるしかない。
「いくぜぇ、ワカシャモ、火炎放射だ!」
エメラルドが上を指さし、ワカシャモが天に向けて火炎放射を放つ。どこまでも伸びた業炎は、雲を散らし
太陽をさらに輝かせた。
「ジュプトル!」
ジュプトルの体が太陽の光を受けて光輝いていく。溜めている間にもドククラゲの猛攻が船を襲う。サファ
イアの手持ちとヌマクローで応戦するが、いよいよ船が傾くんのではと思えたその時。
「……きたきたきたっー!!マックスパワーソーラービーム!!」
ジュプトルの体が眩しいくらいに輝き、天に向かってその光が吸い込まれる。そして―――先ほどとは比べ物に
ならないくらいの光が、天から無数に降り注いでドククラゲの体を、触手全てを焼いた。サファイアも合わせて
祟り目を打つが、はっきり言って比べ物にならないくらいの威力差だった。ドククラゲの体が、沈んでいく。
「ふっ……ま、ざっとこんなもんよ!俺様に挑むのは100年早いぜ!」
「……もう敵はいないみたいだな。船長さん!船は大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかね……坊ちゃんもそのお友達も、ありがとうございます」
「だから、友達じゃねえっつってんだろ?それじゃ出発してくれ」
かしこまりました、という苦笑の後船が発進する。サファイアたちもルビーのところに戻った。
「ルビー、大丈夫だったか?」
「……」
サファイアが呼びかけるが、ルビーは答えない。青い顔をして俯いている。
「どうした?……もしかして、さっきの船の揺れで酔ったか?背中さすってやろうか?」
「…………いや、いいよ。まだまだ甘いもの以外はボクの体に合わないってことだね……ちょっと看板に出て
くるよ」
「わかった、一人じゃ辛いだろうから、肩貸してやるよ」
どうやらルビーは慣れない船とカレーのせいで酔ってしまったらしい。提案するサファイアだが、それもル
ビーはいいといってふらふらと出ていってしまった。心配なのでついていこ
うかとするサファイアだが、エメラルドに止められる。
「お前、バカか。吐いてるところなんか好きな奴に見られたいわけないだろ。それくらい気づけっつーの!」
「好きって……ルビーと俺はそんなんじゃないよ」
「は?鈍いなあ、女が好きでもない男と一緒に二人旅なんかするかよ」
「ルビーは変わったやつなんだよ。現に、さっきも友達だろ?って言ったら嫌な顔されたんだぜ?」
するとエメラルドはあきれ顔をした。手を顔に当ててダメだこいつ……と呟く。
「あー……なんかもういいや、お前が俺よりガキってことはわかった」
「なんでだよ?お前の方が年下だろ?多分」
「そういうことじゃねーよ」
それでエメラルドは会話を打ち切ってしまった。しばらくするとルビーがさっきよりマシな顔で戻ってくる
。
「……そろそろムロに着くみたいだよ」
「そっか、もう大丈夫か?無理はするなよ」
「大丈夫だよ、チョコレートも補給したしね」
「よし、そんじゃムロでもひと暴れすっか!」
船を降り、サファイアとエメラルドは船長さんにお礼を言ってからムロタウンを眺める。砂浜をそのまま町
にしたような小さな町だった。ジムもすぐそこに見えている。
「さーてと、んじゃ早速ジム戦に向かうとするか。ここはシケた町だし、長居してもいいことねーよ」
「いや、俺は石の洞窟ってところに行ってみたいな。すぐ近くにあるみたいだし」
「は?なんだってそんなとこ……」
「石の洞窟、だよ?そこに行けばメガストーンや進化に必要な石も落ちてるかもしれないね。手持ちの強化も
そろそろしておきたいし、ボクは賛成するよ」
「俺様はこんなところで手に入るポケモンに用はねーが、メガストーン集めはいいな。じゃあさっさと行こう
ぜ」
「ああ、地図によるとこっちの方にあるみたいだ。行こう!」
ジャリジャリする砂浜の感触を楽しみながら(ルビーは若干嫌そうにしている)洞窟に向かう。そんなに大
きくはないであろうそれが見えてきた時、サファイアたちの前に一人の子供がやってきた。恐らく、洞窟から出
てきたのだろう。黒の肩にかかるくらいの髪で、横に狐面をつけている。白色の大きく袖が余った全体的にゆっ
たりとした服でまるで大きな一枚の布を纏っているかのよう。 瞳の色は、赤と青のオッドアイだった。
「ふああ……おはよう、お兄さんとお姉さん」
あくびをした後かけられた言葉は、明確にサファイアとルビーに向けられていた。それが伝わってくるのが
不思議な感じがして、反応が遅れる。ルビーでさえ、少し固まっていた。エメラルドに至っては、ぼんやりして
反応すらない。まるで目の前の子供が意図的にそうしているかのようだった。
「えっ?あ、ああ。おはよう。君は?」
「僕はジャック。……うん、君たちも良い目をしてるね。原石の美しさを感じるよ」
「え?」
「なんでもない。お兄さんなら、今のチャンピオンのシリアだって超えられるような、そんな気がするってこ
と。頑張ってね」
その言葉はまるですべてを見てきた仙人のようで、とても幼い子供のそれとは思えなかった。
「……よくわからないけど、ありがとう。俺、頑張るよ」
サファイアがそう言うとジャックと名乗った子供はにっこり笑ってサファイアたちの進んできた方へと歩き
去る。姿が見えなくなったあと、エメラルドが口を開いた。
「なんだ、あのチビ。チャンピオンを超えるのはこの俺、エメラルド様だっての!」
「ああ、なんだったんだろう今の子は……ルビー?」
「……いやあ。不思議な子だったね」
ルビーは何か考えているようだったが、それ以上何も言わなかった。気を取り直して石の洞窟の中へと入る
。洞窟の中は一本道で、迷う心配はなさそうだった。
「よし、それじゃあしばらく石やポケモンを探そう。それでいいよな?」
「ああ、ここのメガストーンすべて持ってくつもりでやるぜ」
「まるで墓荒らしだね。ボクはのんびりポケモンを探させてもらうよ」
3人はお互い別の場所でそれぞれの物を探す。サファイアの目的はどちらかというとポケモン探しだ。
「確かここには、ヤミラミがいるって本で読んだことある気がするんだよな……っと、見つけたぜ!」
早速目当てのヤミラミを見つけ、カゲボウズを繰り出す。石の洞窟でのバトルが、今始まった――
Subject ID:
#137350
Subject Name:
シンプルビーム・ザッパー
Registration Date:
2013-07-11
Precaution Level:
Level 1
Handling Instructions:
機器#137350は、ジョウト地方アサギシティ第七支局の低異常性オブジェクトの保管庫に据え付けられた耐火性の金庫に保管してください。実験目的で機器#137350を使用する場合は、事前に様式F-137350-2に必要な事項をすべて記入してワークフローを回付し、支局の監督官から承認を得る必要があります。
機器#137350による影響を受けたオブジェクトは、生成物#137350として登録・管理されます。現在の生成物#137350の一覧は、リストL-137350-3を参照してください。生成物#137350の実験目的での利用については、様式F-137350-3に沿ってワークフローを回付し、承認を得た上で実施してください。ただし現時点において、コンテンツの明らかな相違を除いた特異な性質を示す生成物#137350は存在しないことが分かっています。
Subject Details:
案件#137350は、特定の条件を満たす電子データに対し、不規則かつ特異な事象を引き起こす「光線銃」型の玩具(機器#137350)と、玩具によって異常性が発現した種々のオブジェクト(生成物#137350)、及びそれらに掛かる一連の案件です。
2013年5月中旬頃、ジョウト地方アサギシティ在住の市民から「閉店したはずのゲームショップに複数の不審な人物が出入りしている」との通報がなされました。警察当局と連携の上当該ゲームショップへ突入し、現場の制圧を図りました。ゲームショップ内部に人の気配はありませんでしたが、いくつかの物証から当局が踏み込む数日前まで複数の人間がここにいた可能性が示唆されました。機器#137350はこの強制捜査時に押収されましたが、警察当局が標準的に実施している自動化検査により有異常性オブジェクトと判断されたため、警察当局から管理局へ引き渡しが行われました。この他、十数点のオブジェクトが同時に引き渡されています。
機器#137350は、1985年に任天堂がリリースしたNES(Nintendo Entertainment System)用周辺機器「NES Zapper」に酷似した形状の光線銃型玩具です。本来のNES Zapperに装備されているNESとの接続ケーブルは存在せず、機器#137350は外部からの電源供給なしに単独で動作します。本来存在しているはずの左上の「(C)1985 Nintendo(R) Zapper(TM)」の刻印は存在しません。この他、グリップの底面に油性マジックで「SiMPLE」と乱雑な字で落書きがされています。分解して内部を確認したところ、一般的なNES Zapperと構造上の違いを見いだすことはできませんでした。
機器#137350の異常性は、稼働中のテレビゲームの画面に対して銃口を向けてトリガーを引くことにより発揮されます。トリガーが引かれると、ゲーム画面が約0.2秒(秒間60回描画時で約12フレーム間)フラッシュし、進行状況によらずゲームが一度リセットされます。パーソナルコンピュータ向けゲーム及び近年の「ホーム画面」を備えたコンソールの場合は、ゲームのプロセスのみがシャットダウンされ、自動的に再起動されます。この時、スピーカーからはデフォルメされた銃声のサウンドが発せられます。これは本来のNES Zapperの専用ソフトウェアである「Duck Hunt(ダックハント)」「Wild Gunman(ワイルドガンマン)」で使用されているものと同一のものです。
リセット後のゲームは通常のプロセスに沿って再起動されますが、再起動後のゲームは機器#137350の影響を受ける以前のものから何らかの形で変質しています。変質の度合いは様々であり、一見した程度ではどのような変化が生じたのか判断が付かないものから、完全に別のゲームとして再構築されているものまでが確認されています。
機器#137350の特徴として、全体としてテレビゲームを「シンプル」にするという方向での変化が発生します。どのように「シンプル」にされるかは、実験の対象及び実験時のゲーム内世界の状況により著しく変動します。
以下は収容後に行われた、テレビゲームに対する機器#137350による影響を調査した実験の記録です:
[実験#137350-1]
対象:ポケットモンスター ピカチュウバージョン(1998年/任天堂/ゲームボーイ)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:本来ゲーム上で入手可能なアイテムである「モンスターボール」及びその派生アイテムが一切入手できなくなり、プレイヤーは初期のイベントで入手できるピカチュウのみを使用してゲームクリアを目指すことになります。ゲーム全体が大幅な調整を受け、ピカチュウ単体でほとんどの敵を容易に撃破することが可能になっています。登場人物の一人「オーキド博士」は、プレイヤーに「ポケモンリーグで勝利を収めること」のみを目標として伝え、異常性の無いバージョンで発生するポケモン図鑑を渡すイベントはカットされています。
[実験#137350-2]
対象:ポケモンスタジアム(1998年/任天堂/ニンテンドウ64)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲームから周辺機器である「64GBパック」のサポートが取り除かれ、ゲームボーイ版のカートリッジからのデータ読み込みが一切不可能になります。あらかじめゲーム内に用意されたデータのみを使用してゲームをプレイすることになります。プリセットの携帯獣である「レンタルポケモン」は異常性の無いバージョンと比較して大幅に強化され、ゲームをクリアする上で問題が無い程度の性能が与えられています。
[実験#137350-3]
対象:ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ(1999年/任天堂/ニンテンドウ64)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:使用可能なキャラクターが「マリオ」に制限され、ゲームモードとして「1P MODE」の「1P game」のみが選択可能な状態になります。残るキャラクターはすべてコンピュータ専用のキャラクターとなり、プレイヤーは通常取り得るいかなる方法を用いても使用することができません。外部機器により強制的にプレイヤーキャラクターを変更した場合、ゲームが即座にハングアップします。
[実験#137350-4]
対象:ロックマン4 新たなる野望!!(1991年/カプコン/ファミリーコンピュータ)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:プレイヤーであるロックマンが本来使用可能なアクションである「チャージショット」及び「スライディング」が使用不可能になり、ゲーム全体のデザインがこれら二つのアクションに依存しない形に改められます。特殊武器の性能が全体的に向上し、スライディングが必須となる箇所は歩行で突破可能になります。
[実験#137350-5-1]
対象:星のカービィ スーパーデラックス(1996年/任天堂/スーパーファミコン)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:一本で表示されていた体力ゲージが6分割され、プレイヤーであるカービィは「コピー能力」が使用不可能になります。また、ダッシュ及びスライディングも使用できなくなります。これらのゲームデザイン変更は、ゲームボーイ版「星のカービィ」に準拠しようとしたものと推定されています。
[実験#137350-5-2]
対象:星のカービィ スーパーデラックス(1996年/任天堂/スーパーファミコン)
状況:ボスキャラクターの一人「デデデ大王」との戦闘中に機器#137350を使用
結果:ゲームにおけるシーンの差異が、機器#137350による影響の出方の差異となって現れるのかを確認するための実験として行われました。リブート後のゲームは一見して正常なものとの差異は無いように見えましたが、各サブゲームに登場するボスキャラクターが例外なく「デデデ大王」に置き換えられていました。これはサブボス(中ボス)を含んだものです。ボスラッシュモードである「格闘王への道」では、18戦すべてで「デデデ大王」が登場します。このことから、機器#137350が使用された際のゲーム内世界の状況により、ゲームに対する影響は変化するということが実証されました。
[実験#137350-6-1]
対象:ドンキーコング64(1999年/任天堂/ニンテンドウ64)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:プレイヤーキャラクターが「ドンキーコング」に固定され、ゲーム内のすべての場面から残る四体のプレイアブルキャラクターの存在が抹消されます。ゲームは「ドンキーコング」が収集可能なアイテムを収集するだけで進行可能となり、クリアのために必要となる収集アイテムの総数が大幅に減少します。他のプレイアブルキャラクターのみが進入可能な箇所に付いては一切進入することができないか、または最低限の進入方法が用意され、ゲームを最後まで進められるように改変がなされています。
[実験#137350-6-2]
対象:ドンキーコング64(1999年/任天堂/ニンテンドウ64)
状況:プレイアブルキャラクターの一人「ディディーコング」を操作中に機器#137350を使用
結果:実験#137350-6-1と類似した結果に終わりました。ゲームは「ディディーコング」単体で最後まで進められるように再構築されます。
[実験#137350-7]
対象:エイブ・ア・ゴーゴー(1997年/ゲームバンク/プレイステーション)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲーム内から「奴隷にされている仲間を救出する」という要素が完全に排除され、純粋なアクションアドベンチャーゲームとしてプレイすることになります。操作性やグラフィック、サウンドに変化は見られません。
[実験#137350-8-1]
対象:アトランチスの謎(1986年/サンソフト/ファミリーコンピュータ)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:プレイヤーは全100ステージ(ゾーン)を順番に攻略していくことになります。クリアすることが不可能なゾーンである「ゾーン42(通称「ブラックホール」と呼ばれる、進入した時点でゲームオーバーが確定するペナルティエリア)」は攻略すべき対象から排除されています。全体的な操作性が大きく向上している他、異常性の無いバージョンではシビアだった時間制限が大幅に緩和されています。
[実験#137350-8-2]
対象:アトランチスの謎(1986年/サンソフト/ファミリーコンピュータ)
状況:ゾーン42到達後に機器#137350を使用
結果:ゲームは常にゾーン42から開始され、プレイヤーはほとんどアクションを起こすことができないままゲームオーバーを迎えます。外部機器によりプレイヤーキャラクターの性能を変更して強引にゾーン42を突破した場合、またはゾーン42以外のゾーンからゲームが開始するように設定した場合、いずれもゲームが即座にクラッシュします。ROMデータをダンプして行われた検査では、ゾーン42以外のゾーンに関するデータがすべて削除されていることが明らかになりました。
[実験#137350-9]
対象:スターフォックス(1993年/任天堂/スーパーファミコン)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲーム全体が2Dの縦スクロールシューティングとして大幅な再構成を受け、ほぼ完全に別のゲームに変化します。カートリッジに搭載されている「スーパーFXチップ」はもはや使用されず、典型的なドット絵で自機・敵機・背景などが描写されます。カートリッジの検査を行ったところ、「スーパーFXチップ」に関連する命令がすべて削除され、利用できなくなっていることが明らかになりました。
[実験#137350-10]
対象:Duke Nukem 3D(1996年/3D Realms/MS-DOS)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲーム中でロックされた扉を開くために必要な「キーカード」がすべて消失し、ロックされた扉はすべてプレイヤーキャラクターの繰り出すキック攻撃により破壊してこじ開けることが可能になります。本来キーカードが存在した場所には、代替として弾薬や回復薬などの消費アイテムが配置されています。
[実験#137350-11]
対象:METAL GEAR SOLID 2 SONS OF LIBERTY(2001年/コナミ/プレイステーション2)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ボタン押し込みやアナログスティックの倒し具合による操作がすべて撤廃され、一般的なTPSのスタイルに近い操作体系に変更されます。プレイアブルキャラクターの一人「ソリッド・スネーク」が一貫して主人公を務め、シナリオは大幅に簡略化されたものに書き直されます。
[実験#137350-12]
対象:ドンキーコング(1994年/任天堂/ゲームボーイ)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:オープニングステージである「25m」「50m」「75m」「100m」でゲームクリアとなり、以降のステージに進むことができなくなります。この時登場する四つのステージはアーケード版を忠実に再現したものとなり、本来登場する簡略版はプレイすることができません。
[実験#137350-13]
対象:バイオハザード(1996年/カプコン/プレイステーション)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:プレイヤーキャラクターはあらゆる攻撃手段を失い、ゲーム中に登場するクリーチャーを回避していくことが目的のゲームとなります。ボスキャラクターとの戦いはすべてクイック・タイム・イベント(QTE)となり、プレイヤーが自らの手で攻略する要素は失われます。
[実験#137350-14]
対象:R-TYPE FINAL(2003年/アイレムソフトウェアエンジニアリング/プレイステーション2)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲーム全般のストーリー展開が「地球連合軍の一員となり、悪のバイド帝国を倒せ」という極めてシンプルなものに変化します。顕著な相違は三つに分岐する最終ステージで現れます。最終ステージ1では、背景で展開されていたシルエットの男女による性行為の様子がすべてカットされ、最終ボスとの戦闘でも固有のイベントが発生しなくなります。最終ステージ2では、本来複雑な経緯を経て自軍との戦いとなるところが「敵軍が自軍戦力を模した戦闘機を地球に送り込んできた」と大幅に設定が変更され、単純に敵軍を殲滅するだけの展開となります。最終ステージ3は本来のルートからは進入できなくなり、代わりに「チャレンジモード」なる独立したゲームモードとして無条件で選択可能になっています。
[実験#137350-15]
対象:Earthworm Jim 2(1995年/Shiny Entertainment/メガドライブ)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲームの開始時に各ステージで成すべき事が簡潔なメッセージで明確に示されるようになり、ゲーム全体の難易度が相対的に低下します。注目すべき点として、本来三回登場するミニゲームステージ(PUPPY LOVE PART1/同PART2/同PART3)が抹消され、通常のアクションステージに置き換えられていることが挙げられます。
[実験#137350-16]
対象:パックランド(1984年/ナムコ/アーケード)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:操作体系が大きく変更され、主人公である「パックマン」をレバー左右で移動し、ジャンプボタンでジャンプさせるようになります。この変更に伴い、純正の筐体では稼働させることができません。
[実験#137350-17]
対象:スーパーボンバーマン(1993年/ハドソン/スーパーファミコン)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:プレイ可能なゲームはマルチプレイである「バトルモード」に固定され、シングルプレイである「ノーマルモード」はメニュー上から削除されます。「バトルモード」選択時は即座に対戦が開始され、その時コンソールに接続されているコントローラの所有者は常にゲームに参加することになります。本来カスタマイズ可能なゲームのルールは一切変更できず、バトルステージは最もシンプルな「フツウガステキ」が常に選択されます。
[実験#137350-18]
対象:SCP Containment Breach(2012年/インディーズゲーム/Windows)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:舞台となる施設の構造が常に一定となり、自動生成の要素が排除されます。登場するキャラクターはプレイヤーキャラクターと敵キャラクターである「SCP-173」のみとなり、その他のキャラクター及びオブジェクトはゲーム上に存在しなくなります。これらの変更によりゲームの安定性が劇的に向上し、セーブデータのロードに失敗する・ゲーム中にスタックを起こす、理由なくクラッシュするといった事象が発生しなくなります。
[実験#137350-19]
対象:モンスターハンターポータブル 2nd G(2008年/カプコン/プレイステーション・ポータブル)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:アクションゲームとしての性質が失われ、ゲームシステムそのものが一般的なターン制の戦闘システムを持つロールプレイングゲームに作り替えられます。各種のアートアセットやサウンドはすべて流用され、ゲームの展開そのものに変更はありません。マルチプレイ機能は依然として保持されているため、機器#137350による影響を受けた「モンスターハンターポータブル 2nd G」同士でマルチプレイを行うことができます。
[実験#137350-20]
対象:スーパーマリオワールド(2013年/任天堂/Wii U)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:バーチャルコンソール版にて実験。リセット後にゲームがクラッシュし、起動が不可能になる事象が発生しました。Wii Uのバーチャルコンソールが機器#137350の影響を受けた「スーパーマリオワールド」のデータを正常なデータと認識できなかったことが理由と推測されます。この結果から、機器#137350は影響を及ぼすことが可能な範囲がある程度限られている(ソフトウェアのみ改変することができる/仮想ハードウェアをハードウェアと認識し、手を加えない)との仮説が提唱されました。ただし、実験#137350-16ではハードウェア構成を変更しない限り起動できないようゲームが改変された結果が示されているため、さらなる検証が必要です。
[実験#137350-21]
対象:スーパーロボット大戦Z(2008年/バンダイナムコゲームス/プレイステーション2)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:すべての使用可能ユニットの性能が変更され、プレイヤーが終始大幅に有利な状態でゲームを進められるよう改変が行われます。ゲームの演出部分の変更は行われていません。
[実験#137350-22]
対象:Mortal Kombat(2011年/WB Games/Xbox 360)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲームのグラフィック・サウンド部分は異常性の無い「Mortal Kombat」とほぼ同水準ですが、ゲーム性が大きく変化し、アーケード版「Mortal Kombat II(1993年/Midway Games)」に準拠した内容になります。キャラクターからコンビネーション攻撃がすべて削除され、「コンボブレイカー」や「X-Ray Attack」といった新しい要素はゲーム中に存在しないかのように扱われます。
[実験#137350-23]
対象:学校であった怖い話(1995年/バンプレスト/スーパーファミコン)
状況:タイトルスクリーン表示中に機器#137350を使用
結果:ゲーム中から選択肢が消失し、異常性の無いカートリッジで読むことができるほぼすべてのシナリオを一本に統合したシナリオが自動的に流れるようになります。本来互いに繋げることのできない話が含まれているためか、繋ぎとして「これまでの話は夢だった」「これまでの話は空想である」といった典型的なシナリオ上のテクニックが頻繁に使用されるようになります。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
前スレッド:http://masapoke.sakura.ne.jp/rensai/wforum.cgi?no=1222&mode=allread
元のスレッドが長くなってきましたので、こちらで継続することにしました。
引き続きお楽しみいただければと思います。
ネビリムと呼ばれた少女は不敵に、不遜にシリアを見て笑った。ミミロップの背からぴょんと降りて、シリアを
指さす。前髪の耳のような部分がぴょこんと揺れた。
「そう!このシンオウ一!否、世界一強可愛い(つよかわいい)四天王ことネビリムがあなたを倒しに来てあ
げましたよ!私の可愛いポケモンたちと、パ……博士の科学力が合わさればあなたなどけちょんけちょんです!
」
「困りましたね、あの時のリベンジのつもりですか?そんなことのためにあの博士に手を貸すのは感心しませ
んよ」
額を手で抑えるシリア。どうやらネビリムとシリアは過去にもあったことがあるらしい。シリアはその時の
ことを話し始める。
「懐かしいですねえ。シンオウリーグとホウエンリーグでの交流会の時にあなたが私にバトルを挑んできた時
からもう早2年ですか。確か試合の結果は……6-0でしたっけ?」
「なっ!何を失礼な、3-0です。あの時は3対3だったでしょう!」
どうやらこの少女、昔シリアにボロ負けしたことがあるらしい。そのことを掘り返されてネビリムは耳まで
真っ赤になった。
「ああ、そうでしたね。……で、あの博士の科学力とやらがあればそれを埋められると?」
「と、当然です。そもそもあの時の勝負はきっと何かの間違いだったんです!美しいシンオウ地方の中でも一
番強可愛い私が暑苦しくて野蛮なホウエン地方のトレーナーに負けるなんてありえないんですよ!」
何を根拠に言っているのか知らないがネビリムはホウエン地方自体を見下しているようだ。サファイアがむ
っとなって言い返そうとするが、ルビーに止められる。
(……ここは兄上に任せておきたまえ、今の君やボクじゃ太刀打ちできる相手ではなさそうだよ)
確かに彼女はシンオウの四天王らしい。そんな相手に立ち向かうのは今のサファイアには無謀だ。
(でもだからって、黙ってみてるなんて……)
「困りましたねえ、その様子では退いてくれなさそうですし……手っ取り早く、始めましょうか。――ヤミラ
ミ、出番です」
「ふっ、一匹だけですか?悪いですが強可愛い私は最初から全力で行かせてもらいますよ!出てきなさい、エ
ルレイド!!そして行きなさいミミロップ!」
ヤミラミ一体に対して、容赦なく二体目を出し、カメラを前にしたアイドルか何かのようにポーズをとる。
「さあ、このシンオウ一強くて可愛い私たちの伝説のリベンジバトルのスタートです!」
ネビリムが腕につけているサークレットにはめられた小さな石と、ミミロップの体が桃色に光り輝く。光はミミ
ロップを包む渦となり、その体を隠す。
「まさか……」
「これは!!」
シリアが驚いた表情を見せ、サファイアも固唾を飲む。そしてネビリムは天に手を掲げ、高らかにその名を呼ん
だ。
「更なるシンカを遂げなさい!その強さは巨人を斃し、その可愛さは天使に勝る!いざ、このステージに現れ
出でよ――メガミミロップ!」
中から更なる光が漏れ出し、渦となった光が砕け散った。その中から現れたのは、特徴的な耳が三つ編み状に
なり、足の部分も黒いタイツ状に変化したミミロップの新たな姿だった。
「どうです?博士にもらったメガシンカ……これを手に入れた以上、もはやあなたが私に勝るものはありませ
ん。さあ、覚悟しなさい!
メガミミロップ、とびひざ蹴り!」
ネビリムが誇らしげに胸を反らして命じる。だがその指示にサファイアは違和感を覚えた。
(ゴーストタイプのポケモン相手にとびひざ蹴りだって?)
とびひざ蹴りは強力な技だが、格闘タイプの技でありゴーストタイプには効果がない。おまけに外した時反
動を受けるデメリットも抱えている。
「気を付けて、シリア。何かある!」
「でしょうね…ヤミラミ、パワージェム」
シリアのヤミラミの瞳が輝き、いくつもの鉱石がメガミミロップに向けて打ち出される。が。
「その程度でメガシンカしたミミロップは止められませんよ!」
ミミロップのとびひざ蹴りは飛来する鉱石を砕き、そのままヤミラミに強烈なひざ蹴りを――叩き込む。ヤミラ
ミの体が大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ッ!?攻撃が当たった!?」
困惑するサファイアだが、さすがにシリアは冷静なままだった。彼は肩をすくめる。
「なるほど……あなたのメガミミロップの特性は『きもったま』ですか。その自信も、ただのはったりではな
さそうですね」
「『きもったま』……ゴーストタイプ相手にもノーマル・格闘の技が当たる特性か。さすがに対策はしてあっ
たようだね」
「ふふん、ようやく私の可愛さと強さがわかりましたか?ミミロップ、ピヨピヨパンチでとどめを!」
「どうでしょうね。ヤミラミ、不意打ち!」
メガミミロップがその長い耳でヤミラミを捉える前に、ヤミラミが死角に入りこんで手刀を叩き込む。不意
を付かれたメガミミロップのパンチは外れた。
「そのままパワージェムだ!」
続けざまに技を決めようとするヤミラミをよそに、ルビーは考えていた。
(あのエルレイドは何のために出したんだろう?悪・ゴーストタイプのヤミラミ相手じゃ、エスパー・格闘の
エルレイドはでくの坊同然で手が出せていない……何かあるだろうね)
「ミミロップ、炎のパンチ!」
メガミミロップもすぐに体勢を立て直し、炎の拳があっさり鉱石を相殺する。だがヤミラミは更に動いてい
た。ヤミラミの体の周りに光が集まり、とびひざ蹴りで負った傷が治っていく。
「自己再生とは姑息な技を……」
――そしてルビーの疑問を解決するように、エルレイドが前へ動いた。
「ならばいきなさいエルレイド、インファイトです!」
「レレレレェイ!!」
エルレイドが目にも留まらぬ速さで拳を連打する。格闘タイプの強烈な技はやはり先ほどと同じように――
ヤミラミを打ち抜き、吹き飛ばした。カナズミジムの壁に叩きつけられ、ヤミラミが動かなくなる。
「まさか、このエルレイドも『きもったま』を!?」
「いえ、そんなことはありえない……まさか」
さすがのシリアも驚いた顔をする。それを見て満足したのか、ネビリムが笑みを深めた。
「そんなに驚きましたか、チャンピオン?ならば説明してあげますよ。私のエルレイドはミミロップがとびひ
ざ蹴りを決めた後、スキルスワップを発動していたのです!」
「スキルスワップ……そういうことですか」
シリアは納得したようだが、サファイアには何のことかわからない。ルビーが説明する。
「スキルスワップ……自分と他の一体の特性を交換する技だね。それでエルレイドはミミロップの『きもった
ま』を得た。よって格闘タイプの技がヤミラミに当たった……そういうことだろう」
「その通り!ですがそれだけではありません。エルレイドの特性は『せいぎのこころ』です!これが何を意味
するか分かりますか、チャンピオン?」
質問されたチャンピオンはサファイアが今まで見た限り初めて……ほんのわずかに苦い顔をする。
「……『せいぎのこころ』は悪タイプの技を受けた時、攻撃力が上昇する特性でしたね。だから炎のパンチで
岩タイプのパワージェムをいともたやすく打ち砕けたわけですか」
それを聞いて、勝ち誇ったように笑うネビリム。
「そうですその通り!これで4VS6……あっさり自分のポケモンを倒された気分はどうですかホウエンチャン
ピオン!」
確かにこの状況は良くない。2体がかりだったとはいえ、ティヴィルを簡単にいなしたヤミラミが容易く倒さ
れている。おまけに相手のポケモンはゴーストタイプ相手に有利な特性を持ちほぼ無傷の上、能力まで上昇して
いるのだ。
そしてそれだけではなく。状況は更に悪い方に転がっていく。戦闘の音や、チャンピオンという言葉を連呼
するネビリムに、カナズミシティの人達が集まってきたのだ。
「おい、あれって……チャンピオンのシリアじゃないか?」
「おまけにシンオウのアイドルのネビリムちゃんまで!」
「ちょっとまって、じゃあさっきのテレビってホントだったの!?」
「取材のチャンスだ、見逃すな!」
ぞろぞろと集まってくる野次馬。しかもその中にはテレビカメラを持っているものまでいるのがルビーとサ
ファイアには見えた。
「シリア…」
(大丈夫ですよ、サファイア君)
不安そうにシリアを見るサファイア。観衆の目もあり逃げ場もなく、手持ちの数も相性も不利な状態。だが
シリアはそんな状況で、爽やかな笑みを浮かべて観衆を見た。
「お集りの皆さん、まずはお忙しいところに足を止めてくださりありがとうございます」
にこやかに手を振る。その動きには、ホウエンの危機や自分のふりなど微塵も感じさせない余裕があった。
「これから皆さんに、シンオウからはるばるお越しいただいたアイドル四天王と名高いネビリムさんと。この
私シリアの素晴らしいバトルのショーをお見せしましょう!」
どうやらシリアはこの状況を、一旦ただのショーということで片づけてしまうつもりの様だった。観衆がど
っと沸き立つ。
「チャンピオンと他の地方の四天王のバトルだって?こいつは見逃せねえな!」
「ネビリムちゃーん、負けないで―!」
「頑張れシリアー!」
「カメラ、もっと持ってこい!」
だがネビリムが勿論黙っているわけはない。
「ちょっと待ちなさい、私たちはホウエンのメガストーンを奪うためにやってきたんですよ!そんな口八丁で
ごまかそうたって……」
「おっ、そういう設定か。凝ってるねえ」
「悪役のネビリムちゃんも素敵だなあ……」
完全に観衆の空気はこの状況をショーとして受け止めてしまっている。ネビリムもしばらくどう説得するか
考えた後諦めたのか、シリアを指さした。
「ええい、どのみち私があなたを倒してメガストーンを奪えばいい話です!さあ、次のポケモンを出しなさい
!」
「お待たせしました、では続けましょうか。――サファイア君、妹君、よく見ていてください」
シリアが二個のモンスターボールを取り出す。片方のモンスターボールはミミロップがメガシンカした時と
同じ光を放っていた。その中から現れたのは――
「現れ出でよ、霊界への案内者、ヨノワール!そしてシンカせよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ……メガジュ
ペッタ!」
「この姿は……」
「……」
現れた二体のポケモンの姿は、間違いなくシリアの手持ち――がさらに進化した姿だった。そして同時に、
サファイアのカゲボウズとルビーのヨマワルの最終進化形態でもある。
「ふふふふ……とうとう出てきましたね、メガシンカ!そいつを倒し、私はあなたに完全勝利してみせます!
いきますよ!
「ええ……本当の勝負は、ここからです」
二人の勝負は、ヒートアップする観客とともにさらに激化していく。
そのバトルを見ながら、ルビーはやはり思考を巡らせていた。
(用意が良すぎる……やはり、あなたは信用できない)
(あなたはいつも周到すぎて、そして回りくどいんですよ――兄上)
ネビリムとシリア、そして彼らのポケモンたちが睨み合う。先に指示を出したのはネビリムだった。
「エルレイド、インファイト!ミミロップ、手助け!」
エルレイドが先行し、ミミロップが並走する。今『きもったま』を有しているのはエルレイドなのでそちら
を活かす戦術だ。
「あなたのメガシンカ、沈めてみせますよ!」
啖呵を切るネビリムに対し、シリアは静かに一言命じる。その様はやはりルビーに少し似ていた。
「ジュペッタ、鬼火」
メガシンカしたジュペッタの口のチャックが開かれ、口から赤いものが吐き出される――そう見えた次の瞬
間。エルレイドの体は鬼火の炎に包まれていた。
「な!?」
「レェイ!?」
ネビリムが驚き、エルレイドがもがき苦しむ。そして、苦しみながらも前へ進もうとするエルレイドの前に
サマヨールの進化系たるヨノワールが立ちはだかった。
「いけない、下がりなさいエルレイド!」
「シャドーパンチだ、ヨノワール!」
ネビリムの指示は間に合わず、ヨノワールの拳がもろにエルレイドに入る。地面を抉りながらエルレイドの
体が後ろに下がった。
「インファイトは強力な技ですが、使用後に自身の防御力を下げてしまうデメリットも持ちます。……もう下
がらせた方がいいのではありませんか?私のヨノワールのパンチは、進化前のそれより遥かに重いですよ。」
エルレイドは立っているだけでもやっとのようで、それがシリアの言葉の正しさを証明している。だがネビ
リムは従わなかった。
「……エルレイド、スキルスワップ!」
エルレイドとミミロップの体が淡く光る。これで特性は元に戻った。役目を終えたエルレイドが火傷のダメ
ージで倒れる。
「メガシンカすることで素早さをアップさせてきましたか……ならばこの子でどうです。いきなさい、エテボ
ース!」
二本の尾を持ったひょうきんそうな顔をしたポケモン、エテボースが出てくる。そして指示を聞く前にジュ
ペッタに向かって走り出した。
「ミミロップ、ヨノワールにピヨピヨパンチ!エテボース、ジュペッタにアクロバット!」
「ヨノワール、雷パンチ!」
ミミロップの拳とヨノワールの拳がぶつかり合う。威力はほぼ互角でダメージは入らないが……ミミロップの体
の動きが鈍く、ヨノワールの体がふらふらとし始める。お互いの拳の効果で麻痺と、混乱状態になったのだ。痛
み分けではあるが、問題ないとネビリムは考えた。
(其方は予想通り……エテボースには飛行タイプの技での攻撃時に威力を高める代わりに消滅する飛行のジュ
エルを持たせてあります。さらに特性はアクロバットのような本来の威力が低い技の威力を高めるテクニシャン
。そしてアクロバットは持ち物がないとき、威力を大きく高める!また鬼火を食らおうが大した問題じゃありま
せん、この一撃を食らいなさい!)
舗装された地面を蹴り、ジムの壁を蹴り、縦横無尽に駆けながらもジュペッタに近づいたエテボースの飛行の
ジュエルが効果を発揮するために空色に光る。が――
「はたきおとす」
またしても一瞬だった。羽虫でも叩くかのように動いたジュペッタの紫色の爪にエテボースは体ごと地面に
叩きつけられ、飛行のジュエルは効果を発動することなく砕け散る。しかも。
「わ、私のエテボースが……一撃で戦闘不能に!?」
「ええそうです。……さて、これでお互い4VS4ですね?」
「う、うるさいですよ!」
今度こそ動揺を隠せないネビリム。とにかくモンスターボールにエテボースを戻し、次のポケモンを何にす
べきか考える。
(エテボースを一撃で倒したジュペッタ、そしてメガシンカしたミミロップと互角に打ち合うヨノワールあの二
匹とも恐ろしく攻撃力が高い……それなら、この子たちでいくしかありません!)
「ミミロップも一旦下がって!出番です、ムクホーク、そしてサーナイト!」
「ホォォォォォォォク!!」
猛禽類を思わせるフォルムのムクホークと、花嫁のような可愛らしい姿のサーナイトが現れる。そしてミク
ホークは出てきた瞬間ジュペッタとヨノワールを大きく鳴いて威嚇した。
「ほう……攻撃力を下げるつもりですか」
「ええ、ですがまだ終わりませんよ!サーナイト、スキルスワップです!」
サーナイトとムクホークの特性が入れ替わる。サーナイトの特性が威嚇になったことで、サーナイトもまた
鳴き声を発した。だがそれはムクホークとは違う。まるで天使の歌声のようで、聞く者の心を穏やかにすること
で攻撃力を下げるものだ。仮にシリアがポケモンをチェンジしたとしても、もう一度スキルスワップを使えばま
た攻撃力を下げられる。
「出た!ネビリムちゃんの天使の歌声コンボだ!」
「これでチャンピオンのポケモンは骨抜きだぜ!」
素晴らしい歌声に観客のテンションもあがる。シリアはむしろ満足そうに頷いた。
「いいですね、そうこなくては。それでは私も、混乱し攻撃力を下げられてしまったヨノワールの代わりに、
ニューフェイスを登場させましょう!」
おお、と観客がどよめく。ヨノワールをボールに戻し、現れるのは。
「出でよ、勝利を約束する王者の剣!ギルガルド!」
剣と盾を組み合わせたような、どこか気品ある風格を放つポケモン、ギルガルド。ホウエン地方以外のポケモ
ンだ。
「すげー!見たことないポケモンだ!」
「いけいけシリア―!」
「そのポケモンも私の強可愛いポケモンたちの鳴き声の餌食にしてあげますよ!サーナイト、スキルスワップ
!」
またしても特性が入れ替わり、今度はムクホークが鳴き声で威嚇する。
「さて、準備も出来たところで……喰らいなさい。ブレイブバードにムーンフォース!」
ムクホークが弾丸のように突撃し、サーナイトが月光を具現化したように天から光線を放つ。それをシリア
は応じて。
「キングシールド、影分身!」
ギルガルドが盾を前に構えてミクホークの突進を防ぎ、一瞬のうちに分身したジュペッタが光線を躱す。
「ならばジュペッタに燕返しです!避けられませんよ!」
「ジュペッタ、はたきおとすで迎え撃ちなさい」
「今のあなたの攻撃力でそれが出来るとお思いですか!?」
そう、度重なるネビリムのポケモンによる威嚇により、ジュペッタの攻撃力は相当に下げられている。さす
がのメガシンカといえど分が悪いように思えたが――二匹の激突は互角に打ち合い、ムクホークの体を大きく退
かせた。
「ホォォォ!?」
「なんですって!」
「……先ほどの技はただ相手の攻撃を防ぐ技ではありません。キングシールドに触れた相手はあなたの威嚇と
同じように、その攻撃力をダウンさせる効果を持ちます。これが王の威厳を持つ盾の力です」
ネビリムが驚き、観客も驚く中で朗々と説明するシリア。手の内を明かすことを何とも思っていない。
「そして次は、王者の威光を示す剣の力をお見せしましょう!ギルガルド、シャドークロー!」
「く……サーナイト、サイコキネシス!ムクホークも援護を……」
ギルガルドの剣が暗く輝き、サーナイトに迫る。それをサーナイトはサイコキネシスで圧しとどめようとす
るが、攻撃体勢に入ったギルガルドの剣は止まらない。ムクホークも、ジュペッタに援護に向かおうとした一瞬
のスキを突かれ不意打ちやはたきおとすを叩き込まれ動けなかった。
そして剣の間合いに入った瞬間――闇の剣が振り下ろされ、サーナイトに大ダメージを与えた。攻撃力が少し下
がっていることなどお構いなしの一撃だった。
(このポケモンたち、攻撃力も防御力も高すぎる!これが、チャンピオンの本気の力……?)
3年前に戦った時は、あくまでノーマルとゴーストという相性の差が敗因になったと思っていた。だがきもっ
たまというゴースト相手に有利な特性をひっさげ、さらに攻撃力の対策をしてもなお、チャンピオンには届かな
いというのだろうか。悪夢のような現実にめまいがするネビリム。
(でも私は……二度と負けるわけにはいかないんですよ!)
ネビリムの強い思いに呼応するように、ネビリムのメガストーンが光る。そして――ふらふらになったサー
ナイトの胸の赤いプレートも、同じように光輝いた。
「これは……まさか?」
「−−−−」
サーナイトがテレパシーでネビリムに意思を伝えてくる。自分もミミロップと同じように新たな力を得たい
、あなたの力になりたいと。
「わかりました。あのにっくきチャンピオンに目にもの見せてやりましょう!行きますよサーナイト!」
「この輝き……二体目のメガシンカですか?そんなことは不可能のはずですが」
怪訝そうに言うシリアだが、そんなことはネビリムの知ったことではなかった。メガシンカのエネルギーを
高めるごとに、自分の心が吸い取られるような感覚がしたが、無視する。
「さらなるシンカを遂げなさい!その美しさは花嫁が嫉妬し……くっ、その可愛さは私に並ぶ!これが博士の
くれたもう一つの力!メガサーナイト!!」
メガシンカの光に包まれ、現れたサーナイトの姿は、まるでウエディングドレスでも来ているような姿とな
った。その神秘性と美しさは、確かに見るものを嫉妬させるのかもしれない。
「す、すげえええええ!一度のバトルで二体目のメガシンカなんて見たことねえ!」
「こいつは前代未聞だぜ!」
「か、かわいい……」
「ふつくしい……」
「……これは驚きましたね。ですがそんなフラフラの体では……ネビリムさん。あなた自身もですよ?」
本来、一度のバトルで行えるメガシンカは一体だけだ。それはメガシンカがポケモンとトレーナーの心の絆
……いわば精神のエネルギーを利用しており、短時間の間に複数のメガシンカを行うことは、危険、または不可
能だとされているからだ。事実としてネビリムは立っているのもやっとの様だった。
「あなたを倒した後で、ゆっくり休ませてもらいますよ。それより今は……バトルです!メガサーナイト、ギ
ルガルドにハイパーボイス!」
「ここにきてノーマルタイプの技を……?」
ギルガルドもゴーストタイプであり、ノーマルタイプの技は効かない。故に一瞬反応が遅れた。そしてそれ
は過ちだった。サーナイトのハイパーボイスはギルガルドを凄まじい音波で持って吹き飛ばし、ジムの壁に叩き
つける!
「……エクセレント。メガサーナイトの特性はフェアリースキンですか。よくよくあなたはノーマルタイプ使
いとして選ばれていますよ」
フェアリースキンはノーマルタイプの技をフェアリータイプに変えたうえで威力を高める特性だ。故にギル
ガルドにも大きなダメージを与えたというわけである。戦闘不能になったギルガルドをボールに戻しつつも、シ
リアのジュペッタは動いていた
「ですがそこまでです。ジュペッタ、ナイトヘッド!」
ジュペッタが幻影を魅せ、既にフラフラだったサーナイトを戦闘不能にする。いくらメガシンカといえど、
幻影による一定のダメージからは逃れられない。
「ありがとう……サーナイト」
瀕死寸前からシリアのポケモンを倒す活躍をしたサーナイトを褒め、ネビリムはボールにしまう。
「さて……残るは後2体ですね。まだやりますか?」
「……当然ですよ。出てきなさい、ミミロップ」
メガシンカ形態のミミロップが再び姿を現す。そしてネビリムはこう口にした。
「チャンピオン・シリア。提案があります」
「聞きましょう?」
「この勝負――私のメガミミロップとあなたのメガジュペッタ、一対一の勝負で決着をつけませんか?」
「ほう……」
現状、ネビリムの残りは後2体でシリアの残りは3体。しかもミミロップは麻痺している。状況は明らかに不
利――よって、ネビリムはこのショーという状況を逆に利用した。
(これがもしメガストーンをかけた戦いだと知れていれば当然呑まれないでしょうが、観客がいる状態で否定
すればチャンピオンとしての器を下げることになる。さあどうしますシリア……)
固唾を飲んで反応を待つネビリム。数秒の沈黙の後――シリアは笑顔で答えた。
「いいでしょう、その勝負、乗って差し上げましょう!」
「いいぞいいぞー!」
「さすがシリア、エンターテイメントってやつをわかってるぜ!」
「ふ……後悔しても知りませんよ」
「大丈夫ですよ、勝ちますからね」
「ならば……いきますよ!ミミロップ!」
これが実質最後の勝負。ミミロップは今『きもったま』を有している。ならばこれしかない。
「とびさざげり!!」
「スキルスワップだ!」
「!!」
ミミロップが助走をつけてジュペッタにとびひざ蹴りを放つ。そしてジュペッタは――今まで何度もネビリ
ムが使った技。スキルスワップを発動した。ジュペッタとミミロップの特性が入れ替わる。つまり――
「そんな……」
ミミロップのとびひざ蹴りはジュペッタの体をすり抜ける。『きもったま』を持たなければノーマルタイプ
の技はゴーストタイプに当てられない。そしてとびひざ蹴りは、外れた時大きな反動を受けるデメリットを持つ
。その蹴りは思い切り地面にぶつかり、ミミロップを倒れさせた。
「決まった!シリアの勝ちだ!」
「すごいよ、あれだけスキルスワップを使った相手にスキルスワップでとどめを刺すなんて!」
観客の歓声に手を振って応え、ネビリムに歩み寄るシリア。そして振る手を、そっとネビリムに差し伸べた
。
「素晴らしいバトルでしたネビリムさん。さ、ポケモンセンターに行きましょうか。お話ししたいこともあり
ますしね」
これはショーであってショーではない。シリアをしては彼女を通じてあの博士のことをいろいろ聞くつもり
なのだろう。ネビリムはその手を払いのけた。
「……覚えてなさい!今回は私の負けですが……次会うときは、あなたなんかけちょんけちょんにしてやるん
ですからねー!!」
瞳に涙をためて、走り去るネビリム。シリアは特にそれを追わなかった。
「追わなくていいのか、シリア?」
……ようやくシリアに話しかける余裕が出来たサファイアはシリアにそう聞く。
「ま、あの様子なら近いうちにまた仕掛けてくるでしょう。今は彼女に手荒なことは出来ませんし、ね」
あくまでこの場はこれで収める気の様だった。観客の方に一礼する。
「さあ、ネビリムさんは先に行ってしまいましたので私が代わりにご挨拶を。本日は足を止めてくださり誠に
ありがとございました。これからジムリーダーや私がどこかしらでバトルを行うかもしれませんが、その時もま
たよろしくお願いします」
今後またどこかでメガストーンを持つトレーナーを襲いにあいつらはやってくるかもしれないので、その時
にパニックにならないための措置だろう。観客たちはいいものが見れた、と口々に言いながらその場を後にして
いった。
「さて……これで今度こそお別れですかね」
観客たちが散っていき、またサファイアとルビー、そしてシリアだけになったころ。再びオオスバメに乗っ
たシリアにルビーが問いかける。
「兄上。あなたは……何を考えているんですか?」
「おや、どういう意味でしょう」
「あなたが観衆に対してショーだといった時、普通ならもう少し疑問に思う声が上がってもいいはずだ。なの
に実際に上がった大きな声はあなたの言葉を鵜呑みにするものばかり……本当は、何か仕組んでいたんじゃない
んですか」
ルビーの疑問はまだある。それはあのバトルそのものの事。
「最後のスキルスワップだってそうです。あんな技を覚えさせているのなら、もっとさっさと使っていれば相
手の戦略を大きく崩せたでしょう。なのにあなたはそれをせず、相手のやりたいようにバトルをさせた」
「……」
「もっと言うなら、あなたは呑み込みが早すぎたんですよ。サファイア君がテレビジャックのことを伝えてき
た時、ボクはともかくジムリーダーですら状況をすぐには飲み込めなかったのに、あなたはいち早く理解してい
た。……本当は、最初から知っていたんじゃないですか?」
「兄上、ボクにはあなたとあの博士たちがグルな気がしてならないんですよ」
ルビーは沈痛な面持ちで疑問を兄にぶつける。それに対してシリアは肩をすくめた。
「……やれやれ、疑い深い妹君を持つと苦労しますよ」
「では違うと?」
「ええ。まあバトルのこと以外は否定する根拠もありませんが……大体そんなことをして私に何のメリットが
あるというんです?
妹君は、私がなぜチャンピオンを目指したか知っているでしょう。その私があんな博士に手を貸すと思います
か?」
「……それは」
言い淀むルビー。兄妹の間でしか通じない会話にもやもやするサファイアだったが、そこに割って入るのは
気が引けた。後でシリアがそんなことするはずないと言っておこう……と決めておく。
「さて、妹君の疑問にも答えたところで、さようならです、サファイア君。妹君。今度会うときは、二人がよ
りトレーナーとして成長していることを祈りますよ」
「ああ……待っててくれよ、シリア!俺、絶対シリアのところまでたどり着いて見せるから!」
「ええ……それでは」
シリアは幽雅に一礼し、その場を去っていった。そして二人きりになるサファイアとルビー。
「……なあ、ルビーとシリアって、仲良くないのか?」
「……まあ、いろいろあってね。さて、これからどうしようか。」
はぐらかされるのはいつものこと。とりあえずカナズミでの一件は終わりを告げたようだった。次の行き先
は。
「ムロタウンに行きたいな。次のジムがそこだろ?」
そう言うと、ルビーは馬鹿にした目でサファイアを見た。
「それはわかってるよ。それでどうやってそこまで行くんだい?まさか水着に着替えて泳いでいこうなんて言
うんじゃないだろうね」
「フェリーとかあるんじゃないのか?」
「ないよ」
「えっ」
「そんなものはない」
普通なら水ポケモンに乗っていくんだけどね。ボク達にはその当てがないだろう?というルビー。そこへ。
「ああん!?もうチャンピオンいなくなってるじゃねーか!」
どこかで聞いた声。マッハ自転車を猛スピードで飛ばしサファイアを轢くギリギリで避けたその少年は。
「エメラルド!?」
「え!?ルビーとシリアって兄妹だったのか!?」
カナズミシティまでの間、緊張するサファイアにシリアは穏やかに話しかけその緊張をほぐしてくれた。自
分はかつて世話になったトレーナーズスクールに顔を出しに来たこと、そしてその帰りにエメラルドたちを見つ
けたことなどの話を聞く。そして現在、カナズミに戻るころには普通に話せるようになっていたのだがそこで驚
きの事実を告げられる。
「そうだよ、わざわざ言うほどのことじゃないから言わなかったけどね」
「やれやれ。相変わらず妹君は人が悪いですね」
「……何、兄上ほどではありませんよ」
含みのある笑顔を浮かべるルビー。サファイアにはその感情の底までは読み取れない。
「でもさ、二人は普通の兄妹とは色々違うよな?髪の色とか、名字とか……それに、話し方もなんか他人行儀
だし」
「まあ、そこは色々あるんだよ。家庭の事情というやつが。――例によってそれはまだ秘密にさせてもらうけ
どね。兄上も口を滑らせないでくださいね?」
「ええ、わかっていますよ」
「やっぱりそこは教えてくれないんだな」
「君が思い出すまでは……ね」
ルビーがサファイアに微笑む。どこか既視感を覚えはするのだが、やはり思い出すことが出来ない。果たし
て自分とルビーはどこで出会ったのだろうか?
考え込んだサファイアに、軽くぱんぱんと手を鳴らしてシリアが現実に引き戻す。そしてサファイアにこう
言った。
「いやあ驚きましたよ。妹君がこんなに誰かに積極的に関わるなんて……しかも君は僕に憧れてポケモントレ
ーナーになったとか。彼女の兄としても、チャンピオンとしても……サファイア君。君のポケモンバトルを一度
見てみたいですね」
「ホントに!?じゃあ、俺、誰かバトルする相手を探してくる!」
「いえ、わざわざ探す必要はありませんよ。せっかくカナズミシティにいるんです」
近くにポケモントレーナーがいないか探そうとするサファイアをやんわりとシリアは止め、提案する。そし
てカナズミシティの中央付近にある――カナズミジムの方向を指さした。
「君のジム戦。見届けさせてもらいましょう」
「ジム戦を……?」
「ええ、特にここのジムリーダーなら……いえ、その話は後にしましょう。では、早速行きましょうか」
「あ、待って!まだ心の準備が……」
まさか初めてのジム戦がチャンピオン直々に見てもらえることになるなんて思いもしなかった。躊躇いを見
せるサファイア。
「おや、怖気づいたのかい?この町についた時はあんなにジム戦を楽しみにしていたじゃないか。兄上の前で
情けないバトルをするのが怖いのかな?そんなんじゃ先が思いやられるね」
「そ、そんなことない!今すぐ行ってやってやるよ!頼むぞ、カゲボウズ、フワンテ、ダンバル」
ルビーにそうからかわれると、すぐに否定する。
(そうだ、チャンピオンが見ていようと……いやだからこそ、チャンピオンと同じ幽雅なポケモンバトルを
貫くんだ)
そう心に決める。その様子を見てシリアは歩き出した。
「では、早速行きましょうか。カナズミジムへ」
カナズミジムに向かう途中で、ジムリーダーはトレーナーズスクールで最も成績の優秀なものが務める決まりに
なっていることや、予め決められた岩タイプのポケモンを使って勝負をすることになっていることをシリアから
教わる。勝負そのものよりも、トレーナーの実力を見極めることに主眼が置かれているからなのだそうだ。
「うーん……よくわかんないけど、手加減されるってことなのか?」
説明を聞いた後、少し面白くなさそうにサファイアが言う。手加減されるのがわかっているというのは少し
すっきりしない。どうせなら全力の相手に勝ちたかった。
「手加減、というのとは少し違いますね。ジムリーダーとして……与えられたポケモンで全力を尽くしてきま
すから。それを乗り越えたものにこそ、ジムバッジは与えられるのです」
「いつも使ってるポケモンじゃないけど、本気は本気ってことかな」
「そういうことです。さ、つきましたよ」
カナズミジムにつき、初めてのジムへの一歩を踏み出す。するとジムの奥の方から驚いた声が聞こえてきた
。こちらに近寄ってくる。黒髪のお下げを二つにした、気の弱そうな女性だった。
「……シリアさん!?どうしたんですかこんなところに。もしかしてこちらにも来られるご予定でしたか。あ
あすみません、何の用意もしていなくて……」
「いえいえ。特に連絡などは入れていませんでしたから構いませんよ。それより、この少年とジム戦をしてく
れませんか?」
「ああっ、そうでしたかすみません!ごめんなさい、せっかく挑戦しに来てくれたのに無視してしまって……
」
その女性はサファイアにもぺこぺこと謝る。すごく低姿勢で気の弱そうな態度は、サファイアの中でのジム
リーダーのイメージとはかけ離れていた。
「えっと……この人がジムリーダーなのか?」
「まあ、一番奥にいたしそういうことだろうね」
「その通り。彼女がカナズミジムのジムリーダー……ヨツタニさんです。ヨツタニさん、落ち着いて落ち着い
て」
シリアがそう保証する。気の弱そうな女性――ヨツタニは、ようやく落ち着いてサファイアを見た。
「すみません、私どうしても気弱になってしまって……でも、ジム戦に来られたからには全力でお相手します
。どうぞ、奥に来てください!」
ヨツタニについて少し歩くと、階段の上がったところに広い空間があった。ここがジム戦の場所だとサファ
イアにも一目でわかる。ここから無数のトレーナーたちがジム戦に挑戦し、各々の実力をぶつけていったのだと
。ヨツタニの目も既に弱気そうなそれではなく、華奢な体の中に凛とした強さを持つそれに変わっていた。
「ルールはお互い二体でのシングルバトルです。それでは準備はいいですか?」
ヨツタニがルールの確認をする。サファイアは頷いた。
「ああ、ルールはわかってる……いつでもいけるさ!」
「わかりました……出てきて、イシツブテ!」
「いけっ、ダンバル!」
サファイアにとって初めてのジム戦が始まる。選んだのはダンバルとカゲボウズだ。岩タイプ相手なら、フ
ワンテでは分が悪い。
「イシツブテ、岩落とし!」
「ダンバル、気にせず突進だ!」
イシツブテが岩を放り投げて落としてくるが、ダンバルの体は鋼タイプを有するだけあってとても硬い。ぶ
つかった岩を砕き、そのままイシツブテに突撃する。
「イシツブテ、丸くなる!」
ヨツタニの指示で体を丸くするが、そのままダンバルはぶつかってイシツブテは何回も地面をバウンドして
転がり、壁にぶつかった。ジム全体に音が響く。
「どうだ!?」
「イシツブテ、転がる!」
ヨツタニにはイシツブテが瀕死になっていないことがわかっているのか、そのまま命令をする。イシツブテ
は丸くなったまま床を高速で縦横無尽に転がり、逆にダンバルにぶつかっていった。横から後ろから、強くはな
いが少しずつぶつかってダンバルの体力を削る。
「くそっ、倒しきれなかったか……ダンバル、もう一度突進だ!」
「−−!」
サファイアが指示するが、ダンバルに突進をさせるがまっすぐ突進することしか出来ないダンバルに対して
イシツブテは縦横無尽にフィールドを転がることが出来る。結果ダンバルの突進は当たらず、むしろ壁などにぶ
つかった反動や転がるイシツブテに当たったダメージが少しずつ蓄積していく。
「しかもそれだけではありません。ヨツタニさんは丸くなるからの転がるを使うことによってその威力を増し
ている……いかに鋼対岩では鋼に軍配があがるとはいえ、これでは少々サファイア君が不利ですね」
シリアはその様子を冷静に分析してコメントする。そしてそれはサファイアにもわかっていた。
(だったらどうする?この不利な状況、シリアならどうやって切り抜ける……!)
縦横無尽に転がるイシツブテを見る。何かダンバルの攻撃をぶつける隙はないか……そして、方法を見つける
。
「ダンバル、ストップだ!その場でじっと!」
なおも突進を続けるダンバルを止める。フィールドの中央で止まったダンバルは、その鉄球の目をきょろき
ょろさせてイシツブテを目でとらえようとするが。
「目を閉じろ、ダンバル。俺を信じてくれ!」
それも止める。ダンバルは少し迷うしぐさを見せた後ぴたりと停止した。それをみたヨツタニが言う。
「……二体目のポケモンにチェンジですか?」
「いいや、違うさ」
「わかりました……それでは、そのまま転がるです!」
ダンバルの右から、左から、後ろからイシツブテの転がるが命中する。ダンバルの浮遊するからだが徐々に
ふらついていく。
(まだだ……まだ耐えられる)
――そしてついにチャンスが来た。それは、目を閉じたダンバルの真正面からの攻撃。
「今だダンバル!思いっきりぶつかれ!」
「−−!」
ダンバルが目を見開いて、真正面から猛スピードで転がってくるイシツブテに突進する。お互いの出せる最
高速度同士でぶつかり、金属と岩のぶつかり合うすさまじい激突音がジムに響いた。
「……戻って、イシツブテ」
イシツブテは転がる勢いを失って倒れる。そしてダンバルも何回にもわたる攻撃を受けて既に限界寸前だっ
た。突進の反動で、地面にごとりと落ちる。
「……ありがとな、ダンバル。信じてくれて」
サファイアとダンバルはまだ出会ったばかり。フワンテのように自分の意思でサファイアの手持ちになった
わけでもないから自分の言うことを聞いてくれるか不安だったが、しっかりと答えてくれたことを褒めた。
「でも、ここからが本番ですよ……出てきて、ノズパス!」
「頼むぞカゲボウズ!」
(シリアの見てる前で……負けられない!)
これでお互い残り一体。恐らくこのノズパスはさっきのイシツブテよりも強いのだろう。だけどサファイアは負
ける気がしなかった。
「ノズパス、岩落とし!」
「カゲボウズ、影分身!」
二人が同時に指示を出し、カゲボウズがノズパスの岩落としを避ける。さっきも見た技だけに回避は容易だっ
た。
「カゲボウズ、鬼火だ!」
揺らめく炎がノズパスに飛んで行く。ノズパスの動きは見るからに重たそうで、とても避けられるとは思え
なかった。
(相手を火傷にすれば、祟り目の効果で状態異常の相手に対して威力を一気に上げられる。それで勝負を決め
てやるぜ!)
「させません。ノズパス、岩石封じ!」
「!」
ノズパスとカゲボウズの間に巨大な岩が鬼火の進路を封じるように降り注ぎ、鬼火はノズパスに当たらない
。だが、その程度なら予想の範囲内だ。
「岩を壁に……ならカゲボウズ、分身に紛れて近づけ!」
「ノズパス、続けて岩石封じ!」
カゲボウズが位置を気取られないように左右にふらふらと揺れながら近づいていく。岩石封じが飛んでくる
が、分身に当たるだけで本体にはかすりもしない。十分近づいたところで、サファイアは命じる。
「よし、鬼火だ!」
カゲボウズの本体が現れたのはノズパスの真後ろ。至近距離まで近づいているがゆえに、岩の壁は張れない
。今度は確かに鬼火がノズパスにヒットし、岩の体が赤くなっていく。が。
「ノズパス、放電です!」
「なんだって!?」
電気が全方位に放たれ、真後ろにいたカゲボウズがまともに浴びて吹っ飛ばされる。カゲボウズはすぐに
起き上がったが、その体の動きが鈍くなっているのが遠くからでも見て取れた。
「麻痺か……いけるか、カゲボウズ」
「〜−〜」
普通に聞いただけでは意味をなさない鳴き声。だがカゲボウズの鳴き声にやる気が満ちているのが、サファ
イアにだけは伝わってくる。
(麻痺したから、カゲボウズの素早さはノズパスよりも低くなってると思う……今から指示を出してもまず先
手は取られる)
(だけど、こんな時だからこそ、シリアのバトルを貫くんだ!)
サファイアが笑みを浮かべる。勝利への作戦は整った。自分が不利な状況だからこそ、見ている者を惹き込
むための笑み。
「さあ――いよいよこの勝負もクライマックス!麻痺した状況からの華麗な勝利をお見せします!カゲボウズ
、一旦下がれ!」
サファイアの指示と今までとは違った言葉の調子にジムリーダーが目を丸くし、ルビーはやれやれと笑う。
そしてシリアは、へえ……と興味深そうな反応を示した。
「なんらかの陽動のつもりでしょうが……全方位に放たれる電撃からは避けられませんよ!ノズパス、放電!
」
ノズパスの体が再び赤みが強くなり、電気を放つ準備をする。確かに、ジム全体にまで届きそうな電撃から
逃れる場所はないように思える。が。
「カゲボウズ、岩石封じの岩に隠れろ!」
「!!」
ジムリーダーの驚いた顔が一瞬見え、直後に電撃が放たれた。電撃はジムの全体に広がっていったが――ノ
ズパス
自身が先ほど鬼火を防ぐために降らせた岩が、今度はカゲボウズを電撃から守る壁として機能したのだ。
ノズパスの素早さはかなり遅い。麻痺しているとはいえ、一発凌げば反撃の一手を打つには十分。
「これで、終わりです!カゲボウズ、祟り目!」
「−−−!!」
カゲボウズから放たれる闇のエネルギーが、岩を砕いてノズパスに直撃する。相手を状態異常にしたうえで
の祟り目の威力は絶大で。火傷のダメージと合わせてノズパスを戦闘不能に追い込むには十分だった。岩の体が
、真後ろにバタンと倒れたのを見て、サファイアは歓喜に飛び上がる。
「やった!まずは一個目のジム戦、勝利だぜ!!」
「……お見事。よく放電の隙に気付き、ノズパスを倒しました。しかしまさか一撃で倒すとはさすがチャンピ
オンが見込んだだけのことはありますね。ですが、さっきのは?」
「俺、シリアみたいなポケモンバトルが出来るようになりたいんだ。だからちょっと、俺なりに真似してるん
だよ」
「そうなんですか……あ、すみません!私に勝った人にはジムバッジを渡さないと……ですね」
ヨツタニが腰のポーチからジムバッジを取り出す。それを、宝物のようにそっとサファイアに手渡した。
「これがストーンバッジです。8つ集めることでポケモンリーグ……チャンピオンのシリアさんに挑戦する資格
を得る証。その一つ、確かにお渡ししました」
「ああ、確かに受け取ったぜ。今度やるときは本当に本気のあんたと戦いたいけどな」
「……シリアさんに聞いてるんですね、ジムリーダーの事。私もその時を楽しみにしています」
岩のようなバッジをしばらく眺めた後、自分のバッグに大事にしまう。
「やあ、お疲れ様だね。ま、ともかくおめでとう…と言っておくよ」
「ええ、本当におめでとう。僕に憧れてくれている、というのは本当の様ですね。こう言うのもなんですが、
良いバトルでしたよ」
その間に近づいてきたルビーとシリアが、それぞれの言葉でサファイアにねぎらいの言葉をかける。
「ありがとう!シリアに褒められるなんて、なんだか夢みたいだな……」
サファイアが何気のなしにそう言うと、シリアはわずかに目を細めて
「ですが今度は、『君だけの』ポケモンバトルが見てみたいですね。そういずれ……君がポケモンリーグに挑戦
するときにでも」
「シリア……?」
その言葉の意味は、サファイアにはよくわからなかった。考えていると、ルビーがこう切り出す。
「さて、サファイア君の番が終わったところでボクもジムリーダーに挑ませてもらっていいかな?ジムバッジ
は集めないといけないからね」
「はい、構いませんよ」
「ルビーのジム戦か……ゆっくり見たいけど、俺はまず頑張ってくれたポケモンたちを回復させてやらないと
な」
「気にせず言って来ればいいよ。別に見てもらったところで面白くもないだろうしね」
「わかった。じゃあ頑張れよ!」
サファイアはジムの外へと駆け出す。戻るころにはもう終わっているかもしれないけれど。ルビーならきっ
と大丈夫だろう。そう思った。
「……妹君は素直ではありませんねぇ」
「何の事だかわかりませんね、兄上」
そんなやり取りが聞こえたが、そんなことは初めてのジム戦に勝利した喜びの大きさがかき消した。思わず
走る足に力がこもって転びそうになるのを必死に抑える。
「これで一歩……シリアに近づけたんだ!」
「おまちどうさま!お預かりしたポケモンは、みんな元気になりましたよ!」
息を切らしながらポケモンセンターにたどり着き、カゲボウズとダンバルを回復してもらう。まだまだ興奮
冷めやらない中、ふとテレビを見上げる。
「……デボンコーポレーションは五年前の社長の死によって業績が低迷しており―――」
ニュースを放送していたテレビの画面が一旦ブツン、と切れ、徐々に違う映像が映し出される。
「……あいつは!」
『あーあーあー……ハッーハッハッハ!とぉーくと聞きなさい一般市民たちよ!これからホウエンの地に轟く
美しき我が!ティヴィルの言葉を!』
痩せぎすの体に、研究者じみた白衣の男の狂気じみた甲高い叫びがテレビから響く。突然の出来事に周りの
人はぽかんとしてテレビを見ていた。サファイアにも、ただテレビを見ていることしか出来ない。
『ンーフフフフ、突然の登場に恐らくあなたたちには理解がおぉーいつかないでしょうが……私の目的はずば
り!このホウエン地方に多く存在するとある石の謎を解明し!そのすべてを頂くこと!』
(とある石……?)
何故かそこでもったいぶるように言葉を止め、謎の一回転を決めた後、博士は演説を続けた。
『その石とぉーは……ずばり、メガストーン!』
「!!」
『このホウエンにのみ数多く現存し、チャンピオンを初めとする強力なトレーナーが持っているアレです。あ
れはそこぉーらのトレーナーが持っていていいものではありません。私こそが!メガストーンという強力な力を
支配するべきなのですよぉー!』
メガストーン。ポケモンに通常の進化とは異なる『メガシンカ』という力を与える不思議な石。なかなか見
つかるものではないがそれでも他の地方に比べると圧倒的に存在する数は多いという。
『そのために私は悪の秘密組織……【ティヴィル団】を設立します。そぉーしてその目的は!一つ、この地に
眠るメガストーン、及びメガストーンの研究施設の機械、データをいただくこと!二つ、メガストーンを持って
いるトレーナーからメガストーンを奪うこと!』
無茶苦茶を要求を真面目に、狂気的に言うティヴィルの態度はまるで昔ゲームに出てくるような『悪の博士
』そのもののようにサファイアには思えた。
『そうそぉーう……これも言っておかなければいけませんねぇ。つまりそういうことぉーなので……私、いや
。【ティヴィル団】』は、チャンピオンに宣戦布告をさせていただきます、彼を倒した時、このホウエン地方は
このティヴィルの元に膝まづくでしょう』
確かにチャンピオンのシリアを倒せたならそれはホウエンの人々にとって大きなショック足り得るかもしれ
ない。だがティヴィルの言葉の響きには他にも何か意味が含まれているような気がした。
(でも……シリアがあんな奴に負けるはずがない。現にあの時もあっさりやっつけてたじゃないか)
そう思うサファイアだったが、博士は更にこんなことを言い出した。
『すでに第一の刺客はチャンピオンのもとに送っています……ンーフフフフ、もしかしたらあっさり倒してし
まうかもしれませんねぇ。
と、話がそれましたが……ともかくそういうことなので、特にホウエンの研究者、及びトレーナーの方々は速や
かにメガストーンを明け渡してくださるとひじょーに助かりますねえ。それでは……今日はこの辺で。我々の活
躍をお楽しみに……』
ブツン、という音がしてテレビの画面がさっきのニュースの続きに戻る。
「なんなの、あの人……」
「いい年して痛いおっさんだなぁ」
「つーか今のってテレビジャックじゃね?」
周りの人たちの反応は、ティヴィルを恐れているというよりも、よくわからないものとして困惑、または流
しているようだったが、サファイアは彼が本気で悪事を働く人間だと知っている。
「……急いでシリアのところに戻らないと!」
サファイアはポケモンセンターから出てカナズミジムへと焦りを覚えながら
再び走り出す。ティヴィルが言っていた第一の刺客はすでに送ったという言葉が本当ならば、もうその刺客はシ
リアと戦っているのかもしれない。それにそこにはジム戦で戦っているルビーもいるのだ。彼女を巻き込みたく
はなかった。
(ルビー、シリア……無事でいてくれ!)
サファイアがカナズミジムから出ていったあと。手持ちの回復を終えたヨツタニと、次の挑戦者であるルビーは
お互いジム戦のフィールドから少し離れたところに立っていた。
「それでは、これより挑戦者ルビーとジムリーダーヨツタニのジム戦を開始します。――始め!」
「ロコン、出番だよ」
「出てきて、イシツブテ!」
チャンピオンであるシリアの号令の後、ルビーとヨツタニが同時にポケモンを出す。先手を取って動いたの
はやはりルビーのロコンの方だ。俊敏な足取りでイシツブテの前へと出る。
「鬼火」
「コン!」
呟くようなルビーの指示を聞きとり、鬼火を至近距離を打ちこむ。確実にイシツブテに火傷を負わせた。
「イシツブテ、岩落とし!」
だが、当然真正面から近づいて技を打ち込めば隙も出来る。ヨツタニもそれを見逃さず、ロコンの体に落石
を落とした。弱点である岩タイプの攻撃を上から受けて、ロコンの体が倒れるが、ルビーの表情に変化はない。
「いけるね、ロコン?」
「コォン!」
ロコンが元気に鳴く。火傷の状態異常によって攻撃力を半減させたため、ダメージは大きくない。とはいえ
無傷ではないのだが主人に褒めてもらおうと自分を元気に見せているのだ。ルビーもそれを理解して苦笑する。
「やれやれ、よそ見はしないでおくれよ?じゃあ、影分身」
ロコンの体が陽炎のように揺らめき、蜃気楼を見せるようにその体が分身していく。
「……イシツブテ、丸くなるからの転がる!」
ヨツタニが指示を出し、イシツブテがサファイアのダンバルにした戦法を見せる。だがあの時と違うのは、
ロコンの体は影分身しているということ。姿の定まらないロコンに、イシツブテは虚しく明後日の方向に転がる
ことしか出来ない。
「丸くなるからの転がるは確かに強力な技だよ。だけど、その威力が発揮されるのはあくまでも相手に当たり
続けてこそ。
……だよね?」
ロコンが分身を続け、その間に火傷のダメージは蓄積していく。ルビーの確認がとどめになったかのように
、イシツブテは限界に達して転がったまま戦闘不能になった。ヨツタニは頷いて、イシツブテをボールを戻した
。
「お見事ですが……私のノズパスにそれは通用しませんよ!出てきて、ノズパス!」
「ロコン、このままいくよ」
ノズパスが出てくるが、既にロコンの体は無数に分身している。岩落としや岩石封じを当てるのは不可能に
近いことは明白だった。
故に、ヨツタニの思考は一つに絞られる。
「ノズパス、放電!あの分身を全て吹き飛ばして!」
「……かかったね」
「え?」
ノズパスが体に電気をためると同時、ルビーは少し悪い笑顔を浮かべた。そしてそれは、勝利を確信してい
る者の顔。
「ロコン、炎の渦」
ノズパスが電気を全方位に放つよりほんの少し早く、その周囲を取り囲むように炎の渦が出現する。炎と電
気はノズパスの周りでぶつかり合い――――ノズパスを中心に大爆発を起こした。その衝撃でロコンの影分身が
消えていくが、中心部にいるノズパスが無事で済むはずがない。
「私のノズパスが……こんな簡単に」
爆発が消えた後、ノズパスは爆心地の中心で倒れていた。チャンピオンのシリアが手を上げる。
「イシツブテ、ノズパス、ともに戦闘不能。よって、挑戦者ルビーの勝利です」
サファイアとは違って、勝利を手にしたルビーの表情に特段の喜びはない。ただ、バトルを終えて自分の元
に走ってくるロコンを優しく受け止めた。褒めて褒めてと、全身でアピールするロコンを撫でる。
「よく頑張ったね、ロコン」
「コーン!」
撫でられて満足したロコンをモンスターボールにしまった後、ルビーはヨツタニに向き直る。その表情から
はさっきの優しさは消えていた。
「さ、ジムバッジを貰おうか」
「……ええ、まさか一体に簡単に倒されるなんて思いませんでした。さすがはシリアさんの妹さんですね」
「……」
シリアの妹、と言われたルビーの表情がわずかに曇った。それについてシリアは何も言わない。
「ああ、すみませんすみません!私ったら何か失礼なことを行ったみたいで……」
ジムに来た最初の姿勢に戻ってしまったヨツタニを、シリアが近寄ってフォローする。
「はいはい、ジムバッジを渡すまでがジム戦ですよ」
「あ……そうですね!ではルビーさん、ストーンバッジを受け取ってください!」
「はい、ありがとう。確かに貰ったよ」
あっさりとジムバッジの授与は終了し、ルビーがバッジをポケットにしまう。その時だった。
「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」
一方、カナズミシティの西側から自転車を走らせながらポケナビでテレビを見ていたエメラルドは(良い子は
真似してはいけません)突然テレビをジャックして出てきた映像に思い切り噴出した。何せさっきぶっ飛ばした
ばかりのわけわからん博士が平然とテレビに出てきているのだから。
「あんにゃろ、平気でいやがったのか……!」
まずそこを気にするあたり大概悪党じみているエメラルドだが、ティヴィルのメガストーンを頂くという言
葉には、悪だくみを思いついた顔をして
「なるほどな……つまり俺様がメガストーンを手に入れれば、わざわざこっちから探すまでもなく向こうからや
ってくることか、おもしれえ。こうなりゃすぐパパに連絡だ!」
テレビでの放送が終わると、エメラルドは早速自分の父親に電話をした。エメラルドの父親はデボンコーポ
レーションのかなり上の方の役員をしていて、エメラルドのことをたいそう甘やかしている。エメラルドもそれ
をわかっていて、父親の前では猫をかぶっているのだった。一人称も『僕』である。
「パパ!今の放送見た?なんか悪い奴らがメガストーンを集めようとしているって!」
「……ああ。それがどうかしたのか、エメラルド?」
「僕、あいつらの悪事をするのなら、ほっとけない!だから――僕に一つメガストーンを渡してほしいんだ!
あんな悪い奴ら、僕の力でやっつけてやる!」
「なに?だが……それは危険だ」
「大丈夫だって!僕の強さは父さんも知ってるだろ、だからさ!」
「……わかった。可愛いお前の頼みだからな。すぐに届けさせよう」
故にメガストーンだろうが何だろうが頼んでしまえばすぐに届く確信があった。勿論、エメラルドの目的は勧
善懲悪などではなく自分に恥をかかせたあの博士を今度こそ自分の力だけでぎゃふんと言わせることである。
そしてその場で待つこと数十分。バラバラというヘリの音が聞こえてきて。空からトレーナー側に必要なキース
トーンと、ポケモンに対応するメガストーンが――3つ、送られてきた。エメラルドは父親に連絡する。
「パパ、しっかり届いたよ!3つメガストーンが届いたけどもしかして……」
「ああ、お前の今持つ3匹のポケモンは全員メガシンカに対応しているのだ。尤も、最終進化を終えなければそ
の力を発揮することは出来ないが……ともかくエメラルド、無茶はするなよ」
「わかってるって、パパ!愛してる、ありがとう!」
エメラルドは電話を切る。対父親用の笑みを悪ガキのそれに変えて、エメラルドはさっき来た道を引き返し
た。
「よぉし……なんか第一の刺客とやらがシリアの元に向かってるっつってたな。ここは飛ばすぜ!」
愛用のマッハ自転車を全速力で漕ぐ。チャンピオンのいるカナズミシティへ向けて。
「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」
息を切らして、サファイアはカナズミジムへと戻ってきた。その様子からただならぬものを感じたのか、シ
リアの表情が真剣になる。
「どうしたのですかサファイア君?落ち着いて、ゆっくり話してください」
シリアに諭されて、サファイアが一旦息を整える。頬を伝う汗をぬぐって、話し始めた。
「……さっきの博士、ティヴィルがテレビをジャックしてこう言ったんだ。
このホウエンにあるメガストーンを全ていただく。勿論トレーナーの物も……シリアの物も。それで刺客をすで
に送ったって……それで、慌ててきたんだ。
無事でよかった……」
「……なるほど」
シリアは頷いたが、ヨツタニとルビーは話についていけていない。
「……待って。一体どういうことなんだい?その説明だけだと良く目的がわからないんだけどね」
「私も初めて聞きました。そんな話……」
サファイアは二人に詳しくティヴィルの言っていた内容を話す。サファイアの様子もあって、一応二人は納
得した。
「……馬鹿げているね。そんなことを事前にテレビジャックまでして公表する意味が分からない。目立ちたが
り屋というだけでは済まされないものを感じるんだけど」
「でももし本当に何かしらの事件を起こすつもりならジムリーダーとしても対策を練らないと……!」
「そうですね。これは由々しき事態です。チャンピオンとしても、放っては置けません。ホウエンリーグに一
度私は戻ります。二人とはしばらくお別れですね」
ジムリーダーやチャンピオンにはホウエンを守る義務もあるのだろう。ヨツタニは早速どこかに連絡を取り
始めた。シリアもジムの外に向かう。
「……ちょっと残念だけど、仕方ないよな」
「まあ、子供のわがままが許される場面ではないだろうねえ。」
「そうだよな……」
そんな会話をしながら3人でジムから出た。するとシリアがマジックのようにどこからか手に三つの物を取り
出した。
「それでは妹君、そしてサファイア君にはこれを渡しておきましょう。まずは妹君、これを」
シリアはルビーに黒くて、どこか魂を惹き込むような美しさのある布を渡す。ルビーはそれを知っているよ
うで、これは……と呟いた。
「霊界の布、と呼ばれる道具です。いずれ妹君の力になるでしょう。……そして二人に、これを。受け取るか
は任せます」
残りの二つ――それは紛れもなく、今話題になったメガストーンの一種、キーストーンに違いなかった。サフ
ァイアが驚き、ルビーが嫌そうに目を細めた。
「……どういうことです兄上?ボク達を巻き込もうと?」
「だから言っているんですよ、受け取るかは任せると。……あの博士と出会った時の様子、そしてテレビジャ
ックを伝えた時の様子を見るに、サファイア君は自分からこの事件に関わろうとするでしょう」
図星を突かれて、サファイアはどきりとした。確かにあいつらの悪事は放っては置けない。それを見て、ル
ビーはため息をつく。
「……どうやらそのようですね。毒を食らわば皿まで、か」
「まあそういうことです。どうせ巻き込むなら、せめて巻き込まれても大丈夫なようにするのがいいでしょう
。その為の餞別ですよ、これは。
――さあどうします?」
キーストーンを受け取り、この事件に積極的に関わるか。受け取らず、知らぬ存ぜぬを通していくのか。無
論後者でもシリアは落胆も怒りもしないだろう。ただの一トレーナーのサファイアとルビーに関わる義理は全く
ないのだから。
サファイアはちらりとルビーを見る。ルビーは肩をすくめた。どうせ止めても無駄だとわかっているからだ
。
「もらうよ、シリア。……ありがとう」
「仕方ないですね……解せないところはたくさんありますが、もらってあげますよ。兄上の我儘には困ったも
のです」
二人はそれぞれキーストーンを受け取る。それをシリアは笑顔で見届けて。移動用のオオスバメをボールか
ら呼び出した。その時だった。
「フッフッフ……見つけましたよ、ホウエンチャンピオン・シリアッ――!!」
上から、どこかあの博士に似た、だけど若い女性の叫びが聞こえる。サファイアが上を見上げるとそこには
――ミミロップの背に乗って、サファイアやルビーより少し年上の少女が急降下してきていた。
「シリア!空から女の子が!」
サファイアが警告し、シリアがその身を何とか避ける。向こうも元々狙いはオオスバメの方だったようで、
その身に思い切り空中からのとびひざ蹴りを直撃させた。オオスバメはあまりの一撃に泡を吹いて倒れる。そし
て柔軟なミミロップの体は地面におりた衝撃を殺して、すとんと着地した。
その少女は、薄紫の長髪をストレートにしているけど少し前髪が動物の耳のようにぴょこんとはみ出ていて
、服装は紺のブラウスに小豆色のロングパンツを履いている。目つきはどこかにやりとしていて、かつ自分に絶
対の自信を持っているもののそれだった。
「やれやれ……刺客と聞いてどんな人が来るのかと思えば、あなたでしたか」
シリアが珍しくため息をつく。その仕草はやっぱりルビーと兄妹なんだなと感じたが、それどころではない
。
空から降ってきた、少女を見やりシリアはこう言った。
「シンオウ地方の第一四天王……ネビリムさん」
「おまちどうさま!お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ!」
カナズミシティのポケモンセンターで瀕死になっていたヨマワルを回復してもらう。元気になったヨマワル
がふわふわとルビーの周りを回った。それをルビーは優しい目で眺める。
「それにしてもいよいよついたんだな……カナズミシティ」
感慨深く、窓の外から街を眺めるサファイア。今までの旅路とは違った近代的な街並みはいやでもサファイ
アの胸をわくわくさせる。それに何せこの町には実質初のジム戦が待っているのだ。そう思うと今すぐにでも挑
戦しに行きたくなった。
「でもまあ……まずは飯にするか。結構長い時間歩いてたしな」
お腹を押さえてサファイアが言うと、ルビーはヨマワルをボールに引っ込めた。そして肩をすくめる。
「そうしようか。ボクも少々空腹だしね」
「素直にお腹へったって言わないのな……」
「似合わないだろ?」
まあそうだけどさ、といいながらポケモンセンターの中にあるテーブル席につく。
「あ……そうだ。今日はちゃんとした飯食えよ」
「はいはい」
二人で旅を始めた時にした約束は今も継続中だ。二人でメニューを見て、サファイアはハンバーグを、ルビ
ーはあまり気が進まない風ではあるがリゾットを注文した。待つ間に、サファイアはルビーに気になっていたこ
とを聞く。
「あのさ、さっき……フワライドから逃げるときに日光が苦手って言ってただろ?どういうことなんだ?」
「あああれね。……まあ助けてもらったわけだしこればっかりは話す義務があるだろうね」
「別に義務って程じゃないけどさ。ちゃんと理由があるならそれなりに気遣いってものが必要だろ」
「……」
ルビーが笑顔になって、名前通りの真紅の瞳でサファイアを見つめる。ルビーは時たまサファイアの言動に
こうして笑顔で見つめてくることがあった。理由は不明だし悪い気はしないのだが。少し気恥かしくて目を反ら
す。
「な、なんだよ黙って見つめて」
「……いや、なんでもないよ。サファイア君は本当に優しいなあ」
「別に、当たり前のことじゃないか」
「君がそう思うのならそれは君の美徳ということさ。それよりもボクのことだね。ボクは――ちょっとした病
気にかかってるんだよ。体質といってもいいかな。とにかく日光を浴びるととても気分が悪くなるんだ。長く浴
び続ければ命にもかかわるらしい。
覚えていないかもしれないけど10年ほど前、強い雨と日照りが交互に起こったことがあっただろう?その時
からそうなんだ。医者に診てもらっても原因はわからない。だから日傘は手放すことが出来ないのさ」
思ったよりも重い話にサファイアが思わず口をつぐむ。ルビーはそれを見て軽く笑った。
「はははっ、何やら空気を重くしたみたいだけどね。ボクにとっては幼いころからこれが当たり前なんだ。不
便だと思ったことも……まあさっきの爆発はさすがに参ったけど、基本ない。だから気にすることじゃないよ」
「……わかった。じゃあそこまで気にしないようにするけど……よくそれで親が旅に出ることを許してくれた
よな。家の中にいたほうが絶対安全なのに」
「……まあね」
「?」
なぜかルビーの声が低くなる。サファイアが首を傾げて尋ねたが、それきり食事が終わるまでルビーは何も
言ってくれなかった。まずそうにリゾットを食べるルビーは、なんだか普段の飄々しさとは打って変わった、弱
弱しさのようなものすら湛えていて、サファイアには今はどうすることも出来ずにただハンバーグを食べること
しかできなかった。
「さて、飯も食ったし早速ジム戦に……」
だんまりになってしまったルビーとの雰囲気を壊すように、食事を終えてジムの場所まで走りだそうとした
とき――またしても、聞き覚えのある声がした。
「「「待て待て待てっー!少年、その3匹を渡すべきだっー!」」」
「へっ、待てと言われて待つ馬鹿がいるか!俺様を捕まえようなんざ……10年早いんだよ!」
見れば、町の中に赤いショートカットに白いパオ、黒ズボンを着て自転車に乗った少年がいつかのガスマス
ク集団に追われていた。走っているガスマスク集団よりは、自転車の方が早く距離が離れていく。
「もしかしてあいつ……レイヴン博士からポケモンを奪ったやつじゃないか?」
「あのガスマスクがまた勘違いをしていなければ、そうだろうね」
だんまりだったルビーが口を開く。さっきのとは無関係な話題だからだろう。
「俺、ちょっと追いかけてくる!博士からポケモンを奪ったやつは見つけたらとっちめるって博士と約束した
んだ!」
「自転車を追いかける気かい?それは賢明な判断とは言えない気がするね」
「けど……!」
「まあ落ち着きなよ。どうせ走っても追いつけない。追いつけるとしたら途中で彼が止まった場合だろう。な
ら歩いていっても同じことだと思わないかい?歩いていくならボクもついていくよ。面白そうだしね」
「なんかそれ屁理屈じゃないか?」
「屁理屈だって理屈のうちさ。どうする?」
「……わかったよ、歩いていこう」
ルビーの提案を呑んで、二人で歩き出す。しばらく歩いて町の外へ出ると、どうやら自転車の少年は止まっ
たらしい。自転車には乗ったままだが。
「ぜえぜえはあはあ……や、やっと諦めたか少年。さあ、ポケモンを差し出し……」
すでにへとへとなガスマスクに対し、赤髪――翡翠色の目をしているのも見て取れた――少年が生意気な調
子で言う。
「はん!既に瀕死寸前でほざくなっつーの。別に俺は逃げてたわけじゃあねえ。町の中で戦いたくなかっただ
けなんだよ!いけっ、ヌマクロー!」
「……ふん、大人しく差し出さなかったことを後悔するがいい!行くぞ、2号3号!そしてマグマッグ!
「ああ、行くべきだラクライ!」
「同じく、ユキワラシ!」
3対1のポケモンバトルが始まる。一見とてつもなく不利な状況だが翡翠色の目の少年に焦りはない。むしろ
絶対的な自信に満ち溢れている。
(あいつら、3対1で平気に……)
加勢するべきか迷う。ガスマスク集団の行いは相変わらず非道だが、向こうも博士から無理やりポケモンを
奪った悪い奴なのだ。そうしている間に、ガスマスク集団が指示を出す。
「マグマッグ、火の粉!」
「ラクライ、スパーク!」
「ユキワラシ、粉雪!」
3体の攻撃が一斉にヌマクローに襲いかかる。だが少年は不敵な笑みを浮かべる。
「やっぱりそんな雑魚技かよ。そんな技でこのエメラルド様に勝とうなんざ――百年早いんだよ!
ヌマクロー、波乗り!」
ドドドド……と水が怒涛の勢いで流れる音がする。それはヌマクローの後方から出現した巨大な『波』だっ
た。ヌマクローは意外な跳躍力で波の上にひょいと乗っかり。火の粉を、電撃を、粉雪を。そして相手のポケモ
ンを、波が全て飲み込んだ。
完全に、技の威力の桁が違う。それがサファイアの受けた印象だった。
(この辺じゃ見たことない、それこそポケモンリーグの中でしか見ないような高威力の技……こいつ、何者なん
だ!?)
驚いている間にも戦況は進む。勢いを失った波の中からは瀕死になったマグマッグと、大きなダメージを受
けたラクライとユキワラシ……そして。
その上に覆いかぶさるように、ワカシャモとジュプトルが立っていた。
(まさか、波乗りはあいつらの視界を隠して新たなポケモンを繰り出すために?)
サファイアが思考する間に、二体が力をためる。そして。
「火炎放射、アーンド……ソーラービームでフィニッシュ!!」
明らかに不必要な威力で、炎と日光が二体のポケモンを焼き尽くす。圧倒的に、あっという間に3体を戦闘不
能にしたエメラルドはガスマスク集団の方を向いて。
「さあどうした?まだやるってんならいくらでも相手になってやるぜ。珍しいポケモン、強力な技……完璧な
戦略……全てを兼ね備えたこのエメラルド様がな!」
「ぐ、ぐぬぬぬ……我々にはもう手持ちがいない。だがこのまま逃げれば、ティヴィル様のお仕置きが!」「
それはまずい!」
「どうすれば……!」
三人が慌てふためく。丁度その時、上から豪奢な椅子に座って白衣の男……ティヴィルが手持ちのレアコイル
とコイルを伴って下りてきた。エメラルドが眉を潜める。
「ハッ―ハッハッハ!!よおぉーやく見つけましたよ。3人は時間稼ぎご苦労さまです」
「ああ?あんたがこいつらの親玉か?」
「親玉……というのはいささか陳腐な表現ですがまあいいでしょう。今出している3匹のポケモンを渡していた
だきます」
「ティ、ティヴィル様!それではお仕置きは……」
懇願するようなポーズでガスマスク達は博士を見る。博士はにっこりと笑って。
「フフーフ。そぉーれはそれ、こぉーれはこれ!3人は後でおしおきたーいむ!ですから覚悟するんですよぉー
」
「は、はいぃ……了解でございます」
しょぼくれるガスマスクをよそに、エメラルドのポケモンたちは再び攻撃の準備をする。
「どうやらエメラルドという子には遠慮ってものがないらしいね。だけど……」
サファイアと同じ陰で見ているルビーが呟いた。その言葉通り、エメラルドは命じる。
「ワカシャモ、火炎放射!」
業火の柱が博士に殺到する。さすがに直撃すればひとたまりもないかと思われたが……
「光の壁。スイッチオォーン!」
ティヴィルが手持ちのスイッチを押す。するとレアコイルが3体ばらばらになり、さらにコイルも移動して博
士の乗る球体を守るよう正四面体の頂点を形作った。そして――博士を光の壁が覆う。
「ハッ、そんなもんで俺様の技が……なにぃ!?」
光の壁は、業火と光線を弾き飛ばす。エメラルドが仰天した。
「ハッーハッハッハ!その程度の威力では私が開発した『ピラミッド・バリヤー』は壊せませんよぉー!?」
「ぬぐぐぐ……たかが光の壁にへんてこな名前つけやがって……だったら3匹同時攻撃だ!波乗り、火炎放射、
ソーラービーム!」
再びポケモンたちが力をためて攻撃を放つが結果は同じ。あれだけ巨大な攻撃を放っているにもかかわらず
、バリヤーには傷一つついていない。ガスマスク達は呷りを食らって盛大に吹っ飛んでいたが。
「さあ、ここからはこっちのターンですよぉー?いきなさい、ロトム!」
「ちっ……なめんなよ。電気タイプが相手なら……いけヌマクロー!」
電気を纏った影のようなポケモンが出てくる。サファイアの知らないポケモンだった。エメラルドは見た目
から電気タイプと判断したのだろう。二匹を引っ込め、地面タイプを併せ持つヌマクローを繰り出す。
「ヌマクロー、地震だ!」
ヌマクローが力をため、大きく地面を揺らす。揺れは遠く離れているサファイアたちまで届いたが。
「ンーフフフフフ。聞きませんぉー!このポケモンは『浮遊』を備えていますからねえ」
「な、なんだとぉ!?」
「それでは見せてあげましょう、我が研究の成果を!ロトム、カットモード、チェエエエエエエエエンジ!!
」
ティヴィルは何やら芝刈り機のミニチュアのようなものを掲げて、ロトムと呼ばれたポケモンに叫ぶ。すると―
―ロトムの姿が、ミニチュアを真似るように変身した。
エメラルドは想定外の事態の連続で冷静な判断力を失っているのか、喚くように叫ぶ。
「どうせはったりだろそんなもん!ヌマクロー、波乗り……」
「ロトム、リィィィフ、ストォォォォォム!!」
まるで変身ロボットの必殺技を放つようなテンションでティヴィルが割り込む。ヌマクローの波乗りよりも
早く放たれたのは――若草色の奔流だった。それが一気にヌマクローを襲い、一撃で戦闘不能にする。
「こいつ、草タイプをもってやがったのか!?だったら、出てこいワカシャモ!さっさと焼き尽くせ!」
もはや技名すら命令しないエメラルド。
「……そっか。博士も言ってたけど、もしかして……」
あの時レイヴン博士は言っていた。彼のポケモンの技は技マシンで覚えさせたものだと。あの大威力の技も
そうなのだろう。技の威力にポケモンの、トレーナーのレベルが追い付いていないのだ。
「大方、金で強力な技を買ったお坊ちゃんなんだろうね。それがあのざまだけど……どうするサファイア君。
このまま黙ってみているかい?」
「いいや、そんなわけにはいかない。このままじゃ多分、あのティヴィルってやつにポケモンは取られちまう
。今度こそあいつに勝つ!」
「……やれやれ、まだ彼に勝てるとは思わないな。ボクは警察を呼ばせてもらう――」
その時、ルビーの言葉が、視線が固まった。それにつられてサファイアもそちらを向き、固まる。二人の視
線の先にいる人物は、博士とエメラルドを見てはっきりといった。
「二人とも、お楽しみはそこまでです」
※作品によって表示に時間がかかります
「二人とも、お楽しみはそこまでです」
ティヴィルとエメラルド、二人の間に割って入ったのは――この地方に住むもの誰もが知るホウエン地方の
チャンピオン。シリア・キルラだった。ワックスで綺麗に整えられた金髪、白いタキシードを着たその姿は、ほ
かの誰かと見間違えるものではない。
「シリアがなんでここに……?」
「……」
サファイアの疑問に答える者は今はいない。ルビーも何か思うところがあるのか黙っている。
「ああ?何だお前……って、シリアだとぉ!?」
エメラルドも気づいたらしく、驚きの表情を浮かべる。ティヴィルはティヴィルでやたらやかましく反応し
た。
「なんですとぉー!?チャンピオンがやってくるとは想定外……ですが!私の研究は強靭、無敵、最強――な
のです!!ロトム、やってしまいなさい!10万ボルトォー!!」
「出てくるんだヤミラミ!パワージェム!」
シリアの命令と共にヤミラミの瞳が光り輝き、宝石のような煌めきが放たれる。それは10万ボルトの電撃を
分散し、霧散させた。シリアはティヴィルをまっすぐ見据え、余裕の笑みで語り掛ける。
「たまたま通りすがってみれば。少年からポケモンを奪おうとするその非道、見過ごしてはおけませんね。こ
れ以上やるというのなら、僕も本気を出させてもらいますよ?」
それは、今はまだ全く本気ではなく。また本気を出せば自分が勝つことは確定していると分かっているから
こそ出てくる言葉。そのニュアンスをティヴィルも感じ取ったのだろう。
「言うじゃありませんか。……ならば私も本気で行きますよぉー?レアコイル!炎のトライアタック!」
レアコイルが自分の体で三角形の頂点を形作り、特殊な電磁波を生み出すことで本来レアコイルには扱えな
い火炎放射に匹敵するほどの炎が放たれる。サファイアとの戦いで見せた特殊なトライアタックだ。
「ヤミラミ、みきりだ!」
ヤミラミの瞳が光り輝き、相手の攻撃を冷静に見切って躱す。
「ふふん、大見えを切った割にはいきなり防御ですか?」
「ええ、そして防御はもう必要ありません。あなたの攻撃は見切りました」
「次のあなたの攻撃で、僕はあなたのレアコイルを倒します」
シリアが宣言する。まるでテレビの中で見るのと同じように優雅に。そして謎めいて幽玄に。思わずサファ
イアは息の呑む。
「やれるものならやってみなさい!レアコイル、今度は氷のトライアタッーク!」
「ヤミラミ、10万ボルト!」
レアコイルが自分の作り出した三角形に冷気を纏わせると同時、シリアのヤミラミは10万ボルトを放つ。
(レアコイルには効果が薄い技の電気タイプの技で倒すつもりか!?)
サファイアが固唾をのむ中、レアコイルに10万ボルトが命中する。ヤミラミの特殊攻撃力はそう高くない
。故に――
「ハッーハッハッハ!そんな攻撃がレアコイルに通用するとお思いですか、チャンピオン?さあやりなさい、レ
アコイル!」
レアコイルを瀕死にするには至らない。そのままレアコイルが極大の冷気を放とうとしたとき――ピキリ、
と。何かの凍り付く音がした。
「――な!?」
レアコイルの体が、見る見るうちに凍り付いていく。まるで自身が放とうとした冷気を自分の身に受けたよ
うに。
「ば、馬鹿な!?いったいなぜぇー!!」
混乱するティヴィルに、いや――その場にいるもの全員にシリアは説明を始める。謎解きをする名探偵のよう
に。
「はっはっは……面白いことを言いますね。それはあなたが招いた結果なんですよ。
レアコイルは通常電気タイプの技を得意とし、炎や氷とは無縁です。――ですが、現代の技術なら電気で高温や
冷気を出すことは難しくありません。電気ストーブやクーラーのようにね。
あなたのレアコイルの中にも、そうした技術の機械が埋め込まれているのでしょう。それに適切な電気、電磁波
を与えることで炎タイプや氷タイプのごとき攻撃を演出した。なかなか面白い工夫です。ですが――少し、ポケ
モンに無理をさせ過ぎていますね」
そこまで言ったシリアの瞳が少し怒りを含んだものになる。それはポケモンを蔑ろにするものへの怒りだった。
「ではもし、与える電気の量が非常に多くなってしまったら?電磁波の磁場が狂ってしまったら?――それは
、機械を埋め込んでいるあなたのポケモン自身を襲うんですよ。それがこの結果です。
あなたの敗因はたった一つ――自分の実験のために、ポケモンへの負荷を考えなかったことです」
びしり、と指を差して優雅に宣言する。
「ムキッー!何を下らないことを……私にはまだ真の切り札たるロトムがいるんですよ!」
髪をかきむしり、機械の上で地団太を踏むティヴィル。
「おや、何か忘れていませんか?
――ねえ、エメラルド君?」
そこでシリアはエメラルドの方を向く。今までレベルの違う戦いに蚊帳の外だったエメラルドは、怒りをぶつけ
る。
「ああそうだぜ……レアコイルが倒れたってことはてめえを守る壁はもうねえ!食らいやがれ、ソーラービー
ム&火炎放射ァ!!」
「し、しまった!?ぬわっーーーーーーー!!」
ワカシャモの火炎放射とジュプトルのソーラービームが今度こそティヴィルの機械を正確に捉える。機械ご
と吹っ飛ばされて、空中で大爆発した。残骸すら残さず消し飛んだようにサファイアには見えたのだが。
「……生きてるのか、アレ?」
「生きていてほしいとも思わないが、残念ながらこういうのは大抵ギャグ補正というやつが働くんだよ」
微妙にメタいことを言うルビー。シリアがヤミラミをモンスターボールに戻す。
「さて……エメラルド君、話を聞かせてもらいましょうか?」
「は?なんのだよ」
「話は最初から聞かせてもらっていました。――なんでも、君のそのポケモンは人から奪ったものだとか」
「ちげえよ!3匹のうち1匹しか寄越さねえとかいうからまとめてもらってやっただけだ!」
堂々と言うエメラルドはある意味大物だろう。だがサファイアとしてはこれ以上黙っている理由はない。エ
メラルドにどんどん近づいていく。ルビーもやれやれとため息をつきつつついてきた。
「おい、お前!博士にケガさせといてそんな言い方はないだろ!」
「いや、誰だよお前!んなの駄目とかいうあいつがわりーんだよ。俺の知ったことじゃねーっつの」
「なんだと!!今すぐ盗ったポケモン返せよ!」
サファイアがエメラルドにつかみかかろうとする。それをシリアが割って入って止めた。
「暴力はいけません。それに、盗ったポケモンというのは察するにアチャモ、キモリ、ミズゴロウでしょう?
そのポケモンたちはすでにエメラルド君に懐いている。それを引きはがすべきではありませんね」
「けど……」
「はんっ、お前も珍しいポケモンが欲しいのかよ?だったらくれてやらぁ!」
エメラルドがサファイアにモンスターボールを投げつける。サファイアの額にボールがぶつかって、その中
から一匹のポケモンが姿を現す。小さいけどごつごつした金属質の姿からして、鋼タイプのポケモンだろう。
「こいつは……?」
「こいつは鉄球ポケモンのダンバル。鋼タイプとエスパータイプを持つ珍しいポケモンだって言うからパパに
頼んで取り寄せてもらったってのに突進するしか能のない、てめえにぴったりの雑魚ポケモンさ!」
「なんだと!?」
「へっ、どうせあの博士にビビッて今まで出てこれなかったんだろ?雑魚じゃなくてなんだっつーの」
「こらこら、言葉の暴力もいけませんよ」
言いたい放題のエメラルドをシリアは窘める。
「けっ!とにかく、俺はもう行くからな!言っとくけどシリア、俺はあんたを超えて見せる男だ!だから礼な
んて言わねえぞ、じゃあな!」
「あっ、待て!話はまだ……」
そう言ってエメラルドは自転車に乗って走っていってしまった。サファイアは走って追いかけようとするが
、到底間に合わない。
しばらくして息を切らして戻ってくると、ルビーとシリアは何かを話していたようだった。
「それにしても――が男の子と旅をしているとは思いませんでしたよ」
「心配せずとも、彼は健全な少年ですからね、――」
「ぜえ、ぜえ……あれ、二人とも何話してたんだ?」
「ん?いや、大したことじゃないよ。それより君は、あんなに憧れていたチャンピオンが目の前にいるわけだ
けど話さなくていいのかい?」
「そっか、チャンピオンが目の前にいるんだよな――ん?」
そうだ、エメラルドのことですっかり頭から抜け落ちていたが今目の前に憧れのチャンピオンがいるのだ。
「あ、あの!シリアさん、俺――テレビでずっと見てて、尊敬してるんです!」
「おや、君も僕のファンなのかな?それじゃあ――少し、お話でもしましょうか。ファンは大事にしないとい
けませんからね」
緊張するサファイアにもシリアは笑みを向けて。3人はひとまずカナズミシティに戻るのだった――。
謎の博士とのバトルでの敗北からもっと強くなる決意したサファイアはコトキタウンからトウカシティ、続いて
海岸線までの道のりを、出来るだけトレーナーとバトルしながら進む。トウカシティにはジムリーダーがいるの
だが、今は休業中らしかった。サファイアとしては初のジム戦に望めないのは残念だったが、仕方ないだろうと
ルビーに諭されて納得した。
「――これでフィニッシュです、だまし討ち!」
今もサファイアのカゲボウズが、影分身で姿を見失わせたところを背後からのだまし討ちで決めたところだ
った。それをルビーは退屈そうに眺めている。サファイアがバトルをしている間、ルビーはいつも日傘をくるく
る回したりして暇を持て余していた。初めてであった時の一戦以来、サファイアはルビーのポケモンバトルを見
ていない。
対戦相手との握手を交わした後、サファイアはルビーにこう切り出した。
「なあ、ルビーはポケモンバトルしないのか?お前だって、ポケモントレーナーとして旅に出たんだろ」
「……」
「おい!」
完全スルーされたのでちょっとむっとして呼びかけると、ルビーは上の空だったらしくはっとしてサファイ
アの方を向いた。
「ああ、悪かったね。ボクがバトルしない理由かい?まあ大したことじゃないさ。単に面倒なんだよ。手間だ
と言ったほうが正確かな。だからやらない」
ボクのポケモンは攻撃技をほとんど覚えていないからね、雑魚相手にいちいちそんな戦い方をしていたら疲れる
だろ?と付け足したが、サファイアは頷けない。
「なっ……じゃあお前は何のために旅に出たんだよ!それくらい教えてくれたっていいだろ!」
「別にいいじゃないか。ボクが戦わない分、君が他のトレーナーと戦うことが出来て強くなれる。ボクは楽が
出来る。ギブ&テイクというやつだよ。それとも――君はボクが旅をする理由がわからないと困ることでもある
のかい?」
「ニートかよ!いや……ないけどさ、気になるだろ?」
「やれやれ、君には自分というものがないのかい?君のポケモンバトルもそうだけど……まるで、アレみたい
だね」
そう言ってサファイアがそれにつられて上を見上げると、何やら紫色の風船のようなものの大群が飛んでいた。
大きいのもあれば、小さいのもある。サファイアにはわけがわからない。
「あれがどうしたんだよ?……っていうか、なんだあれ。誰かがまとめて飛ばしたのか?」
「知らないのかい。まあ、この地方じゃ珍しいか……あれはフワライドっていうポケモンの群れさ。フワンテ
も混じってるね」
「それがどうして、俺に関係あるんだよ」
そう聞くとルビーは人差し指を立てて講釈を始める、何故か得意げに胸を張って。
「フワライドというポケモンの名前は、付和雷同という言葉がモチーフになっているんだ。君はどうせ知らな
いだろうから教えてあげると、付和雷同っていうのは主体性がなく、他人の言動に左右されること。
君のポケモンバトルはチャンピオンの真似ばかりで君らしさ、君のポケモンらしさがないんだよ。まあ君はチ
ャンピオンに憧れているからだ、そう言うんだろうけどね」
「……別に、俺が自分で憧れてやってるんだ。だったら俺らしいって言ってもいいんじゃないのか?」
「ま、サファイア君がそう思うのを止めはしないさ」
ルビーはそこで話を打ち切って、すたすたと歩き始めてしまう。相変わらずルビーの行動はよくわからない
ままだ。聞く前よりもむしろ疑問が増えて、もやもやした気分でついていく。
(俺のポケモンバトル、か……考えたこともなかったけど、でも俺のあこがれはシリアだ。俺もああなりたい
。それでいいじゃないか)
今は気にせず、彼を目指して歩き続けよう。そう考えた。その一方で、サファイアの前を歩くルビーはこん
なことを考えていた。
(……それにしても、なぜフワライドの群れがここに?普通なら考えにくい……何せシンオウ地方のポケモン
だ。ただ流れてくるには、遠すぎる)
考えてみるが、答えは出ない。二人はトウカの森へと入っていく。
フワライドの群れは、キンセツシティを目指していた。
トウカの森は、ケムッソやその繭の多い鬱蒼とした場所だ。度々出くわすそれらをナイトヘッドで追い払い
ながら先へ進む。すると、双子と思わしきそっくりな幼い少女二人に出くわす。
「そこのお兄さんとお姉さーん」
「リリスたちとポケモンバトルするですよー!」
相手が二人、こっちも二人ということで、少女達は明るくダブルバトルを申し込んでくる。サファイアとし
ては勿論OKといいたいところだが、ルビーは露骨に面倒くさそうな顔をした。いつも退屈そうだしサファイアが
迂闊なことをいうと呆れた顔をすることも多いルビーだが、こうまではっきりと感情を示すのは珍しかった。
「嫌だね。バトルがしたいならそこの彼とやってくれたまえ」
「おい、ルビー……子供相手にその反応はないだろ」
「……ボクはこういう子どもは嫌いなんだよ。元気だけ良くて、人の言うことを聞かないから」
さすがに初対面の相手に面と向かって嫌いというのは憚られたのだろう、サファイアに耳打ちするルビー。
「お姉さんはポケモントレーナーじゃないんですか?」
「お腰につけたモンスターボールが見えてるですよー。ならバトルですよー!いくです、プラスル!」
「あっ、私も……出てきて、マイナン」
双子がそれぞれのポケモンを出す。ルビーの言う通り、元気さのあまり人の話はあまり聞けないらしい。そ
れ見たことか、と言いたげにルビーは顔をしかめた。
サファイアはポケモンバトルはしたいし、ここで無碍にするのはさすがに可愛そうではないかということでルビ
ーに頼み込む。
「な、じゃあ戦うのは俺がやるからさ。後ろでサポートしてくれるだけでもいいから。それならいいだろ?」
「やれやれ……じゃあ本当に数合わせだよ。ロコン、出てきて」
「よしっ、そうこなくっちゃ。いけっ、カゲボウズ!」
仕方ないとばかりにルビーはモンスターボールからロコンを繰り出す。サファイアはいつものカゲボウズだ
。初めてのダブルバトルの二人の初手は――
「カゲボウズ、影分身!」
「ロコン、影分身」
ロコンとカゲボウズの影が増えて、相手をかく乱していく。全く同じ技だが、二人の戦術の意図するところは違
う。サファイアは攻撃への布石のために、ルビーは己のポケモンを守るために。
「ポケモンがいっぱいですよー!プラスル、スパーク!」
「マイナン、でんげきは!」
双子は構わず元気に攻撃を仕掛けてくる。プラスルのスパークは本体とは明後日の方向の分身に突撃して木に
激突したが、マイナンの電撃波は正確にカゲボウズに向かってくる。あの博士の時と同じ、必中の技。
「カゲボウズ、新技行くぞ!祟り目だ!!」
カゲボウズの眼前から目のような形の影が顕れ、そこから闇のエネルギーが放たれる。電撃と闇がぶつかり
合い、小さな爆発が起こって相殺された。
「どうだ!これが修業の成果だぜ!」
祟り目はこれまでのバトルで会得した新しい技だ。今までナイトヘッド以外は直接攻撃しか覚えていなかっ
たカゲボウズとサファイアにとっては貴重な特殊技である。これで必中技に対しても相殺という手段が取れるよ
うになった。
「そしてナイトヘッドだ!」
「〜〜!?」
カゲボウズが巨大な影を出してマイナンを怯えさせる。相手のマイナン自体臆病な性格なのか、効果はてき
めんだった。後ろを向いて逃げ出そうとする。一気に戦闘不能に追い込めるかと思ったが。
「プラスル、てだすけですよー!」
木にぶつかってふらふらしていたはずのプラスルがすかさずマイナンの横に並び、頬の電気をパチパチと通
わせる。するとマイナンは戦う気力を取り戻したようで、再び前に向き直った。
「これがリリスたちのコンビネーションです!プラスル、もう一度てだすけですよー!」
「マイナン、でんげきは!」
「だったらこっちも祟り目だ!」
もう一度闇のエネルギーで電撃を打ち消そうとする。が……プラスルとマイナンの特性はお互いを強化し合
うプラスとマイナス、おまけに手助けによって電撃の威力は大きく膨らんでいた。エネルギーを放つ目のような
模様を押し切り、電撃波がカゲボウズに届く。
「くっ……打ち消しきれない!」
「ふふふふー。ダブルバトルは何と言ってもコンビネーションですよー!お兄さんはなかなか強いみたいです
けど、2対1なら負けないですよー!」
「そっちのお姉さん、ほんとに何もしてないもんね……」
確かに双子の言う通り、ルビーはロコンに影分身を命じているのみで、バトルに加わろうとしていない。この
ままでは劣勢だ。
「ルビー!」
「数合わせって言っただろう?……まあでも、少しはボクも「手助け」してあげようかな」
サファイアが呼びかけると、ようやくその気になったのか、ルビーはロコンに命じる。
「ロコン、鬼火!」
ロコンの口から炎がゆっくりと、しかし狙いをつけて飛んで行きマイナンに火傷を負わせる。そして……
「それじゃあボクの仕事はしたから、後は頼んだよ」
「これだけかよ!ああもう、お前に頼んだ俺が馬鹿だった!気合入れていくぞ、カゲボウズ!」
「やっぱりこれじゃ2対1ですよー。プラスル、てだすけですよー!」
「マイナン、でんげきは!」
3度目の電撃波。やはり威力は増しており祟り目でも打ち消しきれない――そう思った。その時、ルビーがサ
ファイアに耳打ちする。
「あ〜わかったよやってやる!カゲボウズ、祟り目だ!」
内容は、もう一度祟り目を使え。自棄になって命じると、カゲボウズの前にさっきまでの二倍ほどの大きさ
の目の模様が出現し、巨大な闇の力がそこからあふれ出た。さっきは打ち消せなかった電撃をむしろ飲み込み、
プラスルとマイナン、二体まとめて吹き飛ばす。
「え……?」
「ええええ!?どういうことですよー!?」
「そ、そんな……」
プラスルとマイナンと一気に戦闘不能にしたが、技を売ったサファイアにもどうしてそうなったのかわから
なかった。カゲボウズが思いっきり撃ったからか?とも思うが、そうは見えない。
「やれやれ、知らないのかい?祟り目には状態異常のポケモンを相手に撃ったとき、威力が大きく上がる効果
がある。すなわちボクのロコンが鬼火を撃った時点で君のアシストをしていたというわけさ――どうだ、見直し
たかい?」
ふふん、とルビーがドヤ顔をする。これもまた珍しい態度だ。
「わかった。見直したよ。なあ、ルビー……やっぱりお前、ポケモンバトルが好きなんじゃないのか?」
「……そんなことはないさ。さあ先に進もう」
そう言うルビーの表情はやはり年相応の少女のような笑顔を湛えていて。ずっとこういう表情だったら可愛い奴
なんだけどな、とサファイアは思いつつ先に進むのだった。
双子とのバトルを終え、再びトウカの森を歩く。バトルに勝利したサファイアの足取りは軽く、ルビーはまたい
つもの退屈そうな表情に戻ってしまったものの、機嫌は悪くないのか愛用の傘をくるくると回している。
「ん……あれ、さっきの?」
すると上から、さっき空を飛んでいたポケモンのうち一匹がふらふらとこちらに降りてくる。
「どうやらフワンテの方みたいだね。彼らが群れから離れるなんて珍しい……」
ルビーも興味を示したのか、近づいてきたフワンテの方を見る。フワンテはサファイアたちに何をか訴えか
けるように体を膨らませて鳴いた。
「ぷわわ〜!」
「いったいどうしたんだ……カゲボウズ、わかるか?」
相棒のカゲボウズにフワンテの感情をキャッチさせる。ピンとたった角に集まったのは黒色に青が混ざった
ような感情のエネルギー――すなわち、焦りや不安といったものをこのフワンテは抱いていることがわかった。
カゲボウズの感情の読み取り方はルビーも知っているようで、少し面白そうに
「へえ、フワンテが群れになることに不安や焦りを覚えるなんて……うん、興味深いな。君、良かったらボクと
一緒に来ないかい?」
ルビーはフワンテに手を差し伸べる。それを見たフワンテはサファイアとルビーを交互に見比べて少し迷っ
た後、サファイアの方に近づいた。自分の体の紐のような部分をサファイアの指に巻き付け、すり寄る。
「えっ、俺の方がいいのか?」
「ぷわ〜」
どうやら気に入られた――もしくは頼られたらしい。それを見てルビーはやれやれと嘆息して。
「どうやらフラれてしまったみたいだね。せっかくだから捕まえてあげたらどうかな?フワンテ自身が君のと
ころに行きたがっているようだしね。本来ならこんなことめったにないんだよ」
「そうなのか……うーん、初めてのポケモンゲットがこんな形になるなんてな」
少し迷うサファイア。だが答え自体は最初から出ている。ゴーストタイプのポケモンと共にチャンピオンを
目指す。それがサファイアの今の目標なのだから。
「よし、決めた!フワンテ、これからよろしくな!」
腰のモンスターボールを持ち、こつんとフワンテに当てる。フワンテの体がモンスターボールに収まり、何
の抵抗もなくカチッという音がして捕まえるのに成功したことが伝わってくる。
「フワンテ、ゲットだぜ!」
ポケモンの世界では言わずと知れた名台詞を、モンスターボールを空に掲げて言う。
「へへ……それにしてもルビーはこれでよかったのか?珍しく興味を示してたみたいだけど」
そう聞くとルビーは肩をすくめて。
「ボクだって礼儀はわきまえているということさ。ポケモン自身が君の元に行きたがったんだ。それを邪魔す
るほど無粋な性格はしていないよ、それに――」
続きを言いかけたルビーがはっとまた空を見上げる。カゲボウズも角で感情をキャッチして上を見上げた。
サファイアが釣られて上を見ると……そこには、フワンテより何倍も大きい紫色の気球の様なポケモン、フワラ
イドが空から近づいてきていた。それも、カゲボウズの感情がキャッチしているのはほとんど赤に近い色。つま
り強い怒り、敵意をもって近づいてきていることがわかる。
「今度はなんだ……!?」
警戒するサファイアにルビーはやれやれと頭を振って呆れたように言う。
「なんだも何も、群れに連れ戻しに来たに決まってるじゃないか。大方そのフワンテの親なんだろうね。どう
する?向こうはやる気みたいだけど」
「そんなの決まってる。フワンテは群れに戻りたくないんだろ?」
ボールの中のフワンテがコクコクと頷く。それでサファイアの心は決まった。
「だったら戻させるわけにはいかないな。フワンテを親と戦わせるわけにはいかないし……頼むぞ、カゲボウ
ズ!」
「まあ君ならそう言うと思ったよ。ボクとしてもそのフワンテには興味があるし、手を貸すさ。行くよ、ヨマ
ワル」
サファイアとルビーがそれぞれの手持ちのポケモンを出す。それと同時、フワライドはシャドーボールを放
ってくる。カゲボウズの祟り目よりも数段巨大な闇の塊がカゲボウズを狙う。
「ヨマワル、守る」
「えっ!?」
サファイアが驚く目の前でルビーのヨマワルがカゲボウズの前に割り込み、緑色のバリアーを作る。それにシャ
ドーボールがぶつかり、バリアーと共に霧散した。
「あんな大きい攻撃を防いだ……」
「とはいえ、まもるは連続で使える使える技じゃあない。ほらぼさっとしてないで、さっきのいくよ。ヨマワ
ル、鬼火!」
「あ、ああわかった。カゲボウズ、祟り目!」
ヨマワルが鬼火で火傷を負わせ、カゲボウズが状態異常になっている敵に対して大きなダメージを与える祟り目
を打つ。双子との戦いで見出した二人のコンビネーション攻撃だ。先ほどのシャドーボールほどではないものの
大きな闇のエネルギーがフワライドに向かって放たれ――
「よしっ、決まったぜ!」
命中し、フワライドがわずかにのけぞる。もくもくと湧いた煙の中で、フワライドは……倒れず、相変わら
ず強い怒りを持ってそこにいた。
「効いてない!?」
「フワライドは体力が高いポケモンだから一撃では倒れないだろうとは思っていたけど、ここまでとはね……
多分、体力の半分も削れてないよ」
フワライドは再び巨大なシャドーボールを放ってくる。今度はヨマワルに向けて。ヨマワルは機敏な法では
ない。まもるは間に合わないとサファイアは判断し、今度はサファイアがフォローに回る。
「カゲボウズ、祟り目だ!」
シャドーボールと祟り目がぶつかり合う。結果は――状態異常で威力を増しているにもかかわらず、祟り目
の方が押し負けた。ヨマワルが弱点のゴースト技を受けて辛そうに鳴く。
「レベルの差がありすぎるね。体力も威力も格段にあちらの方が上か……仕方ない」
ルビーが何かを決意したような、諦めたような声で呟く。
「何言ってるんだよ、まだ方法はあるさ。影分身で相手の攻撃をかわして何度も祟り目を叩き込んでやればそ
のうち倒れるだろ?」
「それも悪くないけれど、影分身による回避は確実じゃあない。まして攻撃をしながらじゃね。それよりは…
…ヨマワル」
三度フワライドがシャドーボールを打とうとしているところに、ルビーはたった一言ヨマワルに命じる。聞
いたサファイアが少し怖くなるくらいのぞっとする声だった。
「呪」
ヨマワルとフワライドの体の前に、黒い五寸釘のようなものが出現して、お互いの体を打ち付ける。両方の苦し
そうな声が響いた。そんな中で放たれたシャドーボールがヨマワルの体を捉え……ヨマワルが瀕死になる。
「……ごめんよ、ヨマワル」
普段のルビーからは想像もできない、悲しそうな声。それは自分で自分のポケモンを傷つけることをしたこと
が原因なのだろう。サファイアもさすがにそれは察して、どうしてこんなことを、とは聞かなかった。ルビーは
軽い気持ちでやったわけではないのだから。
「出ておいでロコン、影分身」
「カゲボウズ、影分身だ!」
ゴーストタイプのポケモンによる呪いの効果は、サファイアも知っている。自分の体力と引き換えに、相手
の体力に依存するが大きなダメージを与え続ける技だ。フワライドの体力が高ければ高いほど、フワライドは苦
しむことになる。後は呪いがフワライドを瀕死にするのを待つだけでいい――それがルビーの作戦だ。
「−−ラァーー!!」
フワライドが苦しそうにもがく。この効果から逃れるには、一旦引っ込むか瀕死になるかしかない。二人で
回避に徹して倒れるのを待っていると……フワライドの体が、膨らみ始めた。ルビーがすぐさま反応する。
「……まずいね。自爆か、大爆発するつもりだ。どうやらボク達ごと巻き込むつもりみたいだよ。よっぽど怒
ってるんだね」
「なっ……それじゃあ、早く逃げるぞ!」
ルビーが頷いて、二人そろってフワライドから離れるように走り出す。……が、ルビーの動きは遅い。日傘
をさしたままだからだ。
「それ閉じろよ!今は傘なんかさしてる場合じゃないだろ!」
「いや、それはできないんだ。ボクは……日光が苦手でね。この件は君のせいじゃない。別にボクは置いてい
って全力で逃げても恨まないよ?」
声と状況からしてからかわれているわけではないだろう。だがそれはどういう意味だろうか。今は考えている
余裕がない。
「……そんなことできるわけないだろ!ああもう、じゃあちょっとじっとしてろ!」
「いや、ボクだってできれば逃げたいんだけど……えっ、サファイア君?」
サファイアはルビーをお姫様抱っこの要領で持ち上げ、再び全力で走り出す。さっきよりだいぶ速度は落ち
るが、ルビーを置いていくより何倍もましだった。
「あはは、まったく君は初めて会った時から相変わらず……」
サファイアの腕の中で傘を差すルビーの声に返事をする余裕もない。走って走って――後方で、凄まじい爆
発音がした。巻き込まれていたらひとたまりもなかっただろう。爆風のあおりがここまで届いてくる。
フワライドが追ってこないのを見て、サファイアはルビーを降ろした。
「はあはあ……さすがに、疲れたな。ちょっと、休ませてくれ」
「重かった、と言わないあたりは評価してあげるよ。じゃあしばらく休んで……先に進もうか」
トウカの森の中で二人はしばらく休憩を取り、再び次の町へと歩き出したのだった。
よもすがら都塵に惑う 下
それきり地震は鎮まった。
レイアもルシェドウも呆気にとられていた。エイジが跡形もなく消えた。
ぶすぶすと熱がくすぶり、そこに残されたのはエイジのゲッコウガだけだった。表情の読めないゲッコウガは暫く主のいたところを眺めていたが、ちらりとレイアを見やると、風のように姿をかき消した。
あとに残されたのは、メガヘルガーを伴いヒトカゲを抱えたレイアと、オンバーンの背に乗ったルシェドウだけ。
メガシンカが解け、ヘルガーは戸惑うようにレイアの腕に鼻先を寄せた。レイアは呆然と立ち尽くしている。
そこにルシェドウのぼんやりとした声が降ってきた。
「あ――……レイアが殺した――……」
「……は?」
ぎょっとして上空を振り仰ぐと、オンバーンがゆっくりと焼け焦げた山林の空き地に降り立った。その背から降りたルシェドウは、無感動に焦げ跡を見つめていた。
「……オンバーンが、エイジさんが消えたってさ。えげつねーなー、メガヘルガーの炎で骨すら残らないとか……」
「は? ――え、は? え? え? え? ――え?」
レイアは片手で頭を抱える。
ぐらりと眩暈がした。山の斜面に足を取られ、ふらつく。
林を散々燃やしたせいで辺りには煙が充満し、目も鼻も頭も痛い。熱い。
三人分の足音が山の斜面を駆け上がってきて、レイアとルシェドウはのろのろと陽炎のようにそちらを振り返った。サクヤ、ユディ、ロフェッカ。
ゼニガメを抱えたサクヤが一目散にレイアの傍に走り寄ってきて、片手でレイアの肩を掴む。
「レイア!」
「……サクヤ」
「おい、大丈夫か――」
その切羽詰まった片割れの問いかけに答える余裕もなく、レイアは眩暈に負けて気を失った。
山の向こうから登る太陽の光が、最後に視界に尾を引いた。
かつての友人たちが言い合いをする声で、レイアの意識は浮上した。
レイアが目を覚ましたのは、サクヤの腕の中だった。嗅ぎ慣れた、自分と同じ懐かしいにおい。サクヤに緊張した様子で抱きすくめられているのが、目を閉じてもレイアには分かった。
もう一度ゆっくりと瞼を開いて、どうやらそこは清潔なホテルであることを認識する。ショウヨウシティでレイアが押し込められたものより一室は広々として、サクヤはベッドに腰かけ、横たわるレイアの上体を後ろから抱え込むようにしているのだった。
同じ部屋の向かい合う椅子にルシェドウとロフェッカが座っており、何やら口論になっている。サクヤはレイアを抱きしめたまま、じっとそれに耳を傾けている。そして鏡台の前の椅子には、こちらもおとなしくユディが腰かけている。
室内には五人。
相棒が目覚めたことに気付いたヒトカゲが、思い切りレイアの胸に飛びついてきた。それまでヒトカゲに構っていたらしいゼニガメも笑ってレイアの腹に突撃する。
ヒトカゲとゼニガメはかげかげぜにぜにと喧しく、それにサクヤが身じろぎし、ルシェドウとロフェッカも口論を中断させて振り返った。ユディが微笑してひらひらと手を振ってくる。
サクヤがレイアの顔を覗き込む。
「……起きたか、レイア。僕が分かるか」
レイアは片割れ、幼馴染、二人の友人を見回し、そしてサクヤに視線を戻した。
「サクヤ……どこここ」
「ホテル・コウジンだ」
「……ふうん」
レイアは輝きの洞窟近くの山から救助されて、そこから最も近いコウジンタウンに運ばれたらしい。病院に運ばれるなどして大ごとにならなかったのは幸いだったとレイアは思った。レイアの体を抱きしめるサクヤの腕が痛かった。
ユディが椅子から立ち上がり、レイアの傍まで歩み寄ってくる。
「具合はどうだ、レイア?」
「……ちょっと頭痛い」
「そうか。水とか飲むか」
飲み物を用意するユディをレイアはぼんやりと見つめ、次いで窓際の二人の友人を見やった。ルシェドウとロフェッカは窓の外の曇天の白い光で逆光となり、表情が見て取れなかった。
大柄なロフェッカが苦笑するような、それでいて低く穏やかな声を発する。
「よう」
「……あー」
「ショウヨウじゃ悪かったな。あと、ルシェドウが色々と勝手して、すまんかった」
レイアはのろのろとベッドの上でサクヤの膝から身を起こし、ユディからコップを受け取って水を飲んだ。勢いよく飲み干し、一気に喉を潤す。
ベッドの上では何やらゼニガメが感動にむせび泣く真似をし、ヒトカゲにジト目で呆れられていた。
レイアは、右隣りに澄まして座っている片割れに目をやる。サクヤは軽く片眉を上げた。
「…………なに」
「いや、久しぶりだなと思って」
「シャラ以来だな」
「……あいつらは?」
「キョウキにはコボクで会った。キョウキはミアレまでセッカを捕まえに行っている」
「へえ。会えんの?」
「この協会の者たちが僕らをミアレに送る、という約束になっている」
サクヤは始終眉を顰めていた。レイアはにやりと笑って肩をぶつける。
「なに? 照れてんの?」
「誰が」
「お前がだよ。俺のこと心配したかよ?」
「現在進行形で肝を潰している」
「サクヤがデレた!」
「笑い事じゃない」
レイアが揶揄しても、サクヤからはいつものようには拳が飛んでこなかった。
サクヤは自分の膝によじ登ってきたゼニガメの甲羅をそっと指先で撫ぜる。
「あのエイジとかいう男が、死んだ」
レイアは特に反応を示さなかった。
ユディも、窓際のルシェドウとロフェッカも口を閉ざしている。
サクヤは溜息をついた。
「メガシンカしたインフェルノの炎で焼け死んだそうだな」
「……あ、あー…………――マジで?」
「現場を見たのはお前と、そこのルシェドウとかいう協会職員だけだ。で、ポケモン協会は今回の事件をどう扱うかで揉めそうだ」
「……へー」
「言っておくが、お前があの男を殺したということになったら、すべて終わりだからな」
「……エイジのやつ、マジで死んだの? ほんとに?」
「警察が調べれば、はっきりするんじゃないか。警察を呼べばの話だが」
サクヤの声音は淡々としていて、レイアの頭もぼんやりとしていて、まったく現実感がなかった。
部屋に数瞬、沈黙が下りる。
ユディが首を傾げた。
「……レイアには、エイジさんを殺そうという故意はなかった。せいぜい過失致死だろう。まあ刑罰を科されることに変わりはないか」
「あのなぁユディ……ありゃ事故だろ。エイジのハガネールの地震のせいで、俺のインフェルノがバランス崩したの」
「自殺幇助?」
ユディが発した小難しい単語に、レイアは途端に思考を放棄した。
「……事故じゃん。俺が殺したとか、ありえねぇ」
「レイア、人が死んでいるんだ。トキサさんの時より事態は深刻なんだぞ」
諌めるようなユディの口調に、レイアは頭を抱える。
「……なんで? めんどくさい。ほんとなんで? エイジのやったことだ、フレア団の陰謀に決まってるだろ」
「でも事実は事実だし、法は法だ。真実を明らかにすべく警察は事実を調べないといけないし、場合によると刑事裁判になる」
「……なんで?」
レイアはルシェドウとロフェッカに視線をやった。
目が慣れてきたせいで、二人の表情が窺いやすくなった。ルシェドウはどこかぼんやりしているし、ロフェッカはやたら焦っているようだった。
ロフェッカが慌てたようにレイアに笑いかける。
「あ、大丈夫だって、な、レイア。なんてったって相手はフレア団だし、こんなもん事故だし。警察だって逮捕もしねぇよ」
「でも、レイアのヘルガーが殺したんだよ」
ルシェドウがぼそりと口を挟んだ。
警察がレイアを殺人の容疑で逮捕するか――といったことの決定権は、実質的にすべてポケモン協会にある。ポケモン協会は司法においても絶大的な権力を持っているのだ。
そのポケモン協会の態度が、どうも不可解だった。
レイアやサクヤやユディが見るに、どうもロフェッカはレイアを助ける――レイアが警察の取り調べを受けたり裁判を起こされたりしないようにする――ことに積極的であるらしい。しかし一方では、エイジの死亡の現場を目撃したルシェドウが、レイアが殺したのだと先ほどからぶつぶつ言い張っているという始末。
レイアもサクヤも、混乱していた。
ロフェッカもルシェドウも、まだ警察やポケモン協会にエイジの死のことを伝えていないようだった。だから協会が本件に関してどのような態度をとるかは全く不明である。むしろエイジの死の痕跡がメガヘルガーの炎によって一切消し去られてしまった今、もしこの場にいる五名全員が沈黙を守れば、エイジが死んだという事実すら葬り去られかねない。
何が正しいのか。
レイアやサクヤは、エイジが死んだということ自体が信じられなかった。骨すら蒸発して、警察にも果たしてエイジの死を証明できるものか疑いすらした。けれどルシェドウは、レイアがエイジを殺したの一点張りである。
ロフェッカが溜息を吐く。
「……ほんと、ルシェドウがおかしくなっちまったんだけど。こいつ大丈夫かね。精神科に連れてった方がいいかもしらん。こいつ最近過労気味だし、どうもまともに喋れてる気ぃしねぇんだよな」
「まともだって言ってるじゃん。ほんと失礼だな、ロフェッカ。俺は見たの、レイアがヘルガーに命令してエイジさんを焼き払ったとこ」
ルシェドウが文句を言う。
レイアが反論した。
「インフェルノは、あの野郎のハガネールが起こした地震で、バランスを崩したんだ」
「そうかなぁ。俺にはまっすぐエイジさんを狙ってたようにしか見えなかったな」
「そりゃてめぇの目がおかしいんだろ!」
「おかしくない。確かに見た」
ルシェドウは淡々とそう言い張っている。
なぜルシェドウがそう頑なにレイアを陥れようとしているのか、サクヤやユディやロフェッカには訳が分からなかった。ルシェドウやレイア自身にもよくは分かっていない。ただ分かるのは、今回の件がこじれれば、レイアが殺人を犯したことになるということだった。殺人は、重傷を負わせるのとは次元の違う、重大な犯罪だった。
ロフェッカが溜息を吐いてルシェドウを押しとどめ、とうとう椅子から立ち上がる。そしてレイアとサクヤ、ユディの若者三人を見下ろして、はっきりと言い放った。
「今回のことは、様子を見て、ポケモン協会の上のもんに報告する。しばらく警察にも黙っておく」
「……何それ、ロフェッカ」
ルシェドウがぶつくさいうのも、ロフェッカは無視した。
「協会が四つ子をどう評価するか、まだ分かんねぇからな。俺としちゃレイアを助けてぇ」
「だから、それって悪いことでしょ。正々堂々と警察に調べさせて、公正な裁判に判断を任せるべきじゃねーの?」
ルシェドウは懲りずにロフェッカに反論する。どうも先ほどからこのような調子で、ポケモン協会の二人は口論しているようなのだった。ロフェッカはもう飽きたとでもいうように首を振った。
「言わせてもらうが、今のこの国の裁判は公正とは言えねぇ。ポケモン協会が白といえば白、黒といえば黒だ。だから裁判にはできん」
「ロフェッカが白って言えばレイアは白なわけ? それが公正な判断ってやつなの? ロフェッカはエイジさんが死んだとこ見てないくせに、よくそんなことが言えるよな?」
「俺からすりゃあな、ルシェドウ、てめぇの言い分が偏ってんだよ! レイアが人殺しするようなタマかよ? マジでそう思ってんのかよ? なんでダチを信じねぇんだ!」
「信じる信じないの問題じゃなくない? 殺人だ、犯罪なんだ。私情を挟んじゃ駄目っしょ」
レイアもサクヤもユディも、やはり苦々しげに、その二人の口論を聞いていた。
理屈としてはルシェドウの方が通っている、とも言えなくもない。けれどそのルシェドウ自身がレイアの犯罪を妄信しており、その時点でルシェドウという人格そのものが疑われるのである。であれば自然と、ロフェッカを頼りにすることになる。しかし公正な手続きを経ず、人の死を闇に葬ることが正義に適うかどうかは、甚だ疑わしい。
ルシェドウとロフェッカの議論は、水掛け論だった。
レイアが知る限り、ルシェドウとロフェッカはとても仲が良い。互いを相方と呼んで共に任務をこなし、常に笑顔で困難を乗り越えてきた、熟年夫婦のごとき信頼関係にあるというのが、レイアのこの二人に対する印象である。
このように正当な根拠を相互に欠いた言い争いを延々と無為に続けているのは、愚の極みに思われた。
ロフェッカは四つ子を捕まえて自由を奪おうとしていたくせに、なぜ今になって四つ子を刑事手続きという面倒から逃そうとしているのか、分からない。
ルシェドウがなぜここまでレイアを憎み、あるいは生真面目に手続きを踏むことを主張しているのか、分からない。
どちらも理屈を通しつつ、己の何かしらの利益を実現しようとしているはずだ。
レイアにもサクヤにも、どうするのが自分たちにとって最もいいことなのか、分からなかった。
終わりの見えない協会職員同士の議論を聞くのにも疲れ果て、ヒトカゲを抱えたレイアとゼニガメを抱えたサクヤとユディはベランダに逃げ出した。
午後の曇り空はただただ白く、コウジンの紅い街並みと西の滄溟が臨める。
三人は三様にベランダの勾欄にもたれかかり、息をつく。ユディが憂鬱そうに口を開いた。
「……なんていうか、ルシェドウさんとロフェッカさん、これからどうするんだろうな」
「俺、あいつらが喧嘩してるとこなんて初めて見たわ」
「相も変わらず、ひたすらに騒がしいだけの連中だな。実にくだらない」
サクヤは海を睨んでいた。ルシェドウやロフェッカにはさほど興味はないらしい。
「早くキョウキとセッカと合流しよう。モチヅキ様やウズ様が協力してくださる。ジョウトに逃げる」
「そっか。お前ら、ジョウトに行くんだな。そりゃ寂しくなるな」
ユディが囁く。
サクヤは無言のまま、ボールからチルタリスを出した。ベランダの外に滞空させる。
「……フレア団に消されるよりかはましだ。これはただの島流しにすぎない。……ほとぼりが冷めたら戻るさ。カロスは僕らの故郷だからな」
サクヤは手すりを乗り越えて、チルタリスの背に乗った。片手をレイアに伸ばしてくる。
レイアは室内を振り返った。二人の友人は飽きもせず口論を続けている。
ルシェドウとロフェッカは四つ子を裏切った、とレイアは思っていた――本当にそうなのだろうか?
先に二人を見限ったのは、四つ子の方ではなかったか。
もし無事にポケモン協会とフレア団と榴火から逃げおおせたら、セッカに変わって土下座してでもルシェドウに謝らなければならないとレイアは思った。大切な友人なのだから。今はレイアは、命を懸けて片割れを守らなければならないけれど。ルシェドウもいつか分かってくれるだろう。
片割れの手を掴み、手すりを乗り越え、チルタリスの背に同乗する。ヒトカゲとゼニガメが顔を見合わせてきゃっきゃと喜んだ。
ベランダに残されたユディは、笑顔で二人に軽く手を振った。
「気を付けろよ、アホ四つ子。応援してる」
「ユディも、色々と悪かったな」
「協会職員にはうまく言っておいてくれ」
「――ちょ、爆弾発言を残していくなって」
四つ子の幼馴染はそれでも笑っている。
チルタリスは二人を背に乗せ、北東へ向けて力強く羽ばたいた。
よもすがら都塵に惑う 上
輝きの洞窟。
エメラルド色の苔に覆われた空間は幻想的に、対峙するトレーナーを闇に浮かび上がらせた。
レイアは棒立ちのまま顎を僅かに上げて、目を細めてかつての友人を眺めている。友人は変わり果てていた。何もかも諦めざるをえなかった溺死体のような瞳で、乱雑にモンスターボールを二つ投げる。オンバーンとバクオング。
ヒヨクシティでいったいセッカがルシェドウに何をしたのかは、想像するだにおぞましかった。生まれて初めてレイアは片割れに恐怖を覚えたし、かつての友人が哀れでならない。
それでもレイアは片割れたちから逃げるわけにはいかない。ルシェドウに同情してやるわけにもいかなかった。
「爆音波!」
ルシェドウが絶叫する。レイアも咄嗟に二つのボールを手に取り、エーフィとニンフィアを繰り出した。
「真珠、珊瑚。瞑想」
オンバーンが大きな耳から、バクオングが大きく開いた口から、岩をも砕く威力の音波を発する。
レイアのエーフィとニンフィアは瞑目して集中力を高め、体が吹き飛ばされるほどの振動も涼しい顔で受け流した。
爆音波の余韻が消えるのも待たず、レイアは叫ぶ。
「真珠はマジカルシャイン、珊瑚はムーンフォース!」
攻撃の対象は指定しなかった。薄暗かった洞窟内に、太陽と月とを合わせた眩い光が満ちる。
オンバーンとバクオングは構わずに、爆音を発する。
それは光エネルギーと音エネルギーの戦いだった。もはや何も見えず、何も聞こえない。
それこそがレイアの狙いだった。
エーフィとニンフィアの放った光が収まり、洞窟内の色が鈍い金緑に戻ったとき、ルシェドウは既にレイアの姿を見失っていた。
ルシェドウはバクオングをボールに戻し、入れ替わりにモンスターボールによく似たビリリダマを繰り出す。
ボールの投げられた勢いもそのままに、ビリリダマは転がる。暴発のエネルギーを秘めて。
オンバーンの示した方向へビリリダマは滑るように回転し、猛烈な勢いで突っ込んでゆく。ルシェドウが笑って叫んだ。
「――ビリリダマいいよ、大爆発!!」
その衝撃は歓喜の震え。
レイアの逃げ込んだ枝穴を、ビリリダマは喜び勇んで爆破した。
轟音。
苔が飛び散り、天井が崩れる。
爆音が空洞を駆け抜けていった。ぞくぞくするようなビリリダマの絶頂の瞬間だ。
土煙の中から現れたレイアは、ヒトカゲを脇に抱え、牙の間から火の粉を漏らすメガヘルガーの背に横乗りになっていた。
悪巧みしたメガヘルガーが首をもたげ、白焔の舌が洞窟を舐め尽くし、光る苔は黒炭と化す。
熱と煙を吹き払ったのは、ルシェドウのバクオングの爆音波だった。
黒煙をたなびかせて現れたレイアは、ルシェドウを横目で見やっただけだった。
その刹那の、憐れむような眼差し。
赤いピアスが白い首筋に揺れる。
踵を返し、レイアを背にメガヘルガーは、落石を軽く飛び越えて熱風のごとく洞窟を駆け抜けていった。
ルシェドウは目を眇めてそれを見送る。メガシンカしたヘルガーを深追いするのは危険だった。しかしみすみすレイアを逃がすつもりもない。ビリリダマの爆発の衝撃は確実にレイアの手持ちにダメージを与えたはずである。
ルシェドウは瀕死となったビリリダマをボールに戻し、また移動を得意としないバクオングもボールに戻して、代わりにペラップを繰り出した。そのままオンバーンの背に乗る。
立ち去り際のレイアの憂いを含んだ眼差しにセッカを、サクヤを、キョウキを、榴火を、アワユキを、モチヅキを、ロフェッカを想起して、ルシェドウは二の腕を粟立たせた。誰も彼もがルシェドウをそのような眼で見る。
お前では力不足だ、お前には無理だ、お前は無能だ、と。
誰もが蔑む。
誰も信じない。
「…………逃がすかよ…………」
唸り、オンバーンにレイアの行方を探らせ、ペラップを並び飛ばす。
メガヘルガーの禍々しい骨のごとき首の装甲に手をかけ、レイアはその行く先はすべてこのエースに委ねていた。
脇に抱えたヒトカゲは、背後を警戒している。その尾の明かりを頼りに、レイアはメガヘルガーの行く先を睨む。
金緑に光る苔が後方へ飛んでいく。
ルシェドウのポケモンの放った爆音波のせいで揺らいでいた空気はようやく静まり、メガヘルガーが落石を躱す必要もなくなって、レイアもようやく平静を取り戻しつつあった。
ルシェドウを退けて、苔くさい洞窟の外へ。9番道路のトゲトゲ山道へ。
一刻も早くサクヤと合流しなければならない。
メガヘルガーが唸る。
出口が近い。敵もいる。ポケモン協会の人間が待ち伏せしていたのだろうか。
レイアは許可を与えた。
酸素をたっぷりと含んだ外の空気を吸い込みざま、メガヘルガーは地獄の業火を広範に吐き散らした。
人かポケモンか、幾つか悲鳴が上がるが、構わない。待ち伏せしていたにしては呆気なかったから、レイアが闇討ちした形になったのかもしれない。
灼熱したメガヘルガーの爪が尖った岩場を蹴り、急峻な崖を数歩で駆け登る。山に入った。
濃い夜空は微かに青みを含み、レイアは敏感に夜明けのにおいを嗅ぎ取った。メガヘルガーは針葉樹の森を駆け抜け、山脈の峠に出た。
東には、巨大な渓谷がある。コボクタウンの南にあたる人里少ない野生ポケモンの聖域だ。
思案するレイアのために、メガヘルガーは立ち止まり足踏みした。顔を上げて周囲のにおいを注意深く嗅ぐ。
レイアはヒトカゲを抱えたまま、メガヘルガーの背に乗ったまま、黙考していた。――サクヤを捜さなければならない。が、どうやって?
そう自問したとき、ひどく懐かしい片割れの声がした。
「レイア」
呼ばれ、反射的に顔を上げる。しかしメガヘルガーは首を振り、針葉樹林に向かって焔を吐いた。サクヤがいるとレイアには思われた森に向かって。
確かにサクヤの声だった。レイアはぎょっとしたが、すぐに思い直す。メガヘルガーにサクヤのにおいを嗅ぎ分けられないはずがない。本物のサクヤはここにはいない。
乾いた針葉樹林を焦がすメガヘルガーの火炎は、山風に緋色に煽られる。
メガヘルガーはレイアを乗せたまま姿勢を低くし、パチパチと音を立てて燃え盛る林を睨み唸った。
爆音波に、赤い炎が吹き飛ばされる。ルシェドウだ。オンバーンの背に乗って空を飛び、メガヘルガーに追いついたか。
メガヘルガーは音に追いやられるように飛び退り、レイアの指示も待たずに林の斜面を駆け下った。
「レイア」
懲りずにサクヤの声がする。これはルシェドウのペラップの、ただのお喋りだ。レイアを油断させるための――。
「――タスケテクレ」
そのペラップの真似ぶ声がレイアの耳に焼き付いた。ヒトカゲの噴いた大の字の炎が、かしましいペラップを追い散らす。その色鮮やかな羽根の舞い散るのを、レイアはおぞましい思いで見ていた。
夜の残滓を、オンバーンとペラップが飛びちがう。その背に乗った鉄紺色の髪のかつての友人を、レイアは木々の葉陰から茫然と見つめていた。
「……お前……あいつを」
「レイア。取引しないか」
オンバーンの背から、淡々としたルシェドウの声が降ってくる。
レイアは緊張するメガヘルガーを押しとどめ、かつての友を見上げ、声を張り上げた。
「ルシェドウてめぇ、あいつはどこだ!」
「レイア、おとなしくサクヤと一緒に降伏しろ。でないとサクヤをフレア団に引き渡す」
「それは取引じゃなくて、脅迫っつーんだよ!」
レイアが怒鳴り、メガヘルガーが上空のオンバーンめがけて炎を放った。
ルシェドウを背に乗せたオンバーンはひらりとそれを躱す。ルシェドウはぼやいた。
「いいのか。サクヤがエイジに殺されても」
「エイジだと――」
「はいどうも、エイジですよと」
メガヘルガーが咄嗟に跳躍し、地面に突き刺さる水手裏剣を回避する。
するとパチパチと拍手が、燃え盛る林中に鳴り響いた。
「二匹め、発見。いやぁ、さすがですね四つ子さん。揃いも揃って怖い怖い。早くバラして売り払っちまいたいですよ、まったく」
東の山の斜面を、ゲッコウガを伴ったエイジが下りてくる。
林の中空にはオンバーンの背に乗ったルシェドウが、無表情にレイアを見下ろしている。
レイアはヒトカゲをしっかり脇に抱え、メガヘルガーの背に乗ったままエイジを睨んだ。地上はエイジ。空からはルシェドウ。ここから脱することを優先すべきか、あるいは二人を相手に戦って勝利しサクヤの居場所を吐かせるべきか。
ところがレイアの結論も待たず、メガヘルガーは勝手に動き始めた。いきなりの行動にその背に騎乗していたレイアは戸惑うが、メガヘルガーは愚かではない。
すぐにレイアにも、山の地面が揺れていることが分かった。
エイジがにっこりと笑い、指でつまんだモンスターボールをゆらゆらと揺らしてみせている。
「いや、逃げたって無駄ですよ。この山の根は既に自分のハガネールに食われている。この山全体が、とっくに地震圏内なのですよ。メガシンカしたヘルガーでも逃げきれない」
メガヘルガーもレイアを背に乗せた状態で揺れる山を下りることが危険と判断したか、諦めて林の中に立ち止まった。唸りながらエイジを振り返り、食い殺さんばかりの目で睨む。
長身のエイジは揺れる地面を一歩一歩、レイアの方に近づいてきた。
「四つ子さんがメガシンカを手に入れたというのは、まあ計算外でした。でも問題ないでしょう。林の中でテッカニンのスピードについてゆけるポケモンはなく、コジョンドの暗殺の手から逃れられるものはないんだから。諦めてください、四つ子さん」
その言葉がはったりでないことは、レイアにも分かった。いつの間にかメガヘルガーの退路を塞ぐかのように、エイジの手持ちらしきテッカニンやコジョンドが火事の影に潜んでいる。
レイアは何気ない動作でメガヘルガーの背から降り立つ。エイジを見やってにやりと笑ってみせた。
「あんた、落ちこぼれのトレーナーじゃなかったのか?」
「キナンでお話ししたでしょう? 自分はいったんは零落し、そしてその後とてつもない幸運に恵まれた、と」
林の向こうで空の色が淡くなりつつあった。
エイジは山中に似つかわしくない白いスーツの上に、パーカーを着込んでいた。そしてレイアの方に歩み寄りつつ、なぜかバリカンを手にしている。
レイアはエイジの持つバリカンに気を取られつつ、一歩退いた。
「……な、なんだてめぇ」
「噛ませ犬臭がぷんぷんするセリフですね」
エイジは笑いながらバリカンのスイッチを入れた。
そして狼狽するレイアの目の前で、エイジはバリカンで自身の頭を剃り始めた。
中空のルシェドウは沈黙を守ったまま、静かにエイジの行動を見守っている。レイアには何が何だかわからない。
「……な、ななな、なに、なになになになに――」
「ぶっちゃけるとですね、自分は社会のどん底にいたあの日、ボスに出会ったんです」
エイジは短い茶髪を片端から見事に剃り落としつつ、呑気に語り出した。
「自分はそれまで、奪われてばかりでした。強いトレーナーに金銭を奪われる。痛ましく傷つく弱いポケモンたちに自尊心を奪われる。だから今度は奪う側に回ってよいと、ボスはそう教えてくださった」
「……な、何言ってんだてめぇ……」
「自分はボスに直にフレア団にスカウトされました。そしてポケモンバトルを一から学び、エリートトレーナーにも推薦していただいて、その路線から自分は高等教育を修了し、大学にまで入れさせていただいた。感謝してるんです。ボスの理想とする世界を創りたい。そのために血の滲むような努力をした」
禿頭となったエイジは前のめりになるようにして、片手で自身の茶髪の残骸を払った。バリカンをパーカーのポケットに突っ込み、真っ赤なサングラスを逆のポケットから取り出す。パーカーを地面に脱ぎ捨てた。
赤いシャツ、白いスーツ、赤い手袋。左耳に二つ、金のカフス。スキンヘッド。
真っ赤なサングラスをかけたエイジは、顔を上げた。
「そうして、フレア団幹部まで登りつめた……」
林から躍り出たコジョンドが、腕の体毛を鞭のように打ち据える。大きく跳躍したメガヘルガーに、飛び出したテッカニンが連続切りを仕掛けた。更にゲッコウガが水手裏剣を飛ばし、地底に潜んでいるらしいハガネールは地震を起こす。
エイジの四体のポケモンが、一斉にレイアに襲い掛かる。まさしくリンチだ。
さすがのメガヘルガーも、まず地震のせいでバランスを崩して応戦に間に合わなかった。レイアの腕の中のヒトカゲが咄嗟に敵を退けようと炎を吐く。それでも多勢に無勢である。
その見るも無残な処刑を、オンバーンの背に乗ったルシェドウは上空から見ていた。
ヒトカゲとメガヘルガーが四体を相手に果敢に応戦するが、山の斜面は大きく揺れ、なおかつトレーナーにも容赦なく攻撃を仕掛けるポケモンたちからレイアを守りつつ戦うのは骨が折れるようだった。
テッカニンの居合切りが、レイアを傷つける。赤が飛んだ。レイアに赤はよく似合う――ルシェドウは場違いな事を考えながら、年若い友人が傷つくのをただ見守っていた。レイアを哀れむ資格もないことを自覚しつつ。
ルシェドウにも、なぜこのような事になってしまったかは分かっていない。
ただ、蔑まれるのが悲しくて悔しくて、愛した分が返されなくて、四つ子に逆恨みをしただけなのだ。だからエイジに協力した。それだけだった。
それを詰るかのように、ルシェドウの耳元を灼熱の炎が掠めていった。鉄紺の髪が幾筋か焦げて、舞い上がる。オンバーンが一瞬だけバランスを崩す。
レイアのメガヘルガーは、ルシェドウやその手持ちのオンバーン、ペラップを狙ったわけではないようだった。エイジのテッカニンが黒く焦げて、針葉樹の根元に転がっている。
メガヘルガーの深紅の瞳が、周囲を睥睨する。
レイアはスキンヘッドとなった赤いサングラスのエイジを睨み、叫ぶ。
「おいおい、どういうつもりだ、フレア団! ここで俺を消すってか!?」
派手なサングラスのせいで、フレア団幹部の表情はわかりづらかった。しかしエイジが悲哀を込めて嘆息したように、レイアには思われた。
林の向こうで、空が明るんでいる。
エイジは美しくそり上げた白い頭を振り、深く溜息を吐く。
「……自分にも、もうフレア団が何を考えて、どこへ向かっているのか、分かりませんよ」
「はあ?」
レイアは思わず大声を出した
「んだよそれ? 何だそれ! ふざけてんのかてめぇ!」
「何で怒るんですか、四つ子さん」
「そもそもてめぇ幹部だろ! あと、てめぇらの榴火のせいで、どんだけ俺らが迷惑被ってると思ってんだ!」
エイジはやれやれと首を振った。
「ええ、ええ、榴火は問題児です。なまじ強いが、扱いにくい。本当に榴火と四つ子さんはそっくりですね。榴火が五人に増えたらさすがに制御がきかないので、四つ子さんには消えていただくことになったんです。お分かりですね?」
「意味分かんねぇ!」
「社会にとって榴火は邪魔だ。榴火は四つ子さんと同じだ。したがって、社会にとって四つ子さんは邪魔だ。――完璧な三段論法ですね、これでもまだ分からないんですか?」
エイジの口調は完全にレイアを見下していた。
メガヘルガーは相性の悪いコジョンドをも退けた。エイジは瀕死のテッカニンとコジョンドをボールに戻し、入れ替わりにメレシーとパンプジンを繰り出した。しかしいずれもメガシンカしたヘルガーに軽くいなされ、林ごと焼き払われヘドロ爆弾を受けて目を回す。
レイアとエイジの力量差は歴然としていた。
それでもフレア団幹部はゲッコウガだけを傍に置いて、笑っている。
メガヘルガーの首筋を撫でつつ、ヒトカゲを脇に抱えた赤いピアスの四つ子の片割れは、厭そうに眉間に皺を刻んだ。
「……おいエイジ……俺らが社会にとって邪魔って、どういう意味だ……」
「同じ榴火を見てれば、分かるじゃないですか」
エイジは赤いサングラスを外し、目を細めて微笑んでみせる。その瞳が紫水晶の色をしていることに、レイアは初めて気が付いた。
「四つ子さんとは、これでお別れです。キナンでの日々、まあまあ楽しかったですよ」
エイジは寂しげに微笑んだ。
「なんで、出て行っちゃったんですか」
地面が大きく揺れた。
レイアから血の気が引く。しばらく地震が収まっていたせいで、山中に潜んでいたエイジのハガネールのことをつい失念していた。
メガヘルガーがバランスを崩す。ゲッコウガを狙っていたはずのその炎の軌道が、逸らされる。
オンバーンの背に乗っていたルシェドウが、息を呑む。
白くかぎろう業火を浴びて、エイジはのたうちまわり――文字通り、蒸発した。精巧な手品でも見ているようだった。
よもすがら都塵に迷う 下
チルタリスがバランスを崩す。
天高く架かった十六夜の月が視界を滑る。
夜空に投げ出されたサクヤを、ゼニガメが追う。
咄嗟に体勢を立て直したチルタリスが急降下し、その背でサクヤとゼニガメの体を受け止め、その衝撃で再度姿勢を崩した。綿雲のような羽毛を必死に広げて空気を抱き、勢いを殺そうとし、それでも地に叩き付けられ、赤い泥に青空色の羽毛を汚した。
小柄なルカリオはおろおろしつつ、それでも己が撃墜したサクヤやゼニガメやチルタリスの傍には近寄らない。
サクヤは全身の激痛を堪えつつ、横たわったまま顔を上げた。
夜凪の波音と潮のにおいが瞼を掠める。
ざっ、ざっ、と紅い砂を蹴るような靴音がすぐ傍まで来たかと思うと、濡れた浜に流れる青い領巾が踏みにじられた。
「お久しぶりです」
サクヤは歯を食いしばり、身を起こしかけた。その左肩を靴底で蹴飛ばされる。散った砂が頬を打った。痛みに悶える。
長身の若者はそれを楽しげに見下ろしていた。
「こんばんは、四つ子さん。自分のこと覚えてますか?」
サクヤはその男の顔も見ず、ただ血の混じった唾を湿った砂浜に吐き棄てた。こちらの名すら覚えていない相手の名を覚えている義理などない。
「…………忘れたな」
「やだなぁもう、エイジですよ。キナンで四つ子さんの家庭教師をやってたじゃないですか」
短髪の男はふわふわと笑いながら、横たわるサクヤの頭や肩や腰を戯れのように蹴りつけていた。
エイジの傍らにはゲッコウガが影のように従っている。ゼニガメがいきり立ってサクヤを助ける体勢に入ると、ゲッコウガの放った水手裏剣がゼニガメを鋭く弾き飛ばした。
夜空の下、町はずれの崖下の海岸。
潮のにおいは血のにおい。
エイジのゲッコウガの舌は伸び、モノクロの服装に身を包んだ青年ユディの体を捕らえていた。主を人質に取られているがために、ユディのルカリオはサクヤの波動を感知した上で、波動弾でサクヤの乗っていたチルタリスを撃墜したのだ。サクヤはルカリオにも同情はするが、ただおろおろと強者の言いなりになるばかりの小柄なルカリオには飼い馴らされたものの哀れさを覚えた。
キナン以来に見るエイジは、白いスーツの上にパーカーを引っかけ、そのポケットに両手を突っ込んで、愉快げにサクヤを見下ろしては靴底で踏みにじる。毒々しく笑い、低く毒づいた。
「いやぁ、よくもまあやってくれましたね。捜しましたよ四つ子さん。あと三匹、どこにいるんです」
「――エイジさん!」
「あ、すみませんユディさん。お疲れ様でした。ゲッコウガ、ユディさんを放していいよ」
エイジの指示にゲッコウガが舌を巻き取り、拘束していたユディを解放した。そこにルカリオが駆け寄り、ユディに飛びつく。
すっかり怯え切ったルカリオを抱きしめてやりながらも、月砕く海を背後にユディは強張った表情で、サクヤを蹴るエイジを睨む。
「……やめてください!」
「いや、このためにユディさんを捕まえたんで。自分、四つ子さんには恨みあるんですよね。この程度じゃ収まらない。……その汚い髪も眼球も内臓も血液も骨髄も皮膚も全部バラして売ってやる。四人分だ。そのお金で世界を浄化できるんだ、四つ子さんも幸せでしょうよ」
そう笑顔でまくし立てるエイジに呆気にとられ、ユディは顔色を失って立ち尽くしていた。
サクヤは骨すら折られかねない勢いで蹴りつけられて波打ち際に身を丸めるばかり、ゼニガメがエイジめがけて放ったロケット頭突きはエイジのゲッコウガにあえなく阻まれる。
ゲッコウガだけではなかった。エイジはメレシーやバンプジンも侍らせている。
ユディはポケモンを持っているとはいえトレーナーではないから、元トレーナーのエイジにポケモンバトルを仕掛けても勝てるとはとても思えなかった。けれども四の五の言ってはいられない。ユディはなりふり構わず、もう一つのモンスターボールを空に投げ上げる。幼馴染を助けるべく。
「出てこいジヘッド! 吠える!」
ユディの投げたボールの中から現れた乱暴ポケモンの二つの頭が、同時に絶叫した。
不意を突かれたゲッコウガが本能的に、エイジのボールに逃げ戻る。
エイジは眉を上げた。
「おやまあ」
「今だルカリオ、サクヤを!」
ユディは叫んだが、すっかり狼狽しきっていたルカリオはユディの曖昧な指示を瞬時に理解できず、びくりとして狼狽える。
その隙にエイジのメレシーのパワージェムが、ユディのジヘッドを吹き飛ばした。
続いてエイジのパンプジンがタネマシンガンで小柄なルカリオを撃ちすえると、ルカリオは反射的に波動弾で反撃を試みるが、これは効果がない。
エイジはサクヤの胴体を踏みにじりながら、ユディに向かって失笑した。
「ははっ、まあトレーナーやったことない方はその程度ですよね」
「ルカリオ、メレシーにボーンラッシュだ! ジヘッドはパンプジンに、噛み砕く!」
ユディは噛みつくように叫んだ。
それは正確無比な指示だったが、それでもエイジのメレシーはルカリオのどこか雑な動きをふわりふわりと躱してしまうし、パンプジンは影に沈み込んでジヘッドの顎から逃れてしまう。ユディのポケモンがどれほど必死に追いすがっても、エイジのポケモンには軽くあしらわれるばかりだった。
エイジはさらに笑う。
「ははっ、ユディさんはまともでも、やっぱポケモンたちが戦い慣れてないから駄目ですね!」
「エイジさんこそ、ポケモンは戦い慣れてても、あんた自身が戦い慣れてないから駄目だな!」
エイジは目を見開いた。
ルカリオとジヘッドに構わず、二体の主であるユディ本人が、直接エイジに飛びかかってきていた。
ユディは華麗な背負い投げを決めた。エイジの長身は吹っ飛んだ。
ウズ直伝のユディの背負い投げ。受け身の取り方など知りもしないエイジを一撃で夜の海に沈め、それを目を細めて見下ろして、ユディは息を吐く。
「元トレーナーはポケモンに頼りすぎなんだよ」
それからメレシーとパンプジンが伸びているエイジの周囲で戸惑っているのを確認すると、ユディは砂浜に倒れ込んだ幼馴染の傍に屈み込み、その顔を覗き込んだ。
「……サクヤ、大丈夫か!」
サクヤは返事をせず、色濃い砂浜を拳で殴って身を起こしかける。そのこめかみは傷つき、着物はあちこちが砂にまみれ汚れている。ユディがその肩を抱えるようにして助け起こしてやると、呻き声が上がった。
こちらも身を起こしかけたチルタリスとゼニガメがサクヤの傍に寄り集い、主人を心配そうに覗きこむ。
サクヤの髪についた砂を払ってやりながら、ユディは俯いた。
「……サクヤ、悪い、巻き込んで」
ユディの謝罪に構わず、サクヤは項垂れたまま鋭く叫ぶ。
「ぼやぼやするなルカリオ! 奴を捜せ!」
ユディはその肩を抱いたまま、背後を振り返った。そして目を瞬いた。
エイジとメレシーとパンプジンの姿が忽然と消えていた。
「……消えた!?」
「おおかたゲッコウガが自力でボールから出て、あの男を連れ去ったんだろうさ。……おいルカリオ、あの男の波動を追えと言っているんだ」
ユディのルカリオがびくりと身を震わせ、それでも主より格上のトレーナーの指示に素直に従ってエイジの波動を探る。そのサクヤの咄嗟の判断にユディはつい感嘆してしまった。
そうこうしているうちにサクヤはよろよろと自力で立ち上がり、翼に傷を負ったチルタリスをボールに戻し、ゼニガメを抱き上げた。ユディもジヘッドをボールに戻す。
「お疲れ、ジヘッド。で、サクヤちょっと怪我見せろ」
「触るな」
傷の様子を見ようとするユディの手を払いのけ、サクヤは不愛想に低く唸った。
「……ユディ、何が起きてる……」
「俺はモチヅキさんから連絡があって、ルカリオの力でレイアを捜してた。そしたらエイジさんに――もともと大学のサークルで知り合いだったんだが……捕まって、まあ後はお察しってとこだな」
「友人は選べ」
ルカリオが軽く吼えて、南東めがけて軽く駆け出す。ユディの制止も待たず、ゼニガメを抱えたサクヤは歩き出した。
サクヤは早足に歩を進めつつ視線を左右に走らせる。右手に夜の海、左手に巨大な岸壁。その光景には見覚えがあった。
「……コウジンタウンか」
「そうだ。ルカリオによると、レイアはこの東の、輝きの洞窟じゃないか」
ユディはすぐに追いついてきた。サクヤは眉を顰めた。
「おい、ルカリオはあの男を捜しているんだろうな?」
「ま、お前がそう指示したんならそうだろうな。エイジさんもレイアを捜してるのかもな……っていうか、お前ら四つ子を捜してんじゃ?」
「なぜ」
「さあ。俺は何も知らんし。お前らアホ四つ子がキナンから脱走したことと関係あるんじゃないのか?」
ユディは涼しい声でそう応じた。
コウジンタウンの南東に向かいつつ、サクヤは黙考する。
レイアを迎えに行くために空路で輝きの洞窟に向かっていた途中で、ユディを人質に取ったエイジに狙撃された。エイジは四つ子を狙っているのか。
キナンシティでセッカが語った仮説がすべて正しいとするならば、エイジはフレア団の人間だった。フレア団は四つ子をどうするつもりなのか。既に四つ子はポケモン協会の敵となっているから、協会とフレア団の利害が一致した今、フレア団は容赦なく四つ子の命を狙ってくるかもしれなかった。現在においては最悪のケースだ。
この事態を打開するには、四つ子は少なくともカロス地方にいるわけにはいかなかった。だからサクヤは一刻も早くレイアを連れて、キョウキとセッカと合流し、この地方から逃げなければならない。
逃げることだけを考えればいい。
サクヤにはもはやフレア団やポケモン協会の意図など、どうでもよかった。
二人はコウジン南東のゲートに入る。そこでようやく、それまで黙っていたユディがサクヤに質問を投げた。
「……なあ、訊いてもいいか? サクヤも、レイアを捜してるんだよな?」
「そうだ」
「キョウキとセッカは?」
「キョウキが、セッカをミアレに迎えに行った」
「――なあサクヤ、お前のチルタリスはまだ飛べるか? レイアを見つけたらどうするつもりだ? 俺はどうしようか?」
ユディはサクヤの半歩後ろで、矢継ぎ早に質問を投げつけた。
ゼニガメを抱えたサクヤは、明るいゲートの半ばで立ち止まる。ユディも半歩遅れてその隣で立ち止まった。ルカリオも二人を振り返りつつ歩を止める。
ユディは肩を竦めた。
「……ま、エイジさんだって、俺のルカリオやお前のニャオニクスがいなけりゃ、そうそうレイアも捕まえられないだろ。ちょっと落ち着け、サクヤ。まず傷の手当てさせろ」
ルカリオを伴ったユディとゼニガメを抱えたサクヤは、コウジンタウン南東のゲートのベンチに腰を下ろしていた。ユディが持っていた救急セットを開いて、サクヤの頭や肩の傷を手早く手当てしてやっている。
幼児のようにユディの手当てを受けつつ、その間ずっとサクヤはぶすくれていた。
敵はポケモン協会や榴火だけでないのだ。エイジはユディを使って四つ子を探し出し、処分するつもりだ。キナンシティの山奥でフレア団によって消された、反ポケモン派の人間と同じように。
エイジはユディによって一時退散したが、そのまま輝きの洞窟へとレイアを始末しに向かっているとしか思えなかった。だから呑気に傷の手当などをしている場合ではないというのに、しかしユディの言う通り、このままレイアと合流したところで、その後の離脱のあてがないのだった。
当初サクヤは、レイアを輝きの洞窟から連れ出したあと、チルタリスでクノエシティまで飛ぶつもりだった。ところがチルタリスは翼に傷を負ってしまい、また、ユディを一人置き去りにするわけにもいかないのだ。
レイアやユディの手持ちに飛行タイプはない。輝きの洞窟からの離脱が困難だった。こんな事ならモチヅキのムクホークを借りるか、ウズに頼んで海神を召喚してもらうか、あるいは最終兵器セッカを放置してキョウキと共にレイアの救出に向かうかするべきだった――後悔が募るばかりで、打開策は浮かばない。
ユディの手当の手つきがどこかたどたどしくて、腹が立つ。
サクヤは焦る。焦りに焦る。
キョウキやモチヅキが榴火に殺されかけて、そちらの二人も心配だというのに、レイアの救出がままならず、さらにはユディという荷物も増えた――。
そのとき、サクヤの傷の手当てを終えたユディが、ぺちりとサクヤの片頬を軽く叩いた。
「サクヤ。しっかりしろ。レイアを何とかできるのはお前だけなんだから」
サクヤの頭にかっと血が上る。
右の拳を振り抜き、ユディの横面を吹っ飛ばした。
「――偉そうに――貴様が! 貴様のせいだろう!」
ゼニガメはサクヤの膝の上で空気を読まずにけらけら笑い、小柄なルカリオはサクヤに怯えて身を縮める。
当の殴られたユディは涼しげな表情もそのままに、まっすぐサクヤを見据えて早口にまくしたてた。
「そうだ。モチヅキさんに頼まれたとはいえ、不用心に出しゃばった俺のせいで、サクヤには迷惑をかけている。本当にすまない。だが――」
「言い訳は要らん。黙れ黙れ黙れ! お前はいつもいつも口先ばかり。さっきのバトルも何だ? 足手纏いなんだ!」
サクヤは珍しくも怒りを言葉に爆発させた。
するとユディも声を荒らげて応じた。凄まじい早口である。
「俺にだってできる事くらいあるはずだ! だからこんな喧嘩は無意味だろうサクヤ、俺に当たるくらいなら、どうすればレイアを連れて無事に逃げられるか考えろよ!」
「お前に指図される謂れはない! 出しゃばっている自覚があるなら帰れ、ユディ。お前がいると事態が悪化する。邪魔だ!」
「俺を放っとく? 正気かサクヤ? 俺はもうポケモン協会にもエイジさんにも面割れてんだぞ? 俺一人じゃ逆らえない、俺を放っとけばむしろお前ら四つ子の不利益になると思うんですがね!」
「知ったことか! 貴様が僕らを知らないふりすればいいだけのことだろう、まったくおとなしくただの学生をしていればいいものを、ろくに戦えないくせに無闇に出しゃばって、目障りなんだ!」
「そんなことは今は関係ない! だから、サクヤ――」
サクヤとユディはひとしきり怒鳴り合った。加熱する言い争いにますます小柄なルカリオは震えあがり、ゼニガメもサクヤの膝から転げ落ちてようよう顔色を失う。
そこに割り込んだのは、気まずげな壮年の男の声だった。
「……えっとー……おーい」
いつの間に傍に立っていたものか。
金茶の髪のロフェッカが、困り果てたように笑いながら二人の若者を見下ろしていた。
ユディがびくりとして立ち上がり、しかし気まずげにロフェッカから視線を逸らす。
「……どうも、ロフェッカさん」
「おーユディ坊、連絡くれなくって寂しかったぜー? お前さんなら四つ子の居場所分かるって分かってたかんな、頼りにしてたのによー」
ロフェッカは鷹揚に笑うと、馴れ馴れしくユディの肩に太い腕を回した。ユディは気まずげにサクヤに視線を送る。
そこで三者は黙り込んだ。
ロフェッカはにやにやとサクヤを見下ろしている。
サクヤはベンチに座り込んだままロフェッカを見上げ、表情を凍り付かせていた。
「…………なんで……貴様が」
ロフェッカはユディの頭を顎でぐりぐりしながら、サクヤに笑いかける。
「ま、ここだけの話、ポケモン協会は、エスパーポケモンのテレポートを使った転送部隊っつーのを、各町に配置しててな」
「……テレポート……」
なるほどそういう移動手段も十分実用に堪えるだろう。ポケモンのテレポートを使ってロフェッカは、チルタリスによって空を渡ったサクヤよりも速く、コボクタウンからコウジンタウンまで来たのだ。
何のためにか――もちろん、ロフェッカもレイアを捜しているのだ。
フレア団とポケモン協会に先んじられつつあるという事実。表情を強張らせたサクヤを見下ろし、ロフェッカはにやにやと下卑た笑いを浮かべる。
「いやぁ、サクヤちゃんがコウジンに来たっつー連絡を受けて、おっちゃん、コボクから慌てて飛んできたのよ。んじゃま、レイアちゃんのとこまで案内してもらいましょうかねぇ?」
粘っこく言い募る。
そのいやらしい口調にサクヤはそっぽを向いた。
「……やはり貴様、あの家庭教師とグルか」
「いやいやとんでもない! 俺らはお前ら四つ子をフレア団から保護しに来たんだぜ?」
ロフェッカは大仰に両手を広げてみせた。
事情を知らないユディは目を白黒させて、ロフェッカとサクヤを見比べている。
サクヤは剣呑に目を細めてロフェッカを睨む。
「……どういう意味だ」
サクヤが素直に質問を返したことに満足したのか、ロフェッカはにんまり笑った。
「俺も、キナンに突然現れたエイジの素性については一通り調べたのよ。そしたらあいつ、どうも犯罪組織のフレア団員らしくてさ。こりゃいかん、四つ子がフレア団に狙われてる! ――ってわけで、ポケモン協会は四つ子をフレア団から保護することに決定した!」
「四つ子がフレア団に狙われている? 本当ですか?」
ユディが目を瞠ってロフェッカを問い詰めると、ロフェッカは得意げに大きく頷いた。
「おーマジよマジよ、大マジよ。っつーわけだサクヤ、レイアとキョウキとセッカの居場所を教えな。お前さんらをフレア団から保護する。……大丈夫だ、俺がお前らをエイジから守る」
ロフェッカはいい笑顔になって、優しく囁いた。拗ねる子供をあやすかのような声音。
サクヤはゼニガメを抱きしめたまま、ロフェッカを睨んでいた。その反応に押しが足りないと感じたか、ロフェッカはユディの肩から腕を外すと屈み込み、サクヤの顔を覗き込む。
「……やっと分かったぜ、お前さんらが黙ってキナンからいなくなった理由。別荘に家庭教師っつって入り込んできたエイジがフレア団だって分かって、それで逃げ出したんだろ?」
サクヤは黙っていた。それは事実に違いなかった。
ロフェッカは心からすまなそうに頭を下げる。
「うん、俺が甘かった。悪いな、お前らを守るのが俺の仕事なのに、頼りにならねぇおっさんで。……だからよ、挽回させてくれよサクヤ。今度こそお前らを守る。絶対、悪いようにはしねぇ」
機嫌の悪いサクヤはただただ沈黙している。
そこにユディが静かに口を挟んだ。
「……キナンでそういうことがあったのか。なあサクヤ、ロフェッカさんはいい人だ。それにロフェッカさんはレイアの前からの友達なんだろ? ロフェッカさんにもレイアを助けるのを手伝ってもらわないか? 時間もないし、今はレイアを助けることを優先すべきじゃないか」
サクヤは渋い顔でユディを見やった。
サクヤの目下の問題は、レイアを確保した後、いかにしてキョウキとセッカと合流するかということだった。ポケモン協会は各街にテレポート部隊を配備しているという。それを利用すれば、あるいはフレア団を出し抜けるかもしれなかった。
ユディも賢げな緑の瞳を瞬いて、ゆっくりとサクヤに頷きかける。
サクヤは嘆息し、青い領巾を引いてベンチから立ち上がった。
「……レイアをエイジから助ける。その後は……僕らをミアレに送ると約束しろ」
「お、ミアレシティにキョウキとセッカがいるんだな?」
屈んだまま目を輝かせたロフェッカを、サクヤは冷たく一瞥した。
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