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はじめまして、ボウヤさん。気づいたのが今さっきで、返事が遅れてしまってごめんなさい。
そして本当にありがとうございました。自分の書いたものに絵をつけてもらったのが初めてなので、ちょっと今全身が震えるほど嬉しいです…
私がこの話を考えた時に最初に思いついたシーンがこんな感じだったので、本当に自分の頭の中が絵になって目の前にある、という感じです。
ポケモンの色、いいですよね。紫というとコラッタでも良かったんですけど、自然公園にはいないっぽかったので、ニドランにしました。可愛いですよねニドラン…膝に乗っけるシーンは私の願望ですw
それとカマキリは小さい頃に部屋で卵嚢がかえって大変なことになった思い出があるので思い入れの深い虫です(どんなだよ)カマキリの子供は指の先に乗るくらいでもちゃんと立派にカマキリの形してるのがほんと良いと思います。
リンゴの樹については結構各地の小学校にあるらしい、ということでお話に出してみましたが、ボウヤさんのところにもあったんですね!そして科学委員会っていうのがあるんですねえ(初めて聞きました…)一本だとちゃんとならないから花粉をどっかから持ってこないといけないんですよね(ということをかなり後半になって知ったので慌てて書き足した)アニメやポケダンを見ながら「ポケモンの世界にも、リンゴはリンゴのまま、普通にあるんだよなあ。ポケモンにも木の実にもなってないんだなあ」と思ったのがこの話の始まりです。
二つの世界は遠く離れた世界じゃなくて、重なっているので、何かのきっかけと少しの好奇心、一歩踏み出す勇気があれば、きっとまた二人は会えるはず…です!
こちらこそ、素晴らしい絵をありがとうございました!!
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2011年 10月 イッシュ地方 ライモンシティ
バトルサブウェイ シングルトレイン7両目 第21戦
チャレンジャー カナタVSサブウェイマスター ノボリ
シングルバトル 3VS3
―否、1VS1。
「ダストダス!サイコキネシス!」「ブォォォォォォォォォ!!!!!」
「ラグラージ!なみのりで流しきれ!」「リャグゥ!!!!!」
チャレンジャー ラグラージ♂
サブウェイマスター ダストダス♂
飛沫の中から、黒衣の男の姿が立ち上る。
「大分、食らってしまいましたね。じこさいせいを覚えていないのが辛いところです」
煙の中から、小柄な少年の姿が立ち上る。
「ゲッホ・・・そんなこといって、まだまだ余裕じゃないんですか?」
「わたくしは敵相手に見栄を張れるタイプではございません。・・・しかし、あなたさまのラグラージもなかなかしぶとうございますね」
男は手元の端末を見る。少し荒いドットで描かれたポケモンの姿と、いくつかのゲージ。
「体力の減りを見るととくぼうはそれほど重んじていらっしゃらないようですが、ダストダスのサイコキネシスをタイプ不一致とはいえ二回も耐えるとは、ブラボーの一言に尽きます」
それを聞いて、少年はにやりと笑う。
「そりゃ、伊達にずっといっしょに旅してきたわけじゃないですから。お世辞でもほめてもらえるとうれしいですよ」
それに男は無表情で答えた。
「・・・まぁしかし。――余裕で耐えたわけではなさそうです」
お互いの背後から、黒い影が立ち上がる。
よろめきながらも、敵を見据える強い闘志の目。
どちらの端末も、赤いゲージと警告音を鳴らし続けていた。
「・・・お互い、次が最後ですね。すばやさならこっちの方が速い」少年が言った。
「そんな単純に倒されるようならば、わたくし共としても屈辱の限り、でございます」男が帽子をかぶり直しながら言った。
深くかぶった帽子の奥から、ポケモンと同じ瞳が少年を見据える。
「このサブウェイマスターの名を預かる限り、そう簡単に負けるわけにはいきません」
「・・・わかってますよ、そのくらい」
「成程。」
すっ、と男の背筋が伸びた。
「本日はバトルサブウェイシングルトレインにご乗車いただき、誠に有難うございました。列車はまもなく終点に到着いたします」
「「敗北の忘れ物、落し物などなさいませんようお気をつけくださいまし!」」
「「ラグラージ!!!ハイドロポンプ!!!」」「「ダストダス!!!ヘドロウェーブ!!!」」
「ブォォォォォォォォオオオオオ!!!!!!」」「「リャァグゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウ!!!!!!」」
列車の中央でぶつかる二つの波。それは白煙を起こし、列車の窓を揺らした。
「・・・・・・・・・・・・・・・」「ゲホッ!ゲホッ!・・・・・・・・」
真っ白な静けさの中に、いくつかの影が見えてくる。中央で相対する大きな影。
「・・・・・・ラ・・・・リャグ?」「・・・・・・・・・・・・・ダスゥ」
どさり、とその影の一つが倒れた。その風圧で、煙がその周りだけ一瞬晴れる。
倒れていたのは、ダストダスだった。
「・・・ダストダス、戦闘不能」ピッと端末を落とし、男はため息を吐きながら言った。「わたくしの負けでございます」
「・・・ありがとうございました!」笑顔で礼をする少年の隣で、ボロボロになったラグラージが笑っていた。
***
帰りの列車、傷だらけの座席に、男と少年は並んで座っていた。
「これで、8連敗でございます」
「もうそんななんですか?はやいなー」
無邪気にそう言ってのけた少年に、男は小さくため息をついた。
「スーパーシングルでならば、全力であなたさまのご相手をできるのですが・・・なにせあなたさまはノーマルトレインしかご乗車になりませんゆえ」
皮肉交じりの男の言葉に、少年は苦笑しながら答える。
「スーパーはホント強すぎるんですよ。正直7人抜き出来るかすらギリギリで」少年はひざの上のボールを撫でた。
半透明の金属の向こうに、丸まったポケモンの姿が映る。ラグラージもそのなかで小さく丸まっていた。
赤いボールを見つめながら、少年は言葉を続けた。
「・・・それに」
「それに?」
「ノボリさんと戦うのすんごく楽しいし」
男は大きくため息をついた。
「まったく・・・そのような理由で毎回倒されていては、わたくしも困ります」
「冗談ですよ」全く冗談を言う気のない笑顔で、少年は笑った。
「しかし・・・あなたさまのラグラージは本当にお強い。わたくしが今まで見てきた中でも、十本、いや五本の指に入ります。」負けを惜しみながらも、男はすこし嬉しそうに言った。
「わざの強さは勿論ですが、全体をよく見ていて、あなた様の指令にもきちんと答えている。自らの判断で動くときも決して間違った事はしない。やはりずっとご一緒に旅してきただけありますね。」
そう言って男は少年を見た。が、
「・・・どうかなさいましたか?」
少年は何故か不思議そうな顔をしていた。
「あ、いや・・・・僕、そんなこと言ってましたか?」
「ええ。わたくしの聞き間違いでなければですが・・・」
「そう・・・・ですか」急に、少年の顔が思いつめたものになった。
タタンタタン、とリズミカルに列車は走る。何回、それが繰り返されただろうか。
「・・・・ノボリさん」少年が、ポツリと言った。
「?・・・なんでございましょうか」
「ノボリさんは、僕がこれから言う事、笑わないでくれますか?」男は少年のほうを振り返った。少年は、真剣な面持ちで、男を見つめていた。
「・・・勿論、でございます。お客様の話を笑うなど無礼なことは、一切致しません」
少年は、少し安心した表情になった。「じゃあ、聞いてくれますか?」
「えぇ」
「・・・実はこのラグラージ、・・・・おととい貰ったばっかりなんです」
男の目が一瞬、大きく見開かれた。
「おととい・・・でございますか・・・!?じゃあ先程おっしゃっていた事は・・・」
「無意識で言ってた、ってことになりますね」
「つまり、ほとんど実戦経験は無いと。・・・それであのバトルとは」男はかなり驚いているようだった。
「僕も驚いてるんです。おととい貰うまで、ラグラージの存在すら知らなかったんですよ?でもなんか戦い方、っていうんでしょうか。あのポケモンのクセを掴む感じとか、わざの間合いとか、何故かそういう感覚を覚えていて」
「それは・・・まさしくブラボー、ですね」男は椅子にもたれ、列車の天井を呆然と見つめた。天井には戦いの跡の水飛沫が、まだ張り付いている。
「どなたさまに、頂いたのですか?」男は少年に顔を向けた。
「それが・・・・ここが一番信じられない事なんですけど・・・」少年は少しだけうつむいた。
膝の上で列車のリズムと同期するように揺れる一つだけの赤いボール。蛍光灯の明かりを受けて照り返すその殻の中で眠る、青とオレンジの影。
「別の世界の・・・・自分らしいんです」
それは、「現在」をつなぐ物語。
***
初めましての方は初めまして。
またお会いした方にはありがとうございます。aotokiと申すものです。
初めての長編に恐れ戦きオノノク(ry
長編とかいいつつも全8話構成を予定しております。
更新はツボツボレベルでゆっくりになりそうですが、もしよろしかったらお付き合いください。
[諸注意]
・世界はBWがでる少しくらい前、時間軸は現実時間―つまり「こちら側」での年数を基準にしています。
時間軸は私のプレイをベースにしたので、すこし発売年月日より遅めです。
ちなみにうp主の殿堂入りまでの平均プレイ期間は半年、1本で二年は遊びます。
そして新作と新作の隙間に過去作品を遊ぶ・・・そんな感じです。
マイナーチェンジ版は一切やっていません。
・ゲーム版のキャラクター主人公ではありませんがが数名登場します。
性格・言動行動などゲームを参考にしているつもりですが、もし苦手な場合はブラウザバックを推奨します。
・この主人公は「主人公」ですが、皆様のお持ちになっているキャラクター観・性格とは異なるかもしれません。もし苦手な場合はブラウザバックを(ry
・『端末』というオリジナルアイテムを出しています。
これはゲームでのバトル画面がでるもので、みんなトレーナーは持っている・・・という設定になっています。
リオが全身の力が抜けたようにぺたんとその場に座り込んだ。
何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
「何者なんだ、あいつは」
バウトは鼻面を突き出して匂いを嗅ぎ分けた。さっきまでは、わざわざ嗅ぎ分けずとも感じたアグノムの匂いが消えている。そこにいたという匂いははっきり分かるが、それで終いだ。まさか本当に、存在自体が煙のように消えてしまったとでもいうのだろうか。
「……アグノムは」
ノウは、アグノムが消えたところを呆然と見つめたまま呟いた。
「何で、あんなこと言ったんだろう」
アグノムは言っていた。お母さんは、いつかこうなるときが来るのを分かっていたのかもしれない、と。こうなるときっていうのは、どういうことなんだろう。まだ会えない、って、どうしてなんだろう。旅に出ろとか、儀式がどうとかとも言っていた。考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃにこんがらがって足元がぐらぐらする。
「……多分、わたしたち、昔アグノムに会ったことがあるのよ」
リオがぽつりと言った。
「アグノムは、わたしたちの名前、知ってたでしょ? お母さんの名前も……シアって言ってた。きっと、お母さんとアグノムは知り合いで、それでわたしたちのことも知ってたのよ」
ノウはあんぐり口を開けた。考えてみればそうだ。初対面のはずが、自己紹介をする前に、アグノムの方からノウたちの名を口にした。さっきの口ぶりからしても、リオの言うことはあながち外れてはいない気がする。
それに、もう一つ大事なこと。
「お母さん、シアって名前なんだね」
ノウの胸は、まるで宝物でも見つけたみたいにときめいた。それで緊張が解けたのだろう。とたんにお腹がぐうと鳴った。
リオがぽかんとした顔でノウを見た。不安げに曇っていた彼女の顔がみるみる緩み、ノウとリオは、どちらともなく弾けたように笑い合った。
「あははっ! もうノウってばー。今大事な話してたのに、それはないでしょ」
「だってさあ、しょうがないよ、お腹空いちゃったんだもんっ」
ノウはわざとらしくぷくっと頬を膨らませて見せたが、すぐにまた吹き出してリオと一緒に笑い転げた。ずっと緊迫した空気が続いて忘れていたけれど、ミルクの配達の途中だったのだ。もう日はとっくに南の空を通り越している。
「とりあえずさ、リオ。帰ろう。お腹空いたし、モリアさんが心配してるかもしれない」
「……うん、そうだね。ここで考えててもしょうがないよね」
リオは頷き立ち上がると、ふと何かを思い出したようにぽんと手を叩いた。
「そうだ。バウトも家においでよ。お昼、一緒に食べよう?」
「え? いや、おれは……」
慌てて辞そうとする獣の前足を、すかさず小さな手が捕まえた。
「いいねそれ! 助けてくれたお礼したいし!」
言うなり、ノウはバウトの返事も待たずにふいと森へ向き直り、片手で彼の前足を掴んだまま、もう片方の手を高々と空に突き出した。
「じゃー、しゅっぱあぁぁつ!」
そう高らかに宣言し、歩き出そうとした。が。元気よく上げた足が空中でぴたりと止まる。
「あれ? ノウ、どうしたの?」
不思議そうに顔を覗き込む妹に、ノウはひきつった笑顔を向けた。
「……リオ、ぼくたち、どっちから来たんだっけ?」
「……え」
リオは思わず凍りついた。ぎこちなく辺りを見回すも、取り囲むうっそうとした森は、どれも似たような景色ばかり。やたらひょろひょろした白い木が、うんざりするほど奥の方まで立ち並んでいる。
「……シラカシ村は、どっちだろうね!」
「……どっちだろうね……」
やけっぱちな元気を振りまくノウに、リオは今にも泣き出しそうになった。今更になって、どうしてこの森に足を踏み入れてはいけないのか分かった気がしたのだ。それが分かったところでどうしようもなく、迷子という言葉が頭の中でぐるぐる踊り始める。
そんな二匹の様子を見かねて、ずっと黙りこくっていた黒犬が長々とため息をついた。
「全く……しょうがねぇ奴らだな」
「え? バウト?」
「お前らの匂いを辿ればいいんだろう? こっちだ。ついて来い」
バウトは慣れた風に少しだけ地面に鼻をつけると、すぐに顔を上げ、すたすたと歩き出した。その足取りは確かなもので、ノウとリオは少し顔を見合わせてからその後をついて行った。
相変わらず森の中は薄暗く、道らしい道などないためひどく歩きづらかったが、バウトがゆっくり歩いてくれているおかげで来るときよりは楽に感じられた。
「すごいね! バウト、よくこっちだって分かるね」
目の前に突き出た枝を振り払いながら、ノウが感心したように前を行く獣に声をかけた。
「別にすごくも何ともない。お前らの匂いを嗅いでいけばいいだけだからな。これぐらい朝飯前だ」
「え? 今はお昼だよ?」
「もうノウってば。そういう例えだよ。お昼だからって関係ないよ」
「えー、そうなんだ。変なのー!」
けたけた笑う双子の声を聞きながら、バウトは今自分がしていることの意味を考えていた。何の義理もない、今日出会ったばかりの子供である。助けるつもりなど毛頭なかった。成り行きで、と言えばそれらしく聞こえるが、それだけでは納得できない自分がいる。
あのとき。暴れ狂うアーケオスに振り払われた小さなポケモンの姿を見たあの瞬間、考えるより先に、体が動いていた。
そして今も、結局はこの子たちを助けている。
自分が見ず知らずのポケモンを好意だけで助けようとするほど出来のいい性格とは思えない。彼らの何かが、自分を惹きつけているとしか思えなかった。
それからもう一つ気になること。あまりにも堂々と宣言されて、逆に聞く気を無くしてしまったが、あの二匹は双子だと言っていた。
「お前らの方が、よっぽど変だろうが」
少し後ろをはしゃぎながらついて来る二匹には聞こえぬよう、バウトは独り呟いた。
バウトの嗅覚は大したものだった。時折確認するように地面に鼻を近づけるだけで、見通しの悪い森の中を少しも迷うことなく進んでいく。すると、とうとう光を遮る木々がなくなり、目の前に緑の草原が広がった。森を抜けたのだ。
二匹はたちまち手を取り合って歓声をあげた。ここまで来れば、村までの道ははっきり分かる。今度こそはとノウが張り切って先頭に立ち、気の進まぬ様子のバウトを無理矢理引っ張って歩き出した。
レンゲの紫と、シロツメクサの綿毛のような白い花が点々と咲く野原を行く。途中いくつもの家々が見えてくると、ノウとリオは、バウトの前へ後ろへぴょこぴょこ跳ねながら村の観光ガイドを務めた。
「あそこはね、ニドキングのゴランさんのお家だよ!」
「あっちにあるのは、白ぼんぐりがなる林なの。ぼんぐりはそのままだと渋くて食べられないけれど、ちょっと湯がくとおいしくなるのよ。この村の名産品なの!」
「でね、あれはねー、村長さんのお家でね、あっちはー」
「あー、分かった、分かったから。もういい。十分だ」
目まぐるしく解説する二匹にすっかりもみくちゃにされたバウトは頭を振って、なんとか二匹を収めようと言葉を探した。
「それより、お前らの家はどこなんだ」
「もうちょっとだよ!」
なだらかな丘を進んでいくと、思わずとろけるような、ほんのりとした甘い匂いとともに、一際大きな赤茶色の家が見えてきた。戸口の前に誰かが立っている。
「あっ!」
ノウとリオはほとんど同時に走り出した。つんのめりながら一気に丘を駆け上がり、一直線にそのポケモンへと向かっていく。どっしりと構えたポケモンの太い両腕が大きく左右に広げられ、無遠慮に飛びついた小さな双子をすっぽり抱き止めた。
「ただいまぁっ! モリアさん!」
「おかえり! ノウ、リオ」
ミルタンクのふっくらした腕の中、ノウとリオは大きく息を吸い込んだ。彼女の桃色がかったふくよかな体からは、いつもほんのり甘い乳の匂いがする。
しばらくの間、二匹はヘラクロスみたいに彼女にひっついていたが、背中を軽く叩かれてようやくその柔らかいお腹から体をもぎ離した。ミルタンクは二匹の肩に固い蹄のついた手を置いたまま、見回すようにそれぞれの顔を覗き込んだ。
「ずいぶん配達に時間かかったねぇ。何かあったのかい? ……おや、そちらは?」
「新しいお友だち!」
「と、友だち?」
声を裏返すデルビルに対して、ミルタンクはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「そうかい! ありがとうね、この子たちと仲良くしてくれて。あたしはモリアっていうんだ。まぁ……この子たちのメンドウ見てるもんさね。それにしてもなんだい、全員泥だらけじゃないか。泥んこ遊びでもしていたのかい?」
ノウとリオはどきりとして顔を見合わせた。村外れの森に行ったことを白状したら、きっと怒られる!
「えーとね、うん……まあ、そんな感じ」
ノウが適当に言葉を濁すと、モリアはひょいと眉をあげたが、特にそれ以上何かを聞いてくることはなかった。
「……ま、何でもいいから三匹とも、家にあがる前に、よーく泥を落としとくれよ。お店は清潔が第一だからね!」
「お店……?」
「ぼくたちの家、モリアさんのミルクを売ってるんだ!」
「とってもおいしいって評判でね、わざわざ遠くの方から買いに来るポケモンもいるのよ」
ノウとリオは体についた泥を払いながらバウトに説明した。するとそれを聞いていたモリアがこれ見よがしに胸を張った。
「ま、当然と言えば当然さね。あたしの自慢のミルクは栄養満点! 味も美食家たちのお墨つき! この村のポケモンが病気ひとつせず元気に暮らしていられるのは、みーんなあたしのモーモーミルクのお陰、ってとこだろうねぇ。……さっ、お腹空いてるだろう? 全員入った入った! モリア特製ごろごろ野菜のクリームシチュー、たんとおあがり!」
木材を組んで作られた卓の上には、やはり木でできた赤茶色の椀が三つ、ほかほかと盛んに湯気を立ち上らせていた。木椀に盛られたシチューはよく煮込まれていて、大胆に分厚く切られたじゃがいもや玉ねぎなどの根菜は、とろとろに柔らかく、素材の甘みがしっかり引き出されていた。彩りのために入れられたリンドの実は、口の中で噛み潰すと独特の青臭い苦みが舌を焦がしたが、すぐにシチューのほのかな甘さが優しくそれを包み込んでくれた。
すっかり腹ぺこだったノウはさっそく椀を持ち上げて、愛情のたっぷりこもったシチューをスプーン片手にかきこんだ。どろっとした熱いものが喉をくだって、たちまちお腹の中を満たしていく。あまりに勢い込んで食べたので、半分も減らないうちに舌をひーひー言わせるはめになってしまった。
その様子を見ていたモリアが腕組みをしながら、呆れたようにため息混じりの声を出した。
「せからしいねぇ、ノウ。もっとゆっくり食べられないのかい?」
「らって、おいひいんらろ」
「ノウってば。何て言ってるのか分からないよ」
マイナンが舌をひらひらさせながら何か喋れば、プラスルは口元を片手で押さえてくすくすと笑い出す。
モリアはやれやれ、とでも言うように頭を振り、バウトに目を向けた。
「二匹ともまだまだやんちゃざかりでね、いっつもこんな調子だよ。お宅に迷惑かけなかったかい?」
「いや……そんなことは……それより、申し訳ない。ごちそうになる」
「ははっ! これぐらい、気にしないどくれよ。まだまだおかわりもあるからね。遠慮せずにじゃんじゃん食べとくれ! ……にしても、今どき珍しいねぇ。どこかへ落ち着かずに一匹で旅をしているなんて。バウト、っていったかい? そもそも炎ポケモンが赤の島以外にいること自体そんなにないだろう。どっから来たんだい?」
「…………」
「あっ……ひょっとして、何かまずいこと聞いちまったかね」
何も言おうとしないバウトを見て、モリアはさっと組んでいた腕をほどいた。
「悪かったねぇ、あたしのつまらない癖だよ。気にせず、食べとくれ」
「ああいや、そういうんじゃない。ただ、少し言葉が詰まっただけだ」
バウトは少し苦いような笑みを浮かべた。今さっき初めて会ったばかりの相手にあまり軽々しく話したくないということもあったが、正直、モリアのひっきりなしに続くお喋りに少々面食らってしまったのだ。
「自分でも、よく分からない。どこからどうやって来たのか、うまく説明ができないんだ」
「ふぅん……? ま、このレインボーアイランドはやたらだだっ広いからねぇ。そのぶん他の島より土地が豊かで、食べることにはそうそう困らないけれども。……じゃ、あたしはそろそろ店に戻るよ。ノウ、リオ! 二匹で後片づけ、ちゃんとできるね?」
「うん!」
「よーし。それじゃ、任せたよ!」
モリアは豪快に二匹の頭をくしゃくしゃと撫で上げると、家の奥へと消えていった。
ノウとリオは、体の奥底からほっと安心するような温かさが込み上げてくるのを感じて、ついつい笑顔になった。守られている、愛されているという自覚が、胸をうずかせ、こそばゆいような嬉しさが溢れ出す。
「モリアさんはね、ぼくたちを拾って育ててくれたんだよ!」
自慢せずにはいられなくなって、ノウはいかにも嬉しそうにバウトに言った。続いてリオが、やはり感情を抑え切れぬ様子で言葉を繋ぐ。
「わたしたち、村の近くの崖のところに倒れていたんだって。それをこの村のポケモンが見つけてくれてね、モリアさんの家に来たの!」
「本当のお母さんのことはね、全然覚えてないんだけど……でもね、ぼく、モリアさんに抱っこしてもらったときとかね、なんとなくだよ? なんとなく、お母さんの抱っこもこんな感じだったかなぁって思うんだ! 変だよね、何にも覚えてないはずなのにさ!」
それでか、とバウトは思った。アグノムが二匹の母の名を口にしたとき、異常に反応していたのは。
それにしても、育ての親とはいえ似るのだろうか。二匹の代わる代わるに話し出すタイミングはまさに息が合っていて、なかなかこちらが口をはさむ余地が見つからない。だが、そんな二匹のマシンガントークも、あのミルタンクのやたらなお喋りを思い出せば、何故か納得できてしまうのだ。
ひとしきり食事を済ませ、お腹が膨らむと気持ちも落ち着いた。今なら、じっくりと考えることができそうだった。
リオはさっそく切り出した。
「ねぇ、ノウ。これからどうしたらいいのかな」
とにかく、気になることはたくさんある。アグノムが言ったことは断片的過ぎてよく分からなかったが、何か大事なことを伝えようとしていたのは、十分察することができる。そしてそれは、自分たちに関係のあることなのだ。
ノウは少し唸ったあと、困ったように頭をかいた。
「うーん……ちょっとすぐには分かんないや。バウトはこれからどうするの?」
「おれは、またあの影とかいう奴を追う。この辺りで奴のしっぽが掴めなかったら、また手がかりを探しながら旅を続けるつもりだ。」
「……旅かぁ」
リオはぼんやりと呟いた。
アグノムも旅に出るようにと言っていた。もしその通りにして旅に出たら、お母さんや、ひょっとすると、お父さんの手がかりも何か分かるかもしれない。でも、わたしもノウも、お母さんとお父さんの顔すら覚えていないもの。それに、何の当ても無しに村を出たら、迷子になっちゃうかも分からない。とにかく今は、分からないことが多すぎる。
リオは深いため息をついた。
こういうことを考えていたんだとノウに告げたら、きっと目を輝かせてすぐにでも行こうと言い出すだろう。両親に会いたいと願う気持ちはずっと同じだったはずだ。しかし、兄とは違って、何の準備もしないで未知の世界へ飛び込もうとする勇気だけは、リオにはどうしても絞り出せそうになかった。
誰かの言葉が欲しかった。臆病な、自分の背中を後押ししてくれる……
そこまで考えて、ふと、あるポケモンの姿が頭に浮かんだ。そうだ。彼ならば。
「……そうだよ。ノウ、あのおじいちゃんに会いに行こう! アグノムが言いたかったことも、何か分かるかもしれない」
梅雨の季節には、なんだか憂鬱な気分になる。そりゃあ、毎日毎日雨が続けば、誰だって気分がふさぐだろうけど。
俺の場合は、梅雨の時期に出会ったある人物のことを思い出すせいなんだ。俺の実家がこの『六ノ島』で宿屋をしていた頃のお客なんだが、まあ、何と言えばいいのか……一言でいうと変な人だったよ。
もうずいぶんと昔の話だし、俺もまだガキのころだったから、誤解が混じっていたり、ところどころ記憶が曖昧だったり、捩れて繋がっていたりするだろうから。
ここから先は、話半分に聞いてほしい。
【6】そらゆめがたり
六ノ島は、謎の多い島だと言われている。幾何学模様の『しるしの林』、誰が残したかわからない文字を刻んだ『点の穴』、何のための遺跡かもよくわかっていない『変化の穴』等々。
元々の人口もそう多くはなかったが、最近本土に渡る人が増えてどんどん人が減ってきているのは寂しい。寂しいし、何より俺の家の宿屋にお客が来なくなったら困る。
島で生活ができなくなったら、俺らの家族も島を捨てて本土に渡ることになるのだろうか。
何にせよ、人間にとって不便極まりないこの島の過疎化は進んでいる。やがて一つ、そしてまた一つと人家の灯りが消えていく。
あと数十年もすれば人間は誰もいなくなって、町だったところさえもそのまま自然に飲み込まれてゆきそうな勢いだ。
そうなれば、人が住んでいた名残は大昔の遺跡だけ。島はかつてのように木々が鬱蒼と生い茂る野生ポケモンの楽園になるのだろう。
自分も、自分の家族も、知っている人も誰もいなくなって、蒼い海に浮かぶ翡翠のような小島に響くのは獣の啼き声だけ。
緩やかな坂道を下るような滅亡を、いつの間にか想像していた自分に嫌気がさした。
自分の心が酷く屈折していることに気がついたのはいつの頃からだったろう。
俺はたびたび、自分の中に棲みつく怪物の気配を感じ取っていた。悪意に染まった真っ赤な目と、黒い影を纏った醜悪なバケモノだ。
そいつはビロードの毛皮を被って自分の本性を巧みに覆い隠す。弱く無害なふりをして外面良く振舞いながらも、着実に育ち力をつけていく。
通常の、意識的な思考の流れが枝分かれした河川のようなもので、根もとの部分で無意識の海に続いているならば、怪物はきっと淡水と海水の混じり合う汽水の領域あたりに潜んでいるんだろう。
そうして、いつか俺の意識を喰いつぶしてしまおうと虎視眈々と狙っているんだ。
潰れかけた宿屋に、奇妙な旅人が訪れたのは、ちょうど俺がそんな愚にもつかない想像を浮かべていた頃のことだった。
「おじさん、ポケモンを見せてよ」にいっと笑って話しかける俺に、旅人は溜息を一つ吐いて答えた。
「またかい。ゴーリキーがそんなに珍しいのかね」
「うん。六ノ島にはいないからね。それに、ゴーリキーだってきっとボールから出て遊びたいはずだよ」
「やかましい小僧だ。いちいちちょっかいを出せれては仕事にならん。いっそこの宿を出て、ポケモンセンターにでも止まるか」
「それでもいいけれど、おじさんの好きな広い浴場のある宿屋は、六ノ島にはウチしかないよ。いいの?」
「む……」と彼は舌打ちをした。
彼の名前は、確か“オモダカ”といった。
本土からナナシマにある遺跡を調査しに来た自称研究者で、六ノ島と七ノ島にある遺跡を調べている。
いかめしい顔つきの、ひどく気難しい男で、宿にいる時はいつも不機嫌そうに自分の集めてきた標本を調べているような風変わりな人だった。
島の外から来た人が長く宿屋に居つくことは珍しかった。大抵はナナシマを見に来た観光客か、ポケモントレーナーである旅人が一晩か二晩、長くて一週間ほど泊まって去ってゆくだけだ。
俺は、そんな彼に興味を持った。母に知られるとあまり良い顔はされないのはわかっているので、彼が部屋で調べものをしている時、こっそりと訪ねて行った。
彼は始めうるさそうにしていたが、やがて諦めたように色々な話を聞かせてくれるようになった。
本土の歴史、遠い地方の神話、ナナシマの遺跡の話。彼の話は、まるでどこか遠い世界の物語のようで、心惹かれるものがあった。
「おじさんは、ナナシマの外の人なんだよね」
「何だ。今さら」
「ナナシマの外の世界はどんなところなの?」
「……まるで、ナナシマが"世界"に含まれていないような物言いだな」
「しかたないじゃないか。俺は六ノ島から出たことがあんまりないし、ナナシマの外の人と真面目にしゃべったこともないんだ。ナナシマの外のことは、テレビで見るだけさ」
「そうか。それは気の毒に」そこで一つ咳払いをして、「結論から言おう。お前の質問に真面目に答えたところで、あまり意味などないんだよ」彼は、酷薄な表情を浮かべ、重々しい口調で語り始めた。
「ワシの見る世界とお前の見る世界は微妙に違うだろう。ワシらだけじゃない。全ての人間はそれぞれ違う世界を見ている。ポケモンの見る世界ともなればワシらには想像もつかない。それらは完全に重なり合うことは無いだろうし、また重なり合わなくてもいいんだ。そもそも、お前はどういう答えを聞けば満足するんだ。世界はどこまでも美しいと言ってほしいのか、捩れ歪んで醜いと言ってほしいのか。それを聞いて、お前は果たして納得できるのか? 人の見ている世界は、とても言葉で表現しきれるものではないよ。そいつの見たもの、聞いたもの、触れたもの――生きてきた経験の全てで構築されているものだからな。仮に言葉に出来たとして、とても一朝一夕に語りきれるものでもない。そしてワシが誠心誠意、世界についてお前に説いてやろうとしたところで――」
「お前は、途中で寝るだろう」
「眠ったりしないよ」
「嘘をつくな。もう眠たそうに見えるぞ。さあ、子供は帰った、帰った」
彼の話は面白いが、時々よくわからなくなる。
その時はそのまま自分の部屋に戻った。後になって『“おじさんは”世界についてどう思うの』と聞き直しておけば良かったと思った。
ある日、七ノ島に調査に出かけていたオモダカ氏が、予定していた時刻よりずっと早く宿に戻って来た。
どうやら昼前からぽつりぽつりと降り出した雨が本降りになり、フィールドワークを中止せざるを得なくなったようだ。
むすっとした顔で部屋へ戻る彼の背中を見送った。
昨日のラジオでも雨が降るって言っていたのに、気にかけていなかったのかなぁ。変なところで無頓着である。
これからナナシマも梅雨入りだ。遺跡の調査は難航するだろう。
雨に濡れた研究機材の故障の有無を調べている彼に「いま、遺跡でどんなことを調べてるの?」と訊ねてみた。
「今は遺跡に刻まれている言葉を調べている。古代の人々が使っていた言語を」と彼は答えた。
「言葉? 言葉を調べて何になるの?」
「ある言語を理解するということは、その言語を使う人々を理解する鍵になるからな。言語は、世代を超えて受け継がれるものだ。もちろん世代が変われば、言語は変化する。違う民族が交流すれば、言語は混じりあい、有用な単語が取り入れられることもあるだろう。だが、文法の根本的な部分まで変わってしまうことは滅多にない。その地域で話される言語が撲滅されてしまうのは、文化的な侵略があった時くらいさ。……ある意味、言語というものの振る舞いはDNAと似ているとワシは思っている。小僧、DNAを知っているか」
「多分、聞いたことくらいなら、ある」
「DNAというのは、生命の設計図のようなものだ。この生命はこうあるべき、と生まれつき決めている。その設計図は、ヒトの身体を構成する六十兆もの細胞ひとつひとつに入っていて、その細胞が今何をすべきかまで制御しているのさ。DNAは何もないところから新しく生み出されたりはしない。必ず自らを鋳型にしてレプリカを作る。こんなところが言語と性質が似ているだろう。DNAは世代を経るごとに、親から子に忠実に複製されて渡される……はずなんだが、たまにエラーをおこして親とはちょっと違ったDNAを子が持つことがある。突然変異ってやつさ。突然変異が積み重なって、生命の進化というものは起こるらしい。突然変異の数の違いを調べることで、生物の進化の全体像たる"生命の樹"の正体を探ろうという研究もある。……元々、すべての生命は一つだったのさ」
「おじさん。わからないことがあるんだ。おじさんは、言葉は受け継がれるもの、変化することはあっても、根本的に変わってしまうことは無いものといった。でも、世界には幾つもの言語があるのに、人間の根源は一つだ。辿って行けば一人の最初の人間に行き着く。矛盾しているじゃないか。……どうしてなの?」
「それは難しい質問だな。生命が先か、世界が先かという問題と同じくらいに難しい」
「世界が先に決まってるでしょ。世界があるから、生命が生まれることができたんだ」
「ふん。だがな、小僧。遠い地の神話によれば、世界は、ある生命によって創造されたというぞ」
所詮神話と言われればそれまでだがな、とおじさんは呟くようにいった。
「その問題は、おじさんにとっても難しいの?」
「ああ、難しいさ。とても難しい。もし、この問題を一点の曇りもなく証明できたなら、そいつは世界で最も権威ある賞の表彰台にだって立てるだろうよ」
「表彰なんかされたって、大して嬉しくはないけどね」
俺が答えると、オモダカ氏は実に苦々しい表情で、「ふん、所詮はガキか」と吐き捨てた。
その後、彼はぶつぶつと何やら呟きながら資料を漁り始めたため、妙に重苦しい空気の中でその日は別れを告げた。
雨は降り続き、その間オモダカ氏は遺跡の調査に出られなかった。いつにも増して不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、宿の廊下を歩いてゆく彼の姿を見かけた。
もうじき予定していた調査期間が終わり、宿を引き払わなければならないのを俺は母から聞いて知っていた。
毎年この季節になると、宿屋には閑古鳥が鳴く。観光客も、好き好んで梅雨真っ盛りのナナシマに来たいとは思わないんだろう。きっと自分もそう思う。
オモダカ氏は何故、よりにもよってこんな時期にフィールドワークなんか始めちゃったんだろうなあ、と少し呆れた。
客観的に見て、オモダカ氏が『尊敬するべき偉大な人間』と言い難いことは、島の大人達が彼を見る視線からもなんとなく想像がついた。
遠巻きに、少し焦点を外すようにしてちらりと見る。そして見ていることを気づかれていないとほっとする。
島の大人達は、旅人と争うことは基本的にしない。彼らがいずれいなくなることを知っているからだ。
宿の場所を訊ねられれば丁寧に教えるし、その日の天気の移り変わりについて朗らかに、のんびりと話しているのをも時々見かけた。
けれど、それは他所の人間をあるがままに受け入れる暖かさとは少し違う、ような気がした。
言うなれば、火薬を積んだ荷車とすれ違うときに道を譲る類のものだ。
わずかな晴れ間を縫うように彼は遺跡に出かけてゆく。調査が予定より大幅に遅れていることに焦りを感じているようだった。現地で完全な調査することを諦め、山のような写真を撮ってきては自分の部屋にこもって解析を続けていた。
天候の変化を読み、前日に万全の準備をして出かけても、突然の降水により全てが徒労に終わったことも一度や二度ではない。
そんな時、彼はもはや苛立ちを隠そうともしなかった。日を追うごとに、彼の纏う気配はより一層、人を寄り付かせないものになっていった。
オモダカ氏の印象として、今でも一番強く残っているのは、この時期の排他的な雰囲気だ。
俺とオモダカ氏の関係にある転機が訪れたのも、嫌な雨がしとしと降り続く日のことだった。
その日、彼はどことなく疲弊した面持ちで廊下を歩いていた。
「こんにちは、おじさん」と俺が話しかけると、彼は俯き気味の視線をこちらに向け「なんだ、小僧か」と呟いた。
久しぶりにゆっくり話をしてみたいと問いかけてみると、彼は以外にもあっさりと了承してくれた。
久しぶりに訪れたオモダカ氏の部屋は、山と積まれた写真や研究論文、何に使うかわからない大きな機材などが無造作に置かれていた。前に見た時の整然とした感じはすっかり失われている。
何を話したものかと俺が迷っていると、オモダカ氏の方から唐突に話を切り出してきた。
「小僧、お前はナナシマを美しい土地だと思うかね」
何を意図した質問なのか、さっぱり見当もつかなったが、誤魔化す意味もないので俺は素直に答えた。
「もちろん。六ノ島も七ノ島も、自然に囲まれて美しい。おじさんも大好きな、古い遺跡もあるでしょう? あまり行ったことはないけれど、他の島だってそれぞれ素敵なところだと思うよ」
そうだ。六ノ島は自然に溢れている。人が減って活気がないのも否定しないが。
「ふん、島の子供は暢気だな。いや、暢気なのは大人も同じか。ナナシマは、お前たちが思っているほどのどかで平和な土地ではないさ。むしろ、仄暗い歴史を残す、闇の深い土地だとわしは思うがね」
「どういうこと?」怪訝に思い問いかけた俺に、オモダカ氏は無表情に語り始めた。
七ノ島に『アスカナ遺跡』という遺跡があるだろう。あれは古代人が造り上げた遺跡だ。彼らは、独特の文字を持っていた。二十六字の表音文字で言葉を表す文化をな。
アスカナ遺跡が造られたのは千五百年以上も前だといわれている。今のナナシマの人々は本土に近い一ノ島から順番に移り住んだと言われるが、それも高々数百年前だ。遺跡を造った古代人とは何の繋がりもないのだろうよ。
アスカナの言葉を受け継ぐ人々は今はもうどこにもいないが、同じ文字が刻まれた遺跡ならこの世界の各地に残っている。
ジョウトの『アルフの遺跡』、シンオウの『ズイ遺跡』、そしてこのナナシマだな。遺跡の壁に刻まれた文字が、彼らの生きていた証しだ。
文字という高度な文化を持ち、後世に残る遺跡を創った彼らが、何処から来て何処へ行ったのか。彼らの言葉はどうして滅んでしまったのか。わからないことだらけだ。
ただ、このナナシマから彼らが消えた理由としては、一つ面白い仮説があるのだよ。
六ノ島にも遺跡が存在する。『点の穴』という遺跡だ。あれも古代の人が造った遺跡だが、遺跡に使われている文字はアスカナ遺跡のものとは全く違っているのだよ。
点の穴の文字は、六つ一組の点の凹凸で表記されているんだ。この文字も言葉の音を表わしたもののようだが、アスカナの文字とは形も文法も全く異なっている。
ワシの見立てでは、点の穴の遺跡の方が、アスカナ遺跡よりも古い時代のもののようだ。しかし、彼らの子孫もまた、現在のナナシマには暮らしていない。
ナナシマに栄えた二つの文明が、二つとも跡形もなく消えている。
奇妙なことだと思わんか?
おそらく二つの文明は、何か大きな異変か災害によって滅んだのだろう。ナナシマは大洋に浮かぶ孤立した列島だ。何か起こっても外界の歴史に刻まれる可能性は低い。
問題は“何が”そうさせたかという事だが、ワシはその糸口は『アスカナの鍵』という石室にあると予想している。アスカナの鍵が異変の原因にかかわっているのか、異変の結果アスカナの鍵が造られたのかまではわからんがね。
ワシはナナシマに起こったことのすべてを知りたい。たとえ過去の悲劇を繰り返すこととなろうとも、ワシはアスカナの鍵を解いてやるさ。
その時まで俺は、六ノ島の遺跡を作ったのは自分たちの遠い先祖であると思っていた。誰に言われたわけでもないが、漠然と信じていた。
それをあっさりと否定されたばかりか、『お前たちは神聖な遺跡に住みついた墓荒らしだ』とでも言われたようなショックを覚えた。
俺がナナシマに対して抱いていた思い。それは例えるなら発達途上の子供が家族に対して思う感情と似たものだった。
奇妙に思われるだろうが、具体的に言葉にするのなら“愛着”と“嫌悪”――近しいからこそ感じ得る矛盾した二つの感情の混じり合ったもの。
ふたを開けてみれば、心にしまい込んだ箱の中に入っていたのはそんな赤黒い感情だった。
「その鍵を開けたら、ナナシマはどうなるの? 良くないことが起こるかもしれないんでしょう?」
「その時になってみなければわからんよ。わしはただ、謎を解き明かしたいだけだ。謎というものは、解かれるためだけに存在するのさ。解いた後がどうなろうが、ワシの知ったことか」
故郷を侮辱された怒りと、裏切られた悲しみと、ごちゃごちゃしたものが胸の奥から湧きあがってきた。心の中に住みついている真っ黒な怪物が赤い火を吐くように、言葉が喉から飛び出した。
その時、俺は何と言っただろうか。酷いと叫んだのか、大嫌いだと喚いたのか。あるいはもっと過激な罵声を浴びせたのか。よく覚えていないが、思い出したくもない。
「おい、小僧、待たんかっ」その言葉を背中に聞きながら、俺は部屋を飛び出して階段を駆け上った。
それが、彼と言葉を交わした最後だった。
それから数日、俺は極力彼と顔を合わせないようにした。廊下でやむなくすれ違っても、ぷいと目をそむけた。背後に感じた、嘲笑混じりの溜息も知らんぷりだ。
彼の方は、小僧がつまらない意地を張っているくらいにしか思ってなかっただろうし、実際その通りだった。
息の詰まりそうな日が続き、そろそろ仲直りしてやってもいいかなと小生意気なことを考え始めた頃だった。
オモダカ氏の部屋の前を通りかかると、扉が開き、中から布団を抱えた母が出てきた。
部屋を覗き込むと、彼の持っていた研究資料や機材はすべて跡形もなく消えていた。
オモダカ氏はどうしたのかと母に訊ねると、もう部屋を引き払って出ていったのだと言う。
片付け途中の部屋の、開け放たれた窓からは、穏やかな風が吹きこんでいた。
綺麗に片付けが終わった後には、そのうち新しいお客が泊まるんだろう。
挨拶くらいして行けばいいのにと思ったが、よく考えたらそんな義理はなかったか。
寂しいような、ほっとしたような、複雑な気持ちだった。
ふと窓から外を見ると、じめじめした気分とは裏腹に、からりと晴れた夏の空が広がっていた。
――いつの間にか、梅雨は明けていたのだ。
あれから彼が再び宿屋を訪れることはなかったし、風の噂にさえ聞くことはなかった。
俺の実家の宿屋業はいろいろあって廃業してしまったから、訪ねて来ように来られなかったのかもしれないけどな。
実を言うと、俺は彼の顔を、もうよく覚えていないから、会ったところでおそらく互いにわからないだろう。
梅雨の季節になると、今でも時々考える。
彼は、まだ遺跡の研究を続けているんだろうか。雨の中を這いずりまわって、ナナシマを破滅させる鍵を探し続けているんだろうか。
だけどいくら考えても、『嗚呼、今もこうしてナナシマが平和だってことは、まだ彼の夢は叶っていないんだな』と、いつも同じ結論になってしまうのだ。
「ほら、さっさと復習をやりな」
「待つでマス、今日は大事なニュースの日でマス! だからまずニュースでマス」
10月29日、木曜日。今日も今日とて訓練の後に復習をやっている。時間は5時頃で、この季節ならもう夕日が目に刺さる自分だ。俺はと言うと、仕事を定時までに仕上げて誰もいない図書室で部員達の勉強を見ている。
「なら、さっさとやることを済ませるこった。そしたら好きなだけ見るが良いさ」
「……ターリブン、諦めろ。まずは今日の復習をやろう」
「イスムカ君までひどいでマス……」
俺とイスムカに促され、ターリブンは渋々ノートを開く。……向学心はバトルでも大事だってことに、早く気付いてもらいたいもんだね。
「さてと、今日の仕事が終わった俺は夕刊でも読むか」
俺は図書室に置いてある夕刊を手に取り、2面と3面を読み始めた。勉強の世話と言えど、ただ見るのも時間の無駄遣いなんでな、夕刊でも読もうってわけよ。ついでに説明すると、俺が1面を読まないのは大事なことが書いてないからだ。センセーショナルな記事で読者の目を引き、本当に重要な話題は1面から追いやる。俺を今の境遇に導いたあの事件だって、大した話じゃないにもかかわらず1面だった。全く、なんのための新聞か分かったもんじゃねえ。
頭に血を昇らせていると、夕刊越しに何かの影が俺の視界に入った。俺が夕刊を閉じれば、そこにいるのはいつもの3人だ。皆1面に釘付けである。
「……おいお前達、何見てんだ。そんなに驚くような記事でもあったのか?」
「そりゃそうでマス! オイラが知りたかったのはこのことでマス!」
ターリブンは力強く指差した。その先には、このような内容が書かれてある。
「何々、『ツカノ選手、入団拒否』か。ツカノって誰だ?」
「ご、ご存知ないのですか先生? ツカノ選手は大学で最も評判のトレーナーで、お爺様が監督をするタテウリアイアンツへの入団を希望していたんですよ」
「ところが、昨日のプロポケモンリーグのドラフト会議で波乱が起きました。アイアンツは他チームに指名されないようにしていたはずなのに、リングマファイターズが指名して交渉権を手に入れたんですよ。で、今日何か発表があるんじゃないかと噂されてたと言うわけです」
ラディヤとイスムカの説明で、話はぼちぼち理解できた。アイアンツはタマムシシティを本拠地にしていて、プロリーグの盟主を気取ってることで有名だ。今回の事件は、ここのわがままを通すための算段か。
「そうか、そりゃ随分意志の固い野郎だ。その是非はともかく、自分から望んだ道を否定するなんざ、中々できねえぜ」
俺は皮肉交じりにそのツカノって奴を評した。すると、ラディヤがこう尋ねてくる。
「先生はこれについてどう思いますか?」
「俺の意見か。そうだな……この会議で指名されるには、事前に申請しなきゃならねえんだろ? チームが1つじゃないのは周知の事実、だからトレーナー側は『どのチームに選ばれても文句言わない』と認める必要があるだろう。プロになりたいって意志表示しておきながら、お望みのチームじゃなければ交渉もしないなんてのは、単なるわがままだろ」
「そうでマスか? 別に問題無い気がするでマスが……」
ターリブンは頭にクエスチョンマークを浮かべながら首をひねる。理由も無しに反論する、あまり感心できねえな。
「おいおい、冷静に考えてみろよ。例えば、ターリブンがクラス中の女子へ一斉に告白したとする。当然彼は、とにかく誰か彼女になってほしいと思っている。にもかかわらず、彼の告白を受け入れた女子を『好みじゃないでマス』の一言で振ったらどうなるよ? 言動と行動が矛盾していると指摘されても仕方あるまい」
「うーん、そう言われてみればそうだな。他チームに移籍する手段も結構ありますし、入っといた方が良いかもしれませんね」
「だな。まあ、交渉できるのが1チームだけってのも問題だとは思うが。複数チームが、くじ引き等によって優先順位が生まれるよう交渉できれば、んなことにはなってないだろうし」
俺は例え話に加えて、現状の制度の改善すべき点も指摘しておいた。これで少しは考えもしっかりするだろう。
「そうでマスな。2年後、オイラが選ばれる頃には改善してほしいものでマスよ」
「では、2年後に選ばれるためにも勉強をしっかりしないといけませんね、ターリブン様」
「う、それは勘弁してほしいでマスよ……」
ラディヤの鋭利な突っ込みに、一同笑いを込み上げるのであった。さあ、そろそろ勉強を再開させるか。
・次回予告
週末、約束通りサファリの手伝いにやって来た俺達。それも終わり、訓練の時間が訪れた。そう言えば、あいつらは先週何を捕まえたんだ? 勝負がてらに確認しておくか。次回、第22話「ボランティアと秘密の訓練」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.87
今日の話の元ネタ、プロ野球好きなら知ってるはずの話題だったでしょう。現実世界の話題を積極的に取り上げると言う今作の目標をこなせて良い感じでした。ところで、今この後書きを書いているのが2012年3月16日で、丁度某球団が色々やらかしたニュースが話題になってます。こういうのもまた別の機会に書いてみたいですね。
あつあ通信vol.87、編者あつあつおでん
ぽ
も
ぺ
9
『屁理屈で必勝法』
月明かりの下、薄暗い夜道に溶けるようにしてシオンは身を隠し、北へと歩んで行く。
そうしてトキワシティの最北端へ。
街灯のスポットライトを浴びる、真っ赤な学生服の青年を見つけた。
一日ぶりの出会いである。
「ピチカがいうことをきかない。どうすればいい?」
「えっ?」
「ずっと、ピカピカとかチュウチュウとかしか言わなくて、困ってるんだ。
そもそも何を喋ってるのかも分からないし。
きっと野生で暮らしてたから、人間の言葉がまだ……」
「ちょっとまって! え? 何? いきなり何? 何の話?」
いきなりシオンに声をかけられ青年は困惑しているらしい。その様子が変に可愛らしく見えた。
シオンよりも背は高く、肩幅も広く、声も低い青年であったが、
彼の女性めいた物腰が外見の印象とのギャップを作った。
シオンはポケットからモンスターボールを取り出し、青年に見せつけてやる。
「メスのピカチュウを俺の家に送ったのは、あなたですよね」
「うん。どうしてそう思う?」
「昨日、俺の名前を聞きましたよね。苗字を知っていれば住所が何処かぐらいは分かる。
トキワシティでヤマブキは家だけだ」
「でも君のフルネーム知ってる人って沢山いるでしょ? 友達、一人もいないワケじゃあるまいし」
そう言われると、シオンは返事に困り、沈黙した。
嘘を吐きたくはなかった。しかし、正直に答えたくもなかった。
「まさかっ……ああ、その、えっと、ごめんね」
「それより! どうやったらピチカは俺のいうこときいてくれますか?」
「ああ、そうだったね。知ってるかな?
ポケモンを従わせるのに、一か月や一年もかける人っているんだよ」
「一年! うへぇ。マジですか? 五日間じゃ無理ですか? せっかくの俺の誕生日なんだけど」
「そうなんだ。おめでとう。でも無理だね。無茶苦茶言わないでよ」
「そうか。そんなものなのか?」
「トレーナーも楽じゃないのさ」
ふとシオンは思い出す。ピチカがいうことをきかない原因を。
「あっ! いや、そうじゃない! そうじゃなくって、ポケモンってのは、
俺のピチカはやっぱり、捕まえた人のいうことしかきかないんじゃないですか?
あなたのいうことじゃないからきかないとかじゃないんですか?」
「いやいやいや。捕まえたトレーナーのいうことならきく、とかそれって馬鹿の発想だろ」
「んなこたないです。だって、ポケモンは捕まえた人の仲間になるんですから」
「それはトレーナーが……いや、君が勝手にそう思い込んでいるだけじゃないか。
ポケモンは人間を仲間だ、なんて風には考えない」
「でも普通だったらさ……」
「そもそも、そのピカチュウは恐らく僕のことを嫌ってるはずなんだ。君よりも僕の方が怖いはず」
「もしかして、思いっ切り引っ叩いたとか? それで泣かせたとか?」
「いや、別に。ただ普通にゲットしただけ」
「じゃあ結局やっぱりピチカはあなたのいうことしかきかないんだ」
「違う! 話、ちゃんと聞いてたのかよっ!」
「あなたがピチカをゲットしたんですよね?」
「そうだよ。だからこそピカチュウは僕のことが嫌いなんだ。僕のことを怨んでいるんだ。
憎んでいるんだ。つまり君よりもずっと僕のいうことをきかない」
シオンは青年の言葉の意味がよく分からなかった。
それでも青年が正しくて、自分がおかしいのだと思った。
何かややこしくて難しい意味が込められている。と、いうことにした。
「ふぅん。でも、ピチカは俺のいうこともきかない。俺のポケモンとも言えませんよ」
「とか何とか言っちゃって。僕の捕まえたピカチュウにニックネームつけたの誰だっけ?」
「えっ? え、だって……こいつ、ピチカって名前じゃないんですか?」
「ピカチュウを捕まえて君の家に送ったのは確かに僕だ。君の推理どおりだ。
でも、僕はピカチュウを一ミリも育ててないし、もちろん名前もつけてない。
ピカチュウを飼ってた、っていうより少しの間だけ持ってた、って感じかな。
だから勝手に命名してくれても全く問題ないからね」
「適当に名前をつけたわけじゃありません。
こいつ、ピチカって名前にしか反応しませんでした。
ピチカにピカコって呼んでもシカトされましたよ。
だってピチカなんだから」
ボールを指してシオンは言った。
疑うかのように青年は眉をひそめる。
「ふむ……もしかして『おや』がいたポケモンなのかもしれないな」
「なるほど『親』が名前をつけたのか。イマイチな名前つけられて可哀想に。俺みたいだ」
「あはははっ! でも響きはいいよ。君の名前」
「それでですね。名前の話がしたいんじゃなくってですね。質問なんですけど、
一体何をどのようにして、どうこうしたらポケモンは人間のいうことをきくようになるのですか?」
その質問こそ、シオンが青年を訪ねた目的であった。
「うーん。それ僕に訊くかぁ? それをやるのがポケモントレーナーのお仕事だよ。
どうやったらピカチュウがいうことをきくのか。考えて実行するのは君の役目だ」
「でも俺、その方法が分からなかったから相談に来たワケで、教えていただきたいワケで……」
「たわけ! ポケモントレーナーならそれぐらい出来ないでどうする!
この程度の事も人任せにするようならポケモントレーナーなんて名乗るな!」
「……なるほど。それが俺達のいる世界なんですね」
望んでいた答えを得られなかったが、シオンは清々しさを感じていた。
求めていた言葉以上に価値のある一言だった。
そして青年は昨晩よりもよくキレていた。
「もちろん協力はするよ。ポケモントレーナーは助け合いだ。
僕も昔よく知らないトレーナーに困った時、助けてもらった。
だから僕も困っている君にピカチュウをあげることにしたのさ。
一人じゃどうしようもないことだったら、僕はシオン君に喜んで協力してあげる」
「助かります」
青年から嬉しい台詞が飛んできた。
それなのに、シオンは不安の最中にいた。
シオンを全力で嫌いっているピチカが、
シオンのいうことをきくようになる方法なんてこの世界に存在するのだろうか。
そしてその方法を自分ごときに見つけ出せるのだろうか。
明るい未来が見えなくなる予感がした。
しかし、にもかかわらず、
シオンは何故か、『まぁ一日考えればなんとかなるだろう』と思い至ってしまった。
答えを弾き出すために必要な、深く思案するという苦しみから逃げ出したのだ。
そして、それは無意識だった。
「……」
「……」
「……し、しっかし、トレーナーになるのも大変なんですね。
ポケモン捕まえるだけでも一苦労なんだから、ポケモンマスターになる頃は俺も爺さんですよ」
「トレーナーになるだけなら楽勝だよ。ポケモンなんて捕まえなくてもいい」
「どうやって?」
「トレーナーカードさえ持ってればいいんだ。あれ、自分がトレーナーですって示すものだし。
逆に言うとトレーナーカード持ってなかったら、
ポケモン持っててもポケモントレーナーじゃないから」
シオンは暗い表情をして、顔を落として、黙り込んだ。
一瞬、静けさが支配し、青年は察した。
「えっ? マジかよ」
「マジです」
「そ、それは困ったね」
「どうすりゃいいのさ」
「カードを手に入れるには、お金がいるね。
それに、未成年だしまずは親に認めてもらえないとね」
その一言がシオンを絶望の淵へと叩き落とす。
「それはつまり俺にポケモントレーナーあきらめろってことか!」
「なんでそうなる! 親を説得する、ってのが君の次の目的になるんだ。
大丈夫。頑張って想いを伝えればきっと上手くいくよ!」
「いえ無理です。そんな都合のいい話はありません。もう何度も色々と試してますけど無駄でした。
とんでもなく厳しい世の中ほど、あの男は甘くありません」
なんとかしてトレーナーカードを入手できないものか。
シオンは頭を使った。
父親の財布をなんとかして奪う。無理なら実家のプラズマテレビを勝手に売る。
なんとか変装して二十歳と誤魔化す。大勢を騙す必要がなければ可能だろう。
シオンは普通ならば誰もがやらないようなことを『嫌だな』と思いつつも覚悟をしていた。
「ひょっとして君の親って……」
「家は父さんだけなんです」
「そうなんだ。嫌な野郎なのかい?」
「ド悪党です」
「もっと詳しく」
「と、いいますと?」
「トレーナーカードを君に渡さない理由があるとしたら、それは何だと思う?
何かお父さんに、何か言われなかったかい?」
シオンはカントにトレーナーカードを譲ってくれと土下座した覚えはない。
そこで、シオンはカントが自分にポケモンを譲ってくれない理由を思い返した。
「……何か、言ってましたね。えっと、ポケモンが可哀想だとか。
あと、俺にポケモンに迷惑をかけるような人間になってほしくないとか、
そんな感じの妄言をぬかしてましたよ」
「なるほどね。プラズマ団タイプか」
「プラーズマー」
「うん。プラズマ団。イッシュ地方にいた悪党どもさ」
「そういえばイッシュ地方出身なんでしたよね?」
「違う! ホッタ・シュウイチって名前が、っぽいだけで、僕はカントー出身だ!」
「そんな名前だったっけ? ところで、プラズマ団って何?」
「知らないのかよ! ……他人のポケモンを勝手に逃がす泥棒まがいの連中さ」
「なるほど、そいつはド悪党ですね。まるで俺の父さんみたいな……同じだ。
同じような悪党なんだ。そのプラズマ団ってのと家の父さんは」
シオンは世紀の大発見をしたつもりになった。胸が高鳴る。
「そうかな? ……ああ、そうだね。うん。大体同じだ」
「そうですよ。ポケモンを勝手に逃がすのも、ポケモンをゲットさせてくれないのも、
人からポケモンを離れ離れにするという点においては同じことなんだ」
シオンの声は自然と張り上がっていた。
「うん。でも、だからって何かあるわけ?」
「悪党ということは退治されたはずですよね? プラズマは」
「そうだよ」
「要するにだ。プラズマ団と父さんは同じ。そしてプラズマ団は退治されている。
つまり、父さんはプラズマ団と同じ方法で退治することが出来る!」
シオンは嬉しそうに颯爽と語る。
青年は呆れたようなため息を吐いてから、冷たく言った。
「……それって屁理屈じゃない? どう考えても」
「いいから、いいから!」
「うんとね。何だったかな。真実と理想が闘ったんだ。
それで、真実が勝った。これでプラズマ団は敗北」
青年の言葉の意味がシオンにはよく分からなかった。
それでも半ば強引に解釈した。
「ふぅん。ははぁん。なぁるほどぉ。じゃあ、父さんはプラズマ団と同じド悪党だから理想。
つまり相反する俺は真実! イケる! 特に何もしなくてもイケる!」
「うーん、いや、本当に? 本当にそうかな?」
「うん。本当にそう」
「じゃあ聞くよ?
確か君のお父さんは『君の持っているポケモンが可哀想』って言ってたんだよね。
それって嘘? 本当?」
ピチカはシオンのいうことをきかない。
ピチカはシオンから逃げようとしていた。
シオンはピチカを思いっきり引っ叩いて泣かせたことがある。
シオンの持っているピチカは誰が見ても可哀想と思うに違いなかった。
「……たぶん本当の事だと思う。父さんの言ってることは」
「ほれ、見たことか! お父さんが本当のことを主張してるワケだ。
だったらお父さんが真実。本当は真実とほぼ同じ意味だからね。
そして、その反対意見を言ってる君は理想にあたるわけだ。これじゃ、負けちゃうね」
「俺が理想……そういえば理想ばかり語ってるな。ポケモンマスターになりたいとか。
もっとポケモントレーナーっぽくなりたいとか」
「きっと真実と理想は別物なんだよ。だから闘うんだ」
「思えば、負け続けの人生だったな」
「え? 何だって? 負け犬?」
真実が正しい現実で、理想が現実とは違う妄想なのだとシオンは考えた。
それは自分が間違いで父親が正しいということだった。
吐き気がした。
とにかくムカついた。
そして、だからこそシオンはカントに勝利したいと思った。
「要するに、なんとかして逆転すればいいんだ。
俺が真実に、父さんが理想に。
それが出来る逆転の発想があれば」
ほんの少しの間シオンは頭を使った。
しかし、なんとなく頭が痛くなってくるような予感がしたので、すぐに考えるのをあきらめた。
そしてシオンはすぐ青年に頼る。
「すいません、どうしたらいいと思います? 何をどうしたら逆転されるでしょうか?」
「逆転。つまり入れ替えればいいんだよ」
「わけが分からん!」
「……シオン君のポケモンが可哀想。これが本当だから困ってるんだ。
だから、それが嘘になればいいんだよ。つまり?」
「……ピチカが俺のことを好きになってくれればいいんだ」
「そのとおり!」
青年が指をパチン!と鳴らした。
シオンの目的が決まった。
つづく?
後書?
果たしてシオン君はどうやってピチカさんに好きになってもらうのか?
そして作者は次回を書き上げられるのか?
次回!十章!『茶番』!
お楽しみに。
何も見えなかった。何も聞こえなかった。
もう私は死ぬんだ。死んでいく。苦しい。後少しで楽になるはず。そうしたら親友に会える。
「いやいやまだでしょ」
頭の中を否定するように声がする。
「君がそこで死んだら、2人の存在がなくなってしまうよ」
「ふたり?」
「君がここで死ぬのは歴史が狂う。僕はそれを修正しに来たんだ。さあ、元気出して」
だんだんと目の前が色を帯びていく。そして見える緑色の妖精と、隣で笑ってる親友。駆け寄ろうとして、体の不快やふらつきが一切なくなってることに気付く。
親友にがっしりと抱きつかれた。本当に生きてるかのようだ。違う、死んではいない。目の前の人間は確実に生きている。再会を喜んだ。また会えたことに感謝して。
「どうして……会いたかった、生きてたならなんで……」
「違うよ。私はあのときの私じゃない。殺される前の私が時間を越えてるだけなの」
緑色の妖精を指す。
「……貴方はまさか……」
実は見覚えがあった。かなり昔に。小さい時の記憶はしっかりと残っている。
「君には命を助けてもらった。まだ君は子供だったから忘れてるかもしれないけどね。早く君たちを元の時間の流れに戻さないといけない」
「なんで?」
「ここは時間の流れが速いんだ。こうしているうちに何年も経ってしまう。早く出ればそれだけ早く帰れる。いるのだろう、君には大切な人が」
「それまで……」
「会った時に知ってたよ、君がヒトガタだってことくらいは。そしてもう一つのヒトガタはずっと……いや、これは二人の問題だね。さあ行こう!」
景色が変わる。光の洪水に、思わず目を閉じた。
「あの〜」
申し訳無さそうな声がする。その声に気付いたのか、ガーネットはぱっとザフィールを放した。さっきの緑の妖精みたいのがじっと見ている。目の錯覚なのか、妖精のまわりはキラキラと光っているように見えた。
「ポケモンなの?見た事無い」
ザフィールの前にやってくると、手を差し伸ばした。取ろうと彼が伸ばす。その瞬間、メタグロスから受けた痛みがすっと和らいでいくのを感じる。
「君とは初対面だもの。初めまして、僕はセレビィ。ジョウトにあるウバメの森に住んでる歴史の管理人」
「は、初めまして……?その歴史の管理人が何の?」
「本来なら辿るはずのない道だったからさ、軌道修正しに来たの。この人もそう」
セレビィは倒れてるダイゴを指す。
「心を封じて言いなりにするなんて。本当はもっと早く修正したかったのだけどね。もしかしたら君たちがこの人の心を取り戻してくれるんじゃないかと思ってたけど、あんな事件まで。もうすこしグラードン君とカイオーガ君も冷静になって欲しいものだよね」
知り合いなのかよ。二人の口から思わず出そうになった。
「でもこれで歴史は元の流れに戻るはず。なんやかんやあったけど、大きな流れが戻ってくれば、小さな出来事なんて取るにたらないさ!これで僕は他にも修正しなきゃいけないところに、行きたいんだけれどね」
セレビィのまわりがキンと高い音を発した。光の壁が物凄い勢いの風を跳ね返す。
「どうやら僕はもう一仕事あるみたい」
ラティオスとラティアスがいる。しかしその色は先ほどみた色と違う。緑色のラティオスと、オレンジ色のラティアスがこちらをじっと睨んでいる。
「ショセン、サイキョウ、ニンゲン、フヨウ」
目の色もおかしい。焦点があってないような目で睨んでいる。話し方も知的なラティオスと穏やかなラティアスだったはずだ。
「あの2匹の心を取り戻さないと、ホウエンって危ないままだね。ちょっと協力してくれる? ヒトガタだから大丈夫だよね」
言われなくても解っている。何も言わずモンスターボールを投げた。ラグラージとジュカインが現れる。
「2匹を弱らせてくれたら、後は僕がなんとかしよう。それまで頼むよ。ちなみにグラードン君とカイオーガ君よりかは弱いけど、よりか、なだけだからね。そこらのポケモンと全く違うから!」
キラキラと光る軌跡でセレビィは飛ぶ。2匹のまわりを伺うように。
ガーネットはラグラージに命令する。同時にザフィールもジュカインに指示を伝えた。
登場人物紹介
シャワーズ(♀) 24歳
最年長で長女。みんなの世話役。
世話焼きで料理や家事が得意。長女だからだろうか。
本人は気付いていないが、天然ボケ。毒を吐くこともしばしば。
特にエーフィと仲が良い。
ブラッキー(♂) 22歳
長男。みんなのまとめ役。
喧嘩している弟たちを静かにさせるのが得意。
常に冷静沈着で、焦っていても顔に出さない。
辛いものが好き。
イーブイと気が合うようだ。
エーフィ(♀) 20歳
次女。お喋り。
ブラッキーと同様、弟たちを黙らせるのが得意。
毒舌。数々のポケモンを泣かせてきた。
しかし、嫌いなわけじゃなく、からかっているだけ。
音楽に長けている。
グレイシア(♀) 18歳
三女。アイスが好物。
ツンとしていて、周りと関わろうとしない。
体を動かすことが好き。
氷タイプの宿命か、暑さにはめっぽう弱く、夏はいつも冷えピタを張っている。
リーフィアとは大の仲良し。
サンダース(♂) 17歳
次男。お調子者。
明るい性格で、友達がたくさんいる。
上にも書いてあるようにお調子者。兄や姉を怒らせることも。
たまに下ネタを飛ばす。
ブースターとは喧嘩ばかりだが、ホントは仲良し。
ブースター(♂) 17歳
三男。サンダースとは双子だが、数分差でサンダースが兄。
頭が良く、謎解きが得意。
ゲームが好き。特にレイトン教授。
首のモフモフはあまり好きじゃない。
不利な水タイプのシャワーズを恐れている。
リーフィア(♀) 15歳
四女。大人しい。
優しい性格で、喧嘩は好まない。
植物が好きで、色々な花を育てている。
絵が得意。特に人物画。
運動は得意ではない。
イーブイ(♂) 14歳
最年少で四男。しっかり者。
大人びていて、考えもちゃんと持っている。
ブラッキーと仲が良く、暴走した兄たちを止めることも多い。
やる時はやる性格。
途端に、次女エーフィが口を開いた。
「みんながどう言おうと構わない。あたしはもう諦めるべきだと思うの。」
カタッ…。僅かに音がした。シャワーズが立ち上がった音だ。
「そっそんな!諦めるなんてッ……。あの子を………あの子を見捨てろって言ふのぉ!?」
少し感情的になりすぎたか。
言葉が途切れ、噛んでしまった。
「姉さん、落ち着いて…。」
四女リーフィアが顔を赤くしたシャワーズを宥める(なだめる)。
しかし、先ほどのエーフィの言葉がよほど気に入らなかったのか、興奮が収まる様子はない。
それでも、リーフィアの宥めもあって、ようやくソファに腰をおろす。
エーフィも言い過ぎたと感じているのか、顔をそむけ、シャワーズの方を見ようとしない。
そもそもこれを読んでいる皆様は、何の事だかちんぷんかんぷんだろう。
『諦める』『あの子を見捨てる』
勘の鋭い方はこれで気付いたかもしれない。しかし、まだわからない方は多いだろう。
簡単に言うなら『失踪事件』だ。
ブイズ一家の次男に当たるブースターが、モンハンを買いに行くと言って出ていき、六ヶ月間音沙汰無しなのだ。
一、二日ならまだわかる。もう一人での外出が制限される年ではない。大方友達の家に行ったのだろう……。
そう予測できる。しかし、六ヶ月も家に帰らないのはさすがにありえない。家具や日用品もそのままだった。
ことがわかれば、読者の皆様の殆どはシャワーズに付くだろう。
そして、血の繋がった弟を探すことに諦めの意を示したエーフィを、ひどく、心底軽蔑するだろう。
しかし、本当にそうなのだろうか。
本当に、エーフィが極悪非道の姉だと言えるのだろか。
答えはNoだ。
確かに、読者の皆様には、エーフィの言葉は冷たく感じられただろう。
しかし、億が一ブースターが死んでしまっていたら?
死んでしまった兄弟のことを、あれこれ言い合う為に、月に一度わざわざ屋敷に集まるのか?虚しくないのか?
そんなことをするのであれば、もう諦めてしまった方がよいのではないか。
ブースターを亡き者とし、ケジメを付けた方がよっぽど楽になれるのではないだろうか。
これが、エーフィの考えである。
決して心を失った哀しいポケモンなどと思わないでほしい。
いや、別にエーフィ推しじゃないけど。
さて、親族会議に戻ろう。
シャワーズが座ってから五分間。皆無口だった。
咳をする者も、紅茶を飲む者もいない。
一家の中には、五分間が何時間にも感じた者もいただろう。
そんな時、ブラッキーが口を開いた。
「……。何か意見がある者はいないか?」
少し、間を置いてだ。
「………。」
三女グレイシアが挙手した。
「確かにエーフィ姉さんの言い分にも一理あるわ。でも、だからと言って弟を見過ごすことはできない、もし生きている可能性が一%でもあるとしたら…。」
その続きは言わなかった。言わなくてもわかると思ったのだろう。
またしても皆無口。エーフィも顔をそむけたままだ。
どうなってしまう事やら……。
八月某日
ジリジリと太陽が照りつける中、ブイズ達一家……いや、ブイズ達一家(一匹を覗く)と言った方が正しいだろうか。
とにかく、一家が集まった。
どこの大富豪の屋敷だ、と、言いたくなるような立派な屋敷――
ジョウト地方コガネシティにそびえ立つ立派な屋敷――
しかし、皆里帰りに来た訳ではない。ましてや、夏の思い出を作りに来た訳でもない。
最年少のイーブイとてそんなことぐらいわかっている。もちろん、最年長のシャワーズも、だ。
だから皆、葬式のように黙りこくり、一言も話そうとしない。
お喋りのエーフィだって、紅茶を頼んだだけで、それっきり何も言わない。
と、その時。
長男であるブラッキーが重い口を開いた。
「これより、ブイズ一家親族会議を始める!」
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