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Subject ID:
#118965
Subject Name:
不思議な少年少女たち
Registration Date:
2007-09-13
Precaution Level:
Level 2
Handling Instructions:
身元不明者#118965と思しき人物を発見したという通報がなされた、あるいは当局にて身元不明者#118965と思しき人物を保護した際は、所持品や特徴を元に身元の調査を行ってください。調査によっても身元が明らかにならず、その由来が不明であると判断せざるを得ない場合は、対人用の手順に沿ってシンオウ地方クロガネシティ第四支局まで移送してください。身元不明者#118965を受け入れた局員は、対象からヒアリングを行った上で個別の収容室へ収容してください。
これまで確認された限りでは、身元不明者#118965そのものはごく普通の健康な児童であるため、栄養価の高い食事を1日に3度与え、収容されている拠点の低セキュリティエリアで自由に遊ばせることが望ましいと考えられます。本人が希望するならば、単純な玩具や平易な内容の絵本などを与えることも許可されています。ただし種類に関わらず、人と携帯獣の関係性について記した書籍を与えることは禁止されています。
それぞれの身元不明者#118965の養育担当となった職員はできるだけ身元不明者#118965の側に寄り添い、対象の口にした言葉や仕草を詳細に記録することが求められます。記録は所定のファイルに日々保存してください。身元不明者#118965が何らかの示唆的な発言をした場合、職員は直ちに拠点監督者に詳細な報告を行ってください。
Subject Details:
案件#118965は、概ね異常性はないものの、由来が完全に不明な人間の児童(身元不明者#118965)と、それに掛かる一連の案件です。
身元不明者#118965が初めて確認されたのは、2005年7月頃のことです。ホウエン地方フエンタウン近郊を散策していたトレーナーが、道端で倒れている10歳くらいの少年を見つけて保護しました。少年は病院へ移送されましたが、そこで行われた検査で健康には特段の問題が無いことが明らかとなりました。直ちに身元の調査が行われましたが、少年は着用していた衣服を除いて一切の所持品が無く、他に身元の情報へ繋がるようなものもありませんでした。病院は少年を児童養護施設へ移送し、さらに調査が継続されることとなりました。
児童養護施設の職員による少年の身元調査の過程で、当局の局員が事案発生の虞ありとして担当者へ連絡を取りました。この時点で既に少年の発見から一年近くが経過していましたが、身元に関わる情報はまったく得られていない状態でした。さらに職員に対して実施したヒアリングの結果、少年について何らかの異常性があることを示唆する証言が得られました。養護施設の職員との協議の結果、当局は少年の身元引受人となることが決定、少年はシンオウ地方クロガネシティ第四支局へ移送されました。少年の身元に関する調査は、当局が引き続き行うこととなりました。
その後一年半に渡り、当局の情報網を用いた大規模な調査が行われましたが、最終的に少年の身元を明らかにすることはできませんでした。少年の由来についての疑念が払拭できないこともあり、裁定委員会は案件#118965の立ち上げを決定、少年を身元不明者#118965と認定しました。
身元不明者#118965は、外見や身体構造的には完全に人間の男児です。概ね10歳頃の平均的な身長/体重であり、知能テストの結果についても特に矛盾した点はありません。しかしながらその由来は完全に不明であり、またいくつかの気になる行動や証言を見せています。
彼は完全に人間の少年でありながら、自身を「ここに来る前は『ピカチュウ』だった」と繰り返し主張します。自分はかつて携帯獣の「ピカチュウ」であり、目を覚ますと見知らぬ道で「ニンゲン」になって倒れていたというのが身元不明者#118965の主張です。それに関連し、名前を除くほとんどの記憶を喪失しているとも証言しています。案件担当者は少年の身体検査を実施しましたが、身元不明者#118965について一切の特異な点を見いだすことはできませんでした。検査結果は身元不明者#118965が紛れもなく人間であることを示すものばかりであり、携帯獣としての特徴は一つも検出されませんでした。しかしながら、身元不明者#118965は自分がピカチュウであったことにある種の確信を持っているようです。一部局員からなされた指摘に基づき、身元不明者#118965に対して標準的な精神鑑定が実施されましたが、例えば精神的なショックで自分自身をピカチュウであると誤認しているといった、一般的な症状についてはまったく確認されませんでした。
第一発見者であるトレーナーや児童養護施設の職員への詳細なヒアリングを通して判明したことは、身元不明者#118965は一切の物理的並びに精神的な影響力を持たず、ただ普通の特徴の無い少年としてしか見なされていなかったということのみでした。彼らの健康状態や精神状態に異常は無く、身元不明者#118965が他の存在に何らかの影響をもたらす可能性は否定されています。
時折、身元不明者#118965は自分がピカチュウであった頃の記憶を思い出すようです。断片的に語られる内容はいずれもピカチュウの生態と完全に合致した内容であり、矛盾した点は見られません。その他の携帯獣に関する知識はごく表層的なレベルに留まっており、身元不明者#118965の携帯獣に関する知識はピカチュウに関わることにほぼ限定されています。担当局員によるヒアリングの結果、身元不明者#118965には通常の子供に期待される程度の識字能力を持たないことが判明しました。そのため先のピカチュウに関する知識は、少なくとも書籍などから能動的に得た情報ではないと推測されています。
身元不明者#118965の特筆すべき行動として、局員に対して不定期に「石を持った子はまだ来ないの?」と問い掛けるものがあります。これが何を意味するのかについては明らかになっていませんが、数名の局員は身元不明者#118965の特異性を指摘し、本案件の警戒レベル引き上げを提案しています。
[2007-12-10 Update]
案件#118965の立ち上げに当たり、これまでに当局が認識していない同種の事案が発生していないかについての調査が実施されました。その結果、身元が一切分かっていない少年少女が合計15名、各地に点在して保護されていることが明らかとなりました。それぞれの最寄の拠点から局員が派遣され、関係者に対してヒアリングを行いました。ヒアリングの結果全員について身元不明者#118965と同じ特徴(自身をかつて携帯獣であったと証言している/該当する携帯獣の生態についての詳細な知識がある/顕著に低い識字能力)が見られたことから、事情を説明した上で身元不明者を確保、全員をシンオウ地方クロガネシティ第四支局へ移送しました。合計16名となった身元不明者#118965は、それぞれ身元不明者#118965-1から-16として再分類されました。
[2009-11-28 Update]
2009-04-18から2009-11-20にかけて、身元不明者#118965と同じ特徴を持つ身元不明の少年少女が新たに5名、各地で発見・保護されました。5名はシンオウ地方クロガネシティへ順次移送され、身元不明者#118965-16から-21として分類されました。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#90349
Subject Name:
気まぐれな内臓
Registration Date:
1998-08-19
Precaution Level:
Level 1
Handling Instructions:
携帯獣#90349は、現在カントー地方トキワシティ第八支局へ収容されています。そのものは一般的なニョロモと同じ性質を持つため、標準的なニョロモの生育手順に沿って収容してください。必要に応じてモンスターボールへ格納することも可能ですが、その場合事前に必ず手順P-90349-1に従って現在の状態を確認・記録してください。
手順P-90349-1によって携帯獣#90349の状態を確認した際、前回の確認時から状態が「反転」していた場合は、特に対応の必要はありません。本稿執筆時点では一度も確認されていませんが、仮に「反転」以外の状態が見られた場合は、可能な限り周囲の状況を詳細に記録した上で、上席に報告を行ってください。必要に応じて、その後の対応について検討することになっています。
不定期に、元の携帯獣#90349のトレーナーが面会目的でカントー地方トキワシティ第八支局を訪れることがあります。受付担当者はトレーナーを出迎えた後、情報漏洩防止用の標準的なアイマスクとヘッドホンを着用させ、収容室内部まで車椅子に乗せて移動させてください。面会が終了した後は、同様の手順に沿って受付まで移動させてください。この手順に沿っている限り、プロトコルUXに基づく記憶処理は必要ありません。
Subject Details:
案件#90349は、ある特徴を持つニョロモ(携帯獣#90349)と、それに掛かる一連の案件です。
本案件を当局が知るところとなったのは、1998年8月中旬にカントー地方トキワシティにあるポケモンセンターに「ニョロモの様子がおかしい」との通報がなされたことがきっかけです。通報してきたのはニョロモのトレーナーである当時10歳の少女であり、本人曰く「昨日までと模様が違う」とのことでした。ポケモンセンターから応援要請を受けた局員が速やかにニョロモを確保し、初期調査及び案件立ち上げが行われました。
携帯獣#90349は、外見的には特に異常が見られないニョロモ個体です。このニョロモが他個体と異なるのは、腹部に現れている渦巻き状の模様が不定期に左右反転することです。ニョロモの渦巻き模様は内臓が皮膚を通して見えているために現れるものですが、内臓が自然反転することは物理的にほぼ発生し得ないことが分かっています。収容時点から、これまでに52回の反転が確認されています。
模様が反転することを除けば、携帯獣#90349はごく一般的なニョロモ個体です。食性や生活リズムは完全に一般的なニョロモ個体のそれと一致し、特異な行動や習性は一切確認/記録されていません。そして食事の際の観察から、携帯獣#90349の内臓は実際に反転していることが分かっています。ただし、実際に内臓反転が行われる瞬間については、まだ観測に成功していません。内臓反転の前後で、携帯獣#90349が不快感や苦痛を示したことはなく、平時と変わらない様子を見せています。
以下は、携帯獣#90349の内臓反転が見られたタイミングと、その後の検証結果をまとめたものです:
反転#90349-2:
収容翌日、毎日6回定時に行われることになっている水浴びのうち、3回目の水浴び後に反転。1,2,4,5,6回目の水浴びでは反転は確認されなかった。翌日は、6回すべての水浴びすべてで反転は確認されなかった。
反転#90349-7:
他案件にて軽微な収容違反が発生したため、安全のためモンスターボールへ格納。2時間後に事案が収拾され、モンスターボールから解放された際に反転が発生。2日後に時間帯を合わせてモンスターボールへの格納実験を複数回行ったが、そのすべてで反転は発生しなかった。
反転#90349-15:
カントー地方トキワシティ全域で集中豪雨。局員や施設に特に被害は無かったが、豪雨が始まった直後に携帯獣#90349の内臓反転が発生。その後、天候が回復するまで反転現象は確認されなかった。
反転#90349-24:
トレーナーとの面会終了直後に反転が発生。これまでに5回面会が行われているが、その前後では一度も確認されていない。その場にいた局員の証言と監視カメラの映像から、トレーナーが何がしかの不審な行動を取った形跡などは見られなかった。
携帯獣#90349の内臓が反転する理由は分かっていません。何らかのサイン/予兆であるとの仮説も示されていますが、これまでのところ内臓反転に対応するような事象は確認されていません。携帯獣#90349がどのような方法で内臓を反転させている、あるいはさせられているのかについても不明なままです。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#103338
Subject Name:
失敗した食糧計画
Registration Date:
2002-09-30
Precaution Level:
Level 0
Handling Instructions:
アムリタ・ファウンデーションの関連会社が関わったとされる「恒久的食糧供給計画」に関する資料は電子化した上で案件別サーバに保管し、原本はセキュリティロックが施された金庫室にバインダーへ綴じて保管してください。電子化したファイルについては、案件担当者及び適切なセキュリティクリアランスを保持する局員であればすべての内容を自由に参照する権限が与えられます。これまでの調査によりほぼすべてのファイルの入手に成功しており、未入手とされるファイルはいずれも計画本文とは関連の薄い付帯資料であると推定されています。
現在の警戒レベルは、「恒久的食糧供給計画」の顛末とアムリタ・ファウンデーションの採る利益重視の活動方針により「0(無力化済)」が設定されています。仮にアムリタ・ファウンデーションやその他要注意団体に指定すべき組織が同種の計画を推進していることが明らかとなった場合、別途新規の案件を立ち上げて対応に当たってください。本案件では、既に中止/終了が明らかになっている「恒久的食糧供給計画」のみを取り扱います。
Subject Details:
案件#103338は、かつてアムリタ・ファウンデーションが推進していた「恒久的食糧供給計画」なる失敗した計画と、それに掛かる一連の案件です。
当局が「恒久的食糧供給計画」について関知したのは、2002年7月上旬にオーレ地方北東地域で実施された、アムリタ・ファウンデーションの関連企業である「ベストミール株式会社」に対する強襲作戦においてです。企業の拠点は既に無人となっており、ほとんどの設備や資料がそのまま残されている状態でした。突入した機動部隊ゼータ-アメシストは残された設備及び資料をすべて押収し、当局の拠点へ持ち帰りました。その初期調査が行われた矢先に、先に述べた「恒久的食糧供給計画」の存在が明らかとなりました。
ベストミール株式会社が推進していた「恒久的食糧供給計画」は、ほぼすべてのカテゴリの廃棄物を食糧源とするベトベター及びベトベトンを人為的に培養し、それらを人類や携帯獣の食糧として加工することにより、廃棄物処理と食糧供給を同時に実施することが主な目的となっています。計画書ではベトベター及びベトベトンの食料品への加工は有望なビジネスになりうるとしており、アムリタ・ファウンデーションによる積極的な資金や人材の投入が行われていたことが詳述されています。
計画では、廃棄物処理についてはベトベター及びベトベトンがそれらを主食としているためにほぼ解決しているとし、残るベトベター/ベトベトンの食品化に焦点が当てられていました。元来ほぼすべての生体組織が人体にとって致命的なレベルで有毒である両携帯獣の食品化は難航が予想され、実際の計画においても幾度と無く試行錯誤がなされた形跡が見られますが、1998年6月頃、ベストミール株式会社の研究チームが食品化のプロトタイプ試験をクリアしたとのことです。
食品化に至るまでの詳細は明らかになっていませんが、資料上の断片的な記載から、何らかの特異な手法ないしは技術が用いられたものと考えられています。ベトベター/ベトベトンを屠殺し、死滅した生体組織を人体の摂取に適した形に再構築する手法が用いられたことが示唆されています。これにより食品化の目処が立ち、さらに1年半程度の改良期間を経て、2000年初頭より恒常的に食糧が不足しているオーレ地方の北東地域にて実地テストが行われることとなりました。このタイミングで、ベストミール株式会社の本社機能も同地へ移転しています。
以下は廃棄されたサーバーコンピュータから入手した、アムリタ・ファウンデーションからベストミール株式会社へ視察に訪れたと見られる社員が、アムリタ・ファウンデーションの商品開発部門へ宛てて送付したメールレポートの転記です:
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Subject: 【報告】BM社主導の食糧供給計画視察結果について(2000/07/12)
宛先各位
いつもお世話になっております。
商品統括部 今村です。
昨日から本日午後にかけて、BM社の推進する食糧供給計画、弊社内コードネーム「ガベージゼリー計画」について視察して参りました。
BM社の営業部長である戸塚さまからご説明を受け、現状に付いて報告いただいた次第です。
率直に申し上げまして、ガベージゼリー計画については明確に失敗と言わざるを得ません。
ガベージゼリーの廃棄物処理能力に付いては申し分なく、当初の期待を上回る性能を見せていますが、弊社がターゲットとして定めるエリアに食糧として展開するには看過しがたい問題が残されたままです。
重点課題No.6として管理されている件ですが、この問題が解決されていない時点で商品化は難しいという認識では一致しているかと思います。展開の都度大規模な媒体工作が必要となれば、掛かるコストは計り知れません。
またそれとは別に戸塚さまから提起された課題として、ガベージゼリーがガベージゼリーを廃棄物として認識するというものがございます。
ある程度の規模を持つガベージゼリー同士で共食いと分裂を起こしてしまうというものであり、保管や貯蔵に際して重大な問題になるのは明白です。
既に現地の実験資材は枯渇しており、周辺地域では明らかに警戒している様子が見受けられます。
戸塚さまは商品開発の継続を要望していますが、現状では弊社に利益をもたらす可能性は低いと判断できます。
プロジェクトのノックアウトファクターを満たしていると言わざるを得ないことから、早期の中止と事後処理推進を提案させていただきます。
製造済みのガベージゼリー及びドキュメント類については、当社の研究開発部門へ移管する準備を始めております。
今後の研究により、少なくとも人体を廃棄物と誤認するような重大な欠陥は取り除かれるべきと考えます。
以上、よろしくお願いいたします。
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Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#114954
Subject Name:
ふぞろいの玉子たち
Registration Date:
2006-06-06
Precaution Level:
Level 3
Handling Instructions:
集団#114954と思しき集団が確認された場合、速やかに最寄りの拠点へ移動させてください。こちらの指示に従わない場合は、非致死性の武器を用いて制圧することも認められています。一般的なタマタマと同程度の技能を行使する可能性があることが分かっているため、対応にあたっては主に超能力系統の攻撃に耐性を持つ携帯獣を帯同させることが望ましいと言えます。拠点へ移動させたあとは、集団#114954の構成に応じて対人用/対携帯獣用の標準移送手順に沿ってカントー地方タマムシシティ第七支局へ移送してください。
カントー地方タマムシシティ第七支局へ所属する局員は、集団#114954の性質に応じて適切な給餌を行ってください。集団#114954の統率者は日々変化するため、給餌の都度確認を取る必要があります。判断が付かない場合、独断で行動せず上席に相談の上対応を協議してください。
Subject Details:
案件#114954は、ある特異な性質を持って活動する集団(集団#114954)と、それに掛かる一連の案件です。
2006年の2月中旬頃、ジョウト地方エンジュシティにあるポケモンセンターへ、旅行で現地を訪れていたトレーナーから「奇妙な集団が街を歩いている」との申し出がありました。センターの職員が現場へ向かったところ、後述する性質を持つ異常な集団が街を彷徨っているのが発見されました。異常性があると判断した職員が当局へ通報し、駆け付けた局員により集団が確保されました。この時、集団は特に抵抗の意志を見せませんでした。
当初この事案は単発の事案として取り扱われ、対応の優先度は低く見積もられていましたが、その後ある程度の間を置いて同一の性質を持つ集団が複数発見されました。一部の局員から案件として管理すべきとの提言が上がり、裁定委員会はこれを承認、各地の事案を取りまとめた上で、案件#114954として管理することを決定しました。担当者が割り当てられるとともに、集団#114954についてのより踏み込んだ調査が実施されました。
集団#114954は、6人/体/個の人間/携帯獣/無機物(構成体#114954)からなる異常な集団です。集団は必ず6の単位で形成され、それ以上少ない数になることも多い数になることも決してありません。6人/体/個の構成体#114954で一集団を形成し、他の構成体#114954に対して概ね40センチメートルから1メートル以内の距離を置きつつ活動します。6を一単位とすることから、集団#114954は携帯獣の「タマタマ」とほぼ同じ性質を持つと推定されています。
この集団#114954が持つ最大の特徴は、まったく関連性の見られない複数の人間/携帯獣/無機物から成る構成体#114954により集団が形成されることです。各集団#114954の調査結果から、恐らく種族的/物質的な制約は存在しないものと推定されています。無機物については携帯獣由来のサイコキネシスによって地面を引きずる形で移動させられていることがほとんどですが、動力を持つものであればそれを用いて移動しているケースもあります。すべての構成体#114954は自我を持たず、単一の集合意識に基づいて行動しているようです。
集団#114954は一般的なタマタマと同程度のサイコキネシス能力を持ち、捕獲に抵抗して攻撃を試みてくるケースが数件確認されています。このことから、集団#114954はタマタマの変種或いは亜種である可能性が示唆されています。しかしながら、本来のタマタマと構成する要素があまりに異なるためか、これまで実験したすべてのデバイスは集団#114954をタマタマとしては判定せず、特定不能の未知の存在と判断するか、そもそも存在そのものを認識することができません。
以下は、これまでに確認された集団#114954と、集団#114954を形成する構成体#114954をまとめた一覧です:
[集団#114954-1]
構成体#114954-1-1:
ホウエン地方にあるカイナ南高校の夏期仕様のものと一致する制服を着用した、16歳頃と見られる少年。右手に折りたたみ式の携帯電話を持っているが、既知のあらゆる機種と一致しない。
構成体#114954-1-2:
高齢(少なく見積もっても20歳以上)かつオッドアイになっている♂のニャース。集団#114954-1-4の側にいることが多い。
構成体#114954-1-3:
通常個体よりも一回り大きな♂のペロッパフ。青いリボンが結びつけられている。
構成体#114954-1-4:
72歳頃と推定される、ベージュのエプロンを着用した女性。手に調理用の泡立て器を持っている。
構成体#114954-1-5:
2000年代前半にSony社が発売した四足歩行型ロボット「AIBO」の初期モデル。風雨に晒されかなり老朽化している。
構成体#114954-1-6:
カントー地方シオンタウン在住の5歳の少女と外見的に一致する少女。本人は健在であり、何ら異常が無いことを確認済。本人を摸した別の存在と思われる。
[集団#114954-2]
構成体#114954-2-1:
アトラクション用のピカチュウの着ぐるみ。内部スキャンで人が入っていないことが判明。
構成体#114954-2-2:
大手金融機関のシステム子会社のものと一致するIDカードを提げた30代後半の男性。カードに記載された内容を元に該当する企業へ照会したところ、対象者は既に現場から退場しているとの回答が得られた。
構成体#114954-2-3:
14歳頃と思われる少年のミイラ化した遺体が載せられた医療用のストレッチャー。遺体ではなくストレッチャーが構成要員である。
構成体#114954-2-4:
2004年頃行方不明となり、後に山中で白骨化した遺体で発見された20歳代の成人女性トレーナーと一致する人物。所持品は失踪当時のものとほぼ一致するが、携帯獣の入ったモンスターボールはすべて喪失している。
構成体#114954-2-5:
右腕を喪失した50歳代の成人男性。切断面は完全に治療され、視認できるような傷跡は残されていない。後述する集団#114954-2-6のキャリアとなっている。
構成体#114954-2-6:
集団#114954-2-5のものと推定される右腕。自力での移動は困難を伴うためか、ほとんどの場合において集団#114954-2-5が左手に持って持ち運んでいる。指先や手を動かすことで意思疎通が可能。
[集団#114954-3]
構成体#114954-3-1:
旅行用のスーツケースを持った60歳代前半の男性。小さな帽子を被り、赤いネクタイをしている。外見は2年前から行方不明となっている男性と酷似しているが、これまでのところ同一人物であるとの確証は得られていない。
構成体#114954-3-2:
小包を持った大人のオオタチ。♀と判明。小包と本体が何らかの理由で一体化しているようで、両者を分離させることができていない。小包内部をX線検査で確認したところ、内部には大量の蝋燭が詰まっていることが判明した。
構成体#114954-3-3:
カントー地方シオンタウン北西部にあるシオン第三中学校が定める冬季仕様のものと一致する制服を着用した、小柄な14歳頃の少女。学校指定のバッグと、テニスラケットが入っていると思われるバッグをそれぞれ提げている。
構成体#114954-3-4:
ライムグリーンのバランスボール。
構成体#114954-3-5:
中身が空になった消火器。転がるようにして移動する。接触したものが居ないにも関わらず、不定期なタイミングで直立姿勢になっている。
構成体#114954-3-6:
大柄なサイホーン。♂の個体。本来サイホーンにはほとんど知性が見られないことが分かっているが、本個体はしばしばこの集団を統率している姿が目撃されている。
[集団#114954-4]
構成体#114954-4-1:
6歳頃の少年に対し、自分自身を一般的な風船のように持たせたフワンテ。本来付いているはずの「×」マークが存在しない。調査の結果少年は集団の構成員ではなく、フワンテをこの場に安定させるためのスタビライザーとしての役割を担っていることが判明。
構成体#114954-4-2:
子供用のヒメグマ人形。自律的に移動しているように見える。製品のタグに「まりな」という所有者と思しき名前が油性マジックで記載されている。
構成体#114954-4-3:
買い物カゴに缶詰を満載した補助用のカート。缶詰のパッケージは、中身としてすべて携帯獣の肉を加工した食品が詰められていることを示唆している。缶詰の由来は不明。
構成体#114954-4-4:
パジャマ姿の8歳頃の少女。枕を抱えている。眠って居るような表情をしているが、時折言葉を呟くことがある。言葉を録音して解析したところ、呟いた時間におけるシルフカンパニー社の株価と一致していることが判明した。
構成体#114954-4-5:
剣道着及び防具一式を着用した50歳代の男性。竹刀の代用として鉄パイプを所持している。定期的に素振りの練習をしているが、本来の竹刀の持ち方とは逆の持ち方をしている。
構成体#114954-4-6:
口に電球をくわえたプラスル。♂の個体。日の出から昼にかけて電球が点灯し、日の入りから夜にかけて消灯する。夜間に電球が点灯した記録は存在しない。
[集団#114954-5]
構成体#114954-5-1:
全国に支店があるハンバーガーショップの制服を着用した20代前半の男性。376秒間かけて「挨拶をする→メニューを提示する動作をする→ハンバーガーセットを注文されたことを復唱する→代金を受け取る動作をする→釣り銭として420円を返す動作をする→後方からハンバーガー/フライドポテト/ドリンクを取り出しトレイに載せる動作をする→トレイを客に渡す動作をする→一礼する」というサイクルを一切休むことなく繰り返している。
構成体#114954-5-2:
セガ・エンタープライゼス製のアーケード筐体「ブラストシティ」。内部には同社がリリースした対戦型格闘ゲーム「バーチャファイター2」の基盤がセットされている。
構成体#114954-5-3:
ピンク色のバランスボール。
構成体#114954-5-4:
12歳頃の女性トレーナー。2002年頃にホウエン地方で流行したポケモントレーナーのスタイルと一致した服装や装飾品を身に着けている。所持している携帯獣図鑑には所有者情報が記録されていたが、対象のトレーナーは実在した記録が存在しないことが分かっている。
構成体#114954-5-5:
外見上コラッタに見えるが、多数の相違点が確認された未知の生物。後の調査により、案件#115064(「おそらくはコラッタではない何か」)で管理されている生体#115064と一致することが判明。
構成体#114954-5-6:
構成体#114954-3-3とほぼ同じ服装をした別の少女。こちらは陸上部のメンバーが使用するものと同じバッグを提げている。集団#114954-3-3との関連性は不明。
[集団#114954-6]
構成体#114954-6-1:
任天堂製の携帯ゲーム機「ゲームボーイ」の初期モデル。本来は存在しない「X」「Y」のボタンが追加されている。カートリッジの挿入部分には「スーパーマリオランド」がセットされている。
構成体#114954-6-2:
通常よりもかなり大型のビリリダマ。地上から常に10センチメートル程度浮遊した状態で移動する。
構成体#114954-6-3:
黄色い安全帽に水色のスモックを着用した、4歳から5歳と見られる男児。この集団#114954の統率者となることが多い。
構成体#114954-6-4:
2000年から2002年頃に掛けて人気を博した女性アイドルグループの一人に酷似した女性。当人は現在失踪中であり、家族から捜索願が出されている。当時着用していたステージ衣装のように見える服装をしているが、細部に多数の相違点が見つかっている。
構成体#114954-6-5:
大柄な♂のムーランド。1997年に業務中のインシデントにより殉職した当局の元局員と特徴が一致している。
構成体#114954-6-6:
ところどころに傷が見られる大人のエアームド。移動/行動するたびに、鉄がきしむような激しい音を立てる。携帯獣図鑑による解析は、対象がエアームドではなくサニーゴであるとの矛盾した結果になる。
集団#114954についての調査は、集団を形成する個体自体にも多数の異常性が見られることから難航しています。すべての集団#114954について同一の起源に基づく存在なのかという点も含め、現在も議論が続けられています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#95879
Subject Name:
サニーゴの報復
Registration Date:
2000-05-20
Precaution Level:
Level 4
Handling Instructions:
事象#95879の発生条件が満たされたことを確認した場合は、可能な限りの資源を投じて対象#95879を保護するよう努めてください。案件担当者は、対象#95879を保護するためであればどのような資源の利用申請であっても認められることになっています。これまで発生した事象#95879においては、いずれも最終的に対象#95879の保護に失敗し、対象#95879の死亡という結末に至っています。一度でも対象#95879の保護に成功した場合は、その際に執られた措置及び利用された資源について、可能な限り詳細に記録してください。
確認されたすべての事象#95879において、携帯獣#95879群への攻撃は事実上意味を成さないことが分かっています。案件担当者は携帯獣#95879群への攻撃を避け、対象#95879を保護することに注力してください。携帯獣#95879群へ攻撃を加えた場合、攻撃者が対象#95879と共に携帯獣#95879群による侵襲を受ける虞があります。必要以上の損失/損害を避けるためにも、携帯獣#95879群に対する攻撃、特に武器を用いた攻撃は行わないでください。
Subject Details:
案件#95879は、特定の条件を満たした場合に発生する異常な事象(事象#95879)と、その際に出現する共通した特徴を持つ大量のサニーゴ(携帯獣#95879)、及びそれらに掛かる一連の案件です。
本案件を当局が知るところとなったのは、1999年5月下旬に発生した大手新聞記者の不審死事件について警察機関と共同で捜査を行っていた最中のことです。全身に幾つもの切り傷が刻まれ、さらに死亡後も執拗に殴打した形跡が見られるという被害者の異常な死亡状況から、当初はリベラル的な新聞社の方針と対立する過激な思想の持ち主による猟奇殺人事件との見立てがなされました。捜査は警察機関の手に委ねられ、当局は必要に応じて協力する形となりました。
しかしながら翌年4月下旬、別の大手新聞社の男性社員がカントー地方セキチクシティ第六支局へ出頭し「同業者がサニーゴに殺された、次は自分の番だ」と錯乱した様子で訴え出てきました。局員が男性を保護して事情を聴取したところ、男性は昨年死亡した新聞記者と個人的な交流があり、死亡する一ヶ月ほど前から「あちこちでサニーゴを見掛けるようになった」「サニーゴが自分を監視しているような気がする」と訴えていたことが明らかになりました。その後この男性も最近になってサニーゴを目撃するようになり、身の危険を感じて当局へ保護を申し出たとのことです。局員は上席と協議の上、男性を拠点内にある高セキュリティの収容室へ匿うことを決定しました。
1999年5月15日までは大きな動きは見られませんでしたが、5月16日になって拠点の敷地内でサニーゴが散発的に確認される事案が複数発生、その都度敷地外へ退避させる措置が執られました。しかしながらサニーゴの数は時間を追うごとに増加し、どこから侵入しているのかも定かでないため対症療法的な方策しか採ることができず、5月18日夕刻時点で拠点内にはおよそ240体のサニーゴが出現している状態になりました。
この時出現したすべてのサニーゴは局員には見向きもせず、男性が収容されているフロアを目指し続けていました。男性を別の場所へ移動させる試みもなされましたが、拠点全体がサニーゴに包囲されている状態であり、脱出は既に困難な情勢でした。襲撃者であるサニーゴは携帯獣の局員による攻撃や銃火器を使用した攻撃により一時的に足止めをすることはできましたが、どれだけ負傷してもサニーゴは意に介さず前進し続け、完全に停止させることはできませんでした。最終的には男性のいる収容室へ180体ものサニーゴが一斉に押し寄せるという事態になりました。20名以上の局員による抵抗をすべてはね除け、最終的にサニーゴの集団は男性を惨殺しました。
1999年5月のインシデントを受け、事故調査委員会が設置されました。委員会による調査により、この事象が当局にて管理すべき異常事案に当たるとの結論が出され、正式な案件化が提起されました。また調査の過程で類似した事案についてもさらなる追求が行われ、当局が関与するかなり以前から事案が発生していることが判明しました。調査委員会により事象及びサニーゴについての異常特性が改めて整理され、文書としてまとめられました。
事象#95879は、過去一年以内に発生した虚偽報道に深く関わる、あるいは直接関与した人物(対象#95879)に対して、概ね翌年の4月下旬から5月下旬にかけて発生する原理不明の異常な事象です。「虚偽報道」の範囲は正確には分かっていませんが、現時点では「明確な意図に基づく虚偽の報道」が該当すると考えられています。結果として誤報となった場合に事象#95879の発生条件を満たすのかは、事例の少なさから明らかになっていません。
事象#95879の概要は、後述する異常な特性を持つサニーゴ(携帯獣#95879)が大量に出現し、対象#95879を集団で暴行して死に至らしめるというものです。携帯獣#95879は4月下旬に入ったタイミングから徐々に対象#95879の周囲に出現しはじめ、5月中旬までその状態を継続します。これまでの調査で、概ね5月16日頃から携帯獣#95879が攻撃を開始し、5月18日から19日に掛けて攻撃が激化し対象#95879を殺害するに至るという流れがあることが分かっています。対象#95879の殺傷に際しては本来のサニーゴ由来の技能はほとんど使用されず、単純な殴打や切創を伴う打撃が用いられることが大きな特徴です。
携帯獣#95879は、異常な特性を持ったサニーゴです。この個体群の特徴として、角の一部が破損している、水晶体が白濁している、身体の一部が変色している、あるいは四肢に異常があるなど、身体に何らかの欠損または汚損が必ず見られます。携帯獣図鑑などのデバイスは携帯獣#95879を例外なく「サニーゴ」と認識しますが、概ね温厚で穏やかな性質を持つ通常個体とは大きく異なり、携帯獣#95879はとても敵対的です。対象#95879を殺傷することのみを目的としているようであり、それ以外の存在にはほとんど興味を示しません。対象#95879を殺傷するに辺り邪魔であると判断した場合は、対象#95879に対してほどではありませんが、積極的に攻撃を仕掛けてきます。
こちらからの攻撃で携帯獣#95879にダメージを与えることは不可能ではありませんが、一般的な個体と比較して異常と言うべきレベルで高い耐久力を持ち、さらにサニーゴ由来の自己再生能力を持つために、駆逐/殲滅は現実的な選択肢ではありません。最終的に対象#95879の死亡が確認された時点で携帯獣#95879の目的は達せられるものと想定され、その後速やかにその場から撤退します。この時捕獲された個体についても24時間以内に必ず消失し、行方を追跡することはできません。
何らかの未知の原理により、携帯獣#95879は少なくとも地球上のあらゆる場所に移動、または出現できる可能性があります。1999年5月のインシデントでは、携帯獣#95879が外部から拠点へ侵入した形跡がほとんど見られないにも関わらず、最終的にのべ268体の携帯獣#95879が確認されました。このことから局員の間では、携帯獣#95879は異次元/異空間と呼ぶべき領域を移動し、任意の場所へ出現できるとの見方が示されています。
事象#95879及び携帯獣#95879が確認された最古の事例は、1990年4月のことです。それ以前に事象#95879及び携帯獣#95879が関与していると推定される事件は、これまでのところ一切確認されていません。調査委員会では、傷付き汚れたサニーゴが多数出現するという特徴的な事象から、1989年4月から5月にかけて大きく取り上げられた虚偽報道事件が事象#95879の起源になったのではないかという仮説を提唱しています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#127596
Subject Name:
記憶の中のオーベム
Registration Date:
2010-06-08
Precaution Level:
Level 4
Handling Instructions:
事象の性質上、本案件の担当者は実務担当者ではなく、人事部門の担当者から選出される特別規定が制定されています。警戒レベルは「レベル4」ですが、例外的にすべての情報が局員に対して開示されています。すべての局員はこの報告書をはじめとする関連資料を熟読し、後述する矛盾した記憶が存在しないかを自発的にチェックしなければなりません。
本案件の概要に述べるような症状を報告してきた、あるいは自らの記憶の整合性について矛盾や不安を申し出てきた局員は、可能な限り配置転換を行い、その後の経過を観察します。配置転換に当たっては上席及び人事部門と相談の上、受け入れられるならば他地方へ転籍することが望ましいです。人事異動及び転籍後、最低でも1年間は継続的なヒアリングを実施しなければなりません。
[2014-12-22 Update]
ホウエン地方においても同様の事案が発生したことが確認されました。ホウエン地方は本案件を理由とする転籍先として不適切との意見が出され、案件担当者はこれを受理しました。2014-12-23以降、ホウエン地方はイッシュ地方と同様の扱いとなります。
Subject Details:
案件#127596は、イッシュ地方に在籍している局員にのみ確認されるある種の記憶障害と、それに掛かる一連の案件です。
記憶障害と思しき事象が初めて確認されたのは、2010年2月上旬に実施された、イッシュ地方に在籍する局員を対象とした人事部門による定期的なヒアリングにおいてで、複数の局員が後述する矛盾した記憶について悩んでいると証言しました。事態を重く見た人事部門は委細を取りまとめて当局上層部へ報告、これに基づいて案件の立ち上げが行われました。案件の性質から通常とは異なる体制での対応が必要との判断がなされ、案件担当者は人事部門から選抜、案件に関するすべての情報を全局員に開示することを定めました。
局員が報告した記憶障害は、いずれも「オーベムに記憶を弄られたような気がする」というものです。局員は個々人の活動中に何らかの形でオーベムと遭遇し、対象の持つ特殊能力によって記憶操作を受けた可能性があると証言しています。局員の多くは現場で活動するフィールドワーカーであり、勤務中にオーベムと接触することは可能性としてあり得ないことではありません。各人により様々ですが、中でも目立つのが「あの時の記憶は偽の記憶ではないか」という強い猜疑心を抱くことです。
第三者が記憶操作を受けたとされる日付の局員の行動について調査したところ、完全には一日の行動内容を把握できなかった局員も一部存在しますが、ほぼ全員が特に問題なく過ごしていたことが分かりました。これは業務中に限らず、家族のいる局員については同位を得た上で家族からもヒアリングを行っています。ほとんどの局員が実際にはオーベムと接触しておらず、記憶操作を受けた形跡も見当たりません。調査した中には、終日支局内で事務作業に当たっていた局員も含まれていました。
しかしながら、別の局員から「周囲の人間も含めて記憶操作を受けているのではないか」という可能性が提起されました。関係する全員がオーベムにより偽の記憶を共有させられ、実際には大規模な記憶操作が行われているにもかかわらず、それを認識することが困難なのではないかというものです。オーベム個体の持つ能力にもよりますが、先の局員が証言したような大規模な記憶操作も決して不可能なことではありません。
別の局員からは異なる観点として、実際には記憶操作などはまったく行われていないか行われていてもごく部分的なものであるが、一部の局員に「オーベムに記憶を操作された」という偽の記憶を埋め込むことで、実際には行われていない記憶操作がさも行われたかのように偽装しているというものが挙げられました。オーベムに関する断片的な記憶を埋め込むことで、真の記憶と偽の記憶の区別を付けられないようにしているということです。
この案件に関する意見は大きく分かれています。記憶操作は行われたのか否か、行われたとしてどの程度の規模だったのか、この事象を発生させているのはどのような個人/団体か、何より現時点で当局の局員にのみこの事象が見られるのはなぜか、様々な意見や仮説が出されていますが、各人の記憶を信頼することが難しい関係から、仮説の検証は極めて困難です。当局と敵対的な関係にある個人や団体は多数存在しますが、そのいずれかが関わっているのかも定かではありません。
[2012-05-22 Update]
別案件の担当者の主導により行われた、要注意団体の一つである「アムリタ・ファウンデーション」のイッシュ地方に存在する拠点への突入作戦により押収された資料から、アムリタ・ファウンデーション内部でも案件#127596とほぼ同じ事象が発生していたことが明らかになりました。資料からはアムリタ・ファウンデーションが対応に相当苦慮していたことが伺え、案件#127596が少なくともアムリタ・ファウンデーションが主導して展開した作戦ではないこと、そして当局のみがターゲットとされているわけではないことが確認されました。
[2014-12-07 Update]
ホウエン地方シダケタウン第二支局に、黒服にサングラスを着用した不審な男と、明確に被験者#136245(案件#136245「擬獣人のクラブ」参照)と分かる児童12名が現れ、当局に保護を求めて来ました。担当局員が手順に沿ってホウエン地方ハジツゲタウン第二支局へ移送した後ヒアリングを実施したところ、男は「マルシアス・エンターテインメント」で「クラブ」の構成員として働いていましたが、ある時「オーベムによる記憶操作を受けた」という記憶が突如として蘇り、身の危険を感じてクラブ内にいた被験者#136245全員を伴って局に出頭したとのことです。さらなる調査が行われることになっています。
[2014-12-19 Update]
7日に発生したインシデントを受け、対応手順の改訂が行われました。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#86211
Subject Name:
マリルが流す油
Registration Date:
1997-04-27
Precaution Level:
Level 2
Handling Instructions:
オブジェクト#86211は、ホウエン地方トクサネシティ第一支局にある大収容室に収容されています。案件担当者は日々オブジェクト#86211の状態を観察し、詳細についてレポートを記述するようにしてください。3日に1度(1997-03-01時点で「5日に1度」から改訂)清掃担当者が収容室を清掃し、収容室に堆積した分泌物#86211を回収してください。分泌物#86211は鋼鉄製のタンクに保管し、必要に応じて拠点内の燃料として使用することができます。分泌物#86211は引火しやすいため、不用意に火気へ近付けるような行為は避けてください。
Subject Details:
案件#86211は、自然死したマリルの遺体のように見える物体(オブジェクト#86211)とそこから分泌される油のような液体(分泌物#86211)、及びそれらに掛かる一連の案件です。
1996年12月16日、周辺海域で漁に従事していた海女のひとりが、海面に浮かぶマリルの遺体を発見しました。遺体の周辺に油のように見える液体が浮かんでいたことから、当初マリルは船舶から漏洩した燃料を摂取したことによって中毒死したものと考えられていました。その後、発見者である海女はマリルの遺体を海岸へ移動させ、ポケモンセンターへ引き取りを要請しました。要請を受けて駆けつけたポケモンセンターの職員が通常の手順に沿ってマリルを検分したところいくつかの不審な点が見つかり、当局の窓口担当者へ通報しました。局員はマリルを回収しトクサネシティ第一支局へ移送、その後の観察といくつかの実験を経て、案件の立ち上げが決定されました。以後、マリルの遺体はオブジェクト#86211として管理されることとなりました。
オブジェクト#86211は、外見上♂のマリルの遺体のように見える由来不明の物体です。身長/体重については平均的なマリル個体と矛盾のない範囲にありますが、携帯獣向けのデバイスはこれまでのテストにおいて例外なくオブジェクト#86211を「コリンク」と判定しています。データ化による完全スキャンは、未知の原因により対象の符号化が必ず失敗に終わるために未だ実施できていません。各種デバイスがオブジェクト#86211をコリンクと判定する理由については、現在も正確な原理が判明していません。生体サンプルを取得しての検査は、後述する特性により不可能と推定されています。
オブジェクト#86211の顕著な異常特性のひとつとして、マリルの尻尾に相当する球体から、常に油のような液体である分泌物#86211が滲み出ていることです。分泌物は1時間につきおよそ0.06リットル(1997-02-28までは、1時間に付きおよそ0.035リットルでした)分泌され、そのペースは多少の上下こそ見られますが概ね一定です。これは本来の異常性のないマリルの尻尾に充填されている液体と類似した性質を持ちますが、相違点として可燃性で極めて引火しやすく、高いエネルギーを持っていることが分かっています。
分泌物#86211の特異な性質は、オブジェクト#86211を驚異的な速度で修復するというものです。当局の実験では、生体サンプル取得のためにオブジェクト#86211の右脚を切除したところ、周辺の分泌物#86211が切断面付近に集中し、およそ20分で完全に元の状態まで修復したという事象が記録されています。この時、切除された右脚は直ちに分泌物#86211へ変化し始め、こちらは約7分で完全に分泌物#86211へ変貌を遂げました。切除したサンプルが極めて短時間で分泌物#86211へ変質してしまうという性質から、オブジェクト#86211の生体サンプルを得ることには成功していません。
採取した分泌物#86211が高いエネルギーを持つことから、支局では熱源としての利用可能性を実験中です。この実験を通してある程度の安全性を確保できた場合は、ホウエン地方トクサネシティ内の各支局においても同様の実験を行う計画が策定されています。
[1998-03-01 Update]
収容室を確認した担当者が、オブジェクト#86211が分泌する分泌物#86211の量が明らかに増加していることを指摘しました。これは1997-03-01にも確認された事象です。清掃のペースについては「3日に一度」から変更はありませんが、オブジェクト#86211の状態についてはより注意深く観察する必要があります。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
窓の外の風景は、今日も今日とて変わることなく。
「……ふう」
天気は曖昧、晴れのちくもり。あたしの気持ちも、たぶん曖昧。
窓際の席からぼーっと外を見つめていると、時間がいくらでもあるような気がしてくる。ホントはあと五分くらいで次の時間のチャイムが鳴って、数学の授業が始まることは分かってる。分かってても、ついついぼんやりしてしまうのだ。
それはたぶん、あたしがぼんやりすることに慣れているから。
「あとは、数学と英語だったっけ」
お昼休みのあとの授業は、いつも眠気とのバトルになる。と言っても、本気で戦う気はあんまり無い。とりあえずは、テストの直前だけ起きてれば、あとはまあ、大体なんとかなる。大体なんとかなれば、それで大丈夫だ。あたしみたいなのは、それくらいでちょうどいい。
平坦で何もない、お決まりの世界で過ごす日々。大きな事件なんて起きなくて、いまいち代わり映えのしない毎日が、淡々淡々とテンポよく流れていく。
なんというか、ポケットの中にいるみたいだ。
小さなスペースという意味でも、広がりのなさという意味でも、本当にポケットみたいだ。
「あ」
ほう、とため息を付いた直後だった。廊下を上靴で叩く音、誰かがパタパタ走ってくる音。こっちへ近付いてくる。
あれはきっと、あいつがやってきている。間違いなく、あいつしかいない。
「おーい、サチコー」
「いよっすネネ」
あいつとは、そう。ネネのことだ。
あたしの席の近くまでパタパタ音を立てながら掛けてきて、少し前でピタッと止まった。
「ネネったら、相変わらず髪ボサボサだな」
「だって、髪とかすのめんどくさいし。どうせぼさぼさになっちゃうし」
髪をばたばた振りながら、ネネはいつも通りの回答をするばかりなのだった。
ネネらしいと言えば、ネネらしい。
*
そう言えば、ネネのことをまだ話してなかった。だからちょっと話しておこうと思う。
ネネ。本名を「仲村渠寧々(なかんだかり・ねね)」と言う。正直に言って滅多に見ない名字で、他の子からはしょっちゅう「仲村さん」と間違って呼ばれている。ぶきっちょな性格だから、「仲村さん」と呼ばれても絶対に応えない。ちゃんとした名字で呼んでもらえないのが不満とかそういうんじゃなくて、単純に自分が呼ばれたと思ってないのだ。何回間違えられても同じなので、たぶん根っからなのだろう。
というわけで、名字よりはわかりやすいと思う「ネネ」と呼ばれることが多い。あたしも含めて大体の子が、ネネを「ネネ」と呼んでいる。
ネネは学校のすぐ近くにある、川沿いの古い団地で暮らしている。確か「リバーサイドなんちゃら」とかいう名前が付いていたはずだった。ずっと前、まだお母さんがいた頃ぐらいに家へ遊びに行ったことがあるけど、エレベータが全部の階に止まらないのだ。止まるのは1階・4階・7階・10階とか飛び石で、途中までエレベーターで行って後は階段を使う。ネネは5階に住んでたから、4階まで行って階段を一つ登らなきゃいけなかった。
「ネネったら、服に葉っぱ付いてるじゃん」
「えっえっ、どこどこー?」
「取ったげるよ。ほら、これ」
制服に葉っぱがくっついてたら分かりそうなもんだけど、ネネはこういうところがニブい。いや、こういうところだけじゃなくて、こう、全体的にニブい。よく言えばおっとりしているのかも知れない。
悪く言うなら、ちょっと足りない。
「サチコ、なんか元気が無い」
「なんでもないって。あたしいっつもこんな感じだから」
「ふぅーん」
ネネの言葉を右から左へ受け流しながら、ふと隣の席へ視線をチラリ。
目にしたのは、ニャスパーを抱いた同級生の姿。
「いいなあ、城ヶ崎さん。ニャスパー抱っこしてる。かわいい」
城ヶ崎さん。本名は……確か、城ヶ崎絵梨香(じょうがさき・えりか)。同じクラスの知り合いだ。みんなからは、大体「城ヶ崎さん」か「絵梨香ちゃん」って呼ばれている。ちなみにあたしは「城ヶ崎さん」だ。特に何かこだわりがあるとかじゃなくて、「城ヶ崎さん」って呼ぶ人が多いからそうしてるだけだけど。
そんな城ヶ崎さんが住んでるのは、大通りから離れて坂道を登った先にある「ゆかり台」っていう台地の上だ。そこにある一軒家で暮らしてるらしい。あたしはちょっと前あの辺を散歩してるときに、あ、ここが城ヶ崎さんの家か、いいなあ、庭付き一戸建てだ、なんて思いながら前を通りがかっただけだから、中に入ったことはない。まあでも多分、城ヶ崎さんの様子を見てると、きっと中も片付いてそうだと思う。
「いいなー城ヶ崎さん。ニャスパーすごい可愛いし」
「ありがとう。お父さんがプレゼントにって渡してくれて、いつも側にいてくれてるんだ」
「ふさふさしてるー。毛並みいいね」
「毎日たくさん毛が抜けちゃうから、ブラッシングしてあげてるの」
こういうのを、きっと「育ちがいい」って言うんだろうな。頬杖を付いて城ヶ崎さんをぼけーっと眺めながら、あたしはそんなことを考える。
城ヶ崎さんのニャスパーはおとなしくてかわいい。つぶらな瞳がすごくかわいい。あたしもあんなポケモン――というか、ニャスパーそのものが欲しくてしょうがない。あんな風に抱っこして、みんなに見せたりしてみたい。
けど、それはやっぱり、願望に過ぎないわけで。
「ねえ、サチコ。サチコー」
「んー……聞いてるよ、ネネ。どうしたの?」
「今日も付き合ってほしい。見ててもらいたい」
「いいよ、いつものっしょ」
願望と現実とで折り合いをつけるときは、いつもいつでも、願望が折れるものだと思う。ま、世の中そんなもんだ。深刻に考えるようなことじゃない。
今日もまた、ポケットの中の日常が流れてく。
*
学校の裏にある山。舗装されてない道を登ると、少しだけ開けた場所がある。あたしとネネは時々ここへやってきて、あたしたちだけにしか分からないあることをしている。
「サチコ、ちゃんと見ててね」
「ういうい。ちゃーんと見てますって」
ネネが茂みへ入って少しガサガサやると、煤けた布に包まれた何かを持ってきた。ちょうどネネが抱えられるくらいの大きさで、布にくるまれてるようなモノって言ったら、まあ大方想像はつくと思う。セットで小型のシャベルも持ってるのを見れば、ほとんどの人がピーンと来るだろう。
布を開いたネネがあたしに見せたのは、小さなジグザグマの死骸だった。まだ子供だったみたいだ。
「これ、いつ見つけたの?」
「きのう。バイクにはねられて、道端で転がってたの。だからひろってきた」
「いつも思うけど、ホントよくやるよ。ネネは」
ネネは平然としてるけど、あたしは何回見ても慣れない。もう50回か60回くらいはこうやってネネからポケモンの死骸を見せられてるけど、全然慣れる気がしない。ましてやネネみたいに持ったり触ったりなんて、正直言ってとてもじゃないけどできる気がしない。
少ししてからネネがジグザグマの死骸を地べたに置いて、足を折って屈み込むと、サビだらけのシャベルでざくざくと地面を掘り始めた。もちろんお墓を作るためだ。ちゃんとそれっぽい大きな石も用意してある。ジグザグマを埋めた後に上から置いて、ここにジグザグマが埋まってるってことが分かるようにするためだ。
「サチコー、今度算数おしえて」
「数学だって。そりゃ別にいいけどさ、あたしより凛さんの方が得意じゃないの? そういうの」
「うーん。凛さんいそがしいし、よくおでかけしてるし、ネネ、サチコがいい」
「あたしもそんな得意じゃないけど、ネネに教えるくらいならなんとかなるかな」
ネネはポケモンの死骸を埋めるための穴を掘ってる間、必ずこうやってあたしとしょうもない話をする。この間先生に叱られたとか、外で遊んでる子供を見たとか、ポケモントレーナーに会ったとか、そういう本当にしょうもない話だ。世間的に言うなら世間話ってやつなのかも知れない。ネネがお墓を作るときはこうやって世間話がセットでくっついてくる。
なんでお墓作ってる最中に世間話をするのかは、あたしにはちょっと分からないし、たぶん知らなくてもいいことだと思う。
「こないだねー、凛さんけんけん汁作ってくれたの。おいしかった」
「けんけん汁って何それ。そんなの聞いたことない」
「うーん。なんか、お味噌汁にいっぱい具がはいったみたいのだった。けんけん汁」
さっきまで勉強の話をしていたと思ったら、今はもう全然違う話になってて、ちょっと前に食べたものについてしゃべってる。ネネの会話はだいたいこんな具合で、つながりが乏しい。こういうのを、散漫って言い方をするらしい。
「ネネさ、まあちゃんとスパッツ履いてるからいいけどさ、スカート全開で中丸見えなんだけど」
「なんかヘン?」
「フツーは見えないように隠すと思う。常識的に考えてってやつで」
「凛さんからもおんなじこと言われた」
「でしょ?」
「でも、ここにいるの、サチコとネネだけだよ。サチコとネネだけ」
「んー、あんまりそーいう問題でもないんだけどなあ。まいっか」
ネネがこうやってポケモンのお墓を作り始めたのはいつか。正直細かいところは覚えて無いけど、とりあえず少なくとも小三の時くらいからこうやってるのは知ってる。たぶん、もっと前からやってるはずだ。
きっかけはだいたいこんな感じだ。あたしが墓掘り中のネネに話しかけて「何してんの?」って聞いたら「お墓作ってる」って返されて、それで、なんでそんなことしてんだろって思って観察して、そうしたらいつの間にかネネの方から「お墓作るから見てて」って言われるようになって、今もそれに付き合ってる。あたしが側にいるのは、実は深い理由なんてなくて、ネネに頼まれたからってのが大きい。
今までのペースだと一ヶ月に一回か二回、たまに三回くらいネネの立会人をして、ポケモンの死骸が土の中に埋められるのを見ている。言い方を変えれば、それだけたくさんポケモンが辺りで死んでるってことでもある。しょうがない。あいつらどこにでもいるし、見かけない日なんてないし、事故だってあっちこっちで起きてる。だから、しょうがない。そんなものなんだ、そんなもの。
「できた」
「おー、できたできた」
「サチコー、この子埋めるよー」
「ほーい」
ネネが額に浮かんだ汗をブラウスの袖でぐじぐじ拭うと、布の上に寝かされていたジグザグマの死骸を穴の中へ入れてから、側に置いてあったモモンの実を隣に置く。
モモンの実を一緒に埋めるのが、ネネのお墓作りの特徴だった。なんか意味あるのそれって聞いたら、ネネ曰く「お腹がすいたら食べられるようにしとく」らしい。モモンの実はそこら中に生ってて、あたしは食べないけど他の子は勝手にもいで食べてるのをちょくちょく見かける。それでも減らないから、こうやって一緒に埋めても問題ないわけだ。まあ、ネネがやりたいんだからやらせておけばいいって思う。
掘り返した土を死骸の上からどさどさ被せて、シャベルでぺたぺた地ならししてから、用意しておいた墓石っぽいものを上からぐいぐい押さえつけて、晴れてお墓の完成だ。ネネは「おわった」とつぶやく、というよりももうちょいハッキリ宣言して、屈んだまま両手を合わせて拝み始めた。ネネの手は泥まみれで、ブラウスにも土が飛んでいる。ついでに、スカートにも。
ネネは背が低くて体も小柄だから、しょっちゅう小学生に間違えられる。あたしと並んでたら、結構な割合で上級生と下級生だと思われてしまう。もちろん、あたしが上級生でネネが下級生だ。
「サチコ、かえろう」
「うし、帰るか」
ついでに口調も幼いというか、そもそも舌っ足らずだから、なおさらよく間違えられる。ここまでの会話で、ネネがどういう風に話すかっていうのはだいたい分かると思う。
山道を降りて、アスファルトで舗装された道まで戻ってきてからちょっと歩くと、なんてことない小さな公園に差し掛かる。すると、ネネが「あっ」と例によって大きめの声をあげる。
「サチコ、ちょっと待ってて。おしっこしてくる」
「ほいほい、いってらいってら。てか外で『おしっこ』言うなって」
「よくない?」
「あんまり」
そう言うと、言葉通り公園にあるトイレへ走っていくネネ。パタパタ全力で駆けていく様子が、ますます子供っぽい。
背丈とか体格とか言葉遣いだけじゃなくて、行動や考え方まで全部幼いから、ひょっとするとネネはホントに小学生のままなのかも知れない。小学生のまま、とりあえず制度的に中学へ通う年齢になっちゃった、的な。
「サチコー」
「あれ、ずいぶん早いじゃん。もう済ませてきたわけ?」
「ううん。トイレットペーパー無かった。だからサチコ、ティッシュ貸して」
「しょうがねーなー」
当のネネ本人は、そういう風に小学生に間違えられたり年下だと思われたりするのを、ちっとも気にしていないようだけど。
*
「ただいまー」
誰もいないと分かっていても、とりあえず帰ってきたら「ただいま」って言う。そういうくせを付けておけば、いざ誰かがいる時に帰ってきても、挨拶もなしに入るんじゃないの、とかそういう系のお小言を言われなくて住む。小さな心掛けの積み重ねが、お小言の回数を減らすのだ。
部屋に入ってスイッチをパチン。微妙な間を置いてから、パッと部屋が明るくなる。カバンを机の上へ置くと、お弁当箱を出して台所まで持ってってから、部屋に戻ってベッドにぐったり。六時間授業のある日は、帰ってくるともう何もしたくなくなる。明日は五時間授業の日だから、ちょっとだけマシだろう。けど、帰ってきてから何もしたくないっていうのは、多分変わらない。
学校から30分くらい歩いたところにある15階建てのマンションの4階。それがあたしの家だ。二つある部屋のうちの一つがあたしの部屋で、もう一つの部屋は、今はほぼ物置と化している。お父さんもお母さんも、今はそんなに必要としていないモノが結構あるのだ。そういうのは目について何となく気になるから、目につかない場所へ置いてしまおう。ということで、向かいの部屋は気がつくとモノが増えている。
「はー、しんど」
何にもすることがなくて、ついでにやる気も起きなくて、うつ伏せになったまま枕に顔を埋める。枕に巻いたタオルから微妙に汗が乾いたあとの匂いがする。制服から着替える気にもならなくて、とにかく帰ってきた時のカッコのまんま、ただただぐでーっとしている。
「スマホあったらなあ。あたしも『ポケとる』できるのに」
手持ち無沙汰。思い浮かぶのは、みんなが学校の休み時間にいじくり回しているスマホ。あたしも欲しい欲しいって言ってるけど、サチコにはまだ早い、の一言で却下されてる。みんなはポケモンの絵を使ったパズルのゲームで遊んでて、なんかすごい楽しそうにしてる。あたしも楽しそうにしたい。
とりあえず動かすのにあんまり苦にならない首を動かしてそこら辺を見ると、ややくたびれ気味のピンク色のニンテンドーDSが転がっていた。最後に差してたソフトなんだったっけ、あっ思い出した、トモコレだ。友達に教えてもらってお母さんに買ってもらって、周りの友達とか、その時流行ってた芸能人とか、マンガのキャラとかを適当に登録して、恋人になったり別れたりするのを見てわいわい騒いでた。
最後に電源入れたのいつだっけ。もう一年くらい前のような気がする。あの中の住人は今どんな風になってるだろう。電源を入れるのがちょっと怖い。だから触らないでおきたい。
ぐだってると勝手に時間が過ぎて、気が付いたら7時を回ったくらいになって。
「ただいまー」
「あ……おかえりー」
お母さんが仕事から帰ってきた。今日も買い物してきたみたいで、ビニール袋が揺れる音が聞こえる。玄関でお母さんを出迎えると、お母さんからビニール袋を受け取って台所まで持っていく。
「サッちゃんただいま。ポスト見てきてくれた?」
「ごめん、忘れてた。ちょっと見てくる」
そうだそうだ、ポスト見てくるの忘れてた。いろんなカードが刺さってるポケットから宅配ロッカーのカードを抜いて、運動靴を半穿きしてエレベーターに向かう。目指すは一階、集合ポストだ。
ぐるぐる回して番号を入れるタイプの鍵をいじって、ポストのフタを開ける。中には封筒が3通と、赤白二色の住宅というか不動産会社のチラシ、それから。
「あ、マッハピザ」
近くにあるピザ屋さんのチラシが入っていた。クーポン券付き、今なら二枚目半額。六分の一に切って、チーズがのびーって伸びた写真がでかでかと入っている。
おいしそうだ。
「ピザ食べたいなー、チーズとツナとコーン載ったやつ」
そんなことを呟きながらチラシと封筒を持って帰ると、お母さんがもう晩ごはんの支度を始めていた。
「ただいまー」
「おかえり。何か来てたかしら?」
「封筒が3つ。それからチラシが2枚」
「ありがとう。テーブルの上に置いといて」
言われたとおりテーブルの上に郵便物を全部置いてから、テーブルの周りをうろうろする。
「おかーさんおかーさん」
「どうしたの、サッちゃん」
「いきなりだけど、ピザ食べたい」
「ピザ?」
ちらちらと視界に入るマッハピザのチラシが気になって気になって、つい口を付いてこんな言葉が出てきてしまった。
そう、あたしはピザが食べたい。丸くて大きい、チーズとツナとコーンの載ったピザが食べたい。
「明日の朝ごはん、チーズ載せる?」
「そういうんじゃなくて、電話で頼むやつ。丸いやつ」
「マッハピザとかそういうの?」
「そうそうそれそれ」
「うーん。また今度にしましょ。サッちゃんの誕生日とか」
今日もまたダメだった。お母さんの必殺技「また今度」で終わってしまった。
お母さんの言う「今度」が来た記憶はほとんどない。あってもせいぜい、カレー食べたいって言ったら次の日にカレーが出てきたぐらいだ。それだって、晩ご飯の献立に詰まったからちょうど良かっただけだったし。
いつもこんな風に、来ることのない「今度」を待つことになる。スマホも、ピザも、他にもたくさん。いつも何かが欲しくって、けれどそれは「今度」という来ることのない未来に予約されてしまう。
台所を見て、並んでいる食べ物をチェックする。キャベツともやしとにんじん、パック詰めの鮭の切り身、それからお麩。たぶん、野菜炒めと鮭を焼いたやつと、それからお味噌汁ってところだろう。別に悪くはないけど、でも、楽しみってわけでもない献立。
「サッちゃん、お皿並べて」
「はーい」
お母さんから食器を受け取りながら、あたしはもう一度だけチラシに目を向ける。
(ピザ、食べたいな)
あたしの気持ちとは裏腹に、お母さんはまな板の上でキャベツをトントンとざく切りにしていたのだった。
ポケットをたたくと、ビスケットはどうなる?
Subject ID:
#139468
Subject Name:
ピカピカネーム
Registration Date:
2014-03-13
Precaution Level:
Level 0 または Level 5 [審議中]
Handling Instructions:
1993年以降に対象地域内で提出されたすべての出生届を確認し、条件を満たす名前を抽出してください。情報は個人情報に当たるため、データを保管するサーバはネットワークからオフラインの状態に保っておかなければなりません。本稿執筆時点において、データ検証作業は1995年8月時点提出分までが完了しています。得られた情報はデータマイニングチームに連携され、統計的に有意な結果が存在するかの確認が行われます。
本案件を案件として管理すべきかは意見が分かれています。局員は自身の思想信条に基づき自由に発言することが認められていますが、少なくとも現状において本案件は標準的なレベル5案件として取り扱わなければならず、無力化/無効化された案件ではありません。案件担当者はこのことを認識し、適切な姿勢で職務に当たることが求められます。ただし、本案件が実際には当局にて管理すべきものではないという十分な証跡が得られたと判断できた場合には、担当者の判断で案件の取り下げ及び無力化/無効化宣言を行うことができます。
Subject Details:
案件#139468は、推定では1993年頃を境に増加し始めたある特定の条件を満たす人物の名前と、それに掛かる一連の案件です。
この事象について案件化が提起されたのは、当局が設置している内部者向けの案件通報窓口を通してです。通報者は同僚との会話の中で「最近変わった名前の子供が増えた」という話題になり、個人的に興味を持って小規模な調査を実施したところ、事案として報告すべきという結論に至りました。結果を取りまとめた上で正式に文書化して報告し、最終的に案件として管理されることが決定しました。
本案件が管理対象とする人物名の条件は、「読み仮名として携帯獣の名称が振られている」というものです。市民の間では、こうした名前を「ピカピカネーム」と呼称する傾向にあります。局員による初期調査の結果は、少なくとも1996年頃から条件を満たす名前を付けられた市民が急激に増加していることを示しています。その後さらなる調査が行われ、先述した条件を満たす名前が増加し始めたと思われる出来事が1993年に発生しており、一部で話題となっていたことが明らかになりました。調査を行った局員と同僚数名は、この出来事が本案件の契機となった可能性を指摘しています。
以下は、調査の過程で抽出された条件を満たす名前について抜粋したものです:
1.本来の由来に沿ったもの
・綺麗華(きれいはな)
・麒力(きりんりき)
・小風来(こふうらい)
・雪女子(ゆきめのこ)
2.単純な当て字になっているもの
・王部無(おうべむ)
・安能雲(あんのうん)
・服凛(ぷくりん)
・真璃瑠(まりる)
3.軽度の意訳や言い換えになっているもの
・幸運(らっきー)
・夜涙(だーくらい)
・南瓜精(ぱんぷじん)
・九尾(きゅうこん)
4.明確に本来の読みからかけ離れたもの、重度の意訳になっているもの
・海神(るぎあ)
・次元(ぱるきあ)
・電妖(ででんね)
・波導(るかりお)
厳密な調査結果を待つ必要がありますが、局員を対象としたヒアリングでは年月が経過するにつれて1.の割合が減少し、残る2.から4.までのパターンが増加してる傾向にあるとの結果が得られています。しかしながら現状でも1.のパターンに当てはまる名前は少なくなく、またいずれにしても携帯獣の名称と一致する読み仮名が設定されているという点では共通しています。
この傾向がどのような意味を持っているのかについては、局員からいくつかの可能性が提起されています。中でももっとも有力な仮説と考えられているのが、何らかの個人/団体が特定の意図を持って人名の読みとして携帯獣の名前を用いることを広めているというものです。最終的な目的については定かではありませんが、局員の一部からは、人類と携帯獣の同一化を図っているのではないかという意見が出されています。
現状では、本案件に対して当局が起こすことのできるアクションは限られていると言わざるを得ません。いかなる理由で携帯獣の名前を読み仮名として定める事例が増加したのかが定かではなく、事象を止めるための方策が打ち出せないためです。局内でもいくつかの提案はされていますが、いずれも様々なコスト的問題により実現には至っていません。これにより現在の案件対応方針は、統計情報に基づいて新たな知見を得ることに焦点が当てられています。
本案件については、人物の名前を端緒とした人類の諸文化に対する携帯獣の侵襲が、考えられ得る最悪のシナリオとして想定されています。シナリオが現実のものとなった場合、最終的にはあらゆる文化の変質または喪失という結末に至ることとなります。シナリオの進行を阻止するための方策について、現在も検討が進められています。
[2014-08-07 Update]
一部の局員から、本案件に関して「単なる子供の名前に対する考え方や嗜好の変化であり、殊更に騒ぎ立てるのは市民の持つ自由を侵害することになりかねないのではないか」という意見が出されました。過去に見られなかった名前が出現することは当然のことであり、携帯獣の名前を読み仮名として割り当てることを取り立てて異常/奇異なものとして見るべきではないという趣旨の意見です。裁定委員会はこの意見を尊重し、調査活動を超える活動――具体的なものとしては、条件を満たす名前が付けられた新生児について、行政機関における出生届の不受理を促進するといった活動については、明確に禁止するという声明を発表しました。
[2015-03-27 Update]
当局の人事部門における採用担当者が、上席に対して「大賢樹(だいけんき)」という名前の男子大学生が、新卒採用のフォームを通して当局への採用希望を提出したことを報告しました。当該学生については通常のフローに沿って選考を実施する予定ですが、すべての局員は当該学生の採用/不採用に関わらず、本案件の取扱いについてより一層の慎重さが求められます。少なくとも「案件管理局が携帯獣のような名前を持つ人物を調べている」というような、誤解を招きかねない発言は慎むべきです。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
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