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この案件資料は、管理局が定める機密情報を含んでいます。参照するためには、例外なく6名以上のレベル6セキュリティクリアランスを持つ局員から承認を得なければなりません。閲覧に際しては、GPS機能付きの情報漏洩防止デバイスを装備しなければなりません。参照が承認され閲覧がスケジュールされた時点で、局員は管理局が定める情報漏洩防止プロトコルに同意したものと見なされます。閲覧が完了するまで、局員は一切の外出が禁じられます。
本資料を閲覧した局員が、退職・降格・解雇等によりセキュリティクリアランスが剥奪されることが決定した場合は、プロトコルUXに基づくレベル6記憶処理を併せて受けることになります。プロトコルUXに対して何らかの身体的アレルギー反応があると認められた局員には、本資料を閲覧する権限は付与されません。
以下は資料の本文です:
Subject ID:
#103925
Subject Name:
異常放送天体
Registration Date:
2002-12-07
Precaution Level:
Level 6
Handling Instructions:
これまでのところ、天体#103925を完全に収容または破壊するための方法は見つかっていません。現在の案件対応方針は、天体#103925の一般への暴露を避けることに焦点が置かれています。案件担当者は関連団体と連携し、天体#103925の完全な秘匿に努めてください。案件担当者には、必要な場合に当局が保有する機動部隊を自己の判断に基づいて出動させる権限が付与されます。
Subject Details:
案件#103925は、太陽と月の間に存在している未知の天体(天体#103925)と、それに掛かる一連の案件です。
対象は1999年末頃、異常な案件を調査している当局とは別の団体(以下団体A)からの情報提供と協力依頼により、その存在が明らかになりました。団体Aは当局で管理している一部の案件に関与している疑義が持たれていたため、当初提供された情報の信憑性が疑問視されていましたが、その後の当局独自の調査により、天体#103925が捏造や情報操作の類ではなく、かつ非常に特異な存在であることが明らかになりました。これにより、当局は天体#103925と関連する事象を案件として立ち上げ、団体Aと協同して対応することを決定しました。
天体#103925は月と太陽の間に存在していますが、通常の方法では視認することができません。団体Aが考案した方法(後に手順M-103925として整備)により、その存在を確認することができます。対象は月と同等かまたはそれより若干大きな天体と推測されていますが、具体的な規模に付いては現在も意見が分かれています。
この天体#103925は通常の天体ではなく、極めて高度な技術で人為的に建造された何らかの施設であると推測されています。これまで幾度と無く実施された大規模な調査においても、このような施設が建造されたことを示唆する証跡はまったく見つかっていません。現在、天体#103925は人間以外の知的生命体によって造られたものという仮説が最有力視されています。
本稿執筆時点までに4回、天体#103925から解読不能の電波が放送されていることが確認されています。この放送を妨害するための試みは、これまで使用したすべての電子機器が原因不明の故障・破損・ソフトウェアエラーの発生により本来の機能を発揮できず、完全に失敗しています。加えて当局と団体Aの共同調査により、放送とほぼ同時に何らかの世界的なイベントが発生していることが確認されました。
・放送#103925-01
1999年11月に観測された放送です。放送から一週間以内に、野生のものを含むすべてのレアコイルの個体に変化が確認されました。レアコイルはそれまで物理攻撃に対して明確な耐性を持っていませんでしたが、放送後は多数の物理攻撃に対して極端な耐性を示すようになりました。同時に、それまで保持していた平均的な耐火性能が失われていることが判明しました。
・放送#103925-02
2002年11月に観測された放送です。この放送の直後、それまで存在の痕跡すら見つかっていなかった「!」及び「?」のフォルムをしたアンノーンが各地域で大量に発見されました。いずれの個体も、フォルムを除いた従来の個体との差異は見つかっていません。当局の調査で、放送以前には存在していなかった「?」及び「!」のフォルムのアンノーンが古い資料に出現していることが確認されました。事前に取得された複製とは明らかな差異を示しています。
・放送#103925-03
2008年9月に観測された放送です。放送の翌日、それまで電化製品を制御する程度の能力しか持たないと考えられていた携帯獣であるロトムに、制御可能な電化製品と未知の原理で融合し、自身の能力を書き換えるという行動パターンが新たに観測されました。放送#103925-03以前にはこのような行動は一切確認されておらず、また発現の兆候も観測されていませんでした。
・放送#103925-04
2013年5月に観測された放送です。放送から3日後、イッシュ地方を中心に活動していた犯罪シンジケートにかつて在籍しており、身の危険を感じて当局への保護を求めてきた元構成員から、それまであらゆる手段を用いても復元・再生できなかった古生代の携帯獣「ゲノセクト」が前触れなしに再生したという情報が提供されました。当局は安全のため元構成員を別の地域へ移送するとともに、現在もヒアリングを重ねています。
いずれも放送とイベントにいかなる因果関係があるのかは不明ですが、すべてのイベントが放送から短期間の間に発生していること、そしてすべてのイベントが携帯獣に関するものであることに注意を払うべきです。このことから、天体#103925は未知の原理に基づく異常な放送により、地球に生息しているあらゆる携帯獣に何らかの重大な変化を及ぼす存在である可能性があります。加えて放送#103925-02の事象は、携帯獣に関連する資料にまで影響を与える可能性も示唆しています。
天体#103925の具体的な性質が掴めないこと、天体#103925からの放送が携帯獣にどのような影響を与えるかが未知数であること、そして放送を妨害する方法が確立されていないために、一般市民への情報の公開は予測不可能なレベルの混乱をもたらす虞があります。このことから当局では、レベル5以下の全局員に対し、天体#103925の存在を秘匿する方針を決定しました。
[2014-07-11 Update]
2014年初旬頃より、ルナトーン及びソルロックの変異体が発見されるという報告が相次ぎました。局員が捕獲した変異体のサンプルを確認したところ、すべての変異体が天体#103925をデフォルメしたフォルムになっていることが明らかになりました。直ちにすべてのレベル6局員が召集され、対応を協議しました。この協議の結果、案件#140775「ルナトーン/ソルロックの変異体」を起票することが提案・承認されました。これに基づきレベル5以下の全局員は、ルナトーン及びソルロックの変異体は単純にフォルムが異なる正常な携帯獣として取り扱うことになっています。
ルナトーン及びソルロックの一部個体が天体#103925の姿を模し始めた理由は明らかではありません。しかしながら興味深い学説として、ルナトーン及びソルロックが現在のフォルムに至るまでに、人類が天体――特に太陽と月をどのような形で認識していたかということを読み取り、その形状に自らを変異させたという説が提唱されています。この説はこれまでのところ明確な反証が無く、学会でも有力な仮説として扱われていることが分かっています。この仮説に基づくならば、本来秘匿されるべき天体#103925に関する情報が意図せぬ形で流出している可能性が生じます。
いかなる経緯で変異体#140775-01及び変異体#140775-02が出現したのかについて、現在も調査が進められています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#140775
Subject Name:
ルナトーン/ソルロックの変異体
Registration Date:
2014-08-18
Precaution Level:
Level 1
Handling Instructions:
フィールドワーク中に一般的でない形態のルナトーン(変異体#140775-01)またはソルロック(変異体#140775-02)を発見した、あるいは市民からそれらについての申し出があった場合、標準的な携帯獣の捕獲手順に従って対象を捕獲してください。捕獲には通常のモンスターボールが使用できます。捕獲した個体は手順F-140775に沿ってワークフローを回付し、ホウエン地方トクサネシティ第一支局まで移送してください。ホウエン地方トクサネシティ第一支局に勤務する局員は、各地の支局から移送された個体を支局内のリサーチセンターへ移動させてください。以後は、担当する局員がルナトーン及びソルロックの収容に当たります。
ホウエン地方トクサネシティ第一支局にて変異体#140775-01及び変異体#140775-02の収容を担当する局員は、通常のルナトーン及びソルロックと同様の手順で対象の収容に当たってください。現状ではそれ以上の対応は必要ありません。変異体#140775-01及び変異体#140775-02に何らかの変調や異常が確認できた場合は、直ちに拠点監督官へ報告してください。拠点監督官は変異体#140775-01及び変異体#140775-02に関して何らかの対応が必要だと判断した場合は、速やかに管理局中央統括部へ報告してください。
市民から変異体#140775-01及び変異体#140775-02について「見覚えがある」「どこかで見た」というような証言が得られた場合、正式なヒアリングの機会を設け、対象から詳細な説明を受けてください。説明を受ける際は許可を得て会話を録音し、録音した内容を文書に転記してください。作成された文書は、案件別サーバのヒアリング結果ディレクトリに格納します。担当者はテキストの書き起こしを確認し、継続的なヒアリングが必要かを判断してください。
Subject Details:
案件#140775は、共に通常とは異なる形状をしたルナトーン(変異体#140775-01)及びソルロック(変異体#140775-02)と、それに掛かる一連の案件です。
2014年初旬頃から、いくつかの地域で「機械的なパーツが取り付けられたような奇妙な形状をした、暗い灰色のルナトーン/ソルロックを見つけた」という通報がされるようになりました。局員が対象を収容して調査したところ、それらの変異体は外観こそ異なっていますが、通常のルナトーン及びソルロックと同様の性質を持っていることが分かりました。
変異体#140775-01及び変異体#140775-02はいずれも同じ色彩・形状をしており、目に当たる部分にのみ種族毎の差異が見られます。外観が通常の個体と大きく異なっていることを除けば、変異体#140775-01及び変異体#140775-02は異常性のないルナトーン及びソルロックとなんら違いはありません。習得する技能や身体能力についても、通常の個体と明確な差異は確認できません。
携帯獣に関係するデバイスは、変異体#140775-01及び変異体#140775-02を問題なくルナトーン及びソルロックと認識します。異常性の無いルナトーンの個体は変異体#140775-01を、ソルロックの個体は変異体#140775-02をそれぞれ同族と認識します。これらの事実から、変異体#140775-01及び変異体#140775-02は未知の理由によりフォルムチェンジを遂げたルナトーン及びソルロックと推定されます。
本校執筆時点において、変異体#140775-01及び変異体#140775-02がどのような原理で通常個体とは異なるフォルムを得たのかは分かっていません。関係する局員の間では、個体ごとに異なるフォルムを持つパッチール、複数のフォルムが確認されているアンノーン、電子機器を認識させることでフォルムを変化させるロトムのいずれかと同様の事象であるとの仮説が有力視されています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
Subject ID:
#125204
Subject Name:
不気味なフワンテガス
Registration Date:
2009-10-04
Precaution Level:
Level 3
Handling Instructions:
各地域で開催されるイベントを監視し、不審な「風船売り」の屋台や露店、あるいは売り子が存在していないかを確認してください。それらが確認できた場合はイベントの監督者と連携して速やかに退去させ、販売物を撤去させてください。退去させた後は販売者に任意同行を求め、どのような経緯で「風船」を販売するようになったかを尋問してください。
市民から不審な風船、またはフワンテについての届出がなされることがあります。対象が活性化していなければ担当局員が風船を接収し、活性化していた場合は最寄りの拠点に駐在している対異常携帯獣捕獲チームと共に捕獲を試みてください。フワンテの性質はケース毎に大きく異なっているため、対応に当たる局員はレベル3対バイオハザード用スーツを着用することが義務付けられます。
接収した風船を使用して実験を行う際には、少なくとも3名以上のレベル4セキュリティクリアランスを持つ拠点監督者に承認を得た上で、例外なくレベル3対バイオハザード用スーツを着用して実施しなければなりません。実験の結果生成された異常なフワンテは特徴を記録した後、案件別サーバ4号機にへデータ化して隔離してください。案件別サーバ4号機はネットワークから完全に切り離された状態を保ちます。いかなる理由があろうと、管理局ネットワークへの参加は認められません。
Subject Details:
案件#125204は、一般的な風船を特異な性質を持つフワンテに変化させる未知のガス状物質(物質#125204)と、物質#125204によって生み出された異常なフワンテ(生体#125204)、及びそれらに掛かる一連の案件です。
異常なフワンテである生体#125204が確認された最古のケースは、1995年にジョウト地方キキョウシティで催された夏の祭事会場にて「びっくり風船」の名前で販売されていたというものです。目撃者の証言では、風船売りの屋台で膨らませた状態のフワンテが一体500円で販売されており、数名がそれを購入したとのことでした。事案を確認した局員により購入者の捜索が行われましたが、最終的に誰一人として発見することができませんでした。当時この事案は案件ではなく、異常事案の一つとして管理されていました。
案件化が検討されるようになったのは、2009年4月末頃のことです。過去に発生した案件化されていない異常事案を棚卸していた際に、祭事会場に出現する「風船売り」に関する事案が各地で散発的に発生していたことが判明しました。当時の担当者を召集してヒアリングとミーティングを実施し、それらは同一の事案であることが確かめられました。この段階で、当局は事案を統合して案件化することを決定しました。
これまでの事案記録から抜粋されたフワンテの出現イベントは、下記の通りです:
事案#125204-03:
2000年6月1日、ジョウト地方コガネシティの商業施設である「コガネデパート」屋上にて発生した事案。ピクシーの着ぐるみを着用した未知の人物が、フワンテ化させた風船を家族連れに向けて配布していた。ピクシーの近くに置かれたカセットデッキからは「ふしぎな風船をプレゼント!」といった宣伝文句が繰り返し流されていた。デパート職員から通報を受けた当局の機動部隊ベータ-オブシディアンが屋上を制圧、フワンテ化した風船は配布されたものも含めすべて接収したが、ピクシーの着ぐるみを着用していた未知の人物は消失していた。
事案#125204-09:
2004年10月12日、カントー地方クチバシティに近年建設された商業施設「ららぽーとクチバ」の屋外ステージにて発生した事案。事前に予定されていなかった詳細不明のコンサートライブが無許可で実施され、施設職員が制止に当たるという事件が発生した。当日非番で施設を訪れていた警察官が異常なフワンテを配布しようとしている不審な人物を目撃し、クチバシティ第四支局へ緊急通報がなされる。クチバシティ第四支局から局員が急行すると共に第三支局へ応援要請が行われ、機動部隊ベータ-ダイアモンドが出動。施設職員と連携し、市民の避難誘導と対象の鎮圧に乗り出した。コンサートを敢行した対象は全員拿捕されたが、いずれも極度の譫妄状態で一切の対話ができず、最終的に全員が四時間以内に自然死した。フワンテを配布しようとしていた人物は発見されなかった。
上記を含むいくつかの事案では、風船を膨らませる際に使用していた物質#125204を接収することに成功しました。当局では複数の安全のための施策を執り行った上で、実際に風船をフワンテとして活性化させる実験を行いました。風船はいずれも市販されている異常性の無いものを使用しています。以下はその結果の抜粋です:
[生体#125204-01]
ケース内容:
1997年7月、カントー地方シオンタウンにて祭事中に接収された物質#125204を用いて活性化。
活性化結果:
正常な個体のおよそ0.8倍のサイズを持つ異常個体が活性化。空中でしばらく静止していたが、活性化から77分7秒後、一切の前触れなく破裂して消滅。破裂時に携帯獣の技能の一つである「ねこにこばん」で使用される擬似貨幣が大量に飛散した。局員による観察では、浮遊している最中にそれらの物体が生成されている様子は確認できなかった。貨幣は副産物#125204-01-01から164とネーミングの上保管。
[生体#125204-02]
ケース内容:
2006年9月、シンオウ地方クロガネシティにて、廃墟となった小屋から接収された物質#125204を用いて活性化。
活性化結果:
正常な個体とほぼ同一のサイズを持つ異常個体が活性化。活性化した直後、綿のような物体を紐の先端から大量に排出し、物体は最終的にピカチュウに酷似した形状になった。完成後に個体は浮上。その後2時間の静止を経て着陸し、未知の原理による消滅により非活性化。ピカチュウに酷似した物体はそのまま残された。物体を副産物#125204-02-01として保管。
[生体#125204-03]
ケース内容:
1998年3月、カントー地方マサラタウンにて、宛先不明により郵便局で保管されていた小包より接収した物質#125204を用いて活性化。
活性化結果:
正常な個体の1.4倍のサイズを持ち、目が単眼となった異常個体が活性化。対象は3時間に渡って実験チャンバー内を浮遊した後、排泄口から一本のVHSビデオテープを排出し非活性化。VHSビデオテープを再生したところ、生体#125204-03がチャンバー内を浮遊していた際に撮影したと思しき映像が記録されていたが、映像には実験に参加していなかった未知の人物が頻繁に映り込んでいた。念のため、実験を行った拠点のセキュリティ監査を実施。異常は検知されず。
[生体#125204-04]
ケース内容:
2000年11月、ジョウト地方アサギシティにて、祭事中に接収した物質#125204を用いて活性化。
活性化結果:
正常な個体の約1/2のサイズで、両面に顔を持つ特異個体が活性化。表面から年老いた男性の、裏面から小学校四年生程度の女児の声で、内容のまったく同じ支離滅裂な演説を行う。演説が32回に渡って繰り返された後、男性と女児がありふれたパブと思しき飲食店で飲酒しながら会話をしているようなやりとりを行い、最終的に二人が入水自殺したことを示唆するやりとりをした段階で非活性化。男性と女児の声は特に加工された形跡はなく、自然なものだった。
物質#125204が一般的な風船をどのようにして生体#125204に変化させているのかは未だ分かっていません。しかしながら一つ明らかになっていることとして、回収されたタイミングが同一の物質#125204はすべて同じフワンテを生成しています。そのため物質#125204には幾つかのバリエーション、またはバージョンが存在すると推定されます。これまでのところ、異なるタイミングで回収された物質#125204同士で同一の異常性を示すフワンテを生成するものは存在していません。
携帯獣図鑑は生成されたフワンテを例外なく「フワンテ」と認識し、当局が対有異常性携帯獣用に開発したモンスターボールであれば、対象を安全に捕獲することができます。ただし、デコードの際に一部の特異性が失われてしまうケースが数件確認されています。
いくつかの生体#125204は、生体#125204-03のようにそれ自体が異常なアイテムを生成する能力を持っています。これまでに起票された案件及び報告された事案の中に、生体#125204が関与しているケースが無いかの精査が進められています。
Supplementary Items:
本案件に付帯するアイテムはありません。
森を抜けて吹く風が温もった空気を涼ませ、滑らかな調べを引き連れ過ぎ去ってゆく。
あの少年の元へ向かうべきか否か。散々迷いながら漫ろ歩いた末に、アデクは町の入口まで戻って来てしまっていた。
「…………」
相変わらず人気の少ないプラットホームに目をやり、陸橋の欄干を背凭れに身を寛げる。若葉色のワンピースの彼女は、今日も同じ場所でフルートを奏でていた。
昨日は優しい、と感じた子守歌の旋律が、今日は酷く哀しげに聞こえる。あの子供を優しく寝かしつけてくれる人はもう、いない。恐らくは、そうした考えが浮かんだからなのだろう。
(わしにあの子を救うことは出来ぬかも知れん。出来るとすれば……)
彼を取り巻く環境を、少しでも心休まるものにしてやること。
人だけでは豊かな音を奏でることは出来ないし、楽器だけではそもそも音を弾き出すことが出来ない。人と楽器の双方が合わさった時に麗しいメロディーが生まれるように、彼には彼以外の何か、誰かが無ければ立ち直ることは出来ない。そうした苦難は、齢を重ねれば多少時間が掛かろうと乗り切れないことは無いだろう。だが彼は、まだたった十ほどの子供なのだ。誰かが常に傍にいて、支えてやらねばならない。
さすがに昨日初めて見知った者には無理な役どころであったようだが、そうかと言って諦めたくはない。直接の関与は不可能だとしても、彼の支えとなるものを見つけてやることは可能であるはずだ。
涙する余裕すら無くした子供に力添えを。わずかでも彼に何かしてやりたいと思う気持ちに、変わりは無い。
熟考に集中しようと目を瞑ったのはいいものの、徐々にうとうととし始めたアデクはふと、遠くに音を聞いた。
「――……ん」
誰かを呼ぶ人の声のようだ。それだけで性別を判断するのは難しい、子供のソプラノ。陽光と微風に包まれ、半ば船を漕いでいる状態で聞くそれは、耳に心地好い、鈴の音へと変わる。
「……クさん」
音はゆっくりと数を増し、だんだんとこちらに近づいて来る――。
「アデクさん!!」
「はっ!?」
突然すぐ傍で鈴音、もとい子供の声が自分の名を叫ぶように呼んだので、大袈裟なほど体を跳ねさせてアデクは覚醒した。発声源を探して視線を彷徨わせると、眼界の左下で佇立する茶髪の少年と目が合った。
「こんな所で立ったまま寝ないでよ」
「シュヒくん……!」
シュヒが呆れたような困ったような、微妙な顔でアデクを見上げていた。
「いつからそこに……」
「さっきからだよ」
事実、少年は最初に声をかけた時からずっと、この位置で彼の名を呼んでいた。だが半分眠っていたアデクは、始めの方の控えめな声は遠くから呼ばれていたから小さく聞こえたのだと、錯覚していたのであった。
シュヒの背後には、西に傾き始めた太陽が見える。彼を追って家を出てから、あれやこれや考え事をしながら町中をふらついている内に半日が経過していたようだった。
「さっきは言い過ぎたよな、澄まなかった。頬は痛むか? ああ、赤くなって……」
「いいよ、もう。平気だよ」
申し訳無さそうに自身の頬へとアデクが差し伸べてきた手を、シュヒは軽く首を振ることで留めた。
対話が途切れ、少年が視線を落とす。しばしの静寂。
どう切り出すかと老翁が逡巡していると、シュヒがついと後ろを向いて、
「今日はおれん家、来ないの? また宿がないんじゃないの」
少々ぶっきらぼうに、背中越しにアデクに問いかけた。
「……行ってもよいのかね?」
驚きを隠せぬままアデクが返せば、少年は帰路への一歩を踏み出しながら、
「ごはん、作ってくれるなら」
ぼそりと、そう言った。
「さっきは、おれも……ごめんなさい」
謝る顔を見られたくなかったのだろう。先程まで自分の前を歩いていたアデクをシュヒは早足で追い抜いて、それから詫びの言葉を伝えた。
「おれの話、聞いてくれたのに、おれ……」
ぽつりぽつりと家々の明かりが点り始める。垣根を越え、家路を辿る二人を微かに照らす。
「おれ、誰かにおれの話を聞いてほしかったんだ。みんな優しくて、いろいろ……ご飯を分けてもらったり……遊ぼうって言ってくれたけど……話は、聞いてもらえなくって」
そのように細々と話す少年の小さな背中を、アデクは静かに見つめる。
辺りに点る無数の光に誘われるようにして、周辺の街灯が道端に降り注いだ。
「では、わしで良ければ、きみの話を聞かせてもらうよ」
背にかけられた言葉にシュヒは立ち止まり、ゆっくり振り返る。その顔には戸惑い、そして安堵の色が浮かんでいた。
「……聞いてくれる?」
「うむ。話してごらん」
「うん……」
彼が隣までやって来たのを見計らい、翁の横に並んで少年も歩き出す。自分との歩幅の差を埋めるためだろうか、アデクの歩調はゆったりとしていた。
「あのね、おれ……本当はポケモンが、きらいなんじゃない」
「そうなのか?」
「きらいじゃ、ないよ。怖い……って、思ってるだけ……」
「そうか……」
時折、民家から家族団欒の声が聞こえて来て、シュヒは俯いた。彼が今どんな顔をしているのか、どのような心境なのかは、わざわざ考えるまでもない。
「それに、おれ、ふたりに……」
と、そこまで言ったところで、少年はぱたりと口を閉ざした。なんだね、と怪訝に様子を窺ってくるアデクに、少年はぶるりと首を振る。
「ううん。……まだ、だめだ」
一度は上げた顔を再び俯かせて、シュヒは消え入りそうな声で答えた。
「ふむ。ゆっくりと気持ちを整理して、少しずつ話してくれれば、それで良いよ」
気遣うようにそうアデクが優しく返すと、シュヒはおずおずと彼に視線を向け、
「アデクさ、……」
中途半端な所で発言を止め、そして歩みも止めた。
今度はどうしたのだろうか? 問いかけようとしたアデクに、シュヒは向きを彼の方に変えると、そっと口を開き。
「アデクじーちゃん。ありがとう」
そう言って、静かに微笑んだ。
「!」
しばし呆気に取られたアデクだったが、呼称の変化に秘められた少年の心に思い至ると、途端に頬を弛ませる。
「……ふふ」
彼が自分を頼ろうとしてくれている。新たなその呼び名が、何よりの証だった。
「アデクじーちゃんはどうしてトレーナーになったの?」
ピーラーと馬鈴薯をそれぞれの手に持ったシュヒが、隣り合って作業しているアデクに問う。相手は青菜を切る手を休めず、視線だけ少年に向ける。
「む? それはやっぱり、強くなりたかったからだな」
「強く?」
「ああ。ポケモンと共に強くなり、いずれは最強のトレーナーになる! 誰しも一度は夢見ることだろうよ」
皮を剥き終えた馬鈴薯を隣に回しながら、少年はそうなんだ、と溢す。極力ポケモンと関わらずに過ごして来た彼にとっては、なかなか理解し難い解答ではあったが、翁ほどの大人がそう言うのであればきっとそういうものなんだろうな、と納得する。
「じゃあ……、アデクじーちゃんはどうしてポケモンが好きなの?」
少年から受け取った芋に包丁を入れようとして、アデクは動きを止める。今度は顔全体を彼の方へ向けた。
「ふむ……それは簡単なようで難しい質問だ。人でもポケモンでも何でも、好きだと思う気持ちは、言葉にしなくとも自然と全身から溢れてゆくものだからなあ。強いて言うなら、人とは全く異なる生き物だから、か。わしらに出来ないことが出来る。そこが素晴らしいと思うのかもな」
「ふーん……」
調理を終えると、アデクは卓上を片づけるようシュヒに言った。食卓に不要な物を適当な場所へと移し、絞った濡れ布巾で拭いていく。その最中、椅子に置かれてあるアデクの荷物袋から、不思議な物体が顔を覗かせていたので、シュヒは思わず見入ってしまう。
唐突に動かなくなった少年を不審に思い、彼の目線の先を追って行ってアデクはああ、と合点する。
「そいつはポケモンのタマゴだよ」
少年はへぇと息を吐き、初めて見た、と言って翁を見返した。小さな胸に好奇心が、静かに芽吹く。
「タマゴから生まれるポケモンって、小さいの?」
「うむ。人間と同じ、赤子だよ」
「そっか……」
本能に掻き立てられるように、シュヒはケースにそうっと手を伸ばす。触れるか触れないかという距離まで近づいた所でしかし、突然タマゴがガタガタ震えたので、シュヒは心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。
「ぅわあ動いたっ!!」
「はっは! 今の揺れ方だと、明日明後日孵るかもな」
「び……っくりした……!」
バクバクと激しく脈打つ胸を押さえつけ、気を取り直し少年は作業を再開する。その横でアデクは、人知れず意味深長な笑みを浮かべていた。
(きっかけに、なるかも知れんな)
*
翌日の昼下がり。シュヒは一人、庭に置かれたアイアンチェアに腰掛けていた。夏の名残と冬の気配、そのちょうど中間の最も心地好いと感じる陽射しと風とが、少年を柔らかに包み込んでいる。空は今日も高く青く澄み渡り、穏やかだ。
しかし、今日はポケモンを全然見かけないな、とシュヒは思った。青い甲虫は勿論のこと、空にも木々にも原っぱにも。まるで少年に、平穏の時間を与えようと結託しているかのような静けさだ。
それが少年の気持ちに余裕をもたらしたのだろうか。シュヒは隣の椅子に鎮座している、昨夜アデクが紹介してくれた筒型のケース、その中に入っているタマゴを何度も見やった。持ち主がこいつにも光を浴びさせてやろう、と言って置いて行ったものだ。ついでに変化があったら教えてくれと頼まれてしまったのだが、シュヒは嫌だとは言わなかったし、また、思わなかった。
ポケモンが眠っているタマゴなのだから、怖くないと言えば嘘になる。実際、目の前でこれが突如として震えた時は、驚愕と同時に恐怖を覚えた。だが自分よりも小さく、何をするでもないこの命の宿を、見守るくらいなら出来るだろうと少年は思ったのだ。
何より彼は、この命に興味を持った。ここからポケモンはどのようにして生まれ、また、生まれて来るポケモンはどのような姿形で、この世界を生きて行くのだろうかと。
物言わぬタマゴを傍らに景色を眺めていると、何かの音が聞こえて来て、シュヒは耳をそばだてた。走ってこちらへと近づいて来る、人間の足音のように思える。
「シュヒくーん!」
しばらくのあと生け垣の影から登場したのは、シュヒのよく知るチューリップの髪留めの少女だった。
「あっナズナさん。お帰りなさい」
「あら、そこにいたんだ。ただいま! はい、シンオウのお土産。ヨスガポフィンハウスの大人気スイーツ詰め合わせよ!」
ナズナと呼ばれた少女は右手に持っていた紙袋をずい、と少年の前に差し出した。
「ありがとうナズナさん」
すかさず礼を言えば、彼女はにこにこと人好きのする笑みで「いいのよ〜」と返答した。
シュヒより七つ年上のこの少女とは、お互い今よりも幼い頃からの付き合いで、少年にとっては実の姉のような存在だ。ここ数日、シンオウ地方はズイタウンまで出かけていて、昨夜帰って来たばかりなのだと彼女は言った。
受け取ったクリームイエローの紙袋には店のロゴと、桜花に似たポケモンのイラストが描かれており、中には菓子が詰まっているのだろう大きな四角のアルミ缶が一つ、入っていた。シュヒはそれを大切に隣の椅子に置く。
少年の一連の動作を見守っていたナズナは、自分が渡した紙袋の手前にある物体に気づくと、目を屡叩かせて問うた。
「ねぇ。それってポケモンのタマゴでしょ? 一体どうしたの?」
「これ、アデクじーちゃんのなんだ」
彼女が指した物に顔を向け、シュヒはそうとだけ答える。淡泊な受け答えにナズナは始めきょとんとし、それからすぐ、彼の言った名に眉根を寄せた。
「アデク……」
呟いたとほぼ同時に玄関ドアの開く音。ナズナはシュヒよりも先にそちらに視線を走らせ、扉の向こうから現われる人物を見据えた。
「シュヒくん、タマゴの様子はどうだい」
そして今度はアデクが、シュヒが返答するよりも前に、自分を注視している少女の姿を視界に認める。
「おお、お客さんか」
「町長さん家のナズナさんだよ」
「初めまして……。ポケモンブリーダーをしています、ナズナです」
少年からの紹介を受け、ナズナは顔面に緊張の色を滲ませて挨拶する。
「そうか、きみが町長さんの。わしはアデクだ、よろしくな」
非礼とも取れる彼女の面差しにしかし、翁はさもありなんと言った体(てい)でにこやかに返した。そののちシュヒへ視線を転じ、ポケモンに食事を与えるから中へ入っていなさい、と促す。
頷き、少年が立ち上がる。タマゴのケースを胸に抱えて紙袋を手に、真っ直ぐ家へと入って行った。
「あなたが、イッシュリーグの?」
少年がいなくなってすぐ、ナズナが訊ねた。アデクは少女を刺激しないよう柔らかく相槌を打つ。
「ああ、ポケモンリーグチャンピオンのアデクだ。初めまして」
「ごめんなさいっ!」
と、突拍子も無く少女が思いっきり頭を下げたので、アデクは何事か咄嗟に解らないながらも、素早く面を上げるよう促した。
曰く、父親から自分のことを聞き、巡査にも間違い無いと言われたのだがどうも信用ならず、ソウリュウシティの長に問い合わせてしまったとのこと。なるほどなとアデクが頷くと、少女は再度頭を下げた。
「いやいや、疑われてもしようの無いことだよ。それでシャガはなんと言っていたかね?」
「ええと、」
有り体に伝えてよいものかと相手の面を窺いつつ、ナズナは電話越しに聞いたソウリュウ市長シャガの丁寧で確固とした弁を、覚えている限りの範囲で述べてみた。
「チャンピオンだからと言って、遠慮や気遣いは一切無用です。カナワの町の皆さんに多大なるご迷惑をおかけしてしまうでしょうが、飽くまでも通りすがりの一介のトレーナーと見做し、適当に面倒を見てやって下さい、と……」
あまりにあんまりな台詞の数々だったので、強烈に脳に刻まれていたようだ。寸分狂わず再現出来てしまった。最後まで言ってから、ああもっとエルフーンの綿毛に包むような物の言い方をしないといけなかった、とナズナは後悔したのだが。
「ははははは! まあ、そうしてもらった方が、こちらとしても気楽で有り難いな」
当の本人は怒るどころか高らかに大笑した上に甘受の意を表明したので、大いに肩透かしを食らった。
(よっぽどこの人、シャガさんに迷惑をかけているんだな……)
ナズナはまだ見ぬソウリュウ市長に、思わず同情の念を抱いてしまうのだった。
三月下旬の日曜日、待ちに待ったPCC(ポケモンチャレンジカップ)の※東京Aの地区予選が開催される日だ。
※東京A・東京は参加する人数が多いため、東京Aと東京Bに分けられることがある。
姉を置いて一人、先に会場となるサンシャインシティを目指し池袋駅に着いた。
「姉を置いて一人」とは言ったものの、日ごろの仲間達とは待ち合わせをしてある。集合場所はJR池袋駅の改札だ。
どうやら一番乗りらしい。集合時間の七分前に来てしまったのだが、とりあえず歩行者の邪魔にならないよう壁際で待つ。
三分ほどしてやってきたのは石川薫だった。
「あれ? 遅れてごめん」
「まだ集合時間の四分前だから問題ないぜ」
「いや、本当はおれが一番に来るつもりだったんだけどやられちまった」
三月下旬の東京はようやく春めいてきた。今日の最高気温は十五度だが、それでも薄着だとそこそこ寒いと感じることもある。
俺もそれを見越して、真ん中に英語がプリントされた長袖のTシャツの上に長袖の赤系チェックシャツを羽織っているのだが、事あろうか石川は肩出しニット一枚だ。ちなみにパンツは俺が薄青ダメージジーンズで、石川がレギンス付きスカートを履いている。
しかし肩にギリギリ届かない程度の石川の髪が、柔らかい雰囲気を持ったためなのか可愛らしい印象を受ける。
「毎度思うけど寒くないの?」
「そもそも今日って寒い? 暖かいと思うんだけど」
「いや、なんでもない」
思えばこいつは真冬にあった風見杯で半袖半ズボンという理解不能な服装をしていた。それに比べれば今回はマシというわけだが、やはり理解に及ばず。
ちなみに石川とはこの間かーどひーろーで会った後にもう一度別の日にかーどひーろーで会い、そこで連絡先を交換した。折角なので、一緒にPCCに行こうと誘ってみたのだ。
「もうすぐ時間かな」
他愛ない話をしている最中、ジーンズの尻ポケットに入れていた携帯で時間を確認する。時刻は丁度集合時間の一分前を指していた。
「おっすー、待たせたな」
図ったかのようなタイミングで人ごみの中から声が聞こえてきた。
まずやってきたのは恭介と蜂谷と拓哉だった。
「ちょっとまてよ翔、そこの女の子はどなただよおい」
蜂谷が眉間にしわ寄せ問うてくる。そんながっつくなよ。
「こないだの大会で戦って、かーどひーろーで再会してから連絡先交換したんだよ。お前も初めてかーどひーろー来た時顔見ただろ?」
人がマジメに答えてやったのに、蜂谷は頭をひねる。そのまま百八十度まわしてやろうか。
「ちょっと待てよ、こないだの大会?」
蜂谷に代わり今度は恭介が食いついてきた。
「ああ、風見杯本戦の二回戦で」
「ってあの季節違いの服装してたやつか! って男じゃないの!?」
やっぱりそういう覚え方してたかー。でも本人の目の前で言うのはどうかと思うぞ。
「おれは女だ!」
「説得力ねー!」
さかさず突っ込んだ石川だが、恭介に返される。互いに睨みあうせいで(恭介が睨む必要性はないと思うが)妙に緊迫した雰囲気になった。
「そういえば確かに風見杯のときと比べて急に印象変わったよね」
俺の問いかけに石川は睨みあいを中断し、素直に首を縦に振る。
「お母さんに、高校に入るんだから女の子らしくしろって言われてさ」
「じゃあ風見杯のアレは黒歴史になるわけか」
「さっきからうっさい!」
「ごべばっ!」
鳩尾を思いっきり殴ってきた。とてつもないダメージで、思わず床に両手をつく。その様子を見ていた恭介は、口は笑っているも目が死んでいた。
「遅れてすまんな。何かあったのか?」
背後から風見の声がした。怪訝な顔を作る風見から手を借りて立ち上がる。
「いや、大丈夫、何でもないさ。おそらくだけど」
「? まあそんなことより時間だしそろそろ行こうか」
「ちょっと待ったぁ!」
会話を割ったのは蜂谷だ。
「風見の後ろにいる人誰?」
「ああ、お前は風見杯に来てなかったんだな。風見杯ベスト16の向井剛だっけか。PCCに来るようだったからな」
要は拾ってきたという事か。向井は恥ずかしそうにお辞儀をした。人見知りっぽいね。
向井と同級生(幼馴染でもあるらしい)である石川は、「一緒にいこーぜ!」と背中をバシバシ叩きまくってる。手綱は石川にアリ、か。
「それじゃあそろそろ行くぞ」
音頭を取ったのは風見だった。皆が風見の後ろをついていく形になる。
風見と絡むようになってから知ったのだが、非常にリーダーシップを持っている。働いているという理由もあるのだろうが、各々に別方向を向いているヤツらを一気に同じ向きに向かせる程のリーダーシップは天性のものだろう。
「今回の会場はサンシャインシティだ。35番出口から出るのが一番早い」
下調べもバッチリか、風見先導のまま地上に出てからも迷うことなく進んでいく。休日日曜の朝も、池袋は人の行き交いがとても盛んだ。七人で固まってあるいていると通れる道も通れないので、自然とだいたいな二列縦隊に組まれる。
俺はなんとなく先頭の風見の左隣りで落ち着いた。俺の後ろには恭介と蜂谷と拓哉、その更に後ろは石川と向井と続く。
「翔、今回の自信の程は?」
「まあ少なからず予選は抜けたいな」
「なんだ、風見杯の優勝者がこんな弱気とは拍子抜けだな」
「本当のことを言うと全国に出たい」
「本音はそっちか。まあ会場に向かう人の大多数が望むことだからな」
「いや、約束なんだ」
「約束?」
風見が眉をひそめる。風見の疑問に応えるために、ポケットに入れていたデッキケースから一枚のカードを取り出す。
「『マニーの決意』? 見た感じ創作カードのようだが」
まるで警察官が証拠品をみるかのように、そのカードをいろんな角度から見る。
このカードは、裏面は普通のカードと変わりないのだが、表面の部分は剥がされ、ザラザラになった表面にボールペン等でイラストとテキストが書かれているものだ。
「一応サポーターか。筆跡は翔のではないな」
風見が呟いたように、一応このカードはサポーター扱いである。どっちにしろ実際に勝負するときには使わないけどね。バクフーンを連れ、腕組みをした男がイラストの部分に鎮座している。
このカードの効果のテキストは、『全国大会で再会する約束を守る』とある。風見が言った通り、これを書いたのは俺ではない。
「これは?」
「中学時代の仲間と書いたんだ。これと同じのがあと二枚、その仲間が各自持ってる」
「ほう、じゃあその仲間というのも翔とあと二人か」
「ああ。一人は今大阪にいて、もう一人は東京にいるはずなんだけど……」
「?」
「連絡がつかないんだ。メールしても電話しても、年賀状も帰ってこないし」
「気になるな」
「冴木才知(さえき さいじ)ってやつなんだけどな……」
「全国に出れば何も分かるかもしれない、ってことか」
黙って頷く。風見が返してきたカードをデッキケースに戻す。
「翔、これを貸しておく。使うか使わないかはお前次第だ」
風見がポケットから十枚程度のカードを裏向けのまま渡した。拒否出来ない雰囲気に負け、何事もないかのように受け取ってしまう。
「よし、後はこのエレベーターで三階まで昇ったら会場だ。気を引き締めていくぞ!」
「おー!」
カリスマ性だな、と感じる。今の風見がとった音頭も、普段は俺がするポジショリングなんだが今日は風見の機嫌がいいような気もする。おー! と返した恭介達の表情も実に柔らかい。
サンシャインシティ、文化会館展示ホールへ向かうエレベーターは四つ。エレベーターホールには、俺たち以外にPCCに出ると思われるような人達が見受けられる。
バトルベルトを既に装着している人はカードで出るのだろうと分かるが、俺のようにまだ未装着の人をゲームかカードかどちらで出るのかは分からない。
「翔、エレベーター来たぞー」
蜂谷に小突かれる。辺りを見回すのに必死で、目の前の目的を忘れるところだった。稼働するエレベーターは四つあるが、どれもこれもエレベーター一つではここにいる人を運びきれない。ちょうど他にも降りてきたエレベーターに人が分かれて乗り込む。
自分の意志でエレベーターに向かわずとも、人ごみに押されて自然とエレベーターの中に収まる。エレベーターが閉まる瞬間、ホールの方から嫌な視線を感じたような気がした。
翔「今回のキーカードはマニーの決意。
一年前の約束のカードだ」
マニーの決意 サポーター
全国大会で再会する約束を守る。
サポーターは、自分の番に1枚だけ使える。使ったら、自分のバトル場の横におき、自分の番の終わりにトラッシュ。
※このカードは実在しません。
「ちょっと、しっかりしてくださいよ!」
「……うん、誰だ……」
あ、頭が割れそうだ。馬鹿でかい声出しやがって。……それにしても、何かざらざらしたものが感じられるな。これは、推理するに砂か? もしそうなら、まさか俺は流れ着いたのか? 小雨が俺に打ちつけている。少なくとも、生きているのは間違いあるまい。
俺に声をかける物好きは、安堵の表情を浮かべた。そいつは、右手に傘を、左手に何か赤いものを持っている。
「あ、生きてる! 良かった……さ、急いで看病しないと。フーディン!」
物好きは赤いものから何かを出した。特徴的なスプーン……フーディンか。余計なことをしてくれるぜ。仕方ない、1つがつんと言っておくか。
「……お、おい。俺のことは気にするな、じきに……」
楽になる、永遠にな。そう言おうとしたが、口が思うように動かない。物好きは俺が言い切る前にまくしたてた。
「そんなわけないじゃないですか! フーディン、構わず行くよ!」
「おいやめ、うがっ」
物好きのフーディンが何やら力を入れた。俺の体が宙に舞う。こ、腰が……。
ここで俺の意識が途絶えた。
「……ここは?」
目が覚めたら、天井が見えた。別に体が縮んだとかいうわけではない。外から雨音が入り込んでくる。俺は辺りに目をやった。畳が敷いてあり、その上に布団がある。俺はここで寝ていたようだ。部屋には特に何もなく、生活感が感じられない。つまりここは空き部屋で、俺を休ませていたということか。
それにしても、妙に頭が軽い。視界も良好で若返ったみたいだ。そう思った矢先、俺は枕元に手ぬぐいとサングラスを発見した。
「……まさか、見られたか」
俺は素早く手ぬぐいを巻き、サングラスをかけた。これは俺が素性を隠すために使っていたのだが、あの物好きめ……全く迷惑な奴だ。
そうこうしているうちに、部屋に誰かやってきた。あれは、さっきの物好きか。ポニーテールで華奢な体系。赤いTシャツに白のジーンズという出で立ちだ。いたずらっぽい笑顔に緩やかな放物線を描く胸部。足は細いが、それでいて筋肉はしっかりついている。器量の良い、いわゆる美人だな。手にはお盆があり、その上に湯気を漏らす湯呑がある。しかし、どこかで見たことあるような姿だ。まあ良い、今は1つ聞いておくとしよう。
「あ、気が付きましたか? 本当に危なかったんですよ、あと1分遅れていたらと思うと……」
「おい、1つ聞かせて欲しいのだが……ここはどこだ?」
「どこって、タンバシティですけど」
「な、なんだと!」
タンバシティ、ジョウトの最西端にある町じゃねえか。先の戦いでは遠いから攻撃対象にしなかったが、まさかその遠い町に流れ着こうとは。
「そうか、なるほど……。自分でも嫌になるしぶとさだぜ」
物好きな女は湯呑みを手渡した。中身は茶だな。俺は1杯含み、喉を潤す。
お、これはナゾノ茶じゃねえか。ずいぶん久々に飲んだ気がするぜ。そもそも、俺は今非常に腹が減っている。一体何日漂流したんだ。
俺は茶を飲み干すと、湯呑みを畳の上に置いた。それを見計らって、物好きは俺にこう尋ねた。
「ところで、あなたの名前はなんですか? 私、どこかで見たことがあるような気がするんですよ」
「名前か? 俺は……」
ここで、俺はふと考えた。俺の今の名前はサトウキビだ。だが、それを言ったら危険じゃないか? じゃあトウサで……いや、今でこそ忘れられた身だが、こんな形で人に見つかったんだ。騒ぎになる可能性が高い。仕方ない、3つ目の名前を作るか。俺は少し腕組みをして唸り、それからこう答えた。
「俺は……テンサイだ」
「テンサイさん? ……くすっ、面白い名前。私はナズナ、教師をやってます!」
げふっげふっ。俺は不意にむせこんだ。な、ナズナだと? もしや、10年前の事故で死んだとばかり思っていた、俺の相棒なのか? ……だが、それを確かめる術は無い。それに触れたら、なんのために正体を隠したのかわからなくなっちまう。ここは適当に話を合わせておくのが吉と見た。
「き、教師か。そりゃ立派な仕事だな。まあ、まずは助かった。感謝する」
「どういたしまして。テンサイさん、今日はもう暗くなります。今晩は私の家でゆっくりしていってくださいね」
「ああ、そうさせてもらおう」
心にも無い言葉を並べ、俺はその場を切り抜けるのだった。これだから人に合わせるのは苦手なんだ。
・次回予告
助けられたその夜、俺は静かに家屋から出た。恩を返さずに去るのは気が引けるが、致し方あるまい。次回、第2話「慈悲の心」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.68
あー、実に17話もの間離れていた彼が復活しました。サトウキビさん、本名トウサ。どちらの名前も砂糖に関連していると以前述べましたが、今回もそれです。テンサイは砂糖の原料の1つ、彼にはおあつらえ向きでしょう。
あつあ通信vol.68、編者あつあつおでん
……ここはどこだ。太陽が照りつけ、背中には水が感じられる。ああ、そういえばそうだ。俺は身を投げたんだったな。今は日光で体を温めながら大海原を漂流中といったところか。全く……全くもって不本意だ、一思いに命を奪ってくれれば良いものを。
……お、向こうから雲がやってきたな。嵐が近いことを教えてくれている。だが、これでやっと休める。どうあがいてもこれで終わりだろうが、せっかくだ。一足先に寝ておくとくるか。
大長編ポケットモンスター第2部「逆境編」、連載中。作者:あつあつおでん。
・あつあ通信vol.67
お久しぶりです皆さん、あつあつおでんです。大長編シリーズ3部作の第2作を投稿することとなりました。前作とは打って変わった出だしでしたが、いかがでしょう? 今作はかなり雰囲気を変えていますので、前作との相違点を楽しんでもらえれば幸いです。また、今回から第4世代までのポケモンを使いますので、バトルも今まで以上に面白くなります。是非ともご覧ください。
なお、今作のイメージソングは「語れ!涙!(SE× MACHINEGUNS)」です。×はNGワード対策。
※以下はフラグです、真に受けないように。※
書くために素晴らしい場所ができた。素晴らしい読者にも恵まれた。後は結果を出すこと。中堅狙いなんてしない、絶対台頭してやりますよ。そして、人気になったらね。全国の読者さんから「すごいな、おでん。どうやったんだ?」と聞かれた場合を仮定する。ちょっと間を置いて身を正し、澄ました顔をしながら言いますよ。「いや、普通のことをやったまでです」とね。
※以上はフラグです、真に受けないように。※
あつあ通信vol.67、編者あつあつおでん
読んでくださってありがとうございます!
確かに誤字でした><
ご指摘どおり修正しておきました。
今日でミ○ドの半額キャンペーンが終わりました。ドーナツ好きの私としてはもっと続けてほしかった……。
私も冬の商戦に期待しています。キャンペーンがあると美味しいもの食べられて、なおかつ風物詩も更新できる、一石二鳥ですからね!
「風見君、変わりましたわね」
「どういうことだ?」
俺がデッキからドローする前に、久遠寺が急に話しかけてきた。
「昔の風見君と今の風見君、だいぶ変わりましたわね」
「そういうことか、当然だ。俺はこの半年で自分を変えてきた。そして俺は過去と決別する」
「それじゃあわたくしも過去なの? これだけ風見君の事を想ってるのに! ここまで来てすぐ向かいにいるのに!」
「っ……」
「今までわたくしが貴方に接してきたことも全て無になるってこと?」
正直こいつに関してはロクな事があった試しが無い。もっとも、今もそうだが。
「そうだ。そういうことになる」
「あんまりです! ど、どうしてそういうことにっ……。あああああああああああああああ!」
鼓膜が爆発しそうな叫びだった。両手で耳を塞ぎ、姿勢を低く維持する。正面にいる久遠寺の表情は、既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「風見君、もうちょっと他になかったの!?」
「いや、だって……」
「だってじゃない! 余計無駄に怒らせちゃって……、逆に勢いづけてどうするのよ」
「どうするも何も、元より勝つしかないでしょう」
そう答えると、松野さんが深くため息をついて、好きにしなさいと投げやりに言い放った。
「久遠寺、俺がお前とのこの勝負で俺の意志を見せてやる! 俺の番だ」
まずは目の前のハッサムをどうにかしなくてはいけない。先ほどのターン、ハッサムはアクセレートでガブリアスLV.Xを倒したためこのターンはワザのダメージと効果を一切受けない。
俺のバトル場はエネルギーが二つついたガブリアス130/130。ベンチにはユクシー70/70とレジアイス90/90とギャラドス130/130。一方の久遠寺のバトル場は達人の帯をつけ、草エネルギーが二つついたハッサム30/120、ベンチには同じく草エネルギー二つのハッサム100/100とエネルギーなしのチェリムが二匹。それぞれ60/80、80/80。
久遠寺の手札は五枚、サイドは四枚。俺の手札は今九枚でサイドは五枚。スタジアムは久遠寺が発動させた破れた時空がある。押されているがまだいくらでも押し返せる。押し返して見せる。
「水エネルギーをガブリアスにつける。まずはそのハッサムを退けてやる。グッズカード、ワープゾーンを発動。互いのバトルポケモンをベンチポケモンと入れ替える。入れ替えるポケモンを選ぶのは各々だ」
ガブリアスとハッサムの真下に青い穴が現れ、穴が二匹を青い闇に吸い込む。
「俺はその効果でギャラドスを選択する」
ベンチのギャラドスも同じように青い穴に吸い込まれた。久遠寺からは声がしなかったが、ベンチのハッサムを選択したようで、同じように青い穴に吸い込まれる。
そして吸い込まれた計四匹のポケモンはバトル場とベンチを入れ替えて青い穴から現れた。これで俺のバトルポケモンはギャラドス。久遠寺のバトルポケモンは達人の帯がついていないハッサムに変わる。
「更にサポーターのクロツグの貢献を発動。トラッシュのポケモンと基本エネルギーを合計五枚までデッキに戻し、シャッフルする。俺はフカマル、ガブリアス、ガブリアスLV.X、ニドラン♀、水エネルギーの五枚をデッキに戻してシャッフルする」
この一連の操作が、ボタン一つで出来るのはかなり進んだものだなと我ながら思う。デッキポケット隣の青いボタンを押すと、トラッシュからカードを自動回収(オートサルベージ)してバトルテーブル内を通ってデッキポケットに収まり、自動でシャッフルするのだ。
「行くぞ、ギャラドスでハッサムに攻撃。テールリベンジ!」
ギャラドスが大きな尻尾を勢いよくハッサムに叩きつける。轟音と巻き起こる煙とともにハッサム0/100は軽々と吹き飛ばされ地面にバウンドし、仰向けに倒れる。
やられればやられた分だけやり返してやる。リベンジテールの威力はトラッシュにあるコイキングの数×30。今トラッシュにはコイキングは四枚。よって30×4=120ダメージでお返しだ。
「サイドを引かせてもらうぞ」
ようやくイーブン、互いにサイドは四枚か。だが確実に良いペースを掴めている。久遠寺は先ほどベンチに戻されたハッサム30/120をバトル場に出すも、そのHPに限度は見えている。
「わたくしの……ターン。草エネルギーをチェリムにつけますわ」
久遠寺は力ない声と動きでカードを動かす。少し震えている唇からは荒れた吐息が絶え間なく続く。松野さんは能力者との戦いは精神戦と言っていたが……。
「ハッサム、で、振りぬく、攻撃っ」
壊れそうな久遠寺とは打って変わってハッサムの動きは相変わらず機敏にギャラドスに襲いかかる。130あったHPが僅か鋏の一振りで20/130まで削られた。元の威力でさえ高いのに、達人の帯やチェリム達がその威力を増長させる。
「俺の番だ。まずはグッズカード、夜のメンテナンスを発動。トラッシュのポケモン及び基本エネルギーを三枚までデッキに戻してシャッフル。俺はコイキング一枚とニドクインの計二枚をデッキに戻す。夜のメンテナンスで戻せるのは三枚までなのであって、三枚以下であるなら何枚でも可能だ!」
「コ、コイキングをデッキに……?」
「まだだ。俺は手札のスージーの抽選を発動。手札のアンノーンGとミステリアスパールをトラッシュして四枚カードを引く。……ハッサムにはハニカムディフェンダーというポケボディーがあるのは知っている。ハッサムにダメカンが六個以上のっている時、ハッサムが受けるダメージは−40されるという優秀なポケボディーだ。だが、そのハニカムディフエンダーを適用した上でも俺のギャラドスの攻撃は防ぎきれない。ギャラドスでハッサムに攻撃だ、リベンジテール!」
ハッサムは体を硬化させ、攻撃による衝撃を和らげようと動いたものの、それでも威力は90−40=50。これだけあればハッサム0/130を気絶させるのには十分すぎる。
「お前のハッサムには達人の帯がついている。達人の帯はつけたポケモンは最大HPもワザの威力も上がるが、それがついているポケモンが気絶した場合、俺が引けるサイドは二枚となる。これで優劣が一気に変わったな」
中盤でのサイド差二枚。淀んだ表情の久遠寺は、肩で息をしながらバトルテーブル上のカードを動かす。次のポケモンは先ほどエネルギーをつけたチェリムだ。
「ま、まだですわ……。負けるわけにはいきませんの。わたくしの、番です。ベンチのチェリムに、草エネルギーをつけてチェリムで攻げ、コホッ! 攻撃です。甘辛花粉!」
ワザを指定されたチェリムは一度花弁を閉じると、勢いよく開いた。開くと同時に黄色の細かい花粉がギャラドスに襲いかかった。甘辛と名のつくだけに、ギャラドスは花粉に反応して大きな体をぐねらして暴れている。
甘辛花粉の威力20。もっとも、チェリムのポケボディーの効果で20+10×2=40ダメージまで与える威力が増えていく。花粉を振り払おうとギャラドス20/130は、ある程度暴れるとそのままぐたりと動かなくなった。
「風見君、チェリムの甘辛花粉はダメージを与えるだけじゃないわ。自分のポケモン一匹のダメージカウンターを二つ取り除く効果もあるわよ」
松野さんが背後から声を掛けてくれた。ベンチのチェリムの目をやると、先ほど撒き散らされた花粉がベンチのチェリムにも行き届いていたようなのだが、チェリム80/80は回復して元気よく花弁を開かせる。なるほど。どうやらギャラドスにかかったのは辛い花粉で、チェリムにかかったのは甘い花粉ということのようだ。
俺はガブリアスを次のポケモンとしてバトル場に投入した。久遠寺がサイドを引いたのを確認してから俺のターンを始める。
「行くぞ、コイキング(30/30)をベンチに出す。スタジアムの破れた時空の効果により、この番出したばかりのポケモンも進化させられる。その効果でコイキングをギャラドス(130/130)に進化させるぞ!」
手札の残り枚数が危うくなる。手札を増強するカードも手元にないためハンドアドバンテージも稼げない。ならばその分パワーで稼ぐだけだ!
「ガブリアスでチェリムに攻撃。スピードインパクト!」
低く姿勢を落としたガブリアスが急に見えなくなると同時、チェリムの元で衝撃と風が発生する。物凄い初速で突撃したガブリアスの攻撃を受け、チェリム0/80は呆気なく吹き飛ばされて倒れる。
「スピードインパクトは120から相手のエネルギーの数かける20分だけ減らしたモノが威力になる。この場合は与えるダメージは100! チェリムが気絶したことによってサイドを引かせてもらう」
これで残りのサイドは一枚。油断は最後まで出来ない。俺の場にはまだガブリアスもギャラドスもいるが、下手に凌がれるとどうなるか。久遠寺の最後のポケモンは草エネルギーが一枚ついた二匹目のチェリムだ。
しかし久遠寺は固まったまま動く気配が無い。電池が切れたロボットのように。
「どうした久遠寺」
何も答えは返ってこない。先ほどまでドンパチしていたのが嘘のように、ただただ夜の風が駐車場をなぞる。
大人げないだろうと思われるかもしれないが、黙られるということに対してひどく嫌悪する。一体俺に何を思い、何を伝えたいのか分からない、その苛立ちからだ。
「……。黙っていても名にも伝わらないぞ」
「わたくしはどうすればいいのか……。分からなくて……」
「貴女、風見君を見て何も感じてないの?」
久遠寺にどう言葉を返そうと迷っていたところ、松野さんが鋭く一声放った。久遠寺は驚いた様相で顔を上げ、俺の後ろに居る松野さんを見つめる。
「風見君はこの対戦に自分の未来を、進むべき道を懸けているの」
「進む……べき道?」
「そうよ。貴女も自分の望むモノのためにここに来たんでしょ? だったらそれをぶつけないと」
「ぶつける……。わたくしの望むモノ……」
呪文のように幾度か小さく呟いた久遠寺は、やがてハンカチで涙で濡れた顔を拭き、元の強気の表情に戻った。
「風見君! わたくしも全力で戦います。わたくしは、わたくしのために。だからもしわたくしが勝てば──」
「いいだろう。お前が勝てば好きにすればいい。しかし俺は負けるためには決して戦わない。立ちはだかる者は誰であろうと容赦はしない!」
久遠寺は小さく頷いて、デッキトップに手を乗せる。
「わたくしの番です! 草エネルギーをチェリムにつけて、グッズカードを。ポケブロアー+を二枚、発動!」
虚空から赤い手が現れ、ガブリアスを掴む。それだけではなく、再び虚空からもう一つの手が現れてベンチのギャラドスも掴んだ。そして掴んだまま二匹を持ち上げ、二匹それぞれの場所を入れ替える。
「ポケブロアー+は一枚だけで使うときと二枚同時に使うときで効果が異なるカードよ! 今のように二枚同時に使った時は相手のベンチポケモンを一匹選んでバトルポケモンと入れ替える効果を持つわ」
松野さんが背後から再びアシストしてくれる。しかしなぜ、ガブリアスからギャラドスに変えたのか。ギャラドスはエネルギーなしでもワザが使えるのに。
「わたくしはまだ諦めてませんわ! チェリムに草エネルギーと達人の帯をつけて、甘辛花粉!」
ポケモンの道具、達人の帯の効果でチェリムのHPが100/100まで上昇し、ワザの威力も20上がる。チェリムのポケボディー、日本晴れの効果も加えてギャラドスに襲いかかるダメージは合わせて20+20+10=50ダメージ。
花粉を受けて苦しむギャラドス80/130は、しばらくのたうつと花粉を振り払い、大きく吠えて威嚇する。そうだ。まだまだギャラドスは戦える。
「そうだ、立ち向かって来い! 俺のターン。ならばギャラドスで攻撃する。リベンジテール! トラッシュのコイキングは三枚。よって90ダメージを与える」
「チェリムは、水タイプに抵抗を、持っていましてよ! それによって受けるダメージは70ですわ」
つぼみを閉じてチェリム30/100はなんとか身を守り、ダメージを軽減する。そう、このせめぎ合いこそが本当の戦い!
「わたくしの番ですわ! 草エネルギーをチェリムにつけて攻撃」
久遠寺の視線が、静かに闘志を燃やしながら真っすぐ俺を見つめる。そして彼女は右腕を真上に上げて叫んだ。
「ソーラービーム!」
突如夜にも関わらず、太陽を直視したような眩い光と平衡感覚を揺るがす轟音がチェリムから真上に放たれ、やがてギャラドスに降り注いだ。眩さ余り、思わず目を閉じ右腕で顔を覆う。
視界は防がれても、音で何が起きてるかはわかる。ギャラドスのHPバーが尽き、ギャラドス0/130が大きな音を立てて崩れ落ちる。
ようやく視界が戻ったときには久遠寺が五枚目のサイドを引いていたところだった。
「くっ、ソーラービームの元の威力は50、帯とポケボディーで80まで威力が上がったか。確かにギャラドスを倒すには十分……」
バトルテーブルでベンチにあるガブリアスのカードをバトル場へと動かす。それに対応するようにガブリアスが足音を出しながらバトル場へ歩み寄る。
「だがお前の反撃もここまでだ。これが、俺の望むべき道! 今度はガブリアスで攻撃! スピードインパクトォ!」
ガブリアスが突進する前に、久遠寺の目じりに涙が浮かんでいるのを見かけた。その次の瞬間、ガブリアスの突進によって巻き起こる砂煙のビジョンで久遠寺が見えなくなる。
スピードインパクトの威力はその効果によって120−20×3=60ダメージ。衝撃波がフィールドを駆け、撥ねられたチェリム0/100が宙を舞う。
最後のサイドを引くとガブリアス達の映像が消え、そして砂煙のビジョンも晴れる。そして向かい側の久遠寺は、うつ伏せに倒れていた。
「はぁ……、はぁ……」
その刹那、物凄い脱力感が包み込み、疲労が体を支配する。苦さと苦しさに少しだけ目頭がジーンとしてきた。
「風見くん、大丈夫?」
松野さんが必死に背中を支えてくれて、ようやく平静を取り戻した。それでもまだ疲労は残っているが、とにかくバトルテーブルをバトルベルトに戻す。これが能力者との戦いか。風見杯のとき、翔は藤原拓哉と戦ってなおかつまだ俺と戦っていたのか。改めてその強靭さを、こうして身で知るとは。
「なんとか、大丈夫……です」
「それじゃあ私は久遠寺麗華をどうにかするから、悪いけど自力で私の家に行って、ベッドとかでもいいから休んでおきなさい」
松野さんが家の鍵を手渡した。携帯電話で誰かと連絡を取り始めた松野さんをよそに、息を整えてから一人先に駐車場を後にする。
最後にもう一度だけ振り返り、うつ伏せに倒れている久遠寺を見る。別段、こうして互いにぶつかりあった以上可哀想とは思わないが何かこう、胸に来るものがあった。
これが俺の決別、その最初の戦い。やがて次の来るときまで、俺は力を蓄えるだけだ。
松野「今回のキーカードはポケブロアー+。
一枚だけでは効果は微妙だけれど、
二枚使うと相手のポケモンと入れ替えれるわよ」
ポケブロアー+ グッズ
このカードは、同じ名前のカードと2枚同時に使ってもよい。
1枚使ったなら、コインを1回投げる。オモテなら、相手のポケモン1匹に、ダメージカウンターを1個のせる。
2枚使ったなら、相手のベンチポケモンを1匹選び、相手のバトルポケモンと入れ替える。(この効果は、2枚で1回はたらく。)
───
久遠寺麗華の使用デッキ
「ハッサムPB」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-719.html
思わずふふふと笑っちゃいました。やはりコミカルな作品は良いですね。冬も期待してますよ。
余談ですが、誤字を1箇所確認。「俺が勝ったD-ポッポ」は「俺が買ったD-ポッポ」ではありませんか?
先日はげきむらと表記してしまってすみませんでした。
たのしく読ませていただきました!
すらすら読めるすっきりした文体も、ゴースト使いらしく意図せずもセクシーな季時先生などなどいきいきしたキャラクター達も素敵で、八話を読み終わってしまうのが惜しかったです。ごみ捨て場でもっと時間を過ごしたかった……!
やんわりと続編を希望しておきます。
できることなら一話ずつ面白かった! ここが! と言いふらしたいところなのですが、時間がないので……お話も、生徒の悩みを先生が解決する、というような形をもってすっきりと収まっている上、捻りがぐっといい具合に食い込み、また独特の会話テンポと回し方も素敵で、とにかく面白かったです。常川ちゃんを八話まで引っ張るところがもうさすがとしか。
また戯村さんの作品を読めるのを楽しみにしています。
あと、カゲボウズを「てるてる坊主のような」と比喩するところに凄まじいアレなアレを感じました。すばらしいと思います。
ふむ、なかなか涼しくなってきた。
秋というものは不思議なもので、町にはお得な話が流れ始める季節だ。
そう例えば、食欲の秋。そこかしこで食い物が安くなって、美味い物を求めるおれなどは嬉しさのあまり、歓喜歓喜、庭のポケモンたちと一緒に仮装パーティーを開いてもいいくらいにココロオドル。主に食い物のためにだ。
それからそうだ、食欲の秋。それと、食欲の秋。それから……、
「だぁ! お前ら、食欲の秋だァ! 食べたいだけ食べることを許された最高の季節がやってきたぞ!」
茶の間で両手を挙げて、だぁ! とやったら縁側から見える中庭で、がさがさとやつらが動き出す。
テッカニン、アメタマ、スピアー、マメパト、ミノムッチ、ポッポ。それから、お隣さんちのストロベリー。
「今日はおれのおごりだ。ついてこい、野郎ども」
様々な雄叫びが中庭に響いた。
ただしストロベリー、お前だけはダメだ。
そういうわけで、おれがある筋から仕入れた情報によると、なにやら素晴らしい催し物が行われているらしい。家を出て空を見上げればそこに見えるアドバルーン。ドーナツ半額! 半 額 !
おれたちはその二文字に導かれてドーナツを食すというわけだ。いいか、半額だぞ。おまえら分かっているか、半額なんだぞ。二個買っても通常一個分の値段にしかならないってことだぞ。ポケモン一匹掴まえたと思ったら首が二個ついてたみたいな、そういお得感に溢れた催し物だ。
「で、お前ら、なんて名前だっけ」
おれとしたことがポケモンたちにつけた名前をすっかり忘れてしまった。確かそうだ、かきごおりの味にちなんだ名前をつけたような気がするけれど、残念ながらもう季節外れだ。名前剥奪。ストロベリーだけはきちんと覚えていてしまっているが、何故だろう。でもお前のその素敵な名前も今日限りでおしまいだ。
「ざまあみろ!」
って言ったら前後の文脈もなしにストロベリーが噛みついてきやがった。こいつ、心を読めるのか。
おれはストロベリーにつける新しい名前は最低な物にしてやろうと心に決めた。
電気屋の前を通ったら、何の因果か、タイミングよくドーナツ半額のCMをやっている。
――ミミスタードーナツ♪
首の周りに大きなドーナツを巻いたミミロルがぴょっこぴょっこ跳ねている。
草原に花柄のベンチシートを広げて飛び乗り、その上でちょこちょこ踊るとヒトデマンが回転しながら降臨してきて、ミミロルの方は一回転してカメラ目線、くいっと身体を傾けてヒトデマンと一緒にポーズを決める。
――ミミスタードーナツ♪
「せめて半額らしさを出せよ」
って言ったらストロベリーに噛みつかれた。こいつはミミスタードーナツの回し者か。それとも画面に映ったミミロルに惚れてしまったのか。これぞ雄の性というやつか。しかし残念だったなストロベリー、やつは絶対雄だ。
「ってええ、だから何故かみつく!」
こいつ、とりあえず噛みつけばいいと思っていやがる。これだから最近のポケモンは。とりあえず厨ポケ入れてれば勝てるだろ、とか思ってる姑息なガキの方がまだかわいげがある。
ミミスドに着く間で五回くらい噛まれて、スピアーに一回刺されたおれだったが、首の皮一枚繋がる程度のライフでどうにか生きている。しかし店の行列を見た瞬間、おれは息絶えた。
というのは冗談だ。
これくらいは十分に予想できたので大人しく並ぶこと十五分弱。さあ、おれたちの食欲を解放する時が来た!
「お前ら、おれに対する感謝の気持ちを忘れずにドーナツを選べ! 慎重にだ! お願いだからあんまり取りすぎないで!」
やつらは早速器用にトレイを持ち、ドーナツをぽんぽんぽんと次々に積み上げていく。いくらなんでも半額だからってそれは……!
「あんまり財布をいじめないでくれ!」
とか言いつつおれも自分の食べたいものは回収。フエンチクルーラーにコールドパッション、ソン・デ・リオル、ハニーヒヤップ、そうだ、これを忘れてはいけない。D−ポッポ。
いくらなんでも買いすぎかもしれないと思いつつレジに三つものトレーを並べて、さあ、おれたちの秋は始まる!
「いらっしゃいませ。店内で……あら?」
店内であら、とはまた何だか新しい試みだなあ、と思って店員さんの顔を見れば、まさしくあらだった。
スマイル〇円とはよく言うが、この人のスマイルに〇円というのは申し訳ない。というよりこれは何の奇跡だ、1301の店員さん、あの、イノウエさんが何故ここにいる!
「あ、あなたは……あの時の……いてえ!」
感動的な場面において何故ストロベリー、お前はかみついてくるんだ! 早く食べたいのは分かるが今は待て、待つんだ。人の恋路を邪魔するやつはコールドパッションの食い過ぎで死んでしまえ。
「今日も騒々しいですね、うふふ」
「ええ、まったく、騒々しいやつらで。ははは、ほんと、申し訳ないです」
「いえ、微笑ましい光景が見られるので嬉しいです。それじゃあ、お会計しますね」
嬉しいですなんて言われてしまうと、こっちも、へへ、嬉しいです。
会計を済ませて店内のテーブルにトレイを運んで、さあて、食べようかと意気込んだところで、なぜだかイノウエさんがやってきた。
「私もご一緒していいですか?」
「いいですとも!」
おれは即答した。
ちょうど上がる時間だったらしい。制服を着替えてたら帰ってしまうと思ったのか、制服のままやってきた。ちょっと私服を見てみたいような気もしたが、彼女は何を着ても似合うから大丈夫。
「あ、あの」
我ながら情けない声が出た。ミミスドのドーナツを食べながら、ちょっとずつ話す。
「今度、カフェにでも行きませんか」
ストロベリーにハニーヒヤップを奪われた。
「いいですよ。ご一緒させてください」
ああ、これぞ秋だ!
秋というものはまったく不思議で、お得な話に溢れている。ようやくおれにも秋がやってきたのだ。違う、春だ! でも秋だ!
「その時はそのガーディをだっこさせてもらってもいいですか?」
「えっ、は?」
何を言うてらっしゃる。
「あら、ポケモンたちと一緒に行くんですよね?」
「あ、はは、そう、そうですね。ポケモンたちと、一緒に」
「楽しみです」
笑った顔はとても可愛いわけですけれど……こいつも連れて行かなければいけないのか、ちらりとストロベリーの顔を見る。
めちゃくちゃむかつく顔をしていた。でれっと垂れた目にいやらしく持ち上がる口の両端。しかも今食べているのはおれが買ったはずのD−ポッポだ。
「ところで、このガーディはなんて名前です?」
ああ、こいつ、こいつの名前ね。
「とってもかわいい名前ですよ。ゲーチスちゃんって呼んであげてください」
そう言った喜色満面のおれに、ゲーチスがもの凄い勢いで噛みついてきた。ざまあみろ。
○ ○ ○
秋と言えば、ひきこもりの季節ですわね。
約1000年前 兄レシラム 弟ゼクロム が誕生した。
その時、彼らはお互いを敵だと思い込み 傷付けあい 共に、力尽きた。
レシラムは己の肉体をライトストーンに託し眠りについた。
ゼクロムは己の肉体をダークストーンに託し眠りについた。
その2体の神と呼ばれしドラゴンが 今 目覚めようとしていた。
世紀の戦いが 今 始まる。
ようやく苦戦させられたエルレイドを撃破したものの、喜田の次のポケモンはまたもやエルレイドだが、そのHPは90/130。
ギンガ団のアジトなどでじわじわ削った甲斐があった。
今の俺と相手のサイドは共に二枚。喜田のベンチにはラルトス40/60とペラップ60/60。
そして俺のバトル場にゴウカザル四LV.X110/110とベンチにクロバットG80/80が二匹。
「俺のターン。手札の闘エネルギーをエルレイドにつける」
喜田はエルレイドに三つ目のエネルギーをつける。これで再びサイコカッターの使用条件が満たされる。
「手札の不思議なアメを発動! 自分のたねポケモンから進化するポケモンを手札から一枚選び、進化させる。ベンチのラルトスをサーナイトに進化させる!」
「手札からの進化やからギンガ団のアジトの効果受けてもらうで」
先のターンのダメージと加算して、サーナイトのHPはすでに70/110。俺のデッキの火力やと一撃圏内であるのは確かだ。
「まずはエルレイドでゴウカザル四LV.Xを倒す! サイコカッター!」
「それはええけど倒しきれんの?」
「っ……」
「裏側のサイド一枚しかない上に、達人の帯もない状況。どうあがいても80ダメージが関の山や。これやとゴウカザル四LV.Xは倒しきれへん」
「……分かっている! くっ、サイドを一枚めくってサイコカッター!」
最後の喜田のサイドがめくられ、ゴウカザル四LV.Xに80ダメージだ。
残りHP30/110は決して喜ばしくないが、喜田は全てのサイドを開いた。もうサイコカッターの威力は上がらない、今なら押していける。
「さあ、俺のターンや!」
引いたカードはリョウの採集。SPポケモンと基本エネルギーを計二枚まで手札に戻せるサポーターだ。ここは使うの一択!
「サポーターのリョウの採集を発動。トラッシュのレントラーGL、レントラーGL LV.Xを手札に加える。そしてレントラーGL(80/80)をベンチに出して、ゴウカザル四LV.Xに炎エネルギーをつけるで!」
残りの展開は読めてきた。おそらくこの勝負で俺がこれ以上たねポケモンを出すことはないだろう。これで勝負を決めてやる。
「ゴウカザル四LV.Xでエルレイドに攻撃! 炎の渦!」
炎の渦の威力は100。残りHP90/130のエルレイドにトドメを刺す。
「炎の渦の効果でゴウカザル四LV.Xの炎エネルギーを二枚トラッシュするけど、エルレイド倒したからサイド引くで!」
残るサイドはあと一枚。ようやくリーチに差し掛かった。あと一匹倒せれば!
その時、不意に背後から由香里の声がかかる。
「先に三連勝したから杉森とフードコートで先にお昼食べとくで?」
声のした方に振り返ると、由香里は三連勝したらもらえるカードをちらつかして会場から離れていく。わざわざ見せびらかすとこがいやらしいし腹立たしい。
由香里が会場から出ると同時に長身の女の人がやってきた。パッと見、俺より大きい、百七十五センチくらいの背の高さで胸辺りまで濃い青色の髪を真っ直ぐ伸ばしている。綺麗だが、ちょっと怖い印象だ。
辺りが男ばかりなだけあって由香里同様に目立つのだが、なんというかオーラが違う。そのせいで、悪い意味で目立つ。なんだか嫌な予感がする。
その女の人は俺の二つ左の席に座ったが、妙に気になる。目の前の喜田も同様だった。
「こほん」
喜田がわざとらしく咳き込んだ。そのお陰で目の前の現実に俺は戻って来る。
「まだ勝負は終わってないぞ。俺のターン」
喜田の手札は僅か二枚。しかし、カード一枚で最大八ドローするポケモンカードでは手札の数は簡単にひっくり返ってしまう。
……のだが、喜田はここで長考してしまう。考えるなら手札を増強してからが普通だろうが。おそらく、喜田の手札に手札を増やすカードはないようだ。
「まずサーナイトをレベルアップさせる!」
サーナイトLV.Xにレベルアップしたため、HPが90/130に。さらに使えるワザが一つから二つに増えた。
今、サーナイトLV.Xには超エネルギーが一枚ついている。レベルアップ前のワザは超無無とエネルギーを三つ要求するため、このターンはダメージがないと踏んでいた。しかしレベルアップしてから使えるワザ、仕留めるは超エネルギー二枚あれば使えるワザ。しかもそのワザの効果は、サーナイトLV.X以外の互いのポケモン全員の中から残りHPが一番少ないポケモンをきぜつさせる。というとんでもないワザだ。
今一番HPが少ないのは30/110ゴウカザル四LV.X。喜田の手札の残り一枚が超エネルギー及びそれを引き寄せる物であるなら……。
「サーナイトのポケパワー、テレパスを使う。相手のトラッシュのサポーター一枚をこのポケパワーとして使う。ハマナのリサーチを選択!」
ポケパワーからサーチに来たか!
「待ってたぜ! 手札からパワースプレーを発動。自分の場にSPポケモンが三匹以上でなおかつ相手の番に相手がポケパワー使ってきたときに発動できるカードや。そのポケパワーを無効にする!」
最後の希望を失った喜田は金魚のように口をパクパクさせる。我に帰ると残りの一枚のカードを苦い顔でプレイする。
「サーナイトLV.Xに闘エネルギーをつけて、ターンエンド……」
「よし、俺のターン!」
このドローで手札は四枚。手札0の喜田よりは良いが、手札を増強するカードがない。
「手札からポケターンを発動。ゴウカザル四LV.Xについているカードを全て手札に戻す!」
ゴウカザル四LV.Xについているカード、つまりゴウカザル四、ゴウカザル四LV.X、エナジーゲインを手札に戻す。
ゴウカザル四LV.Xがバトル場からいなくなったため、ベンチのレントラーGL80/80をバトル場に上げる。
「エナジーゲインをレントラーGLにつけ、更に手札の雷エネルギーもつける。そしてレントラーGLでサーナイトLV.Xに噛みつく攻撃!」
30ダメージを受けたサーナイトの残りHPは60/130になる。手札の状況を考えると次のターンで倒せる!
ターンが重なるごとに、喜田の顔が苦しそうになっていく。そんな喜田を見て少し心に余裕を持った俺は、プレイマットから顔を上げて試合を適当に見ているギャラリーを見渡した。
しかし、ギャラリーは皆が皆、同じテーブルを見つめている。
その視線を追い続けると、さっき見た青い髪の女の人がいるテーブルだった。何かあったのだろうか。
「俺のターン!」
喜田が自分の番を始める合図を放ったので、俺は再び目の前の戦いに集中する。
「手札の超エネルギーをサーナイトLV.Xにつける!」
どうやら喜田は超エネルギーを引き当てたようだ。これでワザ、サイコロックも仕留めるも使えるようになる。
「サーナイトLV.Xで仕留―――」
「それでええん? 仕留めるの効果は、互いの番にいるサーナイトLV.X以外で一番HPの低いポケモンを気絶させるやけど、その条件に適合するのはそっちのペラップやで」
最初にベンチに戻ってから、ノータッチだったペラップ60/60。可哀想だがまあ忘れていても致し方ないかな。
「く、サイコロック!」
威力は60。レントラーGLのHPが一気に20/80へと減少する。
「俺の番や! レントラーGLをレベルアップさせ、そのまま攻撃。フラッシュインパクト!」
フラッシュインパクトの威力は70。残りHPが60/130のサーナイトLV.Xはこれで気絶。俺がサイドを一枚引くことによってサイドを全て引ききった。
「ありがとうございました」
対戦が終わり一礼すると、俺がカードを片付けるよりも早く喜田はテーブルを発った。
のこのこやって来たスタッフから三連勝記念のプロモカードをもらい、やっとカードを片付けた俺は由香里の元へと向かわんと、数十分お世話になったパイプ椅子から腰を上げる。
その刹那、二つ隣の席からパイプ椅子が蹴飛ばされたかのような音と同時に、嫌な異臭とピチャピチャと何かが滴る音がする。
その元に目を移すと、あの女の人と戦っていた不健康そうな男が、体をくの字に折って会場で嘔吐していた。
休む間もなく、やけに用意周到な救護班らしき人たちに介抱されたその男はどこか他所へ運ばれていく。
その様子を見ていた女の人は、まるで何事にも興味がないような目をしてプロモカードももらわず人々の雑踏に紛れて行った。
何が今起きたんだ……?
啓史「今日のキーカードはサーナイトLV.X!
ポケパワーで場を動きつつ、
仕留めるを使って勝負を決めろ!」
サーナイトLV.X HP130 超 (DP4)
ポケパワー テレポーテーション
自分の番に、1回使える。自分のバトルポケモン、または自分のベンチポケモンを1匹選び、このポケモンと入れ替える。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
超超 しとめる
自分以外の、おたがいのポケモン全員の中から、残りHPが一番少ないポケモンのうち1匹を選び、きぜつさせる。
─このカードは、バトル場のサーナイトに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 超×2 抵抗力 なし にげる 2
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | |