マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1686] 第十二話 赤き湖の戦い 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/08/03(Tue) 14:32:06     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第十二話 赤き湖の戦い (画像サイズ: 480×600 216kB)


    アサヒとビドーが居ない時間帯を見計らって、【エレメンツドーム】にある男が呼ばれていた。
    その男グレー中心のコーディネートをした茶髪の男性、ミケ。
    彼はいつもより真剣な眼差しで今回の件の立案者であるデイジーに確認の質問をしていた。

    「本当にこちらの作戦を、アサヒさんたちに伝えなくてよろしいのでしょうか」

    ミケは、“闇隠し事件”を調査する<国際警察>のラストの協力者である。ラストのつてでデイジーは今回、ミケに<エレメンツ>の作戦に助力を頼んでいた。

    作戦の内容はアサヒの旧友のアキラを含めた【スバルポケモン研究センター】にいる、他地方からの研究員の保護。
    ミケに単身乗り込んでもらって、内部からデイジーの相棒、電気の身体で機械に入り込むことのできるロトムを侵入させてもらう。そして【スバル】の建物のシステムを乗っ取るという荒っぽい作戦だった。

    「ああ……情報じゃ<ダスク>にはあのメイが……思考を読める超能力者がいるからな。そいつがソテツの引き渡しに同行するかは賭けになる。が、もしそうなったらアサヒたちには悪いがアドリブで動いてもらう。情報共有の大切さを説いておいて申し訳なくは思っているが……そちらが合図出してくれれば、あの二人なら【スバルポケモン研究センター】に向かってくれるじゃん」
    「ふむ……ですが、それでは<エレメンツ>のシステムセキュリティも脆くなってしまうのでは。貴方のロトムが、相方が不在ではこの間の二の舞になるのでは」
    「二の舞にはさせない」

    即答する彼女を、ミケは慎重に見据える。
    ミケの見定めるような視線に、デイジーは唇を噛みしめ、表情を硬くして答えた。

    「少なくともこっちの本拠地では、負けられない」

    それは計算とか、算段とかではなく、もはや意地だった。
    何が何でもやるしかない。そういった気迫をミケはデイジーから感じ取っていた。
    ミケの携帯端末にデイジーのロトムが預けられる。ロトムも心なしか、トレーナーのデイジーと似た表情をしていた。

    「それもある意味、賭け、ですね……」
    「そうだ。多方面からいつ来るか分からない攻撃を全部守り切って、かつ<ダスク>を圧倒する余力は<エレメンツ>にはない。だから打って出るしかないじゃんよ……」
    「貴方が言うのなら、そうなのでしょうね。ですが」

    そこで言葉を区切ったミケは、深呼吸をし、両腕を上へ伸ばし体をほぐした。そのリラックスした態度に面食らうデイジーに、彼は同じように伸びをすることを勧める。疑問を残したままつられてストレッチをしようとするデイジー、しかし思うようにできなかった。

    「あいたたた」
    「ほら、硬くなっています。体も心も考え方も。そして素敵な表情も。それでは周りがみえなくなりますよ」
    「茶化すなって。あーもう」

    ロトムがデイジーを見て思わず笑っていた。お世辞でも言われ慣れていない言葉をかけられたデイジーは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
    ミケはそんな彼女をニコニコと眺めながら、助言をした。

    「作戦や予定なんて、想定通りにいかない方のことが多いんです。むしろ何か起きるだろうな、くらいの心構えの方が楽ですよ。肝心なのはどうフォローするか、ですから」
    「そう、だな。痛いくらい染みわたるな、その言葉」
    「いえいえ。まあ私に頼ってくださったのですから、多少はリラックスして行きましょう」
    「ずいぶん大きく出るな……腕に自信がある言いぶりじゃん? 探偵って聞くからもっと隠密行動派だと思っていたが」

    その皮肉にミケは素直な笑い声を漏らす。それから愛用しているハンチング帽を被って言った。

    「探偵なら、ポケモンバトルの腕も強くなければ務まらないものですよ」

    カッコつけているのか、いないのかは定かではないが。
    気持ちの良い言いっぷりだとデイジーは思っていた。
    それと同時に彼のその姿に、頼もしさを覚えていた。

    指定された時間は、刻々と迫る。
    単身【スバルポケモン研究センター】に赴くミケを見送った後、デイジーは改めて思考を巡らせていた。
    ミケの言う通り、想定外の事態のフォローも大事だ。その上で彼女は考えられる限りの可能性を再び考え直す。
    残された猶予の限り、彼女は思考を巡らせた。


    ***************************


    事が事だったので、引き渡し日の前日から俺とヨアケは<エレメンツ>の本部に泊まっていた。その際、さすがにチギヨには無理言って配達屋の仕事は休んだ。案の定怒られたが、心配もされる。
    特に『無事に二人で帰ってこい』と念を押された。この間の通り魔事件以降、あいつは何か嫌な予感がしていたのかもしれない。
    ユーリィは不在で顔を合わせることはなかった。ヨアケが少し寂しそうにしていたのを記憶している。

    ソテツの引き渡しがされる当日の朝。
    予定の場所【セッケ湖】に行く前の準備時間、俺は客室で手持ちのメンバーと技の調整をしたりしていたら、ヨアケにメールで呼び出された。
    その待ち合わせ場所に向かって【エレメンツドーム】内を歩いて移動する。
    道中目に入ってくるのは、今までにない緊張感に包まれていた彼らだった。
    そのピリピリした様子になるのは至極当然だった。なにせもう片方の隕石の引き渡し場所がこの場所だからな。否が応でも張りつめた空気になる。
    俺も含めて、みんな何かが起きそうだと思っていたのだろう。

    その場所にたどり着き、ドアにノックをして呼び掛ける。すぐに返事があり、扉は開かれた。

    「急にゴメンね、来てくれてありがとうビー君」

    静かな笑みを浮かべ、自身の部屋にヨアケは俺を招き入れる。短くなった金髪の彼女にも見慣れてきた。
    <エレメンツ>でのヨアケの部屋は、表面上は整理がきちんとされてきれいな部屋だった。
    ただ、クローゼットの前に謎の段ボール箱が置かれていることから、急いで片づけたんだろうな感はにじみ出ていた。アパートの方は知らないが、わりと生活感がにじみ出ている。

    「ちょっと、話せる部分で話したいことがあって。なかなかこういう機会もないからね」
    「そうだな。せっかく取れた時間だ。俺でよければ聞く。で、なんだ?」
    「私の記憶のことだよ」

    さらりと、彼女は切り出す。あまりにも普通の話運びだったので、一瞬頭の処理が追いつかない。でもようやく察して、俺は話を続ける。

    「奪われていた記憶、思い出していたのか」
    「うん。ユウヅキと再会したときにね。でも事情があって、話せないことも多いんだ。それでも言えるとすれば……」

    彼女は両手を前にし、頭を下げた。
    それからいつもと少し違う、距離のある口調で俺に謝った。

    「ごめんなさい。詳しい経緯は言えないです。でも私は、私とユウヅキは“闇隠し事件”に関わっています」

    俺が反射的に何か言おうとするのを彼女は、ヨアケ・アサヒは「謝って赦されていいことではありません。私は貴方の優しさに付け込んでいます。決して赦さないでください」と頑なに姿勢を変えない。
    その彼女の態度に俺は、大きなため息を吐いた。

    「お前また一人で抱え込んでいたな……」

    一瞬の躊躇をした後、俺は彼女の肩に手を置いた。驚いた彼女の肩が震える。
    表面や声色で隠そうしていても、溢れている彼女の波導は、感情は不安でいっぱいだった。
    最近気を張って無理やり頑張っていたのは、なんとなく見ていてわかっていた。時期的にも、ヤミナベと再会してからっていうのは納得だ。

    「とりあえず、だ。その口調はやめてくれ。で、頭を上げてくれ」
    「……うん」
    「お前が事件に関わっている可能性は記憶を取り戻す前から十二分にあっただろ? それが確かになった……ていうのも変だがそうだな……今更だな。今更、ここで気にしても仕方がない。今は置いておくぞ」
    「……うん。分かった」
    「で、本当は何が言いたかったんだ?」

    俺の顔を見てヨアケは目を細める。「やっぱりビー君は、いい子過ぎるよ」とこぼす彼女に「茶化すな本題を言え」と釘を刺し俺は肩から手を離した。

    「言いたいことは、本当はいっぱいありすぎるけど……過去に一度、私は“闇隠し事件”を起こした責任から逃げようとして身を投げたの。その場所が【セッケ湖】だったんだ。これから向かう場所が私にとってどういった場所か、それを知っていて欲しかった」
    「そうか……なんていえばわからないが、きつかったな……」
    「うん、きつかった……今は大丈夫だけどね。ありがと。そして、この話はここだけの話にしてほしいかな」
    「分かったが……もう何回目だ? また<エレメンツ>の奴らに怒られるぞ?」
    「そうだね、分かっている。でも、これでもビー君に言うのだって結構頑張っているからさ……今はまだ、言えない」

    彼女の不安の波は、少しずつ収まってくる。俺は少しだけ目をあえて閉じ、彼女の波導だけを見てみる。その最中、以前イグサという青年に『ヨアケの魂が二つ重なっている』と言われていたのを思い出していた。
    けれどやはり俺が感じられる彼女の波導は、一つのみ。二つにはどうしても見えない。
    それこそせっかくの機会だ。本人に直接聞いてみても良かったのかもしれない。
    実際言いかけた。でも妙なひっかかり……違う、嫌な予感を感じて俺はそのことを聞けずにいた……。
    代わりに、それとなく最近の様子を尋ねる。

    「前に、変な記憶が見えるって言っていたよな、そっちの方は大丈夫か」
    「まだたまに見えるけど、今のところ大丈夫。うん」
    「今は大丈夫って言葉信じるが、ダメだと思ったときは言ってくれ。何ができるわけではないが、その……もっと頼ってほしい」

    最後の方、声が小さくなってしまったがとりあえず現状で伝えたいことは言えた。
    きょとんとしている彼女にちゃんと伝わっているかが心配だった。

    俺の心配をよそにヨアケは俺の頭を撫でる。
    「やめろ」と手で払う俺を、ヨアケは笑う。

    「充分頼らせてもらっているよ、相棒」

    その言葉は、たぶん嘘ではないのだろう。
    でもどこか……どこかこう。

    気のせいだと思いたいが、まだ俺と彼女の間に距離を感じていた……。


    ***************************


    【スバルポケモン研究センター】の地下空間で、アサヒの旧友、アキラはその音を耳にする。
    遠くで重たい扉が開く音がした。間髪入れずに何かが突き飛ばされ、再び扉に鍵をかけられる動作音もする。
    意味もなく扉を開け閉めするとは思えない。
    わかるのは、自分以外の何者かがこの空間に閉じ込められたということだけだった。

    「さて……誰かいますか。聞こえていたらお返事を」

    暗闇の中で反響したのは、男の声だった。
    どこかで聞いた声に、アキラは胸を撫でおろす。それから控えていた手持ちのフシギバナのラルドに『フラッシュ』をするように指示。

    「貴方も閉じ込められたってところか。ミケさん」
    「いいえ、わざと捕まったのですよ……依頼があって貴方たちを助けに来ました。まさかこのようなところに閉じ込められていたとは」

    皮肉を受け流し、本題を話すミケにアキラは少し悩んだ後、「少し時間はあるか」と尋ねた。

    「ええ、どのみち脱出の合図までには時間があります。どうされましたか」
    「……探偵の貴方に、伝えておけば有用に扱ってくれるかもしれない情報を渡しておこうかと思って」
    「詳しくお願いします。私の持ち合わせている情報と照らし合わせてみましょう」
    「わかった。じゃあ……」

    まず初めに、とアキラは携帯端末にまとめていた情報や写真を取り出し、伝え始める。

    「僕はレイン所長によってこの地下に閉じ込められた。時期は、あの大きなポケモンバトル大会が襲撃された夜だ。その時まで僕はこの地下空間の存在すら知らされていなかった……だからこの機会に徹底的に調べたんだ」
    「たくましいですね。結構な日数を過ごしたでしょうに」
    「それに関してはここで居住できるだけの蓄えや施設があったから問題はなかった。問題なのは……このリストだ」

    アキラがまず見せたのは、地下書庫にあった書物のリストだった。どの本が多いか、分類別にまとめられている。

    「医療系と……レンタルポケモンのシステムについての本が、やたら多いですね」
    「そう。圧倒的に多いんだ。このことから、レイン所長はポケモンのレンタルシステムについて独自に研究していたと考えていいと思う。前者に医療系についての心当たりは後で話すとして、レンタル関係で応用とか、心当たりになることはないか」
    「ふむ。それにはまずこちらの情報を出すべきですね」

    ミケは手帳を取り出す。それからフシギバナの灯りを借り、内容を確認して述べる。

    「レイン所長は<ダスク>という集団の一員、つまりはあのバトル大会の襲撃犯と仲間です。ちなみに、その<ダスク>の主に目立った行動は、“ポケモン保護区”にいるポケモンの密猟です」
    「……繋がった。レベルの高いポケモンを捕まえ、レンタルシステムを用いて実力の少ないトレーナーでも強いポケモンを使わせて集団の強化につなげようとしていたのか」
    「短期間での戦力の増強と見ていいでしょう。あと付け足すとすれば……」
    「すれば?」
    「<ダスク>の中心人物が、ユウヅキさんということでしょうか」
    「……そうか。【スバルポケモン研究センター】の襲撃事件は、レイン所長も一枚噛んでいたってことか。ユウヅキの目的ってわかるかい?」
    「今のところ判明している限りでは、<スバル>の“赤い鎖のレプリカ”を用いたプロジェクトを<ダスク>の手で行おうとしていることですね。もともとは自警団<エレメンツ>と連携する予定だったのですが、他国の重圧に押される彼らは、切り捨てられました」

    切り捨てられた<エレメンツ>が、今日まさに人質に取られたメンバーの一人と“赤い鎖のレプリカ”の原材料の隕石との引き渡しを<ダスク>と行おうとしているという情報も、アキラに伝えるミケ。
    その状況を聞いた彼は、悪態をついた。

    「何考えているんだ、ユウヅキ……!」

    アキラは踵を返し、「さっきの医療系の本の話の続きだ。こっちに来てほしい」と速足でミケを案内する。
    そしてフシギバナの『フラッシュ』を強め、最奥の扉の側らの小窓から中を見るようにミケに伝える。

    言われるがまま部屋の中を除くミケ。その中には……生命維持装置に繋がれた黒髪の女性が、ベッドに横たわっていた。
    やせ型の女性はピクリともせず、ただ息だけをしていた。
    その彼女に一瞬ミケは、ユウヅキの姿を重ねてしまう。

    「どなたです? どことなくユウヅキさんの面影がありますが……」
    「おそらく彼女は、ムラクモ・スバル博士。<スバル>の創設者にして、レイン所長の前任だ」
    「そういうことですか……実は、ユウヅキさんは<ダスク>では自らのことを、“ムラクモ・サク”と名乗っています」
    「ムラクモ・サク……? ああ、それが……ユウヅキの本名か。昔からユウヅキはルーツを探してアサヒと共に旅をしていた。そこで出会った彼の関係者が、この眠り続けている博士……か」

    アキラは握った拳の力を強くする。それから吐き捨てるように、ミケに自分の考えを言った。

    「スバル博士は、僕たちが行おうとしている【破れた世界】への扉を開くことを、過去に成功させ、その謎を研究していた人物で……その研究中に行方不明になっていたと聞いている。しかし、彼女は現にここにいて、そして意識を取り戻していない。彼女の身に何があったのかは知らない。だけど、うかつに再び【破れた世界】に足を踏み入れるということは、それに関わった人物がああなる危険性があるということだ……!」

    左拳を横に壁に打ち付け、音を立てる。固くした拳をほどかないまま、彼は、アキラはユウヅキを想って怒る。


    「ユウヅキに隕石は渡してはいけない。絶対に使わせては、いけない」


    アキラの言葉を聞き届けたミケは、ふと思いだしていた。
    過去に自分のところに挨拶に来た、幼いころのアサヒとユウヅキを思い出していた。

    ミケは過去に、あの二人の再会の手助けをした。
    あの時の二人は、晴れやかな笑顔のアサヒとぎこちなくも笑うユウヅキは、幸せそうだとミケは思っていた。これにてめでたし、と思っていた。
    二人の消息が分からなくなっていたと気づいたのは、つい最近のこと。ミケの前に彼女が、<国際警察>ラストが現れて、協力をするように命じて“闇隠し事件”の調査に関わり始めてから。
    それまでは呑気に、二人は仲良く旅しているものだと思っていた。

    あの彼女が、喫茶店で独りしんどそうにため息を吐いていたのを見て、二度目の別離にも耐えそれでも彼を追い求める姿を見て、ミケは。

    数年の間、ぼんやりとしていた自分が許せないでいた。

    「私は、貴方たちに贖罪をしなければならないようですね……解決したと思い込んでのうのうと過ごしていたなんて、探偵失格です。ですが、もし許されるのなら一人の知人として、探偵として――――この事件を、きっちり解決してやります。ええ。ええ」
    「……止めないと、ユウヅキを。たとえぶん殴ってでも」
    「そうですね。そのためには……ロトム」

    ミケは忍ばせていたデイジーのロトム入りの携帯端末を取りだし、ロトムに指示を送る。
    躊躇なくやるように、言い含めて彼はロトムを研究所の電子機器に潜り込ませた。

    「さて、さくっと脱出いたしましょうか」


    ***************************


    ふと横に眺めた湖の水面が、夕日の赤に染まっている。
    その真っ赤に染まる景色から、今いるこの場所は【セッケ湖】と呼ばれていた。
    『たいりくもよう』のビビヨンが、群れを成して踊るように飛んでいる。
    その様子に、心がざわつくのを私は感じていた。

    機会があったら、今度はちゃんとユウヅキとこの風景見たいな。
    そう思うと、胸のあたりがきゅうっと熱くなる。
    彼は今頃、【エレメンツドーム】の方にいるのだろうか。
    怪我の具合も含めて、とにかく心配だった。

    「! ヨアケ」
    「あ、あれ」

    ビー君に呼びかけられてはっとなる。自然と涙があふれていた。綺麗な景色のせいということにしたかったけど、そうじゃないのはバレバレだったようで……反省する。

    「ごめん。しっかりしないと」
    「大丈夫か……そろそろ、時間だな」
    「そうだね」

    時計を確認し、ちょうどの時刻になった瞬間。
    『テレポート』の転移だろうか、瞬間移動してきた大きな帽子を被った銀髪の彼女、メイと……もう一人。
    トレードマークのヘアバンドを取り、若草色の髪で顔を隠した背の低いシルエット。
    <エレメンツ>“五属性”のうちの一人、ソテツ師匠の姿が確かにそこにあった。

    「……………………」

    押し黙るソテツ師匠。拘束はされていない。しっかりと両足で立っている。服も、ボロボロではなかった。
    ほっとして近づこうとすると、ソテツ師匠が片手の平を突きだし制止した。
    それから、彼は重たい口をようやく開く。

    「よく……来てくれたね二人とも。手間かけさせる」
    「とりあえず、なんとか無事そうで良かった、ソテツ師匠……」
    「心配をかけたね」
    「本当ですよ。川に落ちたと思ったときは、本当に、もう……」

    そこまで言いかけたとき、私は引っかかりを覚える。
    確か、ユウヅキはソテツ師匠本人に頼まれて、川に落とすフリをしたと言っていた。

    じゃあ、何故ソテツ師匠はわざわざそんなことを頼んだのだろうか?
    見栄を張るだけにしては、おかしい気がする。

    そこまで考えが至ったタイミングで彼は、私に切り出した。

    「……アサヒちゃんにお願いがあるんだ」
    「なんでしょうか……?」
    「今度こそ、もう師匠とは呼ばないでくれ。オイラはもう、アサヒちゃんの師匠でも……ましてや<エレメンツ>である資格もないのだから」
    「え……?」

    そこでその言葉を言う意味が分からず、私は混乱する。
    彼はその動揺の隙をついて、モンスターボールからフシギバナを出した。
    何かに気づいたビー君は、わずかに遅れてルカリオを出す。
    ルカリオが珍しく吠えた。ビー君も警戒をむき出しにする。
    ソテツ師匠とフシギバナはその威嚇にまったく動じないどころか、むしろ関心さえしているようにも見えた。

    「やっぱり……ビドー君にはオイラの感情だっけ? 分かってしまうか。これでも、抑えているんだけどね」
    「ヨアケ……っ?!」

    ビー君の肩に、フシギバナが射出した一枚の『はっぱカッター』がかすり、服の表面だけを切り裂く。
    あまりにも早い攻撃に、いや攻撃をされたこと自体にひるむ私たちを彼はじっと見つめる。

    「ちょっと黙っていてくれビドー君」
    「何するんですかっ、し――!?」
    「だからそう呼ばないでくれと言っているだろ」

    わざと低くされた彼の声には、悲痛さが混じっていた。
    下した髪の向こうに見える表情は、とても苦しそうに歪んでいた。

    「いっぺんでいいから……ちゃんと名前で呼んでおくれよ。こっちに向き合ってくれよ。そうじゃなきゃ、オイラはいつまでも――――いつまでも君を憎み切れない」
    「……憎むとか、憎まないとか。資格があるとかないとか……もめるのは一緒に帰ってからにしましょうよ……ガーちゃん心配していたんですよ、貴方の安否がわかるまで捜索を最後まで続けていたんですよ?」
    「どんな形であれヤミナベ・ユウヅキに負けたオイラは、もう<エレメンツ>には戻れないさ」
    「! ……それでも帰るんです! たとえ、帰りにくくても!!」

    言い合いを遮ったのは、ビー君と向こうの彼女の携帯端末の電話の着信音。おそらくデイちゃんや他の<ダスク>の人辺りがこっちの状況を確認しにかけてきたと思われる。

    「でなよ。そして言え。オイラの、ソテツの安全は保障されたと」

    彼のフシギバナが力を溜めビー君に狙いを定める。
    ビー君も彼の言動に、だいぶショックを受け辛そうにしていた。
    脅され、屈しそうになる状況の中。それでもビー君は、臆さずに言い切った。

    「ソテツは……<ダスク>に寝返った可能性が高い……!」

    「正解だよ」と裏付ける言葉。証明のごとく容赦なく放たれる『はっぱカッター』。
    一瞬で放たれる葉の刃を、届く前にルカリオが片手で掴み、握りつぶす。
    スピーカー越しに聞こえるデイちゃんの声は、こう言った――――『わかった、無理矢理でも連れて帰れ!』と……。
    切られる通話、ため息を吐く彼。息を呑むビー君。戦闘態勢に入るルカリオとフシギバナ。
    私も覚悟を決めて、モンスターボールからポケモンを出す。

    「ヤミナベ・ユウヅキに負けたオイラは、<ダスク>にスカウトされたんだよ」

    赤く、赤く、燃え上がる夕焼けの中、告げられる衝撃の事実。
    負けられない、引き下がれない戦闘の予感がした。


    ***************************


    レインから【セッケ湖】に居るあたしへの連絡。
    それはサク様の元に来い、とかではなく。

    『メイ、【スバル】が襲撃されています、そちらの援軍に向かってください。最悪の場合は、拠点の放棄も視野に入れつつ……任せます』

    それは慣れない仕事の押し付けだった。あんたに任されても嬉しくもなんともないっつーの。
    アサヒが出したギャラドスの強面とにらみ合いつつ、向こうの状況も尋ねる。

    「そっちはどうするの。あたし抜きでいけるの?」
    『やってみせます。だからスバル博士のこと、お願いしますね』
    「あーもう、わかった。それと、サク様に何かあったら許さないから」

    通話を切り、協力者のソテツに向かって一応声掛けをする。

    「あたしは忙しいから、後はあんたに任せる」
    「任されたよ。わざわざありがとう、機会を作ってくれて」
    「心にもないこと言うな」
    「いや、感謝しているのは本当だよ」

    嘘こけ。
    リクエスト通りにこの場を作ったことに対して、あんた自身はいまだに後悔もしているくせに。
    どこまで矛盾しているんだこいつは。
    無表情で感情を烈火のごとく燃やしているあんたは……今は味方とはいえ正直引くレベルで怖いっての……!

    とっとと【スバル】に向かうためにギャロップをボールから繰り出し飛び乗る。
    その時、【スバルポケモン研究センター】の方から轟音が鳴り響いた。

    驚く奴らと、動じないソテツとフシギバナを置いてあたしとギャロップは【スバル】へ出せる限りのスピードで向かう。
    サク様の帰る場所の一つを守るために、あたしたちは走った。


    ***************************


    【スバル】の方角からの音も気になる俺に、ギャラドスのドッスーと共に彼女は険しい表情で頼み事をした。

    「……【スバル】で何かあったんだと思う。ビー君は彼女を追いかけて。アキラ君たちをお願い」
    「ダメだ」
    「ビー君!」
    「今のソテツの前に、お前だけ残して行けるかよ……!」

    ソテツから感じられるのは、複雑に入り乱れた感情の波導だった。少なくとも、普段の時と比べ物にならないくらい嫌な感情が混ざり合っている。
    むしろ、それを抱えているソテツ本人がどうしてあそこまで表面上静かでいられるのかが不思議で仕方がなかった。
    そして、その濁った視線の矛先はヨアケに向けられていた。

    「ああ、ビドー君は別に行ってもいいよ?」
    「誰が……っ!」
    「そうかい。まあ、君ならそう言うよね。君は全体の戦局よりもアサヒちゃんが大事なんだから」
    「…………何を言いたいんだ」
    「ここでオイラに構ってくれるのは、<ダスク>にとって好都合ってことだ」

    もう一つのモンスターボールを握り、二体目のポケモンを出すソテツ。
    現れたのは紅く鋭い足をもち、長い髪の上に小さな王冠のような部位をもつ艶やかなポケモン、アマージョ。
    とても鋭い睨みをきかせてくるアマージョ。その気迫はギャラドスに一歩も劣っていなかった。
    刺すような空気に押されつつも、ヨアケと俺はソテツに言い返す。

    「構うよ。だって貴方にここで向き合わずに引くことなんてできない。やっぱり協力、お願いビー君」
    「分かった。ソテツ……確かに俺は、全体よりも、ヨアケを優先する。でも今はそれだけじゃなくて……お前をここで連れ戻す方が、大事だと思う。だから俺もここに残る」


    俺たちの言葉にソテツは、静かに「嬉しいね」と無表情に零した。
    それから彼は、自嘲気味に嗤う。

    「そういう中途半端な気遣いが、一番堪えるんだよ……!」

    ソテツを取り巻く波導が、一気に荒立つ。矛先は、俺にもわずかに分散した。

    「向き合いたけりゃ、連れ戻したけりゃ、力でねじ伏せてからにしな」

    力強く右足で地面を潰さんとばかりに踏みしめるソテツ。
    それに呼応して、フシギバナとアマージョが動き出す。俺とヨアケも迎撃の指示を出した。


    ***************************


    「ルカリオ迎え撃つぞ……!」

    地面を蹴り、向かってくるアマージョに突進していくルカリオ。
    『フェイント』を織り交ぜて殴りかかろうとしたルカリオの動きが、直前でピタリと金縛りにあったかのように硬直する。

    「なっ?!」
    「アマージョに手の内が割れている『フェイント』ほど、通じないものはないよ――――まずは足から」

    動揺するルカリオにアマージョは『ローキック』で足を狙い撃ちした。
    片足をやられ、走れなくなったルカリオにアマージョは流れるような動きで『トロピカルキック』の回し蹴りを三連打叩き込み、蹴り飛ばす。
    仰向けにダウンするルカリオの腹に追撃で『ふみつけ』をするアマージョ。鋭い足が、突き刺さった。唸るルカリオの苦しみが、波導越しに伝わってくる。

    「! ドッスー『こおりのキバ』をアマージョにっ!」
    「フシギバナさせるな、『つるのムチ』」

    フシギバナと交戦していたヨアケと彼女のギャラドスがフォローに入ろうとしてくれるも、フシギバナの放つツルに拘束され、身動きを封じられる。
    そのまま引っ張られ赤い湖に投げ出されるギャラドス。水しぶきがこちらまで飛んでくる。

    「ドッスー!」

    彼女がギャラドスに呼びかける。
    ヨアケと俺の目の前からポケモンがいない構図で、ソテツのフシギバナだけが自由に動ける状態になった。
    急いで他のポケモンを出そうとする俺たち。しかしフシギバナはそれをさせてはくれなかった。
    真っ直ぐ伸びる2本のツルが、ボールを掴もうとした俺と彼女の手首に的確に巻き付く。
    それからギャラドスが落ちた方向に向かってソテツは牽制の言葉をかけた。

    「……ドッスーは動くなよ、アサヒちゃんがどうなるかわからないからね」

    その言葉の呪縛で、ギャラドスは簡単に動けなくなる。
    ルカリオも、俺も、ヨアケも動けない。

    たったの1、2回の攻防。
    それだけのやりとりしかしてないはずなのに。
    俺たちは……俺たちは、ほとんど、詰んでいた……。


    ***************************


    大きくため息をついた後、ソテツは一歩。また一歩とヨアケに近づく。

    「ビドー君はアマージョの特性『じょおうのいげん』を覚えきれてなかったせいで大きな隙を作った。ルカリオは攻撃の失敗に動揺しすぎ。アサヒちゃんもドッスーもフシギバナに何かしら技叩き込んでから援護に向かいなって。それから常に次のポケモンは出せるようにしておきなよ。この期に及んで意味もなく棒立ちで指示出すとか、本当に……負けないための戦いかたがなってない」

    噛みしめるように、すりつぶすように、踏みしめるように、踏みにじるように。
    ソテツは俺たちに突き付ける。

    「やっぱり、アサヒちゃんの弱点はビドー君であり、ビドー君の弱点もまたアサヒちゃんだね。君ら、一人で戦った方が強いよ」

    その事実に何も言い返せない。悔しさと「どうして」という思いばかり募っていく。

    「おっと悪い癖が出たね。今更わざわざ教えることないのに」

    ソテツの波導は、いまだに荒れ狂うも、冷めたような一定の揺らぎも確認される。
    そんな中じっとソテツを見つめるヨアケの方に、変化が生まれ始めていた。
    それを知ってか知らないか、ソテツはヨアケを挑発する。
    彼女を、焚きつける。

    「そういえば、ヤミナベ・ユウヅキの本名、サクの名前でこんな意味を込めて呼んでいる連中がいたよ」
    「……それは?」
    「“サクリファイス”のサク。つまりは“生贄”ってね。それを聞いたとき、オイラも言いえて妙だと思ったよ」
    「!!!」

    激しく反応する彼女を見ながら、歩みも言葉を並べるのもソテツは止めない。

    「これはオイラの見立てだけど……<ダスク>のどの程度が把握しているかはわからないが、ギラティナやそれを呼び出すディアルガとパルキアを呼び出すプロジェクトを進めるために、君の大事な大事な彼は――――命をかける必要があるよ」
    「そんな」
    「強大な力を持つポケモンを“赤い鎖のレプリカ”で無理やり留めようとすれば、そりゃあ命懸けだ。普段から怪我の多い彼なら、もっと死ぬ可能性は高いだろうね。それをヤミナベ・ユウヅキやレイン辺りは悟られないようにしているみたいだが、知っている奴は知っている。そして見て見ぬふりを決め込んでいる」

    ソテツがヨアケの眼前まで迫る。彼女を見上げ、それから短くなった髪に手を伸ばそうとする。
    その手が届く前に、彼女は、ヨアケは。
    震えに満ちた声で、一つの質問をソテツにした。

    「貴方は、あの傷だらけのユウヅキをさらに傷をつける真似、しませんよね?」
    「ああ。つけたさ。傷つけたとも」

    返答を聞いたヨアケは空いた左手でソテツの手を力の限り叩き落とす。
    彼女は珍しく、そして明らかに怒っていた。
    ぶつぶつと、彼女は呟き始める。それは、ギャラドスに対する指示だった

    「『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』…………『りゅうのまい』……!!!!」

    彼女の怒りに呼応するかの如く、湖の中のギャラドスがどんどん、どんどんどんどん荒ぶる。

    「フシギバナやれ」

    ソテツの命令。ムチに引っ張られるヨアケ。フシギバナがヨアケを湖に放り投げた。

    「ヨアケ!!!!」

    とっさに駆けだそうとする。しかし俺の手首にツルはまだ巻き付いたままで、バランスを崩し、転んでしまう。
    アマージョが、ようやくルカリオの上からどいてソテツの方に向かった。
    地に伏したままルカリオの方へ、縛られていない手を差し出す。

    「ルカ、リオ……!!」

    ルカリオも俺に手を伸ばす。
    その手を掴んだ瞬間、湖の方から爆音が聞こえた。
    水柱と共に現れたのは、ギャラドスの頭に乗ったヨアケ。

    彼女は“ギャラドスにしがみついたまま”技の指示を出した。


    「――――『げきりん』」


    俺の手首のツルも解かれ、フシギバナの元へ戻っていく。
    荒れ狂うギャラドスの猛攻を、二対の『つるのムチ』を巧みに使って勢いを反らすフシギバナ。ソテツとアマージョは余波で吹き飛ぶ小石を難なく見切って、かわしていく。
    ギャラドスが『げきりん』の勢いに混乱しても、すぐにヨアケが呼びかけ、正気に戻し再度『げきりん』を出させる。ヨアケは吹き上げる石を全く避けようともせず、ギャラドスにしがみつき続ける。
    ズタズタに。ボロボロに。なりふり構わず傷つきながら、それでも攻撃を止めようとしない。


    ……この時ヨアケひとりだったら、『じしん』などで全体をカバーする技も打てたはずだ。
    無茶をしてまでハイリスクの『げきりん』を選ぶ必要はなかった。
    俺たちは本当に足手まといにしかなれないのか……?
    一瞬でもそう思いかけたとき、ルカリオが、握りしめる手の力を強くする。
    静かに熱いルカリオの気持ちは、まだ燃え尽きてはいない。

    やることは変わらない。諦めずにまた立ち上がるのみだった。

    ソテツの馬鹿の、思うままにさせてたまるか……!


    ***************************


    「どうして!」

    自分でも信じられないくらい感情が溢れる。抑えなければいけないのに、溢れ続ける。
    どうして、どうして、どうして、どうして!!!!
    どうしてスカウトに乗って<エレメンツ>を離れようとしている?
    どうして私たちと敵対しようとしている?
    どうしてユウヅキを傷つけた?
    私の大切な人だと知っていて、なんで?

    「どうして? なんでそこまで貴方は、私に嫌がらせするの!?」
    「それはね」

    流石に許せない気持ちが、感情が爆発する。叫べば叫ぶほど、リミッターが外れていきそうになるのが分かる。

    「嫌われたかったんだよアサヒちゃん。オイラは君に、嫌われて憎まれたかった」

    そう言ってやっと満足そうにしている貴方が、許せなくて。
    熱い涙が、溢れる。視界も、思考も何もかもが乱れていく。
    オーバーヒートした思考が「赦すな」と叫び続けていた。



    その気持ちと同時に。

    「そうでもしなきゃ、ちゃんとオイラのこと、個人として見てくれなかっただろ?」

    その心の底からの微笑みに。
    悲しくて。
    苦しくて。
    悲しくて。どうしたらいいのか、解らなかった。

    「ヤミナベ・ユウヅキに負けて気づいたよ。オイラは自警団<エレメンツ>ではなく、“五属性の一人草属性”でもなく、“君を嫌い憎み続けなければいけない被害者”や、ましてや“師匠”でもない。そんなオイラになりたかった。立場や肩書がなければこの想いを持つことを許されると思いたかった。何もない素のオイラを見てほしかった。見栄を抜いて言うなら、振り向いてほしかった。困ってほしかった。この先は……さすがに言わないけどね。でもビドー君なら、解るだろ?」

    彼のアマージョが天高く『とびはねる』。
    スタミナ切れの私とドッスー目掛けて、踏みつけようとしてくる。
    それでトドメを刺される。そうぼんやりと思って、私は。
    ドッスーを握っていた手を、緩めてしまう。
    滑り落ち、落下する。日も沈み既に黒くなりかけた湖に落ちていく。
    見上げる宵闇の空の中、アマージョが降ってくる。
    湖面の浅瀬に叩きつけられる前に見たのは。

    ドッスーの横を高く高く跳躍するルカリオだった。

    「ルカリオ飛べえっ!!! 『スカイアッパー』あああああああああああ!!!!」

    地面にぶつかる直前に叫ぶビー君に受け止められ私は空を仰ぎ見る。
    青く青く、輝く打ち上げるルカリオの拳が、空中のアマージョを射抜いた。


    アマージョを落下する前にボールに回収する彼に、ルカリオの着地と共にビー君は怒鳴り飛ばした。

    「解りたくもねえよこの馬鹿野郎!!!」


    ***************************


    ふと、昔こうしてこの湖のそばでユウヅキに抱えられて言われたことを、ようやく思い出す。
    私を安心させようと微笑み、でも泣きながら彼は、最後にこう言っていた。


    『ありがとう、そして――――愛している』


    今はどう思っているのか分からない。でも、どこかで私はその彼の言葉を覚えていて。
    切ないくらいにユウヅキに恋焦がれていた。
    だから私は謝った。

    「ごめんなさい、無理ですソテツさん。本当にごめんなさい……」

    中途半端な態度を取ろうとしたことと。ずっと貴方を“師匠”と呼び続け個人として意識してこなかったこと。
    そして受け入れられないと、彼に謝った……。

    彼は「分かったよ」とそれだけ言うと、フシギバナを労いボールに戻した。
    その時どんな顔をしているかまでは見えなかったけれど。戦意や敵意を感じない。どこか疲れたような口調で、ソテツさんは背を向け言った。

    「今日のところはこれで引くよ」

    去っていく彼をビー君が引き留めようと声をかける。

    「……戻らないのか、<エレメンツ>には。ガーベラとか、スオウとか、みんな心配して帰りを待っていたぞ」
    「戻らないさ。少なくとも今はまだ、ね。どのみち<ダスク>の方が身内を連れ戻せる可能性は高いんだ、しばらく<ダスク>の他のトレーナーでも鍛えるさ。ハジメ君とか見どころあるし。それに……」
    「それに?」
    「<エレメンツ>が無事に残っているとは、思えないしね」
    「……どういうことだ……?」

    私たちの疑問に、ソテツさんは片手で頭を掻きむしりながらわざわざ応えてくれる。
    現状の予想と、そうなった原因を、教えてくれた。

    「素直に隕石を渡していれば、争いにはならなかった。結果的にオイラたちが【エレメンツドーム】側の争いを引き起こしたってことだ。あとはまあ……どちらかが倒れるかしか、ないだろう?」


    ***************************


    一方【スバルポケモン研究センター】は、再び襲撃されていた。
    他ならぬアサヒの知人、そして脱走者のミケとアキラの手によって、窮地に立たされていた。
    まずミケが潜入前に予め外に忍ばせていた手持ちの鋼鉄の身体をもつ四足歩行のてつあしポケモン、メタグロスのバルドに規定の時間まで自分が戻らない場合研究センターの壁を思い切り『コメットパンチ』で殴り壊すよう指示。
    時刻ちょうどにバルドは攻撃を開始。慌てふためく研究員が出払ったところにデイジーから預かっていたロトムを機械に接続。システム内に侵入させシステムを守っていたポリゴン2を不意打ちして一気に制圧する。それでも閉まる扉などはゴミすてばポケモン、ダストダスのドドロが放つ『ふしょくガス』で溶かして突破した。

    「ざっとこんなところですね」
    「手慣れ過ぎていて若干引く。あと自分で自分の所属していたところを襲撃するのは流石に気が引けるよ」
    「そうでしょうか。隔離なんてするブラック研究所なんて、乗っ取ってなんぼですよ」
    「悪党……」

    別の区画に閉じ込められていた他地方から来ていた研究員とスムーズに接触し、脱出を図るミケたち。
    出口に向かいぞろぞろと走る彼ら。すると、大きな帽子の銀髪の彼女、メイが手持ちのパステルカラーのたてがみのギャロップに乗って阻止しにやってきていた。

    「ああもう、面倒くさいことになっているし!!」
    「おやお嬢さん、ここに居ては危険ですよ。私たちと一緒に脱出を……」
    「……ミケさんたぶん彼女は敵だと思う」

    声を荒げるメイを心配するミケに、アキラは冷静に突っ込む。
    それからアキラは手持ちの1体の、黒い毛並みの威風堂々としたポケモン、エンペルトのリスタを出し、メイとギャロップを睨む。

    「邪魔だから、どいてくれないかな」
    「うわ嫌な奴。そう言ってやすやす通すわけには……」
    「じゃあどかすよ」
    「他人の話を最後まで聞けっ!」
    「どうせ時間稼ぎだろ。聞かないよ。リスタ、『なみのり』!」

    アキラはエンペルトのリスタに『なみのり』を指示。通路に大波を発生させ、出入口まで押し流す。
    研究センターの外まで流されたメイとギャロップは、びしょ濡れの身体でなんとか立ち上がる。

    「今のうちだ!」
    「すみませんお嬢さん、また今度。行きますよロトム!」

    ロトムを回収し、施設を後にしようとするミケとアキラたち。
    肩をわなわな震わせ、メイは思い切りアキラを睨んだ。
    その瞬間、謎の衝撃波による風が吹き荒れる。
    アキラが立ち止まる。不思議に思ったミケが振り返る。

    「どうしました? ……!」
    「う……く……にげ、ろ……!」

    何とか声を絞り出すアキラ。アキラとエンペルトは念動力で動きを封じられていた。
    その念動力を放っていたのは、ポケモンのギャロップではなく……メイだった。

    「サイキッカー、例の超能力者でしたか……! 皆さんはお先に!」
    「ギャロップ。あのヘラヘラした野郎に『サイコカッター』っ!」

    ギャロップがツノから放つ念動力の刃が、ミケへと飛んでいく。ミケを庇うダストダスのドドロ。弱点のエスパータイプの攻撃に、大ダメージを喰らってしまう。
    ボロボロと、傷跡周辺から外装が崩れるダストダスに追い打ちの『サイコカッター』を放つギャロップ。

    「かわしてください!」

    あのダメージでかわせるものか、とメイは着弾を確信する。
    しかしダストダスはメイの予想を裏切り……先ほどの数倍のスピードで動き始め見事に『サイコカッター』を避け反撃に転じる。

    「?! ちっ『くだけるよろい』の素早さ上昇かっ!」
    「ご明察! ドドロ、『ダストシュート』!」

    ゴミの塊が、勢いよく射出されギャロップを捉えメイごと突き飛ばす。
    その隙に動けるようになったアキラが、エンペルトに冷徹な決定打を出させた。

    「リスタ今だ、『れいとうビーム』!!」

    濡れた衣服と地面がすぐさま凍り付いて、メイとギャロップの身動きを取れなくする。
    遅れて飛んでやってきたメタグロスのバルドを発見した二人は、エンペルトとダストダスをボールにしまう。
    そのままメタグロス捕まり、アキラとミケはその場を離れることに成功したのであった。

    しばらくして、バキバキと音を立て氷の割れる音が響く。
    それはメイが念動力で氷を打ち砕く音だった。
    傷ついたギャロップを介抱しつつ、彼女はイラつきを抑えようと努力した。
    だが、抑えきれずに悪態をついてしまう。

    「ちっくしょう……!」

    それと呼応するかの如く、細かく砕けた氷が、塵と化した。
    ギャロップの鳴き声にはっとなり、メイは深呼吸する。
    他地方の研究員は、奪い返されても特に支障はない。この施設自体を放棄はしなくて済みそうだとメイは判断する。
    その上で、騒動に気づき遅れてやってきた他の研究員に【スバル】を任せ、彼女は足早に【エレメンツドーム】を目指した。


    ***************************


    ミケの提案で、彼らはアサヒたちとの合流を優先していた。

    「あまりアサヒさんたちの増援はあてにはしないようにしていたのですが、いざ来ないとなると何かあったのかもしれません。急ぎましょう」

    そう心配するミケの言葉に、アキラは胸騒ぎがしていた。
    彼らはすっかり暗くなったセッケ湖のほとりにて、ビドーに肩を貸される形で【スバル】へと向かうアサヒを発見する。
    その髪の短くなったズタボロのアサヒを見て、それでも自分を見つけて表情を明るくする彼女にアキラは唖然とした。

    「アキラ君?! それにミケさんまで。よかった無事だったの……?」
    「無事じゃないのは君の方だろ!!」
    「それを言われると、なにも返せないや」
    「何も言わなくていい、とにかく消毒するから! ビドー座らせろ!」
    「お、おう……」

    アキラは悪態と小言を言いながら、手持ちの応急セットでアサヒの手当をしていく。
    しかめっ面のアキラにアサヒは申し訳なさそうに頼みごとをする。

    「アキラ君」
    「何」
    「後でドッスーの治療も頼めるかな。私のせいでだいぶ無理をさせちゃったんだ……本当は私がするべきなんだけど、お願いできないかな……」
    「わかった」
    「ありがとう、ゴメン……」
    「僕に謝ることあるの? 対象が違うんじゃないかな」
    「そうだね……ドッスーゴメンね……」

    ギャラドスの入ったモンスターボールを握りしめ、アサヒは謝り続けていた。
    状況の読めないミケは、違和感を覚えビドーに事情を聴く。

    「私はデイジーさんに頼まれて、彼らの救出を行っていましたミケと申します。もう一人はどうされました」
    「俺は、ビドーだ。ソテツは……<ダスク>に寝返った。消息は、もう分からない。そして、ソテツの件をきっかけとして【エレメンツドーム】の方のヤミナベと<エレメンツ>の戦いが起きているかもしれない」
    「ユウヅキさんと、<エレメンツ>の正面衝突……! どなたかに連絡はつきませんか?」
    「誰ともつながらない。ミケ、俺はこのまま……【エレメンツドーム】に向かおうと思っている」

    ミケは、ビドーが単身で【エレメンツドーム】に戻る気だと悟った。
    彼らの会話を聞いていたアサヒは、「行かないでビー君っ、行くなら私も……!」となんとかそれを制止させるように説得しようとする。
    ビドーはふっと笑って、アサヒに「休んでいろ」と言い、アキラに彼女を託そうとした。

    「アキラ君、ヨアケのこと、頼んだ」
    「……君たち、ちょっと何でもかんでも都合よく頼みすぎじゃない?」
    「そこをなんとか」
    「ダメだ。全員で向かおう。その方が、援軍にもなるし、孤立したところを叩かれなくて済む」

    アキラは淡々と冷静に状況を分析したうえで、その提案をする。ごり押す。
    ビドーはポカンとして「その考え方はなかった」と正直にこぼした。
    そんな彼に呆れつつ、アキラは自分の想いを口にする。
    その方が説得しやすいと判断し、言葉を紡ぐ。

    「アサヒ、ビドー。ユウヅキを止めたいと思っているのは僕も同じだ。あとそこのミケさんもだ。焦るな。だから、一緒に行こう」

    彼の言葉に、3人とも頷く。
    それから他地方の研究員を説得し、一行は【エレメンツドーム】を目指し夜の中を突き進んだ。
    その先に待ち受けているのが、どういったものか、この時の彼らは、知る由もなかった……。


    ***************************


    【エレメンツドーム】では、激闘が繰り広げられていた。
    その中心には、彼が居た。
    ムラクモ・サク。もといヤミナベ・ユウヅキ。
    彼は隕石を手に入れるために、自警団<エレメンツ>に挑むことを選び、そして――――


    ――――そして、己の身を顧みず戦っていた。




    つづく。


      [No.1685] 第十一話 傷だらけの朔月 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/07/10(Sat) 18:44:13     8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第十一話 傷だらけの朔月 (画像サイズ: 480×600 201kB)

    王都の入り口から広がる迷路のようなキャンプ地。
    夜でも賑わうその区画で、最近事件が多発していた。

    連続通り魔事件。

    通りすがりの人やポケモンに正面から堂々と言いより、手品を使い切り傷を負わせていく……そのような事件が以前から王都【ソウキュウ】で続いている。
    幸い死者はまだ出ていないものの、日々の生活を脅かしているのは確かだった。
    タキシードにシルクハットという、ふざけたような目立つ風貌の犯人は、すぐ電光掲示板でも指名手配される。
    だが、犯人は、自警団<エレメンツ>の追手からは逃れていた。

    犯人は<エレメンツ>の“千里眼”こと、波導探知の使い手のトウギリが王都にいないタイミングで事件を起こすので、なかなか網に引っかからない。
    さらにあざ笑うように<エレメンツ>が<ダスク>にバトル大会の襲撃を受け、実働部隊のエースのソテツが行方不明になったあたりから犯行頻度は増えていて、見逃せない問題になっていく。

    その魔の手はキャンプ地だけでなく、王都の内にも広がろうとしていた……。


    ***************************


    この日の夜も、また事件は起きた。

    整えられた毛並みを持つポケモン、トリミアンとそのトレーナーである初老の男性は必死に路地裏を駆けていた。
    男たちの目的はただ一つ。追いかけてくる通り魔たちから逃げ切ること。
    しかし、その切迫した望みと逃げ道は断たれる。
    正面から通り魔の手持ちのドレディアが嗤いながら立ちふさがる。
    頭の花飾りが特徴的なドレスをまとったドレディアが蝶のように軽やかに舞いながら『マジカルリーフ』でトリミアンをいたぶる。
    トリミングされた毛が見るも無残にズタボロにされていくトリミアン。
    やめてくれ。そう叫ぶ男の足元に一枚のトランプが突き刺さる。クラブの12が印字されたそのカードは、通り魔の指鳴らしに呼応するかのように一輪の棘のついた茎をもつ花へと変化した。
    2回目の指慣らし。ドレディアが両手を路地の床につけると、棘付きの花の茎がみるみる伸びはじめ、男とトリミアンの足に『くさむすび』をして、巻き付いていく。
    棘が刺さる痛みでもだえ苦しむ彼らに、通り魔はシルクハットをかぶり直し笑みをたたえて言った。

    「はっはっは! どうですどうです? 私ヨツバ・ノ・クローバーと愛しいクイーンのショーを特等席で体感したご感想は? ……おやおやノーリアクションですか? つまらない」

    通り魔クローバーとそのパートナー、ドレディアのクイーンは「つまらない」と言いつつもその歪めた口元を緩めない。
    愉快そうに、彼らの苦しむ様を見つめていた。

    もう駄目なのか、逃れられないのかと男とトリミアンが絶望したその時、彼らの間に割って入った影があった。
    幸か不幸かは判別できるだけの余裕は彼らには残されていなかった。
    何故なら彼らの前に現れたフードを目深に被った橙色の髪の青年は、ランプラーを引き連れていたからだ。

    ランプラーは、誰かが死ぬ直前に現れることから、死神の使いとして恐れられている。そういう噂が付きまとうポケモンだ。

    もしかしなくても、それは自分たちのことかもしれない。そう静かに悟る彼らに死神が口を開く。
    彼とトリミアンは覚悟してその言葉を聞いた。

    「焼き払え――ローレンス!」

    ローレンスと呼ばれた死神の使いのランプラーが、男とトリミアンの――――動きを封じていた茨の蔦だけを焼き払う。
    へたり込む男とトリミアンに死神に見えた青年は「立てるか」と尋ねる。
    何とか足を引きずりながらも立ち上がる彼らを見て、青年、イグサは言った。

    「君らはまだ死ぬ時期じゃない。僕たちが保証する。だから……今は逃げろ」
    「あはは、そういうこと。がんばれ〜」

    戸惑う男たちにイグサの言葉を引き継ぐように続けてやってきた白いフードを被った褐色肌の少年、シトリーは、朗らかに笑いながら励ました。

    肩をすくめ不愉快そうなクローバー。その視線はイグサとランプラーよりも、シトリーへと向いていた。

    「おやおや? 私のショーを笑いながら邪魔するとは……なってない外野ですねえ。その笑み、消して差し上げましょうか?」

    ドレディアと共に前後からじわりじわりと歩み詰めるクローバー。
    イグサはシトリーに怪我をしている彼とトリミアンを託し、ランプラーのローレンスと共に突破口を開く。

    「ローレンス、ドレディアの視界を奪え!」

    イグサの指示を受けたランプラーは、白く濁った煙をドレディアにぶつける。
    煙はドレディアの周囲に充満し、先ほどから蝶のように舞って高めていた能力の向上を打ち消す。

    「! 『クリアスモッグ』とは、面倒な真似をしてくれますねえ、クイーン、再び『ちょうのまい』」

    クローバーがまたドレディアの能力を上げようと技を指示する。
    その瞬間を狙いすましたかのように、ランプラーは笑い、イグサは睨む。

    「燃やせ! 『しっとのほのお』!」

    イグサの声が路地に通る。すると舞い踊るドレディアの足元から狂ったような勢いの炎が迫った。相手が能力の向上に合わせて『やけど』を負わせる嫉妬の炎が荒れ狂い、ドレディアを包み込む。

    クローバーにはこのまま火傷を負ったドレディアのクイーンに無理をさせる選択肢もあった。
    シトリーやトリミアンとトレーナーだけでも狙うこともできた。しかしクローバーはそれをしなかった。

    「今夜は終いですね。戻りなさい、クイーン!」

    モンスターボールの光線が傷ついたドレディアを包みボールカプセルに回収する。その撤退の判断は早かった。
    安心して胸をなでおろす男とトリミアン。
    暗闇の路地裏に姿を消していくクローバーを見送ったあと、シトリーはつぶやく。

    「あはは、お見事。引き際をわきまえているね。だてに今まで捕まっていないわけだ」
    「首は突っ込みたくなかったが、顔を見られた。さて、どうしたものか」

    感情を隠した表情を見せつつ唸るイグサにシトリーは提案した。

    「とりあえずこの人とトリミアンを安全な場所まで送って、それからあの噂の<ダスク>さんたちに頼ってみない?」

    シトリーの提案に、イグサは少し悩むも「巻き込むのは悪いけど、その手も悪くはない、か」と嘆息を吐いた。


    ***************************


    新聞を、怒りに震えた両手に持ちながらトーリ・カジマは憤った。

    「お前はなんなんだッ! クローバー!」

    港町【ミョウジョウ】の喫茶店にて、顔を熱くし、怒る農灰のジャギー頭の男トーリ。彼の手持ちの結晶の姿のポケモン、フリージオのソリッドはそんな彼に冷気を吹きかけ、冷静になるように諭した。
    同席していた青年、ミミロップの帽子を相変わらず身に着けたミュウトは恐る恐る様子を伺いながら、怯える彼の手持ちのピカチュウとピチューの兄妹を抱きしめていた。

    ここ港町【ミョウジョウ】にまで、通り魔クローバーの噂は広まっていた。
    ウェイターの視線を感じて声を潜めるも、トーリの怒りは収まらない。

    「お前はなんなんだ、クローバー……同じ演者として、許しがたい」
    「トーリさん、とにかく落ち着いてください。僕のリュカとシフォンもびくびくしてしまっています……」
    「……すまない。だがしかしミュウト。演技や芸は人をそしてポケモンを喜ばせ元気にするためのものだ。だのに何を考えているんだ、このクローバーは。いたずらに芸を用いて、挙句の果てには傷と恐怖を植え付けていく。許すなという方が難しい」

    ジト目の目を鋭くし、お冷を一気に飲み干し半ば叩きつけるように置こうとするトーリ。
    だが、ピカチュウのリュカとピチューのシフォンのつぶらな瞳を見て思いとどまり、ため息を吐き出した。
    ミュウトは悲しそうな表情を浮かべ、自身の想いを、疑問を述べていく。

    「確かに、僕もポケモンコンテストやポケモンミュージカルによく参加する身としては、痛ましいと思いますこの事件……でも、何を考えてクローバーはこんなことをしているんでしょう?」
    「知らん……知りたくもないそんな奴の思考なんて……万が一知ったところで、理解できるとは到底思えない」
    「それは……そうですね」

    しょげるミュウトに、トーリは頭を掻きながら彼なりに話の落としどころをだした。

    「たとえどんな理由があったとしても、他者を、他者の大事な者を傷つけて許されることがまかり通る道理にはならないだろう?」

    それを受けたミュウトは、両腕の中の大事な者たちを抱いて静かに頷いた。
    そして彼は祈った。
    早く事件が解決することと、これ以上の被害者が出ないことを。
    祈ることしかできない無力さをどこか感じながら、願った。


    ***************************


    色々あるにはあった後、俺とヨアケはまた【カフェエナジー】に足を運んでいた。
    ここのウェイトレスのココチヨさんといい、ハジメといい……ユーリィも含め、俺たちと対立しているとはいえ<ダスク>のメンバーの中でも気を許せそうな人がいるのは、不思議な感覚だった。
    まあ俺としては<ダスク>の責任者のサク……ヤミナベ・ユウヅキの野郎は赦しちゃいないがな。
    “闇隠し事件”の真相は分からないが、手持ちのリーフィアにヨアケの髪を切らせたこととか。ダークライにあんな悪夢を見させたこととか。ソテツをさらって隕石との交換条件突き付けてきたこととか。うん、赦せねえ。

    赦せねえ……けど、相棒、ヨアケの大事な人であることは変わりないんだから、また何とも言えないよな。

    そんなことを考えながらグランブルマウンテン(アイスコーヒー)を飲んでいると、ココチヨさんに最近また通り魔事件が多発し始めたことを知らされる。

    「通り魔か……よりにもよってトウギリが倒れた後のタイミングでかよ……完全に狙われているな」
    「最近被害にあった方が増えてきてね。ビドーさんもアサヒさんも気を付けてね?」
    「物騒だな……リッカとかカツミとか、子供らは大丈夫なのかココチヨさん」
    「二人とも、なるべく外に出ないようお願いしているわ。今日中にでも二人を迎えに行って、しばらくこの【エナジー】で寝泊まりしてもらうつもり。やっぱり心配だからね」
    「そっか。ハジメのやつ、まだ家を空けることは多いのか?」
    「前よりは帰っているみたい。トウも本調子じゃないし、監視の目が緩んでいるから。それが……今回みたいな事件の時にはあると、本当に助かるものだったのねって痛感しているわ」

    ココチヨさんは複雑そうに遠くを見た。トウギリの能力は便利ではあるが、彼自身の体調への影響を考えると、ほいほいと使ってもらえばいいというわけにもいかない。
    現にトウギリはつい最近一度波導の千里眼の力を使いすぎて倒れている。
    彼に無理をさせるわけにはいかない。それが分かっているからこそ、ココチヨさんは悩んでいたのだろう。

    「<エレメンツ>側は、今誰か動けるのか?」
    「噂だと、ガーベラさんが頑張っているって聞くわ」
    「ガーベラも無理しているじゃねえか」

    ガーベラは確か河川で行方不明になったソテツを探してここ連日探していたと記憶している。ソテツの居場所がダスクの元にあると知っても、体力的にも、精神的も参っているはずだ。
    そんな彼女が危険の最前線に出ているなんて。

    人材の少なさと、現状身動きがとりにくい<エレメンツ>。
    なまじ修行などで世話になった面々をおもい返し、俺は自然と零していた。

    「俺たちにも力になれること、ねえかな」
    「きっと、きっとあるよ。私たちにも、力になれること」

    モーモーミルクのグラスを持ち考え事をしていたヨアケは、俺にそう言った。

    「そうだよな、俺らにも、できることあるよな」
    「だからって、無理だけは、どうか無茶だけはしないでね、二人とも」

    ココチヨさんとミミッキュが心配そうに俺らを見つめる。

    「エレメンツが本調子じゃないのはあたしたちのせいでもあるのだから、何かあったらあたし経由でもいいから情報交換し合いましょう」
    「分かった。どうか、ココチヨさんも気をつけて」

    お互いの無事を祈りつつ俺らは<エレメンツ>の本部へと向かった。


    ***************************


    【エレメンツ本部】は慌ただしかった。忙しい、というのもあるけど、どいつもこいつも余裕がなさそうだった。
    根拠は、顔から笑みを浮かべる余裕が消えていたことにつきる。
    警備員のリンドウと彼のニョロボンも、いつもより冗談が少なくあまり絡んでこなかった。(一応この間荒野でサイドカー付きバイクのタイヤがダメになったときトラックで王都まで運んでくれた礼だけは、キチンと言っておく)

    本部室には、ソテツを除いた“五属性”の四人が揃っていた。
    トウギリが目隠しをつけたまま椅子に座り、プリムラが彼の容態を手持ちのハピナスと共に診ていた。スオウは報告書に目を通している。デイジーはロトムを入れたタブレット端末にキーボードをつなげて何かしら操作していた。
    入ってきた俺とヨアケの容姿にわずかに驚く面々。一番初めに声をかけたのは、デイジーだった。
    彼女は黄色の眼を鋭くし、それからヨアケに向かって文句を言う。

    「……色々。色々言及したいことは山ほどあるけど、とりあえずこれだけ言わせろ。一言も言わずに勝手に話を進めるんじゃない。あんただけの問題じゃないんだよ、アサヒ」
    「うん……ソテツ師匠のこと、ユウヅキのこと、黙っていて本当にごめんなさい」
    「今は、それで勘弁しておく。はいこれ、また渡しておくじゃん」

    小さな手でデイジーはヨアケに何かを渡す。それはあのバッジ型の発信機だった。
    その意図を図りかねていると、デイジーがため息をつき俺に説明をしてくれる。

    「この発信機はアサヒが<エレメンツ>の監視下にあるっていう証だ。アサヒは……ずっと前からこれを付けて行動していた」
    「それって」
    「あくまで体裁だっての。コッチだって本当はこんなの渡したくなんてないし。でも状況がそれを許さない」
    「……っ」

    苦虫を噛み潰したような表情を思わずしてしまう。ヨアケは「お守りみたいなものだから、ね」と俺を止めた。
    書類を机に置いたスオウが、口を開き会話の流れを変える。

    「言いそびれていたが、ビドー、大会では健闘してくれてありがとな」
    「! ……いや、結局優勝できなかった。すまん……」
    「それでもだ」

    面食らい、たじろいでしまう俺を横に、スオウはヨアケに大事な確認を取る。

    「とにかくだ、あの馬鹿は……ソテツは、生きているんだな?」
    「大丈夫……とは言い切れないけど、<ダスク>が、彼らがソテツ師匠の身柄を預かっているっていうのは嘘ではないとは思う」
    「無事かどうかまでは分からない、か……にしてもレイン所長が<ダスク>と手を組んでいたとはな。<スバルポケモン研究センター>自体、こっちからの連絡に応答しなくなりやがった」
    「…………他地方から<スバル>に来ていた、“闇隠し事件”の調査員たちも、連絡つかない感じなのかな」
    「かえって、連絡ついた方が危険に巻き込んでしまう可能性もあるな。何も知らないなら、下手に刺激しない方がいい。けどまあ、何が何でも彼らの安全は確保しなきゃならないがな」

    そのスオウの出した方針に、ヨアケも俺も頷く。スオウの言っているのは外交的な意味も含まれているのだろうが、その渦中にはヨアケの旧友のアキラ君が居る。ヨアケはアキラ君に何度も連絡を取ろうとして繋がらないことを心配していた。どのみち、知り合いがいてもいなくても気持ちは変わらないが……つまりは見捨てないというスオウの決断に安堵した、ということだ。

    だが現状、手詰まりの後手後手なのは変わらない。
    俺はわずかに引っかかっていた疑問をスオウに投げかける。

    「ヤミナベが要求してきた隕石の本体っていうのは……?」
    「ああ。ギリギリで賞品の隕石を本体から欠片に入れ替えた。優勝者には申し訳なかったがな……けどそれもヤミナベ・ユウヅキや<ダスク>には見抜かれた挙句、俺たちの頼みのつての<スバル>も手のひら返しだ。<スバルポケモン研究センター>が<ダスク>とグルだっていうのなら、俺たちが隕石の本体を持っていても、価値も意味もない。」

    そう。<スバル>の協力がなければ、自警団<エレメンツ>は“闇隠し事件”の調査に対して介入すら許してもらえない。隕石だけあっても本当の意味で宝の持ち腐れだ。
    むしろ、“闇隠し事件”の行方不明者を救出しようとしている<ダスク>の邪魔をしていることになる。
    この問題は<エレメンツ>の士気にも関わっていた。<エレメンツ>だって、“闇隠し事件”をなんとかしたい思いは同じなのだから、それに反するのは望むところでないはずだ。

    それを分かったうえで、スオウは続ける。

    「かといってうちの大事なメンバーを人質にとるやり方の<ダスク>の言いなりになるのは、癪に障るよな」

    その想いは、自警団<エレメンツ>として今までこのヒンメル地方を支えようと力を尽くしてきた彼らが抱いて当然の感情だった。

    「でも、時間はない。通常業務に支障は出ているし、信用も落ちてきている。挙句の果てには通り魔が暴れている。意地だけじゃ、何も解決はできないじゃん」
    「……けが人が増えるのは、どのみち好ましくない。こんな時、ソテツならどうしたかしらね」
    「む……すまない。俺が機能しないばかりに……」

    現実を述べるデイジー、思案を巡らせるプリムラ。ふがいなさを痛感するトウギリ。
    バラバラになりかけているメンバー。ハピナスの口元からも余裕が消えている。かくいう俺も、その崩れる土壌をつなぎとめる方法を思いつけてはいなかった。

    (何もできないのか? そんなことないだろう?)

    俺たちは、何もしないことは選んでいないのだから。
    そう考えていたのは俺だけではなく、隣に立つヨアケも同じようだった。
    ヨアケが腰に手を当てて、よく通る声で、眉間にしわを寄せつつ笑顔を作って。
    その場の全員に言った。

    「ソテツ師匠だったら、無理やりにでも笑い飛ばそうとしたと思う。逆境であればあるほど。笑えなくなったら、どうしようもないって。確かに……今は滅茶苦茶悔しいと思う。でもここで最後に笑えない道を選んだら、ダメだと思う」

    それは、後悔しない道を、決断をという意味を含んだ発言だった。
    何もしないで流れるまま決める、というわけではなく、ちゃんと選んで決めよう。という呼びかけでもあった。

    スオウが「ふっ」とふてぶてしく笑った。

    「メンバーが欠けたら立ち行かない<エレメンツ>じゃあだめだ。いない時こそ、残っている俺らがしっかりしなきゃあいけない。いつも通りにはいかないかもしれないがな。さて……デイジー、俺らの優先事項はなんだ」
    「……通り魔、ヨツバ・ノ・クローバーの対処だ。この問題が解決しないと通常業務に移れないし、信用なんて一日二日で回復するもんじゃない。ソテツの問題は<ダスク>側と交換日時を相談するまで時間がかかるから、まずはこいつをとっとと……とっちめる」
    「そうだな。それじゃあプリムラ、お前ならけが人を減らすには、どういう方法を使う?」
    「とにかく注意喚起はしておきたいわね。少人数での行動を減らすように、あと、何かあってもパニックにならないように、キズぐすりと怪我の治療法の情報を配る。とか?」
    「じゃあ、その方面はデイジーと協力してくれ。任せる」
    「俺は……どうすればいい」
    「トウギリは……今は回復に専念しつつ、そうだな。万が一この本部が襲撃された時のフォーメーションでも考えてくれ。考える時間は、あるだろ?」
    「……ああ。任せろ。ここの地の利を生かして考えてみせる」

    彼女の一言を皮切りに次々と、次々とやることが決まっていった。
    そのスオウの指揮とそれぞれの対応に惚れ惚れしていると、「お前ら何ぼうっとしているんだ?」とどやされた。

    「アサヒにビドーも手伝ってくれるんだろう? ――――通り魔クローバーの捕縛の手伝い、無理ない範囲で頼むぜ」
    「うん。頼まれたよ、スオウ王子っ」
    「おう。分かった……!」

    かくして、自警団<エレメンツ>と共に通り魔クローバー包囲作戦が展開されることとなった。
    そしてその余波は、思わぬ方向で広がることになる。


    ***************************


    ニュースや電光掲示板で注意喚起が行われる。それと同時にキズぐすりの無料配布やいざという時の応急処置の仕方などの動画やデータ、チラシが配布される。

    そして、ガーベラさんを中心に最低2人から3人のグループ分けをして王都で捜索に当たることとなった。

    俺とヨアケはルカリオとドーブルのドルをそれぞれボールから出し、警戒しながら王都の見回りをし始めた。それから出会った人やポケモンなどに単独行動は控えるよう、それぞれ注意を呼び掛けていく。

    夕時に差し掛かったころ、宵闇が迫る中、俺はあいつを見かけしまった。
    声はかけにくかったが……気づいた俺が呼びかけるべきだろう、と判断しヨアケに一言断ってからルカリオを引き連れて声をかける。

    「おい……アプリコット!」
    「え、ルカリオと……び、ビドー? ずいぶんばっさり切ったね髪……無事でよかった……じゃなくて、なんでこんな時に会うかな……」

    頭に丸々としたピカチュウのライカを乗せた赤毛の少女、アプリコットは俺に驚き、なぜか安堵した後、居所悪そうに俺から目を反らす。コロコロと表情を変える理由はよくわからないが、俺は単刀直入に用件を伝える。

    「お前こそなんでこんな時に一人で出歩いてんだ。ニュース見てないのか?」
    「…………見てなかった、かな」
    「……ったく。最近通り魔が出ていて物騒だ。だから単独行動は控えろ、って、呼び掛けているんだ。誰か他の奴らは一緒じゃないのか?」

    黙りこくるアプリコット。どうやら一人で王都に来ていたようだ。
    どうしたものか。こちらを伺うヨアケとドルと目が合う。俺が誰と話しているか気が付くと、何故か彼女はそこから動かずに様子見に徹している。いや助け舟出してくれよ。
    ライカには睨まれているものの、なんだか波導にも覇気のないアプリコットを捨て置くのも意にも方針にも反するので、俺はそれとなく事情を探ってみることにした。

    「なんかあったのか?」
    「…………」
    「ジュウモンジとケンカでもしたのか?」
    「ううん……ケンカにすら、なってないよ」

    その零した言葉は、あの【イナサ遊園地】のステージで歌っていた者とは思えないほど、小さくかすれそうな声だった。
    ルカリオもアプリコットの抱えている感情の波導を読み取り、慎重に見守っている。
    俺が相手だからか、なかなか話したがらないアプリコット。こんな時どうしたものか。
    ピカチュウのライカも警戒の気を発していたので、まずはそこから解く努力をしてみるか。

    「あの、さ」
    「……なに」
    「遊園地で――」
    「?!」

    遊園地、という単語を出しただけで一気に緊張し固まるアプリコット。ライカに関しては「あ? 噛まれたいか、おら?」みたいな表情の険しさを感じる。ルカリオからも若干冷ややかな視線が注がれる。あれ、なんかまずったか?
    ……ああしまった。歌っていた曲のこと言いたかったのに、そういやあの時怖がらせたんだったか……。
    だあもう、こうなったら素直に謝るしかない……そう意を決し、責められる覚悟でぶつかりに行く。

    「あの時は悪かった」
    「……うん……」
    「それとは別に、あの後お前らのバンドの演奏聞いた」
    「……! そう、ありがとう」
    「今まで散々お前らを否定してきた俺が言うのもおかしいが、俺は……わりと好きだ、お前らの曲」
    「そっか……そっか」

    アプリコットは何度も小さくうなずいた後、突然泣き始めた。ライカも耳と尾を垂れさせ、元気がなくなる。正直、わけがわからん。
    日が沈み、辺りはどんどん暗くなっていく。
    ヨアケとドルも、さすがに心配になったのかこちらに近づいてきた。
    「俺が、悪いのか……?」と困惑してつぶやくと、アプリコットは全力で否定しにかかってくる。

    「違う! それだけは絶対に違う! 貴方たちは、悪くない…………ただ<シザークロス>が、あたしの居場所が終わっちゃうかもしれないって聞いて、バンドのこともどうなるか、わからなくて、それで不安になっちゃっただけなんだ……」

    義賊団<シザークロス>が、終わる。バンドも含め、無くなってしまう可能性がある。
    そのことを聞かされた俺は、その可能性を聞いて愕然としてしまっている。前はあんなに奴らを嫌っていたのに。その矛盾した感じも含め、困惑が増していく。

    「割って入ってゴメン。アプリちゃん。どうしてそんなことになっているの?」
    「! アサヒお姉さん…………いや、それは、だから」

    アプリコットの視線が、ルカリオへと向くのを俺は見逃さなかった。
    ルカリオは俺より先にそのことに気づいていたらしく、静かに目を細めていた。
    おそらく。きっかけはリオルがルカリオへの進化を果たしたことがなんか絡んでいる。
    そのことに感づかれたことに、アプリコットは気づいたようで。

    でも、決して彼女は俺とルカリオを責めることをしなかった。

    彼女は下手な作り笑いを作り、涙あとの残った目を細め、自嘲した。

    「親分が自分の目が節穴になってきたから、活動しようにもちゃんとやっていけないんじゃないかって言っていて。それ聞いて動揺しちゃっただけ! 情けないよね、あはは……」

    そんな彼女を、俺もヨアケも、ルカリオもドルも、彼女の手持ちのライカでさえも……笑うことなんて、とても出来なかった。

    ――――ただ、その強がった笑顔でさえも許してくれない奴らは、いた。


    ***************************


    その敵意ある波導の気配に気づいた瞬間。ルカリオがアプリコットを突き飛ばしていた。
    何が起きたのか分からず驚くアプリコット。吹っ飛んだ拍子に彼女の頭から落ち、地面に丸い体で受け身を取る彼女の手持ちのピカチュウのライカは気づいたようで、先ほどまでアプリコットの居た足元から生えたソレに向かって『アイアンテール』で切り裂きにかかる。

    「?! なにこれ、植物のツル……!?」
    「『くさむすび』だよ! 気を付けてみんなっ!」

    ヨアケが俺らに警戒を呼び掛けた。周囲を見渡すと、暗がりの路地裏から、そいつと先ほどの攻撃を仕掛けたポケモンであると思われるドレディアが姿を現す。
    そのシルクハットを被った男は、ヨツバ・ノ・クローバー……!
    奴らは俺たちを見るや否や、浮かべた笑みをますます歪めていった。

    「おやおや、そこまで警戒をしなくても。私は通りすがりの道化師。貴方たちに楽しんでいただくために少々サプライズをしようとしたまでですのに」

    そのさえずる笑顔の裏側には、楽しいから笑っているというだけでは済まされない感情の波を感じた。
    直感的に、危険だと感じた俺は、アプリコットたちだけでも逃がそうと、声をかける。

    「アプリコット。こいつだ、さっき言っていたやつは。とにかく人の多いところに逃げろ!」
    「! いや、あたしたちも戦うよ!」
    「ばっかお前、本調子じゃないだろ!?」
    「そんなこと分かっている。でもだてに義賊団やってないから! ――――ライカ!」

    気持ちの波が切り替わったアプリコットの声に、ピカチュウのライカが反応する。
    それからその丸い体とは思えぬ俊敏さでドレディアとクローバーの周りを一定の距離を保ちつつ駆け巡る。
    ドレディアがひらり、と回転しながら輝く木の葉、『マジカルリーフ』の群れをピカチュウへ向けて発射。木の葉の群はピカチュウを追尾していく。

    「ルカリオ援護だ、『はどうだん』!」

    ピカチュウが攻撃を引き付けている間に、ルカリオに援護射撃の『はどうだん』を指示。ドレディアめがけて波導の光球が向かう。
    ドレディアは新たに『マジカルリーフ』の盾を展開し、切り払いしてダメージを最小限に抑える。

    「さてさて、複数でのお相手ですか。それなら私たちも多人数用態勢に切り替えさせていただきましょうか!」

    耳障りなほど声高なクローバーの合図と共に。
    『マジカルリーフ』の群れと盾が一枚ごとに散開して、各方面に襲い掛かる!

    とっさに俺は近くのアプリコットを庇う。
    はじけ飛ぶその攻撃に……ヨアケをドーブルのドルが、俺とアプリコットをルカリオがそれぞれ喰らいながらも守ってくれた。
    ピカチュウのライカは『アイアンテール』ですべての木の葉を叩き落としていたが、自分のトレーナーであるアプリコットを狙われたことにより、怒りをあらわにした。
    その怒りを鎮めたのは、ヨアケの声だった。

    「ビー君! アプリちゃん! お願い少しの間彼らを抑えておいて……!」

    ヨアケとドーブルのドルには何か考えがある。今わかっているのはそのために奴らの注意と動きを封じなければいけないってことだ。
    その意図をピカチュウは汲み取り、平静を保とうとしている。
    その姿を見て、俺は前を向きなおす。

    (やるしかない)

    アプリコットの肩に手を置き、俺はヨアケに応じた。

    「! わかったヨアケ。やるぞ、アプリコット!」
    「……うんっ!」

    ドレディアとクローバーに、俺たちは挑むことになる。
    だが奴らの本領を発揮する夜の足音は、もうすぐそこだ。


    ***************************


    「さぁてさてさて、止められますかね、私と私の愛しのクイーンを!」

    クイーンと呼ばれたドレディアの周りに、蝶のような形を描く光る粉が現れ空中を舞い始める。
    その蝶々たちと遊ぶかのようにドレディアは『ちょうのまい』を踊り始めた。

    俺はその能力を上げる舞を止めさせるべく、ルカリオに『フェイント』で接近戦を狙わせる。
    アプリコットも続いてピカチュウに上空にジャンプを指示、上から『アイアンテール』を狙うようだ。

    クローバーがシルクハットから花束を一瞬で取り出し、宙に投げる。

    「さあさあ、一緒に踊り狂いましょう!!」

    投げられた花束の花弁が、意思をもったように吹雪いて、『ちょうのまい』の上に重なった。
    舞は轟々と荒々しい音をたてて、変化する……!
    『ちょうのまい』から、『はなびらのまい』へと、パワーアップする!

    その凄まじく荒れ狂う花弁の大嵐に、近づいていたルカリオも上から狙っていたピカチュウも巻き込まれてしまった。

    「ルカリオ!!」
    「ライカっ!!」

    投げ出され、壁に叩きつけられるルカリオとピカチュウ。ふたりとも何とか立ち上がるも、蓄積された疲労は大きい。ドレディアは『マイペース』に踊り続けているのか、あんなに回転しているのに疲れ果てて混乱する様子がない。
    ドレディアの『はなびらのまい』は続く、続く、続いていく。
    止めるどころか、これじゃあ触れることすら叶わない。

    ヨアケの方へ一瞬目をやる。彼女はタイミングを計り、ドーブルが何か力を蓄えているようだった。
    彼女たちは俺たちが彼らの動きを止めるのを、待っていた。
    アプリコットが俺に尋ねる。

    「ビドー……ルカリオの『はどうだん』って、相手を追尾する“必中攻撃”だったよね?」
    「受け流され、叩き落とされればそれまでだが、相手に届きやすいのは確かだ」
    「そっか。じゃあ、ドレディアの上から叩きこんで欲しい。それでたぶん、ドレディア止められるかも」
    「……お前」
    「お願い」
    「分かった。信じているぞ、その言葉――――ルカリオ!」

    俺は走ってクローバーの注意を自分に引き付ける。
    ルカリオに『はっけい』でジャンプさせ、大渦の上空へと向かわせた。
    クローバーが手に持ったステッキをくるくる回し、その先を俺に向け、ダーツのような何かを射出。間一髪で避け真上のルカリオに『はどうだん』の技の指示を叫ぶ。
    空中でルカリオが構えると同時に、アプリコットは自分の腕をピカチュウの足場にしてレシーブを打ち上げた。

    放たれる波導の弾丸にとドレディアの間に、ピカチュウのライカは尾から放った技を滑り込ませる。

    「『エレキネット』!!」

    雷の網をくぐらせた『はどうだん』がドレディアに被弾すると同時に、その全身に網が巻き付いた。『エレキネット』により身動きを封じられたドレディアは、これでもう、踊れないはず……!

    驚くクローバーの足が止まる。そのチャンスを彼女たちは見逃さない。

    「今だよ、ドルくん!」

    ドーブルが絵筆の尾を地面に力強く叩きつける。

    クローバーとドレディアの足場のタイルがめくれ上がり、中から現れたのは、膨大な数の植物のツル。
    そのツルの正体はドレディアの使っていた『くさむすび』をドーブルが『スケッチ』という技で写し取ったものだった。
    力を十分溜めたその『くさむすび』は、一瞬で這いより彼らを縛り上げ地に転がした。

    よし。これであとは他のメンバーを待つだけだ。
    そう安堵しかけたその時…………ドレディアが光線に包まれる。

    「え」
    「あっ」
    「しまった!」

    アプリコット、ヨアケ、俺の順で反応が追いつく。
    その光の帯はモンスターボールによるポケモンをボールに戻す機能であり。
    クローバーの手中のモンスターボールにいったんしまわれ、そのまま再度ボールからドレディアが姿を現す。

    もちろんそのドレディアは『くさむすび』の拘束からは解かれ、自由の身だ。

    「いやはや、詰めが甘いですねえ。この程度の捕縛じゃ指が動かせますね。それに、脱出ショーはお手の物ですね!」

    ドレディアの『マジカルリーフ』の葉がクローバーを縛る『くさむすび』のみを器用に切り裂き、ふりだしに戻ってしまう。

    高笑いしながらクローバーは、ヨアケとドルに視線と……足先を向ける。

    (まずい。狙いが、ヨアケたちに向かった!)

    その動揺が、冷静さを失わせていく。

    (焦るな、焦るな焦るな……焦るなっ!!)

    拳を腿に打ちつけ、奴を見据える。
    さっきの奇襲はもう通じない。だから別の方法を考えなければいけない。
    思考をフル回転させ、現状の打開策を見つけようとする。
    しかし考えるより先に、行動している奴らがいた。

    「あれ? 貴方の狙いはあたしじゃなかったの?」

    アプリコットとピカチュウのライカは、震える声を抑えつつ、余裕がなくても強がり“笑み”を浮かべて、クローバーとドレディアへ技とかではなく単なる挑発をした。

    その言動が、彼らの琴線に触れる。


    ***************************


    クローバーはアプリコットの強張った笑顔を見て。
    憎悪のこもった歪みきった笑顔を向ける。
    奴の手持ちのドレディアは、笑みを消し、トレーナーであるクローバーを静かに見つめていた……。
    クローバーがアプリコットに呪詛のように声をかける。

    「まだ笑うのですね、貴方は」
    「笑っちゃ、悪い?」
    「ええ、ええ悪いですとも」
    「なんで?」

    虚勢が強まっていくアプリコット。ピカチュウのライカも威嚇を止められない。
    ヨアケとドル、俺とルカリオはその様子をじっと見ることしかできていなかった。
    下手に行動を起こせない俺たち。
    それを見抜いてか、クローバー己の言い分を全員に対しぶちまけた。

    「だっておかしいでしょう? 私たちはあの“闇隠し”によって散々、散々な目にあっている。だのに不幸な目にあってない彼らは日々を楽しそうにしてこちらを侵略してくる! 群れて、つるんで、近くの私たちにお構いなしに笑い続けている! 無論、不幸を忘れて愉快にしている彼らとて同罪だ! そのふざけた笑みを消すためなら、私はいくらでも、いくらでも立ち上がりますよ、ええ、ええ立ちふさがりますとも!」

    “闇隠し事件”を生き延び、この地方の変化を間近で見てきた俺とアプリコットは、奴の言い分に少なからず共感できなくもない部分もあった。

    歩道ですれ違う、あの楽しそうな集団を恨めしいと思ったことは、俺もある。
    耳障りな笑い声を、消してやりたいと思ったことも、あるさ。
    けど。その屁理屈は、通させない。
    通させて、たまるか!

    「不幸を忘れて呑気に笑っている? それは違うな。必死に笑うために自分を、自分の周りを変えようと頑張って、努力して、そうして無理くりにでもやっと笑っているやつらだっているんだ。やっとそこまでたどり着いたから笑っているんだ! ――――不幸に酔って、他人に自分の価値観を押し付けて迷惑かけるのも大概にしとけ!!」
    「! “あの事件”を、不幸を、痛みを!」
    「知っているさ、俺もこのガキも当事者だ!!!」

    有無を言わせず俺は言い切る。それでもその言葉はクローバーには届かない。奴は誰が相手でもその笑顔を消すことしか、もう見えていない。
    そう簡単に、手短に自分の信じてきっているものを変える、なんてのは難しい。
    正しいと思い込んでいれば、思い入れていれば、なおさら難しい。
    一生、理解されないという可能性も大いにある。
    そう思ったら。何故か。

    何故だかとても、虚しくなった。


    ――――背後の建物の屋根の上から、声がする。

    「彼ならば、こういう時……」

    そこから難なく飛び降り着地した黄色いスカーフのゲコガシラとその金髪ソフトリーゼントの丸グラサンのトレーナーは。
    <ダスク>のハジメは。

    「“よく言った”……とでもいうのだろうか」

    今は安否不明の“五属性”の一人、ソテツを連想させるようなことを、夜闇につぶやいた……。


    ***************************


    ハジメとゲコガシラのマツを見て、クローバーはドレディアに『マジカルリーフ』を指示。
    大波のようにうねる軌道の葉の群れが俺とルカリオ、アプリコットとピカチュウに向けて襲い掛かる。
    その俺たちの前に出たのは、マツだった。

    「切り裂け」

    『アクロバット』による蹴り上げで波を真っ二つに切り裂き、俺たちを守るマツ。
    しかしその『マジカルリーフ』は囮だったようで、クローバーはドレディアをボールにしまい、背中を見せて撤退していた。

    (なんで、俺たちを助けてくれたんだ?)

    色々と、驚きを隠せないでいるとハジメから話し始める。

    「<ダスク>も、<エレメンツ>のクローバー捕縛作戦に協力することになるだろう。話を聞いたサクが、そう動くと決めたからな」

    サク……つまりはヤミナベ・ユウヅキがこの件に介入すると決めたとハジメは話す。
    ソテツの身と引き換えに隕石を渡せと脅している奴らが………手を貸す、か。

    「……<エレメンツ>と<ダスク>は敵対しているだろ」
    「気に食わないのは分かるが、俺たちとて奴は野放しにできない。一時休戦だ」
    「まあ……わかった。助かったのも事実だしな。一応礼は言っておく」

    一息ついたタイミングで、ヨアケとアプリコットも続けて礼を言った。

    「ありがとうね、ハジメ君、マツ」
    「あたしからも。ありがと、ハジメお兄さん。マツも……ってマツ?」

    ゲコガシラのマツが鬼気迫る表情でそれぞれのポケモンに説得をしていた。

    「礼には及ばない。むしろ、俺個人としては、協力してほしい事柄がある」

    ただならぬ言い回しにルカリオ含めたポケモンたちが、すぐに頷く。
    「私たちも、協力するよ」とヨアケが話を聞く前に了承した。アプリコットも首肯で応える。
    俺も異論は、なかった。
    何故ならハジメは、本当に切羽詰まっているようだったからだ。
    放っては、おけなかった。

    後悔を込めた声で、ハジメは俺たちに告げる。

    「助かる……実は、妹のリッカが、家を飛び出してしまったんだ」


    ***************************


    夜の王都を走りながらハジメは話す。何があったのか、事情を説明する。


    ことの発端は、あの大会の襲撃事件のあった後に、ハジメが今まで自分が<ダスク>であると隠していて、その襲撃をした側にいることをリッカに白状したところから始まる。
    ハジメは、リッカを巻き込むまいと黙っていたらしい。リッカはそのことを怒りつつも、一応仲直りまでは持って行けたそうだ。
    そこまではよかった。けれど。

    「時間が経つにつれ、リッカは俺と距離を取るようになっていった。そして言われた。“ハジメ兄ちゃんたちは間違っている”……“おかしい”、とな」
    「ハジメ……」
    「他人に自分の価値観を押し付け、迷惑をかけるな。だったか。リッカもそう言いたかったんだろうと今では思う。だが俺は譲れなかった……」
    「……ココチヨお姉さんのところに行っているとかはない?」

    アプリコットの上げた可能性は低いと、俺もヨアケも分かっていた。
    何故なら、彼女もまた<ダスク>なのだから。リッカがそれを知ったうえで自分から彼女のところに行くとは思いにくい。
    だから単なる否定の返事が返ってくると思っていた。
    しかし状況はさらに良くない方へ転がっていると告げられる。

    「すでに連絡はしてある、だがさらにまずいことにリッカの友達のカツミも、リッカを探しに飛び出した。ココチヨさんも追ってくれてはいるものの……このままでは三人とも危険すぎる」
    「そうだね……さらに、手負いになった彼とドレディアが何をするかわからないし、急がないと。ハジメ君、リッカちゃんたちの件、私が<エレメンツ>側にもそれとなく相談しておこうか?」

    ヨアケの提案に、ハジメは迷っているようだった。しかし、マツがハジメに「手段を選んでいる場合じゃないだろ」という鳴き声を上げ発破をかける。
    それを見てヨアケは、「私が勝手に連絡しておくよ。ハジメ君の意思抜きで」と行動を起こしていた。
    ヨアケに一言謝るハジメに、俺はふと思った疑問を投げかける。

    「なあ、そもそも<エレメンツ>と<ダスク>って利害は一致しているだろ。争う必要は、ないんじゃないのか」

    <エレメンツ>だって、“闇隠し事件”でいなくなった奴らを取り戻したいのは一緒だろ。
    確かにサク……ヤミナベ・ユウヅキは事件を引き起こした容疑者であり、レインもそうだと言っていた。たぶんそれは事実なのだろう。でも、責任を取るやり方として、<エレメンツ>と一緒になんとかするって手段はなかったのか?
    それこそヨアケと一緒に、さ……。

    俺の質問にハジメは渋い顔をして、「戦う必要は、ある」と答えた。
    それから握りこぶしを作り、その理由を、突き付けた。


    「<エレメンツ>には、“闇隠し事件”の行方不明者の救出作戦は行えない。なぜなら彼らの背後には――――他国の重圧があるからだ」


    ***************************


    アサヒがガーベラに入れた連絡が本部に伝わる少し前。
    エレメンツ本部のスオウの元に、電話がかかって来ていた。それは一度ではなく、何度も、何度も。似たような、同じような「隕石の守りを強化するためにもこちらで預かるべきだ」という他地方の申し出にスオウは電話線を引っこ抜いてやろうかという気持ちに何度もなった。
    また着信音。しかし今度は別の番号からの呼び出しだった。
    慎重に取るスオウを待ち受けていたのは。どこか掴みどころのない女性の声だった。
    何度か連絡を取り合っているので知った人物だったが、スオウはその相手のことが苦手だった。

    『ご無沙汰しております、スオウ殿下』
    「殿下はやめろ。呼び捨てでいい、<国際警察>のラストどの」
    『私も呼び捨てで構いませんよ。流石に王子に呼び捨ては気が引けるので“さん”付けで。してスオウさん、単刀直入に用件を伝えますが……』

    先んじてスオウはラストにくぎを刺す。

    「隕石なら<エレメンツ>が管理するぞ。どこに何を言われようとな」
    『そうですか。ですが、それが、許されると思いで? プロジェクトの協力者、<スバルポケモン研究センター>に不穏な動きがあるというのに』
    「許されないと分かってはいるさ。けれども俺としてはできれば<スバルポケモン研究センター>ともう一度ちゃんと話しあって、“赤い鎖のレプリカ”のプロジェクトを連携していきたいと思っている……」
    『他地方がプロジェクトを、行方不明者の救出作戦をはなからさせる気がないとしても?』

    ラストに言われるまでもなく、その思惑にスオウは気づいていた。
    だからといって、彼は個人しても、今までこのヒンメル地方を保とうと力を尽くしてきた自警団<エレメンツ>のリーダーとしても、その重圧をおいそれと認めたくはなかった。
    受け入れられるわけではなかった。
    沈黙するスオウに、ラストは一息吐いてから、同じような内容を繰り返す。

    『たとえ目的が目的でも、伝説のポケモンを呼び出す危険なプロジェクトを、おいそれと他地方が認めるわけにはいかないでしょう』
    「……だから<スバル>は、元から俺たちと手を切るつもりだったんだろうな」
    『でしょうね。どうするのですか、このままだと他国の援助を受けられなくなる可能性もありますよ』
    「それでも、だ。国民を救出できなくて、何が国だ」
    『……御立派ですね。けれど、貴方たちにその選択権は残されているのでしょうか。今のヒンメル地方の存続を天秤にかけてでも賭けに出て、孤立無援状態で救出プロジェクトを進められるだけの、力があるのでしょうか』

    『理想だけを掲げては、ダメですよ』とラストは言う。こういう時、彼女は下手な作り笑いを浮かべているだろうということを、スオウは思い出していた。

    (まったくもって、笑えない状況だな)

    自嘲気味にでも、スオウは笑った。最後に笑えるための選択肢は何かと暗中模索しながら、彼は事実上のトップとして、決断しなければならなかった。

    「結局……奴らの好き勝手にプロジェクトを進めさせるなということだろ? <ダスク>と、それに協力する<スバル>、そして勝手に俺らのプロジェクトを進めようとしているヤミナベ・ユウヅキをなんとか止めて、その上で周りを説得すればいいんだろ?」
    『そうですね』
    「だったら、まず<ダスク>の暴走を止めるさ」

    戦う、ではなくあくまでも止める。
    決して、打ち倒す相手ではないとスオウは言う。
    相手勢力もまた、ヒンメル地方の人間が所属しているのだから。だからこそ止めると彼は決めた。

    『健闘を、祈ります』と言ったラストにスオウはこう返す。
    「……色々と嗅ぎまわっているが、お前は結局何が目的なんだ」と。
    それに対してラストはいつもと変わらぬ平坦な口調で、その目的を告げる。

    『私の目的は“闇隠し事件”の解決です。何かわかったらまたご協力お願いしますよ』

    ……通話を終え、どっと脱力しながらスオウは天井を仰ぎ見た。
    それからふとモンスターボールの中のパートナー、アシレーヌに語りかける。

    「どうすりゃ解決できるんだろうな」

    アシレーヌは困ったような表情を見せ、だがスオウを応援するそぶりを見せる。
    それが妙にツボにはまったのか、スオウはクスクスと笑い、つぶやいた。

    「ありがとな。なんとか、やるしかないよな」


    ***************************


    「ガーちゃんたちに連絡ついたよ、三人とも見つけたら保護してくれるって!」
    「……助かる」

    ガーベラさんたちの協力も得て、捜索を続ける。
    ……リッカたちを探して、夜も更けてきた。しかしまだ見つからない。一体どこにいってしまったのだろうか。
    話題もなくなり、黙々と俺たち四人と手持ちたちで捜索を続けていた。
    (結局アプリコットもつき合わせてしまった。彼女も彼女で<シザークロス>に応援要請を頼んでくれている。彼女の迎えと言う意味では、やつらが来れば一安心というところはあった)

    ふと、ハジメが口を開く。
    それは……軽い雰囲気の、誘いだった。

    「彼女は、ヨアケ・アサヒはサクの方針上、こちらに関わらせるなと言われているが、お前たちは<ダスク>に入る気はないのだろうか」

    どこか弱弱しい声で言ったそれは、俺とアプリコットに対しての勧誘だった。
    “闇隠し事件”で行方不明になった大事な者たちの救出作戦に参加しないか、という誘い。
    事件の被害者なら誰だって、勇んで入ったのかもしれない。
    俺だって……ラルトスのことを迎えに行きたい。
    けど、今は出来なかった。

    ハジメと、<ダスク>と行く……そういう道も、あったのだろう。
    だが、俺はハジメに断りを入れる。

    「悪い。俺は<ダスク>には入りたくない。ラルトスには……悪いけど」
    「そうか……そうだろうな」

    ハジメも俺に断られることを分かっていたようで、無理に引き留めることはしなかった。
    アプリコットも、悩んだ末「<シザークロス>とのかけもちは、したくないかな」と言った。たとえそれが長く続かないものだとしても、彼女なりの、貫きたいスタンスなのだろう。

    「わかった、この話は忘れてくれ」

    呟くハジメの背中が、どこか遠く見えた。
    ……この件が無事解決したら、<エレメンツ>と<ダスク>はかなりの確率でもっと一触即発状態になる。こんなふうに会話することもままならないかもしれない。
    なぜならソテツのことが解決していないし、解決したところで<ダスク>が戦う気満々だからだ。

    そうしたら、俺はハジメだけじゃない。ココチヨさんはともかく、ユーリィとも向き合わなければならない。

    その時、俺は、俺たちは戦えるのだろうか。

    「私は戦わなくて済むのなら、なるべくハジメ君たちと争いたくないなー」
    「それは貴方が突撃してこなければ済む話だろう」
    「そこは譲れないかな。ところでハジメ君。これだけ王都の小路を探して見つからないっていうのが気にかかったんだけど、もしかして……」

    一蹴されていたヨアケが何か気づいたように、ハジメにその可能性を提示する。
    今まで俺たちは人通りが少なくても、全くない場所を調べてはいなかった。
    夜中本当に誰も近寄りたがらなさそうな場所を、見落としていたんじゃないか、と。
    程なくして俺もその場所を思い浮かべる。

    「もしかして、外れの霊園にいるんじゃない?」


    ***************************


    カツミとココチヨはリッカを見つけていた。
    アサヒたちが思い浮かべた霊園で、彼らは合流していた。
    ガスを身にまとう黒くて丸いゴースや、ろうそくのようなポケモンヒトモシが遠巻きにうようよしている中、霊園のベンチで彼らはじっと夜闇に息を潜めていた。
    帰るにも帰りにくい状況にカツミたちは陥っていた。
    何故なら。リッカがカツミの手持ちのコダックのコックを抱きしめたまま、その場から動こうとしなかったのだ。
    沈黙に耐えかねたカツミがリッカに尋ねる。

    「リッちゃん、まだ帰りたくない?」
    「うん。ゴメンね……カッちゃん。ココ姉ちゃんも」
    「そっか……そっか」

    断られたからと言って、カツミは肩を下すようなそぶりは一切見せなかった。連日の疲れで少々体調がすぐれなかったが、カツミはそれをリッカに隠そうとしていた。
    そのことにココチヨも、コダックのコックも、そして当のリッカでさえも気づいていたが……誰も言及はしなかった。
    お互いがお互いを気遣う中、ココチヨは彼女の手持ちのミミッキュに再びゴースやヒトモシたちに離れていて欲しいと頼ませていた。

    「いいのよリッカちゃん。そしてゴメンね。ハジメさんだけじゃなく、あたしたちも、悪いのだし。とことん付き合うわ」
    「……ゴメン、なさい。わたしは、みんなのこと、許せない。たとえハジメ兄ちゃんたちが正しくても、みんなが他の人やポケモンたち傷つけるの、わたしは見たくない」

    カツミとココチヨ、そして兄であるハジメが所属する<ダスク>が、バトル大会で観客を混乱に陥れたことを、それを平然としている皆をリッカは許せなかった。
    たとえそれが、“闇隠し事件”で行方不明の家族を探すためだとしても、リッカはおかしいと感じていた。

    「リッちゃん……それでも、オレは」
    「わかっているよ。みんなの迎えに行きたいって気持ち。わかってはいるよ……でも、どうしても……怖い」

    コダックをさらに抱きしめる力を強くするリッカ。
    怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。震えるリッカにカツミは笑顔で言った。

    「怖くないよ」

    見上げるリッカに向けて、両手を使いカツミは変な顔を作った。
    困惑しながらも、笑ってしまうリッカの背中をカツミは軽くたたく。

    「ほらほら、怖くない怖くない。オレたちは、オレは、いつものオレと変わらないよ」
    「……みんな、わたしの知らないみんなになって、わたしを置いてどっか行っちゃったりしない?」
    「しないよしないって。でも、そっか。それが、怖かったのかー……そりゃあ怖いよね。ゴメン」

    カツミはリッカに再度改めて謝った後、提案をした。

    「ゴメン、やっぱりそれでも<ダスク>をまだ続けたいんだ。オレにもオレの譲れないところがある。けど、リッちゃんがおかしいって思ったときは、話そう。納得できるまで、話そう?」
    「ケンカになっちゃうかもよ?」
    「その時は思いっきりしようぜ、ケンカ」

    「何それ」とリッカは笑いながら、彼の提案を受け入れる。
    ココチヨはそんなカツミを見て、そのポジティブな姿勢に圧倒されていた。
    リッカは、カツミとココチヨに、何かあったときは話し合いをすることを約束させた。
    そしてもう一人、ちゃんと話しあわなければいけない兄の姿を思い出し――――

    ――――仕方なさげに笑った。

    そして。

    ゴースとヒトモシが、いつの間にかいなくなっていることに気が付いたミミッキュが警鐘を鳴らす。
    リッカの抱えていたコダックのコックも、何かに気づき怯え始める。

    「………………ふたりとも、下がって」

    ココチヨもその姿を捉える。
    ドレディアを引き連れたシルクハットの通り魔の姿を、捉えた。
    手負いの通り魔の男は、歪んだ笑みを作り続けながら彼女たちをターゲットにする。

    「貴方たちも、楽しそうですねえ」

    その男に対し、リッカは身の毛もよだつ恐怖を覚え……動けなくなってしまった。


    ***************************


    リッカが動けないのを見越してか、通り魔の男クローバーは、カードの束を取り出しシャッフルし始める。
    彼のドレディアもそれに倣い、『マジカルリーフ』の束を作り、手札を混ぜ始めた。

    ミミッキュとココチヨが臨戦態勢に入る。
    カツミは、冷や汗をかきながらモンスターボールから新たにポケモンを出した。
    鋭い爪をもつ、赤い模様のある白い毛並みのポケモン、ザングース。

    「タマ、頼んだぜ」

    タマと呼ばれたザングースは、状況を瞬時に把握し、カツミとリッカとコダックを庇うように勇み出た。

    「むやみに動かれてはショーの邪魔ですね」

    ドレディアの行動は早かった。『マジカルリーフ』でミミッキュを『ばけのかわ』ごと地面に縫い付ける。
    ダメージはほぼないものの、ミミッキュは身動きが取れなくなってしまう。

    「ミミッキュ! 痛っ!?」

    ミミッキュを助けに行こうとしたココチヨが転んだ。
    恐る恐る足元を見るココチヨ。足がすでに『くさむすび』に縛られていることに気づく。

    「……!!」

    さらにカツミが膝をつく。先ほどからこらえていた体調が悪化したのだろう。
    ザングースのタマは、カツミの指示抜きで戦おうとするも、ドレディアの『はなびらのまい』返り討ちにあってしまう。

    (誰でもいいから。誰でもいいから助けて!!)

    もがき続けるミミッキュ。動けないカツミとリッカとザングース。
    四つん這いになりながらココチヨは願うことしかできなかった……。

    最後に、震えていたコダックのコックが頭を押さえつつ、『ねんりき』でクローバーのステッキを奪い、そのまま殴ろうとするも、先にドレディアの『はなびらのまい』の余波に吹っ飛び、その攻撃が阻止されてしまった。

    「貴方たちが笑うからいけないのです! 貴方たちが、貴方たちが、“闇隠し”の痛みを忘れた貴方たちが笑うから――――!!」

    クローバーの狂ったような声が響き渡る。舞い終えたドレディアが『マジカルリーフ』を大量に展開し、カツミとリッカに狙いを定めた。


    ――――あくまでも、笑顔を消す。
    その目的のためだけにクローバーたちは戦い続けてきた。
    ある意味彼らも、被害者だった。
    『闇隠し事件』さえなければ、このような道を辿らなかった。
    事件が彼らを歪め、こんなふうにしてしまった。

    (こんな、こんな)
    (こんな状況を生みだしたのは…………だが……だが!)

    男の決断は、パートナーに伝わる。

    「頼む」

    パートナーは、迷わずその想いに応える。


    葉の斬撃が発射される直前。
    黒い影がカツミとリッカの前に転移してきて、彼らを庇った。
    サーナイトの『テレポート』の瞬間移動で飛ばされてきた“闇隠し事件”を引き起こした男。サク、もといヤミナベ・ユウヅキは、

    放たれたすべての葉の刃をその背に受け止め、子供たちを庇い切った。


    ***************************


    私たちがリッカちゃんを見つけたときには、既にユウヅキがドレディアの攻撃を受けた後だった。
    血の気が引いていく感じがした。そのことで逆に、周りが見えてしまうくらいに、心が冷え切っていった。

    「だい、じょうぶか」

    苦しみながらユウヅキはカツミ君とリッカちゃんに声をかける。
    けれど二人ともパニックなどで返事ができずにいた。
    遅れて『テレポート』でやってきた彼のサーナイトが、私に気づいてドレディアたちを抑えるように目配せする。

    ハジメ君とマツがリッカちゃんとカツミ君たちに、アプリちゃんとライカがココさんたちにそれぞれ駆け寄る。
    私とビー君はドルくんとルカリオを引き連れ、クローバーさんたちを囲む。

    緊迫した空気の中。膝をつき傷つきながらもユウヅキが彼に言った。
    痛むだろうに、苦しいだろうに、それでもお構いなしに。
    彼らに向けて、声を振り絞って……言い切った。

    「俺は、関係のない大勢を巻き込んだ俺を畜生以下だと思っている……だが、お前のように他人のせいにして誰かを傷つけた覚えだけはない……っ!」

    その言葉は、“闇隠し事件”を引き起こしてしまった私たちだからこそ、クローバーさんに言わなければならないことだったのかもしれない。
    主張しなければいけないことだったのかもしれない。

    ユウヅキが地に伏す。
    各々が、様々な感情入り混じる中、意外にもユウヅキの言葉を引き継いだのは、ビー君だった。

    「俺たちは不幸を免罪符にしてはいけない。いけなかったんだよ、クローバー……!!」

    ユウヅキ以外の視線がクローバーさんとドレディアに行く。

    「……クイーン」

    怒り、恐怖、憐み、疑問。それらの視線から彼はパートナーのドレディア、クイーンを守るために自らのシルクハットを目深に被せた。

    「一緒に、来てもらおうか」

    ハジメ君が肩を震わせながら、同行を求めた。しかし、クローバーさんはこれを拒絶する。

    「気が早い人たちですね。まだショーは終わってはいませんよ」

    それから彼は、カードの束を自らの遥か上方へばらまき、指を鳴らした。

    「さぁてさてさてご覧あれ! 哀れなピエロの末路でございまぁす! あーはっはっはっは!」

    それらはダーツに変化し、その矛先が落下方向へ向いていく……!

    「見るなあっ!!!」

    ビー君が子供たちの方へ向き、叫ぶ。ルカリオが駆け始める。
    ハジメ君が、リッカちゃんとカツミ君に覆いかぶさろうとする。
    その時――――カツミ君が、叫んだ。

    「タマ!!!!!」

    指示にすらなってないカツミ君の呼びかけ。それにタマと呼ばれたザングースは一気に覚醒し、クローバーさん……の上方を攻撃。『ブレイククロー』でダーツをすべて破壊した。
    ルカリオが渇いた笑みを浮かべる彼を取り押さえる。
    意気消沈するクローバーさんに、カツミ君がしんどい笑顔で言った。

    「きっとそっちに、お前が帰りを待っている相手は、いないぜ……!」
    「……さいですか」

    クローバーさんは、根負けしたように、その顔に張り付けていた笑みを消した……。


    ***************************


    ヤミナベのサーナイトは、ひと段落ついたのを見届けると、ヤミナベに重なるようにして倒れた。

    「ユウヅキ!! サーナイト!!」

    ヨアケがヤミナベたちに駆け寄る。サーナイトに『げんきのかけら』を与え、ヤミナベの上着を脱がせ背中の傷の止血を試みようとする。
    しかし、彼女はその手を止めた。

    「何、これ」

    ……結論から言うと、ヤミナベの傷は癒えていた。
    俺は、サーナイトの取った技が自らの体力を犠牲にして対象を回復させる技、『いやしのねがい』だと察していたから、そのことはまだ予測できた。
    そこまではまだ、良かったのかもしれない。

    問題は、ヤミナベの身体に、今回の怪我以外の傷跡が、数えきれないくらい存在していることだった。

    ココチヨさんも、ハジメでさえも把握していなかったようで、動揺が走る。
    そんな中かろうじてヤミナベが意識を取り戻し、ヨアケの顔を見て、渋い顔をした。

    「……なんでこんな危険の前線にいるんだ。アサヒが死んだら、意味がないんだ」
    「そうだけど……でもそれは貴方にもしものことがあっても同じだよ。ユウヅキこそ何もテレポートで貴方自身を飛ばす必要、なかったでしょう?」
    「あのタイミングじゃ、それしか間に合わなかった」
    「……こんな、無茶して……けど、こんな思いを私は貴方にさせちゃっていたんだね」

    サーナイトの波導が技を使う前から、異様に弱かったのが、気にかかってはいた。
    見覚えのあるサーナイトの行動だったからこそ、だからこそ俺は、ヤミナベに怒る。

    「今までそのサーナイトに、何回『いやしのねがい』を使わせた。あと何回使わせるつもりだヤミナベ!!」

    俺の声にもっとも反応したのは、他ならないサーナイト自身だった。
    弱い波導でもしっかりと俺を見据え、ヤミナベのサーナイトはこう強く思っていた。

    「何度でも彼を守る」と……。

    それに対して俺は、叱った。
    俺のラルトスのおやの、母さんのサーナイトの末路を思い出し、叱りつけた。

    「そうやって死んでいった他の奴らを俺は知っている。だから、無茶を重ねてその身を投げ捨てる真似はするな……!」

    頼むからやめてくれ。そう願ったのが通じたのか通じていないのか。サーナイトはふっと一度笑った後、俺に背を向けヨアケを軽い念力でヤミナベから離れさせる。
    それからヤミナベの胸に手を置き、『テレポート』で離脱していった。


    ***************************


    残された俺たちは二手に分かれた。体調が優れないカツミをハジメが背負い、ゲコガシラのマツ、カツミの手持ちのコダックのコックとザングースのタマ。そして妹のリッカと共に霊園を後にすることに。
    リッカはハジメに、「ごめんなさい。それと、後で話したいことがある」と言い、ハジメはそれを受け止め、了承した。
    別れ際ハジメは俺に「この恩は忘れないだろう、一つ借りだ」と言い、去っていった。
    あいつの言葉がどこまで本当かとかは、正直俺も疲れていてどうでもよかった。

    俺とヨアケ、アプリコットとココチヨさんはそれぞれの手持ちと一緒に、クローバーを見張っていた。
    今度は念入りにしたドーブルのドルの『くさむすび』に縛られたクローバーとドレディアは抵抗や逃げるそぶりを見せず、ただただ遠くを見つめていた。その先には『闇隠し事件』で被害にあった行方不明者の名前を記した石碑があった。

    その時の眉間にしわをよせ、ただただじっと、暗闇の中の石碑を見つめるクローバーの横顔が、印象に残っている。

    ココチヨさんがした連絡を受けてきたのは、<エレメンツ>のメンバーではなく、金色の棺桶に憑いたゴーストポケモン、デスカーンを引き連れた黒いスーツの女性だった。
    その「ラスト」と名乗った女性は、ヨアケに一度挨拶をしてから、クローバーとドレディアを手錠で拘束した。

    「<国際警察>です。<エレメンツ>からの要請もあり、今回は私たちが身柄を拘束しに来ました。通り魔ヨツバ・ノ・クローバー及びドレディアのクイーン。貴方たちを“アレスト”……逮捕します」
    「……いやはや、お世話になります」

    ラストに連れていかれる直前に、クローバーは「少しだけ、失礼」と言い……何故か俺に声をかけた。

    「そこの貴方」
    「俺か?」
    「そうですそうです、最後に貴方に一つだけ尋ねたい事がありまして」
    「……なんだ」
    「貴方は今、幸せですか。“闇隠し”が解決していないのに、幸せなんですか?」

    彼の問いかけに、俺はまともに答えるべきか一瞬躊躇した。
    でもすぐに正直な気持ちを述べた。

    「違うな。けど……全部不幸だけじゃないとは、言える」
    「そうですか。ありがとうございました」

    それだけ言うと、彼は満足そうにしていた。
    そしてもう振り返ることをせず、ドレディアと共に連行されていった……。


    ***************************


    帰り道、ココチヨさんが俺らに話してくれたことがある。

    「サクがさ、<ダスク>に入る全員に約束させていることがあるの」
    「ユウヅキが……それは?」
    「“一つ、信頼できる者以外に他言しない。二つ、彼をサクと呼ぶこと。三つ、誰も殺すな。”……ってね。最初はそんなざっくりとした口約束でいいの? と思ったわ。でも最後が特に、彼の強いこだわりを感じたの。そんなサクだからこそ<ダスク>は、あたしは力を貸そうと思ったんだけどね」
    「なんていうか、彼らしいというか……」

    呆けるヨアケにアプリコットが「でも、<ダスク>も一枚岩じゃなさそうだよね」とこぼす。
    ヨアケもそれに同意して、胸に手を当て祈るように下を向く。
    気になることは沢山あった。でも気にしている余裕は、少ない。
    だからと言って、あの傷だらけの彼を、スルーは出来なかった。


    アプリコットの仲間の、義賊団<シザークロス>のクサイハナ使いの男と、クロバットを連れた青いバンダナの俺とさほど変わらない背丈の少年と合流する。
    送り届けた彼女と丸いピカチュウは散々彼らに叱られていた。

    アプリコットの悩みは簡単に解決できる問題でもなかった。
    助言なんてできる器量も立場もない、だけど、勝手な願いだけは口にしていた。

    「俺はお前らのバンド、続いてほしい。たとえ難しくても。また聞きたい」
    「……貴方のその言葉を引き出せただけでも、続けていて良かったと思う。もうちょっと親分と話しあってみるよ。今日は色々ありがと、ビドー」

    今度は自然とはにかむアプリコット。そのやり取りに、他の<シザークロス>の面々は「何があった?」と疑いの眼差しで俺を見てくる。その様子にルカリオやヨアケは小さく笑っていた。いや、なんだその意味深な笑いは……。
    一応<シザークロス>にヨアケが今回のクローバー捜索の協力の礼を言う。
    するとクサイハナ使いの男は「こっちこそ、アプリコットが世話になった」と言い、頭を一度だけ下げた。
    そんな光景を見つつ、思う。

    結果だけを見れば、今回<エレメンツ>と<ダスク>と<シザークロス>が間接的にも協力しあったことになる。
    たまたま利害が一致しただけかもしれないが、それでも今夜のように一丸となって、“闇隠し”で行方不明になったやつらを、取り戻せたり出来たらいいのに。
    そんな淡い期待を抱いてしまう。
    しかしそう思い通りには、ことは進まなかった。

    奴らと別れた後、ココチヨさんの携帯端末に着信が来る。
    電話に出て、相槌を打つココチヨさん。通話を終えると、俺たちを見据えて、彼女は始まりを告げる。

    「……とうとう、決まったわよ」

    その連絡は、とうとうソテツと隕石の引き渡しの場所と日時が決まった連絡だった。


    ***************************


    「ソテツの引き渡し場所は、【セッケ湖】。【スバルポケモン研究センター】のすぐ近くの湖だ。対して隕石の引き渡し場所は、この【エレメンツドーム】で行われる。つまり、二手に分かれてそれぞれ受け取りを通信で確認するってことだそうだ」

    朝も近い深夜帯、自警団<エレメンツ>の本部、【エレメンツドーム】の作戦会議室で今回の報告と短めの情報確認が行われていた。スオウがパイプ役となったココチヨさんからの情報を改めて共有する。

    「向こうの出してきた条件だと、ソテツの受け取りに立ち会う人選は……アサヒとビドー、お前ら二人にしろとさ。今回の助力といい何の思惑があるのか読めない。でもすまねえ、頼む」
    「俺らだってソテツを取り戻したい。分かった」
    「師匠には、文句言いたいこともあるしね、任せて」
    「助かる。それと、もし可能だったら【スバルポケモン研究センター】の様子も見てきてくれないか。あくまで偵察程度でいい。判断は任せる」

    判断は任せる、という言葉が妙に引っかかったが、俺もアキラ君のことも気がかりだ。偵察についても任せろ、と引き受けた。

    「とにかくだ、今夜は総員お疲れ様だ。今はこれで解散だ。しっかり休める時は休んでくれ。特に……ガーちゃん」
    「……はい」
    「気負い過ぎるな」
    「ええ、そうですねまったく。分かりました」

    スオウに名指しされたガーベラは、表情暗いまま、部屋を後にした。
    そのガーベラを放っておけなかったのか、ヨアケは「ガーちゃん!」と呼び、彼女のあとを追う。
    俺もつられて追いかけると、通路でガーベラは目を赤くして、ヨアケにきつく当たっていた。

    「今、貴方にその呼び名で呼ばれたくないです……」
    「! ごめん……でもっ」

    何か言いかけたヨアケの言葉をガーベラは怒りを押し殺した声で遮る。

    「ソテツさんの安否に関わる正しい情報よりも、ヤミナベ・ユウヅキを庇おうとした貴方の行動を、私はまだ許せていません……」
    「…………!」
    「私だって貴方のこと疑いたくないです。行くからには、ちゃんとソテツさんを連れて帰って来てください」
    「……分かった」
    「お願いします……それから、ごめんなさい……今は休みます……」

    静かな足取りで、ガーベラは歩いていく。
    その姿が見えなくなるまで俺たちは見送った。
    それからヨアケが俺の名前を呼ぶ。

    「ビー君。このタイミングで言うのはおかしいけれど、お願いがあるの」
    「言うだけ言ってみろ」
    「もし万が一私に何かあった場合、ユウヅキの力になってあげてほしい」

    思わず彼女の横顔を見上げる。その視線はガーベラが去っていった方向を見据えていた。
    腹をくくっているようなその表情に、俺も彼女の見つめる方向を見て、答える。

    「その願いは果たされることはない方がいい。だから、滅多なこと考えるな」
    「うん。ごめん。私もその気はさらさらないから。絶対に生き抜いてやるから、絶対に」

    絶対に、と重ねるヨアケの言葉は、一種の誓いのように聞こえた。


    そうして明後日。
    <エレメンツ>と<ダスク>。
    それぞれの思惑が交差するなか、取引が行われようとしていた……。









    つづく。


    ***************************


    その名前がわたしにとっては愛しいものだった。
    でも私にとっては、あまりこういった感情を持つことは少ないのだけれど……。

    とても憎らしい響きを持っていた。

    私はわたしを押し込もうとする。
    抑えられているうちは、まだ私は私でいられるから。
    私は、わたしではないのだから。
    そう思うと、わたしはどこか、寂しそうな気持ちになっていた。

    その想いが、私に伝わる。
    でも、手心は加えられなかった。
    私は、自分を守らなきゃいけない理由があったから。
    それは、譲れない。
    わたしには悪いけど、それだけは、譲れない。
    絶対に、絶対に……。


    ***************************


      [No.1684] Re: 第十話 夜明けの追跡者 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/05/19(Wed) 22:14:22     4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございます……!!

    ユウヅキがアサヒさんの元へ帰れる日が来るのを祈ってます……! そのために執筆がんばります!!

    揺れる親分に、シザークロスが居場所のアプリコットはどうなる!? 次回もお楽しみにしてくださると嬉しいです!
    心理描写ちゃんとかけてるかひやひやしてましたが、そう言っていただけて嬉しいです!

    タイトル回収ここ一番書きたかったので、かっこよく書けたのならなによりです!

    ありがとうございました!!!


      [No.1683] Re: 第十話 夜明けの追跡者 投稿者:Ion   投稿日:2021/05/19(Wed) 22:01:02     7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    投稿お疲れ様でございます。
    いつものことではありますが、そのしっかりとした中身に比べてあまりに自分はこの10話のページを軽い気持ちで開いてしまったなという印象です。
    ユウヅキさんの、アサヒさんとの糸を持ち続けるフラグ。全てが終わったら帰りたいことを「今だけは願った」という言葉を、「今だけは」という条件付きとはいえこれほど早く聞けるとは思いませんでした。
    シザークロスも、親分の言ってることは正しく聞こえるとはいえ、そこが大切な居場所になっている人はいるのですよね。
    読む度に、心理描写の中身がしっかりしてるなって思います(この発言何回目だ)

    あっあとタイトル回収かっこいいです
    失礼しました


      [No.1682] 第十話 夜明けの追跡者 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/05/18(Tue) 21:59:35     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第十話 夜明けの追跡者 (画像サイズ: 480×600 169kB)

    俺たちの住む拠点のアパートに着いたのは、日付の変わる前だった。
    なるべくチギヨとユーリィを起こさないようにサイドカー付きバイクをこっそりとしまい、疲れ切った彼女を連れて階段を上る。
    ヤミナベのリーフィアに切られた彼女の、ヨアケの半分くらい短くなったボサボサの金髪を見て、俺はいたたまれない気持ちになった。

    階段を上っていくと、共有スペースに灯りがついていた。
    テーブルを挟んで座っていた二人とその手持ちのハハコモリ、ニンフィアとも鉢合わせる。

    「?!…………どうしたのアサヒさん!?」
    「ビドー、何があった!」

    ヨアケを見て、先に珍しく取り乱したのはユーリィ、それから動揺するユーリィの隣で、俺に心配気味に怒ったのはチギヨだった。
    ハハコモリはチギヨを落ち着かせ、ニンフィアはユーリィの手をそっとリボン状の触手で掴んだ。
    一昨日ずぶぬれで帰って来てから塞ぎ込んでいたヨアケを知っているからこそ、皆、心配してくれていたのだろう。

    「色々だ、色々あったんだよ……俺もまだ整理がついていない」
    「じゃあ、一からでいいから説明しろビドー」
    「わかっているチギヨ。だが説明は俺がする。だからヨアケは別のところで一息つかせてやってくれ……ユーリィ、頼んだ」

    目をしっかり見て頼むと、ユーリィは「わかった、頼まれた」と言い、ヨアケとともに2階の彼女の美容室に連れて行った。たぶんユーリィは切られてボサボサになったヨアケの髪を、見ていられなかったのだと思う。

    共有スペースに残されたのは俺とチギヨとハハコモリ。
    右往左往するハハコモリにチギヨは「別に、ケンカしようってわけじゃあねえよ」となだめる。
    それから俺に椅子に座るように促し、事情を聴こうとするチギヨ。
    腰を落ち着けつつも、俺は「先にメールを打たせてくれ」と頼みチギヨの了承を得る。
    送り先は少し迷ったけど、自警団<エレメンツ>のデイジーにした。

    ……書かなければいけない緊急の要件が多かった。
    まず、ヤミナベとヨアケが接触したこと。次に、ヤミナベが<ダスク>の中心人物サクであること。
    それから、ソテツが生きていて<ダスク>に身柄を抑えられていること。それをとにかくガーベラさんに伝えてほしいこと。
    あと<スバル>の所長レインが<ダスク>とグルだから隕石を不用意に渡さないでほしいこと。
    最後に、<ダスク>が<エレメンツ>にソテツと引き換えに隕石の本体とやらを要求してきたこと。
    長文になってしまった文章を送り終えた後、俺はその送信した文面をメモ代わりに、チギヨに何が起こったのかを伝えはじめた。


    ***************************


    初めてちゃんと入ったユーリィさんのお店は、気取った雰囲気はなく、おしゃれだけどアットホームな場所だった。なんて言ったらいいのだろう、お客さんを緊張させないように気が配られている感じだった。
    髪の毛を洗ってもらったあと、鏡の前に座らされる。
    改めて切られた髪を見て、これはビー君たちが心配するのも無理はないかなと思った。

    「髪の毛、整えてもいいかな……アサヒさん」

    ニンフィアにハサミと櫛を取ってもらったユーリィさんが、私の髪の毛を切っていいか確認を取る。
    私は、願いを込めて伸ばしていた髪をさらに切るかどうか、迷っていた。

    黙っている私に「毛先だけでも、整えない?」とユーリィさんは提案してくれる。
    それは、長さをあまり変えない、現状維持という選択肢。
    その選択肢を掴むこともできた。でも……。

    「あのね、ユーリィさん。私迷っているの」
    「……うん」
    「私、ユウヅキと再会できる時まで伸ばすって願掛けして髪を伸ばしていたんだ。それは、叶ったんだけどね、そのユウヅキたちに髪を切られて……分からなくなっちゃったの。その……どうしたらいいのか」

    鏡面でも内面でも、今の私自身を見つめ返す。
    でもそれは、とっても見ていられないものだった。

    ユウヅキに記憶を返してもらって、改めて今までの自分がいかに呑気だったかを思い知る。

    前の私は……封じられていた記憶が取り戻せたら、昔の状況より多少は良い方に転ぶと思っていた。
    そんな甘い理想を私は描いていた。
    でも現実は、どうしたらいいのか……わからないことばかりで。
    問題しか増えていなくて。

    『闇隠し事件』を引き起こしてしまった責任も。
    その責任から逃げ出そうとしてしまった過去も。
    それらから逃れられない人質になっている今も。

    簡単には口にできなくて。伝えられなくて。

    独りでケリをつけようとするな、抱え込むなって、前にビー君が言ってくれたけど、話したらどうなってしまうかわからない問題もあって……。
    正直、ぐちゃぐちゃになりそうだった。

    今まではユウヅキを追いかけて、捕まえるということを、彼と一緒に責任を取ることを目標にしていた。
    彼がそれを望まないのは分かっていて、それでも捕まえなきゃ、って思っていた。
    でも、いざユウヅキから拒絶されて。
    私はもう関わるなって、彼が一人で責任を負うって言われて……。
    もうほんと、どうしたらいいのか分からなくて。

    私は道を……見失っていた。


    ユーリィさんが、鏡の中の私に視線を合わせ、静かに尋ねる。

    「……どうしたらいいか、じゃなくて、アサヒさんはどうしたいの? どうなりたいの?」

    どうしたい? どうなりたい?
    私が、したいこと。私がなりたい、私。
    そう美容師さんみたいに聞かれて、私は鏡に映った私でイメージする。
    少なくとも、こんな中途半端な髪の長さの私は嫌だった。
    また願掛けして伸ばすのもありかもしれない。でも、それはなんだか違う気がした。

    ふと思い出すのは、ヨウコさんにもらったユウヅキとの昔の写真。
    あの昔のようには頑張っても戻れない。変わってしまった関係があるから。
    だったら、今、私は彼とどうなりたいのか。
    これから先どういう関係になりたいのか。

    それは、その想いは、自分でも驚くぐらい溢れるように言葉になっていく。

    「……バカだよね私。こんなにされても、こんなに突き放されても……追いかけたいと思うの」

    不思議なくらいするすると。思考が口に出た。

    「一回逃げ出しているのに、それでもおこがましく彼の隣に居たいの」

    後ろめたいことも、少しだけ正直に言ってしまう。

    「そしてゴメン。正直私たちが引き起こしてしまった責任から、逃げ出したい気持ちはある。ワガママだけど、本当は怖いよ」

    恐怖を口にしたことで、見えてくるものもあった。

    「でも……それ以上に、彼を、ユウヅキが一人でそれら全部に立ち向かうのに、置いていかれてしまう方が、怖い」

    見えたからこそ、譲れないものも見つけられた。

    「そうやって私を突き放す彼に甘えたくない」

    それらを、並べてみる――――

    「だから責任を取りたい、だから追いかけたい、だから私は……!!」

    ――――するとそこに、道とは呼べないぐらい細い、頼りない、でも辿れるぐらいの何かはあった。
    それは……私の意思だ。

    その意思を表す言葉を、息を大きく吸って、次の幸せに繋げるように願い、吐き出す。

    「私は……! 私は彼の隣に立ちたい……! どんなに立場が変わってしまっても、私がユウヅキとなりたいのは、その先の関係だから……!」

    想いを……口にする。

    「何より彼にあんな苦しそうな顔のままでいてほしくない……! 苦しむのなら私も一緒に背負いたい、そしていつか一緒に笑いあえるようになりたい……! ――――私は、彼が大好きだから……っ!!」



    ***************************


    ……言い切った。言ってしまった。
    きれいなキラキラとしたモノからかけ離れた醜くて重い思いを、吐き出した。
    愛しいとか恋しいとか、そんな程度の言葉では表しきれないくらい、重すぎるこの感情。
    自分でもドン引きだ。顔が恥ずかしさで熱くなる。涙も鼻水も零れて顔がぐちゃぐちゃになる。
    みっともなくなる。恰好つかなくなる。苦しくも、なる。

    ワガママで、自己中過ぎる私を見て幻滅されると思った。
    けど、ユーリィさんが、後ろから私の頭を抱きしめた。ニンフィアがその姿をじっと見ていた。

    「……どうしようもないけど、でもえらいな、アサヒさんは」
    「どこがあ?」
    「ちゃんと口に出せたでしょ。自分の想い」
    「でも、こんなの見ていられないよ」
    「そんなになってまで、言えるのがえらいの。言えないで終わる人だって、多いんだから……それからアサヒさんの赤裸々な勇気に応えて、私も一つぶっちゃけるね」

    その告白は、ユーリィさんの建前だった。
    私を気遣った、妥協。彼女は私に折り合いをつけよう、と手を差し伸べてくれた。

    「私も<ダスク>なんだ。一応サクとは結構長い付き合いになるかな。私も他のメンバーのようにサク……ヤミナベ・ユウヅキと貴方を許す気はない。でも同時に、ただ苦しんでほしいのかっていうと、ちょっと違うって私は思うの。責任は取ってほしい。でも、貴方たちの不幸を全面的に望んでいるわけじゃない。サクが苦しんでいたかどうかはわからない。けれど私は、サクが長年償い続けてきたのを見ていたのだから、最後までキチンと、みんなを連れ戻すまで責任果たしたのなら、それ以上は求めないつもり」
    「ユーリィ、さん……」
    「だから、アサヒさんも責任取るっていうなら、私は待っている。ずっと、ずっと待っている。手に負えないところがあったら、仕方ないって手伝うから……ちゃんと責任取ってよね?」

    ニンフィアが、私とユーリィさん、二人の頭を撫でた。短くお礼を言うと、ユーリィさんが、体を離す。それから、ハサミを取り、私に質問する。

    「さてアサヒさん、髪型どうする?」

    ご注文はと尋ねる彼女に返す答えに、もう迷いはなかった。
    なりたいビジョンは、既に決まっていた。


    ***************************


    階段に座り込む俺に、チギヨのハハコモリがブランケットをかけてくれた。
    小声で「ありがとな」と返し、ルカリオとボールのカプセル越しに向き合う。
    ルカリオは何とも言えないような顔で俺を見つめていた。
    ふと階段の上を見上げる。チギヨが気まずそうにこっちを見ていた。

    こいつらの波導なんて、読むまでもない。
    心配されているぐらい、昔の俺だってわかっていただろう。
    その心遣いを受け取れる余裕があるかないかだけで。
    何も変わりはないはずだ。

    「チギヨ。俺とヨアケと、ルカリオは……友達だ」
    「ビドー……そうか、友達でいいんだな」
    「ああ。友達でいい。ダチだから力になりたい。つまりは、幸せってやつになってほしい」
    「俺には、お前と一緒に居るアサヒさんも、幸せそうに見えるけどな」
    「違うさ」

    「どこがだ?」と言うチギヨからの質問は来なかった。でも俺は続ける。
    俺がヨアケの隣に立てない決定的な理由を言う。

    「俺は、アイツに恩を感じてしまっているんだよ。ルカリオと今の関係になれた意味で、救ってもらったんだよ、俺たちは。だからこそ、俺たちはヨアケに恩返ししたいんだ。だから対等にはなれない。だろ、ルカリオ」

    ボールの中のルカリオは、苦笑を浮かべ、否定する。
    困っている俺に、チギヨは軽く叱りつけた。

    「ルカリオだって違うって言っているだろ。それにお前とアサヒさんは、同じ目的を持つ相棒だろ。別に対等じゃなくても、お前はアサヒさんと相棒になりたかったんじゃないか? それに友達ならなおさら、肩を並べられない関係なんて、しんどいだけだぞ」
    「チギヨ……」
    「もっとも、お前の場合背丈足りねえがな」
    「うっせえ」
    「もっとでかくなれ。胸を張れるぐらい、心身共にな」
    「……うっぜえ……」

    少しでもチギヨがまともなことを言っていると思った自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
    ため息をつくと、奴に頭をがしがしと撫でられた。不機嫌そうにしている俺を見て、ルカリオはわずかに笑っていた。ハハコモリはおどおどしていたが。

    チギヨの手を払いのけて、立ち上がる。それからユーリィの店の扉の前に行って、ドアノブを掴む。
    入る前に、チギヨに聞こえるようにはっきりとした口調で言う。

    「いい加減、前髪含めて髪切ってこようと思う」
    「おお。じゃあ、髪型に似合いそうな服適当に見繕ってくるぜ」
    「あんまり今の変わらない感じで頼む」
    「りょーかい。でもロングコートは禁止な」

    露骨に嫌な顔を向けていると、こっちに気づいたユーリィが「何しているの?」とドア越しに睨んでくる。文句を諦めて入って注文したら、中に居た全員に口を開けてめちゃくちゃ驚かれた。


    ***************************


    ビー君がユーリィさんに髪を切ってもらっている間。私はやるべきことをしに自室へ一回戻った。
    ドルくんたちの入ったモンスターボールに語り掛けながら、手紙を書いていた。

    「みんなに、謝らなくちゃいけないことがあるの。覚えているかはわからないけど……私は昔、みんなを置いて行こうとしたんだ」

    私の懺悔にみんなは、髪型を見せた以上には驚きもせずに、じっと言葉の続きを待ってくれる。
    その反応で、私はもしかしたらと思っていたことに……確信した。

    「記憶、消されていたの、私だけだったんだね……」

    記憶を覗くという行為自体、頭に負担のかかること。私にオーベムが記憶の封印をされていた時点で、みんなまで調べる対象にならなかったということなのだろう。
    ドルくんが目を伏せた。レイちゃんは悲しそうな顔をしていた。ドッスーは眉間にしわを寄せた。セツちゃんは呆けていた。ララくんは目を細め、リバくんは手に持った袋を抱きしめた。
    それぞれ、様々な思いを抱きながら、それでも私を見守ってくれていた。
    私から離れないでくれていた。
    それがとても、痛いぐらい嬉しくて。

    「ゴメンなさい。そしてありがとう、それでも私を支え続けてくれてありがとう。ほんと、ポケモントレーナー失格で情けないけど、それでも力を貸してほしいんだ」

    全員が私を見上げる。私は願いを口にする。

    「私はやっぱりユウヅキと一緒にいたい。そのために彼と戦うことがあるかもしれない。それも覚悟している。みんなは、ユウヅキたちと戦うの、嫌……なんだよね」

    これは私の勝手で、みんなを巻き込むと宣言しているようなものだ。
    ためらいはないと言えば嘘になるけど、でも私はその上で説得する。

    「もう自分からあなた達を置いて行かない。絶対に、絶対に。だからどうか、どうか一緒に戦ってほしい」


    ……ドルくんがモンスターボールの中から出てきて、私に画用紙を要求する。
    慌てて差し出すと、紙にさらさらと尾の筆で何かを描く。
    ドルくんはその絵を短時間で描き終え、私に突き出した。

    それは、今の私とユウヅキの似顔絵が並んでいる絵だった。
    二人ともぎこちなく、でもちゃんと笑っていた。

    「ドルくん……うん、こんな風に笑いあえるようになりたい。だから協力お願いしてもいいかな」

    首を縦に振り、ドルくんは肯定してくれた。ボールの中のみんなも、応えてくれた。
    ありがとう、と何度も何度も呟いて、私は全員分の想いを込めてドルくんを力強く抱きしめた。


    ***************************


    【王都ソウキュウ】の【テンガイ城】の城壁の上に彼は呼び出されていた。
    城壁の上にて出てすぐに待ち構えていたのは、彼女の手持ちのフードを被ったような鳥ポケモン、ジュナイパー。
    黒縁メガネ越しに目を細め、キョウヘイはジュナイパーの名を呼び主人の居所を訪ねる。

    「ヴァレリオ。サモンはどこだ」

    ヴァレリオと呼ばれたジュナイパーは、音もたてずに舞い上がる。ゆっくりと1、2回旋回してから城壁の上をなぞるように飛んで行った。
    月光照らす中、夜風に吹かれてしばらく歩くと、そこに彼女は座っていた。彼女……サモンと骨を被ったポケモン、ガラガラは城壁の淵に背もたれて、月を見上げていた。
    ジュナイパーは淵の上に着地し、トレーナーに倣うように、また月を見上げた。

    「案内お疲れ様、ヴァレリオ。やあキョウヘイ。今晩は」
    「……わざわざこんなところまで呼び出して、なんだサモン。隕石はもう渡しただろ」
    「そのことは改めてお礼を言うよ。隕石を手に入れてくれて、ありがとうキョウヘイ」
    「欠片だけどな」
    「気づいていたんだ」
    「気づかないとでも。で、何の用だ。月見ならコクウとヴァレリオとやれ。付き合わないからな」
    「つれないなあ、キミもそう思うだろう、コクウ」

    コクウと呼ばれたガラガラは小さく頷き、キョウヘイをまじまじと眺める。
    キョウヘイは視線をそらし、目のやりどころがなくて月を見上げた。

    「君ら、のんびり月見するタイプじゃなかっただろ。ずいぶん丸く、いや弱くなったな」
    「キョウヘイたちは尖って強くなったけどね」
    「……強くなければ何もなしえないからな」
    「そうだね、でも本当にそうなのかな」

    その言葉に、キョウヘイは静かに苛立ちつつサモンを見る。
    サモンもキョウヘイを見つめ返し、問答になる。

    「俺は、弱かったから失ったんだ」
    「あれはキミだけの手に負える事態じゃなかった」
    「そうだとしても、俺は負けてはいけない戦いに負けてしまった。勝たなければ意味がない。結果が……すべてだろ」
    「結果は結果でしかない。物事の積み重ねの副産物だ」
    「なんだと」

    低く、唸るような声を出すキョウヘイにサモンはきつく言い返す。

    「キミもダークライの悪夢を見ただろう? キミはうまく立ち回ろうとして、肝心な本当に失いたくないものに向き合わなくて失敗しただけだ」
    「群れてなれ合うのを嫌いな君がそれを言うか」
    「言うよ。断言するけど、今のキミがせいぜい強くなっても失わないのはその捨てきれないプライドだけだ」
    「サモン。君……」
    「プライドをかなぐり捨ててでも、守らなきゃいけないものもある」

    その言葉に、キョウヘイは違和感を覚える。
    普段の彼女なら、断言するような言い方を好まないからだ。
    その違和感を、キョウヘイは無視できなかった。

    「おいサモン。それは……誰の話だ?」

    口をつぐむサモン。彼女が自身の感情をあまり口に出したがらないことは、キョウヘイは知っていた。
    距離が遠くて近い、キョウヘイだからこそ気づけたのかもしれない。
    最近の彼女は、どこか妙だ。

    「君は何を守りたいんだ。そこまでして何を失いたくないんだ」

    彼女は立ち上がる。それから風の吹く方の暗闇に向き、手を伸ばす。
    そしてサモンは、キョウヘイの質問に答えた。

    「生きてきた中で初めて……“執着できたもの”だよ」

    淡々としたその声は、一番感情が込められているとキョウヘイは思った。
    ガラガラのコクウも、ジュナイパーのヴァレリオも、彼女の見つめる先を見ていた。
    そこにある景色に、キョウヘイは興味なかった。
    ただ、気に食わない何かを彼は抱えていた。

    「共犯者には、ならないからな」
    「わかっている。でもまたお願いはするかもね」
    「君は身勝手だな」
    「うん。身勝手だ。でも」

    くぎを刺すキョウヘイに、サモンはいたずらな表情を浮かべ、こぼす。

    「キョウヘイにはなぜか、ワガママがいいやすいんだ」

    それこそ勝手な思い込みだ。とキョウヘイは切り捨てたかった。
    ただ、なぜかわざわざいう気にもなれず、ため息だけを吐いた。

    夜が、より深くなっていく。
    それでも月は、孤独に輝いていた。


    ***************************


    【トバリ山】を越えた南部の荒野に、東西へ延びる広く長い道路がある。
    その東側の地点の傍らに、荷台付きの車が止まっていた。
    レイン、メイ、サクもといユウヅキは、そこで一夜を過ごしていた。
    運転席で寝ていたレインは、助手席で休んでいるはずのサクが見当たらないことに気づき、車を降りる。
    荷台ではメイが寝袋を使いギャロップとともに静かな寝息を立てていた。
    レインが辺りを見回す。少し離れた木陰に、彼は居た。
    彼は手に持った小さな何かを見つめていた。

    「今日もまた寝ないのですか、サク」
    「ああ。いつも以上に眠れなくてな」
    「……やはり、アサヒさんにしたことを、気にして、ですか」
    「気にしてないと言ったら、十中八九嘘になる。だが、俺には気にする資格もない」
    「……本当に彼女を攻撃して、よかったのですか、サク」
    「アサヒが俺の前に立ちはだかり、<ダスク>の邪魔をするのなら……俺は責任者として、誰であろうとその障害を除去しなければいけない。それができると示さなければいけない……」
    「サク……」
    「ただし、彼女が俺をもう追いかけなければ、その必要は無くなる。だが、それはおそらく……無い」
    「断言するんですね。確信に足る理由は?」
    「確信では決してない。半分は彼女が頑固な性格だって知っているからで。もう半分は――――俺の願望だ」

    苦笑を浮かべるサクを見て、レインは驚いた。苦しい笑いとはいえ、彼が笑うところを何年も時を共に過ごしているレインはほとんど見たことがなかったからだ。

    「俺は、アサヒには待っていて欲しい。だが、それと同じように、追いかけてくれることで、どうしても俺はどこか救われてしまっている。おかしな話だ」

    その問いかけには、レインは答えられなかった。代わりに答えたのは、いつの間にか起きていたメイであった。

    「別におかしくない。だってサク様、ずっとあのアサヒが追いかけてくること、待っている。待ち望んでいる。でなきゃ、そんなモノ大事に持ち歩き続けないでしょ?」

    メイに手元を指さされ、「その通りだ」と白状するサク。
    レインは荷台からギャロップが下りるのを手伝いつつ、二人のやり取りからサクが大事そうに持っていたものの正体を察した。
    そのうえで、確かめるためにもあえてレインはサクに問う。

    「それは?」
    「発信機だ。彼女が俺の袖をつかんだ時につけたのだろう。あのスタジアムを襲撃した際もダークライがソテツのフシギバナに、似たものをつけられて壊したことがある」
    「…………だから、今夜、【ソウキュウ】や【スバル】から離れたここを選んだのですか?」
    「いざという時、走りやすいだろ」

    頭を抱えるレイン。遠くからが鳥ポケモンが飛び立ち、鳴く声が聞こえる。
    その音の他に、排気音が一つ聞こえる。方角はさらに東の方向から、距離はまだ遠い。
    だがそれは、夜明けとともに確実にこちらに近づいていた。

    「サク様」
    「どうするのですか、サク」

    メイとギャロップ、レインの視線を受けたサクは、青いサングラスをかけ直して言った。

    「次は容赦しないと言った。その覚悟の上で来るならば、今後は彼女の敵として戦うまでだ。彼女は――――アサヒは、俺を追いかけるべきではないのだから」

    「俺はまだ、救われてはいけないのだから」

    西の空の月がサングラスの内側の彼の瞳の色のように薄白い銀色になり始める。
    そして夜明けの太陽と共に、追跡者は現れた。

    青いバイクのサイドカーから降りた彼女はヘルメットを取る。
    ミディアムショートになったその金髪はさらさらと光と風に輝いていた。
    スカートは以前より短くなり、ロングブーツがしっかりと大地を踏みしめる。
    こちらを捕えんとその蒼い双眼で睨み、口元に笑みを浮かべるヨアケ・アサヒを見てレインが嗤いながら呟いた。

    「夜明けの追跡者……いえ、“明け色のチェイサー”といったところですか」

    “明け色のチェイサー”ヨアケ・アサヒは現れた。
    ヤミナベ・ユウヅキを捕まえるために、彼女はここに……現れた。



    ***************************


    私もイメチェンしたけれど、同じくヘルメットを取った、運転手のビー君も装いが変わっていた。長かった前髪を含め全体的に髪が短くなっている。以前着ていたグレーのロングコートも、同系色の半袖ジャケットへと変わっていた。
    水色のミラーシェードをかけていることで、彼だと認識できるぐらいには、雰囲気が変わっていた。

    「お前がヤミナベにつけた発信機のデータ、デイジーが気づいて送ってくれたのにまた先行して突っ走って……もっと怒られても知らないぞヨアケ」
    「その時は一緒に謝ってね、ビー君」
    「ったく、仕方ねえなあ」

    そう言うビー君も、口元の笑みを抑えきれていなかった。

    メイって子とその手持ちのギャロップ、それからレインさんとサク……ううん、ユウヅキが静かにこちらを警戒していた。
    しばらくの緊張ののち、ユウヅキが口を開く。

    「次は容赦しないと言った。それでも来たということは覚悟の上だとみなす」

    低い声色で威嚇するユウヅキに、私は応える。

    「ユウヅキのばか。そうじゃないでしょう。髪を切ったぐらいで私がキミを追いかけるのをやめると思った? 自ら私の敵だって言えば私がキミを敵だと思うと思った? 私のこと、甘く見過ぎだよ」
    「思っては、いなかったさ。甘く見ていたのは確かだがな」

    ユウヅキが、モンスターボールに手をかける。続いてその手を私に突き付ける。
    私も同じように、モンスターボールを取り出し、ユウヅキに突き出す。

    「アサヒ、お前は俺と一緒に居るべきではない」
    「ユウヅキ、私は、貴方と一緒に居たい」
    「……お前には、もう困ったとき頼れる相手がいる。俺とじゃなくても生きていけるだろ。だから、もう俺を追いかけないでくれ」

    その声が、悲しそうに、苦しそうに、泣いているようにも、聞こえた。
    ユウヅキにそんな顔させたのは私で、彼を想うべきならその望みを叶えるべきなのだろう。

    ……私は“闇隠し事件”を引き起こしてしまった自責の念から逃れようとして、彼の前で一度その身を投げようとした。手持ちのみんなを置いて、湖に逃げて……そして、彼にトラウマを植え付けてしまった。彼を、みんなを苦しめ続けてしまった
    追いかけられるのを嫌になるのも無理はない。
    彼と敵対することを嫌がられるのも無理はない。
    でも、それでも、そうだとしても……
    追いかけるのをやめることだけは、また逃げて諦めることだけは、絶対に嫌だった。

    「一度逃げた私のことは赦さなくていい。けれど私は貴方に追いついて、隣に立ちたい。そして……」

    私はもう片方の手を、差しのべる。
    そして決意の笑顔を作って、強く言い切った。

    「一緒に生きて、心の底から笑い合いたいんだ!」


    ***************************


    差しのべられたその手。
    俺が守りたい、その笑顔。

    望んでいたそれらを目の当たりにして、まぶしくて目に染みる。

    「俺の隣に居ても、俺はお前を守り切れない」
    「自分の身ぐらい、今度こそ自分で守ってみせる。だから今度こそ一緒に生きて償おう?」

    引き寄せられるその誘い。
    本当はその手を取りたかった。
    本当はその誘いに乗りたかった。

    けれど、いや、だからこそ俺は。
    俺は……決別を選ぶ。

    「それだけは、ダメなんだ。アサヒに償わせるわけにはいかない」

    彼女の笑顔が揺らぐ。「なんで」と尋ねる声が聞こえる。
    すべてを言ってしまっても良かったのかもしれない。
    でも俺は理由を隠して、願いだけを口にした。

    「お前に生きていて欲しいから、だ」

    モンスターボールの開閉スイッチを押す。光と共に現れたのは、リーフィア。
    彼女の髪を切らせた俺の相棒だ。
    アサヒもグレイシアのレイを出し、二体が揃う。

    俺は……迷いを振り切りリーフィアに攻撃の指示を出した。
    アサヒもレイとともに迎撃する。

    望まぬ戦いが。
    別れの夜明けが、始まった。


    ***************************


    ムラクモ・サクことヤミナベ・ユウヅキはヨアケ・アサヒさんとの決別を選択した。
    私は彼の事情を知っていた。責任を取るということの意味を、知っていた。
    それでも彼が選んだ道を、私は心からは望んではいなかったことに今、気づかされる……。

    どうしてこんなことになってしまったのか。
    問いかけるべき相手は、見つからない。

    呆然とする私の目の前で、サクのリーフィアが『ウェザーボール』の弾丸を、アサヒさんのグレイシアの凍てつく一閃、『れいとうビーム』を放つ。
    二つの技がぶつかり弾け合い、冷風が吹き乱れます。

    「サク!」

    私の声は、衝撃にかき消され届かない。
    ビドーさんがルカリオを出すのを見て、メイがギャロップに、『10まんばりき』を指示、突進して踏みつけるギャロップ。ルカリオとビドーさんはそれを左右にかわし、ルカリオが強力な『おんがえし』の一撃をギャロップに叩き込む。
    吹き飛ばされよろけるギャロップにメイは駆け寄ります。
    ルカリオにビドーさんは『はどうだん』を溜めさせ、サクのリーフィアを狙っていました。

    天候が、変わる。
    アサヒさんがグレイシアに『あられ』を指示。グレイシアは霰の中に消えていくようにその特性『ゆきがくれ』で姿を隠す。ルカリオが放った『はどうだん』をリーフィアは深緑の刃『リーフブレード』で真っ二つに叩き切った。

    「まったく皆さん好戦的なんですから……サクたちを頼みますカイリュー!」

    私は相棒のカイリューを出し、危険を承知の上でサクとリーフィアの方へ突っ込ませます。
    その間に私は車に乗り込み、エンジンをかけました。

    「?!」

    カイリューがサクとリーフィアの体を抱え空へと舞い上がります。

    「ここは一時撤退ですサク!!」
    「! させない!」

    グレイシアの『れいとうビーム』がまっすぐに2、3回飛んできます。カイリューはひらりと交わし、そのまま霰雲の中で上空を離脱しようとしました。
    しかし、

    「まっがれええええええええええええ!!!!」

    彼女の声に合わせるかのように、
    直線を描いていたはずの上方の『れいとうビーム』が、反射を繰り返し降ってきます。カイリューはよけきれず右翼に被弾しました。

    「カイリュー!!」

    カイリューは何とかこらえ、サクとリーフィアを抱えて荷台に着地しました。動揺しながらも私は迷わずアクセルを一気に踏み込みます。
    私の意図を組んだメイもギャロップに乗って車に追いついてきます。

    「ヨアケ、乗れ!!」
    「うんっ!」

    しかし彼らにもサイドカー付きバイクがあり、こちらを追いかけてきます。
    撤退戦へと戦いは移行していきました。


    ***************************


    追走戦へと、戦いは移った。
    俺はオンバーンを、ヨアケはデリバードのリバを出し、それぞれにルカリオとグレイシアのレイを乗せて飛ばした。
    俺たち自身はサイドカー付きバイクで直線の大道路を駆けていた。
    前方に走るは荷台付きの車。台の上にはリーフィアとヤミナベと、さっきヨアケが撃ち落したカイリュー。それから並走するのはパステルカラーのたてがみのギャロップと、そいつに乗った大きなつばの帽子を被った銀髪女、メイ。

    「来るなっての! ギャロップ、『サイコカッター』!!」

    ギャロップのツノが光り、念動力によって圧縮された超能力の刃が前方から飛ばされてくる。

    「く! 『ばくおんぱ』だ、オンバーン!!」

    オンバーンが放つ爆音の衝撃波が『サイコカッター』を相殺、遅れてやってくる轟音が朝焼けに包まれた荒野に響いた。

    「リバくん!『こおりのつぶて』! レイちゃんも援護して『れいとうビーム』!」
    「『にほんばれ』で天候を変えてください、カイリュー!」
    「! 構えろ、リーフィア!」

    背にした太陽が熱く光り輝く。
    それに反応したヤミナベがリーフィアに声をかける。
    リーフィアが台座の上で踏ん張り、ヨアケたちの氷技連撃をギリギリまで引き付け、そして。

    光の剣がリーフィアの尾から立ち昇った。
    ――――居合一閃。
    氷礫と光線が切り刻まれバラバラに落ちていく。
    けれど、光の剣は、まだ煌々と輝き続けている……!

    「次が、来る……!」

    強力な一撃が来ることを思わず察し、ハンドルを握る。
    緊迫した空気。
    じりじりとした沈黙を、ヤミナベが破る。

    「――――『ソーラーブレード』!」

    二閃目の光の剣は、真上から叩きつけられようとしていた。
    狙われたのは、デリバードのリバと、その上に乗ったグレイシアのレイのタッグ。
    『ソーラーブレード』は強力な代わりに『にほんばれ』などの日差しが強い環境下でしか連発できない技。アドバンテージを保つためにヤミナベとリーフィアはレイの『あられ』による天候変更を真っ先に潰しに来る……!

    「よけてふたりともっ!!」

    ヨアケの悲痛な声。その時動いた青い影があった。
    ルカリオだ。ルカリオがオンバーンから飛び上がり、『ソーラーブレード』の剣めがけて突っ込んだ。
    自発的なルカリオの行動に、俺は指示を……重ねる!

    「『はっけい』!!!」

    振り降ろしきられる前の、勢いと重さが乗り切る前の斬撃に『はっけい』を打ち込み、衝撃を少しでも弱め起動を反らすことに成功する。
    代わりに遥か後方へと飛ばされ、置いて行かれそうになるルカリオを、オンバーンが急いで飛んで回収しに行った。

    その隙を、メイとギャロップは逃さない。

    「撃ち落せギャロップ! 『マジカルシャイン』!」

    鮮烈な妖しく輝く光の攻撃が、俺たちとヨアケたちに襲いかかる。
    ミラーシェード越しでも、さっきからの強烈な光どもは手に汗握るくらい、きつい。
    それでも、前へ、アイツのところへ……ヨアケたちを送り届けるんだ!!
    苦手でも、トラウマでも、克服してやる――――!!

    「なめるなああああああ……!!」
    「墜ちろおおおおおおおおおっ!!!」

    メイとギャロップの気迫と執念がすさまじく、『マジカルシャイン』はより苛烈になっていく!
    (くそっ! かわし、きれない!!!!)

    俺とヨアケの乗ったバイクにも、デリバードのリバも、グレイシアのレイも、一斉に被弾する。
    タイヤがやられて、これ以上バイクでは追いかけられない!
    もうここまでなのか?! 一瞬でもくじけそうになる気持ちを、奮い立たせる。

    「いや、まだ諦めてたまるか!!」
    「そうだよ、まだだ!! レイちゃん――――『ミラーコート』!!!!」

    グレイシアのレイの前に鏡面の壁が作り出され、その鏡からさっき受けた特殊攻撃を、『マジカルシャイン』を倍返しで解き放ちヤミナベたちを追撃する!!

    メイとギャロップは持ちこたえるものの、相手の車にも攻撃は当たっていた。
    荷台の上では、カイリューがヤミナベとリーフィアを庇い、盾になっていた。
    カイリューはその一撃で、戦闘続行不能に陥る。

    「カイリュー……!!!」
    「カイ、リュー…………すまない」

    察したレインの呼び声に、カイリューは応えを返せない。
    ヤミナベが、止まった車の荷台の上で立ち上がり、それから新たなポケモンをボールから出した。
    そいつは、儚い白さを持つドレスを身にまとったポケモン、サーナイトだ。

    「俺が甘かった……撤退する」

    発信機をリーフィアに切り刻ませたヤミナベは、サーナイトに力を集めさせる。
    撤退時にサーナイトが何をするか、俺はよくわかっていた。
    ヨアケも察しがついていたようで、バイクを降りヘルメットを投げ捨て走り始める。
    ギャロップに迎撃させようとするメイを、ヤミナベは制止させる。

    「メイ。攻撃はもういい。集まれ。まとめて『テレポート』する」
    「っ、わかったサク様……」

    ヨアケが手に何かをもちながら必死に走る。しかし、到底追いつける距離ではない。
    それでも彼女は諦めない。だから、俺が先に諦めるわけにいかない……!

    「オンバーン!!!!」

    俺は、祈りを込めて最後の指示をオンバーンに託した。


    ***************************


    苦しい、息が上がってくる、追いつけない。
    でも不思議と楽になりたいなんて気持ちは湧いてこなかった。
    走る私の背中を、とても温かく、強い『おいかぜ』が押してくれたからだ……!!

    ありがとうビー君、オンバーン。ルカリオもレイちゃんもリバくんも、他のみんなも。
    涙で前が見えにくくなっていたけど、しっかりと見据えて。
    私はありったけの声で彼の名を呼ぶ。

    「ユウヅキ!!!!」

    ここで足を少し緩め、踏ん張りをきかせる――
    ――それから、右手に持った筒を全力で振りかぶり、投げた!

    「受けとりゃああああああああ!!!!!」

    流れゆく風に乗せて、届け、届け、
    この思いよ、貴方へ届け!



    ……熱く吹き乱れる追い風に乗って、それは彼の手に届いた。
    サーナイトが力を解き放つ。
    そして彼らは『テレポート』によってここではないどこかに転移していった。

    リバくん、レイちゃん、オンバーンにルカリオ、最後にビー君が私に駆け寄る。
    息を切らした私に、ビー君が静かに声をかけた。

    「はあっ、ぜえっ、はあっ……」
    「……取り逃がしちまったな」
    「……うん。でも、今日のところは、これで勘弁しておいてあげる……!」
    「そっか。まあ、また追い詰めればいいさ」
    「うん……ビー君」
    「なんだヨアケ」

    胸の奥にひっかかっていたことを、今なら言葉にできるような気がして。
    深く深呼吸をして、彼に伝える。

    「言えない事情はいっぱいある。それでも私に協力してほしい」

    それだけ言うと、ビー君は驚いた表情を見せた。

    「今更何を言っているんだ、相棒」
    「ビー君?」
    「いいかヨアケ。俺とお前の相棒関係はヤミナベを捕まえるまでだ。つまりまだ終わっちゃいない。協力するなって言っても協力するぞ俺は」

    それから彼は、口元を歪ませ、目を伏せる。

    「事情なんか言えるようになったら教えてくれ。今はそれでいい」
    「……ありがとう、助かる」

    ビー君は一つ頷くと、「さて、今はどう帰るかだ。どうしたものか……」と頭を悩ませていた。
    そんなビー君をよそに、私はレイちゃんやリバ君たちをねぎらいながら物思いにふける。
    日はすっかり昇りはじめ、月は再び姿を眩ませた。
    でもまた共に一緒に在れる時が来る。そんな予感がしていた。
    それは諦めなかったから感じるものだったのかもしれない。

    私はまたユウヅキを追いかける。
    何度だって、追いかけて見せる。


    ***************************

    あの荒野からは遠く離れた【セッケ湖】の湖畔に、俺たちはサーナイトの『テレポート』で移動してきた。

    朝焼けが湖面を輝かせる。手に取ったモノを確かめると、それは昔アサヒにあげた髪留めがくくりつけられていた筒だった。
    髪留めを外し、筒を開く。その中には一枚の紙が丸められて入っていた。
    それは、俺に宛てられた詩的な手紙だった。


    『夜明けの空に映える薄白い月のように
    地平線の彼方へと姿を眩ませても
    私は貴方を追い続けます』


    『私は、貴方と共に生きる道をもう諦めない』



    その彼女らしい短い文章を読み終えて思ったのは、一つだけだった。


    (……俺だって、諦めたくはないさ)


    レインが何か言いたそうにしていた。メイは俺の考えを読んだのか、黙っている。
    カイリュー、ギャロップ、リーフィアにサーナイトも、皆が俺の言葉を待っていた。

    「戻ろう、<ダスク>がやらなければいけないことは、まだまだ沢山ある」

    皆が俺を見て頷く。
    そうだ。俺は罪を償わなければいけない。
    そしてお前と共に生きるためにも、問題を片づけなければいけない。
    今はまだ、共に在れない。

    (だが、すべてを終えたら俺は……俺は)

    唇を噛みしめ、手紙の筒を握りしめ。
    二色の髪留めを見ながら、望む。

    (俺はお前の元に、アサヒのいる場所に帰りたい)

    強く、強く。今だけは強くそう願った……。


    ***************************


    義賊団<シザークロス>のアジトにて、あたしはいつものように目覚める。
    丸々としたピカチュウのライカはまだ寝ている。起こすのも忍びないので、あたしは一人で発声練習でもしようと防音設備のある部屋に向かった。

    「あれ、珍しい」

    先客が一人。<シザークロス>のお頭。ジュウモンジ親分がギターを練習していた。

    「アプリコットか。ちょうどいい入れ。話がある」
    「え、なんだろ。新しい仕事の話?」
    「……ちげえな」

    扉を閉め、親分の隣に立つ。ジュウモンジ親分は眉間にしわをよせて、あたしの方を見ないで言った。

    「お前も、あの大会見てたっていっていたよな」
    「あー、ビドーとリオル、いやルカリオをなんとなく目で追っちゃって、ね。そういやビドーたち、無事だといいね」
    「そうだな」

    珍しくそう肯定する親分は、なんだかいつもより小さく見える。
    元気がない、というより何をひたすら考えている。悩んでいるようにも、あたしには見えた。

    「俺らがアイツとリオルを引きはがしていたら、リオルは、アイツに、ビドーに懐いてルカリオに進化することはなかった」
    「お、親分?」
    「俺の目は、節穴だった。こんな状態で義賊団は、続けられないのかもな」

    確かに、あたしたちはビドーとリオルを引きはがそうとした。今にして思えば、結果だけ見れば、それは間違いだったのかもしれない。
    でもそんなジュウモンジ親分は見たくなかったし。
    その先の言葉は、あたしは聞きたくなかった。
    それでも親分は続ける。
    終わりの可能性を、口にする。

    「アプリコット。俺たち<シザークロス>は、潮時なのかもしれねえ」

    その一言は、その言葉は、声は。
    あたしの世界が壊れ始める音だった。




    つづく。


      [No.1681] 第九話 断ち切られる想い 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/04/01(Thu) 14:49:10     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第九話 断ち切られる想い (画像サイズ: 480×600 251kB)

    スタジアムから離れた森の中の崖際。
    激しい雨に打たれながら、俺は泥だらけで地に転がる小柄な彼を見下す。
    今、彼が負っている傷の数々。それは傍らにいる俺のサーナイトにつけさせたものだ。
    俺が下した指示で、つけさせた傷だ。
    それを見て、ひどい虚しさに襲われていた。
    色々想定外の出来事はあったが狙い通りの展開にはなった。<エレメンツ>“五属性”の彼だけを引きはがし、打ち倒すことは成功した。そして、一つの課題を除けばその後のことも順調に運びそうだった。
    ……ただ、後悔が抑えられない。

    どうしてもっとうまくやれなかったのだろうか。

    覚悟は決めていたはずなのに、いざしでかしたことを目の当たりにすると、ひどく気分が悪くなる。その感情はサーナイトにも伝わってしまい、苦しませてしまう。

    こんな方法以外でもいくらでも手段はなかったのか。

    そう悔いてももう時は戻らない。やってしまった行動も、つけてしまった傷も消えない。
    後戻りはできない。

    「……止めを刺すぞ」
    「はは、わかったよ……けどさ、ちょっと待っておくれよ」

    強がりなのか、虚栄なのか。悪態交じりに彼は作った笑みを浮かべた。
    何かの携帯端末の画面を差し出しながら、彼は俺に言う。
    彼は、ソテツは俺を……呪う。

    「もうすぐ彼女がオイラを追ってくる。どうせやるなら、彼女の目の前でやって見せろ――お前も痛みを伴え」

    彼の呪いは至極もっともだと思った。
    決断に迷いは少なかった。俺はその痛みも引き受けることにした。

    ごうごうと流れる崖下の河川を見て思う。
    俺はもうとっくに崖から踏み外して、溺れているのだろうか、と……。
    ひたすら暗い水底の中、俺はあとどれだけ自分を保っていられるのだろうか。
    その疑問に答えてくれるものは、いない。



    ***************************


    スタジアムの騒動から、ソテツ師匠が私の目の前でユウヅキに崖下の川に落とされて行方知れずになってから、2日が経った。
    私は、みんなにソテツ師匠が荒れ狂う川に落ちたとしか、伝えられていない。ユウヅキが、彼のサーナイトがソテツ師匠を突き落としたとは言えていない。
    言わなきゃ、いけないのに、その責務すら果たせていない。

    ガーちゃんはソテツ師匠の行方をずっと捜している。あの場にいた<ダスク>のメンバーと思われる人々は避難する観客に紛れて姿を眩ませた。ココさんの処遇はまだ決まっていないけど、意識を取り戻したトウさんが彼女を庇っていたとは、聞いている。
    色々手伝ってくれたフランさんたちのその後も気になるけど、探す余力がなかった。

    アキラ君に相談する手もあったと思う。何通かメールもくれていた。でも返信したら現実を認めてしまうような気がして、なかなかできずにいた。正直、現状を受け入れるにはまだ時間が欲しかった。
    アパートの自室に居るとどうしても考えがぐるぐる回ってしんどかったから、半ば逃げ出すように【カフェエナジー】のカウンター席で時間をつぶしていた。
    ……いや、それは半分くらいの理由で。
    もう半分は、ソテツ師匠があの時言った、ユウヅキから来るという接触を待っていた。
    半ばすがるような思いで、待っていた。

    私と、ウェイトレスのココさんと、彼女の手持ちのミミッキュしかフロアにはいなかった。
    沈黙している私たちを、ミミッキュは交互に見る。
    ふと、ミミッキュと目が合う。そういえばあの日ココさんと最後に会った時、トウさんが倒れたあの場にミミッキュの姿はなかった。

    「そういえば、ミミッキュはあの時どこにいたのかな」
    「ボールの中よ、応援張り切りすぎて途中から疲れて寝ちゃっていたのよ」
    「……ごめん」
    「いいのよアサヒさん、あたしこそ……」

    ミミッキュにも謝ると、ミミッキュは頭を小さく振った後、頼んでいないモーモーミルクのおかわりを置いた。

    「あたしたちのおごり」
    「……ありがとう」
    「いいのよ。その代わりちょっと独り言を言うから……聞き流してちょうだい」

    グラスの中のモーモーミルクに口をつけながら、私はじっくりと彼女の独り言に耳を立てる。

    「……あたしね、最初はトウを裏切ってでも<ダスク>で動くつもりだった。それが、<エレメンツ>では雁字搦めでできないことを、“闇隠し”にあったみんなを助けに行くことを<ダスク>でならできると思ったから。そして、まだ<ダスク>を抜ける気はないわ……ただ、今後は<エレメンツ>にも協力するつもり」

    ココさんはため息を吐くと、「これは痛感したことなんだけどね」と前置く。

    「トウが倒れて、思ったの。あたしが<ダスク>に入ったのは、やっぱりトウを守りたかったからなんだって……だから彼を守るためならいっそどっちも裏切っちゃおうと思うの。いっそ半端者を、貫き通そうかなって。もちろん、言えないことは言えない。でもあたしがパイプになって間に立つことで、少しでもお互いの傷が減ればいいなとは、思う。もう、遅いかもしれないけどね。でもやれるだけやってみるつもり」

    彼女のぶっちゃけ話を聞いて、私は返事を返してしまう。

    「都合、よすぎるよ。それに……遅いよ」

    携帯端末でアクセスした電光掲示板の情報を突き付ける。今回の騒動とパニックで出た怪我人の人数と、行方不明者の……ソテツ師匠の名前を、突き付ける。
    ココさんは黙り、静かに目を伏せた。私はこらえられずに、言葉をあふれさせる。

    「<エレメンツ>だって、決して現状のままでいいとは思っていなかった。確かに助けに行く方法は<スバル>の人たちに任せてはいたけど、この地方を、今いる人たちを守ろうとしていた……あの大会だってひと時でも楽しんでほしいってずっと準備していたはずなのに、でもそれを<ダスク>は台無しにした。集まった人達に怖い思いをさせた」
    「……あたしたちは、忘れられていくのが、忘れてしまうのが怖かったのよ」

    その痛いくらいにわかってしまう想いに、言葉が詰まる。

    「時間を積み重ねていくとね、思うのよ。忘れちゃいけないことでも、忘れたくないことでも、どんどん気持ちが薄れていくのが、あたしは怖い。だんだん周りから諦めていく人がでていくのが、仕方ないって思えてしまうのが……嫌で。その楽しいひと時の間で気分転換しても、隣にいるはずだった人がいないのは、変えられない。待っていて変えられないなら、こっちから動いて変えるしかないじゃない……でも、強引に巻き込むやり方は間違っていたと思うわ……」

    猛省しているココさんに、トウさんの件で疲れている彼女に……今これ以上言及するのはよくないと思った。
    彼女だけを責めるのは、違うと思った。
    私が責めるとしたら、それは……。

    「……<ダスク>って何人くらいいるの?」
    「わからない。でもそのくらいには多いわ」
    「その中に、ヤミナベ・ユウヅキって人はいる?」
    「? ああ……いるわ」
    「そう」

    もう、認めなければならなかった。
    あの日見た光景が、感じたあの感触が、聞いた声が、悪い夢ではなく、現実だということを、私は認めなければいけなかった。

    入り口の扉の開き、外の風が少し入り込む。
    そこに居た彼らを見て、私はどんな表情をしていたのだろう。
    出来れば、わずかでもがっかりした顔は、見せたくなかった。

    私の様子をじっくりと見てから、彼は顔を背けて言った。

    「結局あの日、ヤミナベには会えたのか」

    そのビー君の横顔は、苦しそうだった。

    苦しいのは、私だけじゃない。そんな当たり前のことに今更気づく私はやっぱりバカだなあと思った。

    ***************************


    彼の傍らに立つルカリオは、静かにビー君を見ている。それが心配している目だということは、もう私はわかっていた。
    私はもっと自暴自棄になる前に、ちゃんと話すべきだった。
    遅いけど、もっと遅すぎになる前に、話さなければ。
    ためらいを乗り越えて、私は話す。

    「うん。一瞬だけユウヅキと彼のサーナイトに会えたよ……でも彼らが、ソテツ師匠を川に落としたんだ」
    「……そうか」
    「黙っていてゴメンなさい……あまり、驚かないんだね」
    「そりゃ、お前があんだけへこんでいたらな。ヤミナベがらみで何かあったとは思っていた……わかった。許す。その代わりに、きちんと他のやつらにも言うこと。いいな」
    「ありがとう」

    ビー君はこちらに向き直って、「じゃあ、まずは現状整理だ」とメモ用紙とペンを取り出す。

    「確認するが、ヤミナベ・ユウヅキの隕石強奪に<ダスク>が加担していた、でいいのか?」
    「うーん。ココさんは<ダスク>にユウヅキがいるって言ってくれたよ」

    ココさんは短く返事をすると、何か考えをめぐらすように、カウンターの机をじっと眺めていた。

    「確かに、あの時ココチヨさんも……最優先じゃないにしろ隕石も狙いだって言っていたな。どのみち<ダスク>とヤミナベがグルだったのは、変わらねえ。ココチヨさん……その、今回の襲撃の目的って、話してもらえるか?」
    「……とにかく会場にいる人々、あたしたち以外を無力化させ、かつソテツさんを引きはがして孤立させ叩く。それが第一目的だったわ。隕石もどさくさで奪えればとは考えていたけその暇はなかった。多分デイジーの機転が早かったのはあると思う。そして最後の目的は、私たちの存在を印象付けさせるってことだった……」
    「それがあのダークライの悪夢か……どうして、一番目の目的がソテツを狙うことだったんだ?」
    「バランス。ソテツさんが、<エレメンツ>の中でトップクラスに強くて……一番実践慣れしていたからよ。彼を中心に徒党を組まれて戦いを仕掛けられていたら<ダスク>は、<エレメンツ>に劣勢だったと思うわ。だから、卑怯を承知でも孤立させこちらの、その……エースに奇襲させたの」

    ダークライに発信機を取り付けて後を追い、孤立無援になったソテツ師匠は、ユウヅキとサーナイトに不意打ちをくらい、打ち倒されたのだろう。卑怯と言えば、卑怯だ。けど、有効な手ではあると思う。

    ビー君がペンを動かす手を止め、ルカリオと一緒にこちらを見ていた。

    「無理にとは言わないが……何かまだ言いたいことがあるんじゃねーか、ヨアケ?」

    ビー君の問いかけは、的得ていた。打ち明けるって決めたのに、まだ黙っていようとしていたのか私。往生際が悪いにもほどがある。

    「ごめんビー君……実はソテツ師匠が、ユウヅキからの私への接触が何かしらの形であるって言い残してくれたんだ」
    「そうなのか?」
    「うん」

    驚いた彼の表情が、だんだんと険しくなる。

    「…………そうか、一人で接触する気だったんだな」
    「あ……えっと、それは……」

    その鋭くなる視線の意味を、理解するまで時間はかからなかった。
    自分のしていた行動からでは、言い訳のしようもない。
    ……私は、バカだ。こんな大事なことすらも、見失っていたなんて。
    ルカリオもビー君も、動揺しながら私を見る。

    「一緒に捕まえるんじゃ、なかったのか」
    「……ごめん、先走った」
    「俺がお前を送り届けるまでもないってか」
    「そんなことは……!」

    ルカリオがビー君の肩を掴み、制止しようとしてくれる。ビー君はルカリオの瞳を見て、顔を伏せた。感情を押し殺した声で、彼は謝る。

    「……カッとなった。すまん」
    「違う、違うの! これは私がいけないの! ビー君謝る必要ないっ!」
    「だが、俺もあの時と似た悪夢を見せられてからイライラしていた。余裕がなかった」
    「でも、それでも……!」

    過ちに気づいてから、うまく言葉が選べない。
    皆が私の言葉の続きを待っている。待ってくれている。

    どうしよう。何が言いたいの?
    大事な約束を忘れて破ろうとした私は、何が言いたいの?
    謝罪? 言い訳? そんなみっともない言葉を聞かせて、許されたいの?

    違う。と直感が騒ぐ。
    でも、言葉が見つからない。見つからないの。

    どもっているとルカリオと目が合う。それからビー君とも。ふたりとも、心配そうに私を見ていた。


    結局その場で言葉は見つからなかった。そして――
    ――沈黙を破ったのは、新たな来客がドアを開けた音だった。


    ***************************


    ドアを開け入ってきたのは紫のぷよぷよとしたポケモンメタモンを頭に乗せた白いパーカーの少年と、黒いランプのようなポケモン、ランプラーを引き連れたオレンジの髪の灰色のパーカーの青年だった。
    ココさんがすぐ対応に向かうと、白いパーカーの少年が「あははごめん、注文は後で。ちょっとそこのお姉さんに用があって」と言い、私の方へまっすぐ歩いてきた。

    「あなたがアサヒさんだね。初めまして。ボクの名前はシトリー。『シトりん』って呼んでくれるかな?」
    「えっと、初めましてシト……りん? どうして私の名前を?」
    「どうしてだと思う?」

    私を見て笑うシトりんにビー君とルカリオが警戒を強める。
    その眼差しを感じ取ったのか、オレンジの髪の青年がシトりんとふたりの間に立つ。
    ビー君たちにガンを飛ばす青年の頭を、ランプラーは「おちつけ」と言っているように叩いた。

    「ローレンスの言うとおりだよイグサ」

    シトりんはランプラー、ローレンスの行動を支持した。それからイグサと呼んだ青年をたしなめる。
    イグサさんは渋々というか、結構嫌そうな顔をしてから、それでも「悪かった」と謝った。
    そんなイグサさんを見て、シトりんの頭上のメタモンが少し可笑しそうに笑っていた。
    ぽかんとしている私たちに向かって、今度はイグサさんが話し始める。

    「僕らは、今日はメッセンジャーとして君に会いに来た。ある人に頼まれて伝言を持ってきたんだ、ヨアケ・アサヒ」

    その言葉を聞いて、私はユウヅキからのメッセージかもしれないと思った。ビー君とルカリオもその可能性を感じていて、彼らの言葉にじっと耳をすませていた。

    「シトりん」、とイグサさんは促す。その言葉に応え、いったんメタモンを床へと降ろし、息を整えるシトりん。

    「……うん。伝言はこうだったよ」

    その時、シトりんの佇まいが……変わった。
    姿勢、というか、雰囲気、と言えばいいのか。先ほどまでの無邪気な笑みを浮かべる少年とは打って変わった空気をまとって。

    姿形はそのままで、シトりんは別人になった。

    その演技というにはあまりにも精巧な何かによって形成され現れたそれは、
    私のよく知っている、懐かしい彼の姿が重なって見えた。

    「“【暁の館】で待つ、なるべく一人で来てほしい”」

    一言だけ。でも。でもその声は。
    その声はまぎれもなくユウヅキのものだった。

    「……っ!!!」

    形容しがたい感情がこみあげてくる。思わず、目頭が熱くなる。
    ずっとその顔を見つめていたくなるような気がして、感情に飲まれそうになって……だからこそ、私は一回目蓋を閉じる。
    ぐっと目をつむって、また開いたそこには、先ほど出逢ったシトりんがそこに居た。

    「……だってさ。依頼主からの伝言はこれだけだよ、あはは」
    「……伝えてくれて、ありがとう。すごい、似ていた……どうやったの?」
    「あはは。ボクはいつだって誰かの模倣者だからね。物真似が得意なんだ。どういたしまして」

    そう笑うシトりん。まるでこの子はそこにいるメタモンみたいな子だなと思った。
    そう思ったことを見抜かれたのか、シトりんは再び頭に乗せたメタモンを私に紹介した。

    「ちなみにこの子もシトリーっていうんだよ」
    「ややこしいね」

    わりと率直な感想が出てしまった。


    ***************************


    少年シトリーからの伝言を聞いたヨアケの反応を見て俺は、改めて悟る。
    こいつが本当に、ヤミナベのことが気になっているんだなと。

    (意外だな)

    その事実に、俺はもっと嫉妬するのかとも、思ったこともあった。
    もっと、荒れるかなとは、覚悟していた時期もあった。
    でもどこか静かな気持ちで俺は、ヨアケの背中を押していた。

    「【暁の館】は【ソウキュウ】の外、東南にある館だ。行ってこい。そして何か困ったらすぐ連絡しろ」
    「ビー君……でも私は貴方に送り届けてもらうって、貴方と一緒に捕まえるって……!」
    「俺が送り届けることにこだわって、せっかくのチャンスを無駄にしてはいけないからな……うまくやれよヨアケ」

    俺の目を見た彼女はだいぶ迷った後、しっかりとうなずき「ありがとう」と言ってカフェを飛び出していった。
    ヨアケを見送った俺に、イグサが話しかけてくる。

    「彼女は何者だ」
    「何者って、もうアンタらはヨアケの名前は知っているだろ?」
    「そうじゃない。君のルカリオは波導の力を持っているはずだ。ルカリオは、彼女の異常な気配に気づいていないのか?」

    急に名指しされたルカリオは驚き、首を横に振る。
    ヨアケの異常な波導なんて、俺も気づいたことはないぞ。

    「波導だと、わからないのか……? いや、でも」
    「イグサ、だったか。さっきから何を言っているんだ?」
    「…………僕とシトりんは普段、ローレンス、つまりはランプラーの力でさまよう魂をあの世に送る仕事をしている。いわゆる死神みたいなものだ。この国にもある仕事来ている。だから、僕自身も仕事で魂を探すために“見る”訓練をしてきたんだけど……」

    イグサは俺に問いかける。まるで似たようなものを見てきたかのような質問を、問いかける。

    「彼女、変なことを言ったりしていなかったか? 例えば心当たりのない記憶があるだとか、変な光景が見えただとか」
    「……あった」

    港町【ミョウジョウ】でヨアケが気を失い、変な景色を見たと言ったことがあった。
    それ以来ちょくちょくその現象があると聞いてはいた。でも当人に特に影響があるようには見えなかったから、深く気に留めていなかった。
    俺の反応を見て、奴は深刻な表情で一つの結論を導き出す。
    ヨアケに起きている状態を、俺に伝える。

    「おそらく彼女の体には、二つの魂が重なっている」


    イグサに詳しい話を聞こうとしたら、カフェの扉が思い切り開かれた。
    入ってきたのは大きな帽子をかぶった銀髪ショートカットの女。
    鋭い赤い目つきでシトリーと雑談していた(一方的にからかわれて困惑していた)ココチヨさんに注文を突き付ける。

    「マトマピザ。チーズ多めの。デリバリーで」
    「えっと、デリバリーはやってないのだけど……」

    女はこめかみをかき「察しろ」と言わんばかりにイライラした。
    そしてなぜか俺の方を指さして言う。

    「そこの配達屋に届けさせればいいでしょ?」
    「! 生ものは扱ってないぞ?」
    「じゃあ今から扱え。届け先は【暁の館】で。それじゃあ“早め”にね」

    言い放つだけ言い放って、女は去っていった。何かを感じ取ったココチヨさんとミミッキュは慌てて厨房へ走っていく。シトリーとシトリー(メタモンの方)が残念そうに笑っていた。
    さっきの続きを聞きたかったが、なにやら一刻を争う事態のようだ。そのことはイグサもわかっていたようで、静かに彼は首を横に振った。

    「今僕から話せることはもうない。えっと名前はビー……」
    「ビドーだ」
    「ビドーか。君も準備をした方がいい」
    「……ああ、そのようだな。行こうルカリオ!」

    俺とルカリオは、駐車場に置いていたサイドカー付きバイクを取りに向かう。

    (悪いヨアケ、今行くからな)

    曇り空の中見える太陽は、傾き始めていた。


    ***************************


    「もっと警戒するべきだったかな」

    その青髪の青年、アキラの声は暗い通路の中をこだましていく。
    【スバルポケモン研究センター】の地下施設に、アサヒの旧友のアキラは閉じ込められていた。
    2日前所長のレインに彼の部屋に連れてこられたアキラ。
    その部屋の隠し扉から、地下施設へと案内されるも、隙をつかれ扉にロックをかけられてしまう。
    電波は、繋がらない。何かしらのジャミングがかけられているのかもしれない。助けがくるという希望にすがって待つという選択肢は、彼は最初から持ち合わせていなかった。

    「向こうがその気なら、思う存分調べさせてもらうよ。後悔するぐらいにね」

    “闇隠し事件”の調査団のメンバーとして<スバル>に来てからだいぶ経つというのに、アキラはこの場所の存在を知らされていなかった。
    知らされていない、ということは知られてはいけないことがあるとアキラは判断する。
    アサヒのことも心配だったが、彼は今自分がすべきことを彼は見据えていた。
    冷静に、落ち着いて、一つ一つ彼は観察をする。

    「僕がフィールドワーク専門ということをあなたが忘れているわけでもないだろうに。ラルド。『フラッシュ』を頼むよ」

    アキラは手持ちの一体。フシギバナのラルドに『フラッシュ』をさせ光源を確保する。
    幸い、居住区画を見つけられたので食料や水といったものには困らない様子だった。充電口もあったので、手持ちの携帯端末と予備バッテリーにも問題はない。ポケモンを回復できる装置も見つけた。これなら思う存分に探索できる。

    「いや、いくら何でも充実させすぎだろ」

    レインの目的がここにアキラを隔離することだとしても、待遇がよすぎると彼は感じていた。誘導されているようにも感じるとアキラは思う。

    現在調査中の書斎区画には、膨大な資料が管理されていた。
    ポケモン関連の書籍が大半を占めるのは分かるが、医療関連の本も多い。
    アキラの目に留まった本の一つに“レンタルポケモンの基礎理論”というやたら分厚い本もあった。
    知識欲を抑えつつ、アキラたちは探索を続ける。

    一つの机の上に、伏せられた写真立てがあった。深緑色の髪の少年、おそらくレインの幼少時代の姿と、彼のパートナーのカイリューの進化前のポケモン、ミニリュウの姿。

    ……そしてもう一人。
    見覚えのある真昼の月のような銀色の瞳をもった、見知らぬ黒髪の女性がそこに写っていた。
    写真立てから写真を丁重に取り外し、その裏側に記された文字をアキラは読む。
    そこには、こう記されていた。

    “スバル博士と僕とミニリュウ。××××年×月×日”、と……。

    この場所について、もっと詳しく調べる必要性があると、アキラは考え行動を再開した。


    ***************************


    以前ビー君に注意されたけど、私はまたデリバードのリバくんに乗って空を飛んでいた。もちろんロングスカートのままで。
    曇った空の間から差し込む陽光は、どこか神秘的なきらめきをしていた。騒ぐ胸の内を抑えつつ、私とリバくんは、彼に教えてもらった建物の前に、降り立つ。

    「大きな館だね、リバくん……」

    大きな丸い目を細くして、リバくんは一言鳴き声で答える。リバくんもだいぶ緊張しているみたいだった。
    「ここまでお疲れ様。いったんボールに戻っていてね」と言いながらモンスターボールに戻すと、頭の中に声が聞こえてきた。それは、最近聞こえる方ではなく、エスパーポケモンなどのテレパシーによる交信だった。

    (玄関から見て、左の建物、礼拝堂で待っている)

    一方的な言伝通りに、私は礼拝堂に向かって歩いていく。
    そしてその扉を開いて、中へ入った。

    礼拝堂の中に、御神体のアルセウスと呼ばれるポケモンをかたどった像を見上げる一人の男性がいた。

    青いサングラスをかけた、短いこげ茶の髪をした黒スーツの人物に、私は先ほど出逢ったシトりんたちのことを思い返しながら声をかける。

    「そういえば貴方もメタモンと一緒だったね」
    「まあな」

    サングラスをいったん外し、頭からかぶっていたメタモンの『へんしん』を解かせ、懐から深紅のスカーフを取り出し襟元に巻く彼。青いサングラスで再び真昼の月のような瞳を隠す。黒いつんつん頭の懐かしい顔は、モンタージュとはやっぱり違って、昔の彼の面影をきちんと残していた。
    彼が、話を切り出す。

    「髪、伸びたなアサヒ」
    「貴方がくれた髪飾りつけたかったのと……願掛けしていたからね。ユウヅキ、貴方にまた再会できる時まで伸ばすって」

    彼は、ユウヅキは静かに首を横に振った。
    それからゆっくりと、しっかりと……彼は私に名乗りなおす。

    「今の俺はヤミナベ・ユウヅキを名乗れない。今の俺の名前は、ムラクモ・サク。<ダスク>の責任者だ」

    ムラクモ・サク。<ダスク>の責任者。
    その名前に不思議な感じがした。
    あの雨の日に貴方を見つけたとき、そんな可能性も考えたけど、やっぱり違和感しか湧いてこなかった。
    でも、ユウヅキの長年の旅の目的である、ルーツ探しが成就していたのだ。形だけでも祝福の言葉はかけておこうと思う。

    「貴方のルーツ、見つかったのならよかった」
    「ああ、見つけた。一緒に旅して探してくれたおかげで、見つけられた。俺の……本当の名前を」
    「そっか、でも……」

    自然と素直に、私は昔、彼にかけた言葉と同じ言葉を口にしていた。

    「やっぱり……私にとって、貴方はユウヅキだよ。ヤミナベ・ユウヅキという、かけがえのない大切な存在だよ」
    「そうか。ありがとう――だが、まだアサヒのもとには帰れない」

    返ってくるのは、昔とは少し違う返事。
    そこには、また変わってしまった関係や立場があった。


    ***************************


    「そう。なら無理やりでも、捕まえてでも連れ帰るよ……私の消えている記憶のこととか、聞きたいこといっぱいあるし」

    積もりに積もった疑問質問の渦の中で。
    あの嫌でも忘れられなかった雨の日の出来事を思い返して、問いただす。

    「なんで身動きとれなかったあの人にとどめを刺すような真似をしたの?」
    「とどめを刺した方が、お前が俺を憎むと思ったからだ」
    「下手な嘘。貴方はそんなことしない」
    「……ああそうだ。ソテツは生きている。あの時崖下にサーナイトに落とさせるように見せかけて、『テレポート』で別の場所に移動させた」

    長い溜息を吐き、彼は続ける。

    「もともと、ソテツを打ち倒し、そのまま身柄を<ダスク>で預かる予定だった。だが、ただ捕まるのは格好がつかないと言われ、やった。今にして思えば馬鹿馬鹿しいと思っている」
    「ソテツ師匠に伝えておいて……このバカ師匠。貴方の見栄っ張りでガーちゃんずっと心配して探していたって」
    「必ず伝えておく。あと簡単に川に飛び込もうとするな。もっと自分を大事にしてくれアサヒ」
    「ユウヅキこそ」

    心配をかけているのは、貴方もでしょう?
    そう訴えても、彼は固い表情のまま。
    むくれていると、今度はユウヅキが問いかけてくる。

    「アサヒ。今度は俺から大事な質問だ」

    ユウヅキは私の目をしっかりと見て。質問を投げかける。

    「お前の周りに、何も事情を言えなくても協力してくれる人はいるか?」

    言われて真っ先に思い浮かぶのは、最近頼もしく思える、あの小さいけど大きい背中。
    彼なら、ビー君なら……私は頼れるかもしれない。そう思い、肯定する。

    「……うん。いるよ。何も言わないのは、失礼だと思うけどね」
    「そうか」

    その時ユウヅキの顔に見えた表情は、どこか苦しそうな諦めと安堵の色だった。
    ……そういえば、さっきからユウヅキのメタモンの姿が見当たらない。
    「ねえ」と尋ねようとして、彼の“引き金”に遮られる。

    「できることなら――――“【すずねのこみち】で待っていて”欲しかった」

    それはキーワードだった。
    言葉の鍵。
    声紋認証。
    色々言葉はあるけれど。

    “【すずねのこみち】で待っていて”という言葉は、私たちが初めて出会ったあの場所で待っていてほしいという言葉は。
    私が記憶を消されるときに聞いた最後の言葉だった。
    その言葉こそが、私の思い出を封じ込めていた鍵を開く言葉だった。
    どっと意識が過去に持っていかれる。

    そして現実を思い出す。

    私が“人質”だという、現実を思い出す。



    そういえば無意識にプールや海に、水に足を入れることを拒んでいた。
    それはあの暗闇の湖に足を入れて以来のことだった気がする。

    あの時の感情。
    あの時の恐怖。
    あの時の悲しさ。
    あの時の苦しさ。

    貴方が私の記憶を消した意味を、思い出す。
    知らない記憶の意味も、理解する。

    「あ、ああ、うあああ……?!」

    気が付いたら床布の上に膝をついていた。
    だらだらと嫌な汗が流れる。涙で滲んだ目でユウヅキを見ようとするも、視界がにじむ。
    悪寒がして、息が苦しくなる。
    頭が痛くなる。
    それでも必死に意識を保つ。

    冷たい声色の彼の声が聞こえる。

    「それでもお前は俺を追ってくるのか」


    ……昔、私はすべてを投げ出そうとして。
    それを命がけで止めてくれたのは、ユウヅキだった……。
    それでも私は止まれなくて。彼は私のその衝動ごと、オーベムと一緒に封じ込めてくれたんだ。

    全力で、守ってくれたんだ。

    だったら、救い上げてくれた彼に、今の私が出す答えは、一つだけだ。
    そこだけは、ぶれない……!

    「追うよ。そして、捕まえる」

    涙を流しながら、私はユウヅキを睨んで立ち上がる。
    それから、

    「よくわかった――やれリーフィア」

    聞きなれないポケモンを呼ぶ彼の声。
    ザシュっと何かが一瞬で切られる音。
    そしてどさりと床布の上に落ちる音。
    急に、軽くなった頭。

    恐る恐る振り向くと。
    メタモンが空のボールを持っていて。その前にはリーフィアと呼ばれた草を刃にできる、レイちゃんと同じくイーブイの進化系のポケモンがいた。
    そして、足元に昔ユウヅキからもらった髪留めと一緒に、切られた金髪が広がっていた。

    「俺はお前の敵だ。これ以上俺を追うと言うならば容赦はしない」

    目の前が、真っ白になりそうだった。

    「……困った、なあ……」

    震える声を絞り出す。
    崩れ行く意識の中。私は彼の声を聞いた。
    その声に、光に引き戻される。

    「――ヨアケ!!!!!」

    差し込まれる夕時のオレンジの光とともに、ビー君とルカリオが扉を蹴破ってそこに居た。
    ちゃんとそこに、居てくれた。


    ***************************


    謎の銀髪女に宅配ピザを渡した後、(入るタイミングがなかったのもあるが)ルカリオと扉の前で盗み聞きしていた。が、ヨアケがヤミナベの手持ちのリーフィアに後ろ髪を切り落とされたのを見て、俺はルカリオとともに反射的に飛び出していた。
    彼女のことを呼び、奴へと叫ぶ。

    「大丈夫かヨアケ!!! くっそヤミナベてめええええ!!!」

    俺より先にルカリオが『フェイント』を混ぜリーフィアを突破し、ヤミナベに飛びかかっていった。

    「サク様!」

    素早く俺たちとヤミナベの間に割って入ったのは、パステルカラーの毛並みの一角ポケモン、ギャロップに乗った銀髪女だった。

    「メイ。余計なことを」
    「どうせ、収拾つかなくなっていたんだからいいでしょ。それより今は前っ!」

    ルカリオの『おんがえし』の拳を、ギャロップは『10まんばりき』で踏みつける。
    衝撃でお互い後ずさり、いったん距離が開く。
    メタモンを乗せたリーフィアがヤミナベのもとに駆け寄り、こちらに敵意を向ける。
    硬直状態にさらに乱入してきたのは、礼拝堂の入り口に降り立つドラゴンポケモンのカイリューと、

    「アンタは……レイン!」
    「どうもご無沙汰しております。ビドーさん」

    <スバルポケモン研究センター>の所長、レインだった。
    彼は、いや奴はみつあみを揺らしながら俺たちの隣をカイリューとともに通り過ぎ、ヤミナベ側に立った。

    「どういうことだ?」
    「どうもこうも、私もこちら側、ということですよ」
    「……俺たちを利用していたのか。研究センターがヤミナベに襲われたっていうのは」
    「ああ、あれは私が手引きしました。一応言っておくと、私とサク、そして彼女メイも“同志”です」

    驚く俺たちをよそに、レインは改まって自己紹介をする。

    「改めまして、私は<スバル>の所長、兼<ダスク>のメンバーのレイン。<ダスク>の目的は赤い鎖のレプリカによるギラティナの召喚、及び破れた世界に隠された人々の救出。“闇隠し”を起こしたサクに協力しています。ちなみにサクは、その責任をとる者、という意味での<ダスク>の責任者です」

    責任、という言葉に「責任なら、私にもある!」とヨアケが強く反応した。しかしレインは彼女の言葉を退ける。

    「いえ、貴女に責任を取る資格はありません。だって貴女は、放棄して逃げ出したのですから」

    レインの言葉の意味は俺にはわからなかった。ただ、身動きが取れそうにないヨアケを庇ったまま戦うには、現状が限りなく最悪に近いということだけは分かった。

    「……今は見逃す。その代わりにソテツと引き換えに隕石の本体を要求すると<自警団エレメンツ>に伝えろ」

    そう言い立ち去ろうとする彼らを、俺たちはじっと見ていることしかできない。
    でも、たとえジャミングの機械を使われ意味がないかもしれなくても、俺とルカリオは彼らの波導と姿を目に焼き付けた。
    複雑な波導を、しっかりと記憶した。

    ヨアケが、すれ違いざまにヤミナベの腕を掴む。
    ヤミナベはかがんでヨアケに目線を合わせ、もう片方の手でヨアケの手を外す。

    「お前はもう関わらなくていい。俺一人でやる」
    「ダメだよ……ダメだよ、ユウヅキ!!」

    夕闇の中去っていく彼を、ヤミナベ・ユウヅキの名前を彼女は、ヨアケは呼び続けた。
    声がかれるまで、呼び続け、そして打ちひしがれた。

    うずくまる彼女を、俺とルカリオはただ見ているしかできなかった。

    でも、彼女のポケモンたちは違った。

    まず初めに、ドーブルのドルが勝手にボールから出てきた。
    次に、デリバードのリバ、グレイシアのレイが続いて出てくる。
    ラプラスのララ、ギャラドスのドッスー、そしてパラセクトのセツ。
    皆が狭そうにしつつも、ヨアケのそばに寄り添った。
    ドルは髪が切られたことによって現れた彼女の背中をさすった。

    本当はもっと早く飛び出たかっただろうに、彼らはそれができなかったのだろう。
    ヨアケの大事な人と敵対したくなかったのかもしれない。
    その代わりにドルたちは、泣きじゃくる彼女のそばに、彼らは日が沈むまで寄り添った。
    悲しみを分かち合おうと、寄り添い続けた。

    ***************************


    日が暮れ、泣き止んだ彼女の頭はぼさぼさだった。
    ひどい頭のまま、彼女はこの先の心配をしていた。

    「レイン所長が<ダスク>だったなんて。アキラ君、大丈夫かな。<エレメンツ>の皆にも伝えないとね。色々」
    「ヨアケ」
    「何、ビー君? ここから色々と忙しくなるよ」
    「今は、少し休もう。アキラ君ならなんとか大丈夫だろ。<エレメンツ>にも俺が連絡しておく。だから、いったんアパートに帰ろう」

    呆けるヨアケに「いいから」と言い聞かす。
    俺もルカリオにも見えていた。今の彼女が、見た目も心もいろんな意味でボロボロなのが、彼女のポケモンたちが不安がっているのが見えていたから。俺は彼女を説得する。

    「焦るな……少し休め。どうせスタジアムの件からあんまり眠れてないんだろ? そんなんじゃ、体壊すぞ。追いかけることさえ、できなくなるぞ」
    「そうだね……私ももう二度と自分を投げ出したくないし。わかった」
    「よし。じゃあ……バイク持ってきているからサイドカー、乗れ。そして少し寝ろ」
    「うん」

    渋るポケモンたちをなだめ、ボールに戻し、俺たちは【暁の館】を後にする。
    夜風に吹かれて、俺たちは来た道をバイクで戻る。サイドカーのゆりかごの中、ヘルメットを着けた彼女はとても静かに、目をつむっていた。
    ライトで照らす闇の中、彼女が俺の名前をささやく。

    「ビー君」
    「なんだヨアケ」
    「ううん。なんでもない」
    「わかった」

    深い夜の中。
    ヤミナベとヨアケのやりとりが、交わされた言葉が俺の頭の中で反すうしていた。

    「わかってる」

    俺は、彼女が何も言わなくても、味方のつもりだ。
    そう自分に言い聞かせて、帰路を走る。

    そして自分に誓う。


    彼女を送り届けるまで、俺は走り続けると、俺は誓った……。







    つづく。


      [No.1680] 第八話後編 闇へと沈むバトルフィールド 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/01/01(Fri) 22:40:39     22clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第八話後編 闇へと沈むバトルフィールド (画像サイズ: 480×600 158kB)

    スタジアムの会場に向かう最中の通路で、あの人の大事な人とすれ違った。
    彼女は駆け足で手持ちのドーブルと一緒にあたしの隣を通り抜けて行こうとする。
    出来心、とでもいえばいいのか。はたまた、興味本位とでもいえばいいのか。
    あたしはあたしの力で、彼女の思考を覗き見た。


    (……ユウヅキ、どこにいるの……?)


    そこから先は、読み取るのを止めた。
    飽きたからってわけではなく。呆れたからだ。
    彼女に対してもだけど、あたしはあたし自身に対して、呆れていた。
    なんでわかり切っているのに、覗こうなんてマネをしたのか。
    埋まらない決定的な差を見せつけられたようで、嫌気がさす。

    「ばか、そうじゃないでしょ」

    何、嫌気なんて感じているあたしは。
    あたしはあの人の、サク様に忠誠を誓っているのでしょ?
    なら、あたしのやることは、決まっている。
    サク様の望む道を切り開く手伝いをすること。

    それが、あたしの、すべきことだ。


    (……メイ。そちらの準備は)

    サク様からの念話が来る。一呼吸おいてから、あたしは応える。

    (……問題ない。もう少しで定位置につくから。あの、サク様)
    (なんだ)
    (えっと、うまくいくといいね、今回)
    (どうだかな)

    その言葉には、うまくいってほしくないような感情が込められていた気がした。
    優しいなあと思いつつ、あたしは発破をかける。

    (あたしはサク様がどうしようが別に構わないけど、退けないんでしょ?)
    (……ああ、そうだな)
    (じゃ、やるしかないね)
    (その通りだ。すまない、世話をかける。頼んだぞ、メイ)

    珍しい言葉に、思わず口元がにやけるのを感じた。
    それから、力強く私は任せてと念じた。


    ***************************


    優勝賞品の隕石を巡った大会の予選が終わり、いよいよ本選に入った。
    試合をするフィールドはリングから変わり、バトルコートとなる。
    バトルコートは障害物の類のない、シンプルなコートだった。
    本選第一試合。
    入場の際、俺たちの対戦相手である緑のスカートの女性、フラガンシアに一つ質問された。

    「あなたの好きな香りは?」

    予想外の質問だったが、俺の返事はすんなり口から出ていた。

    「俺の名前の由来になった、花の香りだ」

    少なくとも今、好きな香りで思い浮かべるのは、あの心地よい香りの小さな星の花しかなかった。その花が浮かんで、少々複雑な気持ちにもなったが。

    「あら、素敵ですね」
    「どうも」

    ふと、予選で相対したクロガネのことを思い出す。あんまり下の名前は名乗りたくはなかったが、彼を思い出して俺はフルネームを名乗っていた。

    「俺の名前はオリヴィエ。ビドー・オリヴィエだ。できれば名字のビドーと呼んでください」
    「その花でしたか。そしてこれはご丁寧に――あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド。フランと呼んでくださいね。ビドーさん」
    「わかった。それとよろしくお願いします。フラン」
    「こちらこそ。仇討ちよろしくお願いいたします」

    ……そういえば、クロガネの知り合いみたいだったなフラン。

    「素直には、させないぞ」
    「ええ、全力で戦わせていただきます。楽しいひと時を」

    アナウンスに促され、俺たちはそれぞれコートの端に向かう。
    フランが一礼をしたので、つられて俺も一礼する。
    それからそれぞれ、ポケモンを出した。


    ***************************


    <義賊団シザークロス>のアジト。
    自分のスペースでパソコンを使って動画を見ていたあたしに、テリーが青いバンダナで前髪を上げながら話しかけてくる。

    「何を見ているんだ? アプリコット」
    「テリー……いやあの、なんか<エレメンツ>主催のバトル大会ですごいビッパ使いのトレーナーがいるってネットで話題になっていて、ちらっと覗いてみたら……配達屋ビドーが大会に出ていた」
    「なに」

    テリーの声に反応したドクロの仮面をつけたようなゴーストタイプのポケモン、ヨマワルのヨルが彼と一緒にパソコンを覗き見てくる。

    「ちょ、狭い」
    「最近はそうでもないが、前にちょくちょくオレらの邪魔してきたやつだよな、あいつ」
    「まあ、そうだけど……」

    ふと、イナサ遊園地でのことを思い出してしまい、なぜか顔が火照る。いやいや、あの時はめちゃくちゃ怖かったけど、いざ思い返してみればああいう壁ドンってあんまりされたことないし……いやでもないから! 今見ているのだって、きょ、興味があるからとかじゃなくあのリオル出ないかなーとか気になっているだけだから!

    「? 風邪か? そういう時はあんまり画面見ないほうがいいぜアプリコット」
    「違う違う違う……」

    唸っていると、対戦相手の女性は大きな口の草タイプのポケモンウツボットを出して、ビドーがよろいをまとったような虫ポケモンアーマルドを出していた。
    リオルじゃないんだ、と思ったそのあと私は……彼の技の指示に驚いていた。

    それは以前のビドーだったら絶対に指示しない技だったから。

    『――アーマルド、『シザークロス』!!』


    『シザークロス』

    その技の名前が彼の口から出た。
    彼のその一言が、なんだかんだあたしたち<義賊団シザークロス>を認めてくれた。そんなサインに見えて。
    不思議と、彼らの大会を見届けようと決めたあたしがいた。


    ***************************


    以前の俺なら、アーマルドにこの技を意地でも使わせたくなかったんだろうな。
    だけど、いつまでも気に入らないからとかは言ってはいられない。
    それに、この技はアーマルドがずっと出したがっていた技だった。
    負けられない理由が増えた今……使える手は、使う!

    「――アーマルド、『シザークロス』!!」
    「『あまいかおり』を、シアロン」

    シアロンと呼ばれたウツボットが、その大きな口から、甘い香りを放つ。
    突撃していたアーマルドがその香りを浴びた。射程圏に入っていたアーマルドの動きが止まり、『シザークロス』が、失敗に終わる。

    「アーマルド?」

    アーマルドが、一歩、また一歩と自分を抑えられないようにウツボットに向かって歩いていく。
    急いでアーマルドの様子を見る。アーマルドは、甘い香りの誘惑に、負けまいと踏ん張っていた。
    フランとウツボットが笑みを見せる。

    「ようこそ、香気の空間へ」

    近づいたアーマルドをウツボットが『リーフブレード』で斬り飛ばす。
    少し離れたことにより、アーマルドが一瞬我に返る。慌てるアーマルドに、俺は声をかける。

    「いったん『つめとぎ』で落ち着こう、アーマルド」

    アーマルドの好きな『つめとぎ』をさせて、冷静さを取り戻させる。しかし、香りの魔の手はどんどん迫ってくる。

    「香りという物は奥が深いのです」

    「『ようかいえき』をばら撒いて」と指示を出すフラン。ウツボットはそれに従い、周囲の地面に臭いの元凶の甘い溶解液を展開した。
    甘ったるい臭いが広がり、なかなか平静を保つには厳しい空間になる。

    「魅了、誘惑、動揺などなど。香り1つで気分もかわるのです。ほら、あなたのアーマルドもね」

    アーマルドがまた苦しそうに香りの誘惑に誘われていく。そのまま進むと『ようかいえき』を踏んでしまう。好きな『つめとぎ』の技でさえ、思うようにいかない。

    「アーマルド!」

    アーマルドが俺の声にぴくりと反応する。その反応を見て、俺はとにかくアーマルドに声をかけ続けるべきだと判断した。

    「踏ん張れアーマルド! 『アクアジェット』!!」

    水流を身にまとわせ、溶解液を一部吹き飛ばして体当たりをするアーマルド。しかしウツボットに当たりはしたものの、ダメージが軽い。再びリーフブレードで斬り上げられ、距離が離れる。

    「立てるかアーマルドっ」

    なんとか踏ん張って立ち上がってくれるアーマルド。ここまで立ち回ってくれたからこそ見えてきたものがあった。

    失敗した『シザークロス』、誘い込まれるアーマルド。魅了、誘惑、動揺。それらが当てはまる状態は、

    「その香りは、『メロメロ』を含んでいるなフラン」
    「ご名答」

    相手を魅了して、技を思うように出させない。それが『メロメロ』状態。
    攻撃は半分くらい、失敗すると考えてもいい。

    「アーマルド作戦がある」

    残された手で思いつく手はあった。しかし、うまくいくかはわからなかった。
    でも、このままじゃだめだ。このままやられっぱなしじゃ、まずい。
    それに、一矢報いなきゃ悔しすぎる。そう念じるアーマルドの想いの波動が見えた。
    だからこそ俺はアーマルドにこう言っていた。

    「次の技は失敗してもいい。思い切りやってくれ」

    戸惑うアーマルドに、俺はその目をしっかり見据えながら頼む。

    「信じてくれ」

    アーマルドの目つきが、変わった。
    狙いを定めるようにアーマルドが研がれた爪を、ウツボットに向けた。
    俺とアーマルドの想いが重なる。

    覚悟しろ、ウツボット!

    「いくぞ『アクアジェット』!!!」

    流れる水の中をくぐりながら突進するアーマルド、その『アクアジェット』は、上に外れ失敗に終わる。
    アーマルドの『アクアジェット』がウツボットの上空で解ける。
    落下するアーマルド。

    ……待っていた。
    これを、待っていた!

    「『いとをはく』で口を塞げ!」

    俺の指示を待ち構えていたようにアーマルドはすぐに反応し理解してくれる。

    「……して、やられました」

    ウツボットが『あまいかおり』を放っていた口を糸でがんじがらめにしてつぐませる。
    あいつの香りは、口の中に溜めている溶解液とそこに誘うための蜜がその発生源。
    つまり口さえ開けなきゃ、もう『あまいかおり』は使えない!

    「よく耐えたアーマルド! 一気に決めるぞ『シザークロス』!!!」
    「シアロン『リーフブレード』!」

    そのまま近接戦の斬り合いになる。先にダメージを食らっているけど、アーマルドは、硬い。
    口を塞がれ、バランスを取れないウツボットをどんどん押していく。

    「とどめだ!」

    決定的な一撃が入り、ウツボットが倒れる。
    戦闘不能のジャッジが下され俺とアーマルドはフランとウツボットを破り、初戦を突破した。

    「よくやった、アーマルド」
    「ありがとうございます、シアロン」

    フランがウツボットにねぎらいの言葉をかけて、俺とアーマルドに近づく。

    「お見事です。流石はアサヒさんの相棒ですね」
    「どうも……ってヨアケを知っているってことは、やっぱりあんたがヨアケの言っていた香り戦法の人だったか。でも俺がヨアケの相棒って一言も言っていないよな。なんでだ?」

    その質問にフランは、笑みを浮かべながら俺を軽く指さした。

    「あなたたちの香りが教えてくれたのです」



    ***************************


    本選第一試合目でビドーさんたちが勝ち上がって、観客席で見ていたリッカちゃんとカツミ君は喜んでいた。でもその次の試合、第二試合目の選手が入場すると、予選の時もだけどリッカちゃんの様子が変わる。カツミ君のコダックのコックもその異変に気付いていた。
    まあ、なんていいますか、リッカちゃんはむくれちゃっていた。

    「ハジメさんの応援をしなくていいの?」
    「……だって、ココ姉ちゃん。わたしハジメ兄ちゃんがマツと一緒に出るって聞いてない。聞いてないからあそこにいるのはハジメ兄ちゃんたちじゃない」

    リッカちゃんのお兄さん、ハジメさん。
    彼はリッカちゃんを心配するあまり、いろいろと内緒にしすぎていた。いやあたしもトウに内緒にしているから、他人のこと全然言えないんだけどね。
    リッカちゃんはハジメさんにあんまり問い詰めないように気を使っていたのよね。
    普段溜まっていたのが、ここにきて出ちゃったんだよね。

    「ココ姉ちゃんも、知っていたのなら教えてくれてもいいのに……」
    「あはは……ドッキリさせようとしたのかもよ?」
    「そういってココ姉ちゃんも、何か隠しているんでしょ」

    カツミ君が困ったようにこちらを見ている。事実その通りだからねえ……。
    ハジメさんには悪いけど、隠しきるのは難しい。潮時かな。

    「あたしも隠しているわよ、いっぱい。カツミ君とハジメさんと、一緒に、リッカちゃんに秘密にしてきたこと、いっぱいあるわ」
    「……なんで? なんでわたしだけ仲間外れなの?」

    メガネの奥の瞳を潤ませるリッカちゃん。カツミ君は絶句した。ごめんて。

    「ごめんね。いくらでも責めてもいい。納得できなくてもいい……内緒にしていたのは、みんなリッカちゃんが大好きだからよ」
    「……それでもわたしは、何にも知らないで待つのはもう嫌だ……」

    そのリッカちゃんの言葉に誰よりも反応したのは、カツミ君だった。

    「リッちゃん……ゴメン。ココ姉ちゃん、いいよね、もう言っても?」
    「いいわよ。でもちょっと待って」

    あたしはカツミ君にうなずいた。ゴーサインを出した。
    リッカちゃんは毎日毎日何も聞かずにハジメさんを見送って、帰りを待って、待って、待ち続けてきた。
    この子には、聞く権利がある。

    だからあたしは念じた。

    (メイさん。ちょっと手伝って)
    (……何? ヒマじゃないんだけど。それにガキどもの相手は嫌)

    テレパシーを管理しているメイさんは、そう毒づく。聞いていたんじゃん。
    あとメイさん、もう自分の力のことあんまり隠す気ないわね。

    (お願い。今度何でも好きなメニュー作るから)
    (じゃあピザ)
    (オーケー)

    リッカちゃんが無言で首を縦に振るあたしを不思議そうにみる。
    カツミ君は意図に気づいてくれた。
    テレパシーのチャンネルが、あたしたちの頭に 共有される。

    (じゃ、アンタたちも手伝いなさいよ)
    (えっ……え、なにこれテレパシー?)
    (テレパシー。やり方は慣れて)
    (誰……?)
    (あたしはメイ。<ダスク>のメイ。そこでアンタを仲間外れにしているカツミとココチヨと、今必死に戦っているアンタの兄貴と一緒の集団に参加しているメンバーの一人)

    リッカちゃんが思わずバトルコートに視線を戻す。
    対戦相手の深紅のポニーテルの女性が従える赤茶の毛並みと大きな尻尾のポケモン、フォクスライに、ハジメさんはゲコガシラのマツと一緒に応戦していた。

    (アイツについては、あたしもあんまり詳しくない。ただ、いつもアンタのことばっかり考えている。ウソをつくとき、何かしら理由を持ってつくやつだったとは思う。ってそのくらいアンタたちの方が知っているんじゃないの?)
    (まあまあ)
    (メイ姉ちゃんって、よく見ているんだなーみんなのこと)
    (……それでも何か聞きたいことはあるなら、あとはコイツらから聞け。テレパシーは使えるようにして仲間に入れてあげるから。ただしハジメとは、大会が終わったら直に話すこと)
    (うん……ありがとう……ございますメイさん)

    メイさんから引き継いだあと、ハジメさんについて、あたしとカツミ君が知る限りをリッカちゃんに伝えた。
    リッカちゃんは、あたしたちの話を、じっくりと最後まで聞いてくれた。

    その間にも試合は続き、マツがフォクスライのみぞおちに決定打の『アクロバット』を決めて、勝利をつかんでいた。

    わっと周囲に歓声が上がる。その中でリッカちゃんは静かにエールを零した。

    「あとで聞くからね……がんばれ、ハジメ兄ちゃん、マツ……!」


    ***************************


    第二試合のテイルさんとフォクスライを破ってハジメ君とマツが勝ち上がったことにより、彼らが準決勝でビー君と当たることが決まった。
    第三試合は鱗の大量にじゃらじゃらさせたポケモン、予選でも活躍していたジャラランガを連れた少年ヒエン君と、噂の中心になっているビッパ使いの男性、ヒイロさん。
    客席より外側の通路にいても、会場から手のひら返しのビッパコールが聞こえてきた。
    見回りのガーちゃんと再び遭遇した。彼女は両手にバラのブーケの腕を持つロズレイドと一緒に画面に見入っていた。
    私に気づいたガーちゃんが、私に向けて今の感情を吐露した。

    「ヒエン君とジャラランガは、以前ポケモンバトルをした相手です。私情は挟んではいけないですが、やはり応援したくなってしまいますね」
    「……いいんじゃないかな、応援しても。そこは、立場とかちょっと忘れて、さ」
    「立場は立場です。そんな、私だけ忘れて好きにするのは、ソテツさんたちに申し訳ないですから」
    「ガーちゃん……」
    「まったく、もう。ガーちゃんじゃありません、ガーベラです」

    そういいつつも、その文句にはいつもほどの元気はなかった。
    私も彼女につられて、画面に見入った。
    第三試合が、始まる。


    ***************************


    後ろで縛った赤茶の髪を揺らし、ジャラランガ使いの少年、ヒエンはヒイロに宣戦布告した。

    「ビッパの兄ちゃん。兄ちゃんたちが強いってのはなんとなくわかっている。でもオレとジャラランガもいろいろ特訓してきて、そしてここにいる――負けないから」

    ヒイロは、ヒエンの言葉を受け取り、その上でこう返した。

    「……君の、君にとっての本当の強さを教えてくれよ」

    証明をして見せろ、と告げたその言葉は、どこか待ちわびているようにヒエンは感じた。

    試合開始の合図が響き渡る。
    観客のビッパコールを、ヒエンとジャラランガは、

    物理的にかき消した。


    「行くぞジャラランガあっ!!!」

    ヒエンは咆哮とともに右腕につけた『Zリング』を左腕とともに交差させる。
    『Zリング』からのゼンリョクエネルギーを受け取ったヒエンとジャラランガは、腕で半円を描き、握り拳を突き出した。右足を力強く引いて、両腕を竜の口のようにふたりは開く。
    そこからジャラランガは雄々しい舞を踊り始める。全身の鱗をすべて震わせた、すべての音を一つに集めた超爆音波が、放たれる!

    「『ブレイジングソウルビート』――――!!!!」
    「! 『まるくなる』」

    ビッパの『まるくなる』。気おされずに完璧なタイミングでヒイロの指示でジャストガードをして防ぐビッパ。
    『まるくなる』を解き、きりっと立ち上がるビッパ。
    しかしピッパは、踏ん張って立っていた。
    完全に防いだかに見えたその攻撃は、通っていた。
    そして、『ブレイジングソウルビート』の追加効果でジャラランガの全能力が上がる。

    「いくらジャストガードでも、Z技を無傷は無理だろ? ジャラランガ『いやなおと』っ!!」
    「『のろい』!」

    『のろい』で素早さを捨てる代わりに攻撃と防御の能力を上げつつも、ジャラランガも放つ音に苦しそうに防御力を下げられるビッパ。
    しかしヒイロは迷わず指示を出す。

    「『ころがる』」

    ゆっくりと始まるビッパの『ころがる』。
    その一撃を受けてはいけないことを知っていたヒエンは、ジャラランガに遠距離攻撃を出させる。

    「『ばくおんぱ』で吹っ飛ばせ!!」

    ヒエンの望み通り、ビッパは音波の圧によって吹っ飛ばされる。
    だが。

    「『ばくおんぱ』が相殺、された……? そして『ころがる』が、解除されていない……?」

    ビッパは先ほどよりスピードの上がった2回目の『ころがる』を仕掛けてくる。
    音波の壁に“当たってしまった”ことにより、2回目のころがるは威力がさらに上がっていた。
    そのことにヒエンが気づいたのは、4回目の……4回もビッパの『ころがる』をジャラランガがギリギリで『ばくおんぱ』で吹き飛ばしたあとだった。

    「――『ころがる』」

    5回目の『ころがる』
    速度も、威力も極まった“転狩る”に対して、ヒエンとジャラランガは打つ手がなかった。

    その茶色の弾丸は、ジャラランガを場外の壁まで一瞬で叩き飛ばした……。

    「ジャラ、ランガ……!」

    戦闘不能に陥ったジャラランガにヒエンは駆け寄る。その姿をヒイロはじっと見て、それから一言「ありがとうございました」といい、ビッパを抱え上げフィールドを離れた。

    「ゴメン、ゴメンよジャラランガ……!!」

    ヒエンの涙がフィールドの土を湿らし、三人目の勝者が、次のステージに進んだ。


    ***************************


    第4試合。ユーリィVSキョウヘイ。

    ユーリィには、迷いが少しあった。

    彼女はハジメやメイ、ココチヨやカツミと同じ集団、<ダスク>に所属するメンバーだった。
    彼女ら<ダスク>は大会の優勝賞品、隕石を狙っている。
    そして、今彼女の目の前に立つキョウヘイは、同じく同志のサモンが依頼した手練れの協力者だった。

    選手には、通信、テレパシーの類が許されていない。つまり、現場で判断するしかない状況。
    そしてユーリィは、その躊躇を踏みつぶして、キョウヘイに言う。

    「サモンさんから話は聞いているけど、私も戦いたい相手がいるから勝ちに行くわ」

    彼女が戦いたいのは、彼女の幼馴染でもある、ビドー。
    ビドーはユーリィが<ダスク>に入っていることを知らない。
    けれど、知らないからこそ純粋に戦い競い合える機会を心のどこかでユーリィは待っていた。
    約束というほどきちんとした言葉は交わしてないが、ビドーに「もしぶつかったら、負けないからな」と言われ、感傷に浸っていたユーリィは、

    次のキョウヘイの一言で現実に引き戻される。


    「レンタルポケモンといい、なめているのか?」


    キョウヘイの言葉に彼女は動揺する。
    予選を共に勝ち抜いたグランブルがレンタルポケモンだと見抜かれていた驚きもあるが、自身が目の前のキョウヘイに対して、否、大会に対してどこか甘く見ていたことを暴かれたことに対し、いたたまれなさを感じていたからだ。
    そもそも、ユーリィは今回の大会にレンタルポケモンの試用を依頼されていたという事情を持っていた。つまりはその場として大会を利用していただけとも言える。
    さらに自分のポケモンで挑まなかったことに対して“ポケモン保護区制度”を言い訳に使うにもヒイロのあの宣言もあってできない。
    一応グランブルと練習はしてはいたが、それも付け焼刃程度でしかない。

    それらを踏まえて、ユーリィにはキョウヘイに反論できる言葉がなかった。

    入場アナウンスが入り、それ以降の会話はなかった。

    「行くぞ、ブルンゲル」
    「お願い……グランブル!」

    キョウヘイは大きな頭を持ち、ふわりと浮いたブルンゲルを、ユーリィは下あごとキバが大きいグランブルを出し、そして試合が始まる。

    グランブルがその強面で吠え、ブルンゲルを威嚇した。
    ブルンゲルは一瞬びくつくもすぐに呼吸を整える。
    整ったことを確認したキョウヘイは短く指示を出す。

    「状態異常にしろ」

    状態異常。それだけの言葉ではどんな技が放たれるかユーリィには絞り切ることはできない。けれども、ブルンゲルにとってはその指示だけで何をすべきかわかっていた。

    ゆらり、とブルンゲルは横に一回転。するとグランブルの周りに怪しげな炎が回り始め、グランブルを焼け焦がす。

    「! グランブル『かみくだく』!」

    火の粉を振り払いながらグランブルは突進。ブルンゲルのひらひらとした腕を噛むも、『やけど』でうまく『かみくだく』ことができない。その異常を『おにび』によるものだと気づくユーリィだが、全く効いていないわけではない、と彼女は判断を下し技の継続を促した。

    「ダメージは通っているはず、グランブルそのまま――」
    「――そのままよく噛んでいろ。ブルンゲル!」

    言葉を奪われたユーリィは、次の光景に愕然とする。
    ブルンゲルが空いたもう片方の手でグランブルを抱き込んだ。
    無情なキョウヘイの指示が飛ぶ。

    「回復だ」

    みるみると体力を回復させるブルンゲル。それと比例して、グランブルの噛む力が抜けて行く。
    ユーリィは初めのうちは、ブルンゲルがグランブルの体力を吸い取っているのではと誤認していた。
    しかし、グランブルのあごの力がどんどん緩んでいくのを見て、考えを改める。

    (グランブルの力が、吸い取られているの?)

    『ちからをすいとる』、それは相手の攻撃力を吸い取り減らし、その分の体力を回復させるという相手の力に依存している技である。
    『やけど』の状態異常といい、力が得意のグランブルの長所をことごとく彼らは抑えていく。

    さらに、グランブルの動きが止まる。

    「グランブル?」

    グランブルはぱくぱくと口を閉じようとしては失敗を繰り返した。
    ……グランブルの『かみくだく』が封じられていた。
    ブルンゲルの金縛りという呪いによって、その牙を封じられていた。

    そのブルンゲルの体質の名前は『のろわれボディ』。
    相手の最後に使った技を金縛りにし、偶に使えなくさせる特性だ。

    (どうしたらいいの)

    挫けそうになった彼女は、ボロボロのグランブルを見る。
    そのグランブルを見た時、ユーリィは猛省した。
    何故なら、グランブルは悔しそうにしていたからだ。
    (確かに、知り合って間もない私たちと向こうでは連携経験の差は埋まらない)
    (でも、この子は悔しがっている)
    (負けることを望んでない)
    (グランブルは勝ちたがっている)

    (バトルに勝ちたいと思うことに、そこにレンタルポケモンとか、その差はないじゃない……!)

    彼女が思い返すのは、それこそ付け焼刃の訓練。
    少しでも勝てるようにと、一緒に練習した記憶。

    (勝たせてあげたい……いや、勝つ!)

    ぎり、と歯を食いしばり。ユーリィは反撃の一手をグランブルに出す。

    「グランブル『ストーンエッジ』!!」

    グランブルが足で地面を踏みつけ、岩石の刃を地面から発生させブルンゲルの体を射抜いた。
    『ストーンエッジ』は、打てる回数こそ少ないが、急所に当たりやすい大技。
    急所に入ってしまえば、攻撃力の低下はカバーできる……だが今の攻撃は急所から外れていた。

    (でも、ありったけ叩き込むしかない!)

    その気迫を込めた彼女の叫びを……容赦なく。
    彼はドスの聞いた声で遮った。

    「――『うらみ』、だ」

    ブルンゲルの怨みをかったグランブル。
    グランブルの『ストーンエッジ』は空振り、地団駄に終わる。
    『うらみ』は相手が最後に放った技の残り回数を減らす技。
    つまり、放てる回数の少ない大技ほど……刺さる。

    「グランブル、『じゃれつ」「『たたりめ』で決めろブルンゲル!」

    『やけど』状態のグランブルに、威力が倍増されたブルンゲルの『たたりめ』が入る。
    攻撃に堪えきれず、グランブルは倒れ……そして起き上がれなかった。
    第4試合の決着だった。

    「……ありがとう、ごめんねグランブル」
    「……よくやった、戻れブルンゲル」

    キョウヘイとブルンゲルが勝利し、準決勝へ向かう最後の選手揃う。
    ユーリィはグランブルを抱きしめ、心の中で思った。

    (ビドー、ごめん。そしてハジメさん、キョウヘイさん。あとは頼んだよ)



    準決勝の対戦カードが発表される。



    準決勝第一試合 ビドーVSハジメ
    準決勝第二試合 ヒイロVSキョウヘイ


    ***************************。


    人通りの少なくなってきた通路で、私はドルくんと一緒に中継モニターを見上げる。

    「準決勝第一試合の組み合わせは、ビー君対ハジメ君、か……」

    ハジメ君はビー君にとって、乗り越えられていない壁のような存在で。
    たぶん認めているけど認めたくない相手なんだろうなと私は考えていた。


    【トバリ山】で密猟をしようとしていたハジメ君に邂逅した時、ビー君は苦い思いをしていたみたいだ。
    【ソウキュウ】で再び会った時は、捕まらないためにリッカちゃんを置いていくことを選んだハジメ君に、ビー君怒っていたっけ。
    【イナサ遊園地】でビー君は、ハジメ君のことを見返してやりたいと言っていた。
    私とビー君が一緒に黄色いスカーフを届けた相手。ケロマツのマツがハジメ君のポケモンになっていたのも驚いたな。

    このバトルで、ビー君は何かを見出せるのだろうか。
    叶うならば、乗り越えてほしい。もしくは、吹っ切れてほしい。
    ……いや、そうじゃない、か。これだと心配のし過ぎだな。
    だから。

    「ビー君」

    私が今の彼とそのポケモンたちに願うのは、ただこれだけだ。

    「がんばれ」

    良いバトルを、そして――勝利を願っている。


    ***************************



    ここまで来たいとは思っていた。
    それは、準決勝だから、という意味ではない。
    この大会で、ハジメが出ていると知った時から俺は。

    「あんたとバトルがしたかった」

    今日何度目かの入場口前のやりとり。
    沈黙を先に破ったのは俺だった。

    「ハジメ。お前は覚えてはいないだろうが、お前に【トバリ山】で“ポケモンのことを信頼してないだろう”って言われて以来、ずっと俺は、こうしてバトルをできる機会を待っていた」

    時間もないので直球で伝えたいことを言い切る。
    するとハジメは、小さくため息を吐いて、リアクションを返した。

    「……覚えている。何だ、ずっと俺を見返したかったのだろうかお前は?」
    「そうだ。それだけじゃないがな」
    「そうか。……おそらく俺は、この大会でのお前たちのバトルを見てすでに考えを改め始めているのだろう――――だがまだ認めない」

    彼はそう言って、あの丸いサングラスを取り出し、かけた。
    なんとなく、それは本気を出すサインのようにも見え、身構える。
    サングラス越しの鋭い目つきで、ハジメは俺を睨んでくる。
    俺も、ミラーシェード越しに、睨み返す。

    目と目が合った。

    「ビドー。お前は……リオルとは、はたして相棒になれたのだろうか」
    「これからそれを、見せるんだよ」
    「じゃあ、見せてみろ」

    入場を促すアナウンスが聞こえた。
    バトルの始まりはもう間もなくだった。


    ***************************


    お互いバトルコートの端に立ち、バトルさせる手持ちを出す。
    俺の出すポケモンは選ぶまでもない。
    ずっと握りしめていたモンスターボールを、投げる。
    ボールが開き光と共に、青い小柄なシルエットのリオルが仁王立ちで現れる。

    「行くぞリオル!」

    一声、力強く俺の声に返事をするリオル。
    コンディションは良さそうだった。

    そのリオルの前に立ちふさがるのは――――ゲコガシラのマツ、ではなく。

    「行け、ドラピオン」

    鋭い爪のついた、長く大きな両腕と尻尾を持つ化け蠍のポケモン、ドラピオン。
    俺とリオルが一度手も足も出なかった相手。
    リベンジマッチ、したかった相手。
    それをわざわざハジメは出した。

    その意味は、次の一言に集約されていた。


    「かかってこい!」


    合図が響き、バトルが始まる!

    「ドラピオン、『どくびし』!」
    「リオル『はっけい』で道を作れ!」

    ドラピオンが毒を纏ったまきびしを宙に巻き、円陣状に守りを固めようとした。
    リオルは『はっけい』を前方斜め上に発射。空中で弾き飛ばされた『どくびし』は、その直線のラインだけ落下しない。

    「正面に『ミサイルばり』!」
    「突っ込め!!」

    放たれた『ミサイルばり』にリオルは怯まずに正面から突っ込み、身をかがませながらその頭上に針を通過させる。
    リオルの頭上を飛んで行った『ミサイルばり』は、軌道をそらし背後の一点から襲い掛かる。

    「後ろに『きあいだま』っ!」

    引き寄せて一点に集約された『ミサイルばり』を、気合のエネルギー弾で一気に叩き落すリオル。

    「よし上手い! そのまま行くぞ!」
    「『まもる』でしのげ、ドラピオン……!」

    その指示を聞いた瞬間、リオルに念じる。リオルも同じことを思っていた。
    俺とリオルはタイミングを合わせ、右拳を短く突き出してから、

    「『フェイント』!!」

    左ストレートを思いっきり出す!

    『フェイント』につられたドラピオンの『まもる』を突破し、初撃を与えることに成功したリオル。
    ハジメとドラピオンが俺たちを睨み、反撃してくる。

    「『クロスポイズン』!!」
    「『はっけい』で応戦!」

    ドラピオンの長い両爪が、リオルを引き裂く。リオルの『はっけい』もドラピオンに当たるも、軽く入った程度だ。
    近距離の戦いがしばらく続いたのち、リオルがドラピオンの両爪の攻撃の後にきた尾に弾き飛ばされる。

    その先は、『どくびし』がまかれたエリア。
    毒状態に陥ったリオルにドラピオンの『ミサイルばり』が追い打ちで襲い掛かってきやがる!

    「今度は対策させてもらうぞ!」

    しかもそのミサイルばりは、発射タイミングがずらされ、ばらけた位置からリオルを狙っていた。これでは一直線に並べられないし、もし並んだとしても一撃だけの『きあいだま』では相殺できない!

    どうする……? どうすればいい?
    そう焦った俺はリオルを見て。

    (リオル?)

    リオルが珍しい笑顔を見せていることに気づく。
    ……リオルの波動を感じる。
    毒にむしばまれて、苦しんでいた。だが、それ以上に、興奮していた。

    ――――やれるだろ?

    そうリオルが念じているように聞こえた。

    「ああ、やれるさ。俺たちなら」

    ひとつ、ふたつみっつ。よっつにいつつ。

    それぞれの針の位置と角度を見て、感じて、タイミングを計り……指示してみせる。
    だから、任せだぞ!!

    「行くぞリオル!!!」

    一番近い針、真正面斜め上からくる針。

    「下がれ」

    地面に突き刺さる針。
    二本目、前方左上からくる針。三本目はそれと反対側。

    「左上小さく『きあいだま』。右上は引き付けてから前進」

    一本は打ち落とし、一本は直前の位置に落ちる針。
    残り、後方から迫る嫌な角度の二本。

    「『はっけい』で高く飛び上がれ!」
    「何」

    飛び上がったリオルの下方から、角度の揃った二本の針がやってくる。
    リオルはそれを、目でしっかりと捉えている!!

    「『はっけい』で蹴り飛ばせ!!」

    下降しながらジグザクを描いて針を蹴飛ばしリオルは急速落下する。
    そのままドラピオンにめがけてかかと落としのフェイントを狙い、『クロスポイズン』を誘発させた。
    足を引っ込め着地したリオルの目の前には、ドラピオンのどてっぱら!

    その技を指示する時、
    この技を覚えさせようと思った時のことが頭によぎった。


    『リオルは、ひょっとしたらまだ怖がっているのかもね』
    『たぶんリオル自身も進化できてないことを恐れているし』
    『いつビー君が、また昔のように声をかけてくれなくなってしまうんじゃないかって』
    『今は平気だと思っていても、ふとした瞬間、思い出すのかも』
    『だから、そんな不安、吹っ飛ばしてあげて』
    『大丈夫、ビー君とリオルなら、この技を使いこなせるよ!』

    『だってこの技は』
    「だってこの技は」

    「『信頼を力に変える技だから……!』」

    想いを波導に乗せて、重ねる。


    「『おんがえし』!!!」


    衝撃音とともに、ドラピオンの体が、一瞬浮いた。
    今までリオルがどの技でも出したことのない威力が出た。
    だがドラピオンは――――踏みとどまる!

    「ドラピオン!!」
    「まだだもっと行ける、リオル!!!」
    「『まもる』でしのげっ!!」
    「もう一度『おんがえし』!!!」

    ドラピオンの交差する腕の防御の上から、もう一度叩きつける!
    さっきより威力が上がっている。だがガードを崩すには、まだ足りない!
    ドラピオンがガードをあえて崩した。
    それは、反撃がくる合図――!!

    「ドラピオン!!!!」
    「懐に入れリオル!!」
    「っ!?」

    最初に長い両手の爪で襲い掛かり、かわしたところに尾で突き刺す。それはさっき見ている!
    長いドラピオンの両手じゃ懐の内側はすぐにカバーできないだろ!!

    大きく息を吸って、三度目の正直。
    リオル。リオル。リオルリオルリオル……。
    呼びかける念にリオルからの波導が、重なる。
    リオルの想いを感じ、俺の想いを託す。

    極限まで息を合わせた一撃が、放たれる。

    「決めるぞ――『おんがえし』」

    リオルの拳がドラピオンの腹に入る。
    その一撃は、静かに入り、ドラピオンを宙に飛ばし、ひっくり返した。
    遅れてやってきた短い衝撃音と衝撃波は……

    一番重くて、強かった。



    審判のジャッジがドラピオンの戦闘不能を告げた。
    その時。

    「リオル?」

    その青い体が、さらに青く鋭く温かい光に包まれる。
    ドラピオンにねぎらいの言葉をかけたハジメは、俺たちにも言葉をかけた。

    「見せてもらった。いい相棒をもったのだろうなリオル……いや、今はもう違うな」

    一回り大きくなった、そいつは、俺の相棒は。
    飛び切りの笑顔を見せてくれた。

    「っ――――! やったな。おめでとう。ルカリオ……!!!」

    思わず緩んだ涙腺を、ミラーシェードを外し拭う。
    駆け寄ってきたルカリオは、大丈夫か? と俺を案じる。
    俺はぐしゃぐしゃの笑顔で「大丈夫だ」と返し、ルカリオと拳を突き合せた。
    急いで毒消しの役割を持つ『モモンのみ』を食べさせていたら、

    「ビドー。次は、俺たちが負けないだろう……」

    サングラスを外したハジメが、そう言い残し去っていく。
    今回こそは勝てたが、なんとか勝てたという印象があった。
    次をほのめかすハジメ。俺も、あいつとはどこかでまた戦うかもしれないと思っていた。
    それは今回みたいな試合形式ではないかもしれない。
    今日よりもっと引けない戦いになるのかもしれない。
    それでも叶うならば。

    「その時は俺たちも負けないからな、あと妹にあんま心配かけるなよ、ハジメ……!」
    「お前に言われるまでもない」

    また競って戦い合えるような日が来ることを俺は望んだ。


    ***************************


    「――――っ……!!」

    思わず両手を口元に当て、声にならない歓声を上げてしまう。
    目元が熱くなる。自分のことじゃないのに、とても嬉しくなる。
    そしてしばらく唸った後、やっとこの想いを言葉にできた。

    「ビー君……ルカリオ、おめでとう……! 本当に、おめでとう……!!」

    過去を引きずり囚われていた私たち。
    でも彼はリオルと、ルカリオという未来をつかんだ。
    もちろんビー君はいまでもラルトスを助けたいと思っている。迎えにいこうと思っている。
    その上で彼は、前に進んでいる。

    そして思った。

    私は、どうなのだろう? と。


    「……会いたいよ、ユウヅキ」

    急に、恋しくなる。
    急に、愛しくなる。
    でも、これは愛とか恋とかそんな言葉を使っていいほどきれいなものではない。
    これは……執着だ。それも、みっともない類の。

    「……前に、進まなきゃ」

    過去に、幻影に、いつまでも固執している。
    信じているんじゃなくて、目を逸らしているだけかもしれない。
    それがわかっていてもまだ、私は進めていない。
    でもだからこそ昔に囚われるんじゃなくて……私は、いや私も。

    私も未来を掴みたい。

    「ぜったい、掴んでやるんだ」

    彼の手を捕まえて、一緒に償って、もう離さないように……!


    そう決意を新たにしている私を、ドルくんは何も言わずに見守っていてくれた。


    ***************************


    準決勝第二試合 ヒイロVSキョウヘイ


    ヒイロはキョウヘイに言った。「本当の強さを教えてくれよ」、と。
    その言葉に対して、キョウヘイは……静かに怒った。

    「強さは“本当だけ”でくくれるものじゃないだろ」

    堰を切ったように、しかし淡々とキョウヘイはヒイロに荒い言葉を吐く。

    「世界で一番強いポケモンが初めて戦った草むらの相手? 違うな。それは一番苦戦した相手だろうが。君がビッパで強くなるのを目指すのは勝手だ。だが、自分で制限や枷を付けて、それでよしとしている君が他人に強さ問うな」

    そう責める言い分に、ヒイロは眉根一つ動かさずに聞き返す。

    「君は……強さを求めている人だ。君はどういう人なんだい」
    「最強のトレーナーになるために修行の旅をしている者だ」
    「ということは、強いんだね」
    「だが強さを証明するには勝たなければ意味がない、結果がすべてだろ」
    「それは、どうだろう」
    「少なくも、最強にはなれない」
    「……確かに」

    拳を固く握り、キョウヘイはヒイロに宣言する。
    それは彼自身にも言い聞かせるような宣言であった。

    「俺たちは最強になる。だから、お前の強さを完膚なきまでに叩き潰す」
    「言うね。ビッちゃんは強いよ」

    肩をすくめるヒイロ。そのヒイロにキョウヘイは「だからどうした」と吐き捨てた。

    アナウンスに従い、入場し持ち場につく二人。

    ヒイロは予選からずっと出し続けた丸鼠のポケモン、ビッパを。キョウヘイは、ふくろうポケモンのヨルノズクを出す。

    会場に沸くビッパコール。その歓声が、重圧となって、バトルフィールドに降り注ぐ。
    プレッシャーをキョウヘイとヨルノズクはものともせずに、ビッパとヒイロを鋭くにらみ続ける。
    それは獲物を狩る狩猟者の目だった。
    ヒイロも、目を細め、ヨルノズクとキョウヘイのモーションを見逃さない。

    試合開始の合図が鳴り響く……だが、両者に動きはなかった。

    キョウヘイとヨルノズクが何もしてこない。
    ヒイロの構築した戦闘スタイルでは、相手の攻撃をビッパに『まるくなる』で防がせるのが、基本のスタイルであった。要するに、相手の隙をついて、ビッパと息を合わせて“ジャストガード”を狙い堅実に積んでいく。これがヒイロたちのスタイルだった。
    今は逆に、ヒイロが隙を伺われている状態だった。

    会場全体が息を呑み、静けさに包まれる。
    別の意味で張り詰めた緊張の中、キョウヘイが大きくため息を吐いた。
    そして彼は指示を出す。
    キョウヘイはヨルノズクのニックネームを呼び、指示を出す。

    「シナモン、全力で『サイコキネシス』を続けろ」
    「『まるくなる』!!!」

    『サイコキネシス』の念力を“ジャストガード”で防ぐビッパ。しかし

    「ビッちゃん!」

    ビッパは念力で宙に浮かされその体を締め付けられていく。
    確かにヒイロとビッパはジャストタイミングで攻撃をいなした。
    息を合わせて完璧に、防いだ。
    だがキョウヘイとヨルノズクの取った手段が容赦なく襲い掛かる。
    ジャストガードは、ピッタリのタイミングならどんな攻撃でも防げる。だが、継続した攻撃には、弱い。
    それを見破っていたキョウヘイは、ヨルノズクに『サイコキネシス』でビッパを“戦闘不能になるまで”攻撃し続けるという荒業に出た。

    「『ころがる』っ」
    「どこに転がれる地面がある?」
    「…………!」

    念力で全身を束縛され、宙に浮かされ攻撃され続けるビッパ。
    こうなっては、文字通り手も足も出せない。
    けれども、ヒイロはあらがうことを止めなかった。

    「『どわすれ』!」

    特殊防御を上げる技で対抗するヒイロとビッパ。
    『サイコキネシス』が終わるまで削り切られなければ、まだ勝機は残っている。

    「わずかに」

    ヨルノズクの『サイコキネシス』が終わる――――

    「遅かったな、指示が」

    ――――しかしそれは、ビッパが戦闘不能に陥ったのを見届けたからの技の解除だった……。

    決勝進出者は、ビドーとキョウヘイに決定した。
    残る試合は、決勝戦のみ。
    うごめく影は、まだその姿を見せぬまま。
    大会は終わりへと近づいていた。


    ***************************


    (アンタたち。決勝観戦は諦めてそろそろ移動しな)

    メイさんからのテレパシーに、不満をこぼすカツミ君とリッカちゃん。
    そんな二人に苛立ちつつもメイさんはあたしを責める。

    (だって、ハジメの妹マーカーもってないでしょ?)
    (あ、そうだった!! メイさんありがと教えてくれて!)

    メイさんに「迂闊すぎる」と言われぐうの音もでない私を、二人は心配してくれる。いやこれはあたしの落ち度だからね……。
    リッカちゃんを連れてきてしまった以上一刻も早く、ここから離れなければ。

    (ゴメンね二人とも。そういうことだから)

    「リッカちゃん、カツミ君。ハジメさんに会いに行こうか」

    そう伝えた後、二人の手を引いてあたしは一足お先に会場を後にした。

    (一応、機械の電源入れておこうか、カツミ君)

    でも、思えば少し早すぎる行動だった。その行動が裏目にでることを、あたしはこの後知ることになる。


    ***************************


    決勝戦に来た感想はというと、とうとうここまでこられたという感じだった。
    最初、大会で優勝を目指してくれと頼まれたときは正直無茶ぶりだと思っていた。
    期待もあんまりされていなかっただろうし、自信も無かった。
    でもここまで来た。ぶっちゃけ健闘している方だと思う。
    ここで負けたら意味はないのかもしれない。水の泡になるのかもしれない。でも俺はこれまでの試合に意味がなかったとは思えない。
    特に進化したルカリオの入ったボールを見ながら、強くそう思った。

    俺の最後の対戦相手は、キョウヘイという名前のメガネの青年だった。
    キョウヘイは、眉間にしわを寄せ、ピリピリしていた。
    無言の彼につられて俺も口をつぐむ。
    しかし耐え切れず、つい声をかけてしまう。

    「よろしくお願いします」
    「…………君、名前は」
    「ビドー・オリヴィエ。ビドーと呼んでくれ」
    「トツカ・キョウヘイだ。キョウヘイでいい。一応よろしく」

    ぶっきらぼうなやつだなあと思いつつ、気を引き締めようと息を整える。
    そうしたら、今度はキョウヘイの方から話しかけてきた。

    「ビドー」
    「何だ、キョウヘイ」
    「俺は、君に勝つ」

    宣言されるとは。しかし、その内容は、微妙に俺だけに向けたものだけではなかった。

    「俺は、誰にも負けないくらい強くなる。だから、君にも勝つ」

    その言葉を聞き終えた瞬間、思う。
    こいつの目は、最強を目指しているやつの目だ。と。
    弱さに対する痛みを知っているやつだと思った。
    以前、「何のために強くなりたいか」とアキラちゃんに問われたことを思い返す。
    その答えの全部を、キョウヘイにぶつける。

    「俺もお前に勝ってもっと強くなる。誰にも、何より自分にも負けたくないからな。そしてもう二度と失いたくないし、力になりたい相手がいるから、俺は負けたくない」
    「………………俺は」
    「え?」
    「……なんでもない。おしゃべりはここまでだ」

    決勝戦が始まる時間が来る。

    「だが、勝たなければ意味がない。結果がすべてだ。結果を出すんだな」
    「ああ」

    最後にそう短くやり取りをし、俺とキョウヘイはバトルフィールドへ向かった。


    ***************************


    熱気と歓声の中、俺とキョウヘイはそれぞれのポジションにつく。
    最初はわずかに眩しいと感じた照明にも目が慣れてくる。
    手持ちを出すよう指示する審判の声からも、緊張も伝わってくる。

    高鳴る鼓動を抑えつつ、俺はモンスターボールをしっかりと握り、投げる。

    「任せた。ルカリオ!!」
    「行くぞ、ボーマンダ!!」

    俺は先ほど進化したルカリオを、キョウヘイは今回初めて出す、青い胴体に赤く大きな翼の生えたドラゴンポケモン、ボーマンダを出してきた。

    ボーマンダの咆哮。威嚇の吠えに俺は少し怯むも、ルカリオは平常心を失わない。
    戦いの時のこいつの精神力は、頼もしい。でも、緊張している波導もちゃんと伝わってきている。

    (ルカリオ)

    波導を介して呼びかける。
    一瞬の間のあと、ルカリオが応じる。
    その感情には、不安が混じっていた。

    (不安か……そうだよな、まだ進化したばっかりだからな……いつもの動きはできないかもしれない。その辺は悪かった。今は、出たとこ勝負しかないな)

    文句の代わりに深く息を吐きつつも、仕方ない、とルカリオは俺に了承の頷きを返した。


    そしてやってくる試合開始の合図。
    今日の最終戦が、始まった……!


    「距離を詰めるぞ、ルカリオ!」

    先に指示を出したのは俺だった。
    ボーマンダに空へ飛ばれたら厄介だと思い、ルカリオに接近戦を持ち掛けさせる。
    ルカリオに一瞬だけ左拳を構えさせ、その拳に意識を割かせつつ右拳の『フェイント』攻撃が決まった。
    技は成功した。だがボーマンダはものともせずに宙へと羽ばたき舞い上がる……!

    「浅いかっ……!」
    「フィールドを焼き尽くせ、ボーマンダ!」
    「なっ」

    ボーマンダから熱気のエネルギーを感じた。その溜められている熱さと強さは……フィールドを覆うと確信できるものだった!
    先ほど咆哮を放っていたその口から、とてもデカい火球が放たれる!

    「『はっけい』でジャンプして退避っ!」

    ルカリオは間一髪ジャンプして空中に逃れるも、フィールドに落ちた火球は大の字に広がり場を引き裂いていた……!

    「そのまま上を取れルカリオ!」
    「叩き落せ」

    細かく『はっけい』で空中ジャンプを繰り返し、ボーマンダの頭上を狙うルカリオ。
    しかしボーマンダは、見逃してはくれない。

    屋内なのに、強風が流れ始める。
    嫌な空気の流れを感じたその直後……暴れる風が、ルカリオを飲み込んだ。

    「ルカリオ!?」

    ボーマンダが起こした『ぼうふう』にルカリオは捕まり、地面に叩きつけられる。

    「大丈夫か?!」
    声をかけると、ルカリオはなんとか立ち上がってくれる。
    地上にいたら燃えるフィールドの中、空中に持ち込んでも『ぼうふう』から逃れられることができない、か。
    だったら。さっき覚えたばかりの技だが、これならどうだっ!

    「狙い撃て、」

    持てる波導の力を籠め、ルカリオが作るはエネルギーの塊。
    初めてにしては、上々だ!

    「『はどうだん』!!」

    青々とした光弾が放たれ、ボーマンダを追尾するように飛んでいく。
    急速ターンし、『はどうだん』を引きはがそうとするボーマンダ。
    だがお前の波導は捉えているぞ……!

    『はどうだん』はどこまでも曲がり、お前を追い詰める!

    「噛み砕け」

    静かに出されるキョウヘイの指示。
    それは技ではなかった。

    ボーマンダが真正面から『はどうだん』に喰らいつき、粉砕する……!

    「おいおいマジかよ……!」

    そしてボーマンダに、先ほどの『だいもんじ』以上の力が蓄えられた。
    やばいと直感がそう判断し、ルカリオにもう一発『はどうだん』を指示する。

    しかし、ボーマンダの方が早かった。その攻撃に『はどうだん』は相殺され、止められない……!

    「やれ、ボーマンダ!」

    『はどうだん』で引き裂かれたその輝く攻撃は、『りゅうせいぐん』となってフィールド全体に降り注ぐ!
    その数は、数えている暇がない!!

    ルカリオの咆哮。意識がルカリオへと戻される。
    一瞬だけ目を閉じ、場の状況を、存在を、熱量を肌で感じる。
    さっきのハジメとドラピオン戦の『ミサイルばり』みたくかわしきれる、なんてのは無理だとわかっていた。
    でもだからこそ。
    諦める理由にはならない!
    ルカリオがまだ、諦めていないからな!!

    「ルカリオ!!!」

    言葉にすらなってない指示。でもルカリオは俺のやりたいことを把握してくれた。
    『りゅうせいぐん』の中心へ、ボーマンダの真下へと駆け抜けるルカリオ。
    そこは、一番攻撃が浅い場所!

    「耐えろっ!!!」

    地面を連続で叩きえぐる音が聞こえる。
    凄まじい衝撃派と砂埃が場を埋め尽くす。

    「ルカリオ……」

    俺の呼びかけに、
    俺の最後の指示に、
    ルカリオは応えてくれる……
    その勇猛な波導で、応えてくれた!!

    「いけ――――」

    砂埃の中からルカリオが『はっけい』を使い飛び出し、全速でボーマンダの真下に突っ込む。
    そして最後の力を振り絞った技を、叩き込めルカリオ!!!

    「――――いけ! 『おんがえし』!!!!」

    しかし無慈悲にも。その攻撃は入らない。
    キョウヘイが鼻で笑う。

    「真下をカバーしてないと思ったか? ――――『じしん』!!」

    『じしん』。
    本来は大地を打ちつけ、その衝撃で攻撃する技だと俺は認識していた。
    それをボーマンダが前足でルカリオの体に直接放った。
    その攻撃をルカリオが耐えきれるわけもなく。
    届かない手のひらをボーマンダへ伸ばし、ルカリオはフィールドへ落ちて背中から落下した。

    ジャッジが下されるまでもなく、わかっていた。
    ルカリオが戦闘続行できないと、わかっていた。

    審判がキョウヘイとボーマンダの勝利を判定。
    進行を続ける司会の言葉なんて、頭の中に入ってくるはずもなく。
    俺は全速で走ってルカリオのもとへ急いだ。

    「ルカリオ……ルカリオ大丈夫か!!」

    ルカリオが、目を開く。
    意識を取り戻し俺のほほを撫でるルカリオ。
    自分のことよりも俺を心配するルカリオに、以前の俺なら何も言えなかったのかもしれない。言わなかったのかもしれない。
    でも、今の俺はルカリオに伝えたいことがいっぱいあった。
    ごめんとか。お疲れとか。いっぱい。いっぱい。
    そして俺は思考の末、感謝を吐き出すことにした。

    「よくやった、ありがとうルカリオ」

    ルカリオが瞳を潤ませ、さっきほほを撫でてくれた手で自身の顔を覆った。
    でもその口元はわずかにほころんでいた。

    会場に拍手があふれた。
    それは、俺たちにも向けられた拍手だった。


    ***************************


    試合を終え退場すると、治療班のトップのプリムラと彼女の手持ちのハピナスがルカリオを治療してくれた。

    「はい、もう大丈夫よ。ビドー君もお疲れ様」
    「ありがとうございます。すみません……結局優勝できなくて。隕石手に入れられなくて」
    「何を言っているの。それは仕方ないけど、貴方たちはいいバトルをしてこの大会を盛り上げてくれた。私はそれだけでもう十分」

    肩を叩かれ、激励される。
    なぜかむずがゆさを感じたので、話題をそらす。

    「……結局、ヤミナベのやつ隕石奪いに現れなかったな」
    「いえ、まだ大会は閉会していないわ。最後まで気を抜いちゃダメ。ほら表彰式、行ってらっしゃい!」

    そう促され、元気になったルカリオと、表彰式に赴く。
    「最後まで警戒を怠るな」。その一言があるとないとでは、たぶんこの後の状況は変わる。そうこの時俺は思っていた。

    ***************************


    会場に向かう途中、通路でヨアケがクロガネとフランとともにいたのを見かけた。
    彼女の手持ちのドーブル、ドルがこちらに気づく。つられて気づいた彼女たちも、俺たちに手を振る。
    ルカリオに軽くハグしながら、ヨアケは俺たちを祝ってくれた。

    「ビー君! ルカリオ! お疲れ様、準優勝と進化おめでとう!」
    「ヨアケ……ありがとう」
    「お、なんか今日のビー君は素直だねえ。よろしいよろしい」
    「そう言われるとひねくれるぞ」
    「ええ、それは困るなあ」

    冗談交じりに笑いあうと、「あらあら、仲がよろしいのですね」とフランが茶化す。
    クロガネが俺たち二人を交互に見る。誤解されている気がしたので訂正しようとするとヨアケに先を越された。

    「ええ、仲の良い友達です!」

    ……その響きに心地よさを感じてしまうのは、この時は言えなかった。

    「そういやクロガネ」
    「はい、ビドーさん。なんでしょう」
    「お前と戦ったバトルロイヤルで、あの時どうしてカイリキーを助けてくれたんだ?」
    「ビドーさんとカイリキーさんが先にサダイジャからコガネをかばってくださったからです」
    「……それだけか?」
    「それだけです」

    そのあと、クロガネはこう続けた。
    それは彼の信念のようなものだった。

    「ボクは旅をして心身ともに強くなるのが目的なんです。だからこそあそこで受けた借りは返したいと思ったんです。まあ、まだまだ強くはなれてないですが」

    謙遜するクロガネに俺は自然と、「いや、十分強いよ、お前は」とこぼしていた。
    短く礼を言われた後。アナウンスの誘導が入る。
    その声に従いヨアケたちと別れ、俺とルカリオは会場へ入った。


    ***************************


    ビー君を見送った後、デイちゃんから連絡が入る。
    私に連絡が入ったということは……私の持っているマーカーが彼女の頼もうとしている要件に一番近い場所にいるということなのだろうか。

    『アサヒ。頼みたいことがある』
    「何、どこへ向かえばいいデイちゃん」
    『照明を管理している上の区画に向かってほしいじゃんよ……色々とカメラをやられたし、かく乱されたがポリゴン2の狙いはそれだと思う! 追って指示は出すから急いでほしい!』
    「わかった」

    フランさんとクロガネ君に一言断りを入れて私は上り階段を走った。
    胸騒ぎがする。嫌な予感しかしない。
    高鳴る心臓を抑えつつ、私とドル君はその場所へと向かった。


    ***************************


    表彰台に、ヒイロ、俺、そして優勝者のキョウヘイが立つ。
    3位決定戦をハジメが辞退したらしい、ということはその時知った。
    主催の自警団<エレメンツ>のリーダー、スオウが大会参加者と観戦に来てくれた客に礼を述べ、ヒイロから順に盾を渡していく。俺に渡したとき、小声で「ありがとな」と言ってくれたものの、どうしても優勝できなかった申し訳なさがやはり勝った。
    そして、キョウヘイに一番大きな盾と……優勝賞品の、隕石が贈られる。
    キョウヘイはそれらを受け取り、不満そうに一言こぼした。

    「ずいぶんと小さい隕石だな」
    「悪い。俺らが所持していたのは、これしかないんだ。……?」

    スオウが目線を遠くにやる。照明の電源が、外側から順に切れていた。迫りくるカウントダウンのごとく、その暗闇は迫ってくる。
    スオウが何か言いかけたその瞬間。

    「なんだあいつら?」

    そう誰かがつぶやいた声が聞こえた
    まだ照明が残っているバトルフィールドの中央に、謎のふたりの影がいつの間にか現れていた。
    一人は黒スーツを着たフェイスメットを被った男。もう片方は、白い髪が宙にたゆたう影のように黒い姿の……ポケモン?

    そのポケモンが、両腕を天へと上げる。
    すると空間が。
    目の前の世界が“闇”に包まれた。

    忘れかけていたそれは、
    思い返したくもなかったそれは、
    否応なく、やってくる。
    それはほんの、ほんの一瞬の出来事だった。


    ***************************


    初めは照明が完全に切れただけだと思った。
    けれど、平衡感覚の無くなるこの異常な暗闇は、全身が確かに覚えていた。
    誰かが叫んだ声が聞こえた。おそらくは、この“闇”を知っている者の悲鳴。
    この空間の中で俺は、誰かに言われた気がした。

    『お前は大事な者のことを忘れた』

    その声は俺の声をしていた。

    「俺は、俺、は……」

    今回は誰の手も掴んでいない右手を思わず見下ろした。空だけが掴まれていた。
    大事な者の手は、今は誰も掴んでいなかった。

    「ははは……」

    乾いた笑いがこみあげてくる、それと同時に湧いてきた感情があった。

    「ふざけるな…………ふっざけんな!!!!!!」

    怒りだった。

    俺は、叫んだ。ひとしきり叫んだあと一発空を握った拳で自分の頭を殴った。
    そして頭を一回空っぽにしてから、一気に波導を探る。
    しかし俺の周りに誰の気配も感じない。
    誰の波導も感じない。
    手持ちのボールの中のやつらの気配すら、感じない。

    「おかしいだろこんなの」

    周囲の悲鳴がノイズになっているのに誰の気配も波導も感じない? そんなのおかしいだろ。
    これは、現実じゃない。
    だとしたら、これは、この“闇”の正体はなんだ……?

    一体何が起きている??
    みんな、どこにいるんだ……?


    ***************************


    私は間に合わなかった。

    「もう真っ暗だ!」
    『足元気を付けろ! 端末は壁沿いに右の方にある!』

    デイちゃんに誘導してもらいながら落ちた照明の復旧に取り組む。
    すぐに照明は復旧した。けれど。

    「何……これ」

    異様な光景が私の眼下に広がっていた。

    『アサヒ! どういう状況になっている! 答えるじゃんよアサヒ!』
    「デイちゃん」

    私は言葉を選んで、なるべく端的にデイちゃんに状況を伝えた。

    「見える限りだと、大勢が寝ている……のかな。動いている人影もちらほら見えるけど……監視塔のトウさんからは、何か聞いていない?」
    『それが、さっきから連絡がつかない。発信機がなぜか入り口付近で動かなくなっているのは確認しているが……! こっちでもカメラが徐々に復旧してきているが、他には何か見えないか!?』
    「他に……って、あれは」

    気が付いたら体が動いていた。デリバードのリバくんをボールから出し、ドルくんとともに照明エリアから会場の中央へ飛んでいた。
    発信機から私の動きを察したデイちゃんは、制止させようとする。

    『待つじゃんアサヒ! むやみに突っ込むな!』
    「ごめん、でもあれは、あのポケモンは……!!」

    制止を振り切り、フィールドに降り立つ。
    そしてそのポケモンに私は向かい合った。

    「なんで貴方がここにいるの? ダークライ!!」

    かつて、【新月島】でユウヅキが戦い続けた相手。
    ユウヅキが悪夢から自分のルーツを引き出そうとした相手。
    その黒い影のあんこくポケモン、ダークライがそこにいた。
    それなら、もしかして。

    「ちょっと、アイツのこと敵認定できてないよサク様……!」

    声の主の方へ振り替えると、大きな帽子をかぶった銀髪ショートの彼女が、その前髪に隠れていない方の赤い目でこちらを見ていた。

    「貴方は? それに“サク”って……<ダスク>の中心人物の?」

    問いかけに彼女は答えない。辺りを見渡すと、起きていた大勢の人々が、おそらく<ダスク>のメンバーがじっと私の様子を伺っていた。

    『アサヒ! カメラが復旧した。こっちから見えているけど一応無事か?! 照明つけてくれたから今援軍向かわせている! 不用意に動くな!』
    「……無理だよデイちゃん」
    『なんでだ!』
    「このまま援軍が来ても、ダークライの技、『ダークホール』に眠らされて全滅だよ。時間を稼ぐから、一か八か廊下にいたフラガンシアさん、フランさんを連れてきてほしい」
    『それは!』

    扉が開け放たれる音、そこから先陣を切って入ってきたのは。
    ラフレシアのフロルとそのトレーナーの、待ち望んでいた緑のスカートのお姉さん。
    フラガンシア・セゾンフィールドさんその人だった!

    「フランさん!!」
    「お待たせしましたアサヒ。フロル、『アロマセラピー』……!」
    『つまりは、もう頼んでいるってことじゃんよ!! 空調調整セット完了!』

    味方全体の状態異常を治す『アロマセラピー』が空調の風に乗って会場全体に行きわたり、眠っていた人々とポケモンたちが次々と目を覚ましていく。
    そして起きた彼らは……パニックになる。
    会場が混乱に包まれる。それは『アロマセラピー』で落ち着けさせるには、難しいレベルまでの騒ぎへと発展していった。
    そんな中、フランさんの背後から小柄な影が通り過ぎる。
    手すりを踏み台に飛び降りたソテツ師匠は、ダークライに向かってフシギバナを繰り出した。

    「フシギバナ! そいつを捕まえろ!!!!」

    フシギバナの『つるのムチ』がダークライを縛り上げる。
    続いて入ってきたガーちゃんとクロガネ君、そしてプリ姉御たち治療班のメンバーが会場の人々を落ち着かせようと呼びかけていく。

    周囲を探す。銀髪の彼女は見当たらない。
    起き上がり始めつつある表彰台の人たち、その中にはスオウ王子と、ビー君の姿も。
    目覚めたスオウ王子が、アシレーヌを出す。アシレーヌの『ミストフィールド』と王子の呼びかけでさらに混乱した心を静めさせようと働きかける。

    「ビー君!!」

    動いていいとは言われてないけど、私は意識を取り戻したビー君に駆け寄っていた。

    「ヨアケ……寝ていたのか、俺は」
    「そうだよ。ダークライの『ダークホール』で眠らされていたんだよ……!」
    「それが、“闇”の正体ってわけか。寝ていたら波導も感知できないよなそりゃ。ルカリオたちは……無事だ。よかった……」

    ボールを見て心底安堵するビー君。私から見えていなかっただけで、ビー君は“闇隠し事件”と同じ“闇”という名の“悪夢”に囚われていたと言った。
    そして、それを引き起こしたのは、ダークライとサク率いる<ダスク>。

    人ごみに紛れ、ダークライにとフシギバナの間にけむりだまを投げ込んだ人物がいた。

    「逃がすかあっ!!!」

    ソテツ師匠が感情をあらわにする。しかし煙が晴れるとダークライの姿はそこにはなかった。

    「デイジー!! オイラの発信機の位置を探せ!!!」

    そう叫ぶや否やソテツ師匠はフシギバナをボールにしまい、携帯端末でデイちゃんから送られてきた何かを見ながら会場外へ一目散に走っていく。
    戸惑う私にデイちゃんからの回線。

    『ソテツは自分の発信機をフシギバナの蔓でダークライにつけさせ、その信号を今追っている。こっちは混乱を静めるので手一杯だ! そっちにも信号送るからビドーと一緒にソテツのサポート頼むじゃんアサヒ!』
    「! わかったデイちゃん! ビー君立てる?」
    「通信機ないからよくわかんねーけど、たぶんソテツを追えばいいんだろ! 俺は行ける!」
    「よし、じゃあ行くよ!」

    私はビー君の手を取り立ち上がらせる。
    ソテツ師匠の通ったであろう道を、私たちは追い始めた。


    ***************************


    リバくんとドルくんを並走させ、私とビー君は会場から離れていく信号を追いかけるために、選手入場口を逆走し入り口に向かう。
    入り口っていうと、確かトウさんの信号が動かなくなった場所だ。
    トウさんと連絡がつかないのはどうしてだろう?

    その疑問は、入り口についた時点で、半分解決する。

    「…………!」

    入り口で、トウさんは壁を背にして座り込んでいた。意識があるがうなされている。その傍らに座っていた人物は、肩を震わせ愕然としている。
    私たちが駆け寄るのに気付いたその人物は……ココさんは青白い顔でこちらを見上げた。

    「どうしたの、ココさん」

    たぶん、ソテツ師匠は信号を追うためにココさんとトウさんをスルーしたのだと悟った。

    「トウさんは、大丈夫?」
    「わからない……助けて……!」

    迷いなく応急手当をしようとする私を横目にビー君がココさんに質問する。

    「ココチヨさん、リッカとカツミとコックはどうした?」
    「みんなは……ハジメさんと一緒よ」
    「そうか。ココチヨさん、あんたハジメの仲間なんだな」

    ココさんが、<ダスク>の一員?
    驚く私をよそにビー君は首を横に振るココさんに詰め寄る。

    「じゃあ、どうしてあんたから波導が感じられないんだ?」
    「それは……!」
    「波導を消す何か、使っていたんだろ! あんたら、何をしているのかわかっているのか。皆を煽るだけ煽って、混乱を招いて、トラウマ掘り起こして、そこまでして何がしたいんだ!?」
    「そんなつもりじゃなかったの!!」

    ココさんは言い訳を並べていく。でも次第にそれは懺悔へと変わっていった。

    「あたしたちは波導を消す機械とマーカーをつけて潜入していた。サクはそれを使って敵と味方を認識するつもりだった。そして目くらましと忠告だけさせる予定だった。「あの事件を忘れるな」って。リッカちゃんは今日私たちのことを知ったから知らなかったし持っていなかった……リッカちゃんを連れて先に会場から離れようとしたら、なぜかトウが現れて……! それで、あたしは……リッカちゃんたちをハジメさんのところに先行させて……でもあたし何もしていないのに、トウが倒れて!!」

    慟哭するココさんにビー君は逆に冷静になる。

    「本当は、<エレメンツ>で無理をし続けているトウを守りたいだけだったのに、なんで、なんでこんな……!」

    トウさんの容態を見る。呼吸はしているものの、その息遣いは荒く、苦しそうだ。

    「……トウさんは、人ごみを波導が消えた人とリッカちゃんが一緒に歩くのを視たんだろうね。それで、心配になって追いかけて……ココさんに遭遇してしまった」
    「そうよ、あたしが<ダスク>だと感づかれたと思って……どうしようと思っていたら急に……!」
    「トウさん、ココさんの名前を呼んだ?」
    「ええ……」
    「その時目隠しは」
    「していたわ」
    「じゃあ、ココさんも心配して声掛けに来たんだと思うよトウさんは。波導を消す機械で隠れていても、ちゃんとココさんだってわかって事情を聴こうとしたんだよ」
    「その通りだ……」

    トウさんが声を発する。

    「リッカが消えた波導の持ち主と一緒に行動しているのを見て。俺は真っ先にココを探した。ココを探すために、会場中の波導を探知しようとした。まさか隠れていた波導のほうだとは。気づくまで時間がかかってしまった……」
    「じゃあ、心当たりはココさんの言っていたそれしかない。気づいているでしょ、お願いビー君!」

    ビー君は私の要求に迷わず従い、ルカリオを出す。
    それから彼は、ルカリオと一緒にトウさんに手を当て始めた。

    「トウギリの波導が弱まっている理由に確証が持てなかった。困っているのに責めて悪かったココチヨさん」
    「ビドー……さん?」
    「あんたの心配は正しかった。トウギリは波導を使いすぎて倒れたんだ。結晶化まではいっていないけど、さっきのは特に負担がデカかったんだろう。気づけなくて、すまん。絶対に……絶対に助けるから安心してほしい」

    そうココチヨさん言うとビー君は「習ってない範囲だけど見様見真似でやるしかねえだろ」と波導をトウさんに分け始める。
    それから彼は私だけでもソテツ師匠を追うように促す。

    「気をつけろよ、ヨアケ」
    「ここは任せたよ、ビー君」
    「待ってアサヒさん!!」

    ソテツ師匠を探しに行こうとする私に、ココさんが予想外のことを言う。

    「アサヒさん、あたしたちの今回の一番の目的は、隕石じゃなくてソテツさんなの……気を付けて!」

    それは<ダスク>の大事な情報だったのだと思う。
    ココさんはそれでも私に伝えてくれた。協力してくれた。
    その一言だけ聞いて、私はみんなを置いて、追跡を続けた。
    外は、激しい雨が降っていた。


    ***************************


    「天気予報では晴れるって言っていたのに! なんでこんな土砂降りなの!!」

    豪雨の中私はドルくんをボールにしまって、リバくんに乗って空を飛んでソテツ師匠たちを追いかける。森を抜けていく途中、発信機の反応が消えた。たぶん気づかれて壊されたの
    だと思う。
    悪天候と通信距離が遠すぎてデイちゃんとの連絡も取れなくなる中、その反応が消えた地点に降り立つ。するとその一帯の地形が変化していた。たぶんその爪痕はソテツ師匠が刻み付けたものと、相手のダークライが刻み付けたものだと思った。
    根こそぎなぎ倒されている木々を見て、ソテツ師匠たちがいつになく気が立っているのがわかった。
    少なくとも冷静な戦い方ではなかった。

    「ソテツ師匠……無事でいて……!」

    攻撃痕を追っていく。しかしもう彼らが戦いあっている音は聞こえない。
    決着がついているのだろうか? 不安を押し殺して私は前へと進む。

    そして、崖際で倒れているソテツ師匠を発見する。

    「ソテツ師匠っ」

    泥まみれのソテツ師匠の軽い体を抱え、容態を見る。
    あちこちに打撲と切り傷があった。だいぶ衰弱しているようにも見える。
    師匠の手持ちは全部ボールの中でぐったりしているのが見える。ボールの中に入れることで守っているのだろう。
    急がなきゃ、急がなきゃ、急がないと!

    「アサヒ、ちゃん……」
    「師匠しゃべらないでください、今リバくんに応援呼んでもらいますから……?」

    私の腕をつかみ、拒むソテツ師匠。
    リバくんを困惑させる師匠を私は叱りつける。

    「何見栄張っているんですか!! このままじゃ大変なことになってしまいますよ!!」
    「いいんだアサヒちゃん」
    「よくない!!!!」

    それでも師匠は拒み続ける。いい加減我慢の限界に近づいた私はリバくんを行かせた。

    「アサヒちゃん」
    「ダメです、後で聞きます」
    「今じゃなきゃ、ダメだ」
    「ダメですったら!」
    「ヤミナベ・ユウヅキのことだ」

    師匠が何を焦っているのか、その時察してしまう。
    でも、今その名前を出すのは、あんまりだ。

    「近いうち、彼から君に接触がある。その機会を、逃すな」
    「なんで、そんなこと今無理して伝えるんです!!」
    「嫌がらせだ、いつもの、ね……」
    「ひどいよ」
    「ゴメン。あとアサヒちゃん」

    やめてと言ってもソテツ師匠は言葉を発するのをやめなかった。
    すべて出し切る勢いで、あの見栄っ張りなソテツ師匠は。私に。

    謝った。

    「オイラの変な教えで笑いにくくさせてしまってすまなかった。本当に笑えなくなったら、どうしようもない。だから、こんな教えなんて忘れて、好きな時に好きなように笑ってくれ。オイラはもう――――アサヒちゃんの師匠じゃないんだから……もういいよ」

    その言葉が、この時聞いた最後の言葉となった。
    私の体が何かによって弾き飛ばされる。師匠から引きはがされる。
    次に見た光景は、見覚えのある彼の、ユウヅキのサーナイトがソテツ師匠を『サイコキネシス』で持ち上げていた光景だった。
    サーナイトはこちらを一瞥し……ソテツ師匠を……崖下へと投げた。

    「!!!!!! ソテツししょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

    自分で出したことのない声が腹の中から出る。急いで崖下をのぞき込む。
    その下は濁流流れる河川で、どう考えても助からない流れで。

    迷いなく飛び込もうとする私を誰かが羽交い絞めにした。
    そのまま誰かに抱き締められる。
    そのぬくもりと、懐かしいにおいに包まれ、急に意識が遠のく。
    それがサーナイトの『さいみんじゅつ』であることはすぐに理解した。

    いつの日かも、こうして薄れゆく意識の中で、貴方は私に謝っていたよね。

    「すまないアサヒ」

    そして貴方はまだ帰ってこないんでしょ?

    「ひどいよ、ユウヅキ」

    どうして。どうして?

    どうしてこんなことになってしまったの?


    そして意識は、闇の中へと引きずり込まれていった。






    ……気が付いた時には、雨は嘘のように上がっていて、宵闇の赤い太陽が私を照らしていた。
    私から大事なものを奪ったその光景が、悲しくてたまらなかった。

    しばらくしてビー君がリバくんと一緒に、やってくる。
    ボロボロで立てない私を、彼は何も聞かずにおぶった。
    しばらく頑張ってくれたけど無理だったので、途中からはカイリキーに代わりに運んでもらった。

    断片は急いで伝えたけど、私がようやくまともに師匠のことを話せるようになったのは、それから半日後のことだった。
    アキラ君から私を心配するメールが何通か来ていたけど、まだ返せていない。
    ユウヅキのことは、まだ誰にも、ビー君にも話せていない。


    ***************************


    【スバルポケモン研究センター】

    携帯端末でビドーの試合を観戦していたアサヒの旧友の青年、アキラは、表彰式の最中からつながらなくなった中継を見て、そこに居るであろうアサヒの安否を心配してメールを何通か送っていた。

    しかし、返信は夜深くになっても返って来ない。
    ただ事じゃないことが起こっている。
    直接アサヒのもとへ行くべきだと判断したアキラは、研究センターの入り口から入ってくる合羽姿のレインとその手持ちのドラゴンポケモン、カイリューとぶつかる。

    「おやアキラ氏。こんな夜更けにどちらへ?」
    「レイン所長こそ、こんな夜まで、どこに行かれていたのですか。夕方土砂降りだったみたいですが」
    「ちょっと雨を降らせに行っていました」
    「……そこは雨に降られに、でしょう。ちょっと連絡つかないんでアサヒのもとに行ってきます」
    「それは……お気をつけて」

    一刻も早く向かわねば。と焦るもアキラの目の前に、落ちたレインの携帯端末が。

    「レイン所長、落としましたよ……?」

    マナー違反だと思っていてもアキラの視線は思わず起動している画面に行ってしまう。
    そこには携帯端末の中で眠るポリゴン2の姿があった。

    「アキラ氏。ちょっと行く前に私の部屋に寄ってください」

    背後に、レインの存在を感じるアキラ。

    「これは、所長命令です」

    アキラが振り向くと、レインはいつものように笑いながら、

    彼の腕を掴んでいた。





    つづく


      [No.1679] 第八話前編 光の中のバトルロイヤル 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/09/23(Wed) 23:31:42     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第八話前編 光の中のバトルロイヤル (画像サイズ: 480×600 179kB)

    もともと眠りが深い方ではないが、その日は特に早くに目覚めてしまった。
    でも、どこか気が張っていたのは俺だけではなかったようで。日の出前の静かな早朝。俺の部屋に意外な来客があった。

    チャイムは鳴らされず、ノックのみ。2つの見覚えのある気配がしたが、念のためドアの内側から外を覗き見る。

    「うわっ」

    思わず声を上げてしまう。扉の外には全身を蔓で覆われた大きいポケモン。モジャンボが居たからだ。見覚えのあるやつだったが、蔓の合間から見える目が暗がりでちょっと怖かった。
    更に外から、笑いをこらえる声が聞こえてくる。

    「あー、驚かせてゴメンよビドー君。モジャンボと一緒じゃないと気づかれないかと思って」
    「ソテツ……」

    ソテツ。
    最近厳しいことを言われ、それからあまり口をきいていなかった相手だ。
    そんな彼の突然の来訪に、俺は戸惑いを隠しきれなかった。
    モジャンボのトレーナーのソテツは、トレードマークの緑のヘアバンドを直しながら少々気まずそうに切り出す。

    「で……だ。少しキミと話がしたい。入れてもらってもいいかい?」

    拒むことも出来たのだろう。
    でも、それをすると後悔する。そんな予感がした。だから俺は彼を招き入れた。

    「ありがとう」
    「いや……」

    礼を言われるほどじゃないと言いかけたが、いちいち言うのも変だと思ったので、呑み込んだ。


    ***************************


    流石にモジャンボは個室の中では狭い思いをさせてしまうので、一旦しまってもらった。
    リオルたちはまだボールの中で寝ているので、自然と二人きりになる。

    「コーヒーぐらいしかないが、それでもいいか?」
    「うん。あー、砂糖あるとありがたい」
    「どうぞ」

    来客用のコップにお湯でとかしたコーヒーとスプーン、それと希望されたスティックシュガー入れを受け渡す。ソテツはスティックを2本取り、コーヒーに混ぜる。甘い方が好きなのだろうか。

    「いただきます」

    礼儀正しく言ってから、息を吹きかけて念入りにコーヒーを冷ますソテツ。「猫舌なんだ」と特に恥ずかしがる素振りも見せずに呟いた。よく他人に聞かれているから、俺が尋ねる前に先んじて言ったかもしれない。
    自分にも淹れておいたコーヒーに口をつけていると、ソテツがこちらを見ていた。

    「キミは、結構変わったね」
    「そうか? 正直、まだまだだと思うが」
    「いや、なんていうか。初めて会った頃に比べて、余裕が見えるよ。心の余裕」

    余裕、か。少しは、落ち着いたってことなのだろうか。
    過去の後悔ばかりして、八つ当たりして、ふさぎ込んでいた頃に比べると、少しはましになったということなのだろうか。
    けれども、それは。

    「それは、周りの人のおかげなんじゃないか」

    謙遜もあるが、最近思っていたことでもあった。
    色んなやつに色々言われたり、考えさせられたり、時に励まされたり。
    そんな中、一緒に居てくれたやつも居た。
    それらを合わせて考えると、どうにもそいつらの影響は少なからずあると思うのだが。ソテツはそうは思わないようだ。

    「そうかな」
    「“俺は一人じゃない”……以前助けられた時、そう言ってくれたのはたしかソテツだっただろ。現に、一人じゃ、ダメダメなままだったと思うぞ」
    「でも、巡ってきたその縁を頼って頑張った。もしくは頑張っているのはビドー君だろ?」
    「買いかぶり過ぎだ……それこそ、頑張れているのは、頑張りたいと思える目的と相手がいたからだ」
    「……その相手の一人は、相棒のアサヒちゃん、か」

    ヨアケ・アサヒ。“闇隠し事件”で失ったものを取り戻すために手を組んだ相棒。
    俺が変わりつつあるのならそのきっかけをくれた一人でもある。

    ソテツにはこの間俺の弱点をさらしてしまった時、そんなお前でヨアケの力になれるのか? と痛いところを突かれた。
    ずっと反論したかったけど。簡単には口に出来ないでいた。ソテツの言い分も苦しいほど自覚していたからだ。
    だからといって、譲れないものもあった。
    それを言うなら、今しかない。

    「確かに、まだふがいないところも多いし、自信があるわけでもない。でも、俺はあの色んなものを背負いすぎている相棒を守りたい。たとえ、多くを敵に回しても……俺はヨアケの力になる」

    たとえ、立ちふさがるのがソテツでも。
    ……そこまでは言えなかったけれど。ソテツはその意味をくみ取ってくれた。

    「青年よ、よく言った。まあ、いいんじゃないの。そのぐらいの意気込みで」
    「……どうも」
    「いやいや“ビドー・オリヴィエ”君。キミはもっと、自分を評価してあげてもいいと思うぜ」

    遠回しに評価されたことよりも、突然フルネームで呼ばれたことに驚く。いや、表札には書いてあるけど。けれど……。

    「……下の名前は、出来れば呼ばないでくれ」
    「ゴメン。そしてもう一つ。オイラはキミに謝らなければならないことがある」
    「……今日のソテツは、謝ってばかりだな」
    「そういう日もあるさ。こういうオイラはレアだぜ?」
    「…………」
    「冗談だ。ノーリアクションは堪える……今は“闇隠し”で行方知れずなんだけどね……オイラの母は庭師で、キミの御両親と縁あってね。要するに知り合いだったんだ」

    庭師。
    その人の話は昔、亡くなった親父から聞いていた。
    俺の名前の由来となった花を譲ってくれた人だと。それが、ソテツの母親だったとは。
    その人も“闇隠し”で行方不明だったとは。

    「これはオイラのエゴだからできれば赦さないで欲しいが……早くに両親を亡くしているキミに、私情とはいえ家庭のことで八つ当たりしてしまって、すまなかった」

    ああ、そのことか。
    いやでもそれは、俺はソテツの家族観を知らなかったわけで。
    家族観どころか、彼がヨアケをあんまりよく思ってないのを隠していたのすら気づけなかったわけで。

    「……ソテツ。赦さないついでに、教えてくれないか」
    「何をだい?」
    「何っていうか、あんたのことかな。」
    「自己紹介か。なかなかキツイ要求だね」
    「こんな機会でもないと、話してくれないだろ?」
    「そりゃそうだ……でも今はダメだ」

    ソテツは玄関の方を指差す。いつからいたのだろうか。息をひそめているけど、そこにはばっちりあいつの、ヨアケの気配がした。

    「仮にも、嫌っている相手に盗み聞きされながら語る気にはなれないね。それにキミたちの邪魔もする気はないしそろそろ帰るよ」

    立ち上がり背を向けるソテツ。そのまま彼は、

    「ただ、これは<エレメンツ>“五属性”のオイラではなく、ただのオイラからの言葉だ。」

    表情は見せずに、でも朗らかな声で。

    「オイラに興味を持ってくれてありがとう。大会頑張ってくれ」

    そう言い残して去って行った。

    そういや、もう当日の朝だということを思い出す。
    緊張するのは、まだまだこれからだ。


    ***************************


    気まずい。

    「おはよ、アサヒちゃん」
    「おはようソテツ師匠……すみません邪魔しました」
    「元師匠。いいよ。逃げる口実になったし」

    私の謝罪に、ソテツ師匠は淡々と返す。気まずいよう。
    盗み聞きをするつもりは、まったくなかったかと言われると嘘になる。だけに、余計気まずい。
    ソテツ元師匠はこちらには顔を向けずに、でも私に対して続けて呟く。

    「悪くない相棒を持ったね、アサヒちゃん。なかなか、貴重だよ。ああいう力になってくれる子は」
    「ええ。本当に、本当にそう思います」
    「大事にしなよ。苦い想いをするかもだけど、こういう関係は、大事にしなきゃだめだ。特にキミは……いや、いい」

    首を横に振る彼に、私はほっとしかけた。そんな自分に気が付いて、思いとどまる。
    しつこいと受け取られるかもしれないけど、聞かなきゃいけない気がした。

    「言ってください」
    「傷つくかもよ?」
    「それでも」
    「わかった――特にキミは、人間関係ってものを過信しすぎているきらいがあるから、気を付けてねってだけの話だ」
    「私が、過信……」

    心当たりは、あった。それは目を逸らしても、見逃せないくらい、あった。
    彼は「この際だから言わせてもらうよ」とさらに忠告を重ねる。

    「他人を簡単に信じるから裏切られたと人は感じるものだけど、キミの場合それすらない。相手を信じたいと思うとどこまでも信じてしまう。期待を押し付けてしまう……だからさ、他人を、自分を信じすぎるな。信じるということは、目を逸らすことじゃない。どうしようもない部分も見て受け入れてその上でどう付き合っていくかってことだ……キミが思う程、他人は強くも寛容でもないからね」

    その、彼が教えてくれたその考えは、痛いところをつかれると同時に寂しいと感じてしまった。
    どうにか反論を試みるけど、それを丁寧にソテツ元師匠はつぶしていく。

    「現にキミは心のどこかでオイラとまだ仲良くなれる可能性を捨ててないんじゃない?」
    「…………今は無理でもいつかはとは」
    「そのいつかは、今じゃないし、来るかどうかはわからないものだ。こうして話していられるのだって不思議なくらいさ。いいや、十二分なんだ」

    そうして彼は苦しい笑みをたたえて、話の落としどころを提案した。

    「オイラはキミを赦すことはできないし、キミもオイラたちがしたことを赦してはいけない。そうやってバランスはとられるんだ」

    彼自身にも言い聞かせるようなその言葉回しは、結構堪える。
    これ以上は来るなと線引きされたその溝は、なかなかに底が見えないくらい深かった。

    ……結局、この時の私はそれ以上の言葉を出せなかった。
    出すべきではないタイミングといえば、聞こえはいいのかもしれない。
    でも、なんて言いたかったのかは、想いは見つからないままだった。

    彼の去った後。
    すっかり顔を出した太陽の光は、私の影を濃くしていった。
    でも、暗くなりかけていた私を引き戻してくれる光もあった。

    「……ヨアケ、色々言われていたが、大丈夫か?」

    そろりとドアを開け、彼は心配してくれる。
    ドア越しにならまあ、だいたい聞いているよね。

    (大事にしなよ)

    ――思い返される忠告に、心の中で応える。
    ちょっとだけ強がりながら。応える。

    「大丈夫、ありがとビー君」

    いわれなくても、勿論、と――


    ***************************


    自警団<エレメンツ>主催のポケモンバトル大会が、いよいよ開かれようとしている。
    この大会はもともと地方を活気づけようとするいわゆるお祭りに近いイベントとして想定されていた。
    しかし、俺たちにとってこの大会は違った意味を持っていた。

    俺たちにとって、この大会は「防衛戦」でもあった。
    “ヤミナベ・ユウヅキ”。
    俺らが追いかけている指名手配犯。そしてヨアケの幼馴染みである謎の多い男。
    そいつがもう一本の“赤い鎖のレプリカ”の原材料であり、優勝賞品の“隕石”を狙ってこの大会で行動を起こす可能性がとても高い。
    だから正直、今までになく緊張していた。

    ヤミナベは不思議なくらい今までその足跡をなかなか見せていなかった。
    だが、その彼の狙うであろう隕石は現在俺らと協力体制にある<エレメンツ>が保管してある。
    つまり、隕石が日の目にさらされるこの大会が、ヤミナベを捕まえる数少ないチャンスでもあった。


    「じゃ、改めて配っとくじゃんよ」

    大会前の朝、<エレメンツ>の“五属性”の一人、電気属性のデイジーから、白い丸の中に六芒星の描かれたバッジのようなものが各員に配られていた。

    「これは……通信機か?」
    「違う、発信機。まあ、味方の位置を見っけやすくするためのマーカーみたいなもの」
    「? トウギリの“千里眼”と合わせて使うのか?」
    「いや、トウギリの遠距離波導探知もそこまで万能でもないじゃんよ。多方をカバーするのには向いてない。だからこっちで自陣の把握を受け持って、トウギリには怪しい動きをするものを積極的にマーク、追跡してもらう」
    「なるほど」

    納得していると、デイジーに少しなじられる。

    「ビドーも波導探知を使えたらもっと楽になるのになー」
    「頼りにならなくてすまん。俺はまだ少しの距離しか、しかも集中しないとできないからな」
    「いや充分凄いけど。ま、その分ばっちり大会優勝してこいよ」
    「う……ところで、通信機は?」
    「ビドーはなし。一応参加者の通信やテレパシーもろもろの使用は反則だから。まあ、どうしても連絡したい場合、今回は携帯端末で……って、<エレメンツ>メンバーの連絡先の交換は出来ているか?」
    「……と、トウギリぐらいしか……」

    正直に答えると思い切りため息を吐かれた。デイジーと連絡先を交換している最中。今までの特訓とか準備期間何やっていたんだ、信じられない、人脈の重要性をわかっていない、と言いたげな視線がずぶずぶと刺さる。
    し、仕方ないだろ言い出しにくかったんだ……すみません……。
    縮こまっていると発破かけられる。

    「忙しくなる前にとっとと行ってこい!!」
    「行ってきます!!」

    怒鳴られてようやく、打合せや準備をしている<エレメンツ>メンバーの元へ急いで走って行った。


    ***************************


    「あのね、アサヒ。こういうことはちゃんと報告して……って、前にも言ったよね?」
    「ごめんなさい……」

    ビー君がデイちゃんに怒られていた頃、私も私で叱られていた。プリ姉御に。

    叱られた理由は、港町【ミョウジョウ】に行った頃から見える謎の記憶について、<エレメンツ>のみんなに伝えていなかったこと。
    ぼんやりしていたらなんとなく言い損ねてここまで来てしまっていた……。
    ドーブルのドルくんに助けを求めようとしたけど、「ダメです」と首を横に振られてしまった。だよねえ。正直に言わなきゃダメだよね。

    「で、まだ見えるの?」
    「たまに、ふとした拍子に」
    「心当たりは、ないのよね?」
    「うん……失った一ヶ月の記憶でもなさそう」
    「不思議ね。輸血とか行ったことはなかったはずよね?」
    「ないと思う。大きなけがをしたこともないし」

    考え込むプリ姉御。ドルくんは、遠くを見つめていた。
    確認だけど、と前置きしてプリ姉御は続ける。

    「一応、ヤミナベさんのせいで失われている一ヶ月の記憶の方、だけど、正確には記憶がまるごとなくなっているわけじゃないのよね……」
    「えっと下手に思い出させようと弄ると私の頭にダメージがくるって感じのだっけ?」
    「ちょっと端折り過ぎ。まあ、でもだいたいそうか。そう、カギがかかっているのよ。パスワードというか、正しい方法で何かをすると記憶が蘇るようになっているカギで一ヶ月ぐらいの記憶を封印しているの」
    「その開錠方法が分からないんだよね……」
    「まあ、でもその記憶処置と今回の別の記憶が関連しているかは、まだ現段階ではなんとも言えない。でも違和感があるってことは、何かしら原因があるってことだから。用心して置いて。また何か気になったことがあったら言って」
    「う、うん」

    しょげていると、ドルくんが手を握っていてくれた。
    その温かさに、思わずためていた感情を吐露してしまう。

    「ユウヅキは、どうして私の記憶の一部を封印したんだろうね」

    ドルくんは、なにも答えない。でも、握る手の力を、強めてくれた。
    プリ姉御がそっと私の頬を撫でてくれる。

    「違和感に原因があるように、原因には理由があるものよ。捕まえて聞けると良いわね、その理由を」

    その気遣いに、私は少しだけ、少しだけ甘えさせてもらった。


    ***************************


    カツミ君とリッカちゃんとユーリィさんと合流するためミミッキュと一緒に自宅を出ると、見慣れぬ風貌の青年がいた。
    正確には、見知った顔が見慣れぬ恰好をしていたの。
    リッカちゃんのお兄さんの、ハジメさん。彼は前髪を下ろして、サングラスを外している。服も普段見かけないような、でも落ち着いた色合いのを着ていた。

    「ハジメさん……イメチェン、したのね」
    「ユーリィさんたちに手伝ってもらってだな……だが今回だけだ。ココチヨさんこそいつもと違うだろう」
    「私のはただの私服だってば……リッカちゃんには見せたの、それ」
    「前も変だと思っていたけど、なんか更に変だ……と言われた……」
    「あらら」

    地味に凹んでいるハジメさんの肩を、ミミッキュが少し宙に浮いてどんまいと軽く叩く。
    ハジメさんはミミッキュに小さく礼を言うと、青い目を細めて、手に持った小さな機械を眺めた。

    「だが、サモンから受け取ったこの波導を変質させる機械のおかげでトウギリに悟られずにリッカに会えるのは助かる。それでも留守にさせてしまうことは多いだろうが……いつも世話になっている。ココチヨさん」
    「まあ、困った時はお互い様よ。でも、少しでも会えているのは、本当に良かった」

    ハジメさんやリッカちゃんに対しては申し訳ないような、複雑な心境であることには変わりないけど。よかったと思うその想いは本心だった。
    ……トウギリは私の彼氏であり、私たちが対立しなければならない組織、自警団<エレメンツ>の波導使い。
    ハジメさんが今手に取っているのは、トウの波導探知を逃れるための機械だった。
    ちなみにまだ使ってないだけで、私にも配られている。
    それを持っているのは、私たちが<ダスク>という集まりに参加していて、<エレメンツ>から隕石を奪おうとしているから。

    「……今回の作戦、本当に参加していいのか、ココチヨさん」
    「よくはないわよ。でもやるわ」
    「まだ、引き返せるんじゃないだろうか、貴方は」
    「いやいや<ダスク>に所属しちゃっているカツミ君を放って置けないでしょ。というかハジメさんがカツミ君巻き込んだくせに」
    「それも……そうだが」
    「分かっているわ……後戻りできなくなるってことは。でもね――」

    思い浮かぶのは、トウの姿。本人は平気そうな素振りを見せるけど、日に日に無理を重ねているのは、聞かなくても分かっていた。
    上辺だけでも平穏を守るために頑張っている<エレメンツ>に現状を打破する力が残っているとは思えない。
    だから、私たちがやらなきゃいけない。
    それが結果的に<エレメンツ>と対立することになっても、
    トウを裏切ることになっても。私はやってみせる。

    「――裏切り者になるからには、半端者ではいたくないのよ」


    ***************************


    ポケモンバトル大会の開催場所であるスタジアムは、王都【ソウキュウ】より西に少しいったところに流れている【オボロ川】の傍にある。(ちなみに【オボロ川】を遡っていくと【セッケ湖】に出る。【セッケ湖】は【スバルポケモン研究センター】のすぐ近くの湖だ。)
    大会にエントリーしたポケモントレーナーの数は32名。予選は4人ずつ8組に分かれてのバトルロイヤル。そこを勝ち抜いた8人が本選トーナメントで戦う形になっている。
    予選バトルロイヤルも本選シングルバトルも大会の時間の都合上、どちらも一度のバトルフィールドに出せるポケモンは1体だけ。交換はできないルールだ。プリムラたちの回復班はいるが、負担の分散などはよく考えて置かないとな。
    選手も結構いるが、観客も意外と多く、満席とまではいかないが結構席が埋まっていた。

    「人混み、結構すごいね。ビー君、リオルも大丈夫?」
    「ああ、何とかな」

    そう俺とリオルを心配してくれたのはヨアケだった。彼女は長い金色の髪を毛先の方で二つにまとめ直しながら、俺たちの緊張を和らげようと声をかけてくれる。リオルもプレッシャーを振り払おうと、いつもより大きい声で応えていた。
    そんな中、彼女の手持ちのドーブル、ドルは周囲を警戒するように眺めていた。

    「ドルくん、あんまり気を張り過ぎるともたないよ? まだ大会始まってないんだから」

    声に反応してドルは彼女を一回見上げる。しかしまたしばらくしたら周囲を見始めていた。
    「もう」と零したヨアケもまた、少しこわばった表情をしていた。

    受付を済ませ、あとは選手控室に向かうところで知り合いと会う。

    「カツミ君とコック、リッカちゃんとココさんミミッキュ! ユーリィさんにニンフィアまで、みんな来ていたんだ!」
    「お、ヤッホーアサヒ姉ちゃん!!」

    ヨアケの声に応えて思い切りこちらに手を振る少年は、カツミとそのパートナーのコダックのコック。
    カツミにつられて丸メガネの少女、リッカ。ミミッキュを抱えたココチヨさんも気づき、笑いかけてくれる。
    そして、何故かそこにいるユーリィは目を逸らした。(ニンフィアはちゃんとこっちを見ていた)

    軽くショックを受けているヨアケ。そんなヨアケを横目で見ながらユーリィは、小声でばつが悪そうに俺に言った。

    「ビドーたち、なんでここに」
    「ユーリィこそ」

    ユーリィのニンフィアが、リオルをリボン状の触角で撫でまわしている。リオルは少し照れ臭そうにしていた。
    視線をぶつけ合う俺たちをいさめたのは、立ち直ったヨアケ。

    「まあまあ、ここで会ったのも何かの縁だよ。ね?」
    「……そうだな」
    「……そうね。で、控室の方に歩いていたってことはアサヒさんとビドーも参加するの? この大会」

    質問するユーリィの言い回しに引っ掛かる。一瞬返答できず固まっていたら、

    「私たちはユーリィさんの応援に来たのよ。ビドーさんたちは?」

    ココチヨさんに言われてようやく、理解する。

    「ヨアケは参加しない。するのは俺だけだ」
    「そう」
    「……お前とはあんまりバトルはしていなかったよな、ユーリィ」
    「そうね……昔あげたカイリキー、元気にしている?」
    「ああ。頼もしい相棒の一体だ」
    「なら、ビドーに預けて良かった」

    短い言葉のやりとりだけど、だいぶ、だいぶ久しぶりにユーリィと雑談をできた気がした。

    「もしぶつかったら、負けないからな」
    「どのみちそれまで勝ち残れたらだけど。その時は受けて立つわ」

    そんなやり取りをしていたらリッカが「ライバルだ……!」とメガネ越しの瞳を輝かせ、ココチヨさんが「どっちも応援するわよー!」と意気込み、ミミッキュ両手を上げて小さな旗を振っていた。なんかむずむずする。
    急に縮こまる態度の俺を見て思わずカツミとドルが可笑しそうにしていた。コックは首をかしげていた。

    「頑張れ、ファイトー!」

    ヨアケに平手で背を軽く叩かれ、送り出される。
    先に控室に向かうユーリィとニンフィアを、リオルと一緒に、追いかけた。


    ***************************


    (おかしい)

    <エレメンツ>“五属性”の一人、電気属性のデイジーが異変に気付いたのは、開会式直前のことだった。
    受付のカメラを眺めていたデイジーは、直感、もとい嫌な予感がして、ひとりで大会参加者名簿のリストデータを確認し直していた。
    電子機器のなかを移動できるオレンジ色の小さな電気を纏った相棒、ロトムにもデータを調べてもらいながら、目視でも調べていく。
    そして彼女は見つける。
    先日まで見覚えがなかった選手のデータを、見つけてしまう。

    (ちっ……改ざん、されている)

    <エレメンツ>の管理しているサーバーに侵入しデータを書き換えた何者かがいる。
    その痕跡から、足跡を消され見失う前に犯人を突き止めるべく、ロトムに追跡をさせる。
    デイジーは通信機の専用チャンネルで、本部のプリムラに連絡し対応を求めた。

    「プリムラ! 選手のデータが一人書き換えられている! そいつは、そいつの名前は――」

    何故こいつが。とデイジーは戸惑う。
    これがヤミナベ・ユウヅキだったらどんなに良かったか。
    髪型を変えたその顔写真データは、間違いなく彼の者だった。

    「――ハジメ! <ダスク>のハジメじゃんよ!!」

    デイジーの報告に、プリムラは息を呑む。それから、焦りが隠しきれない声で時間切れを告げた。

    『もう、開会式を止めることはできないわ』
    「くっ、ゴメン……もっと早く気づけていれば」
    『いえ、どのみち今日になってしまった時点で厳しかったとは思う』
    「……そこだ。中止が出来ないタイミングを、狙われた可能性もある……ちょっとまて?」

    集まった状況の情報。その迷路から彼女はひとつの可能性を割り出していく。

    (データを改ざんしたやつは何故ハジメのデータに書き換えたんだ?)
    (何故わざわざハジメは危険地帯まっただなかのこの大会に変装してまで参加する必要があった?)
    (なにか狙いがあって? 選手の狙うものと言ったら?)
    (優勝賞品の、隕石。それを必要としているのは……)

    「プリムラ」
    『デイジー……貴方の考えはまとまった?』
    「ああ。推測の域をでないけど、ヤミナベ・ユウヅキの協力者は<ダスク>かもしれない。たぶん、ハジメは、選手として隕石を狙うと同時に意識を割くための、囮でもあると思う」
    『何に注意すればいい? 彼は、どうする?』
    「思ったよりもヤミナベ・ユウヅキには協力者が多いかもしれない。そのことを念頭に置いて身構えておいてほしい。ハジメは泳がす」
    『わかった』

    受け応えたプリムラは、さっそく各員に向けて連絡を飛ばし始める。
    その様子を横目に見つつ、続けて監視塔のトウギリにデイジーはチャンネルを繋げる。
    会場の中継映像を見ながら、トウギリに問いかけるデイジー。

    「トウギリ。今開会式に出ている選手は見えているか?」
    『ああ、32名、全員見える」
    「その中にハジメがいる、そっちから見て一番左の列の前から6番目の金髪頭」
    『……確認した。やはり、波導が違うな。別の波導を発している』
    「その波導は憶えてもあんまり意味はないと思うじゃんよ。ハジメは泳がすからルカリオと一緒に目でも確認しておいて」
    『分かった』

    中継から流れる<エレメンツ>のリーダー、水属性のスオウの挨拶と、開会の宣言をBGMにしながら、ロトムの呼びかけに応じるデイジー。
    サーバーの中からこっそりと逃げ出そうとしている侵入者、デイジーのロトムと同じく電脳空間を移動できるポケモン、ポリゴン2を捕捉しつつ彼女は口癖を零した。

    「ったく、人手が足りないじゃんよ!!!」

    キーボードを叩き、電脳空間上のポリゴン2の逃げ道を塞ぎつつ、マイクを使ってデイジーはロトムにバトルの指示を出した。

    ***************************


    観客席に向かったココさんたちと別れた後、開会式も終わったのでドルくんと巡回をしていると、廊下でこんな会話をしている人たちとすれ違う。

    「――なあ、誰が勝つと思う?」
    「どうせ、勝つのは外の奴らだろ。あいつら強いポケモン使うし」
    「“ポケモン保護区制度”がなけりゃなー……」
    「だよなあ、この大会意味あるのか?」
    「さあな」

    “ポケモン保護区制度”に反発する風潮があるのは知ってはいたけど、こういう場面に出くわすと、やはりなんとも言えなくなる。
    “闇隠し事件”以降に他国によって取り入れられた、ヒンメル地方のポケモンを保護するために捕獲行為を制限する“ポケモン保護区制度”。
    ヒンメルで暮らす人々は、手持ちのポケモンを増やすだけでもだいぶ困難していた。
    思えば、以前遭遇したハジメ君もこの制度で苦しんでいた。

    ハジメ君が言っていた、他国のいわゆる賊のような人々による被害、最近はどうなのだろうか。
    テレビではあまり取り上げてくれないし、電光掲示板の情報もどこまで信用していいのかわからない。
    <エレメンツ>は不透明な現状をイベントなどに夢中になって目をそらしている、という風にも取れなくはない。実際そういう批判も見かけたことはある。

    でも、こんなこと思える立場でないのはわかっているけど、少しずつでもこの地方の活気を取り戻そうと動いてくれている<エレメンツ>のみんなの行動を、大会を開くためにしてきた努力を私は否定したくなかった。

    (この大会に意味はあると思う)

    けどその想いがあるからこそ、もしユウヅキが大会で何かしでかしたら嫌だなと感じる私もいた。
    捕まえるチャンスは逃したくはないけれど、このまま何も起きずに大会が終了してくれればいいのにと、どうしてもそう願ってしまう。

    「……しっかりしろ、私!」

    両手で頬を叩き、弱気な自分に活を入れる。

    (捕まえて、いっぱい聞きたいこと話したいことがあるのでしょ?)
    (だったら立ち止まっている暇はない……動け!)

    緊張で重くなりかけた足取りを無理やり動かし、再び会場を巡り始めた……。


    ***************************


    予選のバトルロイヤルを行う組の抽選結果がモニターに表示される。
    全8組中ユーリィが7組目で俺は5組目だった。
    結構な人数が控室の中、それぞれのエリアやグループを作っていた。手の内を見せないよう、全員ポケモンをしまっていた。
    俺とユーリィは壁際で、ほかの選手を眺める。

    顔ぶれはざっくりというと、老若男女って感じだった。

    ゴーグルをつけた爺さんは準備運動をし、なんか目つきの鋭いメガネで紫の服の青年は俺らと同じように壁際で周囲を眺めていた。緑のスカートのお姉さんは知り合いなのだろうか、髪の長い藍色のパーカーの今にも泣きだしそうな少年を撫でている。赤みがかった茶色の服の、なんかポケモンに例えるとビッパみたいな雰囲気の青年は屈伸をしていた。
    さっきの涙目の少年とは別ベクトルの髪の長い金髪の青年と目が合った。なんか青い瞳ににらまれている。
    髪が長いと言えば、ユーリィから「いい加減切りに来い」と言われ続けていることを思い出した。いい加減切らねえとな髪。

    アナウンスに呼び出され、最初の選手たちがバトルコートへと向かう。
    その中には先ほどの金髪もいた。
    順番待ちの中、控室のモニターに先の組のバトル映像が流れ始める。

    まずは、1組目。

    バトルフィールドに東西南北のゲートから現れた4人のポケモントレーナーが、指定位置につく。
    三つ編みの少女が白と黒のいかついポケモン、ゴロンダを、細目の男性がヨガのポーズをとっているポケモン、チャーレムを、杖をついたお婆さんが赤い情熱的な姿をした鳥ポケモンオドリドリを出す。
    俺にガン飛ばしていたあいつがボールから出したのは、ケロマツの進化系、ゲコガシラ。
    身体に巻かれたあの見覚えのある黄色いスカーフが、青い肌に映えていた。

    (マツ?! 進化しているけどマツじゃねえかあのポケモン! ということは、……ハジメだったのか! あの睨んできたやつ! 丸グラサンねえとわからねえよ!)

    思わず前のめりになりかけたところを、ユーリィに引っ張られる。
    実況アナウンスがハジメを含む選手名とポケモンの紹介を済ませ、試合開始の合図を出した。


    ***************************


    サングラスがないと、バトルフィールドを照らす照明は少しだけ眩しく感じる。
    訓練したとはいえ、なかなか苦手意識が拭いきれるものではないのだろう。
    それに、緊張で冷や汗を流しているのは俺だけではなかった。

    「マツ」

    ゲコガシラに進化したマツは、無意識に黄色いスカーフを握っていた。
    ……マツが俺のもとへやってきた経緯は、サクが【義賊団シザークロス】の頭から聞いて俺に伝えていた。
    そのスカーフの意味も、俺は知っていた。
    マツにとっての過去のトレーナーへの思い出を、忘れないための品。
    俺はマツと、そのマツを手放したトレーナーに対して言ってやる。

    「見せつけてやろう、お前の実力を」

    マツがこちらを一目見て、静かにうなずいた。

    試合開始の合図が、響き渡る。


    ***************************


    始まりの合図とともに、チャーレム使いの細目の男が袖をまくり、キーストーンのついたバングルを取り出した。
    チャーレムも呼応するように額飾りのチャーレムナイトを構える。
    男性の高らかな声とともに、チャーレムの体が光の帯に包まれ、その姿を変えていく。
    メガチャーレムへと進化したそいつが力強く両掌を合わせると、頭部などに巻かれたいくつかの白い帯が、超念力でなびくように浮き始めた。
    メガシンカを見届けた細目の男は伸ばした右の手のひらを下に向け、誰よりも先に技の指示を出す。

    「チャーレム『じゅうりょく』!」

    場に上から押しつぶされるような圧迫感がその場の全員に襲う。
    重力のフィールドが展開され、マツもゴロンダも思うように動けなくなり技が当たりやすくなってしまった。飛行タイプのオドリドリにいたっては、空を飛ぶことを封じられることになる。

    この時、マツに出させる技で誰を狙うか、とっさの判断を迫られていた。

    メガチャーレム、ゴロンダ、オドリドリ。どいつを選ぶか。
    この行動で誰が狙われる対象になりやすいだろうか。誰が自分たちを狙ってくるのだろうか。
    すべてを読み切るそんな頭脳なんて持ち合わせてはいないが、それでも判断しなければならない。
    俺の出した結論はこうだった。

    「マツ! ゴロンダに『どくどく』だ!」

    マツが毒々しい水球をゴロンダに浴びせ、猛毒状態にさせる。
    短期決着のつきやすそうなこの1体だけのバトルロイヤル。この技がどれくらいの意味を成すだろうか……。
    ゴロンダと三つ編みの少女がマツを一目見る。その間に婆さんが指で直立させた杖をくるりと回し、赤いオドリドリに指示。

    「『フラフラダンス』よ、オドリドリ」

    その場の全員の注目がオドリドリへと行く。重力の負荷の中だというのに、オドリドリは『フラフラダンス』を踊り切った。
    その踊りを見たマツ、メガチャーレム、ゴロンダは体を揺らつかせる。混乱して思うように動けなくなっているのだろう。
    マツに呼びかけをする。マツは頭を抱えて、まだ動けそうにない。
    のしかかる重力場と混乱により、ゴロンダが膝をつく。

    「っ、がんばってゴロンダ!! オドリドリに『ちょうはつ』!」

    片膝をつきながらも、ゴロンダはオドリドリに顔を向け、堪えた笑顔で手招きする。オドリドリは眉間にしわを寄せ、イラついた。腹を立てたオドリドリは、攻撃技しか、使えなくなる。フラフラダンス封じだろう。
    婆さんはオドリドリの怒りのパワーを逆手にとって、技に乗せさせる。

    「じゃあ、ゴロンダに『エアスラッシュ』ね」
    「くっ――ゴロンダ! オドリドリに突っ込んで!」

    オドリドリのエアスラッシュを腕で防ぎながら、ひるむような衝撃を跳ねのけて、ゴロンダは間合いを詰めた。
    ゴロンダが、技の射程圏にオドリドリをとらえる。

    「『からげんき』!!」
    ゴロンダの剛腕にオドリドリはリングの端まで吹き飛ばされる。『からげんき』は毒や火傷、麻痺などの状態異常時に攻撃力が上がる技。マツの『どくどく』を利用された形となったか……。
    マツが、自分の頭を両手で叩き、体を震わせ正気を取り戻し、声を上げる。
    その声に反応して顔を向けたゴロンダが、

    「――――」

    その男が技名を発音し終える前に――――鈍い衝撃音を放ち、崩れ落ちる。

    「――『とびびざげり』」

    警戒していたメガチャーレムの攻撃。
    混乱から正気に戻るタイミングが、同じくらいだったのだろう。
    蹴り終えたメガチャーレムが、手のひらを合わせる。『からげんき』を振り回すゴロンダをまず倒しに来たか。
    少女の声に応じて、ゴロンダは立ち上がろうともがいた……しかし、マツ『どくどく』がそれを許さない。

    体力を奪われつくしたゴロンダに審判が戦闘不能を言い渡し、少女がゴロンダをボールに戻した。

    婆さんが、杖で床をこつとつつき、オドリドリにメガチャーレムを攻撃させる。

    「燃えなさい、オドリドリ『めざめるダンス』」
    「追撃しろマツ、『えんまく』だ!」

    重力場はまだ続く……攻撃をかわしにくくなっているのはメガチャーレムも同じ条件だ。
    オドリドリの舞から放たれる炎が、メガチャーレムを襲い、続いてマツの『えんまく』が一回顔に当たる。これで、技の命中率が少し下がる。

    ここから先は、賭けになるだろう。
    部は悪い。そして前提としてマツに意図が通じているかが肝となる。
    おそらく技名を伝える隙はない。

    だが、気づいているだろうマツ。
    この、ギリギリの好機を、お前なら気づいているだろう。
    だから俺は、お前を、

    「信じている」

    メガチャーレムと男が、目を薄く開く。

    「構いません。やりなさいチャーレム――」
    「今!」

    マツは構える。技名を聞かずとも、構えてくれる。
    『とびびざげり』で突っ込んでくるメガチャーレムにカウンターで、
    二回目の、『えんまく』を、放ってくれる!

    煙に目をくらまされたメガチャーレムの蹴りが、マツの横を通り過ぎる――――着地に失敗したメガチャーレムが深手を負うこととなった。

    おそらく、一回の『えんまく』では『じゅうりょく』のせいで『とびびざげり』の狙いがそれることは、なかっただろう。
    だが、二発当たったことにより、本当にギリギリだが狙いがそれる可能性がでた。
    それを、つかみ取ったマツの度胸にも、感謝をよせつつ……気を引き締めなおす。

    ――冷静になったオドリドリが、チャンスを逃さずメガチャーレムに淡々と『エアスラッシュ』で追い打ちをかけ戦闘不能に追いやる。審判の宣言ののち、姿の戻ったチャーレムは男のボールへとしまわれる。

    バトルフィールドに残るは、マツとオドリドリのみ。
    ほぼ同時に、技名が指示される。

    「『どくどく』」
    「『はねやすめ』」

    羽を休ませ体力回復を図るオドリドリに、マツの撃ち出した毒液が当たる。
    じわじわとマツの猛毒が、回復した相手のオドリドリの体力を奪っていく。
    いつの間にか、重荷になっていた重力のフィールドが解けていた。
    お互い、体のキレが戻っていく……。

    「いくぞマツ、『アクロバット』!」
    「『フラフラダンス』に巻き込んで、オドリドリ」

    素早く地面を蹴り、リングの端をも利用してオドリドリの背後から突撃するマツ。
    オドリドリはそれを受け止めながら、ふらり、とわざと体制を崩し衝撃を受け流す。

    「再びだ!」

    攻撃を体ごと受け流されたマツはまた混乱状態に陥っていたが、踏ん張りもう一度リングを飛び回り仕掛ける。だが、今度は当たらず逆に『エアスラッシュ』の反撃を受けてしまう。

    「立て続けに『エアスラッシュ』で」

    婆さんはオドリドリに攻撃技をさせた。オドリドリは、猛毒によって体力を奪われ続けているから、『はねやすめ』の回復よりも、押し切りにきたのだろう。
    空気の刃が起こす風が、こちらにも届く。
    怯むような突風の中で、俺はマツの名前を呼び続けた。

    「お終いよ。オドリドリ!」
    「――マツ!!」

    俺の呼びかけに、マツが……大声で応えた。
    風の流れが、変わる。
    マツの周囲に風が、水が渦巻く。
    渦巻く水は、やがて激流となって、マツに力を与える。

    「いけ! 『みずのはどう』!!!」

    オドリドリの『エアスラッシュ』と特性『げきりゅう』の力でパワーアップしたマツの『みずのはどう』がぶつかる。
    激しく流れる水の波動が、空気の刃を打ち破る!
    そしてそのまま、水流はオドリドリを飲み込み、叩きつけ戦闘不能に追いやった。

    審判が俺たちの勝利を宣言する。
    思わず腕で汗をぬぐってから、マツの頭を強く撫でた。

    「やったな、マツ」

    マツはどこか照れくさそうに、でも笑顔を見せてくれた。


    ***************************


    第1グループの試合を、ハジメとマツが勝ち上がった。

    アイツのマツのバトルを見ていて、どこか悔しくなっている自分がいた。
    でもその悔しさは悪い意味だけではなかったと思う。
    この試合を見て……アイツらのことを少し認めていた俺自身に気づいた。
    今でもハジメのことは気に食わない。けど、アイツはたぶん。いやきっとマツのことを信じて戦った。マツもそれに応えた。

    アイツはちゃんと、ポケモンのことを信頼していた。

    その事実がたまらなく悔しかった。そして同時に、その関係に憧れた。
    ふと手持ちのモンスターボールを手に取り眺める。
    ボールの中のリオルたちと目が合う。みんなは小さく、俺にうなずいた。

    「そうだよな、見返してやるんだったよな……俺たちだって、アイツらみたいに、アイツら以上になってやるんだ」

    そう呟いて俺もリオルたちに、うなずき返した。


    ***************************


    第2グループはジャラランガ使いの少年が大暴れし、第3グループは紫の服でメガネ青年がリングマで勝ち上がった。
    ジャラランガの方が派手な戦いをしていた。リングマは、勝ちにこだわるような、容赦のない戦い方をしていた。個人的にはリングマ使いのメガネの方が厄介な印象があった。
    それから、第4グループ。ラフレシア使いの緑のスカートの女性が使っていた戦法? だと思うものに反応してしまった。

    (これは、前にソテツが使っていた戦法か?)

    結論から言うとぱっと見ラフレシアは、特に何もしていないように見えた。
    だが周囲のほかのポケモンの様子が明らかにおかしかった。
    そのポケモンたちは毒にむしばまれたように苦しそうに、でも混乱しているように正気を保てていなく、なによりラフレシアに怯んでいるようにみえた。

    (えげつねえな)

    『あまいかおり』とは異なる別の技のように見えるが、でも周囲の相手が近づくことも叶わず状態異常や行動不能になっていく姿は、どうしてもソテツが使っていた『あまいかおり』を思い出す。それより凶悪なのはラフレシアの毒花粉が合わさってなせる業なのかもしれない。
    どのみち、見えない毒に気を付けなければ。

    『5組目の選手の方々は、入場控え口まで移動してください』
    「じゃ、先に行くぞ」
    「せいぜい健闘しなさいよ」

    ユーリィに送り出され、ゲートへと案内され向かう。
    ゴーグルをかけた爺さんと短いひげの男性が手前の方の通路を曲がっていった。
    黒い長めの癖毛を持つ、涙目の藍色のパーカーの少年と奥の通路を目指す最中。少年が、こちらに一礼した。

    「あの、ボクはクロガネ=クリューソスといいます。ええと」
    「ビドーだ」
    「はい。ビドーさんですね。勝負よろしくお願いいたします」
    「……こちらこそ、よろしく……クロガネ」

    礼儀正しいクロガネは涙を拭って、自分の出場口へ歩いていく。
    俺は彼のその行動を見て、考え方を見つめなおさなければいけないのかもしれないと思った。
    全員を覚えるのは無理だが、参加者にも個々の名前がある対戦相手だという意識を思い出させたクロガネになんていうか……敬意を表したい。そんな風に考えた。


    ***************************


    バトルフィールドに立つ。照明がわずかに眩しい。でも、あまり眩しすぎないようにとライトの調節をしたとガーベラさんが言っていたっけ。
    それぞれの角に立つクロガネを含むトレーナーたちを見やってから、モンスターボールに手を付けようとした。
    すると、ボールから、アイツが珍しく飛び出した。

    「……お前」

    たくましい背中を見せたのは、カイリキーだった。四本の腕のこぶしは、握りしめられている。
    俺はアイツとのやりとりを思い出し、カイリキーの意思を尊重した。

    「アイツに、ユーリィにいいとこ見せたいよな、カイリキー……いいぞ、お前に頼む!」

    ゴーグル爺さんがとぐろを巻いた大蛇、サダイジャを、短いヒゲの男性が木にものまねしているウソッキーを、そしてクロガネがネギを構えた鳥ポケモン、カモネギを出した。

    「いくぞ、カイリキー!」

    試合開始の合図とともに、全員が動き出した。


    ***************************


    サダイジャとカモネギが、一斉にカイリキーの方に向いた。

    「睨めサダイジャ『へびにらみ』!」
    「コガネ、いくよ『フェザーダンス』」
    「なっ」

    ゴーグル爺さんとクロガネが、サダイジャと(コガネというニックネームの)カモネギに指示を出す。狙いは当然と言わんばかりにカイリキーだった。
    カモネギがばらまいた羽毛がカイリキーを包み込む、サダイジャは羽毛が地面につく前にするりするりと地を這い、カイリキーの視線の先に表れ、アイツを睨みつけた。
    カイリキーは『へびにらみ』と『フェザーダンス』によって、麻痺の状態異常と攻撃に力が入らなくなってしまっていた。
    いきなりの展開に一瞬戸惑ってしまいそうになる。その間にウソッキーは全体に岩石を降らすために力を溜めていた。
    ヒゲのおっさんがウソッキーに『いわなだれ』の指示を出す。

    場面がどんどん転換していく。
    置いていかれそうになる。
    だけど、俺もカイリキーも狼狽えている暇は、ない!

    「カイリキー、まずは『ビルドアップ』」

    俺の声にカイリキーは反応する。それから構えを取り始める。
    分散しているとはいえ、ウソッキーの『いわなだれ』が3体に襲い掛かる。カモネギはおっかなびっくり回避し、サダイジャとカイリキーはかわしきれず食らってしまう。
    カイリキーは羽毛と岩礫をはじくように筋肉を震わせ、体に力を取り戻すために、また体の硬さを強めるために『ビルドアップ』を行っていく。

    場面は次の展開を迎える。
    岩石をまともに食らったサダイジャが、砂を吐いた。
    その特性、『すなはき』により吐き出された砂は勢いよく舞い上がり、あたりを砂嵐に包み込む。
    羽と砂が舞い上がり、視界を悪くする。ミラーシェードを付けているから目は保護されているとはいえ、視界が悪い。くそっサダイジャ使いの爺さんのゴーグルはこのためか!
    岩タイプのウソッキーはともかく、カイリキーとカモネギは砂嵐に苦しまされていた。
    ゴーグル爺さんがこの時を待っていたと嬉しそうに指示を出す。

    「『ちいさくなる』じゃサダイジャ!」
    「えっ」
    「くそっ」
    「チッ」

    クロガネ、俺、ヒゲのおっさんの順で悪態などをつく。
    この視界の悪さで砂の中に隠れられでもしたら、タチが悪すぎるぞ……!
    その時目を閉じたクロガネが、カモネギが、一斉に目を開く。
    目に砂が入ってか、緊張のしすぎか、クロガネは涙目になりながらも……カモネギを励ました。

    「のまれないでコガネ……『リーフブレード』!」

    一閃。
    カモネギがネギで砂を真っ二つにスライスし、中にいる小さくなったサダイジャ斬り上げた……!
    カモネギはその『するどいめ』でしっかりとサダイジャの姿を捉えていた。そうか、その目を持っているカモネギなら、この視界の悪さでも見つけられる。サダイジャの潜伏作戦は通用しない。

    「でかした坊ちゃんら! 今だウソッキー『のしかかり』!!」

    ウソッキーが宙を舞うサダイジャの上から思い切りのしかかった。
    砂のクッッションがあったとはいえ、サダイジャの悲鳴が聞こえた。
    思わず動こうとするカイリキーを、俺は呼び止める。

    「……カイリキー、今はまだ『ビルドアップ』だ」

    砂嵐越しにカイリキーと目が合う。カイリキーは俺の目を見て、しっかりと『ビルドアップ』を積んでくれる。
    ゴーグル爺さんが額に汗を垂らせ、あがきの一手を出してくる。

    「やってくれたな! サダイジャ、カモネギに『へびにらみ』!」

    来た『へびにらみ』……!
    次、サダイジャが現れるとしたら、あそこしかない!

    「顔の前だ、カイリキー!!」
    「!? しまっ」

    さっきカイリキーが『へびにらみ』くらったとき、サダイジャは顔面のすぐ近くに来ていた。
    カモネギにも同じことをするのならば、姿を現すのは、やはりカモネギの顔の前!
    温存していたこの技で決めさせてもらう!

    「ねらい撃て! 『バレットパンチ』!!」

    速射される拳が小さなサダイジャを捉え、吹き飛ばす。流石のサダイジャもダメージが多かったようで、戦闘不能へとなった。
    ……『バレットパンチ』は麻痺により自由が利きにくい体で、カイリキーが唯一早さで対抗できる持ち技だった。温存したかったけど、そう言ってはいられないようだ。
    発射後の隙しびれが回るタイミングをウソッキーとヒゲのおっさんは逃してはくれない。

    「『もろはのずつき』だ、ウソッキー!」

    硬い『いしあたま』でカイリキーに突撃してくるウソッキー。
    これは、かわしきれない。そう奥歯を噛み締めたとき。

    「コガネ」

    羽が再び、舞い降りる。

    「『フェザーダンス』をウソッキーに!」

    砂交じりの羽毛に包まれ、方向を見失ったウソッキーの『もろはのずつき』が失敗に終わる。
    その彼らの行動の意図は掴めなかったが、助かったのもまた事実だった。
    しかし、まだバトルは終わってはいない。

    再度、ウソッキーの『いわなだれ』がカイリキーとカモネギに降り注ぐ。
    カイリキーが怯みつつもガードをしている隣で、カモネギは自らの翼を『はがねのつばさ』で硬化し、岩石を受け流していた。
    岩石をしのぎきったカイリキーが、己を鼓舞するように声を上げる。
    麻痺もあるし、少々無理をしているようにも見える。

    「いけるか?」

    俺の問いに、カイリキーは拳を上げて“まだ行ける”と応えた。
    そうか。お前がそういうなら、まだ行くっきゃないよな。

    「わかった。勝つぞ」

    カイリキーが何も言わず、腰を深く落とし、構える。
    カモネギも何かしらの技の構えを取っていた。それは、守備よりの力の溜め方だった。
    ウソッキーだけが、カイリキーに向かって『もろはのずつき』を繰り出してくる。
    ギリギリまでウソッキーを引き付け、カイリキーに技名を叫ぶ。

    「『クロスチョップ』!!」

    相手の勢いを利用したクロスカウンターならぬ『クロスチョップ』がウソッキーの急所に入った。
    吹き飛ばされたウソッキーが仰向けに倒れて戦闘不能に陥り、残るはカイリキーとカモネギのみになる。
    カイリキーの体勢が崩れかけたところに、カモネギが駆け出し仕掛けてくる。

    「今だよコガネ――――『ロケットずつき』!!」
    「カイリキー!!」

    カモネギの強烈な頭突きを、とっさにカイリキーは4本の腕で止めにかかる。
    勢いに押されつつも、カイリキーは踏ん張って受け止めてくれた……!

    「よくやった! そのまま『がんせきふうじ』で固めろっ!!」

    岩石のエネルギーで、受け止めていたカモネギの身動きを取れなくする。

    「ケリをつけるぞカイリキー! 『クロスチョップ』!!!」
    「コガネ!!」

    そのまま宙へ放り投げ、落下するカモネギにカイリキーの『クロスチョップ』が決まり決着となった――


    ***************************


    『第5組目、勝者ビドー選手とカイリキー!』

    モニターから流れる審判の声で、私とドルくんはビー君たちの予選突破を知る。
    画面に映るビー君とカイリキーは、腕を正面から組んで、にやりと笑っていた。やった、まずは一勝だね。
    思わず私までガッツポーズをしていると、声をかけられる。

    「あの、選手控室はどちらに行けば戻れるしょうか」

    そこにいたのは緑の髪留めで、栗色のロングヘアーの緑のスカートの女性だった……ってあれモニターでちらっと見たときには気づかなかったけど? もしかしてこの人は。

    「ええと、もしかしてフランさん?」
    「ええまあ、あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド、フランという愛称で呼ばれることもありますが……あら、この香りは……アサヒさん?」
    「はい、アサヒです。ヨアケ・アサヒです。お久しぶりですフランさん。ジラーチの大会以来ですね。ヒンメルに来られていたとは。しかも大会に参加されていたなんて驚きました」
    「あらあら、ずいぶん大きくなられていたのでわかりませんでした。でも香りで思い出せましたね」
    「覚えていていただけて? 嬉しいです……! あ、選手控室はこちらですよ」
    「ありがとうございます、助かります」

    フランさんを案内している間にすれ違ったモニターは、第6組目のバトルを流していた。
    彼女はドルくんのにおいを嗅ぎながら、「あの時は顔を合わせていなかった子ですね、覚えました」と語りかけていた。
    やがてフランさんは私にも話しかけてくれる。

    「バトルといえば私は知り合いと一緒に参加していますが、アサヒさんは大会には参加されていないのですね」
    「はい。今回は裏方のお手伝いをしています」
    「そうですか。叶うならばあの時のリベンジマッチをしたかったですね」
    「私もまたあの香り戦法とはバトルまたしたかったです。ああでも、参加していないですが私の相棒が参加していますよ」
    「あら、まさか」
    「いや単に同じ目的のために手を組んでいる相棒です。そっちじゃありません」
    「そうですか。でも楽しみですね。当たってバトルできますように」

    ふふふ、とフランさんは笑みを浮かべた。ドルくんはそんなフランさんに警戒を示していた。
    もしマッチングで当たったらビー君がんばれ。この人は手ごわいよ……。


    フランさんを送り届けて、モニターを見るとバトルは第7組目になっていた。確かユーリィさんの組だ。

    「あれ……? ニンフィア、じゃないや」

    ユーリィさんが使っていたのは、いつも一緒にいるニンフィアではなく……こわもてなポケモン、グランブルだった。
    彼女がグランブルを出しているところを、私は初めて見た気がする。単に普段あまり外に出さないだけなのだろうか。今度紹介してほしいなと思った。


    ***************************


    緑のスカートのお姉さんが戻ってきたころのこと。

    (ユーリィの奴、いつの間にグランブルなんてゲットしていたんだ?)

    後からヨアケに聞くのと同じ疑問を、この時の俺は抱いていた。グランブルゲットしているなんて、初耳だぞ。
    ……と思ったが、よくよく考えると俺は最近のあいつのことをそんなに良く知らないことに、改めて気が付いて少しだけ凹んだ。

    知らないと言えば。
    ソテツにも、ユーリィにも、ハジメにも。俺の知る由もないいろんな顔があるのだろう。
    俺から見える面では、到底見えない別の側面を持っているのだと思う。
    それこそ俺が見た彼らが、すべてではない。そういう意味ではジュウモンジの言っていたことは正論なのかもしれない。
    俺を颯爽と助けて見せたソテツも、あんな疲れた笑みで謝るように。
    密猟者のハジメも、妹の前では一人の兄で。
    俺にはきつめなユーリィも……いろいろあるのかもな。


    グランブルが勝利をし、ユーリィが予選通過者の控室にやってくる。
    バトル直後で若干興奮気味のユーリィは、深呼吸をしてから俺に言った。

    「……私たちも勝ったから。あとカイリキーとあんたの戦い、見ていたよ。やるじゃん」
    「……お前もな、グランブルと息があっていた」
    「必死に一緒に練習したからね」

    珍しく褒められて若干(顔には出さないようにしたが)照れている俺を直視せず、どこか遠くを見ながらユーリィはそう謙遜した。
    ユーリィの視線を追うと、第8組目の選手がポケモンを出しているところだった。

    会場の、様子がざわついていた。

    それは、ブーイングともとれるし、嘲笑ともとれるようなざわめき。
    その中心軸にいたのは、あのビッパに似た頭の兄ちゃんだった。
    そいつの出したポケモンは――――かわいらしいリボンをつけた、丸ネズミポケモン、どこをどう見てもビッパだった。

    「ビッパだ……」とジャラランガ使いの少年ヒエンがこぼす。
    「あら」と緑のスカートのお姉さんフラガンシアは頬に手を当てる。
    「……なんなんだ、あの人は」と黒髪メガネの男キョウヘイは明らかにいらだちを覚えていた。
    「ビッパじゃん!」と俺の後に勝ち上がった深紅のポニーテールの女テイルは口元がにやついている。
    「……」ハジメは相変わらず一言も喋らない。だが、その視線はビッパを捉えていた。

    俺は、なんとなくさっきの考えを思い出して、

    「いや、見かけだけで判断したらまずいんじゃねーか」

    そう呟いていた。すると、その場の全員の視線が俺に集まった気がした。

    試合の開始の合図が鳴る。
    攻撃技が飛び交う中そのビッパはというと、丸くなっていた。
    のろのろと、動いては、丸くなる行動を繰り返すビッパ。
    なんだあれはと興味を駆り立てるには、注目するには、そして油断するには十分だった。
    だが、誰もが途中から違和感に気づいた。

    結果から言うと、そのビッパは、刃の斬撃も、激しい泥の弾も、すべての攻撃を『まるくなる』で防いでいた。防ぎきって何食わぬ顔でそこにいた。

    今回初めて、ハジメの声を聞いた。

    「あのビッパ、『のろい』や『どわすれ』でステータスを上げてから、攻撃を『まるくなる』で完全にしのいでいる」
    「技を受けるタイミングに、完全に指示と『まるくなる』のタイミングが重なっているからあんなピンピンしているのか?」
    「おそらくそうだろう。きっとあれは、防御の一つの究極系……『まるくなる』の技を発動した瞬間にのみ、その効果が大幅に上がる現象、“ジャストガード”を駆使しているのだろう」

    俺の問いかけに、ハジメは普通に受け応える。普通に会話できている驚きもあったが、ビッパと兄ちゃんたちのコンビネーションにも、とにかく驚いていた。その“ジャストガード”を連発しているって……息が合っているってレベルじゃねーぞ。
    ハジメは次に、こう宣言した。

    「当然、これだけ『のろい』や、特に『まるくなる』をした後には、あれが来るだろう」

    モニター越しの兄ちゃんは、エントリーネーム「ハルカワ・ヒイロ」は、ここぞとばかりに技の指示を出す。

    ――「『ころがる』」、と――

    まず一撃目の『ころがる』。泥の弾を撃っていた一体目が吹っ飛び、戦闘不能に陥る。
    ビッパの『ころがる』は止まらない。
    二撃目の『ころがる』。斬撃を放っていた二体目がリングの端に叩きつけられ、戦闘不能に陥る。
    ビッパの『ころがる』は止まらない。
    三撃目の最後の『ころがる』。残りの一体が、轢かれて宙を舞った。戦闘不能に、陥った。

    審判がジャッジを下すのに、ワンテンポの間があった。ハルカワ・ヒイロとビッパ以外のその場面を見ていた全員が唖然としていた。
    審判がヒイロとビッパの勝利を宣言した。

    そして、ヒイロはというと、審判から半ばひったくるようにマイクを借りて、スピーチを始めた。

    『……この国に訪れて、“ポケモン保護区制度”に悩まされている多くの人に出会いました』
    『確かにポケモンをゲットできないのはトレーナーとして、辛いかもしれない。でもその時に彼らが口々にした言葉に、僕は疑問を持っていました』
    『“強いポケモンを捕まえられないから強くなれない”、と彼らは言いました』

    彼は、その場の全員に問いかける。

    『……“強い”ってなんですか』
    『強いポケモンを使うから強いトレーナーなのか? いや違う。それはポケモンが強いだけであって、トレーナーが強いわけではないと僕は思う。現に僕は強くない。一匹の丸ネズミのように非力です』
    『そしてだからこそ、旅に出て初めて戦ったあのポッポとかコラッタとか自分よりもずっと小さなポケモン達を相手に必死になって泥だらけになって戦った記憶……。あの時は勝てないと思った、命の危機すら覚えた、僕はそんな思い出をずっと大切にしたいと思っている。世界で一番強いポケモンはあのときに出会った草むらのポケモンだと思うんだ』
    『長々とりとめのない話を失礼しました。最後に一つだけ、言わせてください』

    マイクを片手に、人差し指を高らかに上げ。
    ハルカワ・ヒイロは俺ら全てに宣戦布告した。

    『お前らなど、ビッパ一匹で十分だ!』




    ***************************


    静けさから一転、ざわつきを取り戻したのは会場だけではなかった。電光掲示板ではネットでも、大会の注目度が上がっていた。
    デイちゃんに連絡を取ると、「想定外のことばかり起きる、それがイベントじゃん」と消耗した声で潜り込んだポリゴン2の対応に追われていた。プリ姉御は回復班として忙しくしていて、スオウ王子は何か考え込んでいるように座っていた。
    トウさんは特に慌てた様子はなく、いやむしろ強者のバトルにテンション上がっているのだけは隠しきれていなかった。そのことを観客席にいたココさんやカツミ君リッカちゃんに話すと、ココさんは呆れて、カツミ君とリッカちゃんは目を輝かせていた。
    見回り組のガーちゃん(また「ガーちゃんじゃありません、ガーベラ」ですと訂正した彼女)は、「あんまり騒がしいのは苦手です」と滅入っていた。
    ソテツ師匠からは「本来の目的を忘れて浮かれないように」と釘を刺された。

    色々点々としても、不審な気配はデイちゃんの言っていたポリゴン2と、なぜか選手にいるハジメ君のみ。嫌な違和感は募るけれども、その姿を現さないまま、本選が始まろうとしていた。


    ***************************


    対戦カード発表。(敬称略)

    第一試合
    ビドーVSフラガンシア

    第二試合
    ハジメVSテイル

    第三試合
    ヒエンVSヒイロ

    第四試合
    ユーリィVSキョウヘイ


    本選、開幕!











    つづく。


      [No.1678] Re: 短編その三 まで感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/07/20(Mon) 20:06:00     7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     最新話まで読んでくださり、感想を書いてくださりありがとうございます!

     ほんとアサヒさんを置いて何やっているんでしょうねユウヅキ君……早く捕まえなければ、というのは同意です。執筆頑張ります。

     アサヒさんのユウヅキ君へ並々ならぬ感情は、どこか執念のようなものを感じます。心でも追いかけ続けている、というのはある意味彼女の根本なのかもしれません。
     人生の共有者、という単語は思いつけてなかったので、拾わせていただきます。
     一生懸命になれる理由、ちゃんと表現できているか、少々不安な部分もありましたが、納得していただけて安心できた部分もあります。ありがとうございます。

     エレメンツとの関係は、同じ釜の飯を食う間柄で、一緒に時間を過ごしてきた間柄、というのはあるのですが、一筋縄でも一枚岩ではないですね。
     特にソテツは、複雑で単純に割り切れない想いが強いのかもしれません。でも、手心はだいぶ加えられているような気もしてしまいます。あれでも。

     やはりユウヅキ君は責任とるべき同意です。

     ビー君は、ある意味ようやく弱みを預けられる相手を見つけられたのかもしれないですね。背中を預けるのもそうですが、逆に背中を守れる存在になりたいと思いつつあるのかもですね。
     まだまだ初々しさの残るビー君がこれからどういう風になっていくのかは筆者も楽しみです。

     これからの展開も楽しんでくださるとうれしいです。励みになります。ありがとうございました!


      [No.1677] 短編その三 まで感想 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2020/07/20(Mon) 11:56:27     13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    大変時間がかかってしまいましたが七話及び短編その三まで読ませていただいたので感想を送らせていただきます。

    話がアサヒちゃんとビー君が可愛い!ユウヅキ君はこんな自分を想ってくれる女の子ほったらかして何やってるんだアサヒさんのために一刻も早く捕まえなければ……という気になりますね!

    あれだけ危険を顧みず頑張るってことはアサヒさんはユウヅキ君に並々ならぬ感情があるんだろうとは思ってましたけど、アサヒさんにとって彼の存在は自分の人生そのものと言えそうなほどがっつり一緒にいたんですね……離別してたときもずっと心で彼を追いかけてますし。
    恋心というか人生の共有者みたいな印象を受けましたし、今まで一生懸命な理由も納得出来ました。

    ちょいちょいエレメンツさんの話は聞いててアサヒさんのお仲間なんだよね?と思ってたんですが相当こっちは拗れた関係でしたね。逆恨みというには根拠があるにせよはっきりしない理由で恨まれるのは可哀想です。コテツさんの態度が想像より遙かにこう、もう少し何というか、手心というかですね……
    やはりユウヅキ君は早く帰ってきて責任をとるべきそうすべき……

    ビー君はアサヒさんに対して憎からず思っているとはわかりつつ好意のほどはどの程度なのかなーと思ってましたが短編その3を見るに自分の弱みや背中を預けてもいいって信頼してるんですね。しかし名前で呼んでもいいと言われたときの反応が初心だ……かわいいですね。

    ユウヅキ君が早く帰ってくるかアサヒさんとエレメンツの皆々様の関係が良好になることを切に祈りつつ、今後の展開を待たせていただきます。


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