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アニポケ見ながら書いてたssがやたら溜まって来たのでこちらで失礼します。ノマとかいろいろごっちゃです。ところでポケアニって言ってたけどアニポケのが一般的な言い方なんですかね。
〜はじめに〜
どうも。葵です。プロローグでは基本的な文法もわからず、無様な姿を見せてしまいましたが、改善して いきたいと思います。これからは、<前回のあらすじ>→<本文>→<補足説明など>→<あとがき> という書き方で行きたいと思います。本文の書き方ですが、前回は三人称形式でしたが、第一話からは、主人公(ユーヤ)の一人称形式で行きたいと思います。そのほうが書きやすいので。長文失礼しまし た。では第一話(の前に前回のあらすじ)、はっじまっるよー!!
〜前回のあらすじ〜
ユーヤ:ピカチュウ ナオキ:イーブイ ユーカ:ポッポ オーキドびっくり!三つの物語、始まる。
〜本文〜
「じゃあな。二人とも」
ちょうど三つに分かれた道があったので、そこで俺達も三つに別れることにした。俺はナオキとユーカに別れを告げる。どうせまた会うだろうけど。
「おう、またな」
ナオキは普通に返事してくれた。それとは対照的にユーカは、
「どうせまた会うんだからしなくていいじゃない。別れの挨拶なんて」
・・・確かにそうだけど、なんかなー。
――――――――
――――――
――――
とまあ、俺たちの別れの様子はこんな感じだった。
そして今、俺はトキワシティに続く道を歩いている。驚くことが二つあった。
一つは、野生ポケモンの多さ。たくさんいるのは知ってたけど、ここまでとは思わなかった。あ、コラッタとポッポを捕まえたぜ。ストックセンターに送るつもりだ。
二つ目は、道のりのキツさ。いつもトキワに行くときは、補そうされた一般人用の道を、自動車を利用して行ってた。同じトキワに行くにしても、わけが違う。メッチャ疲れる。
ふと、俺の肩に座っているライガに目をやる。「ライガ」ってのは、俺のピカチュウのニックネームだ。剥き出しの八重歯が特徴的だったから、「ライガ」にした。ライガは、うとうとしていて、今にも寝そうだ。っつうかもう寝てる。
「はあ・・・疲れた・・・・」
[ライガが眠たそうだから」という言い訳もできたし、うん、休憩しよう。そうしよう。
・・・・こんなので、本当にチャンピオンになれるのかなあ?
前方20メートルによさげな木陰を発見!よし、寝よう。と思い立ったら即行動。俺はスピーディかつスマートな動きで木陰に腰を下ろす。肩に座ってグースカいってるライガもゆっくり下ろしてやる。ライガも初めは目をぱちっと開け、「何だ?」といった風にキョロキョロしてたけど、すぐに寝息を立て始める。俺も、それを習って寝ることにした。
二時間後――――
夢の中の俺は、チャンピオンだった。リザードンとか、カビゴンとか、ニドキングとか、強いポケモンをたくさんもってた。夢とはわかってても、手放すのは惜しい。ずっと続けば良いのに―――――
「おーーーーい」
ん?
「おーい。起きろよ」
誰かの声が聞こえる。ま、気のせいだろ。
「起きろってば!!」
俺が目を開けると、そこには、短パンで、タンクトップで、帽子を逆さに被った、いかにも「元気の代名詞」といった感じの少年がいた。同い年ぐらいかな?
「・・・なんだよ」
俺がわりと本気で不機嫌な声を出すと、短パン小僧君(とっさに命名)「ごっ、ごめん」と謝ってくれた。俺が「気にすんなって。なに?」と返すと、
「ポケモンバトルしようぜ!」
ホントに元気いっぱいだな。こいつ。本当は「やろう!やろう!今すぐやろう!」と言いたいけど、
「いいぜ・・・」
少しCOOLに答えてみる。俺も格好つけたい年頃なんだよ。
「じゃ、さっそく。いけっ!コラッタ!!」
短パン小僧がモンスターボールを投げると、その中から、少年に似て元気そうなコラッタが現れる。よし、望むところだ。絶対勝つぞ。
「いけっ!ライ・・・」
―――――まだ寝てたんだった。こいつ。
〜〜〜十分後〜〜〜
ライガを起こすのに手間取った俺は(不機嫌なライガのビリビリを二、三発もらった)、短パン小僧に「ごめんな」と謝る。
「気にすんなって」
・・・良い奴だ。でも、バトルとなったら話は別だ。初めてのバトル。勝って良いスタートを切りたい。すると、
『ピカチュウ。ねずみポケモン。ピチューの進化系。頬の電気袋に電気を溜める。ピカチュウの放つ電撃は極めて強力である。』
無機質な、『声』というより『音』が耳に入る。その音の発生源は、少年の手元。ポケモン図鑑だ。それを習い、俺もポケモン図鑑を開く。野生のコラッタのデータ取るの忘れてたし。
『コラッタ。鼠ポケモン。どんな場所にでも住み着く生命力の持ち主。』
なんかタフそうだな。俺が図鑑を閉じると、少年もほぼ同時に図鑑を閉じる。俺が「準備はいいか?」と問うと、少年は「いいぜ」と答える。
バトル スタートだ。
「よし、いくぞライガぁ!!“電光石火”だ!」
「ピカァ!」
ライガが、コラッタとの距離を一気に詰める。速い。コラッタが咄嗟に距離をとろうとする。しかし、遅い。
「尻尾で“叩きつけろ”!!」
バキッ、ライガの尾がコラッタの胴に直撃。クリーンヒットだ。しかし、コラッタは立ち上がる。さすがに一発はムリか。
「いいぞ、ライガ!!」
俺がライガに声をかけると、ライガはこっちを向いて、ニィ、と不敵な笑みを見せる。少年のほうは、
「大丈夫かコラッタ?電光石火がきても避けられるくらいの距離をとってくれ。」
コラッタが後ろに下がる。これでさっきの戦法は使えなくなった。さて、どうするか・・・。
それから暫くの間、睨み合いが続いた。束の間の静寂。しかし空気はビンビンと張り詰めている。俺はこの間を利用して、次の作戦を練る。すると、
「コラッタ。少しずつ距離を詰めていけ」
・・・・なぜだ?何故距離を詰めようとする?さっき電光石火にやられたのを忘れたのか?
俺は少年の指示に疑問を感じながらも、ライガに“電光石火”を指示する。ライガはものすごいスピードでコラッタに詰め寄る。すると少年が、
「コラッタ、“怖い顔”だ」
少年の指示どうり、コラッタは怖い顔をした。こ、ここここここ、こわっ!思わず俺はビクンッ!と震える。ライガも少し怯んでしまう。少年は、まるでそうなるのを待ってたかのように、
「今だ!“体当たり”だ!」
ライガにコラッタが激突する。ライガが勢い良く吹っ飛ぶ。
「ごめんッ!ライガ!」
俺が謝ると、ライガは「ピカ、ピカチュ」と返事をしてくれた。俺は、ライガが「大丈夫だって」と言っているように聞こえた。
「よし、勝つぞ。ライガ」
「ピカ」
俺は瞬時に思考する。さっき相手は俺の油断を誘って攻撃してきた。悔しいが、俺はその作戦に引っかかってしまった。なら、次はこっちが奴を引っ掛けてやればいい。よし、これならいける。
「ライガ、“電光石火”だ」
少年の表情が変わる。俺の指示を疑っているようだ。ライガが高速でコラッタに接近していく。バカ正直に、一直線に。
「コラッタ、“こわい・・・」
かかった。俺は少年が指示を終える前に、ライガに単純な指示をだす。
「ジャンプ」
ライガが跳びあがる。少年の表情がまた変わる。しまった、といった表情に。チェックメイトだ。
「“電気ショック”」
ライガの頬に紫電が迸った。かと思えば、数瞬もしないうちに、ライガの体から電撃が放たれる。バチィッ!コラッタに直撃。コラッタが倒れる。
「勝ったのか・・・?」
さっきの一撃はキレイに決まった。これでまたコラッタが立ち上がったら、あのコラッタは本当にタフだと思う。
「コラッタ!!」
少年が慌ててコラッタの所へ駆け寄る。そして、
「悔しいけど、俺達の負けだ。」
自分の敗北を肯定。俺は、
「いやったぁーーー!!」
「ピッカァ!!」
少年には悪いけど、素直に喜んだ。ライガも嬉しそうに飛び跳ねている。少年がこっちに近づいてきた。
「ありがとう。いい勝負だった。今回は負けたけど、次は俺達が勝つからな」
「おう、望むところだ」
少年が握手を求めてきたので、その掌を強く握り締める。
「コラッタ、大丈夫か?」
俺が、さっきから気にしていたことを口にする。
「大丈夫だよ。ちょっと気絶してるけど、もうすぐ起きると思う」
少年がそういったのとほぼ同時に、コラッタがゆっくり起き上がり、俺達の所に来た。ホント、こいつの言ったとおりだ。
「ありがとな、コラッタ。戻れ」
そういって、少年がコラッタをボールに戻す。その後、すっかりするのを忘れてた自己紹介をしあったり、(少年の名前はタイキというらしい)ポケギアの番号を交換したり、ひとしきり喋った。そして、
「次は絶対に負けないかんなー!」
まだいってんのか。俺は、「じゃーなー」と普通にかえしておく。
こうして、俺とタイキは別れた。俺は、このバトルに手ごたえを感じつつ、これからも勝ち続けたい。と、思
うのだった。
〜〜補足説明〜〜
ストックセンターについて
ストックセンターとは、グレン諸島(この物語ではグレンは諸島です)の島の一つを開拓して作られた、超大規模な(島まるまる一つ分)ポケモン預かりセンターのこと。ポケモンセンターからストックセンターへポケモンを転送するのが、基本的なポケモン預かりシステムである。
ポケモン図鑑について
この世界では、ポケモン図鑑はものすごく普及しており、簡単に手に入る。(普通に売ってる)定価5000¥。安いッ!!
〜〜ユーヤの現状〜〜
手持ちポケモン:ライガ(ピカチュウ)技・・電気ショック 充電 電光石火 叩きつける スパーク
持ち物:ポケモン図鑑 10つのモンスターボール 少量のお金 食料(一週間分) ポケモンへの愛
現在地:1番道路
〜〜あとがき〜〜
二回目ですが、ども、葵です。本編終わったのに、たくさん読むものがあってすみませんね。これらは別に読まなくても良いです。読んでもらえれば幸いですが。さて、第一話、どうでしたか?まだまだ、分かりづらかったり、文法間違えてたり、見苦しい点は多々あると思います。そんな箇所があれば、指摘していただけると嬉しいです。内容については、触れません。あとがき、長くなるんで。ではこのへんで、サヨウナラ。
「トウヤ!!」
チョロネコの騒動の翌日、ケンタと別れたトウヤとリュウヤが2番道路の出口、ちょうど、サンヨウシティに抜けようというときに、そんな明るい声と共に、金髪に黄緑色の帽子を被った少女が、リュウヤの背中に飛びついてきた。
リュウヤは声で誰だかわかったので、落ち着いた声で言う。
「どうしたの? ベル」
「うん、あのね!! トウヤ、バトルしよ!! 新しいコも仲間になったんだよ!!」
飛びついたのがリュウヤだとは気づかずに、ベルは“トウヤ”に向かって話を進める。
「……別にいいけど、どこでやる?」
自身の兄に飛びついたままのベルに、ツタージャを連れたトウヤが問う。
「ここでやろ!! ……って、あれ?」
自分が飛びついていない方のトウヤが返事をしたことにより、ベルはやっと、自分がリュウヤに飛びついていたことに気づく。
「ごっごごごごごごごめんなさい!!」
ぱっとすぐにベルはリュウヤから体を離す。
そして真っ赤になりながら、
「……今度こそ間違ってないとおもったのになぁ」
「それ、全く根拠のない自信だよね?」
ぼやくベルに、ため息交じりに、トウヤが言う。
「俺は役得だから、別にいいけどねー」
はははっとリュウヤは笑うが、トウヤの膝蹴りを背中に食らって悶絶した。
「使用ポケモンは1体、どちらか先に先頭不能になった者の負け!!」
ベルがおぼつかないようすでモンスターボールを取り出しながら言った。
トウヤはツタージャ1体しか持っていないので、使用ポケモンも何もないとは思うのだが、ルールを明確にするのは、何処でも何でも大切な事だ。……世間知らずでマイペースなベルがそこまで考えているとは到底思えないのだが。
「じゃ、勝負、はじめっ」
審判を勤めるのは、例のごとくチラーミィを頭にのせたリュウヤだ。
このチラーミィ、リュウヤになついているのか、それともモンスターボールに入るのが嫌なのか、初めてバトルしたあの日から一向にモンスターボールに戻ろうとしない。トウヤは不思議がっていたが、ポケモンがモンスターボールを嫌って入らないという事例もあるという事を、リュウヤは知っていたので、さして気にも留めなかった。
だがしかし、ある程度の実害は伴うようで、
「チラーミィ」
ポケモンバトルを繰り広げる2人の横で、リュウヤが半分苛立ったような声をだす。
しかし、反応はない。
「チラーミィさーん?」
しばらくしてからもう1度リュウヤはチラーミィを呼ぶ。
しかし、顔はチラーミィの体に隠されてて見えない。チラーミィが、リュウヤの帽子のつばにぶら下がっているのだ。
「どいてくださーい」
チラーミィは ぐうぐう ねむっている ▼
「……」
リュウヤはため息をついてから、帽子を180°回転させた。
チラーミィが帽子のつばと一緒に、後頭部の方へと移動する。
「……これでやっと見れる」
やっとリュウヤがバトルを見れるようになった頃、トウヤとベルのバトルは、もう終盤がかっていた、いや、正確には、リュウヤが見れるようになったと同時に、ツタージャのグラスミキサーが、ベルのヨーテリーに決まり勝負がついた。
「あーあ……」
がっかりしたようにリュウヤがため息をつく。
「お前のせいでまーた見れなかっただろー」
後頭部にいるチラーミィの額を一指し指でくすぐりながら、リュウヤが悪態をつく。
「兄さん、すっっっっごい、うるさかったよ」
「……すまん」
トウヤに冷たい目で見られ、リュウヤは気まずそうに頬を掻きながら謝る。
ベルは戦闘不能になったヨーテリーをモンスターボールに戻してから、トウヤとリュウヤの元に駆け寄ってきた。
「あははっ、やっぱりトウヤは強いやー……私ももっと頑張らなきゃ」
「……ん、でも、次だって負けない」
「私だって次こそは勝つんだから!!」
「……」
そんな2人のやりとりを見ながら、リュウヤは故郷のライバルたちの事を思い出す。
(俺は最初のバトルは……レッドに負けて、ブルーに馬鹿にされて、グリーンに怒られたんだっけ? グリーンは今ジムリーダーで、レッドはチャンピオンかぁ……半幽霊状態らしいけど。ブルーは……)
「兄さん?」
「うぉっ!? なんだ?」
「……サンヨウシティ、行くよ」
「……おう」
トウヤに促され、リュウヤはトウヤの隣を歩き出す。ベルはもう先に行ってしまったようだ。
(皆、なんだかんだですげー事、やってるのになぁ……)
故郷の友人達の職業を思って、トウヤは苦笑いをこぼす。
(俺は、何をやってるんだか……)
イッシュ地方、サンヨウシティ。
それなりに高い建物があり、(なかにはマコモという人の研究施設もあるそうだ)サンヨウジムと、トレーナースクール、そしてかつて科学者たちが夢を描き、集ったといわれている“夢の跡地”が有名な町だ。
小さな町だが、活気はある。
「何処に行く?」
「ジム」
リュウヤの質問に間髪いれずに答えてから、「ああでも、アララギ博士にマコモという研究者に会えって言われてる」とぼやいた。しかしトウヤはまっすぐサンヨウジムのある喫茶店に向かう。
扉の前には1人の男性がいた。
バーテンの服のようなものを着用した、人の良さそうな顔の緑色の頭の青年で、なかなかの美形だ。細長いシルエットのそれは、ジムに近づいてくる2人を見つけて、声をかけてきた。
「ジム戦希望の方かい?」
「……はい」
青年の聞いていると癒されるような、澄んだ声に、トウヤの方が頷く。
「君の1番最初のポケモンは?」
「え?」
唐突に訊かれ、トウヤは首を傾げる。
「ツタージャですが」
「いや、聞かれたの兄さんじゃないし」
勝手に答えるリュウヤにトウヤは言う。
「で、どうなんだい?」
「あ、いえ、ツタージャです」
重複する答えを、恥ずかしそうに赤面しながら、トウヤは答える。リュウヤは面白いものを見るかのようにバーテン服の青年を見て、リュウヤはトウヤを引っぱって店の端に連れて行く。
「何なの?兄さん、話の途中に」
「あの優男、サンヨウジムのジムリーダーだぞ」
「え?」
「この前買った雑誌に載ってた」
「へ、へぇ? それで?」
いきなりな話にトウヤはまごつきながら聞き返す。
「あのジムは新人トレーナーに“タイプ相性の恐ろしさ”を叩き込むといわれるジムだ。名前からしてどういうジムかわかるな?」
「……絶対に苦手なタイプが出てくるって事?」
それで最初最初のポケモンのタイプを聞いてきたのか、とトウヤは思い(それって反則くさくないか?)とわずかに疑問に思う。
「そうだ、だから、お前の相手は必ずと言っていいほど炎タイプで間違いない」
「……なんで教えてくれるの?」
「……俺も最初のジムは他人の助言を借りたからな、こうしないと不平等だろ?」
「……」
「そして、これはその時譲り受けたわざマシンだ」
「……?」
リュウヤの差し出したディスクのような装置を、トウヤは首を捻りながら受け取る。
「俺は、マコモって研究者のところに行ってきてやろう」
「は?」
「用件はちゃんと後で教えてやるからさ、それと、名前と性格、借りるからな」
そう言ってリュウヤはトウヤに背を向け、街の住宅街の方へ歩き出す。
「あ、ああ、うん」
暗に“お前の振りして行ってくる”と言ったリュウヤの背中を横目で見送り、リュウヤ曰く“ジムリーダー”の優男のもとへ戻る。
「すみません、ジム戦、今からお願いできますか?」
「ああ! もちろんさ!! 僕はジムリーダーの1人、デント、よろしく!!」
(……兄さんすげぇ)
手の中にあるわざマシンをそっと握りしめた。
「さーて・・・・・・何処にあるのかな?」
サンヨウジムの前でトウヤと別れたリュウヤは、マコモ博士(何の博士かはわからなかったが、とりあえずそう呼ぶことにした)を探して、住宅街をふらついていた。
「普通博士って研究所とかにいるんじゃねぇのかな?」
しかし、この街のマップには、それらしき建物は無い。
当てもなくフラフラしてると、チェレンに会った。
「あ、チェレン」
「なんだ、リュウヤか」
「……(ちょっと雰囲気似せたつもりだったのになぁ)」
「トウヤの真似したって無駄だよ、君とトウヤじゃ全然違うもの」
「……お前には敵わないね」
はぁ、とため息をついて、肩をすくめる。
「君は何してるの? トウヤは何処?」
「……トウヤはジム戦、俺はマコモ博士のところに行く所」
「へぇ、じゃあ、ジムに向かうのはもう少し後のほうがいいね」
「おう、そうしとけ。ところでさ……」
リュウヤはマコモ博士の研究所を知ってるか、チェレンに訊ねた。チェレンは大きなマンションを指さし、「あそこの2階だよ」と言った。
「じゃあ、僕はトレーナーズ・スクールの方を見に行くから」
「え? お前は行かないの?」
「興味ないし」
ぽつりと言って「それに……」とつなげた。
「僕がいないほうが、トウヤを演じるには都合がいいんじゃない?」
「む……」
フッと嫌味な顔をして笑うチェレンに、リュウヤはムッとした表情を向ける。
「お前、嫌味な奴だな」
「君に言われたくないね」
チェレンはそう言って、とスクールのある方向へ歩いていく。
フン、と鼻を鳴らしてリュウヤも、チェレンに教えてもらったマンションに向かって歩き出した。
マンションは新築のようで、内装も外装も綺麗だった。薄い黄色のこのマンションは、コンクリート作りで、全体的にひんやりしている。1階に入ると、マコモの妹を名乗る少女に中に通された。
白い壁、白い天井、白い床……と、真っ白い空間の中に、ばかでかい機械(リュウヤも今までに見た事のないものだった)と、茶色いソファが異様に目立つ部屋だった。
「あら、ごきげんよう」
部屋にいたのは、膝まであろうかというほど長い髪の毛を揺らした、丸い大きな目の白衣の美女で、桃色の髪飾りをしていた。
「……あなたが、マコモ博士ですか?」
「ええ」
美人博士、マコモは頷き、優雅に一礼した。
「ようこそ、私の研究所へ」
もう日が沈みそうだというのに、落ち着かない様子で家の中をウロウロしている。白い体に茶色の縦縞。流線型の体で、もぞもぞと動く。
「どうしたのしょうきち?お散歩いきたいの?」
マッスグマの体で見上げる。少し入り口のドアを開けてやる。そうすれば少し大人しくなるかもしれない。その少しの隙間を見つけた瞬間、流星のごとく走り出す。扉を壊す勢いで。
「しょうきち!しょうきちー!!」
名前を呼んでも振り向く気配はない。すでにしょうきちの姿はなく、砂煙をあげて走って行く。あんなに急いでいるしょうきちの姿は初めて見る。
「アクア団が侵入!」
アジト内の警報が鳴る。同時に全員にその内容が行き渡る。おくりび山の一件からつけられていたようだった。だるそうにマグマ団の下っ端が言う。
「めんどくせえなあ。ちゃんと見張っておけよ」
そういう彼の言われた仕事は、ポケモンたちを見張ること。モンスターボールに入ったポケモンたち。それは仲間だったザフィールと、ボスの目的の女のだといっていた。
「あーあ、めんどくせ。こいつらやっちまおうか」
めんどくさがりの彼に任せたのが悪かった。全てのボールが開放され、ポケモンたちが出て行く。その勢いはすさまじく、下っ端は何をしたのか自分でも後悔する。まさかあんなに勢いがあったとは思わなくて。
思わず飛び出してしまったけれど、道は複雑だ。どこからともなく漂う血の匂いもする。エーちゃんことエネコは慎重に歩いている。今まではボールに揺られていたけれど、ここにきたのは初めてである。
曲がり角を曲がった先。青いバンダナをつけた人間に出会ってしまった。うなり声をあげて、体毛を逆立てて威嚇するけれどそんなもんがなんだと言うように人間はボールを投げる。そこから素早いテッカニンが出て来ていた。
「エネコの姉貴!」
そう呼ばれたのは久しい。その呼び方をするのは故郷の草むらにいたポケモンだけだ。
「ツチニン!?無事だったの?」
「もうダメです、姉貴。人間に使われて・・・」
テッカニンとなって羽は生えている。透き通る羽には、ところどころ焦げ跡が。治癒しているようだが、普通のテッカニンにはない模様。
「姉貴しかいない。俺を殺してください!」
人間は命令する。テッカニンにきりさけと。その動きはゆっくりとして、エーちゃんでも避けられる。
「もう従うのか死ぬのかどちらかしか・・・お願いします!」
飛び掛かる。一番強い技、捨て身タックル。覚えたてで上手く行かないときもあるけれど、テッカニンの頭に当てることが出来た。ふらふらと左右にふらつき、テッカニンは上手く飛べてない。
「ぐっ」
「甘いよ!」
戦いに向いているエネコ。それがエーちゃんの個性。普通のエネコよりも高い威力の捨て身タックルでテッカニンをどんどん攻める。素早さでは敵わないけれども、こうも連続して攻撃を出せればさすがのテッカニンだってひるむはず。
頭にぶつかられてふらふらのテッカニン。腹部にも攻撃が入り、とても苦しそう。人間は怒鳴ったような声を出す。そしてふらついているテッカニンを蹴り飛ばした。前も見た。なぜこの人間たちは平気で蹴り飛ばして怒鳴っているのか。エーちゃんには理解のできないこと。
そしてそれでも言うことを聞かなければならない彼。それがトレーナーとポケモンなのか。エーちゃんはザフィールとの出会いに感謝する。目の前で多重に分裂するテッカニンを目で追う。影分身という技だ。このままでは技が当たらなくなる。
「姉貴、よけて!」
「させないから!」
さらに素早い動きで、テッカニンの後ろを取る。流れるような動きに、テッカニンも避けることが出来ない。鋭い牙と、エネコにしては強靭な顎でテッカニンを攻撃する。今までのスピードとは違った動きを見せて相手をだまして攻撃するだましうち。
「あねき・・・ありがとうござい、まし」
テッカニンの羽は動かない。エーちゃんがかけよって顔をなめてもぴくりとも。人間は罵声や怒声に近い声をあげた。心配したり、いたわるような声ではない。かつての部下を自分勝手に使い、あげく使い物にならないとあれば罵倒する。その態度が気に入らない。うなり声をあげて、人間に飛び掛かる。
「エーコ!」
「エネコのお姉さん!」
人間が倒れる。その背後には二つのそっくりな影。プラスルとマイナン。その名前で呼ぶのはカストルとポルクスのコンビだ。二匹とも体に電気をまとっている。人間を攻撃したのもおそらく二匹。なぜならまだ人間の体にはわずかに電気が残っている。
「血の匂いがする。心配だから早く!」
カストルに言われるままエーちゃんはついていく。他のポケモンたちは無事かわからない。
アクア団たちはマグマ団のアジトを片っ端からつぶしていく。おくりび山でかなりのダメージを与えたのが良かったのか、まともな抵抗が出来るマグマ団はいなかった。
幹部のイズミはゆっくりと中を歩いている。探しているのは奪われた藍色の珠とそのヒトガタ。おもりのホムラもいない今、絶好のチャンス。ようやくアクア団にも運が向いて来た。下っ端たちがこの場所を撹乱している。誰もイズミに注意が向くことがなかった。
「待ちなさいよ」
目の前に現れる赤いフード。いつだってこいつだけはどんなに撹乱しても狙ってたかのように立ちふさがって来た。
「あらカガリ。彼氏の状態はもういいのかしら?」
「不法侵入の上に器物損壊していくあんたたちに答える義理はないわ」
「否定も肯定もしないのね」
「人の家に上がり込んどいてよくもそこまで言えるわね。トラップ一つ警戒しないなんて、アクア団らしくないんじゃない?」
イズミの後ろからぱちぱちと弾ける音がする。マルマインたちがイズミを取り囲むようにして。いつの間に現れたのか、カガリを守るようにマルマインたちは迫ってくる。
「死ぬ気!?」
「死ななくて結構。足止めさえ出来ればいいんだから」
カガリは消える。残ったマルマインたちは、指示してくれる人間がいないために、どうしていいかわからないようだ。とりあえずイズミを囲んでただじっとしている。少しの刺激で爆発するマルマインに囲まれるのはどうもいい気持ちはしない。
カリカリとドアをひっかく音がする。何かが来る。思わずガーネットはザフィールを強く抱きこむ。手が彼の顔に触れて、冷や汗が伝わってくる。誰が入って来ても絶対に離したくない。
ついに隙間が開く。ふわりと外の風が入って来た。内開きのドアが開く。視線を上げた。けれどそこに顔はない。下の方に見える白いもの。そちらを見ると、マッスグマが息を切らせて入って来た。そしてガーネットと目があうと、嬉しそうに寄ってくる。
「え、まさか、しょうきち?なんでここに?あの子は?・・・無事で良かった」
ガーネットの顔をなめる。そして彼女から離れると、血の匂いを嗅いだのかザフィールの足に鼻を近づける。少し勢いの止まった血が、しょうきちの前足を染めた。
ぺたぺたと足音が響く。人のものではないそれ。開いたドアから次々にポケモンが入ってくる。血の匂いと、主人のいるところを勘で探り当てて。
みんな痛めつけられたような跡もなく、元気で入ってくる。みんな心配そうにザフィールを見ている。それに対して、大丈夫だよと、か弱い声で彼は答えた。そしてボールに戻るように指示する。見つかったら危ない。
「シルクがいない?」
その事に気づいても、迎えに行くことは出来そうになかった。開きっぱなしの扉の前に、仁王立ちしていたカガリ。そしてその隣にいるユウキ。
「そんなにくっつかなくてもいいでしょ。本当、仲がいいのね」
フードの下から見えるカガリの顔は、以前見た時とは違っていた。冷静に任務をこなすマグマ団の幹部。それが今のカガリの顔だった。
ガーネットからザフィールを引きはがすようにカガリは引っ張る。ガーネットの腕から力なくザフィールが離れて行く。二人ともカガリのことなんて見ていない。離れては生きていけないように、お互いを見ていた。カガリは捕まえるようにガーネットをつかむ。
「予定が変わったわ。今すぐ出るのよ。ユウキ、この子と先に行ってて」
ユウキにガーネットを押しつけ、残るザフィールを見下ろす。血だらけの手で、カガリの足を掴んでいた。
「何かまだ用があるわけ?」
その力は強い。決してカガリを行かせないかのよう。
「ありますよ。あいつ、アクア団でも、なんでもない。だから、そんな、手荒なこと、しないでください」
カガリはその手を振り払う。思いっきり足に力を入れて。
「まだそんなこと言うつもり?相当死にたいようね。楽にしてあげるわよ!」
ザフィールの口を押さえる。その手の平から落とされるもの。あまりの苦さに彼は暴れるが、カガリは簡単に放すわけがない。息を塞がれ、数秒後に喉が動く。
「良薬は口に苦がしね。すぐに楽になるわよ」
苦みにもがくザフィールを振り返ることなくカガリは出て行く。舌に残る苦みを吹き飛ばそうと、何度も何度もザフィールは咳き込んだ。けれどしびれるような苦みは口の中から出て行く気配がない。そして胃の中から焼けるような熱さを放つ。わき上がる熱さに、思わず手をあてる。
奥に連れて行かれる。聞こえてくる波の音。ひろい空間に出たと思えば、そこには潜水艦が浮かんでいた。そして入り口付近でマツブサが待っている。ユウキはガーネットを引きずるように歩く。自分本位の移動に、抵抗も諦めた。ポケモンたちがボールに収まっていることがバレてないのが幸いかもしれない。
そして近づくとマツブサの他にホムラがグラエナにつかまりながら立っているのが解る。
「ユウキ、そいつを中に入れろ」
その言葉には、いたわるとかほめるとかいう感情が含まれてない。ただの命令。ザフィールから聞いていた人物と随分違いすぎる。じっとマツブサを見ていると、ユウキに突き飛ばされるようにして潜水艦に押し込められる。
「一応丁寧に扱っておけ。カガリ、準備はいいか?」
「いつでも」
「ホムラ、完璧にとは言わない。被害を最小に。そんで生きてる間のあいつをアクア団に取られるな。必要とあれば息の根を止めても構わない」
「・・・解ってますよ。留守番組は大人しく待ってます」
最後に乗ったカガリがドアを閉める。閉め切られた中は息がつまりそうなほどの閉塞感。そして全体に響くエンジン音。ゆっくりと動き出すのが解る。どこか遠くへ、知らないところに。
※この話では、独自の世界観を振り回す場面があります。この話を飛ばしてもストーリーの理解にそこまで支障は出ませんので、こうした設定を好まない方は飛ばしてください。
「さあ、こっちだよ」
ボルトは船内のある部屋の前で止まった。扉には「新製品販売会会場」と書かれた紙が貼られている。
「ここにあるんですか?」
「そうそう。見つかったら怒られちゃうから、そっと入ってね」
ボルトは右左を確認し、もう一度右を見ると、そそくさと部屋の中に入って
いった。ダルマ達も忍び足で潜り込んだ。
「おいおい、ここ真っ暗じゃねーか!」
ゴロウが叫ぶ。部屋は二重のカーテンが閉められており、電気も消されてい
る。おかげで、まだ夕方にもかかわらず一条の光すら届かない。
「じゃあ電気点けるよー」
ボルトは壁をまさぐると、電気のスイッチをオンにした。小気味良い音と同時に、眩い光が辺りを照らす。
「あら、もしかしてあれが?」
ユミが部屋の奥にあるものを指差した。そこには白い布を被った、大人の背丈ほどある何かが鎮座している。
「その通り、これこそ私が作った作品の中でも最高傑作だ。これが初公開、君達はついてるね」
ボルトは鼻歌を歌いながら布を取り払った。ダルマ達の目の前に、まだ世間で全く知られていない、新しい道具が姿を現した。それは道具というよりむしろ機械である。コンピューターが、本来の10倍くらいの厚さの自動販売機そっくりな機械につながれており、そばには見たことのない柄のボールが置いてある。
「これは一体?」
「これこそレプリカボール。世界をアッと言わせる秘密道具さ」
「レプリカボールとは、どのようなものなのですか?」
「お、気になるみたいだね。……レプリカボールは、簡単に言えば『モンスターボールの進化形態』なんだよ」
ボルトは胸を張って答えた。これにゴロウが詰め寄る。
「おいおい、それじゃ訳が分からないんだけど。結局、何に使うの?」
「ははは、こりゃ参った。それでは改めて……レプリカボールは、普通に使えばモンスターボール以下の性能のボールさ。しかし、こいつの凄いところはそんな点を霞ませるほどのものなんだよ」
「それはどういうものなんですか?」
「うんうん、良い質問だね。モンスターボールはポケモンのデータを取ることで保存、携帯を可能にするんだ。けど、ポケモンというのは複雑な生き物でさ、データ移動やポケモンセンターでの回復くらいしかできなかったわけ。しかしこのレプリカボールなら、そのデータを基に『複製』ができるんだよ」
「複製、ですか。随分突然な話ですね」
ダルマは首をかしげた。ボルトは得意げに続ける。
「何かを入れたボールをそこの機械にセットする。そしてコンピュータを使って機械を動かす。しばらくしたら、受け取り口から複製されたものが出てくるから、そいつを回収すれば完了だ。こいつのすごいとこは、ポケモン以外でもデータの保存ができる。それゆえ、いままでたくさん作ることができなかった職人の技を大量生産することもできるんだよ」
「そ、それは確かに……凄いですね」
「だろう? まあ、値段が少々高いのが玉に瑕なんだけどさ」
「おいくらなのですか?」
「……本体の複製機が1台300億円、ボールが1個100円、複製の材料は1キロ300円だ」
「それ、どう考えても少々ってレベルじゃないですよ」
ダルマは半ば呆れながら、その高価すぎる機械を眺めた。ユミ、ゴロウも同様である。
「そうでもないもんだよ。何せどんなものも複製できる。その気になれば君達を5人にすることもできるくらいだ。金持ちからすれば、これほど便利な代物もないんだよ」
「はあ、そうなんですか。ところで、原料には何を使うんですか?」
「そうだねえ、ポケモンの複製をするなら、水、木炭、空気、硫黄、リン辺りかなあ」
「……何だか、妙に現実的ですね」
「そりゃ仕方ないよ、これは科学の結晶だからね」
ボルトは腕時計を眺めた。時刻は午後5時23分を指している。
「それじゃ、そろそろ……」
ボルトが言いかけた時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、頭が寂しい、ダルマ達が先ほど見かけた人物である。
「む? ボルト、これはどういうつもりじゃ。部外者なんぞ入れおって」
「これはカネナルキ市長、申し訳ありません」
「あれ、あなたはコガネ城でサトウキビさんと一緒にいた人じゃないですか」
ダルマは入ってきたカネナルキに話しかけた。カネナルキは初め、汚いものでも見るかのような目をしていたが、急に頬を緩ませた。
「おお、あんた達は今朝見たの、確かサトウキビの連れじゃったの」
「はい、俺はダルマです。彼女はユミ、この男はゴロウです」
ダルマは2人を紹介した。市長は満面の笑みでこれに答える。
「うんうん、よろしくの。それにしても珍しいの、あの男が誰かを連れてくるとはな」
「と、言うと?」
「うム。あやつは普段から素性を隠しておるじゃろ?」
「確かに、寝る時までサングラスをかけているくらいですからね」
「そうじゃ。がらん堂の門下生でさえ誰も知らないというし、優秀じゃが怪しいと言わざるを得ん。じゃからわしが独自に調べているが、もう少しではっきりしそうじゃ」
「へー、よく調べたなおっさん。サトウキビのおっちゃんってどんな人なんだ? わかっている範囲で良いから教えてくれよ」
「そうじゃの……いや、これはわしの足で稼いだ貴重な情報じゃ、そう簡単には教えられんのう」
「ちぇっ、つまんねえの」
ゴロウの言葉に、カネナルキは高笑いをした。それからすぐに目付きが鋭くなり、ボルトにこう言い放った。
「それよりもボルト、6時半から販売会の打ち合わせじゃ。着替えたらわしの部屋に来い。ついでじゃから、わしのとっておきである新しい服を見せてやろう」
「どんな服なんだ? やっぱ着物か?」
ゴロウが興味津々そうに聞いてきた。カネナルキは悦に入った表情になる。
「ふふふ、それは秘密じゃ、せっかくのお披露目じゃからの。ただ、あえて例えるなら『真っ赤』じゃな」
「真っ赤、ですか。それは、何ていうか……楽しみですね」
「そうじゃろうそうじゃろう。ではわしはそろそろ部屋に戻る。いいかボルト、このわしを待たせるでないぞ」
カネナルキはこう言い残すと、鼻息荒いまま部屋を後にした。
「……なんだか、随分横柄な態度でしたね」
「そうですね。コガネ城で見かけたときはおどおどしていましたのに」
「……あの人はサトウキビさんの力で、激戦区と言われるコガネ市長の座に長いこと君臨している。きっと勘違いしているんだろうさ」
「はあ。色々大変なんですね」
「そんなことはないさ。何を言われようが、やっと掴んだチャンスだ。レプリカボールの性能を知らしめた暁には、それを馬鹿にしたあの人を思い切り叩いてやるだけだよ」
「そりゃ面白そうだな、俺も混ぜてくれよ!」
「ハハハ、それは心強い限りだ。機会があれば是非とも頼むよ」
ボルトは笑いながら部屋の扉に近づいた。ダルマ達も彼にならい、そのまま部屋を出た。
「さて、しばしお別れだ。販売会でまた会おう。それまではデッキでバトルでもやってたらどうだい? 今日はジムリーダーも来てるみたいだしね」
「あ、そうでした。元はと言えばそのために来たんですよ」
「そうかい、じゃあ頑張りなよ。ここのリーダーはかなり手強いからね。……それじゃ、また後で」
ボルトは一礼をすると、ふらふらと歩いていった。ダルマ達は彼を見送ると、一路デッキへ駆けるのであった。
・次回予告
コガネシティジムのリーダーと戦うダルマだったが、リーダーのポケモンは予想外の戦いを繰り広げる。果たして彼に勝機はあるのか。次回第27話「コガネジム前編、悪あがき作戦」。ダルマの明日はどっちだ。
・あつあ通信vol.7
今回は、ある意味とんでもないものが登場しましたね。あらゆるものを複製できる機械が実在するなら、偽札が大流行するでしょう。これで得をするのは流通していない2000円札くらいかな? どちらにせよ、あったらあったで危なっかしい機械になるでしょう。やはり、みんな違ってみんないいという言葉が全てを物語っていますね。
あつあ通信vol.7、編者あつあつおでん
蜻蛉の歌(下)
僕らが横になった後、また雨が降り出した。
蒸し暑さがべっとりと覆いかぶさってくるような寝苦しい夜を明けた。昨日の夜の件もあり、余り寝付けなかったので、瞼が重い。時計を見ると朝の6時にもなっていなかった。
ベッドから顔だけあげると、ミリスがなにやらもぞもぞしていた。なんとなく、声をかけづらかった。
アリジゴクの方をそっと見ていると、彼は窓際の方へ歩き出した。そして窓枠へとジャンプして、出っ張りに乗っかった。
「ミリス……?」
すると、突然ミリスは大顎で窓ガラスをたたき割った。
音に驚いて炎姫が跳ね起きる。
ミリスは、そんな僕らをしり目に2回の窓から飛び降りた。
「ミリス!」
僕も跳ね起きる。炎姫が慌てて窓の方へ近づき神通力を使ったけれども、一瞬遅かった。アリジゴクの姿はすでに見えない。
すると突然窓の下からビブラーバが現れて、砂漠の方へと飛んでいった。ミリスが進化したのだ。それにしても、なぜこんな突然。
どうしようと僕がおろおろしていると、炎姫が特大の文字で僕に指示した。
「早く女医さんを呼びなさい!」
寝間着姿のまま廊下へすっ飛んで行くと、音を聞きつけた女医さんが階段を上がってくるところだった。
慌てて事情を説明すると、彼女は血相を変えて「来なさい」と言い、僕の手を引いた。てっきり怒られるのかと思ったけれど、違った。センターに備え付けのオフロード車に炎姫ともども乗せられた。華奢な女医さんには似合わないくらいの大きな車体だ。これくらいじゃないと砂漠には入れませんと彼女は説明した。
「すぐにあのナック……、いやミリスを探しに行きましょう」
凛とした声で、そう言った。そしてエンジンをかけながら小さく、
「もしかすると、とは思ったんです」
僕の顔が一瞬蒼くなった。ことば泥棒ですか、と聞くと、意味がわからないと言う風に彼女はかぶりを振った。そして、一瞬考え込むようにして、
「でも、確かに泥棒されたのかもしれない」
そう付け加えた。
何を、と恐る恐る僕は尋ねる。
「今日と言う日を、です」
女医さんが答えた。
◇
車は道路をそれ、砂漠の上を進み始めた。昨日とは打って変わって砂嵐が吹き荒れる。車体が激しく揺れる。
この地方では今日が蜻蛉の歌の当日なのです、と彼女は言った。
本来ならば朝のうちから多くのビブラーバが飛び立ち、求愛の儀式が始まるのだと。
僕は車の窓から砂漠を見る。ニャースの子一匹いない。当日はブンブンうるさいくらいだと炎姫は言っていたけれど……。
「本来ならば、今日がその日だったのです。本来ならば」
でも、人間がその日を奪った。
環境保護、ですよ、と彼女は皮肉っぽく笑う。
「ここは300年前までは森林だったんだそうです。それが砂漠に変わった。これは環境破壊であるとして、環境保護団体を名乗る組織が辺りかまわず木を植えて砂漠にすむポケモンを駆除してしまいました
「ちょうどそれが4年前の今日。それ以来、蜻蛉の歌を迎えると、存在しない記念日がシグナルになって、わずかに残ったビブラーバ達の行動が、おかしくなってしまったのです」
「ミリスは、一人で歌いに行ったんですか」
僕は尋ねる。女医さんは分からないと首を振る。
「力尽きるまで相手を探して歌い続ける者もいれば、存在しない敵に対して怒りをぶちまける子もいます。けれども、結果は同じ。ただ、精根尽きたビブラーバの死体が残るだけです」
まだナックラーだったから大丈夫だと思っていたら、と女医さんは苦い顔で言った。
そしてもう一度彼女はかぶりを振って、凛とした声で放つ。
「ミリスを探しましょう。いまなら、きっと、間に合います」
僕は同意する。炎姫も頷いた。
言ったものの、見通しの悪い上に広大な砂漠の中で、一匹の蜻蛉を見つけるのは、同じ模様のパッチールを探すのと同じくらい大変な作業だった。
「せめて、目的地が分かれば」
女医さんがこぼす。
『得意の解析で解けないんですか』
炎姫がそう書いたけれども、僕は横に振った。基になるデータが無ければ、解析は無力だ。無から有を生み出すようなことは決してできない。
「何か、心当たりはありませんか」
女医さんがすがるように言った。
僕はかぶりを振る。
そして力なく窓の外を見ると、砂嵐の奥に、うっすらと七色の光が見えた。
「虹だ」
僕は言う。そして炎姫を見る。まさかね、とは思ったけれど。
狐もそれしかないと同意した。
「虹のある側ってどっち方面ですか?」
◇
僕らがミリスを見つけたのは、日が高く昇った後だった。
彼は、虹の根元にもっとも近い砂漠の端で、ノイズと超音波の混じった羽音を“敵”に向かって浴びせかけていた。
これは、もう間違いない。「指さし」や「ことば泥棒」と同じようにミリスの中にシグナルとして刷り込まれてしまったのだ。「虹」という対象が。
でも、何で虹なんかに?
音を立てて荒々しく車が止まる。
ぼくは首を振る。いまは理由を考えている場合じゃない。いまやることは一つだけだ。
僕は女医さんに告げる。
「モンスターボール、貸してください」
◇
久々に握るその重みは、ほとんどないに等しいくらいに軽かった。こんなもので本当にポケモンが捕まえられるのか不安に思いつつ、車のドアを開ける。
瞬間、耳をつんざくような音が直接頭の中に響いてきた。必死で吐き気をこらえる。
ミリスの超音波だ。車からでた女医さんの足取りはもうふらふらとしている。やっぱり、自分が何とかしないといけないみたいだ。
けれども、当のミリスは空高くに上っていて、僕の腕力ではボールが届きそうにない。
『私が神通力でボールを投げます』
狐がそう書いた。
驚いて振り返ると、炎姫は少しよろめきながらも『だってボール投げたこともないんでしょう? そんなんじゃ当たりませんよ』
そう書いて、僕からボールを取り上げた。そして、上空へとボールを浮遊させる。
僕は、従うしかなかった。
こんな時、数学という武器は余りにもろく、弱すぎた。
炎姫は慎重に、ミリスにばれないよう巧みにボールを操作する。
そして、あっけなくそれはミリスの背中に到達し、小さく閃光がしてミリスはボールの中へ……
突然、強烈な吐き気に襲われた。同時に、ありとあらゆる音程のノイズが僕の頭を支配した。
ミリスが超音波混じりのソニックブームでボールを跳ね飛ばしたのだ。女医さんは慌てて二つ目のボールを取り出す。けれどももっと近くから捕獲しないとまた同じように失敗してしまう。
そう思った瞬間、ミリスは下へと降りてきた。
けれども、僕らにボールを構える余裕は全くなかった。
侵されたシグナルに支配されて自我をなくしたミリスは、僕らを敵とみなしたらしい。
「だましうち」だ。その必中技は、ボールを操作していた当人、炎姫へと狙いを定めていた。
より強くなるノイズに吐き気をこらえながら、僕はやっとの思いで顔をあげる。
ミリスがもう、炎姫の目の前まで来ていた。
◇
『なんであなたが』
狐がそう書いた。
炎姫をかばった右腕は、蜻蛉の羽によって寝間着ごとパックリと切り裂かれていて、僕の利き腕からは血がだらだらと流れていた。相変わらず、レベルの割には技に切れがある。
女医さんが慌ててぼくの方を見る。そして頭を抱えながら
「ポケモンもそうだけれど、あなたの身の安全の方が重要です。可哀想ですがあきらめて……」
「女医さん、妙案、思いつきました」
僕は必死で笑いながら、女医さんのことばを遮る。
炎姫も女医さんも、驚いて口を閉じる。
ミリスはまだ僕らの上を旋回している
「解析の目的って、知ってます? 一言で言うとね、パターンを見つけて、それを利用することなんです」
二人とも訳がわからないと言う顔で、こちらを見る。
僕は女医さんから左手でボールを奪うようにとる。
今さっきで分かった。このノイズもソニックブームも、彼にとって歌なんだ。そして、そう、ミリスは突っ込む以外のまともな攻撃方法をいまだに知らない。
「女医さん、少し離れてぼくを指さしてください」
「また何を……」
「いいから早く!」
彼女は言われたとおりに僕を指さした。炎姫は何をしようとしているか察したらしく、僕を止めようとしたけれど、しぶしぶ僕の指示に従った。
準備はできた。後は「雑音」が有ればいい。
ぼくは、力の限り叫んだ。
「ミリス!! 破壊光線!!」
“指示”というシグナルがミリスに伝わる。彼は誰が標的か、理解したようだ。
そして、僕の方へと一直線に急降下した。
加速のためか、ノイズが一気に強まる。鼓膜が割れそうだった。吐き気が波のように押し寄せる。万力で頭を押さえつけられたような痛みがする。
ミリスが手を伸ばせば届くところに、居た。
その目にはきっと僕らが映っているだろうし、けれども、彼の心の中に僕と言うことばは入ってはいない。
ミリスの目に反射した僕の姿が自分でも良く見える。
僕は、そんな彼に向って、ボールを…………投げなかった。
一瞬後には、自分からボールへ突入してきたミリスが光に包まれてボールの中におさまっていた。
「だましうち」。必中の技なのだから、当たるところにボールを用意しておけばそれでいい。野球の苦手な僕とっては、なかなかの妙案だったと思う。
突然静かになった砂漠の上、元来体力の無い僕は、ミリスの入ったボールと右腕から流れ落ちる血を交互に眺めているうちに意識がもうろうとして、そのまま倒れた。
◇
目が覚めると個室にある白いベッドの上だった。服も着替えさせられていた。
横には炎姫が座っている。
『あの程度の出血で、倒れますか、普通』
狐が僕を非難した。けれども、その目はほんの少しだけうるんでいる。
無駄な優越感に浸っていると、ノックの音がしてモンスターボールを抱えた女医さんが入ってきた。
そして「大丈夫ですか?」と聞くので、当然のように大丈夫でないと答えた。いや、だって、血が出たし。
そんな僕に、彼女は笑いながらモンスターボールを手渡した。そして
「これは、もう、あなたのポケモンです」
と告げた。回復されたミリスが中でぐっすりと眠っている。
僕が捕獲した、初めてのポケモンだった。
「そう言えば」
と僕は突然切り出した。
「僕って何日くらい眠ってました?」
なんのことかわからないと言う顔で、女医さんは僕を見る。あいかわらず話が通じない。
「いや、漫画とかでよくあるじゃないですか。負傷した主人公が目覚めたら『えぇ!もう3日も寝ていたのか?!』とか言って驚くシーン」
狐がやれやれとかぶりを振る。
もしかして一週間以上眠っていたのかと危惧していると、女医さんは戸惑いながらこう告げた。
「何日っていうか……3時間くらい?」
親切にも賢い狐が補足してくれた。
『八分の一日です』
やはりというか、数学オタクはヒーローには不向きであるらしい。
◇
◇
面接が色々な意味で終わってからもう一カ月ほどが経った。
とりあえずミリスの定位置はぼくの頭の上となったらしく、色々と邪魔である。重いし。
最初のうちは僕の腕を切ったことを申し訳なく思っていたらしく余り懐いてくれ無かったのだけれども、慰めてやっているうちに心の傷も癒えたらしい。ことばが通じなくても、なんとかなるようだ。
とはいえ「アレ欲しい」とかって指さすと突然品物に向かって突っ込んで行ったり、エントリーシートをカオスな音波でぐちゃぐちゃにしてしまったりと色々困る点もある。それでも最近は慣れてきたような気がするから不思議だ。
で、結局就職先は決まっていない。
いっそのこと炎姫が僕に化けて面接会場に行ってもらえないかと頼んだところ、あっさりと断られた。
そうやっていろいろな会社や施設を点々としていた有る日、電話がかかってきた。
相手は語調から若くて(おそらく)きれいな女性であると推察された。一瞬後に「おそらく」という要素は無くなった。
「キセノンさんでいらっしゃいますね。先日の面接結果について御報告にあがりました」
あのときの面接官だ。
慌てて普段より1オクターブ高い声で返事をする。
「結果は、仮採用とさせていただきます」
一瞬の沈黙。
それからあわてて10回くらい怒涛のようにお礼を言った。
そんな僕を制して彼女は続ける
「本採用ではなく、特別枠における仮採用ということになりますが、規約通りまずは1年間の試験採用を経て、常任研究員になるという流れは変わりません」
ぼくは満面の笑みで顔も見えない相手に向かってうんうん頷く。
炎姫が白い目で僕を見る。
「資料の方は最寄りのポケモンセンターで受け取る形になります。まずはアルバイトということで外回りの仕事をこなして頂くことになります。遊びに行くなら早いうちに行かれたほうがいいですよ」
最後、ちょっと冗談めかしてそう言った後、彼女は告げる。
「今回は、私、氷室がキセノンさんの担当と言うことになります。よろしくお願い致します」
僕が5回くらい追加でお礼を言ったあと、電話が切れた。
「終わった……。就活が」
炎姫にそう告げる。
『じゃあ、どこか遊びに行かないといけませんね。担当官もそう言っていましたし』
そうだねぇ、と呟く。じゃあベタに遊園地でも行こうかなと思いついてみる。
色々あったけれど、悪い終わり方じゃない、とそう思った。
でも、ミリスは未だにブンブンうるさい。
意味がわかっているのかいないのか……。
蜻蛉の歌
面接の極意は相手の目を見ることだそうだ。通称アイコンタクトである。
そんな高等技術、まともな人間にできようはずが無い。できるのはニビジムのタケシさんだけであろう。代案として、相手の胸辺りを見るのがよいと本に記されていた。
納得である。この秘伝の技を用いれば、相手はいとも簡単にぼくがアイコンタクトをしているものと錯覚するだろう。面接官からの評価はウナギ登りである。これはすなわちぼくの就活の終わりを意味し、栄光の未来への切符を手渡されたに等しい。
ぼくならできる。いや、2階偏微分方程式を解くのに比べると楽勝だ。1:1の対話形式だからと言って恐れる必要は全くない。
自信を持って面接室に入る。
面接官は恐ろしく美人な女性であった。ぼくの自信は0へと速やかに収束する。恥ずかしくて胸を見ることができないのだ。顔が真っ赤になる。仕方なく、相手の鼻をじっと見つめる。
相手が美人だったのを除けば、幸いにも事前に炎姫と打ち合わせた通りの進行だった。数学は控えめに自慢し、セレビィの件はやや脚色して説明する。最後にポケモン生態学会の最新ニュースを披露した上で、部屋の外で待っている狐に感謝しつつ、面接を終える。
「なかなか情報通でいらっしゃいますね。筆記試験の方もよい成績でしたし、勤勉なのですね」
大人のおねえさんが微笑みながらお褒めの言葉を言ってくれた。これは期待ができる。非常勤研究員の職が入るかもしれない。
あなただからこそ、お聞きしたいのですが。と、面接官は話を続ける。ドキッとする。この展開は、聞いて無い。
「ユラヌス、というポケモンは御存じありますか?」
もちろん、知らない。「あぁ、新種のポケモンでしたよね?」と知ったかぶる。
「いえ、ただのニックネームです」
明らかに落胆したような口調で、美人面接官は肩を落とす。
まずい。
採用人数二人の超難関試験だ。この一言ですべてが終わってしまうかもしれない。
ぼくは慌ててことばを探す。出てこない。
面接官は暗い顔をしてチェックシートに何やら書き込んでいる。
ま ず い。
何か言わないと。何か言わないと。何か言わないと。
けれども何も出てこない。
なぜ出てこない。 なぜ出てこない。 なぜ出てこない。
これは言うべきことを盗まれたのかもしれない。いや、そうに違いない。そういうことにしてしまえ。
誰に? そうだ! 悪いのは彼だ!
「そう言えば、ことば泥棒って知ってます?」
変なことを言ってしまったと思った後には時すでに遅く、面接官は理解しがたいという顔でじっとこちらを見る。
◇
一週間前
◇
面接まであと一週間。
もうすぐ終わると言う解放感と、得も知れぬ不安とが胸のあたりでぐるぐる渦を巻いていた。
近頃は“こっち”でも経済競争が白熱している。そもそも競争無くして発展無しというイデアが蔓延しているのだから、仕方ない。
経済だけではなく、「強さ」の競争も盛んだ。専門用語で抑止力という理論らしい。
なんでも、“向こう”には、世界を何回も消滅させる威力の爆弾があるということだ。物騒な、と思ったあなたはまともだけれど、“向こう”じゃ疎いと笑われる。力は発揮するためにあるのではなく、所持することに意味があるのだから。自分はこれだけ強い力を持っているのだから、あなたは私に攻撃しない方がいいですよ、とそう言う理屈で争いを鎮めるのだ。少し納得である。
本当にうまくいくのかなと炎姫に聞いてみると、そんなわけないでしょうと一蹴されてしまった。
……炎姫の話はともかく、今は「最強のポケモン」が流行りである。
ミュウツー・ゲノムを探そうと今は亡きロケット団の跡地をあさったり、海底敷設式ソナー監視網「SOSUS」を用いてルギアを探したりなど、各国余念が無い。セレビィの一件も、それに絡んでいたとかいないとか。
しかし、幸か不幸か、そんな理由でポケモンの生態研究には多くの予算が割かれ、加速度的に研究は進んでいった。
ぼくみたいな経験の浅い若手でも、頑張れば参入できる。そう言う訳で、非常勤研究員に狙いを定めて応募した。
合格すれば、まずは1年間の研修期間があり、それを乗り切れば「非常勤」の名前が外れて常勤だ。
筆記試験は、数学のお陰でパス。
面接まで、後1週間を切った。
◇
『もっと良いメモ帳に換えませんか? パーカーの万年筆が泣きます。ほらあそこ、モレスキンのノートがありますよ』
ここは駅前の文房具屋。履歴書に記入するために100円のゲルインクボールペンを買いに来た。
クロスやデュポンといった高級文具が所狭しと並ぶ中、100均のメモ帳を神通力でひらひらさせながら炎姫が主張する。入る店を間違えたようだ。こんな店を駅前に作るなと店主には是非に主張したい。
炎姫よ、なぜそんなブランド物を選ぶ。貧乏人には目に毒だ。
キュウコンはメモ帳をやぶいて器用に矢印の形に折りたたむ。そして高価なノートをくいくいと指し示すけれど、とりあえず無視する。そんな金があるのならこれほど必死で職を探したりはしないのだ。
「100円のボールペンを使えば、メモ帳とバランスが取れるよ」と言ったら、彼女はガクっとうなだれた。
沈黙。
素直に怒ってくれればいいものを、落ち込まれると、なんか、申し訳ない。結局買ってあげた。\1480。
その結果、今日の昼食は菓子パン1個である。多分、夕飯も。
あ、結局ゲルインクペン買ってない。
◇
美味しそうなにおいの立ちこめる街中を後にして、砂漠と目と鼻の先にある広場に座って、食事をとる。もう春は通りすぎたあと。初夏の日差しが照りつける。かなり暑い。砂漠の目の前なので影もない。今日は色々と場所を誤る。
「ポケモンをもっと大切に、この星の環境を守ろう」と謳った看板の影でたった一個の菓子パンを味わって食べていると、炎姫がモモンの実をどこからか見つけてきて、ぼくにくれた。意外といいやつだ。二人でモモンを食べる。
すると、ガチガチと音がした。お上品に神通力で切り分けてからモモンを口に入れている炎姫がそんな音を出すはずが無い。
耳の良い炎姫が先に音の主を発見した。気にいったのか、さっきのメモ帳矢印をもう一度使って指し示す。
小さなナックラーだった。ならいいや、と思って、またモモンにかぶりつく。
ガチガチ!
無視されたナックラーは怒ったようだ。種までしっかりしゃぶった後に、ナックラーへと目を向け、立ち上がる。
茶色の彼は一歩退き、砂地に入る。
そのままぐるぐると回転し、小さなアリ地獄を作った。ぼくの片足がやっと入るくらいの大きさだ。
クワッ!
かかってこいということらしい。無視してもよかったのだけれど、なんとなくモモンの種をタコ糸に結び付け、ナックラーの目の前にぶら下げてみる。
ナックラーはモモンの種にとびかかった。そのまま糸を上に引っ張る。
アリジゴクの彼はしかし、決して種を離そうとはしない。そのまま宙へ持ち上げられ、数秒後に足場がないとようやく気づいてじたばたした。しかし、何も、起こらない。
「釣れた」
ぼくが言う。
『釣れましたね』
炎姫が同意した。
◇
この一件以降なぜか懐かれてしまったらしく、アリジゴク君は同じテンポでずっとガチガチ言いながら、ぼくの周りをぐるぐる回っている。要するにコイツは暇だったのだろう。かまってくれる相手を見つけて喜んでいるようだ。
しかし、ぼくには彼にずっとかまっている余裕などない。面接まであと1週間を切っている上に「旅をしながら元気に就活!!」と謳っている4社に出す分のエントリーシートを書きあげねばならない。
まずは自己PR文を完成させることからだ。ガチガチ! とアリジゴクが騒いでいるのを冷徹に無視し、必死で書類と向き合う。
そういえば、研究職の筆記試験は変わったものだった。もう終わったことだからいいのだけれど。
小論文や単純な計算問題だけでは無く、意味不明な単語の羅列の後に「この言葉を見てわかることを記入せよ」とだけ書かれた不親切な問題も何問か出た。ちなみにありとあらゆる道具を使用してもよいという条件下。ついでに言うとポケモン持ち込み可。けれども炎姫はまったく手伝ってくれなかった。薄情なやつだ。
結局コンピュータ任せにして解析した。テキストマイニングという代物だ。計量文体分析の手法を用いて、蓄積された膨大なテキストデータを何らかの単位に分解し分析する。
マシンラーニングというこれまた別の理論を用いて文字通り“機械に学習”させると、炎姫のしっぽをいじくっている間に問題が解けてしまった。
うん。やればできる。
当時はそう思った。
全ての会社がこれと同じことをしてくれればいいのにと思うけれど、そう甘くはないことをつい最近知る。
自己PRうんぬんという厚い壁にたちふさがれた今、数学という武器は余りにも小さく、弱すぎた。
額に汗を浮かべながら、必死で行間を埋める。砂漠から生暖かい風が吹いてくる。
ガチガチ!
「黙れ」
言いながら、手を動かし続ける。 ガチガチ!
炎姫が言うには、自分を推薦しないといけないんだったよな。 ガチガチ!
要は、自分をほめるのか。 ガチガチ!
……わたくしは、はち切れんばかりの優しさを胸に秘めながらも抜群のリーダーシップがあり、明るく好奇心に充ち溢れ、地下の研究室に引きこもりながらにしてロビンソン・クルーソーのごとき自給自足生活ができると言う類まれな逸材でありまして……
ガチガチ クワッ!
ガチガチ クワッ!
ガチガチ クワッ!
「炎姫! ナックラーに破壊光線!」
『その前に、あなたの文章をなんとかしたら?』
◇
結局、ぼくの自己PRは最初から書きなおす羽目になったのはまた別の話である。
それはともかく、日が高く昇っても、ナックラーがうるさいのには変わりない。さすがに不憫に思ってくれたのかあるいは当人がうっとうしくなっただけのかは知らないけれど、昼寝をしていた炎姫が起き上がって話をつけてくれることになった。
数分ほどポケモン談義があった後、炎姫が見えない力で万年筆を走らす。
『残念でしたね』
恐る恐る、何が? と尋ねると、『ことばが通じない』と返す。
「通じない?」
以下、炎姫の解説である。
ポケモンには2種類の意思疎通方法があるらしい。一つは、周囲の状況をセンサーでキャッチして相手に対応するというもの。曰く、『人間には退化してしまった能力ですね。これだから人間は』。
いちいちうるさいよ。
ちなみに専門用語でシグナルとかカイロモン・フェロモンと言うものであるらしい。知らなかったです、ごめんなさい。
で、もう一つが、“ことば”による会話。
実際ことばはそれほど必要とはされない。シグナルさえ感知できれば大丈夫とのこと。
だから文盲だからと言って心配する必要は全くないんですが、と続ける。あなたみたいな「人間」には厄介者となりそうですがね。
そうか、とつぶやく。
要するにこいつを黙らせることはできないということのようだ。困るじゃないか。ガチガチ言って就活を邪魔されたら、研究室引きこもり生活の夢がついえてしまう。
その方が健康に良いのでは、と炎姫にからかわれた。
そんな殺生な。生まれて一度もモンスターボールを投げたことがないくらいのインドア人間がアクティブに働くなんて不可能だ。
『このナックラーは、ことば泥棒にことばを奪われてしまったのかも』
冗談めかして、狐がそう書く。
ことば泥棒?
初めて聞く言葉だ。
『昔の人がよく使ったいいわけです。うまい言い回しが出てこないって嘆きながら。ちょうどさっきのあなたに似ていますね』
そうか、と頷く。ことば泥棒か、便利なことを聞いた。今度使おう。
『彼みたいなポケモン、たまにいますよ』。あっけらかんとそう言う――いや書く――炎姫を横目に、眼が無駄にきらきらしているアリジゴクをじっとみる。
ガチガチ クワッ!
ガチガチ クワッ!
ガチガチ クワッ!
「黙れ」
言いながら、ちょっとの間ナックラーから目が離せなかった。
なんとなく、不思議な気持がしたからだ。
ガチガチ クワッには全く別の意味があるのだろうか。ぼくらには、決して分からないような。
間違っても擬人化して同情しないことですねと炎姫に釘を刺される。
『アレにとってはその方が不憫というものです。心配しなくても野生のポケモンは賢い。少なくとも、人間よりかは、ずっと』
そうか、と頷く。いや、一言多いんだけど。
『でも、早く進化しないと、求愛時期に間に合いませんね。それが原因でガチガチ言っているのかも』
「求愛?」
なんでも、ある日一斉にビブラーバが飛び立ち求愛の儀式が行われるらしい。
雄たちは歌を歌って雌を誘い、砂漠の上に卵を残す。こいつ以外にナックラーが見当たらないのはおそらく皆進化してしまったからだろうと言うことだ。
ある日っていつ? と尋ねると、知らないと返された。ビブラーバがブンブンいってるから嫌でも気づきますよ、と書く。
『せっかくなのでアレの進化を手伝ってあげましょう。アレのためでもありますし、寝ているのにも飽きました』
アレのため、ね。
あれ、そういえばぼくの就活は?
198歳の狐はいい暇つぶしを見つけたと喜びながら、件(くだん)のアレを鼻で突っつく。
◇
ミリス。
いい名前だと思う。ランダムに文字を打ち込んで完成した名前とは思えない。
やるだけ無駄、という炎姫の言葉を無視してアレに名前を付けてやったのだ。慰めにもならないとは知っているけれど、人間には名前が必要だ。
それはともかく、進化といえばレベルアップ、経験値を増やすことが肝心だ。砂漠を少し離れた草原で見るからに弱そうなナゾノクサを見つけたのでカモにすることにした。
しかし、このナックラー、どのような技を使うのかが分からない。とりあえず強そうな技を指示してみる。
「行けっ! ミリス! 破壊光線!」
そう言ってナゾノクサを指さすと、ミリスは心得たとばかりにすっ飛んで行き、哀れな草にかみつく。あっという間に歩く草をノックアウトさせた。意外と強い。
「あ、そういえば、言葉が通じた?」
『通じていると思います?』
後でわかったことだけど、ハイドロポンプと指示してもフレアドライブと言ってみても、このアリジゴクはかみつく攻撃しかしなかった。
◇
日は西に傾き始めている。
ミリスのほかにナックラーは見当たらない。もうすでに全員進化してしまったのではと焦りながら、思い出したように生えている木々に目を凝らす。
いろいろやっているうちに、指さした相手にかみつく習性があることが分かった。このポーズがシグナルになっているらしい。
もう少し指をピンと伸ばせば何かの間違いで破壊光線を打ってくれるかもしれないと淡い期待をしつつ、かみつく攻撃でも勝てそうな弱小ポケモンを探す。我ながらいい根性だ。
『何か、聞こえます?』
突然炎姫がそう書く。
僕はあわてて耳を澄ませる。
アリジゴクが一人ガチガチ言っていた。それ以外は何も聞こえない。
尋ねても炎姫は何も答えてくれないので、仕方なく一人でカモを探す。
昼寝中の大きなハブネークは無視して、ふよふよと頼りなく飛んでいるコイルを標的に定めた。地面タイプのナックラーとはすこぶる相性がよい。
「行けっ!! ミリス!! 破壊光線!」
指の伸びが足りなかったのか、相変わらずミリスはかみつく攻撃をした。必死で伸ばしたのに、残念だ。心なしか炎姫の目が冷たい。まぁ「かみつく攻撃!」と叫んでもなぜか反応が悪いから、破壊光線のままでいいんじゃないかな。
こちらの事情は知る由も無く、ミリスは勢い良くジャンプして、コイルにかみついた。そして電磁石にぶら下がる。
この情景はどこかで見たなと思っていると、案の定彼は降りられなくなった。
彼は必死でじたばたする。
しかし なにも おこらない。
「あ、こいつ、ダメかもしれん」
炎姫に助け船を出してもらおうかと思ったけれど、そもそもこいつにバトルの経験はあるのだろうかと逡巡する。少なくとも僕とのペアでバトルの経験はない。
その一瞬後、異様な音が聞こえた。
ギィィキィィィィ!
コイルが未だ聞いたことの無い音で叫んだ。同時に、バキっと鈍い音がする。
まさか、と思ったけれど、コイルの鋼の体にひびが入っていた。
やりすぎるとレベルアップどころではなく、コイルが死んでしまう。
慌てて止めに入ろうとする前に、ミリスはコイルを手放した。ドスっと音がして、不格好に着地する。
『大丈夫。この子はよく程度をわきまえています』
炎姫が書く。念のため哀れな電磁石に傷薬をスプレーしてあげたけれど、確かに命に別状はないようだった。
しかし、どう見てもレベルは31から32なのに、異様とも言える強さだ。
ことばという理論的な制御装置が無いために、本来筋肉にかかるべきセーブが取り払われているのかもしれない。
そう思った。
◇
そろそろ帰ろうかと言う時分、通り雨が降った。ミリスを抱き上げて炎姫とともに大きな木の下で雨宿りをする。環境保護を謳った看板に大きな雨粒が当たって、冷たい音を放った。そういえばこの看板、いたるところにある。どれも錆びてるけれど。
真っ黒な空を見ていると、雨はすぐに止んだ。
その瞬間からミリスの機嫌が悪くなった。空に向かってあからさまな敵意を示している。不思議そうな顔をした炎姫とともに空を見上げるけれども、虹以外には何も見えない。
『虹が嫌いなようですね。トラウマでもあるんでしょうか』
炎姫があっさりとそう言った。これも一種のシグナルか? と聞いてみたけど、やはりあっさりと『知りません』と返される。さっきからずっと、何か考え事をしてるみたいだ。
タイミングも良かったので、結局その日の特訓は切り上げ、ポケモンセンターで宿をとることにした。
ミリスを抱いてチェックインをしていると「ナックラーね」と女医さんが感慨深げに言った。「懐かしいわ」と目を細める。むかし育てていたことがあったのかもしれない。
相変わらず旅をする人は少なく、部屋はガラ空き。2段ベッドが二つ置いてある部屋を一人で貸し切れることになった。こういうシチュエーションは無駄に好きである。
ミリスは部屋でごろごろしており、炎姫はそのアリ地獄をじっと見つめている。種族が違うとはいえ案外気になってるのかもしれない。違うって?
それはともかく、二匹とも捕獲されたことの無い“野生”のポケモンであることが信じられない。炎姫はともかく、ミリスを下手に人間に慣れさせてもよかったのかなと、いまさら少し不安に思った。
ガチガチ クワッ!
ガチガチ クワッ!
ガチガチ クワッ!
「黙れ」
不安に思ったのがなんだかばからしくなって、時事問題に目を通す。あの調子だと、すぐにぼくらのことも忘れるだろう。
ガチガチ・ガチガチ・ガチガチ クワッ!
ガチガチ・ガチガチ・ガチガチ クワッ!
ガチガチ・ガチガチ・ガチガチ クワッ!
「いいからお前は黙れ」
無駄にテンポよくガチガチ言うミリスを一喝すると、文盲のアリジゴクは余計に激しくガチガチ言った。いったい何の恨みがあると。
本当に、何を考えているのかわからない。炎姫にならって、一人で騒いでいるアリ地獄の彼を、じっと見つめる。
「……言葉が無い、か」
昔、ある哲学者は「思考とは記号を操作する働きである」と言ったらしい。
要するに、名前と言う記号を操作して言葉をつむぐことが、人間にとっての思考であると、そういう主張だ。
しかし、ミリスには言葉が無い。
言葉の名前を、理解できない。
そして僕は、そんなミリスを理解できない。
「よろこぶ」とか「かなしむ」って言う言葉が無いのなら、いったい何と感じればよいのだろう。
ミリスはまだガチガチ言っている。
でも、その“言葉”が何かを指し示すことは、決してない。
◇
『やっぱりおかしい』
いきなり炎姫がそう書いた。
「どうしたの?」
ミリスが「ガチガチ クワッ!」以外にも、規則的な音を発している。そんな気がするんですと、炎姫は書いた。
『もしかして、なにか、言ってるのかも』
「言う? ことばが無いのに?」
『ナックラーにだって、発声器官はあります。音のコピーくらいなら、ことばが分からなくてもできるのかも』
音のコピー?
オウム返しに僕は尋ねる。
彼はずっと、そのコピーを延々と叫び続けている?
意味も知らないのに呟き続けることばって、一体何なんだろう。伝えたいことが無いのに、伝えてしまう。記号の意味を知らないままに、操作する。そんなことばの意味。
狐はじっと考えた後、諦めたように首を振った。『今日はもう寝ますか』
炎姫はそう書いたけれども、
「ちょっと待て」
ぼくは炎姫の提案を遮って部屋から出て行く。一息で階段を降り切った。
受付では夜勤の女医さんが椅子に座って眠そうに本を読んでいた。僕が声をかけると、彼女は少し怪訝な顔をして、けれども僕の願いどおりの物を貸してくれた。
女医さんから預かったマイクを片手に、僕は部屋へと走って戻る。
『何をするんですか?』
まぁ見てなさいと少し優越感に浸りながらミリスにくっついて音を採集する。
マイクに拾ったところで雑音が多すぎるでしょうという炎姫を無視して、計算プログラムを探す。確か、むかし作っていたはず。
「あった。信号検出理論のプログラム」
信号検出理論とはもともとはレーダーによる自動監視作業の最適化を意図して開発されたものだ。ノイズだらけのデータから敵を発見するためには、雑音から信号を検出しなければならない。その理屈を応用する。
ノイズ音波の確率分布を推定。最尤方程式をちょいちょいと解いてやれば……。
「できた」
得意満面の表情で炎姫に宣言する。
さすがの炎姫も驚いたようだ。今までも色々やったけど、そのなかでも一番変な計算をしたような気がする。狐のくせに狐につままれたような顔をしていた。
「結果の音声、聞きたい?」
聞くまでもないことを聞いてみる。炎姫は素直に頷いた。アリジゴクの彼は、何が起こっているのか理解できていないらしくガチガチ言いながらこっちを窺っている。
作製した音声ファイルを開き、メディアプレーヤーの再生ボタンを押す。
音に合わせて画面のグラフが上下する。
すると…………何やら雑音のようなものが聞こえた。
失敗だったかも。
自慢した分、恥ずかしい。変なことを言うべきではなかったと後悔しながら横目で狐を見る。
炎姫は深刻な表情でパソコンを睨みつけていた。
『もう一度流してください』
慌てて言われたとおりにする。
聞こえる。と耳の良い狐は書いた。
長寿の狐は、めったに見せない焦りを見せながら、かすれた文字を書く。
『これはポケモンのことばじゃない!』
ポケモンのことばじゃない? どういう意味だ。
ぼくにはまだ音の判別ができない。
人間にも聞こえるくらいの音にしなければ。
メディアプレーヤーを繰り返し設定にして、音量も最大にして……
「これって――」
狐は静かに頷く。
『これは、人間のことばのコピーです』
パソコンのスピーカーからは、ひび割れた低い声が、音のグラフとともに何度も何度も繰り返し再生されている。
ことば泥棒 ことば泥棒 ことば泥棒 ことば泥棒……と
――――――――――――――――
蜻蛉の歌(下)へ続く
時計草
木々が密に生い茂る山中を、バスはのろのろ進んでいく。湿った油のにおいとポケモンたちの体臭がまじりあう独特の空気の中、会社から渡された膨大な空間情報の処理が、いまさっき終わった。
長椅子の半分を占領する大きなしっぽがゆらゆらと動いている。膝の上で眠っているキュウコンを起こさないよう注意しながら、そっと窓の外へ視線をやった。
窓ガラスに手を伸ばしてみるけれど、建てつけが悪いのか開かない。手を離したら、ガタンと小さな音がした。
◇
向こうの世界とこっちの世界がつながったのは、30年も前の話になるらしい。
今もってこっち世界とあっちの世界の科学的、あるいは哲学的な折り合いをつけようと頑張っている人たちがいる。量子物理学の概念を応用した多世界解釈などの議論を、主に向こう側の人が展開しているらしい。ある人は、こっちの世界は実は存在しておらず、人間の思念が作り上げた虚構の世界だと主張しているのだとか。けれども、ほとんどの人たちはそんな小難しいこと気にもせず「あるものは、ある」と思っているようだ。結局のところ、この世界の住人は、だれもこの世界のことを知らない。
とはいえ、「向こう側」からすると、ニュートン力学に縛られることの無いこの世界の発見は、金のなる木を見つけたという感じだったと思う。自身の体積よりも多くの水を発射できるハイドロポンプや、正体不明の力で物を動かす念力、さらには質量保存の法則を無視できる「軽石」なる道具の存在を知って、心が浮き立たない人はいなかっただろう。
しかし、ゼニガメを「向こう側」に持って帰っても水を発射することはできず、ただの愛玩動物になってしまうことが分かった。だから、この恩恵にあずかるためには移住しなければならない。そうして多くの人や機械や知識や概念といったものがこの世界へと移植され、発展を遂げた。
“向こう”とつながる前の方がよかった、あの頃は本当によかった、と中年以降の人たちは皆言う。
過去とは、足跡だと思う。「今」や「未来」があまりよく無いから、せめて自分はきれいな足跡を残せたんだと自慢したい。そういうことだと思う。
「私も若いころは旅に出てたんだよ」お母さんが、昔そう言っていた。「私はミニスカートだったんだけど、友達はピンクの服を着て晴れてる時でもずっと傘をさしててね」と不思議な自慢をよくする。
いまはほとんどの人が旅に出ない。ぼくの友達の中でも2人しか旅に出たやつはいなかったと思う。ぼくも町に住み続けている。
能率主義というものの先に市場原理があって、旅をするとそのための学力というものが減ることになり、就職活動に悪影響を与えるというのが大方の理由だ。全く新しい方針を突如打ち出した会社に右往左往しているお父さんは「仕方ないよ」とぼくが旅に出ないことを認めてくれた。
余った時間、ぼくはずっと数学の勉強をしていた。なんで数学なのかはわからなかったけれど、“向こう”から入ってきた最新理論ということで、お母さんも積極的に本を買ってくれたのだ。こんな時代だからね、と少しさみしげに。
“向こう”に昔いたという小説家は、「船の上に居ても、船から落っこちても不幸」というようなことを言っていたらしい。今の時代に生きているのは不幸だが、今の時代から逃げ出そうとして現実逃避してもやはり不幸だという意味。
じゃあ、打つ手は無いって? そんなこと言う人がなぜ歴史の教科書に載るほど有名になるんだろうか。諦めの精神をはぐくめって? 近頃は喜劇ばかりが流行るって? あの頃は良かったって? 見たことも無い世界を懐古しろって?
無限級数の展開公式を膝の上に置いて、そんなことを考えている時に、炎姫と出会った。
◇
大きなあくびをしてキュウコンが目を覚ます。「起こした?」と尋ねると、炎姫は首を横に振った。バッグの中からメモ用紙とパーカーの万年筆がひとりでに浮かび上がり、ぼくの顔の前で文字を紡ぐ。相変わらず便利な力だ。どうでもいいけれど、ぼくの使うボールペンは100均である。
『もう着きましたか?』
きれいに整った楷書で、彼女はそう聞いた。このキュウコンは今年で198歳を迎えるのだそうで、人の言葉が分かる。炎姫という文字にすると少しはずかしいようなこの名前も、当人から聞いた。「ホノオヒメ」と最初読んでいたけれど、「エンキ」が正解らしい。
「もう、少し、かかるかも」
言った途端にアナウンスがかかった。もうすぐ到着らしい。炎姫に腹をつつかれる。
今回のバスツアーは、観光目的ではなかった。“向こう”の大手ポケモン養殖業者が、珍しいポケモンを捕獲するためにぼくらを集めたのだ。もっと具体的に言うと、セレビィを捕獲するために。
“向こう”にはウナギなる生物がいるらしい。ドジョッチに似てより長く、食用にして美味とのことだ。そいつの数が減った時に、世界中(もちろん向こう側の)が躍起になって養殖技術というものを開発し、ウナギの絶滅を食い止めたのだと言う。だから個体数が極端に少ないセレビィのような種類も、捕獲して数を増やさなければならない、とそういうことらしい。
ライコウとフリーザーに関しては繁殖技術が確立されているが、レジ系のポケモンは殖やし方が皆目わからないのだと教えられた。
「我が社はポケモンの権利を最重要視して個体数を増加させており、遺伝子組み換えといった危険なことはやっておりません。ご安心ください」
ぼくの居た町で捕獲部隊を募る際、竹沢さんという40半ばの責任者らしい人がそう言っていた。何がポケモンのためになって、何がポケモンを苦しめているのか、ぼくにはわからない。無理やり子供を産ますことは、当人のためになるんだろうか。
ぼく以外はほとんど「仕事で」ポケモンを捕獲しているプロだ。もちろんレベルは高いし、種族値の高いポケモンをさらに厳選して個体値の高い「優秀な」ポケモンだけをお供にしている。
御年198歳の炎姫からすると邪道らしい。強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。大昔の偉大なポケモントレーナーがそう言っていたと、自慢げに言う。いや、書く。
炎姫が生きた過去を、ぼくも生きてみたかった。
それはともかく、一介のポケモントレーナーに過ぎない――さらにいうと、炎姫をモンスターボールに入れて「捕獲」したことが無いので、厳密に言うとトレーナーですらない――ぼくが、なぜこの場に居て就職活動(インターンシップ?)ができているかというと、数学のお陰だった。
◇
突然訪れた道の突き当たり、セレビィの住む森の入口でバスは停車した。木がよりうっそうと茂っている。ここからは歩きらしい。帰りに備えてか、運転手が車をUターンさせた。
「キセノン君、ちょっといいかな」
バスを降りると、山本さんという竹沢さんのお付きみたいな太った人がやってきて、目の前で立ち止まる。
ぼくはバッグからメモリーを取り出して彼に渡す。
「見せてくれるか」
タイトという名前の若いプロの捕獲屋もこっちに寄ってきた。
山本さんと一瞬目配せして、今回支給されたインテル・マルチコアプロセッサ搭載の最新ノートを立ち上げる。合計12人いる今回の捕獲メンバーも、ぞろぞろと集まってきた。
計算結果を見せる。
「マルコフ連鎖モンテカルロ法を用いた階層ベイズモデリングを実施しました。こっちの記号が環境条件。こっちの数字は、環境条件という情報が加わった際の事後確率分布――分かりにくかったらセレビィが出現する確率って考えてもらって結構です――を表しています。GISを使って地図の形式にしたのがこちらです」
今の説明でわかったのかわかって無いのかはわからないけれど、皆「うーむ」とうなった。タイトさんだけ「ほう」とつぶやく。
「要はこの数字が大きい場所で見張ってりゃいいんだな」
タイトさんがそう言った。ぼくは頷く。
「業者に任せると高いんだ。助かったよ」
山本さんが言った。「印刷して皆に渡すから、ちょっと待ってて」そう言って彼はよたよた走ってバスの中へと戻っていった。捕獲屋も三々五々と散っていく。ばたばたと足音がして、すこし土煙が出る。
今も昔も世界のことは何も分からないけれど、今は昔と違って世界のことを計算できる。少し変かもしれないし、普通のことのようにも、思えた。
何故かは知らないけれど、炎姫の体毛の感触が急にほしくなって、頭をなでた。
◇
森の内部へと続く道にそって、風車がたくさん刺さっていた。右にも、左にも、等間隔に、ずっと。
「ありゃ時計草をモデルにしたらしいな」
タイトさんがそう教えてくれた。この森の守り神であるセレビィへの敬意を表したものであるらしい。
その敬意の対象を、ぼくらは今から捕まえる。
「お前も一応持っとけ」とタイトさんからハイパーボールを一つ渡された。旅のせいだろう。ボールを渡すその手は太く、硬かった。
「お前、なんでここに応募した」
今度はタイトさんが尋ねる。お前はここに来そうなタイプじゃない。金以外のものが目当てだろう。
図星だったので、困る。仕方ないから正直に話した。
「会いたかったんですよ。セレビィに」
「なんで」
「……未来のことを、教えてほしかったんです」
そのまま船に乗り続けるか、あるいは、降りるか。
過去は良くって、今はだめ。そんな「今」が未来になったらどうなるか、不安だから、知りたいから、知らなくちゃいけないから。
悩んでいる時に炎姫に教えてもらった解決策が、セレビィだった。
炎姫との出会いも含めて一息に話し終えると、タイトさんは「わかった」と、小さく言って大きくうなずく。
「しかし、200歳に近いキュウコンは、いまでは珍しい……」
タイトさんが何か呟いている間に、そっと炎姫に聞いてみる。うまくいくのかなと。
『大丈夫』炎姫はそう続ける。
「大丈夫?」
『そう。どうせ、大丈夫』
◇
宿泊場所に着いた。湖のほとりにある小さな広場にテントを張る。
ぼくの仕事は実質終わったも同然で、あとは10歳のころから20年近く旅を続けているプロの人たちに任せていればいい。
10歳のころから数学しかしていなかったぼくは、テントの中で寝ていればいい。
でも、炎姫はそれを許してくれず、湖の周りを無理やり散歩させられた。
『天気もいいですから』
炎姫がそう書いた途端に、雨が降ってきた。
今度は炎姫の腹をつつく番かなと思って近づいたけれど、キュウコンは先々進んでいく。どうやら雨が降っても散歩はするつもりらしい。
◇
与えられた期日は4泊5日。その間にセレビィを捕獲する。
1時間ごとに気温・湿度・風向きの値を更新して、セレビィ出現予測を出す。椅子に座って何か書類を書いている竹沢さんに代わって、山本さんがせかせかと額に汗を浮かべて動き回り、データを配信する。
セレビィはなかなか見つからないみたいだけれど、ストライクやヘラクロス、ガルーラといった珍しい――あるいは有用な――ポケモンも順次捕獲しているようだ。
第一報は2日目の午前11時46分だった。出現確率が3番目に高い場所の17%地点、大樹のそばに現れた。捕獲屋の人がすかさず黒いまなざしをしたうえでハイパーボールを投げたけれど、捕まえられなかったらしい。
第二報は同じく2日目の午後10時53分。出現確率はその時点で最も高かった28%の地点、祠の前。今度はタイトさんが見つけた。しかし、捕獲失敗。
少なくともぼくの予報は役に立っているのだろう。皆そう思ってくれたようだ。
翌朝、タイトさんが首をかしげていた。
「たしかにボールの中に入ったんだ」
そう呟いている。同僚の捕獲屋は小馬鹿にしたように笑っていたけれど、彼は嘘をついていない。ぼくは、知っている。
◇
3日目はハズレ。4日目もセレビィを見つけられないまま夜になった。明日が最終日だ。夕方4時にはバスが出る。
竹沢さんは不満げな様子を隠しもせず、山本さんはずっとおろおろしている。少し、申し訳なく思う。
なぜセレビィが捕まらないのか、ぼくは知っていた。
テントに戻り、もう一度計算をやり直す。
この世界にニュートン力学は通用しない。でも、次元の概念は、両方一緒だった。
縦、横、高さで3次元。最後にもうひとつ、時間も加えて4次元。
空間だけじゃない。時間も計算に入れるんだ。
ぼくが本社からもらったデータは3次元空間情報だけだった。だから、捕獲屋に渡した解析結果には時間の単位軸が入っていない。セレビィがそこに見えるけれど、その時間に彼は存在していない。そんな「場所」ではいくらボールを投げても無駄だ。
コンピューターが4次元空間上の計算結果をはじき出す。画面上の砂時計が落ち切ると、一瞬だけ確率が急激に増加した。午前2時11分から32分までの間、祠の前で。
炎姫に向かって小さく呟く。
「今から、未来に会いに行くよ」
◇
―――それで、私の“場所”がわかったんだ。
セレビィが、言った。テレパシーだった。頭の中に直接響く。
「うん」
ぼくは頷く。
―――私をつかまえるの?
ぼくは右ポケットのハイパーボールにそっと手をやる。
でも、やめた。
捕まえるために、あなたに会いに来たんじゃない。
「聞きたいことがあるんです。未来について」
皆が言っている。私たちの残した足跡は、素晴らしいものだったと。
炎姫は言っている。昔のトレーナーは素晴らしい人だったと。
じゃあ、この「今」が作り出した足跡はどうなっているの? ぼくらの世代で未来が終わるなんてことは、あってほしく無いから。
―――あなたは、どんな未来になっていると思う?
「え……」
実際、分からなかった。
でも、昔みたいな良い未来になってくれれば、嬉しい。ダメな未来だと言われない未来になっていてほしい。そう答えた。
突然セレビィは声をあげてケタケタと笑った。
意味が分からなくって、セレビィを見つめる。
一瞬静かになる。
セレビィが、ぼくの顔を覗き込む。
―――教えてあげる。未来のあなたたちは、昔は良かったって、懐かしがってるよ。
あなたが残念がっている「今」は、未来にとって大切な足跡だから。
少し得意げに、セレビィはそう言った。
ぼくがきょとんとしているのを見て、彼はニヤリと笑う。
「そう言うもの、ですか」
―――そういうもの、だね。
セレビィはもう一度ニヤッと笑って、消えた。一瞬後にまた出てくる。小さな手には大きすぎる植木鉢を抱えていた。慌てて支えてやる。鉢には花が植わっており、白い花弁に時計の針のようなめしべが付いていた。
―――これ、あげる
セレビィが言う。
―――これは時計草。姿かたちは変わるけれど、ちゃんと育てれば永遠に花を咲かせてくれるよ。こいつのことを忘れたりしなければ。
「ありがとう」
言った瞬間、セレビィは消えた。
時計の針は、午前2時32分を指していた。
「こうなるって、分かってた?」
炎姫に尋ねる。198歳のキュウコンは『さぁ』とわざとらしくとぼけて見せた。
◇
翌日、バスは定時に出発した。タイトさんが反応した以外、誰も時計草には気づかなかったようだ。誰からもらったというタイトさんの問いは、心の中で謝りながら、軽く流しておいた。「ほう」と彼が小さくつぶやく。
バスの中で竹沢さんが、曰く、今回の成果ではストライクを含む希少種のポケモンが複数捕獲できたこと、セレビィが捕獲できなかったのは残念であるが、得た物は非常に大きく、感謝していること、町に着くにはバスであと二日ほどかかることなどを、マイクを使ってぼそぼそと話した。
一通りの話が済むと、実家に電話した。あと二日ぐらいで、帰るよ。
「帰ってこなくていいよ」
お母さんにそう言われた。捨てられたかと絶句する。爆笑されたのが癪である。
「旅に出て、もっと色んなところを見ておいで」
それだけ言われた。うんと頷く。「炎姫もいいよね」と聞く。狐も同意した。
「あ、もちろん就活はそっちでやっててね」
え、就活続けるの?
痛いところを的確に突いた後で、母は静かに電話を切った。
それにしてもバスの中は空気が悪い。ガラスの窓に手をやると、それは拍子抜けするほど簡単に開き、透明な空気がぼくらを包む。
◇
当初の予定とは違う村だが、今日はここで夜を明かす。と竹沢さんがぶっきらぼうに告げる。何があったかは知らないけれど、出発直後と比べて非常に機嫌が悪い。新しい目的地が、もはや町とは言えない集落だったからかもしれない。皆外へわらわらと出ていく。
「明日、バスに乗らなくてもいいですか?」
苛々と歩き回っている竹沢さんにそう尋ねる。かなり驚いたようで、この街から出るバスの本数が異様に少ないことなどを色々聞かされたけれど、別に拒否する理由も無いらしい。どうせ俺も乗れないしなと何かぶつぶつ言った後、お元気でと無感動にあいさつされた。
タイトさんにも挨拶をした。何もかも知っているという風に「おう」と返事がきた。タイトさん、ありがとう。ぼくが言うと、彼は慌ててそっぽを向いた。いい人だと思う。
村の小さなポケモンセンターに入り、チェックインを済ませる。
「旅の途中ですか?」
女医さんにそう聞かれる。少し意外だった。今時ポケモンセンターは短い旅行に使うものになっていたからだ。
「このあたりでは、まだほとんどの子たちが10歳になると旅に出ていますよ」
笑いながら、そう言われた。ふぅんと頷く。自分はこの年になってまだ旅に出たばかりだと言うと、やはりすこし笑いながら頑張ってくださいねと言う。
「その植木鉢はどうなさいます?」
言われてみると、旅をするには邪魔そうに思える。ふと思いついて、実家に送ってもらうことにした。もう一度電話した時の親の声が少し震えていたのは、気付かないふりをしておいた。永遠に咲き続ける時計草だと伝えて電話を切る。
転送装置の中へ吸い込まれるようにして、時計草は消えていった。
過去とか足跡とか言われるものは、ずっと咲き続けるらしい。
忘れない限り、永遠に。
でも、水をやると新しい部分が生えてきて大きくなるらしい。とのことである。
寝る前に、炎姫がそう言っていた。いや、書いていた。
――――――――――――――――――――――
第一回ポケモンストーリーコンテスト出展作
お題 足跡
一部改訂版
SBと言います。
第一回ポケモンストーリーコンテストに出させていただいた処女作「時計草」の続編と言うことで、長編を書かせていただきました。
長編とは言いつつ、読みやすさも考慮してなるべく一話完結にしたいなぁとは思ってますが、どうなるのか最近自分でもよくわかりません……。
楽しんでいただければ、幸いです。
【描いていいのよ】【批評していいのよ】
暑いったらありゃしねえ。
むんむんとした熱気が襲ってくる縁側で、おれは中庭に広がる惨状を眺めていた。
池でアメタマがひっくり返って浮いている。池の周りでは、マメパトが暑さで羽を広げて寝ていたり、スピアーがぐったりしていたりする。ここからは見えないが、たぶんテッカニンは池の底に沈んでいるだろう。大丈夫、あいつは死なない。死んでもヌケニンになるからいいや。いや、あれはツチニンからだったか……。
と、そんなことはどうでもよくて、今の問題はなぜか隣んちのガーディがうちに上がり込んでいて、おれの隣にいることと、夏を乗り切るための最強の武器であるバニリッチを切らしてしまったことだ。
暑い。
そう、バニリッチがいないと暑い。
動く気も起きない。どうせ全国の皆さんは冷房でぎんぎらぎんと冷やした部屋に引きこもり、バニリッチを貪りながらテレビでも見て、夏のくせに暑さとか苦しさとか理不尽さとか、その他諸々を味わわずして秋を迎えようとしているのだろう。
そして、うちには冷房がない。これも理不尽な世情の一つと言っていい。
しかもこのご時世であるから、やれ節電だ、やれエコだ、などとのたまった挙句にそういうのを気にする人に限って冷房施設完備の室内に引きこもっている。
おれはと言えば、見ての通り、暑さで溶けかけている。
ここまで苦しんでいるおれが電力を消費しないで、節電節電言ってるやつが平気な顔して消費しているのだから、その悔しさを紛らわすにはおれも電力を消費する以外方法がないではないか。
その決意から点けたテレビは、夏だというのに熱血な芸能人が出ていたりして、完全に冷やしたお茶の間仕様だった。クーラーで冷えた身体に熱血だ。そりゃあ、ちょうどいいことだろう。
チャンネルをぴこぴこ動かして、やっとこさ涼しげなものを発見。番組かと思ったが、それはCMだ。
夏になるといつもやってるやつだな。溢れ出る涼しさにおれは目が釘付けになる。
アイスのCMだ。確か1301と書いてサーティーンアンドワン。メニューの数が店の名前だとかいう話を聞いたことがあるけれど、いくらなんでもそれは多すぎじゃねえか、と思う。
今はキャンペーンをやっているのだとか。可愛げなバネブーが頭にカラフルで真ん丸なアイスを三つも乗っけて、『チャレンジ・ザ・トリプル』なんて宣伝をしている。
なんて美味しそうなんだ! そしてバネブーが可愛すぎて、夏の暑さなんて吹っ飛ぶかと思ったけどそんなことはない! 暑い!
「おい、ガーディ。お前の名前を教えてもらおうか」
おれはテレビを消して立ち上がる。ガーディが一吠えしてだるそうにおれの足下を歩き始めた。
「そうか、ストロベリーか」
噛まれた。
「いってえ! いいじゃねえか、ストロベリーおいしそうだろ」
庭にいたポケモンたちが、ストロベリーと聞いてぴくりと反応したのは気にしないことにしよう。今からおれは言わねばならないことがある。
おれは、今夏最大の決意を胸に抱いて、高らかと宣言してやったのだ。
「ストロベリー、これからチャレンジ・ザ・トリプルにチャレンジしてやろうと思う! 依存はないな?」
中庭のやつらが一斉に起き上がった。
そんなわけで外に出たおれは、暑い。ひたすら暑い。暑かった。
照りつける日光はディスプレイに点るライトの如く。日光を浴びるおれたちは店先に出されたかき氷の気分だった。
なぜか後ろをついてくるのはガーディだけじゃない。テッカニン、アメタマ、スピアー、マメパト、ミノムッチ、ポッポ。お前ら、バニリッチ食べたやつらだろ。
こいつらの好みのかき氷を記憶していたおれは、瞬時に名前を考えた。スピアーはレモンだ。マメパトがレモンだと被るので、ユズにしてやろう。ユズ味のかき氷なんて美味しそうだ。ブルーハワイはポッポにしておこう。ハードボイルドな千鳥足、彼の名は、ブルーハワイ。完璧だ。ミノムッチには代わりにアイスの称号をくれてやる。そういえばガーディが好きなのはイチゴだ。
「ガーディ、やっぱお前イチゴだわ。ストロベリーなしな」
そしたら喜びやがった。
テッカニンとアメタマの好みは知らないからまた今度でいいか。
今決めたことを堂々と宣告してやったら、一同は盛り上がりを見せた。テッカニンとアメタマは残念そうにしていたが、こんな適当な名前でも羨ましいと思うのかお前らは。
などと暑さを忘れたいけれど忘れられずに歩を進め、ようやく1301についた。幸運なことに並んでいる人はいない。ここは人気があるからこの時期なら数人並んでいてもおかしくないのだが、開店直後だったからか、並んでいる人はいなかった。
店先に貼ってあるポスターでは、頭にアイスを三つ乗せたバネブーが可愛く写っている。なんて素晴らしいマスコットキャラクターだろう。おいしそうだ。
店に入って、注文をしようとしたのだが、アイスを選ぶときにはさすがに苦労した。なにせ1301もメニューがあるらしい。適当におすすめを選んでもらって、チャレンジ・ザ・トリプルのアイスを三つ買う。
一つはおれのだ。残りの二つは適当にポケモンたちで分けろ。
「さぁ、食っていいぞ!」
ポケモンたちはアイスにかじりついた。おれもいただくとしよう。店内は冷房が利いていて最高の環境だ。
まずは、顔を近づけるだけで漂ってくる冷気を堪能する。ふんわりと漂ってくる甘い香りが続く。これぞアイスクリームの醍醐味だ。かき氷とはまた違った良さがある。
食前の楽しみをたっぷりと堪能してから、ようやくおれは食すことにする。
思わず口の中に唾液が満ちた。さぁ、いただきま――。
「って、おいイチゴ! お前の分はこっちじゃな、ああああああ、ばか、食うなこのやろう! うわあああああ」
コーンから上を丸々掻っ攫われた。
こいつらを連れてくるなんて間違いだったのだ!
ポスターのバネブーが微笑んでいる。おいしそうだ! くそう、おいしそうだ!
どうやら店員さんがこの悲しき大事件を見ていたらしい。黒髪の長髪で清楚な雰囲気しか感じない女の店員さんだ。名札にはイノウエと書いてある。小顔で目がぱっちりしていて、手にチャレンジ・ザ・トリプルを持って、笑顔で近づいてくる彼女は女神のようだった。
「いりますか?」
夏の暑さも忘れてしまいそうな、おれの心臓を確実に一秒は止められるような、それくらい最高の笑顔だった。これが営業スマイルでないと、おれは信じている。
「ありがとうございます、いただきます」
その施しをいただいて、食べたはいいのだが、頭はぽーっとしていて味がよく分からなかった。
でも、うむ、最高だ。チャレンジ・ザ・トリプル。もとい、三段バネブー。
○ ○ ○
私は1301の回し者ではありませんばにら。
「それが兄さんのイッシュで捕まえたっていうポケモン?」
「ああ、チラーミィっていうポケモンだよ。アララギ博士も持ってただろ?」
Nが去った後、5分足らずでポケモンセンターから戻ってきたトウヤに、肩に乗っているチラーミィについてきかれて、リュウヤは振り向きながら答える。
興味深そうにチラーミィを眺めながら、トウヤはリュウヤの横に並び、ポケットに手をつっこむ。
「で、これからどうするんだ?」
「ん」
トウヤは黙って母からもらったタウンマップを広げる。
「ジム戦に挑戦するにしても、そうでないにしろ、進む道は1つだな」
「うん、2番道路を抜けて、サンヨウシティに行こう」
「了解っと、買い物とかはいいのか?」
「もう済ませた」
先ほど出てきた赤い屋根の建物を横目で見ながら、トウヤは静かに答える。
(ああ、この地方はショップとポケモンセンターが同じ建物にあるんだっけ?)
そう思い返しながら、慣れない地方に、少しばかりの不便さを感じる。
ゆったりとしたアコーディオンの音色(どこかで誰かが轢いているのだろうか)を聞きながら、2人は2番道路に向けて歩き出した。
このカラクサタウンはそんなに広い町ではない。すぐに2番道路と繋がる改札に到着した。
「此処の地方はこういう改札が至る所にあって、電光掲示板には、近くの町や道路の情報が事細かにのってるんだ」
「……なんで、イッシュ出身の僕より詳しいの?」
「……そりゃ、カノコまで歩いてきたからだよ」
はっはっはっ、と笑いながらリュウヤは電光掲示板に目をやる。
“いたずらポケモンが出ます!! 荷物を盗られないよう注意……2番道路”
そんなテロップが流れていた。
「物取りポケモンだって、世も末だねぇ」
「いたずらポケモンって言いなよ、その言い方すごく人聞きが悪いよ」
同じようなモンだろ? と肩をすくめるリュウヤに、呆れたようにトウヤはため息をつく。
悪いポケモンなど、この世にはいない。
誰かがそういった本を書いたとチェレンは言った。
嘘か本当かは定かではないが、そうだとすれば、この盗難ポケモンもいたずらか、あるいはそれ相応の理由があってそういうことをしているのだと、トウヤは思っていた。
「まぁ、2番道路自体はそんなに長くないみたいだし……日が落ちる前に抜けよう」
「……うん」
頷きながらトウヤは改札から2番道路に向けて足を踏み出した。
その時だ。
トウヤの頭上を何かがかすめ、トウヤのかぶっていた帽子が何者かに掠め取られる。
「!?」
驚いて、トウヤは先ほどまで帽子のあったところを、ペタペタと触る。
「あそこ!!」
リュウヤがトウヤの帽子を盗った何者かを見つけ、指さした。
トウヤの斜め左、数メートルほど離れたところに、それは帽子のつばをくわえたまま、すました顔ですわっていた。
三角の耳と、紫色の体毛を持つ、長い尻尾をゆらゆらと揺らしたポケモン……。
「……チョロネコ?」
図鑑を開いて確かめながら、トウヤはつぶやく。
「きっとあいつだな、“物取りポケモン”」
「……“いたずらポケモン”」
リュウヤの茶化すようなセリフを、わざわざ訂正してから、トウヤはチョロネコに向き直る。
「帽子、返してくれないかな。それ、大事なものなんだ」
なるべく優しい口調になるように心がけながら、トウヤはチョロネコに言う。
しかし、チョロネコはふい、とそっぽを向きながら、馬鹿にしたように目を細めた。
「……む」
馬鹿にされてるのがわかったのか、トウヤがわずかに顔をしかめる。
チョロネコは鼻で笑ってから、身軽な動きで草むらの奥へと消えていった。
「あっ!! 待って!!」
慌ててトウヤはチョロネコを追いかけ、リュウヤはそのトウヤを追う。
けれど、ポケモンと人間では俊敏性や瞬発力など、身体能力がそもそも違う。おまけに、あのチョロネコはこの2番道路のポケモンで、地の利も向こうのものだ。捕まえるどころか、追いつくことすらできない。3分としないうちに、2人はチョロネコを見失い、くさむらのなかを彷徨い歩く。
「おい」
いきなり声をかけられた。
赤い帽子、赤い服を着た、白い半ズボンの少年だ。
「俺は短パン小僧のケンタ、あのチョロネコ、お前たちのポケモンだろ」
「は?」
唐突に怒ったようにしゃべりはじめる少年、ケンタに、2人は戸惑いを隠せずに、同時に同じモーションで首を傾げる。
「俺はあいつに大事な相棒のモンスターボールを盗まれたんだ!! 返せよ!!」
「ちょ……待って……っ!!」
掴みかかってくるケンタに、戸惑いながらもトウヤは抵抗する。
しかし、履いてる靴が悪いのか、足首をひねって後ろに転びそうになる。
「ちょっと待った」
しりもちをつきそうになるトウヤを引っぱり、抱きとめながら、リュウヤはケンタを蹴っ飛ばす。
「何すんだ!!」
顔を上げて噛みつかんばかりの勢いで食ってかかろうとするケンタの顔面を、リュウヤは再度踏みつけて黙らせる。
「大丈夫か?」
「……う、うん。でも、いきなり蹴るのは良くないと思うよ」
リュウヤから離れて、自分の足でしっかり立ちながら、トウヤは鼻を押さえているケンタに白いハンカチをを差し出しながら、
「……僕らはチョロネコのトレーナーじゃないよ、大丈夫?」
「っ嘘付け!! あのチョロネコ、あいつと同じ帽子持ってたぞ!!」
「……その帽子はトウヤのだ、さっき盗られたんだよ」
「へ……?」
リュウヤの言葉にケンタは口を開けて呆ける。
トウヤは「わかってくれたんだろうか?」とため息をつく。
リュウヤの肩に乗ったチラーミィが、くわぁっと大きな欠伸を漏らした。
「なんだー!! そうだったのか、そりゃ悪かったな!!」
「こちらこそ、蹴っ飛ばして悪かったな」
誤解が解けた両者は、まず謝るところから始まった。
「さっき、言ってたけど、モンスターボール盗まれたって本当?」
「……ああ、ヨーテリーの入ったモンスターボールを盗られた。他にも財布とか、トレーナーカードとか、バッジケースとか盗まれた奴もいるぞ」
「……ここに、帽子盗まれた奴がいるから加えとけ」
「うるさいよ」
リュウヤを小突いてから、トウヤはケンタに聞く。
「君は此処であのチョロネコを探してるの?」
「ああ、俺の大事な相棒の入ったモンスターボールだからな、何がなんでも取り返すさ」
「……他の人は?」
「皆あのチョロネコを捕まえようと息巻いてるよ、少し奥に行けば結構な人数がいるぞ」
「ふーん……」
興味なさそうにリュウヤが頷く。
肩の上のチラーミィは退屈なのか、うたた寝を始めていた。
「どうする? トウヤ」
「え?」
「盗まれたのは帽子だから、そんな値打ち物じゃないし、大切なものでもないだろ。ほっといて先に進む事だってできるが……」
「探すよ」
きっぱりと、トウヤは言った。
「……そうか」
あえて理由は聞かず、リュウヤは「トウヤの意思に従う」と、頷いた。
トウヤは野生のポケモンがたくさん出てくるくさむらを歩くので、ツタージャをモンスターボールから出し、先頭に据える。
「ツタージャ、チョロネコのいる所ってわからない?」
トウヤは訊くが、ツタージャはしばらく考えてから、首を横に振る。
ピクシーやコンパン、ガーディ、マリルと違って、よく見える目や、よく利く鼻、耳を持っていないツタージャに、ポケモンを探し出すことはできないだろう。
2人はケンタも連れて、とりあえずポケモンのいそうな所を探しあるいた。
けれど、出てくるのはヨーテリーやミネズミ、チョロネコは全く出てこない。
「なかなか出てこないな」
「うん」
「……あのさぁ」
2人の会話に、ケンタが割って入った。
「お前ら双子なの?」
「遅いな!!?」
遅すぎるケンタの質問に、リュウヤがつっこむ。
トウヤがリュウヤと自分を指さしながら、
「こっちが兄のリュウヤで、僕が弟のトウヤ」
「で、お揃いの服着て歩いてんのか、見分けつかねぇな」
「まぁ、親も間違えるくらいだからなぁ……っと、そういやぁ、1人いたな」
「……何が?」
「俺たちの見分けがつくやつ」
「へぇ」
ケンタが感心したような声をだす。
トウヤが小声で「誰?」とリュウヤに訊く。
「チェレンだよチェレン」
「え?」
「あいつ曰く、俺とトウヤは全く違うらしい」
「……へー」
リュウヤの言葉に、トウヤは心此処にあらずといった風に頷く。余所見をしていたためか、道端にできたくぼみにつまづいて、トウヤは派手にころんだ。
「トウヤ!?」
「おいおい、大丈夫か? んなランニングシューズ履いてねぇからだよ。動きにくいだろ」
「……持ってないし」
ケンタに向かってボソリとつぶやいてから、ぽんぽんと服を叩いて立ち上がるが、右足を着いた時に「うっ」と顔をしかめる。
「捻ったのか? 見せてみろ」
「……大丈夫だし」
「大丈夫じゃねぇだろが、ほら」
鞄から簡易救急箱を取り出し、トウヤをその場に座らせる。
簡単な手当てを柄にもなく繊細な手付きでテキパキとこなしていくリュウヤを見て、トウヤはどうしようもない経験の差を再度確認してしまう。
「手馴れたもんだな」
「年季が違う」
感心したような口調でつぶやくケンタに、リュウヤは短く返す。リュウヤのその言葉にケンタは「なんだよそれ」と笑いながら返すが、トウヤはリュウヤの戦歴を考えると、とても笑う気にはなれなかった。
「よっ……と」
リュウヤの力を借りてトウヤがやっと立ち上がった時、トウヤのライブキャスターが鳴った。
「あれ?」
「誰からだ?」
ピッとトウヤがライブキャスターの受信ボタンを押す。
「トウヤ!!」
ライブキャスターの向こうから、聞きなれた女の人の声がした。
「母さん?」
「そう、ママです。そっちはどう? そろそろポケモンと仲良くなって、旅の楽しさをかみ締めている頃かしら?」
「いえ、今まさに旅の厳しさを体感しているところなのですが」
「ちょっと用があって連絡したんだけど、2番道路の入り口まで戻ってきてくれるかしら」
「無視ですか、お母様」
「じゃあ、切るわねー」
一方的にしゃべられるだけしゃべられて切られたライブキャスターを呆気に取られながら見て、リュウヤは「戻るか」と肩を落としながら言い、トウヤの肩を支える。
「お前らの母ちゃんおもしろいな」
「……はは」
ケンタの声に、トウヤとリュウヤは乾いた笑い声を漏らした。
「そうだ、一回カラクサタウンにもどるからな」
「え?」
段差を乗り越えながらリュウヤは隣にいるトウヤに言う。
「足の手当てしなきゃいけないからな」
「……でも」
「帽子くらいいいだろぉが、モンスターボールとか財布じゃないんだから」
「よくない!!」
立ち止まってきっぱりとトウヤは言った。
「だって、だってあれ、せっかく兄さんとお揃いなのに……」
「……」
リュウヤは黙ってトウヤをみつめる。
そして、ボソリと言う。
「お前……意外と恥ずかしい奴なんだな」
「……うるさいよ」
ぐにっと左足でリュウヤの足の甲を踏みつける。
顔をしかめながら、リュウヤは「わかった、わかった」と笑った。
「俺たちはいかなる時も、平等で同一、だもんな」
ぽつりとつぶやいて、2番道路の入り口の前にいる母さんに手を振る。
「はいこれ!! 掃除してたら出てきたの、片付けってしてみるものね〜」
母が差し出したのは新品のランニングシューズだった。
それもご丁寧に、リュウヤと同じメーカー、同じ型、同じ色のお揃いのシューズ。
決して示し合わせて買ったわけではなかったのだが、なんという偶然の一致なのだろうか。
そんな事も含め、いいたいことは山ほどあったのだが、開口一番、トウヤが口にしたのは、お礼やつっこみなどではなく、
「もっと早くに届けて欲しかったです」
という不満だった。
「あと、リュウヤにライブキャスター」
「あ、おう」
戸惑いながらもリュウヤは赤い色のライブキャスターを受け取り、つけ方がわからないのか、ひっくり返したり、ふったりしている。
「つけてやろうか?」
「あ、ありがと」
ケンタがリュウヤの右手にライブキャスターを装着する。
その様子を見ながら、母さんはにこやかに頷き、来た道を引き返そうとする。
「あら」
その行く手に現れたのだ。
件の、“いたずらポケモン”が。
「母さん、それ、そいつ“物盗りポケモン”!!」
「……“いたずらポケモン”」
不機嫌そうな顔をしながらも、トウヤはちゃんとリュウヤの言葉を訂正する。
そして、先頭に据えていたツタージャが、チョロネコの前に立ちはだかり、彼(彼女?)を睨みつける。
「僕の帽子、返してくれないかな?」
「俺のモンスターボールもだ!!」
トウヤの後ろでケンタが吼える。
かなり本気で怒っている2人を前に、チョロネコはたじろぐ。
そもそもこのチョロネコは生来的にいたずら好きの性格で、本人としてはちょっとしたいたずらのつもりで、人のものを盗んだりしているだけなのだ。本気で怒られるという事がすでに心外だろう。それもきっと、ポケモンと人間の価値観の差、という奴なのだろうが。
チョロネコは、戸惑いながらも後ずさりをはじめ、持ち前のすばやさで逃げ出そうとする。しかし、
「ツタージャ、つるのムチ!!」
2番道路を歩きまわった事によって培われたツタージャのすばやさの方が上だったようだ。チョロネコはツタージャのつるに捕まり、身動きが取れなくなる。
トウヤはチョロネコの傍に近寄る。
チョロネコは怒られると思ったのか、三角の耳を垂れさせて、怯えたように目を伏せる。
「……」
これにはさすがに罪悪感を覚えたのか、トウヤは呆れたようにため息をつき、
「……怒らないから、帽子と、あと、ほかの人から盗った物を返してくれないかな?」
そう言って、そっとチョロネコの頬に触れた。
チョロネコは驚いた様子でトウヤを見上げ、ツタージャがつるのムチをほどいても、逃げようとはしなかった。
「……」
その様子を、リュウヤは少し離れたところから見ていた。
悪い事をしたポケモンを瞬時に許せるトレーナーがこの世に何人いるだろうか。
そんな事を、リュウヤは考えていた。
人間の言う“悪い事”。
それはあくまで人間としての観点なのだ。ポケモン自身は、それを悪い事とは思ってはいない。ただひたすらに無邪気に生きているだけなのだ。
そのことに気づけている人間が、この世界に一体何人いるだろうか。
「……あそこでポケモンを傷つけないのが、トウヤだよなぁ」
盗んだものを隠してある場所に案内しようとするチョロネコについていくトウヤを見ながら、ぽつりとリュウヤはつぶやく。
そのリュウヤの背中を軽く叩いて、母さんが小さく笑った。
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