マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1150] 第六話:つながりは消えないよ? 投稿者:ライアーキャット   投稿日:2013/11/18(Mon) 18:13:14     63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ・第6話:つながりは消えないよ?


    「ナゲキ〜! とどめだ〜!」
    「ゲキィー!」
    野生のコジョフーが、拳を受けてふっ飛び、地に伏せる。
    攻撃を加えた格闘ポケモンは強く息をつき、肘を曲げた両腕を勢いよく脇腹へと引いた。

    「ふぅ……これで27体目ぐらいだね」
    大都会、ネクシティ郊外の空き地。
    私は草村の中で、パートナーのトレーニングを続けている。
    太陽は空の向こうに沈みかけていて、オレンジ色の光が辺りを埋め尽くしていた。
    私の旅の二日目も、もうすぐ終わろうとしてるんだなぁ…。

    「エリ」
    馴染みある声が私の名前を呼ぶ。
    「あ、サヤちゃん」
    「アキラが呼んでたわよ。『そろそろメシの時間だ。戻って来い』ってね」
    この街で知り合った鋭い目つきの女の子が、案内人さんみたいに片手を差し伸べてきた。

    「う〜ん……あと5分……」
    「学校に行きたくない子供みたく言うんじゃないの。…まあ私達は子供ではないけど」
    「ナゲキの体力はまだまだ残ってるよ。私のコジョフーだって鍛えられるし……先に食べててってお兄ちゃんに伝えてくれない?」
    「あら意外ね。食事を後回しにするなんて。アンタは天然であると同時に大食いキャラだと思ってたんだけど」
    「否定はしませんけどさ……」
    サヤちゃんしかりアキラしかり、何で私には皮肉ばかりのキャラクターしか集まんないんだろう。
    思わず溜め息が漏れたけど、とりあえず周りを見渡ながら、私は話題を逸らす事にした。

    「いや〜、さっきまでは見なかったけど…この草むらってわんさかコジョフーが居るんだね!」
    戦えるだけですごい幸せな気分! 癒やされるというかテンション上がってきたというか。
    私のゲットしたコジョフーだって可愛いけど、野生の皆さんもなかなかでキュンキュンです!
    「もう離れたくない位だよ〜!」
    「草むらに溶け込んで野生ポケモンの一員にでもなれば?」
    「あ! 名案だねそれ!」
    「ツッコミなさいよ!」
    両手をポンと合わせたら怒鳴られました。
    人間って難しいね。

    「……とにかくさ、もうちょっとだけポケモンさせて。今はキリが悪いんだ」
    「今度はゲームを辞めたくない子供みたいな事を……」
    嘆息しつつ、伸ばした手を脇腹に当てるサヤちゃん。
    「アンタ本当にポケモンが好きなのね」
    「うん。ポケモンの為なら例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あのコのスカートの中だよ」
    「あのコって誰よ」
    「さぁ?」
    ツリ目少女は頭を抑えて首を振った。

    「はいはい分かりました。アキラによろしく伝えておくわ」
    「ものっそ適当な言い分っすね…」
    「アタシみたいに必死に生きてる人間には、アンタみたいなお気楽人種は理解できないの」
    サヤちゃんは何故か鋭い目を更に研ぐ。

    「アタシだって強くなりたい。ポケモンじゃなく、トレーナーとしてのレベルを上げたいのに……」
    「え?」
    「何でもないわよ! お腹が鳴り出すまで勝手にしてなさい! じゃあね!」
    「あ、あの、サヤ様?」
    思わず丁寧口調になってしまった私に構わず、紫髪の女の子は肩を怒らせて去ってしまった。

    「……えーっと」
    私、何か悪い事言ったかな?
    正直、勝手にサヤちゃんが怒り出した印象しか無いのですが。

    「ゲキィイイィイィ!」
    「あ痛ーーーー!」
    突然顎を殴り上げるポケモン!
    「げふうっ! ナ、ナゲキ……」
    「ゲキィッ! ゲキ! ゲキゲキゲーキ!」
    「……うん、分かってるよ」
    ズキズキする患部をさすりつつ、放っていた相棒に向き合う。

    「ナゲキは強くなりたいんだよね?」
    「ゲキッ!」
    「そしてその為に、バトルの積み重ねを望んでいる」
    「ゲキゲキッ!」
    大丈夫。
    私が望みを叶えてあげる。

    「それじゃあ修行を続行するよ! ナゲキの体力が続くまでね! ……私の捕まえたコジョフーの出番も残してね?」
    「ナゲーーィ!」
    聞いているのかいないのか、ナゲキは草村に新たな野生ポケモンを見つけたらしく、拳をかざして特攻を開始した。
    「よ〜し! 行け〜ナゲキー!」
    強さを求める仲間の為なら、私はいくらでも頑張れる。
    野生ポケモンは、またもや一匹のコジョフーだった。
    格闘ポケモンは高みを目指すべく、新たなバトルを開始する。

    そして草村に、一つの音が鳴った。
    「あ……っ」
    「ゲキ?」
    ナゲキがこちらに振り返る。野生のコジョフーも、無言で視線を寄せて来た。
    私はお腹を押さえて屈むしかない。
    ほっぺたがちょっぴり熱くなる。

    「……あはは、ナ、ナゲキ」
    「………」
    冷たい目をするポケモンに笑みを向けて、私は苦しい言葉を吐いた。

    「このバトルが終わったら――ご飯食べに戻っていいかな?」



    ◆◇◆



    「全く…! どうして世の中ってのは、馬鹿ばっかが気楽に生きられるのかしらね……!」
    サヤは肩を怒らせながら歩く。
    すれ違う通行人らが戸惑いの顔で立ち止まるが、瞼のツリ上がりが増した少女には最早周りなど関係ない。

    程なくして、彼女は一軒の木造小屋にたどり着いた。
    その名前を『宿屋』と言う。
    サヤ及び、その知り合いたるエリ……そして『お兄ちゃん』の泊まる施設。

    「――たーだーいーまっ!」
    紫髪のムラ咲き少女は、扉を蹴飛ばして宿に帰還した。
    ロビーのカウンターに立っていた主人がドアを見て冷や汗を漏らしたが、ズカズカと足踏むサヤに言葉を述べられるはずもない。
    ツリ目トレーナーは誰にも声をかけられぬまま、殴り込むように食堂へ入室した。

    「……また随分とシケた面だな、おい」
    ポケモン研究員のアキラが怪訝そうに呟く。
    テーブルの上には既に三人分の料理が並べられ、彼はその一つを目の前に待機している所だった。
    そして、居るのは人間だけではない。
    「ツタモグ! ツタモグ!」
    「ガツガツブー!」
    「ポリポリ……ミジュ」
    床にはポケモン用のフードがいくつかの皿に盛られ、アキラの手持ち達が一足先に食事を遂行している。
    サヤはその三匹を見やると、片足の太股に付けられているホルスターを開けた。

    「……チョロネコ! ニューラ!」
    取り出した二つのモンスターボールを投げる。彼女のパートナーが飛び出し、床へと降り立った。
    ニ匹の猫型ポケモンは一目散にエサへと走した。
    「お腹が空いていたのね。……全く。誰かサンが待たせるから」
    「おい、エリはどうした?」
    アキラの催促がサヤの耳を震わす。
    その振動が不快だったので、彼女は溜め息をついた後に冷たく切り返した。

    「待ってるだけ無駄よ。あんたの出来損ないな妹は、気の済むまでポケモンと戦いたいらしいわ」
    「何だと?」
    エリの兄は椅子から立ち上がる。
    「必ず連れて来いって言ったはずだぜ? あいつは無理やり振り回さねえと勝手に動いちまうんだからな」
    「アタシはアンタの召使いじゃないのよ!」
    イラついていたサヤも声を荒げる。

    「そんなに全員揃って食べたいなら、自分で呼んでくればいいじゃない!」
    「……っ!」
    アキラは乱暴な音を響かせ、席を立った。
    そしてそのまま、無言で部屋から出ようとする。

    「――随分、妹を心配しているのね」
    それを止めるのもまた、勝気少女の呟きだった。

    「兄が妹を心配して悪いのか?」
    「悪かないわよ。でもアンタのは過保護すぎるんじゃないかしら?」
    完全に気分を害した風なアキラに、サヤは鋭い両目を細める。
    「大体ねぇ…保護者同伴で旅する事自体、アタシには信じられないのよ」
    「………」
    押し黙る白衣の男。

    この世界――ミメシス地方の子供は、一定の年齢を迎えると旅に出る。
    大人として認められる為の通過儀礼。
    そんな儀式に保護者という救済措置を儲けるなど……前例の無い事だった。

    「アンタにそこまで心配されて、付き添いを受けてまで旅してるエリは、よっぽど馬鹿って事なのかしら?」
    「否定はしねえよ」
    ぶっぎらぼうに答える保護者。
    「……それ以外にも理由はあるけどな………何せあいつは…エリは昔………」
    「何ブツブツ言ってんの?」
    「独り言だ。いちいちツッコムんじゃねぇ」
    アキラの口調はほとんどヤケになっていた。
    サヤのイラつきが伝染したのか、それとも本来の性格からか。
    だから、つい言い返してしまう。

    「お前が指示通りエリを連れ戻してくれれば、こんなに心配せずに済んだんだがな」
    「ふざけんじゃないわよ! 命令された覚えは無いわ!」
    宿ここから歩いて数分の場所に居る妹を心配する兄。
    そんな兄の過保護へ苛立つ少女。

    ――二人の口喧嘩は、その後十数分ほど続いた。
    口加減の無い性分故に、その内容は徐々に単なる罵倒に終始した争いと化して行く。
    床にて夕食にありつくポケモン達だけが、チラチラとソレを眺めていた。



    ◆◇◆



    「……ツタッ」
    「チョロニャ?」
    「ツタ。ツタツタッ! ツタージャッ!」
    「チョロニャ。ニャニャーロ! チョニャニャー!」
    ツタージャが上げた鳴き声に反応し、チョロネコは食事の口を休め応える。
    「ニャニャニャ。チョロニャ。ロニャー!」
    「ブウゥ?」
    出し抜けにポカブが『会話』へと割り込んで来た。
    ニ匹は一瞬だけ視線を寄せたが、その表情が『ただ気になっただけ』という雰囲気であるのを読み取ると、彼を無視して『言葉』を続けていく。

    「ツタ! ツタ! ツタッ! ツタアァージャッ!」
    「チョロニャッ、ニャニャ、チョロンニャ」
    「ポカポカブー♪ ポカポカブー♪」
    「ニュララァッ! フーッ!」
    「ポカブゥ……」
    「ジュマ、ジュマル。ミジュジュジュッ――」

    …………。
    当然の事ながら、ポケモンの会話は人間と別次元である。
    人の理解力や言語力――波長が噛み合うはずもない。
    しかしサヤとアキラの益体も無い口喧嘩は未だ収まる所を知らず、その内容はどんどん低レベルになるばかり。

    そんな人間同士のいざこざに比べれば、ここに居るポケモン達の話し合いの方がよほどマシな情景なのだった。
    しかし、こちらの話は意味が分からない。
    だから――波長を合わせる。
    話を先に進める為に、ここからしばらくの間。
    ポケモンの声を人間が理解できる内容に、翻訳する事としよう。
    彼ら彼女らは、ポケモンの言葉でこんな会話をしていた――。


    『んで、うるさいブタが黙った所で訊きたいんだけどさ〜』
    ニューラが耳をピクつかせながら、アキラの手持ちポケモンらに質問した。
    『私らのサヤたんに、あんたらのマスター殿は何を血管チョチョ切れてる訳?』
    アキラのポケモン……ツタージャ、ポカブ、ミジュマルは、何も答えない。
    くさへびポケモンは腕を組んで考え込み、ひぶたポケモンは笑顔で鼻歌を歌い、ラッコポケモンはホタチを磨くだけ。

    『なんかサヤたんが侮辱されてるゲなテイストっぽい感じで、私まで超ムカなんだけど』
    『……んな事言われましチもねぇ』
    御三家で最初に口火を切ったのは、草タイプのポケモンだった。
    『あの二人が何を吠え合っているのかなんて、オレっチらにも分からんでっシャ』
    『ま〜そ〜だけどさ』
    『オレっチらポケモンは、人間の簡単な命令は分かっチも、会話全部を理解なんてドダイトス無料っシャろ?』
    『それ、土台無理って言いたいの?』
    『ドヤアアアア』
    『ぜったいれいど喰らって死んじゃえ』
    『それは言い過ぎですチ!』
    『はっはっはっ! 見事に切り捨てられましたなぁ! ブー!』
    落ち込むツタージャを陽気に笑い飛ばすポカブ。

    『猫ポケモンだけにバッサリが上手いって感じですかなぁ? おやおやこれは失礼! こちらまで下らないことを! ブー!』
    『いや鬼級マジマジ1000%に下らないしあとウザ苦しいから黙ってよブタちゃん』
    『ポカブゥ……』
    『つか何で♂ってどいつもこいつもツマンナイ事しか言わないんかしら。ねえチョロぷー』
    『そのニックネームでアタイを呼ぶなっつってんだろ』
    チョロネコがおしゃべりなニューラを牽制する。

    『どうでもいいよアタイは。サヤの姐貴は熱しやすく冷めやすい。ほっときゃ治まるさ。アンタの方がよっぽどツマンナイ事ばかり言ってんじゃないのかい?』
    『え〜? そんな事ナイナイ99ナインティナインだよ! 「さいみんじゅつ」使った後に「きあいパンチ」ぶち込んでくるニョロゾくらいナイナイだよ!』
    『アタイとしてはディグダが「ひっかく」を覚える事実の方がナイナイなんだがね……いやそれはどうでもいい。とにかく』
    チョロネコはフードに口を付けつつ、話を続ける。

    『アタイらはアタイらでメシ時を楽しんでいればいいのさ』
    『ふい〜ん。チョロぷ〜は落ち着いてるねぇ』
    『次そのニックネームで呼んだら首を掻く』
    『アイワカリェシタダァシェイリエス〜』
    『しかし、ポケモンフーズってのは美味いモンですチなぁ。人間は本当に素晴らしい生き物でっシャ。ミジュマルもそう思うチしょ?』
    『我には無用な感慨なり』
    最後の一匹はつれない態度だった。ただ黙してエサを口に運んでいる。
    『世界の優美、浮世の愉悦。太極の流れを見据えるほど、我はまだ成長してはいない。ホタチ二刀流を得るレベルとなるまで敵を斬る。それだけだ』
    『……ねぇツタージャ、このソバカスラッコは四六時タイムズでこんなチャンネルなの?』
    『そうっシャ。あとミジュマルのアレはソバカスでなくヒゲだと思うチけど』
    『あっそ。顔に似合わない性格だねぇ』
    ほどなくして、皆は食事を終えた。
    人間の喧嘩は終わっていなかった。

    『本当に何を争ってるんっシャがねぇ』
    『だから、どうでもいいじゃないかい』
    『ご主人様が喧嘩してんのにドライっチなぁ』
    『アタイらには何も出来ないじゃないか。人間は人間同士、ポケモンはポケモン同士。平和な時は別々に過ごすのが一番いいんだよ』
    『アハハ、チョーウケる! それじゃあチョロにゃん、人間とポケモンが一緒になれるのはバトルの時だけになっちゃうじゃん!』
    『ああそうだね。皮肉なもんだ』
    ニックネームを替えて来た事への突っ込みを辞めるチョロネコ。

    『それに、姐貴はアタイらに少し遠慮してる所があるからね。アタイらは空気を読んで、一歩前に引くって訳さ』
    『遠慮? どういう事っシャ?』
    『どうでもいいだろ』
    しょうわるポケモンは空になった皿を放置し、部屋の外へ歩き出した。

    『ブー? 何処へ行くのですかな?』
    『腹ごなしに外へ行くんだよ』
    『それはいいですなあ! こちらも腹が膨れて来た所で! お供しましょう! ブー!』
    『アンタとアタイの腹を一緒にするなよ豚。湯で煮られとけ』
    『ポカブゥ……』
    『ブタちゃんのアホポカリンな戯言はともかく、私もゴーイングブチかましちゃおうかな! 食っちゃ寝生活が続いてたし!』
    『じゃあオレっチも運動するっシャかな』
    『な、ならばこちらも! ミジュマルは如何ですかな? ブー?』
    『我は暫しホタチを研ぎ、この室内から外界の音に耳を済ます修行に入る。喧騒の嵐故、良い鍛錬となるであろう』
    『はいはいヒゲラッコちゃんのチンプンな漢文は捨ておきマッショイ!』
    ニューラが活発にチョロネコを追い越し、部屋の入り口にて鳴き声を上げた。

    『チョロにゃん、ヘビオちゃん、ブタちゃん! 早くお庭で遊ぼうよ!』



    四匹のポケモンは庭へ駆け出す。
    都会の中とは言え、此処は休息の為の場所。リラックス効果があると踏んだ宿の主人により、入り口の前には芝生や木々が控え目に茂り、ちょっとした自然のスペースを構成している。
    空を見上げれば無機質なビル群が立ち並ぶ中、この土地は楽園のような存在だった。
    だからこそ、ポケモン達も伸び伸びと遊ぶ事が出来る。

    『わっはっは〜! さあ皆さん! こちらを捕まえてごらんなさい! ブー!』
    『ソロで走ってるブタちゃんはシカッティングするとして、チョロにゃん。何して遊ぶ?』
    『次そのニックネームで読んだら新しい技を覚える』
    『いやそれは無理でしょチート乙』
    『アタイは腹ごなしと言ったんだ。せいぜいそこら辺でゴロゴロして胃袋を慣らすさ』
    『じゃあ私もやっぱりオネンネしてようかな〜』
    チョロネコとニューラはそれぞれに気怠げな鳴き声となり、やがて身体の動きも緩慢になっていく。

    『ありゃりゃ、言い出しっぺが寝ちまっシャっチ。ミジュマル連れて三匹で遊ぶべきだったシャかねぇ』
    『こちらを捕まえる者は居ないのですかな? ブー!』
    そんな♀勢を複雑そうに眺めるツタージャと、無視に気付かず駆け回るポカブ。
    とても平和な夕方だった。

    『……カブッ!?』
    そんな中、ひぶたポケモンが何かにぶつかる。丸い身体がひっくり返った。短い足を必死にバタつかせて起き上がる。
    『な、何ですかな?』惑と共に上を向くと。

    「ここだな――あの人の言ってたトレーナーの宿屋は」

    そこには、一人の男が立っていた。



    ◆◇◆



    その男は風変わりな服装――この都会では間違いなくコスプレの類と疑われても仕方がない、民族衣装めいた格好をしていた。
    年は若く、青年と呼称して良い面構え。
    ポカブは首を傾げる。
    こんな姿の人間は見たことが無い。

    謎の男は顔を歪め、不愉快そうに頭を掻いた。
    「ったく……面倒くせえ。あの幹部サマに呼び出されて来たはいいものの、任務があんなつまんねえ内容だなんてよぉ」
    「ポカポカプー! カブー!」
    記述し忘れたが、再び人間中心で話が進みそうである為、ポケモンとの波長合わせを打ち切る事とする。

    ポカブは未知の人間に戸惑いながらも、人なつっこく親睦を深めようと試みた。
    人間に悪い者は居ない……トレーナーという主人に所有されたポケモンの大多数が抱く考えに基づいて。
    ……不幸にも、今回はそれが仇になったのだが。

    「どけっ!」
    「ポギャン!?」
    男は足元にまとわりつくポケモンを蹴り飛ばした。
    ポカブの体は軽く丸い為、キックを入れるとよく飛ぶのである。

    ここに来てようやく――他の面々も異常に気付いた。
    ツタージャが目を瞬かせる。
    チョロネコとニューラも、急速に休息から覚めた。

    ポカブは地面に墜落して――しかし、即座に起き上がる。
    人間程度の攻撃にダメージを受ける生物ではない。
    しかし…それでもショックは大きかった。

    「ポカブゥ……」
    「けっ! 痛くも痒くもない癖に、そんな顔すんなよ。面倒くせえ」
    言葉通り、心底倦怠感に包まれた顔で再度頭を掻く青年。
    何者なのかはともかく、彼が人間の中で余り誉められた人格を所有していないのは疑いようもなく間違いなかった。
    「こんな豚野郎はどうでもいいんだ。……あー、マジで面倒くせえな。早いトコ標的を見つけて、あのヒゲオジサマに金でも貰わにゃあ……」
    青年はブツつく。誰にともなく。
    そうしながら周囲をしきりに見渡し――やがて一方向に視線をロックした。

    「おっと……」
    目を見開いたその先には、ニ匹の猫ポケモン。
    後ろ脚を折りたたんで地に付けつつ、前脚を突っ張って腰から上を起きあがらせたチョロネコとニューラ。

    「へへ、コイツらだな。幹部サマが言ってたポケモンは」
    「ニュラッ!?」
    「チョロフゥウウウ……!」
    猫達はポカブとは違う。即座に警戒を露わにした。
    言葉が分からないなりに、雰囲気で青年を敵と認めたのだ。

    「フン……やっぱ一筋縄じゃあ行かねえか。あ〜面倒くせえ」
    男はぶつくさ文句を言いながら――ズボンのベルトに付けられたモンスターボールに手をかける。

    「とっとと任務を済ませて、『組織』からガッツリ金貰ってやるよぉ!」
    怪人物はボールを投げる。
    ゲットする為の物ではない。捕獲済みのポケモンにモンスターボールは効果が無い。
    勿論、バトルの為だった。

    「……スィイイィイイイ〜〜〜プ!」
    青年のポケモンが現れ、後ろ脚だけで地面に立つ。

    長い鼻は途中で力無く垂れ下がり、両目も緩んで細まった形状。
    茶色の下半身に対して黄色の上半身から伸びた前脚は前に突き出され、ゆらゆらと謎めいた動きをしていた。
    どことなく眠たげな顔つきにして、見る者をも眠気に誘いそうな動作……。

    さいみんポケモン、スリープ。

    「スリープ! ニューラに『さいみんじゅつ』を使え!」
    「スイスイスイ〜〜〜!」
    「ニャラララ!?」
    蠢いていた前脚の動きを止め、スリープは念を込める。
    それは体中から不思議な力となって滲み出し、標的の肉体に干渉していく。

    「ニュ………ウゥッ……ラ…………!」
    ニューラの足元がふらつく。目蓋が激しく震え、重くなる。
    そして――小さな身体が倒れた。
    催眠術にかけられ、深い眠りに陥ったのだ。
    先ほど自身が実行しようとしていた行為が、皮肉にも完遂した瞬間だった。

    「あくタイプにエスパータイプの技は効かない……だが『へんか』技なら話は別さ」
    「チョッ…!? ニャニャニャー!」
    残る戦闘要員が飛びかかる。
    片方の爪を突き出し、素早くスリープの背後をとった。
    「スィプッ!?」
    「チョロニャア!!」
    避けようとしたスリープの身体を突き飛ばすように、強烈な斬撃が背中を裂いた。
    謎の男がよこした使客は、それで容易く地面に伏せる。

    「ちっ……『おいうち』か――!」
    怯える相手を痛めつける技。
    スリープが回避ならぬ『逃げ』を選択していたならば、ダメージは更に跳ね上がっていただろう。

    「スィスィ………プフゥーー!」
    そのような事態にはならなかった為、スリープは即座に立ち上がったが。
    「チョロロ……!」
    「はんッ! 残念だったな。『おいうち』は普通に使っちゃ威力が低い」
    敵ポケモンの主人が余裕げに笑う。
    「――そして今のお前には、それ以外の有効な技が無い!」
    人間の唐突な指差しに、猫はたじろぐ他無かった。

    「あくタイプにはエスパータイプの技が効かず……エスパーにはあく技が常に『こうかばつぐん』となる」
    「チョロニャ……」
    「だが今のお前には、『おいうち』以上のあく技は無い!」

    彼は彼なりの知能に基づき、戦術を組み立てていたのだ。
    「ニューラはお前よりはるかに攻撃力が高い。だから最初に眠らせた」
    男は相棒に指示を出す。『さいみんじゅつ』だ。
    「弱い力と技しか持たないお前は、後回しで倒してやるのだあぁあ!!」
    「スィーーーープ!」
    第二の念波がチョロネコを襲う。

    「ニャ…!?」
    相手の余裕綽々な態度に呑まれ、回避が遅れた。
    「くっくっくっ……コンプリートだ」
    ニ匹の子猫が地に伏し眠る。
    謎の青年は腕を伸ばし、その身体を抱き上げた。

    「俺のミッションはコイツらを倒す事じゃねえ……攫さらう事だからな。華麗な任務遂行って奴よ」
    「カブッ……!」
    「ツタツタ……」
    沈黙する外野席。
    得体の知れない襲撃者に♂達はたじろぐばかりだった。指導者が居ない事も重なり何も出来ない。猫達も救えない。

    「俺って凄いだろ! 誰か誉めろ!!」
    だから、フィールドの空気を震わせるのは――勝者の宣言のみ。
    「あ〜、そうだった。ここに人間は俺しか居ないんだった。面倒くせえな。チヤホヤされていい気分になりたかったのによ」
    「……ポカポカー!」
    突然、ポカブが走り出す。決意をたたえた表情で。
    ただし――宿屋に向かって。
    「ツタァ!? ……ツタタター!」
    ツタージャは一瞬目を丸くしたが、男と宿を交互に見て…結局同様の行為を始めた。

    「はっはっは!! 情けねえ奴らだぜ!」
    獲物を腕に収めたまま、男は笑う。
    モンスターボールには入れられない。後はこのまま立ち去るだけ。
    「さて――っつー訳でトンズラしますか」
    誘拐の本分は迅速性だ。男は敷地から去るべく、スリープを戻そうとする。
    だが、

    「……えっ!?」
    「うおっ!?」

    振り返った所で――第三者に鉢合わせた。
    宿屋にやって来た…否、帰ってきた一人の少女。
    チェリンボのアクセサリーで結われた、サイドテールの髪。モンスターボールがベルト部に装着された独特なリュック。
    それは紛れもなく、男が手にしているポケモンの持ち主がエリと呼ぶトレーナーに他ならない。
    男の手は固まった。
    お陰でスリープを戻すタイミングを逃してしまった。
    今戻せば、少女は理由を問うて来るかも知れない――こんな所でポケモンを出して、何をしていたのかと。

    「な…え? 貴方は誰?」
    エリは宿の前に居る怪しげな男へ、純朴に問う。
    焦るのは悪人の方だった。相手は子供。丸め込みの台詞を即座に考える。
    「お、俺は相棒をあやしてただけだ!」
    「相棒?」上目使いに男の抱えるポケモンを見やるエリ。「そのチョロネコと…ニューラがですか?」
    「そ、そうだ! こいつらはワガママでな。時々ボールから出して抱きしめてやらないと、すぐ引っ掻いてきちまうんだよ」
    ポケモンは人間と違い、同じ個体を並べても外見ではその差が分かり辛い傾向にある。
    エリは知り合いに同じポケモンを持つ者が居る事を知りながらも、ニ匹の猫がそれと同一ポケモンであるとは見抜けない。
    故に彼女が「そうですか〜。大変なんですね」と普通に気付かず労ったのも、当然と言えば当然だった。

    「そ、それじゃあ俺はこの辺で!」
    「あ、あの!」
    走り出そうとした所で、再度のアクセス。
    「その…後ろのポケモンも、貴方のですか?」
    「へ? あ、ああ。そうだな」
    何故がっついて来るのかと、内心で男は歯噛みした。
    「そのポケモンもボールから外に?」
    「いやいや! このスリープは根暗でな! 日光を浴びせたかっただけさ。今戻す所だ」
    苦しい言い訳だったが、出していたポケモンを不自然でなく戻すのには好都合と判断し、男はボールを取り出す。
    そして、用済みとなった相棒をボールに帰らせた。
    鈍足なスリープと共に逃げる手前が省けて良かったと胸をなで下ろす。
    しかしそこで――彼は気付いてしまった。
    「あ、でも」
    瞬間、男のこめかみを嫌な汗が伝う。
    「もうすやすや眠ってるみたいですね」
    焦りがこみ上げ、策を考える頭を急速に鈍らせていった。

    「そのチョロネコとニューラも、戻した方がいいんじゃないですか?」

    「……!」
    戻せる訳が無い。
    ニ匹のポケモンが入るべきボールは、本来の主が持っている。
    そしてそれ以外では、いかなるボールでも人のポケモンは戻せない。
    ポケモンはモンスターボールで捕獲されると、そのボールとの間に『契約』を結ぶからだ。

    「? どうしたんですか?」
    「いやいや…実はこいつは戻せな……い事は無いんだが、えっと、」
    男は三つのミスを犯した。
    一つ…彼は少女を無視してでも現場から走り去るべきだった。
    二つ…彼はもっと冷静に思考する心の余裕を持つべきだった。
    そして三つ…彼は知らなかった。

    「……あ、あの」
    「…………」
    いくらエリに考える力が足りずとも――ここまで来たら気付かれない訳も無い。
    彼女もまた、味わった事があるのだから。
    ポケモンを泥棒に盗まれるという経験を。
    その記憶と、目の前の男の不自然な態度、そして友人のと同じ手持ちを所有している事実……。
    「もしかして、貴方……」
    「くっ……!」

    彼は行動するしかなかった。
    「スリープ! 『ねんりき!』」
    早撃ちのように、悪人は再びスリープを素早く繰り出し、命じる。
    「うわっ!」
    瞬間、エリに向けて念波が放たれた。
    辛うじて身をかわしたが……その事実を以て、少女は事の真相を悟る。

    「やっぱりそれ、サヤちゃんのポケモンなんだね――この泥棒!」
    「泥棒強盗大いに結構さ! 俺は犯罪の現行犯! 目撃者はタダじゃおけねえ……!」
    「させないよ!」
    照準を当てられても、ターゲットにはあがく手がある。
    標的は護衛を繰り出した。

    「行けっ! コジョフー!」
    「コジョーーーー!」
    格闘する小動物がボールから飛び出し、犯罪者に向き合った。

    「ポケモントレーナーになる前は気付かなかったよ。ネクシティにこれほど悪人が居たなんて!」
    「大都会=路地多発=隠れ場所には困らない…後は分かるな!?」
    「了解だよ!」
    人間は発達すればするほど悪になる。それだけの話だ。
    ゴタクはここまで。ここから先はモンスターに体を借りたガチバトル。

    エリは相棒に指令を下した。



    ◆◇◆



    「コジョフー、『ねこだましっ』!」
    私のアイドルが必中の技を出した。何があろうが最初はコレに限る!
    「ったく……ありのまま今起こった事を話したい所だよ」
    ここ最近、というかポケモントレーナーになってからアグレッシブなイベントが多すぎる。
    デビューして初めてのバトルには負けちゃうし森ではパートナーとはぐれちゃうし都市このまちじゃその子を盗まれて今また友達のポケモンが盗まれて……以上ここまでが昨日&今日の出来事とか。
    「はぁ……忙しいね全く」
    とりあえずの感想を述べて、目下排除すべき敵サンをギロリ。

    何処のどいつか知らないけど、怪しい服装の人がサヤちゃんのポケモンを盗もうとしている。
    絶対泥棒なんかに負けたりしない!
    泥棒には勝てなかったよってフラグではなく!!

    「てな訳でコジョフー! 今度は『はっけい』だっ!」
    「コジョジョーー!」
    相手ポケモンは『ねこだまし』で動けない。素早いこの子で追撃する。
    両手(いやホント手なのか前足なのか)を押し付け――衝撃波っ!

    「スイイイ……ッ! ップ。フフフフ……」
    「あ、あんまり効いてないっ!?」
    「ケッ! 微々たるダメージだよガキが! かくとうタイプがエスパーに弱い事も知らないのか! ああん!?」
    ああんっ!
    そうですかエスパータイプですか!
    確かお兄ちゃんが持ってたケーシィ、あとこの町のジムリーダーが持ってるタイプだったっけ……。

    「スリープ! 『さいみんじゅつ』!」
    「スィイイィイ!!」
    対するポケモン――スリープというらしい――は、突然両手の指をくねらせた(いやホント以下略)。
    「コジョーー!」
    それが何を意味するのか考える前に、コジョフーが勢いよく横に飛ぶ。

    「くっ――『うまくきまらなかった』か!」
    よく分からないけど、何かを避けたらしい。
    ……すかさず命令だね!
    「コジョフー! 『おうふくビンタ』だっ!」
    ノーマルタイプの技を命じた。

    『戦った時に思ったけど………アンタって、タイプの相性を何も知らないでしょ?』
    昨日の夜に聞いた、サヤちゃんの声が蘇る。
    宿屋で寝ようとした時に、ポケモンのタイプに関する話を教えて貰ったんだ。
    エスパータイプには、かくとうタイプは『いまひとつ』なんだよね……!

    「ちぃっ――!」
    コジョフーの平手打ちを叩き込まれてフラつくスリープ。
    体力はまだまだ残ってるみたいだった………技が来る!

    「眠らせていたぶろうかと考えたのが間違いだったぜ…」
    名称不明の男サンが吠える。
    「やっぱり格闘ポケモンには、攻撃技のエスパーをぶつけなきゃあな!」
    勢いよく命令を下す誘拐犯。
    僕しもべは忠実に従い、目をカッと開いて前脚を突き出した。

    「スイィイーープ!!」
    「コジョオッ!!」
    水溜まりの波紋みたいな光が一直線にコジョフーへ当てられた。
    今度は――避ける事に失敗する。
    吹っ飛ばされて地に落ちる、私のポケモン。

    「『さいみんじゅつ』は命中率が低い。だから簡単に避けられたんだろうが……『サイケこうせん』はそうはいかねえ」
    「くっ、コジョフー!」
    カンフーポケモンはゆっくりと立ち上がった。
    「………?」
    けれど何か、様子がおかしい。

    「コ〜〜〜ジョ〜〜〜〜……」
    目を回し、おぼつかない足取り。
    頭の上に鳥さんがピヨピヨ回っているみたいな…クルクルパーの様相。
    「コジョフーしっかり! もう一度『おうふくビンタ』を、」
    「コフ〜〜〜!」
    小さい友達は、私の言葉を聞かなかった。
    コジョフーは近くにあった岩へ突っ込み、自分の頭を激突させた。

    「コジャアァアアア!」
    と思ったら、おでこを抑えて泣きわめく。
    「いや当たり前でしょ何やってんすか!」
    「混乱しているんだよ。『サイケこうせん』は運の悪い相手を『こんらん』状態に変えるのさ」
    「何だってえ!?」
    あのクイネの森で私がナゲキに仕掛けてしまった最悪の事件! 自分で自分を攻撃してしまう状態異常が再び!?
    いやいや、そんな説明乙な事してる場合じゃない!

    「一度ハメれば後は単純作業だ! スリープ、もう一度『サイケこうせん』!」
    「スイィイーーー!」
    「コジョオオォア!」
    波紋の光に染まる仲間。
    ヤバイヤバイ! マジマズでヤバイ!

    「オラどうだ! 低レベルでエスパー技を喰らい続けた感想はよぉ!!」
    コスプレ男は私じゃなく、コジョフーに言葉を吐き捨てていた。
    心底楽しそうな表情。
    バトルを楽しむのならいい。けれど彼の顔に浮かんでいるのは……違う。
    苦しみや痛みを容赦なく与えて、それを愉快に思う感情だった。
    しかも自分自身じゃなく、ポケモンにそれをやらせるなんて――!

    「……っ、コジョフーお願い! 自分を取り戻して!」
    こんな奴に負ける訳にはいかない。サヤちゃんのチョロネコとニューラが攫われちゃう。
    でも…そんな思いが簡単に通じるほど、バトルは甘くないようだった。

    「コジョオオ〜〜〜! ゴフッ!」
    「ハハハハ! また自滅しやがったぜ! スリープ! 行けぇ!」
    「スィアアアアアッ!」

    三度目のサイケこうせん。
    螺旋に呑まれ、倒れ込むコジョフーの体。
    「勝負は決したな。こいつらは貰って行くぜ」
    誘拐犯が行っちゃう……そうはさせない!
    「今度はナゲキを、」
    「コ……ジョ……」
    もう一つのボールを掴んだ時――小さな戦士が再び起き上がった。
    苦しみに歪んだ顔をしながら。

    「コジョフー、もう無茶だよ!」
    「コジョー!」
    まだやれる、そんな目つき。
    でも……あの反応から見て、サイケこうせんは多分エスパー技だ。つまり『こうかはばつぐん』という事。
    そんな物を受け続けて、混乱までして……!

    「その通りだなぁ。もう諦めろよ、面倒くせぇ」
    嘲り笑うポケモン攫い。
    「そんな雑魚で何が出来る。俺の邪魔をすんなよ。この誉められるべき完璧な俺を」
    「何が………完璧だよ!」
    どうしようもない状況で、私は怒鳴るしか無かった。
    「貴方…ううん、君は最低だ! 何が目的か知らないけど、人のポケモンを盗むなんて最低だよ!」
    「はっはっは! いいんだよ俺なら。こっちは慈善事業でやってんだからなぁ」
    勝利を確信した犯罪者は怯まない。

    「この猫どもの事情なんざ知らねえが……こいつらも幸せなんじゃねえのか?」
    「何を言って……!」
    「俺はポケモンを誘拐しに来たんじゃねえ――救ってやりに来たんだ」
    妙にはっきりした声色で、悪人は言った。

    「『上』からの命令でな」
    「上……?」
    意味の分からない言葉。
    何なの? コイツもモノトリオと同じ、変なプライドの持ち主って奴?
    けれど――いずれにしても。
    ポケモンを奪って、バトルを弱い者いじめみたいに楽しみ、敗者を嘲笑する。
    そんな奴に、救うとか何とか言われたくない――!

    「ふざけないで………下さい」
    「あん?」
    前の泥棒以上の怒りがこみ上げて、思わず口調まで変わってしまった。
    けどそんな事はどうでもいい。早くナゲキを出して、もう一度……。
    「その子達はサヤちゃんのポケモンです……それも所有物なんかじゃない。大切なパートナーなのですから――」
    「…関係ねえな。俺は上に言われた事をするだけだ」
    コイツにも心というものはあるらしい。こちらの顔を見て、声の調子が若干落ちている。
    私は少し深呼吸してみた。腹が立った時にはやれとアキラが教えてくれた方法。
    落ち着いた。いつもの口調で喋れそうだ。

    「だから……君から絶対にその子達を取り戻すよ」
    「ふん。コロコロ喋り変えやがって。お前はアレか? 二重人格って奴なのか?」
    「私の事なんてどうでもいいでしょ。今はポケモンバトルをしてるんだから」

    ナゲキ入りボールを、リュックのベルトから取り外す。
    「コジョフー、無理は禁物だよ。ボールに戻って」
    「コジョ……」
    「大丈夫。貴方だけじゃないんだから」
    目の前の男を、強く睨んだ。

    「コイツが許せないのはね」
    「諦めろっつったはずだがな?」
    「諦められない戦いもある」
    「ああ、面倒くせえ話だ」
    スリープを戻そうとしたんだろう、誘拐犯はモンスターボールを持った手を下げる。
    ……どっかの目ざとい兄の真似じゃないけど、ベルトに他のボールが見当たらない辺り、敵の手持ちはスリープだけらしい。
    まだ、不利な状況では無いはずだ。
    「いいよ。お前を完璧にやっつけて分からせてやる。ああついでにお前も眠らせておかねえとな。それともさっきみたいに『ねんりき』をブチ込んで……」
    そんな風に、聞きたくもない醜悪な言葉を吐きながら男は対峙して。

    「う――ぐおぉおおああ!!」
    ……直後に悲鳴を上げた。
    「い、痛ぇ! いでいでいで!! や、止めコラァ!」
    「――チョロニャアア!!」
    犯罪者の顔面を引っ掻き回し、猫の片割れが地面に降り立つ。
    「チョロネコ!」
    「な、何でだよ! 『さいみんじゅつ』で眠らせたはずじゃあ……!」
    もう一匹のニューラはまだ眠っている。だけどその子を抱えているから、敵は顔を手で覆えない。

    傷だらけの顔面。
    ざまぁ…と言えるほど、形成逆転ではないけれど。
    「そ、そうか! 『さいみんじゅつ』が解けやがったのか! 時間が経ち過ぎて――畜生! お前のせいで!!」
    私を指差しながら、理性のタガが外れたみたいに怒鳴ってきた。

    「許せねえ! スリープ! あの女に『サイケこうせん』を……」
    「ミジュジュマー!」
    「ぼほわ!?」
    不意に真横から水流が飛び、野郎に当たる。

    「ポカポカブー!」
    「ツタァアアアー!」
    「おいエリ! 何があった!」
    「そのコスプレ男は誰よ!」
    サヤちゃん、そしてお兄ちゃんとその仲間達。

    「っ!? ちょっとアンタ! そのニューラはアタシのよ!」
    「……ああ分かってるよ。所有者さん」
    下手人はこの期に及んで、ポケモンを持ち主に返そうとしない。
    そして、スリープの方を見やる。

    「………これは正式なバトルじゃねえ……使えるかも知れねえな……野生ポケモンに遭うのが面倒くさくて持たせてたんだが……」
    「何ブツブツ言ってんの!? 返しなさいよ!!」
    誰よりも強気な彼女は男に掴みかかった。
    ううん、掴みかかろうとした。

    「――『にげる』!」
    自分のポケモンに言うように、犯罪者は高らかに叫んだ。
    ……こんな衆人監視の中で逃げようと!?
    そんな風に思う暇こそあれば、

    「スィイイイイプ!」
    その暇へ殴り込むみたいな勢いで、スリープはどこからともなく玉を取り出し………地面に叩きつける!
    いきなり、辺りに煙が巻き起こった。
    ありえない量。爆風みたいだと言ってもいい勢いで、視界を埋め尽くす。

    男の足音が聞こえる。この場から逃げ去る泥棒の足……。
    煙が止んだ。

    「なんなの今の技!?」
    「技じゃねえ。『けむりだま』だ」
    混乱を抑えた声調で兄が言う。
    「『きのみ』と同じように、ポケモンには道具を持たせる事が出来る。『けむりだま』は戦闘から必ず逃げられる」
    「…色んな道具があるんだね」
    「トレーナーとのバトルは逃げられないんだが……泥棒の抵抗は例外だったようだな」

    「エリ、どういう事だ?」
    ……かくかくしかじか。
    「なる程、合点がいったぜ。サヤと『お喋り』してたらポカブとツタージャが飛び込んで来たから何かと思ったんだ」
    「納得してる場合じゃないでしょっ!」
    叫ぶのは紫髪のトレーナー。
    「アイツを早く追わないと……ニューラが、アタシの大切な……!」
    声に詰まるサヤの目に、薄く涙が浮かんでいた。

    『こっちは慈善事業でやってんだからなぁ』
    『俺はポケモンを誘拐しに来たんじゃねえ――救ってやりに来たんだ』

    ……やっぱり、悪党はアイツの方だ。

    「チョニャ!? …チョニャニャニャ!」
    チョロネコが地面に顔を寄せた後、いきなり走り出す。
    「チョロネコ……? 分かるのね? あの男の臭いが!」
    「チョロニャー!」
    サヤちゃんも後を追って駆け出した。
    そういえば、お兄ちゃんから聞いた事がある。臭いに敏感なのは何も犬だけじゃない。猫もそれなりに鼻が良いと。
    獲物を探したり天敵に気付く為に、嗅覚の鋭いポケモンは多いらしい。

    私も、行かなきゃ。
    私は今度こそ本当に、コジョフーをボールに戻した。

    「おいエリ!」
    「お兄ちゃんは警察に通報して! 私達はアイツを捕まえ…られなくても、ニューラを取り戻して来るから!」



    ◇◆◇



    宿屋の敷地から出る。標的の姿はとっくに消えてたけど、チョロネコは確かな足取りで進んでいた。

    「絶対に許せない! よくもアタシのポケモンを……!」
    サヤちゃんの足も速かった。チョロネコと合わせて、私が置いてかれそうな速度だ。
    初めて会った時(昨日)も、泥棒を追ってる最中だったよね…。足には自信があるのかな。

    「ずっと一緒に居て…やっとわだかまりも解けかけてきた。好きになれてきたっていうのに……」
    「えっ?」
    ………何か違和感のある言葉が混じっている?
    不自然な台詞に疑問が湧いたけれど、こんな時に考えてもいられない。

    前の一人と一匹はどんどん走り続ける。住宅街を抜け、ビル群に突っ込み、路地裏へ周り込んで――。
    「あっ、居た!」
    「待ちなさい! とっとと止まってニューラを返せっ!!」
    「うおおおおお!」
    謎の服を来た男も必死だ。犯罪者だもんね。

    しばらく追いかけっこを続けた後……相手は正面のビルに入っていった。入口のドアが閉じられる。
    ほぼ直後にそこへなだれ込んだけれど、

    「開けなさい! 開けなさいよっ!! ……チッ。鍵をかけられたわ」
    「でもこれで、追い詰めたんじゃないのかな?」
    私はビルを見上げる。
    そんなに大きくは無い。三階建てで、何かの事務所っぽい雰囲気だ。外側の壁に付けられた看板には何も書かれていない。多分空き物件って奴だろう。
    「ここがアジトって事なんだよね?」
    「どうでもいいわ! アタシはニューラを取り返したいんだから。ついでに殴ってやんないと気が済まない!」
    怒りの形相で扉を叩き、蹴飛ばすサヤちゃん。
    そこでふと何かに気付き、「ごめんなさい。チョロネコ」と相棒に向き直る。

    「謝るのが遅れたわ……アンタとニューラを見ててやれなくて、ごめんなさい……。アタシ、トレーナー失格よね………」
    「大丈夫だよ、サヤちゃん。チョロネコもニューラも、そんな事思ってないって」
    「何で分かるのよ……」
    「何となく、だけど」
    「アンタ……」
    あ、ヤバい怒られる。
    そう思ったけど、ツリ目さんは溜息をついただけで何も言っては来なかった。

    「――まあいいわ。アタシはニューラにも謝らなくちゃいけないんだもの。さっさと突入して救出しましょう」
    「そうだね……でも――う〜〜んっ!」
    私は扉の取っ手(ノブじゃなかった)を掴んで引っ張る。当然の如くびくともしない。

    「駄目だ、全然開かない」
    「いいえ。問題は無いわ」
    「どうして?」
    「……アンタのボールは何の為にあるのよ」
    そーでした!

    「行け! ナゲキ!」
    「ゲキィイイイー!」
    パートナー召還っ!

    「ナゲキ、この扉を壊すんだ! 何か投げ飛ばす勢いで!」
    そしてお願いするけれど、
    「……ゲキ?」
    途端に、ナゲキの表情が曇る。なんか不満げな……。
    「あっ――そうか」
    バトルに関する命令…しかも利害が一致しないとナゲキは受け付けないんだっけ。
    けどコジョフーはボロボロだったし……。

    「あのその…そう! この扉の向こうにね! ナゲキの実……練習台が居るんだよ!」
    「ゲキ………」
    「つ、強くなりたいんだよねナゲキは! さあ行ってみよう! 目標に近付くんだ!」
    「ゲキ……………」
    すげー疑り深い目で見られた。
    まだまだ私、信用されてませんorz

    「ナゲキ! 早くこの扉を壊しなさい!」
    切羽詰まったサヤちゃんが声を上げる。
    「ご、ごめんナゲキ! 今は緊急事態なんだ! チョーホーキテキソチを認めてはくれないかな!」
    「ゲキィ……」
    「認めてもらうわよ! それともこんなドア一つ、アンタは壊せないのかしら?」
    「サヤちゃんの言い方はアレだけど、私からもお願い!」
    「ゲ………キ」
    「ナゲキ!」
    「ナゲキ!」
    「やりなさいよ!!(怒)」
    「おねげーします!!(涙)」

    「ゲキィイイイイィィイ〜〜〜〜!!」

    うるせえとばかりに、柔道ポケモンは能動的攻撃を見せた「って、ええ!?」私の方に突っ込んで来るんですがドア前の私に、

    「ぎゃーーーー!!」
    ロクでもない効果音と共に、扉ごとやられました。
    体が地面から自由になり……ぐえっ! 滅茶苦茶…………痛い………。
    「さあ、寝てないで行くわよ!」
    「はい……」
    「ゲキゲキー!」
    「チョロニャアァアア!」
    奥に進む紫さん。赤&紫頭のポケモンさんも我先にとドタドタ上がる。
    倒れた扉から起き上がり、私も往きます。

    「……ホコリ臭いビルね。何年借り手がついてないのかしら」
    口元を抑えながらサヤちゃんは階段を上る。その後ろにはチョロネコ&ナゲキ。最後尾を私。

    結局、1階には誰も居なかった。それならアイツは上に居るに違いない。
    ――って言うか、私がスクリームしながら転がり込んだのに何も動きが無い辺り、
    「ポケ攫いは3階に居るわね」
    ですよねー、という訳だ。

    「1階に裏口が無かった以上、あの泥棒は袋のコラッタだわ」
    「袋のコラッタ?」
    「……アンタは『ことわざ』って物を知らないの?」
    「ああそれなら知ってる」
    お兄ちゃんがウザい位に吐きまくっていましたので。
    「そう。じゃあ説明はいらないわね」
    ひでえ。
    「サヤちゃんってお兄ちゃんに似てる……」
    「何か言った?」
    心臓ブチ抜き視点で睨まれた。
    口笛を吹きながらそっぽを向く私です。

    「ニャー! ニャー!」
    チョロネコが唐突に叫ぶ。廊下の奥に立って振り返りながら。

    「な、何?」
    「……階段へ曲がる角ね」
    「ゲキィ…?」
    3階へ向けて開けられた入り口。
    ギリギリまで近づいて――私達は耳を澄ませた。

    「……取り逃したと言うのかね?」
    「いやそうじゃなくて! 邪魔のせいなんすよ!」
    恐る恐る顔を出す。
    誰も居ない階段――その上から声が聞こえた。
    3階で喋ってるダレカサンの会話が、ここまで響いて来てるらしい。

    「――ゲキィィイ!」
    「ナ、ナゲキ!? 待って!」
    柔道ポケモンが怒号と共に階段を駆け上がる。
    「エリ! 行くわよ!」
    「へ、へい!」
    「ニャニャニャー!」
    一気に突入モードですか!?

    「……な、何だね?」
    「畜生! ビルに入るトコ見られたか!」
    3階にゴールして――そんな声が伝わって来る扉を、ナゲキがブッ飛ばした。
    ドタドタ部屋になだれ込んで……っと、と! 危ない転ぶ!
    両足にブレーキをかけて、サヤちゃんの背中にぶつかるのを避ける。
    顔を上げて、私は目の前の光景を見た。

    椅子とか机とかが全部壁際に寄せられている室内。
    そこに、男の人が二人立っている。
    片方は……さっきの野郎。ニューラを両腕で抱き寄せて、パニクった顔を浮かべている。
    そして、もう一人。

    「……やれやれ。そう言えば良いのかね?」
    見たこと無い人、パート2。

    「ああもう――世の中にはふざけた男が多いのね!」
    頭に血が上った面構えのサヤちゃん。ふざけた男(新規)をビシッと指差した。
    「アンタ達は何なのよ! 揃いも揃ってそんなカッコして!」
    「ふう……厄介な事になったものだ」
    二人目の新キャラは息をつき、苦笑いを浮かべてこちらを見た。
    泥棒男を青年の部類に当てはめるなら………こちらは『壮年』って感じの大人。
    青年サンに比べて少し派手な衣装を着込み、鼻の下と顎に口ガサツさのある髭を生やしている。

    彼は随分と余裕げに見える態度で、口を開く。
    「吾輩の名前はバンと言う」
    エキセントリックな一人称をぶっちゃけつつ、傍らの奴を示して、
    「君達が追っていたこの男は…まあ『したっぱ』だな」
    「そういう事を訊いてるんじゃないわよ!」
    髭面の人――バンに噛みつくように怒鳴るサヤちゃん。
    開き直りみたいな対応が気に食わなかったらしい。
    ………私も同じだけれど。

    「やれやれ、気の荒い少女だ」
    彼は無駄に大らかな態度を崩さず、両手を広げる。
    「吾輩の調査通りだな。サヤ。君はポケモンを持つ資格が無い」
    「……どういう事よ」
    下っ端と同じ、断定的な喋り方。
    私はさっきから言葉が出ないし――サヤちゃんも勢いを削がれたようだった。

    「ていうか、何でアタシの名前を…」
    「吾輩が君達を調べていたからだよ。エリ。君もまた同様にね」
    両肩が跳ね上がる。
    知らない人から名指しされるのがこんなにビックリするなんて思わなかった。

    「昨日の事だ。吾輩達のボスから連絡があった。『モノトリオが警察に捕まった』とね」
    「…あの泥棒、アンタ達の手下だったの?」
    「野良のアウトローを吾輩達の『団』が雇ったのだよ」
    「『団』って…」
    「フリーのままなら問題は無かったのだがね。そもそも彼らは逮捕歴も多い。しかし吾輩達の仲間である時に捕まったのなら話は別だ」
    「……つまりさ。君達と手を組んだモノトリオがやられて、それで君が調査に来たって事?」
    回りくどい喋りだったので、まとめてみる。
    この人も舞台役者みたいな立ち回りが好きらしい。冗長で困るね。

    「その通りだよ、エリ」
    こっちの名前も知っているようです。

    「ボスは逮捕直前にモノトリオと話していたらしいのだが、どうにも要領を得なかったようでね。吾輩がやって来たのだ」
    バンの目つきが急に鋭くなる。私達をゆっくりと指差す。

    「彼らが捕まるきっかけを作ったのは――君達だね?」
    「そんな探偵みたく言われても……」
    諸手を挙げて否定のポーズ。
    逮捕したのはお巡りさんだし、三分のニはお兄ちゃんと……ジムリーダーの青年さんがやってくれたんだし。

    「それで仕返しに来たって事? それじゃとばっちり臭がプンプンだなぁって……」
    「無論違うさ。ここからは吾輩個人の話でね」
    わざとらしく咳き込むバン。

    「君達を見つけたのは偶然でね。今日の昼の事だったよ」
    私が郊外の空き地に居た頃だ。
    もっと言うなら、野生のデルビル達と(私以外が)戦ってた辺りかな。

    「君達がモノトリオと戦っていたのを知ったのもその後だ。しかしもうその時には、吾輩の興味はそこには無かった」
    「…何よ。ハッキリ言いなさいよ」
    「そう。君に関心があった」
    隣りに立つ紫髪の少女に、視線が向けられる。

    「君はあの空き地で、嫌がるポケモンを無理矢理連れて行こうとしたね?」
    「それが何だって言うの?」
    「ポケモントレーナーとして、不適切だとは思わなかったのかね?」
    「あれは、ナゲキがワガママだったからよ! アタシのポケモンじゃないけど、エリの為にもならないし、」
    「君自身はどうなのだ?」
    「は、はぁ?」
    バンは次々に質問を告げて来る。
    あの強気で物怖じしないサヤちゃんが押されていた。
    私もどうしていいのか分からない。

    「調べさせてもらったよ。君には本当に、トレーナーをやる資格はあるのかね?」
    「な…っ」
    「ニューラとチョロネコ。君は二匹を扱い切れていないようだね。そしてバトルでも連敗を重ねている」
    こちらのチョロネコと、下っ端が抱えるニューラを交互に見ている。
    サヤちゃんの足元に居る方の猫さんは、固い顔つきで主を見上げていた。

    「その原因に――君は気付いているのだろう? 手持ちにも真剣に向き合えない。そのモヤモヤを怒りと焦りに転換するから、勝率も上がらない」
    「なん……ですって…」
    「分からないなら明瞭に言おうか。サヤ――君には自分のポケモンが居ない」
    耳を疑った。
    理解が追いつかず、質問攻めされている側に目を動かす。

    「そもそも、そのチョロネコとニューラは……」
    「――ゴタクは、もう結構だわ」
    けれど言われている側も……既にいっぱいいっぱいみたいで。

    「アンタも、ポケモンを持っているんでしょう? バン」
    「サヤちゃん、まさか」
    「本当なら力づくで取り返したいけど…それじゃそこに居るゴミ男と変わらない。アタシと勝負しなさい!」
    強気少女が歩み出る。チョロネコも臨戦態勢だ。
    そして相手も――それを拒んでいない。

    「いいだろう。今一度、機会を与えようではないか。君と戦えば、確かめられるものもあるだろうからね」
    バンは隣りの男に振り向く。

    「おい。そのニューラを返したまえ」
    「え? でも、」
    「君とは後で『お喋り』をしなければならん。――話題を増やさせるつもりかね?」
    「……分かりましたよ」
    舌打ちして、下郎は持っているニューラを軽く叩く。捕らわれの猫さんはすぐに目を覚まし「ぎょあああ!」ポケ攫いを引っ掻いてこっちに帰還した。

    「さあ、確かめさせてもらおうか! 君とポケモンの『つながり』というものを!!」
    無精髭の男は、不敵な笑みを浮かべて。

    モンスターボールを二つ投げた。

    「っ!?」
    はじける音。光の中から出てくる――二匹のポケモン。

    「ベ〜ド〜ベ〜ダ〜……!」
    「エアァアッフィーー!」
    妙な姿のコンビだった。
    寄り添っているにしては、繋がりが無さそうな外見。

    片方はドロドロの体で、見るからに毒々しい色合いをしている。
    というか出て来た瞬間から、このポケモンを中心に胸が焼ける臭いが立ち込めて来ていた。
    大きな目と短い手を出してるけど、間違いなく危ない部類っぽい。
    対して隣りに居るのは…ギラギラ輝く翼を持つ鳥さん。
    全体的に銀色に光を反射していて、けれど重そうな印象は無い。むしろその堅そうな体躯はとてもしなやかなボディラインで、今にも高速で突っ込んで来そうな飛行機っぽい輪郭だ。

    「ヘドロポケモンのベトベターと…よろいどりポケモンのエアームドだ」
    「――ふうん」
    はわわ……。
    バンとサヤちゃんは早くも戦闘モードに入っているようです。
    だけど付いて行けてないキャラが一名。
    「何でポケモンを一度に二体!?」
    私です、ハイ。

    「ふむ。見所のある君にも、それは分かってなかったようだね」
    「見所って……」
    君に私の何が分かるってんだよ。
    「ダブルバトル――2vs2で行うポケモンバトルさ」
    オジサンが親切にも…嫌みにも話してくれた。

    「さてサヤよ。チョロネコとニューラにてかかって来い」
    「言われるまでもないわよ!」
    鋭く尖った両目で、トレーナーは叫ぶ。
    猫ニ匹が低く嘶いななき、戦闘が始まった。



    ◆◇◆



    再び、ポケモン達の声。
    激戦に駆り出された、チョロネコとニューラの会話。

    『随分と眠りこけてたじゃないか、ニューラ』
    『どーせみんなが助けに来るのは分かってたからね〜』

    軽口を叩きつつ、猫達は主の命令に機敏に動く。

    『「こごえるかぜ」!』
    ニューラが冷気をまとった息を吐いた。
    それは敵側ニ匹のポケモンを同時に襲い、その体に氷の粒を貼り付ける。

    「すごい! 一度にニ匹を攻撃した!」
    「ダブルバトルでは、そういう効果を発揮する技があるのよ」
    「ふむ、『すばやさ』が低下したようだね。」
    人間は人間で掛け合いに忙しい。
    バンは冷気に震えるエアームドへ告げる。
    「だが、まだこちらが俊敏だ! エアームド、『はがねのつばさ』!」
    鉄の翼が舞い、旋風を帯びて光輝く。

    『ギニャッ!』
    二枚の凶器は――ニューラの身体を挟むように打ちつけた。
    『っ痛ぅ……気持ちがいいね』
    『トンチキな事言ってんじゃないよ』
    かぎづめポケモンは強がるが、顔に滲む痛みの色が全てを物語っている。

    「どうだね。ニューラは『こおり』タイプ……『はがね』技には弱い」
    「うるさい!!」
    サヤは全身を強ばらせながら怒鳴った。
    チョロネコは彼女のそんな表情に、内心で溜息をつく。

    ――嫌う人間が余裕な態度だと、すぐカッとなって焦り出す。
    ――それがサヤ姉貴…あんたの欠点の一つさね。

    「チョロネコ! 『ダメおし』!」
    『あいよっ!』
    人間の耳には「チョロニャー!」としか聞こえないが、チョロネコは返事をして行動する。
    氷の粒が食い込んだベトベターに襲いかかり――その部位を抉るように爪の一閃を喰らわせた。

    ベトベターの身体…ヘドロの塊が千切れて飛び散る。
    「『ダメおし』は、相手がダメージを受けた直後に使用すると威力が高い。ダブルバトルには持って来いよね」
    「おぉっ! サヤちゃん凄い!」
    敵の不愉快な話し方に顔を歪めつつ、サヤは精神の平穏を保とうと相手に言う。
    何も分からずに誉めるエリはともかく……敵の男、バンは神妙な面となった。

    「――追補するなら、通常のバトルでは『はんどう』や『へんかわざ』のダメージで威力が上がるのだがね。まあ、今の状況には関係ないか」
    「余計な事言ってないで、アンタも指示をしたらどうかしら」
    「???」
    彼の言葉の意味を知っているサヤと、付いて行けなくなってきたエリ。
    バンは真っ直ぐにサヤを見つめている。
    彼女の『繋がり』を試す為に。

    「ベトベター!」
    四体の中で最も鈍足なポケモンに、持ち主はようやく指令を下した。

    ベトベターはその内容を受け、両手を繰り出す。

    『ひょえっ!?』
    『こいつは…!?』
    猫は身の危険を感じて避けようとするが………適わなかった。
    ヘドロはそれを許さない。

    「――『ヘドロウェーブ』!」
    うねりたゆたう汚泥の波。
    最後に出された敵の技は、それに相応しい最悪な物。
    その場に居た全ポケモンが呑まれた。

    『いや〜ん!!』
    『くっは、汚ねぇ……!』
    紫の波が引く。
    サヤの仲間は、粘りつく毒物にまみれていた。

    そして双方、様子がおかしい。
    『ちょっ――レッグがブルブルテイストなんスけど』
    『ヤバいね、これは多分……』
    「ニ匹は『どく』状態になった」
    優越感溢れる笑みで、バンはのたまう。

    「サヤはどうする?」
    「――ぐっ!」
    挑発に安々とかかる少女。
    これまでに無い程、ツリ目がきつい光を帯びる。

    「ど…毒状態って……?」
    「チョロネコ! ニューラ!」
    初めて見る状態異常に呆然とするエリをよそに、サヤは怒号めいた激励を発した。

    「毒がアンタ達を『ひんし』にする前に――勝負を決めるわよ!」
    ポケモン側からしてみれば酷な注文。けれど今の彼女に毒を治すアイテムは無い。
    他に手段は無かった。追い詰められた状況。

    「ニューラ! もう一度『こごえるかぜ』!」
    『…了解っ!』
    二番煎じの冷気攻撃。
    エアームドもベトベターも逃れる術は無かったが一一バンは笑う。

    「その技に頼っている場合かね?」
    「………っ」
    同じ二体同時攻撃でも、ヘドロウェーブの方が威力は高い。
    エアームドはニューラに有利な技を持っている。
    そして、
    「『こごえるかぜ』は威力の低い技だ。どちらか一方にもっとダメージの付く技を使わなかったのは…失敗ではないのかな?」
    「それはどうかしら!?」
    相手が動きを見せる前に、彼女は命じた。

    「チョロネコ! ベトベターに『みだれひっかき』!」
    『あいよっ!』
    「むっ!?」
    バンが違和感に刮目する。そんな動作よりもニューラの行動は早かった。
    前のターンでニューラより早く行動したエアームドよりも。
    かぎ爪がヘドロを千切り飛ばす。何度も『肉体』を破壊され少なからず苦しがるベトベター。

    「むむ……吾輩のポケモンが後手に回ったか」
    「ええ――『こごえるかぜ』でね」
    二段階下降を受けた事で、エアームドの素早さがチョロネコを下回ったのだ。

    …勿論、それが勝機を意味する訳では無い。
    まだまだ活発そうな彼方と…身体を蝕まれていく此方。

    「エアームド! 再度ニューラに『はがねのつばさ』だっ!」
    「フィフィフィー!」
    鋼鉄の鳥が舞い降りて叩く。効果は抜群だ。苦悶に歪む猫。
    同じくヘドロウェーブへ飲まれたにも関わらず、エアームドに異変の色は無い。

    「どうして……?」
    「『はがね』タイプには『どく』タイプの技が一切効かないのだよ、エリ」
    塩を贈るような丁寧な解説も、ここまで来ると過剰供給だ。
    「『ヘドロウェーブ』は味方ポケモンも攻撃する……ならば鋼を仲間にしておけばいい。こういう戦術もダブルバトルならではだね」
    相変わらずの余裕な表情で、最低速のヘドロを指さす。

    「ベトベター、『ちいさくなる』だ!」
    「ベシュルルルル!」
    指示を受けると同時に、ベトベターの体が収縮を始める。やがて凝視を強いる程に凝視を強いる程に小型化され、小回りもいくらか上がったように見えた。

    「さて、このベトベターに攻撃を当てる事は出来るかな?」
    「調子こいてんじゃないわよ!」

    外野たる天然少女と違い、強気娘は焦っていた。
    サヤは思った事を即座に喋るのが人間の素直なあり方と思う者だ。つまり、バンとは相容れないという事。

    素直すぎる人間は、素直じゃなさすぎる人間と相性が悪い。
    それはさながら、ポケモンのソレと同じように。

    「ニューラ、『いやなおと』! チョロネコは『みだれひっかき』を使って!」
    ニ体へ同時に命令を下す。バンの手持ちを両方出し抜いたからこその、それは速攻。
    「対象は――両方ともエアームドにっ!」
    『Lets,GO! ABOOOOON!!』
    『喰らいなぁ!』
    猫娘コンビが、跳躍を以て敵を討つ。

    ニューラは両前足の長い爪をくっつけ、勢いよく擦り合わせた。
    「ムドドドッ!?」
    「ぬぅ……っ!」
    黒板を引っ掻いた時のような、背筋を逆撫でさせる音。
    ポケモンはもとより、人間達も耳を塞ぐ。……エアームドのみ、そのポーズは不可能だったが。

    「ぎゃー! 気持ち悪い気持ち悪い! サヤちゃん止めさせて〜!」
    アホの子一名も耳塞ぎを忘れていたが、それはどうでもよかった。

    「ェェィ……ァァ」
    『誰も貰い泣きしないよ!』
    哀れな鳥へ込められる爪。
    何番煎じであろうと関係ない。これは様式美ではなく戦闘なのである。
    ニ匹の連携は…見事に決まった。

    「ドゥエアアッ!!」
    鋼の体に亀裂が走る。
    軽量化されたにしても異質な勢いで、敵は壁まで吹っ飛ばされた。

    「どんなに固いポケモンも『いやなおと』の前では形無しね」
    「ふえ…? あれ技だったの?」
    「当たり前じゃない。ていうかアンタはちょくちょく口出さないの!」
    敵&外野たる少女のやり取りに「くっくっく」とバンは笑む。

    「『いやなおと』はポケモンの防御を下げる。それも『がくっと』な。『ちいさくなる』で回避率を上げたベトベターは狙われずに済んだがね」
    「……ヘドロポケモンは後で集中攻撃してやるわよ」
    サヤはエアームドに視線を定めた。
    ニューラに深手を負わせる技を持ち、こちらの攻撃を固い体で軽減させる鎧鳥こそ――優先対象。

    「か、回避率……?」
    「命中率の逆バージョンだよ。相手の攻撃を当てにくくするんじゃなく、こっちが攻撃を回避する為の比率さ」
    「ほほう」

    ――ったく、呑気でいいわね。
    紫髪の少女はいまいち、バトルに集中できていなかった。理性的に戦いだけを見据えようとしても、感情面が気を散らしに来る。……因果な性格だった。

    「余計な事くっちゃべってんじゃないわよ!」
    外野が腹立たしい。外野に声をかける対戦者も腹立たしい。
    「いちいち反応しない事だよ。君はポケモンバトルで負ける度に要らんストレスを背負うタイプかね?」
    「くっ……!」
    敵も外野も、周囲の全てから茶化されるという環境。

    ――落ち着いて。アタシ。
    旅を始めた時から…こんな日常だったじゃない。
    いつまでも感情的にあり続ける程、自分は愚かではないはず……。

    「チョロロ…」
    「ラ……ッ」
    「!?」
    パートナーの鳴き声が、サヤを雑念から引き戻す。

    「やはり攻撃的な人間は、ポケモンにもそれを強いるのだな」
    この場を制圧している男は、あくまで事実を述べるのみだ。
    「チョロネコとニューラには――もはや体力が残されていない」
    感情に溺れやすい少女は、そこで再び相棒を見やる。

    彼女の味方たる猫ポケモンは、汗を足元に広げて立っていた。
    愕然とする。……ピンチに追い込まれたからではない。
    自分の心を静めてばかりで、肝心のパートナーが意識から外れていたからだ。

    「どうしたのだね? 今さら『どく』状態に気付いたような顔をして」
    「し、知ってるわよ!」
    「君はポケモンを気にしているのかね? それともポケモンの世話をしている自分を気にしているのかね?」
    「今は戯言ほざいてる時じゃ、」
    「君は自分の性格を自覚している。それに縛られ、バトルに支障が出ているのだろう。育成にもね」
    敵は目を細め、サヤを俯瞰するように眺め出した。
    「我輩もそれを知っていた。故に分からせてやろうと思ったのだよ―――感情的な人間に、ポケモンバトルは向いているのか」
    「うっ……!」
    耳を貸す必要は無い事を、当然サヤも分かってはいた。
    しかし、一蹴が出来ない。分、か、っ、て、い、る、か、ら、だ、。
    バンに言われるまでもなく…自分の性格を。ポケモンとの相性の悪さを。
    自身の感情にばかり振り回される、愚かさを。

    「お前の負けだ。早くポケモンを苦痛から救ってやりたまえ」
    「す、救えって……」
    『駄目だ姉貴! んな奴に耳を貸すんじゃないよっ!!』
    『チョにゃん子クラブ(会員一名)へ同意ですぜ! あっしらはまだ戦えまさぁ!』
    猫ポケコンビが必死に呼びかける。しかし一一それは届かない。
    人間ではない生き物だから、言葉が相手に理解される筈は無い。
    故に、サヤは決断した。

    「………きるの?」
    「んむ?」

    「降参――出来るの?」

    『姉貴イィィ!』
    『アドモアゼエェエル!!』
    飼い主は最も、妥当な決断を下したのだった。
    厳密には、心弱く臆病で打算に満ちた…もう少し頑張れば打ち破れたかも知れないチャンスを蹴って。

    このまま毒に蝕まれ続ける仲間を戦わせるのは本位ではない。
    この地方にポケモンセンターが無い以前に、治せない状態異常に苦しむ様を見たくはなかった。
    彼女は勝利より……過程を選んだのだ。
    痛みに勝った先より、その前の苦しみに膝を折って。
    サヤはポケモントレーナーとのバトルから『にげる』道を選んだのだった。

    「『駄目だ。勝負の最中に、相手に背中は見せられない』」
    「……っ!」
    「君の脳裏にも、少なからずそんな単語がよぎったのだろうが……」
    バンは顎に拳を添えて考える。
    元々――彼の目的は、
    「我輩の目的は、トレーナーとしての不適格度君に分からせる為だからな。分かってくれたならば良いのだよ」
    顎髭男は唇を歪める。
    勝利の形に。優越感の形相に。

    「戻れ! エアームド! ベトベター!」
    こうして、戦いは終わった。
    感情を優先した少女と、それを窘める為に『挑んであげた』男性。
    「サヤ、貴様の負けだ」
    「う……ぐ―――」

    バンは顎で少女を差し、鼻から嘆息してほくそ笑む。



    ◇◆◇



    「――ちょっと待ったあぁぁああぁあぁ!!」
    沈黙を打ち破り、ただシャウトする。

    「………何だね? エリ君」
    髭面男は不可解げに振り向くが、それに構ってはいられない。
    何故なら。

    「認めてたまるか! こんなバトルっ!!」
    見ている私が、我慢できなかったからだ。

    「バンッ!」
    「効果音かね?」
    「キミだよっ!」
    思いっきり野郎を指差してやる。もうマナーとかどうでもいい。
    「『ヘドロウェーブ』とか『はがねのつばさ』とか、キミが戦略に長けているのは分かったよ。だけど……」
    ポケモンバトルはゲームじゃない。
    戦闘の最中、トレーナーが何も考えていないとでも? 天からの操り手を待っているとでも!?

    「この戦いに負けるイコール…サヤちゃんがトレーナー失格なんて、間違ってる!」
    「………ふむ」
    「キミはサヤちゃんを負かす事で、無理やりゴリ押ししたいんじゃないの? 自分の意見を!」
    「残念ながら的外れだな」
    余裕ぶりつつ髭を撫でるバン。
    「感情的な人間は、トレーナーに向いていない。あくまでソレを教えたかっただけだが?」
    「く――!」
    ムカムカする。
    ここには居ない、どこかの誰かに似ているから……その態度にムカムカする!

    「ここからは――妹の見せ場です!」

    私は、モンスターボールを構えた。
    「エ……エリ?」
    「サヤちゃん」
    一番の被害者は、屈服の事実から立ち直れないようだった。けどソレじゃ駄目だ。
    「サヤちゃん。ポケモンを戻して下さい」
    「え、えぇ……え?」
    「『え』が多いですよ」
    「いや、そうじゃなくて――アンタ」
    「たまにこうなるんですよ」
    言われる前に言った。昔パパにも兄にも言われた事だから。
    特に最近――お兄ちゃんには連発してたしね。

    「久しぶりに頭に来ちゃいましたので……。キレたら態度を変えるのは普通でしょう?」
    「ククク。それが君の本性かね?」
    「たまに出る敬語口調を本性とか決めつけないで下さい。私にも身に覚えが無いんですから」
    不思議な気分だ。
    サヤちゃんを傷つけたコイツにイライラしてるのに、何故かウキウキな感情が湧いて来る。

    「もう一度言います。サヤちゃん。ポケモンを戻して下さい。『どく』状態なのですから」
    「………」
    目を白黒させつつ相棒を戻すサヤちゃん。これで良し。

    「これで勝負は仕切り直しです。私とバン、貴方のね!」
    「キャラ変わり過ぎでは無いのかね?」
    「既に説明した事は繰り返さない。私の主義ですよ」
    「了解、かな。では君の参加を認めよう」
    サヤちゃんがバンに言いくるめられ、トレーナー失格なんて認めない。
    私がコイツを倒してみせる!

    「行けっ! ナゲキ、コジョフー!」
    怒りのままにボールを投げた。
    そして、直ぐに気付く。

    しまった……コジョフー!

    宿屋の前で戦った男。
    私の仲間二番手は、そいつのポケモンにやられていたのだ。
    正確には大ダメージに『こんらん』。

    「こんな状態じゃ戦えない……!」
    「コフウゥゥウウウ!!」
    「って、あれ?」
    コジョフーは、元気いっぱいに召還された。

    床に降り立ち、相手を睨んで構えを見せる。
    「コジョフーは『こんらん』してるはずじゃ……」
    「『こんらん』?」
    何故か敵が反応して来た。

    「ああ。そういえば隣の部下から聞いたよ。スリープに混乱させられ、ダメージも受けたそうだね」
    「ハイオカゲサマデ」
    「しかし問題は無い。『こんらん』はポケモンをボールに戻せば、すぐに治るのだよ。それに加えてコジョフーには『とくせい』の力もあるしね」

    「『とくせい』?」
    首を傾げかけて…引き戻す。
    そういや、お兄ちゃんがクイネの森でそんな事を言ってたっけ。
    混乱と言い特性と言い、あの森って勉強になるんだなぁ。

    「『せいしんりょく』の可能性もあったが、どうやら違うらしい。コジョフーの特性
    『さいせいりょく』は、戦闘から引っ込むと体力が回復するのだ」
    「え?」
    「つまりコジョフーは、状態異常から逃れた上に傷まで癒やして出て来たのだよ」
    「えぇ〜っ!?」
    何その強くてニューゲーム! 『とくせい』凄ッ!!

    「……君も口調が戻ってないかね?」
    「え? あぁ、うん」
    なんかモチベ下がったの。
    敬語キャラとは何だったのかね。
    「そんな事はどうでもいいんだ! 大事なのは私でなくポケモンでしょ!」
    「君のポテンシャルにも興味はあるんだが…ここはお手並み拝見と行こうか!」
    バンは再度エアームドとベトベターを呼び出した。

    「時にバンさんや」
    「連中には回復特性は無い」
    「ありがとう」もう用無しですね。

    「ゲキィイィィ!」
    「コジョオオ!」
    「ムドアァッ!」
    「ベ〜ド〜ベ〜ド〜…」
    「サヤちゃんに代わって、オシオキだよっ!」
    「やれるものならやってみたまえ!」
    謎の髭親父、二戦目開始!

    「エリ、さっきのって……」
    「ゴメン、今はバトルだから!」
    「……ったく」
    外野には構ってられないよね!
    「それは、さっきのアタシの台詞よ!」
    「ごめんねっ!」
    謝罪をサヤちゃんに、命令をポケモンに!

    「ナゲキ! 目の前の奴は敵だ!」
    「……ゲキ?」
    利害が一致しなければ、私はナゲキに拒否されてしまう。
    「そのポケモンを倒さないと、ナゲキの旅も阻まれちゃうんだよ!」
    「ゲキイィイィィ!」
    まんざら嘘でもないけれど、パートナーを煽るのは複雑な気分だった。

    「ナゲキはベトベターに攻撃して!」内容は自由でいいよ!
    「そしてコジョフーは――ベトベターに『はっけい』!」
    「ほう」
    バンは少しだけ目を見開いた。

    「片方を集中攻撃かね」
    「サヤちゃんのバトルを見て、大体の雰囲気は分かったからね!」
    ポケモンの技が一体を叩く物か、複数体を巻き込む技に分かれる。これがダブルバトルであるらしい。
    けど私には、その技の判別なんて付かない。だからこそ……!
    「複数攻撃の技が分かんないなら、片一方を叩くのが良い!」
    しかもベトベターは…『ヘドロウェーブ』だっけ? 相手を丸ごと呑む技を持っている。
    早く倒すのが吉! だよね!

    「――まだ早いがね!」
    「えっ!?」
    こちらよりも先んじて、エアームドが迫って来た。
    「エアームド! 『エアカッター』だ!」
    「エアァァムドォ!」
    鉄の翼が宙を掻く。
    その鋭さは空間にも伝わり、大気そのものをこちらに向かって刃のように押し付けてきた。
    「ゲギギギッ!」
    「コジョ! ……オオォ」
    「なっ…! この技もっ!?」
    「一度に二体を攻撃出来るのだよ!」
    「……っ!」
    しかも今度は、味方を巻き添えにすらしない。
    ダブルバトルって、こんな奥が深いの!?
    「追補すれば、今のは『ひこう』タイプの技だ。『かくとう』タイプには手痛いと言えるね!」
    「ペラップやケンホロウに続く、私には最悪な技って訳か……」
    ベトベターに絞ったのは失敗だったかも。
    いや、ベトベターだってタチの悪い技を持ってるんだ。相手を『どく』にするなんてトラップを。
    「次は――こっちだよ!」
    ナゲキとコジョフーのターン。
    二匹の身体が、力の限りにヘドロを打つ!

    「ベ……ドォッ!」
    「よっしゃあ! 二人力!」
    ガッツポーズ!

    「……残念だったね」
    へ?

    ベトベターが、ぐぐぐっと体を縮めた。
    「……ベトオォオオ!」
    一気に体を膨らませるヘドロポケモン。
    めり込んでいた私の手持ちは、成す術無くはじき飛ばされる。

    「ふえぇっ!? 全然効いてないっ!」
    「これもまた『タイプ』の相性だ! 『かくとう』タイプの技は『どく』へのダメージが半減するのだよ!」
    「何いぃっ!!」
    何でだよっ! 格闘家もヘドロには触り辛いからか!?
    「ま…まずい……」
    事実上、集中攻撃のチャンスをフイにした!
    相性の悪いベトベターに、痛恨の攻撃を持ってるエアームド。

    「ど、どうすれば……!」
    「悩んでばかりも居られんよ」
    「ひいっ!」
    「クヨクヨしてたら負けるのだからね……ベトベター! 『ヘドロウェーブ』!」
    「で、出た〜〜!」使える技は何番煎じでも臆せず連敗しちゃう奴〜〜〜!!

    「ベ〜〜ド〜〜ベ〜〜ダ〜〜!」
    再び生まれる毒の奔流!
    「ゲッキ……!」
    「ジョオオオ!」
    埋もれて浸かる私のポケモン。エアームドは平気の平左だ。

    「さて、どうなるかね」
    「……!」
    「君には是非ともサヤの二の舞になってもらいたくないものだがな」
    …このオジサマは何故に私を買い被るんだろう。
    何か説明してた気がするけど、ぶっちゃけ言って覚えてない。
    ヘドロの波が引いていく。

    「ゲ……キ」
    「ナゲキ!」
    毒に侵されたのは、ナゲキの方だった。
    肩と片足を落として歯噛む。
    コジョフーは『感染』をはねのけたようだったけど――そこに希望は見いだせない。

    サヤちゃんの敵(かたき)を討つ為にバトルを挑んだっていうのに……!
    このままだと私も、毒タイプにやられちゃう!

    「――ゲーーーキーーー!!」
    「ファッ!?」
    柔道ポケモンが出し抜けに激昂し、叫び声にて大気を震わせる。
    まさか、いつぞやの発狂!?

    「……ああ、そっちだったのね」
    「知っているのかサヤちゃん!」
    「土壇場で発動したみたいよ。ナゲキの持つ『とくせい』が」
    「ナゲキの…?」
    見ると、ナゲキは得体の知れない気迫を放ちながらも…冷静さを保っているようだった。
    反対に、敵の親玉は見る見るうちに苦しげな笑みになる。

    「フ、フフ――吾輩とした事が…エアームド! 再度『エアカッター』!!」
    相手にはピンポイントな攻撃技が少ないらしい。
    私のポケモンが…また傷つく。けれど、耐えてくれた。

    「……愚かね。アタシなら『はがねのつばさ』をナゲキに叩き込むわ」
    「そうなの?」
    「ダブルバトルにおいて、複数のポケモンを攻撃できる技は…タイマンよりも威力が下がるのよ」
    サヤちゃんも色々と物知りなんだなぁ。

    「コジョジョ! コジョジョ!」
    「うおっと!」
    バトル中の私語はフラグだったね!
    「コジョフー! ベトベターに『おうふくビンタ』!」
    サヤちゃんの教えがココで役に立つ。
    確かこの技は…ノーマルタイプだったよね!
    「コォジョジョジョジョ!」
    「ベッベッ……!」
    5連コンボだドン!

    「ナゲキ――!」何だか分かんないけど「出来るんだよね?」
    「―――ゲキ!」
    「やっちゃえ〜〜!!」輝く気迫を撒き散らしながら、私の相棒は駆けだして行った。
    ヘドロの塊を前に飛び上がり、空中から胴体を晒して墜落する!

    「ゲッキイィィ!」
    「ベエェエッ!?」
    『のしかかり』だ。
    ドロドロしたベトベターは一瞬でペチャンコになり、直ぐに元に戻る。
    でも!

    「ベ……タ……」
    「『まひ』状態か――!」
    その体は、瞬く間に力を失っていた。

    「…運のいい少女だね。吾輩が見いだしただけの事はある」
    「捨て台詞はソレでOK?」
    「どうやら君には……ポケモンの運を引き出す力があるらしい」
    OKですねっ!

    「エアームド! ナゲキに『はがねのつばさ』だっ!」
    「ムドエアッ!!」
    「もう遅いよ」
    何故だろうか。
    ナゲキなら大丈夫。そんな結果があらかじめ見えたような気がした。

    「ゲン…キイッ!」
    「上出来っ! コジョフー!」
    二番煎じはコッチも同じ。
    繰り返しでも、積み重ねれば溜まるもんねっ!
    「ベトベターに『おうふくビンタ』! そして……」
    言うまでも無いというか、そもそも言えないというか。
    パートナーは目配せをした時点で、動いていた。

    コジョフーが平手のメッタ打ちを繰り出す。
    ナゲキが続けて体を掴み、地球みたいに回転して投げ飛ばす。

    ヘドロポケモンを、倒した。



    ◇◆◇



    「戻れ。エアームド」
    「エムドッ!?」
    「はっ!?」
    「ふぇ?」
    突然、相手はポケモンを回収する。
    ボールに消えれば皆同じ。それがポケモンクオリティ。

    「ご苦労だった。ベトベター。ゆっくり休め」
    「どういう事だよ!」
    動かぬヘドロも戻した男に、とりまクレーム宣言。

    「ポケモンを戻したら試合無効とでも言うつもり!? 男ならキッチリ負けろっ!」
    「うむうむ若いな。しかし感情的でもない。だから吾輩を追い詰められた」
    ニヤけながら拍手をくれる髭。
    「強いて言うなら、君はエアームドを集中攻撃すべきだったがね……エアームドは『はがね』と『ひこう』。格闘技は等倍だ」
    「わけがわからないよ」
    「最後まで闘いたかったのは吾輩も同じなのだが――どうやら時間切れのようだ」
    野郎は耳に片手を翳した。
    窓の外から、聞こえてくるサイレン。

    「ネクシティ警察だ! 神妙に縛に付けい!」
    大勢の足音を連れ、国家権力が現れた。ついでに――通報者も。

    「久しぶりだな、エリ」
    「お兄ちゃん!」数分ぶりだけど!
    「野郎ども――もう終わりだぜ」
    勝ち誇るアキラ。通報しただけの癖に。

    「貴様ら………『シナプス団』か!」
    お巡りさんの一員が、食いしばった歯の間から絞り出した。

    「シナプス団??」
    「何よそれ」
    頭を捻る少女が二人。

    「君達が知らんのも無理は無い。吾輩達の任務は気密性があるからな」
    「俺は知ってるぜ」
    誇らしげなツラの男が二人。

    「ミメシス地方の『不』愉快犯。何か分からない目的の為に何か分からない事をする犯罪組織。……親父からそう聞いている」
    「パパが?」
    「ポケモンに関わる玄人の中では有名な話さ」
    私とサヤちゃんは素人と言いたいらしい。

    「否定はせんよ。まだまだ我々の『ボス』の思想は、君達に広まっていないのだからね」
    「うわあぁぁ!」
    バンが演説を始めようとした時、何者かが悲鳴を上げた。

    「えっ!? 誰っ!?」
    「誰じゃねえよ! 俺のスリープをボコしといてソレはねえだろ!」
    「アアハイハイ」名無しのポケ攫いサンね。

    「で、何だね? 不甲斐ない部下よ」
    「え――っと、バンさん」
    かませ…ううん。『シナプス団のしたっぱ』は、懐から何かを取り出す。
    「コイツが震えたモンで……ボスからの連絡かと」
    「吾輩達の状況も、予測済みか」

    「………ボール?」
    悪人の若い方の手にはモンスターボールっぽい球体が。
    バンはそれを取り上げ、床へと投げつけた。

    「シナプス団の通信機器――『ホログラムボール』だよ」
    球体が二つに割れ、上方へと閃光を放つ。
    けれど…そこから出てきたのはポケモンじゃなくて―――、

    『初メマシテ。皆様方』
    「なっ……!?」
    二人の犯罪者なんてメじゃない、妙ちきりんな存在だった。
    チカチカと体を点滅させる、平べったい何かが立っている。

    「アンタ、立体映像ね」
    「……貴方が、シナプス団のボスなの?」
    「シナプス団のボスは、通称『ニューロン』と呼ばれている。貴様がソレか!」
    お巡りさん達の怒号に、ニューロンは頭を下げた。
    けれど――分からない。

    「貴方は何者……? 大人なの? 子供なの? 男の人? 女の人?」
    『個人情報ハ勘弁シテ下サイ』
    ニューロンは、容姿も声色も意味不明だったのだ。
    まず全身がスッポリ隠されている。胴体は丈の長いローブに。顔はモニターの張り付いた被り物に。
    そして被り物の機能か、声まで改竄されていた。
    性別も年齢も考えられない、ゴチャゴチャの声色。

    『我々しなぷす団ノ思想ハ、「ぽけもんト繋ガル事」ナノデス。サナガラ脳内回路(しなぷす)ノ様ニネ』
    「それがどうして……ポケモンを奪う事に繋がるのっ!?」
    『ぽけもんト繋ガレナイ人間ハ、ぽけもんト関ワルベキデハ無イノデス』
    人間な事以外分からない『ソレ』からは、表情も気持ちも読めなかった。

    『えりサン。なげきガ逃ゲ出シタ時、貴方ハ「一休ミ」で暴走ヲ止メマシタネ』
    「!?」
    何で、それを。
    『シカシ、さやサン。貴方ハ暴走スルなげきヲ無理ヤリ連レ帰ロウトシタ』
    「そ、それがどうしたのよ!!」
    サヤちゃんは紫髪を振り乱して怒鳴り散らす。
    『自分ノ考エヲ押シ付ケ過ギル――貴方ハ本当ニ、ぽけもんガ好キナンデスカ?』
    「アンタなんかに何が分かるのよ!? 」
    『分カリマスヨ。少ナクトモ資料上ハネ』

    声が改造されてる所を差し引いても、ニューロンの言葉は無機質だった。
    そんな口調だからこそ、こっちも黙っていられなくなる。

    「何言ってるのさ! サヤちゃんは大事なポケモンの為に、ここまで追って来たんだよ!?」
    『ソレハ「あぴーる」デハ無イデショウカ』
    ホログラムは音量を変えず、言った。

    『他人ノぽけもんトイウ理由デ愛情あぴーるヲ行ウノモ、愚カデスガネ』

    「――え?」
    彼女を見る。
    その顔面は、真っ青だった。

    『元ノ所有者ガ誰ダッタ所デ、ソンナ過去ハ瑣末ナ物デス。シカシ彼女ハ、ソレヲ気ニシ過ギタ』
    「サヤ………ちゃん?」
    意味が分からず語りかけても、当の本人は黙ったまま。
    ただ、震え続けるだけ。

    「チッ……! んなこたあどうでもいい!!」
    お兄ちゃんが空気を震わせる。

    「俺はなぁ! 勝手に空気を自分に傾けて、散々他人を振り回しまくる人間が大嫌いなんだよ!」
    アンタが言えた事かよっ!!
    真面目に言ってるっぽかったので仕舞っとくけど!

    「シナプス団ニ名! 若僧に…あと訳分からない髭男爵! 逮捕する!」
    二人の犯罪者に向けて、警察諸君は特攻した。
    そして――。

    「―――フッ」

    特に何も無く、二人は逮捕された。



    ◇◆◇



    「ふぅ……っ」
    宿屋に帰還すると同時に、ロビーにて倒れ込む私。

    「おい。こんな所で寝るな」
    「実は私はカビゴンなんだよ」
    「ふざけるな。お前は人間だ」
    「ぐえっ!?」
    飛び起きる! 兄貴を睨む! 叫ぶ!

    「妹の腹を蹴る兄が居るかっ!!」
    「小突いただけだろ! オーバーリアクションとは図々しい!」
    「誰も現場を見てない! 私の証言こそが真実!」
    「こうやって冤罪は生まれるんだな!?」
    「はいはいアタシが見てるわよ」
    兄妹喧嘩に割り込む紫少女。
    サヤちゃんは何時も通りのツリ目で、呆れ混じりに溜息をついた。
    お兄ちゃんは即座に青筋を立てる。

    「――今回はお前のせいで散々だ。警察の事情聴取に付き合わされたり……」
    「通報者のアンタが一番長かったわね。被害者であるアタシよりも」
    「警察署って以外にリラックス出来たよね〜」
    「臨機応変な女共が………」
    保護者(自称)は頭を掻き、廊下の奥へ駆け足にて歩いていった。

    「風呂に入る! こんな時間だからな!」
    「ふろてら〜」
    手を振った後で、窓越しに空を見た。
    ……うん。確かに真夜中だよね。

    ネクシティ滞在二日目。それも程なくして終わる。
    アキラは言っていた。この宿屋に宿泊できるのは四日間。
    明日と明後日の午前中が過ぎたら、私には夜過ごす場所が無い。

    「ねえ。訊かないの?」
    耳を刺す声に視線を放つ。言うまでもないけど…サヤちゃんだった。
    ロビー受付の人は居ない。おあつらえ向きのタイマン状況。

    「アタシのポケモンについて」
    「訊かないよ。話したくないんなら、」
    「じゃあ、勝手に呟くわね」
    どうやら一本道のようです。
    バレたのに相手が干渉して来ない――彼女にはソレが嫌だったのだろう。

    「ニューロンが言った通り、チョロネコとニューラには『元主(もとあるじ)』がいたの」
    「…そんな真剣にならなくていいんじゃないかな」
    あえて細かい事を言うなら………自分だけのポケモンなんて、そうそう得られるモンじゃない。
    野生から手に入れたり、他人から貰ったり。
    ポケモンを最初から自分のモノと考えるのは、たまに間違った思惑を生む。

    「何となく分かったよ」
    所有権にこだわってたら、パートナーの扱いに悩むのは必然だ。

    「サヤちゃんは他人のポケモンしか持って無い事を、気にしてたんだよね?」
    「ええ――その通りよ」

    サヤちゃんは尖った目の下瞼を震わせて、絞る。

    「通過儀礼の旅は、他人からパートナーのポケモンを貰う事から始まる。……でもね。アタシはニ匹のポケモンを貰ったの」
    「それが、チョロネコとニューラ?」
    「そうよ」
    ニ匹渡されるなんて珍しい。
    けど、それ位で負い目を持つ事なんて……。

    「くれたのは近所のオジサンだったわ。アタシの同級生の父親よ」
    「同級生? って事は」
    「ジュニアスクール時代の話って訳」

    ポケモントレーナーの中には、バトル以前に勉強で能力を高める人も居る。そういった人の教育機関は『トレーナーズスクール』と言うそうだ。
    それに対し…トレーナーになる前からポケモンを学ぶ機関を、この地方ではジュニアスクールと呼ぶ。
    一定の年齢に達した誰もが自分のポケモンを手にする、ミメシス地方独自のシステム。

    「チョロネコとニューラは、その同級生のポケモンだったの」
    「それって変じゃない? トレーナーデビューする前からポケモンを持ってたって事じゃん」
    「『彼女』は誕生日プレゼントに父親から買って貰ったって言ってたわ。それ位に裕福だったって事ね。そして、だから威張りんぼだった」
    「………」
    「ジュニア時代で既にポケモン持ち。それを『彼女』は自慢しまくってた。アタシは気に食わなくて何度も突っかかったわ。どうにもならなかったけど」
    「けど、それがどうしてサヤちゃんの手に?」
    「言ったでしょ。『彼女』の父親がくれたの。それだけよ」
    紫少女は顔を逸らした。長髪が翻り、表情が見えなくなる。

    「いつもアタシが近くに居たのを、親御サンも把握してたらしいわ。その縁で通過儀礼の日…チョロネコとニューラを渡されたってだけ」
    それで、サヤちゃんの話は終わった。
    いかなる問いも黙殺とばかりに、唇を固く引き結んでくる。

    元々……深入りするつもりは無いけれど。
    「―――――よ」
    「えっ?」
    だけど、これだけは伝えたい。
    好きじゃない人のポケモンを貰った。
    だから好きになりきれず、それが派生して一一他のポケモンにもキツい態度をとってしまう。
    そんな自分を責めたって、

    「つながりは消えないよ?」
    「……エリ」

    「トレーナーが大切に思ってくれるなら、ポケモンも答えてくれるんじゃないかな。」
    ポケモンは本質的な意味で――誰かのモノになんて成らない。
    人間が、モノ扱いされる事を嫌がるように。

    けれど……『大切なモノ』には成れる。
    「前のトレーナーなんて、気にしなくていいんじゃない?」
    「………」
    「その人がどんなヤツだった所で、サヤちゃんは新しい『つながり』を作れると思うんだ」
    アイツらと同じ言い回しになったのは皮肉だけれど。

    「大丈夫。分かり合えるよ。サヤちゃんがポケモンを諦めない限り」
    「……つながり……」
    「サヤちゃんは、シナモン団なんかに戸惑う必要なんて無いんだ!」
    「それを言うならシナプス団よ」
    「What!?」
    決め台詞でミスっただと!?

    「ったく……アンタはマジで最後までキマらないキャラね………」
    「記憶力が無いとはよく言われるんですげどね……」
    「――ふふっ」
    え?

    「あははは……負けたわ。アンタってホントおかしい奴ね。ここまで笑いの種になるなんて」
    「なぬー!?」
    「アンタみたいなアホの子を見ていると、自分が必死になってるのが馬鹿みたく思えてくるのよ」
    「おいどういう事だ説明しろサヤ!」
    せっかくサヤちゃんの悩み事を解いてあげようと思ったのに〜!

    私だけがハズくなるなんて有り得ない。
    紫髪の少女を、ただひたすらしがみついてポカポカする。
    まあ――彼女が綺麗な笑顔を浮かべてくれただけでも、ホッとするべきかも知れないけどさ。



    ◆◇◆



    「テコ入れが――必要だよな……」
    少女二人が絡み合っている中、男は湯船の中で呟く。

    「この街に来て速攻、泥棒にポケモンを奪われる。今日はポケモンに空き地へ逃げられ、他人の事情に首突っ込みで無茶する始末だ」
    妹が通過儀礼の旅に向いてない事ぐらい、アキラは昔から知っていた。
    「6年間、奴の旅立ちを阻止し続けた。それが失敗した以上――もう手段は選んでいられねえ」
    彼は決意する。全ては不出来な妹の為に。

    「明日、動くか」

    誰にともなく、湯気を乱して男は叫んだ。

    「あいつの『願い』を潰してでも、プロロタウンに連れ戻してやる。あの忘れんぼうな妹に……うろつかれては困るんだ!」

    『つながりは消えないよ?』終わり

    to be continued


      [No.1149] 8、光沢体の心情 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 23:00:04     59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     彼の傍に居られるのは、後どれくらいだろうか。
     それについて思考を巡らす度に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。ような感じがする。だから出来るだけ、思考を止めるようにしている。それでもやっぱりたまに、思考が疼いてしまう。暴れてしまう。
     もうすぐ私は捨てられる。そう予想している。たぶんその予想は的中する。捨てられるのは嫌だ。私はあの人と、ずっと一緒にいたい。もっとあの人を見ていたい。
     あの人は、とっても優しかった。私の丸い体を、汗を拭いながら磨いてくれた。ピカピカにしてくれた。私が壊れてしまわぬよう、大切に扱ってくれた。あの人はもうおじさんだけれど、私はあの人のことが大好き。
     あの人は、近所の人から嫌われている。彼が出かけると同時に、数個の笑い声が聞こえてくるのだ。何故近所の人は嫌うのか、分からない。あんなにいい人なのに。恐らく、嫌っている方がおかしいのだろう。狂っているのだろう。 
     あの人は、いつも朝早くに起きて出かける。そして、夜遅くまで帰ってこない。いったい何をしているのだろう。仕事だろうか。だとしたら、どんな仕事をやっているのだろう。全く情報が入ってこない。彼は帰ってくると、すごく疲れ切っている。すぐに蒲団に入ってしまう。私のことなんか、見る暇もなく。私はあの人のことが大好きなのに、ほとんど一緒の時間を過ごせない。
    彼と話せるようになりたい。私はそう考えて、一生懸命話す練習をした。彼の話している言葉を聞いて、それを真似することから始めた。けれどもなかなか声が出なかった。やっとの思いであるとき、声を出すことができた。しかし、彼は気が付かなかった。一瞬振り返っただけだった。声が小さすぎるのだと知った。大きい声を出そうとしたけれど、これ以上無理だった。
    私には、私と同じような状況になっている仲間がいた。私達は玄関に並べられていた。仲間はたくさんいたけれど、徐々に減っていってしまった。あの人は出かけるときに、仲間を持ち出していくのだ。そして持ち出された仲間は、二度と帰ってこない。 
     あの優しかった彼が、仲間を捨てるなんて。最初は信じられなかった。けれども、その悲劇は幾度となく繰り返されるから、結局信じるしかなかった。
     次に捨てられるのは自分じゃないかと、毎朝怯えていた。あの人が、私意外を持ち出すのを見て、正直毎回ほっとしていた。しかしどの道、いつか捨てられる日はやってくる。
     私は必死に叫んだ。彼は振り向いて、何やらびくびくした。彼は私が話しているとどうしても気が付かない。
     どうしたら捨てられないか、必死に考えた。あの人に好かれればいいんだと結論を出した。私がもっと輝けばいい。しかし、輝ける方法は分からない。自分で自分の体を磨くことは、出来なかった。私は無力であることを悟った。
     気がつけば、仲間はみんないなくなっていた。私独りになっていた。最後に残されたということは、一番あの人に好かれていたのだろう。それはうれしかった。けれども、これから起こる悲劇を考えると、とても喜ぶことは出来なかった。
     今日はあの人が、早めに帰ってきた。あの人が私の前に来た。磨いてくれることを期待した。けれどしてくれなかった。変わりに彼は話してきた。「ようやくこれで最後か」。やはり私は捨てられるのだ。特別扱いなんてなかった。
     次の日、彼は私を連れて出かけた。胸が苦しくなった。ような感じがした。泣きたかった。けれども、涙は出なかった。一滴も零れることはなかった。
     終わる。終わるのだ、彼との時間が。
     少し経って、私が取り出された。「ふう。あと一つか。最近変な声がこいつらからたくさん聞こえて来たし、幽霊にでも憑りつかれているのだろう。まったく恐ろしい。捨てたら余計呪われそうだし、はやく誰かにあげなくては」。小さな声で呟いた。
     やがて彼の近くに、十才くらいの男の子がやってきた。彼はその男の子に向かって、私を差し出しながら、にっこり笑い、良く分からないことを説明した後、大きな声でこう言った。



    「これはおじさんのきんのたまだからね!」
     


      [No.1148] 7、連帯責任 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:59:04     76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     薄暗くて汚い所で、僕は目を覚ました。
     ゆっくりと辺りを見回してみる。どうやらここは、ゴミ捨て場のようだ。思わず鼻をつまみたくなるぐらい臭いごみ袋が、電池が切れかけている蛍光灯に照らされている。後ろを振り返るとごみ袋の回収日が書いてある看板があった。
     自分の体を見てみると、全身真っ黒だった。口にチャックが付けられている。一・.五頭身くらいの大きさだろうか、。手足は短く、尻尾は黄色い。
     僕の頭の中には、何故このような姿になったのか、それに関する知識が自動的にインプットされていた。僕は昔人形で、人間に扱われていた。しかしあるとき、人間に捨てられてしまった。ごくまれに捨てられた人形は、ジュペッタへと姿を変え、意識を得ることがあるのだ。
     ジュペッタになった僕の心に最初に蹲った感情は、捨てた人間に対する恨みの感情だった。すぐさま人間に復讐する行為に出ようとした。記憶の深みを探ってみた。人形であった時期の思い出が、徐々に引っ張り出されていく。やがて僕は、誰が捨てたのかをはっきりと思い出した。僕は一人の女の子に扱われていた。その子の父親の会社が転勤になり、引っ越すことになった。そのときに、引っ越すときの荷物をなるべく減らそうとし、僕は捨てられることになったのだ。既に僕という存在に飽きていた女の子は、特に反対することはなかった。
     僕の中に負の感情が泉のように沸き上がり、復讐を躊躇う気持ちを掻き消していった。僕はシャドーボールが使えた。これを使って復讐しようと決めた。人間を痛め付け、あわよくば殺してしまおうと思った。
     一度決めたらもう揺るがない。迷わない。まっさきにゴミ捨て場から出て、その家に向かった。道のりは全て覚えている。人形であったときの記憶は、既に完璧にインストールされていた。
     歩いていくこと五分。家が見えてきた。現在夜ということもあり、家の周りは静かで人気もポケモン気も全くない。集中して復讐ができる環境が整っていた。復讐する人間以外には、被害を出したくない。悪いのはあいつらだけなのだ。
     家の前に立った。ジュペッタの身長ではドアノブに捕まることはできず、しかたなくドアを破壊することにした。脳と手に集中を混めて、黒い球体を作り出した。それをドアに思い切りぶつけてやった。
     しかしながら、それはわずかな爆風を巻き上げるのみで、ドアを破壊するには至らなかった。どうやら僕のシャドーボールは、そこまで威力がないらしい。
    がっかりしている暇は無く、すぐさまどうするか考えた。ここでしばらく待っていようと決めた。朝になれば、人間は向こうからドアを開けてくる。
     僕はそのままドアの近くで眠ることにした。本来夜行性であるがゆえ、あまり眠りたくなかったが、少しでも体力を蓄えとこうと思ったのだ。



     夜明けより少し早く目覚めた僕は、待ち伏せを開始した。さあ早く来い。我が復讐心は頂点に達している。
    しかし、いつまで経ってもドアは開かない。家の中から声もしない。おかしい。
     太陽が真上まで上った頃、僕は自らの恐ろしく間抜けな過ちに気が付いた。奴等は引っ越していたのだ。ここにはもういない。出て来ないのは当然だ。何故今まで気が付かなかったのだ。アホか。アホだろう。時間を大幅に無駄にしてしまった。
     困った。これでは復讐することができない。非常に悔しく感じ、負の感情が更に高まる。このままでは収まらない。負の感情をどこかで吐露しないと苦しい。そこで僕はあることを思いついた。
     別にこの人間でなくても構わない。誰でもいいのだ。僕がこうして捨てられたのは、物を大切にしない人類全体のせいだ。すなわち、僕は人類であれば誰に対してでも復讐する権利がある。そうだ。そうに決まっている。
     僕は隣の家の前に行った。その家の人達に復讐しようと決めた。ドアが開くまでしばらく待った。数分経過し、いよいよ現れた。一人の人間が。その人はひょろりとした男性で、明らかに弱そうだった。これならたやすく倒せるだろう。僕は再び、脳と手に集中を込めた。
     数分後、ボロボロの体を引きずりながら、僕は暗い夜道を歩いていた。死んでもおかしくなかった。明らかに奴は殺すつもりだった。目が本気だった。
     シャドーボールを放とうとした瞬間、僕の存在に気付いた人間は、瞬時にボールからポケモンを取り出した。ヘルガーというポケモンで、そいつは口から灼熱の炎を吐いた。僕は焼かれた。黒こげになった。元から黒いから、色は変わっていないが。次にヘルガーは僕の体を噛んだ。鋭利な歯は僕の体に深く食い込み、僕は凄まじい苦痛により叫んだ。もうやめてくださいと懇願した。けれどもヘルガーは止めなかった。一瞬の隙を突き、なんとか僕は逃げ出せた。奴等は追ってきたが、しばらくたって諦めたらしく、家に帰って行った。 
     駄目だ。人間は強すぎる。否、彼らが強すぎるのではない。彼らのポケモンが強すぎるのだ。
     どうしよう。これでは人間に復讐できない。このままでは膨れ上がった負の感情に潰されてしまう。そこで考えた。別に人間じゃなくてもいいのではないだろうか。復讐の対象をポケモンに切り替えるのもありか。そうだ、それもいい。だってポケモンは、人間のいいなりになっているのだから。ポケモンは人間の仲間なのだ。僕が捨てられたのは人間のせいであり、人間の仲間であるポケモンに復讐するのは、決しておかしいことではないだろう。そうだ、そうに決まっている。
     


    数日後、ようやく傷が治った僕は、いよいよ復讐を実行しようとしていた。街から飛び出し、草むらの中をひたすら歩き回った。復讐がしたい。その一心で、目を鬼のようにして、ポケモンを探し続けた。そして、ようやく見つけた。
     コラッタという小型のポケモンがいた。よし、これなら僕にも勝てそうだ。心の中でガッツポーズをとりつつ、いつものように脳と手に集中を込め、シャドーボールを放った。復讐心が限界まで溜まっていたせいで、以前よりもシャドーボールは大きなものになっていた。そのままコラッタの所まで飛んで行った。
     しかしだった。
     予想外の事態が起きた。
     シャドーボールはコラッタをすり抜けた。そのまま飛んで行って、やがて木に衝突して爆風を起こした。コラッタは、ダメージを受けたような素振りは見せない。ただ不安そうな表情をしつつ、体を震わしている。僕は目を丸くした。チャックが開いていたら恐らく口がポカーンと開いていただろう。
     違う技も試してみた。ナイトヘッド。舌でなめる。全部駄目だった。何故だ。何故だ。何故だ。
     とうとうコラッタは逃げ出してしまった。僕は途方に暮れていた。
     気が付くと、大勢のポケモン達に囲まれていた。その中には、さっきのコラッタも含まれていた。皆、攻撃的な目をこちらに向けてきた。僕には逃げ場がなかった。一斉に攻撃を受けた。僕は目の前が真っ暗になった。



     目を覚ました。僕はなんとか生きているようだった。体を見るとひどい傷だった。しかし痛みを感じない。恐らく、もうすぐ死ぬのだろう。
     溜まりに溜まった負の感情は、涙となって外に溢れだしていた。もう屈辱しか残っていない。僕は完全なる敗北者だ。
     捨てた人間に復讐しようとしたけどできず、別の人間に復讐しようとしたけどできず、別の生き物に復讐しようとしたけどできず、まったく散々である。
     このまま死ぬのは嫌だった。誰でもいい。誰でもいいから、復讐がしたい。ここから動くことはできないが、まだなんとか、最後にシャドーボールを放てる力は残っている。
     僕は考えた。最後の手段を思いついた。ポケモンに復讐できないのなら、自分に復讐すればいい。僕だってポケモンの一部なのだ。僕が捨てられたのは人間のせいであり、人間の仲間であるポケモンに復讐するのは、決しておかしいことではなく、そしてそのポケモンの一部である自分に復讐することもまた、おかしいことではないだろう。そうだ、そうに決まっている。
     僕は残った力を振り絞り、脳と手に集中を込めて、黒い球体を作り出した。それはひどく小さかったが、瀕死の獲物に止めを刺すには十分過ぎる代物だった。
     さあ、シャドーボールよ。愚かなこの生き物に征伐を加えてやってくれ。そして僕の復讐心を存分に満たしてくれ。
     シャドーボールは放たれた。すぐに真近の獲物に直撃した。

     効果はばつぐんだった。
     


      [No.1147] 6、わるあがき 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:58:19     63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     夜空に輝く星達は、体を燃やして輝いて、それでも悲鳴を一切上げず、ひたすら無言で点在する。いや、違う。彼らの悲鳴は、ここまで届かないだけだ。本当は激しく喚いていて、周りの燃えていない星共から、憐みを視線を浴びされている。同情するなら火を消して。そう言いたいのは山々なのに、彼らは言うことを許されない。だって、そんなことを言ったら、途端に視線の色が反転し、批難の視線を向けられるから。星は光を届かせるのに果てしない時間を使うから、その星は既に消えている。死んでいる。なんて報われない死に方だろう。星が綺麗だなんて、あれは嘘だ。彼らの苦痛までは知らないから、みんなにっこりと笑いつつ、人差し指で正座を結べるのだ。
     もうすっかり夜だ。早く帰りたい。暗いとあいつらの、姿が見えずらい。夜は危険だ。どのくらい危険かと言うと、それは明確に数値化できない。分からない。そんなに心配しなくでも実はいいような説も、自分の中で立てている。しかし、用心するに越したことはない。私は、歩く速度を少し早めた。走りはしない。そこまでじゃない。私は中途半端に心配症であった。
     しかしながら、だった。どうやら帰るのが遅くなりそうだ。と言うか、それどころでは無い。目撃してしまった。白一色である筈の雪のカンパス。しかしそれの数カ所が、濃い赤でべっとりと塗られているのを。赤い絵の具の正体が血であることは、誰の目から見ても明らかだ。束の間に感じた絶望。平穏な日常をまた破壊される。私は駆けた。血が続いている方向へ。あふれる汗を飛ばしながら。暴れる心臓を抱きかかえながら。
     不意に、痛い程冷たい風が吹いた。丁度その時、見つけた。血によって創造された道。その行き止まり。そこには、予想通りの光景があった。寸分の狂いも無く、呆れる程に。不幸な予想はだいたい当たる。感覚的にも。種族の特性的にも。それでも、予感を裏切ることが起きて欲しい。そう願わずにはいられない。
     率直に言うと、仲間が倒れていた。息の無い状態で。
     体中は切り傷だらけ。特に足の傷からは、激しく流血。血は今も止まって無く、雪を只管に溶かしていく。白い毛皮はぼろぼろで、顔は醜い痣だらけ。そして、種族の象徴であり、惨劇の元凶でもある長い角。それは丁度真ん中で、ぽっきりと折れている。今まで何匹もの、仲間の死体を見てきた。けれども、これだけ悲惨なのは初めてかもしれない。痛め付けられて殺されたか。あるいは激しい抵抗の結果か。どちらにせよ、酷い。目を背けたくない。死体からも。現実からも。


     
    私たちの種族の名は、アブソルという。
     結論から言うと、アブソルは人間に嫌われてる。しかも、尋常でないレベルで。人間はアブソルを見つけたら、すぐさま殺してしまう。何も躊躇も情けもない。彼らは残酷だ。彼らは怪獣だ。彼らは銃を持っている。遭遇したら、それで殺す。哀しむ余裕もないほどすぐに。
     なぜアブソルが、嫌われているのか。アブソルは、災害を余地する力を持っている。地震や津波などの災いが起こると、角が勝手にピクピク反応する。昔、とある一匹のアブソルは、災いが起きるのを人々に知らせていた。人々は、山から降りてきたアブソルを見て、慌てて避難を開始する。そうして人々は、被害を最小限に抑えられた。それは、何回か繰り返された。彼は災いが起きる度に、人間の集落に行って吠えた。いかなるときでも、それを怠ることはなかった。彼には良心があった。彼は良心の塊であった。
     問題はここから。惨劇の前兆を伝えたアブソルは、人間たちから称えられる。普通ならそうなると考えるだろう。しかし、そうならなかった。人間は勘違いをした。アブソルのせいで、災いが起こったと思った。アブソルには、災いを起こす能力があると考えた。そして、彼らは災いの元を消そうとして、アブソルを殺し始めた。知らせたアブソル意外も。やがてアブソルは、全滅した、と人間は思った。けれども、まだ残っていた。生き残ったアブソルは、山の中でひっそりと繁殖し続けた。
     それから、百年も経った今。まだ誤解は解けていない。人間たちは依然として、アブソルを殺し続けている。それでもたいぶ、落ち着いてはきたらしいけれど。
    仲間が殺される度に、次は我が身なのでは無いかと、怯える気持ちが倍増する。しかしそれと同時に、もうどうでもいい。死んだってかまわないという気持ちも芽生えてくる。何をやっても無駄だ。仮に生き残れたとしても、逃げ続けるだけの生き方なんて、死んだ方がましだ。じゃあ人間を倒せばいい? どうやって人間と戦えばいいのだ。私一匹の力ではどうにもならない。仲間と協力? アブソルは連帯感の弱いポケモンだ。一匹オオカミだ。強力なんてできるわけがない。
     どうしようもない。もうどうでもいい。こういう感情を、虚無と言うらしい。一種の病気見たいなもので、心の中が空っぽになり、周りの景色が灰色に見える。そして死にたくなる。
     恐怖と虚無。この相反しているようなしていないような二つの感情が、自分の中でひしめき合っていた。
     

     
    次の日。太陽の日差しが眩しい昼ごろ。何やら外が騒がしかった。雪道を激しく駆けて行く音が、幾多にも重なって聞こえてくる。早くしろ! と誰かが叫んでいた。私は住んでいる洞窟から出た。すると仲間がみんな、北へ向かって必死の形相で逃げていた。何があったのだろう、と単純な疑問を持つことなく、私は状況を瞬時に理解した。人間が襲ってきたのだ。予想はしていた。そのうち人間はやると。アブソルを一斉に駆除してくると。
     つい最近、大規模な地震が発生した。この地震では津波が発生し、多くの家が流されていた。山の上から見て、思わず息を飲んだのを覚えている。仲間のアブソルの一匹は、ざまあみろと笑っていた。流石に私は笑えなかった。笑うのが正しいのかもしれないけれど、笑えなかった。そして、また別のアブソルは、ひどく不安気な顔をしていた。人間たちはいずれ、この地震をアブソルのせいにし、やがて一斉駆除をしてくるかもしれない。彼は仲間たちにそう言っていた。彼の言葉に、みんなが震えた。笑っていたアブソルも、表情を急に引き締めた。
     私も同じく不安に思った。最近、殺される数が増えてきたのは、その前兆であることは分かっていた。試しに何匹か殺してみようと思ったのだろう。だから、今日までそれなりに用心してきた。でも、それなりの用心だった。徹底はしなかった。
     後悔しても、もう遅い。
     すぐに私は逃げた。みんなに合わせて、北の方角へ逃げた。こっちに逃げるのが、最善なのだろう。人間は、南から追ってくるのだろう。いよいよか、と思った。体がぞくぞくした。心もぞくぞくした。果たして私は、生き残れるだろうか。
     人間は、すぐ近くまで来ているようだ。その証拠に、銃を打つ音が聞こえてくる。しかも音が大きい。逃げる途中、全身から汗が滝のように沸く。怖かった。これまでに一度、似たようなことが起こったことがある。しかしそのときは、私は早めに逃げており、人間は遠くの方にいたので、死への恐怖は小さかった。それに、私はそのとき幼かったので、死というものを良く知らなかった。今回はまずい。死が近くにあり過ぎる。今は死について良く知っている。いや、まだ大丈夫。このまま逃げ切れば大丈夫。人間は足が遅いから。そう自分に言い聞かせ、恐怖から逃れようとした。果たして効果はなかった。やっぱり、怖い。私は足が震えないことを心から祈った。私の恐怖感は、足に伝わりやすい。足が震えたら、走ることなんてとてもできない。
     しばらく走った。すると、何やら不可思議なことが起きた。銃の音がうっすらと、北の方から聞こえてきたのだ。まさか、もしかしたら。嫌な予感がした。その後すぐに、何匹かのアブソルが、北からこっちに走ってきた。しかも、必死の形相で。
     どうしてこう、嫌な予感は的中するのか。
     人間は、北からも追いかけてくることが判明。私はパニックになるのを、必死でこらえた。板挟みになってしまった。逃げる場所がない。数匹の仲間たちは、既にパニックに陥っていた。同じ場所を、行ったり来たりしている。無視をして先に進んだ。今度は、西の方角に逃げた。東はなんか嫌な予感がした。西から人間が来る可能性。それも十二分にある。だとしても、もはや運命に委ねるしかない。
     しかし、だった。運命は信仰を遮った。数匹のアブソルが、道端に倒れていた。血だらけの状態で。そのほとんどが、死んでいた。助けて、と掠れる声で言ってくる者も一匹いた。
     いよいよ、絶望の淵に立たされた。死はもうすぐ隣で遊んでいる。東に逃げればよかったか。自分はもう、囲まれている。どうやって脱出しようか。
     数秒経つこともなく、一人の人間が現れた。同時に、私の恐怖が頂点に達する。人間が手に持っている物は銃。それは、黒一色に光っていた。恐怖感に拍車を駆ける色合いだ。
     即座に逃げようとした。けれども、それはできない。できないできない。恐れていた事態が、きた。私の足は、震えていた。私は、銃口を見上げられるだけ。一歩も動けない。
     私は泣き叫んだ。泣けば人間は、見逃してくれる。そんな、馬鹿な期待をした。もちろん人間は容赦ない。すぐに私に銃を向けた。迂闊な迷いも見せなかった。
     いやだ。いやだ。いやだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。私は死を覚悟出来なかった。最後まで見っともなくもがいた。泣き叫んだ。そして、弾を打つ音が聞こえた。
     
     その刹那。
     白い影が現れた。
     それは、私を突き飛ばした。
     私の変わりに、銃弾を喰らった。
     
     何が起きたのか。すぐには、理解できなかった。私は生きている。そして、私の上には、一匹のアブソル。そこで分かった。私は庇われたのだ。
     そのアブソルはまだ死んでいなかった。弾はかすっただけで済んだらしい。しかし彼の腕から血がポタポタ垂れている。彼はすぐに立ち上がって一言、
    「早く逃げろ!」
     私はそのとき、何て思ったのか。嫌だ、逃げたくない。庇った人を見捨てて、私だけ助かりたくない。そう思うのが、普通なんだろう。しかし、そうは思わなかった。

     白状。
     卑怯者。
     私は逃げた。

     逃げる途中で私は、凄まじい罪悪感に襲われた。せめて逃げてもいいから、もう少し悩むべきだった。私はすぐに決断してしまった。怖かったから、反射的に逃げた。それだけだった。
     その後私は、罪悪感に耐えきれず、すぐにあの場所に戻った。しかし、少し戻ってまた逃げようと思っていた。少し体ごと迷わせることで、多少罪悪感を減らそうとした。やっていることは、結局同じである。
     彼はいた。まだ人間と戦っていた。はひどく雄叫びを上げ、勇敢にも銃という危ないものを持っている人間に立ち向かっていった。彼は凄まじかった。もう死ぬ直前なのに、体の至るところから血が噴き出しているのに、彼の闘争心は消滅しなかった。最後まで、銃で打たれ体が完全に動かなくなるまで、抵抗していた。体が動かなくなってからも、彼は叫んだ。徹底的に、最後まで、人間に、いや人間達に抵抗した。
     私はそれに感銘を覚えた。文字通り覚えた。目に焼き付けた。
     私がやるべきことが分かった。最後まで人間に足掻く彼は美しかった。彼のようにするべきなのかもしれないと思った。
     私に内在していた、虚無感が消えた。彼には助けてもらっただけでなく、大事なことを教えてもらった。 
     
     

     数日後、私は人間から逃げていた。
     目の前の人間は、凶暴な獣型のポケモンを数匹つれながら、自らも銃を所持していて、私を容赦なく殺そうとしていた。途中足を撃たれてしまった。今もなお体に激痛が走っている。体力も尽きてきた。
     逃げ場が完全に無くなった。周囲を囲まれた。人間は銃を構えている。私は人間を睨み付けた。思いっきり睨み付けた。そして吠えた。精一杯の憎み、哀しみ、辛さ、全ての感情を篭めて吠えた。全力の悪足掻き。人間はそんな私に躊躇がない。私はまた打たれた。今度は腕だ。あまりの痛みに思わず悲鳴を上げる。しかし、まだ抵抗はやめない。最後の力を振り絞った。流血している足に力を入れた。全身の毛を余すこと無く逆立てた。鼓動が嘗て無い程速くなった。風を切るように思いっきり、人間の顔面に向かって飛び掛かった。


      [No.1146] 5、迷信とこじつけ 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:57:02     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     この橋から食べ終わったポケモンの骨を流すと、肉体を付けて戻ってくる。すなわち生き返る。そんな話を聞いた。しかし、そんなこと本当にあるのだろうか。死んだ者が生き返るなんて、普通に考えればありえない。だが、普通が通用しないのがポケモンだ。私はそれを、これまでの旅で身を持って体感した。だが、肉体を付けて戻ってくるとして、その場合魂はどうなるのだろう。それは依然と同じものか。あるいは別か。肉体がどうやってまた付加されるのか。自己再生の上位互換的なものが、ポケモンには使えるのだろうか。流石にそれは無いか。
     考えても分からない。分からないことを何時までも考えていても仕方が無い。見たいものは見れた。さっさと帰ろう。そろそろ日も暮れる。このあたりは野生のポケモンも多い。暗くなると、どこから襲ってくるか分からない。手持ちの体力も残り少ない。出来るだけ逃げ続けてここから去りたい。
     

     
     ポケモンセンターまで戻った。かなりお腹が空いていたので、ポケモン達をいったん預けた後、直ぐに食事をとった。知っている人が多いと思うが、ポケモンセンターでは無料で食事が食べられる。ただしトレーナーに限る。これには反対の声も多かった。そこまでトレーナーに税金を回すなと。しかし、結局反対の声は黙殺された。私としてはもちろんうれしい。
     少し経って、コイキングを使った魚料理が出てきた。それは美味しそうなにおいを出している。眼玉はあらかじめ取り除かれていた。赤い皮膚は非常に柔らかく、箸がすんなり通った。詳しくは知らないけれど、コイキングは元々固くてとても食べられなかったらしいが、しかし最近は何らかの方法で柔らかくしているらしい。その方法が広まってないことを考えると、あまり気持ちのいいことではないのかなと思われる。
     それはさておき、いつからだろうか。ポケモンが普通に、食事として出されるようになったのは。昔はそんなこと有り得なかった。昔は料理にポケモンは使われず、木の実などの植物を使ったものばかりであった。それではタンパク質が不足してしまうと心配する人もいるかもしれないが、そこはご安心。大豆というたんぱく質豊富な植物がある。肉を食べないので今より少し痩せている人が多かったが、それでも特に問題は無かった。誰も不足していなかった。
     そしてその時代にも、ポケモンは食べられていた。しかし、また一般的はとても無かったのだ。ポケモンを食べていた人達は基本的に嫌われていた。ポケモンを食べない人々にとっては、彼らが残酷な存在に思えたのだろう。とは言え、彼らを文字通り喰い止めようとするものはいなかった。一般の人々は彼らを毛嫌いしつつ、自分は自分、他人は他人と分別を付けていた。
     しかし、ここで転機が訪れた。少し前、プラズマ団という組織が、ポケモンを解放させようとしていた。具体的には、人の集まる場所で演説を行ったり、ある者はチャンピオンを倒して自分達が正しいことを証明させようとしたり、あるいはもっとストレートに、ポケモンをトレーナーか奪い取って逃がしたりしていた。私は何を馬鹿なことを、と彼らの行為を冷めた目で見ていた。しかし、プラズマ団の思想に共感し、やがてその通りにする人も多かった。
     こんな状況の中で、あることが大きく問題になった。ポケモンを食べることについてだ。プラズマ団は、ポケモンを戦わせたり、ボールに閉じ込めたりするのがかわいそうだから、解放しろと主張していた。だったら、食べている人達なんかどうなるのだ、ということである。それはもっと悪なことではないかと。プラズマ団の思想に毒されていた人達は、そう考え出したのだ。ポケモンを食べるのを法律で禁止しようという話も出てきた。世の流れは、確実にそっちへ引っ張られていた。ポケモンを食べる人を嫌うだけでなく、完全に弾圧しようという流れになったのだ。
     ところがである。プラズマ団がポケモンの解放を諦めた。そして解散してしまった。そうなれば、民衆の中に動きが起こる。やっぱりポケモンは人間の傍にいるべき。ポケモンを戦わせることの何が悪い。そんな思想が戻ってきた。しかし、戻っただけでは終わらなかった。ここで新たな思想が湧き出た。
     ――ポケモンを自由に使っていいなら、ポケモンを食べることだって悪くはないだろう。
     これは開き直りというべきか。それとも思想のからくりというべきか。プラズマ団のやったことは、最終的に人々のポケモンに対する憐みの心を、逆方向へと引き伸ばしたのである。
     こうなってくるとそこからは早い。ポケモンを食べても構わない。そう考える人は次第に増えていく。食卓にポケモンの死骸が堂々と並ぶ。そしてついにはポケモンセンターというポケモンを回復させるための施設でも、ポケモンを使った料理が出されるようになったのだ。
     そして私もポケモンを食べるようになった。始めは抵抗があった。箸で刺すことさえ躊躇した。しかし、今では何も考えず食べることができる。私は意外も適応が早かった。私も世に流されやすいタイプなのかもしれない。プラズマ団の思想に洗脳された人々を軽蔑していたが、結局の所私も同類なのかもしれない。
     ポケモンを川に流すと、骨を付けて戻ってくる。色々考えたが、たぶんそれは嘘だろう。しかし、それを本当のこととしたい気持ちも、分からなくはない。ポケモンを食べる罪悪感を少しでも減らすためには、そう考えるのが最適だ。昔の人はそう思ったのだろう。ポケモンと共存すると同時にポケモンを食べる。その矛盾しているんだがしていないんだか分からない行為を正すために、いくらでも迷信を作製する。そしてそれを信じる。それは今でも変わっていない。
     


      [No.1145] 4、マニフェスト 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:56:05     64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     えーみなさん、本日はわたくしのマニフェスト発表記者会見にお集まりいただき、まとこにありがとうございます。本日、わたくしが発表したいマニフェストは、今までにない画期的なものであると自負しております。仕事に帰りなんかにですねえ、町を歩いていますと、ポケモントレーナーである若者が大いに浮かれ、はしゃぎまわっている一方で、職を失い、生活が困難となっている高齢者の方がいる。この国はですねえ、わたくしが思うに、トレーナーに税金をかけすぎじゃないでしょうか。もう少し税金を平等に回すべきではないでしょうか。そこでですねえ、今回わたしくが提案するマニフェストはこちら、『ポケモントレーナーにかける費用の削減』。これを主軸にしたものとなっております。
     さっそく一つめのマニフェストの発表にまいります。こちらです。「投げたボールを、拾って再度使用することの徹底」。モンスターボールというものは、フレンドリィショップ等で手軽に購入することができるのですが、これには非常に多くの税金が費やされている。すなわちトレーナーは非常に安い値段で購入できるのです。にもかかわらず、大半のトレーナーはポケモンに当たらなかったボールを、拾ってもう一度使用するということを致しません。恐らく、拾うのが面倒なのでございましょう。しかし、これは非常にもったいない。なのでここでこの法令を提案いたします。この法令を破った場合、懲役百年以下の罰金が科せられることも検討しています。
     続いてのマニフェストを発表いたします。「傷薬を一回で使いきることの禁止」。傷薬もですねえ、モンスターボールと同様に多大な額の税金が費やされている訳ですけれども、しかしですねえ、多くのトレーナーが傷薬を一回で使い果たしてしまうのです。自分の大切なポケモンが傷ついているからしょうがないと言い訳をしてですね。これは非常にもったいない。このようなことはあってはならない。なのでここでこの法令を提案いたします。この法令を破った場合、懲役四百年以下の罰金が科せられることも検討しています。死後もあの世で支払っていただくということですね。
     続いてのマニフェストの発表にまいります。「ポケモンセンターの有料化」。トレーナーはポケモンを回復させる際、ポケモンセンターを利用する訳であります。トレーナーにとってポケモンセンターはなくてはならない存在。従ってこれを有料化させない手はない。具体的にどのように有料化するかというと、ポケモンを一匹回復させるごとに十円、状態異常になっているポケモンならプラス二十円、瀕死のポケモンならプラス五百円となっております。しかしこれでは、トレーナーが余りポケモンを回復させず、必要以上にポケモンを苦しめてしまうのではないか、という問題が起こる可能性もあります。そこでですね、このような対策を取ります。「ポイントカード制の導入」。傷ついたポケモンを回復するごとに、ポイントカードにスタンプが一回押される。スタンプが十ポイント溜まったなら、素敵な景品と交換できる。このようなシステムを導入すれば、トレーナーは頻繁にポケモンセンターを利用することと思われます。
     その他にも様々な政策を用意しています。バトルを行い、公共施設を破壊した場合の損害賠償の増額。ジムリーダ及び四天王の給料を八割削減。バトルで勝ったときの賞金をお母さんに少し送らせず、国に送らせる。等がございます。
     


     記者会見が終わったとき、開場から盛大な拍手が沸き起こった。男は意に満ちた表情を浮かべた。
     男は会場から去って行った。外に止めてあった高級車に乗った。運転手に指示を出し、予約した高級レストランへと向かっていった。彼は運転手と談笑していた。やがて、口元に笑みを添えつつ、彼はこのように言ったのだ。
    「分かりますよね。高齢者に税金なんか回しませんよ。トレーナーから取りたいだけです」


      [No.1144] 3、飛べないワタッコ 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:54:45     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     少々の霧に覆い被されつつも、山は幾多の深緑の木々を身に纏って、毅然と広汎にそびえ立っている。山麓から中程度離れた草原には、冬の難儀から解き放たれたタンポポの群れが、大地に根を張りしゃんと胸を張りながら、白いふわふわの綿毛を身に纏っている。
     広大な草原の一角に、私はぽつんと立っていた。空はどこまでも遠かった。透き通った青空が見渡す限りに広がり、中央でぷかぷかと浮かんでいる白く濁った雲が、私のことを冷やかな目で見降ろしている。
     不意に強い風が吹いた。その風の詳細な性質を、私は記載することが出来ない。
     私の種族であるワタッコは、風に乗って空を飛ぶ。遥か遠くの彼方へと旅経つ。行き着いた場所で、両腕に付いた綿奉仕を撒いて子孫を残す。そこで終了。ワタッコの義務は後何も無い。死ぬまで自由に生きて良くて、基本的に子育てはしない。
     ワタッコは飛行タイプでは無いが、風に乗って空を飛ぶことができる。風の軌道等を瞬時に感じ取って、宙を何時間も漂うことが可能になる。私にはできないけれど。
     そう、私にはそれができない。詳しい事情は分からない。あんたはそういう体質なんだとお母さんは言っていた。飛べないワタッコは極僅かだがいるようで、私は極僅かの内の一匹に、どうやら入ってしまったらしい。お母さんは空を飛べて、だから私は誕生していて、けれど私は飛べないから、子孫を残すことが出来無くて、家系を途絶えさせてしまうことになる。そのことに紛れもない罪悪を感じ、更に幾多の罵倒の声があちこちから聞こえてくるから、その感情が風船の如く膨れ上がり、ひどく辛い思いを味わい続けてきた。
     原因は努力不足か。あるいは生まれつきの能力の問題か。お母さんは後者だと言ったが、仲間達は前者だと言い放った。言い放ったその言葉は、大気をゆらゆらと漂うことも無く、私の体めがけて一直線。体内を疾風の如く駆け巡り、五臓六腑をしっちゃかめっちゃか。最終的に心底に沈み込んで、確かな懊悩の火種となって蓄積する。みんなはとっくに自由自在に飛ぶことが出来て、次から次へと旅立ってしまう。自分だけが置いてけぼり。私は誰よりもたくさん練習をした。崖から飛ぶという無茶をして大けがもした。しかしそれでも宙に浮かず、焦り苛立ち情けなさが募るばかり。
     そろそろ飛ばないと、時期的に子孫を残すことが不可能になる。今日私は、今までよりも更に集中力を高め風を待った。じっと耳を澄ませた。そして……
     駄目だった。やっぱり飛ぶことが出来なかった。空を見上げると、青空が更に遠くに広がっていた。雲は中央にやはりあって、冷やかな目で私を見下ろしている。辺りを見渡すと、草原はさっきより更に広大に見え、反してそこにいる自分がひどくちっぽけに思えてきた。
     子孫を残せないワタッコは、幸福になれないと言われている。私は幸せにはなれないのだろうか。
     とりあえず帰ろうと思い振り返った。すると不都合な事象が眼前にあり、最果ての驚愕に目を見開いた。逃げる暇も無く、即座に目の前が真っ暗になった。



     次に目が覚めたとき、私がいる何も無い球体の空間と、そこから見える一人の人間が歩いている様子を見て、いったい何が起きたのか、はっきりと理解することができた。私はトレーナーに捕まったのだ。当然の如くしまったと思った。当然の如く最初に抱いた感情は絶望だった。
    「あ……気が付いた」
     取り乱して動き回っていたら、ボールがちょっと揺れたので、人間は私が起きたことに気付いた。人間はこっちに向かって、口元に若干の笑みを添えて、
    「あと少しで回復させてやるからな。もうちょっと待ってて」
     などといかにも私善い人ですと、アピールしたげな口調で言ってきた
     私は人間が嫌いだった。ポケモンを戦わせ傷つける、そんな連中が大嫌いで際限なく憎かった。落ち込んでいたとはいえ、人間が近づく足音に全く気付かず、何の抵抗もできないまま捕まってしまう。そんな私は愚かで、後悔してももう遅くて、不幸の極限に立たされた思いをして、子孫を残せないワタッコは幸せになれないという迷信は、果たして現実のものとなろうとしていた。
     ポケモンセンターで回復を終えた。腹部にあった傷跡は跡形も無く消えていた。しかし心の傷は消えておらず、ボールの中から人間を思いきり睨んだ。人間はそれを気にも留めず、ポケットから何やら四角いものを取り出し、それに耳を当てて話始めていた。
    『分かってるよ』
    『別にいいだろう。トレーナ続けてたって』
    『彼女とかは、一応いたけど、うん』
     私はこの間暇ができた。四角いものの正体も気になるが、ひとまず私を捕まえた人間の姿を観察した。全体的に顔がしっかりしており、口元に若干のひげを生やし、青年より少し上くらいの年齢に見えた。左目の下には引っ掻かれた古傷がある。靴を見るとひどくぼろぼろだった。トレーナーを長年やっているのだろうか。 
     人間は基本笑いながら何者かと話していたが、時折苛立ちの表情を挟んでいた。長かった対話を終えたとき、彼は深い溜息をひとつ付いた。建物の窓から見た空は雲量を増していた。
     その日から人間の元での生活が始まった。バトルのとき、私は漆黒の雲を常時心に浮かべていたが、しかし私は意外にも戦うのが上手かった。また、彼の指示も相当的確で、こなれている感じがした。私がバトルに勝つと、彼は必ず褒めて、私の頭を撫でてくれた。
     彼は非常に優しかった。私のことを常に気遣ってくれた。彼の魅力に徐々に引きこまれていった。心変わりは早々と訪れた。彼に対する棘が取れていくのが自分でも分かった。あれほど強大だった憎悪と猜疑の念は、既に遠くの彼方へと飛んで行った。代わりに空白になった心の中に、主人を大好きな気持ちが収まっていった。そして彼のことを睨んでいた昔の自分を恥じた。



     ある日のことだった。主人はとある崖の上を歩いていて、突如野生のポケモンが現れて、私をボールから出した。しかし私はそのポケモンの攻撃を受けて、誤まって崖から転落してしまった。私は空を飛べないので、落ちるよりなすすべなかった。私は大けがを負った。昔飛ぶ練習をして崖から落ちたときより更に痛く、傷口を見ると血が大量に溢れ出ていた。もはや死を覚悟した。そんな私を主人は急いで手当した。近くにポケモンセンターが無いというので、彼はたくさんの応急処置の道具の使った。絶対に死ぬなよ、と何回も声をかけてくれた。途中雨が滝のように強く降り、遠くの方で雷も声を轟かせていた。しかし彼は少しも手を休めずに、私の手当をしてくれた。しばらく私は眠った。目が覚めたとき、私は起き上がれるほどに元気になっていた。隣で主人が眠っていた。手が血で真っ赤になっていた。
     気が付くと雨も止んでいた。透き通った眩しい青空の中に、濁った雲はどこにもなかった。
     私は眠っている主人に向かって、にっこり笑ってありがとうと呟いた。
     この日私は、もう完全に確信した。彼は善い人であること。彼の元で暮らしている私は、幸せであるということ。
     子孫を残せないワタッコは幸せになれないという迷信は、紛れもない嘘であったこと。




     更に数日が経過して、あの四角いものの正体が、離れた人と話せる道具だということを、理解できるくらい人間界について熟知した私は、もうすっかりこの生活に慣れていた。
     回復を終え主人の元へと帰ったその時だった。ポケモンセンターにある大きなテレビから音が漏れてきた。何やらモニターには、一人の女性が中心で原稿を読み上げてきた。
     ――続いてのニュースです。近年話題となっている少子化問題ですが、今年更にその状態が悪化していることが統計により発覚していました。統計によりますと、結婚に興味が無いと答えた人は全体の、
     そこまで聞いて彼は少し悲し気な表情を見せた。
     主人のことが分かってきた。結婚しないといけないと思っていること。トレーナーとして旅をしてばかりで、全く彼女を作ろうとはしないこと。やたらとそれを親に言われていること。
     要するに、私と状況がほとんど同じだったのだ。
     ある時に、電話を終えた彼の表情はやはり曇天だった。一つ溜息を付いた後、「結婚しないと幸せになれないんだってさ」と俯きながら呟いた。彼はどれほど厳しく言われているのだろうか。
    今日この日ほど、人間との意思疎通が不可能なことを、残念に思った日があるだろうか。別にそれでいいんだって伝えたい。結婚なんかしなくたって、子孫が残せなくたっていいって。だって私は、それでも幸せになっているから。両腕に付いたたくさんの綿奉仕は、いつまでもここから離れないで、もう生きることはできなくて、たまにそれを思い出し心に風穴が空くけれど、主人の優しさがその穴を埋めてくれるから、紛れもなく私は幸福に包まれている。 
     だからきっと、主人だって幸せになれるんだ。 
     主人ははっと我に帰った。回復し終えた私と目を合わせた。暗い表情を見せまいと眩しい笑顔に戻った。私の頭を柔らかい手で優しく撫でた。

     私にはここが青空なのだから――


      [No.1143] 2、一致団結 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:53:19     64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     ザングース同士の争いは、今日も絶えない。
     何故同種族なのに、争うのか。何故傷を付け合うのか。俺には疑問で仕方が無かった。しかし、その理由は誰も答えてくれない。幼い時に何回も聞いたが、あいつらが憎いからとしか答えなくて、何故憎いのかについて述べる者は、一匹たりともいなかった。
     ザングースは、昔から二つに分かれてある。その二つが、長らく争っている。その二つに、明確な違いは無い。どころか、全く同じであった。
     争いが、単なる喧嘩のレベルであるなら、それは別に構わない。しかしながら、度々殺し合いに発展することがあるから、だから俺は問題だと思うのだ。血で赤く染まった親しい友人が、不敵な笑顔を見せながら、今日は二匹殺したぞと話す様は、背筋どころか体全体が凍る思いをした。
     なんとか争いを止める方法は無いだろうか。考えても考えてもそれは思いつかず、気が付けば俺は諦めかけていた。そして、無意味に争っている奴等を、思いっきり見下すようになった。こいつらは馬鹿だ。もうどうしようも無い。俺は群れを出て行くことも考えていた。ここにずっといれば、俺だって争いに巻き込まれる。俺は争いが嫌いだ。絶対にやりたくない。
     


     争いは終わる気配を一向に見せない。ところがである。ある日、ザングース達の運命を変える、決定的なことが起こった。
     誰かが最初に異変に気付いた。そいつが指を差している方向を見た。すると何やら、ハブネークの群れが、凄まじい形相を浮かべて、こっちに責めてきたのだ。これはいったいどういうことだ。と、思っていたその時だった。全身の血が沸くような感触がした。一回も他人に向けたことが無い鋭利な爪が疼いた。あのハブネーク達を引き裂きたいという感情が、胸の底から湧き上がってきたのである。理由は分からない。考えている暇もない。体が勝手に動く。ハブネークを反射的に睨む。一匹のハブネークと目が合う。そのときに、俺が誰と戦うのか、己の運命を決した。あとはもう、勢いに任せて。そいつの元へと走り、そいつもこっちに向かって走り、やがてその距離が縮まった所で、俺は相手の黒い鱗を剥ぎ取るべく、右手を空高く振り上げた。
     気が付くと、俺はそのハブネークに圧勝していた。意外と自分は強いのだろうか。いや、相手がたまたま弱かっただけであろう。運が良かった。
     周りを見回すと、他のザングース達が懸命に、ハブネーク共と戦っていた。無我夢中でそのことに、俺は全く気が付かなかった。ハブネークと戦闘している彼らは、皆生き生きとしていた。やっていることは殺し合いに違いないのだけれど、それでも傍から見てて不快に思わなかった。同種族のときはあんなに嫌悪感をむき出しにし、挙句の果てに群れから出ていこうとしたのに。いったい何故であろうか。
     戦いは終わった。ハブネーク達は味方が徐々に減ってきたのを見て、そろそろと退散していった。戦争と言うべき争いは、ここにて終結した。生き残ったザングースは、ハブネークが帰っていくのを見届けた後、一気に疲れが来たようで、皆一斉に崩れ落ちた。俺も例外では無かった。体中が激しく傷む。これまで経験したことのない疲労が襲ってくる。
     ザングース達は、傷が酷過ぎて動けなくなった仲間を担ぎながら、それぞれの家路に帰っていった。戦争に勝ったことを喜ぶ元気など無かった。
     それにしても、何故俺は戦ったのだろう。あれだけ嫌がっていたのに。体が勝手に動いた。だとしたらそれは”本能”だろうか。
     俺は調べてみた。仲の良い年配のザングースに聞いてみた。その彼曰く、ザングースはハブネークを見ると、そいつを倒さなくてはいけないとう使命感に駆られるらしい。これは自分の意思でコントロールができない。本能的に、必ずそうなってしまう。
     やはり“本能”だった。なんて厄介な本能だろうか、と感じた。殺し合いとしなくてはいけない本能なんて、そんなもの絶対に要らないと思った。しかし、良く考えてみると、戦っている最中ザングース達は、皆生き生きとしていた。ここでこう言うのが適切はどうか分からないが、楽しそうだった。俺も同じだ。高揚感に満ち溢れていた。ハブネークを倒すことに、無我夢中になっていた。
     ならば、これでいいのだろうか。
     いや、良く無い。これは殺し合いだ。敵も仲間も死んでいくんだ。こんなことがいいわけないじゃないか。しかし、もともと同種族同士で殺し合いしていたのだ。だったらむしろ、この方が。
     などということをずっと考えていた。そうしているうちに、次の波がやってきた。戦争の再発である。ハブネーク達はまたしても攻めてきた。しかも、以前より遥かに多い数で。俺は体が震えた。それは、恐怖からくるでもあるし、武者震いでもあった。
     俺は再び目が合った相手と戦おうとした。しかし、今回はそうはいかなかった。ある一匹のハブネークが、俺の方に向かって、尻尾を叩きつけてきたからだ。もう俺は、そっちと戦うしかない。喧嘩を売られてたのだから。本能がそう告げる。
     そいつはかなりやっかいだった。攻撃の威力はそうでもないが、ねばり強いのだ。幾度なく切り裂いても、また起き上がってくる。相手は必死だった。何故こんなに必死なのか。それは、そいつが戦闘中に俺に向かって、針で刺してくるように睨みつつ、静かに呟いた内容で判明した。
    ――よくも俺も友達を殺してくれたな。
     こいつは、俺は前回殺した奴の、敵をとろうとしているのだ。必死になるのも、無理はない。だが、俺だって負けるわけにはいかない。俺は手を更に素早く動かし、相手を切り裂きまくった。
     ようやく勝つことができた頃には、俺はもう瀕死寸前だった。ハブネークは尻尾と牙に毒を持っている。俺は二回も噛みつかれ、毒が体中に回っていた。今にも倒れそうだった。体が限界を超えていた。
     辺りを見回す。死んでいるザングースがたくさんいる。まだまだ懸命に戦っている者もいるが、もうじき倒れそうな奴等がほとんどだ。今回はもうこっち側の負けだろう。
     俺だけなく他の奴もそう思ったらしく、あるときを境に皆一斉に逃げ出した。本当は誰も逃げたくなんて無かったのだろう。悔しそうな顔を皆していた。泣いている者もいた。
     


     ハブネーク共は、それから長らくこなかった。どうやら最近攻めてきたのは、この辺に集落を映したところ、たまたまザングースの群れを発見したかららしい。ハブネークの群れが移動しない限り、恐らく戦争は終わらない。そしてたぶん、ハブネークの群れは移動しない。
     ハブネークが来る間、誰かが集会を開いた。どうやったらあいつらに勝てるのか、皆で懸命にそこで考えた。あれこれと意見を出し合った。爪をもっと手入れしようとか。新しい技を練習したらどうかとか。その間、実に皆生き生きとしていた。
     この頃、ザングースの間では、争いは全く起きなかった。小競り合いすらする者はいなかった。皆ハブネークを倒すために、”一致団結”していたのだ。
     それは確かに、俺の望んでいたことであった。しかし、本当にこれでいいのだろうか。犠牲者の数は、激しい戦闘によって、同種族同士で争っていたときより遥かに増加している。傍から見れば、明らかに今の方が悲惨であろう。
     しかしそれでも。きっと、これで良いのだ。これがザングースとしての、”正しい”生き方なのだ。そうだ、そうに決まっている。俺はここで考えを固めた。ハブネークとの戦いを肯定することにした。
     作戦が固まった後、皆で肩を組んだ。今度は絶対に勝とうと誓い合った。

     

    数日経って、あいつらがまたやってくる。
     皆必死で戦った。ある者は仲間が殺された恨みを混めて、ある者はだた勝ちたいという本能に任せて。引っ掻くしか使えなかった者は、切り裂くを使えるようになっていた。ただやみくもに攻撃していた者は、相手の攻撃を見切ることを覚えていた。この戦争によって、明らかに皆”成長”していた。ザングース同士で戦っていたときは、こんなことは無かった。あるいは、俺から見て”成長”では無かっただけか。
     一方で俺は、ある大物のハブネークと戦っていた。こいつは明らかに他よりも体が大きく、爪も立派であった。仲間の援護はこっちにこない。俺は一匹で、戦っていた。
     やがて相手の尻尾の一撃が、俺の腹を思いっきり抉る。凄まじい苦痛と共に、俺は地面にひれ伏す。ここらで俺は覚悟していた。俺は今日死ぬのだと。
    だがそれでも、絶対に諦めない。死ぬ直前まで、粘ってやる。
     俺は最後の力を振り絞り、思いっきり高くジャンプして、そして右手を振り上げた。そこに、相手の止めの一撃。太い尻尾によって、俺は地面に叩きつけられる。
     もう体が完全に動かなかった。意識が徐々に薄れていく。どうやら俺は、ここで終了のようだ。
     死ぬ間際に、今までの思い出が、走馬灯のように蘇る。ザングース同士で戦っていた日々。ハブネークがやってきて戦っていた日々。比較したときに、後者の思い出の方が明らかに色鮮やかだった。やはり、これでいいのだろう、これが正しいのだろう。俺が死んでも、正しいのだろう。ザングースとして、俺は死ねるのだ。なんの未練もない。これが当たり前なのだから。
     今も皆は懸命に戦っている。今回は勝てそうだった。どうやら、あの作戦会議が役に立ったようだ。皆生き生きとしている。勝つために全力を尽くしている。仲間通しで力を合わせ、敵と戦っている者もいる。
     一致団結している。
     これは俺が望んでいたことだ。
     俺は涙が出てきた。嬉しかった。もう思い残すことは何もない。
     後はザングース達がハブネークに、無事勝利することを願う。
     


      [No.1142] 1、人の上に立つ者 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:52:11     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     人の上に立つ者。それは、周りより力が優れていると、普通は思うだろう。例外もいくつかあるだろうが、しかしながら最低限、人の上に立つ者は、周りよりも威厳が強くなくてはいけない。それだけは絶対条件である。では、威厳とは何であろうか。 



     ここに一人、いや一匹のピジョットがいた。彼は群れのリーダーを務めていた。群れのリーダーは皆をまとめ上げ、同種族同士の小競り合いを静め、敵対する異種族の攻撃から守らなくてはいけない。なので、並大抵のピジョットでは務まらない。
     しかしながら彼は、並大抵以下であった。実力なんて何も無かった。力も対して強く無く、戦闘に至ってはてんで駄目である。飛ぶスピードも微妙で、高度も低い。狩りもあまり上手ではなく、自分より遥かに弱い生物が命を懸けた悪あがきに、思わず体をびくっとさせ、そして逃がしてしまうこともあった。
     そんな彼だが、周りからの支持は高い。彼は皆から称賛され、尊敬の眼差しを向けられている。彼が飛んでいると自然と道を開ける。彼の言葉を真剣に聞く。いったいなぜであろうか。普通なら、そんな弱いピジョットなんか、リーダーから落とされるだけでなく、皆の笑い者になったりもするのだが。
     答えは単純。彼の父親のおかげである。
     彼の父親は非常に強かった。群を抜いて強かった。そして、見かけも威厳があった。羽が通常よりも遥かに大きく、毛並は見とれるほど美しかった。また、彼は性格も良かった。自分で捕えた獲物を、病気で動けない者に分け与えたり、苛められているひ弱なポッポの子供を、苛める側を諭すことで救ったりした。
     このように、彼の父親は非常に優秀であった。周りから尊敬の念で見られ、やがて群れのリーダーになった。しかしあるとき、彼の父親は病気で死んでしまった。そして群れのリーダーは彼が受け持つことになった。彼は特に深く考えず、まあ大変なこともあるだろうがなれるのであればなっておこうか、というあまりにもいい加減な心情をもって引き受けた。彼がリーダになることに関しては、誰も反対しなかった。皆、こう思っていた。父親がこれだけ優秀ならば、その息子もきっと優秀であろうと。誰もがそう思った。いや、そう思っていない者もいたかもしれない。けれども周りに流されて、とても反対意見なんて述べられない状況であった。
     父親が優秀だからというだけで、息子も優秀だと思うのは、あまりにも安直すぎると思う人もいるだろう。しかし、彼らはポケモンであり、人間よりも幾分知能が低いのだ。だから、そんなふうに単純にしか考えられない者が大半でも、仕方のないことであろう。
     群れのリーダーになると、いろいろな特権がある。まず、獲物を自分で取ってこなくていい。刈りが苦手な彼にとって、これは多いに助かった。自分の醜態を晒さずに済むのだ。更に、周りから尊敬の眼差しで見つめられる。彼はこれが非常に気持ちが良かった。これが彼の馬鹿な自尊心を満たしてくれた。そしていよいよ、彼は調子に乗り始めた。
     彼の本当の姿を見抜かれそうになる。そのようなことは幾度となくあった。彼の容姿がしょぼいことに関しての指摘は、「見た目で判断してはいけない」という常套句を持って制圧されるのだが、彼がたまにする失態に関しては、もはや擁護のしようが無かった。彼は飛んでいるときに誤まって、木に思いっきりぶつかるという派手な失着を犯し、それを見ていた子供達の目から若干光が消えて行く。そのようなことが、何度もあったのである。
     けれども、それでも誰も彼を疑おうとはしなかった。時折見せる無様な失態は、たまたまであると考えた。親が優秀なら子も優秀。彼らに内在した先入観の粘着力は尋常では無かった。
     やがて、彼は浮かれに浮かれた。本当は実力が無い。けれども周りから称賛され続け、自分は本当は実力があるのではないかという錯覚が起こった。
     しかし、ここにきてようやく、彼を疑うものが一匹いた。一匹の小さなポッポだった。そいつはひどく体が弱く、もうずいぶんな年なのに進化できずにいた。そいつは浮かれている群れのリーダーの姿を見て、このままではいけないと思っていたのだ。
     


     ある日のことだった。平和な日常を揺るがす集団が現れた。オニドリル達である。彼らはピジョット達の陣地を荒らそうとしてきた。領土を横取りしようとしてきたのである。
     昔からオニドリルたちは、自分達の領土の狭さに不満を抱いていた。そしてオニドリルは気性が激しく、他者を容赦なく攻撃することで知られている。そんな彼らがピジョットの領土の広さに目を付け、攻め入ってくるのは時間の問題だろうと誰もが考えていた。だから皆戦う準備をしていた。懸命に技を磨き、領土争いに負けないようにと頑張っていた。
     さて、群れのリーダーを務める彼が、この戦いから逃れるわけにはいかない。リーダーだからと言って、指示だけするというわけにもいかない。ちゃんと自らも戦ってこそなのだ。彼は困ったことになった。戦うのは嫌いであるし、何より弱いところを晒したくないと思っていた。これから戦いになれば命の危険が伴うのに、彼はそれでも世間体を気にした。これまで積み上げた自尊心が崩れるのを、最も恐れていた。
     彼は技を磨いていなかった。浮かれすぎてて、怠けていた。ただでさえ弱かった彼は、現在更に弱くなっているだろう。
     迷う暇も無く、オニドリル達が攻め入ってきた。ピジョット達は戦った。実力はほとんど拮抗していた。けれども、ピジョット達が少し押されていた。
     彼は戦場に来ていたが、まだ誰も倒していない。彼は逃げることも考えていた。けれども、そんなことをしたら周りになんて思われるか、想像に難くない。そこで彼はあることを思いついた。
     彼は敵の群をじっと見つめた。彼は探した。弱そうな奴を。彼は自分が弱い分、どのような奴が弱いのかを見分けることができた。おどおどしている奴。周りをきょろきょろしている奴。無駄に高く飛んでいる奴。羽がぶるぶると震えている奴。とりあえず周りに合わせて掛声をしている奴。何か無駄に飛び回っている奴。後ろの方で隠れている奴。彼はそいつらを狙った。
     一応最終進化までしているだけの力はあるので、多少苦戦をしつつも、何とか倒せた。周りからどっと歓声の声が上がった。流石だと誰かが言っていた。群れのリーダーである彼が倒したことにより、周りの士気がいっそう高まった。
     彼はその後も弱い敵を見抜き、次々と倒していった。彼は徐々に乗ってきた。
     両軍ともに数が少なくなってきた。そしてついに、向こうのリーダーが動き出した。そいつは、周りよりも体が一回り大きく、硬化の翼をばさばさと激しく揺らしながら、スピアーの針のような鋭い目付きをこっちに向けた。そして、そいつは大声を出して言った。向こうのリーダーを出せと。
     一対一の対決をしようと言うのであった。睨まれた彼の体は震えていた。出来ることなら逃げたかった。けれども、周りの声援がえげつなく激しくなっており、引くに引けない状況となった。
     彼はしぶしぶ前に出た。連戦に続く連戦により、既に彼の体はぼろぼろであった。体中に回転して嘴で傷付けられた跡があった。空を飛ぶのも苦しい状況であった。そんな状況でさらに、相手が群れのリーダーときたもんだ。彼は絶対絶命であった。どう考えても勝てるわけがない。
     それでも、引くに引けないので、彼は攻撃を繰り出した。相手の腹部に向かって、翼で殴ろうと思った。助走を付け、懸命に最大限のスピードを出して、相手の方へ向かった。しかし、だった。何時の間にかそこに相手はいなかった。彼は後ろを取られていた。
     その後、彼は渾身の一撃を喰らい、真っ逆さまに落ちて行った。彼の完敗であった。当然の結果であろう。
     その後、ピジョット達はオニドリル達に敗れた。彼が敗けたことにより、士気が下がってしまったのだ。
     この戦いによる被害を損失は大きい。領土の半分を取られることになってしまった。更に、戦闘による死傷者の数も多かった。



     彼は大けがを負ったが、まだ生きていた。そしてまだ、群れのリーダーを続けていた。あれだけ無様な姿を晒したのに、である。誰も彼を責めなかった。あれだけ戦った後だったのだ。疲労が相当溜まっていたのだ。一撃でやられても無理はない。そう言って彼を擁護した。彼に対して不満を抱くものは少なからずいたが、そいつらも結局世論に流された。
     彼は自らの名誉が守られたことに安堵し、そしてまたしても調子に乗った。
     しかしながら、だった。ここで彼の伸びきった鼻を、たやすく圧し折るものが現れた。一匹の弱い、あの小さなポッポである。ポッポは皆に知らせた。あいつは、オニドリルとの戦いで、ずるいことをやっていたと。
     はじめは誰も信じなかった。しかし、ポッポの話ぶりには、妙に説得力があった。ポッポは力が無い分、話術に更けていた。知識も相当あり、観察力も人並み外れていた。ポッポの地道な努力による成果であった。弱い敵は具体的に、どのような奴かを知っていて、その特徴を話した。そして、あいつが弱い敵ばかり狙っていたことを話した。
     始めは数匹だけ信じた。そして、どんどん彼が弱いことが広まって行った。こうなってしまえば、後は早い。噂はどんどん広がる一方。彼の仮面が剥がれていく。
     やがて、話が殆ど全員に広がった。そして彼らは皆、同じ結論を出した。
     あいつは卑怯。
     その結論から、別の結論も導かれた。
     あいつは弱い。 
     彼は皆に責められた。すぐに群れのリーダーの権利をはく奪された。それだけでは、彼らのいかりは収まらなかった。彼を群れから追い出した。
     彼は必死に言い訳をした。しかし、誰も聞く耳を持たなかった。彼は最後の足掻きで、暴れようとした。しかし、すぐにやり返された。彼はぼこぼこにされた。
     彼は最終的に、群れから追い出され、行くあてがなくなった。自尊心を激しく傷付けられ、死ぬよりも苦しい思いをし続けることになった。

     彼は自分より、弱い奴に敗けたのだった。


      [No.1141] 即興小説セレクト 投稿者:逆行   投稿日:2013/10/11(Fri) 22:50:45     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    http://sokkyo-niji.com/ 即興二次小説というものがありまして、執筆速度を上げるためにこれをやってまして、書いた小説の一部を推敲してこちらに投稿します。推敲してるんで厳密に言うと即興じゃないです。ややこしい。

    1、寓話 2、ザンハブ 3、独白(明るめ) 4、ギャグ 5、伝承 6、独白(暗め)7、ブラックネタ 8、人間×人外


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