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ねえ、直斗。僕は“物”になるよ。もう二度と、誰かを傷つけないように。もう二度と、幸福を減らさないように、僕は“物”に徹するよ。そして、必要な時が来たら、直斗、君に命令してほしい。そういう風に、契約をしよう。もう僕が誰かを傷つけないように。ごめんなさい。でも、君が幸福でいられるというのなら、僕は幸福なんて要らないから。だから、
僕は目を覚ます。嫌な夢を見ていたが、忘れた。カーテンの向こう側は、薄明かりに晒されていた。でもまだ、直斗は眠っている。いつ彼が起きてもいいようにと、僕は居住まいを正す。それから、視覚器官を移動させて、カーテンを見た。安い一枚布の上と横から早起きの太陽の光が漏れていて、カーテンが光に押されているみたい。この情景に名前はあるのだろうか。薄明光線、という言葉が頭に浮かんだ。違うけれど、なんとなく思いついた。そういう、頭に浮かびやすい言葉はいくつかある。最大多数の最大幸福、とか。
僕は視覚器官を動かして、直斗を見た。固い椅子の背もたれを限界まで倒して、サングラスの僕を掛けたまま、ぐっすりと眠っているのだ……多分。距離が近すぎる所為で却って見え辛いけれど。三十代も後半に入ったけれど、まだまだ格好いい方だと僕は思う。引き締まった体。適度に切り揃えられた黒髪。今はまだ瞼の下の青い目。眼瞼の下で眼球が動いている時って、夢を見ている時なんだっけ。なんにしろ、いい夢ではないのだろう。起こした方がいいだろうかと思うけれど、それは契約に入っていないし、また余計な手間を掛けさせたと思われるのが嫌だから、僕はじっとしている。その内朝日が直斗を起こしてくれるはずだから。
僅かに目を離した隙に、カーテンの向こうの光はその強さを増している。暗かったこの事務所も、少しずつ光を取り込んだ。このまま朝日が昇れば、その明るさで直斗は目を覚ますはずだった。
予想外。事務所のドアがバン! と開いた。
直斗が飛び起きた。ずり落ちた僕を掛け直し、背もたれを起こす。ドアの向こうの光の世界からやってきたのは、逆光で顔が見えないけれど、女性。
「探偵さん、っている?」
直斗は真っ直ぐ座ると、
「探偵は私ですが」
と営業スマイルを作った。
女性は事務所が暗いことを訝しがらないのが、トントントンと直斗の机の前まで進んで、机にバンと手を置いた。ドアだってぶち破る勢いで開けてたろう、乱暴な女性だ。
乱暴な女性は要求も乱暴だった。
「お願い、友達が事件に巻き込まれたの。犯人を探し出して!」
そして女性はウルウル、といった感じで直斗を見る。視覚を調整して分かったけれど、器量は悪くない。もっとも、薄汚れた衣服と山ん婆ヘアで台無しだ。日に焼けた肌が傷んでいる。三十路くらいだろうか。腰に六つフル装備したモンスターボールも、年季が入っている。
そんな女性に、直斗は慣れた様子でこう受け答えした。
「事件の捜査なら警察へどうぞ」
そして、机の上の電話から受話器を取り上げてみせる。ここから警察に電話してもいいよ、という具合に。しかし、女性は直斗の手ごと受話器を掴むと、押さえ込むようにフックへと戻した。なんて乱暴な奴だ。
「警察は動いてくれないもん」
駄々をこねるみたいに彼女は言った。口調からすると、早熟なティーンエイジャーだろうか。女性の歳というのはパッと見では分からない。そう考えると、モンスターボールも、年季が入っているのではなく、単に扱いが悪くて傷だらけに思えてくるから不思議だ。
「だから、探偵さんに頼みに」
「お気持ちはお察しします。しかし、当探偵事務所でも、昏睡事件については取り扱っておりません」
「探偵ってそういうことするもんじゃないの?」
女性は声を上げる。怒り半分、当てが外れた動揺半分といったところ。この狼狽え具合から見るに、三十路ということはないだろう。
「表のプレートに“海原探偵事務所”って書いてあるのは何なのよ?」
彼女の指が、開かれたままのドアの方向を指した。ドアの外は、すっかり明るい。
「そのままの意味です」
直斗は営業スマイルを崩さない。
「当事務所の業務内容は、主に行動調査と行方調査となっております」
「つまり?」
「主に、離婚の時の浮気調査と迷子のポケモン探し」
「事件の捜査はしてくれないの?」
「しませんね」
直斗は断言すると、開いたままのドアから出るよう、彼女を促した。「事件の捜査は警察にお願いしてください」と言い添えて。「でも、警察は……」少し粘ってみせたものの、結局彼女は外に出ていくことになった。不承不承、といった感じで。
良かった、と僕は胸を撫で下ろした。彼女は出ていく。ドアがバタンと閉まれば、部屋はまた暗くなる。そして日常が戻ってくる。もう一寝入りして、時間になったらカーテンを開けて、それで彼女のことは忘却の彼方。直斗の幸福は減らない。めでたし、めでたしだ。
そこで、なんで余計な一言を付け足してしまうのか。
「離婚の際には是非、当事務所をご用命ください」
開いていたドアが、閉まった。ただしそれは僕の展望とは別な閉まり方だった。事務所を出ていきかけた彼女は、ドアの手前で止まると、直斗を振り返って見た。それはもう、鬼子母神はかくや! って感じで。
彼女はドアから机までの短い距離を電光石火の勢いで駆け抜けると、その勢いを乗せて、右ストレートを撃ちだした。ボグ、と鈍い音がした。
「サイッテー」
そんな捨て台詞を残して、今度こそ彼女は去っていった。
「全く、何だってんだ」
直斗は再び暗くなった事務所の中で、呆れたようにぼやいた。
ただし、「腹、大丈夫かな」と付け足すあたり、お人好しなのだと思う。
直斗を殴ろうとしたけど踏み込む場所を間違えて机の縁に腹をぶつけた上、グーパンチは届かなかった女のことなんて、僕はどうでもいいのだけれど。直斗の幸福が減らなければ、それで。……過保護なのは分かっているさ。
直斗は僕の予想以上に、お人好しだったらしい。
「イドラ、行くぞ」
そう言って、寝室で寝ていたリグレーのイドラを運び出した。底の浅い鞄に入れ、肩に掛ける。イドラはモンスターボールが嫌いなのだ。なら横を歩かせればいいじゃない、と思う人もいるが、イドラには足がない。悪い奴に切られてしまったらしい。エスパーポケモンだから念力を使えばいいじゃない、とその次に人は思うのだが、これがどうも難しい。僕もやってみたけれど、足のあるポケモンが、足を失った状態で移動するというのは、それがエスパーポケモンであっても難しい。まあ、訓練して少しは動けるようになったみたいだけれど、基本は鞄移動。イッシュくんだりまで行って、そんなポケモンを引き取って帰ってしまうあたり、やはり直斗はお人好しだ。
直斗はリグレー入りの鞄にモンスターボールを入れると、事務所を出て、鍵を掛けた。『本日の営業は終了致しました』のテンプレートの紙を貼っ付け、事務所の入ったボロビルを出る。エレベーターもあるが、待ってても来ないし、いつ落っこちるか分からないようなボロなので、使わない。六階から階段で、ご苦労なことだ。リグレーも気を遣ってはいるが、やはり重いだろうに。
そうやって苦労して階段を下りて、また歩く。太陽は余程気が早いのか、もう夏本番といった勢いで辺りを熱している。アスファルトの続く向こうに、陽炎が揺れていた。暑い。直斗は小さくため息を吐いて出発した。
行き先は、つい最近までは近くにあったけれど、統廃合の結果、一時間以上歩いた先にしか存在しなくなったポケモンセンター。まあ、これはマシな方だと思う。山間の村なんかでは、山の麓の町まで行かなくちゃポケモンセンターがなくて、そうなると村に人が来なくなって、過疎化が進む一方だと聞くから。かつては、そういう村にポケモンジムが配置されて、村おこしの役目を担っていた。けれど、旅のポケモントレーナーが犯人の凶悪事件が起こって、旅すること自体が白い目で見られるようになって、各地にあるポケモンジムを回って修行するというスタイルは崩れてしまった。今ではポケモンジムは、ポケモンのことを学ぶ塾みたいな形で、町の真ん中に残っている。ジムバッジは塾の修了証みたいになって、ポケモンジムの権威は下がり、挙句、私立のポケモンジムというのまで出来てきた。もっとも、『ポケモンジム』の名称は使えないから、リトルジムとかサブジムとか、規定逃れのそれらしい名前を使っている。そして、そういう私立ジムが、未だに旅をしているポケモントレーナーたちの新たな一里塚となっているのだから、何の皮肉なのやら。
そういった私立ジムの一つを横目に見て、進む。繁盛しているらしく、立派な店構えをしていた。ここで不意に、鞄に揺られていたリグレーが、「気持ち悪い」とこぼした。
直斗が立ち止まってリグレーを見た。
「大丈夫か、イドラ?」
放っておけばいいのに。このリグレーは、大したことじゃなくても世界の終わりみたいに騒ぎ立てるんだから。しかし、僕の予想していなかったことに、リグレーはコクンと首を縦に動かした。
「そうか?」
鞄を掛け直し、直斗は進みだす。私立ジムの前を通り過ぎる。リグレーが、ほっとしたように息を吐いた。
「なんかあのジム、嫌な感じでさ」
聞いてもいないのに、リグレーが答えた。言ったところで、直斗には分からないし、僕は相手をしないけれど。どうせ、あのジムがゴーストタイプ専門だから嫌だったとか、そういうオチだろう。相手をするだけ、無駄なんだから。
一時間以上歩いてやっと、お馴染みの赤い屋根が見えた。どんなに時代が変わっても、ポケモンセンターの基本的な外観は変わらない。自動ドアをくぐると、これまた変わらない内観が出迎えてくれる。真正面にカウンター、広いロビーに待合用の椅子がいくつか。直斗は真っ直ぐカウンターには向かわず、まずロビーの隅にある椅子に腰を下ろして、休憩を取った。暑さで参ってしまったのだろうか。しかし、普段は少し疲れてたって、目的を先に済ませるのに。僕はちょっと直斗の体調が心配になった。
少し休むと、直斗は何事もなかったかのように立ち上がって、カウンターに向かった。平日昼間のポケモンセンターは、がら空きだ。目的の人物、須藤光一を見つけて、必要な情報を仕入れる。まず直斗は、ここ三日間で、ポケモンセンターの宿泊施設を利用した女性について尋ねた。宿泊の際に提示するトレーナーカードの顔写真のデータを見せてもらったら案の定、そこに今朝の横暴山ん婆が入っていた。それから直斗は、彼女と同室の人間がいなかったかどうか聞いて、その情報も貰って、ポケモンセンターを出た。帰り際、須藤光一は「お気をつけて」と手を振ってくれた。彼には昔から目をかけていたから、今でも直斗を慕ってこうして情報を都合してくれる。情けはかけておくものだと思う。『情けは人の為ならず』という昔の人の言葉を噛み締めて、次に向かったのは、警察署だ。
警察署に着くと、直斗は慣れた様子で馴染みの刑事を呼び出して、しばらくつっ立って待っていた。周囲のポスターを眺める。『能力アップ薬に注意! 麻薬と同じ成分の偽物が出回っています』『ポケモンの無責任な繁殖・売買は違法です』『ポケモンバトルはマナーとルールを守りましょう』……いつも思うのだけれど、このポスターは一体誰に訴えかけているのだろうね。
直斗が普通自動車免許取得のパンフレットを見ているところで、呼びつけた刑事がやってきた。ハイヒールを高らかに鳴らし、パンツスーツ姿で現れた、直斗より一回り年下のこの女性、名を結城夏輝という。直斗に一目惚れしたらしく、それ以来、何かと直斗に情報を都合してくれる。直斗もそんな彼女を利用、いや虚仮、いや重宝させてもらっている。まあ、頑張り屋の後輩以上に何も思われていないことは、彼女も分かってやっていると思う。
「海原さん、今日は何のご用かな? あ、私明日非番なんですよ」
「昏睡事件について聞きたい」
結城夏輝の台詞を半分スルーして、直斗は単刀直入に尋ねた。途端、夏輝の顔が曇った。「捜査中の事件だし、犯人捕まらないし、機密情報多いよ?」
昏睡事件。その名の通り、被害者が皆、昏睡状態に陥っている事件だ。昏睡状態になっていること以外には外傷もなく、どんなポケモンの技が使われたかのかも判然としない。何も手がかりが掴めないまま、旅のトレーナーを中心に、被害者の数はうなぎのぼりに増える一方だ。野生ポケモンが人を襲ったのではないかという説もある。とにかく五里霧中の事件だった。
「じゃ、被害者の名前だけでも」
「それもちょっと」と夏輝は渋った。直斗も少し、引いてみせる。「じゃ、確認だけ」言いながら、さりげなく夏輝と距離を取った。
「昨晩の被害者は安藤康隆、で間違いないな?」
「どうしてそれを? まだ報道もされてな」
途中で気付いて口を塞ぐ。今更黙っても遅いぞ、結城夏輝。
夏輝はバツの悪そうな顔をして、直斗を応接室に誘った。
「私から聞いたって言わないでくださいね?」
「言わないよ、もちろん」言わなくてもバレバレだものね。
夏輝は一つに括っていた髪を解き、結び直す。そして、「どうして分かったんですか」と直斗に聞いた。
直斗は今朝からの推理を惜しげもなく披露する。
「今朝、俺の事務所に、『友人が事件に巻き込まれたから犯人を捕まえろ』って女性が来た。明らかに旅装で、ポケモントレーナー。汚れ具合から昨日今日ぐらいに町に着いたのは分かった。それから、彼女は『事件に巻き込まれた』とか、『警察は動いてくれない』とか、どことなく歯切れが悪かったからカマをかけてみた。『昏睡事件の捜査は受け付けてない』と言って。今、警察が動き辛くて、被害に遭っても被害者と断言し辛いっていったら昏睡事件だからな。で、その通りだった。後は女性の素性を調べて、それから、同室の人間を調べればいい。事件に巻き込まれたなんて、友人のポケモントレーナーに警察が一々知らせるはずないだろうから、彼女が自分で気づく要因があったはずだ。どうせ同じ部屋を取って、昨日帰ってこなかった、とかだろう。調べたら、同室の人間に荷物を置いたまま戻ってこない人間がいた。それが安藤康隆だった。こんなところだ」
夏輝は悔しそうに頷いた。分かってしまえば簡単なことだ。僕は直斗と一緒にいて、いつも気付かないけれど。
夏輝は俯いたまま、口を開いた。
「夜中に搬送された安藤氏のケータイに、明朝から電話を掛け通しだったそうです。警察にも未明に来ました。朝の四時でしたよ」
「俺のところにも、大体そんな感じの時間に来た」
あの山ん婆、ほうぼうにそんなことして回ってたのか。直斗も苦笑する。夏輝も少しホッとした様子で相好を崩した。
「あ、でも」
「何だ」
夏輝の疑問を、直斗はすかさず拾い上げる。夏輝は調子をつけるようにコックリ頷くと、こんな話をした。
「その女性、柿崎凛子さんですが、安藤さんが事件に巻き込まれたと分かったのは、部屋に戻らなかったからだけじゃありません、って言ってましたね」
「他に何か?」
直斗が穏やかに先を促す。夏輝が髪をいじりながら、「それがね」と切り出した。
「カード占いで気付いたんだそうです」
「カード? タロットカードか?」
「本人は別物ですって言ってましたけど、私には違いが分かりません」
夏輝が胸を張って言う。この合理的で他人に迎合しないところを、彼女は自分で気に入っているらしい。
「とにかく、柿崎凛子さんが何故タロットカードの話を持ちだしたのか、私には理解できません」
「理由はあるんだろうさ。俺にも分からないが」
直斗に分からないなら、夏輝にも僕にも分からないな。
「あと、あの歳で女一人で旅してるっていうのも珍しいですよ」
「歳?」
「ポケモンセンターで見た時に、確認は? 彼女、二十歳なんですよ」
直斗の動きが一瞬、止まる。それは不自然なくらい長い一瞬だったのだけれど、夏輝は気付かずに話続ける。
「十二歳とか十五歳とかで旅をしてる子は稀に見ますが。二十歳って高校でも大学でも中途半端ですし、何故でしょう?」
「妙だな」
そう言う直斗の声も妙に上擦っている。流石に夏輝も直斗の様子に気付いたらしく、「どこか具合でも悪いんですか?」と尋ねてきた。
「悪いと言えば悪いな。食欲がない」それは心配だ。
「どうしたんでしょうね?」
「さあな」
直斗は立ち上がると、場を辞した。後ろから、「明日非番なんですよ」と声が飛んでくる。
「どうせ事件の捜査が入るんじゃないのか?」
「知ってます? 私また捜査外されるんですよ! 今回は警部補にドロップキックかましました!」
君はまたやらかしたのか、結城夏輝!
警察署を出て、直斗は歩きだす。
「全く、結城は何回問題起こせば気が済むんだか。もう少し周りとの協調性があれば。目の付け所は悪くないんだが」
リグレーに半ば独り言のように喋りかけつつ、直斗は道を右に曲がったり、左に曲がったりした。自分でどこを歩いているか、把握していないものらしい。居た堪れなくなって、僕は直斗の耳の後ろを軽く叩いた。しかし、直斗は気付かない。そのまましばらく道を進んで、途中で気付いて引き返した。
「あいつは柿崎じゃなかったはずだ」
そんなことをリグレーに確かめつつ。いや、この国で結婚したら、大半の女性の苗字は変わるからね。
直斗が二十歳という年齢に反応するのには、わけがある。要するに男女関係になって逃げましたというわけだが。それだけなら、良くないけれど、まだ良かった。あまり真面目に年齢を逆算されては、困ったことになる。いや、直斗がちゃんと話していれば、いや、場の雰囲気に流されなければ、というか僕がしっかりしていれば……。
そんなわけで、直斗は今年で二十歳ぐらいの人間を見かけると、どうしても、それとなく、家族関係を探らずにはいられない。その性癖の所為で結果的にポケモンセンターの須藤光一に慕われることになったのだが、人生何がどう転ぶか分からないとはこのことだ。その時、既に転倒していたけれども。
「生まれてるかどうかも分からない人間だ。まさか俺を探す為に旅に出たわけでもないと思う」
な、と直斗はリグレーに同意を求める。
リグレーは首を横に傾けて不賛成を示した。嘘でも頷くとこだろ、そこは。
やや回り道をして事務所に戻ると、本日二度目の山ん婆と遭遇した。もっとも髪を整えてきたから、もう山ん婆ではなくなっていたけれど。
「貼り紙を見ませんでしたか? 今日は店仕舞いです」
「今日が駄目なら明日にするから」
しれっと元山ん婆、柿崎凛子が答える。髪に櫛を入れた今は、吃驚する程普通の女の子に見えた。
「警察呼びますよ、柿崎凛子さん」
直斗はそう言って、貼り紙はそのまま、事務所へと戻る。「ちょっと!」閉めようとしたドアに足を挟まれた。
「事件のこと、どうなったの?」
「当事務所では刑事事件の捜査は行なっておりません」
「じゃあ行方調査! 犯人探しじゃなくて、私の個人的な依頼なの。話だけでも聞いてくれない?」
流石にこれには直斗も観念して、ドアを開いた。そして、彼女を中に入れた。どうせ、今日無理だと言っても明日来るに決まっている。どうせ犯人探しじゃない行方調査と言いつつ、犯人探しをねじ込んでくるのだろうが、彼女は諦めないのだろうし、それに、直斗も事件のことは気になっているようだから、どのみち首を突っ込むのだろう。お人好しだ、直斗は。
直斗は凛子を誘って、事務所の応接スペースに向かった。凛子は途中、足をさすってから直斗を追いかけた。どうやら、さっき挟んだのが意外と痛かったらしい。ざまあみろ、だ。二人は背の低い机を挟んで、向かい合わせになるように座る。先に座った直斗を見て、凛子が感心したように声を上げた。
「探偵さんって、目が青色なんだ。いいなあ。私も青色が良かったなあ」
直斗は少し癇に障ったようだった。目の色に触れられるのは、嫌いなんだ。
「目の色で探偵業が捗るわけではありませんよ」
「でもいいなあ。私には遺伝しなかったんだよね。あ、サングラスしてるのってその所為? 青い目の人は強い光が苦手って聞くから」
「ご依頼の件は」
延々続きそうな凛子の目の色談義をぶった切って、直斗が言う。凛子はむう、と頬を膨らませた。なるほど、仕草だけ見れば、子どもっぽい二十歳と言われて納得できる。肌年齢は三十路だが。
凛子は前に身を乗り出すと、直斗の目を見るようにしてこう言った。
「私の父親を探してほしいの」
直斗はポーカーフェイスで、凛子に先を話すよう促した。
凛子は乗り出していた体を伸ばし、背筋を伸ばすと、少し考えてから言葉を紡ぎだした。
「私のお父さんは、私が生まれる前にいなくなったの。元々トレーナーとして、旅してる途中の恋愛だったの。妊娠して、そのまま二人とも旅を続けて、別の道を選んだっきり、会えなかったの。写真とかはないから、手がかりはお母さんの言葉だけ」
そこで凛子は間を置いた。そして、鞄から何かを取り出しながら、
「それも、黒髪で若い男の人とかで、当てにならないから」
「そんな人間は、この国にはごまんといる」
「うん、で、ね。私はこれで探すことにしたの」
凛子は鞄から出した手の平サイズの物を、直斗に見えるように差し出した。
「タロットカードですか」
「これはジャギーカード。確かに似てるけど、ちょっとルールが違うの。絵柄が人間じゃなくてポケモンって決まってて、全部で二十五枚。逆位置や正位置はなくて、純粋に出てきた絵柄で占う」
「二十五枚、カードの一組の枚数としては、少なくありませんか?」
「そうね。一般的なトランプカードは一組五十二枚、占いでよく使われるタロットカードは一組七十八枚。でも、タロットで使われるのは大抵、大アルカナの二十二枚組だし、それにこのカードは、絵柄がポケモンでしょ? 占う人の手持ちポケモンから特徴的な示唆を得られるから、枚数は問題じゃなくなるの」
舌がよく回る娘だ。占い師としてやっていけるんではなかろうか。
直斗はジャギーカードの絵柄を見ながら、いかにも不思議そうにこう言った。
「そのような手段があるなら、探偵の力は必要ないのでは?」
「有り有り、大有りなの!」
凛子は大げさに手を振ってみせた。不自然な程芝居がかった仕草で、直斗を指差した。
「これは所詮占いだし、私は人探しの素人なのよ。プロの力が欲しいの。それと、人探しのプロに占いを見てもらって、私の力が人探しに役立つかどうか見てほしい」
「それは、どういう?」
流石の直斗も、この説明は理解できず、聞き返した。
「つまりね」
凛子は再び身を乗り出す。
「私の占いでね、探偵さんの真実をどこまで当てられるか、力量を試したいの」
「それは、そこら辺の人に頼めば済む話では?」
「駄目なのよ。占いしますって言って集まる人って、そもそも占いしたい人でしょ? 協力的だから、試金石にならないの」
凛子は胸の前で手を合わせてみせた。直斗は腕を組んで沈黙の時間を少し稼いでから、口を開いた。
「私には、君がどうしても私を占いたいように見える」
「ばれた?」
何かと言って誤魔化すかと思いきや、凛子はあっさり認めてしまった。
「実は、私は探偵さんに個人的な興味があってね」
「そうか」
「ね、だから占いしていい?」
直斗は脱力したように、「そうか」ともう一度言った。直斗は容姿の所為で、『個人的な興味』を持たれることがよくあるのだ。しかし、お茶や映画の誘いはよくあったが、占いのお誘いとは新しい。凛子は意外と強敵ではないだろうか。
「じゃあ、占いたければどうぞ」
「やった」
「その前に」
直斗は手を上げて、凛子を制した。
「今回の事件、友人が巻き込まれたのを占いで察知したと聞きました。その話を詳しく聞かせて貰えませんか?」
言い終えると、直斗は手を膝の上で組んで、傾聴の姿勢に入る。
「ええっと、昨日のこと? うん」
直斗の目が鋭く光った。占いの好きそうな女の子のこと、この話を持ち出せば喜んで喋り出すと思っていた。だが、なんだか歯切れが悪い。
凛子は頻りと、直斗の左後ろに掛かっている時計を見つめた。まるで、何かを思い出そうとしているように。そして、時計の秒針に合わせて何度か頷いてから、その時の話を始めた。
「今朝早く、胸騒ぎがして目が覚めたの。そしたら安藤さんがいないし、何かあったのかなと思って、ジャギーカードを並べてみたら、私に一番近い男性に凶相、と出たの。普段ならちょっと運が悪いくらいだと思って気にしないんだけど、大きな荷物が置きっぱなしで。それで私、不安になって、彼のケータイに電話してみたの。病院の人が出てくれたから、思わず『家族です』って嘘ついて、面会に行っちゃった」
凛子はそこまで早口で言うと、息をついた。
「その時のカードは?」
「え?」
「占いをしていたんですよね? 凶相と出た、その時のポケモンのカードは?」
明らかに、彼女は動揺した。目を思い切り直斗から逸らすと、「ミミロル」と小声で答えた。
「そうか」
直斗は不意に僕を外した。そして、目を逸らした凛子を、羨ましがられる青色の目で見つめた。
そして、こう言った。
「君は嘘をついている」
カチ、コチと時計の秒針の音が響いていた。まるで時間それ自体が止まってしまったかのように呆然としていた凛子だが、我に返ると、「ほんとのことだよ」とおどけてみせた。しかし、直斗も譲らない。
「いや、違うな。ついでに、俺を占いたいという話も、大筋では嘘だろう」
「なんでそこまで言うの?」
根拠があるなら見せてよ、と凛子は言った。直斗は僕を手に持ったまま、空いた方の手で、彼女の手の中のジャギーカードを指差した。
「そのカードだよ。俺がさっき見た一組の中に、ミミロルはなかった」
単純な話だ。
凛子は直斗を見た。そして、手の中のカードを見ると、苦笑した。見ていると不思議な気分になる、清々しい苦笑で、彼女は「ばれちゃった!」と言うと、手の中の一組を机に置いてから、鞄の中に手を突っ込んだ。
すると、机の上に置いたのとそっくりなジャギーカードが、一組、二組、三組、四組、五組、六組。
「地元とか、旅先で出会った友人に描いてもらってたの」
彼女は計七組百七十五枚のカードを、全て表にして広げた。色んな地方の色んなポケモンが描かれている。よく見ると、絵のタッチは似ているが、違う人のものだ。
「ポケモンも地方差ってあるでしょ? 色んな組のカードがあった方がいいなー、と思って。ちなみに一応これ全部、オンリーワンのカードだからね?」
ミミロルのカードがあった。無難に、両耳を伸ばしてこちらを向いている構図だ。一体これのどこが凶相のカードなのやら。
直斗はメタモンのカードを取り上げると、裏表と見て、机の上に戻した。
凛子の方は、ミミロルのカードを持ち上げて話を続ける。
「ジャギーカード占いっていうのも、でっち上げなの。その人の手持ちポケモンや出身地から、馴染みの深そうなポケモンや思い入れのありそうなポケモンのカードを選んで、二十五枚のセットを組むの。でもって、引いたカードにそれらしい説明を付けるの。私、手品もちょっとかじってるから、少しは思い通りのカードも引けるしね」
凛子は近くに散らばっていたカードを適当に集めると、何度か切って直斗に差し出した。直斗は一番上のカードを取る。「タツベイよ」その通りだった。
「あなたは向上心があり、常に努力を怠らない人です。常に大局的な物の見方を試みますが、目の前の物事に集中して、周りが見えなくなることもあります。夢や目標に対しては頑固ですが、環境の変化には柔軟に対応します……なんてね」
「大抵の人間はそれで当たっていると思うわけか」
直斗は引いたカードを返した。
「君は、自分の母親の手持ちポケモンを交ぜたセットを組み、かつ、わざとそのポケモンたちを引いて、並べていたんじゃないか? そのポケモンたちの組み合わせに反応する人間が、自分の父親だろうから」
「当たり」
凛子はミミロルのカードを脇に除けると、散らばったカードから、六枚、つまみ上げて、こちらに見えるように表をかざした。
ラッタ、オオスバメ、メノクラゲ、サイホーン、ロコン、ネイティオ。
僕が反応した。思わず体が変形しそうになるのを耐え、僕は視覚器官だけ移動させて直斗を見た。いつもの青い目、いつものポーカーフェイス。
「どうも俺は、君に疑われているらしい」
微笑を浮かべると、直斗は僕を掛け直す。
「自分に遺伝しなかった、と言っていたところを見るに、その失踪した父親というのは青い目だったんだろうな」
「先入観を抱かせるつもりはなかったんだけど。口って災いの元ね」
そう言うと凛子は、カードの海の中からメタモンのカードを取り上げた。
「父親探しは頓挫したようだし、目下の問題は」
直斗はミミロルのカードを持ち上げた。
「こいつだな」
「ところで、なんで途中から丁寧語じゃなくなったの?」
「君が一向に丁寧語で喋らないから、途中で面倒になった」
直斗は再び、暑い中ポケモンセンターまで繰り出した。何故か凛子も一緒だ。
「君は付いてこなくていい」と言ったが、案の定、付いてきた。
「探偵さんの仕事に、興味あるから」そう言って笑みを浮かべたが、僕としては、直斗が彼女の父親だという証拠を探し出そうとしているみたいに思えて、気が気でない。直斗は平気なんだろうか。まあ、まだ親子だと決まったわけじゃない。凛子の母親の手持ちポケモンと、直斗がその昔愛した女性の手持ちポケモンが一緒だなんて、ただの偶然かもしれないじゃないか。
私立ジムの前を通る時、再びリグレーが文句を言ったことを除けば、概ね平和な道中だった。それと、凛子が私立ジムについて尋ねたこと、リグレーのことを聞きたがったことぐらいだ。私立ジムについては、直斗は知らないと答えた。旅のトレーナーの情報網に乗っていないジムだそうだが、後で凛子が勝手に調べるだろう。リグレーについては、この国には生息していないポケモンだと、直斗は簡単に説明した。
「じゃあ、高値がつくから誘拐されちゃったり、そういう心配ってしない?」
「しない。イドラは足を切られてるから」
淡々とした直斗の台詞に、凛子は顔を歪めて「かわいそう」と叫んだ。「ところで」と直斗が話題を戻す。
「ポケモンの誘拐が多いのか?」
凛子は眉間に皺を寄せて、「うーん」と唸った。彼女は意外と、リアクションが大きい子だと思う。
「噂は聞いたことあるけど、実際の被害は聞いたことないや。それよりか、他の地方のポケモンを連れてきて、無闇に繁殖して売りさばいて、残った個体が逃げ出して野生化したりとか、そういう被害の方がよく聞くよ」
そういえば、警察署にポスターが貼ってあった。『ポケモンの無責任な繁殖・売買は違法です』――凛子は息継ぎをして、続けた。
「安藤さんを占った時にね、彼、ミミロルのカードを見て、変な反応したのよ。どう変か、って聞かれると困るんだけど。だから私、カードの位置の解釈を変えて、反応を見てみたの」
「解釈って、変えていいのか?」
「いいのよ。私が始祖の占いなんだから」
凛子はリグレーを抱っこしてから、話の続きをする。僕は、その点は凛子を評価することにした。重いリグレーを抱きかかえて、直斗の負担を減らしてくれるとは。でも、まだ信用したわけじゃない。
「その時は、将来について占ってたんだけど。このままトレーナー続けるべきか、諦めて就職口を探すべきかって。普段なら、ミミロルは飛び跳ねるから、大きなギャップを飛び越えなければならないでしょう、みたいな解釈を出すんだけど、その時は、『この位置にあるカードは、凶兆を示しています。あなたが未来にやろうとしていることは、これによって困難に陥るでしょう』って言ったの」
「それで?」
「『やっぱりやめた方がいいか』って彼が言った」
ポケモンセンターの自動扉をくぐる。
「何が、って聞いても、はぐらかされたんだけど。その夜よ、彼がいなくなったの」
涼しい風が体全体に当たる。暑さで溶けかけていた僕は、身を持ち直してこっそり深呼吸した。
「少しの間だけど、一緒に旅をした仲だし。ミミロルのことがあるから気になっちゃって。それでね、私、思ったんだけど」
直斗の方を向こうと、後ろ向きに歩き出した途端、凛子はロビーの椅子に引っかかって倒れた。幸い、椅子に座り込む形になったので、怪我はなかったものの、万一抱いているリグレーが怪我したらどうするつもりだったのだと問いたい。直斗が困るじゃないか。
直斗はというと、「大丈夫か」と凛子に尋ねて、彼女の隣に座った。全く、お人好しだ。
凛子は足をひょいと上げると、カウンターの方を向いて座った。直斗も彼女に合わせて体の向きを変える。
凛子はリグレーを膝の上に乗せると、さっきの話の続きを始めた。
「でね、ミミロルとその進化形のミミロップって、この地方にはいないけど、紹介されて人気はあるじゃない? だから、ミミロルやミミロップの強制繁殖とか違法売買とかがされてるんじゃないか、って推理したわけ。そして、彼はそれに関わって、何かあって、昏睡状態になっちゃった。
でも、そこからどう進めればいいか分からなかったし、警察に言おうにも、わけを話したら、彼に前科がつくって思って。それでひとまず、探偵さんを頼ったの。でも、本当に彼が犯罪に関わってたとしたら、前科とかも仕方ないことなんだよね」
全部言い終えると、凛子は直斗の顔を覗き込んだ。
「ねえ、さっきから黙ってるけど、大丈夫?」
言われて、直斗は背筋を伸ばした。
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだ」
「そう?」
凛子は不服そうな顔をした。「顔色悪いよ?」
「光の加減だろ」
そう言って、直斗はそっぽを向く。僕には近すぎてよく分からないのだけれど、言われてみれば、確かに、顔が青い気がする。
「本当に大丈夫?」
「海原さん」
第三者の、明るい声が割って入った。直斗と凛子が彼を見上げる。直斗の快い協力者、須藤光一だ。
「また何かご用事ですか?」
今朝来てまた今来たことに、疑問はないらしい。普段はもう少ししっかりしているのだが、時折心配な程鈍感になる。今も、ありがたいことに、直斗の不調には気付かないでいてくれている。
「ああ。最近、ミミロルやミミロップの所持が増えてないかどうか、データを見てみたい。あと、モンスターボールの売り上げのデータ」
「モンスターボールの売り上げはすぐ出ますが、ポケモンの所持の方は時間掛かりますよ。掛けてお待ちください」
そうやって、直斗に対してポンポンとデータを出してしまうのは、どうなのだろう。意気揚々と持ち場に戻りかけた光一だったが、途中で振り向くと、
「海原さん、具合悪そうだけど、大丈夫っすか?」
余計な一言を言った。
「食あたりだ」
「最近暑いですものね。気を付けてくださいよ」
直斗の言葉を簡単に信じて、光一は今度こそバックヤードに去っていく。素直なのは美点でもあるが、その内詐欺の被害に遭わないか心配だ。それで直斗が二次被害に遭わなければ、僕は別にいいのだけれど。
思いがけず、後ろから襲撃者はやってきた。
「食あたりって、何食べたの? 食欲ないんじゃなかったの?」
直斗と凛子が振り向く。やはり、刑事の結城夏輝だった。まだ一日の業務は終わっていない時間だろうに、何故かもう私服に着替えている。パーカーに綿パンという格好だが、色合いがハスブレロ。センスない。
「お前、非番は明日じゃなかったのか?」
「知ってます? 私、今日から謹慎なんですよ」
やっぱり。同じ日に一体何をやらかしたのかとも思うが、聞きたくない。「謹慎なら家で大人しくしとけよ」という直斗の言葉を無視して、夏輝は凛子にすっと視線をずらした。
「おーっ、ユーは明け方のタロット娘!」
「その節はどうも」
凛子は大人しく頭を下げる。
「私は捜査外されたからユーの手伝いは出来ないけど。自慢のタロットで犯人見つかるといいね」
あはは、と凛子は笑って誤魔化す。
「ま、この人はこう見えて優秀な元刑事で現探偵さんだから、頼れば解決すると思うよ」
「俺としては、お前が事件を解決したという知らせを聞いてみたい」
「ま、その内」と答える夏輝。「それと」夏輝は一歩下がると、二人の顔を交互に見た。
「さっき立ち聞きしてしまいましたが、もしかしてミミロル系統の闇取引について捜査してらっしゃる?」
はじまった、と僕は思った。結城夏輝は激昂して上司に頭突きしたり裏拳を食らわしたりしなければ、そこそこいい刑事なのだ。
「だとすればそれは十中八九、カラ取り引きですよ。つい先月、ここいら一帯で大規模摘発がありまして、主要な闇繁殖場をぶっ壊しちゃったんです。それ以後、目立った取り引きはありませんし、今から大規模繁殖を始めようにも、もう供給過多ですから」
「供給過多?」
凛子が首を傾げる。夏輝はいつもと変わらぬ調子で答えた。
「もう売りすぎちゃってね、ミミロルを買いたいって人にはほぼ行き渡ったってことです。他にもパチリスとかザングースとかアブソルとかが供給過多になってましたね。繁殖させるだけさせて、買い手がつかない状況でした。そこら辺の種類の取り引きは、しばらく収まってると思います。繁殖場はさっきも言ったように、破壊してしまったので」
それじゃ、と言って夏輝は背を向ける。と思いきや、「本来の目的を忘れてた」と言って戻ってきた。カウンターまで行き呼び鈴を鳴らす。間もなく現れた光一に、夏輝は「健康診断お願い」と言ってモンスターボールを預けた。
「あの、夏輝さん」
「何だい?」
トレーナーカードを取り出し、ポケモン預け入れの手続きをしている夏輝に、凛子が問いかける。
「繁殖場とか、そこで生まれたポケモンがいるんですよね。そういう子たちって、事件の後、どうなるんですか?」
「一応、引き取ってくれる人や慈善団体に渡すべし、ってことになってます。でも実際は殺処分。生まれたても何も、関係なしにね」
「分かりました。答えてくださってありがとうございます」
凛子は夏輝に頭を下げると、立ち上がった。
「あのさ、ちょっと出よう」
凛子はやや強引に直斗の手を引っ張ると、ポケモンセンターの外へ出た。
外は相変わらず暑かった。太陽はまだまだ、沈む気配を見せない。
「あそこのお店に入ろう」
そう言って凛子が指差したのは、有名な量産ブランドを取り扱っている靴屋だ。チョイスが喫茶店とかでないのがよく分からなかったが、入ってみて納得した。靴屋には、靴を履いて合わせる為の椅子がそこここにある。二人は大きめの椅子を選ぶと、並んで座った。直斗は手で顔を扇いだ。ポケモンセンターと比べると、この靴屋の気温は生温い。
「ごめん。なんかさっきの話聞いて、あそこには居辛くて」
直斗は「構わん」と言った。しかし、凛子は聞いていないらしく、靴の箱の山を見回している。
「なんというか、ね」
靴屋の生温い気温に慣れた頃、凛子は口を開いた。
「ユートピアってないんだなあ、って思ってさ。私の故郷の、ホウエン地方でもああいうことはあった」
「へえ、故郷はホウエンなのか」
直斗は影でそっと胸を撫で下ろした。あの女性はジョウト地方の出身だ。
「うん。パパの実家がホウエンにあってね」
「パパ?」
直斗が怪訝な顔をする。自分が何を言ったか気付いていなかったらしい。凛子は直斗の顔を見てから気付いて、説明を始めた。
「お母さんはジョウト地方の人で、ジョウトで私を生んだの。そんで、子どもを連れて苦労してたお母さんを援助して、結婚もしてくれて、助けてくれたのが私のパパ。パパはホウエン地方の人なんだ。後で家族皆、ホウエンに移り住んだの。パパは私にもよくしてくれるの。本当にいい人」
凛子はそこまで言うと、ふっと笑った。いい話だというのに、妙に寂しげな笑みだった。
「そんなにいい人が父親なら、なんで生物学上の親探しなんか」
そう言う直斗は、少し苦々しげだった。彼は、生物学上の親にも、法律上の親にも恵まれなかった。
「幸せじゃないから、かな」
直斗は、凛子から目を逸らした。凛子は話し続けている。
「お母さんが今年のはじめに亡くなってね。お母さんは、私の生物学上の父親のことをずっと気にしてた。死ぬ間際までずっとその人のことを言ってて。それは、お母さんの青春の思い出かもしれないけど、それじゃ、お母さんを看取ったパパがかわいそう。私にかわいそうって思われる状態になっちゃったことがすごく嫌。お母さんは死んじゃったのに、後に残った私とパパの上に、その生物学上の父親の影がちらついてて。なんだかやりづらくなるの。だからさ、いっそ生物学上の父親を探しだして、その人が生身の人間だって分かれば、そういう影も怯える必要もない。私のパパがどういう人で、お父さんはどういう人か分かれば、それならなんとかやっていけると思うの。だからね、この機会に私、大学休学して旅に出ちゃった。元々、旅には出てみたかったし、ポケモン育てるのも好きだし、パパも応援してくれたから。でも、色々世間の汚い面も見てきて、悲しかったな。ホウエンでもポケモンの殺処分はあったし、こっちはもっと制度が整ってるかと思ったけど、変わりないんだね。ま、同じ国だしこんなもんか」
凛子は虚ろな笑い声を上げた。
「このまま、お父さんも見つからずに帰ることになるのかな。休学は一年、って、パパと決めてるんだよね」
そしてまた、笑う。
「もちろん楽しいこともあったけどね。
ねえ、探偵さんは私の父親じゃないの?」
まるで、時限爆弾が放り込まれたみたいに感じた。触ったら爆発する。でも、時間切れでも爆発する。直斗はしばらくの間、無反応だった。それから、「計算が合わない」と淡々と告げる。
「俺は今年で三十六なんだ。お前が今二十歳だから、俺は十五か十六で子どもをこしらえたことになる。それはまずいだろう」
「それが、合ってるんだ。お母さんがそう言ってた」
直斗は凛子に完全に背を向けた。そして、肩を竦めてみせる。
「それが事実なら、放っておけばいいだろう、そんな奴。そんな歳で子どもを作るなんて、どうせろくでなしだ」
「仮にそうだとしても、私の親なのよ? もうちょっと言葉を選べない?」
鍋が沸騰するように、急に凛子は怒りだした。僕には理解できない。何故会ったこともない、血の繋がりがあるだけの親を擁護できるんだ? 君には既に、理解力ある素晴らしいパパがいるじゃないか。そっちの、素晴らしいパパの元へ帰れよ。直斗の過去を突き回して、彼の幸福を減らす真似はやめてくれ。
これ以上彼に付きまとうなら、“僕は契約を無視するぞ”――
直斗の指が僕に触れて、我に返った。そのまま彼は何気なく僕を掛け直す。
ずっと、直斗の傍にいた。直斗の膝の上が僕の居場所で、直斗の手の平の温もりが僕の存在理由だった。今、僕は彼の鼻の上で固まって、もう指先でしか触れて貰えない。僕の幸福は、どこへ消えていったのだろう。その分、直斗が幸福になってくれればよかったのに、なんで。僕は思考を停止させる。後悔の無限ループを終わらせる。過去はもう、終わったんだ。
「最大多数の最大幸福」
直斗が呟く。凛子は戸惑ったように直斗を見上げた。
「幸福の量が一番大きくなるように、社会が運営されることを理想とする。功利主義の考え方だ」
直斗は立ち上がった。
「誰かの幸福は誰かの不幸だ。誰かが儲ければ誰かが損をする。この世界の幸福の最大値は、決まってるんだ。なら、幸せな誰かは、それ以上欲張るべきじゃない。幸せになろうとして、却って不幸な目に遭ってると自覚があるなら余計に。さっさと元いた家に帰って、幸せな古巣で安穏としていればいい」
「そんなの」凛子は拳を握った。「そんなの、間違ってる」
直斗は片手を上げた。直斗お得意の、詭弁だ。
「百匹の飢えたポケモンがいる。一匹が死んで九十九匹が飢えを凌げるなら、それは正義と言えないか」
「そんなの」
「そういうものだ」
凛子は言い返す言葉を探している。言葉を探して、彼女は自分の靴先を見つめている。
「誰かがポケモンを売って儲けようとした。その結果が何千匹分のポケモンの処分だ。それを見て悲しいと思うなら……幸福の量を減らすなら、そんな無駄なことはせず、さっさと帰宅した方がいい」
凛子は何か言いかけたが、直斗はそれを無視して、靴屋を出た。須藤光一に、用事を頼んだままだ。しかし、直斗はそれを忘れたのか、思い出せないのか、町をただ朦朧と進んだ。いつか、どこか分からない場所に出て、直斗は自嘲気味に呟いた。
「俺は、晶子と同じ返答を望んでいたのか」
やっと世界には夕焼けが訪れたというのに、焦がされ続けていたこの町は、まだ酷く暑い。
「許してくれよ、ミーム」直斗が呟く。しかしその呟きは、僕には理解できない。
「返事は、なしか」 直斗はリグレーの鞄を背負い直すと、また当てもなく、歩き続けた。
〜
思えば生まれた時が、直斗の人生におけるケチのつきはじめだった。
父親は見た目と金回りのいいクズだったそうだが、母親の妊娠が発覚した瞬間雲隠れした。母親も母親でクズで、生まれたばかりの直斗に名前を付ける代わりに、男を引き止めるのにクソ程の役にも立たなかったクズ呼ばわりした。臓器売りに売り飛ばされなかったのは不思議でもなんでもなくて、僕が直斗に興味を示して、四六時中ずっと彼の傍にいたからだった。その頃の僕は、まだポケモンだったので、直斗に降りかかる火の粉を払ってやっていた。あとは近所のおばさんから同情で貰うご飯を食べて、直斗は成長していった。
しばらくしたら、母親は自分と息子を男に売り込んだとか言って、男の家に行って、結婚した。自分の体が魅力的だから高値で買われたのだと、堂々と吹聴して回るようなクズだった。そして昼間っから、いや、あんな女のことはどうでもいい。問題は、自分と“息子”を売り込んだと言っていた点だ。全く、最低な奴だ。結婚相手の男もだし女もだ。あの男、直斗に手を出そうとしやがった。今でも、一字一句、覚えている。「綺麗な目してるじゃねえか」そう言って、手を伸ばしてきた。僕は当然、激怒した。それでも理性は保っていて、何針か縫う大怪我ぐらいで済ませておいた。そんな甘っちょろいのじゃ駄目だったんだ。男は、怪我をしたから仕事が出来ないとかほざいて、女に働けと指示をした。出来る仕事は一種類だったけど。で、こともあろうに、直斗まで働かせようとした。直斗は逃げた。逃げても、何度か保護者どうとかという理由で連れ戻された。僕らはまた逃げ出した。何度も逃げる内に知恵がついてきて、僕らは戸籍を買うという方法を実践した。お金はゴミ山から金属を拾い、高レートのポケモンバトルを年上に吹っかけて、なんとか稼いだ。そして、少し高かったけれど、両親のいない、天涯孤独の身の上の潔白な人間の戸籍を買った。それが“海原直斗”という人間だった。実年齢より二つ年上だったけれど、直斗は大人っぽく見られたし、問題ないだろうと思っていた。
彼は戸籍上十歳になったら即、初級のポケモンの取り扱い免許を取って旅に出た。そこからは根無し草生活だった。途中、コガネシティの路地裏で死にかけていたイーブイを拾ったりもして、そこそこ楽しくやっていた。
人生に必要な大抵のことは、旅で出会った人たちから習った。最大多数の最大幸福、という言葉も、そういった人から学んだように思う。そこで僕らは思ったんだ。この世の幸福には最大値がある、皆が皆、幸せにはなれない、とね。僕ならそこで幸福を他人から奪ってしまえと思うのだけれど、直斗はそうではなくて、皆の幸せを願う優しい子だったから、僕はそれに付き従った。僕は直斗が大好きだからね。
そうして、あの人に出会った。とても優しく、賢いかと思いきや、時々頭のネジがすっぽ抜けていた。直斗は彼女に出会って、恋らしきものをした。あれが恋かどうかは、ちょっと分からない。多分、あと二年遅く出会っていれば、二人はもっと幸福だった。
彼女は直斗を、戸籍通りの年齢の青年として扱った。直斗も、そのつもりで振舞っていた。それがあんなことを引き起こすなんて、僕らは分かっていなかった。で、後になってとんずらした。一緒にいられる精神状態ではなかった。愛があった分、余計酷くなった。とにかく遠くへ行きたくて、直斗はその場で一番高かったチケットを買った。そして、船に乗ってイッシュに旅立った。
イッシュではまた根無し草生活だった。悪くはなかった。一番良かったのは、目の色をどうこう言う人が少なかったこと。そこで流浪の生活を送り、リグレーを引き取って、直斗は再び故郷へ戻った。
再び踏みしめた故郷の地には、何も残っていなかった。あの血の繋がりがあるという理由で直斗を好き勝手しようとしたクズも、そのクズを買って悦に入っていたクズも、行方不明でほぼ死亡者とニアリイコールの扱いを受けていた。昔の家も、いつの間にか取り壊されて、後に新しい建物が建っていた。
ずいぶんと気分の晴れた直斗は、新しいことにチャレンジしてみることにした。それは、どこかに根を下ろしての生活。職業には、就職に有利なジムバッジもあったし安定しているという理由で、警察を選んだ。この頃は、幸せだったと思う。親友と呼んでいい存在が、一気に三人も出来た。彼らには、自分の本当の歳のことも話した程だった。戸籍を買ったことは言えなくて、自分が生まれた時に二歳年上の兄が死んだから、その籍に入れられたのだと、嘘をついたけれど。
三人の内一人は、かわいくて、優しくて、聡明で、勇気のある女性だった。彼女が晶子だ。晶子は直斗を好いてくれていたみたいだが、直斗は決して、親友以上の関係になろうとしなかった。きっと、そろそろ幸福の量が天井を突いてしまうと、思っていたのだ。直斗は、頑なに晶子に手を出そうとしなかった。他に野郎が二人いた。そっちとくっついた方が、きっと彼女も幸せだと思いたかったのだろう。それが、たった一度だけ、その決意はたった一回だけ、揺れた。それがあんな結果になるなんて、運命は、どうしても直斗を叩き落さなければ気が済まないらしい。
「階段で上ろう」直斗は言った。
ヤマブキの新名所、町を一望できる展望階のついたテレビ塔。確か、そういう触れ込みで完成した塔は、高くて、なんだかすごくて、観光やデートにはピッタリの場所だった。その高い展望階まで、階段で上ろうと、直斗は言ったのだ。
晶子はエレベーターがあるのに、としばらく渋っていたが、やがて直斗に賛成した。そうね、警察官だもの。このくらい、運動しなくちゃあ。地上階でラージカップのソフトクリームを食べた彼女は、そう言って笑っていたのだった。
あの塔の最上階、つまり展望階までは、エレベーターで行くことも出来たし、階段で行くことも出来た。エレベーターは長い順番待ちで、階段の方は、途中でばてても大丈夫なように、高さ数メートルごとに休憩所が設けられていた。それでも、階段で上る酔狂は少ない。時折下りの人とすれ違い、時折休憩所で休み、二人は黙々と、少しずつ最上階へ上っていった。
「疲れたけど、なんだか幸せ」
何度目かの休憩所で、晶子はそう言った。「じゃあ、どこかで誰かが不幸になっている」直斗は淡々と言葉を発した。
「あら、そんなことないわ」
そう言う晶子に、直斗は、あのひねくれた、百匹の飢えたポケモンの話をした。そして聞いた。君ならどうする? と。
「あら、簡単よ」晶子は微笑んだ。
「皆が少しずつ、犠牲になるの。そうしたら、独りだけ悲しい思いをしなくていいわ」
ね、と言って、晶子は両手で直斗の手を包んだんだ。
それから、二人は塔を上り進んだ。異変を感じたのは、直斗だった。彼は近くにあった休憩所にぱっと飛び込んで、そこでしばらくじっとしていた。それが正しい選択だった。そうしなければ、数秒後に階段を落下するように通過した人の群れによって、彼らはもみくちゃにされてしまっていただろうから。最悪、そこで圧死していたかもしれない。人の群れとはいうものの、実際は怯え狂ったケンタロスの群れみたいな勢いで、集団が通った瞬間、丈夫なはずの塔がぐらぐら揺れたようにさえ感じた。
「ここで待ってて」
直斗は晶子にそう言い含めて、自分は上へ向かった。集団は上から下へ、転落するように進んでいった。つまり、上の展望階で何かが起こったのだ。直斗は、警察時代で培っていた正義感でもって、その原因を突き止めようと思った。嫌な予感がしていたから、晶子は連れて行かなかった。ここで待ってて、と言った。そして、直斗はその選択を後悔することになる。ずっと、ずっと、永遠に。でも、選択肢があって、その先がどれも絶望しかないとしたら、直斗は、一体どうしたら良かったんだ。一緒に連れて行って、あの光景を見せれば良かったのか? 彼女だけ先に避難させて、あの殺戮に巻き込めば良かったとでも? それとも、僕が残って、彼女の目も耳も塞いで、動けないようにしてやればよかっただろうか。そうすれば、僕が憎まれるだけで済む。それだけで済むなら、良かったんだ。
展望階は、惨劇の後だった。後でバベルタワー事件と名付けられるこの惨劇。どこぞのカルト教団が起こしたものだったそうだ。神を呼ぶ、とか言って、やったそうだ。この場に居合わせず、後になって新聞でこの事件を読んでいたなら、どんなに良かっただろう。儀式と称された、人の所業とも思えないあの出来事を、薄っぺらい言葉の羅列で見ていたなら、どんなに良かったか。
デュナミスもイドラもいたけれど、僕は怒りに任せて、教団の上層部がいる真っ只中へと飛び込んだ。そして、奴らを危うくミンチ肉にするところだった。それをしなかったのは、罪は法律で裁かれるべきだという、警察官のポケモンとしての最低限の矜持が、まだ僕の中に残っていたから。それと多分、直斗の止める声が聞こえたから。でも最低限半殺しにはした。だって、さ。どこの世界に、人間を切り刻んだ挙句、部位ごとに並べる狂人どもを擁護できる理論があるっていうんだい?
狂人どものことは最早どうでもいいんだ。彼らは全員死刑になったそうじゃないか。もっとも、僕も死刑になるべきなのかもしれない。
さて、僕は無我夢中で暴れまわった。狂人どもを粛清して、さあ地上に帰ろうと、笑顔で振り返った僕を迎えたものは……僕は自分の視覚が信じられなかった。
直斗が死にかけていた。僕を止めようとして、僕に殺されかけたんだ。
泣いた? 泣けなかった。僕に対する怒りと憎しみが強すぎて、別の物体に変異してしまいそうだった。必死に深呼吸を繰り返して、僕は体をずるずると引きずって直斗のところまで行って、そして、僕の体を部分部分に切り分けて変身させて、直斗の傷口を塞いだんだ。その頃の僕には、直斗とDNAレベルで同一の細胞に変化することなんて、朝飯前とは言わないけれど、出来たからさ。
直斗は一度は死にかけた体を叱咤激励して、長い長い階段を、今度は降りていったんだ。エレベーターはもう使えない。だから、降りるしかなかった。パニックに陥った人が、人を轢きながら行軍したその痕を。
ただ、晶子のことだけが支えだった。
晶子は、休憩所にはいなかった。生きていてくれと願って、直斗は先へ進んだ。そうして、とうとう地上階へと辿り着いた。
そこも、展望階とあまり変わらない惨劇があったようだった。でも、余りに感覚が麻痺していて、直斗は、その場で一人、佇んでいた晶子に歩み寄るので精一杯。
彼女は泣いていた。
そこで僕らは、やっとこさ、あの大きな鳥に気付いた。
赤く燃える、太陽みたいな優しい炎。でも熱くて、恐ろしくもある。
彼女はホウオウを連れていた。そして、バベルタワーの地上階で、ホウオウを解き放った。
その時、願い事なんて、一つだろう。彼女は優しかった。
「お願い、皆を生き返らせて。お願い」
でも、神様と呼ばれるポケモンにも、出来ないことはあるらしくて、ホウオウは首を横に振ったんだった。晶子は何度も、何度も、同じ言葉を繰り返した。お願いされる度に、ホウオウは首を横に振っていた。
「もういい。行け」
直斗は言った。
「お前がテロリストのポケモンと勘違いされると困るから。晶子を連れて行け」
ホウオウは、この指示には素直に頷いて、晶子を乗せて、とりあえず、遠くへ飛んでいった。
その後になってようやく、警察隊が到着して、直斗にも、事情聴取をした。それから解放されて、何時間経ったのかすら分からない道を、直斗はフラフラ歩いた。そして、家に帰り、ベッドに倒れこんで、随分長いことうなされていた。
そして、目覚めた時、僕は直斗と契約した。
もう誰も傷つけないよう、僕は“物”になる。そして永遠に、ポケモンとしては活動しないことにする。それを破る唯一の例外は、直斗、君の言葉だけ。君の為なら僕はなんでもする。なんにでもなるよ。でも、その時が来るまで、僕は永遠に、
さよなら。
それが僕の贖罪。
〜
どんなに悔いても、どんなに憎んでも、朝はやってくるのだ。
もう何も語るまい。もう何も感じるまい。僕は直斗の交換可能なサングラスとして、一生を過ごすんだ。
コンコン、と事務所のドアが叩かれた。直斗は「少々お待ちを」と言って、髪を撫で付けてから、ドアに向かう。
「よう。おはよう」
「おはようございます、海原さん」
そこにいたのは、須藤光一だった。「はい、これ」昨日頼んだ資料を、わざわざ持ってきてくれたらしい。「ああ、ありがとう」夏輝の情報で、ほぼ不要になってしまったのに、手間を掛けさせてしまった。
「あがるか? 何もないが」悪いと思ったのか、直斗がそう口にした。
「では、出勤までまだ時間があるので、失礼します」
真面目にペコリと頭を下げて、光一は部屋に上がった。
事務所にあったティーバッグの紅茶と、いつかどこかで貰った、とりあえず賞味期限前のクッキーを光一に出す。光一は、こちらが申し訳なくなるぐらい美味しそうにクッキーを食べて、「また、用事があったら言ってくださいね」と言っている。
「そのデータが事件解決につながったら嬉しいですね」
「そうだな」
まさか不必要になったとは言えず、直斗は礼儀程度に、印刷されたデータを見ていた。ミミロル系統の取引数と、処分数が書かれたデータだ。取引数の、実に倍の数の個体が処分されている。しかし、夏輝に既に指摘された以上のことは見当たらないように見える。
「結城刑事なら、こういうのから真相をばばーっと言い当てるんですかねえ」
光一は言いながら、クッキーの袋をひっくり返していた。「あ、もちろん海原さんもですよ。あれ?」光一が首を傾げた。
「クッキー、六個入りって書いてあるのに、僕、五つしか食べてないですよ?」
「俺は食べてない」
「ですよねえ」
光一はキョロキョロと机の周囲を見回した。そして、「あっ」と叫んでティースプーンを紅茶へ突っ込んだ。「すいません、紅茶の中に落っこちてました」
刹那、直斗はデータを机の上に叩きつけた。紅茶のカップが、小さく飛び跳ねてチャリンと鳴いた。光一が小鼠のように縮こまる。
「ああ、悪い。怒ったわけじゃない」
言いながら、直斗の目はミミロルのデータを追っていた。
「悪い、光一。大至急頼まれてくれ」
「あ、はい。アブソルですか、パチリスですか、それとも」
「いや」
直斗は顔を上げた。その目は強い光を湛えていた。
「ホウエン地方のデータだ」
光一はその名に恥じない素早さでもって、頼まれたデータを持ってきた。こいつと夏輝が組めば、いいコンビになるかもしれない。そんなことを、僕はチラリと思う。
「やっぱりだ」
「何がですか?」
データを検分した直斗が、二枚を光一の方に向けて、それぞれある一点を指し示す。
「こっちはこの町で起きたミミロルの大量売買、大量処分のデータ。こっちはホウエンの一都市で去年行われた、闇売買の大規模摘発の前後のデータ」
「はあ」
直斗の指が、データの目盛りを指した。
「ここが大事だ。こっちのミミロルも、ホウエンの町の、これはコリンクか、どっちも同じくらいの数、取り引きされている」
「はあ」
グラフは月日が経つにつれ、取り引き数という縦軸を増していく。だがある数量に達すると、それ以上は頭打ちとなり、やがて、減少に転じる。
「どっちも儲からなくなってから捕り物をやってるな。ここも何かありそうだが、目下のところは、これだ」
直斗は処分数の項目を指し示す。
「全然数が違う」
「本当だ」
光一はそこだけは分かったらしく、目を丸くして言う。
「取り引きした個体数は変わらないのに、ホウエン地方の方が処分数が遥かに多い。これだけじゃない。取り引きの規模と処分された個体数の割合を図ると、ホウエン地方は取り引き一に対して処分数が二十近い値になるが、この町では取り引きされたポケモンの倍程度しか処分されていない」
凛子が言っていた、「制度が整っているかと思ったけど、ホウエンと変わりない」という言葉。多分、彼女は数字をどこかで見て、実際のシステムを夏輝から聞いて、その間にギャップを感じていたのだ。
直斗はデータを置く。「どちらが正常なのか……」
光一が直斗をちらりと見る。そして、口を開いた。
「僕、ポケモンセンターで聞いたことあります。優秀な個体を一匹手に入れる為に、何百匹もポケモンの子どもを産ませて、そこから厳選するんだ、って。だから、いい個体を選んで取り引きしてたなら……」
「取り引きされた一匹の個体の裏で、二十匹ぐらい闇から闇へ葬られていても、なんら不思議はないねえ。しかし、データに表れるのはごく一部で、実際は三十匹から五十匹は葬られていると聞くよ!」
横から、夏輝が首を突っ込んできた。今日はケロマツカラーのジャージだった。
「お前、謹慎はどうなったんだ」
「やだなあ、私の謹慎と非番はイコールですよ。しかし、ホウエン地方のデータとは、思いつかなかったね!」
「須藤が探してくれたお陰だ」
「いえ、僕はただ言われて」
「しかも、取り引きの傾向がドンピシャ一致。よくこんなデータ見つけたね!」
「須藤が数、探してくれたからな」
「データ分析したのは海原さんですよ」
光一は、殻にこもる亀みたいに、首をすっこめた。
「だが、手柄には違いない」
「お見事、お見事」と夏輝が囃し立てた。
「さて、横流しかな、食肉市場かな? 私がそのデータを照らし合わせて、数に合わないミミロルたちの行方、探しますね!」
夏輝がデータに手を掛ける。
「いや、それは後でいい」
「ホワイ?」
夏輝が首を傾げた。光一も一緒に首を傾げる。直斗は二人を見て、「見当は付いているから」と言った。
「ただし、須藤、出勤しろ。結城は自宅で謹慎しとけ。情報の裏付けやるだけだから、俺だけでいい」
そんなあ、と夏輝は頬を膨らませた。光一は時計を見て、大慌てで事務所を飛び出した。夏輝は中々、その場から動かない。
「俺だけでいいーとか、死亡フラグじゃないですか。私も連れてってくださいよ」
「駄目だ。自宅謹慎っつったら自宅謹慎」
直斗は夏輝の頭に手を乗せた。そして、クシャクシャと撫でる。
「まずは、自分の身の回りの法律を守れ。正義感ばっかあっても、自分が法律破ってるようじゃ、守る人間にはなれん」
「でも、海原さん……」
「出来るな?」
「……イエス」
いつになく不貞腐れて、子どもっぽい表情になった夏輝を残して、直斗は心当たりの場所へと向かった。リグレーを置いて。
★
テレビか何かで、見たことがあった。
宿泊施設に置いてある、何の変哲もないメモ帳。あまりに平凡すぎて、必要な時にならないと、思い出されもしない存在。
そのメモ帳の一番上に、そっと鉛筆を置いて、滑らせる。
ドラマとかでは上手くいく。でも、こんなの、成功するのは前に書いた人が、よっぽど筆圧が強い場合だけだと思う。
ほら、真っ黒になった。無理だった。
柿崎凛子は紙を手放す。紙はヒラヒラと待って、ベッドの下に潜り込んだ。
ああ、やっちゃった。掃除の人が困るから、拾っておこう。
彼女は床に寝そべるようにして、覗き込む。
答えはそこにあった。
★
よく考えれば、おかしい点はいくらでもあった。
なんといっても、私立ジムの癖に、誰かが出入りしているのを見たことがない。情報もないときた。それに、リグレーが異様に怖がっていた。
ゴーストタイプ専門のジム、とはよく言ったもの。恐らく、ゴーストポケモンが生まれる元になりそうなエネルギーが、中に充満しているのだ。
「デュナミス、頼む」
ボールから出現した水分子は、さっと地面に溶け込む。「さて」直斗は敷地を踏んで、扉に手をかけた。「頼もう、ってところかな」
扉は無音で開いた。直斗は建物の内部へと踏み込む。誰かが最近、中に入ったのか、埃の薄く積もった廊下を歩き、もう一枚、現れた扉を開ける。
くそ、と直斗は小さく毒づいた。
「デュナミス!」
先程伏兵として配置した水分子を呼び戻す。
ポケモンたちが、落ち窪んだ目を直斗に向けた。
私立ジムの奥には、ジムバトルに相応しい、広大な空間。しかし、そこで行われていたのは、死臭漂うポケモンたちによるカゴメ・カゴメ。それ以外に何が行われていたかというと……周囲の壁に穿たれた鎖と、不自然に細かく配置されたパーティションを見れば分かりそうだ。
床の配管を強行突破して出現したデュナミスが、元の形へと戻る。イーブイが水の加護を受けし、シャワーズ。ただし、多勢に無勢。
「海原さん!」
ポケモンたちに囲まれていた女の子が、柿崎凛子が直斗を呼んだ。
「波乗り!」
シャワーズが配管に残っていた水を強制集結させ、展開。
排泄物のような、えぐい臭いの水がポケモンたちを押し流す。綺麗に揃えられていたパーティションをドミノのように押し倒し、隠れていたものが顕になる。鎖に繋がれていたのは、人だったものか。直斗と凛子も多少は被るが、それは必要上の犠牲。
相手を倒せていれば、そうとも言えるのだが。
「ポケモンか……?」
直斗が今しがた押し流されたはずのポケモンたちを見た。ダメージを受けているが、痛みを感じていると思えない。ミミロップ、アブソル、パチリス、コリンクに、ミカルゲ、ザングース、ヤミカラス、ピィ、トゲチック……多種に渡るポケモンたちの内、ゴーストタイプは先の波乗りで少し傷を負っている。それ以外のポケモンたちの眼窩は虚ろで、死臭を放っている。
「死体を念力かなんかで動かしてんのか。元を叩くぞ」
直斗はデュナミスの名を呼ぶ。指示されたのは電光石火と溶けるの合わせ技。動く遺体をふっ飛ばし、あるいは溶けるで通過して、シャワーズは一気に距離を詰める。目指すは一躍暗所で目立つ回転体、この場で唯一のゴーストタイプ、ミカルゲ。
「ハイドロポンプ」
激流、要石を穿つ。
そして終わりだ。
繰り人形たちが脆く崩れ去る。
その中央で、汚水を被ってへたりこむ彼女に、直斗は歩み寄った。
「大丈夫か」
そしてややあって、「凛子」と名前を呼ぶ。
差し出された手に、凛子は素直に掴まった。
「お前はどうしてここに?」
直斗に問われて、凛子は今にも泣き出しそうに顔を歪めて、涙声で話し始めた。
「ポケモンセンターの泊まってた部屋にあったメモ帳……使ってたみたいだから、もしかしたらと思って調べてみて、書き損じか要らなかったのか、ベッドの下にあって、それ見て」
「そうか。よく調べたが、無茶だったな」
直斗は口元を緩めると、凛子の背中をトントンと叩く。「無茶じゃないもん……」凛子が蚊の鳴くような声で呟いた。モンスターボールは腰のベルトに六つ、揃っている。恐怖で身が竦んで出せなかっただけだろう。
「あ、そうだ、探偵さん」
「何だ?」
凛子は無理に笑顔を作ろうとして、唇を歪めてから、直斗に「この前の問題」と
言った。
「百匹のポケモンが飢えてたら、畑に種を蒔いて、モンスターボールに入って、春まで待てばいいのよ」
「新理論だ」
直斗はまんざらでもなさそうに、笑う。どちらともなく、扉の方へ向かった。
何が起こったのか、直斗と一緒に吹き飛ばされた僕にさえ、よく分からなかった。
ただ気付いたら、ジムの奥まで数十メートルの距離を、一気に飛ばされていた。
僕も衝撃で、直斗のところから飛ぶ。バトルフィールドの隅っこに落ちたサングラスに、誰も興味を払わない。
直斗が、手酷くふっ飛ばされたにも関わらず、起き上がって凛子の身を案じていた。
凛子は、出口側のフィールドの端で、泣きそうな顔で、固まっていた。慌てて出したらしい、六匹のポケモンが彼女を囲んでいる。直斗はそれを見て、安堵の息を吐く。だが、エンディングよりゲームオーバーの方がより身近な状況であることに、変わりはないようだった。
「かーごめ かごめ」
フィールド中に、黒い霧が生まれる。
「かーごのなーかのとーりーは」
黒い霧に、目玉が生まれる、口が生まれる。
「いーつ いーつ でーやーる」
ポケモンの遺体からも黒い物が湧き出て、それも別の異形を成す。
「よーあーけ の ばーん に」
壁に繋がれていた人々からは、金の仮面を持った異形が生まれる。
「つーるとかーめがすーべった」
霧はそれぞれに合体し、より協力な異形を生み出す。
「うしろのしょうめん」
そして、
「だー あれ?」
首だ。
素早い身のこなしでその場から跳んだ直斗だったが、それでも足りなかった。
この“場”から生まれたゴーストポケモンたちに押さえつけられ、あっという間に動けなくなる。地面に這いつくばる格好の直斗の前に、一際大きな影が差した。
『ケラ ケラ ケラ』
奇妙に笑い声を響かせながら、それは出現した。
「サマヨールか」
異形の首、サマヨールは、『クス クス クス』と再び響く笑い声を立てた。
「答えろ」直斗が叫ぶ。「お前らは、一体何をやっている?」
『オホ ホ ホ ホ』
「答えろと言っている」
『ウ フ フ アハ 見て分からない?』
サマヨールは、一つしかない目で、うっとりの辺りを見回した。黒い霧でほとんど視界のないそこに、さも美しい偶像でもあるかのように。
『人間をつかまえてー オスとメスを同じ箱に入れてー しばらく放置しました
人間たちがいつもやってることじゃない?』
霧の向こうで、息を飲む音がしたような気がした。
直斗は、サマヨールの目を真っ直ぐ見て答えた。
「赤子を産ませて、人身売買か」
がん、がんと霧の向こうから大きな音がした。相変わらず、霧が濃くて姿が見えない。凛子は何をやっているんだ?
『フ フ フ あなたみたいな殿方は嫌いじゃないわよ?』
「ポケモンの遺体は何に使った?」
『クス クス クス』
また、霧の向こうから大きな音。一体、何をやっているんだ?
『なあーん に も 本当はポケモンを飼育係にしようとしたの でも だ め ねえ すぐ 傷んで ゴーストポケモンに なっちゃう もーん』
サマヨールの体を覆う包帯が、ボロボロと剥がれた。中から小さな、しかしもう原型をとどめていないポケモンの遺体がこぼれ落ちて、霧の中に消える。サマヨールは包帯を巻き直すと、『ケ ケ』と笑った。
『ほかーに 質問は ないかしらあ?』
「昏睡状態に陥った人間たちがいるな。あれは何の為だ」
『ウ ク ク ククククウククウク』
一頻り奇っ怪な鳴き声を上げた後、サマヨールは愉快そうに答えた。
『人間だってするじゃなあい? 厳選 あれは 要らない 個体』
サマヨールは顔をぐいと直斗に近づけた。『でも あなたは 優秀な 個体 かも?』サマヨールは、弦をバラバラに弾くような、奇っ怪な笑い声を上げた。そして、大きな手を直斗に伸ばす。直斗の顔が一瞬苦痛を堪えるように歪んだ。
――綺麗な目してるじゃねえか。
駄目だ、直斗に触るんじゃない。僕は焦る。でも、声が出ない。出せない。僕は物だから、声を出せない。出しちゃいけない。動いちゃいけない。僕はいつも、間違いを選択してきた。
「ミーム」
直斗の声。
君は、誰を呼んでいるんだ。
「ミーム、助けてくれとは言わない。ただ、許してくれ」
手が近付く。下卑た笑いが聞こえる。やめて、直斗に触らないで。
「いつもお前に頼って重荷を負わせていた。俺は見捨てられて当然だ。だから、ミーム」
あのクズみたいな男の目が、サマヨールの手が僕の頭の中でグルグル回る。なんだよ、幸福の量はどれだけカツカツなんだ。僕らは幸せになっちゃいけないのか。僕と直斗は。
「変身を解いて、こっから凛子を連れて逃げろ。あんただけでも、幸せになればいい」
違う。
僕らは、本当は。そんなことを、願ったんじゃない。
思い出した。
熱いくらい眩しい光が、黒い霧のフィールドを照らし出した。
『ヤメロ』と叫びながら、サマヨールは空中で身を捩った。
「やめるもんか」
僕のレパートリー中、最強の変身であんたらを終わらせてやる。
「直斗に手を出した罰だ」
聖なる炎が、サマヨールの包帯を燃やしていく。
世界中の弦を一斉に打ち鳴らしたような、凄まじい音を立てて、サマヨールが燃えていく。
『ク く や しい』
燃える。サマヨールに中身はない。燃え尽きる。そうして、終わると思っていた。だが。
『これ デ おわる モノカ』
サマヨールの赤い目が僕を見る。その瞬間、僕の脳みそを直接揺すられたような衝撃が走った。僕は空中で投げ出され――変身が解けていた。
今のは怨念、か。それもとびっきり強力な。僕の中の技を使う力を、一気にゼロにしてきたらしい。そうすると、僕は変身できなくて、落ちる。
「ミーム」
差し出された手の中に落ちた。ぺしょ、と間抜けな音が鳴る。久しぶりの感触。
「直斗」
声帯の作成くらいは、まだ出来るらしい。もっと直斗の名を呼びたい。もっとその手で撫でていてほしい。でも、それどころじゃないみたいだ。
直斗は僕を抱えたまま、後ろに下がる。さっきより大きな影が、建物の中に生まれていた。
サマヨールの進化形、ヨノワール。
さっきのサマヨールが、進化したようだ。燃え残りの包帯を払う。ばかりと腹が開く。世界中の嘲笑を混ぜ込んだような不快な声が、そこからジム全体に響いた。赤い一つ目が見開かれる。直斗がとっさに目を腕で覆うが、遅かった。
「直斗、くろいまなざし!」
「知ってる」
これで、僕らがここから出るには、こいつを倒すしか方法がなくなってしまった。
「デュナミス、波乗り」
シャワーズが声を上げて、水のうねりを生み出した。周囲に集まってきた雑魚ゴーストを、これで一掃する。だが、キリがない。まるで、無限に種を蒔いたかのように、フィールドから、ぼこぼことゴーストポケモンが湧いてきている。きっと、この地に恨みつらみが染みこんでこうなったんだ。
周囲に集まってきたゴーストポケモンたちに、シャワーズが再度波乗りを仕掛ける。キリがない、と直斗も呟いた。
「凛子! お前だけでも先に逃げろ!」
直斗は入り口の方向に向かって、そう叫んだ。
「嫌よ!」すぐさま返事が帰ってくる。
凛子は自分のポケモンたちに周囲を守らせて、扉に何かしていた。十徳ナイフで、蝶番を何度も叩いていた。
「何その、自己犠牲カッコイイみたいな! 幸せの最大値とか小難しいこと言って、ばっかみたい!」
凛子は叫ぶ。叫びながら、ナイフを打ちつけた。
「最大値があるなら、それを増やせばいいんでしょうが!」
蝶番が、割れた。
すぐさま彼女のキノガッサが掛け寄り、残りの蝶番を壊す、そして、扉を外した。
「最初からキノガッサでやれ」
「馬鹿で悪かったわね!」
彼女は直斗に噛み付いてから、バトルフィールドから外へ続く廊下へ飛び込んだ。どうやら、そこにはゴーストポケモンたちは入れないらしい。
凛子が、外側の扉に手を掛ける。扉を開く。
太陽の光が、流れ込むように建物の中を満たした。
と同時に、ゴーストポケモンたちの断末魔の声が、地面から吹き上がった。思わず耳を塞ぎ、耐える。たった数秒間の出来事。でもこの数秒間、僕は、まるで地獄の亡者たちの声の千年分、濃縮して聞かされているようなおぞましさを感じていたのだ。
地獄のような数秒間が過ぎ、辺りは陽光に照らされた。
「勝ったなあ」
殆ど落っこちるみたいに、直斗は仰向けに倒れた。僕を抱いたまま。空と、当たり前の廃墟が見えた。割れた窓から光が差し、蔦がたらりと伸びていた。昼だったのだ。さっきまで夜のように暗かったのが、嘘みたいだ。
直斗と凛子を呼ぶ声が、外から聞こえてきた。「すいません、何故か鍵がかかってて」光一の声だ。「この建物の上に、暗雲が垂れ込めてたよ。扉を凛子嬢が開くと同時に、それが雲散霧消してね!」夏輝がいいものを発見した、と言う風に声を弾ませている。
「私、今回役に立たなかったなあ」
一匹で落ち込んでいるのは、リグレーのイドラだ。
「気持ち悪い、って怖がってたから」
「置いてかれちゃって、可哀想に。そんなの、置いてく奴が悪いんだから」
本物の怨嗟が混じった声でリグレーを慰めている凛子。
そして、直斗。
「海原さん?」
光一、夏輝、凛子の三人が交互に呼びかける。
「ちょっと、運ぶの面倒なんだから起きなさいよ」
凛子が直斗の手を突く。しかし、直斗はピクリとも動かない。
三人とポケモンたちは、互いに顔を見合わせた。
「最近顔色悪いとか調子悪いとか言ってたから、本気で心配したのよ? 何、結局お腹空いてただけ?」
「心配したのか」
「してません」
「今さっき」
「一瞬だけ!」
散々うだうだ言っていた凛子も、光一と夏輝の二人に「他の人に迷惑だから」と窘められて、病室の外に退散していった。「やれやれ、やっと静かになった」直斗が身を横たえる。「静かがいいなら、僕は黙っとこうか」「好きにしてくれ」直斗が目を閉じる。じゃあ、好きにしよう。僕は直斗にそっと寄り添って、どうでもいい話をする。
昏睡事件の被害者は、あれから皆、目を覚ました。今回の昏睡はポケモンでいう、極度のパワーポイント不足に当たるのではないかという推理がなされ、そしてその通り、被害者たちはヒメリの実を食べさせれば目を覚ましたらしい。あの場所で、恨みや怨念に散々当てられたのだろう。被害者は、ポケモンの闇取引という儲け話につられて来た人が大半だったそうだ。私立ジムに挑戦しようとした旅のトレーナーもいたけれど、それは少数だった。それと、野生のポケモンが加害者だったから、保険で補償されなければ、泣き寝入りするしかないようだ。
今回の事件の真の被害者、人身売買に利用されていた人たちは、今、色んな組織が協力して、身元を特定している。でも、旅のトレーナーが多いみたいで、難航しているそう。赤子の方の行方は、悲しいけれど、もう分からないだろうということだ。
夏輝と光一は相変わらずいい連中で、直斗のお見舞いによく来てくれる。その一方、データ集めのとデータ解析の鬼才の名コンビ誕生かと、ある方面から期待されているらしい。しかし、夏輝は未だに揉め事を起こす天才でもあるそうで、直斗はまだ彼女のことを心配している。
直斗は倒れたついでだからと、精密検査を受けることになった。結果が出るのはもう少し先だ。よく考えてみたら二日近く食事をしていなくて、低血糖状態になっていたのだった。ちゃんと食べなさいよ、と凛子には散々、説教された。
その凛子だが、後で聞いたら、なんでも事件被害者の安藤といい関係だったらしい。僕が見る限り、安藤は格好良くないし、楽して暮らせればいいやみたいな人間で、そんなんだから闇取引に引っかかるのだが、何故凛子と付き合っていたのか分からない。凛子は、ヒモ男に吸い寄せられるタイプなのだろうか。そうなるとこれから、心配しなくちゃならない。
そう、直斗は凛子に、自分が父親であることを打ち明けた。……のだが、結果は「知ってた」という惨憺たるものであった。凛子は、父親が黒髪で、青い目で、イケメンで、名前が海原直斗であることを、母親から聞いて知っていたそうだ。だったらあの手の込んだ占いカードはなんだったんだというと、直斗から言ってほしかったのだと。
それから、リグレーのイドラのこと。イドラはポケモン用車椅子の訓練をすることになった。そうすれば、今よりもっと上手に、念力で移動出来るようになるのだという。僕としては、直斗にあまり世話をかけなければ、それでよい。
そして、僕のこと。
「思い出したよ」
「そうか」
直斗は、それだけ言って、再び目を閉じた。「もう、“物”でいいなんて言うなよ」そう、僕に言い含めて。
僕も目を閉じた。
昔から、僕はちょっと変なメタモンだった。部分的な変身が得意で、声帯模写も得意。だから、そんな僕が直斗と出会えば、彼に変身してみようと思うのも、当然のことで。
はじめはちょっとした気持ちで始めたことが、途中から、直斗が言い寄られたり、迫られたりすることから庇うことになって、そうやって近付いてくる人を傷つけることになって、いつの間にか、僕はミームとして傷つけたのか直斗として傷ついたのか、分からなくなっていた。それが、塔のことがあって、僕は、直斗が傷ついていたことを盾にして、他人を傷つけていたのだと知った。だから、何も傷つけない“物”になろうと思った。でも、それが却って直斗を傷つけて、けれども僕はポケモンに戻ることもできなくて、僕らは一緒に手に入るはずの幸せを目減りさせていた。でも、そんな後悔も贖罪ももう終わり。
これからは、もっと心安く過ごせる。最初のきっかけを、思い出すことが出来たから。
――僕が直斗に変身したら、僕らの幸せは二倍になる。
たったそれだけの、僕らの変身の方程式。
とても簡単な、幸せの最大値の増やし方。
寝坊した。そう気付いたのは時計の針が9時をまわっていたから。飛び起きると自分の服を探す。けれど引っ越したばかりでろくに荷物も開けられない中、そうそう見つかるわけもなく、2個目の段ボールを開けた時に目に入った服を引っぱりだす。昔に来ていた赤い襟のついたサイクリング用のシャツに、下は白いスカート。その丈も短いというので、下にスパッツはいてた気がする。そして靴下を履くと、急いで玄関まで走っていった。
「お姉ちゃん!」
ドタバタに目を覚ましたのか、妹のくれないが赤い布を手に走ってくる。急いで自分の靴を下駄箱から探す。忙しくているため、背中を向けたまま生返事。適当にされてるのが解るのか、後ろから近づいてガーネットの頭に布をかける。
「ぼうしがわり!おそといくならしていかなきゃ!」
よく近所の森を探索するときにしていた赤いバンダナ。慣れた手つきでしばる。そしてその手に渡すようにして外用の手袋を一組。
「だんボールあけたらでてきたよ、おねえちゃんのぶん」
「ありがとう。準備がいいのねくれない」
頭をなでる。嬉しそうに笑顔で。
「あら、ガーネットでかけるの?」
すでに飛び出る用意をした後で、母親が布に包まれた箱を持っていた。
「お父さんお弁当忘れちゃったみたいなのよ。ちょっと出かけるならついでに届けてくれる?」
「うわ・・・うん、仕方ない行く」
お弁当を受け取る。いつもなら忘れることがあまりないけど、昨日の引っ越しが疲れていたのか。とりあえずすでに日は高く、追い掛けるには遅すぎる。玄関のドアが壊れる勢いで飛び出した。
そのままザフィールを訪ねるも、予想通りだった。出かけた後だという。しかも長いこと帰らないで、遠くまで行くと言っていたと。適当な返事をして、いてもたってもられず、勘の働くまま走り出す。ミシロタウンを出て道路の先の先の。今から全力で走れば間に合うはず。持ってきたモンスターボール、そのうちの一個、シルクを呼び出す。本気で走れば勝てるものはそうそうない。
「ずっと走って!」
素直に従う。ポニータの足は加速していく。初めて見る木や草が、炎の風の通過により騒がしくなる。
101番道路をずっと走る。やがて小さな町が見えた。ミシロと同じような田舎町、コトキタウン。疲れたと言うようにシルクの足が止まる。ここまで全力で走ったことをほめ、モンスターボールに戻す。まだ子供だ、少し走らせすぎたかもしれない。少し休ませてやろう。小さくても力があるミズゴロウもいる。
コトキタウンに住む人たちにそれとなく行方を聞くと、ポケモンセンターに寄って、それからフレンドリィショップで物を買っていたところまでは判明した。ポニータの足でも追いつかないほど距離があるのか。コトキタウンの先には二つ道があり、どちらも野生のポケモンの宝庫だというから、どちらに行ったか皆目検討もつかない。
「どっちだと思う?」
ミズゴロウは地面の匂いを嗅いだと思うと、そこらの壁に前足をこすりつける。気ままに振る舞うミズゴロウ。言葉が通じないし、相談するのも違うけれど聞かずにはいられない。
「犯人は北に逃げるっていうから、北かなあ?」
それはカントーでの犯罪者の心理であるが、この時のガーネットには真偽はどうでもよかった。ただ何となくの手がかりが欲しい。それに、お昼までには父親のいるトウカシティまで行かなければならない。ポケモンセンターでもらった地図を見つめて、いつまでにコトキタウンを出ればいいのか考える。
「まずは行動!行くか!」
いつの間にか歩き出した主人を追うようにミズゴロウが歩く。103番道路への道を行く。
ポケモントレーナーの姿すら見えない。そういうところにはポケモンたちが多く生息するようで、ミズゴロウは野生のポケモンと出会う度に体ごとぶつかっていく。反撃も食らうことだってある。
特に黒い犬、ポチエナは噛み付いてきた。ポチエナの牙で、ミズゴロウの青い体がところどころ赤い筋が増えていく。追い払った後に傷薬を塗ってやると、喜んで飛びついた。
するとミズゴロウめがけて一羽の鳥、キャモメが飛び出す。木の枝の間から飛んで来た。かまえるより早く、その後に続く木が折れる音、そしてさらに何かが落ちてくる音がした。それから逃げていたのか、キャモメはそのまま大空へ消えていく。地面には葉っぱが舞い、それにまぎれるようにして着地に失敗したらしい人間。思わず近寄る。
「なんで落ちてんの?」
ガーネットが思わず口走った言葉。白い髪の男の子、そしてその顔。探していたザフィールがなぜか木から落ちてきた。外の活動がしやすそうな首まである赤と黒の上着と、黒いズボン。とても動きやすそうだけど、腰から落ちたようで、とても痛そうにしている。
「いや、その・・・あのキャモメが木の上に止まっててさ、取ろうって思ったら逃げられただけなんだけど、なんでお前いるんだよ!」
見上げてきたザフィールの表情は、とてつもなく驚いていた。そして逃げられないと思ったのかため息をつく。そして立ち上がった。
「ってかお前がそこにきたからキャモメがいきなり逃げたんだ。まじで調査ジャマするつもり?」
「はぁ?誰もジャマしてないし、大体からあのキャモメはうちのミズゴロウ狙ってきたし。言いがかりも大概にしなさいよ」
にらみ合い。どうみてもザフィールはガーネットを引きはがしたいとしか思えないし、ガーネットもそれに対抗するかのごとく反論する。そのうち、ザフィールの方からモンスターボールを突き出す。
「もう我慢ならん、勝負して勝ったらついてくんなよ!」
「わかった、じゃあ負けるわけにはいかないのよ」
ザフィールが投げたボールから出てくるのは小さな緑色のトカゲ、キモリ。主人と同じようにすばしっこそうな動きをしている。それを受け止めるのはミズゴロウ。
「いけ!にらみつけろ」
「ミズゴロウ攻撃!」
キモリの方が速い。鋭い眼光がミズゴロウを捕らえ、一瞬体が震える。ひるむことなくミズゴロウはキモリにぶつかっていく。細い体にはミズゴロウの重い体当たりは堪えた様子。攻撃をくらい、一歩後ろに下がる。
「大丈夫か?でもお前のが速い、いけキーチ、はたけ!」
速かった。キモリが跳んだと思えばミズゴロウの頬を思いっきりひっぱたく。低い声でミズゴロウがうなった。
「どろかけ!」
ガーネットの声に反応し、前足を強く地面に押し付けた。泥というより土がキモリの顔めがけて飛ぶ。ダメージはそんなに無いようだが、何より目に入った土を出そうとして、攻撃どころではなさそう。
「ミズゴロウ体当たり!」
「させるか、もう一度はたけ!」
もう一度。キモリがミズゴロウの頭のヒレを叩く。気にもとめない勢いで、ミズゴロウの体がキモリの下あごに突っ込んだ。キモリの目から星がでた。そのまま仰向けに倒れて起き上がる気配がない。
「よし、約束よ、あんたに・・・」
ミズゴロウはガーネットの元に喜んでやってくる。ほめてと言いたげに。
「誰も俺が勝ったら、なんて言ってないだろ」
「は?」
「だから、俺が勝ったら、なんて言ってないだろ。どちらにしろ、この勝負関係なくついてくるんじゃねえ!」
あまりのトンチに開いた口が塞がらない。見ている間に、じゃ、とだけ言うとザフィールはものすごい勢いで逃げ出した。追わなければと気がついた時にはすでに彼の姿はない。
「やられた!あの男、ゆるすまじ!」
時計を見ればもう出発しなければお昼にトウカシティにつくことができない。ミズゴロウをボールにしまうと、ミシロからコトキよりも距離がある道路、102番道路へと走り出す。そのためには一度コトキタウンに帰らなければならない。
102番道路のトレーナーたちと戦ううちに、慣れたのかミズゴロウは楽しそう。シルクはまだ炎の扱いが上手くないために、ほとんど肉弾戦が多かった。それでもやっと火の粉程度なら扱えるようになってきた。堅い蹄の攻撃の方が効率は良さそうだが、炎が扱えることが嬉しいようで、目の前にポケモンがいなくても火の粉を飛ばしている。たまに草に燃え移ってしまうが、素早くミズゴロウが泥をかけて消火している。体はミズゴロウの方が小さいけれど、お兄さんのように見張ってる。
「そこのトレーナー!勝負しようぜ!」
遠くから声がする。受けて立つとミズゴロウが前に出たら、シルクがさらに前に出る。思わずガーネットはミズゴロウをボールに戻した。
正午5分前。トウカシティの端に到着する。人通りが多く、野生化した元手持ちポケモンだったようなものが道路にウロウロしている。野生のエネコが目の前を通り過ぎ、その先にはエネコロロがいる。ジグザグマの親子が群れているし、タネボーが街路樹にぶら下がっている。
看板を見て、ジムへ向かう。大きな通りの真ん中に、大きく構えた建物。トウカジムの看板に引かれて中に入っていく。初めて入るポケモンジム。そして父親の職場。どういう雰囲気なのかも解らずとりあえず入っていく。
ジムの受付にはおじさんがいて、挑戦するのかと聞かれた。今はそこではない。名前とお弁当を届けに来たと伝えると、父親が数分後に出てきた。汗かいてるところを見ると、またポケモン相手に格闘していたと思われる。
「おお、ガーネットお弁当とどけてくれたんだな、ありがとう。一人で来たのか?」
「うん、シルクもいるし、昨日オダマキ博士からミズゴロウもらったし」
包みを届ける。また当初の目的である、ザフィールを追い掛けなければならない。
「それとさあ、オダマキ博士の子供のザフィールっていう男の子来なかった?」
「ああ、ザフィール君かい?来てないなあ。そういえばあの子は」
話が長くなりそうだった。これからしばらく家を開けることを父親にも伝えると、すぐにジムから出て行く。入れ違いになるように人影にぶつかる。軽く肩がぶつかり、大して力を入れていないのにその影は後ろによろけた。
「すみません」
ガーネットより少し小さい男の子。緑色の髪が揺れる。あまり体調が良くないのか、肌が白い。ガーネットの横を通り、センリにまっすぐ向かっていく。
「あの、センリさん、ですか?」
「そうだが、君は?」
「僕はミツルといいます。明日、引っ越すことになって、それでポケモンと一緒にいきたいんだけど、僕は捕まえたこともなくて、どうしたらいいか・・・」
病弱そうな少年。ポケモンなんて連れて大丈夫なのだろうか。他人事ながら心配そうに見ていると、センリと目があった。思わず避けるが、後の祭り。
「ガーネット、ちょうどいい、この子のポケモンを捕獲するのを手伝ってあげて」
ほら昼休みだし、と笑顔で言っている。これから休憩時間だからと二人を追い出すように手を振っている。忙しいとかそういう文句を受け付けないのだ、父親は。昔から全部自分の都合で動いているようなもの。
「わかった、行くよ」
強い言い方に圧されたのか、ミツルは黙って歩く。その一歩がとてもゆっくりで、さらに強く言ってしまいそうだ。
外に出ると、その辺に持ち主不明のポケモンはいるけれど、みんな姿を見せただけで逃げてしまう。草むらにいるポケモンを探した方が飛び出してくれるかもと提案する。移動するにもゆっくりと歩くので、なんだか見ていて苛ついてくるのが解る。一度深呼吸し、後ろを歩くミツルを振り返った。
「大丈夫?」
「はい、すみません、僕に付き合ってもらって・・・」
細い腕、そして足。押せば簡単に折れてしまいそう。あいつとは随分違う。そう思うと、そればかりに気がいって、早く終わらないかと自然に態度にでてしまう。
「あの、ガーネットさんは、センリさんの娘さんなんですよね?」
「え、そうだけど?」
「だから、ポケモントレーナーになろうって思ったんですか?」
「お父さんは関係ないよ、親友の代わりに」
「そうなんですか、強いですねガーネットさん」
何が言いたいのか解らない。先ほどの苛つきもあって、それ以上返事はしなかった。黙って102番道路にある草むらに入った。
「ここにいるんですね!」
「いるよ」
「あの、ちょっと捕まえ方見せてもらってもいいですか?」
ここでガーネットは気付く。空のモンスターボールも持っている。野生のポケモンも戦った。トレーナーとも戦った。けれども、ポケモンを捕獲したことは一度もない。というよりミズゴロウやシルクを育てることに気が行ってて気にしたことがなかった。つまり、見せるもなにも、やったことがないのである。
ミツルを見れば、期待をこめた目で見ている。ここはやるしかない。成功するかどうかも解らないけれど、ガーネットは草むらに一歩踏み出した。かき分けていくと、その音に興味を持ったジグザグマがジグザグ走りながらやってくる。同じような体格のミズゴロウを呼び出す。
「どろかけ!」
顔に泥をかけられて一瞬ジグザグマはひるんだ。そしてミズゴロウに向かってぶつかってくる。ジグザグの動きがミズゴロウには読めない。直線的な動き以外が予想できないのだ。
「よし、もう1回どろかけ!」
ジグザグマはのんきにしっぽなんか振っている。それが攻撃技だと知るのは、ミズゴロウのやる気が少し抜けたように感じた後。
向こうも焦ってるような気がする。左手に空のモンスターボールを持った。それをミズゴロウとの距離を計ってるジグザグマに投げつける。体が吸い込まれ、抵抗するようにボールが動き回る。やがてその振れは小さくなり、完全に止まる。かちりというロックした音が聞こえた。
「すごい!ジグザグマだ!」
草むらの外からミツルが嬉しそうに見ている。頬が紅潮して、少しは健康に見えた。
「いや、そうでもないけど・・・」
ボールを拾い上げ、ミズゴロウを戻す。ジグザグマのボールを見て、ミツルは珍しそうに覗き込んだ。
「そういえば、この子に名前つけないんですか?ミズゴロウもそのままなんですか?」
「特に考えてないな」
「じゃあ僕が考えていいですか?」
ジグザグマのボールを見てミツルは目を輝かせた。それをみてダメとは言えない。
「この子はしょうきちがいいです!」
「しょうきち?」
「だいきちだと、あたりよすぎてもう上はないけれど、しょうきちなら上も下もあるから」
嬉しいのかしょうきちはボールから出てミツルにじゃれていた。そしてガーネットの足元によってきて体をこすりつける。
「ミズゴロウはどうするんですか?」
「え?」
「この子、結構強いですよね。それに進化するととても大きくなる種族じゃなかったでしたっけ?」
「さあ?進化後を知らないから解らないけれど、強いなら」
ミズゴロウを持ち上げる。こののほほんとした顔が後に強くなるなんて想像がつかない。ときたま犬のように吠えたりするし、青い色をしていることから、ガーネットにある名前が浮かぶ。
「シリウス。青い色の一番明るい星だよ」
シルクみたいに名前をもらったのが嬉しいのか、シリウスも一緒になってミツルと遊んでる。
「さて、次はミツルの番だけど」
「はい、僕も・・・」
何かを念じるようにして草むらに入る。一歩踏み入れた。その足音を聞き分け、草が動く。そう見えた。違う、緑色のポケモン。コケシのような、見たこともないポケモンだった。
「これは?」
「ラルトスです、僕も実物は初めて・・・」
ふわっとミツルの体が浮き上がる。ねんりきだった。地面に叩き付けられる寸前、ガーネットが彼の体を受け止めた。
「大丈夫?なんかすごい凶暴・・・」
「大丈夫です、あのラルトスもしかして・・・」
ふと野生のラルトスを見ると、肩で息をしているように見える。何かから逃げてきたのか。傷を負っているようにも見える。
「保護しないと!」
ミツルがモンスターボールを投げる。ラルトスが吸い込まれ、ボールに収まる。地面に落ちて激しく抵抗していた。その抵抗もやがておさまり、ボールは停止した。
「やった、ポケモン・・・」
ミツルは身をかがめる。顔が青白い。呼吸をするたびに笛を吹くようなぴゅーという音が出る。とても苦しそうな顔をしていた。
「え?どうしたの?」
「喘息、です、早く家に帰らないと・・・」
シルクのボールを出す。ポニータの足ならば素早くトウカシティまで帰ることができるはず。乗せようとミツルの体に触れた。
「大丈夫ですか?」
通りがかった女の人が声をかけてくれた。トレーナーらしいのだが、ミツルを見て少し驚いたような顔をしていた。そしてミツルの手を握る。
「大丈夫ですよ、もう治ります、苦しいのは取れてすっきりしますよ」
背中をさする。その動きに合わせるかのようにミツルの呼吸が少しずつ少しずつ元に戻ってきたのだ。
「もう元通りです、ラルトスのシンクロには気をつけてくださいね。傷をおって、それをシンクロにして飛ばしてる。頭のいいラルトスです」
では、と女の人は立ち上がると去っていった。鞄につけた小さなスズが美しい音色を奏でていた。
「ちょっ、やめろ!」
「もー、暴れないでよ。女の子が女の子の服来て当然じゃない」
「おれは男だー!」
ひらひらな服を片手に迫るカノンを振り切って、カノンの部屋から抜け出す。
カノンは体が弱いから、ちょっと激しく動くだけで咳が止まらなくなる。それを活かして廊下を走り始めたと同時に、一つのことに気付いた。
何かがおかしい。いや、確かにおれがカノンになった時点でおかしいを遥かに通り越しているくらいなのだが、それを一京歩くらい譲っても何かがおかしい。
どうしておれは走れてるんだ?
もし本当にカノンであるなら、朝にカノンの部屋に突撃した時のように全力疾走したら相当咳こんでいるはずだ。というかカノンの部屋に着く前に力尽きてる。実際にそれがカノンが旅に出れない最大の原因であった。
いったい全体何なんだ。おれはどこまでがカノンでどこからがそうじゃないんだ。そもそものおれはどこに行ったんだ?
またもや不安になるが、大丈夫。もう泣きはしない。
「捕まえた!」
肩を叩かれたので振り向けば、ようやく追いついたカノンが悪魔も戦(おのの)く不吉な笑顔でおれを見る。く、なんでそこまでおれに女装させようとする。
しかし救世主はやって来た。
「二人とも何してるの?」
怪訝な顔したカノン父が階段を昇ってきたところだった。
カノン父に促されて階下のリビングに行くと、見慣れた五つ年の離れた姉貴の姿があった。
うちの家族は、おれが産まれてちょっとしてから母親を亡くし、漁師の親父がたった一人でおれと姉貴を育ててくれた。
だからこそ家族の絆は強いはずだ。姉貴もきっとおれのことを心配してくれるはず。
そう思って姉貴の前に現れたというのに、当の姉貴は……。
「あははは! ほっ、本当にカノンちゃんがふっ、二人もいるしっ、ぎゃはははは」
他人の家のクッションをバシバシ叩きながら涙が出るほど大爆笑する姉貴を見ておれは言葉を失った。
あはは、はぁ、はぁ、と姉貴がようやく息切れすると、おれの方を見てこっちがユウキだよね? と尋ねてきた。
「合ってるけどどうして分かったの?」
「そのダサい服が」
「うるさい!」
昼時。相変わらず寝込んでいるカノン母をおいて、姉貴がカノン家で昼御飯を作る。
あの後おれは姉貴にことの顛末を全て話した。ついでに走っても大丈夫だったなんてことも伝えた。
が、なるほどともすごいともなるわけでもなく、そうなんだくらいで話題は切れた。謎が深まって喜ぶやつはいないわな。
ダイニングに運ばれた野菜炒めと味噌汁の良い匂いに誘われて、四人でご飯を食べる。元より近所付き合いが盛んなので、こういうことはしょっちゅうあって……、ってくそう。髪の毛が邪魔で食べづらい。
そんなおれを見かねたのか、隣に座っていたカノンがゴムでおれの長い髪を束ねて、いわゆるポニーテールにしてくれた。男としては微妙な気分だが、食べやすくなったことに感謝する。
食後、姉貴はこのあとどうすんの? と尋ねてきた。
どうしよう。そもそもどうなるのかすら十分にわかってないのに。
「明日には決めるよ」
「明日ァ? 何言ってんのよ」
「考えさせてくれよ」
「どうせ家でグータラするだけでしょ?」
思わずムッとしたが、その通りだ。おれには職が無い。たまに市場で手伝いをするくらいでただのプータローなのだ。だが。
「考えさせてよ!」
語気を荒くして言い放つと、姉貴は深く溜め息をついて勝手にしろと言ってきた。
実はおれの中には、これは長い夢で一晩経ったら冷めるだなんて甘い考えがあった。
甘いのは重々承知している。でも、なんだっていいから希望にすがりたかった。
「……じゃあさ、ユウキ」
だんまりを解いたのはカノンだった。
「ん?」
「今日はうちに泊まっていきなよ」
うちに帰っても姉貴にぐだぐだ言われるのが嫌だったから、おれはそれを快諾した。
程なく姉貴が町内会の仕事があるからと行って昼飯を片付けてからすぐに去ると、カノンの部屋でおれとカノンはいつものようにぐだぐだ喋るだけだった。
夕飯も食べて、一息ついた時だった。
「ねぇ、一緒にお風呂入ろ?」
「は!?」
「どうせ洗い方とかわかんないでしょ、つべこべ言わないの」
一度言い出したカノンは中々折れてくれない。強制的に洗面所まで連れてこられる。
ふと、鏡に目が向かう。やはり二人のカノンがいて、落ち着かない。だけど、表情のクセとかはやはりどことなくおれらしさが残っている気がして、なんとなく双子っぽいかななんて思ってしまった。
もしそうならおれの方が誕生日が早いからきっと姉なのかな……。いやいや姉じゃないしおれ男だし。
すると突然カノンに服を脱がされ、腕を引っ張られ、そのまま浴室に拉致される。
……あまりそこから後の記憶は思い出したくない。
目を逸らし続けてきたものとの対面はめでたいものではなかった。
昼といい風呂といい、どうもカノンはおれで遊んでいる節がある。現状に一番適応してるのはカノンなのか。
ともかくもカノンのパジャマを借りたおれは、寝泊まりもカノンの部屋ですることになっていた。
カノンの部屋にはベッドは一つだけだが、さすがに狭いので布団を押し入れから運び出して並べる。
おれが布団に入ろうとしたら、ベッドで寝てと言われた。
とにかく疲れた。
あまりにもいろいろありすぎて精神的なゆとりが何もない。このままさっさと寝よう。もし次に起きたら元に戻ってるかもしれない。
そう目をつむろうとしたそのとき、カノンが声をかけてきた。
「ねぇ。わたしなりに考えてみたの」
「何を?」
「ユウキのこと」
ふーん、と返事をしたら、何よそれと怒られた。
「それで?」
「ユウキがこんなことになったのはさ、きっと必ず意味があってのことだと思うの」
「意味?」
既に消灯して暗がりのこの部屋を唯一照らすのは空に散りばめられた天の川。ベッドから布団で寝転ぶカノンを見るにはどうやら光量が足りなくて、どんな表情かが伺えない。それでもしっかり言葉は聞こえた。
「お願いがあるの」
「お願い?」
カノンがおれに一緒にコンテストを見に行こうだのご飯食べようだの、何かを誘ったり強要させたことは幾度となくあった。しかし「お願い」をされたのはきっと初めてだ。
「わたしの代わりに、旅に出てくれない?」
カノンが泣いているのか、笑っているのかは分からない。でもその声は少し震えていた。
「旅にって……」
「わたし本当はちゃんと知ってるんだよ? ユウキがなんで旅に出ないか」
カノンの声はだんだん震え出し、ついに立ち上がってティッシュを探して鼻をかんだ。
「わたしのせいでしょ? わたしがこんな体だから心配かけちゃって、ユウキをカイナに縛りつけてる」
「そ、そういう訳じゃあ!」
「たまに同級生が帰省してくる度に寂しそうな目をしてるの知ってるんだよ?」
おれはただ言葉を失った。カノンに気を使わせないように努めてたつもりだったのに、あっさり看破されていただなんて。
「正直に答えて。本当は他の皆みたいに旅をしたかった?」
自身が唾を飲み込む音が聞こえ、どう答えていいか悩む。刺激的な旅をしたいと思うことも何度かあった。それでも何の生産性も発見もない今の生活でも、カノンといれば幸せだった。だから……。
「おれは、このままでも良いと思ってる」
「……ダメだよそんなの。これはわたしにとってもユウキにとっても大事なターニングポイントなのかもしれないの。わたしたちに変われっていう暗示だと思うの。だからお願い、わたしの代わりに旅に出て!」
「カノン……」
「わたしは旅に出れないから……」
ぽろりとこぼれたカノンの本音に思わず胸が苦しくなる。
おれはカノンがどう悩んでこの結果を出したかは知らない。しかしカノンが本気でこう言っているのは分かる。カノンの覚悟も尊重したい。だったらだ。
「……おれはまだこれは長い夢じゃないかって信じてる。だから賭けだ。もしおれが元に戻らなかったら、カノンの言う通りこれは何かしらのきっかけだろうし、その願いを受ける。ただし元に戻ったら、今のはなしだ」
「うん……。それでいいよ」
すっかりいつも通りの語調になったカノンの声を聞き、ほっと一息つく。
「それじゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
静かになった部屋。ようやく目を閉じれば、眠りの世界が両手を広げて待ち受けていた。
マイコがジラーチと出会った翌日、彼女は携帯電話でジラーチを撮影していた。
『マイコ、それ何?』
「これはね、携帯電話っていうんだ。この世界ではこれがなくちゃ生きていけないの。後、ポケモン図鑑もこれに入ってるよ」
ジラーチが画面を覗き込むと、そこには、写真とともに基本データが載っていた。
ジラーチ 願い事ポケモン
タイプ 鋼・エスパー
身長 30センチ
体重 1.1キログラム
特性 天の恵み……技の追加効果が出やすい
1000年のうち7日しか目を覚ますことができない、幻のポケモン。
様々な願いを叶える力を持っていることで知られる。
腹にある閉じられた目が開くとき、
「あれ、文が途中で切れてる。続きが気になるんだけどなあ」
閉じられた目が開くと、一体何が起こるのだろうか。
『それは自分で確かめて。たぶん、マイコと一緒にいるときに見られるはずだから』
ジラーチもはっきり教えてくれないようだ。
今日は休日。バイトも大学もない。完全なオフの日である。
そこで、マイコはジラーチを連れて買い物に行くことにした。
「えーと、これは今日安いから買おう。これは高いな。あとこれは……」
『マイコ、何してるの?』
「値段を見ながら買うものを決めているの。私、そこまでお金を持っているわけじゃないからさ……」
『マイコ、これはー?』
「高いよこれ!」
スーパーに入り、食品を値段と相談しながらカゴに入れ、ジラーチが念力で浮かせている食品を見ながら、これは高いだの大丈夫だの言っていると、
「おっ、マイコやん。こんなところで何しとんねん」
マイコの友人のうちの1人、ハマイエがやってきて、マイコに話しかけてきた。
「うわ、ハマイエ君じゃん。……まずいとこ見られたな」
「別にまずくないで。ところで、そこにいる星みたいなやつは何やねん」
「ジラーチっていうの」
『はじめまして、僕はジラーチっていうんだ!よろしくね、ハマイエさん!』
「しゃべった!?」
『テレパシーだよ。しゃべっているように聞こえるのかもね』
「ところでさ、ハマイエ君、何か買い出しに来てるの?」
「自炊のためにな。お前もこの様子を見る限り買い物中か。料理の腕は上がっとるんか?」
「……たぶん」
「お前よう言うわ。最初すごい味のお菓子持ってきたくせして」
「……!!!!」
『どうなったの?ハマイエさん』
「食べた人は泡を吹いて倒れて、数時間後にベッドの上におった。俺もそのうちの1人や」
マイコはスーパーで恥ずかしい過去を大暴露されてへこみまくっていた。
「お願いだから、これ以上はやめて……」
買い物を終えて、レジに並ぶ2人。そこでハマイエは、自分のパートナーである風隠れポケモンに財布を渡し、お金を払うように言った。
「大丈夫なのかな?」
マイコは心配していた。エルフーンは特性であるイタズラ心の性質が強く、このようなことには正直向かないと言われているからだ。会計をやる前に商品を持って行かれるなんて窃盗まがいもあったらしい。
しかし、目の前にいたフワフワのポケモンは、そんな心配も無用で、きちんと代金を渡し、お釣りもきちんと受け取っていた。
『すごーい……』
「エルフーンえらいね。すっごく訓練したんでしょ?」
「最初は商品を買わんと持っていこうとしたこともあったからな。だいぶ謝りながら教えていって、今はもう大丈夫になっとんねん」
結構努力して学ばせていっているようだ。
そして、ハマイエと別れ、帰ろうとした時である。
ジラーチが思い出したようにマイコを呼んだ。
『マイコ!クロスのペンダントを売っているお店に行って!』
「クロス!?どうして?」
『買ってほしいんだ』
急いでアクセサリーショップに足を運んだ1人と1匹。
「クロスのペンダント、何個買えばいいの?」
『バトルの上手そうな人数分。マイコの分も含めて』
「……7個くらい買おう。値段は……1つ500円か。えーと、3500円……出費がすごいな」
そう言いながらも、マイコは財布からお札を4枚ほど出していた。
「これ7個ください!!」
「ありがとうございましたー」
店から出て、家に帰りついてから。願い事ポケモンはペンダントに何やら力を送っていた。
力を送られたペンダントは光に包まれていた。何だか、店に飾られていた時よりも綺麗になっているのは気のせいだろうか。
「ジラーチ、今何をしたの?」
『千年彗星の加護をこれに与えていたんだ。多分、妙な邪悪の力が働いてもこれをつければ守られるはずだよ』
「何だか分かんないけど……とりあえず、1個もらうよ」
そう言って、マイコはペンダントをつけた。
『似合ってるよ、マイコ』
「ふふ、ありがとう」
マイコは明日にでもみんなにこのペンダントをあげよう、と決めた。
このペンダントが本当に守護の役目を果たしてくれる日が来ることを、まだマイコは知らない。
3日目へと続く……
マコです。
マイコちゃんの日常。1人暮らしに買い物は付き物。
エルフーンがイメージによらずお利口です。
信頼あってこそ、こんなことができるんです。
さて、次回はペンダントを渡して、ジラーチも見せることになりそうです。
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
「今宵は満月じゃ。どれ、池月、月でも見に行かんかの」
それは、人間だった池月坊やが九尾の尻尾のなかで水色を咲かせた小さな狐になってから何日か経った、そんなある日のこと。
囲炉裏の炭がすっかり灰がちになり、かすかに橙を残すだけとなったころ、長き年を生きてなお美しい九の尾をたくわえた長老はふと口にしました。
あたたかな囲炉裏端で丸くなっていた坊やは眠そうな目をこすると、かわいらしいその瞳をぱちくりとさせています。
坊やは人間の歳で言えばまだ十を超えたくらいの幼い子でしたから、「お月見」という言葉を聞いたことはあっても、月を見るためだけにお出かけしたことはありませんでした。
ですから長老の言葉に「満月を見ると何かが起きるのかな」とふと首をかしげていると、そばに座っていた赤にこげ茶を帯びた六尾の狐が「狐は満月の光を浴びると、とっても心地よい気分になれるんだよ」と教えてあげました。坊やはふんふんと頷いています。
「とってもすっきりするんだ。池月と一緒に見るのは初めてだな」、と、坊やそっくりの姿に彼岸花のような赤を咲かせた狐が続けます。坊やはわくわくしました。心地よい気分になれるという満月を、大好きな狐の仲間と共に見ることができるのですから。水色を帯びた小さな尻尾が、楽しそうに囲炉裏端を踊りました。
「長き年を経た狐は、満月の下で妖狐に生まれ変わる、とも言うからのう」
長老は、ぽつりとつぶやきました。
ゆらり。小屋の中に灯された火が壁へと投じる、黒々とうごめきのた打ち回る影。細められた目、吊り上がった口元。
唐突な言葉に、幼い狐たちは暖色の灯火の下でおののきました。目の前で九の尻尾を揺らした狐こそ、その言葉の証明のように見えたからです。
坊やは口元をあわあわと動かしながら、誰よりも真っ先に小屋の外へと飛び出していってしまいました。「ま、待ってよぅ池月!」と、ロコンの慌てた声が響きます。それを追いかけるように、「池月、さっきまで眠そうにしてたのに元気そうだな」とゾロアが笑いました。
眠気などすっかり吹き飛んでいました。いつもはやさしい長老の姿、けれど今夜はそれが恐ろしい狐のそれに見えたからです。
けれど何より、眠気を忘れたのはお月さまへの期待のためでした。どうしてみんなと美しいお月さまを見に行くことのできる夜に眠ることなどできましょうか。その月明かりが長老のような狐に力を与えるものだと知ってしまってはなおさらです。
一目散に小屋を飛び出していった幼い狐たちの後姿に微笑む長老。
その揺らめいた黒の影は、訪れた漆黒の闇へとひとつに溶け合いました。
◇ ◇ ◇
ほわっとした小屋の中の空気とは打って変わって、外の空気は染み入るようにひいやりとしていました。
風は穏やかで、森の木々が手のひらをゆらゆらと動かしながら、りいりいと歌う茂みの虫たちとかすかな歌声でひとつの歌を織り成しています。
「あっ」
小屋を飛び出してからずっと坊やの尻尾を追いかけていたロコンが、はたとその足を止めました。
それに気づいたのでしょう、ゾロアだけでなく坊やも振り向いて立ち止まりました。ざりり。踏みしめた砂の奏でる音が一斉に静まります。
森の中に開けた一本の小道の上には、どこにも欠けのないまんまるなお月さまが、宵闇の空の中にひときわ明るく輝いていました。
空を見上げたままのロコンは身動きひとつしません。二匹のゾロアもそのお月さまの姿に見とれたまま、同じように。
その満月はとても美しくはありましたが、今までも何回も見てきたはずの、ごく普通の満月には違いありませんでした。
けれど坊やの瞳には、今日の満月はその美しさだけでなく、ひときわ特別な意味をも持ったもののように映っていたのです。それは坊やだけではなく、他の狐たちにも同じことでした。
「そこで見とれておるのはまだ早いぞ? わしについてくるといい」
狐たちの尻尾のほうから、長老の穏やかな声が聞こえました。飛び出した子狐たちに追いついたようです。
空を見上げていた瞳は、一斉に振り向くと月の光を浴びた金の尻尾を見つめました。
まだ早い。ここから見上げるだけでも心魅かれるようなお月さまだというのに、長老はそう言いました。
僕の知らない世界は、まだどれくらいあるんだろう。坊やは子狐を導くように歩き出したキュウコンの揺らめいた尻尾を追いかけて歩きました。
「今日もマトマのみが一杯とれたな! ヒヒヒ、これでまた一歩化かしマスターに近づいたぜ!」
「うぅ……やっぱりそれ、僕は絶対に騙されてると思うけどなぁ……それに、今日も尻尾が出てたままだったよ?」
稲穂のような金色の九尾が夜のそよかぜの中に揺れていました。それを追いかけるようにして、三匹の子狐が小道の上を歩いていきます。
キュウコンの後について歩きながら、ゾロアとロコンはなんだか楽しそうにおはなしをしています。
どうやら今日も長老のおつかいでマトマのみを取りに出かけたようです。ゾロアの方はとっても得意げな顔をしているけれど、一方でロコンはどこか呆れたような表情をしています。
けれど今日は不思議と、坊やは二匹の狐のその言葉が耳から耳へと通り抜けていくようなのです。熱心な坊やはいつでもまじめに先輩狐の話を聞いて、一日でも早く立派なゾロアー苦になれるようにと努力を欠かしません。ですが今夜だけは、心は遠く月の空にあるような、そんな風にも見えました。
「ほれ。着いたぞ」
両脇に居並んだ木々が途切れぱっと視界が開けた小道の終わりで、はたと足を止めて長老はささやきました。
いつになく穏やかな口調の声に、小さな足の奏でる音がいっせいに止まります。
そこには、澄み渡った清らかな水をたたえた池が鏡のように空を映し返していました。
水面には、いつかキュウコンが子狐たちに人間の姿で作ってくれたお団子のようにまんまるなお月さまがぽっかりと浮かんでいます。
空と水面とに浮かぶふたつのお月さまは、長老の毛並みのような柔らかな色とくっきりとした輪郭をしています。
「わあ……!」――きらきらとロコンの表情に光が満ち溢れます。
ゾロアも同じようにお月さまの姿を見つめながら、時折ロコンのやわらかな尻尾をもふもふと握り締めています。
――坊やは、なぜか自分でも不思議なくらい、このふたつのお月さまに見とれていました。
ロコンとゾロアが池のほとりでお月さまを見つめながらじゃれあっているのも、少しも瞳の中には映ってはいませんでした。
坊やはキュウコン長老と池に映りこんだ月影を見つめ続けていました。ただ、声もなく。
「すっかり見惚れているようじゃの、池月」
キュウコンははっきりと口元に笑みを浮かべました。坊やはうなずきます。
坊やはすっかりこの満月に魅入られていました。愛しい長老の声ですら、曖昧になるくらいに。
「――狐をも酔わす水面の上のこの美しい月こそ、池月、お前の名じゃよ」
ふわっ。月明かりに照らされた毛並みが坊やのほほを撫でました。
もふもふ。長老は突然坊やにそうささやきました。九の尾で坊やを包み込みながら。
坊やは突然のその言葉に、驚いた色を浮かべながら先ほどよりもまじまじと水鏡に映ったお月さまを見つめます。
ゆうらりかすかに揺れる、長老ほどの狐をも酔わすほどに凛としたそれが、自分の名前の意味。
こんなに綺麗なお月さまと同じ名前だなんて――
「そして、その名はある古い九尾の狐と同じ名じゃ」
キュウコンは唐突に切り出しました。いつもとは違う重たさを帯びた言葉が聞こえたのか、じゃれあっていた二匹の子狐は坊やの方へと戻ってきました。
長老は坊やの反応を見ることもなく独りでくすくすと笑むと、続けます。
「――その狐は美しくきらめく九の尾を持っておった。じゃがそいつは恐ろしく強いことも人間には知られておった。
野山を駆け巡り月に吼えるたびに、人間は『生きたいのちを喰らう』ほどに強いその狐を『生喰』(いけずき)と呼んで恐れたのじゃ」
ゆらり。冷たく静かな夜風に揺れる九尾。
坊やの中で、その姿に見たこともないもう一匹の九尾の姿が重なります。
鋭く光る長老の瞳の水面にも満月が浮かんでいました。
「じゃがある日人間は見た。あの恐るべき狐が、池に映ったそれは清らかな満月を見つめて、静かに涙を流しているのを」
老いた狐は滔滔と紡ぎました。
不意に、その尻尾が水へとひたされ、水面をかき乱します。お月さまはゆらりと鏡の上で姿を変えました。
「人間は知った。人間もポケモンも同じ心を持っている。いつの日にか必ず分かり合える、と。
その日から人間は、池に映った月を見つめていたその狐を『池月』と呼ぶようになったのじゃ」
そうして人間は九尾の池月を恐れるだけでなく、敬い尊び、互いに助け合って生きたのだと、キュウコン長老は続けました。
揺らいだ水面はきらきらと光を照らし返しています。そうしてそのかすかなさざなみが消えると、そこには変わらず玲瓏の池月がきらめいていました。
長老は何も言わず、その表情をほころばせます。坊やの大好きな、あの表情へと。
「これも運命のいたずらかのう。古の狐と同じ名前を持った坊やが、狐になることを望んでその通りになるとは」
長く生きてきた九尾の狐の長老は、月の光によりいっそう美しくきらめくその尻尾で坊やをもう一度やさしく包み込みました。
運命。そうかもしれないと、坊やは思いました。狐が大好きで、狐になりたいとまで思って、そんなときに降った雨は狐の嫁入りに降るという雨。あの雨が坊やを狐の姿へと導いたのですから、これは運命が決めたことなのかもしれません。坊やの名前が古の狐と同じ名前ならば、なおさら。
眠りに落ちそうなくらい、あたたかで、やわらかな感触。坊やの表情はだんだんととろけていきます。坊やは喉を鳴らしながら、その感触に身をゆだねました。
「さすがだね、池月。僕たちが大きくなったとき、池月はもう伝説になってたりして」
「やっぱり池月はすごいもんな! 俺たちも負けてられないぜ、どんどん修行しなきゃ!」
思い思いに小さな手を握り締める仕草をしたり尻尾を逆立てたりしながら、子狐はいつものように笑います。
いつでも幼い狐たちは、いつか世界に名前を残すような「化かしマスター」になることを夢に見ています。
夢を追いかけながら毎日を生きて、人やポケモンを化かしたり、おつかいをこなしたり、マトマのみに口から火を吹いたり……
そんな子狐たちの姿を見て、長老もまたしあわせなのでした。
坊やはすっかりとろけきって眠たそうな表情をしています。大好きな、長老のもふもふの尻尾の中で。
自分をいたずらにかけた運命のことが、坊やは嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
「――わしは今から楽しみじゃ。『池月』の名を持った若狐が、いつの日か民の語り草のように謳われる日が」
そう囁いて、もう一度、今度はよりいっそうの想いを込めて坊やをもふりもふりと包み込んでやったとき。
坊やは月明かりの下、ただ満面に笑顔の花を咲き誇らせながら、いつかそんな素晴らしい狐になる日をそっと夢に見ていました。
<おわり>
◇ ◇ ◇
再投稿させていただきました。遅ればせながら、もふパラシリーズ復活おめでとうございます!
そしてラクダさん、ラブコールを頂戴しありがとうございました! 遅くなってしまいましたが、お納めいただければ幸いです。
以下は初回投稿時に掲載したものをそのまま掲載させていただきます。
ご覧下さりましてありがとうございました!
◇ ◇ ◇
狐といえば、やはり満月でしょう! 満月を背にシルエットになった姿、尻尾の揺らめくさまが浮かんでまいります。
たまたま月齢表を見ていたところ、「満月って18日か! 18日ならまだ時間もあるし、書かせていただけるかも!」と思い立って書かせていただいたのがこの小説です。
今回は(イケズキさんのご許可の下、)池月くんのお名前を史実に絡めた形態をとってみました。
イケズキさん、この絡め方、お気に召していただけますでしょうか……(笑)
池月君にスポットライトを当てているため、ロコンちゃん・ゾロアくんの出番が少なめになってしまったのが悔やまれるところです。
ストーリーコンテストの精読が終わって余裕ができましたら、今度はふたりももっと存分に描かせていただきたいですね。
……本当は(4月)18日のうちに上げるつもりだったのですが、肝心の部分でスランプとトラブルに陥り大ピンチに。
夜中から手書き原稿に移行したところなんと筆が進むわ進む。
みなさんもキーボードを駆る指が止まった際は、ぜひ手書き原稿をご検討ください(笑)
こんにちわー!
チョロネコヤマトです!
本日限定、パティシエール配達サービスをご利用いただき誠にありがとうございます。
受け取りにはハンコかサインを……。ここにお願いします。
あ、会話は苦手なのでコミュニケーションはなるべく筆談でお願いします。大丈夫、硬筆三段の腕前ですから。
……え?頼んでいない?いいえ、確かにご注文受けましたよ。
パティシエールの方から。
あ、サインされましたね。はい、ありがとうございました―。
……もちろん、終わり次第引き取りに参ります。
では、良いバレンタインを!
箱を開けてみて私は、途方に暮れた。
中に入っていたのは、チョコレートをはじめとした、お菓子の材料。そしてお菓子のレシピ。でもって一匹のゲンガー。
……何で我が家にポケモンが?しかも宅配便で。
確かに、家には時々カゲボウズが寄りついてくるけど、基本的に私の一人暮らし。まあ、時々寂しくなることもないわけじゃないけど、それでも一人好きなところもあって、うまくやっていけてる。
パートナーとしてポケモンを連れてみることも……、まあ、考えなかった訳じゃないけど、結構仕事忙しいし、そんな無責任に連れられるもんじゃない。
……のに。どうして我が家にゲンガーが?
不思議に思っていると、ゲンガーが紙を見せてきた。
『バレンタインの お手伝いに 来ました』
やたらと綺麗な文字で書かれている。
え?バレンタインのお手伝い?手伝いって言ってもそんな……いったい何?
そう思っていると、ゲンガーはすらすらと文字を書き出した。
『ポケモンから 人間まで お菓子なら何でもござれ』
……こ、このゲンガー、明らかに私より字が綺麗!……めちゃくちゃ敗北感を感じる。ポケモンの方が字が上手いってどういうことよ。人間としてものすごーく恥ずかしいぞ、自分。
そこまで落ち込んでようやく、配達員さんが筆談がどうとかって言っていたことを、記憶の片隅から取り出す。ああ、筆談ってそういうことか……。
「で、どうしてアンタ、私の家に?」
『バレンタイン 乙女の聖戦 協力します』
……聖戦なんて言葉よく知ってるなぁ。
「でも、私、今恋なんてしてないし、そんな乙女って言えるような人間じゃないし……」
『女の子は 誰だって 乙女です!』
……何故私はゲンガーに乙女だと言い聞かされているのだろうか。自分が人間としてどうなのかという気持ちが、ますます膨らんでくる。
『とにかく 作りましょ! 乙女の聖戦に向けて!』
ゲンガーはそう書き記すと、キッチンへ飛んでいく。……って、それ私のキッチンなんだけど! おーい!
結局、ゲンガーに押し切られる形で、私はお菓子作りをすることになった。チョコレートケーキを作るべく、チョコレートを湯煎にかけつつ、小麦粉をふるう。
ゲンガーは慣れた手つきで、どんどん私にボディーランゲージ(流石に調理しながら筆談は大変らしい)で指示をしていく。
えっと、次は、こっちのチョコを湯煎に……?
手渡されたのは、見慣れない濃紫色のパッケージのチョコレート。
「……怨念チョコレート!?」
なんじゃいそりゃ。
裏面を見てみると「原材料:砂糖、カカオ豆、牛乳、怨念」……。怨念って、そんないったいどこで手に入るんだ……と一瞬考えたけど、呪われそうな気がするのでやめといた。
『それは カゲボウズの 向こうのとは 混ぜないように』
流石にボディーランゲージでは伝えきれなかったのか、ゲンガーが筆談で指示を出してくる。
ものすごくテキパキした完璧な指示。完全にプロの犯行。先生と呼ばざるを得ない。
……って、あれ? カゲボウズ相手にチョコ作ること知ってる、ってことは……。
何となく突然の来訪者の情報源が読めてきた。まさか酔っぱらいの一言がこんなことになるとは……。
さらに手渡される怨念入りビターチョコ。あ、これも別に作るのね。苦いの好きな子用か。そこまで注文わたってるのね……。
カゲボウズたちからのある種の怨念に、私は苦笑いを浮かべつつ、先生の指導下でお菓子作りを続けるのだった。
家中に広がる甘い香り。そして、ケーキの焼き上がりを告げる、オーブンの音。
ゲンガー先生指導の元、ついにガトーショコラの完成!
焼き上がりは……ありゃ、ちょっと足りなかったか。そう思った瞬間、先生はちょっと離れてて、と合図を私に送り次の瞬間。
サイコキネシスによって、ふわりと浮かんだケーキ。その周りに現れたるは青い炎。おにびの火力でガトーショコラは内部まで完全に火が通った。焼き加減十分。……流石先生。
さて、今度こそ焼き上がり十分。
カゲボウズたち用のトリュフは、冷蔵庫で冷やしてるし、これで完せ……え、まだ?
『仕上げは まだまだ これからよ』
そう書くと、取り出したるは、ハート型の型紙と粉砂糖。あら熱がとれた後、先生の指示に従って、粉砂糖をケーキに振りかけていく。茶色い大地に舞い降りる、ハート型の粉雪。うーん、なんて綺麗。
可愛い装飾の箱にしまい、リボンをかけて完成!
……それにしても、先生が用意したこの純白の箱にピンクのリボン、私だったら絶対恐れ多くて絶対チョイスできないくらい、乙女。というか、このお菓子作りの腕からして、まず間違いなく女子力上だ!
……ポケモンに女子力で負けたという事実、正直かなり悔しい。
その、私に猛烈な敗北感を与えている先生は、そんなことを気にも止めず。ケーキを崩さないよう、ゆっくりとサイコキネシスで箱を浮かべ、次に私を……って、え?
「ちょ、ちょっと! 何するの!?」
私は抵抗するすべもなく、そのままガトーショコラとともに、ゲンガー先生に連れ出されるのであった。
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【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【パティシエールありがたいのよ】
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修正して再投稿。
冒頭部は当時音色さんが投稿したものをそのまま使わせていただきました。
怨念チョコレートはスズメさんの作品からのインスパイアです。
「はあ……」
大学時代の友人と久々に女子会して、目一杯飲んできた帰り道にはあまりに似つかわしくないため息。つきたくなかったのに、思わずついてしまった。
久しぶりに会う友人ばかりで、楽しみにしていたはずだったのに。
そう、女子会。
女子会の話と言えば、そりゃ仕事のグチとかもあるけど、メインはいわゆるガールズトーク。特にバレンタインが近いせいで、みんな私にお構いなしでノロケ話のオンパレード。
あー、はいはい、しーちゃん別れた彼氏と復縁した。そりゃよかったねー。
りっちゃんは付き合いはじめてもう5年かー。え、指輪もらった!? はいはい、よかったねー。
ユウは何、上司と別れて部下に乗り換えた!? へー、そうですかそうですか。よくやるねー。
え、カナ! アンタまで彼氏できたの!お幸せにー。
「アンタ、今日相槌適当じゃない?」と訊かれたときは、ちょっと焦ったわ。お酒入ってるせいで気持ち悪くなったふりしてごまかしたけど。
つい先ほどまでの甘い空気を思い出して、うんざりしている私の近くに、紫色のトラックが止まった。
路肩にトラックを止めて、降りてきたのは、紫色の制服を着た女性配達員。持っているのは有名高級チョコの包み。制服のポケットから、紫のガスが出ているような……気がした。ああ、酔ってるのか、自分。
気が付くと、一面紫の彼女を目で追っていた。
配達先の家から出てきたのは、嬉しそうな女性。きっとあらかじめお取り寄せしておいて、バレンタイン当日に渡すのだろう。当日が楽しみだという、幸せオーラがあふれ出ている。
はいはい。どうぞどうぞ。お幸せにー。横目で観察し、通り過ぎながら、心の中で感情の全くこもってない言葉を吐き出す。
ああ、それにしてもこの空気。街を歩けばバレンタインバレンタインって。
彼氏どころか好きな人すらいない、完全フリーの私にとっては、独り身の寂しさを肌身で感じさせられるばかり。
ああ、もう!世間みんな幸せそうで!! 友人一同もいちゃついてばかりで! 余計私にひもじさ感じさせやがって!!
「ああ! もう! ばくは……」
爆発すればいいのに、と思わず言いかけて。
確かに今は周りに人がいないとはいえ外。爆発しろなんて発言するのは問題だ。でも、酔った私がそんな細かいことを気にして発言をやめたわけではない。
確かに、目の前に人はいない。
が、ポケモンはいるのだ。さっきまではいなかったはずなのに。しかも大量に。
そう。大量のカゲボウズ。黒いてるてる坊主の集団が、じっと私の方を見つめていたのである。
そんな光景に出くわしたら、一気に酔いも醒める。
「あ、あたし、そんなに負の感情出してたの……!」
このあたりにはカゲボウズが頻出する。以前見かけた時は野生かと思っていたけど、どうやら家の近くのアパートに住み着いているらしい。そう噂で聞いた。
確かにカゲボウズがこんなごく普通の街に野生で大量に住み着いている……というのは考えにくいけど、まさかアパートに住み着いてるとは。よっぽど負の感情に満ちたアパートなのか。
カゲボウズは、負の感情に引き寄せられる性質を持つ。以前こっぴどく失恋した際、その負の感情に引き寄せられた大量のカゲボウズを、そのまま勢いで世話したことがあった。
その日以来、目を付けられてしまったのか、私がネガティブモードになるとしばしば私に寄ってくるようになった。今では寄ってきたカゲボウズの数で、自分の精神状態を客観的に判断できるようになったくらいだ。
でも、これだけ大量に寄ってくるのは久しぶりだ。それこそ、あの失恋以来かも。
「……あのさ、とりあえず落ち着こう。ね。外だし。」
カゲボウズたちに言っているのか、やっぱりまだ酔いが残る自分に言い聞かせているのか。
さっきまであれほど凄かった負の感情が収まって、ある程度冷静になっているのは、カゲボウズたちがそれを吸収したせいなのか。それともこの真っ黒な状況を見て、私が叫んでるどころではなくなっているせいなのか。
とりあえず、気がついたら、酔いに任せて爆発しろと叫ぶどころではなくなっていたのは確かだった。
結局、カゲボウズたちは、家までついてきてしまった。家の中を縦横無尽にふわふわと動き回る彼ら。そんな彼らを後目に、冷蔵庫から缶チューハイ、そして食料庫からはチョコレートを取り出す。
仕方ないからカゲボウズ交えて二次会だっ。カゲボウズにお酒はあげないけど。そもそもポケモンにお酒あげていいのかもわかんないし、第一、酔っぱらって家の中でわざ使われたら、たまったもんじゃない。お酒の代わりに、私の負の感情で満足して欲しいところ。
え? 何でつまみがチョコレートなのかって?私、甘党だから、普通のおつまみよりこっちの方が好きなのよ。……体重は気にしない方向で。
「お酒はないけど、これだったら食べて良いわよー」
机の上に出したのは、ちょっと大きめだが、ごくごく普通の板チョコ。綺麗なチョコが街を彩る季節だが、私の食料庫にそんな豪華なものはない。線に沿って小さく割られたものが、そのまま皿代わりにされた銀紙の上に置いてあるだけ。ポケモンに人間用のチョコあげていいのかも実はあやふやだけど。まあ酔っているし仕方ない。
カゲボウズたちは私の声に反応して、一気に食べ始める。
嬉しそうに頬張る者。初めて見るのかちょっと警戒心を持って食べ始める者。じっくり味を確かめるかのように噛みしめて食べる者。反応は様々だ。
そんな中、食べた後明らかに嫌そうな顔をしている者たちも。……あ、こいつら、甘い物嫌いだな。直感的にそう気づく。
客人に申し訳ないことをしたなぁと思い、私は食料庫から別の物を出してくる。
「アンタたち、甘い物嫌いなの?だったらこれどう?」
それは、いわゆるカカオ99%チョコ。一昨日興味本位で買ってきたけど、一片食べただけであえなくリタイア。そのままになっていたものだ。
甘い物嫌いのカゲボウズたち。さっきよりも黒い欠片に興味津々な者、警戒している者。反応は分かれたが、興味津々な者が食べ、今度は美味しいといった姿をしていると、警戒している者も食べだした。
……うん、反応は悪くなさそうだ。
不満げだった客人をももてなせて、何となく嬉しくなってくる。
……だが、これだけでは終わらなかった。目の前にやってきたのは、甘い物好きのカゲボウズたち。ふと机の上を見ると、あれだけあった板チョコはすっからかん。もっとくれといった表情で、私の目を見つめる。
「……申し訳ないけど、今日はこれでおしまい。さ、帰った帰った。」
カゲボウズたちにそう言い聞かせるが、彼らは動こうとしない。どんどん私に迫ってくる。今にも「のろい」や「うらみ」を発動しそうな雰囲気。……ヤバい。
「こ、今度来たときはちゃんと作ってあげるから!」
気が付いたら発していた言葉。
その言葉に反応して、表情が和らぐカゲボウズたち。
負の感情の圧力から解放され、安心したところで、ふと気づく。
あ、あれ? あたし今、何て言った?
「ちゃんと作ってあげるから」
つ、作る……!!?
そ、そうか……。
彼氏がいない今年のバレンタインに手作りチョコを送る相手は、まさかのカゲボウズたちか……。予想外の展開に、驚きと絶望とが混ざりあったような何とも言えない感情を隠しきれない。
そしてその横で、私のその感情すら、肥やしにしているような、嬉しそうなカゲボウズたち。
ま、言ったからには作らないと仕方ないか。カゲボウズたちに恨まれたら怖いし。それにお菓子づくり自体は嫌いじゃないしなー。
その複雑な感情すら、カゲボウズたちは吸い取ってしまったのか、結構すぐに前向きに検討を始めている自分。カゲボウズたちに踊らされまくっている気がしないでもないが……。まぁいっか。
とはいえ、ポケモンのためだけに作るのも何だよなー。せっかくだからついでに誰かにあげようかしら。
そう思った瞬間、目に留まったのは継ぎ接ぎだらけのヒメグマのぬいぐるみ。
ヒメちゃんを見て脳裏に浮かぶのは、以前ヒメちゃんをボコボコにしたあの元気なジュペッタ。
そして、その後ものすごい勢いで謝りに来て、ヒメちゃんを直してくれた、あの優しい瞳の青年。
……あ、そういえば、あたし、まだお礼出来てない。何かお礼しようと思ってたのに、結局仕事に忙殺されててすっかり忘れてた……。ダメすぎる……!
この機会に、感謝の気持ち込めてってのも、いいかもしれないな。世の中には義理チョコっていう、こういう時にピッタリなものもあるわけだし。うん、ちょうどいいかも。
気が付いたらバレンタイン爆発しろなんて感情は、どこへ行ってしまったのか。
彼氏はいないけど、何だかんだでチョコ作りに励む、前向きなバレンタインにはなりそうな予感。
おわりませう
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【テーマ:悪(バレンタイン爆発しろ的な意味で)】
【書いていいのよ】
【描いていいのよ】
【いろいろお借りしてしまったのよ】
【勝手にフラグたててしまったのよ】
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修正して再投稿です。
対戦相手の長谷部百合のバトル場には草エネルギーが三つついたモジャンボLV.X130/130。それに比べ、俺の場はエネルギーが一つもないガブリアス130/130、ベンチにはコモルー90/90
長谷部の戦略はこうだろう。俺がポケモンを育てている間に攻撃する。もし攻撃を受けてもモジャンボにはポケボディーの再生緑素でポケモンチェックの度にHPを10回復。さらにモジャンボLV.Xのポケパワー、モジャヒールによって自分の番に一回コイントスをしてオモテならHPを40も回復できる。それに加えスタジアムの夜明けの疾走の効果により草エネルギーをつけると状態異常とHPが10回復する。
たった一ターンにHPを60回復出来る。持久戦に持ち運ぶということだな。
「俺のターン!」
加えたカードはガブリアスLV.X140/140。ここは迷わずレベルアップさせよう。
「俺は、ガブリアスに炎エネルギーをつけてレベルアップさせる! そしてガブリアスLV.Xのポケパワー発動。……と言いたいが、ガブリアスLV.Xのポケパワー、竜の波動は、レベルアップしたときに使えるがその効果は相手のベンチにダメージカウンターを乗せる効果。今、お前にはベンチポケモンがいないから使う意味がないので使わない。そしてガブリアスLV.Xのワザを使わせてもらおう。蘇生!」
ベンチの空きスペースに白い穴が開く。その穴から這い上がるように、ボーマンダ140/140が再び現れる。
「蘇生の効果で俺のトラッシュのポケモン一体をたねポケモンとしてベンチに出す。戻ってこいボーマンダ! そして蘇生したポケモンにトラッシュの基本エネルギーを三枚までつけることができる。炎二枚と水一枚をつけ、ターンエンド」
この蘇生は相手にダメージを与えるワザではないが、トラッシュにあるポケモンをエネルギー三枚つけた状態で呼び戻せる強力無比の大技だ。
「私の番、モジャンボLV.Xに草エネルギーをつけて攻撃。つるを伸ばす!」
モジャンボLV.Xが大きな腕を鞭のように伸ばし、しならせてガブリアスLV.Xに攻撃する。が、それだけでは物足りないつるは、ベンチのコモルーとボーマンダにも被害を及ばす。
「つるを伸ばすは元々の威力60に加え、相手のベンチポケモン二体にも20ダメージを与えます」
これでガブリアスLV.Xは残りHPは80/140、ボーマンダは120/140、コモルーは70/90。一度に計100のダメージか。
「俺のターンだ。手札からガブリアスLV.Xに水エネルギーをつけてベンチに逃がし、ボーマンダをバトル場に出す。ガブリアスに逃がすためのエネルギーは必要ない。そしてボーマンダのポケボディー、バトルドーパミンの効果。相手のモジャンボLV.Xの最大HPが120より大きい130なのでワザに必要な無色エネルギーは不要となる。さあ攻撃だ。蒸気の渦!」
ボーマンダについている炎と水エネルギーをトラッシュすると、ボーマンダが口から可視の白い渦を巻き起こし、モジャンボLV.X10/130に120のダメージを叩きつける。
「で、でもこのポケモンチェックでモジャンボLV.Xのポケボディー、再生緑素が発動。モジャンボLV.XのHPを10回復させるわ。そして私のターン。カードを引いてモジャンボLV.Xに草エネルギーをつける」
夜明けのスタジアムの効果は自分の草または水ポケモンに手札からエネルギーをつけたときに全ての特殊状態とHPを10回復する効果。再生緑素とこれを合わせてモジャンボLV.XのHPは30/130。よし、この程度なら次の番、ボーマンダで簡単に倒すことが出来る。
「ここで私はトレーナーカード、ポケヒーラー+を二枚発動。このカードは同じカードと二枚同時に使え、そのとき自分のバトルポケモンの状態異常を全て回復させ、ダメージカウンターを八個取り除きます!」
「八個だと!?」
ここで一気に回復してHPは110/130まさかそこまでHPを盛り返してくるとは。
「そしてモジャンボLV.Xのポケパワー発動。モジャヒール! コイントスしてオモテなら、さらにダメージカウンターを四つ取り除くわ」
そう言って彼女はコイントスボタンを押す。……がしかし幸いにもウラ、モジャヒールは失敗だ。それに加えこの番に相手は手札を全て使い切ってしまった。手札の供給手段はない、俗に言う詰みだ。
彼女自身そう分かっているようで、バツの悪そうな顔をする。仕方ない、と一息ついてから最後のワザを宣言した。
「うーん、モジャンボLV.Xの攻撃、つるをのばす!」
モジャンボLV.Xの攻撃がボーマンダとベンチのガブリアスとコモルーを襲う。……が、ダメだ。気絶には至らない。
「ポケモンチェックのとき、またポケボディー再生緑素でモジャンボLV.XのHPを10回復よ」
「行くぞ。まずはボーマンダに水エネルギーをつける。そしてトドメだ。ボーマンダについている炎エネルギーと水エネルギーをトラッシュして攻撃、蒸気の渦!」
ボーマンダの口から再び白い爆風が相手の場をえぐる。モジャンボLV.X0/130のHPバーが無くなったのを確認してからサイドを引けば、試合終了のブザーが鳴り響く。
勝利の余韻に浸りながらのんびりと並べられたカードを片付け終えふと傍に目をやると、長岡が長谷部の肩を優しく叩きながら慰めていた。
恋人、か……。
「僕のターン」
あたしのバトル場にはエースカードかつ水エネルギーが三枚ついたオーダイル130/130が。ベンチにはブイゼル60/60、ワニノコ50/50。
相手の場には特殊鋼エネルギーが一枚、基本鋼エネルギーが二枚ついているメタング30/80。ダンバル50/50とレアコイル80/80がベンチで出番を今かと待っている。サイドはあたしが三枚、相手が二枚。
先ほどの番、対戦相手の向井のキーカードであろうメタグロスをオーダイルの破壊の尻尾の効果で手札からトラッシュさせた。ハーフデッキでは同じカードは二枚までしか入れられない。あと一枚、メタグロスを潰せれば勝利はもらった!
だがそう決めつけたのはあまりに早計だった。
「よし、まずはレアコイルに雷エネルギーをつけてジバコイル(120/120)へと進化させる。そしてジバコイルのポケパワー発動。磁場検索!」
「じ、磁場検索……?」
「このポケパワーは自分の番に一度使え、自分の山札の雷、鋼タイプのポケモンを山札から一枚相手に見せてから手札に加える。そしてその後デッキをシャッフルする!」
「そ、そんな!」
折角一枚トラッシュしたのに、次の番にすぐさまそれを手札に加えるだなんて……。
「僕は山札からメタグロスを手札に加えて、早速メタングを進化させる! そしてポケパワー発動。マグネットリバース!」
慌ててテキストを確認する。メタグロス70/120のポケパワー、マグネットリバースはコイントスをしてオモテならベンチポケモンとバトルポケモンを無理やり入れ替える能力だ。相手がどのポケモンを引きずり出すか選べる、単純だが弱っているポケモンにトドメをさせたり、牽制に使えたりと安い効果より遥かに恐ろしい。
が、コイントスの結果はウラ。思わず胸に手を当てほっと一息ついてしまう。
「メタグロスでオーダイルに攻撃。コメットパンチ!」
相手のメタグロス70/120は右腕を大きく振りかざし、彗星を思わせるスピードでオーダイル80/130に鉄の腕を振り下ろす。
「コメットパンチのダメージは50。だけど次の番にもう一度コメットパンチを使うと与えるダメージは100になる! ターンエンド」
い、威力100!? そんな二発目のコメットパンチを喰らってしまえばあたしのオーダイル、ベンチのブイゼルとワニノコ全員が一撃で気絶してしまう。次にマグネットリバースが決まっても決まらなくても、メタグロスをどうにかしない限り……。
「あたしの番ね、まずはワニノコをアリゲイツ(80/80)にしてポケパワー進化で元気を発動。山札の上から五枚を見てその中の水エネルギーを相手に見せてから手札に加え、その後山札を切る。……水エネルギーは二枚だったわ」
これで手札七枚のうち五枚が水エネルギー。とてもじゃないけどこんなにエネルギーばかりではいい手札とは言えな……いわけでもない! そうかその手があったわ!
「ブイゼルに水エネルギーをつけてオーダイルで攻撃するわ!」
そう宣言すると同時にブザーが鳴り響く。首を右に傾けると隣の試合は終わったようだ。恭介くんがその彼女をなだめているように見えるから、やはり風見君が勝ったのだろう。もしあたしがこの対戦に勝てば次は彼か……。
この大会は前の試合が終わればどんどん次の試合へと進んでいくので、休む暇なく今度は恭介くんが場に立つ。
他の対戦も大事だけど、まずは目の前の彼を倒すことから! 手札にエネルギーばかり溜まってしまったのならそれを逆に活かすまでよ!
「メタグロスに攻撃、エナジーサイクロン! 自分の手札のエネルギーを好きなだけ選び、相手に見せる。このワザのダメージはその見せたエネルギーかける20ダメージとなる!」
あたしは突きつける様に手札に残った水エネルギー全て、四枚を見せつける。メタグロスについている特殊鋼エネルギーは、鋼ポケモンの受けるダメージを10減らす効果をもつ。しかし20×4−10=70ダメージあれば、きっちりメタグロスを撃破出来る。
オーダイルの周囲に水エネルギーのシンボルマークが四つ現れる。そのマークがゆらゆらと回りながらメタグロスの足元へ移動し、オーダイルの咆哮と共に水色の竜巻を起こす。しばらくして解放されたメタグロス0/120は、大きな音を立てて地面に落ち、そのまま気絶し動けなくなる。
「このエナジーサイクロンで相手に見せた水エネルギーは全て山札に戻してシャッフルする。サイドを一枚引いて終わりよ」
「僕の次のバトルポケモンはジバコイルだ」
「オーダイルはダメージを受けているけどサイドの枚数はあたしたち共に二枚だし、君のジバコイルはまだエネルギーが一枚。あたしの優勢よ!」
ちらと右を見ると大きくガッツポーズをする恭介くんが。どうやら善戦しているようだ。仲良く皆で優勝。……なんてできないけど、せめて彼とも戦ってみたいと思う。
そのためにはまず目の前の一勝を。
翔「今日のキーカードはメタグロス!
マグネットリバースで相手を狙い、
コメットパンチを連打しよう!」
メタグロスLv.58 HP120 鋼 (DP5)
ポケパワー マグネットリバース
自分の番に1回使える。コインを1回投げオモテなら、相手のベンチポケモンを1匹選び、相手のバトルポケモンと入れ替える。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
鋼無無 コメットパンチ 50
次の自分の番、自分が使う「コメットパンチ」のダメージは「100」になる。
弱点 炎+30 抵抗力 超−20 にげる 3
俺様はヘルガーだ。
ちったあ名の知れたとーぞくよ。
まぁ、今は捕まってンだけどな。
あーあ。
あんなところでカッコつけて無けりゃあきっと逃げきれてたぜ。
まーいーや。
だってな? 俺様はおたずね者ランク☆9だぜ?
こんなんで捕まるはずねーだろ?
こんな牢屋なんてひとひねり………
ふらっ……
おっと……持病の貧血が……
急に立ち上がるとふらっとくるんだよなー
こーだから、血がほしーんだよ。鉄分がな。
マトマジュースじゃダメなんだよ。
さて、火炎放射ーっと。
ゴオオオオオオオオオオオ!!!!
ドロドロ〜〜
お……おい。予想外だぞ。
こんなんで溶けちゃったぜ?
こんな牢屋で大丈夫か?
大丈夫じゃないだろ。問題だな。
まぁ、俺様としちゃあ楽でいいんだがな。
これで脱獄十回目だぜ。
最後に脱獄したのは5年前か。
俺様も結構トシいってるのかもな。
脱獄してるから、ランクもあがってるのかもしれねーな。
捕まってもな? 俺様は何度だって逃げ出してやるさ。
じゃあ、また会おうぜ。
_______________________________________________
〜後書きのような物〜
昨日のチャットで。
っヘルガー簡単に捕まりすぎ
という話がありましたね。
そうです。ヘルガーは脱獄も出来るのです。
貧血気味という設定は、後で思いついた。
でぃえすあいで書くのはツラい。
今度また正式に1話持ってきます。
ヒロインはもちろん、ポケリア本編のマイコちゃん。
彼女が七夕の日に、21歳のバースデイを迎えようとしています。
手持ちは本編その15が終了した段階でのポケモンです。
チャオブー、ウォーグル、ムンナ、フシギバナ、ヌマクロー、ライボルトの6匹。
彼女はベランダで繭状態のジラーチを見つけ、1週間限定の同棲(?)生活を送ることになります。
もちろん、マイコの友人達も登場します。
今回は、男性のみならず、大学の女友達も登場しますよ!
そして、ジラーチを狙う悪役。
いつものロケット団ではなく、千年流星会という奴らです。
3人しかメンバーはいませんが、みんな手強いです。
ちなみに、3人ともアンデッドであり、1000年という時を経て蘇った奴らです。
ボスはトワという男性。
ジラーチを捕獲することを最大の目的としており、邪魔する奴は容赦なく抹殺しようとします。
また、倒そうとしても、服が「守る」技の効果を帯びていて、彼に攻撃しても意味がありません。
手持ちのポケモンはマタドガスが6体。
全員で大爆発を行い、邪魔者を排除する役割があります。
爆発を行わない場合は毒で対象を溶かしつくす凶悪な攻撃を行います。
女性幹部はチトセ。
とにかくどぎついサディスト。人がケガしても、それを喜んでいます。
殺害行為を行うことに無上の快感を感じる恐ろしい奴です。
手持ちのポケモンはメタモンが複数。
相手でなく他のポケモンに「変身」した状態で出てくるので、相手が戸惑うことがしばしば。
また、変身しない場合、チトセの命令のもと、人間を殺害しようとすることも。
男性幹部はミライ。
何を考えているか分からない太った男。推定体重130キログラム。
機械いじりが大好きで、援助ユニットを使い、ポケモンのみに頼らない戦闘を行います。
手持ちのポケモンはカビゴン。
一般の体重の1.5倍もの巨体で、防御力がすごいです。
もちろん、巨体を生かしたのしかかりも破壊力がすごいです。
マイコ達と直接対決を行うのは、しばらく後のことです。
その日、マイコが見ていたニュースで、女性キャスターがこんなことを言っていた。
「今日7月1日に、1000年に1度しか見られないという千年彗星が見られるという現象が起きます!見られた人はとってもラッキーですね!もちろん、見逃すともう一生見られないので、見逃すことのないよう準備は怠らないでくださいね!」
準備とは言っても、天体望遠鏡とかを持っていないマイコにとっては、興味の湧くものではなかった。
しかし、そんな彼女に、千年彗星からの贈り物とも呼べるポケモンが来るとは、彼女自身、まだ知らない。
そして、大学の講義やバイトも終わって、その日の夜。
風呂に入ってその日の疲れを癒し、さあ眠ろうと布団に入りかけたマイコ。しかし、次の瞬間だった。
ピカッ!!!
ベランダの方からすごい光が起こり、彼女は慌てて様子を見に行った。
そこには、黄色い繭のようなものがあるだけだった。
「どうしたのかな、これ。何かのサナギ?」
マイコがその繭に触れようとした瞬間、その繭はスルリスルリとほどけていき、1匹のポケモンを形作った。
そのポケモンは、頭が星のようになっており、短冊が3個ついていた。さらに繭の形態の時に体を包んでいた部分が布のようにヒラヒラとたなびき、腹には目が1つ。全体的には小さく、かわいらしい、願い事ポケモンのジラーチだった。
「キミ、ひょっとして、ジラーチ?」
『そうだよ。僕、ジラーチ!君の名前は?』
「サカモト マイコ。マイコって呼んで。……ところでさ、ジラーチ、」
『どうしたの、マイコ?』
「キミは人の言葉をしゃべれるの?」
『うーん、しゃべれる、というよりは、テレパシーで君の脳に言語を送っているようなものだよ。でも、言葉も分かるよ』
マイコはその突然の来訪者に興味が湧いてきた。千年彗星の贈り物、悪くはない。
「ねえ、ジラーチ、」
『ん、なあに、マイコ?』
「私は、トレーナーなんだ。ポケモンの」
『……僕を捕まえるの?』
「捕まえないよ。私の仲間を紹介しようと思って。……でも、ちょっと外で出した方がいいかな、部屋に入らない可能性も大きいから、さ」
公園に着いた1人と1匹。マイコは持ってきたボールを高く投げた。
すると、マイコの手持ちであるチャオブー、ウォーグル、ムンナ、フシギバナ、ヌマクロー、ライボルトが姿を現した。
「みんな、ジラーチと仲良くしてね。大切な客なの」
6匹は心得たようで、各々自己紹介をしたりして、すぐに打ち解けあっていた。
そこで、ジラーチは大事なことをマイコに伝えた。
『僕は今日を含めて、7日間しか起きていられないんだ。願いを叶えることには沢山エネルギーが必要だからね。マイコは何か願い事をする?』
「今はどういう願い事をすればいいのか、分からないの。……あ、そうだ。私、7月7日が誕生日なんだ。その日、ジラーチは起きているよね?」
『うん。確か最後の日だったね』
「その日、元気があったら、誕生日を祝ってくれないかな」
『僕でいいの?』
「うん!」
こうして、願い事ではないが、小さな約束をし合った1人と1匹。
しかし、ジラーチ覚醒の陰で、この願い事ポケモンを狙い、そしてジラーチを見つけたマイコをも狙う、悪の組織も覚醒したことを、まだマイコは知らない……。
2日目へと続く……
マコです。お話が始まりました。
悪の組織が具体的に動くのはもうちょっと先です。
それまではちょっぴり安息の時間。
マイコの日常を覗いてみましょうか。
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
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