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12月14日の月曜日、朝から大風が吹いている。沿岸部だから雪は降らないが、着流し1枚の身にはこたえるぜ。まあ、そんなことはどうでもいい。俺はいつものように教室に入り、授業を始めた。
「さて、これからテスト返しをする。出席番号順に並ぶように」
俺が指示すると、生徒達は1人ずつ結果を受け取った。ある者は嘆き、またある者は予想外の内容に目を丸くする。どちらにしろ、喜ぶ奴は皆無だ。それはイスムカやターリブンも同じであった。
「ああ、赤点でマスぅっ!」
「ぼ、僕も赤点なのか……」
「静かにしやがれ、いちいちわめくな。それがお前さん達の実力だ」
俺は、教室の隅々まで届く声で生徒を静めた。果たして効果があったのか、彼らは力なく席に座り込む。やれやれ、最初からそうしてろってんだ。これで講評に入れる。
「さて、今回は平均点が上がると思ったのだが、前回と大差ない25.4点だった。言っておくが、今回は特別易しくしてある。難しすぎると人のせいにばかりする輩がいるが、これで分かっただろう? 結果が出ないのは単なる実力不足だってことが」
「それでもこれは難しすぎるでマスよ!」
おや。ターリブンめ、言うようになったな。赤点が何を偉そうに開き直ってやがる。こういう時は、徹底的に教えておいた方が良いだろう。
「ほう。ではターリブン、どの問題が教科書のどこに出たか覚えてないみたいだな。確か授業でやったはずなんだが。嘘だと思うならノートを探しな」
「……あ、あったでマス」
ターリブンはノートをめくり、まさにテストと同じ問題を見つけた。……ノートの中身がラディヤのそれとそっくりだが、この点については黙っておいてやろう。
「そら見ろ。ついでに、反論される前に言っといてやる。最後の問題は確率と三角形の複合問題だが、サイコロを振る回数を2回に留める等の措置を取ってい
る。しかも複合と言いながら、単に三角形の問題で導いた値を確率の問題で使っているだけだ。問題を細かく分ければ単純な計算の寄せ集めなのだから、難しくもなんともないのさ。授業でやった問題や単純な計算問題すらできないで教師を非難するなんざ……百年早いぜ若造共」
「う、やられたでマスー!」
決まったな。勝負はいとも簡単に終わった。燃え尽きたターリブンをよそに、俺は皮肉に満ちた声で他クラスの状況を説明する。
「まあ、他も大したことがないのがせめてもの救いだな。そんな中でも進学クラスのラディヤはまたしても満点だった。他の教科の先生にも聞いたが、全体的に……満点らしいな。同い年で部活もやってるのにこれだけの差が出るのは、才能なんてもののせいじゃない。今回悪かった奴は自らの怠慢を反省するこった」
ひとしきり話し終えると、教室からは通夜の席みたいに音が消えていた。ああ、こりゃやりやすいぜ。次からもこんなやり方でいくかね。まあ、今はそれよりも解説だ。俺はチョークを手に持つと、こう指示するのであった。
「じゃ、解説始めるか。しっかりついてこいよ。今年の疑問は今年のうちに、だ」
・1学年2学期末試験、解答
問1(30点):以下の問に答えよ。(各5点)
(1)5/54
(2)「X^2<1ならばX<1」
(3)6√6
(4)4回
(5)45゜
(6)4πr^3/3
問2(10点):
√3が有理数であるとする。有理数は既約分数a/bで表される。
よって√3b=aだから
3b^2=a^2
a^2が3の倍数なのはこれより明らかである。さらに、√3>0、a>0より、a=3p(pは自然数)と表すことができる。これを代入すると
3b^2=9p^2だから
b^2=3p^2となる。
a^2が3の倍数なのはこれより明らかである。さらに、√3>0、b>0より、b=3q(qは自然数)と表すことができる。これを代入すると
a/b=3p/3q
これより、a/bは約分できるとわかる。ところが、a/bは既約分数であるから、これは矛盾する。
ゆえに、√3は無理数である。
問3(15点):
(1)
樹形図を書くと、1回のゲームで勝つ確率は135/216=5/8となる。これを2回繰り返すのだから、求める確率は
(5/8)^2=25/64である。
(2)
このゲームを1回やった時、勝てない確率は(1)より3/8である。
よって、期待値は
(5/8)×1000+(3/8)×(−100)=587.5円
1回につき500円を払うから、期待値で見ればプレイヤーの特になる。
問4(15点):
(1)
pの否定p~はm≦kかつn≦k、すなわち(ハ)である。
(2)
(i)
k=1とする。この時
p:m>1またはn>1
q:mn>1
だから、mとnが自然数より、p→qは真であり、q→pも真である。
よって、pはqであるための必要十分条件(チ)である。
(ii)
k=2とする。この時
p:m>2またはn>2
q:mn>4
r:mn>2
だから、mとnが自然数より、p→rは真であり、r→pも真である。
よって、pはrであるための必要十分条件(チ)である。
また、p→qは偽であり(反例:m=3、n=1)、q→pは真である。
よって、pはqの必要条件(リ)である。
問5(15点):
(1)
四角形ABCDは円に内接するから、∠ACD=180゜−∠ABCだから
cos∠ACD=−cos∠ABCとなる。
余弦定理より、
AC^2=25−24cos∠ABC=16+DA^2+8DAcos∠ABC
また、cos∠ABC=9+16−37/24=−1/2だから、
AC^2=25+12=37=16+DA^2−4DA
DA^2−4DA−21=0
これを解くと、DA=7、−3
DA>0より、DA=7
(2)
△ABC=3×4×1/2×sin∠ABC=6×√3/2=3√3
△ADC=7×4×1/2×sin∠ADC=14×sin∠ABC=7√3
よって、△ABC:△ADC=3:7となる。
問6(15点):
(1)
AB=4、BC=6となるのは、ABを1回、BCを1回伸ばしたときである。
ABを伸ばす確率は2/3、BCを伸ばす確率は1/3であるから、求める確率は
2×(2/3)×(1/3)=4/9
(2)
∠ABC=60°だから、求める面積は
4×6×1/2×sin∠ABC60°=12×√3/2=6√3
(3)
2回振った時、ABを1回とBCを1回、ABを2回またはBCを2回伸ばすことになる。これらが出る確率はそれぞれ4/9、4/9、1/9で、この時CAの長さは余弦定理よりそれぞれ√37、2√7、√91である。
ゆえに、求める期待値は
√37×4/9+2√7×4/9+√91×1/9=4√37+8√7+√91/9となる。
・次回予告
長かった授業期間が一段落つき、冬休みに入った。もう年末だから大掃除をしねえとな。そうして部屋中を掘り返すと、あるものが発見されるのであった。この写真は……。次回、第28話「自らの遺影を見る」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.93
前回のテスト回でもしつこく書きましたが、テンサイさんの教育方針は全くぶれませんね。こういうのは基本ながら、ないがしろにされている気がします。何度でもトライして、成長してほしいものです。
あつあ通信vol.93、編者あつあつおでん
「テンサイさん、今回も1年生の試験担当なんですか?」
11月30日の月曜日。俺は部活の指導、ではなく試験問題を手掛けていた。日も暮れるのが随分早くなり、夕方5時半だってのに外がよく見えねえ。あまり遅くまで仕事するのは好かないが、仕方あるまい。
「ああ。なんでも、今教えている人が最も上手く作れるとからしい。まあ、雑用を代わりにやってもらってるから文句はねえさ」
俺はあくびをしながら答えた。既に大体できているが、どうにもはかどらない。やはり、意図的に簡単にするのは俺の性分じゃねえな。
「しかし、前回はかなり不評だったな。あれでもまだまだ手加減した部類なんだがな」
「……私が見てなかったら大変なことになってましたね」
「だろうな。まあ、どれもこれも教科書をベースにしているから、文句は言えまい」
俺は悪びれることなく言ってのけた。そう、あれは基本的な事項の羅列がメインだった。だから、生徒の怠慢は成績に直結する。にもかかわらず、なんでもかんでも責任転嫁する奴らの気が知れねえ。まあ、そういう育て方をされたのは同情に値するが。
「あれ、教科書ベースなんですか?」
「そりゃそうだ。異なった例題をくっつけて、一度に色々やらなきゃいけない問題を作っただけだからな。難しいことなんてこれっぽっちも無い」
「な、なるほど……」
俺の説明に、ナズナも何度かうなずく。俺はさらにたたみかけた。
「第一、生徒の実力を計るのが試験なんだろ? 生徒の実力に合わせたレベルにして意味があるとは思えねえ。だから、簡単にはしない。やってない奴は落ちてもらう。もちろん、やっても落ちる奴には救済手段を設けるがな」
「へえ、結構真面目ですね。意外と考えていて安心しましたよ」
「ふん、さすがに俺も鬼じゃないさ」
恥ずべきは、努力しようとしない者達だからな。ちゃんとやってる者達にはしかるべき手助けをするのは当然。俺はのびをすると、仕上げに取りかかるのであった。
「さて、試験やるぞ。無駄な抵抗はやめな」
「トホホ……今回こそおしまいでマス」
12月7日の月曜日。あれから1週間経ち、もう試験1日目だ。前回同様イスムカ達のクラスで監督をするわけだが……生徒に変わりはないようだな。ターリブンはじたばたし、それにイスムカが冷静な突っ込みを入れている。良いコンビだぜ。
「ターリブン、今回も勉強してないのか? 僕ですら昨日やってきたのに」
「そうは言っても、オイラは忙しかったでマス! 勉強しようとしたら、急に部屋が散らかってることに気付いたでマス。だから掃除したら、朝になってたんでマス」
「……つまり勉強しなかったんだろ?」
「うるさいでマス! ……こうなったらイスムカ君、頼むでマスよ」
「見せないぞ、僕は」
「……早くしろ。もう配るぞ」
さて、そろそろ時間だ。俺は懐中時計を教卓に置き、試験問題を配った。教室は瞬く間に静まり、秒針の音のみが変化を感じさせる。
「それでは今から50分、あがけるだけあがくことだ。それでは……始め!」
長針が指定の時間を指したので、俺は1回拍手をして試験開始を告げるのであった。さあ、お手並み拝見といこうか。
・次回予告
さて、今回の試験も散々な出来だったわけだが。特に難しい問題を出したつもりは無いものの、こいつは参ったぜ。次回、第27話「今年の疑問は今年のうちに」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.92
勉強しようとしたら掃除したくなる人、意外といるのでは? 私は専ら学校で勉強していたのでありませんでしたが。
では、今回も試験問題を載せておきますね。今回は幾分易しくなってるはず。
・2学期期末試験 数学
年 組 氏名
問1(30点):以下の問に答えよ。(各5点)
(1)サイコロを4回振って3回同じ目が出る確率
(2)「X≧1ならばX^2≧1」の対偶
(3)3辺の長さが5、6、7の三角形の面積
(4)コインを8回投げて表が出る回数の期待値
(5)中心角が90゜になる円周の円周角
(6)直径Rの球の体積
問2(10点):√3は無理数であることを証明せよ。
問3(15点):500円払ってサイコロを3回振り、その和が10以上なら1000円の賞金をもらい、9以下なら100円払うゲームをする。この時
(1)2回連続で賞金を獲得する確率を求めよ(5点)。
(2)このゲームを1回行う時の期待値を示せ。また、このゲームはプレイヤーにとって得になるか(10点)。
問4(15点):kを定数とする。自然数m.nに関する条件p.q.rを次のように定める。
・p:m>kまたはn>k
・q:mn>k^2
・r:mn>k
(1)次の[イ]に当てはまるのを,下の(イ)〜(ニ)のうちから一つ選べ(3点)。
pの否定p~は[ク]である。
(イ)m>kまたはn>k
(ロ)m>kかつn>k
(ハ)m≦kかつn≦k
(ニ)m≦kまたはn≦k
(2)次の[ホ]〜[ト]に当てはまるものを,下の(チ)〜(ル)のうちから一つずつ選べ。ただし,同じものを繰り返し選んでもよい(各4点)。
(i)k=1とする。pはqであるための[ホ]。
(ii)k=2とする。pはrであるための[へ]。pはqであるための[ト]。
(チ)必要十分条件である
(リ)必要条件であるが,十分条件でない
(ヌ)十分条件であるが,必要条件でない
(ル)必要条件でも十分条件でもない
問5(15点):円に内接する四角形ABCDがある。AB=3、BC=4、CD=4、AC=√37である。この時
(1)DAを求めよ(9点)
(2)△ABCと△ACDの面積比を求めよ(6点)
問6(15点):AB=1、BC=2、∠ABC=60°となる△ABCがある。サイコロを振り、1、2、3、4が出たらABを3伸ばし、5、6が出たらBCを4伸ばす。この時
(1)2回振ってAB=4、BC=6となる確率を求めよ(2点)
(2)(1)の時の△ABCの面積を求めよ(4点)
(3)2回振った時のCAの長さの期待値を求めよ(9点)
あつあ通信vol.92、編者あつあつおでん
【第2話】
「くそーー早く出せって!!」
「君は出してほしいほうなんだ。分かった。ドリュウズ!」
「ドリュウズか・・・ダゲキ!!」
ドリュウズvsダゲキ
次は先攻はレイン。
「角ドリル。逃げても追い続けるんだ。」
「ダゲキ!我慢!!」
ダゲキは我慢する体制に入った。
角ドリルはダゲキに当たった。しかしHPを1残して耐えた。
「ダゲキ!インファイト!!」
「ドリュウズ、地震!」
ダゲキはドリュウズの前でキックやパンチをした。しかし、地震の方が先に決まった。立ってはいられないほどだ。
ダゲキが倒れた。
「いまだ、ドリルライナーー!!」
ドリルライナーはダゲキに直撃した。
「ダゲキ、戦闘不能!第2バトル、レインの勝ち!」
「君の名前は?」
「デ、ディル。」
「ディル、もう終わりにしよう。2体勝ったらもう僕の勝ちだ。」
「フン!!」
「またやろうぜ。」
レインが握手を求めてきた。
「う、うん。俺でいいなら。」
【第1話】
彼は、イッシュ地方の中でアデクの次に有名だ。
「名前はレインっていって、アデクぐらい強いんだと。」
「へー、どんなヤツなんだろ。」
「バトルコロシアムで、大暴れしてるらしいぞ。」
ディルとアンクが噂話をしていた。ポケモンコロシアムは強い人しか行かないのであまり知らないのだ。
「いこいこ!俺たち強いほうだし。」
「そうだな。」
2人はライモンシティに新しくできたポケモンコロシアムにやってきた。
「レインっていますか?」
「うん。いるよ。たぶん今は空いてるよ。君たち初めて?」
「うん。お金はいくら?」
「1人1000円よ。」
2人はお金を払うと、レインのところにいった。
「あの子がレインよ。」
「ふうん、あいつか。」
髪は赤く、目は青く、背は150cmくらいで体つきがいい。
「ねえ。君レイン?強いって聞いたんだけど。」
「うん。強いって人から言われてるよ。バトルするの?」
「ああ。2人やってほしいんだけど。」
「ルールは?」
アンクは思った。ぜんぜん強そうじゃないな。
「ルールは、3体を使うシングルバトル。先に3体倒れたほうが負け。交代は倒れたときのみ。」
「分かった。どっちから?」
「俺だ。」
最初はディル。
「行けーディル!!」
ディルとレインは握手をした。
「お願いします。」
「お前から出せよ。」
ディルがいった。ディルは相性を有利なほうを出す作戦だ。
「いくよーー!ジャローダ!!」
「草か。じゃあ・・・バニリッチ!!アンク!審判頼む!!」
「あいよー!!」
ジャローダvsバニリッチ
先行はディル。
「バニリッチ!つららばり!!」
バニリッチから何本ものつららが出た。
「・・・・・・叩きつける」
ジャローダは尻尾を落ちてくるつららのほうに向け、つららを叩き、粉々にした。
「え・・・・」
「すげ・・・」
ディルとアンクは呆然としていた。」
「ジャローダ、ヤドリギの種!」
ジャローダは種をバニリッチのほうに投げた。種からは芽が出た。
「むむむ・・・バニリッチ!!冷凍ビーム!!」
「ジャローダ、その場でグラスミキサー!!」
ジャローダはその場でぐるぐる回り、尻尾から葉っぱを出し、そのまま回っていた。
「へん、そんなことして何があるんだよ。え・・・・?」
冷凍ビームはちょうど葉っぱの渦のところへ行き、氷の中に葉っぱが入って固まった。
「ジャローダ、それを投げろ!」
ジャローダはつるを出し氷を持ち上げ、バニリッチのほうに投げた。
「バニィィィィィィ!!!!!」
バニリッチに直撃した。
「バニ・・・・」
「バニリッチ!!」
「バニリッチ戦闘不能!第1バトル勝者、レイン!」
「つ・・・強えぇ・・・」
ヴェロキアでーす。
またまた新小説!!結構掛け持ちなので更新不定期です。
頑張りまーす。
「さあさあ、こっちですよ!」
「やれやれ、一体何をそんなに躍起になっているんだ?」
店を出てしばらく歩いていると、小さな小屋が見えてきた。この辺はタンバの北部で、砕ける岩が点在している。そんな辺ぴな場所に小屋があるのだから、否応なしに目立つ。
さらに歩き、とうとう小屋の目の前に着いた。ミツバは鍵を開けると、俺を招き入れる。
「さあどうぞ、ここが私の部屋です」
「……ただの部屋じゃねえか。こんなのを見せるために呼んだのか?」
俺は入室して早々疑問を放った。部屋は7畳の畳に台所、トイレに風呂というシンプルな作りになっている。そこここに桃色の小物があり、若い女性の生活感を醸し出しているが、ややほこりっぽい。そして気になるのが、畳部屋の真ん中に鎮座するこたつだ。秋も深まったとはいえ、タンバにはこたつなんざ無用の長物。冷え症か何かだろうか。
そんな俺の疑問を見透かすかの如く、ミツバは胸を張って言った。
「ふっふっふ、良い質問ですね。でも驚くのはこれからですよ」
ミツバはポケットからポケギアを取り出し、ボタンを押した。すると、静かだった部屋に地響きがとどろくじゃねえか。震源地はまさに目の前のこたつで、いきなりせりあがって扉が姿を現した。
「なっ、こたつが変形しただと!」
「では、下へ参りまーす」
度肝を抜かされる俺をものともせず、ミツバは扉を開けた。そして俺を引きずりながら中に入ると、扉を閉める。しばらくして、がたがた揺られながら体が浮いたような感覚を覚え、そして止まった。扉は開き、俺は一歩前進する。
「やっと着いたか。しかし、暗いからよく分からないな」
俺は辺りを見回した。暗いから上を把握することはできないが、足元なら確認できる。なにやら柱のようなものが点在しており、砂のような手触りだ。また、後ろには先程の扉がある。どうやら、ここは地下室みたいだな。エレベータで降りたなら納得できる。
その時、突然中が明るくなった。サングラスがあるからまぶしくはないが、こりゃスタジアムで使う類の照明だ。
「な……なんだこれはぁ!」
俺は目を見開いた。眼前に広がっていたのは、俺の背丈の5倍はあるだろう人形の模型である。いや、これは模型なのか? 少し動いた跡が見受けられるぞ。まあ、驚くのはこれだけではない。この空色の人形、5体もいるんだ。とてつもない威圧感だな、これは。
「ふふっ、驚きましたか? これこそ私が心血を注ぐ夢の塊、ゴルーグ戦隊です!」
ミツバは胸を叩いた。余程嬉しいのだろうか、頬が緩みっぱなしである。……近頃の中高生は技術力が高いな。ん、中高生? ふと気になった俺は、ある質問をぶつけた。
「……そう言えば、あんたは学校で見ない顔だな。ちゃんと通学してるか? してないなら、学校にも行かずに何をやってるんだ?」
「おお、よくぞ聞いてくれました! 聞かれたからには答えないわけにはいきません」
ミツバは不敵な笑みを浮かべながら、名乗りを上げた。
「メイド喫茶のコスプレは、世を忍ぶ仮の姿。私の正体は、世界制服を企む悪の科学者なのです! 学校なんて行ってませんよ」
「……お、おう。そいつぁ、でかい夢だな」
おい、こいつをどう思うよ。さすがの俺も、おべっかを言うしかねえ。だってそうだろ。俺みたいに不満があれば分からんでもないが、この娘はまだ若いんだからな。
「あ、もしかして本気にしてませんね? 本音はどんどん言ってくださいよ、それも全て野望の助けになりますから」
ミツバはどんどん畳みかけてくる。手にはメモ帳とペンが握られている。仕方ねえ、言っておくか。相手にするのも面倒だがな。
「そうか、では遠慮なく。まず、なんのために世界征服なんざするのかがわからねえ。次に、たかだか数体のロボット程度で征服なんてできるものか。最後に、あんたは科学者と言うより技術者だ。科学技術を活かして物作りをするのは、紛れもなく技術者だからな」
「ふむふむ、確かに一理ありますね。特に最後の指摘は盲点でした。よし、これからは悪の技術者と名乗ります!」
彼女は嬉々としてメモを取った。納得するべきはそこじゃねえだろ。
「おい、他の指摘点はどう説明するんだ?」
「それは言えませんよ、こういうのはトップシークレットですから」
「ふん、そういうわけか」
俺は少し口を閉じた。秘密主義なら聞くわけにもいかねえな。もっとも、聞きたいわけでもないが。
「それでですね、サトウキビさんに頼みたいことがあるんですよ」
「なんだ、懺悔でも聞いてほしいのか? それと、その名前で呼ぶな」
「そうですか。じゃあテンサイさん、私の世界征服の手伝いをしてください!」
「だが断る」
俺は半ば呆れつつ、しかし即座に返答した。どうやら、俺の技術力を欲しがっているみたいだな。まあ、俺はタイムカプセルすら作れるから、狙われてもおかしくねえか。だが、そうはいかない。彼女は色々説得するが、こればっかりは譲れないのさ。
「えー、今のままで良いんですか? テンサイさんの力なら、世界を変えられるんですよ」
「……俺はもう人前に出ようとは思わん。それに、今更悪人に戻るつもりは毛頭無い」
「世界征服は悪人のやることではありませんよ!」
ミツバが語気を荒げた。ん、自分を正義の味方とでも思っているのかね、彼女は。そういう奴は、往々にして堕落するんだ。俺みたいにな。まあ、今は適当にあしらっておこう。
「分かった分かった。ひとまず今日は帰らせてくれ。それと、暇な時があれば話くらい聞いてやろう。こいつを取っとけ」
俺は懐から紙とペンを取出し、電話番号を記した。着信拒否の設定をしとけば教えても大した痛手ではない。これで引いてくれれば良いのだが。
「お、電話番号ですね。私のこと、誘ってるんですか?」
「違えよ。ともかく、俺は帰るからな」
「仕方ないですねえ。じゃあ今日はお開きにしましょうか。テンサイさん、次こそは協力してもらいますよ!」
「へっ、何度でも断ってやらあ。じゃあな」
俺はそそくさとエレベータに乗り込み、ミツバの家から脱出するのであった。……帰るか。
・次回予告
さてと、また試験の時期がやってきた。前回は難しいと非難続出だったが、今回はどうするかねえ。次回、第26話「難しいものなど無い」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.91
ミツバは、大空ぶっ飛びガールとかそんなレベルではなかった。完全に電波娘になってしまいました。本来は学校で出す予定でしたが、ナズナと雰囲気が被るのでこのようなことに。あと、単純にゴルーグを出演させたかったんです。
皆さんは世界征服したいですか?
あつあ通信vol.91、編者あつあつおでん
ラクダさん! 感想ありがとうございます!
返信が遅くなってしまい、申し訳ありません;
記事投稿の日付を見たときびっくりしました。8/7……! その手があったか! いやもうすっかり忘れてました(
勝手なこだわりに付き合ってくださり、感謝感謝です。
いつぞやのチャットの時は本当にお世話になりました。
わかり難い元ネタをすべて拾ってくださっていて、感激です。
ラクダさんとの相性の良さにドキドキせずにはいられない(
> 不思議で妖しげな夢の場面、正しい歌詞を思い出して口ずさむ場面。
夢の中の描写は、とにかく不気味に、妖しく……と念じながら書いていました。もっとこう、心がざわつくような不気味な描写ができるようになりたいものです。
> 最初の四行で「亀のヌシ様! 猪のヌシ様! 蛇のヌシ様!」と叫ばずにいられませんでした……w 以前、チャットにてお聞きした「きっとネタが分かるはず」というのはこの事だったのですねw
冒頭数行でモロバレル元ネタw ラクダさんならわかってくれると信じていましたw
> 木の実を加工し、その音色で「眠り」を覚ます……この発想は無かった、やられた!
ドキッとさせられたなら大成功です(ニヤリ 最近、読み手の方をびっくりさせることが文章を書く最大の目的となりつつある私です。
>【そらゆめがたり】に、【くさのゆめがたり】のタイトルを重ね合わせてついついニヤリ。
気が付いてくださってありがとうございます! まさか覚えていてくださったとは……感激です。
好きな作家さんの傾向や、漫画「蟲師」をご存じだったことから、ラクダさんは和風ファンタジーがお好き! と思いお薦めさせて頂きました。お気に召したようで何よりです。
この連作を書き始めたきっかけが、「草祭」を読んでこういう雰囲気の話を書いてみたいと思ったからですので、自分が一番影響を受けた小説かもしれません。「くさのゆめがたり」は内容も描写もすさまじい。本当に。でも収録されている五編の中で一番好きなのは、実は「天化の宿」だったり……w
> 『旅行に連れて行ったチワワがハスキーになっちゃった☆』みたいなもので。
適切すぎる喩に思わず吹きました(笑)
ポケモンの世界には、こういう「うっかり進化」みたいなこともあるんじゃないかなぁ、と思います。
娘「旅行に行くからガーちゃん(仮)連れて行ってもいい?」
母「いいわよ、いいわよ」
……くらいのノリからのまさかの進化。実際に体験したらちょっと途方に暮れそうです。
> どのお話もそれぞれ魅力的でしたが、個人的に一番は藤蔓の揺り籠でした。
> この作品の内容、テーマ、凄く好きです。何がその生き物にとっての“幸せ”なのか? 研究者・少年双方の言い分が分かるだけに、よけいモヤモヤした気持ちに……。
ありがとうございます。振り返ってみても、自分の中で納得のいく仕上がりになったと感じるのは序章と第二話でした。
他の話で手を抜いた訳では決してありませんが、それでもこのテーマは特別でした。発表することができて良かったと素直に思えます。
最後になりましたが、各々のお話に感想をつけてくださり、本当にありがとうございます。
全てにお返事はできませんでしたが、書いてくださったコメントは一つ一つ噛み締めながら読ませていただきました。
この話を書けた経験を糧に、次に進む努力を続けていきたいです。
ネタが思いついたら「これを書かずにいられるか! うおおおお!」となる人間ですので、また何か書いていたらその時もどうぞよろしくお願いします。
それでは、七か月にわたる長い間、お付き合いくださりありがとうございました!
「どうした。早く行け」
苛立ちを露わに男が言った。尊大に私を見下す瞳には、光がない。
「行けったら」
男は痺れを切らしたように舌打ちすると、私の脇腹の辺りを蹴り上げた。
私は否応無しに広いバトル場へと放り出される。
痛みよりも、絶望のあまり、身体が言うことを聞かない。何もかもうまく考えられなくて、頭の中に黒い渦がくるくる巻いては同じ問いを繰り返す。
ねえ、教えてよご主人。私はどうしたらいいの。
お願い、助けてよ。怖いよ、怖いよご主人。
『怖いよおぉぉっ!』
突如響き渡った笛の音のような悲鳴に、私ははっと我に返った。
子供らしい、甲高い声。見れば、すぐ隣のバトルフィールドで、毛むくじゃらの小さな犬がひっくり返って四つ足をじたばたさせながら、大声で咽び泣いている。
『怖いよおぉぉ! あいちゃん、あいちゃぁん! 助けてよおぉぉ!』
トレーナーの名前だろうか。嗚咽混じりの声からは、時折、それらしい響きがこぼれて聞こえてくる。
こんな小さなポケモンまで主人と引き離されたのか。
その光景につい目を奪われていると、フィールドの端にいた黒ずくめの一人が子犬を指差し激しく罵声を浴びせた。
何をやっている、役立たずめ。
子犬の泣き方がひどくなる。
さっさと言うことを聞け、この愚図が。
思わず耳を塞ぎたくなる言葉の嵐。
それでも子犬は泣き止まない。
とうとう罵り続けていた黒ずくめが歩み寄り、まるでサッカーのシュートでもするような大袈裟なモーションで子犬を蹴り上げた。たちまち子犬の身体は投げ出され、対戦相手らしい腕組みした砂色の鰐の足元で、ぼろ雑巾のようにぺたんとなる。周りで見ていた他の黒ずくめたちから、ゴールだ何だの大喚声。
砂鰐は、少しの間虚ろな目で子犬を見下していたが、特に手を差し伸べることもなくどこやらに視線を泳がせあくびをした。
さっと鳥肌が立った。
砂鰐の態度は、見て見ぬ振りというよりも、まるで関心がない様子。何事もないように平然と突っ立っている彼の足元には、まだ痛みにのたうち回る小さな獣がいるというのに。
砂鰐の荒んだ瞳に、あの紫猫の面影が見えた気がした。目だけは対象物を捉えているのに、そこから通じた先には何もない。常世のどこでもない、遠く離れた別の場所から、何もかも、自分のことさえも他者の目線で見下しているみたいな、淀んだ光を浮かべた目。
どうして、なんで。あんな目ができるんだろう。
「個体識別番号二三三、ヨーテリー。認定ランクE。調教の必要あり」
女性が機械的に何かを読み上げると、黒ずくめの一人が仰向けに転がる子犬を乱暴な手つきで押さえつけた。
縮れた毛玉が悲鳴を上げる。怪しく艶めく黒手袋の向こう側で、小さな足が懸命にもがいている。溺れているみたいに、苦しげに。
黒いマスクがからから笑い、毒蜘蛛の足のような黒い指先が踊るように動くたび、チャラチャラと、金属同士が擦れるような音がする。
喉元を降りてくる冷たい予感。見てはいけないと思いつつ、吸い寄せられて繋ぎ止められたように、目だけが離せない。
やがて、子犬の泣き声がぱったり止んだ。精一杯の抵抗も、ぜんまいの切れた玩具のように緩やかに、そして、完全に動きが止まる。
何らかの処置を終えた黒い手が、捕らえたときとは対照的に、優しく、そうっと、子犬の身体を解放した。
子犬は動かなかった。仰向けにひっくり返ったまま、ぼろぼろの毛を床に広げて、いっぱいに見開かれた瞳はぐりんと白目をむいている。そのすぐ隣、涎で固まって房のようになっている長い毛と毛の間から、黒光りする何かが見え隠れした。口輪だ。いかにも頑丈そうな、幾つもの鋲を打ち込んだ、鉄の口輪。
喉から降りてきた冷たいものが、胸の奥底の隅々まで広がっていく。
時を失ったように動かない子犬の身体。きつく食い込む黒鉄の隙間から、無数の泡が溢れ出す。泡は薄汚れの毛を伝い、重力の赴くままに滴り落ちた。
『全く、馬鹿なチビだぜ』
地面を蹴りつける蹄の音と一緒に声がした。私を威嚇していた、あの縞模様の馬だ。口元には、嘲るような笑みを浮かべている。
『ガキはガキらしく、素直に言うこと聞いときゃあ痛い目見ずに済んだのに。なあ、新入り?』
言いながら私に向けられた縞馬には、また、あの目。
止めて。止めてよ。もう、こんなの、見たくない。
いよいよ堪え切れなくなって、身体中が痙攣したように震え出す。無駄に力んだ筋肉が次から次へとびくついて、だめだと思うのに、何とかしたいのに、自分ではどうにも止められない。止めようと思えば思うほど、固く食いしばった歯の隙間から、きりきりと耳障りな音がもれる。
『じゃ。一応新入りさんに、ここでのルールっていうの? まあ忠告な』
そんな私の様子にも頓着せず、縞馬がぎざぎざのたてがみを振りかざした。
『ルールは大きく分けて二つ。一つはまあ、分かるよな? 奴らに逆らうなってことだ』
縞馬が顎でしゃくった先には、ちょうどあの子犬が気絶したまま黒ずくめの人間に首根っこをつまみあげられて、どこかへ連れて行かれるところであった。
いい見せしめだよな、縞馬が笑いを含んだ声でそう言った。
『さて、もう一つはもっと簡単。この場所じゃあ、弱さは罪。強さこそが全て。それだけだ!』
場内のスポットライトが一斉に私と縞馬を注目する。試合開始を告げる、女性の声。むせるほどの喚声。その声の群れに混じって、一直線に指示が飛ぶ。
「ゼブライカ、スパーク!」
相手方の黒ずくめが縞馬を指差し大きく叫んだ。それと同時に彼の白黒の身体が青白い稲光に包まれる。
その様子を、地面に這いつくばったまま、半ば放心して見つめていると、
「コジョフー、見切りだ」
コジョフー?
背後から聞こえた男の言葉に、微かな違和感。
違うよ、私の名前は――
「何やってんだ、馬鹿野郎!」
縞馬の攻撃を直撃し、フィールドの端まで吹き飛ばされた私にたちまち叱咤の声が降り注いだ。
ああそうか、と初めて気づく。私は、この男の言うことを聞かなければならないんだ。
ボールを持っているだけの、私の名さえ知らない、この男の言うことを。
いや、本当は分かっていたのかもしれない。男の声を聞き、顔を見た、最初のあの瞬間に。それでも、心の奥底で、何かが必死に抗い続けている。まだ、私は、ご主人の面影を探している。
頬を地面につけたまま起き上がれずにいる私の腹の下を通じて、一旦遠ざかった蹄の振動が迫ってくるのが感じられた。あの縞馬が再び此方へ向かって突進してくるつもりらしい。
「もう一度、コジョフー。見切りだ」
低くて、冷たい、有無を言わせぬ厳しい声。
哀れな子犬の姿が脳裏をよぎる。
動かなきゃ。うわべでも、何でもいいから、言うことを聞かなきゃ。
ああ、でも。足が、強張って、動けない。
近づいてくる、蹄の音。まるで運命のカウントダウンみたいに、刻々と。
ご主人、ご主人。嫌だよ。まだ、あなたと一緒にいたいのに。
そうだ。また海を見せてよ。海が見たい。
きらきら光を弾いて揺れる水面。世界のまだ見ぬ土地へと続く青い地平線。走馬灯のように脳裏に閃いたその情景は、私はご主人の腕の中にいるみたいで、いつもより少しだけ視点が高く感じられて。いつか見た景色。いつか見る景色。または、そのどちらでもない、今までの彼との思い出全部が夢だったような気までして。
いつしか目の前の静かな海が、荒ぶる雷となり、激しい音を立てながら襲いかかる。
嫌だ。嫌だよこんなの。お願い。助けて。助けて、ご主人――!
『大丈夫』
頭の奥底に声が響く。
『自暴自棄になってはいけないよ。周りをよく見て、落ち着いて行動するんだ』
これは、夢の中の声?
『大丈夫、大丈夫……もう一度主人に会いたいのなら、とにかく、生きろ』
そうだ。生きなきゃ。
カッと目を見開くと、青い稲光がもうすぐ目の前まで迫っていた。硬い蹄が槌のように振り上げられ、下ろされる。
見える。はっきりと。見切れる!
全身の細胞が瞬時に反応する。咄嗟に左腕を地面に打ちつけ転がると、縞馬の蹄が背をかすった。
危なかった。ひやっとしたのは一瞬だけ。
私はバネのような膝を使って、ほとんど反射的に跳ね起きる。そのまま勢いは殺さない。空中で右手を突き出し、縞馬の脇腹の辺りに発勁を食らわせる。
筋肉だろうか、それとも骨か。想像していたよりも遥かに固い。
だが、不意の攻撃に驚いたのだろう。縞馬の細い足が四本とも、頼りなげにふらついた。
チャンスだ。膝を使ってしなやかに着地をすると、軸足に力を入れ、そのうちの一本に鋭い蹴りを入れてやる。
私より丈のある縞馬の巨体が、いとも簡単にひっくり返った。
場内からどよめきの声が上がる。その反響に若干飲まれつつ、男が何かを叫んだ。
私への指示のつもりだろう。聞こえないし、聞く気もない。
全部無視して、もう一度地面を蹴って飛び上がる。その足を、前へ。
ようやく起きた縞馬の顔に、驚愕の色が浮かんだ。
ドッ、という鈍い音。一瞬間が空いて、縞馬の頭が再び地に伏す。場内のどよめきが吸い込まれるように消えていく。しんと静まった世界で、あの女性だけが相変わらずの淡々とした声で、何かを告げた。
「個体識別番号二三六、コジョフー。認定ランク、B」
それを皮切りに黒ずくめたちがざわめき始める。なあおい、今の、何かすごくねえ? ああ、ぜったい負けだと思ったのに。いいなあ、いきなりランクBかあ。俺の奪ってきたやつも、それくらい強かったらなあ。
私は肩で息をしながら、そのざわめきをぼんやりと聞き流していた。不思議と現実味が感じられず、何の達成感も湧いてこない。身体を流れる熱い血が、まだ刺激を求めて暴れている。
今まで感じたことのない感覚に戸惑いが芽生え出したとき、ふと誰かが背後に立った気配がした。例のあの男だ。先ほどまでの苛立った様子はどこへやら、勝利の美酒に酔いしれた様子で目尻に皺を寄せ、黒マスクの向こうで満足げに笑っている。だが、見下す瞳は完全に私を通り越して、ここではないどこかを見つめていた。
「ようし、よし。よくやったな」
言葉だけの労いを口にすると、男はボールを取り出し私に向けた。
赤い光に包まれながら、私は、今ここにご主人がいたなら、どんな言葉をかけてくれただろうかと、そんなことを考えていた。
「ナンバー二三六、ランクB……いきなりBか。すごいなこりゃ」
「ああ。お前も闘技場来れば良かったのに。なかなか面白い試合だったぜ」
「ほー、そりゃあ見てみたかったな。……えーと、Bの四。ここだな。おい、出ろ」
私が連れて来られた場所は、薄暗い地下道のような場所だった。
ざらざらとしたコンクリートが剥き出しの質素な床には大小様々なポケモンが寝そべっていて、ボールから出された私を出迎えた。思わず咽そうになる埃っぽい空気と、一斉に突きつけられる、刃のように冷たい視線。その様子も、やはりというか、魂の抜けたような儚げな印象だ。どのポケモンも、あの紫猫や縞馬と同じ渇いた目。ここにいるポケモンは、皆こんな風に生気を吸い取られた抜け殻みたいになってしまうのだろうか。
目に見えない圧力につい後ずさりすると、ガシャリという無機質な音とともに、冷たいものが背に当たった。妙な違和感。壁じゃない。思わず振り返り、息を飲む。床から天井に、それに、此方の壁から向こうの壁までびっしりと、規則正しく整列する黒い線。一本一本が私の腕ほどの太さもある。各隙間もそれぐらいだろうか。鼻先だけなら出せそうだが、頭はつかえてしまいそうだ。
逃げ場のない鉄格子を呆然と見つめていると、静かな洗礼から一転、突然けたたましい雨音のような響きが押し寄せた。それを合図に、今まで寝そべっていただけのポケモンたちが腰を上げ、皆こぞって同じ方向へと集まり始める。
何が始まるのだろうか。十数匹ほどの異種族が寄り集まった一群は、何もないように見える壁の前で静止した。
やがて激しい音が鳴り止むと、壁の下部分が縦方向に回転した。口を開いたそこは窪みのようになっていて、中には何か茶色いものが覗いて見える。どうやら食べ物であるらしい。
それを察したのと、強い香りが鼻を貫いたのと、どちらが先だったろうか。食欲を増すようにと、故意につけられた人工的な匂い。そのあまりの刺激に思わず口を押える。腹から熱いものがこみ上げ、それに感化されたように、飛び切り苦い唾液が湧き出てくる。まるで毒だ。
その間に簡素な食卓は盛況に包まれていく。ある者は手を伸ばし、ある者は顔を窪みの中に突っ込んで、互いを押しのけぶつかり合い、一心不乱に咀嚼する。
その音を聞きながら、私はその場に座り膝をかかえた。考えごとをするときのいつもの恰好。こうすると心持ち少し落ち着く気がする。
できればこれから先どうするかを考えたかったが、とても気力が足りず断念した。代わりに、ぼんやりとした意識はあの縞馬との戦いを思い出していた。正直、彼に勝てたのは偶然だろう。あんな風に戦ったのは初めてだった。まるで熱に浮かされたみたいに、気づけば次から次へと技を繰り出していた。そういえば、結局あの男の言うことはほとんど聞かなかったのだと思うと、小さな抵抗が成功したみたいで少しだけ嬉しくなった。
しばらくすると、ほぼ食べ尽くされてしまったからか、それとも匂いに慣れたのか、少しずつ吐き気も収まってきた。何も食べずとも、不思議と空腹は感じない。
私は丸まったまま目を閉じた。
ここ数日の色々な出来事が頭の中で再生される。小川で水遊びをしたこと、ご主人に肩車をしてもらったこと、仲間と一緒にオレンの実を頬張ったこと――
ふいに明るく色づいた情景が停止した。じんわりと、目の裏が熱くなる。
なぜ。なぜ、私だったのだろう。
あのとき外に出て、ご主人の隣を歩いていたのが、私ではなく、他の仲間だったら。
今更何を考えたって仕方がない。それは分かっているはずなのに、どうしようもなく“思うこと”は止められない。
ディンは私よりずっと強いから、あの紫猫や仮面の影にも負けなかったかもしれない。ソルは身体も大きいし、足も速いから、ご主人を背に乗せて逃げられたかもしれない。
いや、そもそもあの場所は何人ものトレーナーとすれ違った場所。街だって近くにあった。
なぜ、私が目をつけられたのだろう? なぜ、誰も助けに入ってくれなかったのだろう?
ご主人は泣いていた。顔をぐちゃぐちゃに歪めて、声を枯らして、何度も、何度も、私の名前を呼んでいた。
そこまで思い出して、ふと、あることに気づいてしまう。
守れなかった。私は、ご主人のポケモンなのに。何一つ、できやしなかった。
なぜ今まで考えもしなかったのだろう。彼がその後、無事なのか。自分のことばっかりで、どうして、微かでも気にかけなかったのだろう。
私がご主人を守らなくちゃいけなかったのに。
助けて、なんて。私が言える言葉じゃなかったんだ――
『食べないのかい?』
暗闇の中、低くて張りのある声が響いてくる。あのときの声と同じ。
私はまた夢を見ているのだろうか。
『食欲が、無いんです』
この前の夢と違って、今度は声を出せた。自分の耳でも辛うじて拾えたほどの、小さくか細い声になってしまったが。
『食べないと元気が出ないだろう。また明日も戦うことになるだろうから』
それは分かるが、とてもそんな気分じゃない。匂いを嗅ぐだけであれだけ気持ち悪くなるのなら、口に入れたとたんに吐き出してしまうだろう。
何も言わずにいる私に、暗闇の声は再び問いかけてきた。
『きみの名は?』
名前? 私の?
初めてご主人に会った日のことが、一瞬にして脳裏に浮かぶ。
――今日から、お前の名前はユイキリだ!
眩しいほどの彼の笑顔。懐かしさすら感じることが、やたら悔しく思う。
『……ユイキリ、です』
『そうか、ユイキリ。その名前、大事にしまっておきなさい。必要なときに失くしてしまわないように』
『え?』
何やら意味深な言葉を告げられ、戸惑う。
そんな私を見てか、声はゆっくりとした口調で語り続ける。
『今はまだ耐えるときだ。日の光が差さぬこの場所で、きみの名を呼ぶ者は誰もいない。
だが、いずれ必ず好機が来る。希望を捨てるな。
ユイキリ。きみならきっと、主人に会える』
はっとして、顔を上げる。
深い暗闇の向こうで、おぼろげな白い霧が静かにたなびき、消えていった。
ぽ
も
ぺ
『おまけ』
読み終えた方に、お疲れ様です。
無事完結致しました。
そしてあとがきではなく、自分語りが始まります。
・かくまえにおもったこと
『天才キャラがポケモンマスターを目指す王道の物語』
ってな話に対抗したかったので、
『凡才キャラがポケモントレーナーを目指す邪道の物語』
というのがコンセプトになってます。
なんか必死で一生懸命ならそれでいい、というのがテーマでした。
社会現象を巻き起こすぐらいの超大人気作品になっておくれねぇかなぁ、
とありもしない妄想にふけりながら作品を書いておりました。
あとそれから、作者こと『ヨクアターラナイ』は、
少し前に『チョンバラが留守』と名乗っておった者です。
・かきおえておもったこと
つまらなくても書き続けていれば物語は完結する。
より高い完成度を求めると馬鹿みたいに時間がかかる。
頑張っても面白くならないと、そのうち書くのが怖くなる。
なんとなくダメって部分が分かってしまったら、
ダメな理由をハッキリさせてノートにでも書き写して、
じっくり考えて対策でもとったら 上達できるのかもしれない。でも面倒だしやらない。
たぶん自分が思ってる以上に小説はうまいこと動かせない。
しょせん文字の羅列にすぎない。
ご都合主義が嫌いなのに、自然とご都合主義になってしまった。
なかなか思うようにはいかない。
無意識に主人公にえこひいきしてしまった。
シオン以外の全てのキャラクター、人間もポケモンも道具って感じがした。
当たり前のことだけど、長編ならなおさら、キャラクターをしっかり作っておいた方がいい。
ネタとネタの繋ぎ目の話ってのが非常にツマラン。
一つの話にネタをつめこみすぎるとグダグダになる。
だから大して重要じゃないネタは全て切り捨てて、複雑じゃないシンプルな内容にした方がいい。
描写よりも説明の方が素晴らしいと思ってるのが自分のレベル。
『クラムボン』を思い出せ。
読者にイメージをゆだねた方が、ダラけた説明を排除できて楽だ。
そうやってまた駄作にする。
話が面白ければ、意味不明な内容でも許せる。
面白くなくても、書かれている文章の意味が分かれば許せる。
両方こなそうとした結果、面白くない意味不明な話が出来あがってしまった。
これからは『小説ごときに何マジになってんの? 馬鹿じゃね?』
の精神でクオリティダウン&スピードアップを目指す。
たぶん、ただ書いてるだけじゃ上達しない。でも慣れる。
駄作でも話を積み上げてくのは楽しい。
何なのか分からないけれど、clapは継続の力になる。
それはつまり、「ありがてぇ、読者様のお恵みじゃ、ありがてぇ」。
ポモペの続きを書くかもしれない。
今ここに書き散らしたことは全て私が勝手に思ったことであり、真実とは限らないです。
以上です。終わりです。本当に終わり。さよならバイバイ。かわいがってあげてね。ヨクアターラナイはたおれた。
P
M
P
終
『プロローグ!』
ポケットモンスター!
縮めてポケモン!
その不思議な不思議な生き物達は、魔法を駆使するかのごとく不可能を自在に操ってみせた!
人類を超越した未知の力だった!
他の全てを退屈だと感じさせるほどに、苛烈な能力が披露された!
大衆は欲に駆られた!
ポケモンが欲しい!
異性よりもポケモン!
友達よりもポケモン!
金銭よりもポケモン!
安心して生きられる平和な暮らしなんてくだらないものなんかどうだっていいからポケモンが欲しい!
ポケモンを従えていたい!
国が求めた!
世界が認めた!
誰もが欲した!
ヤマブキシオンも憧れた!
ポケットモンスターの時代は、もう始まっている!
おわり!
後書
締めの一話としてなんか短いの書こうとは思っていた。
しかし、何を書きたいのか分からないうちに出来あがってしまった。
最終回だっていうのに、この話、なくてもよかったのかもしれぬ。
……
今思えば、後書でネガティブなことばかり語っている。
なんか『こういう理由があったからつまんなくても文句言わないでね』、
みたいな情けない言い訳ばっかり。
どうせなら、何か良い点を書いていこう。
例えば、『ヨクアターラナイは物語の完結をおぼえた!』とか。
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