マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[もどる] [新規投稿] [新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
  • 以下は新規投稿順のリスト(投稿記事)表示です。
  • 48時間以内の記事は new! で表示されます。
  • 投稿者のメールアドレスがアドレス収集ロボットやウイルスに拾われないよう工夫して表示しています。
  • ソース内に投稿者のリモートホストアドレスが表示されます。

  •   [No.1666] 第2章 第2話・夜の光 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:34:17     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    次の日の昼を過ぎた頃、3匹はようやく原っぱに着いた。

    ナミは急いで実のなる木に水をやると、

    出来ていた木の実を収穫した。

    3日も放置していたので、いくつかは地面に落ちたり

    他のポケモンに食べられたりしていたが、

    それでもたくさん取れた。

    翌朝、その日また出来た木の実も含めて、

    町のフレンドリィショップに売りに出かけた。

    今日は初めてブースターが手伝ってくれた。

    ナミは娘に木の中でおとなしく待てるように言うと、

    木の実が入ったウエストポーチをつけ、

    首から手さげ袋を下げたブースターと一緒に原っぱを出発した。

    2匹は森の獣道から道路に出た。

    さっき初めて家族3匹で歩いた道である。

    2匹は道の脇を話しながら歩いた。

    『今日もいい天気ね』

    『あぁ、雲がきれいだな』

    いつものように話そうとするが、

    まだどうもぎこちない。


    町に着くといつものように町の裏へと足を向ける。

    家やポケモンジムの後ろを通り、

    時々泳いでいく池を回りこむと、

    フレンドリィショップの裏手に出る。

    ナミはブースターから手さげ袋をもらうと、

    店の中に入った。

    「お、やっと来たか。

     3日も来なかったから心配してたんだぞ。

     おぉ今日は大漁だな、

     ご苦労さん」

    そう言って頭を撫でてくれたいつもの店員に、

    木の実とポケモン図鑑を渡し代金を振込んでもらった。

    図鑑をポーチに入れてもらうと、

    ナミは店を出た。

    『身軽になったわね。

     帰ろっか』

    とブースターに言い、

    一緒に町を後にした。


    森の獣道を歩き、原っぱの近くまで来たとき、

    娘の叫ぶような声が聞こえた。

    ナミたちは慌てて原っぱに走っていったが、

    どうやら娘は遊んでいるようであり、

    声はとても楽しげであった。

    原っぱに入ると、

    娘はほら穴の近くで見知らぬポケモンと遊んでいた。

    灰色の毛皮に覆われた子犬のようなポケモン、

    顔は黒く小さなキバをもっている。

    かみつきポケモンのポチエナであった。

    娘よりは大きいが、

    見たところまだ子供であった。

    『あ、パパ!ママ!

     お帰りなさい!』

    娘が駆け寄ってきた。

    『ただいま、なっちゃん。

     何してるの?

     あの子どこから来たの?』

    ナミが尋ねると

    『ママ、すごいのよ。

     レナ君逃げるの、すごく上手なんだから!』

    と娘は言う。

    彼女がレナ君と呼んだポケモンは、

    ナミたちに気づくと原っぱの真中に走っていく。

    『これは…。

     ナミ、珍しい客だぞ』

    それを見ていたブースターが鼻を動かしながら、

    ニヤリとして言った。

    原っぱの真中で、

    ポチエナの子が草の中に向かって何か言っている。

    ナミはその方向から懐かしいに匂いがするのが分かった。

    ポチエナの子が少しそこから下がったかと思うと、

    草の中から匂いの主がのっそりと起き上がった。

    『やぁ、ナミさん。

     久しぶりだね』

    真っ黒な毛並みのポケモンが、

    きれいな女の声で挨拶した。

    『エナナ!エナナじゃない!

     久しぶり!』

    ナミはエナナに向かって走っていった。

    そしてたいあたりをするように飛びつくと、

    2匹は草の上に転がった。

    『オイオイ、子供じゃないんだから。

     ハハハ、元気そうで何よりだね。

     そっちのあんたも、すっかり大きくなって。

     立派なイイ男になったじゃないか』

    草の上に寝そべったまま、

    エナナはブースターにも声をかけた。

    ナミは草の上に倒れているエナナに、

    しっかりと抱きついている。エナナのにおいが、

    ナミには本当に懐かしかった。

    自分がポケモンになってしまった時、

    助けてくれたのがエナナだった。

    『エナナ、来てくれたんだ。

     また会えて嬉しいよ』

    エナナの黒い毛皮の上で、

    ナミがつぶやいた。

    ナミはポケモンになってから

    エナナといた数日間を思い出していた。

    エナナはナミを厳しく、

    時に優しく1人前に育ててくれた。

    自分のポケモンの母親と言えるエナナにまた会えて、

    ナミは本当に嬉しかった。

    『あぁ、あたしも会えて嬉しいよ。

     でも、そろそろどいてくれないか。

     あんたのそのしっぽが重たいんだよ』

    エナナが笑って言った。

    『もうちょっとだけ…』

    ナミはもう少しの間、

    エナナに甘えていたかった。


    『ごめんねエナナ。

     あの時は、こんなことも出来なかったから』

    ナミはエナナから謝りながら離れた。

    『あぁ、あの時は大変だったからね』

    エナナも立ち上がりながら懐かしそうに言った。

    そしてナミの体をじっくりと見た。

    『立派になったねぇナミ。

     それにあいつとも、

     仲良くやってるみたいじゃないか』

    近くに寄ってきていたナミの娘のイーブイを見て、

    エナナは言った。

    『えぇ、おかげで今は全然平気。

     エナナには本当に感謝してるんだから』

    ナミが話していると、

    エナナにポチエナの子が寄ってきた。

    『おかあさん、

     これがナミって人?』

    ポチエナの子がエナナに尋ねた。

    『あぁそうだよ。

     今はシャワーズっていうポケモンだけどね』

    エナナが優しそうに言う。

    『この子って、エナナの子なの?

     レナ君っていうそうだけど』

    ナミが尋ねた。

    『あぁそうさ。

     あたしの息子のレナだ。

     ほらレナ、挨拶しなさい』

    エナナは自分の子をナミの前に押し出した。

    『ナミさん、イーブイさん。

     こんにちは。

     レナです』

    ポチエナの子は可愛く挨拶した。

    よほどエナナは厳しくしつけているようだ。

    『いい子ね。

     私はナミ。
     
     こっちはイーブイじゃなくて、

     夫のブースターよ』

    ポチエナの子にイーブイと言われて、

    少しむくれているブースターの分まで、

    ナミは自己紹介した。

    しかし、ポチエナの子はあんまり聞いていた様子もなく、

    『なっちゃん、また遊ぼう』

    と言うと草の上を走り出した。

    娘のイーブイも、

    それを追いかけるように走り出した。

    『フフフ、元気な男の子ね』

    ナミはその様子を見ながら言った。

    『本当にどうしようもないわんぱく坊主でね…。

     まったく本物の子供は

     あんたの時みたいにはいかないよ』

    エナナも一緒にいた頃を思い出しながら、

    笑って言った。


    2匹のポケモンの子供が、

    日の差す原っぱで戯れているのを、

    ナミたちはほら穴の前で見守りながら、

    あの時の事を3匹は懐かしそうに話した。

    『ところでエナナ、

     急にどうしたの?

     あれ以来、全然姿を見せなかったのに。』

    話がひとしきり終わったところでナミが尋ねた。

    『あぁ、ちょっと気になる話を聞いたんでね…。

     まずあの後の、

     あんたのことについて聞かせてもらえないか』

    ナミはまた一昨日の時のように話し始めた。

    あの後すぐに彼をブースターに進化させたことから、

    今の生活、

    子供たちの事までをエナナに話して聞かせた。

    ナミが話し終えるとエナナは笑って、

    『なんだ安心したよ。

     さすがだよナミさん。

     ちゃんと自分の生き方を見つけたんだね。

     今の自分に問題ないのだったらいい。

     あたしの話も必要なかったみたいだ。』

    と言った。

    しかしそれを聞いたナミは

    『それが、ちょっと…、ね…』

    と急に口ごもった。

    『ん?どうした、何かあるのか?』

    ナミの様子が急に変わったので、エナナが聞いてきた。

    ナミはなかなか言い出せずにいたが、

    『昨日までちょっとあってな。実は……』

    隣にいたブースターが、

    そんなナミの代わりに話してくれた。

    エナナはそれを黙って聞いていた。


    『なるほど。そうか…』

    ブースターの話を聞いたエナナが低くうなった。

    『人間の親子ってのは、

     いつまでも繋がっているものなんだな』

    ポケモンであるのエナナは、

    ナミの両親のことを聞いてそう言った。

    『で、ナミさん。

     あんたはいったいどうしたいんだい?』

    エナナがナミに尋ねた。

    『どうしたいもないわ。

     そりゃ、できれば会いたいけど、

     シャワーズの姿では気づいてももらえなかったわ』

    ナミは言った。

    『なら人間の姿なら、

     気づいてもらえるわけだな』

    エナナが確認するように聞いた。

    そんなエナナをナミは妙なことを聞くなと思った。

    『もちろんよ。

     でも、こうなってしまったから、

     もうムリな話だけれどね』

    『いや、戻れる』

    エナナは突然言った。

    『何?…戻れるってどういう事?』

    ナミは驚いて聞いた。

    『いや悪い、

     正確には戻れるかもしれない…という程度だがね。

     もちろんナミさん、

     あんたが人間だった時の姿にだよ』

    エナナは真剣な目つきでそう言った。

    エナナは続けた。

    この森近くの海の向こう側、

    鳥ポケモンの速さで数時間の所に人も住んでいる大きな島がある。

    その島には大きな洞窟があり、

    その奥に1匹のエスパーポケモンが住んでいる。

    そのポケモンは人間の何倍もの知能を持ち、

    世界の出来事を全て記憶しているのだというのである。

    その話を半年前に旅の鳥ポケモンから聞いたという。

    『それで、あたしはその鳥ポケモンに
     
     聞いてきてもらうように頼んだんだ。

     “ポケモンになった人間がいる。戻れる方法はないのか”って。

     その鳥ポケモンが昨日戻ってきたんだ。

     彼女はちゃんと覚えていてくれて、

     そのポケモンにあんたのことを聞いてきてくれた。

     そのポケモンはこう言ったそうだ。
     
     “もしかしたら戻れるかもしれないが、

     しかしそれは本人に会ってみないと分からない”

     …とかなり曖昧な答えだったが、ナミさん、

     あんたは元に戻る事ができるかもしれないんだよ。』

    エナナは柄にもなく熱っぽく話した。

    しかし、当のナミは当惑していた。

    もう何年もポケモンとして過ごしてきた。

    正直なところそれはシャワーズになってしまって、

    元に戻れないと思っていたからであった。

    ある意味、自分で諦めていたからだった。

    もちろん自分でも一生懸命調べてはみた。

    しかしいくらパソコンで調べても出てくるのは

    子供の頃に聞いたおとぎ話ぐらい。

    ポケモンになった人間が元に戻る方法なんか

    あるはずも無かった。

    そして必死に頑張った。

    エナナたちのおかげもあり、

    すぐにシャワーズの体には慣れることができた。

    そして今の生活が始まった。

    ブースターと一緒に暮らし、子供も出来た。

    人間のままでは出来なかった、

    すばらしい暮らしがそこにはあった。

    これが自分の生き方なんだと思って、

    今日まで生きてきた。

    そしていつの間にか戻る方法を探すことはなくなっていた。

    それが今、

    その自分が人間に戻れる可能性が出てきたという。

    シャワーズになってすぐにその事を聞けば、

    ナミは迷わず人間に戻ると言っただろう。

    一昨日のこともあって、

    自分は人間に戻りたいという気持ちがあることも分かった。

    しかし今の彼女には、

    ポケモンとしての生活があり家族がある。

    人間に戻れると聞いて、

    簡単に返事ができるわけがなかった。

    『…まぁ、そんな話があるという事だけ、

     伝えておきたかっただけだ』

    そんなナミの様子を感じ取ったエナナはそう言った。

    『エナナ、ありがとう。

     でも私、どうしたらいいのか…』

    ナミはまだ決められない様子で言った。

    『別にすぐに返事をしてくれってわけじゃない。

     それに必ず戻れるというわけでもないからね。

     ただ、もしやってみたいと思うのなら、

     いつでもあたしに相談しにきなさい。

     詳しいことを教えるから』

    エナナはそう言ってくれた。


    話をしているうちに夕方になったので、

    ナミは木の実を取りに行った。

    遅くなったのでナミはエナナたちには

    今日はココに泊まるように言い、

    夕食にその木の実を彼女らに振舞った。

    『あんたが作った木の実、懐かしいね。

     それに前より美味くなったんじゃないか?』

    ラブタの実を食べながらエナナが言う。

    『えぇ、みずでっぽうで毎日水をあげてるから』

    ナミも嬉しそうに言った。

    2匹の間では1つの大きなカイスの実、

    両側から子供たちが夢中で食べている。

    『へぇ。

     それは水ポケモンだからこその役得ってやつだね』

    エナナも笑って言う。

    さっき話したことは、

    もうどうでもいいという感じだった。

    『えぇ、シャワーズになって、

     本当によかったわ』

    ナミも言う。

    そんな彼女たちを、

    ブースターはとったばかりのマトマの実を食べながら、

    黙って見ていた。


    日はすぐに暮れた。

    子供たちはお腹がいっぱいになると、

    ほら穴の中ですぐに眠ってしまった。

    エナナとブースターはほら穴の前で丸くなり、

    目をつむって寝ているようであった。

    ナミもその隣で横になって寝ようとしていたが、

    なかなか眠れない。

    やはり、昼間エナナから聞いた話が気になっていた。

    人間にもどれるのか、

    今の生活をどうするか、

    家族はどうなるのか。

    そんな事が頭の中を駆け巡っていた。

    どうしても眠ることができないので、

    ナミは原っぱの真中に歩いていった。

    原っぱの上は、満点の星空であった。

    ナミは草の上に座って、

    夜空に輝く星々を眺めていた。

    この星空もポケモンになったから、

    見る事ができたものの1つである。

    人間の時には見過ごしてしまっていた、自然の美しさ。

    それをナミはかみ締めた。

    ナミは思い切って、大きく4つの足を伸ばし、

    大の字に寝転んでみた。

    仰向けになると夜空だけが見えた。

    広い宇宙の中に、

    自分も星となって浮いているように思えた。

    こうしている間は、

    全ての事を忘れることができた。

    自分もこの世界の中で、

    確かに生きているということを感じていた。

    しばらく星を眺めていると、

    急に誰かの気配を感じたので、

    ナミは起き上がった。

    ブースターがナミの側まで歩いてきていた。

    『眠れないのか?』

    ブースターが聞いてきた。

    『え、えぇ…、なんだか…ね』

    自分のあられもない姿を見られたかと思い、

    ナミは恥ずかしげに答えた。

    『そうか。今日も星が見えるな』

    ブースターはそんなことは気にせず、

    ナミの隣に座った。

    『そうね。

     こんな夜空が綺麗なんて、

     昔は気づかなかったわ。

     あなたたちは昔から見てきたのでしょうけど…』

    ナミはブースターに語りかけるように言った。

    『さぁ…

     オレは星の美しさは、

     あんたが教えてくれたものだと思ってるんだけどな』

    ブースターは夜空を見上げながら言った。

    ナミは初めて彼と一緒に星を眺めた事を思い出した。

    あれは彼をブースターに進化させた日の夜、

    原っぱのほら穴で一緒に暮らそうと決めて、

    木の実を食べた後だった。

    夕日が沈み、

    空には今日の様にいっぱいに星が広がっていた。

    その美しさに感動するナミだったが、

    彼には何がそんなにいいのか分からなかった。

    そんなブースターにナミは星の事や

    星座の言われについて色々と話したのだ。

    『夜は寝るものとしか思ってなかったオレに、

     あんたは気づかせてくれたんだ。

     この夜空の事を、星の美しさをな…』

    ブースターは空を眺めながら言った。

    ナミはブースターにそっと寄りかかった。

    彼の柔らかな毛皮が自分を包んでくれるようであった。

    『なぁ、さっきの話、

     いったいどうするんだ?』

    ブースターは聞いてきた。

    『それは…、断る事にするわ。

     今の生活は悪くはないし、

     なっちゃんの事もあるから』

    ナミはブースターのあたたかい体温を感じながら言った。

    『オレは…、

     あんたは人間に戻った方がいいと思う』

    突然のブースターの言葉に、

    ナミはハッとして彼の顔を見た。

    『何言っているの?

     私はこのままでいいのよ』

    ブースターの横顔を見上げてナミは言った。

    『オレはこの前のおまえを見て思ったんだ。
     
     人間の親に会えない事を悲しむおまえを見て、

     このままではおまえが壊れてしまうって。

     あの時から思っていたんだ。

     おまえが人間に戻れる方法は無いものかって。

     いやそのずっと前、
      
     おまえがシャワーズになった時からそう思ってはいたんだ。

     ただ、一緒に暮らすようになってからは、

     あまり考えなくなっていたんだと思う。

     おまえとの生活がとても楽しかったから…』

    ブースターは先日のナミのように、

    自分の本音を探しながら話していた。

    『でも、このままではいつまでたっても

     おまえは人間の親に会う事は出来ない。

     それがこれからもずっと、

     おまえを苦しめてしまうんだと思う。

     だから、オレは可能性があるのなら

     おまえに元に戻って欲しい』

    ブースターの優しい言葉を聞いていて、

    ナミの目からはまた涙が出てきた。

    『ありがとう、あなた。

     そう言ってもらえて、とても嬉しい。

     でも私、あなたを残して元に戻るなんて考えられない。

     ずっと一緒に暮らしていきたいの』

    ナミはブースターに体にすがりつくようにして言った。

    『何を言っているのさ、ナミ。

     あんたはポケモントレーナーなんだろ?

     だったら昔の関係に戻るだけじゃないか。

     トレーナーとポケモンの関係に。

     ずっと一緒じゃないか』

    そう言うとブースターはナミの顔を舐め、

    彼女の涙を拭ったが、

    『それでも私、

     あなたを置いて人間になるなんて言えない。

     私は今のままで十分なの』

    そういってナミはブースターにすがり付いてくる。

    『どうして分かってくれないんだよ…』

    そんなナミの姿にブースターはそう小さく漏らしたが、

    その時ある考えが浮かんだ。

    『それならナミ、こういう事にしよう。

     とりあえずはエナナの言う、
     
     島のポケモンに会いに行ってみよう。

     聞いてくるだけでもいいじゃないか。

     そこで戻れないって言われたら、

     それはもうどうしようもない。

     おまえはずっとシャワーズのまま、
     
     これからも一緒にこの生活を続けよう。

     でももし、

     もし人間に戻れるというだったらそのときは…

     …これでどうだ?』

    ブースターはナミを真っ直ぐ見つめてそう提案した。

    ナミはしばらく考えていたが、

    『そうね…

     それならいいわ。
     
     絶対に戻れるっていうわけでもないしね。

     それにそのポケモンに戻れないって言われたら、

     私も完全に諦めがつくしね』

    と言った。

    そうだ悩んでいても、仕方なかった。

    今できる事をやってみる。

    ポケモンになって以来、

    そうやって生きてきたんだとナミは思いかえした。

    『よし、決まった。

     今日はもう遅いから明日になったら、

     エナナに詳しい行き方を聞こうじゃないか』

    『えぇ、島っていうからきっと遠いわね。

     しばらく留守にするけど、

     その間なっちゃんのこと頼むわね』

    『…分かった。

     俺はナツと待っている。

     ただ、どんな事になってもちゃんと帰ってきてくれよ。

     あんたを待ってる夫と娘が、

     ここにいるんだからな』

    少し言葉に詰まったブースターが確認するように言ってくる。

    ナミは優しい笑みで答えた。

    『よし、じゃぁ戻って寝ようか』

    2匹は寄り添いながらほら穴の前にもどった。

    木の横で体を丸めたブースターの隣で、

    ナミは地面の上に横になった。

    程なくして迷いの無くなったナミの心は、

    彼女を心地よい眠りへと導いていった。


    つづく…


      [No.1665] 第2章 第1話・娘の涙 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:33:13     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    『それは本当なのかい?』

    枝の上に居るオオスバメに、

    黒い毛並みのポケモンが尋ねた。

    『えぇ、本当よ。

     ウチらだって毎年必ず寄って、

     旅についての情報を教えてもらうんだから。

     あの方は何でもご存知よ』

    旅の途中のオオスバメはそのツヤのある翼を、

    くちばしで丁寧に手入れしながら言った。

    『世界の全ての出来事を記憶している…か』

    そのポケモンはしばらく考えた後、オオスバメにあることを頼んだ。


    あれから何度もの夏と冬が過ぎていった。

    ナミはすっかり野生のシャワーズの風格を漂わせていた。

    ただその生活は野生ポケモンとはちょっと違っている。

    毎日住処である森の原っぱで木の実を育て、

    それを売りに行き、必要なものは通信販売で買う。

    ブースターや他のポケモン達とバトルをして体を鍛え、

    彼らといっしょに自分が作った木の実を食べる。

    そんな人間の頭とポケモンの能力を使って、

    充実した日々を送っていた。


    ブースターとの間には子供もできた。

    1匹目は行動派でせっかちな長男。

    本人の希望でサンダースに進化し、

    その後彼女らの元を離れていった。

    2匹目は対照的にのんきでちょっぴり甘えん坊の次男だったが、

    ブラッキーに進化するとこちらも先日巣立っていった。

    人間とは違い、

    生まれてからたった1年で自ら親元を離れていくポケモンの子供たちを、

    ナミはいつも寂しい気持ちで見送ったのであった。


    今彼女の元にいるのは数ヶ月前にタマゴから孵った、

    おくびょうで弱気な娘であった。

    その日もナミが町から帰ってくると、

    娘はまだ木のほら穴の中で丸くなっていた。

    『こら、いつまでそこにいるの。

     なっちゃん、もうお昼よ』

    “なっちゃん”とは、ナミが昔母親に呼ばれていた名前である。

    弱気なこの娘イーブイをナミは自然とこう呼ぶようになっていた。

    ブースターもこの娘を“ナツ”と呼んでいる。

    『だってママ、

     今日もまたバトルの練習するんでしょ。

     わたし、やりたくない』

    『そんなこと言ってたら、

     1人前のポケモンになれないわよ。

     さぁ、ついていらっしゃい』

    そう言うナミは身に付けていた

    ウエストポーチとバンダナをほら穴の奥に置くと、

    原っぱに出た。

    その後ろを娘は、

    ぴったりとくっ付くようにして着いてくる。

    高く上がった太陽の光が、

    原っぱの草に降り注いでいる。

    『いつまでそうやって、

     くっついていちゃダメでしょ。

     さぁ始めるわよ』

    ナミは大きなヒレのあるしっぽで娘を

    そっと押して草の上に座らせると、

    少し離れた所で娘と向かい合うようにして立った。

    『さぁ、なっちゃん。

     まずはたいあたり!』

    ナミはトレーナーのようにイーブイの娘に指示をだした。

    娘はゆっくりと立ち上がると、

    目をつむったままで勢いよく走りだした。

    ナミはそれを軽く避けると、

    『ダメ!

     ちゃんと相手を見てないとダメでしょ。

     さぁもう1回!』

    今度はナミに向かってまっすぐに走ってきた。

    ナミはそれを真正面から受け止めた。

    しかしナミが微動だにせずに受け止められたので、

    攻撃をした娘の方がしりもちを着いてしまった。

    『よし、いいわ。

     だいぶ強くなったじゃない』

     ナミの前で草の上にぺったりと座っている娘に、

    彼女は言った。

    『だめ…

     ママには全然かなわない』

    娘は下を向いたまま言う。

    『そんなことはないわ。

     ママだっていっぱいトレーニングしたから

     強くなったのよ』

    ナミはこの数年のことを思い出しながら言った。

    人間からポケモンになってから長い時がたつ。

    本当に色んなことがあった。

    いろんなポケモン達が助けてくれた。

    このイーブイの父だってそうである。

    彼らが居たから今の自分がある。

    この娘も今は弱気な子だけど、

    いつか自分みたいに強くなるとナミは思っていた。

    『大丈夫よ、なっちゃん。

     それにお兄ちゃんみたいに進化したら、

     びっくりするくらい強くなるのよ。

     なっちゃんは、何になりたいのかな?』

    ナミは聞いてみた。

    イーブイとして、

    娘ももう進化については分かっているはずであった。

    『わたし…、

     このままがいい。

     ずっとママといっしょにいたいから』

    『もぅまたそんなこと言って…』

    そう言う娘をナミは困った顔で言ったが、

    もう少し大きくなったらまた考えるようになるだろうと思った。

    『じゃぁ次は、そうね…

     “あなをほる”。

     やってみなさい』

    ナミは次の指示を出した。

    “あなをほる”は元来イーブイは自然には覚えない技だが、

    父親が使える技なので、

    娘にも受け継がれているはずであった。

    『えっ、でもあれはまだ…』

    娘がまた渋る。

    『この前パパに教えてもらったでしょ』

    そう言う母親に対し、イーブイは

    『だってまだやった事ないんだもん。

     出来ないかもしれないじゃない』

    と言う。

    その姿にナミはシャワーズになった時の自分を重ねあわせた。

    『そんなこと言ってたら、

     いつまでも出来ないわよ。
     
     なっちゃん、失敗を怖がっちゃだめ。

     何でもまずやってみなくちゃ。

     元々なっちゃんはできるんだから。

     さぁ、やってみなさい』

    母親に言われて娘はしぶしぶ穴を掘って地面にもぐった。

    ナミは娘が地面から出てくるのを待っていたが、

    一向に出てくる様子が無い。

    ナミは慌ててダイビングで

    娘が掘った穴から地面に潜った。

    娘はすぐに見つかった。

    そこには硬い岩が埋まっていて、

    それにぶつかって前に進めなくなっていたのだ。

    ナミは岩の横から水と共に、

    娘を地上へと押し上げた。

    『なっちゃん、大丈夫?』

    ナミが慌てて聞いた。

    返事はない…

    が、ちゃんと息はしている。

    ただ気絶しているだけのようだ。

    『ふぅ…』

    ナミは安堵と困惑の気持ちが混じったため息をついた。

    どうもこの子は野生ポケモンとしての強さが足りないのかもしれない。

    この先どうやっていけばいいのだろうか。

    そう感じながらナミは娘の首根っこをくわえると、

    ほら穴の中まで運んでいった。


    穴の中に娘を寝かせた時、

    ブースターが帰って着た。

    全身傷だらけである。

    『痛ッタ〜。ナミ〜、

     きずぐすりくれ〜』

    『どうしたの?いったい何してきたの?』

    ナミは驚いて、ほら穴の中のウエストポーチから

    “いいきずぐすり”を出しながら尋ねた。

    『ヤルキモノの奴とバトルしたんだけど、

     あいつやりすぎだぜ。

     “元トレーナーの奥さんがいるから

     ちょっとぐらいムリしてもだいじょうぶだろ”

     ってこれはやりすぎだろ。

     イテ〜』

    ナミに“いいきずぐすり”をかけられながら、

    ブースターがぼやいている。

    『まったく、

     ナミがいなかったらホントヤバかったよ。

     ありがとな』

    そう薬の礼を言うブースターに、

    『ねぇ…、そんな事ってよくあるの?

     その、私が人間だったからって…』

    ナミはひかえめにと尋ねた。

    『あ?あぁ、たまにな。

     ま〜、こんなにやられるのは初めてだけどな』

    ブースターは笑って言った。だがナミの心には少し何かモヤモヤしたものが残った。


    夕方になり、

    親子3匹で木の実を食べた後ほら穴に戻ると、

    ナミはパソコンをつけた。

    見るとメールが届いていた。

    ナミの人間の母親からのものだった。

    “ナミ大変なの。

     お父さんが病気なの。

     とても深刻な状態で、

     すぐに戻ってきてほしいの。

     遠い所にいるって聞いてるけど、

     できるだけ早く戻ってきて。

     母より。”

    メールの内容にナミは困惑した。

    父が病気と聞いて、

    すぐにでも駆けつけたかった。

    だが行ったところで、

    シャワーズの姿では父にはとうてい

    会えないことも分かっていた。

    両親はシャワーズが自分の娘だと気づくわけはないし、

    たとえ色々とやって気づかせたとしても、

    それは両親を悲しませるだけの事である。

    『どうかしたのか?』

    ナミの様子に気づいたブースターが聞いてきた。

    ナミはメールの内容を話した。

    『それなら、

     そっと様子だけ見に行ってきたらどうだ。

     心配なんだろう』

    話を聞いたブースターはナミに言ったが、

    『でも…』

    とナミは言って木の洞穴の中で寝ているイーブイに目をやった。

    『大丈夫。

     ナツの面倒ならオレがちゃんと見るからさ』

    とブースターは言ってくれた。

    『ありがとう。

     数日で帰ってくるから、

     それまでよろしくお願い』

    そう言ってナミはみどりのバンダナをかぶり、

    そこに木の実の中で一番小さなクラボの実を何個か入れて

    原っぱを後にした。

    森に入っていくシャワーズの後ろ姿を見送ったブースターは

    明日からの子守の為に早く寝ようとした時である。

    『ねぇ、パパ。

     ママどうしたの?

     どこ行ったの?』

    とブースターに聞く小さな声がした。


    ナミは真っ暗な森を抜け道路にでた。

    道ももう暗かったが、

    一刻も早く病気の親の元に行きたかった。

    ココから故郷のミシロタウンまでは

    町を2つ越えないといけない。

    今の自分の足なら途中で休んで、

    明日中にはつけるだろうとナミは考えて歩き出した。

    久々に来た一つ目の街は、夜でも賑やかだった。

    日が暮れても町の中には多くの人々が行き交い、

    建物のほとんどの窓には明かりが灯っている。

    ポケモンになって以来、

    朝日と共に起きて夕日と共に寝る生活をしていたナミにとっては、

    その眩さに驚くと共に懐かしくもあった。

    町を抜けたところで、

    ナミは茂みを見つけ、そこで休むことにした。

    久しぶりに遅くまで起きていて、

    もう眠くて仕方なかったのだった。


    翌朝、辺りが明るくなるとナミは目を覚ました。

    幸い今日は日の光を分厚い雲が遮ってくれている。

    ナミはバンダナに入れておいたクラボの実を1つ食べると、

    また道の脇を歩き出した。

    昼前には次の町には着いた。

    この町はさほど大きくないのですぐに抜けることができた。

    ここまで来ると故郷はもうすぐそこである。

    段差をいくつか飛び降りて狭い道を通ると、

    ついにミシロタウンに到着した。

    ミシロタウンはポケモンの研究所がある以外は

    小さな町で人通りも少ない。

    ナミは久々に道の真中を堂々と歩き、

    そして自分が生まれ育った家の前にたどり着いた。

    やはりこの家も今のナミから見れば

    巨大な建物であった。

    しかし、そこは自分が子供のころから住んでいた家、

    思い出は随所にみることができた。

    ナミは気づかれないように家に入ろうとしたが、

    古風な家のドアの取っ手は丸く

    前足では開けることが出来ない。

    仕方なくナミは家の横を通り、

    裏の庭に回った。

    庭も全く変わっておらず、

    洗濯物のシーツが風に揺れていた。

    それはシャワーズの目には白い大きな旗がはためく、

    巨大な庭園のようであった。

    ナミは父の部屋の窓の下まで行くと、

    近くにあった木箱を窓の下まで押した。

    そしてその上に乗り前足を窓枠にかけ中を覗いたが、

    そこに父の姿は無かった。

    『もしかして、病院に行ってるのかしら。

     まさか入院しているとか…』

    そうナミが思った時、

    隣の居間の方から話し声が聞こえた。

    その声は間違いなく

    ナミの父と母の声であった。

    ナミはそっと居間の出窓に近づくと、

    端からそっと中を見た。

    テーブルの周りのイスに父と母が座って、

    テレビを見ていた。

    程なくして父は自分の部屋に歩いていった。

    ここから見る限り、

    父は元気そうであった。

    『どういう事?

     病気じゃなかったの?』

    そうナミが困惑していると、

    「ナミから返事は?」

    部屋にいる父に母が呼びかけた。

    「いや、着てないな。

     もしかしたら今ごろ急いで向かっているのかもしれんな」

    父の答える声が聞こえた。

    「あの子はメールばっかりで

    電話もよこさんからなぁ」

    「あなたが病気と聞いたらすぐに飛んでくるわよ。

     あれでもあの子、あなた想いだから。
     
     それにもしかしたら前にメールにあった、

     いいパートナーってのも連れてくるかもよ」

    母親が笑って言う母に戻ってきた父が苦笑いしている。

    両親の会話に、ナミはやっと状況が理解できた。

    あのメールはウソだったのだ。

    何年も帰ってこない娘を呼ぶために、

    あんなメールを送ってきたのだ。

    ナミは父が病気ではないので安心が、

    次第に悲しい気持ちになってきた。

    そうだ両親は自分に会いたがっているのだ。

    遠い所に勤めていると思っている自分に。

    何年もメールだけで声も聞いてないので、

    病気だとウソまでついて呼ぼうとしたのだ。

    ナミも今すぐに会って、

    両親を安心させたかった。

    だがこのシャワーズの姿では、

    今家の前に居るのに合うことが出来ない。

    行ったところで娘が帰ってきたことに、両

    親は気づかないだろう。

    そんな状況にナミは出窓の横で一人、

    声を押し殺しながら涙を流していた。


    ひとしきり泣いたところで、

    ナミは原っぱに帰ろうと思った。

    帰って早く家には帰れないとのメールを打とうと思った。

    言い訳の文章を考えながら歩き出そうとした時、

    彼女の前に1匹のポケモンが現れた。

    見ると原っぱにいるはずのブースターがそこにいた。

    腰にはナミのウエストポーチが

    赤い毛皮にきつく食い込んでいる。

    『よぉ。どうだった?』

    ブースターがそっと聞いてきた。

    『えぇ、なんだか大丈夫だったみたい』

    涙を隠すようにそう言ったナミだったが、

    その時ブースターの後ろに、

    もう1匹のポケモンがいることに気がついた。

    『なっちゃん!』

    娘のイーブイがそこにいた。

    『なっちゃん、どうしてここに?』

    ナミが驚いて娘に聞いた。

    潤んだその茶色い大きな瞳が、

    娘の心が今どれだけ揺れているのかを表していた。

    『パパが、つれてきてくれたの。

     “ママはママのパパとママに会い行ったんだって”って。

     …ねぇ、何でママのパパとママは人間なの?

     何でママはポケモンなの?』

    娘が泣きながら聞いてくる。

    『いや、おまえを追いかけてくる途中に

     一通り説明はしたんだが、

     どうしてもおまえの口からも聞きたいって

     言ってきかなくて…』

    ブースターが気まずそうに横から言う。

    ナミはそんな娘に対し、全てを話した。

    元は人間でポケモントレーナーだったこと。

    パパを別のポケモンと交換してシャワーズにしようとした事。

    それがひょんな弾みから自分がポケモンになった事。

    動けない所を自分のポケモンに助けてもらった事。

    そのまま森のポケモンになった事。

    『そしてシャワーズとして

     パパと暮らすようになったのよ』

    ナミは全部話して聞かせた。

    『じゃぁ、パパがママをポケモンにしたって事?』

    娘が尋ねた。

    『そうじゃないわよ。

     あれはママがむりやり嫌がるパパを…』

    ナミが答えようとすると、

    『じゃぁ、パパがシャワーズになっていたら、

     ママは人間だったの?』

    さらに娘が尋ねてきた。

    『そうじゃないわ。

     あの時ママはこうなることになってたのよ』

    ナミも必死に娘を落ち着かせようとした。

    『わからないよ。

     なんでママが人間だったの?

     なんでわたしがうまれたの?

     人間だったらわたしどうなってたの?』

    とイーブイはとうとう泣き崩れてしまった。

    その時、ポケモンの鳴き声を聞いたナミの両親が、

    出窓をあけて顔を出した。

    「おい、見てみなさい。

     庭に珍しいポケモンがいるぞ」

    「あらほんと。見たことないポケモンね。

     3匹だからご家族かしらね」

    人間の姿を見たブースターは泣きじゃくる娘をくわえると、

    一目散に垣根の中に駆け込んだ。

    だがナミは両親に自分の姿を見られ、

    その場に立ち竦んでしまった。

    四つの足がまるで石にでもなってしまったかのように動けない。

    しかしそのすぐ後、娘の泣く声にハッとわれにかえると、

    急いでブースターのあとを追った。

    「行ってしまったか。

     それにしてもあの子はいつ帰ってくるのかな」

    背後でナミの親がそう言っているのが聞こえた。


    夕暮れ時の人通りのない道を

    シャワーズとブースターがゆっくりと並んで歩いていた。

    娘は泣きつかれてブースターの背中の上で眠っている。

    『ホントにごめんな。

     勝手に連れてきたりして…』

    しばらく黙って歩いていたブースターが、

    申し訳なさそうに言った。

    『いえ、いいのよ。

     この子にはいつかは話さないと

     いけないって思ってたし…』

    ナミも静かな口調で答える。

    それっきりまた2匹はまた黙ってしまい、

    ミシロタウンの外まで歩いていった。

    隣の町近くまで来た時、

    辺りはだいぶ暗くなってきていた。

    今日は道の脇の低木の下に泊まることにした。

    ナミがバンダナから小さなクラボの実を取り出すと、

    娘を木の下におろしたブースターが

    『ちょっとまて、

     おまえの好きなラブタの実を持ってきたんだ』

    といって腰のウエストポーチを指した。

    『いいの。今日は食欲ないから…』

    ナミがそう言って断ろうとすると

    『こういうときは、

     しっかり食べて元気つけなくちゃ』

    とブースターが励ましてくれた。

    ナミは小さくうなずくとポーチを開け、

    中からラブタの実をだすと食べ始めた。

    それでも半分も喉を通らず、

    黙ったまま実を見つめる。

    『大丈夫か?』

    隣に座ったブースターは心配して聞いてきた。

    『大丈夫よ。

     ただちょっと…ね…』

    ナミは気丈に答えようとした。

    だが、顔をそむけてしまう。ぼんやりとした目で、

    体の前に回した自分のしっぽを眺めた。

    『おまえ…、

     …戻りたいのか?』

    ブースターは思い切って尋ねた。

    それはブースター自身とっても非常に辛い問いであった。

    『分からない…』

    ナミはひたひたと地面をたたく、

    しっぽに目を向けたまま静かに答えた。

    『今の生活はとても好きだし、

     シャワーズのこの姿も今じゃすごく気に入ってる。

     あなたに会えたことは本当に良かったと思うし、

     この子にも感謝している。

     あの時ポケモンになれなければ、

     こんなにいい生活は絶対できなかったと思うの』

    ナミは自分の本心を探るように話していった。

    『でも、親にも会えないのはやっぱり悲しい。

     いいえ、会う事はできても

     顔を見せることができないのが悔しい。

     自分は本当に元気なのに、

     それを伝えることができないのが……』

    ナミの目からまた涙が溢れ出した。

    ブースターはどうしていいか分からず、

    ただ見ている事しかできなかった。

    そんな時、

    『ママ、泣いちゃだめ』

    イーブイが声をかけてきた。

    『あ、なっちゃん。

     起きてたの』

    ナミは涙を前足でぬぐって娘を見た。

    『ママごめん。

     わたしワルイ子だった。

     もうあんなこと言わない。

     だからもう泣いちゃだめ』

    イーブイがナミの前足あたりに擦り寄ってきた。

    ナミは娘の体に首をまわして乗せた。

    それはまるで我が子を両手でぎゅっと抱くように…

    『ごめんね。

     ママもう泣かないから。

     今日は来てくれてありがとう』

    イーブイの背中でナミは語りかけた。

    『ママ、わたしお腹すいた。

     あのラブタの実、食べていいよね』

    そう言うとイーブイは、

    ナミが食べ残したラブタの実を元気に食べだした。

    ブースターが体を寄せてきた。

    ナミはその暖かい体に、

    自分の体を預けるようにしてもたれかかり、

    木の実を食べる我が子の姿を見守った。


    つづく…


      [No.1664] 第7話・赤い石 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:31:50     11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ナミは木のほら穴の中で眠っていた。

    外は日が燦々と差し込む昼間だが、

    まるで死んだように眠り込んでいたのであった。

    トレーナーでとの戦い、

    そして、エナナとの闘いとその別れで

    すっかり疲れてしまったのだ。

    外の原っぱは氷もすっかり溶け、

    また風が草をやさしくなでている。


    サクッ!

    原っぱに1匹のポケモンが来た。

    『!』

    その気配にナミは目を覚ます。

    このにおい、

    ナミが密かに待っていたポケモンである。

    気配が自分がいる木の側で止まっている。

    『キタッ!』

    気配を意識しながらナミは少し笑うと、

    ほら穴から少しだけ頭を出してみた。

    その途端、

    バッ!

    波の真横から茶色い影が飛びかかってきた。

    『!!っ』

    ナミはそれを軽くよけてかわすと、

    影に向かって

    “みずでっぽう”を

    お見舞いしてやった。

    水しぶきがおさまると、

    そこにはずぶぬれになったイーブイが居た。

    『よお』

    ナミは前にイーブイが言ったように彼に声をかけた。

    『もうあなたの攻撃なんてお見通しよ。

     私バトルできるようになったんだから』

    笑顔を見せながらナミは言うと、

    イーブイは気まずそうな顔をしている。

    『分かってる。

     オレ、

     ずっと見てたから』

    『ずっと見てたって?

     乙女同士の勝負を?

     なによ、
     
     このスケベポケモン』

    イーブイに向かってそうは言い放ったナミだったが、

    だがイーブイが自分の心配をして見にきてくれた事も

    同時に判っていた。

    『それで、

     イーブイさん。

     炎の石は見つかったの?』

    意地悪そうにナミは尋ねると、

    『この姿を見りゃ、

     分かるだろ。

     まだだよ』

    そんなナミにイーブイがぶっきらぼうに言い捨てる。

    『そう、それは大変ね。

     やっぱり自然にはみつからないものね』

    そんなイーブイを身ながらナミは妙に気の強い言い方をするが、

    心の中では何も知らずにシャワーズにしようとした事や、

    ひどい事を言ったのを謝らなければと思っているのだが、

    なぜかこんな言い方になってしまう。

    『ほっとけ。

     絶対オレはブースターになってやる。
     
     そのために何としても自分で炎の石を見つけてやる』

    強がっているのか語気を強めながらイーブイが言うものの、

    石探しにはかなり苦労しているようだった。

    『まっ、

     セイゼイ頑張ってね。

     私も、応援してあげるから』

    『なんだよその言い方。

     別にオレは助けを期待してはいないんだからな』

    ナミの言い方にイーブイは腹を立てたようだ。

    これ以上意地悪したらケンカになってしまう、

    この辺が潮時かな…とナミは思うと、

    『あら、

     “てだすけ”は覚えてるから

     できるかもしれないわよ。

     そう例えば…、

     もう炎の石を持ってるとか』
     
    とカマを掛けてみた。

    すると、

    『じっ冗談はよせよ。

     あんたがそんな簡単に

     見つけることが出来るわけ無いだろ』

    とイーブイは鼻で笑って言ったが、

    『あら、

     忘れたのかしら。
     
     私が何でシャワーズになったのか。
     
     もう、ヒドイ人ね』
     
    とナミが言うと、

    その途端、イーブイの顔色が変わった。

    『まさか…、

     本当にあるのか?』

    真剣な表情をしながらイーブイが尋ねると、

    『本当にあったら、

     どうするの?』

    とナミは聞き返す。

    イーブイはまだ半信半疑の様子で、

    『もし…、

     そうなら…、

     それは…、

     その…、

     …ほしい』

    と視線を地面に落としながらイーブイは呟く。

    すると、

    『♪』

    そのイーブイの言葉を聞いてナミは、

    ウエストポーチの中から木箱をくわえて出し、

    イーブイの目の前で木箱をあけると、

    キラッ

    そこには赤く光る”炎の石”が入っていた。

    『うそっ!!

     ほっ本当に、

     あったのか、
     
     本当に炎の石を持っていたのか』
     
    声を震わせながらイーブイは木箱に近づき、

    そして、その前でワナワナと全身を震え上がらせていた。

    『つっ使ってもいいのか

     おっ俺が使っても良いのか?』

    目が輝かせながらイーブイが聞くと、

    『もちろんよ。

     そのために取り寄せたんだから、

     あ、いらないのなら返して』

    意地悪そうにナミが手を出すと、

    ブンブン!

    イーブイはちぎれてしまう位に首を大きく横に振った。

    『じゃぁ、どうぞ』

    そう言いながらナミが少し離れると、

    コトッ

    イーブイは恐る恐る木箱に口を入れると、

    ”炎の石”をくわえて出した。

    カッ!

    その瞬間、

    炎の石が輝きだし、

    パァァァ!!!!

    石から真っ赤な光の帯が吹き出すと、

    瞬く間にイーブイの身体を包んでしまい

    彼の体も赤く輝き始める。

    カァァァァァ!!!

    さらにその光が強くなったとき、

    ズンッ!!!

    イーブイの体が大きくなりはじめた。


    ナミはイーブイが進化するのを見ていて、

    自分がシャワーズになった時のことを

    思い出さずにはいられなかった。

    あの時は本当にショックだった。

    自分が人間からポケモンになってしまい、

    これからどうやって暮らしていけばいいのか本当に分からなかった。

    完全に自分の未来をあきらめてしまっていた。

    そんな自分を救ってくれたのがエナナだったし、

    このイーブイだった。

    エナナが居なかったら自分は生きてはいられなかったし、

    イーブイが居なかったら自分で強くなろうとはしなかった。

    そう思う彼女の目の前でイーブイが進化を終えた。

    そこにはナミと同じくらいの大きさで、

    赤い毛皮に首としっぽに白い毛をもっさりと蓄えた、

    ほのおポケモン・ブースターがいた。

    ブースターのその姿にナミは胸に今までに感じたことの無い

    感情が芽生えたのを感じた。

    『本当に、

     オレ、
     
     ブースターになれたのか?』

    そのポケモンは聞いてきた。

    まだ心の整理がついていないのか

    進化した状態から微動だにできずにいる。

    ナミは急いでポーチの中から手鏡を見つけると、

    口にくわえて持っていった。

    そしてそのままブースターの前に立って、

    手鏡を彼に向けて見せた。

    『ほんとだ、

     オレ、
     
     ブースターだ。
     
     ホントに、
     
     ブースターになれた』

    そう言うブースターの目からは大粒の涙があふれていた。

    ブースターのその喜びに満ちた涙に、

    ナミも思わずもらい泣きしていた。


    薄暗い森の中、

    黒い毛並みのポケモンが歩いていた。

    約束した場所までもう少しである。

    彼のにおいがするのでよく分かる。

    そこには森の中でもひときわ大きな、

    1本の木があった。

    『やぁ、

    見張りご苦労だったねぇ』

    その木の後ろで、

    腕を組んで待っていた赤いポケモンに

    彼女は声をかけた。

    『もういいのか』

    そのポケモンがその太い声で尋ねた。

    『あぁ、

     もう彼女は立派な野生のポケモンだよ』

    黒いポケモンが答えた。

    『でも、

     本当に大丈夫か?
     
     まだ1週間だぞ。
     
     まだ教えてないことも
     
     あったんだろう?』

    赤いポケモンがまた尋ねる。

    よほど彼女のことが心配とみえる。

    『あぁ、

     けどこれからあの子は自分で学んでいくよ。

     バトルなんてすごいんだから。

     自分で全部できたんだよ、
     
     あの子は。

     それに何せ、

     このあたしにも勝ったんだからね』

    『それはウソだろ、

     エナナ。
     
     ぜったい手加減しただろ』

    『手加減なんかしてないよ。

     本当にあの子は強くなったんだ。
     
     何なら一度闘ってみたらどうだい?』

    赤いポケモンに言われ、

    グラエナはそう言った。

    『いやいや、

     おれ炎タイプだから水タイプにはかなわないさ。
     
     それに自分のトレーナーに負けたらみっともないだろ』

    『あんた、

     闘ってもないのに
     
     もう負けると思ってるのかい。
     
     ご主人様に似て甘ったれだねぇ』

    エナナは笑った。

    『それにしてもチャモ、

     あれは名演技だったな。
     
     あの冷たい言い方。
     
     すごく良かったよ』

    『いや、

     ナミさんがシャワーズになった時は
     
     みんなびっくりしていて、
     
     おれもどうしたらいいか分からなかった。
     
     きっと、
     
     あのままボールから出されていたら、
     
     自分も何とかしなければいけないって
     
     慌ててるだけだっただろうな。
     
     けど、
     
     ボールの中からエナナが声をかけてくれて、
     
     皆で話し合ったからやれたんだ。
     
     これから自分の力で生きていくようになる為に、
     
     今は冷たくされた方がいい。
     
     それがナミさんを本当に助ける事だって。
     
     そのために最初に出されたヤツが
     
     ナミさんの助けを断って、
     
     エナナだけ残して行ってしまうように。
     
     後は自分に任せておけって
     
     エナナがそう言ってくれたからこそ、
     
     おれはああすることが出来たんだ』

    1週間前のことを思い出しながらバシャーモは言う。

    『あぁ、あの場で優しくされたらあの子、
     
     絶対あたし達に頼っちまって、
     
     自分の力で生きてけるようにならなかっただろうからな。
     
     一度全部に見放されて、
     
     それからあたしが教えるからこそ

     あの子は1人前に成長できたんだよ。
     
     それにしても、
     
     あんたがナミさんを食べようとしたあの脅し方、
     
     あれだけはいただけないよ。
     
     あの子、
     
     絶対あたしにも食べられると思ったろうからね』

    グラエナに言われてバシャーモは苦笑した。

    『いや、あれは、
     
     野生の厳しさを教えるためであって……』

    『いいや、

     あれは絶対楽しんでやってただろ』

    『そういうエナナだって、

     ナミさんを川に投げ込んだんだろ。
     
     いくら水ポケモンでも、
     
     もし泳げなかったらどうするつもりだったんだ?』

    『あたしを甘く見ないでほしいね。

     朝のうちにちゃんと
     
     ハスブレロに頼んでおいたのさ。
     
     もし泳げなかったら助けてあげてくれってね。
     
     まぁ、実際はその必要もなかったがね』

    『さすがエナナだね。

     ナミさんのこと、

     エナナに任せておいて本当に良かったよ』

    『当然だ』

    2匹のポケモンは楽しそうに話していた。

    自分達がやり遂げたことに大きな喜びを感じていた。

    『しかし、

     すまなかったなチャモ。
     
     さみしがりやのあんたに、
     
     あんな憎まれ役をやってもらって。
     
     あんたあの後、
     
     一人で泣いてないかどうか
     
     あたしゃ心配だったよ』

    とエナナが心配げに言うと、

    『え?、いや、
     
     おれが泣いたりなんか

    するわけないだろ…』

    チャモが慌てて否定した。

    エナナがその様子を見逃すはずはなく、

    『ふぅん…』

    鼻で笑うように言った。

    『何だよ、

     そんな目で見るなよ』

    バシャーモの赤い顔がますます赤くなった。

    『でもバトルはともかく、

     ナミさんのこと、

     やっぱりおれは心配だな。
     
     人間とポケモンとでは全然違うし。
     
     これからもちゃんとがんばれるだろうか』

    チャモは半分話題を変えようとして言うと、

    『大丈夫。

     強くなったのはバトルだけじゃない。
     
     ちゃんとあの子はあの子の生き方を見つけられるさ。
     
     それにちゃんといい相手も残しておいたことだし、
     
     今ならあたしより対等に付き合えるあいつの方が
     
     よっぽどいいだろう
     
     それにあたしにはあの子の為にまだやることが…』

    そこまで言ったエナナは急に思い出したように

    『それより

     あんたの方はどうなんだい。
     
     あんたも野生は初めてなんだろ?』

    と尋ねた。

    初心者用ポケモンであったチャモは、

    タマゴの時から専用の飼育施設で育てられたからだった。

    『実はそれなんだが、

     ちょっと、
     
     な…』
     
    赤いポケモンが急に口ごもった。
     
    『あれ?

     あんたのことは
     
     ヤルキモノに頼んでおいたはずだが…』
     
    『いや、
     
     確かにヤルキモノは
     
     とても熱心に教えてくれるから
     
     助かっているんだが、
     
     そうじゃなくて
     
     これからは、
     
     えっと…』

    チャモは言葉を濁している。

    何か言いたそうだが、

    なかなか言い出せないように見える。

    そんな彼に

    『なんだい、

     ナミみたいだぞ。

     はっきり言いな』

    とエナナが一喝した。

    チャモはゆっくりとそのくちばしを開くと

    『これからは、

     あんたに教えてもらいたいんだ』

    と言った。

    『はぁ?

     何言ってるんだ。
     
     グラエナとバシャーモ。
     
     あたしとあんたとでは
     
     体型からして全然違うだろう』

    呆れたようにエナナは言うと、

    『それでもおれは、

     あなたに色々教えてもらいたいんだ。
     
     その…、
     
     これからもずっと…』

    チャモが言葉を搾り出すように言う。

    『ふぅん……』

    エナナはじっと横向き加減のチャモの顔を見た。

    やっぱりまた赤くなっている。

    エナナはフフフッと笑うと言った。

    『そうだねぇ。

     岩にあいた居心地のいい穴と、
     
     うまいチーゴの実がなる場所を教えてくれるのなら
     
     考えてやってもいいぞ』

    エナナそう言うと、

    『!!っ』

    チャモの顔が輝いた。

    『それなら大丈夫だ。

     この先にちょうどいい所がある。
     
     近くにチーゴもなってる』

    嬉しそうにチャモは言う。

    『なら、

     早速そこに案内してもらおうじゃないか。
     
     言っとくがあたしの指導は厳しいよ。
     
     泣くんじゃないよ』

    『だから泣いてないって。

     はい、
     
     いくらでもしごいてください』

    赤と黒の2匹のポケモンは

    並んで森の奥へと消えていった。


    道の脇を、

    頭にみどりのバンダナを巻いて

    ウエストポーチを背負った

    水色のポケモンが歩いていた。

    人間の気配を感じると茂みに入った。

    前から若い2人のトレーナーが歩いてきた。

    「とにかくおめでとう、

     ヒトシ。
     
     あなたのポケモン
     
     すっごく強かったわよ」

    女のトレーナーが褒め称えると、

    「あぁ。

     ラグラージたちが頑張ってくれたおかげさ。
     
     そしてなんといってもこのキノガッサだな。
     
     決勝戦はコイツのマッハパンチ無しでは
     
     勝てなかったからな」

    男のトレーナーが言う。

    「そのポケモン、

     他のトレーナーのだったんでしょ。
     
     交換して正解だったわね」

    「あぁ、

     ちょうど次の町で交換したんだ。
     
     正にキミと同じで、
     
     運命の出会いってやつかな」

    男のトレーナーがキザに言うと、

    「その人、

     こんなイイポケモンを交換したりして、
     
     今ごろくやしがってるかもね」

    女のトレーナーが尋ねた。

    「ソイツの親によれば、

     何かまた旅をしているらしい。
     
     まぁ、
     
     根はしっかりしているヤツだし、
     
     ちゃんとメールも送ってきているらしいから、
     
     そんなに心配もしていないみたいだ。」

    男のトレーナーが言う。

    「ねぇ、

     あなたの故郷ってもうすぐでしょ。」

    「あぁ、

     あと2つ町を越えればミシロタウンさ。」

    「早くあなたの故郷を見てみたいわ。」
     
    そんな話をしながら2人は去っていく、

    そして、2人が見えなくなった頃、

    水色のポケモンは道を歩き、

    いつもの場所から森に入った。

    獣道をとおり原っぱに出ると、

    ブースターが迎えてくれた。

    『今日もちゃんと

     売れたのか?』

    『えぇ。

     もうあのフレンドリィショップでは顔なじみだから。
     
     毎日トレーナーが作った木の実を持ってくる、
     
     おつかいポケモンってね』
     
    『ホントよくやるよ。

     で、
     
     また何か買うのか』

    ほら穴の中でポーチを外しているポケモンにブースターが聞いた。

    『もちろんよ。

     何かあったら大変じゃない。
     
     ねぇ、
     
     あなた炎ポケモンなんだから
     
     いいかげん炎タイプの技を覚えたら?
     
     ほら、この“だいもんじ”って技なんてどうよ』

    水色のポケモンはほら穴の奥にある

    パソコンの画面を見ながら言った。

    『いらないって

     言ってるだろ。
     
     オレは自分で技を覚えるんだ』

    『もう、

     あいかわらずいじっぱりやさんね』

    そう優しく笑って言うと、

    そのポケモンは原っぱの片隅に立っている実のなる木に、

    “みずでっぽう”で水をやった。

    今朝植えた木の実がもう芽をだしている。

    明日もまたいくつか木の実ができそうであった。

    水やりをしているとブースターが話し掛けてきた。

    『なぁ、

     おまえがシャワーズになって
     
     もうずいぶん経つな』
     
    『そうね、

     もう半年ってとこかしらね』
     
    『今だから聞くけど、

     まだ怒ってるのか?
     
     その、
     
     自分がポケモンになる原因のオレのことを』

    ブースターは珍しく真剣に聞いてきた。

    シャワーズは笑った。

    『いいえ。

     怒ってなんかいないわよ。
     
     そりゃ、
     
     最初は大変だったし、
     
     私の生活や人生どうしてくれるのよ!
     
     …なんて思ったけど、
     
     今は違うわ。
     
     今はこの生活が好き。
     
     自由だし、
     
     毎日自分の力で生きてるって感じがするから。
     
     ステキなパートナーもいることだしね』

    ブースターの顔を見ながらシャワーズがそう言うと

    彼が照れて横を向いた。

    『だから、

     今では感謝もしてるのよ。

     こんなステキな生活をくれた、
     
     あの事にもね。
     
     ありがとう、
     
     イーブイちゃん』
     
    『よせよ。

     それにオレはもう
     
     ブースターだって。
     
     でも、
     
     こっちこそありがとな。
     
     おまえがいたからブースターになれたし、
     
     こんな暮らしができる。
     
     ホントありがとな』

    2匹はお互いの体を寄せ合いながら、

    ほら穴の方に歩いていった。

    もう夕方である。

    西の空が少しずつ赤く染まっていく。

    2匹はそれぞれ採っておいたラブタとロメの実を食べた。

    『おまえ、

     それ好きだな』

    『だって

     私がポケモンになって
     
     初めて食べた木の実なんだもの。
     
     あなたこそ、
     
     最近ロメばっかりじゃない。
     
     からい実が好きなんじゃなかったの?』

    『いや、

     採ってから少し置いといたロメを食べると、
     
     何だか力がつきやすくなるような気がするんだ』

    そんな会話をしながら、

    彼女はほら穴の前で真っ赤に燃える

    夕焼けを見ながら木の実を食べた。


    シャワーズになり彼女の生活は一変した。

    人間としての生活は失ったが、

    ポケモンとしての新しい生活が始まっていた。

    美しい夕日、

    青々と茂る木々、

    そして頼れる仲間。

    人間の時は気づかなかった宝物がそこにはあった。

    想像も出来なかったすばらしい毎日、

    それがあった。

    隣でロメの実を食べるブースターの顔を見ながら

    彼女は心の中でそっとその全てに感謝した。


    2匹はほら穴に入った。

    ブースターに先に寝てるように言うと、

    彼女はパソコンでメールを打った。

    そしてそれが終わると

    体を丸めているブースターの側で横になり、

    寄り添うようにして眠りについた。


    “お父さん、お母さんへ
     
     私は今、少し遠い所にいます。
     
     ここで毎日元気に木の実を作っています。
     
     ステキなパ−トナーに恵まれて、
     
     毎日がとても楽しくてなりません。
     
     当分は帰れそうにありませんが、
     
     こんな感じなので心配いりません。
     
     2人とも体には十分気をつけて下さい。
      
     
     2人の自慢の娘

           ナミ。”


    おわり


      [No.1663] 第6話・白い床 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:30:21     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    木陰で十分休んだナミはウエストポーチを背負うと道の脇を歩きはじめる。

    もうトレーナーに出会っても捕まる心配はないが、

    また野生と勘違いされてバトルを挑まれるのはやっぱり面倒であった。

    道沿いにしばらく歩くとナミは森へと行き先を変え、

    ガザッ

    森の中へと入っていった。

    そして、あの原っぱへと続く獣道を歩いていく。

    時刻は昼を過ぎたころだが、

    森の中は今日も薄暗い。

    しかし、

    ナミはもう怖くはなかった。

    時々見かける虫ポケモンに軽く会釈しながら、

    ナミはいつもの原っぱを目指した。

    しばらく行くと森の先に明るい光が差し込んでいるのが見えた。

    ナミは走ってその光の中に出た。

    青い空の下、

    原っぱの草は今日も青々と茂り、

    実のなる木も新たな実をつけていた。

    そして、

    『ただいま!

     エナナ』

    そうナミが声を上げた先、

    そう、ナミが寝ていた木の前でエナナは待っていた。

    エナナはナミに気づくと立ち上がって近づいてきて、

    『ナミ、

     どこ行ってたんだい』
     
    といつもの綺麗な優しい声で話し掛けてくる。

    『昨日から急にいなくなったんで、

     誰かに連れてかれたかと心配したよ。
     
     今日からは……』

    そこまで言って、

    エナナは急に言葉を切った。

    『どうしたの、

     エナナ』

    と尋ねるナミをエナナはじっと見つめると、

    さらに近づいてナミの体をクンクンとかぎ始めた。

    『……そういうことかい』

    エナナはつぶやくと、

    後ろを向いて黙ってしまった。

    ナミが呼びかけても返事をせず、

    何かじっと考えているようだった。

    草をなでる風の音だけがサラサラと聞こえて来る。

    しばらくしてエナナは口を開いた。

    『よし。

     ナミ、
     
     勝負だ』

    後ろを向いたままエナナは突然ナミに勝負を申し込む。

    『エッ!

     何?

     エナナ?』

    エナナにその理由を聞こうとしたナミだったが、

    だが、エナナはそれには答えずナミに向かって突進して来る。

    『ちょちょっと、

     きゃっ!』

    突っ込んでくるエナナをナミはとっさに避けるが、

    エナナは4つの足を地面にふんばって止まると、

    ナミの方に向きなおした。

    『いきなり、

     どうしたのエナナ!』

    突然の攻撃にナミは戸惑い、

    再び尋ねるが、

    『ナミっ

     その背中の荷物を置きなさい。
     
     ナミとあたし、
     
     1対1のバトルだよ』

    とエナナは真剣な目で言う。

    それはグラエナ本来の獰猛な顔つきだった。

    『エナナ、

     いきなりバトルだなんて。
     
     せっかく帰ってきた所なんだから、
     
     もう少し……』

    『いいから、

     さっさと置きな!』

    当惑するナミをエナナは一喝すると、

    『うっ』

    その言葉にナミは気圧され、

    ウエストポーチを置きに木のほら穴に歩いていった。

    暖かく迎えてくれると思ったエナナにバトルを申し込まれて、

    ナミは困惑していた。

    自分はもうバトルが出来るのは実証されたが、

    今まで面倒を見てくれたエナナと闘うとなると、

    やはり後ろめたさを感じた。

    しかし、

    バトルを申し込まれた以上、やるしかない。

    “バトルはポケモン同士の挨拶みたいなもの”

    というイーブイの言葉をナミは思い出した。

    そうだこれは挨拶なのだ。

    ナミがポケモンとして自分の力で闘えること、

    それをエナナに伝えるために、

    ナミはポーチを置くと、

    意を決っしてほら穴を出た。

    原っぱの真ん中にエナナはいた。

    ナミはそれに正面から向き合う形で立ち止まった。

    『あんたが自分で

     強くなるためにいなくなっていたとは、

     正直驚いたよ』

    ナミを見据えながらエナナは言う。

    彼女の気迫がナミにビンビン伝わってくる。

    ナミの胸も高鳴っていた。

    『あんたのその強さ。

     あたしに見せてくれ。
     
     いいか手加減はするな。
     
     全力でかかってきなさい』

    その言葉にナミは黙ってコクリとうなずいた。

    エナナは本気だ。

    真正面に対峙するとそれがよく分かった。

    エナナのレベルは30をこえているはずであった。

    今のナミのほぼ2倍である。

    本気を出しても勝てないかもしれない。

    だが、

    今はやるしかない。

    『よろしくお願いします。

     それでは、
     
     いきます』
     
    ナミは1呼吸置いて、

    エナナに向かって走り出した。

    そして“たいあたり”。

    だがエナナはひらりとかわした。

    さすがに早い。

    避けたエナナはまたじっと原っぱの真ん中で

    ナミが来るのを待っている。

    ナミは体制を立て直し、

    もう一度エナナに“たいあたり”を行う。

    今度はなんとか当たった、

    と言うよりもエナナが動かなかったために

    当てる事が出来た。

    が、

    そう思ったとき、

    ナミの横腹にエナナの“かみつく”が決まった。

    『どうした。

     そんなもんじゃないだろ。
     
     本気で攻撃してこないか』

    そう言うエナナの牙が、

    ナミのお腹に食い込む。

    ナミはしっぽをふって何とか振り払い、

    すかさず間合いをあけた。

    エナナにかまれた横腹はまだ痛い。

    『あんたの“たいあたり”なんて、

     私には利かないよ。
     
     あんたの体からは、
     
     水のにおいがするじゃないか。
     
     もっと水ポケモンらしい
     
     技があるんだろ、
     
     それでかかってきなさい』

    ナミに向かってエナナは言う。

    その時ナミの心の中で何かが吹っ切れた。

    そうだ、

    エナナは見たがっているんだ。

    自分がこの2日何をしていたのか。

    気を使ってたいあたりなんか使っている場合ではない。

    本当の力を見せるんだ。

    自分に生きていく事を教えてくれたエナナに最高の挨拶、

    そしてお礼をするために。

    ナミは“なみのり”を使った。

    波が草の上を走り、

    エナナに向かって押し寄せる。

    エナナは待ってましたとばかりに波に向かって走り、

    それを真っ向から受けた。

    波がエナナを襲う、

    それに耐えるエナナ。

    大きな波についに弾き飛ばされたエナナだったが、

    空中で横に一回転し、草の上に着地した。

    『すごいねぇ。

     こんな技を覚えていたとは。
     
     これであたしもやっと
     
     本気になれるよ』
     
    そう言うとエナナはナミに向かって

    また突進してきた。

    ナミはそれに向かって“みずでっぽう”を撃つ。

    エナナはそれを伏せるようにしてかわすと、

    ナミの前で方向を変え、

    その反動を利用して今度はナミの顔にすなをかけた。

    ナミはとっさに目をつむったが、

    砂が少し目に入ってしまった。

    『さぁ、

     これであんたの目はつぶしたよ。
     
     あたしに攻撃をあてることができるかな』

    エナナは挑発してきた。

    ナミは相手のエナナを見ようとしたが、

    痛くて目を開けてられない。

    そのことに気を取られていると、

    急にエナナの足音が近づいて着て、

    ナミの体が宙を舞った。

    ナミに“とっしん”したエナナは、

    ナミの周囲を回って、

    別の方向から体当たりしてきた。

    ナミはかなりのダメージを負いながら、

    “みずでっぽう”を放ったが

    相手が見えないので当てる事ができない。

    その時また足音が聞こえてエナナが迫ってきた。

    その時、ナミは気づいた。

    エナナは草の上を走っている。

    そこには必ず足音が発生する。

    シャワーズの優れた耳でこれを聞き取れば、

    見えて無くてもエナナの位置は分かるのではないか。

    そう思ったナミはじっと足音を聞いた。

    まっすぐ自分に向かって走ってくる足音。

    方向は首周りのヒレからの感覚からすると…、

    右斜め前から。

    足音が大きくなってくる。

    ナミのところまで

    もう少し、

    あと少し…。

    音が急に大きくなったところで、

    ナミは左に跳んだ。

    エナナの牙が自分の体をかすめるが分かった。

    ナミは振り返りながらその方向に向かって

    “みずでっぽう”を発射した。

    水が何かに当たる音が聞こえた。

    そして何かが草の上を転がり、

    そしてすぐに立ち上がる音。

    エナナに命中したのだ。

    その方向から声がした。

    『よし、

     よく当てたねぇ。
     
     だが、
     
     あたしはまだまだ元気だよ』
      
     エナナが立ち上がって
     
    また走って来る。

    前よりも早い。

    こっちに来る。

    ナミは“みずでっぽう”を放ったが、

    避けられたのが分かった。

    そして、

    至近距離からエナナの足音とにおい。

    ダメよけられないと思った瞬間、

    エナナの“とっしん”がヒットした。

    ナミの体がまた弾き飛ばされ草の上に落ちる。

    大丈夫、

    まだやれる。

    今度はあの技で勝負しよう。

    ナミはそう思うとまた音でエナナの位置をさぐった。

    来た、

    今度は真正面。

    ナミは次の技の準備をした。

    そしてエナナに向けて軽く“みずでっぽう”を放った。

    エナナが軽く避けるのが分かった。

    今である。

    ナミは自分が作った水たまりの中に“ダイビング”した。

    すぐ上をエナナが通った。

    ナミは水の中で目をあけると、

    目の中の砂がとれた。

    ナミはそのまま地面の中を進み、

    エナナの真下から水と共に地上に飛び出した。

    ナミの頭がエナナのお腹を突き上げる。

    しかしエナナも負けじとナミに噛み付いてくる。

    2匹は絡まるようにして草の上に落ちた。


    『ゲホッ!ゲホッ!…』

    水を飲んだエナナがむせている。

    だが、

    まだまだ闘えそうだ。

    一方、

    ナミは目が見えるようにはなったとはいえ、

    かなりのダメージである。

    『やるねぇ、

     ナミ。
     
     だが、
     
     まだまだだよ』
     
    エナナがまた立ち上がった。

    またあの強力な“とっしん”を受けたら

    もう立ってはいられない。

    ナミは強力な攻撃する方法を考えた。

    そしてある考えが浮かぶと、

    ナミはすぐにやってみることにした。
     
    エナナに向かってナミは“なみのり”を出した。

    エナナはそれを飛び越すようにして向かって来た。

    ナミはエナナのキバをギリギリで避けて

    今度は“ふぶき”を出した。

    氷タイプの大技だが、

    速い相手には命中させにくい。

    エナナは避けてまた向かってくる。

    これでは遅すぎた。

    エナナに向けてナミはもう一度“なみのり”をした。

    “ふぶき”を出そうとした時にエナナの体当たりがヒットした。

    ナミはダメージをうけながらも“ふぶき”を出したが、

    今回も失敗だった。

    ナミはやり方を変えることにした。

    今度はエナナが来るのを待った。

    エナナが突進してくる。

    ナミはギリギリまで待った。

    エナナの黒い毛並みが目の前まで来た。

    精一杯の力でナミはそれを避けようとした。

    ガッ!

    後ろ足にぶつかったが、

    ダメージは軽い。

    その瞬間、

    作っておいた水でナミは“なみのり”を出した。

    エナナの後ろから波が襲う。

    エナナは波を振り切ったが、

    ナミはすかさず“ふぶき”を吹き付けた。

    エナナは避けるようにして横に飛びのき、

    急旋回してまたナミに向かって走ってきた時だった。

    エナナが急に体制を崩した。

    見ると自分の足元の草が

    一面氷に包まれている。

    ナミの“ふぶき”が“なみのり”の水を凍らせたのだ。

    まるでそこにツルツルの真っ白な床ができたようだった。

    氷で滑って転びかけているエナナにナミはすかさず

    “なみのり”を浴びせた。

    足場の悪いエナナは避ける事が出来ずに

    大波に呑まれた。

    倒れこむエナナを今度は“ふぶき”が襲う。

    それにも何とか耐えた時、

    エナナの視界からナミの姿が消えた。

    ナミが“ダイビング”を使ったのだとエナナは分かった。

    だがエナナはその場から動こうとはしなかった。

    『はぁ…、はぁ…』

    大きく肩で息をしながら、

    黙ってナミが仕掛けてくるのを待った。

    ふいに地面の氷が割れ、

    水が噴出してきた。

    そしてその下からナミが飛び出した時、

    エナナはそれに向かって“たいあたり”した。

    2匹のポケモンが真正面からぶつかった。


    エナナの体は衝撃で氷の上を滑っていた。

    そして凍ってない草の上で止まると、

    彼女は上半身を起こして飛んできた方向を見た。

    そこには氷の上に立っている

    ナミの姿が見えた。

    荒い息のまま、

    しっかりと4つの足で立ち、

    エナナを見ている。

    エナナはそれを見て一瞬微笑んだと思うと、

    草の上に倒れ込みそして今度は大声で笑った。

    『ははは…、

     合格だ、
     
     合格。
     
     ナミ、
     
     本当に強くなったな。
     
     予想以上だよ』

    エナナは草の上で豪快に笑った。

    すぐにナミが飛んできた。

    『大丈夫?

     エナナ。
     
     すぐにオボンの実を
     
     とってくるから』

    そう言って行こうとしたナミのしっぽのヒレを、

    エナナは噛むようにして止めた。

    『大丈夫だ、

     ナミ。
     
     どおってことない。
     
     それよりも昨日いなくなってからで、
     
     よくそこまで立派に闘えるようになったな。
     
     他のポケモンとバトルしたのは分かったが、
     
     それだけじゃないだろ。
     
     一体何をしたんだ?』

    いつもは物静かなエナナがとても饒舌だった。

    そんなエナナにナミは昨日イーブイに出会ったところから

    自分で森を出たこと、

    自分の部屋に行った事、

    ふしぎなあめ等の道具を使ったこと、

    そして初めてバトルをしてトレーナーに捕まりかけたことまで、

    一切何ももらさないように話した。

    ナミが話し終わるとエナナは言った。

    『よくもまぁ、

     そんなに自分一人で考えて
     
     行動したな。
     
     シャワーズになった時とは
     
     大違いだよ。
     
     そうか、
     
     そんなことしてたのか。
     
     やっぱりあんたらには
     
     頭では勝てないね』

    そう言うエナナの顔は本当に嬉しそうだった。

    『ホントに大丈夫なの?

     エナナ何か変だよ。』

    『心配ないよ、

     ナミさん。
     
     あたしは嬉しいんだよ、
     
     あんたが自分1人で行動できるようになってくれて。
     
     体もそんなに立派になって。
     
     もうあんたは1人前だよ』

    改めて聞いたナミにエナナはまた笑って言った。

    だがその笑みの中に、

    次第に影が出来ていくのをナミは感じた。

    『さて、

     バトルについては
     
     今日から教えようと思っていたんだが、
     
     そこまで闘えるなら
     
     あたしが教えなきゃならない事は、
     
     もう何も無いみたいだね』

    エナナが腰をあげた。

    『これであたしの役目は

     終わったようだ。

     ナミさん、

     お別れだ。

     あたしも野生に帰らせてもらうよ』

    あまりにも突然のエナナの言葉に、

    ナミはすぐにはその意味が理解できなかった。

    『え?

     何?
     
     お別れって…』

    『私がナミさんと居るのは

     今日で終わりということだ。
     
     これからはあたしも
     
     1匹の野生ポケモンになるのさ』
     
    エナナは森の方に歩いていった。

    ナミが慌ててエナナの横に走ってきた。

    『待って、

     そんな急にお別れだなんて。
     
     まだ私、
     
     エナナに教えてもらってないこと
     
     沢山あるよ』

    『大丈夫だ、

     ナミさん。
     
     これからは自分で
     
     学んでいけばいい。
     
     それにダメなんだよ。
     
     あたしみたいなのがいると、
     
     逆にその邪魔になってしまうんだよ』

    歩きながら体を寄せてくるナミにエナナは先を見ながら言う。

    『でも私、

     ずっとエナナと一緒にいたい』

    ナミの目からは涙がこぼれていた。

    それを見たエナナは困った顔をした。

    『それがその甘えが禁物だよ、

     ナミ。
     
     もうあんたは自分の力で
     
     生きていけるんだから』

    一旦足を止めたエナナが

    ナミの顔を見ながら言った。

    『でも、

     ひとりじゃ心細いよ…』
     
    とナミは震えた声で言う。

    『それは心配ないよ。

     あんたのことを思っているのは、
     
     あたしだけじゃない。
     
     少なくともあれ以来、
     
     あんたのことをずっと気にかけていたヤツが1匹いる。
     
     昨日なんかもあんたが居なくなったって知って、
     
     何があったんだって泣きついてきたぐらいだからね。
     
     不器用だがいいヤツだから、
     
     まぁ仲良くしてやってくれ』

    そう言いながら原っぱの端まで来た時、

    エナナは立ち止まった。

    そして薄暗い森の方を向いたまま、

    『ナミさん。

     楽しかったよ。
     
     ありがとう』

    と言うと、

    薄暗い森の中に駆けていった。

    ナミは体が固まってしまい、

    黙ってエナナを見送ることしか出来なかった。

    エナナの姿が森の中に消えた時、

    ようやく口が動いた。

    『何言ってるのよ。

     それは私のほうだよ。
     
     ありがとう、
     
     エナナ』


    つづく…


      [No.1662] 第5話・銀の玉 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:29:07     9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    朝。

    カチリ!

    窓から差し込んだ日差しでナミは床の上で目を覚ました。

    ベッドではどうも寝心地が悪かったらしく、

    いつの間にか床に落ちていたのである。

    壁の時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。

    『あっ!』

    寝坊をしてしまったことにナミは気づくと、

    大急ぎで準備をはじめる。

    要していたポケモンフーズを少し食べ、

    ナミは鏡の前でウエストポーチとみどりのバンダナを身に付ける。

    『よしっ』

    これでトレーナーに可愛がられているポケモンの出来上がりである。

    カチリ!

    時計の針が9時少し前を指したところで、

    ナミは部屋から出るとドアの前に座り

    それが来るのを待つ。


    それからしばらくの後、

    エレベーターが上がって来た。

    『来た』

    響き渡るエレベータの音でナミはそれを察知すると、

    ポーチの中から徐にポケモン図鑑をくわえて取り出す。

    エレベータが静かにナミの正面に止まり、

    そして、ドアが開くと、

    中から出てきたのは1人の配達員だった。

    「よっこらっしょ」

    配達員は包装された大きな荷物を抱えていて、

    「えっと…

     んーと、ここだな…」

    配達員は荷物の送り先を再度確認し、

    ナミに向かって近づいてきた。

    そして、

    「おや?」

    玄関前に座るナミを見つけると、

    「おや、お留守番ポケモンか。

     えらいね〜。

     それともご主人様は

     まだおねむかな?」

    ナミに向かって配達員はそう尋ねると

    サッ

    ナミは咥えていたポケモン図鑑を配達員に向かって差し出した。

    「じゃぁ、

     預かるね」

    配達員はシャワーズからポケモン図鑑を受け取り、

    機械に当て注文者の確認を始め出す。

    それが終わると彼は図鑑をシャワーズに返し、

    「それではポケモン君。

     これをご主人様に渡してください」

    と言いながら抱えてきた小包をドアの横に置き、

    ナミの頭を一撫ですると帰っていった。

    エレベータのドアが閉まり配達員の姿が見えなくなると、

    ナミはキョロキョロと周囲を確認し、

    急いで後ろのドアを開けると、

    重い箱を押しながら部屋の中へと入れる。


    『ふぅ』

    一仕事を終え、

    ナミは一息入れるが、

    だが、直ぐに次の作業が待っていた。

    バリバリバリ!!

    いやな味を我慢しながらナミはビニールテープを口ではがし

    小包のふたを開ける。

    中には沢山のドリンク剤とディスクが1枚、

    そして見覚えのある木箱が入っていた。

    まずナミはドリンク剤を1本ずつ出し、

    種類別に並べてみる。

    6種類のビンがそれぞれ10本ずつ、

    注文通りである。

    『どれからにしようかな…。

     とりあえずシャワーズの能力に

     あった物からね』
     
    そう呟くとナミは

    “マックスアップ”、

    “リゾチウム”、

    “キトサン”、

    “インドメタシン”、

    “ブロムヘキシン”を次々に飲んでいった。

    50本目のドリンク剤を飲んだところで、

    ナミはお中がもうタップタップになってしまい、

    これ以上飲めなくなってしまった。

    残ったタウリンはエナナへのお土産に持って帰ることにした。

    次にディスクをケースから取り出すと、

    ナミは新しい技、

    “ふぶき”を覚えた。

    そしてポケモン図鑑と10本のタウリン、

    木箱を入れたウエストポーチを背負うと、

    ナミはドアを開け、自分の部屋を出た。

    もうここには住めなくはなったが、

    あと何回かは通う事になりそうだとナミは思った。

    慎重にナミは階段を下りると、

    茂みの中を隠れるようにして

    エナナのいる森に向かって走り出した。


    町を出てしばらくしたところで

    ナミは休憩することにした。

    やはり朝にガブ飲みした

    ドリンク剤がお腹にこたえたようである。

    ナミはドリンク剤が詰まって重いウエストポーチを外し、

    草むらの中に隠した。

    チチチ…

    燦々と日が差すいい天気だが、

    夜中に雨が降ったのか、

    地面が所々濡れていた。

    ほのかに湿った風が、

    ナミにとってまた心地よかった。

    空を見上げると

    雲がゆっくり流れており、

    空高く鳥ポケモンが優雅に飛んでいるのが見えた。


    しばらくうっとりして空を眺め、

    そろそろ行こうと思った時である。

    ナミはすぐ近くに、

    とてつもない気配を感じた。

    この気配、

    そしてにおい…、

    人間である。

    ナミは慌てて振り向くと

    そこに1人のトレーナーが立っていた。

    一日部屋で過ごして

    すっかり気が抜けていたナミは、

    空に見とれていて今まで全く気が付かなかった。

    「なんだ?

     このポケモン。
     
     見たことないな〜」
     
    そのトレーナーはナミをまじまじと見て言った。

    青い帽子に黄色いシャツ、

    そして帽子同じ色の短いズボンをはいた少年。

    年はナミよりずっと下、

    トレーナーになって一年経ってないぐらいである。

    「珍しいポケモンかな。

     よ〜し、
     
     ゲットしてみんなに自慢してやろっと」
     
    これはもうバトル開始である。

    ナミは自分の不注意を後悔したが、

    もう戦うしかなかった。

    何としてでもここで捕まるわけにはいかない。

    ナミの初めてのバトル、

    しかも相手はトレーナーで何匹もポケモンを持ってるが、

    とにかく今自分が持っている力を信じてやるしかない、

    勝つしかない。

    ナミはそう覚悟を決めた。

    「見た感じ水タイプだな。

     …それなら、
     
     行っけ!
     
     ジュン!」

    そう叫びながらトレーナーは草タイプのもりトカゲポケモン、

    ジュプトルをくりだした。

    見た感じレベルは今のナミより少し上ぐらいである。

    「ジュン、

     まずはすいとる攻撃!」

    ジュプトルは地面を1蹴りすると、

    一気に間合いを詰めてきた。

    そのまま吸い付いてこようとするのを

    ナミはとっさに横に避けた。

    ふしぎなあめとドリンク剤のおかげで、

    昨日に比べナミの体は驚くほど軽かった。

    ナミは地面にしっかりとふんばると、

    さっき覚えたばかりの技、

    “ふぶき”を使った。

    ナミは周りの空気中の水分を凍らせて結晶にすると

    それは目の前のジュプトルに向けて吹き付けた。

    思わぬ大技にジュプトルは避けることも出来ず、

    氷の攻撃をまともに喰らい、

    目を回して倒れた。

    「ウソ!

     こいつふぶきなんて使えるのかよ!」

    びっくりしたトレーナーはそう言うと、

    ジュプトルをボールに戻した。

    「それならこっちも…、

     行けアナン」

    トレーナーがボールを投げると、

    中から出てきたのはアサナン、

    さっきのジュプトルよりもかなり強そうである。

    「アナン、

     親譲りの技見せてやれ!
     
     とびひざげり!」

    アサナンはふぶきに負けない大技、

    “とびひざげり”をつかった。

    アサナンのひざは

    とっさに横に避けようとしたナミの脇腹にヒットし、

    ナミの体力の半分近くを減らした。

    あと1回喰らったらひんし寸前、

    捕獲しごろになってしまう。

    何とかして倒さなければならないが、

    普通に攻撃してもレベル差がありすぎた。

    そう思ったとき、

    ナミにある考えが浮かんだ。

    『水は…、

     あった!』

    草むらの近くに水たまり。

    それを確認するとナミは

    相手に体当たりをするように、

    アサナンめがけて走り出した。

    「来たな、

     たいあたりか。
     
     アナン、
     
     もう一回とびひざげり」

    アサナンはナミがぎりぎりまで近づくのを待って

    飛び上がった。

    その瞬間、

    ナミはアサナンの真下で体をひねり、

    “てだすけ”を使って

    アサナンを空高くへと押し上げた。

    アサナンは攻撃相手のポケモンに

    自分の技をてだすけされ驚いていたが、

    空中で姿勢を整えると

    真下にいるシャワーズ向かって

    ひざから突っ込んでいった。

    だが、

    そこにシャワーズの姿は無かった。

    ナミはアサナンを押し上げた反動で、

    水たまりに“ダイビング”していたのであった。

    勢いあまったアサナンは

    高い所から地面にまともにぶつかった。

    何とか立ち上がろうとしたアサナンだったが、

    その直後自分の真下の地面が割れて

    水が噴き出したかと思うと、

    中からシャワーズが飛び出し、

    ダイビングの水ごとアサナンをまた空中へと突き上げた。

    さすがのアサナンもノックアウトであった。

    「アナン!

     いったい何なんだよコイツ。
     
     ポケモンがこんな技の使い方するなんて、
     
     聞いた事ないぞ」

    普通なら覚えている技を手当たり次第に使ってくるだけの野生ポケモンが、

    思わぬ頭脳攻撃をしてきたことにトレーナーはたじろいでいた。

    だがその一方で、目の前のこの未知のポケモンを

    捕まえたいと言う気持ちが強まっていくのは、

    彼の目を見れば明らかだった。

    「こうなったら

     ぜったい捕まえてやる。
     
     バメオ!
     
     でんこうせっか!」

    その声と同時にオオスバメが出てきて、

    “でんこうせっか”で攻撃してきた。

    ナミはすぐにふぶきで撃退。

    「コンコも

     でんこうせっか!」

    次のロコンも

    “でんこうせっか”をしてきた。

    こちらもなみのりですぐにやっつけたが、

    2匹の素早い攻撃でナミはかなりのダメージを負ってしまった。

    回復したいが、

    相手が自分を捕まえようとしている以上、

    無防備に眠るわけにもいかなかった。

    相手の残りはどうやらあと2匹。

    できれば相性のいいのが出てきてほしい、

    ナミは心の中で祈った。

    「だいぶ弱ってきたな。
     
     よっし出番だ、
     
     ルイ!」
     
    ボールから出た銀色の丸いポケモンに、

    『ウソ…

     もうダメ…』

    ナミは体が震えた。

    そこに居たのは、

    じしゃくポケモン、コイル。

    水タイプの天敵、電気タイプである。

    しかもほとんどの攻撃を受け付けつけない

    はがねタイプも持っている。

    レベルは低めのようだが、

    シャワーズとの相性は最悪である。

    「ルイ!

     でんじは!」

    コイルはその電帯質の体から

    “でんじは”を出した。

    ナミはダイビングでかわそうとしたが、

    電磁波を受けて体がまひしてしまい、

    すぐに地上に出てしまった。

    「ようし、

     仕上げだ。
     
     でんきショック!」
     
    コイルはが放った電気は、

    ナミの頭からしっぽの先まで貫いた。

    ナミは目の前が一瞬真っ白になり、

    体の隅々までダメージを受けたのを感じた。

    何とか踏みとどまったが、

    もう限界である。

    「よし、

     そろそろいいな。
     
     こんな珍しいポケモンを捕まえるなら、
     
     このボールだ。
     
     いけ!
     
     プレミアボール」

    トレーナーはナミに向けてプレミアボールを投げた。

    プレミアボールは何かの記念に作られた

    珍しいタイプのモンスターボールで、

    普通のモンスターボールとは異なり表面が銀一色に光っている。

    ナミは避けなければと思ったが、

    電磁波のせいで体がしびれて言う事を聞かない。

    そんなナミに向かって、

    ボールが近づいてくる。

    必死のナミは銀色のボールが自分に向かって

    ゆっくり近づいてくるように見えた。

    あと1メートル、

    『何とか避けなくちゃ…』

    あと50センチ、

    『足さえ動いてくれれば…』

    あと10センチ、

    『おねがいだから、動いて…』

    あと5センチ…、

    『イヤ!ダメ!!来ないで!…』

    あと1センチ…、

    『もうだめ…!当たる!』

    ボールが目の前まで来た時、

    ナミは目を閉じた。

    ナミは初めてポケモンを捕まえた時のことが頭に浮かんだ。

    キノココにボールが当たると、

    それに反応したボールの口がパカっと開き、

    ポケモンが光ながら吸い込まれていく。

    バトルに疲れたキノココは暴れもせずにボールの中に入った…

    それが今、

    自分に起こるのである。

    そう思った瞬間、

    ボールが腰に当たって跳ね返るのが分かった。

    ナミは、

    その時を待った。

    多分、

    まともな抵抗はできない。

    ボールの中に入ったら、

    自分はもうこのトレーナーの物である。

    もうエナナには会えない。

    “必ず帰ってきます”

    そう残したのに、

    もう帰れそうにない。

    目をつむったままナミは

    心の中でエナナに謝りながら、

    ボールが開くのを待った…

    時間がゆっくりと流れる。

    その時が来るのがとても長く感じられる。

    少しでも動いたら、

    また時間が流れはじめるような気がして、

    じっと身構えたままナミは動けなかった。

    とても長く感じられる時間。

    自分にはもう何十秒も経ったような気がする。

    もうすぐボールが開き、

    中に吸い込まれる。

    もうすぐ、

    もうすぐ…。


    「なんでだよ!」

    その時突然、

    トレーナーが叫ぶのが聞こえた。

    ナミはハっとして目を開けた。

    そこに見えたのはすごい顔をして睨んでいるトレーナー。

    そしてその視線の先に落ちている銀色のボール。

    ナミはすぐには何が起こっているのか理解できなかった。

    「なんでゲットできなんだよ!」

    そう叫ぶトレーナーは

    自分のポケモン図鑑を取り出した。

    図鑑はアラームを発している。

    「何だよ!

     コイツ、
     
     トレーナーのポケモンじゃないか。
     
     何でこんな所にいるんだよ!」

    ナミはようやく状況が理解できた。

    他人のポケモンをとるのはドロボウである。

    そのためモンスターボールもすでにトレーナーが捕まえて

    登録されているポケモンには、

    投げても反応しないようになっている。

    ナミはシャワーズになった時、

    自分のポケモンとして図鑑に登録されていたことを初めて知った。

    「このナミってトレーナーは

     どこにいんだよ。
     
     自分のポケモンを野放しにするなよな。
     
     クソッ!
     
     ぬか喜びしちまったじゃねぇか。
     
     こうなったら倒してやるまでだ。
     
     ルイ!
     
     でんきショック!」

    悔しがりながらトレーナーはポケモンに命令した。

    あいてのコイルの

    “でんきショック”が

    ナミにヒットした。

    だが、ナミはびくともしなかった。

    もう捕まえられることはない、

    そう分かった瞬間ナミはすかさず

    “ねむる”を使っていたのだった。

    ねむると体力は一気に回復する。

    「ねむるが使えるなんて

     ずるいぞ!
     
     そうか、
     
     さっきもふぶきも
     
     トレーナーに教えてもらってたのか。
     
     出て来い、
     
     ナミってトレーナー!」

    トレーナーは怒って、

    コイルの電気をナミに浴びせさつづけたが、

    体力が回復してしまえば特殊防御に優れたナミにとって、

    自分よりもレベルの低いコイルの攻撃なんかは全く問題にならなかった。

    ナミは目を覚ますと、

    渾身の力で

    “なみのり”を繰り返し出した。

    何重にも寄せてくる特大の波に呑まれたコイルは

    自分の電気に感電し、

    ついに戦闘不能になった。

    「ヤバイ!

     トレーナーがいない時の
     
     ポケモンに負けたりなんかしたら、
     
     かっこ悪すぎ」

    トレーナーは言った。

    怒りの感情があせりに変わっているのが、

    顔中に出ていた。

    「頼むぞ!

     アゲハ!」

    トレーナー最後のポケモンは

    アゲハントであった。

    ナミよりもレベルは上のようだが、

    もうそんな事は問題ではなかった。

    「アゲハ、
     
     しびれごな!」

    トレーナーはまたナミを麻痺させようとしたが、

    元気になったナミは攻撃をあっさりとかわすと

    ふぶきをおみまいした。

    なんとか耐えて

    “あさのひざし”を使って

    体力を回復しようとするアゲハントに、

    ナミは容赦なくもう一度冷たい結晶を吹き付けた。

    「うわぁ!

     アゲハまで!」
     
    そう叫びながらひんし状態になったポケモンを

    ボールに戻すトレーナーに、

    ナミはゆっくり近づくと思いっきり

    『私を捕まえるなんて

     どういうつもりよ!
     
     どっか行ってしまいなさい!』

    と怒鳴ってやった。

    言葉は通じたかどうか分からないが、

    シャワーズに吠えられたトレーナーは、

    一目散に走って逃げていった。


    ナミはトレーナーの姿が見えなくなると、

    ぺったりと道の上に座り込んだ。

    まだ息が荒い。

    『わたし…、

     勝ったのね』

    初めてのバトル、

    負けたら最後と思ったバトル、

    そして一度はもうダメだと思ったバトル。

    それに勝ったのだ、

    それも自分ひとりの力で6匹ものポケモンを相手して。

    ナミは疲れた一方、

    この上ない喜びを感じていた。

    シャワーズになって、

    初めて歩けた時とも

    泳げた時とも違う、

    この充実した気分。

    もう怖いものなどない。

    バトルもちゃんとできたし、

    いつトレーナーに捕まるかどうか心配することも無くなった。

    ナミはすっかり自信に満ち溢れていた。

    『とりあえず、

     またトレーナーに見つからないように
     
     隠れておこう。
     
     そうだ、
     
     あれも確認しておかなきゃ』
     
    ナミはいったん冷静になり、

    ウエストポーチを隠している茂みに戻ると、

    ポーチをくわえて低い木の裏に回った。

    そしてポケモン図鑑を取り出すと、

    自分のことを調べた。

    基本データの画面の一番下を見るとそこには

    “おやのトレーナー:ナミ(ID:*****)”と出ていた。

    『そうだったの。

     私は私のポケモンになっていたのね。

     これならあのトレーナーは
     
     私をゲットできないわけね。

     あの人、

     プレミアボールなんて貴重なもの使っちゃって、

     今ごろ怒って私のことを探しているのかしら』

    いるはずもないトレーナーを

    必死に探しているあの少年の姿を想像すると、

    ナミはとてもおかしくなって笑ってしまった。

    ナミの心は頭上に広がる青空のように、

    晴れ晴れとした気分であった。

    『とにかく、

     私の初勝利、
     
     おめでとう!
     
     やった〜!』

    そう言ったナミは空中に向け、

    口から水を高々と吹き上げた。

    それに図鑑が反応し、

    画面に文字が出た。


    “シャワーズはレベル16にあがった。

     シャワーズはあたらしく、

     みずでっぽうをおぼえた。”


    つづく


      [No.1661] 第4話・金の空 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:27:35     11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    朝日が昇る頃、

    ナミはいつもの木のほら穴で目を覚ました。

    ナミがシャワーズになってから

    もう1週間がたつ。

    この1週間、

    ナミはポケモンとして必要な事をたくさん学んだ。

    物のくわえ方、

    天気の読み方、

    いろんなにおいの意味、

    自然の中でのエサの採り方、

    食べるときに注意のいる木の実の種類、

    遠くへ行くときの目印のつけ方、

    他の野生ポケモン達との付き合い方…。

    全ては今は出かけているエナナから教わった事だった。

    しかし、

    この日ナミはポケモンとして大切なことをまだ

    学んでないことに気がつくことになる。


    ナミが起き上がって、

    ほら穴を出ようとした時である。

    突然目の前を茶色い影が通り過ぎた。

    ナミは驚いて見てみると、

    それはあのイーブイであった。

    『よぉ、

     また来たぜ。
     
     どうだい、
     
     少しは強くなったか?』

    イーブイは振り向きながら尋ねてきた。

    ナミはうつむき加減で横を向いた。

    昨日、

    ポケモン図鑑で調べた時のナミのレベルは5、

    技は相変わらず3つだけであった。

    バトルの経験はないが、

    この1週間でいろんなことを学んだことによりことにより、

    やっと赤ん坊並にまでなったのだった。

    『何だ、

     まだか。
     
     まぁまともに動けるようには
     
     なたみたいだな。
     
     はは…、
     
     オレも安心したよ』

    その言葉にナミはカチンときた。

    『何よ、かまわないでよ。
     
     私はあなたのせいでこんなに苦労してるんだから』
     
    ナミはイーブイをキッとにらみつけて言った。

    『それはお互い様だろ。

     それにあんたがそうなったのは、
     
     オレがあんなに嫌がってるのに
     
     無理やりシャワーズに進化させようとしたせいじゃないか』
     
    『何言ってるのよ。

     それってあなたの勝手な好みでしょ。
     
     私を見てよ。
     
     そんなことなんかで、
     
     私はこんな姿にされて、
     
     すっごく怖い思いもいっぱいして…、
     
     全部あなたのせいよ』
     
    ナミは怒りで震えた声で言った。

    目に涙をためて、

    ナミは今まで心の中にためていた感情を

    目の前のポケモンに全てぶちまけた。

    その時、イーブイの表情が一瞬くもった…ように見えた。

    『え?』

    そのことにナミは気づくと、

    『勝手な好み…ね。

     でも、
     
     そんなこといわれても、
     
     オレにはどうすることもできないな』
     
    とイーブイは顔をそらして言い、

    そのまま森の方へと体を向けると、

    『それより、

     早く強くなれよ。
     
     でないとこの野生世界では
     
     まともに暮らせないからな』
     
    と言い残し、

    とぼとぼと森の中へ歩いていった。


    ナミはしばらくイーブイが歩いていった方を

    睨んでいたが、

    『ふぅ』とため息をつくと

    草の上に腹ばいになった。

    今まで心の中にしまっていた感情を思いっきり出して、

    力が抜けてしまったのである。

    思えばあの日以来、

    こんなに感情が高ぶった事はなかった。

    今日までシャワーズとして生きるのに必死で、

    怒ることすらも忘れていた。

    『でも、

     確かに強くなければ生きられないわ』

    気持ちは落ち着くとナミは改めてそう思った。

    自分がポケモンとして生きていくためには

    バトルに強くなることは必要だという事は間違いなかった。

    ポケモンが強くなるには実際に他のポケモンとバトルし、

    経験をつんでいくのが一番であることは、

    無論、ナミも知っていた。

    しかし

    ナミはやっと赤ん坊レベルにまで成長したところである。

    その辺のポケモンにバトルを申し込んでも全くかなわない事も

    十分に分かっていた。

    『どうしたらいいのかな…』

    ナミは考えた。

    いま自分に出来る事を必死で考えた。

    ポケモンになって以来、

    動作はシャワーズの体に備わっている力に頼っていたので

    こんなに頭を使うのも初めてだったが、

    幸い頭は人間だった時と同じようにちゃんと働いた。

    考えた結果、

    いまナミがやる事は2つ。

    体を強くする事と、

    使える技を増やす事。

    技に関してはすぐ思い当たることがあった。

    『そうだ、

     まだアレがあったはず』
     
    そう思うと、

    ナミは自分が寝ていた木に戻った。

    ほら穴の奥には、

    ナミがシャワーズになった時に身に付けていた物、

    破れた服、

    履いていた靴、

    ポケモン図鑑、

    そしてウエストポーチなどが置いてあった。

    みんなナミが進化した次の日の朝に

    エナナが集めてくれたものを、

    大切にしまっておいたのである。

    『えっと、

     どこに入れたっけな〜』
     
    ナミはウエストポーチの左端のファスナーを口で開けると、

    中からCDのようなディスクがたくさん入ったケースを出した。

    ケースには“わざマシン”の文字があった。

    ポケモントレーナーの必須アイテムの1つ、

    “わざマシン”

    ポケモンは強くなる過程で自然に新しい技を覚えるが、

    普通は覚えない技を好きな時にポケモンに教えることができる道具、

    それがわざマシンである。

    トレーナーとして旅をしていると、

    色んな場所で手に入れることができる。

    しかし旅に必要な秘伝マシン以外は1回しか使えないとの貴重性から、

    ナミはもったいなくてまだ使ったことがなかった。

    『私、

     どれを覚えられるんだろ…』

    シャワーズは水ポケモンである。

    当然水タイプの技が使える。

    そう思ってナミは持っている30枚ほどの

    ディスクを順に見ていったが、

    なかなか水タイプの技が見つからない。

    もしかして持ってないのかとナミは思ったが、

    最後の方でようやく

    2枚のディスクが見つかった。

    秘伝マシンの3番“なみのり”と8番“ダイビング”

    共にトレーナーの旅に欠かせない技なので

    何回でも使えるようになっているが、

    それを使うのが許可されるだけのバッジを持ってないナミには

    今まで必要のないものだった。

    『よし、

     これを覚えてみよう。
     
     使い方は確か、
     
     ポケモンの頭の上にのせるんだったけ…』
     
    使い方を思い出しながらナミは

    “なみのり”のディスクを傷つけないように

    そっと前足ではさんで取り出すと、

    頭の上にのせた。

    頭に置いたとたん、

    ディスクは鉄につけた磁石のように

    しっかりとナミの頭に張り付き、

    ディスクから頭の中に直接叩き込まれるようにして

    情報が流れ込んできた。

    体の動きから力の入れ方、

    使う場所によるやり方の違い、

    使うときに気をつけることまで

    どんどん頭の中に入ってきた。

    それはナミが一生かかっても、

    思いつかないことばかりだった。

    そしてだいたい分かってきたとナミが思った時、

    ディスクは頭の上からポロッととれ地面に落ちた。

    ナミは頭の中に入った情報の内容に驚きを隠せなかった。

    『そんなこと、

     本当に私出来るの?』

    ナミはシャワーズになってから、

    何度も思った事を口にした。

    いくらなんでも想像をはるかに越えていたからだった。

    しかし、そう思うことほど、

    今まで出来てきたのである。

    『よし、やってみよう』

    とナミは決心すると

    ほら穴から出て、

    隣の木の前に行った。

    『水の無い所ではまず、

     波ができるほどの水を作るのね。』

    ナミが一生かかっても思いつかない事、

    その1である。

    ナミは全身に力を入れると、

    体全体から水が噴き出し、

    ナミの周りに貯まりだした。

    同時に空気中の湿気も凝縮させると

    水はどんどん量を増していき、

    一瞬で彼女の周りにはちょっとした池ができた。

    『まったく、

     ポケモンの体って
     
     いったいどうなってるのかしら。
     
     自分でも分からないわ…
     
     えっと、
     
     これから波をおこすのね』

    ナミはそう呟き今度は精神を集中させ、

    周りの水を前に持っていくようイメージした。

    すると見事に池の後方から波が押し寄せ、

    ナミの体の下を通過したと思うと、

    目の前の木にバッシャーンと押し寄せた。

    『すごい…。
     
     私にこんなことができるなんて…』
     
    今までポケモンが技を繰り出すところは何度も見てきたが、

    それを見るのと自分でやるのとはまさしく大違いである。

    水はすぐに蒸発したが、

    ナミは何度もやってみた。

    技は毎回成功し、

    目の前の木を大きく揺らした。

    『なみのりは

     これでもういいわね。

     次はダイビングね』

    ナミはまたディスクを頭にのせ“ダイビング”を覚えると、

    すぐにまた使ってみた。

    今度の標的は木の前にある小石である。

    さっきのように小さな池を作ると、

    ナミはその中に思い切って飛び込んでみた。

    浅いと思われたその池の水はナミが飛び込んだ瞬間、

    彼女の体の周りを取り囲み、

    地面を削るように流れ始めた。

    そしてナミはその水と共に土の中を進んだ後、

    水ごと地面から飛び出し、

    小石の真下から跳ね飛ばした。

    ナミはまさか自分が地面の中を移動する日が来るとは

    思ってもみなかったのでとても興奮した。

    ナミはまた何度もやってみた。

    十回近くもやると、

    小石はこなごなに砕けてしまった。

    それを見てナミはするべき事を思い出した。

    『そうだった、

     遊んでる場合じゃないわ。
     
     他に覚えられる技を調べないと…。
     
     でもどうやって?
     
     体も鍛えないといけないし…』

    ナミはまた考えた。

    エナナが帰ってきたら聞こうかとも思った。

    しかしエナナもシャワーズが

    どの技マシンを使えるかは知らないはずだし、

    何よりこの問題は自分自身で解決したかった。

    しばらく考えた結果、

    ナミはある結論に達した。

    それは今の自分にとって

    ここでの訓練以上に厳しい冒険だった。

    『でもやるしかない。

     私にできることはこれしかないわ』

    そう思うとナミはいつも寝ているほら穴のある木に戻った。

    “出かけてくる。

     しばらくしたら戻ってくる。

      エナナ”

    というエナナが残した印が入り口の横にあった。

    ナミはその上から自分の印をつけた。

    “出かけてきます。

     必ず戻ってきます。
     
      ナミ”


    ナミはポケモン図鑑を入れたウエストポーチを

    何とか体に巻きつけると森に入り。

    そして獣道を通って町の方へと歩いていった。

    今まで原っぱに行くときに何度も通った所だが、

    ポケモンになって初めて一人で歩くナミはとても怖かった。

    高い森の木が日の光を遮っているので薄暗く、

    いつ何が出てきてもおかしくはない。

    それでもナミは心細いのをぐっと我慢して、

    前へ進んでいった。

    しばらくすると森をぬけ、

    道路脇に出た。

    ナミはほっとして道に出ようとしたが、

    急に何かの気配を感じて茂みに低く隠れた。

    来たのは1人のトレーナーだった。

    ナミはそれを見て、

    言い知れぬ恐怖を感じた。

    1週間前は自分もそうだった、

    人間という存在。

    今のナミから見れば、

    それは巨大な怪物そのものだった。

    そうだ、

    今の自分にとって人間は、

    自分を捕まえようとしている怪物なんだ。

    もし見つかって捕まったら、

    もう帰って来られない。

    絶対見つかるわけにはいかない。

    ナミはそう思うと、

    トレーナーが見えなくなるのを待って道路に出て

    町に向かって道路わきを走り出した。


    久しぶりに見る町の風景は、

    すっかり変わってしまっていた。

    ナミが前に来たのが1週間前なので

    町自体は全く変わっているはずはないのだが、

    ナミはまるで異世界に迷い込んだかのように思えた。

    巨大な建物、

    自分の背丈の何倍もある大きなドア、

    ものすごい勢いで走る車、

    行き交う人間たち…。

    何もかもがナミの知っているものではなくなってしまっていた。

    そんな町の裏をナミは茂みに隠れるようにして進んでいった。

    やっとのことでナミは目的の場所にたどり着いた。

    それはナミが1週間前まで住んでいた場所、

    白い小さなマンションである。

    ナミは回りに人間がいないことを確認して、

    マンションの中に入っていた。

    彼女の部屋は3階。

    エレベーターのボタンには届かないので

    ナミは階段を1段1段上っていった。

    途中で人間が上から降りてきたが、

    ナミはご主人様を待つポケモンのふりをしてうまくかわした。

    人間の方もウエストポーチを巻いたシャワーズを

    別に気にはしなかったようだった。

    ようやくナミは3階の真中にある

    自分の部屋の前にたどり着いた。

    ウエストポーチからカギを取り出すと、

    ナミは回りにだれの気配も感じないことを再度確認した。

    口にカギをくわえて鍵穴に差し込み、

    首ごとひねるとカギが開いた。

    念のためカギを抜いてから

    ドアの取っ手に前足をかけて

    ぶら下がるようにするとドアが開いた。

    ドアが丸ノブでなくて良かったと思いながら、

    ナミは1週間ぶりに自分の部屋に入った。

    そこはうす暗い迷宮だった。

    入るとまずやわらかい靴があり、

    その先には段差があった。

    キッチンの横を通り過ぎ、

    少しホコリのたまった木の床の上を奥へと歩いていくと、

    ベッドから落ちかけた布団が行く手を遮っていた。

    それを何とか乗り越えると

    今度はカーペットの上にデパートの箱が立ちはだかっていた。

    それを体で押してどけ、

    ようやく窓までたどり着くと、

    ナミは重いカーテンを引っ張って、

    外の光を部屋の中に招きいれた。

    昼の光が暗い迷宮を白い壁をした部屋へと変えた。

    そこもやはり別世界だった。

    全てのものが大きくなっており、

    シャワーズになったナミを見下していた。

    『私、

     やっと帰ってこれたのね…』

    それでもナミは胸がジンと熱くなった。

    しかし、

    感傷に浸るのは後である。

    ウエストポーチを下ろすと

    ナミは部屋の端にある本棚に歩み寄った。

    そしてその一番下の段、

    ナミがあまり読まない本を入れてある所の

    ガラスのふたを開けると、

    中から一冊の本を取り出した。

    “トレーナーのためのポケモン大辞典 全国版”

    トレーナーになった時、

    親が買ってくれた、

    いわばトレーナーの参考書だが、

    この分厚い本をナミは面倒くさくて

    1度も読んだことが無かった。

    ポケモンは一緒にいれば自然に育つ、

    それが自分のモットー…などと言っていたが、

    今はそんな事言っている場合ではない。

    まずナミはシャワーズのページを開いてみた。

    “イーブイの進化形の一つ。

    特攻が高いので特殊攻撃が得意だが、

    物理攻撃は苦手。

    新たな技を覚えさせるのなら

    特殊攻撃にするのがオススメである。

    またレベルアップによって変わった技を覚える。”

    とあった。

    そしてその下にはシャワーズが覚える技、

    使える技マシンが載っていた。

    『私こんなにいっぱい

     技を覚えられるんだ。
     
     えっと、
     
     私は特殊攻撃が得意なのね。
     
     私が持っているもので特殊攻撃の技は…』

    とリストを見ていったが、

    『…え?

     ウソ、

     1つも無いの?』

    と愕然とした。

    今ナミが覚えている技以外で、

    シャワーズが技マシンで覚えられる特殊攻撃は

    “みずのはどう”、

    “れいとうビーム”、

    “ふぶき”、

    “たきのぼり”の4種類。

    どれも威力の高い技である。

    この中で時に覚えておきたいのは、

    “れいとうビーム”と“ふぶき”、

    ナミがまだ使えない氷タイプの技である。

    しかし、

    ナミの技マシンのケースの中には、

    どの技のディスクも入っていなかった。

    『う〜ん、まいったな〜。
     
     とりあえず持ってる中で
     
     良さそうな技を覚えとこぉっと…』

    そう言うとナミはディスクを2枚取り出した。

    バトル中に体力を回復のための技、

    44番“ねむる”、

    それと状態異常技として洒落でお色気技の

    45番“メロメロ”を覚えた。

    とりあえず、

    これで攻撃技はたいあたりと水タイプの技が2つ、

    そして補助系の技が一通り使えるようにはなった。

    次にナミは“強いポケモン育成法”のページを開いた。

    ポケモンを強くする一番の方法は

    バトルすること…、

    というお決まりの文章に続き、

    その他の方法の項目を見つけた。

    “ポケモンのレベルは経験をつむと上がるが、

     「ふしぎなあめ」を食べさせると

     無条件で1つレベルをあげることができる”

    “ポケモンに与えると能力が上がる道具がある。

     「マックスアップ」で体力、

     「タウリンで」攻撃力、

     「ブロムヘキシン」で防御力、

     「リゾチウム」で特殊攻撃力、

     「キトサン」で特殊防御力、

     「インドメタシン」で素早さがそれぞれ上がる。

     1匹のポケモンに使えるのは1種類につき最高10回まで。”

    『あった…』

    ナミは歓喜した。

    これこそナミが探していた、

    バトル以外で強くなる方法だった。

    “ふしぎなあめ”は

    確か物入れにしまってあったが、

    その他の道具は持って無いので今から手に入れるしかない。

    これらの道具は確かデパートで売っていたはずであった。

    まさか買いに行くわけにもいかないので、

    パソコンでの通信販売を使うことにした。

    前に水の石を取り寄せた時に使ったことがあるので、

    注文は簡単だった。

    商品一覧で探していると、

    デパートではわざマシンも

    いくつか取り扱っているのを見つけた。

    その中には14番“ふぶき”もあった。

    もちろんこれも早速注文した。

    合計金額593,500円ナリ。

    高い買い物だったが、

    貯金があったのでどうにか買えた。

    届くのは明日の朝である。

    ナミは次にベッドの横のもの入れを開け、

    中からビニール袋を取り出した。

    開けてみると

    中には“ふしぎなあめ”が10個入っていた。

    わざマシンと同じく、

    “ふしぎなあめ”も行く先々でもらえる貴重なアイテムである。

    ナミはずっと大切にしまっておいたのだが、

    今こそこれを使う時である。

    ナミは1つ食べてみた。

    味は普通の飴に似ていたが、

    飲み込こむと体が少し

    大きくなるような気がした。

    ナミはおやつ代わりというわけでもなかったが、

    10個全部食べた。
     


    やる事が全部終わったので、

    ナミは他のことについて調べる事にした。

    まずは自分のこと。

    一番気になっていたのは図鑑で調べたとき性格が

    “おだやか”

    であったことである。

    『なるほどね。

     “おだやか”は、
     
     特殊防御が高くて物理攻撃技が苦手。
     
     そして“かしこさ”が高いかぁ。
     
     人間の賢さをもっていて、
     
     ポケモンになりたての私はこうなるのね。
     
     ホントに図鑑って正確ね』

    とあのイーブイがいつか言っていた言葉をつぶやいた。

    その時、

    ナミは表の一番端の欄に目が行った。

    “性格:いじっぱり。

     物理攻撃が得意で
     
     特殊攻撃が苦手。”

    『これって、

     確かあのイーブイの性格よね。
     
     シャワーズの能力と、
     
     全く正反対だわ』
     
    特殊攻撃が得意で物理攻撃が苦手のシャワーズと、

    その全く反対の性格“いじっぱり”。

    それを調べてみると、

    エーフィもシャワーズと同じだった。

    もしあのイーブイがシャワーズやエーフィになっていたら

    どうなったのだろうか、

    ナミは考えた。

    多分どっちの攻撃技も苦手になってしまうのではないか。

    得意な攻撃技が無いということは

    ポケモンにとって正に死活問題である。

    “シャワーズになんかにされたらオレの一生終わったようなもの”

    …あのイーブイはそう言っていた。

    彼はこのことを知っていたのだろうか。

    何かで読んだか誰かに教えてもらっていたのだろうか…。

    いや、

    多分彼は生まれつきの本能というものでこの事をわかっていたのだろう。

    自分は物理攻撃が苦手なポケモンになれない、

    なってはいけないことを…。

    ナミはしばらく黙ってその事を考えていたが、

    急にパソコンに向かうとデパートの注文票に道具を1つつけ加えた。


    その日ナミは自分の部屋に泊まることにした。

    幸い冷蔵庫は自分で開けることができ、

    いくつか食べ物も入っていた。

    とりあえず中にあるものを食べていたが、

    味は以前のようには感じるが、

    スパゲティもハンバーグもプリンも

    ナミの口にはあまり合わなかった。

    これならエナナがとってくれる木の実の方が

    よっぽど美味しいとナミは思った。

    中の物を一通り食べ終えたが

    何かもの足りなさをナミは感じた。

    『そうだわ。

     あれなら口に合うかも』
     
    そう思いつくとナミは戸棚から1つの袋を取り出した。

    袋には

    “ポケモンフーズ”

    と書いていた。

    トレーナーのポケモンの主食である

    これなら美味しいかも、

    そう考えてナミはいつかじってみた。

    木の実に比べるとまあまあだが、

    他のよりはこっちのほうが断然口に合った。

    量は他のものでもうとっていたので、

    ナミは1つ食べると満足することができた。


    ナミはベッドの上に座り、

    窓から見える夕焼けを眺めていた。

    空一面、

    金色に染まっている。

    夕日が笠を被っているという事は今夜は雨だろうか。

    ポケモンになって1週間、

    やっと自分の場所に帰ってこられた、

    彼女はそう感じていた。

    シャワーズになって以来、

    初めてゆっくりできた。

    思えばエナナとトレーニングしている時はもちろん、

    食べている時も、

    寝ている時も、

    気の抜ける時は1秒たりとも無かった。

    やっと落ち着いてこれからのことを考えることができた。

    ナミはここでまたずっと、

    以前のような生活がしたかった。

    気が向いた時に起きて食べて、

    外へ出かけ、

    自分のポケモン達と遊び、

    好きな事をして過ごす毎日…。

    彼女はそんな生活が懐かしかった。

    しかし、

    この場所ももう、

    彼女を受け入れてくれないことも、

    ナミはよく分かっていた。

    手の届かない電気のスイッチ、

    重くて開けられないたんす、

    ひねる事の出来ない水道の蛇口、

    着る必要のなくなった洋服…。

    ここで生活するのは、

    今のナミにはとてもムリな話だった。

    自分が住まない以上、

    ここもこのままにしておくわけには

    いかなかった。

    数週間以内にはあけ渡さないといけないだろう。

    部屋にある荷物は親に取りにきてもらうしかない。

    その時両親はどんな思いをするのだろうか。

    ナミは悩んだ。

    自分の娘が急にいなくなって、

    とても心配するだろう、

    悲しむだろう。

    できればそうはさせたくはない。

    とナミは考えた。

    そして口にペンをくわえて

    何度も書き直しながら

    一枚の置き手紙を書き上げた。

    そしてそれが終わると

    ベッドの上に横になり、

    安心してスヤスヤと眠りだした。


    “お父さん、お母さんへ

     私はまたトレーナーとして旅をすることにしました。
     
     急な出発だったので連絡できなくてゴメンナサイ。
     
     こっちに帰って来られるのはいつになるか分かりませんが、
     
     頼れる仲間がいつもいっしょなので心配しないで下さい。
     
     いるものだけ持っていくので、
     
     残していった物は家に運んでおいてください。
     
     落ち着いたらまたメールで連絡します。
     
     ナミ”


    つづく


      [No.1660] 第3話・緑の湖 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:25:39     19clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ナミは夢を見ていた。

    小さい頃、母と2人で野原に出かけた時の夢だった。

    ナミは草の上を走り回り、すっかりはしゃいでいた。

    突然、彼女の近くの背丈の長い草むらからガササガと音が響くと、

    そこには見ると1匹の白と茶色のシマシマのポケモンがいた。

    「ママ、

     ポケモンさん!」

    ナミは母を呼ぶと、

    「あら、

     ジグザグマさんね。
     
     かわいい子ね」

    とジグザグマを見ながら母が笑う。

    その時。ジブザグマはナミ達の存在に気づくと

    ザザザ…

    野原をジグザグに走り始めだした。

    「ママ、私、

     じぐざぐまさんと遊ぶ」
     
    そう声を上げてナミはジグザグマの後を追い始めると、

    「あんまり遠くに行ったらダメよ」

    その後ろから母が声を掛けた。


    ザザッ

    ザザッ

    ジグザグマは野原をジグザグに走って逃げ、

    ナミもそれを真似してジグザグに走る。

    ジグザグマは時々止まっては

    ナミの方をチラリと見てまた逃げる。

    ナミもそれを真似して

    また追いかける。

    そうやってジグザグマとナミは

    緑の野原をどこまでも走っていった。

    そんな追いかけっこをしばらくしていると、

    ピクッ!

    ジグザグマの耳が微かに動いたと思った途端、

    ザザザザ…

    ジグザグマは一直線に長い草むらへと入ってしまうと、

    そのまま見えなくなってしまった。

    「あ〜、

     行っちゃった」

    ジグザグマが走っていった方向を見ながらナミはそう言うと、

    母親の所に戻ろうと思った。

    が、辺りをいくら見回しても

    母の姿を見つけることが出来なかった。

    ジグザグマを追いかけるのに夢中で

    かなり離れた場所まで来てしまったのだ。

    「ママ!

     ママ!」

    ナミは母を呼びながら草むらの中を走る。

    しかし、これまでジグザグに走ってきたため、

    母親がどちらにいるのか分からず、

    ただ無我夢中に走っているだけであった。

    すると、ナミの脚に草が絡まり、

    「あぁっ」

    ザザザッ!!

    ナミはその場に倒れてしまうと、

    ついに泣き出してしまった。

    「ママ、

     どこにいるの?」

    黄昏時、

    西に傾いた陽は当たりの草を金色に染めていく。

    そして、その金色が朱色に変わり始めても、

    ナミは泣き続けていた。

    ”きっとママが見つけてくれる”

    そう思いながらナミは草の上にしゃがんだままじっとしていた。

    しかし、いくら経っても母親は現れなかった。

    もうすぐ日が暮れて夜になってしまう。

    ナミはずっと地面を見ていたが、

    これでは全くダメだと思うようになった。

    よし、自分でママを探そう。

    ママが見つからなくても

    誰か大人の人を見つけて一緒に探してもらおう。

    そう思ってナミが立ち上がった時であった。

    「ナミ!」

    とナミの名前を呼ぶ母の声が後ろから響いた。

    「え?」

    その声にナミが振り返ると、

    沈んでいく夕日の方から

    走ってくる母の黒い影が見えた。

    「ママ!」

    ナミも叫びながら母親に向かって走っていき、

    思いっきり抱きついた。

    「どこ行ってたの、ナミ。

     あんまり遠くへ行っちゃダメだって
     
     言ったでしょう。
     
     あまりママを心配させないで。」

    「ママごめんなさい。

     私、
     
     ポケモンさんを夢中で追いかけてて…。
     
     もうどこにも行かない」

    ナミはそう言って母親の顔を見上げた。

    ナミの顔は夕日に照らされ真っ赤だったが、

    日に背中を向けている母親の顔は陰になり、

    よく見えない。

    「さぁ、

     帰りましょ。
     
     今日はママがおいしいオボンの実のサラダを
     
     つくってあげるから」

    と言って母親が歩き出した時である。

    その黒い影はみるみる姿を変え、

    1匹のグラエナの形になった。

    「ほら、

     早くついていらっしゃい」

    と呼ぶグラエナ姿の母に対し、

    「はーい、

     ママ」

    ナミもシャワーズの姿になって追いかけようとした…、

    そこでナミは目を覚ました。


    そこは木の根元にあいた大きなほら穴の中で、

    外には見慣れた原っぱが広がっていた。

    外はすっかり明るくなっており、

    朝の日差しがさんさんと降り注いでいた。

    ナミは自分の体を見ると

    『はぁ…』とため息をついた。

    やっぱり昨日の事は夢ではなかったのだと思った。

    ポケモンに変身してしまった事、

    絶望から死ぬ事を考えた事、

    そして必死に動けるようにがんばった事、

    それらをナミは思い出した。

    『これから私、

     どうしたらいいんだろ…』

    ナミはそうつぶやいたが、

    今はそんなことを言っても仕方がなかった。

    とりあえずナミは洞穴から外に出てみた。

    よく晴れたすがすがしい朝で、

    そよそよと吹く風がとても気持ちよかった。

    『おや、

     やっと起きたね』

    原っぱの中からエナナが顔を出した。

    『さぁ、今日も昨日と続きだからね。
     
     とりあえず朝ご飯を食べて元気つけないとね』

    そう言ってエナナはオボンの実を1つナミの前に置いた。

    ナミはしばらくじっとそのオボンの実を眺めていた。


    この日も朝から歩く練習だった。

    昨日やった事はもう体が覚えていたので、

    お昼前にはナミはもう草の上を元気に走り回っていた。

    『よし、

     もう地上での動きは大丈夫なようだね』

    と走り回るナミを見てエナナが言う。

    怖い顔をしているが、

    ナミにとっては自分に新しいことを教えてくれるいいコーチであった。

    『あたしはちょっと今から出かけるから、
     
     しばらくここで休んでなさい』

    そう言うとエナナは森の中に入って行った。

    ナミは草の上に腰を下ろし

    しっぽの先のヒレを自分の右側から前に持ってきて

    地面の上に休ませた。

    これがシャワーズとしてナミが一番落ち着く姿勢であった。

    すぐそばにはナミが植えた実のなる木があり、

    今日もいくつかの新しい実が膨らみはじめていた。

    『これでもう、

     餓え死にする事はないみたいね』

    実を見ながらナミは安心したが、

    ふと気になったことがあった。

    “野生では自分で食べ物を探さないといけない”

    それはイーブイもチャモちゃんも言っていたことだった。

    それならなぜこの実に手を出さなかったのだろうか。

    チャモちゃんはずっと一緒にこの場所に来ていたから、

    このことは知っているはずだし、

    イーブイも辺りを見ればすぐに気が付いたはずである。

    あのままここにいれば、

    食べ物に不自由することはないのではないか。

    そう思っていたときに、背後に誰かの気配を感じた。

    『このにおい、
     
     知ってるにおいだわ。
     
     エナナでも
     
     チャモちゃんでもない。
     
     だれだろう…』

    とそう思いながら振り返ると、

    森の中からあのイーブイが現れた。

    『よぉ』

    イーブイが声をかけて来た。

    『どうやら無事に
     
     生きてるみたいじゃないか。
     
     はは…、
     
     安心したぜ』

    その言葉にナミはムッとして横を向いた。

    別にあなたに安心してもらう筋合いはない。

    そう思った。

    『まぁ、
     
     こっちはいきなり知らない土地で放されたから
     
     けっこう苦労してんだけどね。
     
     あんたはその木があるから心配いらなくていいね』

    そう言って、

    イーブイは実のなる木を見上げた。

    『どうぞ、

     好きに食べていいわよ。
     
     どうせもう私の物でもなんでもないんだから』

    ナミは横を向いたまま言った。

    『あんたに言われなくても勝手に食べるさ』

    とイーブイが言ったので、

    ナミは思わず振り向いた。

    さっきあんなに物欲しそうに言っていたのに…、

    『変なヤツ』

    とナミは小さくつぶやいた。

    ナミの前でイーブイはマトマの実を一つちぎり、

    悠々と口へ運んでいく。

    大方食べ終わった時、

    『ところであんたは、

     バトルはできるのか?』

    『え?』

    イーブイからバトルと言われてナミは驚く。

    まさかポケモンの口からその言葉が出るとは

    思ってもみなかったからである。

    『バ、
     
     バトルって
     
     ポケモンバトル?
     
     あれって
     
     トレーナーのポケモン同士がやることじゃないの?』

    ナミの声が驚きで高く上ずっている。

    『何言ってるのさ。
     
     知らないポケモンと出会ったらまずバトル、
     
     気の合った仲間がいたらすぐバトル。
     
     それが常識だろ』

    そんなナミにイーブイは言う。

    『常識だって、

     いきなりそんなこと言われても困るわ』

    『何を言っているんだ
     
     バトルはポケモン同士の挨拶みたいなもんさ』

    『でもバトルに負けて
     
     “ひんし”になったら大変じゃない』

    そんなイーブイにナミはあわてて指摘する。

    この自然の中で動けなくなったら

    それは”最期”を意味するからだ。

    『あぁ

     あれはトレーナーが闘う気力な無くなったポケモンを見て
     
     勝手にそう言っているのさ。
     
     確かにトレーナーがいてくれたら、
     
     いい技を指示してくれるし
     
     多少ムリもできるけどな』

    心配顔のナミを見ながらイーブイは笑って言うと

    『でも、攻撃されたら、
     
     怪我して痛いし、
     
     それに、イヤじゃないの?』

    ともナミは聞いた。

    まさか自分がバトルをすることになるとは

    思っていなかった。

    『そんなことはないさ。
     
     相手の攻撃を受けるのも相手を知るうちだし、
     
     ケガなんて寝て起きたらすぐに治るさ。
     
     それともあんたはオレたちが

     イヤイヤバトルさせられてると思ってたのか?』

    とイーブイがまた笑って言う。

    言われてみれば確かにそうであった。

    ポケモンたちはいつも喜んで、

    いろんなポケモン達とバトルし、

    その時はどんなポケモンもイキイキとしていた。

    『で、
     
     あんたは今
     
     どんな技が使えるんだ?』

    とイーブイは聞いてきた。

    ナミは考えた。

    自分がポケモンの技を出すなんて考えた事もない。

    それに今は歩き回ることだけで精一杯である。

    『…分からない』

    とナミは返事をすると、

    『何だよ、

     それなら自分で調べてみな。
     
     いつもオレたちに向けてた赤いやつ、
     
     えっと、ポケモンずかんだっけ?
     
     あれで使える技が分かるんじゃないか?』

    全国1000万のトレーナーの必需品・ポケモン図鑑。

    ポケモンの種類、

    タイプからポケモン個々の強さ、

    特性、性格、

    使える技までが分かり、

    さらにはトレーナー自身の身分証にまでにもなる優れものである。

    『でも昨日、
     
     あの時に落としちゃって…。
     
     今から探さないと』

    そうナミが言うと、

    イーブイは

    『それなら
     
     そこにあるじゃないか。』

    と言って、

    あごで森のほうを指した。

    それはナミが寝ていたほら穴なある大木の横であった。

    そしてそこにはナミのウエストポーチや

    空のモンスターボール、

    さらには破れた服までもが集められていた。

    ナミはそこまで歩いていくと、

    自分が昨日着ていた服に顔を近づけると

    知っているにおいがした。

    『このにおい、
     
     エナナが集めてくれてたんだ』

    そう言うとナミはポケットの中に顔を突っ込み、

    ポケモン図鑑をくわえて出した。

    そして図鑑のレンズを胸につけて、

    前足で抱くようにしてボタンを押すと、

    図鑑が反応した。

    “シャワーズ。
     
     あわはきポケモン。
     
     タイプ:みず。
     
     性別:メス。
     
     性格:おだやか…”

    『何がおだやかよ。
     
     こっちは全然、
     
     心中おだやかじゃないわよ』

    そう思いながら、

    ナミは十字ボタンを押して、

    技の画面に切り替えた

    “レベル1。
     
     使える技:
     
     たいあたり、
     
     しっぽをふる、
     
     てだすけ
     
     ……以上”

    『3つだけか。
     
     まぁ
     
     良かったじゃないか、
     
     使える技があって。
     
     その大きなしっぽは
     
     お飾りじゃなかったってとこかな』

    図鑑の発する音声を聞いたイーブイが、

    からかうように言った。

    『それよりも
     
     レベルが1ってどういうことよ。
     
     これじゃ、
     
     タマゴから孵ったばかりの
     
     ポケモンよりも下じゃない』

    ナミは図鑑の画面を見ながら言った。

    タマゴから孵ったばかりのポケモンでも

    この地方ではレベル5である。

    『当然だろ。
     
     オレ達はタマゴの中にいる時から
     
     周りのことは分かってるし、
     
     生まれてすぐにでも闘えるんだからな。
     
     それに比べあんたはただシャワーズになっただけで、
     
     歩くのもおぼつかないんだからね。
     
     やっぱり人間様が作った機械は正確だな。
     
     とりあえず、
     
     今使える攻撃技は、
     
     たいあたりだけか。
     
     いっちょオレにやってみろよ』
     
    そう言うとイーブイは

    ナミ真正面の少し離れた位置に移動し、

    『さぁ、
     
     かかって来いよ』

    とナミを挑発した。

    ナミは迷った。

    自分が技を使えるのが信じられなかったし、

    目の前のポケモンを本当に攻撃して

    良いのかも分からなかったからだった。

    だが、

    イーブイ本人がいいと言っているのである。

    それもナミがシャワーズになってしまう原因を作った張本人である。

    ナミは

    『思いっきり吹っ飛ばしてやる!』

    と思いながら、

    全力でイーブイに向かって走っていった。

    そしてイーブイに肩から思いっきり”たいあたり”したが、

    それはいとも簡単に受け流されてしまった。

    『なんだよソレ、

     本当にそれが技かよ。

     本当にレベル1だな』

    とイーブイは笑ったと思うと、

    急に真剣な目つきになり、

    『技っていうのは、
     
     こういうんだよ』

    と言うなり、

    ものすごい勢いで穴を堀り、

    地中へともぐった。

    『わっ』

    ナミは驚いてイーブイが入って行った穴に近づこうとすると、

    突然自分の真下の地面が盛り上がり、

    中からイーブイが飛び出してきた。

    ナミはイーブイの意外な攻撃をくらって倒れてしまった。

    『おっと、
     
     もう“ひんし”かよ。
     
     まぁいい、
     
     これでバトルがどういうものなのか
     
     分かっただろ。
     
     また来てやるから、
     
     それまでにはもっとまともな技が
     
     使えるように頑張っておくんだな』

    そう言うとイーブイはまた森の中に入って行ってしまった。


    『おい、

     ナミ。

     大丈夫か』

    という声でナミは目がさめた。

    エナナが戻ってきて倒れているナミを見つけたのであった。

    『どうした。

     誰か来たのか』

    そう尋ねながらエナナは地面の穴、

    そしてマトマの実の食べ残しを見てナミに聞いた。

    それに対し、

    『別に…、

     何でもないわよ』

    とナミは返事をする。

    それを聞くとエナナは

    『そうか』

    と、それ以上は尋ねはしなかった。

    『それよりも、

     エナナ。

     どこに行ってたの?』

    逆にナミが聞くと、

    『あぁ、
     
     今からあんたの新しいトレーニングをするんだが、

     今でもそれがそこにあるのか確かめに行ってたんでね。
     
     大丈夫ちゃんと昔のままだったよ。
     
     ついておいで』

    エナナはそう言うと森の方へ向かって歩いていった。

    ナミもそれを追うために立ち上がった。

    イーブイが言った通り、

    体はもう何とも無かった。


    うっそうとした森の中、

    2匹は歩いていた。

    エナナはナミの少し前を黙って歩いていく。

    辺りはうす暗く、

    木々が立ち並んでいるので、

    ナミはエナナを何度も見失いそうになった。

    しかし、シャワーズの鼻はエナナのにおいを確実に嗅ぎ分け、

    エナナのいる方へとナミを導いていく。

    時々はるか上の木のてっぺんあたりで、

    鳥ポケモンたちが会話しているのが聞こえた。

    しばらく歩いているとナミは森の先から、

    何を感じるようになった。

    気配ともにおいとも違う、

    首のまわりのヒレに直接くる冷たい感覚、

    そんなものを感じていた。

    『ほら見えてきた』

    とエナナが言った時、

    森の端が見え、

    その先に空から差し込む日の光が輝いていた。

    ナミが森から出て

    外の光に目が慣れると、

    そこに見えたのは森の中の大きな湖だった。

    周りの木々の姿を映し、

    その水面は深い緑色に染まっていた。

    シャワーズになって初めて見る湖だったので、

    どのくらいの大きさの湖かは分からなかったが、

    かなりの大きさだとナミは思った。

    湖の周りには沢山のポケモン達が

    水を求めてやってきており、

    水を飲んだり、

    水浴びをしたり、

    木陰や草の上で昼寝をしたりしていた。

    エナナは湖の縁まで歩いていくと

    水に口をつけて、

    美味しそうに飲み始めた。

    ナミも水の側までやってくると、

    シャワーズの姿が映った水面に顔を近づけ、

    1口飲んでみた。

    湖の水はとても冷たく、

    そしておいしかった。

    湖の水は昨日から木の実しか口にしていない

    ナミの乾いたのどを潤し、

    しっぽの先までその潤いが届くようであった。

    ゴクゴクと水を飲む

    ナミにエナナは話し掛けた。

    『さて、

     湖にシャワーズのあんたを連れてきたという事は、

     どういうことか分かるね』

    ナミは顔を上げると

    コクリとうなずいた。

    水ポケモンのシャワーズは普通、

    水辺で生活する。

    そのためにはまずは泳げなくてはならない。

    そのくらいナミにも分かった。

    シャワーズは水中にとても適した体なので

    歩けるようになった時のように

    すぐに泳げるとは思うが、

    はたしてちゃんと泳げるのかナミはとても心配だった。

    『まずは

     その体を水に慣らそうか。

     水に入ってごらん』

    とエナナは指示をする。

    だがナミはすぐには水に入る事ができなかった。

    さっき飲んだ時の感覚からすると、

    水はかなり冷たいに違いなかった。

    シャワーズにとっては、

    こんな冷たさは平気だろうと心のなかでは思っても、

    その1歩がなかなか踏み出せない。

    『あぁ、もう。

     いちいち世話がやけるねぇ』

    そんなナミにエナナはじれったさを口にしながら、

    ナミの後ろから体でグイグイと押していった。

    『うっ…』

    ナミは目をつむって水の中に入っていき、

    エナナが押すのをやめるとゆっくり目を開けた。

    ナミの4つの足はひざの辺りまで水に浸かっていた。

    水は予想通り冷たかったが、

    それは想像していた刺すような感じではなく、

    とても気持ちよかった。

    ナミは自ら湖の中のほうへ進んでいった。

    水はどんどん深くなり、

    肩まで浸かるようになった。

    ナミは目をつむって、

    冷たい水が全身を包み込み一体となる、

    そんな感触を静かに楽しんでいた。

    そして、そのまま体を倒すと頭までが水に浸かった。

    水の中はもっと幻想的であった。

    上には水面がキラキラと輝き、

    水の底は土や木の根っこがなだらかな凹凸を作り、

    大きな斜面が湖の真中に向かって広がっていた。

    湖のもっと深いところでは魚ポケモン達がゆったり、

    時にはすばやく泳いでいるのが見えた。

    しばらく浅いところで水の感触を楽しんでいると、

    ナミは急にエナナに呼ばれた。

    『水に浸かるのはいいが、

     自分で泳がなくちゃ。

     あたしについておいで』

    エナナにそう言われてついて行くと、

    小高い丘の上に着いた。

    その向こうは湖に川が流れこんでいる所であった。

    そこでエナナは驚くべきことを言った。

    『さぁ、

    ここから飛び込んでみな』

    『えっ!

     ここから!?』

    びっくりしながらナミは聞き返すと、

    下を見た。

    川の流れはかなり速そうである。

    『そうだよナミ。
     
     これだったら、
     
     あんたも自分で泳がなくては
     
     ならないからね』

    『でも、

     もし泳げなかったら

     死んじゃうじゃない』

    ナミは恐怖で泣きそうになりながら

    必死にそう言うが、

    『泳げないなんて、

     そのしっぽや頭のヒレは

     何のためにあるんだい』

    そう言うとエナナはナミの首根っこをくわえて、

    高く持ち上げた。

    『待って!

     もうちょっと練習してから…』

    とナミは懇願するが、

    エナナは首を大きく振りかぶり、

    彼女を川の中へ投げ込んだ。

    川の勢いは水の中の方が激しく、

    水の流れに巻かれるようにして

    ナミはあっという間に湖の深い所まで流されてしまった。


    水の中でナミは目を開けた。

    静かな水の中、

    ナミは1人漂っていた。

    上を見ると遠くに水面が見え、

    キラキラと輝いていたが、

    下を見ても水は深く底は見えない。

    とにかく息が切れる前に水面に上がらなければならない。

    ナミはそう思うと

    4つの足をばたつかせて泳ごうとした。

    しかしなかなか前には進まず、

    ナミはあせった。

    必死にもがいても水面ははるか遠くで揺れるばかりで、

    一向に近くならない。

    その姿が気になるのか、

    魚ポケモン達が遠くのほうからナミを見ていた。

    水の中に入ってから数分がたった。

    ナミはわずかに

    息苦しさを感じ初めていた。

    『大変、

     このままじゃホ本当に溺れちゃう。

     水ポケモンなのに溺れるなんて冗談じゃないわ』

    そう思ってまた必死に足をばたつかせるのだが、

    水面は近くなるどころか

    逆にどんどん遠くなっていくようで、

    顔も真っ赤になり、

    息ももう続きそうになかった。

    ナミはその苦しさのあまり

    体を激しくくねらせた…、

    その時だった。

    急に体の周りの水が

    前から後ろへ流れ出したと思うと、

    遠くに見えた水面がぐんぐん近づき、

    ナミの体は水面を突き抜け宙を舞った。

    ナミの魚のようなしっぽが水をかいたのだ。

    空中で息継ぎができたナミはまた水中に戻ると自分の尻尾を見た。

    さっきの様に体をくねらせるみたいに上下に動かすと、

    しっぽもそれにつられ、

    大きく上下に動き水をかいた。

    進み方さえ分かればあとは簡単だった。

    耳と頭の上のヒレを使えば、

    曲がるのも回転するのも簡単だった。

    周りの水の流れも、

    首からしっぽに先まで背中に生えている長いヒダのようなもので

    感じることができたし、

    光る水面を見れば自分が今どっちの方を向いているのか

    すぐに分かった。

    ナミはまさしく水を得たシャワーズとなって湖の中を自由に泳ぎ回った。

    時々水面からから嬉しそうに飛び跳ねるナミを、

    エナナは小高い丘の上から満足そうに眺めていた。


    つづく


      [No.1659] 第2話・黒い獣 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:24:30     12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    シャワーズへの進化から1時間が過ぎた。

    しかし、ナミは未だに動けずにいた。

    自分がポケモンになってしまったというショックもあった上、

    シャワーズの体が感じる

    音、

    におい、

    その他さまざまな今まで感じたことのない感覚に

    苦しんでいたからであった。

    『何でこんな事に…』

    彼女は小さくつぶやいた。

    イーブイをシャワーズに進化させるつもりが、

    まさか自分がシャワーズになってしまうなんて

    今でも信じられなかったが、

    水色の前足となってしまった自分の手を見ると、

    それがまぎれもない現実だと改めて思い知らされるのであった。

    『とにかく何とかしなくちゃ…』

    やっとのことで気を持ち直したナミは、

    どうにかしてこの場を動ける方法を考えた。

    もう首をまわして辺りを見わたすことはできるし、

    前足もなんとか動く。

    だが、

    すっかり形が変わってしまった後ろ足と、

    新たに授かった

    巨大なしっぽはどうする事もできなかった。

    『ダメ…、

     これじゃ動けない。

     このまま野生のポケモンに

     襲われたらどうしよう…』

    と途方にくれそうになった時である。

    ナミは服の腰の部分に付いている

    モンスターボールに目が行った。

    徐に前足を伸ばすと

    一番端のボールに届きそうであった。

    それに入っているのは

    彼女がトレーナーになった時にもらった

    アチャモが進化した、

    バシャーモのチャモちゃんであった。

    『チャモちゃんを出そう。

     今なら言葉も通じそうだし、
     
     チャモちゃんなら
     
     助けてくれる』

    そう思ったナミは

    何とか動く前足で

    モンスターボールのスイッチを押した。

    とたんにボールが開いて

    中から真っ赤なもうかポケモン、

    バシャーモが姿を表した。

    バシャーモの長身から出る

    燃えるような熱気と

    気迫にある表情、

    そしてその強い匂いにナミは圧倒された。

    『これがチャモちゃん!?

     ぜんぜん違って見える…』

    驚いた顔で見ているシャワーズを、

    バシャーモはじっと見ていた。

    『こ、

     こんにちは』

    いつも見ていたチャモちゃんの

    あまりにもの印象の変わりように、

    ナミは思わず間抜けな挨拶をしてしまった。

    『私よ、

     ナミよ。
     
     分かる?
     
     あなたのトレーナーの
     
     ナミよ』
     
    ナミは恐る恐る目の前の大きなポケモンに声をかけた。

    『あぁ、分かっている。
     
     水の石でイーブイを進化させようとして、
     
     自分がシャワーズになってしまったんだろ』

    そのポケモンは太い男の声でナミに言う。

    どうやらポケモンはモンスターボールの中からでも

    外の様子が分かるらしい。

    『そうよ、

     私よ。
     
     助けて頂戴。
     
     どうしたらいいか分からないの、
     
     とても困ってるの。
     
     すぐに助けて』

    と縋るナミに対して、

    そのポケモンは一言、

    『断る』

    と告げた。

    『なぜ?

     私のポケモンでしょ。

     あなたトレーナーが

     言っているのよ。

     はやく助けて、

     助けてちょうだい!』

    ナミは必死に説得をするが、

    『何を言っている。

     もうおまえはポケモンなんだ。

     もういくらなついても

     ポケモンフーズはもらえないし、

     ポケモンセンターにつれていってくれるわけでもない。

     もうおまえといる理由なんて何も無いんだよ』

    とバシャーモは冷たく言い切った。

    『そんな…

     でも今まで育ててあげたでしょ。

     バトルにも勝てるように強くしてあげたでしょ。

     だから今度はあなたが私を助けなければいけないのよ!』

    ナミは戸惑いながらも強い口調で言う。

    そう、自分に最もなついているポケモンだから、

    自分が一番手をかけてきたポケモンだから、

    ナミは優しく助けてくれるものだと思いつつ、

    そう言うが、

    『ふんっ

     何を言っている。

     私たちは人間のトレーナーだから付いていただけだ。

     ポケモンのトレーナーに用は無い』

    バシャーモはやけにかたい表情のまま返事をする。

    『そんなぁ…、

     それじゃこれからどうするつもりなの?

     誰がポケモンフーズをあげるの?

     誰がポケモンセンターに連れて行ってあげるの?
     
     そんなこと出来るのってあたししか居ないじゃない』

    ナミが居なければバシャーモは何も出来ない事を指摘するが、

    それに対してバジャーモは

    『そーだな、

     とりあえず、食料は見つけないとな。

     野生では自分で見つけなければならないからな』

    と言いながらナミの水色の体に目をやった。

    『まさか…。

     わ、

     私を食べるの?』

    バシャーモのその返事にナミは怯えながら尋ねると、

    『さぁて、

     どうするかな?』

    と言いつつバシャーモはニヤッと笑い、

    『ま、

     さっきあんたが言ったように

     今までのこともあるから、

     今日はやめにしといてやる』

    バシャーモは笑いながら言うと、

    それを聞いたナミはちょっとほっとした。

    『だが……』

    そんなナミに向かってバシャーモは続けると、

    『え?』

    ナミはギョッとしながらバシャーモを見る。

    『……他の野生のヤツらは

     どうか分からないな。

     このままだと本当にたべられでしまうかもしれんぞ』

    『ウソ…』

    それを聞いたナミの水色の顔がよりいっそう青くなる。

    『そういうことだ。

     ではこれで自分も失礼させていただくよ。

     何せ初めての野生でこっちも大変なんでね』

    そう言うなりバシャーモは森に向かって飛び上がった。

    …と思うとすぐに戻ってきた。

    『何?

     もしかして助けてくれるとか?』

    ナミは聞いた。

    それに対しバシャーモは

    『いや、
     
     コイツらのことを忘れていたのでね』

    と言いながらナミの服からモンスターボールをとると、

    ヤルキモノ・ラクライ・サンドと

    中のポケモン達を中から出した。

    『さぁ、

     これで終わった。

     それではナミさん。

     お元気で』

    と言い残しバシャーモは高くジャンプして視界から消えてしまうと、

    他の3匹のポケモンたちも無言で森に入っていき、

    すぐに見えなくなった。

    『なんでよ。
     
     ウソでしょ、

     チャモちゃーん!』
     
    消えてしまったポケモン達の名前を呼びながらナミは嘆いた。

    もう絶望的な状況であった。

    唯一の頼みであった自分のポケモンにも見捨てられ、

    ナミは完全に生きる希望を失っていた。

    時刻はもうお昼近く。

    高く上がった太陽の光がナミの水色の体に強く降り注いでいた。

    水ポケモンであるシャワーズの体には、

    それはとても熱く感じられた。

    『私このまま

     太陽に焼かれて
     
     死んじゃうのかな。
     
     それともポチエナとかに
     
     襲われるのが先かな…』

    ナミは草の上に寝転んだまま、

    さっきバシャーモが中のポケモンを出し

    開いたままになっている

    4つのモンスターボールを見ながら

    そんなことを考えていた。

    もうどうにもならないという絶望感が彼女を支配していた。

    『あぁ、
     
     もうちょっと今日の朝ごはん
     
     いっぱい食べておくべきだったかな…。
     
     もっとポケモンたちと遊んでおくんだったかな…』
     
    ぽっかりと

    大きな穴があいてしまったような心の中で、

    ナミはもうこのまま死んだほうが

    楽だと考えるようになっていた。

    『どんなふうに私、

     死ぬんだろ…。
     
     できれば楽に死にたいな…。
     
     このまま日の光で干からびるのはつらそうだな…。
     
     野生のポケモンに食べられるのも痛いだろうな…。
     
     そうかこのまま何も食べられずに
     
     お中を減らしたまま死ぬのもイヤだな…』

    そう考えていたら急に悲しくなって、

    ナミの目から涙が出てきた。

    『イヤ!
     
     やっぱりそんなのイヤ!
     
     こんなところで
     
     死ぬのなんてイヤ!
     
     何が何でも
     
     ぜったい生きたい!』
     
    そう言って頭を強く振った時、

    ナミは頭の上のヒレに

    何か硬いものが当たった感じがした。

    『え?』

    首をひねって見ると、

    そこにはモンスターボールが1つ転がっていた。

    『これは私の…』

    そう思って顔を近づけると中から声がした。

    『“おーい、
     
     ナミさん。
     
     やっと気づいたようだね。
     
     ちょっと出してもらえるかな”』
     
    ボールの中からきれいな女の声に聞こえた。

    どうやら中にポケモンが入っているようだった。

    ナミはさっきバシャーモがナミのポケモン達を

    連れて行ったことを思い出した。

    『バシャーモと3匹が一緒に行って、
     
     4匹。
     
     先に行ったイーブイを入れて5匹。
     
     私が連れてきたのが6匹!
     
     あと1匹残ってる!
     
     えぇっと、
     
     あと残っているのは…』
     
    バシャーモと一緒に

    行ってしまったポケモン、

    それを思い出すと

    ボールの中にいるポケモンがだれなのか、

    それを予想するのは難しくはなかった。

    だが、

    『やだ、

     グラエナのエナナちゃんじゃない…』

    と分かった瞬間、

    ナミの体からは冷や汗が出た。

    グラエナ、

    通称かみつきポケモン。

    獰猛な性格で大きなキバを持ち、

    トレーナーになかなかなつかない事で知られている。

    そしてさっきナミが襲われるかもと思った

    ポチエナの進化形。

    今のナミと比べたら

    グラエナの方がずっと大きいはずであった。

    『どうしよう…、

     出したとたんに
     
     食べられちゃうかも…』
     
    そう思いナミは怖くなったが、

    日の光で干からびるか

    捕食されるか、

    それとも餓死するか、

    絶望的なこの状況の中に差し込んだ、

    一筋の光のような気がした。

    保証はどこにもないけどこのポケモンなら

    助けてくれるかもしれない。

    声もきれいだし、

    怖そうなグラエナでもポケモンの目から見たら

    とても優しい顔に見えるかもしれない。

    下手をしたら襲われるかもしれないが、

    いま何もしないよりはマシ。

    そうナミは考えた。

    そして意を決して、

    『出てきてエナナちゃん』

    と言って、

    モンスターボールを前足ではじくようにして投げた。

    とたんにボールが開き、

    中から1匹の黒い獣の影が

    ナミにしっぽを向けて現れた。

    『やぁ、
     
     ナミさん。
     
     ありがとう』

    そう言って、

    グラエナは振り向いた。

    声は綺麗だったが、

    しかし、赤い大きな目をしたグラエナ顔は、

    ポケモンの目にも今にも自分に噛み付いてきそうな、

    そんな怖い顔に見えた。

    『本当にシャワーズになってしまったんだね、

     ナミさん。
     
     あの坊やも言ってたけど、
     
     こりゃホントにたまげたね』
     
    とそのグラエナは言いながら

    近づいてきたが、

    ナミは自分より大きな獣が近づいてくる

    恐怖で完全に硬直してしまっていた。

    そんなナミに向かってグラエナは、

    『なんだね、

     ナミさん。
     
     別にあたしはあんたを
     
     取って食ったりはしないよ』

    と言った。

    それでも目の前のシャワーズは

    間近に見る大きなグラエナの顔に

    すっかり怯えてしまっている。

    『まぁ、

     いい。
     
     他もヤツらも言ってたが、
     
     あたしも野生に戻るんでね、
     
     これからしなくちゃいけない事が
     
     山ほどあるんだが……』

    と話始めた。

    ナミはやっぱりダメだと思ったが、

    『……あんたはどうするんだい?』

    というグラエナの言葉に

    ハッとした。

    初めて自分のことを聞かれたからだった。

    『ど、

     どうするって?』

    恐る恐るナミが聞くとグラエナは

    『どうって、

     もちろんあんたのこれからの事さ。

     いきなり人間様から

     ポケモンになってしまって、

     どうしていいのか

     皆目見当もつかないんだろ。

     あたしが教えてやろうかって

     言ってるんだよ』

    と言う、

    無論、ナミは戸惑った。

    今までの自分のポケモンが冷たかっただけに、

    グラエナの突然の申し出には驚き、

    そしてとても有難かった。

    しかし、

    目の前のグラエナの威嚇するような目や、

    鋭いキバを見ると

    どうしても素直にハイと言えなかった。

    『えっっと、

     私…、
     
     なんていうか…』

    ナミが決めかねていると、

    グラエナは

    『あぁもぅ、

     じれったいねぇ!
     
     あたしについてくるか、
     
     ここで餓え死にするか
     
     どっちなんだい。
     
     きまぐれなあたしの気がかわらないうちに、
     
     さっさと決めな!』

    と一喝した。

    それに圧されるようにナミは意思を固め、

    『ハイ…。
     
     お願いします』

    と返事をする。

    そして、

    『私、
     
     どうしたらいいか分からないの。
     
     ほかのみんなはどこか行ってしまったし…。
     
     グラエナさん、
     
     お願い。
     
     助けてください』
     
    『よしそれでいい。
     
     それにあたしのことはエナナでいい』

    そう言うと、

    エナナはナミの首根っこをくわえると、

    ナミのしっぽをズルズルと引きずりながら、

    まるで猫自分の子供を巣に連れて行くように、

    森のそばの木陰まで運んでくれた。

    ナミは木陰の湿った土がとても気持ちよく感じられた。

    次にエナナはナミが体に巻いている

    体型に合わなくなった服を噛み切って脱がせると、

    いきなりナミの顔をペロペロと舐め始めた。

    『きゃっ、
     
     くすぐったい!
     
     何をするんですか?』

    とナミが聞く。

    『あんたは今、
     
     自分がどういう姿なのか
     
     まだ分かってないんだろ。
     
     こうして舐めてもらって、
     
     まず自分も体のことを知らなきゃ。
     
     生まれたての赤ん坊だって
     
     まず母親のこうしてもらって
     
     動けるようになるんだから。
     
     まぁ、
     
     かなり大きな赤ん坊だがね』

    とエナナは言って、

    ナミの頭から首、

    前足、

    胴体、

    お尻から後ろ足、

    そしてしっぽの先まで

    ナミの全身をくまなく舐めていった。

    『うぅ、

     はずかしい…』

    ナミは丸裸にされ、

    いたるところをエナナに舐められたので

    最初は恥ずかしかったが、

    次第に舐められたところに

    体の感覚が戻ってくることが分かった。

    『よし、
     
     これで全部か。
     
     つぎはやっぱり動けないとな。
     
     よしまず立ってみな』
     
    ナミの全身を舐め終わったエナナはそう言った。

    ナミはとりあえず前足をついて

    上半身を起き上がらせた。

    そして後ろ足も立たせようと

    ひざを伸ばしてみたが、

    どうにも踏ん張りが利かず、

    ボテっ!

    尻もちをついてしまった。

    『あ〜、
     
     ちがうちがう。
     
     こう、
     
     足の先っぽで立つ感じだよ。
     
     もう一度やってみな』

    エナナにそう言われたので

    ナミは長いつま先を地面につけて、

    今度は足の先で立つように

    足を地面について伸ばしてみた。

    そのとたん、

    下半身がグイッと

    持ち上げられたかと思うと、

    バランス良く4つ足で立つ事が出来た。

    『あぁ、

     私本当にポケモンに
     
     なってしまったのね…』
     
    ナミは地面にしっかりとつけられた

    自分の4本の足を見てつぶやいた。

    『やれば出来るじゃないか。

     よし。

     次はそのまま歩いてみな』

    そうエナナが言うので、

    ナミは前へ歩こうとしたが、

    2本足で歩いていた時とは違い、

    足が4本もあると

    どれをどの順番で出せばいいか分からない。

    ナミが聞こうとすると、

    いつの間にかエナナは

    ナミ後ろに廻っており、

    いきなりたいあたりをしてきた。

    『キャッ!』

    と言ってナミは

    前のめりに倒れそうになったが、

    その時4本の足が自然に動き、

    数メートルほど歩く事が出来た。

    『よし上出来。

     次は自分でやってみな』

    エナナはナミが今の感覚を忘れないうちに指示した。

    ナミは目をつむり自分で前に体重をかけると

    4つの足は順序よく動き、

    しっぽもちょうど地面のすぐ上で

    左右に振るように自然と動き、

    そのまま原っぱの反対側まで歩いていく事ができた。

    エナナはすぐに追いかけてきて

    ナミの首根っこを加えて反対側を向かせると、

    もう一度やるように言った。

    ナミは原っぱの真中あたりまで来たとき、

    今度は走ってみようと思った。

    体重をもっと前にかけて足を早く動かそうとしたが、

    足同士が当たってしまい、

    そのままバランスを崩して草の上にこけてしまった。

    すると、エナナがすぐに追いかけてきて

    『オイオイ、

     走るのはまだ速いよ』
     
    と笑いながら注意をする。

    ナミはそう言うエナナの目が、

    わずかにだが優しく、

    暖かく見えた。

    『さぁ、
     
     これからはいろいろな方向に曲がるからね。
     
     あたしの動きをよく見ながら、
     
     ついてきな』

    そう言うとエナナは先に歩き出した。

    ナミもその動きを真似しながらついて行く。

    ナミは早く自由に動けるようになるため必死だった。

    なれないシャワーズ体では歩くのも大変だったが、

    だんだん新しいことが出来るようになっていく喜びも感じていた。

    そうこうしているうちにすっかり日も傾いていき、

    夕方になった。

    そのころにはナミは草の上を自由に歩き回り、

    前足と後ろ足を交合に出して跳ぶように

    走れるようにまでなっていた。

    『よし、
     
     ナミ。
     
     今日はここまでにしようか。
     
     さて、
     
     ディナーといくか』
     
    とエナナが言う。

    ふぅっと、

    ナミは地面に腰を下ろすと、

    『ディナーって、

     エナナどうするの?
     
     今日はポケモンフーズも
     
     持ってきてないのよ』

    と聞いた。

    すると、エナナはあごで原っぱの一角を指し、

    『あれだよ』

    と告げた。

    それはナミが木の実を育てている場所だった。

    行ってみると新たにいくつか木の実がなっていた。

    『さぁて、

     どれがいいのかね』

    とエナナは木の実を品定めするように見ながら言うと、

    ラブタの木に前足をつき、

    口で毛のはえた実を2つ採ると

    1つをナミの前に置いた。

    『これってラブタよね…。

     すごく苦いんじゃなかったっけ?』

    ナミはエナナに聞いた。

    前に一度ラブタの実を味見して、

    その苦さが一日中口の中から

    とれなかったことがあったからである。

    『大丈夫だよ。
     
     かじってみな。
     
     すごくうまいんだから』

    そう言ってエナナがラブタの実を食べ始めたので、

    ナミも恐る恐るかじってみた。

    口に入れると確かに美味しかった。

    苦い味には変わりなかったが

    その苦さがわずかな酸味と交りあって

    口の中でとろけ、

    飲み込むと栄養が頭の中まで届き

    一日の疲れが全部吹き飛ぶような感じで、

    それはナミが今まで食べてきた

    どんな料理よりもおいしいものであった。

    夢中になって食べるナミの横で、

    エナナはじっとその様子を見守っていた。

    ラブタの実を全部食べ終わると

    ナミはすっかり満腹になり、

    今日一日の出来事のからの疲れで、

    横になり眠ってしまった。

    エナナはナミが眠ったのを見ると

    彼女をくわえ、

    ゆっくりと運んだ。

    そして近くの大木の根元に開いていた

    ほら穴の中にそっと彼女を下ろすと、

    自分もその前で腰を下ろし、

    エナナはそのまま

    しばらくは周りを警戒するようにしていたが、

    やがてナミに寄り添うように眠りについた。


    つづく…


      [No.1658] 第1話・青い石 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 19:28:39     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「よし、今日はそこまで。

     もどって、チャモちゃん」

    そう言うと少女はバシャーモをモンスターボールに戻した。

    少女の名前はナミ。

    ポケモントレーナーとして故郷のミシロタウンを旅立ってもう数年もたつ。

    「あ〜、

     明日は何しようかな〜…」

    彼女はトレーナーになって以来、

    普通トレーナーがバッジの取得のため目指すジムには

    一度も行ったことがなかった。

    もちろんバッジも持ってない。


    ポケモントレーナーであれば

    自分のポケモンを育てることに専念でき、

    ポケモンマスターになるためリーグチャンピオンを目指して

    バッジを集める旅ができる。

    それがこの世界の若者の常識であり特権である。

    もちろん大人になったらポケモンマスターにならない限り

    別の仕事を見つけなければならないが、

    いま彼女にはそのようなことはどうでもよかった。

    ただ、トレーナーであれば今は自由な生活ができる。

    勉強も仕事もしなくてよい。

    それが彼女がトレーナーをやっている理由であった。

    とりあえずホウエン地方を一通り回ってからは、

    毎日ポケモンとほとんど遊びのようなトレーニングをして、

    時々道ばたで他のトレーナーとバトルをする。

    それが彼女の日常であった。


    その日も何人かのトレーナーとバトルして、

    自分で育てた木の実を売りに

    近くのフレンドリィショップまで来た時だった。

    「おーい!

     ナミ〜」

    店の向こうから手を振って近づいてくるトレーナーがいた。

    「あら、ヒトシじゃない。

     ひさしぶり」

    その声にナミも気づいて挨拶をする。

    「7つめのバッジをゲットしたんでしょ。

     すごいじゃない」

    ヒトシは同じミシロタウン出身で、

    ナミとは幼なじみである。

    「あぁ、

     もう少しでまたリーグ出場できるんだぜ。

     今の俺のラグラージたちとなら

     チャンピオンにだってなれそうなんだ。

     そいうナミはどうなんだい?」

    とヒトシが尋ねると、

    「私は相変わらずかな…。

     毎日ぶらぶらしてる」

    「オイオイがんばれよ。

     そうかもう将来のことは考えてあるとか?」

    「いや、

     別にまだ…。

     まぁとりあえず日々元気に過ごしております」

    そう言って2人で店に入ると、

    ナミは木の実を売って必要なものを調達した。


    「お、

     よく育ったマトマとラブタの実じゃないか。

     ナミは木の実やさんにでもなるつもりかい?」

    買い物を済ませてきたヒトシがナミの持ってきた木の実を見て言う。

    「ん〜ん、

     全然。

     とりあえず小遣い稼ぎにやっているだけ」

    そう言うとナミは店員から買い物袋を受け取り、

    ヒトシと一緒に店を出る。

    すると、

    「そういえばさ、

     これからポケモンセンターに行くんだろ、

     ちょっと見せたいものがあるんだ」

    とタイミングを見計らいながらヒトシが話しかけると。

    「見せたいもの?

     いったい何なの?」

    ナミは聞き返した。

    「いいから見てのお楽しみ」

    ナミの問にヒトシはそう答えると、

    ポケモンセンターの方に歩いていった。

    そして、ナミもその後を追って、

    2人いっしょに中へと入る。

    とりあえずナミは自分のポケモンを預けていると、

    ヒトシは隅のパソコンから何かを引き出してきた。


    「コイツだよナミ」

    そう言いながら彼は1つのモンスターボールを見せると、

    中のポケモンを目の前に出した。

    中に入っていたのは茶色い小犬のようなポケモンだった。

    「キャー!

     かわいい!

     何なのこの子?」

    そのポケモンを見た途端、

    ナミは叫び声を上げながらポケモンを抱きかかえる。

    ポケモンはいきなりナミに抱きつかれたので、

    驚いてジタバタしていたが、

    しかし、ナミに抱かれて気持ち良くなったのか、

    程なくしておとなしくなり、

    ナミの腕の中から毛の色と同じ茶色い目で彼女の顔を見上げていた。

    「カントー地方のポケモンで、

     イーブイってヤツだ。

     ちょっと分けアリでトレーナーから譲りうけたんだ」

    「へぇ、

     イーブイちゃんか。

     すごくかわいいじゃない。

     どうしたのそのトレーナー、

     この子弱いの?」

    ポケモンを抱えたままナミが尋ねると、

    「いや、

     そのトレーナーもかなり頑張って育てたらしいから

     そんなに弱くはないんだけど、

     でも、いくら育てても進化しないらしいんだよ。

     イーブイは別名しんかポケモンと言って、

     進化させるときの方法で5種類の違うポケモンに進化するんだ。

     水、

     雷、

     炎の石を使うと

     それぞれシャワーズ、

     サンダース、

     ブースターに、

     トレーナーになついているとレベルが上がったときには

     エーフィかブラッキーに進化するらしいんだ。

     そのトレーナーはどうやらエーフィに進化させようと思ってたらしいんだけど、

     いくら可愛がっても、

     強く育てても全然進化してくれる様子じゃなかったらしいんだ。

     それで別のエスパーポケモンと交換してほしいっていうのが
     
     センターの掲示板に書いてあったので

     俺のバネブーと交換してやったってわけ」

    そう説明するとヒトシはそれぞれの5匹の写真をポケモン図鑑で見せた。

    「ふーん、

     そうなんだ。

     でも、その前飼っていた人って、

     この子のことあんまり可愛がってあげなかったんじゃないの」

    図鑑を見ながらナミが尋ねると、

    「いや、

     なんだかこのイーブイ自身が

     エーフィにはなりたくないみたいだったらしい。

     普通ならイーブイはどのポケモンにでも

     喜んで進化するそうなんだけど…」

    「へ〜、

     あなたってよっぽどいじっぱりやさんなんですね〜」

    ナミは腕の中のイーブイに話し掛けるように言うと、

    ヒトシの図鑑に目をやった。

    「エーフィってこれね。

     ピンク色できれいなポケモンね。

     あ、

     私はこのシャワーズがかわいいと思うけどな〜。

     水色で襟巻きなんかもしてとってもおしゃれじゃない。

     ねぇ、

     水の石で今から進化させたらどう?」

    とナミは写真を見ながら勝手に意見を言う。

    どうやらヒトシの話を聞いているうちに、

    このイーブイというポケモンにとても興味がでてきたようであった。

    「オイオイ、

     コレは俺のポケモンなんだよ。

     今日はおまえに見せようと思っただけで、

     別におまえの意見を聞こうっていうわけじゃないんだから」

    ナミの言葉にヒトシは慌てて言うと、

    それに答えるかのようにイーブイもまた少しじたばたをする。

    しかし、ナミのイーブイに対する気持ちはいつの間にか大きくなり、

    そしてどうしてもきれいな水色のシャワーズに進化さたくなってくると、

    「じゃぁ、

     ヒトシは何に進化させるつもり?」

    ナミは強い調子で尋ねる。

    「実はまだ決めてないんだな〜。

     俺にはもうラグラージがいるから水タイプはいらないし、

     そうかと言って電気も炎も悪タイプのヤツもいるからな。

     だからもう少し考えてから進化させようと思うんだ」

    「そうなの…」

    ヒトシの返事を聞いたナミは残念がったが、

    その時、ふとある考えが浮かび、

    「ねぇ、

     だったらこの子と私がもっている他のタイプのポケモンと交換しない?」

    とナミは尋ねた。

    「まだジムの経験は無いけど、

     すごくかわいがって育ててるんだし、

     バトルだってちゃんとできるんだから」

    「いや、

     いきなりそんなこと言われても…」

    急なナミの申し出にヒトシはたじろぎながら断ろうとすると、

    「ねぇ、

     お願い。

     この子私にちょうだい。

     私のポケモンなら、

     どの子とでも交換してもいいから」

    と言うナミの頭の中は、

    いまこの腕の中にいるイーブイのことでいっぱいになってしまっていた。

    「分かった、

     分かった。

     それならとにかくナミのポケモン見せてくれよ」

    ヒナミの気迫におされたようにヒトシは承諾すると、

    ちょうど預けたポケモンの回復が終わるチャイムが鳴り響いた。

    「さぁ、

     どの子でもいいわよ」

    すぐにナミは自分の連れている6匹のポケモンをヒトシに見せると、

    「え?

     もしかしてコイツでもいいのかい?」

    ヒトシはその中にきのこポケモンのキノガッサを見つけるとナミに尋ねた。

    草・格闘タイプのキノガッサは今の彼のメンバーに入れるのにはうってつけで、

    見た感じちゃんと育てられている感じだったが、

    ナミが初めて自分で捕まえたポケモンであることも知っていたからだった。

    「えぇ、

     もちろん」

    「本当にいいのか?」

    「なによ、

     しつこいわね。

     早く交換してよ」

    ナミにとっては何よりも早くイーブイを自分のものにしたかったのだ。

    ヒトシは少し肩をすくめると2匹をボールに戻し、

    パソコンでポケモン交換の手続きをした。

    「終わったぞ。

     はい、

     イーブイ」

    そう言いながらヒトシがポケモンの入ったボールを差し出すと、

    ナミはそれを奪うようにして取って

    「こんにちは、

     イーブイちゃん。

     私がかわいく進化させてあげますからね〜」

    とボールの中のポケモンに話し掛けるように言うと、

    さっさとポケモンセンターを出て行ってしまった。


    「シャワーズに進化させるためには、

     水の石ってアイテムが必要なのね」

    ナミがいつも行くフレンドリィショップでは水の石は取り扱っていないので、

    通信販売でデパートから取り寄せることになった。

    そして、自分の部屋のノート型パソコンで早速注文をした翌日の朝、

    デパートから水の石が届いた。

    待ちきれないような素振りでナミがデパートの箱を開けると、

    そこには石が入っている木箱と、

    その使用説明書が入っていた。

    「えっと、

     ポケモンをモンスターボールから出して、

     石を持ってポケモンに近づければいいのね。

     注意点は、

     進化するとポケモンの大きさや重さが変わるから

     屋外で使う事と……」

    ナミは木箱の周りのテープを外しながら、

    付いてきた説明書に目を通す。

    「……石が光りだして進化が始まってからは

     むやみにポケモンに触らないことね。

     そうよね、

     進化の途中で邪魔なんかされたらポケモンも迷惑だもんね」

    自分で納得しながら木箱を開けると、

    中には握りこぶし大の水色の石が入っていた。


    「へぇ…

     これが水の石…、

     きれい…」

    初めて見る水の石にナミは驚きながらその石を取り出すと、

    日の光にかざしてみた。

    朝の日差しを浴びた半透明の石はキラキラと輝き、

    石な中には雫のような模様が浮き上がって見える。

    「“この石から出る放射線とポケモンの細胞とが反応して

     大きなエネルギーが生まれ、

     そのエネルギーでポケモンが進化する”かぁ…。

     ホント不思議な石ね」

    そう言うとナミは、

    水の石と説明書をウエストポーチに入れ、

    腰にいつものようにモンスターボールを6つつけて部屋を出た。


    ナミが向かったのはいま彼女が住んでいる所の裏にある森の奥深く、

    人知れずある小さな原っぱ、

    彼女の見つけたひみつの場所である。

    だれも来ないので、

    毎日ポケモンとトレーニングをしている場所であり、

    密かに木の実を育てているのもここの一角であった。

    ナミは腰につけている一番端のボールを手に持ち原っぱに向かって投げると、

    中から昨日ヒトシと交換したイーブイが飛び出した。

    そのポケモンは地面に降りると、

    昨日と同じように茶色い目で彼女を強く見つめた。

    ナミは自分のポケモン図鑑を取り出すと、

    改めてそのイーブイのことを詳しく調べてみた。

    “イーブイ。

    しんかポケモン。

    タイプ:ノーマル。

    性別:オス。

    性格:いじっぱり…”

    「ポケモン図鑑でも性格はいじっぱりだって…。

     あなたよっぽど気が強いのね」

    そう話し掛けると、

    イーブイは小さく「ブイ!」と鳴いた。

    「さぁ、

     今日は特別な日よ。

     あなたは超かわいく進化するんだから」

    そう言いながらナミはポーチの中から水の石を取り出すと、

    それを見たイーブイは少し身構えるような体制になった。

    「これであなたはシャワーズに進化するのよ。

     エーフィはいやだったみたいだけど、

     シャワーズならあなただってOKでしょ」

    そう言うとナミは手に水の石を持ち、

    イーブイに近づける。

    すると、イーブイは1歩2歩あとずさりしたが、

    それでもナミが近づくと目をつむってじっとした。

    「いい子ね。

     すぐに進化させてあげるからね」

    そう言い聞かせナミが水の石をイーブイに近づけると、

    ポケモンに反応してか石が鮮やかに光り始めた。

    そして水の石から帯状の光が何本か出てくると、

    目の前のイーブイを囲んだ。

    光の帯びが包むようにイーブイの周囲を包むと

    細胞の変化が始まったか、

    イーブイの体はぼんやりと水色に光りはじめた。

    しかし、当のイーブイは目を瞑り、

    何かに耐えているような表情であったが、

    ナミは光の美しさに見とれ、

    そして新たなポケモンの進化に胸躍らせており

    そんなことには全く気が付かなかった。


    説明書によるとポケモンが光り始めるとすぐに進化が始まり、

    変化が見られるそうである。

    しかし、イーブイが水色に光はじめてからもう1分ぐらい経つが、

    一向に進化する気配が見られなかった。


    「おかしいな〜。

     はやくかわいいシャワーズちゃんになってよ〜」

    そう言いながらナミは持っていた水の石をイーブイにもっと近づける…

    その時であった。

    光の中にいるイーブイの目が開いたかとおもうと、

    突然ナミに向かって飛びついてきた。

    ナミはとっさに受け止めようとしたが、

    予想以上の衝撃を胸にうけバランスをくずし、

    手に持っていた石を落として地面に仰向けに倒れてしまった。

    下が芝生だったおかげで痛みも感じず、

    お腹の上からイーブイがピョンと地面に飛び降りるのを感じると

    ナミはゆっくりと目を開けた。

    芝生の上に落ちた水の石はまだ光っており、

    そこから光の帯も四方に出ていた。

    しかし、その向こうに見えるのイーブイは、

    元の茶色の毛並みに戻っており、

    少し離れた場所から彼女をじっと見ていたのであった。


    「いったい何なのよ…」

    と思って石に手を伸ばした時である、

    ナミは自分の右手がうっすらと青く光っているのに気が付いた。

    それは石から出ている光が手に当たっているのではなく、

    明らかに腕自体が光を放っているのであった。

    しかも石から出ている光は目の前のイーブイではなく、

    自分自身のに降り注いでいるようであった。

    「え?」

    ナミはびっくりして起き上がってよく見ると、

    彼女の足、

    腕、

    くび、

    体全体が光っており、

    それもどんどん強く光っていくようであった。

    それと同時にナミは今まで感じたことの無い不思議な感覚、

    体の細胞一つ一つが体の中で離れていく、

    浮き上がっていく、

    そんな感覚を体全体から感じていた。

    「何なの、

     これ…」

    何がおこっているのか分からず

    ナミは両手で自分の腕を抱き小刻みに震えていたが、

    その間も体からの光がどんどん強くなっていった。

    そして、その光が水の石と同じくらいの強さになった時である、

    ナミはそれまで浮いていると感じていた細胞が突然動き始めたような気がした。

    いや、気がしただけでなく、

    実際に体が勝手に動いているようで頭は揺れ、

    体はしびれたようにいうことを聞かなくなり、

    ナミはまた地面に倒れこんだ。

    そして混濁する彼女の頭の中に、

    昨日ヒトシの図鑑で見た1匹のポケモンの姿が浮かんだ。


    最初にナミが感じた変化は、

    自慢の長い髪の毛が全て抜け落ちることであった。

    そして肌から油のような液体が噴き出したと思うとそれは肌を覆い、

    全身しわ一つないすべすべとした皮膚が形成された。

    お尻から何か大きな物が突き出てくる強い力を感じると、

    ソレは穿いていたスパッツを突き破り、

    周りの皮膚や肉などを引っぱっていくようにどんどん大きくなっていき、

    先が分かれたと思うと魚のしっぽのような形になった。

    それにつられるように腰も胸部も細く円くなり、

    首からしっぽまでなだらかな流線型を描くようになった。

    そうしている間にも手足は短く、

    逆にかかとからつま先とも間は長くなり、

    完全な獣の4つ足となっていた。

    そして首の間から十数本の筋が生えてきたと思うと立派な襟巻きに、

    耳も尖がっていき頭の上に生えてきた筋と共に魚のヒレのようなものが形成された。

    ナミはその間、

    体が変化するすさまじい感覚から言葉にならない声をあげていたが、

    顔の骨がでっぱり、

    鼻が尖って上唇が2つに割れると、

    それは甲高い動物の鳴き声に変わっていた。


    彼女の体が光りだしてから数分後、

    光がおさまるとそこにはぶかぶかの服にくるまれ、

    しっぽの先に黒いスパッツの切れ端をぶら下げた

    1匹のシャワーズの姿があった。

    しばらくして

    横でずっとその「進化」を見守っていたポケモンが彼女に寄ってきた。

    そして1声「ブイ!」と鳴いた。

    その声で彼女ははっと気が付いた。

    『オイ、

     起きろ!』

    と言われた気がしたからである。

    草の上に寝そべったまま声のした方に何とか目をやると、

    そこにあのイーブイがいた。

    だが、

    彼女がそこに見たものはかわいいイーブイではなかった。

    確かに目に映っているのは、

    さっき彼女に飛び掛ったイーブイの顔そのものであったが、

    彼女にはそれはたくましい青年の顔、

    そのように見えた。

    『進化は終わったようだな。

     どうだい、

     かわいいシャワーズになった気分は?』

    耳に伝わってくるのは昨日から何度も聞いたイーブイの鳴き声だが、

    まぎれもなく彼女にはそう聞こえた。

    『オレはシャワーズなんかに進化させられないように

     耐えてやるつもりだったが、

     まさかあんたがシャワーズに進化するなんてな…。

     ホントびっくりだよ』

    体の形がすっかり変わってしまい動けない彼女の前で、

    イーブイが話し始める。

    『オレは自分の肉体で闘うのが好きなんだよ。

     水とか泡とかなんか使って闘うシャワーズになんかにされたら、

     オレの一生終わったようなもんなんでね』

    そう言うとイーブイは、

    落ちている石に顔を近づけてクンクンと臭いを嗅ぐ。

    『どうやらその心配ももうなさそうだな。

     言っとくが、

     オレがなるのはブースターだ。

     その熱い肉体で思う存分にオレは闘うのさ』

    と言うと今度は、

    ナミの前足となってしまった手を覗き込み、

    『もうその手ではモンスターボールは投げられそうにないな。

     もうあんたはトレーナーじゃない。

     それじゃあオレはこれからは自由にさせてもらうよ。

     炎の石も見つけたいし、

     これからは食べ物も自分で見つけなきゃならないんでね』

    と言い残し森の方に歩きだしてゆく。

    それを見たナミは何とかして呼び止めようとしたが声が出ない。

    それでも何とか短い鳴き声をあげるとそれは

    『待って…』

    という言葉として彼女の耳に聞こえた。

    彼女は続けて鳴いた。

    『待って…、

     待って…、

     どこ…、

     行くの…、

     わたし…、

     どうしたら…』

    途切れ途切れに発せられるその言葉は

    歩いているイーブイにも伝わったらしく、

    振り返ると草の上で彼を見上げるシャワーズに向かって言った。

    『そんなこと自分で何とかしな。

     オレもあんたも、

     これからは自分の力で生きていかなくちゃならないんだ。

     とにかく今のうちに動けるようにはなった方がいいな。

     いつまでもそんなトコに居たら、

     そのうち他のポケモンに襲われてしまうぞ』

     そう言うとイーブイは森の中へ入って行ってしまった。


    『待って…、

     待って…、

     戻って…、

     行かないで…、

     助けて…、

     お願い…、

     誰か…、

     助けて…』

    森の奥深く、人知れずある小さな原っぱに

    シャワーズの甲高い鳴き声が響いていた。


    つづく…


      [No.1657] 水の石 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 19:27:33     20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お久しぶりです。
    風祭文庫出身の都立会といいます。

    2005年に書いて、こちらで贔屓にしていただいた「水の石」、ようやく完結いたしました。
    14年もかかってしまいました(その間にポケモンの設定も変わる変わる)が、約束通り、こちらにも掲載させていただきます。

    (p.s 最初投稿ミスってましたスミマセン。


    | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 |


    - 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
    処理 記事No 削除キー

    - Web Forum Antispam Version -