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途端に、次女エーフィが口を開いた。
「みんながどう言おうと構わない。あたしはもう諦めるべきだと思うの。」
カタッ…。僅かに音がした。シャワーズが立ち上がった音だ。
「そっそんな!諦めるなんてッ……。あの子を………あの子を見捨てろって言ふのぉ!?」
少し感情的になりすぎたか。
言葉が途切れ、噛んでしまった。
「姉さん、落ち着いて…。」
四女リーフィアが顔を赤くしたシャワーズを宥める(なだめる)。
しかし、先ほどのエーフィの言葉がよほど気に入らなかったのか、興奮が収まる様子はない。
それでも、リーフィアの宥めもあって、ようやくソファに腰をおろす。
エーフィも言い過ぎたと感じているのか、顔をそむけ、シャワーズの方を見ようとしない。
そもそもこれを読んでいる皆様は、何の事だかちんぷんかんぷんだろう。
『諦める』『あの子を見捨てる』
勘の鋭い方はこれで気付いたかもしれない。しかし、まだわからない方は多いだろう。
簡単に言うなら『失踪事件』だ。
ブイズ一家の次男に当たるブースターが、モンハンを買いに行くと言って出ていき、六ヶ月間音沙汰無しなのだ。
一、二日ならまだわかる。もう一人での外出が制限される年ではない。大方友達の家に行ったのだろう……。
そう予測できる。しかし、六ヶ月も家に帰らないのはさすがにありえない。家具や日用品もそのままだった。
ことがわかれば、読者の皆様の殆どはシャワーズに付くだろう。
そして、血の繋がった弟を探すことに諦めの意を示したエーフィを、ひどく、心底軽蔑するだろう。
しかし、本当にそうなのだろうか。
本当に、エーフィが極悪非道の姉だと言えるのだろか。
答えはNoだ。
確かに、読者の皆様には、エーフィの言葉は冷たく感じられただろう。
しかし、億が一ブースターが死んでしまっていたら?
死んでしまった兄弟のことを、あれこれ言い合う為に、月に一度わざわざ屋敷に集まるのか?虚しくないのか?
そんなことをするのであれば、もう諦めてしまった方がよいのではないか。
ブースターを亡き者とし、ケジメを付けた方がよっぽど楽になれるのではないだろうか。
これが、エーフィの考えである。
決して心を失った哀しいポケモンなどと思わないでほしい。
いや、別にエーフィ推しじゃないけど。
さて、親族会議に戻ろう。
シャワーズが座ってから五分間。皆無口だった。
咳をする者も、紅茶を飲む者もいない。
一家の中には、五分間が何時間にも感じた者もいただろう。
そんな時、ブラッキーが口を開いた。
「……。何か意見がある者はいないか?」
少し、間を置いてだ。
「………。」
三女グレイシアが挙手した。
「確かにエーフィ姉さんの言い分にも一理あるわ。でも、だからと言って弟を見過ごすことはできない、もし生きている可能性が一%でもあるとしたら…。」
その続きは言わなかった。言わなくてもわかると思ったのだろう。
またしても皆無口。エーフィも顔をそむけたままだ。
どうなってしまう事やら……。
八月某日
ジリジリと太陽が照りつける中、ブイズ達一家……いや、ブイズ達一家(一匹を覗く)と言った方が正しいだろうか。
とにかく、一家が集まった。
どこの大富豪の屋敷だ、と、言いたくなるような立派な屋敷――
ジョウト地方コガネシティにそびえ立つ立派な屋敷――
しかし、皆里帰りに来た訳ではない。ましてや、夏の思い出を作りに来た訳でもない。
最年少のイーブイとてそんなことぐらいわかっている。もちろん、最年長のシャワーズも、だ。
だから皆、葬式のように黙りこくり、一言も話そうとしない。
お喋りのエーフィだって、紅茶を頼んだだけで、それっきり何も言わない。
と、その時。
長男であるブラッキーが重い口を開いた。
「これより、ブイズ一家親族会議を始める!」
ここはジョウト地方。
ポケモンと人間が仲良く暮らし、ポケモンの家も珍しくなくなった世界。
ポケモン専用の地図、ポケモン専用のパスポート、ポケモン専用のお仕事。
『ポケモン専用』がなんでもある、素晴らしい世界。
そんな世界に近づく黒い影……は、また別のお話。
ほら、また一匹のポケモンが、旅立とうとしているようです…。
――間もなく、リニアが参ります。危険ですので、白線の内側……
「ごめんよ、みんな。」
コガネシティ、快速線リニア乗り場。
赤いボディをした一匹のポケモンが、今まさにリニアに乗り込もうとしていた。
ヤマブキシティ行きのリニアだ。
「でも、仕方ないことなんだ。」
背中が僅かに震える。
「許してくれ。」
そう言うと、一匹のポケモンは、ヒョイと今来たばかりのリニアに飛び乗った。
――――――――――そう、これは六ヶ月のお話
どうも!このマサラのポケモン図書館で小説を書くことになりました、もずくと言います。
昔から国語の成績だけは良かったんですが……。
上のだけを見ていただくといかがでしょうか?どんなポケモンかはタイトルでわかると思いますがw
もともと私は飽き性なので、こういうことをしようと思ったことはありません。
ですが、書くと決めた以上、絶対完結させます!
末永く見守って下さいね(´・ω・`)
その日はとても静かだった。カイナの海はとても穏やかな凪。遠浅の海は絶好の観光スポットだった。
羽を伸ばしにきていたクリスは自分のポケモンたちと遊ぶ。スイクンの体は目立っていたが、シーズン前の海では騒ぎになることもなかった。
そしてもう一人の同行者。静かな男の子であるが、クリスは彼が好きだった。ジョウトを旅して深めた仲。近所に住むシルバーという男の子だったけど、旅に出てさらに仲を深める。
ホウエンへ二人だけの旅行。それは二人にとって楽しみで仕方なかった。
「クリスぅ、からあげ食べたい」
と、二人の間を邪魔するようにスイクンが言う。主人であるクリスの恋人と邪魔するようなやつではないが、空腹とからあげになると話は別。
「何いってんの。この前だって唐揚げ一人で食べて、オーダイルに噛み付かれかけたでしょ」
唐揚げの匂いを全身でただよわせていたからだ。シルバーのオーダイルが唐揚げの匂いと勘違いしてスイクンに頭から噛み付いた。それとこれとは、とスイクンが語尾を濁らせる。
「シルバーも寝ちゃったし、私も海はいろーっと」
とはいってもまだ気温は高くない。波打ち際まで歩く。その時だった。
「逃げろクリス!」
スイクンは吠える。いきなり目の前の海が波を高くした。突然のことに声も出ない。スイクンがクリスに駆け寄る。大きな波が頭から襲う。そしてクリスとスイクンが波に飲まれた時、二つの影は消えていた。
オーダイルがシルバーに異変を知らせる。カイナの海は穏やかで、何があったのか理解できなかった。
水流で上下も左右も解らなくなっていた。ただ光は消えていき、暗い闇へと引きずり込まれていくのだけは解る。息ができない。もう限界だ。
いきなり息が楽になる。クリスは目をあけた。
「なぜホウエンにきた。言霊」
「またあの悲劇を繰り返すつもりか言霊」
「そうはさせない、言霊」
3体の大きな鉱物はそういった。なぜ知っているのだ言霊のことを。
言葉には力が宿る。特に名前というのは一番力が宿っている。言葉ができた当時は、名前を操って思いのままにしていた人がいた。それを言霊と呼んだ。むしろものの名前をつけたのは言霊たちだと言っていい。
その声、言葉で他者を操る。昔のポケモントレーナーとしての第一条件だった。現代ではモンスターボールというものができて、誰でもなることは可能だ。しかし、本当の意味でトレーナーとしていくには、その言葉の意味、名前を理解していることが条件だ。
「言の葉封印を解かれても困る。ここで眠れ、言霊」
氷の鉱物は冷気を放つ。それを遮るようにスイクンが立つ。
「何を勝手なこと言ってやがる。させるか」
「北風か、ならば一緒に葬るまで」
氷は一瞬にして温度を下げる。
「クリス!」
スイクンは叫んだ。守るように間に入るが、3対1では勝ち目がない。足元から凍り付き、あっという間に氷像ができていた。
「言霊と北風は私の中に封印する。二度と流星の言の葉封印を解いてはいけない」
氷は二つの氷像を自分の中に取り込む。これで永遠に出ることはない。こうしてホウエンは平和になるはずだ。
スイクンは全身の体毛を震わせ、勢いのある水流を作り出した。レジアイスの冷気はそれを全て凍らせ、巨大な氷柱を作る。固い地面に落ちてそれは粉々に割れる。瞬時にエンテイの高熱が全て水蒸気に変えた。真っ赤な炎がレジスチルを包み込む。消火するようにレジロックが壁を崩し、雪崩を起こした。砂埃が舞い、視界が悪くなる。その中からぱりぱりと乾いた音がする。何の音が気付いた時には、ライコウの雷のような電気が大量に流れていた。
レジアイスは立ちふさがる3匹を見る。特にスイクンからはトレーナーと自分を傷付けた怒りか、余計にプレッシャーを感じる。閉じられた口からは今にも全てを凍らせそうな冷気が漏れている。白い息がスイクンの口元を飾る。
レベルは同じくらいのはずだ。同じくらいの力を蓄え、同じくらいの力を持っている。それなのに、特にスイクンから放たれるプレッシャーのせいか、レジアイスたちを焦らせる。
「レジアイス」
レジロックがふと切り出した。
「言霊の娘が見当たらない」
狼狽した。レジアイスの視界からミズキの姿が見えない。
「お前らなんかにクリスを渡すか。ここは通しはしない」
スイクンは冷気の鋭い口で静かに言った。それをきっかけに、ライコウ、エンテイが飛び掛かる。
岩陰に隠れ、自分のバクフーンにクリスを抱かせる。スイクンたちに任せてしまった戦いの様子を伺っていた。
「あ、あのミズキさん?」
ミツルがおそるおそる聞く。
「お母さん、って……」
「そう。私のお母さん」
クリスの体は冷たいままだった。このまま助からなかったら、ミズキは今ここに存在できない。自分の命がかかっているからこそ、ミズキはこの戦いに負けられない。
「それにしても、出口が見当たらない。遺跡のようだけど……」
光を探す。天井を見ても、何やら模様のかいてある壁ばかりだ。今、目を覚まさないクリスを抱えて自由には動けない。ならばせめてミツルだけでも。
「私たちは後からいく。ミツル君はこの先に行って、もし出口があったらそこから出て助けを求めて。ザフィールも探さないと……」
「いえ、僕もいます。戦力は多い方が」
「私はもう歴史を変えてしまったのだから、死んで欲しくないよ」
ミツルを抱きしめる。親しい仲ではあったけど、こんなことをされたのは初めてだった。
それよりも驚いたのはその力だった。友人に向けるには強すぎる。もしそんな感情を自分に対して持っていたのなら、なぜ解らなかったんだろうか。
「大丈夫。スイクンはちょっとやそっとじゃやられない。また、あとで」
ミズキがミツルを軽く突く。何がなんだか解らず、ミツルは走り出す。ミズキの顔をまともにみれず。けどやる事はわかっていた。ここから出るための出口を探して、そして誘導して。
冷たい空気が肺に突き刺さるようだ。このまま気管が閉まってしまうのではないかと思う。最近は全くなかったのに、発作に似た苦しさがあった。
水の音がする。静かな水の音。わずかな希望を抱いてミツルは走る。サーナイトが胸の赤い角から光を発した。
「出口だ!」
砂浜、そして返す波。波があるなんて外につながっているとしか思えない。ここからなら出れる。ミツルは確信した。
「じゃあ、ミズキさん呼んで来ないと。一緒に行こうって……」
サーナイトがミツルの体を抱えて伏せる。天井から岩が何個も降って来た。大きな音を立てて海に落ちる。ミツル自身にも降り掛かるが、サーナイトは岩を避けて主人を守る。ミツルのまわりには岩だらけになっていた。
「な、にが……」
ミツルの目の前にいたのは、緑色をした大きな竜だった。それが何も言わず見つめている。しかしその目は全てを語っていた。ホウエンの平和を乱すものの命をもらう、と。
竜は吠え、宙に舞い上がる。風をまとい、踊っているかのようなそれ。
「逃げるぞスピカ!」
岩の間を走り、ミツルは元来た道を戻る。何がどうなっているのかなど解らない。あれはなんだ。とてつもなく強そうな竜。見た事もない。何もかも考えられない。
「いのちを……よこせ……」
低い声でうなっていたかのように感じた。追いかけて来る。風を切る音が耳のすぐ側でしている。
「ホウエンを守る。おまえの命をよこせ!」
よく見ればその竜は半分透けている。幻にしては強すぎるし、風を切っている。ミツルはひらめいた。ラティオスの言っていたレックウザとはこいつのことではないかと。そしてレックウザは実体に戻る道を探している。方法として人の命を食らうのではないか。そう考えれば納得ができる。
「それはできない。僕も負けられない」
ミツルがボールを投げた。現れたエネコロロが半透明のレックウザに威嚇する。
「勝負だ。お前を倒して、僕はここから出て行く」
「小賢しい。身の程を思い知れ」
その力は元の力ではないかもしれない。だとしたらこちらにも勝機はある。負けられないのだ。これ以上戻ればミズキにも影響が及ぶ。そしてさらに進めば戦場へとご案内であろう。だからこそミツルはここで立ち止まる。
ぽcket
もnster
ぺarent
8章
『シオンのピチカ』
丸まった包装紙に、黒いマジックで『ヤマブキ・シオン様へ』とだけ書かれてある。
ヤマブキ家に届いた、ふしぎなおくりものであった。
差出人の名前は見つけられず、一体誰が何のために送り出したのか。シオンには見当もつかない。
今日は決してシオンの誕生日でもなければ、クリスマスというワケでもない。
どこにも特別の見当たらない、少々肌寒い春の頭の平日であった。
幾つか疑問は残ったが、微塵も気にかけることなく、シオンは期待しながら贈り物を開封した。
半分は紅く、半分は白い、ツヤツヤの光沢を放つ鉄球が封入されていた。モンスターボールである。
ボールと一緒に名刺ほどのカードが出てきた。何か書かれてある。
『メスのピカチュウが入ってます。かわいがってあげてね』
得体の知れない胡散臭さにシオンの心は震えた。
罪を犯してまでも手に入れたかった代物が目にあるというのだ。
にわかには信じられず、謎の送り主に不審を抱いた。
何故シオンがポケモンを欲していると知っているのか。
一体誰が何のメリットがあってこんなことをするのか。
未だにポケモンを捕まえられないシオンを侮辱し嘲笑っているのか。
不気味な疑問が浮かび上がってきた。
しかし、考えても真実は分からないので、とにかく喜んでおくことにした。
シオンは興奮気味に笑った。嬉しくて楽しくてたまらなくなった。
想像とは随分と違った形ではあったが、ついに、とうとう、ようやく、望みが叶えられたのだった。
「うおおおっ! やったぁ!」
願望の達成という最高に気持ちの良い瞬間を全身で味わった。
そして喜びを表現するかのように、シオンの身体は勝手に動き出す。
薄気味悪い笑みを浮かべ、「うひひ、うひひ」と不気味な声をもらしながら、
小刻みに震えて、不思議な踊りをしながら家の中をうろつきまわった。
十分後、たまたま洗面台を通りかかった時、
鏡に映る自分の姿を見て、シオンは急に落ち着きを取り戻した。
シオンは再び家の中を巡って、父親がいないと確認してから、人気のない部屋へと向かった。
朝の日差しがガラス戸を通り抜け、居間の全体を明るく照らしている。
シオンはしきつめられた畳の上を裸足で渡り、部屋の中央で止まった。
そして、貰ったばかりのモンスターボールを、
目の前に置かれた小さなちゃぶ台の上にたたきつける。
閃光がほとばしる。
光と共にポケモンが姿を現した。
小柄で、ふくよかで、幼児を連想させる体つきのポケモンであった。
映えるレモン色の電気ネズミが、ちゃぶ台の上にちょこんと座りこんでいる。
ピカチュウだった。
あの国民的アイドルポケモンのピカチュウだった。
シオンの胸が高鳴る。目の前のポケモンから目が離せなくなった。
黒曜石のような、大きくて丸い瞳。
わずかに膨らむ真っ赤なほっぺた。
口元のωから覗く幼い牙。
ホクロのような鼻。
赤子のようにふくよかで小柄な体躯。
鮮やかなレモン色の肌。
ギザギザに伸びた尻尾。
切先の黒い、ピンと長く伸びた耳。
指先の尖った短い手足。
体中のどこもかしこも真新しく美しく、それはまぎれもなく本物のピカチュウであった。
シオンは興奮せずにはいられなくなった。
鼻息は荒れ、目から感涙を垂れ流す。
自然と口元が緩み、ニヤニヤと薄気味悪い微笑を浮かべ、シオンは喜びを小声で表現する。
「やった! マジで! すげぇ! うひょー! ファファファ! 」
笑みを浮かべるシオンを、ほとんど無表情のピカチュウが見つめていた。
円錐型の耳をピンと立てて、大きな瞳を開け、人形のようにシオンを観察しているようだった。
じろじろ見られている内に、シオンはピカチュウに悪く思われているような気がしてきた。
――うわあ……。何なの、この人。これが私のトレーナーなの? 顔が気持ち悪い!――
つい目をそらし、真面目な顔を作ってから、シオンは再びピカチュウと向き合った。
「はじめましてだな。今日から俺が君のトレーナーになるシオンだ。
ええっと……色々あるだろうけど、まあ、これからよろしくな、ピカチュウ」
シオンはドキドキしながら自己紹介をし、握手を求めて手を伸ばした。
ピカチュウはプイとそっぽを向いた。
ギザギザな尻尾が部屋の隅まで離れていく。
逃げられてしまった。
「いきなり逃げることはないだろ、ピカチュウ」
シオンはムッとして言った。
ピカチュウの行動が気に食わなくて、少しだけ苛立つ。
ポケモンに好かれたいと思っているのに、ポケモンの方から逃げ出してしまった。
まるで理想が遠ざかって行くのを見たような気がして、
シオンはもどかしさを抱えずにはいられなかった。
「なぁ、ピカチュウ……。おい、ピカチュウ……。返事くらいしろよな」
ピカチュウはそっぽを向いた。
シオンの呼び声にも反応せず、背中を向けて佇んでいる。
シオンはふと、未だピカチュウに名前を付けていないことを思い出した。
ピカチュウにピカチュウと呼ぶのは、シオンにニンゲンと呼ぶようなものだ。
返事をしないのも分かる気がした。
シオンはちゃぶ台の上に腰かけ、しばらく頭をひねる。
まず最初にシオンは個人的にカッコイイと思うニックネームを授けようと考えた。
恐らくカッコイイかと思われる名前でピカチュウを呼ぶ自分を連想する。
大人や子供の集うポケモンバトルでにぎわう公園の真っ只中で、
ピカチュウに対し「こいつは俺のバハムートだぜ!」、と言い張る男。
幼女めいているピカチュウを相手に「デストロイは今日も可愛いなあ!」、と言い切る男。
少し考えてからぼやいた。
「……無しだな」
次に平凡そうな名前として『ピカじろう』というのを思いつく。
ふと目の前のピカチュウのギザギザの尻尾を見ると、
先端がハートマークの上半身のようにまあるく二つに分かれていた。
このピカチュウがメスである。
「……じろうも無し」
最後にメスだと分かるように女性の名前を考える。
『ナナコ』『シゲミ』『サトコ』『ナナカマコ』……ピカチュウをニンゲンとして扱うのは、
なんだか紛らわしいので却下する。
故に、女性だと分かりなおかつピカチュウだとも分かる人前で言っても恥ずかしくない名前に決定した。
その結果、シオンは言った。
「よぉし! それじゃあ、お前の名前は今日からピカコだ!」
ピカチュウは微塵も反応を示さなかった。
自分の名前が呼ばれたとは思ってもいない様子だった。
哀愁の漂う小さな背中を見せつけたまま微動だにしない。
「そうか。この名前は嫌か? そんなに俺のセンス悪いか? ……無視か。まあいい。
とにかくピカコは無しだな。後、一応言っておくけど、俺はお前が反応する名前にしかしてやらないからな」
親から貰った自分の名前が気に食わないシオンは、ピカチュウにも納得のいく名前を与えるつもりだった。
ピカチュウの気持ちを考えてあげることで、より一人前のポケモントレーナーになれるような気がしていた。
しかし、一般的なトレーナーはポケモンの命名を勝手に行う。
我が子に与える名前のように勝手に意味を込めて勝手に命名する。
人間にポケモンの細かい感情を把握することはほとんど不可能に等しい。
それでもシオンはピカチュウが何か反応を見せるまで自作ニックネームを呼びまくる。
女の子らしくてピカチュウだと分かる名前候補を次々挙げていった。
「ピカリ!」
「ピカナ!」
「ピカヨ!」
「スピカ!」
「チュウカ!」
「ピチカ!」
――もう面倒くさいから姓名判断師にでも頼ろうかな――
そう思った直後であった。
ピカチュウの身がビクッと一瞬だけ震えた。そして体をねじ曲げて振り返った。
パッチリ開いた大きな瞳がシオンの視線と重なった。
一瞬だけ時が止まったように感じた。
そしてピカチュウはすぐにそっぽを向いた。
「もしかして……」
期待を込めて、シオンはもう一度ピカチュウのニックネームを呼ぶ。
「ピチカ!」
だるまの形にも似たレモン色の小さな背中は再びビクンと震えた。
名前に呼応するかのような仕草に思えた。
今度は振り返ってはくれなかった。
しかし、シオンは勝手に確信した。
思わず口角がつり上がった。
名前を探し当てたことが嬉しくてたまらなかった。
「そうか、お前ピチカって言うのか! そうかそうか!
……でもその名前なんか微妙だしダサいしやっぱりピカコにしないかお前?
……全然反応しないんだな。ああでも、うーん、ま、 いっか。名前ぐらい何だって」
シオンはちゃぶ台から降りると、壁際のピカチュウを拾い上げようと前かがみになって歩み寄った。
「よぉし、ピチカ。ほら、俺に捕まえられるんだ」
シオンが近づいた途端に、ピカチュウは電光石火の駆け足で、シオンの股の下を潜り抜けた。
その勢いでちゃぶ台の下も潜り抜け、シオンの後にある壁の端まで距離を取った。
ピカチュウに嫌われているみたいで、また少しシオンはイラっとした。
「どうして逃げたりなんかするんだよ。ほら、おいでおいで! 怖くないから、お前の味方なんだから」
シオンは手まねきをしてみたが、すぐに無駄なあがきだと理解した。
ピカチュウのきょとんとした表情が、
――何をしているんだこの人間は?――
と訴えているようだったからだ。
渋々シオンはピカチュウを追いかけた。
ピカチュウのにげる……だめだ、にげられない。
ピカチュウは出口を探るよう、壁に沿って走っていた。
その動きは素早く、迅速を極めた。
しかし、呼吸は荒々しく、どこか焦っているようにも見える。
まるで逃げ切れなければ死んでしまうかのように必死でもがいている様子だった。
シオンは素早いレモン色を目でとらえ、
うつむきながらゆっくりと大股で追いかけるうちに、四角い部屋をぐるりと一周していた。
この部屋の内壁に、小さなポケモンが力尽くでこじ開けられる扉は設けられていない。
シオンはピカチュウにあきらめてもらうため、逃げ場がないことを思い知らせたのだ。
「ここから逃げられないぞ、ピチカ。観念しろ」
ふいにピカチュウは止まり、振り向き、シオンはキッと睨まれる。
その瞳は丸い形のままだったのに、何故か睨んでいるように見えた。
そしてピカチュウは前かがみになり、床を蹴って、シオンに向かって走り出す。
ピカチュウの行動にシオンは嫌な予感がしていたにも関わらず、
どうしてなのか前向きにとらえていた。
「そうだピチカ! 俺の胸に飛び込んで来い!」
ピカチュウが突っ込んでくる。
シオンは両腕を広げて待ち構える。
さながら感動の御対面である。
そしてピカチュウは飛び込んだ。
シオンの腹部に猛烈なタックルが入る。
「うぐぇっ!」
シオンは体をくの字に折り曲げ、胃液とうめき声を漏らした。
吐きそうになりながら、腹部を押さえて後方に倒れる。
倒れる際に、後頭部をちゃぶ台の角に思いっ切り強打した。
激痛の爆発にシオンは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、
体中に力を込めて、声を上げずにこらえた。
「痛ぇぇ……くっそ、ふざけるなよ! なんてことをするんだ! こら、ピチカ!
俺はお前のトレーナーなんだぞ! 主なんだぞ! 分かっているのか!」
ピカチュウは四つん這いになってシオンをにらみ、牙をむき出し 、戦闘態勢をとっている。
その肢体をシオンは憤怒の形相で見下ろしていた。
シオンは自分のポケモンと仲良くなれるのだと強い期待をしていた。
深い友情と堅い絆で結ばれたほほえましい関係を築きあげられるのだと信じていた。
しかし、目の前にいる自分のピカチュウは怒りを持って反逆の態度を示していた。
もはや、シオンとピカチュウとの間に、ポケモンとトレーナーの関係は存在していない。
シオンは悔しくてならなかった。
むしろ憎たらしいくらいだった。
先ほどまではピカチュウを可愛がるつもりでいたのに、
自分に逆らう生意気な態度が露わになると、徐々に強い怒りを覚えつつあった。
しつけと称して殴ってやりたかった。
シオンは自分の苦しみをピカチュウに分からせてやりたかった。
しかし、小さなポケモンを相手に、暴力で訴えるものならば虐待行為になりかねない。
そんな畜生にも劣る腐れ外道のはしくれになるつもりなど断じてありえない話であった。
シオンは今にも襲いかかってきそうなピカチュウを見やると、拳を強く握りしめ、
湧き上がる怒りをグッと飲み込んだ。
シオンはがまんした。
「まあまあ、落ちつけよピチカ。さっきから前のめりになってんじゃねえよ。
俺とバトルするワケじゃあるまいし。ほら、こっちにこいよ。仲良くしようぜ」
シオンはピカチュウにスッと手を伸ばした。パクっと指を噛まれた。
「痛っ!」
指先に痛みが針のように突き刺さり、思わず腕ごとひっこめた。
この一撃を合図にピカチュウは動き出す。
ちょこまかと縦横無尽に飛び回り、時折ちょっかいをかけるようにシオンへの攻撃を仕掛けてきた。
ピカチュウのひっかく。
シオンはスネを爪を立ててかきむしられた。
ズボンの上から肌をなぞられ妙に心地よい。
ピカチュウのしっぽをふる。
ギザギザの尻尾でシオンは顔面を何度も何度もビンタされた。
小顔マッサージでも受けているような感触だった。
防御力が下がっているのか、少しずつ頬の痛みがハッキリしてきた。
ピカチュウの電気ショック。
赤い頬から電撃を放たれる。
青白い閃光がジグザグに蛇行しながらシオンに襲いかかった。
全身にチクチクと刺さるような痛みが押し寄せる。
レベルの低いピカチュウに、シオンを怪我させるほどの力はなかった。
しかし、微力な刺激も幾度か受けているうちに、少しずつストレスが蓄積されシオンは苛々していった。
いかりのボルテージがあがった!
「やめろよピチカ。俺を倒したって逃げられるようになるワケじゃないんだぞ。……早くやめるんだ!」
ピカチュウはいうことをきかない。
ワケも分からず、シオンは攻撃されていた。
血管を断ち切るようなひっかく。
耳に穴を開けるようにかみつく。
心臓を狙うように、胸の真ん中での電気ショック。
何度も何度もシオンの体中に高速移動のピカチュウが突っ込んできた。
電光石火の猛攻撃を貰ってしまい、シオンに息吐く暇もなく何度も何度も痛みを覚えた。
怒り狂ったかのような猛攻撃だった。
まるで親兄弟の仇とでもいうような怒涛のラッシュを浴びせられた。
どうして仲良くなろうとしているのに、死ぬほど嫌われなければならないのか。
理想と現実の大きすぎるギャップが、シオンの顔にしわの数を増やしていく。
いかりのボルテージがあがった!
体中が痛い。また痛い。
気が付くと、怒りに身が震えていた。
腹が立つ。気に食わない。許せない。
身も心もズタズタにされ、
必死に耐えることが馬鹿らしくなって、
とうとうシオンのがまんがとかれた。
ふいに自分の体から小さな黄色い生き物が転がり落ちてきた。
その生き物めがけて、シオンは、全力で思いっきり、ためらいなく、腕を振り切った。
シオンのはたく。
パァン!
高い音が弾けた。
手の平に衝撃が走る。
ピカチュウの肉体が真横に吹っ飛んだ。
勢いつけて吹っ飛んで、落下して、畳の上をゴロゴロと転がり回り、
硝子戸にぶつかるとようやく動きが静止した。
ピカチュウは思いのほか遠くへ飛んでいき、その体重の軽さにシオンは驚いていた。
六キログラムもの重みがあるとは考えられない。
今になって目の前にいるピカチュウが子供なのだと気がついた。
黒い瞳が大きなワケではなく、顔や体が小さかったのだと感心するように納得した。
シオンは落ち着いていた。
激しい怒気はすっかり消え失せ、不思議なくらいに平常心を取り戻していた。
むしろスッとしたような清々しい気持ちでいた。
横たわるピカチュウを視認すると、シオンは哀れむようなまなざしで見下した。
「なぁ……たのむよピチカぁ。俺はさ、ただお前に言うことをきいてほしいだけなんだよぉ。
普通のポケモンが普通に出来ることをやってほしいだけなんだよぉ」
シオンは、まるで疲れ切ったまま困っているかのような態度で語った。
「普通のポケモンだったらさ、ちゃんとトレーナーのいうことに従えるだろ?
どこのどんなポケモンも出来てることだろ? それなのにどうしてお前は……。
もうちょっとちゃんとしてくれよピチカ。
俺は普通のポケモントレーナーになりたいだけなのに……」
半ばあきらめている感じの、ゆるくてねちっこい説教であった。
さながら駄目な息子に対して呆れ果てている親のような気分であった。
侮蔑の声を無視して、倒れていたピカチュウはゆっくりと立ち上がった。
ダメージが深刻なのか、力が入りきっていない様子で、小さな足ががくがく震えていた。
そして、今にも泣きそうなほど潤んだ瞳でシオンを見つめていた。
その黒い眼差しにシオンは胸を貫かれた。
ふいに後ろめたい気持ちになった。
ピカチュウの悲しげな表情を見ているうちに、
シオンは『皆から責められなければならない』ような気持ちになってしまい、急に怖くなった。
落ち着きを失い、胸中で得体の知れない嫌な感情が渦を巻いていた。
いつの間にか、目の前には自分の大切な相棒の傷ついた姿があった。
あってはならない状況だった。
いったい誰のせいでこんなことになってしまったのだろうか。
「お、俺は悪くないぞ。俺のせいじゃない。
だいたいポケモンがトレーナーに攻撃するなんておかしいじゃないか。
俺に攻撃するお前が悪いんだ。自業自得なんだぞ」
シオンは受け入れられなかった罪悪感を振り払うように言い訳をした。
小さな雫がレモン色の肌を伝って、落ちていく。
ピカチュウは呆然とした表情で、ぽたぽたと涙が流した。
まるで浴びせられた罵倒を理解し、悲しんでいるかのようだった。
シオンは幼児を相手に思いっ切り叱っている感覚になった。
ピカチュウの泣き顔を見れば見るほど、シオンは胸の奥が苦しくなってきた。
心臓をギュッと縛られているような気がした。
不愉快だった。
投げ出したくなるような嫌な気持ちだった。
「やめろよ。俺をそんな目でみるな。……泣いてんじゃねぇよ!」
ついピカチュウを邪険にして怒鳴ってしまった。
そうしなければ『自分が怒られなければならない』ような気がしたのだ。
シオンは、このままでは自分が悪者になると思った。
悪者扱いされてしまったら、
もう喜んだり、嬉しそうにしたりすることが駄目で許されなくなってしまう。
なんとなくそんな気がしていた。
シオンは無意識の内で得体の知れない恐怖に駆られ、
その恐怖から逃れるようにしてピカチュウを怒鳴りつけてしまっていた。
時が過ぎて、シオンは落ち着きを取り戻すと、
目の前には大切な相棒であるハズのピカチュウが泣いていて、
それが悲しいことなのだと思い出したように気が付いた。
大事なピカチュウを引っ叩いたあげく、お前が悪いと責めている自分がいた。
ほとんどポケモン虐待だった。
その行いはトレーナーの恥であり、人間の恥でもあった。
唐突にシオンは自分が嫌で嫌でたまらなくなった。嫌悪感に飲み込まれた。
――こんな馬鹿な奴、死ねばいいのに!――
ピカチュウの絶望しきった泣き顔を見て、また胸の内側がギュうっと苦しくなった。
一度大きく深呼吸してから、シオンはしぶしぶ自分が悪者なのだと受け入れる。
口の中の苦いものに耐えるような顔つきをしてシオンはピカチュウに頭を下げた。
「ごめん! あのさ、なんていうか、俺が悪かったよ。やっぱり、お前悪い奴じゃない。
俺が最低だった。トレーナーなのに、これじゃあポケモン虐待だよな。悪かったよ
……それじゃ、仲直りをするぞ!」
それは『仲直りをしろ』という命令であった。
シオンは腰を屈めて、自分のピカチュウに歩み寄った。
対してピカチュウはゆっくりと鈍間な動きで逃げる。
疲れ切ったかのようによたよた歩いて逃げるピカチュウを、シオンは素早く走ってとっ捕まえた。
何故か悪いことをしているような気持ちになった。
「知ってるか、ピチカ?
ポケモンってのは捕まえられたらトレーナーのいうことをきくようになるようなもんなんだぞ。
今、お前は俺に捕まえられたんだから、これからは俺のいうことをきかなきゃ駄目なんだぞ」
シオンはいとも簡単にピカチュウを拾い上げ、優しく命令した。
当たり前のことを言ったつもりだったのに、何故か酷いことを口走っているように思えた。
にわかにシオンの手の平に刺すような痛みが走る。
「ピチカ! 電撃はやめろ!」
相手を圧倒させるように迫力をこめて怒鳴りつけた。
シオンの手の中で、ピカチュウの小さな体がビクッと驚いたように震える。
ピカチュウは電気ショックの攻撃を止めると、泣くことに専念し出した。
「チュウ、チュウ!」と高い鳴き声を上げながら、涙をポロポロ流して、
ただひたすらにむぜひ泣く。
体中から力が抜け、シオンの攻撃力が下がった。
シオンはピカチュウをギュッと抱きしめた。
抱きしめるようにして、ピカチュウの動きを封じ込める。
もう逃げられない。
シオンの腕の中でピカチュウのあばれる。
服にかみつく、尻尾を振る、耳元で騒ぐ、どんな悪足掻きもシオンに効果はない。
ピカチュウが嫌がって逃げようとしていることは明白であった。
それでもシオンは抱きしめる腕を絶対に離さないつもりでいた。
「ピチカ。俺のことを好きになってくれ。そうなれば全てが解決するんだ。
お願いだから、嫌いにならないでくれ。喜んで俺の命令に従ってくれ。
そうしてくれなきゃ、俺は幸せになれないんだ」
シオンはピカチュウに向けて、トレーナーのポケモンとして当然のことを嘆願したつもりであった。
しかし、何故なのか、シオンは自分の口から出てきた言葉が、
自分にとって都合のよい妄言のように聴こえてしまった。
ワケも分からず、再び自分が悪者のように思えてきて、振り払ったはずの罪悪感がよみがえる。
「……べつに俺は、何もおかしなことを言ってないよな? 間違ったこと言ってないよな?
ポケモンがトレーナーのいうことをきくのって当たり前のことなんだよな?
普通に、皆と同じことなんだよな?」
確かめるようにシオンはぼやいた。
腕の中の小さなポケモンは、疑問に答えてはくれない。
「チュウチュウ!」という泣き声を上げるばかりだった。
シオンは抱きしめていたピカチュウに、すがりつくようにして顔を近づける。
微かな鼻息が聞こえた。
小さな脈動を感じた。
獣の臭いがした。
つづく?
あとがき?
Q誰かの捕まえたポケモンだから言うことを聞かないのでは?
Q他人の捕まえたポケモンに勝手に名前を付けられないんじゃ?
Aごめん。
【二】
若者とムウマージの目前に姿を現した、この真っ黒の生き物。
その容姿は、簡単に言ってみれば、暗闇の色に満ちたドレスを着用した人間、という所か。とは言え、顔も手も黒く、両肩からは何か尖ったものが突き出ている格好だ。頭頂部は細長く伸びており、色は白雲のようであった。首の周りは赤い襟のようなもので覆われていた。そして、足に相当する部分は見えず、体が地面から少し浮き上がっている感じになっている。ちょうど、ムウマージのように。
そのムウマージはと言えば、青年の後ろでぷるぷると震えつつ、様子を見守ることしか出来なかった。
「だ、誰なんですか、貴方は、一体……」
恐る恐る、青年が声を掛ける。
「おやおや、この私を見て、何者かとおっしゃるとは。貴方は私のことについて、全くご存じないのですか」
声の主が丁重な口ぶりで返す。それに対し、男は戸惑いの声こそあげたものの、何も答えようとはしない。
この不思議な生物の姿形を、何処かで目にしたことがあったはずだ、と彼は思った。けれども、記憶が定かでなく、はっきりと名前が出てくるまでには至らない。
結局、少し時間が経過した後に、ようやく彼は首を左右に振った。
「そうですか、これは失礼いたしました」
「で……貴方は、何者なんですか? 見ず知らずの俺たちに、急に話しかけてくるなんて、一体、何故」
男は再び尋ねた。声が先ほどよりも幾分早くなっている様であった。
ほんの少しずつではあるが、男は徐々に落ち着きを取り戻してきていて、眼から出ていた悔し涙は徐々に止まりつつあった。けれども、目前にいる得体の知れない生物に対する不安は一向に無くならないのであった。
一方、この闇色の生き物の表情は厳しくも堅苦しくもなく、それでいて少しだけ冷めているように感じられる。一時として崩れることも急変することも、まるで無い。従って、どういう考えを抱いているのかも全然見えてこないのである。
闇色の生き物は声を出し始めた。
「それでは、お答えいたしましょう。まずは自己紹介から始めることにしましょうかね。私の名は『夢路(ゆめじ)』と申します。生き物としての名前は『ダークライ』でございます。人間の方々からは『あんこくポケモン』などとも呼ばれておりますね」
「はあ、『あんこくポケモン』の『ダークライ』……え、『ダークライ』……? 何処かで聞いたことがあるような……」
「左様でございますか。まあ、私たち一族の名は古来より広く知られておりますからね。もっとも、貴方がたは私どもをあまり良く思ってはいらっしゃらないようですが」
「……と、言うと?」
「何でも、他の生きとし生けるものに悪夢を魅せる習性があるというので、不吉に感じてしまうらしいのですよ。私どもが毎晩毎晩活動するものだから、その悪夢で苦しめられる生き物が後を絶たないんだとか。中でも、新月の夜には特に活動が盛んになるとされ、その日に見る悪夢は全て私どもの魅せるものであるに違いない、と人間達の間で語られているそうです。これでは、私どもが悪く思われても、仕方がないというものですがね」
ダークライというらしき生き物が、そっと小さく、溜め息をついた。
この闇色の生き物の言葉が若者の耳に入ると、彼の頭の中ですっかり薄れていた記憶が、鮮明になって蘇った。まるで、パズルの核心部のピースが埋まって、絵の全体像がはっきり浮かび上がるかのように。
「……ま、待て、貴方が、ま、まさか、あの、だ、『ダークライ』!? そうだ、おとぎ話や怪談話、都市伝説なんかによく出てくる、あの『幻のポケモン』ですか!」
「ほう、思い出して下さったのですな? まことに嬉しい限りでございます」
ダークライの表情が、ほんの少しだけだが、緩んだ。少なくとも、この青年にはそのように見えた。
男の方は、表情こそ平静を装っている風だが、声の調子、体の小刻みに震える様などからして、動揺がはっきりと現れている。
「あの『ダークライ』って、本当に居たのか! それとも、俺が見ているのは幻なのか! いや、ダークライだけに、俺自身が悪夢を見ているのかも知れないな、なあんて」
男は立ち上がった。夢路(ゆめじ)に面と向かって目を合わせつつ、少し歩み寄った。先ほどまで極度に絶望していたことなど、すっかり忘れてしまっているようだ。
背後に居たムウマージもつられてやって来る。ただ、青年が俄然興味津々な気分になったことは理解できず、目の前にいる「幻のポケモン」に対して恐怖を隠せずにいる風だ。結局、彼の背中から、事態をじっと見つめ続けるしかなかった。
そんな紫色のポケモンにも全く意を介さずに、青年は更に続けて言った。
「……で、君のようなポケモンが、一体どうやってここに来れたんですか? 確かに辺りにはほとんど何の人影も見あたらないから、見つかってもおかしくなかったでしょうに」
「静寂の中で息を潜め、夜の闇に紛れつつ、あらゆる視線をかいくぐりまして、ここに来るに至ったのです。私どもは古来より闇と共に生きてきたのですから、このくらいのことは晩飯前でございます」
「ええ? いまいちよく分からないです」
「理解していただく必要はありません。何せ、私は『ダークライ』、貴方は『人間』なのですからな。私が私なりに説明を施したところで、全て理解してもらえるとは思っておりませんので」
「ふうん……」
青年は訝しげな顔を浮かべつつも、夢路の言い分ももっともだと思った。
「ところで、お連れ様のことはお気遣いにならなくて宜しいのですかな?」
夢路の言葉に、青年ははっと我に返った。目の前にいる「幻のポケモン」に気を取られていたばかりに、ムウマージの存在をすっかり忘れていたことに、ようやく気づいたのだ。
慌てて後ろを向くと、相も変わらず怯えているらしき、紫色のポケモンの姿があった。
青年の視線が自分に向いたのを察知したムウマージは、そっと彼の顔を見上げる。先ほどまでの憂鬱そうな様相はどこへやら、目の前にいる得体の知れぬポケモンにすっかり興味津々となっている青年の姿、それがムウマージには不思議に思えてならないのである。
ムウマージは青年の顔をまじまじと見つめる。その眼差しからは、悲哀と恐怖の入り交じっているものが感じられた。
ムゥ、とムウマージは呟いた。随分と心細げな声である。目にはすっかり涙が堪っていたらしく、ほんの少しずつ、一滴、また一滴と、流れ出していた。
そんなポケモンに、青年はそっと手を差しだすと、三角帽の形をした頭を優しく、ゆっくりと撫でる。
「ごめんよ、怖かっただろう」
青年は小さく声を出した。
彼の手の温もりは、マジカルポケモンの目に堪っていた水滴をどっと溢れ出させるには十分であった。
「随分と幼気(いたいけ)な、可愛らしいお方なのですな」
夢路が言った。
青年はムウマージの頭から手を引くと、再びダークライの方に視線を向けた。
「そうでしょう。いや、『可愛らしい』は余計な気もするなあ……。とにかく、このムウちゃんは、ムウマの、それも赤子同然だった頃から、ずっとこんな感じなんです。まるで俺の生き写しを見ているようでね。こんなにも落ちぶれてしまった俺が言うのも何ですが」
「ふむ、落ちぶれている、と」
「その通り。俺はポケモントレーナーとしても、人間としても落第級と言って良い。まったく駄目な男なんです」
「ほほう、人間として失格なんじゃないか、とお思いで。どうしてそのようなことを?」
「俺にも、色々事情があるんですよ!」
青年は思わず声を荒げてしまった。
しかしながら、夢路は慌てる様子など、全く見せようとはしない。落ち着いた表情のまま言葉を受け止める様子は、少し冷たすぎるのではないか、と感じさせてしまうほどである。
「ああ、怒ってはなりません、短気は損気と申しましょうに」
「いや、怒るとも、怒りますとも! 夢路って言いましたっけ、貴方、これ以上他人のプライベートに立ち入るつもりですか! 幾ら幻のポケモンに対してとは言え、俺だって人並みの節度は持ち合わせているつもりだ!」
「とりあえず、落ち着いて下さい。先に申し上げた通り、私は貴方のことが気になったからこそ、こちらに来たのでございます。だから、もう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか。無論、誰にも漏らすような真似はいたしませんし、私のお伝えするべき件についてもお話ししたい所存でございます。しかし、それは貴方のお話の後でも、決して遅くはないと思うのです」
「それは本当に? 嘘じゃないんですね?」
若者は静まりこそしたものの、念を押すその口調は強気な風に聞こえた。
「左様でございます。このダークライに二言はございません」
「あ、ああ、そこまで言うのなら……こんな俺の話で良ければ、今すぐにでも言ってやりますよ! 但し、後でしっかりと貴方の話も聞かせて下さいね。俺、約束破られるの、嫌いなんで」
「もちろん、その様にいたします。それでは、貴方の気が済む限り、いくらでもお話し下さいませ」
夢路はこのように述べると、すっかり声を発しなくなった。そして、青年の表情、或いはムウマージの様子を、食い入るように見つめだしたのである。
男は「あんこくポケモン」の言葉を疑った。この夜に初めて見知ったばかりのポケモンの繰り出す話を、とうてい信じられるはずはない。一方で、この場で自分の身の上話を思いのままに喋くることができるのならば幸いだ。第一、自分は追い詰められているんだ、そうに違いないのではなかったか、と青年自身感じてもいた。そうとなれば、せっかく巡ってきた機会を逃してなるものか。ここで言わなければ、次は無いかも知れない。こうして青年はダークライの提案に乗ることを決意したのだった。
一方、ムウマージは声こそ出さなかったけれども、目から出てくる水滴は全く抑えようがないようであった。この様相が物語っているのは、青年の行く先を案じている風であろうか、それとも幻とも言われる生命体に怖がってしまっているか、そのいずれでもない、全く別のことなのか。その答えは、このポケモンのみが分かることである。
辺りを包み込む暗がりや静けさが変わる気配は、未だに感じられない。
「何だ、今の技は……」
もはや気合玉で受けた痛みなど気にならぬほど、バウトはその光景に目を奪われていた。
怪鳥は翼や足を広げたまま地面にひっくり返り、今度こそ完全に動かなくなった。
あの巨体を弾き返した、見たこともない七色の光の波。ちっぽけなマイナンがあんな力を秘めているなど、到底信じられない。
同じように、アグノムもまた驚きを隠せない様子でのろのろと呟いた。
「今のは……竜の、波動……まさか、血筋とはいえ……あの状態で……」
慌てて兄の元へ行き抱き起こすプラスルをぼんやりと見つめながら、アグノムは苦い笑みを溢した。
(どうやらリオも、影の気配を感じた様だったし……なんだか昔の“彼女”を見ているみたいだ)
「ノウ、大丈夫!?」
「リ、オ……? ぼく、何が、どうなったの……?」
震えるまぶたを瞬いて、ノウは静かに顔をあげた。
「えっと、わたしも、よく分からなかった……ノウがものすごい光に包まれて、そしたらあのポケモンが……あっ」
当の怪鳥に目をやってから、リオは驚きのあまり言葉を切った。
仰向けになったアーケオスの体から、みるみるうちに薄気味悪い紫の霧が湧き始めたのだ。
夕闇の色をした霧は、この世の嫌なものを練り上げて作られたのではないかと思うほどに禍々しい気で満ちており、見ているだけで鳥肌が立った。言いようのない不安がリオの心の底を駆け巡る。この霧に触れたら――ほんの手の先でも触れてしまったら――何か自分ではどうしようもない、恐ろしいことになってしまう。そんな不気味な予感がして、リオはつい体を硬く強張らせた。
「なんなの、これ……」
霧はますます濃く渦巻き、とうとうアーケオスの体が見えなくなるほどまで覆い被さると、上空に向かって煙のように立ち上っていく。すると、再びアーケオスの体がびくりと反応した。
「うわっ、まだ戦うの!?」
慌てて起き上がろうとしたノウの背後で、アグノムがささやいた。
「大丈夫……もう、心配はいらないよ」
「え……?」
やがて霧は完全に空へと消え去り、アーケオスがのっそりと起き上がった。寝惚けたように頭をかき、すっかり邪気の抜けた顔つきで辺りを見回す。
「うぅ、頭いてぇ……どこだよここ……」
アーケオスは唸るような声で呟くと、鱗の隙間から覗く大きな目が何度も瞬きを繰り返し、ぶるりと一つ頭を振るった。それから足元に固まるノウたちに目を留めるや突如翼をばたつかせた。
「な、何なんだお前ら! どうなってんだよぉ!」
「へっ?」
そのあまりの豹変ぶりにノウとリオはすっかり面食らってしまった。
あれだけぎらぎらと鋭い殺気を振りかざしていたのに、今のアーケオスからは闘争心の欠片も感じられない。つい先ほどまで暴れていたポケモンとは思えない、ひどい怯えぶりである。
「ねぇ、あの……ちょっと待って、落ち着いてよ……」
「ひぇぇ、勘弁してくれー!」
巨体に似合わぬ情けない声をあげると、アーケオスはたちまち翼を震わせ飛び立とうとした。
が、そのとき。鋭い風が吹き抜けて、アーケオスの後ろから、黒犬が翼を押さえ込むようにして噛みついた。ぎゃあ、という悲鳴とともに、勢い余ったアーケオスがつんのめって倒れ込む。
「答えろ。貴様の主はどこだ」
背中を銀色の輪がついている前足でしっかり押さえ、翼に白い牙を食い込ませた獣は、低く唸りながらそう言った。
抵抗すればもっとひどい目に遭うことを悟ったのだろう。アーケオスは顔を歪ませながらも身動き一つせず、肺から搾り出すようなうめき声で言った。
「し、知らねぇよ……なんだよ、主って……」
「知らないわけないだろう」
「ほ、本当に知らねぇって……!」
獣が顎の力を強めたらしい。アーケオスがまた悲鳴をあげた。とても何か隠しごとがあるようには見えない。
そのあまりの光景を見ていられず、リオはぎゅっと目をつぶった。
「ねぇ、何もそこまでしなくても……!」
ノウが叫んでも、バウトは見向きもしなかった。
自分の何倍も体格差のあるアーケオスを押さえつけている力は相当なものらしい。駆け寄ると、バウトの肩の辺りの筋肉が大きく盛り上がっているのが分かった。そのせいだろうか、決して大きなポケモンというわけではないのに、ひどくいびつな形をした、巨大な生物に見えてしまう。
「やめるんだ! 彼は何も知らない」
アグノムが痛みを堪えた表情でどうにか声を張り上げると、ゆっくりと唸り声が消えていった。前足は獲物を押さえたままの状態で、ようやくバウトは顔を上げた。
「どういうことだ」
「言った通りの意味だよ……彼は、本当に何も知らないはずだ」
バウトは何も言わず、ただ探るような眼差しでじっとアグノムを見つめた。
緊張した空気が両者に漂う。
が、アグノムの表情から何かを悟ったのだろう。バウトは立ち上がると、何ごともなかったかのようにひょいとアーケオスの背から飛び降りた。
背中の圧迫から解放されたアーケオスはよろめきながら起き上がると、少しの間、戸惑うように黒い獣と青い精霊とを見比べていたが、誰も何も言わないのを見るとそそくさと飛び去っていった。次第に小さくなっていく怪鳥の姿を、双子は並んで見送った。
「なんだか……さっきとずいぶん様子が違ったね」
「う、うん、あんなにおっかなかったのに……」
「今のが、あのポケモンの本来の姿なんだ」
アグノムが暗い光をたたえた瞳でアーケオスの姿を見上げた。
「アーケオスって種族は、もともとは、ああいう性分なんだよ。気が小さくて……争いも、あまり好まない。さっきまで暴れていたのは、あのアーケオスの意思じゃない……」
バウトはちらりと興味なさげに空を見上げただけで、すぐに視線をアグノムに戻した。
「どういうことなんだ。あいつは何も知らないで、お前を攻撃していたって言うのか?」
「きっと自分が何をしていたのかも、覚えていないはずだよ……彼は、操られていただけだから」
「操られてた?」
リオは顔を曇らせた。不意に、あのときの不思議な声を思い出したのだ。
誰の声かは分からなかったけれど、あのアーケオスが苦しむ様子をまるで嘲笑うかのようだった嫌味な声。
そういえば、あれが聞こえてからアーケオスの暴れ方が激しくなった気がする。
「じゃあ、さっきのあの声は……」
「声? 何の?」
リオの言葉にノウが首を傾げた。
「聞こえなかった? すごく嫌な感じの、笑い声みたいな……」
「えー、そんなの全然聞こえなかったけどなぁ」
「本当? おかしいな……」
謎の声を思い返しているうちに、リオは改めてぞっとするものを感じて身震いした。不気味な抑揚が何度も頭の中に繰り返し、ねっとりとこびりついたように離れない。
「リオ……きみの聞いたその声が、あのアーケオスを操っていた、影のものだ。ぼくにも、聞こえた」
「影?」
リオは重々しげにアグノムを見た。
「影って、一体何なんですか? ポケモンなの?」
「今は、そう呼べる存在ではないのかもしれない。生き物でさえ……ないのかもしれない。奴は……心が不完全なんだ。真っ暗な闇しか、知らないから」
リオは、はっとしたようにアグノムを見た。その言葉の中に、これまでの彼の口調とはほんの僅かに違う響きを感じたのだ。
それまで暗く沈んでいたアグノムの顔には、苦々しげな笑みが浮かんでいた。だが、リオがその表情の意味を考える暇もないうちに、すぐにまた真剣な表情に戻ってバウトに向き直った。
「……遅くなってしまって申し訳ない。きみが割り込んでくれなければ、きっとぼくもこの子たちも命はなかった。助けてくれてありがとう」
突然の感謝の言葉に、バウトが少し戸惑ったように目を見開いた。
「……別に、助けるつもりで来たわけじゃない。礼ならさっきもあいつらに言われた。そんなことより、お前は奴を影と呼んでいたな」
アグノムは頷いた。
「奴が、表に出てくることはほとんどない。大抵他のポケモンを操って、自分の思い通りに動かしてしまうんだ。あのアーケオスのようにね」
「だから影って呼んでるのね……」
リオは自分の胸にぎゅっと両手を押しやった。
あのアーケオスというポケモンは、すごく苦しそうだった。喉が潰れそうになるほど叫んで、訳も分からないまま、暴れさせられる。そんなひどいこと、もし自分だったら、たとえ同じ力を持っていたとしても胸が張り裂けそうになってしまってとてもじゃないができないだろう。アグノムは、心が不完全だといっていた。だからそんなことが平気でできるのだろうか。
「さっき、彼の体から空へ流れていった霧のようなものを見ただろう? あれが心の負の感情に取りついて大きくなると、ついには意思を無くして操られてしまうんだ。だから、心に隙ができてしまったポケモンなんかは、あっという間に奴の手のひらの上さ」
「そんな……そんなのずるいよ! 自分で戦えばいいのに」
ノウが息巻くのを、アグノムは静かな眼差しで見つめていた。
「……もちろん、奴も全てのポケモンを操れるわけじゃない。強い心を持つポケモンは意思を無くすことなんてまずないし、さっきみたいに、強い攻撃を受けて急に解けることもあれば、何かのきっかけで自然に解けることもある」
「そうまでして、奴は一体何がしたいんだ? お前を狙っていたことと関係があるのか?」
「それは……」
それまで淡々と話していたアグノムが初めて口ごもった。瞳に迷いの色が浮かんでいる。やがて考え込むように目を閉じて、小さなため息をもらすと、独り言のように呟いた。
「……奴は、きっともう、ぼくを狙ってくることはないよ……」
「何故そう思う」
「……奴が、ずっと探し続けていたものを……見つけてしまったから」
「探しもの?」
鋭く聞き返すバウトに対し、アグノムは苦々しげに言った。
「……すまない。それが何なのかは、今は言えない……ただ一つ言えるのは、奴がやろうとしていることは、この世界を危険な道に導くかもしれないことなんだ。それだけは、なんとしても阻止したい……」
そう語るアグノムの表情はどこか儚げで、空気に溶けて消えてしまいそうな感じがした。
それを見てバウトが胡散臭そうに鼻を鳴らした。
「いちいち回りくどい言い方をする奴だな。お前はおれに何をさせたい?」
アグノムは驚いたように目を見開いたが、静かな口調で答えた。
「……何をするのか、決めるのはきみの意志だ……ただ、すまない。ぼくにはもう、時間がないんだ」
「え……ちょっと、アグノム……?」
今目の前に見える光景が信じられなくて、ノウはつい目を凝らした。気のせいじゃない。本当に、アグノムの体が透き通って薄れている。それに、彼の体から青白く光る小さな球が、一つ、また一つと、泡のように空へ浮かんでは消えていく。
「だから、ノウ、リオ」
二匹は突然名前を呼ばれてびっくりした。
アグノムの体からは、なおも光の球が蒸気のように立ち上り続けている。自身の変化に少しも動じる様子もなく、アグノムが真剣な顔つきで双子に向き直った。金色の瞳の向こう側に森の木々が透けて見える。
「ノウ、リオ。これからぼくが言うことを、よく聞いて欲しい。信じられないかもしれないけれど、これはきみたちにしかできないことなんだ。もう、残された時間は少ない……できるだけ早くここを出て、旅に出るんだ。儀式に必要な透明な羽は、橙の島にあるはずだ。それを持って、三つの祠を巡って……後はきっと……祠の彼らが、教えてくれる」
「え? え……? 儀式って……?」
青い光の球はどんどん数を増していき、もう数え切れないほどの光の粒がアグノムの体を包んでいる。光の勢いが増すほどに彼の体は薄れていく。それにつれて、アグノムの声もまたかすれたように小さくなって、ひどく聞き取りづらかった。
「すまない……本当は、もっと詳しく教えてやりたいけれど……今のぼくには、これが限界だ。シアも……きみたちのお母さんも、いつか、こうなるときが来るって……分かっていたのかもしれない……」
一言一言が風の音で消されてしまいそうな中で、ノウとリオは、アグノムが口にした名を確かに聞いた。二匹の顔がみるみる強張る。
「アグノム、今、何て……」
「おかあ、さん……?わたしたちの、お母さんを知ってるの!?」
二匹が発した震えるような声からは、藁にもすがるような響きを含んでいた。その悲痛とも言える響きに、まだ何か言いたげだったバウトもつい押し黙った。
聞きたいことは山ほどある。それなのに、何も言葉になってくれない。緊張で膨れ上がった空気がどんどん喉の奥に詰まっていく。
果たしてそんな二匹の様子を、アグノムは、見止められただろうか。今の今まで彼がいたところは、もう小さな光の群れと化していて何も見えない。それでも彼の声だけは、遠い波音のように聞こえてきた。
「きみ……の、お母……は、まだ……会えない。でも……ずっと、き……たちを……」
「待って! ねぇ、待ってよ!」
アグノムの声が消えていく。
必死に伸ばした小さな手から、最後の光がすり抜けて宙に溶けた。
―――――――――――――――
お久しぶりになってしまいました……
何でこんなに時間かかったんだろう。多分アグノムのせいだ(←
すごい遅筆で申し訳ないですが、まだまだ書きたいこといっぱいあるので
これからもちまちま間を空けながら続きを投稿していきたいと思います。
少しでも気が向いたときに読んでもらえるとうれしいです。
もうすぐ長かった夏が終わる。夏の間は、他の島にも頻繁に遊びに行った。『しるしの林』で虫ポケモンを沢山捕まえたし、『宝の浜』で海水浴も楽しんだ。
何かやり残したことは無いだろうか。夏にしかできないようなことは。『五ノ島』でしかできないことは。
悪童仲間のテッちゃんと話し合った結果、「それじゃあ、空き地で遊ぶのにも飽きてきたし、ここはひとつ『帰らずの穴』にでも肝試しに行ってみるか」ということになったのだった。
【5】潮騒の迷路
『帰らずの穴』は、ナナシマにある怖い場所の一つだ。中は天然の迷路になっていて、入るたびに地形が変わって見えるらしい。
地下へ地下へと潜っていたつもりがいつの間にか入り口に戻されてしまったり、その逆に入り口に向かって歩いていたはずが奥深くに迷い込んだりといった噂をよく聞いた。
地元の人間でも迷い込むと戻ってこられないとか、戻ってきたのはいいが何十年も経った後だったとか、魂を喰われて抜け殻になっていたとか……。
そういう、怪談にありがちな曰くつきの場所だ。
夏休みが終わりに近づいたその日、僕は親友のテツロウとその帰らずの穴に肝試しに行くことに決めた。
ナップザックの中に弁当と水筒、懐中電灯その他を詰めて、まるで探検気分だった。
「ちゃんと準備して来たかー?」約束の時間、海岸に、テッちゃんは立っていた。
「もちろん。そっちも準備万端じゃん」背負ったナップザックを見せながら笑いかけた。
五ノ島の海岸には、一匹のラプラスがいた。聞いた話によると、お隣の島の洞窟にはラプラスが群れを作って生息しているらしい。四ノ島で生まれ育ったラプラスが、たまに群れを離れてナナシマの近海に辿り着くことがあるのだという。
このラプラスもそういった個体なのだろう。成獣になれば大人二人を楽々と背中に乗せて運べるようになるそうだが、今はまだ若く、せいぜい大人一人か子供二人が限界だろう。
「帰らずの穴まで連れて行っておくれよ」というテッちゃんの頼みに、ラプラスは歌うような鳴き声とともに頷いた。ヒトの言葉を理解する高い知能を持つこの海獣は、人間を乗せて海を進むのが何より好きだった。
僕らはラプラスの甲羅に乗り込み、目的地を目指し出発した。
「ショウちゃん、何か持ってきた?」
「僕は毛糸玉。これの端を洞窟の入り口に結んでおけば、もし途中で迷っても、糸を手繰って外に出られるだろう?」
「ふうん。『帰らずの穴から出られなくなるなんて迷信!』って言い切ってた割に慎重じゃん」
「そういうテッちゃんは何を持ってきたんだ?」
「俺は、なんか家にあった古いお香。洞窟の一番奥までたどり着けたら、記念に置いてくるんだ。後から来た旅人が『これは何だろう』って思うんじゃないかな」
「どうせなら、蝋燭とか線香の方が良かったんじゃない? 雰囲気出てて」
「いっそ呪いのお札にすれば良かったかなー」
「いや、何でそんな物持ってるんだよ」
「冗談だよ」
他愛のない話で気分がほぐれ、僕らは笑い合った。
辺りを見渡すと、澄み切った青空と、濃紺の海が広がっている。所々に岩が突出し、波が当たるたびに白い泡が飛び散る。
遥か彼方に、赤い粒が群れになって飛んでいるのが見えた。ふわふわと風に乗って揺れる動きが鳥には見えない。あれは何だろう。僕たちは顔を見合わせ、ラプラスの背から身を乗り出した。
赤い粒の群れは、だんだんとこちらに近づいてきた。僕らが群れに近づいて行った、という方が正しいのかもしれない。
肉眼でようやく確認できるようになった赤い粒は、ハネッコの群れだった。所々にワタッコやポポッコもいる。ハネッコは空き地に続く草むらでよく見かけたが、海の上にもいるものなんだなぁ。
呑気な表情で飛んでいくハネッコたちに、僕らは手を振った。
「せっかく肝試しに来たんだし、一つ怖い話でもしようか」気分を盛り上げるためにさ、とテッちゃんが提案した。
「怖い話ねぇ。自信があるなら是非聞いてみたいね。面白そうだし」
「それじゃあ、遠慮なく」水筒の蓋に冷たい麦茶を注ぎながら、彼は話した。
「昔、ばあちゃんに聞いた話なんだけどさ。本土に住むばあちゃんの知り合いの知り合いだかに、青い大入道に遭った人がいたんだってよ」
「大入道って……。なんだそりゃ。ポケモンか?」
「まあ、多分な。影を踏まれて動けなくなったって」
固唾をのんで話の続きを待つ僕に、テッちゃんはにやりと笑って語り始めた。
黄昏時の畦道を、男が夕陽に向かって歩いていた。野良仕事を終えて我が家へ帰るために。
男の足元からは、黒い影法師が伸びていた。
ふとした瞬間、男の足が地面に張り付いて、どうにも前に進めなくなった。立ち往生した男は困り果て、誰かいないかと後ろを振り返り、そいつを見たそうだ。
いつの間にか自分の影を踏んでいる、青い大入道の姿を。
男は肝を潰して助けを呼ぼうと叫んだが、生憎そこはさびれた田舎道。人っ子一人通りかからなかったそうな。
陽が沈み、辺りが暗闇に包まれた頃、男はようやく自分の足で進めるようになっていることに気が付いた。
幸いその晩は新月で、自分の影と暗闇の境目が消えていたのだ。男は脇目も振らず、走って家に辿り着いた。
「まあ、ずいぶん昔の話だからいいんだけれども、もし今の時代に大入道が現れたとして。電灯の真下で影を踏まれたら、そいつは逃げ出せるのかなぁ」と、彼は最後に空恐ろしいことを呟いた。
海の上をゆったりゆったり進んでいくうちに、海面から突き出している岩の間隔が狭くなり、徐々に視界の両端を覆う壁のようになっていることに気が付いた。しかも、不気味なことに濃い霧がかかり見通しが悪くなってきている。
「帰らずの穴に行く途中にこんなに岩があったかなぁ」古ぼけた地図を眺めながら、僕はひとりごつ。
「この、地図の脇の方のさ。『水の迷路』じゃないかな。今いるとこ」地図を除き込み、テッちゃんが指差した。
「間違った道に入っちゃったのか。どうする? 今から引き返す?」
「こんなところに来るはずじゃなかったんだし、素直に引き返そうぜ」
ところが、元来た路を引き返そうと進んでも、行けども行けども枝分かれした水路が続くばかりで、ついには方向がまるで分らなくなった。
僕らを包み込む霧は深くなる一方で、数メートル先さえ見通せない。岩にぶつかる直前に方向を変えるので精一杯だ。
「きりばらいのできる鳥ポケモンをつれてくればよかったなぁ」テッちゃんが悔しそうに呟いた。
「そうだな。そうだけど、どうせならそらをとぶも使えたらもっと良かったな」と冗談半分に返したら、「馬鹿野郎!ラプラスを置いて帰る気か」と怒鳴られた。仮定の話なのに、なんて理不尽。
会話が途切れるのを怖れるように、僕たちは次々と言葉を掛け合った。
どちらに進めばいいと思うか。自分たちは果たして出口に向かって進んでいるのか。水筒の水を節約するためにどうすればいいか。ラプラスを休ませなくて大丈夫か。
無理にでも話題を見つけ、言葉を交わした。
それでも、出口の見えない焦燥はじわじわと体力を奪っていく。
霧が、直射日光にさらされるのを防いでくれることだけは有難かった。
何も話す気力が無くなったころ、空の色は灰色がかった青から、霧にかすんだ赤色に変化し始めていた。
夕刻。もう少しすれば陽が落ちて、辺りを包むのは夜の闇になる。
霧にかすんだ海は凪いでいる。波の音さえ聞こえなければ、大きな湖にいるのではないかと錯覚するくらいに。変化もなければ、終りもない。時間が止まっているみたいだ。
いっそ大波が来て、ひと思いに僕らを攫ってくれたらいいのに――と暗い期待が頭を過ったが、さすがに口に出すのは憚られた。
家に帰れないのなら、せめて土に還りたい。冷たい水の底に沈むのは嫌だった。
進む先をラプラスに任せ、黙り込むこと数時間。陽は疾うに落ち、懐中電灯の明かりだけが心の支えだった。あれだけ行く手を邪魔した岩の壁はいつの間にか一つとして確認できなくなっていた。ひょっとして、僕らは今、島を離れて大洋に出てしまったのかもしれない。
――ああ、今頃父さんと母さんは心配しているかなぁ。
このまま海の上で朝を迎えることになるのだろうかと覚悟していた時だった。
闇の向こうに、月明かりに照らされた影が見える。僕は、思わず隣でうずくまっている友人を揺り起こした。久しぶりに海と岩以外の物を見た気がして、僕らはラプラスの背中から身を乗り出した。
ラプラスに、そちらへ向かうよう指示を出した。陸地に上がれるなら、何でもいいと思った。例えそれが、迷い込むと出てこられないという『帰らずの穴』でも、海の上で夜を明かすよりましだった。
近づくと、影は相当な大きさだということがわかった。この形の何かを、僕は見たことがあるような気がする。
ラプラスから降りて上陸し、それに走り寄った。それは、大きな石塔だった。
石塔の前には封の空いたミックスオレの缶が置いてあり、よく見るとその隣に小さく文字が彫ってあるようだった。ライトの照準を合わせて、文字を確認する。
『イワキチ ここに ねむる』と刻まれているのを見た時、僕は確信した。おそらく、そばで放心している友人も。
これは、お墓だ。5の島の空き地のはずれの、『思い出の塔』だ。
……僕らは気がつかないうちに島の周りを半周して、反対側から上陸してしまったのだろう。
ラプラスにいったん別れをつげて、僕らはすぐにお墓を離れた。
遊びなれた空き地も、草原も、闇の中では空恐ろしい気配を放つ。風が草を揺らす音すら、化け物の囁き合う声に聞こえる程だ。
僕らは手をつなぎ、はやる気持ちを抑えながら月明かりを頼りに家路を急いだ。
町外れまで到着すると、数人の大人が懐中電灯を手に何か叫んでいるのがわかった。
「おうい。テツロウ君、ショウイチ君」
僕らの、名前だった。
僕らは夢中で彼らに近寄った。
大人たちの一人がこちらに気づき、懐中電灯の光がまっすぐ向けられた。
「ショウイチ君じゃないか。おうい。見つかったぞぉ。テツロウ君も、こんな夜中までどこに行っていたんだ。神隠しに遭ったんじゃないかと、みんな心配していたんだぞ」
そう言ってくれたのは、斜向いに住むおじさんだった。
夏休み最後の僕らの肝試しは、結局、町内を巻き込む大騒動に終わった。
僕とテッちゃんの父さんたちは、近所の人たちに申し訳ないと頭を下げていた。僕らも一緒に頭を下げた。
無事に見つかって何よりと、みんな一応笑ってくれて、その日はそのまま家に帰された。
家に帰ると、こっぴどく叱られた。皆に心配をかけてどういうつもりだと、父は唸るように問い詰めた。
言葉も無く俯く僕に、今日のところはもう寝なさいと、母が促してくれた。
夏休みが終わるまでの課題に、反省文が追加された。
あの肝試し騒動からしばらくして、海岸でラプラスと再開した。
まだ若かったラプラスは、あの水の迷路での冒険の後、すっかり逞しくなったようだった。
一つ、考えたことがある。いくら水の迷路に霧が出ていたとしても、賢いラプラスが道を間違えたりするだろうか。
もしかしたら……本当はラプラスは全てを知った上で、僕らが帰らずの穴に向かわないようにわざと道を間違えたふりをして、僕らを島の反対側へ届けてくれてたんじゃないかと。
それを確かめるためには本人に聞くしかない。僕はラプラスと再会した時、ラプラスに耳打ちした。
――もしかして、わざと道に迷ったふりをしたの。
ラプラスは歌って答えた。高く、低く、穏やかで澄み切った声で。その歌を聴いているうちに、なんだか眠くてどうでもよくなってきた。
あれから、僕らは時折、思い出の塔にお参りに行くようになった。
甘ったるいジュースの缶を開け、石塔の前に置く。
石塔の陰で草むしりをしていた青年が、こちらに気が付き、歩み寄ってきた。
「こんにちは……。きみたちもイワキチのお墓にお供えしてくれたのかい……」
青年は、自分がこの墓に眠るイワークのトレーナーだったのだと語った。
口元に陰気な笑みを浮かべる青年に、僕たちは気まずい愛想笑いで応えた。
「一之瀬くん、……あれ? 一之瀬くーん!」
いつも彼が座っている椅子にいないことを、相変わらず低身長の松野藍は呼びかけてから気付く。
「アイコさん、一之瀬ならさっきトイレに行ってましたよ」
後輩が、戸惑う松野藍にひと声かける。このアイコというのが松野藍の社内でのあだ名である。元々は一之瀬が下の名前を勘違いしてアイコと言ったのが始まりだった。
一之瀬に用事を頼もうと思っていた松野だったが、いないのは仕方がない。待つ他ない。
「そう。……最近彼、なんだかしょっちゅうトイレに行ってない?」
「どうせ頻尿とかじゃないんすか?」
後輩の今の一言で、オフィスにはやや笑い声が広がる。
「本当にそんなことが……」
『今理論を言ったところで君が理解できる保障は一切ない、が、それでもメカニズムを知りたければ』
「分かった……。それじゃあ頼む」
一之瀬は他に誰もいない男子トイレの端っこで、携帯電話を通して有瀬悠介と連絡を取っていた。
連絡を寄こしたのは向こうからだった。携帯が鳴ったときは、どうせまたアルセウスジム杯に関する用事を押しつけられるのだろうと思っていたが、それとはまるで違う話に虚を突かれてしまっていた。
有瀬が話していたことは文字通り、一之瀬からしては「次元が違い過ぎて」一之瀬を含む常人はそんな馬鹿なと口を揃えて言うだろう。とはいえ、有瀬は嘘をつかない。元より嘘をついてもなんらメリットはない。だから一之瀬は有瀬の言葉を消化不良のまま飲み込むしか無かった。
約束も守り真実しか言わない有瀬を信用する、だがあまりにも常識から外れすぎた馬鹿げた話が多いため、心のどこかでセーブがかかり、百パーセントは信じれていない。最も有瀬の話し方が胡散臭いのもあるのだが。
一之瀬はふと自分の右手を見つめる。百パーセント信じれない、そんなことはどうだっていいんだ。現にとんでもないことは既に起きているのだから。能力(ちから)のこともそうだし、有瀬だってそうだし、そして自身に起きていることだってそうだ。
有難いことなのか、有瀬によって能力に関する全ての情報を知ってしまっている。その事実を知った上で、一之瀬は自分で出来ることで手伝いたいと有瀬に言ったのだ。
ところであんなに騒がれそうな存在である能力が世間に知られていないのは、有瀬の特殊な催眠術じみた情報操作のお陰なのだが、有瀬にも限度はあると言っていた。もし限度が来て大々的に報道でもされてみれば、世間からのバッシングから来てポケモンカードは終わりだ。
ポケモンカードを愛し続けた一之瀬にとってそれはあまりにも耐えがたい。早く能力をどうにかしなくてはいけない。
有瀬が言ったのはその状況を打破する方法だった。
『準備が出来た。行くぞ』
突如一之瀬の足元の空間が裂け、そのまま重力に従って落ちていく。空間の裂け目が一之瀬を飲み込むとそこで裂け目は元より存在しなかったようにそっと消えた。
そして別の空間に送られた一之瀬は、ゆっくりと足を地に付ける。一之瀬の目の前には、先ほどまで電話していた相手の有瀬がいた。
「会うのはしばらくぶりか」
「そうかもしれないね。そして、ここに来るのも久しぶりだ」
相変わらずここは何度来ても慣れないな、と一之瀬は思う。空間の裂け目からを通って無理やり呼び出されたこの空間。前後左右上下ともどこまでも果てしなく黒の世界が続く。明らかに自分たちのいる世界を逸脱したここが、有瀬の領域だ。
その黒の空間にふさわしくない白色の巨大な装置が一之瀬の目を引く。こんなものいつの間に。
「こいつが私たちの計画を進める」
有瀬は自分の背の五倍程はある装置に触れると、装置中央にある半径一メートルはある透明な大きな玉がオレンジ色にほのかに光る。
「気になっているようだな。それでは話そう、こいつが一体何なのか」
「ああ、頼む」
「こいつは───」
「え、ええええ!?」
「ちょ、それマジ!? マジなの!?」
ホームルーム中のクラスでどよめきが広がる。今のように騒ぎ立てるやつもいる。思わず椅子から立ち上がったやつもいる。脱力して口が金魚のようにパクパクしてるやつもいる。
事の発端は担任の一言からだった。
「修学旅行の件だが、本来予定されていたオーストラリアには行けなくなった」
修学旅行実行委員の俺は既に昼休みから聞かされていたが、騒ぎになるからお前は黙ってろと教師から釘を刺されていた。だからこうしてクラスメイトがさっきのようにオーバーなリアクションを取ったということだ。
「先生どうしてですか!」
「ちょ、理由は!」
怒号が教室を轟かす。そりゃあそうだ。楽しみにしているやつが恐らく大半なのに、行けなくなったの一言で片づけられてはどうしようもない。無理なら納得させる理由をよこせ、とのことだ。まあそうなるのも当然だ。
「理由はだな。えー、最近テレビでニュースになってるように、オーストラリアで発生した連続凶悪犯罪のこともあって、PTAからの御意見と校長先生や学年の担任達で相談した結果オーストラリアには行かない、ということになった」
再び教室はざわざわし始める。ところで、この凶悪犯罪というのは丁度俺たちが行く予定になっている地域で発生した事件だ。死傷者二十人が出るかなりの大事なのに、犯人がまだ捕まっていない。
そんなとこにみすみす行くなんて馬鹿しかいない。いや、馬鹿でさえしないだろう。生徒の安全が第一な学校やPTA側としては行かないという判断を取るのは当然だ。とはいえ俺のように初めて海外に行くやつも多い生徒も多い。そうした海外に行けることを楽しみにしていた生徒からしたらいい迷惑だ。
「その代わり! ちゃんと修学旅行はやるぞ。行先が変わったんだ。これはさっき決定したばかりなのだが……」
急に教室のざわめきがぴたりと止む。俺も聞いてない情報だ、おそらくホームルームの直前にあった会議か何かで決まったのだろうか。さて、一体どこなんだ。
「北海道だ」
その一言に対してのクラスの反応は様々だった。喜ぶ者もいれば、夏に北海道かよと文句を言う者もいれば、もうとりあえず修学旅行に行けるだけでいいと言う者もいる。ちなみに俺は一番最後。
もちろん北海道にも行ったことのない俺からすれば、どちらにせよ未知の土地であるから期待も膨らみ始める。テレビで雪がすごいイメージが強いから、夏の北海道かあ、どんなのかちょっと気になるなあ。
北海道? そうか、そういえば確か風見は北海道にいたことがあったはずだ。
「なあなあ風見!」
「……ああ、どうした翔」
隣の席の風見に声をかけたが、物憂げな表情から察するにどうしてか機嫌はあまりよろしくないようだ。声をかけたのはまずかったか。
「で、なんだ?」
俺が言葉に詰まっていると、風見がさっさと言えとばかりに俺に催促する。
「えあ、北海道ってどんなとこかなあって聞きたくてさ、あはは、あはははは……」
「はぁ。それを調べるのが修学旅行委員の仕事だろう」
まったくだ。だが、そう言った風見の目は笑っていなかった。何かある。
首を俺の反対の方に向けて教室の窓から外を眺めながらため息をつく風見の姿は、どこか憂いのようなものがあって、いちいち探りを入れるのも悪い気がしてきた。
「拓哉、一緒に帰ろうぜー」
「あ、ごめん。今日は病院行かなくちゃダメだから」
「そっか、それ、取れるんだな。修学旅行までに間に合って良かったじゃん」
「うん。ほんと、ようやく解放されるって感じだよー。それじゃあ、またね」
「おう、明日な!」
校門で蜂谷の誘いを断った俺の相棒は、蜂谷とは違う方向に歩きだす。
今日、相棒はようやく左腕のギプスが取れるのだ。長い間俺のせいでギプスをつける羽目になってしまったため、そのことを考えると胸が痛む。
よく考えるとPCCからは既に二カ月以上が過ぎたのか。長いような、短いような。
「どうしたの? 今日はやけに静かだね」
(ああ、いろいろ考えててな)
「もしかして、まーたこれが自分のせいとか考えてないよね?」
そう言って相棒は左腕のギプスをさする。
(違ぇーよ。あれからもう二カ月経ったのかな、って思ってただけだ)
風見杯が終わってからももちろんそうだが、特にPCCが終わってからの相棒はすこぶる良い意味で変わった。出番がないからというワガママではないが、俺が体を使って前に出る、という機会が少なくなった。
俺は相棒の負の感情から生まれた。言うなれば俺という存在は相棒の負の感情そのものと言っても過言ではないだろう。その俺が前に出る機会が減ったということは良いことだ。きっとそれは相棒が成長したということを示唆しているのかもしれない。
もしそうだとして、相棒がこのまま成長すれば、俺は要らなくなる……のだろうか。
この頼りない相棒を守るために現れたこの俺という存在は、いつしか相棒が強くなることで俺は不要になって、やがて消えるのだろうか。ああ、当然のことじゃないか。俺にとっては相棒が全てだ。そうなればなったで俺は受け入れるしかないし、俺にとっても本望だ。いつか一人でしっかりと、この世界の暗いところも明るいところも受け入れるようになって欲しい。
だというのになんだこの妙な突っかかりは。まだ俺は消えるわけにはいかない、相棒を護らなければいけない。そんな胸騒ぎがしてやまない。
その突っかかりのうち一つはかつて俺に宿っていた能力(ちから)のこと。初めて母親を異次元に幽閉したとき、俺はカードからサマヨールを呼び出した。
俺が出来ることは生き物を違う次元に幽閉することだけだ。なのに何故サマヨールはカードから「現れた」? 俺の能力とは関係ないはずだ。
そしてもう一つ。能力とはそもそも一体なんなのか。これに関しては当然のように翔たちも疑問に感じているはずだ。
いや、これだけじゃない。まだ何かがある……。
そんなとき、ふと脳裏に一之瀬のいけすかない顔が過ぎる。なんで今あいつの顔が出るんだ。ケッ、鬱陶しい。
今までの俺たちが見知った情報を合わせると、能力は負の感情に作用して宿り、そして対戦に負けると能力が無くなるということだ。
事実そうだったのだ。が、負けて能力がなくなるというより、正しくは「能力が吸い取られる」という感覚だった。風見杯で翔に負けたとき、俺、いや、俺たちの体には何かを吸い取られたような、形容しがたい虚脱感が残った。そしてそれ以降、能力が使えなくなった。
……吸い取られる、ということは吸い取るやつが必ずいるはずだ。
なんて至極胸糞悪い話だ。きっとまた、能力絡みの何かが起こるだろう。そのときは今度こそ、この相棒を護ってやらないといけない。もう同じヘマはしない。相棒を護る、それだけが俺の存在する理由だから……。
翔「今回のキーカードはプラスパワー!
たかが+10と思えばその10ダメージに泣くぜ?
グッズカードで使い勝手にも困らないカードだ!」
プラスパワー グッズ
この番、自分のポケモンが使うワザの、バトルポケモンへのダメージは「+10」される。
グッズは、自分の番に何枚でも使える。
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第十五回「あ痛っ!」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/99.html
番外編「ドリンクバー」
翔「ファミレスのドリンクバーって値段するからさ、その値段以上分飲んでやりたくならない?」
風見「気持ちは分からなくもないが、だからといって肝心のメインディッシュを残すのはどうかと思うぞ」
翔「いや、まだだ。意地でも食べる……」
「カイリューで攻撃。ドラゴンスタンプ!」
カイリューはその大きな体でメタグロスを踏みつける。派手な大きな音と土煙のエフェクトがこの小さな公園を覆った。
これで相手のメタグロス50/130のHPを大きく削げた上、カイリューのHPは70/130もある。もう一度メタグロスの波動砲を受けたところで10だけHPが残り、返しのターンでドラゴンスタンプを決めればメタグロスを倒すことが出来る。
そうしたならば俺のサイドは残り一枚。ハーフデッキでここまで痛手を負うと相手はそこから立て直すことが出来なくなって当然だ。
今の俺のバトル場にはダブル無色一枚、闘エネルギーが二枚ついたカイリュー70/140。そしてベンチにはチルット40/40とチルタリス90/90、ドリュウズ110/110。
相手のバトル場は超エネルギーが二つついているメタグロス50/130にベンチにムウマージ90/90、ダンバル60/60、超エネルギーが一枚ついたジラーチ60/60。サイドは現在俺が残り二枚で相手が残り三枚。
通常バトルベルトの持ち主の名前が表示されるはずであるバトルテーブルのモニターには、対戦相手の名前はEnemyとしか表示されず、大きなマスクに赤のエースキャップで正体を隠すこの男はどうやら俺を狙っているようだ。
俺の義母から送られたこの刺客、Enemyを振りきるにはこの対戦で勝つしかない。確かに相手はやり手だが、今の場は俺の方が極めて優勢だ。
「ふん。私のターン。まずはベンチにいるダンバルをメタング(80/80)に超エネルギーをつける。さらにムウマージのポケパワー、マジカルスイッチを発動」
ジラーチの体から超のシンボルマークが飛び出て、それがベンチにいるメタングの体に吸収される。
「このポケパワーで自分の番に一度、自分のポケモンについている超エネルギーを一つ別のポケモンにつけかえることが出来る。そして続けてサポートカード、チアガールの声援を使わせてもらう。その効果で私はカードを三枚引く。そして相手は任意でカードを一枚引くことが出来る」
俺もカードを引くことが出来る、だと。舐めているのか?
「いいだろう、俺もカードを一枚引く」
しかしあいつのカードを引くペースが早いように思う。六ターン目にして残りの山札のカードはたったの四枚。これだと相手はもうドロー出来るサポートカードは使うに使えないだろう。
「山札が気になるのか?」
「ふん……」
「安心しろ。私の山札が切れる前にお前の負けは決まる。グッズカード、プラスパワーを発動。このターン、相手のバトルポケモンに与えるワザのダメージを10プラスする」
「な、何っ!?」
「メタグロスで攻撃だ。喰らえ、波動砲!」
相手のメタグロスが放った強烈な波動攻撃をカイリューは腹で受ける。と同時、再びその衝撃が風のエフェクトとなって襲いかかる。あまりのそれに右腕で顔を守る。少しして風が止んだと思うと、HPが尽きたカイリューが倒れ伏し同時にまた僅かに風が舞う。
油断していないと言えば嘘になる。余裕があったといってもプラスパワー一枚でエースカードがやすやすと撃墜されるとは。60+10=70できっちりと気絶させに来たか。
問題はまだカイリューがもう一ターン以上持つとばかり思っていたがために、俺のベンチのポケモンはどいつもエネルギーがついていない。見事にしてやられた。
「サイドを一枚引く。どうしたどうした、余裕がなさそうに見えるが」
「ふっ、思ったよりも饒舌なんだな。俺はチルタリスをバトル場に出す。そして俺の番だ、まずは手札の闘エネルギーをチルタリスにつけ、ベンチにモグリュー(70/70)を繰り出す」
今の俺の手札にはダブル無色エネルギーとスタジアムカードの焼けた塔がある。無無無でチルタリスが使えるスタジアムパワーは元の威力が40ダメージだが、スタジアムが場にあれば威力をさらに30増やすことの出来る大技に化ける。これでメタグロスを退けることが出来る。今はそのための時間稼ぎをしよう。
「チルタリスで攻撃。黒い瞳!」
俺のチルタリスが不思議な念動力で、メタグロスを眠りに入らせる。このワザは相手をただ眠らせるだけでなく、20ダメージも与える効果がある。これでメタグロスの残りHPは30/130、あと一撃で倒せるところまで追いつめた。
「さてここでポケモンチェック。眠りのポケモンはコイントスをしてオモテなら眠りが回復する。……オモテ、これでメタグロスは眠りから回復」
それでもチルタリス90/90は必ず波動砲は間違いなく耐えることが出来るはずだ。返しのターンでスタジアムパワーを喰らわせ、メタグロスを気絶させればまだ勝負を持ち返すことは出来る。
「私の番。ベンチのメタングに超エネルギーをつけ、ムウマ(50/50)をベンチに出す。そしてメタグロスのポケボディー、サイコフロート。超エネルギーがついているポケモンは逃げるエネルギーがなくなる」
「なっ、……メタグロスを逃がすだと?」
「メタグロスを逃がしてベンチのメタングをバトル場に出し、そして私はメタングをメタグロス(130/130)に進化させる」
「二体目のメタグロスか!」
完全に予想外な展開にややたじろぐ。これだと返しのターンにスタジアムパワーで倒すことが出来ない。
「さらにグッズカード。ポケモンサーキュレーター!」
バトル場のメタグロスの隣に現れた巨大扇風機が強い風を巻き起こし、チルタリスをベンチまで吹き飛ばす。
「このカードの効果で相手のバトルポケモンをベンチポケモンと入れ替える。入れ替えるポケモンは相手が選ぶ。さあ何を繰り出す」
今のベンチはモグリュー70/70、チルット40/40、ドリュウズ110/110。波動砲のことを考慮すれば、選択肢などあってないようなものじゃないか。
「ドリュウズをバトル場に出す」
「だろうな。それではメタグロスで攻撃、ダブルレッグハンマー!」
相手のメタグロスはバトル場のドリュウズ……を通り過ぎ、ベンチまで進むと隣り合うチルットとモグリューに対して前の腕を二本持ち上げ、叩きつけるように振り下ろす。ずしんと土煙を伴った重い音が響く。
「ベンチに攻撃だと!?」
「このワザは相手のベンチポケモン二匹にそれぞれ40ダメージを与える」
重い一撃を受けたチルット0/40とモグリュー30/70はどちらもうつ伏せに倒れている。モグリューはゆっくりと立ちあがったが、もちろんチルットは立ちあがることはなかった。
「サイドを一枚引く。私の番はここまでだ」
いつの間にやらサイドの枚数が追い抜かれてしまっている。しかもドリュウズはエネルギーがついていない上に逃がすにはエネルギーが一つ必要だ。
慌てるな、冷静に対処しろ。場をよく見渡せ、手札を確認しろ、必ず活路はあるはずだ。場……? そうか。チルタリスだ。
「俺のターン。手札の闘エネルギーをドリュウズにつけ、グッズカード、エネルギー付け替えを発動。チルタリスの闘エネルギーをドリュウズにつけ替える」
無理にチルタリスで戦わす必要はない。スタジアムパワーを諦めてドリュウズにしっかりシフトをすれば、十分戦うことが出来る。
ダブル無色エネルギーがドリュウズに適用されればよかったのだが、ドリュウズの一番威力の高いワザは闘エネルギーを三つ要求する。ダブル無色エネルギーは仕方ないが使えない。
「続いてベンチのモグリューをドリュウズに進化させる」
ドリュウズ70/110に進化すれば次の番にダブルレッグハンマーを受けても耐えることが出来る。
「さらにグッズカード、ポケモンキャッチャー。相手のベンチポケモン一匹を強制的にバトル場に出す。ベンチにいるメタグロスをバトル場に出してもらおうか」
「なんだと?」
突如放たれた捕縛網がベンチのメタグロス30/130を捕え、そのままバトル場に引っ張られる。今はとにかくこいつを仕留めることが先決だ。
「ドリュウズで攻撃。メタルクロー!」
鋭い爪の一撃がメタグロスを襲う。独楽(こま)のように弾かれたメタグロス0/130はそのまま倒れて動かなくなる。メタルクローの威力は30、相手のメタグロスを十分倒せる威力だ。
「サイドを一枚引いて俺の番は終わりだ」
「メタグロスをバトル場に出す。私の番だ、ベンチのムウマをムウマージ(90/90)に進化させて、メタグロスで攻撃。ベンチのチルタリスとドリュウズにダブルレッグハンマー」
再びベンチに激しい二撃が襲いかかる。メタグロスの怒涛の攻撃に、俺のチルタリス50/90もドリュウズ30/110も、残りHPはギリギリだ。
しかしどんなに苦戦を強いられていようと、まだ逆転の可能性はある。俺の山札は残り四枚。サイドを含め残った五枚のうち、あの一枚を確実に引けるかがカギだ。
「俺のターンッ!」
引いたカードはまんたんのくすり。良いタイミングで来たもんだ。
「手札からグッズカードを発動。まんたんのくすり。自分のポケモン一匹のエネルギーを全てトラッシュして、そのポケモンのダメージを全て回復させる。俺はベンチのドリュウズを回復」
「なっ、何だと!?」
ドリュウズが淡い緑の光に包まれれば、HPバーがみるみる110/110に戻っていく。まんたんのくすりには前述したデメリットがあるが、ベンチのドリュウズにはエネルギーがついていないので、トラッシュする必要がない。
「そしてドリュウズに闘エネルギーをつけてメタグロスに攻撃! ドリルライナーッ!」
ドリュウズは両腕を上げて頭のそれと合わさって一つの大きなドリルとなり、その姿のまま回転してインパクトある一撃でメタグロスを襲う。
「このワザの威力は80。そしてこのワザでダメージを受けた相手のエネルギーを一つ、トラッシュする! メタグロスの超エネルギーを一つトラッシュしてもらおう!」
次の番に相手の手札に超エネルギーがあって、メタグロス50/130のダブルレッグハンマーを受けたとしてもベンチのドリュウズは気絶しない。また、プラスパワーを使われたとしてもプラスパワーの効果はバトルポケモンに与えるダメージのみ。残りHPが50/90のチルタリスはそれによっては倒されることはない。
それに相手の手札は二枚、山札のカードも二枚だけだ。
「くっ、私のターン! ……メタグロスで波動砲攻撃だ」
もう恐れることはない。メタグロスの一撃を受けたところでドリュウズ50/110はしっかり俺の場に残っている。
「決まったな。ここまでだ」
「くっ……!」
「俺の番だ。さて、これで終わりだ。ドリルライナー!」
トドメの一撃がメタグロスに決まり、爆発のようなエフェクトから熱と風と煙が暗がりの公園に舞う。
「最後のサイドを引いて俺の勝ちだ」
モニターにWINと三文字表示され、全てのポケモンの映像が消えていく。バトルテーブルを元のバトルベルトに戻して尻もちをついた刺客に近づくと、相変わらず顔は見えないがぐう、と唸っている声は聞こえた。
「何故だ……何故、負ける」
俺が見下ろした先にいる刺客は左拳を地に叩きつける。熱くなり過ぎた。それがこいつの敗因だ。目の前の状況に囚われ、場を見渡すほどの広い視野が足りなかった。
「さて、そこまで言うならば俺に勝つ自信はあったのか」
首を横に回したそいつは少し黙っていたが、やがて容器から溢れた水のように言葉を零す。
「過去のデータを参照にして、お前と戦っても勝てるように対策を練ってデッキを組んできた。だと言うのに──」
「悪いな。俺はお前たちと戦うと、新たに決意を固めた。過去と決別するために、俺は常に自らを進歩させていかねばならない。いつまでもあの時と同じ俺だと思うな。そう伝えておけ」
言い終えたが同時、刺客が急いで立ちあがり走り去って行き、闇に紛れて見えなくなってから俺は深く安堵のような息をつく。先ほどまで全身に張りつめていた緊張が抜けて、思うように体に力が入らなくなりそうだった。
しかしまさかこんなことまでしてくるだなんて。これからの雲行きが限りなく不安になる。だが、それでも俺は負けない。どんなに辛い戦いが待ち受けていようと、新たな決意を胸に立ち塞がるってくるならばどんな敵であろうともこの手で捻り潰すまでだ。
風見「今回のキーカードはドリュウズ。
ドリルライナーは相手のエネルギーをトラッシュ出来る。
トラッシュするエネルギーを選べる、というのは大きなポイントだな」
ドリュウズ HP110 闘 (BW1)
無 メタルクロー 30
闘闘闘 ドリルライナー 80
相手のバトルポケモンについているエネルギーを1個選び、トラッシュする。
弱点 水×2 抵抗力 雷−20 にげる 2
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ポケモンカードスーパーレクチャー第十四回「致命的なミス」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/98.html
宇田由香里の使用デッキ
「クイックフルフォース」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-886.html
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