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冴木才知に連絡先を教えてもらった翌日に早速メールを出してみた。
その内容はバトルベルトに関すること。前々から調査している、いつどこから現れたか分からない謎のプログラムについての解析を依頼したものだ。
しかし三日経ってもまだ良い結果は受け取れない。やはりそれほど困難なモノなのだろう。とりあえず明日の事もあるので時計が九時半を指したのを確認してからTECKを出た。
僅かに感じる空腹感と、疲れた体がとにもかくにも早めの休息を欲しがっている。心もそうだ。早く休んでしまいたい。しかしこの疲労感、やりきったという達成感がクセにもなる。
そんなときだった。
誰かに後をつけられている。そう感じたのは五分歩いたところにあるTECKの最寄り駅についてからだ。おそらくTECKを出たときから既に着いてきたのであろうか。エースキャップを深く被っていて顔が見えない。口元もマスクで見えない。不自然過ぎてかえって目立つ。
時間をかけてややいつもと違う電車の乗り換えをして振り切ろうとするが、それでもしっかり着いてくる。
結構しつこいな。このまま逃げ続けてもキリがない。むしろこちらから向こうをなんとかして捕まえる方が早いか。
自宅のあるマンションの最寄り駅から二つ前の駅で降りる。五番出口から出て、街灯が少ない暗く狭い道をいくらか通る。闇の中に立つカーブミラーで正体を確認しようとしたが、いくらなんでも暗すぎるし、やはり相手ががっちり見た目を隠そうとしていることもあってか分からない。
それでもこの状況を打開しうる最低限の情報はしっかり得た。
角を曲がるときに走り出す。向こうが慌てて走り出す足音が聞こえる。身体的能力に自信がない俺だが、夜の公園に誘うことくらいは出来た。
走りながらバトルベルトにプログラムチップを挿入して立ち止まり起動させ、そして振り返る。
『周囲の使用可能なバトルベルトをサーチ。コンパルソリー。ハーフデッキ、フリーマッチ』
突然相手のバトルベルトが勝手に起動してバトルテーブルを形成する。この公園にも灯りが少ないために向こうの顔が見えないが、おそらく驚いていることだろう。
これは他のバトルベルトを探し出し、もっとも至近距離にあるそれを強制的に起動させるシステムプログラム。開発したは良いが使うことはないと思っていたのに、まさか使うチャンスがあるとはな。さっきのカーブミラーで相手がバトルベルトを身につけているのを確認したため思いつきでやったまでだが、成功と言ったところか。
「さあ、お前が何を思っているかは知らないが、悪いが無理にでも相手をしてもらうぞ」
このコンパルソリー状態で起動したバトルテーブルは、普段は切り離されるはずのバトルベルトと連結したままでバトルテーブルから離れることが出来ない。バトルテーブルのような大きいものを体の前に携えながら動くことなど無謀もいいところ、笑止千万だ。
さらにバトルテーブルには使用者の登録情報がデータ上に示され、対戦相手にも名前が分かるようになっている。これで正体を掴めるはずだが。
「……どういうことだ?」
モニターにはEnemyとしか表示されない。なぜ相手の情報が出ない。自分の情報にはきちんとYudai Kazamiと表示されている、故障ではないはずだが一体どうして。
「まあいい。ともかく戦うまでだ」
俺の最初のポケモンはミニリュウ50/50。相手のポケモンはバトル場にノコッチ60/60、ベンチにムウマ50/50。
コンパルソリー状態で勝負を仕掛けた場合、仕掛けた側から先攻をとることになっている。相手が一向に動じる様子を見せないのが気になるが、迷ってる余裕はない。なんとしても正体を明かしてやる。
「行くぞ、俺の番からだ。まず俺は手札からダブル無色エネルギーをミニリュウにつけ、サポートカードのポケモンコレクターを発動。自分の山札からたねポケモンを三枚まで手札に加える。俺はチルット二匹とモグリュー一匹を手札に加え、その三匹を全てベンチに出す」
すかすかだったベンチがチルット40/40二匹、モグリュー70/70と一気に満たされていく。ポケモンがベンチに登場するときのエフェクトの光で相手の顔を伺ったが、やはり白い大きなマスクに目深に被った赤いエースキャップのせいで顔が見えず、特徴という特徴がまるで掴めない。その屈強な骨格からかろうじて男であることを類推するのが限界だ。
「ミニリュウでノコッチにぶつかる攻撃」
体をくねらせてノコッチに体当たりを仕掛ける。攻撃を受けたノコッチ40/60は軽くふらついてバランスを崩しそうになる。
「私のターン。私は、ノコッチに超エネルギーをつけてデュアルボールを発動」
案外従順に勝負を受けるじゃないか。余程腕に自信があるのか。デュアルボールはコイントスを二回行い、オモテの数だけたねポケモンを手札に加えることができるグッズカード。俺と同じくたねポケモンを増やすつもりだな。コイントスの結果はウラ、オモテ。
「私はダンバルを手札に加えてベンチに出す」
超タイプのダンバル60/60か。珍しいカードを使ってくる。警戒するに越したことはないな。
「サポートカード、エンジニアの調整を発動する。手札の超エネルギーカードをトラッシュし、カードを四枚ドロー。更にもう一枚デュアルボールを発動する」
「二枚目か」
だがその結果は芳しくなく二回ともウラ、不発に終わる。ハーフデッキは同名カードは二枚までしかデッキに入れられない。これ以上デュアルボールを使われることはないな。しかしあいつはさらにもう一枚グッズカードを使ってくる。
「手札からポケモン通信を発動。私はジラーチを戻し、デッキからムウマージを手札に加える」
ムウマージを加えたか。おそらく次の自分の番にベンチのムウマを進化させる手はずといったところだろう。しかしどうせムウマージを加えるならば次のターンでも良いはずだ。
「ノコッチでバトルだ。恩返し! 与えるダメージは10ダメージだが、攻撃した後自分の手札が六枚になるようにカードを引く」
「手札増強だと!?」
今の敵の手札は四枚。さっき無理やりポケモン通信を使って手札を減らしたのはこの効果で引けるカードを一枚でも増やすためか。
やはり佇まいからして中々のやり手が相手のようだ。それだけに何故こんな俺をつけるようなことをしてくるかが気になる。
「一体俺に何の用だ」
「そっちこそ対戦を仕掛けてきて何になる」
「……」
「そうだな。良いことを思いついた」
暗がりの中、敵は両手を横に広げる。雰囲気から感じてきっと顔は笑っているのかもしれない。
「折角こうなったんだ、取引でもしようか」
「取引だと?」
相手のペースに惑わされないように気をつけなければならない。向こうが有利な方にことを運ばせることだけはさせてはならない。
「そうだ。取引だ。私が負ければ素直に引き下がろう。だが私が勝てば、君は我々のところに来てもらう」
「我々だと?」
「そうだ。美紀様がお前が戻ってくるのを望んでおられる」
風見美紀。俺の母親、いや、義母か。俺を中学時代まで育ててきた親。しかしあいつの元、北海道からわざわざ離れてここ東京に来ている。そんな簡単にのこのこと帰ってたまるか。
「そうか、お前が父さんが言っていた刺客か? 悪いが俺はそれを望んでなくてな」
先月の頭、父さんと食事を取った時に言っていた言葉を思い出す。
『EMDCの狙いは恐らく……。お前だ、雄大』
その読みは正解のようだよ父さん。ここまでして俺に用があるだなんて、向こうもそれなりに本気のようだ。
「……望もうと望まなかろうとお前はいずれ有無も言えなくなる」
「出来るものなら是非ともそうさせてほしいものだ。今度は俺の番だな」
引いたカードは研究の記録。手札のチェレンと合わせれば上手く活用することが出来る。
「まずはバトル場のミニリュウをハクリューに、そしてベンチのチルットをチルタリスに進化させる」
ハクリュー70/80とチルタリス90/90がそれぞれ雄々しく力強い鳴き声を上げる。布石は順調だ。
「ここでグッズカード、研究の記録を使わせてもらう。自分の山札の上からカードを四枚確認し、その中のカードを好きなだけ選んで任意の枚数を好きな順にデッキの底に戻し、残りのカードを好きな順にデッキの上に戻す」
確認した四枚はポケモン通信、焼けた塔、オーキド博士の新理論、闘エネルギー。手札と合わせて必要なカードを考慮した結果、焼けた塔を一番下、闘エネルギーをその上に置き、オーキド博士の新理論をデッキの一番上、ポケモン通信をその下に戻す。そして今確認したカードを引く手立てもきっちり用意してある。
「サポートカード、チェレンを発動。自分の山札の上からカードを三枚引く」
今確認して置きなおしたカード二枚ともう一枚がすぐ手札に来るようにしたコンビネーションだ。しかしポケモン通信はまだ温存。使うのは次のターンだ。
「そしてハクリューに闘エネルギーをつけてノコッチに攻撃。叩きつける! このワザはコイントスを二回行い、オモテの数かける40ダメージを相手に与える。……ウラ、オモテ。40ダメージだ」
ハクリューの長い尾が鞭のようにしなり、ノコッチの背中を強く叩きつけた。弾んだボールのように跳ね返ったノコッチ0/60はこれで気絶だ。
「サイドを一枚引かせてもらう」
「ほう。……私はダンバルをバトル場に出す」
三ターン目にしていきなりポケモンを倒された割にはやけに反応があっさりしている。それにダンバルのHPは60、運によっては叩きつけるで80ダメージを受けて返しのターンで倒される。何かあるか。
「私のターン、手札から不思議なアメを発動。自分のたねポケモンを二進化ポケモンに進化させる。現れろ、メタグロス!」
ダンバルの目の前に青色の飴が現れる。ダンバルがそれに触れるとダンバルが光だし、あっという間に姿を変えて大型ポケモンメタグロス130/130現れる。メタグロスは登場と共に腹の底まで響くような咆哮を上げる。なるほど、こいつがエースカードだな。
「勇ましくメタグロスを出したところはいいが、そのメタグロスがワザを使うには最低でもエネルギー二個が必要だぞ。一つもついていないメタグロスでは何もできない」
「果たしてそうかな」
「何だと?」
どういうつもりだ。普通自分の番にはエネルギーは一枚しかつけることができないが、そこまで言うなら何か策があるというのか。
「私はベンチにジラーチを出し、ポケパワーを発動。星屑の歌!」
ジラーチ60/60がベンチに現れると同時に奇妙な旋律の歌を奏ではじめる。
「このポケパワーはジラーチを手札からベンチに出した時のみ使うことが出来る。コイントスを三回し、オモテの数だけトラッシュの超エネルギーをジラーチにつけることが出来る。……オモテ、ウラ、オモテ。よってトラッシュにある超エネルギーを二つジラーチにつける」
エンジニアの調整で捨てたものと、ノコッチについていたものの二枚か。
「なるほど。だがジラーチについたところで肝心のメタグロスの懐がお留守だぞ」
「ムウマをムウマージに進化させ、ムウマージのポケパワーを発動。マジカルスイッチだ」
ジラーチの体から超のシンボルマークが飛び出し、それがメタグロスの体に吸収されていく。
「自分の番に一度、自分のポケモンについている超エネルギー一つを別のポケモンにつけ替えることが出来る。そしてメタグロスに超エネルギーをつける」
「なっ!」
たった一ターンでエネルギーを二個つけたというのか。やはりこいつは一筋縄ではどうもならないか!
「さらにサポートカード、チェレンを使いカードを三枚ドロー。そしてベンチにダンバル(60/60)を出してメタグロスでそのハクリューに攻撃だ。波動砲!」
メタグロスは前の二つの腕を近づけると、腕と腕の間に藍色のエネルギーの弾を作りだす。
「波動砲の威力は60。受けるがいい!」
放たれたエネルギー弾は直進してハクリューの体に直撃し、強い爆風のエフェクトが発生する。
「ぐう、これしき!」
ハクリューのHPは残り10/80だが、慌てることはない。きちんとそれに対抗する手段を俺は持ち合わせている。
「俺のターンだ! 手札からグッズカード、ポケモン通信を発動する。手札のモグリューを山札に戻し、カイリューを加える。そいつがお前のエースカードというならこちらも全力で行こう。ハクリューをカイリューに進化させる!」
ハクリューの体が白く輝き、そのフォルムを大きく変えていき、このデッキのエースカード、カイリュー70/140が雄叫びと共に登場する。
「そして俺はカイリューに闘エネルギーをつけ、サポートカードのオーキド博士の新理論を発動。手札を全てデッキに戻してシャッフルしたのちカードを六枚ドロー。そしてモグリューをドリュウズ(110/110)に進化させてカイリューで攻撃。ドラゴンスタンプ!」
ワザの宣言と同時にコイントスボタンを押す。このワザの威力は80だが、コイントスをして二回ウラならワザは失敗してしまう。その一方で二回オモテならば、相手をマヒにさせる強力な追加効果がある。しかしそこまでは恵まれず、コイントスの結果はオモテ、ウラ。失敗でないだけ合格点だ。
カイリューはその大きな体でメタグロスを踏みつける。大きな音と土煙のエフェクトがこの小さな公園を覆った。
相手のメタグロス50/130のHPを大きく削げた上、カイリューのHPは70/130。もう一度波動砲を受けたところで10だけHPが残り、返しのターンでドラゴンスタンプを決めればメタグロスを倒すことが出来る。
そうしたならば俺のサイドは残り一枚、ハーフデッキでここまで痛手を負うと相手はそこから立て直すことが出来なくなって当然だ。
俺は風見美紀や、EMDCと戦う決意をした。そういう訳もあって、いくら手強いとはいえ刺客程度にそう簡単に負けるわけにはいかない。
必ず勝つ!
風見「今回のキーカードはメタグロス。
重いように見える逃げるエネルギーもポケボディーで軽減。
二つのワザで相手の内も外も崩していけ」
メタグロス HP130 超 (E)
ポケボディー サイコフロート
自分のバトルポケモンに超エネルギーがついているなら、そのポケモンのにげるエネルギーは、すべてなくなる。
無無 はどうほう 60
超超超 ダブルレッグハンマー
相手のベンチポケモン2匹に、それぞれ40ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
弱点 超×2 抵抗力 − にげる 4
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ポケモンカードスーパーレクチャー第十三回「二枚以上」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/97.html
蜂谷亮の使用デッキ
「友達百人デストロイ」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-885.html
「待たせたな」
「ん? 俺もさっき来たばかりだし」
「そうか。じゃあ早速行こうか」
五月十五日は日曜日、俺と風見の二人で出かけることになった。余談だがさっき来たばかりとは言ったが俺は十五分前から待っていた。まあ風見は時間ぴったしに来たから別に責めはしないが。
そもそもこいつと俺が一緒に出かけるのは、うちの引っ越しが終わって二日後の放課後のことだった。
引っ越しを無理やり付き合わせたのだから今度は俺の用に着いてこい、という至極単純明快なものだ。
その用と言うのも今日開かれる次世代型光学機器? とやらの講演を聞きに行くものらしい。
俺としてはまるで興味がないが、まあ前述したとおり引っ越しに無理やり付き合わせたのだからこれくらいは仕方がない。寝ればいいし。あ、あと文化委員に無理やりさせたことも怨んでたな。
駅から八分程歩いて大きめの区民会館につく。なんだかやけに仰々しい。入口の立て看板に従って進んでいく風見の後を俺はただただ追うしかない。
「なあ、ちょっと」
「どうした」
「俺たちより明らか年上の人ばっかりじゃない? スーツ来てる人までいるし」
「そいつらはそいつら、俺たちは俺たちだ」
「いや、まあそうだけど」
俺は完全に場違いだ。もっと気楽なもんだと思っていたが、もしかしてこれ普通に技術者とかが来るやつじゃないのか。うーん、まあ確かに風見は技術者かもしれないが。
ホールに着く。席は自由らしいので出来れば端っこでひっそりと過ごしていたかったのだが風見にかなり前の方まで連れて来られた。
「ほぁ〜、眠いな」
「寝不足か?」
「まあそんな感じ。昨日の深夜中継のサッカー見てたからあんまし寝てなくて」
もう一発あくびが出る。視界が若干滲んだのはあくびで涙が出たからだろう。両手で両目を軽くこするとやっぱりその通り。
「これいつ開演?」
「二時からだからあと十二分くらいあるな」
「あとさ、どれくらいかかるのこれ」
「講演のことか? 二、三時間くらいだろうきっと」
「え、そんなにあるの」
「お前の引っ越しに付き合った時なんて一日持っていかれたぞ」
「あ、まあうん」
引っ越しは体動かせるから暇じゃないじゃん。とは流石に言えなかった。風見が本気で怒ったところを見たことはないが、まあ本気までいかなくてもそれなりには怒るだろうし。
そこからボーッとしていると、突如アナウンスと同時に拍手が巻き起こる。壇の端からはやや薄い白髪が気になる老齢の男が現れた。その中でも紺のスーツの胸元にある赤いリボン徽章が一際目立つ。
机の上のマイクを手にとってから男は喋りはじめる。
「えー、この度は……」
前の方にいたからかろうじて聞き取れたものの、マイクは電池が入っていないようで、男がこんこん鳴らしたり振ったりしてもそりゃあ出ないものは出ないだろう。
男が現れた方とは反対側から、やや駆け足気味で助手と思わしき別のスーツを着たオレンジ色の短髪の男が新しいマイクを渡しに来……。
「あ!」
思わず大声を出して立ちあがってしまった。それと同時にこのホールの時も止まったかのように固まる。
もちろんのこと周囲の目が俺に集中した。俺に目線をやったのは風見や、周りの客だけではなく壇上にいた老齢の男と、その助手と思わしき男、冴木才知も。
「座れ!」
小声で怒鳴って風見がジーパンを下に引っ張る。あ、ああ。と情けない声を出して着席すると、時が動き出したかのように才知は男にマイクを渡し、そそくさと壇から消えていった。
「不手際やハプニングがございましたことをお詫びいたします。さて、この度はこの講演会にいらしていただき誠にありがとうございます。今回は、次世代光学機器のあり方や、将来についてをわたくしが話させていただきます」
さっきのあれは間違いなく才知だ。ここ一年程ほとんど連絡のとれなかった才知。
あいつは俺たちと同い年のはずだ。なんで壇上にいたのかさーっぱりわからん。いや、壇じゃなくても俺の歳でこの席に座ってることも十分不自然なんだけども……。
さて壇上では相変わらず老齢の男がなんだかんだ言ってるが、聞いたところで分からないので瞼を伏せる。リズム良く喋ってくれているので聞き心地がいい。
そういえばこの老齢の男の名前なんだったかな……。
次に目を覚ましたとき、辺りは割れるような拍手喝さいによって包まれていた。その中でたった一人腕を前にのばして伸びをする。
どうやら講演会も終わったらしく、あの男ももう壇上から消えて行った。周りの人たちも席を立ち始めているようだ。
「あー、よく寝た」
「……はぁ。何があったか知らないが、急に立ち上がったかと思えばその過ぎ後に寝るとはな」
急に立ち上がった時?
「あ! あー! それだよそれ! 思い出した」
「だからなんだ。分かるように話せ」
「最初のさ、マイクが電源入って無かった時に新しいマイクを渡しにきた人いたじゃん、あいつ絶対俺の中学時代の友達」
風見は鼻でふんと笑うと椅子から腰を上げる。
「中学時代の友達が壇上にいるだと? 俺たちと同級生ってことは高校生二年生くらいだろう。そんなやつがなぜ壇上にいたんだ」
「いや、その」
「見間違いだろうどうせ。そんなことよりとりあえず帰るぞ。帰りはどこかで飯でも食べるか?」
「……いいけど」
風見は俺の話を一向に信じてくれない。たぶん、風見が早口なのは俺が変に大声を出して目立ったことについて少しだけ怒っているからだろう。
とはいえ風見をなだめる方法なんて何かあったか? うーん、恭介とかなら適当に飯食わしたら黙るんだけどなあ。
「お、おい、ちょい待てって」
先に進んでる風見を追いかけ慌ててホールを飛び出した。と、同時に。
「おっと!」
「うわっ!」
走っている俺は、途端に横から現れた人とぶつかりそうになる。
「ごめんなさい、大丈夫ですか? って、あれ」
思わず頭を下げて謝る。そして顔を上げれば……。
「……才知、だよな」
「やっぱり翔だ!」
今ぶつかりそうになったのは、さっき壇上でマイクを渡してきた男。目の前で見て確信した、やっぱり冴木才知だ。
「おい、どうした」
風見が俺たちの大声を聞きつけて何事かと戻ってくる。
「お、紹介するよ。俺の高校の友達の風見雄大。で、こっちは俺の中学時代の友達の、冴木才知」
「よろしくね」
「えっ、あ、ああ」
何が何だか分からない戸惑いを見せつつも、才知が出した右手に応えるよう握手をし返す。どうだ、見間違いなもんか。
「風見くんの話はよく知ってるよ、バトルベルトの開発者」
「ああ、ありがとう」
「へぇ。才知は風見のこと知ってたのか」
才知は首を縦に振る。やはりバトルベルトの開発者となると有名になるのは当然か。そういえば気になっていたことが。
「どうして壇上にいたんだ?」
「え? だって今回は伯父さんの講演会だから手伝いに来たんだ」
「伯父さんだったのアレ!」
あの老齢の男、明らかに見た目は六十歳行ってる気がするんだけど本当に伯父なの?
「そうだ。折角だし一緒にご飯食べに行こうぜ」
スーツから私服に着替えた才知と俺と風見で会館からすぐそこのファミレスにやって来た。
本当はまだ五時半くらいで食事には早いのだが、この後も才知は用が詰まっているらしいのでまあそこは仕方ない。
聞く話によると、才知はさっき演説してた伯父さんの研究室で光学機器の研究の助手をしているらしい。
風見と同じく学業との二足草鞋だが、風見以上に研究に時間を割かれていて研究室用の携帯電話を持たされていてそっちばかりを触っていたから俺のメールになかなか気付かなかったらしい。もはやその携帯はないのと同じじゃないのだろうか。
それを取り繕うように聞かされたが、自分の携帯を見るのは一週間か二週間ごとに一度程度のようで、こないだの由香里が来たという話ももちろん後になってから知ったとのこと。せめて後からでいいから返信くらいしてくれれば良いものを。
「へー、忙しいんだね」
「でも僕としては充実しててすごい楽しいから満足してるんだよ」
元から才知は何でもこなす天賦の才があったから、将来は研究者にでもなってるかもしれない。そう思っていたことも多々ある。が、まさかもうなっているとは完全に思いの外だ。風見もそうだがお前ら早い。早すぎる。
「正確にはいろいろと違うところはあるんだけど、バトルベルトも一応光学機器だし僕と風見くんはきっとそれなりに通じるとこがあるかもしれないね」
そう言って向かいにいる才知はスパゲッティを口に押し込む。一方左隣りにいる風見はどうかしたのか細かく切ったハンバーグをフォークに突き刺したまま固まっている。
「……その手もありか」
「うん? 風見さっきからどうした」
「あ、ああ。それより冴木、君の仕事用の携帯のアドレスを教えてくれないか」
「もちろん」
風見は刺しっぱなしのハンバーグを口にいれると携帯を取り出す。応じた才知も携帯を出して赤外線通信でやり取りをする。
本当は俺もよく連絡が取れるならと思ってそっちのアドレスを聞こうと思ってたのだが、邪魔をしちゃ悪いなと思って言えない。風見も才知も自分のやるべきことをしっかりと見つけてやっているんだ。その邪魔は出来ないよなあ。
「おっとそろそろ戻らなきゃいけないからごめんね、お金は置いとくよ」
腕時計を確認してから冴木はポケットから千円札を取り出して机に叩きつけ、席を立つ。
「若干多くてもおつりはいいから!」
「お、おお! じゃあまたな!」
「後で早速連絡させてもらうぞ」
「それと翔、あのときの約束はまだ続いてる。今年こそ、三人で全国大会で会おう!」
そう言うと才知は駆け足で去っていった。約束。由香里が大阪に戻るとき、ポケモンカードの全国大会でまた三人で集まろうという約束だ。もしかしたら才知は由香里が東京に来てた時、約束が叶う前に三人が揃うのを拒んで来なかったのかもしれない。……いや、いくらなんでも考えすぎかな。
手を振りながら才知の背中を追っていたが、すぐに壁の向こうとなり見えなくなる。
四人席に座っていたのだが、向かい側にいた才知がいなくなって俺と風見が隣同士。これじゃあ不格好なので食器を動かし風見の向かい側に座る。
「そういや才知に連絡って、何かあるの?」
「まあバトルベルトの事でいろいろ参考程度にな」
「ふーん」
深く聞いたところでどうせ素人の俺にはわからないだろう。この辺でこの話は切り上げるとするか。
「今さらだが」
風見が話を切りだした。しかし話しかける割には目線は俺にではなく才知が置いて行った千円札に。
「冴木の分、千円じゃ多少足りないよな」
「……確かに」
風見「今回のキーカードというより次回のキーカードだな。
大型の二進化ポケモンカイリューだ。
コイントスの結果次第ではドラゴンスタンプは強大なワザとなる」
カイリュー HP140 無 (LL)
無無無 やすらぎウインド 50
このポケモンの特殊状態をすべて回復する。
無無無無 ドラゴンスタンプ 80
コインを2回投げ、すべてオモテなら、相手のバトルポケモンをマヒにする。すべてウラなら、このワザは失敗。
弱点 無×2 抵抗力 闘−20 にげる 4
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ポケモンカードスーパーレクチャー第十二回「計算順序」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/96.html
「もう終わりじゃないよね?」
由香里のバトル場には草エネルギー一つついたワタッコ90/90、ベンチにはハネッコ30/30とタッツー50/50に加えて水エネルギーをつけたキングドラグレート130/130。
そして薫は闘エネルギーが一つついているグライオン90/90をバトル場に出し、残りのゴマゾウ60/70とゴマゾウ70/70がベンチに控えている。
どちらも残りのサイドは二枚だが、薫の闘ポケモン達は全て水タイプが弱点。その上にワタッコは闘タイプに抵抗力をもつ。可哀そうなほど絶望的状況だ。
今の言葉も由香里らしい嫌なセリフだ。Sってやつか、違いない。
「くっ、あたしのターン!」
しかし問題なのは闘タイプをメタられているというより、薫は頭に血が昇っているということだ。そんな感じじゃあいつも通りのプレイングは出来ない。
「薫、そう力まず落ちつけよ」
「翔は黙ってて!」
えー……。いや、そうか、そう来たか。むしろ由香里は狙ってこの状況を作り出したのか。今由香里と目があったが微かに口元が緩んでいたのが証拠だ。
「抵抗力があるからっていい気にはさせない! スタジアムカード、アルフの遺跡!」
二人の周囲の地面から、重い地鳴りを思わせる音を伴いながら古い建造物が現れる。丁度俺の足元からも石柱が出てきたので左に避ける。もちろん、ただの映像なので避けなくともいいのだが周りからは石柱に俺が埋まっているように見えてしまう。当前だがそれは不格好なのでお断りだ。
これで俺たちは周りのしょぼい公園とは隔離されて遺跡気分を味わえる。んなワケあるか。
「このスタジアムが存在する限り、互いのポケモンの抵抗力は全てなくなる!」
「へぇ、やるじゃない」
なるほどな、確かにこれでワタッコの抵抗力に関わらずに攻撃できるため突破出来そうだ。
「手札からポケモン通信を発動するわ! 手札のエテボースを戻してドンファングレートを加える! さらにベンチにいるゴマゾウ二匹を両方ドンファングレートに進化!」
勝ち急ぎなプレイングか? ドンファングレート110/120と120/120が並ぶことで薫のベンチはボリュームを増す。
「グライオンにダブル無色エネルギーをつけ、ワタッコに攻撃。忍びのキバ!」
穴を掘って地中に消えたグライオンは、ワタッコの背後の、死角から飛び出して鋭利な牙で噛みつく。だが、ワタッコ60/90に30ダメージを与えただけではないようだ。
「おお、これは!」
「ダメカンが乗っていないポケモンが忍びのキバによるダメージを受けたとき、そのポケモンをマヒにする!」
「へぇ。中々いいパンチじゃない」
ちらと由香里がこっちを向いてくる。さっきからしょっちゅうこっちを向いてくるのだが、何を意図しているのかさっぱりわからない。ちゃんと前向いてやりなさい。
「あたしのターン。グッズカード、不思議なアメ。自分のたねポケモンを二進化ポケモンに進化させる。あたしはベンチのタッツーをキングドラグレート(130/130)に進化!」
これで由香里も薫もグレートポケモンが二匹ずつ、ベンチで向かい合いっこだ。しかしキングドラはベンチからでも攻勢に回れる。
「キングドラのポケパワー、飛沫を上げる! 相手のポケモン一匹に10ダメージ。既にダメージを受けているドンファングレートに飛沫を上げるを二匹分受けてもらう!」
キングドラグレートは二匹揃って口から水の塊を噴射。大きな軌跡を描いてドンファン90/120を襲う。10ダメージならまだしも、20ダメージを毎ターン受けるのは辛いが……。
「そして今進化させたキングドラに水エネルギーをつけ、サポートカードのオーキド博士の新理論を発動。手札を全て山札に戻しシャッフル。そして手札が六枚になるようにカードを引く。これであたしの番は終わりよ」
そしてこのポケモンチェックのときに、ワタッコ60/90はマヒ状態から回復する。
「よし、あたしのターン!」
先のターンで手札を使いきった薫。今あるのはさっき引いたカード一枚っきり。元から弱点等、不利な条件の元で戦っているのに手札も僅か、だが。
「うん。サポートカード、チェレンを発動。山札からカードを三枚引く」
ここで上手いことカードを引けた!
「体力がマンタンの方のドンファンに闘エネルギーをつけ、グライオンで毒突き攻撃!」
飛びかかったグライオンはその鋏でワタッコの体を一突き。50ダメージの威力でワタッコ10/90は窮地に陥る。
「毒突きの効果! このワザを喰らったポケモンは毒状態になる」
これは綺麗に決まった。薫の番が終わったこのポケモンチェック、ワタッコは毒の効果で10ダメージを受ける。これでHPが無くなったワタッコは気絶だ。
「サイドを一枚引く。これで王手よ!」
「……キングドラをバトル場に出すわ。あたしのターン。ポケパワー、飛沫を上げる。二匹ともまだダメージを受けていないドンファングレートにダメージを与える!」
今度は今までダメージを受けていたドンファンの隣のドンファン100/120に水の塊が打ち付けられる。あえてダメージを分散した意図は一体。
「グッズカード、ポケモンキャッチャー! 今ダメージを与えたドンファンをバトル場に出させる!」
このカードは相手のベンチのポケモンを一匹選んでそのポケモンを強制的にバトル場に出させる強力なグッズカードだ。ドンファン100/120がバトル場に出たことでグライオン90/90はベンチに戻る。
「サポーター、フラワーショップのお姉さんを発動。自分のトラッシュのポケモンを三枚、基本エネルギーを三枚選んで山札に戻す。あたしは草エネルギー、ハネッコ、ポポッコ、ワタッコをデッキに戻す! そしてキングドラで攻撃。ドラゴンスチィーム!」
キングドラが口から勢いよく水流を放出すると、それが竜の形を成してドンファンを飲み込む。
「きゃっ!」
激しいエフェクトが薫まで襲いそうになり、両腕で顔を覆って可愛い悲鳴を一つ上げる。
「ドラゴンスチームの威力は60だけど、ドンファンは水タイプが弱点。よって60の二倍、120ダメージ!」
「で、でもドンファンのポケボディーの硬い体によって、ドンファンが受けるダメージは20減る!」
とはいえ受けるダメージは大きい。そのダメージは60×2−20=100! ドンファンのHPを丁度削りきれるじゃないか。さっきの飛沫を上げるはこれを見越してのダメージ調整だったのか!
「サイドを一枚引いてあたしのターンは終わりよ」
「はぁ、はぁ……、あたしはベンチのドンファン(90/120)をバトル場に出すわ」
今のドンファンじゃキングドラを一撃で倒すことは出来ない。エネルギーが一枚もついていない上に次の番にドラゴンスチームを受けると一撃だ。もう今度やられると由香里のサイドは0になる。勝機は無い、か。
「まだまだ! あたしのターン!」
「もうどうやっても無駄よ? 降参しても」
「降参なんかしない! あたしも翔みたいに最後の最後まで戦う!」
「……」
「薫……」
どうやら薫はさっきまでの頭に血が昇っている状態から、今は興奮状態に徐々にシフトしている。良い感じでトランス状態だ。これなら本当に何かすごいことを起こしてしまうかもしれない。
「ドンファンを対象にグッズカード、まんたんの薬を発動。自分のポケモンのダメカンを全て取り除き、その後そのポケモンのエネルギーを全てトラッシュする!」
ドンファンのHPバーが徐々に回復していく。このカードのデメリットも、そもそもドンファン120/120にエネルギー自体がついていないのでトラッシュする必要はない。だが、回復させても結局は飛沫を上げるとドラゴンスチームの効果で倒されてしまうが……。
「グッズカード、プラスパワーとディフェンダーを発動!」
「そう来るか!」
「プラスパワーはこの番相手に与えるダメージを10加算するグッズ、ディフエンダーは次の相手の番にワザで受けるダメージを20減らすグッズ。なるほどねぇ」
「ドンファンに闘エネルギーをつけて攻撃。地震!」
ドンファングレートは高らかに脚を持ち上げると、それを強く地面に叩きつける。流石にバトルベルトとはいえ揺れは実感できないが、場のポケモン達は実際に地震を受けたかのように振動している。
この地震は闘エネルギー一つで使えるワザだがその威力は60。しかしデメリットとして薫のベンチポケモン全員に10ダメージを与えることになる。
「プラスパワーの効果でキングドラには70ダメージ!」
「だけどそっちのグライオンも地震のデメリット効果で10ダメージよ」
これでそれぞれの残りHPはキングドラ60/130、グライオン80/90。なるほどこれで次の薫の番、地震でキングドラグレートを倒すことが出来る!
「そう来ないとね! あたしのターン」
理論的には今キングドラが飛沫をあげるを二回ドンファンに使い、ドラゴンスチームで攻撃しても、ポケボディーとディフエンダーで20+60×2−20−20=100ダメージでギリギリ耐えきり、さっき言った通り次の番に地震を喰らわせればキングドラを撃破出来る。まさにこれぞ起死回生の一手だ。
だが、由香里は至って冷静だ。むしろ不敵な笑みが怖いくらいに。
「あたしは手札から、グッズカードを発動。ポケモンキャッチャー!」
「に、二枚目の!?」
またもや由香里の場から放たれた捕縛網が薫のベンチのグライオン80/90をひっ捕らえ、強制的に入れ替えさせられる。
グライオンもまた水タイプを弱点に持つポケモン。さらにディフェンダーの効果の対象になっているのはドンファンであってグライオンはダメージを軽減されない……!
「さて、これで終わりよ。ドラゴンスチーム!」
最後の一撃がグライオンを飲み込んだ。
「あははは! この子ええ子やん」
バトルベルトをハンドバッグに直した由香里は、俺の肩をばしばし叩きながら笑う。いつの間にか関西弁が帰ってきました。
「えーと騙してごめんな、薫ちゃんやっけ。改めて自己紹介するわ。宇田由香里って言うねん、よろしく。翔とは中学校時代の友達なだけで別にコレでもなんでもないで」
コレと言いながら右手の小指を立てる。おっさんくさい。薫はさっきとは打って変わった態度を取る由香里にただただ呆然としている。俺もそうだ。
「翔が気になる子がいるって言ってて、その子が丁度そこにおるからどんな子なんかなあと試してみよか思(おも)てあんなケンカ吹っ掛けてん。ほんとごめんね」
両手を合わせて小首をかしげるも、未だに笑いながらそう言っているので反省の気はこれっぽっちもないようにしか思えない。薫も、あ、はあ、と気の抜けた言葉しか返せないでいる。
「なかなか度胸もあって芯の強いええ子やん、あたしが彼女にしてやりたいくらいやわ」
「いや、本当に何言ってんの」
俺が由香里に持たされていた荷物を、由香里がひったくるように奪う。一瞬取られたことに気付かなかった。
「ま、二人の邪魔するみたいな野暮なことはせずに、あたしはここでトンズラさせてもらいます。じゃあねー」
「え、じゃあね、ってちょ!」
呼び止めようとしても由香里は聞く耳持たずでどんどん俺たちからは離れていく。あっけにとられて固まっていると建物の陰に隠れて見えなくなった。
公園に俺と薫の二人ぼっち。きょとんと二人、視線を合わせてじーっとするだけだ。なんとかしてこの気まずい状況を打破しなければ。
「せ、折角だしご飯でも食べに行く?」
「え……、う、うん!」
こういう時の機転の利かなさの悪さを怨む。そしてしまったな、由香里と昼飯食べたせいでもう金ほとんどなかったじゃん……。と気付くのはその後になってからだった。
薫「今回のキーカードはドンファン!
こっちだってエネルギー一つで60ダメージ!
さらにポケボディーでダメージ軽減だって出来るんだから」
ドンファン HP120 グレート 闘 (L1)
ポケボディー かたいからだ
このポケモンが受けるワザのダメージは「−20」される。
闘 じしん 60
自分のベンチポケモン全員にも、それぞれ10ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
闘闘闘 ヘビーインパクト 90
弱点 水×2 抵抗力 雷−20 にげる 4
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第十一回「1エネ120ダメージ」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/95.html
『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ、フリーマッチ』
「さあ、かかってきなさい!」
「望むところ!」
周りでほのぼのと子どもたちが遊んでいる公園の中、とりわけピリピリとしたこの一帯では何故か由香里と薫が戦うことになっていた。まあ対戦を見れるのは楽しいということに変わりはないからいいんだけど。
最初の由香里のポケモンはバトル場にピィ30/30、ベンチにハネッコ30/30。対する薫はバトル場にエイパム60/60。サイドは僅か三枚だけなのに、由香里のポケモンは全体的にHPが少なすぎるのが気になる。30/30はポケモンカードにおけるHPの最低ライン、それを二匹も晒すとは。
「あたしのターン」
由香里は左手に手札を持ち右手でカードをプレイする。なんてことはない右利きのプレイヤーの動作だが、由香里は本来左利きだ。中学時代の由香里はよく、気合いが入るからという理由で右手に手札、左手でプレイをしていたはずだが矯正したのだろうか。それとも手加減のつもりなのだろうか。
「まず、手札の草エネルギーをハネッコにつける。そしてグッズカード、デュアルボール。コイントスを二回行いオモテの数だけデッキのたねポケモンを手札に加えることが出来る」
期待値としてはオモテが一回出るといったところ。オモテ、ウラ、と確立通りの結果を叩き出す。由香里が手札に加えたのはタッツー50/50。手札に加えるとすぐに、タッツーはベンチに出される。
「ピィのワザを発動。ピピピ!」
「ピッ、ピピピ!?」
「自分の手札を全てデッキに戻す。その後、デッキをシャッフルしてカードを六枚引く。そしてピィを眠り状態にする」
一見わざわざ自分で自分のポケモンを眠らせる行為に疑問点が湧くかもしれないが、きちんと理に適った効果である。
ピィのポケボディー天使の寝顔は、このポケモンが眠り状態であるときこのポケモンはワザのダメージを受けない。つまりピィは眠りである限り無敵なのだ。
「ポケモンチェック。眠りのポケモンがいるとき、ポケモンチェックの度にコイントスを行う。オモテなら眠りを回復し、ウラなら眠りは継続。……ウラなので眠りは継続」
「あたしのターン! まずはエイパムにダブル無色エネルギーをつける。サポートカード、ポケモンコレクターを発動。デッキからたねポケモン三匹まで手札に加えることが出来る。加えるのはゴマゾウ二匹にグライガー。そして加えた三匹を全てベンチに出す!」
閑散としていた薫のベンチにゴマゾウ70/70が二匹とグライガー70/70が並ぶ。薫のデッキはいつもの化石ではなく、闘タイプデッキか。
「エイパムでワザを使うわ、猿真似!」
「だけどピィは天使の寝顔でダメージを受けないわよ」
「猿真似は自分の手札が相手の手札と同じ枚数になるようにカードを引くワザで、元よりダメージを与えるワザじゃないの。今のあたしの手札は五枚で、あんたの手札は六枚。よって一枚だけ引くわ」
「ふーん、なるほどね。そしてポケモンチェック。……ウラなので眠りが継続」
眠りのままではポケモンを逃がすこともワザを使うこともできない上、ピィは進化できないベイビィポケモン。自力で由香里のターンに回復することは出来ないことはないが厳しい。
「よし、あたしのターン。ベンチのタッツーをシードラに。そしてハネッコをポポッコに進化」
盤石に由香里は場を整えていく。シードラ80/80にポポッコ60/60。二進化ポケモンを二ライン並べるつもりか。
「サポートカード、チェレンを発動。その効果で三枚カードを引き、ベンチにタッツー(50/50)を出してあたしの番はこれで終了。ポケモンチェックで眠りの判定。……オモテ、これでピィの眠りは回復する」
由香里としてはこのタイミングでの眠り回復は痛い。肝心の攻撃を受けうる薫のターンで天使の寝顔が使えない、わざわざHP30のポケモンをバトル場に出しただけだなんて倒してくださいと言っているようなものだ。
「運が悪いわねぇ」
左手に持った手札で扇子のように口元を隠し、目で笑う。そんな態度に薫はバツを悪そうにしている。妙に調子が狂っているのだろうか。
「ええい、あたしの番よ。まずはグライガーをグライオン(90/90)に進化。そしてインタビュアーの質問!」
インタビュアーの質問は自分の山札の上からカードを八枚確認し、その中のエネルギーを好きなだけ選んで手札に加えることが出来るサポートカード。特殊エネルギーまでサーチ出来る点が優秀な一枚だ。
「その効果で闘エネルギーを二枚加える。グライオンに闘エネルギーをつけ、さらにグッズカード、ポケモン通信を使うわ。手札のエイパムを山札に戻してエテボースを山札から手札に加え、続いてバトル場のエイパムを今加えたエテボースに進化させる!」
現れたエテボース80/80の持つワザはどちらも無色エネルギー二つで使えるワザだがその効果が曲者だ。両者とも嫌なプレイングをする。案外似た者同士かもな。
一つは驚かす。威力は20と控えめだが、相手の手札をオモテを見ずに二枚選び、その後そのカードを確認してから相手の山札に戻し山札を切る。
もう一つはテールスパンク。驚かすと違って威力は60だが、自分の手札を二枚トラッシュしなければワザは失敗してしまう。薫の手札は四枚あるので使えないことはない。
ピィ30/30を倒すためにはテールスパンクだろう。もし驚かすを使って倒しきれないと、ピィの逃げるエネルギーは0なので次の由香里の番に簡単に交代されてしまう。
「まだよ、手札からグッズカード、プラスパワーを発動。このカードを使った番は、相手のバトルポケモンに与えるダメージをプラス10する! エテボースで攻撃、驚かす!」
プラスパワーで驚かすの威力を20+10=30にしてきたか! 確かにこれならピィを気絶させて上手いこと相手の手札も減らすことが出来る。
「あんたの一番左とその二つ隣のカードを山札に戻してもらうわ」
「ワタッコとキングドラグレートを戻すわ」
素晴らしい。まさかここまで上手く行くとは思わなかったが、由香里のベンチポケモンの進化系を二種とも戻すとは。これで由香里は動きが鈍くなる。
「そしてピィが気絶したことによりサイドを一枚引く」
次の由香里のポケモンはポポッコ60/60か。逃げるエネルギーが0なので次の由香里の番のカードの引きによって気軽に動かすことが出来るな。
「ピィを倒したからって良い気にならないでよね。あたしのターン、手札からデュアルボール! ……ウラ、オモテ! よってデッキからハネッコ(30/30)を手札に加えてベンチに出す。そしてシードラに水エネルギーをつける。さらに、このシードラをキングドラに進化させる!」
「そんなっ!?」
「手札に二枚もあったのか!」
「おいで、キングドラグレート!」
由香里のベンチに現れたグレートポケモン、キングドラ130/130。その体からはグレートポケモン共通のエフェクト、金色の粉末のようなものがはらはらと放たれている。まずいな、薫のゴマゾウも。さらにはグライオンも水タイプが弱点、一撃を喰らうととんでもない痛手を食うぞ。
「サポートカード、オーキド博士の新理論! 手札を全て戻し山札を切る。そして手札が六枚になるようカードを引く。続いてバトル場のポポッコをワタッコに進化!」
「っ!」
さっき苦労して薫が山札に戻させたのをまるで嘲笑うかのように、由香里はその驚異的な引きでポケモンを揃える。ワタッコ90/90が出たということはベンチに逃がしてポケモンを変えるとかそういうつもりはないってことだな。
「布石を打っておくわ。キングドラのポケパワー発動。自分の番に一度、相手のポケモン一匹に10ダメージを与える。飛沫を上げる!」
キングドラは盛大に上空に向かって水の塊を噴射する。水の塊はまとまったまま互いのバトル場を通り越し、ベンチのゴマゾウ60/70に襲いかかる。まだ飛沫を上げるを六度耐えれるが、問題なのはこのゴマゾウがバトル場に出てしまった時だ。10のダメージが大きく生死を分かつことなどはよくある。
「そしてワタッコでバトル! 皆でアタック!」
「来るぞ!」
ワタッコの頭の綿が光り輝くと、それが光線となってエテボースを直撃する。激しい一撃にエテボース0/80の体は風に飛ばされた紙切れのように舞う。
「そんな、エテボースが一撃で!」
「皆でアタックの威力は互いのポケモンの数かける10となる。今貴女の場にはエテボース、ゴマゾウが二匹、グライオン。あたしの場にはワタッコ自身とキングドラ、ハネッコ、タッツーの計八匹。よって80ダメージ! エテボースのHP丁度分ってことね。気絶させたためサイドを一枚引くわ」
たったエネルギー一枚で80ダメージ……。これが由香里のローコストで大ダメージを叩き出す強力なポケモン。
続いて薫がグライオン90/90をバトル場に出したが、ワタッコは闘タイプに抵抗力を持つ。完全に薫の闘タイプデッキとは最悪のデッキとぶつかっていて、正面突破は厳しい。
このまま一方的な展開となるのだろうか……?
翔「今回のキーカードはキングドラグレートだ。
エネルギー一つでなんと60ダメージ。
ポケパワーも合わせて70ダメージを出せる!」
キングドラ HP130 グレート 水 (L2)
ポケパワー しぶきをあげる
自分の番に1回使える。相手のポケモン1匹にダメカンを1個のせる。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
水 ドラゴンスチーム 60
相手の場に炎ポケモンがいるなら、このワザのダメージは「20」になる。
弱点 雷×2 抵抗力 − にげる 1
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第十回「ダメカンを乗せる方法」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/94.html
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番外編「携帯電話」
翔「……」
担任「奥村、学校で携帯すんなよ」
翔「すみません。家族に連絡しなくちゃいけないんで」
担任「終わったら仕舞えよ」
翔「はい」
・
・
・
恭介「……」
担任「長岡、学校で携帯すんなよ」
恭介「すみません。大学の資料請求が」
担任「終わったら仕舞えよ」
恭介「はい」
・
・
・
蜂谷「……」
担任「蜂谷、学校で携帯すんなよ」
蜂谷「すみません。えっと、そ、そう。家族に連絡を――」
担任「没収だ」
蜂谷「はい!?」
担任「月末まで没収だ」
蜂谷「え、ちょっ!」
翔&恭介「……」
『もう行っちゃうんだな』
『うん……。ほんとにいろいろありがとね』
『急に改まるなんて由香里らしくない』
『らっ、らしくないってなんやねん!』
『そうそう。やっぱり由香里はそうじゃなくちゃな』
『ったく、翔は……』
『ほら、才知も何か言いなよ』
『ま、また会えるよね』
『きっと会えるから、そんな今にも泣きそうな顔しーひんの。じゃあ、またね』
四月も終わりかけの二十四日の日曜日。今日はどうしても外せない用があるのだ。今月はしょっちゅう用事があって充実しているなあ。
久しぶりに会う友人との再会に、俺の胸は昨晩寝る前から踊りっぱなし。まるで遠足の前日のようだった。その友人は宇田由香里、中学時代の俺の親友だ。
父親の仕事のせいで中学入学と同時に大阪から東京に越してきて、そして中学三年になるときに大阪に帰って行った。
僅か二年間、と思われるかもしれないが、俺の中学生活を振り返るためには彼女抜きでは語れない。
俺と、由香里と、もう一人冴木才知の三人はよく遊んでいた。だが、中学三年になって由香里が大阪に戻り、俺と才知が違うクラスになってからは三人が集まることはなかった。
今日も才知とは連絡が取れず、俺と由香里の二人だけで会うことになった。連絡が取れないものは仕方ないのだが、本当に才知とは中学を卒業してから連絡がほとんど取れない。
ところで今回由香里は東京にいる親戚のおばさんとおじさんのところに用があって、二泊くらいしていくようだ。なので折角だから遊ぼう、と誘われた始末。
集合場所である東京駅で待ち続けて約三十分、未だに由香里は姿を見せない。約束していた十五分前には来ていたのだが、流石に不安になってきた。そんなとき、背後から急に肩を叩かれた。
「うわっ、由香里ぃ!」
「久しぶりやね。だいたい二年ぶりかな」
「どこから来たのさ。改札向こう側だぞ」
「めんどいし行きながら話すわ。とりあえず駅出よ」
久しぶりに聞くこのイントネーション、懐かしい。見た目はやや大人っぽくなったが、中身は良い意味であの頃とは変わっていなかった。
腕を掴まれてバランスを崩しそうになる。そしてそのまま由香里の為すがままに引っ張られていった。
「ほんとはさ、予定より一本早い新幹線乗って来ててん」
「え?」
「良く考えてみーや。重たいトランク振り回したまま遊んでられへんやろ? 先に荷物をおばさんに渡して来ててん」
確かに、由香里の手元には重そうな荷物はまるでなく、上品なハンドバッグ一つだけだ。
「ま、別に翔が荷物持ってくれるんやったら一考の余地はあったかもしれへんけどねー」
これ以上ない笑顔でこちらを見る。全く、その調子は相変わらずだ。
「そんなことより最近どうなん。翔にも彼女出来た?」
「うーん、なんていうか微妙なんだよな」
由香里の表情が一変して口半開きの怪訝な顔になる。バラエティ豊富だ。
「はぁ? どういうことよ」
「いや、俺も説明しにくいんだけど、まあ後輩なんだけどもなんていうか両想いっぽいけど告白とかしてない感じ?」
「ふーん。少女漫画くさいな」
「由香里が少女漫画って」
思わず笑いを隠せず、由香里に肘で小突かれる。
「なんやそれ。あたしのような純情な乙女にはバイブルバイブル」
「エイブルかなんかの間違いじゃないのか」
「おもんない。0点」
ぐっ、相変わらず言いたい放題しやがって。久しぶりに聞くとなかなか堪える。
「そういうそっちはどうなのさ」
「どう思う?」
「質問を質問で返すな。じゃあ出来てる?」
「当たり!」
「どうせそんな質問してくるからそうだと思ったよ」
携帯電話をいじる由香里は、プリクラを急に見せてくる。
「ほら、このあたしの隣におるのがそれ。森啓史ってやつ」
「ふーん」
お世辞にも見た感じあんまりパッとしない感じの男だ。でも、二人とも楽しそうに笑っているのは確か。
「良かったじゃん」
「で、東京におる間は会えへんから翔が代理彼氏やってな」
「は? なんだそれ」
「あんたは別に気にせんでええで。あたしについてくればええだけやから」
そこからは由香里に引っ張られるようにショッピングに付き合わされて、荷物を持たされ、そして小洒落たレストランでスパゲッティも食べた。
もうやめて! 既に俺の財布ポイントは0に近い。昼飯ケチって溜めたお金が跡形もなくなりそうだ。スパゲッティ美味しかったけど高いんです。
「で、次は何を」
「うーん。まあ粗方ショッピングも満足したし適当にふらつこっか」
「ふらつくって……。あ、そうだ。俺この前引っ越したんだ」
「え、何処に?」
「前のボロアパートから良い感じのアパートに引っ越した。距離的には電車で二駅程度だけど」
「じゃあ新しい翔の家行こか」
「ああ」
そこから一番近い駅から電車に乗って、うちの新しい自宅の最寄り駅に着く。その駅の切符売り場で偶然、薫の後ろ姿を見かける。
「どないしたん?」
薫に目線が行ってた俺を、由香里の声が引き戻した。
「えっ、いや。友達が」
「相変わらず嘘ヘタクソやなあ。さっき言ってた気になる子って今の子やろ?」
「う、正解」
「分かりやすっ」
突如由香里が急に俺の空いている右手を、いわゆる恋人繋ぎしてきた。今の流れからのそれはまるで意味がわからんぞ。
「今日は代理彼氏やし、これくらいしないと」
「はぁ……」
やっぱり意図がさっぱり読めない。何をしたいんだろう。断るとまた面倒そうなので仕方なくそのままでいる。
駅から徒歩三分くらいでたどり着く新しいアパート。まだ住み慣れないが、居心地は良い。
「このアパート」
「へえ。なかなか良いんじゃない?」
突如由香里の言葉のイントネーションが変わる。由香里の特技の一つの猫かぶりだ。そう言うと本人はぐちぐち言うが、まあ平たく言うと関東や近畿地方の方言を使い分けることが出来るという特技を使って演技するのが好きらしい。今の言葉のイントネーションは明らかにこちら(標準語)のものだ。
「いきなりどうした」
「ね、そこの貴女もそう思うでしょ?」
くるりと回るように後ろに振り返る由香里につられて俺も首を捻って後ろを見ると、六歩程離れたところに見慣れた薫の顔があった。
「薫!」
首だけでなく体ごとひねって完全に薫の方に向く。この薫のなんとも言えない表情に、俺もまたなんとも言えなくなる。その中で由香里だけがご機嫌なようだ。
「どうやら駅から着いてきたみたいよ?」
「そうなの?」
薫は何も言わずに首をかすかに縦に振る。
「人が楽しんでるところを着けてくるなんて非常識な子ねえ」
確実に喧嘩を吹っ掛けいる。元から性格が良いとは断定していいにくい由香里であるが、こんなに意地が悪いとは。険悪なムードが由香里と薫の中に漂い始めたので俺が何か言おうとしたら、口を由香里の右手に塞がれた。
「別に人が何しようと勝手でしょう、あたしはここを通りたかっただけなのに」
薫も薫でヤケになっているぞ。落ちつけ。
「さっき着いてきたかどうかって翔が聞いた時に首を縦に振ったのにそんなこと言うの?」
「っ……」
ああ……。由香里はこの状況を楽しんでる。人を煽って遊んでいる。こういうどろどろした感じの流れは俺は好みじゃないのに。ならいっそ逃げよう。そう思って一歩後ずさりしようと思ったところ、左腕を由香里に掴まれる。もう逃げられないし腕痛い握力強い。
「翔のせいでこうなってるんだから逃げないの」
「は!? いやいやいや由香里のせいだろ!」
「ちょっ、もういいからとりあえず黙ってて」
頭を小突かれた。何が何かもうさっぱり分からん。どうにでもなれ。再び由香里が何か口撃して薫を煽り、薫も何か反論しているがもう聞かないもう聞かない。二ヶ月後の修学旅行のことでも考えていよう。とても楽しみなのだ。行先はオーストラリア。外国に行ったことのない俺としてはもう未知なる体験で、ワクワクが止まらない。修学旅行委員会に参加したのは下調べとかもしたいためで、もう興奮の渦がとにかく収まらないからだ。
あぁ、オーストラリア。おぉ、オーストラリア。未知の土地に思いを馳せる。写真で見たあの美しい海、山、街! 早く行きたいな。そのためには中間考査という困難を乗り越えねばならない。いや、目の前の困難もなんとかしなきゃいけないな。
そう思った時だった、由香里が芝居くさく右手人差し指で薫を指差したのは。
「それじゃあこれでどっちが翔にふさわしいか白黒つけましょう。生憎と貴女もバトルベルト持ってるみたいだし」
そんなとき、由香里が唐突に薫にこう言って、ハンドバッグからバトルベルトを取りだした。
「えっ!?」
なんでそれで白黒決めるの?
「望むところ!」
「ええっ!?」
薫もそれでいいのかよ! というよりなんでこんな話になったのかがまるで分からんぞ!
ちょっと歩いて公園に着く。休日なので遊具で遊ぶ子どもたちを傍目に、由香里と薫は火花を散らしながらバトルベルトを起動していた。周囲との温度差はとても大きいが、本人たちは熱中しているため特に何も思ってないだろう。
『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ、フリーマッチ』
「さあ、かかってきなさい!」
「望むところ!」
いまいちなんでこうなったかがよく分かってないけども、とにかく久しぶりに由香里のプレイングを見れるのはいい勉強になる。
薫……、由香里は強いぞ。
由香里「今回の、というよりも次回で活躍するカードよ。
世界大会優勝者も愛用したこのワタッコ。
エネルギー一つでやりたい放題なんだから」
ワタッコ HP90 草 (L1)
草 みんなでアタック 10×
おたがいの場のポケモンの数×10ダメージ。
草 リーフガード 30
次の相手の番、このポケモンが受けるワザのダメージは「−30」される。
弱点 炎×2 抵抗力 闘−20 にげる 0
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第九回「みんなでアタック」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/93.html
佐藤春菜の使用デッキ
「ツヴァイカノン」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-881.html
「さらにこのブラッキーにはポケパワー、月隠れというものがあるの。このポケモンがバトル場にいるとき自分の番に一度使えるポケパワーで、コイントスをしてオモテならこのポケモンとついている全てのカードを手札に戻せる。ヤワな攻撃をされても、このカードを戻してしまえば問題ないってことよ」
蜂谷のバトル場にはW無色エネルギーがついたチラチーノ90/90、ベンチにメガヤンマグレート70/110、ヤンヤンマ10/50、ヤンヤンマ50/50。そして残りのサイドは四枚。
一方で佐藤さんのバトル場には特殊悪、ダブル無色のついたブラッキーグレート100/100。ベンチにはエーフィグレート100/100、エーフィ90/90、ブラッキー90/90、特殊悪のついたドラピオン100/100でサイドは三枚と佐藤さんがやや優勢。
そして一撃でブラッキーグレートを倒せないと上述のように月隠れで逃げられてしまう恐れがある。
「くっ、俺のターン!」
今蜂谷の手札は八枚あるが、どれも扱いにくいカードが溜まっている。ブラッキーグレート100/100を一撃で沈めるためにはチラチーノの友達の輪で100ダメージを叩き出さないといけない。
友達の輪は自分のベンチのポケモンの数×20ダメージのカードで、今のベンチにはポケモンが三匹。あと二匹をベンチに出さないと倒すことが出来ないが、生憎と手札にたねポケモンはない。
「俺は、サポートカードのチェレンを使う。このカードによって、俺は山札からカードを三枚ドローする。ドロォー!」
「おおっ!」
「へへ、手札からチラーミィ(60/60)を二匹ベンチに出す!」
あの状況からたねポケモンを二匹も手札に加えるなんて、すさまじいドロー力だ。余裕綽々と構えていた佐藤さんにも若干焦りが見える。
「チラチーノで攻撃、友達の輪!」
ベンチポケモンから放たれる優しげな白い光を打ち出してブラッキーグレートに攻撃する。ベンチが五匹で埋まったため、友達の輪の威力は20×5=100ダメージ、ブラッキーを一撃で撃破だ。
「よし、サイドを一枚引く。これでようやく追いついた!」
「追いつかれたら追い抜き返すだけ! 私はドラピオンをバトル場に出すわ。そして私のターン、まずはドラピオンにダブル無色エネルギーをつける。このダブル無色エネルギー一枚で無色エネルギー二枚分として扱うことが出来る。そしてサポート、オーキド博士の新理論を発動。手札を全て山札に戻してシャッフル、その後六枚カードを引く」
オーキド博士の新理論を使うことによって佐藤さんの手札は二枚になったが、この効果で手札が六枚まで増える。新たに手札となったカードの左から三番目のカードを抜き取ると、それをバトルテーブルに叩きつけるように置いて発動する。
「行くよ、ポケモンキャッチャー!」
グッズカードのポケモンキャッチャーは相手のベンチポケモン一匹を選択してそのポケモンをバトル場のポケモンと強制的に交代させるカード。佐藤さんはメガヤンマグレートを引きずり出した。
「ドラピオンでメガヤンマに攻撃。毒々の牙!」
佐藤さんがコイントスのボタンを押すと同時にドラピオンがその大きな腕を伸ばして鋏でがっちりメガヤンマの体を押さえつけると、そのまま大きなキバでメガヤンマに喰らいつく。HPバーが50下がってメガヤンマの残りHPは20/110。そして佐藤さんのコイントスの結果はオモテだ。
「ドラピオンについている特殊悪エネルギーは悪ポケモンについているときにバトルポケモンに与えるワザの威力がプラス10される。そして毒々のキバはコイントスをしてオモテだったとき、相手を毒にする。この毒で受けるダメージは従来の10ダメージではなく20ダメージ!」
「まっ、また強力な毒か!」
ポケモンチェックに入ると毒の判定が入る。苦しむメガヤンマの残り少ないHPバーは、毒々のためにさらに削られてしまい気絶してしまう。
「サイドを一枚引くわ」
「俺は新しくバトル場にチラチーノを出す。俺のターンだ! よし。ドーブルをベンチに出し、ベンチのチラーミィにダブル無色エネルギーをつけてそのチラーミィをチラチーノ(90/90)に進化させる」
ドーブル70/70が新しくベンチに並んだことで再び蜂谷のベンチには五体のポケモンが揃った。だがその一方でベンチにはヤンヤンマばかり並び、なかなか進化することが出来ない。特に残りHPが10/50のヤンヤンマはほんのちょっとしたダメージで気絶してしまうために出来るだけ早くに進化させたいのだが……。
「くっ、とりあえず今は目の前の敵を潰ーす! チラチーノで攻撃、友達の輪!」
負けじと蜂谷も押し返す。100ダメージの大技が炸裂し、ドラピオン0/100の体躯が吹き飛ばされて一撃でKO。先ほどからどちらかが倒されれば一方が倒しかえすという激しい攻防が続いて目が離せない。
「よし、サイドを一枚引くぜ」
新たにバトル場に現れたのは佐藤さんの三匹目のグレートポケモンであるエーフィ100/100。今度はどんな攻撃をしてくるか。
「私のターン。エーフィグレートにレインボーエネルギーをつける。このエネルギーをつけたとき、つけたポケモンにダメカンを乗せる」
「自分でダメカンを……」
だが、その代わりこのレインボーエネルギーは全てのタイプのエネルギー一個ぶんとして働くことが出来る強力なカードだ。
「ズバット(50/50)をベンチに出して、エーフィグレードで攻撃。エーフィグレートのポケボディー、進化の記憶は、ワザに必要なエネルギーがついているなら自分の場のイーブイから進化するポケモンのワザを全て使うことが出来る!」
「な、何っ!?」
「何だと!」
「その効果でベンチのエーフィのワザをエーフィグレートのワザとして使うよ、太陽の暗示!」
エーフィグレート90/100の額が強く輝いて場を覆う。思わず右腕で両目を覆うように隠してしまった。
「このワザは、自分のポケモンのダメカンを四つまで取り除き、取り除いた分のダメカンを相手のポケモンに好きなように乗せることが出来る。私はエーフィグレートのダメカン一つをベンチの残りHPが10のヤンヤンマに乗せる!」
ようやく強烈な光が収まると、エーフィグレートのHPは100/100に全快してベンチの蜂谷の死にかけだったヤンヤンマのHPは0/50となりそのまま倒れてしまう。
なるほど、このワザを成功させるためにわざとレインボーエネルギーでダメカンを乗せたのか。
「さあ、サイドを一枚引いてターンエンド。これで残りのサイドは一枚よ」
佐藤さんが早くも勝利に王手に手を掛けてしまったことになる。ここから逆転は至難だ。
「まだまだ! 俺のターンだ。やっと来た! まずはベンチのヤンヤンマを進化させる。現れろ、メガヤンマグレート!」
ようやく蜂谷の手札にエースカードのメガヤンマ110/110が再臨する。しかし、手札にたねポケモン及びそれらを呼び寄せる可能性のあるカードはない。友達の輪でエーフィグレートを突破する手立ては、ない。
「蜂谷」
「翔、何も言うなよ。……目の前の敵が倒せないなら、こうだ! ポケモンキャッチャーを発動。ベンチのエーフィをバトル場に出させる!」
蜂谷の場から突如捕縛網が佐藤さんのベンチのエーフィ90/90めがけて飛んでいく。すっぽり覆われて動けなくなったエーフィを強制的にバトル場に出させ、エーフィグレートをバトル場から退けた。
「さらにプラスパワーだ。このグッズカードを使った番に、自分のポケモンがバトルポケモンに与えるダメージはプラス10される! そしてチラチーノでバトルだ。友達の輪!」
今の蜂谷のベンチは四匹、さらにプラスパワーの効果で与えるダメージは20×4+10=90ダメージ。ジャストでエーフィを気絶させることが出来た。
「これで太陽の暗示はもう使えないぜ? サイドを一枚引いてターンエンド」
残りの蜂谷のサイドも一枚となった。佐藤さんが再びエーフィグレート100/100をバトル場に出す。蜂谷の引いたサイドは草エネルギー。相変わらずたねポケモンが引けない。もしチラチーノが場に残ったままで蜂谷の番が回った時、次のドローでたねポケモンを引いてそれをベンチに出して友達の輪で攻撃すればエーフィグレートを倒して逆転勝ちすることが出来る。
何はともあれまずはこのターンを凌ぎ切らなければいけないのだが。
「私のターン! むう。バトル場のエーフィに超エネルギーをつけてグッズカード、クラッシュハンマーを発動。コイントスをしてオモテなら相手のポケモンのエネルギーカード一枚をトラッシュさせる! ……オモテ、バトル場のチラチーノのダブル無色エネルギーをトラッシュ!」
「うっ!?」
チラチーノの上部に大きな赤色のハンマーが現れる。そしてそのハンマーが勢いよく振り下ろされてチラチーノを殴りつける。チラチーノが殴られる寸前にチラチーノの体から無色のシンボルマーク二つが飛び出してハンマーに粉砕される。そして同時にハンマーもふっ、と消滅したのだった。
「エーフィはポケボディー、進化の記憶の効果で全てのイーブイの進化系のワザを使うことが出来る。私はブラッキーのワザ、月影の牙を選択して攻撃!」
ふいにエーフィの姿が消えたと思うと、チラチーノの影から現れて首筋をガブリと一噛み。ダメージは30だけなので60/90とまだまだチラチーノのHP自体には問題ないが、必ず何か効果があるはず。
「このワザを使ったポケモンは次の相手の番、ポケパワー、ポケボディーを持つ相手のポケモンからワザのダメージや効果を一切受け付けない!」
蜂谷の場のポケモンでその条件に該当するのはドーブルとメガヤンマの二匹。チラチーノで攻撃すれば問題はない。だが、チラチーノはクラッシュハンマーで要のダブル無色エネルギーをトラッシュされてしまった。
友達の輪を使うためにはエネルギーが二つ必要になる。ダブル無色エネルギーが今の蜂谷の手札には無く、草エネルギーのような基本エネルギーでちまちまつけていくと最低でも蜂谷のターンで数えて二ターンはかかってしまう。そうやってちまちま時間がかかっているうちにエーフィにやられてしまう。全体を睨んだ上手い攻撃だ。
「まだだ! 俺のターン!」
「おっ」
思わず良いカードだと口が滑りそうになった。今引いたカードはまたまたポケモンキャッチャー。俺には見えたぜ、勝利の方程式。
「……そうか! まずはチラチーノに草エネルギーをつける。そして今つけた草エネルギーをトラッシュすることでチラチーノをベンチに逃がすことが出来る。俺は新たにバトル場にメガヤンマを呼び出す!」
「え? メガヤンマ? さっきも言ったけど月影の牙はポケボディーがあるポケモンからダメージは受けないのよ?」
「俺のグゥレートなポケモンを舐めちゃダメだぜ。手札からグッズカードを発動。ポケモンキャッチャー! 佐藤さんのズバットをバトル場に出す!」
「しまった!」
いいぞいいぞ! ズバットのHPは僅か50/50。そして今の佐藤さんの手札は六枚、一方の蜂谷の手札も六枚。条件は全て整った!
「メガヤンマグレートのポケボディー、インサイトは互いの手札の枚数が同じ時、このポケモンに必要なワザエネルギーは0となる。トドメの一撃、ソニックブーム!」
このワザの威力は70。深く息を吸い込んだメガヤンマは、空気の刃を三つ四つ射出する。その刃を慌てて一つ、二つとズバットがかわしていくが最後の刃がズバットの体を襲う。弾かれて、重力のままに落ちていくズバットのHPバーは0/50。蜂谷が最後のサイドを引くことで長い戦いもこれでゲームセットだ。
「っしゃ勝ったあああ!」
「うーん、やられたね」
だがバトルベルトの風のエフェクトのせいで地面に敷かれていたブルーシートはことごとく吹き飛ばされ、バラバラに散らかってしまった。
「……さあお片付けしようか」
にっこりほほ笑む佐藤さん。
「えっ」
「えっ」
「二人揃えて言っても、きちんと後片付けはしてもらうからね」
「ええええ、俺観客だし関係ないんじゃあ」
「そういう問題じゃないの。ほら、窓側の方よろしく!」
蜂谷は、まあ自分に責任があるのは当然のことだと言わんばかりに既に階段側のブルーシートを敷き直し始めている。佐藤さんも壁際にいって自分のすべきことを行っている。
なんだこれ。不満だ、不満だ!
「ちくしょー、ほんとに蜂谷と一緒に来るんじゃなかった!」
翔「今日のキーカードはメガヤンマグレート。
なんといっても魅力はインサイトだ。
エネルギーなしでワザを打てる、まさに理想のポケボディー!」
メガヤンマ HP110 グレート 草 (L3)
ポケボディー インサイト
自分の手札と相手の手札が同じ枚数なら、このポケモンのワザに必要なエネルギーは、すべてなくなる。
草無 ちょくげきだん
相手のポケモン1匹に、40ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
草草無 ソニックブーム 70
このワザのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。
弱点 雷×2 抵抗力 闘−20 にげる 0
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第八回「グレートなカード」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/92.html
──
番外編「兄弟」
拓哉「へぇー! 兄弟いたんだ!」
恭介「おう。兄貴と弟がな」
向井「この写真の右にいるスーツピシッと着こなしてる人が」
恭介「それが兄貴」
蜂谷「こいつと違って真面目で超いい人だぜ」
恭介「うっせぇ」
拓哉「で、写真左のこのまだあどけない方が」
恭介「弟」
蜂谷「で、二人の間にいるツンツン頭は誰?」
恭介「……俺だよ」
改装中のかーどひーろーの二階で行われている、蜂谷と店員の佐藤さんとの対戦が熱い。
蜂谷のバトル場にはヤンヤンマ50/50、ベンチにはチラチーノ90/90とチラーミィ60/60、ヤンヤンマ50/50。そしてサイドは六枚。
その一方で佐藤さんのバトル場には超エネルギーが二枚ついたムウマージ40/80、ベンチには特殊悪がついたドラピオン100/100とイーブイ50/50が三体、そしてクロバットグレート130/130。更にサイドは四枚と、蜂谷を大きく上回っている。
「俺のターン! ……グレートポケモンか」
ベンチで泰然と構えるクロバット。その体からほんの僅かに小さな金色の粉末のようなモノが零れているのはグレートポケモン特有の演出だ。
圧倒的な威圧感を放つそのクロバットだが、蜂谷は怯えるどころかむしろ笑っていた。
「グレートポケモンは佐藤さんだけの専売特許じゃないぜ! 手札からグッズカードのポケモン通信! 手札のポケモンを一枚デッキに戻し、自分のデッキからポケモンを一枚手札に加える。俺は手札のドーブルを戻してメガヤンマグレートを手札に加え、バトル場のヤンヤンマをメガヤンマグレートに進化だ!」
グレート返しと言わんばかりに蜂谷もメガヤンマグレート110/110を繰り出すが……。こいつは強いぞ。
「そして手札のダブル無色エネルギーをベンチのチラチーノにつける。このエネルギーは、無色エネルギー二個分として働くエネルギーだ。さらにサポートカード、ジャッジマン!」
このジャッジマンが後にメガヤンマに生きる。ジャッジマンの効果は、互いの手札を山札に戻したのちに四枚山札からカードを引くもの。こうして蜂谷と佐藤さんの手札は互いに四枚になった。
「メガヤンマグレートでバトル!」
「えっ!? メガヤンマにはエネルギーが一つもついてないのに」
驚く佐藤さんに対し、蜂谷は待ってましたと言わんばかりににやける。これがメガヤンマグレートの真骨頂だ。
「メガヤンマのポケボディー、インサイトは自分と相手の手札の枚数が同じ時、このポケモンに必要なワザエネルギーがなくなる!」
「そんな!」
メガヤンマの赤い複眼がキラリと光る。メガヤンマの口が開くと、そこに空気の塊が目に見えるように集まって行く。
「よし。メガヤンマでムウマージに攻撃する。直撃弾!」
溜めに溜めていた空気の塊がムウマージ40/80に向けて放たれる。直撃弾は相手のポケモン1匹に40ダメージを与えることの出来る汎用性の高いワザだ。
この一撃を受けたことでムウマージのHPは無くなり、糸の切れた凧のように崩れ落ちる。これでようやくサイド差が一枚に縮まった。
「サイドを一枚引くぜ」
「私はクロバットグレートをバトル場に出すわ。私のターン」
グレートポケモンとグレートポケモンが互いに向かい合う。どういう戦術で来るか。
「クロバットに超エネルギーをつけて、そしてベンチのイーブイを進化させる。おいで、ブラッキーグレート!」
「何っ!?」
「に、二種類目のグレートポケモン!?」
ベンチのイーブイのうち一匹が、光り輝きブラッキー100/100へと進化を遂げる。クロバットに続いてのグレートポケモンが出るだなんて俺も蜂谷も完全に予想外だ。一体どういう風に仕掛けてくる。
「さらにサポートカード、ウツギ博士の育てかたを使うよ。この効果で山札の進化ポケモンを一枚手札に加える。私が加えたのはエーフィグレート! そしてベンチのイーブイをエーフィグレートに進化させる!」
「ま、またグレートポケモン!?」
「多すぎだろチキショウ……」
ブラッキーグレートの横に並ぶように、エーフィグレート100/100が現れる。二体とも他のグレートと同じように体から金色の粒子が零れている。
「そっちにばかり見とれてちゃダメよ? クロバットで攻撃。バッドポイズン!」
高速でメガヤンマの上をとったクロバットが、そのままメガヤンマの背中を強く噛みつく。体を揺らしてメガヤンマが抵抗するものの、完全に張り付いたクロバットはまったく振り落とされない。そしてさらに数秒してからメガヤンマからクロバットは離れ、自分のバトル場に戻って行く。
「あれ、俺のメガヤンマのHPバーは減ってないぞ……」
「このバッドポイズンは相手にダメージを与えるワザじゃないの。これは相手を毒にするワザ」
そう聞いてほっ、と落ち着く蜂谷。確かに毒ならポケモンチェックの度に10ダメージを受ける程度の特殊状態であって、不利なモノは不利とはいえ60ダメージを喰らったりするよりかは遥かにマシだ。
「なんだ。毒程度なら別に問題は」
「バッドポイズンによって毒になったポケモンは、ポケモンチェックのときに10ダメージではなく40ダメージを受ける!」
「よっ、40!?」
分かりやすいようなリアクションで蜂谷の顔が一気に驚きのそれに変わる。そんな蜂谷を置いてけぼりに、苦しそうにするメガヤンマ70/110のHPは一気に40も削られてしまった。
ポケモンチェックはそれぞれの番の終わりに来る。もし蜂谷の番が終われば残りHPは30/110、そして佐藤さんは攻撃をしなくてもメガヤンマは勝手に気絶。グレートと名のつくポケモンらしく、非常に豪快なワザだ。
「俺のターン! 残念だけど俺のメガヤンマは逃げるために必要なエネルギーは0。こいつを逃がしてベンチのチラチーノ(90/90)を新たにバトル場に出すぜ」
特殊状態はベンチに戻ってしまえば回復してしまう。これでバッドポイズンで苦しむことはなくなった。逃げるエネルギーが0で幸いしたな。
「ベンチのチラーミィにダブル無色エネルギーをつけて、ヤンヤンマ(50/50)をベンチに出す。そしてアララギ博士を発動!」
アララギ博士は手札を全てトラッシュしてから手札が七枚になるようにデッキからカードを引くサポートカード。ついでに蜂谷はかーどひーろーで売っていたこれを半額にしてもらえるように頼み込んだのが対戦の始まりだったんだが、少なくとも蜂谷は二枚もこのカードを持っている。本当に必要あるか?
今の蜂谷の手札はレディアンとオーキド博士の新理論の二枚。その二枚とトラッシュしてデッキから七枚引く。しかし、あまり恵まれたドローとは言えない。
「うーん。ベンチのチラーミィをチラチーノ(90/90)に進化させる。そしてバトル! チラチーノでクロバットグレートに攻撃だ。友達の輪!」
ベンチのヤンヤンマ二匹、メガヤンマ、チラチーノの体から淡い白い光が発せられ、その光が宙をふわふわ漂いながらバトル場のチラチーノの元に集まる。
「このワザは自分のベンチのポケモンの数かける20ダメージを相手に与えることが出来る。俺のベンチには今ポケモンが四匹! よって80ダメージだ!」
チラチーノが集った白い光をクロバットめがけて打ち放ち、クロバット50/130に大ダメージを与えた。次の番にもう一度友達の輪を使えばクロバットグレートを倒せる。
「私の番ね。まずは手札のダブル無色エネルギーをベンチのブラッキーにつけるわ。そしてサポートカードのオーキド博士の新理論、行くよ。手札を全て山札に戻してシャッフルし、その後手札が六枚になるように山札からカードを引く。……ベンチにイーブイを出すわ」
デッキに同名のカードは四枚までしか入れられない。今現れたイーブイ50/50で佐藤さんのイーブイは全て場に出たことになる。
「ベンチのイーブイを、ブラッキーに進化させる」
今進化したブラッキー90/90はグレートポケモンじゃない。基本的にグレートポケモンの方が優秀だが、あえてグレートでないブラッキーを採用した意図は一体なんだ?
「さらにグッズカードのポケモンキャッチャー! 対象はヤンヤンマ!」
突如佐藤さんの場から捕縛用の網が飛び出しヤンヤンマを捕まえた。そしてそのままバトル場に強制的に引きずり出される。
「ポケモンキャッチャーは相手のベンチポケモンを一匹選び、そのポケモンを強制的にバトル場に出させる! そしてそのままクロバットでヤンヤンマにバッドポイズン!」
今度はヤンヤンマがバッドポイズンを受けてしまった。ヤンヤンマのHPはたったの50/50、ポケモンチェックで毒の判定を受けるだけで瀕死状態だ。
「バッドポイズンで毒になったポケモンはポケモンチェックの度に40ダメージを受ける。さあ、受けてもらうよ」
ヤンヤンマのHPバーが10/50と大きく削られてしまった。しかし、進化及びベンチに逃がせばバッドポイズンであろうとなんだろうと特殊状態は回復する。
「俺のターン!」
今の蜂谷の手札は七枚ある。が、その中にサポートカードも無ければメガヤンマのカードもない。毒状態を逸するには逃げるしかない。しかし、逃げるために必要なエネルギーカードさえも手札にない。ヤンヤンマがベンチに逃げるためには逃げるエネルギーが一つ必要だ。このまま蜂谷の番が終わってポケモンチェックに入ればヤンヤンマは毒で気絶してしまう。
「ヤンヤンマのポケボディー、フリーフライトは、このヤンヤンマにエネルギーがついていないならこのポケモンの逃げるエネルギーは0となる。だからヤンヤンマを逃がしてベンチのチラチーノを出すぜ」
なるほど、ポケボディーか。確かにその効果でバッドポイズンから楽々逃れることに成功した、良い調子だ。
「グッズカードのクラッシュハンマーを発動するぜ。コイントスをしてオモテなら、相手のポケモンのエネルギーを一枚トラッシュする。……またウラかよ。だったら力づくで行くぜ、チラチーノでバトル! 友達の輪!」
今の蜂谷の場は先ほどと変わらずベンチポケモンが四匹。20×4=80ダメージがクロバットグレートを襲う。この攻撃でHPの尽きたクロバットは、ふらふらと勢いを失くして倒れる。
「よし、グレートポケモンまずは一匹目撃破だ。サイドを一枚引くぜ」
「私はブラッキーグレート(100/100)をバトル場に出すわ。私のターン。まずはグッズカードのポケモン通信、発動するよ。手札のゴルバットを山札に戻してエーフィを加える。そして残り一匹のイーブイをエーフィに進化させるわ」
先のブラッキーと同じく今現れたエーフィ90/90もただの普通のエーフィ。ただの普通のっていうのもなんか変な気もするが、これで今の佐藤さんの場にはバトル場にブラッキーグレート100/100、ベンチにエーフィグレート100/100、エーフィ90/90、ブラッキー90/90、そしてドラピオン100/100。イーブイの進化系が四匹……。はっ、これは!
「サポートカード、チェレンを使うわ。その効果で山札から三枚カードを引く。続いてグッズのエネルギー交換装置! 手札の超エネルギーを戻して山札から特殊悪エネルギーを手札に加える。そして今手札に加えた特殊悪エネルギーをブラッキーグレートにつけて攻撃。エボルブラスト!」
ブラッキーが身をやや屈めると、その額にある黄色の縞模様から虹色に輝く力強い光線が放たれてチラチーノに直撃する。グレートポケモンだけあってか、すさまじいエフェクトで床のビニールシートもものすごい勢いでバサバサと騒ぎ立て、はがれて飛び散るものもあった。
「ぐおおおおっ!」
「ぐうううっ!」
近くで見ている俺も思わずそのパワーに堪えようと脚に力を入れてしまった。
「このエボルブラストは、基本値50に加えて自分の場にいるイーブイから進化するポケモンの数かける10ダメージを加算する。ベンチにはエーフィ、ブラッキー、そしてエーフィグレート。さらにバトル場にいるブラッキーグレート自身も含めて40ダメージが加算! さらに特殊悪エネルギーが悪ポケモンについている場合、このポケモンが相手のバトルポケモンに与えるダメージを10加算する。よって100ダメージ!」
「だからあんなにイーブイの進化系を並べて……!」
チラチーノのHPは90、それを削りきる強烈な一撃! 佐藤さんはサイドを一枚引いて、蜂谷はベンチにいた二匹目のチラチーノをバトル場に繰り出す。
「今の君のベンチのポケモンは三匹、友達の輪で攻撃してもたった60ダメージ。それじゃあこのブラッキーは倒しきれないよ。さらにこのブラッキーにはポケパワー、月隠れというものがあるの。このポケモンがバトル場にいるとき自分の番に一度使えるポケパワーで、コイントスをしてオモテならこのポケモンとついている全てのカードを手札に戻せる。ヤワな攻撃をされても、このカードを戻してしまえば問題ないってことよ」
月隠れが決まる確率はあくまで二分の一。しかし確率はたかが確立、成功するときは成功してしまう。
佐藤さんのサイドは残り三枚、蜂谷のサイドは残り四枚。ここでブラッキーグレート100/100を倒しきれないとこの後の苦戦は必至!
さあどうする蜂谷!
蜂谷「今回のキーカードは俺の使ったチラチーノ!
ベンチを肥やすだけでなんと100ダメージも与えれるぜ!
無色タイプだからどのデッキにも入れやすい!」
チラチーノ HP90 無 (BW1)
無 スイープビンタ 20×
コインを2回投げ、オモテの数×20ダメージ。
無無 ともだちのわ 20×
自分のベンチポケモンの数×20ダメージ。
弱点 闘×2 抵抗力 − にげる 1
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第七回「ベンチを肥やす」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/91.html
「どうした文化委員」
「うわっ、翔か。掃除はどうした」
「さっき終わった」
ホームルームが終わってから掃除が終わるまで、風見は教室の隅に貼られていたちらしをさっきからずっと眺めていた。なんのちらしかと思えば……。
「なんだこれ、次世代型光学機器の講演?」
「ああ。五月にあるんだが非常に興味深くてな」
「ふーん。さっきホームルームに先生がちょっとだけ言ってたやつか」
「翔も一緒にどうだ?」
誘う相手が完全に間違っているぞ。
「お断る。俺は楽しくなさそう」
「それをお断る。こないだから引っ越しだの文化委員だのさせといてそれはフィフティフィフティじゃあないだろう?」
引っ越しから二日経ったのに結構根に持ってやがる。意外と執心深いのね。
「フィフティフィフティって、引っ越し蕎麦おごったぞ」
「雫さんが作ったのであって翔は俺たちと喋っていただろう。それに蕎麦を勘定に入れても文化委員の分がだな」
結構頑固だ。でもまあ、正直なところ俺としても風見には悪い気が非常にするので別に一日付き合うくらいはいいかな。
「分かったよ、一緒に行くから」
「言ったな? 後々適当に誤魔化すなよ」
「信用ないな、そんなに言われなくてもちゃんと行くって」
ふと教室の扉が開いて蜂谷が現れる。俺を見つけるとおいでおいでのジェスチャーを取る。
「翔、行くぞ!」
「ごめんごめんすぐ行く。それじゃあな!」
「ああ」
名残惜しいが風見と別れ、蜂谷に連いていくように教室を出る。
「へえ、喧嘩別れなの?」
「そーいう感じらしいぜ?」
蜂谷のやや古臭い自転車に、俺と蜂谷で二人乗り。今はもっぱら恭介が付き合ってた長谷部百合と別れたという話について語っていた。
今回の向かい先はかーどひーろー。いつもなら俺も自転車で行けたのだが引っ越して電車通学になったために蜂谷の自転車の後ろに乗っている。超ケツ痛い。
「まあでもこれで長谷部さんと接点なくなるんだなー」
「良い匂いだったよなー。ってか翔には薫ちゃんいるじゃん」
「まあそうだけど」
「健気で可愛いよね」
「えへへ。ってうおおお自転車揺らすな! 落ちる落ちる!」
このシスコンめ、危ないことしやがる。そう言うとまた自転車を揺らして本当に事故りそうなので出かけた言葉を再び飲み込む。げぷ。
「っていうか折角着いてきてやってるのに落とそうとするなよな」
そこの信号を渡り交差点の角を曲がればかーどひーろーが見えてくる。また落とされたらひとたまりもないので信号待ちの間に勝手に降りる。
バツの悪そうな顔をした蜂谷だが、信号が青になると蜂谷も自転車を降りて俺の歩幅と合わせてくれる。
「そもそも俺呼ぶ必要あった?」
「いや、あんまりない」
今日の朝にいきなりかーどひーろー一緒に行こうぜと蜂谷に誘われた。特に断る理由もないので着いてきたが、なんだ。ただ一人で行くのが嫌なだけなのか。
蜂谷が自転車を停め、二人で店に入る。
「あ、いらっしゃい」
「ちわっす」
無愛想な店主は相変わらずだが、店員は非常に愛想がいい。二、三週間前くらいに入ったようで、佐藤春菜(さとう はるな)という大学生のバイトの人。無愛想店長の姪のようだ。元気なショートカットが特徴で、かーどひーろーとロゴの描かれた青いエプロンが似合ってる。
今日は店にほとんど人がおらず、客は俺たちと知らない二人。休日祝日といった人の多い日は、店を歩きまわるのが大変だということがしばしばあるので今日は羽を伸ばし放題だ。
「翔、これ安くない?」
「前より値段下がってるね」
カード屋のカードは相場によって値段が変動するので店に着くまで値段が分からないことがある。高くなるもの、安くなるもの、その基準は手に入れにくさと強さで決まる。言わなくても普通に考えれば分かることだ。
「あー、本命は値段下がってないな……」
蜂谷がショーケースを見つめながら絶望の表情を浮かべる。
「何欲しいのさ」
「あれだよあれ」
アララギ博士のことか。確かに、高いのは高い。七百円はいくらなんでも厳しい。食堂でラーメンが二杯半くらいは食べれる。
「佐藤さん、これ値下げ出来ないかな」
蜂谷は佐藤さんを呼びつけて、値下げ交渉をし始める。もししてもらってもどうせ百円減ったら関の山だろうし、そんなに変わらないんじゃないかな。
「え、どれのこと?」
「このアララギ博士、半額に出来ません?」
いやいや、半額は流石に無理だろ。
「半額はいくらなんでも無理よ。そもそも値下げ自体ねえ」
案の定佐藤さんは小さくため息をつく。
「どうかお願いします!」
両手を合わせて腰を折る蜂谷だが、どう考えても無謀すぎる。佐藤さんも困った顔をして可哀そうだ。
「じゃ、じゃポケモンカードで俺が勝ったら半額に!」
もはや意味が分からない。デュエル脳か。佐藤さんは苦笑いを続けるも、お願いします、お願いしますと五月蠅い蜂谷に対し意外にも腰を持ち上げた。
「おじさーん、話聞いてた? 仕方ないから彼と勝負してもいい?」
店長に向かって佐藤さんが言い放つ。だが、当の店長は興味もないらしくカードの整理を続けているようでうんともすんとも言わない。
「じゃあ二階に行ってやろうか」
「え、いいんですか?」
「おじさんはダメならダメってはっきり言う人だから大丈夫よ。それにどうせ半額になってもその半分を私の財布から出せばいいし。最も、私も腕に自信があるから負けるつもりじゃないけどね」
満面の笑みで蜂谷はこっちを見る。
「今喜んでも結局負けたら意味無いんだぞ」
「もちろん分かってるぜ。でもこうとなったらやってやる!」
いつもは自由に行けるデュエルスペースとなっていてテーブルがあちこちに置いてあるかーどひーろーの二階だが、今日は階段の入り口で関係者以外立ち入り禁止の立て札が立っていた。佐藤さんはそれを避けて階段を進み、おいでおいでと言ってくる。
なぜ立ち入り禁止かは二階に着けばすぐ分かった。二階の足元にはブルーシートが張ってあり、歩くたびにざわざわ音が鳴る。そしてたくさんあったテーブルはどこにいったのかその姿がない。
「今、ここはリフォーム中なの。だから誰もいなくてね」
「なるほど……。でもテーブルないとカードは出来ないんじゃあ」
「出来るじゃない。ほらぁ、バトルベルト!」
確かにバトルベルトならベルト自体がテーブルになるのでどこでも出来る。そもそもそういうスタンスで作られてもいるし納得の理由だ。勝負とは直接関係ない俺は、邪魔にならないように壁際による。
二人がバトルベルトを起動させるとベルトが変形してテーブルに変わり、ベルトから切り離されてバトルテーブルとなる。
このバトルテーブルのデッキポケットにデッキを差し込めば自動的に対戦が始まるのだが……。
「あれ、おかしいな」
蜂谷は何度もデッキポケットにデッキを突っ込んでいるが一向にバトルテーブルが動く気配はない。
念のために近づいて様子を見てやると、バトルテーブルのモニター画面に本体を更新中と表示されていた。要するにちょっと待っとけってことだな。
そういえばこの前に風見がバトルベルトをバージョンアップだのどうの言ってたような気がする。
「お、更新終わったな。もう一回デッキを突っ込んでみ」
更新終了とモニターに出たのを確認してから蜂谷に操作を促す。
デッキポケットに再びデッキを突っ込むと、バトルテーブルからなんと男の声の音声が聞こえはじめた。
『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。……相手のバトルテーブルとの距離が近すぎます。もう少し距離をとってから起動をしてください』
蜂谷はバツの悪そうな顔をしてからバトルテーブルを持ち上げて、佐藤さんから距離をとる。元からそれなりに距離をとっていたが、五歩くらい更に下がって再び起動させる。
『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
バージョンアップとして音声ガイドとかがついたのか。中々面白い。蜂谷のやや後ろで、蜂谷の様子を見ながら観戦しよう。
互いのデッキがバトルテーブルによってオートシャッフルされ、手札とサイドをセットされる。そして両者が最初のポケモンをセットすれば対戦の始まりだ。
オープンされたポケモンは、佐藤さんがバトル場にムウマ60/60、ベンチにズバット50/50。そして蜂谷はバトル場にドーブル70/70だけ。
「先攻は私に譲ってね」
「いいですよ」
そりゃこんな勝負を仕掛けたんだから譲って当たり前だ。
「私のターン。私は手札の超エネルギーをムウマにつけるわ。続いてサポートカード、ウツギはかせの育てかたを発動。このカードは、自分の山札の一進化、または二進化ポケモンを一枚相手に見せてから手札に加える。私はデッキからムウマージを手札に加えるわ」
見た感じ佐藤さんのデッキは超タイプを主体にしたデッキのようだ。特にムウマは無色タイプに抵抗力を持っている。ドーブルで蜂谷が攻撃しても与えるダメージは自然と小さくなる。
「ムウマのワザ、どっちもドローを使わせてもらうわ。この効果で互いにカードを山札から三枚引く」
お陰で佐藤さんの手札は八枚、蜂谷の手札は九枚と両者の手札がかなり多い状態になった。相手にドローさせてでもカードを引きたかったのだろう。
「よし、俺のターン! まずはベンチにレディバとチラーミィを出すぜ!」
蜂谷がベンチにポケモンを置くと、対応した位置にレディバ50/50とチラーミィ60/60が現れる。が、その登場の仕方が前と若干変わった。今まではモンスターボールからポケモンが飛び出るような感じだったのが、バージョンアップしてからは対応するベンチのエリアに白い穴が開き、そこからポケモンが飛び出して登場する演出になった。前よりもポケモンの勢いというかなんというか、そういったものが一層現れて好感が持てる。
「サポートカードのポケモンコレクターを使うぜ。デッキからたねポケモンを三枚まで加える。俺が加えるのはヤンヤンマが二体とチラーミィが一体だ! さあ現れろ!」
手札に加えるや否や、三枚を全てベンチに出す。これで蜂谷のベンチはレディバ一体にチラーミィが二体、そしてヤンヤンマ50/50が二体。相変わらず草タイプデッキのようだ。
「さらにドーブルのポケパワーを使わせてもらうぜ。似顔絵!」
ドーブルが宙空に尻尾で何かを描き始める動きを取ると、ムウマとドーブルの間に九枚のカードの柄が現れる。
「このポケパワーはドーブルがバトル場にいる時にのみ使えて、相手の手札を確認してからその中にあるサポートを一枚選ぶことが出来る。そして選んだカードの効果をこのパワーの効果として使える!」
先ほど現れた九枚は佐藤さんの手札ということか。そしてその中にあるサポートカードは一枚、チェレンだけだ。
「チェレンの効果を使わせてもらうぜ。その効果で、デッキからカードを三枚ドロー。じゃあベンチのレディバに草エネルギーをつけてターンエンドだ」
ドーブルのポケパワーは優秀だが、ワザを使うにはエネルギーカードを二枚も必要とする。さらにムウマの抵抗力もあってうかつに手を出せないということか。
「私のターン。まずはムウマをムウマージに進化させるわ」
やはり進化もバージョンアップしたためか、その仕方が前よりも非常にスムーズになった。前はポケモンの進化の演出に十五秒くらいかかっていたが、今は五秒もかからないくらいサックリしていて対戦のテンポも保てる。ムウマがあっという間にムウマージ80/80に進化したので佐藤さんもスムーズに次の行動が出来る。
「超エネルギーをムウマージにつけ、そしてベンチのズバットをゴルバット(80/80)に進化させる。そしてベンチにスコルピを出すわ」
スコルピ60/60も他と同様、穴から飛び出る演出で登場する。が、スコルピの登場に違和感を覚えた。
スコルピ自体は超タイプのポケモンだが、その進化系であるドラピオンは悪タイプ。超タイプデッキとどうシナジー(相乗効果の意)するんだ……。それとも。
「サポートカードのチェレンを発動。山札からカードを三枚引いて、更にグッズカードのポケモン通信を使うわ」
ポケモン通信はグッズカードでありながら非常に優秀なサーチカード。自分の手札のポケモンを一枚相手に見せてから山札に戻し、自分の山札からポケモンを一枚選んで相手に見せてから手札に加えることが出来る。手札的には一枚ディスアドバンテージになるが、結果的には望んだカードを引けるためにプラスだ。
「私は手札のブラッキーを戻してドラピオンを手札に加える」
ブラッキーにドラピオン。やはり悪タイプがいる。佐藤さんのデッキは超悪混合デッキと読んだ。
「そしてムウマージで攻撃よ。ポルターガイスト! このワザは相手の手札を確認してその中のグッズ、サポート、スタジアムの枚数かける30ダメージを与えるわ」
「そ、そんなに!?」
蜂谷の手札の画像がムウマージとドーブルの間に現れる。その手札にはポルターガイストの効果に該当するカードはクラッシュハンマー、ジャンクアーム、チェレン、リサイクル、ポケモンコレクターの五枚もある。よって30×5=150ダメージがドーブルに襲うことになる。
ムウマージがその画像のうち条件を満たす五枚のカードを操って、ドーブルに向けてぶつけていく。ドーブルのHPはたったの70。二倍以上のダメージを与えたオーバーキルだ。
「サイドを一枚引かせてもらうわ」
「くっ、次のポケモンはレディバだ。俺のターン。手札からグッズカード、クラッシュハンマー!」
コイントスをしてウラなら失敗だが、オモテの場合相手のポケモンのエネルギーを一枚トラッシュすることが出来る。
エネルギーをトラッシュされるということは、一ターンに一枚しかつけれないというルール上、一ターン無駄になるということ。もちろんとても厳しい。だが、コイントスの結果はウラで不発に終わってしまう。
「だったらまずはレディバをレディアン(80/80)に進化し、レディアンに草エネルギーをつける。そしてチラーミィをチラチーノ(90/90)に進化だ! そしてもう一枚グッズカードを使う。ジャンクアーム!」
ジャンクアームは手札のカードを二枚トラッシュすることで、トラッシュにあるジャンクアーム以外のグッズカードを手札に戻すことが出来る。
蜂谷はリサイクルとポケモンコレクターをトラッシュ。こうもトレーナーズばかりトラッシュしたのは恐らくムウマージのポルターガイスト対策と思われる。バトル場にいるレディアンのHPは80/80。次の佐藤さんの攻撃の時に手札にトレーナーズが三枚以上あるとレディアンは一撃でやられてしまう。
もしくはムウマージをこの番で倒してしまわなければいけない。もしくは……。
「ジャンクアームの効果でクラッシュハンマーを戻す!」
このクラッシュハンマーでエネルギーをトラッシュさせ、次の番ムウマージにエネルギーをつけることが出来なければレディアンは気絶させられることはない。
「もう一度クラッシュハンマー! ……ウラなので不発。仕切り直してサポートカードのチェレンを発動。デッキからカードを三枚引くぜ」
このチェレンを使うのが良くなかった。引いたカードは全てサポートカード。サポートカードはどうしても一ターンに一度しか発動出来ないため、必ず佐藤さんの攻撃を受けるときにサポートが三枚持った状態でいることになってしまう。
「レ、レディアンでムウマージにスピードスター!」
レディアン80/80から星型のエネルギーが大量にムウマージめがけてぶつけられる。スピードスターはクセのないワザで相手の弱点と抵抗力、そして相手にかかっている効果を無視して40ダメージを与えることが出来る。
ムウマージのHPバーが丁度半分削られ残りHPは40/80。だが、倒しきれなかった。
「私のターン! まずはサポートカード、ポケモンコレクターを使うわ。この効果で山札からイーブイを三枚手札に加えて全てベンチに出す。さらにスコルピをドラピオンに進化!」
ひょこんと三匹同時にイーブイ50/50が現れる横で、スコルピが大型ポケモンのドラピオン100/100に進化する。イーブイ三匹が並ぶ横でドラピオン、ゴルバットは流石に変な感じ。
「手札のグッズカード、エネルギー交換装置を使わせてもらうよ。自分の手札のエネルギーを一枚相手に見せてから山札に戻し、その後山札からエネルギーを一枚手札に加える。私は超エネルギーを戻してダブル無色エネルギーを手札に加える」
ポケモン通信のエネルギー版と言ったところか。このカードの利点は特殊エネルギーを手札に加えれるということだ。実際に佐藤さんはそれを最大限に利用している。
「ベンチのドラピオンに特殊悪エネルギーをつけ、さらにゴルバットを進化。行くよ、クロバットグレート!」
普段なら進化する演出は、進化するポケモンの体が白く輝いて姿かたちが変わるものだったが、今ゴルバットの体は金色に輝いた。そしてそのまま姿かたちを変えてクロバットグレート130/130に進化した。登場してからもクロバットの体の縁から僅かに小さな金色に光る粉のようなものが零れている。
「グ、グレートポケモン……」
グレートポケモンは、例えばクロバットグレートならクロバットと同じ名前のポケモンとして扱うが、その普通のクロバットよりもHPが高く、ワザの威力が強い、ついでにレア度も高い。まさに文字通りグレートなポケモンだ。
「グレートポケモンに目を取られている余裕はないでしょ? ムウマージでポルターガイスト!」
再び先のターンと同じように蜂谷の手札七枚の画像が公開される。そしてそのうち三枚、ジャッジマン、アララギ博士、アララギ博士がレディアンに向けて飛んでいく。三枚のカードがぶつけられ、そのHPは90も削られて気絶する。
「二枚目のサイドを引かせてもらうわ」
「へへっ、まだまだこれから! ヤンヤンマをバトル場に出すぜ」
蜂谷のサイドは一枚もまだ引けずに六枚のまま。それに対して佐藤さんはもう残り四枚。圧倒的に不利だがまだ負けた訳じゃない。あれ?
「……ってお前既にアララギ博士二枚も持ってるじゃん!」
蜂谷「今回のキーカードはクロバットグレート!
どちらも超エネルギー一枚で使えるワザだ!
そして最凶クラスの毒の威力を持つカードだぜ」
クロバット HP130 グレート 超 (L1)
超 バッドポイズン
相手のバトルポケモンをどくにする。ポケモンチェックのとき、このどくでのせるダメカンの数は4個になる。
超 ちょくげきひこう
相手のポケモン1匹に、30ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
弱点 雷×2 抵抗力 闘−20 にげる 0
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第六回「勝利のためには」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/90.html
「風見ってトラック運転出来る?」
「馬鹿言え」
「じゃあトラック運転出来る人知ってる?」
「馬鹿言え」
「馬鹿言ってねえよ」
四月十三日の水曜日、始業式も二日前に終わって健康診断もさっき終わって、そして今は委員会の役員決めを執り行うホームルームの真っ最中だ。俺は委員会とかは遠慮してさっさと数学係、いわゆる数学の教師のパシリに就任した。ちなみに風見とは席が隣同士であって、横で喋っている最中なのだ。
「第一に翔、どうしていきなりそんなことを言いだすんだ」
「土日辺りに引っ越しするんだけどさ、業者に頼むよりも自力で何とか出来たら金銭的になあって」
「引っ越しだと?」
「あ、うん。けどもそんな遠くないし、電車二駅くらいの距離」
「なるほどな。トラック運転出来る人を呼んだところで、翔と雫さんと運転出来る人の三人だけじゃあ流石に無理だろう」
「えっ、もちろん風見も手伝うでしょ?」
一瞬ぴくりと風見の眉が動いたのを見逃さなかった。
「いや、俺はまだ何も」
「えっ?」
「だからだな、俺は」
「風見が手伝うのはもう揺るぎない真実だしあとは恭介、蜂谷、拓哉とあと向井とかその辺呼べばまあ十分になるんじゃないかな」
「ちょっと待てまだ俺はなんとも」
「あー、八人いれば十分かー。っていうか八人いないときついなー。八人いないと無理だよなー引っ越しとかどう考えても」
「……手伝えばいいんだろう?」
ヤケクソ気味に風見が言い放ったが、思う以上に簡単に承諾してくれた。心の中でガッツポーズ十回ぐらいした。
恭介と蜂谷は二回くらいゴリ押しすればあいつらだし首を縦に振るし、拓哉もなんとかなるでしょう。向井も……まあなんとかしてしまいましょう。問題はトラック運転出来る人が確保できるかどうかだなあ。
そしてまだ風見にする用事がもう一個だけある。
「うん?」
思いっきり眉をひそめて風見の右腋を凝視する。
「どうした翔」
「いや、風見の右腋の辺りに何かついてるなって。ちょっと右手あげてみてくんない?」
「ああ」
そうやって風見が右手を高く持ち上げると。
「それじゃあ文化委員は風見君で」
教壇に立っていた委員長がそう言って黒板に名前を書き始めた。ちょうど文化委員の立候補を集っている時に風見が手を上げた、いや、上げさせたので周りは勘違いしたのだ。というよりさせたのだ。
一瞬状況整理に戸惑った風見がその意味をようやっと理解した瞬間、騒ぎ立てないように口を塞ぐ。もごもご大声で言ってる間に風見が文化委員という方向で進んでしまい、体育委員の立候補を集い始めた。
「暴れるな風見、運命を受け入れろ」
そう言ってようやく塞いでいた風見の口を放してやる。怪訝な顔をされたが仕方ないだろう。一方で蜂谷が体育委員に立候補し、これで全委員が確定した。
「くっ、さっきから!」
「でもさ、チャンスじゃん」
「チャンスだと?」
「去年はあんな感じ(ファーストバトル編辺り)でまともに学校行事参加してなかったんだからさ、今年くらいは積極的に参加するとやっぱ良い思い出になるんじゃないかなって」
なるほどな、と、風見は右手を顎にあてて考え始めた。思ったよりも乗せられやすいな。
実のところは去年風見が文化祭への取り組みを一切しなかったがために、俺に雑用が大量に回ってきたことに対する腹いせである。せいぜい今年は苦労してください。
担任がいろいろプリントを配布して、それの説明があり、それらを終わると下校になる。部活のある蜂谷と恭介には引っ越しの件をまた後で言うとして、とりあえずまずは拓哉に……。
「ははは、風見くんも大変だね」
「笑わないで下さいよ」
学校が早く終わってその午後に、ちょっと洒落たカフェで俺と一之瀬さん、男二人で談笑する。本来は仕事の話なのだが一之瀬さんと会話をするとよくペースが乱されてしまう。なんというか、掴みどころのない不思議な人だ。
それでいて実力もある。実力といっても仕事の方ではなくポケモンカードのことを指す。かつての世界大会優勝者とは名ばかりではない。PCCの後にたまたま対戦する機会があり、互いにサンプルデッキとはいえ完膚なきまでにやられたのはしっかり覚えている。
この人の表情の裏が読めない。裏があるのかさえも読めない。今まで出会った人の中ではトップクラスの怖さをもっている。そして出会う度身構えている。しかしそれでも彼のペースに巻き込まれ、談笑したりしてしまう。
「忘れないうちに渡しておくよ」
USBメモリが俺の手にしっかりと手渡されたのを確認してから鞄の中に大事にしまいこむ。このメモリの中にはバトルベルトにアップデートする新しいカードの情報が記載されており、これをTECKにあるマザーコンピューターに使うと、全てのバトルベルトの情報が更新されて新しいカードに対応するようになる。
今回の更新でバトルベルトにはカードの情報だけでなく、バトルベルト自体の仕様も若干変更する。いわゆるちょっとしたバージョンアップ、バトルベルトVer1.37と言ったところだ。
「ところで」
「ん? どうしたの?」
今日の昼にあったことを思い返すとわざわざ聞いてやるのもためらうが、助け合うのが友というものだろう。
「一之瀬さんはトラック運転出来ます?」
「絶対に落とすなよ! 絶対だぞ! それダチョウ倶楽部だからとかいって本気で落とすなよ! せーの!」
俺と向井と蜂谷と恭介の四人で横に倒し、梱包材で包んだ冷蔵庫を運び出す。ボロアパートとはいえ二階なので、この重たい冷蔵庫を運びながら四人で階段を通らなければならない。
一階では風見がスカウトしてくれた一之瀬さんがトラックを構えて用意してくれてる。なんと休日を返上してまで一之瀬さんはわざわざ来てくれた。本当に感謝。そして梱包材やダンボールは姉さんの友人が引っ越し業者らしいのでそこから徴収したらしい。
本日四月十七日、日曜日の丁度お昼頃だった。拓哉と向井と一之瀬さんを除いた三人は文句を言いながらもきちんと仕事をしてくれる。
「くっそ、さっきまで部活あったんだぞこれ重てー!」
と、愚痴を言いながら運んでいるように恭介に至っては午前にバスケ部の練習をした後に来てるので結構ごねている。こういう重いものを動かせそうな肉体派が俺ら四人と一之瀬さんしかいないので、殺生だが恭介の働きには期待してます。一方非力組の残りの姉さん、風見、拓哉は家で小物類をダンボールにまとめている。
「せーの!」
掛け声をあげて冷蔵庫をトラックに乗せる。一仕事終わると恭介はぺたんと地べたに座り込み、額をぬぐう。蜂谷は軍手を外して手をぷらぷらさせながら休憩。
「次はテレビ動かすぞー。三人のうち一人来てくれ」
「あ、僕行きます」
へこたれてる恭介と蜂谷をよそに、向井が自ずと立候補してくれる。本当に優しいいい子です。
一之瀬さんは大型トラックの免許を持っていたので非常に助かります。当のトラックはレンタルしたものだが、いやあ本当に人脈は持つべきものです。
一之瀬さん自身はPCCでいろいろ迷惑をかけたから、と好意的に手伝いに来てくれた。風見ら三人もこれくらいの好意を持ってほしい。まあ来てくれてるだけ十分かな。
俺と向井と一之瀬さんで再び家に荷物をとりに階段を上ろうとしたとき、ふいに上の階から人が降りてきた。
眼鏡をかけた小奇麗な顔立ちの男だ。こんな人このアパートに住んでいただろうか。すれ違うまでその男は薄く笑いながら俺をひたすら凝視していた。何か、その視線に嫌な予感を感じる。そしてこういう勘に限ってよく当たってしまうのだろう。
出来るだけ今の男のことを忘れようと頭を横に振って、歩みを続ける。本当に今の感じはなんだったのだろうか。しばらくあの顔が頭の中に残り続ける……。
それから一時間すれば、荷物は全てトラックに詰まった。元々荷物の多い家ではないのでそんなに苦戦することはないのだ。
トラックには一之瀬さんと、新居までのガイドをするために姉さんが乗り込み、残りの男五人は電車で俺が引率した。
引っ越し先も前と同じくアパートだが、向こうは築三十年以上してるのに対しこちらは築三年。家賃も上がり家も若干小さくなったが交通の便は何よりよくなった。
というよりも姉さんが働いているEMDCまでは新居の最寄駅から電車一本で乗り換えずに済む、というエゴな理由で引っ越しすることになったのであって、お陰で俺は自転車通学可能な距離だったのに電車通学にさせられるハメになった。
白塗りの新アパートの前では既にトラックが来ており、一之瀬さんが手を振って俺たちを待っていてくれた。そしてもう一人俺たちを待っている人がいた。
「翔! 皆!」
黒いジャージを羽織った薫もこちらに向かって手を振っていた。
「向井から連絡あって来たの。どーして呼んでくれなかったの?」
若干怒ったように言ってくる。まさかこんなことになるとは。
「いや、手伝わせたら悪いなと思って」
一応は本当のことである。予想通り、後ろから恭介と蜂谷がじゃあ俺らはなんなんだとまたもやぶーぶー言い始める。
「まあでも来ちゃったし手伝わせてよ。これでも体力は向井よりはあるつもりだし」
「僕が言うのもなんだけどあながち間違ってないしね」
向井がはにかみながら人差し指でこめかみをポリポリかく。なるほど、確かに半年前の薫を思い返すとそれも十分頷ける。これを本人に言うとそれもそれで怒り出すのだが。
それにしても結局はいつものメンバーが揃ってしまったじゃないか。それもそれでもちろん結構。
「よし、第二ラウンド始めるぞ!」
ここまできたら蜂谷と恭介も文句を言わなくなった。先に上に上がっていた姉さんの的確な指示で、運ばれた家具がどんどん並べられていく。
すっかり辺りも暗くなり、お腹の虫も鳴き始めた頃ようやくトラックの中身を全て新居に持ち運んだ。まだダンボールが壁際に鎮座しているものの、とりあえず残りは俺ら姉弟でやるために手伝ってもらうことはこれで終わりだ。
「今日はほんとにありがとな。一応お礼としてはなんだけど引っ越し蕎麦でも食べてくか?」
「待ってました!」
「マジ腹減ってどうにかなりそう」
「俺もだな」
「風見そんな重労働してないだろ」
「そういう恭介もしょっちゅう休んでいただろう」
「はいはい、喧嘩しないの。今から作るけど蕎麦がダメな人とかいる? ……いないならよし! じゃあちょっとの間待っててね」
「あ! あたしも手伝います」
姉さんの後に続いて薫も台所に駆けていく。九人分のお蕎麦を用意するのは大変だろうな、と他人事に思う。
ちょっと待っているとお蕎麦が出来た。そもそもうつは俺と姉さんの二人暮らしなので小さなテーブルしかなく、どう囲んでも四人が限界なので後輩二人と姉さんと一之瀬さんがテーブルを囲み、残り五人が床にあぐらをかきながら食べることになる。
冷えたお蕎麦がおいしくて、とても心地いい。皆が皆談笑しているときにふと、一之瀬さんが何かを思い出したように大きな声を上げる。
「そうそう。皆に知らせたいことがあるんだ」
と言うと、鞄から一枚の紙を取り出す。
「まだ三カ月くらい先の話だけど、七月にアルセウスジムっていうポケモンカードの非公式団体が大会を開くんだ。それに僕と松野さんが出ようと思うんだけど皆もどうかい?」
「えー、二人も出るんですか? ちゃんと仕事してくださいよ」
そう恭介が文句を言うのも頷ける。あんたらはカードを開発したりしてるとこで働いてるのに。
「あはは、まあそう言わずに。実を言うと僕の友人が開催しているんだ、そいつのイベントの成功のために手伝ってやってくれないかな」
一之瀬さんが苦笑いを浮かべながら頭をかく。なるほど、そういう事情があるのか。
「俺はこの日に何か用事がなければ行ってもいいかな」
「翔が言うなら俺も行こう」
「俺も俺も」
俺が引き金となって恭介、蜂谷、拓哉、姉さん、向井、薫も参加を表明する。しかし風見だけは何も言ってこない。
「風見はどうするの?」
「ああ……。考えておくよ」
今日のことで相当迷惑をかけたために無理やり参加させるわけにもいかないが、やはり風見という刺激的なライバルが来ないと面白くないだろう。そして風見の乗らない一言のせいで場が少しだけ凍りつく。
「そ、そういえばさ───」
なんとか俺が話のきっかけを作りだすと、その後もしばらくはどうでもいい話を繰り返し、ようやく九時には皆が帰った。
アルセウスジム……。そんな団体聞いたことはないが、面白いことにはなりそうだ。
公式大会は冬から春にかけて地方予選、そして初夏に全国大会があってその一カ月か二が月後には世界大会となる。地方大会で終わってしまった俺にとっては半年後の地方予選へのいい調整、腕試しになる。折角誘ってくれたんだ。参加するに限るだろう。今度こそ、ポケモンカードを純粋に楽しめるはずだ……。
翔「今日のキーカードはふしぎなアメ!
エラッタして使いにくくはなったけど、
それでも二進化デッキからは外せないカードだぜ」
ふしぎなアメ グッズ
自分の「たね」ポケモン1匹から進化する「1進化」の上の「2進化」ポケモンを、手札から1枚選び、その「たね」ポケモンの上にのせて進化させる。
[最初の自分の番と、この番出したばかりの「たね」ポケモンには使えない。]
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第五回「特殊状態を扱え」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/89.html
───
番外編「あれは凶器」
翔「いつつ……」
蜂谷「あれ、足でも怪我したのか?」
翔「朝の満員電車でヒールに踏まれて足が」
蜂谷「うわあそれは痛いな。チャリ通で良かった」
翔「いやもうアレはほんとヤバいって! 凶器凶器」
蜂谷「キラーマシン2。いや、キラーマジンガくらいヤバいよな」
翔「なんだその喩え」
風見「……」
翔「おはよ。って足痛そうだけど大丈夫か?」
風見「大丈夫とは言い難い。朝の電車でヒールの踵にやられてな」
翔「お前も!?」
蜂谷「まあ爪がエグいことになってたり指が動かなくなったりしなければ大丈夫っしょ」
風見「ああ。にしてもあれは凶器だな。キラーマシン2。いや、キラーマジンガくらい」
翔「流行ってんの!?」
恭介「いたたた」
蜂谷「うぃっす。足どした」
恭介「ヒールにやられて」
翔「お前チャリ通じゃん!」
返信ありがとうございます! 遅くなってしまいすみませんでした……。
文章量の件ですが、この物語はどうしても1話1話が長くなってしまいます。その1話を更に細かい物語に分割してしまうと、物語がなかなか先に進まない事態となってしまいます。
その対策として、この小説は『一つの場所』『一日』を1話で終えるように区分しているのです。その為、文章を分けて投稿することは出来ません。今のままの方が上手く文章をまとめられるでしょう。
どこで物語を切れば読みやすいかはプロットで設定し終えているからです。
次に人称視点ですが、これもまた物語の都合上変更することは出来ません。
小説において、物語を語る担当者を主人公以外の第三者に一任することは普通です。
また、主人公以外の人間の思惑がどうしても介入してしまう都合上、主人公以外が物語の解説を行うことは仕方のない事なのです。
よって、両提案ともこちらの小説のお役立ての参考にすることはできません。ごめんなさい。
この小説は第三部最終回までおおよそのプロットを組んでおりますので、構成に何らかの無理が生じた時に変更を行おうと思います。
色々述べましたがコメントありがとうございました! 計画に不備が生じないかぎり執筆を続けていきます!
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