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「……い、おい、かえん!」
ハッと目を覚ますと、そこは洞窟の中で、長老さんとみずきがオレの顔を覗きこんでいた。変身は解けていて、オレの首にはいつのまにか七色戦士に変身するためのパワーストーンが下げられていた。
「やっと気がついたか」
「かえん……大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ。けど……長老さん。一体アイツらは何だったんですか? それからオレ、「フレアドライブ」を出せたんですが……」
「待て待て待て。そんなに矢継ぎ早に質問するな。ちゃんと答えるから」
長老さんは咳払いを1つすると、話し始めた。
「ーーまず、あのワルビル達はの、テレパシーで伝えた通り、作り物じゃ」
「作り物って、どういうことですか?」
オレの隣にいたみずきが、長老さんに詰め寄る。
「つまり、何者かがこの地を荒らすためだけに作った命の宿らぬ兵器……ということじゃな」
「兵器!? でも……一体、誰がそんなことを?」
戦った感触では、普通のポケモンとはなんら変わりないように感じた。そんな物をあんなに大量に作り出せるポケモンなんて……とオレとみずきが考えていると、長老さんが驚くべき名前を口にした。
「ーーアルセウス」
「アルセウス!? ……って、神話に登場する、この世界を作ったとされるポケモンのことですか?」
「そうじゃ」
神話によると、アルセウスは何もない所にあったタマゴから生まれ、この世界を作り出したポケモン……らしい。
「確かに、創造神と言われているくらいだから、ポケモンを作り出すことだってできるわよね……」
「でも、アルセウスって本当に存在するんですか? 神話でしか聞いたことないんですが……」
そこで長老さんが、本日2度目の爆弾を投下した。
「アルセウスは存在するぞ? わしは合ったことがあるからの♪」
一瞬の沈黙……そして、
「「えええええーーっ!?」」
洞窟にこだまする、オレとみずきの叫び声。
「……しまった、これは内緒の話じゃったな」
長老さんは気まずい顔をしている。
「あ、あったことがあるって、長老さんって本当に何者なんですか!?」
「テレパシーといい、気になるんですが!?」
オレとみずきの2匹で、長老さんに言葉を浴びせる。
「あー……ま、今のところは ひ み つ じゃ♪」
「秘密って……!」
……長老さんは本当に何者なのだろうか……。
「それよりもうひとつ、かえんが何故「フレアドライブ」を出せたのかじゃろ♪」
オレはハッとして、未だ長老さんに「つららばり」の如く言葉を次々と浴びせているみずきを押しのけ、長老さんに詰め寄った。
「そうです! なんでオレ、「フレアドライブ」を出せたんですか?」
「それはの、七色戦士の力の一つじゃ。七色戦士はそれぞれ「究極技」という物を持っておっての。ブイレッドの究極技が、「フレアドライブ」なのじゃ」
「究極技……」
「しかし、究極技は多大なリスクを伴う技が多くての……一回の変身で一回しか放てないのじゃ。 そして体力を大幅に消耗する上、変身が解けてしまうこともある」
「なるほど……」
オレは納得した。変身が解けていたのは、究極技を使ったからなんだな。
と、そこでオレはあることに気付いた。
「長老さん、あの……1つ質問いいですか?」
「なんじゃ? かえん」
「すっかり忘れてたんですが……らいどはどこにいるんですか?」
「……あ、らいど!」
オレが質問すると同時にみずきは走り去る。
「ああ、らいどはの。ワルビアルから受けた攻撃で気を失って、かえん、おぬしと共にみずきが運んできたのじゃ。今は別の部屋で休んでおるぞ」
「……部屋?」
「おや、気付かなかったかのう? この洞窟は案外広くての。 えーと、ここのすぐ隣の部屋じゃ」
「そうなんですか……痛っ」
オレが動こうとすると、体に痛みが走った。
「かえんはもう少し寝ているといい。 わしはらいどの様子を見てくるでの♪」
長老さんはそう言うと、いそいそと部屋を出ていった。
長老は部屋を出てらいどがいる部屋へ向かいながら、小さく呟いた。
「ふう、危なかった……。かえん達にはまだ、「あのこと」は秘密にしておかねばの……♪」
……中編に続く!
「グオオオオオオオ……!」
ワルビアルの巨大な咆哮が地に響く。それに連動するかのように、倒れていたワルビル達が次々に消滅していく。
「き、消えた!?」
レッドが驚愕し、叫ぶ。
その時、3匹の頭に声が響いた。
(レッド! イエロー! ブルー! 聞こえるか!?)
「長老さん!?」
一体どこから話しているのかと、ブルーはきょろきょろと辺りを見回す。
(聞こえているな! これはテレパシーじゃ!)
「テレパシー!?」
イエローは長老の言葉に、危うく木から滑り落ちそうになった。
(今はそんなこと、どうでもいい! 大変なことが分かったんじゃ! おぬし達が倒したワルビルは、作り物じゃ!)
「作り物!?」
(ああ、それ故にいくらでも作り出すことが可能なのじゃ! そこにいるワルビアルも作り物じゃが、それ故に普通のとは段違いに強い! 覚悟してかかるのじゃ!)
そこまで言うと、長老の声は聞こえなくなった。
「ええ!? ちょっと! それだけ言われても困るんですけど!?」
ブルーが抗議するが、長老からの応答は無い。
「とにかく、倒しゃいいんだろ倒しゃあ!」
イエローは木から飛び上がり、「ミサイルばり」を乱射する。ワルビアルはそれを受けた……が、何も感じていないようにイエローの方を向いて、自らの周囲に尖った岩を無数に生み出し「ストーンエッジ」を放った。
「うわあああ!!」
イエローはそれをまともに受け、地面に激突し、気を失った。
「イエロー! くっ……!」
ブルーは、「ハイドロポンプ」を至近距離から放つ。 ワルビアルはそれを間一髪の所でよけた。
「あっ……!」
「グオオオオ!!」
ワルビアルの叫びが耳を付く。
レッドは恐怖に震えていたが、なにかを決意するような眼差しで、ワルビアルをぐっと睨んだ。
「オレは……ここで負ける訳にはいかねぇんだ! 負けて……たまるかあああ!!」
その叫びと共に、レッドのバッジが真紅に輝き、レッドの体が赤い炎に包まれる。
「うおおおおお!!」
レッドは風のように疾走し、飛び上がった。そして。
「フレアドライブ!!」
……そう叫びながら、ワルビアルに激突した。
ーー薄れてゆく意識の中でレッドが見た物は、発光しながら消えていくワルビアルと、駆け寄ってくるブルーの姿だったーー
……続く!
「ほう、あれがサファリパークか。意外と賑やかだな」
10月24日の土曜日、午前9時。今日は部員達とサファリパークへやってきた。俺達の真面目には受付と入り口があり、その周りには屋台や売店が並んでいる。47、48番道路が未整備なのが気になるものの、周辺含めて良い環境だな。ゴミも落ちてない。
「先生、なんだか楽しそうですね」
「まあな。なにせ、随分野生ポケモンを捕まえることなんて無かったからな、俺は。たまには原点に戻ってみるのも悪くねえだろ」
「原点回帰と言うわけですね」
イスムカの指摘に、俺は機嫌良く答えた。最後にこんな経験をしたのはもう20年も前だからな、血がたぎるってもんよ。旅が終わった後はずっと研究続きで、世間を追われた後は若者の指導。最後には片田舎に流れ着いて……このまま、静かに暮らすのも悪くねえかもな。ま、んなこと考える程老けてはないのだが。
さて、物思いにふけるのはそのくらいに、俺は受付に向かう。
「おーい。ポケモン取り放題、大人4人頼む」
俺は4人分の入場券、計2000円を払い、部員達に配った。
「ほらよ。今回は俺が払ってやる。次からは自腹を切ることだ」
「わかりました」
「ありがとうございます、先生」
「おお、ありがたく頂くでマス。オイラには1回でも十分でマスよ」
……各々、準備はできたようだな。今日は皆私服だが、それぞれの性格がよく出ている気がする。イスムカはできたての角材の色をしたジーンズに黒い長袖のシャツ、赤いベスト。ターリブンは膝下10センチ程の紫のパンツに若草色の長袖。一方ラディヤは、股引に枯れ葉色のミニスカート、そして灰色のダッフルコートである。
俺達は入り口をくぐり抜け、サファリパークに足を踏み入れた。俺は部員達に、事前に説明した内容を確認する。
「それじゃ、行くか。ここからは各自でポケモンを捕まえてくるんだ。閉園時刻の5時には戻ってくるように。では解散!」
「しっかし、随分広いな。地平線の彼方まで続いてやがるぞ」
10分後。俺は道無き道をあてもなく歩いていた。お目当てのポケモンがいるわけでもなし、行ってみたいエリアがあるわけでもなし。ちなみに、今いる場所は木々が生い茂り、岩場が点在している。
そんな中、俺はあるポケモンが横切るのを発見した。腹に、ありがちな稲妻模様が描かれている。
「お、何かいるな。あれは……エレブーか」
俺の前を素通りしたポケモン、そいつはエレブーだ。エレブーは主に発電所近くに生息し、電気を食べるらしい。戦闘能力は上々、進化もできる。少なくとも、ポテンシャルがあるのは確かだ。
「電気タイプ、悪くはない。では遠慮無く、捕獲だ!」
俺はボールを握ると、ためらいなく投げつけた。だが、ボールはあらぬ方向に飛び、無駄になった。皮肉にも、当たってないからまだ気付かれてない。
「おろ、当たらないぞ。まあ、昔からこうなんだが」
ふん、下手な鉄砲も数撃てば当たるさ。30個しかないが、さすがにいけるだろうよ。俺は再び構え、エレブーを狙う。
「こんにゃろ、こんにゃろ!」
くそ、目に見えてボールが減りやがる。確か15個くらい投げたが、一向に捕まる気配すらねえ。もちろん、エレブーが手強いからではない。
「それではとても捕まりませんぞ!」
ふと、俺の右方からややしわがれた声が飛んできた。そちらを向いてみれば、年食った清掃員みたいな爺さんがいるじゃねえか。つくづくこの町は年寄りだらけだな。しかし、返事をしないのは失礼だ。返答しておくか。
「誰だあんたは?」
「おっと失礼、申し遅れた。私はバオバ、このサファリパークの支配人をやっている者です」
「ここの支配人か。こんな場所にいるのは、単にぶらぶらしている……わけではないよな」
「ご名答。園内の見回りはもちろんのこと、入園者の話に耳を傾けてより良い施設にしようとするためです。今は娯楽に溢れていますからね。少しでも気を抜こうものならすぐに破綻してしまいますから、こうした活動はやらねばならんのです」
作業服姿の支配人、バオバは胸を張った。よほど自分達の活動に自信を持っているのかね。まあ、これだけ立派な施設に客が大勢入っているしな。俺もついつい夢中になっちまったし。
「なるほど、地道な仕事が今の大ブームを支えているのか。では1つ、入園者として質問させてもらうが……どうやったら上手くボールを投げられるんだ? どうにも昔からコントロールが悪くてな、普通に捕獲した試しが無いんだ」
「おお、それこそ私の出番です。では実演してみましょう」
バオバ支配人は腕まくりをすると、懐から1個のボールを取り出した。それから身振り手振りで説明する。
「まず大事なのは、腕の振り方です。基本はこのように、まっすぐ振り下ろします!」
「腕をまっすぐ振り下ろす、だな」
俺はメモ帳に書き込んだ。こういう時はメモ帳が1番だからな、図が描けるからより分かりやすくなる。腕は……垂直に下ろすんだな。肘の位置はあまり変化せず、ボールの出所は高い。ボールを持たない手は振り子のように用い、球威を増すのに一役買っている。そして、股が裂ける程足を前に出し、胸を突き出す。こんなところか。俺のメモが終わると、バオバ支配人は続けた。
「また、手のひらは前に向けていることが重要です。手のひらが斜めだったりすると、力のかかりがおかしくなってまっすぐボールを投げられませんから。では、あなたもやってみてください」
「ああ。そりゃ!」
手のひらは、振り下ろす面と直交するようにすれば良いんだな。それもメモしたら、指示された通りボールを投じた。上体をやや左に傾け、右腕が地面に垂直になるよう気を配る。左腕を高く上げ、ボールを放す時は腰に引き付ける。そうして投げられたボールは、俺の予想した場所に、しかもかなりの威力で到達。ボールはエレブーを吸い込み、しばらく揺れ、そしておとなしくなった。俺の手持ちは既に6匹だから、そのままボールは転送された。
「……当たった。しかも捕獲できた」
「おめでとうございます。飲み込みが早いようで何よりです」
「こちらこそ助かった。この年になって、制球難を克服する兆しが生まれるとは思わなかったぜ」
「それは良かった。ところで、お名前を教えていただけますか?」
「名前? ……あー、タンバ学園のテンサイだ。今日はポケモンバトル部の活動の一環として来ている」
やや考え込んで、俺は名前を教えた。と言うのも、タンバ学園の者だと厄介者扱いされる可能性があったのと、俺の正体が知られる恐れがあったからだ。そして、バオバ支配人は想定内の反応を取る。
「なんと、あのタンバ学園! うーむ、そうですか……」
「……不満ならいくらでもどうぞ、支配人さん。俺達はどう言われても構わねえさ」
俺は開き直った。幸い、ここに部員達はいない。つまり、サファリ側は誰が部員か分からない。例え追い出されても、あいつらと連絡を取って引き上げれば良いだけの話だ。ところが……支配人の様子は思ったのとは違ってきたぞ。まるで、探していた獲物を見つけたかのような表情だ。
「いえいえ、そのようなことは微塵も考えておりません。むしろ、好都合とさえ思っているのです」
「と、言うと?」
「はい。現在我々はタンバ周辺の清掃ボランティアをしております。園内のみならず、園外環境も重要ですから。しかしタンバは広く、中々手が行き届かない場所もあります。そこで、タンバ学園ポケモンバトル部様にお手伝いしてもらえないかと考えた次第です。こちらは人手、そちらは信用回復や体力増進等に利があると思われますが、いかがでしょう?」
不意に出された提案に、俺は目を丸くした。当然、サングラスをかけているから外からは分からないが。さて、どうしたものかね。せっかくの話だ、できるだけ有利な条件を引き出してみるか。
「ボランティアか。周囲は実力で黙らせるのも悪くないが……俺がやるわけではない。あいつらのことを鑑みると、あんたの提案は魅力的だな。だが、もう一押し何かねえのか? 単なる体力増進なら訓練でどうとでもなる」
俺はやや強気に出た。仮に蹴っても痛手ではないし、このくらいはいつものことだ。
「いやはや、テンサイ様は手厳しくいらっしゃる。そうですね、園内でのポケモンバトルと書庫の利用許可でどうですかね? 書庫にはポケモン関連の書物がありますから、知識を深めるのにはもってこいですよ」
バオバ支配人は更に譲歩してきた。……上手くいったみたいだな。これだけ条件が整えば悪くない。学校は狭いからな、ここで訓練できるなら願ってもない話だ。俺は首を数度縦に振る。
「ふむふむ、それは中々良い話だ。よし、では来週の日曜から参加させてもらうと言うことで大丈夫か?」
「来週の日曜、11月1日ですね、わかりました。この件についての詳しい話はまた後日、お電話致します。ではそろそろ失礼します。どうぞごゆっくり」
バオバ支配人は深々とお辞儀をすると、そのまま別のエリアに向かっていった。また見回りだろうか。
「……行っちまったか。さて、またポケモンを探すかな」
いきなり色々起こって疲れちまったが、まだボールは残っている。もう少し楽しませてもらうとしよう。俺は大きく伸びをすると、ポケモン探しに奔走するのであった。
・次回予告
勉強の面倒を見ながら夕刊に目を通していると、派手に書かれた記事があった。最近はこんな奴もいるのな、なんと言うべきなのやら。次回、第21話「それはわがままなのか」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.86
ポケモン世界では、実体のあるものをパソコン通信で送り飛ばしますよね。若かりし頃の私はそれを「分子の構造を完璧に測定して、そのデータを送信。それを基に同じものを再現する」と解釈してました。後から知ったことなのですが、これは量子力学という物理学の分野で「テレポーテーション」というものらしいです。測定すると状態が変化してしまうので完璧な測定は極めて困難ですが、その欠点を克服する方法も研究されているようです。これを実用化しているポケモン世界は、インフラこそ不十分なものの、科学的に現代より進んでいると言えるでしょう。
あつあ通信vol.86、編者あつあつおでん
山の中へと続く坂道を、軽い足取りで進んでいく。うららかな春の陽気を含んだ空気が、やがてしっとりとした土の香りの空気に変わってきた。
ナツキが、祖母と一緒に暮らし始めて一ヶ月。両親が死んだ日、山から帰ってきた彼女は祖母に引き取られる事になった。今は、家の手伝いが一段落したので、山へと遊びに行くところである。生活は、祖母と暮らす前の習慣とあまり変わっていない。
こんな山奥で幼い女の子が、一体何をしようとしているのか。彼女のスキップの訳はとても単純な理由で、“友達と遊ぶから”。しばらく山の道をゆっくりと散歩していれば、大抵気が付くと目の前にいたりするのだ。
どこからともなく現れる、白昼から輝く銀色。
「やっほー、フウ!」
種族名が分からないので、フウ(風)と呼んでいる。女の子だったし、一番感じが合っていたから、自然とこう呼ぶようになった。
*
数週間前に遡る。ナツキは山の中で山菜を探していた。美味しいし、何よりも、沢山見つければ祖母が喜ぶからだった。小さい頃から親しんでいる、優しい祖母が彼女は大好きだったのだ。
しかし、あの美味しい春の山菜はなかなか見つからない。倒れた木を見つけて、その上にへたっと座り込んだ。
「ないよぉ……」
ぽろりと口から出てきた言葉、次に溜め息をつく。それから気合を入れ直す様に顔を上げた。なんとしてでも見つける、たとえ一つでも! そして、奇妙な事に気が付いた。
「……え」
目の前に、探している山菜が十数本程度、こんもりと置かれていたのだ。思わず声が出る。
まさに魔法のような一瞬の出来事に、ナツキは驚く他無かった。何故? どうやって? そう思っていると、すぐそばで生き物の鳴き声がした。
振り向くと、少々得意げな色を映した赤い瞳と目が合ったのだ。
*
それからのことだ。何かあって山に行くと、フウはナツキの目の前に現れるようになった。見守ってくれているような雰囲気と、人懐っこい性格を彼女は不審に思うこともなく、いつしか自然と遊ぶようになった。今ではフウの言いたい事も大体理解できる。言葉で会話するというよりは心で感じる、という方が近い。
(ナツキ、花畑って行った事あったっけ?)
「花畑? あるんだ?」
(うん、今が一番綺麗な時期なの。行きたい?)
「うん!」
笑顔でうなずいた彼女は、フウの背中にぴょんと飛び乗った。
その花畑というのは、山の中、木が生えていないちょっとした空間にできた小さな原っぱだった。それでも、白、桃、紫、様々な色の春の花が咲き乱れている。
さっきまでしゃがみこんでいたナツキが、地面に腹ばいになっていたフウの方を振り向いた。見て見て、と言いながらフウに手招きをする。フウが、ナツキの手を覗き込んで歓声を上げた。
(すごーい)
ナツキは色々な種類の花を使い、手のひらに乗るほどの小さな輪を作ったのだった。人間にしか、こんな事ができる手と指は無い。目を輝かせるフウの反応はナツキの予想以上のものだった。ナツキはふと思いつき、顔の横についた黒い角に手を伸ばす。
(え、なに?)
「ちょっと動かないで…」
曲がって生えた黒い角の根元に、小さな花が咲いた。ナツキが満足そうに笑う。
「フウかっわいい〜」
(私見えないんだけどぉー)
言葉とは裏腹に、フウの表情はとても生き生きとしていた。
「あとでさ、水溜りとか見てみればいいんじゃない?」
(雨、降らないかなー、なんてね)
二人は原っぱに寝転んで、空を見上げた。白んだ空が、少しばかり朱鷺色を映している。
「明日は晴れちゃうかも」
いつもなら憂鬱になる春の雨の日も、楽しみな事が一つでもあれば期待したくなるのだった。
(しおれちゃったらさ、また作ってくれる?)
「花があれば、すぐ作れるよ」
(ありがと! ふもとまで送るよ)
ここでフウが言う“送る”とは、背に乗って行くということである。村に続く坂道まで、フウにナツキは乗せてもらう。ほんの十分もかからないのだ。
家に帰ったナツキが、野菜を水で洗っていた時。
ふいに、家の外がざわざわと騒がしくなった。ほぼ同時に、ドンドン、と戸口が叩かれ、祖母が玄関に出たのをナツキは背後に聞いた。村で何かあったのだろうか。
手を止め、ガラス窓の外を見ると、日が沈んだ空は暗い藍色とも紫色ともつかない色だった。暗く透き通った空に、ぽつぽつと小さな星が輝き始めているのを、ナツキはガラス越しにただ眺めていた。
「なんだって!?」
直後、夕闇の空へと飛びかけたナツキの意識は、祖母が珍しく出した大声に引き戻されることになる。相変わらず玄関でざわざわと声がするが、祖母の声以外はよく聞き取れなかった。しかし祖母の声色から察するに、緊迫した状況らしいという事だけは感じられる。
ナツキは耳をそばだて、少しでも大人たちの会話を聞き取ろうと努めた。
「また……、“アブソルが出た”ってのかい!!」
「生き残りが…まだ……今年………」
あぶそる?
ナツキは聞いた事の無い単語を頭の中で繰り返す。会話の流れとしては、何か良くない事なのだろう。
久々に感じた冷たい胸騒ぎに、彼女は嫌な予感が湧き出るのを必死に押さえ込むしか無かった――。
―――――
スーパーお久しぶりです、生きてます。
訳あって前後編です。同時に上げたかったのですが、後編が完成しない(お
というわけで、せめて前編だけでも上げておこうかと。
今年に入るとますますスローペースになりますが、学業に負けずに頑張りたい…です……。
【好きにしていいのよ】
注意 残酷描写が含まれます。自分では大丈夫かどうか判断しかねますのでご了承ください。
これからはこの注意書き無しで残酷描写が含まれる場合がありますのでそちらもご了承ください。
「いじめられない事です」
皆驚いている。中には笑いを堪えている物やどう見ても悪意の篭った目で何か思案しているような幼稚な奴もいる。もう誰が何を考えているか聞かなくても良く分かる。何度も経験したのだから。
どうせ僕は噂だけはいっちょまえで、チビで、進化しないと何もかも劣っているイーブイで、それも目が殆ど真っ白で異常だ。それにすぐにいじめられる。
父さんがどうしても学校に通わせたのは僕は友達が居ないと一生このままだからである。だけどやっぱり友達なんぞ出来ない。馬鹿みたいな噂が一人歩きして、そこにこんな茶色い毛玉が来るのだから笑いものだしいいカモだ。後できっとカツアゲされる羽目になる。
なんて事を考えながらいつも通りの自己紹介を終え、先生の言葉は殆ど聞き流し、どの席へ座るかだけを聞く。指定された席を見る。見た事の無いポケモンが、他の人とは違う眼差しで見ている。その隣のモコモコした奴も同類を見るような目で見ている。こんな奴らは初めて見る。
不愉快だ。お前らにこの気持ちが分かるもんか。そう思いながら席へ向かう。
なんて強気なことを思うけど、目はきっといつものように虚ろなものだろう。情けない、嗚呼情けない。
気付いたら席についていた。四足用の高い椅子。どうやら無意識に席に座っていたようだ。たった10回程転校するだけでこうも慣れるのか。今気づいた。
「隣よろしくね。アルク君……私の種族分かる?」
突然話しかけられた。青いドラゴンタイプのポケモンのようで両腕に顔……がついている。
――分かるものか。
そう怒鳴りたくなった。けど初対面でそんなこと言えるほど肝が座ってないし、何より向こうは友好的に、真剣に聞いてきた。初対面であんな声で話しかけられるのは初めてだ。母さんの声に似ている優しい声だ。母さんは確か僕が5歳の頃に、死ん
波紋上に広がった を受けて、顔が消し飛んで肩から上が無く、鮮血を吹き出す を僕はただ見ている。体が勝手に動く。僕は文字通り た。
白い目で涙を流しながら、逆の い目でわら……う
突然鮮やかに蘇る記憶。ブンブンと頭を振る。僕は吐き気を抑えて何十年も前のように思える隣のポケモンの質問に答える。
「ごめん。知らない」
ただ質問に答えるだけでイライラしそうだ。でも昔の母に面影を重ねてしまうのだからその感情を露わにすることも叶わず余計イライラが募る。
「私はイッシュに居るべきポケモンよ。種族名はサザンドラ。名前はツグミ。これからよろしくね。あ、そうそう。私生徒会長もやってるからそこもよろしくね」
生徒会長、か。だからこんなに優しくしてるのかな? って確かイッシュは未だに真実を求めるレシラムと理想を求めるゼクロムはいつしか別れ内戦が勃発し、今もそれは続いている。確かそうだった。さっき僕を同類を見るような目で見ていたのは……
ここで思考を止める。
……すべての関心を捨てて自分の世界に引きこもっていたはずの自分はどこへ行ったのだろう? 今回は何かが違う。そんな気がする。とりあえずもう何も考えないでいよう。
「おい。今日は先生用があるから皆自習しとけ」
自習。言い方を変えれば自由。我ながら寒い。
やった。とかよしっ! とかそんな事をほざく奴が居る。先生が出てしばらく様子を伺ってから教室から出ていく奴もいる。教室から出るような奴は少数な上にさっき自分を悪意のこもった目で見ていたやつだが。
取り敢えず、参考書をパラパラと前足で捲る。何故か溜息が出る。
「どうしたの? 溜息ついて。幸せ逃げちゃうぞ」
いつの間にかツグミは自分の机を僕の机に接岸している。
「ちょ! いきなり何を」
「何ってただ仲良くなりたいだけだよ〜」
やっぱりいつも通りの筈のループが少し狂っているような気がした。
夜がすっかり更けてしまった頃のことであった。
ジョウト地方屈指の公園「自然公園」の一角で、一人の若そうな男がベンチに座り込んでいる。そのそばでは、一匹のムウマージがふよふよと浮きながら、彼の姿を心配そうに見つめている風だ。
白いベンチに程近いところに立っている電灯の光が、男とムウマージを辛うじて照らし出していた。
辺りにはほぼ人通りはなく、従って物音もほとんどしなかった。耳に入るものと言えば、ホーホーやヨルノズクの、寂しくこだましてくる鳴き声、そのくらいである。
男は前屈みになっており、顔を少し下に向けているままだ。一向に上げようとしない。ただ、タイル状になっている路面を目にしてばかりだ。目にも涙が堪っては、時折顔の輪郭を流れ伝い、静かに落ちてゆく。そして、右膝の上で作っていた右手の握り拳が、段々、きつく締まってくるみたいである。
そんな彼を見ていられなくなったのであろう、ムウマージは意を決したような表情になる。すると、閉じていた口を小さく開け、新鮮な空気を吸い込む。そうして呼吸と心の準備を整えると、何かしら気分の良くなってくるような声を出し始めた。聴く者を惹き付けるような透き通った声が、辺りに響き渡ってゆく。
その途端、青年がムウマージにゆっくりと顔を向けた後、すっかり重くなっている口を開いた。
「ムウちゃん……すまないが、今日は歌わなくて良いよ」
声を掛けられたムウマージは、思わず驚き、「歌」を止めた後、ムムゥ、と声をあげてしまう。同時に、この男のいかにも辛そうな顔を目の当たりにした。
これでは、せっかく続けようとしても、全くの無意味であるに違いない。このムウマージは、そのように悟らざるを得ず、引き続き歌おうとはしなかった。重苦しい空気を思わず読んでしまったらしい。
ムゥ、と小さく、ため息混じりに声を漏らすムウマージ。かなり不安のようである。
そんなマジカルポケモンに対し、青年はようやく言葉を続けた。
「どうしても、俺が、気になるんだろう。そうだな、俺が今、苦境にいるんだってことは、君にも嫌になるほど分かっているはずだ。だからこそ、ムウちゃん、君は歌おうとした。この俺を少しでも救おうと、幸せにしようとして、な。確かに君の歌は何度となく世話になってきた。その声によって俺がどれだけ救われてきたか、とても数え切れるものじゃない。でも、俺の今の顔を見れば分かってくれるだろ? 俺は今、君の楽しい調べを聞きたい気分なんかじゃない。今はただ、ムウちゃん、君に、そばにいて欲しい、それだけなんだ。つまり、それ以上でもなければ、それ以下でもない、ってことなんだよ。俺のことは、今日はそっとしておいてくれないか、なあ」
男の声は、歯切れが悪く、力のないものではあったが、ムウマージは何とか聞き取った。そして、これ以上は何もすまい、と思うしかなかった。
程なくして再び頭を下げた男、その様子を見つめるムウマージの視線は、何処か哀しく、儚いようであった。
その時、どこからか、重みのありそうな低い声が耳に入ってきた。
「もし、貴方たち、お困りですかな」
周りが閑静であるばかりに、男もムウマージも、その声をはっきりと聞き取った。聞こえてくる方へ両者の顔が向くと、声の主であろう、不思議な不思議な生き物が、徐々に近づいてくるではないか。
周囲に点在する電灯により、この生物の姿が眼に入ってくる。しかしながら、具体的になんなのか見当は付かない。周りが真夜中の暗さの中にある分だけ、不明瞭である。
ここで、ムウマージは怖じ気づいてしまったのか、青年の背後に慌てて逃げ込み、出来るだけ自分の身を隠そうとした。それでも、肩からひょこっと顔を出して、様子をじっと見つめている。
一方、青年は、すっかり潤んでしまっている目を向けるばかりである。悲哀あふれる表情は、まだ崩れはしないのだった。
「いや、なに、私はただ、お話を聞きたいだけなのですよ。貴方たちのその姿が、随分やり切れなさそうですからな」
再び同じ調子の声が、しっかりと耳に入ってくる。近づいてくる姿も次第に大きくなってきており、若者とムウマージはその姿を完全に認めるまでに、時間はほとんど要しなかった。
突然話しかけてきた生き物の正体。それは、隅から隅まで未知で溢れていると言うべき、「闇色の生命体」であった。
お初にお目に掛かります。
「稲羽」と書きまして、「いなば」と申します。
このサイトに投稿するのは初めてになります。
若干の期待と膨大な不安が入り交じった、初々しき心情であります。
さて、今宵お届けするお話は、少しばかり、暗くて重い展開になっております(予定)。
出来れば、心と時間に余裕を作った上で、少しずつお読み下さいませ。
それでは、お話を始めることにいたしましょう。
どうか最後までお付き合い下さいませ。
(こちらも、必ず完成させるよう、無理しすぎない程度に頑張ります)
R1 拍子抜け
「その話は本当なの?!」
「どうやらマジのようっす……俺らの担任が鬼だからってこっちに回さなくてもさぁ…」
私はミライ中学の生徒会長であるツグミ。種族はサザンドラ。あだ名はパペット。あだ名の由来は手が顔だから。それだけ。別に嫌いというわけじゃない。因みに見た目が男っぽいそうだが女だ。間違えた相手には先生だろうと容赦しないつもりだ。
話し相手はエルフーンのライク。女らしいが男であるこのエルフーンのライク。あだ名はモコ。あだ名の由来はいたって単純モコモコだから。こいつもあだ名に関しては結構気に入っているらしい。そしてライクは生徒会書記。私とは仲が良い。
因みに私達のあだ名は生徒会員が殆どのあるグループ同士の呼び名である。
さっき話していたのは今日から新しく私達のクラスに入ってくる転校生の話だった。
新しく入ってくる転校生の噂はまったく酷いものである。曰く目があっただけで気絶する、曰くそいつを見たら悪いことが起きる、曰くそいつの周りでは良くポケモンがどこかへ消える、曰くそいつはポケモンを食うらしい、
曰く、行く先々の学校で何度注意されても何度も不良共に喧嘩をふっかけて何度も戦闘不能にしては問題になり転校を繰り返しミライシティへきた。
「まともな噂は一つくらいかしらねー……しかも私の横の席が空いてると来た……モコ、この席変わって」
私は隣の列、ちょうど横に居るモコに頼む。
「ムリっす。先生に問い合わせてくだちい。ま、あの鬼教師に直訴できるならだけど……ん? みんなどうした? 俺の事見つめて。……ははぁーん。俺ってそんなイケメン」
イケメンまで言ってモコは気づく、皆の視線が自分の後ろだということに。そして後ろから殺気を感じる。
モコは直感的に悟った。
後ろを見てはいけないと!
しかしモコは後ろが気になる、しかし見てはいけない、しかし気になる。
「……さぁ、どーするモコ! ……って痛!」
モコは後ろにいたレイズ先生に教科書でチョップされた。レイズ先生はバシャーモで、すごく怖いが生徒を愛するいい先生だとみんな分かっているので結構人気がある先生だ。
「一人でナレーションすると気持ち悪がれるぞライク。それと……鬼教師上等だゴルァ」
……全文訂正。レイズ先生はバシャーモで生徒のことを大事にしているいい先生だが怖すぎて話しかけられないし、さっきのセリフの最後のゴルァは冗談だが冗談抜きで怖い。とにかく怖い。
「まーいい。皆席につけ。もう皆知っている通り、今日から新しく転校生が来る。良からぬ噂が出回っているが、その噂一体どこから拾ってきたのというくらい優しくて拍子抜けするからみんな仲良くしてやれ。だからツグミ、席を変えるように直訴しなくてもいいぞ。おーい、アルク君入れ」
そこまで話を聞いていたのか……ってあの先生のことだ、多分噂の転校生が優しいというのも嘘だろう。なぜならあの先生の冗談なんかは冗談になった試しはない。というより嘘から出た真になるし、先生があのポケモンは白だと言えば黒なのである。
皆そんな事百も承知なので固唾を呑んでドアを見つめる。一体どんな奴なのか、種族は一体なんなのか、どれだけデカイのか。
そんな事を考えていると、前の方の机で隠れて良く見えなかったが何か茶色い毛が横切ったような気がする。
――転校生? 机に隠れるほど小さいのか? 前の席では何やら驚きと拍子抜けしたような声が聞こえる。
そして、私は初めて見た。奥底に憂いを秘めた不思議な目を。胸の内で不思議な感覚がする。
どうしてあの子はあんなに悲しそうな目をしているんだろう?
どうしてあの子は……どうして……あなたの目は私の目と似ているの?
疑問が止まらない。
初めて見た彼の目は私にはとても神秘的にも見えた。私とモコ以外の皆は何か恐れを抱いてるようだったが。
そして、彼の自己紹介は皆をさらに拍子抜けさした。
「初めまして。これから一緒に過ごす時間は少ししかないですが、よろしくお願いします。この学校での目標は、
いじめられない事です」
R‐zero
6月X日 雨
今日からミライシティの中等学校へ転校することになった。お父さんにはとても申し訳ない。
自分はもう転校には慣れてしまったが、そんな事に慣れたということが悲しい。
取り敢えず、いじめられないよう頑張ろう。
自分は問題児で暴れん坊だという話が転校先でも伝わっている。
が、実際大人しすぎるくらいだと自負している。
それどころか、性格や雰囲気のせいでいじめられ易い体質である。
だから、いじめられたらアイツが目醒めない事を願うしかない。
取り敢えず、眼帯は外れないようしっかり身に付けるように注意し直そう。
新しい学校にもすぐに馴染めるよう努力しよう。
それに、この街は近代化が進み始めているので今までのなかで一番ポケモンが多い。
困ったら近くに大きな病院があるから診てもらえるし、カウンセリングもしてくれるだろう。
これ以上走ったら止まらなくなりそうなペンを止めてパタンと日記帳を閉じる。日記帳の表紙の真ん中にはアルクと書かれ、端っこにはイーブイと書かれている。
アルクは憂鬱だった。毎日欠かさず書いている日記はルーチンワークとなってきた。転校初日は街並みについてとか、馴染めるよう頑張るとかいじめられないようにするとかそんな事を書いて二、三日のうちは日常を書き綴る。しかし二、三日経つといじめられ……結果、また転校する羽目になる。
それに、とアルクは考える。――この不気味なオッドアイとアイツには困る。もうそろそろ何とか和解して早く普通な生活を送りたい……
そう言って、新たな家のドアを開けるのだった。
「行ってきます」
アルクが挨拶をしても家には返事をしてくれるポケモンは何処にもいないのだが。
アルクには母がいない。ブラッキーの父と二人で暮らしている。その上生まれつき目の色がおかしいのだ。
通常目には二色の色がある。角膜と結膜の二色。アルクの右目は普通のイーブイと同じ黒を基調として、真ん中に白目がある。が、左目はそれが逆だった。つまり広い範囲が白色で、ポケモンたちからすれば異様なものである。
詳しい事はまだ解明していないが、その目のせいでアルクは大変な思いをしてきた。だからアルクは自称悲劇の主人公だ。
因みにアルクは眼帯をしているが、何故か通常色の目を隠して異常色の目を晒している。そうなると勿論、
いじめられる。
また今日から長い長いルーティンワークの一部が始まる。そして、一見ループしているようで終おわりのある物語の幕を開けるのだった。
彼は、終の見えない道を歩き始める。
5
うおお、とドドの後ろで声が荒ぶった。ベトベトンは手を伸ばし、ドドの足元に近づく。少し触れそうになって、ドドは一歩離れる。
「おやおや、餌くれるご主人が帰っちゃったもんだから、怒ったか」
キュウはケタケタと笑った。
「頼んだぜ、キュウ」
「やれやれ、燃やすのはいつも俺だ」
「まあまあ、そう言わずに頼むよ。丁寧にな」
「はいはい」
キュウは炎を吐いた。高熱がベトベトンの指先に触れ、たちまち全身を覆った。ただの熱では派手な炎を上げることは恐らくないだろう。キュウの炎はそれほどまでに高温なのだ。下手をすれば周囲のものを全て燃やしてしまいかねないため、狙いと出力を外さないようにしなければならないようだ。炎の真っ白な光でベトベトンが見えなくなった。唸りが、焦れから苦しみに変わった。キュウは火を止める。
「こんだけやれば、後は勝手に燃えてくれる」
キュウは言った。悪いな、とドドは言って、頬をさすった。まだじんじん痛む。
「痛いのかい」
キュウはおかしくてたまらないといった様子だった。ドドは怪訝な顔をした。
「痛いに決まってるだろ」
「そういえば、何でお前叩かれたんだろうな?」
人食いのキュウは本当に分かっていないらしい。
「どんなに自分勝手な人間でも、夫人にはまだ娘を思う心があったってことさ。娘を傷付けられたら怒る」
「ふーん」
屋敷に漂う異臭を消し去る。ロコの依頼を解決するためには、ベトベトンの始末を夫人の口から頼まれる必要があると思っていた。秘密裏にベトベトンを消し去ったとしても、夫人は人食いの魔力にとりつかれたままだっただろう。そして、すぐに同じことを繰り返したに違いない。自身の美しさよりも、大切なことがあるのだと気付かせなければ、解決したとは言えない。
「お前も悪い奴。お嬢さんに内緒で、自分にだけ臭いを感じなくなる術かけたろ?」
「バレてたのか」
ケタケタとキュウは笑った。ベトベトンの身体が最初の十分の一にまで縮み、炎の勢いが衰え始めた。
「明日、謝んないとなぁ」
「そうよ。明日あなたには謝ってもらうわ」
夫人が再び地下室に現れた。
「今日はお泊まりになって下さいな。ロコが随分お世話になったようだから、これくらいはさせてちょうだい。部屋はもう用意させてあるわ。案内します」
ドドとキュウは顔を見合わせた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
結論はすぐに出た。
炎は消え去った。ベトベトンの鎮座していた地面には黒いしみと、僅かな燃えカスが残っていた。
ドドとキュウは二階の一室に案内された。ベッドや机などが一通り揃っていたが、ロコの部屋よりも簡素な印象を受けた。今は使われていない部屋だという。机の上のランプに火を灯し、ぼんやりと部屋がオレンジ色に輝く。
「ゆっくり休んで下さい。また明日、改めてお話し致しましょう」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
ドドは頭を下げた。キュウもそれに倣う。夫人は扉を閉めた。ふー、とため息をつくドド。日中窓を開けて風を通せば、屋敷の悪臭も全て消え去るだろう。とりあえず安心、といったところか。一つ、伸びをした。気分がいい。
「ん? 何か落ちたぞ」
キュウはドドの服の内側から、黒いものがぽとりと落ちるのを見た。コロコロと転がり、キュウの手前で止まった。床には光が届かないせいで、よく見えない。顔を近づけて、確認してみようとする。その瞬間、黒いものはキュウの口の中に跳躍した。キュウは思わず叫んだ。
「どうした」
ドドは振り返った。どたばたと手足を暴れさせるキュウを見て、異常を察知した。
「何かが、口の中に……まずい、にがいっ」
キュウは何度も口に入った何かを吐きだそうとした。だが、喉の奥に貼りついたような感覚がしぶとく残る。
「ちょっと我慢しろよ」
ドドは術を試みた。キュウの頭が上を向いたまま、硬直する。念じて指を上に振り上げると、キュウの口から黒い、いやよく見れば濃い紫の物体が飛び出した。
(こいつか)
更に術をかけ、ドドはそれを空中に縛りあげた。ピクリとも動かないが、まだ生きている。内ポケットから小さな空き瓶を取り出し、素早くそれを封じ込めた。すぐにキュウの姿を確認する。元凶と思わしきものを取りだしたにも関わらず、まだキュウはもがき苦しんでいた。
「まずい、にがいっ、ああっ」
「水を貰ってくる。我慢しろ」
ドドは部屋を出ようとする。だが、キュウの衰弱は急激だった。キュウはしゅうしゅうと白い煙を上げ、縮んでいった。苦しげな声が、徐々に細くなっていく。もう助けられない、という予感がドドの動きを縛った。煙が消え去った後には、手のひらに乗るほど小さくなったキュウの頭部だけが残っていた。目を閉じ、眠っているようにも見えた。
瓶を手に取り、中の紫色の物体を睨んだ。
「ベトベトン……お前か。畜生」
やられた、と思った。最初に触った時か、或いは燃やして油断している隙か。ベトベトンは自身の小さな分身を用意し、自分の服の隙間に潜んでいたのだ。
ふと、ドドは自分が笑っていることに気付いた。どういうわけか、ひどくおかしな気分になっていた。いや、理由は分からないでもない。己の中にある疑問に対する解を導く、一筋の光を見つけた、そんな確信があった。
「そんなにこいつが憎いかい? 言霊使い」
そう呟いて、ドドは頭部だけになったキュウを撫でた。ランプの炎が、怪しく揺らめいた。
朝、ロコは朝食を取りにテーブルにつくと、夫人が悩ましげな表情で座っていた。
「おはようございます」
「おはよう、ロコ。あなたにお手紙よ。昨日のまじない師さんから」
夫人はロコに渡す。
「本当だったら、この場で一緒に食事しようと思ったんだけどね。空き部屋使って、泊まって行くように言ったはずなのに……。朝起きたらこの紙が置いてあるだけだったのよ。ひどいわ」
夫人は本当に残念そうに言った。自分と会わせてくれようとしたことを思うと、この一言を言わずにはいられなかった。
「ありがとう、お母様」
「どういたしまして」
笑顔を交わし合い、ロコは手紙に目を通す。
手紙の内容は、今回の事件に対する考察と謝罪だった。ドドが自分だけ悪臭から逃れていたこと、ロコだけつらい目に合わせてしまったこと。だが、夫人を説得するためにはこれしか思い浮かばなかったので、どうか許して欲しい、と。
朝食も取らずに帰ってしまったことに関しても、謝っていた。どうしてもすぐに帰らないといけない事情が出来てしまった、とだけ書いてあったため、詳しい理由を知ることは叶わない。そのお詫びにと、プレゼントについて書かれていた。手紙の後ろに、何も書かれていない正方形の紙がついていた。例によって、まじないのかかった便箋だった。
――もし再び、お嬢様の身に何かあれば送ってください。必ず駆けつけますから。
「お母様の言う通り、確かにひどい人ね」
文章を読み終え、手紙を折りたたんだ。
「私を置いてすぐにどっかに行っちゃうなんて、まるでお兄さまみたい」
「確かに、イングウェイは無茶ばっかりしていたわね。いつも何かやった後で、報告するんだから」
二人は顔を見合わせる。可笑しくなって、笑いだした。ドドは、まじない師だ。きっとロコの知らない世界で、誰かの為に頑張っている。
遠い地で頑張っている、父と兄に思いを馳せた。二人は元気にしているだろうか。
「早く帰って来ないかしらね」
「そうですね」
開けた窓から差し込む朝日が眩しい。風が一つ通り抜けると、爽やかな木々のにおいだけが屋敷を包み込んだ。
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